休息する星達2

製作者:クローバーさん




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「おじいちゃん、今日は楽しかった♪」
 小さな子供がいた。まだあどけない表情で、玄関にいる老人を見つめている。
 その老人は優しい笑みを浮かべながら、その子供の頭を撫でた。
「そうかそうか、楽しかったか、大助(だいすけ)」
「うん!」
 大助と呼ばれた少年は、大きくうなずいた。
 少年は、その老人の孫だった。
 家が近いというのもあって、子供はよく老人の家に遊びに行っていた。

 今日も祖父に様々な遊びを教えてもらって、少年の頭には楽しい思い出が一杯だった。
「じゃあそろそろ暗くなるから、帰るね、おじいちゃん!」
「おう、気をつけろよ大助」
「うん!」
 はしゃぐように道路に出る少年。
 老人は笑みを浮かべたまま、手を振る。


 だが、その表情が一瞬で変化した。


 1台の車が、猛スピードで少年のいる道路を走っていた。
「大助!!」
 老人は叫ぶと同時に、走った。
 必死で手を伸ばし、少年の肩を掴んだ。

 キキィィィィィ!!!!!



 大きなブレーキ音がして―――


 ドンッ!!


 車が、何かにぶつかる音がした。


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「……!!」
 俺はベッドから跳ね起きて、目を覚ました。
 時間は明け方5時。朝日が昇ってまだ間もない時間帯だった。
「そうか……今日は”あの日”だったな……」
 頭を押さえて、ため息をつく。
 何年も見ていなかった夢を、今年は見てしまった。
 たしか、俺が小学5年生の頃だったような気がする。
「……まったく……」
 深いため息が出てしまう。
 本当に、最悪の目覚めだった。
 まぁ今日は仕方ないと、割り切るしかないのだが……。
「じいちゃん……か……」
 はっきりとは覚えていないが、何度か優しくしてもらった覚えがある。
 独楽とか、カルタとか、昔の遊びでしか付き合っていなかったが、よく遊んでもらった気がする。
 そういえば……じいちゃんはカードゲームもやっていた気がする。
 いったい、なんだったけな?


 コンコン


 ドアがノックされた。たぶん、親父だろう。
「おーす、起きてるか? 大助」
「ああ。起きてるよ」
「ちょうどいい。今日は何の日かわかってるよな?」
「……ああ」
「じゃあ着替えろ。これから車で現地までレッツゴーだ」
 親指を立てながら、親父は笑顔で言った。
 ピクニックに行くわけでもないのに、どうしてそんなに明るいのか分からなかった。

 今日は、俺のじいちゃんの命日。
 だからこれから、親父と一緒に墓参りに行くのである。

「ほら、さっさと準備しろ」
「分かってるよ」
 パジャマから着替えて、準備を整える。
 机の上に置いてあったデュエルディスクが目に留まったが、今日は墓参りだ。こういう道具は持っていくべきではない
だろう。
「あ、そうそう」
 ドアの隙間から顔を覗かせながら、親父が思い出したように言った。
「デッキとデュエルディスクを持って来いよ」
「は?」
「いいから、ちゃんと持ってくるんだぞ」
「……分かったよ」
 墓参りなのに、どうしてデュエルディスクとデッキを持っていかなければならないのか分からない。
 だがわざわざ反論することでもないだろう。




 それから親父の車に乗って一時間ほど、俺たち家族は墓参りに来た。
 墓の前に立って線香をたてて、両手を合わせて黙祷する。
「……じいちゃんが亡くなってから、もう4年か……」
「そうだな。親父はいつも元気だったからなぁ、元気なまま天国に逝っただろ」
「そうか……」
 じいちゃんは、俺が中学1年生の頃に亡くなった。
 心筋梗塞だったらしい。年のわりに無駄に元気だったじいちゃんからは、想像できない死因だった。
 当然、葬式にも参加した。なんていうか……本当に死んでいるのかと疑問に思うくらい、安らかな表情だったのを覚え
ている。
「お前は覚えていないかもしれないが、じいちゃんにはたくさん助けてもらったんだぞ?」
「ああ、それなりに覚えている」
 小さいころ、近所の犬に襲われそうになったのを追い払ってくれたり、木から落ちそうになったところを助けてもらっ
たりした。
 今日見た夢のことを思い起こせば、道路に飛び出した俺をかばって暴走する車から守ってくれたんだ。
 車はギリギリで俺たちの横を掠めて、近くにある電柱にぶつかった。じいちゃんは車が掠ったせいで左腕を骨折してし
まったのだが、おかげで俺は暴走する車に轢かれずに済んだ。
 ぶつかった車は酷い有様だったが、幸いにも運転手は無事だったようだ。居眠り運転だったため免許を切られてしまっ
たらしいが……。
 そのときはさすがに優しいじいちゃんも、「勝手に道路に飛び出すな!!」と大声で怒鳴ったのも覚えている。
 今にして思えば、じいちゃんは命がけで俺を守ろうとしてくれていたんだ。
「父さんはあまりお前に構ってられなかったからなぁ……じいちゃんには、本当にお世話になったんだぞ?」
「分かってる」
 警察官という仕事に就いている親父は、単身赴任のためあまり家にいなかった。
 そのため、じいちゃんが父親代わりになって、よく俺にかまってくれた。
 飼っている蜂を見せてもらったり、ハチミツをとったり、近くの綺麗な川で魚を採ったり、山に行って山菜を採ったり
もした。昔の遊びもたくさん教えてもらった。
 今にして思えば、とても貴重な経験だったと思う。

 だけど、小さいころの思い出をたくさん作ってくれたじいちゃんは、もういない……。

「どうした?」
「……いや、やっぱ墓参りだって思うと、少し気分が落ち込む……」
「はは、そんなこと言ってると、じいちゃんに笑われるぞ? 本当なら墓参りだって、こんな辛気臭いのじゃなくて盛大
にやってほしいだろうからな」
 そう言って親父は笑った。
 自分の親の墓前だってのに、どうしてこんなに笑えるのか不思議で仕方がない。
 隣で母さんも、少し苦笑していた。
「さて、そろそろいきましょうか」
 母さんが立ち上がって、車へと足を向ける。
 ついていこうと立ち上った俺の肩を、親父が掴んだ。
「わるい母さん。少し車の中で待っていてくれ」
「どうして?」
「男同士の会話ってやつだ。少し話してくる」
 そう言って親父は、大きく笑った。




 それから俺と親父は少し歩いて、近くにある公園に来た。
 時間帯のせいか、辺りには誰もいなかった。
「こんなところで何するんだよ?」
「決まってるだろ? 朝、ちゃんと持って来いって言ったよな」
 親父はそう言いながら、バッグからデュエルディスクを取り出して展開した。
 まさか、本当に決闘するつもりなのか?
「親父、遊戯王できたのか?」
「ああ。まぁ今は大ブームだし、職場でも流行ってるからな。多少ならできる。ところで確認だが、デッキは40枚以上
60枚以下だよな?」
「……………………」
 本当にできるのか不安になった。まぁ親父の掴みどころがないところは今に始まったことじゃない。
 親父の実力を見てから、適当に付き合うか速攻で終わらせるかを決めればいいだろう。
「ほら、さっさと準備しろ」
「ああ」
 俺もバッグからデュエルディスクとデッキを取り出す。
 辞書型のデュエルディスクの赤いボタンを押して、展開してからデッキをセットする。
 つい最近まで闇の決闘ばかりだったから、息抜き程度にはちょうどいいだろう。
「大助、悪いが父さんは全力でやるぞ」
「そうかよ。じゃあ俺もそれなりに全力でやる」
 デュエルディスクを腕に付けて、親父を見据える。
 決闘前の独特の緊張感が辺りを包み込む。大きく深呼吸して、俺と親父は叫んだ。



「「決闘!!」」 



 大助:8000LP   親父:8000LP



 決闘が、始まった。



 デュエルディスクの赤いランプが点灯する。
 よし、先攻は俺からだ。
「俺のターン、ドロー!」(手札5→6枚)
 引いたカードを手札に加えて、確認する。
 悪くない手札だ。ただ親父のデッキがどんなものかは分からないし、ここは様子見しておくべきだろう。
「手札から"六武衆−イロウ"を召喚する!」
 黒色の召喚陣が描かれる。その中心に光の柱が経って、中から長刀を構えた武士が現れた。


 六武衆−イロウ 闇属性/星4/攻1700/守1200
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−イロウ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 裏側守備表示のモンスターを攻撃した場合、ダメージ計算を行わず裏側守備表示のままそのモンスター
 を破壊する。このカードが破壊される場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いた
 モンスターを破壊することが出来る。


 攻撃力1700のモンスター。下級モンスターの中では高い攻撃力を持っている。
 とりあえずイロウで様子を見て、それから戦略を組み立てよう。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」


 そして、親父のターンになった。


「父さんのターン、ドロー」(手札5→6枚)
 親父はぎこちない様子でカードを引くと、小さく笑った。
「いやぁ、息子と決闘できるなんて父さんは感激だな」
「よ、余裕だな……」
「まさか。ただやっぱり、父親としての威厳ってものを見せておかないとな」
「カードゲームで威厳とか言われても困るんだが……」
「ははは、さて、大助が『六武衆』なら、父さんは『真』で戦わせてもらうぞ」
 そう言って親父は、1枚のカードを叩き付けた。
 見慣れない緑色の召喚陣が親父の場に描かれて、中からオレンジ色の甲冑を身に纏った四刀流の武士が現れた。


 真六武衆−カゲキ 風属性/星3/攻200/守2000
 【戦士族・効果】
 このカードが召喚に成功した時、手札からレベル4以下の
 「六武衆」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。
 自分フィールド上に「真六武衆−カゲキ」以外の「六武衆」と名のついたモンスターが
 表側表示で存在する限り、このカードの攻撃力は1500ポイントアップする。


「なっ!?」
 驚きを隠せなった。真六武衆だって……!? 『六武衆』以外に、そんなカードがあったのか?
 しかもこの効果って……。
「カゲキの効果を発動だ。カゲキの召喚成功時に、手札からレベル4以下の六武衆1体を特殊召喚できる。この効果で
"六武衆の影武者"を守備表示で特殊召喚だ」
 四刀流の武士の隣に、黒い甲冑を身にまとった小さな武士が参上した。


 六武衆の影武者 地属性/星2/攻400/守1800
 【戦士族・チューナー】
 自分フィールド上に表側表示で存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体が
 魔法・罠・効果モンスターの効果の対象になった時、
 その効果の対象をフィールド上に表側表示で存在するこのカードに移し替える事ができる。


「っ……しかも、チューナー!?」
「その通り。たしか、こんな感じだったかな。レベル3のカゲキにレベル2の影武者をチューニング!!」
 黒い甲冑の武士が光の輪になって、四刀流の武士を包み込む。
シンクロ召喚。出てこい"真六武衆−シエン"!!
 辺りに紫色の炎が燃え上がり、赤い甲冑に身を包んだ武士が現れた。


 真六武衆−シエン 闇属性/星5/攻2500/守1400
 【戦士族・シンクロ/効果】
 戦士族チューナー+チューナー以外の「六武衆」と名のついたモンスター1体以上
 ???
 ???


 チューナーだけじゃなくシンクロモンスターまで……いったいどうなってるんだ?
 しかもレベル5のくせに攻撃力2500。イロウの攻撃力を余裕で上回っている。
「どうだ大助。父さんもなかなかやるだろ?」
「……!! 伏せカード発動だ!!」
 予想外の展開に、たまらず伏せカードを開いた。


 奈落の落とし穴
 【通常罠】
 相手が攻撃力1500以上のモンスターを
 召喚・反転召喚・特殊召喚した時に発動する事ができる。
 そのモンスターを破壊しゲームから除外する。


「ぬっ!?」
「これで親父のシエンは除外され―――」
 言いかけた瞬間、親父の場にいる武士から紫色の炎が燃え上がった。
 その炎は俺の発動したカードを襲い、消失させてしまった。

 奈落の落とし穴→無効→破壊

「なっ!?」
「はっはー! 残念だったな大助。シエンは1ターンに1度、相手の魔法・罠カードを無効にできるんだ」


 真六武衆−シエン 闇属性/星5/攻2500/守1400
 【戦士族・シンクロ/効果】
 戦士族チューナー+チューナー以外の「六武衆」と名のついたモンスター1体以上
 1ターンに1度、相手が魔法・罠カードを発動した時に発動する事ができる。
 その発動を無効にし破壊する。

 また、フィールド上に表側表示で存在するこのカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の自分フィールド上に表側表示で存在する
 「六武衆」と名のついたモンスター1体を破壊する事ができる。


「……!!」
「じゃあバトルだ。シエンでイロウに攻撃!!」
 赤い甲冑に身を包んだ武士が、刀に紫色の炎を纏わせて斬りかかる。
 対するイロウも長刀で抵抗しようとしたが、力の差にあっけなく破れてしまった。

 六武衆−イロウ→破壊
 大助:8000→7200LP

「っ……!」
「父さんはカードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

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 大助:7200LP

 場:なし

 手札4枚
------------------------------------------------------
 親父:8000LP

 場:真六武衆−シエン(攻撃)
   伏せカード1枚

 手札3枚
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「…………」
 訳がわからない。六武衆以外に『真六武衆』なんてカードが存在するなんて初耳だ。
 たしかに遊戯王本社がすべてのカード情報を公開しているわけじゃないから、知らないカードがあってもおかしくはな
い。町によって売ってるパックとかも違うっていうし………。
 そもそも、親父がこんなに強いなんて知らなかった。
「どうした大助? ははーん、さては父さんの予想外の強さに戸惑っているんだなぁ?」
「………」
 言い返せない。とにかく「適当に決闘をやろう」なんて考えは強制排除された。
 親父の場には魔法・罠を無効にできる強力なモンスターが1体。
 これぐらいの状況なら、なんとかできるはずだ。
「俺のターン! ドロー!!」(手札4→5枚)
 手札に欲しいカードが来てくれた。これで一気に勝負を仕掛けられる。
 だが問題はあの伏せカードだ。いったい親父は何を伏せたんだ?
「どうした大助? おなかでも痛くなったか?」
「……!」
 親父め、まだまだ余裕ってところか。
 まぁ、考えすぎてもキリがないな。
「手札から"六武衆の御霊代"を召喚する!!
 小さな紫色の召喚陣が描かれて、俺の場に肉体の持たない鎧が姿を現した。


 六武衆の御霊代 地属性/星3/攻500/守500
 【戦士族・ユニオン】
 1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに装備カード扱いとして自分フィールド上の「六武衆」と
 名のついたモンスターに装備、または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
 この効果で装備カード扱いになっている場合のみ、装備モンスターの攻撃力・守備力は500ポイント
 アップする。装備モンスターが相手モンスターを戦闘によって破壊した場合、自分はカードを1枚ドロー
 する。(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで、装備モンスターが破壊される場合は、
 代わりにこのカードを破壊する。)


「さらに場に六武衆が1体存在することで手札から"六武衆の師範"を特殊召喚する!!」
 鎧の隣に、隻眼の武士が颯爽と現れる。
 その眼は相手の場にいる不敵な笑みを浮かべた武士を見据えている。


 六武衆の師範 地属性/星5/攻2100/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが相手のカード効果によって破壊された時、
 自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 「六武衆の師範」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。


「シエンは魔法・罠カードを無効にできるけど、モンスター効果までは無効にできないだろ!」
「さすがだな大助。その通りだ」
「御霊代の効果発動!! 師範にユニオンする!!」
 俺の場にいる鎧が分離して、隻眼の武士の体に装着する。
 強靭な武具に身を包み、武士はその力をさらに上げた。

 六武衆の師範:攻撃力2100→2600 守備力800→1300

「バトルだ!!」
 抜刀の構えをとった師範が、親父の場にいる武士へ突撃する。
 襲いくる紫色の炎をかわして、赤い甲冑に身を包む武士を切り裂いた。 

 真六武衆−シエン→破壊
 親父:8000→7900LP

「うお、まさかこんな早くやられちゃうとはなぁ」
「ユニオンしてある"六武衆の御霊代"の効果で、俺はデッキからカードを1枚ドローする!」(手札3→4枚)
「モンスターを破壊した上に手札補充か。やるな大助」
 親父はどこか嬉しそうに笑いながらそう言った。
 褒めているのか、からかっているのかよく分からない。
「だけどそれぐらいじゃ真六武衆は崩れないぞ! シエンが破壊された瞬間、伏せカード発動だ!!」
「このタイミングで……!?」


 紫炎の計略
 【通常罠】
 自分フィールド上に存在する「六武衆」と名のついたモンスターが
 戦闘によって破壊された場合に発動する事ができる。
 手札から「六武衆」と名のついたモンスターを2体まで特殊召喚する。


「この効果で、父さんは手札から"真六武衆−ミズホ"と"真六武衆−エニシ"を特殊召喚する!」(手札3→1枚)
 シエンが倒れたその場から炎が燃え上がり、新たな武士たちが仇を討つかのように現れる。
 一人は緑色の甲冑に身を包んで大きな刀を構えており、もう一人は軽量の赤い鎧を装着し、巨大な三日月のような形を
した武器を携える女武士だ。


 真六武衆−エニシ 光属性/星4/攻1700/守700
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「真六武衆−エニシ」以外の
 「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
 1ターンに1度、自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター2体をゲームから
 除外する事で、フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して手札に戻す。
 この効果は相手ターンでも発動する事ができる。
 また、自分フィールド上に「真六武衆−エニシ」以外の「六武衆」と名のついたモンスターが
 表側表示で2体以上存在する場合、このカードの攻撃力・守備力は500ポイントアップする。


 真六武衆−ミズホ 炎属性/星3/攻1600/守1000
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「真六武衆−シナイ」が表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 1ターンに1度、このカード以外の自分フィールド上に存在する
 「六武衆」と名のついたモンスター1体をリリースする事で、
 フィールド上に存在するカード1枚を選択して破壊する。


「また真六武衆かよ……」
「そうだ。ちなみに真六武衆はまだいるからな。気をつけろよ?」
「くっ……」
 どっちの効果も、強力だとしか言いようがない。
 ましてやエニシの効果は相手ターンまで使える。これじゃあ、どんなに強力なモンスターでも手札に戻されてしまう。
シンクロモンスターなどにとっては、なおさら脅威だ。
「…………」
 それにしても、親父が使う『真六武衆』……どこかで見たような姿をしている。
 カゲキ、シエン、エニシ、ミズホ……もしかして……?
「なぁ親父」
「ん?」
「もしかして真六武衆って、先代の六武衆だったりするのか……?」
「ああ、その通りだ」
 あまりにもあっさりとした返事に、思わずため息が出てしまった。
 どうやら予想が当たってしまったらしい。
 "真六武衆−カゲキ"は"六武衆の侍従"が現役で活躍していた姿であり、"真六武衆−シエン"は当然"大将軍 紫炎"が
六武衆の頃だった時代の姿。"真六武衆−エニシ"は"紫炎の老中 エニシ"が若い頃の姿。そして"真六武衆−ミズホ"は
……"六武衆の露払い"というところだろう。よくよく考えてみれば、エニシもミズホも効果が類似しているしな。
「やれやれ……」
 わざわざ『真六武衆』なんてジャンルを出すなんて、遊戯王本社もタチが悪いな。

 とにかく、今はこの決闘に集中しないといけない。
 おそらく親父はエンドフェイズにエニシの効果を使って師範を手札に戻してくるだろう。
 だとしたら、このまま場をがら空きにさせるわけにはいかない。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」
「おっと! エンドフェイズ時にエニシの効果発動! 墓地のカゲキと影武者を除外して、師範を手札に戻させてもらう
ぞ」
 緑色の甲冑を着た武士が、両手で構える大刀を振りかぶった。
 それを地面に叩き付けると同時に、辺りに強烈な風が巻き起こる。その風に吹き飛ばされて、隻眼の武士は手札に戻さ
れてしまった。

 真六武衆−カゲキ→除外
 六武衆の影武者→除外
 六武衆の師範→手札(大助:手札3→4枚)
 六武衆の御霊代→破壊

 そして、エンドフェイズが終了した。

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 大助:7200LP

 場:伏せカード1枚

 手札4枚
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 親父:7900LP

 場:真六武衆−エニシ(攻撃)
   真六武衆−ミズホ(攻撃)

 手札1枚
------------------------------------------------------

「父さんのターンだ。ドロー!」(手札1→2枚)
 親父はカードを引いて、少しだけ不満そうな表情を浮かべた。
 どうやら思ったようなカードが引けなかったらしい。
「……うーむ……よし、このままバトルだ」
 2体の武士が一斉に襲いかかった。
 赤い鎧に身を包んだ女武士が、見るからに物騒な武器で切りつけた。
「っ……」

 大助:7200→5600LP

「続けてエニシで攻撃だ!」
「そっちの攻撃は防ぐ!」
 斬りかかってくる武士へ向けて、俺は伏せカードを開いた。


 ガード・ブロック
 【通常罠】
 相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
 その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
 自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 俺の体を薄い光の壁が覆い、武士の攻撃を弾きとばす。
「この効果で俺は戦闘ダメージを0にして、デッキからカードを1枚ドローする!」(手札4→5枚)
「なるほど、そうやってかわしたか。じゃあ父さんはカードを1枚伏せてターンエンドだ」


 親父のターンが終わって、ターンが俺へと移る。


「俺のターン、ドロー!!」(手札5→6枚)
 引いたカードを手札に加えて、状況を確認する。
 相手の場にいるエニシは、墓地の六武衆を2体除外しないと効果が発動できない。
 親父の墓地に六武衆は1体だけ。今なら、効果に邪魔されず攻撃できる!
「手札から"六武衆−ザンジ"を召喚!! さらに"六武衆の師範"を特殊召喚!!」
 橙色の召喚陣が描かれて、その中心から薙刀を装備した武士が現れる。その隣には、さっき強制排除された隻眼の武士
が戻ってきた。


 六武衆−ザンジ 光属性/星4/攻1800/守1300
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ザンジ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードが攻撃を行ったモンスターをダメージステップ終了時に破壊する。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


「そして手札から"二重召喚"を発動!! 手札から"六武衆−ニサシ"を召喚する!!」
 緑色の召喚陣が描かれるとともに、二刀流の武士が参上した。


 二重召喚
 【通常魔法】
 このターン自分は通常召喚を2回まで行う事ができる。


 六武衆−ニサシ 風属性/星4/攻1400/守700
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ニサシ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


「おぉ、一気にモンスターを展開してきたか」
「ああ! バトルだ!! ザンジでエニシに攻撃!!」
 薙刀を構えて、ザンジは斬りかかる。対する武士も大刀を振るが、わずかな差でザンジの方が速い。
 鋭い刃の一閃に、親父の武士は切り裂かれた。

 真六武衆−エニシ→破壊
 親父:7900→7800LP

「続けて、師範で攻撃す―――」
「伏せカード発動だ!!」
「なっ!?」
 親父は不敵な笑みを浮かべて、伏せカードを開いていた。


 六武派二刀流
 【通常罠】
 自分フィールド上に存在するモンスターが、表側攻撃表示で存在する
 「六武衆」と名のついたモンスター1体のみの場合に発動する事ができる。
 相手フィールド上に存在するカード2枚を選択して持ち主の手札に戻す。


「この効果で師範とニサシは手札に戻させてもらうぞ!」
 親父のカードから光が放たれて、俺の場にいる武士達が退場させられてしまった。

 六武衆の師範→手札
 六武衆−ニサシ→手札
 大助:手札2→3→4枚

「くっそ……!」
「まだまだ甘いな大助。そんなんじゃ父さんに勝てないぞ?」
 親父は不敵な笑みを浮かべながらそう言った。
 でも今のはプレイングミスだ。師範には特殊召喚できる効果があるから、手札に戻しても意味は無い。
 いや、あえて師範を戻したのか? だとしたら……
「……カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」
「師範を特殊召喚しなくていいのか?」
「………ああ」
「そうか」

------------------------------------------------------
 大助:5600LP

 場:六武衆−ザンジ(攻撃)
   伏せカード1枚

 手札3枚
------------------------------------------------------
 親父:7500LP

 場:真六武衆−ミズホ(攻撃)

 手札1枚
------------------------------------------------------

「俺のターン、ドロー。よーし、父さんもそろそろ本格的に攻めるぞ?」(手札1→2枚)
「勝手にしろよ」
 どうにも親父に付き合っていると調子が狂う。
 だからといって、今の不利な状況になってしまった言い訳にはならない。純粋にプレイングでもカードの能力でも負け
てしまっていると言っていいだろう。
 だがプレイングもカードも劣っている状況で、なんとか勝利出来たことは何回もあった。これぐらいで諦めるわけには
いかない。
「父さんは手札から"紫炎の狼煙"を発動だ」


 紫炎の狼煙
 【通常魔法】
 自分のデッキからレベル3以下の「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。


「……!! サーチカードか!」
「そうだ。この効果でデッキから"真六武衆−シナイ"を手札に加える。そして手札から"六武衆の結束"を発動する」


 六武衆の結束
 【永続魔法】
 「六武衆」と名の付いたモンスターが召喚・特殊召喚される度に、
 このカードに武士道カウンターを1個乗せる(最大2個まで)。
 このカードを墓地に送る事で、このカードに乗っている武士道カウンターの数だけ
 自分のデッキからカードをドローする。


 ここにきてのドロー強化。まずい。ただでさえ真六武衆は特殊召喚しやすいモンスターなのに、これじゃああっという
間にカウンターが貯められてしまう。
「さらにシナイは、場に"真六武衆−ミズホ"が存在するとき、手札から特殊召喚できる!」
「なっ!?」
 赤い甲冑の女武士の隣に、紫色の鎧を着込み、巨大な棍棒を持った武士が現れた。
 あの鎧の色から考えて"六武衆の御霊代"の昔の姿だと考えるのが妥当だろう。


 真六武衆−シナイ 水属性/星3/攻1500/守1500
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「真六武衆−ミズホ」が表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 フィールド上に存在するこのカードがリリースされた場合、
 自分の墓地に存在する「真六武衆−シナイ」以外の
 「六武衆」と名のついたモンスター1体を選択して手札に加える。


 六武衆の結束:武士道カウンター×0→1

「そしてミズホの効果発動! 場の六武衆を1体リリースすることで、相手のカード1枚を破壊できる! 父さんは場に
いるシナイをリリースして、お前の場にある伏せカードを破壊する!」
「……! チェーンして"グレイモヤ不発弾"を発動する!!」
「ぬっ!?」


 グレイモヤ不発弾
 【永続罠】
 フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスター2体を選択して発動する。
 選択したモンスターがフィールド上から離れた時、このカードを破壊する。
 このカードが破壊された時、選択したモンスターを破壊する。


「この効果で……師範とミズホを選択する。そしてミズホの効果で不発弾は破壊されて、選択された師範とミズホを破壊
する……」
 女武士が放った小刀が、俺の場に隠されていた爆弾に接触する。
 途端に巨大な爆発が起こり、場のモンスターを吹き飛ばしてしまった。

 真六武衆−シナイ→墓地
 グレイモヤ不発弾→破壊
 六武衆−ザンジ→破壊
 真六武衆−ミズホ→破壊

「おいおい、自分のモンスターごと巻き込むなんてどうかしてるぞ?」
「悪かったな」
 本当は親父のモンスターだけ選択して破壊したかったのだが、親父はモンスターを増やさなかった。いや、もしかした
らこのカードの存在を見抜いていたのかもしれない。
 グレイモヤ不発弾を発動しない選択肢もあったが、親父が何の対策もしないままでいるとは思えない。
 だから少しでも親父のモンスターを減らしておくことに越したことはない。
 ……なんにしても、これで俺の場はがら空きになってしまった。
「さて、さっきリリースされた"真六武衆−シナイ"の効果発動。このカードがリリースされたとき、墓地からシナイ以外
の六武衆1体を手札に加えることができる」
「そんな効果まであったのか……!」
「この効果で、父さんは墓地にいる"真六武衆−エニシ"を手札に加える」(手札0→1枚)
「また厄介な真六武衆を……」
「はは、そう言うな。エニシを召喚だ!」


 真六武衆−エニシ 光属性/星4/攻1700/守700
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「真六武衆−エニシ」以外の
 「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
 1ターンに1度、自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター2体をゲームから
 除外する事で、フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して手札に戻す。
 この効果は相手ターンでも発動する事ができる。
 また、自分フィールド上に「真六武衆−エニシ」以外の「六武衆」と名のついたモンスターが
 表側表示で2体以上存在する場合、このカードの攻撃力・守備力は500ポイントアップする。


 六武衆の結束:武士道カウンター×1→2

「結束を墓地に送って、デッキからカードを2枚ドロー!」(手札0→2枚)
 0枚だった親父の手札が補充される。
 俺も使うカードだから文句は言えないが、やっぱり強力なドローカードだな。
「さて、このまま攻撃してもいいが……」
 親父は俺を見ながら小さく笑う。
 何を考えているかは分からないが、こっちも状況を整理しよう。親父の場には厄介なエニシが1体だけ。だがエニシの
効果は、他の六武衆が存在しないと使えない。このまま攻撃されてもライフは残るし、次のターンに除去すればいいだけ
の話だ。
「よし、じゃあ父さんはこのカードを特殊召喚だ」
「……!?」
 親父の場に、新たな武士が召喚された。


 真六武衆−キザン 地属性/星4/攻1800/守500
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「真六武衆−キザン」以外の「六武衆」と名のついたモンスターが
 表側表示で存在する場合、このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 自分フィールド上にこのカード以外の「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で
 2体以上存在する場合、このカードの攻撃力・守備力は300ポイントアップする。


「これでようやく真六武衆を全員登場させられたな」
「……」
 場に六武衆が1体いるときに特殊召喚できる効果……。ということは、"六武衆の師範"の若いころということか。
 くそ、予定が違った。このままじゃ……!
「さぁバトルだ! エニシとキザンで攻撃だ!!」
 2体の息の合った攻撃が、一気に襲いかかる。
 防ぐカードもない俺は、それを黙って受け止めることしかできなかった。

 大助:5600→3900→2100LP

「っ……」
「おっと、このまま父さんが勝っちゃうかな?」
「まだだ!」
「ははっ、冗談だって。父さんはこのままターンエンドだ」

------------------------------------------------------
 大助:2100LP

 場:なし

 手札3枚
------------------------------------------------------
 親父:7800LP

 場:真六武衆−エニシ(攻撃)
   真六武衆−キザン(攻撃)

 手札1枚
------------------------------------------------------

「俺のターン!! ドロー!!」(手札3→4枚)
 このままやられっぱなしでいるわけにはいかない。
 たまには親父にギャフンぐらい言わせてやる。
「手札から"六武衆−ニサシ"を召喚する!!」


 六武衆−ニサシ 風属性/星4/攻1400/守700
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ニサシ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


「おっと、この瞬間、エニシの効果発動だ! 墓地にいるミズホとシナイを除外して、ニサシを手札に戻す!」

 真六武衆−ミズホ→除外
 真六武衆−シナイ→除外

「させるかよ!! その効果にチェーンして手札から"六武衆の理"を発動だ!!」
「……!?」


 六武衆の理
 【速攻魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する
 「六武衆」と名のついたモンスター1体を墓地へ送って発動する。
 墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する。


「この効果でニサシを墓地に送って、再びニサシを特殊召喚する!! 対象を失ったエニシの効果は不発になる!」
「なるほど、そんなかわし方があったのか!」

 六武衆−ニサシ→墓地
 六武衆−ニサシ→特殊召喚(攻撃)

「そして手札の"六武衆の師範"を特殊召喚!! さらに六武衆が2体いることで"大将軍 紫炎"を特殊召喚だ!!」
「っ……!!」


 六武衆の師範 地属性/星5/攻2100/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが相手のカード効果によって破壊された時、
 自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 「六武衆の師範」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。


 大将軍 紫炎 炎属性/星7/攻撃力2500/守備力2400
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが2体以上表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 相手プレイヤーは1ターンに1度しか魔法・罠カードの発動ができない。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名のついたモンスターを破壊する事ができる。


「おいおい、少しは手加減してくれよ。父さんは遊戯王熟練者じゃないんだから」
「バトルだ!!」
 俺の宣言とともに、武士たちが一斉に攻撃を仕掛ける。
 師範はキザンを、紫炎はエニシを倒し、ニサシの2連撃が親父を切り裂いた。
「く……!」

 真六武衆−キザン→破壊
 真六武衆−エニシ→破壊
 親父:7800→7500→6700→5300→3900LP

「やるなぁ大助。父さんは嬉しいぞ」
「そうかよ。これで俺はターンエンドだ!」

------------------------------------------------------
 大助:2100LP

 場:六武衆−ニサシ(攻撃)
   六武衆の師範(攻撃)
   大将軍 紫炎(攻撃)

 手札0枚
------------------------------------------------------
 親父:3900LP

 場:なし

 手札1枚
------------------------------------------------------

「さて、今度は父さんがピンチだな……」
 親父の顔が若干だが真剣になった。
 俺も気を引き締めて相手の出方を伺う。紫炎がいる限り、親父は1ターンに1度しか魔法・罠カードを使えない。
 そう簡単に動けないはずだ。
「まぁ考えても仕方ないな。父さんのターンだ、ドロー!」(手札1→2枚)
 恐る恐るといった感じでカードを引いた親父の目に、力が宿った。
 何か良いカードでも引いたのか?
「手札から"死者蘇生"を発動だ!」
「……!? この局面で、そのカード!?」


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


「この効果で墓地にいる"真六武衆−シエン"を特殊召喚だ! さらに手札から"六武衆の御霊代"を通常召喚だ!」
「しまった……!」


 真六武衆−シエン 闇属性/星5/攻2500/守1400
 【戦士族・シンクロ/効果】
 戦士族チューナー+チューナー以外の「六武衆」と名のついたモンスター1体以上
 1ターンに1度、相手が魔法・罠カードを発動した時に発動する事ができる。
 その発動を無効にし破壊する。
 また、フィールド上に表側表示で存在するこのカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の自分フィールド上に表側表示で存在する
 「六武衆」と名のついたモンスター1体を破壊する事ができる。


 六武衆の御霊代 地属性/星3/攻500/守500
 【戦士族・ユニオン】
 1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに装備カード扱いとして自分フィールド上の「六武衆」と
 名のついたモンスターに装備、または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
 この効果で装備カード扱いになっている場合のみ、装備モンスターの攻撃力・守備力は500ポイント
 アップする。装備モンスターが相手モンスターを戦闘によって破壊した場合、自分はカードを1枚ドロー
 する。(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで、装備モンスターが破壊される場合は、
 代わりにこのカードを破壊する。)


「真がついても六武衆であることに変わりない! 御霊代をシエンにユニオンだ!」
「くそっ!」
 親父の場にいる鎧が分離して、真紅の鎧を着た武士を纏う。
 さらなる力を獲得して、武士は高らかに刀を掲げた。

 真六武衆−シエン:攻撃力2500→3000 守備力1400→1900

「攻撃力3000……!!」
「ふっふっふ、さぁバトルだ! 師範に攻撃!!」
 力を上げた武士が、師範に斬りかかる。
 紫色の炎を纏った刃が、師範の体をあっけなく切り裂いてしまった。

 六武衆の師範→破壊
 大助:2100→1300

「くっ……!」
「ユニオンしてある御霊代の効果で1枚ドロー!」(手札0→1枚)
 親父はカードを引いて、さらに笑みを浮かべた。
「よし、父さんはカードを1枚伏せて、ターンエンドだ!!」

------------------------------------------------------
 大助:1300LP

 場:六武衆−ニサシ(攻撃)
   大将軍 紫炎(攻撃)

 手札0枚
------------------------------------------------------
 親父:3900LP

 場:真六武衆−シエン(攻撃)
   六武衆の御霊代(ユニオン状態)
   伏せカード1枚

 手札0枚
------------------------------------------------------

「俺のターン……!!」
 あの局面で"死者蘇生"を引くなんて、さすが親父といったところだろう。
 また状況がひっくり返されてしまった。このターンでなんとかできなければ、負ける。
 頼むぞ、”あのカード”を……引かせてくれ……!!

「ドロー!!」(手札0→1枚)

 引いた瞬間、カードが白い光を発した。
 どうにか、きてくれたらしい。
 これならいける!
「手札から"先祖達の魂"を召喚する!!」


 先祖達の魂 光属性/星3/攻0/守0
 【天使族・チューナー】
 このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時に自分フィールド上と手札に他のカードが無い
 場合、自分の墓地から「大将軍紫炎」1体を表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
 ただし、この効果で特殊召喚したカードの効果は無効となり、攻撃力・守備力は0になる。


「な、なんだそのカードは?」
「俺の切り札への布石だよ! レベル7の"大将軍 紫炎"に、レベル3の"先祖達の魂"をチューニング!!」
 場に浮かぶ無数の青白い光が、将軍の体を包み込む。
 膨大な炎が燃え上がり、将軍の力が大きく高まる。紅蓮の甲冑に身を包み、新たな将軍が姿を現す。
「シンクロ召喚!! 現れろ! "大将軍 天龍"!!」


 大将軍 天龍 炎属性/星10/攻3000/守3000
 【戦士族・シンクロ/効果】
 「先祖達の魂」+「大将軍 紫炎」
 1ターンに1度だけ、デッキ、手札または墓地から「六武衆」と名のついたモンスターカード1種類
 すべてをゲームから除外することができる。この効果で除外したモンスターの属性、攻撃力、守備力、
 効果を、相手ターンのエンドフェイズ時までこのカードに加える。
 この効果で得た効果は、他に「六武衆」と名のついたモンスターが存在しなくても発動できる。


 対峙する2体のモンスター。
 共に攻撃力は3000。このまま戦えば、ユニオン状態の御霊代が身代わりになってくれるシエンの方が有利だ。けど
天龍なら、そんなもの簡単に覆せる。
「天龍の効果発動!! デッキ、手札、墓地から"六武衆−ザンジ"をすべて除外して、その能力を付加させる!!」
「なに!?」
 俺のデッキと墓地から、黄色の光が放たれて天龍の持つ刀を纏う。
 すると刀が大きく輝き、まばゆい光を宿した薙刀へと変化した。

 大将軍 天龍:攻撃力3000→4800 守備力3000→4300 炎→炎+光属性

「そしてニサシを守備表示にする!」
 このまま攻撃してもいいが、あの伏せカードが気になる。
 おそらく攻撃補助のカードか、攻撃宣言時に発動できるカードだろう。だけど六武衆の力を宿した天龍なら、身代わり
効果も使えるし、付加したザンジの能力で万が一"和睦の使者"を発動されてもシエンを破壊できる。破壊時に御霊代が身
代わりになってしまうが、それでも十分だ。
「バトルだ!!」
 天龍が薙刀を構えて、シエンに向かう。
 数回の剣戟が交わり、天龍の刃がシエンを切り裂いた。

 六部衆の御霊代→破壊(ユニオン時の身代わり効果)
 親父:3900→2100LP

「さらに付加したザンジの能力で、ダメージステップ終了時に、攻撃したモンスターを”破壊”する!!」
 天龍の持つ薙刀から、第2撃として光の刃が放たれた。
 これで―――!!


「残念だったな大助」


「……!?」
 シエンに向かうはずだった刃が、180度回転する。
 さらにその刃は、放った本人である天龍を貫いてしまった。

 大将軍 天龍→破壊

「な、なんで……」
「天龍の破壊効果にチェーンして、このカードを発動したんだ」


 六尺瓊勾玉
 【カウンター罠】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが
 表側表示で存在する場合のみ発動する事ができる。
 相手が発動した、カードを破壊する効果モンスターの効果・魔法・罠カードの
 発動を無効にし破壊する。


「か、カウンター罠!?」
「そうだ。残念だったな〜。ヤリザの効果を付加しておけば勝ってたのに」
「た、ターンエンド……!」

------------------------------------------------------
 大助:1300LP

 場:六武衆−ニサシ(守備)

 手札0枚
------------------------------------------------------
 親父:2100LP

 場:真六武衆−シエン(攻撃)

 手札0枚
------------------------------------------------------

「よし、父さんのターンだ。ドロー!!」(手札0→1枚)
 状況はかなり悪い。切り札の天龍がやられてしまって、親父の場にいるシエンの攻撃力は2500もある。
 しかもこっちは魔法・罠カードを無効にされてしまう。
 どうする? どうしたらいい?
「父さんはカードを1枚伏せて、バトルだ」
 紫色の炎を宿した刃が、二刀流の武士を切り裂いた。

 六武衆−ニサシ→破壊

「おっと、本当に父さんが勝っちゃいそうだな」
「まだ終わってないだろ」
「ははっ、そうだな。じゃあ父さんはターンエンドだ」


 そして、俺のターンになった。


「俺のターン、ドロー!!」(手札0→1枚)
 状況は最悪だ。
 このままターンエンドしてしまったら、間違いなく負けてしまう。
 負けたからといって罰ゲームがあるわけではないが、親父に負けるのはなんとなく気に食わない。
 なんとか逆転への糸口を掴んで、この決闘に勝利したい。

 そのためには……………やっぱりあれしかないか。

「俺はデッキワンサーチシステムを発動!! デッキから"神極・閃撃の陣"を手札に加える!!」
 デュエルディスクについている青いボタンを押す。
 デッキの中から自動的にカードが飛び出して、俺はそれを手札に加えた。(手札1→2枚)
《デッキからカードを1枚ドローして下さい》
 音声に従って、親父もデッキからカードを引いた。(手札0→1枚)
「六武衆専用のデッキワンカードか。最後の勝負ってところか?」
「ああ。カードを2枚伏せて、ターンエンドだ!!」

------------------------------------------------------
 大助:1300LP

 場:伏せカード2枚

 手札0枚
------------------------------------------------------
 親父:2100LP

 場:真六武衆−シエン(攻撃)

 手札1枚
------------------------------------------------------

「父さんのターン、ドロー!!」(手札1→2枚)
 親父はカードを引くと、俺を見てニヤッと笑った。
 何か嫌な予感がするのは、気のせいだろうか。
「大助、このターンで最後っぽいな」
「させるかよ。このターンを凌げば、まだ分からない」
「ほほー、言うねぇ。じゃあいくぞ!」
 楽しそうな表情をしながら、親父は手札から1枚のカードを発動した。


 地盤沈下
 【永続魔法】
 使用していないモンスターカードゾーンを2ヶ所指定して発動する。
 このカードがフィールド上に存在する限り、
 指定したモンスターカードゾーンは使用できない。


「そ、そのカードは……!」
「どうした? 何か不都合なことでもあったか?」
 首をかしげながら、親父は言った。
 モンスターゾーンを2ヶ所使用不可能にする永続魔法。これが通れば、俺は場にモンスターを3体までしか召喚できな
くなってしまう。
「くっ! チェーンして罠カード"究極・背水の陣"を発動する!!」


 究極・背水の陣
 【通常罠】
 自分のライフポイントが100ポイントになるようにライフポイントを払って発動する。自分の墓地に
 存在する「六武衆」と名のついたモンスターを自分フィールド上に可能な限り特殊召喚する(同名カード
 は1枚まで)。ただし、フィールド上に存在する同名カードは特殊召喚できない。


 大助:1300→100LP

 このカードで場にモンスターを並べて壁にすれば、親父の攻撃を防ぐことができる。
 今の俺の墓地にはザンジ、イロウ、ニサシ、御霊代、師範の5体がいる。それらを"地盤沈下"の効果が及ぶ前に特殊
召喚できればいいが……。
「おっと、それは"真六武衆−シエン"の効果で無効にさせてもらうぞ!!」
 紫色の炎が、俺のカードめがけて放射される。
 やっぱり無効にしてきたか。
 だけど、それは予想通りだ。
「シエンの効果にチェーンして、罠カード"神極・閃撃の陣"を発動する!!」


 神極・閃撃の陣
 【通常罠・デッキワン】
 「六武衆」と名のついたカードが15枚以上入っているデッキにのみ入れることができる。 
 自分のライフが100のとき、このカードは手札から発動でき、発動と効果を無効にされない。
 自分のライフポイントが50ポイントになるようにライフポイントを払って発動する。 
 自分のデッキに存在するすべてのモンスターを墓地へ送り、自分の墓地に存在する「六武衆」と
 名のついたモンスターを自分フィールド上に可能な限り特殊召喚する。
 また、手札からこのカードを発動したとき、以下の効果も使うことが出来る。
 ●この効果で特殊召喚したモンスターの数まで、フィールド上のカードを破壊することが出来る。
 ●このターンのエンドフェイズ時まで、自分のモンスターは相手のカード効果を受けない。


 大助:100→50LP

「シエンが無効にできるのは1回だけだ。これなら、無効にされない!」
 本当は後半の強力な効果で逆転をしたかったのだが、それは手札から発動した時のみ発動できる。
 『遊戯王OCG事務局』に電話で聞いたところ、"神極・閃撃の陣"はライフが100のとき手札から発動できるという
効果は、あくまで自分のターンにしか適用されない効果らしい。
 つまり、守りの時に使う"神極・閃撃の陣"は"究極・背水の陣"とほとんど変わりがないのだ。
「この効果で、俺は墓地にいる―――」


「おっと、じゃあ父さんもそれにチェーンしようかな」


 割り込むように発せられた声。
 親父の場に伏せてあったカードが、開かれていた。


 おジャマトリオ
 【通常罠】
 相手フィールド上に「おジャマトークン」(獣族・光・星2・攻0/守1000)を
 3体守備表示で特殊召喚する(生け贄召喚のための生け贄にはできない)。
 「おジャマトークン」が破壊された時、このトークンのコントローラーは
 1体につき300ポイントダメージを受ける。


「なっ!?」
「この効果で、大助の場におジャマトークンを3体特殊召喚だ。これで、"神極・閃撃の陣"で特殊召喚されるモンスター
は2体だけになったな」
「……!! 俺は……師範とザンジを守備表示で……特殊召喚する」
 俺の場に、緑、黒、黄色のおジャマトークンが現れる。
 地面に巨大な召喚陣が描かれるが、その中から現れた武士は2体だけだった。

 おジャマトークン×3→特殊召喚(守備)
 六武衆の師範→特殊召喚(守備)
 六武衆−ザンジ→特殊召喚(守備)

「逆順処理。"究極・背水の陣"はシエンの効果で無効。"地盤沈下"は埋めるモンスターゾーンがないから不発だ」
「………」

 究極・背水の陣→無効→破壊
 地盤沈下→不発

「そしてシエンでおジャマトークンに攻撃だ。おジャマトークンは破壊されたとき、コントロールしているプレイヤーに
800ポイントのダメージを与える」
「っ……!」
 親父の場にいる武士の刃が、黄色のおジャマトークンを切り裂く。
 破壊されたトークンから黄色の光が放たれて、俺を貫いた。

 おジャマトークン→破壊
 大助:50→0LP




 俺のライフが0になる。




 そして決闘は、終了した。










「悪いな。少し大人げなかったか?」
 デュエルディスクを片づけながら、親父はそう言った。
 俺もデュエルディスクの赤いボタンを押して、辞書型の状態に戻す。
「いや、普通に俺の負けだ」
 デッキをデッキケースにしまいながら、俺は答えた。
 "地盤沈下"と"おジャマトリオ"のコンボは完全に予想外だった。まさかあんな形で、デッキワンカードが封じられて
しまうなんて考えたこともなかった。どんなカードでも弱点はある……ってことか。

「それにしてもどうだった? 久々に”痛みの無い決闘”をしてさ」

 親父が笑みを浮かべたまま言う。
 ”痛みの無い決闘”というのは当然、闇の決闘のことを言っているのだろう。
「……やっぱり親父にも、スターから説明がいってたのか?」
「まぁな。やっぱ保護者として、お前が入院した理由くらいは知っておかないといけないだろ。ま、最初に聞いたときは
信じられなかったがな」
 そりゃあそうだ。俺も初めて闇の決闘した時は、悪い夢か何かだと思った。
 けど実際に闇の力は存在していて、それを扱う組織がいて、スターっていう組織がいて……。普通の日常から、一気に
非日常へと巻き込まれてしまった。
 戸惑わなかったと言えば嘘だ。
 今回の事件だって、一歩間違えれば俺は死んでいたかもしれない。香奈も記憶を削除されて、いなくなってしまったか
もしれない。もしものことを考えるとキリがないのは分かっているが………。
「さっきお前が召喚した"先祖達の魂"と"大将軍 天龍"が、白夜のカードってやつか?」
「ああ」
「そうか。それにしても、よく無事だったな」
「運が良かっただけだ」
 そう、本当に運が良かっただけだと思う。白夜のカードは持っているが、特別な力を持っているわけでもない。
 ただ諦めたくなくて、それで必死に戦って、何とか勝利してきただけだ。
 だからもしこの先、牙炎以上の実力を持った奴が闇の決闘を仕掛けてきたとき、勝てるかどうか分からない。
「運も実力のうちって言うぞ?」
「そりゃそうだが……」
 その運がどこまで続くか分からない。
 さらに気がかりなのは、雲井や本城さんが言っていた『アダム』という名の少年のことだ。
 雲井曰く、アダムはあのダークと同等の威圧感を持っていたらしい。あまりにマイナーなカードしか使わなかったのに
一度もダメージを受けなかったらしい。もしそんな奴と決闘することになったら………。
「不安か?」
「っ……!」
 見透かしたかのように親父は言った。
 俺は何も答えないで、黙ることしかできなかった。
「まぁ父さんはその闇の決闘をしたことがないから分からんが、辛いならやめたらいい。白夜のカードもスターの人達に
渡して、もう戦いませんって言っちゃえばいいだろう」
「…………」
 親父が言っていることは、だいたいいつも正しい。正しくて、反論できないから厄介だ。
 だがそれだけは、もう戦わないって選択肢だけは、選びたくなかった。
「たしかに不安だけど、やめない」
「………」
「親父が言うように、やめた方が楽かもしれない。けど俺は、”もう無理だ”って決めつけたくない。勝手に決めつけて
諦めるのだけは嫌なんだ」
「そうか。お前が決めたことなら、父さんは口を出さないさ」
 親父はどこか嬉しそうな笑みを浮かべた。
 何かおかしなことでも言ってしまったか?


「じゃあ、これやるよ」


 そういって手渡されたのは、親父が使っていたデッキだった。
「な、でもこれって、親父のデッキだろ?」
「いや違うぞ。これは、じいちゃんのデッキだ」
「え……」
「天国に逝っちゃう数年前だったかな。その頃から遊戯王を始めたらしい。実はそれにつられて父さんも始めたんだ。父
さんもじいちゃんも真六武衆が気に入っちゃってな。それで互いに真六武衆のデッキを作って、たまに決闘してたんだ」
「でも、じいちゃんのデッキを勝手にもらっていいのかよ」
「いいさ。その方がじいちゃんも喜ぶだろうし、カードだって無駄にならなくて済む。それにそのカードがあればお前の
デッキも少しは強くなるだろ?」
「まぁ……そうだけど……」
 真六武衆の強さは、さっき親父との決闘で身を持って実感した。これを今のデッキに組み込むことができれば、今より
さらにデッキが強化できるのは間違いないだろう。
「もらってやれ。遅くなったが、高校入学祝だと思えばいい」
「……分かった。じゃあ使わせてもらう」
 手渡されたデッキの中身を確認する。
 真六武衆や、その他のサポートカード。あとこの決闘では使われなかったカードが入っている。
 だが………。
「あれ?」
「どうした大助?」
「どうして、どのカードも1枚ずつしか入っていないんだ?
 手渡されたデッキはエクストラデッキを含めて合計41枚。だがどのカードも、ダブっていることがなかった。エニシ
も1枚、キザンも1枚。"増援"とか"和睦の使者"、"地盤沈下"とか"六武衆の結束"とかも全部1枚だけだった。
「ああ、じいちゃんはどうもピン挿しデッキが好きらしくてな。だからどのカードも1枚しか入っていないんだ
「なっ……じゃあ親父は?」

「ん? 当然、3枚積みが基本だよな」

「……じゃあもう1枚ずつ真六武衆くれよ」
「駄目に決まってるだろ。父さんの職場は毎日が戦場なんだ。1枚でも抜いたらあっという間に負けちゃうからな」
 親父は大笑いしながら、俺の肩を叩いた。
 本当に、親父といると調子が狂う。まぁそれが俺の親父だから、仕方ないが……。
「1枚ずつだけでも、十分すぎる戦力さ。あとはお前次第ってことだ」
「ああ。ありがとな」
「礼ならじいちゃんに言えよ。さて、そろそろ母さんが待ちくたびれているころだ。車に戻るぞ」
 時計を見ながら、少し焦る親父。
 たしかに「”少し”話をしてくる」って言ってここまで来たんだ。とっくに”少し”を超える時間が経過している。
「やれやれ……」
 受け取ったデッキを見つめる。
 じいちゃんが使っていたデッキ。
 この力があれば、もう少し強い敵とも戦えるような気がする。

 もう香奈が悲しむ様な顔を見たくない。
 俺自身も、友達とか家族とか、大切な人を失うようなことにはしたくない。
 だから感謝して使わせてもらおう。

 どんな絶望も、どれほど理不尽な決めつけも、この手で覆せるように。

「じいちゃん、ありがとな」
 デッキに向かって、そう呟いた。
「大助! さっさと行くぞ!」
「ああ」
 手に入れた新たな力をしっかりと握り、俺は大声で呼びかける親父を追いかけた。






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「いやぁ、ついにキター!! デパートだよ! 星花デパートだよぉ!!」
 雫(しずく)が大声をあげて子供のようにはしゃぐ。
 だが高校生にしてははしゃぎ過ぎだ。周りにいる人達も、変人を見る目で雫を見つめている。
「ちょっと雫。もう少し落ち着きなさいよ。ここには何回か来たことあるじゃない」
「だって香奈(かな)と来るのは久しぶりなんだよ? あ、もちろん真奈美(まなみ)と来るのもね」
「え、は、はい」
 私の隣で、真奈美ちゃんが頷いた。

 牙炎との戦いから1週間が経っていた。
 あれから闇の力を持った人間は襲ってこないし、スターからも連絡はない。
 
 私と雫と真奈美ちゃんは、星花デパートで買い物に来ていた。
 雫がショッピングに付き合ってというので、暇だったし付いてきたといった方が正確かもしれないわね。
「いやぁ悪いね。あたしのショッピングに付き合ってもらっちゃってさ」
「あ、いえ、まだ見ていない場所もあったので、ちょうど良かったです」
「そうそう。親友なんだから、いちいちお礼なんか言わなくていいわよ」
「か、香奈……そんなにあたしのことを大事に思ってくれてたんだ……!! ありがとぉ香奈!」
 そう言って、雫は私に抱きついてきた。
 学校でよくあるやり取りだけど、さすがにこういう場では恥ずかしかった。
「ちょ、ちょっと! 離れなさいよ!!」
「またまたぁ、あたしと香奈の間柄じゃん? これぐらいどってことないって」
「とりあえず誤解を招くような言い方はやめなさい」



 雫の目的であるショッピングを済ませるために、私達3人はとある店に来ていた。
「え、えぇぇぇぇ」
 隣で小さく、真奈美ちゃんが声を上げる。
 私も開いた口がふさがらなくて、困惑してしまっていた。
 その店の看板には―――

『コスプレ店――メイド、霊使いにBMG、なんでもあります――』

 と書かれていた。

「し、雫……まさかここに用があるの?」
「もっちろんだよ。あたしがショッピングって言ったらこれしかないでしょ?」
 さも当然のように雫は言った。
 まぁ予想していなかったと言ったら嘘になるけど……。
「て、てっきりアクセサリーとか、普通の服とかだって思ってました」
「やだなぁ真奈美。たしかに夏は過ぎかけてるけど、秋はまだまだだよ。秋物の服だってまだあんまり出てないしね」
 最近、雫は真奈美ちゃんのことを『真奈美』と呼び捨てにするようになった。
 雫が呼び捨てにするのは親友だけだ。この前の事件で、いつの間にか真奈美ちゃんと仲良くなっていたらしい。
 そういう私は、やっぱりまだ『ちゃん』を付けている。真奈美ちゃんの方も『朝山さん』と呼んでいる。でもそのうち
互いに下の名前で、呼び捨てで呼び合えるようになりたいわね。
「さぁさぁ、お二人さん! レッツゴーだよ!!」 
「あ、雨宮さん。わ、私、急におなかが痛くなってしまって……」
「真奈美ちゃん、諦めましょう。こうなったときの雫は誰にも止められないから……」
「うぅ……」
 諦めたように肩を落として、真奈美ちゃんは観念した。
 まさか星花デパートにこんな店が出店してあるなんて……不覚だったわね。
「それで? いったい何を買うのよ?」
「ん? ちょっと頼まれごとがあってね。まぁ付いてきてよ」
 そうして、私達は雫の後ろについていく形で、このなんとも言い難い雰囲気の店に入った。

「いらっしゃいませ」

 綺麗な女の店員さんが出迎えてくれた。
 こういう店は、たいていオタク風な人間が店をやっていると思っていたから、少し驚いてしまった。
「あら、雨宮ちゃんじゃない。お姉さんは元気?」
「お久しぶりです。もう姉はバリバリ元気ですよ」
「今日はお姉さんのお使い?」
「うん、まぁそんなところです」
 雫は店員さんと楽しそうに会話している。
 ホント、こういうときの雫って誰にも止められないのよね……。
「あ、朝山さん……」
 真奈美ちゃんが肩を叩いてきた。
「どうしたの?」
「これ……なんなんでしょう?」
 顔を赤くしながら指差す先には、ポスターが貼ってあった。

 『霊使い喫茶、近日開店!!』

 堂々とした文字でプリントアウトされたポスターは、様々な装飾がされていてとても目立つ。
 否が応でも目についてしまうところは、広告として大成功だ。
「いったい、どんな店なんでしょうか?」
「多分、メイド喫茶の霊使いバージョンじゃない?」
「そ、そうなんですか……なんていうか、凄いですよね」
 ポスターにはヒータやウィン、ライナなど霊使い達が可愛らしいイラストで描かれている。
 マニアとかが好みそうなイラストだと思った。
「こらこら、二人とも。あっちにいくよ」
 雫が私たちの手を引いて、店の奥の方へと連れて行く。
 そこには様々なコスプレ品がたくさんあった。どこかの魔法少女の衣装や、霊使いシリーズ、お注射天使リリーなど、
雫が好みそうなものばかりが置いてあった。
「ねぇねぇ香奈、これちょっと持って」
「え?」
 渡されるまま、何かの衣装を持たされる。
 隣で真奈美ちゃんも、何かのコスプレを持たされていた。
「ふむふむ、こっちは緑がちょっと濃いかなぁ……でも色はあとで薄くすればいいし……」
「あ、あの、雨宮さん?」
「ごめん、今すごくいいところだから答えられない」
 雫は黙々と私達の持つコスプレを見ながら、ぶつぶつと呟いている。
 こうなったら雫は本当に何も聞いてくれない。すぐに服の吟味が終わることを祈るばかりなのよね……。




 それから小一時間ほど雫のコスプレ吟味に付き合ったあと、私達は『ブルーアイズカフェ』で一休みしていた。
 雫は付き合ってくれたお礼だと言って、私達の分の注文にいってくれている。
 普段の買い物ならこんなに疲れないはずなのに、今日は一段と疲れてしまった。
「あの、朝山さん……」
「なに?」
「雨宮さんって、以前からあんな感じだったんですか?」
「うーん、そうね……今にして思えば会ったときからあんな感じだったわね」
 雫と出会ったのは高校に入学して初日のことだった。互いに「あ」から始まる苗字だったので、席が前後になったのが
きっかけだった。それで自然と話すようになって、気が合って、今に至るのよね。
「あの、その、びっくりしませんでしたか? 雨宮さんに、コスプレの趣味があったなんて……」
「たしかに最初はびっくりしたけど、別に気にしないわよ。どんな趣味を持ってたって、雫が雫であることに変わりない
じゃない」
「……そうですよね。雨宮さん、朝山さんが連れ去られたときも、すごく心配していましたし……、ああ見えて、すごく
いい人ですよね」
「そうね」
 牙炎の事件が解決して、久しぶりに私が学校に登校したとき、真っ先に抱きついてきたのは雫だった。
 本当は登校時に抱きつきたかったらしいんだけど、大助と一緒だったから空気を読んで我慢していたらしい。
「みんな、本当に朝山さんと中岸君のことを心配していたんですよ?」
「ごめんね。心配かけちゃって」
「あ、いえ、朝山さんが謝ることじゃないですよ……!」
 牙炎の事件の後、色々と大変だった。
 母さんに飽きるほど叱られたし、心配されたし、事情聴取もされた。
 そのときは薫さんが上手に説明してくれたから良かったけど、今度は吉野と武田は家に訪問してきた。私を連れ去って
しまったこと、危害をくわえてしまったことなどの謝罪に来た。
 あのときの母さんの表情は、今でも忘れられない。心の底から怒っていて、無言の怒りが部屋に充満していた。
 それでも必死に頭を下げ続ける吉野と武田に免じて、母さんはしぶしぶ許してくれた。
「朝山さん?」
「え、な、なに?」
「いえ、その、なにかボーっとしていたように見えて……」
「そんなことないわよ。ちょっと疲れちゃっただけよ」
「も、もしかして、まだどこか具合が悪いんですか!?」
「な、なんでそうなるのよ!! 全然大丈夫! このとおり普通に元気よ!」
 今さらだけど、真奈美ちゃんって結構な心配性よね。
 心配してくれるのはすごく嬉しいけど、心配されすぎても困るし……。

「こーらー、またあたしを置いてけぼりかぁ?」

「きゃっ」
 雫が後ろから抱きついてきた。
 不意打ちだったので、変な声が出てしまう。
「し、雫……どうしたのよ?」
「……だってさ、香奈が何も教えてくれないんだもの……」
「え?」
 いつになく真剣な口調に驚きつつ、言葉の続きに耳を傾ける。
 机に置かれていたドリンクに入れてある氷が、カランと鳴った。
「香奈が久しぶりに帰ってきて、嬉しかったし、安心したよ? でもさ、肝心なことは何も教えてくれないじゃん。私は
何も知らないのに、真奈美は事情を知ってるみたいだし……」
「……それは……雫を巻き込みたくなかったし……」


「いいよ。いくらでも、巻き込んでくれて」


「え?」
「そりゃあさ、あたしは遊戯王が上手なわけじゃないし、腕っぷしが強いわけでもないよ。でもさ、親友が困ってるなら
助けてやりたいし支えてやりたい。力になれなくても、一緒に悩んだり苦しんだりしてあげたいって思ってんだよ?」
「……………」
 いつも明るい雫が、こんな言葉を言うなんて……私、本当に心配をかけていたのね。
「ごめんね」
「謝るなら、事情の1つや2つ、教えてくれてもいいんじゃないの?」
「そうね……」
 抱きしめる腕に手を添えて、答える。
 真奈美ちゃんに目配せをしてみると、黙って頷いて了承してくれたみたいだ。
「少し突拍子もない話になるんだけど……聞いてくれる?」
「オッケー。じっくり聞かせてもらうよ」
 雫は私から腕をはずして、席に着いた。
 そして私と真奈美ちゃんは、事件の説明をすることにした。




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「え、えーと……?」
 現在は午前11時。薫は自身の家の中で困惑していた。
 特に何か仕事をやっているわけではない。いや、やれる仕事がないと言った方が正確であろう。
「こら武田! 遅い!」
「す、すまない……」
「伊月さん! まだソファの移動ができていないんですか?」
「すいません。病み上がりなもので……」
「言い訳しないでください」
 吉野がため息をつきながら、武田と伊月に指示を出していた。

 今はリビングの大掃除中。
 牙炎の事件があり、吉野と武田はスターの保護観察扱いとなって薫の家に住み込みで生活することになった。
 もちろん琴葉も一緒に生活することになり、薫の家はずいぶんと賑やかになっていた。
「吉野、どうしたのかなぁ?」
 薫の膝の上で、琴葉が不思議そうに呟く。
 二人の周りにはバリアが張ってあって、舞い散る埃がかかるのを防いでいる。

 歓迎パーティーをして1週間ほど共に過ごしたところで、吉野が突然、掃除をしましょうと言ってきた。
 あまりに突然のことで全員がキョトンとしているなか、吉野が準備万端の状態で掃除を開始したのだ。
 なぜか伊月まで引っ張り出されて、鋭い指摘を受けながら掃除をしている。

「薫ちゃ……薫さんは、何か知らないの?」
「ははは、薫ちゃんでいいよ。私も何も知らないよ」
 一緒に生活しているとはいっても、ここは自分の家なのである。
 自分は何もせず、他人がせっせと掃除しているのはあまり気分の良いものではない。
 それに、今はリビングを掃除しているからいいが、もしそれぞれの部屋まで掃除しようという展開になってしまったら
大変だ。薫の部屋には、他人に見せたくない秘密のコレクションがある。クリボーやハネワタのぬいぐるみ、仕事の合間
を縫って集めていたぬいぐるみコレクションだけは、見つけられるわけにはいかなかった。
「薫ちゃん? どうしたの?」
「え、な、なんでもないよ琴葉ちゃん」
「……?」
 薫は琴葉から視線を外して、吉野を見つめた。
「吉野さん、私も手伝うよ?」
「いえ、薫はそうして、琴葉のことを埃から守っていてください」
「いや、白夜の力はそういうことに使うんじゃないんだけど……」
「分かっています。ですが、手伝わなくてもいいというのは確かです。あなたはこの家の主なのですから、ゆっくりして
いてください」
「う、うん……」
 こうなると吉野は意地でも聞いてくれない。
 律儀なのか不器用なのか、よく分からない人だと薫は思った。

「まったく、面倒だな」

 佐助はため息をつきながら、薫の隣に立つ。
 彼の周りには、コロンが作ったバリアが張ってある。
『薫ちゃん……バリア張ってるの疲れない?』
「うん、少しだけね」
 佐助の肩に乗ったコロンに薫は答える。
 薄いバリアとはいえ、体力を消費する白夜の力を使っていることに変わりないからだ。
「ねぇ吉野さん」
「はい?」
「なんで急に掃除しようと思ったの? 私の家、そんなに汚かったかな?」
「あ、い、いえ、そういうわけではないのですが……ただ、こちらにもいろいろと事情がありまして……」
「事情?」
「はい。その――――」


 ピンポーン……ピンポーン……


 玄関のチャイムが鳴った。
「あれ? お客さんかな?」
 薫はバリアを解除して、玄関のインターホンに繋がる受話器を手に取った。
「はい? どちら様でしょうか?」

「スターの本部は、こちらでよろしかったでしょうか?」

「……!!」
 受話器の向こうから聞こえたのは、とても大人びた綺麗な声だった。
 だが薫の胸には警戒心が生まれていた。スターの本部だということは、本社以外には伝えていない。情報に関しても、
佐助が完全にブロックしているから外部から手に入れることなどできないはずだ。
 だとしたら、この受話器の向こうの人はいったい………?
「あの、お名前は?」
「まあ、失礼しました。自己紹介がまだでしたね」
 受話器の向こうにいる人は、丁寧な口調でこう言った。

「初めまして。鳳蓮寺(ほうれんじ)咲音(さきね)です」

 その人物は、吉野の主であり、琴葉の母親である人物だった。



 咲音を家に招き入れたあと、薫は彼女をリビングまで連れて行った。
 さっきまで掃除していたのが嘘であるかのように、掃除用具は片付いて部屋のわきに置かれている。
 おそらく吉野が速攻で片づけたのだろう。
「あ、ママ!!」
 琴葉がはじけるように笑って、咲音に飛びついた。
 咲音はそれをしっかりと受け止めて、抱きしめた。
「ただいま。琴葉、ちゃんといい子にしてた?」
「うん♪」
「そうね。ちゃんといい子にしていたみたいね」
 咲音は琴葉の頭を撫でて、次に吉野を見つめた。
「久しぶり、吉野。昨日に電話したばかりですけど、元気そうでなによりです。今回の事件は、大変でしたね」
「咲音……!」
 吉野は深々と頭を下げた。
「本当にすいませんでした。私が不甲斐ないばかりに、お嬢様を危険な目に……。責任ならいくらでも―――」
「よ、吉野さん!」
 すぐさま薫が静止をかけた。
 吉野と咲音の間に立ち、言葉を続ける。
「咲音さん。吉野さんは琴葉ちゃんを助けるために、本当に頑張っていたんです。責任なんて、取らせなくても……」
「ふふっ、わかってますよ薫さん。心配しなくても本当のことは分かっています」
 咲音は優しい笑みを浮かべながら、頭を下げる吉野に近づいた。
「顔をあげてください、吉野」
「はい……」
「たしかに一時的に琴葉は危険になってしまいましたけど、結果的に助かっているんですから、いいんです。私がいない
間、琴葉のことを守ってくれて、本当にありがとうございます」
 咲音は吉野の頭を優しく撫でて、そう言った。
 


「それで、今日は何のご用でしょうか? やはり琴葉さんのことが心配で来たんでしょうか?」
 リビングのソファに座り、伊月は尋ねる。
 机を挟んで向かい合った形で、咲音は座っている。その隣に吉野、琴葉も座っていた。
「ええ。ちょうどこちらの用事も一段落したところで、遊戯王本社の方から”家を調べさせて欲しい”という連絡があり
ました。なので、気になって吉野に電話してみたところ、今回の事件が分かった……ということです」
「なるほど。ご心配するのは当然のこととは思いますが、こちらとしては武田さんに吉野さん、そして琴葉さんもスター
の保護観察対象になっているということをお忘れなく」
「はい。心得ています。ただ私も一児の母親である以上、娘を放っておくことをしたくありません。なので、こちらの方
でお世話になってはいけないでしょうか?」
 咲音はいたって真剣な表情で言った。
 伊月は少し考えたあと、隣に座る薫を見つめた。
「だそうですが、どうしますか薫さん。ここの家主はあなたです。判断はお任せしたいですね」
「うーん、部屋はちょうど1部屋余ってるし、琴葉ちゃんのためにも咲音さんにはいてほしいんだ。だから、いいよ」
「ありがとうございます。薫さん」
「ママも一緒に住むの?」
「うん。薫さんが許してくれたみたいよ」
「そっか♪ じゃあまたママと一緒にいられるね♪」
 心底嬉しそうに琴葉は笑う。
 あたりの空気が、一気に和んだような気がした。

 それから少しだけ世間話をして、吉野の淹れたお茶を飲んで、薫と咲音は一息ついていた。
 琴葉はコロンと遊んでいて、向こうの部屋に行っている。
「そろそろ……本題に入ってもよろしいでしょうか?」
 咲音の表情が、若干だが真剣になった。
 薫は姿勢を正して、周りにいる武田や吉野、伊月に佐助も聞く態勢になった。
「スターの皆さんには、私達、鳳蓮寺の持っている特殊な能力についてご存知かと思います」
「はい。吉野さんから聞きました」
 琴葉が持っている、本当のことを見抜く力。そのことについて、吉野から少しは聞いていた。
 当然、全員が咲音も同じ能力を持っていることを知っている。
「私たちの持つ能力は、年齢を重ねていくごとに成長していきます。そして20歳を迎えるころに、完全な能力となって
身に宿ります」
「はい。それも聞きました」
「琴葉は今のところ、善い人間か悪い人間かの判別ができます。そしてたまにウソかホントを見抜くことができます。私
達の能力の本質は、本当のことを見抜く力。つまり、他人の持っている情報すべてを知ることができる力だとも言えると
思います」
「情報……?」
 分からないといった感じで首をかしげる薫に、佐助は説明するように言った。
「つまり、見た人間の能力、感情、記憶が分かってしまう……ということか?」
「その通りです。もっとも、その情報が私自身にも理解できる内容でなければいけないという制限はありますけどね」
「どういうこと?」
「そうですね……たとえば、とても複雑で難解な数学の問題があるとして、Aさんが計算式を含めて答えを知っていると
します。私がAさんを見れば、答えだけは知ることができると思います。ただ計算式に私が理解していない情報が入って
いると、そこの情報だけは見抜けないんです。こういっていただけると、分かりますか?」
「えっと……なんとなくですけど……」
「理解していただけたなら幸いです。ただ、私達には個人の持つ情報……その気になれば暗証番号なども見抜けてしまい
ます。この能力を悪用する人間がいたとしたら、大変危険です。ですから私達の能力のことについては、ご内密にお願い
しますね」
 咲音は微笑みながらそう言った。
 薫は再び姿勢を正して、質問する。
「あの、その能力のことは分かりました。それが、本題なんですか?」
「いいえ、本題というのは、スターのみなさんに伝えておきたいことがあったからです」
「それってなんですか?」
「これは私の勘……というより予感なのですが……近々、世界によくないことが起こる可能性があります」
「よくないこと?」
「詳しくは私にも分かりません。ただ、外の空気が嫌な感じをもっているというか……とにかく、何か嫌な感じがするの
です。すいません。こんなこと初めてなので、適した言葉が見つからなくて……」
「…………」
 薫は伊月と佐助に目配せをした。
 二人とも黙ってうなずいて、咲音の言葉を心に留めておくことにした。


「あの……咲音。少しよろしいでしょうか?」
 若干、重くなった空気を破るかのように吉野が言った。
「なんでしょう?」
「その、お嬢様を学校に通わせていただくことは、できないでしょうか?」
「あら、香奈さんとの約束のため、ですか?」
「それもあります。ですが、お嬢様自身が、通いたがっています。私としても、通わせてあげたいです」
「ふふっ、ごめんなさいね。少し意地悪してしまいました。分かってますよ吉野。もともと、琴葉には学校に通わせるつ
もりでしたから」
「……!? ですが、学校には通わせてはいけないと……!」
「それは夫が決めたこと。私は何も言っていません。もともと琴葉の教育は私に一任されているんです。ですから、琴葉
のことをどうしようと、お咎めは受けないでしょう」
「咲音……」
「ただし、学校選びは必ず私が同行します。琴葉に悪影響を及ぼすような学校は選びたくないので」
「はい! かしこまりました」
 吉野は深く頭を下げてそう言った。
 咲音はフフッと小さく笑って、薫に向き直った。
「それでは薫さん。お世話になります」
「あ、いえ、こちらこそ」
 つられて薫もお辞儀する。慣れていないせいか、どうにもかしこまってしまう。
 早く慣れないといけないなと、少し思った。
「そうだ咲音さん。せっかく琴葉ちゃんと再会できたんだし、親子で遊んできたらどうかな?」
「まあ、よろしいんですか?」
「うん! その方が琴葉ちゃんも喜ぶと思うし、このまま家にいるよりずっといいと思うよ♪」
「じゃあ、お言葉に甘えさせていただきますね」
「私も一緒に行きます」
 吉野が前に出ながら言った。咲音は嬉しそうに笑みを浮かべて、立ち上った。
「もちろん。吉野も一緒に行きましょう」
「じゃあ私は琴葉ちゃんを呼んでくるね。あ、その間に、どこに行きたいか決めてくれますか?」
「ええ、分かりました」





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「……っていう、感じなんだけど……」
 私と真奈美ちゃんで、夏休みの戦いから牙炎の事件までを雫に話し終わった。
 めずらしく雫は真剣な態度で聞いてくれたため、一時間ほどで全部の内容を話し終わることができた。
「ふむふむ……私が知らないところで、そんなファンタジーな事件が起きていたってわけですか……」
「あの、雨宮さん、その……黙っててごめんなさい……」
「いいよ。ちゃんと話してくれたし。それに聞いたところで、力になれそうなことは何もなかったみたいだし……」
 雫が顔を伏せて、ジュースを一気に飲み干す。
 私も真奈美ちゃんも、ジュースを飲んで喉を潤した。

「それにしても驚いたよ。まさか『遊戯王都市伝説』の二つが本当に存在していたなんてさ」

「え? なにそれ?」
「知らないの? まぁあたしも全部知ってるわけじゃないんだけどさ……ほら『口裂け女』とかあるでしょ? いわゆる
それの遊戯王バージョンってこと。具体的には『神のカードが存在している』とか『闇の力が存在している』っていうや
つかな」
 そんな都市伝説があるなんて知らなかった。
 だけど、実際には的を得ているからすごいと思った。
「他にはどんな七不思議があるんですか?」
「うーん……あとは、『5枚揃えると凄い力が得られる特別なカードがある』とか『個人名義のデッキワンカード』とか
かなぁ? まっ、所詮は都市伝説なんだけどさ」
「そうなんですか……」
「そういや、まだ肝心なところを聞いていないよ香奈」
「え、何か話してなかった?」


「中岸との関係はどうなったのさ?」


「なっ、なんでその話題になるのよ!!」
 思わず席を立ちあがってしまった。
 周りの客の目が集中するのを感じて、急いで席に座った。
「別に秘密にすることでもないじゃん? もうあたし達の間では、香奈と中岸はカップル認定されているんだよ?」
「そ、それは……その……」
「おやおやぁ? 口を濁すってことは、やっぱりカップルってことでいいのかなぁ?」
「だ、だからそれは―――」


「あっ、香奈おねぇちゃんだ♪」


 耳に飛び込んできた女の子の声。
 見ると店の入り口で、見覚えのある姿が目に入った。
「こ、琴葉ちゃん?」
 私と目が合うや否や、琴葉ちゃんは笑顔でこっちに飛び込んできた。
 避けるわけにはいかないから、抱きしめるように受け止めた。
「えへへ♪ やっぱり香奈おねぇちゃんだ♪」
「な、なんでここにいるの?」
「ママと吉野と一緒に、お買いものに来たんだよ。おねぇちゃん♪」
 嬉しそうに顔を擦り付けてくる琴葉ちゃん。
 たしかに考えてみれば、こうして触れ合うのは初めてだ。それが嬉しいのかもしれない。
「か、香奈……その子ってもしかして……」
 雫が驚いた表情で琴葉ちゃんを指差す。
 そっか。事件のことは説明したけど、琴葉ちゃんのことは説明していなかったわね。
「ごめん。言ってなかったわね。この子は―――」

「そっか、香奈ってロリコンだったんだね……ぐすん、ごめん、親友なのに気づいてあげられなくて……!」

「は?……はぁ!?」
「どうりであたしがいくらコスプレしても振り向いてくれなかったわけだ。くぅぅ!! 雨宮雫、一生の不覚だよぉ!」
「な、なんでそうなるのよ!!!」
 雫は頭を抱えながら机に突っ伏した。
 なんか、とんでもない勘違いをしてしまっているみたい。
「あ、雨宮さん、違いますよ。この子は朝山さんの妹で……」
「くあぁ!! ロリのうえに妹キャラだってぇぇぇ!? 反則だよぉ! そんなのDDB並みに反則だよぉ!!」
「え、えーと……」
「まかせて真奈美ちゃん。こういうときの扱いは慣れてるから」
 机に突っ伏している雫の頭に手刀を振り下ろす。
 ゴンッという音がして、机が若干揺れた。
「痛ったー!」
「とにかく落ち着きなさい。私はロリコンじゃないし、琴葉ちゃんの前でそういうワードを言わないでよね」
「香奈おねぇちゃん。ロリコンってなぁに?」
「世の中には知らなくてもいいことがあるのよ琴葉ちゃん」
 

 とりあえず落ち着いた雫に、私は琴葉ちゃんのことを話した。
 牙炎の事件で知り合った中で、鳳蓮寺家の主であるということも伝えた。
「……ってことよ。分かった?」
「はい。よく分かりました」
「よし。それで琴葉ちゃん。吉野さんはどうしたの?」
「え、あれ? そういえば、ママと吉野、どこかに行っちゃった……」
「……もしかして琴葉ちゃん、一人でここまで来たんでしょうか?」
 隣で真奈美ちゃんが呟く。
 詳しく事情を聞いてみると、琴葉ちゃん達は薫さんにデパートまで送ってもらったあと、中を回ってみることになった
らしい。そして洋服店を探検していたところ、琴葉ちゃんは服を見るのに飽きて店の外にでて、このブルーアイズカフェ
に来て、私達に出会ったようだ。
「ママも吉野も、迷子なのかなぁ?」
「え、えーと、そうかもしれませんね……」
 真奈美ちゃんが苦笑する。
 実際に迷子になっているのは、琴葉ちゃんの方なんだけどね……。
「よっし、じゃああたし達でこの子の保護者を探しに行ってあげよう」
 雫が立ち上がりながらそう言った。
 たしかにそろそろ店を出る予定だったし、ちょうどいいかもしれないわね。
「じゃあ、吉野とママを探しに行こっか」
「うん♪」
 琴葉ちゃんの可愛らしい笑顔で答える。
 自然と私達も、微笑んでしまった。


「つってもどうしよっか? 星花デパートって結構広いよ?」
「そうですね。携帯電話も番号とか分かればいいんですけど……」
「そうね。琴葉ちゃん。ママの連絡先とか分からない?」
「うーん……あ、吉野のケータイバンゴーなら知ってるよ」
「なんだぁ、じゃあ連絡して来てもらえば万事解決じゃん」
 雫がどこか残念そうに言った。
「じゃあ琴葉ちゃん。吉野さんに連絡するから、番号教えて?」
「うん♪」
 琴葉ちゃんに教えてもらった番号を打ち込む。
 通話ボタンを押すと、ワンコールで繋がった。
《お嬢様!? ご無事ですか!?》
 吉野の声が電話越しに聞こえた。
 声の調子から考える限り、かなり焦っているみたいだ。
「大丈夫よ。琴葉ちゃんは一緒にいるから」
《その声は……朝山香奈様? なぜ、お嬢様と一緒に………いえ、とにかく無事なら結構です。落ち合いたいのですが、
どこがよろしいでしょうか?》
「今どこにいるのよ?」
《はい。3階のエスカレーター付近にいます》
「じゃあこっちから連れて行くから、そこで待っててくれる?」
《……すいません。では、お願いします》
 電話を切って、携帯をポケットに入れる。
 まさかこんなに早く、吉野に会うことになるなんて思わなかったわね。



 私達4人は、吉野のいる3階のエスカレーター付近まで行った。
 そこでは黒いスーツ姿の吉野が、落ち着かない様子でウロウロしていて、そのすぐそばで綺麗な女性の人が静かに座っ
ていた。
「お嬢様!」
 私達の姿を見るや否や、吉野がやってくる。
 その隣にいた女性も席を立って、こっちにやってきた。
「まあ、琴葉。どこに行ってたの?」
「香奈おねぇちゃんと一緒にいたんだよ♪」
「お嬢様、勝手に行動されては心配です。誘拐されてしまったかと思ったんですよ?」
「ふふっ、まぁいいじゃないですか吉野。琴葉は無事だったんですし、まずは香奈さんたちにお礼を言いましょう?」
「そ、そうですね……朝山香奈様、ありがとうございました。そのご友人の方々も、ありがとうございます」
 深々とお辞儀をする吉野。相変わらず、律儀すぎる人ね。
「本当にありがとうございます」
 隣の綺麗な女性の人も、丁寧なお辞儀をする。
 なんとなくだけど、琴葉ちゃんに似ている雰囲気がある。
「えーと…その、どなたですか?」
「ママだよ♪」
 琴葉ちゃんが答える。
 この人が、琴葉ちゃんのお母さん……。なんか、気品があるというか、本当にお嬢様って感じがする。
「はじめまして香奈さん。鳳蓮寺咲音と申します」
「え、あ、はい、はじめまして」
 咲音さんは小さく微笑みながら、こっちを見ている。
 琴葉ちゃんは咲音さんに抱きつきながら嬉しそうに笑っている。私も小さいころはあんな感じだったのかしら? 少し
想像し辛いけど……。
「ママ、わたし、香奈おねぇちゃんと遊びたい…………ダメ?」
「うーん、でも香奈さんたちの予定もあるでしょうし……」
「それならダイジョブ! こっちの予定は空きまくりです!」
 後ろから急に雫が言った。
 とりあえず私と真奈美ちゃんも、これからの予定はない。
「ふふ、じゃあせっかくですし、みんなで星花デパートを回りませんか? 吉野はどうですか?」
「はい。香奈様達が了承してくれるならば、いいと思います」
「じゃあ決まりですね♪ 実は私達、星花デパートは初めてだったんです。色々とお願いします♪」
 咲音さんたち三人は、私達へ向かって深くお辞儀をした。



 それから私達6人は、雫の案内の元、デパートを回り始めた。
 案内と言っても、カフェに寄ってケーキを食べたり、アクセサリー店で試着したり、いつもどおりにデパートを回って
いるだけだ。でも咲音さんと琴葉ちゃんは、見るもの触るものすべてに感動していた。吉野いわく、二人とも呆れるくら
い世間知らずだということらしい。
「香奈おねぇちゃん、あれなぁに?」
「あれはクレープ屋さんね」
「クレープって、なぁに?」
「うーん、いわゆるスイーツよ。薄い生地に、イチゴとかチョコとか生クリームとかを挟んで食べるの」
「あのクレープ屋さんは、とてもおいしいんですよ。琴葉ちゃん」
 隣で真奈美ちゃんが補足する。
 それを聞いた琴葉ちゃんは、チラチラとクレープ屋さんを物欲しそうな目で見ていた。
「まあ、琴葉ったら……」
 咲音さんがクスッと笑って、琴葉ちゃんの頭を撫でた。
「食べたい?」
「え、いいの!?」
「うん。もし良かったら、香奈さんも真奈美さん、雫さんもいかがですか?」
「いいんですか!?」
 雫が身を乗り出しながら言った。
「ええ。もちろんです。これくらいさせてください。すみません、おすすめのクレープを6つください」
「はい。お先に会計を済ませていただきます」
「では、これで」
 そう言って咲音さんは、財布から”黒いカード”を取り出した。
「…っ!!」
 途端に吉野の表情が変わり、静止をかける。
「さ、咲音。会計は私が済ませます。それと、そのカードはむやみやたらに人前で使わないようにしてください」
「もしかしてデパートでは使えないカードなんですか?」
「いえ、そういうわけではないのですが……」
「………」
 なんていうか、吉野も大変なのね。


 次に来たのはゲームコーナーだった。ここでも咲音さんと琴葉ちゃんは目を輝かせていた。
 ゲームも知らないなんて、琴葉ちゃんはまだしも、咲音さんはいったいどんな生活を送ってきたのかしら……。
「ママ、一緒にやろうよ♪」
「うん」
 はしゃぎながら、琴葉ちゃんは咲音さんの手を引く。
 二人ともまるで子供のように笑いながら、はじめてのゲームを楽しんでいるように見えた。
「なんだか、微笑ましいですね」
「そうね」
「せっかくだし、あたし達も遊んじゃおう♪」
「はい!」



 それから一時間ほど私達はゲームコーナーで遊んだ。
 ほかにもプリクラを撮ったり、アクセサリー店に行ったりもした。



 そして、夕方。


「……スヤ……スヤ……」
「みごとに寝ちゃってるわね」
「ふふっ、きっと疲れたんですね」
 遊びまわって疲れたのか、琴葉ちゃんは咲音さんにおんぶされながら眠っていた。
 楽しい夢でも見ているのか、幸せそうな笑顔だ。
「咲音、私が代わりましょうか?」
「いいえ吉野。久しぶりの親子の再会なんです。母親らしいことくらい、させてください」
「かしこまりました」
 吉野が腕時計を見た後、空を見上げた。
 日は落ちかけていて、あと一時間もすれば暗くなってしまいそうだ。日が短くなってきた証拠ね。
「咲音、そろそろ戻りましょう。夜の道は危険です」
「ふふ、吉野先生は心配性ですね」
「だ、だからその呼び方は……!!」
「恥ずかしがらなくてもよろしいのに。じゃあ香奈さん、真奈美さん、雫さん、今日はありがとうございました。とても
楽しい一日が過ごせました」
「「「あ、いえ、こちらこそ……」」」
 咲音さんの雰囲気につられて、こちらもかしこまってしまう。
 やっぱり鳳蓮寺家って、本当に大富豪の家なんだと思った。
「では、私達はここで失礼します。香奈様、本城様、雨宮様、ありがとございました」
 吉野も丁寧にお辞儀をして、礼を言った。
「ではそろそろ行きましょうか」
「そうですね。帰りましょうか」
 咲音さんと吉野は肩を並べて歩き出す。
 私達もそれぞれの帰路につこうと、足を向けた。


「香奈さん」


 後ろの方で、咲音さんの声がした。
「はい?」
「もしよろしければ、これからも琴葉のお姉さんでいてくれませんか?」
「え?」
「もちろん、私の養子になれというのではありません。ただ琴葉は、あなたをまるで本当のお姉さんのように慕っていま
す。ですから、これからも優しいおねぇちゃんでいてくれませんか?」
「……」
 咲音さんの背でスヤスヤと眠っている琴葉ちゃんを見る。
 牙炎の事件で知り合って、仲良くなって、なぜか「おねぇちゃん」と慕われるようになってしまった。
 まぁ悪い気はしないから、別にいいわよね。
「私でよければいいわよ」
「ありがとうございます」
 咲音さんはもう一度、頭を下げてから帰路についた。
「あんなこと言っちゃって良かったの?」
「別にいいんじゃない? おねぇちゃんって呼ばれるのも、悪い気もしないしね」
「むぅ、やっぱ香奈ってロリコンなの?」
「だからロリコンじゃないわよ。そもそも、そういう趣味は雫でしょ!」
「誤解しないでほしいなぁ。あたしはロリコンなんて次元はとっくに超えてるの。吉野さんが見張ってなきゃ、琴葉ちゃ
んに、あんな服やこんな服、ふふふ……」
 不気味な笑みを浮かべながら、雫は言った。
 ここまでくると、諦めを通り越して呆れてしまう。まぁ、これが雫だから仕方ないけど。
「じゃあさ、このノリで香奈の家に泊っちゃおうか?」
「どのノリよ。まぁ母さんに言えばたぶん大丈夫だけど……」
「真奈美はどう? 香奈の家に行って、三人であんなことやこんなことしちゃわない?」
「え、い、いえ、それは、その……」
「誤解を招くようなこと言わないでよ……。大丈夫よ真奈美ちゃん。怪しいことなんて何もしないから」
「そ、それなら、行きたいです……あ、でも私、その、友達の家に泊まるのって初めてで……迷惑じゃありませんか?」
「全然大丈夫よ。じゃあさっさと家に行きましょう!」
「おう!」
「は、はい!」
 隣で笑みを浮かべる雫。どこか緊張した面持ちで頷く真奈美ちゃん。
 どっちも私にとって大切な友達だ。これからもずっと、この関係が続けていけばいいと思う。そりゃあ喧嘩したりはす
るかもしれないけれど、ずっとずっと仲が良い関係でいたい。
「よし、じゃあ香奈の家まで競争ね。負けたら"風霊使い−ウィン"のコスプレを着てもらいまーす」
「な…!?」
「え、えぇぇ!?」
 雫が陸上部顔負けのスタートダッシュを決める。
 急いでそのあとを追いかける。あとから真奈美ちゃんが必死に追いかけてきた。
「おやおやぁ? このままだと真奈美がウィンかなぁ?」
「ま、待ってください、雨宮さん……!」
「ふむふむ、今のうちにカメラの準備をしておかないとなぁ……ふふふ……」
「はぁ……まったく、やれやれね」
















 こうして、それぞれの平和な日々は過ぎていく。


 だが――――





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『うーん、もう少しかなぁ?』

 暗い空間、アダムは独り呟いていた。

『次はどれを使ってあげようかなぁ……』

 アダムは目の前に置かれているカード達を見ながら言った。
 どのカードも不気味な黒い光を帯びている。

『もう少しだよね、イヴ。早く会いたいなぁ』

 誰もいない空間を見ながら、アダムは笑う。

『早く出てきてよイヴ。急いで出てこないと………』




ボクがこの世界を、消滅させちゃうよ?




 アダムが楽しそうに笑う。

 幼く不気味な声が、暗黒の空間に響きわたった。


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 だが――――



 真の闇が迫っていることを、まだ誰も知らない。








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