海馬オーナーの激怒

製作者:村瀬薫さん






海馬コーポレーション社長室にて


「何だ!この有り様はッ!」

 白く閉ざされた一室。童実野町に君臨する巨大ビルの王座。
 海馬コーポレーションの社長室からは毎日のように怒号が響き渡っている。
 しかし、この日の怒号は普段よりも一段と大きなものであった。


 若き社長である海馬瀬人は非常に短気である。
 さらにどんな相手にも敬語を使わない。傲慢で実にプライドが高い。
 その態度は常に挑発的で、自らの負けと非を決して認めない。
 しかし、海馬は人から嫌われることは少ない。
 それは愚直なまでの率直さと信念によるものである。
 彼はどんな相手にも決して自分を偽らない。
 自分の価値観に全く嘘をつかず、ストレートな対談と取引を好む。
 ビジネスにおいて、この性質は有利に働く。
 取引相手が安心するための分かりやすさがあるからだ。
 そこに彼の明晰さと勝負強さと科学的知識が加わる。
 そうして、海馬は明確な『力』を体現する。
 『力』は隠されることもなく、溢れる自信に繋がる。
 この揺ぎ無い自信が信頼を呼び込み、海馬コーポレーションは拡大を続けてきた。

 さらに海馬には『信念』があった。
 それは世界海馬ランド計画の達成――即ち、エンターテイメントの革新である。
 世界各地に自らの理想とするアミューズメントパークを形成し、
 貧しい子供達が遊べる環境をどこにでも用意することである。
 この夢は海馬の過酷な幼少期の裏返しであると推測されることもある。
 しかし、未来へ進むためひたむきに努力する海馬は過去を語らない。
 何にせよ、奉仕的な目的を持つ海馬コーポレーションを好ましく思う者は多い。

  『力』と『信念』。
 それを兼ね備えた海馬瀬人は王たるに――社長たるに相応しい人間であった。
 海馬の前に立ちふさがる壁や障害はことごとく木っ端微塵にされてきた。
 しかし、そして海馬は今、その照準を自ら生み出したものに対して向けようとしていた。

 海馬が怒りに打ち震えて眺めているのは、
 彼がオーナーであるデュエル・アカデミアの実績資料である。
 これまで彼はその経過を辛抱強く見守っていた。
 校長に任命したマスター鮫島の教育方針のさせるがままにしてきた。
 しかし、遂に我慢ならなくなってきた。


  オーナーである海馬瀬人には、デュエル・アカデミアのことは全て伝えられる。
 世間には謎の怪奇現象として知られている一連のダークネス事件の発端が、
 デュエル・アカデミアにあることもつい最近知らされた。
 それ以前の三幻魔騒動、光の結社騒動、
 デス・デュエル事件、アカデミア消失事件の経緯も漏らさず聞いている。

 デュエル・アカデミアがそういった場所であることは想定済みである。
 設立以前より様々な曰く付きの土地であったのは最初から分かっていた。
 まして大きな力を持つデュエリスト達が集うのである。
 波乱の起きないはずは無く、それを狙う抗争が生じるのも考え付く。
 結果的には、これまでの騒動は確かにうまく鎮火されてきた。
 しかし、それをもっと未然に防ぐことはできなかったのであろうか。
 監督すべき教師達は本当に成すべきことをしていたのか。

 百歩譲って、これらを不測の事態として許すとしよう。
 常人には対処できないものとして、置いておくとしてもだ。
 デュエル・アカデミアの現状は海馬の理想とはかけ離れたものである。

 海馬はアカデミアにおけるジェネックス大会の資料に目を移す。
 プロと生徒を混合してデュエルを行わせ競い合わせる。一見画期的で競争的な大会である。
 しかし、実際は果敢に挑む生徒は少なく、一部の生徒が際立つのみの結果となった。
 生徒達のレベルの低さに失望したプロ・デュエリスト達も少なくはない。

 本来、海馬がアカデミアに求めたのは、デュエリストとカード研究者の育成であった。
 しかし、教育の成果とは突出したエリートの出来により示されるものではない。
 優れた者はどこでも際立つからである。
 放っておいても、その頭角はいずれ現れる。
 むしろ落第者を出さない、全体的な水準の高さにより示されるものだ。
 才覚の浅いものを高みに導いてこそ、教育は本来の目的を達成する。

 そのために海馬はアカデミアに序列制度を敷いた。
 オシリス・レッド、ラー・イエロー、そしてオベリスク・ブルーの3ランクである。
 これにより競争的環境を構築するのが狙いであった。
 しかし、生徒間の実力・知識に差異がつきすぎては、そのシステムはもはや機能しない。
 競争がそもそも成り立たないからである。
 臆病者はさらに臆病に、落ちこぼれはさらに落ちこぼれる。
 脱落者が続出しては、活気が失われる。
 悪循環、負の連鎖――アカデミアの現状はまさにそれなのである。

 以上、緊急時の対処並びにトラブルの予防。及び平時における教育システムの機能不全。
 どちらもアカデミアを評価するためには致命的なものであった。


「磯野ッ!」
「は、ハイッ!」
 海馬の昔からの忠実な側近である磯野は、社長の不機嫌に誰よりも敏感である。
 今日も今日とて、その不機嫌さをビシビシと感じていた。
 どんな理不尽な要求が成されても、おかしくないプレッシャーである。

「これより俺はデュエル・アカデミアの現状を俺自身の目で確かめに行ってくる。
 貴様はその留守を預かっていろ」
「ハハッ」

 深々と礼をしながら、磯野は安堵する。
 ただの留守ならば大した労苦では……。

「――しかし、ただ留守をさせていては時間の無駄だな」

 やはり来た。あの社長である。
 磯野の危機予測のど真ん中上にいつも剛速球を投げつける。

「アカデミアはいずれにせよ変える。それは俺の手を加えるということだ。
 その選択肢は現状では2つのみ。――廃校か、大幅な改革だ!」

 そう言うと、海馬は2つの資料をテーブルに叩きつけた。それぞれのプランについて明記されている。
 さすがは社長である。こういった次の行動への布石には隙がない。

「貴様は俺から連絡がある頃には、どちらもすぐ行えるように書類・手続きの準備をしろ。
 いいか! 抜かりなくやれ。全校生徒及びスポンサーや関連団体に知らせられるようにだ。
 新学期も新生徒の試験も間近だ。事は緊急を要する」
「りょ、了解しました!」

 そう言いながら、冷や汗が流れる。
 既に社長を見送った後に何をすべきかを考えなくてはならない。
 しかも、自分の労苦というコスト以外は何も使わない手段でだ。
 告知文章、プランの細部作成、各方面への報告書類準備、
 決して読んでくれない会見原稿の作成……。
 磯野の頭はすぐさま次の仕事のことで埋め尽くされる。やることはいつだって多すぎる。

「ふぅん。それでは行ってくる。ブルーアイズ・ジェットならすぐだな。
 鮫島にも連絡を回しておけ。『あらゆる予定をキャンセルし、俺への釈明の機会に備えろ』とな」
「ハッ!行ってらっしゃいませ!」

 磯野は敬礼をする。その姿を一瞥し、海馬は席から立ち上がる。
 マントをなびかせながら、海馬は颯爽と社長室を出て行く。
 その威風堂々としながら、溌剌たる動作は、ビジネスマンの鑑である。
 そんな社長の勇姿を、磯野は誇りに思う。

 間もなくジェット機は飛び立った。アカデミアの命運を決するために。
 磯野はPCに向かい、目にも留まらぬ速さで書類を作成し始めた。




デュエルアカデミア校長室にて


「海馬オーナーがこちらに向かっている――ですと!」

 デュエリストのためだけの空間、デュエル・アカデミア。
 絶海の孤島をくまなく見渡せる最上階のアカデミア校長室。
 校長である鮫島は突然の知らせに驚いていた。
 鮫島はアカデミアでは常に悠然と構えている。気ままに振舞いつつ、生徒を激励している。
 鮫島は学園のトップである。大らかだが熱意を秘めた鮫島の態度は、確かに生徒を統括する者として風格ある立派な振る舞いである。


 しかし、鮫島にもアカデミアにおいて逆らえない者がいる。
 一人は影山理事長である。だが、既に隠居の身だ。
 かつてその権威に逆らいきれず、学園を危機に陥れたこともあった。
 だが、もう鮫島が脅かされることはないだろう。

 もう一人は――アカデミアのオーナーであり、
 ほとんどの出資・技術提供をしてくれた海馬瀬人である。
 その本人からアカデミアの進退について、直に話し合いたいという連絡が来た。
 あの海馬瀬人と話をして、タダで済むはずはない。驚愕するのも当然である。


 しかし、これまでのアカデミアのことを考えると、この展開も納得できるものであった。
 いや、いずれ来ることは分かっていたはずだ。むしろ遅すぎると言っていい。
 アカデミアのトラブルは数知れない。
 島規模の災害もあったし、まして最近は世界規模の災害にまで発展した。
 その責任を取って辞職を命じられる――とされてもおかしくはないのだ。
 最大出資者である海馬瀬人の意向には容易に逆らえまい。


 しかし、対策など講じている余裕はなかった。
 相手はあの海馬瀬人である。小細工など通じはしない。

 そして、それ以前に――海馬の物理的速度は考える時間など与えない。
 アカデミアの校長室前をブルーアイズ・ジェットがかすめた。
 目にも留まらぬ速さ。
 しかし、窓越しに海馬オーナーと目が合ったのだけは感じ取った。
 鋭い眼光。
 ガラスなど貫通する殺気――貴様を捕らえて離さんぞ――。


 ジェットはそのまま旋回し、埠頭の着陸場に降り立った。
 海馬は荒々しい歩調でこちらに向かってくる。
 鮫島はもはや覚悟を決める以外に、何をする余裕も残されていなかった。



 勢い良く音を立てて、ドアが開け放たれる。
 長身の若社長が鮫島を睨みつける。
 まだ20代後半でしかないとは思えぬ風格。
 身にまとうは、歴戦を勝ち抜いてきた者のみが放つ威光。
 齢の倍の差など関係ない。海馬と向かい合う者は全てをむき出しにされる。

「久しぶりだな、マスター鮫島。よもやこういう形で再び会うことになるとは、思いもしなかったぞ」
「海馬オーナー! お久しぶりで……。私もこのようなことになるとは、全く面目ない」
「言っておくが、言い訳など聞かんぞ。
 俺は過去には興味がない。貴様の出した結果なぞ、嫌と言うほど分かっているからな。
 よりも今、そしてこれから何をするか。貴様が示すとしたら、それだけだ」

 そう言って、海馬はソファに腰をかけた。
 鮫島もそれに合わせて、向かいに座る。

「さて、お前に9月からの新学期の画期的なプランはあるのか?
 結果は伴わなかったものの、お前はそこそこの提案をしてきた。
 昨年の各校代表の転入も悪くはない策だった。どうなんだ?」

 海馬が短刀直入に問いかけると、鮫島はうつむいて顔を曇らせた。

「正直な話、……ないのだよ。
 粒揃いだった前3年生の卒業でアカデミアの活気は勢いを失いつつある。
 様々な案は思いつく。だが、この状況を抜本的に打破するほどのものは、思いつかない。
 もう一度外部からの刺激を与えてもいいが、それは避けたい。
 生徒達は外部の人々に対して、もはや恐怖感さえ覚えている。
 トラブル続きで生徒達も参っておるのだ。
 しかし、内部からでは……」

「もう、いい!!」

 海馬は両手の平をテーブルに打ちつけ、鮫島の話を中断した。

「それではもう一つだけ質問しよう。
 貴様はろくに監督もせずに、ここの生徒を随分好き放題にやらせているようだな。それはどういった了見だ?」

 鮫島は胸を張りなおして、海馬に正面から向き合う。

「私は生徒の自主性を尊重しているのだ。
 生徒達が互いに切磋琢磨し合う自由な環境を見守るのが我々教師達の使命。
 むやみに手を加えるのは私の方針に反する」

「ふぅん。やはり、そんな考えか」
 さも予想通りの反論が返ってきたとばかりに、海馬は緩やかに視線を落とす。

「だがな、鮫島。
 自由とは一定の秩序と方向性を与えたときのみ、有意義なものになるのではないか?
 信念も目的もないガキの集まりが自由になったところで何がある?
 見守るだと? ほざくな! 貴様らの怠慢の言い訳のつもりか!」

「私はそういったつもりで言ったのでは……」

「だまれ!」

 海馬は鮫島の発言を制止して、続ける。

「貴様がこのデュエル・アカデミアのぬるい風土を代表しているというのはよく分かった。
 貴様には失望させられたな。
 もう少し気骨のある者だと思っていたんだが、とんだ無駄足だったようだ。貴様はクビだ!
 だがな、俺はアカデミアの可能性を信じるぞ。
 貴様という邪魔を抜きにして、このアカデミアの改革に乗り出そう。
 それでは、失礼する!」

 あまりに一方的な会話。
 いや、もはや会話ですらない。
 これでは一方的な宣告である。
 海馬は立ち上がり、ドアに向かっていく。
 しかし、すかさず鮫島も呼び止める。

「待ってくれ!」
 海馬は歩みを止める。
 ただし、返答もせず、背を向けたままだが。

「アカデミアという施設の可能性を信じるのか?」

「……そうだ」

「アカデミアの生徒は信じないのか?」

「俺はそこらの有象無象に価値を見出すほど寛容ではない」

 その言葉は鮫島には聞き捨てならない。

「ならば、ここの教育を任せるわけにはいきませんな」

 海馬は振り向いた。

「だからといって、どうするつもりだ?
 俺の決定権をくつがえすには、俺を説得するしかないぞ」

 その言葉を聞いて、鮫島は頬を緩ませた。
 生徒の前のいつもの笑顔である。
 余裕と悪戯を秘めた笑み。歳に似合わぬお茶目さ。
 鮫島の陽気さは教育現場の憂鬱をいつも和らげてきた。

「説得するなら、最高の方法があるではありませんか」

 そう言って、鮫島が目の前にかざしたのはデッキであった。
 40枚超のカードの束。
 このアカデミアの全ての生徒を繋ぐ共通言語・共通目的。

「ふぅん。俺に決闘を申しこむだと?
 いい度胸だ。それで説得できるというなら、説得してみろ!」

 デュエルディスクはアカデミア校長室に接待のため常備されている。
 互いに構えて、開始を宣言する。


「 「 デ ュ エ ル ! 」 」

「まずは俺の先攻だ!
 ドロー! 《ブラッド・ヴォルス》を攻撃表示で召喚!
 さらにカードを一枚伏せ、ターンエンドだ!」

《ブラッド・ヴォルス》
通常モンスター 星4/闇属性/獣戦士族/攻1900/守1200
悪行の限りを尽くし、それを喜びとしている魔獣人。 手にした斧は常に血塗られている。

「私のターン! ドロー!  私はカードを二枚伏せ、ターンエンドだ」

 海馬のLP:4000
     場:《ブラッド・ヴォルス》,伏せカード1枚
    手札:4枚
 鮫島のLP:4000
     場:伏せカード2枚
    手札:4枚

「ふぅん。モンスターも出せないのか? つまらんな  俺のターン! ドロー!」

「ふふ。だが、対抗する手はあるぞ。
 この瞬間、トラップカードをオープン!《サイバー・シャドー・ガードナー》!」
 鮫島の場にソリッド・ビジョンに《ブラッド・ヴォルス》をかたどった黒い影が現れる。

《サイバー・シャドー・ガードナー》
永続罠
このカードは相手ターンのメインフェイズにしか発動できない。
このカードは発動後モンスターカード(機械族・地・星4・攻/守?)となり、
自分のモンスターカードゾーンに特殊召喚する。 このカードが攻撃宣言を受けた時、
このカードの攻撃力・守備力は相手攻撃モンスターと同じ数値になる。
このカードは相手ターンのエンドフェイズ時に魔法&罠カードゾーンにセットされる。
(このカードは罠カードとしても扱う)

「ふぅん。相打ち狙いのカードだと? くだらんな!
 俺は場のモンスターを生贄に捧げ、《カイザー・グライダー》を召喚!」

「なに! そのカードは?」

「デュエリスト養成機関の校長ならば、このカードの効果は分かるだろう?
 このカードには同じ攻撃力を持つモンスターとの戦闘では破壊されない効果がある!
 ゆけ! 《カイザー・グライダー》!
 アサルト・グライド!」
 金のドラゴンが素早い動きで突進する。それを黒いドラゴンが迎撃する。
 しかし、影は実体には勝てない。
 2対のドラゴンがぶつかり合うと、影は勇壮なる黄金の軌跡にかき消された。

《カイザー・グライダー》
効果モンスター 星6/光属性/ドラゴン族/攻2400/守2200
このカードは同じ攻撃力を持つモンスターとの戦闘では破壊されない。
このカードが破壊され墓地へ送られた時、 フィールド上のモンスター1体を持ち主の手札に戻す。

「まがいものなどで、俺に対抗しようとは片腹痛いわ。ターンを終了する」

「私のターン。ドロー。 モンスターカードを一枚セット。ターンエンド!」

「俺のターン。ドロー!
 ふぅん? どうした。防戦一方か?
 ならば一気にカタをつけてやる!
 俺は手札より魔法カード発動!《デビルズ・サンクチュアリ》!」
 海馬の場に悪魔の銅像が現れる。

《デビルズ・サンクチュアリ》
通常魔法
「メタルデビル・トークン」(悪魔族・闇・星1・攻/守0)を 自分のフィールド上に1体特殊召喚する。
このトークンは攻撃をする事ができない。「メタルデビル・トークン」の戦闘によるコントローラーへの超過ダメージは、 かわりに相手プレイヤーが受ける。
自分のスタンバイフェイズ毎に1000ライフポイントを払う。払わなければ、「メタルデビル・トークン」を破壊する。

「二体のモンスター……。まさか!」
「さすが察しがいいな!
 そのまさかだ!
 貴様に伝説を見せてやる。
 出でよ! 我が忠実なるしもべ!《青眼の白龍》!」

《青眼の白龍》
通常モンスター 星8/光属性/ドラゴン族/攻3000/守2500
高い攻撃力を誇る伝説のドラゴン。 どんな相手でも粉砕する、その破壊力は計り知れない。

 デュエリストの中で知らない者はいないカード。
 海馬の力の最大の象徴たる誇り高き白龍。
 それが今鮫島の前に立ちふさがり、咆哮をあげる。

「滅びのバースト・ストリーム! その臆病なモンスターを粉砕しろ!」

 ブルーアイズの口からまばゆき閃光が放たれる!
 美しいまでに跡形も残さず、全てを破壊しつくす!

「私が伏せていたモンスターは《サイバー・ゴブリン》。当然撃破される。
 ……だが、その効果により、手札に《サイバー・オーガ》を加える!」

《サイバー・ゴブリン》
効果モンスター 星4/地属性/機械族/攻1200/守1100
このカードが戦闘によって墓地へ送られた時、デッキからレベル5以上の機械族モンスター1体を手札に加える事ができる。その後デッキをシャッフルする。

「ふぅん。ようやく上級モンスターを手に加えたか?
 だが、ブルーアイズの前では何もできまい。
 カードを一枚セットし、ターンエンドだ」

「私のターン! ドロー! 対抗できないわけではないですぞ。
 私はこのときを待っていた!
 手札より魔法カード発動! 《融合》!
 《サイバー・オーガ》2体を手札融合!
 出でよ!《サイバー・オーガ・2》!」

《サイバー・オーガ》
効果モンスター 星5/地属性/機械族/攻1900/守1200
このカードを手札から墓地に捨てる。
自分フィールド上に存在する「サイバー・オーガ」1体が行う戦闘を1度だけ無効にし、
さらに次の戦闘終了時まで攻撃力は2000ポイントアップする。
この効果は相手ターンでも発動する事ができる。

 銀の装甲を身に纏った悪鬼が鮫島の場に現れる。
 そのメタリックボディはブルーアイズを映し出し、異様な光を放っている。
 「《サイバー・オーガ・2》の攻撃力は2600。ブルーアイズには及ばない。
 だが、戦闘時に相手モンスターの攻撃力の半分を上乗せする効果を持つ!
 ゆけ!《サイバー・オーガ・2》!
 オーガ・ダブルアーム・インパクト!」

《サイバー・オーガ・2》
融合・効果モンスター 星7/地属性/機械族/攻2600/守1900
「サイバー・オーガ」+「サイバー・オーガ」
このカードの融合召喚は、上記のカードでしか行えない。
このカードが攻撃を行う時、攻撃対象モンスターの攻撃力の半分の数値だけこのカードの攻撃力をアップする。

ATK2600→4100

 機械仕掛けながらその攻撃は実に単純明快。
 力任せに振るわれた両腕が白龍を粉砕する!

「ふぅん。《青眼の白龍》を破るとはなかなかだな。誉めてやろう」

海馬のLP:4000→2900

「私もまだまだ衰えていませんぞ。ターンエンド!」

 海馬のLP:2900
     場:伏せカード2枚
    手札:2枚
 鮫島のLP:4000
     場:《サイバー・オーガ・2》、伏せカード1枚
    手札:3枚

「俺のターン!ドロー!
 《天使の施し》を発動。カードを三枚ドローし、二枚捨てよう」

 そして、海馬が墓地に送ったカードは二枚のブルーアイズであった。

「ブルーアイズが3体墓地に……。まさか!」
 鮫島には見覚えがあった。かつての愛弟子の姿がフラッシュ・バックする。
 墓地からモンスターを除外し、融合モンスターを召喚する戦法。
 それは闇属性・機械族の専売特許ではない。ドラゴン族にもそのキーカードが存在する。

「ふふはははは! 最高の手札が揃ったぞ。
 魔法カード《龍の鏡》を発動!
 墓地から三体の《青眼の白龍》を除外し、融合召喚!
 出でよ、《青眼の究極竜》!」

《龍の鏡》
通常魔法
自分のフィールド上または墓地から、
融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
ドラゴン族の融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

《青眼の究極竜》
融合モンスター 星12/光属性/ドラゴン族/攻4500/守3800
「青眼の白龍」+「青眼の白龍」+「青眼の白龍」

「さらに装備魔法カードを発動!《巨大化》。
 ブルーアイズよ!さらなる力を得よ!」

ATK4500→9000

《巨大化》
装備魔法
自分のライフポイントが相手より少ない場合、
装備モンスター1体の元々の攻撃力を倍にする。
自分のライフポイントが相手より多い場合、
装備モンスター1体の元々の攻撃力を半分にする。

 勇壮なる三ツ首龍が降臨し、巨大化する。全てを喰らい尽くさんと猛っている。

「なんと! 攻撃力9000!」
「ワハハハハハ。これがブルーアイズの究極形態だ!
 受けきれまい! 終わりだ!
 アルティメット・バースト!」

「くっ。場より速攻魔法発動!《リミッター解除》!
 このカードにより、《サイバー・オーガ・2》の攻撃力を倍加させる!」

ATK2600→5200

《リミッター解除》
速攻魔法
このカード発動時に自分フィールド上に存在する全ての表側表示機械族モンスターの攻撃力を倍にする。
エンドフェイズ時この効果を受けたモンスターカードを破壊する。

 ボディが赤く染まり、フルブーストでオーガは《青眼の究極竜》に向かっていく。
 だが、相手は勇壮であり、華麗であり、偉大なる究極のドラゴンである。
 その奮起もむなしく、《サイバー・オーガ・2》は塵へと帰した。

「ぬおおおおおおおお」

鮫島のLP:LP4000→200

 鮫島のライフが大幅に削れる。
「よく持ちこたえたな。
 だが、もうその程度のライフではいかなる手段も残されてはいまい。
 カードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

 海馬のLP:2900
     場:《青眼の究極竜》・巨大化装備、伏せカード3枚
    手札:なし
 鮫島のLP:200
     場:なし
    手札:3枚

 鮫島は膝をついた。
 あまりに強大すぎる相手。
 圧倒的な攻撃力。
 もう無理なのか。
 海馬オーナーを説得することはできないのか。
 もう私が教育者として手腕を奮うことはできないのか?
 だが、まだライフは残されている。
 しかし、私にまだ可能性が残されているのか……?


「私のターン! ドロー!」

 ――しかし、そのカードを目にして、鮫島は目の色を変える。
 機械族究極の融合カード、《パワー・ボンド》。

《パワー・ボンド》
通常魔法
手札またはフィールド上から、融合モンスターカードによって決められたモンスターを墓地へ送り、
機械族の融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
このカードによって特殊召喚したモンスターは、 元々の攻撃力分だけ攻撃力がアップする。
発動ターンのエンドフェイズ時、このカードを発動したプレイヤーは 特殊召喚したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを受ける。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

「海馬オーナー。このアカデミアで教えるべきことは何だと思う?」
「今更何の問答だ? 強いて言えば『力』だろう。
 より具体的に言えば、知識と技術だ。
 生徒を鍛えて、有能な人間を輩出するのが貴様らの務めだろう」
「それはその通りですな。しかし、それだけではないでしょう。
 ただ力だけで生きてゆけるほど、人は強くはなれない。
 私が教えたいのは、リスペクトする心だ!
 デュエルを通じて、人は触れ合える。
 それを通じて、互いの中の熱を感じあう。
 その課程の中で、人の存在が意味に満ちていることを実感しあう。
 私が目指すのは、生徒達の情熱を呼び起こすことなのだ。
 生徒達のいわば相手をリスペクトする感性を育むこと。
 ただの勝ち負けや、強さ弱さなど関係はない。
 相手の想いが込められたデッキから相手自身を感じ取ること。
 互いに想いが通じたときの感激を胸に残すこと。
 交わるとは本当に楽しいことなのだと信じさせてあげること。
 それが私の教育の目的だ!」

「ふぅん。そのような御託を聞くのは久々だな。
 だが、御託だけで俺は説得できんぞ。
 大口を叩くなら、それ相応の力を示してみろ!」
「その通りだ。だから、示そう。これが私の全力だ!!」

鮫島は手札から《パワー・ボンド》のカードをかざす。

「何ィ! そのカードは!!」
「ボンドとは団結、絆の意味を表す。
 私が信じるカードだ!
 ゆくぞ! 魔法カード発動!《融合回収》!
 墓地より《融合》と《サイバー・オーガ》を手札に加える!
 さらに《死者転生》を発動! 手札より《融合》を捨て、さらに《サイバー・オーガ》を回収する!」

「墓地から《サイバー・オーガ》を2体も回収だと?
 貴様、狙っているのはもしや!」
「その通り。3体融合とは《青眼の白龍》の特権ではない。
 むしろサイバー流の奥義と言ってもいい。
 機械幻獣を融合させ、究極のモンスターを生み出す。
 それが私のサイバー流の教えだ!」

 鮫島は手札を裏返し、海馬に公開する。手札は4枚。
 《サイバー・オーガ》3枚、そしてそれを繋ぐ絆のカード《パワー・ボンド》。

「魔法カード《パワー・ボンド》発動!
 手札の三体の《サイバー・オーガ》を融合し、

 出でよ! 《サイバー・オーガ・Ω(オメガ)》!!!」


《サイバー・オーガ・Ω》
融合・効果モンスター 星9/地属性/機械族/攻3800/守2600
「サイバー・オーガ」+「サイバー・オーガ」+「サイバー・オーガ」
このモンスターの融合召喚は、上記のカードでしか行えず、 融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが攻撃を行う時、攻撃対象モンスターの元々の攻撃力の数値だけこのカードの攻撃力をアップする。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


「《パワー・ボンド》の効果により、攻撃力は2倍に上昇!
 さらに《青眼の究極竜》の攻撃力を加える!! その攻撃力は……」


ATK3800→7600→12100


「攻撃によりライフは逆転した。《青眼の究極竜》の攻撃力は半減し2250ポイント!
 私の攻撃を受けよ! ゆけ!
 オーガ・インパクト・オメガ!!!」

「流石だ。……と言いたいところだが、俺は負けんぞ!
 リバースカードを発動! 《ギフトカード》!
 貴様のライフを3000ポイント回復させてやる!」

鮫島のLP:200→3200

「なんと! そんなデメリットカードをなぜ?!」
「ふぅん。ブルーアイズの攻撃力を見るがいい」

ATK2250→9000

「俺の今のLPは2900。貴様のライフが俺のライフを上回った……。
 よって、《巨大化》のメリット効果が再び発動する!
 LP3000を与えて攻撃力を6750ポイント上昇!
 どうだ! 俺の勝利の方程式に隙などない!!ワハハハハハ!」
「さらに速攻魔法《突進》!《青眼の究極竜》の攻撃力を700アップ!」

ATK9000→9700

「さぁバトルだ!」


ATK12100 VSATK9700


 《青眼の究極竜》が光の奔流を口から放つ。
 しかし、《サイバー・オーガ・Ω》はその威力を受けながらも、まったく怯む様子もない。
 ただまっすぐ、光の先の倒すべき者へと向かっていく。
 ひたむきに己に託された命令を全うするために。
 オーガは豪腕を振るう。どんなに進化しても、彼が頼るのはその腕のみ。
 ただ攻撃力のみに特化したオーガ信念の拳。
 その拳が光の閃光を切り裂き、究極のドラゴンに強烈な一撃をぶつけた。
 地響き。
 あまりに強大な力と力のぶつかり合い。

 そして、その激突の末に生き残ったのはオーガであった。

 龍は身を崩し、その姿を消した。

海馬のLP:2900→500

「クッ……。まさか俺の究極のしもべを倒されるとはな。
 だが、だ。それも全て計算づくのことだ。
 鮫島、《パワー・ボンド》のリスクはお前が一番分かっているな。 その代償を払ってもらおうか。
 《サイバー・オーガ・Ω》の元の攻撃力値、3800ポイントを貴様のLPから引くがいい!」
「攻撃は通ったのに削りきれないとは……。何と……」

鮫島のLP:3200→0

「鮫島、忠告してやろう。貴様の御託についてだ。
 人との交わり。それが大事だと貴様はほざいたな。
 その是非はまぁ置いておいてやろう。
 だがな、人との交わりにはリスクも生じうる。
 人の心と交わるというのは、相当の覚悟が必要だということだ。
 大きな力を得る可能性の反面、痛手を喰らう可能性もある。
 そして、そのリスクは一度深く交わった後は、キャンセルされ得ない。
 例えその関係が解除されてもな。
 貴様の言う交わりは理想論に過ぎんな。夢に偏りすぎている。
 まぁそれでも信じたいというなら、好きにするがいい」

 戦いは海馬の勝利で完結した。
 鮫島はうなだれる。

「私は……、もう解任かね?」
 ……………。
 ………。

 少しの間の沈黙。
 そして、海馬は口を開いた。

「……貴様にはもう少しだけ働いてもらおうか?」
「な、なんと。しかし、私は勝負に負けたというのに……」

「ふぅん。誰が勝負に勝たなければ、校長を辞してもらうと言った。
 俺様に勝てるデュエリストなど、もはやこの世にいるはずもあるまい!
 そんな理不尽な条件では、最初からデュエルなどやる必要がないな。
 まさか勝つ気でいたなどとは片腹痛いわ。
 貴様が少しは骨のあるデュエルを見せたから、それに免じてやろうというのだ。
 今年一年くらいは様子を見てやってやろう」

「おお! それは良かった良かった」
 鮫島は喜びを隠せず、笑顔になる。

「だからといって、怠けたら一年を待たずとも解任するからな。
 せいぜい血眼になって貴様の使命とやらに励むことだな」
「ええ。できる限りのことはしますとも」

「ふぅん。悪くないデュエルだったぞ。
 水を指すような真似を控えたお陰で面白いものも見れたしな」

 そう言って、海馬は一枚のカードをデュエルディスクの魔法・罠ゾーンから取り出す。
 それは《攻撃の無力化》のカード。

《攻撃の無力化》
カウンター罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。

「まさか最初のターンから伏せられていたのはそのカード……」
「ふぅん。場にあったのを忘れていたな。いずれにせよ、俺の勝利は揺ぎ無いがな」
 ディスクを置き、海馬はデッキを仕舞う。

「悪くない会合だった。失礼させてもらう。
 だが、俺の手も運営に加えさせてもらうぞ。すぐに企画書を送る。
 貴様の乏しい戦略プランの足しにすることだな」

「海馬オーナー。ひとついい企画が閃きましたぞ!」
「……何だ?」
「半年後の春にタッグデュエル大会を開く。アカデミアの一大イベントとして。
 もちろん外からゲストも招いてだ。どうかね?」
「また、友情だの団結だの絆だのほざく気か。貴様も懲りんな。
 だが、悪くない案ではないか。せいぜい、それまで煮詰めておくことだな」

 海馬は去っていく。
 鮫島はようやく一息をつく。
 なんとかこれからに繋がりそうだ。

 ブルーアイズ・ジェットを見送りながら、鮫島はこれからを考える。
これからは教師生命を懸けて、アカデミアの改善に努めなければならない。
これまでは確かに生徒達が安心して、勉学に励める環境ではなかった。
 果たしきれなかったからこそ、果たすことをより強く誓わねばなるまい。


 トントン、と校長室に控えめなノックが響く。

「どうぞ」

 すると、申し訳無さそうに一人の人物が入ってきた。
 クロノス教諭。アカデミアの実技担当最高責任者である。
「鮫島校長〜。海馬オーナーはなんとおっしゃってたノーネ?」
 なるほど、あれだけ派手に来て、去っていったのだ。
 学期末休み期間とはいえ、生徒達も驚いた者が多いだろう。
「ふふ。心配することはない。 海馬オーナーは私を激励してくれたのだよ」
「激励? それだけではおかしいノーネ?
 あのプンスカプーのオーナーがそれだけで終わるはずないノーネ」
 クロノス教諭は首をかしげたままだ。
 鮫島は彼に向かって微笑む。


「クロノスくん。十代君たちが去っても、アカデミアはまだまだ私達を楽しませてくれそうだよ」



Fin




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