キオクカナタ

製作者:夏咲サカキさん




この話はDSソフト「遊戯王5D'sWCS2009」のストーリーを題材にした小説です。
そのため、一部アニメキャラクターに若干の設定の違いがある場合がございますが、ご了承下さい。




第一話「痛む」

廃墟、廃墟、廃墟、どこまでも廃墟。
この「サテライト」という地を表現するには適切な言葉だ。

ネオ童実野シティの一部であるサテライトは、
「ゼロ・リバース」と呼ばれる大規模な災害によって瓦礫の山と化した。

しかし、そんなサテライトにも生きて生活する者たちは居る。
いつしか災害の被害を受けなかったネオ童実野シティは上層地帯、
行くあてを失った者が集うサテライトは下層地帯と呼ばれ、
上層地帯の者たちから見下されるようになっていった。

サテライトでは争いが絶えることが無く、弱肉強食が掟となり
弱者は強者にへつらって生きていき、強者はチームや徒党を組んで
より勢力を拡大しようと、さらなる戦いに身を投じて行く。

その戦いの手段とは、カードを使った決闘、すなわち「デュエル」であった。


・・・


ゼロ・リバースの発生から17年の歳月が流れた。
そんな月日が流れたのにも関わらず、ネオ童実野シティから
サテライトへの支援はほとんどされず、人々は瓦礫の世界での営みを続けている。

「ふぁ〜あ、はぁ。」

16、17歳ほどの、濃い目の茶髪の少女が、倒壊したコンクリートに身を寄せて大きくあくびした。
小汚い作業服を着て、腰にぶら下げたバッグにはハンマーやスコップ等の作業道具が一式。
彼女はサテライトの様々な場所にある瓦礫の山で発掘を行い、
使えそうな道具や機械を探す仕事をしている。
今日は数名の少年少女と共に、その作業をこなしていた。

「カナタお姉ちゃん、なんか見つかった?」

「あんまり。」

カナタと呼ばれた少女は体を起こすと、ガラクタばかり入っている袋を振り回した。

「すごいなぁ、僕なんて変な部品しか拾えてないよ。」

「そんなことない。きっとその部品だって、大切なもの。」

「あはは、ありがとう。お姉ちゃん、さっき何か考え事してたような顔してた。
もしかして、何か思い出した?」

「……特に無い……。
さっきのは……眠くてあくびしただけ。」

カナタは約二ヶ月前に、このサテライトに流れ着いた。
ある大雨の日、ぐしゃぐしゃに体を濡らしながら
サテライトをさ迷い歩いているところを、彼女と同年代の遊星という少年に保護されたのだが、
どうも記憶がハッキリとせず、それどころか言葉もろくに喋れない有様であった。

衰弱しきっていたカナタだったが、数日の介抱の末、どうにか話が出来る状態にまで回復した。
しかし自分の名前すら記憶を失っているようで、
それまでうわ言のように呟いていた「彼方へ、彼方へ……」という言葉から
暫定的に「カナタ」と名づけられたのだ。

しかし遊星はもうすぐ大きな仕事の為に居なくなってしまうそうなので、
サテライトの孤児たちが集まる「マーサハウス」へと預けられることとなった。
この孤児院を仕切る女性、マーサから名づけられた名前だ。
カナタ自身も、大変お世話になっている。

「私、なんなんだろ。」

「姉ちゃんが何者でも、みんなにとって姉ちゃんは姉ちゃんだよ。
サテライトは来るもの拒まず、なんでも受け入れる、ってマーサが言ってた。」

「私は。みんなが笑顔で暮らせれば……それでいい、と思ってる。
今すぐ記憶が戻らなくとも。」

それは心からの本心。
同時に記憶が戻ることで、今の自分が何もかもが消えて無くなってしまうことへの不安でもあった。
まだ言葉を話すのが苦手なカナタだが、その不安を無くす為に
精一杯、子供達とコミュニケーションを取っている。

発掘も終わった帰り道、連れていた子供の一人が、足を押さえていることにカナタは気づいた。
この中では比較的年長の男の子だ。
おそらくどこか転んだか、ぶつけたか。

「痛む……でしょう?大丈夫?」

「あ……お姉ちゃん……。さっき飛び出ててた釘にひっかけちゃって……。
で、でも僕このくらいへっちゃらだよ!」

「駄目だよ。見せてみなさい。」

そう言って手をどかしてみせると、太ももの皮膚が切り裂かれて血が溢れ出ていた。
カナタは持っていたガーゼを、水筒の水で湿らせて患部を綺麗に拭き取り、絆創膏を貼り付けた。

「そのままだとバイキンが入って、大変なことになっていた。
男の子は強がる。確かに強いこと、大事だと思う。
だけど我慢するのは駄目。私だけじゃない、みんなが心配する。」

「はい……ご、ごめんなさい。」

「次は怪我しないように。気をつけて、ね?」

カナタは男の子の頭を撫でながら、ニコリと微笑んだ。


・・・


マーサハウスへと戻ったカナタたちだが、まだまだやることはある。
いくつか発掘した道具の砂を落とし、水で洗って綺麗にしたり、
もし使えそうな機械が見つかれば、修理して使えるようにしなければならない。
特に「D・ホイール」と呼ばれるバイクや「デュエルディスク」に使える部品は高く取引される。
量が多いときは大変な作業だが、その分サテライトのジャンク屋に売り払って多くのお金が入手できる。
お金があれば食事も出来るし、ちゃんとした衣服も身に着けられるのだ。

サテライトにはネオ童実野シティから流れ出る廃品を、
リサイクルして再び使えるようにして、賃金を得るという「真っ当」な仕事があるにはある。
しかしサテライトの住人全てがその仕事にありつけるわけでは無い。
あぶれてしまった者や、小さな子供は自分の力で生きていかなければならないのだ。
このマーサハウスは、その子供達が自力で生きていく為の運命共同体でもある。

このマーサハウスに来たばかりの頃、自分に出来ることなどあるのだろうか、と
不安で不安で仕方が無かったカナタだったが、
多くの子供達に囲まれながらこなすこの仕事は、とても楽しい。
だからこそ、今の無愛想な自分を変えたいとカナタは思っていた。

ある日、カナタはとんでもなく高価な薬品を拾ったことがあり、それは大変高値で売れ、
記念品としてマーサから女性もののワンピースを一着プレゼントされたことがあった。
それはネオ童実野シティの上層に暮らすものから見ればみすぼらしくも、
カナタにとってはまさに宝物と言える一品である。

(自分を拾ってくれた遊星に見せよう。)

そう思って一度着た後は、大切にしまい込むことにした。

発掘をしていると、ここサテライトではある意味もっとも重要な物が多く出てくる。
それはカードゲーム、「デュエルモンスターズ」のカードたちであった。
カードさえあれば、対戦が、デュエルが出来る。
それは娯楽であり、戦う手段でもある。
力の無い子供でも、これさえあれば大人と戦うことが出来るのだ。

カナタは最初からこのカードの束を持っていた。

つまり元々デュエリスト(デュエルをする者の意)であった可能性が高い。
なので彼女は拾ったカードをほとんど子供達に分け与えていた。

子供達は仕事がひと段落し、後は晩御飯を待つばかりといった時間にテレビへ群がる。
このテレビも拾ったジャンクを修理して、どうにか使えるようにしたものだ。
旧式も旧式、画質は劣悪なものだがとりあえず画面は映るのだ、貴重な道具である。
カナタが子供たちに何事かとたずねると、ネオ童実野シティで行われる
「デュエルキング防衛戦」の放送日であるらしい。
カナタはまだ見たことが無かった。

デュエルキング。それは数多くのデュエルを勝ち進んだものに与えられる栄光の称号だ。

「ジャックは僕たちのヒーローなんだよ!」

「ヒーロー?」

子供の一人が目をキラキラされてカナタに語る。
そう、話は聞いたことがある、ジャック・アトラスという人間。

「ジャックは2年前まで、このサテライトに住んでたんだ。
その頃の治安は今より最悪だったんだけど、
ジャックや遊星たちのチームが統一して、今の平和なサテライトになったんだ!
それからシティに飛び出してデュエルキングになったんだよ!」

今も治安は良いとは言いにくいのだが、そのジャックたちの活躍によって
その2年前よりもはるかに改善されたのは間違い無いだろう。
しかし、このサテライトからネオ童実野シティまで行くのは
とても難しいことだと聞いたことがあるが、一体どうやったのだろうか。

「ジャックっていう人、どうしてサテライトを飛び出したの?」

「さぁ、僕たちもよく知らないんだ。
遊星兄ちゃんなら知ってると思うけど、絶対に教えてくれないんだよ。
あ!もう始まるよ!」

テレビ画面に大きく「DUEL」の文字が映し出されると、皆テレビに釘付けになる。
カナタもそのデュエルキングとやらがどれほどの強さなのか確かめるべく、
子供たちの邪魔をしないように遠巻きから眺める。

高らかにMCの声が響いた。

「第143回デュエルキング争奪戦!
不敗神話の続く最強デッキを果たして破ることが出来るのか!?
チャレンジャー、炎城ムクロ!」

炎を模しているのであろう、真っ赤な髪にサングラスをかけた男が画面に映る。
大きく口を開け、いっぱいに舌を出して見るもの全てに挑発しているかのようだ。

「不敵なチャレンジャーの挑戦を、どう迎え撃つのか、キングよー!
運命の決戦を刮目して見よ!!」

次に映し出されたのは、金髪長身の男。
その金髪と白亜のスーツのコントラストが眩しく、気品すら漂わせている。
これがデュエルキングか。会場に向かって、高らかに声を上げた。

「待たせたな!俺がキングだ!」

ズキリ。

「……?」

キング……ジャック・アトラスの姿を見た瞬間、カナタは右腕に妙な違和感を覚えた。
刺すような痛みが走ったかと思えば、それはすぐに感じなくなったのだ。
虫にでも刺されたかと思ったが、どうやらそうでも無いらしい。
とりあえず今は気にしないことにした。

さて、このデュエルは通常のデュエルと違い「スピードワールド」を用いた特殊なデュエル……
「ライディング・デュエル」によって行われる。
お互いのプレイヤーはD・ホイールを駆り、疾風の中でデュエルを繰り広げるのだ。
MCが解説を続ける。

「ライディング・デュエル最大の特徴、スピードスペルとは
スピードワールドがかかったフィールドでのみ発動できる魔法カード!
発動条件は通常の魔法と異なり、スピードカウンターの数によって決定されるのだ!」

ライディング・デュエルは毎ターン、お互いに「spカウンター」が溜まり
そのカウンターを使って魔法カードを発動していく。
ここが通常のデュエルと大きく違うところだ。

「いざ、ライディング・デュエル……!」

そこまでMCが言ったところで、子供たちも全員で大きな声で叫んだ。

「アクセラレーショーン!!」

ジャック・アトラスと炎城ムクロが、D・ホイールで飛び出して行く。
二人は凄まじい速度でスタジアムのフィールドを駆け巡る。

「先行はチャレンジャー!炎城ムクロ!」

MCが開始を宣言すると、
ムクロがD・ホイール上で思いっきりカードを引き、高らかに声を上げた。

「行くぜぇ!」

「フン!かかって来るがいい、このジャック・アトラスに!」

「デュエル!!」


ジャック LP4000

ムクロ LP4000


スタンバイフェイズに、お互いのフィールドにspカウンターが置かれる。

「ヒャッハー!まずはピラミッド・タートルを守備表示で召喚!
そしてカードを1枚伏せてターンを終了するぜ!」


ムクロ LP4000 手札4枚
spカウンター 1個
場:「ピラミッド・タートル」
  伏せカード1枚

ジャック LP4000 手札5枚
spカウンター 1個
場:無し


カナタはこの炎城ムクロという男も、なかなかのデュエリストであることを直感した。
守備表示で出したピラミッド・タートル。
攻撃力1200、守備力1400と低ステータスのモンスターだが、
これは戦闘で破壊されると、デッキから新たなアンデットモンスターを呼び出すカードだ。
いきなり攻撃力の高いモンスターで威圧するのでは無く、まずは守。
さらに伏せカードでさらなる防御手段を用意したのだろう。
派手な見た目とは裏腹に慎重なデュエルをする男だ。

「アンデットデッキか!このキング相手にどこまで通用するか見せてもらうぞ!
俺のターン、ドロー!」

再びお互いにspカウンターが1つ乗る。
ジャックは始まったばかりにも関わらず、いきなり苛烈な攻めを見せた。

「俺は手札から、レベル5のモンスター、ビッグ・ピース・ゴーレムを召喚する!
相手フィールド上にモンスターが存在するとき、このカードはリリース無しで召喚できる!」

本来、レベル5以上のモンスターは召喚するためのリリースが必要なのだが
ビッグ・ピース・ゴーレムは自身の効果でその制約を無くしている。
さらに攻撃力は2100と、高い数値を持っていた。

「さらに、spカウンターが2つ以上あるときに発動できるスピードスペル、
sp−二重召喚を発動する!
このスピードスペルは、通常のデュエルにおける二重召喚と同じもの!
よって俺はこのターン、もう1度モンスターを通常召喚可能となる!」

「なんだとぉ!いきなり2体のモンスターを!?」

騎馬に搭乗する、骸骨のような剣士が出現しジャックと並走した。

「俺は死霊騎士デスカリバー・ナイトを召喚する!
このカードはモンスター効果の発動を、自分をリリースすることで無効にするカードだ!
さぁ行くぞ、バトルだ!」

子供達が盛り上がる中、カナタは内心唸った。
圧倒的なパワーでねじ伏せつつも、テクニカルなカードで相手の戦法を無力化させる。
これがキングのデュエルか。

「デスカリバー・ナイトの攻撃力は1900!ピラミッド・タートルの効果を無効にする!
受けてみるがいい、我が進撃の剣を!」

デスカリバー・ナイトがピラミッド・タートルを真っ二つにする。
本来ならばその体から新たなモンスターが出現するはずが、
ザ、ザザと立体映像にノイズが走り、そのまま消滅してしまった。
同時に、デスカリバー・ナイトも消え去る。

「さらに、ビッグ・ピース・ゴーレムでダイレクトアタックだ!
巨人よ、不遜なる挑戦者を打ち砕け!」

「ぐ、ぐわあぁぁ!!」


ムクロ LP 1900
spカウンター 0個


上級モンスターの一撃を直接受けたムクロは、D・ホイールのスピードを大きく落とした。
立体映像とはいえ、デュエルディスクの原動力である「モーメント」というエネルギーが
実際に起こっているかのような衝撃をプレイヤーに与えるのだ。
さらに不運は重なるもので、ライディング・デュエルは1000ダメージを受けることで
spカウンターが1つ減らされていく。
つまりムクロは2000以上のダメージを受けてしまった為、spカウンターが尽きてしまったのだ。

「どうした!それで終わりか!?」

「舐めるなよ、リバースカードオープン!
ダメージ・コンデンサーを発動!
手札を1枚捨てることで、デッキから受けたダメージ分の攻撃力以下を持つモンスターを
フィールド上に特殊召喚することが出来るぜ!
俺はもう一度、ピラミッド・タートルを守備表示で召喚する!」

「その炎のような闘志だけは褒めてやろう。
だが、見掛け倒しで終わってくれるなよ!?
俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ!」


ムクロ LP 1900 手札3枚
spカウンター 0個
場:「ピラミッド・タートル」

ジャック LP 4000 手札3枚
spカウンター 2個
場:「ビッグピース・ゴーレム」
  伏せカード1枚


ムクロのターンに移り、お互いにspカウンターが乗った。
形勢は不利だが、彼にはまだ逆転の手が残されていた。

「俺のターン!ドロー!
へっ!キング!俺のデッキの本当の力を見せてやるぜ!」

「それは楽しみだ!」

「ピラミッド・タートルで、ビッグ・ピース・ゴーレムを攻撃する!」

子供たちが驚いた。どうしてそんなことするの?と。
確かに攻撃力の低いピラミッド・タートルではジャックのモンスターを倒せない。
しかし、彼の本当の狙いは別にあった。

「フ……そう来るか、迎撃せよ!ビッグ・ピース・ゴーレム!」

「ぐぅぅ!これでいいぜ……これで!」


ムクロ LP 1000


ピラミッド・タートルは戦闘で破壊されたときに効果が発動する。
デッキから、上級レベルのモンスターが特殊召喚された。

「行けぇ!レベル8!攻撃力2600!
スカル・フレイムよ!キングのモンスターを破壊しろ!」

ムクロのD・ホイールから炎が立ち上り、その中から燃え盛る紅蓮のアンデットが出現する。
そのモンスター、スカル・フレイムはビッグ・ピース・ゴーレムを炎の渦で包み込み、
ドロドロに溶かして跡形も無く消滅させてしまった。

「ぬぅ……!」


ジャック LP 3500


MCが叫ぶ。

「おーっとぉ!ここで炎城ムクロの主力モンスター!スカル・フレイムの登場だぁ!
このカードで葬ってきたデュエリストは数知れず!
さぁ我らがキング、このモンスターをどう凌ぐ!?」

子供達もざわついている。
が、しかし、彼らの顔にはまだ希望があった。
まだあのカードが出ていない、あのカードならきっと倒せる。
どうやらジャックは、切り札を残しているらしい。
それも、子供達の信頼を受ける絶対なカードなのだろう。
カナタは身を乗り出してテレビに食い入る。


ムクロ LP 1000 手札4枚
spカウンター 1個
場:「スカル・フレイム」

ジャック LP 3500 手札3枚
spカウンター 3個
場:伏せカード1枚


「俺のターン!ドロー!!
見せてやろう、大いなる我が力を。」

spカウンターが4個になり、ジャックはD・ホイールのスピードを加速させた。
このターンで勝負を決めるつもりだ。

「手札から、レベル5のバイス・ドラゴンを特殊召喚!
相手の場にモンスターが存在し、自分の場には存在しない場合特殊召喚が出来る!
さらにレベル3のチューナーモンスター、ダーク・リゾネーターを通常召喚!」

チューナーモンスターとは、モンスターをシンクロさせることが出来るカードだ。
シンクロモンスター、それはこのデュエルモンスターズにおいて
強力無比な力を誇るデュエリストたちの切り札である。

「レベル5、バイス・ドラゴンに!レベル3、ダーク・リゾネーターをチューニング!
王者の鼓動、今ここに列をなす。天地鳴動の力を見るがいい!シンクロ召喚!」

子供達、さらにはテレビの向こうの観客達も「来た!」と大声を上げる。

(う!?また…!?)

その瞬間、再び腕の痛みがカナタを襲った。今度は長い。
何がなんだかわからないが、みんなに悟られないように、カナタはテレビを注視する。
ジャックの魂のカードが召喚された。

「我が魂!!レッド・デーモンズ・ドラゴン!!」

攻撃力3000を誇る、恐るべき巨躯のドラゴンが姿を現す。
尻尾を唸らせ、スタジアム全てに響き渡るかのような、大きな咆哮を上げた。

痛い、右腕が痛い。
そういえばこの痛み、以前にもあった気がする。
ふとそう思ったが、今すぐにその答えは出なかった。

「く……だがそれで俺を攻撃しても、400ポイントのダメージのみ!
まだ俺のライフはゼロにならねぇぜ!次のターンでまた逆転してやらぁ!」

「愚か者が!リバースカード発動!シンクロ・ストライク!
シンクロ召喚したモンスター1体の攻撃力はエンドフェイズ時まで、
シンクロ素材にしたモンスターの数×500ポイントアップする!
これで我がレッド・デーモンズ・ドラゴンの攻撃力は4000!」

「な……。」

さらに強大な攻撃力となった巨竜は、スカル・フレイムへと飛びかかった。

「フ……これは楽しませてもらった礼だ。
貴様には我らの牙の餌食となる栄誉を与えよう!
食らうがいい!!灼熱のクリムゾン・ヘルフレア!!」

「く、くっそぉぉおおお!!」


ムクロ LP 0


「おおーっと!キング、またしても防衛成功ー!
不敗神話に、新たな1ページが加わったー!」

決められるのなら、最初のターンでレッド・デーモンズ・ドラゴンを召喚して
一気に勝負をつけられたのだろう。
だがあえてそうしなかったのは、ジャックが勝負を演出した為に過ぎない。
ジャックと炎城ムクロの実力差は、圧倒的なものがあった。
ムクロのD・ホイールから煙が立ち昇り、強制的に停止する。
悔しさのあまりか、D・ホイールから降りるなりヘルメットを地面へ叩きつけるように脱ぎ捨てた。
そのムクロを尻目に、ジャックは観客に向かって高らかに腕を振り上げ、人差し指を立てた。

「キングは一人!この俺だ!!」

デュエルが終了されレッド・デーモンズ・ドラゴンも消え去ると、カナタの腕の痛みも引いていった。
しかし言いようの無い不安を覚え、おおはしゃぎする子供達の後ろで、
カナタはフラフラとした足取りで外へ出て行った。

(デュエル……ライディング・デュエル……。
レッド・デーモンズ・ドラゴン……ドラゴン?ス………スト……ドラゴ……。)

次々と頭に言葉が浮かんで来る。
自分は何者なんだろうか。

夕焼けに染まる海の向こうには、今放送していた場所であろうスタジアムが見えた。





第二話「尽くす」

カナタがマーサハウスにやってきてから、三ヶ月になろうとしていた。

マーサの孤児院は元々、何かの病院の一部であったらしく、
中には医療に使える薬品やら何やらも置かれている。
簡単な怪我ならすぐ治療できるし、なんと手術台まで置かれているという。
マーサはこの日、孤児院に常備しておく道具や薬品を補充するために
ネオ童実野シティからサテライトへと、物資を「横流し」している業者へ買い物に行った為、
1日の間留守になっていた。

快晴の空の下、カナタは5人の子供を連れて仕事へと向かった。
他のメンバーは前日に発掘した道具や機械の手入れだ。

カナタはこの中ではマーサに次いで年齢が高い為、
やってきてから日が浅いにも関わらず、自然にサブリーダーのような立場になっていた。
初めの頃こそ、無愛想な顔をしていることもあって、子供達はカナタの事を少し怖がっていたのだが
共に暮らしていく内に、カナタが優しさと思いやりを持っている人物であることを認識し、
今では皆、カナタのことを姉のように親しんでいる。
元々ここには遊星などの青年も居たらしいのだが、彼らも独立して孤児を養っているらしい。

(遊星……元気かな。私は元気。たまには顔、見せに来ればいいのに。)

そんなことをボンヤリ考えながら、発掘場所へ赴いた。

「うーん、カナタ姉ちゃん。ここはあらかた掘り尽くしたし、
この辺はもう何も出てこないんじゃないかなぁ。」

カナタ自身もそう思っていた。
自分たちが行ける範囲のテリトリーでの発掘は、もう限られている。
これ以上の採掘場所を探すとなると、もう少し遠出しなければならない。
さらに言えば、その遠征場所も他のグループによってすでに
掘り尽くされている可能性も頭に入れておく必要がある。

「F地区はまだたくさんのジャンク、眠っていると思う。
場所もそう遠くないけど……。
でも他のチームがいると危ないから、その辺りは私が調べてみる。
ジャンクを運び出すための荷車、こっちに置いとくから、
みんなはここをもう少し調べてみて。サリサ、年少組の面倒見てやってね。」

「うん!」

サリサはまだ10歳そこいらの少年だが、この中ではカナタの次に年長だ。
少年とはいっても、サテライトで生きていく術を十分に理解している。
何かあったらすぐに子供達を連れて、逃げるように指示を出して
カナタは一人、F地区へ向かった。

例の腕の痛みはあれ以来、感じない。
しかしカナタはどうも、あのとき召喚されたドラゴン族モンスターのことが
気にかかって仕方が無かった。
脳の奥底に閉じ込められた記憶の鍵の手掛かりになるかもしれない。
だが今のカナタにとって、マーサハウスでの生活を手放すことなど出来はしない。

(ううん……いいの、記憶なんて戻らなくても。
ずっとここで暮らして……マーサを手伝って……
子供達に囲まれて……きっと、幸せな生活……でも……。)

依存している。
いつまでもこのままでは駄目だと、カナタ自身感じていた。
しかし、もう少し、もう少しだけと、
マーサハウスにすがりたい気持ちは消えることは無い。

(何を考えてんだ、私は……。)

30分ほど歩いただろうか、
腰にぶら下げたバッグに、発掘に必要な色んな道具を入れてあるのでそれがちょっと重い。
少し歩き疲れたので、近くのくず鉄に腰を下ろして一息ついた。
そして、ボンヤリと空を眺める。
最近のカナタはこうやって空や、海を見つめることが多くなっていた。
5分ほど休憩した後、そろそろ出発しようと腰を上げた時であった。
来た道から、先ほど連れていた子供の一人が大急ぎで走り寄ってくるではないか。

「ミミ!?どうしたの!?」

「お、おね、ハァハァ!お姉ちゃん!戻って!ハァ、ハァ、
今すぐ!戻って来て!早く!」

ミミと呼ばれた少女は、顔を真っ赤にしてカナタに走り寄ってきた。
さらに目には涙が溢れており、ただ事ではない様子だ。

「落ち着いて、ミミ、落ち着きなさい。どうしたの?サリサは?」

「サリサ、落ちちゃった!穴に落ちちゃったの!大怪我してる!大変!」

カナタは頭を殴られたかのような衝撃を受けた。
うかつだった、何をしているんだ自分は。
自分が子供たちの面倒を見なければいけない立場だろうに!
そう自分を叱咤して、ミミを背中におぶってすぐに元来た道を引き返した。
出来る限り、全力で道を走る。

「サリサはどこを怪我したの!?」

「お腹!穴に落ちたときに大きな鉄が刺さって、いっぱいいっぱい血が出てる!
穴が深いから、みんな助けに行けない!だからお姉ちゃんに知らせにきたの!」

カナタは噛み千切りかねないほど、自分の唇を強く噛んだ。
自分の足に今は急げと、ひた走り続ける。
背中のミミの重さも気にならぬほどカナタの心は焦燥していた。

時間にして10分程度だっただろうか、
大きく息をせき切って、サリサが落ちたという穴にたどり着いた。
それは出発前は無かったはずの大きな穴だった。
おそらくその穴はくず鉄か何かで隠れていたもので、その上を不運にもサリサが踏んでしまったのだ。
その穴の周りで、子供達が穴を覗きながら大泣きしている。

「あ!お姉ちゃん!」

「お姉ちゃん!サリサ兄ちゃんを助けて!」

カナタはミミを含む、泣き喚いている4人の子供に指示を出した。

「ハァ……!ハァ……!
ケイスケとタツミはマーサハウスへ先に向かって!
もしマーサが戻っていたらすぐに治療室の準備を!
そのジャンク用の荷車を担架代わりにするから、
ミミとマルクは載せてるジャンクをいったん全部降ろして!」

カナタがこれほどの大声を出したのは初めてのことだ。
ミミを背中から降ろし、腰のバッグからロープを取り出して
すぐそばに建っていたビルの廃墟に巻きつけ、そのロープと自分を素早く結びつけた。
かなり焦ってはいるが、カナタの行動は迅速だった。
飛び込むように穴に入り、ぐったりとしているサリサに声をかけた。

「サリサ、お姉ちゃんの声、聞こえる?大丈夫、すぐ助けてあげるから。」

サリサは完全に失神しているようで、反応が返って来ない。
背中から、太い鉄の棒が突き刺さりお腹まで貫通している!
今すぐにこれを抜いたらどっと血が溢れ出してしまい、非常に危険な状況になる。
バッグから今度は、鉄パイプ切断用の片手ノコギリを取り出して鉄棒の根元の部分を切り取った。
サリサを片手で担ぎ上げ、ロープを握って穴を登る。
突き刺さった鉄棒を安全に取り除くには、今のカナタには不可能だった。

疲労の極みであったが、まだまだやることは山積みだ。
サリサを横向きで荷車に載せ、衝撃を与えないようになるべく平坦な道を通りながら
二人の子供と共にマーサハウスへと走った。
サリサの呼吸はどんどん弱くなっていき、ミミとマルクがまた泣き出す。
カナタはそんな二人に「大丈夫だから」「必ず助けるから」と激を飛ばした。


・・・


マーサハウスに着くも、どうやらマーサはまだ戻ってないらしい。
そう、マーサは夜まで戻らない。まだ昼過ぎになったばかりだ。
マーサハウスの子供達は、先に戻っていたケイスケとタツミから事情は聞いていたらしく、
皆一様に不安そうな顔をしていた。

年長の子供達は二人から話を聞いた途端、マーサの診療室を開放して
すぐにサリサを寝かせられるように準備をしていた。
子供たちが薬がたくさん置いてある診療室に勝手に入ることは、
マーサに大目玉を食らうほどの行為だが、
マーサからの叱責とサリサの命を天秤にかければ、仲間の命に傾くに決まっている。

近場に医者など居ない。自分がやるしかない。
そう思ったカナタはサリサを手術台に運び、作業用の服を脱ぎ捨てて抗菌性の白衣に着替える。
マーサが昔使っていたという服で、常に清潔にしているそうだ。
カナタの動きは非常にてきぱきとしており、それは自分自身不思議に思うほどだった。
さらに手術に必要な麻酔の打ち方、メスや鉗子(組織を挟んだり開いたりするハサミのような道具)の
使い方まで頭の中から鮮明に湧き出てきた。
診療室のドアの前に、不安な顔をして集まってきた子供たちに、カナタは言い放つ。

「これからサリサの手術をする。何があっても扉を開けないで。
でもマーサが戻ってきたらすぐに呼んで欲しい。
私がどこまで出来るか、わからない。だけどきっと助けてみせる。」

そう言って扉を閉めた。
必死に記憶の扉を叩き続け、医療の知識を引っ張り出す。
どうやら自分は昔、こういった仕事をやっていたことがあるようだ。
酷く断片的な記憶でしかないが、カナタは過去の自分に感謝しながら、
サリサの手術に取り掛かろうとした。
そこで基本中の基本とも言える、もっとも大事なことに思い当たる。

血だ、輸血用の血液が必要だ。
「血液パック」というものを探したが、どうやら置いてないらしい。

いや……そもそも……。

サリサの血液型は何型だ?

血液型が違うと血液同士が混ざり合わず、体内で凝固してショック死してしまう。
カナタは扉を開け放って、子供達に聞いてみた。

「みんな!サリサの血液型、知ってる!?」

「ケツエキガタ……って……何?」

「……ッ!」

サテライトではそれを調べる方法が無かった。
読み書きや簡単な算数の計算など、一通りのことは教えている。
だがここまでのことは教えていなかったのだ。

「血液……?サリサ兄ちゃん、血が足りないの?だったら僕のを使ってよ!」

「私の!私の血で助けてあげて!」

子供達はサリサに血液を提供すべく、我も我もと挙手をする。
だが、誰がどの血液型なのかがわからない。
それにカナタは自分自身の血液型すら知らない状況であった。

「……みんな、ありがとう。
でもこの中だと、一番大人なのは私。小さな子供の血を抜くなんて出来ない。
だから私の血で助けてみせる。」

そう言って扉を閉めた後、横たわるサリサを見て頭を抱えた。

(どうする?マーサが戻るまで待つ?いや、それじゃサリサは助からない。
輸血無しで手術するか?それでサリサは無事でいられるか?
やはりイチかバチか私の血で輸血するか?だけど、もし血液型が違えば……。)

カナタの決断は。

輸血だった。

まず自分の血液を半透明の管を通して、清潔なビニール袋に一定量流し込み、
今度はサリサの腕に管を通して、そのビニール袋から血を送り込む。
正確な輸血方法から見れば、乱雑極まりない手法だが、今のカナタにはこれしか選択肢は無かった。

次いでサリサに突き刺さっていた鉄棒を慎重に取り除き、
破れていた臓器をつなぎ止めて、処置を施した。
ひたすら湧き出てくる、赤。
鮮血のまぶしさ、それと自分の血を抜いているせいか、カナタは何度も目まいを起こした。
この方法であっているのか、もっといい方法は無いか、ひたすら考える。
内臓の損傷が激しく、サリサの体力が持つかどうか。
いやそれよりも、血液型は一致するのか。

手術は何時間もかかり、終わる頃にはカナタの全身は真っ赤に染まっていた。

いつの間にか、扉の前には、マーサハウス全ての子供達が集まっていた。


・・・


苦痛にうめくサリサをふかふかのベッドに寝かせ、
カナタや子供達はベッドの周りに集まり、彼が目を覚ますのをじっと待つ。
すでに日は暮れ初め、夕刻となっている。
普段ならば夕食の準備にとりかかるべき時間だ。

自分が指示を出せねば。
そう思ったカナタは、食材の係に冷凍してある魚の解凍と、
特別なときだけに食べられる肉の解凍を指示した。

これを命じられるのはマーサだけだが、とにかくサリサには栄養が必要だ。
次々と指示を出していく。

「あの、カナタお姉ちゃん……ごめんなさい。
僕達、ジャンクの整理してないんだ……。」

そういえば今日子供達が発掘したジャンクはそのまま置いてきたし、
何より今回の事件で、綺麗しておかねばならない分のジャンクも
ほとんど手付かずの状態で放置してある。

「そう……とりあえず修理や掃除、明日でいい。今日は仕分けだけでも。」

「はい!」

「お姉ちゃん!カナタお姉ちゃん!サリサ兄ちゃんが!」

子供達が血相を変えて、カナタの名を呼ぶ。
カナタは跳ぶようにサリサのベッドへ駆け込んだ。

「サリサ兄ちゃん……息してない……。」

息をしてない?

呼吸をしていないということは、死んだということか?

そんなことがあるか。

あれだけのことをやったんだ。

サリサの腕を取り、脈拍を確かめる。

動かない。

本当に息をしてないのか?

心臓に耳を当てる。

動かない。

動かない。

動かない!

心臓マッサージを試す。

ぐい、ぐいと何度も、何度も胸を押す。

夢じゃないのか。

人口呼吸も施す。

悪夢じゃないのか。

動かない。

動かない。

動かない……。

数十分間心臓マッサージをやっても、サリサが呼吸することは無かった。
血液型が違ったのか?自分のやり方に問題があったか?
それとも、それとも、それとも……。

不意に顔がくしゃくしゃにゆがみ、どっと涙があふれ出た。
抑えることが出来ない。
カナタは糸が切れた人形のようにその場で崩れ落ち、ただただ泣いた。
言葉にならない叫びを上げて、いつまでもいつまでも泣き続けた。


・・・


夜。
カナタは帰ってきたマーサに事情を話し、再び泣き崩れた。

「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!
私が全部悪い!あんなこと、あんなことしなければ!
い、いや……そもそも、私が目を離さなければ!!」

マーサは泣き喚くカナタの頭を撫で、それからぎゅっと抱きしめた。

「サリサの……埋葬をしてやりゃなきゃねぇ……。」

そう言って冷たくなったサリサの体を担ぎ、裏庭に運んで火葬することにした。
子供達には来ないように、と厳重に言いつけたが、
それでもサリサの体が見えなくなるように薪を積み上げ、火を付ける。

「カナタ、精一杯手を尽くしたあなたを責める人なんて居ないよ。
それに……十分な備えを用意せずに出ていた私だって悪かったんだ。
予想できたこと……なのにね。
何のために17年も、この病院跡で子供達を育ててきたんだか……。」

カナタを驚いて顔を上げた。
17年、つまりゼロ・リバースが起こってから、ずっとこの場所で?

「災害時は凄かったね。毎日毎日、大怪我をした人の治療さ。
だけど手を尽くしても、たくさん人が死んでいった。
おまけに遺体から伝染病まで蔓延する始末さ。
大勢の人が災害を受けなかった場所に避難していった。」

「マーサはどうして逃げなかったの?」

「幼い子供達がたくさん居たからね……。
今じゃ海の向こうで偉そうにしてるジャックなんて2歳だよ?
海辺で赤ん坊まで拾ってくる子供もいたしさ、もう大変だったよ。」

燃え盛る炎を見つめながら、カナタは死んでいった人達に思いを馳せた。
マーサは17年もこうして、仲間達を弔ってきたのだろう。

やや考えて、カナタは決めた。
ネオ童実野シティへ行こう。
自分はきっと、そこから来たに違い無い。
もはやカナタに、マーサハウスに依存する気持ちは無くなっていた。
自分が何か出来ることがあれば、サテライトという地そのものを改善し、
サリサのような子供を守ることが出来れば。

記憶が欲しい。

「行くのかい?」

「え?」

「最近のあなたは、ずっと海ばかり見つめている。
もしかして、戻りたいんじゃないのかい。」

「それは……。」

「もしネオ童実野シティへ渡るなら、遊星を頼りなさい。
もう一度あの子と話して、共にネオ童実野シティへ行きなさい。
遊星もジャックと会う為に、近いうちにネオ童実野シティへ行くんだ。」

遊星に……もう一度……。

(右腕が……痛い。何かに共鳴しているみたいに、ズキズキする。
右腕が、いや、私は誰かに……会いたがっている……誰に?遊星に?)

何かを必死に思い出そうとするが、やはり何も思い出せない。
カナタは赤々と燃える業火から、いつまでも目を離すことが出来なかった。





第三話「戦う」

サリサの死から数日、カナタは身の回りのものを少しずつ整理し、
お金に換えられそうなものは全てジャンク屋に売り払った。
マーサからは持っておくように勧められたが、発掘の過程で見つけた
化粧品や香水といったものは今の自分には必要の無いものだからと金に換えた。
全てマーサハウスに寄付するつもりだったが、
旅には必要だから、とかなりの金額を返されてしまった。

記念品として貰ったワンピースだけは売れず、大切にバッグにしまい込んだ。

子供達はサリサの死にとてもショックを受けていて、
その間は道具、機械の手入れだけを命じて発掘はカナタ一人で行っていた。
カナタ自身、深く責任を感じていたし、
せめてマーサハウスを出る直前までは、最後まで仕事をまっとうしようとした。

自分は犯した罪から逃げようとしているのではないか?
そんな思いも湧いて来る。
だからこそ、その罪をあがなう為に自分が出来ることを精一杯にやろうとしていた。

立ち直った子供は進んで発掘の手伝いをするようになり、
カナタが出て行くことをそれとなく察したようで、
時折「どこにも行かないで」とでも言いたそうに
悲しそうな顔で腕をぎゅっと握って来ることもあった。

出発の日、太陽が昇り始めた早朝に、マーサに別れを告げてから
サリサの墓に名も知れぬ花を添え、子供達に気づかれないように
こっそりとマーサハウスを抜け出した。
いつかまた、必ず戻って来ることを誓って。

マーサはまた一人で子供達を守ることになる。
だがマーサは自分が来る前でも、立派に子供達を守ってきた。
きっと自分が居なくても大丈夫、とカナタは思う。
三ヶ月の間、カナタは本当に夢のような幸せな時間を過ごしていた。
だけど、夢から覚めなきゃいけない。
何が起こるかわからない現実に目を向けなければならないのだ。

その為に、ネオ童実野シティまで行かなくては。

荷物はお金に簡単な着替えや洗面用具。それとワンピース。
そして重要なデュエルをする為に必要なデュエルディスク。
このデュエルディスクは、発掘した旧型のものを使いやすいように改造したものだ。
これらをぎゅうぎゅうに詰め込み、デッキは腰のホルスターに入れて
朝陽がきらめく中、遊星が暮らしていた地区へと向かった。



・・・


サテライトは広い。
遊星が住んでいた地区までは、徒歩ならかなり時間がかかるだろう。
そのサテライトを一昼夜で廃墟にしたゼロ・リバースとは一体どんな現象だったのだろうか?

朽ち果てた廃墟にそびえ立つハイウェイを渡り、まだ倒壊していないビル郡へと向かう。
D・ホイールがあればかなり楽だが、あいにくそんな高価なものは持ってない。
しかし日頃の発掘作業で体力だけはついていたので、あまり苦には感じない。
休み休み、ゆっくりと行くことにした。

(そういえば、遊星がマーサハウスまで運んでくれたときに
彼のD・ホイールの背に乗ってきたな……。
まだ未完成で完全じゃ無いとか言ってたけども。)

このハイウェイからはサテライトの様々な場所を眺めることが出来るが、
別に何も面白いものなど無い。周りにあるのはひたすら廃墟のみだ。
いや……一つだけ、変わったものならある。
それはダイダロスブリッジと呼ばれる、造りかけの橋だ。
このサテライトから、ネオ童実野シティへ渡るために造られたものと聞いている。
未完成のまま放置してあるところを見ると、その計画は放棄されたのだろう。

ハイウェイの向こうから、猛スピードで何かが走って来るのが見えた。
あれは……D・ホイールだろうか。

(行商人の人かな。だったら水でも買おうか。)

と思っていたが現実はそう甘くは無かった。

「よぉ、お嬢ちゃん。こんな朝っぱらから何してんだ?
ずいぶん重たそうな荷物持ってよ。」

D・ホイールに乗った男が、カナタの姿を見つけて停車した。
犯罪を犯した印である「マーカー」が目の下で目立つ、髪を逆立たせた男。
こいつ強盗だ。カナタはそう直感した。
そう、子供達と発掘していたときもこのように収穫を奪いに来る
ハイエナのような男に遭遇したことは、一度や二度では無い。
だがそれらを撃退してきたのは、カナタであった。
こてんぱんにして、二度と近寄らねぇと逃げ出した男もいた。
記憶を失っても、カナタはデュエルのことを忘れていなかったようだ。

「俺様が引き取ってやるぜ。おら、寄こしな。」

「やだよ。」

「痛い目見たいか?」

「見るのはそっち。」

バッグを下ろして、ガサゴソと自分の荷物を漁る。
そしてデュエルディスクを装着し、腰のホルスターからデッキを取り出しはめこんだ。

「へ、デュエリストかよ。なら話は早ぇぜ。」

「賭けましょうか。」

「賭けだと?」

「そう。あなたが勝ったら、バッグの中身全部上げる。
私が勝ったら、あなたが持ってるお金を全部置いていってもらう。」

どうせ勝負するなら、自分だけリスクを負うのは癪だなと思ったカナタは
男にもそれ相応の覚悟を背負ってもらうことにした。
このサテライトでは舐められては危険なのだ。
例え女性だろうと子供だろうと、強気の態度で挑まなければならない。

「このガイド様にアンティ有りのデュエルを挑むとはな。
いいぜお嬢ちゃん、あんたはD・ホイールが無いからノーマルデュエルだ。」

「うん……やりましょうか。」

「デュエル!!」


カナタ LP 4000

ガイド LP 4000


スタンティング・デュエルはD・ホイールを必要としない、
デュエルディスクとデッキさえあればその場ですぐにデュエルが出来る、
最もポピュラーなデュエルの一つだ。
この方式でのデュエルは「spカウンター」も「スピードスペル」も存在せず、
通常の魔法カードを用いてデュエルを行う。
D・ホイールは高級品の為、多くの者はこの方式でデュエルを行っている。

「先行は私。カードをドロー。」

カナタをカードを引き、手札のモンスターと魔法、罠カードを確認する。

「私は巨大ネズミを守備表示で召喚し、ターンをエンド。」

巨大ネズミはレベル4、攻撃力1400、守備力1450のモンスターカード。
戦闘で破壊されたとき、デッキから攻撃力1500以下の
地属性モンスターカードを特殊召喚するカードだ。
様子見の一手としては、うってつけのカードと言える。


カナタ LP 4000 手札5枚
場:「巨大ネズミ」

ガイド LP 4000 手札5枚
場:無し


次はゴロツキのガイドのターンだ。
D・ホイールを持っているほどの腕だ、油断は出来ない。

「俺様のターン、ドローだ!
ライオウを攻撃表示で召喚し、装備魔法、エレキューブを発動。
このカードをライオウに装備し……エレキューブ自身を墓地へ送る!」

ライオウはレベル4、攻撃力1900と高い能力を持ったモンスターで
カードのサーチ能力を封じ込め、モンスターの特殊召喚を
自身を墓地へ送ることで無効にするカードだ。
これだけでも強力なカードだがエレキューブというカードでさらに攻撃力を上げた。

「装備したエレキューブを墓地に送ることで、
装備していたモンスターの攻撃力を永続的に1000ポイント上げる!
ライオウの攻撃力は2900となる!」

「う!だけど、守備表示ならダメージは通らない……。」

巨大ネズミの攻撃力では勝負にならない。
守備表示で出しておいたのは正解だったようだ。

「どうかな、俺様はそうやって守備を固める奴には
こいつをお見舞いしているんだぜ。
シールドクラッシュを発動!守備モンスター1体を破壊する!」

巨大ネズミは戦闘で破壊されなければ意味が無い。
そのまま粉砕され、カナタのフィールドからモンスターが居なくなった。

「食らえ!プレイヤーにダイレクトアタック!」

2900もの攻撃力がカナタを襲う。
立体映像が放つ閃光の激しさに、たまらず目を覆った。


カナタ LP 1100


「うぁ……。」

「カードを1枚伏せてターンエンドだ。
ハ!たいしたことは無いな!」


カナタ LP 1100 手札5枚
場:無し

ガイド LP 4000 手札3枚
場:「ライオウ」
  伏せカード1枚


カナタのターンに戻る。
カードのサーチと特殊召喚を封じられ、不利な状況だ。

「私のターン、カードをドロー。」

いきなりの高攻撃力モンスターに加え、巨大ネズミを破壊されてしまった。
最悪の出足と言ってもいいだろう。
しかしここで慌てふためくようでは、逆転出来るものも出来ない。

(こういうときは落ち着いた対処が重要。)

すぐにモンスターを破壊できる除去カードでもあればいいのだが、
そう都合よく手札に揃ってはいなかった。
ここは時間を稼ぐ作戦に出る。

「私はダンディライオンを守備表示で召喚し、
魔法カード、光の護封剣を発動。3ターンの間、攻撃を封じる。
さらに、カードを2枚セットして……ターンエンド。」

ダンディライオンはレベル3、攻撃力も守備力も300程度の
能力が低いモンスターだ。
しかし墓地へ送られたとき、2体のトークンを産み出しプレイヤーを守る壁となる。
それに加えて光の護封剣と伏せカードで、守備を磐石のものにした。


カナタ LP 1100 手札2枚
場:「ダンディライオン」
  「光の護封剣」
  伏せカード2枚

ガイド LP 4000 手札3枚
場:「ライオウ」
  伏せカード1枚


「どうしたどうした、防戦一方か!俺様のターン、ドロー!
エレキツツキを召喚!さらにリバースカードオープン!
罠カード、雷の裁き!
雷族モンスターが召喚されたとき、相手フィールド上のカード1枚を破壊する!
破壊するのは光の護封剣だ!」

「あ……!」

「行くぞ、バトルフェイズだ!
まずはライオウでダンディライオンを攻撃!」

光の砲撃にたまらずダンディライオンが四散する。
その後、2体の綿毛トークンが出現した。

「エレキツツキの攻撃力は1000だが、このカードは
一度のバトルフェイズ中に2回攻撃が出来るぜ。
綿毛トークン2体を破壊する!そしてカードを1枚伏せる。
ハッハッハ!ターンエンドだ!」

カナタはもう、かなり後が無くなってしまった。
しかし彼女にはまだあきらめの色は無い。

(相手の場には2体のモンスター。
そして私の伏せカードはこれ。あのカードを引ければ……。)


カナタ LP 1100 手札2枚
場:伏せカード2枚

ガイド LP 4000 手札2枚
場:「ライオウ」「エレキツツキ」
  伏せカード1枚


カナタのターン、デッキを信じてカードを引き抜く。
ここで負ければ、せっかく踏み出した
記憶への旅の一歩がいきなりつまずいてしまう。
負けられない。

「私のターン……ドロー!」

引いたカードを確認して、普段無表情のカナタの顔が
ニヤリ、と笑いを含んだものになった。

「私は墓地の巨大ネズミをゲームから除外し、ギガンテスを特殊召喚する。
このカードは地属性モンスターを除外することで召喚可能。
さぁ、ライオウの効果はどうする?」

ギガンテスの攻撃力は1900。
ここで墓地へ送ってしまえば、ガイドの場には
攻撃力の低いエレキツツキしか残らなくなってしまう。

「発動はしない。」

「そう、ならばギガンテスをリリースし、
上級モンスターをアドバンス召喚する!」

「なんだと……チッ。」

「召喚するモンスターはレベル5のモンスター、スクラップ・ソルジャー。
攻撃力は2100!」

これがカナタの引き当てたカードだ。
カナタのデッキは、くず鉄をモチーフとしたモンスター郡、
すなわち「スクラップ・デッキ」であった。
遊星に拾われたあの日よりも、それ以前……
おそらくは記憶を失う前から持ち続けているカナタのデッキだ。

「上級モンスターを出したのはいいが、攻撃力が足りないな!」

「まだよ。リバースカード発動、リミット・リバース。
自分の墓地に存在する、攻撃力1000以下のモンスターを蘇生させる。
ダンディライオンをフィールド上に特殊召喚。」

ライオウの効果は、カード効果による特殊召喚に対しては発動できない。
よってリミット・リバースによる特殊召喚は阻害不可能だ。

「何を……するつもりだ。」

「教えてあげる……スクラップ・ソルジャーはチューナーモンスター。
これでレベル8のシンクロモンスターを特殊召喚することが出来る。」

「バカな!?シンクロモンスターだと!」

極めて珍しい、上級モンスターでありながら、チューナー。
このカードならば、かなりレベルの高いシンクロモンスターを呼び出すことが出来る。

「レベル3、ダンディライオンに!
レベル5、スクラップ・ソルジャーをチューニング!
集いし星の欠片が、破壊を導く翼となる!シンクロ召喚!
起動せよ、スクラップ・ドラゴン!」

レベル8、攻撃力2800のドラゴン族モンスターが召喚される。
ドラゴン族とはいっても、その姿はガラクタに包まれた異形であった。
くず鉄を集めて造られており、生物である痕跡は見られず、
ギチギチと音を立てて大量の排気ガスを撒き散らして降臨する。

「スクラップ・ドラゴンは1ターンに一度、お互いのカードを1枚づつ破壊できる。
さらにダンディライオンが墓地に送られたことで、綿毛トークンを2体生成。」

「く、ならばライオウの効果を発動して
スクラップ・ドラゴンを道連れにしてやるまでだ!」

ガイドはすかさず、ライオウの効果を発動させた。
しかし消え去ったのはライオウのみで、スクラップ・ドラゴンは
そのままカナタのフィールドに降り立った。
ライオウの効果は不発に終わったのだ。

「な、何故!?」

「私はリバースカード、天罰を発動。
手札を1枚捨てることで、モンスターの効果を無効にして破壊する。」

伏せておいた天罰により、ライオウの効果は封じられていた。
これでガイドのフィールドには、エレキツツキと伏せカードのみとなる。
カナタはその伏せカードを見逃しはしなかった。

「スクラップ・ドラゴンの効果発動。
綿毛トークン1体と、伏せカードを破壊する。」

ガイドが伏せていたカードは魔法の筒。
攻撃してきたモンスターの攻撃を反射し、プレイヤーに
その攻撃力分のダメージを与えるというカードだった。
役目を果たすことなく、くず鉄の龍によりフィールドから消え去る。

「スクラップ・ドラゴンでエレキツツキに攻撃する。
モンスターを破壊する一撃、ブレークダウン!」

破壊のブレスの一撃によって、エレキツツキが消滅し、
ガイドは大きなダメージを負った。

「ぬ、ぬぁぁぁ!」


ガイド LP 2200


「私はターンエンド。」


カナタ LP 1100 手札0枚
場:「スクラップ・ドラゴン」「綿毛トークン」

ガイド LP 2200 手札2枚
場:無し


強力なシンクロモンスターの出現に、ガイドは後が無くなってしまった。
内心、舌打ちをしてカードを引く。

「舐めやがって、俺様のターン!ドロー!
よし……!残念だが、俺様の勝ちだ!」

「え!?」

「俺が引いたカードはこいつだ!
手札を1枚捨て、ライトニング・ボルテックス発動!」

ライトニング・ボルテックスとは、手札を1枚捨てることで
相手フィールド上の表側表示のモンスターを全て破壊するカードだ。
スクラップ・ドラゴン、綿毛トークン共に稲妻に打たれて砕け散る。

「さらに俺はこのモンスターを召……な……に?」

ガイドは自分の目を疑った。
全滅させたはずのカナタのフィールドに、モンスターが存在しているのだ。
しかもそれは先ほど、シンクロ素材に使われたスクラップ・ソルジャーだ。

「スクラップ・ドラゴンのもう一つのモンスター効果を使ったわ。
相手によって破壊されたとき、墓地からスクラップモンスターを特殊召喚する。
この効果により……スクラップ・ソルジャーを再構築!」

破壊されても、なお廃品を場に残し続けるスクラップモンスターは
少し陰鬱な印象もあるが、それでもカナタにとっては
壊されても壊されても立ち上がる不屈のカード郡としてとても頼りになる存在だった。
今また、その効果に助けられた。

「くそ……RAI−MEIを守備表示で出してターンエンドだ……。」


カナタ LP 1100 手札0枚
場:「スクラップ・ソルジャー」

ガイド LP 2200 手札0枚
場:「RAI−MEI」


RAI−MEIは守備力1200のモンスターだが、
戦闘で破壊されたときにレベル2以下の光属性モンスターを手札に加える。
ガイドはこれで立て直しを狙っていた。
カナタのターンに移る。

「私のターン、ドローする。よし……スクラップ・ソルジャーをリリース。
攻撃力2300のスクラップ・ゴーレムをアドバンス召喚する!」

「何、わざわざ上級モンスターをリリースするだと……。」

「スクラップ・ゴーレムは、レベル4以下の墓地のスクラップを蘇生する効果を持つ。」

「レベル4以下?スクラップモンスターは上級モンスターの
スクラップ・ドラゴンと今リリースしたソルジャーしか居ないはずだ!」

「違うよ、私がさっき天罰で墓地に送ったカード……。
それはこのレベル3のスクラップ・ハンター!」

カナタのフィールドには攻撃力2300のスクラップ・ゴーレム、
そしてスクラップ・ゴーレムにより蘇生した攻撃力1600のスクラップ・ハンターが並ぶ。
勝負は、決した。

「スクラップ・ハンターでRAI−MEIに攻撃!」

「ぐぅ……RAI−MEIの効果は……もはや発動しても……。
く、エレキトンボを手札に加える……。」

「これで終わりよ。スクラップ・ゴーレムでダイレクトアタック!」

「うわああああ!!」


ガイド LP 0


・・・


カナタはへたり込むガイドの横をゆっくりと通り過ぎて
D・ホイールをペタペタと触った。

「た、頼む、金を全部持っていくのだけは……。」

「ん?ああ、いいよ別に。お金なんて取らない。」

「え?だってさっき……。」

「ホントに取るわけ無い。
あなたにそれ相応の覚悟を背負ってもらいたかっただけ。
自分だけ良ければ、なんて考えは許せない。」

ガイドは負けてショックを受けた上に、
ずっと年下に見える少女に諭されてもっとショックを受けてしまった。
デュエリスト廃業だな、とばかりに。

「ねぇ、これ良いD・ホイールだね。どこかで買ったの?」

「えぇ!?ま、まさか俺様のD・ホイールをー!?」

「貰わないって。」

「なんだビックリした……。
えーと、本体はジャンク屋で安く買い叩いた奴だけど、
ずっと前に地下鉄跡地をねぐらにしてる遊星って奴に
カスタマイズしてもらったんだよ。
あいつはすげぇな、まだまだガキなのに色んなこと出来やがる。
ま……今の俺は落ちるとこまで落ちてこんなことしてるがよ。」

ふと、カナタは閃いた。
徒歩で遊星のところまで行くよりも、ずっと良い方法を。

「じゃあこうしよう。私をその遊星って人のところまで乗せてって。
そのくらいは、やってくれてもいいでしょ。そうしよう。
うん、そうしよう。」

「ああ……あの地区まで行くのか。」

「嫌?」

「文句は言わねぇよ。ほら後ろ乗りな。荷物は座席の下だ。
ホントはそこに獲物入れとくんだけどよ、今日は収穫無しだからな。」

「それは実に残念だったね。」

カナタを乗せたD・ホイールは風を切って走り出した。
ああ……この感じだ、とカナタは思った。
以前遊星のD・ホイールに乗せてもらったときも感じた。
風を切って疾走するこの感覚の、なんと心地よいことか。
ひんやりとした朝の空気がまた、肌をくすぐり気持ちが良い。

「くそー、俺様もヤキが回ったな……タクシー代わりなんてよ。」

「きびきび走れ。」

「はい。」

結果、想定していた時間よりもずっと早く、遊星が暮らしている地区へ到着した。
まだ倒壊していないビルが多いところだ。
その分、人が多く暮らしており危険が多いが活気もある。

「じゃ、ここまでな。」

「うん、ありがと。お兄さん真面目に働きなよ。
デュエルの腕は悪く無いんだし、何よりD・ホイール持ってるし。
用心棒でもやったら?」

「考えとくぜ。じゃあな。」

ガイドはカナタの荷物を降ろすと、そのままD・ホイールで走り去って行った。
カナタは久しぶりに遊星に会えるな、と胸を躍らせながら地下鉄跡地へと向かう。

ふと、カナタはデッキからスクラップ・ドラゴンを取り出し見つめた。
このカードがあれば、今日のデュエルのように、
どんな苦境だって乗り越えられるような気がした。

右腕が少し、痛んだ。


・・・


――3ヶ月前のこと。

少女は雨に打たれながら、サテライトをさ迷っていた。
いつからサテライトに居るのか、自分自身でもわからなかった。
ただ、どこか行かなければならない場所がある。
そんな気がして、ボロ布のような服を着てとにかくフラフラと歩いていた。

歩いていると、段々足の裏が痛くなってきた。
疲れて手ごろな廃墟にしゃがみこんで雨宿りをしていたら、
今度はものすごく寒くなってきた。

このとき、少女は初めてもの凄く不安な気持ちになった。
このまま死ぬのかな、と漠然と考えていた。

どのくらいの時間が流れただろうか。
ふと、気配を感じて顔を上げると……
自分と同年代に見える黒髪の少年が、傘を持って少女を見おろしていた。

「行くあてが無いのか?」

そう言って、持っていた傘をこちらに渡して来た。
少女は何か話そうとしたが、うまく言葉が出てこない。
まるで話し方を忘れてしまったかのように。

「はぅ、あう。」

どうにもちゃんと話せない。それが少女の心をもどかしくさせた。

黒髪の少年は「不動 遊星」と名乗った。
変わった名前だ、と思いつつも少女はどこかで聞いたことがあるような気がした。

それから少女は、遊星の住み家……とは言っても
地下鉄の跡地にバラックを建てた程度のものだが、そこでしばらく暮らすことになる。
そこには遊星だけでは無く、3人の青年と1人の幼い子供も居た。

地下鉄の一室には、D・ホイールのエンジンを改造して水道管と繋げて、
エンジンが発する熱により簡易的なシャワー室にしてある場所があり、
少女はそこで体を温めた。
そして遊星から、ぶかぶかながらもちゃんとした服をもらい、
暖かい格好で木で造られたベッドで横になった。

青年たちと子供の話を聞くと、遊星はサテライトで行くあての無い人を拾い
色々と面倒を見ているらしい。
1人だけ居る子供もそうやって拾われたそうだ。
優しいんだな、と思いながら少女は眠りについた。

かなり疲労していた為か、もしくは雨の中で風邪をひいたか、
少女は数日間は体が思うように動かせず
食事やシャワーなどの時間以外は、ベッドで横になる生活が続いたが
やがて思うように体が動かせるようになり、声もちゃんと出るようになった。
言葉が話せるようになったある日、遊星が話を切り出した。

「君の名前はなんという?」

わからない。
少女は考えたが、一向に自分の名前が出てこない。

「記憶が無いのか?」

多分そうだ。何もかもが思い出せない。
だけど、自分には何か目的があるらしいことはわかる。

「どこかに、行かなきゃ。」

「どこか?どこへ行くんだ?」

「わからない。ずっと、ずっと彼方。はるか彼方。
その場所を探してた。でもわからない。」

遊星はせめてそのことを忘れないように、と少女に仮の名前をつけた。

カナタ。

いつか望んだその場所へ行けるようにと、カナタと名をつけた。





第4話「造る」

遊星が暮らす居住区に足を踏み入れ、初めて出会ったときのことを思い出す。
冷たい雨、熱いシャワーの感触、暖かい寝床。
今のカナタにとっては、それが一番最初の記憶だ。
かつては大勢の人で賑わっていたであろう、朽ちた駅のホームへと入る。
進んで行くと、見覚えのある少年が機械の整備をしていた。

「あれ?……もしかしてカナタじゃない?」

「ラリー、久しぶり。」

「うわぁ、何ヶ月ぶりだろう!もう体は元気なの?
あ、何か思い出せた?あっと、タカ達を呼んでこなきゃ!」

少年の名はラリーという、遊星が養っている孤児だ。
遊星はここには居ないのだろうか?

「お、マージでカナタじゃん。もう大丈夫なの?」

小太りの青年が奥からのっそりと出てきた。
共に暮らしていたタカだ。

「あの、遊星は?ここには居ないの?」

話を聞いてみると、どうやら遊星は何日か前にすでにネオ童実野シティへ向かったらしい。
それもかなり無茶な方法で。

普通、サテライトからネオ童実野シティへ向かうには
シティの治安維持局が造ったトンネルを通るか、船で渡るしか無い。
しかし、一般的にサテライトの住民がネオ童実野シティへ渡るのは許されていない。
サテライトは犯罪者が送られる場所でもあり、
また、かつてこの地に蔓延した疫病が外部へ漏れない様にする為とも言われている。

ではどうやって渡ったのかと言うと……
ネオ童実野シティから送られて来る廃棄物を流すためのパイプラインを、
D・ホイールで強引に突破したと言うのだ。
かつて言っていた「大きな仕事」というのはこれのことか。
その後の消息はよくわかって居ないらしい。

「そう……あの、ラリー、
私もネオ童実野シティへ行きたいんだけど。」

「えぇ!?む、無茶だよ……普通の方法じゃシティへの道路は通れないし、
それにちょっと前に遊星が強引に突破したこともあって、
今はこの辺りだってセキュリティの連中がウロウロしてるんだ。」

セキュリティとは、言うなれば警察部隊で
ネオ童実野シティとサテライトの秩序の為に結成された。
犯罪者は目の下に「マーカー」と呼ばれる識別信号を焼付けられ、
この識別信号はセキュリティによって感知され、
どこに居るのかわかるようになっているそうだ。
カナタをこの地区まで運んでくれた男もマーカーをつけていた。

「表から無理なら、私も遊星と同じ方法でシティに行く。」

「はぁ!?」

タカがそりゃ無理だと言わんばかりに声を上げた。
一度通れた人間が居るなら、自分でも出来るのではないか?
とカナタは考えた。
だが問題は山積みだ。そもそもD・ホイールの調達はどうするのか。
仮に入手できたとしても、パイプラインを通るには制限時間がある。
内部の調整の為にゴミを流す時間がストップされることがあり、
パイプラインを通るにはゴミが流れないその時間を利用するしかない。
だが通れる時間はわずか数分ほどでしかない。
それを突破できるスピードが得られるのか。
もし制限時間を過ぎれば、押し寄せるゴミの山に押しつぶされ、命をも失いかねない。

「遊星はD・ホイール造ってた。」

「あれは簡単に造れるもんじゃない!」

「でも造ってた。」

「遊星は特別なの!」

「でも。」

「無理ったら無理!」

「行く。」

「ダメ!」

頑としてあきらめないカナタと、譲らないタカが
言い争いになりかけ、慌ててラリーが仲裁に入った。

「落ち着けって二人とも!カナタはどうして、そこまでシティに行きたいの?
危険なことは間違い無いし、遊星だってすっごいギリギリだったんだ。」

「……それは。」

カナタ自身も、ネオ童実野シティに行って何をどうするかまるで考えていなかった。
いや、一応目的ならある。
あの日、ジャックのデュエルを見たときから、
かすかな記憶の底より掘り起こされたドラゴンの影。
頭の中にそのドラゴンの記憶がわずかながら、ある……ような気がする。
つまり当面の目的はジャック・アトラスに会うことであった。
もしかしたら、ジャックは自分のことを知っているのかもしれない。
それからどうするかは、決めていない。
何かの拍子で記憶が戻れば……いや、戻って欲しい。

「D・ホイールならアテがあるぜ。」

そう言って出てきたのは頭にバンダナを巻いた男と、眼鏡をかけた小柄な男だ。
彼らもカナタがよく知っている人物である。

「ナーヴ、ブリッツ、久しぶり。本当にアテがあるの?」

バンダナを巻いた男がナーヴで、眼鏡がブリッツだ。

「おい、ナーヴ……まさかアレを?」

「そのまさかだ。」

この会話がラリーには飲み込めないようで、
どういうことかとナーヴを見つめた。

「遊星が二台目のD・ホイール造るときにフレームを集めてたろ?
ああ、フレームってのはホイールの基盤のことだ。
後で売れると思ってまだ倉庫にいくつか残っている。
基盤さえあれば、後はパーツの組み合わせでD・ホイールは造れる。
それにCPU、エンジン、リア、フロントを付ければいい。」

「二台目?遊星ってもう一台D・ホイールを作ったの?」

ラリー、タカ、ブリッツが「あっ」と声を漏らしてナーヴを凝視した。
ナーヴもしまった、といった顔をしている。
どうやら触れてはいけなかった話題のようだ。

「あ、ああ……まぁ一台目はもう無いんだが。
とにかく後はパーツを集めて組み立てればいい。
でだ、カナタ。話は聞かせてもらったが俺としてもあまり賛同できない。
そもそも君はD・ホイールの運転が出来るのか?」

「ハンドル握って捻るだけ?」

「ダメっぽいな。」

カナタはその日遊星のねぐらで夜を明かし、何か良い方法が無いか考えたが
やはりこれといった案は出なかった。
自分の素性が不明であることを利用して「所在不明者」として
セキュリティに保護してもらい、ネオ童実野シティに送って貰うという手も考えた。
が、しかしサテライトにはそんな人がゴロゴロいる為、
セキュリティ側としても「サテライトで暮らせ」の一点張りとなっている。

(そうだ、私は別に特別な存在なわけじゃない。
ちょっと記憶が無いだけで、ただのサテライト住民なのかもしれないし。
だけど、だけどね……。)

この体制にはカナタは正直苛立ちを感じていた。
幼い子供たちですらまともに取り合ってくれないのか。
サリサのことを考えると、ますます腹立たしくなる。

かつて寝ていた木のベッドに再び横になりながら、ボンヤリと思う。
記憶が戻れば、本当に何かが変わるのだろうか、と。


・・・


カナタはマーサハウスにたまにやって来ていた「クロウ」という男から
D・ホイールのパーツの整備の仕方は教わっていた。
発掘して売り物になりそうなものは、ちゃんと整備して売れば
より多くのお金が手に入ったからだ。
当初カナタは、マーカーがたくさん刻まれているクロウのことを
警戒していたが、子供達からだいぶ好かれているのがわかった為、
今では気を許す人間の一人であった。

カナタは一人でD・ホイールの組み立てを全部やろうとしたが
ナーヴ達4人に手伝ってもらいながら、という形になった。
カナタがD・ホイールを造ると言い出したとき、やはりみんな良い顔はしなかったが
どうせネオ童実野シティに行くならD・ホイールがあったほうが便利だ、
ということで全員協力してくれることとなった。
ナーヴいわく、「みんな遊星のおせっかいが移っちまった」ということらしい。

運転については完成してから練習すればいい。
シティへ行く方法についてはまた後で考える。

「ラリー、ごめん。レンチ取ってくれるかな。」

「はい!」

「タカ、ブリッツ、そのフロントパーツ重いから気をつけて。」

「大丈夫だ、まかせ、ろ、おっとぁ!」

「危ねぇだろバカタカ!」

てきぱきと作業をこなすカナタを見て、ナーヴは少し驚いていた。
三ヶ月前にみた、ひ弱そうな少女とはまるで違う。

「なぁカナタ。お前そんなにリーダーシップあったか?
もしかして記憶が何か戻ったのか?」

「ううん。記憶はちっとも。
これは、そうだね、マーサハウスでの暮らしの賜物ってとこ。
私、ね……マーサハウスでの生活が楽しかった。」

カナタは側のナーヴに、しんみりと話しかけた。

「だけどね、くだらないミスで男の子を一人死なせてしまったの。
このままじゃダメだって思った。
私はなんとしても記憶を取り戻さなくちゃダメなんだって、決心したの。」

サテライトで子供が死ぬのは珍しいことではない。
強盗に殴られて死亡したり、病気にかかり医者に見せる金もなく
そのまま衰弱死してもらうことなど、しょっちゅうだ。
死を目の前に見たカナタは、
ここが幸せに暮らしていける場所などではないことを思い知ったのだ。

「D・ホイール造るのは……楽しいね。
とっても大変な作業だけど、何か出来るたびに充実感がある。」

「だけど、お前はそれで本当に満足はできないんだろ?」

「……うん。」

「シティに行けよ、もう止めやしない。」

「……ありがと。」

毎日毎日、全身を真っ黒にしながらカナタはD・ホイールの組み立てに明け暮れた。
初めて経験する作業、どうやら記憶を失う前にも、
こんなことはやったことが無いようだった。
汗は目に入る、指は油臭くなる、かつてないほどの重労働だった。
ナーヴ達4人はこういう仕事をしていただけあって、手馴れた様子で
カナタの組み立てを手伝ってくれていた。
疲れ果てた後は毎日しっかりとシャワーを浴び、ぐっすりと就寝し、
起きてまた組み立て作業の開始だ。
時には足りない部品を買い足しつつ、着実に作り上げていった。

二週間程度でカナタのD・ホイールは完成した。
元々完成したパーツを多く使っていたので、早い期間で組み立てられた。
カナタがペンキの臭いが苦手だった為、
色を塗るという作業はほとんど行わなかったので、
そのまま部品の黒色がメインとなるカラーリングだ。
基礎の部分となる使用したフレームが
オメガ・フレームという名前なのでそれをそのままD・ホイールの名前にした。

仲間と協力して組み立てた自分のD・ホイールだ。
カナタはなんだか嬉しくなり、愛しく車体をなでる。
すると指紋が付いてしまったので慌ててふき取った。

「カナタ!乗ってみなよ!」

ラリーに急かされ、ヘルメットを被ってオメガ・フレームにまたがる。
正面に小さなモニターを置き、自分のデュエルディスクをはめ込むことで
ライディング・デュエルも可能となっている。
このギミックが一番苦労したところだ。
ただ、「スピードスペル」を持って無いので魔法カードが使えない。
どこかで調達しなければならないだろう。

「でも……本当にネオ童実野シティまで行くの?」

「うん、遊星にも早く追いつきたいしね。
どこに居るのか検討もつかないけど。」

「そういえば遊星からなんの連絡も来ないや……。大丈夫かな。」

「ねぇ、そろそろ聞いてもいいかな。
遊星はさ、ジャックに会いに行ったんだよね?
デュエルキングのジャック・アトラスに。
どうしてジャックを追ってシティに行ったの?」

4人の間に、もう話してもいいか、という雰囲気が生まれた。
余程話しにくいことだったようだ。
口を開いたのはタカだった。

「遊星が2年前に最初に造ったD・ホイールはな、
ジャックに盗まれたんだ。」

「え……。」

「それだけじゃない。遊星が子供のときからずっと持っていた、
大切にしていたカードがあるんだが、それも一緒に盗みやがった。
だから遊星はそれを取り戻しに行ったんだ。」

「そう……だったの……。
確かにそれ……内緒の話だね……。」

「さ、D・ホイールも完成したし今日はもう休もうぜ?
カナタも明日から乗る練習するんだろ?
後、シティに行く方法、それも考えようぜ。」

ブリッツが話しを切り替えつつ、夕食を運んで来た。
カナタはそれもそうだと、オメガ・フレームにシーツをかけて
夕食を食べる前にシャワーを浴びることにした。

シャワーを浴びながら自分の体をくるりと見渡してみる。
別にスタイルを気にしているわけではない。
カナタは痩せている体型だ。
というよりも、連日の作業で少しやつれたかな、とカナタ自身感じていた。
D・ホイールに乗るのはなかなか体力を使うそうなので、
多少筋肉をつけたほうがいいのかな、と思う。
体を綺麗にした後、右腕に黒ずんだ模様があることに気が付いた。
汚れが残ってたかな、ともう一度ゴシゴシと洗った。

落ちない。

(昨日までこんなの無かったのに。)

この模様の場所は、今まで感じていた痛む場所と同じところだ。
何の関係があるのだろうか。
今は痛みは無い。

「おーいカナター!?メシ冷めるぞー!」

なかなか出てこないカナタに、タカが業を煮やして扉越しに話しかけてきた。
慌てて返事を返す。

「ごめん、先に食べてて。」

奇妙な模様だ、何度も何度も洗ったが一向に落ちる気配が無い。
やがてカナタはあきらめ、長袖の服を着て隠すことにした。

(これは……汚れなんかじゃない。痣だ。
くっきりと腕に浮き上がってきた痣だ。なんなんだ。
私に何を伝えたいんだ、この腕は。)

焦りを隠しながらも、4人と共にD・ホイールの完成を祝った。
いつもよりちょっと豪華なご飯だ。
温かなご飯を食べつつも、カナタは自分自身の、そして未来への不安に身を震わせた。





第5話「駆ける」

「カナター!ブレーキ!ブレーキ!」

ラリーが大きな声で叫んだ直後、不安になるくらい
高いブレーキ音が辺りに響いた。
D・ホイールが完成したのはいいが、カナタは上手く乗りこなせないでいた。
今など危うく廃ビルに激突するところであった。
思った以上に難しい。
派手に転んで大怪我などはしていないが、何度もヒヤリとした。

「カナタ、今日はここまでにしとこうよ。」

「う、うん……そうだね。」

愛車を手押ししながら、カナタ達は帰路へついた。
こんなことでやっていけるだろうかと不安になる。
それにシティへ行く方法も未だに良い案が無い。

「遊星だってさ、最初は全然乗れなかったんだって。
でもちょっとコツを掴んだらすぐだって言ってたよ。」

「コツかぁ……。」

いつものように練習を終え、いつものように遊星のねぐらで食事を取る。
もうすでに日は暮れて、あたりは夕闇に染まっていた。
タカ、ブリッツ、ナーヴはシティから送られてくる廃棄物を
リサイクルするという、サテライトの仕事の日のため今日は帰りが遅かった。
ラリーと二人きりで、パンをかじりながら彼らの帰りを待つ。

腕の痣は、気づいたら消えていた。
とりあえず痛みは無いので今は気にしないようにしていた。

「ねぇ、カナタ。あのさ……。」

「んー?どうしたの?」

「これ、カナタに上げるよ。」

ラリーはカバンからカードの束を取り出して、カナタに手渡した。
カナタは驚いた。
それは貴重なカードばかりだったからだ。

「これ……全部スピードスペル!?どうしたのこれ?」

「俺が修理したラジカセとか売って、そのお金で商人から買ったんだ。
どうせあんまり使ってなかったものだしね。」

「それじゃあ、これはラリーのものだよ。」

「俺さ、遊星に拾われるまでは……盗みとか馬鹿みたいなことしてたんだ。
だからこんなマーカーまで付けられちゃって……。」

ラリーはうつむきながら話し続ける。

「ボロボロになってさ、もう死ぬしかないのかなと思ったときだよ。
たまたま近くを通った遊星が、黙って俺にパンを差し出してくれたんだ。
それで機械の整備の仕方とか色んなことを教えてもらった。
カナタはさ、俺に似てるなって思ったんだ。
でもカナタは盗みなんてやったりしてなかった。
だから……尊敬してる。」

「尊敬……だなんて、そんな。」

「ライディング・デュエルするんでしょ?
だからそのスピードスペルはカナタにプレゼント!
カナタの記憶が戻るようにってね。」

確かにライディング・デュエルにスピードスペルは必要なものだ。
カナタは入手できるまではモンスターと罠だけで戦うつもりだったが、
このラリーのプレゼントにより、一気に強化された。

「……私は誰かに尊敬されるような人じゃないと思う。
ラリー。こうやって真っ向から尊敬される……なんて言われるのは、
その……照れる……。
だけどその……ありがとう。とても嬉しい。」

ラリーがきらきらとした目で見つめてくる。
そういえば、とカナタはマーサハウスで働いていたときも、
子供達がこんな目で見つめてくれていたことを思い出した。

(そっか……あれ……みんな私を……。)

同時に、マーサハウスを出て行ったことを申し訳なく思う。
サリサもあんな目で自分を見つめてくれていた気がした。


・・・


夜も更けて、カナタは地下鉄の小屋の中でランプを照らしながら
ライディングデュエル用のデッキを組み立てていた。
ルールをよく把握しておかなければならない。
普通のデュエルと違い、魔法カードの使い勝手がまるで変わって来る。
強力なカードほど、消費するspカウンターの数が多い為
どのカードをどれだけ使うか、どのタイミングで使うかが重要だ。
中にはspカウンターの規定値を満たしただけで、
消費せずに使えるものも存在する。

ふと小屋の外が騒がしく感じた。
どうやらタカ達が帰って来たようだが、どうも様子がおかしい。
早口でラリーに何かをまくし立てている。

「タカ?帰ったの、何かあった?」

「カナタ、逃げろ!」

物凄い剣幕で怒鳴られて、カナタはきょとんとした。
汗だくになり、激しく息継ぎをしている。

「え?その、落ち着いて、どうしたの?」

「セキュリティの奴らが、俺達を捕まえようとしている!
しかも何故かわからんがすげぇ数だ!
遊星がパイプラインを突破したことが、どうやらかなり問題になったらしい!
重要参考人として俺らを連れてくんだとよ!
ナーヴとブリッツはオトリになってもう捕まっちまった!」

「遊星の……どうして今更?もう一ヶ月くらい前の事じゃ?」

「わからん!それとも遊星がシティで何かやらかしたか……?
とにかくカナタ、お前は関係無い。
早いところコイツに乗って行け!」

タカがD・ホイールのシーツを取り払い、カナタの前まで押して来た。
どうやらもう一刻の猶予も無いらしい

「だけど……どこへ行けば……。」

「パイプラインだ……。」

「え?」

「俺がオトリになる。その隙にシティへ行け。
これはカナタにとっては好機だ。」

「バカ言わないで!
そんなことしたら、ますますあなた達が……。
一緒に逃げよう。」

カナタが反論した瞬間、ラリーがカナタに抱きついてきた。
驚いてラリーの顔を見る。

「カナタ……お願いだ、行って!
ここに居たら捕まるだけなんだ!俺の顔にマーカーがついてるだろ?
マーカーが出している電磁波の影響で、俺がここに居ることは筒抜けなんだ。
だからカナタは逃げて!」

一瞬の思考の後、カナタはD・ホイールにまたがった。
パイプラインの場所はわかる。
だが運転の練習もさほども出来ていない上に、凄まじく危険だ。
しかしこの好機を逃せば、本当にいつシティに行けるかわからない。

「もうすぐ深夜0時……そうすればゴミの流れは止まる。
後は加速だ、ひたすら加速するんだ。
そのD・ホイールに積んであるCPUならギリギリ加速が間に合うはずだ。」

「うん……。」

「ああ、そうだ。言っとくが俺達は遊星のことをちっとも恨んでなんか無いぜ。
協力したのは確かだしな。何より俺達は遊星を信頼している。
なぁに、どうせすぐ豚箱から出れるさ。」

カナタはヘルメットを被り、エンジンを機動させた。
こんな別れになるとは思わなかった。
だけど、きっと今生の別れというわけではない。
次は本当にいつ会えるかわからないけれど、カナタは誓った。

「私は……必ずサテライトに戻って来る。
記憶が戻っても絶対に戻って見せる。」

ラリーが叫んだ。

「待ってるよ!!」

エンジンを全開にして激しい駆動音を出しながら
カナタは地下鉄の奥へ、かつて電車が走っていたレールの上を走り抜けて行った。
同時に大勢のセキュリティが地下鉄内になだれ込み、タカとラリーを取り囲む。
振り返らずに、カナタは走る、走り続ける。

セキュリティの一人がそんなカナタを一瞥した後、
無線を取り出して通信を開始した。

「イェーガー調査長。タカ、ラリーの二名も確保しました。」

「ヒッヒッヒ、ご苦労。これで全員ですか。
これで不動遊星は確実にフォーチュンカップに出場してくれるでしょう。
ヒーッヒッヒッヒ!」

「その、申し訳ありません、一名逃しました。
地下鉄の路線を通り、D・ホイールに乗って逃げました。」

「一名?……ふぅむ、四人全員捕まえたので、
別に他の者に用は無いのですが……。
他に協力者が居たんでしょうね。
まぁその位置からだと大体やることは想像できます。
パイプラインを固めなさい、そこへ逃げ込むでしょうから。」

「了解。牛尾巡査長に伝えます。」


・・・


カナタは地下鉄から地上に出て、夜の廃墟を疾走した。
どうもカーブが安定せず、何度も転びそうになった。
D・ホイールのディスプレイに映し出されている時間は23時55分。
後5分でパイプラインに突入する時間だ。

パイプラインは労働場のリサイクル施設から入り込む。
今の時間なら労働者は居ないから、人を跳ねたりする心配は無い。

カナタが一番不安なのは、敷地内に入るためには
金網をジャンプで乗り越えなければならないことだ。
助走をつけて、障害物を利用して一気に飛ぶのだ。
高等過ぎるテクニックが、今の自分に出来るかどうか。

が、実際に労働場へ着いたときその不安は消えた。
扉が開いていたからだ。
ここを通ればジャンプする必要は無い。
セキュリティの姿も見当たらない、このまま通ることにした。
敷地内に侵入して、ゴミが流れ出すエリアに突入して
廃棄物の中へと飛び込んで行った。

(順調だ……いやでも、順調過ぎる?)

ここまでセキュリティの妨害が無いのが意外だった。
広い通路へと出た。ここがパイプラインだ。
真っ直ぐ行けばネオ童実野シティへたどり着く。
時間は、ちょうど0時になったところだ。
情報通り、ゴミが流れ出す気配は無い。

D・ホイールをトップスピードにして走り出した瞬間、
突然ディスプレイから通信を示す画面が映し出された。

「通信?だ、誰!?」

「……えるか?……ズ……。
聞こえるか?そこのクズ。」

急な通信にカナタは驚いた。
クズ?なんのことだろう?

「そこの黒いD・ホイール。
お前もこのパイプラインを通ってシティに行く気だろ?」

背後からセキュリティのD・ホイールが迫ってきていた。
そのセキュリティの姿を見て、カナタはゾっとした。
顔面に包帯が巻かれ、素顔が隠れている。
非常な不気味な容貌だ。

「だがな、通行料はキチっと払ってもらうぜ。」

彼の名は牛尾という。
包帯の隙間から見える2つの目玉がカナタをにらみつけた。

「ハ!誘い込まれたとも知らねぇでノコノコきやがって!
ここじゃ直進するしか逃げ場が無いからなぁ!
お前も赤いDホイーラーのクズの仲間なんだろ?」

「赤……遊星のこと?」

「俺は以前、このパイプラインであのクズにコケにされてな。
もう二度とあんなヘマはしねぇ!
だからここでお前を倒してそれを証明してやる!
おい!ライディング・デュエルは出来るんだろ!?
それが通行料だ、俺とデュエルしな!」

ライディング・デュエル……まだ一度もやったことが無い。
しかし今のカナタならば、それが出来る。
ぶっつけ本番だが、やるしか無い。

「その前に聞くことが。」

「なんだ?」

「何故タカ達を狙ったの?」

「さぁな。俺達は上の命令に従うだけだ。
かかってこいよ、しょっぴいてやるぜ!デュエルだ!!」


カナタ LP 4000

牛尾 LP 4000





第6話「逃げる!」

このパイプラインでのデュエル、もたもたしていたら
流れ出る廃棄物に押し流されて命の危険がある。
それを承知でこのセキュリティは戦いを挑んだきたのだ。
カナタは正気じゃない、と思った。

『デュエルモード。オートパイロット、スタンバイ。』

突然D・ホイールがデュエルモードに突入した。
セキュリティの牛尾が、強制的にスピードワールドを発動させたのだ。
これでは自由にスピードを出せない。

「なんだぁ?ゴミに潰されんのが心配か?
死にはしねぇよ、運がよけりゃな。
俺なんぞ顔に包帯だけで済んだぜ。
さぁ、早くカードを引けよ!顔が潰されたくなきゃよ!」

「く……なら、私のターン!」

先行を取ったカナタは、あらためてスピードデュエルの
ルールを頭の中で確認した。

通常魔法はデッキに入らない。スピードスペルのみだ。
スタンバイフェイズ毎に互いにspカウンターが乗る。
spカウンターを消費してスピードスペルを発動する。
1000ダメージ毎にspカウンターが一つ減っていく。

(よし、大丈夫だ。)

落ち着いてやれば何のことは無い。
魔法カードの扱いに注意すればいい。

「スタンバイフェイズ、spカウンターが一つ乗る!」

「こっちも一つ乗るぜ!」


カナタ spカウンター 1個
牛尾 spカウンター 1個


「攻撃力1600、レベル4のチューナーモンスター、
スクラップ・ビーストを召喚!」

召喚したその瞬間、スクラップ・ビーストは
カナタのD・ホイールと並ぶように走り始めた。
その姿を見たカナタは、これがライディング・デュエルかと少し感動した。

「さらにカードを2枚伏せて……ターンを終了。」


カナタ LP 4000 手札3枚
spカウンター 1個
場:「スクラップ・ビースト」
  伏せカード2枚

牛尾 LP 4000 手札5枚
spカウンター 1個
場:無し


「チューナーモンスタァー?
ったくサテライトのクズの癖にどいつもこいつも……。
俺のターンだ!ドロー!」


カナタ spカウンター 2個
牛尾 spカウンター 2個


「さぁ行くぜ!
sp−カウントアップを発動!
自分のspカウンターが2つ以上あるときに発動できる。
手札を任意の枚数墓地に送り、墓地へ送ったカード1枚につき、
自分のspカウンターを3つ増やすことが出来る。
俺は1枚の手札を墓地へ送り、spカウンターを3つ増やす!」

「い、いきなり?」

牛尾のD・ホイールがカナタを追い越して、前方へ躍り出た。

「はっはぁ!これで俺のspカウンターは5だ!
続いて忍者マスターSASUKEを召喚する!
攻撃力は1800、お前のモンスターの攻撃力を上回ってるぜ!?
バトルを仕掛ける!」

「待って!罠カード発動、威嚇する咆哮!
このターン、相手モンスターは攻撃できない!」

「チ、やり過ごされたか。
だがまだ始まったばかりだぜ、せいぜい足掻いてみせな!
カードを1枚伏せてターンエンドだ!」


カナタ LP 4000 手札3枚
spカウンター 2個
場:「スクラップ・ビースト」
  伏せカード1枚

牛尾 LP 4000 手札2枚
spカウンター 5個
場:「忍者マスターSASUKE」
  伏せカード1枚


「私のターン!ドロー!」


カナタ spカウンター 3個
牛尾 spカウンター 6個


「セキュリティ、1つだけ聞くけど、いい?」

「言ってみな。」

「サテライトにはなす術も無く死んでいく子供たちが居る。
なのに、あなたたちは何故サテライトを虐げるの?」

「あぁ?何言ってんだ?
サテライトってのは囚人が送られる場所だろ?ガキなんて……。」

キッとカナタは牛尾ににらみつけた。

「何を言ってるって……それはこっちの台詞だよ!
今こうしてる間にも、罪の無い子供がきっと死んでいるんだ!」

「……はっ!なんだか知らねぇが、俺は言われることをやるんだよ!
サテライトの状況なんぞ知るか!」

怒りで頭がどうにかなりそうだった。
サリサのこと、マーサハウスの子供たちのこと。
自分を慕ってくれたみんなの為に、ここで負けるわけにはいかなかった。

「巨大ネズミを召喚!
そしてレベル4、巨大ネズミに!
レベル4、スクラップ・ビーストをチューニング!
集いし星の欠片が、破壊を導く翼となる!シンクロ召喚!
起動せよ、スクラップ・ドラゴン!」

ライディング・デュエルで呼び出したカナタのドラゴンは
激しい金属音を上げながら飛翔した。
そしてD・ホイールに追従しながら唸り声を上げる。
同時にカナタの腕に痣が浮かび上がったが、彼女自身はそれに気づかなかった。

「スクラップ・ドラゴンの効果を発動!
自分と相手のカードを1枚ずつ破壊することが出来る!
私は自分の伏せカードと、相手の伏せカードを破壊!
そして……私の伏せていたカードは荒野の大竜巻。
セットされたこのカードが破壊され墓地へ送られた時、
フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を選択して破壊する!」

「何ぃ、カードを破壊する効果を組み合わせるとは……。
チィ、俺の忍者マスターSASUKEも破壊されるってことか。」

荒野の大竜巻、牛尾の伏せたカード、忍者マスターSASUKEの
3枚が同時に破壊された。

「俺が伏せていたカードはセキュリティ・ボール……。
相手の魔法・罠カードの効果によって、
セットされたこのカードが破壊され墓地へ送られた時、
フィールド上に存在するモンスター1体を選択し破壊するが、
モンスター効果で墓地に送られた為、発動しねぇ。」

「スクラップ・ドラゴンでダイレクトアタック!
破壊する一撃、ブレーク・ダウン!」

スクラップ・ドラゴンが前方を走る牛尾に飛びかかり、
巨大な口が開かれ閃光が走った。
それはカナタの怒りを体現したかのような激しい攻撃だった。

「ぐ、ぐわぁぁぁー!!」

ライフポイントが大量に失われ、spカウンターも2つ減らされる。
カナタのターンで6個になったカウンターが4個となる。


牛尾 LP 1200
spカウンター 4個


「ターン、エンド……。」


カナタ LP 4000 手札3枚
spカウンター 3個
場:「スクラップ・ドラゴン」

牛尾 LP 1200 手札2枚
spカウンター 4個
場:無し


牛尾のターンへと移る。

「まだ終わっちゃいねぇぜ。ドローだ!
spカウンターが5となる!」


カナタ spカウンター 4個
牛尾 spカウンター 5個


いける、とカナタは思った。
相手の手札は少ないし、ライフもあと少しだ。

「スタンバイフェイズに、俺が前のターン、
カウントアップで墓地へ送った不死武士を蘇生させる!
自分のスタンバイフェイズ時にこのカードが墓地に存在し、
自分フィールド上にモンスターカードが存在しない場合、
このカードを自分フィールド上に特殊召喚する事ができるのだ。」

「特殊召喚……その為のカウントアップだったの?」

「レベル3のチューナーモンスター、チューン・ウォリアー召喚!
レベル3、チューン・ウォリアーに!
レベル3、不死武士をチューニング!」

「しまった!シンクロ召喚!?」

「見やがれ、これが権力だ!シンクロ召喚!
であえ!ゴヨウ・ガーディアン!」

カブキのいでたちをした、異様ともいえる人型モンスターが
縄を振り回しながら出現した。
カナタは一瞬、呆気に取られたがD・ホイールのモニターに
映し出されたゴヨウ・ガーディアンの能力を見て仰天した。

「レベル6なのに攻撃力2800!?
それに効果は……戦闘で破壊したモンスターを
守備表示で自分フィールド上に特殊召喚……な、何これ?」

だが落ち着いて考えると、スクラップ・ドラゴンと攻撃力は同じだ。
ならばこのターンは攻撃してこないなり、相打ちなりでやり過ごせる。
と、カナタは考えたがそれは甘かった。

「sp−ハーフシーズを発動!
spカウンターが3つ以上あるとき、相手モンスターの
攻撃力を半分にし、自分はその数値分のライフを回復する!
そのガラクタの攻撃力はたったの1400にダウンだ!」

「ぐ……!」


牛尾 LP 2600


「行けぇ!ゴヨウ・ガーディアン!ゴヨウ・ラリアット!」

ゴヨウ・ガーディアンが持っていた縄を
スクラップ・ドラゴンに巻きつけて、牛尾のフィールド上へ移動させた。
同時にカナタは1400ものダメージを負う。
spカウンターも4から3へ減らされる。

「がぅ……!」


カナタ LP 2600
spカウンター 3個


「く、スクラップ・ドラゴンのリサイクル効果……。
スクラップ・ビーストを墓地から蘇生!」

「だがスクラップ・ドラゴンは俺のフィールドへ
守備表示で特殊召喚させてもらうぜ!
さぁ、カードを渡しな!」

牛尾がスピードを落としてカナタと並走し、腕を伸ばしてきた。

「どうした?カードを渡すのが怖いか?」

「うぅ……。」

カナタはスクラップ・ドラゴンを投げ渡し、
スクラップ・ビーストを墓地から自分のフィールドへ呼び出した。
一気に相手フィールド上に攻撃力2800のモンスターが2体、
かなり不利な状況となってしまった。

「カードを1枚セット!
これで俺はターンエンドだ。さぁあがいてみな!」


カナタ LP 2600 手札3枚
spカウンター 3個
場:「スクラップ・ビースト」

牛尾 LP 2600 手札0枚
spカウンター 5個
場:「ゴヨウ・ガーディアン」「スクラップ・ドラゴン」
  伏せカード1枚


不意に、D・ホイールから警告音が鳴り出した。
廃棄物が流れ出す間際だ、もう時間が無い。
ここで負けたら、収容所送りだ。
そうしたらもう、記憶を取り戻すきっかけなど掴めないだろう。

「私のターン!」


カナタ spカウンター 4個
牛尾 spカウンター 6個


「時間がねぇか……俺も早めに決着をつけるか……。」

「行くよ!
sp−ハイスピード・クラッシュ発動!
spカウンターが2つ以上あるとき、
自分フィールド上と相手フィールド上のカードを1枚ずつ破壊する!
私はスクラップ・ビーストと……ドラゴンを破壊!」

「何ぃ、ち!」

牛尾はスクラップ・ドラゴンを投げ渡した。
カードを受け取り、墓地へと送る。

「よし!sp−ゼロ・リバースを発動!
spカウンターを4つ取り除いて発動する。
このターン、カードの効果によって破壊され、
墓地へ送られたモンスターを攻撃表示で特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターの攻撃力はゼロとなる。
私は今破壊した、スクラップ・ドラゴンを特殊召喚!」


カナタ spカウンター 0個


サテライトを壊滅させたという現象と同じ名前のカードを使って、
spカウンターを失ったがカナタは反撃の糸口を掴んだ。
体を引きずるようにして復活したスクラップ・ドラゴンは、
それでもカナタの後ろに追従する。

「スクラップ・ドラゴンの効果で、
スクラップ・ドラゴン自身とゴヨウ・ガーディアンを破壊!」

「何……だとぉ!?」

「勝った!スクラップ・キマイ……」

けたたましい警告音が響いた。
タイム・オーバーだ。廃棄物が流れ出す時間となったのだ。

(時間をかけ過ぎた!?)

前方にはネオ童実野シティのリサイクル施設へ繋がる道が見える。
だがその横に、小さな道もあった。
こちらの道を通れば、どこか別の施設へ出るのだろう。
このまま直進することで命の危険を感じたカナタは、
その小さな道へ進路を変更した。

「お、おいガキ!デュエルを放棄する気か!?」

「もともとケンカを売ってきたのはそっち!
それにあなたも逃げないと危ない!」

「ええいクソ!このデュエルは貸しにしといてやる!
必ずしょっぴいてやるからな!!」

牛尾は伏せていた「聖なるバリア ミラーフォース」をデッキへ戻し、
デュエルを強制終了させた。


カナタ LP 0
牛尾 LP 0


牛尾がデュエルモードを解除したことで、自由なスピードを出せるようになった。
牛尾はそのまま、リサイクル施設への道を直進し、
カナタは脇道の小さな道へと入る。
スピードを解放されたカナタは全速力でD・ホイールを飛ばした。

「急がないと……急がないと……。う……!?」

冷蔵庫や電子レンジといった、大きな廃棄物が前方から転がってきた。
このパイプラインを通ってサテライトへ送られるリサイクル用品だ。
こちらの道でも容赦なく廃棄物は送られてきたのだ。
避けなきゃ、とカナタは思ったが道が小さいせいで
思うように動けず、カナタのヘルメットに冷蔵庫が直撃した。

「ぐが!!ぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

流れてきたゴミはそれだけだった。
だがそのゴミに、全開のトップスピードで頭から衝突したのだ。
カナタのヘルメットはバキリと鈍い音を立てて砕かれ、
頭から血が溢れ出してきた。

(だ、ダメだ、私……意識を失うな……し、死ぬぞ……!)

出口が見えた。
迷うことなく、D・ホイールでその出口へ飛び込む。
そこはネオ童実野シティの小さなゴミ処置場だった。
パイプラインを抜けたのだ。

「ここ……が……ネオ……童実野……。」

D・ホイールを止めて、破損したヘルメットを脱ぎ捨てた。
意識が朦朧とする、頭から血が止まらない。
茶色い髪の毛が、鮮血の赤へと染まっていく。
カナタはその場へ倒れ付した。

「こ、ここまで……来て……なんて……こと……。」

深夜の0時を過ぎているためか、周りに人は居ない。
体がまったく動かない。

ラリー達は無事でいるだろうか。

これから遊星には会えるだろうか。

記憶は……戻るだろうか。

様々なことが頭から浮かんでは消える。

(あ、そういえば荷物のほとんどが遊星の住み家だ。
あのワンピースも。どうしよう、今更取りには戻れない。
どうしよう……どうしよう……か……。)

やがて、カナタの意識は闇の中へ沈んでいった。


・・・


治安維持局のイェーガーはサテライトに設置されていた、
監視カメラの映像を見ていた。
例の逃げたというD・ホイーラーの姿を確認しておこうと思ったからだ。
そこに映し出されていたカナタの姿を見て、彼は驚いた。

「何故、このお方がサテライトなどに?
いえ……というよりも、まさか生きていたと?」

カメラの映像を止めて、何度もカナタの顔を確認する。
それはイェーガーにとって見知った顔だったのだ。

「ゴドウィン長官はこの事を知っておられるのでしょうか……。
これは報告しておく必要がありそうですね。」





第7話「絞める」

ゼロ・リバースが起こった直後の事。
人々は何が起こったか理解も出来ないまま、
災害を免れた土地へ逃げようとし、またある者は略奪を繰り返していた。

分断された陸地の海岸には、様々なものが打ち上げられていた。
災害によって破壊されたビルの破片。
どこかの誰かが持っていたであろう熊のぬいぐるみ。
そして、大量の遺体。

そんな中、海岸へ逃れようとしていた子供たちは、とある箱型のカプセルを見つけた。
大体子供の身長と同じくらいのものだ。
そこには泣き叫ぶ赤ん坊と、数枚のデュエルモンスターズのカードが入っていた。
見たこともない、真っ白な枠がついたカードだ。
子供たちは、見捨てて逃げようと主張する側と、
かわいそうだから保護しようとする側の二つに分かれた。
保護することを選んだ少年達は地獄の中へと戻り、
怪我人と死人で蔓延していた半壊した病院へと連れて行き、
まだ若かったマーサと共に育てることにする。

やがて時は流れ、赤ん坊は立派な少年に成長していた。
この流れ着いた土地に災害の跡は濃く残っていたが、
それでも少年は強く、強く生きた。

彼と共に入っていたカードはしばらくマーサが保管していたが、
どうしようも無い深刻な食料不足に悩まされ、断腸の思いで
カードを1枚売り払ってしまった。
超稀少と呼ばれた白いカード、シンクロモンスターのカードを。
だがそのおかげでマーサと子供たちは餓えから逃れることが出来た。

手元に残ったのは2枚のカード。
それらのカードを、マーサは二人の少年へ分け与えた。

1枚はスターダスト・ドラゴン。
カプセルに入っていた赤ん坊、不動遊星本人の手へ渡った。

もう1枚はレッド・デーモンズ・ドラゴン。
子供達を守るリーダー的立場であった、ジャック・アトラスへと渡った。

売り払われたカード、ブラック・ローズ・ドラゴンは
十数年間も市場を巡り巡って、とあるネオ童実野シティ議員の手へ渡り
誕生日プレゼントととして娘へ贈った。


・・・


カナタは夢を見ていた。
水の中にぷかぷかと浮いている夢を。
その水の中はとても心地よく、いつまでも安らかに眠れた。
まるで母親の胎内に居るかのように。
突然、頭痛がした。
そこでカナタは自分が頭を打っていたことを思い出した。

ハッと目を覚ましたカナタは、無骨なコンクリートの天井を見つめていた。
自分はあれからどうなったのだろう。
ギイギイと音がなる安物ベッドに横になっていて、
頭に包帯が巻かれていた。
誰かが手当てをしてくれたようだ。

周囲を見渡すと、どうやらビルの一室のようだ。
窓から荒れ果てた町並みと、綺麗に並んだビルが見える。

「ここは……サテライト?
いや違う……。」

「よぉ、目が覚めたか。」

不意に声をかけられたカナタは、
ハッとしてベッドの物陰に飛び込むように身を潜めた。

「だ、誰!?」

「おいおい落ち着けって。何もしやしない。
あ〜、そうだな、まずは自己紹介でもしよう。
俺は雑貨(さいが)という者で、お前を拾った。」

不精髭を生やした雑貨という男は、
無害であることを証明するかのように両腕を上へ向けた。

「……拾った?」

「昨晩、ちょっとワケがあってセキュリティとドンパチ起こしてな。
身を隠すつもりでシティの廃棄物処理場に行ったら、
D・ホイールとお前が倒れているのを見つけた。
頭から血を流していたから、マズいと思って
知り合いの医者を叩き起こして治療させたんだよ。
色々と騒ぎになっていたから、無事に俺の隠れ家まで連れてこれた。」

まだ頭は痛むが、確かにしっかりと治療されているようだ。
なんとなくだがそんな確信があった。
とりあえず、カナタは警戒を解いた。

「えっと……その……ごめんなさい。
とてもありがとう。おかげで助かりました。
私は……私の名前は……。」

名前が出てこなかった。

(あ、あれ?私、私の名前は……?
うあ……あ、頭……が……。
そ、そうだ、カナタだ。
本当の名前じゃないけど、遊星がつけてくれた大切な名前だ。
そう、少なくとも今は、カナタだ。)

頭を打った影響か、カナタは「カナタ」という名前に
一瞬疑問を抱いたのだ。

「ん?どうした?」

「あの……本当の名前では……無いんですが、
今はカナタ、という名前です。」

「今はってどういうことだ?」

「実は、私は……記憶が無いんです。」

カナタは自分がサテライトから来たこと、
記憶の手がかりを求めてネオ童実野シティに来たこと、
セキュリティとの戦いの際に頭を打ったことを伝えた。

「なんでサテライトの連中ってのはそう無茶するかね。
ほんの少し前にもサテライトから来た奴が居たんだがよ、
そいつもクールに見えてなかなかの無鉄砲ぷりだったぜ。」

「私の前に……あの、その人の名前って、もしかして遊星?」

「ん?そうだ、知り合いか?」

カナタの心は歓喜に満ち溢れた。
いきなりこんな手がかりが掴めるとは。

「あの、彼は今どこに!?」

「……実は俺もわからん。
セキュリティの保管庫に侵入して自分のD・ホイールを奪取したんだが、
それからの消息がわからないんだ。
無事なら俺のところに連絡が入ると思うんだが。」

「その……私、遊星を探して……。」

「そういうことか。
まぁ頭の怪我もあるし、しばらくこの部屋で療養してな。
遊星から連絡が入ったらお前のことも知らせてやるよ。
ほらこいつを見ろ、すごいモンだろ。」

そう言って雑貨は完全に割れたヘルメットを持って来た。
それを見てカナタはゾッとした。自分が被っていたものだ。
もしもヘルメットが無かったら首から上がこの世から消えていたことだろう。

「ここはダイモンエリアと言ってな、ネオ童実野シティの中でも
かなりの無法地帯なんだ。
セキュリティもそうそう入って来ないから安心するといい。」

カナタは雑貨から自分のデッキと、D・ホイールのキーを渡された。
ヘルメットは新調する必要があるが、
幸いD・ホイール自体に破損は少なくすぐに直せるようだ。
だが、カナタ自身はそうもいかなかった。

「いいか、頭を打ってるんだからくれぐれも安静にするんだ。」

そう念を押されていた。
仕方なくカナタは、その日は一日中ベッドの中で横になっていた。
ラリー達は無事でいるだろうか。
彼らのことを考えると、カナタはどんどん不安になる。
助けたいものの、何をどうすればいいのかわからない。

(……私……自分勝手で……ワガママなことしたかも……。)

ふと思い立って、右腕をめくり上げて見てみる。
やはりそこには不気味な痣がくっきりと浮き出ていた。


・・・


カナタとセキュリティの戦いから、数日が経過した。
遊星からの連絡はまだ無いらしい。
カナタは今日もベッドで横になりながら、
窓から見える月明かりを浴びていた。
夜の寂しさはサテライトでもここでも変わらない。
でも共に就寝出来る仲間が居るというのは良いものだ。
それだけで安心感がある。

遊星。
ラリー、タカ、ナーヴ、ブリッツ。
マーサハウスの子供達。
雑貨。

いつも助けられてばかりだな、とカナタは少し反省した。
ふと、雑貨が居る隣の部屋で話し声が聞こえてきた。

「……だから、彼女は絶対安静だって……。」

「話すくらいなら問題は無いでしょう?」

「第一こんな夜更けに迷惑だぞ。」

「後でお詫びの品でもお持ちしましょう。
入りますよ。」

「おい、よせ。たたき出すぞ貴様。」

どうやら自分に客人らしい。セキュリティでは無いようだ
隣に聞こえるようにカナタは声を出した。

「雑貨さん、私平気です。」

「おいおい……。」

「ヒッヒッヒ!では、失礼致します。」

ガチャリと扉が開いて入って来たのは、
ピエロのような格好をした異様ないでたちをした男だった。

「おお!お久しぶりですね。
治安維持局のイェーガーですよ。」

イェーガーと名乗った男はカナタの顔を見て驚いていた。
しかし、カナタにはまったく記憶の無い人物だった。

「あの……誰……ですか?」

「いやはや、驚きましたよ。ヒッヒッヒ!ヒーッヒッヒ!
てっきりワタクシは死んだものかと思っていました。」

「死ん……私が?
あ、あなた、私のことを知っているの?」

「知っているも何も……そうですか、やはり記憶が。」

雑貨が扉の前に立ち、イェーガーを監視する。
得体の知れない男で、何をしでかすかわからないからだろう。

「明後日、デュエルキング、ジャック・アトラスへの
挑戦権を賭けた大規模な大会が行われます。
その名もフォーチュン・カップ。」

唐突にイェーガーはデュエル大会の話を始めた。

「ジャック・アトラス……
ま、待って!私のことを知っているの!?
教えて、私は誰なの?」

「その答えが知りたければ、フォーチュン・カップを勝ち上がるのですね。
ですが、すでに人数が定数に達していましてね……。
明日の正午、こちらが指定する人物と出場権を賭けて、
ライディング・デュエルをしていただきます。
この大会には、あの不動遊星も参加されます。
確かサテライトでこの男と面識があったと思いますが。」

「遊星!?フォーチュン・カップ……大会……。
わかった、その大会に出るには明日勝てばいいのね?」

このイェーガーという男、簡単には自分のことを教えてくれないらしい。
そう思ったカナタは、彼がぶら下げている餌に食いつくことにした。
遊星とも会えるのなら、それは願ったり叶ったりだ。

「もしもフォーチュン・カップに出場でき、
あろうことかジャック・アトラスに勝利することが出来れば……
治安維持局のゴドウィン長官が直々に、
あなたとお話をされたいとのことですよ。
そう、あなたはゴドウィン長官と深い関わりがあるのです。」

ゴドウィン。
その名前を聞いた瞬間、激しい頭痛がカナタを襲った。

「ヒッヒッヒ!お覚悟はよろしいですかな?
ではまた明日ここに……おや?」

カナタはイェーガーの首に手をかけていた。

「な、何のマネです?」

ただ事では無いカナタの様子に、雑貨が割って入った。

「おいカナタ?」

「、ゴ、ゴド……ウィ……
ルド……ルドガー?レクス?」

カナタは指先に渾身の力を込めてイェーガーの首を絞めた。

「ごぎゃ!!!!!
な、なん……お……べ……!……!」

「レクス!?ゴドウィン!!ゴドウィン!!ゴドウィン!!
ゴドウィン!!ゴドウィン!!ゴドウィン!!ゴドウィン!!
ゴドウィン!!ゴドウィン!!ゴドウィン!!ゴドウィン!!
ゴドウィン!!ゴドウィン!!ゴドウィン!!ゴドウィン!!
ゴドウィン!!ゴドウィン!!ゴドウィン!!ゴドウィン!!
ゴドウィン!!ゴドウィン!!ゴドウィン!!ゴドウィン!!
ゴドウィン!!ゴドウィン!!ゴドウィン!!ゴドウィン!!」

「よさないか!!カナタ!!」

雑貨がカナタを突き飛ばし、イェーガーが窒息から解放された。

「ゲホ!ゲホ!うぇ!ゲホ!
ななな、何をするのですか!」

「はぁ……!!はぁ……!!」

カナタは今、自分がやった行動に愕然としていた。
今何をした?
何故目の前の男の首を絞めた?

「カナタ!お前何やってるんだ!!」

「あう!」

雑貨がカナタの腕を掴んで、背中に回して捻り上げた。
イェーガーが妙な動きをしたら取り押さえるつもりが、
まさかカナタを押さえることになるとは思わなかっただろう。

「うぎぎぎ……。」

「おいピエロ。話はわかった。明日また来いよ。」

「そうさせて貰いましょうかね……。」

首筋にくっきりと青痣をつけられたイェーガーは
窓から軽やかに飛び降りて行った。
彼が闇夜に消えるのを確認した後、雑貨はカナタを解放した。

「……で、何だってんだ?」

「ごめん……なさい……。
ごめんなさい、私にもわからない……。
あの名前を聞いた瞬間、私が私で無くなる気がして……。」

「その大会……出るのか?」

「……はい。でも勝たなきゃ、そのためには。」

「……チッ……どいつもこいつも面倒事を持ってきやがる。
来い!今からDホイールの整備をしてやる!
遊星の知り合いなら特別にタダでやってやる!
あれだけ動けるならもう頭も大丈夫だろ!
ボサボサしてんじゃねぇ!お前も手伝え!」

「は、はい!」

カナタは先ほどの自分の行動を思い返して、背筋が凍っていた。
だから今はひたすら明日の戦いのことだけを考えることにした。
誰であろうと負けるわけにはいかない。

そして……ゴドウィンという名前は確かに聞き覚えがあった。
単に治安維持局の長官として、では無い。
カナタにはもっと身近に居た人物のような気がしてならなかった。





8話「負けられない」

ダイモンエリアを出て、ネオ童実野シティの
繁華街まで出たときのカナタの衝撃は大きなものだった。
凄まじい数の人、人、人。
サテライトとはまったく違う人の生活、電気の灯。
食べるものに困らないほど溢れた食料品。
全てがカナタにとって新鮮だった。

その光景を眺めながら、カナタはD・ホイールを走らせていた。
シティ郊外に、D・ホイールの特訓場で使われているコースがあるらしい。
イェーガーの話によるとその入り口に対戦相手が待っているとのことだ。

「あれなの?いやでも、何アレ……。」

カナタの眼に飛び込んで来たのは、非常に大きなD・ホイールだった。
いや、D・ホイールなのだろうか?
まず目に付くのは通常の2倍はあろうかというその巨体だ。
操縦席と思わしき場所には動物の髑髏が象られており、
仰々しい雰囲気を漂わせている。
その巨大D・ホイールに傍に立っていた男も、
これまた大柄な男性であった。

「君が治安維持局から指定された私の対戦相手か?
私はボマーという者だ。」

「私はカナタ。よろしく。」

物怖じしないよう、毅然とした態度でそう返事をした。
何もD・ホイールの大きさで勝負は決まらない。
肝心なのはデュエルの内容、勝敗だと自分に言い聞かせた。

「……カナタか、よろしく頼む。
ところで怪我をしているようだが、そんな状態で
ライディング・デュエルをして大丈夫か?」

カナタは驚いた。
確かに頭には包帯が巻いたままだが、
新調したヘルメットを被っているため、見えないはずだ。

「痛みを堪えているような顔をしている。
私としてはあまり気が進まないデュエルだ。
特に女性が相手となっては。」

「バカにしないで。
怪我なんてしてないよ。本気でデュエルしよう。」

「これは失礼した。そうか、君は女性である前に
デュエリストというわけだな。ならば……。」

ボマーは操縦席に飛び乗り、エンジンを機動させた。
重厚な駆動音が響く。

「君のその覚悟に敬意を表し、私も本気でやろう。
行くぞ、このデュエルに勝ったほうがフォーチュンカップだ。」

「ええ。」

「デュエル!!」

激しい音を立てて、二機のD・ホイールがコースへ飛び出した。
しかし、カナタはボマーの巨大D・ホイールに
接触してしまわぬように注意した為、あまり速度を出せなかった。

「く、しまった……。」

「私のほうが早く第一コーナーを曲がれたな。
先行は私がもらった!」


ボマー LP 4000

カナタ LP 4000



「うっかり私のD・ホイールに踏み潰されんように注意することだ!」
ドロー!スタンバイフェイズ、spカウンターが一つ乗る!」


ボマー spカウンター 1個
カナタ spカウンター 1個


「トラップ・リアクター・RRを守備表示で召喚!
守備力は1800だ!そしてこのカードは1ターンに1度、
相手が罠カードを発動した時にその罠カードを破壊し、
相手ライフに800ポイントダメージを与える!」

「罠カードを発動することで800のダメージ……。
だけど魔法カードなら……あ!」

「そう、ライディングデュエル序盤では
spカウンターを使ったスピードスペルは発動しにくい。
その為、お互いに罠カードを使った牽制が必然的に発生する。」

先行を取られたのは大きな痛手となった。
これではうかつに罠カードを使えない。

「私はカードを2枚セットしてターンエンドだ。」


ボマー LP 4000 手札3枚
spカウンター 1個
場:「トラップ・リアクター・RR」
  伏せカード2枚

カナタ LP 4000 手札5枚
spカウンター 1個
場:無し


「あのカードをなんとかしないと……私のターン。
spカウンターが一つ乗る!」


ボマー spカウンター 2個
カナタ spカウンター 2個


「私は攻撃力2100のスクラップ・シャークを召喚!
このカードは魔法、罠、モンスター効果が発動したとき破壊される。」

「自壊効果を持つカテゴリー、スクラップモンスターか?
なかなか豪快な戦術を使うな。」

「スクラップ・シャークでトラップ・リアクター・RRを攻撃!
スクリューバイト!」

見た目は寸胴のスクラップ・シャークだが、
軽やかにトラップ・リアクターへ飛び掛り大きな口を広げた。

「カードを発動すれば良いのだろう?
罠カード発動!ドレインシールド!
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、
そのモンスターの攻撃力分の数値だけ自分のライフポイントを回復する。」

「くぅ!」


ボマー LP 6100


スクラップ・シャークはシールドに激突し、
そのまま四散していった。

「これで終わらないよ……スクラップ・シャークの効果発動!
スクラップとの名の付いたカードの効果で……
この場合は自分自身の破壊効果で破壊されたので、
自分のデッキからスクラップと名のついた
モンスター1体を墓地へ送る事ができる!
私は墓地にスクラップ・ビーストを送る。」

「なるほど、最初からそれが狙いか。」

「メインフェイズ2で、墓地のスクラップ・シャークを除外し
手札から攻撃力1900のギガンテスを攻撃表示で特殊召喚。
カードを1枚伏せてターンエンド。」


ボマー LP 6100 手札3枚
spカウンター 2個
場:「トラップ・リアクター・RR」
  伏せカード1枚

カナタ LP 4000 手札4枚
spカウンター 2個
場:「ギガンテス」
  伏せカード1枚


「私のターンだ!ドロー!
ギガンテスは戦闘で破壊されたとき、
フィールドの魔法、罠を全て破壊する効果を持つ、か。」


ボマー spカウンター 3個
カナタ spカウンター 3個


「君の場にも伏せカードがあるな。
だがすぐに戦闘を行ったりはしない。
私はsp−おとり人形を発動!
このカードはspカウンターが2つ以上あるとき発動できる!
相手フィールド上のセットされた魔法、罠カード1枚を選択し、
それが罠カードだった場合、強制的に発動させる!」

「強制発動?しまった、トラップ・リアクターで……。
うわっ!!」

カナタの場の「重力解除」が強制的に発動され、
トラップ・リアクター・RRの効果が連鎖し
カナタは800ポイントのダメージを受ける。
重力解除は場のモンスター全ての表示形式を変更させる罠だ。
カナタはこれで守備の高いトラップ・リアクター・RRを
破壊するつもりだったが、裏目に出てしまった。


カナタ LP 3200


「しまった、ギガンテスが守備に!」

ギガンテスの守備は1300だ。
攻撃力に比べて高いとは言えないだろう。

「マジック・リアクター・AIDを攻撃表示で召喚!
攻撃力は1200だ。
効果は1ターンに1度相手が魔法カードが発動したとき、
800のダメージを与える!」

「今度は魔法カードでダメージ!?」

「そう……そして私はさらにモンスターを召喚させてもらう。
永続罠、血の代償を発動する。
500ポイントのライフを払うたびに追加でモンスターを召喚できる!
私は500ポイントのライフを支払い、手札から
攻撃力1400のキャノン・ソルジャーを召喚する。」


ボマー LP 5600


「もう一度血の代償の効果を発動!
500ポイントのライフを払い、キャノン・ソルジャーをリリースして
レベル5、攻撃力2000のサモン・リアクター・AIをアドバンス召喚!
1ターンに1度、相手が召喚、特殊召喚を行ったとき
800ポイントのダメージを与えて攻撃を1度だけ無効に出来る!」


ボマー LP 5100


サモン、マジック、トラップ。
ボマーのフィールドに3枚のリアクター・モンスターが揃い
カナタのD・ホイールを包囲する。

「行くぞ!バトルフェイズだ!
サモン・リアクターでギガンテスに攻撃!
場の魔法、罠はすでに使用済みとなった私の血の代償のみ!」

ギガンテスが銃撃によって粉々になった瞬間、
大嵐が吹き荒れてボマーの場の血の代償を破壊した。
しかし、あまり効果があったとは言えないだろう。

「さて、次の攻撃に耐え切れるか?
まずマジック・リアクターで、続いてトラップ・リアクターで
プレイヤーにダイレクトアタック!」

「うあぁぁぁぁぁ!」


カナタ LP 2000
spカウンター 2個

カナタ LP 1200


マジック・リアクターの1200ポイントの
ダメージによってspカウンターが一つ減少する。
トラップ・リアクターの攻撃力は800のため、
spカウンターの減少は無かったが
合計で2000ポイントのライフを失ってしまった。
ギガンテスが守備表示にされたのは、
ダメージを受けずに逆に助かった形となった。

「うぅ……なんとかライフは残ったけど……
魔法も罠も、召喚でさえもダメージを受けるの?」

「カードを伏せて、これでターンエンドだ。」


ボマー LP 5100 手札0枚
spカウンター 3個
場:「サモン・リアクター・AI」
  「マジック・リアクター・AID」
  「トラップ・リアクター・RR」
  伏せカード1枚

カナタ LP 1200 手札4枚
spカウンター 2個
場:無し


「私のターン!ドロー!」


ボマー spカウンター 4個
カナタ spカウンター 3個


「ドローカードはsp−ダッシュピルファー……。
召喚、魔法、罠……一度使ったらもう残りライフは……。」

カナタはドローしたカードと、手札のカードをにらみつける。
そのとき、脳裏にカードの軌跡が走った。

「いや!……突破できる!」

「君は何故フォーチュンカップに出場したいのだ?」

「え?」

不意にボマーがそのように話しかけてきた。
そして素直な気持ちでそれに答えた。

「私の記憶を取り戻すため。」

「つまり、自分のためか?」

「……違う。」

「何?」

「私を支えてくれたみんなのために、私は記憶を取り戻したい。
ゴドウィンが私に会うと言っていた。
そしてジャック・アトラスにも、遊星にも会えると!
彼らに会えば私は絶対に記憶が戻る。そう信じている!」

「それが君の戦う理由か。」

「そう!」

「それでは復讐が目的である私には勝てん。」

「復讐……?」

「私は村の人間全てを滅ぼされたのだ!!
だから私は負けるわけにはいかん!絶対に!!」

ボマーはそう叫ぶと、D・ホイールの速度を上げた。
カナタも負けじとボマーの後を追う。
もうその巨体に恐れはしなかった。

「カナタ!君の信念が私の憎悪を上回るというのなら見せてみろ!
この状況を打開してみせろ!!」

「……私だって……ここで負けられないんだ!!
行くよ!ボマー!!」





9話「負けたくない!」

カナタは愛機のアクセルを全開にして、
ボマーのD・ホイールに追従した。

「私の3枚のリアクター、突破できるか!」

「私の手札は5枚……全て使ってやってみせる!
まずはこれを召喚……いや違う、落ち着け、落ち着くんだ……。」

カナタは冷静に相手のフィールドを見据えた。

「そうだ、私はこのターン、全てのリアクターを破壊してみせる!
カードを1枚セットし、sp−起爆化を発動!
自分のspカウンターが2つ以上存在するとき、
自分の魔法、罠ゾーンのカードを1枚破壊して
相手モンスター全ての表示形式を変更する!」

カナタが伏せたカードは不要のスピードスペルだ。
それを破壊し、カナタのフィールドで爆発が起きた瞬間、
ボマーの場のモンスターは攻撃表示から守備表示となった。
トラップ・リアクターの守備力1800。
マジック・リアクターの守備力は900。
そしてサモン・リアクターの守備力は1400だ。

「何!だがマジック・リアクター・AIDの効果発動!
爆撃によって800ポイントのダメージを与える!」

「うあああぁぁぁー!!」


カナタ LP 400


「これで君が次にカードを使えば敗北が決定する!」

「マジック・リアクターの効果は1ターンに1度のみ!」

「……!?」

「続いてsp−オーバーブースト発動!
自分のspカウンターを6つ増やし、エンドフェイズに1にする!」


カナタ spカウンター 9個


spカウンターを加速させるカードを使い、
それと連動してD・ホイールの速度も上昇した。
そしてついに、カナタはボマーを抜き去る。

「sp−ダッシュピルファーを発動!
自分のspカウンターを4つ取り除き、守備表示モンスターの
コントロールを得ることが出来る!」


カナタ spカウンター 5個


起爆化や重力解除など表示形式を変更させるカードとの
組み合わせで最大限の力を発揮できるカードだ。
カナタはこのカードに逆転の一手を賭けた。

「サモン・リアクター・AIのコントロールを奪う!
これでもう私はモンスターを召喚してもダメージは受けない!」

「やるな……!
だがサモン・リアクター・AIのコントールは
ターン終了時に元に戻る。それでどうする気だ!」

「これが私の最後の手札、スクラップ・キマイラを召喚!
召喚に成功したとき、墓地のスクラップと名の付く
チューナーを特殊召喚することが出来る!」

「墓地のチューナー?シンクロ召喚か!?」

「負けたくない、絶対に!負けたくない!!
スクラップ・シャークの効果で墓地に送っていた
スクラップ・ビーストを特殊召喚!そしてぇ!!」

そのとき、カナタの右腕が光り輝いた。

「レベル4、スクラップ・キマイラに!
レベル4、スクラップ・ビーストをチューニング!
集いし星の欠片が、破壊を導く翼となる!シンクロ召喚!
起動せよ、スクラップ・ドラゴン!」

「カナタ、君……その腕は?」

「え?」

「君は……君はまさか!シグナーなのか!?」

ボマーが目を見開いて驚愕の表情でカナタを見つめた。

「シグ……え、何?」

ドクン、ドクン。
血管が脈打つのを感じた。
右腕、そして頭の耐え難い激痛と共に。
あまりの突然の痛みにカナタは
ハンドルを思いっきり切ってしまった。

「……ぐぅ!?」

間一髪、壁に激突する直前に持ち直したが、
まだ腕に痛みは残ったままだ。

「ス、スクラップ・ドラゴンの効果を発動!
自分フィールド上のサモン・リアクターと
相手フィールド上のトラップ・リアクターを破壊する!」

破壊の閃光が2体のリアクターを貫き、破壊した。
カナタは難攻不落である3枚のリアクターを突破したのだ。

「スクラップ・ドラゴンでダイレクトアタック!
ブレェェェーク・ダウン!!」

「ま、まさかこんなことが……!」


ボマー LP 2300
spカウンター 2個


「はぁ……はぁ……ターンエンド……。」


カナタ spカウンター 1個


sp−オーバーブーストの効果により、
カナタのspカウンターは急激に減少し、
D・ホイールの速度もガクンと落ち、ボマーに抜き去られてしまった。


ボマー LP 2300 手札0枚
spカウンター 2個
場:伏せカード1枚

カナタ LP 400 手札0枚
spカウンター 1個
場:「スクラップ・ドラゴン」


追い詰めている、あと一撃だ。
カナタは自分にそう言い聞かせ、今は自分の腕のことは後回しにした。

「君がもし“痣を持つもの”というのなら、
この状況を切り抜けることが出来たのは必然ということか?」

何を言っているのだろう。
カナタはもう意識が飛びかかっていた。
激しく脂汗をかき、ハンドルを握るのがやっとという有様だ。

「赤き龍は本当に君を選んだのか?
おそらく、この私のドローによって決まる……。
行くぞ、ドロー!!」


ボマー spカウンター 3個
カナタ spカウンター 2個


「……残念だよ、カナタ。」

「え……?」

「チューナーモンスター、ブラック・ボンバーを召喚!
そして効果を発動する!
墓地に存在する闇属性機械族レベル4のモンスターを特殊召喚!
私はトラップ・リアクター・RRを特殊召喚!」

「シン……クロ……!?」

「レベル4、トラップ・リアクター・RRに!
レベル3、ブラック・ボンバーをチューニング!
このデュエルを終幕させよう!シンクロ召喚!
爆撃せよ!ダーク・ダイブ・ボンバー!!」

攻撃力2600のシンクロモンスター、
ダーク・ダイブ・ボンバーが爆音を上げながら降臨した。

「攻撃力ならスクラップ・ドラゴンのほうが!」

「リバースカード発動!sp−シルバー・コントレイル!
spカウンターを2つ取り除き、フィールド上の
モンスター1体の攻撃力を1000ポイントアップさせる!」


ボマー spカウンター 1個


「あ……あぁ……!」

「終わりだカナタ!マックス・ダイブ・ボム!!」

攻撃力3600となったダーク・ダイブ・ボンバーが
スクラップ・ドラゴンにミサイルを撃ち込み、粉砕した。
激しい衝撃がカナタを襲う。

「いやぁ!負けたくない!負けたくないよぉ!
遊星!ゆうせぇ!!うわあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」


カナタ LP 0


デュエル終了と共にD・ホイールが緊急停止し、
凄まじい熱気の大量の蒸気を放出させた。

「くぁ……あぐ……。」

カナタはヘルメットを脱ぎ捨てると、その場に座り込んだ。
腕の痣は……消えていた。

「やはり、何かが違う。シグナーでは無い……。
では何なのだ?これは?
いや、今の私がそれを知っても無意味なことか。
すまないな、カナタ。
フォーチュンカップに出場するのは私だ。」

(なん……なの……シグナー?
……ああ、だ……れ……?)

カナタの脳裏に……1人の男性が浮かび上がった。


・・・


まどろみの中で、カナタは誰かと話していた。
とてもよく知っているような気がする人物と。


「もう、写真くらいちゃんと取れないの?」

「いやぁ、最近の写真って難しくね。」

「ほら、これがセルフタイマー。
せっかく――――が、―――れたんだから、私生活もしっかりしないと!」

「はは、そうだね。これからは休みも取るよ。
えっと、これで準備できたのかな。」

「うん。ほら撮られるよ。3、2、1……。」

「お、うまく撮れたね。」

「ええ、ホント!これからは――――なんだし――――家に
―――――で――。
約束だよ。」

「ああ、約束するよ。」


写真……何だっただろうか。
とても大切なものだったような気がする。
それは今手元には、無い。
その写真を見るだけで、すごく、幸せになれた気がする。
すごく、その人を愛していた人がいた気がする。
そして……ある日何かが起きて、すごく、悲しんだ気がする。

・・・


カナタがハッと意識を取り戻すと、そこは雑貨の部屋だった。

「おう、目を覚ましたか。
しかしお前さんもよく倒れるな。」

雑貨はそう言って、ハンカチを差し伸べてきた。
それはカナタが泣いているからだった。
何故泣いているのか、カナタにはよくわからなかった。

「対戦相手の大男がお前さんをここまで運んできたんだよ。
D・ホイールも牽引してな。」

(そうだ……私は……負けたんだ……。)

敗北した、という実感が湧き上がって来る。
そして、悲しくて、悔しくてまた涙が出てきた。

「うう……うっうう……負けた……。」

「カナタ……。」

「負けちゃった!負けちゃったよぉー!
負け……もう私……もう、もう……!
うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」

サテライトのみんな……特に……
亡くなったサリサに対して申し訳ないという感情が
カナタの心を押しつぶそうとする。

カナタは気づいていなかった。
サテライトに居たときよりも、ずっとよく話せるようになり、
感情もハッキリ出せるようになったことに。
それは記憶が少しずつ戻ってきているのだろう。
だけどカナタは負けられない戦いに負けたことで、
完全に自分に自信を無くしてしまっていた。

「なぁカナタ……あきらめるのは簡単だ。
いつだって出来る。
そして俺は何度もあきらめてその度に後悔してきた。」

「……ひっく……うぇ……。」

「最近後悔したのがな、友人との縁を自分から切っちまってたことさ。
ケンカした友人からカードが送られてきたんだがな、
それを俺は絶縁状と思っちまっていた。
本当は俺とまた仲良くしてぇと思って送ってくれた物だったんだよ。」

雑貨はそういって、棚に飾ってある焼け焦げた1枚のカードを指差した。
マシンナーズ・スナイパーというモンスターカードだ。

「……。」

「なのにもう何年も連絡も取らずに知らん振りしてきた。
だけどつい最近、それが勘違いだってことを知った。
だからよ、俺はそのダチとまた仲良くしてぇと思う。
もう愛想つかされたかもしれないけどな。
なぁカナタ。俺はもうそいつに嫌われたと思うか?」

「……思わない。
カードを……見ればわかる……。大切なもの……。」

「かもな……。本当のところは聞いてみないとわからん。
会うのはすごく怖いけどな。
だけどこのまま会わないままなら、本当にダチを裏切ることになる。
なぁカナタ。どんなに挫けそうでも、あきらめるな。」

「でも……私はもう……。」

「あきらめるな。あきらめたその瞬間こそが、
お前を支えくれたっていう奴らを本当に裏切った瞬間なんだ。」

「……。」

「まぁ、それでもへこむモノはへこむよな。
でだ、俺がとっておきの特効薬を用意してやった。」

「え?」

「おい、入ってきていいぞ。」

ガチャ、とドアを開いて入ってきたのは……。

「目を覚ましたのか?」

ああ。
何ヶ月も前から……。
ずっと会いたいと思ってやまない人が……。

「元気だったか?久しぶりだな。」

遊星が目の前に立っていた。

「あ、ああぁぁ……。」

「お前と入れ違いで合流できてな。
じゃ、俺はお前らのD・ホイールを点検してくるから
ゆっくり話していてくれ。」

「すまない。」

そう言って雑貨は部屋を出て行った。

「……。」

「……。」

「……。」

「……。」

「ひ、ひさし……ぶり……。」

「ああ。事情は聞いている。だいぶ無理をしたな。」

何を話せばいいのだろう。言葉が出てこない。
まじまじと遊星の顔を見つめていると、
あろうことか、マーカーをつけられていることに気づいた。
いや、まずはそれよりも……そう、謝るべきだ。

「ラリーたちが……わ、私をかばって!」

「ああ、4人のことは知っている。
俺にフォーチュンカップを出場させるために
治安維持局が人質にしたんだ。
大丈夫だ、俺が出場すればみんなを解放してもらえる。」

「そう……だったの……。」

それを聞いてカナタは本当に安心した。
他に何か伝えなければ。
そう思い、あの少年のことが一番に思い浮かんだ。

「マーサハウスの……サリサが……。」

「ん?ああ、サリサか。サリサがどうしたんだ?」

「私のせいで……ごめんなさい……ごめんなさい!」

「落ち着け、サリサがどうした?」

「私の不注意で死なせてしまったの!!
ごめんなさい!ごめんなさぁぁぁい!!」

「サリサ……が……?」

遊星の顔に驚愕が走った。
それを見た瞬間、再びワッと涙が溢れてきた。
謝っても謝り足りない。
後悔してもしたり無い。

「……カナタ。サテライトは大変なところだ。
俺も小さいころ、大勢の仲間たちが死んでいくのを見た。
そのたびに自分の無力さを悔やんだ。
そして仲間みんな……特に仲の良かった
鬼柳、クロウ、そしてジャックとサテライトを変えようと誓い合った。
だけど……もうみんなバラバラになってしまった。
そして1人は……鬼柳はセキュリティに捕まり、死んだ……。」

遊星の顔に暗い影が落ちた。

「俺は今度のフォーチュンカップで優勝し、ジャックに勝つ。
ただ勝つだけじゃない。
仲間との絆を思い出させてやりたい。」

そして、強い決意の眼差しをカナタに向けた。

「カナタ。過去は何があっても変えることは出来ない。
だからその後悔を受け入れた上で未来に進まなきゃいけないんだ。
もう誰も悲しむことが無いように。
俺はそれをサテライトで学んできた。」

「遊……星……。」

「自分を信じるんだ。お前の記憶もいつか戻る。
そう信じて戦い続けるんだ。」

明日、遊星は絆を取り戻す為にフォーチュンカップへ出場する。
自分は目的を達成できなかったが、せめて会場へ行き、遊星を応援しよう。
後のことはそれから考えればいい。
余計な心配をかけないために、腕に浮かんだ痣のことは隠すことにした。

雑貨が話した、あきらめるなという事。
遊星が話した、自分を信じろという事。

カナタは今、それを支えに生きてみようと思った。

そして……脳裏によぎった、とある男性との記憶。
カナタの記憶の鍵は外れかかっていた。





10話「そして……」

デュエル・オブ・フォーチュンカップ。
次世代のデュエルキングを決定するという大会がついに開催された。

目を覚ますとすでに遊星は出発していた。
どうやらもう昼を回っていたらしい。
カナタの頭の怪我はまだ治りきっていないので、
雑貨がカナタを気づかってそのまま寝かせていたのだ。

「遊星……。」

「すまんな。お前さんにあまり無理はさせたくない。
今からゆっくり行くのはどうだ?もうチケットは取ってある。」

そう言って1枚のチケットを差し出してきた。
カナタはそれをニコリと微笑んで受け取る。

「うん……もう大丈夫です。
それに今日は頭もスッキリしているんです。
もう、悩むのはやめましたから。」

そう言ってカナタは頭の包帯を外した。
もう血は完全に止まったようだ。

「そうか。」

「雑貨さんと遊星のおかげです。
私、これからのことはフォーチュンカップを見届けてから
考えようと思うんです。」

「わかった。車出してやるから乗っていきな。
もうすでに何回戦かは終わっちまってるが、ラジオを聞いた限りだと
遊星はまだ勝ち残っているらしいぞ。」

「ありがとうございます。」

スタジアムに着くと、もうそこは人の山であった。
チケットを取り損ねたと思われる、会場の外に溢れている人々は
空中に映し出された立体モニターで観戦している。

カナタはサテライトから、このスタジアムをずっと眺めていた。
いつかあそこに行きたいと。
あそこに行けば記憶も戻るような気がすると。
そう思いながらマーサハウスで暮らしていた。
そして今、それが叶った瞬間であった。

スタジアム内部に入り、デュエルの舞台を見ると
赤毛の女性のデュエルが終了していた所だった。

「準決勝が終わったらしい。メインイベントに間に合ったな。」

「ということは、あの女の人と遊星が決勝戦?」

「そうらしいな。そして勝ったほうがジャック・アトラスと対戦だ。」

スタジアムの壁に映し出されたトーナメント表を見ると、
どうやらボマーは遊星に敗北してしまったようだ。
ということは、もしもカナタがボマーに勝っていたら
この場で遊星とデュエルしていた可能性があったということだ。

(遊星とデュエルしたら、私なんて一瞬で負けちゃうな。)

そう思ったが、カナタは遊星とデュエルしてみたいとも思った。
サテライトに居た頃は遊星とデュエルするどころでは無かったし、
マーサハウスに預けられてからは対面していなかったからだ。

「魔女め!巣に帰れ!」

「バケモノ!次で負けちまえ!!」

突然の大勢の観客の罵倒。
カナタは何事かと思い耳を防いだ。

「……な、何?」

その罵倒は今、勝利した女性デュエリストに向けられていた。

「あいつ……ダイモンエリアに出没していた黒薔薇の魔女だな。
デュエルの立体映像が現実に破壊してくるらしい。」

「えぇ?」

よく見ると会場のそこかしこが崩れている。
まさかこれをデュエルで破壊したというのだろうか。

「どうも信じるしか無さそうだぜ。」

トーナメント表で名前を確認した。
十六夜アキ……という名前らしい。
観客の罵倒を受けながらも、澄ました顔で踵を返して
控え室へと戻って行った。
罵声はやむこと無く続いている。
それを聞いていたカナタは少し気分が悪くなり、席を立った。

「大丈夫か?」

「う、うん。少し待ってて下さい。
すぐ戻りますから。」

そう言ってカナタはスタジアム屋内へ入って言った。
遊星の勝利を見届けるんだ。
そして、そのデュエルで勇気と希望を分けて貰いたい。
まぶしいくらいに光を放つ蛍光灯が並ぶ通路を歩いていると、
自動販売機を見つけた。
その前に立ち、何か飲もうかとお金を出す。
そのとき、急に視界がゆがみ始めた。

「き……気分が……気持ちが悪い……何?」

痣が光っていた。
同時に脳裏にある複数の男女の姿が過ぎった。

まず、不動遊星。
続いて十六夜アキ。
幼い少女。
次にジャック・アトラス。
そして、「腕」の映像が頭に入り込んで来る。

「くは……。」

カナタはそのままうずくまって、動かなくなってしまった。


・・・


「モーメントとは……。
人の心に感応し、永久機関を創り出す装置のことだ。
ではどのように人の心に反応するのか?
それはデュエリストのデュエルディスクに装着された
小型のモーメント装置から直接送られてくる。
だからデュエルをしていれば、楽しいという感情や
負けたくないという強い感情、それがモーメントの原動力になるんだ。
そしてそれはシンクロモンスターによってさらに加速される。」

「本当に夢のような装置ですね。」

「ああ、これが完成すれば医療の発展、
自動車や飛行機などのエネルギー源、
新しい循環システムによる食糧危機の脱出、
様々な問題が一度にクリアできる。
だけど、不安もあるんだ。」

「不安……ですか?」

「私は人類の発展のために、ここまで心血を注いできた。
そして何年もの研究の成果がようやく実ろうとしている。
しかし、もしもこの装置が戦争に使われたらと思うと……
人類そのものが滅亡してしまうんじゃないかと、
いつも不安になるんだ。
願わくば、これが未来の為だけに使われることを望む……。」


・・・


呼んでいる。

カナタは目を覚ますなり、スタジアムの地下へ向かった。

誰かが呼んでいる。

上のほうから歓声が聞こえる。
痣が不気味に光る。
廊下に立ち入り禁止と書かれた扉を見つけて、
躊躇なくその扉を開く。
その扉の奥には、地下へと続く長い長い階段があった。
ゆっくりとその階段を降りて行く。
やがて、あんなに騒がしかったスタジアムの声も聞こえなくなった。
コツン、コツンと自分の足音だけが響く。
10階分ほど降りたであろうか、
天井の蛍光灯のわずかな光。
黒一色の壁。

降り始めてからかなりの時間が経過した。
今、何時だろうか。
遊星の試合はどうなっただろうか、とふと思った。
しかしカナタは歩みを決して止めなかった。
階段を降りきると、黒い扉が見えてきた。
ゆっくりとその扉を開ける。

そこには祭壇があった。
その祭壇を取り囲むように、赤い龍の紋章が絵描かれている。
スタジアムがすっぽり入ってしまいそうな、とても大きな広間であった。
祭壇の上には男が立っていた。

「ここまで来ましたか。」

「……!!」

そこに立っていたのはレクス・ゴドウィン長官であった。
カナタは全身の血が沸き立つのを感じた。

「イェーガーから生存を知らされたときは驚きました。
しかし私の計画を狂い無く実行できるようで、安心しましたよ。
あなたがフォーチュンカップに出れるほど成長していれば
パーフェクトだったのですが。」

「あなた……レクス・ゴドウィン……!?
知っているんでしょ!?私のことを!!
教えて!私は……私は誰なの!?
私の記憶を返して!」

カナタは冷静に、努めて冷静に言葉を出したつもりだった。
しかしその動揺は到底隠しきれるものでは無かった。

「記憶を……返す?
おや、何か勘違いしているようですね。
あなたには最初からそんなものは存在しません。」

「どういう……意味……?」

「あなたは人間ではありません。
不動遊星の母、“不動 律先生”のクローンに過ぎません。
半年前に胎児の肉体を創り、17歳の肉体年齢まで成長させたもの。
ですから最初から記憶など存在しない……空っぽの器なのです。」

それを聞いた瞬間、カナタの頭に割れるような激痛が走った。
身体がぐらりと揺れて、前のめりに倒れそうになるところを右腕で支えた。
腕から不気味な痣が輝く。

「何を言って……いる……?
……ウ……ソだ……クローン?
私が……私が……クローン……?」

「あなたの名前……といっては語弊がありますね。
コードネームはエプシロン。5体目のクローンです。」

「ち、違う!私はカナタだ!
違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!!!
クローンなんかじゃない!!」

「カナタ?どこかで名前でももらいましたか?
さて、ではあなたの姉妹を紹介しましょう。」

ゴドウィンが指を鳴らすと、部屋の奥に居たらしい
4人の女性がカナタの前に立った。

「アルファ、ベータ、ガンマ、デルタ。
全員でエプシロンを倒すのです。
そしてそれぞれの“龍”を使い、
その痣の力を最大限に発揮させなさい。」

現れた4人は全てがカナタと同じ顔をしていた。
全員、カナタを見つめているがその瞳には不気味なほど感情が無かった。

「うぁ……あ……あ……。」

「フォーチュンカップの不動遊星達の戦いに、
必ずや赤き龍は反応してこのスタジアムへやって来る。
そしてコピーされた痣同士の戦いに赤き龍が引き寄せられれば、
龍のコントロールを得ることが出来る。
あなた達クローン5体の命を捧げることで!」

「私は、私はなんで産み出された……の……?」

「シグナーの痣の移植実験体、そして生贄です。
この日の為の、ね。」

シグナーとは5千年周期で誕生する、力を持った者達。
ゴドウィンの目的は、シグナーの力の源である赤き龍を
完全に自分の支配化に置くことであった。
そして所持していた痣を完全にコピーし、
クローン体に移し変えたのであった。
ゴドウィン自身がその痣を宿していたのでは無く、
あるシグナーの腕のみを保管しておいた為、その腕からコピーしたのだ。

アルファ、ベータ、ガンマ、デルタの右腕にも
カナタと同じような痣があった。
皆、それぞれ微妙に形が異なっている。
カナタの痣はどこか龍の頭にも見えた。

今、カナタは悟った。

求めていたものなど、始めから無かった。

全てが空っぽのまま始まり、空っぽのまま終わろうとしていた。

自分は……生贄……つまり死ぬ為に……誕生したのだ。

「うあああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああ
あ ああ  あ あ  あああ  あああ あ!!!!」

慟哭。
怒りと憎しみと悲しみと焦燥と恐怖と絶望がカナタを支配する。

そのときだった。

カナタの持っているデュエルディスク……
それに装着されている小型モーメントから閃光が走る。
そして、3枚のカードがカナタの足元へと落ちた。
これにはレクス・ゴドウィンも目を見張った。

「ほう……?
感情の爆発によって、モーメントからカードが誕生するとは。
まだデュエルキング決定戦まで時間があります。
それまでに見せてみなさい、エプシロンよ。
憎悪が産み出した君の力を。」

誰が誰だか区別がつかないが、クローンの一人が
デュエルディスクを構えてカナタの目前へと立つ。
その濁った目でカナタをにらみつける。

カナタはカードを拾って確認し、驚いた。

強欲な壺。
サンダー・ボルト。
破壊輪。

全てがカナタのココロから産まれたカードだった。
デュエルモンスターズでは十数年も前から禁止カードとなり、
もはやその姿を見ることも無くなった伝説のカードだ。
カナタはデュエルディスクの禁止制限を設定しておく
安全装置を解除して、その3枚のカードをデッキへと投入した。

そう、まだ終わっては居ない。

カナタは考える。

本当に私は全てが空っぽだったのだろうか。

ならば時折走る記憶の切れ端はなんなのだろうか。

それにまだみんなとの約束は果たされていない。

約束とはなんだったか。

そうだ、記憶を取り戻しまたサテライトへ戻ると誓ったのだ。

マーサハウスの子供達に、ラリー達に。

ならば約束が果たされるまで倒れてはいけない。

私は今、空っぽなんかじゃない。

例え本当に自分に記憶など無かったとしても。

遊星やマーサ達と生きた記憶に偽りは無いのだから。

あのとき差し伸べられた手。

自分を取り囲む子供達。

無念にも倒れた小さな子供。

全てが“カナタ”という人格を形成してきた、かけがえの無い記憶だった。

禁忌の力を手にし、絶望を振り払い、今、カナタは立ち上がった。

「私は生きた!サテライトで生きてきた!
私はカナタ!サテライトのカナタだ!!」


カナタ LP 4000

アルファ LP 4000





11話「怒る」

レクス・ゴドウィンは数年前から、ある計画を進めていた。
それは赤き龍を意のままに操ってしまう計画だ。

彼はどうすれば龍の力を得ることが出来るか考えた。

シグナーの発祥地であるアステカの
古代文明に精通していた彼は、心臓……つまり命を捧げれば、
赤き龍が反応することを突き止めた。
それは痣を持ったものの命ならばさぞ効果的であろう。

龍の痣を持った者“シグナー”がデュエリストの頂点として君臨すれば、
他に存在するシグナーも彼の元へ集うことになる。
そう考え、サテライトに住むある男をキングにすることに決めた。

やがてジャック・アトラスをデュエルキングに
仕立て上げることに成功したが、その際には
思うようにシグナーは見つからなかった。
ならばジャック・アトラスを大々的に宣伝し、
もっと大きな大会を開催してシグナーを集結させる。
そうすれば赤き龍が出現するはずだ。

しかし、ジャック・アトラスを始めとした
シグナー達に命を捧げろ、と言ってもそうはいかないだろう。

そこで彼はコピーシグナーを創造することにした。
すでに故人だが元々シグナーである弟から「腕のみ」を託されており、
その痣を転写する技術を産み出したのだ。

問題は「誰を生贄にするか」であった。
自分を生贄にするわけにもいかず、
かと言ってそこらの人間にそんな大役は任せられない。


ならば、自分の意のままに動くモノを創り出せばいい。


彼はモーメントの永久機関を利用した人工生命体を創り出す事にした。


始めは弟やジャック・アトラスの細胞からクローンを創ろうとした。
しかし、上手くいかなかった。
シグナーからクローンを創り出すことは出来ないらしい。
人格の転写となれば話は別だろうが、
一から身体を創ることは不可能のようだ。

自分のクローンを創ってしまおうか、レクスは考えたが、
もっと良いクローン候補があった。
崩壊した旧モーメントの跡地、荒れ果てた不動博士の部屋から採取した、
不動博士の血液でクローンを創ることにしたのだ。
不動博士ならば、シグナーの一人と浅からぬ関係がある。
赤き龍の反応も違うことだろう。

今度は胎児の生成に成功し、そのまま肉体を成長させた。

そこでそのクローンが男性ではなく女性であることに気づいた。

誕生した者は不動博士のクローンでは無かったのだ。
共に事故に巻き込まれて亡くなった、彼の妻が培養液の中に居た。

彼はこのまま、不動博士の妻、不動律のクローン人間を5体創造し
痣をコピーさせ、培養液の中でその時が来るまで眠らせることに決める。


だが、大会開催の四ヶ月前……1体のクローンが彼の前から姿を消した。


・・・


スタジアムのずっと地下……人知らず造られた祭壇で、
まったく同じ顔をした5人の少女達がそこに居た。

「私のターン!ドロー!
スクラップ・ビーストを攻撃表示で召喚し、
カードを1枚セットしてターンを終了する!」


カナタ LP 4000 手札4枚
場:「スクラップ・ビースト」
  伏せカード1枚

アルファ LP 4000 手札5枚
場:無し


「何故……逃げた?」

「逃げた?」

「何故……消えた?
お前だけ……お前だけ……。」

最初に創られたクローン、アルファがボソボソと呟く。
カナタを睨みながら。

「私のターン!ドロー!!
攻撃力1800のゾンビ・マスターを召喚し……
スクラップ・ビーストに攻撃だ!」

ゾンビ・マスターがスクラップ・ビーストに掴み掛かり、
憎しみの顔でバラバラに引き裂いて投げ捨てた。

「ッ〜〜〜〜!?」

その瞬間、刺されたかのような痛みが体に走る。
ダメージによって、シグナーの痣の拒否反応が起きたのだ。


カナタ LP 3800


(大丈夫……。
場のリビングデッドの呼び声で蘇生させて、
シンクロ召喚に繋げれば……。)

「メインフェイズ2でフィールド魔法を発動する。
アンデットワールド!
フィールド上及び墓地に存在する全てのモンスターを
アンデット族として扱う。
また、このカードがフィールド上に存在する限り、
アンデット族以外のモンスターのアドバンス召喚をする事はできない!」

「全てのモンスターがアンデットに……。」

種族の変更は、スクラップにとってはさほど痛手では無い。
問題はアドバンス召喚が封じられたことであろう。
これではスクラップ・ゴーレムやスクラップ・ソルジャーが
召喚することが出来ない。

「ゾンビマスターの効果発動!
手札のモンスターを墓地へ送ることで、
アンデット族モンスターを墓地から特殊召喚できる!
手札の馬頭鬼を墓地へ送り、お前のスクラップ・ビーストを蘇生させる!」

「私のモンスターを!?
リバースカード、リビングデッドの呼び声で
スクラップ・ビーストを蘇生!
これで墓地に対象は存在しなくなり、不発となる!」

「……カードを伏せてターンエンド……。」


カナタ LP 3800 手札4枚
場:「スクラップ・ビースト(リビングデッドの呼び声)」
  「リビングデッドの呼び声」

アルファ LP 4000 手札3枚
場:「ゾンビ・マスター」
  伏せカード1枚

フィールド:アンデットワールド


カナタのターンに移る。
祭壇のゴドウィンを睨み、ふとある疑問が沸いた。

「ね、ねぇ……みんなは何故レクスに従っているの?」

「…………。」

「私は彼が憎い。
よくわからない理由で産み出され、
よくわからない理由で殺されようとしている。
こんな戦い、無意味だよ!」

「そう思うか?」

目の前のクローンがそう答える。

「みんなでレクスを倒そうよ!
そうすれば生贄になんかにされなくて済むんだ!」

「無意味なんかじゃない。」

「え?」

「我々は赤き龍の一部となって生きる。
そうなれば本望。」

「嘘だ!」

「……エプシロン。
私はフドウリツというのが誰のことだかわからない。
だけど……私達はその人の代わりじゃない。
この世に存在してはいけない生物なんだ。」

「フドウリツ……あ……遊星、遊星の母親?
私は……そうか、私遊星のお母さん……
…………じゃなくて………………………
ク……ロー……ン…………。」

認めたくない現実。
しかし紛れも無い事実。
その人そのものでは無い真実。

「だからせめて、この世に産まれたからには
我々は我々の使命を果たすまで。
だけどお前だけは違った。
クローン培養ラボから逃げ出した。
何故お前だけが違うんだ?
何故お前だけが意思を持って戦うことが出来る?
我々とお前で何が違うっていうんだ!?」

全てが同じなはずのクローン。
だけど1人だけ違っていた。
そいつは外の世界へ飛び出し、その世界を知って
この場所へと戻ってきた。

何故、特別なのだ。

アルファの中で、疑問はやがて怒りへと変わる。
それはアルファが始めて抱いた感情であった。
そんなアルファに、カナタは声をかける。

「みんな!今からでも変えられる!みんなで!
さぁ、こんなデュエルなんか終わりにして!
レクスを一緒に倒そう!それでみんな救われるんだ!」

「救われる!?救われてどうしろと!?
救いなんて……救いなんて無いんだよ!!」

アルファは叫ぶ。
他のクローン3人はただ黙って、二人のデュエルを見守っている。

「この、わからずや―――!!」

カナタはカードを引いた。
何を言っても無駄だ。
ならばもう、デュエルを通じて話すしかない。

「巨大ネズミを召喚!
レベル4、巨大ネズミに!
レベル4、スクラップ・ビーストをチューニング!
集いし星の欠片が、破壊を導く翼となる!シンクロ召喚!
起動せよ、スクラップ・ドラゴン!」

祭壇より破壊の翼を持つドラゴンが出現し、
レクス・ゴドウィンをひと睨みしてからカナタの元へ降臨した。

「スクラップ・ドラゴンで
すでに効果を終えた私のリビングデッドの呼び声と、
相手フィールド上の伏せカードを破壊する!」

光がアルファの場の“次元幽閉”を破壊した。
これは攻撃してきた相手モンスターを除外してしまう罠だ。

「ゾンビ・マスターを攻撃!全てを破壊する一撃!
ブレェェェェ――――――ック・ダウン!!」

「うあああぁぁー!!」

スクラップ・ドラゴンの攻撃力は2800。
1000ポイントものダメージがアルファを襲い、激しい痛みが走る。


アルファ LP 3000


「カードを1枚伏せて、ターン終了……。」


カナタ LP 3800 手札3枚
場:「スクラップ・ドラゴン」 
  伏せカード1枚

アルファ LP 3000 手札3枚
場:無し

フィールド:アンデットワールド


「私のターン!ドロー!!
それが……お前の“龍”か……。
目障りだ、破壊してやる!」

「そう簡単にはいかない!」

伏せカードで守りを固め、さらにスクラップ・ドラゴンを破壊されても
その効果により墓地のスクラップ・ビーストを再び蘇生できる。
しかし、その考えが甘かったことをカナタは思い知る。

「撲滅の使途を発動!
セットされた魔法または罠カード1枚を破壊しゲームから除外!
さらに罠カードだった場合、
破壊した罠カードと同名カードを全てゲームから除外する!」

「な……。」

セットしておいた“奈落の落とし穴”が破壊され、
カナタのデッキから同じカードが除外された。
これでもう、このデュエル中に奈落の落とし穴を使うことは出来ない。

「私は墓地の馬頭鬼を除外し、効果発動!
このカードを除外することで、自分の墓地のアンデットを
フィールド上に特殊召喚することが出来る。
蘇れアンデット!ゾンビ・マスター!」

「く、またゾンビ・マスターを……。」

「続いておろかな埋葬を発動し、デッキからモンスターを
1枚墓地へ送る。ゾンビキャリアを墓地へと送る。
そしてゾンビキャリアの効果発動!
手札を1枚デッキの一番上に戻し、墓地からフィールドへ特殊召喚。
この効果を発動した後にフィールドから離れれば
ゲームから除外される。」

「攻撃力も守備力も低いモンスターを蘇生……?
まさかゾンビキャリアはチューナーモンスター!?」

「行くぞ!
レベル2、ゾンビキャリアに!
レベル4、ゾンビ・マスターをチューニング!」

カナタとアルファの痣が光る。

「く、やっぱり!」

「生と死の狭間に眠りし龍よ!
来たれ!シンクロ召喚!
蹂躙せよ、デスカイザー・ドラゴン!!」

アルファの持つ“龍”が召喚され、
カナタに向かってその首を伸ばした。

「デスカイザー・ドラゴンの効果発動!
特殊召喚に成功した時、
相手の墓地に存在するアンデット族モンスター1体を選択し、
攻撃表示で自分フィールド上に特殊召喚する事ができる!
アンデットワールドで全てのモンスターはアンデットになっている!
お前の墓地のスクラップ・ビーストを攻撃表示で蘇生!」

デスカイザー・ドラゴンがカナタのデュエルディスクに噛み付き、
墓地から1枚のカードを奪い取っていった。
アルファがそのカードを手に取り、
自分のデュエルディスクに置いて特殊召喚する。

「手札から永続魔法、一族の結束を発動!
自分の墓地に存在するモンスターの種族が1種類のみの場合、
自分フィールド上に表側表示で存在する
その種族のモンスターの攻撃力は800ポイントアップする。」

その永続魔法の効果を受けて、
攻撃力2400だったデスカイザー・ドラゴンの攻撃力は3200に。
さらに奪われたスクラップ・ビーストは2400となった。

「私の墓地にはゾンビ・マスターが存在する!
アンデット族の為、フィールドのアンデット族の攻撃力が上昇。
スクラップ・ビーストの種族は獣族だが、
アンデットワールドの効果によりアンデット族へと変更されている!」

「!?」

「デスカイザー・ドラゴンでスクラップ・ドラゴンを攻撃!
砕け散れ!」

「う、うわぁぁー!!」


カナタ LP 3400


スクラップ・ドラゴンが噛み砕かれ、死龍が吼え猛る。
スクラップ・ドラゴンの蘇生効果は墓地に対象が居ない為、
発動することが出来なかった。
その対象カードは今、アルファに奪われているのだ。

「さらにスクラップ・ビーストの直接攻撃を受けるがいい!
自分のカードの攻撃で苦痛を味わえ!」

「ぎゃああああぁぁぁ――――!!
はぐ!ハァ……!ハァ……!」


カナタ LP 1000


「これでターンを終了……あきらめろ、エプシロン。」


カナタ LP 1000 手札3枚
場:無し 

アルファ LP 3000 手札0枚
場:「デスカイザー・ドラゴン」
  「スクラップ・ビースト」
  「一族の結束」

フィールド:アンデットワールド


死が目の前に迫っていた。
強大なモンスターが立ちはだかり、その攻撃力を越えられそうにもない。
手札にはスクラップのチューナーを蘇生させるスクラップ・キマイラがあるが、
墓地に蘇生させる対象は今奪われており、召喚する意義は薄い。
もう、このドローカードに全てを託すしか無かった。

「エプシロンじゃない……。」

「何?」

「カナタだ!私のターン、ドロ――――!!」

引いたカードを確認し、目を見開く。

「私は決してあきらめないと決めた。
自分を信じると決めた。
あなた達も!あなた達だってきっと!!」

「何度も言わすな……救いなど無い!
我々にも、お前にも!」

「魔法カード発動!サンダー・ボルト!!
相手フィールド上の全てのモンスターを破壊する!」

「なっ……!」

禁忌の力が発動され、一瞬にして場の状況は反転した。
雷鳴がデスカイザー・ドラゴンとスクラップ・ビーストを
焼き払い、アルファの場が焦土と化したのだ。
その直後、サンダー・ボルトのカードはカナタの手から消え去った。
墓地へ送られず、除外でも無い。
この世から消滅してしまった。

「スクラップ・ビーストは私の墓地へ戻る!
そして、スクラップ・キマイラを召喚!
墓地のスクラップ・ビーストを蘇生させる!」

スクラップ・キマイラの攻撃力は1700。
スクラップ・ドラゴンのシンクロ召喚に使用できるが、
今、そのカードは墓地にある為、シンクロすることは出来ない。
しかしその必要は無かった。

「これで私の勝ちだ!!
2体のモンスターでダイレクトアタック!!」


アルファ LP 1300

アルファ LP 0


「グアッ!……ガァァァァァァー!!!」

アルファは地面に倒れ付し、カナタをにらみつけた。
最後の力を振り絞って。

「……い……嫌だ……嫌だよぉ……エプシロン、なんで……
なんで……なんで居なくなっちゃったの?
みんな一緒なら……えぷ……しろ……。」

「はぁ……!はぁ……!大丈夫!?」

疲労困憊のカナタだったが、力尽きたアルファに駆け寄った。
もの凄い痛みが襲ったのだろうと思い、
今の死闘も忘れてアルファの肩を掴む。

そのとき、ボロリと音を立てて、掴んだ場所が崩れ落ちた。

「ヒッ……!?」

アルファの肉体はそのままぐずぐずの綿のようになり、
ゆっくりと溶けながら、この世から消滅した。
今まで静観していたレクスが話す。

「安心するがいい。その魂は赤き龍に捧げられる。」

これを聞いたカナタは激昂した。

「ふざけ……ふざけるなァ!!!
よくも……!よくもこんな……!!」

続いて、次のクローンがカナタの前に立ちはだかる。

「私はベータ。次は私が相手をする。
さぁ、デュエル続行だ。」

「あなたも負けたらこんな風になる!!」

すでに跡形も無くなったアルファの亡骸を指しながら叫んだが、
ベータの返事は冷淡極まりないものであった。

「それでも私は構わない、それが使命だというのなら。」

「……!!……馬鹿!!!!」


カナタ LP 1000

ベータ LP 4000


「あ……れ……ライフが……?」

デュエルディスクのライフカウンターリセットボタンを
何度押しても何の反応も示さない。

「はぁ……はぁ……嘘!!なんで!?」


カナタ LP 1000 手札2枚
場:「スクラップ・キマイラ」
  「スクラップ・ビースト」 

ベータ LP 4000 手札5枚
場:無し


「始めよう、エプシロン。
あなたの戦いは私達全員を倒すまで終わらない。」

「はぁ……!はぁ……!」

後、3人。





12話「沈む」

ベータは冷ややかな眼差しでカナタを見つめる。
無感情、というよりも哀れみを含んだ瞳であった。

カナタのライフポイントはアルファ戦から引継ぎ、残り1000。
壊滅的な状況と言える中、カナタはあきらめずにデュエルを続けた。

「……はぁ……はぁ……
私のターン、ドロー!
速攻魔法、スクラップ・スコールを発動!
自分フィールド上に表側表示で存在する「スクラップ」と名のついた
モンスター1体を選択して発動する。
自分のデッキから「スクラップ」と名のついたモンスター1体を
墓地へ送り、カードを1枚ドローする。
その後、選択したモンスターを破壊する。」

カナタはスクラップ・ビーストを選択し、
デッキから「スクラップ・ゴブリン」を墓地へ送り
カードを1枚ドローした。

「そしてスクラップ・ビーストが破壊される事で、
墓地からスクラップと名の付くカードを手札に戻す。
墓地のスクラップ・ドラゴンを選択!
シンクロモンスターなので手札に戻らず、エクストラデッキへ戻る。」

とにかく、同じ力……痣を持った者同士との戦いならば
自分も龍を使わなければ話にならない。
ベータが持つ龍がどんなカードかわからないが、
先ほどのデスカイザー・ドラゴンのような効果を持っていた場合、
スクラップ・ドラゴンを奪われるかもしれない、とカナタは考えた。
一度スクラップ・ドラゴンを召喚し直すことに決める。

「カードを1枚セットして、ターンエンド!」


カナタ LP 1000 手札3枚
場:「スクラップ・キマイラ」
  伏せカード1枚

ベータ LP 4000 手札5枚
場:無し


「私のターンか……カードをドロー。
自分のモンスターを減らしてまで龍を戻すか。
その希望はいつまで続く?
1ターン後?2ターン後?
それまでにあなたのライフはいつまでもつ?
今サレンダーすれば苦しまずに赤き龍へ魂は捧げられる。」

「そんなこと……やってみなきゃわからない。
だけど一方的にやられるなんて絶対に嫌!」

「ならば私も殺すか?アルファのように?
あなたは私達を殺しにここに来たのか?」

「…………。」

言葉を返せなかった。
カナタはここへ来るとき、そんなつもりで来たのでは無かった。
ただ……ただ自分のおぼろげな記憶を頼りにここまで来たのだ。
だけど今は、やらなければ、やられてしまう。

「カナタ、あなたは外の世界で何を見た?
何故そこまで希望を持てるのかわからない。」

「……救えない命があった……。」

「何?」

「多分……私がもっとしっかりしていれば、
死なずに済んだ命があった。
まだ、まだ小さな子供だった!
しっかりしてて、子供達の年長組だった!
そんな子がたくさん死んで行く世界……
私が見た世界はそんな絶望で溢れていた。
私があきらめた瞬間、その子に顔向けができない!」

「後悔と懺悔……か、あなたを動かしているのは。
私達にはそういうモノが一切、無い。
これが、羨ましいという感情だろうか?
エプシロン、生きたければ倒せ、私達を。
倒して自分の命を救え。
ただし私達は決して手を抜かない。」

ベータは冷たく言い放ち、デュエルを続けた。

「氷結界の武士を召喚。
攻撃力1800、スクラップ・キマイラを上回る。
メインフェイズ終了、バトルフェイズに……。」

「待って!メインフェイズ時に罠カード発動!
威嚇する咆哮で攻撃宣言を封じる!」

これでカナタは起死回生を狙う。
このターンさえ凌げれば、もう一度切り札を召喚できる為だ。

「ではメインフェイズを続行する。
カードを2枚セットしてターンを終了。」

「く、2枚……!」


カナタ LP 1000 手札3枚
場:「スクラップ・キマイラ」

ベータ LP 4000 手札3枚
場:「氷結界の武士」
  伏せカード2枚


2枚の伏せカード、たったこれだけの物でカナタの動きはかなり縛られた。
迂闊に行動すれば伏せカードによって敗北は濃厚なものになる。

「まだだ……私のターン、ドロー!
スクラップ・キマイラをリリースし、
スクラップ・ゴーレムをアドバンス召喚する!」

前のデュエルで苦しめられたアンデットワールドは
すでに消滅しているので、通常のアドバンス召喚が可能となる。
しかし多くの伏せカードを目の前にしてのこの行動は、
かなりの博打であった。

「召喚に対して特に発動は無い。次の行動に移るがいい。」

「なら、スクラップ・ゴーレムの効果で
さっき墓地に送ったスクラップ・ゴブリンを蘇生!」

レベル3のチューナー。準備は整った。
すぐさまカナタはシンクロ召喚に入る。

「レベル5、スクラップ・ゴーレムに!
レベル3、スクラップ・ゴブリンをチューニング!
集いし星の輝きが、私を導く翼となる!シンクロ召喚!
起動せよ、スクラップ・ドラゴン!」

何度目の召喚だろうか。
数え切れないほどカナタの窮地を救って来た龍。
しかし、今目の前にいるクローン達を救い出すことは出来ないだろう。
デュエルで人を救えない。
それがカナタにとって、歯痒かった。

(私に奥底に眠っている記憶!モーメント!
デュエルすればそれで人を救えるんでしょ!?
なのに、なのに……!!)

スクラップ・ドラゴンが吼える。
カナタが叫ぶ。

「なのに!!」

「このタイミングだ!龍を除外する。
奈落の落とし穴!
スクラップ・ドラゴンは除外してしまえば効果は発動しない!
そしてもうスクラップ・スコールで回収も出来ない!
あなたの負けだ!」

「まだやらせない!!
手札から速攻魔法、収縮をチェーン発動!
対象はスクラップ・ドラゴン!」

「収縮だと!?」

「奈落の落とし穴の効果範囲は攻撃力1500以上のみ!
これでターン終了時まで攻撃力は1400となり、効果は不発!」

「く……だが、氷結界の武士の攻撃力を下回った。」

「私はカードを1枚伏せ、スクラップ・ドラゴンの効果で
氷結界の武士と私の伏せカードを破壊する。」

大きくチャンスが訪れる。
氷結界の武士を破壊して強引に突破することに決めた。

「行け!ダイレクトアタック!
破壊する一撃、ブレーク・ダウン!!」

「ぐあぁぁぁー!!」


ベータ LP 2600


「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

これでカナタの手札は残り1枚。
後は全てフィールドの2枚のカードに命を託すしかない。


カナタ LP 1000 手札1枚
場:「スクラップ・ドラゴン」
  伏せカード1枚

ベータ LP 2600 手札3枚
場:伏せカード1枚


「なるほど……かなりの激痛だ……。
私のターンだな。ドロー。
今度は私の番だ。
レベル3のチューナー、氷結界の風水師を召喚し、効果を発動。
手札を1枚捨て、属性を1つ宣言して発動する。
宣言した属性のモンスターはこのカードを
攻撃対象に選択する事ができない。私は地属性を選択。」

スクラップ・ドラゴンは地属性だ。
これで攻撃宣言が出来なくなったが、ベータの狙いは別にあった。
最初から効果で攻撃を防ぐのが目的では無い。
狙いは効果のコストにより手札を捨てることだった。

「罠カード、リミット・リバースを発動。
攻撃力1000以下のモンスターを墓地から特殊召喚できる。
今捨てたレベル3の氷結界の破術師を蘇生させる。」

「……!?」

「勘付いたようだな。では見せてやろう。
レベル3、氷結界の破術師に。
レベル3、氷結界の風水師をチューニング。
永遠の安息を与えし龍よ、来たれ。
シンクロ召喚。
蹂躙せよ、氷結界の龍ブリューナク!」

その瞬間、フィールドが凍結した。
ブリューナクが産み出す氷の結晶が降り注いだのだ。
攻撃力2300と高くは無いが、その効果は
一瞬にして勝負を決めかねない危険なものだった。

互いの痣が光り、疼き、共鳴する。

「氷結界の龍ブリューナクの効果発動。
自分の手札を任意の枚数墓地に捨てて発動する。
その後、フィールド上に存在するカードを、
墓地に送った枚数分だけ持ち主の手札に戻す。
今私の手札は……2枚!」

「私のフィールドのカードも2枚!
しまった!これを通せば……。」

「これで終わりだ。手札を2枚墓地へ送り、
スクラップ・ドラゴンをエクストラデッキへ、
そして伏せカードを手札に戻す!」

スクラップ・ドラゴンが凍りつき、結晶と化して
エクストラデッキへと戻された。

「くっそぉ!伏せカードを発動する!
重力解除により、ブリューナクを守備に!」

ブリューナクの守備力は1400。
倒すのは簡単な数値だが、倒せなければまた手札に戻す効果を使われる。
それは死を意味する。

「……これでターンエンド。
ここまで持ちこたえられるとはな。
正直言って、かなり驚いている。」


カナタ LP 1000 手札1枚
場:無し

ベータ LP 2600 手札0枚
場:「氷結界の龍ブリューナク」


まだ二人目だ。
なのに、もう手札もライフも無い。
しかも、このターンで氷結界の龍ブリューナクを破壊できなければ
敗北は濃厚なものとなる。

「私のターン!!ドロ―――――!!
……強欲な壺を発動!!」

「なん……だと……。」

カナタのココロが産み出した2枚目の禁忌のカードは、
勝利を願うカナタに呼応して現れた。
強欲と嘲笑されてもいい、自分の目的の為ならば。
心のどこかでそう思っていたのだろう。
それは形となって誕生したのだ。
そして、発動した瞬間にサンダー・ボルトのように消滅していった。

「スクラップ・キマイラを召喚し、スクラップ・ビーストを特殊召喚!
そして、シンクロ召喚!!
起動せよ!スクラップ・ドラゴン!!」

「え、エプシロン!!」

「そして墓地の巨大ネズミを除外し、ギガンテスを特殊召喚!
カードを1枚セット!行くぞ!!ギガンテスで攻撃!!」

ギガンテスが氷結界の龍ブリューナクに掴みかかり、その顔を砕いた。
その瞬間、スクラップ・ドラゴンがベータの元へと飛びかかる。

「これで終わりだ!ブレェェ――――ク・ダウン!!」

「エプシロン!エプシロン!
エプシロォォォォォォォォンンンンンン!!!!」


ベータ LP 0


「エプシロン……あ、あなたは生きたいのか……
あなたの希望は……いつまで……。」

勝負が決した瞬間、ベータもアルファのように倒れ、
その肉体がぐじゅぐじゅと音を立てて崩れ去っていった。

「ぜぇ……!ぜぇ……!」

疲労の為、膝をついたカナタの前に3人目が立ちはだかる。
今、ようやく半分が終わったところだ。

「次は私が相手だ。私はガンマ。
アルファもベータも続けて倒すとは信じがたい事だ。」

「はぁ……!はぁ……!」

ガンマがデュエルディスクを構えてカードを引く。
もはや問答無用。
対話の場など無いのだ。

「だが私がここで終わらせよう。私の全てを裁く龍で。」


カナタ LP 1000 手札0枚
場:「スクラップ・ドラゴン」「ギガンテス」
  伏せカード1枚

ガンマ LP 4000 手札5枚
場:無し


もうカナタは腕を上げることも出来ないほど疲れていた。
ガンマのターンから開始された。

「私のターン、ドロー!
通常魔法ソーラー・エクスチェンジを発動!
手札からライトロードと名のついたモンスターカード1枚を捨てて発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローし、
その後デッキの上からカードを2枚墓地に送る。」

ガンマの手札から“ライトロード・ビースト ウォルフ”が捨てられ
デッキから“ライトロード・パラディン ジェイン“と
“ライトロード・サモナー ルミナス“が墓地へと送られた。

「続いておろかな埋葬を発動し、デッキからモンスターを墓地へ送る。
私は“ライトロード・エンジェル ケルビム“を墓地へ。」

その瞬間、カナタとガンマの痣が共鳴を始めた。

「嘘!?まさか、まさかもう!?」

「その通り。全てを平等に破壊し尽くす龍!
このカードは自分の墓地に「ライトロード」と名のついた
モンスターが4種類以上存在する場合のみ特殊召喚する事ができる!
蹂躙せよ!裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)!!」

白亜の輝きを放つ龍が降臨した。
その姿は気品と恐怖に満ち溢れている。
カナタや前の2人とはまた違う“龍”であった。
攻撃力は3000。
恐るべき力を持ったカードである。

「光!私は光を求める!それは救いではない!
赤き龍との一体化!
それが私が、私でいられる為の光だ!
1000ポイントのライフを支払い、裁きの龍の効果発動!
フィールド上のこのカード以外のカードを全て破壊する!
そして裁きの龍のダイレクトアタックで終わりだ!!」


ガンマ LP 3000


全てが終わろうとしていた。
スクラップ・ドラゴンの蘇生効果が発動しても、
裁きの龍の効果は何回でも発動できる。

(足掻きに足掻いてみたけど、無駄だったな。)

今、体中から閃光を放とうとしている裁きの龍を見つめながら、
カナタはぼんやりとそう思った。
今ここで自分がやられたら、ガンマと最後に残ったクローンが次に戦うのだろうか?

だったら、せめて彼女だけは助けよう。

何故そう思うに至ったかは自分でもわからない。
残された最後のクローンも、結局生贄にされる運命だろうと思うが、
今自分達が受けていた苦痛を受けるくらいなら……。

「罠カード発動!破壊輪!!
モンスター1体を破壊し、互いにその攻撃力分のダメージを受ける!」

裁きの龍に爆弾が取り付けられ、
一際眩しい光が放たれたかと思うと大爆発が起きた。
爆発の衝撃でカナタは壁まで吹き飛ばされ、
ガンマは至近距離で爆風を受けた為か、粉々に霧散した。


カナタ LP 0

ガンマ LP 0


意識が朦朧とする中、爆風の中から赤い光を放つ龍が誕生していた。
それを見たレクスが声を上げる。

「……おお!やはり私の読みは正しかった!
これでいい、これで後は最後の1人のクローンの命を捧げれば!」

赤き龍は、カナタと最後のクローンを見下ろしていた。
そしてそのまま地上へと飛び去って行った。

「何……?く、偽者のシグナーではダメ、ということですか……。
やはり本物のシグナーの命を捧げなければその力は制御できないか……。
ダークシグナーを使った計画のほうも進めておかなければなりませんね。」

薄れ行く意識の中、カナタはレクス・ゴドウィンの計画は
上手く行かなかったんだな、と理解し、
やっぱりそんなの上手く行く訳無かったんだよと思うと同時に……
クローンが産まれて来たことの意味の無さを悔しく感じていた。

(ああ……赤き龍……。
私達に……興味無かったんだね?
ニセモノだから、しょうがないよね。
じゃあ私達は何で産まれたのかな……。
アルファも、ベータも、ガンマも一生懸命自分の生きる意味を探していたよ。
私だってそうだ。
私は……記憶を取り戻すのが目的だったけど、
こんな結末になるなら、やっぱりサテライトに居たほうが良かったのかな。
記憶だってよくわからないままだし……。
……悔しいなぁ……。
ああ……もうダメだ、もう何も考えられなくなってきた。
ごめんね遊星。
あなたの母親の遺伝子は、こんなことに使われちゃったんだよ。
他のみんなみたいに、私もドロドロになって死んじゃうんだ。
……死にたく……無いよ……。)

意識を失う直前、最後に残されたクローンが
悲しそうな顔でこちらを見つめていたのが見えた。





13話「目覚めて」

「もう、写真くらいちゃんと取れないの?」

「いやぁ、最近の写真って難しくね。」

「ほら、これがセルフタイマー。
せっかく遊星が産まれたれたんだから、私生活もしっかりしないと!」

「はは、そうだね。これからは休みも取るよ。
えっと、これで準備できたのかな。」

「うん。ほら撮られるよ。3、2、1……。」

「お、うまく撮れたね。」

「ええ、ホント!これからはパパなんだし、
たまには家に帰って遊星と遊んであげてね。
約束だよ。」

「ああ、約束するよ。」


・・・


「どうしたの!?肩を撃たれたの!?」

「ああ……モーメントは暴走を始めた。もう止められない……。
だが4枚の制御キーの内の3枚を取り戻せた。」

「スターダスト、レッド・デーモンズ、ブラック・ローズ……
これをどうするの?」

「遊星に託す。正しい力として使ってくれることを信じて……。
この脱出装置ならモーメントの爆発の範囲外まで飛び出してくれる。
海に出てしまうが、この辺りの波の流れならすぐに岸へ流れる。
……元々は荷物の運搬用に試作していたものだから、
赤ん坊一人分くらいしか入らないがな……。
すまない、大人が入れるくらいの大きさに造っていれば……。」

「遊星が助かるなら、私は構いません。」

「律……。」

「大きくなった遊星を見れないのは残念ですけど、
私は遊星に未来に託します。
きっと優しい子に育ってくれると信じています。」

「ああ……。さらばだ、遊星。
……よし、これで遊星は大丈夫だ。」

「あなた、最後まで手を離さないでね。」

「もちろんだ。」


・・・


閃光と爆発が都市を包み込んだ。
エネルギーを発した中心部であるモーメントそのものが発した熱は、
施設内に居た人間を全て蒸発させた後に、半径数十キロに及ぶ
巨大な断裂を発生させ、大災害を引き起こした。
これがサテライトを襲ったゼロ・リバースだ。

施設内の壁にこびりついた肉片があった。
即死には違い無いが、偶然熱の温度がそこまで高温にならず、
蒸発しなかったものだった。

長い年月を経て、施設内へと戻ってきた
レクス・ゴドウィンの手によってその肉片は回収された。
肉片に残されていた、凝固した血液から誕生したものが、
カナタ達クローン・シグナーだ。


カナタは夢を見た。
途切れ途切れだが、不動律が歩んで来た人生の記憶だ。
今はもう、ハッキリとわかった。

自分は遊星の母親、不動律のクローンで、過去は無いこと。
今まで見た記憶の風景は全て細胞元である不動律の記憶の残光ということ。

ちょっと少ないけど、これがどうやら自分の全てらしい。
なら、後はサテライトに戻るだけだ。
それと雑賀さんにも挨拶をしておかないと。
そういえばスタジアムで黙って別れたままだった。

まだ死ぬわけにはいかなかった。

生きたい。

もう一度遊星に会いたい。

そう願ったカナタの思いが届いたのかどうかは、わからない。

カナタはまだ、死んではいなかった。


・・・


目を覚ませば、白亜の天井、白亜の壁。
白亜のベッドの上でカナタは目覚めた。

腕には何本もの管が繋がれて、栄養か何かを送っていたようだ。
ここはどこだろうか。
いや、それより……自分は何故生きているのか。

「生きているようだな。」

振り向くと、最後のクローンが立っていた。

「あ……な……たは……。」

「エプシロン。お前もバカな奴だ。自滅するなんてな。
おかげで私は完全に生きてる目的を見失った。
……あれからどうなったか教えてやろう。」

地下神殿の戦いからすでに数日が経過していた。
その数日間、様々なことが起きていた。

フォーチュンカップは不動遊星の優勝に終わり、
ジャック・アトラスが骨折するというアクシデントがあったものの、
大盛況のまま大会の幕は降りた。

その後、ダークシグナーと呼ばれる冥府からの使者が現れて
不動遊星たち真のシグナーと激しい戦いが繰り広げられた。
そのダークシグナーとの戦いは、影ながら
レクス・ゴドウィンに仕組まれていたものだった。
その戦いの意図は、やはり赤き龍の力を手にする為だ。

そして、シグナー達の手によってダークシグナー、
及びレクス・ゴドウィンは敗北し死亡した。

「レクスが死んだのはついさっきのことだ。
だから私はお前を目覚めさせた。」

「……どういうこと?」

「お前はあの地下神殿で死ぬはずだった。
だけど肉体は朽ちずそのまま残り、生命反応もわずかに残った。
我々クローンはコピーされた痣同士でデュエルすれば、
敗北したほうが拒絶反応で死亡してしまう。
なのにも関わらず、お前だけは死なずに済んだ。
レクスはそこに興味を持ち、私にお前を延命させるように命じた。
……無駄に生き残ってしまったからな、私も。」

「む、無駄なんかじゃないよ、生きてることは。」

「そう思うか、お前は。
レクスが死んだ以上、お前は自由だ。
だからお前を開放する。
お前は外の世界で生きていく場所を見つけたんだろう?
そこに戻れ。」

「サテライトに……。」

「お前を見送ったら、私はここでレクスが産み出した
クローン技術に関する研究の全てを消去してから、命を絶つ。」

カナタはクローンの手を強く握り、目を見つめる。

「私と一緒にサテライトに行こう。
気のいい仲間達が居るし、慕ってくれる子供達も居る。
顔が同じなことなんて、記憶喪失だったってことを利用して
実は双子だったってことにすればいい。
だから……一緒に生きましょう!」

「……一緒に……。」

「うん。」

「……。」

「さぁ!」

もうカナタはクローンと戦いたくは無かった。
痣のコピーによる計画が失敗し、レクスも居ない今、
戦う理由などもはや無いのだ。

「……わかったよ。行こう。」

「やった!えっと……あなた、名前はえっと……。」

「デルタ。他に名前と呼べるものは無いからそう呼べ。
アルファ、ベータ、ガンマに次ぐ四番目のフドウリツのクローンだ。」

「私は五番目だったよね……。私のお姉さんに当たるのかな。」

「クローンに姉妹なんて関係あるのか?」

「少なくとも、流れてる血は同じ。」

「……お前のことはなんて呼べばいい?
呼ばれたい名前があるんだろう?」

「あ……うん……とりあえず、今はカナタって呼んで欲しい。
まだ気持ちの整理がつかないけど……。」

「わかった、カナタ。データの消去を手伝ってくれ。
そしたら外に出よう。」

「うん!」


・・・


カナタはレクス・ゴドウィン邸の地下深くに居た。
全ての研究データを消去した後、エレベーターで地上へと上がり外へ出た。
外はまだ夜の闇に包まれているが、もうすぐ朝の光が包み込むだろう。

まず、デルタのD・ホイールに二人乗りして雑賀のところへ向かった。
雑賀は留守だったがカナタのD・ホイール、オメガ・フレームは
しっかり整備されてガレージに置かれていた。
そして「勝手に持っていけ」と書置きもあった。

雑賀が戻って来るまで待とうかと思ったが、
もし大きな仕事等で長い間戻って来ないことを考え、
やはりサテライトに向かうことにした。
「急に居なくなってごめんなさい、必ずまた挨拶に来ます」と
カナタも書置きを残し、その場を後にした。

「今ならサテライトにはすぐに行けると思うぞ。」

ネオ童実野シティとサテライトを繋ぐ唯一の道路、
セキュリティ用のトンネルをくぐり、大きな橋の上へと出た。
ダークシグナーの騒ぎとやらのせいか、デルタの情報通り警備はまるで無い。
話によると、ダークシグナーが呼び出す地縛神とやらの影響で
人々が姿を消したとの事だ。
しかしダークシグナーが倒された事で、やがて消滅した人々も戻って来るという。
なら人が居ない今こそが、楽にサテライトに行ける好機だろう。

まっすぐに伸びた橋の先にサテライトが見える。
ネオ童実野シティに来たときは命懸けでパイプラインをくぐったが
これなら事故の心配も無いというものだ。

橋の上へ出たとき、デルタがつぶやいた。

「初めて見た……。」

「え?」

「ネオ童実野シティの街並みも、海とやらも、初めて見た。
研究所から出たことは無かったし、
地下神殿に運ばれたときも眠らされていたからな……。」

「そうだったんだ……。」

橋を二人で並走したとき、それは起こった。

『デュエルモード。オートパイロット、スタンバイ。』

突然、D・ホイールのデュエルモードが起動したのだ。
以前のセキュリティとの戦いが思い起こされ、
また後ろから迫ってきているのでは無いかと後ろを振り向いた。

しかし、そこには誰も居なかった。
では考えられる原因は……。
恐る恐る、カナタはデルタの方へ顔を向けた。

「……そう、私だ。」

「そんな!何故!?デュエルしたら私たちの体は……!!」

「わからないか……?
私たちは……私たちは生きていちゃいけないんだ!」

「そんなこと無い!!レクス・ゴドウィンはもう死んだ!」

「赤き龍にも見放され、私たちには不完全な痣が残っただけ。
私たちも、この痣も、この世に存在してはいけない造られたモノだ!
クローンの研究データは全て消去すると言ったはず。
だから私はお前を葬り去る。その後に私自身も命を絶つ。
それで全ての因縁は精算される。」

「デルタ!!」

「勝負だ!エプシ……いや、カナタ!!」


デルタ LP 4000

カナタ LP 4000


カナタは全てが終わったと思っていた。
だが運命はそれを許さずに強要する。
見捨てられた痣の戦士達の、最後の戦いが始まった。


「私のターンだ!ドロー!spカウンターが1つ乗る!」


デルタ spカウンター 1個
カナタ spカウンター 1個


「攻撃力1400の終末の騎士を召喚。
召喚した時、デッキから闇属性モンスターを1枚墓地へ送る。
ネクロ・ガードナーを墓地へ。
カードを1枚セットしてターンエンドだ。」


デルタ LP 4000 手札4枚
spカウンター 1個
場:「終末の騎士」
  伏せカード1枚

カナタ LP 4000 手札5枚
spカウンター 1個
場:無し


「ま……待って、デルタ。こんなのは間違ってる!
私たちが戦う理由なんて……!
それにさっきは私だけを逃がそうとしてたじゃない!」

「お前のターンだ!!」

「く……ドロー!spカウンターが乗る!」


デルタ spカウンター 2個
カナタ spカウンター 2個


デルタが墓地へ送ったネクロ・ガードナーは
墓地から除外することで攻撃を1度だけ無効にするというカードだ。
終末の騎士を守って上級モンスターを召喚、
あるいはシンクロ素材に利用するのだろうか。

「攻撃力1600のスクラップ・ハンターを召喚!
終末の騎士に攻撃!」

伏せカードか、ネクロ・ガードナーか。
どちらかで攻撃を防がれると思っていたカナタの予想は外れた。
スクラップ・ハンターのチェーンソーは、
そのまま終末の騎士を切り裂いたのだ。

「うぉあああぁぁぁ!」


デルタ LP 3800


「え?攻撃を防がなかった!?
カードを1枚セットしてターンエンド!」

「ふぅ……罠カード、砂塵の大竜巻を発動!
伏せカードを破壊する!」

伏せたばかりの速攻魔法、罠は発動することが出来ない。
カナタの威嚇する咆哮が破壊された。
鉄壁の防御を誇っていたこのカードも発動できなければ意味が無い。


デルタ LP 3800 手札4枚
spカウンター 2個
場:伏せカード1枚

カナタ LP 4000 手札4枚
spカウンター 2個
場:「スクラップ・ハンター」


「私のターン!ドロー!」


デルタ spカウンター 3個
カナタ spカウンター 3個


カナタの伏せカードは無く、攻撃力1600のモンスターのみ。
spカウンターも溜まり、仕掛けて来る頃合だろう。
しかしデルタの行動はまたもや自分を傷つけるものだった。。

「攻撃力1400のキラー・トマトを召喚し、攻撃!」

「え!?む、向かい撃て!スクラップ・ハンター!」

またもやデルタのモンスターが破壊される。
しかしキラー・トマトには戦闘で破壊されたとき、
デッキから攻撃力1500以下の闇属性モンスターを
特殊召喚できる効果を持つ。


デルタ LP 3600


「うぐぅ!デッキ……より……クリッターを特殊召喚!
メインフェイズ2に移る!」

「一体何を……あぅ!!何……右腕が……
あ、痣が!?」

痣が光り輝いていた。
そしてこれから何が召喚されるのか、カナタにはハッキリわかった。

「私の墓地にはこれでネクロ・ガードナー、終末の騎士
そしてキラー・トマトの3枚のモンスターが送られた。」

デルタの持つ龍の召喚条件を満たしたのだ。

「行くぞ!!
自分の墓地に闇属性モンスターが3枚のみ存在している場合、
このモンスターは手札から特殊召喚することが出来る!!
冥府より産まれし闇武装鎧龍よ!全てを破壊しつくせ!
蹂躙せよ、ダーク・アームド・ドラゴン!!」

フィールドに闇が包み込み、恐るべき力を持つ龍が降臨した。
全身に武装を積み込み、触れるもの全てを傷つける龍。
それは他のクローン達の龍に勝るとも劣らぬ異常な力だ。

「ダーク・アームド・ドラゴンの攻撃力は2800!
お前のスクラップ・ドラゴンと同じだな!
そしてダーク・アームド・ドラゴンの効果を発動する!
墓地の闇属性モンスターを1枚取り除くことで
フィールド上のカードを1枚破壊することが出来る。
ジェノサイド・ブレイク!」

ダーク・アームド・ドラゴンは墓地の終末の騎士を引きずり出し、
捕食してその闇の力を増幅させた。
刃の羽から真空波を発生させ、スクラップ・ハンターを破壊する。

「く……。」

「さらにダーク・アームド・ドラゴンは1ターンに何度でも、
この効果を使うことが出来る!墓地に闇属性モンスターがある限り!」

このモンスターを破壊しなければ勝機は無い。
しかしそれは、同時にデルタの命をも奪うことになるだろう。
もう戦わなくてもいいはずだ、それがカナタの心を葛藤させる。

「やれ!カナタ!倒してみろ!
本当にお前が生きたいのなら、闇を振り払え!
それが出来なければ…………死ね!!」

「デルタ……!」


デルタ LP 3600 手札3枚
spカウンター 3個
場:「ダーク・アームド・ドラゴン」「クリッター」
伏せカード1枚

カナタ LP 4000 手札4枚
spカウンター 3個
場:無し


救いたい、カナタは強く思った。
アルファも、ベータも、ガンマも助けられなかった。
せめて一人は……デルタだけは助けたい。
共に生きたい。
デュエルすることで人を救う。
やはり、そんな事は夢物語なのだろうかとカナタは思い始めていた。





続く...



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