解放されし記憶
エピソード8〜

製作者:ラギさん






エピソード8:闇よりの復活



「お待ちしておりました。ようこそエジプトへ、Mr,ヘイシーン・ラ・メフォラシュ、Mr.セスタ・インバソール」
「うむ。出迎え感謝する。……いくぞ、セスタ」
「は、はい」
 エジプトにて、イシズ・イシュタールは『隠された知識』から派遣されてたヘイシーン・ラ・メフォラシュとセスタ・インバソールを出迎えていた。
 エジプトで新たに発見された古代王朝の石板、それの調査のためにエジプト考古学局のイシズは『隠された知識』の本部に調査補助を依頼。それに応えて派遣されたのが、この2人であった。
 ――これが、表向きの理由。もうひとつ、この人選には意味がある。
「(この男が……リシドを陥れた者、もしくはその仲間……)」
 イシズは、若干視線を強めながら、マリクとの会話を思い出す。


● ● ● ● ●

『マリク……リシドが倒れたと聞きましたが……その……』
「姉さん……ああ、その通り。リシドは……倒れた。今はまだ、目を覚ます兆しも見えない……」
『そうですか……それで、その理由は……“闇のゲーム”が原因なのですか?』
「! 情報が早いね……多分その通り。術者が何者かもわからないけど……」
『その事で、いくつか気になる事があるのです……少し、そちらで調べてもらえませんか?』
「……わかった。なにか進展があれば連絡するよ」




『……どうでしたか。マリク』
「うん……姉さんの読み通りだった。リシドが行ったと思われる“闇のゲーム”のデュエルの記録は、ディスク内から削除されていたけど……データ内に介入されたと思われる痕跡があった」
『それはやはり……』
「うん。『ダアト』内からの介入の可能性が高い。おそらくだけど……組織内に裏切り者が居る」
『……マリク、くれぐれも落ち着いてください。わたしだって、リシドが倒され憤ってはいますが……』
「……わかってる。ともかく調査は続けるよ……」




「……怪しいと思われる人物の目星は、1桁代にまで絞り込めたよ。ただし、どれもあまり証拠と呼べるものがないから、これ以上の介入は難しいのだけど……」
『そうですか……上層部に掛け会えないのですか?』
「正直厳しいかな。犯罪組織を率いてたから、あまりおおっぴらに動ける立場じゃないし……信用されてないってのもあるしね。それに……怪しいと思われる人物の内、2人は上層部の人間なんだ」
『! なるほど……それは厳しいですね』
「うん。以前ペガサス会長が極秘にデザインして、結局カード化されることのなかった“三邪神”のカードデータベースに不正侵入された事件でも……そうだ、1つ思い出した。怪しいと思われる人物の一人、今度エジプトに……そちらの調査に派遣されることになっているんだ。やはり、証拠がないから普通に任務にも就くし、ある程度は自由に……」
『マリク』
「? 姉さん?」
『その人物がエジプトに来た時に、こちらで何とかしてみましょう。データを送ってください』
「! ね、姉さん。いくらなんでも無茶だよ!」
『私は未だ、エジプト考古学局に席を置いています。必要とあれば、ある程度政府の支援も受けられます。大丈夫です。私に任せて』
「姉さん……人には冷静になれとか言っておいて……わかった。こちらからも、1人信用できる人物をツーマンセルにつける様、なんとか調整してみる」
『……頼みましたよ。マリク』


● ● ● ● ●


「……どうされたかな? Ms.イシズ・イシュタール」
 思考に没頭していたイシズを怪訝に思ったのか、ヘイシーンが顔をしかめながら聞いてきた。
「……いえ、何でもありません。それでは、早速現場にご案内いたしますね」
 軋む感情を隠し、イシズは静かに歩き出した。



砂塵舞う地、エジプト。
そのとある谷にて、王朝の判別出来ない、謎の多い王墓が発見された。
判ることは僅か。
――何らかの魔術を執り行うことが、その王家には必要だったこと。
――その力を利用し、繁栄を誇った、という記録があったこと。
――そして、その崇拝する神が、これまでのエジプト史を紐解いても、該当すると思われる例がないこと。
「と、いうわけで調査は難航中なのよ」
 自作のノートパソコンに搭載したボイスチャット機能を使い、つかの間の休憩の間、友人との会話を楽しんでいる、金髪碧眼の少女が一人。
 名前はレベッカ・ホプキンス。
 若干19歳という若さでこの壮大な調査の一端を担うことになった、博士号を持つ天才少女その人だった。
『随分と大変そうだね。ベッキー』
 チャットのお相手は、御伽龍児。
現在、アメリカで活躍中の若手ゲームクリエーターである。
彼らは7年前のとある事件で知り合い、それ以降も親交を持っている間柄であった。
「そーいえば、杏子から前言ってたオーディションに合格したって連絡があったわ。かなり厳しいとか聞いてたけど……なんか、凄いわよね……」
『ああ、ボクはちょうどお祝いに行ったよ。しばらく会えてなかったからか、随分と大人びてたなぁ』
「……オトギ、もしかして結構暇? 今もあたしとチャットなんかしてるし……。仕事、干されてる?」
『ほほほ、干されとらんわーー!! 時差の関係で、今こっちは仕事のない時間なの!』
 慌てふためく御伽に、苦笑しながら「ごめんごめん」と謝るレベッカ。
 彼女は不意に、ふう、とひとつ溜息をついた。
「あーあ……、なんだか他の皆にも、会いたくなってきちゃったな……」
『なんだい、いきなりおセンチだね』
「まーねー……。懐かしい皆の話してたら、どうしてもねー……」
 思い出す、友人たちの顔。
 その中でも、一際彼女の心を満たす、一人の少年。
 遊戯――その少し頼りなさげな、優しい笑顔をレベッカは思い浮かべる。
「はあ……遊戯、今どこにいるんだろ……」
『うーん……そういや、この前来たメールにはどこにいるか、場所は書いてなかったな……』
 今から2年ほど前。
 遊戯は大学を休学し、突如として旅に出た。
 どう見てもインドア派だった彼の突然の行動に、誰もが驚きを隠せなかったのを今でも覚えている。
 特に杏子の驚きようったらなかった。「もしかして、アテム以外のもう一つの人格が!?」などと、訳のわからない事を言い出すくらいだったのだから。
 それから時々思い出した様にメールが来る以外、遊戯の足跡をたどることは困難になった。
「遊戯から連絡が来たのは……もう2か月も前なんだよ? しかも、なんだか文章も簡単だったし……心配だよ……」
『なに、便りがないのは元気な証拠、というし、大丈夫だよ、きっと』
「……だと、いいんだけど……それに、やっぱり、会いたいよ……」
 机に突っ伏して、呟くレベッカ。
 今度は、御伽が苦笑する番になった。
『やれやれ……困ったお姫様だ……そんn「ポプキンス教授! 『隠された知識』から派遣されたお二方が到着しました!」
「あ、ホント!? それじゃあ、挨拶に行かなきゃ! じゃあね、オトギ!」
 少々慌てた様子でレベッカを呼ぶ、彼女の研究チームの一人。
 レベッカはそれに応えると、チャットのブラウザを閉じて、挨拶のために席を立った。
 ……余談だが、恰好を付けたセリフを言おうとした御伽は、突如ブラックアウトしたパソコンの画面の前で、しばらく固まったままだったという。



「ええ! こんなに若いのに助教授! 話には聞いていたけど、すごいなあ!」
 レベッカが、イシズと共に対面した『ダアト』よりの派遣者2人と挨拶を交わした直後のこと。
 その片割れの青年、セスタがレベッカの年齢に合致しない優秀さに、驚きの声を上げた。
 思った事がそのまま脳から飛び出した様な声の調子に、レベッカは思わず苦笑する。
 おべっかと言う訳ではない、素直な称賛は正直悪い気はしなかった。
 レベッカは小さく「ありがとう」とセスタに言ってから、壮年の男、ヘイシーンの方に語りかけた。
「私も驚きました。まさか、メフォラシュ教授が『ダアト』に協力していたなんて!」
「……ホプキンスといったか。なるほど、アーサー・ホプキンスの孫娘、か。ある意味、彼は儂の同類だったな」
 ヘイシーン・ラ・メフォラシュ―― 一時期、学会で話題に上がった事もある歴史研究家。
 彼は古の時代から伝わる魔法、魔術の起源について研究をしており、その第一人者だった。
 だが、ある時期から極めてオカルトより、非現実的な事象も研究対象に含みだし、学会で冷笑をかうことになったのだ。
 そう言う意味では、古代エジプトの斬新過ぎる歴史的解釈を打ち出し、同じく学会から冷笑をかったアーサー・ホプキンスと似た経緯と言えるかもしれない。
 だが、その後も一定の成果を出し学術の世界に席を置き続けたアーサー・ホプキンスと違い、ヘイシーンは学会から姿を消した。
 その事に関して、彼は本当に魔導の道に堕ち、陽のあたる世界には出られなくなったのだ、などと少々酷い冗談まで飛び出す始末だった。
「腹立たしいが、ある意味その冗談通りの経緯だったわけだ。元々、儂の家系において、祖先は魔術師だという言い伝えがあった。儂は、その実践に手を付けたに過ぎん」
 変わらず、むっつりとした表情のまま告げるヘイシーン。
 対するレベッカは、愛想笑いを浮かべることしかできない。
 こうして対面し、話をしてみてわかったのだが……ヘイシーンには、相手に合わせて話そうという気がまったく感じられない。
 鉤鼻に堀の深い顔、鋭い三白眼という威圧感のある容姿。
 それに加え、他者を受け付けないかのような、険のある言動。
 その相乗効果により、どうしても相容れない雰囲気が出来上がってしまっている。
「(ちょっと、この人苦手かも……)」
 レベッカは、心の中でひっそりとそう思った。
「さて、それじゃあ遺跡のデータまとめてある資料室で大まかな説明を……それから、実際に色々見て周りましょう」
 気を取り直すようにレベッカがそう言い、先頭を歩き部屋から出た。
 セスタ、ヘイシーンがそれに続く。
 と、そこで。
「申し訳ありません。Mr.メフォラシュ。少し……よろしいですか?」
 イシズがヘイシーンを呼びとめる。
 ヘイシーンは怪訝な顔をし、ゆっくりと振り返った。



 同日、深夜。
 研究者たちも全て寝静まった、静かな夜。
 その暗闇の中で、蠢く人影があった。
 気配を消し、闇に紛れて何事かを進める人物。
「そんな怪しい行動をとる者が、世のためになることをしているという例は、サンタクロースぐらいしか知らんがね」
 不意にカッ、とライトがつき、闇の中のその人物を照らしだした。
「そういった者は、大抵悪事を働く者だ……セスタ、そうだろう?」
 黒服のボディーガード4人を引きつれたヘイシーンが、重々しい口調で語りかける。
 暗闇に紛れ不審な行動をとっていた、セスタ・インバソールに向かって。
「な、なんですか、いきなり! ぼ、僕は、……そう! トイレに行こうと思って、迷ってしまって!」
「もう、言い逃れは出来ませんよ。セスタ」
 凛とした声を響かせ、ヘイシーンの背後からイシズが現れた。
「だから何なんですか! ボクは別に悪い事なんて……!」
「そうですね。貴方は元犯罪者が大多数を占める『ダアト』の中でもクリーンな経歴の持ち主です……貴方が、本当の“セスタ・インバソール”だとするならね」
 その瞬間、セスタは確かに息を飲み、絶句した。
「セスタ・インバソールなる人物は確かに実在しました……ただし、彼は20年も前に亡くなっていました」
「行政の杜撰な管理体制のせいで、調べるのにも時間がかかったが、裏付けも取れた。確かに貴様自身が何か悪事を働いた記録はない……だが、細工をし素性を隠す者を素直に信用することなど出来ん」
 イシズとヘイシーンが、詰め寄る。
「い……いやだなあ……そんな……」
 引きつった笑いを浮かべながら、少しずつ後退するセスタ。
「動くな」
 ヘイシーンが拳銃を懐から素早く取り出し、セスタに銃口を向ける。
 セスタは眼を見開き、その場で固まった。
「な……Mr.メフォラシュ! 流石にやり過ぎでは……」
 いきなりの行動にイシズが面くらった様子で声を掛けるが、ヘイシーンは気にも留めずに、言葉を続けた。
「さあ……何をやっていたかは知らないが、大人しくこちらに来るんだ。抵抗は無駄だ」
「……」
「……」
 緊張感に満ちた空気が、砂漠の夜に充満する。
 ヘイシーンの問いかけ以降、誰も言葉を発しない。ピクリとも動かない。
「さあ……早く」
「……わかりました……」
 再びのヘイシーンの問いかけに、手を頭の横に上げ「武器を持っていない」ことを証明するポーズをとったまま、ゆっくりとセスタは歩き出した。
 それを見て、ヘイシーンは背後にいたボディーガードをちらりと見ると「捕まえろ」と小さな声で指示を出した。
 それに応え4人のボディーガードの内、2人がセスタを押さえつけるため、前に出た。
 その一瞬の隙を突き――セスタはいきなり走り出した。
 2人の黒服を突き飛ばし、ヘイシーン目掛けて突撃を仕掛けてきたのだ。
 セスタは片手を懐にやっていた。――刃物か、拳銃を取り出すつもりか!
 そして次の瞬間――乾いた発砲音が響き――

 一瞬、体をのけぞらせた後、崩れる様にセスタはうつ伏せに倒れた。

 倒れたセスタの目の前には、硝煙の立ち上る拳銃を構えたヘイシーン。
 顔色一つ変えずに、今しがた自分が狙撃した男を見降ろしている。
「な……」
 一連の行動にしばらく固まっていたイシズだが、頭をふって気を取り直す。
 彼がリシドを襲撃した一員であろうとなかろうと、人死を出す気など毛頭ないのだから。
「……と、とにかく処分、処罰は後です。まずは彼を病院に……!」
 そう言って、倒れたセスタの元に歩み寄るイシズ。
 が、ヘイシーンは急に眉をしかめ「近づくな!」とイシズに向かって怒号を飛ばした。
 その声に驚き、足を止めたイシズ。――不意に、足元に違和感を覚えた。何か、柔らかいモノを踏んでいる……?
 ゆっくりと視線を下に向ける。イシズの足元にあったのは……くすんだ灰色をした、グロテスクな肉の塊だった。
「な、これは……!?」
「《侵食細胞「A」》」

《侵食細胞「A」》 通常魔法
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体にAカウンターを1つ置く。

 嫌悪感を露わにするイシズの声に……倒れた筈のセスタが、ゆらりと、ゾンビを思わせる動きで立ち上がり、応えを示した。
「更ニ……《亜空間ジャンプ装置》、発動!」

《亜空間ジャンプ装置》 通常罠
自分フィールド上モンスター1体と、
相手フィールド上のAカウンターが乗ったモンスター1体の
コントロールを入れ替える。

「な……!」
 驚くイシズ。
 その身が鈍い光に包まれたと思った次の瞬間、その場からイシズの身は掻き消えた。
「……セスタ、何をした」
 より一層声を低くし、セスタに再び銃口を向けるヘイシーン。
「無駄ダヨ。僕ニ銃ハ効カナイ。“闇の徒(シュラウド)”デアル僕ハ、仮初ノ肉体ノ持チ主……物理的要因デハ死ナナイ」
 ダンッ!
 セスタの言葉を遮る様に、ヘイシーンはセスタの眉間に向けて発砲した。
 だが……セスタは銃で撃たれた反動で仰け反らせた顔を、ゆっくりとヘイシーンに向け直す。こんなものは意味がない、と示すかの様に。
 頬を引きつらせるヘイシーンの前で、セスタに更なる変化が起こる。
 ずるり、と顔の表面が、溶けるかのように崩れていく。
「アア……被ッテイタ“皮”ガ台無シダ。結構気ニ入ッテイタノニ」
 セスタの顔は、おおよそまともな人間の顔立ちからかけ離れたものに変貌した。
 頬に当たる部分はこけ、口は縦方向に開きっぱなしになり、赤黒い舌ととがった白い歯が丸見えになっている。
 三白眼めいた不気味な目を見開き、セスタだったモノがヘイシーンに対峙する。
「貴様……一体……!」
「アア……コノ顔ネ……感想ナラ言ワナクテイイヨ。ドウセ君モ、同ジヨウナ事シカ言ワナイダロウカラ」
 ヘイシーンは変貌したセスタに注意を払いながらも、その周囲にも意識を向けていた。
 あたりの空気が、変わっている。悪意めいた気配が闇にとけて充満している。
 はたして、その予感は正解だった。異変はイシズ、セスタだけに留まらなかったのだ。
「な、なんだ、これは……ぐうぇああ!!」
 突き飛ばされていた2人組のボディーガードが突如、砂に飲み込まれる。
「ひいいい……うわああああ……!」
 同時に背後の黒服2人が、盛りあがった砂の塊に覆いされるように倒された。
「なんだ……く……!」
「オット、邪魔ハサセナイ!」
 変貌したセスタが指を鳴らす。同時に、辺りがより一層深い闇に包まれた。
 いや、正確にいえば、何らかの力場が、ヘイシーンとセスタを取り囲んだと言った方がよい。
「これは……“闇”の力場……“闇のゲーム”か……!」
「ソノ通リ」
 ヘイシーンが睨みつける先には、異形の決闘者が決闘盤を構え、戦意を向けてきた。
「ココデノ“儀式”ハ、今ノ所順調ニ進ンデイル。ソレガ完遂スルマデ……、僕ト遊ンデ貰ウヨ、ヘイシーン!」
 ヘイシーンの腕にも、突如として決闘盤が現れる。
「確かこの力場を突破するには、術者を倒すのが一番の近道にして唯一の方法だったか……よかろう、貴様が何をしようとしているか知らんが、貴様を倒してその目論見、潰してくれる。『隠された知識』上級幹部、ヘイシーン・ラ・メフォラシュの力で!」
「舐メテクレルナ! 僕ハ『クリフォト』bUデアル『醜悪』ノ、カイツール! 只ノ人間ナドニ遅レハトラナイ!」

「「決闘!!」」

カイツール:LP4000
マリク:LP4000


● ● ● ● ●


「く……私は……いったい……!?」
 イシズは、目を押さえ、いまだはっきりしない思考と視界を回復させようとしていた。
――確か、私はあのセスタとかいう男に……妙なカードを突きつけられて……
「……私は……と言うより、ここは一体どこ……?」
 なんとか目が慣れてきたイシズが辺りを見渡してみる。
 暗い場所だったが、かろうじて石造りの床、壁が見えた。
 壁には主に彫刻によって幾何学的な装飾が施されている。
 さらに、何か機材の様なものが、床に置いてある。
 それは、確か遺跡の研究チームが持ち込んだもの。
「……と言う事は……ここは今研究中の遺跡……?」
「その通りだ!」
 若い男の声が突如として響き、イシズは驚き、声がした方に目を向ける。
 同時に、研究チームが持ち込んだ大型ライトがイシズに向かって点灯された。
 あまりの眩しさに、両肘で目を覆うイシズ。
 なんとか隙間から、ライトの付いた方を見ようとした。
「この遺跡は、太古の戦いの決着がついた場所だ。“魔物”を従えた魔術戦……“名もなきファラオ”様よりも、もっと前の時代のな!」
 ライトを後光のように背負った男が一人、それが声の主の様だ。
「そして、その魔術の租……カードの“魔神”の封印の地であり、戦いによって再封印された地でもある。そして今、再びその力を、利用させてもらう時が来た」
 不意にその声に、イシズは違和感を覚えた。
 その声には聞き覚えがあった。だが、こんなところで聞くはずがない。
 彼は、ここにいるはずがない。『ダアト』からの報告で、彼は日本の病院で……治療を受けているはず……!
「そのために、オレ様は担ぎ出されたってワケだ……まったく、かったりいったらありゃしねえ!」
 そしてもう一つの違和感。彼はこんな乱暴な口調ではなかったはずだ。
 そう、こんな口調は、彼に宿ったもう一つの人格の――今はもうない、千年輪に宿った、あの邪悪な意志の……!
「ま、オレ様としても、その力とやらには興味がある。そんなわけでその力を手に入れるため……生け贄になってもらうぜ、イシズさんよぉ?」
 やっと目が慣れてきたイシズが、声の主を信じられない、といった視線で見つめる。
「貴方が……何故です、獏良了……!?」
「違うね」
 冷やかな笑みを見せ……その青年は高らかに自らの名を名乗った。
「オレ様はバクラ……千年の盗賊王、バクラだ!!」







エピソード9:破滅を呼ぶ光




――イシズと、バクラの邂逅から、少し時間を遡る――


 日の落ちた、薄暗い公園の片隅で、銀髪の男女が向き合っている。
 2人のうちの一人――獏良了が、僅かな逡巡の後、口を開いた。
「本当に……天音なのかい……?」
 震える声で、獏良了は問いかける。
 もう会えないと思っていた、会えないはずの、少女に向かって。
 問いかけられた銀髪の少女は、――何故か、戸惑う様な苦笑を浮かべた。
「……そう。やはり覚えてはいないのね。当然と言えば、当然だけど」
「……え?」
 混乱する獏良。
 何を言っているんだ? 覚えていない、とは何の事だ?
 困惑する獏良をよそに、少女はつらつらと言葉を続ける。
「まあ、仕方がないわね。媒介である千年輪は“戦いの儀”に置いて消滅してしまったのだから」
 その言葉を聞き、獏良の困惑はさらに深まった。
 なぜ、彼女が千年アイテムの事を――“戦いの儀”の事を知っている?
「天音……一体……」
「少々手荒だけど……これで思い出してもらうしかなさそうね」
 そういう彼女の腕に、決闘盤が一瞬にして現れた。
「な……に……!?」
 同時に、獏良の腕にも決闘盤が出現する。
「わかりやすく……“決闘”の中で思い出してもらいましょう。この……ゲームによって、ね」
 辺りの空気がより一層冷え、闇の濃さが増す。
「この気配……まさか、闇のゲーム……」
「さあ、はじめましょう」
 氷の様な笑みを浮かべ、少女は一方的に決闘の開始を告げた。

獏良   :LP4000
天音(?):LP4000


 重苦しい空気の中、闇のゲームが始まってしまった。
 獏良はしばし戸惑っていたが……、躊躇しながらもカードを引く。
「く……ボクのターン、ドロー」
 この圧迫する様な闇の中、本能的に逃れられないと悟ってしまったのだ。
「モンスターを守備で出して……ターンエンド」
 それでも、まともに戦う気は起らない。
 様子見を兼ねて、守備モンスターを置き、ターンを終えた。
「私のターン、ドロー」
 天音がカードを引く。
 彼女は手札をさっと見回すと、ほぼ迷いなくカードを1枚選び出した。
「私は《ライトロード・モンク エイリン》を攻撃表示で召喚」

《ライトロード・モンク エイリン》
光/☆4/戦士族・効果 ATK1600 DEF1000
このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、
ダメージ計算前にそのモンスターをデッキに戻す。
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
自分のエンドフェイズ毎に、自分のデッキの上からカードを3枚墓地に送る。


 光を背負って現れたのは、浅黒い肌をした女戦士。
 白を基調としたその衣装は、聖職者と格闘家、その両方を思わせるものだった。
「エイリンで、守備モンスターを攻撃」
 女戦士がフィールドを駆け、裏守備モンスターに蹴りをかました。
「く……攻撃されたのは《ゴブリンゾンビ》! その効果を……って、あれ?」
 獏良の伏せた守備モンスター《ゴブリンゾンビ》は、フィールドから墓地に送られると、特定条件のモンスターをデッキから手札に加える効果を持っている。
 だが、女戦士に蹴り倒された、獏良の《ゴブリンゾンビ》の効果が発動しない。

《ゴブリンゾンビ》
闇/☆4/アンデット族・効果 ATK1100 DEF1050
このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
相手はデッキの上からカードを1枚墓地へ送る。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分のデッキから守備力1200以下の
アンデット族モンスター1体を手札に加える。

 
 いや、正確にいえば、《ゴブリンゾンビ》は女戦士の蹴りによって、獏良のデッキトップに戻ってしまったのだ。
「エイリンのモンスター効果。エイリンが裏守備モンスターを攻撃した場合、ダメージ計算前にデッキに戻す。墓地において効果を発揮する《ゴブリンゾンビ》の効果は発動しないわ」
 天音は、別段誇るでもなく、坦々と告げる。
「カードを1伏せて、ターン終了。ここで、エイリンの持つもう一つの効果が発動。デッキから3枚のカードを墓地に送るわ」
 デッキから3枚のカードが墓地に落ちる。そして、天音のターンは終了した。


獏良:LP4000
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:5枚
天音(?):LP4000
モンスター:《ライトロード・モンク エイリン》(功1600)
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:4枚


「……ボクのターン!」
 獏良は相手の場を見やる。
 下手に守勢に回っていては、不利になる……獏良は手札から攻撃モンスターを選び出した。
「よし……死霊騎士デスカリバー・ナイト召喚!」

《死霊騎士デスカリバー・ナイト》
闇/☆4/悪魔族・効果 ATK1900 DEF1800
このカードは特殊召喚できない。
効果モンスターの効果が発動した時、
フィールド上に表側表示で存在するこのカードを生け贄に捧げなければならない。
その効果モンスターの発動と効果を無効にし、そのモンスターを破壊する。


 伏せカードは少しばかり気になったが、獏良は思い切って攻撃命令を下す。
「デスカリバー・ナイトでエイリンを攻撃!」
 漆黒の馬を駆り、デスカリバー・ナイトがエイリンに突撃を仕掛ける。
 エイリンも反撃を試みるが、馬上の死霊騎士は、あっさりと女戦士を伐り払った。
「……」

天音(?)LP4000 → LP3700


「よし、エイリンは倒せた! カードを1枚伏せてターン終……」
「リバースカードオープン、《閃光のイリュージョン》。この効果により、エイリンを蘇生」
「え……!?」

《閃光のイリュージョン》 永続罠
自分の墓地から「ライトロード」と名のついたモンスター1体を選択し、
攻撃表示で特殊召喚する。
自分のエンドフェイズ毎に、デッキの上からカードを2枚墓地に送る。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターがフィールド上から離れた時このカードを破壊する。


 光の魔法陣が地面に描かれ、そこから先ほど倒されたエイリンが復活する。
「せ、専用蘇生カードまで……」
 驚愕する獏良。だが、すでにエンドフェイズに移ってしまっているため、対抗手段もとれない。
 そのまま天音のターンに移ることになる。


獏良:LP4000
モンスター:《死霊騎士デスカリバー・ナイト》(功1900)
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:4枚
天音(?):LP3700
モンスター:《ライトロード・モンク エイリン》(功1600)
魔法・罠:《閃光のイリュージョン》
手札:4枚


「では、私のターンね。ドロー」
 変わらず、どこか穏やかな調子で天音はカードを引く。
「次なるライトロード……パラディン ジェインを召喚」

《ライトロード・パラディン ジェイン》
光/☆4/戦士族・効果 ATK1800 DEF1200
このカードは相手モンスターに攻撃する場合、
ダメージステップの間攻撃力が300ポイントアップする。
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
自分のエンドフェイズ毎に、自分のデッキの上からカードを2枚墓地に送る。


 赤いマントを翻し、まるでおとぎ話に出てくるような、勇ましい騎士が現れた。
「ジェインで、デスカリバー・ナイトを攻撃」
「!? 攻撃力はデスカリバー・ナイトの方が上なのに!?」
 驚く獏良に、天音は微笑みながら語る。
「ご心配なく……ジェインは、攻撃時のみ攻撃力が300ポイント上昇するわ。これでデスカリバー・ナイトの攻撃力を上回れる」

《ライトロード・パラディン ジェイン》効果発動!
ATK1800 → ATK2100


「くっ……なら、デスカリバー・ナイトの効果! モンスター効果が発動した場合、その効果を無効化し、破壊……」
 だが、デスカリバー・ナイトは無効化効果を発動せず、そのままジェイン目掛けて突撃を仕掛ける。
「な……なんで無効化できない?!」
「残念だけど……ジェインの効果はチェーンに乗らない。デスカリバー・ナイトには打ち消せないの」
「そんな……!!」
 ジェインが素早く死霊騎士の懐に回り込み、斜め上段から剣を振り下ろす。
 馬ごと切り捨てられたデスカリバー・ナイトは、脆くも崩れ落ちた。

獏良:LP4000 → LP3800

 
「さらにエイリンの追撃……」
「くっ! 伏せカード発動! 罠モンスター、《死霊ゾーマ》!」

《死霊ゾーマ》 永続罠
このカードは発動後モンスターカード
(アンデット族・闇・星4・攻1800/守500)となり、
自分のモンスターカードゾーンに守備表示で特殊召喚する。
このカードが戦闘によって破壊された時、
このカードを破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。
(このカードは罠カードとしても扱う)


 がら空きとなってしまった獏良のフィールドに、黒ずんだ体躯の死霊が現れた。 
「エイリンはそのまま、ゾーマに攻撃するわ」
 エイリンの素早い蹴りが炸裂、ゾーマの効果――エクトプラズマー化し、相手にダメージを与える能力を発動する間もないまま、デッキに戻されてしまう。
「ゾーマの効果は破壊された場合のみ発動できる。ダメージ計算前にデッキに戻してしまうエイリンの前には無力ね。これでターン終了よ」
 同時にジェイン、エイリン、閃光のイリュージョンの効果が発動、次々とデッキからカードが墓地に送られてゆく。 
「……君は……」
「あら? 何かしら?」
 あくまで穏やかな笑みを見せる目の前の少女に、獏良はとてつもない不安を感じた。
 デッキそのものを切り捨てるかの様な効果を持つ、ライトロード。
 まるで人間味のない、奇妙な幻を相手にしている様な感覚。
「君は……本当に、天音?」
 そう言いながらも、獏良はもう目の前の相手が、天音だとは思えなくなっていた。
 確かに見た目は、天音だと確信できる。
 だが、人格は……あまりにも違いすぎる。
 いや、もはや少女がまともな人間という確信すら持てない。
「そうね……なら、この名前を名乗った方が良いかしら?」
 小首をかしげながら、目の前の少女が告げる。
「……今の私は――『クリフォト』の1、『無神論』のバチカル、という名前を持っているわ」


獏良:LP3800
モンスター:《死霊ゾーマ》(守500)
魔法・罠:なし
手札:4枚
天音(?):LP3700
モンスター:《ライトロード・モンク エイリン》(功1600)、《ライトロード・パラディン ジェイン》(功1800)
魔法・罠:《閃光のイリュージョン》
手札:4枚





エピソード10:十の悪徳


 
 そして私は、この世に神などいないと悟った。
 正しくは、人間に都合のよい神などいない――と言うべきか。
 この世界に救いはあるのか。この世界の真意は何か。
 私は思う、それを探そうと。
 それを見つけるまで、私は戒めとして『無神論』を名乗ろう。
 十の悪徳を犯してでも、世界の真意を探そう。
 おそらく、真の救いは、『そこ』にあるだろうから。


● ● ● ● ●


「クリフォト? ……バチ……カル……?」
 目の前の少女は、獏良に分かりやすく、という意図でその名を名乗ったようだが、彼には全く心当たりがない。
 だが、一つ確信に至ったことがある。
――目の前の少女は、天音ではない。見た目こそ、かつての妹を思わせるが……中身は、別物だと。
「ボクのターン!」
 獏良は勢いよくカードを引く。
 目の前の少女は――天音ではない。
 まったくの別人が、彼女に変装しているのか。
 はたまた、かつての遊戯や自分のように、何か違う存在が彼女の中に入っているのか。
 その真実は分からないが、目の前の少女からは、尋常ではない凶相を感じ取れる。
 ならば、このゲームを制し、この闇に取り囲まれた状態を解消する!
「(このカードは……)まずは《手札断殺》を発動! 互いのプレイヤーは手札2枚を墓地に送り、2枚ドロー!」
 最初のターン、エイリンの効果により実質ドローを潰されていた獏良にとって、助けになる手札交換カード。
 効果に従い、獏良とバチカルの両プレイヤ―が手札の交換を行う。

《手札断殺》 速攻魔法
お互いのプレイヤーは手札を2枚墓地へ送り、デッキからカードを2枚ドローする。


「そしてモンスターを守備で出し、カードを1枚伏せて、ターン終了!」
 その目からは、困惑から来る迷いは消えていた。
 このゲームを制する――その意思が、滲みでるモノに変わっている。


獏良:LP3800
モンスター:守備モンスター1体
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:2枚
バチカル:LP3700
モンスター:《ライトロード・パラディン ジェイン》(功1800)《ライトロードモンク エイリン》(功1600)
魔法・罠:なし
手札:4枚


 その視線を受けて、バチカルは軽く溜息をつく。
「思い出してはもらえないようね……。では、ゲームを続けるわね。私は墓地の光属性モンスター2体……2体目のジェインと《ライトロード・ハンター ライコウ》をゲームから除外して《神聖なる魂》を特殊召喚」

《ライトロード・ハンター ライコウ》
光/☆2/獣族・効果 ATK200 DEF100
リバース:フィールド上のカードを1枚破壊する事ができる。
自分のデッキの上からカードを3枚墓地に送る。


神聖なる魂(ホーリー・シャイン・スピリッツ)
光/☆6/天使族・効果 ATK2000 DEF1800
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の光属性モンスター2体をゲームから除外して特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在する限り、相手のバトルフェイズ中のみ
全ての相手モンスターの攻撃力は300ポイントダウンする。


「く……さっき、ライトロードの効果で墓地に送られたカードを使って……!」
 歯噛みする獏良に対し、バチカルは静かに告げる。
「では、まず……ジェインで攻撃しましょうか」
 一直線に、獏良目掛けて突撃してくるジェイン。
 獏良は、その剣で真正面から斬りつけ……られはしなかった。
 剣を振りかざすジェインが目前まで迫った所で、獏良が瞬時に伏せカードを開き、その攻撃を打ち消したのだ。
「……迂闊だったね! 伏せカードオープン、《聖なるバリア−ミラーフォース−》!」

《聖なるバリア−ミラーフォース−》 通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。


「これで、攻撃表示の2体――ジェインと神聖なる魂は破壊される!」
 獏良の宣告通り、まずはジェインが光るバリアに斬撃のエネルギーを反射され、そのまま吹き飛ばされる。
 そして、反射エネルギーはエイリン、《神聖なる魂(ホーリー・シャイン・スピリッツ)》をも襲い、フィールドから退場せしめた。
「あら……仕方ないわね。そうね、がら空きのままには出来ないから……《ライトロード・スピリット シャイア》を召喚しておくわ」

《ライトロード・スピリット シャイア》
光/☆3/天使族・効果 ATK400 DEF1400
このカードの攻撃力は、自分の墓地に存在する「ライトロード」
と名のついたモンスターの種類×300ポイントアップする。
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
自分のエンドフェイズ毎に、自分のデッキの上からカードを2枚墓地へ送る。


「今墓地のライトロードは4種類……シャイアの攻撃力は1200ポイントアップするわ」

《ライトロード・スピリット シャイア》
ATK400 → DEF1600


「カードを1枚伏せてターン終了。ここで、シャイアの効果が発動。デッキからカードを2枚墓地に送るわね」
 バチカルのデッキから2枚のカードが墓地に送られ……と、いきなり、バチカルの前に白い狼の顔をした獣人戦士が現れた。
「! な、なに!?」
「あら、墓地に落ちたカードの中にウォルフがいたのね。この子は《ライトロード・ビースト ウォルフ》。通常召喚ができない代わりに、デッキから墓地に送られた場合、特殊召喚されるわ」

《ライトロード・ビースト ウォルフ》
光/☆4/獣戦士族・効果 ATK2100 DEF300
このカードは通常召喚できない。
このカードがデッキから墓地に送られた時、このカードを自分フィールド上に特殊召喚する。


 目を見開き驚く獏良。
 相手のモンスターを減らせたと思ったら、思わぬ方法での展開により挽回されてしまった。
 自然に顔も曇る。
「く……ボクのターン!」
 だが、引いたカードを見て、獏良の表情に笑みが戻る。
 逆転の一手となりうるカードが来たのだ。
「よし……! ボクの墓地に存在する3体の悪魔族モンスター……《地縛霊》《死霊操りしパペットマスター》《死霊騎士デスカリバー・ナイト》をゲームから除外して……こい、ダーク・ネクロフィア!」
「《地縛霊》に《死霊操りしパペットマスター》……? ああ、《手札断殺》で墓地に送られたカードはそれなのね」

《地縛霊》
地/☆4/悪魔族 ATK500 DEF2000
闘いに敗れた兵士たちの魂が一つになった怨霊。
この地に足を踏み入れた者を地中に引きずり込もうとする。


《死霊操りしパペットマスター》
闇/☆6/悪魔族・効果 ATK0 DEF0
このカードがアドバンス召喚に成功した時、2000ライフポイントを払う事で
自分の墓地に存在する悪魔族モンスター2体を選択して特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターは、このターン攻撃する事はできない。


 3体の悪魔の魂が虚空に消える。
 そこから黒い炎が湧きあがった。
 黒い炎は徐々に人型を成してゆき――それは青白く、不気味な人形となった。
 頭皮のない頭には、泣いている様な、怒っている様な、なんとも言い難い表情が浮かんでいる。
 手元に抱きかかえているのは、嫌悪感を抱かせる朽ち方をした、赤ん坊の人形。
 悪夢を体現した様な、死の恐怖――《ダーク・ネクロフィア》が、光の戦士に相対する。

《ダーク・ネクロフィア》
闇/☆8/悪魔族・効果 ATK2200 DEF2800
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地に存在する悪魔族モンスター3体を
ゲームから除外した場合に特殊召喚する事ができる。
このカードが相手によって破壊され墓地へ送られた場合、
そのターンのエンドフェイズ時に装備カード扱いとして
相手モンスター1体に装備する。
この効果で装備カード扱いになっている場合のみ、
装備モンスターのコントロールを得る。


「さらに守備にしていた《闇よりの恐怖》を反転召喚!」

《闇よりの恐怖》
闇/☆4/アンデット族・効果 ATK1700 DEF1500
このカードが相手のカードの効果によって手札またはデッキから墓地に送られた時、
このカードを自分フィールド上に特殊召喚する。


 戦線を整え、攻め込む準備を済ませた獏良。
 相対するウォルフ、ライラを見据えて、攻撃宣言を下す。
「いくよ《ダーク・ネクロフィア》! ウォルフを攻撃……念眼殺!」
 獏良の声に応え、ネクロフィアが目を見開く。
 視線の先にいるウォルフが、見えない力に締め付けられるように悶絶し、倒れた。

バチカル:LP3700 → LP3600


「さらに《闇よりの恐怖》で、シャイアを攻撃!」

バチカル:LP3600 → LP3500


 光る翼を持った天使兵、シャイアが影の魔物に呑まれて消え去った。
 相手の場は全滅。獏良は思わず息をついた。
「よし! これで……ターン終了!」


獏良:LP3800
モンスター:《ダーク・ネクロフィア》(功2200)、《闇よりの恐怖》(功1700)
魔法・罠:なし
手札:2枚
バチカル:LP3500
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:2枚


「私のターン、ドロー」
 場のモンスターを全滅させられたが、バチカルは別段慌てた様子もなくカードを引く。
「そうね……まず、手札の《ライトロード・プリースト ジェニス》をコストに《ソーラー・エクスチェンジ》を発動。デッキからカードを2枚引き、その後デッキトップからカードを2枚墓地に送る」

《ライトロード・プリースト ジェニス》
光/☆4/魔法使い族・効果 ATK300 DEF2100
「ライトロード」と名のついたカードの効果によって
自分のデッキからカードが墓地へ送られたターンのエンドフェイズ時、
相手ライフに500ポイントダメージを与え、自分は500ライフポイント回復する。


《ソーラー・エクスチェンジ》 通常魔法
手札から「ライトロード」と名のついたモンスターカード1枚を捨てて発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローし、その後デッキの上からカードを2枚墓地に送る。


 引き直したカードを見て、バチカルの顔の笑みが一層深まる。
「いいカードが来たわ。私は《ライトロード・サモナー ルミナス》を召喚」

《ライトロード・サモナー ルミナス》
光/☆3/魔法使い族・効果 ATK1000 DEF1000
1ターンに1度、手札を1枚捨てる事で自分の墓地に存在するレベル4以下の
「ライトロード」と名のついたモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する。
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する場合、
自分のエンドフェイズ毎に、自分のデッキの上からカードを3枚墓地に送る。


「ルミナスの効果発動。手札を1枚捨てることで、墓地のレベル4以下ライトロードを蘇生できる。私が蘇生させるのは……ウォルフにするわ」
 褐色肌の踊り子めいたライトロ―ド、ルミナスが、光を散らしながら舞う。
 そのステップにより刻まれた魔法陣から、先ほど倒された獣戦士――ウォルフが戦場に復活した。
「でも……ウォルフでは、ダークネクロフィアには勝てない」
「そうね……でも、それなら」
 そう言いながら、もう一枚、手札に指を掛けるバチカル。
「勝てるモンスターを出すまでね。特殊召喚……《ガーディアン・オブ・オーダー》」
 そして、突如として光り輝く鎧に全身を包んだ強大な存在が、獏良の眼前に降臨した。

《ガーディアン・オブ・オーダー》
光/☆8/戦士族・効果 ATK2500 DEF1200
自分フィールド上に光属性モンスターが表側表示で2体以上存在する場合、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
「ガーディアン・オブ・オーダー」は、
自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。


「な……! 攻撃力2500の上級モンスターが、いきなり……!?」
 舌を巻く獏良に、バチカルは微笑を浮かべ語りかける。
「この子《ガーディアン・オブ・オーダー》は、場に2体以上光属性モンスターが並んでいる場合、特殊召喚出来るの。展開力に優れたこのデッキなら、とても出しやすいのよ」
 光纏う輝く戦士達を従え、バチカルは聖母のような笑みを浮かべる。
 それは、獏良と共にある、闇の魔物たちへの死刑宣告。
「いくわよ……《ガーディアン・オブ・オーダー》で《ダーク・ネクロフィア》を攻撃……シャイニング・エクスキューショナー」
 圧倒的なまでの光が、獏良の視界を埋め尽くす。
 その中で《ダーク・ネクロフィア》が、その体を昇華され、光の中に消えていった。
「くわあ……!」

獏良:LP3800 → LP3500


「さらに、ウォルフで《闇よりの恐怖》を攻撃し、ルミナスで直接攻撃」
「がっ……!」

獏良:LP3500 → LP3100 → LP2100


「くう……!! まさか……こんなに簡単に僕のモンスターが全滅させられるなんて……!」
 衝撃に体を揺らす獏良。またしても、彼の場はがら空きとなった。
「これで、ターン終了。それから、ルミナスの効果で、デッキからカードを3枚墓地に送るわね」
 バチカルがそう言った瞬間、獏良の墓地から“闇”が立ち上った。
「忘れちゃいけない……。この瞬間《ダーク・ネクロフィア》の効果が発動! その怨念により……相手モンスターの装備カードとなって、コントロールを奪う! ボクは《ガーディアン・オブ・オーダー》を選択! ダーク・ネクロフィア! 憑依能力発動!」
 立ち上った“闇”が、薄く《ダーク・ネクロフィア》の姿を形造ったと思うと、疾風のごとく《ガーディアン・オブ・オーダー》に向かい飛ぶ。
 ネクロフィアの“怨念”が煙のごとく《ガーディアン・オブ・オーダー》に纏わりつく。
 やがてその鎧から輝きが消え……獏良の元に寝返った。


獏良:LP2100
モンスター:《ガーディアン・オブ・オーダー》(攻撃力2500)
魔法・罠:《ダーク・ネクロフィア》(装備状態)
手札:2枚
バチカル:LP3500
モンスター:《ライトロード・サモナー ルミナス》(功1000)、《ライトロード・ビースト ウォルフ》(功2100)
魔法・罠:なし
手札:1枚


「ボクのターン! ドロー! ボクは《ゲルニア》を召喚!」

《ゲルニア》
闇/☆4/アンデット族・効果 ATK1300 DEF1200
フィールド上に表側表示で存在するこのカードが、
相手のカードの効果によって破壊され墓地へ送られた場合、
次の自分のスタンバイフェイズ時に自分フィールド上に特殊召喚する。


 相手の強力モンスターを手中に収めた事が、彼の気持ちを後押しする。
――相手の場に、伏せカードはない。このまま攻め込んで、一気に勝つ!
「いくよ……《ガーディアン・オブ・オーダー》! ウォルフを攻撃だ!」
 ネクロフィアの“怨念”に操られた鎧の戦士が、ウォルフ目掛けて拳撃を見舞う。
 力の差は覆らない。このまま、倒せる……と思いきや。
 突如現れた、薄い戦士の影が、その攻撃をはじき返す。
「な……何が……!」
「墓地はちゃんと確認した方がいいわ……墓地の《ネクロ・ガードナー》効果を発動。このカードを除外する事で、相手の攻撃を1度無効にする」

《ネクロ・ガードナー》
闇/☆3/戦士族・効果 ATK600 DEF1300
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。


 反撃の出鼻をくじかれた獏良。
 いつのまに……と思ったが、別段おかしくはない。
 なにせ、ライトロードの効果で、あれだけ大量にカードが墓地に送られたのだから。
 フィールドの状況を逆転されたのに、慌てた様子がなかったのはこのためか――今更ながら、自分の迂闊さを呪う。
「く……なら、少しでも数を減らしておく! 《ゲルニア》でルミナスを攻撃!」

天音(バチカル)LP3600 → LP3300


「カードを1枚伏せ……ターン終了!」
 強い。
 ひしひしと、獏良はそれを感じ取っていた。
 バチカルの腕もそうだが、なによりライトロードの地力の強さが驚異的だ。
 デッキを削り取る代わりに、1枚1枚のカードパワーが強すぎる。
 しかも、墓地に送られたカードも時として牙をむき、こちらを追い詰めてくる。
 自らの妹の姿の何者か――聖母のごとき笑みを浮かべる少女に対し、獏良は得体のしれない畏れを抱いていた。


獏良:LP2100
モンスター:《ガーディアン・オブ・オーダー》(攻撃力2500)、《ゲルニア》(功1300)
魔法・罠:《ダーク・ネクロフィア》(装備状態)、伏せカード1枚
手札:1枚
バチカル:LP3300
モンスター:《ライトロード・ビースト ウォルフ》(功2100)
魔法・罠:なし
手札:1枚


「私のターン、ドロー」
 カードを引いたバチカル。
 そのカードを見ると同時に――少しばかり、目を細めた。
「もういい頃合ね……そろそろ終わりにしましょう。ウォルフを生け贄に上級ライトロード……《ライトロード・エンジェル ケルビム》を召喚」

《ライトロード・エンジェル ケルビム》
光/☆5/天使族・効果 ATK2300 DEF200
このカードが「ライトロード」と名のついたモンスターを
生け贄にして生け贄召喚に成功した時、
デッキの上からカードを4枚墓地に送る事で
相手フィールド上のカードを2枚まで破壊する。


 白の獣戦士が掻き消え、代わりに現れたのは白銀の鎧を纏った女性天使。
 蒼の流れる髪。純白の翼。装飾の施された杖。
 その姿は、まさに力と美しさを示す、戦いの天使であった。
「ケルビムの効果を発動。生け贄召喚に成功した際、デッキトップからカードを4枚墓地に送ることで、相手のカード2枚を破壊する。そうね、《ガーディアン・オブ・オーダー》の装備カードとなっている《ダーク・ネクロフィア》を破壊して、コントロールを取り戻しましょう。それから伏せカードも破壊させてもらうわ」
 ケルビムが杖を振りかざし、光が獏良のフィールド上に舞い落ちる。
 その光により、ネクロフィアの“怨念”は強制的に浄化され……《ガーディアン・オブ・オーダー》の鎧が輝きを取り戻し、バチカルの元に戻ってゆく。
 加えて、獏良の伏せカード――《攻撃の無力化》も光にかき消されてしまった。

《攻撃の無力化》 カウンター罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる。


「しまった……!」
 一瞬にして、全てのフィールド上のカードを破壊されてしまった獏良。
 バチカルは容赦なく、自分の元に舞い戻った《ガーディアン・オブ・オーダー》に指令を下す。
「終わりね。《ガーディアン・オブ・オーダー》で《ゲルニア》を攻撃」

獏良:LP2100 → LP900


「ぐ……ああああああ!」
 もはや風前のともしびである獏良のライフ。
 バチカルの最後の宣言により――それも、奪われることになった。
「そしてトドメ……ケルビムでの直接攻撃」
「うわああああああ!!!!」

獏良:LP900 → LP0


 叫び声をあげて、獏良が倒れる。
 “闇”のゲームは終わりを告げた。
 だが、闇は未だに晴れない。
 彼女の目的は達せていないのだ。
 バチカルが懐から1枚のカードを取り出し、獏良に近づく。
 そして小声で何かを呟き、そのカードを翳すと……獏良の体から、薄暗い霧が発生した。
 その霧はカードを中心にゆっくりと人の形を成していく。
 やがて……そこに現れたのは、倒れた獏良と寸分たがわぬ容姿をした青年だった。
 いや、厳密にいえば、見た目が違う所がある。
 倒れた獏良は、温厚そうな顔をしているのだが……霧から顕現した彼は目つきが鋭く、表情からは悪意がにじみ出ていた。
「まったく……手荒い歓迎だな、“魔女”サンよ?」
 悪意ある彼にそう言われ、バチカルは苦笑しながら応えた。
「ごめんなさいね……やはり“記憶戦争”が終わった後でないと、うまく動けないから……それで、その“闇の徒(シュラウド)”の調子はいかがかしら? 盗賊王?」
 その問いを聞き、彼――盗賊王、バクラは愉快そうな笑みを浮かべた。
「ああ、悪くねえな……イイ感じに闇に馴染む……イイぜ、オレ好みだ」
「それはよかったわ。そのカード……貴方を模した“精霊”だから、やはり相性はいい様ね」
 微笑むバチカルに、バクラはシニカルな笑みで応える。
「さあ、いきましょうか。更なる深き“力”……そのためにも、貴方は必要。改めて、お願いするわ」
「ハッ! イイゼ……もっと“闇”を……見せてもらうぜ」
 そして、2人――いや、3人を取り囲む“闇”は徐々に収束していき――
 たった1人、倒れた獏良を残して、2人は何処かへ消え去った。


――その数日後、盗賊王バクラはイシズの前に現れる。更なる“闇”を求めて――





エピソード11:獣の軍勢




「ん……なに? なんだか……騒がしい……」
 レベッカが、騒音を耳にして眠りから覚めた。
 半覚醒の状態で、真っ暗やみの中、デジタル時計の表示を目にする。
「(……夜中の3時……まったく、こんな夜中に騒ぐなんて……)」
 そこまで思い至って、はたと気付いた。
 今、自分は研究チームの一員として、エジプトに来ている。
 そして現在自分が寝ている場所は、研究対象の遺跡が存在する砂漠の一角に設置されたテントの中だ。
「(近くに集落があるわけでもないし、こんなところで騒音が起こるわけがない……)一体何が……!?」
 レベッカはジャケットを羽織ると、テントの外に出た。
 
――そこに繰り広げられていた光景を目にして、レベッカは自分が未だに夢の中にいるのではないかと疑った。

 砂漠のあちこちに、5メートルはあろう巨大な砂の塔が立ち上っている。
 砂の塔の頂点には、円周を尖った歯で覆われた丸い形の口があった。
 そこから砂が絶えず流れており、その流砂の中に人が取りこまれているのだ。
 まるで、砂の中に人を食う化け物が潜んでいるかのように。
 そして、地上の様子もまた、常軌を逸していた。
 ボロボロの包帯を纏ったミイラが、逃げ惑う人々を襲っている。
 ミイラに覆いかぶさるように取りつかれた者は、恐怖に染まった表情を見せ、狂ったように暴れるのだが、しばらくすると一様に大人しくなる。
 レベッカの位置からは、その詳しい様子は分からなかったが、次々と人々の魂が奪われているように感じられた。
「いったい……これは……!?」
 ホラー映画さながらの壮絶な光景を目にして、思わず後方によろめくレベッカ。
 が、その背中に突如として衝撃が走り、前方に吹っ飛ばされた。
「きゃあああ!!」
 レベッカの背後に立てていたテントが、突如として出現した砂の塔に押し上げられ、崩壊した。
 その砂の塔、流れる砂に隠れて分かりにくいが、内部に腕の様なものが確認できた。
「……!? もしかして、コレ……《サンドモス》!?」

《サンドモス》
地/☆4/岩石族・効果 ATK1000 DEF2000
裏側守備表示のこのカードが戦闘以外によって破壊され墓地へ送られた時、
元々の攻撃力と守備力を入れ替えて自分フィールド上に特殊召喚する。


 砂の塔、いや、砂で出来た化け物の容姿を、どこかで見覚えがあると思っていたレベッカ。
 その正体は、デュエルモンスターズのモンスターカードである《サンドモス》であった。
 よくよく見てみれば、人々を襲っているミイラたちも、カードイラストで見た覚えがある。
「あの装飾……《ヌビアガード》に……《王族親衛隊》……!」

《ヌビアガード》
炎/☆2/戦士族・効果 ATK500 DEF500
このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた場合、
自分の墓地の永続魔法カード1枚をデッキの一番上に戻す事ができる。


《王族親衛隊》
地/☆2/アンデット族・効果 ATK1600 DEF1700  
このカードは1ターンに1度だけ裏側守備表示にする事ができる。
このカードがリバースした時、ターン終了時まで
このカードの攻撃力・守備力はそれぞれ300ポイントアップする。


 理由は分からないが、デュエルモンスターズのモンスター達、通常ならソリッドビジョン・システムにおける映像で、現実には影響を及ぼさないはずのモンスター達が実体化し、人々を襲っている。
 レベッカは、過去の似たような事件を思い出していた。
 7年前の秘密結社ドーマが起こした事件の際にも、モンスターが実体化し、世間が大混乱に陥った事がある。
 確かあの時は、遊戯が現況を抑えたとこで収まったハズ……。
「でも、この状況の原因はいったい……!!!?」
 恐怖に塗りつぶされそうになる思考をどうにかなだめ、レベッカは周囲の状況を再び確認する。
 しかし、立ち上り続ける砂の化け物、襲い来るミイラの戦士たちしか目に移らない。
 と、レベッカの背後で、鼓膜を破らんばかりに砂の崩れる音が響く。
 彼女が寝ていたテントを弾き飛ばした《サンドモス》が、砂の中から人型めいた体を立ち上がらせたのだ。
 崩れ行く砂で形成された足と腕をゆるゆると伸ばし、顔に目は無く、口には鋭い牙、背中からは骨らしき突起を断ち伸ばせたそれは、レベッカの恐怖感を容赦なく刺激する。
「く、早く逃げ……」
 体に鞭打ち、立ち上がるレベッカ。
 そこで、彼女は気がついた。
 自分からは離れた位置にいたミイラの軍勢が、手近な人間を狩りつくしたためか、新たな餌を求めるように、こちらに向かってきたのだ。
「(まずい……! このままじゃ、挟み撃ちに……!)」
 その、一瞬の躊躇が仇となった。
 レベッカの背後の《サンドモス》は、すでに彼女を標的として捕らえていたのだ。
 今にも崩れそうな、しかし確実な攻撃の意思を持った腕がレベッカに迫る。
 そして、レベッカがそれに気がついたとき、彼女にその脅威から逃れるための時間は、残されていなかった。


● ● ● ● ●

 
「(外の音がまったく聞こえん……これが“闇”のゲームの拘束力と遮断性か……)」
 周囲を取り囲む重苦しい“闇”の中で、ヘイシーンは小さく舌打ちをする。
 そして、この闇のゲームを仕掛けてきた張本人、同じ『隠された知識』の一員であった、セスタ・インバソール――という、偽りの身分を名乗っていた、『クリフォト』のbU、『醜悪』のカイツールを睨みつけた。
 すっかりその容姿を人外めいたものに変えた裏切り者は、手札を吟味している所だった。
 その視線をちらり、とヘイシーンに移したカイツールは、耳障りな声でヘイシーンに語りかける。
「コノ“闇”ノ外ノ様子ヲ気ニシテイル様ダケド……。外ニ出ヨウトシテモ無駄ダヨ。“闇”ノゲームノ“ルール”ハ絶対。決着ガ付クマデ、コノ闇ハ消エナイ」
「ふん……。分かっておる。さっさと貴様を倒して外に出る。そら、貴様のターンからだぞ。早く始めろ」
「減ラズ口ヲ……! マアイイ。ソノ油断、後悔サセテヤル! モンスターヲ裏守備デセット! 更ニカードヲ1枚伏セル! 僕ハ、コレデターン終了!!」
 乱暴な口調でカイツールはターン終了を宣言する。
「ふむ……儂のターン、ドロー」
 ヘイシーンは一通り手札を眺めた後、カードを1枚選び出す。
「では儂は、このモンスターを攻撃表示で召喚しよう。来い! 《剣闘獣(グラデュアルビースト)ディカエリィ》!」

《剣闘獣ディカエリィ》
地/☆4/獣族・効果 ATK1600 DEF1200
このカードが「剣闘獣」と名のついたモンスターの効果によって
特殊召喚に成功した場合、このカードは1度のバトルフェイズ中に
2回攻撃をする事ができる。
このカードが戦闘を行ったバトルフェイズ終了時に
このカードをデッキに戻す事で、デッキから「剣闘獣ディカエリィ」以外の
「剣闘獣」と名のついたモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する。


「バトルフェイズに入ろう……。ディカエリィで裏守備モンスターを攻撃!」
 牛頭の闘士、ディカエリィが裏守備モンスターを攻撃する。
 守備モンスターの正体、真っ白い肌をした、細身の異形が抵抗する間もなく倒された。
「破壊サレタノハ《エーリアン・グレイ》! ソノリバース効果ガ発動スル!」
 その言葉と同時に、ラクエルの体に鈍い光沢を放つ球体が埋め込まれた。

《剣闘獣ディカエリィ》
Aカウンター×1


「グレイノリバース時ノ効果ハフタツ! ヒトツハ、相手モンスターニAカウンターヲ配置スル事! 更ニモウヒトツノ効果デカードヲ1枚ドロー!」

《エーリアン・グレイ》
光/☆2/爬虫類族・効果 ATK300 DEF800
リバース:相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体に
Aカウンターを1つ置く。Aカウンターが乗ったモンスターは、
「エーリアン」と名のついたモンスターと戦闘する場合、
Aカウンター1つにつき攻撃力と守備力が300ポイントダウンする。
また、リバースしたこのカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。


「Aカウンター……エーリアンデッキにおいて、戦闘時の敵弱体化、それ以外にも様々なサポートカード発動のために必要不可欠な要素……だが」
 じろり、とカイツールを睨みながら、ヘイシーンは言う。 
「当てが外れたな、カイツールよ。その様な小細工効果、我が剣闘獣の効果の前には無力!」
 ヘイシーンの言葉と同時に、ディカエリィが光に包まれる。
 カイツールが「何ダト!?」と驚く様子をよそに、ヘイシーンは強い口調で告げる。
「剣闘獣の効果を発動! 戦闘を行った場合、そのバトルフェイズ終了時に別の剣闘獣をデッキより呼び出すことが出来る。では……ディカエリィとの戦術交代(バトルチェンジ)により《剣闘獣オクタビウス》!」

《剣闘獣オクタビウス》
光/☆7/鳥獣族・効果 ATK2500 DEF1200
このカードが「剣闘獣」と名のついたモンスターの効果によって
特殊召喚に成功した時、魔法&罠カードゾーンにセットされたカード1枚を破壊する。
このカードが戦闘を行った自分のバトルフェイズ終了時に、
手札を1枚捨てるかこのカードをデッキに戻す。


 牛の顔を持つ獣の闘士ディカエリィに代わり、強靭な肉体と鳥の顔を持つ鳥人戦士、オクタビウスが現れた。
 Aカウンターは、あくまでディカエリィに乗せられていたモノ。
 そのディカエリィがフィールド上から消えてしまったことで、Aカウンターも同時に消滅した。
「さて、オクタビウスの効果を発動する。こやつは他の剣闘獣の効果により特殊召喚された場合、セットカードを破壊できる。カイツール、貴様の魔法・罠ゾーンのセットカードを破壊してくれよう!」
 オクタビウスが翼を羽ばたかせ、鋭いナイフの様な羽を飛ばした。
「オット! ナラ、ソノ効果ニチェーン発動ダ! 速攻魔法《リロード》!」

《リロード》 速攻魔法
自分の手札を全てデッキに加えてシャッフルする。
その後、デッキに加えた枚数分のカードをドローする。


「ふむ……ブラフ同然の伏せカードだったか。では、カードを1枚伏せターンを終了しよう」


カイツール:LP4000
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:5枚
ヘイシーン:LP4000
モンスター:《剣闘獣オクタビウス》(功2500)
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:4枚


「ボクノターン。ドロー!」
 カイツールのターン。
 しばらく手札を眺めた後、徐に2枚のカードを選び出す。
「……カードヲ1枚伏セ……モンスターヲ守備表示デセット。コレデターン終了ダ」
「ふむ……では儂のターン。ドロー」
 簡素にターンを終えたカイツールを馬鹿にしたように見やりながら、ヘイシーンはカードを1枚選び出す。
「まともに抵抗も出来んと見える。哀れだな、カイツールよ。では、さっさと終わらせようか。まずは《剣闘訓練所》を発動。これにより、デッキから《剣闘獣ベストロウリィ》をサーチし……召喚する」

《剣闘訓練所》 通常魔法
自分のデッキからレベル4以下の「剣闘獣」と
名のついたモンスター1体を手札に加える。


《剣闘獣ベストロウリィ》
風/☆4/鳥獣族・効果 ATK1500 DEF800
このカードが「剣闘獣」と名のついたモンスターの効果によって
特殊召喚に成功した時、フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。
このカードが戦闘を行ったバトルフェイズ終了時に
このカードをデッキに戻す事で、デッキから
「剣闘獣ベストロウリィ」以外の「剣闘獣」と名のついた
モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する。


「必要なパーツはそろった。剣闘獣のもうひとつの特徴といえる能力……強化融合(フォームチェンジ)を見せてやろう!」
 ベストロウリィとオクタビウスが、渦巻く光に包まれ、一個の強大な戦士に融合してゆく。
「これが《融合》カードを必要としない、剣闘獣の特殊な融合よ……。《剣闘獣ベストロウリィ》を基盤とし、破壊の闘士を顕現する! 来よ! 《剣闘獣ガイザレス》!」

《剣闘獣ガイザレス》
闇/☆6/鳥獣族・融合/効果 ATK2400 DEF1500
「剣闘獣ベストロウリィ」+「剣闘獣」と名のついたモンスター
自分フィールド上に存在する上記のカードをデッキに戻した場合のみ、
融合デッキから特殊召喚が可能(「融合」魔法カードは必要としない)。
このカードが特殊召喚に成功した時、フィールド上のカードを2枚まで破壊する事ができる。
このカードが戦闘を行ったバトルフェイズ終了時に
このカードを融合デッキに戻す事で、デッキから「剣闘獣ベストロウリィ」以外の
「剣闘獣」と名のついたモンスター2体を自分フィールド上に特殊召喚する。


「ガイザレスの効果! 特殊召喚に成功した時、フィールド上のカードを2枚まで破壊できる。儂は、貴様の場のセットモンスター、伏せカードを破壊対象に選択する! 消えてなくなれい!」
 巨大な鳥獣戦士――ガイザレスのニ対の羽に、すさまじいエネルギーが集まってゆく。
 この効果により、カイツールの場のカードは全て破壊つくされるわけだが……当のカイツールは、ニヤリとした笑みを浮かべた。
「……カカッタネ」
「何?」
「守備モンスター《エーリアン・ソルジャー》ヲ生ケ贄ニ……トラップ《惑星汚染ウイルス》発動!」
「……!!」

《エーリアン・ソルジャー》
地/☆4/爬虫類族 ATK1900 DEF800
謎の生命体、エーリアンの上級戦士。
比較的高い攻撃力を持つが、反面特殊な能力は身につけていない。


《惑星汚染ウイルス》 通常罠
自分フィールド上に存在する「エーリアン」
と名のついたモンスター1体を生け贄にして発動する。
相手フィールド上に表側表示で存在する、
Aカウンターが乗っていないモンスターを全て破壊する。
相手のターンで数えて3ターンの間に相手が召喚・反転召喚・特殊召喚した
モンスター全てにAカウンターを1つ置く。


「コノカードノ効果ニヨリ、Aカウンターノ載ッテイナイ貴様ノモンスターハ全テ破壊サレル! Aカウンターヲ排除シタ事ガ仇トナッタト言ウ事ダ!」
 顔をしかめるヘイシーンの目の前で、ガイザレスは奇妙な細胞に纏わりつかれ、苦しみながら崩れ落ちて言った。
「おのれ……やってくれるわ。カードを1枚伏せ、ターン終了とする!」


カイツール:LP4000
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:4枚
ヘイシーン:LP4000
モンスター:なし
魔法・罠:伏せカード2枚
手札:3枚


「デハ、ボクノターン! ドロー! 僕ハ《古代遺跡コードA》ヲ発動!」

《古代遺跡コードA》 永続魔法
フィールド上に表側表示で存在する「エーリアン」と名のついた
モンスターが破壊される度に、このカードにAカウンターを1つ置く。
1ターンに1度、フィールド上に存在するAカウンターを2つ取り除く事で、
自分の墓地に存在する「エーリアン」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する。


 自身の呼び出した奇妙な遺跡を満足げに眺めながら、カイツールは手札からもう1枚カードを手に取った。
「サテ……舞台モ整ッタ所デ、攻撃ニ移ロウカ! 《エーリアン・テレパス》ヲ攻撃表示デ召喚!」

《エーリアン・テレパス》
炎/☆4/爬虫類族・効果 ATK1600 DEF1000
相手モンスターに乗っているAカウンターを1つ取り除く事で、
フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
Aカウンターが乗ったモンスターは、
「エーリアン」と名のついたモンスターと戦闘する場合、
Aカウンター1つにつき攻撃力と守備力が300ポイントダウンする。


「テレパスノ直接攻撃ダ! ヤレ――サイコ・ウェーヴ・ショック!」
 炎を纏ったエーリアンが腕を翳す。
 その次に瞬間、ヘイシーンの身を強烈な衝撃が襲った。
「ぐが……!!」

ヘイシーン:LP4000 → LP2400


 闇のゲームにより現実化した攻撃の衝撃で、よろけるヘイシーン。
 カイツールはそれを見て、喜色を含んだ笑い声を上げた。
「フヒハハハ! ザマアナイネ! コレデターン終了ダ!」


カイツール:LP4000
モンスター:《エーリアン・テレパス》(功1600)
魔法・罠:《古代遺跡コードA》
手札:3枚
ヘイシーン:LP2400
モンスター:なし
魔法・罠:伏せカード2枚
手札:3枚


「く……。舐めおって! 儂のターン。ドロー!」
 ヘイシーンがカードを引き、素早く手札を確認する。
 そして鋭い三白眼で相手を睨みつけ、手札のモンスターを召喚した。
「召喚! 《剣闘獣ラクエル》!」

《剣闘獣ラクエル》
炎/☆4/獣戦士族・効果 ATK1800 DEF400
このカードが「剣闘獣」と名のついたモンスターの効果によって
特殊召喚に成功した場合、このカードの元々の攻撃力は2100になる。
このカードが戦闘を行ったバトルフェイズ終了時に
このカードをデッキに戻す事で、デッキから「剣闘獣ラクエル」以外の
「剣闘獣」と名のついたモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する


「オット! コノ瞬間《惑星汚染ウイルス》ノ効果ガ発動スル!」
 ラクエルの肩に、突如として奇妙な球体――Aカウンターが埋め込まれる。

《剣闘獣ラクエル》
Aカウンター×1


「《惑星汚染ウイルス》ハ発動シテカラ3ターンノ間、相手ノ召喚、反転召喚、特殊召喚シタモンスターニAカウンターヲ載セ続ケル!」
 ニタニタと笑いながら、得意げに語るカイツール。
「更ニソレダケデハナイゾ! 僕ノ場ニイルテレパスハ、Aカウンターノ載ッタモンスタート闘ウ場合、相手ヲ弱体化サセル効果ガアル!」
 カイツールの言葉を無視するかのように、ヘイシーンは続けてカードを手に取る。
「ラクエルに《剣闘獣の闘器デーモンズシールド》を装備させ……《エーリアン・テレパス》を攻撃する」

《剣闘獣の闘器デーモンズシールド》 装備魔法
「剣闘獣」と名のついたモンスターにのみ装備可能。
装備モンスターが破壊される場合は、代わりにこのカードを破壊する。
装備モンスターが自分フィールド上からデッキに戻る事によって
このカードが墓地に送られた時、このカードを手札に戻す。


「!? 何ダト! 僕ノ説明ヲ聞イテナカッタノカ!?」
「……やれ、ラクエル!」
 カイツールの言うことにかまわず、ヘイシーンは虎顔の獣戦士に指令を下す。
 その言葉に従い、盾を構えたラクエルは炎を纏ったエーリアンに突撃を仕掛けた。
「血迷ッタカ! テレパスノ効果ニヨリ、Aカウンターノ載ッタ数×300ポイント、攻撃力ダウン!」

《剣闘獣ラクエル》
ATK1800 → ATK1500


 Aカウンターが鈍い光を放ち、ラクエルから力を奪う。
 だが、ラクエルはそのままスピードを落とすことなく、テレパスに突撃を仕掛ける。
 が、鈍った力の差は覆せず、逆に《エーリアン・テレパス》の念導力に返り討ちにあった。

ヘイシーン:LP2400 → LP2300


「フヒハハハ! 馬鹿ナ事ヲ……ン!?」
 笑っていたカイツールが、目を見開く。
 返り討ちにあい、打ち倒されたと思われたラクエルだが、盾を壊されたものの、いまだ健在だったのだ。
「デーモンシールドの効果。装備した剣闘獣が破壊される時、その身代わりとなるのだ」
 そう言う傍から、ラクエルが光に包まれ、フィールドから消えてゆく。
「バトルフェイズを終了し、ラクエルの戦術交代(バトルチェンジ)能力を発動! ラクエルに代わり……来い! 《剣闘獣ムルミロ》!」

《剣闘獣ムルミロ》
水/☆3/魚族・効果 ATK800 DEF400
このカードが「剣闘獣」と名のついたモンスターの効果によって
特殊召喚に成功した時、フィールド上の表側表示モンスター1体を破壊する。
このカードが戦闘を行ったバトルフェイズ終了時に
このカードをデッキに戻す事で、デッキから「剣闘獣ムルミロ」以外の
「剣闘獣」と名のついたモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する。

 
「ムルミロの効果を発動! 戦術交代(バトルチェンジ)で呼び出された場合、モンスター1体を破壊できる! 儂は《エーリアン・テレパス》を選択! 消え去れい!」
 魚人の剣闘獣、ムルニロが鉄砲水を発射し炎を纏ったエーリアンを打ち流した。
「グッ……! ダガ、その魚人ニモ《惑星汚染ウイルス》ノ効果デAカウンターガ載ル!」

《剣闘獣ムルミロ》
Aカウンター×1


「更ニ、僕ノ場ノエーリアンガ破壊サレタ事デ《古代遺跡コードA》ニモ、Aカウンターガ載ル!」

《古代遺跡コードA》
Aカウンター×1


「儂はこれで、ターンを終了しよう」
 ヘイシーンが、カイツールを睨みながらターンエンドを宣言する。
 睨みあう両者の間に漂う戦意は、ますます強まっていくばかりだった。


カイツール:LP4000
モンスター:なし
魔法・罠:《古代遺跡コードA》(A×1)
手札:3枚
ヘイシーン:LP2300
モンスター:《剣闘獣ムルミロ》(A×1)
魔法・罠:伏せカード2枚
手札:2枚





エピソード12:翼の男




「ん……あれ?」
 レベッカが、顔の前でクロスした腕を下ろし、そっと目をあける。
 《サンドモス》が、自ら目掛けて腕を振り下ろさんとしていることに気付くのが遅れ、逃れることもできず立ち尽くしていたというのに、その脅威は襲ってこない。
 目を開いたレベッカが最初に認めたのは、目の前で動きを止めた《サンドモス》の姿。
 が、次の瞬間、《サンドモス》の体を形成している砂が、滑る様に崩れ去った。
「わ……ぷっ……!」
 急激な勢いで辺りに舞い散る砂塵に、レベッカは思わず目を閉じ咳き込む。
 再び目を開けたレベッカの目の前には砂の化け物は影も形もなく、辺りの砂漠にその死骸を撒き散らして消え去っていた。
 とりあえずの危機は脱したようだと、レベッカは思わず息をつく。
「でも……一体、なんで急に……?」
「よう! 危ないとこだったな、嬢ちゃん!」
 いきなりの声に、ハッと驚くレベッカ。
 声のする方向――ちょうど、《サンドモス》の存在していた背後――に目を向ける。
 そこには、丈の長い黒いローブを着込んだ、年若い男が立っていた。
 年齢は20代半ばといったところだろうか、無造作に伸ばされた髪の毛がサラサラと夜風に揺れている。
 声の印象と同じ、整ってるがどこか軽い印象を与える顔に浮かんだ表情は、これまた軽そうな笑顔だった。
 レベッカは、驚きを隠せない顔で彼を見つめた。
 いや、正確には――彼の背中から生えている物に、目を奪われていたのだ。
「は……羽根……!?」
 そう、彼の背にはニ対の羽根――鳥類めいた、羽毛に包まれた翼が生えていたのだ。
「……おっと、やっこさんらの動きも止めないとな」
 レベッカの驚く様をよそに、向かい来るミイラの軍団に視線を移す翼の男。
 彼は、懐からカードを取り出し、空中に放り投げる。
「さーて、お掃除を頼むぜ! マイステディズ!」
 その言葉と同時に、カードが光りを放ち――麗しい女性鳥人たちが、その姿を顕わした。

《ハーピィ・レディ1》
風/☆4/鳥獣族・効果 ATK1300 DEF1400
このカードのカード名は「ハーピィ・レディ」として扱う。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
風属性モンスターの攻撃力は300ポイントアップする。

 
《ハーピィ・レディ2》
風/☆4/鳥獣族・効果 ATK1300 DEF1400
このカードのカード名は「ハーピィ・レディ」として扱う。
このモンスターが戦闘によって破壊した
リバース効果モンスターの効果は無効化される。


《ハーピィ・レディ3》
風/☆4/鳥獣族・効果 ATK1300 DEF1400
このカードのカード名は「ハーピィ・レディ」として扱う。
このカードと戦闘を行った相手モンスターは、
相手ターンで数えて2ターンの間攻撃宣言ができなくなる。


「ハ、ハーピィ・レディ!」
 驚くレベッカの視線の先で《ハーピィ・レディ》達が《王族親衛隊》や《ヌビアガード》らを次々となぎ倒してゆく。
「うーん、いいね! こういう状況でなきゃ、実体化バトルは出来ないからな、久々にスカッと出来る!」
 満足げな様子で、それを眺める翼の男。
 レベッカは意を決し、翼の男に近寄る。
「あ、あなたは一体……」
「おっと、危ない!」
 翼の男は素早く言うと、レベッカをいきなり抱きかかえる。
「!? え!? な、何!!??」
 混乱するレベッカを抱きかかえたまま、地面を強く蹴り、大きく跳躍する翼の男。
 と、つい先ほど2人の立っていた地面が盛り上がり、盛大な砂の噴火を見せた。
 砂の中から、巨大な人影――まるで煉瓦を積み上げ造った様な巨人が現れたのだ。
 その顔には、只一つの大きな目、ウジャト眼が装飾されていた。
「あ、あれは……《千年ゴーレム》!」

《千年ゴーレム》
地/☆6/岩石族 ATK2000 DEF2200
千年もの間、財宝を守りつづけてきたゴーレム。


「ち……こりゃあ、ちょっと手に余るかな……」
 翼の男は舌打ちしながらそう言うと、《千年ゴーレム》から離れた場所に着地する。
 そして抱きかかえていたレベッカをそっと地面に下ろした。
「仕方ねえ……俺が直接やるか! 嬢ちゃん! ちょいと離れていてくれ!」
 そう言うと、男は背中の羽根を左右に広げた。
 すると、風が男を中心に徐々に巻き起こり始め、同時に翼も光を帯び出したのだ。
「あの人が……風を操ってるの……!?」
 その脅威に気付いての事か、《千年ゴーレム》が男を標的として捉え、こちらに歩みを進め始めた。
 だが、翼の男はニッ、と笑みを見せ「もう、お前はおしまいだよ」と得意げに呟いた。
「砕け散りな……いくぜ、俺の核霊(シムルグ)!」
 男の背中の翼が、鮮やかな(みどり)に輝き、そこからうねる様な強風が巻き起こる。
 それは石造りの巨人を嬲り、崩し、徹底的に破壊していった。
 ばらばらと《千年ゴーレム》が石のブロックに解体されていく様子を、レベッカはただ呆気にとられてたまま眺めていた。
「ふう……この辺は、とりあえずこんなもんか……。しかし、儀式を止めるまではいかないな……」
 軽く溜息を付き、辺りを眺める翼の男。
 レベッカは再び気を取りなおして、彼にもう一度近づく。
「あ、あの……助けて……くれたんだよね……ありがとう」
「ん? ああ、まあ、結果的なもんだけどねっと」
 フッ、と笑顔を見せる翼の男に対し、レベッカは質問を続けた。
「それで、あなたは一体何者なの? もしかして、この騒動の真相を知ってる?」
「あー、まあ、色々あってね……どう話せばいいやら……」
 ぽりぽりと頬を掻きながら、言葉を濁す男。
 レベッカが更に詰め寄ろうとした時、上空から轟、と空を切る音が響いた。
 2人が、音に反応し、空を見上げる。――そこにあった光景を見て、レベッカはまたしても絶句した。
 そこに認めたのは、まぎれもなく人影だった。
 丈の長い白いローブ―― 形状だけなら、翼の男の来ている物と同一 ――を着込み、フードで顔を隠した人物が、まるでどこぞのコミックヒーローよろしく、空を駆ける様に飛んでいたのだ。
「ああ! 旦那、無理をするなと言ったのに! 前に出過ぎだ!」
 その光景を見た翼の男は、レベッカとは別の意味で驚いた様だ。
「くそ……俺も行くしかねえか! 嬢ちゃん! 俺は旦那を……っと、さっき飛んでった奴を追いかけなきゃなんねえ! 悪ぃが、ここからは一人で逃げてくれ! ここから東に向かえば大丈夫だ!」
 そう言うと翼の男はレベッカから少し離れると、背中の翼を広げた。
「ま、待って! 貴方は……それに、あの人は……!?」
「とにかくこの場から早く離れるんだ! 分かったな!」
 言うだけ言うと、翼の男は風を巻き起こしながら白ローブの人物を追いかけ飛び去っていた。
 それをしばらく呆けたように眺めていたレベッカだったが……さらに遠くにいまだ蠢くミイラの軍勢が存在する事や、砂の塔が立ち上ってる事に気付いた。
 倒れたままとなっている人々も気にかかったが……この場に留まる方が危険と考え、助けを呼ぶ意味を含めてその場を離れることにした。


● ● ● ● ● 


「フフフ……デハ、僕ノターンダ!」
 闇の中でのデュエル。異形の決闘者、カイツールのターンである。
「サテ……先程ソノ魚人ノ効果デ、僕ノエーリアンハ倒サレテシマッタ……ソコデコイツノ効果ヲ使ウ!」
 そう言いながら、自身の背後に出現した遺跡のソリッドビジョンを指さす。
「フフフ……僕ノ場ノ永続魔法《古代遺跡コードA》ノ効果発動! 場ニ存在スル全テノAカウンターカラ2個、取リ除ク事デ墓地ノエーリアンヲ復活デキル!」
 その言葉と同時に《古代遺跡コードA》に乗っていたAカウンター1つ、ヘイシーンの場の《剣闘獣ムルミロ》に乗っていたAカウンター1つが、音もなく消滅した。
 そして、遺跡の中から先ほど倒された《エーリアン・テレパス》が現れたのだ。
「フヒハハハ! ドウダイ、中々強力ナ効果ダロ! 更ニ場ノモンスターヲ増ヤス……《エーリアン・ヒュプノ》召喚!」

《エーリアン・ヒュプノ》
水/☆4/爬虫類族・デュアル/効果 ATK1600 DEF700
このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、
通常モンスターとして扱う。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、
このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。
●Aカウンターの乗っている相手フィールド上モンスター1体を
選択してコントロールを得る。自分のエンドフェイズ時毎に、
コントロールを得たモンスターのAカウンターを1つ取り除く。
コントロールを得たモンスターのAカウンターが全て取り除かれた場合、
そのモンスターを破壊する。


「先ノターンデソノ伏セカードハ反応シナカッタ……トスレバ、ソレラハブラフ! 一気ニ終ワラセテヤル! 2体ノモンスターデ攻撃! マズハテレパスデソノ魚人ヲ破壊ダ!」
 上半身を試験管を逆さにした様なカプセルに身を浸した《エーリアン・ヒュプノ》、そして炎を操る《エーリアン・テレパス》が襲いかかる。
「舐められたものだ……! 罠カード発動! 《ディフェンシブ・タクティクス》!」

《ディフェンシブ・タクティクス》 通常罠
自分フィールド上に「剣闘獣」と名のついたモンスターが
表側表示で存在する場合のみ発動する事ができる。
このターン自分フィールド上に存在するモンスターは戦闘では破壊されず、
自分への戦闘ダメージは0になる。
発動後、このカードをデッキの一番下に戻す。


「儂の場に剣闘獣カードが存在する場合、発動できる罠カードだ。このカードの効果により儂と儂のモンスター達は、戦闘による破壊、ダメージから守られる!」
「ググ……ナルホド、発動条件ノアル罠カードダッタカ……仕方ナイ! バトルヲ打チ切ル!」
「ここで、ムルミロの戦術交代(バトルチェンジ)能力が発動する! この能力はバトルする事が条件だからな……例え相手に攻撃された場合でも、バトル終了時にその剣闘獣が健在ならば、発動が可能なのだ! さて……来い、《剣闘獣ベストロウリィ》!」
 ムルミロとの交代により、再び鳥獣人の剣闘獣が現れた。
「さらに戦術交代(バトルチェンジ)で呼び出されたベストロウリィの効果を発動する! 相手の魔法・罠カードを破壊できる……儂は《古代遺跡コードA》を破壊!」
 ベストロウリィが旋風を放ち、《古代遺跡コードA》が破壊された。
「クソ……! ソレニ、ソノ鳥野郎ハ……!」
 カイツールはベストロウリィから呼び出された強大な破壊闘士、《剣闘獣ガイザレス》の事を思い出していた。
 あの時は偶然伏せていた《惑星汚染ウイルス》のお陰でベストタイミングで破壊できたが、このままでは次のターンにまた召喚され、自分の場を荒らされてしまう。
「ン……《惑星汚染ウイルス》……? ソウダ、コノカードガ……!」
 カイツールは、手札のとあるカードに目を戻す。
 《惑星汚染ウイルス》の効果は未だ続いている。《剣闘獣ベストロウリィ》にもその効果によりAカウンターが乗っている。
 そしてこの効果はまだ相手ターンにも続く。後続で出て来るモンスターにもその効果は適用される。
「ナラバ……カードヲ2枚伏セテ、ターン終了ダ!」


カイツール:LP4000
モンスター:《エーリアン・ヒュプノ》(功1600)、《エーリアン・テレパス》(功1600)
魔法・罠:伏せカード2枚
手札:1枚
ヘイシーン:LP2300
モンスター:《剣闘獣ベストロウリィ》(A×1)
魔法・罠:伏せカード2枚
手札:2枚

 
「儂のターンだ。ドロー!」
 ヘイシーンのターンに移った。カイツールは息をひそめる様に、ヘイシーンの様子を観察する。
「……儂は《剣闘獣ダリウス》を召喚する!」

《剣闘獣ダリウス》
地/☆4/獣戦士族・効果 ATK1700 DEF300
このカードが「剣闘獣」と名のついたモンスターの効果によって特殊召喚に成功した時、
自分の墓地から「剣闘獣」と名のついたモンスター1体を選択し、
自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化され、
このカードがフィールド上から離れた時自分のデッキに戻す。
このカードが戦闘を行ったバトルフェイズ終了時にこのカードをデッキに戻す事で、
デッキから「剣闘獣ダリウス」以外の「剣闘獣」と名のついたモンスター1体を
自分フィールド上に特殊召喚する。


 新たに現れたのは馬の頭部を持つ剣闘獣。その瞬間を見逃さず、カイツールは叫んだ。
「《惑星汚染ウイルス》ノ効果ニヨリ、ダリウスニモAカウンターガ乗ル! 更ニ罠カード発動! 《集団催眠》!」
「なに……!?」

《集団催眠》 永続罠
自分フィールド上に「エーリアン」と名のついた
モンスターが存在する時に発動する事ができる。
相手フィールド上に存在するAカウンターが乗ったモンスターを
3体まで選択しコントロールを得る。
このカードは発動ターンのエンドフェイズ時に破壊される。


「コノカードノ効果ニヨリ、相手フィールド上ノAカウンターノ載ッタモンスターヲ3体マデ洗脳スル事ガ出来ル! 僕ハ《剣闘獣ベストロウリィ》ト《剣闘獣ダリウス》ノコントロールヲ頂ク!」
 ベストロウリィとダリウスに取りついたAカウンターが怪しい光を放つ。
 そして目から光を失った2体は、相手フィールド上にぎこちない動きで移動した。
「ヨシ……更ニ伏セカードオープンダ! 《チャネリング―A》!」

《チャネリング―A》 通常罠
フィールド上のAカウンターの乗ったモンスター1体を選択し、ゲームから除外する。
この効果で除外されたモンスターのコントローラーは、カードを2枚ドローする。


「発動ノ為ニ、Aカウンターノ乗ッタ《剣闘獣ベストロウリィ》ヲ除外! コイツノ今ノコントローラーハ僕ナノデ、カードヲ2枚ドロー!」
 2枚のカードを引きながら、カイツールは得意げに語りかける。
「フヒハハハ! ドウダイ! コレデアノ破壊闘士ハ召喚出来ナイ! 更ニ手札補充モサセテモラッタヨ……惨メダナ! ヘイシーン!」
「……そうか、破壊闘士をお望みか。ならば会わせてやろう。魔法カード《死者蘇生》を発動。《剣闘獣ガイザレス》を蘇生」
「……ア?」

《死者蘇生》 通常魔法
自分または相手の墓地に存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。
 

 ヘイシーンの地を奔る様な声と共に、巨体を誇る鳥人戦士――ガイザレスが現れた。
「ガイザレスの効果を発動しよう。破壊効果の発動条件は特殊召喚された場合……強化融合(フォームチェンジ)のみならず、蘇生、帰還時にも発動は可能なのだ」
「エ……ナ……!? チョ……待……!?」
「ガイザレスよ! 破壊目標は《エーリアン・テレパス》と《集団催眠》だ! 消し去れい!!」
 戸惑うカイツールをあざ笑うかのように、ガイザレスから放たれた破壊の波動が2枚のカードを飲み込んだ。
 と、同時に《剣闘獣ダリウス》が正気を取り戻し、ヘイシーンの場に戻ってくる。
「《集団催眠》は永続罠……フィールドに残ってこそ効果を発揮する。破壊効果により《集団催眠》カードが消え去った今、その洗脳効果は消え去ったのだ」
 洗脳されたことに憤っているのか、ダリウスは鼻息荒く、カイツールを威嚇する。
 当のカイツールは、未だ衝撃から立ち直れずにいた。
「儂の事を惨めと言ったな、カイツールよ……。その言葉! そっくり貴様に返してやろう! ガイザレスよ! 《エーリアン・ヒュプノ》を攻撃せよ!」
 ガイザレスがその巨体を浮かせ、カプセルに浸ったエーリアン目掛けて滑空する。
 抵抗の間もなく、《エーリアン・ヒュプノ》はあっさりと粉砕された。
「ガ……ゲエエエエ!!」

カイツール:LP4000 → LP3200


「まだ攻撃は終わらん! ダリウスよ、ダイレクトアタックだ!」
 ダリウスがフィールドを駆け、思い切りカイツールを蹴りあげた。
「ゴハ……!!」

カイツール:LP3200 → LP1500


「さて……バトル終了に伴い、戦術交代(バトルチェンジ)能力を発動しよう……まずはガイザレス! こやつを融合デッキに戻し……2体の剣闘獣《剣闘獣ラクエル》及び《剣闘獣サムニテ》を召喚する!」
 ガイザレスが消えると同時に、再び虎の顔の剣闘獣ラクエルが現れ、続いてサーベルタイガーの剣闘獣サムニテが現れた。
「ラクエルの戦術交代(バトルチェンジ)能力により、自身の攻撃力を2100に上昇! 更にサムニテも効果を得る!」

《剣闘獣ラクエル》
ATK1800 → ATK2100


《剣闘獣サムニテ》
地/☆3/獣族・効果 ATK1600 DEF1200
このカードが「剣闘獣」と名のついたモンスターの効果によって
特殊召喚に成功した場合、このカードが戦闘によって
相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、
自分のデッキから「剣闘獣」と名のついた
カード1枚を手札に加える事ができる。
このカードが戦闘を行ったバトルフェイズ終了時に
このカードをデッキに戻す事で、デッキから
「剣闘獣サムニテ」以外の「剣闘獣」
と名のついたモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する。


「続いてダリウスの戦術交代(バトルチェンジ)能力を発動! デッキより《剣闘獣エクイテ》を特殊召喚し、その効果により墓地の《剣闘獣の闘器デーモンズシールド》を回収!」

《剣闘獣エクイテ》
風/☆4/鳥獣族・効果 ATK1600 DEF1200
このカードが「剣闘獣」と名のついたモンスターの効果によって特殊召喚に成功した時、
自分の墓地から「剣闘獣」と名のついたカード1枚を選択し手札に加える。
このカードが戦闘を行ったバトルフェイズ終了時にこのカードをデッキに戻す事で、
デッキから「剣闘獣エクイテ」以外の「剣闘獣」と名のついたモンスター1体を
自分フィールド上に特殊召喚する。


 ヘイシーンの場に、有翼のケンタウロスを思わせる馬の下半身を持つ剣闘獣エクイテが現れ、モンスターの総数は3体に増えた。
 剣闘獣達は戦術交代(バトルチェンジ)能力によって展開力までも補えるのだ。
「儂はこれでターンを終了する……そら、貴様のターンだぞ、カイツールよ」
 未だ蹲ったままのカイツールに冷やかな視線を向けながら、ヘイシーンはターン終了を宣言した。


カイツール:LP1500
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:3枚
ヘイシーン:LP2300
モンスター:《剣闘獣ラクエル》(A×1)、《剣闘獣エクイテ》(A×1)
      《剣闘獣サムニテ》(A×1)
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:2枚


「オ、オノレェエ! 殺ス! 殺シテヤル! ドローダ!!」
 一気に逆転されてしまったカイツール。
 だが、彼はそんなことを気にすることができないほど激昂していた。
 勢いよくカードを引き、先ほどのターンで補充した手札を合わせ、手早くその内容を確認する。
「……次ノ貴様ノターンヲ最後ニ効果ハ消エルガ、未ダ続ク《惑星汚染ウイルス》ノ効果ニヨリ、貴様ノ3体ノモンスター全テニ1個ズツAカウンターガ乗ッテイル……ソノ内ノ2ツ、エクイテトサムニテニ乗ッテイルAカウンターヲ1個ズツ取リ除キ、コノエーリアンヲ特殊召喚スル! 来イ! 《エーリアン・リベンジャー》!!」

《エーリアン・リベンジャー》
闇/☆6/爬虫類族・効果 ATK2200 DEF1600
このカードはフィールド上に存在するAカウンターを2つ取り除き、
手札から特殊召喚する事ができる。
1ターンに1度、相手フィールド上に表側表示で存在する
全てのモンスターにAカウンターを1つ置く事ができる。
Aカウンターが乗ったモンスターは、
「エーリアン」と名のついたモンスターと戦闘する場合、
Aカウンター1つにつき攻撃力と守備力が300ポイントダウンする。
「エーリアン・リベンジャー」は自分フィールド上に1体しか表側表示で存在できない。


 カイツールが呼び出したのはエーリアンの復讐者。
 その体はまるで統一感のない、様々なエーリアンを切り貼りしたような一層の異形であった。
「《エーリアン・リベンジャー》ハ、エーリアン特有ニ弱体化効果ノ他ニ、モウ1ツ効果ヲ持ッテイル! ソノ効果ヲ発動! ヘイシーンノモンスター全テニAカウンターヲ散布ダ!」
 《エーリアン・リベンジャー》の胸部に存在する銃口の様なものに、仄暗い光の粒子が集まっていく。
 が、次の瞬間。
 ヘイシーンの場から何かか勢いよく飛び出し、銃口からAカウンターを発射する寸前の異形の復讐者を、たちまちの内に打ち砕いた。
「……ア?」
 一瞬、何が起こったか分からず、呆然とするカイツール。
 はたして、《エーリアン・リベンジャー》を打ち砕いた物の正体は、ヘイシーンの口から語られた。
「カウンター罠、《剣闘獣の戦車(グラデュアルビースト・チャリオット)》を、《エーリアン・リベンジャー》の効果発動に対して発動した。それにより、リベンジャーは破壊されたのだ」

剣闘獣の戦車(グラデュアルビースト・チャリオット) カウンター罠
自分フィールド上に「剣闘獣」と名のついたモンスターが
表側表示で存在する場合に発動する事ができる。
効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する。


 その説明を聞き、カイツールはギリギリと歯軋りをする。
「クソガ……! ナラバ次ノ手ダ! 速攻魔法《トライアングル・エリア》発動! Aカウンターノ載ッタモンスター……ラクエルヲ破壊スル!」

《トライアングル・エリア》 速攻魔法
フィールド上に存在するAカウンターの乗っているモンスター1体を破壊する。
さらに自分のデッキから「エーリアン」と名のついた
レベル4モンスター1体を特殊召喚する事ができる。
この効果で特殊召喚したモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。


「更ニコノ効果ニヨリ、デッキカラエーリアンモンスターヲ1体召喚デキル……! 僕ガ呼ブノハ……コイツダ! 《エーリアン・マーズ》!」

《エーリアン・マーズ》
炎/☆3/爬虫類族・効果 ATK1000 DEF1000
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
「エーリアン・マーズ」以外のAカウンターが乗ったモンスターの効果を無効化する。


 カイツールが流れる様な動作で、ラクエルを破壊、続けて赤の球体を体に埋め込ませたタコを思わせる体躯の《エーリアン・マーズ》を呼び出した。
 そして、ヘイシーンに向けて、ニタリ、と不気味な笑みを見せた。
「ヘイシーンヨ……《トライアングル・エリア》デ呼ビ出サレタエーリアンハ、エンドフェイズニ破壊サレル……加エテ攻撃力ノ低ク、コノ状況デ役ニ立タナイ効果ノ、コイツヲ呼ビ出シタ意味ガ分カルカナ?」
 得意げに演説するカイツールに、ヘイシーンは応えない。
 カイツールは「イイダロウ。教エテヤルヨ」と呟くと、手札のカードを1枚手に取る。
「答エハコレダ……! 魔法カード発動! 《強制転移》!」
「……!」

《強制転移》 通常魔法
お互いに自分フィールド上に存在するモンスター1体を選択し、
そのモンスターのコントロールを入れ替える。
そのモンスターはこのターン表示形式を変更する事はできない。


「オ互イニモンスターヲ選ンデ交換ダ! 僕ハ場ニ《エーリアン・マーズ》シカ居ナイノデ、コイツヲ選択!」
「……儂は《剣闘獣エクイテ》を選択しよう」
 カイツールの場の《エーリアン・マーズ》、そしてヘイシーンの場の《剣闘獣エクイテ》が入れ換わる。
「トコロデヘイシーン。覚エテイルカナ?」
 またしてもヘイシーンに問いかけるカイツール。
「何をだ」と不機嫌そうに言うヘイシーンに、彼は嬉しそうに語った。
「僕ニハマダ……通常召喚権ガ残ッテイル! ココデ、僕ノ切リ札ヲ見セテヤル!」
 ズンッ、と低く響く音と共に、カイツールの場の《剣闘獣エクイテ》が光の渦に包まれる。
「コイツハレベル7ノモンスターダガ……持チ主ガ相手ノモンスターヲ生ケ贄ニシタ場合、1体ノ生ケ贄ニ召喚デキル! サア来イ! 僕ノ“核霊”……《宇宙獣(そらけもの)ガンギル》!!」

宇宙獣(そらけもの)ガンギル》
光/☆7/爬虫類族・効果 ATK2600 DEF2000
自分フィールド上に存在する元々の持ち主が相手のモンスターを
生け贄に捧げる場合、このカードは生け贄1体で召喚する事ができる。
1ターンに1度だけ、相手フィールド上モンスター1体に
Aカウンターを1つ置く事ができる。Aカウンターが乗ったモンスターは、
「エーリアン」と名のついたモンスターと戦闘する場合、
Aカウンター1つにつき攻撃力と守備力が300ポイントダウンする。


 カイツールの場に現れた《宇宙獣ガンギル》。
 その姿を一言で表すなら、巨大な肉塊であろう。
 下半身は、鎌を思わせる形状の足が無数に存在している。
 血の気の感じられない青い肌の上半身には、幾重もの不気味な触手がうねり、歯をむき出しにした顔と合わせて、生理的な嫌悪感を抱かせる姿に、一層の拍車を掛けていた。
「サアイクゾ! ガンギル! 《エーリアン・マーズ》ヲ攻撃ダ!」
 ガンギルがその巨体を揺らし、ヘイシーンの場の非力なエーリアンを押しつぶす。
 その攻撃により発生した衝撃が、ヘイシーンを容赦なく襲った。
「ぐ……!!」

ヘイシーン:LP2300 → LP700


「フヒハハハァ! ドウダイ! コイツノ攻撃ハ効クダロウ!? 更ニガンギルノ効果デサムニテニAカウンターヲ1ツ置イテオコウ! コレデターン終了!」
 満足げな様子で、カイツールはターン終了した。


カイツール:LP1500
モンスター:《宇宙獣ガンギル》(功2600)
魔法・罠:なし
手札:0枚
ヘイシーン:LP700
モンスター:《剣闘獣サムニテ》(A×1)
魔法・罠:なし
手札:2枚

 
「……儂のターン。ドロー」
 先ほどのガンギルの攻撃による衝撃がこたえたのか、苦しげな様子でカードを引くヘイシーン。
 その様子に、カイツールは優越感に満ちた視線を向けた。
「オヤオヤ……随分ト辛ソウジャナイカ。サッサト諦メタラドウダイ?」
「ああ……流石に、今の攻撃は聞いた……。そのカード……何か特別なものだな……」
 その問いかけに、カイツールは笑いながら答えた。
「ヒハハ! ワカルカイ! コイツハ僕ノ“核霊”ダカラネエ! 僕ト言ウ存在ノ維持、更ニ特別ナ“闇”ノ力ヲ使ウ為ノ媒介デモアル! ソイツノ攻撃ヲ喰ラエタナンテ、貴様ハトテモ幸運ダヨ!」
「……ふむ、なるほど。そう言う事か」
 途端、低く鋭い声になるヘイシーン。
 それにギョッと驚くカイツールを置き去りに、ヘイシーンは何やら思案を始めた。
「“核霊”……ふむ、確か3年前の事件の首謀者、トウゴ・ササライの研究論文にも、その名前が出てきていたな……」
「ナ、何ヲイキナリ……」
「ところでカイツールよ」
 ギロリ、と鋭い三白眼をカイツールに向け、ヘイシーンは底冷えのする声で問いかけた。
「その“核霊”とやら……随分と大事な存在の様だが……破壊された場合、どうなるのかな?」
「エ……」
 その問いかけに、思わず息を止めるカイツール。
 ヘイシーンは、それにかまわず手札からカードを発動する。
「まずは《休息する剣闘獣》を発動。儂の手札から剣闘獣と名の付く2枚のカードをデッキに戻し……3枚ドロー」

《休息する剣闘獣》 通常魔法
自分の手札から「剣闘獣」と名のついたカード2枚をデッキに戻す。
その後、自分のデッキからカードを3枚ドローする。


「ほう……来たか。まずは手札より《スレイブタイガー》を特殊召喚する」

《スレイブタイガー》
地/☆3/獣族/効果 ATK600 DEF300
自分フィールド上に「剣闘獣」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
このカードをリリースする事で、自分フィールド上に表側表示で存在する
「剣闘獣」と名のついたモンスター1体をデッキに戻し、
自分のデッキから「剣闘獣」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する。
このカードの効果で特殊召喚したモンスターは「剣闘獣」と名のついたモンスターの
効果で特殊召喚した扱いとなる。


「こやつは、場に剣闘獣が存在する場合、手札から特殊召喚できる。そして、その効果を発動!」
 ヘイシーンの宣告と共に《スレイブタイガー》が吠え声を上げ、フィールド上から消え去った。
「剣闘獣達の忠実なしもべである《スレイブタイガー》は、彼らを補助する力を持っている! この効果により儂の場の《剣闘獣サムニテ》をデッキに戻し……デッキから《剣闘獣ダリウス》を特殊召喚!」
 そう言う傍から先ほどのターンでデッキに戻った馬の頭部を持つ獣戦士――ダリウスが現れた。
「フン……単ニモンスターヲ入レ替エタダケカ」
「単に入れ替えただけではないぞ。《スレイブタイガー》の効果による特殊召喚は戦術交代(バトルチェンジ)と同じ扱い……よってダリウスの効果が発動する!」
 ダリウスが腕を掲げると、その場に光の渦が巻き起こる。
 その中から先のターン、カイツールの手により破壊された《剣闘獣ラクエル》が姿を現した。
「これがダリウスの戦術交代(バトルチェンジ)能力……効果こそ無効化されるが、墓地から剣闘獣モンスターを蘇生できるのだ。さて、仕上げに移ろうか。手札の《剣闘獣ディカエリィ》を召喚し……強化融合(フォームチェンジ)を発動する」
 途端、ヘイシーンの場のモンスターが全て光に包まれる。
 そして、3体のモンスターは《剣闘獣ラクエル》を中心に、1つの個体となり始めた。
「ラクエルを基盤とし……支配の闘士を顕現する! 来よ! 《剣闘獣ヘラクレイシス》!!」

《剣闘獣ヘラクレイシス》
炎/☆8/獣戦士族・融合/効果 ATK3000 DEF2800
「剣闘獣ラクエル」+「剣闘獣」と名のついたモンスター×2
自分フィールド上に存在する上記のカードをデッキに戻した場合のみ、
融合デッキから特殊召喚が可能(「融合」魔法カードは必要としない)。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、手札を1枚
捨てる事で魔法または罠カードの発動を無効にし、それを破壊する。


 轟、と炎を撒き散らし、巨大な獣戦士がヘイシーンの場に現れた。
 煌びやかな鎧を身にまとい、立派な縦髪をたなびかせるその姿は、見る者を圧倒する力強さがあった。
「貴様はその“核霊”とやらを呼びだすことに集中しすぎた……そやつを倒されれば、貴様は裸同然よ!」
 ヘラクレイシスが手にした飾り斧を振りかざす。
 そこに炎が集まり、やがて黄金の輝きを放つ巨大な炎刃と化した。
「ナア……!?」
 その脅威に思わず後ずさるカイツール。
 ヘイシーンは、有無を言わさぬ口調で、ヘラクレイシスに攻撃指令を下した。
「ヘラクレイシスよ……ガンギルを攻撃! ――プロミネンス・バスタード!」
 指令を受け、《剣闘獣ヘラクレイシス》が跳躍する。
 その巨体に似合わぬ俊敏さで一気にガンギルに肉薄し、炎刃纏う斧で瞬時に斬りつけた。
 その切り口から、炎が吹き出し――次の瞬間、爆発。
 ガンギルは無数の小さな肉塊と化し、消え去った。
「ガアアァアア! ソ、ソンナ……馬鹿ナ……!」

カイツール:LP1500 → LP1100


 攻撃の衝撃と切り札を倒されたショックで、形状が変わってしまうのではないかというほど、顔を歪めるカイツール。
「もう、終わりだろう……。儂はこれで、ターン終了だ」


カイツール:LP1100
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:0枚
ヘイシーン:LP700
モンスター:《剣闘獣ヘラクレイシス》(A×1)
魔法・罠:なし
手札:1枚


「クソ……ボ、僕ノターン……」
 カイツールが震えながらデッキトップに指を掛ける。
 手札、場、共にカード0枚。相手の場には攻撃力3000の大型モンスター。
 状況は最悪。
 更に先ほど“核霊”である《宇宙獣ガンギル》を倒されてしまった。
 自身を“選ばれた存在”と言った、あの魔女の言葉が蘇る。

――『その子が貴方の“核霊”よ。その子がいる限り、貴方は不死身であり、強力な“闇”の力の使い手となれる……。でも、注意して。“闇”のゲームには、駆け札(アンティ)が必須。もしゲームの中で“核霊”を失う様な事態になれば……その身の保証は出来ないわ』

「(コノママ負ケタラ……僕ハ死ヌ!? 冗談ジャナイ! コンナ所デ……死ンデ溜ルカ!)」
 このドローで逆転できなければ、待つのは死。
 意を決し、カイツールは勢いよくカードを引く。
「ドロー!」
 はたしてそのドローカードは……逆転に十分なものだった。
「……フヒハハハ! ヤッタゾ! 僕ハヤッタ! 《黙する死者》ヲ発動ォ!!」

《黙する死者》 通常魔法
自分の墓地に存在する通常モンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを表側守備表示で特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターは
フィールド上に表側表示で存在する限り攻撃する事ができない。


 カイツールが描いた逆転の道筋はこうだ。
 まず《黙する死者》の効果により、墓地で通常モンスター扱いとなっているデュアルモンスター、《エーリアン・ヒュプノ》を蘇生、再度召喚を行い効果を発動する。

《エーリアン・ヒュプノ》
水/☆4/爬虫類族・デュアル/効果 ATK1600 DEF700
このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、
通常モンスターとして扱う。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、
このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。
●Aカウンターの乗っている相手フィールド上モンスター1体を
選択してコントロールを得る。自分のエンドフェイズ時毎に、
コントロールを得たモンスターのAカウンターを1つ取り除く。
コントロールを得たモンスターのAカウンターが全て取り除かれた場合、
そのモンスターを破壊する。


 ヘイシーンの場の《剣闘獣ヘラクレイシス》には《惑星汚染ウイルス》の効果によりAカウンターが乗っている。
 そのヘラクレイシスをヒュプノの効果で奪い取り、場ががら空きとなったヘイシーンにダイレクトアタックを仕掛ける!
「コレデ……僕ノ勝チダァアアアア!!」
「ヘラクレイシスの効果を発動。手札を1枚捨て、魔法・罠の発動を無効にし、破壊する」
「……ア?」
 ヘイシーンの発した言葉を聞いて、間の抜けた呟きを洩らすカイツール。
 彼の目の前で、逆転のための一手が脆くも崩れ去ってゆく。
「エ……ア……?」
「聞こえなかったのか? 《剣闘獣ヘラクレイシス》の効果により、手札1枚をコストに、貴様の発動した《黙する死者》を無効にしたのだ」
 あまりの衝撃に、しばし思考が追いつかないカイツール。
 が、やがて最後の一手が潰されてしまったことにやっとのことで気がついた。
「ア……馬鹿ナ……ソンナ……」
 このまま自分は消えてしまうのか? こんなところで?
「(冗談ジャナイ! クソ! マダ何カ手ハナイノカ……! 何カ!!)」
 考えろ、何か逆転の手を! 何か何か何か何かナニカナニカ……!!
 必死に頭を回転させるカイツール。
 そこに、ヘイシーンの冷やかな声が浴びせられる。
「儂のターン、ドロー」
 その声に驚き、ヘイシーンを見やるカイツール。
「ナ……マ、待テ! マダ、僕ノターンハ……!」
「何を言っている? もう1ターンの思考時間はとうに過ぎている」
 その言葉に一層青ざめるカイツール。
「随分と無駄に考え込んだようだが、これで終わりだ。ヘラクレイシスよ、ダイレクトアタックだ!」
「マ……待ッテクレェエエ!!」
 悲痛とも言える叫びを上げるカイツールに、無情にもヘラクレイシスの斬撃が浴びせられた。
「ガギャアアアアアアアア!!!!」

カイツール:LP1100 → LP0


 ゲームの決着がついた。同時に、カイツールの体が徐々に崩れ始める。
 自身のその様子を見たカイツールは、目を見開き、叫びをあげる。
「オギャァアアアアアアアアア!! 痛イィ!! 熱イィ!! 嘘ダロ!! コンナ!! コンナノ!! 嫌ダアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「やかましい」
「グゲガ!?」
 崩れゆく体を揺らし、断末魔をあげるカイツールを、ヘイシーンは「やかましい」の一言と共に蹴り倒した。
 そして、倒れたカイツールの顔を片足で踏みつける。
「貴様は強大な“闇”の力を手に入れたのだろう? これが代償という奴だろう……その覚悟もないまま、消える瞬間までわめき散らすとは……見苦しいことこの上ない」
「グ……ゲ……!!」
 呻きを上げるカイツールを、軽蔑しきった視線で見降ろすヘイシーン。
 顔を踏みつける足により一層力を込め、冷たい声で引導を渡す。
「さっさと消えろ、ゴミが」
「…………!! ……!」
 しばらく手足を震わせていたカイツールだが……徐々にその動きも小さくなっていき、そして最後は灰のようになって消えていった。
 同時にヘイシーンの周りを覆っていた“闇”も消え去ってゆく。
「やれやれ……随分と煩わせてくれた……」
 “闇”が薄れ、外の様子が見えてきた――途端、ヘイシーン目掛けてミイラが覆い被さってきた。
「な!?」
 寸でのところで身をかわし、ミイラをやり過ごすヘイシーン。
 驚く彼の眼に映ったのは、倒れた照明と松明に照らされる倒れた人々と、蠢くミイラ、そして立ち上る砂の塔であった。
「なんだこれは……!? これが奴の言っていた儀式とやらなのか……!? 」
 思わず顔を引きつらせるヘイシーン。
 そんな彼を餌と見たのか、ミイラたちが次々とヘイシーンに向かいよたよたと近づき始めた。
 ヘイシーンはとっさに懐のピストルを取り出し、ミイラ目掛けて発砲する。
 だが、ミイラたちに着弾しても、僅かに体を揺らすだけで、その進行を止めることは出来なかった。
「ちっ……」
 舌打ちする彼は、ふと過去の事例を思い出した。
 今から7年前、ドーマと呼ばれる勢力がデュエルモンスターズを実体化させた事件のことだ。
 『隠された知識』にあった報告書によれば、その実体化モンスター達は、決闘者のデュエルディスクから召喚したモンスターで撃退可能な事例もあったという。
「……試すだけ、試してみるか」
 ヘイシーンはデュエルディスクからカードを引き抜き、ディスクにセットしてみる。
 すると《剣闘獣ラクエル》が現れ、吠え声を上げて周囲に向かって威嚇の意を見せた。
 デュエル中ではないのに、モーション設定が生きている――まるで、ラクエルに意思が与えられたかの様な錯覚にヘイシーンは陥った。
「ラクエルよ。ミイラたちを攻撃せよ」
 これはもしや……と思い、ヘイシーンはラクエルに指示を出す。
 はたしてラクエルは、その声に応えるがごとく炎を操りミイラたちを攻撃した。
 次々と火に纏わりつかれ、倒れてゆくミイラたち。
 その光景を見て、ヘイシーンは思わず息をつく。
「まさか、本当に可能だとは……」
 とにかく身を守る手段は確保できた。
 後はこの原因を突き止め、食い止めなければ……。
「まったく……闇のゲームで体力を奪われているというのに……厄介なことだ!」
 ヘイシーンは毒づくと、ラクエルに指示を出しながらその場からの移動を始めた。





エピソード13:闇の支配者


 
「バクラ……! そんな! 貴方は千年アイテムと共にこの世から消え去ったはず……!」
 イシズの驚愕した声を、バクラはシニカルな笑み1つで返す。
「その通りさ……オレ様自身の、千年アイテムに宿った邪念自体は、確かにこの世から消え去った……」
 そう言いながら、ゆっくりと歩をすすめ、イシズに近寄るバクラ。
「だが、オレの持つ能力“精神寄生(パラサイト・マインド)”……コイツで宿主様自体に、オレの欠片を残しておいた」
 カツンッ、と一際大きな足音を最後に、イシズから僅かに距離を取った所でバクラは立ち止まる。
「そして……その時が来たので、“魔女”に呼び出され、ここに来た……大いなる“闇”の力を手に入れるためにな」
「その時……?」
「こういう事さ」
 パチンッ、とバクラが指を鳴らすと同時に、辺りの空気が重く変わる。
「こ、これは……!」
「ヒャハハハハ! 久々の闇のゲームだぜぇ!!」
 戸惑うばかりのイシズの目の前で、バクラは喜色満面に叫ぶ。
「さっきも言ったろう? この地は……千年アイテムに通ずる魔術の租、“魔神”の眠る地だ。それの力を解き放つために……お前の魂が必要なのさ!」
「……!」
 その言葉と同時に、イシズの腕にデュエルディスクが瞬時に現れ、装着された。
「下地となるのは99の魂の力、起爆剤は千年アイテムの縁……『墓守の一族』の魂の力! さあ、イシズさんよお、その身を闇に捧げなあ!!」
「くっ……!」
 思わず怯むイシズ。
 だが、かつて千年アイテムの所持者だったこともあり、“闇”の力による拘束性も理解している。
 この戦いは……逃れられない。
「……1つ答えてください。先ほど、私の他にも『魂の力』が……他にも人の魂が必要ともとれる発言をしていましたが……」
「ん? ああ、さっきお前も会ったろう? オレの他にも、お仲間が……『醜悪』のカイツールが“儀式”の準備を進めてくれた。今頃、外の人間達は生け贄になってるハズだぜ!」
「生け贄……!」
 物騒な単語に顔をしかめるイシズ。
 加えて、バクラは『千年アイテムに通ずる魔術の租』の力を手に入れるための犠牲だと言っていた。
 かつて、千年アイテムを造るために、99人もの人間が犠牲となった伝承。
 もし、それに準ずるようなことが起こっているのだとすれば……。
「……ならば、やるしかなさそうですね。幸い、手慣れたゲームによる決着ならば……貴方を倒し、その目論見を崩せるというもの……!」
「ヒャハハハ! やる気になってくれたようだな……嬉しいぜ! しかし、オレ様を倒すとはっきり言い切るとは、強気だな……いいぜ、その綺麗な顔、ぐしゃぐしゃにしてやるよ!」
 
「「決闘(デュエル)!!」」
 
イシズ:LP4000
バクラ:LP4000


「私のターンからです。ドロー! ……私はモンスターを守備で出します。さらにカードを1枚伏せ、ターン終了です」
 イシズのターンから始まった決闘。
 まずは基本の型にならって、様子見に最適な布陣を敷きターンを終える。
「オレのターン、ドロー!」
 続いてバクラのターン。
 引いたカードを見た途端……彼の顔は歪んだ笑みに染まる。
「おいおい……このカードが来たってことは……オレの勝ちじゃないか?」
「な!?」
 驚くイシズを前にして、バクラはあまたの腕を持つ異形の神を呼び出した。
「《マンジュ・ゴッド》をまず召喚するぜ!」

《マンジュ・ゴッド》
光/☆4/天使族・効果 ATK1400 DEF1100
このカードが召喚・反転召喚に成功した時、
自分のデッキから儀式モンスターまたは
儀式魔法カード1枚を手札に加える事ができる。


「《マンジュ・ゴッド》の効果を発動! コイツは召喚成功時、儀式魔法か儀式モンスターを手札に加える事が出来る……。オレは儀式魔法《高等儀式術》を手札に加え、発動する!」

《高等儀式術》 儀式魔法
手札の儀式モンスター1体を選択し、そのカードとレベルの合計が
同じになるように自分のデッキから通常モンスターを墓地へ送る。
選択した儀式モンスター1体を特殊召喚する。


「本来儀式モンスターは専用の儀式魔法が必要だが……《高等儀式術》はそれらの代わりに扱う事が出来る。加えて、儀式モンスター降臨に必要な生け贄を、デッキ内の通常モンスターで賄うことが可能だ!」
「……! なるほど、最低限の手札消費で儀式モンスターを降臨できるわけですが……!」
「その通りだ! さあて、見せてやろう……本来は《エンド・オブ・ザ・ワールド》で呼ぶ終焉の王のご登場だ! デッキから《地縛霊》及び《夢魔の亡霊》、合計レベル8の生け贄を捧げる!」
 
《地縛霊》
地/☆4/悪魔族 ATK500 DEF2000
闘いに敗れた兵士たちの魂が一つになった怨霊。
この地に足を踏み入れた者を地中に引きずり込もうとする。


《夢魔の亡霊》
闇/☆4/悪魔族 ATK1300 DEF1800
寝ている者の夢に取り憑き、生気を吸い取る悪魔。
取り憑かれてしまった者は、決して自力で目覚めることはない。

 
 バクラのデッキから二つの悪霊が弧を描きながら虚空に消えていった。
 そこから、にわかに暗雲が立ち込め、一気に辺りを重苦しい空気で満たす。
 そして……暗雲の中心からゆっくりと、黒を基調とした鎧に身を固めた、巨躯の魔人が降り立った。
「打ち滅ぼせ……! 《終焉の王デミス》降臨!」

《終焉の王デミス》
闇/☆8/悪魔族/儀式・効果 ATK2400 DEF2000
「エンド・オブ・ザ・ワールド」により降臨。
フィールドか手札から、レベルの合計が8になるよう
カードを生け贄に捧げなければならない。
2000ライフポイントを払う事で、
このカードを除くフィールド上のカードを全て破壊する。


「くっ……! いきなりこんな大型モンスターを……!」
「ま、《高等儀式術》のお陰で消費は少ない方だが……それでもコイツのために多くのカードを使っちまったわけだ。そこで《祝宴》を発動し、手札を補充しておこう」

《祝宴》 速攻魔法
フィールド上に表側表示の儀式モンスターが
存在するときのみ発動することができる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。


 手札を補充したバクラが、間をおかずに宣言する。
「さて、準備が整ったところでデミスの効果を発動! 2000ライフをコストに……デミス以外の全てのフィールド上カードを破壊する!」
「……!?」
 2000ポイントという莫大なライフを対価に、フィールドのカードを破棄する……豪快かつ強大な効果に驚くイシズ。
 だが、デミスを残してもイシズのライフを削りきる事は出来ない……そう思っていたイシズの前に、さらなる異変が訪れる。

イシズ:LP4000 → LP2000
バクラ:LP4000 → LP4000


「な、私のライフが……!?」
 それだけではない。デミスの効果発動のためにライフを払ったはずなのに、バクラのライフには変動が見られなかったのだ。
「……デミスの効果発動時に、このカードを発動した。魔法カード《脅迫代償》をな」

《脅迫代償》 通常魔法
自分がカードの発動、及びカード効果の使用のために
ライフを支払うとき、手札のこのカードを墓地に送る事で発動する。
相手のライフを使用し、ライフを支払う事ができる。
(ただし、これにより相手のライフが
半分より下になってしまう場合は、発動できない)
このカードの効果により支払われたライフの倍の数値を、
発動ターンのエンドフェイズに相手のライフに加える。


「コイツの効果によって、デミスの効果発動のためのライフ、あんたに肩代わりしてもらったぜ、イシズさんよ!」
「……!」
 デミスが斧を振り上げ、勢いよく地面に振り下ろす。
 そこから、黒いマグマのような“闇”が一気に噴出した。
「“闇”よ、全てを飲みこめ……! ――終焉の嘆き!!」
 デミスが呼び出した“闇”が辺りを満たし、イシズの場のカードのみならず、バクラの場の《マンジュ・ゴッド》をも飲みこんでゆく。
 虐殺の渦が通り過ぎた後、立っているのは3人――イシズ、バクラ、そして、全てを薙ぎ払った終焉の王のみとなった。
「さて……全ては消え去った。後はあんたを狩るのみだ! デミス、ダイレクトアタック!」
 バクラの宣告と共に、デミスが斧を振り上げイシズに襲いかかる。
 その一撃は、イシズのライフをことごとく奪い去る――ハズだった。
「墓地より《ネクロ・ガードナー》の効果を発動! このカードを除外し、攻撃を無効にします!」
「何!?」

《ネクロ・ガードナー》
闇/☆3/戦士族・効果 ATK600 DEF1300
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。


 墓地から戦士の影が現れ、デミスの斬撃からイシズを守る。
 それを見て、バクラは頬を歪め、舌打ちした。
「くそ! 守備で出していたのはソイツだったか……! しょうがねえ、ここはカードを1枚伏せておく……! ターンエンドだ」
「同時に《脅迫代償》のもう一つの効果により、私が支払わされたライフの倍……4000ポイントを私のライフに加えます!」
「ちい……覚えてやがったか。仕留めそこなったのが響くぜ……!」

イシズ:LP2000 → LP6000



バクラ:LP4000
モンスター:《終焉の王デミス》(功2400)
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:3枚
イシズ:LP6000
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:4枚


「私のターンです。ドロー」
 ひとまず一撃必殺は防いだイシズ。
 ただ、バクラの場に強力な効果を持つ《終焉の王デミス》が健在であり、放置しておくのは危険な状況である。
「(私のライフは《脅迫代償》のお陰で余裕がある……ならば!)私は《異次元の女戦士》を召喚します」

《異次元の女戦士》
光/☆4/戦士族・効果 ATK1500 DEF1600
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。


「《異次元の女戦士》で、《終焉の王デミス》を攻撃します!」
「……! くそ、そう来たか!」
 光る剣を片手に、巨躯の魔人に踊り掛かる《異次元の女戦士》。
 だが、その力の差は歴然。デミスが斧を横に薙ぎ払い、女戦士はあえなく吹き飛ばされる。

イシズ:LP6000 → LP5100


「く……《異次元の女戦士》の効果発動! 戦闘を行ったモンスターを自身ごとゲームから除外!」
 もはや虫の息のまま空を舞う女戦士。だが、イシズの宣告に応えるがごとく、最後の力を振り絞る様に手にしていた光る剣をデミスに向かって投げつける。
 それは、終焉の王に見事ヒットした。その瞬間、デミスと女戦士は青白い光の渦に包まれ、フィールド上から姿を消した。
「ちぃ……デミスが除外されたか……!」
「バトルフェイズを打ち切り、カードを2枚伏せます。これでターン終了です」


バクラ:LP4000
モンスター:なし
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:3枚
イシズ:LP5100
モンスター:なし
魔法・罠:伏せカード2枚
手札:2枚


「やってくれるぜ! オレのターンだ! ドロー!」
 バクラがカードを引き、ざっと手札を見直す。
「ちっ……せっかく相手の場にモンスターがいないのに、まともな攻め手がいねえ……。仕方ない、伏せカード発動! 《手札断殺》だ!」
「! 手札交換カードですか……」

《手札断殺》 速攻魔法
お互いのプレイヤーは手札を2枚墓地へ送り、デッキからカードを2枚ドローする。


 互いに2枚の手札を墓地に送り、デッキから2枚のカードを引く。
 バクラは引き当てたカードを見て、ニッと不敵な笑みを見せた。
「いいのが来たぜ……! 《儀式魔人プレサイダー》召喚!」

《儀式魔人プレサイダー》
闇/☆4/悪魔族・効果 ATK1800 DEF1400
儀式モンスターの儀式召喚を行う場合、
その儀式召喚に必要なレベル分のモンスター1体として、
墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事ができる。
このカードを儀式召喚に使用した儀式モンスターが
戦闘によってモンスターを破壊した場合、
その儀式モンスターのコントローラーはデッキからカードを1枚ドローする。


「コイツで、ダイレクトアタックだ!」
 薄い緑の肌をした魔人、プレサイダーが手にした剣を振りかざし、イシズに斬りかかる。
 イシズはすぐさま伏せカードを開き、その攻撃を防御した。
「罠カード発動《ガード・ブロック》! 攻撃を無効にし、カードを1枚ドローします!」

《ガード・ブロック》 通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動することができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 
「ち……。まあ、そう簡単にはいかねえか。仕方ねえ、ターン終了だ!」


バクラ:LP4000
モンスター:《儀式魔人プレサイダー》(功1800)
魔法・罠:なし
手札:3枚
イシズ:LP5100
モンスター:なし
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:3枚


「私のターン、ドロー。……私は《巨大ネズミ》を召喚します!」

《巨大ネズミ》
地/☆4/獣族・効果 ATK1400 DEF1450
このカードが戦闘によって墓地へ送られた時、デッキから攻撃力1500以下の
地属性モンスター1体を自分のフィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
その後デッキをシャッフルする。


「そして、《巨大ネズミ》でプレサイダーを攻撃します!」
「くそ! また自爆特攻か! ライフに余裕があるからって……!」

イシズ:LP5100 → LP4700


 攻撃力を上回るプレサイダーに挑んだ《巨大ネズミ》だが、あっけなく倒される。
 だが、巨大ネズミが倒れたその場に、剣を携えた戦士が現れた。
「《巨大ネズミ》のリクルート効果……戦闘で破壊された場合、攻撃力1500以下の地属性モンスターをデッキから特殊召喚します。私は《ムドラ》を特殊召喚!」

《ムドラ》
地/☆4/天使族・効果 ATK1500 DEF1800
自分の墓地に存在する天使族モンスター1体につき、
このカードの攻撃力は200ポイントアップする。


「く……だが、高々攻撃力1500のモンスターでは、プレサイダーを倒すことは……!」
「いいえ、バクラ……覚えていますか? 貴方が発動した《手札断殺》を……」
 それに、ハッと目を見開くバクラ。
「そうか……あのカードは互いに手札交換を行う。あの時、お前が墓地に送ったカードは……!」
「その通り。あの時墓地に送ったのは《アギド》に《ケルドウ》……2体とも天使族モンスターです」

《アギド》
地/☆4/天使族・効果 ATK1500 DEF1300
このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、
サイコロを1回振る。
自分の墓地から、サイコロの出た目と同じレベルの
天使族モンスター1体を特殊召喚する事ができる。
(6の目が出た場合は、レベル6以上のモンスターを含む)


《ケルドウ》
地/☆4/天使族・効果 ATK1200 DEF1600
このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、
相手の墓地からカードを2枚選択して相手のデッキに加えてシャッフルする。


「《ムドラ》は私の墓地に存在する天使1体に着き、攻撃力を200上昇する……。よって合計400ポイントアップします!」

《ムドラ》
ATK1500 → DEF1900


「ちい! プレサイダーの攻撃力を上回りやがった!」
「ムドラでプレサイダーを攻撃!」
 仮面と鎧の天使の戦士――ムドラがプレサイダーに瞬時に斬りかかる。
 肥満体の魔人の鈍く重い一撃を悠々と交わし、ムドラは手にした剣で一閃。
 プレサイダーはあえなく倒れる。

バクラ:LP4000 → LP3900


「くそが……!」
 思わず毒づくバクラ。
 だが、イシズの攻撃はこれで終わりではなかった。
「更に追撃の罠……《地霊術−「鉄」−》!」
「なあ……!」

《地霊術−「(くろがね)」−》 通常罠
自分フィールド上に存在する地属性モンスター1体を生け贄に捧げる。
自分の墓地から、生け贄に捧げたモンスター以外で
レベル4以下の地属性モンスター1体を特殊召喚する。


「《ムドラ》を生け贄に、墓地の地属性モンスター《巨大ネズミ》を特殊召喚!」
 天使の戦士が消え去り、代わりに二足歩行の大きなネズミが現れる。
「これはバトルフェイズ中の特殊召喚……よって追撃が可能! 《巨大ネズミ》でダイレクトアタックです!」
 《巨大ネズミ》がバクラに飛びかかり、爪でひっかく。
「が……! くそ、鬱陶しい……!!」

バクラ:LP3900 → LP2500


「これで、ターン終了です」
 確かな手ごたえがあった。そう思いながら、イシズはターンを終了させた。


バクラ:LP2500
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:3枚
イシズ:LP4700
モンスター:《巨大ネズミ》(功1400)
魔法・罠:なし
手札:3枚


「オレのターン……くそ! モンスターを守備で出し、カードを1枚伏せる! ターン終了!」
 乱暴な口調でターンを終了させるバクラ。
 最初のターンの勢いはどこへやら、守勢に回らなくざるおえない状況に追い込まれている。
 間違いなく、今ゲームの流れはイシズの方に傾いている。
「私のターン、ドロー! 《ゾルガ》を召喚し……守備モンスターを攻撃します」

《ゾルガ》
地/☆4/天使族・効果 ATK1700 DEF1200
このカードを生け贄にして生け贄召喚を行った時、
自分は2000ライフポイント回復する。


 イシズはマントを着込んだ魔術師然とした天使、ゾルガを呼び出しすぐさま攻撃へと移行した。
 流れに乗れている内に、一気に攻め込もうと考えたのだ。
 それに応え、《ゾルガ》が風を巻き起こし守備モンスターを攻撃する。
 が、その風撃は守備モンスターに反射され、イシズを襲った。
「くあ……!」

イシズ:LP4700 → LP4400


 その様子を見て、ヒュウ、と安堵の口笛を吹くバクラ。
「あぶねえあぶねえ……オレの出した守備モンスターは《儀式魔人リリーサー》……守備力は2000。コイツを攻撃した《ゾルガ》の攻撃力1700との差分として、300ポイントの反射ダメージを受けてもらったぜ」

《儀式魔人リリーサー》
闇/☆3/悪魔族・効果 ATK1200 DEF2000
儀式モンスターの儀式召喚を行う場合、
その儀式召喚に必要なレベル分のモンスター1体として、
墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事ができる。
このカードを儀式召喚に使用した儀式モンスターが
フィールド上に表側表示で存在する限り、
相手はモンスターを特殊召喚する事ができない。


 イシズは、《ゾルガ》の攻撃を跳ね返した薄紫の肌の魔人を、細めた眼で見ながら言う。
「……そう簡単には決めれませんか……カードを1枚伏せておきます。これでターン終了です」


バクラ:LP2500
モンスター:《儀式魔人リリーサー》(守2000)
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:2枚
イシズ:LP4400
モンスター:《巨大ネズミ》(功1400)《ゾルガ》(功1700)
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:2枚


「オレ様のターン! さて、反撃に移らせてもらうぜ! リリーサーを生け贄に……上級モンスター《儀式魔人ハプティズマー》召喚!

《儀式魔人ハプティズマー》
闇/☆5/悪魔族・効果 ATK2200 DEF1700
儀式モンスターの儀式召喚を行う場合、
その儀式召喚に必要なレベル分のモンスター1体として、
墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事ができる。
このカードを儀式召喚に使用した儀式モンスターは、
1ターンに1度だけ、効果によって破壊されない。


 上級モンスターを呼び出したバクラは、イシズの場のモンスター2体を眺める。
「(さて……攻撃力はどちらにも勝ってはいるが……《巨大ネズミ》を倒しても、リクルート効果で新たなモンスターを呼ばれてしまう……それに《ゾルガ》は生け贄召喚に利用する事で、2000ものライフを回復する効果を持っていたな……放置しておくのは危険だ)よし、ハプティズマー! 《ゾルガ》を攻撃だ!」
 効果を吟味し、ゾルガを攻撃目標に定めたバクラ。
 だが、イシズもさるもの。自身が使い慣れたカード達だけあって、その特性はよく理解していた。
「それなら罠カードを発動します! 《攻撃誘導アーマー》! この効果により、ハプティズマーの攻撃を《巨大ネズミ》に変更します!」

《攻撃誘導アーマー》 通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動可能。
攻撃モンスターの攻撃対象を攻撃モンスター以外のモンスターに移し変える。


 ハプティズマーの打ち出した波動の軌道がそれ、赤い鎧を付けられた《巨大ネズミ》に直撃する。

イシズ:LP4400 → LP3600


「く……そして《巨大ネズミ》のリクルート効果により、デッキから2枚目の《ムドラ》を召喚します。墓地には先ほどに2体の天使に加え、1枚目の《ムドラ》がある……よって攻撃力は600ポイントアップします!」

《ムドラ》
ATK1500 → DEF2100


 思うように攻められず、バクラはフラストレーションを募らせる。
「くそ……こざかしい真似ばかり……! これでターン終了だ!」


バクラ:LP2500
モンスター:《儀式魔人ハプティズマー》(功2200)
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:2枚
イシズ:LP3600
モンスター:《ムドラ》(功2100)《ゾルガ》(功1700)
魔法・罠:なし
手札:2枚


「私のターンです。ドロー!」
 イシズがカードを引く。そして、それと場のカードを軽く確認した。
「流石に、そう都合よく上級モンスターは来てくれませんね……ですが、ハプティズマーを倒す手段はあります! 《ダグラの剣》を《ムドラ》に装備します!」

《ダグラの剣》 装備魔法
天使族のみ装備可能。装備モンスター1体の攻撃力は500ポイントアップする。
装備モンスターが戦闘によって相手プレイヤーにダメージを与えた時、
その数値分、自分のライフポイントを回復する。


《ムドラ》
ATK2100 → DEF2600


「くそ、攻撃力2600だと!?」
 苦々しい口調のバクラ。対するイシズは強い口調で攻撃指令を下す。
「この攻撃が通れば、ライフも回復して有利になる……《ムドラ》! ハプティズマーを攻撃です!」
 湾曲した刃を宿す天使の剣――《ダグラの剣》を構え、ハプティスマーに突撃を仕掛ける《ムドラ》。
 バクラはチッ、と舌打ちしたのち伏せカードを開く。
「あまり俺様をなめるな! 伏せカード発動! 《スキル・サクセサー》!」

《スキル・サクセサー》 通常罠
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
このターンのエンドフェイズ時まで、
選択したモンスターの攻撃力は400ポイントアップする。
???


「コイツの効果で、ハプティズマーの攻撃力を400ポイント上昇させる!」

《儀式魔人ハプティズマー》
ATK2200 → DEF2600


 《スキル・サクセサー》の効果により、力を増した魔人。
 赤いオーラを身にまとい、自らに挑みかかる天使の戦士に、堂々と相対する。
 《ムドラ》の両手剣の斬撃と、《儀式魔人ハプティズマー》の波動を纏った拳撃が交錯し――両者を巻き込んだ盛大な爆発が起こった。
「相打ち……! ですが、こちらにはまだ《ゾルガ》が残っています! 《ゾルガ》、ダイレクトアタックです!」
 爆発によって巻き起こった煙を吹き飛ばすがごとく、《ゾルガ》が渾身の風撃を放つ。
 それはがら空きとなったフィールド上を進撃し、バクラを打ち抜いた。
「ガハッ……!」

バクラ:LP2500 → LP800


 衝撃が堪えたのか、だらりと上半身をだらけさせるバクラ。
 その様子を見て、イシズは思う。
 大幅に相手を追い詰めた――あと一歩。それで勝てる。
 早くこの場から抜け出し、他の人たちを助ける――そう考えながら、イシズはターンを終了させた。


バクラ:LP800
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:2枚
イシズ:LP3600
モンスター:《ゾルガ》(功1700)
魔法・罠:なし
手札:2枚


「オレのターン……ドロー……」
 ゆらり、とまるで幽鬼のごとき動きでカードを引くバクラ。
 そして、フッ、と苦笑を形造ってみせた。
「……なにがおかしいのです、バクラ」
「いやなに。久々の闇のゲームだっていうのに……まさか、ここまで追い詰められるとは思ってもみなかったんでね。バトルシティの時は《千年タウク》に頼りっきりの奴かと思ってたんだが……なるほど、地力もかなりのモンだ」
「お褒めにあずかり光栄ですね。出来れば、このまま諦めてくだされば、私としても楽なのですが……」
「それぁ、出来ない相談だ」
 その言葉と同時に……彼の笑みが一層邪悪さを帯びたものに変質してゆく。
「悪ィが、こちらもガキの使いってわけじゃねえんだ……それに、せっかくだからよォ、オレ様の“核霊”にもあっていけよ! イシズさんよ!」
 ぞんっ、と不気味な威圧感が辺りの空気を満たす。
 思わず体を強張らせるイシズに、歪みきった笑顔でバクラはカードを翳した。
 同時に彼の背後、その空中に黒い洞が突如として出現する。
「手札から儀式魔法……《奈落との契約》を発動する」

《奈落との契約》 儀式魔法
闇属性の儀式モンスターの降臨に使用する事ができる。
フィールドか手札から、儀式召喚する闇属性モンスターと同じレベルになるように
生け贄を捧げなければならない。


「こいつは儀式モンスターと同じレベルになるよう、モンスターを生け贄にすることで、闇属性の儀式モンスターを呼び出す事が出来る……ところで、イシズ。オレが発動した《手札断殺》を覚えているかな?」
 急な問いかけに、イシズは押し黙る。
 それに、この言葉……自身が《ムドラ》強化の際に言ったセリフの、意趣返しのような……。
 はたして、その感想は正解だった。
 バクラはゆっくりと言葉を続ける。
「あの時墓地にレベル1の儀式魔人……《儀式魔人ディザーズ》を墓地に送っておいた……さて、さらにオレ様の使っていた儀式魔人達には、共通の効果がある……それは、墓地から除外することで、儀式の生け贄になるという事!」
 その言葉と同時に、3体の儀式魔人……《儀式魔人プレサイダー》《儀式魔人リリーサー》《儀式魔人ディザーズ》の魂が、暗い洞の中に吸い込まれてゆく。
 空気が揺れる。闇が深まる。
 暗い洞の中……邪悪な意思を宿した、2つの目が鋭い輝きを宿した。
「レベル4、レベル3、レベル1、合計レベル8になるよう、儀式魔人の魂を生け贄とし……闇の支配者を降臨する! さあ来な……そして、全てを滅ぼせ! 《闇の支配者(ダーク・マスター)―ゾーク》!!」

闇の支配者(ダーク・マスター)―ゾーク》
闇/☆8/悪魔族/儀式・効果 ATK2700 DEF1500
「闇の支配者との契約」により降臨。
フィールドか手札から、レベルが8以上になるよう
カードを生け贄に捧げなければならない。
1ターンに1度だけサイコロを振る事ができる。
サイコロの目が1・2の場合、相手フィールド上のモンスターを全て破壊する。
3・4・5の場合、相手フィールド上のモンスター1体を破壊する。
6の場合、自分フィールド上のモンスターを全て破壊する。


 バクラの背後、その暗い洞の中に見えた2つの目。
 その主が自身の力を解き放ち、空間に空いた穴を見えない力で押し広げ、闇の支配者は顕れた。
 空間に罅を入れたその強大な存在は、まさに悪魔そのものであった。
 頭には2対の角、くすんだ色の肌。
 毒々しい赤のマントを翻し、暗黒の王がその権威を知らしめるように降り立ったのだ。
「さあ……ゾークの効果を発動するぜ。ダイスを振り、それにそって効果が決定する……さあ、運命のダイスロールだ!」
 バクラの手元にダイスが現れ、それをバクラは指ではじく様に飛ばした。
 賽は地に堕ち、ゆるやかな回転の後、倒れる様に止まる――示したのは、死の字。
「出目は4……相手モンスター1体の破壊効果が発動する!」
「な!」
 ゾークの手元に、不吉な紫の光が収束する。
 バクラの宣告と共に、それは凶暴な破壊の波動と化した。
「穿て……ゾーク・カタストロフィー!」
 《ゾルガ》が一瞬のうちに砕かれる。
 あっという間に紙切れのようにバラバラにされた《ゾルガ》を前にして、イシズは一瞬虚をつかれた。
「ボーッとしてる暇はないぜ、イシズさんよ! ゾーク、ダイレクトアタック!」
「! しまっ……!!」
 だが、もとより《ゾルガ》を倒されたイシズには、もうフィールド上に他のカードは残っていない。
 ゾークが先ほど放った紫の波動を腕に残したまま、イシズに手刀を振り下ろす。
「斬り裂け――魔手刀閃!!」
 紫の波動を伴った、破壊の閃光がイシズを襲う。
 彼女にそれを避けるすべはない。
 破壊の衝撃が地を砕き――彼女もろとも容赦なく吹き飛ばした。
「く……あああああああああああああ!!!!」

イシズ:LP3600 → LP900









エピソード14:沈黙の使者



 妹が妹でなくなったことに気付いたのは自分だけだった。
 父親も、母親も、兄である自分の宿主も、誰もが気が付かなかった。
 それは、けっして彼らが情に薄いとか、そう言う訳ではない。
 『それ』は完全に、完璧に以前の妹の行動を、言動を、表情を引き継いだようにふるまっていた。
 ひとえに自分がそれに気付いたのは、妹の姿をした『それ』の性質が、自分に近しいモノだったからだろう。
 自分は『それ』に問うた。「お前は何者だ。何をしようとしている」
 『それ』は微笑みながら答えた。「私は魔女。今は無神論(バチカル)を名乗っているわ」
 微笑みを湛えたまま『それ』は言葉を続ける。「何をしようとしているか……そうね、真理が知りたい、といったところかしら」
 意味がわからない。そう思ったのを見透かしてか、苦笑しながら『それ』は言う。「分からなくて当然。私だって雲をつかむ様な話というのは自覚しているもの」
 それから『それ』はひとつアドバイスを、と自分に言ってきた。「盗賊さん……貴方は心の欠片を一定の者や他者に残せる力を持っている……その力を使って、宿主さんに欠片を残しておきなさい。もし時が来れば……すごい“闇”を見せてあげる」
 どういうことかと問う自分に『それ』は只微笑みながら、はぐらかすばかりだった。
 それからしばらくして『それ』は消えた。
 バスとタンクローリーの衝突した大きな爆発事故。
 まともな遺体さえ検出できない、大惨事。
 娘の死に、妹の死に、父母も兄も悲しみに暮れていた。
 自分はその様子を酷く滑稽だと思いながら見ていた。
 彼らの娘であり、妹であった少女の魂は『それ』に乗っ取られた時に、すでに死んでいたのだと言うのに。
 それに、自分には確信があった。
 これは『それ』が何らかの目的に沿った行動だと。
 そして『それ』はおそらく――生きているというと語弊があるような気がするが、なんらかの形で存在し続けていると。
 『それ』の事は気にかかったが、自分はいち早く、他の千年アイテムを集めなくてはならないという意識に囚われていたため、次第に『それ』のことは心の片隅に追いやられていった。
 只一つ。『それ』のアドバイスは、気まぐれに試しておくことにした。


● ● ● ● ●


 
「う……ぐ……くぅ……」
 ゾークの攻撃により吹き飛ばされたイシズ。
 ふらつく体をどうにか立て直し、ゆっくりと起き上がる。
「ひゃはははは! 中々イイ声を出すじゃねえか! さらに興奮してくるってもんだぜ、イシズさんよぉ!」
 バクラの歪みきった笑顔と笑い声が響く中、イシズは霞む視界の中、鎮座する巨大な悪魔を見据える。
「く……ゾーク……今までのモンスターの攻撃とは……ダメージのケタが……違う……」
「そりゃあそうさ! まあ、ダイレクトアタックだった影響もあるだろうが……コイツはオレ様の“核霊”……今のオレ様の闇の力の源と言ってもよいカードだ。要は熱源に触れた様なモンさ、当然ダメージもでかい……!」
 より一層歪な笑みを深め、バクラは底冷えする嬉声で言葉を続ける。
「さて……これでオレ様はターン終了だ……もっとイイ声を聞かせてもらうぜ、イシズさんよ」


バクラ:LP800
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:1枚
イシズ:LP900
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:2枚


「く……私のターン……ドロー……」
 よろめきながらも、何とかカードを引くイシズ。
 相対する強大な悪魔――ゾークの脅威に怯みそうになりながら、それでも強い視線を向ける。
「(しかし……あの能力は凄まじい……)」
 ゾークの持つモンスター破壊能力――ダイスの出目により、1/3の確率でこちらのモンスターを全破壊、1/2の確率でこちらのモンスターを1体は破壊。
 1/6の確率で自爆してしまうものの、5/6の確率でこんなモンスターを破壊してくる驚異的な能力である。
「(しかも……それだけではない……)」
 ゾークの背中――車輪のように回転する、勾玉状の三者三様の色を持つ火の玉。
 ゾーク召喚の際生け贄となった儀式魔人達の加護により、ゾークはさらなる力を得ていた。

《儀式魔人プレサイダー》
闇/☆4/悪魔族・効果 ATK1800 DEF1400
儀式モンスターの儀式召喚を行う場合、
その儀式召喚に必要なレベル分のモンスター1体として、
墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事ができる。
このカードを儀式召喚に使用した儀式モンスターが
戦闘によってモンスターを破壊した場合、
その儀式モンスターのコントローラーはデッキからカードを1枚ドローする。


《儀式魔人リリーサー》
闇/☆3/悪魔族・効果 ATK1200 DEF2000
儀式モンスターの儀式召喚を行う場合、
その儀式召喚に必要なレベル分のモンスター1体として、
墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事ができる。
このカードを儀式召喚に使用した儀式モンスターが
フィールド上に表側表示で存在する限り、
相手はモンスターを特殊召喚する事ができない。


《儀式魔人ディザーズ》
闇/☆1/悪魔族・効果 ATK200 DEF200
儀式モンスターの儀式召喚を行う場合、
その儀式召喚に必要なレベル分のモンスター1体として、
墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事ができる。
このカードを儀式召喚に使用した儀式モンスターは罠カードの効果を受けない。


 すなわちゾークは、プレサイダーの加護により戦闘での相手モンスター破壊時にカードを1枚ドローする効果、リリーサーの加護によりイシズの特殊召喚行為を封じる効果、ディザーズの加護により罠カードへの耐性まで手に入れているのだ。
「(今の手札ではゾークを倒す手段はない……ですが、防御の手段なら……)私は……《光の護封剣》を発動します……」

《光の護封剣》 通常魔法
相手フィールド上に存在するモンスターを全て表側表示にする。
このカードは発動後、相手のターンで数えて3ターンの間フィールド上に残り続ける。
このカードがフィールド上に存在する限り、
相手フィールド上に存在するモンスターは攻撃宣言をする事ができない。


 イシズがカードを発動すると同時に、光の十字剣がゾークの眼前に降り注ぎ、その動きを妨害する。
「ほう……これはこれは……」
「……私はこれで……ターン終了します……」


バクラ:LP800
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:1枚
イシズ:LP900
モンスター:なし
魔法・罠:《光の護封剣》
手札:2枚


「オレのターン、ドロー」
 引いたカードを見て、チッと舌打ちをする。
「《光の護封剣》を突破できるカードはそうそう来ないか……しかたねえ、ターンエンドだ」
 イシズはひとまずほっと息をつく。
 何せ、もう残りライフはあとわずか。今、自分を守る手段は《光の護封剣》に頼りきりだ。
「(今の内に何らかの手を……)私のターン、ドロー」
 引いたカードを加えて手札を流し見る。
「(……さて、どうしますか……ゾークの効果によって破壊される可能性が高い以上、下手にモンスターを出すのは得策ではないでしょう……出来れば、反撃と同時に展開していきたいところ……)」
 しばらく考えたのち、あえてアクションを起こさず耐える選択肢を選らんだイシズ。
「(今はなんとか、《光の護封剣》で耐えるしか……)……ターン、終了します」


バクラ:LP800
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:2枚
イシズ:LP900
モンスター:なし
魔法・罠:《光の護封剣》
手札:3枚


「オレのターン、ドローだ」
 カードを引くバクラ。同時に《光の護封剣》の効力が弱まり、ゾークを囲っている光の剣が僅かに消える。このターンを含めて、《光の護封剣》の力が維持されるのは残り2ターンとなった。
 拘束力が弱まったのに未だ動けないのが気に障るのか、ゾークが鬱陶しそうにうなり声を上げる。
「ゾークも、お前を倒すのを待ちきれないと見える……いやいや、中々の人気じゃないか! え、イシズさんよ?」
 挑発的な笑みを見せ、イシズを煽るバクラ。
 イシズは疲労と恐怖で力が抜けそうになる体に鞭打ち、キッ、と鋭くバクラを睨んだ。
 その視線を受けて「おお、怖い怖い」とふざけた口調で肩をすくめるバクラに、イシズは問いかける。
「99の魂と私の魂を犠牲に“魔神”なるものを復活させるとのことですが……“魔神”の伝承など……私達一族の伝統はおろか……バトルシティ以降の歴史研究でも、そのような事実は見つからなかったと言うのに……」
「そりゃあ、そうだ。これは『抹消された歴史』だからな」
 バクラはフンッ、と鼻で笑いながら言葉を続ける。
「そもそもの始まり、闇の錬金術を始めとした暗黒の魔術の記されし『千年魔術書』……その出自は謎とされているが……どうやら、更に古い時代のファラオが開祖らしい」
 イシズは小さく「ファラオ?」と疑問を呟く。
「そのファラオもまた、邪神崇拝を理由に歴史から抹消されたらしいが……。どうやらその“魔神”と言うのは、その魔術に深くかかわるものらしい。まあ、これはオレ様を呼び出した“魔女”からのまた聞きだが……実にぞくぞくする話だとは思わないか?!」
 嗤いながら、バクラは天を仰ぐように手を掲げる。
「そうさ! 記憶戦争におけるゾーク様よりも、もしかしたらもっと深い闇が見れるかもしれねぇ! オレ様は見てみてぇのさ! 深すぎるまでの暗闇を! 底知れぬ暗黒を!」
 そして、ゆっくりとその視線をイシズに戻す。
「そのための第一歩になれるんだぜ、光栄だよなあ、イシズさんよ! まあ、今は攻め手がない以上仕方がない、カードを1枚伏せてターンを終了する。ああ、アンタが闇に捧げられるその時が待ち切れねえぜ……」
 恍惚とした、それでいて底冷えのする声でバクラはターン終了を宣言した。


バクラ:LP800
モンスター:なし
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:2枚
イシズ:LP900
モンスター:なし
魔法・罠:《光の護封剣》
手札:3枚


「く……私のターン、ドロー!」
 イシズは先ほどのバクラの言葉を反芻していた。
 いわく、千年アイテムの祖に通ずる様な強力な闇の力を手にしようとしているのだ。
「(そんなもののために、今も多くの人を犠牲に……!)」
 イシズは思う。絶対に負けるわけにはいかない、と。
 だが、その思いとは裏腹に、イシズの手には逆転できるだけのカードがそろっていない。
「(まだ動けませんか……しかし……このカードは使えるかもしれません)私はカードを1枚伏せます。これで、ターン終りょ……」
「おっと待ちな! エンドフェイズにオレ様の伏せカード《砂塵の大竜巻》を使わせてもらうぜ!」
「……!!」

《砂塵の大竜巻》 通常罠
相手フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚を選択して破壊する。
その後、自分の手札から魔法または罠カード1枚をセットする事ができる。


「こいつで……そうだな、伏せカードは気になるが……ここは《光の護封剣》を破壊させてもらうぜ!」
 砂交じりの竜巻が、ゾークを拘束していた光の剣を全て吹き飛ばした。
「ひゃははははは! これで存分に暴れられるってもんだ!」
「く……ターン終了です……」


バクラ:LP800
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:2枚
イシズ:LP900
モンスター:なし
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:3枚


「さて、オレ様のターン、ドロー」
 厄介な《光の護封剣》を取り除き、機嫌を良くしたバクラ。
「では、バトルフェイズに突入! ゾークでダイレクトアタックだ!」
 その瞬間、イシズは伏せカードを開いた。
「させません! 伏せカード発動《月の書》! ゾークを裏側守備表示に!」
「なんだと!?」

《月の書》 速攻魔法
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、裏側守備表示にする。


 ゾークがより一層深い闇に包まれ、その中で膝を折る。
「ち……そうきたか!」
 そう言いながら、バクラは手札に目を移す。
「(ゾークは攻撃力こそ2700と中々の高さだが、守備力は1500と少しばかり低めだ……返しのターンで戦闘破壊される恐れも……)なら伏せカードを1枚置いておくぜ。これでターン終了!」
 

バクラ:LP800
モンスター:裏守備1体(ゾーク)
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:2枚
イシズ:LP900
モンスター:なし
魔法・罠:《光の護封剣》
手札:3枚


「私のターン、ドロー!」
 イシズのターン、ドローしたカードを見た途端、イシズは息を飲んだ。
「(このカードなら……!)」
 手札のカードと合わせ、戦術を確認するイシズ。
 そして、覚悟を決め相手を見据える。
「(……勝負です、バクラ!)まずはカードを1枚伏せ……モンスターを守備で出します! さらに……魔法カード《浅すぎた墓穴》を発動!」
「!? なんだと!?」

《浅すぎた墓穴》 通常魔法
お互いはそれぞれの墓地に存在するモンスターを1体選択し、
それぞれのフィールド上に裏側守備表示でセットする。


「私はこの効果で……《ムドラ》を裏守備でセットします。……バクラ、この効果で貴方も墓地のモンスターをセットできます」
「……なら、オレは《儀式魔人ハプティズマー》をセットする」
 この行動にバクラは困惑していた。
 《浅すぎた墓穴》は互いにセット状態での蘇生を行うカード。
 確かに強力な効果だが、状況を考えなければかえって自分の首を絞めてしまう結果となる。
「(現に、今のこの状態では壁モンスターを増やしたところで、返しのターンでゾークの効果で倒される可能性が高いというのに……どういうことだ!?)」
「私はこれでターン終了です」
 そして、バクラがその狙いを看破できぬまま、ターンが渡ってくる。


バクラ:LP800
モンスター:裏守備2体(ゾーク)(ハプティズマー)
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:2枚
イシズ:LP900
モンスター:裏守備2体(???)(ムドラ)
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:1枚


「……オレのターン、ドロー」
 未だイシズの考えを看破出来ないバクラだったが――攻めるには十分な布陣だ。
「まずはオレの2体のモンスター、ゾークとハプティズマーを反転召喚する!」
 闇に包まれていた2体が立ち上がりその姿を現す。
 だが、ゾークには異変が起こっていた。背中で回っていた3つの鬼火――儀式魔人の加護が消え去っていたのだ。
「……一旦、裏守備表示になったことで『儀式魔人を生け贄に儀式召喚した』という記録が消え、儀式魔人による3つの付加能力が消え去ったか……だが、ゾーク本来の能力であるモンスター破壊効果は問題なく発動可能だ! ダイスロール!」
 ダイスが舞い、2の目を示す。
「ひゃははは! こいつぁ運がいい! 相手モンスター全破壊効果の発動だ!」
 ゾークの手元に、《ゾルガ》を倒した時とは比較にならぬほど、巨大な波動が収束し始める。
「蹴散らせ……! ――ゾーク・インフェルノ!!」
 バクラの宣告と共に、凶暴な紫の炎が解き放たれ、イシズのモンスターを焼き払わんと襲撃する。
「させません……! 伏せカード発動《魔封壁》!」

《魔封壁》 速攻魔法
「フィールド上のカードを破壊する」効果を持つ
モンスター効果が発動した場合、発動可能。
自分フィールド上のカードは、
このカードの発動ターンのエンドフェイズまで、
その効果モンスターの効果では破壊されない。


 イシズの場に光の障壁が現れ、ゾークの炎を受け流す。
「この効果により、私のモンスターは全て、ゾークの破壊効果から守られます」
「ほう……なるほどな……!」
 確かにゾークの効果に対抗した効果を持つカードを伏せていた事は頷ける。
「(だが、所詮は一時しのぎだ……他に狙いがあるのか?)なら数で押すしかねえな! 手札から2体目の《儀式魔人プレサイダー》召喚!」
 これでバクラの攻撃モンスターは3体となった。
「(ゾーク、ハプティズマーの攻撃力はそれぞれ2700と2200……並み大抵の下級モンスターでは受け切れねえ筈だ……)いくぞ……ハプティズマーで、まず《浅すぎた墓穴》で蘇生されたムドラを攻撃する!」
 ムドラの守備力は1800。ハプティズマーの攻撃力2200を受け切れるはずもなく、あっさりと破壊される。
「続いて、ゾークでもう1体の守備モンスターを攻撃!」
 バクラはこの正体不明の守備モンスターが鍵なのではないか、と考えた。
 《魔封壁》で破壊から守り、裏守備なのでその正体もつかめない。
 守備力が異常に高いモンスターか、はたまた何らかの効果を持つモンスターか。
 はたしてその正体は……確かに強力な効果を持つモンスターであった。

《お注射天使リリー》
地/☆3/魔法使い族・効果 ATK400 DEF1500
このカードが戦闘を行うダメージ計算時に1度だけ、
2000ライフポイントを払って発動することができる。
このカードの攻撃力は、そのダメージ計算時のみ3000ポイントアップする。


「リリー……だと!?」
 イシズが守備で出していた《お注射天使リリー》は2000ポイントと膨大なライフを支払うことにより、一時的に自身の攻撃力を3000ポイント上昇するという、確かに強力なカードではある。
 だが、それはあくまで攻め手に回った時の話だ。このような守りに関しては単なる弱小モンスターと変わりない。
「(ブラフ……だったのか? これならプレサイダーのダイレクトアタックでオレの勝ちだが……)」
 ゾークとハプティズマーの攻撃により、イシズの場のモンスターは全滅。対するバクラには、まだプレサイダーの攻撃が残っている。
 ハプティズマーの攻撃が命中すれば勝てるものの、どこか釈然としないモノを感じ取ったバクラ。
 ……はたして、その印象が間違っていなかったことがイシズの手により証明される。
「これでよいのですよ……バクラ」
 イシズが、残った手札1枚を手に取った。
「私の残された1枚の手札……これこそが切り札だったのです。このカードを特殊召喚するためには、私の場のモンスター2体以上か戦闘で破壊される事が条件……」
「!? なんだと!?」
 驚くバクラの目の前で、イシズはそのカードを掲げる。
「さあ、光よ……闇を照らしなさい! 特殊召喚……《テュアラティン》!!」

《テュアラティン》
光/☆8/天使族・効果 ATK2800 DEF2500
相手のバトルフェイズ時に発動する事ができる。
バトルフェイズ開始時に自分フィールド上にモンスターが2体以上存在し、
それらのモンスターが1度のバトルフェイズ中で戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
この効果で特殊召喚に成功した時、属性を1つ宣言し、
フィールド上に表側表示で存在する宣言した属性のモンスターを全て破壊する。
その後、このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
相手は宣言された属性のモンスターをフィールド上に召喚・特殊召喚する事ができない。


 光のベールを纏い、白金の飾り鎧を思わせるシルエットの天使、《テュアラティン》が降臨する。
 その光を嫌うように、バクラの場のモンスターが怯み、低いうなり声をあげはじめた。 
「なるほど……こいつの召喚の為に……しかし、なんて特異な召喚条件だ……!!」
 意味不明に思えた《浅すぎた墓穴》の発動、一時しのぎに思えた《魔封壁》の発動。
 それらは、切り札《テュアラティン》の召喚条件を満たすために必要なプロセスだったのだ。
「さらに、この方法で特殊召喚された《テュアラティン》は、特殊能力を使う事が出来ます……それは、宣言した属性モンスターを全て破壊すると言うもの……!」
「な……に……!?」
 目を見開くバクラに、イシズは力強く宣言する。
「バクラ……貴方の場のモンスターは全て闇属性……当然、私は闇属性を宣言します!」
 《テュアラティン》のベールが、光の波動となり場を満たす。
 その途端、バクラの場のモンスターは苦しみ始めた。
「闇はすべて光の中に……効果発動! ――フォビドゥン・エレメンタル!」
 《テュアラティン》から発せられる光が、いっそう強くなる。
 そして、ゾーク、ハプティズマー、プレサイダーが浄化されるがごとく消え去っていった。
「く……オレ様のモンスターが全滅した……!」
 それだけに留まらない。
 バクラの場のモンスターを消し去った光のオーラが、未だフィールド上を波打ちながら漂っているのだ。
「《テュアラティン》の効果には続きがあります……それは、効果で排除した属性と同じ属性のモンスターは《テュアラティン》が存在する限り、召喚と特殊召喚を封じられるのです」
「なん……だと……!? つまり、闇属性モンスターの召喚を封殺された……!?」
 バクラのデッキに採用されたモンスターは大半が闇属性。
 実質ほとんどのモンスターの召喚を封じられた事になる。
 バクラは苦々しい表情のまま、しばらくイシズを睨みつけていたが――
「……ターン、終了する」
 やがて力なく、ターン終了を宣言した。


バクラ:LP800
モンスター:なし
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:2枚
イシズ:LP900
モンスター:《テュアラティン》(功2800)
魔法・罠:なし
手札:0枚


「私のターン、ドロー……メインフェイズは飛ばし、バトルフェイズに移ります!」
 切り札の召喚に成功し、バクラの大半のモンスター召喚行為を封じたイシズ。
 この機を逃すまいと、すかさず攻撃に移った。
 そこにバクラが声を上げる。
「待ちな。オレは伏せカード《威嚇する咆哮》を発動する。このターン、攻撃宣言を封じさせてもらう」

《威嚇する咆哮》 通常罠
このターン相手は攻撃宣言をする事ができない。


「く……カードを1枚伏せます。ターン終了です」
 トドメの一撃を受け流され、歯噛みするイシズ。
 確実に、今の状況は自分に有利なはずなのに――バクラの異様に平淡な挙動が、イシズに不安を与える。
 どこか焦りを感じたまま、彼女はそのままターンを終了させた。


バクラ:LP800
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:2枚
イシズ:LP900
モンスター:《テュアラティン》(功2800)
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:0枚


「オレのターン、ドロー」
 引いたカードと手札を見ながら、しばし思考に浸るバクラ。
 しばらくして、抑揚のない口調でイシズに問いかける。
「なあ、イシズさんよ。《テュアラティン》で召喚・特殊召喚を封じられたのは闇属性のみ……なら、他の属性なら問題はないんだよな」
「ええ……その通りですが……」
「なら、こいつを召喚する……来い《マンジュ・ゴッド》!」

《マンジュ・ゴッド》
光/☆4/天使族・効果 ATK1400 DEF1100
このカードが召喚・反転召喚に成功した時、
自分のデッキから儀式モンスターまたは
儀式魔法カード1枚を手札に加える事ができる。


「それは……!」
 最初のターンでバクラが召喚した、儀式モンスターか儀式魔法を手札に加える能力を持つモンスターが再びイシズの前に現れた。
「こいつは光属性だからな、召喚するのに問題はないはずだ……さらに効果により儀式魔法《エンド・オブ・ザ・ワールド》を手札に加える!」
 その言葉と同時に、バクラのデッキスロットからカードが1枚飛び出す。
「《エンド・オブ・ザ・ワールド》……確か《終焉の王デミス》を本来呼ぶために必要な儀式魔法でしたね……しかし、デミスは闇属性。《テュアラティン》の効果により召喚は封じられますが……」
「誰がデミスを呼ぶと言ったよ?」
 問いかけに、イシズが息を飲む。
「《エンド・オブ・ザ・ワールド》で呼べるのは、闇から来たる終焉の王だけじゃあない……今回オレが呼ぶのは、光を従える破滅の女神よ! 《エンド・オブ・ザ・ワールド》発動!」

《エンド・オブ・ザ・ワールド》 儀式魔法
「破滅の女神ルイン」「終焉の王デミス」の降臨に使用する事ができる。
フィールドか手札から、儀式召喚するモンスターと同じレベルになるように
生け贄を捧げなければならない。


 バクラの眼前、白い輝きを放つ光球が出現する。
 そこにバクラの墓地から、薄い緑の火球――《儀式魔人プレサイダー》の魂と場上の《マンジュ・ゴッド》が吸い込まれてゆく。
「墓地のプレサイダー及びフィールド上のマンジュ・ゴッド……合計レベル8になるよう生け贄を捧げる! さあ……殺戮の時間だ! 《破滅の女神ルイン》降臨!」

《破滅の女神ルイン》
光/☆8/天使族/儀式・効果 ATK2300 DEF2000
「エンド・オブ・ザ・ワールド」により降臨。
フィールドか手札から、レベルの合計が8になるよう
カードを生け贄に捧げなければならない。
このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
もう1度だけ続けて攻撃を行う事ができる。


 光球がはじけ、そこに降り立ったのは、流れる銀髪をもった美貌の女神だった。
 身につけるのは幾重もの色が重ねられたドレスめいた装服、手にするのは血のような赤を曝す三つ刃の槍。
 剣の様な両目から、殺意のこもった視線がイシズへと向けられる。
「く……別の儀式モンスターを召喚してくるとは……ですが、攻撃力は2300。《テュアラティン》に勝つことは……!」
「……《破滅の女神ルイン》で《テュアラティン》を攻撃!」
「! な!?」
 破滅の女神が舞い踊るかのように《テュアラティン》に斬りかかる。
 だが、このままでは攻撃力が足らず、ルインの方が倒されてしまう。
「そんなことは百も承知よ! 墓地に眠る罠《スキル・サクセサー》の効果を発動! コイツを除外して……ルインの攻撃力を800ポイントアップだ!」 

《スキル・サクセサー》 通常罠
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
このターンのエンドフェイズ時まで、
選択したモンスターの攻撃力は400ポイントアップする。
また、墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の
攻撃力はこのターンのエンドフェイズ時まで800ポイントアップする。
この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動する事ができず、
自分のターンのみ発動する事ができる。


《破滅の女神ルイン》
ATK2300 → ATK3100


「!! それは、ハプティズマーに使った強化効果の罠……まさか、墓地から発動する効果を持っていたとは……!」
「これでルインの攻撃力は《テュアラティン》を上回った! 喰らいな――刺牙葬殺!」
 赤いオーラに包まれたルインの槍が、《テュアラティン》を貫ぬいた。
 そこから白銀の衝撃が幾重も奔り、飾り鎧の天使の体はたちまち罅だらけとなる。
 バキリ、と一際大きな崩壊音の後、《テュアラティン》は限界に達し崩壊、盛大な衝撃を巻き起こして崩れさった。
「く……ああ!!」

イシズ:LP900 → LP600


 衝撃に膝を折るイシズに、バクラは冷やかに声を掛ける。
「おっと、まだ倒れるのは早いぜ! ルインは戦闘でモンスターを破壊した場合、もう一度だけ続けて攻撃できる!」
「……!!」
「コイツでトドメよ……やれ、ルイン! ――刺牙葬殺・弐式!」
 再びルインが槍を振り上げた瞬間、イシズは残された伏せカードを開く。
「罠……はつど……《リビングデッドの呼び声》……! ……《テュアラティン》を……蘇生……!!」

《リビングデッドの呼び声》 永続罠
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。


 イシズのフィールド上にボロボロになった《テュアラティン》が戻ってきた。
 その様子を、バクラは僅かに感心したような、軽い表情の変化で見届ける。
「ほう、そいつは蘇生カードだったか……まあいい、《スキル・サクセサー》の効果はエンドフェイズまで続く……いまだ、ルインの攻撃力はそいつを上回っているからな! ルイン、そのまま攻撃!」
 再びルインの槍によって砕かれる《テュアラティン》。
 その衝撃が再びイシズを襲う。
「ぐ……く……!!」

イシズ:LP600 → LP300

 
 体に響く鈍い痛みに、再び膝を折るイシズ。
 バクラは薄く笑いながら、カードをドローする。
「プレサイダーを儀式の生け贄に使ったことにより、ルインに付加されていた『相手モンスター戦闘破壊時に1ドロー』効果のお陰で、手札が2枚増えた……念のため、そのうちの1枚を伏せておくぜ。これでターン終了だ。イシズさんよ」
 同時に《スキル・サクセサー》の効果が切れ、ルインを纏っていた赤いオーラが消滅、攻撃力が元に戻った。
 その正面、衝撃で倒れ、這いつくばるイシズに、バクラは冷ややかな笑みが浮かべていた。


バクラ:LP800
モンスター:《破滅の女神ルイン》(功2300)
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:1枚
イシズ:LP300
モンスター;なし
魔法・罠:なし
手札:0枚

 
「わ……たしの……ターン……ドロー……」
 体力を削る闇の空間、ゾークによる攻撃の衝撃、そして先ほどのルインによる連続攻撃。
 イシズの気力と体力は、ライフポイントに比例して削りきられていた。
 それでも力を振り絞り、引いたカードに目を移す。

《ケルベク》
地/☆4/天使族・効果 ATK1500 DEF1800
このカードを攻撃したモンスターは持ち主の手札に戻る。
ダメージ計算は適用する。


「(……く……このカードの……バウンス効果に……賭けるしか……)私は……モンスターを守備で出して……ターン終了……」
「ほう……諦めず最後までゲームを続けるか……たいしたもんだ。オレのタ―ン、ドロー」
 カードを引くバクラを、イシズは固唾を飲んで見すえる。
 《破滅の女神ルイン》のみで攻撃してきたなら、《ケルベク》のバウンス効果によりルインを手札に戻せる。
 まだ自分は負けない――まだ可能性は残っている。
 そう思っていた矢先、突如ルインがイシズの目の前から消えた。
「……え?」
 一瞬、呆気にとられるイシズ。そして、バクラの伏せカードが開いている事に気付いた。

《神秘の中華なべ》 速攻魔法
自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる。
生け贄に捧げたモンスターの攻撃力か守備力を選択し、
その数値だけ自分のライフポイントを回復する。


「伏せておいた《神秘の中華なべ》発動……コイツの効果でルインを喰らい、ライフを回復した」
 べろり、と舌舐めずりしながらバクラが言う。

バクラ:LP800 → LP3100


「い、一体……!?」
 思わぬカードの発動に動揺するイシズ。
 それにバクラは、ニタリと口元を三日月の形にして応えた。
「ああ、いいカードが来たんだがな……発動のためのライフが足りなかったからな。コイツを使ったのさ」
 そういってバクラは手札のカードを翳した。 

《契約の履行》 装備魔法
800ライフポイントを払う。
自分の墓地から儀式モンスター1体を選択して
自分フィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。
このカードが破壊された時、装備モンスターをゲームから除外する。


「800ライフを支払い発動……墓地の儀式モンスター《闇の支配者―ゾーク》を蘇生する!」
 
バクラ:LP3100 → LP2300


 バクラの場に、再び闇が収束する。
 闇は徐々に人型を形成し……巨大な悪魔《闇の支配者―ゾーク》が、その姿を再び顕わせた。
「…………!」
 言葉を失うイシズに、ゾークの放つ邪気が襲いかかってくる。
「いくぜ……ゾークの破壊効果発動! ダイスロール!」
 バクラの声と同時にダイスが舞い堕ちる。
 そして示された3の目と同時に、イシズの最後の砦――《ケルベク》が飛散した。
「く……あ……!」
 その衝撃にふらつくイシズに容赦なく、バクラは攻撃を宣言した。
「トドメだ……ゾークのダイレクトアタック! ――ダーク・フェノミノン!!」
 ゾークの放った禍々しい紫の焔が、濁流となりイシズを飲み込む。
 それはことごとく、彼女の精神と肉体を蹂躙していった。
「……あ……か……あぁ……!!」

イシズ:LP300 → LP0


 焔の濁流が過ぎ去った後、意識なく倒れたイシズにバクラはクククッ、と含み笑いを漏らす。
「中々楽しめたぜ……ありがとうな、イシズさんよ。そして……その魂の力、頂くぜ!」
 そして、ゲームが終わってもなお消えていないゾークがズシンッ、と大きな足音を響かせイシズに近づく。
 そして巨大な片手でイシズの頭を掴み、宙吊りにした。
 同時に、彼女の体から薄く輝くモヤの様なもの――イシズの生体エネルギーが目に見える形で発生した。
 それはゾークの腕を伝わり、渦巻くように吸い込まれていった。
「…………! …………!!」
 自分の命を司る力を吸い取られ、時折苦しげにイシズの体が痙攣する。
 それを見て、バクラは我慢できなくなったように笑い声をあげた。
「ヒャハハハハ! まるで解剖された蛙だな! そんなに魂の力を吸われるのは苦しいかい、イシズさんよ!!」
 楽しげに問いかけるバクラだが、意識を失ったイシズは応えることはない。
「ハ! やっぱ反応がねぇと楽しめねえな……! もうイイ、飽きてきた。ゾーク、完全に喰っちまおうぜ!」
 その言葉と同時に、ゾークは手にしたイシズを自らの口に放り込もうする。
 刃じみた歯の並ぶ口が開き、彼女の体はその中でバラバラに噛み砕かれる――その直前のことだった。
 突如としてガラスが砕ける様な音が響き、同時に闇に包まれた空間に罅割れが走り、穴が出来たのだ。
 ちょうどゾークの真上に空いた空間の穴から、白いローブの人物が闇の空間の中に侵入してきた。
「!? なんだ!?」
 白いローブの人物は、片刃の長剣を手にしていた。その剣の柄を両手で持ち、頭上に振り上げる。
 そしてそのまま落下し、その勢いを利用してゾークの腕――イシズを掴んでいた腕を手にした剣で切り落としたのだ。
 ゾークの狂ったような叫びが響く。
 ゾークの腕から解放され、そのまま落下するイシズ――それ目掛けて白ローブの人物は、懐からカードを取り出し、彼女の方向に投げつける。
 そのカードから、螺旋の装飾の施された、紫の衣に身を包んだ年若い男の魔術師が現れ、彼女を抱きとめた。
「……! なんなんだ、てめーは!」
 驚愕に暫し固まっていたバクラだが、すぐに戦意を取り戻し、闖入者に殺意を向ける。
 同時に、彼の体から髑髏の形をした瘴気が立ち上った。
「今は罰ゲームの最中だ……それを邪魔するのなら、貴様も葬ってやるぜ!」
 髑髏の瘴気がバクラの意思に同調し、触手のように白ローブの人物に襲いかかった。
 白ローブの人物がそれを見やる。
 と同時に、短い発光の後、手にした長剣が掻き消えた。
 そして今度はその手に、先端に翠の宝玉が取り付けられた、短い杖が現れる。
 もう片方の手から、カードを軽く上方に投げる――と、今度はそのカードから、薄い青の衣を纏った少女の魔術師が現れ、今しがた自分を呼び出した人物と同じように杖を前方に構えた。
「――黒・魔・道・爆・裂・波(ブラック・バーニング)
 少女魔術師と白ローブの人物の杖から、爆発的な波動が放たれる。
 それはバクラの放った髑髏の魔手をことごとく撃ち落とした。
 一連の流れに未だ驚きを隠せないバクラ。
 闇のゲームに干渉してくるだけでも信じられないことだ。相手はかなりの魔力を有している。
「貴様、一体……」
 言いかけて気付く。白ローブの人物が呼び出した――デュエルモンスターズの魔術師たちは、彼もよく知るものだった。

《ブラック・マジシャン》
闇/☆7/魔法使い族 ATK2500 DEF2100
魔法使いとしては、攻撃力・守備力ともに最高クラス。

 
《ブラック・マジシャン・ガール》
闇/☆6/魔法使い族・効果 ATK2000 DEF1700
お互いの墓地に存在する「ブラック・マジシャン」
「マジシャン・オブ・ブラックカオス」1体につき、
このカードの攻撃力は300ポイントアップする。


 さらに言えば、彼が手にしていた長剣と杖にも見覚えがあった。そう、あれは記憶戦争の時の決闘で――
「お前……まさか……」
「旦那ぁあーーーー!!」
 続いて響いた大声に、バクラは言葉を切り顔を上げる。
 今度は翼をはやした黒ローブの男が上空から飛来したのだ。
「げえ!? こんなとこまで……とにかくここはずらかるぜ! 旦那!」
 そう言って黒ローブの男が懐からカードを取り出し、バクラ目掛けて投げつける。
 カードからと突如として旋風が巻き起こり、バクラはまともに身動きが取れなくなった。
「な……次から次へと!!」

《ハリケーン》 通常魔法
フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て持ち主の手札に戻す。


 旋風が収まった頃には、白ローブの人物も、翼の男も、イシズの姿もなかった。
 彼らの言葉通り、とっくに逃げ去った後だった。
「ち……クソが……」
 悪態を吐きながら、バクラは手にしたゾークのカードを翳す。
 それと同時にゾークの姿が消え去った。獲物に逃げられたとあってはいつまでも闇の力を展開しているメリットはない。
「下手に深追いをして、儀式が駄目になってしまうとまずい……ムカつくが今は無視するしかない……か」
 そして、イシズの魂の力を吸収したゾークのカードを見やる。
「イシズの魂の力は完全には手に入らなかったが……どうなんだ、“魔神”の力は手に入るのか?」
 彼は試しに、ゾークのカードに意識を集中させる。
 それが瘴気めいた靄を纏い、中空に浮いた。
 そして、そこから螺旋状の光が遺跡の奥に向かって照射された。
「ほう……完全とはいかないが……どうやら“魔神”の力を手に入れるには十分な様だな」
 バクラは光の先に向かって歩を進める。
 やがて、光の筋の行き着いた場所に追いついた……そこには、扉を模したレリーフが刻まれていた。
 そのレリーフの周辺、髑髏と石板、数多くの象形文字の刻まれている。
「……なるほどな。ある程度、予想は出来ていたが……この地の“魔神”を完全に復活させることがあの魔女の目的ではなかったようだ。何らかの手順を踏んだ魔術の一環……その可能性が高い」
 自分を使ったのも――明確な理由は定かではないが、その手順に有用な手段だったからだろう。
 そう思っている間に、光が収まり、同時にズシンッ、と地震めいた振動が一回だけ起こり、すぐに何事もなかったかのように静まる。
「……儀式は成功に終わったか。ここでのオレ様の役目は終わり……だが」
 バクラはゾークのカードを拾いながら、徐々に顔を歪ませてゆく。
「……このオレを使いっぱしりにしておいたままで……只で済むとは思ってねえよな? 魔女サンよぉ……!」
 邪悪な笑いを置き土産にして、バクラは闇の中に消えていった。
 

● ● ● ● ●


「まったく、無茶をするぜ」
 翼の男が白ローブの人物をたしなめる。
 件の彼は、寝かせたイシズの様子を確かめていた。
「外傷は見受けられないけど……消耗が酷い。大丈夫だろうか……」
「そら、闇のゲームに負けたんだ、ただで済むはずが……それより、ホントに無茶しすぎだぜ! アイツは俺の覚えにはないが、おそらく『クリフォト』の新メンバーだ! かなりの力の使い手の様だし、下手すりゃあのままつかまっていたかも……」
「……うん、彼がいたのには、ボクも正直驚いた。どうなっているのか……」
「……? 旦那、あんたアイツの事を知って……って!」
 そういった矢先、白ローブの男は苦しげに膝を折って蹲った。
「お、おい! 大丈夫か、旦那!?」
「心配掛けてゴメン……大丈夫……だよ」
「……旦那、あんたも相当つらそうだな、ここを離れて早く休もう」
「ごめん……迷惑かけるね」
「別に……俺には俺の目的があるからね。ここであんたが『クリフォト』の連中につかまったら、そこでアウトだろうからな」
 そう言って、白ローブの人物を肩に背負う翼の男。
「あ……せめて、彼女を……人のいるところに……」
「無茶いうな。俺達が今人前においそれと姿さらす訳にはいかねえよ……と、誰か来た見てえだ。悪いがこのまま飛ぶぜ」
 そう言って翼の男は、白ローブの人物と共に飛び去っていった。


――この後、イシズを始めとした意識不明者61名、及び死亡者38名は、ヘイシーン・ラ・メフォラシュら『隠された知識』の協力者とエジプト政府の関係者を中心に救出、搬送が行われた。
 公式に発表によれば、地下にたまった有毒ガスが漏れ出した事故として記録されている。










つづく……






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