「ヨシノ頼りじゃん、結局」
「でも先輩のターンでエクゾディア完成されましたよねー。敗因先輩じゃないですか」
「私はハンデスは積まない主義なのー。正々堂々戦う派だからねー」
「はいはい二人とも喧嘩せんといてー。サッポロ一番みそ味できたでー」
「「でかしたさっちゃん!」」
私が割り箸を手に取った時、さっちゃんがサッポロ一番の入った丼を置く。
おお、素晴らしきサッポロ一番みそ味。最高である。野菜たっぷり、コーンたっぷり。
「さっちゃん、私も欲しい」
「はいはい、宗谷ちゃんとヨシノちゃんの分も今よそうでー。部長も今作るでなー」
「…私は、しょうゆで」
「しょうゆの方な、わかったでぇ」
千歳部長、何故一人だけ、醤油?
「ちとせ ぶちょう の くうきを よまない ! アリス は あきれはててている」
「宗谷、いつまでゲーム言葉を続けてんのさ」
「アリス は 30 の ダメージ を うけた」
「何に受けてるんだよ!? むしろ回復してるだろ、ラーメン食べてんじゃん!」
「アリス の わけのわからない いいわけ アリス は こんらん している」
「してねぇよ! なんでさっきからこんらん治ってねぇんだよ!」
とりあえず宗谷に突っ込みを入れるのは疲れる気がする。
ずずり、とラーメンを啜っている間にようやく醤油ラーメンが出来たのか、千歳部長も箸を取って、さっちゃんも味噌ラーメンと共に席につく。
「最近考えること」
千歳部長が、一口食べた後口を開いた。
「私達はただいま義務教育を受けている。日本の識字率は死ぬほど高い。世界的水準で見れば異常クラス」
「まぁ、教育も三大義務ですしね」
絵美里がそれに口を挟む。千歳部長はそれには返さず言葉を続ける。
「具体的に言うと他の国がGN-Xなら、私達はトランザムライザー」
「トランザムしてるの!? 私達そこまで強いの!? 赤く光って通常の3倍なの!?」
「まぁ、それは語弊があるけど他国から見て異常なのは事実」
思わず度を失って突っ込んでしまったが、まぁ確かに日本の識字率、というより教育水準は高い傾向にあるらしい。
「つまり、地球の裏側では。私達が当たり前に受けている、当たり前の生活がない可能性があるって事」
また始まった。千歳部長のシリアスモード。
いつも電波を受信して、時として私達中学生には答えが出せない無理難題をスタートさせる。
そんなに答えが出したいのならアカシックレコードにでも到達してしまえばいいのに。
「よく人の命は等しく与えられた、平等だなんて言うけど、それを考えたらそんなの嘘よね」
「…ま、まぁそうなんじゃないですか?」
「では、私達に出来ることはあるかしら? 答えは無い。一切。悲しくなるほど、無い。それが現実」
いや、少なくともラーメン食べてる間にする話じゃないですよねそれ?
それは限りなく事実ではあるけれども。
「まぁ、少なくとも私だってそういうことは思いますよ。デュエルで世界が救えたらいいのになーって」
味噌ラーメンを啜りこみつつ、そう呟くと全員一斉に首を振る。
「ないな」
「ないですね」
「ないと思う」
「ないと思うなぁ」
「ない」
「せめて誰か一人は肯定して!」
まるでフォローする気が無いって何よそれ。
「デュエルで世界が救えるのは、武藤遊戯にも無理。十代と遊星は実際やっちゃった。えびは知らない」
「せめて遊馬君も名前言ってあげなよ! えび扱いなの!?」
部長の感覚はどうなっているんだ。
「でもそれってアリス先輩も遊馬君の事えびって認識してますよね」
「あ」
「罰として中堅降りてください。エースは世代交代です」
「関係ないだろそれ」
とりあえず絵美里は黙らせておく。
「まぁなにはともあれ。私達チームが、世界を救えるデュエルをするとしたらどうする?」
「「「「「うーん…」」」」」
皆で考え込む。冷静になって考えてみよう。
「まぁでも、いつものように皆でつないでいくぐらいしか出来ないよねぇ」
「まぁ、私もそう思う。ラストの部長までしっかりつなぐ」
私の言葉に宗谷が肯定。なぜなら、チームワークは重要だ。
「今年の目標」
全員がちょうどラーメンを啜り終えるのと同時に、千歳部長が口を開く。
「北海道大会まで行く」
「地区大会優勝ですね! もちろん、今年は最強ですから!」
「有子と宗谷が去年から成長してるし、花咲と空知という期待の新人がいる。フレッシュでいいチーム」
そう、今年の五稜女子中デュエル部は例年とは違う!
昨年度までの主軸であった3年生が大量卒業した事で…少数精鋭にはなったが、その分エネルギッシュにいける!
「まぁ一番の不安要素は花咲と有子が独断専行しすぎること」
「「え」」
千歳部長、それは言わないで欲しい約束なんですけれど。
…というようなやり取りが昨日あった。
確かに、北海道大会まで行くという目標上、地区大会を上位入賞しなければ北海道大会には出場できない。
で。その為に練習試合が必要なのは解る…解るんだけど。
「あ? 冷房寒いっすか?」
「イ、イイエ。ダイジョウブデス」
辛うじて私はそう返すけど、隣に座るヨシノに至ってはもう白目をむいて気絶している。
そんな時に限って宗谷も絵美里も千歳部長までいないって何なんだー!
待合室として用意された教室に、それぞれ五つずつ椅子が並んでいる。正方形に並べられているから、他の顔が見える。
私達は、女子中故に女子である。それは解る。
真正面。私立鮫ヶ淵高校付属中。今回の練習試合のホスト。男子校。
右サイド。私立三本囃子中。デュエル部の部員は男子オンリー。
左サイド。私立大海鮮丼高校付属中。やっぱり男子校。
つまり、この場に女子は私達だけしかいないうえに…。
鮫ヶ淵高校付属中はハチャメチャな不良だらけの学校として知られているし。
三本囃子中は体育祭の名物・五人囃子音頭の練習で日々体力と根性と気合を鍛錬してることで有名。
大海鮮丼高校付属中に至っては説明不要だ。
と、いうより鮫ヶ淵中の皆さんは金髪だったりピアスだらけだったりどう見ても不良にしか見えないし、三本囃子中の皆さんは体格だけならかなりデカイ。
「あ、皆さんお茶どうぞ。あ、オーザックもあるんで、好きなだけ」
「ア、アリガトウゴザイマス…」
「んお? このお茶面白い味だな」
「ああ。今、そこの五稜女子のマネージャーさんに貰ったお茶なんだが。マテ茶というらしい」
思わずマテ茶噴きそうになった。つーかさっちゃん何してるんだよ!
「いやー、男子校だから女子用トイレがないのが大変だったな」
「まぁ、仕方ないですよ宗谷先輩。あ、ポテチだ。いただいでもいいですか?」
「オーザックは神」
そして宗谷といい絵美里といい千歳部長までなんでナチュラルに馴染んでいるの!?
落ち着け、クールになれ、素数を数えてクールになるんだ檜山有子!
1…2…3…4…6…8…9…。
素数じゃないという突っ込みは無しにして。
ヨシノがナチュラルに気絶している脇でのんびりポテチをほおばる皆。よくもまぁこんな男だらけの環境で…むしろ周りが狼にしか見えないんだけど。
「試合会場の準備できたんで、移動をお願いします」
「…出番」
千歳部長の号令に私達が立ち上がる。
「行くぞテメェら! 返り討ちにする覚悟ぐらい見せてやれ!」
「「「「うおおおおおおおおおっ!!!!!!!」」」」
「俺達は負けない。今年の、三本囃子は――――北方不敗!」
「「「「北方不敗!」」」」
「この巨大ミズダコの名に懸けて敗北は許されない! 行くぞ!」
「いや、団長! そこはカツオでしょう!」
「いいや、毬藻キャノンが黙ってないと…!」
「毬藻はどうでもいいんだよ毬藻は!」
そして、他の学校のデュエル部員達も。
どうやらこの練習試合、一筋縄では終わらないらしい。
デュエルのチーム戦は、通常我々がイメージするものとは少し異なる。
平たく言えば、リレーで繋いでいくようなものである。
先鋒のライフが0になれば次鋒へ、と選手が交代していく。ただ、墓地とフィールドはチームで共有するので前の選手が残したカードを次の選手が使用できるし、サルベージすることも出来る。
これを使って特定の選手が強力な制限カードを何度も使うという戦術もある。
閑話休題。今、そんなチームデュエルの練習試合である。
鮫ヶ淵中先鋒:LP4000 花咲絵美里:LP4000 三本囃子中先鋒:LP4000 大海鮮丼中先鋒:LP4000
「……あの。どこの、先攻、名乗り出ないので。ウチ、先攻でいいすか?」
沈黙に耐えかねた鮫ヶ淵中の先鋒がそう口を開き、全員が頷く。やはり誰もが遠慮してたのか。
「では、はじめます。ドロー」
ドローした瞬間、彼の顔つきが変わった。
「魔法カード、融合を発動。手札のメテオ・ドラゴンと、真紅眼の黒竜を融・合・合・体!」
融合 通常魔法
手札・自分フィールド上より融合モンスターに定められたモンスターを墓地に送り、
融合モンスターをエクストラデッキから特殊召喚する。
メテオ・ドラゴン 地属性/☆6/ドラゴン族/攻撃力1800/守備力2000
真紅眼の黒竜 闇属性/☆7/ドラゴン族/攻撃力2400/守備力2000
1ターン目から手札融合とは…手札使いが荒いのか、それとも見かけ重視か攻撃力重視で先攻逃げ切り型なのか。
鮫ヶ淵中の先鋒は、今、輝いていた。
「メテオ! ブラック! ドラゴンを! 融合召喚!」
「いちいち区切るなうるさい」
「ごふぅっ!?」
あ、部長のツッコミ入った。
メテオ・ブラック・ドラゴン 炎属性/☆8/ドラゴン族/攻撃力3500/守備力2000/融合モンスター
「真紅眼の黒竜」+「メテオ・ドラゴン」
「ターンエンド。手札にリバースできるカード無いんで」
「それ…言っていいの? 次、私のターンなんですけど」
「あ。どうぞどうぞ」
流石の絵美里も呆れていたが、すぐにカードをドローする。
「……」
あ、手札組みなおしてる。
もう一度並び替えてる。深呼吸してもう一度。
…事故ったな、あれ。
「ターンエンドで」
ふん、手札事故を起こすような奴がエースを名乗るなぞ100年早い。
世代交代はまだまだ先だぞ、絵美里。
「えーと、じゃ俺のターンで。ドロー」
続いて三本囃子中の先鋒のターン。
「攻撃力3500。良いモンスターじゃないか、鮫ヶ淵の」
「ほう…そんな事言うからには、お前はそれ以上のものを1ターンで見せてくれるのかい?」
「見やがれ。これが俺の新カードだ!」
ダミー地雷 通常罠
このカードは1500ライフポイントを支払うことで手札からも発動することが出来る。
相手フィールド上に存在するモンスター1体を選択する。
そのモンスターのレベル2ごとに、自分フィールド上に地雷トークン(地・☆1・機械族・攻守0)1体を特殊召喚する。
このモンスターは攻撃宣言を行えず、守備表示にも出来ない。
三本囃子中先鋒:LP4000→2500
「なに!? と、いうことは…メテオ・ブラック・ドラゴンのレベルは8、つまり4体の地雷トークンが!?」
フィールド上にぽこぽこと出現した地雷トークン。
「そして俺はこの3体の地雷を生贄に捧げ…見てみるがいい。これが噂の邪神ドレッド・ルートだ!」
邪神ドレッド・ルート 闇属性/☆10/悪魔族/攻撃力4000/守備力4000
このカードは特殊召喚できない。
自分フィールド上に存在するモンスター3体を生け贄に捧げた場合のみ通常召喚する事ができる。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
このカード以外のフィールド上のモンスターの攻撃力・守備力は半分になる。
こ、これは邪神。Vジャンプのおまけでついてきた邪神…。●とか消しゴムとかよりもずっと威厳がある…!
私は、こんな奴らとも戦わなくてはいけないのだ…絵美里、お前は生き残れるか!
「……」
絵美里の奴、呆けている。
「マズイな。絵美里の奴、手札事故のショックが大きすぎる」
「自業自得でしかないと思うんだけど」
「アリス、お前はもう少しチームプレイというものを考えろ。先鋒の絵美里が崩れたら、立て直すのは難しいんだぞ?」
宗谷がため息をつくが、まだ現状は変わらない。
「はーい、ターン終了ぉ!…あ」
「どうした、ヒデアキ?」
「リバースカードやるの忘れたぁ! ごめん、今の無しで!」
「無理。大海鮮丼中のターン」
「…待ったなしだよな」
リバースカード忘れてるんかいコイツら。
「ようし、任せろわれ等が先鋒! ドロぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
ガイン、という非常に嫌な音がした。ええ、嫌な音がしました。
大きなリアクションをつけた大海鮮丼中の先鋒の腕は。
鮫ヶ淵中先鋒の即頭部に文字通りのパンチを浴びせていました。
「てんめぇぇぇぇぇ!!! 何しやがんだいきなりぃぃぃぃぃぃっ!!!」
「ウチの先鋒にパンチ浴びせるたぁいい度胸じゃあああああああ!!!」
「落ち着け今のは事故じゃないかああああああっ!!!」
「毬藻に免じて許してくれよぉぉぉぉぉっ!!!」
「お前はいつまで毬藻に拘ってんだぁぁぁぁっ!!!」
「蹴り飛ばすぞキサマァァァァ!!!」
「喰らえ、伝説の毬藻トース!」
「毬藻レシーブ!」
「毬藻アターック! って、いつまで毬藻を引きずってんだ死に晒せぇぇぇぇっ!!!」
「うるせぇぇぇぇ!!! とりあえずお前ら廊下出ろやぁぁぁぁぁっ!!!」
10分後。
「えー。諸事情により大海鮮丼中は棄権ということで、鮫ヶ淵の2ターン目から再開しようと思います」
あのー、廊下で皆さん白目◯いてる訳ですけど。
流石不良の学校。恐るべし。鮫ヶ淵の皆さん、強い。
「えーと、じゃメテオ・ブラック・ドラゴンを…ああ、そうか。ドレッド・ルートの効果あるのか」
メテオ・ブラック・ドラゴン 攻撃力3500→1750
あのー、先鋒さん。顔に返り血ついたままなのが怖いんですけど。
「あ。やべ」
「どうしたんですか?」
「失礼。え? どうしたの姉ちゃん?」
鮫ヶ淵の先鋒、携帯電話に出ています。お姉さんからのようです。
「はぁっ!? いや、無理だろ!? 今俺部活ちゅ…いや大事だから! 宇宙の次ぐらいに大事だから! ええっ!? 何俺の優先順位低いの!? いやそれはやめてわかったわかったから! …ごめん、俺、交代」
鮫ヶ淵中次鋒:LP4000→8000
ライフが0になるなどの敗北以外の交代の場合、その時点で残っているライフポイントは次の選手が引き継げる。
なので相対的には不利になっていない。筈だ。
「実は昨日」
鮫ヶ淵中の次鋒が席に座ったとき、絵美里が唐突に口を開いた。
「アリス先輩にファーストキス奪われたんです」
「「「!?」」」
なぜか一斉に、多くの視線が私に降り注ぐ。主に驚愕で。ノックアウトしてた海鮮丼中の人たちまでもだ。
「なんで代わりに胸を揉もうとしたらすごい抵抗されちゃいましてね…だから皆さんも気をつけた方がいいですよ」
「絵美里貴様ぁぁぁぁぁぁっ!!!」
なんてことを言い出すんだ!
「え? 別にちょっとアリス先輩の事を愚痴っただけじゃないですかー」
「ちげーよ! むしろ周囲を見てみろよ!」
そう、周囲はその一言で、大変な事になっていた。
鮫ヶ淵中も三本囃子中も、殆ど鼻血出してるじゃない。あ、海鮮丼中もだ。
「…なぁヒデアキ。俺、思うんだけどさ」
「なんだトモノリ?」
鮫ヶ淵中の次鋒が三本囃子中の先鋒に急に声をかける。
「ぶっちゃけさ、胸の大きさじゃないと思うんだよね。アリスちゃん可愛いじゃん」
「初めて気が合うじゃないか!」
そう、二人は学校の枠を越えて、手を取り合った。
「うるせーよ! 胸は大きさだよ! 絵美里ちゃんが一番だろ!」
「黙れ毬藻! 胸を大きさでしか見られない奴だからお前はダメなんだよ!」
「んだとコラァ! IPPAI OPPAI ボク元気って影山さんも歌ってるじゃねぇか! 巨乳オブザベストの何が悪い!」
「時代は美乳だよ! 大きさにしかとらわれないのは前時代の遺物だっつーの!」
「愚かな」
そんな彼らの論争を、三本囃子中の大将が静止にかかる。
「時代は……ヨシノちゃんのような、絶壁だと」
「死ねロリコン」
「見損ないましたぜ部長。俺は巨乳艦隊が全てです。具体的にいうとマネージャーの川上さんのような! 或いは絵美里ちゃんのような巨乳艦隊こそ全て!」
「お前は部活やめろー! ロリコン以外は三本囃子中デュエル部を名乗るなー!」
「それはお前の嗜好だよ職権乱用! リコール請求すっぞコラ!」
もはやどこから突っ込めばよいのか解らん…。
1時間後。
なぜか私らをネタにした大乱闘がその場で始まりかけ、流石にそれはまずいと思った鮫ヶ淵中の一部の生徒の護衛を受けつつ私達は避難していた。
ちなみにその一部生徒も学校に戻ったので恐らく鮫ヶ淵中はただいま大乱闘の真っ最中である。
流石にもう何も言えはしない。
でも…。
「ねぇ、デュエルする?」
「え?」
私の唐突な言葉に、絵美里が驚いた顔をあげた。
「いやー。だってさ、絵美里は自分がエースだなんて言っておいて手札事故してたし」
「あ、あれはたまたまですよたまたま! 事故です!」
「ほーう。じゃあ、あれが事故ならば見せてもらおうか。真の実力を」
「路上でやるなアリス」
私がそう言いかけた時、宗谷がカバンで後ろからひっぱたいてきた。
「部室戻ってからな」
「それに、オーザックもろてきたから後で一緒に食べようなぁ」
「…さっちゃん。それ、鮫ヶ淵中さんのじゃ…」
時々さっちゃんの行動がわからない…このマネージャー…。
「そう。部室に戻ってきてからの方が、公平な判定を下せる。それに、私には考えある」
「?」
部長の考えはたいていろくな事じゃない気がするが黙っておこう。
広い道のりを通って、どうにか学校まで帰り着く。
「さて」
部長は帰ってくるなり、いつもと変わらぬ表情のまま、部室のカーテンを締め切り、そして歴代部員達が寄付してきたカードの山が入った箱を、机の上にぶちまける。
「「!?」」
そして電気を切る。
「適当に40枚選んでデュエルを」
「あのー。ふつーに1種類3枚以上あるカードもあるんで無理です」
ご覧の通りである。
流石にいつものデッキをお互いに少し調整したものでデュエルとなった。
「私が勝てばポジションチェンジですからね!」
「ああ、うん。宗谷とね」
「おい」
絵美里のポジションはチェンジしてるから詐欺ではない。詐欺ではないぞ。
エースポジションである中堅の座なぞ、高速道路で前転したって譲れるものか。
「ともかく、行くぞ絵美里! かかってくるがいい!」
「ところで先輩、縞パンは似合いませんよ」
「なんで私のパンツ知ってんだよ!」
「見ますから」
「見えてるじゃないの!? 見ますからなの!?」
どんな神経してんだこの後輩。
なにはともあれ、この後輩に礼儀と先輩の偉大さというものを教えてやらなければならない。
「なにせ、個人戦はあまりしませんからね…腕が鳴りますよ、この新デッキで…くくく」
「随分自信たっぷりだねぇ絵美里? だけど私も伊達にエースナンバーを背負ってる訳じゃないんだよ? いつもの練習試合の姿が私の全てだと?」
「いいからやれよ」
「「デュエルだー!」」
檜山有子:LP4000 花咲絵美里:LP4000
「まずは私が先攻ドロー!」
さて、手札を確認してみよう。
「魔法カード、トレード・イン発動!」
トレード・イン 通常魔法
手札からレベル8のモンスターカードを1枚捨てる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。
「冥王竜ヴァンダルギオンを墓地に送って、カードを2枚ドロー!」
冥王竜ヴァンダルギオン 闇属性/☆8/ドラゴン族/攻撃力2800/守備力2500
相手がコントロールするカードの発動をカウンター罠で無効にした場合、
このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
この方法で特殊召喚に成功した時、無効にしたカードの種類により以下の効果を発動する。
●魔法:相手ライフに1500ポイントダメージを与える。
●罠:相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。
●効果モンスター:自分の墓地からモンスター1体を選択して自分フィールド上に特殊召喚する。
「へー。ヴァンダルギオンなんて墓地に送っちゃって、相変わらずプレイミス全開ですねー」
絵美里は笑いながらヘラヘラしているが、私の恐ろしさをまだまだ理解してはいないようだ。ふふん。
「カードを一枚伏せて、ターンエンド!」
「はいはい、ワロスワロスってドロー…?」
絵美里は再び手札を見比べている。もう一度並べなおす。
また手札事故してるよこの子。
「ほら、うっかりたまたま調子悪かったんだってうん。とりあえず、ミラフォ伏せときますね」
普通、自分でリバースカードの中身を言うか?
どっかのえびじゃあるまいし。
いや、待て。それそのものがブラフなのではないか?
デュエル流派・一神破砕流はありとあらゆる手段を通じて勝ちに行くが、その時に相手に偽の情報を与えて錯乱するという技法もあるという。
いや、あれは確か手札にありもしないカードをでっち上げて相手のサレンダーを誘う技法だったか?
まぁいい。とにかく、私のターンが再び来たわけだ。
「ドロー!」
まずはドローしたカードを確認し、そして…さっきのドローも合わせて、いいカードがいる。
「よし! デビルイーターを召喚!」
デビルイーター 闇属性/☆3/悪魔族/攻撃力1600/守備力0
「ふっ、そんな雑魚バニラカード1体で何の意味がありますか!」
「攻撃力1600だよ、絵美里」
そう、攻撃力1600のダイレクトアタックはバカにならない。
たとえコイツが通常モンスターであったとしても!
「死ねぇー!」
「かかったな、阿呆が! リバース罠! カイザー・ジャッジメントを発動!」
カイザー・ジャッジメント 通常罠
相手の攻撃宣言時、デッキからカードを20枚墓地に送って発動する。
その攻撃を無効にし、相手フィールド上のカード及び相手の手札のカードを全て破壊して墓地に送る。
その後、破壊したカード1枚につき200ポイントのダメージを相手に与える。
「んなぁっ!? カイザー・ジャッジメントだと!?」
「チーム戦じゃ使えませんからね、こんなカード」
絵美里はけらけらと笑う。な、なんという腹黒プレイ。
だが、哀れにも全てのカードがポポポポーンされてしまう。
「あああああ」
せ、せっかくのトレード・インで手札に集めたカードが皆流されてしまう。
やばい、これはやばい。一気に劣勢に流れている。風が、絵美里に吹いている!
檜山有子:LP4000→2600
おまけに7枚損失で1400ダメージフィールドがら空きは大きすぎる!
それは絵美里もそう、に見えるけど、こっちは手札すら無いのだ!
なにせターンエンドするしかないって何だよ!?
「ふふふふふ私のターンです先輩。ドロー!」
「……やっぱり絵美里は先鋒だな。序盤であのカード使ってくれれば、相手のペースを完全に崩せる」
「花咲に足りない火力をカバーするいいカード。コストも、後続の墓地肥やしにも使える」
宗谷と千歳部長は冷静に分析してるけどこっちはそれどころじゃねぇんだよ!
「まずはカードを一枚セット。そして…魔法カード、贋作の聖杯を発動!」
贋作の聖杯 通常魔法
自分フィールド上にモンスターが存在しない時、
相手の墓地に存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。
このターンのエンドフェイズ時、この効果で特殊召喚したモンスターのコントロールを相手に移す。
このカードを発動したターンのエンドフェイズ、
このカードの発動プレイヤーは1000ライフポイントのダメージを受ける。
「贋作の聖杯を使って…どれにしようかな…おおっ! いいカードがあるじゃないですか~」
絵美里は私の墓地を手に取ると、勝手にカードをあさりだす。いや、まぁそういうカードの効果だからね。
「この邪神ドレッド・ルートを頂きますね」
「絵美里ー。ドレッド・ルートは特殊召喚できないから贋作の聖杯の効果で奪えないぞ」
「え!? マジだ…コンマイは何を考えてそんなテキストを追加したんだよー!」
「ゲームバランス」
少なくともコンマイの努力の結晶だと思う、その一文。
「くっ、仕方が無い…ではこのダーク・ピラニアに全てを託しますか。行けっ! ダーク・ピラニア!」
ダーク・ピラニア 闇属性/☆4/魚族/攻撃力1900/守備力1300
このカードはアドバンス召喚のリリースとして使うとき、2体分のリリースにする事が出来る。
このカードを2体分のリリースとして召喚した時、召喚されたモンスターは攻撃力が1000ポイントダウンする。
「さぁ、これで生贄を確保しました! ダーク・ピラニアを2体分のリリースとして、超伝導恐獣を召喚!」
超伝導恐獣 光属性/☆8/恐竜族/攻撃力3300/守備力1400
1ターンに1度、自分フィールド上に存在するモンスター1体をリリースする事で、
相手ライフに1000ポイントダメージを与える。
この効果を発動するターン、このカードは攻撃宣言をする事ができない。
「げぇっ!? 攻撃力3300!?」
「大丈夫です。せめての情け、すぐ楽にしてあげますよ死ねアリスぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!!!!」
見事な両手の空手チョップがシンクロしてました。
「おおおおおおおおお」
痛い…体重載せては痛すぎる…。
檜山有子:LP2600→300
「あれ? まだライフ0じゃない?」
「あ、そうか。ダーク・ピラニアをリリースに使ったから、攻撃力1000下がるんだ」
超伝導恐獣 攻撃力3300→2300
「くそう、賢者の聖杯だとエンドフェイズに相手フィールドに戻っちゃうからこっち使ったけど、ダーク・ピラニアめ…」
しかし絵美里はターンエンド。
花咲絵美里:LP4000→3000
「あ、そうか。贋作の聖杯の効果で1000ダメージか。ま、でも私が優勢ですね、先輩」
絵美里は鼻を高々として既に勝利宣言をしている。
だがしかし絵美里よ。この檜山有子は伊達じゃない。
思い出すんだ。去年、入部したての頃を…。
『有子って書くの? ふーん…そうだ。今日からはお前はアリスちゃんだ!』
『あ、それ子供の頃からのあだ名でした』
『え? そうなの? …知ってたよ! ネタにマジレスカッコワルイんだけどー!』
『今、明らかにそうなのって言ってましたよね部長?』
そう、当時の部長は優しくも厳しかった…。
『アリスぅぅぅぅぅ! お前はまたウイジャ盤なんか使おうとして! チームワークを考えろチームワークを! いいか、アリス。よく聞け。お前は五稜女子中の、エースにならなければならないんだ! お前のポジションは中堅、中堅とは、先鋒と次鋒が崩れたら建て直し、彼らが優勢ならばそれを更に押し上げていく重要なポジション!』
『は、はい!』
『お前は、私達の、五稜女子中のエースだ…。エースであるからには、その背中を次の世代に見せるんだ! お前が、後輩達を守り抜き、引っ張りあげる、エースナンバーとは、お前の為にある!』
そうだ。部長は…部長は、私にエースとしての心構えと、それを次の世代に引き継ぐ役目がある!
私が、五稜女子のエース。
『不安になるな、アリス。私が、ついている』
大丈夫だよ。私が、ここにいる。
「ドロー!」
「!? アリスの奴、気迫が変わった?」
「ようやく、スイッチが入った」
「部長? スイッチが入ったって…」
「宗谷は見たことがないのね。試合の時の有子は……いつも違う。エースの眼をしている」
「て、ことは今が…」
これが、私の本気。
ドローした、たった一枚のカードを見る。
天は、私を見放していない。
「さっきのハンデスで、だいぶ墓地が溜まった」
「へ? や、やせ我慢ですか先輩?」
「ううん、違うよ…だって、私の持つ今のカード」
くるり、と手札を回転させる。
「奇跡ってのは、自分で掴むためにある。待っているだけじゃ―――何も来ない。こいつは答えてくれるよ―――五稜女子の、エースを背負う、私が、ここにいるっ! 魔法カード! 究極禁呪・邪龍召喚陣を発動!」
究極禁呪・邪龍召喚陣 速攻魔法
自分の墓地に存在する「邪神ドレッド・ルート」「冥王竜ヴァンダルギオン」「冥府の使者ゴーズ」を除外して発動する。
自分のデッキ・墓地から「究極邪龍ハエレティクス」を特殊召喚できる。
このカードを発動した時、このカードのプレイヤーのライフポイントは1になる。
檜山有子:LP300→1
邪神ドレッド・ルート 闇属性/☆10/悪魔族/攻撃力4000/守備力4000
このカードは特殊召喚できない。
自分フィールド上に存在するモンスター3体を生け贄に捧げた場合のみ通常召喚する事ができる。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
このカード以外のフィールド上のモンスターの攻撃力・守備力は半分になる。
冥王竜ヴァンダルギオン 闇属性/☆8/ドラゴン族/攻撃力2800/守備力2500
相手がコントロールするカードの発動をカウンター罠で無効にした場合、
このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
この方法で特殊召喚に成功した時、無効にしたカードの種類により以下の効果を発動する。
●魔法:相手ライフに1500ポイントダメージを与える。
●罠:相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。
●効果モンスター:自分の墓地からモンスター1体を選択して自分フィールド上に特殊召喚する。
冥府の使者ゴーズ 闇属性/☆7/悪魔族/攻撃力2700/守備力2500
自分フィールド上にカードが存在しない場合、
相手がコントロールするカードによってダメージを受けた時、このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
この方法で特殊召喚に成功した時、受けたダメージの種類により以下の効果を発動する。
●戦闘ダメージの場合、自分フィールド上に「冥府の使者カイエントークン」
(天使族・光・星7・攻/守?)を1体特殊召喚する。
このトークンの攻撃力・守備力は、この時受けた戦闘ダメージと同じ数値になる。
●カードの効果によるダメージの場合、受けたダメージと同じダメージを相手ライフに与える。
「な、こ、こんなの見たことない…!」
「私がエースたる理由を、見せてあげよう絵美里…ドレッド・ルート! ヴァンダルギオン! ゴーズ! 冥府より来る3つの力を生贄とし、究極邪龍を召喚するぜ! 冥府の永遠の異端者よ、全てに引導を渡せぇぇぇぇっ!!!」
究極邪龍ハエレティクス 闇属性/☆12/ドラゴン族/攻撃力?/守備力?
このカードは通常召喚できない。
「究極禁呪・邪龍召喚陣」の効果でのみ特殊召喚できる。
このカードの攻撃力・守備力はこのカードのコントローラーの
墓地及びゲームから除外されているモンスターの数×1000ポイントとする。
このカードがフィールド上に存在する限り、このカードを除く全ての効果モンスターの効果が無効となる。
このカードが攻撃宣言を行った時、相手プレイヤーは魔法・罠カードを発動することが出来ない。
相手フィールド上のモンスターが全て攻撃表示の場合、このカードは相手プレイヤーに直接攻撃できる。
これが五稜女子中のエースにのみ代々受け継がれてきた…らしい究極のカード!
私も召喚するのは初めてだ。つーか、なにこの禍々しいお姿。中二病の人が大好きそうなんですけど。
「え、ええ!?」
絵美里はカードテキストを見て奇声をあげている。やはりステータスか。
究極邪龍ハエレティクス 攻撃力?→4000
「さぁ、行くよ絵美里…覚悟は出来てるか?」
「くっ…サレンダーします!」
デッキの上に強烈な張り手をかましてサレンダーしました。なるほど、敗北じゃなくて降参ならいいのか。
絵美里はため息をつくと悔しそうに頭を抱える。
「えーん、宗谷先輩~。負けて悔しいよ~」
「アリス、お前本気になるこたないだろ一年生相手に」
「えー」
だって今まで部長達、一年生のあたしらにも全力だったし。
絵美里はかなり悔しかったのかわんわん泣いてる…って泣きすぎだろ。
「ほらほら絵美里ちゃん、元気出しぃや」
いつの間にかさっちゃんが絵美里の脇に行き、熱々のカップヌードルを差し出していた。
「カップヌードル!」
「今コンビニで買うて来たんや。アリスちゃんも食べるか~?」
「頂きます!」
ラーメンには眼が無い!
なにはともあれ、私のエースの座は守られたというわけだ。
ついでに絵美里にメンタル面で問題があるとも発覚したわけだし、これをなんとかしないと。
「花咲と有子は確かにデッキ改良の余地がある…あのカード群を大会用デッキにも起用するべき」
あ、やっぱりそんな事も言われちゃう?
まぁでも。
こんな日々も悪くは無い。そう、私たち五稜女子中デュエル部は。
明日の為に、今日ものんびりしようかな。
「あれ? 私なんか忘れられてない?」
END