プロジェクトGY
〜約1年後〜

製作者:あっぷるぱいさん






 皆さん、こんにちは。
 さて、あれからおよそ1年が経ち、今日は全国の男子諸君がハラハラドキドキする1日――バレンタインデーだ。つまり、今日の日付は2月14日。これは揺るぎのない事実だ。

 え? 僕が何を言ってるのか分からないって?

 あ、ゴメンゴメン。いきなりのことだから、読者の皆さんを混乱させてしまったかも知れないね。
 もったいぶらずに種明かしをしよう。僕は↓この魔法カードを発動させていたのさ。

 かくかくしかじか
 (魔法カード)
 話を短縮し、ストーリーを高速回転させる。

 お分かりだろうか?
 そう。魔法カード『かくかくしかじか』は、そのテキストのとおり、話を短縮し、ストーリーを高速回転する効果がある。
 このカードのテキストを素直に解釈したとき、僕は3度目のバレンタインデーネタを行う方法を思いついた。そう。去年の3月8日から今年の2月14日までのストーリーを短縮(という名の省略)するという大胆な方法を!

 『かくかくしかじか』の効果によって、去年の3月8日から今年の2月14日まで時が進んだ。つまりは、およそ1年の時が経過したんだ。だから今日は、全国の男子(中略)バレンタインデーなのさ。
 はっきり言って、『かくかくしかじか』の効果でこれほど長い時間を短縮するというのは、そんな簡単にできることじゃない。僕1人の力なんかでは、絶対にこんな真似はできなかっただろう。
 だからこそ僕は、今モニターを見ている君に助けを求めた。そして、君が力を貸してくれたから、こうして『かくかくしかじか』の効果を最大限に発揮し、1年の時を短縮することができたんだ!
 その結果、今日の日付は2月14日になった。これにより、無事に3度目のバレンタインデーネタを行うことができる! これは、君の力があったからこそ実現したことだ!

 ありがとう。君には感謝してもしきれないな。
 今度、お礼として『マスター・オブ・ゴキボール(エラッタ済み)』のゴールドレア仕様をプレゼントするよ。『簡易融合(インスタント・フュージョン)』を使って特殊召喚して、生贄とかシンクロ素材として有効活用してくれ。

 マスター・オブ・ゴキボール
 ★5/地属性/昆虫族・融合
 「ゴキボール」+「ゴキボール」+「ゴキボール」
 このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、自分のデッキ・手札・墓地から「ゴキボール」1体を特殊召喚する。
 攻1800  守2100

 ……とは言え。
 こんな大掛かりな真似は、そう易々と何度もやるわけには行かないよな。時間を1年間進めるなんてことを何度もホイホイやってたら、それこそストーリーが破綻しかねないし。
 『かくかくしかじか』による長時間短縮は、今回のこれ1回きりということにしよう。ゾーク・ネクロファデスだって、時間の巻き戻しは1回しかやってなかったんだし。


 ★


 さて、なんやかんやでバレンタインデーになったことだし、改めて、プロジェクトGYのスタートと行こうじゃないか。
 とりあえず、周囲を見渡してみる。どうやら、僕は今、自宅にある自分の部屋にいるようだ。
 周囲を見渡している途中、壁にかけてあるカレンダーが目に入った。ちゃんと『かくかくしかじか』が効果を発揮したおかげなのだろう、カレンダーも去年のものから変化している。ほら、カレンダーを見てみると分かるように、今日の日付は2月14日―――


2月
31123456
78910111212
14151617181920
21222324252627
28123456


 …………。

 …………あれ?

 カレンダーを見た僕は、ある恐ろしい事実に気付くことになった。
 あ……あのさ……。こ……今年のバレンタインデーって……―――


 ―――日曜日じゃん……。

 日曜日
 (罠・魔法カード)
 今日は学校休みだぜ! イヤッホウ!

 しまったぁぁぁああああ! 日曜じゃ学校休みだよ! つまり、女の子に会えねーよ! イコール、チョコは1個ももらえねーよ! ファッキン!
 一昨年や去年のバレンタインデーは、普通に学校があったから、当然、チョコの受け渡しも学校で行われてたわけだが……学校が休みとなると、そうは行かなくなるだろう。
 こういう場合って……どうなるんだ? 例えば、14日は学校が休みだから、12日の金曜日に渡すとか、休み明けの明日、つまり15日に渡すとか、そういった形で女の子は対処する……のかな?
 うん。冷静に考えてみればそうなるだろう。14日が日曜で休みなら、金曜の内に渡すか、月曜に渡すか、そのどちらかだろう。
 『かくかくしかじか』の効果でカットされたせいで、全く描かれることがなかったが、先週の金曜に学校でチョコの受け渡しが行われた様子はなかった。ということはつまり、クラスの女子たちは明日――15日にチョコの受け渡しをするつもりなんだろう。

 いや、待てよ?

 バレンタインデーのチョコをあげるために必死な女の子であれば、わざわざ明日まで待って学校でチョコを渡す、なんてことはせずに、バレンタインデーである今日、何としてでもチョコを渡そうとするんじゃないか?
 だから、例えば、バレンタインデーである今日この日、何としてでも僕にチョコをあげるため、僕の家までやってくる女子もいるのではなかろうか!?
 そうだ! 絶対にそうだ! 学校中の女子(1人を除く)から好かれている僕のために、女の子たちは必ず、僕の家に押しかけてくる! こういうこともあろうかと、女子たちには僕の家がどこにあるのか教えてあるから、必ず来るはずだ!
 机に置かれた時計を見ると、現在の時刻は9時半を過ぎたところだ。この時間帯であれば、そろそろ女子が僕の家に来てもおかしくないだろう。そうだ! あと数分もすれば、女子が僕にチョコを渡すためにやってくるに違いない!
 そう考えると、思わず頬が緩んでしまった。あと何故かヨダレが出てきた。ひとまずそのヨダレを拭うと、僕は床に腰を下ろした。
 女子が家にやってくる――。ならば僕は、ここでジッと待っているべきだろう。ここで待っていれば、その内、チョコの受け渡しイベントが発生するはずだ。大丈夫……チョコは逃げない。急がず慌てず、イベントが起こるその時を待つとしよう。
 女の子たちよ、僕はここで待っているよ。グフフフフ……。

 思い込み
 (罠カード)
 激しすぎると危険。

 そんなこんなで、あれから1時間が経過した。
 僕はずっと自分の部屋で待っているわけだが、誰も家に来る様子はない。
 最初の10分くらいは様々なことが頭の中を駆け巡り、何もせずに待っていたのだが、だんだん退屈に感じてきて、今はPSPソフト『タッグフォース4』で遊んでいる。
 余談だが、超紳士である僕は当然、全女性キャラをクリア済みだ。そう。僕は既に、現実世界だけでなく、仮想世界でも女子からの人気が抜群なのだ。フッフッフ……!
 ちなみに男性キャラについては、メインキャラ(ディマクを除く)だけはクリアした。まあ、他のキャラにもいずれは手をつけるよ、いずれは。
 それにしても、石原法子さんの変貌ぶりには驚いたよね。
 おっと、話がそれた。
 とりあえず僕は、タッグフォース4内における僕の最強デッキ――『必殺☆デュアルデッキ』を使い、『クロウ』というキャラとデュエルしながら、女子が来るのを今か今かと待ち続けていた。
 そして、ゲームをしている最中、僕の脳裏にある考えが過ぎった。
 そうだ……。女子が必ずしも家に来るとは限らない。
 例えば、バレンタインデーである今日、どうしてもチョコを渡したいと考えてはいるけど、恥ずかしくて直接渡すことができない、という女の子であればどうするか?
 おそらく、何か他の方法を使うだろう。そう……直接手渡すことはせずに……。
 例えば……郵便受けにこっそり入れておく……とか。

 …………。

 そう思った瞬間、僕は急いで自分の部屋から出た。部屋を出た僕は階段を降り、玄関まで来ると、靴も履かずにドアを開けた。
 郵便受けはドアを出てすぐのところにある。一度深呼吸をしたあと、僕は郵便受けの中をゆっくりとのぞいてみた。
 郵便受けの中に、四角い形をした箱が入っているのが分かった。
 ……ビンゴか?
 僕は急いでその箱を取り出した。綺麗な赤い紙でラッピングされたその箱には、ピンク色のリボンが巻かれており、いかにもバレンタインデーのチョコっぽい雰囲気を醸し出している。
 ビンゴだ!
 これは間違いなく、バレンタインデーのチョコだ!
 来たよ! 僕の時代が来たよ! さ……さっそく……中身を拝見しようじゃないか!
 ……と、その前に。この箱には、何か手紙のようなものが、ピンク色のリボンで固定される形で添えられている。手紙には綺麗な字で「パラコン君へ」と書かれている。
 何だろう? ひょっとしてラブレター?
 ワクワク感とドキドキ感に胸を躍らせながら、僕は手紙を手に取った。
 二つ折りにされたその手紙を開くと、そこには綺麗な字で、衝撃的な文章が書かれていた。


 パラコン君へ
 申し訳ありませんが、
 このチョコレート、代々木君の家の郵便受けに入れておいてください!
 お願いします!
                               川原静江



 …………。

 このチョコレート、○○君に渡してください!
 (極悪罠カード)
 自分は心身ともに10000ポイントのダメージを受ける。

 キ……キ……キィィィィィィィィ!! 僕の時代を返せぇぇぇぇええええ!!!!!
 つーか、またこのネタかよ!? このネタこれで3度目だぞ!! 何回やれば気が済むんだよ!!

 使い回し
 (魔法カード)
 世の中リサイクルだぜ!

 川原さんと言えば、一昨年と去年に↑のトラップを発動させた女の子だ。まさか、3年連続で同じトラップを仕掛けてくるとは……。
 どうやら彼女は、何が何でも、僕を経由した上で、代々木のヤローにチョコを渡したいらしい。というか、読者の皆さんが代々木祐二のことを覚えているかどうか、極めて怪しいところだ。まあ、覚えてなくてもいいんだけどさ。
 まあ、念のために説明しておくと、代々木っていうのは……アレだよアレ。クラスのモテ男くんなんだよ。それだけ知っておけばいいよ。
 つーか、川原さんも川原さんだ。わざわざ僕の家の郵便受けにチョコを入れたりせずに、直接代々木の家の郵便受けにチョコを入れればいいのに。ひょっとしてワザとやってるのか……って、去年も似たようなツッコミをした気がするな。
 あぁ、もういい。もういいよ。要するに、このチョコを代々木の家の郵便受けに入れとけばいいんだな! 分かったよ! 入れときゃいいんだろ入れときゃ!

 げんなりしつつも、僕は川原さんのチョコを代々木の家の郵便受けに入れるべく、自転車を走らせ、代々木の家へ向かうのだった。
 一応、川原さんの名誉のために言っておくと、彼女は普段はとってもいい女の子だ。凶悪なトラップを仕掛けてくるのはバレンタインデーの時だけで、普段はこんな真似はしてこない。


 ★


 あれからおよそ10分後。僕は代々木の家の前から少し離れた場所に来ていた。
 ここまで来たら、あとは川原さんのチョコを代々木の家の郵便受けに入れればいいわけだけど……どうにも、今はそれができそうになかった。
 え? 何でチョコを郵便受けに入れられないのかって?
 そもそも、何で代々木の家の前から“少し離れた場所”にいるのかって?
 簡単な理由さ。代々木の家の前に女子が大勢いるせいだよ。
 今、代々木の家の前には、同学年の女子が大勢集まっている。10人とか20人どころの騒ぎじゃない。多分、同学年の女子のほとんどが、あの場所にいると思われる。皆、代々木にチョコを渡すために来たのだろう。

「代々木く〜ん! あたしのチョコ受け取ってくださ〜い!」

「祐二様〜! 私の気持ち受け取ってぇ〜!」

「どけメス豚ども! 祐二はわたしだけのものよ!」

「祐二様結婚して! 断ったらあなたを殺してあたしも死ぬ!」

 大勢の女子の軍団から、時より↑みたいなセリフが聞こえてくる。
 そして、その大勢の女子の中心で、代々木が涼しい顔をしながら、迫り来る女子1人1人からチョコを受け取っていた。チョコを渡した女子がメロメロになってるところを見ると、代々木はチョコをくれた女子に対して、何かキザなセリフを言ったんじゃないかと思われる。
 ……すげぇムカつく。
 何だよあいつ。とっとと地縛神に喰われろよ。あんな奴のどこがいいんだろう? 僕の方が絶対にイケてるはずなのに……。
 あ〜あ、実に面白みのない状況だ。さっさとこの場所から立ち去りたいな。けどその前に、川原さんのチョコをあいつの家の郵便受けに入れないと。
 それにしても、代々木のクソッタレの家の前には、たくさんの女子がいる。何となくだが、時間が経つにつれて女子の人数が増えてるような気がする。
 気にいらねえ……。

 と、目の前の状況に嫌気が差してきたその時だった。
 女子の軍団の方から、気になるセリフが聞こえてきた。

「え!? 代々木君もM&Wを始めたの?」

「ああ。つい最近始めたばっかりだから、腕はまだまだだけどな」

 …………。
 え? 代々木がM&W……?

 女子の軍団の方を見てみると、その中心では、代々木がM&Wのカードデッキを女子たちに見せていた。それを見た女子たちは、「カッコいい〜」とか言ってメロメロになっている。
 代々木は、カードデッキをポケットにしまうと、どこからともなくデュエルディスクを取り出した。デュエルディスクと言えば、立体映像によって、M&Wをより臨場感あふれるゲームにしてくれる機械だ。その普及率はすさまじく、今やM&Wは、デュエルディスクを使って行うのが主流になっている。
 代々木いわく、あいつは最近M&Wを始めたばかりらしい。にもかかわらず、デュエルディスクを持っているとは生意気な奴め……。僕なんか、M&Wを初めて結構経ってるのに、小遣いが足りなくて、未だにデュエルディスクを買えないんだぞ!
 それはそうと、代々木は慣れた手付きでデュエルディスクを左腕に装着した。それを見た女子たちは、「カッコいい〜」とか言ってメロメロになっている。
 次に代々木は、先ほどポケットに入れたカードデッキを取り出し、素早くデッキをシャッフルした。それを見た女子たちは、「カッコいい〜」とか言ってメロメロになっている。
 そして代々木は、シャッフルしたデッキをデュエルディスクにセットし、カードを5枚引き、手札とした。それを見た女子たちは、「カッコいい〜」とか言ってメロメロになっている。

 はいはい、分かりましたよ! カッコいい男は何をしたってカッコよく見えるんですね! はいはい、すごいすごい!
 あああああ〜〜〜! 代々木のヤロー、調子に乗りやがって! ムカつく! すげームカつく!
 くそっ……! だ……だが、落ち着くんだ、僕。代々木はM&Wを始めたばかりの人間。すなわち初心者だ。どうせデュエルの腕はたいしたことないに決まってる。M&Wというのは、初めてすぐにマスターできるほど甘いゲームじゃないからね。
 そう。いくら代々木でも、始めたばかりのカードゲームで頂点に立つことは不可能! 例えば、初心者のあいつが経験者である僕にM&Wで勝つことは不可能だ。つまり、M&Wに関しては、あいつは僕より下! 僕はあいつより上!

 ……そんな風に考えたとき、僕は、あのいけ好かない代々木祐二をギャフンと言わせる方法を思いついた。
 そうだよ、この手があるじゃないか!
 クックック! 代々木祐二! 貴様の天下も今日で終わりだ! 覚悟しな!

「代々木〜!」
 僕は大きく声を出しながら、代々木の家に向かって歩いた。大きな声を出さないと、女子たちの声にかき消されて、代々木のヤローに気付いてもらえないだろうからね。
「あ、パラコンじゃないか。どうした?」
 大声を出した甲斐あって、代々木は僕の存在に気付いた。それと同時に、周囲の女子たちの目が僕の方へ向く。
 僕は早速、先ほど思いついた計画を実行に移した。
「いやぁ、代々木がM&Wを始めたっていう噂を聞いてね。ちょっと手合わせ願いたいな〜、と思って来たんだ」
 フフ……! 察しのいい人はもうお気づきだろう。
 僕の計画とは、まだM&Wの経験が浅い代々木を、M&Wでぶちのめすというもの! 勉強・スポーツ・人望etcでは、どうしてもこいつに勝つことはできなかったが、M&Wであれば話は別だ! 何しろこいつはM&Wの初心者! 対する僕はM&Wの経験者! どちらが勝つかは火を見るよりも明らかだ!
 そう! これは、代々木に打ち勝つチャンス! 神から与えられたチャンス! 大勢の女子が見ている前で、僕がこいつをコテンパンに叩きのめしてやれば、僕と代々木の勢力構図は逆転! ここにいる女子の人気は僕1人のものとなる!
 ここで代々木をぶちのめし、僕は「女子に好かれる男子ランキング」の頂点に立つのだ! フハハハハ! 完璧すぎるぜ、この計画! よし。この計画には、「プロジェクトGY(Good-bye Yoyogi)」と名付けることにしよう。
 さあ、代々木! 僕からの挑戦を受けるのだ! もちろん、断るなんて真似はさせないぞ! 貴様もデュエリストである以上、挑まれたデュエルから逃げることなど許されない!

 原作キャラの誇り
 (装備カード)
 このカードを装備したプレイヤーは、どんなゲームにも立ち向かわなければならない。

「デュエルか。ああ、いいよ。まだまだ未熟者だけど、よろしく頼むよ」
 さすがに、デュエリストとしてのマナーは守るのだろう。代々木は僕からの挑戦をすんなりと受け入れた。その潔い態度を見て、周りの女子たちが「カッコいい〜!」と叫ぶ。
 くそっ! 代々木め……少しくらいは憎まれ口とか叩いたらどうなんだ……。
 まあいい。このデュエルが終わる頃には、ここにいる女子たちは皆、代々木なんかには目もくれなくなる。代々木よ……ハーレム気分でいられるのも今の内だぜ!

 というわけで、なんやかんやで、僕と代々木のデュエルが始まるのだった。

 噛ませ犬
 (罠カード)
 お前はもう死んでいる。


 ★


 僕と代々木、そして、代々木の家の前にいた大勢の女子は、代々木の家の庭に移動した。理由は、代々木の家の庭でデュエルをやることになったからだ。しかも、代々木のヤローの提案で、デュエルディスクを使用して行うことになった。「デュエルディスクは持ってない」と僕が言うと、「弟のディスクがあるから、それを使えよ」と言われ、デュエルディスクを渡された。
 デュエルディスクか。これに触れるのは、城之内のディスクをパクったとき以来だな。意外に軽くてビックリしたっけ。
「んじゃ、デッキシャッフルと行こうか」
 代々木がデッキを渡してきた。僕もデッキを渡し(真のデュエリストは、常に自分のデッキを持ち歩いてるものなのだよ)、互いに相手のデッキをシャッフルする。
 デッキシャッフルをする代々木を見て、周囲の女子たちが口々に「カッコいい!」と……ああ、もういいや。モテ男くんは、何をしてもカッコいいんですね。はいはい、分かりましたよ、と。
 デッキシャッフルが終了し、互いに自分のデッキをデュエルディスクにセット。ライフカウンターを4000にして、ソリッドビジョンを投影するための距離を確保する。
 数秒間の沈黙。僕も代々木も、そして、周囲の女子たちも何も言わず、静かに時が過ぎる。
 「嵐の前の静けさ」という奴か。……いや、この場合、「デュエルの前の静けさ」と言うべきか? あ、上手いこと言ったな、僕。
 そうだ。これは「デュエルの前の静けさ」。今は静かだけど、ひとたびデュエルが始まれば、ここは戦場と化―――
「デュエル! 俺の先攻、ドロー!」
 ―――って、代々木が勝手に先攻を取りやがった! ちょっと待てよ! 先攻・後攻はジャンケンで決めるんだぞ! そんな基本的なルールも知らないのか!? いくら初心者でもこれは酷いだろ!
 ま……まあいい。相手は初心者なんだ。このくらいのハンデがなければ面白くない。それに、初心者相手に先攻がどうこう言うのも大人気ないというものだ。
 ああ、いいだろう、代々木。先攻は貴様にくれてやる。だが、勝つのは僕だ! その運命から逃れることはできない!
「お、なかなかいい手札だな」
 代々木いわく、いい手札らしい。ま、あいつは初心者だし、それほど強力なカードは持ってないだろう。そんなに警戒することもない。
「よし。俺はこいつを召喚するぜ。来い、『戦士ダイ・グレファー』!」
 代々木がモンスターカードをデュエルディスクに置くと同時に、剣を持った戦士がソリッドビジョン化された。おぉ……。さすがにデュエルディスクを使ったデュエルとなると迫力が違うな。
 とはいえ、『戦士ダイ・グレファー』と言えば、何の変哲もない、ただの攻撃力1700の通常モンスター。別に恐れる相手ではない。
 フッ! やはり、代々木は初心者。経験者である僕とは格が違―――










「そして、魔法カード『万華鏡−華麗なる分身−』を発動。こいつの効果で『戦士ダイ・グレファー』を分身させる!










 …………。

 …………。

 …………は?

「ご……ごめん。よく聞こえなかった……」
 気付けば僕は、そんなことを口にしていた。
 いや、真面目な話、代々木の奴、いま何て言ったんだ……? 何か、『万華鏡』がどうとか言ってた気がするが……?
「ん? 聞こえなかったのか。アレだよ。『万華鏡』の効果でダイ・グレファーを分身させる、って言ったのさ」
 何でもないかのように答える代々木……って、ちょっと待て!
 『万華鏡』でダイ・グレファーを分身!? 何を言ってるんだあいつは! 『万華鏡』って確か、『ハーピィ・レディ』を分身させるカードだったはずだぞ!?
 そ……そうだよ! 原作では確か、孔雀舞が『万華鏡』のカードで『ハーピィ・レディ』を分身させてた! つまり、『万華鏡』は『ハーピィ・レディ』専用の魔法カード!
 なのに、代々木の奴は何をやってるんだ!? いくら初心者とはいえ、これはあまりにも酷いルールミスだろ!
「あれ? もしかしてパラコン、知らないのか? 『万華鏡』のテキストを見てみろよ」
 代々木は『万華鏡』のカードをデュエルディスクから外し、僕に向かって投げてきた。僕は全世界の女の子が思わずドキッとしてしまうほどに華麗かつセクシーな動きでカードをキャッチ……しようと思ったけど、上手くできなかった。くそっ!
 とりあえず、地面に落ちてしまった『万華鏡』のカードを拾いつつ、僕は代々木の言葉を脳内で反芻してみた。あいつ、テキストを見てみろとか言ってたけど、もしかして、僕が『万華鏡』の効果を知らないとでも思ってるのか? だとしたら、ずいぶんと嘗められたものだ。僕がどれだけM&Wをやってきたと思ってるんだよ。
 ま、いいや。お望みどおり、テキストを見てやるよ。そして、お前がルールミスをしてるってことを思い知らせてやるぜ。
 僕は『万華鏡』のカードテキストに目を向けた。テキストは↓こんな感じになっている。

 万華鏡−華麗なる分身−
 (魔法カード)
 特定のモンスターを分身させる。

 そう。原作の『万華鏡』とは「特定のモンスター」を分身させるカード。決して、ダイ・グレファーを分身させるカードなどでは……―――。


 …………。


 …………あれ?


 『万華鏡』のテキストを見た僕の脳内に、恐るべき考えが浮かんだ。
 これって……もしかして……?
「……原作の『万華鏡』は、“特定のモンスター” を分身させるという能力。だから、OCGとは違って、『ハーピィ・レディ』だけを分身させる効果じゃない……。そういうこと?」
 恐る恐る、僕は脳内に浮かんだ考えを口にした。
 そう。『万華鏡』のテキストには、どこにも「『ハーピィ・レディ』を分身させる」とは書かれていない。書かれているのは、「『特定のモンスター』を分身させる」というテキストだ。
 つまり、このテキストを素直に読み取れば、『ハーピィ・レディ』以外にも、分身させることができるモンスターがいる、ということになる!
「その通りだ、パラコン。『万華鏡』は何も、『ハーピィ・レディ』専用のカードというわけじゃない。そして、『戦士ダイ・グレファー』は『万華鏡』に対応する数少ないカードの1枚なのさ!」
 …………っ!
 ……嘘だろ!? こんなことってあるのか!? ダイ・グレファーが『万華鏡』に対応するカードだったなんて! ていうか作者よ、また勝手な設定を付け加えたな!

 ご都合主義
 (魔法カード)
 都合のいい展開でストーリーを進行させる。

「行くぜ! 『万華鏡』の効果で、ダイ・グレファーを3体に分身させる!」
 作者のご都合主義……もとい、『万華鏡』の効果によってダイ・グレファーが3体になった。くっ! 先攻1ターン目からいきなり3体のグレファーを展開するとは! つーか、マジでこの設定のまま話を進めるのかよ!?
「『万華鏡』を使ったターンには攻撃ができない。まあ、どの道、今は先攻1ターンだから攻撃できないけどな。俺はリバース・カードを1枚セットして、ターンエンドだ」
 混乱している僕を横目に、代々木は自分のターンを終えてしまった。


【僕】 LP:4000 手札:5枚
 モンスター:なし
 魔法・罠:なし

【代々木】 LP:4000 手札:3枚
 モンスター:戦士ダイ・グレファー(攻1700),戦士ダイ・グレファー(攻1700),戦士ダイ・グレファー(攻1700)
 魔法・罠:伏せ×1


 僕は思わず、寒気を感じた。
 同時に、デュエリストとしての僕の本能が告げた。
 ――代々木祐二、こいつはただ者じゃない!
 先のターンでの『万華鏡』の使用法を見れば、それは一目瞭然だ。あんな芸当、並のデュエリストにできることじゃない。
 僕の中に、一つの疑問が生まれる。
 代々木……こいつはホントに初心者なんだろうか?
 最近始めたばかりだと本人は言っているが、それは嘘なんじゃないだろうか?

 …………。
 ……って、よくよく考えてみれば、たかが攻撃力1700の通常モンスターが3体並んだだけじゃないか。何を慌ててるんだ、僕は。
 あの程度の布陣、崩そうと思えばすぐに崩せるよ。何しろ僕の手札には、必殺のトラップカードがあるからね。こいつを使えば、3体のグレファーを葬ることなど簡単なことだ! クックック!

 〜僕の手札〜
 異次元の女戦士,闇の護風壁,カイザー・グライダー,威嚇する咆哮,聖なるバリア−ミラーフォース−

 そう。僕の手札には、攻撃宣言がスイッチとなり、敵モンスターを全滅させる必殺のトラップ――『ミラーフォース』がある! 次の代々木のターン、3体のグレファーはこのトラップによって、消滅する運命にあるのさ!
 代々木よ……。M&Wというゲームは、ただ単にモンスターを並べればいいわけじゃないんだ。次のターンでそれを教えてやる!
「僕のターン、ドロー! 僕は、『異次元の女戦士』を守備表示で召喚! さらにカードを2枚伏せ、ターンエンド!」
 僕は迷うことなく、3枚のカード――『異次元の女戦士』と伏せカード2枚――を場に出してターンを終えた。
 僕が出した2枚の伏せカードの内1枚は、当然の如く『ミラーフォース』。もう1枚は、直接攻撃によるプレイヤーへのダメージを0にしてくれる魔法カード、『闇の護風壁』だ。
 そして、『異次元の女戦士』は守備力1600の戦士。相手モンスターと戦闘を行なったとき、その相手モンスターとこのカードを、ゲームから除外することができるモンスターだ。
 うん。代々木なんかとは違って、実に隙のない堅実な布陣だ。やはり、初心者の代々木と経験者の僕とでは、こういった点で大きな差が出てくるな。はっはっは!
「僕はこれでターンエンドだ!」
「エンドか。じゃあ、ターン終了前にリバース・トラップ、『砂塵の大竜巻』を発動! これで、お前の場の魔法・トラップカード1枚を破壊する!」
 ……って、おい!
 あのヤロー、『砂塵の大竜巻』を伏せてたのかよ!? うわぁ〜……小賢しい真似を!
 トラップカード『砂塵の大竜巻』は、相手の場の魔法・トラップカード1枚を破壊することができる。つまり、僕がこのターンに出した2枚のリバース・カード――『ミラーフォース』と『闇の護風壁』――の内1枚は破壊されることになる! 
 あぁ〜……デュエルの神様お願いします。どうか、『ミラーフォース』は破壊されませんように……。
「じゃあ、俺から見て右側の伏せカードを破壊。お、破壊したのは『ミラーフォース』か。ラッキー」
 神様に祈った結果、ものの見事に、代々木は『ミラーフォース』を破壊しやがった! チキショオ! もう神様なんか信じねぇぇぇえええ!
 くそ! まさか『ミラーフォース』が破壊されるとは……。残る伏せカードは『闇の護風壁』か……。う〜ん。
「おっと、『砂塵の大竜巻』のもう一つの効果も使わせてもらうぜ。俺は手札から魔法・トラップカード1枚を場にセットする」
 『砂塵の大竜巻』の第2の効果を使い、代々木は魔法・トラップカードを1枚セットした。結局、新たに伏せカードが出されてしまったわけか……。
「た……ターンエンド……」


【僕】 LP:4000 手札:3枚
 モンスター:異次元の女戦士(守1600)
 魔法・罠:伏せ×1(闇の護風壁)

【代々木】 LP:4000 手札:2枚
 モンスター:戦士ダイ・グレファー(攻1700),戦士ダイ・グレファー(攻1700),戦士ダイ・グレファー(攻1700)
 魔法・罠:伏せ×1


「俺のターン、ドロー!」
 『ミラーフォース』が破られてしまったことで、グレファーを全滅させる計画はおジャンになってしまった。
 けど、まだ! まだ『異次元の女戦士』がいる! こいつの力があれば、最低でもグレファー1体はゲームから除外できる!
「俺は手札を1枚捨て、魔法カード『破邪の大剣−バオウ』をグレファーに装備! これにより、グレファーの攻撃力は500ポイントアップする!」
 代々木は、やたらデカい剣をグレファー1体に装備した。

 戦士ダイ・グレファー 攻:1700→2200

「『破邪の大剣−バオウ』を装備したグレファーで、『異次元の女戦士』を攻撃!」
 大剣を装備し、力を上げたグレファーが、僕の場の『女戦士』に斬りかかる。この攻撃を防ぐ手段はない。大人しく戦闘の行く末を見ているしかない……。
 だが、戦闘を行なったことで『女戦士』の能力が発動す―――
「『バオウ』を装備したモンスターが戦闘で破壊したモンスターの効果は無効化される! よって、『異次元の女戦士』の効果は無効だ!」
 うぇぇぇえええええ!!?? そんな効果あったのかよ、その大剣!?
 代々木がグレファーに装備した『破邪の大剣−バオウ』には、効果モンスターの効果を打ち消す力が秘められていたらしい。それにより、『女戦士』は能力を発揮することなく、墓地へ送られてしまった。
 くそっ! まさか『女戦士』の能力が封じられるとは……!
「これで、お前の場のモンスターはいなくなったな。残る2体のグレファーでダイレクトアタックだ!」
 壁モンスターを失った僕に対して、2体のグレファーが斬りかかって来る! や……やばい!
「リバース・マジック、『闇の護風壁』! このターンのみ、僕は闇に身を隠し、敵モンスターの攻撃を受け付けない!」
 さすがにダイレクトアタックを受けるわけには行かないので、『闇の護風壁』を使っておく。ふぅ〜、危なかった……。
「う〜ん、そう簡単には通らないか。俺はこれでターンエンドだ」


【僕】 LP:4000 手札:3枚
 モンスター:なし
 魔法・罠:なし

【代々木】 LP:4000 手札:1枚
 モンスター:戦士ダイ・グレファー(攻2200),戦士ダイ・グレファー(攻1700),戦士ダイ・グレファー(攻1700)
 魔法・罠:破邪の大剣−バオウ(対象:戦士ダイ・グレファー),伏せ×1


 代々木のターンが終わり、僕にターンが移る。
 前のターンはどうにか防いだが、このままでは追いつめれる一方だ。
 一応、今の手札なら、あと何ターンかは守れると思うけど、守ってばかりでは勝てないのがM&Wだ。
 こういうときこそ、敵モンスターを手軽に全滅させられる魔法カード――『サンダー・ボルト』がほしいわけだが……。実は、今の僕のデッキには、『サンダー・ボルト』が1枚も入ってないんだよな。
 何故かと言うと、前作(プロジェクトCT)が終わった直後、あの傲慢女……もとい鷹野さんが、「モンスター及びプレイヤーへの直接攻撃系魔法は使用禁止。当然、『サンダー・ボルト』も禁止カードよ。というわけで、さっさと『サンダー・ボルト』をデッキから抜きなさい。さもないと、あなたの出番がなくなるわよ」とか言いやがったせいだ。さすがに出番がなくなるのは嫌だから、僕は大人しく『サンダー・ボルト』をデッキから抜いたのだ。
 そんなわけで、僕のデッキには今、『サンダー・ボルト』は入っていない。それはつまり、簡単手軽に敵モンスターを全滅させることができないということだ。
 だからこそ、『ミラーフォース』を破られたことが痛い。『ミラーフォース』を失った今、簡単手軽に敵モンスターを全滅させるカードは僕の持ち札に存在しない。う〜む……面倒だ……。
 まあいい。とりあえず、カードを引こうじゃないか。
「僕のターン、ドロー!」

 ドローカード:強欲な壺

 ……お、『強欲な壺』か。いいカードを引き当てた。早速使わせてもらおう。
「魔法カード『強欲な壺』を発動! デッキからカードを2枚ドロー!」
 2枚のカードを引いたことで、僕の手札が増強される。よし……。これなら、どうにかなるはずだ!
「僕は『ガジェット・ソルジャー』を召喚! このカードで、『バオウ』を装備していないグレファーを攻撃!」
 『ガジェット・ソルジャー』はご存知、攻撃力1800の4ツ星モンスターだ。え? 6ツ星モンスターじゃないの? とか思ったあなたは、原作コミックスを読み直してきなさい。
 とりあえず、今は少しでも敵モンスターを減らしておくべきだ――そう考えた僕は、『ガジェット・ソルジャー』でグレファーを攻撃した。『バオウ』を装備してないグレファーなら、『ガジェット・ソルジャー』の攻撃力で倒すことができるからね。
 『バオウ』を装備してないグレファーの攻撃力は1700。当然、バトルは『ガジェット・ソルジャー』の勝利に終わり、グレファーの数が3体から2体に減った。

 ガジェット・ソルジャー 攻:1800
 戦士ダイ・グレファー 攻:1700

 代々木 LP:4000→3900

「くっ……」
 僅かながらダメージを受けた代々木。それを見た周囲の女子たちが、「いや〜ん! 代々木君を傷つけないで〜!」とか言ってるが、今は気にしている暇はなかった。
 デュエリストである以上、一旦デュエルが始まったら、たとえ女の子が悲しむことになろうとも、“鬼”にならなければならないのだ。……うん。我ながらいいこと言った。さすがは僕。天才だな。
「グレファーが1体、やられちまったか……」
 そう言いながら、代々木はデュエルディスクからグレファーのカードを取り外し、墓地へと送った。
 どうやら、いま僕が倒したグレファーは、代々木が手札から召喚した、「カードとして存在する」グレファーだったらしい。と言うのも、『万華鏡』で分身したモンスターは、『融合モンスター』や『儀式モンスター』と同じく、カードとしては存在しないモンスターだからね(OCGで言う『トークン』みたいなものだ)。
 それはそうと、『ガジェット・ソルジャー』の攻撃力は1800なので、次のターン、『バオウ』を装備したグレファーの攻撃によって破壊されるのが目に見えている。まあ、もちろんそんなことはさせないけどね。
 とりあえず、これで残るグレファーは2体。次のターンにもう1体減らしたいところだな。
「僕は、カードを1枚伏せてターンエンド!」
 『ガジェット・ソルジャー』を守るために、トラップを仕掛けておく。
 と、その時、代々木が場に伏せていたカードを開いた! 
「じゃあ、エンド前にリバース・マジック! 2枚目の『万華鏡』だ!」
 …………!? はああああぁぁぁあああああ!!!???
 に……2枚目の『万華鏡』だとぉぉおおお!? つーことは、アレか!? またグレファーを分身させるのか!?
「『万華鏡』の効果対象は、『バオウ』を装備したダイ・グレファー! こいつを3体に分身させる!」
 うげぇぇええええ! やっぱりそう来るのか!
 『バオウ』を装備したグレファーが、『万華鏡』の効果で3体になってしまった。つまり、2体だったグレファーが4体になってしまったことになる。
 くそっ! まさか、1体減らしたと思った直後に、新しく2体増えるとは思わなかったよ……。面倒なことになってきたなぁ〜……。


【僕】 LP:4000 手札:3枚
 モンスター:ガジェット・ソルジャー(攻1800)
 魔法・罠:伏せ×1

【代々木】 LP:3900 手札:1枚
 モンスター:戦士ダイ・グレファー(攻2200),戦士ダイ・グレファー(攻1700),戦士ダイ・グレファー(攻2200),戦士ダイ・グレファー(攻2200)
 魔法・罠:破邪の大剣−バオウ(対象:戦士ダイ・グレファー)


「俺のターン、ドロー! ……よし。バトルだ!」
 カードを引いた代々木は、新たなカードを場に出すことはせず、すぐさまバトルフェイズに入ろうとした……って、そうはさせるかぁぁあああ!!!
「ちょっと待った! バトルフェイズに入る前に、トラップカード『威嚇する咆哮』を発動! これによりこのターン、君は攻撃宣言を行うことができない!」
「!」
 危ない危ない。4体のグレファーの攻撃をまともに受けたらひとたまりもないからな。ここはトラップでバトルを回避だ。
「う〜ん、このターンは攻撃できないのか。仕方ないな」
 よし……。何とか凌いだな。これで僕の場には『ガジェット・ソルジャー』が生き残った。次のターン、こいつを生贄にして、上級モンスター『カイザー・グライダー』を召喚す―――
「じゃあ、攻撃できないなら、今の内に使っておくか。手札より、3枚目の『万華鏡』を発動!」
 ―――って、またかよぉぉぉぉおおおおおお!!!!!?????
 あいつ、『万華鏡』を3枚積みしてたのか! うわぁ〜〜! これでまたグレファーが増えちゃうよぉ〜〜! めんどくせぇぇぇええ!
「対象は当然、『バオウ』を装備したグレファーだ! 分身せよ、グレファー!」
 『万華鏡』の効果が発動し、『バオウ』を装備したグレファーがさらに2体増える! くっ……! これで奴の場のグレファーは4体から6体になってしまった!


【僕】 LP:4000 手札:3枚
 モンスター:ガジェット・ソルジャー(攻1800)
 魔法・罠:なし

【代々木】 LP:3900 手札:1枚
 モンスター:戦士ダイ・グレファー(攻2200),戦士ダイ・グレファー(攻1700),戦士ダイ・グレファー(攻2200),戦士ダイ・グレファー(攻2200),戦士ダイ・グレファー(攻2200),戦士ダイ・グレファー(攻2200)
 魔法・罠:破邪の大剣−バオウ(対象:戦士ダイ・グレファー)


 ↑この状況を見て、代々木の場にモンスターが6体いることに違和感を覚えた人がいるかも知れない。特に、OCG慣れした人は、「互いに場に出せるモンスターは最大5体じゃないの?」と疑問に思ったことだろう。
 うん。これはつまり……アレだよ。『万華鏡』の効果で分身したモンスターは、増殖したクリボーと同じような存在なんだよ。ほら、クリボーって無限に増殖するじゃない。それと同じなんだよ。実際はどうなのか分からないけど、とりあえずこの小説内でなら、そういう理論が成り立つんだよ。

 ご都合主義
 (魔法カード)
 都合のいい展開でストーリーを進行させる。

「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」
 6体のグレファーを従えた代々木が、とりあえずターンを終えた。
 6体のグレファーか……。けど、僕の手札にある『カイザー・グライダー』を召喚できれば!
「僕のターン、ドロー! 僕は、場の『ガジェット・ソルジャー』を生贄に捧げ、『カイザー・グライダー』を召喚!」
 『カイザー・グライダー』は、攻撃力2400のモンスター。こいつなら、『バオウ』を装備したグレファーも倒せる!
 代々木は、グレファーを6体まで増やしたが、いくら数が増えたところで、グレファーの攻撃力は『カイザー・グライダー』の攻撃力には及ばない。フフ……雑魚を増やしたところで無意味だってことを教えてやるぜ!
「バトル! 『カイザー・グライダー』で『バオウ』を装備したグレファーを攻撃!」
 とりあえず、攻撃力の高いグレファーから倒していくことにする。消え去れ雑魚モンスター!
「そうはさせないぜ。トラップ発動! 『ドレインシールド』! 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、その攻撃力分のライフを回復する!」
 ……! ちっ! 『ドレインシールド』を伏せてたのか! う〜ん……これで『カイザー・グライダー』の攻撃は無効にされ、代々木は2400ポイントのライフを回復するわけか……。

 代々木 LP:3900→6300

 ま、いいだろう。所詮、『ドレインシールド』は一度きりのトラップ。それを使わせただけでもよしとしよう。
 だが、覚悟しておくんだな代々木よ。次のターンから、『カイザー・グライダー』がお前のグレファーを次々に蹴散らしていくぜ!
「リバース・カードを2枚セットし、僕はターン終了だ!」
 念には念を入れ、魔法とトラップを1枚ずつ仕掛けておく。フッ! 実に完璧な布陣だ!


【僕】 LP:4000 手札:1枚
 モンスター:カイザー・グライダー(攻2400)
 魔法・罠:伏せ×2

【代々木】 LP:6300 手札:0枚
 モンスター:戦士ダイ・グレファー(攻2200),戦士ダイ・グレファー(攻1700),戦士ダイ・グレファー(攻2200),戦士ダイ・グレファー(攻2200),戦士ダイ・グレファー(攻2200),戦士ダイ・グレファー(攻2200)
 魔法・罠:破邪の大剣−バオウ(対象:戦士ダイ・グレファー)


 上級モンスターを召喚したことで、デュエルは僕が有利となった! このまま押し切る!
「俺のターン、ドロー! よし。魔法カード『強欲な壺』! このカードの効果で、デッキからカードを2枚ドローする!」
 くっ! ここで『強欲な壺』かよ!? 運のいい奴め。まあいい。
 『強欲な壺』の効果によって、代々木の手札は2枚となる。その2枚の手札を見ると、代々木はすぐさま行動を起こした。
「俺は、2枚目の『戦士ダイ・グレファー』を引いた。こいつを召喚させてもらうぜ」
 !? ちょ……!? ま……またグレファーぁぁぁあああああ!?
 そう言えば、代々木はグレファーを『万華鏡』で分身させて増やしてただけで、「グレファーのカード」自体は、まだ1枚しか場に出してないんよな……。で、たった今、奴は2枚目のグレファーを引き当て、それを召喚したと……。
 くっ……! 奴の場のグレファーはさらに数を増し、7体になってしまった! だ……だが、いくら数を増やしたところで、僕の場の『カイザー・グライダー』には勝てない! 無駄なことを―――
「バトルだ! 『バオウ』を装備したグレファーで、『カイザー・グライダー』を攻撃!」
 ―――と思いきや、何か代々木がグレファーで攻撃してきたんですけど!?
 ど……どういうつもりだ!? 『バオウ』を装備したグレファーの攻撃力は2200! 『カイザー・グライダー』の攻撃力2400には敵わない! あいつの場にリバース・カードはないし……自滅するつもりなのか!?
 代々木の攻撃命令を受け、グレファーはその手に握った大剣『バオウ』で、『カイザー・グライダー』に斬りかかる。対する『カイザー・グライダー』は、黄金色のブレスをグレファー目掛けて撃ち放った。
 2体のモンスターの攻撃力の差は歴然。当然、『カイザー・グライダー』のブレスがグレファーを焼き払う……と思いきや、グレファーは『カイザー・グライダー』のブレスを跳躍してかわし、その勢いのまま、『カイザー・グライダー』に頭上から斬りかかった!
 斬りかかったグレファーが、『バオウ』で『カイザー・グライダー』を真っ二つにするのに、時間は掛からなかった。そう。グレファーと『カイザー・グライダー』の対決は、グレファーの勝利に終わったのである。

 ……って、あれ? 何かおかしくない?

 僕 LP:4000→3400

 ていうか、何で僕のライフが減ってんの?
 え? ちょっと待ってよ! 明らかにグレファーよりも『カイザー・グライダー』の攻撃力の方が上だったよね!? なのに、何で『カイザー・グライダー』が負けてんの!? 何で僕のライフが減ってんの!?
「代々木……。君は一体、何を……?」
 結局、何が起こったのか分からず、僕は代々木に訊ねた。一体、こいつは何をしたんだ?
「ん? あぁ。俺は、墓地に眠るトラップカード、『スキル・サクセサー』を発動させていたのさ」
 ……!?
 代々木の言葉を聞き、僕は一瞬、自分の耳を疑った。
 墓地に眠るトラップカード!? 『スキル・サクセサー』!? 何それ? ぼくそんなかーどしらないよ。
「トラップカード『スキル・サクセサー』は、墓地で効果を発揮できる特殊なカードでね。墓地にある『スキル・サクセサー』をゲームから除外することで、自分の場のモンスター1体の攻撃力を、このターンのみ800ポイントアップさせることができるんだ」

 スキル・サクセサー
 (罠カード)
 自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
 このターンのエンドフェイズ時まで、選択したモンスターの攻撃力は400ポイントアップする。
 また、墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力はこのターンのエンドフェイズ時まで800ポイントアップする。
 この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動する事ができず、自分のターンのみ発動する事ができる。

 馬鹿な……! 墓地で効果を発揮するトラップカードがあったとは!
 ……ていうか、いつの間に『スキル・サクセサー』なんてカードが墓地に? ……あ、そうか。『破邪の大剣−バオウ』の手札コストとして、『スキル・サクセサー』を捨てておいたのか!

 戦士ダイ・グレファー 攻:2200→3000

「『スキル・サクセサー』を除外したことにより、グレファーの攻撃力は3000まで上がった。これで、『カイザー・グライダー』の攻撃力を上回ったってわけさ」
 そういうことか……。攻撃力を3000まで増大させたことで、グレファーは『カイザー・グライダー』を倒せたわけだ。それで、僕のライフが3000−2400=600ポイント削られたと……。くそっ……。まさか、墓地にそんなトラップを仕込んでいたとは!
 ていうか、実はこれってやばくない? 『カイザー・グライダー』が倒されたことで、僕の場にはモンスターが1体もいなくなっちゃったんだけど……。それに対して、代々木の場には、まだ攻撃をしてないグレファーが6体もいる……。


【僕】 LP:3400 手札:1枚
 モンスター:なし
 魔法・罠:伏せ×2

【代々木】 LP:6300 手札:1枚
 モンスター:戦士ダイ・グレファー(攻3000),戦士ダイ・グレファー(攻1700),戦士ダイ・グレファー(攻2200),戦士ダイ・グレファー(攻2200),戦士ダイ・グレファー(攻2200),戦士ダイ・グレファー(攻2200),戦士ダイ・グレファー(攻1700)
 魔法・罠:破邪の大剣−バオウ(対象:戦士ダイ・グレファー)


「このターンで決めるぜ! 6体のグレファーで総攻撃だ!」
 壁モンスターのいない僕に向かって、6体のグレファーが迫り来る! や……やばい! この攻撃を喰らったら……僕の負けが確定してしまう!
 ……って、そう簡単にやられてたまるかぁぁああああ!!
「リバース・マジック! 『スケープ・ゴート』! このカードの効果で、4体の身代わり羊を僕の場に出現させる!」
 僕は、伏せておいた『スケープ・ゴート』を発動させた。ここはとりあえず、4体の身代わり羊に、代わりに攻撃を受けてもらうしかない!
「『スケープ・ゴート』か。なら、『バオウ』を装備したグレファー2体と、『バオウ』を装備してないグレファー2体で、身代わり羊を攻撃だ!」
 6体のグレファーの内、4体のグレファーが身代わり羊を容赦なく撃破した!
 くっ! どうにか4体のグレファーの攻撃は防いだけど、それでも、あと2体のグレファーには攻撃権が残っている! あぁ〜〜! 面倒なことになってきたなぁぁああ!
「これでまたお前の場はがら空き! 残る2体のグレファーでダイレクトアタックだ!」
 攻撃権の残っているグレファー2体が、再びがら空きになった僕に迫り来る! どちらのグレファーも『バオウ』を装備しているため、攻撃力は2200! 両者の攻撃を喰らえば、僕のライフは0になる!
 くっそぉぉぉぉぉおおおお! 代々木めぇぇええ! 調子に乗るなぁぁああああ!
「リバースカードオープン! トラップカード『オフェンシブ・ガード』! 直接攻撃してきた相手モンスター1体の攻撃力を、このターンのエンドフェイズ時まで半分にする!」
「何っ!?」

 オフェンシブ・ガード
 (罠カード)
 相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動する事ができる。
 このターンのエンドフェイズ時まで、その相手モンスター1体の攻撃力を半分にし、自分はカードを1枚ドローする。
 アニメで吹雪さんや十六夜さんが使った由緒正しきカードだぜ!
 『ガード・ブロック』を使った方がよくない? なんてツッコミは受け付けない!

 戦士ダイ・グレファー 攻:2200→1100

 斬りかかってきたグレファー1体の攻撃力を、『オフェンシブ・ガード』の効果で半減させた。これで、受けるダメージを減らすことができる!
 それと『オフェンシブ・ガード』には、もう一つ嬉しい効果がある。
「さらに、『オフェンシブ・ガード』の効果によって、僕はカードを1枚ドローする!」
 そう。『オフェンシブ・ガード』にはドロー効果も備わっている。そのテキストに従い、僕はカードを1枚ドローした。
 そして、攻撃力が半減したグレファーが僕にダイレクトアタックを喰らわせてきた。くっ!

 戦士ダイ・グレファー 攻:1100

 僕 LP:3400→2300

 2体のグレファーの内、1体の攻撃が終わった。残るは1体。けど、もう僕の場に伏せカードはない。この攻撃は大人しく受けるしか……。
「もう伏せカードはなくなったな。最後のグレファーで攻撃だ!」
 残る1体のグレファーが、僕に斬りかかる。そのダメージ値は実に2200ポイント!

 戦士ダイ・グレファー 攻:2200

 僕 LP:2300→100

 …………っ!
 あ……あぶねぇ〜〜〜! どうにかライフが100残ったよ! 首の皮1枚で繋がったか!
 し……しかしどうする? 僕の場ががら空きなのに対し、代々木のヤローの場にはグレファーが7体! そして、奴のライフが6300もあるのに対し、僕のライフは残り僅か100! ど……どうすれば!?
「よし。俺はこれでターンエンド。この瞬間、『スキル・サクセサー』の効果が切れ、グレファーの攻撃力は元に戻る」
 圧倒的に有利になったことからか、余裕の表情でターンを終える代々木。それと同時に、『スキル・サクセサー』の効果を受けていたグレファーの攻撃力が変動した。

 戦士ダイ・グレファー 攻:3000→2200


【僕】 LP:100 手札:2枚
 モンスター:なし
 魔法・罠:なし

【代々木】 LP:6300 手札:1枚
 モンスター:戦士ダイ・グレファー(攻2200),戦士ダイ・グレファー(攻1700),戦士ダイ・グレファー(攻2200),戦士ダイ・グレファー(攻2200),戦士ダイ・グレファー(攻2200),戦士ダイ・グレファー(攻2200)戦士ダイ・グレファー(攻1700)
 魔法・罠:破邪の大剣−バオウ(対象:戦士ダイ・グレファー)


「きゃあああ〜〜!! 祐二様カッコいい〜〜!!」
 今のところ、まるで調子を崩すことなく、有利にデュエルを進める代々木。そんな彼を見て、周囲の女の子たちのテンションが上がる。そして、盛り上がる彼女たちは誰一人として、僕の方は見向きもしない。多分、彼女たちの目に僕の姿は映ってないのだろう。チキショオ!
 しかし、ホントにやばいぞこれは……。このままだと、代々木を完膚なきまでにぶっ潰して、女の子たちからの人気を僕1人だけのものにするという計画がパーだ! いや、それだけじゃない! もし、僕が代々木に負けるようなことがあれば、僕はM&Wの経験者であるにもかかわらず、初心者に負けたカッコ悪い男として、女子たちの記憶に刻まれてしまう! それは何としても避けなくては!
 僕は、現在の自分の手札を見てみた。僕の手札は2枚。装備魔法が1枚と、トラップが1枚。どちらも攻撃力を上げることのできるカードだ。
 装備魔法の方は、はっきり言って、この状況では何の役にも立たない。このカードは確か、『地獄の暴走召喚』との相性を意識して入れておいたんだっけな。まあ、まだ実際に使ったことはないんだけど。
 それから、トラップの方はと言うと、それなりに強いカードだけど、やはり今は役に立たない。このカードもまだ使ったことのないカードだから、一度使ってみたいところだな。
 そんなわけで、手札のカードではこの状況を打開できない。ここは、このターンのドローで起死回生できるカードを引き当てるしかない!
 頼むよ、僕のデッキ! この状況を打ち破れるカードを導いてくれ!
「……僕のターン、ドロー!」

 ドローカード:サイバー・ヴァリー

 ……っ!
 さ……『サイバー・ヴァリー』か……。悪いカードではないな……。
 『サイバー・ヴァリー』は攻守ともに0のモンスターだが、優秀な効果を三つ備えている。今はこいつの効果に頼るしかない!
「僕は『サイバー・ヴァリー』を攻撃表示で召喚! さらに、カードを2枚伏せ、ターンエンドだ!」
 『サイバー・ヴァリー』だけでなく、一応ブラフとして、2枚の伏せカード――装備魔法とトラップ――も出し、僕はターンを終えた。


【僕】 LP:100 手札:0枚
 モンスター:サイバー・ヴァリー(攻0)
 魔法・罠:伏せ×2

【代々木】 LP:6300 手札:1枚
 モンスター:戦士ダイ・グレファー(攻2200),戦士ダイ・グレファー(攻1700),戦士ダイ・グレファー(攻2200),戦士ダイ・グレファー(攻2200),戦士ダイ・グレファー(攻2200),戦士ダイ・グレファー(攻2200)戦士ダイ・グレファー(攻1700)
 魔法・罠:破邪の大剣−バオウ(対象:戦士ダイ・グレファー)


「俺のターン、ドロー! ……じゃ、バトルと行こうか! グレファーで『サイバー・ヴァリー』に攻撃!」
 代々木は新たなカードを出すことなく、すぐにバトルフェイズに入った!
 フッ! そう簡単には通さないぜ!
「『サイバー・ヴァリー』の効果発動! 攻撃対象となったこのカードをゲームから除外することで、バトルフェイズを強制終了させる! そして、僕はカードを1枚ドローする!」
「これで、1ターン生き延びたってわけか……」
 『サイバー・ヴァリー』が僕の場から除外され、代々木のバトルフェイズが強制終了された。ふぅ、危ない危ない。
 さて、『サイバー・ヴァリー』の効果で、僕はカードを1枚ドローできるんだ。よし……! いいカードよ、来てくれ!
「カードを1枚ドロー!」

 ドローカード:ゴキボール

 何でぇぇぇぇええええええええ!!!!?????
 何でこの状況で『ゴキボール』が来るんだよ!? このタイミングでこんな雑魚カード引いても無意味だから! グレファーに打ち勝つなんて無理だから!
 『ゴキボール』については、もはや説明するまでもないだろう。攻撃力1200の4ツ星モンスター。別にこれといって特殊な能力は秘めていない。当然、この状況を打ち破ることなどできない。
 くそっ! デッキが……答えてくれない!
 と……とりあえず、まだ代々木のターンが終わってない。と言っても、もうやることなんてないはず―――
「まだまだ終わらないってわけか。なら、俺も全力で行かせてもらうぜ。俺は3枚目のグレファーを召喚!」
 ―――って、またグレファーぁぁぁああああああ!!?? 代々木のヤロー、グレファーまで3枚積みしてたのかよ!?
 新たにグレファーが召喚されたことにより、代々木の場のグレファーは8体となった。ちなみに、8体のグレファーの内5体が『破邪の大剣−バオウ』を装備している。
 くそっ! どんだけグレファーを増やせば気が済むんだあいつは!
「さらに、永続魔法『連合軍』を発動! このカードがある限り、俺の場の戦士族・魔法使い族モンスター1体につき、俺の場の全ての戦士族モンスターの攻撃力は200ポイントアップする!」
 グレファーを増やした代々木は、何か永続魔法まで出してきた。代々木のヤロー、調子に乗りやがって……って、ちょっと待て! 『連合軍』だと!?
「俺の場にいる8体のグレファーは、全員戦士族モンスターだ! よって、こいつら全員の攻撃力がアップするぜ!」
 『連合軍』の効果によって、代々木の場の戦士族モンスター、つまり、8体のグレファーは攻撃力を上げる。その数値は、代々木の場にいる戦士族・魔法使い族モンスターの数×200ポイント……。

 …………あ。


 代々木の場の戦士族・魔法使い族モンスターの数=8体(全員グレファー)
 『連合軍』の効果でアップする数値=8×200=1600ポイント

 戦士ダイ・グレファー(バオウ装備) 攻:2200→3800
 戦士ダイ・グレファー(バオウなし) 攻:1700→3300


「俺はこれで、ターンエンドだ。さ、お前のターンだぜ」


【僕】 LP:100 手札:1枚(ゴキボール)
 モンスター:なし
 魔法・罠:伏せ×2

【代々木】 LP:6300 手札:0枚
 モンスター:戦士ダイ・グレファー(攻3800),戦士ダイ・グレファー(攻3300),戦士ダイ・グレファー(攻3800),戦士ダイ・グレファー(攻3800),戦士ダイ・グレファー(攻3800),戦士ダイ・グレファー(攻3800)戦士ダイ・グレファー(攻3300),戦士ダイ・グレファー(攻3300)
 魔法・罠:破邪の大剣−バオウ(対象:戦士ダイ・グレファー),連合軍


 ぐ……グレファーの攻撃力が……8体のグレファー全員の攻撃力が……3000ポイントを超えただとぉぉぉぉおおおおおお!!!!????
 な……何だこの壮絶な光景! 要するに、いま僕の目の前には、ブルーアイズの攻撃力を超えるモンスターが8体いるってことじゃないか! 何なんだこれ!?
 や……やばいよ! これはやばいよ! 冗談じゃなくやばいよ! このターンのドローでこの状況を打開できるカードを引けなかったら……ホントに僕の負けだぞ!
 た……頼みます、デュエルの神様! 僕の手元に、『運命のカード』をお導きください! あ、そういや、神様は信じないことにしたんだっけ。……って、んなことどっちだっていいよ!

 というか……それ以前に……。
 僕はこのターン、何のカードを引けばいいんだ?
 何のカードを引けば、この状況を打開できるんだ?
 というか、この状況を打開できる手段なんてあるのか?
 代々木の場には、攻撃力3000超えのグレファーが8体もいるんだぞ?
 それに対して、僕の場に残されたのは、役に立たない魔法とトラップだけ。
 手札は、攻撃力1200の雑魚カードが1枚だけ。
 しかも、僕のデッキには『サンダー・ボルト』も存在しない。『ミラーフォース』も既に墓地だ。つまり、代々木の場のグレファーを簡単に一掃することもできない。
 その上、僕のライフは残り100しかない。
 ここから切り抜けるなんてこと……できるのか?


 …………。


 焦りと恐れの感情が募っていく中、僕は一つの結論に辿り着いてしまった。



 ―――勝てない……?



 8体のグレファーが強い威圧感で僕を押し潰そうとしてくる中、僕は思わず膝を折ってしまった。
 勝てない……。
 グレファーを倒す手段は……ない……。
 先ほどまでは代々木を叩き潰すつもりでいた僕だったが、不思議なことに、今は全く勝つ気力がなかった。いや、違う。勝つ気力を失わされたんだ。
 この圧倒的な戦力差を前にして、僕はサレンダーをしたい気持ちになってきた。
 そうだ。このデュエルは捨て勝負だ。
 これ以上、無駄な足掻きをするくらいなら、今は潔くサレンダーした方がいいだろう。そして、サレンダーをしたら、「この勝負はマッチ戦だったのさ」とか言って、このあと代々木に2回連続で勝てばいい。
 そうだよ。グレファーが8体も揃うなんてことは滅多にあるはずないんだし、次のデュエルは絶対に僕が勝つに決まってる。
 うん。これは名案だ。すぐに実行に移そう。早速サレンダーだ。
 代々木よ、今回は僕の負けにしておいてやる。だが覚えておけ。僕は必ず次のデュエルでは勝利し、貴様を潰す!
 考えをまとめた僕は、醜態を晒す前にサレンダーをすることにした。本当の勝負はこれからだぜ……!
 いざ、さらば―――!










「オ〜ッホッホッホッホッホ!!」







 ……どこからか、聞き覚えのある高笑いがした。
 この声は……あの傲慢女の声だ……!

 僕は周囲を見渡した。周囲には代々木を応援する女子が大勢いるが、その中に今の声の主はいない。むしろ、周囲の女子たちも、今の声の主を探そうとキョロキョロしている。
 あの女……どこにいるんだ? どこからこのデュエルを見ているんだ?

 ……! もしや!

 僕は上を見た。そして、目を代々木の家の屋根の方へと向けた。
 ……ビンゴだった。
 あの傲慢女――鷹野さんが、代々木の家の屋根の上で、腕を組んで仁王立ちしていた。
 そうか! 鷹野さんは、あの場所から僕らのデュエルをずっと見ていたのか!
 ……って、何でだよ! 何で屋根の上なんだよ!? つーか、いつからそこにいたんだよ!? いや、むしろ危険だろ! 早く降りて来いよ!
「た……鷹野さん! 危ないから降りた方がいいよ!」
 危険だと思った僕は、屋根の上の鷹野さんに向かって言った。
 しかし。

「パラコンの分際で、私に指図するんじゃないわよ」

 何故か鷹野さんは、凄まじいまでの上から目線で返してきやがった! うるせーよこのクソ女! 人がせっかく心配してやってるっていうのに、何だその言い方は!
 あ〜、チキショオ! テメーの身を心配した僕が馬鹿だったよ! もう勝手にしろよ! 屋根の上だろうが、雲の上だろうが、好きなだけいればいいだろうが!

「パラコン。あなたは所詮、ここで終わるデュエリストのようね」

 む? 鷹野さんが何か言ってくる。「僕がここで終わるデュエリスト」だと……。
 何を言ってるんだ、あの女は? 僕はただ、次の勝負に賭けようとしてるだけだぞ? 別に諦めたわけじゃないぞ? 単に今回のデュエルは捨てるっていうだけで……。
 僕の考えを知ってか知らずか、鷹野さんは言葉を続けた。

「まあ、あなたは私が認めていない、誇り低きデュエリストだから、負けて当然なのかもね」

 相も変わらず、鷹野さんは上から目線で腹の立つことを言ってくる。あの女……好き放題言いやがって……! すげームカつく!
 ムカついてることが顔に出てしまったのか、鷹野さんは意地悪い笑みを浮かべた。

「ふふ……。何か言いたげな顔ね、パラコン。けど、負け犬の戯言に付き合うほど、私はお人好しじゃないわよ? 負け犬のパラコンボーイ……」

 その言葉を聞いた瞬間、僕の中の何かが切れた!
 ああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!! すっげぇぇムカつくぅぅぅぅうううう!! 何だよあのアホ女ぁぁぁあああ!!
 何が負け犬だよ! 僕は負け犬なんかじゃ……って、いま僕はサレンダーしようとしてたんだっけ……。あ、いや、まだサレンダーはしてないから、負けたわけじゃないぞ! まだデュエルは終わってないぞ! つまり負け犬じゃないぞ!

「負け犬……負け犬……負け犬のパラコンボーイ……略して負け犬ボーイ……もっと略してマボーイ……マボーイ……マボーイ……」

 鷹野さんが調子に乗り始めた! あの女ぁぁぁああ! 誰が『マボーイ』だコンチキショオ! 調子乗ってんじゃねーよバーカバーカ! 少し黙ってろよ!

「負け犬のパラコンボーイ略してマボーイ! あなたは大人しく、8体のグレファーによる集団暴行を受けるのがお似合いだわ! オ〜ッホッホッホッホ!」

 さんざん僕をコケにしておいて、高笑いする鷹野麗子! おのれぇぇえええ! 覚えてろよぉぉおお! この屈辱、僕の『ガジェット・ソルジャー』が貴様を踏み潰して晴らす!

 サレンダーは中止だ! このデュエル、何としてでも勝つぞ! 勝って、あの性悪女を「げふぅ」と言わせてやる! 見てろよぉぉぉおおお!
 つい先ほどまではこの勝負を捨てる気だった僕だが、鷹野さんに馬鹿にされたことで、完全に気が変わってしまった。何が何でもこのデュエルに勝って、鷹野さんに一泡吹かせる――今、僕の頭にはそれしかない。
 鷹野麗子め……待ってろ。僕は今……『戦士ダイ・グレファー』を倒す!


【僕】 LP:100 手札:1枚(ゴキボール)
 モンスター:なし
 魔法・罠:伏せ×2

【代々木】 LP:6300 手札:0枚
 モンスター:戦士ダイ・グレファー(攻3800),戦士ダイ・グレファー(攻3300),戦士ダイ・グレファー(攻3800),戦士ダイ・グレファー(攻3800),戦士ダイ・グレファー(攻3800),戦士ダイ・グレファー(攻3800)戦士ダイ・グレファー(攻3300),戦士ダイ・グレファー(攻3300)
 魔法・罠:破邪の大剣−バオウ(対象:戦士ダイ・グレファー),連合軍


 状況は圧倒的に僕の不利。だが、必ず何か逆転する手段はあるはず!
 ここは、自分のデッキを信じるしか道はないだろう。
 頼むぞ……僕のデッキ!
 このドローに……全てを賭ける―――!

「―――僕のターン、ドロー!!」





 ドローカード:死者蘇生

 …………!
 僕がドローしたのは、有名な魔法カード『死者蘇生』。自分・相手問わず、墓地のモンスターを復活させ、味方にすることができる魔法カードだ。
 僕の墓地にいるモンスターは、『異次元の女戦士』、『ガジェット・ソルジャー』、『カイザー・グライダー』の3体。この中で蘇らせるとしたら……攻撃力が一番高い『カイザー・グライダー』だろうか?
 『カイザー・グライダー』を復活させて、次の代々木のバトルフェイズで、場に伏せてあるこのトラップを使えば、グレファー1体を倒すことはできるな……。あ、でも駄目だ。これだと、一時凌ぎにしかならない。
 『異次元の女戦士』と『ガジェット・ソルジャー』だと攻撃力が足りない。ましてや、『ゴキボール』など話にならない。駄目か……。
 じゃあ、代々木の墓地のモンスターを使えば……あ、でも、このデュエルであいつが出したモンスターはグレファーだけなんだよな……。
 確か、あいつの墓地にいるモンスターは、『ガジェット・ソルジャー』で倒したグレファー1体だけだ。それ以外のモンスターは、代々木の墓地に存在していない。
 グレファーの攻撃力は1700。『ガジェット・ソルジャー』よりも低いじゃないか……。くそっ! やっぱり駄目なのか……!
 もはやここまでか……。そんな風に思いつつ、僕は場の状況を何となく見てみた。代々木の場には、攻撃力3000超のグレファーが8体。僕の場には、逆転の切り札とは呼べないトラップに、この状況では役に立たない装備魔法が―――





 ―――あれ?





 ……待てよ? この装備魔法って確か……―――。

 …………。





 …………あっ!
 そ……そうか! こんな簡単なことに何で気付かなかったんだ!

 全世界のファンの皆さん! 喜んでいただきたい!
 僕は見つけた! 見事に見つけた! この状況から逆転する方法を!
 そう! 場と手札にあるこれらのカードを全部組み合わせれば、このターンで華麗に大逆転することが可能なのだ!
「オイオイこれじゃあ、Meの勝ちじゃないか!」
 テンションが上がってきた僕は、無意識の内にそんなことを口にしていた。
 その瞬間、代々木の表情から余裕の笑みが消える。
「どういう意味だ、パラコン……?」
 代々木が、僅かに動揺した口調で訊ねてくる。どういう意味かって? ↓こういう意味さ!

 逆・転・劇
 (罠カード)
 敵が反則レベルに強くて、主人公が追い詰められた時に発動!
 主人公は意外な方法で逆転する。

 それでは、読者の皆さんにお見せしよう。僕の華麗なる『逆・転・劇』を!
「僕は、手札から魔法カード『死者蘇生』を発動! このカードで、墓地に眠るモンスターを1体復活させる!」
「! 蘇生召喚か……! 攻撃力が一番高い、『カイザー・グライダー』を復活させるのか?」
 『カイザー・グライダー』を蘇らす――と予測する代々木。フッ! 代々木よ……所詮、貴様は初心者! 初心者の貴様に、経験者であるこの僕の緻密かつ崇高な戦術など予測できまい!
「それは違うよ、代々木。僕が復活させるのは――君の墓地にいるグレファーだ!」
「何!?」
 驚きの表情を浮かべる代々木。と同時に、『死者蘇生』の効果で、代々木の墓地からグレファーが復活し、僕の場に召喚される。
 代々木の場にはグレファーが8体。そして、僕の場にもグレファーが1体。合計9体のグレファーが、このフィールドに集結したのだ!


【僕】 LP:100 手札:1枚(ゴキボール)
 モンスター:戦士ダイ・グレファー(攻1700)
 魔法・罠:伏せ×2

【代々木】 LP:6300 手札:0枚
 モンスター:戦士ダイ・グレファー(攻3800),戦士ダイ・グレファー(攻3300),戦士ダイ・グレファー(攻3800),戦士ダイ・グレファー(攻3800),戦士ダイ・グレファー(攻3800),戦士ダイ・グレファー(攻3800)戦士ダイ・グレファー(攻3300),戦士ダイ・グレファー(攻3300)
 魔法・罠:破邪の大剣−バオウ(対象:戦士ダイ・グレファー),連合軍


「グレファーを……蘇らしただと? 一体……何を……?」
 何が何だか分からない、と言った様子の代々木。その表情には、徐々に焦りの感情が浮かんできている。
 クックック……! まだ僕の狙いが分からないようだな。よろしい。僕の戦術を明らかにするとしよう。
 僕は華麗な動きで、場に伏せておいた装備魔法カードを開いた!
「リバース・カード、オープン! 装備魔法『ヘル・アライアンス』!」
「……なっ!?」
 開かれたカードを見て、代々木の顔が凍りつく! フフ……分かるよな、代々木よ。『ヘル・アライアンス』のカードは、この状況で恐るべき力を発揮するのさ!
「『ヘル・アライアンス』を装備したモンスターは、フィールド上に存在する、自身と同じ名前のモンスター1体につき、攻撃力が800ポイントアップする!」

 ヘル・アライアンス
 (装備カード)
 フィールド上に表側表示で存在する装備モンスターと同名のモンスター1体につき、装備モンスターの攻撃力は800ポイントアップする。

 『ヘル・アライアンス』は、同名モンスターが場に並んでいるときにこそ、真価を発揮できるカード! そう! 今の状況なら、このカードの力を存分に発揮できるのだ!
「僕は、『ヘル・アライアンス』を僕の場のグレファーに装備! 今、グレファーと同名のモンスターは、君の場に8体いる! よって、僕の場のグレファーの攻撃力は、6400ポイントアップ!」

 戦士ダイ・グレファー 攻:1700→8100

「こ……攻撃力……8100だと!?」
 『青眼の究極竜』をはるかに上回る攻撃力を身につけたグレファーを前に、代々木はただただ驚くしかないようだ。はっはっは! いい気味だ!
 だが、これだけでは終わらない! 僕の必殺コンボは、このカードを使うことで終幕となる!
「さらに、もう1枚のリバースをオープン! トラップカード『ライジング・エナジー』! このトラップは手札を1枚捨てることで発動し、場にいるモンスター1体の攻撃力を、このターンのみ1500ポイントアップさせる!」
「なっ! また攻撃力を増強させるのか!?」
 うひゃひゃひゃひゃひゃ! 『ライジング・エナジー』の効果で、グレファーの攻撃力はさらに1500ポイントアップだ! どうだ代々木! これが僕の全力だ!

 ライジング・エナジー
 (罠カード)
 手札を1枚捨てる。
 発動ターンのエンドフェイズ時まで、フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力は1500ポイントアップする。

 僕は手札に残された魂のカード――『ゴキボール』を墓地に捨て、『ライジング・エナジー』の発動コストとした。
 最後の最後で手札コストになってくれるとはな……。ありがとう『ゴキボール』! 君の勇姿は忘れないぞ!

ゴキ「ひどいよ〜! 手札コストにされるだけの登場なんて〜! うわ〜ん!」

 ……何か聞こえた気がしたが、今は気にしないことにする。

 戦士ダイ・グレファー 攻:8100→9600


【僕】 LP:100 手札:0枚
 モンスター:戦士ダイ・グレファー(攻9600)
 魔法・罠:ヘル・アライアンス(対象:戦士ダイ・グレファー)

【代々木】 LP:6300 手札:0枚
 モンスター:戦士ダイ・グレファー(攻3800),戦士ダイ・グレファー(攻3300),戦士ダイ・グレファー(攻3800),戦士ダイ・グレファー(攻3800),戦士ダイ・グレファー(攻3800),戦士ダイ・グレファー(攻3800)戦士ダイ・グレファー(攻3300),戦士ダイ・グレファー(攻3300)
 魔法・罠:破邪の大剣−バオウ(対象:戦士ダイ・グレファー),連合軍


「攻撃力……9600かよ……。はは……これじゃあ、俺の負けじゃんか」
 代々木は小さく笑いながら、その場であぐらをかいた。
 そう。攻撃力9600のグレファーで、代々木の場の攻撃力3300のグレファーを攻撃すれば、代々木が受ける戦闘ダメージは6300ポイント。今の代々木の残りライフとちょうど同じだ。
 よっしゃああああ! この勝負、もらったぜぇぇぇええええ!
 見てるか、鷹野麗子! 僕は決して、負け犬のパラコンボーイ略してマボーイなんかじゃないぞ! きっちりと先の暴言を取り消してもらおうか!
 そう思いながら僕は顔を上げ、先ほど鷹野さんが仁王立ちしていた場所を見てみた。
 しかし、そこに鷹野さんはおらず、代わりに何か看板のようなものが立っていた。看板には、「『噂の東京マガジン』が見たいので帰ります。」と一言書かれている。
 あの女ぁぁぁああああ!! 一番肝心なとこを見ずに帰るんじゃねーよ!! ふざけんな!!
 つーか、何しにここに来たんだよあの女は!? ひょっとして、僕を冷やかすためだけに来たのか!? 何にしても、ムカつくんだよ!!
「バトル! 攻撃力9600のグレファーで、攻撃力3300のグレファーを攻撃!! “アブソリュート・バースト・クリムゾン・デス・ストリーム・ソニック・ボルケーノ・エボリューション・シューティング・ブレード”ぉぉぉぉおお!!」
 腹が立ってきた僕は、憂さ晴らしの意味を込めて、適当な技名を叫んだ。
 チキショオ! 覚えてやがれ鷹野麗子! いつか「ぐにゅぅ」と言わせてやるからな!

 戦士ダイ・グレファー(パラコン側) 攻:9600
 戦士ダイ・グレファー(代々木側) 攻:3300

 代々木 LP:6300→0


 ★


 こうして、僕は代々木に勝利した。ま、当然の結果だな。代々木は初心者なんだし、経験者の僕に勝てる道理なんてない。楽勝、楽勝。
 ああ、そうだ。代々木に勝ったから、女の子たちの人気は僕1人だけのものだ。さあ、ここからは僕と女の子たちによるハーレムフェイズが始ま―――

「きゃあ〜〜代々木様〜〜!」

「大丈夫!? 怪我はない!?」

「負けちゃったけど、すっごくカッコ良かったよ、祐二!」

「見事なデュエルでした! 私……まだ心臓がバクバクしちゃってますよ!」

 …………。
 僕と女の子たちによるハーレムフェイズ……と思いきや、周囲の女の子たちは、みんな代々木の方しか見ていない。あれ? 勝ったのは僕だよ? 代々木は負けたんだよ? つまり、敗者だよ? すなわち、負け犬だよ? そんな奴はほっといて、僕とボウリングでもしに行こうよ……。

「みんな、応援してくれてありがとう。勝てなくてごめんな」

 女子に囲まれた代々木は、申し訳なさそうにそう言った。それを聞いた周囲の女子たちは、「そんなことないよ! 代々木君は充分頑張ったよ!」などと言って代々木を励ます。
 しまいには、代々木はその場で、周囲の女子たちとお喋りタイムに突入してしまった。無論、僕の方を向いてくれる女子は誰もいない。何ていうか、完全に僕のことは忘れられてる感じだ。
 え? 何この激しい劣等感。勝ったのは僕なのに、すっげー負けた気分なんですけど。すっげー納得行かないんですけど。すっげー泣きたくなってきたんですけど。
 要するにアレか? モテる男は勝とうが負けようが、人気が落ちることはないってことか? 全力で戦って、ベストを尽くしさえすれば、チヤホヤされるってことか?
 うわぁ〜……実に面白くない。何なんだよこれ。これじゃあ、まるで僕が噛ませ犬みたいじゃんかよ。くそっ……。
 「プロジェクトGY」は……完全に失敗だ。どうやら、「代々木は勝とうが負けようがモテる」という点を見落としていた時点で、僕の負けは確定していたようだ。はぁ〜〜……。

 というわけで、これ以上この場所にいても無駄だと悟った僕は、とっとと自宅に戻ることにした。もちろん、自宅に戻る前に、川原さんのチョコを代々木の家の郵便受けに入れることを忘れずに。
 やべぇ……危うく忘れるところ……げふんごふん! ……僕は超紳士的な少年だ。女の子からの頼みを忘れるなんてことがあるはずないじゃないか。川原さんのチョコのことは、ちゃ〜んと覚えていたさ。当然だろ!

 とりあえず、目的を果たした僕は、代々木に対する劣等感と憎しみと妬みを募らせながら、帰路につくのだった。
 あ〜あ、つまらない。代々木の奴、マジで地縛神に喰われればいいのに。





 あ、代々木にデュエルディスク返すの忘れた。



 ★


 そして、翌日――午後10時30分。
 僕は学校から帰宅してからずっと、自分の部屋で軽い鬱状態になっていた。何故なら、今年もまた、バレンタインデーに女の子からチョコをもらえなかったからだ。
 結局、昨日も今日も、誰も僕にチョコを渡しに来なかった。
 何でなんだ……。ちゃんとバレンタインデーに備えて、女の子からの人気を稼いでおいたはずなのに……!
 なのに、特に何にも努力してないパロ(=僕の親友)は、今年も鷹野さんにチョコを貰ったって言うしさぁ〜〜!!
 もう何が何だか分からないよぉぉおお!

 もしかして、僕のやり方が間違っていたのか?
 ただ単に、女子の前でいいカッコをしてればいいってわけじゃないのか?
 女心というのは、そんなに単純なものじゃないのか?

 う〜ん……。
 ひょっとしたら……そうなのかも知れないなぁ。
 もしかすると、女子には僕の魂胆が丸見えだったのかも……。

 そう考えたら、何だかこんなことを続けても意味がないような気がしてきた。
 さすがに3年連続で努力の成果が得られないとなると、ねぇ。

 …………。

 よし。決めた。
 もう、女の子の前で無理にいいカッコをするのはやめだ。

 正直言うとさ、結構疲れるんだよね。いいカッコをするっていうのは。
 にもかかわらず、それなりの結果が得られないんじゃ話にならない。
 「骨折り損のくたびれ儲け」とはこのことだ。

 これからは自然体で行こう。
 こっちの方がずっと気がらくだ。

 これで来年、バレンタインデーのチョコがもらえるかどうかは分からないが……。
 ていうかぶっちゃけ、チョコのために奮闘する必要なんてないような気がしてきた。

 もらえればそれでよし。
 もらえなくても別にいい。

 何というか、自然体に戻った瞬間、そんな風に感じるようになった。
 まあ、それでいいだろ。うん。

 …………。

 さっきまで鬱状態だった僕だが、自然体に戻ったら、何となく気分が楽になった。
 ついでに何だか眠くなってきた。

 うん。もう寝よう。
 明日も学校があるんだし。

 僕は部屋の電気を消し、ベッドに横になった。
 今日はかなり寒い。ちゃんと布団をかけないと風邪ひくな……。

 ……ふぅ。
 それじゃあ、読者の皆さん。お休みなさい。
 またいつか、お会いしましょう。

 今日も1日ご苦労さんっと。





〜Fin〜








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