解放されし記憶
エピソード23〜

製作者:ラギさん




エピソード23:虚ろな祈り


「さきわいたまえ……苦難の道に灯火を……悲哀の道に安らぎを……さきわいたまえ……亜座頭須様……さきわいたまえ……」
 奇妙な言葉運びの、幾重もの声が耳の届く。
 うねる声の響きは、眠っていた男――― 笹来九郎の覚醒を促した。
 彼はゆっくりと目を開き、その眼下を見下ろして。
「……!?」
 戦慄した。
 そこにあったのは、人の群れ、群れ、群れ。
 古い講堂の様な場所、その端から端まで覆い隠さんばかりに集まった、一様に頭を垂れて祈りをささげる集団を、九郎は見た。
「(……く……なんだ……これ……は!?)」
 異様な光景に驚き身をよじるが、体が満足に動かせない。
 そして自分は祭壇上に、椅子に座らされ、その上でロープの様なもので縛り付けられている事に気付いた。
「……起きたか。“邪悪の化身”を宿す者よ」
 声に驚き、九郎は横を向く。
 いつからいたのか、黒いローブを着込んだ白い肌の無表情な男が、抑揚のない調子で語りかけてきた。
「貴様……一体……!?」
 詰問する九郎に目を移すことなく、その男は祈りをささげる人の群れを見たまま言う。
「儀式は最終段階に入っている……彼らは、全て“魔神”の生け贄となり……この地を“闇”の力が覆う……そこで、貴様は私と戦うのだ」
 そう言いながら、その男は、ゆっくりと九郎の方を向いた。
「貴様が宿したコード“H”……《降雷皇ハモン》の中に眠る“邪悪の化身”を目覚めさせる……それが、私に割り当てられた役目……」
「役目……!? 待て、何故俺のことを……!?」
「……始まるぞ」
 九郎の問いかけを無視し、その男は再び祈りを捧げる人の群れに視線を戻す。
 それに釣られて、九郎も同じ方向を向いた。
 九郎の視線の先、頭を垂れている人々の周囲に、突如靄の様なものが発生し始めた。
 その靄は人々に纏わりつく様に流動し―――包まれた人間は、力を失い地に伏せる。
「……な……!?」
 遠目に見ても、危険だとわかる様子……だと言うのに、周りの人間はまるで気にかけず、祈りをささげるのをやめない。一心不乱を通り越して、狂気じみた様子で。
「……やめろ! 貴方達……! 周りが見えていないのか……!?」
 あまりの悲惨さに、九郎は叫びを上げた。
 だが、その叫びは空を切る。祈りの言葉と、昏倒の波は止まらない。
 九郎は見ていられず、思わず目を伏せる。
「儀式は順調……さて、そろそろこちらも始めるか……」
 目の前の悲劇に全く動じることのない白い肌の男が、改めて九郎に向き直ろうとしたその時。
「九郎! 目を閉じてろ!」
 鋭い声が響くとともに、閃光。
 眩い光が、講堂全てを覆い尽くす。
 とっさに目を閉じた九郎以外は急な光に視力を奪われ、初めて動揺の声が辺りに広がった。
 その人の群れを軽やかに走り抜け、祭壇に飛び移った女性――ヘルガ・C・エリゴールが、九郎を縛り付けているロープをナイフで素早く切り落とし、彼に脱出を促す。
「走るぞ、九郎! 急げ!」



 混乱に乗じ、儀式―――九郎、そしてヘルガも知らぬ事だが、エジプトの地で行われたものと同質の儀式―――の場から逃げ出し、2人身を隠す九郎とヘルガ。
 ヘルガが、九郎救出のために使った閃光弾による混乱はすでに静まり儀式は続行、他の高天原の人員(黒服を纏った、その筋の人間と思われる男達)により闖入者であるヘルガ、そして逃がしてしまった九郎の捜索が行われている。
 辺りの人の気配を探りながら、脱出の機会を窺う2人。まるでスパイ映画の一幕だ、と九郎はうんざりした気持ちを抱えながらそう思った。
「ともかく、助かったよ、ありがとうヘルガ……しかし……ここは高天原の屋敷の中か……良く侵入できたな」
「……まあ、な」
 高天原家。
 日本経済に、少なからぬ影響を持つと言われる大財閥。
 明治以降急速に力を付けた旧家であり、また独自の宗教の様なものを持っている。その様相から、日本の中にありながら別の文化を作り上げているとも揶揄される巨大な一族。
 その警備がザルな訳がない。2度目の感想だが、目の前の女性はさながらスパイ映画から飛び出てきた女スパイか何かだろうか。
 と、そこで九郎は、ヘルガがまさしく映画で出てくる様な組織に属しているんだと思い出した。
「ああ、もしかして『隠された知識』からの助力もあるのか? それなら、他に協力者も……」
「……すまないが、協力者はほとんどいない」
 その言葉に九郎は押し黙る。
 彼女の発現の内容もそうだが……ヘルガの様子が、なんだかおかしい。
 ここは敵地。緊張もあるだろうし、警戒も強まる。
 だが、目の前の彼女からはそれ以外の……なにか、殺気の様なものが感じ取れた。
「ここに侵入する旨を『隠された知識』のメンバー……日本にも、数は少ないが居るんだが、その全員に反対された。何とか説得できたのは2人だけだ。ある意味強行軍だ」
「…………ヘルガ、何かあったのか? いや……それとも、ここになにか、あるのか?」
 九郎は問いかける。
 3年前に彼女と出会ってから、そう深い交友があったわけではないが、それでもその人となりを読み取れてきた。
 彼女は大胆に――それこそ一見無謀に思える事でも、事前の綿密な準備、もしくは後々のフォローを可能に出来る様、体勢を整えてから物事を運ぶ傾向にある。
 それが、普通に考えても規模の大きすぎるこの高天原家に、まともな準備もないまま乗り込むほど、気楽な性分ではなかったはずだ。
「……九郎、私の組織での二つ名を覚えているか?」
「え? あ、ああ、『死を越える魔女』だろ? 確か英国辺りの伝承と、手札から墓地に捨てられることで復活する【暗黒界】デッキを掛けた名前だと……」
 質問を質問で返したヘルガに虚をつかれ、九郎は律義に答える。
「そうだ。だが……その、『死を越える魔女』は実在する」
 吐き捨てる様な口調。滲む凄味に、九郎は押し黙る。
「そいつがおそらく異変の、リシドを襲ったのもそいつだろう。そして、バクラを襲ったのも……ここでも……」
「……ヘルガ、本当にどうしたっていうんだ!? 前に俺が関係あるんじゃないか、と聞いた時には、考えすぎだと俺を諭したのに……そこまで焦って、一体……!?」
 支離滅裂に言葉を吐きだすヘルガを黙って見てはいられず、九郎は諭すように言葉をぶつけた。
 それにハッとなり、ヘルガはバツが悪そうに顔を伏せる。
 しばしの沈黙の後、ヘルガが小さく「それは……」と、何事かを呟き始めたその時に。
「それは……お前と、魔女ルリム・シャイコースの間に因縁があるから……そうだろう? 魔女ヘルガ……」
「……!? な……!?」
 割り込む声に驚く2人。
 いつの間にやら、身を隠していた2人のすぐ近くに黒ローブの男――先ほどの儀式の場にいた、表情のない男がその姿を現していた。
「役割は果たさせてもらう。来てもらおうか、笹来九郎」
 黒ローブの男が腕を翳すと、九郎の体は、たちまち“闇”に飲み込まれ始めた。
「く……! いかん! クロウ!」
 叫ぶヘルガ。が、その場に留まってはいられない。
 他の、2人を捜索していた人間達に見つかってしまったのだ。
「く……そ……!!」
 捨て台詞を吐きながら、ヘルガは走り出す。
 追跡の手から逃れるため、“闇”に飲み込まれる九郎と、黒ローブの男を、悔しげな視線の端に捉えながら。



● ● ● ● ●



「ぐ……く……?」
 “闇”に呑まれ、視界が黒一色になった九郎の目に、再びシルエットが浮かび上がる。
 周りの状況はなおも薄暗く、よくわからない……が、窓のない狭苦しい通路の様な場所だという事は認識できた。
「ここは屋敷の地下だ……儀式の場は、すでに生け贄が捧げられている……むやみにその場を乱すことも憚られた」
 九郎は戦慄と共に、声の出どころに目を向ける。
 “闇”を引き連れ、表情のない黒のローブの男が、九郎に対峙するように近づいてきた。
「お前との戦いはこの場所で行おう……同時に、お前の墓場もここになる」
 そして、周囲の“闇”が広がり、九郎もろとも包み込む。同時に、九郎の左腕にデュエルディスクが出現、展開し、決闘の準備を整える。
 3年前のあの時と同じだ。“闇”の決闘者との戦いの際に現れた事象――九郎が想起したそれを証明するように、目の前の男が語りかける。
「3年前……我らは三幻魔の精霊の研究を行っていた……先代ケムダー、トウゴ・ササライを我らの仲間に引き込んで。だが、お前達の手により、その計画は頓挫してしまった……その修正も含めて、ここでお前を倒す」
「……!! お前らの……仲間だと……!?」
 驚愕と共に、九郎は目の前の男を、見開いた眼で見つめた。
 自分を呼び出すために、獏良のメールアドレスを使って送られてきた文面――そこには、高天原家に関係しているとの意が、記されていたが……。
「お前らは……高天原は、一体何をしようとしている……! 一体どのように関係しているというんだ……!」
 体の気だるさを増長させる“闇”に纏われながらも、九郎は必死に問いかける。
 焦燥、不安、苛立ち、それらの混ざった言葉を浴びながらも、目の前の男は顔色一つ変えずにデュエルディスクを構え、展開させた。
「じっくりと語っている暇はない……クリフォトのbS、『無感動』のアディシェス……いざ、参る」
 名乗りの通り、感情の載せられていない平淡な声で、彼は戦いの始まりを告げる。
「さあ、お前のターンからだ。知りたければ、闘え……そして……死ね、笹来九郎」

九郎:LP4000
アディシェス:LP4000

「くそっ……! 私のターン、ドロー!」
 悪態をつきながらカードを引く九郎。
 こうやって“闇”に閉じ込められ、ゲームが始まってしまえば決着がつくまでここから出られる事はない。
 ならば……相手を倒すのみ!
 九郎は、手早くカードを2枚選び出し、デュエルディスクに叩きつけた。
「……私は、モンスターを守備で出す。カードを1枚伏せる! これでターンエンド!」


九郎:LP4000
モンスター:守備モンスター1体
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:4枚
アディシェス:LP4000
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:5枚


「私のターンだ。ドローする」
 対するアディシェスがカードを引く。
 表情を変えぬまま手札を眺め、その内の1枚を選び出す。
「……まずは《雷帝神(スサノオ)》を召喚する」

雷帝神(スサノオ)
地/☆4/雷族・スピリット ATK2000 DEF1600
このカードは特殊召喚できない。
召喚・リバースしたターンのエンドフェイズ時に持ち主の手札に戻る。
このカードが相手プレイヤーに与える戦闘ダメージは半分になる。

 現れたのは雷を纏い、剣を携えた戦士姿のモンスター。
「スピリット・モンスター……か!」
「《雷帝神(スサノオ)》で守備モンスターを攻撃……」
 剣を振るい、九郎の場の守備モンスター――二股の首を持つドラゴン、《ドル・ドラ》があっさりと切り倒された。

《ドル・ドラ》
風/☆3/ドラゴン族・効果 ATK1500 DEF1200
このカードがフィールド上で破壊され墓地に送られた場合、
エンドフェイズにこのカードの攻撃力・守備力はそれぞれ
1000ポイントになって特殊召喚される。
この効果はデュエル中一度しか使用できない。

 そして、攻撃が終了したと同時に、《雷帝神》の体が光に包まれ、その実体が徐々に薄れてゆく。
「ターン終了時、スピリットモンスターである《雷帝神》は手札に戻る……伏せカードを1枚置く……これで、ターン終了」
「だが、同時に俺の《ドル・ドラ》の効果も発動する! このカードは破壊された後、攻守1000ポイントの状態で特殊召喚される! 《ドル・ドラ》を、守備表示で特殊召喚!」


九郎:LP4000
モンスター:《ドル・ドラ》(守1000)
魔法・罠:なし
手札:5枚
アディシェス:LP4000
モンスター:なし
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:5枚


「俺のターン、ドロー!」
 九郎はドローしたカードをちらりと見た後、その視線をフィールド上に戻した。
「(初手から《雷帝神(スサノオ)》による攻撃……奴のデッキは【スピリット】デッキ……か?)」
 がら空きになっている相手の場を見ながら、九郎は思案する。
 先のターン、相手が召喚した《雷帝神(スサノオ)》……自身の効果によって手札に戻ったあのモンスターは、スピリット、と呼ばれるシリーズ群の1枚だ。
 ペガサス・J・クロフォードが、東洋の神秘(そのほとんどは日本神話)をモチーフに作ったものであり、単体で強力な効果を持つものが多い半面、1ターンしかフィールド上に留まれず、エンドフェイズを迎えれば手札に戻ってしまうという特徴を持っている。
「(中でもスピリットモンスター《雷帝神(スサノオ)》は、高い攻撃力と引き換えにデメリット効果を負わされている……それを態々使うということは……サポートとしてスピリットモンスターを投入しているのではなく、メインに添えたデッキ構成になっている可能性が高い……と、すれば相手の場に伏せられているカードは……!)」
 彼はもう一度手札に視線を戻す。その先にあるのは、長年愛用してきた白銀の竜のイラストのカード。
「……《ドル・ドラ》を生け贄に捧げ、《マグナ・スラッシュドラゴン》を召喚! そして《大地の龍脈》を発動!」

《マグナ・スラッシュドラゴン》
光/☆3/ドラゴン族・効果 ATK2400 DEF1200
自分フィールド上に存在する表側表示の永続魔法カード1枚を墓地に送る。
相手フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。

《大地の龍脈》 永続魔法
自分フィールド上のドラゴン族モンスターの
攻撃力と守備力は300ポイントアップする。
このカードがフィールド上から墓地に送られた時、
以下のどちらかの効果を選んで発動する。
●自分のデッキから「大地の龍脈」を1枚手札に加える。
●自分のデッキからドラゴン族モンスターを1体選び、手札に加える。

「そして、龍脈をコストに《マグナ・スラッシュドラゴン》の効果を発動! お前の場の伏せカードを破壊する!」
 白銀の刃めいた翼から風の波動が射出され、指定した伏せカードが切り裂かれた。
 その正体は、罠カード《ディメンション・ウォール》。

《ディメンション・ウォール》 通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
この戦闘によって自分が受ける戦闘ダメージは、
かわりに相手が受ける。

「(……よし! 読み通りだ!)」
 手札に戻る効果の性質を持つスピリットモンスターを中核に添えたデッキならば、当然そのリスクを回避する手段は用意してあるはず、と九郎は考えた。
 考えられる方法としては、サポートカードを用いて手札に戻らぬように場にとどめる。
 もしくは、手札に戻る性質そのものを利用する――たとえば、場のカードが手札に戻ることを発動条件(トリガー)とするカードとのコンボを組み込む、場ががら空きになることを利用して相手の攻撃を誘い、強力な効果を持つ罠で迎撃する、などの方策だ。
 そして九郎の想像した後者の方策通り、相手は迎撃用の罠カードを伏せていた――受けるはずの戦闘ダメージを、そっくり攻撃側に移し替える罠カード《ディメンション・ウォール》を。
「これで伏せカードは無くなった……安心して攻撃できる! まずは墓地へと送られた《大地の龍脈》の効果により、同名カードを手札に加え……改めて、《大地の龍脈》を発動する。そして、バトルフェイズ! 《マグナ・スラッシュドラゴン》で直接攻撃!」

《大地の龍脈》効果適用!
《マグナ・スラッシュドラゴン》:ATK2400 → ATK2700/DEF1200 → DEF1500


アディシェス:LP4000 → LP1300

 龍脈の効果を受けてパワーアップした《マグナ・スラッシュドラゴン》の攻撃に伴い、明らかにソリッドビジョンの範疇を越えた衝撃を受け、体を揺らすアディシェス。
 やはり、これは“闇”のゲーム……そのことを再認識させられ、体が冷える想いをしながら、九郎はターン終了を宣言した。
「これで……ターン終了する」


九郎:LP4000
モンスター:《マグナ・スラッシュドラゴン》(功2700)
魔法・罠:永魔《大地の龍脈》、伏せカード1枚
手札:3枚
アディシェス:LP1300
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:5枚


「私のターン……ドロー」
 《マグナ・スラッシュドラゴン》の攻撃によるダメージが響くのか、一瞬よろめいたアディシェスだったが、さして表情も変えずにドローカード、そして手札を見やる。
 数秒の沈黙の後、アディシェスは手札を1枚選び出し、同時にデュエルディスクの隠されたスリット部分を開いた。
 あそこはフィールド魔法を置くための部分、と九郎が思った次の瞬間には、闇の中に石造りの巨大な祭壇が出現していた。
「フィールド魔法、《死皇帝の陵墓》を発動」

《死皇帝の陵墓》 フィールド魔法
お互いのプレイヤーは、生け贄召喚に必要な
モンスターの数×1000ライフポイントを払う事で、
生け贄なしでそのモンスターを通常召喚する事ができる。

「《死皇帝の陵墓》だと……!?」
 アディシェスが発動したフィールド魔法、《死皇帝の陵墓》は互いのプレイヤーが上級モンスターの召喚を行う際、1000の倍数のライフを支払う事で、必要な生け贄を軽減するサポート効果を持つ。
 ひとたび効果を使えば多大なライフを失うことになるので、扱いが難しい。
 専用デッキの構築、大味な効果と反する緻密なプレイングが要求されるカードである。
「(奴のライフは、先の攻撃で既に2000を切っている……あのままでは、満足に効果は使えないはず。何か、回復ギミックを仕込んでいるのか……?)」
「このカードの効果により、ライフ2000ポイントを支払い、レベル8のモンスターを生け贄なしで召喚する……」
「な……!? 馬鹿な! お前のライフは……!」
 あり得ない宣言だった。
 自身に残された(ライフ)を上回るほどの(ライフ)を投げ捨てるなど、出来る筈がないのだ。その筈だと言うのに、目の前の表情のない男は、その意を淀みなく言い放った。
「この瞬間、手札から永続罠《永遠(とわ)の流血》を発動する」
 続けて放たれた彼の宣告と共に、暗がりの地に大量の血が滲み出る。
 そして、広がりゆく赤黒い血だまりが、彼の妄言を真言へと変えた。

永遠(とわ)の流血》 永続罠
自分が発動するカードの、必要なライフコストより
自分のライフが低い場合にのみ手札から発動できる。
このカードが場に表側表示で存在する限り、
2000ポイント以下の自分のライフコストは
「ライフポイントの半分」になる。


アディシェス:LP1300 → LP650

「何……!?」
 九郎は驚愕と共にそれを見つめていた。そして、相手の戦略が自分の理解の外であったことを強く認識する。
「(コイツ……! 端から回復など考えていないのか!?)」
 《永遠の流血》は2000以下のライフコストを強制的に「半分支払う」ことにしてしまう……回復のギミックとはアンチシナジーだ。
 アディシェスは、そこを逆手に取った――わざとライフを減らす事で《永遠の流血》のサポートを発動し、《死皇帝の陵墓》の生け贄軽減効果を、ライフを半分支払う事で発動できるようにした。「ライフが足りなくて、効果を発動できない」という状況を潰したのだ。
「(なんて無茶な方法だ……! だが、これで《死皇帝の陵墓》の効果は問題なく発動される……そして、この状況で出てくる最上級モンスター……それが、スピリットモンスターならば……!)」
「《火之迦具土(ヒノカグツチ)》、召喚」

火之迦具土(ヒノカグツチ)
炎/☆8/炎族・スピリット ATK2800 DEF2900
このカードは特殊召喚できない。
召喚・リバースしたターンのエンドフェイズ時に持ち主の手札に戻る。
???

 血だまりの一部が爆ぜ、炎をまとった巨大な男性の姿の神――《火之迦具土(ヒノカグツチ)》が現れた。
 それを見て「やはり……!」と、九郎は苦々しそうに顔を歪める。彼の予想は当たった――極めて的中してほしくない予想が。
「《火之迦具土(ヒノカグツチ)》で、《マグナ・スラッシュドラゴン》を攻撃する……“炎獄”」
 瞬時、《火之迦具土(ヒノカグツチ)》が炎を纏った拳を振るい、《マグナ・スラッシュドラゴン》に襲いかかった。
 白銀の竜も果敢に応戦する……が、僅かばかり上回れた力を覆すことは出来ず、そのまま打ち倒される。

九郎:LP4000 → LP3900

 攻撃力の差である100ポイントが、九郎のライフポイントから削られる。
 受けたダメージ自体は大した事がない……問題は、攻撃を通してしまった(・・・・・・・・・・)事そのものだ。
「エンドフェイズ……《火之迦具土(ヒノカグツチ)》は手札に戻る……さらにカードを1枚伏せる……ターン終了」


九郎:LP3900
モンスター:なし
魔法・罠:永魔《大地の龍脈》、伏せカード1枚
手札:3枚
アディシェス:LP650  場魔《死皇帝の陵墓》
モンスター:なし
魔法・罠:永罠《永遠の流血》、伏せカード1枚
手札:2枚


「俺のターン、……!」
 九郎のターンに移ったその瞬間、異変は起きた。
 彼の手札、その全てが炎に包まれ……消失したのだ。
「……このタイミングで先のターン、攻撃に成功した、私の《火之迦具土(ヒノカグツチ)》の効果が発動……ドロー前に、お前の手札をすべて捨てさせてもらった」

火之迦具土(ヒノカグツチ)
炎/☆8/炎族・スピリット ATK2800 DEF2900
このカードは特殊召喚できない。
召喚・リバースしたターンのエンドフェイズ時に持ち主の手札に戻る。
このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた場合、
次のターンのドローフェイズ時、相手はドロー前に手札を全て捨てる。

 これこそが、九郎の懸念した《火之迦具土(ヒノカグツチ)》の効果。カードゲームに置いて、戦略の要である手札を根こそぎ破壊され、頼りの綱はドローフェイズに引くカードのみになってしまう。
「く……ドロー!」
 改めて、九郎のドローに移行する。
 そうして引き当てた、頼みの綱であるカードは……すぐに召喚する事ができない、上級モンスター。九郎は、運命にすら嘲笑われている様な感覚に陥った。
「(だが……まだ手はある!) まずは伏せておいた《非常食》を発動! 俺のフィールド上の《大地の龍脈》を墓地に送り、ライフを1000ポイント回復!」

《非常食》 速攻魔法
このカード以外の自分フィールド上に存在する
魔法・罠カードを任意の枚数墓地へ送って発動する。
墓地へ送ったカード1枚につき、自分は1000ライフポイント回復する。


九郎:LP3900 → LP4900

「これにより《大地の龍脈》の強制効果が発動! デッキよりドラゴン族モンスターをサーチする! 私が選ぶのは《ミラージュ・ドラゴン》! そして、そのまま攻撃表示で召喚する!」

《ミラージュ・ドラゴン》
光/☆4/ドラゴン族・効果 ATK1600 DEF800
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
相手はバトルフェイズ中に罠カードを発動することはできない。

 呼び出されたのは、金色の体躯をした東洋風の龍――《ミラージュ・ドラゴン》。
 その身から発せられる幻惑の力は、相手の罠による迎撃を許さない。
「(召喚に反応しないのなら、あの伏せカードはさっきの《ディメンション・ウォール》の様な、攻撃反応型の罠カードの可能性が高い……だが、その発動を封じる《ミラージュ・ドラゴン》ならば!)」
 だが、心中息巻く九郎をまたしても嘲笑うかの如く。
 肝心のバトルフェイズに入る前に、アディシェスの伏せカードが開かれた。
「……バトルに入る前に、場の永続罠を発動する。《神霊護法》」

《神霊護法》 永続罠
自分のライフポイントが相手のライフポイントの半分以下の場合、
相手ターン中に1度、以下のどちらかの効果を発動したのち、
デッキからカードを1枚ドローすることができる。
●相手の表側表示モンスター1体を選択し、
それと同レベルのスピリットモンスターを手札から墓地に送る。
このターン中、選択したモンスターと同じレベルのモンスターは攻撃できない。
●手札から「草薙剣」「八尺勾玉」「八汰鏡」の内、どれか1枚を墓地に捨てる事で、
このターンに発生する自分へのダメージを全て0にする。

「このカードは、私のライフがお前の半分以下の場合のみ、効果を施行できる。私は第一効果を選択して発動……。レベル4、《ミラージュ・ドラゴン》を選択し、同レベルのスピリットモンスター、《雷帝神(スサノオ)》を手札から墓地に送る……」
 その言葉と同時に、《雷帝神(スサノオ)》がまるでガラスに描かれた様な、透けた姿で現れ――すぐさまその身が、光る粒子となって、フィールド全体に降り注いだ。
「これでこのターン、レベル4モンスターは攻撃を封じられる……そして追加効果により、カードを1枚ドローする」
「く……! ライフを削っていたのは、そのカードの発動のためでもあったのか……!」
 攻撃を封じられては、もう打つ手はない。
「……ターン、終了する」
 九郎は、こう言うしかなかった。


九郎:LP4900
モンスター:《ミラージュ・ドラゴン》(功1600)
魔法・罠:なし
手札:1枚
アディシェス:LP650 場魔《死皇帝の陵墓》
モンスター:なし
魔法・罠:永罠《永遠の流血》、永罠《神霊護法》
手札:2枚


「私のターン、ドロー……《死皇帝の陵墓》、そして《永遠の流血》の効果に伴い、ライフを半分支払うことで《火之迦具土(ヒノカグツチ)》を生け贄なしで召喚」

アディシェス:LP650 → LP325

 再び現れた炎の神――《火之迦具土(ヒノカグツチ)》。
 その姿に怯む九郎を無視して、アディシェスは続けてカードを手に取る。
「更に、手札のスピリットモンスター、《伊弉波(イザナミ)》をゲームから除外し……」

伊弉波(イザナミ)
水/☆4/天使族・スピリット ATK1100 DEF1800
このカードは特殊召喚できない。
召喚・リバースしたターンのエンドフェイズ時に持ち主の手札に戻る。
このカードが召喚・リバースした時、手札を1枚捨てる事で
自分の墓地に存在するスピリットモンスター1体を手札に加える。

「……《伊弉凪(イザナギ)》を、特殊召喚」

伊弉凪(イザナギ)
水/6/天使族・効果 ATK2200 DEF1000
このカードは手札のスピリットモンスター1体をゲームから除外し、
手札から特殊召喚する事ができる。
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
自分フィールド上に存在するスピリットモンスターは
エンドフェイズ時に手札に戻る効果を発動しなくてもよい。

「……! この瞬間、手札の《ドラゴン・アイス》の効果を発動! 相手の特殊召喚に対応し、自身を特殊召喚する効果を発動!」
 《伊弉凪(イザナギ)》がフィールドに現れたと同時に、九郎が声を張り上げる。
 そして、唯一残っていた手札を墓地に捨てた。
「《ドラゴン・アイス》は自分自身を効果コストとして扱う事ができる……よって、自身をコストとして墓地に捨て、自身の効果により、墓地から守備表示で特殊召喚!」

《ドラゴン・アイス》
水/☆5/ドラゴン族・効果 ATK1800 DEF2200
相手がモンスターの特殊召喚に成功した時、
自分の手札を1枚捨てる事で、このカードを手札または墓地から特殊召喚する。
「ドラゴン・アイス」はフィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。

 人型に近いシルエットを持ちながら、人間らしからぬ特徴――翼、尾、武骨な氷の肌を持つ竜が、九郎の場に守りの体勢で現れた。
「守備力は2200……《伊弉凪(イザナギ)》では倒せんか……ならば、《伊弉凪(イザナギ)》で、《ミラージュ・ドラゴン》を攻撃する」

九郎:LP4900 → LP4300

「続けて、《火之迦具土(ヒノカグツチ)》で《ドラゴン・アイス》を攻撃」
 変わらぬ冷たさで、2回の攻撃宣言を下すアディシェスの声と同時に、九郎の場の2体のドラゴンが倒される。
 尚も冷たい声で、アディシェスは告げる。
「《伊弉凪(イザナギ)》の効果により、場のスピリットモンスターは場に固定され……エンドフェイズに手札に戻らなくとも良くなった……。私は《火之迦具土(ヒノカグツチ)》を手札に戻さず、このままターン終了する」


九郎:LP4300
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:0枚
アディシェス:LP325 場魔《死皇帝の陵墓》
モンスター:《火之迦具土》(功2800)、《伊弉凪》(功2200)
魔法・罠:永罠《永遠の流血》、永罠《神霊護法》
手札:0枚


「私のターン……モンスターを守備で出して、ターン終了」
 いよいよ後がなくなった九郎。
 このターン、とうとう壁モンスターを用意するだけで精一杯の状況に追い込まれた。
 そのまま、アディシェスのターンに移り……九郎は、容赦のない攻撃の嵐にさらされる。
「私のターン、ドロー……《火之迦具土(ヒノカグツチ)》で守備モンスターを攻撃」
 《火之迦具土(ヒノカグツチ)》が守備モンスターを殴り倒す……が、そこから爆発が巻き起こり、戦闘的な火の神を吹き飛ばした。
「俺の守備モンスターは《ボマー・ドラゴン》……戦闘を行ったモンスターを破壊する!」

《ボマー・ドラゴン》
地/☆3/ドラゴン族・効果 ATK1000 DEF0
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
このカードを破壊したモンスターを破壊する。
このカードの攻撃によって発生するお互いの戦闘ダメージは0になる。

 九郎の仕込んだ反撃は成功。アディシェスの操る大型モンスターを退場せしめた。
 その爆発の余波を受けながし、アディシェスの声が再び発せられる。
「……《伊弉凪》で直接攻撃」
 爆ぜた炎の神を気にかける様子もないアディシェスは、変わらぬ調子で攻撃宣言を下す。
 その声を受けた《伊弉凪(イザナギ)》は、手にした錫杖に霊力をこめて、九郎の体を薙ぎ払った。
「ぐ……!」

九郎:LP4300 → LP2100

 攻撃を受け、衝撃に後ずさる九郎。
 だが、どうにか体勢を立て直し、正面の敵――アディシェスを睨みつける。
 その視線を受けても、尚も表情を動かさないアディシェスだったが――不意に、口を開いた。
「なるほど……確かにデュエルの腕もたつ……精神の強さもそれなりの様だ。これでは、キムラヌートも……先代ケムダーである、笹来十護も勝てないわけだ……」
 アディシェスの発した単語1つ1つに、九郎の心臓が跳ねあがる。
 一層顔をしかめた九郎は、目の前の表情を変えぬ男に2度目の質問を投げかけた。
「またしても、俺の弟の名を……しかも、キムラヌート……俺が、ハモンなんてものを抱える羽目になった、その現場にいた奴の名前だ……答えろ、アディシェス! お前は……いや、お前らはなんなんだ!? お前らは、高天原と、俺の弟と……どんな関係にある!? 俺達の事を……いつから知っていたと言うんだ!?」
 爆ぜる様な九郎の声を受けたアディシェスの瞳が、僅かな間閉じられる。
 彼は記憶を探っていた――彼自身の過去と、彼の周囲の事。
 時間にすれば5秒ほどたったころ、思案を終えたアディシェスが再び目を開け、表情のない視線を九郎に返した。
「お前達兄弟の事は、昔から知っていた……正確にいえば、高天原尚樹の関係から、僅かだが情報は(もたら)されていた」
 その名――尚樹の名が出た時、九郎の様子が明らかに一変した。
 表情こそ大きく動いてはいないが、目の光、口元、肩に、ありありと驚愕と動揺が浮かび上がっている。
 それを知ってか知らずか……調子の変わらない、気にも留めない様子でアディシェスは言葉を続けた。
「私には……クリフォトの4、『無感動』のアディシェスは、人間としての肉体を捨て、魔術に適した“闇の徒(シュラウド)”となる前、人間だったころの名前がある」
 何の感慨も写さない瞳と、湧きあがる感情に揺れ惑う瞳が交錯する。
 そこに響くアディシェスの声は、良く透りながらも、周りに響かない印象を湛えていた。
「私の人間としての名前は斎王阿毘(さいおうあび)……。高天原家の分家であった斎王家、その十代目の長兄……。高天原尚樹の、許嫁に指名されていた男だ」


九郎:LP2100
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:0枚
アディシェス:LP325 場魔《死皇帝の陵墓》
モンスター:《伊弉凪》(功2200)
魔法・罠:永罠《永遠の流血》、永罠《神霊護法》
手札:1枚






エピソード24:相容れぬ者達


 赤ん坊を見た時に抱いた感情は「不快」であった。
 乳臭い匂いが鼻をつき、白い肌はウジ虫のようで触る気は起きない。
 自分からすれば年の離れた妹――現在の母は父の後妻のため、腹違いの妹ということになる――の誕生に、あまり団欒のない家族たちも、この日ばかりは皆穏やかな表情を浮かべていた。
 まだ意識もはっきりしていないであろう、これまた自分から年の離れた腹違いの弟を抱え上げ、こいつも1つ下の妹の誕生を喜んでいる、と父は言っている。
 この場にて、自分だけが――斎王阿毘(さいおうあび)ただ一人が、生理的な嫌悪感に支配されていた。
 それを意識するのさえ鬱陶しく思い、彼は人知れず小さく溜息をつく。
 こんなものか、と、自分でさえ何を指しているのか分からぬ言葉が脳裏に浮かび、それが少しだけおかしく感じた。
 まあいい。態々そんな事を口に出すこともないだろう。
 斎王阿毘はそんなことを想いながら、誕生したばかりの妹に、先程顔に浮かんだ薄っぺらい表面だけの笑顔を向けた。



● ● ● ● ●



 巨大な旧家、高天原。
 古からのしきたりが続き、日本において独特の文化を作り上げているとも揶揄される一族。
 斎王阿毘は、その分家筋――斎王家に生まれた。
 高天原家にはいくつかの分家が存在し、そこから跡取りを選出して、本家の息子、または娘と婚姻を結ぶ――家系の制約は厳然と存在し続けている。
 だが、旧時代からの産物に囚われているだけ、ともいいきれない。それだけでは、激動の時代のうねりを泳ぎきれるものではない。
 そういった昔からの決まりごとを監修し、時には家としての方針を助言する者が――高天原が力をつけ始める明治の時代から、同じ名を存続する“魔女”と呼ばれる存在がいた。
 その名は、ルリム・シャイコース。
 姿形は、代ごとにまるで違う――銀髪の女性という共通項以外は、まったくもってバラバラ。
 ただ、同じ名前と同じ記憶を有するその“魔女”が、高天原の一派を導いてきた。それは否定できぬ事実として、そして他に口外できぬ秘密として、脈々と受け継がれていた。
 そして、斎王阿毘が昔で言う元服を迎えた年に、その“魔女”の助言を受けたであろう高天原の当主から、高天原家の長女、高天原尚樹との婚姻を命じられた。



● ● ● ● ●



「聞いたかしら、月姫家の事……お嬢さんが、“魔女”様に呼び出されたらしいわよ。なんでも、重要な儀式の要に選ばれたのだとか」
「へえ……でも、あの一家、粛清対象じゃなかったか? 何か、問題を起こしたとかで……」
 父と母とが噂をするのは、分家筋の一つ、その中で起こった問題について、だ。
 莫大な財産と権力を手にできる本家筋に取り入るために、分家筋の間には熾烈な争いがあるのだ。
 そして今回、斎王阿毘――斎王家の長兄である自分が、本家の入り婿に選抜された事で、自身らの羽振りの向上を思い描いてか、両親も機嫌よい口調で話している。
「阿毘……貴方も、暇を作り、先方へのご挨拶を考えておきなさい。“魔女”様の決定が覆ることはまずないだろうけど……失礼は許されないわ」
「……ああ、わかっている」
 年若い義母の忠告を阿毘は軽く受け流し、家族を見ようともせず学校に向かう。
 このころには、もう仮初の笑顔ですら、浮かべることは無くなっていた。
 ――薄汚い肉塊どもめ。
 空虚な言葉が胸に湧き上がり、振り払えぬ不快感に気だるさを覚えながら、阿毘は歩き始めた。
 その途中、本家である高天原の屋敷に向かう高級そうな黒塗りの車両とすれ違った。
 中に乗っているのは、先程両親達が話していた月姫家の娘だったか……薄い記憶からそれを思い出した。
 だが、自分には関わりのない話だ、とその事象を数秒とたたないうちに記憶の中から消した。



● ● ● ● ●



「お許しを! どうかお許しください! ああ、阿毘! 貴方も弁明を! は、早く!」
 煩い。
 狂乱し、喚く自分の両親を見て、阿毘はただそれだけを思っていた。
 この騒動の原因は――実の所、阿毘たちには関係のない話であったが、高天原家の要であり、長女である……そして阿毘の許嫁であった尚樹が、姿をくらませたことによる。
 彼女――高天原尚樹とは、結局まともに顔を合わせることはなかった。
 それだけでなく、日ごろから家の事に無関心な様子を見せていたからだろうか――どういう訳やら、自分が彼女の逃走の手引をしたことになってしまっていた。それの責任を取らされるため……一家全員が“粛清”の対象になったのだ。
 斎王家から許嫁が選ばれた事で、この家の飛躍を妬む他の分家のどこか――いや、あるいは全体からの策略とみて間違いないだろう。
 ――薄汚い肉塊どもめ。
 いつか抱いたのと同じ言葉が湧きあがる。
 自身のおかれた状況の不満、下手をすれば一家もろとも殺されてしまう恐怖――普通抱くであろうそんな感情は、阿毘の中にはない。
 もっと以前から、人間という生き物の営み、思考、行動――それそのものに、彼は不快感を抱いていた。
 普段は厳格な様子を見せていた父親はみっともなく許しを請い、狂乱めいた年若い母親は「まだこの子たちは小さいのよ、どうしようって言うの!」と、年離れた兄妹をきつく抱きしめながらヒステリックに叫びを上げる。
 その母の腕の中で、幼い兄妹たちは正しく状況を把握できないまま、母親の叫びに怯え、泣くことすらできずに、小さな体を震わせていた。
 そんな彼らと、そして自分を糾弾する高天原家の、いわゆる汚い仕事を引き受ける黒服たちの恫喝――その全てが、煩わしい。
 この醜い、蠢く肉どもにいつまで付き合えばよいのか……彼はげんなりとしながら、一連の成り行きを、俯きながらやり過ごしていた。
 そんな彼を、怯えて喋ることができなくなったと見たのか、黒服の一人が彼の胸倉をつかみ、強引に口を割らそうと体を引き上げた瞬間。
「待って。その子とは、私が直接話をするわ」
 鈴の音の様な声が響き、その場の全員が声の出どころに顔を向ける。
 漆黒の、喪服を思わせるドレス、そして流れるような銀髪――「“魔女”様……」と、黒服の男が呟くように言う。
 微笑を湛えた顔を向け、“魔女”ルリム・シャイコースは阿毘に視線を移す。
「斎王阿毘……こちらへ。後の方処分は、貴方がたにお任せします」





「斎王阿毘……貴方は、人間が嫌いなのね」
 二人きりになった時、“魔女”はだしぬけにそう言った。
 驚きのあまり、阿毘は言葉が出なかった――その内容を、否定できなかったから。
「……お分かりに、なられていたのですか」
「ええ、しかも生理的な……根源的なところで、貴方は人間に否定の感情を抱いている。まるで、本能的に毒を持つ植物や害虫を避けるかのようにね」
「……“魔女”様が、読心の類を使えるとは、存じておりませんでした」
「いいえ、別に心を読んだわけではないわ。私も、ずっと似た様なことを思っていたかしら、なんとなく、わかったのよね」
 そういって、笑みを――美しい笑みを見せる“魔女”ルリム・シャイコース。
 それを見て阿毘は、おそらく生まれて初めて、人間に親近感を覚えた。
 いや、あるいは――自分も、彼女も人間ではないなにか(・・・)なのかも知れないと阿毘は思った。
 彼女は自分と同じだ。自分は世界への嫌悪を能面の下に、彼女は笑みの下に隠した。
 そして2人とも一皮剥けば、押し込められた悪感情がとぐろを巻いている――彼は、ついに同朋との邂逅を迎えたのだと、柄にもない感慨を覚えた。
「そして、何より貴方も気付いてきているでしょうけど……私の体は、普通の人間じゃない。魂を加工し、魔的な力……“闇”の力を効率よく扱える状態、“闇の徒(シュラウド)”と呼ばれる状態になっているわ。加工の過程で肉体は朽ち果て、魂霊(アストラル)体でありながら、物質(エーテル)体への干渉も可能な形態に……」
 なるほど……確かに、目の前の“魔女”からは生気の様なものが感じ取れない、と阿毘はひとり納得した。
 その生きていない“魔女”は、ゆっくりと片手を掲げながら言葉を続けた。
「斎王阿毘……どうかしら。私の見立てでは、貴方も“闇の徒(シュラウド)”になれる……人間の範疇に収まらない、魔的な存在になれる。どうかしら? 貴方も……こちら側へこない?」
 拒む理由などなかった。これでやっと、この汚らしい肉から解放される。
 阿毘は今までにない、晴れやかな気持ちで頷いた。



● ● ● ● ●



 こうして“魂の加工”と呼ばれる工程を終え、斎王阿毘は“闇の徒(シュラウド)”となった。
 阿毘がそうしている間に、彼の家族は往々に処分されていった。
 本当は尚樹嬢との駆け落ちに付いて何の関わりもないが、分家の調和を重視した“魔女”と本家の意向により、斎王家は“静粛”された――両親は見せしめのために殺され、幼い兄妹は命だけは助けられたものの、どこともわからぬ場所に捨てられたらしい。
 が、汚らしい肉と決別し、新たな門出にあった阿毘にとって、そんなことは取るに足らない話であった。
「どうかしら? 気分は?」
「ああ……すこぶるいい。ここまでいい気分は、今まで生きていた中では味わえなかった」
「……流石ねえ。この“闇の徒(シュラウド)”となった時、大抵の人間なら特に強い信念や感情だけが残って、記憶自体は無くなってしまうのが普通なのに……」
「……成程な。他のメンバー連中があそこまで簡単に貴方に付き従っているのは、記憶もなく、感情に支配されている所に付け込まれ、好きに操られているわけか」
「あら、辛辣ね。嫌われちゃったかしら?」
「どうでもいいことだ。それよりも“世界を書き換える法”……それのほうが、重要だ」
 “闇の徒(シュラウド)”になってから聞いた、“魔女”の最終目的……“世界を書き換える法”。
 今ある世界を否定し、新たなる構築式の元、世界の全てを書き換える魔導の極致。
 醜き肉塊が跋扈(ばっこ)する、今の世界を嫌悪する彼にとって、なによりも心を震わせるものだった。
「ええ……これを実現するために、私は幾重もの魔術の習得、準備と研究を重ねてきた……それこそ、気の遠くなる時間を越えてきてね」
 “世界を書き換える法”……それを求めて彼女の辿った軌跡は、こうして魔導の身体を得た阿毘が聞いても、簡単には納得しがたいものだった。
「私は元々、今から500年以上前に生まれた人間で、当時から禁忌とされていた魔術を学び、研究していた……だけど、人間としての寿命だけでは、とてもその窮極の法に辿り着くことは出来なかった。もっと後になって、物理的な要因に対してならほぼ無敵である、この“闇の徒(シュラウド)”になる方法も見つけたけれど……これも、維持できるのは精々40年が限度、人間として生きるのとそんなに変わらず、下手をすればもっと短い……」
 その上で、彼女が見つけたもう一つの方法……500年もの昔、彼女に訪れた最初の死を回避した魔の所業。
 その正体は――転生。
 仏教などに伝わる輪廻転生とは違う。言ってしまえば、他人の体の乗っ取りだ。
「私の魂は、魔的な“契約”によって現世に留まり続ける……そして、死を迎えると自動的に、私の魂に見合うどこかの誰かの体に宿る。そして、その魂を消滅させ、記憶と肉体を奪い取る……今まで転生した肉体の共通点は女性ってことだけね。後、転生してしばらくすると“最適化”の影響で、元々の私の髪の毛の色……銀髪に変色するの」
 どこからか伝わったのか、英国に“死を越える魔女”のおとぎ話として残っているらしいわ、と“魔女”はおかしそうに笑った。
 何か特別な感慨があるのかもしれないが、そういった人間の感情を嫌悪する阿毘にとって、その意味を推し量ることは不可能だった。
「そうして何世代にもわたる研究の中で、魔導の極致……“世界を書き換える法”を見つけるに至った。“世界を書き換える法”に至るには“窮極の光を抱く精霊”、そして“窮極の闇を抱く精霊”、それを内包する事のできる人間の肉体を用いた術式が必要……この高天原に目を付けたのは、この家が独自の血統を重視し、近親相姦めいた血の改造を古来から続けてきた一族だったから……“窮極の精霊”を受け入れることのできる人間の肉体を作りだすには、十分な環境だと思えたわ。実際、貴方と尚樹の婚姻も、その肉体に近づけるための有用な手段だった……」
 だが、結果的に計画は崩れた。たった一人の少女の、反逆によって。
「高天原尚樹……完全に侮っていた。まさか、私の目を欺くほどの魔力を帯びていたとはね……」
 高天原本家……そして、その分家筋に生まれる者には、昔から魔術に関わってきたからか、特殊な血統の重視のためか。時として、超能力めいた能力を持って生まれる子どもたちがいた。
 阿毘自身もそれほど強く作用するわけではないが、機械類を狂わせる能力を有していたし、彼の弟は不安定ながら未来視めいた能力を持っていた。
 高天原尚樹の能力の全容は明らかにならなかったが、さしずめ撹乱の能力といったところか。
「世代を重ねた、肉体の改造……か。まるで犬か何かの血統書だな。……ならば、私の肉体を消滅させてしまったのは、まずいのでは?」
「それはいいのよ。もっと、確実な方法を併用することにしたから」
 そういって“魔女”は赤い液体の入った試験管を、彼の前で振って見せた――阿毘が“闇の徒(シュラウド)”となるための“魂の加工”を施す前、健在であった彼の肉体から抜き取った血であった。
「科学が魔術に追いつく……どこかの小説の一節が、現実のものになるとわね。高天原家の財力を利用させてもらって、遺伝子工学、クローン技術の研究、開発を行う……科学と魔術、両面から、“世界を書き換える法”に迫ることにするわ」
 薄い笑みを顔に浮かべ、“魔女”は阿毘に向き直った。
「阿毘……貴方の魔導の力、今こそ貸してほしい。この世の真理に至るために」
 少しかしこまった“魔女”の言葉に、阿毘は感情が表に現れない声色で答えた。
「……かまわない。ここで生きるのは、私には息苦しすぎた。そこから解放してくれた恩義もある。そして……愚かしい肉の世を終わらせることが出来るなら……これほど嬉しい事はない」
「ふふ……ありがとう。それでは、私の“闇の徒(シュラウド)”としての名前を教えましょう。――バチカル。『無神論』のバチカル。人の愚かさが作り上げた、偶像の神を否定する者。
 そして、阿毘。貴方にも、闇の徒(シュラウド)”としての名前を与えましょう。――アディシェス。『無感動』のアディシェス。人間の感情を越えた、遥かな地平を見据える者」
「アディシェス……か。分かった。その名前……承ろう」
 静かに頷き、新たな名を受け入れる。
 こうして斎王阿毘は、アディシェスとなり……完全に人間を捨てた。



● ● ● ● ●



 斎王阿毘が“闇の徒(シュラウド)”となり、クリフォトのメンバーに加わってからしばらくして。
 “闇の徒(シュラウド)”となるための“魂の加工”の際に使用された精霊魔術、自身の“闇”の力を振るうための核となっている精霊――それに、明確な形が与えられた。
 なんと、それを顕現させるために使われたのは、ゲームのために使われるカード――デュエルモンスターズと呼ばれる、TCGのモンスターカードであった。
 “魔女”が言うには、このカードゲームは古代の精霊魔術の流れを汲むモノで、これの復活も視野に入れていたらしい。
(これはそんなに重要なのか、と聞いたアディシェスに、バチカルはこれが一番の近道になるはず、と答えた)
 そうして精霊を顕現させるようになり、その“闇”の力を増して動き出したクリフォト。
 主目的は“世界を書き換える法”の実現のため、それの準備。
 だが、これは更にいくつもの段階を踏まなければならないため、様々な下準備を兼ねた多岐の行動に亘った。
 まず1つは、デュエルモンスターズに通ずる精霊魔術の伝承……“魔神”の封印の地を巡る事。
 世界各地に散らばっているそれを、“魔女”は精霊魔術の“力の集約点”と称した……そして、その封印に各々、特定の方法で干渉することが必要とも語った。
 彼女の指示に従い、とある封印の地には99の命の力を注ぎ、別の封印の地では、一度解除してからまた再封印を施し――こうして何年もの時間をかけ、1つ、また1つと魔的な儀式を施してまわった。
 また、もう1つの目的である、“窮極の精霊”を宿すことのできる肉体を作り上げる事も合わせて進められた。
 これは科学技術の研究と、精霊魔術の研究を重ねて行われた。
 遺伝子からの観点、精霊の魂を利用することによる肉体性質の変化――これらを利用して“窮極の肉体”を作る研究を続ける。
 その一方で、その前の段階である、高天原の一族を利用し、古来から続けられてきた血の結晶――“窮極の精霊”を宿す肉体の苗床になるはずだった女性、高天原尚樹の捜索も合わせて行われた。
 いくら遺伝子工学でカバーが出来る様になったとはいえ、幾重もの代を重ねて作り上げた、血と肉の苗床――それを放棄するのはあまりにも惜しいとの判断からだった。
 そうして儀式を、研究を、捜索を進めていたある日のこと。
 高天原尚樹の消息を掴んだとの報が入った。



● ● ● ● ●



「……高天原尚樹、殺してもかまわないのか?」
 アディシェスは、なんとなしにバチカルに聞いてみる。
 バチカルは「ええ」と短く答えてから言った。
「最悪、遺伝子サンプルを抽出できるだけでいいわ。それだけ、私達のクローン、肉体改造の研究は進んだ。それに、オリジナルである高天原尚樹……そして、その子供にも高い魔力が備わっている可能性は高い。子供はともかく、尚樹の方は私達の目的を僅かでも嗅ぎつけている可能性もあるしね。下手に敵対されても厄介だわ」
 溜息まじりに苦笑しながら、「遺伝子における差異を見極めるためにも、駆け落ち相手の男の遺伝子サンプルも必要ね……もし、彼女から我々の事を聞いていないなら、仲間に引き込むってのもありかしら?」と一人ごちるバチカル。
 それにしても、随分と規模が大きい。アディシェスはゆっくりと口を開く。
「……それで、殺す方法が旅客機ごと墜落させるとは……随分と大掛かりだ」
「ええ。これは嬉しい偶然でもあるわ。彼女達の乗る旅客機の空路……その途中に“魔神”の封印の1つが重なっている。ここの“魔神”の封印に必要な干渉は“命の力を捧げる事に加え、強大な物理的衝撃”……旅客機の墜落の衝撃なら、十分すぎるものでしょう」
 クリフォトの目的の一つである“魔神”の封印に対する干渉のための条件に、取り込まれる様に関わってしまった尚樹……これも紡ぐべき運命に逆らった代償なのかしらね、とバチカルは微笑みながら言った。
「アディシェス……貴方の人間の頃に得ていた特殊能力……機械を狂わせる力も、“闇の徒(シュラウド)”として十分高まっているでしょう。それを使い、“魔神”封印の地に調節しながら、旅客機の落下……かなり難しい任務だけれども、やってくれるわね?」
 バチカルは変わらぬ笑みを湛えた顔のまま、アディシェスに告げる。
 一見お願いのようだが、その実、彼女は決定事項を述べているに過ぎない。もっとも、アディシェスに断る理由はないのだが。
「……わかった。難しそうだが……やってみよう」
「うん。ありがとう。そうそう、カイツールから『皮』を借りておきなさい。彼の編み出した『皮』の魔術……“闇の徒(シュラウド)”としての気配を完全に消すことのできるあれならば、万が一にも高天原尚樹に察知されることもないでしょう」
 逆にいえば、『皮』を使わなければ彼女に感づかれ逃げられる、あるいは予想外の反撃を貰う恐れもある――言外の忠告を、アディシェスは察した。
 少々穿ち過ぎのきらいもあるが……まあ、不安要素は潰しておくに越したことはない。『皮』の魔術は、生み出した本人であるカイツール以外には、満足に使用する事すら難しいが、何とかするしかないだろう。
 そう思いながら、彼は特に感慨を抱くこともないまま、自身のかつての許嫁を……それを含んだ、沢山の人々の命を奪うための旅路に付いた。



● ● ● ● ●



「……これは驚いたな」
 結果からいえば、アディシェスの行いは成功に終わった。
 彼の力により旅客機の計器類は総じて狂い、“魔神”封印の地へと落下、干渉に必要なだけの命の力を乗客たちの死によって賄い、墜落の衝撃によるエネルギーも与える事が出来た。
 加えて、自身の存在に気付くことなく死んだ高天原尚樹とその娘――神菜の遺伝子サンプルを採取するのに十分な原型をとどめていた。
 だがその有様に、アディシェスは少々驚いていた。
 尚樹の方は、体に無数の傷を負い、腕や足があらぬ方向にねじ曲がった風体で、死体となったその身を曝していた。
 が、その腕の中、最後の最後まで抱きしめて離さなかったと見える彼女の娘、神菜には――まったくもって外傷は見受けられない、綺麗なままであったのだ。
「(確かに私は遺伝子サンプルの採取を考えて、事故の衝撃の中にあっても、なるべく死体が霧散しないようには試みたが……)」
 過去、片手の指で足りるほどではあるが、規模の大きい事故、それこそ今回の様な飛行機墜落事故の中にあっても、ほぼ無傷の生還者が存在した、という前例はある。
 とはいえ、類似した例を目の前で見せられると、いくら『無感動』の名を冠する彼とはいえ、驚かざるをえなかった。
 彼女が高天原一族の血から得た何らかの特殊能力でも使ったのか、それとも本当に単なる偶然なのか――どちらにせよその光景は、娘に対する母親の愛情が引き起こした奇跡、とでも称されるであろう、神秘的な一幕であった。
 だが、彼にとって――『無感動』のアディシェスにとってみれば、目的を果たすための嬉しい誤算、サンプルが採取しやすくなったと言う事実でしかなかった。



● ● ● ● ●



 そうして、彼らは“世界を書き換える法”にまた一歩、大きく近づいた。
 その後も、彼らは“闇”の力を振るい、更に万進する。
 大いなる目的のために。多大な命の犠牲を撒き散らしながら――。






エピソード25:暴虐の力


「……旅客機墜落を利用した“魔神”封印への干渉を成してから、しばらくしての事だ……高天原尚樹の結婚相手であった笹来十護を“魔女”が我々の仲間に引き込んだ。彼の心の隙間をつくことで。“闇の徒(シュラウド)”となった彼の力自体は、それほど大きくはなかったが……“魔女”が語った通り、尚樹と娘である神菜……彼女らへの執着がよほど強かったのだろう。彼も私と同じように人間時代の記憶を失うことはなかった。少々、精神の均衡を失ってはいたようだが」
 アディシェスは、かいつまんで今までの――自分が知る『クリフォト』の行動、そしてそれに関わることになった尚樹、十護、神菜の経緯を説明してみせた。
「後の経緯について言えば、お前らとの遭遇した部分と重なる……先代のケムダーとなった彼は、10『物質主義』のキムラヌートと共に、遺伝子工学……加えてホムンクルス技術、精霊干渉による魂と肉体の変質と、“窮極の精霊”を宿すための肉体を作る研究にあてがった……もっとも、彼自身の記憶がしっかりしていたこともあり、我々の真の目的は伏せて、彼の妻、そして娘を復活させるための協力、と偽っていた」
 彼の言葉には、相手の疑問を解消してやる、という意図はない。相手の精神を追い詰め――心の“闇”を増幅させる。こうやって揺さぶりを賭け、彼の命と同化してしまったコードH……“邪悪の化身”を包む殻を破る。それが目的だ。
「彼を仲間に引き込んだのは、単純に手駒を増やすという意図以外に……本来、私との間に生まれるべきであった子供……“窮極の精霊”を宿すために生まれるべきであった存在との差異を推し量る意味もあった……彼の遺伝子情報、魂の波長……それのデータを手に入れるために」
 アディシェスはそう言いながらも、これで彼に揺さぶりを掛けられているという実感は薄かった……元々、普通の人間とかけ離れた感性を持っていた彼にとって、今口にしている事は、只の事実確認でしかない。
「並行して行われていた、精霊を利用しての肉体改造……そこに、まったくの偶然だが貴様という存在が弊害を引き起こした。コードH、《降雷皇ハモン》。それだけではない。研究に使われていた三幻魔……それが研究対象とは、まったくの部外者の手に渡り、あまつさえ内1枚、《降雷皇ハモン》は、お前の魂に同化してしまう有様だ……」
 そう言葉を続ける前で、九郎は魂の抜けた様な、驚愕の表情のまま固まっていた。
 それなりの効果はあるようだ……アディシェスはそう思いながら言葉を続ける。
「組織の露見を嫌ったのか、“魔女”はすぐにそれらの回収には向かわなかった。計画の最終段階……“闇”のゲームを多用する段階において、戦いの中でコピー幻魔を刺激し、力を蓄えさせる方策に軌道修正を行ったのだ。今、こうしているようにな」
 アディシェスは最後の最後まで、声の調子を一定のまま喋り続けた。
「笹来九郎……お前の中に宿ったコードH……それは我々の計画においても、重要な意味を持つもの……この戦いに置いて覚醒を促し、我らの手に返してもらおう」
 そこまで言ったところで、ちょうどアディシェスのターンの持ち時間が過ぎた。
 強制的にターン終了、九郎のターンに移行する。


九郎:LP2100
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:0枚
アディシェス:LP325 場魔《死皇帝の陵墓》
モンスター:《伊弉凪》(攻2200)
魔法・罠:永罠《永遠の流血》、永罠《神霊護法》
手札:1枚


「…………」
 ターンが移行してしばらくは、まるで固まったかのように動きを見せない九郎。
 目を見開いたまま俯き、ゆっくりとデッキトップに手を掛け、カードを引いた。
「お前が……」
 呟くように、呻くように、九郎は言葉を紡いだ。
 ――喉の奥がヒリヒリする。目がカラカラに乾いている。
 渦巻く感情が、九郎の身体を、精神を揺さぶり、記憶の断片を浮かび上がらせた。
 高天原家、“魔女”、クリフォト、尚樹、十護、神菜――ミオ。
 こいつらの、こいつらが、勝手な考えで――煮えたぎる思いを瞳に宿らせ、九郎は鋭くアディシェスを睨みつけた。
「お前らが……元凶!」
 絞り出すような慟哭と共に、九郎は引いたカードをデュエルディスクに叩きつける。
「《四元素の宝札》を発動! 手札が4枚になる様にカードをドローする!」

《四元素の宝札》 通常魔法
自分の墓地に炎・水・地・風属性モンスターが
それぞれ1体以上存在する場合、発動できる。
自分の手札が4枚になるようにカードをドローする。
「四元素の宝札」はデュエル中1度しか発動できない。

 今までの戦闘、及び《火之迦具土(ヒノカグツチ)》の効果によって墓地に送られたモンスターによって、その発動条件は満たされていた。下級ドラゴンは、属性がバラけているのも特徴の1つだ。
「……俺は手札から、3枚の永続魔法を発動する! 《大地の龍脈》! 《強者の苦痛》!《一族の結束》!」

《大地の龍脈》 永続魔法
自分フィールド上のドラゴン族モンスターの
攻撃力と守備力は300ポイントアップする。
このカードがフィールド上から墓地に送られた時、
以下のどちらかの効果を選んで発動する。
●自分のデッキから「大地の龍脈」を1枚手札に加える。
●自分のデッキからドラゴン族モンスターを1体選び、手札に加える。

《強者の苦痛》 永続魔法
相手フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスター攻撃力は、
レベル×100ポイントダウンする。

《一族の結束》 永続魔法
自分の墓地に存在するモンスターの元々の種族が
1種類のみの場合、自分フィールド上に表側表示で存在する
その種族のモンスターの攻撃力は800ポイントアップする。

「場に3枚の永続魔法がそろった……よって、このカードを特殊召喚する!」
 そう言って、九郎は残った手札に指を掛けた。
「来い……《バッド・エンド・クイーン・ドラゴン》!」

《バッド・エンド・クイーン・ドラゴン》
闇/☆6/ドラゴン族・効果 ATK1900 DEF2600
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上に永続魔法カードが
3枚以上表側表示で存在する場合に特殊召喚する事ができる。
このカードの攻撃によって相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
相手は手札を1枚選択して墓地へ送り、
自分はデッキからカードを1枚ドローする。
また、このカードがフィールド上から墓地へ送られていた場合、
自分のスタンバイフェイズ時に、自分フィールド上に表側表示で存在する
永続魔法カード1枚を墓地へ送る事で、このカードを墓地から特殊召喚する。

 現れたのは、黒ずんだ肌を持つ魔竜。
 体を丸ごと包めるほどの巨大な翼を湛えたその姿は、アンバランスな大きさを誇る2本の角と、垂れ下げられた両方の掌と共に、その名に違わぬ不吉な印象を与えるものだった。
「俺の墓地に存在するモンスターは、全てドラゴン族……よって《一族の結束》の効果が適用される! さらに《大地の龍脈》と合わせて……《バッド・エンド・クイーン・ドラゴン》の攻撃力は、合計1100ポイント上昇する!」

《一族の結束》&《大地の龍脈》効果適用!
《バッド・エンド・クイーン・ドラゴン》:
ATK1900 → ATK3000/DEF2600 → DEF2900

「加えて《強者の苦痛》の効果により……お前の場のモンスターは、そのレベル×100ポイント分、攻撃力をダウンする!」

《強者の苦痛》効果適用!
《伊弉凪》:ATK2200 → ATK1600

 九郎の場の永続魔法の効果により、《バッド・エンド・クイーン・ドラゴン》と《伊弉凪(イザナギ)》の力関係が逆転した。
 強化された悲惨なる終焉(バッド・エンド)の名を冠する巨竜は、高まった力を鼓舞するように、弱まった美丈夫に吠え声をぶつける。
「行け……! 《バッド・エンド・クイーン・ドラゴン》で《伊弉凪(イザナギ)》を攻撃!」
 襲い来る黒の魔竜の一撃が下る直前、アディシェスの体が突如霧に包まれる。
「永続罠《神霊護法》の効果発動……手札から三種の神器の1枚、《八尺勾玉(ヤサカノマガタマ)》を捨て、プレイヤーに及ぶダメージを0にする」

《神霊護法》 永続罠
自分のライフポイントが相手のライフポイントの半分以下の場合、
相手ターン中に1度、以下のどちらかの効果を発動したのち、
デッキからカードを1枚ドローすることができる。
●相手の表側表示モンスター1体を選択し、
それと同レベルのスピリットモンスターを手札から墓地に送る。
このターン中、選択したモンスターと同じレベルのモンスターは攻撃できない。
手札から「草薙剣」「八尺勾玉」「八汰鏡」の内、どれか1枚を墓地に捨てる事で、
このターンに発生する自分へのダメージを全て0にする。

八尺勾玉(ヤサカノマガタマ)》  装備魔法
スピリットモンスターにのみ装備可能。
装備モンスターが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの元々の攻撃力分だけ自分のライフポイントを回復する。
装備モンスターが自分フィールド上から手札に戻る事によって
このカードが墓地へ送られた時、このカードを手札に戻す。

 《バッド・エンド・クイーン・ドラゴン》の攻撃により、《伊弉凪(イザナギ)》の体は打ち砕かれた……が、《心霊護法》の霧の効力に阻まれ、アディシェスにダメージは通らない。
「更に……追加効果により、カードを1枚ドローする」
「くそ……!」
 《バッド・エンド・クイーン・ドラゴン》には、相手に戦闘ダメージを与えた時に相手の手札を破壊し、自分はドローできる効果があるのだが、ダメージそのものを防がれてしまっては、その効果も発動しない。
 攻めきれない、相手は憎き相手、なのに傷一つ負わず立っている、許せない――暴れる感情を滲ませながら、九郎は振り絞る声で、ターン終了を告げた。
「……ターン、終了する……」


九郎:LP2100
モンスター:《バッド・エンド・クイーン・ドラゴン》(攻3000)
魔法・罠:永魔《大地の龍脈》、永魔《強者の苦痛》
永魔《一族の結束》
手札:0枚
アディシェス:LP325 場魔《死皇帝の陵墓》、
モンスター:なし
魔法・罠:永罠《永遠の流血》、永罠《神霊護法》
手札:1枚


「私のターン、ドロー……ライフを半分支払い《八俣大蛇(ヤマタノドラゴン)》、召喚」

八俣大蛇(ヤマタノドラゴン)
炎/☆7/ドラゴン族・スピリット ATK2600 DEF3100
このカードは特殊召喚できない。
召喚・リバースしたターンのエンドフェイズ時に持ち主の手札に戻る。
このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、
手札が5枚になるまでデッキからカードをドローする。

アディシェス:LP325 → LP163

《強者の苦痛》効果適用!
八俣大蛇(ヤマタノドラゴン)》:ATK2600 → ATK1900

 八つ首の大蛇を思わせる、巨大な龍《八俣大蛇ヤマタノドラゴン)》。
 《バッド・エンド・クイーン・ドラゴン》以上の巨体に恥じない、強力な攻撃力を誇るドラゴンだが、今は《強者の苦痛》よってその力は削られている。
 更に2枚の強化された《バッド・エンド・クイーン・ドラゴン》との力の差は開かれる一方である。
 だが、アディシェスはうろたえない。冷酷なまでに感情を揺らさず、激昂の内にある九郎とは対照的に、目の前の事態に対処する。
「……バトルフェイズに突入。《八俣大蛇(ヤマタノドラゴン)》で《バッド・エンド・クイーン・ドラゴン》を攻撃……同時に、手札から速攻魔法……《魂減術》発動」

《魂減術》 速攻魔法
自分フィールド上にスピリットモンスターが
表側表示で存在する場合、発動可能。
相手フィールド上の全ての表側表示モンスターは、
攻撃力と守備力が半分になる。

《魂減術》の効果適用!
《バッド・エンド・クイーン・ドラゴン》:
ATK3000 → ATK1500/DEF2900 → DEF1450

 瞬間、《バッド・エンド・クイーン・ドラゴン》の魂に異変が起き、その永続魔法に固められて高められていた力を半減させたれた。力関係は本来の位置に、多頭の龍に不吉な黒竜はあっさりと葬られる。

九郎:LP2100 → LP1700

「く……そ……!!」
「……《八俣大蛇》の攻撃が通った事により、効果発動。デッキから手札が5枚になるよう、カードをドローする」
 アディシェスは効果によって潤った手札を眺め、その中の一枚――白造りの鏡が書かれたカードを手に取った。
「……《八俣大蛇(ヤマタノドラゴン)》に《八汰鏡(ヤタノカガミ)》を装備。これでエンドフェイズに発生する帰還効果を無視することが出来る……」

八汰鏡(ヤタノカガミ)  装備魔法
スピリットモンスターにのみ装備可能。
装備モンスターはエンドフェイズ時に手札に戻る効果を発動しなくてもよい。
装備モンスターが戦闘によって破壊される場合、代わりにこのカードを破壊する。

「さらにカードを1枚伏せておく。ターン終了」


九郎:LP1700
モンスター:なし
魔法・罠:永魔《強者の苦痛》、永魔《一族の結束》
手札:1枚
アディシェス:LP163 場魔《死皇帝の陵墓》、
モンスター:《八俣大蛇》(攻1900)
魔法・罠:永罠《永遠の流血》、永罠《神霊護法》
装魔《八汰鏡》、伏せカード1枚
手札:3枚


「俺のターン……ドロー! スタンバイフェイズに移行し、先のターンに倒された《バッド・エンド・クイーン・ドラゴン》の効果を発動!」
 地が砕け、そこから這い上がる様に、黒の魔竜――《バッド・エンド・クイーン・ドラゴン》が復活した。
「《バッド・エンド・クイーン・ドラゴン》はフィールドから墓地へ送られていた場合、場の永続魔法をコストに蘇生が可能! 永続魔法である《大地の龍脈》を墓地に送って特殊召喚した……更に《大地の龍脈》の効果も発動! ドラゴン族モンスターをサーチし……召喚する! 来い! 《龍脈の主》!!」

《龍脈の主》
地/☆4/ドラゴン族・効果 ATK1700 DEF900
自分の墓地に存在するこのカードと「龍脈に棲む者」1体をゲームから除外する事で、
自分のデッキ・墓地から「大地の龍脈」1枚を手札に加えることができる。

《一族の結束》効果適用!
《バッド・エンド・クイーン・ドラゴン》:ATK1900 → ATK2700
《龍脈の主》:ATK1700 → ATK2500

 蘇った《バッド・エンド・クイーン・ドラゴン》、そして呼び出された暗闇の中の《龍脈の主》は、九郎の怒りを背負うがのごとく鋭い吠え声を上げた。
「《バッド・エンド・クイーン・ドラゴン》で……《八俣大蛇(ヤマタノドラゴン)》を攻撃する! 戦闘破壊の身代わりになる《八汰鏡(ヤタノカガミ)》の効果で、このターンでは倒しきることは出来ないが……ダメージは通る!」
 これは“闇”のゲーム、ゲームで与えるダメージは現実のものとなる……少しでも、痛みを、涼しい顔をして、勝手な理屈で弟たちを弄んだ奴らに報いを与えてやる!
 冷静な彼らしからぬ濁った感情を不吉な黒竜に載せて、九郎は攻撃宣言を下す。
 が、激情の一撃であろうと……全てを忌諱するアディシェスには届かない。
「煩わしい……断ち切れ、《因果切断》」

《因果切断》 通常罠
手札を1枚捨てて発動する。
相手フィールド上に表側表示で存在する
モンスター1体を選択してゲームから除外する。
その後、相手の墓地に存在する除外したモンスターと同名のカードを
全てゲームから除外する。

「手札1枚をコストに……効果発動。何度も復活されては厄介だ……。除外させてもらう……二度と、私の目の前に現れないように」
「く……! ならば《龍脈の主》で攻撃する!」
「攻撃前に《神霊護法》の効果を発動……手札のレベル4スピリット《磨破羅魏(マハラギ)》を捨て、攻撃を封じる……そして、追加でカードを1枚ドローする」

磨破羅魏(マハラギ)
地/☆4/岩石族・スピリット ATK1200 DEF1700
このカードは特殊召喚できない。
召喚・リバースしたターンのエンドフェイズ時に持ち主の手札に戻る。
このカードが召喚・リバースしたら、次の自分のドローフェイズ時、
ドロー前にデッキの一番上のカードを1枚見てデッキの一番上か下に戻す。

 暗がりに潜む龍は、霊力の籠った霧に阻まれ動かなくなった。
 九郎はぎりりと歯を軋ませながら、残った手札1枚を手に取る。
「カードを1枚伏せ……ターン、終了」


九郎:LP1700
モンスター:《龍脈の主》(攻2500)
魔法・罠:永魔《強者の苦痛》、永魔《一族の結束》
永魔《大地の龍脈》、伏せカード1枚
手札:0枚
アディシェス:LP163 場魔《死皇帝の陵墓》、
モンスター:《八俣大蛇》(攻1900)
魔法・罠:永罠《永遠の流血》、永罠《神霊護法》、装魔《八汰鏡》
手札:2枚


「私のターン、ドロー……私は《夜叉》を召喚する」

《夜叉》
水/☆4/天使族・スピリット ATK1900 DEF1500
このカードは特殊召喚できない。
召喚・リバースしたターンのエンドフェイズ時に持ち主の手札に戻る。
このカードが召喚・リバースした時、相手フィールド上に存在する
魔法・罠カード1枚を選択して持ち主の手札に戻すことができる。

「《夜叉》のモンスター効果発動。召喚時、相手フィールド上の魔法・罠1枚を手札に戻す……お前の場の、《強者の苦痛》を戻して貰おうか」
「な……しま……!!」
 《夜叉》の呪詛により、《強者の苦痛》がフィールドから消える。
 これにより、アディシェスの場のモンスターは、ことごとく本来の力を取り戻した。
「《八俣大蛇(ヤマタノドラゴン)》の攻撃力が本来の数値である2600に戻った……そちらの《龍脈の主》も攻撃力2500まで強化されているが、それでも力不足だ……」
 苦痛から解放された多頭の龍は、空気を震わせる強大な咆哮を上げ襲いかかってくる。
「葬れ……《八俣大蛇(ヤマタノドラゴン)》で《龍脈の主》を攻撃……“邪創”」
「くそ……! 《炸裂装甲》で迎撃!」
 思わず九郎は声を張り上げた。

炸裂装甲(リアクティブアーマー) 通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動することができる。
その攻撃モンスター1体を破壊する。

 罠にかかり《八俣大蛇(ヤマタノドラゴン)》の身体が爆散する。
 飛び散る肉塊の雨の中、アディシェスは顔色一つ変えず、次なる行動に移行した。
「ならば、《夜叉》で《龍脈の主》を攻撃する」
「なに……!? 正気か!? 攻撃力はこちらの方が上だぞ!?」
 《強者の苦痛》が九郎の手札に戻った事で、本来の攻撃力を取り戻しているものの、《夜叉》の攻撃力は1900。現在《一族の結束》の効果で、攻撃力2500まで強化されている《龍脈の主》を倒すのは不可能だ。
「それも承知だ……私は《因果切断》のコストとして墓地に送ったカード……《スキル・サクセサー》の効果を発動。このカードを墓地から除外し……攻撃力を800上昇させる」
「な……に……!? 墓地から発動するカードで……攻撃力を上げてきた!?」

《スキル・サクセサー》 通常罠
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
このターンのエンドフェイズ時まで、
選択したモンスターの攻撃力は400ポイントアップする。
また、墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の
攻撃力はこのターンのエンドフェイズ時まで800ポイントアップする。
この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動する事ができず、
自分のターンのみ発動する事ができる。

《スキル・サクセサー》効果適用!
《夜叉》:ATK1900 → ATK2700

 かくして赤いオーラを纏った《夜叉》が、暗がりを目指して攻め込んでくる。
 あっというまに九郎の元の強化された龍に肉薄、それを打ち倒した。

九郎:LP1700 → LP1500

「くっそ……が!!」
 九郎の憤怒を受け流し、アディシェスは手札1枚を手に取った。
「……カードを1枚伏せる。そして、エンドフェイズに《夜叉》は私の手札に戻る。これで完全に、ターン終了」


九郎:LP1500
モンスター:なし
魔法・罠:永魔《一族の結束》
手札:1枚
アディシェス:LP163 場魔《死皇帝の陵墓》
モンスター:なし
魔法・罠:永罠《永遠の流血》、永罠《神霊護法》
伏せカード1枚
手札:2枚


「俺のターン……ドロー!」
 九郎が鋭くカードを引く。
 その引当てたカードを目にして……九郎はどこか納得した。
 このカードに宿る精霊は、自分の魂と一体化していると聞いた……ならば、この憤怒に、慟哭に応えて、自分の元に引き寄せられたのかもしれない。
「……俺の墓地には、《火之迦具土(ヒノカグツチ)》の手札破壊効果で墓地に送られた《龍脈に棲む者》が存在している。よって、《龍脈の主》の効果発動! このカード達を1枚ずつゲームから除外して、墓地の《大地の龍脈》を手札に戻す!」
《龍脈に棲む者》
地/☆3/ドラゴン族・効果 ATK1500 DEF700
自分の魔法&罠カードゾーンに存在する表側表示の永続魔法カード1枚につき、
このカードの攻撃力は300ポイントアップする。

《龍脈の主》
地/☆4/ドラゴン族・効果 ATK1700 DEF900
自分の墓地に存在するこのカードと「龍脈に棲む者」1体をゲームから除外する事で、
自分のデッキ・墓地から「大地の龍脈」1枚を手札に加えることができる。

「そして、《夜叉》の効果で手札に戻されていた《強者の苦痛》と……回収した《大地の龍脈》を発動!」
 場に揃った、3枚の永続魔法。
 雷光の皇に捧げられる、3つの魔力。
 己が心に宿る、凶暴な閃光を具現するかのように、九郎はそのカードをディスクに叩きつけた。
「……場の永続魔法3枚を墓地に送り……《降雷皇ハモン》を特殊召喚する!」

《降雷皇ハモン》
光/☆10/雷族・効果 ATK4000 DEF4000
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上に表側表示で存在する永続魔法カード3枚を
墓地に送った場合のみ特殊召喚することができる。
このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地に送った時、
相手ライフに1000ポイントダメージを与える。
このカードが自分フィールド上に表側守備表示で存在する場合、
相手は他のモンスターを攻撃対象に選択できない。

 紫電が収束し、くすんだ黄金色の体躯が形作られる……骨身の巨体、《降雷皇ハモン》がその姿を顕わせた。
「現れたか……」
 呟くように言うアディシェス。九郎はカード効果の処理を続ける。
「さらに龍脈の効果で……《仮面竜(マスクド・ドラゴン)》を手札に加えて……召喚する!」

仮面竜(マスクド・ドラゴン)
炎/☆3/ドラゴン族・効果 ATK1400 DEF1100
このカードが戦闘で破壊され墓地に送られた時、
デッキから攻撃力1500以下のドラゴン族モンスター1体を
自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
その後デッキをシャッフルする。

 仮面を思わせる、硬質な外皮に顔を覆われた中型の竜を九郎は呼び出した。
「(先程の手札に戻った《夜叉》はレベル4……。レベル3モンスターである《仮面竜》なら、《夜叉》はレベルが合わず、《神霊護法》は発動しまい!)」
 アディシェスの手札を考慮して選択……確実に相手を屠るための手段を、九郎は考え出し、実行に移したのだ。
「お前は必ず倒す! 2体のモンスターで攻撃する……! まずは《仮面竜》で攻撃……」
「攻撃前に手札からレベル3、《因幡之白兎(イナバノシロウサギ)》を捨てて、レベル3モンスターの攻撃宣言を封じる……そして、追加効果でドローする」

因幡之白兎(イナバノシロウサギ)
地/☆3/獣族・スピリット ATK700 DEF500
このカードは特殊召喚できない。
召喚・リバースしたターンのエンドフェイズ時に持ち主の手札に戻る。
相手フィールド上にモンスターが存在しても相手プレイヤーに直接攻撃する。

「なに……! 手札にレベル3のスピリットモンスターもいたのか……!」
 九郎の予想に反して、アディシェスの手札から対応されてしまった。
 《神霊護法》から発生した霧が《仮面竜》を包み込み、攻撃を阻む。
「く……だが、その効果で攻撃を止められるのは、指定したレベルのモンスターのみ。レベル10のハモンの攻撃までは抑止できない! 《降雷皇ハモン》で直接攻撃だ!」
「伏せカード発動……《呪法陣》。攻撃モンスターの攻撃を無効にし……攻撃力を1000ポイントダウンさせる」

《呪法陣》 永続罠
相手モンスターが攻撃した場合、そのモンスターを指定して発動する。
そのモンスターの攻撃を無効にし、攻撃力を1000ポイントダウンする。
このカードが表側表示で存在する限り、そのモンスターで攻撃する場合、
手札を1枚捨てる、もしくは1000ライフポイント支払わなければならない。
そのモンスターが破壊された時、このカードを破壊する。

 伏せカードが開かれ、そこから鈍く輝く光の帯が現れた。象形文字めいた模様の浮き出ているそれは、攻撃体勢を取っていた《降雷皇ハモン》に纏わりつき、その動きを止める。

《呪法陣》効果適用!
《降雷皇ハモン》:ATK4000 → ATK3000

「ぐ……!?」
 ハモンが呪法の帯に、その身を囚われた時。
 九郎の体に、鈍い痛みが走った。
「痛むか」
 アディシェスからの、短い問いかけ。
 ただ睨む視線を返す九郎に、アディシェスは平淡な口調で言う。
「《呪法陣》は攻撃力を下げるだけでなく、対象モンスターを拘束する効果も持つ。対象となったモンスター、《降雷皇ハモン》はお前の魂に癒着している……我々の言うところの“核霊”に近い存在だ。戦いの中での効果反映が大きいのだろう。加えて、戦いの中で覚醒しつつある影響もある……体の変調はその証だ」
「……!」
「他に、やることはあるか」
 一方的に言うアディシェス。
 改めてフィールドに、手元に目を向ける九郎。手札は残っておらず、全てのモンスターも行動を終えた……このターン中、もう出来ることは残っていない。
「……ターン終了する」
 短くそう言い、アディシェスにターンを明け渡した。


九郎:LP1500
モンスター:《降雷皇ハモン》(攻3000)、《仮面竜》(攻1400)
魔法・罠:なし
手札:0枚
アディシェス:LP163 場魔《死皇帝の陵墓》
モンスター:なし
魔法・罠:永罠《永遠の流血》、永罠《神霊護法》、永罠《呪法陣》
手札:2枚


「私のターン、ドロー……手札から《スピリットの祝詞(のりと)》を発動。墓地のスピリットモンスター3種類……《八俣大蛇(ヤマタノドラゴン)》、《火之迦具土(ヒノカグツチ)》、《雷帝神(スサノオ)》を1体ずつデッキに戻し……2枚ドローする」

《スピリットの祝詞(のりと) 通常魔法
自分の墓地に存在するスピリットモンスターを3種類選択し、
それぞれ1体ずつデッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

「く……スピリット専用のドロー強化カードか……!」
 潤った手札を短く眺め、アディシェスは攻撃に転じた。
「まずは《夜叉》を召喚……続いて、墓地のスピリットモンスター《因幡之白兎(イナバノシロウサギ)》をゲームから除外……《大和神(ヤマトノカミ)》を特殊召喚」

大和神(ヤマトノカミ)
闇/☆6/戦士族・スピリット ATK2200 DEF1200
このカードは通常召喚する事ができない。
自分の墓地に存在するスピリットモンスター1体をゲームから除外した場合のみ
特殊召喚する事ができる。
特殊召喚したターンのエンドフェイズ時に持ち主の手札に戻る。
このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
相手フィールド上に存在する魔法または罠カード1枚を破壊する事ができる。

「さらに《大和神》には《草薙剣(クサナギノツルギ)》を装備させる……これで、《大和神》は貫通効果を得る……」

草薙剣(クサナギノツルギ)》  装備魔法
スピリットモンスターにのみ装備可能。
装備モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
装備モンスターが自分フィールド上から手札に戻る事によって
このカードが墓地へ送られた時、このカードを手札に戻す。

「く……!!」
 先のターンと同じく現れた《夜叉》に加え、屈強な肉体と、蟷螂の鎌を思わせる腰飾りが特徴の《大和神(ヤマトノカミ)》と、一気に2体のスピリットモンスターが展開された。
 それらが、アディシェスの声とともに九郎へ襲いかかる。
「まずは《夜叉》で《仮面竜》を攻撃する」
「ぐわ……!」

九郎:LP1500 → LP1000

 《仮面竜》は《夜叉》の攻撃により、大した抵抗もなく倒される……が、只でやられるわけではない。
《仮面竜》には戦闘で破壊された場合、攻撃力1500以下限定だが、デッキからドラゴン族モンスターを呼び出す能力があるのだ。
「く……《仮面竜》の効果発動! ……デッキから……」
 そこで九郎はピタリと手を止めた。
 続く攻撃の手である《大和神》は、貫通能力を備えた《草薙剣》を装備している。
 しかも、攻撃力は2200と高めだ。ここはなるべく守備力の高い壁モンスターを呼び出し、ダメージを軽減させるのがセオリーなのだが……。
「(……何が引っ掛かる……何か、見落としているか……?)」
 九郎は、もう一度フィールド上に目を戻した。
 相手の場には、強力な防御効果を誇る《神霊護法》が陣取っている。
 他には、スピリットモンスター2体。しかし、エンドフェイズを迎えれば、2体のモンスターは自身の効果で手札に戻ってしまい、九郎のターンにはがら空きになる。
 だが、その時一緒に手札に戻る《草薙剣》は、《神霊護法》の「プレイヤーに及ぶ全てのダメージを0にする」効果を発動させるためのトリガーとなるカード……次の自分のターンで仕掛ける攻撃は、確実に防がれてしまうだろうことも、また事実だ。
「(そう……あの《神霊護法》が機能している限り、攻めるのが難しい……まてよ? 《神霊護法》の機能条件は…………そうか! これが引っ掛かっていたことか!) 俺は……デッキから、《エレメント・ドラゴン》を攻撃表示で特殊召喚!」

《エレメント・ドラゴン》
光/☆4/ドラゴン族・効果 ATK1500 DEF1200
このモンスターはフィールド上に特定の属性を持つモンスターが存在する場合、
以下の効果を得る。
●炎属性:このカードの攻撃力は500ポイントアップする。
●風属性:このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
もう一度だけ続けて攻撃を行う事ができる。

 靄がかかっていた思考が晴れ、的確な対応が思い浮かんだ九郎。
 その行動とは……相手の攻撃を受け止められる高守備力モンスターではなく、低ステータスのモンスターを呼び出すということだった。
「……《大和神》で後続の《エレメント・ドラゴン》を攻撃」

九郎:LP1000 → LP300

「ぐ……く……!!」
 ダメージを喰らい、苦しそうに体を屈める九郎。大幅にライフを削られたが、首の皮一枚でつながった。
 普通に考えれば、ピンチを招いたプレイミス……だが、これこそが九郎の狙い。
 その目でアディシェスの場に漂っていた霧が薄くなるのを確認して、九郎は自分の思惑が成功した事を確信した。
「なるほど……考えたな」
 そういってアディシェスは、自身の場の《神霊護法》のカードに目を落とす。
 相手が狙ったであろう、このカードの弱点となる一文を見やった。

《神霊護法》 永続罠
自分のライフポイントが相手のライフポイントの半分以下の場合、
相手ターン中に1度、以下のどちらかの効果を発動したのち、
デッキからカードを1枚ドローする事ができる。
●相手のモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターと同レベルのスピリットモンスターを手札から墓地に送る事で、
このターン中、選択したレベルのモンスターは攻撃できない。
●手札から「草薙剣」「八尺勾玉」「八汰鏡」の内、どれか1枚を墓地に捨てる事で、
このターンに発生する自分へのダメージを全て0にする。

「《神霊護法》はコントローラー側のライフが、相手のライフの半分以下でなければ機能しない……だが、先程の私の攻撃で、お前のライフは300ポイントまで減少し、《神霊護法》の起動条件から外れてしまった……と言う訳か」
 現在のアディシェスのライフは163ポイント……条件的には、九郎のライフが326ポイントより多くなければ《神霊護法》は機能しない。九郎は見事にこの穴をついた。
「加えて、アディシェス……お前の使った永続罠《呪法陣》の拘束は完璧なものではない……ライフコストか、手札コストさえ払えば攻撃できるんだからな。今の残りライフでは、ライフコストを支払うことは出来ない……が、ドローフェイズで手札にカードが加わる。それをコストに、《降雷皇ハモン》は攻撃できる……!」
 まさに肉を断たせて骨を断つ――捨て身の戦法により、九郎の反撃の手立てがそろった。
 加えて、アディシェスの場のスピリットモンスターたちはエンドフェイズを迎えれば手札に戻る。そうなれば、アディシェスの場はがら空きだ。
「確かに……私に残った手札は、防御のためのカードではない……このままターンを終えれば、間違いなく私の負けだろう……」
 だがアディシェスは、静かに残った手札に指を掛ける。
 ……アディシェスが指を掛けたそのカードと、下級スピリットモンスターとの組み合わせは、有名なコンボだった。だが、《死皇帝の陵墓》と《永遠の流血》のコンボのインパクトから、アディシェスのデッキ傾向がスピリットの上級モンスターを優先する作りに思えたため……九郎は、そのカードの存在に、気付けなかったのだ。
「……魔法カード発動、《強制転移》」
「な……に……!?」

《強制転移》 通常魔法
お互いに自分フィールド上に存在するモンスター1体を選択し、
そのモンスターのコントロールを入れ替える。
そのモンスターはこのターン表示形式を変更する事はできない。

「このカードの効果により、互いのフィールド上のモンスターを選択し、コントロールを入れ替える……私は《夜叉》を選択する……だが、お前には選択の余地はあるまい。《降雷皇ハモン》、渡して貰うぞ」
「……!!」
 青白い肌の鬼と、呪法の力に囚われた雷の皇の位置が入れ替わり……初めて、巨大な試験管の中にあったハモンを見たときのように、九郎とハモンは対峙する形となった。
 これが通常、召喚に手間がかかる上級スピリットではなく、召喚が手軽な下級スピリットを利用して行われることの多いコントロール奪取のコンボである。
 《強制転移》を使った場合、互いの場のモンスターが入れ替わるため、その数自体の損失はないのだが……。
「そして、エンドフェイズ……場のスピリットモンスターは全て、持ち主の手札に戻る。同時に《草薙剣》も、その効果で私の手札に戻る」
 アディシェスの場の《大和神》、それが手にしていた《草薙剣》、そして九郎の場の《夜叉》が、元々の持ち主であるアディシェスの手札に戻っていく。
 これこそがスピリットモンスターと《強制転移》のコンボの真髄。エンドフェイズに手札に戻る性質を利用した、相手の場にモンスターを残さぬ完全奪取。
 ハモンを奪われがら空きとなったフィールド、手元に1枚もないカード……なにもない。なにも残っていない。それこそが、九郎に付き付けられた、現実だった。
 

九郎:LP300
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:0枚
アディシェス:LP163 場魔《死皇帝の陵墓》、
モンスター:《降雷皇ハモン》(功3000)
魔法・罠:永罠《永遠の流血》、永罠《神霊護法》、永罠《呪法陣》
手札:3枚


「…………」
 よほど衝撃だったのか、固まったまま動かない九郎。
 それを見て、アディシェスは溜息をつきながら言った。
「……終わったな。これでハモンは“邪神”として覚醒するだろう。これで我らの計画は進む……後は……これを受け入れる器としての肉体……“神菜”の調整体を確率させなければな……」
 ピクリ、と九郎は顔を上げる。「神……菜……?」と思わず呟いていた。
 弟の書記の中に残されていた名前。自らの弟と、自らの恋した(ひと)の娘、狂ってしまった――いや、狂わされた弟が取り戻そうと求めた子供――ミオの、オリジナル。
「そうだ……高天原尚樹が、私との間に産まれるはずであった“窮極の精霊”を宿す肉体を持つ子供――それは笹来十護との間で産まれた事で、差異が生じた……それを調節するために、私達はあらゆる策を講じた。精霊の力を利用した肉体の変化……そして、回収した神菜の遺伝情報から得たクローン体……ホムンクルス体の調整。そう……先代ケムダーとなった笹来十護が担当に充てられた任務だった」
 ホムンクルス体――弟は奴らの仲間に引き込まれていた。その心も全て、奴らに利用されていたと言う事か――。
「調整体はほとんど残っていないが……現存するものは、かなり出来がいい。それらは、僅かな調整で使えるようになるだろう。『隠された知識』に確保された30などは……特に完成型に近いとの報告もあった」
 調整体……十護が作りだしたホムンクルス体……bR0……ミオ……?
「時が来れば、それも回収し……儀式は最終段階に進む。これで、嫌悪する世界が終わり……私達の願いがかなう……」
 ミオを……回収? 弟達のように……勝手な理由で弄ぶと言うのか。
 俺の元から……唯一残ったミオまで奪うと言うのか! そんなことは……!
「そんな……事はぁああああ!」
 絶叫と共に、九郎がカードを引く。
 そして、唯一手にしたカードを、惜しげもなく解き放った。
「魔法カード、《龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)》発動!」

龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)》  通常魔法
自分のフィールド上または墓地から、
融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
ドラゴン族の融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

「このカードの効果により、俺の墓地に存在する5体のドラゴンを利用し、ドラゴン族融合モンスターの除外融合を行う!!」
 鈍い光沢を放つ鏡の中に、竜の亡骸が吸い込まれてゆく――《エレメント・ドラゴン》、《仮面竜》、《ドラゴン・アイス》、《マグナ・スラッシュドラゴン》、《ドル・ドラ》。
 九郎の元で戦い散っていった5体のドラゴンが、脈絡なく纏めあげられてゆく――5つの首を持つ、禍々しき巨体の龍へと。ただただ強大なだけの、暴虐の力へと。
「融合召喚……! 滅ぼせ……《F・G・D(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)》!!」

F・G・D(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)
闇/☆12/ドラゴン族・効果 ATK5000 DEF5000
このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
ドラゴン族モンスター5体を融合素材として融合召喚する。
このカードは地・水・炎・風・闇属性モンスターとの戦闘によっては破壊されない。
(ダメージ計算は適用する)

「……ほう……まさか、この状況で……」
 巨大な龍を前にして、尚も冷淡なアディシェスの声が、九郎の神経を逆なでする。
 これ以上喋るな、これ以上動くな――消えろ! 消えろ!! 消えろ!!!
「《F・G・D》で、《降雷皇ハモン》を攻撃――ディスオーダー・ストリーム!!」
 九郎の慟哭を乗せて、暴虐の光が放たれる。
 憎しみを、怒りを、悲しみを、戸惑いを、嘆きを――何もかもが混ざりこんだ混沌の一撃が、呪法に囚われたハモンと、なんら表情を変えないアディシェスを飲み下していった。



「(……私の……負け……か)」
 “闇”のゲーム、しかも“核霊”である《火之迦具土(ヒノカグツチ)》を破壊された上での敗北により、自身の消滅が確定した中にあっても、アディシェスは変わらず平淡な感情のままであった。
 自身の戦いに置いて、コード“H”は邪神への覚醒には至らなかった。だが、確実に覚醒には近づいている。自分亡きあとも、魔女”がまた新たなメンバーを加えて計画は進むだろう。ここで消滅し、嫌悪する世界が消えるのを見届けられない事は残念に思う。
 ふと、彼は思考を打ち切って視界に意識を戻した。
 自分が世界から消えていく――だが、目の前で繰り広げられる光景は、まるで自分の前から世界が消え去っていっているようだ。
 瞬間、彼の心に喜びが湧きあがった。
 そうか――目の前の世界が気に入らないからと、世界を消してしまう必要などなかった。
 世界が気に入らないなら、自分が目を閉じればいい。
 こんなに簡単なことだったのか……その事実に気付いて、アディシェスは生まれて初めて、心の底から笑った。世界を否定し呪いの中にあった1つの命が、最後の最期に、消滅という祝福に包まれた瞬間であった。



 九郎は、精神も、肉体も、激しい痛みに囚われていた。
 敵の語った通り、自身の魂に癒着しているという精霊、コード“H”……《降雷皇ハモン》を、結果的にとはいえ自ら砕く形でデュエルを終わらせた影響なのか、かつての“闇”のゲームを終えたとき以上に、彼の体は悲鳴を上げていた。
 そして明かされた真実――高天原の、そしてその裏にいた“魔女”たる者の率いる『クリフォト』の行いが、彼の心をも打ちのめした。
 “世界を書き換える法”――大層な言葉だ。そんな訳のわからないことのために、どれほどの人間が人生を狂わされたのか……尚樹も、十護も、神菜も、犠牲者の一人だった。
 加えて……ミオまで、その計画に関わる可能性すらあるとは。
「そんなこと……許す……ものか……!」
 絞り出す声と、軋みを上げる心と体を引きずって。
 笹来九郎は、暗がりの道を歩み出した。





エピソード26:狂進者


 高天原の屋敷の地下、九郎とアディシェスの決闘の場から更に奥。
 まるでSF映画にでも出てきそうな計器類、中世の錬金術が使っていそうな不思議な形状をしたガラス器具、古めかしい数多の書物――それらが所狭しと置かれた部屋があった。
 高天原を導き、同時に利用してきた“魔女”ルリム・シャイコースの工房である。
 その場所は今、闇に覆われていた。闇の中で向き合う白銀の髪を持つ2人――姿形こそ血を分けた獏良の姓を持つ兄妹のものであったが、その実は違う。
 一方は、工房の主である“魔女”ルリム・シャイコース――またの名を、闇の集団クリフォトのbP、『無神論』のバチカル。
 もう一方は、その“魔女”が復活させた闇の決闘者バクラ……厳密にいえば、その残留思念を掻きめて造られた、かつての盗賊王“バクラ”の模造品――精霊魔術の“力の集約点”である“魔神”の封印に、必要な干渉を与えるための鍵として作り上げられた紛い物であった。
 だが、彼女の予想以上に彼の自我は強靭であり、そして彼の魂を構成する傲慢さと強欲さは桁違いであった。
 故に彼女は、こうして反逆の憂き目にあっているのである。
「オレのターン! ドロー!」
 その反逆者は不敵な笑みを浮かべながらカードを引く。
 数秒手札を眺めたのち、内2枚を抜き出した。
「ま、最初はこんなモンかな……。モンスターを守備セット! 更に永続魔法《暗黒の扉》を発動するぜ!」

《暗黒の扉》 永続魔法
お互いのプレイヤーはバトルフェイズにモンスター1体でしか攻撃する事ができない。

暗がりの扉がフィールドに現れる。
「このカードがある限り、お互いは1体のモンスターでしか攻撃できない。ライトロードの攻撃力の高さは怖いからなぁ〜〜! これでターンエンドだ!」
 口にする内容とは裏腹に、馬鹿にした様な口調でバクラはターン終了を宣言した。


バクラ:LP4000
モンスター:守備モンスター1体
魔法・罠:永魔《暗黒の扉》
手札:4枚
バチカル:LP4000
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:5枚


「私のターン、ドロー」
 “魔女”がカードを引く。
 迷いなく、1枚の魔法カードを使用した。
「《光の援軍》発動。デッキから3枚墓地に送って《ライトロード・サモナー ルミナス》を手札に」

《光の援軍》 通常魔法
自分のデッキの上からカードを3枚墓地へ送って発動する。
自分のデッキからレベル4以下の「ライトロード」と
名のついたモンスター1体を手札に加える。

「そして、手札に加えた《ライトロード・サモナー ルミナス》を召喚」
 バクラの前に、露出の高い白の衣装と、曝された褐色の肌のコントラストが見事な女性ライトロード、ルミナスが現れる。

《ライトロード・サモナー ルミナス》
光/☆3/魔法使い族・効果 ATK1000 DEF1000
1ターンに1度、手札を1枚捨てる事で自分の墓地に存在するレベル4以下の
「ライトロード」と名のついたモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する。
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する場合、
自分のエンドフェイズ毎に、自分のデッキの上からカードを3枚墓地に送る。

「そいつは、お前と宿主サマとの決闘で見たな。確か、その効果は……蘇生能力!」
「ご名答。では、その効果発動するわ。手札1枚をコストにして、墓地の下級ライトロードを蘇生……《ライトロード・マジシャン ライラ》を特殊召喚」

《ライトロード・マジシャン ライラ》
光/☆4/魔法使い族・効果 ATK1700 DEF200
自分フィールド上に表側攻撃表示で存在するこのカードを表側守備表示に変更し、
相手フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。
この効果を発動した場合、次の自分のターン終了時まで
このカードは表示形式を変更できない。
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
自分のエンドフェイズ毎に、自分のデッキの上からカードを3枚墓地に送る。

「ライラの効果を発動……このカードを守備表示に変更することで、相手の魔法・罠カードを破壊できる。私はこの効果で、《暗黒の扉》を破壊させてもらうわ」
 丈の長い白のローブに身を包んだ黒髪の女魔導士、ライラが跪き、祈りをささげる。
 その祝詞に込められた力が、バクラの場の暗がりの扉を消滅させた。
「魔法・罠カード破壊効果まで備えた奴までいるのか! ちっ、これで攻撃抑止の障害はなくなった……!」
「とはいえ、ライラは効果発動のために守備表示になったから、このターン攻撃できるのはルミナスだけだけどね。ルミナスの攻撃力の低さでは不安もあるけど……ここは攻撃しておきましょう。ルミナスで守備モンスターを攻撃」
 ルミナスはまるで踊るようなステップを刻みながら、バクラの守備モンスターに攻撃を仕掛ける。
 ルミナスの攻撃力は1000。下級モンスターとしては、低いほうの能力値だが……。
「あら……存外簡単に破壊できたわね」
 バクラの場に伏せられたモンスターはあっけなく倒された。
 だが、バクラは思惑通りといわんばかりにニヤリ、と笑みを浮かべた。
「倒されて結構……こいつは戦闘で破壊されるのが仕事だ! 《マッド・リローダー》の効果発動!」

《マッド・リローダー》
闇/☆1/悪魔族・効果 ATK0 DEF0
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
自分の手札を2枚墓地に送り、自分のデッキから
カードを2枚ドローする。

「こいつは名前のとおり、再装填(リロード)能力を持っている。手札2枚を墓地に送って、新たにカードを2枚ドローする!」
 手札交換を行うバクラを横目で見ながら、バチカルは手札からカードを1枚選び、ディスクに差し込んだ。
「カードを1枚伏せて……ターン終了。同時にルミナスとライラの墓地送り効果で、デッキの上から合計6枚のカードを墓地に送るわ」


バクラ:LP4000
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:4枚
バチカル:LP4000
モンスター:《L・サモナー ルミナス》(攻1000)、《L・マジシャン ライラ》(守200)
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:3枚


「オレ様のターン! ドロー!」
 バクラがカードを引き、そのカードをデュエルディスクに叩きつける。
「来い! 《死霊騎士デスカリバー・ナイト》!」

《死霊騎士デスカリバー・ナイト》
闇/☆4/悪魔族・効果 ATK1900 DEF1800
このカードは特殊召喚できない。
効果モンスターの効果が発動した時、
フィールド上に表側表示で存在するこのカードを生け贄に捧げなければならない。
その効果モンスターの発動と効果を無効にし、そのモンスターを破壊する。

「デスカリバー・ナイト! ルミナスを攻撃だ!」
 攻撃力1900を誇る死霊騎士が、馬を駆りライトロードに斬りかかる。
 そこでバチカルは伏せカードを開いた――今、場にいるのは攻撃力1000のルミナスと、守備力200のライラ。防御手段を用意しておくのは至極当然である。
「永続罠《ライトロード・バリア》発動。デッキからカードを2枚墓地に送る事で、攻撃を無効にする」

《ライトロード・バリア》 永続罠
自分フィールド上に表側表示で存在する「ライトロード」
と名のついたモンスターが攻撃対象になった時、
自分のデッキの上からカードを2枚墓地へ送る事で
相手モンスター1体の攻撃を無効にする。

 その宣言と同時に、ルミナスはクリスタルの輝きを放つ光の球体に包まれた。
 デスカリバー・ナイトはそれを斬りつけるが、壊すどころか傷一つ付けられないありさまだった。
「ホウ……こりゃ強力な防御罠だ……しかし、ライトロード御用達のせいか、ソイツもカードを墓地送りにするんだな」
 どこか関心したように、バクラが言う。
「ま、攻撃出来ないんじゃしょうがねえ。カードを1枚伏せて、ターン終了だ」


バクラ:LP4000
モンスター:《死霊騎士デスカリバー・ナイト》(攻1900)
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:3枚
バチカル:LP4000
モンスター:《L・サモナー ルミナス》(攻1000)、《L・マジシャン ライラ》(守200)
魔法・罠:永罠《ライトロード・バリア》
手札:3枚


「私のターン、ドロー」
 カードを引いたバチカルは、すぐさま自分の場のルミナスに目を移した。
「手札1枚をコストに、ルミナスの効果発動。手札を1枚捨てて、墓地のライトロードを特殊召喚……」
「……! ここで《死霊騎士デスカリバー・ナイト》の効果が発動する! 自身を生け贄に、効果を無効にして破壊する……!」
 死霊騎士が、実体のない髑髏の瘴気となってルミナスに襲いかかる。
 それに囚われた褐色の肌のライトロードは、驚愕の表情を浮かべ、次に苦悶の表情を浮かべ、最後に表情が消え、フィールド上から消えていった。
「ふふ……《死霊騎士デスカリバー・ナイト》の、自身を生け贄に発動するモンスター効果無効化能力は、強制発動してしまう……これで、貴方の場はがら空きね」
 そう言って笑みを見せるバチカルに、バクラはチッ、と短く舌打ちをした。
「それでは《ライトロード・ウォリアー ガロス》を召喚。そして、ガロスで直接攻撃」

《ライトロード・ウォリアー ガロス》
光/☆4/戦士族・効果 ATK1850 DEF1300
自分フィールド上に表側表示で存在する「ライトロード・ウォリアー ガロス」以外の
「ライトロード」と名のついたモンスターの効果によって
自分のデッキからカードが墓地に送られる度に、
自分のデッキの上からカードを2枚墓地に送る。
このカードの効果で墓地に送られた「ライトロード」と名のついたモンスター1体につき、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

バクラ:LP4000 → LP2150

「く……! おお、痛い痛い……」
 筋骨隆々な逞しい戦士、ガロスの直接攻撃を受けたバクラは、ふざけた様な声を上げる。
 ただの強がりか、それとも余裕があるのか……。
「エンドフェイズに移行し、ライラの効果でデッキの上から3枚墓地送りに……ここで、ガロスの効果発動。それに追随し、墓地にカードを2枚墓地に送る」
 そうして、デッキの上から墓地に送るカードを……手にとって、バクラに見せつける。
「墓地に送られたのは《ライトロード・ハンター ライコウ》と《ライトロード・パラディン ジェイン》……ライトロードと名のついたカードが2枚あったから、2枚ドローするわね。これで完全にターン終了……」
「おっと、待った。オレ様も伏せカードを発動しておくぜ! この《八汰烏の骸》をな!」

《八汰烏の骸》 通常罠
次の効果から1つを選択して発動する。
●自分のデッキからカードを1枚ドローする。
●相手フィールド上にスピリットモンスターが表側表示で
存在する場合に発動する事ができる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

「この効果で、カードを1枚ドローするぜ!」
 バチカルの発動したガロスの効果による手札を増やすドローとは違い、《八汰烏の骸》のドロー効果は手札交換に近い。
「(また手札を……先ほどの《マッド・リローダー》といい、どこか余裕ありげな笑みといい……何か狙っている?」)
 だがその狙いを看破し、対策を立てる余裕は、完全にターンを終えたバチカルには残されていなかった。


バクラ:LP2150
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:4枚
バチカル:LP4000
モンスター:《L・マジシャン ライラ》(守200)、《L・ウォリアー ガロス》(攻1850)
魔法・罠:永罠《ライトロード・バリア》
手札:4枚


「オレ様のターン、ドロー!」
 引いたカードを目に入れた瞬間……バクラの顔に、邪悪な笑みが浮かんだ。
「やっと来たか……! まずは、《闇の支配者との契約》発動するぜ!」

《闇の支配者との契約》 儀式魔法
「闇の支配者−ゾーク」の降臨に必要。
フィールドか手札からレベルが8以上になるようカードを生け贄に捧げなければならない。

「儀式の生け贄は、《マッド・リローダー》で墓地に送った儀式魔人2体……プレコグスターとハプティズマーの除外能力で賄うぜ!」

《儀式魔人プレコグスター》
闇/☆3/悪魔族・効果 ATK400 DEF300
儀式モンスターの儀式召喚を行う場合、
その儀式召喚に必要なレベル分のモンスター1体として、
墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事ができる。
このカードを儀式召喚に使用した儀式モンスターが
相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、相手は手札を1枚選択して捨てる。

《儀式魔人ハプティズマー》
闇/☆5/悪魔族・効果 ATK2200 DEF1700
儀式モンスターの儀式召喚を行う場合、
その儀式召喚に必要なレベル分のモンスター1体として、
墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事ができる。
このカードを儀式召喚に使用した儀式モンスターは、
1ターンに1度だけ、効果によって破壊されない。

「さあ、2体の儀式魔人の魂を喰らって……現れろ! 《闇の支配者(ダーク・マスター)―ゾーク》!!」

闇の支配者(ダーク・マスター)―ゾーク》
闇/☆8/悪魔族/儀式・効果 ATK2700 DEF1500
「闇の支配者との契約」により降臨。
フィールドか手札から、レベルが8以上になるよう
カードを生け贄に捧げなければならない。
1ターンに1度だけサイコロを振る事ができる。
サイコロの目が1・2の場合、相手フィールド上のモンスターを全て破壊する。
3・4・5の場合、相手フィールド上のモンスター1体を破壊する。
6の場合、自分フィールド上のモンスターを全て破壊する。

2体の儀式魔人による効果付加!
闇の支配者(ダーク・マスター)―ゾーク》:
●相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、相手は手札を1枚選択して捨てる。
●1ターンに1度だけ、効果によって破壊されない。

「ゾーク……!」
 “魔女”が目の前のバクラを復活――いや、作り出すために“記憶戦争”の記録を調べ上げて作成し、彼に与えた強力な“闇”の精霊だ。
 自前のモンスター破壊効果に加え、生け贄とした2体の儀式魔人の恩恵を受け、手札破壊効果とカード効果による破壊耐性を得て現れたそれは、禍々しい見た目に違わぬ大きな脅威として彼女の前に現れた。
「……手札入れ替えは、ゾーク召喚を狙ってのことだったのかしら?」
 苦笑する様な表情を浮かべて問う“魔女”に、バクラは歪んだ笑みを浮かべて応えた。
「いや、違うぜ……まあ、このカードを発動する前には、出来ればゾークを呼んでおきたかったのは確かだがね……」
 そう言いながら、バクラは手札を1枚手に取った。
「オレ様が望んでいたカードは……コイツよ! 《呪いの双子人形(ネクロツインズ)》!!」

呪いの双子人形(ネクロツインズ) 永続魔法
互いのプレイヤーは双子の持つ赤と黒 どちらかの箱を選ぶ。
赤の箱はプレイヤーに命をもたらし
黒の箱はフィールドに呪いをもたらす。

「な……に……?」
 目の前に現れた2体の人形――それぞれが赤と黒の持ち、顔色の悪さと表情の硬さを合わせて、幽鬼を思わせる不気味さを漂わせた双子の人形を凝視し、バチカルはこの決闘で初めて心底困惑した。
「フフフ……なに、気にするな。ちょっとした演出だ。さて、コイツの効果処理に移るぜ! このカードの発動と同時に、お前は赤の箱か、黒の箱を選ぶ……そして、選んだ方の効果はお前に適用され、選ばれなかった方の効果はオレ様に適用される! さあ、命か……呪いか……どちらかを選びな!!」
「……!?」
 威圧的に言うバクラに、バチカルは顔をしかめて睨み返す。
 しばらく、視線で穴が開くのではと言うほど双子人形を睨んでいたバチカルだったが……息を吐き出して、答えを口にした。
「ならば私は……黒の箱を選択するわ」
 その答えを聞いたバクラは、しばらく表情を動かさなかった……が、徐々にその顔が歪んでいき、
「おめでとうよ……お前に呪いをプレゼントするぜ!」
 喜色満面にそう言った。
 その声に呼応するかのように、バチカルの場――デュエルディスクに異変が起きた。
 彼女のディスクの墓地にあたる場所からカードが雲状になって飛び出し……フィールド上を漂い始めたのだ。
「これは……一体……!?」
 驚愕の表情を浮かべる“魔女”に、バクラは笑いながら答えた。
「ハハハハ! お前に与えられた呪い……それは墓地の消滅! それに伴い、墓地に眠るモンスター達の魂がはじき出され、『浮遊霊』となった!」
「……『浮遊霊』……!?」
「そうだ! 行き場をなくした『浮遊霊』達は、お前のフィールド上を漂う……ただし、『浮遊霊』は攻撃、防御に参加できず、生け贄などにも使えないがな……そして、これから倒されるモンスター達も、送られる墓地がないので『浮遊霊』となる! こんな風になあ!!」
 バクラが腕を掲げると、その背後に立つゾークの腕にエネルギーが収束し始めた。
「ゾークのモンスター破壊効果を発動させるぜ! ダイスロール!」
 転がるダイスが示したのは3の数値。相手モンスター1体を破壊できる効果が適用される。
「いけえ、ゾーク! ライラを破壊だ――ゾーク・カタストロフィー!!」
「!! ぐ……!!」
 放たれた紫の熱線が、白の魔導士を飲みこんだ。
 その姿は、バクラの言った通り、幽霊めいた姿となってフィールドに浮きあがる。
「さらにバトルフェイズに移るぜ! ゾーク! ガロスを攻撃だ!」
「く……! 《ライトロード・バリア》を発動!」
 続く攻撃を防御しようと、光のバリア発現を宣言するバチカル。
 だが。
 《ライトロード・バリア》は、なんの反応も寄越さない。
「無駄だ……そのカード、発動には墓地にカード送らなければならないんだろう? カードを送るための墓地が消滅しているってのに、発動できるわけがねぇだろうが!!」
 バクラの嘲りに乗るかのように、ゾークの一撃が屈強なライトロードの戦士を打ち砕き、その余波がバチカルを襲う。

バチカル:LP4000 → LP3150

 攻撃の衝撃に体を揺らすバチカルを見ながら、バクラは不敵な笑みを浮かべて言う。
「今のゾークは手札破壊効果を得ているが……捨てるための墓地がないため、残念ながらこの効果は不発に終わるぜ。ラッキーだったな、“魔女”さんよ!! メインフェイズ2にて、カードを1枚伏せる! これでターン終了だ!」


バクラ:LP2150
モンスター:《闇の支配者―ゾーク》(攻2700)
魔法・罠:永魔《呪いの双子人形》、伏せカード1枚
手札:1枚
バチカル:LP3150
モンスター:なし
魔法・罠:永罠《ライトロード・バリア》
手札:4枚


「……私のターン、ドロー」
 引いたカードと手札、そして相手フィールドを短く見るバチカルは、表情にこそ出さないものの、この状況に焦りを感じていた。
 彼女のデッキを構成しているライトロードシリーズのカードは、強力な単体効果と共に、デッキからカードを墓地に送る効果を負っている。
 しかし、デュエルモンスターズはそのゲームの性質上、墓地にカードをためる事がアドバンテージにつながるため、一概にデメリット効果とは言えない……いや、メリットとして働く事が多いのだ。
 現にバチカルは《貪欲な壷》や《神聖なる魂》といった、墓地のカードを利用するカードを投入して、デッキの強化を図っている。
 また、未だデッキに眠るライトロードの切り札である“龍”も、墓地にライトロードが特定数存在することが召喚条件である。
 それらは、墓地が消滅してしまった今の状況では、紙切れ同然……つまり、バチカルのデッキは墓地消滅の呪いと共に、仕込んでおいた多くのギミックを潰されてしまったのだ。
「(まんまと、相手の思惑にはまってしまった、と言う訳ね……)」
 バクラとしては相手の――“魔女”の戦略を知った上で的確なアンチカードを使ってきた。動きの鈍ったこのデッキでどこまで対抗できるか――。
「ハハハ……どうした? 早くしてくれよ! 墓地にカードを送る事がなくなったんだ……普段はデッキから直接墓地に行ってしまう、あんまり使えないカードも使える機会が出来たんだ、よかったじゃねえか!!」
 神経を逆なでするような、挑発めいた笑いと共にバクラは言う。
 バチカルは、残った手札を見つめた。
「(ゾークは、相手モンスター破壊効果を持っている……迂闊に壁モンスターを出したとしても、効果で破壊されてしまう可能性が高いなら……伏せカードで耐えるしかないわね)」
 幸い、手札枚数には余裕がある。ブラフを含めて出せば時間稼ぎになるはず――と、バチカルは手札のカードから3枚抜き取った。
「では、カードを3枚伏せ……ターン終了」
「おっと、ここで伏せておいた《サイクロン》を発動するぜ!」
「! エンドサイク……!」

《サイクロン》 速攻魔法
フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。

「そうだな……ここは、伏せられた中で、真ん中のカードを破壊する!」
 そうして吹き飛ばされたのは……《魔法の筒》。相手の攻撃をそのまま跳ね返し、相手にダメージを与える強力な罠カード。
 《ライトロード・バリア》を封じられた今、破壊耐性を備えたゾークの迎撃に適したカードの1枚が、活躍することなくフィールドから消し去られてしまった。

魔法の筒(マジック・シリンダー) 通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、
そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

「ハハハハハ! こいつぁ、ラッキーだ! 万策尽きたって感じか? さらに、ここでオレ様に適用された……お前に適用されなかった方の《呪いの双子人形》の効果が発動する! 墓地にカードがおかれる度に、ライフが200ずつ回復していく効果だ……《サイクロン》が墓地に置かれたので、ライフ200回復だ!」

バクラ:LP2150 → LP2350

「……」
 バチカルは沈黙するばかり。
 間違いなく、自分は彼女を追い詰めている。だが、ここで気は抜かない。さらに攻め立てて、抵抗する気すら起こらなくしてやる――バクラはそう思いながら、顔に浮かべた笑みにさらなる加虐性を込めるのだった。


バクラ:LP2350
モンスター:《闇の支配者―ゾーク》(攻2700)
魔法・罠:永魔《呪いの双子人形》
手札:1枚
バチカル:LP3150
モンスター:なし
魔法・罠:永罠《ライトロード・バリア》、伏せカード2枚
手札:2枚


「オレ様のターン、ドロー」
 引いたカードを見て、バクラは少し顔をしかめる。
「(ち、そうそう相手の伏せカードを破壊できるカードは来ないか……この状況じゃ、こいつを使っても自分の首を絞めるだけだし、手札交換のエサになってもらうとするか) 魔法カード、《トライ・ケミストリー》を発動するぜ」

《トライ・ケミストリー》 通常魔法
自分の手札からカードを1枚選択して発動する。
選択したカードをゲームから除外し、デッキからカードを1枚ドローする。
この効果でドローしたカードが、発動時に除外したカードと違う種類
(モンスター・魔法・罠)だった場合、ドローしたカードを相手に
確認させることにより、もう1枚カードをドローする。

バクラ:LP2350 → LP2550

「コイツは、手札1枚を除外することで発動、デッキから1枚ドローする。そして、ドローしたカードが除外したカードと別種類だった場合、追加でドローが可能となる。手札から永続魔法《死札相殺》を除外して、カードをドローするぜ」

《死札相殺》 永続魔法
互いのプレイヤーはそれぞれのターンエンドフェイズに
フィールド上のモンスターの数だけデッキからカードを墓地に捨てる。

 そしてドローしたカードを一瞥した後、くるりと回してバチカルに見せる。
「オレが引いたのは、モンスターカード《ダークネス・ソーサラー》……除外した《死札相殺》とは別種類! 追加ドローの条件を満たしたので、もう一枚カードを引くぜ!」
 そうして引いたカードを軽く見た後、手札に加える。
「さてと……それじゃあ、攻撃に移らせてもらうぜ! ゾークでダイレクトアタックだ!」
 バクラの後ろに控える巨大な悪魔、ゾークが動き出す。
 その手に紫の波動が集まっていく中、突如としてゾークとバチカルの間に、割り込むように光が現れた。
「……伏せカード、速攻魔法《フォトン・リード》を発動。効果により、《ライトロード・ドルイド オルクス》を手札から特殊召喚」

《フォトン・リード》 速攻魔法
手札からレベル4以下の光属性モンスター1体を表側攻撃表示で特殊召喚する。

《ライトロード・ドルイド オルクス》
光/☆3/獣戦士族・効果 ATK1200 DEF1800
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
「ライトロード」と名のついたモンスターを
魔法・罠・効果モンスターの効果の対象にする事はできない。
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
自分のエンドフェイズ毎に、自分のデッキの上からカードを2枚墓地に送る。

 光が弾けて現れたのは、ライトロードの初老の司祭。
 ゾークに対峙して、力の差を感じながらも鋭い視線を向け、闘志を見せる。
「なるほどな……単にモンスターを守備表示で出して壁にしても、バトルに入る前にゾークの効果で破壊されてしまう。そこで、バトルフェイズ中の特殊召喚を狙ったわけか」
 ゾークのモンスター破壊効果はメインフェイズ時にのみ使える。バトルフェイズに入り攻撃に移ってしまうと効果は使えないため、タイミングをずらすことで壁となりうるモンスターを特殊召喚するという方策である。
「中々姑息な手を使うじゃねえか! なら、こちらも倣って姑息な手を使わせてもらうぜ! 手札の《ダークネス・ソーサラー》を自身の効果で特殊召喚! 攻撃表示だ!」

《ダークネス・ソーサラー》
闇/☆4/悪魔族・効果 ATK1600 DEF1600
相手が手札からモンスターを特殊召喚した時、
手札からこのカードを特殊召喚する事ができる。
このカードを生け贄に捧げることで、
除外されている自分のモンスターを
2体まで選択して手札に加えることができる。

 ゾークの傍らに、紫色のローブに身を包んだ不気味な術師――《ダークネス・ソーサラー》が現れた。
 目深にかぶったフードから覗く顔、長い裾から覗く杖を握る手は、白い骸骨。
 首から下げられたネックレスに飾られているミイラと化した人間の頭蓋と合わせて、禍々しさがより際立っている。
「く……手札からの特殊召喚に対応したモンスターだったのね。これで、攻撃の手が2体に……!」
「さて……お待ちかねの処刑時間だ! ゾークの攻撃目標は《ライトロード・ドルイド オルクス》! 《フォトン・リード》の効果では、攻撃表示でしか出せないからな……いい的だぜ!」
 ゾークの突き出した右手から、紫の焔の渦が放たれる。
 オルクスに抵抗の術はなく、いとも簡単に飲み込まれていった。

バチカル:LP3150 → LP1650

「……!」
「おっとお! まだ根を上げるのには早えぜ! 続けて《ダークネス・ソーサラー》でダイレクトアタック!」

バチカル:LP1650 → LP50

「く……!」
 度重なるダメージに、ついにバチカルが膝を折る。
 それを見て、バクラはより一層、その邪悪な笑みを深めた。
「ヒャハハハハ! いいねえ、その格好! さてと、メインフェイズ2で《ダークネス・ソーサラー》のもうひとつの効果発動! 自身を生け贄に、除外されているオレ様のモンスター……ゾーク降臨のために使った2体の儀式魔人を手札に戻すぜ!」

バクラ:LP2550 → LP2750

 バクラの場から骸骨の術師が掻き消え、《呪いの双子人形》の「命」の効果により200ポイントライフが回復、同時に彼の手元に2枚のカードが戻る。
 戻った2枚の儀式魔人のカードは、1枚は上級モンスター、もう1枚は低ステータスのモンスター……普通に使う分には、そこまで有用なカードではないが、手札はあればあるだけ良い。
 手札交換のエサに使うもよし、別のカードの効果発動のコストにするもよし、バクラはハンドアドバンテージを取ったのだ。
 それに、現在のバチカルの残りライフでは、戻った低ステータスの儀式魔人――プレコグスターの攻撃力400ポイントですら、現在の残りライフが50ポイントしかないバチカルにとっては、十二分な脅威と言える。
「カードを1枚伏せて、ターン終了……さあ、お前のターンだぜ、“魔女”さんよ」


バクラ:LP2750
モンスター:《闇の支配者―ゾーク》(攻2700)
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:2枚
バチカル:LP50
モンスター:なし
魔法・罠:《ライトロード・バリア》、伏せカード1枚
手札:1枚


「……私のターン、ドロー」
 バチカルがカードを引き……しばらく、アクションを起こさずに固まってしまった。
 それを、詰みとなった者の呆然自失、と捉えたバクラは、ケタケタと笑いながら挑発をかける。
「ハハハハ! おいおい、いくら待ったって、手札の内容は変わらねえぜ? さっさと行動に移ってくれねえかなあ? “魔女”さんよお!!」
 その言葉に、スッと顔を上げ――バクラの方を見上げたバチカル。
 その目がバクラを捕え、次に彼女の場を舞う浮遊霊達を眺め、最後に手札に注がれる。
「そうね……では……このモンスターを出しましょうか」
 ゆっくりと指が動き、手札のカードをディスクに置くバチカル。
 はたしてその結果は――

「な……に……!?」

 それは、バクラの予想から外れたものであった。
「な……なんでだ!」
 現れたモンスターを凝視し、バクラは声を掠らせながら叫ぶ。
「な! なんでだ……なんでいきなり最上級モンスターが!」
 驚愕と共に指さしたその先に佇むのは、“魔女”が呼び出した最上級モンスター、攻撃力2500を誇る白銀の鎧――《ガーディアン・オブ・オーダー》。
 それに、“魔女”が伸びやかな声色で応えた。
「あら、貴方が言ったのでしょう? 私のモンスター達は墓地が消滅した事でフィールドを漂う『浮遊霊』になったと……つまり私のフィールド上には、墓地からはじき出された光属性モンスターが全部で11体存在する。『光属性モンスターが2体以上』存在するという《ガーディアン・オブ・オーダー》の特殊召喚条件を満たしたのよ」

《ガーディアン・オブ・オーダー》
光/☆8/戦士族・効果 ATK2500 DEF1200
自分フィールド上に光属性モンスターが表側表示で2体以上存在する場合、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。

「ガーディアン・オブ・オーダー」は、
自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。

「ぐ……!」
 思わぬ手に、驚くバクラ。
 バチカルは眼を閉じて、静かに語り始めた。
「本当に、その《呪いの双子人形(ネクロツインズ)》は、このデッキへの対策として優秀だわ……なにせ、私が呪いと命、どちらを引き当てようとも、このデッキは壊滅的な被害を受けるのだから……」
「……なに?」
 その言葉に、バクラは表情を硬くした。
「呪いを受ければ、私は墓地にカードを送れなくなる……【ライトロード】デッキは墓地にカードを強制的に送る効果があるから、それを利用したギミックが多い。だから、墓地そのものを使えなくすれば、そのギミックを軒並み潰せる。それこそ、今回のようにね」
 多くのライトロード共通のデッキ破壊効果。それをアドバンテージに変えるコンボ。それらを全て空想論に変えてしまう、有用な対抗策だ。
「ただ、もし私が命の方を引いていたとしても……いや、もしかしたらそちらの方が本当の狙いだったのかもしれないわね。だって、貴方が《トライ・ケミストリー》発動のコストとして除外した永続魔法《死札相殺》とのコンボで、急速なデッキ破壊が出来るのですもの」
「…………!!」
 今度こそバクラは、頬を引きつらせた。
 記憶戦争の際、遊戯に対して使った《呪いの双子人形》と《死札相殺》のデッキ破壊コンボまで見抜かれたのか――!
 バチカルは、変わらず静かに言葉を続ける。
「《死札相殺》はフィールド上のモンスターの数だけ、互いにデッキ破壊を行うカード……だけども、もし貴方の方に“墓地消滅”の呪いが降りかかっていた場合、貴方は墓地にカードを捨てる事が出来ない……つまり、私の方が一方的にデッキ破壊されることになる。『浮遊霊』によるフィールド上のモンスター数の水増しにより、《死札相殺》の効果は激増……ライトロードの効果と合わせて、凄い勢いでデッキが破壊されたでしょうね」
 バチカルはゆっくりと語る。徐々に、徐々に、バクラの仕掛けた闇を祓うように。
「ちなみにだけど……“墓地消滅”の呪いの正体は『ゲームからの除外』じゃないかしら? 貴方が使っていた《トライ・ケミストリー》は発動コストが除外だから、“墓地消滅”の呪いを受けたとしても使えるし……《ダークネス・ソーサラー》の除外カード回収効果は、好きな『浮遊霊』を回収できる効果ということになるものね」
 完全に看破された――バチカルの齎す光が、バクラの闇を無遠慮に、暴力的なまでに引きはがした瞬間であった。

呪いの双子人形(ネクロツインズ) 永続魔法
このカードの発動時、相手はコイントスの表裏を当てる。
アタリの場合とハズレの場合に応じて、以下の効果を相手に適用する。
また、相手に適用されなかった方の効果は、自分に適用する。
●アタリの場合:お互いの墓地にカードが送られる度に、
自分のライフを200ポイント回復する。
●ハズレの場合:自分の墓地のカードを全てゲームから除外し、
墓地に送られるカードは墓地へは行かずゲームから除外される。
また、デッキ、手札からカードを墓地に送ることが出来なくなる。
自分の除外されているモンスターは、自分フィールド上に存在する
モンスターとしても数える。(これは、モンスターゾーン、もしくは
魔法・罠ゾーンの枚数制限を無視して適用される)

「……見事だ。よく見破った……」
 ポツリ、と呟くように言ったバクラ。
 その顔に浮かぶのは――尚も邪悪な笑みであった。
「ああ、そうだ! お前の言ったことは全て正しい! だが現状はどうだ! このゾークの攻撃力におよばない……高々攻撃力2500のモンスターを呼べただけだ! 何にも改善できてねえぜ!」
「ええ、その通り、だから……」
 バクラの声を軽く受け流し、バチカルは最後に残った手札を、デュエルディスクに差し込んだ。
「倒せるだけの力を……皆から貸して貰うわ。《ガーディアン・オブ・オーダー》に《団結の力》を装備!」

《団結の力》 装備魔法
装備モンスターの攻撃力・守備力は、自分フィールド上に表側表示で存在する
モンスター1体につき800ポイントアップする。

「そいつ……は!?」
 驚愕するバクラの眼前で、《ガーディアン・オブ・オーダー》の攻撃力が爆発的に膨れ上がっていく。
「さっきの《ガーディアン・オブ・オーダー》の特殊召喚で、『浮遊霊』達が私の場に存在するモンスターとして数えられることは確認したわ。よって、私の場にいるモンスターは《ガーディアン・オブ・オーダー》を含めて合計12体……つまり、《団結の力》にて上昇する攻撃力は……」

《団結の力》効果適用!
《ガーディアン・オブ・オーダー》:
ATK2500 → ATK12100/DEF1200 → DEF10800

「攻撃力が……1万を越える……だと!?」
 『浮遊霊』の支援を受け、《ガーディアン・オブ・オーダー》の攻撃力は、ゾークとは――いや、他の最上級モンスターとは比較にならないほど上昇した。
 その輝きはフィールド上の全てを、辺りを覆う“闇”の全てを消し去ってしまわんばかりの激しさであった。
「さあ……これで最後……消え去りなさい……《ガーディアン・オブ・オーダー》で、《闇の支配者―ゾーク》を攻撃――シャイニング・エクスキューショナー!」
 爆発的な光が、バクラとゾークを消し去らんと放たれる。
 それに対して、バクラは歯をむき出しに叫びを上げた。
「甘えんだよォ! 罠発動《次元幽閉》!!」

《次元幽閉》 通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
その攻撃モンスター1体をゲームから除外する。

「ハハハハ!! 残念だったなあ!! 次元の彼方に消し飛びなあ!!」
 その罠カードの効力により、空中に暗い亀裂が入った。
 光の一撃と光の鎧戦士を飲み込まんと、大口を開けて立ちはだかる。
「これで“闇”の力はオレ様のモンだ! お前は消えてろォ!!」
「いいえ……消えるのは、貴方よ。《次元幽閉》を《神の宣告》で打ち消すわ」

《神の宣告》 カウンター罠
ライフポイントを半分払って発動する。
魔法・罠カードの発動、モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚の
どれか1つを無効にし破壊する。

バチカル:LP50 → LP25

「な……!?」
 暗がりの亀裂は、《神の宣告》により打ち消された。
 バクラを守る最後の闇が消え去り、その視界いっぱいに強すぎる光が広がる。
 輝ける鎧を中心に、ライトロードの『浮遊霊』達が光を集約しているのだ。
 その光景に、バクラは怖気を覚えた。
 目の前にあるのはかつての自分を打ち倒した、あの愚かしくも力強い結束ではない。
 “魔女”の精神を投影した、狂信めいた猛進の図、反吐が出る様な心の不在さ――そんな言葉が彼の心に浮かぶと同時に。
 彼は光に包まれ、“闇”を失った。
 
バクラ:LP2750 → LP0




「……終わりね」
 呟くように言いながら、バチカルはバクラの残骸に歩み寄る。
 バクラは直立の姿勢のまま、体のあちこちが掻き消えた状態だった。顔も中途半端に消えており、目の上は無事だが口元が消滅しているため、声を発する事が出来ないようだ。
「貴方を……正確にいえば“ゾーク”の因子を呼び出したのは、あの地の“魔神”――“力の集約点”に必要な干渉に、“ゾーク”の属性が必要だったから。あの地の“魔神”の封印には、“ゾーク”に関する力が関わっていた。同じエジプトの地だし、何らかの関係があったのかもしれないわね」
 バチカルは、バクラの目の前で立ち止まった。
 地面に落ち、散らばったカードの側で身を屈める。
「しかし、完全に貴方の力量を見誤っていたわ。“記憶戦争”が終われば、自在に操れるくらいの力しか残らないと思ったのに……ふふ、こんなにまで追い詰められることになるなんてね」
 優しく微笑みながら、彼女は拾ったカードをバクラの眼前に翳す。
 それは、バクラが復活する要員となり、同時に今のバクラの存在を保つ“核霊”たるカード――《闇の支配者―ゾーク》。
「模造品でも、ここまで出来るものなのね。感動したわ。だけど……もう終わり。私の計画に、これ以上貴方の利用価値はない。ありがとう、そして、さようなら」
 その言葉と共に、バチカルはゾークのカードを握り潰した。
 同時に、中空のバクラの目が見開かれたが……すぐに反応が消え、残骸は塵となり、跡形もなく霧散した。
「ふう……思わぬ失態を曝すことになったわね。こんな私を嗤うかしら、ヘルガ?」
 バチカルはくるりとその場で振り向き、視界に赤髪の女性を捕える。
 その優しく掛けられた声と相反する鋭い視線で、ヘルガ・C・エリゴールは目の前の“魔女”バチカルを――ルリム・シャイコースを見つめていた。



● ● ● ● ●



「ねえ……あなたの名前は、なんていうの?」
 暗がりの馬車の中で、ぐったりとしていた彼女は、眼だけを動かして声の主を見た。
 目に入ったのは燃える様な赤髪――その持ち主であり、先程の声の主でもある少女は、弱々しい視線をこちらに向けていた。
「わたしは、ヘルガ……あなたは……?」
 ヘルガと名乗ったその少女が身につけているのはボロ着……当然か。口減らしか金目当てか、理由は測りかねるが、奴隷として売られるのだからそこまで丁寧な扱いはしまい。視線の弱々しさは、そんな状況をなんとなく把握している故か。
 そして、その状況は自分にも当てはまる――赤髪の少女に声を掛けられた銀髪の少女は、彼女とは違い自分達の置かれた状況を正しく理解していた。理解せざるおえない目にあってきた。
 暴行により身体と精神をすり減らされた、ボロボロの自分――そんなものを意識するのがつらく、声を出す事すらためらったが、銀髪の彼女は赤髪の少女に返事を返した。
「ルリム……ルリムって……呼ばれていたわ」
 すると、赤髪の彼女の口元に、ふっと笑みが宿り――「ルリム……か。かわいい名前だね」と優しげな声が返ってきた。
 こんな状況で何を笑っているのか――いつもの自分なら、そんなセリフを口にしていたかもしれない。
 だけど……その時は、ただただ悲しかった。悲しみが溢れてきた。
 自分も、目の前の少女も、この状況に抗う術はない。そして、更なる悲惨な状況に追い込まれる。それが悲しくてたまらない。
「あなたの名前だって……いい名前よ、ヘルガ……」
 力なくそう言った、その時。
 馬車が急に止まった。
 続いて何か争う様な声が響き、何かの衝撃音、悲鳴と転倒音。
 そして、また静かになった――その静寂の中、怯えて身を寄せてきたヘルガと共に、ルリムは辺りの気配を窺う。
 数秒立った頃だろうか、馬車の後ろの覆い――ルリムとヘルガが押し込まれていた場所が開かれ、光が差し込んだ。
「女児が2人……か。奴隷として売るつもりだったのか。これは面倒な者達に関わってしまったな……」
「仕方あるまい……難癖をつけてきたのは向こうだし、血の気の多い卿が、あのまま引き下がるわけがないだろうに……」
 従者めいた格好の2人の男が、その場所を覗きこんできた。
 状況がつかめずオロオロするばかりの少女2人――おそらく何らかのトラブルが発生し、自分達を売ろうとしていた奴隷商人達は、この男達に倒されたのだろう。
 なら、彼らの正体は? 身なりは良いから強盗ではない?
 ぐるぐると回る思考を遮ったのは、従者2人の主人と思われる青年の声であった。
「ふうん……何か感じるモノがあったと思ったら……正体はコイツらか」
 掘りの深い整った顔立ち、威圧感のある風体、思わずルリムもヘルガも身を固くする。「ローゼンクロイツ卿……」と呟く従者の男達に割って入り、その青年は2人の少女に対峙する。
「……成程な、そういう状況か。お前達、行くところがないなら、オレの所に来い」
 一瞬、何を言われたのかわからなかった。それは従者の男達も同じのようで「ローゼンクロイツ卿……!?」「本気ですか……!?」と驚愕の声を上げていた。
「この小娘どもから、精霊魔術に通ずる力を感じた……おそらくは才能であろうな。オレが、ここで捨て置くには惜しいと感じるほどの」
 そう言って、ローゼンクロイツ卿と呼ばれたその青年は、身をかがめて2人の少女を真っすぐ見つめた。
「小娘ども、オレの元に来い。お前達には魔の英知を与えてやる。だが、無理強いはせん……願わぬものに、力は訪れんからな。さあ、どうする」
 何を言われているのか分からなかったが、自身が生きのびる道を示されたことは、銀髪の少女も、赤髪の少女も瞬時に理解した。
 2人の少女は迷いなく、首肯と共に、差し伸べられた手を取ったのだった。



 これが、始まり。
 高天原の屋敷で、邂逅を果たす500年以上前。
 ヨーロッパ中世の伝説の魔術師である、クリスチャン・セト・ローゼンクロイツの師事の元、魔導の道を歩むことになった2人の“魔女”――ヘルガ・C・エリゴールとルリム・シャイコースの最初の出会いであった。




エピソード27:幸運な出会い


 ヘルガは痛みと共に目を覚ました。
 ゆっくりと目を開ける――視界に入ってきたのは、曇り空と降り注ぐ小雨。
 痛みの出どころは左足と、腹部か……目だけを下に向けると、鋭くとがった岩によって横腹が割かれ、血が滲み出ているのが確認できた。
 どうやら、今の自分の体は(・・・・・・・)どこかの木々の生い茂る山中の一角、岩肌の露出した地面の上に転がっているらしい。
 今回の転生先となった女性(・・・・・・・・・・・・)は自殺未遂者で、どこからか飛び降りてこんな状況になっているのだろう、とヘルガは理解した。
 それは、この女性――今回、ヘルガが乗っ取ることになった肉体の本来の持ち主の記憶が、コンピュータ処理の映像のように、脳裏に浮かんできているからである――こんな風に“魔女”であるヘルガは、転生をするたび、その器となる人間の記憶を見てきた。
 成り済ましが必要な際に、不都合がないように……自分の目的に妨げがないように。
「…………!」
 身体と――心に、痛みが奔り、ヘルガは眼を閉じる。
 降り注ぐ雨に身体が冷やされていく感覚、そして血が抜けていく感覚と共に、ヘルガの意識は闇の中に堕ちて行った。



● ● ● ● ●



 中世の時代、ヘルガは、同じ境遇にあったルリムという少女と共に、奴隷として売られそうになった所を、魔術師、クリスチャン・セト・ローゼンクロイツ卿に引き取られ、彼の弟子兼助手となった。
 ローゼンクロイツ卿はカバラ、錬金術、スーフィズム、エジプトの魔術、占星術といった東方の知識に加え、最先端の西洋哲学・魔術をも修め、数々と魔導の力を研究していた人物であった。周りの人物に受け入れられることは少なかったが、数少なき同志達と日夜知識を深め、研究に専念していた。
 ヘルガとルリムは、掃除や洗濯などの家事をしながら、残った時間で読み書き、算数などから学びを始め、徐々に、徐々に沢山の知識を身につけて行った。
 2人が妙齢の女性となり、師であるローゼンクロイツ卿に迫る魔術師となった頃、イングランドにおいて中世封建諸侯による内乱、「薔薇戦争」が勃発した。
 この内乱において、ローゼンクロイツ卿はヨーク朝イングランド王、リチャード3世に味方し、精霊魔術――デュエルモンスターズに連なる、古代カード魔術を操り、その陣営の戦局を有利に運んでいった。
 当初、この魔術による介入は、卿の資金繰り等の一環と思われていたのだが……戦乱の最終局面、「ボズワースの戦い」の直後、その真の目的が判明した。
 彼は古代の英知、精霊魔術の“力の集約点”である、“魔神”の復活を狙い、それを我がものにしようとしていたのだ。
 精霊魔術を戦場に持ち込んだのも、“魔神”の封印に干渉するための方策だった。
 だが、彼の目論見は、結果的に失敗に終わる。
 正確にいえば、前提が間違っていたのだ。
 彼はその地の“魔神”こそが魔導の窮極たる存在であり、それを御することで、比類なき英知と魔力を手に入れられると考えていた。
 だが、“魔神”はあくまで“力の集約点”でしかなく、彼の求めたものとは根本的に違ったようだ(彼は復活した“魔神”を偽神とすらよんだ)。
 結果的に、その地の“魔神”の再封印には成功したものの、彼の旗色はずいぶんと悪くなった。「ボズワースの戦い」にて、味方したリチャード3世が倒された事もあり、ローゼンクロイツ卿は姿を隠さざる負えなくなった。
 この時ヘルガとルリムも、混乱の中ローゼンクロイツ卿と別る事を余儀なくされ、師と別々の道を歩むことになったのだった。



 それから数十年がたった頃。
 ヘルガもルリムも独自に研究を続け、多大な知識と魔術を見に着けて行った。
 同時に過ぎ去る時間の中で、当然のごとく年老いてきた。
 だが、彼女らは今ある英知と、その研究成果を失うことを恐れた。
 そんな中、偶然にも見つけてしまった、とある魔術。
 おそらくは、外道中の外道。
 魂を地に留め、他者の肉体を乗っ取る事で存在し続ける、名ばかりの転生。
 2人は悩んだ。成功するかどうかもわからない、成功したとしても確実にどこかの誰かを殺すことになる。しかし、自分達が死ねばこの蓄えた英知はどうなる。研究は実を結び、着実に世界の神秘に迫っていると言うのに。私達は弟子をとらなかった、受け継ぐものはいない。人間は、平気で人を裏切る、傷つける、嘘をつく。私達の師でさえ、あの戦乱の時、自身の真の目的を最後の最後まで明かさなかった。信じられるのは、私達だけ――。
 
 そして、悩みぬいた末、彼女らは。
 外法の転生術に、手を出した。



● ● ● ● ●



「…………昔の、夢か」
 ヘルガはまどろみの中で、過去を見ていた。
 魔導の道を行き、人の理を越えた呪いに手を出したその全てを。

 ――手を出した転生の魔術は、結果的には成功した。

 自身が死ねば、自動的にそれは発動し、瞬時にどこかの誰かの肉体を奪う。
 自身の記憶はそのままに、乗っ取った人物の記憶を、記録映像を観る様に理解することが出来るので、成り済ますことも可能、研究のために姿をくらますのもありだ。
 だが、その転生先は自らが選ぶことは出来ない――術の効力で、もっとも転生に適した人物が自動的に選ばれるため、どこの誰になるのかは全く予想がつかない。
 自身の研究に必要な資料や、実験器具を保持しておく工房から遠く離れてしまった場合は、そこまで旅をして戻らなければならないので、過去の時代にはそれも大変であった。
 ヘルガは旅に出る労苦を考慮し、転生するたびに、そこからそう離れていない場所で、かつ人が寄りつかない場所に簡易的な工房を造って研究を行う方策に切り替えたため、自然とルリムと顔を合わせることが少なくなっていった。
 だが、ヘルガは移動手段の要因以外で――ルリムに顔を会わせづらくなっていた。
 転生を重ねて行くほど、ありとあらゆる人生を観ることになり――彼女は、遅れて自分がしてしまったことの重大さを、じわじわと思い知らされていった。
 幸せな人生、悲惨な人生、ありとあらゆる生きた記憶――それを、自分は強制的に終わらせた。過去の自分が、自身の英知と研究成果が途切れることを恐れて。
 ルリムと共に、魔導の極致をこの手で見つけようと誓いあったが、それを反故にして、もうこの呪いの様な転生を終わらせたい……ヘルガは自責と後悔の念により、この転生の魔術を解除する方策を探り始めていたのだ。
「…………ん……そういえば……」
 次第に意識が覚醒へと向かい、ヘルガは自身が寝ているのが、先程の岩の露出した地面ではなく、白いシーツがひかれたベッドの上だと気付いた。
「ああ、気がついたか」
 声のした方に向く。
 白衣を纏った年若い男が、ヘルガの寝ている部屋に入ってきた――その格好から見て、その男は医師であり、自身が寝ているのは病室のベッドなのだろう。
「おっと、まだ動くなよ。腹部の裂傷、左足の骨折、結構な重症だ。他は擦り傷、切り傷で大したことがなかったから、まだいい方だが……」
 そこまで言って、医師は一端言葉を斬って、ヘルガに向き直った。
「……ハッキリ言おう、お前は馬鹿な事をした。自分から命を断つなど……事情など知らんが、オレはあんたに、死んでくれるな、とだけ言っておく」
 真剣な顔でそう言われ、あっけにとられるヘルガ。
 自身が転生の魔術を終わらせ、死のうとしていることを悟られたか――と一瞬思ったが、何のことはない。今自分が転生した女性は投身自殺を図った。だから、もう一度自殺を図るかもしれない。そうなってはたまったものではない、との懸念からの忠告だろう。
 それは医者としても、いや人間としても、単に常識的な立場から諭したに過ぎない。
 だが、その声色には、温かな心使いが含まれているように、ヘルガは思えた。
 自分が自責の念に囚われている分、心に響いたのか、それとも、目の前の医師の気質によるものか……。
「アンタは……優しい人なんだな」
 気がつけば、ぽつりとそんな声を漏らしていた。
 今度は、それを聞いた医師が呆気にとられる番だった。
 しばらくは呆けた表情を曝していたが、ニカッ、と力強く、優しげな笑顔を見せた。
「そんな軽口が叩けるんなら大丈夫のようだな。オレの名前はヨシュア・ファーゲンブルム。見ての通り、ここで医者をやっている。……お前さん、名前は? 身元を示すもんが何もなかったんだ……教えてくれ」
 そういってじっと、澄んだ蒼い瞳でこちらを見据える医師――ヨシュアにヘルガは何かくすぐったいものを感じて、一旦目をそらす。
 転生術の効力で、この肉体の持ち主であった女性の名前はわかっているが、それを教えれば戸籍等と調べられ、厄介なことになる――その考えは確かにあったが、それ以外に、自身すら気付かなかった想いにより、彼女は本来の名前を口にした。
「ヘルガ……ヘルガ・C・エリゴール……」
 心の隅に芽生えた、「自分の名前を呼んでほしい」という、想いから。



● ● ● ● ●



 ヘルガの回復は早く、ヨシュア医師も首をかしげるほどであった。
 その回復の速さの正体は、転生術による『最適化』――魂を転生した先の肉体に馴染ませるときの副作用によるものだ。それにより、転生してしばらくは基礎体力、免疫力、回復力が底上げされた状態になる。
 その副次的な効果により、髪の毛がオリジナル色である赤色になるのだが、今回の転生先の女性は元々赤みがかかった茶髪であり、それほど目立った変化はなかった。
(徐々に髪の毛が脱色しているように、他人からは見えていたようだ)
 名前以外は記憶喪失ということにし、身元をごまかしたヘルガは、ヨシュア医師の鶴の一声により、彼のもとで世話になることになった。
 傷の治療を受けた上にタダ飯喰らいになるわけにはいかないと、短期間で医療関係の資格をモノにしてヨシュアを驚かせたヘルガは、彼の病院で共に働くようになった。
 彼らの住む村は都会から離れた山中にある片田舎であり、ヨシュアの病院も庄数もさほど多くはないものであった。
 それでも、村の中では数少ない病院として村人からは頼りにされていた。
 それは、彼の医師としての腕だけではなく、彼の温かな人柄による所も大きいのだと、側にいるヘルガは気付いて行った。
 そして、そこを訪れる人々との交流は、魔導の研究に明け暮れ、碌に人と関わろうとしなかったヘルガにとって新鮮なものであり、幸運な出会いであった。
 何気ない雑談、たわいない愚痴、時には、ヘルガが昔の研究から得た、誰も知らない様な薬草の効能を披露して驚かれたり――。
 気がつけば……ヘルガは助けられた当初、ある程度恩を返したなら姿を眩ませようと考えていたのだが、ずるずると、ずるずると、その時を逃していった。
 


● ● ● ● ●



「急患だ! オペの準備急げ!」
 ヘルガがヨシュアと共に暮らし始めて数カ月経ち、その年の最初の冬に入ろうとする頃。
 冷たくなってきた夜風を打ち破り、火急の知らせが届く。
 村の青年が大怪我を負い、ヨシュアの病院に担ぎ込まれた。
 落石に巻き込まれての大怪我。この病院の設備でも対応こそ可能ではあるが、処置は一刻を争う。スピード勝負、一片のミスも許されぬ綿密な糸手繰り。
 ヨシュアは懸命に尽くした。手術に助手として同席したヘルガは、彼の鬼気迫る術式に気押されるばかりであった。
 だが、無情にも青年の命は消え行こうとしていた。
 ヨシュアの医者としての実力はけっして低いものではない、だがその力が及ばぬほど、青年の命はぽろぽろとこぼれていく。
 ヘルガは、魔術を人前で使うことは絶対に避けていたが、その禁を破り、なにか彼の助けになる術はないか、と脳内に検索を掛けた……数秒もたたぬうちに、愕然とした。
 ヘルガは、転生術を手に入れた。つまり、擬似的にではあるが、不死と言えなくもない状態だ。それにかまけて、肉体を回復する類の魔術はほとんど心得ていない……それに、進んで他者を避けてきた彼女にとって、他者に施すための魔術の心得は、皆無と言っていい状態だった。
 それでも、彼女も、ヨシュアも持ちうるカードを使いきるように、懸命に尽くした。
 だが――それが報われることなく、その手術は終了した。



 青年の母親である年配の女性――見知った顔である。よくわらう豪快な性格のデリアおばさん。しかし、息子を失ったこの日だけは、ただただ悲しみにくれ、泣きはらすのみであった。
 ヨシュアと共に、彼女に頭を下げながら、ヘルガは心中に渦巻く暗い思いが、染みのように広がるのを感じていた。
 何が世界の真理を求めるだ、ただただ他者を信じず、自らの英知を高めることだけに終始し、他者に施すことをしなかった。あまつさえ、英知の保全と言う名目で転生を行い、数多の他者の命を奪ってきた。
 それなのに……自分に温かな交流をくれた人達を、助ける術すら持たなかった。
 やはり……自分は、ここにいるわけにはいかない。ここを出て、転生を解除する術を、探るべきだ。
 ヘルガは拳を握りながら、再び孤独の中に身を投じることを決意した。


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「どこへ行く気だよ。外は雪だ……出歩くもんじゃねえよ」
 手術の事後処理をすべて終えた頃には冬も深まり、山は白のベールに包まれるようになっていた。
 やるべきことは終えたと、ヘルガが村を出て姿を眩ませようと決心した、その日。
 部屋を出る前に、ヨシュアに引きとめられた。
「(気配を消す魔術も掛けていた筈……それが関係ないということは、待ち伏せを……私が、出て行こうとしていた事を、ずっと前から気付かれていたのか?)」
 押し黙ったままのヘルガに、じっと真剣な視線を向けるヨシュア。
「なんで、わかったって顔だな……ヘルガ、オレとどれだけ一緒にいたと思ってる? ……あの手術の時から、様子が変だったし、わからん訳がないさ」
 ピクリ、と肩を少しだけ跳ねさせたヘルガに、ヨシュアは懸命に語りかける。
「あの手術では……確かに助けきれなった。だが、力が及ばなかったとすれば、それはオレの落ち度だ。ヘルガ、お前は胸を張れるだけのことをやった、だから……」
「お前に、落ち度なんかない!」
 瞬間、声を張り上げたヘルガに、ヨシュアは眼を見開いて、口をつぐむ。
 一度開いてしまったヘルガの口から、あの手術の時から――いや、それはきっかけに過ぎず、もっと以前からの、心に染みわたる暗い気持ちの吐露が、始まってしまった。
「ヨシュア……アンタは立派だよ……人の心を……命を、本当に大切にする人だ……だから、デリアさんだって、ちゃんとアンタに感謝してる……駄目なのは、あたしの方だ……あたしは……命に向き合わなかった……自分の事だけで、他人を信じちゃいなかった……それだけじゃなく、自分自身が、犯した罪にも……」
「罪……!? お前、記憶が……?」
 そういえば、自分は記憶喪失ということにしていたっけ、と思い出す冷静な部分はすでに心の片隅に追いやられ、ヘルガはただただ、喚くようにヨシュアに言葉をぶつけていた。
「駄目なんだよ! 勝手なことかもだけど、あたしは……もう自分に耐えられない! あたしは……ここにいちゃいけないんだ!」
「馬鹿なことを言うんじゃない!!」
 ヨシュアが怒号を飛ばし、その体が動くのをヘルガは見た。
 ――殴られる、か? 
 反射的に身を固くしたヘルガが味わったのは――ヨシュアによる抱擁だった。
「え……?」
 身体を抱きすくめられながら、ヘルガはヨシュアの絞り出すような声を聞いた。
「ここにいちゃいけないなんて……言ってくれるな! オレが……どれだけ、お前に居て欲しいと思っているか……!!」
 重ね合わされた身体の熱が互いに伝わり、体表が満遍なく熱くなっていくのを、ヘルガは感じていた。
「ヘルガ……お前が、過去に何をして、何を悔やんでいるのか……オレにはわからないし、無理やり聞き出そうとも思わない。だが……オレは、お前を好きで、側にいて欲しいんだ。お前だけで支えきれないものだと言うなら……オレも共に支えたいんだ……!」
 ヘルガはその言葉を聞いて……もうだめだ、と思った。
 もう、自分の気持ちに、嘘は付けない。
 抱きしめてくるヨシュアの背中に腕を回し、ヘルガからも、身体を重ね合わせる。
「……! なんてことを、言ってくれる、ヨシュア! そんなことを言われたら……あたしはもう、お前から離れたくないって思っちゃうじゃないか……!」
 最初に会った時、「自分の名前を呼んで欲しい」と思った時から。
 この人に惹かれていたのはわかっていたのに。
 もう、この温かさから離れてることなんて、考えられなくなる。



 長すぎる人生の中で。
 人が、こんなに温かいものだとは、今まで知ることがなかったのだから。



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「……舌の割れてるまだらヘビ、とげとげハリネズミ、出てくるな。イモリやヘビトカゲも、悪さをするな。妖精の女王様には近づくな。フィロメールよ、きれいな節で、やさしい子守唄を歌っておくれ。ララ ララ ララバイ ララ ララ ララバイ……」
 ヘルガが子守唄を歌う傍らで、小さな男の子がまどろんでいる。
 その子の名前はミハエル――ヘルガとヨシュアの息子だ。
「いやなことや呪文も魔法も、妖精の女王様に近づくな。さあ、おやすみなさい、子守唄で……」
 自分が普通の人間のように、結婚し、子供を産んで育てるなんて、思ってもみなかった――こんな幸せを味わうなんて、思ってもみなかった。
 ただ、夫となったヨシュアに自分の過去の全てを打ち明けたわけではないのは、少し心苦しいが……まあ、内容が内容なだけに、慎重になった方がいいことではあろう。
「糸紡ぐクモよ、こっちにくるな、行け、アシナガグモ、あっち行け。黒いコガネムシも 寄るんじゃない。毛虫もナメクジも、悪さをするな。小夜鳴鳥よ きれいな節で……」
 ミハエルは眠りに落ちたようだ。
 すうすうと小さな寝息を立てているその姿は、天使と見紛うほど愛らしい――なんて、アホらしいほどの親馬鹿セリフが出てくることも、ヘルガの人生の中では想定外だった。
 苦笑しながら、ヘルガも息子と共に眠りに付いた。



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「それじゃあデリアさん、よろしくお願いします。ミハエル、いい子にしてるんだぞ」
「ん!」
「任しときな! ミハエルちゃんはいい子だし、心配ないよ! わたしからしちゃ、もうちょいワンパクでも問題ないと思うんだがね!」
 ミハエルの頭を撫でながら、デリアは豪快に笑った。
 ヘルガは月に1度、薬草の採取のため、村から離れた森に入る。“魔女”として生きてきた知識の中にあったことで、それの煎じ薬は効力が高く、皆に重宝されていた。
 ミハエルがまだ赤子のころは流石に休んでいたのだが、ここ最近、ミハエルが5歳になったころから、それを再開する事にした。
 また、面倒を見てくれるデリアの協力も大きい。
 息子を失ったデリアだったが、立ち直った後は、馴れない子育てに七転八倒するヘルガとヨシュアを「母親としての経験を見せてやる!」と言わんばかりに、多大な協力をしてくれたのだ。
 今も、こう言った出かけなければならない時や忙しい時には預かってくれている。
「じゃあ、夕方前には戻ります。じゃあ、いってきます」
「ああ、気を付けて行っといで!」
「いってらっしゃい、おかあさん!」
 笑みを浮かべるデリアと、手を振る息子に手を振り返し、ヘルガは森の中に向かった。



 ヘルガが森に向かった後、その日の正午過ぎ。
 デリアの家の前を、ヨシュアがバイクに乗って通りかかった。
「やあ、デリアさん、こんにちは」
「あら、ヨシュア! なんだい、往診の帰りかい?」
「その通り……おう、ミハエル!」
 父親を見つけて「おとうさん!」と駆け寄ってきたミハエルを、ヨシュアは両手で抱え上げる。いわゆる“たかいたかい”をしてもらい、ミハエルは嬉しそうに笑みをこぼした。
「まったく……すっかり、いっぱしの父親だねえ。ヘルガの方もそうさ、最初に会ったときは、気の強い嬢ちゃんかと思ったら、妙に老成してるとこもあるし、信じられないほど脆い部分もあった……まあ、今となっちゃ、結構いっぱしに母親やれるようになったみたいだがね!」
 それを聞いて、ヨシュアは苦笑をこぼした。
 ヘルガの過去については、未だ全てを聞いたわけではない。
 彼女自身が話にくそうにしていることもあり、自分から話してくれるまでは待つことにしたのだ。
「(そう言えば、ヘルガは同じ目的を持っていた友人がいたと言っていたな……会いたいと思ったりするのだろうか……)」
「ねえ、おとうさん。あれ、だれだろ?」
 だしぬけに、ミハエルが遠くを指さして言う。
 それに倣いヨシュアとデリアが、その方向に目を向けると、成程、何やら黒いローブを着込んだ人影を見てとれた。
「なんだろね……? 2人……いや、3人? あんな、顔を隠すようにフード被って……なんだか不気味だね……」
「いや……1人は、ローブではなくて、なんだか喪服っぽい、黒いドレスみたいに見えるが……」
 その黒ドレスの人物の、遠目からでもわかる見事な銀髪が、煌めくように見てた――次の瞬間。
 ヨシュアは、身体を突き抜ける電流の様なものを感じ取った。
「ぐ……!?」
 瞬時、眩暈と虚脱感がその身を襲い、ヨシュアはまともに立っていられなくなる。
 なんとか、ゆっくりと息子を地面に下ろした後は、そのまま倒れてしまった。
「おとうさん!? どうしたの!?」
 心配そうにすがってくる息子の後ろで、
「あが……!? こ、これは……一体……!?」
 おそらく、自分と同じ症状が現れたのだろう、デリアが這いつくばる様な恰好で苦しんでいた。
 それだけに留まらず、村の周りの守から一斉に鳥が飛び立った。ヨシュアたちの位置からは良く見えていないが、何羽かは飛び立つと同時に力を失ったように墜ちていった。
 明らかに異常な事態が起こっている。ヨシュアは、なんとか対策を取らなければと必死に考えるのだが、その心とは裏腹に、身体に力が入らず立ちあがることすら出来なかった。
「(なんだ……これは? 何が起こっている!? くッ……とにかく、このままでは意識を失ってしまう……何とか、病院に戻らないと……!!)」
「あら、儀式の中で、魂を奪われてない子がいるわ。きっと魂が強いのね」
「!?」
 いつのまにか、自身の前に先程の黒ドレスに銀髪の女が佇んでいた。
「(な……いつ……の……まに……!?)」
 遠目に見ていた筈だったのに……まるで瞬間移動したように現れたその人物たちに驚く。
「(しかし……彼女は、見た所……動けるようだ……なんとか……助け……て……もらって……)」
「この子は“闇の徒(シュラウド)”と成る素質がある……いいえ……もしかしたら、それ以上に……」
 だが、女は倒れた自分達には目もくれない。
 よくわからない言葉を呟きながら、そっとミハエルに近づいていく。
「……!!」
 それは、直感だった。
 目の前の女は危険な存在だ……ミハエルに危機を齎す。
 もしかしたら、この異常事態の原因も……!!
 ミハエルは、恐怖のためか、混乱のためか――それとも、何かに魅入られたのか、まったく動かず固まったままだ。
 このままでは、いけない!
「ミ……ハ……エル……!! 逃……げ……!!」
 ヨシュアは声を絞り出す。息子の身を案じて、薄れていく意識の中、懸命に。
 だが、そこまでだった。
 彼が最期に見たものは、黒い女に擁かれようとする、硬直した息子の姿であった。



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「ハッ……ハッ……!!」
 息も絶え絶えに、ヘルガは村を目指して走る。
 村の方角から、異様な気配を感じ取った……それも、おそらく魔術に関係するなにかが。
 そして村の近くまで来た時、ヘルガは何かを踏みつけた。
「な……!?」
 ヘルガが踏みつけた物体の正体は、鳥の死骸だった。その1羽だけでなく、まばらに数羽、地面に落ちて死んでいた。目立った外傷は見受けられない……まるで、何の前触れもなく、自然死したかのように。
「く……!!」
 嫌な予感は加速する。
 ヘルガは足を速め、村の中に入った。
 村は……異常なほどの静寂に包まれていた。もう夕方に近い時間帯に入るから、夕飯のための買い物に出る人が居てもおかしくない。
 だというのに、誰も出歩いていない……気配がしない。
「誰か……!!」
 ヘルガは、目に入った土産物屋に走り入る。
 村の出口近くで、木製、石製のアクセサリーや置物を売っている土産物屋。ヘルガよりも少し前にこの村に来た、脱サラ後の夫婦が経営している店だ。
 最近、主人が腰を痛めて、よく病院に来ていた……。
「ダリッジ、サニー!」
 乱暴にドアを開け、2人の名前を叫ぶヘルガ。
 その目に飛び込んできたのは……カウンターに突っ伏した格好で動かなくなっている2人の姿だった。
「……!!」
 すぐにヘルガは2人の状態を確認する……すでに脈はない。
 体温は無くなり、冷たくなり始めている。
「これ……は……!!」
 思わず数歩後ずさる。
 多少苦しんだ様子が見受けられたが、外傷はなし、病状も見当たらない。
 突然死と見るのが、妥当な状態……その事実自体が異常である。
「(やはり……先程の異様な気配は……) く……!!」
 ヘルガは、店を後にし、村の中に急いだ。
 ――何らかの異常事態が起こっている、病院に戻って対処を進めるのが先決だ。そうだ、ヨシュアならそうする! きっと、もう対策に当たっている……!
 嫌な予感を振り切ろうと、ヘルガは足を速めたが……その行動は、自身の予感が的中したことを、確認するのを早めただけだった。



「……オラフ……リネット……ドーラ……イニ……ハーコン……ラッセ……、誰か……! 返事をしてくれ……!」
 ヘルガは静寂に支配された村の中を行く。
 夕方近くになってきたため、買い物客で賑わっていてもおかしくない時間帯なのに、だれも出歩いていない……いや、道端で歩いてたと見受けられる人が、そのまま倒れて死んでいる。店を覗いてみても、様相は同じだ。
「(皆、一斉に突然死している……そんな……馬鹿な……!!)」
 彷徨うように歩くヘルガの目が、見覚えのあるのバイクを捕えた。
 夫であるヨシュアが往診に使っているものだ。
 そして、それが停車しているのは、息子のミハエルを預けたデリアおばさんの……。
「……! ヨシュア! ミハエル!!」
 ヘルガの顔が、より悲壮に染まる。
 足を速め、その場に急いだ……が、見受けられた結末はこれまでと同じだった。
 庭先で、ヨシュアとデリアが倒れ、死んでいる。
 ヨシュアが往診の帰りに立ち寄って、談笑でもしていたのだろう――動かない2人を認めたヘルガは、膝を折りその場にへたり込んでしまう。
「2人とも……ヨ……シュア……そんな……!!」
 今まで見てきた村中では、生き残ったと見える人間は、1人として見当たらなかった。
 自身の家族だけは例外――そんな淡く、傲慢で、祈りの様な希望は粉々に打ち砕かれた。
 愛する夫を失い、憔悴するヘルガ……が、息子の姿が見当たらないことに気付く。
「そうだ……ミハエル……は……?」
 ミハエルの性格から考えて、1人で勝手にどこかに行くようなことはまずない。
 それにデリアが目を離すとも思えない……もしかしたら、まだ生きて……?
「ミハエル!」
 デリアの家の中を覗いてみるが、気配はない……この場所にはいないのか?
 焦燥を滲ませながらも、辺りを探るヘルガ。
 だが、やはり見つからない。
「くそ……!」
 毒づく声が、ヘルガの喉から漏れ出したその時。
 ズドンッ、と一際大きな振動が大地を揺るがした。
「(く……! これは……ただの地震じゃない……!? 魔術に関係する……!?)」
 力の震源地がはっきりと知覚出来るほどの揺れ――ほぼ間違いなく、この異変の中心であろう。
「……く……!」
 ここにいても、手掛かりは何もなく、好転に向かうことはないだろう……ならば、その中心に行けば、何かわかるかもしれない。それに……。
「(ミハエル……!)」
 もし生き残りがいるなら……ミハエルが生きていてどこかにいるなら、可能性があるのはそこくらいしか思いつかない。
 ヘルガはせめての手向けと、ヨシュアとデリアに毛布を被せたのち、感じ取った魔導の中心地へと足を進めた。



「ここ……か……」
 ヘルガが感じ取った魔導の力の中心地――村はずれにある、老朽化し半ば放置されている風車の塔。
 人の気配は感じ取れないが……確かに、ここが異変の中心だ。
 ざわめく心中を無理やり押さえつけ、ヘルガは扉を上げた。
「……」
 暗がりの中……崩れた壁の穴から夕陽が射しこみ、小屋の中を赤く染めた。
 そして、赤い光が染みわたる闇の中に、黒のドレスと銀の流髪をヘルガは見た。
「……ル……リム……?」
 反射的に口に出ていた、盟友の名。
 そう、目の前にいるのは、確かに魔導の極致をこの手で見つけようと誓いあった同志、ルリム・シャイコースであった。
 転生により姿形はまったく違うものになっていたが、あの銀髪と雰囲気を見間違うはずがない……それは、向こうも同様であるようだった。
 ヘルガの姿を認めた銀髪の彼女は「ヘルガ……! まさか、ここで貴方に会えるなんて……運命的ね!」と破顔し、再会を喜んだ。
 だが、ヘルガはただただ衝撃に打たれたように動けない……異変の中心にいる存在……それが、彼女と言うことは……?
 まともに働くのを拒否するかのように、彼女の脳裏から絞り出された言葉は、転生とは別の魔術を施したであろうルリムに向けられた疑問であった。
「ルリム……お前の、その状態は……なんなんだ……? まともな……肉体ではないようだが……?」
 転生の魔術で他者の肉体を乗っ取ったとしても、あくまでも人間としての生命活動の範疇に収まる……だが、ルリム・シャイコースから生気が感じられない。まるで幽鬼と喋っているようだ。
「ああ、これ? うふふ……そうね、順を追って話しましょうか! ヘルガ、私、あれから凄い発見をしたのよ!」
 とても嬉しそうに、とても無邪気に、ルリムは自身の成果を語り出した。
「もう500年以上前になるかしらね……私達が見つけた転生の魔術。それの力の根源はなんなのか、私はずっと調べていた。そして、見つけたのよ! この魔術の源流は古代エジプトのモノ……“暗黒のファラオ”が編み出した強力な闇の術だってね!
 今の私のこの状態……“闇の徒(シュラウド)”と呼ばれる“闇”の力の行使に適したこの状態も、彼が編み出した魔術……それだけじゃないわ! この魔術の元となる力も、転生の魔術の力の源も、そこから供給されている! まさに、桁はずれな力を持った『存在』なの。
 その“暗黒のファラオ”は、邪教崇拝を理由に歴史から抹消された『存在』……だけど、私はこの転生術を始めとした数々の闇の魔術を調べる過程で、その存在を突き止めた……うふふ、ヘルガ、その『存在』は封じられていたの。どこに封じられていたと思う?」
 微笑を湛えながら、ルリムはもったいぶるように言う。
 まるで、宝物を見つけたことを自慢する子供のように。
「なんと、その封印の要は世界各地に散らばっている精霊魔術の“力の集約点”……師が“偽神”と呼んだ“魔神”の封印と重なって存在したの! どちらがどちらを利用したのかは定かではないけど……とにかく、その“力の集約点”に特定の条件で干渉を行う事で、封印がとけることもわかった!」
 ルリムの声は嬉しさを湛えていく。
 反面、ヘルガの血の気はどんどん引いていく。
「なら……この村で皆が死んでいるのは……!?」
「ああ、ここが“魔神”の封印の地のひとつだからね。ここの封印に必要な干渉の条件として、人間の魂の力が必要だから、生け贄になってもらったの。儀式は大成功! これで『存在』へまた一歩近づいたわ……!」
「それで……この村の人々を殺したのか……!!」
 ヘルガの苦悶に満ちた声の調子に気付かないのか……再会時の喜悦に満ちた声のまま、ルリムは言葉を続ける。
「ええ……私達の術式で、この一定の場所を中心に結界を敷いた……その中で、魂の力を奪わせてもらったわ!」
 至極得意げに語る彼女を見続けて、ヘルガはルリムをかつての同志とは思えなくなっていた。
 自分が人の温かさの中にいた故か……それとも、ルリムが人を人と思わぬ思想に代わってしまったからか? 
 酷く歪んだルリムの声が、吹きさらしの朽ちた塔の中に、鈍く反響する。
「ああ、でも、1人、魂の強さゆえか、生き残った子供がいたわ。“闇の徒(シュラウド)”となる素質が……」
「……その子は!」
 瞬間、ルリムがビクリッ、と肩を跳ねさせ、ヘルガへ視線を戻した。
「その子は……ミハエルと言う名前ではないのか……栗色の髪で……緑の目で……5歳くらいの男の子……!」
 ――生き残っていた……生きていた!
 心に湧き上がった安堵に、ヘルガは押し出されるようにルリムに詰め寄る。
 目の前のかつての同志こそが、この悲劇の引き金を引いた元凶だと言うのに――息子が生きているかもしれないという事実のみに、思考を支配されて。
「もしかして……その子供は、ヘルガのお気に入りか何かだったのかしら……?」
「ミハエルは……あたしの、息子だ……! ミハエルは……!」
「……そう……」
 ルリムは、僅かに俯く。
 その顔には、変わらず微笑が浮かんでいたが……なにかが、欠落した様な冷たさを感じさせるものであった。
「そうなの……それは……悪いことをしたわね……」
 そう言いながら、ルリムは右の掌を、ゆっくりとヘルガに向けた。
「ごめんさいね……ヘルガ。その子は、私の目的に適う子かと思ったのだけど……術に耐えきれなかった……結果は、失敗だったわ」
 ルリムが、何かを握っていた右の手のひらを広げる。
 ヘルガは、金縛りにあったように動かず、ルリムの声を聞きながら、その手のひらに視線を注いでいた。
 ルリムのひらに乗せられていたのは……血にまみれた眼球だった。
 見紛うはずない。夫譲りのグリーンアイ。それは間違いなく――。
「――――――!!」
 声にならない悲鳴がヘルガの喉から迸る。
 慟哭響く塔は沈む夕日により一層赤い光で満たされ、その中の二つの人影が、交わることのない深い二対の闇を刻みつけた。



● ● ● ● ●



「ハア……ハア……!!」
 ヘルガは走っていた。
 もう日は沈み、雨まで降ってきた、暗くなった山の中を。
 ルリムと再会してから、自分が何をしたのかはっきり覚えていていない。
 何とか覚えているのは、自分達は決別した事、あの村にいるのは耐えられなかった事、ルリムは変わらず生きていいる事、自分はあの場所から逃げた事。
 何がいけなかった。まともな人間でないくせに、夫を愛し、子供を愛した事か。転生の魔術に手を出しておきながら、普通の人間のように死にたいと思った事か。他者を信じず、弟子も取らず、英知を失うことを恐れ、外法の転生に手を染めた事か。あの、馬車の中で、生きたいと思ってしまった事か。
「ハア……ハア……あう!!」
 足を滑らせ、転んだ。
 身体と心に痛みを感じながら、ヘルガは起き上がろうとする……何のために?
 あの温かな人たちは、皆死んでしまったと言うのに――。
「ヨシュア……ミハエル……どうしよう……あたし……どうしよう……!!」
 雨に打たれ、全身を濡らしながら、ヘルガは嗚咽を漏らす。
 応える声は、なかった。



● ● ● ● ●



「それでこうして会いに来てくれたのは、もう一度感動的な再会を祝して……って、そんなわけではないわね」
「……あの後、山から下りたオレは、お前の使った精霊魔術……その媒体となるTCG、デュエルモンスターズを見つけた。そして、I2社がデュエルモンスターズに関する魔的特殊事項に対応するため『隠された知識』を設立、そう言った知識を持った人材を求めていることを知り……そこに属する事にした。お前と……もう一度対峙するためにな。まさか、日本屈指の大財閥、高天原家に取り入ってるとは思いもしなかったよ」
 ヘルガはそう言って、ルリムに向かい歩を進める。
 かつて親しさを込めて向けられていた視線は、今はもはや敵意に塗りつぶされている。
 ルリムはその視線を受け、ふう、とひとつ溜息をついた。
「ヘルガ……、あの時の事実を知った私の落胆はわかるかしら? 共に魔導の極致に到ろうと誓いあったのに……まるで普通の人間のように、婚姻を結び、子を産み育てていたなんて……貴方は、そんな人ではないと思っていたのに」
 その言葉と共に、ルリムとヘルガを包み込むように“闇”が噴出した。強制的に戦いに駆り立てる“闇”のゲームの力場――ルリムの顔から微笑は剥がれ落ち、ヘルガに明確な敵意を向ける。
「『隠された知識』の有象無象と違って、魔術研究で差がついたとはいえ、貴方は私の障害となりうるほどの力を有している……ヘルガ、貴方はここで葬らせてもらうわ。かつての誓いと共に……貴方との、全ての記憶と共にね」
「葬るか……それは、こちらも同じだ!」
 その言葉と同時に、ヘルガは懐から数本のナイフを取り出し、投擲した。
 ナイフは円形に、ヘルガとルリムを取り囲む様な形で床に突き刺さった――瞬間、ルリムは“闇”の力場に、別の術式の魔術が重ねられた事を悟った。
「……! なるほど……ただ、安穏と人間として暮らしていただけではないと言う訳ね……この術式……転生魔術への中和が見てとれる……!」
「その通りだ……オレが勝てば、この術式は完全に発動し……オレ達を転生の魔術から解き放つ! もう、どこかの誰かの身体を奪うことなく……死に向かうんだ」
「……正気なの? それだと、貴方が勝ってもどの道術は発動し……貴方も転生をすることなく、この世から消えてしまうと言うのに」
 ヘルガは、ふっ、と悼みを含んだ笑みを漏らす。
「いいんだ……オレ達は、転生の魔術になんざ、手を出すべきではなかった……ここで、全部、終わらせるんだ……」
 元々、ヘルガは他者の命を奪いながらの転生を終わらせようとしていた。
 ヨシュアと出会い、ミハエルを授かった後には、人間として生を終えたいと願いから、その研究を少しずつ進めていた。
 そして、ルリムとの決別の後には、彼女ごとこの世から消すという思惑が加わった。
 贖罪、祈り、そして憎悪――様々なヘルガの思念が宿った術式は、確実にルリムの“闇”を蝕んだ。
「そう……そうなんだ……」
 ルリムは、ぽつり、ぽつりと言葉を漏らす。
 かつての高みを目指した友はもういない――目の前にいるのは、子を殺した相手を許せない母親……ただの、人間だ。あの、肉に包まれた汚物に過ぎない存在に、ヘルガはとっくに成り下がっていたのだ――。
 それをルリムは悲しく思った。
 その悲しみを、泣きそうな笑顔に乗せ、ルリムはディスクを構える。
「じゃあ……この闘い、負けられないわね」
 それ以上、互いに言葉はなかった。
 ――知ってしまった人の温かさ、それを奪った彼女を許せない。
 ――世俗に沈み、魔の英知を極めることを捨て、私を置いて行った彼女を許せない。
 相剋する心を抱えた2人の“魔女”は、互いの存在を否定するために、剣となるカードを引き抜いた。





エピソード28:相剋の魔女たち


 凄い発見があった。
 私達の学んでいる精霊魔術――その源流ともいえる『存在』を確認した。
 『存在』は師、ローゼンクロイツの見つけた“力の集約点”……“魔神”の地と重なる様に封印されている。
 『存在』はまだまだ謎が多い。だが、この発見は魔の英知を探求する上で、この上ない収穫となったことは間違いない。さらなる研究を続けることとしよう。





 『存在』とのコンタクトに成功した。
 現在の『存在』はどう形容すればよいのか、的確な言葉が思い浮かばない。
 とにかく、その『存在』はかつては人間であったらしく……記録にすら残っていない、古代エジプトの“暗黒のファラオ”であるらしい。
 そして、数多くの闇の魔術の知識を蓄えている。
 現に、その『存在』の助言(と言っていいのか、啓示に近いようなものだが)により、“闇の徒(シュラウド)”なる、魂の加工技術を会得する事ができた。
 これは、比類なき躍進には違いない。研究と共に、さらなるコンタクトを進めよう。





 『存在』との協力により、さらなる飛躍を確認できた。
 それこそ、魔導の極致“世界を書き換える法”。
 全てを超越した英知のみが到達できる、前人未到の地。
 そこに至る者があるとすれば、英知を極めんとする私以外はあるまい。
 もし私に並ぶ者がいるとすれば……それは、共に死を越えて高みを目指すと誓った友しかいないだろう。
 転生の魔術は、次の転生先を決める事ができないため、ヘルガとは数えるくらいにしか再会していない。ここ数十年の転生感は1度も会う事がなかった。
 こちらは、研究のパトロンとして、東の島国の財閥――高天原家に取り入る事が出来たが、友は研究を進めるための十分な下地は作れているのだろうか?





 “闇の徒(シュラウド)”の術式は、かなり重要な事柄だ。
 この術式は、魂の加工の時点で、通常の場合、肉体は朽ち果ててしまう。
 だが、“世界を書き換える法”に至るには、“窮極の光を抱く精霊”、そして“窮極の闇を抱く精霊”、それを内包する事のできる人間の肉体を用いた術式が必要――そこに致命的な問題がある。
 いくら特殊な血を重ねても、通常の人間の魂では、強すぎる精霊を抱くことは不可能に近い。
 だが、“闇の徒(シュラウド)”の術式において魂の加工を施すことにより、この点は解消できる。
 しかし、そうすると肉体が朽ちてしまい、術式に必要な事項を満たす事が出来ない。
 これを解消するために、私はすでに“闇の徒(シュラウド)”となったメンバーと研究を続けた。
 科学的見解からの肉体操作、“精霊”の魂を強制的に宿らせての肉体変化――。
 bU、『醜悪』のカイツールは、肉体の変化が凄まじく醜く肉がただれてしまい、その影響を引きずったまま“闇の徒(シュラウド)”となってしまった。
 それ以外では人型の精霊を術式に使用した場合それに似通った姿になる、また人型以外の精霊を利用した場合では、その精霊の身体の一部が人間の身体に付け足された様な変化をもたらす(例えば角や翼が生える、など)、などの例が確認できた。
 現在、肉体を保持したままの“魂の加工”の研究で一番成果があったのはbR、『拒絶』のシェリダーだろう。“闇の徒(シュラウド)”となった父親の魂を娘に移植した実験体で、肉体が初めて朽ちることのなかった例だ。
 ただ、ほとんど“闇”の力を使う事が出来ず、人格も娘への執着に固執したモノに変質してしまい、使い物にならないのが現状だ。
 しかし、興味深い例であることは確かだ。これを糧に、さらなる飛躍が望めるだろう。





 ヘルガとの決別だ。
 彼女は、私の同志だと思っていたのに。
 高みを捨てて、ただの人間に成り下がるなんて。 
 封印への干渉もうまくいき、思わぬ収穫があったと喜んだ矢先の、落胆だった。





「あの時に……わかっていたはずなのにね」
 苦笑しながらルリムはカードを引く。
 ざっと手札を眺めた後、手早くカード処理を行った。
「まず、モンスターを守備でセット、カードを1枚伏せるわ。これでターン終了」


ルリム:LP4000
モンスター:守備モンスター1体
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:4枚
ヘルガ:LP4000
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:5枚


「オレのターン、ドロー! ルリム……一気に行かせてもらうぞ! オレは《手札抹殺》を発動する!」

《手札抹殺》 通常魔法
お互いの手札を全て捨て、それぞれ自分のデッキから
捨てた枚数分のカードをドローする。


 その言葉と共に、互いに手札を捨てた瞬間。
 ルリムの場にある2枚のカードが切り裂かれた。
「……早速、暗黒界カードの本領発揮ってわけね……」
「その通り、捨てられた暗黒界モンスターの効果発動! まずは、《暗黒界の策士グリン》の効果で、お前の場の伏せカードを破壊! 続いて《暗黒界の刺客カーキ》の効果発動!  その裏守備モンスターを破壊だ!」

《暗黒界の策士グリン》
闇/☆2/悪魔族・効果 ATK300 DEF500
このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に捨てられた場合、
フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。

《暗黒界の刺客カーキ》
闇/☆2/悪魔族・効果 ATK300 DEF500
このカードが他のカード効果によって手札から墓地に捨てられた場合、
フィールド上のモンスター1体を破壊する。


「一気に私の場のカードを全て破壊するとは……やってくれるわね」
 ルリムの場で敵を待ち構えていた、ライトロードの猟犬(ハンター)ライコウと、迎撃の罠である《魔法の筒》、その両方が力を発揮する前に排除された。

《ライトロード・ハンター ライコウ》
光/☆2/獣族・効果 ATK200 DEF100
リバース:フィールド上のカードを1枚破壊する事ができる。
自分のデッキの上からカードを3枚墓地に送る。

魔法の筒(マジック・シリンダー) 通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、
そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

「まだ効果処理は続くぞ! 《暗黒界の狩人ブラウ》の効果で、デッキからカードを1枚ドローし……《暗黒界の尖兵べージ》を自身の効果により、フィールド上に特殊召喚!」

《暗黒界の狩人 ブラウ》
闇/☆3/悪魔族・効果 ATK1400 DEF800
このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に捨てられた場合、
デッキからカードを1枚ドローする。
相手のカードの効果によって捨てられた場合、
さらにもう1枚ドローする。

《暗黒界の尖兵 べージ》
闇/☆4/悪魔族・効果 ATK1600 DEF1300
このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に捨てられた場合、
このカードを自分フィールド上に特殊召喚する。

「そして、手札から《暗黒界の狂王 ブロン》を通常召喚する!」

《暗黒界の狂王 ブロン》
闇/☆4/悪魔族・効果 ATK1800 DEF400
このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
自分の手札を1枚選択して捨てる事ができる。

 《手札抹殺》からの怒濤の暗黒界コンボにより、一気に戦局を自分に傾かせたヘルガ。
 暗黒界の尖兵と狂王、ヘルガの場に並んだ2体のモンスターは、彼女の戦意を受け取り攻撃の構えを取る。
「いくぞ……まずはべージで攻撃する!」
 ヘルガの声とともに、悪魔の尖兵がルリムを槍での突撃を喰らわす。
「く……!」

ルリム:LP4000 → LP2400


「続いて、ブロンでのダイレクトアタックだ!」
「……《ネクロ・ガードナー》の効果を発動するわ。除外して、攻撃を無効化」

《ネクロ・ガードナー》
闇/☆3/戦士族・効果 ATK600 DEF1300
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。

「《ネクロ・ガードナー》!? そんなカードを墓地に送るタイミングは……そうか、オレの《手札抹殺》で、お前の手札にあったのを墓地に送ることになったのか……!」
「そういうこと……ブロンの攻撃が通った場合、更なる暗黒界モンスターの効果を使われかねなかった……けど、当てが外れたわね、ヘルガ」
「く……カードを1枚伏せ、エンド!」


ルリム:LP2400
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:4枚
ヘルガ:LP4000
モンスター:《暗黒界の尖兵ページ》(功1600)、《暗黒界の狂王ブロン》(功1800)
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:4枚


「私のターン、ドロー。まずは手札から《ライトロード・パラディン ジェイン》を召喚するわ」

《ライトロード・パラディン ジェイン》
光/☆4/戦士族・効果 ATK1800 DEF1200
このカードは相手モンスターに攻撃する場合、
ダメージステップの間攻撃力が300ポイントアップする。
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
自分のエンドフェイズ毎に、自分のデッキの上からカードを2枚墓地に送る。

「さらに、墓地の光属性モンスター2体を除外し……《神聖なる魂(ホーリーシャイン・スピリッツ)》を特殊召喚」

神聖なる魂(ホーリーシャイン・スピリッツ)
光/☆6/天使族・効果 ATK2000 DEF1800
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の光属性モンスター2体をゲームから除外して特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在する限り、相手のバトルフェイズ中のみ
全ての相手モンスターの攻撃力は300ポイントダウンする。

「これで私の場に、光属性モンスターが2体揃ったので、このカードの特殊召喚条件が整った……。来なさい……《ガーディアン・オブ・オーダー》!」

《ガーディアン・オブ・オーダー》
光/☆8/戦士族・効果 ATK2500 DEF1200
自分フィールド上に光属性モンスターが表側表示で2体以上存在する場合、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
「ガーディアン・オブ・オーダー」は、
自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。

「く……!」
 ヘルガは目の前に一気に並んだ敵を見て、顔をしかめる。
 先のターンの攻撃――相手の場のカードを全て破壊し、2体の攻撃の手を揃えたそれの意趣返しと言わんばかりに、ルリムは最上級モンスターを含めた3体もの光の使途を仕向けてきた。
「行きなさい……《ガーディアン・オブ・オーダー》で《暗黒界の尖兵 べージ》を攻撃」
「させるか! 罠発動、《鎖付きブーメラン》! 攻撃してきたそのデカブツを守備表示に変更させ……同時にべージの装備カードとする!」

《鎖付きブーメラン》 通常罠
次の効果から1つ、または両方を選択して発動する事ができる。
●相手モンスターが攻撃をしてきた時に発動する事ができる。
その攻撃モンスター1体を守備表示にする。
●このカードは攻撃力500ポイントアップの装備カードとなり、
自分フィールド上に存在するモンスター1体に装備する。

《ガーディアン・オブ・オーダー》を守備表示に変更!
《ガーディアン・オブ・オーダー》:ATK2500 →DEF1200
さらに《鎖付きブーメラン》は装備カードとなり、《暗黒界の尖兵べージ》に装備!
《暗黒界の尖兵べージ》:ATK1600 → ATK2100

 鎖で繋がれた刃が、襲い来る光の鎧戦士を縛り付け動きを止める。
 そして、戻っていた刃を器用に受け止めたべージは、それを槍と共に敵に向けた。
「……ならば、別のモンスターで攻撃。ジェイン!」
 ライトロードの聖騎士(パラディン)、ジェインがべージに挑む。
 巧みに剣を操り、自身の本来以上の力を引き出してページに肉薄する。

自身の効果でダメージステップの間、攻撃力300ポイントアップ!
《ライトロード・パラディン ジェイン》:ATK1800 → ATK2100

 そして、べージを槍ごと斬り捨てた……と思いきや、べージは手元に戻していたブーメランの刃で、ジェインの腹部をカウンター気味に貫いていた。
 結果は相打ち。攻撃力2100同士の両者が、互いの攻撃に崩れ落ちる。
「さらに、《神聖なる魂》で《暗黒界の狂王ブロン》を攻撃」
 純白の光で構成された天使が、バチカルの指示と共に攻撃の光を放つ。
 それは寸分の狂いなく、暗黒界の狂王を打ち倒した。

ヘルガ:LP4000 → LP3800

 ヘルガ側のモンスターはこれで全滅……だが、ルリム側も無傷ではない。
 3体展開した内1体を相打ちで失う羽目になり、最上級モンスターである《ガーディアン・オブ・オーダー》も罠の迎撃により、低い守備力を曝す羽目になった。
「……ターンエンド」
 少しだけ不機嫌な調子で、ルリムはターンの終了を宣言した。


ルリム:LP2400
モンスター:《ガーディアン・オブ・オーダー》(守1200)、《神聖なる魂》(功2000)
魔法・罠:なし
手札:2枚
ヘルガ:LP3800
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:4枚


「オレのターン、ドロー! 《霊滅術師 カイクウ》召喚!」

《霊滅術師 カイクウ》
闇/☆4/魔法使い族・効果 ATK1800 DEF700
このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
相手の墓地に存在するモンスターを2体まで選択してゲームから除外する事ができる。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
相手はお互いの墓地に存在するカードをゲームから除外する事はできない。

 ヘルガは、すぐさま攻撃用のモンスターを召喚した。
 ルリムの場の光の鎧戦士、《ガーディアン・オブ・オーダー》は攻撃力2500を誇る最上級モンスターだが、今は守備表示。
 その守備力は1200……下級モンスターで迎撃できる数値だ。このチャンスを逃す手はない。
「守備状態のオーダーを攻撃!」
 《神聖なる魂》が、自身の効果でカイクウの攻撃の威力を削ぐも、ダウン数値は300……まだ、カイクウの攻撃力は1500もあった。
 対するオーダーの守備力では、攻撃を防ぐに至らない。カイクウの思念波は、見事に光の鎧戦士の身を砕いた。
「カードを1枚伏せ、ターンエンド!」


ルリム:LP2400
モンスター:《神聖なる魂》(功2000)
魔法・罠:なし
手札:2枚
ヘルガ:LP3800
モンスター:《霊滅術師カイクウ》(功1800)
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:3枚


「私のターン、ドロー」
 カードを引いたルリムは、それをちらりと見た後、視線をヘルガの場に戻した。
「(オーダーを倒すために呼んだ《霊滅術師 カイクウ》……か)」
 ルリムは、ヘルガの呼んだ不気味な僧を注視する。
 その能力は2つ……戦闘ダメージを与えた時、その相手墓地に存在するモンスターカードを2枚まで除外する事。
 もう1つは、相手……この場合、ルリムからの墓地除外行為を封じるというもの。
 どちらも、大量に墓地に送られるカードを利用する【ライトロード】には厄介な能力……単にオーダーを倒すためでなく、こちらの動きを制限するために、ヘルガが選んだメタカードなのだろう。
「(私の場にいる《神聖なる魂》に倒される状況で、あのモンスターを放置するほどヘルガは易しくない……) ……《光の援軍》を発動。その効果により《ライトロード・マジシャン ライラ》をサーチし……召喚」

《光の援軍》 通常魔法
自分のデッキの上からカードを3枚墓地へ送って発動する。
自分のデッキからレベル4以下の「ライトロード」と
名のついたモンスター1体を手札に加える。

《ライトロード・マジシャン ライラ》
光/☆4/魔法使い族・効果 ATK1700 DEF200
自分フィールド上に表側攻撃表示で存在するこのカードを表側守備表示に変更し、
相手フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。
この効果を発動した場合、次の自分のターン終了時まで
このカードは表示形式を変更できない。
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
自分のエンドフェイズ毎に、自分のデッキの上からカードを3枚墓地に送る。

「ライラの効果発動。守備表示にすることで、ヘルガ……貴方の伏せカードを破壊する」
「やはり、そう来たか……その破壊効果にチェーンして、速攻魔法《暗黒界に続く結界通路》発動! コイツで墓地に眠る《暗黒界の魔神レイン》を特殊召喚する!」

《暗黒界に続く結界通路》 速攻魔法
このカードを発動する場合、
自分は発動ターン内に召喚・反転召喚・特殊召喚できない。
自分の墓地から「暗黒界」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する。

《暗黒界の魔神 レイン》
闇/☆7/悪魔族・効果 ATK2500 DEF1800
このカードが相手のカード効果によって手札から墓地に捨てられた場合、
このカードを自分フィールド上に特殊召喚する。
この効果で特殊召喚に成功した場合、
相手フィールド上のモンスターまたは魔法、罠カードをすべて破壊する。

「フリーチェーンカード……! ヘルガも人が悪いわね。メタカードを守るためのカードと見せかけて、破壊されることを前提にした伏せカードを用意するなんて……!!」
 読み間違えたことにルリムは苦笑しながらも、意識は既に攻撃に切り替わっていた。
 最上級モンスターを呼ばれたのは痛いが、ともかく伏せカード自体はなくなった。
 攻撃を止められる憂いの無くなった今、相手の場に控える、邪魔な存在を放置する道理はない。
「《神聖なる魂》で《霊滅術師カイクウ》を攻撃!」
 迷いなきルリムの宣告により、神聖なる天使が光の一撃を放つ。
 不気味な僧は、光の中に消えていった。

ヘルガ:LP3800 → LP3600

「……カードを1枚伏せるわ。エンドフェイズに、ライラの効果によりデッキから3枚カードを墓地に送る……ターン終了」


ルリム:LP2400
モンスター:《神聖なる魂》(功2000)、《L・マジシャン ライラ》(守200)
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:1枚
ヘルガ:LP3600
モンスター:《暗黒界の魔神レイン》(功2500)
魔法・罠:なし
手札:3枚


「オレのターン、ドロー! 《リグラス・リーパー》を攻撃表示で召喚!」

《リグラス・リーパー》
炎/☆3/植物族・効果 ATK1600 DEF100
リバース:お互いのプレイヤーは手札からカードを1枚選択して捨てる。
このカードを戦闘で破壊したモンスターは
攻撃力・守備力がそれぞれ500ポイントダウンする。

 カードドローから間髪いれず、ヘルガは攻撃用の下級モンスターを呼び出す。
 そして、すかさず攻撃に移った。
「バトルフェイズに突入! まずは、レインで《神聖なる魂》を攻撃する!」
 進撃する暗黒界の魔神に対し、《神聖なる魂》は自身の効果を発揮、身に宿る聖なる光により魔神の力を削ぐ。
 だが、魔神の力は強大、300ポイント程度の攻撃力ダウンでは、その攻勢を止めることはかなわなかった。

ルリム:LP2400 → LP2200

 光の天使を打ち倒し、ルリムのライフが僅かばかり削られる。  ヘルガは休む暇すら与えないと言わんばかりに、続けてほぼノータイムで木目の化け物に攻撃命令を下した。
「さらに《リグラス・リーパー》で守備状態のライラを攻撃!」
 膝を折ったライラの守備力は200、まともな抵抗は出来ない。
 《リグラス・リーパー》の炎を纏った鎌の斬撃に、ライラは呆気なく倒される。
「カードを1枚伏せて、ターン終了」


ルリム:LP2200
モンスター:なし
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:1枚
ヘルガ:LP3600
モンスター:《暗黒界の魔神レイン》(功2500)、《リグラス・リーパー》(功1600)
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:2枚


「私のターン、ドロー……まずは《ソーラー・エクスチェンジ》を発動。手札に来てしまったウォルフをコストに、デッキから2枚ドローし、その後2枚を墓地に送るわ」

《ソーラー・エクスチェンジ》 通常魔法
手札から「ライトロード」と名のついたモンスターカード1枚を捨てて発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローし、
その後デッキの上からカードを2枚墓地に送る。

 その瞬間、墓地から光が立ち上り、オオカミの顔をした獣戦士が現れた。
「……《ソーラー・エクスチェンジ》で墓地に送られたカードの中にも、ウォルフが居たみたいね。この子はデッキから墓地に送られた場合、フィールド上に特殊召喚されるわ」

《ライトロード・ビースト ウォルフ》
光/☆4/獣戦士族・効果 ATK2100 DEF300
このカードは通常召喚できない。
このカードがデッキから墓地に送られた時、
このカードを自分フィールド上に特殊召喚する。

「ならば、伏せカード発動! 《奈落の落とし穴》!」

《奈落の落とし穴》 通常罠
相手が攻撃力1500以下のモンスターを
召喚・反転召喚・特殊召喚した時、
そのモンスターを破壊しゲームから除外する。

「こいつで特殊召喚されたウォルフを破壊し、ゲームから除外する!」
 的確に、相手の手を潰していくヘルガ。
 哀れ、ライトロードの獣戦士は奈落へと通ずる不気味な穴に落ちて行く。
 それを見やりながら……ルリムは酷薄な笑みを浮かべた。
「ふふ……これで伏せカードの脅威は無くなったわね……」
「……なに?」
「……伏せておいた《閃光のイリュージョン》発動。この効果により、墓地のライトロードを蘇生するわ。対象とするのは、なんでもいいのだけど……とりあえず、《ライトロード・マジシャン ライラ》にでもしておきましょうか」

《閃光のイリュージョン》 永続罠
自分の墓地から「ライトロード」と名のついたモンスター1体を選択し、
攻撃表示で特殊召喚する。
自分のエンドフェイズ毎に、デッキの上からカードを2枚墓地に送る。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターがフィールド上から離れた時このカードを破壊する。

「この状況では役に立ちそうもない、ライラを蘇生……何でもよいということは、生け贄召喚か!?」
「ふふ……正解。まあ、正確にはライトロードモンスターならばなんでも良い、という意味なのだけどね……ライラを生け贄に、《ライトロード・エンジェル ケルビム》を召喚!」

《ライトロード・エンジェル ケルビム》
光/☆5/天使族・効果 ATK2300 DEF200
このカードが「ライトロード」と名のついたモンスターを
生け贄にして生け贄召喚に成功した時、
デッキの上からカードを4枚墓地に送る事で
相手フィールド上のカードを2枚まで破壊する。

「く……そいつは……!」
 舌打ちするヘルガの目の前で、上級ライトロードの戦天使が手にする杖に光のエネルギーを収束させていく。
「ケルビムの効果発動……ライトロードモンスターを生け贄にして召喚に成功した場合、デッキトップから4枚のカードを墓地に送る事で、相手の場のカードを2枚まで破壊できる。この効果で、貴方の《暗黒界の魔神 レイン》と《リグラス・リーパー》を破壊する!」
「く……!」
 ケルビムから放たれた光が、ヘルガの場のモンスター達をかき消す。
 それだけにとどまらず、ケルビムの光の矛先はヘルガ自身にも向くことになった。
「ケルビムで……ヘルガに、ダイレクトアタック!」

ヘルガ:LP3600 → LP1300

「が……は…………!!」
 強大な光の波動が、ヘルガを押しやる。
 上級モンスターの一撃により、一気にライフを失うことになったヘルガを薄い笑みで見やりながら、ルリムは冷笑そのものといった声で言葉を続ける。
「ふふ……無様ね。今の貴方には似合いの恰好よ、ヘルガ。……これで、ターン終了」
 その声の中に僅かな悲痛が混じっていた事を、2人ともついぞ気付くことはなかった。


ルリム:LP2200
モンスター:《L・エンジェル ケルビム》(功2300)
魔法・罠:なし
手札:1枚
ヘルガ:LP1300
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:2枚





エピソード29:王の帰還


 繰り広げられる2人の“魔女”の決闘(デュエル)は、まるで殴り合うかのように、真正面からの衝突を何度も繰り返す激戦となった。
 その戦局は、現在、ライトロードの戦天使(エンジェル)ケルビムを従えたルリムの方に傾いていた。
 ヘルガのモンスター達を打ち砕き、ヘルガ自身をも押しやったケルビムの光の一撃は、2人を拘束する“闇”の力場をも飛びぬけ、ルリムの工房に設置されている機械類に飛び火した。
 それによる誤作動なのか、シャッターの様な部分が音を立ててスライドし、その奥から巨大な試験管じみたカプセルがせり出てきた。
 その中に、人影の様なものが見てとれる……ケルビムの攻撃によるダメージに身体をふらつかせながら立ち上がったヘルガは、それを見て顔をしかめる。
「カプセルの中に人間……あれも、お前の研究成果と言うわけか……」
「ええ、そうよ。慈悲深くなった貴方は、これを見てもっと私を許せなくなった?」
 薄ら寒い笑みを浮かべ、皮肉を皮肉で返すルリム。
 ヘルガはそれ以上追及する気も起きず、カードを引く……それには、決闘以外に意識を裂く余裕がなくなっていたこともある。
「オレのターン、ドロー!」
 ほぼ互角にカードパワーをぶつけ合ってきたヘルガとルリムの決闘だが、その均衡は先のケルビムの力により崩れた。全力を尽くしてのぶつかり合いだったからこそ、一旦崩されてしまえば、そこからの巻き返しは厳しくなる。
 このターン、ヘルガは反撃らしい反撃の手を、ついに用意できなくなったのだ。
「く……守備モンスターを出し、ターン終了……」
 半ば祈る様に守備モンスターを置き、ヘルガはターンを終了させた。


ルリム:LP2200
モンスター:《L・エンジェル ケルビム》(功2300)
魔法・罠:なし
手札:1枚
ヘルガ:LP1300
モンスター:裏守備モンスター1体
魔法・罠:なし
手札:2枚


「私のターン、ドロー。《ライトロード・パラディン ジェイン》を召喚」
 ルリムは再びライトロードの聖騎士(パラディン)を呼び出し、戦線を強化した。
「まずは《ライトロード・エンジェル ケルビム》で裏守備モンスターを攻撃」
 ルリムの命を受け、襲い来る光の使徒たち。
 ヘルガの用意した守備モンスターは、その攻撃を受け切れない。
 だが……そんなことはどうでもよかった。
 ルリムが守備モンスターを効果で排除(・・・・・・・・・・・・・)しなかった事で、ヘルガに反撃のチャンスが訪れたのだから。
「守備モンスターは《メタモルポッド》! 攻撃を受けたことにより、リバース効果が発動する! 互いに手札を全て捨て……その後、手札を5枚ドロー!」

《メタモルポッド》
地/☆2/岩石族・効果 ATK700 DEF600
リバース:自分と相手の手札をすべて捨てる。
その後、お互いはそれぞれ自分のデッキからカードを5枚ドローする。

 互いに、現在保有している手札を捨てる。
 その時、ヘルガの墓地から闇が溢れだし、そこから金の鎧めいた身体を持つ、暗黒界の武神がその姿を現した。
「手札から捨てられた事により、効果発動……《暗黒界の武神 ゴルド》を特殊召喚!」

《暗黒界の武神 ゴルド》
闇/☆5/悪魔族・効果 ATK2300 DEF1400
このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に捨てられた場合、
このカードを自分フィールド上に特殊召喚する。
相手のカード効果によって捨てられた場合、
さらにフィールド上に存在するカードを2枚まで選択して破壊することができる。

 斧を構える上級モンスター、ゴルドを従え、同時に手札を5枚まで補充する事に成功したヘルガ。
 だが、喜んでもいられない。
 《メタモルポッド》の効果は、お互いのプレイヤーに作用する。ルリムも同じく、5枚もの手札を補充したのだ。
 現在、攻撃力2300の《ライトロード・エンジェル ケルビム》の攻撃は終わり、続く《ライトロード・パラディン ジェイン》の攻撃力ではゴルドを倒すことは出来ない。
 だが、ルリムが《メタモルポッド》の効果で引いたカードを使い、更なる攻撃の手を用意してくることも十分に考えられる。
 注意深くルリムの挙動を見守るヘルガ……が、その考えは杞憂に終わったのか、ルリムからの攻撃はそれ以上続くことはなかった。
「……バトルフェイズを打ち切るわ。そして、カードを1枚伏せて……エンドフェイズ。ジェインの効果により、2枚のカードを墓地に送る」
 その瞬間、ルリムの墓地から一筋の光が飛び出した・
「あら……ラッキーだわ。ジェインの効果で墓地に送られたカードの中に、《ライトロード・レイピア》が存在したのね」

《ライトロード・レイピア》 装備魔法
「ライトロード」と名のついたモンスターにのみ装備可能。
装備モンスターの攻撃力は700ポイントアップする。
このカードがデッキから墓地に送られた時、このカードを
自分フィールド上に存在する「ライトロード」と名のついた
モンスター1体に装備する事ができる。

「このカードはデッキから墓地に送られた場合、私の場のライトロードに装備が可能……そうね、ここはジェインに装備しておきましょうか」
 光はライトロードの鎧騎士の手元に宿った。
 それは薄緑の光の剣となって、ジェインの戦闘能力を引き上げる。

《ライトロード・レイピア》装備!
《ライトロード・パラディン ジェイン》:ATK1800 → ATK2500

「さ……これで、完全にターン終了よ、ヘルガ」


ルリム:LP2200
モンスター:《L・エンジェル ケルビム》(功2300)、《L・パラディン ジェイン》(功2500)
魔法・罠:《ライトロード・レイピア》、伏せカード1枚
手札:4枚
ヘルガ:LP1300
モンスター:《暗黒界の武神ゴルド》(功2300)
魔法・罠:なし
手札:5枚


「オレのターン、ドロー!」
 ヘルガは勢いよくカードを引いた。
 ルリムは先の手札補充で、十分な布陣を揃えるための駒を用意できなかったと見える。
 ここがチャンス――ヘルガは攻勢を強めるための方策を思い描き、すぐさま行動に移る。
「いくぞ、ルリム……まずは《暗黒界の取引》を発動! もう一度、互いに手札交換だ!」

《暗黒界の取引》 通常魔法
お互いのプレイヤーはデッキからカードを1枚ドローし、
その後手札からカードを1枚捨てる。

「カードドローの後、手札を1枚捨てる……オレが捨てたのは《暗黒界の導師 セルリ》! その効果が発動する!」

《暗黒界の導師 セルリ》
闇/☆1/悪魔族・効果 ATK100 DEF300
このカードがカードの効果によって手札から墓地へ捨てられた場合、
このカードを相手フィールド上に表側守備表示で特殊召喚する。
このカードが「暗黒界」と名のついた
カードの効果によって特殊召喚に成功した時、
相手は手札を1枚選択して捨てる。

「セルリはカード効果で墓地に送られた場合、相手フィールド上に表側守備表示で召喚される!」
「!? 態々、私のフィールドに?」
 驚くルリムの元に、蒼いマントを着込んだ悪魔、セルリが身をかがめて現れた。
 そのセルリ、現れたと同時に何か呪文を唱え始める。
「セルリは、暗黒界と名のつくカードにより特殊召喚に成功した場合、相手は手札を1枚選んで捨てる。今回はセルリ自身の効果によって特殊召喚されたが……セルリ自身も暗黒界カードの1枚! よって手札破壊効果は発動する!」
「く……中々強力な効果ね。手札破壊とは……」
 そう言って手札確認を始めたルリムに、ヘルガは「何勘違いしてるんだ?」と鋭い口調で言い放った。
「ルリム、手札破壊効果が適用されるプレイヤーはお前じゃない……セルリの効果は、お前のフィールド上で発動した……つまり、お前の発動した手札破壊効果として扱われる。つまり、手札破壊効果を受けるのは……オレだ!」
「な……に……!?」
 ルリムは、ヘルガの言葉の意味する脅威に気付き、表情を硬くした。
 普通に考えれば、自爆以外の何物でもない手札破壊。だが、ヘルガのデッキは【暗黒界】……そうなると話は違ってくる。
 暗黒界モンスターはデザイン的に、手札破壊に対抗するための効果を持たされている。
 その証拠に、ほとんどの暗黒界モンスターは、相手によって手札破壊を受けた時に発動する、強力な追加効果を有しているのだ。
 だが、その効果が発動するのは、あくまで相手側がハンデス効果を使ってきたときの話。都合よく相手が戦略の内に手札破壊を組み込んでなければ、まずお目にかかれない。
 その、普通は発動する機会がめったにない、暗黒界モンスターの強力な追加効果を能動的に発動させる状況を作り出すのが、セルリの有する能力である。
「行くぞ……捨てるのは《暗黒界の術師スノウ》! その効果が発動する!」

《暗黒界の術師 スノウ》
闇/☆4/悪魔族・効果 ATK1700 DEF0
このカードがカードの効果によって手札から墓地へ捨てられた場合、
自分のデッキから「暗黒界」と名のついたカード1枚を手札に加える。
相手のカードの効果によって捨てられた場合、
さらに相手の墓地に存在するモンスター1体を選択し、
自分フィールド上に表側守備表示で特殊召喚する事ができる。

「スノウの効果で、デッキから暗黒界カードを1枚手札に加える。オレは《暗黒界の龍神グラファ》を選択! さらに、相手の効果によって捨てられた場合の追加効果も発動! お前の墓地のモンスター1体を、こちらのフィールド上に守備表示で特殊召喚できる! そうだな……《ライトロード・マジシャン ライラ》を貰おうか!」
 デッキからカードをサーチするだけでなく、相手の墓地からカードまで奪い取った。
 《ライトロード・マジシャン ライラ》は魔法・罠破壊効果を持ったモンスター……更に続く猛攻の後、ルリムに逆転の目を与えまいとの選択である。
「まだまだいくぞ……! フィールド魔法、《暗黒界の門》を発動!」

《暗黒界の門》 フィールド魔法
フィールド上に表側表示で存在する
悪魔族モンスターの攻撃力・守備力は300ポイントアップする。
1ターンに1度、自分の墓地に存在する
悪魔族モンスター1体をゲームから除外する事で、
手札から悪魔族モンスター1体を選択して捨てる。
その後、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 ヘルガが次に繰り出したのは、不気味な雰囲気を持つ巨大な石造りの門――その扉の向こうから、灰色の光が漏れ出している。
「《暗黒界の門》の効果を発動! 1ターンに1度、墓地の悪魔族1体を除外することで、手札の悪魔族モンスターを捨てる事ができ、その後カードを1枚ドローする……手札を減らすことなく、暗黒界モンスターの効果を使う事が出来るってわけだ! 墓地の《暗黒界の刺客 カーキ》を除外し、先程サーチした《暗黒界の龍神 グラファ》を捨てる!」
 ヘルガがカードを墓地に捨てると同時に、ルリムの場に巨大な影が出現。
 影の中に赤く光る目の様なモノが光ったと同時に、ルリムの伏せカードが砕け散る。
「な……一体、何が……!」
「グラファの効果を発動させた。コイツはカード効果によって手札から捨てられた時、相手フィールドのカードを1枚破壊する効果を持っている! これで、お前の伏せカードを破壊させてもらった!」
 その言葉を受け、ルリムは活躍することなく砕かれた自らの伏せカード、《ライトロード・バリア》を見据えながら歯噛みした。

《暗黒界の龍神 グラファ》
闇/☆8/悪魔族・効果 ATK2700 DEF1800
このカードは「暗黒界の龍神 グラファ」以外の
自分フィールド上に表側表示で存在する
「暗黒界」と名のついたモンスター1体を手札に戻し、
墓地から特殊召喚する事ができる。
このカードがカードの効果によって手札から墓地へ捨てられた場合、
相手フィールド上に存在するカード1枚を選択して破壊する。

相手のカードの効果によって捨てられた場合、
さらに相手の手札をランダムに1枚確認する。
確認したカードがモンスターだった場合、
そのモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。

《ライトロード・バリア》 永続罠
自分フィールド上に表側表示で存在する「ライトロード」
と名のついたモンスターが攻撃対象になった時、
自分のデッキの上からカードを2枚墓地へ送る事で
相手モンスター1体の攻撃を無効にする。

「さて、仕上げだ……通常召喚で《暗黒界の斥候 スカー》を場に出す!」

《暗黒界の斥候 スカー》
闇/☆2/悪魔族・効果 ATK500 DEF500
このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、
自分のデッキから「暗黒界」と名のついた
レベル4以下のモンスター1体を手札に加える。

 仕上げ、と言ったわりに、今までのラッシュに比べれば大人しい弱小モンスターの召喚……と、ルリムの脳裏に浮かんだ言葉は、すぐさま霧散した。
 先程《ライトロード・バリア》を砕いた、あの巨大な影が再び立ち上る。
 しかも、今度はスカーの影から上へ上へと、その黒の巨体を立ち昇らせていき――翼を広げた魔龍の姿を、闇の中に顕わした。
「場の暗黒界モンスターを手札に戻す事により、自身の効果で墓地から特殊召喚……《暗黒界の龍神 グラファ》! 墓地から蘇り……その力を見せつけろ!」

《暗黒界の龍神 グラファ》
闇/☆8/悪魔族・効果 ATK2700 DEF1800
このカードは「暗黒界の龍神 グラファ」以外の
自分フィールド上に表側表示で存在する
「暗黒界」と名のついたモンスター1体を手札に戻し、
墓地から特殊召喚する事ができる。

このカードがカードの効果によって手札から墓地へ捨てられた場合、
相手フィールド上に存在するカード1枚を選択して破壊する。
相手のカードの効果によって捨てられた場合、
さらに相手の手札をランダムに1枚確認する。
確認したカードがモンスターだった場合、
そのモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。

「オレの場に存在するグラファ、ゴルドは共に悪魔族……よって《暗黒界の門》の効果により、攻撃力が300ポイントアップ!!」

《暗黒界の門》効果適用!
《暗黒界の武神 ゴルド》:ATK2300 → ATK2600
《暗黒界の龍神 グラファ》:ATK2700 → ATK3000

「く……!」
「ゴルドとグラファ、両者ともルリムの場のライトロード達の攻撃力を上回った……! 覚悟しろ、ルリム! ゴルドでケルビムを、グラファでジェインを攻撃する!」
 その宣告と共に、まずゴルドが斧を振り上げ、ケルビムに襲いかかった。白銀の鎧の戦天使(エンジェル)は杖を構え応戦するが……強化された斬撃に、杖と鎧ごと斬り裂かれる。
 続けてグラファが翼を広げて飛来し、レイピアを構えるライトロードの聖騎士(パラディン)に、瞬く間に肉薄した。ジェインは手にしたレイピアから渾身の突きを繰り出すが、龍神は体をひねり紙一重でそれをかわす。そのまま瘴気を纏った拳を振るい、対峙した聖騎士を薙ぎ払った。

ルリム:LP2200 → LP1900→ LP1400

「が……!!」
 思わず苦痛の声を漏らすルリム。
 場を一気に殲滅し、ライフも並んだ――が、ヘルガは油断なく、残った手札と相手の状況を確認する。
「……カードを1枚伏せる。そして、エンドフェイズにライラの効果で、デッキトップから3枚カードを墓地に送る! これで、ターン終了!」


ルリム:LP1400
モンスター:《暗黒界の導師セルリ》(守300)
魔法・罠:なし
手札:4枚
ヘルガ:LP1300 場魔《暗黒界の門》
モンスター:《暗黒界の武神ゴルド》(功2600)、《暗黒界の龍神グラファ》(功3000)
《L・マジシャン ライラ》(守200)
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:4枚


「く……私のターン! やむを得ないわね、《貪欲な壺》発動!」

《貪欲な壺》 通常魔法
自分の墓地からモンスターカードを5枚選択し、デッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 ライトロード達が場に留まる事が少なかったため、そこまで墓地が肥えていない状態で《貪欲な壺》を発動しなければならない状況になってしまった……これも、ヘルガの対応能力の高さゆえか。やはり、彼女は私に並び立ちうるもの――。
 そこまで考えたところで、ルリムは頭をふる。
 感心している暇はない、今の相手は、全力で倒さなければならない敵だ!
 決闘に思考を戻し、墓地になるべくライトロードが残るようにカードを選択、デッキに戻してシャッフルし、新たに2枚カードを引く。
「……ふふ、これはいいカードが来たわ。速攻魔法、《エネミーコントローラー》を発動! 《暗黒界の導師 セルリ》を生け贄にすることで、《暗黒界の龍神 グラファ》のコントロールを奪う!」

《エネミーコントローラー》 速攻魔法
次の効果から1つを選択して発動する。
●相手フィールド上の表側表示モンスター1体の表示形式を変更する。
●自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げて発動する。
このターンのエンドフェイズまで、相手フィールド上に表側表示で存在する
モンスター1体のコントロールを得る。

「く……! コントロール奪取か……!」
「ええ……でも、それだけじゃないわ。グラファを生け贄に捧げ……《ライトロード・ドラゴン グラゴニス》を召喚!」

《ライトロード・ドラゴン グラゴニス》
光/☆6/ドラゴン族・効果 ATK2000 DEF1600
このカードの攻撃力と守備力は、自分の墓地に存在する
「ライトロード」と名のついたモンスターカードの種類
×300ポイントアップする。このカードが守備表示モンスターを
攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
このカードが自分フィールド上に存在する場合、
自分のエンドフェイズ毎に、デッキの上からカードを3枚墓地に送る

「さらに《死者蘇生》を発動! もう1体のグラゴニスを、墓地から特殊召喚!」

《死者蘇生》 通常魔法
自分または相手の墓地に存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。

 優雅な金の(たてがみ)をなびかせ現れたのは、白い天馬の如きライトロードの上級ドラゴン――グラゴニス。
 2体並んだその巨体に、淡い光が集まっていく。
「グラゴニスはコントローラーの墓地に存在するライトロードモンスター1種類につき、攻撃力・守備力が300ポイント上昇する……現在、私の墓地のライトロードは5種類。よって、攻守共に1500ポイントアップ!」

《ライトロード・ドラゴン グラゴニス》:
ATK2000 → ATK3500/DEF 1600 → DEF 3100

「な……に……!?」
 最上級モンスター以上の攻撃力を備えたグラニコスを見やり、息をのむヘルガ。
 ルリムは冷笑を浮かべながら、天馬の竜に攻撃命令を下した。
「まずは奪われたライラを攻撃! グラゴニスは貫通効果を備えている……守備力200では、受け止められないでしょう!」
 ルリムの言葉と共に、まず片方のグラゴニスが、膝を折る魔導師に向けて金色のブレスを放つ。それ対して、ヘルガは瞬時に伏せカードを開いた。
「罠発動、《ガード・ブロック》! プレイヤーへ及ぶダメージを0にし、1枚ドロー!」

《ガード・ブロック》 通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動することができる。
その戦闘によって発生する自分の戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 ライラを飲み下すだけでは飽き足らず、自身にも迫るグラゴニスの息吹を、ヘルガは《ガード・ブロック》の光のバリアで受け流す。
 効果処理を終え、薄れて行く光のバリアの向こう、さらなる光に包まれる2体の白竜をヘルガは見た。

《ライトロード・ドラゴン グラゴニス》:
ATK3500 → ATK3800/DEF 3100 → DEF 3400

「な……グラゴニスの攻撃力が、上がった……!?」
「ふふ……ライラが私の墓地に戻ったことで、私の墓地のライトロードは6種類に増えた……さらに強化されたグラニコスの攻撃、伏せカードを使い切った貴方に避けられるかしら、ヘルガ! もう一体のグラゴニスで、ゴルドを攻撃!」
 再び放たれた金色のブレスは瞬時に暗黒界の武神を掻き消し、そのままヘルガに迫る。今度は守るモノはなく、その一撃はヘルガの身を吹き飛ばした。

ヘルガ:LP1300 → LP100

「が…………!!」
 受けた衝撃は大きく、ヘルガの身体は空に浮いた。
 後ろ手に飛ばされ背中を打ちつけたヘルガを、ルリムは薄ら寒い笑みで眺めていた。
「カードを1枚伏せて、エンドフェイズに移行……そして2体のグラゴニスの効果により、デッキトップから合計6枚のカードを墓地に送る……」
 その処理の最中、またしてもグラゴニスの身体が輝く。

《ライトロード・ドラゴン グラゴニス》:
ATK3800 → ATK4100/DEF 3400 → DEF 3700

「ふふ……どうやら、墓地送りにされたカードによって、墓地に合計7種類のライトロードが存在する事になった様ね。グラゴニスの能力上昇値は、2100ポイントに達したわ。さ、これで完全にターン終了よ」


ルリム:LP1400
モンスター:《L・ドラゴン グラゴニス》(功4100)×2
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:2枚
ヘルガ:LP100 場魔《暗黒界の門》
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:4枚


「く……オレのターン……ドロー!」
 ダメージにふらつく身体を揺り起こし、ヘルガはカードを引く。
 貫通能力に加え、4000を越える高攻撃力を備えたライトロードの上級ドラゴン2体を前に、引き当てたカードは……罠カード、《メテオ・レイン》。

《メテオ・レイン》 通常罠
このターン自分のモンスターが守備表示モンスターを攻撃した時に
その守備力を攻撃力が越えていれば、
その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。

「(く……ダメだ、このカードでは……!)」
 《メテオ・レイン》は、自軍のモンスター全てに貫通効果を付加する罠カード……自分から攻める時にこそ役に立つカードであり、今の様な劣勢時には役に立たない。
「(相手の攻撃力が高すぎて、たとえグラファを蘇生させたとしても負けてしまう……迎撃用の罠もあるにはあるが、この効果では凌げない……ここは、ドローに賭けるしかない!) ……《暗黒界の門》の効果を発動する! 墓地の《暗黒界の策士 グリン》を除外し、手札の悪魔族モンスター《暗黒界の斥候スカー》を墓地に捨て、カードを1枚ドロー!」
 そして、引き当てたカードを確認すると、すぐにディスクに差し込んだ。
「こちらも発動だ……《貪欲な壺》!」

《貪欲な壺》 通常魔法
自分の墓地からモンスターカードを5枚選択し、デッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 今までの戦闘、手札交換や奪ったライラの墓地送り効果で、墓地のモンスターは潤っている。5体のモンスターをデッキに戻し、ヘルガは新たに2枚ドローした。
 そして、引き当てたカードを見やり……それを迷いなく使用した。
「《暗黒界の進軍》発動! 手札の《暗黒界の軍神シルバ》を指定し、《暗黒界の兵士トークン》2体を特殊召喚! そしてシルバを捨て……自身の効果で蘇生する!」

《暗黒界の進軍》 通常魔法
手札の「暗黒界」と名の付くモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターの攻撃力1000毎に1体「暗黒界の兵士トークン
(星3・闇・悪魔族・攻・守1000)」を自分フィールド上に特殊召喚する。
その後、選択したモンスターを墓地に捨てる。

《暗黒界の軍神 シルバ》
闇/☆5/悪魔族・効果 ATK2300 DEF1400
このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に捨てられた場合、
このカードを自分フィールド上に特殊召喚する。
相手のカード効果によって捨てられた場合、
さらに相手は手札2枚を選択し、好きな順番でデッキの一番下に戻す。

「場に3体の悪魔族……ふふ、なるほどコード“R”……《幻魔皇ラビエル》を呼ぶつもりなのね……」
 ヘルガの場に揃った悪魔たちを見やり、ルリムは薄く笑いながら言う。
 現在、ヘルガがラビエルを所有している事は知っていた。それが、この状況を覆せるカードだと言うことも。
 現在、ルリムの場には攻撃力が4100ポイントまで上昇した《ライトロード・ドラゴン グラゴニス》が2体。
 対するヘルガの場には《暗黒界の軍神 シルバ》1体と《暗黒界の兵士トークン》2体……合計3体の悪魔族モンスターが存在しており、これらを生け贄にすれば《幻魔皇ラビエル》を呼び出す事が出来る。
 ラビエルは攻撃力4000の悪魔族モンスターであり、場に出れば《暗黒界の門》の効果により強化され攻撃力は4300ポイントに達する。ルリムのグラゴニスの攻撃力を上回れるのだ。
「(ふふ……だけど、それならこの伏せカードで迎撃出来る……逆転の一手などではなく、自ら死へ歩を進めるだけに過ぎないわ、ヘルガ!)」
 内心ほくそ笑むルリムに、ヘルガは眼を細めて「幻魔……ではないだろう?」と言った。
「このコピー幻魔を造り出したのはトウゴ・ササライ……クロウの弟だが……彼奴の使った術式や形態は、お前のモノと共通する。彼は、お前らの一員だったのだろう? ご丁寧に、トウゴ個人を調べるだけでは、お前ら『クリフォト』にたどり着けないような細工までしてな」
「ふふ……だから、何だと言うの? そのコピー幻魔を、私達が作ったからって」
「“三邪神”のカード」
 その名をヘルガが口にした途端、ルリムの顔が僅かに強張った。
「やはり……な。オレたち『隠された知識』の中に裏切り者がいると、マリクが調べを進めていた中で、カード情報データベース……その中でも、最高レベルの機密への不正アクセス事件を再び調べる機会があってな……そこにあったのが“三邪神”だ」
 “三邪神”――ペガサス・J・クロフォードが生み出した神のカード、“三幻神”の抑止のためにデザインしたと言う、禍つ神。
 その存在を知る者は数えるほどしかおらず、彼自身それをデザイン段階で止めており、カード化はされていない……抑止に留まらない、なんらかの凶兆をペガサス氏は見たため、カード化を中止したのだと言われている。
「ペガサスが見た凶兆とは……お前らのやろうとしている事なのかもしれないな……お前の言っていた『存在』……そこから(もたら)された知識の果てにある、“世界を書き換える法”……それらに用いるのが精霊魔術からの術式ならば、おのずとその陰陽の極致である“光の三幻神”と“闇の三邪神”は重要な役割を担っていると想像できる……おそらく、“闇のゲーム”の中、幻魔という(まゆ)を用いて、邪神を儀式に相応しい存在まで昇華させようとしているのだろう? 幻魔は精霊に関わる力を喰らう性質があったからな」
 《神炎皇ウリア》を所有するリシドと闇のゲームを執り行ったのもその一環――また、ヘルガはまだ知らぬ事だが、『隠された知識』の本部でのデュエルにて《神炎皇ウリア》が《邪神イレイザー》に覚醒した事も、ヘルガの憶測が正しい事を証明していた。
「そして……オレも調査の時、邪神のデータを閲覧している。その通りの効果なら……この攻撃が通れば、オレの勝ちとなる」
「……!!」
 息を飲むルリムは、もう一人の“魔女”の手の中で、強大な闇が胎動を始めるのを見た。
 鈍く、重い、どす黒いオーラに包まれたそのカードが、幻魔の殻を脱ぎ捨て、邪神と相成るその瞬間を。
「場のモンスター3体を、生け贄に捧げ……召喚!」
 銀の軍神、それに付き従う2体の悪魔兵士が、更なる闇への供物となる。
 立ち昇るその闇は、巨大な人型――蝙蝠に似た骨ばった翼、髑髏の兜、毒々しい緑の肌、その姿はまさに、世界を支配する“恐怖の根源”!
「さあ……来い! 《邪神ドレッド・ルート》!!」

《邪神ドレッド・ルート》
闇/☆10/悪魔族・効果 ATK4000 DEF4000
このカードは特殊召喚できない。
自分フィールド上に存在するモンスター3体を
生け贄に捧げた場合のみ通常召喚する事ができる。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
このカード以外のフィールド上のモンスターの攻撃力・守備力は半分になる。

《暗黒界の門》効果適用!
《邪神ドレッド・ルート》:ATK4000 → ATK4300

「……! まさか、自ら覚醒を速めてくるなんて……!!」
 ほとんど初めて、驚愕の表情を作るルリムに、ヘルガは苦笑ともとれる表情の歪みで応えた。
「……お前の企みを阻止するのなら、この覚醒は防ぐべきものなのだろうがな……『隠された知識』の一員といしては失格だが、オレの一番の目的は……お前を倒すことだ。そのための……一番の方策を取らせてもらった!」
 ヘルガの憎悪を受け取ったかのように、鈍く唸る“恐怖の根源”――《邪神ドレッド・ルート》。その巨体を前にして、ルリムに従う2体の白竜は、戦意を削られたかのように勢いを失っていた。

《邪神ドレッド・ルート》の効果適用!
《ライトロード・ドラゴン グラゴニス》:
ATK4100 → ATK2050/DEF 3700 → DEF 1850

「《邪神ドレッド・ルート》の効果、それは“恐怖”の力……このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、このカード以外のモンスターは攻撃力・守備力ともに半分となる。《ライトロード・ドラゴン グラゴニス》の攻撃力は2050ポイントとなり……ドレッド・ルートの攻撃が決まれば、お前のライフを全て奪い去る!」
「……!!」
「いくぞ……《邪神ドレッド・ルート》の攻撃――フィアーズ・ノックダウン!」
 恐怖を引き連れる強大な邪神が、打ち滅ぼすための力を振るう。
 それに対して、ルリムは伏せておいたカードを開いた――それは、迎撃のためのものではなかった。単体では大した力を持たない、手札入れ替えの罠カード。
 だがルリムにとっては、迫りくる闇に対抗するための、大きな光を齎すものであった。
「罠カード発動、《光の召集》!」

《光の召集》 通常罠
自分の手札を全て墓地に捨て、その枚数だけ
自分の墓地から光属性モンスターを選択して手札に加える。

「これにより、自分の手札を全て墓地に送り、同数の光属性モンスターを手札に回収する。2枚の手札を墓地に送り……光属性2体、《オネスト》と《裁きの龍》を手札に!」
 そして、手札に戻した内の一枚……純白の翼を湛えた天使のカードを掲げた。
「ドレッド・ルートと戦闘を行うグラゴニスを、《オネスト》の効果により支援! その攻撃力を強化する!」

《オネスト》
光/☆4/天使族・効果 ATK1100 DEF1900
自分のメインフェイズ時に、フィールド上に存在するこのカードを手札に
戻す事ができる。また、自分フィールド上に存在する光属性モンスターが
戦闘を行うダメージステップ時にこのカードを手札から墓地へ送る事で、
エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、
戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。

「なに……!!」
 その効果は、闘う相手――この場合、《邪神ドレッド・ルート》と同じだけの攻撃力数値を、グラゴニスの攻撃力に加算するというもの。
 ライトロードの白竜の攻撃力が一気に上昇し、迫りくる“恐怖の根源”に光輝く翼を広げ、果敢に立ち向かう。
 あまりにも強大な、光と闇が激突する。
 ヘルガとルリムの視界は、迸る白と黒の残光に支配され、そして――





ルリム:LP1400 → LP1300

 勝ち残ったのは、闇。
 ライトロードの白竜を打ち破った“恐怖の根源”が、その禍々しい巨体を佇ませていた。
「……《邪神ドレッド・ルート》の力は、根源的な恐怖……。どれだけ力を飾り立てようと、その最後に、ドレッド・ルートの恐怖は襲い来る。……この攻守半減の効果は、すべての攻撃力変動の計算、その最後に適用されるため、オネストの効果では迎撃できなかったのさ」
 つまり、最初に《オネスト》の効果で《ライトロード・ドラゴン グラゴニス》(自身の効果で攻撃力4100)に、《邪神ドレッド・ルート》(《暗黒界の門》の効果で攻撃力4300)の攻撃力が加算され、攻撃力8400に。
 その後、《邪神ドレッド・ルート》の攻守半減効果が適用され、グラゴニスの攻撃力が4200まで減少。
 結果、攻撃力4300の《邪神ドレッド・ルート》が勝利し、ルリムのライフが差分の100ポイント削られたと言う訳だ。
「……」
 ルリムは沈黙し、ヘルガに鋭い目線を向けてきていた。
 ヘルガは、目をそらすように手札を見た。
 手札には《メテオ・レイン》がある。
 もしルリムが守備に回った場合、次に回ってきた自分のターンでこのカードを発動し、自軍モンスターに貫通効果を付加させて攻撃を行えば、ルリムのライフを奪いきる事ができるだろう。
 だが、ルリムが先程の《光の召集》で、《オネスト》と共に回収したカード……。
 しばし考えて、ヘルガは残った3枚の手札の内、2枚を選び出した。
「……カードを2枚伏せて……ターン終了」


ルリム:LP1300
モンスター:《L・ドラゴン グラゴニス》(功2050)
魔法・罠:なし
手札:1枚
ヘルガ:LP100 場魔《暗黒界の門》
モンスター:《邪神ドレッド・ルート》(功4300)
魔法・罠:伏せカード2枚
手札:1枚


「私の……ターン」
 ルリムはカードを引く。
 引いたカードは、別段この状況では役に立たないカードであった。
 だが、既に殲滅の手はある。
 先程《光の召集》で回収した、ライトロードの切り札たる“龍”のカードが。
「ヘルガ……やはり、貴方との決着には、私の全てを賭けないと無理な様ね……見せましょう、光の裁きを(もたら)す“龍”を! 《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》、特殊召喚!!」

裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)
光/☆8/ドラゴン族・効果 ATK3000 DEF2600
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地に「ライトロード」と名のついたモンスターカードが
4種類以上存在する場合のみ特殊召喚する事ができる。
1000ライフポイントを払う事で、このカード以外の
フィールド上に存在するカードを全て破壊する。
このカードが自分フィールド上に存在する限り、自分のエンド
フェイズ毎に、自分のデッキの上からカードを4枚墓地へ送る。

 現れたのは、畏怖を湛えた“光”であった。
 羽毛の如き純白の体躯を持った、巨躯の“龍”――溢れだす力は、一見しただけで側に佇むグラゴニスの比ではないとわかる。
「《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》は墓地に4種類以上のライトロードモンスターが存在する場合に手札から特殊召喚できる……ふふ、先のグラゴニスの効果の件で、墓地に7種のライトロードが存在する事は証明済みね……」
 うすら笑いを洩らすルリム……顔をしかめるヘルガの前で、《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》もまた、見えない恐怖の力に、自身の力を削がれる。

《邪神ドレッド・ルート》の効果適用!
裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》:ATK3000 → ATK1500/DEF 2600 → DEF 1300

「《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》は、特に耐性効果を持っているわけではない……真髄は、名にも冠されている……裁きの力!」
 その言葉と共に、“光”の“龍”の体躯が、更なる輝きを放つ。

ルリム:LP1300 → LP300

「これが《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》の能力……私のライフ1000ポイントをコストに、フィールド上に存在する、自身以外の全てのカードを破壊する! 消えなさい――ジャッジ・オブ・ホロコースト!」
 白い太陽の如き光が、辺りの全てを包み込む。
 ヘルガの場の邪神も、伏せカードも……ルリムの場の白馬の竜も……なにもかもが、光の中に飲み込まれ、その姿を消し去った。
 やがて、その強大な光が弱まり――残ったのは、変わらず白光を身体に湛えた“龍”のみとなった。

裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》:ATK 1500 → ATK 3000/DEF 1300 → DEF 2600

「ドレッド・ルートが消えた事で、その“恐怖”も消えた。これで、終わり! 《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》で……ヘルガに、ダイレクトアタック!!」
 その、宣告の瞬間。
 ピシリ、と何かが砕ける様な音がした。
 音の出どころは、ルリムの宣告に反して、未だ攻撃を行わない《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》……その体が、まるで古びた陶器のように罅割れ始めている。
「な……これは……一体……!?」
 目を見開くルリムに対して、ヘルガが応える。
「……先程の《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》の効果で破壊された、オレの伏せカードの効力さ……」
 破壊されたヘルガの伏せカード……1枚は、追撃できる状況に合わせた《メテオ・レイン》。そして、もう1枚伏せられていた、相手の反撃に対応した罠カード……。
「お前によって破壊された罠カード……《クロス・カウンター・トラップ》」

《クロス・カウンター・トラップ》 通常罠
このカードが相手の効果によって墓地に送られたターンに、
1枚まで手札から罠カードを発動できる。

「その効力により、手札からこの罠カードを発動した……《ヘル・ブラスト》をな」

《ヘル・ブラスト》 通常罠
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターが破壊され
墓地に送られた時に発動する事ができる。
フィールド上の攻撃力が一番低い表側表示モンスター1体を破壊し、
お互いにその攻撃力の半分のダメージを受ける。

「そ、そのカードは……!」
「……《ヘル・ブラスト》は自分フィールド上のモンスターが破壊され、墓地に送られた時に発動できる罠カード……《邪神ドレッド・ルート》が《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》の効果で破壊されたことで、発動条件は満たされている……」
 平淡なヘルガの声が響く中、ライトロードの“龍”は、その身体の罅割れを大きくしてゆく。
 苦しそうに唸るその体から、“龍”の保持する強大な力が、黄昏色の光となって、罅から漏れ出し始めた。
「そして、フィールド上のもっとも攻撃力の低いモンスターを破壊し……その攻撃力の半分のダメージを、互いに受ける。フィールドに残ったモンスターは《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》のみ……必然的にそいつが破壊されることになった訳さ……」
 《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》の攻撃力の半分は1500……それに対し、ルリムのライフは300、ヘルガのライフは100。この《ヘル・ブラスト》の効果により、両者のライフは同時に0となる。
 ルリムの手札に残ったカードは、効果の発動や、効果ダメージを無効化するモノではない。墓地から発動できるカードもない。もはや、止める手段はない。
「ヘルガ……貴方は……!」
 引きつった顔と声で、ルリムはヘルガを見やる。
 その視線の先にいたヘルガは……穏やかな苦笑を湛え、こう言った。
「言っただろう……これで、終わらせるって」
「ヘルガーーーー!!!!」
 (ほとばし)る、ルリムの絶叫が響く中。
 ついに《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》の限界が訪れた。
 身体から漏れ出す黄昏色の光は、その強さを増し。
 一瞬の後、轟音と爆風に移行して。
 2人の魔女を、その存在ごと、呑み下した。

ルリム:LP300 → LP0
ヘルガ:LP100 → LP0




「が……は……!!」
 吹き飛ばされ、転がるルリム。
 身体を打ちつけ、這いつくばった格好になったルリムは、反射的に顔を上げる。
 視界に入ったのは、同じように倒れたヘルガ……彼女の赤毛よりもさらに鮮やかな、赤の液体に塗れたかつての同志の姿であった。
「く……うぅ……!!」
 瞬間、涙を溢れさせたルリム。
 苦しい、悲しい、辛い――様々な、心を締め付ける感情が溢れて出て、止まらない。
「……う……うぅ……!!」
 ヘルガの施した転生を止める術式自体は、“闇のゲーム”を執り行いながら中和を試みていた……だが、完全に中和しきる前に、デュエルは終了してしまった。
 それに、闘いの中で力を使いすぎた……おそらく、このままでは転生することなく死んでしまう。それは、ヘルガにとっても同じであろう。
「……うぅ……うぅう……!!」
 ルリムは泣き続けた。
 死ぬのが怖く、苦しいからか? 今までの研究成果がなくなるのが惜しいからか? ヘルガと闘い、倒してしまったことを、今更後悔しているからか? それとも……?
 ルリムは、もはやどうする事も出来ない感情の波にさらされて、ただただ泣き続けた。
 そうして涙にくれる彼女は、気が付かなかったのだ。
 その手元……最後のターン、彼女の元に残ったモンスターカード。
 それに描かれた、羽根の生えた茶色い毛玉の様なモンスター、その精霊が自ら顕現し、ルリムの背後に設置された、巨大なカプセルに向かって飛んだことを。
 引き寄せられるように、呼び寄せられるように、飛んで行ったことを。
 


《ハネクリボー》
光/☆1/天使族・効果 ATK300 DEF200
フィールド上に存在するこのカードが破壊され墓地へ送られた時に発動する。
発動後、このターンこのカードのコントローラーが受ける戦闘ダメージは全て0になる。






 
 封印が弱まり、『存在』の力が僅かだが、現世に及ぶようになってきた。
 そろそろ、復活時の事も視野に入れて計画を進めねばなるまい。
 『存在』は、数多の精霊を操り、それを己が力とする精霊魔術の基礎を作った人物でもあり、それが彼の力の源となっている。
 ゆえに、復活の際の安定のためには精霊の助力が必須。
 『存在』と相性の良い精霊を集めるべきだろう。





 『存在』が現世に現れるための“門”が必要だ。
 これは、彼の魂の質から考えて、“窮極の光を抱く精霊”を打ち込む肉体が適任だろう。
 対象には少々トラブルがあったが、迎え入れること自体は問題あるまい。
 来たるべきその日まで、特殊培養液の中で保全しておくこととしよう。





 特殊培養液に満たされたカプセル、その中に揺らめく人影。
 その傍らに、ルリムの手から離れた精霊――《ハネクリボー》が空に浮いて、そこを見つめている。
 待っているのだ。その中に眠る人物を。その中にいる『存在』の力に引き寄せられ、その場から動けなくなっているのだ。
 そこに、振動が伝わった。
 高天原の屋敷で行われていた“儀式”が完遂したことを示すものだった――そして、それは世界中に散らばる“力の集約点”、それを利用して作られた『存在』の封印の全てが解かれた事を意味していた。
 カプセルの中の人影が、目を見開く。
 それは、目覚めであった。
 これまで執り行われてきた儀式の規模、動乱に比べれば、とてもとても静かな目覚め――だが確かに、今ここに、強大な『存在』が降り立ったのだ。
 機械類が作動し、カプセルの中の培養液が抜けて行く。同時に、外界と隔てる様に被せられていたカプセルの透明な壁が上にスライドし、外気がそこを満たした。
 改めて、封印から解き放たれ、世界に降り立った『存在』。
 裸のままであった身体に“闇”が纏わりつき、それは黒いローブ――クリフォトのメンバーが着用していたものと同デザインのものに変化し、それを見に纏った。
 自分が依拠する肉体を動かし、『存在』は歩を進めた。
 それに追随するように浮遊する《ハネクリボー》……それに、軽く笑みを浮かべてから、『存在』は、自らの復活のために死力を尽くしてくれた女性の元に歩み寄った。
 そっと、その傍らに跪き、彼女に朗々と語り掛ける。
「ルリム……私は、復活することが出来た……その事に、礼を尽くしたい処だが……そのような余裕は、ない様だな」
 ルリムは、声の主に、涙に濡れた瞳を向けた。
 自身の計画が成功した事を悟ってか、僅かばかりの喜びを表情に浮かべたが……もはや、声を出せないほど弱っているようだった。
「ルリム……聞いてくれ。君自身の魂の力が弱まっている……私が支援したとしても、もう転生の術に戻ることは出来ないだろう……だが、もし君が、最後まで“世界を書き換える法”を見たいと願うなら……完全に、人としての輪廻から外れてしまうのだが、現世に留まる方法はある……君の魂を、君と相性の良い依り代(カード)に留める……少し無理やりな方法だが……どうだろうか」
 一瞬の逡巡の後、ルリムは頷く。
 ――やってくれ。ここまで来て、引くことなど考えられない。
 それに『存在』は、首肯で応えた。
「心得た……少し待ってくれ。依り代となるカードは“精霊”であってはならない……まずは、君のデッキから、探してみよう」
 穏やかに響く声を聞きながら、感情の混乱の中にあったルリムは、平静を取り戻した。
 同時に、疲労感が襲ってきた――もはや、目を開けていられない。
 全てを『存在』に委ね、ルリムは、眠りに付いたのだった。
 



● ● ● ● ●



「く……さっきの振動は一体……」
 暗がりの道を、九郎は手探りに進んでいた。
 屋敷の地下道と思われる場所を辺りに気を配りながら進む――迂闊に地上に出れば、自分たちを捜索している黒服どもに捕まってしまうだろう。
 そうして歩を進めている内に、先に明かりがともっているのが見えた。
「……? 何か、部屋でもあるのか……?」
 ゆっくりと進み、中をそっと窺う九郎。
「……な!? ヘルガ!!」
 部屋の中、血を流して倒れているヘルガを見つけ、駆け寄る九郎。
 出血の量は酷く、床に大きな血だまりが出来ていた。
 素人目にも、まともに生きている状態とは思えない状態――案の定、彼女の脈はすでになかった。
「く……!」
 親交のあった人物の死に、悼みを覚える九郎――ふと、気付く。
 この状況から考えて、ヘルガはこの部屋で殺された可能性が高い。
 ならば、その相手は……!?
 部屋の中を改めて見回し……見つけた。
 部屋の奥、何やら所狭しと並ぶ機械類――ハモンと初めて遭遇した場所の雰囲気に似ている――それを背景に、ローブ姿の人物が立っている。
「(なんだ……妙に靄が掛かって見えにくいが……あの、アディシェスと同じ黒ローブ、か?)」
 カツリッ、とその人物が歩をこちらに進める。
 途端、九郎の体内で、ドクンッ、と大きな脈動が起こる。
 ――九郎の魂と同化した“ハモン”が……いや、九郎自身も第六感的な感覚で、目の前の大きな脅威を感じ取ったのだ。
 ざわつく心根を押さえつけ、その人影をしかと見据える。
 その人影が、ヘルガを殺した犯人という可能性以外に……なにか、得体のしれない威圧を感じ取ってのことだった。
「……“邪悪の化身”の気配を感じる。そうか……貴方が、ハモンを宿すことになったという、笹来九郎、か」
 感じ取った脅威とは裏腹に、聞こえてきたのは穏やかな声色。
 そのギャップと、自身の名前を呼ばれたことに面くらいながらも、九郎は眼を逸らすことなく、声の主である『存在』を見続けた。
 そして、靄の中から出てきたその人物の容姿を見て……絶句した。
「何故……何故だ? なんで、ここにいる……!?」
 それは、九郎の見知った顔であった。
 正確にいえば、九郎の方が一方的に知っている、ということになるだろう。
 いや、九郎だけではない。ある程度古くから、デュエルモンスターズに興じている者は、一度はその顔を見た事があるはずだ。
 現に、九郎がその顔を初めて知ったのは、第1回バトルシティを特集した雑誌の写真からであった。
 そう、デュエリスト・キングダムでデュエルモンスターズの創造主、ペガサス・J・クロフォードを破り、第1回バトルシティで優勝、3枚の幻神獣カードをその手に収めた者……千年アイテムなどの、突拍子めいた噂まで引きつれた、生きた伝説。
「初代デュエルキング……武藤、遊戯……!?」
 困惑の声を浴びながらも眼前の『存在』は、穏やかな様相を崩すことなく、静かに九郎に相対した。






エピソード30:暗黒のファラオ


 『存在』は、憐れんでいた。
 この世界には、嘆きが多すぎる。
 生と死の果てない連鎖が脈々と続き、そこに数えきれないほどの嘆きが生まれる。
 それは人間に限らない。
 この世界に存在する、数多の生物――この世界に生まれ出でた時から、その命を存続させることを運命づけられ、闘いの渦へと放り込まれる。
 遥か昔、自分が一人の人間として、一国の王として生きていたころから、そんな考えを抱いていた。
 この世界に満ちる、嘆きをなくしたかった。
 生きとし生ける者たちに、救いを与えたかった。
 だが、急速な思考と行動は人々の理解を得ることは叶わず、反乱と糾弾に曝された。
 そして敵意の果てに、その『存在』は封印され……歴史の闇に葬られることとなった。
 


● ● ● ● ●

 

「どうしてここにいる……か。ああ、そうか。貴方は、この身体の本来の持ち主を……“武藤遊戯”を知っているのだね。彼は、有名人の様だし……」
 九郎の問いに対する応えと思われる言葉。
 それに、九郎はさらに混乱する。
「(本来の……持ち主? 自分の事なのに……まるで他人の様な言い草……) ……まさか、あの、“ファラオの魂”なのか!?」
 武藤遊戯について、彼は二重人格だという、都市伝説めいた話が流れている。
 デュエリスト・キングダムや、バトルシティにおけるデュエル時の記録映像と、それ以降で見られる彼の印象が大幅に異なる、というのが発生源らしい。
 九郎も武藤遊戯の記録映像を見た際、バトルシティ時では視線の鋭い威圧的な風貌の少年に思えた。だが、それから数年後とされる彼の姿は優しげで穏やかな少年、という印象であり、確かに別人に思えるな、との感想を抱いていたのだ。
 その後『隠された知識』にて、その噂は真実であったことを九郎は知った。
 千年アイテムと呼ばれる、古代の魔術道具――それに封印された古代エジプトの“ファラオの魂”。それこそが、武藤遊戯に宿ったもうひとつの人格だと。
 だが、その“ファラオの魂”はすでにこの世に存在しないとも聞かされている。
「ああ……その話も知っているのか。確かに、私はファラオでもあったが……貴方の言うところの、そのファラオとは別人だ」
 朗々と語る目の前の青年を前にして、九郎は奇妙な威圧を感じ取っていた。
 バトルシティなどで見られた戦意を漲らせた少年とも、優しげな瞳をした少年とも異なる、不気味なほどの静けさを湛えた『存在』に、九郎の危機感が警告を発している。
「お前は、一体何者だ……」
 強張った全身から発せられたのは、問い。
 それを受けた『存在』は、ゆっくりとした動作で腕を広げ、
「願うものだ」
 それだけ言うとともに、急速に“闇”が広がり、九郎と彼を包み込んだ。
「!? “闇の力場”……!? く……お前……!?」
 湧きあがる驚愕と恐怖を込め、九郎は目の前の『存在』を睨む。
「私は願うものだ。ずっと昔から、変わらぬ願いを抱いてきた……。それ願いのために存在し、叶えるために降り立った。この肉体に依拠するのも……その願いのためだ」
 そして、すっと指を上げ、九郎を示しさす。
「その願いに至る過程……そこに、貴方は含まれた。貴方の魂に癒着してしまった“邪悪の化身”……それを孕んだ幻魔の殻、《降雷皇ハモン》。それを目覚めせさせるには、貴方の命を奪わなければならない。私は、その願いを叶えるために、それを行う」
「……!! く……またしても……、闇の決闘を……!!」
「これは、私の願いの延長上にある。私は退くことはない」
 威厳ある、突き抜ける様な声を聞き、九郎はまるで啓示を受けた予言者のように固まる……が、瞬時に頭を振って、目の前の相手を見直す。
 敵の目的とやらは、アディシェスの語った“世界を書き換える法”……そのトチ狂った儀式に、自身だけでなく、ミオまで巻き込まれるかもしれないのだ。
「……こちらとて、退く気はないさ。お前は……お前たちは、ここで倒す。倒さねばならない!」
 決意を含めて、九郎は言い放つ。
 わからないことは多い。相手が「武藤遊戯」の姿を取っていること、その中身である人格がまったくの未知の存在であること……だが今は、自身に迫る危機を回避するため、そして大切に思う少女のためにも、敵として現れた『存在』を放っておくわけにはいかない。
「そうか……貴方にも、譲れぬ願いがあるのだね」
 ふいに、微笑を見せる『存在』――そのまま、ゆっくりと闘いの構えを取る。
「それでは闘おうか、互いの願いをかけて!」

「「決闘(デュエル)!!」」


九郎:LP4000
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:5枚
『存在』:LP4000
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:5枚


 九郎は手札を素早く見、その内の1枚を選びだす。
「俺は、モンスターを守備表示でセット! ターン終了!」
 相手は武藤遊戯の姿を取っているとはいえ、別人格……戦略が異なっている可能性は高い。まずは、様子見の一手を置き、ターンを終了させた。
 

九郎:LP4000
モンスター:守備モンスター1体
魔法・罠:なし
手札:5枚
『存在』:LP4000
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:5枚


「私のターン、ドロー」
 『存在』がカードを引く。
 今の『存在』のデッキを構成するのは、自身を復活させるために同志となったルリム達、クリフォトの面々が集めてくれた、自身と相性の良い精霊たち……魔術的側面からはともかく、戦略面から見れば、洗練具合は不十分な所が多い。
 だが、『存在』は怯むことはない。
 彼にとっての願い……そのために束ねられた精霊たちを、無碍にすることはない。
「《マンジュ・ゴッド》召喚。召喚成功時に効果を発動し……デッキから儀式魔法、《高等儀式術》を手札に加える」

《マンジュ・ゴッド》
光/☆4/天使族・効果 ATK1400 DEF1100
このカードが召喚・反転召喚に成功した時、
自分のデッキから儀式モンスターまたは
儀式魔法カード1枚を手札に加える事ができる。

《高等儀式術》 儀式魔法
手札の儀式モンスター1体を選択し、そのカードとレベルの合計が
同じになるように自分のデッキから通常モンスターを墓地へ送る。
選択した儀式モンスター1体を特殊召喚する

「そして、《高等儀式術》発動。レベル2《怨念集合体》を2体、レベル2《神聖なる球体》を2体、合計レベルが8になるよう、4体のモンスターをデッキから生け贄にする」

《怨念集合体》
闇/☆2/悪魔族 ATK900 DEF200
恨みを持って死んでいった人の意識が集まってできた悪霊。
人を襲いその意識をとりこんで巨大化していく。

神聖なる球体(ホーリーシャイン・ボール)
光/☆2/天使族 ATK500 DEF500
聖なる輝きに包まれた天使の魂。
その美しい姿を見た者は、願い事がかなうと言われている。

「な……!? あんな効果もない弱小モンスターを山ほど……!?」
 やはり、採用カードからして武藤遊戯とは違う、という事実以前に、その採用カード自体の内容に驚いた九郎。
 その声を受け、『存在』は静かに応えた。
「確かにこのカード達は弱い……だが、彼らの存在はけっして無駄ではない。無論、貴方を軽視する意図もない。それは、この攻撃で証明しよう。《天界王 シナト》、儀式召喚」

《天界王 シナト》
光/☆8/天使族/儀式・効果 ATK3300 DEF3000
「奇跡の方舟」により降臨。
フィールドか手札からレベルが8以上になるよう
カードを生け贄に捧げなければならない。
このカードが相手の守備表示モンスターを戦闘によって破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

 現れたのは、蒼の肌と6枚の翼を持つ、仏の意匠を持った巨人。
 光る威圧を闇の中に奔らせ、ゆらりと降り立った。
「シナトで、守備モンスターを攻撃する――六道輪廻」
 色の異なる六光が、九郎を守る竜を貫く。
 そのまま、燃え立つ炎が九郎自身をも焼いた。
「シナトの効果。守備モンスターを戦闘で破壊した時、その攻撃力分のダメージを与える」

九郎:LP4000 → LP2600

「ぐ……く……! 戦闘で破壊された守備モンスター、《仮面竜(マスクド・ドラゴン)》の効果が発動する!」

仮面竜(マスクド・ドラゴン)
炎/☆3/ドラゴン族・効果 ATK1400 DEF1100
このカードが戦闘で破壊され墓地に送られた時、
デッキから攻撃力1500以下のドラゴン族モンスター1体を
自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
その後デッキをシャッフルする。

「《仮面竜(マスクド・ドラゴン)》が有するのはリクルート能力! デッキからもう1体の《仮面竜》を守備表示で召喚!」
 先程焼かれたのと同じ、仮面めいた顔をした竜が守備態勢を取って現れた。
「(守備表示なら、《マンジュ・ゴッド》とは相打ちにならない……攻撃してくるか?)」
「《マンジュ・ゴッド》で《仮面竜(マスクド・ドラゴン)》を攻撃する」
「(攻撃してきた……!) 攻撃により破壊された《仮面竜(マスクド・ドラゴン)》の効果発動! 来い、《ボマー・ドラゴン》!」

《ボマー・ドラゴン》
地/☆3/ドラゴン族・効果 ATK1000 DEF0
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
このカードを破壊したモンスターを破壊する。
このカードの攻撃によって発生するお互いの戦闘ダメージは0になる。

 今度は、爆弾を抱えた小型竜が降り立った。
 その能力は戦闘を行った相手モンスターを問答無用で破壊すると言うもの……《仮面竜》を守備表示で出したのは、相手の妨害の手が少ない自分のターンの内に、《天界王 シナト》を倒せる《ボマー・ドラゴン》を呼ぶため。相手の攻撃を誘ったのだ。
 それを認めた『存在』は、手札からカードを抜き取る。
「カードを2枚伏せよう。これで、ターン終了」


九郎:LP2600
モンスター:《ボマー・ドラゴン》(攻1000)
魔法・罠:なし
手札:5枚
『存在』:LP4000
モンスター:《天界王シナト》(攻3300)、《マンジュ・ゴッド》(攻1400)
魔法・罠:伏せカード2枚
手札:2枚


「俺のターン、ドロー!」
 引き当てたカードを見、九郎は薄く笑った。
「よし……《未来融合−フューチャー・フュージョン》発動! 指定する融合モンスターは《F・G・D(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)》! その融合素材となる5体のドラゴンをデッキから墓地に!」

《未来融合−フューチャー・フュージョン》 永続魔法
自分の融合デッキに存在する融合モンスター1体をお互いに確認し、
決められた融合素材モンスターを自分のデッキから墓地へ送る。
発動後2回目の自分のスタンバイフェイズ時に、確認した融合モンスター1体を
融合召喚扱いとして融合デッキから特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

 上空に青白い稲妻を湛えた穴があき、そこに融合素材となる5体のモンスターたちが吸い込まれていった。

《ドラゴン・アイス》
水/☆5/ドラゴン族・効果 ATK1800 DEF2200
相手がモンスターの特殊召喚に成功した時、
自分の手札を1枚捨てる事で、このカードを手札または墓地から特殊召喚する。
「ドラゴン・アイス」はフィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。

《龍脈に棲む者》
地/☆3/ドラゴン族・効果 ATK1500 DEF700
自分の魔法&罠カードゾーンに存在する表側表示の永続魔法カード1枚につき、
このカードの攻撃力は300ポイントアップする。

《龍脈の主》
地/☆4/ドラゴン族・効果 ATK1700 DEF900
自分の墓地に存在するこのカードと「龍脈に棲む者」1体をゲームから除外する事で、
自分のデッキ・墓地から「大地の龍脈」1枚を手札に加えることができる。

《スピア・ドラゴン》
風/☆4/ドラゴン族・効果 ATK1900 DEF0
守備表示モンスターを攻撃した時にその守備力を攻撃力が越えていれば、
その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
このカードは攻撃した場合、ダメージステップ終了時に守備表示になる。

《エレメント・ドラゴン》
光/☆4/ドラゴン族・効果 ATK1500 DEF1200
このモンスターはフィールド上に特定の属性を持つモンスターが存在する場合、
以下の効果を得る。
●炎属性:このカードの攻撃力は500ポイントアップする。
●風属性:このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
もう一度だけ続けて攻撃を行う事ができる。

 強力な融合モンスターを呼ぶ布石でありながら、一気に墓地を肥やす強力な戦術。
 奇しくも対峙する『存在』と似た様な戦術を取りながら、九郎は早速墓地で力を発揮するモンスターの効果発動を宣言する。
「さらに、墓地に存在する《龍脈の主》と《龍脈に棲む者》の効果を発動! この両枚を除外して、デッキから《大地の龍脈》を手札に加える!」
 そう言ってデッキに手を伸ばしたとき。
 九郎のデッキが薄い光の膜に包まれ、触れる事が出来なくなった。
 そして、相手の手札が1枚減っていることに気付く。
「手札から《拒絶の意識》を捨て、その効果を発動させた。これにより、《大地の龍脈》のサーチを封じさせてもらった」

《拒絶の意識》
光/☆1/天使族・効果 ATK 0 DEF1000
相手が「デッキからカードを手札に加える」効果を発動した時、
このカードを手札から墓地に送る事でその発動と効果を無効にし、
そのカードを破壊する。(通常のドローフェイズのドローは含まれない)

「く……《龍脈の主》の除外行為はコストだから、除外されたまま戻らない……か。ならば、《龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)》を発動する。墓地に存在する5体のドラゴン……《仮面竜》を2体、《ドラゴン・アイス》、《スピア・ドラゴン》、《エレメント・ドラゴン》を除外融合!」

龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー) 通常魔法
自分のフィールド上または墓地から、
融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
ドラゴン族の融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

「来い! 《F・G・D(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)》!!」

F・G・D(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)
闇/☆12/ドラゴン族・効果 ATK5000 DEF5000
このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
ドラゴン族モンスター5体を融合素材として融合召喚する。
このカードは地・水・炎・風・闇属性モンスターとの戦闘によっては破壊されない。
(ダメージ計算は適用する)

 次元の亀裂から、その姿を現す《F・G・D(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)》。
 ドラゴン族デッキの切り札の、早々たる登場――九郎の決意と戦意に迷いはない。
「さらに、通常召喚で《ブリザード・ドラゴン》を出す!」

《ブリザード・ドラゴン》
水/☆4/ドラゴン族・効果 ATK1800 DEF1000
相手フィールド上に存在するモンスター1体を選択する。
選択したモンスターは次の相手ターンのエンドフェイズ時まで
表示形式の変更と攻撃宣言ができなくなる。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 いざ、攻撃が失敗した時のためのモンスター、守りも兼ねる効果を持つ《ブリザード・ドラゴン》も呼び出し、自軍の布陣は整った。後は、攻撃宣言に移るのみ!
「《ボマー・ドラゴン》でシナトを攻撃!」
 爆弾を抱えた小型竜、《ボマー・ドラゴン》が威厳ある蒼の天界王に突貫する。
 攻撃力の差は2300……だが、《ボマー・ドラゴン》が行う戦闘ではダメージは発生せず、加えて相手を道連れに破壊する効果を有している。
 かくして、その自爆特攻がなされる、その瞬間。
 目標であった《天界王 シナト》が突如、消失した。
「……《神秘の中華なべ》発動。シナトを生け贄に、ライフを回復」

《神秘の中華なべ》 速攻魔法
自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる。
生け贄に捧げたモンスターの攻撃力か守備力を選択し、
その数値だけ自分のライフポイントを回復する。

『存在』:LP4000 → LP7300

 その現象の正体は、『存在』の開いた伏せカードであった。
 シナトの膨大な力は、そのまま彼のライフへと変換させられたのだ。
「……! ならば、《ボマー・ドラゴン》で《マンジュ・ゴッド》を攻撃!」
 九郎の指示を受けて進行方向を変えた《ボマー・ドラゴン》が、《マンジュ・ゴッド》を巻き込んで自爆した。
 これで、『存在』のフィールドはがら空きとなった。
「次は、《ブリザード・ドラゴン》で直接攻撃!」

『存在』:LP7300 → LP5500

「そして、《F・G・D(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)》での直接攻撃!」
「罠カード、《天の幻霊》を発動。直接攻撃を行った相手モンスターをモデルとした、“幻霊トークン”を出現させる」

《天の幻霊》 通常罠
相手の直接攻撃時に発動する事ができる。
自分フィールド上に「幻霊トークン」(天使族・光・攻/守?)1体を
攻撃表示で特殊召喚する。
このトークンのレベルは直接攻撃を行ったモンスターと同じになり、
攻撃力・守備力はそのモンスターの半分の数値になる。
また、このトークンは特殊召喚されたターンのエンドフェイズまで破壊されない。

“幻霊トークン”生成! ☆?→☆12
:ATK ? → ATK2500/DEF ? → DEF 2500

 淡い光が突如出現すると共に、それは5つ首の龍――《F・G・D(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)》の形となった。
 本物の巨体に比べれば一回り小さい体が、それを構成する橙色の燐光を煌めかせている。
「……ならば、《F・G・D(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)》で、その“幻霊トークン”を攻撃する!」

『存在』:LP5500 → LP3000

 バトルフェイズ中に相手モンスターが増えたため、改めて攻撃目標を定め直す九郎。
 《F・G・D(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)》が放った強大なブレスが、その似姿となった“幻霊トークン”を打ち抜いた……が、それは燐光を散らし、象った龍の形を崩したものの、消えることなく佇んでいた。
「“幻霊トークン”は召喚ターンのみだが、破壊耐性を備えている」
「く……!」
 未だ残る《F・G・D(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)》の幻霊を見やり、九郎は歯噛みする。
「……メインフェイズ2に、《ブリザード・ドラゴン》の効果発動。“幻霊トークン”の次のターンの攻撃と、表示形式の変更を封じておく」
 燐光の5つ首龍が凍る様をその目に留めながら、九郎は「ターン終了だ」と言った。


九郎:LP2600
モンスター:《F・G・D》(攻5000)、《ブリザード・ドラゴン》(攻1500)
魔法・罠:《未来融合−フューチャー・フュージョン》(カウント・0)
手札:3枚
『存在』:LP3000
モンスター:“幻霊トークン”(攻2500)
魔法・罠:なし
手札:1枚


「私のターン、ドロー……レベル12となっている“幻霊トークン”を生け贄にし、《アドバンスドロー》を発動する」

《アドバンスドロー》 通常魔法
自分フィールド上に表側表示で存在する
レベル8以上のモンスター1体を生け贄にして発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 攻撃も表示形式変更も封じられた“幻霊トークン”を糧に、『存在』は新たにカードをドローする。
 そして、引き当てたカードを目に入れ……ゆっくりと、微笑んだ。
 その瞬間、『存在』の周りの闇が揺らめいた様に見えた。
 一瞬かと思われたその揺らぎは、徐々に確かなものとなっていく――『存在』と、その精霊の力を証明するがのごとく。
「墓地の光属性・天使族モンスター3体……《マンジュ・ゴッド》及び《神聖なる球体(ホーリーシャイン・ボール)》2体……闇属性・悪魔族モンスター1体、《怨念集合体》を除外し……特殊召喚」
 三筋の光の中に、一筋の闇が織り込まれ、それは輝く灰の扉に変化した。
 目の前に感じる大きな力の揺らぎに、九郎が目を離せず、息を飲んでそれを見る。
 そして、灰光の扉が開き……光に近しい“天魔神”が、その姿を顕わせた。
「さあ……来たれ。《天魔神 エンライズ》」

《天魔神 エンライズ》
光/☆8/天使族・効果 ATK2400 DEF1500
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の光属性・天使族モンスター3体と闇属性・悪魔族モンスター1体を
ゲームから除外した場合のみ特殊召喚する事ができる。
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体をゲームから除外する事ができる。
この効果を発動する場合、このターンこのカードは攻撃する事ができない。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 降り立ったのは、白い二対の翼を広げた天使。
 だが、その姿は異形。
 真っ白な長髪を背中にたなびかせる顔には、単眼のマークが書かれた目隠し。
 純白の肌の上には、紅色で歯車模様の刺青。
 金で装飾された黒の拘束具を思わせる衣装で、全身を飾っている。
「九郎……貴方の、“光”が見える……苦しんだ過去から残された、貴方の唯一の“光”……心に留まる者たちの、忘れ形見が……」
「……なに?」
 暗示的な言葉に、顔を上げる九郎。
 が、そこで一旦言葉は途切れ、『存在』の従える天魔が動く。
「エンライズの効果を発動。攻撃権を放棄する代わりに、相手フィールド上の表側表示モンスター1体を選択し、除外する。対象とするのは……《F・G・D(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)》」
「く……!」
 白の天魔が胸の前で手を合わせ、多数の絵の具をぶちまけた様な、極彩色の渦巻く球体を作りだした。
 バレーボール大のそれを5つ首の巨龍に向かい放つ――それが触れた途端、《F・G・D(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)》は奇妙な一鳴きを上げたと思うと、その球体の中に吸い込まれて消えた。
「これで、ターン終了」
 呆気にとられた表情を曝す九郎を前に、『存在』は変わらぬ静けさでターン終了を宣言した。


九郎:LP2600
モンスター:《ブリザード・ドラゴン》(攻1800)
魔法・罠:《未来融合−フューチャー・フュージョン》(カウント・0)
手札:3枚
『存在』:LP3000
モンスター:《天魔神エンライズ》(攻2400)
魔法・罠:なし
手札:2枚


「俺のターン、ドロー! スタンバイフェイズにフューチャー・フュージョンのカウントが1つ進む……メインフェイズ1にて、《ブリザード・ドラゴン》の効果を使っておく。エンライズを凍結させ、次のターンの攻撃と表示形式変更を封じる……」
 凍りつくエンライズ――だが、安心はできない。先程、《F・G・D》に成された様に、エンライズは攻撃を放棄する事で、相手モンスターを除外出来る能力を持っているからだ。
 沈黙する天魔を見やりながら、九郎は、何か得体のしれない居心地の悪さを感じていた。
 “闇”のゲームの最中だから、とはまた違う理由である。
 それは、先程の『存在』が言い放った暗示的な、明らかに自分を示したと思われる言葉――(苦しんだ過去から残された、貴方の唯一の光……心に留まる者たちの、忘れ形見が……)――
「く……!」
 ぶるりと頭を振るう九郎。
 相手は得体が知れなさすぎる。武藤遊戯の姿で在りながら、その中身はまるで違う。
 全てを見通すような、全てを受け流すような、訳のわからない畏怖――
「《手札断殺》発動! 互いに手札を2枚捨てて、2枚ドロー!」

《手札断殺》 速攻魔法
お互いのプレイヤーは手札を2枚墓地へ送り、デッキからカードを2枚ドローする。

 振り切るように、九郎は手札から魔法カードを使った。
 手札でくすぶっていた2枚のドラゴンカード――《バイス・ドラゴン》と《ゴーレム・ドラゴン》を墓地に送り、新たにカードを2枚引く。

《バイス・ドラゴン》
闇/☆5/ドラゴン族・効果 ATK2000 DEF2400
相手フィールド上にモンスターが存在し、
自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
この効果で特殊召喚したこのカードの元々の攻撃力・守備力は半分になる。

《ゴーレム・ドラゴン》
地/☆4/ドラゴン族・効果 ATK200 DEF2000
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
相手は表側表示で存在する他のドラゴン族モンスターを
攻撃対象に選択する事はできない。

 新たに引いたカードを見やり、目を見開いた。
「(このカード……これを使えば……!)」
 九郎はフィールドに目を戻す。
 次にディスクを操作し、相手の墓地を確認した。
「(今までのゲーム進行で、墓地発動効果のカードはなかった……《手札段札》で相手の墓地に送られたのは……《バトルフェーダー》と《ハープの精》……よし、いける!)」

《バトルフェーダー》
闇/☆1/悪魔族・効果 ATK0 DEF0
相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動することができる。
このカードを手札から特殊召喚し、バトルフェイズを終了する。
この効果で特殊召喚したこのカードは、
フィールドから離れた場合ゲームから除外される。

《ハープの精》
光/☆4/天使族 ATK800 DEF2000
天界でハープをかなでる精霊。
その音色はまわりの心をなごます。

「《ブリザード・ドラゴン》を生け贄に……《グラビ・クラッシュドラゴン》召喚!」

《グラビ・クラッシュドラゴン》
闇/☆6/ドラゴン族・効果 ATK2400 DEF1200
自分フィールド上に存在する表側表示の永続魔法カード1枚を墓地に送る。
相手フィールド上のモンスター1体を破壊する。

 青の氷竜を生け贄に、自身の愛用カードの1枚……黒の剛腕竜、《グラビ・クラッシュドラゴン》を呼び出した九郎。
「《グラビ・クラッシュドラゴン》の効果発動! 俺の場の永続魔法……《未来融合−フューチャー・フュージョン》をコストに、エンライズを破壊!」
「…………」
 魔力を受け取った黒の剛腕竜がその力を振るい、異形の天使を砕く。
 エンライズが消え去り、フィールドは武藤遊戯の似姿がはっきり見えるようになった。
 それを見据え、九郎は相手を倒すための切り札となる永続魔法を発動する。
「手札から、《一族の結束》を発動!」

《一族の結束》 永続魔法
自分の墓地に存在するモンスターの元々の種族が
1種類のみの場合、自分フィールド上に表側表示で存在する
その種族のモンスターの攻撃力は800ポイントアップする。

《一族の結束》の効果適用!
《グラビ・クラッシュドラゴン》:ATK2400 → ATK3200

 これが九郎の狙い。
 あと1ターン待てば、再び《F・G・D(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)》を融合召喚出来た。
 だが、それを無視して《未来融合−フューチャー・フュージョン》をコストに相手の《天魔神 エンライズ》を破壊したのは、《一族の結束》による強化により、《グラビ・クラッシュドラゴン》の攻撃力が相手ライフを上回れるからであった。
「この直接攻撃が決まれば、俺の勝ちだ……! 行け、《グラビ・クラッシュドラゴン》!」
 柱のような太い腕を振り上げ、殴りかかる《グラビ・クラッシュドラゴン》。
 その瞬間、『存在』の手元から茶色の毛玉が飛び出て、爆発を起こす。
 それに気取られ、黒の剛腕龍はよろけ、攻撃のタイミングを見失った。
「手札から《クリボー》を捨てる事で、ダメージを0に」

《クリボー》
闇/☆1/悪魔族・効果 ATK300 DEF200
相手ターンの戦闘ダメージ計算時、このカードを手札から捨てて発動する。
その戦闘によって発生するコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。

「……!」
 虚をつかれ、九郎は一瞬呆然となる。
 またしても、手札から発動するカードで止められるとは……!
 九郎は、手札誘発のカードはステータスが低いこともあり、普通にビートダウンを取り入れたデッキなら、多く採用されていることはないとにらんでんでいた。
 加えて、《手札断殺》で同じ手札誘発効果の《バトルフェーダー》が墓地に送られていたことから、手札にその手のカードがある可能性は低いと考え、警戒がおろそかになっていた。
 しかし、結論からいえば、それは読み違い。こうして一撃必殺のチャンスを逃してしまった。
「……カードを1枚伏せて、ターン終了」


九郎:LP2600
モンスター:《グラビ・クラッシュドラゴン》(攻3200)
魔法・罠:《一族の結束》、伏せカード1枚
手札:0枚
『存在』:LP3000
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:1枚


「私のターン、ドロー」
 カードを引いた『存在』が、ふいに顔を上げ、九郎に語りかけてきた。
「焦っているね、笹来九郎……先程のターンの、《未来融合―フューチャー・フュージョン》を切り捨てての、一撃必殺を狙った攻撃……さらに言えば《F・G・D》を呼んだターン、破壊効果を秘めた《ボマー・ドラゴン》を温存することなく、一斉攻撃に移った……私を、一刻も早く倒したいと思っての事だろう?」
「……」
 言葉を返さず、ただ睨み返す九郎。
 指摘は図星……確かに、いつもならば守る状況でも、九郎は攻めを選択した。
 それはひとえに――
「貴方の“光”を、失わないためだね」
「……!」
 心の中を見透かされたように続けられた言葉。
「だから、なんだと……!」
 それに対して、反射的に怒号を飛ばす九郎。
 その身が、急に淡い光に包まれた。
 その変化に驚き、言葉を切る九郎……。
「これは……ライフが……!?」
 光の正体は、ライフ回復のエフェクト……『存在』の発動したカードの効力であった。
「《成金ゴブリン》を発動した。私はデッキからカードを1枚ドローし、相手は1000のライフを得る」

《成金ゴブリン》 通常魔法
自分のデッキからカードを1枚ドローする。
その後、相手は1000ライフポイント回復する。

九郎:LP2600 → LP3600

「……さらに、《至高の木の実(スプレマシー・ベリー)》発動。私のライフを2000回復する」

至高の木の実(スプレマシー・ベリー) 通常魔法
このカードの発動時に、自分のライフポイントが
相手より下の場合、自分は2000ライフポイント回復する。
自分のライフポイントが相手より上の場合、
自分は1000ポイントダメージを受ける

『存在』:LP3000 → LP5000

「2000ものライフ回復……! これのためのライフ調整か!」
 《至高の木の実(スプレマシー・ベリー)》の回復条件を満たす的確なカード捌き……いや、これまでのデュエル経過でも、相手の実力の高さは立証済みだ。
 『存在』の不気味なまでの強さに冷や汗を垂らしながら、九郎は驚嘆の声を発した。
 その目の前で『存在』は、残った最後の手札1枚……それを、高らかに掲げる。
「墓地の闇の悪魔3体、《怨念集合体》、《バトルフェーダー》、《クリボー》……光の天使1体、《拒絶の意識》を除外し……特殊召喚」
 淡い光を包み込むように、3本の闇の柱が立ち上る。
 それが一所に凝縮され、くすんだ灰色……棺を想起させる扉を作りだした。
「……!」
 先程の“天魔神”と同じような召喚手順が成されている。
 威圧を感じ取る九郎の眼前で、その棺めいた扉は黒の波動を放ちながら、闇に近しい“天魔神”を顕現させた。
「さあ……来たれ。《天魔神 ノーレラス》」

《天魔神 ノーレラス》
闇/☆8/悪魔族・効果 ATK2400 DEF1500
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の光属性・天使族モンスター1体と闇属性・悪魔族モンスター3体を
ゲームから除外した場合のみ特殊召喚する事ができる。
1000ライフポイントを払う事で、お互いの手札とフィールド上のカードを
全て墓地へ送り、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

「別の……“天魔神”か……!」
 黒の屈強な体躯、白い髑髏の仮面。
 毒々しい赤の棘を体表に曝した悪魔の“天魔神”。
 禍々しい黒のオーラを滲ませ、辺りごと震わせるように息をひと吐きした。
「……ノーレラスの効果発動。1000ライフ支払うことにより、互いのフィールド上、及び手札のカードを全て墓地に送る」

『存在』:LP5000 → LP4000

 ノーレラスが背の翼を広げ、その身から“闇”を放出し始めた。
 強烈な勢いのそれはやがて自身の体ごと“闇”に溶けはじめ、九郎も『存在』も蠕動する“闇”の渦に巻き込まれる。
 その闇に、九郎愛用の黒い巨竜《グラビ・クラッシュドラゴン》、それを強化していた永続魔法《一族の結束》、攻撃に備えて伏せていた罠カード《炸裂装甲》がその闇の中に溶けていった。
「笹来九郎……貴方の“闇”が見える……“光”を留めるために、いくつもの“闇”をその身に曝した、貴方の姿が……」
 のたうつ“闇”の奔流の中で、黒の似姿のみとなった『存在』の声が、不気味な響きをもって九郎の耳に届く。
「笹来九郎……貴方の“闇”が見える……“光”を留めるために、いくつもの“闇”をその身に曝した、貴方の姿が……」
 “闇”の奔流の中で、黒の似姿のみとなった『存在』の声が聞こえて来る。
「な……なにを……!」
「“闇”との闘いの始まり……『クリフォト』の10、『物質主義』のキムラヌートとの闘いの結果は貴方の勝利、相手は消滅……“手に掛けた”と感じたのはそれが最初かな? それまでは、間接的に相手を破滅に追いやったかも知れない事を、感じてはいたようだけど……」
「……!?」
 キムラヌートとの闘いだけでなく、プロフェッサー時代の心の動きまで言い当てられた……当事者以外知る由もない事を言い当てられた驚愕と、心を覗かれた様な不快感に絶句する九郎。
『存在』の言葉はそこで終わらない。闇に溶けるような口調で、淡々と語ってくる。
「そして、もっとも明確な“闇”は……実の弟を“手に掛けた”ときか。その時に、様々な心の闇が混じって、脈打った……想い人との関係、故の確執、変わってしまった彼自身への憐れみ、失う訳にいかなくなった“光”……」
「……!! やめろぉ!!」
 耐えきれない。
 心根を(えぐる)言葉に、反射的に叫ぶ九郎。
 一体なんだと言うんだ! 何故そんな事を知っている!? どうすれば良かったかなど、今でもわからない。俺は……。
「……そうだ。貴方は苦しんだ。それ故に、守るべきものを……“幸い”を見つけた。それは、人の生き様として至極当然なことだ。いや……人だけではない。この世界に生きとし生ける者はすべからく、“光”と“闇”の狭間で、“幸い”と“嘆き”を繰り返し、その命を紡いでいる……」
 その『存在』の言葉と共に、周囲を蠕動していた“闇”が晴れ始めた。
 “闇”を祓ったのは、“光”だ。
 『存在』の手の中に宿った、眩い光源が――。
「だが、それでは駄目だ。“光”と“闇”……“幸い”と“嘆き”を繰り返すばかりで、“ほんとうのさいわい”に到達する事はない……」
 光を手にする『存在』は、どこか泣き出しそうな顔をしていた。
 その声は重く、神に祈る殉教者の様にも、世界を呪う破滅主義者の様にも感じられた。
「……ノーレラスの効果の続き……場と手札のカードを全て墓地に送った後……デッキからカードを1枚ドローする」
 “闇”を祓った光源――ノーレラスの効果でドローしたカードを、『存在』はそのままディスクにセットした。
「魔法カード、《契約の履行》を発動」

《契約の履行》 装備魔法
800ライフポイントを払う。
自分の墓地から儀式モンスター1体を選択して
自分フィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。
このカードが破壊された時、装備モンスターをゲームから除外する。

『存在』:LP4000 → LP3200

「このカードにより、儀式モンスター1体を私の墓地から特殊召喚する……。蘇生せよ……《天界王 シナト》!」

《天界王 シナト》
光/☆8/天使族/儀式・効果 ATK3300 DEF3000
「奇跡の方舟」により降臨。
フィールドか手札からレベルが8以上になるよう
カードを生け贄に捧げなければならない。
このカードが相手の守備表示モンスターを戦闘によって破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

「……!」
 九郎の目が、再び現れたシナトに目を見開く。
 自身を抉る言葉、生命全てへの感傷の言葉、“闇”を祓う“光”……あまりにも全てが目まぐるしく変わる状況に、九郎の心は付いていけない。
 ただ、決闘者としてわかるのは……現れたシナトの攻撃を防ぐ手段は、今の自分にはないと言う事。
「シナトで……直接攻撃を行う」
 救いを与える様に祈りの形を作ったシナトから放たれた六色の光軸は、一片の慈悲もなく、九郎を打ち抜いた。

九郎:LP3600 → LP1300






エピソードラスト:引き裂かれ、砕かれたモノ


 世界から、人々から疎まれ、拒絶された『存在』。
 だが『存在』は、自らを糾弾した人々を恨むこともなかった。
 彼らもまた、世界の迷い子――世界のうねりがもたらす“光”と“闇”から“幸い”と“嘆き”を見出し、そこに委ねることしか知らぬ――これでは、“ほんとうのさいわい”になど、辿り着けるはずもない。
 故に、彼は諦めなかった。彼は存在し続けた。
 既に人間から逸脱した存在になっても存在し続けた。
 何度も、世界に、人々にアプローチを試みた。
 欲望に塗れた者の呼びかけであっても、その声に応えた。
 諦めてはだめだ。“ほんとうのさいわい”を目指す意思を途絶えさせはしない。
 だが、その大きな力には、絶えず闘いが付いて回った。
 ――欲望、恐怖、妬み、怒り――それが闘いを呼ぶのは必然だった。
 闘いが繰り返される度に、『存在』の封印は血に汚れて行く。
 だからこそ、『存在』は消えることなどできない。
 数多くの散っていった命――彼らもまた、“幸い”を求めていただけだ。“嘆き”のために生きていたのではない――。
 世界に囚われている数多の命を、この連鎖から救う。
 それこそが、“ほんとうのさいわい”に至る道だと信じて――。
 


● ● ● ● ●



「く……」
 九郎は、ゆっくりと立ち上がる。
 そして、身体の痛みがほとんどない事に気付いた。
 今まで経験してきた“闇”のゲームでは、攻撃毎に身体に衝撃が伝わっていたのに、それがない。身体の気だるさこそあれど、意識もかなりはっきりしている。
 そして、起き上がった九郎の足元、とぐろを巻くように“闇”がうねっているのを見た。
「こ……れは……」
 少々不気味な様子に、思わず顔をしかめる九郎。
 だが、この現象には心当たりがある。
 かつて嫌疑により、ウリアを所持していたリシドと闘って敗れた後、まるで自らをダメージから守るがごとく“闇”が身体を包み込んだことがあったらしい(その際、九郎は意識を失っていたので、ヘルガからの報告で知った)。
 この、“闇”での防御行動の原因となっているのは、現在九郎が所有している“幻魔”のカード……。
「……降雷皇ハモン……その中に眠る邪神が目覚め始めているな。防御行動が活発になっている……」
 聞こえてきたのは『存在』の声。
 “武藤遊戯”の姿を纏った異形……全てを見通しているのではないかと錯覚する瞳を湛えた、底知れぬ『存在』。
 現に、先のターンにて、自らの心根を言い当てられ、九郎は狼狽した。
「……ふざけるなよ」
 そんな九郎の口から漏れ出したのは、非難と怒り。
「何が願いだ……何が、“ほんとうのさいわい”だ!! 貴様ら……『クリフォト』の目的と、そのために取られた方策は聞いた!! 貴様らは人の人生を歪め……沢山の人を殺している!! “世界を書き換える法”? “ほんとうのさいわい”? そんなもの……今まで奪った命に、胸を張って言える事なのか!?」
「ああ、言える事だ」
 曇りのない、肯定の声。
 九郎は思わず絶句する。
「先程も言ったが……この世に生きる生命は、須らく生と死に囚われている。“幸い”と“嘆き”を繰り返す……それが、この世界で決められた法則だからだ。誰の罪でもない。だからこそ、それを打破する方法が必要なのだ。それが、私の見つけた“世界を書き換える法”……“ほんとうのさいわい”に至る道だ」
「な……!? それのために、死んでいった者たちはどうなるというんだ!? それのために、犠牲に……弄ばれる者はどうなる!? 十護も……尚樹も……ミオも……!!」
「……確かに、そうだ。私も、私の願いのために、幾重もの“嘆き”を生んでしまった……。だからこそ、止まれない。この願いを捨て、屍の山を崩すことだけはしてはならないのだ。それこそが……私と言う『存在』の……そこに紡がれた命に対する、最後の礼儀だ」
 それを聞いた九郎は、声が出ない。
 心に渦巻く想いはあれど、言葉にならない。
 ただわかるのは……目の前の『存在』は、討論に応じ得る様な者ではないということ。こいつは、狂っている……いや、狂っていると言う形容すら生ぬるい……!
「……私は、これでターンを終了しよう……。さあ……貴方のターンだ、笹来九郎。貴方の願い……それを否定はしない。だから……貴方の願いの強さを、見せておくれ」


九郎:LP1300
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:0枚
『存在』:LP3200
モンスター:《天界王シナト》(攻3300)
魔法・罠:装魔《契約の履行》
手札:0枚


「俺のターン……ドロー!」
 カードを引く九郎。
 ともかく、この場は相手を倒さなければならない。
 しかし、手札、フィールド上のカードは0……相手も手札こそ0だが、最上級の儀式モンスター《天界王 シナト》が存在する。
 圧倒的不利……このドロー次第では、そのまま敗北してしまうだろう。
「……よし! 《貪欲な壺》発動!」

《貪欲な壺》 通常魔法
自分の墓地からモンスターカードを5枚選択し、デッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 引き当てたのはドロー強化カード。この上ない引きだ。
「墓地に存在する《グラビ・クラッシュドラゴン》、《ブリザード・ドラゴン》、《ゴーレム・ドラゴン》、《バイス・ドラゴン》、《ボマー・ドラゴン》、この5体をデッキに戻し、2枚ドローする!」
 引いたカードは、攻撃を防ぐ手段となりうるカード。
 しかも、うまく使えば逆転も在りうるものだった。
「(なんとか、耐えれば……!) カードを2枚伏せ、ターン終了」


九郎:LP1300
モンスター:なし
魔法・罠:伏せカード2枚
手札:0枚
『存在』:LP3200
モンスター:《天界王シナト》(攻3300)
魔法・罠:装魔《契約の履行》
手札:0枚


「私のターン、ドロー」
 『存在』がカードを引く様を、九郎は注意深く見やる。
 このターンの『存在』の行動次第……伏せカードを破壊されれば、自分の逆転の可能性は潰え、そのまま敗北してしまう。
「シナトの攻撃……」
 『存在』はそのまま攻撃に入った。
 そのことに九郎は内心安堵しながら、伏せカードを開く。
「伏せカード発動! 《ガード・ブロック》!」

《ガード・ブロック》 通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動することができる。
その戦闘によって発生する自分の戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 淡い光のバリアが九郎の身を包み、シナトの攻撃から守る。
 それを見届けた『存在』は、引いたカードをディスクのスロットに差し込んだ。
「カードを1枚伏せ、ターン終了」


九郎:LP1300
モンスター:なし
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:1枚
『存在』:LP3200
モンスター:《天界王シナト》(攻3300)
魔法・罠:装魔《契約の履行》、伏せカード1枚
手札:0枚


「俺のターン、ドロー!」
 九郎の引き当てたカードは、この状況を打開するのに欠かせないカードであった。
 思わず頬を緩ませる。
「よし……いくぞ! まずは、伏せカード発動、《異次元からの帰還》!」

《異次元からの帰還》 通常罠
ライフポイントを半分払って発動する。
ゲームから除外されている自分のモンスターを
可能な限り自分フィールド上に特殊召喚する。
エンドフェイズ時、この効果で特殊召喚した全てのモンスターは
ゲームから除外される。

九郎:LP1300 → LP650

「この効果により、ゲームから除外されているモンスターを可能な限り特殊召喚する! 来い! 《仮面竜》、《ドラゴン・アイス》、《龍脈に棲む者》、《龍脈の主》、《スピア・ドラゴン》!」

仮面竜(マスクド・ドラゴン)
炎/☆3/ドラゴン族・効果 ATK1400 DEF1100
このカードが戦闘で破壊され墓地に送られた時、
デッキから攻撃力1500以下のドラゴン族モンスター1体を
自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
その後デッキをシャッフルする。

《ドラゴン・アイス》
水/☆5/ドラゴン族・効果 ATK1800 DEF2200
相手がモンスターの特殊召喚に成功した時、
自分の手札を1枚捨てる事で、このカードを手札または墓地から特殊召喚する。
「ドラゴン・アイス」はフィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。

《龍脈に棲む者》
地/☆3/ドラゴン族・効果 ATK1500 DEF700
自分の魔法&罠カードゾーンに存在する表側表示の永続魔法カード1枚につき、
このカードの攻撃力は300ポイントアップする。

《龍脈の主》
地/☆4/ドラゴン族・効果 ATK1700 DEF900
自分の墓地に存在するこのカードと「龍脈に棲む者」1体をゲームから除外する事で、
自分のデッキ・墓地から「大地の龍脈」1枚を手札に加えることができる。

《スピア・ドラゴン》
風/☆4/ドラゴン族・効果 ATK1900 DEF0
守備表示モンスターを攻撃した時にその守備力を攻撃力が越えていれば、
その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
このカードは攻撃した場合、ダメージステップ終了時に守備表示になる。

 一気に5体ものドラゴンが九郎の場に並ぶ。だが、どれもシナトを倒すには至らない。
 ならば……それを、強き力になるよう、纏めあげればいい!
「魔法カード、《融合》を発動! 場の5体のドラゴンを融合する!」

《融合》 通常魔法
手札・自分フィールド上から、融合モンスターカードによって決められた
融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体を
融合デッキから特殊召喚する。

「再び現れろ! 《F・G・D(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)》!」

F・G・D(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)
闇/☆12/ドラゴン族・効果 ATK5000 DEF5000
このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
ドラゴン族モンスター5体を融合素材として融合召喚する。
このカードは地・水・炎・風・闇属性モンスターとの戦闘によっては破壊されない。
(ダメージ計算は適用する)

 5体のドラゴンが融合の渦の中で纏めあげられる。
 奇しくも、再びシナトを倒すために5つ首の巨龍が再臨した。
「いくぞ……《F・G・D(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)》でシナトを攻撃する!」
 だが、そこで『存在』の伏せカードが静かに開かれた。
「伏せカード発動、《呪法陣》。これで攻撃を止め、攻撃力を1000ダウンさせる」

《呪法陣》 永続罠
相手モンスターが攻撃した場合、そのモンスターを指定して発動する。
そのモンスターの攻撃を無効にし、攻撃力を1000ポイントダウンする。
このカードが表側表示で存在する限り、そのモンスターで攻撃する場合、
手札を1枚捨てる、もしくは1000ライフポイント支払わなければならない。
そのモンスターが破壊された時、このカードを破壊する。

《呪法陣》効果適用!
F・G・D(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)》:ATK5000 → ATK4000

 攻撃態勢に入ろうとした《F・G・D(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)》に、呪法の帯が絡みつき動きを止める。
 九郎に残されたカードでは、この状況を打破できない。
「……カードを1枚伏せ……ターン終了」


九郎:LP650
モンスター:《F・G・D》(攻4000)
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:0枚
『存在』:LP3200
モンスター:《天界王シナト》(攻3300)
魔法・罠:装魔《契約の履行》、永罠《呪法陣》
手札:0枚


「私のターン、ドロー」
 引き当てたカードを視認してすぐ、『存在』はカードを使用する。
「永続罠である《呪法陣》をコストとして墓地に送り……、《マジック・プランター》を発動する」

《マジック・プランター》 通常魔法
自分フィールド上に表側表示で存在する
永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 《F・G・D(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)》が呪法の拘束から解放される。
 身体に呪法の傷が残り、攻撃力は1000ダウンしたままだが、これで攻撃のためのコストは必要でなくなった。
 『存在』は相手の拘束を解いてまで、新たなカードを欲した……が、このターンで脅威となる5つ首の巨龍を排除する手は用意できなかったようだ。
「カードを2枚伏せる。これで、終了」


九郎:LP650
モンスター:《F・G・D》(攻4000)
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:0枚
『存在』:LP3200
モンスター:《天界王シナト》(攻3300)
魔法・罠:装魔《契約の履行》、伏せカード2枚
手札:0枚


「俺のターン、ドロー! ……よし、《四元素の宝札》を発動する!」

《四元素の宝札》 通常魔法
自分の墓地に炎・水・地・風属性モンスターが
それぞれ1体以上存在する場合、発動できる。
自分の手札が4枚になるようにカードをドローする。
「四元素の宝札」はデュエル中1度しか発動できない。

 攻めあぐねる『存在』の一歩先を行き、九郎が手札を大幅に補充する。
 だが、そこで『存在』の伏せカードが開かれた。
「それに対応し、伏せカード《逆転の明札》を発動」

《逆転の明札》 通常罠
相手がドローフェイズ以外にカードを手札に加えた時、
自分は手札が相手の枚数と同じ枚数になるようにドローする。

「な……!?」
 思わぬカードの発動だった。
 まさか、こちらの手札増強を利用されるとは……!
「(く……!)」
 九郎は歯噛みする。
 相手も手札を補充し、状態を整えられる状況になった可能性が高い。
 とにかく、今ある手札で、こちらの最大限の攻撃を叩きこむしかない。
「まずは墓地の《龍脈の主》の効果発動! デッキから《大地の龍脈》を手札に加えて……そのまま発動する!」

《龍脈の主》
地/☆4/ドラゴン族・効果 ATK1700 DEF900
自分の墓地に存在するこのカードと「龍脈に棲む者」1体をゲームから除外する事で、
自分のデッキ・墓地から「大地の龍脈」1枚を手札に加えることができる。

《大地の龍脈》 永続魔法
自分フィールド上のドラゴン族モンスターの
攻撃力と守備力は300ポイントアップする。
このカードがフィールド上から墓地に送られた時、
以下のどちらかの効果を選んで発動する。
●自分のデッキから「大地の龍脈」を1枚手札に加える。
●自分のデッキからドラゴン族モンスターを1体選び、手札に加える。

「そして、《F・G・D(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)》を生け贄に《マグナ・スラッシュドラゴン》召喚!」

《マグナ・スラッシュドラゴン》
光/☆6/ドラゴン族・効果 ATK2400 DEF1200
自分フィールド上に存在する表側表示の永続魔法カード1枚を墓地に送る。
相手フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。

「……ほう」
 『存在』の、少し意外そうな声を発した。
 《呪法陣》の効果で攻撃力が下がったとはいえ、いまだシナトを上回る4000ポイントの攻撃力を持っていた《F・G・D(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)》を切り捨てての、攻撃力では劣る上級モンスターの召喚。
 無論、蒙昧ゆえの選択ではない。
 九郎が愛用している尖翼の竜……その特殊能力ゆえだ。
「《マグナ・スラッシュドラゴン》の効果を発動! 場の永続魔法、《大地の龍脈》をコストに、装備魔法である《契約の履行》を破壊する!」
 その言葉と、龍脈からの支援を受け取って、魔力を込めた刃の波動を飛ばす。
 そして《契約の履行》が斬り裂かれ……それによって維持されていた《天界王 シナト》は、ここに存在できなくなった。
 その身を、霧のように消していく。
「《契約の履行》が破壊されたことにより、《天界王 シナト》は制約により除外される……そして、墓地に送られた龍脈の効果で、改めて《大地の龍脈》をサーチし……発動! そして再び《マグナ・スラッシュドラゴン》の効果発動! 伏せカードを破壊する!」
「その効果にチェーン発動……《針虫の巣窟》」

《針虫の巣窟》 通常罠
自分のデッキの上からカードを5枚墓地に送る。

「フリーチェーンの、自己デッキ破壊の罠か……!」
 『存在』のデッキトップから、カードが墓地に送られる。
 瞬時、九郎はその内容を確認した……墓地誘発型のカードはない。
「墓地に送られた龍脈の効果で、再び同名カードをサーチして発動! パワーアップした《マグナ・スラッシュドラゴン》で直接攻撃する!」

《大地の龍脈》効果適用!
《マグナ・スラッシュドラゴン》:ATK2400 → ATK2700/DEF1200 → DEF1500

 龍脈の力を受け、僅かだがパワーアップした《マグナ・スラッシュドラゴン》が、その鋭い刃の様な翼を掲げ、『存在』を斬りつける。
 対する『存在』、今度は手札から何か発動する事もなく、その一撃をまともに受けた。

『存在』:LP3200 → LP500

 攻撃は成功。現在の手札内容から考えて、最大限のダメージを叩きだした。
 しかし、相手のライフを大幅に削る事が出来たものの、倒しきるまでは行かなかった……残ったカードでは、これ以上の追撃は不可能である。
「(倒しきれなかった……相手の手札は潤っていると言うのに……)」
 まず間違いなく、次のターン、反撃の嵐に曝されるだろう。
 九郎の手札には防御用の、相手の攻撃を抑止する永続魔法が来ていた。
 自身の残りライフの少ないこの状況なら、これを出しておいた方が安全……なのだが。
「…………」
 九郎はなぜか、それを出すことをためらっていた。
 理由はわからない。普段の思考なら、ここで間違いなく守りを固める結論に至る。
 冷静さを失ったわけでもない。出すのが妥当な場面なのに、ためらいの気持ちが生まれているのだ。
「(……これは……アディシェス戦の時、ハモンを引く直前のターンに抱いた感覚に似ている……俺の身に宿ったハモンが、直感的な警告を発しているのか……?)」
 そして、しばらく迷った後、
「……終了」
 手札は温存し、場にカードを出すことなくターンを終了させた。


九郎:LP650
モンスター:《マグナ・スラッシュドラゴン》(攻2700)
魔法・罠:永魔《大地の龍脈》、伏せカード1枚
手札:3枚
『存在』:LP500
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:4枚


「私のターン、ドロー」
 『存在』が引いたカードを視界に入れ……ゆっくりと、微笑んだ。
「来たか……やはり、お前を呼ぶことになる様だな……」
 その言葉と共に、『存在』の周囲が、奇妙に捻じれた。
 そこに集まる力の影響で、空間ごと揺らいでいる……そんな形容が九郎の心に浮かぶ。
「魔法カード、《混沌昇華(カオス・エクストラ)》発動」

混沌昇華(カオス・エクストラ) 速攻魔法
相手にカードを1枚ドローさせることにより発動する。
自分の手札・フィールド上・墓地のいずれかに限らずに、
光属性モンスター1体と闇属性モンスター1体をゲームから除外し、
それを融合素材とする融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
このカードの発動に対して発動された魔法・罠・効果モンスターの効果を
無効にし、破壊する事ができる。(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

 カード発動と共に、九郎のデッキトップのカードが1枚飛び出し、その手に収まる。
 それに驚く暇もないまま、渦巻く力の奔流が『存在』を中心に躍動を始める。
「このカードは、“光”と“闇”のモンスターを、手札・場・墓地を問わず選び出し、融合……世界の原初の力、“混沌”を創りだす。この力で、私の墓地に存在する2体の“天魔神”……エンライズとノーレラスを融合する!」
「……! 《転生の予言》発動!」

《転生の予言》 通常罠
墓地に存在するカードを2枚選択し、持ち主のデッキに加えてシャッフルする。

「このカードで、お前の墓地の《天魔神 ノーレラス》と、俺の墓地の《大地の龍脈》をデッキに戻す!」
 とっさに、九郎は伏せカードを発動させた。
 “天魔神”の融合体など、九郎は知らない……だが、強力な力を誇ったモンスター2体の融合体だ、生半可な効果ではあるまい。
 故に融合される前に、素材となる“天魔神”の排除を試みた。のだが……。
「……ぐ!?」
 《転生の予言》の力が発揮されない。
 表示されたカードエフェクトが震え……ほどなくして砕けてしまった。
「なん……だと……!?」
「……《混沌昇華(カオス・エクストラ)》は、他の魔法・罠とは一線を画す魔術……このカードの発動に対して発動されたカード効果を無効化し、破壊する事が出来る……」
「……!?」
 もはや止めるすべのない、“混沌”を生み出す融合の渦の中、闇を孕む光の“天魔”と光を抱く闇の“天魔”が重なり合い、1つになっていく。
 九郎は、今まさに生み出されんとする強大な存在を、ただ息を飲んで見つめることしかできない。
 そして、『存在』の声によって……それは、迎え入れられた。
「融合召喚……《混淆天魔神(こんせいてんましん) シャングリラ》」

混淆天魔神(こんせいてんましん) シャングリラ》
光/☆10/天使族/融合・効果 ATK3600 DEF2400
「天魔神エンライズ」+「天魔神ノーレラス」
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードは闇属性・悪魔族としても扱う。
このカードは融合召喚されたターンは攻撃できない。
このカードが融合召喚に成功した時、相手フィールド上に存在するカードを
全てゲームから除外し、その枚数×300ポイントのダメージを相手に与える。
???

 4対の翼――黒の織り込まれた白の翼を広げ、混沌の“天魔神”は降り立った。
 姿は、融合前の2体、エンライズとノーレラスよりも人に近い。
 だが、輝きとも燻ぶりともつかない、全身を包む灰色の身体とオーラが、この上ない威圧と戦慄を与え、比類なき脅威が現れたという実感を抱かせた。
 その脅威に身構える九郎……しかし、“天魔神”は動かない。
 (うつむ)き、摸糊(もこ)とした様子に、こちらが不安になるほどに。
「……シャングリラは、場に出た時点では攻撃できない……」
 ぽつり、と『存在』が漏らした言葉に、九郎は僅かに安堵する……相手の攻撃力は3600。このまま攻撃されていては、自身の敗北は決定していたからだ。
 だが……すぐに、九郎は気を張り詰めることになる。
 ひとつは、予感。
 2体の“天魔神”の融合体が、そんな生ぬるいはずはない、という推測。攻撃抑止のデメリット効果があるなら、それを差し引いてもおかしくない強力な効果を持っているのではないか、という決闘者としての思考ゆえ。
 もうひとつ……それは、既にフィールド上に起こり始めいている異変。
 動かぬ“天魔神”の身体を取り巻くオーラが……辺りを侵食するように、広がり始めているがゆえ。
 九郎が察したその脅威、すぐさま『存在』によって正体が語られた。
「……シャングリラの効果が発動。融合召喚成功時に、相手フィールド上のカードを全て除外する」
 “天魔神”が顔を上げる。
 九郎の方を向いているのだが、顔が判然とせず、どのような表情を浮かべているのか分からない。
 ただ、それが自分を捕えたことを、九郎は瞬時に理解した。
 なぜなら、滲む様であった灰色のオーラが勢いを増し、自分のフィールド上目掛けて、津波の様に襲い来たのだから。
「……そして、除外したカード1枚に付き300ポイントのダメージを与える」
 灰の奔流に、九郎、《マグナ・スラッシュドラゴン》、《大地の龍脈》が呑みこまれる。
 奔流の中、顫動(せんどう)する尖翼の竜が苦しげな呻きと共に、粒子状に分解されていく……《大地の龍脈》も同様に、形を保てず消滅していく。
 その崩壊を、奔流の中にある九郎は視認できない……除外後に発生する自身のダメージにより、それを認識した。

九郎:LP650 → LP50

「さらに、カードを1枚伏せ……念のために、シャングリラには装備魔法を付けておこう。これで、ターン終了だ」

《魔導師の力》 装備魔法
装備モンスターの攻撃力・守備力は、
自分フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚につき
500ポイントアップする。

《魔導師の力》装備!
混淆天魔神(こんせいてんましん) シャングリラ》:ATK3600 → ATK4600/DEF2400 → DEF3400



九郎:LP50
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:4枚
『存在』:LP500
モンスター:《混淆天魔神 シャングリラ》(攻4600)
魔法・罠:装魔《魔導師の力》、伏せカード1枚
手札:2枚


「俺のターン……ドロー」
 ゆらりと身体を揺らしながら、九郎はカードを引く。
 身体は動く……まだ、生きている。
 先のターン、結果的に攻撃抑止の永続魔法を出さなかったことで、助かった……もし後1枚でもカードが多かったら、シャングリラの除外効果と共に発生するダメージが300ポイント増えていたため、その時点でアウトだったのだ。
 そして、引き当てたカードを見て……苦笑した。
 《降雷皇ハモン》。アディシェスの時と同じく、このカードのドローに近しくなった時に発生した、第六感的な警告。ハモンと魂が融合している故か……それとも。
「(十護……お前が作った精霊が……こうして助けてくれているとはな……)」
 それは感傷ゆえの思考だろうか……けっして少なくないダメージを負い、風前の灯し火となったライフとなった、九郎の心に浮かんだ言葉。
 そんな考えが浮かんだのも、御誂(おあつら)え向きにそろった、反撃の手札故かもしれない。
「3枚の永続魔法、発動……《平和の使者》、《強者の苦痛》、《悪意の波動》!」

《平和の使者》 永続魔法
フィールド上に表側表示で存在する
攻撃力1500以上のモンスターは攻撃宣言する事ができない。
このカードのコントローラーは
自分のスタンバイフェイズ毎に100ライフポイントを払う。
または、100ライフポイントを払わずにこのカードを破壊する。

《強者の苦痛》 永続魔法
相手フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスター攻撃力は、
レベル×100ポイントダウンする。

《悪意の波動》 永続魔法
自分フィールド上のモンスターが戦闘で破壊された時、
相手に300ポイントのダメージを与える。

 場に揃う、3枚の永続魔法……その魔力が一点に集中する。
 それは雷光となり、巨大な鈍い金色の体躯の、半人半竜へと変質する。
 骨ばった翼と身体、折れ曲がった巨大な鍵爪。
 稲光を背負い、強大な一個の力となり、九郎の元に降り立った。
「《降雷皇ハモン》、特殊召喚!」

《降雷皇ハモン》
光/☆10/雷族・効果 ATK4000 DEF4000
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上に表側表示で存在する永続魔法カード3枚を
墓地に送った場合のみ特殊召喚することができる。
このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地に送った時、
相手ライフに1000ポイントダメージを与える。
このカードが自分フィールド上に表側守備表示で存在する場合、
相手は他のモンスターを攻撃対象に選択できない。

「現れた……か」
 『存在』もどこか感慨深げに、雷光爆ぜる巨大な半人半竜を見上げて言葉を漏らす。
「だが、今の《降雷皇ハモン》では、《魔導師の力》で強化されたシャングリラを倒すことは出来ない」
 その通り。ハモンの攻撃力は4000。対するシャングリラの攻撃力は現在4600。
 それに、九郎は薄い笑みで応える。
「それは承知だ……だが、これで勝てる様になる! 魔法カード発動、《フォース》!」

《フォース》 通常魔法
フィールド上に表側表示で存在するモンスター2体を選択して発動する。
エンドフェイズ時まで、選択したモンスター1体の攻撃力を半分にし、
その数値分もう1体のモンスターの攻撃力をアップする。

 そのカードの発動と共に、相対するシャングリラとハモンが、鈍い緑の光に包まれる。
「《フォース》は、2体のモンスターを選択し……一方の攻撃力を半減させ、もう一方にその分の攻撃力を上昇させる! 対象とするのはもちろん、シャングリラとハモン! シャングリラの攻撃力を半減させ……ハモンを強化する!」

《フォース》効果適用!
《混淆天魔神 シャングリラ》:ATK4600 → ATK2300
《降雷皇ハモン》:ATK4000 → ATK6300

 灰の“天魔神”の力を奪い、ハモンは強大な攻撃力を得た。
 九郎はそれを頬を歪めながら見て、攻撃宣言を下す。
「いくぞ……ハモンで、シャングリラを攻撃!」
 オーラと雷光を背負い、ハモンはシャングリラに襲いかかる。
 圧倒的なまでの力の差に、全てがズタズタにされる直前。
 静かに、『存在』の伏せカードが開かれた。
「手札1枚をコストに、《レインボー・ライフ》を発動」

《レインボー・ライフ》 通常罠
手札を1枚捨てる。
このターンのエンドフェイズ時まで、自分が受けるダメージは無効になり、
その数値分ライフポイントを回復する。

 突如として発生した虹色のオーラに包まれた『存在』は言う。
「この効果により、エンドフェイズまで私はダメージを受けることはなくなり……本来受けるダメージを、ライフ回復に変換する」
 その証明は早くも成される。
 シャングリラを引き裂いたハモンの攻撃が、そのまま『存在』を襲うが……それは残り僅かだった『存在』のライフを満たした。

『存在』:LP500 → LP4500

 それに呆気に取られた九郎に、更なる追い打ちが掛かる。
 ハモンの効果……「戦闘で相手モンスターを破壊した時に、相手に1000ポイントのダメージを与える効果」が発生し、雷光が発生し『存在』を打つ。
 ……だが、《レインボー・ライフ》の効果は、発動ターンのエンドフェイズまで続く。
 その雷光すら吸収し、さらに『存在』を癒した。

『存在』:LP4500 → LP5500

 夢から覚めた様な表情で、九郎はそれを見ていた……遅れて、焦燥が襲い来る。
 相手の切り札級モンスター、混沌の“天魔神”を倒しフィールド上から排除したものの、大幅なライフ回復を許してしまった。
 加えて、手札を使いきり、もうやれることはない。
「……ターン、終了だ」
 九郎は、ただそう言うしかない。
 それと同時に、ハモンも《フォース》で得ていた力を失う。
 身を包むオーラは霧散し、鈍く光る体色へと戻った。


九郎:LP50
モンスター:《降雷皇ハモン》(攻4000)
魔法・罠:なし
手札:0枚
『存在』:LP5500
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:1枚


「私のターン、ドロー」
 『存在』がカードを引く。
 そして、迷いなくそのカードを使用した。
「……手札から、《貪欲な壺》発動」

《貪欲な壺》 通常魔法
自分の墓地からモンスターカードを5枚選択し、デッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

「私の墓地には、先のターンに倒されたシャングリラ……《針虫の巣窟》で墓地送りにされた《天魔神 インヴィシル》、《破壊神ヴァサーゴ》、《心眼の女神》……《手札断殺》で墓地に送られている《ハープの精》、合計5体のモンスターが存在する。それを全てデッキに戻し……2枚ドロー」
 手札を増強した『存在』。
 カードを引いたその姿が、再び揺らめいた様に見えた。
「(!? ……“天魔神”……いや、違う。エンライズやノーレラス、シャングリラを呼んだ時に感じた脅威とは別物……)」
 九郎は、生唾を飲み込みながら、『存在』を注視する。
 熱を帯びた日に見る、陽炎のように見える『存在』は、次の行動に移っていた。
「手札から、《クリボーを呼ぶ笛》を発動」

《クリボーを呼ぶ笛》 速攻魔法
自分のデッキから「クリボー」または「ハネクリボー」1体を選択し、
手札に加えるか自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。

「この効果により、デッキから《ハネクリボー》を1体特殊召喚する」

《ハネクリボー》
光/☆/天使族・効果 ATK300 DEF200
フィールド上に存在するこのカードが破壊され墓地へ送られた時に発動する。
発動後、このターンこのカードのコントローラーが受ける戦闘ダメージは全て0になる。

「そして、この特殊召喚に対応し、速攻魔法《地獄の暴走召喚》を発動」

《地獄の暴走召喚》 速攻魔法
相手フィールド上に表側表示でモンスターが存在し、自分フィールド上に
攻撃力1500以下のモンスター1体が特殊召喚に成功した時に発動する事ができる。
その特殊召喚したモンスターと同名モンスターを自分の手札・デッキ・墓地から
全て攻撃表示で特殊召喚する。
相手は相手自身のフィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、
そのモンスターと同名モンスターを相手自身の手札・デッキ・墓地から全て特殊召喚する。

「この効果により、デッキから特殊召喚モンスターの同名カード……この場合は、《ハネクリボー》を最大3体まで特殊召喚する」
「く……」
 《地獄の暴走召喚》の効果で、九郎も自分の場のモンスターの同名カードを特殊召喚できる……のだが、九郎の場の唯一のモンスター、《降雷皇ハモン》は特殊な手順を踏まなければ特殊召喚出来ないので、九郎はこの効果の恩恵は受けられない。(もっとも、九郎が所持しているハモンは1枚だけなのだが)
 こうして『存在』の場にそろった3体のモンスター……それが、生け贄の渦に包まれる。
「場の《ハネクリボー》3体を生け贄に捧げ……」
 陽炎の中にいる様な『存在』の身体から、黄金色の光が漏れ出す。
 それは太陽の様な光をもって、その手元のカードとシンクロする。
 やがて光は重なり……太陽の如き光を放つ、黄金のモンスターを顕現させた。
「召喚……《ラーの翼神竜》」

《ラーの翼神竜》
神/☆10/幻神獣族・効果 ATK ? DEF ?
このカードは特殊召喚できない。
このカードを通常召喚する場合、自分フィールド上の
モンスター3体を生け贄にして召喚しなければならない。
このカードの召喚は無効化されない。
このカードが召喚に成功した時、このカード以外の
魔法・罠・効果モンスターの効果は発動できない。
このカードが召喚に成功した時、ライフポイントを
100ポイントになるように払う事で、
このカードの攻撃力・守備力は払った数値分アップする。
また、1000ライフポイントを払う事で
フィールド上のモンスター1体を選択して破壊する。

「ラー……神の……カード……!」
 竜というよりグリフォンに近い、黄金色の体躯は機械仕掛けを思わせる姿――間違いない。もはや伝説となり、数えるほどしかない記録映像でしかその姿を見ることが出来ない、神のカードの1枚――《ラーの翼神竜》。
 九郎は驚愕を隠せぬ表情のまま、動きを止め、ただ見上げている。
「このラーは、“打ち込み”を終わらせた後の抜け殻だ……元あった“神威”は、既にない。だが、“太陽神”の対となる“邪悪の化身”……暗黒の太陽を目覚めさせるには、この上ない適任だろう」
 そう言ってラーを見やる『存在』の身体が、今度は炎に包まれる。
「だが、抜け殻では流石に役不足……どこまで“神威”を戻せるかわからないが……この“肉体”に“打ち込まれた”ラーの力を、少しでも依り代(カード)に乗せてみよう。……ラーの効果、発動」

『存在』:LP5500 → LP100

 瞬間、炎に包まれた『存在』の姿が消え、同時にそのライフも大幅に減少した。
 ……知っている。
 記録映像で見た、ラーの能力――プレイヤーとの一体化とも表現される、その能力。
 九郎がゆっくりと、上を仰ぐ。
 黄金の巨体、その頭部――片目を炎に包んだ『存在』が、ラーの額に下半身をめり込ませる形で、こちらを見降ろしていた。
「私のライフを100ポイント残し……残りを全て、ラーの攻撃力に変換する。私のライフは5500……よって、ラーの攻撃力は……」

《ラーの翼神竜》:ATK ? → ATK 5400

「……!」
 ハモンの攻撃力を悠に上回った“太陽神”――『存在』は、ラーが力を発揮しきれていない様な事を言っていたが、その力は十分に脅威。
 そして……九郎には、それに抗う術は、残されていなかった。
「《ラーの翼神竜》で、《降雷皇ハモン》を攻撃――“神ノ炎ニヨル咆哮(ゴッド・ブレイズ・キャノン)”」
 『存在』の命が込められた、一撃が放たれる。
 灼熱の炎が巻きあがり、雷の皇を襲う。
 燃え上がる炎に、九郎も包まれる。
 瞬間の熱は、九郎の意識ごと、残ったライフを吹き飛ばし。
 デュエルの決着が、ついた。

九郎:LP50 → LP0




「……」
 決闘が集結し、『存在』が再びラーから分離し、人の形――“武藤遊戯”の形となり、倒れた九郎に近寄る。
 その九郎の傍ら――決闘が終わったと言うのにその姿を消さず、炎の中に力なく佇む《降雷皇ハモン》の姿があった。
 死んだような雷の皇に、『存在』はゆっくりと両手を掲げた。
 その身に宿る――“邪悪の化身”を向かい入れるために。
「光をもって闇と成し……闇をもって光と成す。明と暗。善と悪。天と地。越え行くものに牙を、越え行くものに拳を、越え行くものに翼を。目覚めよ“邪悪の化身”。わが願いに応え……その姿を見せよ、《邪神アバター》!」
 ハモンの身体が、ビシリ、と砕ける。
 崩れゆく骨身の身体から……心臓の様に覗く漆黒の球体が、ゆっくりとハモンの身体から分離を始めた。
 それは孵化の瞬間であった。それは羽化の瞬間であった。
 生まれ出た暗黒の太陽を、『存在』は笑顔で迎え入れる。
 これで、また一歩“ほんとうのさいわい”に近づいた。
 そうしてまた……そのために“嘆き”を生んでしまった。
 『存在』は、その“嘆き”たる九郎に、言葉なき悼みと共に一礼する。
 そうして、願いを抱く『存在』は、どこかへと姿を消した。



 九郎の意識は混濁していた。
 炎に飛ばされ、決闘に負け、地に倒れ……そこからは、よくわからない。
 闘っていた相手……武藤遊戯の姿をした何者かが、自分の傍らで何かをやっていたようだが……そこから、身体の力が急激に抜けて行った。
 九郎自身は知り得ぬ事だが、魂に癒着していた《降雷皇ハモン》を無理やり剥がされることになったため……彼の魂は傷つき、死に向かっているのだ。
 そして、それに抗う術を彼は持たない。
 既に、思考らしい思考を行えなくなった九郎の脳裏に浮かぶのは、走馬燈――高校時代のTRPGクラブ、共に通ったゲーム屋、喫茶店、逃避めいた渡米、うらびれた路地裏、白昼夢の様なカードプロフェッサー時代、プロに転向した悪友、残された“光”――。
「……ミ……オ……」
 その名前を口にしたのを最後に。
 九郎は、死んだ。



● ● ● ● ●



「九郎……?」
 深夜、ミオは目を覚ました。
 何か、呼ばれた様な気がしたのだ。
 窓から入る月明かりに照らされた室内――8歳の誕生日に貰った自分の部屋を、なんとなしに見まわす。
 そこで、自分のデッキが床に落ちて散らばっているのが見えた。
 もしかして、何か聞いた様な気がしたのは、デッキが落ちた音だったのかな――ミオはベッドから降り、床に散らばったカードを集めて行く。
 軽く、デッキのカードを確認してみる――1枚、足りない。
 電気を付けてちゃんと探そうか、と思ったその時、ベッドの近くに裏返しのカードが1枚あることが気付いた。
 それを拾い上げ、見てみる。
 イラストは占いをしている老婆――可愛いとか、カッコいいとは無縁なイラスト。
 だけど、ミオはこのカードを気に入っていた。自分のデッキに相性が良いわけではないし、地味な効果のカードだが、汎用性も高く思わぬところで活躍してくれる。
 それに……こう言ったカードを使いこなす、九郎の姿が格好良かったのが、気に入っている一番の理由だ。
 ちょっとしたレアカードだが、九郎にこれをプレゼントしてもらった時は、本当に嬉しかったのを覚えている。

《転生の予言》 通常罠
墓地に存在するカードを2枚選択し、持ち主のデッキに加えてシャッフルする。

 その時、不意に寒気がした。
 なんだか、理由もなく不安になった……九郎が、いないから?
 そんなことはない。もう、一人で寝るようになって1年になる。
 今更一人寝が寂しいなんて、なんだか恥ずかしいし……。
「(スモ……?)」
 そんなミオの不安を感じ取ったのか、《雲魔物−スモークボール》の精霊――スモくんが、心配そうに寄ってきた。
「うん……。なんでもない。大丈夫だよ」
 そうだ。なんでもない。
 それに、明日には九郎は帰ってくる。
 お土産楽しみにしていてくれ、と電話口で聞いた声を思い出し、ミオはちょっと安心した。……なんだか甘えん坊みたいで、照れるけど……。
 そう思いながら、ミオはベッドに戻る。
 明日は初めてクッキーを作るんだ。マーサさんにちゃんと教えてもらったから、きっと大丈夫。料理には元々自信があるし……。そして、九郎が帰ってきたら「出張お疲れ様」っていって、クッキーをプレゼントするんだ……。
 そんなことを考えている内に、ミオの意識は闇に沈んでいく。
 夢すら見ない、深い眠りにミオは落ちて行った。















エピソード?:少年は、はっきりと答えた


 砂塵の中を、少年は彷徨っていた。
 黒いボロ布を身に纏い、ひたすら歩く。
 自分と言う記憶は曖昧……名前すらわからない。
 わかっているのは、微かに残る記憶……手元にあった、数枚のカード。
 それを頼りに、やみくもに歩を進める。
 だが、疲労と憔悴は、容赦なく襲い来る。
 やがて、力付き、その場に倒れた。
「……立てるか」
 不意に、声を掛けられた。
 少年は、ゆっくりと見上げる。
 声の主は、黒い外套を羽織った壮年の男だった。
 皺の刻まれた堀の深い顔、鋭い三白眼と特徴的な鉤鼻が、威圧的な雰囲気を醸し出している。
「……はい……立てます」
 少年は、はっきりと答えた。
 足に力を込め、ふらつきながらもなんとか立ち上がる。
 それを助けるでもなく、ただ見ていた男は、再び少年に声を掛ける。
「少年……名前は何と言う?」
「……わかりません。自分の名前も……何もわからないんです」
「……ふむ、記憶が一切ないのか」
「僅かに覚えていることは、いくつか……多分、これが……手掛かりです」
 身に纏うボロ布の隙間から、少年は数枚のカードを男に見せる。
 男はそれを見てしばらく黙った後、また少年に声を掛ける。
「……ともかく、その様子ではどうにもなるまい。少年。儂が拾ってやろう」
「……」
 少年は、少し呆けたように男を見やる。
 男は、今度はしっかりと少年の顔を見据え、こう言った。
「儂の名は、ヘイシーン・ラ・メフォラシュ。そうだな……いつまでも、お前を少年と呼ぶのは不都合があろう。儂の名の一部から取り……シン。お前はシン、と名乗れ」
「シン……」
「そうだ、便宜上ではあるが、お前の名前だ。お前とて、ここでの野垂れ死には望まんだろう……ともかく来い。ジープに保存食と水の蓄えがある」
 そう言って、壮年の男――ヘイシーンは手を伸ばす。
 少しだけ迷うそぶりを見せた後……少年――シンは、その手を取った。






end……




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