混沌の堕天使 (リメイク)


製作者:nagomi






  第1話 デュエルモンスターズ

[波野健一]LP8000

[鷹見トモシ]LP8000

 雪積もる岸壁に、15歳の少年が2人いた。それぞれ左の手首に『デュエルディスク』を装着して胸に構える。彼らはカードゲーム『デュエルモンスターズ』――通称『デュエル』を開始した。
 鷹見トモシにとってこれは、最初の『デュエル』。
 その対戦相手は、友人の波野健一。彼はここ1年近く、『デュエルモンスターズ』をたしなんできたらしい。
 彼らに差はどれほどあるのか?
 それをこれから知る事になる。
 先攻の健一がモンスターを呼び出す。
「『サイバー・ライオン』召喚!」
 赤褐色の装甲をまとう、機械のライオンが出現した。攻撃力1600の機械族モンスターだ。カードの効果では破壊されない特性を有し、その攻略法は限られる。
「リバースカードは3枚セットする。ターンエンド。トモシ、お前の番だ」
 健一からトモシへと、ターンが受け継がれる。
 ついに、トモシのターンが始まる。ドローフェイズ、スタンバイフェイズ、メインフェイズと移行していき、いよいよ最初の一手を繰り出す。出すのは青い装束をまとった、攻撃力1600の魔法使い。
「『マジシャンズ・ヴァルキリア』召喚! 装備魔法『デーモンの斧』発動!」
『マジシャンズ・ヴァルキリア』が攻撃力1000プラスの効果を持つ『デーモンの斧』を装備。その攻撃力は2600に。
 トモシは不安げに確かめる。
「次はバトル――で、いいの……?」
「ああ」と、健一がうなずき、トモシが深呼吸して決断をする。
「バトルフェイズを行使。『マジシャンズ・ヴァルキリア』――攻撃!」
『ヴァルキリア』はその華やかで清らかな風貌にはそぐわぬ、柄の先端をドクロで飾る邪悪めいた斧を振り回し、『サイバー・ライオン』を叩き砕いた。
「『マジシャンズ・ヴァルキリア』攻撃力2600マイナス『サイバー・ライオン』攻撃力1600イコール1000の戦闘ダメージを、俺は受けるぜ――」

[波野健一]LP7000

 ダメージを受けてなお、彼はひるまない。
「――だが、想定内だ。リバースカード『リペアボディ』発動。これは自分の機械族モンスターが破壊された瞬間、それ以上にレベルの高い機械族モンスター」
「――つまり、この場合……、『サイバー・ライオン』のレベル4を超えるレベルの機械族モンスターを……?」
「――正解だ。これは、それをデッキから手札に加えられる速攻魔法。デッキの『サイバー・ドラゴン』を手札に加えるぞ」
 健一の行動に、トモシが嫌がる。『サイバー・ドラゴン』はレベル5にも関わらず、相手側にのみモンスターがいる場合、リリース不要な召喚を可能としている。次のターンに出すつもりだろう。
 まだ、トモシのターンは終わっていない。メインフェイズ2に移行する。
「リバースカードセット。ターンエンド」
「俺のターンだ。これが『サイバー』を代表する汎用カード――『サイバー・ドラゴン』特殊召喚!」
 やはり白銀の鋼鉄の殻を持つ龍――攻撃力2100のモンスターがトモシと対面した。
 健一の手はとまらない。
「機械族モンスター専用融合魔法カード、『クイック・ボンド』を発動するぜ。場の『サイバー・ドラゴン』1体に、デッキに眠る『サイバー・ドラゴン』2体を連ねる――」
「まさか、『サイバー・エンド』――?」
「そのまさかだ。『サイバー』の極致――『サイバー・エンド・ドラゴン』融合召喚!」
 3体の『サイバー・ドラゴン』が『クイック・ボンド』によって統括され、3つの頭を持つ1体の龍へと融合した。その攻撃力は4000。
『サイバー・エンド・ドラゴン』の姿にトモシは見とれた。あれは敵なのに。
 バトルフェイズ。
「いくぜ、攻撃!」
 健一の従える『サイバー・エンド』の3つの口が、エネルギーを一斉放射して『マジシャンズ・ヴァリキリア』を撃ち抜いた。
 攻撃力2600対4000――その戦闘ダメージという余波が発生する。

[鷹見トモシ]LP6600

「――だけど、きみだって……。このターンさえ終われば、『クイック・ボンド』の効果で『サイバー・エンド』を……」
「速攻魔法『融合解除』発動」
 健一のカードによって『サイバー・エンド』が3体の『サイバー・ドラゴン』に分解していく。
「俺だって選ぶさ。消える『サイバー・エンド』より、消えない『サイバー・ドラゴン』を。そして、俺のバトルフェイズは続いている――」
「――そうだった……」
「『サイバー・ドラゴン』で――」
「これがあるの、すっかり忘れてた――」
『サイバー・ドラゴン』の口がひらいた瞬間、トモシの口もひらく。
「――リバースカード発動」
『和睦の使者』というトラップカードは発動したターン、全ての戦闘によるダメージを無力化する効果を持つ。トモシの発動したリバースカードだ。これで、健一に攻撃をおこなう動機が無くなる。
「そうきたか。バトルフェイズ終了。ターンエンド」
 このエンドフェイズ、本来ならば『クイック・ボンド』の効果で『サイバー・エンド』がデッキに戻されるはずだったが、その『サイバー・エンド』がもう場には存在しない。
「――しかし、『和睦の使者』だった一番最初の『サイバー・エンド』が攻撃した時に、発動すれば……?」
 健一の疑問に、トモシはひどく冷めた態度で答える。
「……ただの、ミスだよ……」
「……そうか――」
 健一が重々しくうなずいた。
 彼らの対決を、遠くから覗いている僕はラハブだ。
「鷹見トモシ、きみは――」
 彼の名をささやいたその途端、急な頭痛に襲われ、僕は頭を抱える。
「――うぁっ……!? だからっ……、この体は……!」

[波野健一]LP7000/手札1枚/モンスター:『サイバー・ドラゴン』3体/リバースカード2枚

[鷹見トモシ]LP6600/手札3枚

 健一の場にはモンスター3体に、リバースカード2枚。
 対して僕の場にカードは1枚も無い。
 ――勝てる気がしない……。
 思えば僕が、なにかを始めてうまくできたためしが無い。今回もきっと――
【逃げちゃいけない】
 謎の声が、脳に直接届いた。
【ここで逃げてたら、なにしたって一緒だから――】
 また、聞こえた。
 ――なに、これ……?
 僕は混乱して耳をさする。だけど、まったく耳には余韻が無い。
 ――それならたぶん、気のせい……。
 健一が呼びかける。
「――お前のターンだが?」
「わかってる」
 僕のターンが始まる。デッキからカードを引き、カードを出す。
「『強欲な壺』発動――デッキからカードを2枚引く。まずは3体の『サイバー・ドラゴン』を攻略しなきゃ――」
「それはそうだな?」
「『連弾の魔術師』召喚。『ディメンション・マジック』発動!『連弾の魔術師』リリース――『カオス・マジシャン』特殊召喚!」
『連弾の魔術師』が砂煙に包まれて姿を消し、代わりに黒い衣装の魔術師が地に立つ。
『ディメンション・マジック』の効果はまだ続く。『カオス・マジシャン』特殊召喚と同時に、相手モンスター1体を破壊。健一の『サイバー・ドラゴン』3体のうち、1体が爆散する。
「なるほど。さらに『カオス・マジシャン』の攻撃で、俺の2体目の『サイバー・ドラゴン』もいなくなり、残り1体――」
「まだだよ。墓地の『ヴァルキリア』、『連弾の魔術師』を除外。『カオス・ソルジャー‐開闢の使者‐』特殊召喚!」
 レベル8、攻撃力3000の『カオス・ソルジャー』。
 さらに僕は『次元融合』を使った。まずはLPを2000支払う。

[鷹見トモシ]LP4300

 僕の場の『連弾の魔術師』には、コントローラーが通常魔法を発動するたびに、相手へ400ダメージを与える効果がある。

[波野健一]LP6600

 ようやく『次元融合』の効果が発動される。突如、空間に大きな亀裂が生じ、その中から魔術師が2体現れる。『ヴァルキリア』と『連弾の魔術師』――ゲームから除外されていた2体が特殊召喚された。
 僕の場には『マジシャンズ・ヴァルキリア』、『連弾の魔術師』、『カオス・マジシャン』、『カオス・ソルジャー‐開闢の使者‐』からなるモンスター4体。
 健一は僕側のモンスターたちを見つめ、嬉しそうに微笑む。
「モンスターを、4体も並べたか……」
 相手側には『サイバー・ドラゴン』が2体。
 バトルフェイズ。
「攻撃する!」
「望むところだ!」
「『カオス・ソルジャー』! 目標、『サイバー・ドラゴン』!」
『カオス・ソルジャー』が舞い上がり、『サイバー・ドラゴン』につるぎを振りかざす。
 瞬間、健一が胸の上でぎゅっと拳を握りしめ、口をひらく。
「俺だって!『サイバー・ドラゴン』! 今こそ『リミッター解除』だ!」
「しまった……!」
 後悔した僕だけど、すでに遅かった。
 2体の『サイバー・ドラゴン』が速攻魔法『リミッター解除』により、攻撃力2100から倍の4200に昇華する。
『カオス・ソルジャー』が『サイバー・ドラゴン』を斬りかけた寸前、『サイバー・ドラゴン』が口からレーザーを撃って反撃した。そのレーザーで『カオス・ソルジャー』は焼却され、姿を消した。
『カオス・ソルジャー』の攻撃力3000から『サイバー・ドラゴン』の攻撃力4200がマイナスされ、1200の戦闘ダメージを僕が受ける。

[鷹見トモシ]LP3100

 今、僕に『サイバー・ドラゴン』の攻撃力4200を超えるモンスターがいない。
 そして、僕に手札は無い。するべき行動は――
「ターンエンド」
 エンドフェイズ。『リミッター解除』の効果で、2体の『サイバー・ドラゴン』が自壊した。

[波野健一]LP6600/手札1枚/リバースカード1枚

[鷹見トモシ]LP3100/手札無し/モンスター:『カオス・マジシャン』、『マジシャンズ・ヴァルキリア』、『連弾の魔術師』

「さてと、俺のターン。『強欲な壺』発動。カードを2枚引く。『天使の施し』発動。カードを3枚引いて、2枚捨てる――」
 健一は手札のカードを出す。
「それから、モンスターを出しておかないとな。『サイバー・イーグル』召喚」
 攻撃力1400の、機械の青いオオワシが空を舞う。『サイバー・イーグル』は召喚成功時、互いの墓地から魔法カードを1枚を手札に加える事ができる。健一が手札に加えたカードは『融合』。
 かたや僕が手札に加えたカードは『ディメンション・マジック』。
「『融合』発動――」
「また、融合モンスターが来るのか……」
「ああ。合体こそ、機械の進化の基本だからな。場の『サイバー・イーグル』、手札の『サイバー・ライオン』を融合させる。『サイバー・グリフォン』融合召喚!」
 2体の『サイバー』が交わり、ひとつになる。背に翼を生やした機械の猛獣『サイバー・グリフォン』攻撃力2300。『サイバー・ライオン』の効果を引き継ぎ、カード効果では滅びない体を持つ。
「ターンエンド!」
 健一から自分へとターンが移る。
「――ドロー……」
 カードを引き、深く考える僕を見、健一が不思議がる。
「どうした? お前には『サイバー・グリフォン』の攻撃力を上回る、『カオス・マジシャン』がいるだろう?」
「いや、だって攻撃すれば、さっきの『リミッター解除』のように……」
「でも今回は、うまくいくかもしれないぜ」
「……でも……」
 メインフェイズ。
 僕の手札に今、彼のリバースカードを排除できるカードは存在しない。それでもここで、攻撃するべきなのかな?
「――いや、逃げてちゃ勝てない……」
 僕は顔を上げて健一を見据え、覚悟を決めた。
「――バトルフェイズ!」
「よく、ためらわなかったな……」
「うん。慎重と臆病は違うんだよね……。『カオス・マジシャン』、『サイバー・グリフォン』へ攻撃だ!」
 攻撃力2400の『カオス・マジシャン』が杖から魔力の光線を発し、『サイバー・グリフォン』を攻撃する。攻撃力2300の『サイバー・グリフォン』は反撃の隙も無く、崩れ去った。

[波野健一]LP6500

 僕の攻撃は続く。
「『ヴァルキリア』、ダイレクトアタック!」
『マジシャンズ・ヴァルキリア』が、白い光の魔力を彼にぶつけた。

[波野健一]LP4900

 さらに、僕は攻撃をもう1発。
「『連弾の魔術師』もダイレクトアタック」
 今度は『連弾の魔術師』が黒い魔力で彼を攻撃した。

[波野健一]LP3300

 僕の攻撃はすべて通用した。
「バトルフェイズ終了。ターンエンド」
「俺のターンだ。ドロー。よし! この『デュエル』、フィナーレへと向かうぜ!」
 健一には勝負事になると、徐々に熱意を帯びる性格がある。それを今、思い出した。
 彼は高いテンションのまま、手札を1枚、『デュエルディスク』に差し込む。
「魔法カード『ソウル・コーリング』発動!」
 そのカードは、発動者がLPを半分消費する事で、両プレーヤーは手札かデッキから『ソウル・サクセサー』1体の、または『ソウル・ガードナー』1体の特殊召喚を可能にさせる。その上、『ソウル・コーリング』で特殊召喚したモンスターは、カードの効果では破壊されない耐性を得る。

[波野健一]LP1650

 互いの目先に、白い装束の剣士と黒い甲冑の剣士が現れた。
 白いほうが僕の『ソウル・サクセサー』、黒いほうが彼の『ソウル・ガードナー』――『ソウル』を冠する剣士が一対。僕たちの切り札が出揃った。
「――リバースカード『ジュラシック・インパクト』発動!」
 彼のトラップカード発動に、僕はぎょっと目を見開く。
「あっ――!?」
 通常トラップ『ジュラシック・インパクト』。このカードは自分LPが相手LPよりも低い場合のみ発動可能。場のモンスターを全て破壊し、破壊したモンスター1体ごとにそのコントローラーは300ダメージ受ける。このカードの発動から次の自分ターン終了まで、全てのプレーヤーはモンスターの召喚が不可能。
「なっ!?」
 思わず声をあげたくなるような巨大隕石が、空の高い場所から落ちてきた。隕石が垂直に落下し、着地して破裂。辺りの積雪を溶かさんばかりの炎、大地を砕かんばかりの衝撃と破片がモンスター達に襲いかかって僕にダメージが発生する。

[鷹見トモシ]LP2200

 これで『ソウル・サクセサー』、『ソウル・ガードナー』以外のモンスターは、完全に姿を消した。
「――『ソウル・サクセサー』と『ソウル・ガードナー』が『ソウル・コーリング』の効果で生き延びた――」
「……そうだけど……」
 僕はうなずき、それから健一は言葉を続ける。
「『ソウル・サクセサー』、『ソウル・ガードナー』――ともに攻撃力2500。お前の『ソウル・サクセサー』は自身のアドバンス召喚に費やしたリリースの数によって、強力な効果を得る――」
「だけど、今回は特殊召喚。なんの効果も持たない。通常モンスターと変わらない。だけど――!」
「『ソウル・ガードナー』は違う――」
「どんな召喚方法でも、墓地に四大元素属性のモンスターさえ眠っていれば、その効果を発動できる。確か健一は、『天使の施し』で『サイバー・フェニックス』を墓地に送ってた……」
「その通りだ!」
 健一は炎属性の『サイバー・フェニックス』を墓地からデッキに戻し、『ソウル・ガードナー』の効果を発動した。剣に炎をまとい、攻撃力を500上げる。これで『ソウル・ガードナー』は攻撃力3000。
「斬り裂け!」
 健一の指示で『ソウル・ガードナー』が『ソウル・サクセサー』と斬り合う。
2つの剣筋が光の弧を描いて重なる。ぶつかるやいばとやいば――斬り合いを制したのは『ガードナー』。やはりその燃え盛る剣の圧力には勝てない。『サクセサー』は胸を貫かれ、血潮にまみれて消滅した。
「……やら……れた……!」
 僕にとって最後の砦だった、『ソウル・サクセサー』を失った。さらに、500もの戦闘ダメージを受ける。

[鷹見トモシ]LP1700

「ターンエンド!」
 彼の宣言の直後、僕がデッキからカードを引く。
「僕のターン……! リバースカードセット」
 引いたカードを伏せる事しかできなかった。『ジュラシック・インパクト』の効果で、このターンはモンスターを召喚できないから。
「ターンエンド……」
「俺のターンだな? ドローフェイズ終了。メインフェイズ。墓地の『サイバー・ライオン』をデッキに戻し、『ソウル・ガードナー』の効果を発動するぜ! お前のリバースカードは破壊される!」
「……やっぱり……!」
『ソウル・ガードナー』が大剣で地面を突き刺し、衝撃波を放つ。衝撃が地を走り、僕の足元のリバースカードを粉砕した。
『炸裂装甲』――相手攻撃モンスターを破壊するトラップカードを。
 これで僕の場にカードは存在しない。
 自分のLPは1700。『ソウル・ガードナー』の攻撃力は3000。
「……あっ……!?」
 僕は悟った。負ける。たとえ初めてでも、負ける事は、やっぱり悔しい。力の抜けた自分の両肩が、すとんと下がる。
 今これから、僕はとどめをさされる。
『ソウル・ガードナー』が大剣を豪快に振りかぶった。そして一瞬にして自分と『ガードナー』との間合いが詰まる。大剣が燃えるおと、風を切り裂くおとが響き、視界で閃きが揺れる。一瞬にして、僕の胴は斬られた。この一撃が映像ではなく本物ならば、間違いなく自分の命は絶たれている。
 ゲームの決着を示す赤い光が辺りを染め上げ、LPのカウントダウンが始まる。
【1700、1600、1500】
【1000、500、100、50、40、30、20】
【10、9、8、7、6、5、4。3、2、1――】

[鷹見トモシ]LPゼロ

 それから1時間が経過した。
 そんな中、健一が僕へ要求してくる。
「もう1回しよう」
「なんか疲れたし、からだが重い……」
「これで最後だからさ」
 ――そして、僕はまた負けた。
 ずっと2人で『デュエル』をしていた。僕はきょう『デュエルモンスターズ』を始めたばかりで、正真正銘の初心者。対して健一は程度は定かではないけど経験者。ゆえに僕は全く勝てず、僕の連敗記録は更新され続けている。
 健一は時間が気になったらしく、灯台に付いている時計を見てみる。
「もうこんな時間、か……。なんか時の流れって早いよな?」
 時計の長針は午後の5時を示していた。
「そうだ。たまには俺の家で寝てけよ」
 健一が提案し、僕は目をぱちくりとしてまばたきを速める。
「え? いいの?」
「今夜は珍しく、家には俺しかいないからな」
「じゃあ……、そうさせて――もらう」
「決まりだな。そしたらお前の家――いや、なんでもなかった……」
 健一が気まずそうにし、なにかをいおうとしてやめた。それがなにか、大体想像できる。だけど、あまり思い出したくない事。だから僕は、あえてふれずに違う話題を切り出す。
「夕食は?」
「俺がまかなってやるよ」
 僕と彼は献立の買い出しへ、商店街へ向かった。

 龍河商店街。日本国内の商店街の多くが、シャッターの降りた店で並べられている昨今にしては異例で、ここは活気に満ちている。地元、龍河町の買い物の場として重宝されていた。
 この商店街で僕と健一は、二手に別れて買い出しをする事にした。
 僕は野菜全般を担当し、いきつけの八百屋へとたどり着いた。その店で目当てのトマトを見つけ、手を伸ばす。
「――あっ……?」
 隣から声がした。女の人の声だった。
 右に目を向けると、見覚えのある、赤い長髪の少女がいた。彼女の名前は三石ツバキ。
「ほんと、よく会いますよね?」
 彼女の言葉は真実だった。僕とツバキさんは直接関わりのある人脈ではないのにも関わらず、たびたび偶然出会ってしまう事が多々あった。
 僕は彼女に合わせてうなずく。
「ええ……。不思議ですね……」
「えっと、そのトマトはちょっと青いので、すぐに食べるなら、あっちのほうがいいと思いますよ」
「えっ……、そう?」
 彼女にうながされた僕は、トマトを取り替えた。
 買い物を終え、健一の自宅に到着し、夕食も済んだ午後8時頃。僕らは腕まくりをして流し台に向かい、夕食で使った食器を洗い始めた。
「――ところで、本格的に『デュエルモンスターズ』を初めてみたいと思うか?」
「……わからない……」
 戸惑う僕に対し、健一はスポンジでマグカップを擦りながら、静かに語る。
「別に今すぐ決めろとかいってるわけじゃねえけどな。お前に才能を感じる。カードを信じる心がな」
「心?」
「信じる心は立派な才能だぞ。カードを信じないやつは、そいつがカードに見捨てられる――」
 健一からどことなく真面目らしい雰囲気を感じとった僕は、一字一句聞き逃さなぬよう、彼の声に耳を澄ました。布巾で食器を乾拭きしつつ。
「――逆にお前はカードを信じ、カードを大切にしてる。だからきっと、いつかカードがお前を守るはずだ」
「……そう……かな……?」
「あと、お前がライバルだったら、俺にも張り合いがあるぞ」
「……そんな……」
 僕は驚いた。思わぬほどの、彼の熱意に。
「――あ……? すまん。これじゃあ、お前を急かしてるみたいじゃん。今のは軽く流せ」
 そういって、健一は蛇口の栓をきつく締める。キュッという音が高く響いた。


  第2話 偶像

 わたしは三石ツバキ。4人組音楽ユニット『ダートゥム』のメンバーの1人。きょうはとある音楽番組にゲストとして出演するの。
 スタジオでは、『ダートゥム』を含めた出演者がソファーに並んでいた。
「――はい、このコーナーでは、ゲストにまつわる噂のウソ、ホントを暴いていきたいと、思います!」
 戸田拓人さんを司会に、番組は進行していく。
「まずは『SFジェネレーション』巻町翔平。巻町さんは小学3年生の頃――」

 収録を終えたわたしは、カフェで趣味のビリヤードに興じていた。
 基本的なルールは、キューと呼ばれる棒でテーブルの上の白いボールを突く。そのボールがダイヤマーク状並べられた9つのボールにぶつけて、弾けさせる。それから繰り返し、ボール同士を弾かせ、テーブルの隅のポケットに入れていく。
 今はちょうど、最後に残った9番ボールがポケットインしたところだった。
「なかなかじょうずだね」
 テーブルの向こうに少年が現れ、にこやかな顔でわたしに声をかける。彼は年格好は十代後半辺りでわたしとおなじぐらい。だけどその浅焼けた肌は、日本人のものとは違った。
「あら、どうも。あなたは?」
 わたしは笑顔で応え、質問した。
 少年が答える。
「――僕? 僕はラハブっていう名前さ。きみは三石ツバキさんだよね?」
「そうよ、ラハブくん」
「テレビとかで見ていたから、知ってるよ」
 彼とは初対面だった。だけどここに、それとは異なる雰囲気が芽生えていた。どうしてか、彼が赤の他人とは思えない。だからといって、自分が彼にどういう想いをいだいているかは、うまく言葉で説明できない。単純に好きや嫌いで表現してはいけないような気がする。
 目と目が合う。ラハブの瞳からは、なにか悲しいものを感じる。孤独を隠そうと、必死に無邪気を装っているように見えた。
 ラハブは部屋の片隅に置かれた、キューを手に取る。
「きみとお話がしたい。せっかくだし、一勝負いかがかな?」
「喜んで」
 わたしは笑顔を見せて、承諾した。
 カツン、コツンと音を立て、テーブルの上で多くのボールが転がり、ぶつかり合う。
 その中で、会話をする。
「――ところできみは、人間の事をどう思う?」
「……え……?」
 わたしは首を傾げた。いきなり、根本的な話題を持ちかけられて。
 ラハブは苦笑する。
「……ああ……、じつはちょっと、人間関係で悩んでたから……。きみはまわりの人間の事、どう思ってるのかな?」
「そうね……。みんな――好き」
「みんな――が? 好きな人がいるとかならわかるけど、みんなが好き、なの……?」
「そりゃ、気の合わない人もたくさんいるわ。でも……、それはただ、巡り合わせが悪かっただけ。ほんとうは――」
「自分を傷つけた人――自分の大切なものを壊した人――でも?」
「……それは……」
 わたしはある過去を思い出して苦い顔をしたが、すぐに微笑みを取り戻す。
「――それでも、ほんとうに嫌いな人は、いないわ……」
「そう、なんだ……」
 ボールを突き飛ばしながら、語り続けるわたしがいる。
「傷つけられのは悲しいけど、憎いけど……。傷つける側の人にだって、それだけ大きな悲しみがあったはずなの……。それを理解しないと、なにも――」
「変わらない――だね……?」
「……そう……」
 ラハブが最後のボールを穴に落とした。このビリヤードのゲームを制した彼は、棒をもとの場所に戻し、部屋の出口に向かう。重々しくつぶやく。
「ほんとうに、ありがとう……。かんばって、みる……」

 2月の下旬の午前10時。きょうの龍河高校の校庭は、多く中学生で賑わっていた。前期受験の合格発表日だったから。
 この高校の受験生だった僕(鷹見トモシ)と波野健一、おなじクラスの女子――神谷清華は、掲示板に張られた、合格者一覧のプリントの前にいた。
 高鳴る胸の鼓動を抑え、顔を上げる。自分の受験票と正面の合格者一覧を照らし合わせ、自分の受験番号を探す。
 自分の受験番号があった。合格した。
 喜びつつも、無表情を保ち、隣の2人を確かめる。
「どうだ?」と、健一が訊いてくる。
「あった」僕は答えた。
「あった」清華も答えた。
「俺も、あった」
 3人とも合格、らしい。3人とも、愉快な笑みを浮かべた。

 合格を確かめた僕たちは、校内のある部室へ向かった。『デュエルモンスターズクラブ』――通称『DMC』の部室らしい。
「――いるかな?」
 健一が恐る恐る、『DMC』部室のドアを開くと、中に黒い短髪の男子生徒がいた。僕も彼の事は知っている。自分たちとおなじ中学校の先輩――須藤尚輝だった。
「ん? 健一?」
 須藤さんが僕たちに気づき、歩み寄ってくる。
「神谷に、トモシも……――」
 僕の名前の時だけ、妙に低いトーンでいい、須藤さんは問う。
「そういえば、お前らもこの学校の受験生だったな? どうだったか?」
「みんな合格しました」
 健一が元気よく答えた。
「おおっ。よかったなぁ!」
 須藤さんは微笑んで僕らを祝福した。
 清華がその黒いボブカットを揺らしてすねる。
「――というかわたしも、下の名前で呼んでくださーい!」
「そ、そうだな、清華……」
 須藤さんがたじろいだ。
「わかればいいんです。わかれば」と、清華は胸に手をあてがい、満足した。
「だから入部しますよ。ここの『DMC』に」と、健一。
「わたしもです」と、清華が続く。
「そうかそうか。よろしくな」
 受けこたえる須藤さん。
 自分だけは話についていけなかった。現時点で、僕に『DMC』入部の予定は無い。
「――なあ、トモシ……」
 突然、須藤さんに呼ばれた。
「はい?」
 聞き返した僕だが、彼は気まずそうに視線を斜め下に向け、訂正する。
「いや、やっぱりなんでもない――」
 須藤さんの様子が不可解で、僕は首を傾げる。
「そう、ですか……?」

 龍河高校の受験合格を知ったその日の夜、俺(健一)は自宅の個室でソファーに寝そべり、テレビ番組を眺めていた。
『音楽新世界』――毎週土曜日午後11時から始まる30分間の音楽バラエティー番組だ。毎回ゲストを招いてトークを展開し、合間に楽曲を披露していくという、近年ではありふれた内容だ。しかし、好きなミュージシャンが多数レギュラー出演しているため、毎週視聴していた。
 今週のゲストは『SFジェネレーション』と『ダートゥム』だった。
【――『ダートゥム』三石ツバキ。彼女は睡眠中に見る夢の中で、今みているこれは夢なのだと認識できる。これはウソ? ホント?】
 司会の人が台本を読み上げ、出演者が『ウソ』または『ホント』のボードをあげていく。
【はい。ホント、です】
 ツバキ本人が答えた。
【まじで!? どんな感じなの!?】
【例えば、筋トレしている夢を見てる時は――】
【筋トレしてる夢って、それ自体あんま無いよ!】
【まあ、そうなんですけど、腕立て伏せをしながら――ハァハァ、これ夢だから、ここで鍛えても全然意味無いし、疲れるだけだなぁって思いながら、やっぱり腕立て伏せはやめたくならないんですよ――】
【いや、やめればええやん!】
【でもなんか、夢の中の自分って、よくわからないことに熱中してる事、無い?】
【俺、きのう夢でVサインを極めてた】
 テレビの中が驚嘆と爆笑に包まれた。
「すげーな……」
 テレビのそとから俺もびっくりしていた。
「――にしても、なんでトモシは、三石ツバキが好きなんだろ……? やっぱり、あれがあるから、か……。」
 番組は進行していって、終了した。
「よしっと――」
 俺は棚に並べていたブルーレイディスクのケースから1つ選んでつかみ、ディスクをハードウェアに挿入した。
 ビデオのデータが、テレビに再生される。
 これは『デュエルモンスターズ』界屈指の名プレーヤー、アルカ・クレイモアの試合をまとめた記録。27歳の若さでこの世を去った彼の、生涯最後とされている『デュエル』が収録されている。
 相手は女性プレーヤーのベガ・クレイグ。

[アルカ・クレイモア]LP1000

[ベガ・クレイグ]LP1万

 第17ターン時点で、LPの差は10倍にも膨らんでいた。しかし、ここまではアルカの計算のうち。ここからの反撃で、彼は勝利をつかんだ。
 アルカの場には巨大竜『混沌幻魔アーミタイル』がいる。
【――バトルフェイズ。『アーミタイル』、ダイレクトアタック!】
『アーミタイル』の攻撃力は1万。相手側のLPもまた、1万。
『アーミタイル』の腕から生やした龍の口が、黒い炎を放つ。
 ここで相手のベガがリバースカード『ドレイン・シールド』を発動した。『アーミタイル』の炎をバリアが吸収し、彼女のLPに変換される。

[ベガ・クレイグ]LP2万

 さらにアルカがカードを発動する。
【リバースカード『悪夢螺旋』発動。これで『アーミタイル』は再攻撃可能、そして攻撃は2万へ。このダイレクトアタックで、作戦終了とする】
 再び『アーミタイル』が炎を放ち、ベガを焼き払った。

[ベガ・クレイグ]LPゼロ

 アルカが勝利を納めた。
 試合後のインタビュー。
【どうして、召喚困難とされている、『アーミタイル』を愛用しているのですか?】
 訊かれたアルカは、誇らしげに、しかし飾らない口調で答える。
【攻撃力1万の『アーミタイル』が弱いはずなんてない。召喚の労力に見合った価値がある。それをいえるだけの知恵を培ってきたと、自負しています】
【そうでありますか。今回、クレイモア選手はどのような心境で、『デュエル』に臨みましたか?】
【そうですね……、とにかく、自分自身のデッキを理解する事を心がけました。『アーミタイル』に限らず、カードにも限らず、肝心なのは理解する事。無価値なんて有り得ない。問題は、自分がその価値に気づけるかどうか――です】
「すごいな……」
 俺はテレビのそとから感心した。
 アルカ・クレイモア――彼こそ、俺を『デュエルモンスターズ』の道へといざなった伝説的存在。
「無価値なんて有り得ない――」
 ビデオ鑑賞を終え、テレビのチャンネルをもとの民間放送に戻すと、ニュース番組が流れ、女性アナウンサーが報告する。
【きょう5時30分頃、神風遊庵受刑者が脱獄しました――】
 その報道に、俺は苦い顔をした。

 龍河高校『DMC』と摩訶高校『DMC』は日本国内では有数の、『デュエルモンスターズ』にまつわるクラブ活動として深い関係にあった。
 その一環で毎年6月には、龍河高校、摩訶高校の両『DMC』による交流試合が開催されている。きょうがその日にあたった。
 ここは摩訶高校の第二体育館――おもにバスケットボールの試合などに利用されている場所だが、今は『デュエルモンスターズ』の試合に用いられている。
「最初は須藤の番だな? 健闘を祈るぞ」
 この声のぬしは水橋海斗で、龍河高校『DMC』の顧問だ。
「はい、水橋先生。いってきます」
 俺(尚輝)は意気込んで返事をした。
【龍河高校先鋒・須藤尚輝選手、摩訶高校先鋒・奈多岡隆冶選手――両選手はリングにご登場ください】
 アナウンスに従い、『デュエルディスク』を装着してリングに上がった。
 目の前の対戦相手、摩訶高校2年男子の奈多岡隆冶が手を差し出し、俺に握手を求める。
「――よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 もちろん俺は、その握手に応じた。対戦前の握手は『デュエルモンスターズ』におけるマナーであり、公式ルールでも定められているからだ。
 しばらくしてアナウンスが流れる。
【先鋒戦、試合開始】
 俺と奈多岡隆治の対決は第6ターンで決着がついた。

[須藤尚輝]LP3300

[奈多岡隆治]LP8000

 俺の場には攻撃力1万1000の『イグナイテッド・ドラゴン』が1体。この炎の翼を持つドラゴン自体は攻撃力を持たない。だが、自身のアドバンス召喚のリリースに費やした2体のモンスターの攻撃力を受け継ぐ効果がある。ゆえの1万1000。
 奈多岡の場にはモンスターが5体。もっとも攻撃力の高いモンスターは装備魔法『団結の力』を装備した『ジャックス・ナイト』で攻撃力5900。
 奈多岡のターン。
「――『キングス・ナイト』、『クィーンズ・ナイト』、『レッドガジェット』リリース!」
 彼の宣言したが3体のモンスターが光の渦に消え、新たな魔術師が現れる。
「わが戦略の柱――『ネオ・レーゾンデートル』特殊召喚――」
 それは腕にいくつもの腕輪をつけ、黒いマントを羽織っていた。
『ネオ・レーゾンデートル』――レベル10の光属性魔法使い族モンスターだ。攻撃力と守備力はゼロ。しかし、恐ろしさはその効果にある。
 まず、『レーゾンデートル』特殊召喚にともない発動する効果により、奈多岡は手札を全て墓地に送り、自分デッキからカードを5枚引く。そして、ここからが真骨頂。奈多岡が高らかに告げる。
「『レーゾンデートル』が場に存在する限り、全てのプレーヤーはアドバンス召喚以外ならば通常召喚の回数制限が無くなるんだ!」
「しかも、全ての魔法&トラップゾーンがモンスターゾーンとして使用可能になるとは……」
「さしずめ物量戦略のジョーカーといったところさ!」
 奈多岡が次々とモンスターを展開する。
「『ダンディライオン』召喚!『E・HEROエアーマン』召喚!」
 デフォルメされた二足歩行のライオンが立ち上がる。たてがみがタンポポの花びら、手が葉で形を成す。
 その隣では、プロペラ内蔵の翼を背に負った、人型のモンスターが舞い降りた。名は『エアーマン』。その効果により、奈多岡はデッキに存在する『HERO』を手札に加えた。彼はそのカードも、モンスターゾーンの役割を得た、魔法&トラップゾーンに出して召喚する。
「『D‐HEROディスクガイ』召喚!」
 腕、背中、腰に巨大なディスクを装備した戦士が現れる。
 これで奈多岡の場に、モンスターは6体。味方モンスターの増加によって『団結の力』の攻撃力増強効果が高まり、それを装備した『ジャックス・ナイト』の攻撃力は6700。彼の現モンスターの中で最大。しかしそれでも、俺の『イグナイテッド・ドラゴン』攻撃力1万1000には、遠く及ばない。
「たとえ、場が満杯になるほどモンスターを増やして、『団結の力』というギミックを強めても、その『ジャックス』が『イグナイテッド』の攻撃力を超える事はできないはずだ」
 俺は言葉ではそういった。しかし、決して楽観視はできない――いやむしろ、敗北を覚悟しなければいけないという予感があった。
 その予感は、次の奈多岡の発言で確信に変わる。
「はなから『イグナイテッド』を倒そうなんて思ってない」
「……そっちの……狙いか……!?」
「永続魔法『マスドライバー』発動!」
「そういう、からくりだったか……!」
『マスドライバー』は自分の場のモンスター1体をリリースするごとに、相手へLP400ダメージを与える永続魔法だ。現時点で奈多岡のモンスターは6体。つまり400ダメージを6回、計2400のダメージをたったLP3300の俺が受ける事になる。しかも、さらに奈多岡側のモンスターが増えてしまえば――と、いう事だ。
 俺には『マスドライバー』を阻止する手段が無い。ここから、一方的な奈多岡の攻めが始まる。
「『ジャックス・ナイト』リリース! 『マスドライバー』発射!」
 大砲型の『マスドライバー』が『ジャックス・ナイト』を量子化させて吸引し、それをエネルギーにして俺を撃つ。

[須藤尚輝]LP2900

 さらに奈多岡は撃つ。
「『巨大ネズミ』召喚! それをリリースして『マスドライバー』を発射する!」

[須藤尚輝]LP2500

 俺にはなすすべなく、黙って冷や汗を流す事しかできなかった。
 それ以降も隆治の『マスドライバー』は発動し続ける。
「『エアーマン』リリース!『マスドライバー』発射!」

[須藤尚輝]LP2100

「『ディスクガイ』リリース!『マスドライバー』発射!『ダンディライオン』リリース!『マスドライバー』発射!」

[須藤尚輝]LP1300

『ダンディライオン』が死に際に呼んだ2体の『綿毛トークン』もまた、『マスドライバー』の弾となる。
「『綿毛トークン』1体目リリース!『マスドライバー』発射!『綿毛トークン』2体目リリース!『マスドライバー』発射!」

[須藤尚輝]LP500

 そろそろ、俺の敗北が、目に見えてきた。
 隆治は深呼吸して叫ぶ。
「『獣神王バルバロス』召喚!『バルバロス』をリリース!『マスドライバー』発射!」

[須藤尚輝]LP100

 俺は自然に笑顔になる。
「――嬉しい。全力の相手に、敗れるのならば……」
 奈多岡は微笑み、こちらに手のひらを向ける。
「ありがとう、須藤尚輝。『ネオ・レーゾンデートル』リリース! 敬意も含めて撃つ!『マスドライバー』発射!」
『ネオ・レーゾンデートル』が量子化して『マスドライバー』に吸収され、エネルギーの塊となって俺を狙い撃つ。
 俺の視界を、白い光が埋め尽くした。

[須藤尚輝]LPゼロ

【先鋒戦は摩訶高校、奈多岡隆治選手の勝利です】
 アナウンスが鳴り、それからも龍河高校対摩訶高校の交流試合は続いた。
 次峰戦は龍河高校、中堅戦は摩訶高校、副将戦は摩訶高校、大将戦は龍河高校が勝利する。

 最終的に2対3、摩訶高校側の勝利で交流試合は幕を閉じる。龍河高校のメンバーは、摩訶高校での現地解散となった。
 俺は校内のトイレで用を済ませてから帰る事にしたんだが、なぜか後輩の女子の清華がついてきて、俺と雑談に持ち込もうとする。
「そういえば須藤さんって、『マハト』の映画で、なにが好きです?」
 彼女のいう『マハト』とは、アニメ映画の製作会社の事だ。
 それについて、俺はさほど詳しくはないが、それでもいくつか観た記憶があるので、そこから回答を出す。
「あまり知らないけど、『神話螺旋』。すごい賛否両論を呼んだけど、個人的に好きだったな」
「わたしも好きですよ。確かに今までの『マハト』作品とかけ離れてたから、批判されたんだと思うけど、あれはあれで名作ですよね?」
「そうだな」
「でも、わたしの一番のおすすめは、『海底の蒼穹』だわ。観た事あります?」
「いや」
「だったら、観なきゃ損ですよ。絵が全体的に綺麗だし――」
 話をしていると、廊下の椅子でうずくまり、苦しそうに胸を抱えていた男子生徒を見かけた。彼はきょう自分と対戦した、奈多岡隆治だった。その顔は、汗でびっしょりと濡れている。
 俺と清華は慌てて、歩み寄る。
「……どうした……!?」
 俺が声をかけて奈多岡の背をさするが、彼は喘ぎながら答える。
「……大丈夫……。いつもの事……、だからっ……」
「で、でも……!?」
 清華もうろたえながら、奈多岡の体を支える。
 しばらくして、奈多岡の喘息は収まった。
「……一体、なにが……?」
 無意識に質問した俺に、奈多岡はかすれた声で返す。
「……大丈夫。癖みたいなものだ。もう大丈夫……」
 恐る恐る問いかける清華。
「ほんとうに? なにかして欲しい事、あるなら……」
「……水が……、欲しい……」
 奈多岡は、眉間をつまみながら要望し、ポケットから小銭を出す。
「わかった」と、俺は承諾してその小銭を受け取り、この校舎のそとにある自動販売機へ向かった。

 自動販売機に着くと、そこにいたトモシが俺に振り向く。
「あ?」
「……どうして、ここに?」
「『デュエル』の観戦に来ていて」
「……そ、そうか……」
「ええ」と、トモシはゆっくりと歩み、去っていった。
 思わぬ出会いがあったが気を取り直し、自動販売機にコインを挿入する。ミネラルウォーターを購入して、奈多岡のもとに戻った。

 わたし(清華)は奈多岡さんに付き添っていた。彼の容態は最初に比べればずっといい。でも、まだ若干体が振るえていて、再発の恐れがありそう。
「しかし、なにがあったんですか?」
「俺、極度のあがり症だからな……。人前に出ると、時々胸が痛む……」
「そう、ですか。えーと、お熱は……?」と、わたしは手の甲を彼のひたいにあててみる。特別高熱ではなさそう。顔色が悪いのは今も変わらないけど。
 わたしと奈多岡さんの前に、1人の少年が現れる。その少年は須藤さんとは違った。奈多岡さんと同様に緑色の髪をしていて、15歳ぐらいの人だった。
「兄さん、大丈夫? ちゃんと薬を飲まなきゃ駄目だって」
「ああ、ごめんごめん」
 どうやらこの2人は兄弟らしい。
 弟だと思う少年が、わたしを見て尋ねる。
「――誰?」
「おいおい……。いきなりそれは失礼だろ? この人は、苦しんでいた俺を支えてくれたんだ」
 兄の隆治さんが、苦笑して戒めた。そして、わたしにおわびする。
「ごめんな……。こいつ、気難しいやつだから。こいつは俺の弟で、興春」
「どうも」とわたしが軽く頭を下げると、興春さんも重く「どうも」といった。
 この時、須藤さんが到着する。
「どうぞ」
「……どうも……」と、隆治さんが須藤さんからペットボトルを受け取った。

 龍河高校対摩訶高校の試合観戦を終えた僕(トモシ)は、帰宅の途中だった。
「『デュエル』、か……」
 ――きょうの健一や須藤さんたち、楽しそうに『デュエル』をしていた……。でもそれは彼らが強いから。自分が始めたって、きっと悔しい思いをするだけ……。
 いまだに『デュエルモンスターズ』への入門をためらっていた僕は、気分転換に浜辺へ立ち寄る。
「――って、また、か……」
 また偶然に、彼女と巡り会ってしまった。
 ――驚いた自分の胸が高鳴る。
 彼女――三石ツバキが僕に振り向く。
「――ん? あらまあ……?」
 自分の存在を気づかれてしまった。彼女が、僕に歩み寄る。
「こんにちは」
 観念して、僕も彼女に寄っていく。
「こんにちは、です……」
「ほんとうに、よく会いますね。わたしたちって――」
「なんでだろう……?」
「よくわからないけど、なんかまるで、運命みたい――なんてね!」と、彼女におっとりとした笑顔を向けられた。
 赤く輝く肩までかかる髪の毛、しわひとつ見えないミルク色の肌、くっきり逆立ったまつげに褐色の瞳、光沢を放つ潤んだ唇。それらが織りなす笑顔が想像以上にかわいらしくて、僕は気恥ずかしくなった。きっと今の自分の目と口は、もぞもぞと落ち着きなく動いている。
 どぎまぎする心を誤魔化すため、彼女から視線を逸らそうと、海辺に目を向ける。視界一面に広がる、透き通った水。鮮やかに輝く空。どこまでも穏やかで、雄大で、清らかで――僕の好きな景色だ。
「やっぱり何回見てもきれいよ。海って……」
 ツバキさんの感激と若干の哀愁がこもった言葉に、僕は大きくうなずいた。

 僕はラハブ。崖の上から浜辺に立つ男女を見下ろしていた。
 鷹見トモシ、三石ツバキ――。
「きっときみたちは、きれいな目をしてるんだろうな……。いいや――」
 ここで自分は瞳を閉ざし、首を横に振る。
「そうだね……。きたないのは、僕ひとつだけ――」
 ――ああ……。まぶたの裏から、なにか生暖かい水が漏れてる……。
「きたない僕が、きれいなものをきたない――って、ケチつけてるだけなんだよね……」


  第3話 倍の力

 目覚まし時計のおとがうるさくて、うるさくてしかたがない。午前6時に鳴るよう設定したが、やはり早すぎる。
 俺(健一)は、寝ぼけまなこで布団から起き上がり、ベッド脇の携帯電話を操作し、うるさく鳴るアラームを停止させた。
 そして、俺はぐっすりと眠った。
 ――それがいけなかった……。

 次に俺が目覚めたのは午前8時。きょうは平日。午後8時30分までに学校へ登校しなければならない。そして、俺は普段、家から学校へいくまで、徒歩で20分近く費やしている。――と、いう事はつまりだ。
「やべぇ……!」
 ――あと、10分以内にこの家を出ないと、遅刻してしまう……!
 俺は自分でもわかるほど全力でパジャマからワイシャツとズボンに着替え、食卓に向かった。ダッシュで。こういう切羽詰まった朝は、わりと日常的だ。

「おはよう」と、母の挨拶に、俺はとりあえず「おはよう」と返した。
 そして、食卓につく。そこにはすでに、朝食の献立が並んでいた。
 手を合わせ、俺は「いただきます」の挨拶をし、ひまなく箸をとった。
「まったく、もうちょっと優雅な朝ってのを、送れないのかしらー……、ね?」
 母が遠まわしに、俺の寝坊を指摘してきた。テーブルに牛乳のコップを置きながら。
「俺だって、6時には起きてるんだから。ただ、また眠くなるだけでよ……」
 ――との、俺の言い分を、母は軽く一蹴。
「はいはい。言い訳は聞きたくありませーん」
「……まいったぜ……」
 俺の嘆きから一拍空くと、母は真面目な表情に変わり、話題も変える。
「――ところで最近、トモシくんはどう? 元気にしているかしら?」
「わからない。元々控え目なのもあるけど、やっぱりどこかで悲しみを引きずってると、思う……」
 そういってから牛乳を飲み干す俺に、母は言いつける。
「そう……。ちゃんと、彼を支えてあげなさいよ」
「はい、母さん。いってきます――」
「いってらっしゃい。気をつけてね――」

 俺も高校生になってから、すでに6カ月。時の流れは早いもんだと思いながら、きょうも学生生活が始まった。
 2時限目は園芸の授業。実際に農園に出て、果樹を育てる授業だ。
 今回は、ブドウの収穫をおこなう。それと同時に、つまみ食いをする。
「おお……、あまいあまい」
 俺は口にブドウを運んだ。紺色の皮から果肉がつるりとむけ、喉にはいりこむ。若干渋味もあるが、なかなか美味だ。
 自分の隣にいたトモシが悲しいような、苦しいような顔をしていた。
 ――彼を支えてあげなさいよ。
 母の言葉を思い出し、俺はトモシを配慮する。
「……トモシ? なにかあったか?」
「みどりのほう、すごい酸っぱい……」
「ああ、わかったわかった……」

 放課後、トモシと清華を連れて『CGC』に訪れた。『CGC』とは『カードゲームセンター』の略でこの時代、世界各国に設けられた施設だ。
 その中の『デュエルモンスターズ』部門ではカードや用品の販売、コンピューターとの対戦、人間同士の対戦は勿論、各検定への受験や、講義会、カードデザインの疑似体験など多様な設備が存在する。
 その中で、俺たちは『DMホール』に訪れた。ここは体育館になっていて、その中央には円形のフィールド。手続きさえおこなえば、ここで面識の無い相手とも練習試合がおこなえる。他流試合の経験を積むのに重宝する。

 そしてこれから始まる、『波野健一・神谷清華組』対『水井陸夫・松平澪組』のタッグマッチを、僕(トモシ)は傍観している。

[水井陸夫/松平澪]LP8000

[波野健一/神谷清華]LP8000

『デュエルモンスターズ』におけるタッグマッチで各組は、場と墓地とLPを共有して進行する。ターンの順は1番水井陸夫、2番波野健一、3番松平澪、4番神谷清華。
「俺が先攻をもらったぜ。ドロー!」
 まず、陸夫という男のターンが始まる。
「『ワイト』を俺は召喚する! リバースカードセット! ターンエンド!」
 赤い機械のモグラが俺の足元に立つ。
「こいつと、戦闘をおこなった――」
 俺の言葉を、澪がつむぐ。
「守備モンスターは手札に戻される、なのでしょ? 厄介ね。それなら、『ワイトキング』を攻撃表示に変更。3枚のリバースカードセット。ターンエンド」
「――ん……?」
 清華が疑問の声をあげた。
「わたしたちには攻撃力5600で2回攻撃ができる、『サイバー・ツイン・ドラゴン』がいる。1体目のワイトキングを攻撃表示にしたって、ダメージが多くなるだけなのに……」
「そうだな」
 俺も同意だ。
 相手側には3枚のリバースカードがある。攻撃へのいざないであるのかもしれない。
 清華が俺の顔を見る。
「けど、トラップだとしても、元々『サイバー・ツイン・ドラゴン』と比べて攻撃力の劣る、攻撃力4000の2体目の『ワイトキング』や攻撃力2000の『THEトリッキー』が攻撃表示なのに……」
「わざわざ1体目の『ワイトキング』を攻撃表示にするって事は――」
 俺の視線が、陸夫たちの足元にあるリバースカードに向いた。
 あれが罠であると、こちらに教えているようなもの。
「はったりかもしれない」
 俺が疑うと、「さて、どうかしら?」と澪が、そして陸夫も挑発する。
「そっちのターンだ」
 清華のターン。
「――ドロー。『羽根モグラ』特殊召喚」
 彼女がデュエルディスクのモンスターゾーンにカードを置くと、赤い翼を背に負った、モグラが現れて羽ばたいた。このモンスターは、手札からの特殊召喚を可能としている。代わりに、特殊召喚したターンの終わりに手札に戻されはするが、今の清華には関係無い。
「『羽根モグラ』リリース。『百獣王ベヒーモス』召喚よ」
『強襲モグラ』が消え、それから新たに紫色のたてがみを持つ、いかつい風貌のケダモノが四つ足で立つ。
『ベヒーモス』は攻撃力2700のレベル7モンスターで召喚には2体のリリースが必要だが、攻撃力を2000に落とす事で、リリース1体による召喚ができる。
「バトルフェイズ!『サイバー・ツイン・ドラゴン』は『ワイトキング』へ攻撃!」
 清華の言葉が引き金となり、『サイバー・ツイン・ドラゴン』の双方の口からエネルギーの波動が直線を描き、片方の『ワイトキング』へ襲いかかる
 澪が動く。
「あまいね! リバースカード『骸骨共鳴』発動!」
『ワイトキング』は『骸骨共鳴』によってもう片方の『ワイトキング』の攻撃力を受け継ぎ、攻撃力4000から一気に倍の8000となった。
 攻撃力8000の『ワイトキング』がまとっていた青いオーラをより激しく放出させ、『サイバー・ツイン・ドラゴン』の波動をはじいた。
『ワイトキング』の反撃。『サイバー・ツイン・ドラゴン』に飛びかかり、殴打で粉々に打ち砕いた。
 8000と5600の攻撃力の差が俺たちのLPから削られる。

[波野健一/神谷清華]LP1300

「だけど! リバースカード『時の機械―タイム・マシーン』発動。墓地から『サイバー・ツイン』特殊召喚!」
 場に無骨な機械の棺が現れ、それがあく。中から『サイバー・ツイン・ドラゴン』が、再び姿を見せた。これが『時の機械』の力。
 陸夫が動揺した。
「俺がせっかく倒したのに。また出やがったな!」
「『サイバー・ツイン・ドラゴン』、『トリッキー』を攻撃」
 清華の宣言で、『THE・サイバー・ツイン・ドラゴン』の砲火が『トリッキー』を射抜く。『サイバー・ツイン・ドラゴン』の攻撃力は2800で『トリッキー』の攻撃力は2000。

[水井陸夫/松平澪]LP3600

 澪がうなる。
「まだまだ……。リバースカード2枚セット。ターンエンド」
『骸骨共鳴』の効果で2体が『ワイトキング』が自壊した。

『CGC・デュエルモンスターズ部門』で、俺(尚輝)と奈多岡隆治はデバッグ検定を終えたところだった。
「――どうだった?」
 俺が訊き、隆治は肩の高さで手のひらを上に向けてため息をつく。
「……どうなんだか。後半の優先権とか儀式やトークンのルール改変とか、さっぱりだったね」
「あの最終問題とか、ひどすぎだよな?」
「ハハハハッ。第一、両方のプレーヤーが同時に、『オネスト』を『アバター』に使うって状況自体、まず無いしな」
「ほんとだよ」なんて、談笑しながら施設内の通路を、俺たちは歩いていく。
 摩訶高校との交流試合以降、俺と隆治は個人的な交友関係を結ぶようになった。初対面から予感していたが、かなり気の合う2人になれた。
 しばらくして、『DMホール』の入り口に差し掛かる。
「ちょっと、覗かないか?」と隆治が、『DMホール』に入室して、ある事実に気がつく。
「あれって、健一たちじゃないか?」
 確かに、そこでは俺の後輩の健一と清華がチームを組んで試合をしている。それをトモシが傍観する――という、構図だった。
 それを見た瞬間、俺は隆治に背を向ける。
「――そういえば俺、早く帰んないといけなかった。悪いが、先にいく……」
「そうか。じゃあ、さよなら――」
「さよなら……」
 こうして自分は、『DMホール』を出て、この『CGC』という建造物から去っていった。
『CGC』の出口を出た途端、なにか声がした。
【――ごめんなさい……】
 その声は、耳からではなく頭に直線響いた。
 俺は戸惑い、頭を抱える。
「……なんだ……これ……!?」
 また、聞こえてくる。
【僕は――、シュウ……。きみ、を――】

[水井陸夫/松平澪]LP3600

[波野健一/神谷清華]LP1300

 僕(トモシ)が考えるに、今度は陸夫が『ワイトキング』を出しそうな感じがする。
 今の陸夫組の墓地には『ワイト』4体に『ワイトキング』2体の計6体。ここで『ワイトキング』を召喚すれば、攻撃力6000――かなり高い数値なのは、自分でもわかる。
「――俺のターンだ。ドロー!」
 陸夫がデッキからカードを引いた。
「俺はリバースカード『ゴブリンのやりくり上手』発動する!」
 今、陸夫達の墓地には『ゴブリンのやりくり上手』が2枚。よって彼は今発動した『ゴブリンのやりくり上手』でデッキからカードを3枚引いた。そして、手札1枚をデッキの最下部に戻した。
 陸夫はさらなる行動に出る。
「『魔法石の発掘』発動だぜ! 手札を2枚捨て、俺は墓地から『天使の施し』を手札に加える!」
 加えたそれも、彼は今、使う。
「『天使の施し』発動! 俺はカードを3枚引き、手札を2枚捨てる! 俺が捨てた中の1枚は『ワイト夫人』! こいつは、墓地に存在する限り、『ワイト婦人』ではなく『ワイト』そのものとなる。そして、俺は『ワイトキング』召喚をする!」
 ここで澪が問いかける。
「『ワイトキング』は墓地の『ワイトキング』または『ワイト』1体につき攻撃力を1000増すのは、覚えてるわよね?」
「墓地には『ワイト』が4体、『ワイトキング』が2体――」と清華。
「そして『ワイト』という名の『ワイト婦人』が1体――計7体、か……」と健一。
 陸夫が、誇らしげにいう。
「つまりは、こういう事だぜ――」
「『ワイトキング』、攻撃力7000……」
 僕はあ然とした。
 その時――
「健一組のLPは1300――」と、隣から須藤さんの友人――奈多岡隆治さんらしき声がした。実際、僕の隣に隆治さんが現れていて、つぶやく。
「相手側の攻撃力7000の『ワイトキング』で、攻撃力2800の『サイバー・ツイン・ドラゴン』や攻撃力2000の『ベヒーモス』への攻撃を受けたら、その戦闘ダメージで健一組が負けてしまう」
「そう、ですね……」
「ここが、天王山――」
 隆治さんと僕はただ、このゲームの結末を見守っていた。
「覚悟!『ワイトキング』で、俺は俺の手で、俺自身の勝利を奪い取る!」
『ワイトキング』が飛び上がり、『ベヒーモス』に殴りかかる。
「――させません! リバースカード発動!」
 清華のリリースカードがひっくり返った。
 ところが、陸夫のリバースカードもひっくり返る。
「リバースカードを発動だ!」
「いけ!」と健一が言い放ち、清華がさらにカードを発売する。
「リバースカード発動……!」
 ここに、二重のチェーンが発生する。
「チェーン1。『サイバー・モール』をリリースし、『ワイトキング』の今度を入れ替える『エネミーコントローラー』を、『マジック・ジャマー』で無効化――」
 隆治さんの口調が、僕に移る
「チェーン2。LPの半分をコストに『マジック・ジャマー』の効果を無効にする『神の宣告』の発動。つまり――」
『エネミーコントローラー』の発動を無効にする、『マジック・ジャマー』の発動を無効にする、『神の宣告』が発動した。結果、『マジック・ジャマー』と『神の宣告』が相殺し、『エネミーコントローラー』は無事に発動されて効果が適用された。
『サイバー・モール』のリリースを代価に、『エネミーコントローラー』で『ワイトキング』が健一たちの配下に回って、その攻撃を中断した。
 澪がたじろぐ。
「けど、まだまだ主導権は……、あたしたちに……」
「そうだ、澪。まだまだいける。メインフェイズ! リバースカードセット。ターンエンドだぜ!」
 陸夫が宣言した。
「戻りなさい、『ワイトキング』!」
 澪の言葉通り、『ワイトキング』が彼女の先陣に戻った。

[水井陸夫/松平澪]LP3600

[波野健一/神谷清華]LP650

 健一のターンだ。
「――俺のターンが来た。切り札は、もう揃っている。いける……。俺と清華が――勝つ!」
 彼と清華が、視線を交えて相づちを打った。
 対する澪が挑発する。
「できるものならやってみなさい!」
 陸夫もまた、挑発をする。
「そうだ! 俺たちには攻撃力7000の『ワイトキング』がいるんだ! 絶対、次のターンを迎えてやる!」
 相手の挑発に、健一は動じない。
「――『サイバー・ツイン・ドラゴン』、『百獣王ベヒーモス』、リリースする。これが俺の、黒のキングだ!『ソウル・ガードナー』召喚!」
 健一が『デュエルディスク』にカードを叩きつける。すると、黒の鎧をまとった長身の剣士が現れる。
『ソウル・ガードナー』攻撃力2500、その効果が発動する。墓地の地属性モンスター、『サイバー・モール』をデッキに戻し、リバースカードを破壊。
 健一の『ソウル・ガードナー』の大剣が衝撃波を起こし、それが陸夫たちのリバースカードを切り刻む。リバースカードの正体はトラップカード『魔法の筒』だった。相手モンスターの攻撃を相手に跳ね返すカード。仮にそのリバースカードが発動されていれば十中八九、健一と清華のわずか650のLPは、軽く消えていた。
 ――しかし、陸夫たちにリバースカードはもう無く、場には『ワイトキング』のみ。彼と澪は重たい面立ちでいる。
 それでも、敗北の悪寒を振り払うように、澪は抗う。
「しかし、『ソウル・ガードナー』の攻撃力2500。攻撃力7000の『ワイトキング』には――」
 陸夫が続く。
「やはり、次の澪のターンは来る!『ワイトキング』の攻撃で――」
「いや、次のターンは無い!『ソウル・インパクト』発動!」
 健一が否め、魔法カードを出した。まず『ソウル・インパクト』は、健一たちのLPの半分を消費する。

[波野健一/神谷清華]LP325

 墓地の『サイバー・ツイン・ドラゴン』が『ソウル・インパクト』によって蘇り、粒子となって『ソウル・ガードナー』の大剣に吸収された。この2体の力が1つに合わさり、『ソウル・ガードナー』の攻撃力は5300。
 バトルフェイズ。
『ソウル・ガードナー』が、『ワイトキング』につるぎを向ける。
「フィナーレだ!『リミッター解除』!」
 健一の声で『ソウル・ガードナー』がその全力を解放して黒く輝き、攻撃力が倍に跳ね上がる。そして、『ワイトキング』に飛びつき、斬り倒す。
『ソウル・ガードナー』攻撃力1万600対『ワイトキング』攻撃力7000。差は3600。
 3600の戦闘ダメージが陸夫組を襲う。陸夫たちのLPも、ちょうど3600。

[水井陸夫/松平澪]LPゼロ

 ゲームが終了、そしてそのプレーヤーだった4人は頭を下げ、挨拶を交わす。
「ありがとうございました!」
 勝負のあとには挨拶。それがこの施設――『CGC』におけるルールであり、マナーだった。
 この『デュエル』に僕は感激し、心の中で敬意を示して拍手を送る。


  第4話 理不尽の極み

【きみは壊すべきヒトを保たせてしまった――その罪は重いよ、シュウ】
「だって……。全てのヒトを守るのが天使じゃないか……。なのに……!」
【それは違う。理念というものは万能でもなければ、そのような単純に語れるものでもない。今は少なくを切り捨て、多くを救う時代。時として、冷酷さも必要なのだよ。だからこそ、我々はヒトが保つとはいっても、生きると認識する事は禁じている】
「だからって! ヒトが壊れるのを受け入れろなんて……、おかしい……おかしい……」
【きみのいう事も、痛いほどよくわかる。しかし残念ながらむこう8年、失楽園の刑を受けてもらおう】
「……そんな……」
【悪く思わないでくれたまえ。これが運命を秩序とする、天使の当為なのだよ。やはりシュウはまだ、生きていくには幼すぎる。創造と破壊に支配された現実を、もっと知るべきなのかもしれないね――】
 なんてお叱りを受けてからもう6年、か……。

『CGC』から自宅への帰り道だった坂道。時刻は夕方に差し掛かり、鳥のさえずりが所々で鳴り響いていた。
「――楽しい……?」
 ――と、僕の――トモシの声。
「ああ。楽しいぞ、『デュエル』は」
 健一が答えた次に、なにか聞こえる。
「ゲームの歴史、それは遥か5千年の昔。古代エジプトまでさかのぼるという――」
 正面に、銀髪の見知らぬ男がいた。自分や健一と近い年代の人に見える。容姿からして日本人らしくなく、その浅焼けた肌からは砂漠育ちの人を連想してしまう。その腕には『デュエルディスク』を装着し、さらにもう1つの『デュエルディスク』を胸に抱えていた。
 じつは彼の語りは、まだ終わっていなかったらしい。
「古代におけるゲームは国や王の未来を予言し、運命を決める魔術的な儀式であった――でも、そんなのどうだっていい――」
 彼はわざとらしい笑みを浮かべ、僕たちに関わってくる。
「ハハハハッ。そんなに気構えないで。僕はただ、ゲームがしたいだけ。ゲームを、ね……」
 健一が、不安そうに訪ねる。
「――きみは……だれ……?」
 その問いに、男はじらすように間をあけてから、かろうじて聞き取れるようなかすれた声で答える。
「混沌を意味する堕天使――」
 僕の脳にある単語が焼き付く。
【ラハブ】
「――それが僕の自称だよ」
 ラハブと名乗る少年の振る舞いに、健一は露骨に顔をしかめて気味悪がる。
「な、なんか……とにかく……トモシ……。帰ろう……」
「……うん……」
 僕も同意だ。
 ラハブの風貌が怪しくてしかたない。見た目こそ無邪気で温厚な少年なのに、どうしてか直感的に殺気を感じ、拒否反応が全身からこみ上げてくる。
 彼が健一を指差す。
「悲しいね……。せっかく平和的に済まそうと思ったのに……やむを得ない。波野健一、悪いけどきみは、少し眠ってもらうよ――」
 突然、健一は頭を抱える。
「――あ……うぅっ……あ……あっ……あぁっ……!?」
 異様なうめき声とともに健一は、白目をむき、倒れこんだ。
 気絶した彼を僕は慌てて抱きかかえ、どうしようもなく混乱する。
「――……けん……いち……!?」
 今すぐ聞きたい友達の声は聞こえず、聞きたくもないラハブの声だけは聞こえてくる。
「大丈夫、大丈夫だよ。ちょっとした催眠術だから。僕とのゲームに勝ったら、彼はもとに戻る」
「――きみは……?」
「僕ときみのゲームというのは、もちろん『デュエルモンスターズ』だ。でも、こんな道端じゃ狭すぎる。向こうの公園で始めよう」
 そういって、彼は僕に背を向ける。
「待ってよ……!? なぜ、こんな事をするんだ!? どうして『デュエル』なんかを……!?」
 健一を背負い、僕は彼の背中を追いかけた。

『ダートゥム』楽屋の化粧台の前に、わたしはいた。そして自分の手が震えていた。
「どうしたの、ツバキ……?」
 おなじ『ダートゥム』メンバー、片瀬百合香が震えるわたしを心配してきた。
 わたしは首を横に振る。
「ううん。ちょっと、嫌な予感がしただけ……」
「えっ? 嫌な予感……?」
「うん。でも、ただの気のせいだから」
「でもツバキ、勘がいいからね。ツバキにいわれると、なんか怖いなぁ……」
「気にしないで。百合香には関係無い事だったから。ちょっと、トイレにいってくるね――」
 わたしはほんとうに独りでトイレに向かい、便座の個室に閉じこもった。
 そこで洋便器に座る事も無く、立ち尽くす。
「……とまらない……」
 自分の手は、絶え間なく震えていた。そして、寒気する。
「……なんで……だろう……?」
 次の瞬間だった。
「……トモ……シ……っ!?」
 脳裏に、トモシの姿が浮かぶ。わたしの中いる彼は、堕ちていた。どこまでも果てしない闇の海で、延々と堕ちていた。
 ズキンズキンと、急に胸が痛み出す。その痛みを癒そうとわたしは手で、上着の上から胸を撫で回す。
「……そんなの……ちがう……よねっ……? トモシ……!」

 僕とラハブは公園へとたどり着いた。
「さぁ、準備は整ったね。きみが勝ったら波野健一をもとに戻すよ。そのかわり僕に負けた時、きみは――お願いだから、この世界から消えて欲しい」
 ラハブのあまりに理不尽な要求に、僕は唖然として戦慄する。
「……そん……な……!?」
「駄目、かな……? 駄目なら彼の体を、今すぐ壊すけれど?」
「わ……、わかった……」
 はっきりいって、不本意極まりないけれど、友達を人質にとられていては、拒否しようがない。相手の言い分を呑むしかない。
 彼とのゲームに応じた僕は、健一をベンチに寝かせた。
 ラハブが『デュエルディスク』をこちらに差し出す。
「きみはこれを使って。きみの愛蔵のデッキが差し込まれたやつだから」
 いわれるがままに、僕は『デュエルディスク』を受け取った。そこに挿入された、デッキを手に取り、広げて確認してみる。
「ほんとだ……」
 僕が所持しているデッキと、まったくおなじ内容だった。

[鷹見トモシ]LP8000

[ラハブ]LP8000

 始まったのは、いうまでもなく『デュエルモンスターズ』。
 最初にモンスターを召喚するのは僕。
「『生け贄ゾンビ』召喚!」
 ラハブが揶揄する。
「出たな、凶悪カード。自身をリリースする事で上級モンスターを特殊召喚。さらに、『生け贄ゾンビ』自身は手札に戻ってリユース可能――まったくインチキだね……」
 その『生け贄ゾンビ』をリリースし、レベル6の『カオス・マジシャン』を特殊召喚。
 黒い帽子とコートに身を包む魔術師が現れ、黒い杖の先端にある宝玉をラハブに突きつける。
 そのあと、僕は無言でリバースカードを1枚セットし、ラハブにターンを移した。
「さてと、僕のターン。使うのはひと昔前に流行ってた、ファントムモンスターだ。『P‐HEROスカーレット』召喚!」
 ラハブのもとに、全身が炎に包まれた、男の天使が舞い降りる。
 そのあと、ラハブは永続魔法カード『逆光』を発動し、リバースカードをセットしてターンを終了した。

[鷹見トモシ]LP8000/手札3枚/モンスター:『カオス・マジシャン』/リバースカード2枚

[ラハブ]LP8000/手札3枚/モンスター:『P‐HEROスカーレット』/魔法:『逆光』/リバースカード1枚

 自分の場には、ラハブのモンスターの攻撃力を上回るモンスターがいる。これは攻め込むチャンス。
「来た。僕のターン――」
 しつこいぐらい、手札を凝視して確認する僕がいた。勝負は何気ないミスが敗北につながる。この『デュエルモンスターズ』というカードゲームも例外じゃない。特に僕は重症で、勝てる勝負をおとした記憶がいくつかある。
「『連弾の魔術師』召喚!」
 1体の魔術師を召喚し、攻撃に移る。
「バトルフェイズ!」
 攻撃力1600の『連弾の魔術師』が、攻撃力1450の『スカーレット』を攻撃。
『連弾の魔術師』の両手に握る2つの杖から魔力の散弾が撃たれ、『スカーレット』へと。
 ラハブは溌剌と言い放つ。
「ファントム効果発動――」
「確か、手札のファントムと場のファントムを入れ替える効果……」
「まあ条件として、手札のファントムは場のファントムのレベル以下である必要があるけどね――」
「『スカーレット』のレベルは4。けど『逆光』でプラス1で、レベル5……」
「それでもちろん、ファントムを発動させてもらうよ。場のレベル5の『スカーレット』と、手札のレベル5の『ニーリー』を交換する」
『スカーレット』のかげから『ニーリー』が立ち上がる。それと同時に、『スカーレット』が自身のかげに溶け込んで消える。
『ニーリー』は水色の羽衣を羽織る、攻撃力2000の魔法使いだった。
「『P‐HEROニーリー』は、『連弾の魔術師』に反撃する」と、ラハブ。
『ニーリー』は魔法の杖から噴水を拡散し、自身に迫る弾幕をことごとく貫いて粉砕していく。その『ニーリー』の放つ攻撃力2000の噴水は、攻撃力1600の『連弾の魔術師』の全身を貫いた。

[鷹見トモシ]LP7600

 戦闘ダメージを受けた僕は焦り、うめく。
「……くっ……!」
 その上、『ニーリー』の効果で『連弾の魔術師』はゲームから除外された。
 自分でもファントム効果によって反撃される事は予想できていた。けど、功を焦った自分は、闇雲に突っ込み、モンスターを犠牲にしてしまった。かなり悔しいやられかただった……。
「でも……まだだ……!『カオス・マジシャン』で――!」
 攻撃力2400の『カオス・マジシャン』杖からのビームで、攻撃力2000の『ニーリー』を撃った。
『カオス・マジシャン』は自身に対するモンスター効果を受け付けないため、無傷のまま消えない。
 今度こそラハブのモンスターを倒し、戦闘ダメージを与えられた。

[ラハブ]LP7600

 ここで僕のターンは終わった。
 次はラハブのターン。
「さあ、僕の番だ。再び『スカーレット』召喚! そいつに『フレイムブレード』を装備する!」
『スカーレット』プラス『フレイムブレード』で、その攻撃力は2450。
「バトルフェイズ!『スカーレット』の攻撃だ!」
 ラハブの『スカーレット』が『フレイムブレード』を、僕の『カオス・マジシャン』に突きつける。
 ――モンスターを守らなきゃ……!
 僕は意気込んで宣言する。
「リバースカード『サイクロン』発動!」
 この『サイクロン』で吹き飛ばしたのはもちろん、『フレイムブレード』。しかし、その破壊されるタイミングにLP1000回復の効果が発動する。

[ラハブ]LP8600

「――回復はされたけど……!」
 これで僕の『カオス・マジシャン』の攻撃力が『スカーレット』を上回った。
 しかし、ラハブは余裕を見せる
「懲りずによくやるね……。ファントム発動――」
「……また……か……!」
「『スカーレット』と手札の『ブラン』と入れ換える!」
 再び『スカーレット』のかげから、それとは異なるモンスター『ブラン』が現れた。逆に『スカーレット』はかげの中に沈んでいなくなる。
 現れた攻撃力2500の『ブラン』は右手の大剣を、攻撃力2400の『カオス・マジシャン』へと振るった。今度こそ『カオス・マジシャン』は斬られた。
 僕が戦闘ダメージを受ける。

[鷹見トモシ]LP7500

 戦闘で勝利したはずの『ブラン』が自壊した。『ブラン』は戦闘でモンスターを破壊した場合、自身を破壊してしまう自爆効果を抱えているからだ。
 ラハブのバトルフェイズは、まだ終わらない。
「永続トラップカード『陽炎』を発動。LP500払い、『スカーレット』召喚」

[ラハブ]LP8100

「『スカーレット』――ダイレクトアタック!」
 ラハブのモンスター『スカーレット』は、背に生やした翼の羽根を飛ばして僕を攻撃する。その羽根は炎を燃やしながら迫ってくる。

[鷹見トモシ]LP6050

 ラハブはリバースカードセットし、「ターンエンド」の宣言をした。
 こんなゲームが続く中、僕は我慢できずに問いかけた。
「――どうして……?」
「は? いきなりなんだい?」
「……なぜ……? 健一にあんな事をしてまで、僕と戦おうと……!?」
「きみが知る必要はない。さあ、次はそっちのターンだ。早くしな」
 簡単に流されてしまった。
 とにかく、負けてはいけない。

 ――なにも見えない……。
 ここは、どこだ?
 俺は、誰だ?
 俺は――波野健一だったな……。
 自分の名前を思い出した瞬間、視界に青い空と日光が広がった。
 俺の体は空を仰いだまま、真っ白な空間を漂っている。
 ――死んだの、か……?
【――違う。きみはまだ、壊れてない】
 なにかが、頭に響いている。
【必ずもとに戻れる。きみの友が助けるから。鷹見トモシを、信じて……】
 ――ああ……。俺はトモシを信じる。トモシは、いつも悲しみに耐えて、一生懸命生きている。そんなやつだ。自分なんかより、ずっと強い……。
 不思議と俺は、落ち着いていた。

 僕の――鷹見トモシのターン。
「モンスターセット。ターンエンド」
 ラハブのターン。
「残念だったね、せっかくきみが召喚したその裏守備モンスターは破壊するよ、これで。『抹殺の使徒』発動」
 僕の裏守備モンスター『マジシャンズ・ヴァルキリア』がゲームから除外された。これが自分の場に存在する、唯一のモンスターだったのに……!
 ラハブのバトルフェイズに突入。
「いけ! 『スカーレット』! ダイレクトアタック!」

[鷹見トモシ]LP5600

 ここで追い討ちをかけるように、ラハブがカードを使う。
「リバースカード『蜃気楼』発動! このカードで『スカーレット』をリリースし、『P‐HEROグラオ』を特殊召喚だ!」
『スカーレット』が消え、巨大な岩石の鎧をまとった巨人『グラオ』が現れる。
「僕のバトルフェイズは、まだ終了してない。『グラオ』で追撃する」
 ラハブのかけ声とともに、『グラオ』は攻撃力2200の巨大な拳で僕の全身を殴りつけた。
「ターンエンド」と彼は、笑顔でいった。

[鷹見トモシ]LP3400/手札3枚/リバースカード1枚

[ラハブ]LP8100/手札無し/モンスター:『P‐HEROグラオ』/魔法:『逆光』/トラップ:『陽炎』

 ラハブは相変わらずふざけたような、挑発的な態度をとってくる。
「さてさて、この微妙な状況で、きみはどうするのかな?」
「僕のターン――」
 ――使えるカードが、無い……。
 僕は心の中で苦い表情をしていた。
「モンスターセット。ターンエンド」
「僕のターンだ!『強欲な壺』発動――カードを2枚引く。そして『サイクロン』発動。きみのリバースカードを破壊」
「『炸裂装甲』が……」
「危ない危ない。『サイクロン』がなかったら、きみのトラップで、僕はモンスターを失うところだったね」
「……ちくしょう……」
 僕は現在唯一の命綱である炸裂装甲を失い、激しく動揺した。
 すかさず、ラハブはモンスターを出す。
「『P‐HEROノワール』召喚。バトルフェイズ――『グラオ』ダイレクトアタック」

[鷹見トモシ]LP1300

「容赦はしないよ。『ノワール』、ダイレクトアタック!」
『ノワール』のボウガンが僕の胸を的確に射抜いた。それが立体映像と知りながら、撃たれた自分の胸を抑えてしまう
「……くそうっ……!」
『ノワール』の攻撃力は1200だった。

[鷹見トモシ]LP100

 ラハブはとうとう、からかうような口調で、はっきりと侮蔑を示しだす。
「正直むかつくね。あんな駄目堕天使の息子が、ヒトとしてのうのうと保たれてるなんて……」
「…………堕天使……?」
「だから、いってるだろう? きみはなにも知る必要ないって……。ターンエンド。どのみち、きみは負けて消えるんだ。そろそろ諦めたらどうよ?」
 ――悔しいけど、彼のいうとおり。
 今、僕のLPは100でラハブのLPは8100。しかも場には相手モンスターが2体に対し、僕のモンスターはいない。手札に、この状況を覆せるカードがあるわけでもない……。
 ――やっぱり負けるんだ……。
 ほんとうに、自分の実力なんかじゃ、人に勝利するなんて不可能なのかな?
 でも、それじゃあ健一は……。
 ラハブが僕を急かす。
「さぁ、早くしなよ」
 僕は悩んだあげく、デッキの上に手のひらを添える。デッキに手を乗せ、強く押し込む――それは試合放棄を示す行為。
「……ごめん……」
【まだ、頑張れるよ】
「……えっ……!?」
 突然、僕の頭の中に声が響いた。ラハブと似た優しく明るい声だけど、彼とは決定的に違う。つくった感じなど全く無い、温かい声だった。
 しかし、周りを見渡しても健一とラハブ以外に、誰もいない。
【諦めていいのは、最後まで戦った時だけ】
 ――きみは一体……?
【ごめん。いえない……】
 どうやら、わけありらしい。
【とにかくこの状況をどうにかしないとね】
 ――でも、もう限界だよ……。
【ここできみが勝たなければ、大変な事になる】
 ――大変な……事って……!?
【この地球を――壊される】
「――……は?」
 僕は耳を疑った。たかがゲームの勝敗に、地球の命運がかかっている。なんて荒唐無稽な……。
 ――どう……いう……?
【なにがなんでも絶対に勝つんだ】
 ――でも、こんな状況……。
【開き直ろう】
 ――ひらき……なおる……?
【運命を信じよう】
 謎の声は急に薄れてくる。
【僕は……僕は……――】
 頭の中から、謎の声は完全に消えた。
 ――彼は一体……。
「おいおい、きみのターンなんだけど、まだぁ? それとも、降参して、土下座して命乞いでもしとく?」
 ちゃかして問うラハブ。
 僕の回答はこれだ――
「――僕の、ターンだよね、今?」
「ふーん。諦める気は無いんだ」
「僕のターンだ――」
「ここは潔く負けを認めたほうが、あとあと惨めな目に会わなくていいと、僕は思うけどね」
 ラハブは変わらない態度でからかってくる。でも、そんな言葉、僕は全然気にとめない。
 ――守る……。僕は戦って、勝って、守る……。
「僕のターンだ! ドロー!」
 僕は大声をあげて気合いを入れ直し、デッキからカードを引いた。
「『闇魔導師ラヴィス』召喚!」
 黒装束をまとった、幼い少年の魔法使いが僕を守る――これが、必ず逆転への鍵になる。
「2枚のリバースカードセット。ターンエンド」
「そんな苦し紛れに伏せたカードで攻撃を躊躇すると思うのかい? それにそんな貧弱なモンスターを、攻撃表示で召喚しちゃいけないと思うよ」
「……それは違う……」
「――はいはい、そうですね。僕のターンだ!」
 ラハブは勝利を確信した顔でカードを引いた。メインフェイズを通過し、バトルフェイズに移る。
「撃て、『ノワール』!」
「今だ! リバースカード『モノクローム・ボンド』!」
「それには確か、2つの効果があったね。1つ目は場に光属性モンスターが存在する場合、そのレベル以下の闇属性モンスターを手札から呼べる。2つ目はその逆で、場の闇属性モンスターを呼び水に、手札の光属性モンスターを呼び出す――」
「後者の効果で、デッキから『光魔導士ドミナ』を特殊召喚する!」
『ラヴィス』と対なる白装束の幼い魔法使いが出現した。
「『ドミナ』? そんな『ラヴィス』の二番煎じみたいななモンスターを出したって、なんも変わらないけどね」
「――さらに、リバースカード『レラティブ・ハーモニー』発動!」
「なるほど、ギャンブルに出たわけだと……」
 ラハブのいうとおりだ。
『レラティブ・ハーモニー』は自分の場にレベルと攻守の等しい、光属性魔法使いと闇属性魔法使いが存在する場合に発動できる、速攻魔法カード。その効果からなるコイントスで表側が出た場合、ラハブのモンスターを全て破壊し、その攻撃力の合計だけ彼へダメージが発生し、僕はLPを回復する。裏側が出てしまったら、逆に僕が場のモンスターを全て失ってしまう。裏側が出たら自分の負けが確定する、ほかならぬ一か八かのギャンブル。
 直径1メートルほどの銀貨が空中に浮遊し、高速で回転しながら落下する。これがコイントス――『F』の面が上に出たら表側、『R』の面が上に出たら裏側だ。
 ――頼む。僕に、チャンスを……。
 この時、意志なんかあるはずもない、映像のコインに祈りを捧げた。
 コインが着地してバウンドを繰り返す。最後に上を向いた面は『F』――と、いう事は?
 僕は高らかに告げる。
「――出た面は表側、つまりそっちのモンスターは全滅となる!」
「――ほんと、むかつくよ……」
『ラヴィス』と『ドミナ』の全身に宿った魔力が一カ所に集中していく。
 白と黒――光と闇――本来、互いに打ち消し合うはずの、相対的な魔力が混沌を超えて融和した瞬間、まるで物理的な概念を無視したかのように、ラハブのモンスターたちが目に見えない力にもみ消されていく。
 ラハブの2体の『P‐HERO』は抵抗するひますら得られず、無と化した。
 そして、彼は破壊されたモンスターの攻撃力の合計のダメージを受け、逆に僕はその分のLPを回復する。

[ラハブ]LP4700

[鷹見トモシ]LP3500

 かなりLPの差が縮まった。そして場は、僕に『ラヴィス』と『ドミナ』という2体のモンスターがあり、ラハブのモンスターは皆無。
「まだまだ、僕にだって勝機はあるさ」
 希望を見いだしたのは僕。
 ラハブは口を大きく横にひらき、不敵な笑みを浮かべる。
「――どうやらもっともっと、きみと馬鹿な事ができるみたいだね……」


  第5話 運命ゆえに

 異変が起きたのは突然だった。
 両手が震える。胸がひどく痛みだした。不吉なビジョンが脳裏をよぎる。
 弟のトモシが、闇の海に堕ちていた……。
 あたしは鷹見カガリ。
「――駄目よ……、死ぬのは……」

[鷹見トモシ]LP3500/手札無し/モンスター:『闇魔導師ラヴィス』、『光魔導士ドミナ』

[ラハブ]LP4700/手札1枚/魔法:『逆光』/トラップ:『陽炎』

「さあ、きみのターンだよ。せいぜい、頑張りな」
 ラハブから僕にターンが移る。
「――ドロー」
 スタンバイフェイズに、僕の『ラヴィス』のモンスター効果が発動。『ラヴィス』は自分スタンバイフェイズごとに、自分の場のモンスター1体につき、LP400を回復させてくれる。今、僕の場のモンスターは2体――よって、LP800回復。

[鷹見トモシ]LP4300

 バトルフェイズ。
 最初に僕は『ラヴィス』でダイレクトアタックする。
『ラヴィス』の大鎌が、ラハブの肩を貫いた。1200のダメージ。

[ラハブ]LP3500

『ドミナ』でダイレクトアタック。『ドミナ』がブーメランを投げつけ、ラハブの腹を打ちつける。やはり、1200のダメージが及ぶ。

[ラハブ]LP2300

「リバースカードセット。ターンエンド」
「僕のターン――」
 ラハブはこのドローフェイズで引いたカードを、『デュエルディスク』にセットした。
「『光の護封剣』発動――」
 4つ光の十字架が四角陣を作り、その中に僕の『ラヴィス』と『ドミナ』を閉じ込め、攻撃を封じる。この十字架は、僕の3回目のターンが過ぎるまで消えない。
「――ターンエンド」
「僕の、ターン……。『ラヴィス』の効果を発動する」
 再び、僕は『ラヴィス』の闇に癒される。

[鷹見トモシ]LP5100

 先のターンにラハブが発動した『光の護封剣』は、多くのプレーヤーに愛用されている強力カードの1枚。だけど、決して攻略法がないわけじゃない。『サイクロン』などで場から取り除けば、その効果は無効になる。
 しかしそれはあくまでも、僕にそのようなカード除去の効果を持つカードがあればこその話で、今の僕の手札には存在しない。
 だから『光の護封剣』には逆らえず、僕はモンスターでの攻撃に移れない。
 ならば今は、状況が好転するまで耐え忍ぶしがない。
「リバースカードセット。ターンエンド」
「僕のターンだね。ドロー! おぉっ。いいカードを引いた。『天使の施し』発動。カードを3枚引いて2枚捨てるっと……。『悪夢の蜃気楼』発動。リバースカードセット。ターンエンド」
 ラハブの宣言で自分のターンを迎える。
「僕の、ターン」
「このスタンバイフェイズ、『悪夢の蜃気楼』の効果を発動し、僕がデッキからカードを4枚引く――」
「でも次のターン、きみは今引いた分だけ――つまりその手札を全て捨てないといけない」
「そうだね。だから普通はこのタイミングで、『悪夢の蜃気楼』を破壊するのが定石だよね。でも、僕は破壊しない」
「……どういう……こと……?」
「なにしてる? きみのターンだけど」
 僕のターンは続く。
 スタンバイフェイズに『ラヴィス』の効果でLPを回復。

[鷹見トモシ]LP5900

 メインフェイズ。
 相変わらず、ラハブの『光の護封剣』を破壊するカードが手札には無い。またしても攻撃ができない。
「ターンエンド」
「僕のターンのスタンバイフェイズ――『悪夢の蜃気楼』の効果により、手札4枚を墓地へ埋葬――そして、僕の勝利宣言が、今こそ轟く」
「……なっ……!?」
「きみとのゲーム――多少は楽しかったけどさ……。でも、やっぱり僕はきみを許してはいけない。リバースカード、『シャドー・フュージョン』発動! せめて最後に、切り札を拝んでから、消えてほしい!」

【シャドー・フュージョン】
[通常魔法]自分エキストラデッキのファントム融合モンスター1体を、その融合素材モンスターを自分の場または墓地から除外して融合召喚する

 次の瞬間、4体の『P‐HERO』が現れて融合し、地響きの音が鳴り響く。5メートル近くの背丈を持つ、全身虹色に輝く巨人が現れた。ラハブはそれを見上げてつぶやく。
「こんな駄作めいた運命の物語……。早くぶち壊そう、『P‐HEROゾルレン』――」
 ラハブの攻撃力4000の前に、僕は後ずさりする。
「……なに……これ……!?」
「『ゾルレン』の効果を発動。きみの場のモンスターは全て手札に戻る!」
「……う……そ……!?」
『ラヴィス』と『ドミナ』が場から消えた。これで僕の場にモンスターは皆無。
「安心しなよ。代わりにきみの場には『シャドーローズトークン』2体が攻撃表示で特殊召喚されるから」
 新たに僕の場に、僕を見下ろせるほど背の高い、黒いバラが現れた。
「ただ、そのバラを扱うのは少々危険が伴うけど。まぁ、そんな事をいいながら、僕はそのうちの1体に攻撃するんだ。つくってこわすは、基本だからね」
 僕の場には攻撃力1000の『ローズトークン』2体のみ。そして、相手には攻撃力4000のモンスターが……。
 バトルフェイズ。
「『P‐HEROゾルレン』、攻撃する!」
『ゾルレン』は巨大な手のひらを振りかざし、『シャドーローズトークン』を引っ掻いて無数の破に切り裂いた。

[鷹見トモシ]LP2900

「……まずい……まずい……!」
 声を漏らしてうめくほど、僕は追い詰められていた。
「リバースカードセット。ターンエンド」
「僕のターン、か……。ドロー……」
「おっと、『シャドーローズトークン』のコントローラーは、スタンバイフェイズごとにLP1000ダメージを食らう事を、忘れられちゃ困る……」
『シャドーローズトークン』のつるが触手のように伸び、僕の腹を貫く。
「……う……あっ……!」

[鷹見トモシ]LP1900

「……『シャドーローズトークン』リリース、『聖魔導師ヒーラー』召喚! ターンエンド」
 僕が宣言した瞬間、その存在自体忘れていた『光の護封剣』が消滅する。
 ラハブのターン。
「まずは『ゾルレン』で、その魔女を狩る!」
『ゾルレン』が拳を振りかざそうとした瞬間――この瞬間だ! 今、僕は、このカードを発動する!
「リバースカード『聖なるバリア‐ミラーフォース‐』発動!」
 巨大なバリアが、『ゾルレン』の攻撃の手を弾き、衝撃を跳ね返す。その衝撃に『ゾルレン』は巻き込まれ、微塵も残らずに消え去った。
「くだらないな! なら、リバースカード『異次元からの帰還』発動!」
 ラハブの声に僕が続く。
「速攻魔法――『スケープゴート』発動!」
 チェーンが発生した。最初に僕の『スケープゴート』が発動する。
 それぞれ異なる中間色の体毛を持つ、羊のぬいぐるみが4体現れる。
「さらに、『快楽魔導師ヒーラー』の効果を発動する」
『快楽魔導師ヒーラー』は自分の場にモンスターを特殊召喚した時、1体につきLP1000回復させてくれる。『羊トークン』も例外ではなく4体も特殊召喚されたため、4000ものLPを僕は回復する。

[鷹見トモシ]LP5900

 次にラハブの『異次元からの帰還』が発動。彼の場に人型のモンスターが並ぶ。『スカーレット』、『ベルデ』、『ツアセ』、『アズール』――4体の『P‐HERO』だ。
「2枚目の『シャドー・フュージョン』発動! 再び『P‐HEROゾルレン』、融合召喚だ!」
 4体の『P‐HERO』が渦に吸い込まれ、その渦から再び『ゾルレン』が現れた。
「きみの場に、モンスターが5体――これがどういう事かわかるかな?」
 そう、僕のモンスターは全て手札に戻り代わりに『シャドーローズトークン』が召喚される。そして、『シャドーローズトークン』はスタンバイフェイズにLP1000ダメージを僕へ与える。
「――さて、ジャッジメントはもうすぐだ。リバースカードセット。ターンエンド!」
「このターン、僕は――」
 ドローフェイズ。自分が勝つためには、ここで引かなければならないカードがある。20枚以上もあるカードから、1枚のカードを引き当てなければならない。そう思うと、とてつもなく怖い。手が震える。
 ――そうだった……。そんなに都合よく、引きたいカードを引くなんてありえない。いや、違う……!
「運命――」
 僕の瞳がひらく。自分でいうのもおかしいけれど、その目は今までとは違って鋭く、自信に満ちあふれていたと思う。
 対象的にラハブは急に震えて怯え出す。
「……運命……だと……!?」
「運命を、信じる!」と叫び、僕はデッキからカードを引き、それがなにかを迷いなく確認する。
「きみはひとつミスを犯した――」
「……なんだと……!?」
「僕の『羊トークン』はリリース不可能だった。だけどきみはそれを取り除き、リリース可能な『シャドーローズトークン』を5体も呼び出した事――それが無かったら、僕は負けていた」
 僕は手札の1枚のカードを『デュエルディスク』に叩きつける。
「『シャドーローズトークン』5体リリース。来てくれ――『ソウル・サクセサー』特殊召喚!」
 5体の『シャドーローズトークン』が全て消え去り、代わりに1体の白装束の剣士が現れた。肩までかかる赤い髪の毛をかぜなびかせ、白銀の太刀を両手に構える。
『ソウル・サクセサー』は自身のアトバンス召喚に支払ったリリースの数が多いほど、その強大な効果を発揮する。
 3体以上で、戦闘以外で破壊されなくなる。
 4体以上で、攻撃力は2500から倍の5000になる
 5体以上で、相手スタンバイフェイズに自分手札を2枚捨てる事により、そのターンのメインフェイズとメインフェイズ2をスキップする効果を得る。
「バトルフェイズだ!『ソウル・サクセサー』で『ゾルレン』を斬る!」
「僕の最後のリバースカードは攻撃モンスターを1体破壊する『炸裂装甲』」
「戦闘以外の破壊を無効にする、この『ソウル・サクセサー』の前では無力だ」
「確かに僕の負けという、ジャッジメントが下った、か……」
 ラハブが悟った時、『ソウル・サクセサー』のスレンダーな体格は飛び上がり、魔力おびた太刀を『ゾルレン』の虹色の胴体に突き刺した。
 彼に戦闘ダメージが加わる。

[ラハブ]LP1300

 次はラハブのターン。
「――ドロー」
 スタンバイフェイズ、僕は割り込むように『ソウル・サクセサー』の効果を発動させる。自分の手札を2枚捨て、このラハブのターンのメインフェイズ1、メインフェイズ2をスキップ。
『ソウル・サクセサー』が太刀を天空に掲げると、無数の光の柱がラハブを囲む。
 つまり、彼が場に手札のカードを出せるタイミングが消えるという事だ。
「――当然、僕にできる事は無い。ターンエンド……」
 ラハブはうつむき、全て終わったいった様子だった。
 自分のターンが到来した。僕は問いかける。
「僕がこのゲームに勝てば、健一はもとに戻る――ほんとうだね?」
「……ああ……誓う……」
「なら、これで終わらせるよ。『ソウル・サクセサー』! ダイレクトアタック!」
 再び『ソウル・サクセサー』は飛び上がり、姿を消す。次にその姿が見えた瞬間、『サクセサー』はうつむくラハブの胸に太刀を突き刺していた。
 これでついに――。

[ラハブ]LPゼロ

 ――僕の、勝利……。
 そのあと、しばらく沈黙が続く。
「――ちくしょう……! ちくしょう……! 馬鹿馬鹿しい!」
 ラハブは空を仰ぎ、怒号を飛ばす。そして、僕を睨む。
「こんなの運命なんかじゃない! ただの偶然なんだよッ! これで終わりだと思うなッ!」
「きみは一体、何者なの……? 目的はなんなの……?」
「……うるさい! 貴様は存在しちゃいけないんだッ!」
 ラハブはおぞましい憎悪を撒き散らし、僕に歩み寄る。
「――なんだ、その目はァ!? ああ、腹立つ! そんな馬鹿みたいに、ヒトを謳歌したいのかッ!? だったら忘れさせてやるよッ!」
「……なっ……なにを――!?」
 突然、なにかが吹っ切れたかのように僕の頭が真っ白になり、意識が完全に消えてしまった。

 俺は波野健一。龍河高校の1年生だ。
 ベッドから起き上がり、きょうも1日、学生生活が始まる。
 そんな日の朝。
 俺はふと気になり、ワイシャツに着替えながら携帯電話を耳にあて、トモシと通話する。
【――もしもし? 健一?】
「ああ。大丈夫か? トモシ?」
【え? なんの事……?】
 トモシに聞き返され、俺は首を傾げる。
「それは……あれ……? なんだっけ……?」
【……健一……?】
「……なんか……すごい事、あった気がしたんだけどな……?」

 僕(トモシ)は健一と通話を終えた。
 携帯電話をポケットにしまおうとした瞬間、また着信音のベルが響く。
 鷹見カガリ――と、携帯電話の画面には表示されている。カガリとは、僕の姉の名前だった。
「もしもし?」
 僕は携帯電話を耳にあてて、尋ねた。
 彼女――カガリ姉さんから返事が来る。
【トモシ、大丈夫……?】
「……はい……?」
【だから、トモシ……。あなた、大丈夫なの……?】
「……うん、別になんともないけど……?」
【ああ……よかった……。なんかよくわかんないけど、よかったわね……】
 姉さんは安堵の声を漏らした。
 姉といい、健一といい、なんで突然、僕の安否を気にしてくる?
 自分の周りに異変なんて、特に無いと思うんだけど……。
 もやもやを拭えない僕に、姉さんは話題を切り出してくる。
【あ、あと来年からあたし、そっちで生活する事になったから】
「……えー……」
【ウフフフ――♪】
「……はぁ……」
【それじゃあ、そろそろ用事あるから、電話を切るわよ。バイバーイ】
 プツン――通話が途絶えた。
「……はぁ……。また、めんどくさい人が――」
 ため息をつきながら、今度こそ携帯電話をズボンのポケットに収めた時――この家の入り口の、チャイムが鳴った。
 誰かがこの家に訪ねてきたらしい。僕は玄関へおり、ドアをあけた。
 そこには見覚えのある、赤毛の少女がいる。三石ツバキさん。彼女は不安げに僕を見る。
「……トモシ……!」
 彼女はつらそうな表情から一変、心から安心したような緩やかな笑みを見せ、僕に迫ってきた。
 自分は、もはやどういう反応をとるべきなのかわからない。
「……ツバキ……?」
 みんな一体、なにを心配しているんだろう……?
 わけがわからず困惑する僕の体を、彼女はゆっくりと左右の腕で包み込む。そして顔と顔が近づき、彼女はかすれた声でささやく。
「……嬉しい……生きててくれて……」
 彼女の赤い髪と自分の黒い髪が混じり合い、甘い香りを感じた瞬間、僕の全身から一気に緊張が抜ける。ふんわりと柔らかい彼女の両腕の中に、僕は身を委ねた。

 あれから4カ月。雪の積もる季節。
 僕はスーパーマーケットでのアルバイトの途中だった。それも終盤に差し掛かり、この乳製品コーナーの陳列さえ済ませれば僕の仕事は終わる。
 そのバイトも終わり、店を出ると、空には星が広がっていた。今は冬で日没の早い事もあるが、時刻は午後7時。すでに夜中だった。
「おつかれ、トモシ」と、健一が迎えてくれた。その隣には、清華もいた。
 きょう僕たちは、食事の約束をしていた。

 焼き肉屋『網炎上』。
「タンにはレモンだろ」
「そこのハツ、焦げてるぞ」
「チキンパイ」
「誰がチキンやッ!?」
「もうええわ!」
「どうも、ありがとございました!」
「ワハハハハ!」
 様々な会話が飛び交う店内の座席のひとつに、僕と健一、清華、そして健一の母の遊奈さんがいる。
「さあ、遠慮なく、食べてね」
 遊奈さんに促され、僕たちは食事を始める。この店はバイキング形式のため、陳列棚に移動し、それぞれ食べたいものをトレイに乗せていく。
 清華は僕の隣に立ち、肉を小皿に盛っていく。
「ねえねえ、トモシ?」
「なに?」
「最近、恋してる?」
「はぁ!? えっ!? なっ!? いきなりぃっ!?」
 僕は素っ頓狂に動揺した。普段無口な僕にしては、かなり大げさな反応だったと思う。軽くずっこけかけた……。
「うん、やっぱりねぇ」と、清華はうんうんうなずいた。
 僕はどぎまぎしながら、聞き返す。
「……どうしてわかるの?」
「なんとなくよ。最近トモシの顔、なんか男の子って感じがするし」
「どんな顔なの、それ……? まあ、ある意味、恋かも……しれない。けど、なんか違う――」
「違うの?」
「恋人というより、なんか家族って感じ、かな……」
 自分が語っているのツバキさんの事。
 ふと、隣の清華を見、僕はぎょっとした。
 彼女は黒い瞳を輝かせている。思うに、それは女の子の顔ってやつ。
「わぁ、素敵!――で、その彼女とはどんな事してるの?」
「別に、付き合っているわけじゃ……。ただ、やたらと道端で出会うってだけで……」
「ふーん。運命の糸ってやつね」
「そんなロマンチックなものじゃないって――」
 僕たちの会話に、健一が割り込む。
「なにしてんの? 早くしないと、バイキング終わっちゃうぞ」
 確かに。僕たちは、もとの座席に戻った。そして、網の上で肉を焼いていく。
 ちなみに僕は肉の中で、牛タンがお気に入りだ。もちろん、ほかの部位も好きだけど。
 ジューッと肉の焼くおとが、延々と響いていった。

 健一たちとの食事も終わり、僕は帰宅の途中だった。独り夜道を歩き続け、もうすぐ龍河公園付近に差し掛かる。
 ここに近づくと毎回、なぜか急に憂鬱な気分になってくる。
「なんだろう……? なんかここで、なんかあったような……?」
 そんな中、突然、誰かの叫びが聞こえる。
「――いやッ! こないで!」
 それは少女の悲鳴だった。聞こえたのは公園の中から。
 僕は気になり、公園の門の隅から、広場を覗き見る。その中央には見たところ12歳あたりの少女1人と、男2人が向き合っていた。
 赤い髪の少女は青ざめた表情で眉間にしわを寄せ、露骨に嫌悪感を示しめしている。明らかに温厚な雰囲気とは呼べない。というより、これって――!
「安心してくれ。おとなしくさえしていれば、痛みを感じる前に終わるさ」
 優しい口調で脅しつけながら、男2人が少女に近づいた。
 そのあと、片方の男が脅える少女を無理矢理背後から両腕を押さえ込み、もう片方の男が縄を取り出して少女の両脚を縛り始めた。
「……やめて……よ……っ! 父さんも母さんも殺して、今度はわたし……!?」
 少女は明らかに拒絶していた。
 ――やっぱりこれって、拉致事件の現場だ……! いや、殺人の現場なのか……!?
 僕は、がく然と目を見開き、ひたいを抱えた。


  第6話 緊縛少女

 善悪でしかものを計れない。
 他者を理解できない。
 すぐに決めつける。
 やがては終わる。
 ヒトなど、ゴミに等しい。
 哀れだ。自らのゆがみに気づきながら、なにも変えられないとは。
 悔しかったら答えてみろ。ヒトの存在する意味がどこにある? 絶対に否定のできない回答を、見せてみろ。所詮そんなもの、あるはずがない。
 それどころか、こんな問いを投げかければ、根拠も無くそれは愚問だと、あざけるだけに違いない。その姿勢こそ、嘲笑すべきだというのに。
 そんなヒトという存在に、自分もなってしまった。
 ――最悪だ……!
 悔しかったら答えてみろ。ヒトの存在する意味がどこにある? 絶対に否定のできない回答を、見せてみろ。所詮そんなもの、あるはずがない。
 ヒトがいる意味を答えてくれ。
 お願いだから教えてくれ……。
 ……教えて、ください……!

 ――なんて悲鳴を昔、僕(シュウ)はヒトから聞いた。
 だから、考えてはいけない。ヒトがここにいる意味なんて。
 ヒトは清らかで、正しくて、美しい。疑ってはいけない。どんな矛盾も見逃さなければいけない。
 たとえ、ヒトがヒトを踏んで歩いているとしても。ヒトを生かすためならば、ヒトにヒトを捧げる事も必要になる。
 そして僕たち天使は、ヒトを生かすためにヒトを生かしてはいけない。
 生きようとする心ですら、生きる事への妨げにしかならないから。生きる事すら犠牲にする覚悟、死のうとする覚悟の上でしか、生きる事は叶わない。
 極論すれば、たったひとつの命さえ保てていれば、いくらでも死なせていい。唯一残った命でさえ、死にさえしなければ、いくらでも死にかけていい。
 それが運命だと、天使は信じている。
 だから、天使は10歳になる年の1年間、ひとつのヒトを守り続け、最後に壊さなければならない。命の尊さを学ぶ教育らしい。
 僕もそれを受け、10歳の少女を1年間守り続けた。名前は雅山志乃。
 その少女は生まれながらに心臓の病気を患い、物心のついた時にはすでに、病院のベッドの上で暮らしていた。僕が守護していた期間は病状の悪化が著しく、つねに胸に爆弾を抱えているような状態だった。そんな彼女を守る。
 しかし、必要以上の加護は減点になる。命の波状がぎりぎり途絶えないラインを保てば、減点は免れる。
 時折、志乃は胸を抱えて苦しんでいた。しかし僕はすぐには助けず傍観する。彼女の心拍数低下が一線を超えようとするその瞬間だけ、魔法を使って病状をわずかに和らげ、命を保たせた。
 僕は何回も泣いた。志乃の悲惨な姿に。彼女はただ苦しみ、そうでない時は苦痛に怯えている。
 これが彼女の運命――定められた成り行きとでもいうのか? どうして、彼女はこんなひどい目に会わなければいけない? 僕がその気になれば、どうにかなるのに。一体、自分はなにをしている?
 1年が過ぎ、最期の時が訪れた。
 僕は志乃の命を壊さなければならない。だけど壊そうと思っても、自分にはそれができなかった。
「……死に……たい……」
 苦悶する彼女の泣き声。それが僕の心を変えた。
 命を保つ?――いや、命は生きている。彼女は生きていた。生きているからこそ、死にたいっていったんだ。
 自分は、1人の少女から生きる喜びを奪った。もっと自分が守ってあげていれば、彼女は少しは楽しく生きれたはずなのに。
 その上で彼女を壊す?――いや、殺す? 絶望を与えるだけ与えておしまい?
「――間違ってる……!」
 殺すなんて、残酷すぎる。そんなの、間違っている……!
 命の尊さを学ぶ教育だと? 彼女だって立派な命なのに!
 生きているのに――! 激情に溺れた僕は殺めるどころか、志乃の心臓病を魔法で完治させてしまった。
 それから6年経った今では、彼女を助けたのは短絡的で、視野の狭い行動だったとさすがに反省している。しかしやっぱり、後悔はしていない。
 病気から解放された時、志乃の心から安らいだあの表情が、今でも記憶から離れない――。

 風呂場にて裸の俺――健一はザーザーと流れるシャワーで、体中の石鹸を洗い流した。
 脱衣場に出て、バスタオルで体を拭く中、携帯電話の画面に着信履歴が表示されているのに気がついた。
「――須藤さん……?」
 着信の送り主は須藤さんだった。
 さすがに真冬の2月に全裸のままは寒いので、寝間着に着替えてから彼へ電話をかける。
 須藤さんと通話がつながる。
【もしもし?】
「健一です」
【ああ、いきなり電話して、悪いな……】
「それで、用件はなんですか?」
【……トモシの事、なんだが……】
「トモシ?」
 なんの事が見当がつかない。
 須藤さんは話を続ける。
【トモシ、『DMC』に入るとか、いってたか?】
「いえ。今のところはなにも」
【……そうか。『デュエルモンスターズ』に、興味はありそうか?】
「一応あるとは思いますよ。ただ、踏み出せていないだけで」
【――ちょっと、いいにくい事なんだけど……。あまりトモシに、『DMC』の入部は勧めないで、ほしい……】
「え!? なんでです?」
【いや、特に理由は無いけど……】
 その発言に俺は眉間にしわを寄せ、不機嫌になる。
「――だったら、そんな事いわないでくださいよ……」
【そうだ……。そりゃ、そうだよな……】
「いくら先輩だからって……。入部するのは、その人の勝手です……」
【……ごめん……】
「……いえ。こっちこそムキになって、すいません……」
【つまらない電話をかけて、すまない。切るぞ……】
「……はい」
 通話を終え、俺はため息をついて天井を仰いだ。
 ――なんだろう? 今の電話……。
「なんで、トモシを――?」

 辺りはすでに真っ暗で、街灯の光だけが頼りだ。冬場だけに、なにかを羽織らなければ肌寒い。
 公園がある。その中央には、12歳あたりと思う、赤毛の少女がいた。
 この寒い中、彼女はコート取り上げられ、積雪の上に押し倒さている。そして、手足を雪の上にさらされ、縛られていた。
 今の彼女は仰向けの状態だ。頭上で左右の手首をガムテープできつく巻きつけられ、左右の足首も同様に拘束された。
 それは動きを封じるというよりも、もはや痛めつける役割をはたしていると思う。か細い少女の肌にテープが食い込む様は、見ているだけでひどく痛々しい。
 当然、縛られた少女は立ち上がれない。そんな自由を失った彼女を2人の男が見下ろす。彼らこそ、彼女を縛り上げた張本人。
 そんな公園の様子を、入り口の門に隠れて覗いていた僕は、激しい恐怖と嫌悪を覚える。
「……ひどい……! なんで、あんな……!?」
 少女は巻きつくテープゆるめようと必死に手足を動かすが、余計に肌が締め付けられ、悲鳴があがる。
「……くっ……あぁっ……!」
「無理に動けば余計に痛い。おとなしくしていなさい」
 男の言い回しに恐れたのか、少女の体はすぐさま硬直する。
 その様子に、僕は焦りだす。
 早く、彼女を助けないと……。
 しかし、敵は2人もいる。へたに自分1人で出ていけば、返り討ちに合うのが目に見えている。だからといって悠長に警察を呼んでなんかいたら、少女の身は好き勝手にされてしまう。
 僕はどうしてよいのか分からず、立ち尽くす。
「……そうだ……!」
 武器だ。なにか武器さえあれば、2人相手でも、なんとか勝てそうだ。
 辺りを見回してみた。あった。道端に、金属のパイプが落ちている。人の足ほどの丈があるこれならば、武器として使える。
 僕は金属パイプを拾い上げ、握りしめて構える。あとは出ていき、あの男たちをこのパイプでひるませ、その隙に少女を救出するだけ。
 なのに……! 僕は自分の足の震えで、前に進めない。
 ――そうだ。元々僕は大して喧嘩に強いわけじゃない。むしろ弱いほうに分類される。この武器を持ってしたところで、勝てないかもしれない……。
 そう考えると、勝てる気がしなくなってきた。
 僕が情けなく震え、葛藤している瞬間に、少女が男と討論する。
「……どうして……父さんや母さんを……殺したのよ……!?」
「……きみの両親は、死ぬべくして死んだ。そして次は、きみたち姉妹の番」
「……ふざけないでよ……!」
「気に入らないね、その態度。――ああ、訂正しよう。さっきは、痛い思いはさせないといったが、それは嘘だ。今のうちに覚悟するのだな。屈辱を、味わわせてあげよう――」
 そういって男の1人は足元の雪を持ち上げ、それを身動きとれない少女の顔に押し付けた。
 だから今すぐ、彼女を助けないと駄目なんだ! でも絶対、僕はあいつらには勝てない!
 次に自分は、無意識に口を動かす。
「運命を信じる――」
 いつのまにか自分の体から、不思議と震えが消えていた。心にはなにか熱いものが降り注ぐ――。
 少女を拘束していた男の片方が、こちらに迫ってくる。
「――お前の存在には、すでに気づいていた。早速、始末する!」
 だが、僕はひるまない。
 ――全然、負ける気がしない。
「……あなたを許さない……!」
 自分としては精一杯な冷酷な声とともに、右手のパイプでその男の膝を殴りつける。
「運命――! 僕はこの男を倒す!」
「……ぐ……おぉっ……!?」
 彼がひざまずいた悶えている隙に、僕は少女のもとへ駆ける。
 そして、彼女を拘束したもう1人の男の腹にパイプを叩きつけた。彼は腹を抱えて、惨めにうなだれる。
「……こンのォっ……!」
「これが運命さ――」
 これで敵は皆、誰も動けまい。
 僕はすぐさま、束縛された少女を抱きかかえ、この公園から逃げ出した。

 公園から離れてしばらくしたところで、僕は少女を縛っていたテープをほどいた。
 体の自由を取り戻した彼女は立ち上がり、震えた声で感謝する。
「その……、あ、ありがとう……」
「……え……?」
 このタイミングで急に、記憶が飛び、自分がどうやってあの男たちから逃げ、彼女とここまできたのか、わからなくなった。
「えっ――っと……? 僕、なに、したの……?」
「だから……、わたしを助けてくれたじゃない?」
「そう、だよね……?」
「そう、よ……?」
 赤い髪の少女は不思議そうな眼差しで、僕を見上げる。
 ――それにしても、なんだろう……。
 僕も彼女を見つめ返し、頭を抱えた。
 この彼女から、なにか不思議なものを感じる。どんな感覚か、言葉ではうまくは説明できないけれど、自分の中で彼女への探求心が芽生えたのは確かだった。
 ふいに僕は尋ねる。
「きみって、なんか――?」
 だけど、なんかの次に続く言葉が出てこない。彼女に訊きたい事が、確かに自分にはあったはずなのに……。それがなんなのか、わからない。
「……あの……」と、少女が僕に尋ねる。けれど――
「……ううん。わからない……」
 彼女もはっきりとものをいえず、頭をかかえた。
 なんだったんだろう……? この時、僕たちがほんとうに言いたい事は?
「――リエ!?」
 突然、声がした。この声はツバキさんのものだ。彼女が僕たちに近づく。
「ああ、リエ……! よかった……!」
 僕の守った少女は、三石ツバキいわくリエというらしい。
 ツバキさんは瞬く間に泣き崩れ、リエをだきしめる。
「……よかっ……たっ……!」
「……ねえ……さんっ……」
 リエのほうも嗚咽を漏らした。どうやら、この2人は姉妹だった。
「……あっ……!?」
 僕は気づいた。さっき、リエという少女に感じていた不思議な気持ち。それは、初めてツバキさんと出会った時とおなじものだった。
 目の前で包容を交わし、涙する姉妹――彼女らが、とても自分とは他人に見えない。なぜだろう……?
「……トモシ……!」
 ツバキさんが泣きながら僕に迫ってきた。彼女の両手が僕の右手を包む。
「……ありがとう……ありがとう……」
「――もう、大丈夫。ツバキ……」
 僕はツバキの肩を抱き、そっと頭を撫でてあげた。さらさらとしている、彼女の赤い髪が心地よかった。
 だが、すぐに僕たちの安心は壊される。
「そこまでだ!」と、あの男が来た。リエを拘束していた男の1人だ。
 ――しつこいな……!
 僕はツバキから離れ、ささやく。
「ツバキとリエは、ちょっとさがってて……」
 自分は男に歩み寄った。
 目の前の彼は、黒光りするピストルを向けてくる。
「――きみたちはそこまでだ! この手で駆逐させてもらう! これは、天罰だ!」
「……彼女たちに、謝ってほしい」
 僕は相手の銃口に怯まず、自らの胸をその銃口に押し込んだ。
 謝ってほしい――僕の願いを男一蹴する。
「うるさい! 謝るものか!」
「いい加減にしないと、自分の首を絞める事になるよ……」
「なにを! この引き金を引けば、きみは堕ちる!」
 僕は男の胸に、手のひらをあてる。
「堕ちるのは、あなただ――」
 この言葉で、相手の男の手からピストルが抜け落ちる。そして彼の右手は、彼の意志を無視して自らの首をつかむ。
「なっ――!?」
 文字通り、男は自らの手で自らの首を絞めた。彼は必死に自分の首を締め付ける右手を、左手で首から離そうとするが、右手を動かす事をできずにいる。その苦しさに、彼はとうとうひざまずく。
 自分は男を見下ろし、要求する。
「謝ってよ……。謝ったら、その右手をとめるから――」
「……すいま……せん……」
 ようやく、男の首を絞める男の右手はとまった。
 ひざまずいたまま息を荒げる男に、今度はツバキが歩み寄り、しゃがんで男と視線を合わせる。
「……わたしの目を見なさい……」
 男とツバキの目が合う。
 そして彼女は褐色の瞳に涙を滲ませながら、普段のおっとりした風貌からは想像できないほど、高圧的に言い放つ。
「運命に代わって命じます。今すぐ、自首をしなさい――」
「――りょ、了解、しました……」
 男はさっきまでとは打って変わって従順になり、このあとほんとうに自首していた。
 ツバキはリエの頭を撫でながら、僕に顔を向けて訊く。
「もう1人いたわよね? この子を虐めたヒト――」
「うん、いたよ。やっぱりちゃんと、彼にも謝らせないと――」
 僕たちはこの日の夜、もう1人の男も見つけて、1人目同様に自首させた。

 時は4月へと進んだ。この春、俺(健一)は龍河高校の2年生に進学している。そしてここは、龍河高校『DMC』の部室。
「――ここに入部したいです」
 トモシが部長となった須藤さんに向かって要望した。
「そうか……」須藤さんは、あからさまに苦しそうな様子で答えた。彼は椅子から立ち上がる。
「ちょっと、そとに来てほしい――」
 須藤さんに連れられ、トモシは部室を出た。
 その様子が気になった俺は、申し訳ないと思いつつ、彼らを尾行する。
 須藤さんについていくトモシを追っていくと、林へと到着する。俺は木のかげに隠れ、2人の会話に耳を済ました。
 トモシは訪ねる。
「――どうしたんですか?」
「ああ、ちょっとな……」
 須藤さんは悩ましげな声で話を続ける。
「今から俺がいうことは、お前を傷つけるかも知れない。だが、どうしても聞いてほしい――」
「……はい……」
「3年前、お前は両親を亡くした」
「はっ――!?」
 トモシはいきなり過去の悲劇を持ち出され、激しく同様した。俺も激しく衝撃を受けた。
 真実だ。彼(須藤さん)のいうとおり、トモシの両親は3年前、何者かに殺害された。未だに、その犯人は見つかってはいない。
 なぜその事を今ここで、彼は持ちかけてくるのか?
 須藤さんはさっきに増して、表情を険しくする。
「お前の両親を――亡くした日以来、たびたび夢を見る」
「『夢』――?」
「――お前の両親を殺す夢、を……」
 トモシの両親を殺す夢――俺は耳を疑う。
「……うそ……だろ……!?」
 須藤さんがなにをいおうとしているのか、俺にはだいたい見当がついてきた。実際、トモシ自身にもわかっているだろう。だからって認めたくなどないはず。
 トモシは必死に、須藤さんの言葉を否定する。
「だ、だけど……! それが一体なにを……意味すると、いうんですか……!?」
「――俺自身、よくわからない……」
「だったら……! ただの悪夢だ!」
「いや、違うだろ……。そういう夢を見るという事は、なにかしら関わりがあるという事だ……」
「そんな事、無い……!」
 トモシもそうだろうが、俺だってなにがなんでも信じたくなかった。親しい先輩がトモシの両親を殺した犯人だったなんて。
 須藤さんは今にも血の引きそうな顔でトモシに訊く。
「……裏付けは、どこにある?」
「須藤さんには、僕の両親を殺す動機も証拠もない。それだけで充分です」
「それは、わかる……。しかし、両親のかたきなんて言い出すこんな俺と、一緒にいたいと思うか? 絶対に思わない。だから決めた――」
「え?」
「お前がどうしても、『DMC』に入部するというなら、逆に俺は退部する……」
 その宣告に、自分は驚いて体が大きく揺れた。 同時に、ひとつの疑問が解決した。
 以前、俺はこんな事を須藤さんにいわれた。
 ――あまりトモシに、『DMC』の入部は勧めないで、ほしい……。
 あれは、こういう事だった。須藤さんはトモシに負い目を感じている。真偽は定かではないが、自分は彼の大切な人を奪った――と。
 トモシは、弱々しくつぶやく。
「そ、そこまでしなくたって……」
「俺だって……、嫌だよ! こんな曖昧な理由で、やりたい事ができなくなるなんて! 俺だって、『デュエル』が好きなのに……!」
「それなら――」
「でも……、けじめをつけなきゃ、駄目だ……。わずかでも罪の意識がある以上、そっから目を背けちゃ……」
 須藤さんは苦しむようにうめき、近くの気に背をもたれる。
「今からいうのは、俺のエゴだ……。それでももし、この俺を哀れむというなら、お前は『DMC』には――」
「駄目です」と、トモシが戒める。
「僕は絶対入部します。理由は『デュエル』をしたい――いや、しなきゃいけない。『デュエル』して、勝たなきゃいけない。誰かはわからないけど、そんな相手が僕にはいます――」
「は?」と、彼の発現に俺はきょとんと口をひらいた。
 トモシは忠言を続ける。
「そして、須藤尚輝部長。あなたも部に残ってください」
「……トモシ……?」と、須藤さんは怯えた表情で顔を上げた。
 なんだろう? なんかトモシが、いつもと違う……。その黒い瞳はあらゆる感情を超越したように揺らめきを見せず、延々と相手を直視する。
「定かでない罪を背負い、自戒する――それもまた罪です。理不尽には、抗うべきです。僕の両親を殺した悪夢なんか、早く忘れてください――」
 トモシの気迫がすごい。
 かつて見た事の無い友達の威厳に、俺は思わずあとずさりしてしまった。
 須藤さんは苦笑し、すっかり観念してしまう。
「……わ、わかった……」

 いろいろと一段落がつき、俺たちは部室に戻った。そして、本日の部活動の終わりに集会がひらかれ、顧問の水橋先生が報告する。
「さて、6月に毎年恒例の、摩訶高校との団体戦があります。そこで代表5人を決めないといけません。――そうはいっても、うちには新入りを除いて部員が5人しかいないし、とっくにオーダー表も完成したんだが――」
 早速、チームのポジションが呼ばれていく。
「先鋒・波野健一、次峰・神谷清華、中堅・笹中幸音、副将・大崎仁志、大将・須藤尚輝。異論がなければ、これで確定になる。あと、新入部員たちはぜひ、プレイングの参考にしてください。以上、きょうはこれで解散です、おつかれさまでした」

 帰宅にともない、黄昏の海岸を俺とトモシは歩む。
「――健一」
 トモシに名前を呼ばれた。
「なんだ?」と、俺が聞き返すと、彼は黒い前髪をかきむしっていう。
「最近の僕、おかしいでしょ?」
「……別に――」
 俺は気まずくなり、適当に話をごまかした。
「今、自分の頭の中で、2つの言葉がぐるぐる回ってるんだ。『デュエル』と、ラハブだよ……」
 トモシの告白に、俺は首を傾げる。
「……ラハブ……?」
「インターネットで調べてみたら、神話に登場する混沌の堕天使の名前らしいんだ」
「……そう、か……」
「そのラハブと『デュエル』になんの関係があるかはわからないけど、なにか大きな記憶が目覚めそうで……」
 トモシは俺と目を合わせる。
「健一。これからきっと、なにかが起こる。だけど、僕は絶対、きみの事は忘れない……」
「な、なにいってんだ……? それじゃあお前、これからいなくなるみたいじゃねえか? そんな悲しい事、いうなよ……」
「……そうだね。注意してくれて、ありがとう……」
 トモシはオレンジ色の空を仰いだ。
 潮風が吹き、俺と彼の髪がなびく。
 ――思えばこの時からすでに、トモシはどこか遠い場所に立っていた。なぜすぐに、気づけなかったのだろう……?



[混沌の堕天使]完



戻る ホーム