レジェンズ メモリアル
13話〜

製作者:ハーピィ・ダンディさん




新規登場人物

牙堂 薺(がどう なずな)
現在『海馬コーポレーション』に次ぐと言われている大企業、『牙堂コンツェルン』の御曹司。18歳。堂実野高校のみならず、デュエリストとしてのレベルはトップクラス。上級のドラゴン族モンスターを使いこなし、相手の反撃を許すことなく粉砕する。その実力と戦術から、デュエリストからは『竜覇王』と呼ばれている。容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能のパーフェクトヒューマン。とくに容姿に関しては並の女性以上に『美しい』ため女性モデルに間違われることもしばしばあるらしい。御曹司故か、何事も上から目線。しかし、彼の強さに憧れる者は多い。ある目的のために強いデュエリストを集めているらしいが・・・・・・?

塚神 結梨(つかがみ ゆうり)
18歳。由緒正しい良家のお嬢様。物腰が柔らかく、品があり、誰にでも敬語で話す。今や絶滅寸前と言われている『大和撫子』である。常に薺に寄り添い、多忙な彼を支えている。左目に白い眼帯をつけているが、その理由を知るものは少ない。デッキは特殊な植物族。その実力は薺に次ぐと言われている。

『白き深淵のラキュラス』(しろきしんえんのらきゅらす)
響が所有する『カードの精霊』……というか『破月家の居候(いそうろう)』。自称『天才』の儀式モンスターである。響やブレイカーとの付き合いは割と長く、もうすっかり破月家の一員……… というよりも彼女が響を差し置いて破月家の主導権を握っていたりする。なにやら特殊な力を持っているらしい…… 。

『熾天使 プリザーヴ』(してんし ぷりざーう゛)
有紗の所有する『カードの精霊』。有紗とはお互いに気を許しあっている仲。有紗の過去について知る唯一の存在であり、彼女自身も何かと謎が多い。






PM0:25
昼休み

その日、伊吹有紗は学校の廊下を歩いていた。
いつもならコンビニおむすびをかじっている時間帯。
よって、有紗はソレをかじりながら廊下を歩いている。
具はスタンダードなツナマヨネーズだ。癖のないこの味わいは有紗の好みである。

しかし、なぜ彼女がこんな『お行儀の悪い真似』をしているのか?

事の発端は数分前の校内放送だった。


――――『生徒の呼び出しをします。………………2年D組4番の伊吹有紗さん。
     2年D組4番の伊吹有紗さん。至急、デュエルホールまでお越し下さい。
     繰り返します――――』


突然校舎に鳴り響いた、『デパートの迷子のお知らせ』にも似た校内放送。
その校内放送で有紗は呼び出しを受けたのである。
その時、運悪くおむすびの包装を取ってしまった有紗は海苔を湿気らせたくなかったため、そのまま食べ歩いているのだった。
ぱりぱりと乾燥した海苔をその白い歯で噛み破りながら、有紗はこの不自然な校内放送について考える。

「(どうしてデュエルホールなんだろう……?)」

教師が生徒を呼び出すのならば普通『職員室』のはずだ。デュエルを目的とした『デュエルホール』に呼び出すのはいささかおかしな話である。


もしかしたらこの間の実技デュエルのテスト結果が悪かったのかも――――。


一瞬そう思うが、それはないと考えを改める。
この間の実技試験は有紗の5ターンK.O.勝ち。初期ライフ4000のデュエルだったがデュエル終了時には有紗のライフが9000だった。当然の如く好成績である。この結果で咎められる理由など存在しない。

うーん、とおむすびをほおばりながら唸る有紗。
いったい何の用件で呼ばれたんだろう。



ピーンポンパンポーン。



そう思っていると、また校内放送のアナウンスが入った。
今日2回目の校内放送に有紗は耳を傾ける。



『生徒の呼び出しをする。2年D組25番、破月響。
今すぐ第一グラウンドまで来い。
…………………繰り返す。2年D組25番、破月響。
今すぐ第一グラウンドまで来い。
…………………待っているぞ。』



ぽかん、とその校内放送らしくない放送に呆気にとられる有紗。
凄まじいまで立場が高い命令口調だった。あんな命令口調で生徒を呼び出す人間がいるのだろうか?辺りを歩いている生徒もざわめき始める。

そもそもグラウンドに何の用件で呼び出したのだろうか。
もの凄い違和感を感じながらも、有紗は呼び出された響の事を少し心配した。

校内放送で呼び出されるようなことをしたのだろうか?

しかし、『どうしたんだろう?』と響の事を心配しながらも、『購買のあんパンでも盗んだんじゃないか』と、かなりくだらない事を有紗は思いついてしまった。
ほおばったおむすびをブーーッとぶちまかしそうになった。
そして『なんて不謹慎なことを考えているんだ』と、猛省する有紗。


「あっ……と、早くしないと昼休み終わっちゃう…………。」

有紗は自分の用事を思い出すと、残ったご飯の欠片を全て口に放り込み、口をもぐもぐさせながら駆け足でデュエルホールへと向かっていった。



――――――。

―――――――――。

――――――――――――。



PM0:26
デュエルホール。



有紗はホールにたどり着く。

暗幕が窓にかかっている所為か、中はかなり暗かった。薄暗いホールをキョロキョロと見渡してみる。近くに教師らしい人物は見あたらない。
しかし普段は解放されていないはずのホールの鍵は開いていた。誰かいるのは間違いない。

「あの〜、すみませ〜ん。」

少し遠慮がちに有紗は闇に向かって呼びかけてみた。

「あら、伊吹有紗さんですか?こちらへどうぞ。」

暗がりの奥から女性の声が聞こえた。さっきの校内放送と同じ、おしとやかな声だった。恐らくこの声の主こそ有紗を呼びだした張本人だろう。有紗はそのおしとやかな声がした方へ歩を進める。
少し歩いて目を凝らすと、デュエルフィールドの上に誰か立っているのが解った。
が、どのような人物が立っているのかは暗い所為か、よく解らない。

「少し暗いですね。光を入れましょうか。」

暗がりの中で彼女がそう言うと、カチリ、と、何かのスイッチが押される音がした。
それと同時に、ホールの窓に掛けられた暗幕が横に開き、外から日光が流れ入るように入ってくる。

「…………………!」

ホールに入ってきた日光がフィールドに立っている人物の身体を鮮明に映し出す。
と、同時に有紗の顔がビクッと強張った。

「あら、すみません。少し、驚かせてしまいましたね。」

フィールドには教師ではなく、堂実野高校の制服を着た女子生徒が立っていた。
その少女は左目に大きな眼帯をつけている。整った顔の一部分を覆い隠す、白い眼帯。
有紗はその異様な様に驚いてしまったのだ。

「ご………ごめんなさいっ。」

頭をこれでもかというほど深々と下げ、失礼をわびる有紗。

「うふふ、いいんですよ。初めてわたくしを見た人は誰でもそうですから。」

そう言うと、目の前の少女は優しく微笑む。

有紗は悪意を感じさせないその微笑みにほっと胸をなで下ろした。
それと共に、有紗はある種の安らぎを感じていた。

『癒し』………とでも言うのだろうか、彼女のそれはとても安心感のある柔らかな笑みだった。眼帯という表情を覆い隠す布が顔に張り付いているにもかかわらず、その優雅な仕草や表情が周りの空気を軟らかなものへと変えていく。


『女神』、『聖女』、『ホーリー・エルフ』――――。


彼女の存在はそういったものを有紗に連想させた。

「挨拶がまだでしたね。
初めまして、堂実野高校在籍、3年D組の塚神結梨(つかがみ ゆうり)と申します。」

お行儀良く、その少女は結梨と名乗る。3年生―――1つ上の先輩だ。

「あっ、えと………ど、堂実野高校在籍………2年D組の伊吹有紗と申します………。」

先輩だというのにこんなに丁寧に話されてしまうと、どう返答すればいいのか有紗には解らなかった。とりあえず結梨の口調を真似てみるが、やっぱり違和感がある。慣れないことはするものじゃない。


「貴重なお昼休みにこんな所に呼び出してしまって申し訳ありません。
実は、あなたをここに呼び出したのは、わたくしとお手合わせしていただくためなのです。」

そう言うと、結梨はすでにディスクの取り付けられた左腕をゆっくりと有紗の目の前に持ってきた。どうやら有紗は彼女の私情でここに呼ばれたらしい。ディスクをつけてホールにいるのだから、『お手合わせ』とはやっぱり『自分とデュエルしろ』ということだろう。

「えっ?あたしと……………ここでですか?」

突然の申し出に少し戸惑う有紗。

「はい。伊吹さんの噂は常々耳にしております。相当な実力の持ち主だそうですね。
…………わたくし、強いお方とお手合わせしていただくのが趣味なのです。」

このおっとりとした少女の趣味が『強者とデュエル』?
今ひとつ納得できない有紗。そもそも一個人の趣味で普段解放が禁止されているデュエルホールを解放できるのだろうか?
そんな疑問が有紗の頭に浮かぶが、とりあえずその疑問は置いておくことにした。考えても意味があまりないからだ。

「この申し出…………受けて下さいますよね?」

結梨はそう言って有紗に確認を取る。
有紗はホールの時計に目をやった――――昼休みの残り時間はまだ割とある。急いでやれば1デュエルくらい何とかなるだろう。別段、有紗に断る理由などなかったし、せっかく普段使えないホールに来ているのにデュエルをしていかないのはもったいないような気がしてならない。有紗は結梨の挑戦を受けることにした。

「はい、いいですよ。」

そういうと有紗もフィールドに昇り、スカートのポケットに入れていたディスクを取り出すと、ソレを左腕に取り付けた。

「ふふ………ありがとうございます。」

そう言いながらまた微笑む。
彼女が微笑む度に高貴な雰囲気が辺りに振りまかれ、自分とは住むところが違う人なんだな、と、有紗は少し恐縮した。



「ところで…………お会いになった時から1つ、言いたかった事があるのですが…………。」



デュエルの準備が出来ると、結梨は少し申し訳なさそうにそう切り出した。



「えっ?………なんですか?」



有紗は不思議そうに聞き返す。



「その……歯に…………『黒いもの』が付いていますよ?」




結梨の口から放たれた『『黒いもの』が付いていますよ?』――――。

その一言でほんの数十秒――――この空間が凍った。




「………………………………………………………え゛?」




有紗の口元と真珠の如く白い歯にこびり付いている『黒いもの』の正体――――。

それがここに来る途中に食べ歩いた『コンビニおむすびの海苔』だというのは言うまでもない。



第十三章 【浄火 前編】

「あ…………ありがとうございました…………。」

結梨に手鏡を借り、歯に付いた『黒いもの』を全て取り除いた有紗は、真っ赤になりながら礼を言った。

「いえ、女性のたしなみですから。
…………それでは、準備はよろしいですか?」

「あっ………はい!よろしくおねがいします!」



有紗 :4000
結梨 :4000

「時間があまりありませんのでライフは4000にしましょう。
伊吹さん、先攻後攻、好きな方をどうぞ。」

「それじゃあ遠慮なく………先攻、もらいます!ドロー!」

本当に何の遠慮もなしに先攻の権利をもらう有紗。
有紗はデュエルになると少し性格が変わる。デュエルに関しては手を抜かない主義なのだ。
初手の手札6枚からカードを選び、ステージに並べていく。

「『天空の聖域』発動!モンスターを1枚セット、魔法・罠カードゾーンにも1枚カードをセットして、ターン終了ですっ!」



『天空の聖域』
フィールド魔法
天使族モンスターの戦闘によって発生する天使族モンスターのコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。



有紗の後方に神々しい建造物が現れる。
眩い光がホールの中を照らし、結梨は右目を少し細めた。


「なるほど………それではわたくしのターン………ドロー。
カードを1枚セットし、手札から『ボタニカル・ライオ』を召喚。」



『ボタニカル・ライオ』
地 植物族 レベル4 ATK/1600 DEF/2000
自分フィールド上に表側表示で存在する植物族モンスター1体につき、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。
このカードはフィールド上に表側表示で存在する限り、コントロールを変更する事はできない。



花びらの鬣(たてがみ)をもつ大きな獅子が結梨のフィールドに召喚される。
うなり声を上げながら、地面を踏みならす様は圧巻の一言だった。

「『ボタニカル・ライオ』はフィールド上の植物族モンスターの枚数だけ攻撃力を上げます。『ボタニカル・ライオ』自身も植物族なので、今の攻撃力は1900です。」


『ボタニカル・ライオ』ATK/1600→ATK/1900


「バトルフェイズに移行、『ボタニカル・ライオ』で伊吹さんのセットモンスターに攻撃します。」

植物獅子は勢いよく跳躍すると、凄まじい勢いでセットカードに飛びかかる。

「罠カード発動します!『女神の加護』!」



『女神の加護』
永続罠
自分は3000ライフポイント回復する。
自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードがフィールド上から離れた時、自分は3000ポイントダメージを受ける。



有紗 :4000→7000



ガアアンッ!!


「…………これは…………。」


コンクリートが割れるような音と共に『ボタニカル・ライオ』がはじき返され、地面に転げ落ちる。
その眼前には分厚い光の壁が展開されていた。
壁の向こうにいるのは赤き天使――――『力の代行者 マーズ』である。


『力の代行者 マーズ』
光 天使族 レベル3 ATK/   0 DEF/   0
このカードは魔法の効果を受けない。
自分フィールド上に『天空の聖域』が存在し、自分のライフポイントが相手のライフポイントを越えている場合、その数値だけこのカードの攻撃力・守備力がアップする。



「セットカードは『力の代行者 マーズ』!『女神の加護』の効果であたしのライフは先輩のライフを3000ポイント超えています――――よって攻守ともに3000ポイントですっ!」


『力の代行者 マーズ』ATK/   0→ATK/3000
DEF/   0→DEF/3000


『マーズ』の光の壁に阻まれた衝撃が跳ね返り、そのまま結梨に直撃する。

「あら……………。」

結梨 :4000→2900

「さらにここでライフ差が付いたので『マーズ』のパラメータはさらにアップします!」


『力の代行者 マーズ』ATK/3000→ATK/4100
DEF/3000→DEF/4100


「あたしのターンです!『マーズ』を攻撃表示にして、バトルフェイズ、『ボタニカル・ライオ』に攻撃します!」


――贖罪の暁光!


ズゴオオオオオオオオオオンッ!!


結梨 :2900→ 700

ホールを埋め尽くすほどの巨大な光が植物の獅子に直撃、その存在を抹消する。
さらに戦闘ダメージが発生したことにより、『マーズ』の力はさらに膨大なものとなった。


『力の代行者 マーズ』ATK/4100→ATK/6300
           DEF/4100→DEF/6300


「(よしっ、いい感じ…………このまま押し切れる…………!)」

小さくガッツポーズする有紗。このターンで有紗は断然優位な立場に立った。
しかし、次の瞬間――――有紗はゾクリ、と、その身に戦慄を覚えた。

「あらあら…………随分とわたくしのライフポイントが減ってしまいましたね。」

「………………!」


有紗の目の前で、結梨は優雅な笑みをその口元に浮かべている。

このターンで、結梨のライフポイントはわずか700――――。
なぜ彼女がこの状況で笑みを浮かべていられるのか、有紗にはまるで理解できなかった。
何らかの刺激があればいつライフが消滅してもおかしくない状況なのだ。
それなのに目の前の少女は微笑んでいる。
あの打撃がただの座興とでもいうように、悠々と構えている。

「流石です…………噂通りの実力をお持ちのようですね。どうやらわたくしも死力を尽くしてかからなければならないようです。」

安心感があるはずの彼女の優しい微笑み。
だが、この状況では考えが読めないその笑みはむしろ不気味だった。彼女の白い眼帯の迫力も相まって、異様なまでのプレッシャーが有紗の肩にのしかかる。

「(ど………どうして?………確かにダメージは与えたはずなのに…………この余裕は――――?)」

困惑する有紗をよそに、結梨のターンが開始される。

「それでは、わたくしのターン……………ドロー。
手札からフィールド魔法カード、『ブレッシング・スポット』を発動します。」

結梨がディスクのフィールドカードゾーンにカードを置いた瞬間、有紗の後方に存在していた『天空の聖域』がガラガラと音を立てて崩壊する。

「(………!!しまった………!!)」

フィールド上に、フィールド魔法は1枚しか存在できない。
『天空の聖域』が存在している状態で結梨が新たなフィールド魔法を発動させたため、『フィールド魔法の上書き』が発生したのである。

聖域の崩壊と共に、『マーズ』が悶え苦しみ始めた。

「(『マーズ』の力は…………聖域の下でしか発揮できない…………!)」

ライフ次第で強大な力を得ることが出来る『力の代行者』。
しかしそれは聖域の力があればの話である。

聖域の恩恵を受けられなくなった『マーズ』はその力を完全に失い、その身体は空気のように透き通っていく。


『力の代行者 マーズ』ATK/6300→ATK/   0
           DEF/6300→DEF/   0


「うふふ…………伊吹さんにとって『最高の戦場』があるように、わたくしにも『最高の戦場』が存在します。その正体こそ、この『ブレッシング・スポット』なのです。」


突然、有紗は足元に違和感を覚えた。
その視線を足元へと移す。


「え…………?く………草……?」


その視線の先には無機質な金属張りのフィールドではなく、新緑の草が茫々と生い乱れていた。視線を地面から戻し、辺りを見渡す。
そのころには既に、フィールドが深い森へと姿を変えていた。自分と対戦相手が立っているフィールドの周りは鬱蒼とした巨木が立ち並ぶ。ヘリかなんかでこの場に投下されようものならここがホールだとは誰も気付かないだろう。

しかし、有紗は『最高の戦場』というにはあまりに不釣り合いなその光景に思わず目を奪われていた。

「わ…………キレイ…………。」

木々の切れ間から柔らかな光が差し、色とりどりの光の玉が宙を舞う。おとぎ話に出てくる『妖精の森』を彷彿とさせる幻想的かつ神秘的な光景に、有紗は自分がデュエルをしているということを一瞬忘れそうになった。それは『天空の聖域』とはまた違う、ある種の神秘性を感じさせている。



『ブレッシング・スポット』
フィールド魔法
フィールド上に表側表示で存在する植物族モンスターは攻撃力と守備力が200ポイントアップする。また、フィールド上の植物族モンスターが戦闘で墓地に送られた時、自分フィールド上に『宿り木トークン(植物族・地・星1・攻/守0)』を特殊召喚する。(生け贄召喚のための生け贄にできない。)



「(………ってちがーうっ!見とれてる場合じゃないよ、あたし!)」

今のフィールドの状況は有紗の方が断然不利なのだ。
我に返った有紗は慌てたように身構える。
結梨はわざわざそれを待っていたのか、その様子を確認すると自分の右手に持っている手札に左手を掛けた。

「それでは、始めましょう。
手札からモンスター――――『転生蒼花 リインカーネーション』を召喚。」



『転生蒼花(てんしょうそうか) リインカーネーション』
水 植物族 レベル4 ATK/1400 DEF/1400
このカードが戦闘によって墓地に送られた時、『転生芽トークン(植物族・水・星1・攻/守700)』を1体特殊召喚する。(生け贄召喚のための生け贄にできない。)また、500ライフポイント払い自分フィールド上の『転生芽トークン』を1体生け贄に捧げることで墓地のこのカードを特殊召喚する。



結梨のフィールドに青い花弁を持つ巨大な花が突如として出現する。
今にも消えそうな『マーズ』を覗き込むように茎を垂らし、その花弁を敵対者に向ける。

「『ブレッシング・スポット』の効果で『リインカーネーション』の攻守は200ポイントアップします。」


『転生蒼花 リインカーネーション』ATK/1400→ATK/1600
DEF/1400→DEF/1600


「それでは……失礼します――――『力の代行者』に攻撃。」


――ステイメン・ストライク!


ドグッ、ゴグッ、ドンッ!!


「いっ………う………!」

有紗 :7000→5400

花から連発された槍のような雄蘂(おしべ)が『マーズ』を貫く。存在があってないような今の『マーズ』に受け止める事が出来るはずもなく、その身体を貫いた雄蘂は有紗まで到達する。

「さらにカードを1枚セット。ターン終了です。」

「うっ……あ、あたしのターン!ドロー!
『デュナミス・ヴァルキリア』を召喚!」



『デュナミス・ヴァルキリア』
光 天使族 レベル4 ATK/1800 DEF/1050
効果無し。



「(『リインカーネーション』は特殊な再生能力を持つ厄介なモンスター…………でも『デュナミス・ヴァルキリア』で攻撃すれば結梨先輩のライフは残り500…………再生に必要なライフコストも払えなくなる………大丈夫………このままいける!!)
『デュナミス・ヴァルキリア』で結梨先輩の『リインカーネーション』に攻撃します!」



――ヴァルハラ・アロー!



「うふふっ………罠カード、発動……。」



ズダダダダダダダダダンッ!!



『デュナミス・ヴァルキリア』が放った幾筋もの光の矢にその太い茎を貫かれ、巨大植物の上部はぐちゃりと地面に崩れ落ちた。

結梨 :700→500

「この瞬間、『リインカーネーション』の効果を発動。このカードが戦闘破壊された時、『転生芽トークン』をわたくしのフィールドに残します。」

崩れ落ちた青い花弁から大粒の種がどさりとこぼれ落ち、その種が発芽、急成長し小木ほどの大きさのつぼみになった。


『転生芽トークン』ATK/700→ATK/900
         DEF/700→DEF/900


「さらに『ブレッシング・スポット』の効果も発動されます。植物族モンスターが戦闘破壊されたことにより、『宿り木トークン』をわたくしのフィールドに特殊召喚。」

辺り一面に舞っていた光の玉が崩れ落ちた『リインカーネーション』の残骸に入り込み、そこから幾つもの芽をはやす。そしてその芽が集まり、1つの小さな生命体を形成する。


『宿り木トークン』ATK/   0→ATK/ 200
         DEF/   0→DEF/ 200


これで結梨のフィールドには2体のトークンが同時展開されたことになる。

ふと、自分のディスクに有紗は目を移す。
刹那、その顔に驚愕の色が浮かんだ。


「(…………!!ど……どうして!?結梨先輩のライフが………!!)」


結梨 :500→1100→1700


有紗のディスクに表示されている結梨のライフが急激に回復していく。


「申し訳ありません。永続罠カード、『生命の芽吹き』を発動させていただきました。」



『生命の芽吹き』
永続罠
植物族モンスターの特殊召喚に成功する度に、自分は1体につき600ライフポイント回復する。



「先程、植物族のトークンが2体『特殊召喚』されました。そのため、わたくしのライフポイントは1200ポイント回復したのですよ?」

「そ……そんな………。」

あと一息だったのに、と計算が狂わされ困惑する有紗。

「わたくしのターンですね?……ここでわたくしは墓地の『リインカーネーション』の効果を発動します。わたくしの命(ライフ)と引換に、『転生芽』を成長させます。」


結梨 :1700→1200


「『転生蒼花 リインカーネーション』を守備表示で特殊召喚です。」

低木ほどのつぼみがぐんぐんと背を伸ばし、頂点の青い花を開花させた。

「(くうっ………墓地からの『特殊召喚』…………!
『生命の芽吹き』の効果が発動して………結梨先輩のライフは600ポイント回復する……!つまり――――)」


結梨 :1200→1800


結梨の払ったライフコストは帳消しにされてしまった。それどころか回復量の方が多いため、結梨のライフは100回復したことになる。


「さらにわたくしは手札から『深緑の魔弓使い』を召喚します。」



『深緑の魔弓使い』
地 戦士族 レベル3 ATK/ 900 DEF/1400
自分フィールド上に植物族モンスターが存在する場合、このカードを攻撃する事はできない。自分フィールド上の植物族モンスターを生け贄に捧げる度に、フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚を破壊する。



弓を携えた小柄な少年戦士が、結梨の場に召喚される。

「そして『深緑の魔弓使い』の効果を発動。『宿り木トークン』を生け贄に、伊吹さんの『女神の加護』を破壊させていただきます。」

『魔弓使い』は、『宿り木』をその弓にセットすると、有紗のフィールドに展開されている『女神の加護』に向かって1本の矢と化した『宿り木』を放つ。


――神木の矢!


「あっ…………!!!」

有紗 :5400→2400

展開されていた『女神の加護』が粉々に砕け散り、加護を受けられなくなった有紗のライフが元に戻る。
矢を放ち終えた『魔弓使い』は、『リインカーネーション』の陰に身を隠し、その姿は見えなくなった。


「これでわたくしはターン終了…………伊吹さんのターンですよ?」


そう言うと、結梨はまた口元に笑みを浮かべる。
その優しい微笑みは、有紗に再び強いプレッシャーを与えていた。

第十三章 complete






ここは堂実野高校の第一グラウンド。
どんな学校にもある、何の変哲もない『グラウンド』だ。名前に『第一』とつくからといって『第二』が有るわけでもなく、特別めぼしい物があるわけでもない。本当にだだっ広いだけのグラウンドだ。

そんな何の変哲もないグラウンドだが、生徒の使用頻度は多い。体育の時間はもちろんだが、休み時間になるとデュエルするためにここへ訪れる生徒を多く見受ける事が出来る。授業以外に解放されないデュエルホールの代わりと言ったところだろう。

現に、昼休みであるこの時間は、たくさんの生徒がこの第一グラウンドへと足を運んでいる。

ところが、不思議なことに、今デュエルをしている生徒は誰一人いない。いつもならグラウンドのあちらこちらにデュエルしている生徒がいるというのに。

何故か?

答えは簡単。
彼らはデュエルをするためにここに集まったわけではない。ただそれだけのことだ。


ただ1人を除いては、だが。


「……遅い。」


と、その青年は呟いた。
腕を組み、苛立っているのか、さっきからつま先を何度も地面に突き立てている。

彼の名は『牙堂薺(がどう なずな)』。堂実野高校在籍生、3年生だ。

蝋(ろう)のようにきめ細かな美しい肌。水晶のように澄んでいる凛とした瞳に精悍な目つき、そして長いまつげ。艶のあるその赤茶の髪は束ねられ、右肩に掛けられている。
相当な美形だ。遠目で見れば『絶世の美女』と見間違えそうなほど。

しかし、彼がそれだけの家に生まれているのもまた事実だ。
日本――いや、今や全世界でもトップクラスの規模を誇る大企業、『海馬コーポレーション』。近年、頭角を見せ始め、それに追いつかんとする企業がある。
それが『牙堂コンツェルン』だ。彼はその『牙堂コンツェルン』社長の子息、いわば御曹司である。

そんな彼は、『ある男』を待っていた。自らが『校内放送』を使って呼び出した『あの男』を。

「おっ、来たぞ!破月だ!」

生徒の誰かがそう言った。

「ようやく来たか。私を5分以上も待たせるとはな。」

『あの男』――『破月響』が向こうから歩いてくるのが見えた。響も目的の相手を捜しているのか辺りを見渡している。そして、薺を見つけると、真っ直ぐそちらへ近づいてきた。

「随分と遅かったな。私は『今すぐ来い』と言ったはずだ。」

何の臆面もなく、正対する響に言い放つ。2人は初対面なのだが、薺にとってそんなことは関係ないことだ。彼のこの態度は毎度毎度初対面の相手の度肝を抜いている。


しかし、今回度肝を抜かれたのは彼の方だった。



「……はぐぜごぎぎょぐじごごっぐんげ………。」



「な、なに?」



上の意味不明な文字列は決して作者の入力ミスではない。れっきとした響のセリフである。
当然、薺含め、その場にいた生徒が沈黙する。
しかし、薺は頭が良かった。そのアンドロゴリ語(←さっきクソ作者が考えた)を誰よりも早く翻訳する。

「……『外せない用事があったんで』……だと?」

「……もい……」

首を縦に振る響。
見ると何やら口の中にたっぷりと詰め込んでいる。口周りには『白いもの』をつけて。
そういえば今日は木曜日。『DXフルーツ生クリームパン』の発売日だ。

「とりあえず口の中の物をなんとかしろ。ろくに話もできないではないか。」

「………も………。」

ごくり、と響の喉が膨らむ。膨らみはゆっくりと下へと移動し、全て腹へ収まった。
ふぅ、息をつき、喉の辺りをさする。

「(……もう少し味わう時間がほしかったな………。)」

『DXフルーツ生クリームパン』との別れを惜しむ響。今回の口内滞在時間は約3分。単価が高くないだけあって、いつもなら10分かけて相手をするところなのだが。

「噂には聞いていたが……珍妙な男だな、貴様は。」

「…そうですか…。」

地球外生命体でも見るような眼をしながら薺が言う。

「ふん、まぁいいだろう。そこら辺の面白味もない俗物とは違うようだ。いくぞ、破月。準備をしろ。」

「……『行く』って……どこに……?」

「ふざけてるのか、貴様は?デュエルに決まっているだろう。それ以外に何があると言うのだ?」

怪訝な顔をする薺を見て、それもそうか、と思った。
響もこの男……『牙堂 薺』のことについてはそれなりに知っている。彼はかなりの実力派デュエリストとして高名な存在だ。
今や全世界で開催されている『デュエルモンスターズ』の大会に出場しては優勝トロフィーをかっさらっているのは世間ではあまりに有名な話である。恐らく、周りの生徒も、そんな薺のデュエルを見物しに来たのだろう。

「……どうして俺と……?」

「貴様が腕の立つデュエリストだという噂を耳にしたのでな。どれほどのものか興味を持った。」

なんとも単純な動機を、さも当然のように薺は口にした。

「なんだ?それ以外に理由は必要なかろう。」

若干強引な気もするが、その意見には響も賛成だった。確かにデュエルするのに色々理由付けされても困る。面倒なだけだ。

薺はすでにディスクを身につけており、準備は完璧。その顔は『早くしろ』といわんばかりだ。

響もディスクを取り出し、起動させ――――


「………ん………?」


ディスクを取り出し――――


「………………お………………?」


ディスクを取――――


「………………………無い……………………。」


ディスクを取り出そうとするが、一向に取り出せない。
体中のあちこちをまさぐる。しかし、ディスクの感触はどこにもない。

そこで響は、自分がディスクを携帯していないことに気がついた。

『DXフルーツ生クリームパン』の争奪戦を制することに精一杯で、ディスクを携帯するのをすっかり忘れていたのだ。

「(………参ったな………)」

響は焦った。ポーカーフェイスで。

ディスクもデッキも教室にある。グラウンドから教室までダッシュで取りに行くのは大きな時間のロスになる。

薺の頭にツノが生えた映像が響の脳裏に浮かんだ。ああいうタイプは間違いなく気が短い。『ディスクを取りに行ってもいいですか?』などと言おうものなら『30秒以内に帰ってこい。できなきゃ死刑。』とでも言うに決まっている(←単なる響の予想)。さすがに17でまだ死にたくはない。
響はこの時、常にディスクを持ち歩いている有紗を見習うべきだったと思った。

「お〜い!きょ〜うっ!!」

唐突に天から声が聞こえた。
見ると、校舎の2階で赤バンダナをつけた少年が窓から手を振っている。
玲二だった。

「これからデュエルするんだろ〜!?忘れもんだぜ〜!!」

ブゥンッ!!

玲二が窓から何かを放り投げた。それは綺麗な放物線を描き、響の手元に滑り込む。

「…………っと………。」

見ると、それは響の決闘盤だった。ホルダーにはデッキもちゃんとセットされている。

たしか、ディスクもデッキも別々にしてカバンに入れていたはずだが……わざわざ取り出してセッティングしてくれたのだろう。相変わらず親切なヤツだと響は思った。

「こっからおーえんしてっからがんばれよな〜!相手が『竜覇王』だからって簡単に負けたりすんじゃね〜ぞ〜っ!!」

手を振りながら、響を激励する。
悪い気は全くしない。片手を掲げ、玲二に手を振り返した。

「(あの男……候補者の『瑞刃玲二』か?額に赤い布を巻いている……間違いない……)」

薺も窓を奥にいる少年――瑞刃玲二に目をやった。
玲二もそれに気づき、お互いに目が合う。

「(うわ、ヤベ……なんかこっち見てるよ……コエェェ〜〜…)」

威圧的な薺の瞳に、玲二は思わず怯んでしまった。

「(この男の次は貴様だ、瑞刃。覚悟しておくことだな。)」

その顔に不敵な笑みを浮かべ、ギラリと玲二を睨み付ける。



ザクッ



「いってえぇぇぇぇ!?なっ、なんかデコに刺さったーーーーーッ!?!?」

デコを押さえながらバタバタと走り回る玲二。玲二のデコに刺さった物――それは薺の鋭い『眼光』だった。
薺の必殺技の1つ、『殺竜眼』である。その眼光は殺し屋の放つ凶弾の如く(略)。

「ふっ、騒々しい男だ……貴様とは正反対だな。」

「……まぁ……それが取り柄のヤツなんで……」

そう言いながら、ディスクを取り付ける。
それと同時に、気も引き締めた。
薺は強い。少なくとも、クラスメイトとデュエルするのとはわけが違う。
恐らく、自分の勝ち目は薄い戦いになるだろう。

しかし、そう思いながらも、響は胸が高鳴るのを感じていた。

「(……『竜覇王 牙堂薺』……こうも突然戦える日が来るなんてな……)」



第十四章 【浄火 後編】



伊吹 有紗
ライフ:2400
モンスター:『デュナミス・ヴァルキリア(攻)』
魔法・罠:なし
手札:4枚

塚神 結梨
ライフ:1800
モンスター:『転生蒼花 リインカーネーション(守)』『深緑の魔弓使い(攻)』
魔法・罠:『ブレッシング・スポット』『生命の芽吹き』『セットカード×1』
手札:2枚





「うっ…く……あたしのターン!ドロー!」

険しい顔をしながら、有紗はデッキからカードを引き抜いた。

「『天使の施し』発動っ!」

形勢は結梨に傾きつつある。
だからこそ形勢を再び自分に向けるべく、有紗は引いたカードをそのまま発動する。強力な手札交換カード、『天使の施し』を。



『天使の施し』
通常魔法
デッキからカードを3枚ドローし、その後手札からカードを2枚捨てる。



デッキから3枚カードを引く有紗。
いいカードを補充できた。
下級天使族モンスター『権天使 フィラスロ』、攻撃無効化罠『ドレインシールド』、そして有紗のエースカード、『熾天使 プリザーヴ』――――。
手札で腐っていた2枚の魔法カードを処分し、引いた3枚を全て手札に加える。

「リバースカードを1枚セットし……手札からモンスター、『権天使 フィラスロ』を召喚します!」



『権天使 フィラスロ』
光 天使族 レベル4 ATK/1400 DEF/1800
このカードが戦闘で破壊された時、自分はこのカードを破壊したモンスターの攻撃力分のライフポイントを回復する。



有紗のフィールドに召喚される、光の塊。それは瞬く間に小天使の形を成し、フィールドに降り立った。
パラメータは中堅クラス。しかし、戦闘破壊された時に破壊したモンスターの攻撃力分ライフを回復してくれる、有紗のデッキにとって重要な役割を担う天使だ。

「バトルフェイズ、『デュナミス・ヴァルキリア』で『リインカーネーション』に攻撃!ヴァルハラ・アロー!!」

数分前の出来事が再び繰り返された。
『リインカーネーション』は破壊され、フィールドに種――『転生芽トークン』を残す。同時にその身体は新たな命、『宿り木トークン』として生まれ変わる。

「あら……それではここで再びトークンが生成されましたので、わたくしのライフを回復させていただきます。」


結梨 :1800→2400→3000


苦い顔をする有紗。覚悟はしていたが、ついにライフまで逆転されてしまった。しかし、『リインカーネーション』にフィールドに残られていては、いつまでたっても有紗の攻撃が結梨に届くことはない。

ならばライフを回復させてでも『リインカーネーション』を完全に排除すべき―――。

有紗はそう判断した。

「……そして『権天使 フィラスロ』で『転生芽トークン』に攻撃します!」


――スティア・レイ!


光の身体から放たれる一筋の光線。それは真っ直ぐに『転生芽トークン』へと向かい、打ち抜かんとする。

しかし―――。

「はい、それではここでリバースカードを発動させていただきますね?」

「えっ………!?」

「……永続罠カード発動。『幻惑の霧』。」

刹那、結梨のフィールドが深い霧に包まれる。霧は見る見るうちに濃度を増し、結梨のモンスターを全て覆い隠す。


「なっ……これは……!?」


目標が見えないまま『フィラスロ』の光線は霧を貫く。


ジュバァッ!

『キイィィッ……!!』


霧の奥から聞こえた、熱線により灼かれる音。その直後に、モンスターの断末魔。
手応えは確かにあった。

「……た、倒したの……?」

霧が晴れていく。状況を把握するために有紗は必死に目を凝らす。

「!!……そんな……『転生芽トークン』が……破壊されてない!?」

狼狽する有紗。
攻撃目標だったはずの『転生芽トークン』は、なんと破壊されていなかったのだ。そして、そのとなりで無惨に残骸となっている植物――それは『宿り木トークン』のものだった。

「うふふ、永続罠カード『幻惑の霧』……このカードの効果により、『宿り木トークン』を『転生芽トークン』の身代わりにしました。よって、『転生芽トークン』はこのターン無傷です。」


『幻惑の霧』
永続罠
自分フィールド上の植物族モンスターが相手モンスターから攻撃を受けた場合、他の自分フィールド上モンスター1体が攻撃を受けたことにし、ダメージ計算を行うことができる。フィールド上に『ブレッシング・スポット』が表側表示で存在していない場合、このカードを破壊する。


「う…そ……」

有紗のターンは徒労で終わったどころか、結梨のライフを大幅に回復させてしまう結果となった。

『幻惑の霧』は『ブレッシング・スポット』が存在する限り効果が持続する。つまり、何らかの方法で『ブレッシング・スポット』を排除しない限り、有紗の攻撃は永続的に結梨に掌握される。

そこで有紗は初めて気がついた。

この森が『妖精の森』のような穏やかなものでは無いと言うことに。

目の前に広がる美しい光景――――これは全て偽物(フェイク)。

結果的に対戦相手を惑わすものでしかない。

事実、有紗は結梨の戦術によって完全に翻弄されている事を痛いほど感じていた。

言うなればここは……『迷いの森』とでも言うべきだろう。

「(動けば動くほど……先輩の戦術に嵌(はま)っていく……)」

もはや、恐怖だった。何か行動を起こす度に戦局が結梨に傾いていく。
こんなことは有紗にとって初めてだった。

「うふふ、それではわたくしのターン。ドロー。」

余裕の笑みをその顔に浮かべ、結梨はデッキからカードを引く。

「あら……これはいいカードを引きました。魔法カード『強欲な壺』を発動です。デッキからカードを2枚ドローします。」



『強欲な壺』
通常魔法
自分のデッキからカードを2枚ドローする。



「……………!!」

びくりと有紗の身体が硬直する。ドロー増強だけでこのプレッシャーだ。

「(あらあら……これはいけませんね……。)」

困ったように結梨は微笑んだ。
いいカードを引けなかったわけではない。
むしろ逆だ。引いたカードが良すぎたのだ。

「(『融合』……ですか……死力を尽して戦うつもりでしたが……)」

もし本気を出したら、このターンでデュエルが終わる。
間違いなく――――結梨の勝利で。

「(前言撤回ですね。本気は出しません。)」

今の自分の役割は『伊吹有紗』の実力をはかる事。倒すことではない。


むしろ、彼女には自分を倒してもらわなければ困るのだ。


「それでは、まず『リインカーネーション』を復活させましょう。ライフを500ポイント払い、『転生芽』を生け贄に捧げ―――『転生蒼花 リインカーネーション』を『攻撃表示』で特殊召喚です。」


結梨 :3000→2500→3100


『転生芽トークン』が成長し、再び開花する。ライフコストは当然のように『生命の芽吹き』により帳消しにされる。

「(『攻撃表示』……!?攻め込んでくる!)」

「それでは……そろそろ攻勢に転じましょう。手札からモンスター、『深き森のグラトン』を召喚します。」


ビシイィッ!


「な、なに……?」

何かがひび割れる音。
見ると、フィールドの背景としてたたずんでいた森の巨木に大きな亀裂が走っていた。ビシリ、ミシリと樹木の亀裂は徐々に広がっていく。
有紗は絶句した。巨木のひび割れの中で―――何かがしきりに蠢いている。



『ギ……グ……グウオオオオオオオオオオオオオッ!!!』



ホールを揺るがすほどのけたたましい叫び。同時にひび割れた巨木は粉々に砕け散り、その中から『ソレ』は姿を現した。

身体が樹皮で覆われた、蜘蛛のような巨大な怪物。
顔面と思しき部位には無数の赤眼が怪しく光り、口腔からは飢えた獣のようにしきりに唾液を滴らせている。
明らかに――――この美しい森の住人としては場違いな存在だった。


『深き森のグラトン』
水 植物族 レベル4 ATK/1900 DEF/1850
メインフェイズ1に自分フィールド上の植物族モンスターを1体生け贄に捧げる度に、そのターンのバトルフェイズ中にこのカードは通常の攻撃に加えて生け贄に捧げたモンスターの数だけ攻撃することができる。


「ふふ…それでは、行きますよ?『グラトン』で……『デュナミス・ヴァルキリア』に攻撃です。」

巨人の腕のような前肢が『デュナミス・ヴァルキリア』に伸びる。1900とただでさえ高い攻撃力が『ブレッシング・スポット』の効果で2100まで上昇している。もはや脅威以外のなにものでもない。

『深き森のグラトン』ATK/1900→ATK/2100

「うっ、あ……!リバースカードオープン、『ドレインシールド』っ!」



『ドレインシールド』
通常罠
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、そのモンスターの攻撃力分の数値だけ自分のライフポイントを回復する。



ガアアアアアアアアアアンッ!!

丸盾が『デュナミス・ヴァルキリア』の腕に装着され、辛うじて攻撃を受け止める。

有紗 :2400→4500

「あら、止められてしまいましたね……それでは、仕方有りません。『リインカーネーション』で『権天使 フィラスロ』に攻撃しましょう。」

雄蘂の槍に貫かれ、光で造られた『フィラスロ』の身体が砕け散る。

有紗 :4500→4300

「くうっ……こ、この瞬間、『権天使 フィラスロ』の効果を発動……!『リインカーネーション』の攻撃力分のライフを回復します!」

有紗 :4300→5900

「うふふっ……粘り強い……やはり伊吹さんは実力者ですね。もうすることもありませんので、わたくしはターンを終了します。」

ライフを追い越されても結梨の表情は変わらない。

『お前のライフなど、いつでも0にすることができる。』

穏やかな笑みは、まるでそう言っているようだった。

「あ……あたしのターン!ドロー!」

いつの間にか、また自分の弱さが出ているのに気がついた。
『気を強く持て、相手に飲み込まれるな。』
そう自分に言い聞かせ、デッキからカードを引く。

「(これは…『聖なるバリア−ミラーフォース−』……)」

ドローカードを見て、少しだけ心に余裕ができた。



『聖なるバリア−ミラーフォース−』
通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。相手フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊する。



『聖なるバリア−ミラーフォース−』。攻撃宣言に反応する罠の中では現行最強と言われている超強力なカードだ。このカードの発動に成功すれば、結梨に大きな痛手を与えることが出来る。
しかし、手放しで喜ぶなど、今の有紗にはとても出来なかった。

「(結梨先輩のフィールドには『深緑の魔弓使い』がいる……。)」

魔法・罠カード破壊能力を持つ『深緑の魔弓使い』。
『弾』を用意する余裕が結梨には無かったから、さっきの『ドレインシールド』は破壊されることなく発動できた。しかし、結梨が攻勢に転じた以上、恐らく手札に存在するありったけの植物族モンスターを『弾』にして有紗のリバースカードを破壊し尽くすだろう。そうなってはあの『怪物』にやられるのをただ待つのみだ。

「(………それなら…)リバースカードを3枚セットし、ターン終了……!」

「リバースカードを3枚……?」

有紗は『ミラーフォース』と共に手札にあるありったけの『魔法カード』をリバースカードとして展開した。

「(……そういうことですか。あのセットカードの中には、どうしても発動させたい罠がある……しかし、『深緑の魔弓使い』の前ではいつ破壊されるか解らない。ならば『ブラフ』を多く伏せ、『魔弓使い』の狙いを『本命の罠』から逸らせばいい……と。)」

なるほど、一見酔狂な行動だが、理にはかなっている。『魔弓使い』の効果発動には植物族モンスターというコストが伴う。よって、そうそう乱発出来るものではない。おまけにあんな風に大っぴらに罠を仕掛けられては攻撃する側も攻めの手を緩めざるを得なくなる。たとえあのリバースカード全て『ブラフ』だったとしても、だ。

「うふふ、伊吹さんは本当に機転が利きますね。これでは、わたくしも迂闊に攻撃することはできなくなってしまいます。」

やはり……余裕だった。これだけのリバースカードを前にしても決して怯まない。
そして結梨はこう言い放った。



「ですが――少し、甘いですよ?」



『えっ』と小さく声を上げる有紗。その声は驚きと言うよりも―――むしろ悲鳴に近かった。
目の前には笑みを浮かべている結梨。しかし、その笑みは、今までとは違った。
『冷たかった』のだ。今までの暖かさなど微塵も感じさせない非情な笑み。
氷に抱かれたような錯覚に陥る有紗。身体が硬直して動かない。

「わたくしのターン。手札から魔法カード、『遷移』を発動します。」



『遷移(せんい)』
通常魔法
デッキから攻撃力300以下の植物族モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する。



「このカードにより、わたくしはデッキから攻撃力300以下の植物族モンスターを特殊召喚できます。わたくしが特殊召喚するのはこのカード――『ダンディライオン』です。」

「なっ……!!そんな!!」



『ダンディライオン』
地 植物族 レベル3 ATK/ 300 DEF/ 300
このカードが墓地へ送られた時、自分フィールド上に『綿毛トークン』(植物族・風・星1・攻/守0)を2体守備表示で特殊召喚する。このトークンは特殊召喚されたターン、生け贄召喚のための生け贄にはできない。



結梨のフィールドに召喚される、タンポポを形取った小妖精。墓地に送られる事でトークンを2体フィールドに残す、極めて有能なモンスターだ。同時に『特殊召喚』が成功したため、結梨のライフが回復する。

結梨 :3100→3700

「では、『深緑の魔弓使い』の効果を発動しましょう。『ダンディライオン』を生け贄に………わたくしから見て『左』のカードを破壊します。」

『ダンディライオン』の姿が『魔弓使い』の魔力により、1本の矢へと変貌する。

「第一射、いきます。」

シュッ!!ズドッ!!

粉々に砕け散るカードのビジョン。破壊されたカードは『光神化』。
ブラフだった。

「あら……これは『ハズレ』ですね。しかし、この瞬間『ダンディライオン』が墓地に送られ、『綿毛トークン』が2体生成されます。」

結梨のフィールドに可愛らしい綿毛の小妖精たちがふわふわと舞い降りる。


『綿毛トークン』×2 ATK/   0 DEF/   0


「これで、『弾』は揃いました。同時に2体のトークンの『特殊召喚』されたことで、わたくしのライフポイントは『生命の芽吹き』により1200ポイント回復します。」

結梨 :3700→4900

再び回復する結梨のライフポイント。しかし、それも今の結梨にとっては『嬉しいおまけ』程度のものに過ぎない。

「それでは、第二射……『深緑の魔弓使い』の効果を発動、『綿毛トークン』を生け贄にセットカードを破壊します。対象は………『右』のカードです。」

「!!」

有紗の表情がこわばった。
当たっている。結梨の宣言したカードは『聖なるバリア−ミラーフォース−』だ。

ドスンッ!!

打ち砕かれる『ミラーフォース』。防衛手段は完全に消え失せた。

「うふっ……どうやら『アタリ』のようですね。そのリバースカードは恐らく『ブラフ』……破壊する必要はないでしょう……それでは、『深き森のグラトン』の効果を発動し、残った『綿毛トークン』を生け贄に捧げます。よってこのターン、『深き森のグラトン』は2回戦闘を行うことが出来ます。」

『グラトン』は荒々しく『綿毛トークン』を鷲掴みにし、それをそのまま口内へと放り込む。すると、その背甲がメキメキと音を立てて割れ、幾多の鞭のような蔓(つる)が亀裂から顔を出した。蔓は獲物をねらう蛇のようにうねり、対象を捕らえんとしている。

「バトルフェイズ――『深き森のグラトン』で『デュナミス・ヴァルキリア』に攻撃です。」

背の蔓が一斉に伸び、『デュナミス・ヴァルキリア』を蜘蛛糸のように絡め取る。そのまま引き寄せられ、前肢に鷲掴みにされる。その後、為すすべもなく翼を引きちぎられ、その華奢な身体は醜い怪物の口腔へと消えた。それはまさに『暴食家(グラトン)』の名に恥じぬ所業だった。

「あっ……ああっ…………」

有紗 :5900→5600

「……モンスターで総攻撃します。『グラトン』、『リインカーネーション』、『魔弓使い』、ダイレクトアタック。」


――ブルータリィ・リック!

――ステイメン・ストライク!

――神木の矢!


「いやっ!ああああぁぁぁぁぁぁっ!!」

有紗 :5600→3500→1900→1000



「わたくしはターン終了です。伊吹さんのターンですよ?」

「……あ……うぅ………」

「……伊吹さん?」

力無くその場に跪(ひざまづ)く有紗。全身が震え、その目は恐怖で完全で染まりきっていた。

「(戦意喪失……ですか……少し、残念ですね……)」

結梨は深いため息をついた。

「(デュエリストとして欠かせない『心の強さ』……それがなければ……とても……)」

新たな『戦力』として期待していただけ、結梨は落胆を隠せなかった。
有紗に並以上の実力があるのは間違いない。それは結梨にもよくわかる。事実、有紗には初手の攻防や状況判断能力には目を見張るものがあった。



しかし――――。



「うっ……ううっ……」

有紗は肩を抱くようにしてその場に跪いていた。
震えが止まらない。動こうとすればするほど身体の震えは増し、結局何も出来ない。
デュエルすることにここまで恐怖を覚えたのは生まれて初めてだった。
いつの間にかペースを握られ、行動は封じられ、気づいたときにはすでに手遅れだ。
自分の戦術も全く通用しない。強みであったはずのライフアドバンテージも、完全に差を付けられてしまった。

「(あたしは……なんて弱いんだろう……)」

自嘲した。
強くなろうと頭じゃわかっているのに、身体が全くついてこない。
こんな弱い自分が本当に大嫌いだった。油断すれば相手よりも先に自分の恐怖心がのしかかってくる。
だからデュエルの間は気を強く持とうとした。虚勢でも、精神面では常に相手より強くあろうと心がけていた。

しかし、もう虚勢すら出てこない。

有紗の右手はデッキホルダーの上に向かっていた。戦い続けるためでなく、この戦いを放棄するために――――。



『有紗、しっかりなさい。』

「………えっ……?」



右手が硬直した。
自分の名前を呼ばれ、ゆっくりと顔を上げる。
声は自分の左手から聞こえた。そこには六枚の翼を携えた天使が描かれたカードがある。
『熾天使 プリザーヴ』だ。

『……目を瞑って、息を整えるの。落ち着いたら……目を開けて。』

彼女はそう促した。言われるままに、目を瞑り、何度も深呼吸をする。
すると、不思議と気分が軽くなった。『恐怖』という負の感情が弱くなり、震えもしだいに収まってくる。
ゆっくりと……目を開けた。目の前には醜い怪物、その後ろに白の眼帯をつけた少女がいる。

『見える?貴方の戦うべき相手はあの子よ。怪物(モンスター)じゃないわ。そう考えると随分とちっぽけな存在でしょう?』

プリザーヴは言葉を続ける。

『貴方と変わらない、ただの人間。能力に大差になんて有るはずが無いわ。貴方の力だったら次にドローするカードで逆転することだってできるはずよ。』

「だめだよ……この人強い……勝てないよ……」

無意識に弱音が口から出ていた。情けないと思いつつ、弱気を抑えることなど今の有紗には出来なかった。

『有紗、デッキからカードを引きなさい。諦めるのはそれからよ。』

子供を叱咤するように、彼女はそう言った。
有紗はおとなしくそれに従う。他に出来ることもない、諦め半分でデッキへと手を伸ばす。


その瞬間――――



ドクンッ!!



「!?」

指先がデッキに触れた瞬間、『何か』を感じた。デッキから力が流れ込んでくるような、そんな不思議な感覚。
まるで、カードに励まされているようだった。

「こ……これ……は……?」

『感じたでしょう?デッキの鼓動、カード達の勝利を渇望する声が――――』

おそるおそるホルダーからカードを引き抜く。

「あ……」

引いたカードを見て、有紗は言葉を失った。
それはこの状況を覆す、『反撃の刃』だった。

『そう……それはカード達が出した『答え』。戦っているのは貴方だけじゃない。貴方のカードも、共に戦い、共に勝利を手にしたいと願っているの。』

「カードが……あたしと……?」

『そう。だから……貴方がカードの声を無視して諦めたりしたら……カードが悲しむわ。』

「………!!」

衝撃だった。自分がこの上なく恥ずかしく思えた。

自分は何をした?

相手に怯えて、可能性すら放棄して逃げ出そうとしたのだ。

カードが――プリザーヴが――自分のために戦ってくれているというのに……

有紗は唇を強く噛み締めた。淡い血の味が口の中に広がり、痛みが身体を痺れさせる。

しかし……完全に目が覚めた。

「ごめんなさい……あたしは――――」

『謝らないの……さぁ、反撃開始よ。私が力を貸してあげる。』

「………うん!」

そこで気がついた。
自分が恐怖から抜け出せたのは、彼女の――プリザーヴの声を聞くことが出来たからだということに。

「(ありがとう……プリザーヴ……!)」

自分と……共に戦ってくれるカードを信じ、力の限り戦うのみ。
有紗は立ち上がった。

「結梨先輩……待たせてすみませんでした……あたしのターンを開始します!」

そう宣言する有紗の声に、弱々しさは微塵も残されていなかった。

「(伊吹さんの目に力が?………そうですか……良かったです……)」

勝利を求める有紗の瞳。それは、結梨の心を深く突き動かした。
再び、この少女に対する希望が生まれた。

「手札からモンスター効果発動!『天空の使者 ゼラディアス』っ!」



『天空の使者 ゼラディアス』
光 天使族 レベル4 ATK/2100 DEF/ 800
このカードを手札から墓地に捨てる。デッキから『天空の聖域』1枚を手札に加える。フィールド上に『天空の聖域』が存在しない場合、フィールド上のこのカードを破壊する。



「このモンスターを手札から捨てることでデッキから『天空の聖域』を手札に加えることが出来ます!そして……手札からフィールド魔法『天空の聖域』を発動!!」

その瞬間、森のビジョンは一掃された。
それと入れ替わりで現れる、聖なる建造物。有紗の『最高の戦場』だった。

「(『ブレッシング・スポット』が破壊されましたか……同時に『幻惑の霧』も破壊される……)」


『深き森のグラトン』ATK/2100→ATK/1900

『転生蒼花 リインカーネーション』ATK/1600→ATK/1400


「さらに……あたしは墓地から3体の天使族モンスター……『力の代行者 マーズ』、『デュナミス・ヴァルキリア』『権天使 フィラスロ』を除外します!」

有紗の墓地に存在する天使族モンスターが、除外カードゾーンへ3枚スライドする。

「(墓地からモンスターを除外……特殊召喚モンスター……?)」

「いきます!『天空の聖域』が存在することで特殊召喚することが出来る最上級天使……!!」


その瞬間、有紗のディスクから3つの光の塊――天使達の魂が飛び出した。

輝く3つの魂は姿を変え、紅き三対の翼を作り出す。

同時に光り輝く、聖なる神殿。聖域からの光の洗礼を受け、翼はさらに進化する。



「『熾天使 プリザーヴ』っ!!特殊召喚っ!!」



そしてついにそれは舞い降りた。

銀色の髪をなびかせ、真紅の羽根を辺り一面に散らしながら。



『熾天使 プリザーヴ』
光 天使族 レベル8 ATK/2200 DEF/2800
このカードは通常召喚できない。自分フィールド上に『天空の聖域』が表側表示で存在する時、自分の墓地の天使族3体または6体を除外して特殊召喚する。この方法で特殊召喚に成功した時、自分はライフポイントを2000回復し、除外したカードの枚数によって以下の効果を発動する。
3枚:攻撃力と守備力の合計値が2000以下の天使族モンスターをデッキから1体特殊召喚する。
6枚:???



「『熾天使 プリザーヴ』が特殊召喚されたとき、あたしのライフポイントは2000ポイント回復します……!」

有紗 :1000→3000

「さらに、除外したモンスターの枚数により、特殊召喚時に『プリザーヴ』の特殊能力が発動されます!今回除外したモンスターは3体……よって攻守の合計値が2000以下の天使族モンスターをデッキから特殊召喚できます!」

有紗はディスクモニターで特殊召喚するモンスターを選択する。ディスクの自動選択装置(オートセレクター)が起動し、機械が選択したカードをデッキから探し出す。
すると、選択したモンスターカードがデッキから飛び出した。

「あたしか特殊召喚するのはこのカードです!」

飛び出したカードを手に取り、そのままモンスターカードゾーンに置く。

「デッキから『浄火へ導くコンヴィクテル』、特殊召喚!!」

剣を掲げる『プリザーヴ』。
それに呼応するかの如く、聖域は光を放つ。光は形を変え、新たな天使へと変貌する。



『浄火へ導くコンヴィクテル』
光 天使族 レベル10 ATK/   0 DEF/   0
このカードを生け贄に捧げ、自分フィールド上の天使族モンスター1体を選択する。選択したモンスターは自分フィールド上に表側表示で存在する限り以下の効果になる。
●このカードのカード名は『光焔天使(ブレイズ・コンダクター)』としても扱う。このカードが戦闘によって破壊したモンスターをゲームから除外する。相手フィールド上の全てのモンスターに1回ずつ攻撃ができる。自分のライフポイントが相手のライフポイントを越えている場合、このカードの攻撃力はこのカードのレベル×200ポイントアップする。



現れたのは炎に包まれた四ツ首の天使。天使とは言い難い奇怪な風貌だった。
4つの頭は垂れ下がり、その顔に表情といえるものは無い。

「攻守0の最上級モンスター……?」

決して動じず、結梨は思案する。上級でありながらパラメータの低いモンスターはそれを補って余りある能力を備えている。このモンスターに関しては最上級でありながら全てのパラメータが0。デュエルを揺るがす強大な能力を持っているに違いない。

「まさか、支援型……?」

「そうです……『コンヴィクテル』自体は戦う力を全く持ちません……ですが、他の天使に絶大な力を与え、『光焔天使(ブレイズ・コンダクター)』としての力を覚醒させることが出来ます!!」

刹那、4つの顔が表情を変える。


同族に力を与える歓喜の顔――――。


相手の所業に対する憤怒の顔――――。


この世に留まることが出来なくなる相手への哀れみの顔――――。


そして――――


有るべき場所へ相手を導ける愉楽の顔――――。


「『浄火へ導くコンヴィクテル』、効果発動!『熾天使 プリザーヴ』、能力昇華!!」

『コンヴィクテル』の四ツ首が1つに混ざり合う。その瞬間、爆炎が体中から吹き出し、有紗のフィールドは火の海と化す。

「っ……!?こ、これは……!」



目の前に広がる、炎の渦。圧倒的な光量。
弱まるどころかそれはどんどん強さを増していく。
目の前を両腕で覆う結梨。とても目など開けていられなかった。



「『光焔天使(ブレイズ・コンダクター)』!降臨!!」



ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!



炎の渦が爆散する。散り散りになって炎が消えゆくのを身体で感じた結梨はゆっくりと目を開ける。

「………!!」

目の前には『熾天使 プリザーヴ』が佇んでいた。
その姿に結梨は微かな怖気をおぼえる。それは『熾天使 プリザーヴ』であって『熾天使 プリザーヴ』ではなかったのだ。

6枚の翼は炎を纏い、白銀の鎧は黄金へと変化している。そして何よりも召喚時より圧倒的に増している威圧感が、以前と別物であることを示していた。


『光焔天使(ブレイズ・コンダクター)』――――


それは聖なる炎を身に纏い、内なる力を極限まで高めた天使の姿。

「…これによって、『プリザーヴ』は『光焔天使』になり、その能力を身につけました。戦闘破壊時の相手モンスターの除外……そして、相手モンスターに対する全体攻撃能力――――」

「……素晴らしいです……まさかこんな手を隠していたなんて……。」

結梨が感嘆の声を上げる。

「ありがとうございます。でも、まだ終わってません……」

静かに、そして力強く、有紗は続ける。

「結梨先輩がブラフだと思って破壊しなかったリバースカード……それがまだ残っています……!」

「……………!?」

「リバースカードオープン!速攻魔法『ドウン・オブ・メサイア』!!」



『ドウン・オブ・メサイア』
速攻魔法
自分フィールド上に『天空の聖域』が表側表示で存在する時のみ発動可能。自分の墓地に存在する天使族モンスターを1体選択しゲームから除外する。除外した天使族モンスターの攻撃力か守備力を選択し、その数値だけ自分のライフポイントを回復する。



「このカードの効果で墓地の『天空の使者 ゼラディアス』を除外し、あたしはその攻撃力分のライフポイントを得ます!」

有紗 :3000→5100

「(このタイミングでライフゲイン……一体何故……)」

有紗の行動を疑問に思う結梨。
攻勢に出た有紗に、ライフ回復など必要ないはずだ。
しかし、その理由はすぐにわかった。

「(……!『熾天使』の身体が……)」


『プリザーヴ』の纏う炎が見る見るうちに色を変えてゆく。
紅の炎が……黄金に。それは天空へ昇る太陽の色だった。


「『光焔天使』のコントローラーのライフが相手のライフを超えた時……!『光焔天使』は真の力を解放し……攻撃力が上昇します!!」


ゴオオウッ!!


『プリザーヴ』の身体から黄金の焔が吹き出す。止めどなく流れ出る焔が自らの身体を包み込む。

「………………」

結梨は自らに問いかけた。

『これは本当に人が作り出したものなのか?』と。

あまりに神々しく、力強い。そうでありながら絶対的な優しさを、それは秘めていた。

「攻撃力の上昇値は『光焔天使のレベル×200』です!『プリザーヴ』のレベルは8……よって攻撃力は1600ポイントアップします!」


『熾天使 プリザーヴ 【光焔天使】』ATK/2200→ATK/3800


「攻撃力……3800……」

圧倒的な攻撃力だった。
自分のフィールドを確認する結梨。
フィールドにはモンスターが3体。しかもその全てが攻撃表示だ。リバースカードは無い。
このターン、『光焔天使』の全体攻撃能力で、フィールドのモンスターは一掃される。
結果、その超過ダメージで自分がどうなるか―――火を見るより明らかだろう。

『いくわよ、有紗。これで終わらせましょう。』

『プリザーヴ』が背中越しに言った。有紗は黙って頷く。

「……『熾天使 プリザーヴ』!攻撃っ!!」


最終攻撃宣言。
金色の焔を纏った天使は天高く飛翔する。


「………………!!」

その翼は羽ばたく度に金の粒を撒き散らし、辺り一面を金一色に染め上げる。

絶対的な力の前に、結梨の従者はただ怯むばかりだった。

そうしているうちに、『熾天使』の炎の翼は広がっていく。

全てを浄火で包み込むべく――――


そして――――




――純潔なる抱擁(ヴァージナル・エンブレイス)!!!




ズグオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!


結梨のフィールドは黄金で埋め尽くされた。

ホールの天井を焦がすほどの巨大な火柱。

醜い怪物も、蒼の巨大植物も、少年戦士も、すべて飲み込まれる。

それは天使の聖なる抱擁――――

浄火に導かれるまま、光の粒子となり、焔の渦へ消えてゆく。


「や、やった……勝っ……た……。」


炎が消える。後には何も残らない。


『浄火の導き手』がそこに佇むだけだ。


「………うふふっ、お見事です、伊吹さん。」

まだ微かに残る煙の中から、おしとやかな声がした。
その数秒後、煙が消えると共に結梨が姿を現す。

「えっ………………!?」


結梨 :4900→3000→600


「そ、そんな……ライフが0になってない!?」

驚愕の声を上げる有紗。

「驚きました……まさかわずか1ターンでここまで勝負の流れを変えるとは思いませんでしたから……しかし、わたくしのライフを削りきるには『あと一歩』及びませんでしたね。」

「どうして……あれだけの戦闘ダメージを受けてライフが残るなんて――――」

「……確かに、あのまま『熾天使』の攻撃を受けていれば、わたくしのライフは0になっていました。でも――――」

ディスクの除外カードゾーンから1枚のモンスターカードを取り出す結梨。
それには幾重も連なり鉄壁を成す茨(いばら)のイラストが描かれていた。

「『ランパート・ブライア(城壁茨)』。手札からこのカードのモンスター効果を発動させたことにより、ライフの消滅を免れることが出来たのです。」



『ランパート・ブライア』
水 植物族 レベル1 ATK/   0 DEF/1800
手札に存在するこのカードをゲームから除外する。自分のライフポイントが0になる戦闘ダメージを受ける場合、自分が受ける戦闘ダメージを1度だけ0にする。この効果は相手のバトルフェイズ中のみ使用する事ができる。



「手札から効果が発動する誘発即時効果モンスター……!?そんなカードを手札に隠してたなんて……!」

つまり、結梨は『深緑の魔弓使い』が戦闘破壊されるタイミングで手札に温存しておいたこのカードの効果を発動し、致命傷となる戦闘ダメージを回避したのだ。

「うふっ……これでまだ勝負はわかりませんね?それでは、いきます。わたくしのターン、ドロー。」

デッキからすらりとカードを引き抜く結梨。
そして、引いたカードを見つめ、クスリと笑みを浮かべた。
反射的に有紗は身構える。

『しぶといわね。この子、まだ戦うつもり?』

「そうみたい……でも、あと一歩なの……もう少し……もう少しがんばれば……!」

しかし、結梨のフィールドにはいつまで経ってもモンスターが召喚される気配はない。

――それどころか、結梨のフィールドに展開されていた永続罠、『生命の芽吹き』が霧散し、消えてゆく。

「え……?ど、どういうこと……?」

見ると、結梨の右手はデッキホルダーの上に乗せられていた。
それは、自ら敗北を認め、相手に勝利を譲渡することの意思表示――――
『降参(サレンダー)』だった。

「うふふっ……わたくしにもう『熾天使』の攻撃をしのぐ術(すべ)は残されていません……参りました、完全に手詰まりです。」

結梨 :600→0

そういうと、にっこりと結梨は微笑んだ。邪気の無い、暖かな微笑み。
最初に顔を合わせたときと全く同じものだった。

「えっ……?あれっ……?」

未だに状況の判断が付かない有紗。自分が勝ったという実感が全く湧いてこない。
それは、あれほどの激闘をしたとは思えないほどあまりに呆気ない幕切れだった。
デュエルの決着が付いたため、有紗のカードのビジョンも消えていく。
それを確認して、結梨は有紗の元へ歩み寄った。

「一時はどうなるかと思いましたが……伊吹さん、あなたは期待通りの人でした。あなたと戦えて、本当によかった……。」

「えっ?ええっ?」

きゅっ、と、自分の左手が何かに包まれる感触を覚えた。
見ると、有紗の左手は結梨の両手に握られている。有紗は目を白黒させた。

「折り入って、お話があります。この紙に指定された場所に来ていただきたいのです。」

さらにくしゃり、と左手の中に妙な感触。手のひらを確認すると、小さく折り畳まれた紙切れが握られていた。

「あ、あの……」

「日時等の詳しい内容もその紙に全て記されていますので……今日は本当にありがとうございました。それでは、ごきげんよう。」

結梨は深々と一礼し、ひらりとステージから降りると、ホールから出ていってしまった。ここまでの一連の動作が異様に優雅だったのが、とても印象深かった。

『いっちゃったわね……何だったのかしら?』

「う、う〜ん……わかんない……。」

呆然としながらぺたりとその場に座り込む有紗。全身の力が抜けてしまったようだった。

「でも、すごく強い人だったね。もう、だめかと思っちゃった。」

そこで膝が少し震えているのに気づく。

「たぶんね、結梨先輩は最初から最後まで本気なんて出してないと思うの。なんていうのかな……あたしの実力を試してるみたいだった……。」

振り返り、凄まじい相手だったと実感した。いまだに震えの残っている膝が、それを熱心に物語っている。『まだうまく立てないや』と、有紗は苦笑した。

「……ねぇ、プリザーヴ。」

改まった様子で、プリザーヴの名前を呼ぶ。
そちらを向くプリザーヴ。ちょうど、座り込んでいる有紗を見下ろす形になる。

『ん?なに?』

「……ありがと。」

有紗の口から、唐突に感謝の言葉が投げかけられる。プリザーヴは驚いたように目を丸くした。

「きっと、あたし1人だったら最後まで戦えなかった。プリザーヴが、あたしに大事なことを気づかせてくれたから…一緒に戦ってくれたから…あたしは最後まで戦えた……本当に……感謝してるよ……。」

真剣な口振りで話す有紗に、少し黙り込むプリザーヴ。そして、有紗の隣から目の前に移動し、彼女もふわりとしゃがみ込む。

『……まったく、今更そんなこと言わないの。』

触れられない手で有紗の髪を撫でる。少し驚いたように、有紗は上目づかいで彼女を見やる。優しい顔が目の前にあった。

『私にとって貴方は『特別な存在』なのよ?私が貴方のために力を尽くすのは当然のことでしょう?今までだってずっとそうだったじゃない。』

思わず顔をほころばせる有紗。『特別な存在』というプリザーヴの言葉が異様に嬉しかった。

彼女も自分のことを想ってくれている。

自分が彼女を想っているのと同じように。


「……えへっ……うん、うれしい……あたしも――――」


コーンキーンカーンコーン………


「あれ……チャイム……?」

不意にチャイムが鳴り響き、有紗の言葉を中断させた。

そこでハッとする。

慌ててホールの時計に目をやる有紗。

「あーっ!もう昼休みおわってるー!!」


――――――。

―――――――――。

――――――――――――。


ここは堂実野高校の廊下。
辺りはこれでもかというくらい静寂に包まれている。

当然だ。今は授業時間、廊下に出ている生徒など1人もいないのだから。

……いや、いた。

おしとやかに歩いている少女が1人だけ。

わかっていると思うが、塚神結梨である。

一応、授業時間ということになっているが、そんなことはお構いなしだ。マイペースに、しずしずと廊下を歩いている。

「(結局、彼女の力を完全にはかることは出来ませんでしたね……。)」

彼女は最後にドローしたカードに目をやり、小さくため息をついた。



『強奪』
装備魔法
このカードを装備した相手モンスターのコントロールを得る。相手のスタンバイフェイズ毎に、相手は1000ライフポイント回復する。



「(しかし、彼女が充分な力を持っていることはわかりました。あれだけの実力が有れば、『ミショナリー』たちとの戦闘もそつなくこなすことが出来るでしょう。あとは彼女の返答次第ですね。)」

手にしているカードを全てデッキに納め、満足そうに微笑みながら再び歩き出す。



しかし、次の瞬間――――



ズキイィィィイッ!!


「っ!?」


得体の知れない激痛に襲われ、結梨はその顔に苦悶の表情を浮かべた。

「!!……っ……あ……」

ぐらりと足下がふらつき、廊下の床に膝をつく。
苦痛に顔を歪めながら、眼帯で隠れた左目の辺りを押さえる。


数秒後、痛みは治まった。


「(……いけませんね…………)」


――――――。

―――――――――。

――――――――――――。


「……くっ……」

額から汗が滴り落ちる。

手札にも――――

フィールドにも――――

この状況を巻き返せるカードは残されていない。

『竜覇王』の実力を、響はその身で深く実感していた。

「(………だめだ……もう……対抗手段が……)」

「そこまでだ、破月――――」

そう薺は言い放った。
眼前には、褐色の巨竜。それは、絶対的な力でフィールドを支配する。
その力の前には、響に抗う手段など何1つとして無かった。

「―――焼き尽くせ!『タイラント・ドラゴン』!」

巨竜の口腔に焔が溜まり、放たれる。
全てを消し去る、圧倒的な火力。
風景が、一瞬にして朱に染まる――――。




「ぐっ……ああああっ……!!」




響  :→0



第十四章 complete






PM3:45
某日の放課後

その日のHRも終わり帰宅する生徒が増える中、瑞刃玲二は教室へ戻るべく、廊下を逆戻りしていた。

「ちくしょ〜……鶴岡のヤロー、バンダナは校則違反とかぬかしやがった……なら、テメーのヅラはどーなんだよ……『ツルツルオカシーマン』め……」

玲二はその日、生徒指導の教師に捕まり、説教を喰らっていた。どうやら頭に巻いていたバンダナが良くなかったらしい。職員室に連れて行かれ、ぐちぐちと嫌味に近い説教を延々と聞かされるハメになった。しかも、次第に論点が玲二の成績へと変わっていき、終いには「成績発表がそんなに楽しいか?あ〜?」とまで言われてしまう始末。

ブツブツ文句を言いながら、教室のドアを開く。どうやら教室の掃除は終わったらしく、教室には生徒が数人残っているだけだった。自分の席に戻り、帰り支度をする。

「ったく……よけいな時間くっちまったじゃんよ……今日は『童実野トイザンス』でセールだっつーのに……響のヤツ、まだ残ってっかな?」

と、何気なく隣の席に目をやった。そこは『破月響』の席だ。

「あっ、アイツこんなカード広げたままどっか行きやがって……誰かが盗んだりしたらどーすんだよ。」

机はカードにまみれ、散らかっている。恐らく、デッキ調整の途中で席を外したのだろう。その中にはなかなか手に入らないレアカードもちらほらと見受けられる。どこかの誰かが魔が差したとしても、決しておかしくはない状況だ。

「しゃーねぇなぁ……アイツが帰ってくるまで見張っててやるか。」

玲二は響の席にドカリと腰を下ろした。そして、乱雑に散らかっているカードを眺める。

「ん……なんでこのカードは分けて置かれてるんだ?」

『魔導戦士 ブレイカー』と『白き深淵のラキュラス』。
この2枚のカードだけ、別格のように他のカードと分けて置かれている。
不意に、玲二は『魔導戦士 ブレイカー』のカードに違和感を感じ、手にとってじっくりと見てみた。

「(……?……なんだコレ……?)」

見ると、カードの縁(へり)に一筋の小さな切れ目が入っている。ハサミのような刃物で切られた感じではない。何か強い力で破けてしまった感じだ。それはカードイラストに到達する寸前で止まっている。『レアカードなのにもったいない』と、玲二は顔をしかめた。

「でも、どうしたんだろな?アイツ、このカードメチャクチャ大事にしてんのに。」

思わず、そう小さくこぼす玲二。


と、その時。


『ふっふっふっ、これは“名誉の負傷”というやつさ。いわば“男の勲章”だよ。』


突然、どこからともなく聞こえてきた“声”が、玲二にそう説明した。

「そ、そうなん!?なんかカッケーな、ソレ……!」

『そうだろう、そうだろう。』

『今の貴方の発言は理解に苦しみますね。その傷に勲章ほどの物的価値があるとはとても思えません。むしろ、貴方自身の価値を著しく貶めていると言ってもいいでしょう。』

もう1つ、“別の声”が冷淡に“声”に向けて言い放つ。

『ははは、確かに女性である君にはこの感覚は理解しがたい物があるかも知れないな。しかし、君なら解ってくれるだろう?瑞刃玲二君。』

「わかる!わかるぜ〜!傷は男の強さの証!傷ついた分だけ、男は強くなれるってもんさ!!オマエとは気が合いそーだなっ!!――――って、チョットまてよオイ!?」

そこまで言って玲二はハッとした。

気がついたのだ。その声が自分の身に全く覚えのないものだということに。

「(だっ、ダレ今の!?つーか電波ですか!?なんか知らない人とめちゃくちゃナチュラルに話してたよ俺!?)」

慌てて辺りを見渡す玲二。しかし、その声の主らしき人物はいくら探しても見あたらない。

「ま、まさか……カードがしゃべったのか〜……!?」

おそるおそる、玲二は手にしているカードに目をやった。

カードが話すなんてあり得ない。でも、もしかしたら――――

そう思って眺めている内に、一瞬、イラストのブレイカーがニヤリと笑ったような気がした。

「……玲二………」

「うおおおおおおっ!?!?」

椅子から転げ落ちる玲二。その“聞き慣れた声”がする方を見ると、そこにはこのカードの主が立っていた。

「響っ!?いつのまに!?」

「……さっき来た……お前、俺の席で何してるんだ……?」

響は怪訝な顔……をしているわけではないが、少なくともそんな雰囲気で玲二を見ていた。
またしてもハッとする玲二。
恐らく端から見ていた響には、今の玲二が独り言を言っている怪しい奴に見えた事だろう。さすがにそれはマズイと思い、なんとか言い訳をしようと玲二の頭はフル回転した。

「イヤ、違うんだぜ!?アレは独り言じゃなくてだな、ミョーな電波が俺の頭にビビビって入ってきやがったから――――」

「…………???」

よけいヤバイ事を口走ってしまった。これでは最早、電波系少年である。

「―――ってちげーよ俺!!俺は、オマエがカード広げっぱなしでいなくなったりするから誰かが盗んだりしねーよーに見張っといてやったの!」

「………そうだったのか……。」

「ったく……オマエ、レアいカードたくさん持ってんだからさー、もーちょい気ぃ付けよーぜ?」

「悪い」と最後に一言つけくわえると、響は机の上のカードの整理を始めた。玲二から『ブレイカー』のカードを受け取り、それもカードの束に混ぜ込む。

「ところでさ、そのカードの傷、どーしたんだ?『魔導戦士 ブレイカー』、ちょっと破けてんじゃん。」

机の上のカードをかたづけている響に、玲二は横から質問した。『魔導戦士 ブレイカー』は、響が最も大切にしているカード。そのカードにこれほどの損傷があるのは、きっと並々ならぬ理由があるからに違いない。

「…………これは…………」

片づける手を止め、響は黙り込んでしまった。
表情は変わっていない。しかし、響が返答に困っている事が、玲二には簡単に理解できた。

「あー、わりぃ、やっぱなんでもねー。」

響の気持ちを察し、玲二は話を中断させた。カードの傷のことは気になるが、響を困らせるのは玲二にとって本意ではない。
響は無言のまま、再び手を動かし始める。

「片づけたら一緒にかえろーぜっ!いきてー場所があんだよなー!」

「………『GONAMI』か……?」

「いーや、今日は『童実野トイザンス』だ!なんか昔のパックのセールやってるらしーぜ?こりゃー行かなきゃソンだろ〜!」

「………そうだな、それじゃ………」

そこで、何かを思いだしたように響は言葉を止める。

「いや……今日は駄目だ…用事があって……また後でいいか?」

「そ、そっか……今日も“用事”かぁ……まぁセールは今週一杯だし、また後にすっか。」

「……悪い……」

「いいっていいって。じゃー気ぃつけて帰れよ。」

教室を出て、去りゆく響を見送る。
そして、玲二はため息をついた。


近頃、響の様子がどうもおかしいのだ。


甘いものを頬張ったまま窓の外をぼんやりと眺めていたりするし、放課後に誘いをかけても『用事がある』と一蹴されることが多くなった。こんな事は今までほとんど無かっただけに、玲二は戸惑いを隠せずにいた。


響がこうなったのは1週間前――――デュエルで薺に負けてからだ。


玲二は2人の戦いを思い出す。響はあの時、強大な力を持つドラゴンを連続して繰り出す薺に魔術師の力で対抗した。
持ち前の戦術で薺の猛攻を凌ぎ続ける響。しかし、その圧倒的な戦闘力に劣勢を覆す事が出来ず、最終的に凄まじい性能を誇る竜、『タイラント・ドラゴン』に止めを刺されてしまったのだ。

「あれ?玲二じゃん。」

回想にふけっていると、不意に聞き覚えのある少女の声。そちらを向くと、麗奈がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

「響くんは?一緒に帰んないの?」

不思議そうに、麗奈がそう言った。麗奈は響が歩いていった方から来たため、恐らく彼とすれ違いになったのだろう。放課後、2人でよくつるんでいる事は麗奈も当然知っているので、別行動していることに疑問を持ったに違いない。

「んー……まーな。アイツなんかここ最近つきあい悪くてさぁ……」

「そうなんだ。そういや、最近アンタと響くん一緒に帰ってるの見てないわね。」

「なんか“用事”があるらしいんだよな……『何の用事だよ?』ってこの間聞いてみたんだけど、『大したことじゃない、気にするな』って言われちまって……」

そう言うと、玲二は肩をすくめた。

「ふーん…アンタ、もしかして嫌われたんじゃない?」

「ブッ!?な、なにおう!?んなバカな事あるわけねーじゃんよ!俺と響はガキの頃から“あっつーい友情”で結ばれてるんだぜ!?」

胸を張ってそう主張する玲二。しかし、そんな玲二を、麗奈は鼻で笑う。

「そお?わっかんないわよ〜?だってアンタ、宿題やってないからって響くんに手伝ってもらってたじゃん。おととい、昨日、今日の3日連続で。」

「ぐっ……」

「しかも、手伝ってもらったってゆーか、8割方響くんが宿題やってたし。アンタがやってたの最初の1、2問だけだったじゃん。いくら仲がいいとはいえ、さすがにこれは無いわよね〜。」

「うう……だってあの問題、ほとんどわかんなかったしよぉ……」

「あと、響くんがとっといたあんパンもうっかり食べちゃうし、授業サボるイイワケを考えてもらったりするし、挙げ句の果てには響くんのブレイカーを窓から飛ばしちゃうし……こーやって考えると、アンタが響くんに嫌われる要因は山のように――――」

「うわ〜〜〜〜っ!!ゴメンナサイゴメンナサイ、俺が悪かったってば!」

玲二、完全敗北。
そうか、俺は嫌われていたのか。そう思い、玲二はがっくりと肩を落とす。

「バーカ、冗談よ。てゆーか、響くんがそんなことをいつまでもネに持つようなタイプじゃないの、アンタの方がわかってるでしょ?本気にしないでよね。」

それだけ言っといてあんまりだろう。玲二はそう思った。
しかし、本当に嫌われてはシャレにならないので、これからは自重することを玲二は決めた。

「にしても……気になるわね。響くんが玲二の誘いを断るなんて滅多にないし……アッヤシイ〜…1人で何やってんのかしら…」

片手を顎のあたりに当て、考える仕草をする麗奈。

「これは間違いなく、何かあるわね………よし!決めたわ!」

「ハイ?」

『何を?』と言わんばかりに、玲二は麗奈を見やる。

「追跡よ、ツ・イ・セ・キ。これから響くんがなにするのか調査すんの。」

「えっ!?マジ!?」

「マジ。さっき響くんとすれちがったばっかだし、今から追えばヨユーで間に合うしね。」

少し意地の悪い笑みをその顔に浮かべながら目を光らす麗奈。

「なんつーか……シュミわるくねーか?ソレ……」

「なーにいってんのよー。こーいうゴシップは女の子の栄養なの。てか、アンタだって気になるでしょ?響くんの“用事”。」

「う……そりゃ、まぁ……な。」

確かに気になる。自分の誘いを断って、響が何をしているのか。
玲二はその問いに首を縦に振った。

「フフン、キマリね……じゃ!そうと決まればとっとと追うわよ!『破月響の放課後実態調査』開始ッ!!ホラ、ボヤボヤしてないでとっととついてきなさいよー!」

「え〜!?ちょ、ノリノリッスね麗奈サーン!」



そんなこんなで『破月響の放課後実態調査』は始まった。


さてさてどうなる事やら。

第十五章 【レイジング玲二 前編】

童実野高校、正門前

「あっ……いた……!」

2人は校門の前に佇む響を発見した。

「何やってんだ、アイツ……用事はどーしたんだよ……」

植え込みの陰に隠れ、響を見張る2人。
響は特にアクションを見せる様子もなく、塀にその身を預けている。

「ふーん……なるほどね。」

「?」

「アレは誰かと“待ち合わせ”してるわね。わたしの長年鍛え上げた“オンナのカン”がそう言ってるわ。」

自信たっぷりにそう言い切る麗奈。

「待ち合わせだぁ?つーか、“誰か”って誰だよ?」

今ひとつその“オンナのカン”というものがよくわからなかった玲二は、怪訝な顔をしながら聞き返した。

「アンタ、ニブいわね〜。こーいうシチュだったらフツー“女の子”に決まってんじゃ―――」

「ブッハァーーアリエネェーーーーッ!」

玲二の口から唾液が大噴火。それは玲二の前方にいた麗奈に降り注ぐ。

「ちょっ、きったなーいっ!!ツバ飛ばさないでよバカァーーーーっ!」

「……………?」

妙な物音に気づいたのか、響は辺りを見回し始めた。
麗奈は慌てて玲二と自分の口を塞ぐ。

「(ホラ!アンタのせいで気づかれるところだったじゃん!)」

「(だっ、だってありえねーだろそんな急展開!!アイツいままでそんな気配すらなかったじゃんよ!!)」

「(とーにーかーく!黙って見てなさいよ!バレたらこっちが苦しいイイワケしなきゃいけなくなるんだからね!)」

玲二を黙らせ、響を見張り続ける。
一方、響はというと、腕を組んで塀に寄りかかるか、時折前髪を払うだけで、ここを動く様子は全くない。やはり誰かを待っている――――2人はそう確信した。

と、その時。

響が顔を上げた。その目線の先には1人の女生徒。小走りで響のもとへ駆け寄ってくる。

「ほーら、きたきた。手ぇふって走ってくるわ。」

ほらみろ、と言わんばかりの顔をする麗奈。玲二は、というと『やっぱりオンナなのか』とうなだれていた。
しかし、同時に麗奈は小さな違和感を覚えた。

「―――ってアレ?あの子、なんか見たことあるような……?」

というよりも、彼女は麗奈にとってかなり身近な存在だった。


良く知っている。


純情可憐なあの顔も――――


紅い宝石のようなあの瞳も――――


そして、金色に輝くあの髪も――――


この条件を満たせる人物は、麗奈の知ってるところで“1人”しかいない。


「じょ、冗談だろ……まさか……!!」



残念ながら、その『まさか』だった。



「ごめんね、響くん!待った?」



響に駆け寄るなり、謝罪する少女。
可愛らしいその声は聞くまでもない。彼女は『伊吹有紗』だった。

「ブッホーーーーーーーーーー!!」

「うぎゃっ!!」

再び玲二山が大噴火。そして隣村麗奈に壊滅的な被害が及ぶ。

「キョーーーーウッ!!テメーーーーーーーッ!!!マイスウィート有紗ちゃんになんてことを――――もがふ!」

暴走噴火山玲二を止めるべく、その噴火口を両手で塞ぐ麗奈。
奇跡的に響と有紗には感づかれなかったようだ。少し何か短い会話を交わした後、2人は並んで校門を出ていった。

「うっそぉ……あの2人ってそーだったの?………フフン、こりゃ面白くなってきたじゃない!」

「……………………もご〜〜〜〜〜〜〜〜!!もぐ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

「ん?」

隣がうるさいと思い、そちらに目をやると、じたばたともがく玲二が。どうやら噴火口以外の穴も同時に塞いでしまっていたようだ。とりあえず苦しそうなので、麗奈は手を離してやる事にした。

「ぶほぁっ!はぁ、はぁ……鼻までふさぐなよ!!一瞬景色が花畑になったじゃねーか!!」

真っ青になりながら麗奈の仕打ちの抗議する玲二。しかし次の瞬間、逆に麗奈から平手打ちを喰らってしまった。

「アンタがうるさくするからでしょ!こんどツバかけたらブッ殺すからね!!――――ってアイツらもうあんな遠くまでいってるじゃん!!いくわよ、玲二!」



――――――。

―――――――――。

――――――――――――。



響と有紗を追っている内に街に出ていた。人通りが増え、明色の風景に変わり始める。
玲二と麗奈は電柱や建物の陰を伝うように2人を追跡した。どうやら響たちは追跡されている事にまだ気がついていないようだ。特に、放課後のこの時間は高校生が多く、玲二達の姿は簡単に紛れてしまう。追跡するにはかなり条件が良いといえた。その分、目標を見失いやすいとも言えるので、しっかりとついていく。

「にしても、有紗ってばなんだかんだ言ってうまくやってんじゃん。結構サマになってるし。」

2人の様子を見ていた麗奈が、満足げな顔をしながらそうこぼした。どうやら有紗が一生懸命に話題を振り、響がそれに答えるような形になっているようだ。若干ぎこちないが、しっかりと会話が成立しているところを見ると、初期に比べればかなりの進歩と言えるだろう。初見ならコミュニケーション不全に見えるかも知れないが、響相手ならアレでかなり話せている方なのだ。麗奈は『よくがんばったね』と、有紗を褒めてあげたくなった。

「うう……あのウラギリモノォ〜……つーか俺の誘い断って…有紗ちゃんと…あんなことやこんなことを……ぐふうぅ〜〜……」

そして、隣で血の涙を流す玲二。響に羨望と嫉妬の眼差しを向け、唸る。それはまさに“負け犬”の如く。

「うっとーしいっての。てか、別によくない?あの2人はうまくやってんだし、ここは応援してやるのがスジってもんでしょ?」

「だってよぉ……俺、アイツとガキの頃に約束したんだぜ…?」

「どんな?」

「『俺がカノジョつくるまで絶対カノジョつくらない』っていう……」

「うわ、響くんかわいそー。それじゃ、一生カノジョつくれないじゃん。」

「ひでぇ!!なにそのわかりやすいイヤミ!?」



――――そんなこんなで追跡は続く。



しばらく歩いていると、響と有紗はある建物の前で足を止めた。

「お、おい、なんか建物の前で止まったぜ?」

かなり広い敷地を使ったその大型店舗を見つめ、玲二が呟く。

「ホントだ。なんだろ?ゲーセン?それともカラオケ?」

どっちも2人のイメージにあわないと思いつつ、その建物をに目をやった。


『TCG(トレーディング・カード・ゲーム) D・ファング』


その建物の看板にはそう書かれていた。そして、入り口の横には風格漂う『タイラント・ドラゴン』のオブジェがずっしりと佇んでいる。



「……って、ここカードショップじゃねーかチクショー!俺はダメでも有紗ちゃんとならOKなのかよーー!!」



響と有紗、両方に嫉妬する玲二。

「てか、こんなところにカードショップなんてあったっけ?ちょっと前にここ通ったけど、ここ、たしか空き地だったよ?」

訝しげな顔をしながら、麗奈がそう言った。その言葉通り、このカードショップがあった場所は、大型ビルを取り壊したばかりで売り地になっていたはずなのだ。しかもそれは1週間と3日前の話。その短期間にこの店は建った事になる。大体、これだけ大きなカードショップが建てられるのならすぐにその情報は伝わるはずである。しかし、この店に関してはそれの広告どころか口コミすらなかったのだ。

「アレ?でも、あの店まだ開いてないっぽいぜ?」

店の入り口を見ると、響と有紗が自動ドアの前で立ち往生している。どうやら自動ドアが開かないようだ。有紗が困ったように響に何か話している。

「あ、ホントだ。なんか入り口に紙が張ってあるわね……えーっと、『開店準備中。関係者以外立ち入り禁止。』……だってさ。オープンは3日後みたいよ。」

十数メートル先の店入り口に貼られてあるB5版の紙の文字を間違いなく読みとる麗奈。隣で玲二が目を丸くした。

「オマエ、よくこっから見えるな。スゲェ……。」

「『目はオンナの命』ってよく言うでしょ?フフン、視力は生まれた時から2.0なんだから。」

「そりゃ知らんかった。」と小さく玲二はこぼした。『目はオンナの命』とよく言うのかは知らないが。それはともかく、響と有紗の目の前にある自動ドアは一向に開く様子はない。2人は顔を見合わせ、なにやら色々と相談している。大方、次の目的地でも話し合っているのだろう。玲二も麗奈もそう思った。


――――しかし。


「え!?ウソ!!響くんなにやってんの!?」

玲二と麗奈は驚愕した。
なんと、響が自動ドアの隙間に両手をねじ込み、無理矢理こじ開けようとしているではないか。ギシギシと音を立てて、ドアの空間は見る見るうちに広がっていく。その隣で有紗はただおろおろするばかりだ。

「うおっ!?ちょ、ダメだろアレー!!」

そう言ってる間に、自動ドアは響によっていとも簡単にこじ開けられてしまった。何事も無かったように、響は悠々と店内に入っていく。戸惑いながら、有紗もそれについていく。

「あ、いっちまった…つーかヤバイだろ、コレ…どうします、麗奈サン?」

「どーもこーもないっつーの!とっとと追うわよ!」

「ですよねー。」


――――――。

―――――――――。

――――――――――――。


響がこじ開けた自動ドアから2人は店内へと潜り込んだ。その目の前には、『GONAMI』よりもさらに大きな通路が広がっている。店の中は薄暗く、窓から入ってくる夕陽が明かりとなっているだけだ。それでも十分に明るいため棚に何が置いてあるかも容易に判別する事ができる。ところが、どうした事か、肝心の響と有紗がどこにも見あたらない。

「2人はどこいっちまったんだ?」

「てか、店の中広すぎ…手分けして探そ。わたし、二階のほう見てくるから、アンタは一階を回って。」

「オッケイ。」

「なるべく早くね?はやくアイツら連れ戻さないと、わたしたちまで不法侵入者扱いされちゃうから。」

「ていうか、既に不法侵入者だと思うぜ、俺ら……」

「う゛……こういう時だけ的確なツッコミしないでよ……とにかく急いでね?」

そう言って、麗奈は二階へ上がっていった。とりあえず、探すと決めたからには店内を回らなくてはいけない。広い店内をくまなく徘徊する玲二。しかし、やっぱり見つからない。かれこれ4週くらい店内を巡ってみたが、あるのは棚に並べられたカードのパックと、決闘盤だけだ。

しばらくして、麗奈が二階から降りてきた。

「どう?見つかった?」

「だーめだぁ……みつかんねー……そっちは?」

「こっちもダメ……さっぱりよ。」

麗奈が大きなため息をついた。二階も相当広いらしく、その顔からは疲労感を伺わせる。

「てゆーか、『関係者以外立ち入り禁止』って書いてあったけど……関係者すらいないじゃん。どーなってんのよ……」

「イマスヨー。」

奇妙な音……いや、声。2人は小さく飛び跳ね、それが聞こえた方を向く。

店の奥に輝く、青の発光体。次に現れたのは、丸みを帯びた銀色の金属的な物体。

それを見た2人は目を丸くした。なんとソレは人ではない、ロボットだったのだ。

「わっ!!なにコレ!?なんか『R2−D2』みたいなのが出てきた!!」

某SF大作のキャラクターに似たその機械は、青色の単眼(モノアイ)を輝かせながら、キュルキュルと無限軌道(キャタピラ)を回転させ、2人に近づく。

「ワタクシー、“ジューギョーイン”ノー、『S3−E3(エススリー・イースリー)』トー、モウシマスー。イゴー、オミシリオキヲー。」

そう言う(発する?)と腹部(?)から名刺を出し、麗奈に差し出した。少し気圧されながらも、麗奈はその名刺を受け取る。

「ってことは……店員さんなワケ?」

「スゲェ……現実にこんなロボットっているんだ…『ス○ー・ウォー○』の世界だけじゃねぇんだな…」

現代テクノロジーの進歩を2人は肌で感じた。

「あっ、見てよ玲二……この名刺、『GK』って書いてある。」

「ウソ?じゃ、この店って『牙堂コンツェルン』の店なのか?」

そう言えば『タイラント・ドラゴン』が店前にいたな、と玲二は思い出す。『タイラント・ドラゴン』といえば、薺――同時に『牙堂コンツェルン』を象徴するモンスター。要するに『海馬コーポレーション』の『青眼の白龍』のようなものだ。『牙堂コンツェルン』直営の店ならば、この店の敷地にも納得がいく。

「トコロデー、コマリマスヨー、オキャクサマー。イマハー、“カイテンジュンビチュー”ナンデスケドネー。ドーヤッテハイッテキタカハワカラナイデスケドー、カエッテモラエマセンカー?」

それを言われて初めて焦る2人。こんなナリだから忘れていたが、この機械は“従業員”なのだ。店を管理するのは当然“従業員”の仕事。店への“不法侵入者”など許すはずがない。

「ちょ、ちょっとまってよ。わたしたちの他に高校生が2人ここに入んなかった?その2人を追ってきたんだけど。」

「ゲッ。」

麗奈の突然の問いに、妙な機械音を上げるE3。

「(なぁ……コイツ今『ゲッ』って言わなかった?)」

「(言ったわね。『ゲッ』って。ロボットのくせに。)」

「サテサテー、ナンノコトヤラー。ワタクシー、ソンナコーコーセーノコトナンテー、ゾンジマセンデスヨー。」

白々しい態度を取る『R2−D2モドキ』。見るからに怪しい。きっとウソを付けないタイプなのだろう。

「ナンデスカー、ソノメハー。ウソナンカツイテナイデスッテー。テユーカー、アンマリシツコイトー、ウッタエチャイマスヨー。」

首を回転させ、『とっとと出ていけ』と言わんばかりに店の入り口に目を向ける。

と、その時。

「アッー。ジドウどあガー、ヒシャゲテルー。」

抑揚のない声でE3は驚いた。その目線の先にはさっき響が無理矢理こじ開けた自動ドアが。それは無惨にもひび割れ、変形してしまっている。これではとてもドアとしての機能を果たしているとは言えそうもない。

「ナンテコトシチャッテルンデスカー。コレジャーワタクシー、ナズナサマニー、オコラレチャウジャナイデスカー。」

E3の単眼の色が青から赤に変わる。さらに、頭からプシューと蒸気を吹き出し始めた。どうやらこの機械、怒っているようだ。しかもその眼光と怒りの矛先は、なぜか玲二1人に向けられている。

「へっ!?イヤ、ちがうって!あれやったのは俺じゃ――――」

自らの危機を直感し、必死に弁明を試みる玲二。だが、説得力が全くないため、その効果も全くない。

「モンドームヨー。“テッケンセーサイ”ハツドー。」

言うや否や、『R2−D2モドキ』は自らのマシンアームを前に突き出し、玲二に向けた。


そして――――。


「“ろけっとぱーんち”。」


ベゴシャアッ!!


「ぶべらぁっ!?」


ロケット噴射で射出されたマシンアームが、玲二の顔面にクリーンヒット。高速で飛ばされた金属の塊を至近距離で喰らってしまった玲二はひとたまりもない。
鈍い音と共に身体は宙を舞い、一回転した後地面に落ちた。

「玲二ーーーーーッ!?」

血相を変えて麗奈が駆け寄る。



返事がない。ただの屍のようだ。



死んでないけど。

「オカエリクダサイー、オキャクサマー。ワタクシー、『じぇんとるましん』デスノデー、“ビショウジョ”ニー、テヲダシタクアリマセンー。」

「びしょ……!?」

“美少女”の響きに思わず反応する麗奈。自分の魅力が機械にも通用したのだから女として嬉しくないはずはない。
しかし、喜んでいる場合ではないのも事実。これ以上深入りしたら再び『R2−D2モドキ』のロケットパンチが飛ばないとも限らない。
大体、玲二の返り血(主に鼻からの)で真っ赤に染まった『キラーマシン』はとても『ジェントルマシン』には見えない。おとなしく警告に従うのが賢い判断だろう。

「わ、わかったわよぉ…帰るからさ、その腕こっちに向けないでよ…」

ぺしぺしと痛くない程度に玲二の頬を叩く。しばらくそれを繰り返していると、玲二の意識が少しずつ回復した。

「うう……ここはドコ……わたしはダレ……?」

どうやら思いのほか軽傷のようだ。ただ鼻血が出てるだけで、音の割に顔が変形しているわけでもない。体を起こしてやると、その後は自力で立ち上がり、歩き出した。予想以上に元気だったため、麗奈はほっと一息つく。

「ワケわかんないこと言わないでよね。ホラ、帰るわよ。」

まだ若干ふらふらしている玲二の手を引き、麗奈はここから出ようとした。

「アー、オキャクサマー、チョットー、マッテクダサーイ。」

後ろから『R2−D2モドキ』の声。あからさまにイヤな顔をして麗奈が振り向く。

「な、なによ……。」

「ワタクシノ“あーむ”ヲー、モトニー、モドシテクダサーイ。」

「…………。」


結局、E3のアームを元に戻してあげた後、2人はそのまま店を出る事となった――――



――――――。

―――――――――。

――――――――――――。



「あ〜……いてぇ、まだヒリヒリする……あんにゃろー、加減ってのを知らねーのかよ。」



PM7:30


2人が帰路に就く頃、日はすっかり落ちていた。


「真っ暗だなぁ。つーか7時過ぎてるし……日が落ちんのはえぇ〜…」

そう言いながら、狭い路地を歩く。
ここら辺は街灯も人通りも少ない。ここに届く月明かりも本当に僅かなもので、歩くにも辺りに注意を払わなければならなかった。

「玲二〜……」

「んあ?」

不意に後ろから麗奈の声がした。

「もっとゆっくり歩いてよ〜…そんなに速く歩かれたらどこにいるかわかんないじゃない…」

なにやら様子がおかしい。
その声が普段の彼女からは想像できないほど情けない声だったからだ。見ると、麗奈はふらふらと玲二の後ろをおぼつかない足取りで歩いている。

「………オマエ、なにやってんの………?」

「なにやってんのって、アンタ―――」


ゴンッ!!


「イタッ!?何かにぶつかったぁ〜……」

さっきから鶏のようにあっちに来たりこっちに来たり。
どうやら暗闇で周りが全く見えていないようだ。そうしているうちに電柱に頭をぶつけたり、塀に体当たりしたり。

言っちゃ悪いが、ちょっと面白い。

玲二はカバンからディスクを取り出し、起動した。眩い光が辺りを照らす。麗奈はそれに惹かれるように歩み寄る。

「オマエ、もしかして……“鳥目”ってヤツ?」

「ん……まぁね……暗いと全然見えなくなっちゃってさ……」

『鳥獣使い』だからだろうか。自慢の視力が発揮されるのは、どうやら日中だけらしい。


――――『デッキは持ち主の性質を反映する』。


いつだったか、グレファー先生がそう言ってたのを玲二は思いだした。

「にしても、響くんと有紗は結局なんだったんだろ……う〜ん……なんか、デートって感じじゃなかったよね、さすがに。」

玲二のディスクの光に導かれながら、日中のことを振り返る麗奈。2人の行動を思い返すと、あまりに謎が多かった。雰囲気は悪くなかったが、デートと言うにはあまりに中途半端だったし、その後の2人の行方も、結局解らずじまいだった。

「やっぱり?やっぱオマエもそー思うよなー!有紗ちゃんも全然その気はなさそーだったし!響に有紗ちゃんみたいなカノジョとかありえないぜ、やっぱ!!」

一方、玲二は2人の熱愛疑惑が晴れようとしているのをただただ喜んでいる。麗奈は何故かそれに妙な不快感を感じた。

「うっわ、なにその嬉しそうなカオ。キモいよ?」

「ちょ、ちょっとまてーいっ!!『俺の嬉しそうなカオ』=『キモい』ってのは聞き捨てならんぞオマエー!!」

「アハハッ、だってホントのコトだもんね〜!もしかしてあのロボットに殴られて顔の形変わっちゃったんじゃなーい?」

「テンメー!俺の顔よく見やがれー!こんなイケメン滅多にいねーだろーがー!!」

玲二の憤慨ぶりに、ケラケラと笑う麗奈。本当にコイツはからかいがいのある奴だと思った。

「アハハハッ!ヤダー、そんなカオ近づけないで……ん?」

突然、麗奈が立ち止まり、玲二を引き留める。

「?どーした……」

麗奈の妙な様子を不審に思う玲二。見ると、麗奈が微かな恐怖をその目に映している事に気がついた。

「ちょっと静かにして……何か……変な音が聞こえる……」

「??……なんだオマエ、目だけじゃなく、耳もいいワケ?俺にはそんな音聞こえ――」

そう聞き返した、その時。
玲二の耳にも、その音は届いた。

「……!?……ホントだ……なんだ……この音……」



ペタリ……ペタリ……


玲二の耳に届いたそれは、不気味な足音だった。


明らかに靴で歩いている音じゃない。裸足で歩いているような生々しい音。闇の奥から、ゆっくりと近づいてくる。


「クッ……クククッ……」


足音に紛れ、笑い声が聞こえた。背筋が凍り付くほど不気味な声。

直感的に2人は悟った。

『ここにいると危険だ』と。

「なんかヤベェ……麗奈……ここから離れるぞ……」

「う、うん……」

この場を離れようと、後ろを振り向く――――



その眼前には、既にその“足音の主”が立っていた。



「ひっ……!!」

麗奈が思わず悲鳴を上げる。

そこにいたのは黒のローブを纏った奇怪な男だった。
金属質の仮面をその顔面に貼り付け、それが玲二のディスクの光を反射して鈍く光る。眼深にかぶったフードと仮面に隠れ、その表情は伺えない。それ以前に、仮面の奥からは光が感じられず、奥に顔があるかすら疑わしい。

まるで闇の住人のようだった。

「クククッ……逃ゲル気カ?地ネズミドモ……。」

獣のうなり声のような低い声でその男は笑いながら、ゆらり、ゆらりと2人ににじり寄る。

「…2匹カ……シカモ、ドチラカラモ上質ナ“力”ヲ感ジルゾ……今宵ノ獲物トシテハ申シ分ナイナ……ククッ……」

「な、なんだオマエ!?何モンだよ!?」

警戒心を顕わにしながら、噛み付くように玲二は訊いた。

「我ハ『エヴァンジェリスト』…『カードト魂ノ狩人』ナリ…」

「『エヴァンジェリスト』……!?」

玲二の後ろで、麗奈が声を上げた。

「麗奈、知ってんのか?」

「聞いた事があるわ……最近この辺りで『エヴァンジェリスト』って名乗るカードハンターがカード強奪事件を起こしてるって……」

「!?……じゃあ、コイツはカードハンターか!?」

17年生きてきた玲二にとっても、麗奈にとっても、カードハンターとの遭遇はこれが初めてだった。麗奈を自分の身体の陰に隠し、後ずさりしながら玲二は身構える。

「ククッ………“アノ方”モオ喜ビニナルダロウ。貴様ラノヨウナ“上物”カラハ全テヲ奪ッテヤラナクテハナァ?」

そう言い、男はローブの袖をたくしあげる。その下から、死人のような青白い腕が現れた。

「サア……狩リノ時間ダ……!」



ギチッ――


ミジッ、メキメキッ――



生々しい音を立て、男の腕が膨れあがる。まるでゴム風船でも膨らませているかのように。そして、肉の皮が限界まで膨れあがった、その時。


グチュアッ


腕の肉を内部から貫き、ソレは現れた。


決闘盤(デュエルディスク)。


それは、肉がそのまま板切れになったようなグロテスクなフォルム。
明らかに奇怪で現実離れしたその光景を目の当たりにした2人は凄まじいまでの戦慄を覚えた。


「なっ……なんだコイツ!?ディスクが……腕から生えてきやがった!?」

「れ、玲二、コイツヤバイ!おかしいよっ!!逃げよう!!」

玲二の手を引き、逆方向に走ろうとする麗奈。しかしどうしたことか、腰から下が金縛りにでもかかったように動かない。足下に目をやると、ハンターを中心にしてアスファルトの地面に奇妙な文様の方陣が浮かび上がっている。

「あ、足が動かねぇ!?」

「なんなの、コレっ……!?」

その方陣の上から、玲二も麗奈も足を離す事ができない。まるで、アスファルトと足が同化してしまったようだ。

「ククッ、無駄ダ…コノ『六芒星ノ呪縛』ニ捕ラワレテイル限リ、貴様ラハ逃ゲル事ナドデキン…」

男はローブの袖口へ手を突っ込み、そこから1枚のカードを取り出した。そしてそれを身動きのとれない2人の目の前に投げつける。カードは2人の目の前に表面を向けて落ちた。

「………!?このカード………」

飛んできたカードを見て、玲二は声を上げた。


そのカードは『悪夢の鉄檻』。


何故かはわからない。しかし、その絵柄を見て本能的に玲二は“危険”を察知した。


逃げなければ、逃げなければ――――


原始的な恐怖が、玲二を襲う。
しかし、いくら足に力を込めても全く動く事はない。

「くっそ……しゃーねぇなっ……!」


ドンッ!


「きゃあっ!?」

次の瞬間、鈍い音と共に麗奈の身体が横に吹っ飛び、方陣の外に落ちた。動く上半身を使って、玲二が麗奈を遠くへ突き飛ばしたのだ。

「れ、玲二っ!!」

方陣の外に出たためか、足が何の問題なく動く。
しかし、玲二はまだ方陣の上。尻餅をついていた麗奈は急いで立ち上がり、玲二を助けるべく駆け寄ろうとした――――


しかし、次の瞬間。



ズゴオオオオオオオン!!



けたたましい音と共に、方陣の上にいた玲二とハンターは麗奈の視界から消えた。それと入れ替わりで巨大な鉄檻が現れる。見覚えのある、巨大な鉄檻。それは、カードの『悪夢の鉄檻』と酷似……いや、まったく同じ物だった。

「な……なによ……コレ……!」

混乱しながらも突如現れた鉄檻に近づき、自分の何倍もある檻の柵に掴みかかる。

がしり、と鉄の感触がした。

ソリッドビジョンではない。現実にこの鉄檻は“存在”している。玲二はこの檻の中に閉じこめられてしまったのだ。カードハンターと共に――

「玲二っ!玲二っ!!」

中にいる玲二に向かって必死に叫ぶ麗奈。しかし、いくら叫んでも、いくら名前を呼んでも、玲二からの返事は帰ってこない。檻の中を覗くと、そこは不気味なもやが色濃く充満している。中にいる玲二とハンターの姿はそれに隠され、全く視認することができない。

「なんで……聞こえないワケ!?返事してよっ!!玲二ってばぁっ!!」

次第に麗奈の心を満たしていく絶望感。もはや訳がわからなかった。

突如目の前に現れた不気味な男。動かなくなる体。玲二を取り込んだ鉄檻――――

どれもこれも人知を超えている。とても人間の所業とは思えない。

そして“最悪の事態”が、麗奈の頭の中をよぎる。


もし――――


もしこのまま玲二が帰ってこなかったら――――


「やだっ!!そんなの――!」


玲二を助けたい、その一心で檻の中に手を伸ばす。


しかし――――



バチィッ!!



「いっ!?……ったぁ……!!」

もやに触れた瞬間、触れた手のひらが弾かれてしまった。まるで、もやが麗奈の進入を拒むかのように。

「そんな…ウソでしょ…」

檻にすがり、麗奈は愕然とその場にへたり込む。
それを嘲笑うかのように、玲二を取り込んだ“悪夢”は麗奈の前に悠然と聳えていた。

第十五章 complete






玲二と麗奈がカードハンターと遭遇していた頃。


響は、玲二に告げていた“用事”を済ませている真っ最中だった。


用事の内容。

それは、封筒づくりに続く、新しい“仕事”。


明るい街の雑踏を抜け、響は狭い路地へと入り込む。
暗がりへと続く道を、彼はひたすらに歩きつづける。そのうち、辺りは暗やみに包まれていた。


ピリリッ、ピリリッ、ピリリッ――――


不意に、響の耳元で電子音が響いた。


『皆さん、聞こえていますか?』


柔らかな声が、響の耳の中を抜ける。
それを発したのは、響の左耳に掛けられたインカムだった。いかにも業務用といった、洗練されたデザイン。当然、趣味でこんな物を付けているわけではない。この声の主から支給された物―――いわば、“仕事道具”の1つだ。

『今回のターゲットは8体。現在、KC(海馬コーポレーション)所属のセイヴァーが先行しています。彼らと協同でターゲットを撃破してください。』

柔らかなその声が、事務的に言う。

彼女と知り合って、もう1週間がたった。その声にも、“仕事”にも、響は殆ど抵抗がなくなっていた。

『!……既に民間人を襲撃している『ミショナリー』がいます。場所は“G地区−二○五地点”……決闘籠手(デュエル・ガントレット)にマップを表示します。破月さんは指定された地点まで移動し、待機してください。』

「……待ち伏せか……」

『そういうことになります……残念ながら、目標は既に『悪夢の鉄檻』を展開しています。こうなってしまってはわたくしたちにも手が出せません。“民間人が撃破され次第”、破月さんは早急に目標を撃破してください。逃さぬよう、そして撃破されぬよう、充分注意してくださいね。』

「……了解……。」

声の主からの通信が切れた。

“仕事”の内容に、響自身は何も言う事はない。標的を確実に捕捉し、撃破すること。それが今、彼のなすべきことだ。

と、続けざまにまた新しい通信が入る。

『―――響くん。』

別の少女の声だった。こちらもまた、随分と聞き慣れた声。ここ最近になって、この声を聞く頻度がさらに増えた。“仕事仲間”として、同じ時間を過ごすようになったからだ。

「………有紗か………どうした……?」

『その…さっき結梨先輩から通信があったでしょ?』

「ああ、俺だけ特別な仕事らしいな……。」

『平気なの?デッキ、調整したばっかりなんだよね?』

心配そうな有紗の声が、インカムから流れてくる。どうやら、“特別な仕事”を与えられた響の身を案じているようだ。

「……問題ないさ…俺のデッキの事は、俺が一番よくわかってる…それに、たとえ自分のデッキに自信がないとしても、あんたに代わってもらう事はできないだろ…?」

『…そうなんだけど…』

そう言って有紗は口ごもった。

『…今回、今までと違うよ。数だって倍以上だし…なんだかいやな予感がするの……。』

無理もない。有紗の心配はもっともだった。

この仕事は、少なくとも安全な仕事ではないのだから。

「…俺の事は気にせず、あんたは自分の事に専念するべきだ…仕事ってのは慣れ始めが一番ミスを犯しやすからな…」

『…うん…わかった。』

「……まぁ、心配してもらえるのは有りがたい…とりあえず、もう切るぞ…ここで取り逃したりでもしたらシャレにならないしな…。」

『うん……でも、無理しないで。危なくなったら帰還(エスケープ)してね。』

その言葉に返事をして、通信を切った。そして、続けざまに左腕を自分の目の前に持ってくる。
響の左手は手の甲から肘にかけて、機械で覆われていた。西洋騎士の籠手を連想させる銀色の物質。これもまた、支給された仕事道具の1つだった。そのなかでも、この機械は最も重要な物。

おもむろに、響はその機械に取り付けられたパネルに触れた。その瞬間、機械が起動し、パネルが青白い光を放つ。
ここら一帯の地形がパネルに表示された。『NAS(ナース)』の軍事用地上監視システムを利用した、超高度のマッピング。そのマップには8つの赤いマーカーが点滅していた。それは、この仕事の“標的”を示しているのだ。

「(……8体…か。本当に凄い数だな……有紗の言ったとおり、3日前とは比べ物にならないぞ……)」

と、次の瞬間。
マーカーが1つ、マップから消えた。

「(……薺先輩か?……相変わらず速いな……)」

残りは7つ。響は指定された地点へと足を運ぶ。



「……あれだな………」



“G地区−二○五地点”に到着した響の目には、異質な物体が映っていた。
それは、巨大な鉄の檻。いつだったか、自分を閉じこめたソレと同質の物。しかし、響の目に映っているソレはかつて目にした物よりも邪悪で、禍々しい。

「?…あれは……」

響の目に、もう1つ何かが映る。それが、童実野高校の制服を身につけた少女だと認識するまでさほど時間はかからなかった。彼女は鉄の檻にすがり、跪いている。
その背中には見覚えがあった。
少女に歩み寄る響。人の気配に気づいた少女はビクリと肩を震わせ、おそるおそる振り向いた。

「きょ……う…くん…?」

予想通りと言うべきか。
その少女は、やはり神馬麗奈だった。

「……麗奈?……」

何でこんなところに――――

そう思い、麗奈に声を掛けたその時。

「…うっ……うえっ……」

麗奈の瞳から涙が流れた。
嗚咽を漏らしながら、ぼろぼろと雫をこぼし、その顔を濡らしていく。

「……!?……何があったんだ……!?」

ポーカーフェイスな響の表情が、ほんの一瞬崩れる。

……嫌な予感がした。

「れ、玲二がっ……ハンターに襲われて……」

「!?………なんだって…!……じゃあ……あの檻の中には……!」

響の目の色が変わった。響は檻に掴みかかり、忌々しげにそれを握りしめる。

「ワケわかんない…なんなのよ、アレ…カードハンターじゃないの?玲二は……どうなっちゃうの…っ?死んじゃったり……しないよね……っ?」

かすれるような声で麗奈が問いかける。不安、恐怖、困惑――彼女の顔にはそれらが入り交じった表情が浮かんでいた。

「……大丈夫だ……玲二の事は、俺がなんとかする……必ず助ける…だから、もう泣くな…。」

泣きじゃくる麗奈をなだめると、少し落ち着いたのか、彼女は涙をぬぐいながら小さく頷いた。響は再び視線を檻に移し、それを睨み付ける。

「(…よりによって玲二が……くそっ、ミショナリーめ……絶対に逃がすわけにはいかなくなったな……だが……もしかしたら……玲二なら……)」


第十六章 【レイジング玲二 後編】


「1匹逃シタカ……マァイイ、我ガ同胞ガ代ワリニ狩ッテクレルダロウ。今宵ノ獲物ハコノ1匹デモ充分ダ。」

玲二を檻の中に閉じこめたその男は、そう呟くとゆっくりと視線を玲二の元へと移した。

「……なんだよ……ここ……」

檻に捕らわれた玲二は見知らぬ光景を目の当たりにしていた。
歪んだ空間……とでも言うべきだろうか。閉じこめていたはずの檻は消え、玲二の目の前には混沌とした空間が延々と広がっている。まるで、ちがう次元の世界に迷い込んでしまったようだった。

「夢…じゃねーのか?……う?うおっ!?」

ドゴンッ!

突然、玲二はその場にコケた。その拍子に顔面を思いっきり地面にぶつける。

「い、いってー……なんなんだちくしょー……」

足下に目をやると、玲二の足を固定していた方陣は、消え去っていた。足が自由に動くところを見ると、どうやら効果が無くなったようだ。玲二はそれに気がつかず、相当無理な体勢をしていたらしい。
顔面をさすり、痛みに耐える玲二。痛みを感じると言うことはどうやら夢ではないようだ。

玲二はとりあえず、自分の立場を把握する。

―――自分は“エヴァンジェリスト”と名乗るカードハンターによって、この訳のわからない空間に幽閉されていると言うこと。

―――そして、その男は今、玲二の目の前で不気味に佇んでいると言うこと。

玲二は窒息しそうになった。今まで散々な目には遭ってきたが、これだけ緊迫しているのは初めてかも知れない。

そう思っていると、男は仮面の奥から、気味の悪い声で玲二に語りかけてきた。

「恐ロシイダロウ?ココハ外界トハ隔絶サレタ空間ダ。外界ノ“色”“音”“感覚”ハ全テ遮断サレ、コノ場ニ届ク事ハナイ。貴様ノ逃ゲ場モ、貴様ヲ救ッテクレル者モ有リハシナイノダ。」

玲二にさらなる絶望を植え付けるかの如く、男はそう言い放った。
つまり、玲二はこの場から逃げることは出来ない。この場の支配権も、全て男が掌握していると言うことだ。それは、玲二にとって圧倒的に不利な状況であった。

しかし。

「“逃げ場”だと〜……?へっ!バカいってんじゃねーよ。」

突然、玲二は態度を180度変え、男に食って掛かった。その表情は悲観どころか、勝ち誇っているようにすら見える。

「テメー、俺を閉じこめていい気になってるみてーだがなー、この俺が誰だかわかってんのかよ?」

「知ランナ。」

「ぐっ、即答かよ……なんかムカツクぜ……。いいか〜、聞いて驚けっ!俺の名は――――」

不敵な笑みを浮かべ、玲二はファイティングポーズをとる。

「空手四段、剣道三段、柔道四段、合気道二段、数検六級、英検五級!!数々の道に通ずる無敵の男!瑞刃玲二サマだぜ!!」

そう言うなり、玲二は男に向かって突進する。軽い身のこなしで一瞬で男との間合いを詰め、その懐へ潜り込む。

「おっとぉ、文句はうけつけねー!俺をターゲットにしちまった事を後悔するんだなっ!!喰らえ必殺!!『玲二デストラクション』っ!!」

玲二の拳が、男の腹部を捉えた。パイルバンカーのような鋭い一撃が炸裂する。


――――スカッ。


「……はれっ?」


素っ頓狂な声を上げる玲二。
玲二の腕は、空を切っていた。かわされた訳じゃない、男の身体をすり抜けたのだ。

「ククッ……非力ナ地ネズミガ……ソンナ攻撃ガ我ニ通用スルト思ッテイルノカ?“力”ノ干渉ナド、我ラ『エヴァンジェリスト』ニハ無意味ダ。」

「な……なんなんだよコイツ……本格的にバケモンかよ……」

思わず怯む玲二。
本当に常識が通じない相手だと言う事を、改めて痛感する。

「ココカラ出タイヨウダナ。1ツ、チャンスヲヤロウ。」

そう言うと、男は自らの左腕をちらつかせる。そこには決闘盤と化した腕があった。

「我ト戦イ、勝利シテ見セロ。万一、我ニ勝ツ事ガ出来タナラ、ココカラ出シテヤル。モチロン……貴様ラノヨク知ッテイル“コレ”デナ。」

「……デュエルしろっつーコトかよ……上等じゃねーか!!やってやるぜっ!!」

デュエルして解決するのならば話は早い。玲二は意気込んでディスクを構える。

と、その時。

「な、なにっ!?」

玲二 :4000
???:4000

「ライフが勝手に4000に……!?」

何の操作もしていないのに、玲二のライフカウンターは4000を指していた。男のライフカウンターも4000を指している。
こんなはずはないと、ディスクを操作しライフポイントの変更を試みる玲二。しかし、玲二のディスクに表示されたライフポイントは4000で固定されたまま、どうやっても8000にはならない。ディスクの再起動も試してみるが、電源が落ちない。

ディスクをいじっている内に、玲二は妙な感覚を覚えた。

ディスクが、まるで自分の身体の一部になってしまったようなのだ。
試しにディスクを腕から外そうとするが、どうやっても外れない。

「どうなってんだ……おい!なんなんだよ、コレ!?」

「クッ………クククククッ……」

玲二の問いに、男は答えない。
ただただ不気味に仮面の奥で笑うだけだ。

「ソウダ……1ツ言イ忘レテイタゾ。我ガ勝ッタラ、貴様ニソレ相応ノ“罰ゲーム”ヲ受ケテモラウ。覚悟シテオク事ダ……」

「“罰ゲーム”だと?……くっそ…ブキミなヤローだ……笑ってられんのも今のうちだからな!!」


玲二 :4000
???:4000


「俺の先攻!カードをドローし、手札からモンスター、『鉄の騎士 ギア・フリード』を召喚だ!」



『鉄の騎士 ギア・フリード』
地 戦士族 レベル4 ATK/1800 DEF/1600
このカードに装備カードが装備された時、その装備カードを破壊する。



「さらにリバースカードを2枚セット、ターン終了だぜ!」

「ククッ、我ノターンカ……」

男は自らの左腕に刺さっているデッキからカードを抜き取った。どうやらカード自体は一般に使われている物と同質のようだ。尤も、あのカードの束もディスク出現と同時に腕の中から現れた物。本当に同じ物かどうかは疑わしい。

「モンスターヲ裏側表示デセット、更ニリバースカードヲ2枚セットシ、ターンヲ終了スル。」

男がディスクにカードを置くと、カードのビジョンが目の前に現れる。普段のデュエルと何ら変わりない光景だった。

「なんだそりゃ?俺のカードを狩ろうとしてる割には随分消極的じゃねーか……そんなんじゃ俺に勝つことなんざできねーぜ!俺のターン、『ゴブリン突撃部隊』を召喚!!」



『ゴブリン突撃部隊』
地 戦士族 レベル4 ATK/2300 DEF/   0
このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になる。次の自分のターン終了時までこのカードは表示形式を変更できない。



「覚悟しな!『ギア・フリード』、セットモンスターを蹴散らせっ!!」

『ギア・フリード』の手刀がセットモンスターに迫り、切り裂かんとする。

「フン……リバースカード発動……『和睦ノ使者』ダ……」



『和睦の使者』
通常罠
このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージを0にする。このターン自分モンスターは戦闘によっては破壊されない。



『ギア・フリード』の刃が、モンスターカードに到達する寸前にピタリと止まってしまった。

「コノカードノ効果ニヨッテ、我ノモンスターハ破壊サレン。ククッ、残念ダッタナァ、地ネズミ……」

「むぅ……ちくしょー…また『和睦の使者』かよ…」

悔しそうに顔をしかめる玲二。

「サラニ……コノ瞬間、表ニナッタモンスターノリバース効果ヲ発動サセテモラウ……『大王目玉』、効果発動……」



『大王目玉(だいおうめだま)』
闇 悪魔族 レベル4 ATK/1200 DEF/1000
リバース:自分のデッキのカードを上から5枚見て、そのカードを好きな順番に入れ替える事ができる。



男の場に伏せられたモンスターカードがリバースする。それは、全身に幾つもの目玉を露出させた、不気味な下級悪魔だった。

「コノカードノ効果ニヨリ、デッキトップノカードヲ操作スル……。」

自らの腕に差し込まれたデッキから5枚のカードを抜き取り、それを吟味すると、男は引いたカードをデッキへと戻していく。

「?……そんな事して、なんになるってんだ……?」

玲二は思わず首を傾げた。
男のとった行動は、デッキトップの操作。確かに次に引くカードを操作できれば少しはデュエルを有利に進められるかも知れないが、それでデュエルに深い影響力が有るとは言い難い。そもそも男が使用したモンスターは、今やほぼ居場所を無くしてしまったと言える、旧式のカード。さらにパラメータも低い、使いづらいモンスターだった。

「(まぁいいか……どっちにしたって俺の有利はかわらねー……『ギア・フリード』も『ゴブリン突撃部隊』もこっちはいるんだ……こんなヤツ、大したことねーぜ…)」

玲二は心の中でニヤリと笑った。モンスターを破壊できなかったとはいえ、こちらのモンスターにはなんの損害もない。しかも、相手のフィールドに残っているのは攻撃力の低い低級モンスターのみ。対して、玲二のフィールドにはパラメータの高い下級戦士が2体もそろっているのだ。

状況は自分の方が有利だ。玲二はそう思っていた。

「クククククッ…………」

「っ……なにがおかしいんだよ……」

突然、男が唸るように笑い出す。

「ソノ顔ヲ見ル限リ、ドウヤラ貴様ハ自分ノ方ガ有利ダト“思イコンデイル”ヨウダナ…我ヲ倒セルト“思イコンデイル”ヨウダナァ?…クククッ…実ニ愚カシイ事ヨ…コレカラ始マル悪夢ニ、貴様ハソノ身ヲ震ワセル事ニナルトイウノニ……!」

「……!?」

玲二の背筋に悪寒が走った。
男は嬉々とした笑い声を漏らしながら、手札のカードを選別する。

「クッ……クククッ……!行クゾ地ネズミ!悪夢ノ始マリダ、恐怖ニオノノクガイイッ!!『大王目玉』ヲ生ケ贄ニ捧ゲ、魔法カード『モンスターゲート』ヲ発動スル!!」



『モンスターゲート』
通常魔法
自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる。通常召喚可能なモンスターが出るまで自分のデッキをめくり、そのモンスターを特殊召喚する。他のめくったカードは全て墓地に送る。



男がディスクにカードを叩きつけた瞬間、魔法陣が上空に現れた。魔法陣は『大王目玉』を飲み込み、青白く輝き出す。

刹那、玲二の額から冷や汗が伝った。男の意図に気がついたのだ。

「(……!!やべぇ……アイツは『大王目玉』でデッキトップを操作していた!つまり、今『モンスターゲート』の効果で特殊召喚されるモンスターは――――!!)」

男がデッキからカードを1枚めくり、見せつけるように玲二に向けた。それは、言うまでもなく“モンスターカード”だった。


残酷なまでに、おぞましく、凶悪な――――。


「出デヨ!怪物門(モンスターゲート)ノ番人ヨ!『モンスターゲート・ギガス』、特殊召喚ッ!」


ビキィッ!!

空中の紋章に、罅が入った。

ステンドグラスのように魔法陣が砕け、その欠片があちこちに散らばる。


ズウウウゥゥン………


何かが、紋章を破って地へと降り立った。

キラキラと輝く、青い光をその身に受けながら。

幻想的で、美しいその光景。

しかしそれとは裏腹に、紋章から現れたソレは醜悪そのものだった。

「な……なんだ…コイツはっ!?」

それは、玲二の数倍もあるであろう、巨人。
所々に自らの骨が露出し、その顔面の皮はボロボロに剥げ、形は醜くひしゃげている。まるで、腐肉を巨大な骨に練り込んで造った人形のような不気味な容貌。それは玲二にとって見た事もない、グロテスクな化け物だった。



『モンスターゲート・ギガス』
闇 悪魔族 レベル9 ATK/3300 DEF/1500
このカードは通常召喚できない。このカードはデッキから特殊召喚する事ができる。このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、もう1度だけ続けて攻撃を行う事ができる。このカードが相手のカードの効果によって破壊される場合、代わりに手札を1枚捨てる事でその破壊を無効にする事ができる。また、手札に存在するこのカードをデッキの一番上に置く事ができる。



「こ…攻撃力……3300だと……!?」

「クククッ……覚悟スルガイイ地ネズミ!!手始メニ『ゴブリン突撃部隊』ヲ粉砕シテクレル!!」

怪物門より出でし巨人が、玲二のモンスターを見下ろし、睨み付ける。血走った理性のない瞳が鈍く光る。
そしてその豪腕を振り上げ、一振り。屈強なゴブリン戦士の集団はいとも容易く弾き飛ばされ、散り散りになった。

「コノ瞬間……貴様ノライフポイントガ1000ポイント減少シタナァ?ソラ……悪夢ガ姿ヲ現スゾ…今、貴様ノ目ノ前ニ…!」

玲二のライフカウンターの数値が変動する。





玲二:4000→3000





ズクッ――――





「ぐっ……!?」

目を見開き、はき出すように声を漏らす。
突然、玲二は崩れるように地面に膝をついた。



「な……んだ……?」



ズクッ…ズクッ…


ズキンッ…ズキンッ、ズキンッ、ズキイィィィィィィィィィイッ!!!



「う……ぐああああっ!!」

苦悶の表情を顔に浮かべ、絶叫。
燃えさかる炎に放り投げられたような痛みが、玲二の身体を駆けめぐった。思わず手札を全て地に落とし、両腕で身体を掻きむしる。



そして、次の瞬間――――

玲二の身体から、小さな光の塊が抜け出した。



「い、いてぇ……!なんだよ、コレ……」

理解不能な今の状況に、玲二は思わず問いかけた。この痛みについても、自分の身体から抜けた光についても。

「ククククッ…痛イカ?痛イダロウ?…当然ダ。何シロコレハ只ノデュエルデハナイノダカラナァ……」

心底玲二の苦痛を喜ぶように、男は不気味に声を上擦らせる。

「貴様モ、デュエリストナラ“闇ノデュエル”ト言ウ物ヲ知ッテイルダロウ?」

男の言葉に、玲二は固まった。
それは、玲二にも聞き覚えのある言葉だった。

「冗談だろ……まさか……コレが“闇のデュエル”だってのかよ……」

玲二の顔から、見る見るうちに血の気が引いていった。

「ソウダ……コレハ“闇ノデュエル”……コノデュエルデ敗レタ者ハ真ノ命ヲ失ウノダ。言ッタダロウ?コノデュエルデ我ニ負ケタ場合、“罰ゲーム”ヲ受ケテモラウトナ。」


“闇のデュエル”


それはデュエリストの命を賭けた、死闘。


勝者は光を得、敗者は闇に墜ちる。
それはそれは単純で残酷なゲームだった。


玲二も知っている。
こういった話題は、麗奈の大好物だから。響と一緒によく聞かされているので、その言葉を聞いただけで自然と思い出せる。玲二自身もこういった話題にはそれなりに興味があったため、彼女の話にはしっかりと耳を傾けていた。そういう話をして生き生きしてる麗奈の顔や、若干ウンザリしている響の雰囲気も脳裏に焼き付いて離れない。

だが、“闇のデュエル”など、所詮“都市伝説”に過ぎないものだ。玲二も、響も、嬉々として話していた麗奈だって、そんなデュエルが現実に行われているなど信じてはいなかった。


――――しかし、このデュエルが“闇のデュエル”であると、玲二は信じるしかなかった。


この痛みは、幻じゃない。

「ココニ漂ウ光ハ貴様ノ内ニ秘メラレタ『デュエリスト・フォース』……減少シタライフポイントノ分ダケ、ソノ者ノ『デュエリスト・フォース』ガ放タレル仕組ミダ。」

「『デュエリスト・フォース』……?」

玲二は漂う光の塊を見上げた。

「コレハ貴様ノ“魂ソノモノ”…味ワッタ事モナイ痛ミガ、貴様ノ身体ヲ蝕ンデイルハズダ。何セ、今ノ攻撃デ貴様ノライフポイントは4分ノ3ニ減ッテシマッタノダカラナ。ツマリ、貴様ハ“命”ノ4分ノ1ヲ失ッテシマッタノダヨ。」

ゆらゆらと辺りを彷徨う、光の欠片。
その美しい煌めきを見ている内に、玲二は悟った。

自分の命が、確実に失われていると言う事。

そして、あの光の欠片が自分の命そのものだと言う事を。

何十キロもある重りを身体に括り付けられたかのような虚脱感。眼球に傷が付けられたと錯覚するほどに霞みゆく視界。そして、いつまでも身体に残る焼けるような激痛。

少なくとも、普通のデュエルではこんなこと起こりえない。

しかし、これが“闇のデュエル”だとするならば―――

あの光が玲二の“命”だとするならば、今置かれている状況を容易に説明する事が出来る。


「シカシ……悪夢ハマダ始マッタバカリダ……『モンスターゲート・ギガス』ノ効果……モンスターヲ戦闘デ破壊シタ時、モウ1度攻撃スル事ガデキル……!!」

「……!!」

「『モンスターゲート・ギガス』!!『ギア・フリード』ヲ粉砕シロ!!」

巨人はもう1度腕を振り上げ、『ギア・フリード』に叩きつける。


ゴシャアッ!!


金属が粉々に砕ける音と共に、鋼鉄の騎士は文字通り“粉砕”された。


「うっ……ぐおおおおおおおっ……!!!」

玲二:3000→1500

ライフの減少とともに、耐え難い激痛が玲二を襲う。再び身体から光が抜け出し、彷徨い始める。

「貴様ノターンダ、地ネズミ……尤モ、既ニ立チ上ガル力スラ無イダロウガナ。」

「う……くっ……そ……ナメんな……!」

落とした手札を全て拾い、おぼつかない足で立ち上がる。そして、震える手を抑えながら、デッキからカードを引き、手札に加えた。

「ホウ……!信ジラレン……足掻クトイウノカ、地ネズミ……マダ悪夢ノ続キガ見タイトイウノダナ?」

「……さっきから…ゴチャゴチャとウザってーんだよっ……!俺の……ターンだっ!黙ってやがれっ!」

激痛に耐えながら、玲二は一喝した。朦朧とする意識を必死に保ち、手札からモンスターを繰り出す。

「手札から……ぐっ……『切り込み隊長』召喚……だ!」



『切り込み隊長』
地 戦士族 レベル3 ATK/1200 DEF/ 400
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手は表側表示で存在する他の戦士族モンスターを攻撃対象に選択する事はできない。このカードが召喚に成功した時、手札からレベル4以下のモンスター1体を特殊召喚する事ができる。



「『切り込み隊長』……効果……発動!手札からもう1体……『切り込み隊長』を特殊召喚する…っ!!」

『切り込み隊長』が2体、玲二のフィールドに並ぶ。これにより、ロックがかかり、玲二の戦士族モンスターに攻撃する事はできなくなった。当然、『切り込み隊長』も戦士族、相手の攻撃を完全に封じる事ができる。俗に言う『隊長ロック』である。

「ククク……最早、我ノシモベヲ前ニシテハ身ヲ守ル事シカ出来マイ。ダガ、ソレモ無駄ナ事。我ハ次ニ引クカードガ何カ、ワカッテイル……貴様ノ命ヲ奪ウカードハ、今、我ノ目ノ前ニアル……!」

その言葉に、玲二は思わず息を詰まらせた。
あの男が『大王目玉』の効果を発動させていた事により、デッキトップのカードは操作されている。
つまり、男にとって優先順位の高いカード―――いわゆる、強力なカードが、デッキトップに置かれている事になる。
男は静かに、デッキからカードを引き抜いた。

「……クッ………クククククッ………手札カラ魔法カードヲ発動!!『滅ビノ運命』!!」



『滅びの運命』
通常魔法
発動後2回目の自分のスタンバイフェイズに、相手フィールド上のモンスター1体を選択して破壊する。



「…ぐ…そのカードは……!」

「ソウダ……2ターン後、貴様ノモンスターハ無条件デ滅ビル!!貴様ト共ニナァ!!」

玲二は歯がみした。『滅びの運命』の効果により、最低でも2ターン後には、『隊長ロック』は崩される。まだ体勢が整ってはいないこの状況を攻められでもしたら、玲二の勢力は一気に瓦解してしまう。

「クククッ……モウイイ、諦メロ、地ネズミヨ。」

男が笑いながら言う。まるで、諭すような口調だった。

「…ん……だと……?」

「己ノ滅ビヲ受ケ入レルノダ……今、我ニ魂ヲ捧ゲレバ、コレ以上ノ悪夢ハ見ナクテモ済ムノダゾ?苦シマズニ死ネルノダ……コレカラ死ニユク貴様ニトッテ、コレ以上ナイ至福ノ選択デハナイカ……ククッ……」

そう言って、また笑った。男は自分の勝ちが確定したかのように、その余裕を見せつける。


最早、玲二の身体に残っている魂は半分以下。何もせずとも時間が経てば玲二の精神力は尽きるだろう。



それは、今まで魂とカードを狩り続けてきた彼にとって解りきった答えだった。

常人の精神力では、これほどのダメージに耐えられるはずもないのだから。




しかし……男の思惑通りに、玲二は動かなかった。





「………ざっっけんじゃねーよっ!!」





玲二の力強い叫びが、辺りに響き渡る。


それは、弱気を掻き消すように。


それは、闘志を呼び起こすように。


その声は空気を震わせ、ほんの一瞬、目の前の男を怯ませた。


「『諦めろ』だぁ!?『滅びを受け入れろ』だぁ!?冗っ談じゃねーぞ!!テメーなんざにんなこと言われて『ハイわかりました』なんてこの俺が言うわけねーだろーがっ!!」


音の波が消え、短い静寂が訪れる。
玲二は何度か咳き込むと、男をキッと睨み付けた。

「こんなとこで……死んでたまるかってんだよ……見てやがれ……このデュエルは俺が勝つ……ビビッて腰抜かしたりすんじゃねーぞ……!」

「……地ネズミ如キガ……我ニ勝ツ気デイルノカ?馬鹿ナ……」

「ハッ、最初に言っただろーがよ……俺は“無敵の男 瑞刃玲二サマ”だってな……!テメーごときに勝つ事なんざワケねーんだぜ……!」

苦しみながらも、玲二のその瞳は死んでいなかった。

戦う意志を秘めた眼差しを男に向け、玲二はしっかりと地を踏みしめる。



『その意気ですぞ、瑞刃殿ォッ!!』



「………!?」

どこからか、大きな声が聞こえた。かなり豪快なオッサン声。
明らかに場違いなソレに、玲二は思わず耳を疑った。
辺りを見回すが、当然、当事者以外の人物などいない。

「チッ…空耳かよ…大声……出し過ぎたかな………」

『違います、玲二殿――今の声は幻聴ではありません――――。』

また、声が聞こえた。今度はさっきとまるで違う、凛ととおる女性の声だった。

「………!」

自分に語りかけてくる空耳なんてあるはずがない。それを悟った玲二は声の出所を探る。

そこで玲二は、声の出所に気がついた。

「まさか……手札から……?」

自分の手元に視線を落とす玲二。そこにあるのは2枚の下級戦士族モンスター。
1枚は『盲信するゴブリン』、そしてもう1枚は『コマンド・ナイト』だ。



『ようやく……よーーーーやくッ!!我らの声に気づいていただけたようですな!某(それがし)の声が届くこの日を…某はどんなに心待ちにした事か……ッ!!』



そう“言っている”のは『盲信するゴブリン』。
玲二は深く息をのんだ。目の前のカードが、ぶっとんだテンションで玲二に語りかけている。本当に幻聴ではない。ハッキリと聞こえるのだ。

「オマエらは……いったい……」

やはり聞かずにはいられない。喋るカードとの遭遇など、玲二にとって初めての事だ。いや、恐らく殆どの人はそんな経験ないだろう。
玲二の問いに『コマンド・ナイト』が返答する。


『私どもは……カードに宿る精霊です。』

「か…カードにやどる……精霊だって……?」

『コマンド・ナイト』の言葉に、再び面食らう玲二。思わず聞き返す。

『はい。私どもは、ここで玲二殿に仕えてきました。貴方の従者として、ずっと。』

軽い目眩がした。

なんていっても、今まで1枚の紙切れに過ぎなかったカードが突然喋り始め、自分のことを精霊だと言い始めたのだ。挙げ句の果てには自分に仕える従者であると宣うのだからたまらない。

戸惑うな、と言うのは少し無理な注文である。状況が状況だが、それとこれとは別問題だ。

それに気がついたのか、『盲信するゴブリン』が彼女の言葉を継いだ。


『おーっとぉッ!難しい事を考える必要はまーったくありませぬぞ!我らがなんであれ、瑞刃殿の従者であることに変わりはないのですからなッ!』


それは端的で、随分と的を射た答えだった。その言葉に、思わずハッとする玲二。


『その通りです……主の命に従い、主の敵を排除し、主の御身を守り抜く…貴方の従者である限りその使命に変わりはありません……!ですから、今まで通り、どうか勝利を手にする事だけに力を尽くしてください!その為ならば、私どもはなんだっていたします……!』

「オマエら……」

玲二は気がついた。
彼らの存在についてどうこう考えるなんて馬鹿らしい事なのだ、と。
少なくとも、彼らは味方に違いないのだから。

「そうだ……考えてる場合じゃねーよな……俺に…力を貸してくれるか?」

それ以前に、満身創痍の玲二に考える余裕など存在しない。彼らと力を合わせ、この場を切り抜けるのみだ。

『!……はい!もちろんです、玲二殿!』

『我らの力、奴めに知らしめてやりましょうぞッ!!』

玲二の問いに、力強く呼応する2人。

………不思議だった。2人の声を聞いている内に、自然と力が湧いてくる。

考え方を変えたせいだろうか。
途端にこの2枚のカードが、玲二にとって何よりも心強い守り手に思えてきた。

「行くぜ……俺のターン……ドロー!!」

デッキからカードを力強く引き抜く。そして――――

「手札から…モンスター召喚!『盲信するゴブリン』…攻撃表示だっ…!!」



『盲信するゴブリン』
地 戦士族 レベル4 ATK/1800 DEF/1500
このカードは表側表示でフィールド上に存在する限り、コントロールを変更する事はできない。



「さら…に…っ『切り込み隊長』を守備表示に変更…!リバースカードを…1枚セットしてターン終了だぜ…!」

「愚カナ……マダ我ニ刃向カウトイウノカ、地ネズミ……」

忌々しげに玲二にむかい、男は吐き捨てる。

「イイダロウ……望ミ通リ悪夢ノ続キヲ見セテヤル……永遠ニ抜ケ出セヌ悪夢ノ深淵ヲナァ!!我ノターン、装備魔法『サクリファイス・ソード』発動!コノカードヲ『モンスターゲート・ギガス』ニ装備スル!!」



『サクリファイス・ソード』
装備魔法
闇属性モンスターのみ装備可能。装備モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。
装備モンスターが生け贄に捧げられる事によってこのカードが墓地に送られた場合、このカードを手札に戻す。



禍々しき邪剣が出現し、巨人はそれをナイフでも扱うかのように握る。邪剣の闇の力が、巨人の高い能力をさらに増幅させる。


『モンスターゲート・ギガス』ATK/3300→ATK/3700


「…攻撃力をさらに上げやがったか……!」

「クククッ……次ノターンニハ『滅ビノ運命』ノ効果ニヨリ、ロックハ崩レ去ル!貴様ノ命運モソコマデダァ!!ククククッ………クククククククッ!!」

男の、冷静だった語調が次第に崩れていく。まるで、獲物を目前にした獣(けだもの)のように上気し、もはや正気すら感じさせなかった。

「ちっ……キモいヤローだぜ、チクショー…俺のターンだ…カードを…ドローするぜ…!」

カードを引き抜き、玲二はそれを確認する。

「……よし!……手札から魔法カード…『アームズ・ホール』発動…!」



『アームズ・ホール』
通常魔法
自分のデッキの一番上のカード1枚を墓地へ送り発動する。自分のデッキまたは墓地から装備魔法カード1枚を手札に加える。このカードを発動する場合、このターン自分はモンスターを通常召喚する事はできない。



「このカードにより…俺はデッキから装備カードを手札に加える事が出来る…!デッキトップのカードを…墓地に送り……『焚光魂 デア・デウル』を手札に加えるぜ…!」



『焚光魂(イグニス・ソウル) デア・デウル』
装備魔法
装備モンスターの攻撃力は1000ポイントアップする。また、このカードの装備モンスターが闇属性以外の戦士族の場合、攻撃力はさらに1000ポイントアップする。次の自分のターンのスタンバイフェイズにこのカードを破壊する。このカードが破壊された時、装備モンスターをゲームから除外する。



「そして……手札に加えたこのカードを…発動する…!!装備対象は……『盲信するゴブリン』だっ…!!」

発動されたカードのビジョンから、熱く燃えさかる光の塊が生み出される。それは、ゆっくりとゴブリン戦士に向かい、重なり合う。



コオォォォォォォォッ!!



「ナ……何ダ!?コレハ……!」

眩い光に包まれるゴブリン戦士。その光が暗闇を貫き、辺り一面を染め上げる。

「このカードは……モンスターの攻撃力を1ターンだけアップさせる、パラメータ上昇の装備魔法だ…普通なら上昇値は1000ってところだが――――」

ゴブリン戦士にまとわりついていた光がその肉体に吸い込まれていく。そして、完全にその身体と一体化した。

「正義の心を持つ戦士の力は魂と共鳴してさらに上昇するぜ……その上昇値はプラス1000…よって、合計2000ポイントの攻撃力アップだ…!!」



『盲信するゴブリン』ATK/1800→ATK/2800→ATK/3800



「バ……馬鹿ナ!?攻撃力3800ダト!?ソンナ雑魚モンスターガ……我ノシモベヲ倒スナド――――!!」

『こ、これは……力が……みなぎるッ!!がははははッ!!この力ならばあのデカブツとて一溜まりもないですぞッ!!』

その身に闘志のオーラを纏い、ゴブリン戦士は豪快に笑う。
それを聞いた玲二は、男に向けてニヤリと笑って見せた。

「いくぜ……!2体の『切り込み隊長』を攻撃表示に変更……『盲信するゴブリン』、『モンスターゲート・ギガス』に…攻撃だっ!!」

玲二の指示に従い、気合いと共に勢いよく地を蹴り、ゴブリン戦士は天高く跳躍する。自身の数倍はあるであろう巨人をゆうに飛び越し、手にした剣を思いっきり振りかぶる。


『今の某はもはや誰にも止められぬッ!!刃向かう者全て賽の目切りにしてくれるわぁッ!!燃えよッ、某の身体よッ!!魂よッ!!フウゥゥゥゥゥーーーーーーーーハアァァァァァーーーーーーーーーーーッ!!!』


瞳がギラリと光り、手にした刃が白熱する。重い重い一撃をその剣に乗せ、巨人の頭上めがけて振り下ろす。
それを迎撃すべく、巨人は手にした邪剣をゴブリン戦士めがけて突き立てた。

剣と剣がぶつかり合う――――

その瞬間。


ジュバアッ!


巨人の手にした邪剣は、剣先から真っ二つに裂け、刃の熱で蒸発した。そのまま掲げられた巨人の腕を裂き、その身体に刃を走らせる。

『がーっはっはっはぁッ!!不埒者よ、その身に刻むがいいッ!!我が護武臨(ごぶりん)流秘伝の奥義をッ!!くぅらえぇぇぇぇぇぇぇぇええいッ!!』








『迅(じん)ッ!』

スバァッ!!

『忠(ちゅう)ッ!!』

ズッ、ブッジャアアアッ!!

『崩(ほう)ッ!!!』

ザッシュゥゥゥゥッ!!

『刻(こく)ぅぅぅぅぅぅぅッ!!!!』

ゾッ、ドッ、ドッ、ドスゥ!!








豪快かつ流麗な乱舞を巨人の身体にたたき込む。あまりにも強烈な斬撃。巨人はなすすべなく、それを全て身に受けるしかなかった。


しなやかに、したたかに、ゴブリン戦士は地へと足をおろす。

巨人は棒立ちになったまま動かない――いや、動けない。





『これぞ忠義の剣なり……忠義の前に、もはや敵なしッ!!成敗ッ!!』





――護武臨流秘奥義………迅忠崩刻(じんちゅうほうこく)!!!





カアァァッ!

次の瞬間、巨人の身体に“忠”の血の刻印が浮かび上がる。

ズルッ……ズウゥゥゥゥン……

巨人の腕が地へと墜ちた。
それに続き、次々と巨人が解体されていく。

足、胴、頭――――。

それぞれが切り離され、地響きを起こしながら地へと沈む。
やがて、完全に肉片と化した巨人は、沈黙し、フィールドから消えていった。


「へっ……へへっ…やったぜ…!」

「クッ……オノレ――――グウッ!?」


???:4000→3900


男の身体から光の欠片……曰く、『デュエリスト・フォース』が抜け出す。同時に苦しそうに胸元を押さえる。

「へっ……ザマねーな…そういうのを“ジゴウジトク”って言うんだぜ…!まだ……終わっちゃいねー…『切り込み隊長』2体でダイレクトアタック――――」

「……ソウハイクカァッ!!リバースカードオープンッ、『命ノ綱』発動ォッ!!」



『命の綱』
通常罠
自分のモンスターが戦闘によって墓地に送られた時に、手札を全て捨てて発動。そのモンスターの攻撃力を800ポイントアップさせて、フィールド上に特殊召喚する。



「コノカードニヨリ『モンスターゲート・ギガス』ガ我ノフィールドニ蘇ル!!ソノ力ヲ増幅サセテナァ!!」


『モンスターゲート・ギガス』ATK/3300→ATK/4100


倒したはずの巨人が、再び玲二達の前にその姿を現す。
その身体は赤黒く変色し、より凶悪なものへと変貌していた。

「な……パワーアップして……蘇りやがった……!?」

攻撃力4100。攻撃力3800の『盲信するゴブリン』ですら、その数値には届かない。

「我ノターンダ!!コノ瞬間『滅ビノ運命』ノ効果ガ発動スル!!死ヌガイイ『切リ込ミ隊長』!」

『切り込み隊長』が1体、力無く崩れ落ちる。力を完全に失い、そして消滅する。

「ぐ……『隊長ロック』が崩されちまった……!」

「ククク……終ワリダナァ、地ネズミィ!貴様ノ『切リ込ミ隊長』ハ攻撃表示!コノ一撃デ貴様ノ命(ライフ)ハ消滅スル!行ケェ『モンスターゲート・ギガス』!!奴ノ命ヲ奪イ取レェッ!!」

男は3枚のリバースカードに何の躊躇もせず、巨人に攻撃命令を下す。『モンスターゲート・ギガス』には手札を代償にすることで自らの破壊を無効化する能力を持っている。リバースカードなど、もはや眼中にないのだろう。地獄より蘇った巨人は、恐ろしいまでに肥大化したその腕を攻撃態勢の剣士に振り下ろす。



「まだだ……俺は……負けねぇ…リバースカードオープン…罠カード『迎撃準備』発動……!!」



『迎撃準備』
通常罠
フィールド上に表側表示で存在する戦士族か魔法使い族モンスター1体を裏側守備表示にする。



『切り込み隊長』の姿が消え、セットカードに変貌した。巨人の腕は容赦なくそれを粉々に打ち砕く。しかし、玲二のライフポイントは変動しない。

「オ、オノレ……『切リ込ミ隊長』ヲ守備表示ニ変更シ、ライフ減少ヲ防イダダト……!?ダガ、ロックガ消エタ事ニハ変ワリナイ!2度目ノ攻撃、『盲信スルゴブリン』ヲ葬ッテクレル!!」

化け物は目標を変え、その巨大な体躯からゴブリン戦士を見下ろす。自らを地の底にたたき落とした彼に、深い憎悪の念を込めた視線を送る。



『玲二殿っ!』



手札から力強い声に、玲二は目を見張る。それは『コマンド・ナイト』のものだった。

『私が彼を支援します!命令を!』

「!!……あ、ああ、頼んだぜ……!リバース罠……『ヒーロー見参』を発動……!」



『ヒーロー見参』
通常罠
相手の攻撃宣言時、自分の手札から相手プレイヤーはカード1枚をランダムに選択する。それがモンスターカードだった場合は自分フィールド上に特殊召喚する。違った場合は墓地に送る。



「俺の手札は1枚……よってこの手札が直接俺のフィールド上に召喚されるぜ……!よって俺の手札のモンスター……『コマンド・ナイト』を特殊召喚だ……!」



『コマンド・ナイト』
炎 戦士族 レベル4 ATK/1200 DEF/1900
自分フィールド上に他のモンスターが存在する限り、相手はこのカードを攻撃対象に選択できない。また、このカードがフィールド上に存在する限り、自分の戦士族モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。



「そして…『コマンド・ナイト』の特殊能力……フィールド上の戦士族モンスターの攻撃力を……400ポイントアップさせる……っ!」


『盲信するゴブリン』ATK/3800→ATK/4200

『コマンド・ナイト』ATK/1200→ATK/1600


「グ……コノ雑魚ドモメガァァ……!マタシテモ『モンスターゲート・ギガス』ノ攻撃力ヲ上回ッタダトォォ……!!」

男は玲二のしもべに対する憎悪と悪意を顕わにする。しかし、少しすると冷静さを取り戻したかのようにこういった。

「シカシ……貴様ノ発動シタ『焚光魂 デア・デウル』ニハ自壊デメリットガ備ワッテイル……次ノ貴様ノスタンバイフェイズニハ『盲信スルゴブリン』ハゲームカラ除外サレルゾ!我ノ有利ニハ変ワリアルマイ!!」

男の言うとおりだった。
ゴブリン戦士の身体からは、明け色の光が漏れ始めている。明らかにその表情は苦しそうだ。

過ぎたる力は身を滅ぼす。

あまりにも強大なその力は、宿主の身体すらも滅ぼさんとしているのだ。

しかし、玲二は決して態度を変えない。
むしろ、上がった息を整えながら、玲二はその顔に不敵な笑みを浮かべていた。

「へっ……そいつはどーかな……?」

玲二はデッキからカードを引き抜く。そして、引いたカードを確認することなく、セットしていたカードへと手を伸ばした。

「こんなにがんばってくれたんだ……そう簡単に死なせてたまるかよ……スタンバイフェイズに入る前にリバースカードを発動させるぜ………」

「ナニッ!?リバースカードダト――――」

「そうさ……罠カード、『力の集約』発動だっ……!!」



『力の集約』
通常罠
フィールド上の表側表示モンスター1体を選択する。フィールド上に存在する全ての装備カードを選択したモンスターに装備させる。対象が正しくない場合は、その装備カードを破壊する。



「このカードの効果で……『焚光魂 デア・デウル』をテメーの『モンスターゲート・ギガス』にくれてやるぜ……!」

「ナ……馬鹿ナッ!?」

ゴブリン戦士から燃えさかる光の欠片が抜け出した。それは、彼を焼き尽くさんとしていた力の塊。真っ直ぐに巨人の元へと向かい、その身に潜り込む。


『盲信するゴブリン』ATK/4200→ATK/2200

『モンスターゲート・ギガス』ATK/4100→ATK/5100


「喜べよ……テメーのモンスターにパワーアップアイテムをくれてやったんだ……ついでだから自壊デメリットもいっしょにプレゼントだ……。」

次の瞬間、巨人が跪き、苦しみ始めた。その身体から光が溢れ出し、巨人の身体を灼き始める。

「さて……スタンバイフェイズだぜ……消えやがれっ、デカブツ…っ!!」

『グオオオオオオッ!!ギッ、ギイイヤアアアアアアアアアアアアッ!!!』

光が巨人を包み込む。
雄叫びを上げながら己の身を灼かんとする光を、巨人は振り払おうと必死にもがく。が、はりついた光は決して離れない。光は宿主の全てを内から焼き尽くし、灰燼(かいじん)すら残さず消滅させた。

「『モンスターゲート・ギガス』ガ……消エタ…ダト……コ、コンナハズハ……マサカコノ男ハ……タダノ人間デハナイト言ウノカ……」

譫言(うわごと)のように男は呟いた。まだ、自分の置かれている状況が理解できていない。そんな感じだった。

男の場には、何もない。身を守ってくれるモンスターも、リバースカードも。

これは紛れもない勝機だ。あとは、一気に押し切るだけの力が有れば―――

そう思った、その時だ。

『フン……こんなにボロボロにやられやがって……もっとスマートな勝ち方が出来ないのか、お前は?』

またしても新しい声。今度はどこか幼さを感じさせる、少年の声だった。
今更べつに驚きはしない。冷静にドローしたカードに目をやる。


それは、不思議なデザインの衣服を身に纏った少年剣士のイラスト―――『ミスティック・ソードマン LV2』だ。


『お前の戦いは見ていて毎度ヒヤヒヤさせられる……感謝するんだな、ラストドローでボクを引いた事に。』

「オマエも……精霊なワケ……?」

解りきっているが、とりあえず聞いておく。
すると、カードから呆れたような溜息が返ってきた。

『精霊じゃないカードが喋ると思うのか?そんな事はどうでもいいからとっととボクを召喚しろよ。相変わらず鈍くさいヤツだな。』

「ず、ずいぶんナマイキなヤツだなコイツ……っと……!」

足がもつれ、よろめく玲二。再び、視界が霞み始めた。

「(や、ヤベぇ……気がゆるんだら急に頭がグラグラしてきやがった…)」

『なにやってるんだ、お前は。せっかくボクが力を貸してやるんだ。こんなところで倒れるなよ。』

「う……わかってらぁ…行くぜ…っ!」

地面に倒れてしまわぬよう、しっかりと意識を保ちながら小生意気なソレをディスクへと運ぶ。

「……手札から『ミスティック・ソードマン LV2』を召喚だ……!!」



『ミスティック・ソードマン LV2』
地 戦士族 レベル2 ATK/ 900 DEF/   0
裏側守備表示のモンスターを攻撃した場合、ダメージ計算を行わず裏側守備表示のままそのモンスターを破壊する。このカードがモンスターを戦闘によって破壊したターンのエンドフェイズ時、このカードを墓地に送ることで『ミスティック・ソードマン LV4』1体を手札またはデッキから特殊召喚する。



『ミスティック・ソードマン LV2』ATK/ 900→ATK/1300


「俺の勝ちだぜ、カードハンター…全軍……突撃だっ…!!」


疾走する3人の戦士達。

それぞれが果敢に剣を振るい、無防備となった男の身体を斬りつける。



『疾っ!!』

――神秘の剣 LV2!


『はあっ!!』

――ヒート・セイバー!


『ちぇいやああああッ!!』

――信・忠・殺!!



ズビッ、ジュバァッ、ザシュウッ!



「グウッ……オッ……オオオオオオアアアアアアアアアアッ!!」



???:3900→2600→1000→0


第十六章 complete






「キ……消エル……ワ……我ノ……我…ノ…身体ガ……消エ…………我……ノ……カラ……消…………エ………カ――――」

指先から腕へ、そして腕から身体へ。男の四肢が次々と淡い光に分解されていく。

男の仮面が割れ、その身体は地面へと倒れ込んだ。

うめき声は次第に弱くなり、足が光に分解する頃にはついに聞こえなくなった。


「はあっ……はあっ……」


肩で呼吸をしながら、玲二は息を整えた。汗をぬぐい、胸に手を当てる。

次の瞬間、玲二の身体から抜け出した光の塊が、元の主を求めるように身体へと戻ってきた。
それは闇のデュエルの勝者となったことの証明だった。

「は……はは……やった……勝ったぜ……。」

弱く笑いながら、玲二は左腕を掲げる。自分の勝利を誇るように。



そして――――



ドサッ。



刹那、衝撃と共に玲二の視界から地面が消えた。何が起こったのか一瞬わからなかったが、自分がその場に倒れてしまったことが、その後すぐに理解できた。

「ありゃ……ダメだぁ……もうカラダがうごかねーよ……」

立ち上がろうと身体に力を入れても、筋肉が動こうとしない。瞼も随分と重かった。

『れ、玲二殿っ!?大変だわ!』

『おおーーーーーッ!?な、なんという事だッ!!しっかりして下され瑞刃殿ぉッ!!』

ひどく狭まった玲二の視界に、彼の従者の姿が飛び込んできた。その声が、その顔が、玲二を心の底から安心させた。

「はは……みんな……疲れたろう?俺も疲れたんだ……なんだかとても眠いんだ………」

そう言うと、玲二はゆっくりと目を閉じた。穏やかな安堵の表情を、その顔に浮かべながら。

『そんなっ……いやです玲二殿!目を開けて下さい!死なないで!』

『逝ってはなりませぬ瑞刃殿ーーッ!!某を置いていかないで下されーーーッ!!うおぉーーーいおいおいおいおーーーいッ!!』

地に倒れ、動かない玲二にすがる精霊たち。そこから数歩引いたところで、『ミスティック・ソードマン』がさも呆れたかのように呟いた。


『……こいつら、バカなのか?ただ気絶しているだけじゃないか……』


深々と溜息をつき、少年剣士は彼らに背を向ける。
もはや関わりたくない、とでも言いたげに。

『相も変わらず締まらないヤツ…なんでこんな男がボクのマスターなんだ…。』




――――――。

―――――――――。

――――――――――――。




同時刻。




「な、なに…!?檻が――――!」

響と麗奈の目の前にある檻が、音を立てながらひび割れる。

メリメリ――

バキッ――

悲鳴のような音が、暗闇に木霊する。まるで、時を経て風化していくように、鉄檻は脆く、壊れていく。

「……麗奈……下がってろ……鉄檻が消える……」

響に促され、麗奈はそのまま数歩後ずさりをした。響はその場から退かず、檻の様子をただただ見つめている。


そして――――


ズゴオッ!!


「っわ……!!」

轟音を立て、檻が粉々に崩壊し、飛散。きれいさっぱりこの場から消え失せた。
その中から幾つもの光の粒が撒き散らされる。それは、しばらく中を漂い、その後どこへともなく飛んでいった。

「…な…なに、今の…?ヘンな光が……」

「……デュエリスト・フォース…?」

「えっ……?」

耳慣れない単語を呟く響。麗奈は思わず聞き返そうとした。
が、それを聞く直前に、麗奈の目は大きく見開かれる。玲二が、大の字になって地面に倒れているのだ。

「あっ……玲二っ!!」

声を上げて玲二の元へ駆け寄ろうとする麗奈を制し、響は自ら先に玲二の元へと歩み寄った。

「……ミショナリーが……いない……そうか………」

倒れている玲二のそばにしゃがみ込む響。
そして、ディスクが取り付けられている玲二の左腕を自分の目の前に持ってきた。


玲二 :4000


4000を指している玲二のライフカウンター。それを見た響は小さく溜息をこぼした。安堵の溜息だ。

「……勝ったんだな、玲二……大した奴だよ、お前は……」

玲二の額に触れ、そう呟く。その声はいつもと違い、どこか暖かみを感じさせた。

「きょ、響くん……玲二は…」

心配そうに、麗奈が響の側へ歩み寄ってくる。倒れている玲二に目配せをしながら、心底不安そうな顔をしていた。

「心配ない……気絶してるだけだ…」

そう言うと、麗奈は深く息を吐き、玲二の隣にしゃがみ込んだ。

安心したのだろう。また少し、泣きそうな顔になっていた。

「…泣いてもいいぞ?」

「なっ…なにいってんのよぅ…なんで…わたしが泣かなきゃなんないワケ…?」

「我慢してると思ってな……それに、さっきさんざん泣いてたじゃないか…。」

「あ、あれは…いきなりヘンな仮面のつけたコワイヤツがでてきたからだし……別に玲二を心配してとか…そんなんじゃないし…」

「……………」

「な、なによぉ…言いたいことがあるんだったらハッキリ言えばいいじゃん……」

「……別に……」

むくれる麗奈をよそに、響はインカムのボタンに手をかけた。民間人…玲二が無事だったことを、雇い主に伝えなくてはならない。

「ところでさ…さっきから思ってたんだけど……なに、ソレ?」

ボタンを押そうとする響の手が止まった。
見ると、麗奈が響の腕の機械をまじまじと見つめている。訝しげな表情をしているその顔を、機械が放つ青い光が照らしていた。

「新型のディスク…?てか、響くんこそこんなとこで何やってるワケ?ヘッドセットなんかつけちゃってさ…アイツのこと、なんかよく知ってるみたいだし…。」

麗奈はだいぶ冷静さを取り戻したのか、ありったけの疑問を響にぶつけてきた。

しかし、麗奈の質問に、響は口を開こうとしなかった。

「………!」

突然、響の腕の機械が反応する。さっきまで青い光を放っていた発光部が、赤い点滅に変わったのだ。

「くそ…近いな……。」

呟くようにそう言うと、響は麗奈の方に向き直った。

「……麗奈、今すぐ童実野公園に行け…あっちのほうは安全だ…そこを通って家に帰れ…。」

「な、なにいってんの?意味不明だってば……ていうか、響くんはどうするワケ?」

「俺にはまだやることがあるからな…。」

「だ、だから!やることってなによ!?さっきから響くんなに言って――――」

「いいから行け…ここは今そんなに安全じゃないんだ…事情はあとで話してやる…」

いつもよりもずっと強い語調だった。いつにない威圧的な雰囲気が漂い、麗奈は思わず怯む。

「うぅ〜…わかった、わかったわよ、もぉ…あとでちゃんと詳しい事情話してよね…」


若干口惜しそうにしながら、響に言われるまま、麗奈は童実野公園に向かう道を駆けだした。
響の視界から、麗奈は数秒足らずで闇へと消えていく。軽快に駆ける足音だけが、辺りに木霊する。



タッタッタッ――――



ドゴンッ!!



「あう゛っ!?」



タッタッタッ――――



ズゴンッ!!



「い゛だっ!!」



………



暗闇の向こうで、アスファルトを叩く音と交互に、麗奈の悲鳴と痛々しい音が響く。それは、暗闇の奥で6回ほどループした。


「……思ってたより元気だな、あいつ……」


響は思わず呟く。麗奈の様子に感心しながら、響は腕の機械に触れた。



「残り3……か…。さて、奴らには玲二を襲った落とし前を付けてもらわないとな…」



第十七章 【蒼穹の覇者(スカイルーラー) 前編】



翌日


PM0:25
童実野高校 昼休み



この日、麗奈はいつも通りに学校へ通っていた。

机に頬杖をつき、なにも書かれていない黒板をぼんやりと眺めている。

1時限目から、麗奈はずっとこんな調子だった。消し残しのチョークの白い点を見つけては小さな溜息をつく。それの繰り返し。いつものハツラツとした様子は麗奈から感じられなかった。

今の麗奈の頭には、昨日の夜のことでいっぱいだったのだ。


人知を超えた、不気味なカードハンター……『エヴァンジェリスト』。


デュエリスト人口が日本の人口の80%を占めているこの時代だ。カードハンターの話だったらいくらでも耳にする機会がある。エヴァンジェリストだって噂で名前を聞いたことぐらいはあった。しかし、鉄檻を召喚して決闘者を閉じこめる手口など聞いたこがない。


奴らは一体何者なのか。そもそも人なのか。


事情を知ろうにも、この日、響も玲二も学校に来ていなかった。


麗奈の溜息は、いっそう深くなる。


「…麗奈ちゃん?」

不意に、後ろから名前を呼ばれ振り向く。そこで、有紗が麗奈を見つめていた。

「え?あ、ああ、有紗か。どしたの?」

「その…お昼、いっしょにたべようと思ってたんだけど…だいじょうぶ?なんだかすごくつかれてるみたい……。」

心配そうな声だった。どうやら、午前中ずっと様子のおかしい麗奈を気遣っているようだ。

「あ〜、たしかにちょっちつかれてるかも。昨日やっかいごとがあってさ…てか、もう4時間目終わってたんだ…なーんか授業とか全然身にはいんなかったな…。」

「そ、そうなんだ…もしかして、いま1人でいたい気分だったりするの?」

「え?……まっさか〜。アンタなら大歓迎よ。他のヤツならお断りだけどね。」

麗奈はそう言ってニッと笑ってみせた。



――――――。

―――――――――。

――――――――――――。



机を対面させ、麗奈と有紗は向かい合って昼食を広げた。
麗奈はコンビニで買った野菜サラダ、有紗はコンビニおむすびだった。

「アンタいっつもコンビニおむすびだよね〜。そんなにたべて飽きない?」

「うん。具はいっつも違うのを選んでるし。毎日ちがう具だったらけっこう新鮮だよ?」

「へぇ、そんなもんなの?てか、ご飯に飽きると思うんだけど…」

「あ、おむすびが好きって言うよりは、お米が好きなのかな。あっちじゃあんまりお米食べる機会ってなかったから、よけい、ね。麗奈ちゃんは野菜サラダ?」

「あ〜、まーね…」

「めずらしいね。麗奈ちゃんがお昼にサラダなんて初めて見たよ?」

「ん〜……実はさ……最近ちょっと…増えちゃってね……」

「え?増えたって……脂肪?」

「ぶふっ!!」

麗奈は開けようとしていたドレッシングのパックを思いっきり暴発させそうになった。

「し、脂肪てアンタ……もーちょい別の言い方があるでしょーが…」

「ご、ごめん…」

「あはは、まぁ間違っちゃいないんだけどね……あぁあ〜、油断するとすぐ増えるんだもんなぁ〜…いくら食べても太んないアンタがうらやましいわー…」

そう言って、麗奈はおむすびをかじる有紗の身体に目をやった。
有紗は小柄な割にけっこう食べる。
今、有紗の机の上にある4つのおむすび。さらに、有紗が今口に運んでいる梅干しおむすび。計5個のおむすびが今日の有紗の昼食である。
炭水化物の過剰摂取なのは明らかだが、そんな有紗の身体は随分と華奢だ。何か運動してるようにも見えないため、おそらくそういう体質なのだろう。麗奈にとってはうらやましい限りだった。

「(きっと摂取した栄養は優先的にオッパイに送られてるんだろーなぁ……さすがは大容量エネルギータンク、規格外の性能だわ……)」

有紗は小柄な割にけっこう“でかい”。
窮屈な制服の上からも、その大きさと形はハッキリと見て取れる。道行くエロじーさんが有紗を見ようものなら『80の大台ってとこかのー!』と一言声を上げることだろう。

「今でさえ体型維持キビシいってのに…わたしオバンになったらどーなっちゃうんだろ…姉さんたちは『アンタくらいの頃は体型維持も楽だった〜』って口癖みたいに言うしさ…はぁ、わたし、いっそのことオトコに生まれたかったな〜…そうすりゃゴツくなったって誰も文句いわないっしょ?」

「麗奈ちゃん、そんな……でも、麗奈ちゃん全然太ってないと思うよ?むしろ線が細くて背が高くて、モデルさんみたい。あたし、麗奈ちゃんの体型、すごくうらやましい…。」

「う、うらやましい?」

冗談でしょ、と、麗奈はさらに付け足した。学園のアイドルにビジュアル面で羨ましがられるとは麗奈にとって予想外だったからだ。
しかし、有紗はその言葉に首を横に振る。

「ううん。だってあたし、いくらたくさん食べても麗奈ちゃんみたいに背が高くならないし、周りの人からはしょっちゅう『童顔だ』って言われるの…もうすぐ17なのに、なかなか年相応に見てもらえなくって…」

へぇ、と、麗奈は思わず声を漏らした。
意外だった。学園アイドルと言われている有紗にも、身体的なコンプレックスあったとは思っても見なかった。

「(ま、わたしに対するフォローでもあるんだろーけどね…有紗はやさしいわー…。)」

苦笑しながら、麗奈は付属されていたプラスチックフォークでサラダを突っつく。シャリシャリと淡泊な音をたてて、ゴマドレッシングの味が口の中に広がった。水っぽい不毛な野菜の味は…正直、あまり美味しくない。

「(にしても…ホント、幸せそうに食べるなぁ…あんなにほっぺた膨らませちゃって…)」

目の前の有紗は、2個目のおむすびに入ったところだった。あれは“ナス天醤油”、なかなか渋いチョイスのそれを有紗はすごく幸せそうに頬張っている。リスが頬袋に木の実を溜めている様子にそっくりだ。
その様子は、女である麗奈の目から見ても可愛かった。思わずなごむ。

「(う〜む、アレは甘いモン食べてる響くんに通ずるものがあるわね……って、あ…)」

そこでふと、麗奈は響の事を思い出した。



昨日、彼は一体何をしていたのだろうか。
エヴァンジェリストもそうだが、言ってしまえば昨日の響はそれに匹敵するくらい胡散臭かった。



腕に取り付けた妙な機械。

どこぞと交信するためであろうインカム。

エヴァンジェリストの事を詳しく知っているような口振り。



少なくとも、エヴァンジェリストと何らかの関係があることは間違いない。だが、その内容を想像のみで把握するのには無理があった。



そういえば、と、麗奈は有紗に向き直る。
有紗も昨日、響と一緒に行動していたことを思い出したのだ。
麗奈は思い立ったまま、有紗に事情を訊いてみることにした。

「そういやさぁ…アンタ、昨日の放課後なにしてた?」

「っんむぅっ!?」

おむすびを詰まらせ、盛大にむせる有紗。慌てて喉に引っかかったご飯をお茶で流し込む。

「えふっ!えふっ、えふっ…ど、どうしたの?急にそんな……」

「いやね、ただなんとなく気になったから。だってさ、友人の日常とか、気になるじゃない?この機会に知っておきたいと思ってね。」

適当な理由を付けて、カマをかける麗奈。有紗の目はさっきからいろんな所を泳いでいる。麗奈にとって、あまりに予想通りのリアクションだった。

「え、え〜っと……昨日は……その…すぐうちに帰ったよ?うん、見たいテレビもあったし……」

見え透いたウソで麗奈を誤魔化そうとする有紗。
しかし、それは無駄なことだ。あのカードショップに入る道程までは、麗奈も彼女と共にいたのだから。
麗奈は意地の悪そうな笑みを浮かべて見せた。

「ふぅ〜ん……そーかそーか。有紗、麗奈サンが何も知らんと思ったら大間違いだぜ?」

「えっ?ええっ?」

「昨日はいいカンジだったじゃない?響くんとさ〜。」

「なっ!どど、どうしてそれを……!?」

瞬間湯沸かし器の如く、顔を赤らめ慌てふためく有紗。
そんな様子に、麗奈は少しだけ呆れてしまった。あれだけ堂々と学校の玄関前で待ち合わせしといて、「どうしてそれを」も無いと思うが。自分がどれだけ目立つ存在なのか、有紗は未だに理解できていないようだ。

「フフン…たまたま偶然街でキミたちを見かけたものでねェ。まことに申し訳ないが、尾行させていただきました。学園のアイドルが男と2人で街を歩くとなればそりゃあ気になるでしょーよ。で?どーだったのよ、首尾のほうは?」

「ち、ちがうよ!あれはデートとかそんなんじゃなくて――――」

有紗の口から発せられた『デート』と言う単語に、教室内の男子が一斉に反応する。

「デートじゃない…か。それじゃーキミたちは2人で何をしていたのかな?」

「う…そ、それは……」

言葉を詰まらせる有紗。正直、意地悪が過ぎたな、と麗奈は反省する。
もう大体目星はついてきた。これ以上有紗を困らせる必要もない。
単刀直入に訊くことにした。

「もしかしてさ…『エヴァンジェリスト』と関係あったりするワケ?」

「!!」

ビクリと身体を震わせ、固まる有紗。本当に正直な子だと思った。
もう有紗が何も言わなくとも、麗奈は確信できてしまった。

「あのさ…ムリに言う必要はないけど、事情を教えてくれない?わたし、昨日の夜、会ったのよ……アイツらに。響くんにも会ったしさ…でもアイツ、なにしてるか全然教えてくんなかったし…ね?」

穏やかな口調で、諭すように問いただす麗奈。
少しの間、困ったような表情をしていたが、有紗は一息置いて口を開いた。

「多分……あたしが説明しなくても、麗奈ちゃんは……ううん、みんな、近い内にわかると思う。」

「?…それってどーいう――――」

『童実野高校の生徒諸君、静粛に願おう。』

突然、何の前触れもなく教室隅のスピーカーから音声が流れた。
低いが、よく通る声。牙堂薺だ。

『これから生徒の呼び出しをする。名前を呼ばれた者は決闘盤を持って今すぐにデュエルホールに集まってもらおう。2度は言わん、よく聞くがいい。』

彼の声が響くだけで、妙な緊張感が漂う
さっきまでざわついていた教室が、一瞬にして静まりかえった。

『1年A組3番 池上義人、1年A組13番 来栖みつき――――』

何か、リストでも読み上げているのだろう。薺は事務的な口調で、次々と名前をあげていく。

『2年C組9番 鰍沢信彦、2年D組17番 神馬麗奈――――』

「えっ!?わたし!?」

自分の名前を呼ばれ、麗奈は思わず声を上げる。教室中の視線が、一斉に麗奈の方に集まった。

『3年F組39番 若生沙也佳…以上。5分以内に集合、遅刻は厳禁だ。』


その言葉を最後に、ブツリ、と、校内放送は切れた。

沈黙していた教室が、次第にざわめき出す。


「…マジ?てか、校内放送で名前呼ばれるとか生まれて初めてなんですけど…。」

「……今日やるつもりだったんだ、薺先輩……」

「え?」

「が、がんばって麗奈ちゃん!あたし応援してるね!」

「な、なになに?何のこと?つーか、わたしこれからがんばるコトしなきゃいけないワケ?」

有紗にいきなり叱咤され、思わずビビる麗奈。まぁディスクを持ってデュエルホールに集合だから、デュエルするのは間違いないのだろう。麗奈は机の中に入れて置いたディスクとデッキを取り出した。

「ま、いっか…じゃ、わたし行って来るね。サラダ、もしよければ食べてもいいよ?」

麗奈はデッキをホルダーに入れ、デッキチェック機能を起動させたあと、教室から出ていった。
有紗はその背中を、心配そうな面もちで眺め続けていた。



――――――。

―――――――――。

――――――――――――。



デュエルホールには、たくさんの生徒が肩を並べて佇んでいた。パッと見でも十数人はいるだろうか。全て、放送で呼び出された生徒達だ。何のために呼ばれたか理解していない彼らは、やけにざわついている。デッキのチェックをしている者も多かった。

「静粛に願おうか、童実野高校の生徒諸君。」

次の瞬間、ざわめきが一瞬にして消えた。彼らの視線は、ホール中央のデュエルフィールドに集中する。そこには絶大なまでの貫禄を備えた青年の姿があった。牙堂薺である。
薺はフィールドの上から生徒を一望すると、再び口を開いた。

「ふむ、どうやら全員がこの場にいるようだな。良い心がけだ。」

そう言って、薺は小さく鼻で笑った。
それだけで場の緊張が高まるから、生徒は気の休まるところがない。

「さて……諸君らの貴重な時間を奪ってしまうのは忍びないが、用件が用件だ。私の話を聞いて欲しい。今回、諸君をここに呼んだのはデュエリストデータの修正を行うためだ。どうやら諸君らのデュエリストデータの計測に不備あったようでな。突然ではあるが、修正するためのデータを、いまここでとらせてもらう。」

淡々と話を進める薺。
生徒達がざわめくが、薺が近くにいることもあって、すぐに静寂が戻った。

「本来ならば担当教諭の小徒間先生が監督をするべきなのだが、生憎出張中だ。今回は私が監督の代理を務める。私の指示に従って欲しい。」

麗奈は、思わず感嘆の念を抱いた。一生徒でありながら、教師の代理として生徒監督を務める薺に対して、だ。

薺のこの学校への影響力は凄まじい。
彼は学校の一生徒であるにもかかわらず、その権限は並の教師以上、あるいは校長と同等、さらにはそれ以上であるとさえ言われている。

なぜなら、牙堂コンツェルンは、童実野高校の経営に多大な貢献をしていると言っても過言ではないからだ。
このデュエル・ホールだって、牙堂コンツェルンが生徒のデュエルに対する意欲・関心を向上させる目的で数年前に建設したものだ。これが目的で本校に入学を希望する生徒も増え、定期的に行われる学校対抗のデュエル大会では童実野高校は常に上位の成績を収め続けている。
薺個人を言及したとしても、学業成績はほぼ完璧、生徒からの人気も上々、経済力は財閥級ときている。学校側も腰を低くせざるを得ないのである。

「今から諸君の決闘場所を指定する。諸君は指定されたフィールドに赴き、そこにいる相手とデュエルをしてもらう。」

薺の口から、次々に名前とデュエルフィールドが読み上げられる。
そのうち麗奈の名前も呼ばれた。3番のデュエルフィールドだそうだ。
麗奈は、薺に指定されたフィールドへと足を運んだ。3番のフィールドは、ホールの隅の方だ。

3番フィールドには、既に麗奈の相手となる決闘者がいた。
決闘者は小柄な少女だった。背の丈は有紗と同じくらい…いや、それより少し小さいだろうか。

「はじめましてぇ〜。1年A組のぉ『来栖(くるす)みつき』っていいますぅ。ヨロシクおねがいしますねぇ〜♪」

少女は麗奈に気付くと、随分と独特な口調で麗奈に挨拶をした。


日に当たったことがないのでは、と思わせるほど白い肌。


襟元まで真っ直ぐにのびた灰色の髪。それに彩りを加える淡い桃色のリボン。


そして、左耳に妖しく光る、砕けた十字架を象った赤黒いピアス。


みつきはまるで、西洋人形のようだった。それも、一流の職人が丹誠を込めて作り上げた最上の、である。その目鼻立ちの良さは、有紗にだって負けていない。

しかし、その浮きっぷりは有紗の比ではなかった。彼女の格好は、麗奈の目をひんむかせるほどの凄まじいものだったからだ。

“制服改造版ゴスロリ”とでも言えばいいのだろうか。
ドレスシューズにフリルのサイハイソックス、制服のスカートにもフリル、そのプリーツの内側にもフリル、ブラウスもフリル、どこをとってもフリルフリルフリル……一応、ベースは制服なのだろうが、どこをどう改造すればここまで凄まじい変貌を遂げられるのだろう。一般民衆の麗奈には理解の及ぶ余地がない。
それにメイクやマスカラもかなり“本格的”だ。白と黒のコントラストが、美しさと珍妙さをさらに際だたせている。

鶴岡先生は女子相手には仕事はしないのだろうか。思わずそう言いたくなるほどだ。

「に…2年D組の神馬麗奈ね…ヨロシク。」

少し気後れしながら、麗奈も挨拶を返す。正直、深く関わるとろくな事にならないタイプだと、麗奈は直感で悟った。

「ああ〜、センパイさんなんですねぇ…ふぅぅ〜〜ん……」

そう言うと、みつきは何か考えるように、唇に人差し指を当てた。その顔に、小悪魔的な笑みが浮かぶ。

そして、何を思ったのか、みつきは麗奈に詰め寄った。

左耳のピアスが、みつきの歩く度にシャラシャラと揺れる。

「えっ!?ちょ、なに!?」

次の瞬間。

みつきの顔が麗奈の目の前にあった。
それが顔なのか、判別するのが難しいほど近い。というか、互いの鼻先がくっついてしまっている。
もはや近いとかそう言う次元じゃない。ほぼ密接状態だ。

「へぇ〜〜…なるほどぉ……ふむぅ……」

みつきの手が、麗奈の首の後ろの方に回った。その手は何かを確かめるようにうなじをなで回したり、麗奈自慢のロングヘアーをいじったりとやりたい放題だ。

「やっ、やめてよ!なにすんのよ!!」

これはたまらない。思わず麗奈は声を上げてのけぞった。

「やぁん、ごめんなさぁ〜い。みつきの相手の人が女の子だったからつい〜」

「は、はぁ!?」

みつきのセリフに、麗奈の目が点になる。

女の子だったから?

理解に苦しむ。女の子だから何だというのか。何の脈絡もない。

しかし、何故かはわからないが、凄まじく嫌な予感がした。

麗奈のデュエリストとしてのカン……いや、人間としての生存本能が、危機を訴えている。

「だってぇ〜、キレイな女の子に会ったらナデナデしてあげたくなるじゃないですかぁ〜?センパイってぇ、お肌も綺麗だしぃ、髪もサラツヤぁ…それにぃ、気の強そうなその目とかぁ……すっごぉ〜くお・い・し・そ・う♪むふふぅ、みつきのタイプかもぉ☆」

麗奈の体感温度が、10度くらい下がった。一瞬にして、全身に鳥肌が立った。
間違いなく、目の前の少女のせいだ。
しかし、彼女の言葉が未だに理解できない。いや、理解したくもない。

「(な…なにいってんのこの子…ちょっとおかしいよ…?フツーじゃない……てか、ノーマルじゃ……ない……?)」

困惑しながら、麗奈は目の前の少女を凝視した。

さっきから、みつきは上目遣いで麗奈に熱い視線を送っている。
際限なく白い肌を、淡く紅潮させながら。
媚びたようなその表情は、どこか底知れぬ妖しさを秘めていた。

もう、理解せざるを得ない。

この子は危険だ、と。貞操の危機だ、と。

そして、笑みを浮かべるみつきの口元を見て、麗奈はぎょっと目を見開いた。



彼女の犬歯が、異様なまでに発達しているのだ。



パッと見でも一般人の倍くらいの長さなのがわかる。その上、信じがたいほど鋭い。3枚重ねの段ボールすら貫通できそうなほどだ。“八重歯”というにはあまりにも人間離れしている。これでは“牙”という表現のほうがよほどしっくりくるだろう。

「みつきってぇ〜、キレイな女の子が大好きなんですよねぇ〜。センパぁ〜イ、今度の休みにデートしましょ〜よぅ〜。きっとぉ、わすれられないステキぃ〜な1日になりますよぉ〜♪」

みつきは“牙”をギラリと光らせ、甘ったるい猫なで声を出しながらじりじりと麗奈に迫る。

冗談じゃない、と思った。『忘れられないステキな1日』=『トラウマ』だというのが0.01秒考えるだけでわかる。

麗奈は迫ってくるみつきから離れるべく、真っ青になりながら数回バックステップした。


ズッ!!


「いっ……!?」


勢い余って、麗奈はフィールドから足を滑らせた。
ドスン、と、床が景気のいい音をならす。
思いっきり尻から落ちてしまった。これはかなりイタイ。
うめき声を上げながら、麗奈は尻をさする。


「か、カンベンしてよ!わたしはねぇ、そーいうシュミはないの!いくらオトコに恵まれてないからって、女の子とデートするとかぜったいナシだから!」

鈍痛に涙目になりながら、麗奈はみつきからのお誘いを突っぱねた。
余計なことを言った気もするが、そんなことは構っていられない。それくらい、麗奈は必死だった。

「えぇ〜、いいんですかぁ〜?こんなきゃわゆぅ〜いコとデートする機会なんかもう2度とめぐってこないかもしれませんよぉ〜?」

「そりゃ望むところだっての……!」

「後悔してもしりませんよぉ〜?」

「だ、誰がっ!そーいうのはオトコに言えオトコに!!」

「あぁんもぉ、つれないなぁ…ぜぇ〜ったい今日はうまくいくと思ったんだけどなぁ…」

残念そうに、唇を尖らせるみつき。

一方、麗奈は頬に嫌な汗をダラダラと流していた。こんな付き合いづらい人間には今まで会ったことがない。きっと宇宙人に遭遇したとしてもこの女よりは数倍理解があるだろう。今、麗奈は本気でそんなことを考えていた。

しかし、これだけハッキリ断ったのだ。さすがに諦めてくれただろう。

が、次の瞬間、麗奈はそんな自分の考えの甘さに打ちのめされることとなった。

「あぁ、そぉだ!じゃあ〜、こぉしませんかぁ?このデュエルで勝ったらぁ、負けたひとになぁ〜んでも好きなコトをしてもらえるのぉ♪負けちゃったらぁ、勝ったひとのシ・モ・ベ♪むふふぅ、おもしろそうでしょぉ〜?」

なんと、みつきはちっとも懲りていない。それどころか、何の脈絡もなくとんでもない提案を持ちかけてきたではないか。

なにが“じゃあ”なのかさっぱりわからない。
なにが“おもしろそう”なのかさっぱりわからない。

怒りが、自然と麗奈の中に込み上げてくる。

なんて自己中なヤツなんだ、なんて意味不明なヤツなんだ、なんて変態なんだ、と。

「だーかーらー!なんでそーなるんだっつーの!てゆーか、アンタとそんな賭けするギリなんかないし、そもそもそんな賭けに発展してる意味がわかんないし!なんなワケ、そのジャイアニズム!?いーかげんにしてよっ!!」

ついに麗奈の堪忍袋の緒が切れた。
もの凄い剣幕でみつきを捲し立てる麗奈。気の弱い男子だったら真っ青になって逃げるところだろう。
しかし、みつきは全く怯む様子を見せない。

「あれれぇ〜?センパイ、強そうだからこのぐらいの賭けだったらヨユーでOKすると思ってたんだけどなぁ〜?もしかしてぇ〜、意外と自信なかったりしますぅ?もしそうだったらぁ〜、ちょっとゲンメツかもぉ……。」

「なっ……んなワケないじゃん!なんでわたしがアンタにビビんなきゃいけないのよ!」

「だったらぁ……平気ですよねぇ?これくらいの勝負、なんてことないですよねぇ?」

“いろんな意味で”挑発的なみつきの口調。
カァッ、と麗奈の頭に血が上った。

「い、いーわよ!わたしが負けたらデートでもなんでもしてやるわよ!」

「きゃあ〜!ホントですかぁ〜!?やったぁ〜!」

頭に上った血が、一瞬にしてつま先へ下っていくのを麗奈は感じた。
しまった、と思った時には既に遅し。みつきの誘導に、麗奈はまんまとひっかかってしまっていた。

「(お、落ち着け……落ち着けわたし!勝てば万事オッケーなんだから……!)」

『3番フィールド、何をしている。決闘を開始しろ。』

ホールの備え付けのマイクスピーカーから、薺がデュエルするよう促した。既に周りの生徒はデュエルを始めており、デュエルをしていないのは麗奈たちだけだった。


「はぁ〜い、いま始めまぁ〜す♪……それじゃ、いきますよぉ〜。カクゴしてくださいねぇ〜、セ〜ンパイ♪」


第十七章 complete






ここは、デュエルホールのとある一室。

デュエル監督室。

ここはその名の通り、実技デュエル担当教諭が生徒たちのデュエルを監督するためにもうけられた部屋だ。ホールのデュエルフィールドで行われたデュエル戦績は、全てこの部屋の端末に記録される仕組みになっている。その記録用端末を含め、部屋の至る所に高価な機材が敷き詰められていた。
薺は、ここから生徒たちのデュエルの様子を観戦していた。その隣には、塚神結梨も付き添っている。

「ようやく全てのフィールドでデュエルが始まったか。」

壁面に並べられたモニターを眺めながら、薺がそう呟いた。そこには、それぞれのデュエルフィールドの状況が鮮明に映し出されている。

「ふむ…やはりどの生徒も己の戦術が既に確立されているな。一手一手に迷いが見られない。レベル相応の実力はあると見ていいだろう。」

「ええ。“第二次デュエリスト・セイヴァーズ候補者”、総勢22名…素晴らしいですね。これほど質の良いデュエリストが、ここまで沢山集まるなんて…。」

薺は備え付けのパソコンを立ち上げた。
小さな起動音と共に、童実野高校のデュエリストデータがモニターにリストアップされる。

「ここ数年の童実野高校の平均デュエリストレベルは全国的に見ても高水準だ。刺激しさえすればさらに伸びると踏んではいたが…正直、期待以上だな。ここにいる者たちは“デュエル・アカデミア”に在籍する上位デュエリストにすら引けを取るまい。」

「うふふ…この結果は薺の尽瘁の賜ですわ。童実野高校がデュエリスト育成力トップであるデュエル・アカデミアの比較対照になるなど、誰が想像し得たでしょうか。」

そう言って優しく微笑むと、結梨は缶コーヒーを薺に差し出した。

「安物ですが、いかがですか?」

「む、構わん。たまには庶民の味に浸るのも悪くあるまい。」

結梨からブラックの缶コーヒーを受け取り、薺はそのプルタブを引いた。コーヒーを口に含み、彼にとって安っぽく感じられるその香りに眉をひそめながら「まぁこんなものか」と小さく呟く。

「薺、瑞刃さんの件なのですが、数時間前に彼の意識が戻ったそうです。身体、精神、共に異常はないと、先ほど破月さんから連絡がありました。」

「そうか、瑞刃が…ふふっ、奴も剛毅なことだ。篭手(ガントレット)無しでミショナリー相手に打ち勝つとは…戦績を見る限りでは若干破月や伊吹に見劣りするものの、奴には別の意味で期待ができそうだな。」

「わたくしも、民間人がミショナリーを撃破したという報告を受けた時は驚きました。“闇のゲーム”で傷を負いながらミショナリーを退けるなど、並のデュエリストにできることではありませんもの。でも…まさかそのデュエリストが候補者の瑞刃さんだったなんて…」

「まぁ、“デュエリスト・セイヴァー”として働くからにはそれぐらいしてもらわなければ困る。とりあえず、一足先にIDを作成しておくか。」

小さく含み笑いをし、薺は再び缶に口を付けた。
しかし、その含み笑いはすぐに消え、薺の顔は一瞬にして険しい表情に変わる。

「しかし、奴らめ…まさかここまで力を付けていようとはな。昨晩の事態は今までの前例にない。8体ものミショナリーがこの狭い地区に同時に出没するなど……」

「ミショナリーによる被害件数も、日に日に増えているようです。世間では既に、エヴァンジェリストの存在が認知されつつあります。やはり…3年前とは違うのでしょうか。」

「ああ…やはり奴らはただ“眠っていた”に過ぎなかったのだ。恐らく、ここからが本番になるだろう。奴らが力を付けて還ってきたのならば、こちらも全力で迎え撃たねばなるまい。」

「…悲しいですね。“エヴァンジェリスト”が現れさえしなければ、彼らの能力が純粋にゲームのためだけに発揮されたはずでしたのに…」

結梨が小さく、その表情を曇らせた。

「あ…ごめんなさい。わたくしは――」

「謝る必要はない。私とて胸裏はお前と同じだ。」

薺はコーヒーを一気に喉へ流し込んだ。なんだかんだ言いながら結局全て飲み干し、空になった缶をテーブルに置く。そして再びモニターへ目を移した。

「しかし…奴らの復活に備え、私は戦う準備をしてきたのだ。奴らを野放しにすることは、この神聖な遊戯(ゲーム)を汚し続けることに等しい。カードを愛する者達のため、私たちは奴らを滅ぼさなければならない。それが、兄様の望みでもあるのだからな…。」

突き刺すようにモニターを見つめる。

その静かな闘志を秘めた瞳に、結梨は思わず息を呑んだ。

…自分はどこまで彼の力になれるのだろう。

心の中で、小さくそう呟いていた。

第十八章 【蒼穹の覇者(スカイルーラー) 後編】


所変わって、ここはデュエル・ホール3番フィールド。
麗奈とみつきのデュエルが行われようとしていた。
お互いに準備は万端。ライフポイントは4000の短期決戦だ。


麗奈 :4000
みつき:4000



「みつきの先攻でぇ〜す♪ドロ〜♪」

先攻はみつき。
舐めるような手つきで、デッキからカードを引く。

「えっとぉ〜……まずはカードを2枚セットしてぇ〜、魔法カード『生還の宝札』を発動しまぁす♪」


『生還の宝札』
永続魔法
自分の墓地に存在するモンスターが特殊召喚に成功した時、自分のデッキからカードを1枚ドローする事ができる。


「それでぇ、手札からモンスター、『戦慄の鎧骸骨』を召喚でぇす♪ターンしゅ〜りょ〜。」



『戦慄の鎧骸骨(メイル・スケルトン)』
闇 アンデット族 レベル4 ATK/1800 DEF/ 400
攻撃表示のこのカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、コイントスで裏表を当てる。当たった場合、このカードを墓地から自分フィールド上に特殊召喚する。



みつきの場に召喚されたのは、鎧兜に身を包んだ骸骨の兵士。
手には、自身の身体に不釣り合いなほど巨大な戦斧が握られていた。それは、幾多もの命を葬ってきたのだろう。斧も、鎧も、その身体も、髄まで血を吸い込み、汚らわしい黒で染まりきっている。麗奈は露骨に不快を顔に表した。

「うっわ、いろんな意味でキッツい…いきなりそんなモンスターみたいなモンスター出さないでよね…っと、わたしのターンか。ドロー!」

不気味なモンスターごときに気圧されてはいけないと、麗奈は力強くデッキからカードを引く。まだデュエルは始まったばかりだ。

「カードを1枚セット!さらにモンスターも1枚セットするわ!ターン終了!」

「ふぅん、セットモンスター…じゃ、みつきのターンですよぉ。手札からぁ、フィールド魔法『アンデットワールド』発動でぇす♪」

みつきが手札のカードを1枚、フィールドカードゾーンに滑らせた。
すると、デュエルフィールドの景色が闇に染められていく。

「えっ…!?フィールドが暗く……」

完全に闇に包まれるフィールド。
お互いのディスクのから発せられる光が、闇を照らし出す。闇の訪れに焦る麗奈の目も、ディスクのお陰で辛うじて順応する。



そして、目の前に広がる景色に、麗奈は言葉を失った。



一面に広がる髑髏の大地。赤々と不気味に波打つ血の湖。辺りを蠢き彷徨う怨霊の群。
それは、麗奈が想像できる“地獄”のイメージそのものだった。



『アンデットワールド』
フィールド魔法
このカードがフィールド上に存在する限り、フィールド上及び墓地に存在する全てのモンスターをアンデット族として扱う。
また、このカードがフィールド上に存在する限りアンデット族以外のモンスターの生け贄召喚をする事はできない。



「な…なにこれ…うっわ!ちょ、ガイコツがっ!!キモッ!グロッ!」

あまりに不気味に変貌した景色に、麗奈は動揺を隠せない。
そんな麗奈の様子を楽しそうに眺めながら、みつきは口を開いた。

「あはぁ♪ステキなところでしょぉ〜?ここってキレイなレイクビューだしぃ、暗くてぇ、ヒンヤリしててぇ気持ちいいしぃ♪ほらぁ、このガイコツだってマスコットみたいでとぉ〜ってもきゃわゆいですよねぇ♪センパイのおヘヤのインテリアにおひとつどぉ〜ですかぁ?」

「いらんわ!!わたしのヘヤをお化け屋敷にでもしたいワケ!?てゆーかアンタの美的センス理解不能だから!」

「あぁん、センパイはこ〜ゆぅのおキライですかぁ?…ま、いっか。このデュエルがおわればぁ、センパイもこの景色が大好きになりますよぉ♪でわっ、いっきまぁす♪『戦慄の鎧骸骨』でぇ、センパイのセットカードにこうげきぃ!」

みつきに従いし骸骨が、斧を振り上げセットモンスターに襲いかかる。



ザクゥッ!


――ギエエェェェェェェッ!!



カードのビジョンが叩き割られた瞬間、耳をつんざくような凄まじい絶叫が、ホール中に木霊した。


「……フフン、残念だったわね!セットモンスター、『啼哭鳥』の効果発動!」



『啼哭鳥(スクリーム・バード)』
風 鳥獣族 レベル3 ATK/1100 DEF/1400
このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、デッキから攻撃力1500以下の鳥獣族モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
その後デッキをシャッフルする。



「『啼哭鳥』が戦闘で破壊された事によって、デッキから攻撃力1500以下の鳥獣族モンスターを特殊召喚できるわ!よって、デッキから『ハルピュイア―イクセス』を特殊召喚!」



『ハルピュイア−イクセス』
風 鳥獣族 レベル4 ATK/1500 DEF/ 700
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、手札からレベル4以下の鳥獣族モンスターを1体特殊召喚できる。



『啼哭鳥』の慟哭は、同胞を呼び寄せる。
導かれるようにして、1体のモンスターがフィールドに姿を現した。

「これによってわたしは手札の………え?……え…ええぇーっ!?ちょっとなによこれーっ!わたしの……わたしの『ハルピュイア―イクセス』が〜!」

自分の場に召喚されたモンスターを見て、麗奈は悲痛な声をあげた。
今、麗奈の眼前にいるのは、精悍な容姿をした鳥人モンスターであるはずだった。

しかし、実際にこの場に佇むのは、見るも無惨な不死者の姿。

自慢の羽毛もボロボロに剥げ、肉も所々腐り落ちている。もはや、以前の面影を僅かに残すばかりとなっていた。

「『アンデットワールド』がフィールド場に存在する限りぃ、モンスターはみぃ〜んなアンデット族になっちゃうんですよぉ♪むふぅ、フィールドだけじゃなくぅ、墓地のモンスターもねぇ♪」

「し、信じらんない…わたしのモンスターまでキモグロに…うぅ〜、もうプッツンきた!こんなことしてタダで済むとおもわないでよっ!『ハルピュイア―イクセス』の効果発動!手札からレベル4以下の鳥獣族、『ハンター・アウル』を特殊召喚!」



『ハンター・アウル』
風 鳥獣族 レベル4 ATK/1000 DEF/ 900
自分フィールド上に表側表示で存在する風属性モンスター1体につき、このカードの攻撃力は500ポイントアップする。自分フィールドにこのカード以外の風属性モンスターが存在する場合、このカードを攻撃対象に選択できない。



「『ハンター・アウル』は自分フィールド上の風属性モンスターの数だけ攻撃力が500ポイントアップするわ!今、フィールド上の風属性モンスターは『ハルピュイア―イクセス』と『ハンター・アウル』の2体!よって攻撃力は1000ポイントアップよ!」


『ハンター・アウル』ATK/1000→ATK/1500→ATK/2000


「まだまだいくわよっ!わたしのターン、手札から『強襲するガストファルコン』を召喚!風属性のモンスターが増えたことで『ハンター・アウル』の攻撃力が更にアップするわ!」



『強襲するガストファルコン』
風 鳥獣族 レベル4 ATK/1500 DEF/ 300
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、フィールド上の守備表示モンスター1体を表側攻撃表示にする。



『ハンター・アウル』ATK/2000→ATK/2500


「さらに、手札からもう1体モンスターを出すわ!『ヘイスティ・バード』、特殊召喚!」



『ヘイスティ・バード』
風 鳥獣族 レベル2 ATK/1000 DEF/ 500
このモンスターの召喚は特殊召喚として扱うことができる。特殊召喚扱いにした場合、エンドフェイズ時にこのカードを持ち主の手札に戻す。



「『ヘイスティ・バード』は自身の通常召喚を特殊召喚扱いにすることができる!わたしのフィールドには風属性のモンスターが4体!フフン、『ハンター・アウル』の攻撃力は3000までアップするわ!」



『ハンター・アウル』ATK/2500→ATK/3000



4体ものモンスターが、一瞬にして麗奈のフィールドに並ぶ。
自分のフィールドを見渡しながら、満足げな笑みを浮かべる麗奈。
そろいもそろってゾンビになってはいる点はいただけないが、モンスターのパラメータ自体には何ら変化はない。その上、麗奈のエースカード、『ハンター・アウル』の攻撃力は3000まで上昇している。
当然、みつきにとって脅威となるはずだ。


――――しかし。


「きゃあん♪あっという間に4体もモンスター出しちゃうなんてぇ〜、センパイってばハゲシぃ〜♪こぉんなハードなの耐えられるかしらぁ〜♪」

みつきの表情には、これっぽっちの動揺も表れていなかった。
それどころか、その素振りはむしろこの状況を喜んでいるかのようだ。

その態度が、麗奈を困惑させ、同時に神経を逆撫でする。

「な、なんだってのよ……ヨユーってワケ?……えぇい、『ハンター・アウル』でそのガイコツに攻撃っ!」

梟の狩人が手にした鎌が、骸骨の兵士の身体へ横一文字に奔る。


ズガァッ!!


「あぁんっ!」

みつき:4000→2800

同胞から伝わる風の力がその衝撃を大きく増幅させ、骸骨の兵士をバラバラに吹き飛ばした。攻撃力3000の衝撃は伊達じゃない。みつきのライフポイントも大きく減らす。

「どーよ?ちょっとは効いたっしょ?あんましヨユーこいてると、ライフなんてあっという間に0になっちゃうわよ?」

「まいったか」と言わんばかりに、麗奈は胸を張って見せる。

しかし、みつきの反応は、麗奈の期待を真っ向から裏切るものだった。

「…むふふふふぅ♪いいわぁ〜、センパイったらけっこうやりますねぇ〜♪ひさしぶりに遊びがいのありそうな女の子でみつきとってもうれしいですよぉ♪クラスの女の子たちじゃ弱すぎて相手にならないからぁ、ちょっと退屈してたんですよねぇ…」

そう言いながら、みつきは魔性の笑みを浮かべる。

「でもぉ、みつきだけたのしんだらセンパイにわるいですよねぇ。センパイもぉ、みつきがい〜っぱいたのしませてあげるぅ♪てわけでぇ、『戦慄の鎧骸骨』の効果を発動しまぁす!」


『ハンター・アウル』に吹き飛ばされ、バラバラになった骨の残骸がガタガタと動き出す。


「『戦慄の鎧骸骨』が攻撃表示の状態で戦闘破壊された時ぃ、コイントスを当てることで復活させることができまぁす♪じゃ〜あ〜…『表』がでたらアタリってことで♪」

お互いのディスクモニターにコインのアイコンが表示される。
カチッ、と高い音がすると同時に、コインのアイコンがモニターの中で踊るように跳ねた。
そして、コインがその動きを止め、プレイヤーに審判を下す。


コインの絵柄は『表』だった。


「あっはぁ♪みつきってばツイてるぅ♪『戦慄の鎧骸骨』はみつきのフィールドで再生しますよぉ♪さらにぃ、『生還の宝札』の効果でカードを1枚ドローしまぁす♪」

骨の残骸が次々と組み上がり、元の姿に復元される。
その上で、みつきは『生還の宝札』の効果によりデッキからカードを1枚ドローした。

「うっ…蘇生した上にカードまでドローするワケ?わたしの他のモンスターの攻撃力じゃ『戦慄の鎧骸骨』は倒せないし…むうぅ、しかたない、ターンエンド。『ヘイスティ・バード』は手札から特殊召喚された場合、エンドフェイズにわたしの手札に戻るわ。」

麗奈は悔しそうにしながらターンエンドを宣言する。自身の効果で特殊召喚された『ヘイスティ・バード』は手札に戻り、フィールドの風属性モンスターが減少したため『ハンター・アウル』の攻撃力が下がった。


『ハンター・アウル』ATK/3000→ATK/2500


「あぁん、もぉ終わりですかぁ?もっと攻めてくれないと煮え切らないじゃないですかぁ…。じゃ、今度はみつきが攻めに回りますよぉ♪みつきのターン、手札から『疫病狼』を召喚でぇす♪」

みつきの場に現れるは、アンデットと化した狼のモンスターだ。



『疫病狼』
闇 アンデット族 レベル3 ATK/1000 DEF/1000
1ターンに1度だけこのカードの元々の攻撃力を倍にする事ができる。
この効果を使用した場合、エンドフェイズ時にこのカードを破壊する。



「『疫病狼』効果はっつどぉ〜♪この効果でぇ、『疫病狼』の攻撃力を倍にしまぁす♪」


雄叫びを上げ、狼は自らの闘争本能を呼び起こす。
その胸骨がガバリと開き、その周りの腐った毛皮が弾け飛んだ。胴体から腐敗した内臓が地面に流れ落ち、胸骨が怪物の口腔のように開閉を繰り返す。むき出しになったその体内では、唯一残った心臓が尋常でない早さで鼓動を刻んでいた。
その姿は最早、狼ではない、別の怪物にしか見えなかった。


『疫病狼』ATK/1000→ATK/2000


「うえぇ……か、カンベンしてよぉ……こーいうグロいのマジでムリなんだってば……」

「もぉ〜、もっとテンション上げてくださいよぉ。おたのしみはこれからなんですからぁ♪いきますよぉ〜、『疫病狼』で『ガストファルコン』に攻撃でぇす♪」


グシャァッ!!


「くうっ……!」

麗奈 :4000→3500

凶暴化した『疫病狼』は『ガストファルコン』に飛びかかると、いとも容易くその身体を噛み砕いてしまった。さらに、フィールドの風属性モンスターが減少したことで、『ハンター・アウル』の攻撃力が減少する。


『ハンター・アウル』ATK/2500→ATK/2000


「はぁいっ、ここからおたのしみタ〜イム!リバースカードオープン、『魔のデッキ破壊ウイルス』ぅ!『疫病狼』を媒介にしてぇ、センパイのフィールドにウイルスを散布しまぁす!」



『魔のデッキ破壊ウイルス』
通常罠
自分フィールド上の攻撃力2000以上の闇属性モンスター1体を生け贄に捧げる。
相手のフィールド上モンスターと手札、発動後(相手ターンで数えて)3ターンの間に相手がドローしたカードを全て確認し、攻撃力1500以下のモンスターを破壊する。



みつきが罠カードを発動させると同時に、『疫病狼』の身体に異変が起こった。


「なっ、なに!?」


ゴボォッ、ボゴゴォッ………


『疫病狼』の心臓が、脈打ちながら膨らみ始めたのだ。
呻き声を上げながら、苦しみ、地面にのたうち回る『疫病狼』。
瞬く間に、心臓は空になった体内いっぱいまで膨らむ。


ドパンッ!


ついに心臓が破裂した。どす黒い血液が辺り一面に飛び散り、『疫病狼』は完全に事切れる。
次の瞬間、粉々に砕け散った心臓の血肉が気化し、紫の霧に変貌を遂げる。霧は見る見る拡散し、意思でも持っているかのように蠢きながら麗奈のフィールドを侵蝕する。

「や、ヤダッ!なにコレっ!」

「ウイルスですよぉ?攻撃力1500以下の弱ぁいモンスターはみぃ〜んな死んじゃうキョ〜レツなヤツぅ♪ほらほらぁ、センパイのシモベちゃん、大変なことになってますよぉ?」

紫の霧に触れた『ハルピュイア―イクセス』の身体が、一瞬にしてウイルスに蝕まれる。そしてその身体は分解され、霧と同化し、消滅する。

「えっ!ちょ、うそ……っ!?」

「むふふぅ、ウイルスはセンパイの手札にも侵蝕しますよぉ♪」

紫の霧が、徐々に麗奈の元まで流れてくる。
ついには麗奈の周囲を取り囲んでしまった。

「わわ…!こっちまできた!キモい…っ!!」

麗奈の手札に絡み付く、紫の霧。次の餌食を求め、ウイルスが麗奈の手札の情報を探っているのだ。そして、その情報はみつきのディスクモニターに開示される。



【麗奈の手札(3枚)】

『ヘイスティ・バード』(モンスター ATK/1000)

『ラプトリアル・リベンジ』(魔法)

『始祖神鳥シムルグ』(モンスター ATK/2900)



「あらぁん?センパイったらすっごい手札腐らせちゃってますねぇ〜。どれもこれも役に立たないカードば〜っかりぃ…もしかしてぇ、けっこうピンチだったりしますぅ?」

「うっ…ぐ……」

「とりあえずぅ、攻撃力1500以下の『ヘイスティ・バード』はお墓にポイしてくださぁい♪」

麗奈の手札に絡み付く紫の霧が、今度は『ヘイスティ・バード』を蝕む。そのまま墓地へと送ってしまった。

「あっはぁ♪まだ上りつめるには早いですよぉ?『戦慄の鎧骸骨』でぇ、『ハンター・アウル』に攻撃ぃっ!」

みつきの攻撃宣言。麗奈の眼前で、みつきに従いし骸骨が斧を大きく振りかぶる。

みつきのバトルフェイズは終了していない。
しかも、『ハルピュイア―イクセス』が破壊されたことにより、場に残されたのは『ハンター・アウル』1体のみ。その攻撃力は最低値の1500まで落ちてしまっている。


『ハンター・アウル』ATK/2000→ATK/1500


ズバァッ!!


「うううっ……!!そんなっ……フィールドのモンスターが全滅……!?」


麗奈:3500→3200


大斧が、梟の狩人を頭蓋から真っ二つに切り裂く。
この1ターンで、フィールドに出した4体のモンスターは全て墓地に送られてしまった。
今の状況に狼狽する麗奈。大量展開による多少の被害は覚悟していたものの、ここまでの損害は予想外だった。


「それじゃ、みつきは永続魔法『フィールドバリア』を発動してぇ、ターンエンドしまぁす。むふぅ、センパイのターンですよん♪」



『フィールドバリア』
永続魔法
フィールド魔法カードを破壊する事はできない。
また、フィールド魔法カードを発動する事はできない。
『フィールドバリア』は、自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。



「わ、わたしのターン、ドロー!!」

額から頬まで流れてきた冷や汗を拭い、麗奈はホルダーからカードを引き抜いた。

すかさずドローカードにウイルスがまとわりつき、侵蝕しようとする。が、ドローカードは破壊されることなく麗奈の手元に残った。

攻撃力の高い4ッ星モンスターだ。思わず安堵の溜息をつく。

しかし、その安堵もほんの束の間だった。

「ふぅ〜ん。『ヒポグリフ・ヴァンガード』…攻撃力1900の4ッ星モンスターですかぁ。よかったですねぇ、いいカードが引けてぇ♪」

「!!」

麗奈のドローカードを言い当てるみつき。

これもウイルスカードの特性だ。

この紫の霧がここに留まる限り、麗奈の行動は全てみつきに見通されてしまうのだ。

「くっ…べつに見られたっていーわよ!召喚するんだし!手札から『ヒポグリフ・ヴァンガード』召喚!」

麗奈は半ばヤケクソ気味に引いたカードをディスクに置いた。
同時に、騎士槍(ランス)と大盾で武装した半鳥半馬の騎士が場に呼び出される。



『ヒポグリフ・ヴァンガード』
風 鳥獣族 レベル4 ATK/1900 DEF/1000
このカードが墓地に存在する場合、1度だけ手札から鳥獣族モンスター1体を通常召喚する事ができる。この効果は自分ターンのメインフェイズ時にのみ発動する事ができる。



本来であれば気高く勇猛であろうその姿も、例によって腐りきってしまっている。
しかし、攻撃力は1900。『戦慄の鎧骸骨』より上だ。戦闘を行えば、ダメージを与えた上で破壊することもできる。

あの“再生能力”が無ければ、の話ではあるが。

「(…どうしよう…攻撃力はこっちのが上だけど…)」

攻撃宣言をためらう麗奈。
みつきの場のモンスターは『戦慄の鎧骸骨』1体のみ。攻撃して破壊できれば当然みつきにとっては打撃となり、もし生け贄として利用するつもりならばその意図を崩すこともできる。だが、もし破壊に失敗したら『戦慄の鎧骸骨』は再生し、みつきは『生還の宝札』の効果でアドバンテージを得ることになる。
破壊が成功した時のメリットも、破壊が失敗した時のリスクも大きい。
麗奈はしばし悩んだ後、自分の手首をゴツリと眉間に叩きつけた。

「(ええい、情けないっ!こんなトコでビビってどーすんのよ!いけるいけるゼッタイ倒せるっ!)『ヒポグリフ・ヴァンガード』!『戦慄の鎧骸骨』に攻撃っ!!」

獣騎士に攻撃命令を下す麗奈。
命令に従い、ボロボロの翼で飛翔すると、手にした騎兵槍(ランス)を上空から骸骨に突き立てる。
槍は、骸骨の肋(あばら)を鎧ごと打ち砕いた。


みつき:2800→2700


「むふふぅ…戦闘破壊しちゃいましたねぇ?この瞬間、『戦慄の鎧骸骨』の効果が発動しますよん♪」

みつきは『表』を宣言する。
再びお互いのディスクに表示される、コインのアイコン。
アイコンは一通り回転すると、カチャリと音を立てて動きを止める。



コインは無情にも、『表』を示した。



「う、うっそぉ……冗談でしょ……」

愕然と、麗奈は肩を落とした。
こうなる事を予想していなかったわけではない。しかし、破壊の成功を期待していただけに、落胆は隠せなかった。

「この状況で攻撃してくるなんてぇ、センパイってば勇気あるんですねぇ…ますますホレなおしちゃったかもぉ♪でもぉ、勢いだけあればいいってもんじゃないですよねぇ。デュエルもぉ、“夜のイトナミ”もぉ、テクがないと相手はガッカリしちゃいますよぉ?むふぅ♪」


その一方で、妖しげな微笑をその顔に浮かべ続けるみつき。
恐らく、みつきにとって『戦慄の鎧骸骨』は尖兵にすぎないのだろう。

『別に倒してくれても構わない』―――そんな様子だ。

仮に倒せたとしても、みつきが何か別の策を隠し持っているのは間違いなかった。

「じゃ、『戦慄の鎧骸骨』を蘇生させてぇ、『生還の宝札』の効果でカードを1枚ドローしまぁす♪」

再び蘇生し、みつきの護衛として見参する骸骨の兵士。粉々に砕かれた肋も、鎧すらも、元通りにくっつき、再生する。たった100ポイントのライフを対価に、再びアドバンテージを与えてしまった。麗奈は悔しさのあまり、ギリギリと奥歯を噛み締める。そんな事はお構いなしに、みつきはデッキからカードを引き抜く。

「……んふぅ、来た来たぁ♪みつきのターン、『戦慄の鎧骸骨』を生け贄に捧げてぇ、手札から『ヴァンパイア・ロード』を召喚でぇすっ!」

骸骨の兵士が、光の渦へ消えていく。

それと入れ替わりで現れたのは、高貴かつ凄艶な容貌を備えた吸血鬼の貴公子。



『ヴァンパイア・ロード』
闇 アンデット族 レベル5 ATK/2000 DEF/1500
このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与える度に、カードの種類(モンスター、魔法、罠)を宣言する。相手はデッキからその種類のカード1枚を選択して墓地に送る。
また、このカードが相手のカードの効果で破壊され墓地に送られた場合、次の自分のスタンバイフェイズにフィールド上に特殊召喚される。



「くっ…上級モンスター…!」

ついに麗奈は、上級モンスターの召喚を許してしまった。
『ヴァンパイア・ロード』は、“カードの効果”によって破壊された場合、次のターンに蘇生する特殊能力を持っている。アンデットの特性である“不死”を体現したモンスターだ。
しかし、今の麗奈にとって何よりも脅威だったのは、2000という攻撃力だった。
悔しがる暇もなく、みつきが次のアクションに移る。

「バトルフェイズでぇす、『ヴァンパイア・ロード』でぇ、『ヒポグリフ・ヴァンガード』にこうげきぃっ!」

冷艶、かつ狂気的な笑みを浮かべ、漆黒のマントを広げる。その内から無数の蝙蝠(こうもり)が姿を現し、主の命に従いながら1つに寄り集まると、巨大な杭に形を成した。

そして、蝙蝠たちに『ヴァンパイア・ロード』はさらなる命を下す。


――暗黒の使徒!


ドズゥッ!!


「ぐっ…『ヒポグリフ・ヴァンガード』が……!」

麗奈 :3200→3100

獣騎士は、蝙蝠の杭にその身を貫かれた。そのまま力無く崩れ落ち、フィールドから消滅する。

「さらにぃ、『ヴァンパイア・ロード』の追加効果を発動しまぁ〜す♪デッキからぁ“罠カード”を墓地に送ってくださいねぇ♪」

麗奈は、デッキから『ゴッドバード・アタック』を墓地に送った。
強力なカードではあるが、『アンデットワールド』により鳥獣族モンスターを展開できない今、引いたところで役に立つ見込みは全くない。

「むふぅ、まだ終わりませんよぉ?この瞬間永続罠カード『リビングデッドの呼び声』を発動させまぁすっ♪このカードの効果で『戦慄の鎧骸骨』を蘇生させますよぉ♪」



『リビングデッドの呼び声』
永続罠
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。



墓場のビジョンからまたしてもその姿を現す骸骨の兵士。
見慣れてしまったその怪物を、麗奈は忌々しげに睨み付ける。

「さらにぃ、墓地からの特殊召喚に成功したのでぇ『生還の宝札』の効果でカードを1枚ドローでぇす♪そしてセンパイにダイレクトアタック―――」

「さっ、させるかぁーっ!!罠カード『疾風の翼』発動っ!!」



『疾風(はやて)の翼』
通常罠
相手フィールド上のモンスターの数が自分のコントロールするモンスターの数より多い時に発動する事ができる。デッキから攻撃力1000以下の鳥獣族モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する。



「このカードの効果でデッキから攻撃力1000以下の鳥獣族モンスターをデッキから特殊召喚できるわ!デッキから『シールド・ウィング』を守備表示で特殊召喚っ!」



『シールド・ウィング』
風 鳥獣族 レベル2 ATK/   0 DEF/ 900
このカードは1ターンに2度まで、戦闘では破壊されない。



硬質な鱗の翼を持つ鳥獣モンスターが麗奈のフィールドに呼び出される。
パラメータ自体は大したことはないが、強力な戦闘破壊耐性をもつモンスターだ。2回までの攻撃なら、破壊されることなくフィールドに残ってくれる。

「あぁん、ざぁ〜んねん。でもぉ、そぉんなユルユルのガードじゃあ簡単に突破されちゃいますよぉ?みつきの“攻め”はぁ、スッゴいんですからぁ♪」

「くうぅぅぅぅう!!いちいちいちいちエロいこと言うなぁーーーっ!!わたしのターンっ、ドローーーッ!!」



【麗奈のドローカード】

『ソニック・シューター』(モンスター ATK/1300)



「し、しまっ……」

麗奈は思わず悲壮な声をあげてしまった。
ドローカードは低攻撃力モンスターの『ソニック・シューター』。
麗奈の周囲に佇むウイルスが敏感に反応する。瞬く間に『ソニック・シューター』を侵蝕し、喰らい尽くす。

「く…うぅ……た、ターンエンド…。」

なすすべなく、麗奈はターン終了を宣言した。

「あははぁ、ざんねんでしたねぇ♪それじゃ〜みつきのターン、手札からモンスター『不死者の十字架』を召喚しまぁす♪」



『不死者の十字架(イモータル・クロス)』(ユニオン)
闇 アンデット族 レベル4 ATK/1000 DEF/1700
1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに装備カード扱いとして、フィールド上のこのカードを自分フィールド上表側表示のアンデット族モンスターに装備、または装備を解除して表側攻撃表示で元に戻す事が可能。
この効果で装備カード扱いになっている時のみ、お互いの墓地に存在するアンデット族モンスター1体につき、装備モンスターの攻撃力は200ポイントアップする。また、装備モンスターが相手のカードの効果で破壊される事によってこのカードが墓地に送られた場合、次の自分のスタンバイフェイズにこのカードを自分のフィールド上に特殊召喚する。(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで。装備モンスターが戦闘で破壊される場合は、代わりにこのカードを破壊する。)



みつきの場に召喚されるは、屍肉から創り出されし邪悪なる十字架。
おびただしい邪気を垂れ流し、死者の怨念で浮遊する。

「フィールドにいる3体のモンスターでぇ、『シールド・ウィング』に攻撃でぇす!」

みつきのモンスター全てが、『シールド・ウィング』に攻撃をしかける。
懸命に自身の守りを固めるものの、3体ものモンスターの攻撃は受けきる事が出来ず、『シールド・ウィング』は奮闘虚しく破壊されてしまった。

「さらにぃ、メインフェイズ2に『不死者の十字架』のユニオン効果を発動しまぁす♪『ヴァンパイア・ロード』に『不死者の十字架』を装備でぇす♪」

死肉の十字架が、『ヴァンパイア・ロード』の胸元に張り付く。そして、お互いの墓場から不死者の力の源―――“霊魂プラズマ”を吸収し、その力の全てを『ヴァンパイア・ロード』の身体に注ぎ込む。

「『不死者の十字架』はお互いの墓地のアンデット族モンスターの数だけ装備モンスターの攻撃力をアップさせまぁす♪『アンデットワールド』の効果でぇ、センパイの墓地のモンスターもアンデット族になってますよねぇ?センパイのモンスターはい〜っぱい死んじゃったからぁ、『ヴァンパイア・ロード』の攻撃力もい〜っぱい上がりまぁ〜す♪」

膨大な量の“霊魂プラズマ”をその身に受け、『ヴァンパイア・ロード』の魔力が急激に跳ね上がる。その絶対的な力に酔いしれるように、『ヴァンパイア・ロード』の瞳が深い狂気の色を映した。


『ヴァンパイア・ロード』ATK/2000→ATK/3800


「こっ、攻撃力3800!?なにかの間違いでしょ…!」

麗奈は驚愕を露わにせずにはいられなかった。
麗奈が所持するモンスターの最大攻撃力は『始祖神鳥シムルグ』の2900。『ハンター・アウル』の最大攻撃力ですら3500なのだ。殴り合いでは最早、麗奈のモンスターに勝ち目はない。その上、たとえカードの効果で除去できたとしても、次のターンに『ヴァンパイア・ロード』『不死者の十字架』は共に自己再生してしまう。『生還の宝札』のドロー効果付きで、だ。

「みつきこれでターンエ・ン・ド♪センパイのターンですけどぉ…どぉしますぅ?まだつづけますかぁ?」

「!!な、なにを…まだ…負けたワケじゃないっつーの!わたしのターン、カードをドローするわ!」

勢いよくカードをドローする麗奈。
それを無駄だと嘲るように、みつきは笑みを浮かべた。

「はぁ〜い、ここでウイルスの効果発動でぇ〜す♪攻撃力1500以下のモンスターは死んじゃいますよぉ♪さぁて、センパイはどんなカードをドローしたのかなぁ?……っ!?」

ディスクモニターに表示されたカードを見て、みつきの表情が一瞬だけ険しくなった。
麗奈の手札に絡み付くウイルスが離れていく。

「ほらね…勝った気になってるとしたらそりゃ大間違いよ!わたしのターン、手札からモンスター、『神禽王アレクトール』を特殊召喚!!」

烈風と共に麗奈のフィールドに舞い降りる鳥人族。
それは、神に仕えし猛禽の王者。たとえ身体が朽ちても、その威厳は微塵も失われていない。



『神禽王(しんきんおう)アレクトール』
風 鳥獣族 レベル6 ATK/2400 DEF/2000
相手フィールド上に同じ属性のモンスターが表側表示で2体以上存在する場合、このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
1ターンに1度、フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を選択する。選択されたカードの効果はそのターン中無効になる。
『神禽王アレクトール』はフィールド上に1体しか表側表示で存在できない。



「アンタのフィールドには『戦慄の鎧骸骨』と『ヴァンパイア・ロード』…闇属性モンスターが2体!相手フィールド場に同じ属性のモンスターが2体以上存在する時、『神禽王アレクトール』は手札から生け贄無しで特殊召喚できる!」

麗奈の言葉を聞きながら、まるで豆鉄砲を食った鳩のような顔をするみつき。
どうやらみつきも、『アレクトール』の特殊召喚は予想外だったようだ。

「さらに『アレクトール』の特殊効果発動!フィールド場で表側表示のカードの効果を1ターンだけ無効化することができる!この効果でアンタの『アンデットワールド』の効果を無効化するわ!」


――魔封!


『アレクトール』の放った波動が、『アンデットワールド』の魔力を封じ込める。それと同時に、フィールドを包んでいた闇が消え去り、腐り果てた『アレクトール』の身体が本来の気高き姿を取り戻した。
『フィールドバリア』の効果はあくまでフィールド魔法に破壊耐性を付加する事。無効化にまでは対応しない。


「よぉしっ、『アンデットワールド』の効果が消えた!この瞬間、手札から魔法カード発動!『ラプトリアル・リベンジ』!」



『ラプトリアル・リベンジ』
通常魔法
自分の墓地に存在する鳥獣族モンスター3体を選択し、デッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。



「このカードの効果でわたしの墓地の『ハンター・アウル』、『強襲するガストファルコン』、『啼哭鳥』をデッキに戻し、デッキからカードを2枚ドローするわ!」

3枚のモンスターをデッキに戻し、麗奈はカードを2枚ドローした。
しかし、ここでも麗奈の周りを漂うウイルスは貪欲に反応する。



【麗奈のドローカード】

『ツイスター』(魔法)

『ガード・ブロック』(罠)



今回はついている。引いたカードはどちらもモンスターカードではない。
ウイルスが諦めるように、ドローカードから離れていく。


「そしてバトルフェイズ!わたしの墓地のモンスターが全部鳥獣族に戻ったことで『不死者の十字架』の効果は大幅にダウンする!アンタの墓地のアンデットは『疫病狼』1体だけ!『ヴァンパイア・ロード』の攻撃力は200しか上がらないわ!」


『ヴァンパイア・ロード』ATK/3800→ATK/2200


「はぁん…。」

「いけっ『アレクトール』!『ヴァンパイア・ロード』に攻撃っ!!」



――神罰の風弾!



『アレクトール』の指先から、烈風の弾丸が放たれた。真っ直ぐに『ヴァンパイア・ロード』へ向かい、その身を貫かんと疾走する。


ドガンッ!!


みつき:2700→2500

「ざぁんねん♪『不死者の十字架』のユニオン効果を発動でぇす♪『ヴァンパイア・ロード』の代わりにぃ、装備された『不死者の十字架』を破壊しまぁす♪むふぅ、『ヴァンパイア・ロード』は無傷ですよぉ♪」

『ヴァンパイア・ロード』の目前で『不死者の十字架』が風弾の身代わりとなり、バラバラに打ち砕かれる。その衝撃が、僅かにみつきのライフを削るものの、標的であった『ヴァンパイア・ロード』には全くダメージを与えることが出来なかった。


『ヴァンパイア・ロード』ATK/2200→ATK/2000


「くぅっ…ま、まぁいいわ。カードを2枚セットして、ターンエンド。アンタのターンよ。」

エンド宣言と同時に、ウイルスが消滅する。ようやく、ウイルスカードの効果が切れたのだ。
しかし、それと同時にフィールドに闇が訪れる。『アレクトール』の魔封じも切れ、『アンデットワールド』が再び力を取り戻したのである。よって、『アレクトール』の身体はまたしても腐食してしまった。

「うぅ〜ん…センパイったらスゴいんですねぇ。まさか戦闘で『不死者の十字架』を取り除くなんてぇ…正直ぃ、センパイがこんなにがんばるなんておもってませんでしたよぉ♪みつきのカラダもあつくなってきちゃったぁ♪」

突然、みつきが落ちつきなく、ピアスをカチャカチャといじり始めた。
ほぅ、と小さな溜息をつき、その頬が淡い赤に滲む。

「でもぉ…抵抗されるともっとイジメたくなっちゃいますよねぇ?センパイみたいなきゃわゆい女の子はな・お・さ・ら♪」

「んなっ……!?」

みつきの瞳の奥で、何かが光る。暗闇の中で、麗奈は確かにそれを感じた。
深淵のような瞳に、その奥で何かが潜み、蠢いているような気配。得体の知れない恐怖。

「(な…なんなのよこの感じ…気味悪い…!)」

しかし、見ていたくないのに、何故かそこから目が離せない。次第に、膝の力が抜けていくような錯覚にすら襲われる。

「だからぁ…今度はもっとカゲキにいかせてもらいまぁすっ!みつきのターン、手札から魔法カード、『手札抹殺』を発動でぇす!このカードの効果によってお互いの手札は墓地に送られまぁす!」



『手札抹殺』
通常魔法
お互いの手札を全て捨て、それぞれ自分のデッキから捨てた枚数分のカードをドローする。



扇を畳むように手札を揃えると、みつきはそれを全て墓地ゾーンに置いた。そして、捨てた枚数だけデッキからカードを引く。
一方の麗奈も、カードの効果とあっては抗うことはできない。手札を墓地に置き、デッキからカードをドローする。

「さらにぃ、さっきみつきの手札から墓地に送ったモンスター、『グレート・ホーント』の効果を発動でぇす!」



『グレート・ホーント』
闇 アンデット族 レベル3 ATK/1000 DEF/ 100
墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、自分または相手の墓地からアンデット族モンスター1体を特殊召喚する。この効果を発動するターン、自分は特殊召喚する事はできない。



「このコを墓地から除外することでぇ、みつきかセンパイの墓地に存在するアンデットをみつきのフィールドに蘇らせることができまぁ〜す♪とぉ〜ぜん、『アンデットワールド』の効果でぇ、センパイの墓地のモンスターはぜぇ〜んぶアンデット族だからぁ〜、どんなモンスターだってみつきのシモベちゃんにできるんですよぉ?」

「わたしのモンスターを…蘇生…?…ま、まさかっ…!」

「むふふふぅ、なにをみつきのシモベちゃんにしよっかなぁ〜♪あ、そ〜いえばぁ、センパイすっごくつよぉいモンスターを手札で腐らせてましたよねぇ?たしかぁ、『始祖神鳥シムルグ』だったかなぁ〜?なんだかおもくて大変そうだったからぁ、みつきぃ、墓地に落としてあげたんですよぉ♪きゃ、みつきってばやっさしぃ〜♪」

麗奈の顔から血の気が引いた。
みつきはウイルスカードの効果で『始祖神鳥シムルグ』が手札にあることを知っていた。その上で、みつきは『手札抹殺』を発動させたのだ。同時に自分の手札から蘇生効果を持つ『グレート・ホーント』を捨てて。

「でもでもぉ、死んじゃったら活躍できないですよねぇ…シムルグちゃん、かわいそぉですよねぇ…むふふぅ、かわいそうだからぁ、みつきが大活躍させてあげるぅ♪シムルグちゃぁんっ、みつきのシモベとしてよみがえりなさぁいっ!」

みつきの墓地から黄金宝石で着飾った亡霊が現れ、麗奈の墓地から『始祖神鳥シムルグ』のカードを奪い取る。
みつきのすぐ近くまでカードを持ってくると、亡霊は奪い取ったカードの中へと身を躍らせた。

「う…じょ、冗談キツいわよ、こんなの…」

みつきのフィールドに見参する、黄金の巨鳥。

それは、本来であれば麗奈が従えていたはずの、最強の僕(しもべ)。

無惨に腐り果てた二対の翼を広げ、鈍く哮る。その様に、麗奈は戦慄を覚えずにはいられなかった。



『始祖神鳥シムルグ』
風 鳥獣族 レベル8 ATK/2900 DEF/2000
このカードが手札にある場合通常モンスターとして扱う。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、風属性モンスターの生け贄召喚に必要な生け贄は1体少なくなる。
風属性モンスターのみを生け贄にしてこのカードの生け贄召喚に成功した場合、相手フィールド上のカードを2枚まで持ち主の手札に戻す。



「きゃあん、すっごぉい!おっきいですねぇ〜、こんな近くで見るとなんだかゾクゾクしちゃあう♪攻撃力は2900かぁ…むふふぅ、セイノウもバッチリですねぇ♪」

麗奈の切り札を奪い取った事に満足し、はしゃぐみつき。

「センパイもゾクゾクするでしょぉ〜?でもぉ、手加減なんかしませんよぉ。もっともぉ〜っとたのしませてアゲルぅ♪みつきは手札からぁ『ピラミッド・タートル』を召喚でぇすっ!」



『ピラミッド・タートル』
地 アンデット族 レベル4 ATK/1200 DEF/1400
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、自分のデッキから守備力2000以下のアンデット族モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。



ピラミッドを象った甲羅を背負った、巨大な亀がみつきの場に召喚される。
戦闘破壊された時、デッキから『守備力2000以下のアンデット族』を場に特殊召喚できる、破格のサーチ能力を持ったリクルーターだ。これにより、みつきの布陣は一層堅くなった。

「さぁ〜、たのしいたのしいバトルフェイズのはじまりですよぉ〜?おとなしくぅ…逝(イ)っちゃってくださぁ〜いっ!シムルグちゃんでぇ、『アレクトール』にこうげきぃ〜っ!!」


――ゴッド・テンペスト!


巨鳥の翼から繰り出される、黄金の嵐。
嵐は無惨にも、『アレクトール』の身体を引き裂き、風の彼方へ掻き消してゆく。

「ぐっ…あ、『アレクトール』っ……!」

麗奈 :3100→2600

「キャハハハハハっ!まだまだぁ、みつきのシモベちゃんは3体ものこってますよぉっ!『ピラミッド・タートル』、『戦慄の鎧骸骨』、『ヴァンパイア・ロード』でダイレクトアタックでぇす!」

不死者の軍勢が、みつきの命令で麗奈のフィールドへとなだれ込む。

「ま…負けてたまるかってのよっ!!2枚のリバースカードをオープンっ、『ガード・ブロック』、そして『ツイスター』発動っ!!」



『ガード・ブロック』
通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、自分のデッキからカードを1枚ドローする。



『ツイスター』
速攻魔法
500ライフポイントを払って発動する。
フィールド上に表側表示で存在する魔法または罠カード1枚を破壊する。



「『ツイスター』の効果で『リビングデッドの呼び声』を破壊し、『ガード・ブロック』の効果で『ヴァンパイア・ロード』から受ける戦闘ダメージを0にするわ!」

麗奈 :2600→2100

『ツイスター』のビジョンから竜巻が巻き起こり、骸骨戦士ごと『リビングデッドの呼び声』を吹き飛ばす。そして『ガード・ブロック』は、『ヴァンパイア・ロード』の放った攻撃から麗奈の身を守る。
しかし、『ピラミッド・タートル』の攻撃だけは凌ぎきれない。
麗奈はその体当たりをモロに喰らってしまった。

「うぐぅっ…!」

麗奈 :2100→900

ビジョンの衝撃で表情を歪める麗奈。
と、同時にみつきもその表情を一変させる。

「(あぁんっ、すっごぉくイイカオだわぁ…カメさんがぶつかっただけでこんなそそるカオできるなんてっ…もしクビを噛んだりしたらどんなカオするのかしらぁ?どんな声で喘ぐのかしらぁ?んんっ、想像したらなんだかムラムラしてきちゃったぁ…ノドも乾いてきちゃったしぃ…こんなおいしそうな女の子ひさしぶりだものぉ…ぜぇ〜ったいにお持ち帰りしなくっちゃ♪)」

妖しげな笑みを浮かべ、ねとつくような熱い吐息を漏らすみつき。
もはや麗奈は袋のネズミ。
次々と危険な妄想を膨らませながら、みつきは自らの“牙”に舌を這わせた。

「さぁて、みつきはカードを2枚セットしてターンしゅ〜りょ〜でぇす。」

麗奈の眼前に、新たなリバースカードが立ちはだかる。
みつきはこのターン、『手札抹殺』の効果で多くのカードを捨て、多くのカードをデッキからドローした。間違いなくあれはブラフではなく、正真正銘の防衛、あるいは迎撃用の罠カードだろう。

「(や…ヤバい…このままじゃホントに負ける…!まさか『アレクトール』を倒された上に、『シムルグ』のコントロールまで奪われるなんて……!!)」

絶望的な状況に、麗奈の足が無意識に竦む。
モンスターも、魔法も、罠も、手札も、今のみつきは圧倒的だった。
ライフだって、まだ半分以上残っている。
一方の麗奈は、フィールドにモンスターはおろか、リバースカード1枚存在していない。ライフは900。そして、唯一の戦力はたった2枚の手札だけ。
たとえデュエルを全く知らない者がこのデュエルを見たとしても、どちらが優勢であるか瞬時に判断が付くだろう。

「むふふぅ…みつきをこんなにたのしませてくれた女の子なんてひさしぶりですよぉ。みつきぃ、センパイのことすっごぉく気に入っちゃいましたぁ♪でもぉ、さすがにもうスタミナ切れですよねぇ?みつきっていろいろスゴいからぁ、センパイもつかれちゃったでしょ〜?もう休んじゃってもいいんですよぉ〜?」

みつきからの降伏勧告。
いつもの麗奈だったら食って掛かるところだが、今の彼女にそんな気力はない。
自分の手札に視線を移す。
みつきが発動させた『手札抹殺』、そして麗奈が発動した『ガード・ブロック』の効果で新しい手札が回ってきた。ウイルスカードの効果は既に切れ、この手札の内容は、みつきに知られていない。
しかし、この手札にみつきを撃破する余力はこれっぽっちも残されていなかった。
みつきがさらに言葉を続ける。

「ほんとうのおたのしみはぁ、デュエルが終わってからなんですからぁ♪センパイ、わすれてませんよねぇ?このデュエルでまけちゃったらどーなるかぁ♪」

「え……」

「みつきぃ、最近ちょっと欲求不満だったんですよねぇ♪だからぁ、このデュエルがおわったらぁ、い〜っぱいたのしいコトしましょ〜ねぇ♪」

そこでハッとすると同時に、麗奈の顔から嫌な汗がだらだらと流れ始めた。
デュエルに夢中になっていて、麗奈はこれが賭けデュエルであったことをすっかり忘れていたのだ。
数分前の記憶が、麗奈の頭の中でフラッシュバックする。

「(そ…そうだ…わたしは…負けるわけにはいかないのよ…!負けちゃったらわたしは…!)」



――――――――――――。

―――――――――。

――――――。




『このデュエルで勝ったらぁ、負けたひとになぁ〜んでも好きなコトをしてもらえるのぉ♪負けちゃったらぁ、勝ったひとのシ・モ・ベ♪むふふぅ、おもしろそうでしょぉ〜?』




――――――。

―――――――――。

――――――――――――。



“負けてしまったら、勝ったヒトのシモベ”。頭の中で、麗奈はこの言葉を反芻した。

反芻するたびに、目眩に襲われる。

この短い時間で、この女がどれだけ変態であるか、イヤと言うほど思い知らされた。

このデュエルに負けて、みつきのシモベになったとしよう。単なるデート程度で事が済むはずがない。“あんなこと”や“こんなこと”をされてしまうのは明白だ。

“あんなこと”や“こんなこと”をされている自分の姿を想像する麗奈。

……昼に食べたサラダが食道の辺りまで戻ってきた。

必死にツバを飲み込み、吐き出しそうになった野菜をなんとか胃の中へ押し戻す。

「(ううっ、キモいっ!さぶいぼ出てきたわ!わたしはノーマルなのよ!このままアッチ系になるくらいなら死んでゾンビになったほうがまだマシだっての!)」

一面鳥肌まみれの腕をさすりながら、麗奈はデッキトップを睨み付けた。

このデュエルで負けたら、間違いなく大切なモノを失う事になる。

神馬麗奈、彼氏いない歴17年。

もしこの場で彼氏より先にこんな変態とどうこうしてしまえば、麗奈の彼氏いない歴は永遠に伸び続けることだろう。麗奈の青春は永遠の闇に葬られる事となるのである。

それだけは、なんとしても避けなければならなかった。

「(わたしの純潔を守るためには……勝つしか道はない!!さっきからデッキトップに頼ってばっかで情けないけど…わたしは勝たなきゃなんないのよ!いいカードよ、来い!来いっ!!来い来い来い来い来い来い来い来い来い来いいぃぃぃぃぃぃっ!!)」







「わたしのターンっ、ドローーーーーーッ!!!」







「……あ…は、ははっ…!」

ドローカードを確認した次の瞬間、麗奈はその口から乾いた笑みを漏らした。

「ふ、フフン…このわたしをここまで追いつめるなんてね…アンタ、大したもんだわ、褒めてあげる。でも、アンタはすこしチョーシに乗りすぎたみたいね。もうやられてあげるのにも飽きちゃったし、今から全力で戦ってあげるわ。」

さっきまでの焦りや絶望感はどこへやら、異様なまで強気な発言をしてのける麗奈。自信に満ちたその表情。まるで、自身の負けはあり得ない、と、宣言しているかのようだった。

「…はぁん?」

あまりの豹変っぷりに、さすがのみつきも呆然とせざるを得ない。
麗奈は手札からカードを選別する。

「わたしをマジにさせちゃったのが、アンタの運のツキよ…ここから先は…ずっとわたしのターンっ!!今から見せてやるわ…麗奈サンの華麗なる逆転劇をね!手札から魔法カード、『風の便り』発動!」



『風の便り』
通常魔法
自分の墓地に存在する攻撃力1500以下の風属性モンスター2体を手札に加える。



「このカードの効果で、墓地の『シールド・ウィング』と『ヘイスティ・バード』をわたしの手札に戻すわ!そして自身の効果で『ヘイスティ・バード』を手札から特殊召喚!守備表示!」

赤く鋭利な翼の鳥が、再び麗奈のフィールドに馳せつけ、守備体勢を取る。

「さらに、墓地の『ソニック・シューター』を除外して、手札から『風の精霊 ガルーダ』を守備表示で特殊召喚よ!」



『風の精霊 ガルーダ』
風 鳥獣族 レベル4 ATK/1600 DEF/1200
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の風属性モンスター1体をゲームから除外して特殊召喚する。
相手ターン終了時に相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の表示形式を変更する事ができる。



「あはぁん?どうするつもりなんですかぁ?そんなよわいモンスターなんか出しちゃってぇ…もしかしてぇ、生け贄召喚でもするつもりですかぁ?ダメですよぉ、『アンデットワールド』がフィールドにある限り、アンデット族以外の生け贄召喚は出来ないんですからぁ♪」

「そーね。確かに生け贄召喚はできないし、するつもりもないわ。でも、今からわたしが召喚するのは6ツ星の上級モンスターよ。」

「?…もぉ〜センパイったらぁ…なにいってるんですかぁ?そんなことできるワケ――」

「できるのよ…アンタが『シムルグ』をフィールドに召喚してくれたおかげでね!!」

「えぇ?……あ、あぁ〜っ!」

自らのフィールドに鎮座する『始祖神鳥シムルグ』のテキストを読み返し、みつきが驚愕の声を上げた。その様子を、麗奈は鼻で笑って見せる。

「『始祖神鳥シムルグ』の特殊能力!フィールドに表側表示で存在する限り、風属性のモンスターの召喚に必要な生け贄が1体少なくなる!たとえそれが相手であってもね!いくわよ!」

手札のカードを1枚抜き取り、麗奈はそれをステージに叩きつけた。
フィールドの空気がざわめき、震えだす。



「『蒼穹の覇者(スカイルーラー) ペルヴァルト』!召喚っ!!」



一陣の風と共に、麗奈のフィールドに1体のモンスターがその姿を現す。

みつきは目を瞬かせ、現れたモンスターを凝視する。

その姿形から、鳥人のモンスターであるのが辛うじてわかった。
というのも、『アンデットワールド』の効果で身の肉が腐敗しているため、原型を捉え難かったのだ。その体躯の大きさは麗奈とさほど変わらず、随分と細身だ。腐敗が今まで麗奈が召喚してきたモンスター以上に、余計酷く感じられる。
とてもじゃないが“強そう”なモンスターには見えなかった。
みつきの場のシムルグどころか、他の上級モンスターと比べたとしても見劣りしてしまう。

「…あ…あははぁ!なぁ〜んだ、どんなこわぁいモンスターが出てくるのかと思ったら…ずいぶん貧弱そ〜なモンスターですねぇ♪ビックリしてソンしちゃったぁ〜♪よく考えたらぁ、たかがレベル6のモンスター1体でこの状況をど〜にかできるワケないですもんねぇ♪」

「フフン…そんなふうにヨユーぶっこいてられんのはこれで最後よ!『蒼穹の覇者 ペルヴァルト』、効果を発動するわ!」

その爪先から腐汁を滴らせながら、ゆっくりと右腕を広げる『蒼穹の覇者』。
それに応じ、『ヘイスティ・バード』、そして『風の精霊 ガルーダ』が、自らの翼を羽ばたかせ、突風を創り出す。風は『蒼穹の覇者』の右腕に集い、収束する。

「『ペルヴァルト』の特殊能力!わたしのフィールドに存在する風属性モンスターの数だけ、フィールド場のカードを持ち主の手札に戻すことができる!」

「……ふ…ぇ?」

麗奈の言葉で、薄笑いを浮かべていたみつきの表情がそのまま固まった。
それは、みつきの明らかな動揺の現れだった。麗奈の頬が、思わず緩む。



『蒼穹の覇者(スカイルーラー) ペルヴァルト』
風 鳥獣族 レベル6 ATK/1800 DEF/1500
このカードを生け贄召喚する場合の生け贄は風属性モンスターでなければならない。
他のカードの効果によってこのカードが特殊召喚される場合、自分フィールド上の風属性モンスター1体を生け贄に捧げなければならない。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手は表側表示で存在する他の風属性モンスターを攻撃対象に選択する事はできない。
1ターンに1度だけ以下の効果から1つを発動できる。
●自分フィールド上に存在する風属性モンスターの数まで、フィールド上のカードを持ち主の手札に戻す。
●次の相手ターンのエンドフェイズ時まで、このカードの攻撃力は自分フィールド上に表側表示で存在する風属性モンスターの数×500ポイントアップする。



「わたしのフィールドの風属性モンスターは『ヘイスティ・バード』、『風の精霊 ガルーダ』……そして『蒼穹の覇者 ペルヴァルト』!1度に3枚のカードを手札に戻すことができるわ!この効果で『ピラミッド・タートル』、わたしの『始祖神鳥シムルグ』、『アンデットワールド』を手札に戻す!!いっけぇーーーーっ!!」


麗奈の号令に応え、右腕を振り上げる『蒼穹の覇者』。

そして、掲げた右腕を勢いよく振り下ろし、収束した風をみつきのフィールドに叩きつける。



――シャイニング・ブラスト!



ゴオォォォーーーーーーッ!!



「きゃあぁ〜んっ!」


吹き荒れる、煌めきの風。
荒波の如く、それはフィールドで踊り狂い、モンスター、そして『アンデットワールド』を次々と薙ぎ倒してゆく。
『フィールドバリア』の効果は、バウンスにも対応しない。『アンデットワールド』は完全に掻き消され、みつきのフィールドに残されたモンスターは、『ヴァンパイア・ロード』のみとなった。


「フッフーン、ブキミワールドのお掃除かんりょー、っと。最っ高のキブンだわ。やっぱ暗いのはダメよね〜。お天気なのがイチバンよ。」


不死者の世界が消え去り、闇が晴れ、フィールドに光が還る。
それと同時に、鳥人族の勇士は己の本来の姿を取り戻していく。



羽毛の剥げ落ちたその背の翼は、猛々しく艶めく蒼の翼に。

腐汁で汚れきった四肢の爪は、汚れ無く煌めく白銀に。

そして、無惨に朽ち果てたその肉体は、洗練された優美な肢体へ。



それは、美しき蒼天の女傑だった。



フィールドのビジョンが、蒼空へと彩られる。
『蒼穹の覇者』は背の翼を広げ、飛翔。蒼空の彼方から、みつきと『ヴァンパイア・ロード』を睨み付けた。


「あ…あははぁ♪やってくれますねぇ。でもぉ、そのあとはどうするつもりなんですかぁ?『蒼穹の覇者』の攻撃力は1800……みつきのフィールドに残った『ヴァンパイア・ロード』より低いんですよぉ?次のみつきのターンには――――」

「言ったっしょ?ここから先はずっとわたしのターンってね。次のターンなんてないわ。このターンで終わりよ。」

「……え?」

再び、みつきの表情が固まる。
麗奈はそれを後目に、自分の墓地からモンスターカードを1枚取り出した。

「わたしの墓地の『ヒポグリフ・ヴァンガード』の効果発動…これにより、わたしはこのターンもう1度だけ鳥獣族を通常召喚する権利を得たわ!『アンデットワールド』がフィールドに存在しない今、わたしは生け贄召喚をすることができる!」

「ま…まさか…まさか…」

「言っとくけどね…アンタにはわたしのカードを使いこなせないわ。わたしのカードは、わたしがつかってこそ本当の力を発揮するのよ!『風の精霊 ガルーダ』と『ヘイスティ・バード』を生け贄に捧げ、モンスターを召喚!!おいでっ、『始祖神鳥シムルグ』っ!!」

2体の鳥獣が、光の渦へ消える。

そしてそれは、本来の主のもとに再びその姿を現した。

蒼穹のもとでより美しい光沢を放つ黄金の翼。高らかな咆哮。

最強の僕(しもべ)の降臨だ。

「そして『始祖神鳥シムルグ』、効果発動!風属性モンスターのみを生け贄にしてこのカードの生け贄召喚に成功した時、フィールドのカードを2枚まで手札に戻すことができる!わたしはアンタのリバースカード2枚を手札に戻すわ!」

黄金の翼から放たれる真空波。
麗奈の眼前に立ちはだかる2枚のリバースカードが、瞬く間に消え失せた。
みつきに残されたカードは『生還の宝札』、『フィールドバリア』、そして『ヴァンパイア・ロード』。
展開された永続魔法は、もはやこの状況では機能しない。そして、残った『ヴァンパイア・ロード』の攻撃力は2000。麗奈最強の僕の敵ではない。

「え…あれぇ?り、リバースカードが手札に…えぇ?これじゃあみつき、攻撃がとめられないわぁ?え…えぇっ?どぉしてぇ??これじゃ、ダイレクトアタックされちゃうじゃなぁい?」

「でしょーね…それじゃ、遠慮なく行かせてもらうわよ!『始祖神鳥シムルグ』!『ヴァンパイア・ロード』に攻撃っ!」

黄金の嵐が、今度はみつきのフィールドで吹き荒れる。
それは『アレクトール』を消し去った時と同じように、『ヴァンパイア・ロード』をフィールドから抹消した。

みつき:2500→1600

「…いくぞ…これでゲームセットだ…なーんてねっ!『ペルヴァルト』、終わらせるわよ!ダイレクトアタッーーーークっ!!」

麗奈の高らかな攻撃宣言。

左腕の爪をみつきに向け、翼を折り畳み、『蒼穹の覇者』は天空を滑走する。

刹那、空気が炸裂し、その姿はみつきの視界から消えた。


「あ…あれぇ?あれれぇ??なんだかヘンよぉ?だって、この攻撃が当たったらみつきのライフはなくなっちゃうじゃなぁい?これじゃあ、みつき逝(イ)っちゃ――――」


――カレイジャス・エアレイド!


ザンッ!!


「ぁぁあああ〜〜〜〜んっ!!」


幕切れは一瞬。

その一撃は、みつきの悲鳴がとぎれる前にライフカウンターを0にした。



みつき:1600→0



――――――。

―――――――――。

――――――――――――。



「ふいぃ…勝ったぁ〜…守りきったぜ、わたしの青春っ…あぁ〜、メチャ危なかったよぉ〜……。」

大きな溜息をつき、胸一杯の開放感に浸る麗奈。
純潔は守られた。その事実を、強く強く噛み締める。

「てか、助けてくれたデッキにマジ感謝。いっつも助けてくれてサンキューね♪」

カードを全てホルダーに戻し、労うようにデッキを撫でる。
そして、自らが打ち負かした相手へその視線を移した。

「あ…あはぁ…逝っちゃった…逝っちゃったよぉ…今まで…デュエルで逝かされたことなんか一度もなかったのにぃ……」

みつきは半ば放心状態だった。自身が負けてしまった事がまだ信じられないのか、ぺたんこ座りのまま顔を伏せ、ぴくりとも動かない。
麗奈はみつきにわかるように、わざとらしく勝ち誇った顔をしながら、彼女のそばまで歩み寄った。

「フフン…どーよ?これでわかったっしょ?世の中は広いのよ。わたしみたいに強いデュエリストはたっくさんいるんだから。ま、わたしはアンタのことをどーこーする気はないし、デートの話もなくなったことだし…アンタとの関係もこれまでね。」

麗奈の言葉に反応し、みつきは小さく身体を震わせた。

そして、ぬらりと顔を上げ…その顔を見た麗奈の表情を一瞬にして凍らせた。





「はぁっ…はぁっ…んぅっ…ふぅうっ…」





上がった息。潤んだ瞳。紅潮する頬。そして極めつけの恍惚の表情。

アッチの意味で興奮しているのが一目でわかる。それはまさに、Z指定の顔だった。

麗奈は大きく後ずさった。化け物にでも遭遇したかのように。

「はあぁっ…ああっ…ど、どうしよぅ…胸のドキドキが止まらないっ…カラダがあつくなって…イキが苦しくって…フトモモがウズウズして…今まで…今まで…っ…どんな女の子を逝かせたって…こんなに満たされたことなんかなかったのにぃっ……!」

色々とヤバい方向に暴走し始めたみつき。
麗奈は今だけ、自分の視界をモザイクで覆い隠したくなった。
目の前に広がる光景は、健全な女子高生が見ていいものではない。もはや、みつきの存在そのものがZ指定と化しつつある。

「こんなエクスタシーはじめてだわぁ…こんなステキな女の子もはじめてだわぁ…もっと満たしてほしいとおもっちゃうなんてっ…もっとシアワセにしてほしいとおもっちゃうなんてっ…くやしい…でも…感じちゃう!」



ガシィッ!!



「うぐおっ!?」

麗奈に飛びかかり、みつきがへそのあたりに組み付いた。
信じられない力だ。ちょっとやそっとの力どころか、全力でふりほどこうとしてもビクともしない。

「センパイっ!!いえ……おねぇさまっ!!」

「なんぞ!?」

「みつき、おねぇさまのシモベになりまぁすっ!これからはぁ、みつきがおねぇさまのためにいろいろとごホーシさせていただきますぅ!」

「はあぁぁぁっ!?アンタなにいっちゃってんのぉぉぉっ!?」

全身鳥肌まみれになりながら叫ぶ麗奈。
予想外、かつ最悪の展開だった。デュエルに勝ちさえすればこの変態から逃れられると思っていたのに、これでは全く意味がない。

「つーかわたしべつにそーゆーの必要ないから!わたしはノーマルでいたいの!これ以上ソッチの道に引きずり込もうとしないでちょーだいよマジで!」

「なにをおっしゃいますかぁっ!おねぇさまはみつきに勝ったんですよぉ!?わすれてないですよねぇ、『負けちゃったら、勝ったひとのシモベ』って約束ぅ!つまりぃ、みつきはおねぇさまのシモベにならなきゃいけないギムが、そしておねぇさまにはやくそくどぉりみつきをシモベにしなきゃいけないギムがあるんですぅっ!!」

「なんだそれ!?勝ったわたしがモロにペナルティじゃん!だいたいアンタ、シモベになるとかどーいう意味だかわかっていってるワケ!?」

「もっちろんですよぉ!みつきぃ、どぉ〜んなハードなプレイだってしてさしあげますぅ!おねぇさまのためだったらぁ、○○○でもぉ、×××××でもぉ、△▲△▲△▲だって――――」

「こっ、このホログラフィックバカ!!メンヘラ女!!キチガイ!!アンタみたいな変態見たことないわ!!」

顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりしながら、力の限りの暴言を吐きつける麗奈。しかし、今のみつきに効果はない。それどころか、みつきのボルテージは火に油を注いだかの如く、ぐんぐん上がっていく。

「あぁんっ…すっごく…イイっ…なんて容赦ない言葉責めなのぉ…!さすがおねぇさま!他の女の子にできない事を平然とやってのけるっ!そこにシビれる!あこがれるぅ!」

「ななな……!!駄目だこいつ…早く何とかしないと…」

「さぁさぁもっともっと罵っちゃってくださぁいっ!口汚くっ!抉るようにっ!!どうかこの薄汚いメスブタに、おねぇさまの愛をお与えくださぁいっ!!」

「手遅れだっ!!はっ、HA☆NA☆SEーーーーッ!!」

火事場の馬鹿力でみつきを振り払い、麗奈は脱兎の如く駆けだした。

「ああっ、もしかしてこれがウワサの愛の逃避行!?おねぇさまぁ〜、まってぇ〜ん!みつき一生おねぇさまについていきますぅ〜!」

「ギャー!!ついてくんなぁーーーーっ!!」




…この日、麗奈の理想とする高校生活に、一つの大きな障害が生まれた。

彼女は無事に、青春を謳歌することができるのだろうか?

その答えは、神のみぞ知る。


第十八章 complete...?





前へ 戻る ホーム