記憶は鎖のように
製作者:シネラリアさん
誰も知る良しのない、小さな物語。
ひとつ、またひとつ。
現れては完結し、また現れては完結する。
完結とは、終わりを示すものではない。
それが「結ぶ」という文字を冠している以上、
それはどこかへと続く永遠の物語。
続く、続く、続く。
それはきっと欠けることはなく、
どこまでも続いていく。
物語の登場人物の、思いを取り残してでも。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「おはよう」
朝の定番の一言。少女の一日はこの一言から始まる。
小鳥が囀るありきたりな朝。普通尽くしの一日は、少女を歓迎していた。
眠りから覚めた少女はゆっくりと伸びをする。
長めで、肩より少ししたまで伸びた茶色交じりのストレートな髪。
目一杯伸ばされている腕は、少女らしく細くしなやか。
「んしょ」
伸びを終えると、ベッドから足を床にしかれたカーペットへと下ろす。
寝巻きの上からでもわかる、少女の細い足。
全体的にスレンダーな少女だが、見た感じでいう雰囲気は元気溌剌としている。目覚めたばかりでも眠気が綺麗に飛んでいることからもそれが伺える。
「って、あれ?」
少女が視線を後ろへと向ける。
視線の先には、普段からそうだが今は一段と酷く寝癖の付いた頭がひとつ。
「スー、スー……」
よく皮肉を漏らす唇から、いまは小さく、可愛らしい寝息が聞こえている。
もちろん先ほどの挨拶を向けた相手だが、まだ眠り続けていたようだ。
「ありゃ。起きてなかったんだ」
挨拶したつもりが、相手が起きていなかった。ちょっとした恥ずかしさに肩を竦めつつ、起き上がり服を着替える準備を始める。今日はどんな服を着ようか、天気はどうなるんだろう、温かいだろうか、肌寒いだろうかと思考をめぐらせ10分ほど経った後、再びベッドへと視線を向ける。
「スー、スー……」
夢の住人はまだ静かに規則正しく寝息を立てている。同室にいるが、着替え始めてしまっても問題はないだろう。なぜ気にするのかといえば、それは少女が女であり柔らかな笑顔で寝ているのが少年だからである。男女という関係においては、当然である。
「んー、まぁ起きてきたり、起きてて寝た振りしてたとかだったらひっぱたけばいいんだし」
少女は随分と酷いことを言う。しかし、夢うつつの少年が知るよしもない。
というか、こんな場所で着替え始めるのを咎める権利が少年にはあるはずなのだが。
少女は自分の発言を特に気にしたりせず、意識を少年からはずす。
「天気、どうかな」
この時間ならラジオかテレビで天気予報が確認できなくもないが、少年が寝ている以上はそっとしておこうと静かにカーテンを開ける。こういったところで少年思いなのが、先ほどまでの言葉が冗談であることを示す。まぁ、実際に少年が起きようものなら少女として、当然鉄拳が飛ぶことになるのだろうが。
「うわ、綺麗に晴れてる」
少女なりの気遣いをしながら静かにカーテンを開ける。
カーテンを開けて視界に入った空は、文句のない晴天。申し訳程度に空にある雲は払いのけることが出来そうなほど虚弱。
眩しい光が差し込むだけで、部屋が温もりに包まれる。
「これなら薄着でも大丈夫かな」
そういって、少女はめちゃくちゃに広げられた洋服のなかからお気に入りのワンピースを取り出す。
白一色。小さなフリルは自己を主張せず、あくまで全体を可愛らしく見せるアクセント。それをしばらく眺める。
「汚れは、ない。染みも、ない。解れは許さない。うん、完璧」
数ある洋服の中でも特に大事にしているもののひとつ。少女はそれを赤子を抱くように優しく抱きしめる。
その後、少女はいそいそと着替えを始め、
「あ、そうそう」
と思い出したように声を出して、部屋の一角にある机へ向かい、引き出しからあるものを取り出す。
ワンピースと同じぐらい、お気に入りとしているペンダント。金色の細い鎖に、青いガラス玉がやはり金色の装飾によって止められたもの。
安物ではあったが、少女にとっては大切な宝物といえるものだった。
そして、もうひとつ別のものを取り出す。
それは先ほどのワンピースと対照的過ぎる、黒い皮製のベルト。所々に銀色の金具が機能として、または装飾として散りばめられている。
「デッキ確認ー」
誰に言うでもなく少女は呟くと、ベルトに備えられた直方体の箱のようなパーツからカード状の束を取り出す。黄土色と茶色が中心の黒い部分に吸い込まれていくような独特のカードデザイン。
「……モンスターカードよし、魔法カード……よし、罠よし」
少女はカードを一枚一枚めくりぶつぶつと何かを呟く。このカードについて詳しくなければ何のことやらわからない単語ばかりを訥々と呟いていく。
「この子が生贄要因、このカードがその補助、で召喚するのがこの子、決め手はこの子の特殊能力で……」
この子、と呼んで入るものの、少女が手にしているカードに描かれているものを見れば間違っても『子』などと呼べるような生物ではなかった。現世に存在するのならば、その名のとおりモンスターの類だろうものである。
「この子は強いんだよねー。この前も決め手になったし。当分は主戦力でいけるよね――って、いけないっ。こんなことしてる場合じゃないよ!」
カードに没頭していた自分に叱咤し、カードをかき集め再びひとつの束にする。
素早い動作で一まとめにすると、カードケースに仕舞おうとして、ふと手を止める。
「ええと、枚数確認……じゃなくて!」
のんびりとしている場合ではないというのにいつものようにしてしまう自分が恥ずかしくなり、誰に見られているわけでもないのに頬を若干紅く染める。
「えーと、えーと」
慌てた様子であたふたする少女。時間がないのか、自分がどうすればいいのか整理が付かないようだ。
「……ふぅ、これでよし」
やっと落ち着きを取り戻す少女。
カードを仕舞い、散らかしていた洋服も全部片付ける。自分の周りに何か遣り残したことがないか確認し、よし、と意気込んでから、
「ほら、起きなさい! 行くよ!」
と少年の頭をとんでもない勢いで遠慮容赦なく、一思いに平手打ちする。
「ふがぁっ!?」
突然の衝撃と痛みに耐えかね、少年が飛び起きると星が舞い、チカチカする視界に一人の少女が写った。
「痛ぇ、何するんだよあお……い?」
下着とキャミソールドレスだけを身に纏い、白い四肢を曝け出す少女が。
「あ」
情けない声を出す少女。
先ほど、寝巻きを脱ぎ捨てた後、ワンピースを身につけていなかったという自分の姿にようやく気づく。
「え、いやちょっと待て、それはお前の所為であって叩き起こされた俺に非はまったく――」
たたき起こされた挙句、すでに第二の危機が迫りつつあり怯える少年に、案の定少女の不条理な鉄拳が強襲した。
「ぐはぁっ!」
これはいくらなんでもあんまりだろうと、朝っぱらから思う少年だった。
*
「ありゃねぇよ」
頬をさすり、涙目になりながら文句を言う少年。
手を当てた頬は赤く腫れ、少女の鉄拳の威力を物語る。
「わ、悪かったってば……ごめんなさい」
ワンピースを身に纏う少女は茶色交じりの髪を靡かせながら歩く。
「まぁいいんだけどさ……痛ぇ」
大げさに頬を押さえて呻く少年はジーンズにTシャツという特徴のない服装。
特徴はないが、雰囲気としてはそれらしく決まっている、といった風。
「もう、ごめんなさいってば!」
わざとらしいその仕草に頬を膨らませる少女。
ぷいっ、とそっぽを向いて拗ねてしまう。
「はは。でもホント大丈夫だよ。悪い悪い」
胸元で光る、自分がプレゼントしたペンダントに少し視線を送る。
そして視線を上げ、いまだ頬を膨らませる少女の姿を可愛らしいなどと思いつつ、少年は言う。
「さて、何処行くよ?」
仕切りなおすようなその言葉に少女は目を輝かせて、さも当然のように、
「ゲームショップ!」
と言った。
「……もっと可愛げのあるところとかはねぇのかよ」
呆れたように溜息をつく少年。
少女のカードゲーム趣味を、少年は理解している。
少年自身はカードゲームをプレイしてはいなかったが、少女のカード好きは深く思い知っていた。
「可愛いカードもいっぱいあるよ?」
不思議そうな顔をして言う少女。
ゲームショップとはいったが、目的はやはりカードのようだ。
「判ってていってるだろ」
わざとらしい仕草をする少女に、少年がそう返すと少女はえへへ、と笑い、
「とにかく、ゴー!」
唐突に少年の手をとり、ダッと駆け出す。
少年は不意をつかれ、ややよろめきつつ持ち直し、歩調を合わせながら、
「まったく」
頭をかきつつ素直に従う。少年はいつものことだと、既に諦めている。
そして、少女が楽しそうならいいかと、お人よしの自分に苦笑していた。
*
「いつも思うけど、とんでもねぇ数だよな」
ゲームショップの一角、カードコーナーにやってきた二人。
少年が、壁に立てかけられたレアカードの一覧を眺めて言う。
「それはレアカードだからほんの一部だけどね」
手にとって選ぶことの出来るノーマルカードの束を吟味しながら言う少女。
その瞳は、らんらんと輝いている。
「そりゃわかるけど……うわ、一枚で8000円!? 誰が買うんだよ」
まるで有名絵師の絵画を見るように視線を上に上げてカードをひとつひとつ確認していた少年が言う。
自分の小遣いなどでは、買うどころか足りないものばかりである。
「甘い甘い、一枚何十万円するカードだって世の中にはあるんだから。全財産付きこんだ人とか、殺人事件起きたって話もあるよ」
そんな少女の言葉を聞いた少年は目を丸くして、
「殺人って……カード一枚にねぇ……」
と驚き、また呆れた様子で言う。
少年にとっては、ただの紙であるカードは、希少価値があって値段が張るというのはわかっても、納得はできなかった。
「一番有名なレアカードコレクターはやっぱり海馬さんかなぁ」
手に取っていたカードを置き、少年のほうを向いて少女が言う。
少年は少女の口にした人物の名前を思い出す。
「海馬? ああ、あの海馬コーポレーションの社長か」
海馬。カードゲームのことを知らなくても、その名を知るものは少なくない。その存在からカードゲームを知るものが多いだろう。
デュエルモンスターズの、いやゲーム全般のエキスパートにして海馬コーポレーションの若き社長。
デュエルモンスターズには異質なまでの執着を持つとされ、自ら大規模な大会を開催するほどの人物でもある。
「そ、有名な海馬ランドの若き社長さん。デュエルモンスターズに固執したゲーム好きのね」
皮肉のような言葉を零す少女。
人が『海馬瀬人』を語るのならば、それら単語は必ず出てくる。それほどに、そういう人間なのだ。
「童実野町でやったでかい大会の主催者だっけ。何か白い竜っぽいの使ってた気がする」
少年は以前テレビで見たカードゲーム大会のことを思い出す。
大物というには十分過ぎる態度の大きさから印象は始まり、
女性ファンも多いと聞くだけの顔立ちをしていて、
なによりトップクラスの実力の持ち主だった。
「それが海馬さんの至高の超レアカード、青眼の白龍。世界に4枚しかないって言われてる最強カードだよ」
まるで自分のことのように語る少女。
海馬瀬人がもっとも信頼するカード。
異常なまでの執着で手に入れたそれは、海馬瀬人のシンボルとも言えるカード。海馬ランドのマスコットにもなっている。
「ブルーアイズホワイトドラゴンねぇ……格好良いのは確かだな。でも、あの人3枚も持ってるんだな」
少年はデュエルモンスターズに詳しくない。故に、ブルーアイズが青眼の白龍という表記だということすら知らない。
ただ、純粋に年若い少年として格好よさが理解できる程度。
「死ぬ気で集めたって噂だよ。社長っていう権力を使って手に入れたとかなんとか」
少年は、やってることは子供だな、と呆れて言った。
4枚しか存在していないとされるカードを3枚も所持しているという点でも、彼は有名人でもある。
また、超レアカードとはいえ、昨今では何の特殊能力も持たない通常モンスターカードという点で、実際の決闘では攻撃力という点以外は魅力が低いといえるようになってきたが、海馬瀬人は今尚全てをデッキに投入し、絶対の強さを誇っている。
彼は、墓場までそのカードを持っていくだろうというのが、彼を良く知るものたちの思いである。
「クリボーか……攻撃力も守備力も低いけど、効果は中々使える……のか?」
少年はカードにデザインされた愛らしい毛むくじゃらのモンスターを眺めつつ想像する。
「本当、色々いるよなぁ」
モンスターがソリッドビジョンにより実体化し、可愛らしい泣き声をあげながら自分の主と一緒に戦う姿を。炎を纏うが如く勇ましい戦士が、己の剣で主の勝利を切り開く姿を。美しい姿の神話の竜が、雄叫びを上げ激昂し絶対の力を振るう姿を。
「自分が信じたカードでデュエルに勝てたときなんて、最高なんだから!」
少女は自分のデッキにある数枚のカードを思う。少しグロテスクな姿だけど爆発力は抜群のキーカード、愛らしい姿の割りに結構エゲツない能力を持った精霊などなど。
「信じたカードか。好きなんだな、このゲームが」
嬉しさを前面に現す少女を見ながら少年が言う。
「うんっ」
元気に答える少女。
「……俺も、やってみようか」
ふと、少年が思いつきのようにつぶやく。その言葉を聞いた少女は信じられないと言った様子で驚き、次の瞬間には満面の笑みへと変わる。
「やりなよやりなよ! 楽しいよ絶対! 私がトレーニングしてあげるから! ねっ、ねっ、やろうよ!!」
凄まじい勢いで迫ってくる少女。
自分のちょっとした発言でその気にさせてしまったことを理解し、仕方なく頷く。
言ってしまった以上は仕方なく、また自分も、少女といることでその魅力を感じ始めていたから。
「あはは。まぁ、よろしく頼むよ。才能なかったら勘弁してくれな」
少年の承諾の言葉を得た少女は、満面の笑顔のまま早速店内に用意されたデュエルスペースへと少年を引きずるようにして連れて行く。
思いもかけない出来事が、本当に嬉しそうだった。
「うおっ!?」
少年が動揺しているのも意に介さず、少女は自由に使用していいフリーデッキの束を収納されている大きな箱ごと抱えて机に置く。世界的に有名であるこのカードゲーム。この店では初心者のためにさまざまな特徴を持ったデッキをいくつもフリー素材として用意している。初心者はルールから学ぶことも考え、レベル的には低めのものである。他人のデッキはプレイヤーごとの癖があり、借りて使用しても身につくまで時間がかかるだろうという配慮から来ている。
「うげ、すごい量だな……」
少女が広げていく何種類もの束。ひとつひとつのデッキは帯で纏められているためカード一枚一枚が散らばることはないが、相当の量である。
「炎、水、風、地、光、闇の属性でしょ、モンスター主体と魔法主体と罠主体のデッキでしょ、こっちがモンスターの種族で纏められているデッキね。で、こっちが融合を活かしたデッキ、こっちは除外を得意とするデッキ、こっちは手札破壊のデッキで……ってアレ、店長、何かハイレベルなデッキもあるけど?」
少女の並べていく単語が全然理解できていない少年を無視して、店長に呼びかける少女。
「ああ、最近ここに来る子供たちもレベルがあがってきたからね。要望にお答えして高レベルのデッキも投入してみたんだ。高レベルのデッキは別の箱に入れておいてるんだけど使った後仕舞う子は面倒なみたいでね。紛れてしまったのかも」
落ち着いた雰囲気の店長は子供から慕われる先生タイプの人で、数多くの子供が集まるこの店には適役の人柄だった。人見知りせず話しかけられるような人がいるというのは、こういったゲームを扱う店には必要な人材である。
「反転召喚デッキに特殊召喚デッキなんてのもあるね。うわ、ライフ超回復デッキだ……これキラーイ」
少女がデッキにざっと目を通しながら言う。
「召喚制限デッキ……リクルートデッキに……攻撃封じのデッキと守備封じかぁ」
少年には本当にチンプンカンプンである。無知というのはこんなダメージもあるのかと苦悩する。
とりあえず少女の広げているカードの絵柄に目を通す。
少女が嫌いだといったデッキには、白い服に身を包む少女の絵柄が描かれていた。少女というにも幼すぎるぐらいだったが。
「こらこら、彼氏が置いてけぼりだよ?」
取り残されるが如く空気と化している少年のため、店長がフォローを入れる。
助かったとばかりに少年が安堵の息を漏らした。
「あ、ごめんごめん。つい夢中になちゃって」
さて、と少女は仕切りなおすように言い、少年へ初心者用デッキを説明していく。
「基本的に、炎デッキは相手のライフポイントを削っていくのが多いかな。私もこんな感じのデッキなんだ。水は……」
属性ごとのデッキを説明していく少女。
少年にとっては、炎が赤くて水が青い、風が緑で地が茶色、程度の小さい子供でもわかる様なことしかわからない。
「強いのかどうかもわからんのだが……んー、そのカードにはさっきの『防御輪』ってやつで対処できるんじゃないか?」
問題を解いていくように思いついた戦術を言ってみる少年。
ただ、少女が少女なので聞いているだけでもある程度は理解できてくる。
「で、このカードは誰でもデッキにいれるような定番カードだから対策をしておくといいよ」
少女は理解の早い少年に『教師』的な嬉しさを感じ、顔が綻ぶ。
「ミラーフォースってかなり嫌なカードだなぁ。モンスター全滅じゃないか」
「自分が使われて嫌ってことは自分が使うと強いってことだよ。それに、強いカードはデッキに何枚も入れることができないように大会とかではルールが決められてるんだよ」
「なるほどねぇ」
盛り上がっていく少年と少女。カードを広げて、コンボなどの組み合わせを語る少女、相槌をつきながら熱心に聞き入る少年。
「……」
そんな二人を周りの子供たちがキョトンとした不思議な目で見つめ、
「やれやれ」
店主が暖かい目で見守っていた。
*
「いくよ、私のターン!」
少女――葵が、高らかに宣言する。
「ドロー!」
デッキの一番上のカードを手元に加える。
そのカードを確認し、中々のカードを引けたことに頬を緩めてしまったことが災いした。
「この瞬間、罠カードを発動するわ」
葵と対戦する相手が、それを見逃さず、宣言した。
「えっ?」
そのカードを手札に入れ指を離そうとしていた手が止まる。
「罠カード、『はたき落とし』よ。ドローカードは墓地へ行ってもらうわ」
少女の場のカードが表になる。カードには剣を取り落とす腕の絵が描かれていた。
『はたき落とし』罠カード
相手のドローフェイズに発動することができる。相手はドローしたカードをそのまま墓地へ送る。
「うわー、せっかくいいカードだったのにー」
葵は渋々ドローしたカードを墓地におく。
対戦相手である少女が墓地へと送られたカードを確認する。
「『団結の力』か。なかなかのカードを捨てれたわ」
『団結の力』装備魔法カード
自分のコントロールする表側表示モンスター1体につき、装備モンスターの攻撃力と守備力を800ポイントアップする。
葵と対峙する少女の名前は美咲。フルネームを水鳥美咲という。葵と美咲は、いつもの店のデュエルスペース、ではなくこの町のとある場所にあるデュエルリングでデュエルしていた。
「『団結の力』? 確かモンスターの数だけ装備したモンスターの攻撃力が上がる強力なカードだよな」
デュエルリングでデュエリストが立つ場所は高い位置にあり、ギャラリーなどは少し下にいることになる。葵のいる場所の下で、少年がつぶやいていた。
「頑張れよー」
名前は神楽清。数ヶ月前に一方的に葵の鉄拳を食らった少年である。今は葵の教えもあり、それなりにカードに詳しくなっている。
というか、清自身もデュエリストとしてそこそこの実力を持つまでになっていた。すくなくとも自分よりも一回り以上に幼い小学生たちに十連敗するようなことはなくなった。
「うん、頑張るよ」
葵は清に呼びかけ、すぐに真面目な顔をして対峙する美咲へと視線を向ける。
「のろけもいいところね。とりあえずそんなことばかりやってるなら、このデュエルは勝たせてもらうわよ?」
美咲はすでに勝ち誇ったような態度である。
「負けないよ、私も。私は『逆巻く炎の精霊』を攻撃表示で召喚するわ。バトルフェイズ! 『逆巻く炎の精霊』でダイレクトアタック!」
『逆巻く炎の精霊』 炎 ★★★
炎族/効果
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃することができる。
直接攻撃に成功する度にこのカードの攻撃力は1000ポイントアップする。
ATK/100 DEF/200
場に現れた小柄というか本当に小さい、炎を纏う小人がその手に持つ、やはり小さい杖を美咲へと向ける。
「直接攻撃が可能なモンスターだったわね。まぁ"最初"はたった100ポイントのダメージ、構わないわ」
涼しい顔で美咲は精霊の攻撃を受ける。弱弱しい炎が100ポイントのダメージを美咲のライフから削った。
美咲 LP2700→2600
「逆巻く炎の精霊は特殊能力で攻撃力を上げるよ」
葵の言葉とともに、精霊の纏う炎が強くなる。
『逆巻く炎の精霊』攻撃力100→1100
「攻撃が成功すると攻撃力を1000ポイント上げるカードだったな。最初はともかく、放置してたら痛い目にあう」
清がカードの能力を確認する。
葵の今のデッキは炎主体のデッキ。前に彼女が説明してくれたように、相手のライフを削るカードが多い。
「でも、守りきれなきゃ手痛いダメージを食らうだけ」
元々の攻撃力が100と低いこのモンスターは攻撃力が上がるとはいえ、能力故に警戒され、攻撃力が低いうちに破壊されるのが普通だ。
「カードを2枚伏せて、ターンエンドだよ」
葵の場に2枚のカードが現れる。おそらくは『逆巻く炎の精霊』を守るための罠カード。
「私のターン。ドロー」
美咲は静かにカードを引く。引いたカードを見ても特に表情は崩さない。
葵 LP3000 手札・3枚
フィールド・逆巻く炎の精霊 伏せカード2枚
美咲 LP2600 手札・5枚
フィールド・モンスターなし 伏せカード2枚
「私は手札から、『トーチ・ゴーレム』を特殊召喚するわ。あなたのフィールドへね」
『トーチ・ゴーレム』 闇 ★★★★★★★★
悪魔族/効果
このカードは通常召喚できない。
このカードを手札から出す場合、自分フィールド上に「トーチトークン」(悪魔族・闇・星1・攻/守0)を2体攻撃表示で特殊召喚し、相手フィールド上にこのカードを特殊召喚しなければならない。
このカードを特殊召喚する場合、このターン通常召喚はできない。
ATK/3000 DEF/300
美咲がモンスターを召喚する。カードはデュエルリングの機能で相手フィールドまで送られ、空いているモンスタースペースへと置かれた。
「『トーチ・ゴーレム』の特殊効果で、私の場にはトーチトークンが2体、特殊召喚されるわ。まだ通常召喚はしていないけど……『トーチ・ゴーレム』の効果で通常召喚はできない。だからこのカードを使うわ。『強制転移』!」
『強制転移』魔法カード
お互いが自分フィールド上のモンスターを1体ずつ選択し、そのモンスターのコントロールを入れ替える。選択されたモンスターは、このターン表示形式の変更は出来ない。
葵の場に機械仕掛けの巨人と美咲の場に小さな機械仕掛けのトークンが2体現れ、そのうち一体の後ろに空間がねじれたような穴が現れる。
「『強制転移』はお互いがモンスターを一体選択してコントロールを入れ替えるカード。私は『トーチトークン』を選択するわ」
美咲の発動したカードは対象を選択するカード。葵の場には『逆巻く炎の精霊』と『トーチ・ゴーレム』の2体。
(選択できる状況で『強制転移』なんて……攻撃力の高い『トーチ・ゴーレム』は私にとってはいいカードだけど、何かを狙ってるのかな)
確かに生贄可能のトークンを用意できるとはいえ、攻撃力0のモンスターが2体も攻撃表示で召喚されてしまうカードだ。通常召喚はできない以上、次のターンで相手にそれこそ『トーチ・ゴーレム』でトークンを攻撃されれば大ダメージを受けることになる。それゆえにその状況を逆転するために攻撃力0のトークンを相手に渡すための『強制転移』だが、選ぶモンスターが任意であるこのカードと『トーチ・ゴーレム』の組み合わせは、相手フィールド上にモンスターがいない状況でこそ威力を発揮するコンボのはずだった。
(『逆巻く炎の精霊』をあげてもいいけど、多分それも含めて狙ってるんだよね)
まだ美咲のターンはメインフェイズ。『逆巻く炎の精霊』を奪われれば、『トーチ・ゴーレム』を無視して攻撃力1100での直接攻撃を食らう。また能力により攻撃力が2100となる。『トーチ・ゴーレム』との攻撃力差は900。なんとかすれば埋められる差である。反撃のための対策済みだろう。かといって、『トーチ・ゴーレム』を渡せば『逆巻く炎の精霊』を破壊されるだけ。
「どうしたの、早くしなさい」
美咲が急かすように言う。『トーチ・ゴーレム』は単体では相手に戦力を与えるだけのカード。ならそのためのカードも用意しているだろう。それこそ『強制転移』のような。
「私は『逆巻く炎の精霊』を選択するわ」
葵が言うと同時、『逆巻く炎の精霊』の背後の空間に捩れた穴が現れ、吸い込まれる。同時に美咲の場のトークンも吸い込まれる。
「ふーん、そっちを選んだの」
互いの場に残った穴からモンスターが出てくる。葵の場にはトークンが、美咲の場には『逆巻く炎の精霊』が。
「じゃ、『逆巻く炎の精霊』でダイレクトアタック!」
先ほどまで主だった葵へと炎を放つ精霊。
「きゃぁっ」
美咲への攻撃時よりも激しさを増した炎が、葵を襲う。
葵 LP3000→1900
『逆巻く炎の精霊』攻撃力1100→2100
「うぅん……でもまだ大丈夫!」
葵が場と手札を確認する。
「後は何もせず、ターンエンドよ」
美咲がターンエンドを宣言する。
「じゃぁ、私のターン、ドロー!」
葵 LP1900 手札・4枚
フィールド・トーチ・ゴーレム トーチトークン 伏せカード2枚
美咲 LP2600 手札・3枚
フィールド・逆巻く炎の精霊 トーチトークン 伏せカード2枚
ドローカードを確認する葵。次のターンで逆巻く炎の精霊に直接攻撃されれば終わってしまう。
だからその前に、『逆巻く炎の精霊』を倒さなくてはいけない。
「うん、これなら」
葵が『トーチ・ゴーレム』で『逆巻く炎の精霊』を攻撃しようと決めたとき、美咲が口を開く。
「罠カード発動!『グラヴィティ・バインド‐超重力の網‐』!!」
「えっ!?」
『グラヴィティ・バインド‐超重力の網‐』永続罠カード
フィールド上に存在する全てのレベル4以上のモンスターは攻撃をする事ができない。
オープンされたカードに目を見開く葵。
「これで、レベル4以上のモンスターは攻撃できなくなるわ」
『トーチ・ゴーレム』は言わずもがなレベル4以上のモンスター、今の状況で『逆巻く炎の精霊』を倒せる攻撃力のモンスターの攻撃が封じされてしまった。
そして、『逆巻く炎の精霊』はレベル3。フィールド全体に効果を及ぼす重力の網も、『逆巻く炎の精霊』はかいくぐってしまう。
「どうする? 次のターンで私の攻撃が決まれば終わりよ」
美咲は葵を見る。
だが、葵は諦めたような表情はしていなかった。
「うん、攻撃できないね。"レベル4以上のモンスター"は」
妙に含みのある言い方をする葵。何か対策でもあるのだろうかと警戒する。この場面を覆される状況を模索する。
(レベル4以下なら攻撃も可能だけど……レベル4以下で『逆巻く炎の精霊』の攻撃力を超えるモンスターがいるなんて思えない。グラヴィティ・バインドを破壊されれば『トーチ・ゴーレム』も攻撃可能だけど……確かに手札もリバースカードもある。でも私の伏せてあるカードは『アヌビスの裁き』。グラヴィティ・バインドを破壊しようとすれば、その効果で無効にし、『トーチ・ゴーレム』を破壊してその攻撃力分のダメージを与えることができる……!)
『アヌビスの裁き』カウンター罠カード
手札を一枚捨てる。
相手がコントロールする「フィールド上の魔法・罠カードを破壊する」効果を持つ魔法カードの発動と効果を無効にし破壊する。
その後、相手フィールド上の表側表示モンスターを1体破壊し、そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手プレイヤーに与えることができる。
「私は手札から、魔法カードを発動するわ!」
葵が宣言する。グラヴィティ・バインドを破壊するカードならば、勝負は決定する。『アヌビスの裁き』はスペルスピードが最速のカウンター罠。同じカウンター罠出なければ除去できず、2枚の伏せカードに都合よくそれが存在するとは思えない。あったとしてもグラヴィティ・バインドに発動しているはずだった。
「発動するのは、『フォース』!」
「!?」
『フォース』魔法カード
フィールド上に表側表示で存在するモンスターを2体選択する。
エンドフェイズまで、選択したモンスター1体の攻撃力を半分にし、その数値分もう1体のモンスターの攻撃力をアップする。
予想は外れた。こちらのカードを破壊するカードではなかった。
「『フォース』……モンスターを2体選択して半分の攻撃力を片方のモンスターへと追加するカード……でも」
美咲はフォースというカードの効果を思い出し確認する。
「でも、何?」
葵は似合わない不適な笑みを浮かべて問い返す。
「『逆巻く炎の精霊』の攻撃力を下げても……」
「このカードの効果はエンドフェイズまでだもんね。次のターンでは戻っちゃうから、意味がない」
美咲の考えたことを言い当てるように言う葵。しかし、何か考えがあると言う顔をする。
「私は、『逆巻く炎の精霊』の攻撃力を半分にし……『トーチトークン』へ与える!」
「なっ!?」
『逆巻く炎の精霊』攻撃力2100→1050
『トーチトークン』攻撃力0→1050
「『トーチトークン』へ!?」
ほとんど存在を無視していたに等しいモンスターの存在を確認する。攻撃力0のモンスターである以上、警戒していなかった。
そして――
「そう。『トーチトークン』のレベルは、1」
「っ!」
つまり、グラヴィティ・バウンドを抜けられるのだ。
「……でも、攻撃力は同じ。相打ちでも狙うの?」
相打ちにされれば、こちらの場は攻撃力0の『トーチトークン』だけになる。しかし、グラヴィティ・バインドがある限り『トーチ・ゴーレム』での攻撃は心配要らないし、グラヴィティ・バインドを破壊しようとすれば、『アヌビスの裁き』が発動するだけだ。
「ううん、相打ちなんてさせないよ。私はさらに手札から、もう一枚『フォース』を発動!」
「えっ!?」
もう一枚の『フォース』。これで、
『逆巻く炎の精霊』攻撃力→525
『トーチトークン』攻撃力→1575
「攻撃力が上回った……!」
美咲が愕然とする。この状況で、手札に二枚の『フォース』である。何らかの状況のために温存していたのだろうが、今まででも使いどころはあったはずだ。というか、同名カード2枚を温存するなんて、手札事故もいいところである。
「これで、『逆巻く炎の精霊』は倒せるね」
さすがに、この展開は予想していなかった。美咲は、『トーチ・ゴーレム』を使った戦術を深く模索していた。テストデュエルも何回も繰り返し、思案してきた。結果、手元に攻撃力3000という強力なモンスターを持つ以上、相手はほとんどの場合で今の状況ならばグラヴィティバウンドを破壊しに掛かり、『アヌビスの裁き』の餌食になってきたのだ。
だからこそ、それをせずモンスターの、いや攻撃力0のトークンの攻撃力を上げることで打開しようとするのを見るのはほとんど初めてと言ってよかった。
「くっ」
しかし、『逆巻く炎の精霊』が破壊されても『フォース』の効果はエンドフェイズまで。次のターンで『トーチトークン』を生贄にし、モンスターを召喚して、自分でグラヴィティバインドを破壊、葵の『トーチトークン』を攻撃すれば、わずかライフ1900を削ることは容易だった。
(手札には『サイクロン』がある……攻撃力2500の『サイバティック・ワイバーン』も『ゴブリン突撃部隊』もいる。イケる!)
だが、葵の声がその計画を打ち崩す。
「勝てるって思った? それ、フラグだよ♪」
おそらく、心の底でこの瞬間に負けを覚悟したのだろう。手札が、見えなくなった。
「手札の最後の一枚を発動するよ。『巨大化』!!」
美咲は絶句し、何も言えなくなった。『巨大化』のカードが発動された時点で、『強制転移』を使った自分のターンからの流れをすべて理解する。
「『巨大化』は自分のライフが相手よりも少ない場合、装備したモンスターの攻撃力を倍にすることができる。私のライフは貴方より少ない。だから、『トーチトークン』の攻撃力を倍にするわ!」
『巨大化』装備魔法カード
自分のライフポイントが相手より少ない場合、装備モンスター1体の攻撃力を倍にする。
自分のライフポイントが相手より多い場合、装備モンスター1体の攻撃力を半分にする。
魔法カードの発動により、トークンの姿が大きくなり『トーチ・ゴーレム』にも引けをとらない大きさに成長する。
『トーチトークン』攻撃力1575→3150
「『強制転移』で『逆巻く炎の精霊』を渡したのは、自分のライフを減らすためだったのね」
『逆巻く炎の精霊』によるダイレクトアタックでライフが逆転し、『巨大化』の倍加効果が使用できた。葵は攻撃宣言に対し発動できる罠は伏せていない。『トーチ・ゴーレム』を渡していれば『トーチトークン』を攻撃されて終わっていたのだ。
「『逆巻く炎の精霊』なら『トーチトークン』を攻撃しようがダイレクトアタックしようが結果は同じ。一撃でライフが0になることはないから、『逆巻く炎の精霊』を渡した。たぶん、貴方は私がグラヴィティ・バインドを発動するのを信じてたのね」
「うん、まぁね。『トーチ・ゴーレム』には補助となるカードが必要不可欠だもの」
美咲はもし葵が『強制転移』に『トーチ・ゴーレム』を選んだ場合のことも考えていた。
当然、『トーチ・ゴーレム』で『逆巻く炎の精霊』を攻撃。罠が伏せてあるなら、攻撃が無効化されるか、『トーチ・ゴーレム』が破壊さされていただろう。次のターンで『逆巻く炎の精霊』の攻撃を受け、ライフが大幅に減る。こちらの伏せカードに攻撃対策のものがグラヴィティバインドなのは、『トーチ・ゴーレム』召喚のときに読まれていただろう。葵は、信じていたと言った。『トーチ・ゴーレム』が破壊されていようがいまいが、次に美咲はトークンを生贄にして『サイバティック・ワイバーン』を召喚して『逆巻く炎の精霊』を破壊するか『トーチトークン』へ攻撃していたし『トーチ・ゴーレム』が破壊されていなければ、それはそれで終わる。
よく考えれば今のように『フォース』を使うのなら『トーチ・ゴーレム』などは破壊するわけにはいかないはずだ。そしてライフの差により『巨大化』が使えない。
手札を完全に活かすために美咲の『強制転移』を利用したのだ。
「私の勝ちだね。でも一応、『逆巻く炎の精霊』は私の友達だから、貴方の場の『トーチトークン』を攻撃する」
葵の『トーチトークン』が、美咲の『トーチトークン』へと突進する。そして、その機械的な爪で、同じ姿をしたモンスターを破壊する。
「……どうでもいいけど、それなら『逆巻く炎の精霊』に『フォース』使う意味ないわね」
ライフポイントが減少していくのと合わせるように美咲が零す。まったくそのとおりだったりする。
美咲 LP2600→0
デュエルの、決着の瞬間である。
「ふぅ、私の勝ちだねっ」
葵が深い安堵の息を吐く。美咲は、自分の敗北を完全に認め、無理をして笑ってみせる。
「あはは。負けたわ。もうコテンパンってやつかしら」
デュエルリングが二人のデュエリストを地上へと戻す。葵と美咲は互いに歩み寄り、軽い握手を交わす。デュエルが終われば勝者も敗者もないという、二人に問わず多くのデュエリストの誓いである。
「よ、お疲れお二人さん」
そんな二人に、清が近づく。葵へはペットボトルのお茶を、美咲へは缶コーヒーを手渡す。実はよくデュエルをする二人へのお決まりの労いだった。
「これでこの前の負けの借りは返したよ、美咲?」
葵が豪快にお茶を流し込んでから言う。言われた美咲はチビチビと飲んでいたコーヒーから口を離し、言い返す。
「あの時は……『機械犬マロン』を破壊した挙句、一旦場から手札に戻して存在を知っていたはずの守備用モンスターに攻撃して反射ダメージで自爆したんでしたっけ?」
美咲は意地悪く微笑み、葵が痛いところを付かれたとばかりに頬を膨らませる。
「あー、そんなのもあったなぁ。俺でもわかったぞ、あれは」
清も意地悪く言うと、さすがに葵も怒ったのようで、
「うるさいなぁっ! いいじゃん、どうせ清は美咲に一回も勝てないくせに!」
と言い返す。
「し、しかたねぇだろそれはっ」
清もそれなりに力を付けてきたとはいえ、特殊召喚を駆使しモンスターを絶やさず、また『トーチ・ゴーレム』のような捻った戦略も見せる美咲には、コンボよりは一枚のカードの効果で闘っていく清ではまだまだ届かない。勝てというのはさすがに厳しかった。
「っていうか、この前清くんに負けたのはどこの誰でしたっけ?」
再び美咲が意地悪く言う。
「ぬぬっ、それはいっちゃいけませんっ!」
やはり痛いところを付かれた葵はこれ以上の反論ができなくなった。
「ふはは。俺の超連続魔法コンボに手も足も出なかったなしな!」
大きく胸を張って誇る清。実際はコンボというよりはただ単に多くの魔法を発動するだけであるが。
「あ、あれは手札事故で……」
葵がそのことを思い出したのか、消極的に反論する。
「それも実力のうちってね。まぁ攻撃力4900で守備力0のモンスターに『メテオ・ストライク』による貫通ダメージってかなりエゲツない気もするけどね」
助け舟なのか追い討ちなのかわからない言葉を言う美咲。
「いや、2枚の罠と4つも発動した魔法カードのうち一枚も除去も対抗もできないなんてダメだろ。ってか実質『メテオ・ストライク』だけ除去できれば俺、次に負けてたのに」
さらなる追い込みをかける清の言葉に、
「うるさーーい!!」
ペットボトル(蓋なしお茶入り)を投げつけることで返答とした葵だった。
「ぐはっ」
「あらら」
清はあんまりだと思い、美咲はやれやれと肩を竦める。
「とりあえず、これでデートの権利は私のだからね!」
そのデート相手に容赦なくお茶をぶっ掛けておいて何を言う、と心中で思いつつ、美咲は言う。
「仕方ないわ。今回は譲っておくけど、次は負けないから」
「おかしい、そのやりとりは男として嬉しいものであるはずなのに喜べない! おかしい! 何でだっ!」
それはお茶かぶったからでしょうと冷静に言う美咲。
「よし、兎に角いくよ、清くん!」
葵は清の手をとり、施設の出口へと走りだす。
「うわ、ちょっとまて、せめて着替えさせろっ!」
お茶まみれの服と髪でデート。正直に言って格好つくとかいうレベルではない。
一人残された美咲は、ふと先ほどのデュエルを思い出す。
「……もしかして」
あの時、アレを発動せずああしていればああなり、こうなってそうなって、勝っていたのではないか。
「それとも、それも読んでいたのから」
負けてしまったデュエルの勝っていたかもしれないことなど、考える意味はないと思い、やめる。
「楽しんできてね、清くん」
とっくに姿を消した少年へと向けて小さくつぶやいた。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「――――を召喚して、攻撃! 俺の勝ちだ!!」
清が、一体のモンスターを召喚し、ダイレクトアタックを決める。
「負けたぁ」
デュエル相手の少年がガックリと肩を落とす。
「すごい引きだったね」
モンスターカードを、それも攻撃力1800以上のモンスターを引かなければ負けていたと言う状況で。
「みたか、俺の奇跡のドロー!」
清は、見事に『ヂェミナイ・エルフ』を引き当てた。攻撃力1900。引くべきカードそのものだった。
「モンスターカードの多いデッキでしょう? 攻撃力はともかく、引けなくはないわよ」
美咲があまり調子に乗らないように、と付け足す。清の今のデッキはモンスターカードの多いデッキ。特殊能力を使い、相手モンスターを破壊したり、魔法とのコンボで相手ライフを削ったり。汎用性の高い構成となっている。
「いいじゃねぇか。それもデュエリストの腕のうちだって」
清はそういいつつ、デュエルを終了したあとのデッキをシャッフルする。入念にシャッフルした後、一番上のカードをめくる。
「うら、どうだ!」
めくったカードをそのまま葵と美咲に向ける。そのカードはモンスターカードで、間違いなく清のデッキで最高の攻撃力を誇っていた。
「あら、すごいわね。積み込み?」
「わぁ、すごいねっ、仕込みでも?」
笑顔でさらっと酷いことをいう。
「るせぇぇぇぇっ!」
清は、随分とやっかいな性格の女に好意を持たれてしまったものだと、数十回目の後悔をするのだった。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「また、同じ夢……」
少年が、つぶやきながら目を覚ます。
今まで同じような内容の夢を幾度見てきただろう。いつも、二人の少女と一緒にいる夢だった。そしていつも、何かで遊んでいたような気がする。
「んぁ」
ゆっくりと体を起こす。ベッドの上だ。少年は自分のいる場所を確認する。
「……」
自分の部屋だ、間違いない。そして夜だ、暗い。
目が暗さに慣れていない。起きたばかりだから当然だが、部屋の奥までは見えなかった。
「楽しかったな」
なんとなしに、夢のことを思い出す。楽しかった。何かを夢中でプレイする自分は、笑っていたように思う。
少女の一人も、笑っていた。自分の手を引いて、自分は連れまわされていた。
もう一人の少女は、微笑んでいた。上品で、爽やかだったと思う。
二人とも可愛かった。活発で元気な少女と、気品のある静かな少女。
「……ああ」
わざわざ起こした体を、再びベッドへと倒す。ついでに、腹の辺りにあった掛け布団も手繰り寄せる。
「ああ」
右腕で目を覆う。頭が痛かった。今現在も薄れていく夢の記憶をつなぎとめようとしているからだろうか。
それが随分と、馬鹿げたことのように感じられた。
夢と呼ばれるものを、よく見ていた。
起きてしまえば内容はほとんど忘れてしまった。
でも、それがとてつもなく、
これ以上ないほど楽しいものだということは覚えていた。
いつも、二人の少女と一緒にいる夢だった。
そしていつも、何かで遊んでいたよな気がする。
大好きだった。
二人の少女も、夢の楽しさも。
遊んでいたはずの、何かも。
二人の少女の名前と、何で遊んでいたのかは、まったく思い出せなかった。
「ああっ」
両手で顔を覆う。叫びと同時に、再び体を起こす。
「うわぁぁっ」
体を丸めて、喘いだ。手には、水分らしきものが感じられた。それを、止める術は知らなかった。
「あぐっ……ぅぅ」
喉の奥から何かが這い出てくる。蛇か蜥蜴か。爬虫類の類であろうそれが、喉の奥から皮膚を食い破るように激しく暴れて這い出てこようとする。
「……ごっ」
それを出してはいけない。吐いてはいけない。きっと、何かを失うから。
でも、この激しい吐き気は、耐えられるようなレベルのものではない。
常人なら、いや常人でなくとも。この嘔吐感が堪えられるわけがない。堪えられるというのなら、変わってほしい。
もう、ダメだと諦める。
「がはっ!」
そう心の隅にでも思った途端、出るところまで出掛かっていたすべてを吐き出してしまう。
「げほっ、ごほっ、ぐっ、ぉ」
安心した。もう、苦しまなくていい。
不安だった。また、ぶり返すんじゃないのか。
解放された。気持ち悪さが晴れていく。
縛られている。体に蛇が巻き付いているような感覚がした。
「あ、あは。あはは。く、くはっ」
笑みが零れた。
信じられないのは自分自身。
気色が悪い。この状況で笑みなど零している。
唐突に視界が真っ白になる。
「あれ、何やってんだろ」
少年は、さっき見ていた夢のことも。
自分が激しい嘔吐感に襲われていたことも。
気味悪く微笑んでいたことも。
「どこだよここ」
何もかも。
自分のことでさえ、綺麗さっぱり忘れ去っていた。
そして、声が聞こえた。
「おはよう、清くん。朝だよ、起きて」
つまるところ、清という少年には記憶障害があったりする。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「遊戯ぃー!」
背の低い少年が、声のした方へと視線を向ける。
二人の少年が、こちらへと走ってきていた。
「城之内くん、本田くん」
駆け寄ってきた二人を笑顔で迎える遊戯。
城之内も本田も、よっ、と片手を挙げて挨拶をする。
「やっぱり城之内くんも参加するの? 例のデュエル大会」
あってすぐ話題に出るのがデュエルモンスターズの話題である。もっとも彼らにとっては普通といって言いものであるが。
「ああ、ったりめぇよっ。今日のためにデッキを組みなおしてきたんだからな!」
意気込んでかばんの中からご丁寧に決闘盤とデッキを取り出す城之内。
本田がかばんの中身を盗み見るが、他には弁当箱以外入っていなかった。
「お前、相変わらずなのな……」
本田が呆れた様子で言うと、城之内が怒ったように言い返す。
「んだとぉ。俺の命に文句あんのかよ」
勇ましく決闘盤を腕にはめデッキをセットする。今はまったく意味のない行為だが、熱意はしっかりと伝わってきた。
「でも城之内くん、今日はトーナメントの組み合わせを抽選するだけで試合はないみたいだけど……」
遊戯が控えめに言う。それを聞いた城之内は驚いた様子で、明らかに動揺する。
「え、そうなの?」
その言葉に額を右手で押さえる本田。お前ってやつは、と小さくため息とともにつぶやいた。
「あ、でも。一応、たくさんの決闘者は集まるし、本番前の腕鳴らしって感じでデュエルできるかも」
遊戯がそういうと、城之内は安心したように胸をなでおろす。
城之内は自分の腕に嵌められた決闘盤を見る。
「この大会のために組んだデッキ。遊戯、お前にだって負けるつもりはないぜ!」
自身に溢れたその言葉に反応するのは遊戯ではなく、彼の中にいるもう一人の人格だった。
ほんの少しだけ遊戯の胸に下げられたペンダントが輝く。
淡い光が収まると、遊戯の表情が凛々しいものへと変化する。
「ああ。オレも全力で勝負させてもらうぜ、城之内くん!」
ベルトのホルダーから自身のデッキを取り出し勇ましく構える遊戯。
武藤遊戯の中に、いや胸に下げられた『千年パズル』の中にいるもう一人の存在である遊戯。
「うっしゃ、とりあえず抽選が終わったらそこらのやつとデュエルだぜ!」
会場へと向かう城之内。
『城之内くん、元気だね』
遊戯の心の中で二人が会話する。
「ああ。相棒、今回の大会は、城之内くんだけじゃない、他のデュエリストにだって足元を掬われるかもな」
今回の大会は海馬コーポレーションやインダストリアルイリュージョン社によるほどの規模の大きな大会でない。
『うん。数多くのデュエリストが集まる大会だもの。強い人たちが大勢いるはずだよ』
だが、デュエルモンスターズを専門として扱うほどの企業主催による大会であり、規模は小さいとは言えないもの。
「さぁ、行こうぜ相棒」
『うん!』
城之内を追っていった本田に続くように、二人の遊戯は手をつなぐような信頼と共に会場へ向かう。
*
「今回の大会へご参加いただき、誠にありがとうございます」
司会者らしい人物が挨拶を始める。
「今日はトーナメントの組み合わせの抽選会のみとなりますが、店内のデュエルスペースを開放いたしますので、抽選会が終わり次第、決闘者の方々は存分にお楽しみください」
集まった数十名の決闘者たちが歓声をあげる。みな、デュエルがしたくてたまらないといった様子だった。
「また、カードパックの販売もいたします。後日の大会へ向け、デッキを強化なさってください」
再びの歓声。
「カードパックだって城之内くん」
再び人格を戻した遊戯が言う。
「おう。これでデッキがますます強くなるぜ!」
ガッツポーズをする城之内。
周りを見ればほとんどの決闘者たちが自身のデッキを確認している。
今日は大会本番でないとはいえ、考えることは同じのようだ。
「僕も欲しいカードがあるんだよね。売ってるかなあのパック」
遊戯がつぶやく様に言うと、心の中でもう一人の遊戯が答える。
『相棒』
短く言うもう一人の遊戯。
「え? どうしたのもう一人の僕?」
頭に浮かべていたカードリストを振り払って心の中へと意識を向ける。
『今回の大会はオレと相棒のどっちがデュエルするんだ?』
期待するような、不安なような顔をするもう一人の遊戯。
「それって、城之内くんとかとあたったらって意味だよね? 僕はどっちでもいいんだけど……」
遊戯は二人とも、城之内たちと闘いたく、また二人とも城之内たちと闘ってもらいたい。
かなわぬ願い。二人が同一の体に存在する以上、解決できない問題。
「本選はマッチとかじゃないし……文句なしの一回勝負。勝負できるのは一回限り……」
いつもなら、何回でも勝負できるのだ。
『オレはいいんだぜ、相棒。城之内くんたちとなら今回だけがチャンスじゃないしな』
表の遊戯は裏の遊戯の表情を見て思う。
彼は本当に素直じゃないと。
そしてその顔を見て、表の遊戯は覚悟を決める。
「……もうひとりの僕」
静かに言う。悩んでいても仕方ない。
「楽しもう?」
その言葉に、裏の遊戯がハッとした表情になる。
『ああ』
だが、すぐに表情は微笑みへと移り変わる。
「うん!」
いつ、城之内と当たるかはわからない。
その前に、自分たちが敗北する可能性だって0ではない。
そんな可能性は考えるのに、城之内たち友人が敗北することは考えない。
自分と闘いたいといってくれたことを誇りに思い、また深く感謝し、そして全力で応える。
ただ、自分はくる運命に身を任せる。
そう決めた。
(君が還る、そのときまで)
少年たちの小さな闘いが幕をあげる。
武藤遊戯。
城之内克也。
彼らに挑戦するために集う、数多くのデュエリスト。
そして――――
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
40の可能性は、幾十の選択肢を作り出す。
辿る道に同じものはなく。また障害となる壁にも同じものはない。
必勝などと言うものはない。だが必敗などと言う言葉もありはせず。
例え思うように進めなくとも。例え越え難い苦痛にぶつかったとしても。
応えてくれると信じれば。そうさせられると思いさえすれば。
奇跡の光は輝く。誰しも届くことができる。
届かないものに、人は希望は抱かない。
未来を信じろ。己を信じろ。
すべてを、信じ尽くせ。
「恐れても、恐れても、恐れても。変わらないのなら、信じるしかないじゃないか」
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
とある日、デュエルを申し込まれた清は挑戦を受け、まるでやる気のないプレイングをし、敗北した。
清は、空っぽだった。
昔、あれほど強かったデュエルへの激しい熱意も、消え去っている。
完全に舐められたと思った男は激情し、清へと殴りかかる。
清は逃げも避けも抵抗もしなかった。
カードが散らばる。男によって踏みつけられる。
清は、空っぽだった。
本当に、空っぽだった。
「見つからないんだ……」
何度繰り返してもわからなかった。
所持していたいくつかのデッキでデュエルしてみた。
何も思い出せなかった。
清の頬に激痛が走る。痛みに顔を顰めつつも、胸にあるのは一つだけ。
漠然としかつかめない、大きな大きな空虚感。
どんなに頑張っても、何も思い出せない。
あるいは、思い出したくなかったのだろうか。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
童美野町、デュエルトーナメント当日。
「いくぜ! オレは『ブラック・マジシャン』を攻撃表示で召喚!」
『ブラック・マジシャン』 闇 ★★★★★★★
魔法使い族/
魔法使いとしては、攻撃力・守備力ともに最高クラス。
ATK/2500 DEF/2100
裏の遊戯の場に黒衣の魔術師が現れる。
魔術師は主へと振り替えり、微笑む。
裏の遊戯は絶大な信頼を感じ、微笑み返す。
「『ブラック・マジシャン』と『ブラック・マジシャン・ガール』で攻撃!」
『ブラック・マジシャン・ガール』 闇 ★★★★★★
魔法使い族/効果
自分と相手の墓地にある「ブラック・マジシャン」と「マジシャン・オブ・ブラックカオス」の数だけ、攻撃力が300ポイントアップする。
ATK/2000 DEF/1700
師弟とされる二人の魔術師が二つの杖を合わせて、莫大な黒いエネルギーを放出する。
総攻撃力4500の黒魔導は遊戯と対峙するプレイヤーのライフを一瞬で0とした。
「これでオレの勝ちだぜ!」
遊戯のガッツポーズ。それと共に、フィールドに現れていたソリッドビジョンが静かに消え去る。
「やったな遊戯!」
城之内と本田が駆け寄る。
3人は和気藹々とした様子で話し合う。
「Aブロック第一回戦、武藤遊戯VS月見里夕は、武藤遊戯の勝利です!!」
司会者が高らかに宣言する。
「くっそぉっ、やっぱ決闘王になんて無茶すぎるっての!!」
遊戯に敗北したデュエリスト、夕が身をかがめて悔しがる。確かに、彼に問わず多くのデュエリストにとってトーナメントで遊戯にあたると言うのは酷と言うものだった。
「でも、楽しいデュエルでした! 遊戯さんとデュエルできて、光栄です!」
夕が遊戯に手を差し伸べる。
握手の合図であるそれに、遊戯は快く応えた。
「ああ。オレも楽しかった。最高だったぜ」
固く交わされる握手。
夕はその行為に感激したように、手を離した後に彼の後ろにいた彼の連れらしき人たちへと向き直り、叫ぶ。
「うぉぉー!! 遊戯さんと闘えたぞー!! みたか、みたよな? 『ブラック・マジシャン』と『ブラック・マジシャン・ガール』だぜ!?」
夕は高揚した様子。後ろにいた友人らしき者たちも同じような様子でいる。
「すごかったな、さすがに遊戯さんだ」
対戦していた少年にに短髪の友人が声を掛ける。
「オレ、遊戯さんの『ブラック・マジシャン』初めて見た!」
背の低い少年が嬉々として叫んだ。
「モンスターの展開力、魔法カードのコンボ、罠の発動タイミング。どれも一品だ」
メガネを掛けた知的そうな少年が先ほどのデュエルを振り返る。
「ちょっと引きが良すぎる気もするけど……」
という一人の少年の発言に、
「そ れ は 言 っ ち ゃ ダ メ だ」
意味深に隣の少年が言った。
*
「デュエルトーナメントAブロック、決勝戦進出者決定です!」
司会者が高らかに言う。
開催からしばらく、遂に決勝戦の組み合わせが決定しようという頃だった。
「やっぱ、Aブロックは遊戯さんかぁ」
一回戦で遊戯に敗北した参加者、月見里夕が感慨深く呟く。
遊戯自身とはこの大会で対戦した以上の面識はないが、かの『決闘王』とデュエルできたことは、一介の決闘者としては胸に込み上げるものがある。
「……」
そんな夕の横に、寡黙を体現するように佇む少年が一人。
「なぁ、神楽。お前次Bブロックの決勝戦だろ? あと一回勝てれば遊戯さんとデュエルできるぜ?」
夕がまるで自分のことのように、興奮と期待を露にして言う。
「……まぁ。勝てれば、だけど」
静かに答える少年。感情らしき感情は感じられないが、僅か、ほんの僅かだけ緊張が混じったような声。
「勝てるって! 一回戦からバンバン勝ち抜いてきたじゃんか!」
少年の友人としての信頼を持って断言する。
しかし、少年は自身なさ気に答えた。
「いや、だって。対戦者、城之内さん、だぜ?」
あ、そうだったと、夕が思い出したように、トーナメントの対戦表に目を向ける。
そこには、Aブロックを制覇した、トーナメント表の頂点まで赤いラインが伸び、その先にある遊戯と、先ほどエスパー呂場を打ち破り、Bブロック決勝へと勝ち進んだ城之内の名前があった。
「バトルシティでもベスト4に入った人だもんな……デッキは運任せのギャンブルデッキっぽいけど」
確かに、城之内のデッキはいまだ変わらず、強運が物をいう一発勝負のカードが多い。
「でも、勝ち上がってきてる。ここぞって場面では、絶対に外さない」
それこそが城之内という決闘者の最大の強みであり、またどんな不利な状況でも気合でひっくり返すという勝負強さが際立っていた。
「うーん、そうなると確かにわからないなぁ」
夕が若干落ち込んだように俯く。
城之内の決闘者としての強さは無視できるようなものではない。
「それになんだか、もっと別の『強さ』を感じるんだよなぁ」
夕が知らずして、城之内の心を察する。
「……」
城之内は確かに強敵だ。しかし、対戦者となった以上は全力で向かうだけ。
「行ってくるよ」
少年――神楽清は、やはり静かにデュエルの舞台へと向かっていく。
「よう! 決勝戦の相手はお前か? ここまで来たからには負けられねぇが、お互い全力で勝負しようぜ!」
城之内が熱い言葉と共に決闘盤を構える。
「はい。よろしく」
清も、決闘盤を構えた。
両者の準備完了を確認した司会者が、デュエルの開始を宣言する。
「それでは、Bブロック決勝戦、城之内克也VS神楽清のデュエルを開始いたします!」
闘いの火蓋が切って落とされる。
「「デュエル!」」
清と城之内の声が、同時に、ステージ全域へと響いた。
清 LP4000 手札・5枚
城之内 LP4000 手札・5枚
「オレの先行! ドロー!」
ドローカード・人造人間−サイコ・ショッカー
(コイツか……強ぇカードだけど、いきなりは召喚できねぇ)
城之内のデッキの中で特に信頼するカードの一枚であるサイコ・ショッカー。
ある決闘者から受け継いだ『魂のカード』であり、友に闘ってきた切り札である。
「オレは『ランドスターの剣士』を攻撃表示で召喚!」
妖精の戦士が、城之内のフィールドへ現れる。見た目は少し頼りないが、当然真の力を発揮するのはこれからである。
「さらに、リバースカードを2枚セットして、ターンエンドだ!」
城之内の伏せたカードは『天使のサイコロ』と『悪魔のサイコロ』。
(毎度毎度お世話になってるカードだぜ……!)
『天使のサイコロ』は『ランドスターの剣士』の攻撃力を上げ、『悪魔のサイコロ』は相手モンスターの攻撃力を下げる。
城之内お得意の『運任せ』が早速出るかという物だが、馬鹿にできないのが城之内の強運である。まず間違いなく清のモンスターは返り討ちにあるだろう。
「僕のターン。ドロー」
ドローカード・早すぎた埋葬
「……!!」
清の表情に驚愕の色が現れる。
城之内もそれを見逃しはしなかったものの、
(何だ? 良いカードでも引いたのか。だが、攻撃力の高いモンスターだとしても、サイコロで返り討ちだぜ)
含み笑いを漏らす城之内。
「僕は、『プロミネンス・ドラゴン』を攻撃表示で召喚。さらにカードを一枚セットします」
『プロミネンス・ドラゴン』 炎 ★★★★
炎族/効果
自分フィールド上にこのカード以外の炎族モンスターが存在する場合、このカードを攻撃することはできない。
自分のエンドフェイズ時、このカードは相手ライフに500ポイントダメージを与える。
ATK/1500 DEF/1000
「バトル! 『プロミネンス・ドラゴン』で『ランドスターの剣士』に攻撃!」
清の声とともに、体中が炎に包まれた竜が『ランドスターの剣士』へと突撃する。
「そうはさせねぇ! リバースカードオープン『悪魔のサイコロ』。そして、速攻魔法『天使のサイコロ』だ!」
城之内の場の、伏せられた2枚のカードがオープンする。
『天使のサイコロ』速攻魔法カード
自分フィールド上のモンスターを選択する。
その後、サイコロを一度振り、選択したモンスターの攻撃力を出た目の数だけ倍加する。
『悪魔のサイコロ』罠カード
相手フィールド上のモンスターを選択する。
その後、サイコロを一度振り、選択したモンスターの攻撃力を出た目の数だけ割る。
「まずは『天使のサイコロ』だ!」
カードから現れた白いキャラクターが、手に抱えた大きな青いサイコロを地面に向かって投げる。
サイコロはコロコロと転がっていく。
(頼むぜぇ、『プロミネンス・ドラゴン』の攻撃力は1500。4以上が出れば…!)
「くっ……」
清も、緊張した面持ちで転がるサイコロを見つめる。
こちらに有利になる目は1か2。3では相打ちになるし、4以上は返り討ちだ。
そして、サイコロがとまる。
「頼むっ」
出た目は――4。
「うおっしゃぁ! これで『ランドスターの剣士』の攻撃力は2000! 続いて『悪魔のサイコロ』だ!」
『ランドスターの剣士』攻撃力500→2000
青いサイコロが消え、次に、赤いサイコロを持った黒いキャラクターが現われる。
同じように振られたサイコロは、同じように転がり、そして――
まったく願ってもいない、最悪の目を出した。
「うげぇっ、1かよ!?」
城之内の運勢は『良い事の後には悪いことがある』の法則に逆らえないらしい。
『プロミネンス・ドラゴン』攻撃力1500→1500
「くそっ、だが『ランドスターの剣士』の攻撃力が上なのは変わらねぇ、迎え撃て!」
愛らしい姿から、若干逞しい体つきとなった『ランドスターの剣士』が、向かってきた敵モンスターをその剣でなぎ払う。
清のモンスターは、簡単に破られた。
「あぁっ」
清 LP4000→3500
「よっしゃ、『プロミネンス・ドラゴン』撃破!」
城之内が固くガッツポーズをする。
ライフポイントに大きな減少はないものの、城之内の場には攻撃力2000のモンスターが残ることとなった。
「……」
だが。
「ん?」
清の表情を見た城之内が、はて、と首を傾げる。
何故かと言えば、
「僕の勝ちです」
清が、笑っているからである。
「なっ……!?」
「僕は手札より、『早すぎた埋葬』を発動。ライフを800ポイント払います」
清 LP3500→2700
「墓地より、『プロミネンス・ドラゴン』を蘇生。そしてさらに、速攻魔法『地獄の暴走召喚』を発動!」
『地獄の暴走召喚』速攻魔法カード
相手フィールド上に表側表示モンスターが存在し、自分フィールド上に攻撃力1500以下のモンスター1体の特殊召喚に成功したときに発動することができる。
その特殊召喚したモンスターと同名カードを自分の手札・デッキ・墓地から全て攻撃表示で特殊召喚する。
相手は相手フィールド上のモンスター1体を選択し、そのモンスターと同名カードを相手自身の手札・デッキ・墓地から全て特殊召喚する。
「このカードの効果により、デッキから『プロミネンス・ドラゴン』を全て攻撃表示で特殊召喚します。城之内さんも、『ランドスターの剣士』を特殊召喚できますけど、同じカード、ありますか?」
清の場に、同じモンスターが3体並ぶ。城之内は倒したばかりのモンスターがいきなり3体も出揃ったことに驚き、若干動揺していた。
「え? あ、いや、ねぇけど……」
問われた城之内が不意を突かれたように答える
あいにく城之内は同名カードを複数入れることはない。今回は、それが痛いこととなった。
「そうですか。それじゃぁ、僕はターンエンドです。そして、エンドフェイズに『プロミネンス・ドラゴン』の効果発動!」
「なにぃ!?」
城之内が驚くのも当然である。エンド宣言と同時に、3体のモンスターが攻撃態勢をとったからである。
「『プロミネンス・ドラゴン』はエンドフェイズに相手に500ポイントのダメージを与えます。よって、1500ポイントのダメージです!」
炎の竜の口から炎弾が城之内目掛けて放たれる。
場に『ランドスターの剣士』がいても、モンスター効果による攻撃では防げない。
「うおぉっ」
城之内 LP4000→2500
「これで、僕のターンは終了です」
清の冷静なエンド宣言。
城之内は優勢だったつもりが、いきなりライフポイントを逆転されたことに焦る。
更には、次のターンでモンスターを残しておけば、もう一度同じようにダメージを受けることとなる。
「くそっ、オレのターン! ドロー!」
ドローカード・鉄の騎士 ギア・フリード
「オレは『鉄の騎士 ギア・フリード』を攻撃表示で召喚! 2体で『プロミネンス・ドラゴン』を功げ……」
「ちなみに、『プロミネンス・ドラゴン』はこのカード以外に炎族モンスターがいる場合、攻撃対象にできません」
「え?」
「そして、『プロミネンス・ドラゴン』は炎族です。この意味、わかりますよね?」
「えーと。つまり」
「はい。戦闘では破壊できません」
城之内、絶句。
それもそうだ。倒さなければいけないモンスターが戦闘では破壊できないのだ。
ちらりと、自分の手札だというのに盗み見るようにして手札を確認する城之内。
城之内・手札 人造人間−サイコ・ショッカー 魔導騎士ギルティア 稲妻の剣
(何にもねぇっ!!)
相手が上級モンスターを召喚しても、サイコ・ショッカーや装備カードでモンスターを強化するなりできたのだが、戦闘によって破壊できないのではどうしようもない。最初のターンで『稲妻の剣』を装備しておくべきだったと後悔するが、それでも少し多くライフを削れたけで終わっていた。
「タ、ターンエンドだ」
がっくりと肩を落とす城之内。
「僕のターン。ドロー。ターンエンド」
そして、ただただ冷静に告げる清。
「うぐ……ってうおぉぉ!」
城之内 LP2500→1000
「やっべぇ、次のターンで終わりっっ!?」
明らかな焦りとともにデッキに指を触れさせる城之内。
手札に打開する手段が何もない以上、このドローに全てがかかっているわけになるのだが――
「くそっ、オレのターン……」
まだ始まって3ターン目である。3度目のドローに運命を託すという実に情けない展開になってしまったものの、諦めるつもりは毛頭なかった。
「ドロー!」
恐る恐る、ドローしたカードを、ゆっくりと瞼を開きながら確認する。
(魔法カード……良かった、モンスターじゃなくて……ええと……)
諦めるつもりはないものの、正直不安でしょうがないのが本音だった。
が、男城之内。土壇場の運というものだけは天下一品である。
「……! やったぜ!!」
城之内の歓喜の声が響く。
この状況を打開できるかもしれないカードを、今まさに引いたのだった。
(かもしれない、は余計だっつーの)
「何を引いたんですか?」
清が興味あり気に訊く。
この状況を覆せるカードを引き当てたというのなら、興味が沸くというものである。
「へへん、行くぜ、これがラスト、当てれば勝ち、外せば負けの大勝負だ!」
3ターン目がラストというのはやはり情けないが。
「うるせぇ!」
「何も言ってませんけど……」
いけね、と城之内が肩を竦めて、そして仕切りなおしとばかりに深呼吸をしてから、引いたカードを発動する。
「魔法カード、『スート・オブ・ソード ]』!!」
『スート・オブ・ソード ]』魔法カード
コイントスを一回行い以下の効果を適用する。
●表:相手フィールド上のモンスターを全て破壊する。
●裏:自分フィールド上のモンスターを全て破壊する。
「なっ!?」
清が驚愕する。
まさに一発逆転の大博打。城之内の得意とする、ギャンブル系カードだった。
その効果は、成功すれば清のモンスターを一掃し、ダイレクトアタックで決着がつき、
逆に失敗してしまえば、城之内のモンスターは全滅し清のターンで決着がつくというもの。
(そういやぁ)
と、城之内は思う。
(今の状況だと、あのカードにそっくりだぜ)
デッキの中に今も組み込まれている、遊戯から貰った大切な最初の『魂のカード』。
(最近はなんか引けなくてつかってやれないけどな……)
そんなカードを思いつつ、
「運命のコイントスだ。行くぜー!」
荒野に突き立つ十本の剣が描かれたカードから、一枚の金貨が飛び出す。
表が出れば勝ち、裏が出れば負けの単純明快さ。
「表だ! 表っ、表ぇぇ!!」
城之内が必死に叫ぶ。
清は、静かにコインへと視線を注ぐ。
「表ぇぇぇっっ!!」
そして、コインが運命を決めた。
結果は――まるで、導かれたかのように――表、だった。
「うぉぉぉぉっしゃぁぁぁぁっ!!!!」
城之内の絶叫が轟く。
「これでお前のモンスターは全滅だ!」
フィールド上に、10本の剣が現われる。大小あるそれらのうち、大きい方の5本の剣が、清のフィールドへと降り注ぐ。
清の場のモンスターは、突き刺さろうとする剣に抗うことはできず、次々と破壊されていった。
「そしてぇっ『ランドスターの剣士』と『ギア・フリード』のダイレクトアタックで決まりだぜ!」
主の声に従い、2体のモンスターがそれぞれの剣を構える。
そして、勝負を決めようと走り、だそうとして。
「へっ?」
城之内の間抜けな声が零れた。
城之内 LP1000→0
「……あれ?」
城之内の、敗北の瞬間だった。
「罠カードを、発動させてもらいました」
清の、やはりあくまでも冷静な声が響く。
「罠っ!?」
城之内の幾度目かの驚きの声。
「『バックファイア』、炎属性がやられた時に効果を発揮する永続罠カードです」
『バックファイア』永続罠カード
自分フィールド上に存在する炎属性モンスターが破壊され墓地へ送られた時、相手ライフに500ポイントダメージを与える。
「破壊されたのは3体。つまり、1500ポイントのダメージで城之内さんの負けというわけです」
清は、隠しきれない喜びの表情を見せている。
「そ、そんなぁ……」
つまりは、城之内はすでに敗北が決定していたというわけである。
モンスターを破壊すれば『バックファイア』の効果により、
破壊できていなければ、それはそれで次のターンで終わる。
出来レースだった、という結果なわけであった。
「デュエルトーナメントBブロック、決勝戦進出者決定です!」
司会者の、無情な宣告が会場に響き渡った。
続く...