虹色のクレヨン

製作者:さくらさん



 ども、私、さくらと申します。一応、男です。
 この小説について、いくつか説明しておきます。
 まず、ルール。これは、完全にOCGのものでやります。
 次に、カードの効果。これもOCGのものでやります。
 ――要するに、この小説は全て“OCG”で成り立っているということです。
 もしかしたら、かなり長編になるかもしれません。題名は“虹色のクレヨン”ですが、後半までこの題は関係ないかも……。
 まあ、なんとかなるでしょう。





序・決勝戦!


 この町には、昔からカード屋というのは少なかった。
 雑貨店やおもちゃ屋でもカードパックは売っているが、やはり専門店のほうがシングルレアカードもあり、品揃えがいい。だが、ジャンルを“カード”1つに絞ってしまうと、客がかなり限定されるためなのか――現在も、カード屋はたった1店しかない。


 そのたった1店のカード屋――“クリエート”で、今、“OCG”の大会が行われていた。




 2人の少年が向かい合って、店の入口に近いテーブルの席に着く。
 決勝戦。――この勝負で買ったほうが優勝。
 緊張する。
 何しろ、入口から見て右側の少年――二宮大樹が決勝戦まで勝ち進んだのは、今回が初めてだ。
 相手も、大樹と同じぐらいの年齢らしかった(大樹自身は11歳。実は、対象年齢を下回っている)。学校は違うが、多分この近所に住んでいるのだろう。

 
「じゃ――んけ――んぽん!」


 先攻後攻を決めるじゃんけんをした。
 真剣勝負(少なくとも大樹にとっては)の直前にじゃんけんをするなんて――何か気が抜ける。決められていることなので仕方ないが。
 大樹の手はグー。
 相手は――パー。負けた。
 公認大会というわけではないので、マッチ戦ではなく1本勝負。じゃんけんで負けても、勝負に負けるわけにはいかない。


「俺は――後攻」


 相手が言った。
 つまり、大樹の先攻。
 その瞬間、緊張が極限まで高まった――が、すぐに正常な状態に戻った。


 大樹のLP:8000
 相手のLP:8000


「俺のターン――ドロー」


 大樹は呟くように小さく宣言し、デッキの一番上にあるカードを手札に加えた。

 
(えーっと、マシュマロンにデーモン・ソルジャーに炸裂装甲に……うん、まずまずだな)


 手元にある6枚のカードを確認し、メインフェイズに入る。


「モンスターを1体セットし――カードを1枚伏せ、ターンエンド」


「――俺のターン!」


 相手のターンになり、相手はカードを1枚ドローし――にやりと笑った。


(不気味だな……。何か狙ってるのか?)


 それでも、大樹のフィールドにセットされているモンスター――“マシュマロン”には特殊効果があった。
 それは、戦闘によって破壊されないことと――裏側守備表示の状態で相手に攻撃された場合、相手に1000ダメージを与えるというもの。
 ある意味、最強の壁モンスター。戦闘によって破壊されないのだから、相手がどんなに攻撃力の高いモンスターを出してきても大丈夫だ。
 それに、相手の攻撃を防げる罠カードも一応伏せてある。
 だが――理由はわからないが――嫌な予感がした。
 そして、それは的中する。


「シールドクラッシュを手札から発動! その守備モンスターは破壊だ!」


「なに!?」


 シールドクラッシュ 通常魔法
 フィールド上に守備表示で存在するモンスター1体を選択して破壊する。


 プレミアムパック6に、マシュマロンの対策として封入されていたこのカード。あっけなくマシュマロンは破壊されてしまった。
 相手はにやついた表情を顔に張りつけ、動揺する大樹を見ている。
 しかし――まだ、大樹には1枚の罠カードが用意されている。
 それは炸裂装甲。
 相手の攻撃宣言時、その攻撃モンスター1体を破壊する。これにより、相手の攻撃を無効にすることができる。
 ――が、たった1枚の罠カードも打ち砕かれることになった。


「――さらにサイクロンを発動! その伏せカードを破壊!」


 相手の声に、大樹は唖然とした。


(――冗談だろ――?)


 サイクロンの効果はもはや説明する必要もないだろうが、念のため。


 サイクロン 速攻魔法
 フィールド上の魔法または罠カードを1枚破壊する。


 生命線だった炸裂装甲も破壊された。
 それでも、大樹は諦めない。まだライフは8000も残されているのだから、少なくともこのターンは生き延びることができるだろう。次のターンから反撃に転じればいい。
 ――そう思ったのも束の間。相手はいきなりとんでもないモンスターを召喚してきた。


「デビル・フランケンを召喚! さらに、5000ライフを払い――青眼の究極竜を融合デッキから特殊召喚!」


 デビル・フランケン ★2【闇属性/機械族】攻700 守500
 5000ライフポイントを払う。自分の融合デッキから融合モンスター1体をフィールド上に攻撃表示で特殊召喚する。


 青眼の究極竜 ★12【光属性/ドラゴン族】攻4500 守3800
 融合:青眼の白竜+青眼の白竜+青眼の白竜


 相手のLP:8000→3000


「…………!」


 大樹はあんぐり口を開けた。
 青眼の究極竜は、攻撃力4500の超大型モンスター。相手ライフはデビル・フランケンの効果で3000まで減ったが、究極竜に攻撃されれば、大樹のライフもほとんど同じ――いや、加えてデビル・フランケンの攻撃で相手ライフを下回ってしまう。そうなれば、圧倒的に不利だ。


(決勝まで来たのに……これだけで終わってたまるか!)


 そう。膨大なダメージを受けるとはいえ、負けるわけではない。攻撃を受けても、ある程度のライフは残っているはず。なんとかなる――。
 大樹の思考を、相手の声が遮った。


「究極竜に巨大化を装備!」


 巨大化 装備魔法
 自分のライフポイントが相手より少ない場合、装備モンスター1体の元々の攻撃力を倍にする。自分のライフポイントが相手より多い場合、装備モンスター1体の元々の攻撃力を半分にする。


 デビル・フランケンのコストにより、当然ながら今の相手ライフは大樹より少ない。


 青眼の究極竜 攻4500→9000


 究極竜の攻撃力は倍になった。
 もしかして、これは――


(負け……た?)


「究極竜で直接攻撃! これで俺の勝ちだっ!」
 大樹のLP:8000→0




1・再戦を目指して


「まあ、そう気を落とすなって」


 大会の帰り道。
 大樹は、一緒に大会に出場していた友人の杉本史哉に慰められながら歩いていた。2人の実力はほぼ五分五分――だが、史也は2回戦で中学生の参加者に負けていた。その中学生は、決勝で大樹が戦った相手に敗れたらしい。


「だってさ、俺、決勝まで行ったの初めてだったんだぜ?」


「いいじゃんか。賞品のカード、ちゃんともらったんだろ?」


 大樹のズボンのポケットには、準優勝賞品カード――“ブラック・ホール(パラレルレア仕様)が入っていた。しかし、全然嬉しくなかった。
 せっかくあそこまで勝ち進んだのに――。
 いや。自分も相手も正々堂々と戦い、実力を出し切って負けるなら、まだいい。
 だが、今日の相手は――。


「大体、あれは絶対イカサマだって! いきなり、シールドクラッシュだのサイクロンだのデビフラだの巨大化だの――そんなに都合よく揃ってたまるかっつーの!」


 こんな言いわけは男らしくない。
 大体、イカサマといっても究極竜1KILLのキーカードはデビルフランケンと巨大化のみ。
シールドクラッシュやサイクロンは偶然として、これは普通に起こりうることなのかもしれない。
 しかし――どうしても納得いかなかった。


「まあ、名前だけは聞いたんだろ? 来月の大会でそいつを倒せばいいじゃんか」




 今から30分前。
 決勝戦が終わった直後。席を離れようとする相手を、大樹は呼び止めた。


「おい」


 相手は面倒くさそうに振り向く。


「――なんだよ?」


「おまえの名前……教えろっ!」


「俺? 吉村秀悟」


 吉村秀悟。ヨシムラシュウゴ。大樹は、その名を頭の中で数回反芻し、記憶に焼きつけた。


「俺は――二宮大樹だ。憶えとけ」


 大樹は言ったが、相手――吉村秀悟は鼻を鳴らすと、その場を去っていった。




「ちくしょう……あの吉村とかいう奴、いつか絶対やっつけてやる!」


 イカサマにしろ、実力にしろ、あれだけの強さがあるのだから――吉村は2連覇を目指し、来月の大会に現れる可能性が高い。
 そのときこそ――雪辱を晴らす。


「じゃあな」


「ああ。また明日」


 史哉と別れてから、絶対に次回の大会では優勝すると心に誓った。




 ***************************************




 次の日は、平日だった。




 放課後、大樹の家に史哉が遊びに来た。


「お邪魔します……」


 史哉がそっと大樹の部屋に入ってきた瞬間、――大樹は言った。


「勝負だぁ!」


「あ……ああ」


 史哉はあまり気の強いほうではないから、大樹の迫力に圧倒される。昨日、中学生に敗れたのもそれが原因かもしれない。


「確か、おまえとは248戦中――121勝127敗だな? 今日こそ勝って差を縮めてやる!」


(よくそこまで数えられたな……)


 大樹の言葉に呆れる史哉。
 大樹はすぐさま自分のデッキをシャッフルする。相手のデッキをシャッフルするとか、そういうことはしない。自分のことは自分でやる!(そういう問題ではない)
 史哉も同じことをし、デッキから5枚ドローした。


「俺の先攻、ドロー!」


 なぜか勝手に先攻をとり、勝負を始める大樹。
 史哉も特に文句は言わず、大樹のターンが終わるのを待つ。


「――忍者マスターSASUKEを攻撃表示で召喚! カードを2枚伏せて、ターンエンド!」


 忍者マスターSASUKE ★4【光属性/戦士族】攻1800 守1000
 このカードが表側守備表示のモンスターを攻撃した場合、ダメージ計算を行わずそのモンスターを破壊する。


 攻撃力1800のモンスターが相手フィールド上に出現しても、史哉は少しも焦らない。
 大樹がエンド宣言をした直後、すぐさま自分のドローフェイズに入る。


「俺のターン――ドロー。怒れる類人猿を攻撃表示で召喚!」


 怒れる類人猿 ★4【地属性/獣族】攻2000 守1000
 このカードが表側守備表示でフィールドに存在する場合、このカードを破壊する。このカードのコントローラーは、このカードが攻撃可能な状態であれば必ず攻撃しなければならない。


 攻撃力2000。大樹の忍者マスターSASUKEの攻撃力を上回っている。
 気になるのは、大樹の2枚の伏せカード。
 通常、相手の魔法・罠ゾーンに1枚伏せカードがあったとしても、臆せず攻撃を仕掛けるのが基本だ。なぜなら、OCGというのは相手のLP(8000)を先に削りきったほうが勝ちであり、攻撃力2000のモンスターの攻撃が4回通ればそれが達成できる。たった4回。だから、多少強引にでも攻撃していったほうがいい。
 しかし、今、大樹の場には伏せカードが“2枚”ある。
 史哉は悩んだ。
 2枚もあるなら、その中の1枚は史哉の攻撃宣言時に発動するものがあってもおかしくない。
 史哉が出した結論は――。


「――類人猿でSASUKEに攻撃!」


 次の瞬間、大樹の手が、史哉から見て右側の伏せカードに伸びた。


「そうはいかないぜ! 罠カード――“魔法の筒”発動っ!」


 魔法の筒 通常罠
 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、相手のライフポイントにそのモンスターの攻撃力分ダメージを与える。


 史哉のLP:8000→6000


「く……やっぱり用意してあったか」


 魔法の筒。この状況下で最も発動してほしくないカードだった。
 怒れる類人猿が破壊されるわけではないが、史哉は2000という結構なダメージを喰らってしまい、結局SASUKEを倒すことができなかった。


(次のターン、SASUKEを生け贄に上級モンスターを召喚されたら厄介だな……)


 史哉は手札を確認した。
 ――。


「カードを1枚伏せてターンエンド!」




 大樹のLP:8000
フィールド:忍者マスターSASUKE
       伏せカード1枚
 
 史哉のLP:6000
フィールド:怒れる類人猿
伏せカード1枚




2・小学生レベルの決闘


「俺のターン、ドロー!」


 大樹の二度目のターンが始まった。
 今のところ、場の状況はほとんど変わらないが――LPを見ると、大樹がやや有利ということがわかる。さっきの魔法の筒により、史哉のLPは6000に減っていた。


 大樹の手札:デーモン・ソルジャー、大嵐、人造人間−サイコ・ショッカー、早すぎた埋葬


(さて……どうするかな……。地砕きで史哉の類人猿を破壊してショッカーで直接攻撃でもいいが……それはちょっともったいないかな。よし、決めた!)


 数秒の思考がまとまった。


「SASUKEを生け贄に捧げ――ショッカーを召喚!」


「く……いきなり来たか……」


 史哉がわずかにだが顔をしかめる。


 人造人間−サイコ・ショッカー ★6【闇属性/機械族】攻2400 守1500
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り罠カードは発動できず、全てのフィールド上の罠カードの効果は無効になる。


「――いくぜ! ショッカーで類人猿に攻撃だ!」


 だが――。
 史哉は伏せてあった1枚のカードを表にした。


「速攻魔法発動、“月の書”!」


 月の書 速攻魔法
 表側表示でフィールド上に存在するモンスター1体を裏側守備表示にする。


「これでショッカーは裏側守備表示になり――攻撃は止まるよ!」


「く……てっきり罠だと思ってたのに……」


 月の書は、ショッカーの弱点とも言えるカードだった。
 裏側守備表示にされてしまうと、ショッカーの効果は発動しなくなる。さらに、ショッカーの守備力は1500しかないため、下級モンスターにも簡単に倒されてしまうのだ。


「ターンエンドだ……」


「俺のターンっ! ――ゴブリン突撃部隊を召喚!」


 ゴブリン突撃部隊 ★4【地属性/戦士族】攻2300 守0
 このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に裏側守備表示になる。次の自分ターン終了時までこのカードの表示形式は変更できない。


 生け贄不要モンスターとしてはかなり高い攻撃力をもつカード。
 攻撃すると守備表示になってしまうデメリットもあるが――大した問題ではない。


「裏側守備表示になっているショッカーを、類人猿で攻撃!」


「くそっ!」


 大樹のショッカーは成す術もなく破壊された。大樹のフィールドにある1枚の伏せカードは、今のところ役に立たないただのブラフだった。


「――ゴブリン突撃部隊で直接攻撃!」


 大樹のLP:8000→5700


 自身の効果で、ゴブリン突撃部隊は守備表示になる。
 このターンで、大樹と史哉のライフが逆転してしまった。
 さらに、大樹のフィールドにモンスターが1体もいないのに対し、史哉のフィールドには2体。
 明らかに史哉が優勢だった。


「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」


「俺のターン、……ドロー!」


 優勢から一瞬で劣勢に立たされた大樹。LPはまだあるが、相手のモンスターの総攻撃力を考えると余裕はない。
 こうなったら――。


「“早すぎた埋葬”を発動! 800ライフ払い、ショッカーを墓地から蘇生する!」


 早すぎた埋葬 装備魔法
 800ライフポイントを払う。自分の墓地からモンスターを1体選択して攻撃表示でフィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。このカードが破壊された場合、装備モンスターを破壊する。


 大樹のLP:5700→4900


 ますます大樹のライフは減ったが、ショッカーが再び大樹のフィールドに現れた。


「またショッカーか……厄介だな」


 わずかに眉を持ち上げる史哉。
 そして、大樹はさっきブラフとして伏せておいたカードを発動した。


「――さらに、リバースカード・オープン、“ハリケーン”発動! 埋葬を手札に戻すぜ」


 ハリケーン 通常魔法
 フィールド上の魔法・罠カードを全て持ち主の手札に戻す。


 史哉のフィールドには伏せカードは存在しないため、大樹の早すぎた埋葬だけが手札に戻る。
 早すぎた埋葬のテキストは、“このカードが破壊された場合、装備モンスターを破壊する”となっている。ハリケーンで手札に戻すことは“破壊”ではないため、ショッカーは破壊されない。つまり、死者蘇生のごとく完全に蘇らせることができるわけだ。しかも、早すぎた埋葬も再利用できる。いいことずくめのコンボ。


「ショッカーで類人猿に攻撃!」


 攻撃力2400のショッカーの攻撃を受け、怒れる類人猿は破壊された。
 わずかに史哉のライフが削られる。


 史哉のLP:6000→5600


「ターンエンド!」


「俺のターン!」


 史哉はドローしたカードを見やり、笑った。


「カードを1枚伏せてターンエンド」


 大樹は素早く考えを巡らせた。
 史哉は、今モンスターを召喚しなかった――つまり、手札にモンスターがいないということだ。


(――今が一気に攻めるチャンス!)


 デッキからカードを1枚ドローする。
 そして――


「早すぎた埋葬をもう一度発動! 忍者マスターSASUKEを蘇生する!」


 さっきハリケーンで手札に戻した“早すぎた埋葬”を使った。


 大樹のLP:4900→4100


 SASUKEが墓地から蘇り、特殊召喚される。


「SASUKEで守備表示になっているゴブリン突撃部隊に攻撃!」


 SASUKE自身の効果により、破壊されるゴブリン突撃部隊。
 

「さらに、ショッカーで直接攻撃!」


「おっと、手札から“クリボー”を捨ててダメージをゼロにする」


 クリボー ★1【闇属性/悪魔族】攻300 守200
 手札からこのカードを捨てる。自分が受けるダメージを一度だけ0にする。この効果は相手のバトルフェイズ中のみ使用することができる。


 史哉のライフは変動しなかった。


「ターンエンドだ!」


 モンスターを破壊されてしまったが――史哉には、まだある“策”があった。




 大樹のLP:4100
 フィールド:人造人間−サイコ・ショッカー
忍者マスターSASUKE
       早すぎた埋葬

 史哉のLP:5600
 フィールド:伏せカード1枚




3・練習試合終了


「俺のターン!」


 ドローフェイズ、スタンバイフェイズを終えた。 
 史哉が今やることは、前の自分のターンから決まっていた。



「“死者への手向け”! これでショッカーを破壊する!」


 死者への手向け 通常魔法
 自分の手札を1枚捨てる。フィールド上のモンスターを1体選択し、そのモンスターを破壊する。


「くそっ、ショッカーが……」


「さあ、これで罠が使えるようになった! ――メタル・リフレクト・スライムを発動!」


「なんだとぉ!?」


 メタル・リフレクト・スライム 永続罠
 このカードは発動後モンスターカード(水族・水・★10・攻0/守3000)となり、自分のモンスターカードゾーンに守備表示で特殊召喚する。このカードは攻撃することができない。(このカードは罠カードとしても扱う)


 昨日、大会の決勝――吉村秀悟との勝負(究極竜を召喚される直前)で感じたものと同じような嫌な予感がした。
 やっぱりそれは的中する。


「手札から魔法カード発動――“突然変異”! メタル・リフレクト・スライムを生け贄に捧げ、融合デッキから――サイバー・エンド・ドラゴンを特殊召喚!」


 突然変異 通常魔法
 自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる。生け贄に捧げたモンスターのレベルと同じレベルの融合モンスターを融合デッキから特殊召喚する。


 サイバー・エンド・ドラゴン ★10【光属性/機械族】攻4000 守2800
 融合:サイバー・ドラゴン+サイバー・ドラゴン+サイバー・ドラゴン
 このモンスターの融合召喚は、上記のカードでしか行えない。このカードが守備表示モンスターを攻撃したとき、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


 サイバー・エンド・ドラゴンを融合召喚しようとする小学生へ。
 こんな簡単に出す方法があるのだよ。憶えておきたまえ。サイバー・ドラゴンを3枚集めようとするぐらいなら、ヴァリュアブル・ブック5を購入するがいい。
 まあ、突然変異が制限カード入りしたから、狙いづらくなったけど。
 ――それはともかく。


「“リミッター解除”発動! サイバー・エンド・ドラゴンの攻撃は倍になる!」


 リミッター解除 速攻魔法
 このカード発動時に自分フィールド上に存在する全ての表側表示機械族モンスターの攻撃力を倍にする。エンドフェイズ時この効果を受けたモンスターカードを破壊する。


 サイバー・エンド・ドラゴンの攻撃力:4000→8000


 大樹の残りライフは4100。サイバー・エンド・ドラゴンとSASUKEの攻撃力差は6200。ということは――


「サイバー・エンド・ドラゴンで攻撃!」


 大樹のLP:4100→0


「負――け――たぁぁぁぁっ!」


 大樹は手札を放り出した。




4・対策カード投入!


「これで121勝128敗かぁ……」


 墓地にあるカードや放り出した手札を回収してデッキを元に戻してから、大樹は溜め息をついた。
 差を縮めるどころか、ますます開いてしまった。
 自分のデッキのどこが悪いのだろう? 以前までは結構2人の実力は伯仲していたのだが、最近の大樹は連敗街道を走り続けている。
 もちろん、今の目標は、吉村秀悟――あのイカサマ野郎――を倒すこと。史哉に勝つのはその後でもいい。
 ふと、そのとき、大樹はあることに気づいた。


「お、おい、史哉!」


「ん?」


「おまえのデッキ、ちょっと見せてくれ」


 返事も聞かず、史哉のデッキのカードを1枚1枚確認する大樹。承諾を得ずに他人のカードに触るのはマナー違反では?
 そして大樹は、今さっきの勝負で史哉が使用したある1枚のカードをじっと見た。


「これだ――」


「どうかしたの?」


 怪訝そうな表情で、大樹を見る史哉。


「このカードさえあれば、あいつに勝てる! このカード、俺のSASUKEと交換してくれ!」


「ええ……!?」


 史哉は悩んだ。
 忍者マスターSASUKE。たしかに強力なカードだが、史哉にとっては別に欲しくもなんともない。


「な! いいだろ?」


 本当に強引な奴だな、と史哉は思った。
 仕方ない。こんなに欲しがっているなら。


「――わかった。いいよ」


「よっしゃあ! ついでに、このカード、もう何枚か持ってないか?」


「え? あと2枚持ってるけど……」


「じゃ、譲ってくれっ!」


 結局、大樹の頼みを断れなかった史哉は、そのカードを3枚大樹に手渡すことになった。


 大樹は内心大喜びしていた。


(――これであいつに勝てる!)




 それから何回か勝負して(大樹は全敗。ひどいものだ)、史哉は帰っていった。それから、大樹はインターネットでお気に入りの遊戯王のサイトへ行き、“禁止・制限・準制限カード”をチェックした。
 さっき史哉からもらったカードは、準制限すらかけられていなかった。つまり、デッキに3枚フル投入可能!


「よし……!」
 

 そのカードとは、吉村秀悟のイカサマを完全に崩すもの。
 ただ――問題は、最初の6枚の手札にそのカードが来るかどうか。
 もしなければ、前回と同じように敗北してしまう。
 ――いや、負けるわけにはいかない。


 それから、大樹はその3枚のカードをデッキに投入するとともに、もう一度構築し直すことにした。
 本当は3枚も入れるべきカードではないので、デッキのバランスは多少崩れるかもしれない。秀悟と戦う前に他の奴に負けてしまっては元も子もないので、できる限りバランスのいいデッキにしなければいけない。




 ***************************************




 大会の日は、刻々と迫ってきていた。
 今日は9月28日。次の大会は、10月4日。
 あとおよそ1週間。
 デッキは、完全にイカサマ1KILL対策として仕上がっていた。また、他の相手とも問題なく戦えるようにはしてある。




「決闘!」




 何回か、史哉を相手に試してみた。
 史哉との勝負を想定したデッキではないので、やはり勝てなかった。
 だが。秀悟は、史哉ほど強くないはず。イカサマをしているから勝てるだけであり、デッキそのものは脆いだろう。究極竜の攻撃を止めれば――、勝てる。








 吉村秀悟は自室に明かりも点けずに篭もっていた。
 大会まであと1週間もない。
 イカサマの練習――というのも変だが――に、何度も繰り返し取り組んでいた。
 秀悟のイカサマは単純なものだった。
 最初から、初手に欲しいカード(デビル・フランケンや巨大化はもちろん、大嵐や死者への手向けなど)をポケットに隠しておき、相手がドローカードを確認している隙に、ジャッジの目を盗んで隠し持っていた5枚のカードを取り出す。完璧。
 今は、休憩しているところ。クーラーも扇風機もつけずにいたため、汗でびしょびしょだった。
 暗い部屋の中。ふと思った。
 ――本当にこれでいいのか?
 だが、手の中にあるカード――“青眼の究極竜”は何も答えない。ただ、黙って青い眼を秀悟へ向けていた。




 5・あいつとの勝負は実現するのか?


 ついにこの日がやって来た。10月4日!
 今日は平日――普段なら、学校は午後3時に終わる。大会は3時半から。結構急がないと間に合わない。
 こういうときに限って、先生が長話をして時間を潰したりする。


「今日は先生の誕生日なんですよぉ。先生の娘は、ほら、こんなものをプレゼントしてくれましたー!」


 娘からの“プレゼント”――ちょっと見たらゴミ箱に突っ込みたくなるような「誕生日おめでとうカード」を散々見せびらかされた。


(やっべぇ……もう3時15分だよ……。家まで10分、クリエートまで5分……ギリギリだ……)


 大樹は焦っていた。
 これ以上先生の話が続こうものなら、確実に大会に間に合わない。もし参加できなかったら、秀悟へのリベンジは来月までおあずけになる。せっかく史哉からもらった“対策カード”をサイドデッキに3枚も投入し、デッキを組み直したのに。それをこんなクソ教師に無意味にされてたまるか――。


「あ、あの、――先生、もう時間過ぎてますよ……」


 大樹とは席が離れている史哉が時計を指差し、言った。史哉も相当焦っているようだ。


「あら、大変! もう15分も過ぎてる! ごめんね。さ、起立! ――さようなら!」


 帰りの挨拶をすると、すぐさま先生は教室を飛び出していった。
 焦りに加え、先生に対する怒りが大樹の体中を駆け巡っていた。
 すぐに、史哉が大樹に近づいてきて、腕を引っ張った。


「――急ぐぞ!」




 結局、大樹と史哉がクリエートに到着したのは3時28分だった。着くのがあと120秒遅かったら、受付が終了し、失格――というか、参加すらできなくなるところだった。


「セーフ……だったな」


「ああ。でも、かなり危なかった」


 学校からの帰り道は猛ダッシュ。家から会場であるクリエートに向かうときは、自転車で精一杯ペダルを踏みまくった。幸い、神が味方してくれたのか(先生の長話につかまった時点で味方も何もないのだが)、信号に引っかかることもなかった。
 受付を済ませ、店内を見回した。――宿敵、吉村秀悟は来ているのか?


「まさか――今回は出ないとか?」


「んなバカな。前回の優勝者が出ないなんてことは――」


 そのとき。
 2人は見た。
 秀悟が入口付近の壁にもたれ、だるそうに立っているのを。


「……いた……」


 指差すのも失礼かと思い、視線を秀悟のほうに向けた。史哉もすぐに気づいた。
 やっぱり来ていた。
 ――闘志が大樹の胸に湧き上がる。


(絶対、奴は俺が倒してやる――!)




 トーナメントの組み合わせ表が張り出された。
 秀悟がずっと勝ち進むとして、大樹は2回勝てば秀悟と戦うことができるようだ。
 前回は優勝の座を争ったわけだが、今回はそうでもない。3回戦。なんか、微妙。
 秀悟は、2人から離れたところで組み合わせを確認していた。


「本当に大丈夫か? “あのカード”が初期手札になけりゃ、負けだぞ?」


 史哉が心配そうに言った。


「なーに、大丈夫。絶対勝てる」


 と、大樹。
 それは、何の根拠もない楽観的な発言だった。




 1回戦の相手は、大樹と同じ学校に通う2年生だった。
 まだルールをよく理解していないらしく、大樹がショッカーをリビングデッドの呼び声で特殊召喚したときには抗議を始め、魔法の筒を発動したときにはサイクロンで無効化しようとして――もう、とんでもなかった。
 呆れたのは、“死者蘇生”を発動してきたこと。言うまでもなく、死者蘇生は禁止カード。クリエートの大会は公認ではないが、“コナミが制定した禁止・制限・準制限カードには従う”と決められている。当然、その瞬間、2年生は敗北。
 2年生が泣きながら参加賞のカードをもらい、店を出ていったとき、大樹は少し罪の意識を感じた。




 2回戦。
 今度は中学生が相手だったが、彼のデッキ構成はまるでなってなかった。対戦してみたところ、ブラック・マジシャンだのジャッジマンだのガガギゴだの魔法除去だの出てきて、デッキタイプがまるでわからなかった。
 最後、大樹のライフが7800――中学生のライフが400となったとき、“自爆スイッチ”を発動しようとしてきたが、残念ながら、そのとき大樹のフィールドにショッカーがいたため、無効となった。
 結局、大樹が余裕の勝利を収めた。




 一方、史哉は――順調に勝ち進んでいた。




 秀悟は、1回戦ではイカサマを使用せず普通に戦っていたため、ちらりと様子を見た大樹は少し驚いたが、2回戦は中学生が相手で、そのとき普通にイカサマしていた。まあ、連続して同じ方法で1ターンで勝利すると怪しまれるため、普通に勝てる相手には正攻法で行くだけなのかもしれない。




 3回戦・第1試合。
 大樹と秀悟との勝負が、始まろうとしていた。




 6・わずか3分間の勝負


「じゃんけん、ぽん」


 お互いにカードを5枚ドローした後(この時点で秀悟のイカサマは成功していた)、前回と全く同じような流れで、じゃんけんをした。
 このじゃんけんで勝ち、後攻をとれば――勝利確率は上がるかもしれない。
 だが、残念ながら――大樹の手はチョキ。秀悟の手はグー。またしてもじゃんけんで負けてしまった。


「俺は、後攻」


 秀悟が言った。
 今回も、大樹の先攻。
 しかし、少なくとも相手の戦術はわかっている。


(よし……やるぞ……)


 どくん……どくん。
 心臓の音が、すぐ近くで鳴る爆音のように聞こえた。


「俺のターン――ドロー!」


 戦いは、始まった。


 大樹の手札:奈落の落とし穴、クリッター、抹殺の使徒、デーモン・ソルジャー、氷帝メビウス、強制転移


 大樹は自分の手札を確認し、目を見張った。


(対策カードが……ない……)


 願いも虚しく、史哉からもらったイカサマ1KILL対策カードは1枚も手札に来ていなかった。
 だが。諦めるのはまだ早い。
 大樹は表情を変えず、メインフェイズに入った。


「モンスターを裏側守備表示でセットし、ターンエンド」


 奈落の落とし穴を伏せても、どうせ大嵐やサイクロンで破壊されてしまうだろうから、このターンはそれだけで終わった。


「俺のターン、ドロー!」


 秀悟は勢いよくドローする。
 そして、前回と同じ行動に出た。


「デビル・フランケンを召喚! 効果により、青眼の究極竜を特殊召喚!」


 秀悟のLP:8000→3000


「究極竜に巨大化を装備!
さらに、死者への手向けを発動! 手札を1枚捨て、その守備モンスターを破壊する!」


 青眼の究極竜 攻4500→9000


 秀悟は手札からいらない魔法カードを1枚捨てた。
 だが。


「俺の裏守備モンスターは“クリッター”。効果発動!」


 クリッター ★3【闇属性/悪魔族】攻1000 守600
 このカードがフィールド上から墓地に送られたとき、自分のデッキから攻撃力1500以下のモンスター1体を選択し、お互いに確認して手札に加える。その後、デッキをシャッフルする。


「クリッターか……。でも、どんなカードを手札に加えようと、このターンで勝負は決まる。おまえの敗北は変わらない!」


「ふふ……そいつはどうかな……? 俺は、このカードを手札に加える!」


 大樹はデッキから1枚のカードを抜き取り、余裕ぶっている秀悟に見せた。 


 クリボー ★1【闇属性/悪魔族】攻300 守200
 手札からこのカードを捨てる。自分が受けるダメージを一度だけ0にする。この効果は相手のバトルフェイズ中のみ使用することができる。


「な……クリボー!?」


 このカードこそが、“対策カード”の正体だった。
 相手から受けるダメージをゼロにする。つまり、究極竜の攻撃を回避できる!
 究極竜1KILL対策として、有名なカードだ。サイドデッキに入れている人もいるのでは?
 抹殺の使徒などでクリッターを除外されてしまったらどうしようかと思ったが、なんとかなった。


「ほら、どうした? 攻撃してこいよ!」


 既に究極竜を召喚し、巨大化まで装備させてしまった。ライフは3000になり、絶対的劣勢に立たされる秀悟。
 仕方なく、秀悟は攻撃宣言をした。


「究極竜で直接攻撃!」


「クリボーを捨ててダメージはゼロだ」


 大樹のライフは変動しない。


「デビル・フランケンで直接攻撃!」


 大樹のLP:8000→7300


 わずかに大樹のライフが削られたが、デビル・フランケンの効果コストで秀悟が払ったライフに比べれば微々たるものだ。


「ターンエンド……」


「俺のターン!」


 大樹は意気揚々とデッキから1枚ドローした。
 デスティニードロー! 今引き!


「“地砕き”を発動! 究極竜を破壊!」


「く……くそおぉぉぉっ!


 究極竜はあっけなく破壊され、墓地に送られた。
 正規の方法で融合召喚されていない究極竜は、“早すぎた埋葬”などで蘇生することができない。つまり、ゲームから除外されてしまったようなものだ。
 秀悟のフィールドには攻撃力700のデビル・フランケン(攻撃表示)1体のみ。


「デーモン・ソルジャーを召喚! デビル・フランケンに攻撃!」


 デーモン・ソルジャー ★4【闇属性/悪魔族】攻1900 守1500


 デビル・フランケンも破壊され、秀悟のフィールドは空になった。


 秀悟のLP:3000→1800


(俺の……負けだ……)


 秀悟は、胸の内で負けを認めた。
 彼の手がデッキに伸び――。


「降参だ……」


 サレンダー。
 イカサマを破られ、究極竜を消された秀悟に勝ち目はなかった。
 ジャッジを務める店長は、秀悟の動作を確認した。


「勝者――二宮大樹くん――!」


 決闘開始から3分後。
 大樹の勝利という形で、あっさり決着はついた。




 7・念願叶って優勝!


 史哉が負けた。
 3回戦第2試合。
 相手は、高校生(午後3時半から大会に出てる暇があったら、部活行けよ)。相手の醜い顔に圧倒されたのか、史哉はチャンスを何度も逃してしまった。
 最後は接戦だったが――結局、史哉のライフは全て削り取られた。突然変異でサイバー・エンド・ドラゴンを出すことさえできなかった。


「悪い……決勝までいけなかった。俺の分まで頑張ってくれ」


史哉は陳腐なセリフを吐いていた。


「バカ。まだ3位決定戦があるだろ」


 参加人数は多くないため、3回戦は準決勝。今から、大樹は決勝戦に臨もうとしていた。
 3位決定戦は、3回戦(=準決勝)で負けた参加者が戦う。
 ということは――。


「――相手はあいつか」


 史哉の視線の先には、ついさっき大樹に敗れた吉村秀悟がいた。




 大樹とその相手が決勝戦を行っている間、3位決定戦も始まった。
 史哉と秀悟がそれぞれテーブルの席に着く。
 じゃんけんは、史哉の勝ち。史哉は後攻をとった。
 お互いにデッキから5枚ドローした後、おもむろに秀悟が口を開いた。


「一応、言っとくがな」


「ん?」


 秀悟が史哉に自分から話しかけてくるのは初めてのような気がした。


「――俺は、もうイカサマはやらない。正々堂々と勝負する」


「…………」


 なんとなく予想できていた発言だった。
 まあ、実際は史哉もさっきまで心の奥底で焦っていたのだけれど。クリボーを3枚大樹にあげてしまったため、1KILL対策の手段がなかったから。
 秀悟の言葉を聞き、少し安心した。


「ドロー!」


 秀悟が勢いよくデッキの一番上にあったカードを1枚手札に加えた。


「――モンスターを裏守備で出し、リバースカードを2枚セット。ターンエンド!」


「俺のターン、ドロー!」


 史哉の手札:突然変異、雷帝ザボルグ、魂を削る死霊、和睦の使者、異次元の女戦士、マジック・ジャマー


「異次元の女戦士を攻撃表示で召喚! リバースカードを1枚セットし、ターンエンド!」




 勝てない。


そんなことは最初からわかっていた。


 これまでイカサマに頼り切っていた自分に、何ができるというのだろうか。


 目の前にいるのは、本物の決闘者。


 しかし。


 焦りはない。


 負けることを恐れる必要もない。


 これはゲームだ。


 楽しめなければ、それは敗北と同様。


 恐れる必要など――決してない。


 自然と、笑みがこぼれた。


 対戦相手――本物の決闘者――史哉とかいう奴は、怪訝そうな表情を浮かべている。


 まあ、自分がこれまで笑顔を見せたことは一度もなかったからな。


 いくぞ――!




 *************************************




「やったぜ! 優勝だぁ!」


 決勝戦終了後、大樹は3位決定戦をとっくに終えていた史哉に駆け寄った。
 史哉のほうは――どうやら、勝ったらしい。
 大樹は優勝。
 史哉は3位。
 過去最高の成績だ。


「ああ。やったな、大樹!」


 史哉は祝福の言葉を投げかけた。今日限りは、調子に乗らせてやろう。
 これで、店の壁に張り出されている“優勝者リスト”に大樹の名が刻まれることになった。
 そのとき。


「秀悟――」


 史哉が突然呟いた。
 大樹が振り向くと、後ろに秀悟の姿が見えた。
 史哉は、秀悟に駆け寄った。
 大樹は戸惑ったが――とりあえず、史哉についていった。


「――完敗だったよ」


 秀悟が寂しそうに笑みながら言った。


「え、ちょっと――そんなことないって」


「いや」


 秀悟は2人を黙らせ、言った。


「俺の負けだ。2人とも――いつも、本当に楽しそうに戦っているよな。俺は、今まで楽しむことができなかった。ただ、勝つためにイカサマしたりして。
 でも、おまえとの決闘で」


 秀悟の視線が史哉に向けられた。


「――初めて、楽しく戦えたよ。ありがとう」


 3位決定戦――史哉と秀悟の勝負は、10分ほどで終わっていた。
 史哉が雷帝ザボルグを召喚し、魔人 ダーク・バルターに変異させ――まあ、いろいろと。
 戦っている間、秀悟はずっと微笑んでいた。勝負がついても、ずっと笑っていた。


「どういたしまして」


 史哉は笑った。つられて、大樹も、秀悟も。


 吉村秀悟。
 新しい仲間。
 こんな人物に出会えたことを、神に感謝しなければ――。大げさか?




 8・束の間の休息期間


 大樹も史哉も秀悟も、11月の大会には出なかった。
 凄まじい量の宿題が出ているということもあったが、それよりも、3人で遊ぶのが楽しかったから。
 秀悟は2人と違う学校に通っているが、家はわりと近い。自転車で数分の距離。
 電話で連絡をとり、暇な日は秀悟の家に行ったり、大樹や史哉の家で遊んだりするようになった。




「墓地からクリッターと聖なる魔術師を除外し、カオス・ソーサラーを特殊召喚! さらに、ジャイアント・オークを攻撃表示で召喚! 
 カオス・ソーサラーの効果でそのマシュマロンを除外し、オークで直接攻撃!」


 大樹のLP:1700→0


「ぐああああっ! イカサマなしで秀悟に負けたぁっ!」


「ふう……やっと勝てたか」


 秀悟のデッキは、究極竜1KILLからカオス・スタンダードへ形を変えていた。その結果、イカサマなしでも大樹や史哉ともまともに渡り合えるようになった。


「なら、今度は俺と勝負!」


 すかさず史哉が名乗り出る。


「なら、3人でやるか。1対1対1」


「よし、やるぞ!」


 楽しかった。
 第1印象は、“なんか無愛想で嫌な奴”という感じだった秀悟も、今ではかなりいい奴だった。
 新しい友達。
 あの大会で偶然出会えて、本当によかった。




 *************************************




「知ってる? 2組の林田兄妹が遊戯王始めたんだって」


 ある日の休み時間、大樹のクラスメイト――藤沢高志が声をかけてきた。高志もOCGをやっているが、大会に参加したことはない。実力的に、大樹や史哉には敵わないから。
 林田兄妹。兄の林田浩一と、妹の林田友恵。双子だ。男と女の双子という時点で珍しいのに、さらに同じクラス。滅多にないだろう。


「へえ。で――それがどうした?」


「うん。それでさ、始めたばっかでデッキにどんなカード入れたらいいかさっぱりわかんないから、アドバイスしてくれって言われたんだ。おまえも、今日の放課後、俺の家に来てくれよ」


「――わかった」


 高志が自分の席に戻っていってから、大樹は考えを巡らせた。
 史哉を誘うのはもちろんのこと。秀悟はどうしよう。


(誘ってやるか。友達なんだから)


 高志たちにも秀悟を紹介するいい機会だ。




 決断も早い大樹は、まずは史哉に林田兄妹の件を伝えた。
 史哉は2つ返事で了解した。




 放課後。秀悟の家に電話をかけたが、誰もいなかった。
 数回、“トゥルルルル”と鳴った後、“ただいま、出かけています。電話の方は、『ピー』となった後、メッセージをどうぞ。ファクシミリの方は……”と流れた。
大樹は受話器を置いた。


(……そりゃ、秀悟だって遊べない日もあるよな)


 そう思いながらも、胸のあたりに何か引っかかりを感じた。
 とりあえず、リュックの中にデッキとレアカードファイルを入れ、家を出た。


「行ってきまーす」




 大樹が高志の家に到着したとき、既に浩一と友恵と史哉は浩一の部屋で何やら話していた。


「“強欲な壺”は絶対入れるべきだよ。何しろ、ノーコストで2枚もドローできるんだから。このカードの強さがわかってない人が最近多くて……」


 史哉が初心者の3人(浩一と友恵に加え、高志も含む)に御託を並べていた。3人はわかったようなわからないような顔をして、ただ頷いていた。
 まだ史哉は喋り続けていたが、途中で浩一が大樹の存在に気づいた。


「あ、大樹。来てたのか」


「――もう3分前からこの部屋にいたんだけどな」


「ああ。悪かったな。――そうだ、全員来たことだし、茶でも持ってこよう」


 3人とも、史哉の長話から抜け出す口実ができたことで安堵の表情を浮かべていた。




 時計の短針が“5”を指したとき、大樹と史哉と高志は浩一の家を出た。

 浩一も友恵も、なかなか筋がよかった。大樹と史哉のアドバイスをもとに(失礼な言い方だが、高志はあまり役に立っていなかった)デッキを作り上げ、トーナメント形式で決闘を行った(5人なので、史哉がシード権を事前に獲得した)。史哉が優勝、大樹が2位、浩一が3位、高志が4位、友恵が5位。友恵は不満そうな表情だったが、もっと落胆していたのは高志だった。


「……ついさっきデッキ作った初心者の浩一に負けた……」


 1回戦で早々に浩一に敗れた高志。その後、最下位決定戦でどうにか友恵に勝ち、屈辱のビリは免れたのだが――。
 大樹や史哉に言わせれば、高志よりも浩一たちのほうが素質があるように思えた。


「じゃあな」


 高志は大樹たちと帰る方向が違うため、自転車に乗った直後、別れた。




 9・秀悟と中学生のいざこざ


 高志の姿が視界から消えた直後、走り出す前に大樹は口を開いた。


「史哉――」


「なんだ?」


 大樹は、電話をしたのに秀悟が出かけていたことを史哉に話した。
 史哉は少し眉を持ち上げただけだった。


「それぐらい、よくあることだろ。なんか習い事があったのかもしれないし」


「いや。あいつは習い事なんて何もやってない」


「なら、歯医者とか――」


 言い合いながら、ペダルを踏んだ。
 11月の少し冷たい空気が2人の顔を打つ。
 やがて、公園の前を通りかかった。
 そのときだった。誰かの呻きと乱暴な声が大樹の耳に届いたのは。


「これからは、二度と俺たちに逆らうな。わかったか?」


 一瞬の静寂。


「わかったのか、って訊いてんだよ!」


 どすっ! 鈍い音。


「うっ……!」


 大樹はブレーキをかけ、全神経を聴覚に集中した。
 間違いない。この声は――。


「史哉! 秀悟だ!」


「えっ!?」


 大樹はすぐさま自転車から降り、公園の中へ駆け込んだ。
 薄暗い空間の中、視界に飛び込んできたのは――仰向けに倒れている秀悟と、3人の中学生だった。




「何やってんだよ、おまえら!」


 周囲に響く大声で大樹は叫んだ。
 眼前の光景が信じられなかった。信じたくなかった。
 秀悟が中学生にやられている――!


「なんだ? おまえ、このガキの仲間か?」


 中学生3人の中で一番ふくよかな体型の奴が言った。その顔に、薄汚い笑みを張り付かせている。
 もう一度、大樹は叫んだ。


「ふざけんな! 質問に答えろっ!」


 ちょっと自分の声が裏返っているのがわかった。
 秀悟はボコボコにされていて、もう戦う力は残っていないだろう。戦力外。
 史哉は、元来争いごとが苦手な性質。
 大樹も、決して喧嘩が強いわけではない。
 相手は、喧嘩慣れしていそうな中学生3人。体の大きさからして違う。
 一瞬、“何も見なかったふりをすればよかったかもしれない”という考えが頭の中を走り抜け――直後、そんな自分を最低の奴だと思った。友達を見捨てることなんかできるか?


「生意気な口叩くんじゃねえよ、チビ」


 ふくよか体型が素早く大樹の胸倉をつかみ、持ち上げた。息が苦しくなり、げほげほ咳き込む大樹。
 残りの2人も史哉に詰め寄った。
 史哉の表情が恐怖に凍りつく。


「その口、二度と開けないようにしてやるよ」


 大樹の胸倉をつかんでいるふくよか体型が拳を引いた。次の瞬間、その拳は大樹の顔面めがけて飛んでくるだろう。大樹は目を閉じた――。

 がん がん がんっ

 音が鳴った――なぜか3回も――が、痛みはなかった。


(…………?)


 ゆっくり目を開けた。
 そこには、倒れている3人の中学生と、脚をふらつかせながら太い木の棒を持って立っている秀悟の姿があった。


「こいつら、俺がもう動けないと思ってたらしいな」


 秀悟が、血の混じった唾を吐いた。
 秀悟を助けるつもりが、逆に助けられてしまった。秀悟はあの木の棒で3人の頭に1発ずつ喰らわせたのだろう。
 史哉も無事だったようで、泣きそうな顔をしながら秀悟へ駆け寄る。


「秀悟――大丈夫か?」


「どうしてこんなとこにいるんだ?」


 2人が同時に質問したので、秀悟は苦笑した。


「2つの質問にいっぺんに答えられるわけないだろ」


「じゃあ、俺の質問から」


 大樹が言うと、秀悟は頷いた。


「体のあちこちに痛みを感じるが、致命的な傷は1つもない」


「んじゃ、次に俺の質問」


「なぜここにいるかってーと――まあ、俺はおまえらに会うまで、そこに倒れてる中学生と悪さしてたんだ。弱い奴と賭け勝負して、レアカード奪い取ったりな。
でも、ここしばらく俺はあいつらの誘いを断っておまえらと遊んでた。――それが気に入らなかったんだろ」


 それを聞き、大樹と史哉は同じことを考えた。


「ってことは、つまり――俺たちのせい?」


「いや、そんなこたぁない」


 慌てて秀悟は否定し、続けた。


「もとはと言えば俺が中学生とつるんでたのがいけないんだし――おまえらは何も悪くない」


 それでも。一抹の罪悪感が、2人に覆いかぶさっていた。
 沈黙が落ちる。
 数分後、わざわざ明るい声で秀悟が言った。

「――さ、もう遅いし、帰ろうぜ。親に叱られるだろ」




 秀悟の自転車は、2人が止めた場所とは離れたところにあった。
 大樹を先頭に、縦1列となって車道の端を走る。
 やがて、分かれ道に来た。


「お願いだから――2人とも、これで今までの態度変えたりしないでくれよ。俺、もうあんな奴らとは付き合わないから」



 別れ際、秀悟が発した言葉がいつまでも大樹の耳に残っていた。




 10・暗号の謎を解け!


 それから。
 大樹も史哉も、今までと同じように秀悟と遊んだりしたが――どうしてもあの中学生たちのことが頭から離れず、何か――よそよそしい感じがした。




 12月最初の月曜日――大樹が学校へ行き、下駄箱に靴を入れようとしたとき――そこにある手紙が入っていることに気づいた。


「……なんだこりゃ?」


 思わず声に出して呟く。
 真っ白な封筒。差出人の名は書いておらず、宛名――“二宮大樹”とだけある。


(まさか、爆弾じゃねえだろうな――。←←バカ
 いや、もしかしたら女の子からとか―― ←←哀しい男の心理)


 普段から、女子に人気があるのは、ごく優しい性格の史哉のほうで、負けず嫌いで荒っぽい大樹の周りには男しか寄りつかない。アホな考えを巡らせながら、封筒を手にとった。
 厚い。
 どうする?
 今ここで開けるか――史哉や高志や秀悟と相談するか。


(えーい、今開けちまえっ!)


 中身が気になって仕方がない。
 早く、内容を知りたかった。
 封を破る。びりっと紙が裂ける小さな音が、静かな昇降口に響いた。
 すぐに中の手紙を引っ張り出す。
 ゆっくり読んでみた。




『二宮くん――。
 それぞれ色の違う7つのデッキを持ち、秘密の場所に来てほしい。
 ほら――君と杉本くんの秘密の場所だよ。
 友達と来てくれても、もちろん構わない。
 きっと、おもしろいことが起きる――。
 私の名は、アポロン。
 君たちとは違う世界の創立者の名だ――興味があるなら憶えておくといい。』




 …………。
 意味不明な文章だ。


(アポロン……って、誰だよ。知らねえな。誰かのイタズラか?)


 この手紙を書いた奴は、頭がイカれてるに違いない。
 一瞬そう思ったが――気になるのは、“色の違う7つのデッキを持ち”というところと、“君と杉本くんの秘密の場所”というところ。前者は全く意味がわからない。後者は――なぜ、この差出人が知っているんだ?
 “秘密の場所”とは、まだ大樹や史哉(杉本くん=史哉)が小学校に上がったばかりだったころ、学校の裏の林の中に作った“ひみつきち”のこと。2人以外、誰も知らないはずだ。最近はあそこで遊んでいないし、秀悟にも、教えていない。
 それに――“色の違う7つのデッキ”。どういうことだ?
 少なくとも、OCG関係ということは間違いないが――。


「……うーん……」


 頭脳をフル回転させ、この手紙の謎を解こうとした――が、さっぱりわからない。元から少ない頭脳をフル回転させたところで、あまり意味はない。
 なぞなぞ――ヒントをもとに、謎を解け――まさかのミステリー――。くだらない連想ゲームが始まってしまった。
 ――気がつくと、もう始業時間まであと5分だった。そろそろ、運動場で遊んでいた生徒たちが慌ててこの昇降口へ押しかけてくるだろう。
 手紙と封筒を持ったまま、教室へ急いだ。




「へぇ……色の違う7つのデッキねぇ……」


 休み時間。大樹は事情を説明した。
史哉はその手紙を見て、小さく唸った。


「わかるか?」


「色の違う……ってことはさ、……種族とかじゃない?」


「でもさぁ、種族っていってもいろいろあるし……“獣族”と“獣戦士族”とか、似たようなやつもあるしさぁ……」


 初心者代表の高志も会話に加わった。


「それでも、種族は関係ないっていうはっきりしした根拠にはならないぜ」


「でも……」


 一同、考え込む。
 色。でも、“種族”だと――なんか、多すぎるというか――しっくり来ない。
 種族じゃないとしたら。もっと幅を広げれば。はっきり色が分かれているもの。


「――“属性”は?」


「あっ!」


 大樹の言葉に、史哉と高志は声を上げる。


「もしかしたら、それかも……」


 3人は、指を折って“属性”の数がいくつあるか数え始めた。
 闇、光、地、風、炎、水……。


「なんだ――6つしかないじゃん」


「だめか……」


 また振り出しに戻ってしまった。
 属性じゃないとしたら、やっぱり種族か?
 それとも、デッキの型? だが、わざわざアポロンとかいう奴が“色”という言い回しをしているのが気になる。
 そのとき、史哉がある発見をした。


「おい――この封筒、まだ何か入ってる」


「え? マジ?」


 史哉は、その“何か”を引っ張り出した。
 それは数枚のカードだった。


「見して」


 大樹は史哉の手からそのカードを奪い取り、見た。
 まず、一番上のカード。


 もけもけ・改 ★1【神属性/天使族】攻300 守100
 このカードが召喚に成功したとき、デッキまたは手札から「もけもけ・改」を2体まで自分フィールド上に特殊召喚することができる・


「――何これ?」


「知らん」


 もけもけ・改。まず、第一に、そんなカード名なんて聞いたことがない。
 それに――カード名のすぐ横に表記されている属性が気になった。


 “神”


 現在(2005年9月)存在するモンスターカードの属性は、さっき大樹たちが挙げた6つしかない。原作に登場して有名になった“神のカード(公式決闘では使用不可)”を除けば。
 その下のカードも、見たことのないようなものが並んでいた。


 “神のしもべ”
 “青眼の神竜”
 …………。


 ご丁寧なことに、全てウルトラレア仕様になっていた。
 封筒を手にとったとき最初に感じた“分厚さ”はこのせいだったのだ。
 神属性。


「これ含めたら、属性の数は全部で7つだよな……」


 今のところ、公式デュエルで使える“神属性”のモンスターは存在しないはずだった。
 手紙に同封されていたこれらのカードなんて、見たことがない。
 こんな手のこんだイタズラは――さすがにないはず。


「どう考えても、このカード入れてデッキ作ってこいってことだろ」


 闇。
 光。
 地。
 風。
 炎。
 水。
 そして――“神”。
 7つ揃った!


“それぞれ色の違う7つのデッキを持ち、秘密の場所に来てほしい”


 大樹は、史哉と高志に訊いた。


「――行くか? デッキ作って」


 2人は即答した。


「――うん」




 11・この小説もようやく本番……


 7色のデッキを揃えたら、何が起こるのだろう。
 誰も、知る者はいなかった。
 しかし。ここまで来たら、もう確かめないわけにはいかない。


「えーっと……」


 大樹は、アポロンから手紙をもらった本人として、“神属性”のデッキを担当していた。
“秘密の場所”へ行くメンバーは、大樹と史哉と大樹と林田兄妹――そして。
 ――秀悟は?
 そういえば、秀悟にはまだこの件を伝えていない。


(やっぱ、電話したほうがいいかな……)


 “秘密の場所”では、やはりデュエルをさせられるのだろう。秀悟は強いから、貴重な戦力となる。それ以前に――友達を除け者にしたくはない。


(――よし、電話だ)


 自室から出て、受話器を手に取った。

 ぴ、ぽ、ぱ、ぴ、ぽ、ぽ、ぴ……。
 とぅるるるる、とぅるるるる……。

 ぷつっ。


『もしもし……』


 秀悟の声だ。
 大樹は、名も名乗らずに勢いよく話し始めた。


「秀悟――あのさぁ」


 アポロンからの手紙の件を説明する。
 7色のデッキ。
 秘密の場所。
 日時は指定されていなかったが、できればすぐにでも行きたいところだ。
 必要事項を全て伝え、秀悟の返答を待った。


『…………』


 その沈黙の時間が、やけに長く――永遠のように感じられた。
 だが、それは唐突に終わった。


『――俺は何属性のデッキを作ってけばいい?』


 受話器から突然聞こえてきた声に、大樹は一瞬驚き――すぐに笑んだ。


「来てくれるのか?」


『ああ。別に行かない理由もないだろ。まあ、もしその手紙がただのイタズラだったら――無駄な時間を遣わせた代償として、おまえのレアカード1枚もらう』


 ――よかった。
 属性の担当は、確か――大樹が神属性、史哉が光属性と風属性、高志が闇属性と炎属性、林田浩一が地属性、友恵が水属性。
 ここは、もともと高志の担当だった闇属性デッキを割り当てるべきだろう。


「んーとね、闇属性でいいか?」


 さっきと同じように、秀悟の返事を待った。
 今度はすぐに返ってきた。


『ああ。俺の一番好きな属性だ』






 秀悟も“秘密の場所”へ行くメンバーに加わったことを、電話でみんなに連絡した。
 不満そうだったのはただ1人――高志。
 自分の割り当てだった闇属性が勝手に秀悟に移されたのが不愉快だったらしい。だが、仕方ないことだ。秘密の場所では、おそらくデュエルをさせられるだろうし――6人の中で戦力的に一番頼りない高志が2つもデッキを持つというのは、よくない気がした。


「悪いけどさ、それで許してくれよ。炎属性だって、強いモンスターいっぱいいるだろ」


 それでも、受話器の向こうにいる高志はふてくされたままだ。


『でも……闇属性のほうがデッキ作りやすかったしなぁ』


「大丈夫。俺がホルスの黒炎竜とか貸してやるから」


 そこまで大樹が言うと、やっと高志は了解してくれた。
 ホルスの黒炎竜(LV6とLV8)は、大樹が所持している数少ないレリーフだった。それを高志のような初心者に――。


(まあ、貸すだけだもんな)


 そう自分を納得させ、受話器を置いた。




 12・それぞれのデッキ構築 −静かな夜−


 高志に電話をしてから、大樹は宿題もやらずに自室に向かった。
 “神属性”のデッキを作るために。


「…………」


 手紙の主――アポロンから譲り受けた数枚のカードを机の上に並べる。
 こんなカードが現実に存在し、さらにそれが自分の手元にあることが信じられなかった。
 ぱっと見たところ、どれも効果はそれほど悪くない。数枚のカードの中には神属性をサポートする魔法・罠カードも含まれていた。充分強力なデッキが組めるはず――。
 ファイルのレアカードからデッキ投入候補と認めたカードを抜き出し、この前まで使っていたデッキの中からも、必要なカードは残しておく。当然ながら、アポロンからもらったカードは全て投入確定。
 ただ、モンスターはこれだけでは足りないから、神属性以外のカードも入れる必要がある。魔法・罠も追加しなければ。


(強欲な壺、ブラック・ホールは入れないとな……。あ、そういえば、禁止カードは入れていいのかな)


 アポロンの手紙には、禁止・制限・準制限カードについては特に書かれていなかった。
 ふと、手紙の1文を思い出す。


“君たちとは違う世界の創立者”


 違う世界なら、大樹たちの世界の禁止カードなどが適用されるとは限らない。そもそも、公式決闘ではありえない神属性のカードを使わせる以上、やはり禁止カード無視か――?
 いや――。大樹は思いとどまった。
 禁止カード――ハーピィの羽箒や死者蘇生やサンダーボルト、開闢……。そんな、壊れカードを入れたって、ちっとも楽しくない。
 やっぱ、楽しんだ者が勝者だよな。




 史哉は2種類のデッキを担当している分、他の5人より大変だった。
 光属性と風属性。
 幸い、強欲な壺は2枚あるので、両方のデッキに投入できる。
 ブラック・ホールは1枚しかないから、どちらか片方のデッキにはライトニング・ボルテックスで代用すればいい。
 まずは風属性デッキから作っていくことにした。
 デッキから攻撃力1500以下の風属性モンスターを出せるドラゴンフライは、入れるべきだろう。
 ――それに、1枚ぐらい、切札級の強力モンスターを入れたい。


「……やっぱ、これかな……」


 史哉はファイルから2枚のカードを出した。


“アームド・ドラゴン LV5”
“アームド・ドラゴン LV7”


 上級は、LV5とLV7を2枚ずつ投入で――いいだろうか。
 デザートストームは、とりあえず保留。
 下級の主力として、シルフィードも考えておこう。
 風属性デッキも半分ほどできた。
 まだ投入未定のカードも残されているので、後で考えることにした。


(あとは光属性か……)


 光属性デッキに入れるモンスターカードは、既に何枚か候補が上がっていた。


“サイバー・ドラゴン”
“異次元の女戦士”
“マシュマロン”
“忍者マスターSASUKE”
“シャインエンジェル”
“ブレイドナイト”


 ……などなど。
 魔法・罠カードについては、とにかく必須系を入れる。
 魔法の筒は入れるべきだろうか。最近、人気が落ちてきたようだが――史哉は何度もこのカードに助けられ(また、大樹に使われて苦しめられて)きたのでデッキに加えることにした。




 闇属性デッキの割り当てを秀悟に横取り(?)された高志は、どうにか炎属性デッキを作ろうと努力していた。
 ――しかし。高志は炎属性モンスターをあまり持っていない。
 大樹がホルスの黒炎竜を貸してくれるらしいが、それだけではデッキとして成り立たない。他のモンスターや魔法・罠を入れないと――。


““強欲な壺”は絶対入れるべきだよ“


 ちょっと前に、史哉が話していたことが思い浮かぶ。
 たしか、強欲な壺は――以前ストラクチャーデッキを買ってみたときに入っていたのだけど、初心者だった高志は“なんだ、こんな変な魔法カード”と、効果も見ずに引き出しの中に突っ込んでしまったのだ。
 その引き出しの中をひたすら捜してみた――しばらくして、強欲な壺は見つかった。


(よかった……あった)


 迷わずデッキに入れる。
 また、史哉は罠カードを入れすぎないほうがいいと言っていた。
 ついさっきまで高志のデッキに入っていた銀幕の鏡壁(スーパーレアだったので、なんとなく入れていた)や死のデッキ破壊ウィルス(実際、これは強力なカードだが――高志の担当は炎属性なので抜くことに)は入れないことにした。
 ――そして、これが肝心なことなのだが――重要なのはモンスター。
 強欲な壺を捜そうと引き出しをあさっていたとき、“炎の精霊 イフリート”が見つかっていた。自分の墓地の炎属性モンスターを1体除外して特殊召喚する攻撃型のモンスター。
 あとは――。
 引き出しの中をもう一度見る。彼のカードは、レアもノーマルもごちゃごちゃになっていた。




 林田兄妹――浩一と友恵は、2人で仲良くデッキを作っていた。
 浩一は地属性。友恵は水属性。


「兄ちゃん……“氷帝メビウス”、どっかで見なかった?」


「さあ、見てないけど」


 まだパックすら購入したこともない2人には、カードは大樹たちから譲ってもらったものしかなかった。それも、2人共有ということにしている。デッキを作るには不便な環境かもしれない。
 それでも、数少ない強力なカードを掻き集めていく。


「あ、メビウスあった」


 友恵は、捜し求めていたカードを見つけたらしい。嬉しそうにデッキに加える。
 浩一は黙々と作業を進めた。
 浩一の担当――地属性は、強力なモンスターが多い。
 その中でも、彼は戦士族モンスターを選んでいた。


「――アマゾネスの剣士、入れたほうがいいと思う?」


「うーん……。っていうか、そのカードの効果知らないし。見せて」


 浩一が差し出したカードを覗き込む友恵。
 2人はまだまだ初心者だが――このカードゲームに関しては、少なくともその素質は高志を上回っているだろう(アマゾネスの剣士を入れるか入れないかはともかく)。




 ――そして、秀悟。
 闇属性。
 カオス・ソーサラー(大好きなカード。たとえ開闢が禁止解除されても秀悟はこれを使うと思う)を入れたいところだが、その特殊召喚の条件となる光属性モンスターをデッキに入れてしまうと、“闇属性デッキ”として認めてもらえない可能性が高いので、やめにした。


「……まずいな……」


 大樹との電話で、“俺の一番好きな属性だ”とかっこつけてはみたものの、これからどうしたらいいかまるでわからなかった。
 とりあえず、下級アタッカーとしてデーモン・ソルジャーを採用。怒れる類人猿やゴブリン突撃部隊も入れたいが、残念ながらそれは叶わない。
 壁として、魂を削る死霊は当然加えたい。2枚ぐらい入れても大丈夫か――? 秀悟の場合は“闇属性”に限定されているため、マシュマロンなどを使うこともできない。2枚入れよう。
 上級モンスターは、まずショッカー。それから――冥界の魔王 ハ・デスも入れてみるか。デーモン・ソルジャーもハ・デスの効果の恩威を受ける。
 おっと――忘れるところだった。キラートマトも検討しよう。


(あと――ヴァンパイア・ロードも1枚入れるかな)


 秀悟は、基本的にダークな感じのするカードが好きだった。
 もう、イカサマはしない。大樹たちと約束したから。
 イカサマをせずとも勝てるデッキを作るつもりだった。




 それぞれがデッキを構築する中、静かに夜は更けていった――。




 13・そして、出発


「おーす。できたか?」


 ――翌朝。
 史哉が教室の自分の机にランドセルを置いたのと同時に、大樹が声をかけてきた。
 史哉は答える前に大樹の表情を窺った。笑みを浮かべている。デッキ構築はうまくいったのだろう。


「――できたよ。一応」


 史哉は2つデッキを作らなければいけないため、なかなか大変だった。あんな短時間の間に2つもデッキを完成させたなんて、自分でも信じられない。
 ようやく40枚の束が2つでき、デッキに入れなかったカードを片づけ終えたときには、既に午後11時を回っていた。健全な小学生がこんな時間まで起きているなんて――! 
 まあ、今時の小学生の中で午後9時に寝る奴のほうが珍しいかもしれない。


「よかった。他の奴らもみんなできたってさ」


 他の奴ら。秀悟。高志。林田兄妹。
 それにしても、違う学校の秀悟のことまで、なぜわかったのか。
 もしかしたら、昨夜――あるいは今朝、電話でもかけたのかもしれない。秀悟の親にとってはさぞかし迷惑だったことだろう。
 7色のデッキ。
 これを持って“秘密の場所”へ行くと、何が起こるのだろうか。
 手紙に同封されていた数枚のカードがこの世のものではないとわかった以上、確かめないわけにはいかない。


「んで、いつ行くの? まさか今日ってことはないっしょ?」


「――そのまさか」


 大樹はにやりと笑った。
 史哉は単純に焦った。


「ちょっと待てよ。まだあのデッキ、実際に使ったこともないのに……いきなりかよ」


「いいじゃんか。おまえだって、早く行きたいだろ? 秀悟たちだって、それで納得してんだから」


 ――でも。
 史哉の焦りと反抗感情は収まらなかったが、他の5人の意見を覆せるほど明確な反対意見が見つからない。
 ここで折れて、従ったほうがいいのか……? そうだな、やたら逆らうとごたごた面倒だもんな。
 ――いや。それだから俺はいつもだめなんだ。自分の意思をはっきり主張しなきゃ。


「――あのなぁ」


「……というわけで、今日の放課後、運動場に集合。じゃ、そーゆーことでっ♪」


 (史哉の声に押しかぶせるように)言うが早いか、大樹は教室を出ていってしまった。
 ――大樹って、こんなにムカつく奴だったっけ?
 そこには、ただ呆然と立ち尽くしている史哉だけが残された。
 少し、泣きたくなった。




「……どうしても今日なのか……」


 放課後、一応ちゃんと時間どおりに運動場にやって来た史哉は、まだ溜め息をついていた。
 既に、一通りのメンバーは集合していた。大樹、史哉、秀悟、高志、浩一、友恵。見慣れた顔ぶれだ。


「もう全員集まったんだから、いまさら変えらんないよ。諦めろ」


 大樹が冷たく言い放った。
 大樹のナップサックの中には、デッキの他にあの手紙が入っていた。たしか、アポロンとかいう奴からの。


「――あ、そうそう。高志、約束どおり持ってきたよ」


 大樹は、ナップサックの小さいポケットから数枚のカードを取り出した。
 高志がそれに注目する。


「――ほら、ホルスの黒炎竜。せっかく持ってきてやったんだから、デッキ入れとけよ」


 LV4が1枚、LV6とLV8が2枚ずつ。


「うん。それ計算に入れて、わざわざ5枚分デッキ空けてたんだから」


 高志はスリーブを使用していないので、そのまま輪ゴムに止められた束の中にホルスの黒炎竜を入れた。
 傷つかないだろうな――不安が大樹の胸に一瞬ちらついた。
 まあ、仕方あるまい。


「そんじゃ、行くか」


 自転車に乗る。他のメンバーも次々と飛び乗り、最後に史哉がゆっくりサドルに跨った。
 “秘密の場所”の場所は、大樹と史哉しか知らない。ここからは、2人が案内人となる。




 校門を出て、1列になり、坂を下った。


「道、狭いから気をつけろよ」


 先頭を走る大樹が大声で言った。
 史哉は最後尾を走っている。


「ほんと、狭いな……おまえら、ガキの頃にこんなとこに秘密基地作ったのか?」


 思わず秀悟が呟いていた。


「今もガキだけどね」


 史哉は微妙に訂正する。
 そう、現在彼らが通っている抜け道は、ぎりぎり自転車1台が通れるほどのスペースしかなかった。ちょっとでも傾けば、左右にあるブロック塀にぶつかってしまう。自転車のスキルを最大まで上げないと通れない――ってぐらい。


「まあ、昔は歩いて通ったからな。普通に考えて、こんな狭いとこ自転車で通れるわけないし」


「――なら、今日だって歩きにすりゃいいのに。学校に自転車置いてくりゃよかっただろ」


 どうでもいいような会話を交わしながら、狭い1本道をひたすら走る。




14・異世界への扉


「――着いたぞ」


 1本道は唐突に終わった。
 眼前に、大きな林が広がっていた。


「よかった……これ以上あんな道が続いてたらやばかったよ」


 高志が安堵の声を上げる。彼の膝は、ブロック塀で何度か擦ってしまったらしく、白くなっていた。


「夏は、ここ蚊が多くて大変だったんだよなぁ……」


 史哉が物思いに耽る。幸い、今は11月下旬。蚊なんてそんなにいやしない。


「――で、その“場所”はどこにあるんだ?」


「んーと、たしかこっちのほうだったと思うけど」


 大樹が、入口から見て右の方向を指差した。


「ま、とりあえず自転車ここに停めとくか」


 がちゃ、がちゃ。スタンドを立てる音がやけに大きく林の中に響いた。






「――で、いつになったらその場所に着くのかな、大樹くん?」


 大樹の腕時計を見るにおよそ15分後。皮肉な笑みを浮かべながら、秀悟が言った。
 さっきから、彼らは前を歩く大樹と史哉についていっているのだが、一向に目的地に到着する気配が見られない。


「ま、そう焦るなよ。もうすぐ着くから」


 この林へ入ってから、大樹は何度この言葉を口にしただろうか。
 もう1人の案内役――史哉のほうは、早くも道に迷ったときの言いわけを考え始めていた。マイナス思考は彼の悪い癖だ。

 ――そして。


「――あ、もしかして、あれじゃない?」


 前から2番目を歩いていた高志が前方を指差した。
 そこには、長い木の枝や角材、それにダンボールを集めて作られたちんけな小屋のようなものがあった。
 大樹たちが訪れなくなってから何回か台風にさらされたはずだが――よく持ちこたえたものだ。


「これが、“秘密の場所”か?」


 秀悟は少し口元を緩ませていた。
 “ひみつきち”と言うから、彼はもっとすごいものを想像していた。しかし――目の前にあるのはぼろっちい小屋。少しおかしくなった。


「まあ、1年生のころ作ったにしちゃ、上等なもんだろ」


 秀悟の考えを見透かしたかのように、大樹は言った。
 さて。
 どうにか辿り着いたはいいが、これからどうすればいいのだろう。
 あの手紙の一文を思い浮かべた。


“きっと、おもしろいことが起きる――。”


さあ、そっちの要求どおりデッキ作ってきてやったぞ。これからどうすりゃいいんだ?――大樹は心の中でアポロンに呼びかけた。
まさか、返事が来るとは思ってもいなかった。



『小屋に入れ』



「え?」


 辺りを見回す。史哉、秀悟、高志、浩一、友恵。他には――誰もいない。
 今のは、手紙の差出人――アポロンの声か? 


「どうしたの?」


 他のみんなの疑問を代表するかのように、友恵が訊いてきた。


(みんなには、今の声が聞こえなかったのか――)


 不思議なことだった。
 今の現象からするに、アポロンは本当にこの世界の住人ではない――かもしれない。
 幻聴ではないはず。絶対に。


「……なんでもない」


 大樹は答え、小屋に入るようにみんなを促した。






 小屋の中は、6人の小学生が入るには少し狭かった。
 ぎゅうぎゅうの状況の中、一同の視線があるものに集中する。


「……扉?」


 小屋の隅に、ひとつ扉があった。
 随分前から存在していたようにも見える。木製で、少し痛んでいた。


「おまえら、こんなの作ったのか?」


 秀悟の問いに、2人――大樹と史哉は同時に答える・


「そんなわけねえだろ」「作ってないよ」


 6人は顔を見合わせた。
 あの扉はどこへ続いているのだろうか。
 普通に考えれば、扉を開ければ外へ出るはず。
 だが。さっきアポロンの声を聞いた大樹は、確信していた。


「開けてみよう」


「――」


 他の5人が止める間もなく、大樹の手は扉の取っ手に向かった。


 がちゃ。


 扉が開き、外の景色が見えて――こなかった。


「うわぁ……」


 誰かが声を洩らす。
 扉の先の空間は、真っ暗だった。
 大樹はみんなの顔を見た。


「行く――よな?」


「――そうだな。ここまで来たら、それしかないだろ」


「わざわざ夜遅くまでデッキ作ってたんだし」


 全員、頷いた。



 いつものように大樹が先頭に立ち、扉の向こうへと足を踏み入れる。








「この世界へのゲートが開いたようだな」


暗闇の中、1人の少年が言った。






 物語の歯車は、動き出す。




     ―続く―



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