最後の審判

製作者:sumiyakiさん




 (注)これは素人の私が愚かにも、アニメ終了後の遊戯達を勝手に想像して、勝手に作った二次創作です。
勝手に設定作っています、オリキャラが結構でます。正直に言ってホント素人の二次創作です。ご了承ください。m(_ _)m
 ちなみに、アニメ終了から3年後が舞台で、ルールはアニメルールです。カード効果はアニメ、OCGが混合していたりします……本当にすみません。m(_ _)m












 神々と肩を並べるにはたった一つのやり方しかない。
 神々と同じように残酷になることだ。
 by ジャン=ポール・サルトル





第一章:塔






PROLOGUE・嵐の日、とある一室で…

 雷鳴が木霊する。
 日本には今、大型の台風が上陸している。
 ここ童実野町にも、もちろんその台風が来ていた。
 強い風と豪雨、今外に出歩く酔狂な者など誰もいない。昼間であるにもかかわらず分厚い雲が天の光を覆い、まるで夜のようだった。

 新たな雷光が、暗い童実野町を照らした。
 だが、その童実野町に在る大きな建物の中の小さな一室にいる青年4人は、その雷鳴が耳に入っていないかの如く黙りこくっていた。
 4人は小さなテーブルを囲み、パイプ式のイスに座っていた。
 長髪の青年がふと窓の外を見る、しかしその青年の目には外の風景は全く映ってはいなかった。

「…………もう、一週間になるんだよなぁ………」
 角刈りの青年が口を開いた。
「まさか、もう死んで―――」
「おい本田! まさか“あいつ”が死んじまったなんて言うんじゃねぇだろうな!」
 本田と呼んだ男の胸倉を、ショートカットの青年がイスから立ち上がり、今にも殴りかかるような勢いでつかみ上げた。

「落ち着け城之内! たとえばだ、もしもの話だよ! ……オレだって………オレだって信じたくねぇよ! “あいつ”が………“あいつ”が行方不明だなんてよぉ…………」
 怒りとも悲しみとも取れる顔を本田は城之内から背けた。
 城之内は苦虫を噛んだような表情で本田を放し、右手を血が出るほどの力で握り締め叫んだ。
「オレだって信じたくねえよ! “あいつ”が……オレ達に黙って…いきなりいなくなるなんて……考えたくもねぇよ!!!」
 城之内の叫びで、また部屋は沈黙に包まれた。
 聞こえるのは雨の落ちる音、風で窓がきしむ音、雷の落ちる音。
 そして4人の呼吸音だけだった。


 沈黙に耐えられなくなったのか、白い長髪の青年が喋りだした。
「でも……でも、やっぱりおかしいよ……何かあったとしか………」
「獏良! てめえまで“あいつ”が死んじまったなんて言うつもりかよ!」
 沈黙を破った獏良に、またも城之内が食って掛かる。
 今度は胸倉を掴むような事はしなかったが……。

「そうは言ってないよ! でもホントにおかしいじゃないか。“彼”が今までボク達に黙っていなくなって、一週間も連絡が無いなんて事は無かったのに………これじゃ何かあったとしか思えないじゃないか!」
 大声をだしてしまった事を後悔しながら、獏良はまた黙りこくった。
 普段は物静かな獏良の大声で城之内は意表をつかれ、何も言い返せなかった。
 またも気まずい空気が、部屋を支配する。

 城之内自身、わかってはいた。みんな“あいつ”の事を心配している………心配しているからこそ、悪い考えが頭に浮かぶのだと。
 でも、自分は…自分だけは……信じたくなかった。“あいつ”の一番の親友として“あいつ”に何かあったなどとは考えたくも無かった。
 だがどうしても嫌な考えが頭をよぎるのだ。
 いや、もしかしたら自分が一番“悪い事”を考えていたかもしれない…。それを考えるとよけいにイライラしてきた、このままでは次に喋った奴にまた食い掛かるかもしれない。
 その怒りを……不安を……少しでもごまかすため、彼は友の名を呼んだ。
「どこに………どこに行っちまったんだよ! 遊戯ぃぃーーーー!」



EPISODE1・2週間前、同じ部屋で…

 ある建物の部屋で、青年4人が小さいテーブルを囲みパイプ式のイスに座りながら、なにやら口論していた。

「だから無理だって、そんなこと!」
 長い黒髪をポニーテールにした青年、御伽龍児はやれやれといった顔で城之内の言葉を否定した。
「城之内くんがやるぐらいなら、ボクがやった方が良いよ」
「んだと〜御伽! じゃあお前なら、遊戯に勝てるって言うのかよ!」
「そうは言わないけど……でも城之内くんがやるよりかは、勝てる確率高いと思うよ」
「この野郎〜!」
「いや、城之内。確かにお前がやるより、御伽が決闘(デュエル)した方がいいにきまってるぜ」
 角ガリの青年、本田が会話に割ってはいる。
「本田、テメエまで何てこと言いやがる! なら獏良、お前はどう思う? オレが決闘(デュエル)した方が良いよな?」
「えっ、ボク? う〜ん…」
 白い長髪の青年、獏良はいきなりの質問に困った。ここは城之内に気を使うべきか、それとも本音を言うべきか………。
「ボクも御伽くんが決闘(デュエル)した方がいいと思うけど……」
 だが結局、城之内に気を使っても仕方が無いな、と思い本音を言うことにした。
「がぁ〜〜〜獏良〜お前まで〜〜」
 お前だけは信じてたのに〜、と落胆の色を浮かべる城之内。

 城之内、本田、御伽、獏良、彼らは高校時代からの付き合いだ。
 彼らの話題にしている “遊戯”もまた、高校で出会った彼らの友人……いや親友だった。
 そして決闘(デュエル)とは、世界的に人気のトレーディング・カード・ゲーム「デュエル・モンスターズ」での対戦の事だ。
 “遊戯”はかつて、ここ童実野町で開催されたバトル・シティという、「デュエル・モンスターズ」の大イベントで優勝し、「決闘王(デュエルキング)」の称号を得た猛者である。その彼に、バトル・シティでベスト4になったとはいえ、三年たった未だ一勝もできていない城之内が勝てるとは、誰も思わなかった。

「みんな何してるの?」
 城之内らのいる部屋のドアを開け、一人女の子が入ってきた。
「あっ、角谷(すみや)部長。こんちわ〜ッス」
 本田が挨拶した女性は名を角谷菊子、城之内らや遊戯が所属しているアナログゲームサークルの部長、そして童実野大学の三回生である。大きな丸眼鏡と、ボーイッシュなショートカットが印象的な、小柄で可愛らしい女の子だ。
「こんにちは。で、何を話してたの?」
 挨拶など、どうでもいいかのように角谷は丸眼鏡の奥にある興味津々の瞳を向け質問した。もともと彼女は好奇心旺盛な性格だ、たぶん城之内達が答えなければ何度でもシツコク聞いてくるだろう…。それを知っている城之内達はすぐに説明し始めた。
「いやですね…実は―――――」

 城之内、本田、御伽、獏良、そして遊戯は一年前に童実野高校、正確には童実野大学付属高校を卒業し、エスカレーター式のこの大学に進学した。もちろん城之内の成績はギリギリで、最後まで内部進学できるか分からず、みんなをハラハラさせていたが……。

 そして進学後すぐに、遊戯と獏良がアナログゲームのサークルに入部し、遊戯達が入るなら自分達もと、城之内、本田、御伽が一緒に入部したのだった。
 当時からあまり部員はいなかったが、それでも先輩後輩の分け隔てなくみんなで楽しくやっていた。
 だが今では部員の殆どが卒業してしまい、部員は城之内達と遊戯そして部長の角谷しかいなかった。生徒数の多いこの童実野大学では部員は10人以上いないとサークルとは認められず同好会扱いとなり部費も出ず、部室を追い出されてしまうのだ。
 そんな未来を回避するため、城之内達は一つの案を思いついた。
 それは、バトル・シティ優勝者であり決闘王(デュエルキング)の称号を持つ遊戯を、今度の新入生に対するサークル紹介で客寄せパンダとして使おうとする作戦だった。
 初代決闘王の武藤遊戯がいると聞けば、ちょっとデュエル・モンスターズをかじった者ならすぐにでも入部したいはずだ。
 もちろんこの案は遊戯に相談したのだが遊戯は、一人だけで目立つのはどうも恥ずかしいし、それにバトル・シティに本当に優勝したのは“彼”だから――――と言って断り、それよりも何か面白いゲームを持ってきてみんなでサークル紹介をしたほうが良いよ、と言ってきた。
 だがそんな方法で入部者がくるとはとても思えなかった。
 そんな方法は去年、先輩達が使っている。
 去年入部したのは、かなりのゲームマニアの遊戯と漠良。それに付き合う形で入った城之内達だけである。とてもじゃないが、普通のゲーム好きがこのマニアックなサークルに入部してくるとは思えなかった。
 やはり遊戯に客寄せをしてもらうほか無い。だが、遊戯を説得するのは容易な事ではない、彼はミョ〜なところで強情なのだ。
 ではどうすれば遊戯が引き受けてくれるかと、今日この部室で話し合っていたのだ。

「ならデュエルをして、そのバツゲームとしてサークル紹介をしてもらうってのは、どう?」
 と、御伽が意見を言った。
 たしかに自分の一番得意なゲームのバツゲームなら、いくら遊戯でも納得するだろうと、その意見はすぐに採用されたが………新たな問題が生じた。
 決闘王である遊戯にデュエルで勝つ事は、これもまた簡単な事ではない。事実、城之内達は遊戯に勝った事が無かった。
 けど相手だって人間だ。勝てない相手じゃない!…はずだ。
 じゃあ誰がデュエルをするか決めようとしていて、城之内は「オレがやる!」と言い出した。
 しかし本田達は、いつも運と野生のカン任せでデュエルする城之内には任せられないと考え、城之内を止めようとしていたのだった。


「って訳なんスよ…」
「へーなるほどねー。みんなこのサークルを心配してくれてんだね〜」
 あははは、と笑いながら角谷はイスに座りなおした。
「笑い事じゃないですよ部長! 先輩達が苦労して作ったこのサークルの存亡の危機なんですよ!?」
「そうだぜ! だからこそ「バトル・シティ」ベスト4のこの城之内克也さまが――――」
「だ・か・ら、オメ〜じゃ無理だって言ってんだろ〜が!」
「なんだとぉ!」
 イスから立ち上がり、ケンカをはじめる城之内と本田。それを毎度の事と、止めようとしない獏良と御伽。
 平和ないつもの光景だった。

「まあまあ、まちなさ〜い!!」
 イスに座ったままの角谷が大きな声で二人を止めた。とっさに角谷を見る城之内達。
「武藤くんにデュエルで勝てる方法がたった一つだけ………あるわ!」
 角谷は眼鏡をキリーンと輝かせ、高らかに宣言した。
 驚きと疑問の表情を浮かべる城之内達。いつもトラブルメーカーの彼女が話を混乱させる事はあっても、まさか解決策を出すとは思っていなかった。
 フフフフフと不気味な笑いをする角谷。

 城之内達が沈黙する事、約10秒………。

「で、それはどんな方法なんですか?」
 静寂を破り、獏良が質問した。
「よくぞ聞いてくれました!」
 聞かれたかったようだ………。
「それは………フフフフフ………」
「もったいぶらないで教えてくださいよ!」
 もったいぶるのが好きなようだ………。
「それは…………このカードたちを使うのよ!」
 角谷は素早くイスから立ち上がり、部室にある自分のロッカーから数枚のカードを取り出しテーブルに広げた。

「こっ…このカードは! ……………なんて書いてあるんだ?」
 ズコッ。
 城之内以外の全員はコケた。
「……このカードたちは一年ほど前にアメリカで試験的に発売されたものの、一ヶ月と立たないうちに発売中止になった幻のカードよ」
 気を取り直した角谷が説明した。
「なるほど。だからどのカードも英語記入なんですね…」
 と、獏良は納得する。
 そう、英語が…と言うより勉強全般が苦手な城之内が英語で書かれているカードのテキストを読める訳がなかった。

「…………………」
 じっと口を閉じて驚く御伽に気づいた角谷は、ニヤっとした顔で彼に話かけた。
「おやおやぁ御伽くん、やっぱり君はこのカードたちの存在を知っていたようね…」
「ええ…存在自体を知ってはいましたが…実物を見るのは初めてです」
「そうでしょう、そうでしょう! このカードたちを手に入れるのには、さすがのあたしも苦労したからね〜」
 満面の笑みを浮かべながら腕を組み、うんうんとうなずく角谷。
「でも、こんな…このカードたちを使ってデュエルするとなると――――」
「そう、そのとおりよ御伽くん! このカードたちを使いこなせるのは城之内くん…アナタしかいないわ!」
「えっオレ?」
 効果もわからないカードをいきなり自分しか使いこなせないと言われ、混乱する城之内。
「そうだね。ボクも城之内くんしかいないと思うよ」
 カードの日本語訳が終わったのか、獏良も賛成する。
「え? え?」
 さらに混乱する城之内。
「おいおい、ホントに城之内なんかに任せていいのかよ!?」
「まあまあ本田くん、落ち着いて。このカードたちを一番うまく使えるのは城之内くんしかいないんだよ」
 御伽はボソボソと本田に耳打ちをする。
 それを聞いた本田は、どうやら納得したようだ。
「そうだな! やっぱ遊戯とデュエルするなら城之内しかいねーぜ!」
「は? 本田、おまえ御伽からなにを聞いた?」
 さっきまで一番反対していた本田の変わりように、さらにさらに混乱する城之内。
「そうよ城之内くん、がんばって!あたしの力(カード)あなたに預けたわ!」
「そうだよ城之内くん! 遊戯くんに勝てるのは君しかいない!」
 理由はわからないが、お前にしか出来ないと言われて城之内は悪い気はしなかった。
 しかし普通の人なら「なぜ自分が?」と言いそうなものだ。
 だが城之内の性格はとても単純であった。たぶん、このままの勢いで簡単に乗せられてしまうだろう……。

「そうだよな……やっぱ遊戯とやるならこのオレしかいね〜よな! やってやる! オレはこのカードたちを使って、必ず遊戯に勝ってみせるぜ! ナハハハハ!!!」
 ……やっぱり簡単に乗せられてしまった。単純な性格は昔から変わってないようだ。

 幸せに笑い、盛り上がる城之内達。
 二週間後、同じ部屋であんな事が起こるとは知らずに…………。



EPISODE2・エジプト、そして日本で…

「ふう…………」
 エジプト政府の施設の一室で、パソコンチェアに腰かけた黒いロングヘアーの褐色肌の美女は、一人タメ息をついていた。
 彼女の名はイシズ・イシュタール。
 エジプト政府大使であるイシズには、上から与えられる仕事は多い。だか、今彼女がしている事は政府から与えられた仕事ではなかった。

「また“あの事件”の資料を調べてるの?」
「マリク!? 何時からいたのですか?」
 いきなり呼ばれ驚いたイシズは、座っている椅子を回転させ後ろを振り向いた。
 そこにはイシズと同じく褐色肌の青年、弟であるマリクがいた。
「ついさっき来たばかりだよ。姉さんに調べて欲しいって頼まれた事の報告にね……」
 マリクは疲れた体を、客人用のイスに叩き込んだ。
「そうですか…。それで、マリク。何か分かった事は?」
「全然ダメだね。まだリシドに調べてもらってはいるけど・・・、多分収穫は無いと思う……」
「…そうでしたか……分かりました……。ありがとうマリク。今日ここで休んだら、明日からまた引き続き別の所の調査をお願いします」
 イシズは申し訳なさそうな顔をマリクに向けそう言った。
「わかったよ、姉さん…。ボクも“あの事件”はかなり気になるしね……。でも姉さん、やっぱりこの事は日本にいる遊戯達にも知らせた方が良いんじゃない?彼らならきっと力になってくれると思うけど………」
「それは駄目です、マリク」
 ハッキリとした声で、イシズは言った。
 彼らはもう普通の学生だ、千年の闘いが終わった今、もうこれ以上ゴタゴタに巻き込みたくない。自分が過ごす事のできなかった平和な学園生活を楽しんでいて欲しいと、イシズは思っていた。
「…そうだね……。彼らの日常を、もうこれ以上壊しちゃいけないよね……」
 言葉にしなくても、この姉弟は分かり合えるようだ。
「でも姉さん、夜遅くまで仕事してるとシワが増えるよ?」
「なんですって……!?」
 凄みのある目をマリクに向けるイシズ。
「いやぁ、姉上さまはいつも綺麗だなって思っただけですよぉ…アハハハ……。それじゃあ、ボクはまたちょっと調べにいってくるねー!」
「あっ! 待ちなさい、マリク!」
 怖い姉を怒らせるのは得策ではないと判断したマリクは、とっとと退散することにした。
「ふう…。まったくあの子は……」
 弟はまだヤンチャ盛りのようだ…。
 本当ならマリクにもリシドにも、こんな事は頼みたくなかった。でも“あの事件”はどうしても放ってはおけなかった。エジプト政府のイシズが使える人間も限られている。エジプト政府も、この事件にはもう極力関わろうとしていなかった・・・。
「ふう…………」
 またタメ息をついたイシズはもう一度、以前エジプト政府の調べた資料に目を通し始めた。


 マリクはバイクを乗り回しながら考え事をしていた。
 “あの事件”が起こってからまた姉の顔から笑顔がきえた、と。
 闘いの儀が終わってから姉の顔にも笑顔が増えた、でも“あの事件”が起こってからはまた仕事にかかりっきりで笑うことがまた少なくなった。
(恋人でも出来れば、少しはまた笑顔が増えるとは思うけど…)
 確かに一人しかいない姉に恋人が出来れば、自分は焼餅を焼いてしまうだろう…。しかし、姉さんに笑顔を与えてくれる人なら、きっといつか認められるだろうとも…思っていた。
 リシドなんてどうだろう?と、考えたことはあった。彼なら心から姉を任せられる。けど、もっと深く考えた瞬間に笑ってしまった。リシドは少々、朴念仁すぎるし。第一に姉に遠慮してしまうだろうし…。
(そういえば、この事を姉さんに話したら『貴方こそ、お付き合いする女性(ひと)をつくったらどうです?』なぁんて言ってきたっけ……。フッ…最近、ヒトの心配ばかりしてるな、姉さんは………)
 そう考え、思い出し笑いをするマリク。
 そんな自分も、姉の心配ばかりしている事に気づいたマリクは、照れ隠しにバイクのスピードを上げた。

「そこのバイク! 止まりなさい!」
 マリクのバイクに追いついたエジプト警察の車が、静止するように指示した。
 それが聞こえたマリクはすぐにバイクを止めた。
 おかしい…マリクは制限速度を守っていたはずだが…。

 車からおりてきた警察官が、マリクに近づきこう言った。
「きみぃ〜、バイクに乗る時はヘルメットを着けなきゃ駄目だろ〜」
「あっ…!」
 言われてはじめて、マリクはヘルメットを着けていない事に気づいた。

●     ●     ●     ●     ●     ●     ●

「痛っ!」
 朝から鏡の前で格闘する遊戯。
「この整髪料あんまり良くないなぁ〜」
 おもわず愚痴がこぼれる。
「なんで城之内くんは春休みなのに、わざわざ学校に呼び出したのかなぁ?」
 遊戯は昨日、城之内から電話で「明日デュエルしようぜ!学校で」と言われた。特に断る理由は無かったが何故わざわざ学校でするのかは、理由を聞いても答えをはぐらかすばかりで結局わからずじまいだった。

 さて、ここで遊戯がなんで整髪料を使っているか気になった人のために説明しておこう。
 決してあのヒトデみたいな髪型にしているのではない、むしろその逆である。
 あの癖毛は武藤家伝来のものだ。普通に放っておけば自然とあの髪形になる。わざわざセットする必要は無い。
 三年前のバトル・シティで優勝した遊戯はデュエリストの間では知らぬ者のいない有名人だ、もちろんそんな彼にデュエルを申し込む者も多い。しかし、いくら人の良い遊戯でも毎日何人何十人と来る挑戦者に付き合ってはいられない。
 ここまで言ったら気づいた方もいるだろう。
 そう、早い話が変装だ。遊戯は整髪料であのヒトデ頭をストレートに変えているのだ。(さらにダテ眼鏡を装着)
 意外とこれが効果あった。少なくとも街中でデュエルを申し込まれることは無くなった、大学のデュエリストであろう生徒も、多分気づいていないだろう。
 一年前の大学入学からストレートにしているが、未だにシャンプーしたり、一晩寝たりすれば、すぐにヒトデに戻るので毎朝のセットは欠かせない。おかげでキューティクルはボロボロだ。朝の貴重な時間は、これで最低45分は消える。
 
 遊戯自身は以前の髪型のほうが好きだった、手はかからないし、身長も少し誤魔化せるし……。
 それに時々、“彼”の面影が垣間見えるし……。

 “彼”……そう、それはかつて遊戯と肉体を共にした魂。
 3年前まで、遊戯は千年パズルという、3000年前のエジプトから伝わる神秘のアイテムを所有していた。
 “彼”とは、その千年アイテムに眠っていた魂。遥か3000年前のエジプトの王(ファラオ)……アテムのことだった。
 “彼”とは……あまりにも多くの思い出があり過ぎた。
 それは遊戯の親友である城之内達との記憶でもある。“彼”や城之内達と共に、遊戯は数々の困難に立ち向かってきた。
 “彼”とは同じ肉体を共有しながらも、親友であり、ライバルであった。
 しかし“彼”とは、ずっと一緒にはいられなかった。
 本来死者である“彼”には、帰るべき場所があったのだ……。

「よしっ、おしまい!」
 髪のセットが終わった。今日のタイムは43分38秒、新記録である。
 そそくさと着替えを終え、玄関で靴を履く遊戯。
(もうずいぶん学ランを着ていないような気がする………)
 学ランコレクターの遊戯はそう思った。



EPISODE3・部室での交渉劇…

「フフフ……待ってたわぁ……武藤くん……アナタをねぇ……」
 学校に来てすぐに部室に入った遊戯を出迎えたのは、角谷ただ一人だった。
「ぶ、部長……? 何ですかぁ…そのカッコウは?」
 角谷は、まるで改造人間とか造っている悪の組織の首領が座っていそうな、豪華かつ悪趣味な椅子に足を組んで座っていた。その右手にはワインの入ったグラスを持ち、口には超太い葉巻を咥え、しかも膝には黒いペルシャ猫が鎮座していた……。ツッコミ所は満載だった。
「そんな事はどうでも良いの!」
 どうでも良くないだろ。
「フフフフフ……幾多の苦難を乗り越え、よくこの私の所までたどり着いたわね…ミスター武藤! 褒めてあげるわ!」
 いや、褒められても…。途中になんの苦難もなかったしぃ……。
「あの〜部長、悪の首領ごっこはもう良いですから……。それより城之内くん知りませんか?今日呼ばれて来たんですけど……」
 角谷にこれ以上関わっても、ろくな事が無いと判断した遊戯は話題を変えた。
「フフフフフ……そう、アナタは城之内くんによばれて来たんだったわね……。でもね、武藤くん…正確には私達サークルメンバー全員が、君を今日ここへ呼びだしたのよ!」
「!?」
「フフフフフ……驚いているようね……。アナタを今日呼び出したのは他でもないわ。城之内くんとデュエルをし、負けたらそのバツゲームとして、明後日に行われるサークル紹介で、バトル・シティ優勝者、『デュエル・キング』の武藤遊戯として我がサークルを紹介してもらうわ!」
「ええっ!!? ちょっ、ちょっとまってください! そんな話きいてないですよ!」
「そりゃそうよ、アナタには今話したんだから」
 理路整然と話す角谷。(少なくとも彼女はそう思っている)
「………………」
「さて、そうと決まれば早速屋上へいくわよ! 城之内くん達もそこに居るわ」
 角谷は、黙る遊戯を無視して話を進めた。
「………あの、すみません。その話はお断りします。」
「!?」
 今度は角谷が驚いた。
「えっ? な、何でぇ?」
「詳しくは言えないんですけど………、あの大会で優勝したのはボクじゃあ…ないんですよ……」
 目をそらす遊戯。
「ほえ? …な、なに言ってるの、武藤くん? 三年前のバトル・シティ決勝戦でマリク・イシュタールを倒して優勝したのは、アナタじゃない!?」
「一応、そうなのかもしれませんが………すみません」
 支離滅裂な話に困惑する角谷。
(な…なんだかよく分からない話ね……。まさか武藤くんが多重人格者で、いつもデュエルしていたのが、そのもう一つの人格だった! ……なんて訳ないだろうしぃ………)
 なにげに勘のいい角谷だった。
「……なんだかよく分からないけど…、とにかく武藤くんの言い分は分かったわ。(ホントは全然わかんないけど…)ならば、こう言うのはどう………!?」
 奥の手を出すことにした。
 角谷は悪趣味な椅子から立ち上がると、テーブルの上にある自分の鞄から、小さい紙製の箱を一つ取り出した。
「そっ、それは!」
 それは次に発売される『デュエル・モンスターズ』の新パックのBOXだった。
「そんな……発売は10日以上先のはずなのに………」
 ゴクッ…。
 生唾を飲み込む遊戯。
「フフフフフ………ある所にはある……!」
 確かな手ごたえを感じ、薄ら笑いを浮かべる角谷。
 いったい何処で手に入れてきたのだ!?
「さて武藤くん………、こうしましょう。アナタがバツゲームの条件付で城之内くんとのデュエルを受けてくれるなら…たとえ勝っても負けても、この新パックをBOXごとアナタにあげるわ……。どう? 悪い話じゃないと思うけど?」
 甘い誘惑だった。
 この瞬間、遊戯の心の部屋で天使と悪魔によるハルマゲドンが勃発した。
『(へっへっへっ……なあ遊戯…奴の言うとおり悪い話じゃねえ………。ようは勝てばいいのさぁ……そうすりゃぁ、バツゲームも受けなくて良いし、新パックも貰えるぜぇ!?)』
 デビル遊戯が甘く語りかける。
 心が揺れる遊戯。
(そうだよね……。勝っちゃえば何も問題無い訳だしぃ……)
『(何を言うのです!遊戯!!貴方は親友をそんな簡単に勝てる相手だと、舐めているのですか! これは部長の策略です、きっと何か罠があるに違いありません!)』
 エンジェル遊戯が厳しく語りかける。
 理性を取り戻しはじめる遊戯。
(そ…そうだよね……。やっぱりこんな事で受けるわけには……)
『(おいおいおい………、せっかくの新パックを諦めるのかぁ……遊戯ぃ? 1BOX…30パックだぞ? 小遣いの殆どが整髪料に消えていく今のお前が、たとえ発売されても何パック買えるか、わかんねぇぞ? こんな美味しい話を棒に振るのかぁ?)』
(くっ……確かに…今のボクじゃあ、30パックは高い買い物だけど……。でも………)
『(そうです遊戯!こんな誘惑に負けてはいけません!)』
『(てめぇは黙っていろ! ……なあ遊戯……こう考えてはどうだぁ?デュエル・キングの称号はアテムと一緒に勝ち取ったモンだ……つまり半分はお前のモノって訳だ…。そしてもう半分を持ってるアテムはもういない………。そう、残っている半分もアテムを倒したお前のものだ……。遊戯……お前はあの時のお前よりも、もっと強くなったと思うぜぇ……、そろそろアイツのしてきた事を引き継いでもいい頃じゃねえかぁ…?)』
 デビル遊戯の言葉にハッとする遊戯。
(そうだ……今までのボクは、彼の偉業から逃げていたのかもしれない……。彼をもう一人の自分と呼んでいたボクが、彼のしてきた事を引き継がないでどうするんだ…………! よしっ!)
 デビル遊戯が優しく、ほくそ笑んだ。時には悪魔が正論を述べる事もあるものだ……。
 しかし、遊戯くん……。君はただ単に、新しいカードが欲しいだけじゃないのかい?
「部長! ボク、城之内くんとデュエルします!」
 角谷もほくそ笑えんだ。まあ、彼女の笑いには悪意ぐらいしか感じられなかったが………。
「君ならそう言ってくれると、信じていたわ!さあ、そうと決まれば善は急げ!早速、屋上に行くわよ!」
 言うが早いか、角谷はもう部屋を飛び出そうとしていた。
「あっ! 部長、まって!」
 角谷を呼び止める遊戯。
「ん? なに、武藤くん? いまさら、さっきのはナシ、ってのはナシよ?」
「いえ、そうじゃなくて……あの猫はどうするのかな…と……」
「ああ、あの猫ね!ただの野良猫よ、放っておいて大丈夫!」
「は、はあ……」
 あんな血統書の良い野良猫がいるのかなぁ? と、遊戯は疑問に思ったが、角谷にツッコミをいれても、どうせはぐらかされるだけなのを知っている遊戯は、もう詮索しない事にした。
「ほんじゃ。疑問も解決したし、早く屋上に行くわよ!」
「は…はい!」
 角谷は屋上に向けて走り出した。遊戯もそれに続き走り出す。(ちなみに校内は走るの禁止)

(ホントにマイペースな人だな……)
 呆れ半分、感心半分で角谷の後ろを走る遊戯だった。



EPISODE4・アングルード

「よっ、遊戯」
「おはよう、遊戯くん」
「遊戯くん、おはよう」
「うん、皆おはよう…」

 角谷と共に屋上に上がった遊戯。
 そこで持っていたのは、本田、獏良、御伽、そして対戦相手の城之内だった。
 この屋上にはベンチが四つあるが、そこに腰掛ける者はいなかった。
 城之内は、もうすでに決闘盤(デュエル・ディスク)を着けて、屋上の真ん中に仁王立ちしていた。…何故か無言だ。

 決闘盤(デュエル・ディスク)とは、日本の会社KC(海馬コーポレーション)が、I2社と組んで開発した立体映像機のことである。
 プレイヤーの左腕に装着して使用し、そこにはデッキやモンスターカード、魔法・罠カードがセットできるアーム状のプレートが展開されている。
 カードに描かれたモンスターや魔法カード効果などを立体映像で楽しめるこのシステムは、KCが世界に誇る超ロングセラー商品である。
 まさにデュエル・モンスターズのプレイヤー、決闘者(デュエリスト)の証と言えるものである。

 遊戯は自然とそこに視線が動いた。
「じょ…城之内くん!? どうしたの、そのカッコウ!?」
 部室で角谷に会った時のように驚く。
 そらそうだ、城之内の今の姿は異様だった。
 髪はボサボサ、服はボロボロ、顔には何かの赤い液体が少量付着し、目は真っ赤に充血してなんかイっちゃってる、そして口からは不気味な笑みがこぼれていた。
 今千年ロッドで洗脳されていますよと言われても、誰も疑わないだろう。
 そのくらい、異様だった。

「フフフフフ……その事はあたしが説明するわ」
 屋上のドアに背をもたれていた角谷がアクドイ顔で説明しだす。
「彼には昨日、私があるカードを渡していたのよ……」
「? …、でも、それと何の関係が!?」
 振り向き、角谷に問いかける遊戯。
「フフフフフ……その渡したカードは、城之内くんが一番うまく使いこなせる可能性があったわ……。でもそれはあくまで可能性があっただけで、最初からうまく使える訳ではなかった…。だから私が彼に、昨日から徹夜で、特訓を施したのよ…!」

 なるほど、目が充血しているのは、寝不足だからだろう。
 けど、それだけではボロボロの服や、顔についてる赤い液体の説明はできない。
 疑問は解決されていない。
「で…でも! カードの特訓で、何であんなボロボロに……?」
「フフフ…まあ、それは彼とデュエルすれば、すぐに分かるわ……フフフフフ……」
 意味深に微笑む角谷。
「そうだぜ、遊戯! さあ、早速はじめようぜ!デュエルをよ!」
 城之内は、早く自分の今の力を試したくて仕方が無いようだった。(アゴを突き出してるし…)
「わかったよ…城之内くん。じゃあ、始めようか」
 考えてもしかたない、疑問の答えはデュエルが教えてくれるだろう。
 持っていたバックから、決闘盤(デュエル・ディスク)とカードデッキを取り出し、左腕に装着した後、遊戯は城之内から一定の距離を空けた場所に移動した。
 
 角谷は、遊戯と城之内の真ん中に移動する。

「それじゃあ…私が審判、本田くん達が立会人で、これより『武藤遊戯』対『城之内克也』の決闘(デュエル)を開始する! …あっ、ちなみに、城之内くんが負けたら、彼が一人でうちのサークルの紹介をするから」
 部室ですべき話を、あえてここでする角谷。
「ええっ!? そんな事したら、本当にうちのサークル、潰れちゃいますよ!?」
 何気に酷いよ、遊戯くん……。
「フッ……この事はもうすでに、我がサークル一同が承諾済みよ!」
 無言で、それにうなずく本田達。
(皆がそれを承諾した…!? 部長が渡したカードって、そんなに強力なカードなの!?)
「フフフフフ……まあ、それが嫌ならワザと負けることね…決闘王…!」
 もちろん、遊戯は負ける気は無い。
 部室で受けると言った以上、ここでやめるわけにもいかない。
 けど、今の城之内の態度が気になる。
 普段の彼なら、「おい! 遊戯、ひでぇじゃねぇか!」とか言ってくるだろう。
 だが今は、ただ黙って不敵に笑っている……。
 そこまでの自信を、彼につけさせたカードとはいったい?
 ………いや、さっき思った事と同じだ、疑問の全ての答えはデュエルが教えてくれるはずだ。
「………黙っているという事は、武藤くんも納得してくれたと見ていいわね?」
 うなずく遊戯。

「じゃあ、互いにデッキを渡して、シャッフルして」
 角谷のいる位置まで歩み寄り、相手にデッキを渡す二人。
(いったい、このデッキにどんな戦略が…?)
 シャッフルしながら、答えの出ない疑問を思う。

 シャッフルを終え、相手にデッキを返す。
 その後コイントスを行い、結果城之内が先攻となった。
 さっきいた位置に戻る遊戯と城之内。

「では、決闘(デュエル)開始ィィィ!!」
 角谷はデュエル開始の宣言をした。

「「決闘(デュエル)!!」」
 遊戯と城之内は、決闘盤(デュエル・ディスク)にデッキをセットした。
 デュエル・ディスクのソリット・ビジョン・システムが作動する。
 それぞれ初期手札をデッキの上から5枚ドローする。
 デュエル独特の緊張感が、周りを包んだ。

「オレの先攻! ドロー!」

 ドローカード:SPAGHETTI BY NOSE…

「へっ…いきなり、きやがったぜ!」
 城之内の不敵な笑みは増した。
 何が来るのか警戒する遊戯。
「オレはモンスターを裏守備表示で召喚、そしてリバースカードを一枚セット! さらに手札より、永続魔法『鼻からスパゲッティ』を発動!」
「『鼻からスパゲッティ』!?」
 見た事もないカードに驚きを隠せない。
 まさか角谷が渡したカードは、さっき見せた新パックのカードなのか?
 いや、新カードの情報は、もう手に入れている。
 そして、そのパックに『鼻からスパゲッティ』というカードは封入されてはいないハズだった。
「オレのターンは、これでエンドだ!」
 城之内はエンド宣言をした。

「いきなり出しやがったな、城之内の野郎……」
 腕を組み、二人を見守る本田。
「うん……あのカードに、はたして遊戯くんがどう出るか……だね」
 本田の横にいる獏良が答える。
 その目は本田同様、二人を見ていた。

(『鼻からスパゲッティ』……あのカードの効果は、ボクは知らない…。ここは慎重にいったほうが良い……! ――――にしても、なんてふざけた名前なんだ!)
 吃驚するべきなのか、笑うべきなのか、リアクションに困るカード名だ。

「ボクのターン! ドロー!」

 ドローカード:強欲な壺

「(ラッキー)ボクは手札より、『強欲な壺』を発動!」
『強欲な壺』はどんなデッキにも入る強力カードだ。(これが無いデッキはデッキじゃないって、言う人もいるくらいだ)
 これを使わない手はなかった。
 だが……。
「ボクはこのカードの効果で、デッキから2枚ドロー!」
「まちな、遊戯!!」
 城之内に止められ、とっさにデッキに乗せた指を止める。
「この瞬間、永続魔法『鼻からスパゲッティ』の効果発動!!通常魔法を発動したプレイヤーは、スパゲッティを鼻から食べなくてはならない!」
 城之内は、得意げに効果説明をした。
「――――へ?」
 いきなりおかしな事を言う城之内に目が点になる遊戯。
「あの……城之内くん、何を言って……;」
「ウソじゃねぇぜ! ほら、このカードにちゃんと書かれてる!!」
 城之内はデュエル・ディスクから『鼻からスパゲッティ』のカードを取り出し、遊戯に見せ付けた。
 めんタマかっぽじって、よぉ〜く、見やがれ! って勢いだ。


『SPAGHETTI BY NOSE…』(鼻からスパゲッティ)・魔
【永続魔法】
通常魔法か速攻魔法を発動したプレイヤーは、
スパゲッティのパスタを1本、鼻から食べる。
食べられなかった場合、その効果を無効にし、
それを破壊した後、そのプレイヤーは300
ポイントのダメージを受ける。


(日本語訳に時間がかかったが…)確かに書いてある。てか、フツ〜にそう書いてある。
 遊戯はこんなカードは知らない……。
 いや……これに似た噂を聞いた事があった。もしかしたら………。
「まさか……、まさか、アングルード・カード!?」
「そう……ご名答よ。武藤くん」
 遊戯の疑問に角谷が返答した。

 アングルードとは『デュエル・モンスターズ』とは別のTCGのエキスパション名だ。
 そのパックには、まるで冗談のような効果のカードが封入されていて、公式大会などでは使用できないエキスパションだった。
 『デュエル・モンスターズ』の発売元であるI2(インダストリアル・イリュージョン)社も、それらを真似たカードを一年前に発売していた。(当然、それらも公式大会では使用不可)
 しかし、そのカード効果には、プレイヤーに危険な行為をさせるモノも存在し、発売後2週間でプレイヤーが怪我をする事件がおきた。(なんでも、鼻にスパゲッティを詰まらせたらしい…)
 I2社はその被害者に賠償金を払うと共に、そのエキスパションの発売を停止した。
 I2社はこれらのカードがあった事実を抹消したいらしく、雑誌やカタログにもこれらのカードは掲載されることは無かった。
 発売されていた期間、アメリカの一部の主要都市の一部の店舗でしか販売されなかった、などの理由も重なり、この『デュエル・モンスターズ』のアングルードのようなカードの効果や名前を知る者は少ない。
 今や噂だけが流れている状態だった。

「で…でも、『デュエル・モンスターズ』のアングルード・カードは、もう発売停止で手に入るはずが……」
「フッ……確かに簡単には手に入らないわ。でも、全く無い訳でも無い。さっきも言ったでしょう?ある所にはある……!」
 そう言った角谷の顔は、太陽光に反射したメガネに遮られてよく見えなかった。
 ただこれだけは言える、物凄い悪人顔になっている、と。
「じゃ、ルールに従って、武藤くんにはスパゲティを食べてもらうわよ。鼻から」
 角谷はどこからともなく、スパゲッティの乗った皿を取り出した。
「な…、なんじゃこりゃ〜!」
 キャラに合わないセリフを吐く遊戯。
 その顔は固まっていた。
 角谷の取り出したスパゲッティはミートスパゲッティだった。
 ソースはとても赤く、美味しそうだ。
 しかし、遊戯が驚愕したのはそんな事ではない。
 問題はパスタだ。
 そのパスタは……なんと言うか……そう、うどんのように太かった。
「てか、これうどんでしょ!」
 遊戯は事実を言った、だが……。
「ちがう! これはスパゲッティよ! うどんスパゲッティ! イッツァ・オーマイ・スパゲッティ!!!」
 角谷はなんとしてでも、このうどんをスパゲッティで通したいようだった……。

「いや、どう見てもこれはうど―――」
「ええい! まだ言うか武藤遊戯。これはスパゲッティって言ったら、スパゲッティなんだよ!!!」
 とてつもない形相で遊戯をにらむ角谷。
 今ケンカを売ったら、2秒くらいでボコにされるんじゃない? ってくらいの般若顔だった。
「わかりました、わかりました。これがスパゲッティってことでいいです」
 気迫に負けた遊戯は、しょうがなく認めた。
 自分がガリレオ・ガリレイだったら、「それでも、これはうどんである」と言ってたなと思った。
「おっしゃ! よく言った武藤くん! ほんじゃ、はいスパゲッティ!」
 般若をおかめにフルモデルチェンジすると、角谷は箸といっしょにスパゲッティの皿を遊戯に差し出した。(箸で食べるとこが更にうどんっぽい)
 しぶしぶ受け取ると、遊戯は箸で麺を…じゃない、パスタをつまみ、鼻の穴すれすれに近づけた、が。そこで手が止まった。
 これをすると、なんだか人として大事なモノを失う気がした。
 もう『強欲な壺』無効で良いじゃないか、とすら考える。
 だが遊戯のデュエリストとしての本能は、それを許さなかった。
(よ…、よしっ! よしっ!よしっ! 勇気を出すんだボク! さあ、いくぞ!!!)
 遊戯は勇気を振り絞り、一気に鼻に入れようとした!
「あっ、ちょっとまって武藤くん」
 折角、覚悟を決めて鼻に入れようとしたところを、角谷が止めた。
 まるでこの時を狙っていたかのように。
「だめじゃない、武藤くん。ほら、貸して!」
 角谷は遊戯の手から皿と箸を奪い取ると……
「もう、ダメよ武藤くん。ちゃんとパスタとソースはあえないと!」
 と言いながら、箸で麺とミートソースを満遍なく混ぜ始めた。
(な…!? なんて事するか、この人は!?)
 もう遊戯の表情は驚いたなんてモンじゃなかった、今にも眼球が飛び出しそうだった。
 だが角谷はそれだけでは止まらなかった。
「それと…、やっぱりミートスパゲッティには粉チーズをかけないとねぇ〜」
 粉チーズをかけたのだ!
 それだけじゃない。
「あと、これをちょっとかけると美味しいのよね〜」
 さらにタバスコをかけた!!!

「さすが部長。震えるぐれぇ、えげつねぇ手を使いやがるぜ!」
「本当に、勝利のためには手段を選ぶような人じゃないね……」
 本田達は、部長の手腕にある種感心していた。

 そして、驚きを通り越して遊戯は今、無表情だった。
 たぶん現実がうまく見えていないのだろう。
「ふぅ…、できました! さあ、武藤くん、召し上がれ☆」
 角谷はステキ笑顔で、遊戯の手に無理やり皿と箸を持たせた。
 ムシも殺さないような笑顔に見えるが、腹の中は真っ黒だろう。
(コレヲ今カラ、ボクガ鼻カラ食ベルノ?)
 まだ意識の半分は、現実に戻っていない遊戯。
 その半分の意識は、いまだ心のメルヘンワールドで無邪気に遊んでいた。
 遊戯は虚ろな目で、麺を鼻に入れた。
 その瞬間、メルヘンワールドに旅立っていたもう半分の意識が帰還した。
「うぎゃゃゃゃゃーーーーーーー!!! おげっ! おっげ! お、おぉ……う、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ………」
 帰りたくない現実に帰ってきた遊戯は、奇声を上げてもがき出した。
 まるで首吊り死体のような顔だった。
 鼻の中の膜をバイオレンスなまでに、ミートソースとうどん麺、そしてタバスコが襲う。
 出来る事なら、すぐにでも麺を抜いてしまいたかった。
 それでも少しずつ少しずつ、麺を奥に入れていく。
 恐るべきデュエリストの戦闘本能!

 まだ麺は半分も入っていない。
 遊戯は気づいた。気づいてしまった。
(この麺………むちゃくちゃ長い!)

 角谷は苦しむ遊戯を、ただ見下ろして笑っていた。
 苦しめ!もがけ! ワーハッハッハッハッ!!! ――そんな声が聞こえてきそうな笑いだった。

(このデュエルは、危険だ!)
 遊戯は本気でそう思った。


城之内
LP:4000
手札:3枚
モンスターカードゾーン:裏守備モンスター
魔法&罠ゾーン:SPAGHETTI BY NOSE…、伏せカード 1枚

遊戯
LP:4000
手札:5枚
モンスターカードゾーン:なし
魔法&罠ゾーン:強欲な壺



EPISODE5・すごいよ!! 城之内さん

「はぁ…はぁ…はぁ………」
 遊戯の息は荒かった。
 体中には、イヤな汗が流れている。
 なんとかあのクソ長いうどん麺を、鼻から食べきったのだ。
 途中、なぜ自分がこんな事をしなければならないのかと何度も思った。
 後半になれば、なぜかアテムの「お前は、まだこっちに来てはいけない!」と言った声が聞こえた気がした。
 それでもなんとか食べきったのだ、鼻から。
(よくやったぞ、ボク!)
 遊戯は、まだタバスコでヒリヒリする痛みをおさえながら、やるべき事はすべてやり尽くした漢(おとこ)の顔で、自画自賛した。
 だが、その顔にはミートソースが付着し、鼻からは鼻水が出ていて、とてもカッコイイとは言えなかった。

「あ〜武藤くん。そんな顔で止まってないで、早くデッキから2枚ドローしてくれない?」
 角谷が審判として警告した。(必死で笑いを堪えながら)
「あっ……」
 そう、遊戯はただカードの効果を処理しただけで、デュエルが終わった訳ではない。
 遊戯は鼻水を拭いてから、デッキから2枚ドローした。

 ドローカード:魔法効果の矢、ダイヤのキング

 良いカードを引いた、とは思う。『魔法効果の矢』は相手のフィールド上の魔法カードを全て破壊し、その一枚につき500ポイントのダメージを与える効果を持っている。
 が、いかんせん速攻魔法。『鼻からスパゲッティ』の効果をおもいっきり受けてしまう。
 これ以上、あのうどんを鼻から食べられる自信は、遊戯には無かった。
 このターンに使うのには、躊躇いがある。

「………ボクは手札から、『スペードズ・ナイト』を攻撃表示で召喚する!」
 遊戯のフィールドに、二本の剣を持った剣士が現れた。


『スペードズ・ナイト』・光属性
★★★★
【戦士族・効果】
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
自分フィールド上にモンスターがこのカード
しか存在しない場合、デッキから「クィーン
ズ・ナイト」1体を特殊召喚する。その後デ
ッキをシャッフルする。
ATK/1750 DEF/1200


「このカードの効果でボクはデッキから『閃光のクィーンズ・ナイト』を召喚する! さらにここで『閃光のクィーンズ・ナイト』の効果発動!」
 さらに遊戯のフィールドには女戦士が召喚され、その剣から眩い光が放たれた。


『閃光のクィーンズ・ナイト』・光属性
★★★★
【戦士族・効果】
このカードのカード名は「クィーンズ・ナイト」
として扱う。このカードが召喚・特殊召喚に成功
した時、デッキから「キングス・ナイト」1体を
手札に加える。その後デッキをシャッフルする。
ATK/1500 DEF/1600


「このカードの効果で「剛剣のキングス・ナイト」1体を手札に加える」


『剛剣のキングス・ナイト』・光属性
★★★★
【戦士族・効果】
このカードのカード名は「キングス・ナイト」と
して扱う。自分フィールド上に「クィーンズ・ナ
イト」が存在する場合にこのカードが召喚・特殊
召喚に成功した時、デッキから「ジャックス・ナ
イト」1体を特殊召喚する。その後デッキをシャ
ッフルする。
ATK/1900 DEF/1400


 遊戯はデッキからカードを補充し、デッキをシャッフルした。
 これで遊戯のフィールドには4ツ星モンスターが2体、しかも手札は7枚のままだ。
 このバージョンアップした絵札騎士のカードは、半年前から使っている。したがって角谷達は別段、驚きはしなかった。
 だが、対戦相手の城之内でさえも顔色を変えていないのは、やっぱり気になる。
 あの裏守備モンスターに何かの効果があるのか…、それともリバースカードか…、はたまた両方か…。
 しかし、あれがただのハッタリなら、攻撃しないのは損だ。
 それにまだデュエルは序盤。アドバンテージはこちらの方がある、相手のカードを消費させておくのも手だ。

「(よし!)『スペードズ・ナイト』で裏守備モンスターを攻撃!」
 主の命令に従い、双剣の戦士は裏守備モンスターに攻撃した。

 ――シュパッ!

 裏守備モンスターの表示が表になる。
 その正体は…………。

『SORE MAN』 ATK/0 DEF/0

その正体は、攻撃力も守備力も無い、醜いモンスターだった。
守備力0が1750の攻撃を受けては、ひとたまりも無い。
守備モンスターは抵抗も出来ず、無様に消え去った。

「ここで『イタい人』のモンスター効果発動、このカードが墓地に送られた時、オレは500ポイントのライフを失う」
城之内は顔色一つ変えず、効果説明をした。


『SORE MAN』(イタい人)・闇属性

【魔法使い族・効果】
このカードが墓地に送られた時、自分は500
ポイントのライフを失う。
ATK/0 DEF/0


 城之内LP:4000→3500

(!?)
 顔色を変えたのは遊戯だった。
 あの『イタい人』というモンスターの効果は、ただコントローラーのライフを奪う、何のメリットも無い効果だ。
 しかも攻撃力も守備力も無い、少なくとも単体ではデメリットになるだけの、何の役にもたたないカードだった。
 まさしく『ワイト』以下。
(なぜ城之内くんは、あんなカードを……!?)
 考えられる仮説はただ一つ、あのカードが何らかのカードとのコンボに使われるカードだろうと言う事だ。
 角谷の方を見る……、うろたえている様子はまったく無い。
 それどころか、さらに禍々しいオーラが増している。
 やはり何かのコンボ用カードなのか…?

「ん? どうした遊戯、モンスターはもう1体いるだろう? そいつで攻撃しねぇのか?」
 思考で行動が止まっていた遊戯を、城之内が挑発する。
 今の城之内のフィールドはガラ空き、これはダイレクトアタックのチャンス。
「わかったよ、城之内くん……。ボクは『閃光のクィーンズ・ナイト』で、城之内くんにダイレクトアタック!」
 クィーンズ・ナイトの剣が城之内に向かい、振り上げられる。
「速攻魔法『スケープ・ゴート』! この羊トークン達がオレを守る!」
 城之内のリバースカードを表にした、それは“速攻魔法”だった。
「そうはいかないよ、城之内くん! 『スケープ・ゴート』は速攻魔法、つまり『鼻からスパゲッティ』の効果の対象……城之内くんは鼻からスパゲティを食べなくてはならない!」
 今度は遊戯が『SPAGHETTI BY NOSE…』の効果説明をした。
「ヘへへ………。わかってるぜ………そんな事ぐれぇ………」
(!?)
 ひるむ様子の無い城之内に、少なからず遊戯は戸惑った。
 まさか彼は何の苦も無く、あのうどんを鼻から食べられるとでもいうのか?
「部長、スパゲッティを持ってきてくれ!」
「OK」
 角谷は城之内にスパゲッティを手渡した。
 遊戯が食べた、あのうどんみたいなスパゲッティだ。
 城之内は躊躇する事無く、麺を箸でつまみ上げ、鼻に近づけた。
 まさか………。

 チュルチュルチュルチュル〜〜♪♪

(!!?)
 今日は驚く事ばかりだが、今のが一番驚いたかもしれない。
 城之内はまさしく何の苦も無く……いや、むしろ美味しそうに鼻からスパゲッティを食べていた。

「ホントに食いやがったぜ……あの野郎……」
「もう人間技とは思えないねぇ……」
「つーか、あいつはもう人間性を捨ててるよな……」
 遊戯だけではなく、本田達まで驚いている。

「フフフ………。これが特訓の成果その1よ、武藤くん…!」
 角谷は一人、満足げにほほをゆるめていた。
「そ、そんな………。あれを平然と食べれるなんて…………」
 遊戯は、思わず体を引いた。
「フッ。武藤くん、今の城之内くんならあの麺より三倍太いものでも、余裕で食べられるわよ!」
「!? ――いったい……いったいどんな特訓をしたっていうんですか、部長!?」
「そりゃぁ…ちょっと武藤くんには言えないねぇ…クックックックッ………。まあちょっとしたコツがあんのよ、コツが」
 いつものように、角谷ははぐらかした。
「ズズズズゥ…………ぷっは! なかなかうまいスパゲッティだったぜ!」
 城之内が食べ終わるのは早かった。
「へへへ………、これで『スケープ・ゴート』の効果は発動するぜ!オレの場には4体の羊トークンが特殊召喚される!」
 城之内のフィールドに、丸っこくて可愛らしい羊が現れる。
「………………………」
 まだ口を開けっ放しで、放心状態の遊戯。
「どうしたんだ、遊戯? 羊トークンに攻撃しないのか?」
「…っく、このままクィーンズ・ナイトで羊トークンに攻撃!」

 ――シュパッ!

 羊トークン1体は破壊された。
(………なんだ? この城之内くんの気迫は!?)
 遊戯はさっきの城之内のパフォーマンスで、なんだか精神的に負けていた。
「ボクは2枚カードを伏せて、ターンエンド……」

「オレのターン。ドロー!」
 遊戯とは対照的に、城之内は100%元気になっていった。
「オレはモンスターを裏守備表示で召喚、さらに一枚カードを伏せて、ターンエンド!」
 今の城之内は、本当に得体が知れなかった。
 このターンで『閃光のクィーンズ・ナイト』を破壊しなければ、次のターンで遊戯の場にはモンスターが4体召喚されてしまう。
 それなのに、攻撃をせずにターンエンドをした。
 手札に攻撃力の高いモンスターが無いのか? それとも。
「(いったい城之内くんは、何を企んでいるんだ…?)ボクのターン、ドロー。……ボクは『剛剣のキングス・ナイト』を召喚。さらにこの効果で、デッキから『猛攻のジャックス・ナイト』をデッキから特殊召喚!」


『猛攻のジャックス・ナイト』・光属性
★★★★★
【戦士族・効果】
このカードのカード名は「ジャックス・ナイト」と
して扱う。このカードは一度のバトルフェイズ中に
2回攻撃することが出来る。バトルフェイズ中、こ
のカードの攻撃力は200ポイントアップする。
ATK/1900 DEF/1000


「ボクのバトルフェイズ! 『スペードズ・ナイト』『閃光のクィーンズ・ナイト』『剛剣のキングス・ナイト』で羊トークン達を攻撃!」

 ――シュパッ!
 ――シュピッ!
 ――シュプッ!

 三人の騎士の攻撃により、羊トークン達はあっけなく破壊された。
「さらに『猛攻のジャックス・ナイト』で裏守備モンスターを攻撃!」
 ジャックス・ナイトの剣が裏表示のカードに振り下ろされる。

 ――シュペッ!

 カードの表示が表になる。
『SORE MAN』 ATK/0 DEF/0

(また『イタい人』!?)
『猛攻のジャックス・ナイト』の攻撃によって、『SORE MAN』は当たり前のように破壊された。
「『イタい人』の効果発動。オレは500のライフを失う」

 城之内LP:3500→3000

 これで城之内のライフは1000ポイントも減った事になる。
 あのカードにどんなコンボがあるかはわからないが、一つ予想出来ることがある。
 多分、あのカードが墓地にあるときに発動できるコンボ用カードがあるのだろう。
 そのような、発動するには他に指定カードが必要なカードには、強力な効果を持つものが多い。
 それがどんな効果を持っているのかはわからないが、今出来る一番の対策は、発動前に相手を倒すことだ。
「『猛攻のジャックス・ナイト』の効果により、このモンスターはもう一度攻撃が出来る! 『猛攻のジャックス・ナイト』で城之内くんにダイレクトアタック!」
「させねぇぜ。永続罠(トラップ)! 『WINDO OF SOCIETY(ウィンドォ・オブ・ソサエティ)』!」
「またもアングルードカード!?」
「ヘッ! 遊戯、このカードの効果を使うにはなぁ…ある事をしなくちゃいけねぇのさ…。そいつを今からお前に見せてやるぜ!」
(!?)
 城之内のした行動に、遊戯は我が目を疑った。

 ――ジュゥゥゥゥ!

 城之内は、履いているズボンのチャックに手をやったと思うと、いきなりジッパーを下ろし、社会の窓を全開にした!!
「ちょ…? 城之内くん何をぉぉぉぉぉぉぉ!?」
「ヘヘヘ……『WINDO OF SOCIETY(ウィンドォ・オブ・ソサエティ)』………このカードは発動したプレイヤーのズボンのチャックに挟むことで効果が発動するんだぜ!」
 そう言いながら、城之内は『WINDO OF SOCIETY』のカードをチャックに挟んだ。
 その瞬間、城之内の股間から巨大な烈風が現れ、ジャックス・ナイトを襲った。
「ジャックス・ナイトが!」
「遊戯、このカードの効果はなぁ…このカードのコントローラーが受けるダメージを全て0にしてくれるんだぜ! 社会の風は厳しいってなあ!!」
「な…なんだってー!」
 遊戯はM○Rのメンバーのような顔になった。
 城之内の股間から現れた烈風が『猛攻のジャックス・ナイト』を遊戯の場に押し戻した。

「城之内……ついにあのカード使いやがったな……」
「うん、ボクじゃあとてもあんなカードは使えないよ……」
「オレだって、自分のあんな姿を公衆の面前にゃあ出せねぇよ!」
「それをいとも簡単に使う城之内くんって、すごいよね……」
「ああ、ある意味すげえよな」
 自分が遊戯と闘わなくてホント良かったと思う、本田達だった。

(…………ボクはどんなリアクションをすればいいんだ……?)
 今、目の前にいる親友は、ズボンのチャックを開け、そこにカードを挟んでいる。
 表情の怪しさも重なり、その姿はもはやただの変質者にしか見えない。
 もし、夜道で出会ったら間違いなく逃げる。
 もう目も当てられない。
 こんな時、自分は友達として何をしてやれるのだろう? と、遊戯は悩んだ。
「フフフ…………武藤くん、どうやら城之内くんの勇姿に呑み込まれているようねぇ…」
 勇姿? 醜態の間違いでは?
「部長………どういう事ですか!? 城之内くんにあんなカードを渡すなんて!」
「フッ…何を今更、それはさっきも言ったはずよ。彼が一番、アングルート・カードを使いこなせるの。もう気づいているでしょう? アングルート・カードを使いこなすには、技術・体力は勿論の事、強い精神力を必要とする! 私は彼に、ちょっと訓練させただけよ」
(――――ちょっと? あれが…ちょっと??)
 城之内は昨日の悪夢の一部を思い出した。
 精神を鍛える特訓と称し、ミミズの大量に入った箱に両足を入れさせられたり、男同士でポッキーゲームをさせられたり。
 特に童実野高校の女子制服を着せられて、童実野高校の校内を一周させられた時は酷かった。
 事の詳細はこうだ。

●     ●     ●     ●     ●     ●     ●

「ちょっと城之内くん、何をそんなにビクビクしてんの? もっと堂々としなさい」
「だ、だってよう……」
 ここは童実野高校の校内。
 城之内は角谷の影に隠れるように、トボトボと歩いていた。
 それもそのはず、彼が身にまとっているのは童実野高校の女子制服。
 こんなところを誰かに見つかっては身の破滅である。
「大丈夫よ。今は春休みで、生徒なんかいないって。……部活がある人を除いて」
「やっぱいるんじゃないスか!」
「大声出すと、見つかるわよ?」
「うぐ………」
 自分の口に手を当てる城之内。
 確かに角谷の言うとおりだ、部活で学校に来ている生徒に見つかれば大変である。
 特に二年前にココに入学してきた妹の静香にこんなところを見つかったら……
「お……お兄ちゃん!?」
 こんなところを見つかった。
「し……静香ぁぁぁぁぁ!?」
 廊下の曲がり角で城之内が出会ったのは、妹の静香だった。
「そ…そんな……お兄ちゃんにそんな趣味が…………」
「静香、違うんだ、これは違――」
「イヤ……イヤーーーーーーーーー!!!」
 兄の言葉に耳を貸すことなく、静香は廊下の奥に走り去っていった。
「いや〜あの年頃の女の子は難しいね〜」
 角谷はゲラゲラと笑いながらそう言った。
 明らかにこの状況を楽しんでいる。
「…………………」
 城之内はあまりのショックで静香を追うことも出来ず、ただ四つん這いになり項垂れていた。
「…っく、畜生!こうなったら、逝くとこまで逝ってやる!!」
 そう叫び、城之内は立ち上がった。
 開き直っていた、もう開き直るしかなかった………

●     ●     ●     ●     ●     ●     ●

 とまあ、こんな事があったわけだ。
 まさに鬼畜のごとき所業だった。
 そんな事があってか、今の城之内には失うものは何も無い。
 今の城之内に、迷いは無い。

(……………)
 遊戯は改めて、城之内の目を見た。
 寝不足のせいで充血しているが、よく見るとどこか澄んでいた。
 まるで全てを悟っているかのように見えた。
「城之内くん………。ボクはこのままターン終了!」
 遊戯は思った。
 城之内は、ただ一枚のカードを使いこなすためだけでも、つらい特訓を受けたのだ。
 それは、彼の眼を見れば分かる。
 そんな彼は、まさしく誇り高き真の決闘者だと!
 遊戯の顔は、友とのゲームを楽しむ顔に変わっていった。
 それは、とても清々しい笑顔だった。
 まったく、生粋のゲームバカである。

「……なんか、遊戯までおかしくなってねぇか……」
「うん、そうだね……」
 この屋上に常識人は、もう本田達しかいなかった。


城之内
LP:3000
手札:2枚
モンスターカードゾーン:なし
魔法&罠ゾーン:SPAGHETTI BY NOSE…、WINDO OF SOCIETY

遊戯
LP:4000
手札:5枚
モンスターカードゾーン:スペードズ・ナイト、閃光のクィーンズ・ナイト、剛剣のキングス・ナイト、猛攻のジャックス・ナイト
魔法&罠ゾーン:伏せカード 2枚



EPISODE6・恋する心は下心

「オレのターン、ドロー。………オレはモンスターを裏守備でセット! ターンを終了する」
 一見、防戦一方の城之内。
 だが実際は、一撃必殺のカードの下準備をしている事に、遊戯は気づいている。

「ボクのターン、ドロー!」
 さっきまでの覇気のないドローとは違い、今度は意志の強いドローだった。
「ボクは手札より魔法(マジック)カード『ロイヤル・ストレート』を発動! この効果でボクはデッキから『ロイヤル・ストレート・スラッシャー』1体を特殊召喚する!」


『ロイヤル・ストレート』・魔
【通常魔法】
自分フィールド上の表側攻撃表示の「クィーンズ・ナイト」
「キングス・ナイト」「ジャックス・ナイト」を1体ずつ生
贄に捧げる。自分のデッキ・手札・墓地から「ロイヤル・ス
トレート・スラッシャー」1体を特殊召喚する。デッキから
特殊召喚した場合、その後デッキをシャッフルする。


『ロイヤル・ストレート・スラッシャー』には特殊効果がある、デッキのレベル1から5までのモンスターカードを墓地に送ることで、相手の場のカードを全て破壊する効果が。
「フッ…、迂闊だね、武藤くん。『ロイヤル・ストレート』は通常魔法! アナタはまた、鼻からスパゲッティを食べなくてはいけない!」
「わかっていますよ、部長!」
「?」
 さっきまでの遊戯とは違う? 角谷はそう思った。
「……フッ、面白い。では食べてもらいましょうか、武藤くん!?」
 角谷はうどんの皿を遊戯に手渡した。

(…………………)
 自分の持っている皿の上のうどんを見つめる遊戯。
(ボクも城之内くんに負けていられない!)
 遊戯は一気に麺を鼻に掻っ込んだ!

「…………うぎゃゃゃゃゃーーーーーーー!!! おげっ! おっげ! お、おぉ……う、ぎ、ぎ、ぎ………」
 遊戯は毒を食らったようにもがきだした。

「まあ、気合だけじゃあどうにもならない事って、あるよな……」
「うん、気合だけで世界平和は成しえないよね……」
 ちょっとがっかりした本田達だった。

 そして、三分経過。

「はぁ、はぁ、はぁ………」
 はい、偉かったね遊戯君。よく出来ました。

「こ…これで『鼻からスパゲッティ』の効果処理は終わり、はぁ…はぁ…『ロイヤル・ストレート』の効果が発動する! ボクの場のジャックス・ナイト、キングス・ナイト、クィーンズ・ナイトを生贄に、『ロイヤル・ストレート・スラッシャー』はデッキから特殊召喚される!」
天から無数のトランプカードが降り注ぎ、絵札の三騎士は消え、遊戯の場には仮面を着けた戦士が召喚された。


『ロイヤル・ストレート・スラッシャー』・光属性
★★★★★★
【戦士族・効果】
このカードは通常召喚できない。「ロイヤル・ストレート
」の効果でのみ特殊召喚する事が出来る。自分のデッキか
らレベル1・レベル2・レベル3・レベル4・レベル5の
モンスターを1体ずつ墓地に送る事で、相手フィールド上
の全てのカードを破壊する。その後、デッキをシャッフル
する。
ATK/2400 DEF/1300


「ボクは『ロイヤル・ストレート・スラッシャー』の効果を発動させる。レベル1『聖なる魔術師』! レベル2『執念深き老魔術師』! レベル3『クリッター』! レベル4『ダイヤズ・マジシャン』! レベル5『THE トリッキー』! これらを墓地に送る…。これによって、『ロイヤル・ストレート・スラッシャー』の効果は発動される、いくよ! アルティメット・ファイブ・クラッシュ!」
『ロイヤル・ストレート・スラッシャー』の剣を力強いオーラが纏う。
『ロイヤル・ストレート・スラッシャー』はその剣を振り上げながら飛び上がり、剣を大地に叩きつける。
 その剣からあふれ出た波動が、城之内のフィールドを包み込み、城之内の場のカードは吹き飛んだ!

 ―――ドゴォォォォォォォォン!

「よし! これで城之内くんの場には、カードは無い! ボクは『ロイヤル・ストレート・スラッシャー』と『スペードズ・ナイト』で城之内くんにダイレクト・アタック!」
 二人の戦士の剣が城之内に降りかかる。
(これで、決まりだ!)
「へっ、甘いぜ!」
「え?」
 二本の剣が城之内にあたろうとした時、彼の股間から、またも巨大な烈風があらわれ、『ロイヤル・ストレート・スラッシャー』と『スペードズ・ナイト』は遊戯の場に押し戻された。
「そんな! 城之内くんの場のカードは全て破壊したはずなのに!?」
「ククク……遊戯ィ……教えてやるぜ! 『WINDO OF SOCIETY』はカード効果では破壊されねぇのさ!!」
「なっ!」


『WINDO OF SOCIETY』・罠
【永続罠】
このカードの効果は、このカードのコントローラーのズボ
ンのチャックに挟むことで発動する。このカードのコント
ローラーの受けるダメージを全て0にする。このカードは
魔法・罠・モンスター効果の効果によっては破壊されず、
手札・デッキにも戻らない。このカードがコントローラー
のズボンのチャックから外れた時、このカードとフィール
ド、手札、デッキ、墓地にある「WINDO OF SOCIETY」を裏
側表示でゲームから除外する。このカードの効果は無効化
されない。


「クッ………」
 遊戯は無意識に歯軋りをした。鼻から食べた努力はほとんど無駄に終わったのだ。
(あんなカード……どうやって破壊すれば………)
「さぁ遊戯。これ以上攻撃しても無駄だぜ。どうする、ターンエンドするか?」
「………ターン…エンド…」
 悔しいが、今の遊戯の手札に『WINDO OF SOCIETY』を除去できるカードは無い。
 ターンを終了するしかないのだ。
「ハハッ。ほんじゃ、オレのターンだな。ドロー! ………このままターンエンドだ!」
 モンスターを召喚しない………つまり、『WINDO OF SOCIETY』という無敵の壁に絶対的な自信があるということだ。
「ボクのターン、ドロー…」
 遊戯は必死で思考する。『WINDO OF SOCIETY』を破壊する方法を。
 以前、カード効果で破壊されない魔法カード、『シュトロームベルクの金の城』を相手にした事があった。
 その時も絶対に破壊出来ない、と思われていたが、それでもアテムはそれを打ち破ったのだ。
 あのカードにも必ず打ち破れる方法があるはずだ。
 もし破壊するとすれば、あのカードのテキストの後ろの方に書かれている、「このカードがコントローラーのズボンのチャックから外れた時、このカードを除外する」という効果を使うしかないだろう。
 ………しかし、どうやって?
 少なくとも、今引いたカードではどうにもならない。
「ボクはこのままターンエンド………」
 むなしくエンド宣言をするしかない。

(……武藤くんは『WINDO OF SOCIETY』という無敵の壁の前に、手をこまねいているしかない…! まあ、普通ならこのまま相手のデッキ切れを狙うのが無難なんだろうけど、武藤くんのあの戦士・魔法使い族混合デッキには『マジックブラスト』が含まれてるからね……。でも武藤くん、アングルード最強のカードの前ではそれも通じないよ? フフ………)
 と角谷は一人笑いをした。

「オレのターン、ドロー!」

 ドローカード:LIMBODANC KNIGHT

「オレは、リンボーダンスナイトを攻撃表示で召喚!」
 城之内の場に新たにモンスターが召喚された。

『LIMBODANC KNIGHT』 ATK/1200

「………!」
 遊戯はそのモンスターの容姿に面食らった。
 そのモンスターはサングラスとレザー素材と思われる帽子、ジャケット、そして太もも丸見えの短パンをつけていた。実に下品な着こなしだ。
 遊戯としては、ツッコミたいところがいっぱいだ。
 アテムがいれば、「いまいちセンスないぜ…アイツ…」とか言ってるはずだ。
「しゃぁ! 3枚手札を捨てリンボーダンスナイトを生贄にし、リンボーダンスナイトの効果発動。コントローラーはリンボーダンスゲームを行う! 部長、バーを持ってきてくれ!」
 城之内、なぜか無駄にハイテンション。
「もうすでに準備ずみよ!」
 いつの間にか、屋上にはリンボーダンスをするためのバーが置かれていた。
「ちょっと、どうやってこんなの持ってきたの!? てゆうか、いつの間に!?」
 あまりそういう事にツッコミを入れないでください。

「うっし! オレはリンボーダンスナイトの最上級能力、バーの高さ身長の三分の一に挑戦するぜ。これに成功した場合、オレは手札が7枚になるまでドローできる!」
「な、なんだって!?」
 ムチャクチャだ、とはいまさらだが。あんなんじゃあ、アドバンテージもクソもあったものじゃない……。
(っ! 確かにあのモンスターの効果はムチャクチャだけど、これはある意味チャンスかもしれない…。リンボーダンスといえば、けっこう激しい体の動きが必要だ。ダンス中にカードが城之内から外れる事は十分ありうる……!)
「ふふふのふ。遊戯ィ…もしかして、オレがリンボーダンスの最中にカードが外れると思ってんのかぁ〜?」
「―――!?」
「へへっ………そんな事はありえねぇぜ! なぜなら……見ろ!この腰の動きを!」
 そう言うと、城之内はものすごい速さで、腰を前後にフリフリしはじめた!
「な……なんて………なんて腰の速さなんだ!!」
 遊戯は城之内の腰使いに魅了されている。
「それに……カードが全然チャックから外れようとしない! いや…むしろカードが城之内くんの股間に吸い付いて離れないかのように見える!」
「ハハハハ! どうだ、遊戯! オレのこの腰テクは!」
「すごい………すごいよ、城之内くん!」
 城之内の腰のスピードはさらに速くなっていく。
「あれ? 今度は何故か遅くなっていく……」
「違うわ、武藤くん。あれは腰の動きが速すぎて、逆にゆっくりに見えるのよ」
 そんな馬鹿な……。
「さぁて、準備運動も終わったし、本番といくかぁ! レェッツ・リンボォーーーダァンス! フォーーーーーーーー!!!」
 雄叫びをあげると、城之内は膝を90度まげて、バーの下をくぐりだした。
 城之内の身長の三分の一といえば、約60cm。
 それを城之内は難なく、潜り抜けていく。
 とっても巧みな腰振りで。
 しかもそんなポーズだから、チャックの隙間からパンツがちょっと見えていた。
「読者サービスってやつだぜェーーー!」
 過敏なサービスはいりません。

 とまあ、そんなこんなしているうちに、城之内はバーをくぐり向けていた。もちろんカードが外れる事はなかった。
「成功ォォォォォ! これでオレは、手札が7枚になるまでドローできる!」
 これで城之内の手札は一気に増えた。
「オレはリバースカードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

「っく………ボクのターン、ドロー……(一体……どうすればあのカードを………!)」
 さっきまでは、確かにマズイ状況ではあったが、城之内は手札は少なかった。
 これはつまり、城之内には攻撃の手段が少なかったという意味だ。
 しかし今では手札は6枚。いつ反撃されてもおかしくない。
 手札も、場のモンスターも十分にあるのに…全く攻撃の手段が無い…。
 それから遊戯はあせり始めた。
(………こんな時…アテムなら…………)
 ―ジャラ

「?」
 無意識に体勢をかえようとした時、遊戯のポケットから何か音がした。
 気になり自分のポケットをまさぐる。
「(……これは……)」
 それは昨日の夜、祖父の双六から頼まれた買い物の品だった。
(! ……じいちゃん…か……。そういえばじいちゃん…昔…言ってたっけ……)
 昔の事を思い出す……。
 それはまだ遊戯が、アテムに気づく前の事だ………。

●     ●     ●     ●     ●     ●     ●

「あぁ〜もう、また負けたぁ!」
 遊戯は手に持っていたカードをテーブルに悔しそうに置いた。
「ほっほっほっほっ………遊戯もまだまだじゃの〜〜〜」
 孫に7連勝を収めた双六は、上機嫌に笑いながらテーブルに散らばったカードを束に戻した。
 彼らのしていたのは、毎度おなじみデュエルモンスターズだ。
 このゲームは、当時遊戯ははじめて少したつが、なかなか双六に勝てないでいた。
「はぁ〜〜…じいちゃんのカード強すぎるよ〜〜〜。全然勝てる気がしないよ………」
 遊戯は、ぐで〜っとテーブルに脱力した身体を広げた。
「そんなことないじゃろ? お前の持っているカードもなかなかのもんじゃぞ。それにのう遊戯。ゲームというのはただカードを見ているだけでは勝てんぞい?」
「え? じゃあ何を見ればいいのさ?」
 双六は少し考えたような素振りを見せ、思い出したように語りだした。
「遊戯や……昔ワシがばーさんを白紙のジグソーパズルにラヴレターを書いてゲットした話をしたじゃろ?」
「うん、そういえば本田くんがリボンちゃんに告白するとき使ったよね……?」
「そうじゃ。でものう遊戯や。この話には続きがあってのう。ばーさんはパズルを組み立てる前から、パズルに何が書いてあるか当ててみせたんじゃ」
「えっ? いったいどうやって?」
 祖父の意外な話に、遊戯は身を乗り出した。
「うむ。ワシも気になって聞いてみたんじゃ。そう言うとばーさんは『ゲームはよく知らないけど、貴方の気持ちならわかります』と言ったんじゃ………」
「えっ? えっ? それってどういう意味なの!?」
「………遊戯や。ばーさんはワシの事をよく……見ていたんじゃよ…。ワシがいつ何がしたいか、何が欲しいか、それを一番に考えてくれとったんじゃ。……ワシは自分の気持ちをどう伝えるかにばかり気を取られて、ばーさん自体を見つめる事を怠ったんじゃ。結果、ばーさんとの恋にゲーム負けてしまった訳じゃな。」
「………………………」
「………遊戯や、ゲームはただカードを見ているだけでは勝てん。ゲームは“相手”とするもんじゃ。相手が何をしたいか、何が欲しいか、それを一番に考えるんじゃ。ゲームは1人でするものではないからのう。恋もゲームも同じじゃ…………それからばーさんには頭が上がらんかったわい…」
 双六は少しテレながら、こめかみを指でかいた。

●     ●     ●     ●     ●     ●     ●

(………ゲームは1人でするものじゃない………相手を見ていないと勝てない……か………。一番大切な事、忘れてたな………)
 遊戯の思い出した事、それは簡単な事。
「(ボクがいま闘っているのはカードじゃない。城之内くんなんだ!あきらめるな、考えろ!)ボクはモンスターを裏守備表示でセットしてターン終了」
 必ず勝機は訪れる。
 そう信じてエンド宣言するしか、今の遊戯には手はないように思える。
 が、少なくとも、勝利を信じれる遊戯の心はまだ折れていない。
「オレのターン、ドロー! (…やっぱさすがだな遊戯。この状況でもまだ勝てる方法を考えてやがるな…。……だがオレはアングルード最強のカードを呼び出すぜ! そのための布石がこれだ!)オレは手札から魔法カード『食わず嫌い』を発動する!」
「っく……!」
 新たなアングルードカードの登場に、本能的に遊戯は身構えた。
「『食わず嫌い』の効果発動!オレは食べ物の名前を1つ宣言する。それを相手が食べてそれが相手の嫌いなカードの場合、オレはデッキからカードを1枚選択して手札に加える事ができる!」
「な…なんだってー!?」


『Have a Prejudioe』(食わず嫌い)・魔
【通常魔法】
食べ物の名前を1つ宣言する。それを相手プレイヤーが食
べる。それが相手プレイヤーの嫌いな物だった場合、自分
はデッキからカードを1枚選択し手札に加える。


(ま…まずい…)
 遊戯は冷や汗を流した。
 彼にも嫌いな食べ物ぐらいある。
 それを思い出すだけで全身を震え上がらせるものが……。
「じゃあ言うぜ。…遊戯、お前の嫌いな食べ物は……らっきょう、だろ?」
「――――! な、なんで知ってるの城之内くん!?」
「『真理の福音』の21ページにちゃんと書いてある」
 城之内は懐からコミックサイズの本を一冊取り出した。
 遊☆戯☆王キャラクターズガイドブック『真理の福音』。
 集英社より680円(税込み)で好評発売中。

「じゃあ武藤くん、らっきょう……食べてもらうよ?」
 角谷は例によって、皿山盛りのらっきょうを取り出した。
「…………ゴク……」
 遊戯は生唾を飲み込み、たじろいだ。
 おいしそうだからじゃない。
 らっきょうを食べなければならない恐怖からだ。
 遊戯は昔かららっきょうだけはダメだった。
 その丸みを帯びたボディライン。
 その色白の肌。
 そんならっきょうの持つ全てのありとあらゆる所が嫌いだった。
 こんな物があるから、世界から戦争がなくならないんだと本当に思ってる。
 宇宙から送られてきた殺戮兵器の類だと思っている。
(だ……だけどこれを食べないと……ルール的にまずいし……)
 遊戯は自ら、皿に手を伸ばした。
「おお、武藤くんカッコイイ! 自ら進んで!」
 驚く角谷を無視し、遊戯は箸も使わずに口かららっきょにかぶり付いた。

―――バリバリポリポリ…………
「………………………………………………………………!!!」

 無言で堪えている。
 よほどお口に合わないのだろう…。
(ああ! まずいッ! 吐き出してしまいたいッ!!!)
 しかし仮にも、少年誌の主人公をやっていた身として、ここでゲロするのは許されない。
 主人公が口から吐いていいのは血と説教ぐらいなのだ。

 ―――ゴックン……

「…おえ〜〜〜〜〜〜………」
 凄く気持ちが悪そうだ。
 目に涙をうかべて、バス酔いした園児のような顔になっている。
「参りました……!」
 遊戯は地べたに這いつくばった。
 まったく、今日は遊戯の厄日に違いない。

「じゃあオレはデッキからカードを1枚加えさせてもらうぜ……(こんなに嫌いだったのか遊戯……)」
 城之内はデッキから一枚のカードをぬき取り、遊戯に見せた。
「オレの加えるカードはこいつだ、『SORE MAN』…モンスターカードだ」
「―――! (あのカード…!)」
 3枚目の『SORE MAN』。
 いまだ見えない切り札の登場が近い事を、遊戯は感じた。
「オレはモンスターを裏守備でセット! ターン終了だ!」

「ボ……ボクのター……ン……オうぇッ……!」
 立ち上がりドーローをしようとしたが、カードが手からこぼれ置いた。
 膝をつき、口を手で押さえ、嘔吐したいものを引っ込めようとする。
「遊戯!?」
 友の異変に城之内が声を荒げる。
「……まあ、鼻から麺を食べて、嫌いな食べ物一気にお皿いっぱい食べたら誰だってこうなるわ……」
「うっ…………」
 城之内に今更ながらに罪悪感がうかんできた。
「な…なあ部長?さすがにやりすぎなんじゃねぇの…?」
「……そうだね………さすがの私でも、これ以上可愛い部員をイジメるのは……。どうする武藤くん? これ以上やっても勝ち目はないよ? ……もうここでサレンダー(降参)したら―――」
「しませんよ……」
「「!?」」
「だって……これからボクの反撃がはじまるんですから!」
 遊戯はカードを拾い、立ち上がった。
 その両目には、しっかりと勝算の色がうかがえた。



城之内
LP:3000
手札:6枚
モンスターカードゾーン:裏守備モンスター
魔法&罠ゾーン:WINDO OF SOCIETY、伏せカード

遊戯
LP:4000
手札:7枚
モンスター:スペードズ・ナイト、ロイヤル・ストレート・スラッシャー、裏守備モンスター
魔法&罠ゾーン:伏せカード2枚



EPISODE7・恋する心はしも心
「なっ……反撃!? でも武藤くん、忘れてない? 『WINDO OF SOCIETY』はカード効果では絶対に破壊されない効果を持つのよ? それをどうやって………」
「確かに……『WINDO OF SOCIETY』はカード効果では破壊できません。…でも、城之内くんはどうでしょう?」
「!?」
「城之内くんがカードをチャックから外せば…『WINDO OF SOCIETY』はゲームから除外されます」
「ふ……ふふふふふふふふふふふ…!それこそ忘れたの武藤くん!? さっきの城之内くんをみたでしょう?あれでチャックからカードが外れるとでも!?」
「……北風と太陽……ですよ」
「!? まッ……まさか……!?」
「そう……城之内くんのデッキに『食わず嫌い』を入れたのは失敗でしたね…部長!」
「っく…! しまっ―――――(まさか最悪の事態が!?)」
 遊戯は手札から2枚のカードを選び取り、デュエル・ディスクに差し込む。
「ボクは手札から魔法(マジック)カード『転生の魔法剣』を捨て、『二重魔法(ダブルマジック)』を発動する!」


『二重魔法(ダブルマジック)』・魔
【通常魔法】
手札の魔法カードを1枚捨てる。相手の墓地から魔法カー
ドを1枚選択し、自分のカードとして使用する。


「選択するカードはもちろん『食わず嫌い』!」
「っく! なるほどね…! でも武藤くん、『食わず嫌い』の効果で城之内くんにいったい何を食べさせる気!?」
 遊戯はゆっくりと、自分のポケットから1つの袋を取り出した。
「ボクが『食わず嫌い』の効果で選択するのは……(……ボクは生まれてはじめて…恐ろしく残酷な選択をするぞ……)『朝顔の種』です!」
(な…なぜ武藤くんは朝顔の種なんて持ってるの!?)
 角谷は意外な物の登場に目を丸くし、驚愕した。
 彼女は知っているのだ、遊戯の取り出した『朝顔の種』の意味を……。
「ちょっ……ちょっとまって! 朝顔の種なんて食べ物じゃないでしょう!? そんなの認められないわ!」
「意義あり! それなららっきょうだって球根ですから種のような物です!」
 すかさず遊戯は言い返した。
「うっ! う〜〜〜〜〜………え〜っと、え〜っと〜〜〜………」
 角谷は口をマゴマゴさせ、上を見ながら考え出した。
 どうやらベストな言い訳を用意してなかった用だ。
 意外とアドリブに弱いタイプである。
「な……なあ…オレのことすっかり忘れてない?」
 すっかり蚊帳の外だった城之内が自己主張してきた。
「べつに朝顔の種ぐらいど〜ってことねぇだろ? オレ昔ひまわりの種食ったことあるし」
「そういう事じゃないの城之内くん! 朝顔の種にはね―――」
「部長! デュエル中のデュエリストに過度のアドバイスはご法度です!」
 遊戯がすかさす角谷を止めた。
「っく………う〜〜〜〜」
 角谷は悔しそうに口をつむいだ。
 目にはちょっと涙をうかべてる。
 普段は見られない、部長のちょっと意外な一面である。
「じゃあ城之内くん…食べてもらうよ…朝顔の種……」
 遊戯は袋を城之内に差し出した。その顔は、なんだか影をおびている。
 それを城之内は気づかなかった。
「おお、いいぜ!」
 城之内は威勢良く遊戯から種の入った袋を受け取った。
 おもむろに袋を開けて、小さなパックに入ってるピーナッツの如く朝顔の種を全て口に流し込んだ。
「「あ〜〜〜〜〜っ!!!」」
 遊戯と角谷は思いっきりハモッて驚いた。顎がはずれる程に。
 まさか全部一気に食べるとは………。

「………な、なんだよ………何かマズかったか?」
「城之内くん………そんな…全部……」
 二人はあ〜あって顔になった。

「なあ御伽……なんで遊戯や部長はあんな驚いてんだ?」
「今に分かるよ…本田くん……」
 獏良や御伽も、あ〜あって顔になっていた。

「な……なんだよみんな……そんな、あ〜あって言いたそうな顔して―――――――!? …………………!?!?!?!?!?」
 ついに異変が訪れた。
 城之内はお腹をおさえ、苦しみだす。
(な……なんだ!? オレの中で何かが動いてる!? オレの中で何かが生まれてるぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!?)
「なッなんだ!?城之内の奴、なんだか苦しみだしたぞ!!?」
「本田くん……朝顔の種ってのは…強力な利尿・下剤効果があるんだよ……」
「なに!? マジかよ御伽!!?」
 そう、朝顔の種には強力な利尿・下剤効果がある。
 本当は、ここまでの即効性はありませんが、まあそこは小説ですから☆
 しかし、素人の方が扱うと大変危険ですのでモニタの前の皆様は絶対に真似をしないでください
 作者とのお約束だよ☆

「あがぁぁぁぁぁ………! (ダメだ! 出るぅ! 出ちゃうぅぅぅぅぅぅ!!! が……がまんできなぃぃぃぃぃぃ!!!)」
 彼の中では、いま大波が荒れ狂っていた。
 今までまともに腹痛に悩まされた事の無い彼に、このビックウェーブは乗りこなせない。
「ぶ……部長……と……トイレにぃぃぃ………」
「ダメよ」
「「「「「!!!?」」」」」
 角谷の冷酷な宣告に、こうなった原因の遊戯ですら驚いた。
 ここで我慢して漏らしてしまう事…それは城之内の社会的な死を意味していた。
 決闘者としては立派かもしれないが……。
「そ…そんな…! もう…もう漏れちゃうぅぅぅぅぅぅ!!!」
「…城之内くん…酷なようだけど、デュエリストとしてデュエルを途中で投げ出す事は許されないわ……」
「笑わせんじゃねーーーーー!」
「!?」
「デュエリストのプライドだぁ〜メンツだぁ〜、そんなもんより出さなきゃいけない便意があるだろがー! デュエリストなんざてめえのメンツしか考えねぇ…カッコつけばっかりじゃねーか! オレはウ○コするためなら泥だってかぶってやるぜ!」
 以前似たような台詞をいった時はカッコよかったのだが……。
 今お尻を手で押さえつけた必死な蒼白顔の男に、その面影はまったく無かった。
「って訳で、オレは行くぜ! トイレに! うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
 城之内は決闘盤を取るのも忘れて、トイレに向かって駆け出した。

「………ふぅ…しかし…武藤くんも思い切ったことするね…」
 角谷はやれやれと遊戯に言った。
「…うん、でも大丈夫ですよ。城之内くんだし……」
「! そうね、城之内くんだもんね……」
 と角谷。
「そうだな、城之内だもんな!」
 と本田。
「だよね、城之内くんだもんね」
 と漠良。
「そうだよ、城之内くんだもん」
 と御伽。
 満場一致で城之内の心配はされてなかった。
 城之内っていったい……。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
 その頃、城之内はトイレに向かって全力疾走していた。
 見慣れた平凡な校舎を駆け抜けるそのスピードは、音速をはるかに凌駕する勢いだった。
「おおおおおおおお!今にも出したいこの思いッ! 早く出してしまいたいこの思いッ!まるで恋のようだぜーーー!!!」
 城之内、極度の疲れと睡眠不足と便意で、もはや自分でも何を言ってるかわかっていない。
「早くっ、早くこの思いッ!(便意) 君に(便器に)伝えたいッ!!!(出したい)」
 とっとこ〜走るよ城之内〜♪ だーいすきなのは〜あさがおのたね〜♪
「うおっっっしゃーーーーーーーーー! トイレットはっけーーーーーん!!!」
 城之内の脳内にあるトイレ発見システムが働き、即座にトイレを見つけ出した。
 そのままトイレに駆け込む。
 屋上から一番近いこのトイレも、歩けば1分かかる。
 それを城之内はほんの10秒でたどり着いた。
 その後、この記録は童実野大学に伝説として語り継がれていくこととなる。
「おおおおお! このトイレ独特のアンモニア臭も! 今では全てが愛しいぜぇーー!!!」
 個室に駆け込み、ズボン&パンツを下ろし洋式便座に座り込む。
「くっくっく……やっと見つけたぜ! カワイイ便器ちゃん! もう二度とお前を放さないぜ! 幸せだな〜〜僕は君といる時が一番幸せなんだ!!!」
 加山雄三のモノマネをしながら、城之内はその思いのたけを彼女にぶつけようとした。
「…………!? で、出ない!?」
 一気に出してしまいたいが、門の前の硬くて大きいのが邪魔をして中々出せなかった。
「―――っく、畜生! 出そうと思うと出せねぇ! いざ告白しようと好きな人の前にいくと最初の一言がなかなか出せないあの感覚に似てやがるぅ。ダメだ、伝えるんだ! 今この思いを伝えないと一生後悔しちまうぜぇーーー!!! うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!! す、好きだぁーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」


 一時間経過。

「城之内くん………遅いね……」
「そうだね……」
「遅せぇな………城之内……」
 さすがに一時間も戻ってこないと、みんな心配なようだった。
 この一時間、みんな携帯ゲームで遊んだり、漫画を読んだりで過ごしていたが、一時間も戻ってこないと心配にもなる。
 しかし噂をすれば影。

 錆びた鉄がきしむ音と共に、ゆっくりと屋上の扉を開けて1人の男が現れる。
「「「「「!?」」」」」
「じょ…城之内…か…?」
 先陣を切って、本田が現れた干物男に話しかける。
「おう…。オレ以外誰がいるっつ〜ん…だよ………」
 現れた男は紛れもなく城之内のようだった。
 一時間近くもトイレで格闘したせいか、その顔や身体はミイラのように痩せこけていた。
 膝はガクガクに振るえ、目の虚ろさには拍車がかかっていた。
「へへへ……オレぁ…やれるだけの事はしたぜ……たとえこれでふられても…悔いはねぇ……」
「「「「「(なに言ってるんだ?)」」」」」
 城之内のいっている事を、みんなは理解できないでいた。
 しかし理解する必要はない。
 城之内は自分との闘いに勝ったのだ。ただその事実があるだけでいい……。
「遊戯!」
「!?」
「お前の作戦勝ちだぜ! オレのチャックに挟まってたカードは外れた…これでオレは場とデッキから、『WINDO OF SOCIETY』を全て除外しなくちゃいけねぇ……へっ……今日は読者サービスしまくりだぜ!」
 城之内をデュエルディスクからデッキを取り出し、さらにそのデッキからカードを2枚取り出し、手に持っていた『WINDO OF SOCIETY』とあわせ、合計3枚のカードを懐にいれた。デュエルディスクは除外ゾーンの無い不親切設計なのだ。
 どうでもいいが城之内はちゃんと手を洗ってきたのだろうか?
 その後、城之内と遊戯そして角谷は以前の立ち位置に戻り、デュエル再開となった。

(城之内くん……。ボクと城之内くんが傷つけあって、いったい何を得る物があるんだ! 城之内くん……このデュエル…このターンで終わらせてあげるよ!)
 遊戯は、友を救うための闘志に燃えた。
 しかし、こうなった原因は彼にも一部ある。
「ボクは裏守備モンスターを攻撃表示に変更」
 遊戯の場のソリッドビジョンのカードが1枚消え、かわりに白のローブを着込みハート型の杖を持った女性神官があらわせた。


『ハートズ・プリースト』・光属性
★★★★
【魔法使い族・効果】
このカードが表側表示で存在する限り「クイーンズ・ナ
イト」「キングス・ナイト」「ジャックス・ナイト」の
攻撃力は500アップする。リバース:デッキまたは墓
地から「クイーンズ・ナイト」1体を手札に加える、墓
地にある「キングス・ナイト」「ジャックス・ナイト」
を全てデッキに戻してもよい、その後デッキをシャッフ
ルする。
ATK/1000 DEF/2000


「ボクはこの効果で『剛剣のキングス・ナイト』と『猛攻のジャックス・ナイト』をデッキに戻し、手札に戻った『閃光のクイーンズ・ナイト』を場に攻撃表示で召喚する」
 遊戯の場に女戦士が現れる。
「さらに『閃光のクイーンズ・ナイト』の効果で『剛剣のキングス・ナイト』を1体を手札に加え、さらに『ハートズ・プリースト』の効果で『閃光のクイーンズ・ナイト』の攻撃力は500ポイントアップする!」

閃光のクイーンズ・ナイト ATK1500→2000

「……っくぅ…!」
「まだだよ城之内くん!ボクは手札から『貪欲な壺』を発動!」


『貪欲な壺』・魔
【通常魔法】
自分の墓地からモンスターカードを5枚選択し、デッキに加えて
シャッフルする。その後、自分のデッキからカードを2枚ドロー
する。


 遊戯の場に、実に品の無いデザインの壺が出現する。
「ボクは墓地から『聖なる魔術師』『執念深き老魔術師』『クリッター』『ダイヤズ・マジシャン』『THE トリッキー』を選択しデッキに加えた後、シャッフルし2枚ドロー! さらに『ロイヤル・ストレート・スラッシャー』の効果を使う! レベル1『聖なる魔術師』レベル2『執念深き老魔術師』レベル3『クリッター』レベル4『サイレント・マジシャン』レベル5『THE トリッキー』、これらを墓地に送り、『ロイヤル・ストレート・スラッシャー』の効果発動! アルティメット・ファイブ・クラッシュ!!!」
『ロイヤル・ストレート・スラッシャー』の剣をオーラが纏い『ロイヤル・ストレート・スラッシャー』は剣を大地に叩きつけようとする。

「すげぇぜ遊戯! これで決まりか!?」
「なに言ってやがる本田! まだだぜ! 罠(トラップ)カードオープン! 『封印されし者の足の小指』! このカードの効果は、オレが足の小指をぶつけたる事で発動する!」
 そう言うと城之内はベンチにダッシュし右足の小指を思いっきりベンチの角にぶつけた!
「おぎゃゃゃゃゃゃゃゃーーーーーー!!!」
 城之内は右足の小指を押さえて転げ回った。
((((アレは痛い! あ〜れ〜は痛い!))))
 靴をはいていたとは言え、あれは痛い!
「………こ…これで……『封印されし者の足の小指』の効果は発動…するぜ…」
 痛みを堪えて城之内は立ち上がる。
 もうホントーにボロボロだ。
「…だけど、もう『ロイヤル・ストレート・スラッシャー』は発動している! その裏守備モンスターは破壊される!」
「どうかな…遊戯!」
「!?」
『ロイヤル・ストレート・スラッシャー』の前に茶色の四角柱の物体がイキナリ出現した。
「た…タンス!?」
 それはタンスだった。しかも、昭和初期に建てられた家に置いてあるような小さくてしょぼいタンスだった。

 ―――ウオオオオオオ!

『ロイヤル・ストレート・スラッシャー』の剣がタンスに襲い掛かる!
 だが。
「た…タンスが襲ってくるぅぅぅぅぅぅ!?」
 タンスは『ロイヤル・ストレート・スラッシャー』目掛けて突進してきた!
 猛突進するタンス、しかしタンスは『ロイヤル・ストレート・スラッシャー』の前で急に角度を変え。

 ―――タンスニゴオオオオオオオンッ!

『ロイヤル・ストレート・スラッシャー』の足の小指に激突した!
『ロイヤル・ストレート・スラッシャー』は雄叫びをあげて、さっきの城之内の用に転げまわった!
「ろ…『ロイヤル・ストレート・スラッシャー』…………」
 その姿は目を覆いたくなるほど無様だった…。
「遊戯! 『封印されし者の足の小指』はその小指の呪いの力で、相手モンスターの効果を3ターンの間無効にし、さらに3ターンの間攻撃を封じる!」
 城之内の言ったとおり、タンスは遊戯のモンスターの前に立ちはだかっている。
 モンスター達は脂汗をかいていた。
『ロイヤル・ストレート・スラッシャー』のように痛い目にも、無様な目にもあいたくないのだろう……。
「………ボクは……カードを1枚伏せ…ターン終了……」
 遊戯は感じていた。
 このゲームの流れが、また城之内に戻った事を。
 そして、ゲーマーとしてのカンが叫んでいた。
 次のターンで、城之内はキーカードを引き当てる事を…。

「オレのターン、ドロー!」

 ドローカード:BAPTISM OF 2CHANNEL



城之内
LP:3000
手札:7枚
モンスターカードゾーン:裏守備モンスター
魔法&罠カードゾーン:なし

遊戯
LP:4000
手札:6枚
モンスターカードゾーン: ロイヤル・ストレート・スラッシャー、スペードズ・ナイト、ハートズ・プリースト、クイーンズ・ナイト
魔法&罠カードゾーン:伏せカード 3枚



EPISODE8・失意体前屈を極めし者

「!? ―――フ……フフフフフフフ……!」
 引いたカードを確認した城之内は不気味に笑う。
「城之内……くん!? (まさか引いたのか!?)」
「ふふふふ…………キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!」
「―!?」
 城之内はとても喜んでいる。盆と正月とクリスマスが一緒にキタかのように!
「くくくくくく………キたぜ遊戯……このカードをッ! オレはこのカードを待っていたッ!」
(ついに……ついに来たんだねッ城之内くん…ッ!)
 角谷は心の中でガッツポーズをした。
「クックックッ……見せてやるぜ遊戯! アングルード最強のモンスターをな!」
「っく…一足遅かったのかっ!?」
「さてマズは………この裏守備の『SORE MAN』を生贄に、『人造人間−サイコ・ショッカー』を召喚する!」
 裏表示のカードが消えて、機械的なマスクをつけた大男が現れる。


『人造人間−サイコ・ショッカー』・闇属性
【機械族・効果】
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り罠
カードは発動できず、全てのフィールド上罠カードの効
果は無効になる。
ATK/2400 DEF/1500


「オレは『SORE MAN』の効果で500のライフを失う……」

 城之内:LP3000→2500

「そしてオレは手札から魔法カード…『BAPTISM OF 2CHANNEL』を発動するゥ!」


『BAPTISM OF 2CHANNEL』・魔
【通常魔法】
墓地の「SORE MAN」3体を攻撃表示で特殊召喚し、1体の
モンスターとして扱う。このカードの発動と効果は無効化
されない。このカードが墓地にある時、自分のドローフェ
イズをスキップする。


「この効果で、オレは墓地の3体の『SORE MAN』を召喚し。1体のモンスターとして扱う!」
 城之内は墓地の3枚のカードをデュエルディスクに並べる。
「3枚のカードで1体のモンスター!?」
「そうだぜ遊戯。『SORE MAN』にはあの『ラーの翼神竜』と同じ加工がされている………。召喚された時に現れるソリッドビジョンの光を受ける事によって、隠された効果テキストが出現すんのさ!」
 デュエルディスクから輝く光を3枚のカードが浴び、そのカードのイラストとテキストが変化する。
 1枚目が『o』。1枚目が『r』。1枚目が『z』。
 それぞれの『SORE MAN』が身体を折り曲げ、文字のポーズになる。
 それを横から見ると、まるで四つんばいでうな垂れている1人の人のようだった。かつて妹の信頼を失いうな垂れた1人のデュエリストのように。

「にしても、I2社も無駄な所に金使うよな……」
「うん…あのカードの印刷にドンだけお金使ったんだろ…」
「しかも販売中止だろう? どれだけ損したんだ…?」
 本田達…もうただのツッコミ役。


 『MASTER OF orz』
 ATK/400000 DEF/400000


「こ…攻………攻撃力……よ…40万んんんんんん!!!?」
 まるで阿呆みたいな攻撃力。何も大きければいいってもんじゃ無いぞ!?
「どうだ遊戯! これこそが神をも越えた究極のアングルード最強モンスター! 『マスター・オブ・orz』だぁあ!」
 その圧倒的なまでの攻撃力が遊戯を震撼させる。
 ハッキリ言ってソリッドビジョンのモンスターはショボイ。
 小男がただうな垂れてるだけのモンスターにしか見えない。なんと言うか……殺気がない。迫力がない。
 見ている方が居た堪れなくなる姿だった。

「(こ…こんなモンスターのどこにこんな攻撃力が……)」
 しかしそれでも攻撃力40万は40万である。
 デュエルを終わらすだけなら十分…いや、オーバーキルと言える攻撃力だ。
 一撃でデュエルを100回終わらせるだけの攻撃力だ。

「くくく……遊戯。このモンスターの攻撃はハンパねぇぜ…! この一撃でゲームを終わらせてやるぅ! いくぞバトルフェイズ! 『マスター・オブ・orz』で『ロイヤル・ストレート・スラッシャー』を攻撃!!!」
「っく…! (にしても、ソリッドビジョンのせいで追い詰められいるのに、追い詰められてる感じがしない!)」
 『MASTER OF orz』が『ロイヤル・ストレート・スラッシャー』に攻撃を仕掛けえる。
 どんな攻撃をするかと思えば……ただの突撃である。
 しかも四つんばいのままで。
「なっ!? 四つんばいのままの姿勢! あの体勢であの突進を! なんだあのモンスター!? お……襲ってくるゥ!! ……そ…速攻魔法発動! 『ディメンション・マジック』!」


『ディメンション・マジック』・魔
【速攻魔法】
自分フィールド上に魔法使い族モンスターが表側表示で存
在する場合に発動する事ができる。自分フィールド上のモ
ンスター1体を生け贄に捧げ、手札から魔法使い族モンス
ター1体を特殊召喚する。その後、フィールド上のモンス
ター1体を破壊する事ができる。


「ボクは『ロイヤル・ストレート・スラッシャー』を生贄に捧げ! 手札より『ダイヤズ・マジシャン』を守備表示で特殊召喚する!」
「ちぃ…! サクリファイス・エスケープか!」
『ロイヤル・ストレート・スラッシャー』は渦と共に消え。変わりに真っ赤な光沢のローブの魔法使いが現れる。


『ダイヤズ・マジシャン』・光属性
★★★★
【魔法使い族・効果】
手札を1枚捨てる事で、デッキまたは墓地にある「クィーン
ズ・ナイト」「キングス・ナイト」「ジャクス・ナイト」の
いずれか1体を特殊召喚する。この効果は1ターンに1度だ
け自分のメインフェイズに発動する事ができる。
ATK/1800 DEF/1100


『ダイヤズ・マジシャン』と『ハートズ・プリースト』の杖がクロスする。
 二人の魔法神官の魔力はそこに収束され、そして解き放たれた。

 ――ズキュゥゥゥン!!!

 その魔光弾が『MASTER OF orz』に命中した!
「やっ、やったッ!!」
 いかに強力な攻撃力を持とうとも、しょせんはモンスター…倒す方法なんて幾らでもある。
 遊戯はホッっと肩を撫で下ろした…が、すぐにその肩は強張った。
「な…に……?」
 『MASTER OF orz』には傷1つなかった……。
「な…なんで……なんで破壊されないの!?」
「無駄! 無駄! 無駄ァ! 無駄だぜ遊戯! 『マスター・オブ・orz』は如何なる効果によっても破壊はされねぇ!!絶対無敵の効果を持つんだぜ!」


『MASTER OF orz』・闇属性
★★★
【悪魔族・効果】
このカードは魔法・罠・効果モンスターの効果で
は破壊・除外されず、手札・デッキ・墓地にも送
られない。このカードの表示は表側攻撃表示から
変更されない。このカードのコントロールを変更
する事はできない。このカードのコントローラー
は戦闘・効果ダメージは受けない。このカードは
生贄にはできない。このカードに装備カードが装
備された時、装備カードを破壊する。このカード
は装備カードにはならない。守備表示モンスター
を攻撃した時にその守備力を攻撃力が超えていれ
ば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
このカードが場に表側表示で存在する時、攻撃力
3000以上のモンスターは破壊される。このカ
ードの効果は無効化されない。
ATK/400000 DEF/400000


「なんだっ………て………?」
 無敵の攻撃力、無敵の効果耐性………とにかくもう……無茶苦茶だ!
「さて……攻撃の巻き戻しだ………『MASTER OF orz』で『ダイヤズ・マジシャン』に攻撃!」
 バトル中にモンスターの増減が起こった場合、攻撃の巻き戻しが行われる。原作ルールとの大きな違いだ。
「っく…!」

 ―――ドゴォォォォォンンン!!!!!!!

 『MASTER OF orz』の突進が旋風を巻き起こす!
 『ダイヤズ・マジシャン』は激突によって跡形も無く消え去った。
「か……勝ったのか……オレは………」
 いともアッサリ……いともアッサリ決着はついた………。
 城之内は事の結末にただ口をポッカリと空けているばかりだった…。

「マ…マジかよ…城之内の野郎が……勝ちやがったのか……!?」
「そんな……確かに『MASTER OF orz』は強いけど……遊戯君がこんなアッサリ……負けるはずが………!」
「いえ……まだよ……!」
「部長!?」
「武藤くんのライフを見てみて……」

 遊戯LP:4000

「何にィィィィィ!? ト…罠(トラップ)カードはサイコショッカーで封じているはずだぜ!?」
「……『クリボー』……ね…」
「そうか、『クリボー』の機雷化能力! それに、『封印されし者の足の小指』の効果範囲はフィールド上のみ。手札や墓地には干渉しない!」
 角谷の言葉に漠良があいづちをうつ。
 角谷の言うとおり、遊戯の墓地には『クリボー』のカードがあった。幾つもの闘いを共に歩んできた友の姿が。


『クリボー』・闇属性

【悪魔族・効果】
手札からこのカードを捨てる。自分が受ける戦闘
ダメージを1度だけ0にする。この効果は相手の
バトルフェイズ中のみ使用する事ができる。
ATK/300 DEF/200


「(な……なんとかしのいだ……!)」
 遊戯は安堵のため息をした。
「…っく…シマッタァ……!」
 城之内は悔しそうに歯を食いしばる。
(………参ったわね)
 角谷もそれは同じのようだ。
 遊戯はその2人の異変に気づく。
「(もし……城之内くんの言うとおり、『MASTER OF orz』が絶対無敵なら……なぜ2人はあんなにアセッているんだ? ……これはつまり『MASTER OF orz』にも弱点があるってことだ! そして2人は…もうそれに気づいている………そして今、ボクも気づいた)」
 遊戯の頬は緩んだ。

(……武藤くんも、もう気づいたみたいね……。デュエルキングの称号は伊達じゃないねぇ……やっぱり最初の一撃で勝負を決めるべきだったわね……城之内くん。……こりゃ城之内くん……負けるかな?)
 角谷は苦笑した。
「な……なんスか部長!? その哀れむような視線は!?」
 角谷の城之内を見る目は、養豚場のブタを見るような冷たい目だった。
「いえ……なんでもないよ城之内くん…。まぁ、ガンバッテ…」
「ああ〜なんかすげ〜ムカつく! オレのバトルフェイズはまだ終わっていないぜ! 『人造人間−サイコ・ショッカー』で『閃光のクィーンズ・ナイト』に攻撃! サイキックウェーブ!」
 サイコ・ショッカーの念力が空間を揺るがし、その振動がクィーンズ・ナイトをめがけて流れる!
「速攻魔法『月の書』!」


『月の書』・魔
【速攻魔法】
フィールド上の表側表示モンスター
1体を裏側守備表示にする。


 『月の書』の効果でサイコ・ショッカーは裏守備表示にされる。
 実質、サイコ・ショッカーの攻撃は無効となった。
「っく…! (やっぱり遊戯は強ぇぇ……!)」
「城之内くん………もう君に攻撃可能なモンスターはいないわ。慎重にいきなさい。『MASTER OF orz』が倒されたら……君に勝ち目は無いよ?」
「わ…分かってるぜ! 俺は2枚のカードを伏せて!ターンエンドだ!」

「ボクのターン…ドロー!」

 ドローカード:?

「(きた!)」
 例によって例にならい、遊戯は切り札をドローした。
「(だけど今はまだ使えない…!)」
 『封印されし者の足の小指』の効果によって、遊戯のモンスターの効果は封じれている。
 このターンと、そして次の遊戯のターンまで。しかし、それを過ぎれば反撃可能である。
「(今は堪えるしかない……)ボクは手札から魔法(マジック)カード『死者転生』を使う。効果対象はクリボー!」


『死者転生』・魔
【通常魔法】
手札を1枚捨てる。自分の墓地に存在するモンスターカード
1枚を手札に加える。


「させねぇ。カウンター罠カード『神の宣告』!」


『神の宣告』・罠
【カウンター罠】
ライフポイントを半分払う。魔法、罠の発動、モンスター
の召喚・反転召喚・特殊召喚のどれか1つを無効にし、そ
れを破壊する。


「『神の宣告』に対して、ボクも『神の宣告』を発動!」
「っく!」
 互いの『神の宣告』の効果がぶつかり合い、消え去る。
「城之内くんがこれ以上のチェーンがないなら、ボクの『死者転生』の効果は有効! このまま発動される!」

 遊戯LP:4000→2000
 城之内LP:2500→1250

 遊戯は墓地から『クリボー』を手札に加える。
「さらにボクは全てのモンスターを守備表示に変え、モンスターを1体裏守備表示でセットして、ターンエンド」

「…オレのターン、ドローフェイズは『BAPTISM OF 2CHANNEL』の効果でスキップされる…。だが! 『人造人間−サイコ・ショッカー』を攻撃表示に変更しバトルフェイズ、『MASTER OF orz』で『閃光のクィーンズ・ナイト』に攻撃!」

 ―――ドゴォォォォォンンン!!!

 『MASTER OF orz』の攻撃で『閃光のクィーンズ・ナイト』は破壊さえた。
「手札から『クリボー』を捨てる事で、ボクの受ける戦闘ダメージは0になる!」

 ―――クリ〜☆

 遊戯が受けるはずのダメージは、『クリボー』の機雷化能力のよって誘導され『クリボー』が身代わりとして受け止める。


 ―――ドゴォォォォォンンン!!!!!!!

「(ありがとう……クリボー………)」
「(クリボー……さすが遊戯が昔から信頼してきたカードだけの事はあるぜ……)だが、オレの攻撃はまだ終わっていないぜ! 『人造人間−サイコ・ショッカー』で『ハートズ・プリースト』に攻撃!」
 サイコ・ショッカーによる攻撃の前に、ハートズ・プリーストは粉砕される。
「………オレはこれで、ターンエンドだ……」

「ボクのターン、ドロー!」

 ドローカード:ハートのクィーン

「…ボクは手札から『ハートのクィーン』発動!」


『ハートのクィーン』・魔
【通常魔法】
このカードのカード名は「クィーンズ・ナイト」「ハートズ
・プリースト」として扱う。墓地に存在する「クィーンズ・
ナイト」「ハートズ・プリースト」の枚数分自分のデッキか
らカードをドローする。


「ボクの墓地には『閃光のクィーンズ・ナイト』と『ハートズ・プリースト』がそれぞれ1体、よってボクはこの効果で、デッキから2枚ドロー。そして手札から魔法カード『ソウルテイカー』を発動!対象はサイコ・ショッカー!」


『ソウルテイカー』・魔
【通常魔法】
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を破壊
する。この効果で破壊した後、相手プレイヤーは1000ライ
フポイント回復する。


「何! 『ソウルテイカー』!?」
 『ソウルテイカー』の効果で『人造人間−サイコ・ショッカー』の魂が奪われる。
「この効果で『人造人間−サイコ・ショッカー』は破壊される。だけど…その代償として城之内くんのライフは1000回復する」

 城之内LP:1250→2250

「さらにボクは1枚カードを伏せて、ターンエンド」

「オレのターン。へっ、ミスったな遊戯。『クリボー』はもう手札にねぇ。つまり、『MASTER OF orz』の貫通効果を防ぐ事はできねぇ! バトルフェイズ、『MASTER OF orz』で『スペードズ・ナイト』に攻撃ぃ!」
 『MASTER OF orz』が『スペードズ・ナイト』に向かって突進する!
「ちょ、城之内くん! 慎重にって言―――」
 角谷の忠告も時すでに遅し。
「罠カードオープン! 『ドレインシールド』!」


『ドレインシールド』・罠
【通常罠】
相手モンスターの攻撃を無効にし、そのモンスターの
攻撃力分の数値だけ自分のライフポイントを回復する。


「なにィィィィィィィィ!?」

 遊戯LP:2000→402000

 『MASTER OF orz』の持つのは、あくまで破壊や除外などを防ぐ効果。
 当たり前だが攻撃は簡単に無効化できる。
 結果、ライフがバカみたいに回復する。

「っく…か…か……か、か…なんでやねん………」
 城之内は思わず大阪弁がでた。
「あ〜あ…言わんこっちゃ無い……」
 角谷は、もう勝負をあきらめはじめる。
 本来は、アングルードカードを使って遊戯の判断力を低下させるはずだったのだが、どうやら低下しているのは城之内のようだった。

「オ…オレは…伏せカードを1枚伏せて………ターンエンドだ!」

「ボクのターン、ドロー!」
 遊戯の反撃が始まる。



城之内
LP:2250
手札:2枚
モンスターカードゾーン:MASTER OF orz
魔法&罠カードゾーン:伏せカード2枚

遊戯
LP:402000
手札:3枚
モンスターカードゾーン:スペードズ・ナイト、裏守備モンスター
魔法&罠カードゾーン:なし



EPISODE9・利用する者、される者

「……て訳で、免許書みせてくれる?」
 バイクを道路の端っこに誘導され、マリクは免許書の提示を求められる。
 ヘルメットを着けていなかっただけとはいえ、しかたない。
 素直に免許書を取り出し、警官に渡す。

「はい、どうも…………」
「……………………………」
「……………………………」

「……………………………………」
「…………………………あの……」

「……………………………………………」
「……………………あの…………どうかしました?」
 警官はマリクの免許書を見たまま固まっていた。
 瞬きすることなく眼を最大まで広げ、ただじ〜っと免許書を見つめている。
 その姿は異様だった。
 何か変だ。
 マリクはそう思った。

「………リ……ク………」
 突然、警官は口から声をひり出した。
「は…はい?」
「マリク………イシュタール様………ですね…?」
 さっきまでのくだけた物言いとは打って変わって、品の良い話し方……。
 しかし……どこか寒気がする話し方だった。

「はい、ボクはマリク・イシュタールですが……何か…?(雰囲気が……変わった?)」
「…………………………………ます」

(…………ナニ…? …………今コイツはナンテイッタ…!?)
「……すみません……よく聞こえなかったので…もう一度言ってもらえます?」
 聞いてはいけないような気がした。
 コイツはさっきとんでもない事を言った気がした…。
「リシド様の身柄は……私どもが拘束させていただいてます……」

「―――!? (何言ってるんだ!コイツは!?)」
 リシドが警察の御用となるような事をするのは有りえない!

「……あの…リシドが何か捕まるような事をしたんですか…?」
「いいえ」
「じゃあなぜ!?」
 男は、もっと最悪の答えを語りだした。
「貴方と……リシド様には…用があるのですよ………我々の事を嗅ぎ回われては……困るのですよ………」
 男は淡々と答える。
 まるでここに心が無いかのように淡々と…。

「お前は………お前たちは…いったい……!?」
「それは…………追々話すと致しましょう………それより……これをご覧ください……」
 男はポケットから紙切れを取り出し、マリクに見せ付ける。
 ……写真のようだ…。

(―――リシド!?)
 写真に写っていたのは、マリクと兄弟同然に育ったイシュタール家の使用人、リシドだった。
 目隠しを着けられていて顔はよく見えないが、あの顔の刺青は間違いなくリシドだ。
 しかも普通の写真ではない。
 リシドは粗末な木のイスに両手両足を鎖で縛られ、目には目隠しのバンダナ、口にはねじったタオルを巻きつけられている。まともに動いたり見たり喋ったりは出来ないだろう………。
 まさに“拘束”だ。

「貴様らァ! リシドに何をした!?」
 マリクは男の胸倉を掴み上げる。
「―――!?」
 だがすぐに驚きの表情をみせて、男を突き放す。
(なんだ………なんだあの男の眼はぁ!? …まるで……まるで意思の色の無い眼だ……。安っぽいホラー映画のゾンビのように! そしてボクは………!)

「驚いて………いらっしゃる用ですね…。………まぁ……概ねその予想は当たりですよ………」
「―――!?」
「…嗚呼…それと…さっきの『リシドに何をした』との質問の返答ですが………今は何もしてはいません………」
「……………………」
 心の中で少しホッとする。
 兎に角、まだリシドは無事のようだ……。
「ですが」
「!?」
「貴方の返答しだいでは………リシド様の安全は…保障しかねません………」
(保障しかねません………だと!? 自分たちがさらっておいって!)
「我々に……ご同行願えますかな……?」
「…………くっ………(どうする!断るか!? ……いや。こいつ等が“あの事件”を起こした奴等なら、本当にやりかねない………。リシドを救うためには……ついて行くしかないのか? いや……ここでこいつらを締め上げて、シドの居場所を聞き出せば!?)」

「おおっと…! 変な気は起こさない方がよろしいのは……貴方はよくご理解なさっている…はずですよね……?」
「……!」
 まるで心を読んでいるかのような絶妙のタイミングで、男は言った。
「(くっそう。どうすれば……!?)」
 マリクはリシドの事を考える。
 兄のように……いつも自分のそばにいてくれたリシド………。
 グールズという窃盗団まがいな組織を作るという罪に、だまってついてきてくれたリシド………。
 そして、その間違いを教えてくれたリシド………。
 大切な……家族……。

「さて……もう一度聞きましょう……どう……いたしますか…?」
「…………………くっ……分かった……お前たちに……同行する………」

「……快い御返事……ありがとうございます………。では……これを……」
 男は手錠と目隠し用のバンダナを取り出す。
「(……着けろ…って事か………)ああ、ちょっとまってくれ! あのバイクには思い入れがある、盗まれたく無い。キーぐらい抜いていったってイイだろう?」
「……まぁ……イイでしょう……」
 すぐさまマリクはバイクのキーを抜き、ポケットにしまいこむ。
 そのまま男に目隠しと手錠をされ、パトカーに乗せられる。
 マリクはここで、決して暴れたりなど出来なかった。

「出せ」
 男の支持で、運転席の男が車を出した。
 周りの見ている人達も…まさか警察が人を誘拐するなどとは思っていなかった。
 目隠しをされているため、どこに向かうかは分からない。

「いったい、ボクやリシドをどうするつもりだ?」
 男が答える。
「そうですね………。…我々の事を嗅ぎ回る貴方たちを……せいぜい利用させていただきますよ………フフフフフ………」
「まさか、姉さんにまで!?」
「そうですね……イシズ様がどうなるかはァ………フフフ……それも貴方しだいですね……フフフフフ……………」
 男の笑いは…本当に笑っているのか分からない…機械的な笑い方だった。
 車はただ走り続ける………。何所に向かっているかは…マリクはしらない……。
 今はただ…リシドと姉の心配をするしかない。


●     ●     ●     ●     ●     ●     ●


「いくよ城之内くん! ボクはこのターンで、『MASTER OF orz』を倒す!」
「……っく!( まさかホントに手札にはあのカードが!?)」
 城之内は角谷から聞いて知っている。『MASTER OF orz』の弱点を。
 本来なら……『MASTER OF orz』を出したターンに、勝負を決めるべきだったのだ。

(そのデュエルにおいて……BESTなデッキを使い、そのデュエルにおいて…最高の手札を引き寄せる………デュエル・キングと言われる者は……運命すら味方すると言うの…?)
 角谷には、デュエルの決着がもうついているかのように見えた。

「いくよ! ボクは裏守備モンスター『剛剣のキングス・ナイト』を生贄に捧げ、『サイバネティック・マジシャン』を攻撃表示で召喚する!」


『サイバネティック・マジシャン』・光属性
★★★★★★
【魔法使い・効果】
手札を1枚捨てる。このターンのエンドフェイズ時まで、フィー
ルド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力は2000
になる。
ATK/2400 DEF/1000


「っく、やっぱり出やがった!」
 クドイようだが『MASTER OF orz』の効果は、効果“破壊”を防ぐ効果だ。
 本来、『MASTER OF orz』はその高い攻撃力を持つおかげで、戦闘で破壊する事は難しい。
『収縮』を3枚使ってもまだ5万ある。
 だが、その攻撃力を変化させれば……戦闘破壊は容易い。
 ちなみに、『MASTER OF orz』はネコ耳萌えの人である。
 モグラ叩きも、ちょっと苦手である。

 遊戯のフィールドに、どこか機械的な鎧と、白のローブを着込んだ美しい魔法使いが現れる。
「っく………ククク……さすが遊戯だぜ……!」
「城之内くん……?」
「だがな遊戯! すでに対策は用意してあるんだぜ。罠(トラップ)カード、『落とし穴』!」


『落とし穴』・罠
【通常罠】
相手がフィールド上で表向きにしたモンスターの
攻撃力が1000以上だった場合、「落とし穴」と
そのモンスターを1体破壊する事ができる。


 『落とし穴』。OCGでは最も古いパック「Vol.1」から存在する優秀な罠(トラップ)カードだ。

 落とし穴に召喚したばかりの『サイバネティック・マジシャン』が落ちる!
「よっしゃぁ! 『サイバネティック・マジシャン』撃破ァ!!」
「やっぱり、『落とし穴』だったんだ………」
「え?」
「手札から魔法(マジック)カード『ダイヤのキング』発動!!」


『ダイヤのキング』・魔
【通常魔法】
このカードのカード名は「キングス・ナイト」「ダイヤズ・マ
ジシャン」として扱う。墓地に存在する「キングス・ナイト」
「ダイヤズ・マジシャン」の枚数分自分または相手の墓地から
モンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


「ボクの墓地には『剛剣のキングス・ナイト』と『ダイヤズ・マジシャン』がそれぞれ1体、よってボクは墓地から『サイバネティック・マジシャン』と『人造人間−サイコ・ショッカー』を蘇生させる!」
 再び遊戯の場に『サイバネティック・マジシャン』と『人造人間−サイコ・ショッカー』が召喚された!
「うげげぇぇぇぇぇ! そ、そんな…………」
 城之内はショックで顔が崩れる。
「『サイバネティック・マジシャン』の効果発動!手札1枚をコストに、『MASTER OF orz』の攻撃力を2000に!」
「なワにィうぃ〜〜〜〜!!!?」
 城之内は日本語を忘れた。

 MASTER OF orz ATK:400000→2000

 『MASTER OF orz』のその誇らしい攻撃力も、今ではたったの2000。
 城之内の最後の伏せカードも、攻撃をトリガーに発動する罠(トラップ)カード。
 つまり、今は遊戯のコントロール下にある『人造人間−サイコ・ショッカー』で無効化されている。手札のカードも…現状では役に立たないカードだけ。
 ……大変悲しいお知らせですが城之内さん、勝負は決まりました。

「あ……ああ……………あ……」
「……いくよ城之内くん………『サイバネティック・マジシャン』で『MASTER OF orz』に攻撃!」
『サイバネティック・マジシャン』はそのロッドを掲げる。
 ロッドの周りに出現する電気の渦。
「電脳爆裂魔波(サイバネティックマジック)!」
 その力がロッドの先に1つとなり、打ち出され、『MASTER OF orz』を襲う!

 ――――バジゴォォォォォォォン!!!

「うがぁぁっぁぁぁあああぁぁぁ!!!」
 『MASTER OF orz』は粉々に消え去った!

 城之内LP:2250→1850

「そして、『人造人間−サイコ・ショッカー』で…城之内くんに………ダイレクトアタック…!」
 サイコ・ショッカーが構える。
 手と手の間に集まるエネルギー………それを遊戯の支持に従いサイコ・ショッカーは必殺技を撃つ!

 ――――バギュュュュュュゥゥゥン!!!

「ぐああああぁぁぁああああああああ!!!」
 サイコ・ショッカーの攻撃を受けて、城之内は吹き飛んだ!

 城之内LP:1850→0

 勝負は決した。

「城之内くん…………」
 遊戯は倒れた城之内を見る。
 極度の肉体的・精神的な疲労のせいだろうか? 倒れたまま立ち上がろうとしない……。
 いや!
 立ち上がろうとしている! 腕の力で上半身だけ上がっている!

「城之内くん…!」
「うぐぐぐ…………オレは……勝たなくちゃいけねぇ………勝って……オレの大切なものを………取り戻すんだぁぁぁ………!」
「………………!」
 ここまでがんばって負けたショックからだろうか? 城之内はまだデュエルを続けられる気でいる!

「城之内くん………残念だけど君は……負けたんだよ………」
「部長…!?」
 城之内のそばに、角谷が歩み寄り、座り込む。
「城之内くん…忘れたの?君はデュエルで負けたの…。もう…勝つ事はできない」
「ぶ……部長ぉぉ………!」
 城之内は残り少ない力を振り絞り、手を角谷に向ける。それを角谷はしっかりと握り返す。
「城之内くん……あなたはりっぱにやったのよ…………そう………私が誇りに思うくらいりっぱにね…」
「あ……あぁ…………」
「今はそう……ただ……オヤスミナサイ………」
「ああ………………」
 そこで城之内は…事切れる……。(寝ただけだけど)

「城之内くん……本当によくやったね…………」
 角谷は城之内に微笑む………少し……悲しそうに………。

「あ……あの〜〜〜…?」
 別の世界に入っていた角谷に、遊戯が話しかける。
「うん? 何、武藤君?」
 角谷はすぐに反応する。切り替えが早い;
「あのですね、サークルの紹介の話なんですけど……………ボク、やってもいいですよ」

「!?」
「!?」
「!?」
 上から本田、漠良、御伽の順。
 突然の意外な申し出。だが、ただ1人、角谷は驚いていない。

「どういう風の吹き回し、武藤くん?君は勝ったんだよ? 別にもう紹介はしなくていいのに…………」
「いや…その……こんな城之内くん見てたら………何だかボクの方がワガママ言ってるみたいで………それに……ここまで城之内くんがボクを紹介に出すためにがんばっていたのに………ボクが何もしない訳にはいかないじゃないですか」
 なるほど…城之内の逝き様に心打たれたということか……。
「………うん、そっか…。それじゃ武藤くん。今度の新入生サークル紹介での我が部の主役は、『デュエルキング武藤遊戯』でいいのね?」
「はい!」
「よっしゃ! ほんじゃ早速、紹介の打ち合わせやるわよ! みんな部室に集合!」
 言うやいなや、角谷は部室に駆け出していた。
「あっ! 待ってくださいよ、部長!」
 遊戯もそれを追う。
 本田達はもゆっくり部室に向かい始めた。


「でもよ〜〜〜まさか遊戯が自分からやるって言うとは思わなかったぜ!」
 本田達は階段を下りながら、さっきのデュエルの事を話し合う。
「いやでも……部長はこうなる事を最初から予想してたのかもしれないよ?」
「ん…? どういう事だよ、御伽?」
「つまりね……部長としては、城之内くんが勝とうと負けようと、どっちでもよかったのさ。ようは、遊戯くんを紹介に使えればいいんだからね。勝てば勝ったで紹介に使えるし、負けても遊戯君の心を動かせればいいのさ……。もしかしたら……そのために、遊戯くんの一番の親友の城之内くんに、アングルードカードを渡したのかも………」
「う〜〜ん。それがホントだったら、城之内くんはまんまと部長に利用されたんだね……」
「うん。ホントだったら不憫だね……城之内くん………」
「だよな………。城之内? ……………そういや城之内は?」
「そういえば…………まだ屋上に置きっぱなしだ!」
 みんなはすっかり、城之内の事を忘れてましたとさ☆
(この後、ちゃんと本田が医務室まで運びました)



EPISODE10・天駆ける馬の堕ちる日@

 4月6日
 日本時間:8時29分

「この髪型も…久しぶりだな〜〜」
 武藤遊戯は、自室の鏡の前で呟いた。
 今日は新入生へのサークル紹介の日。遊戯もめかし込む.
 めかし込むと言っても、それは高校時代によく着ていた学ランスタイルだが。
 このスタイルは角谷部長の指示だ。
 やはりこのスタイルの方が『デュエルキング武藤遊戯』としてシックリくるのだと言う。
 武藤遊戯=学ラン&ヒトデ頭というのが世間の認知なのだろうか?
「この髪型だと……やっぱり思い出すな……アテムのこと…」
 遊戯はチョットセンチメンタルな気分になった。
 アテムのいた時の癖のせいか、独り言の癖がなかなかぬけない。

 鏡の前でスタイルの確認をし終わった後、朝食をとるためダイニングルームに向かう。
「おお遊戯、おはよう」
「うん、おはようじいちゃん」
 遊戯より早く、祖父の双六は朝食を食べ終えていたようだった。
 今の時刻はちょうど8:30。
 サークルの紹介は11:00からなので、まだ余裕がある。
 ゆっくりと朝食が食べられるだろう。
「あれ、じいちゃん何やってんの?」
 双六はノートパソコンに、なにやらパチパチと入力していた。
 遊戯はイスに座りながら双六に質問した。
「ん? これか? これはのう。…実はワシ、童実野町のガイドブックを書こうと思っとるんじゃ」
「ええっ?」
 遊戯は口をあんぐりと空けて驚いた。
「童実野町にある数々のデュエルの名所たちを紹介する本でな、これを『デュエルキング武藤遊戯』の祖父であるワシが書けば、きっとバカ売れじゃぞぉ〜。その名も『童実野町DUELガイドブック−伝説決闘者(レジェンド オブ デュエリスト)の足跡−』じゃ!」
「そ、そうなんだ…すごいね…」
 まぁ確かに、童実野町はデュエリスト達にとっては魅力的な町かもしれない。
 デュエルディスクの販売元、海馬コーポレーションがあり。
 何より伝説を生んだバトルシティの開催された場所だ。
 双六の言うとおりバカ売れとはいかないまでも、よく売れるかもしれない。

「でもじいちゃん……まさかうち(亀のゲーム屋)まで、その本で紹介するんじゃないんだろうね?」
「何をいっとるんじゃ! 紹介するにきまっとるじゃろう。これでうちも大繁盛じゃ!」
「じょ、冗談じゃないよ! そんな事して、また誰かが『神のカードを賭けて勝負だ!』って沢山来たらどうすんのさ!?」
「大丈夫じゃ。ちゃんと神のカードは、今はエジプト考古局が保管しておると書いとくから」
「でも! それでも『デュエルキングの称号を賭けて勝負だ!』って人も沢山いるんだよ!」
「う〜ん……その時は遊戯、よろしく頼むぞ!」
 双六は朗らかにそう言った。
「ええ〜〜〜! ………ハァ、旅にでも出たくなってきたよ…………」
 遊戯は大きなため息をついた。
「まあそう言うな。ワシの印税生活に協力しとくれぇ……」
 双六は両手を合わせて、遊戯に哀願する。
「ハァ、学校でも大変になるかもしれないのに家でも忙しくなるのか……」
 遊戯は自分の肩に、ドッと重いものが圧し掛かった気がした。
「ん? そう言えば遊戯、お前いつものように髪型はセットせんのかい?」
「え? も〜、じいちゃん昨日言ったでしょう? 今日は学校で新入生へのサークル紹介があって、それをボクが代表してやるんだよ!」
「おお! そうじゃったそうじゃった! 今日は遊戯の晴れ舞台じゃったの〜!」
「…そんなカッコイイもんでもないと思うけどな。むしろ客寄せパンダ……」
「アハハハハ! まあそう言うな !今日はのう遊戯、お前さんの晴れ舞台のために用意した物があるんじゃ!」
「え? 何それ?」
 遊戯の質問にすぐには答えず双六は立ち上がり、ダイニングルームのタンスの上にある紙製の箱を取り、テーブルに置いた。
「それはのう………これじゃ!」
「こ、これは!?」

●     ●     ●     ●     ●     ●     ●

 某所某日
 時刻:16時48分

「ペガサス様…ワインでございます…」
 執事のクロケッツは、ワインを主のテーブルに置いた。
「センキュー」
 その主は長い長髪で左目を隠した男性。T2(インダストリアル・イリュージョン)社の会長、そしてデュエル・モンスターズの生みの親でもある、ペガサス・J・クロフォードだった。
 クロケッツがワインを置いたテーブルには、すでにチーズの盛られた皿が置かれていた。そしてペガサスの手には、何かのコミック本があった。
 最高のワインにゴルゴンゾーラ・チーズ…そして最高のコミック「ファニー・ラビット」。
 これが彼、ペガサスの至福のひと時である。
 時は夕暮れ、場所は地中海沿岸にあるペガサスの別荘。
 美しい夕暮れが海を染める。
 大自然という名の芸術を、食堂のテラスから楽しませてくれる。
 しかしペガサスはそれを楽しもうとは思わない。
 今の彼の片目は、「ファニー・ラビット」のコミックを読むためにある。
「ハハハハハーーーーッ。オーーー「ファニー・ラビット」……! いつ読んでも笑ってしまいマース!!」

 突然、ペガサスのいる部屋の扉が開かれる。
 扉を開けたのは二人の青年だった。
「ペガサス様……」
「ん? オーー、どうしたのデスか、マイブラザー月行&夜行?」
 月行と夜行と呼ばれたペガサスに似た髪形の青年二人は、顔と背格好までもが一緒だった。
 全くの瓜二つ。クローンではない。二人は双子という奴だった。
「あ!? 読書中でしたか、すみません!」
 月行と夜行は深々と頭を下げる。
「イエイエかまいまセンよ……。それで、私に何か用デスか?」
 ペガサスはコミックをテーブルに置き、月行達の方を向いた。
 月行は申し訳なさそうに頭を上げて話し始める。
「はい……ペガサス様…この別荘に私達のような者が……何故招かれたのですか?」
 ペガサスは今、休暇を過ごすためにこの別荘に来ている。
 そこに、月行と夜行が招かれたのだ。
 理由も知らされる事無く。
「オーーー、その事ですか……それは私の方から話そうと思っていたのデース」
「? ……と、仰いますと?」
「ユー達二人を……正式に私の養子に招きたいと思っていマース」
「「ええっ!!?」」
 二人の兄弟は、声をきれいにハモらせて驚く。
 彼らは『ペガサスミニオン(寵児)』と呼ばれる、ペガサスの元で教育を受けた孤児達だ。
 もちろん、月行と夜行以外にもいる。
 ペガサスの目的は、そこで自分の後継者を育てる事だった。
 ペガサスミニオン達もそれを知っている。
 そんな彼らにとって、主君であるペガサスの養子というポジションを与えられるのは、最高の名誉なのだろう。
「ペ、ペガサス様……私達で、よろしいのですか……!?」
「エエ……もちろんデース。私のミニオン達の中で…最も優秀なユー達を私の養子に、と、考えてマース。もしかして嫌デスか?」
 答えのわかりきっている質問を、あえてする。
「い、いえ。身に余る光栄です! なあ、夜行?」
「は、はい! 光栄です、ペガサス様!」
 二人はもう一度、深々と頭を下げる。
「オーー! そうですか、喜んでくれたようで何よりデース。今日はささやかではありまスが、そのお祝いのパーティーをここで開きたいと思いマース! そのために、ユー達を呼んだのデース!」
「そ…そうだったのですか………!」
「イエース! 今宵は存分に楽しんでくだサーイ!」
「は……はい! ………それでは……私達はこれで失礼します」
 これ以上ペガサスの読書の邪魔をしたくないのか、月行達はこれで退散する事をした。
「エエ…それではパーティーで…」
「はい、失礼します」
 二人は少し微笑みながら、食道を後にした。


「なあ、兄さん……ペガサス様が私達を正式に養子にするという事は……」
 廊下を歩きながら、夜行は兄に話しかけた。
「ああ………もうペガサス様は…御結婚なさらないという事だろう……な…」
 本来、自分の後継者を育てるのならば、血を分けた自分の子供が一番だ。
 それをしないと言う事は………。
「シンディア様………か………」
「だろう………な…。ペガサス様は……もうシンディア様以外の女性を愛する事はないのだろう……な…」
 シンディアとは…ペガサスの唯一愛した女性の名だ。
 二人が出会ったのは、二人がまだ幼かったころ、ペガサスの父のパーティで出会った。
 運命の出会いだったのかもしれない。
 それから二人は愛を育んでいった。
 共に夢を語り合い、将来を誓い合った。
 しかし、その語り合った未来は訪れなかった………。
 わずか十七歳という若さで、彼女は帰らぬ人になった。


「シンディア…………」
 部屋で1人ペガサスは愛する女性の名を囁いた。
(シンディア…………私は貴女との最後の楽しい思い出のつまった……この場所で…二人の若者を我が子として迎えようと思いマス………。シンディア…………)
 ペガサスは一枚のカードを胸の内ポケットから取り出した。
 ステータスも効果テキストも書かれていない、ドレスを着た美しい少女が描かれたカードを。
「シンディア…………」
 ペガサスの心は、追憶の中に流れる………。

●     ●     ●     ●     ●     ●     ●

「ねえペガサス、見て。綺麗な貝殻!」
 ワンピース水着姿のシンディアが、手に持っている貝殻を私に見せる。
 私とシンディアは、夏季休暇を利用して、私の家の別荘に遊びに来ていた。
「へえ〜確かに綺麗だね〜」
 でも君の方がもっと綺麗だよ。
 私はカッコつける訳でもなく本当にそう思った。
 でもこんな事いったって、彼女はからかってるだけだと思うだけだから口には出さない。
「何、ペガサス。ジィ〜っと私の方見て?」
「え!? なっなんでもないよ!」
「もう! せっかくがんばって綺麗なの見つけてきたのに!」
 シンディアはそう言って、頬っぺたを可愛らしく膨らました。
「あははは………ごめんごめん。あ〜それより、せっかく海に来たんだからさ、泳ごうよ!」
 私はこれ以上この話を避けるため、シンディアの手を強引にとって海に駆け出した。
「あっ! もう、ちょっとまって!」

 この後も私達は海で楽しく遊んだ……。
 泳ぐのは苦手な彼女に泳ぎ方を教えてあげた
 彼女も一生懸命に泳ぐのを練習した。

 ―――ああ…そうだ………。この時までは……楽しかった………いや……楽しいと思い込んでいたんだ…………。


「ねぇペガサス……どう出来た?」
「うん……ちょっと待って、もうすぐ出来そうなんだ………」
 海で思いっきり遊んだ後、私たちは別荘に戻り夕食をとった。
 その後、彼女は一番のお気に入りのドレスを着て、私の部屋へ来る。
 そして今私は……シンディアをモデルに絵を描いている。
 1ヶ月前に彼女が、自分をモデルに絵を描いて欲しいと言ってきた…。
 彼女の絵は、今までも何枚も描いてきている。
 今までは……私の方から描きたいと言ってきた。
 それが、彼女の方から描いて欲しいと言ってくるとは思わなかった…。
 何故かは……教えてくれなかった……。

 一番のお気に入りのドレスを着た彼女を、ただ黙々と描き続ける。
 ……もうすぐ完成だ……。

 ――――たしかこれは……何枚目の絵だろうか…………?
 ――――この最後のシンディアの絵を描くまで……何枚彼女を描いただろうか………?

「よしっ完成だ!」
 私は歓喜の声を上げた。今までで最高の絵だと自負できる絵だ!
「えっ本当! 見せて見せて!」
 シンディアは嬉しそうにイスから立ち上がり、私のいる方に駆け出そうとした。

「あっ!」
 だが彼女はフラッと体制を崩し転びかけたっ!
「シンディア!」
 私はすぐにシンディアに駆け寄り、転びそうになったシンディアを支えた。
「………っく! 大丈夫かい、シンディ―――!?」
 私は驚いた。
 支えた彼女の身体は………異常なまでに軽かった。
「シ、シンディア……!?」
 たまらず私は彼女の名を呼ぶ。
「ン……う…………。だ、大丈夫よペガサス、ちょっと座ってる時間が長くて…ちょっと貧血になっただけよ……」
「で………でも君…異常に体重が………」
「えっ!? 体重? ああ、最近私ね、ダイエットはじめたんだ!」
「え? だ………ダイエット……?」
「そうよ。だって貴方に嫌われたくないもん……。前に、スレンダーな娘が好きだって言ってたでしょ?」
「え? そんな事いってたかな…?」
「言ってた言ってた! もう! 私への当てつけだと思ったわよ!」
 彼女はそう言って、頬っぺたを膨らました。
「……ええっと。その、ごめん。シンディア……」
「まっ、もういいんだけどね。……でも、非力なペガサスに『軽い』なんて言ってもらえるなんて、ダイエット大成功! ………かな?」
 シンディアは笑いながらそう言った。
「あははは……そうだね。でも……無理しない方がいいよ? ……なんだか顔色まで悪いし……」
「……うん。そうする…。…よ〜〜し!今日からいっぱい食べるぞ〜〜〜」
 彼女は自分の足で立ち上がりながら、そう言って笑った。
「あははは…それじゃあダイエットの意味ないよ!」
「え…!? う、確かに」
 そうやって私たちは互いに笑った。

 ―――ああ………思えば…なんでこの時に気づかなかったのだろう……?
 ―――なんで……彼女のダイエットなんて嘘を……簡単に信じてしまったのだろう…?
 ―――本当は………気づいてたんじゃないか?
 ―――ただ今の幸せを満喫したくて……自分1人だけ事実から眼をそらしてたんじゃないか?
 ―――シンディアが本当は……とんでもない『何か』を抱えているっていう考えから眼を逸らして……自分だけ偽りの幸せを楽しんでいたかったんじゃないのか!?


「ねえペガサス…絵……」
「あっ、そうだったね………」
 すっかり忘れていた。
 私は絵をグルリと横に回して彼女に見せる。
「うわぁ…………スッゴク………綺麗……」
「自画自賛?」
「んっもう! 違うわよ。……貴方の描いた絵がすごく綺麗だって言ったの!」
「あははは…ごめんごめん!」
「もう。でも本当にペガサスの絵、どんどん上手になっていくね……」
「うん、ありがと……」
 シンディアの賞賛に、私は素直にうなずいた。
「ねえペガサス、覚えてる? 貴方の夢を、私におしえてくれた日のこと」
「え? 何さ、いきなり?」
「一緒にさ……見に行こうね……世界をさ……」
「…………うん。もちろんだよ」
 何を彼女は言っているのだろう?
 私が昔した、絵描きになって、世界中を旅をする夢の話。そして、彼女も一緒に行くという約束。
 私はこの約束を…絶対にやぶるつもりなんて無い。
 私の隣には……絶対に彼女が必要なんだ!
 それを彼女は何で今聞くのだろう?

 ―――気づいているのだろう?
 ―――本当は気づいているのだろう?
 ―――彼女がおかしいって。
 ―――シンディアに何かおこってるんじゃないかって。
 ―――それなのに……まだ眼を逸らすのか?
 ―――本当は気づいているのだろう?
 ―――最近自分を避けていたようだった彼女が、いきなり自分から「旅行に行こう」なんて事言い出した時点から、気づきだしていたんだろう?
 ―――それなのに……まだ眼を逸らすのか?

「うん。ありがとう……ペガサス……」
「当たり前だよ! 絶対…一緒に行こう…!」
「うん。絶対に…ね」
 シンディアは微笑んだ。
 私も笑った。とても幸せだと思った。
 『絵に描いたような幸せ』だ。


 ―――この後、私たちは眠った。
 ―――眼を覚まして、直視せざるをえない、残酷な現実があるとも知らずに……。
 ―――いや。予想はできたか………。しなかっただけで………。

 次の日の朝…………彼女は私の胸の中で死んでいた。
 私の幸せは、『絵に描いたような幸せ』ではなくて、『絵に描いただけの幸せ』だったんだ……………。

●     ●     ●     ●     ●     ●     ●

「そうだね。でも兄さん、だったらせめて私達が……ペガサス様の寂しさを拭える手助けをしないとね…」
 夜行は静かに…だか強い意志をこめて言った。
「―――! そうだな。私達ごときが、ペガサス様の悲しみを全て拭い去れるわけも無いが、せめて少しだけでも手助けをしないとな。………それが、ペガサス様に拾っていただいた私たちに出来るせめてもの事だ……」
 兄弟は意思を固めた。
「ペガサス様は、ああやって明るく振る舞ってはいるが、本当はまだシンディア様の事を忘れられずにいる。私達が新しい家族として……ペガサス様を支えるんだ。本当に、おこがましい事だと思うがな…」
「うん。兄さん!」
 ペガサス・ミニオン……彼らにとってペガサスは父……いや、ある種神にも等しい存在だった。
 そんな人物を…『家族』だと、そして『支える』だのだと考えるのは…本当に彼らにとって『おこがましい』事だった。
 …それでも…。それでも彼らは支えたかった、孤児だった自分達を拾って、今まで大切に育ててくれた人を支えたかった。
「ペガサス様が私達に与えてくださった姓……『天馬』に恥じる事がないように……」
「わかってるよ、兄さん」

 彼らは知らない。
 今日、自分たちから大切な人が去っていく事を。
 かつてペガサスが味わった悲しみを、今日彼らは味わう。


 同日
 時刻:18時43分

「暇だな……」
「そうだな…」
 ここはペガサスの別荘の大きな門の前。
 門の奥にはただ広い庭と、バカでっかい別荘がある。
 暇な時をいたずらに過ごす彼らの名は黒服。
 本名は別にあるが、今は知らないので黒服と呼んでおく。
 彼らの今の仕事はペガサスの別荘の警備だ。
 しかし警備とは名ばかりの暇な仕事だ。ただボーっと怪しい人物がこないか見張っているだけである。
 しかし今まで、この別荘にそんな人物は来たためしがない。
 こんなことならドモホル○リンクル造ってる会社にでもいけばよかったって思ってる奴も多い。
 もう日が落ちてきた。
 一応、夜は警戒をふかめなければいけない。だがら黒服たちは、一応気を引き締めた。

「なあ、やっぱ今晩も、なにもなく過ぎてくれるかね〜〜」
「そうだな。今日も何もなく過ぎてくれると、イイなぁ……」
 門の前の二人の黒服は、特に何も生み出さない会話をしていた。
 二人はこの仕事で長い付き合いだが、特に友達と言うわけでもない。
 趣味も合わないし、女性の好みのタイプも違う。
 こんなだから、会話の話題も数年前に尽きた。
 だから、今はもうこんな当たり障りのない世間話でもするしかない。そうでなければ、この暇な時間に耐えられない。
「今日はさ、ペガサス様と天馬様での、ささやかなパーティーがあるらしいぜ……」
「へ〜〜いいな〜〜うまい料理とか出んのかな〜〜」
「出るんだろ〜な〜〜〜。いいな〜〜俺も食いたいよ〜〜」「あの〜」
「まったくだな〜〜。黒服やっていてもろくなことないよ…。せいぜい、そこいらのシークレットサービスと同じだけの給料もらえることぐらいだよな〜〜」「もしも〜〜し」
「いやぁ給料いいのはかなり良いことだろう?」「すみませ〜ん」
「ん? ああ、それもそうだな……」「……………」
「ところでさ…」
「ん?」
「さっきから声がしないか?俺たち以外の」「―――!」
「ああそういや後ろから………うわっ! 誰だおめーーーー!?」
 黒服は振り向いた。
 そこには一人の人物がいた。
「やっと気づいていただけましたか………」
 黒服の後ろにいた身形の良い、黒い長髪の『男』がふざけた様に笑っていた。
 身長175cm前後。
 右手には…なぜか花束を持っている。かなり地味な花だ。
 男の服装は…正直とてもいい。高価そうな白のスーツと、黒の革の靴。シルクハットと右目のモノクルが、少々時代錯誤だ。
 身形の良い紳士といった感じか?
 紳士といっても、年齢は見たところ20代前半ほどだが……。
 顔は………かなり美形と言っても差し支えないだろう。それが黒服2人には面白くないが………。
「いやぁ〜このままほっとかれたらどうしようかと思ってましたよ〜〜」
「そんな事はどうでもいい! 貴様は何者だぁ!?」
 黒服2人は男から距離をとる。
「そんな〜あやしい者ではありませんよ……」
 男はピエロのようなふざけたポーズをする。
「自分から『あやしい者です』なんて言う奴がいるか!」
「ふぅむ………………もっともです」
 男はわざとらしく顎に手をあててそう言った。
「「…………………………」」
「いやぁ、実は今日はペガサス君に招待されてきた客なんですよ、私は」
「そんな話は聞いていないぞ!」
「おかしいですね〜〜。下っ端の方は聞いていないだけではないのではありませんか?」
「そんな訳ないだろうが!」
「…………そうですね。もったくもってその通りです、フフフフフフ。あなた方の言うとおり……私は『あやしい者です』」
「「――――!?」」
 黒服はすぐさま懐に手を入れ、黒い鉄の塊を取り出し、男に向けた。
「っく。貴様! すぐにここを立ち去れ。あやしい奴め!」
 なんだか分からないが、こいつはやばい。
 立ち振る舞いもそうだが、こいつには『それ以上のもの』を感じる。
 こいつは自分たちの『何事もない勤務時間』を妨げるものだと、黒服2人は感じた。
「おやおやお〜〜〜やぁ〜〜〜〜これはこれは……鉄砲じゃないですかぁ〜〜〜」
 男はふざけた動きを止めない。
「動くな!」
「おっとぉ…怖いですね〜〜〜〜。そんなの向けられて、引き金を向けられたら私の体に穴が開いて、穴から赤い液体がドピュドピュ出ちゃうじゃないですかぁ〜〜〜。私、体から出す液体は白いのだけって決めてるんですよぉ〜〜〜〜」
「「……………」」
 黒服2人はちょっときまずい雰囲気になった。
「おやおやおや〜〜〜なに想像しるんです〜〜〜? 私の言ってるのは、『膿』ですよ、ウ〜〜ミ〜〜……ククッ」
「っ。ふざけた奴めぇーー!」
「(なんだこいつは!? 拳銃を向けられているのに、何故こんなに余裕でいられる!?)」
「すみませんね〜〜〜私、ふざけるの大好きなんですよ………」
 男は気取って頭をさげた。
「…………そこを、通していただけません?」
「当たり前だ!」
「そうですか………残念です……」
 男はそう言って、懐に手を入れた。
「貴様! 動くなと言っただろう!」
 拳銃を取り出すと思ったのか、黒服は男に向けた銃のセーフティーを外す!
「残念でした。私が懐に手を入れた時点で…勝負は決まったのですよ」
 男の懐が強く輝く。
「「―――!?」」
 黒服が気づいた時には、もう…遅かった。


 同日
 時刻:19時05分

「オー……マイブラザー達は遅いですね〜〜」
 パーティーの時間、夜7時は過ぎても天馬たちは来なかった。
 まあパーティーといっても、ペガサスと天馬たちだけのささやかなものだが。
 ペガサスは1人、広いテーブルの椅子に座っていた。
「確かに天馬様が遅いですね………私、ちょっと御二人を見てまいります」
「ええ、お願いしマース、クロケッツ」
 クロケッツと呼ばれた黒服が、部屋を出ようと扉を開けた。

「―――! なんだ貴様は!?」
 扉の外には、別荘の前で黒服達と話していた男がいた。
「ふぅ〜〜〜ここの方たちは挨拶が1パターンですね……私を見るなり『なんだ貴様は!?』ばっかりですよ………。もっと気をきかせて『ワインとキャビアはいかがです?』なんて…言っていただけませんかね…?」
「貴様ふざ―――!?」
 クロケッツは銃を取ろうと、懐に手を入れたが……途中でその手は止まった……。
「そして二言目には…『貴様ふざけるな!』ですよ………」

 ペガサスには光が見えた。
 一瞬だか確かに見えた。
 その光をあびたとたん、クロケッツは糸の切れた人形のように崩れた。
「―――!?」
 ペガサスは椅子から立ち上がる。
 男は扉から部屋に入る。
 しかも後ろには大量の黒服たちがいた。多分……この別荘にいる全部の黒服たちだろう。
 全員、まるで正気ではない。
 理屈ではなく、ペガサスはそう感じた。
「ユーは………い、いったい何者デース!?」
「フフフフ………」
 男は笑った。
「答えなサーイ!」
 男は花束を取り出して。
「ククククク…………」
 もう一度笑った。
「な、何なのデース。その花束は…!?」

 男は花束をペガサスに投げつけた。
「―――!?」
 キャッチされる事の無かった花束は、ペガサスの体に当たりそのまま床に落ちる。
「フフフ………………おめでとう、ペガサス・J・クロフォード君! この度貴方は…神聖なる我々『DEADLLY・SINS(大罪)』のメンバーに選ばれました! さあ皆さん、彼に盛大な…拍手!」
 男の言葉とともに、後ろの黒服たちは拍手をはじめた!

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 部屋中に、黒服たちの拍手が鳴り響く。
「なんなのデース………!?」
「フフフ………」
 ペガサスの疑問に対し、男はただ笑っているばかりだった。



EPISODE11・天駆ける馬の堕ちる日A

 4月6日
 日本時間:9時35分
 童実野大学:体育館前

「ふんふんふんふんふ〜〜〜ん♪」
 遊戯はとてもイイ気分だった。鼻歌の1つも歌いたくなる位イイ気分だった。
「う〜ん♪ 最初はこんなのって思ったけど、じいちゃんの言うとおりすごくいいな〜〜『これ』」
 遊戯は双六からの贈り物が気に入ったようだった。

 そのイイ気分のまま体育館に入り、たくさんの生徒達をかき分け自分のサークルの場所まで行った。
「おはよう御座います!」
「あっ武藤くん、おはよう。あっ、ちゃんと学ランスタイルだね」
 場所にはすでに角谷菊子部長が準備をしていた。
「あれ、武藤くん。背伸びた!?」
 菊子が見た遊戯は、なんだかいつもより大きかった。
「あっ、気づきました? 実はうちのじいちゃんから貰ったんですよ、この……」
 遊戯は少しかがんで足元を指差した。
「シークレットブーツを!」
 そう、遊戯の履いていたのはシークレットブーツだった。
 武藤双六の若き日からの愛用の逸品である。
 これを装備する事で、なんと身長が7cmアップ!
 今遊戯は、身長160cm台の世界にいる!
 そこは、今までとは全く違った世界だった………。

「へ、へぇ〜〜〜。(でもそんなわざわざシークレットブーツだ、なんて自分から言ったら全然『シークレット』にならない気がするけど)」
「いやぁ〜もう全然違う世界ですよぉ〜〜♪」
「そ、そう。それより武藤くん、紹介の準備手伝ってくれない?」
 菊子はこの話を流す事にした。
「はい、部長」
「うん。じゃあこの机をこっちに運んで」
「はい」
 遊戯は菊子の指示どおり準備の手伝いをする。
 我がサークルの紹介は、中々盛大なようだ。
 上にある旗には『決闘王(デュエルキング)武藤遊戯のいるサークル!!』『オレに勝てる自信のある奴は入部してきな!』などなど……ずいぶん御大層なことが書かれている。
 と言っても、他にあるのはパイプのイスと机くらいのものだが……。


 その後、集まるサークルメンバー。
 遊戯はその度に遊戯はシークレットブーツの説明。
 ただし、最後に来た城之内だけは気づくのにちょっと時間がかかった。

「おお! そういや遊戯、背が高く見えんな〜〜!」
「普通すぐ気づくだろう……」
 そして毎度おなじみの本田のツッコミ。
「うぐっ……!」
「あっと……もうそろそろ新入生たちがくるよ?」
 獏良は腕時計の時間を見る。
 現在時刻10:26
 11:00からサークル紹介開始である。
 校長の演説にアドリブでもなければ、もうそろそろ来る頃だ。
「おお〜〜何か緊張すんな〜〜……」
「ああ。でも一番大変なのは遊戯だろうな…。きっとぞくぞくくるんだろうぜ、新入生デュエリストが……」
「え!? いや、そんなには来ない……よね?」
「フフフ……どうかな〜〜〜♪ 中には新入生以外のデュエリストがくるかもよ〜〜〜♪」
「うわぁ……もしかして部長、何かしました?」
「ん? まあちょっとネットのデュエル・モンスターズのサイトにいくつかね〜〜☆」
 菊子はいたずらっぽくニヤニヤ笑う。
「ええっ!? ちょっとまってくださいよぉ〜〜。ボクがあがり症なの部長も知ってるでしょう!」
「はいはい。もうおこっちゃう事にグダグダ言わない」
「はぁ〜〜〜やっぱり気が重いなぁ〜〜……」

 突然、ドドドッという振動が床から伝わる。
「「「「「「―――!?」」」」」」
 嵐の前の時間は去った。
 新入生達が体育館の扉を開け、ドッと押し寄せる。
 そしてその集団の小グループには、ある種の殺気が感じられた。
「おい! 武藤遊戯のいるサークルってのどこだぁ!!?」
「見ろ! あそこに旗があるぞ!!」
「何ぃ! どこだどこだ!?」
「あそこだよ、あそこ!」
「どこだよ!? 嘘つくんじゃねぇーぞぉ!!」

 ものすごく殺気だっていた。
「………なぁ遊戯……やっぱ神のカードはもう持ってないって、ちゃんと公表した方がいいんじゃねぇか…?」
「うん。そうだね城之内くん……」
「うわ〜〜軽く100人はいるぅ〜〜。私の宣伝、効果覿面ね……」
「ぶ、部長……」
 他のメンバーが思いっきり引いているのに対して、菊子だけは何か余裕……
(うわ〜〜ホントに来ちゃったよぉ……。ちょっと宣伝しすぎちゃった……)
 ではなく。
 思いっきり動揺を隠す事に必死だった。

●     ●     ●     ●     ●     ●     ●

 ペガサス別荘邸
 時刻:19時06分

 ―――パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!!!!

「ストップ!この拍手をやめなサーイ!!」
「うん…?ああ、皆さん。もうやめて結構ですよ……」
 男がそう言うと、黒服たちはすぐにピタリと拍手を止めた。

 尋常ではないこの事態にペガサスは少なからず焦った。
 なぜこの別荘にこの男は来た!? そして黒服たちはなぜこいつの命令を聞いている!?
「……………これはいったい…何のまねデスか!?」
 男はおどけたポーズで返答する。
「フフフ……『何のまねだ?』と聞かれましても………。これは『お祝い』……ですよ…ククク…」
「What!?」
「言ったでしょう? 物忘れの激しい方ですねぇ〜〜。我々『DEADLLY・SINS』の新しいメンバーである貴方のお祝いに決まってるじゃないですかぁ! もうやだな〜〜〜はははは」
「シャラップッ! 黙りなサーイ! 私はそんな怪しい集団に属した覚えなどおりまセーン!」
「…………フフフ……。これからですよ………」
「What!?」
「これから貴方は『自分の意思で我々の仲間になる事を選ぶ』のですよ………」
「そんな馬鹿なことが………起る訳ありまセーン!」
「いえ。貴方は選びます、必ずね」
 男のおどけた動きはやまない。
 こんなふざけた奴なのに、ペガサスはこの男に恐怖を感じはじめている。
 言葉では言い表せない『何か』が、この男にはあった。
「(何デスか? この男の『自信』は!?)」

「フフフ。さて、ここで貴方を力ずくで連れていくのは簡単ですが………」
 力ずくでつれていくのは確かに簡単だ。
 理由はわからないが、黒服たちは正気を失い男の命令のままに動いている。
 ペガサスにこの数の黒服たちに抗う術は無い。
 出来る事といえば、後ろの窓から逃げる事ぐらいだ。
「ですが、それでは意味がありません。あくまで、貴方がご自身の意思で選んでいただくのが重要ですので……」
「(いったい何故、黒服たちはこの男の命令を聞いているのデース!?)」
「そこで、私と決闘(デュエル)をしていただきます」
「―――!?」
 決闘!? なぜここでゲームを!?
 最悪の考えがペガサスの頭を過ぎる。
「おっと、断る事はできませんよぉ〜〜? なぜなら………」
 男の後ろの黒服が、縄で縛られた二人の青年を連れてうる。
「月行!? 夜行!?」
 二人の青年は天馬だった。
 二人の口からは、血と思われるモノがたれていた。
 随分と抵抗したのだろう。
「ふぅ……まったく、ずいぶんと抵抗されましたよ。この御2人。ふぅ、私は暴力は大嫌いですのに。……さて、もうお分かりですね? もしお断りするのでしたら、このお二人の安全は保障しかねます……」
「っ」
「ペ……ペガサス様………お逃げください………私たちの事は、構わないでください!

「そうです! お逃げください、ペガサス様!」
「月行!? 夜行!?」
「フフフ……だ、そうですよ?」
「っく……」
 この男、天馬達がこう言うと分かってやっている。
 ただ人質にとるだけなら、黒服たちのようにすればいい。
 それを分かっていてやっている。
『もう助けられない』と絶望させず、『もしかしたらまだ助けられるかもしれない』という希望をちらつかせて。
 天馬達がこんなことを言えば、ペガサスとしてはなおさら逃げる訳にはいかなくなる。

「……………イエース、分かりました。決闘を受けマース……」
 ペガサスはシブシブ受けるしかない。
「「ペガサス様!?」」
「フフフ……いやぁ〜〜そう言っていいただけると大変助かりますぅ〜〜」
 男は分かりきっている答えに、満足そうな演技をした。
「駄目です、ペガサス様! お逃げください!」
「おっと、クロフォード君が決闘を受けていただければ、『今のところは』貴方たちには用は御座いません。眠っていてください」
 男は天馬達の方向に振り返る。

「また光った!?」
 男が影になり何が輝いたのかは確認できないが、確かにさっきの光が光った。
「―――あっ!」
 天馬達は意識を失い、床に倒れこんだ。
「っ……」
「フフッ。さて、ここは決闘をするには少々狭い。ここ(別荘)にもデュエルリングがあるでしょう? そこでやりましょう………」
「イ、イエース。案内しマース………」
「ええ。お願いします」


 ペガサスは男と黒服たちを引き連れて、別荘の地下に進む。
 石の壁と天井が、中世の時代を思わせる場所。
 そこにあるのは、デュエルディスクが普及してからめっきり影を潜めたデュエルリングだった。
 ソリッド・ヴィジョン・システムの初期の段階で開発された物だったが、リングの名の通り場所をあまりにとり過ぎるため、当時デュエリスト達がソリッドヴィジョンを楽しむには、特殊な施設に足を運ばねばならなかった。
「デュエルリング……随分とアンティーク(骨董品)な代物ですが、私もこの方が好きですよ。まぁ、前置きはこのへんで。早速はじめましょうか?」
「いったいこんな事をして、何の意味があると言うとデスか!」
「ふぅ。意味はありますよ。まぁ、やってみれば分かります…。さあさあ! 早く始めましょう!」
「…………」
 ペガサスと男はデュエルリングの両端につく。

 互いにデッキをカット&シャッフル!
 シャッフルしたデッキをデュエルリングにセット!
「それでは始めましょうか…………」

「「決闘!!(デュエル)」」
 互いに5枚の初期手札を引く。

「私の先攻、ドローデース!」

 ドローカード:トゥーンのもくじ

「まず私は手札から魔法(マジック)カード『トゥーンのもくじ』を発動しマース!」


『トゥーンのもくじ』・魔
【通常魔法】
「トゥーン」と名のついたカードをデッキから1枚手札に加える。


「私はこの効果で、デッキから『トゥーン・ワールド』を手札に加えマース。さらに手札に加えた『トゥーン・ワールド』をそのまま発動!」


『トゥーン・ワールド』・魔
【永続魔法】
このカードは1000ライフポイントを払う事で発動する。


 ―――ボヨヨォォォォン!

 ペガサスのフィールドに、飛び出し絵本のような本が出現する。
「私はこの発動コストとして1000のライフを払いマース…」

 ペガサスLP:4000→3000

「そして私は手札から『トゥーン・ヂェミナイ・エルフ』を攻撃表示で召喚!」


『トゥーン・ヂェミナイ・エルフ』・地属性
★★★★
【魔法使い族・トゥーン】
召喚・反転召喚・特殊召喚したターンには攻撃できない。フィールド上の「トゥー
ン・ワールド」が破壊された時このカードも破壊する。自分のフィールド上に「ト
ゥーン・ワールド」があり相手がトゥーンをコントロールしていない場合、このカ
ードは相手プレイヤーを直接攻撃できる。このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメ
ージを与えた時、相手はランダムに手札を1枚捨てる。


 ペガサスの場に、マンガのキャラのような双子の魔女が召喚され、トゥーン・ワールドの絵本の中に潜り込む。
「さらに私は1枚カードを伏せて……ターンエンド、デース…」


「私のターン、ドロー!フフフ……」
 男は笑った。まるでコ馬鹿にしたような笑いだった。
「!?な……何がおかしいのデース!?」
「いえいえ、この古いデュエルリング同様、古い戦術を使われるのだなぁ〜〜と思いまして……」
「―――!?」

―――「ふん! 古びたデュエルリング同様過去にしがみ付き進歩の無い……」

「―――っく…!(これは……以前海馬ボーイが私に言った言葉に……!?)」
 ペガサスの頭に、かつて同じ場所で海馬に言われた言葉が甦った。
「フフフ………おやおや……もしかして以前同じ事でも言われた覚えがあるのですかぁ〜〜?」
「………答える必要はありまセーン!」
「そうですか……。まぁいいでしょう……。(……フフフ……私の手札には、すでに『サイクロン』が存在する………。しかし、これはまだ使いませんよ。ここで貴方の『トゥーン・ワールド』を破壊し、ダイレクト・アタックをするのは簡単ですが……それでは『意味がない』んですよ…………フフフ……)私は1000ライフを支払い、手札から魔法(マジック)カード『押収』を発動」


『押収』・魔
【通常魔法】
1000ライフポイントを払う。相手の手札を確認し、そ
の中からカードを1枚選択して墓地に捨てる。


「私はこのカードの効果で、貴方の手札を1枚捨てさせていただきます……」

 謎の男LP:4000→3000

「うく……っ!」
『押収』。そのカードの強さは相手の手札を捨てさせるだけじゃあない。
 手札を確認し、さらにそこから選んで捨てさせる事にある。
 序盤からこんなカードを使われるのは、いくらペガサスでも苦虫を噛む。
「分かりました………。私の手札は――――」
 ペガサスは手札を男に公開しようと、手に持つカードを回転させ見せようとした―――が。
「では、『コピーキャット』を捨ててください…」
「―――!?」
 男に見せようとした手が止まる。
 まるで時が止まったかのように、ペガサスは動かない。
「(な………ぜ……!? ……なぜ分かった!? 手札を見せてもいないのに!?)」
 ペガサスの瞳孔が縮む。
「おや……どうなさいました? あるでしょ『コピーキャット』……? 早く墓地に捨ててください」
 男は、してやったりといった感じにそう言った。
「な…ぜ…………」
 確かに、ペガサスの手札には『コピーキャット』のカードが存在していた。
 ペガサスは恐怖を押し殺し、必死に言葉をひり出す。
「ん?」
「なぜ分かったデーーーーーーーーーース!!?」
 ペガサスは恥も掻き捨てて叫んだ。
 最悪の予想を、ペガサスはしていた。
「(バカな! そんなハズがありまセーン! NO! ありえまセーン!!!)」
 ペガサスの顔は、みるみる青ざめていく……。
「フフフ……………そうですね………まぁ、隠しても仕方ありませんよね………」
 男は右目にかけているモノクルに手をかけ。
「(Trick!!そう!トリックデース!!それ以外あるはずがありまセーン!!!『あれ』が今ここにあるなど…………あるわけがありまセーーーーーーーーーーーーンッ!!!)」
 そしてゆっくりと外した……………。
「OH………!? N…………………NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」
 ペガサスは絶叫した。
 普通の人間なら『肉眼』の存在する『そこ』には、あるはずの無い物があったからだ。
「おやぁ………これがそんなに珍しいですかぁ? クックックッ………そんな訳ないですよね〜〜〜? だって………貴方が以前いつも身に着けていた物なんですからぁ……………」
 男の右目に有った物………それはペガサスがかつて所有していた、千年アイテムの1つ、千年眼(ミレニアム・アイ)であった。



ペガサス
LP:3000
手札:3枚
モンスターゾーン:トゥーン・ヂェミナイ・エルフ
魔法&罠カードゾーン:トゥーン・ワールド、伏せカード1枚

謎の男
LP:3000
手札:5枚
モンスターゾーン:なし
魔法&罠カードゾーン:押収



EPISODE12・天駆ける馬の堕ちる日B

「ば………馬鹿な……そんなハズはありまセーン………」
 ペガサスは冷や汗を流し恐怖している。
「フフフフ……そんなに怯えなくてもよろしいじゃないですか…」
 男はアクドイ笑みをうかべると、外したモノクルを付け直した。
(あ………あれは本当に…以前私が所有していた……ミレニアム・アイ…なのですか!?)

「くくく……分かりますよ……貴方は今、恐れていますね……見えますよ……貴方の恐怖心がぁ……」
(―――!? ………………落ち着くのデース! 今の私の表情を見れば、誰が見ても恐怖しているのは分かりマース!)
 ペガサスは落ち着くため、呼吸を整える。
「……フッ、まだ信じていただけてないようですね………では、これはどうです?…貴方の手札は、『コピーキャット』以外は、右から魔法(マジック)カード『トゥーンの宝物庫』、そしてモンスターカード『トゥーン・キャノン・ソルジャー』……………ですね?」
(―――!?)
 当たっていた。
 確かにペガサスの手札は、男の言い当てた通り、魔法カード1枚、モンスターカード1枚、いずれも指定した通りの名のカードだった。
「あ…………あ、ぁぁぁ……………」
 整えたばかりのペガサスの呼吸は再び乱れる。

「………ま……」
「ん?」
「まだ……信じられまセーーン。隠しカメラを仕込んでおけば………この位は…ッ!」
 よほど信じたく無いのだろうか?
「………ふぅ……貴方も疑り深い人だ…………。しかたない……こんなに早くやるとは思っていなかったのですが………」
 男は再び、モノクルを外した。
「―――!?」

 男の体が輝いた。
 ペガサスは突然の眩しさに目をつむる。

 そして目を開けると………
「――――こッ……これはッ!?」
 周りには無数の『闇』が広がっていた。
 闇が『見える』とは不思議な事だが、確かにペガサスには見えていた、息苦しく、胸が押さえつけられる程の苦しさを感じる『闇』が……自分の…デュエル・リングの周りを覆っているのが。
「こッ……この闇は……(知っている!私はこの闇を……知っている……)」
「……これで……もう説明はいりませんよねぇ?」
 再びモノクルを付けた男は、その高い声でペガサスに、意地の悪い教師が出来の悪い生徒に話すように話しかけた。
「……………」
 無言で、ペガサスは認めるしかなかった。
 この闇が、催眠術や手品なんかのちゃちなものではないのは明白だった。
 この闇は、千年アイテムで行われる『闇のゲーム』のものだ。それはペガサスが一番よく知っている。
「さて。他に質問はございませんか?」
「……………な、なぜ…ユーが千年(ミレニアム)アイテムを…!?」
「う〜〜〜ん………そのご質問はお答えかねます………上がうるさいものでして……」
 男はわざとらしく腕を組んで考えたようなポーズをとりながら答えた。
「………………(一人じゃない…!?)」

「………もうご質問はないようですね………。では、これから、闇のゲームの始まり始まり〜〜」
 男は高らかに宣言した。
(闇のゲーム…!まさか……再びこのゲームをする事になるとは……)
 ペガサスは、納得できないまま腹をくくる事を余儀なくされた。
 ペガサスは『コピーキャットのカードを捨てた』
「さあ、私のターンはまだ終わっていませんよ?私は手札からモンスターカード『ワイト』を攻撃表示で召喚します」


『ワイト』・闇属性

【アンデット族】
どこにでも出てくるガイコツのおばけ。攻撃は弱いが集まると大変。
ATK/300 DEF/200


 貧弱なガイコツのモンスターが現れた。
「(ワッツ!? 『ワイト』!? そんなカードをデッキに入れているとはアンビリーボー!!?)………ユーは…」
「はい?」
「ユーは本気で闘う気があるのですか!?」
 ペガサスの憤りももっともだ。
 今までの言動もさることながら、『ワイト』は単体ではデュエル・モンスターズにおいて1,2を争うほどの貧弱カードだ。
 しかもそれを攻撃表示……。
 なめているのか!? な話だ。
「もちろんですとも!『ワイト』は私のデッキのエースカードですから」
「―――!?」
「そんな『意外だ』なんて顔しないでくださいよ………。私のデッキにとって、『ワイト』はとても重要なカードなのですから……ふふふ…。それにごらんください! この美しいモンスターを!」
「…美しい!?」
 ペガサスはソリッド・ビジョンの『ワイト』を見た。
 ………美しいとは思えない、ただの貧相なガイコツのオバケだ。
「おやおや………デュエル・モンスターズの生みの親たる貴方が…この美しさを理解できませんとは……嘆かわしい。よくごらんなさい。この大きな目……小さな鼻……キュートなあご骨………きっと生前から……それはそれは美しく、愛らしい方だったのでしょう……何故なら、人間の美しさを決めるのは、『骨』だからです。『骨』が美しさを決めるのです。『骨格』が、人間の顔の、体格の、美しさを決定づける。つまり、骨が一番、人間の部分で美しいのです! ふふふふふうふうふふううふふ……さあ! もっとよくごらんなさい! 余計な肉のない真に美しい者の姿を、くッ……くくっく…!」
 男は狂ったように笑い出した。
 うれしくてしかたがない、楽しくてしかたがない………そんな笑いだった。

 ………異常だ…。
 それがペガサスの正直な感想だった。
「…………さて、私はもう1枚カードを伏せて……ターンエンドです……」

「…私のターン、ドローデース」

ドローカード:トゥーン・ブラック・マジシャン・ガール

「(Yes!)」
 ペガサスの場には『トゥーン・ヂェミナイ・エルフ』が1体。
 相手フィールドには弱小の『ワイト』。
 そして相手ライフは3000。
 このターンでペガサスの手札にあるモンスターカード『トゥーン・キャノン・ソルジャー』を使い『トゥーン・ブラック・マジシャン・ガール』を特殊召喚し、2体のトゥーンモンスターでダイレクトアタックを決めれば、ペガサスの勝ちだ。
「私は手札から、モンスターカード『トゥーン・キャノン・ソルジャー』を召喚」
 キャノンを背にのせた機械の兵が、ペガサスの場にあらわれた。


『トゥーン・キャノン・ソルジャー』・闇属性
★★★★
【機械族・トゥーン】
召喚・反転召喚・特殊召喚したターンには攻撃できない。フ
ィールド上の「トゥーン・ワールド」が破壊された時このカ
ードを破壊する。自分フィールド上に「トゥーン・ワールド」
があり相手がトゥーンをコントロールしていない場合、この
カードは相手プレイヤーを直接攻撃できる。自分フィールド
上のモンスター1体を生け贄に捧げる度に、相手ライフに5
00ポイントダメージを与える。
ATK/1400 DEF/1300


「そして私は、このモンスターを生贄に手札の『トゥーン・ブラック・マジシャン・ガール』を特殊召喚しマース!」
機械の兵が消え、ペガサスのフィールドにコミックタッチなフォルメをされた可愛らしい魔女が召喚された。


『トゥーン・ブラック・マジシャン・ガール』・闇属性
★★★★★★
【魔法使い族・トゥーン】
場に自分の「トゥーン・ワールド」が無いと特殊召喚不可。
「トゥーン・ワールド」が破壊された時このカードも破壊。
相手がトゥーンをコントロールしていない場合このカードは
相手を直接攻撃できるが、コントロールしている場合は相手
のトゥーンを攻撃対象に選ぶ。また、自分と相手の墓地にあ
る「ブラック・マジシャン」「マジシャン・オブ・ブラック
カオス」の数だけ、攻撃力が300ポイントアップ。
攻/2000 防/1700


「ほぉ………」
 なぞの男は関心したように腕を組んだ。
「このターンで終わりデース! 『トゥーン・ヂェミナイ・エルフ』! そして『トゥーン・ブラック・マジシャン・ガール』で、ユーにダイレクトアタックデース!」
 2体のトゥーンがなぞの男に襲い掛かる。

―――グニャァァァン!

『トゥーン・ヂェミナイ・エルフ』の伸びた腕が男にぶち当たろうとしたその時、ヂェミナイ・エルフの腕は危機を感じたかの用にピタリと止まった。
「!? どうしたのデース!?」
 ペガサスの言葉に、やはり男はニヤリと笑って答えた。
「罠(トラップ)カード発動……『死の』……」
「!」
「『デッキ破壊ウィルス』!」


『死のデッキ破壊ウィルス』・罠
【通常罠】
自分フィールド上の攻撃力1000以下の闇属性モンスター
1体を生け贄に捧げる。相手のフィールド上モンスターと
手札、発動後(相手ターンで数えて)3ターンの間に相手が
ドローしたカードを全て確認し、攻撃力1500以上のモン
スターを破壊する。


 男は『ワイト』を生贄に『死のデッキ破壊ウィルス』を発動していた。
 その効果は強力無比。手札と場の攻撃力1500以上のモンスターは問答無用で破壊される。

 ―――ウギャャャャ!

 トゥーンモンスター達は凶悪なウィルスに感染し、苦しみ、もがき、消え去っていった。
「N………NOOOOOOOOォォ! わ………私のトゥーン達が!!!」
 ペガサスの顔面は蒼白だ。
「ふふふ……エースカードと言っておきながら…、いきなり罠カードのコストにしてしまってはしまりませんでしたかねぇ……?」
 トゥーンモンスター達の苦しむ様を、男は楽しそうに見ていた。
「っく………く、く、く……。よくも…私のトゥーン達を……!」
 ペガサスは拳を握り締め、怒りをあらわにした。
 それと同時に、深い悲しみにとらわれた。
 頼むから、ウィルスなどで……病などで死なないでくれ、と。
「ほぉ! ……やはり怒りましたか……」
「あたりまえデース! 私の愛するトゥーンを!」
 男は一呼吸置いて、ペガサスに答える。
「まっ、当然ですよね。そのトゥーンは貴方の大事なお友達………いえ…貴方の心の一部………そう…理想という名の一部なのですから…」

「――――! ………っ…ユーに………ユーに私の何が分かるとゆうのですか!?」
 ペガサスは内心ドキリとした。
「ふっ……そりゃあ分かりますよ……なんのためにこんなの付けてると思ってるんです?」
 男は自分の右目を指差した。
「っ………(そうでしたネ………ミレニアム・アイがあれば………簡単に…。私のこのカードたちに対する思いなど…簡単に………)」
 ペガサスは自嘲気味にふっと笑った。

「………さて……どうなさいます? このままエンド宣言ですか?」
 そんな訳ないだろう? というニュアンスを含んだ質問を男はした。
「………愚問です、ネ………。私は手札からトゥーンワールドの新たなページ、永続魔法『トゥーンの宝物庫』を発動しマース」


『トゥーンの宝物庫』・魔
【永続魔法】
フィールド上に「トゥーン・ワールド」が存在しない場合
このカードを破壊する。「トゥーン・ワールド」をコント
ロールするプレイヤーの手札がエンドフェイズ時に0だっ
た場合、そのプレイヤーはデッキからカードを2枚ドロー
する。


 トゥーン・ワールドの新たなページが開かれ、そこから新たな世界が溢れ出した。
 無機質なデュエルフィールドが煌びやかな宝石たちに囲まれた宝物庫に変貌した。
「ふふふ……ドロー強化カードですか……」
 ドロー強化カードを使われたのに、男は余裕だ。
 そのはずだ。そのためのウィルスカードだ。
 ペガサスの今のデッキは、ほとんど攻撃力1500以上のモンスターで構築されている。
 『トゥーンの宝物庫』でモンスターをドローしても、破壊されるだけだ。
 だが…。
「私のターンはこれで終了デス。そしてエンドフェイズ、私は『トゥーンの宝物庫』の効果でデッキから2枚ドローしマース!」
 引けば良い。
「(引けば良い。魔法か罠カードだけを。……確かにミレニアム・アイは、手札を…相手の戦略を見通しマース……しかし未来は……次に何が起こるか……ある程度予測はできますが、完全に見ることはできナイ!それは私が一番よく知ってマース!)ドロー!」

 ドローカード:トゥーン・ゴブリン突撃部隊 シャドー・トゥーン

「ッく…………」
 しかし引いてしまった。

「ほう………引きましたか…モンスターカードを………それでは――――」
「イエス………手札から『トゥーン・ゴブリン突撃部隊』を捨てマース……」
 しぶしぶ、ペガサスは手札を墓地に送る。

「それでは私のターンですね? ドロー!」

 ドローカード:貪欲な骨壺

「ほう……私もドロー強化カードを引きましたよ………『貪欲な骨壺』を発動」
「!」


『貪欲な骨壺』・魔
【通常魔法】
デッキからレベル1の通常アンデット族モンスター5体を
選択し墓地に送り、デッキをシャッフルする。その後、自
分のデッキから2枚カードをドローする。


 男の場に、強欲な壺によく似た下品な顔の壺が現れた。
 一つ違う点は、その顔が髑髏である点だろう。
 闇の中で輝くその壺は、実に不気味だ。
「私はこのカードのコストとして、デッキから残る2枚の『ワイト』と『ヘルバウンド』3枚、合計5枚を墓地に送りシャッフル。そして、デッキから2枚ドロー」
 5体のアンデットカードが、『貪欲な骨壺』に吸収された。
 その見返りとして、壺は2枚のカードを吐き出す。

「ふふふ……これで私の手札は増えました」
 ペガサスはなるほど、と思った。
 あのカードの存在は、当然ペガサスもしっている。
 ドロー強化カードは強いカードだ。
 しかし、貧弱なレベル1通常アンデット族モンスターを第一線で使う者などそうそう見れるものではない。
 こんな時だが………そんなカードを使ってくれる事を嬉しくも感じていた。
 それと同時に不気味だった、そんな貧弱モンスターを使って、どんな戦術を使うのか。
 かつて、自分はカードデザイナーとして、幾つもカードを造ってきた。
 だが、今はもう第一線から退いている。
 新たに生まれたカードのほとんどを知り尽くしてはいるが、そのカードを使って如何にどんなデッキが生まれてくるかは把握しきれていない。

「では私は、手札から『ネクロマンサーの笛』を発動します」


『ネクロマンサーの笛』・魔
【速攻魔法】
自分のデッキまたは墓地からレベル1のアンデット族モン
スター1体を特殊召喚する。


「私は、デッキから……『ワイトキング』を、攻撃表示で特殊召喚!」


『ワイトキング』・闇属性

【アンデット族・効果】
このカードの元々の攻撃力は自分の墓地に存在する「ワイ
トキング」「ワイト」の数×1000ポイントの数値にな
る。このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、
自分の墓地の「ワイトキング」または「ワイト」1体をゲ
ームから除外することで、このカードを特殊召喚できる。
ATK/? DEF/0


「!」
「私の墓地に『ワイトキング』は0体、『ワイト』は3体。よって、私の場の『ワイトキング』の攻撃力は3000となります…」

 突然あらわれる攻撃力3000のモンスター。
 『貪欲な骨壺』はドロー強化まででなく、墓地を肥えさせることも出来る。そして、このゲームでは墓地にカードが多い方が基本的に有利なのだ。

「させまセーン! 罠カード発動! 『トゥーンの落とし穴』」


『トゥーンの落とし穴』・魔
【カウンター罠】
自分の場に「トゥーン・ワールド」が存在する時発動可能。
相手の場にモンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚された
時、そのモンスター1体を除外する。その除外されたモン
スターは次の自分のスタンバイフェイズに自分のコントロ
ール下で自分の場に特殊召喚される。そのモンスターは「
トゥーン」として扱う。自分の「トゥーン・ワールド」が
破壊された時、そのモンスターも破壊する。


 トゥーン・ワールドの新たなページから、マスコットキャラクターのラビットが現れ、『ワイトキング』の現れる場所に大きなスコップで大きな落とし穴を掘り始めた。
 見る見るうちに穴は広がり、『ワイトキング』は面白おかしく穴へと落ちていった。

 ――――キャハハハハハ!

 ラビットは面白そうにそれを笑い、トゥーン・ワールドに戻っていった。
「ふむふむ………やっぱり発動しましたか………」
「……………」
『トゥーンの落とし穴』は相手のモンスターのコントロールを奪う強力カードだが、『ワイトキング』にはあまり意味はない。『ワイトキング』は男の場にいた時こそ攻撃力3000だったか、ペガサスの墓地には『ワイトキング』および『ワイト』は1枚もない。
 よって次のスタンバイフェイズにペガサスの場に特殊召喚される『ワイトキング』の攻撃力・守備力は0だ。
 生贄にしようにも、そんなモンスターはドローした瞬間、ウィルスの効果で破壊されてしまう。
 時間稼ぎの壁くらいにしかならない。
 相手の手札に『強奪』などのコントロールを奪うカードがあれば、本当にただの延命策にしかならない。
 『シャドー・トゥーン』を使おうにも、このカードは自分のターンでしか使えない。
 なにより、男はまだ通常召喚をしていない。

「………………」
 ペガサスは無言で、男の次の手をまった。
 まぁどちらにしても、ペガサスにもう防御の手段は無いのだが。

「……………ふふふ……トゥーン、トゥーン…………よほどトゥーンがお好きなのですね…」

「…………………」
「……ふッ………。しかし………このまま…観客がいないというのも寂しいものですね?」
「?」
 いきなり何を言い出すんだ?
 ペガサスは疑問と共に、急なこの質問に恐怖を感じた。
「そこで提案なのですが………どうでしょう? ここで1人観客を呼ぶというのは?」
「なっ……? ふっ…ふざけないでくだサーイ! こんな闇のゲームにいったい誰を呼ぶというのですか!?」
 もう何度目だろうか?
 この男は一々ふざけた事を言ってペガサスをイライラさせる。そして同時に、不安にさせる…。
「いえいえ! ふざけてなどいませんよ……。いえね、ここで応援してくれる人がいれば、貴方も少しはがんばっていただけるかなぁ…と……」
 両手のひらを横に振るジェスチャーで男はそう言った。
「実の事を言えば、こうここにお呼びしているのですよ、彼女を…」
「……彼……女…?」
 …いやな予感がする。
 自分の、一番いやな所に触れられるような気がする。
 自分の昔に付けた傷に、もう一度穴をあけられるような………。
「では、彼女を迎え入れるにふさわしいフィールドに変えましょう。手札よりフィールド魔法発動……『墓場』」
 男はそっと、デュエルリングにカードを投げ入れた。

 カードが落ちた場所を中心に、フィールドに石でできた十字架か数十本、地面から生える。
 荒れた草木が生え、デュエルフィールドはさっきまでの煌びやかさを忘れ、不気味な墓場へと変貌する。
 一昔前のホラー映画に出てくるような殺伐とした墓場。
 十字架で出来た墓標が、アメリカ人のペガサスには馴染みがある。
 それがいっそう、恐怖を演出していた。

「こ………これは………」
 墓地は嫌いだ。
 だって、自分の嫌な記憶を呼び起こす。
 この世界に絶望した、嫌な記憶が。
「それではご登場ねがいましょう…………ミス□□□□□嬢です!」
(えっ!?)
 男の言った名を、ペガサスはすぐに理解できなかった。

 靴がレンガでできた床をたたく音が鳴り響く。
 ハイヒールでも履いているような音だ。
 部屋の影にまできたそのシルエットを見ると、ドレスのようなものを着ているようだ。
 ペガサスには、とても見慣れたデザインのドレスだった。
 一歩、また一歩、シルエットは光の中の男の近くへと歩む。

「あ…………あ………」
 ドレスの人物の顔を見たとき、ペガサスの頭の中は真っ白になった。
「シン…ディア………………」
 ただ本能的に、ペガサスはその名を呼んだ。



ペガサス
LP:3000
手札:1枚
モンスターゾーン:なし
魔法&罠カードゾーン:トゥーン・ワールド、トゥーンの宝物庫

謎の男
LP:3000
手札:3枚
モンスターゾーン:なし
魔法&罠カードゾーン:なし
フィールドカードゾーン:墓場



EPISODE13・THE LOVERS 〜シンディアとの記憶〜

「支度はすんだかペガサス?」
 父がペガサスを急がせる。
 毎週……週に何度か着なくてはいけない正装に、なぜかペガサスは戸惑っていた。
 豪華なクローゼットの鏡に向かい、ネクタイを急いで首に巻きつける。
 今日は日曜日。
 教会に祈りを捧げに行く日だ。
 幼い頃からペガサスは、資産家の父のお参りに付き合わされていた。

(くだらないな……)
 ネクタイを結びながら、まだ子供だったペガサスはそう思った。
 お祈りとは名ばかりだ。
 父はどうせ、あそこを社交の場としか思っていない。
 世間の評判とやらをよくするために、足を運んでいるにすぎない。
 そうペガサスは幼心に思っていた。

 これが終われば、今晩も社交場につき合わされるのだろう。
 ペガサスはあそこも嫌いだった。
 数多くの資産家達が、おべっかやご機嫌取りに必死だ。
 よくもまぁ腹の中のモノを隠して、あそこまで安っぽい笑顔にまれるものだなと思う。

 嫌いな理由ならまだある。
 あそこのみんなは、ペガサスをクロフォード家の跡取りとしてしか見ない。
 そんな理由で、みんなペガサスにもおべっかをつかってくる。
 実に気分が悪い。
 遠まわしに、「お前は父親の仕事を継がなくてはならないんだ」といわれているからだ。
 できることならペガサスは……父親の仕事を継ぎたくはなかった。
 社交場でおべっかを使って、受けて、教会などで世間の評価を少しでもあげて………そんなのはマッピラだった。
 カジノの経営に対しても、ペガサスには自信が無かった。
 誰も自分を、「ペガサス」という個人を見てくれない。
 自分は誰にも理解されない。

 そんな事を考えて育ったペガサスは、いつしか「絵を描く」という行為に魅せられた。
 絵を描いている間は、集中して嫌なことを忘れられる。
 父の後を継ぐとかの嫌な現実から、目を少しでも背けていたかった。
 最初は大好きなコミック「ファニーラビット」のキャラクター達の絵を描いてたのだろうか?

 いつの頃からかだろうか、ペガサスは絵描きになりたいと思うようになった。
 所詮まわりは、金持ちのおぼっちゃんの道楽としか思わないのだろうが、ペガサスにとってそれは「父親の仕事を継ぐ」よりずっと魅力的な夢だったのだ。

 そしてこの日、ペガサスは素敵な出会いをすることになる。
 恋人、シンディアとの出会いだ。
 資産家である父の友人の娘……つまり令嬢だった。
 ドレスで着飾っている彼女を、最初は「可愛い娘」だな位にしか思わなかった。
 そんな娘はこの場所で見慣れている。
 どうせこの娘も周りと同じで、自分に見え透いたほめ言葉と、遠まわしの「父親の仕事を継げよ」を言ってくるだけの人間だと思った。
 でもそうじゃなかった、社交場を飛び出して話してみるとすぐに、彼女はそんな人間じゃないことが分かった。
 彼女もペガサスと同じ事を考えていたのだ。
 二人の心はすぐさまに重なり合った。
 恋だった。

 彼女はペガサスの夢を真摯に聞いてくれた。
 周りの人間のように、御曹司の道楽という目では決してみなかった。
「同じ夢を見たい」
 そう言ってくれる人だった。
 ペガサスにとってシンディアは、同じ夢を一緒に見ることのできる唯一の人だった。
 世界で一番大切な人になるのに、時間はかからなかった。

 しかし運命は、残酷にその「大切な者」を奪う。
 生きるモノは皆、いつか死ぬ。
 そんな当たり前の摂理が、大切な人を、ペガサスから奪った。
 あまりにも早く。

 シンディアは、不治の病に侵された。
 少なくとも、その時代の最先端医学でも治せない病だった。
 それをシンディアは、ペガサスに話そうとはしなかった。
 何故かはわからない。
 恋人に少しでも心配をかけたくなかったのか?
 残り少ない命を、少しでも楽しんでいたかったのか?
 今はもう知る者はいない。

 シンディアの死から数日。
 ついに彼女の亡骸は、土の中に埋葬される事になった。
 墓場には大きな大穴が掘られ、その上には黒い大きな棺がクレーンで吊るされていた。
 これからその穴の中におさめられるであろう、シンディアを乗せた黒い揺りかごを、黒い服の人々が囲んでいた。
 それを見るペガサスの心もまた、死んでいた。
 受け入れられなかった。
 彼女の死を。
 まるで心にバカでっかい穴が開いたようだった。
 自分の一部が無くなってしまったような、そんな無気力感に襲われた。

「彼女は神の下に召されたのだよ…」
 慰めるように誰かがペガサスにそう言った。
 誰が言ったかは覚えていないが、その言葉に憤ったのは覚えている。
(神!? ………では神が僕からシンディアを奪ったのか?)
 毎週1度は教会に行き、祈りを捧げていた神。
 そこにいた神父が、ご大層な偉大さを説いていた神。
(そんなものは……そんなのもはシンディアを救いはしなかったじゃないか! ………なぁ神様……僕はあんたに毎週教会で祈りを捧げていたじゃないか………食事の時も! 眠る時も! ……なのに何故!? あんたは奪うんだよ! 奪わないでくれよ! 僕にとって…彼女は1番大切な人なんだ! ………奪うなら何故…僕も一緒に連れて行ってくれなかったんだ! 神よ!)
 気づくまえにペガサスは無意識に、シンディアの入った棺に走っていた。
 もう今にも、穴の中に送られようとする棺に。
「おっおい! 危ないぞ!」
 何人かの大人がペガサスの体をつかみ、その歩みを止めた。
「放せ!放してくれ! シンディア! シンディアぁぁぁぁ!」
 何度呼んでも、それには答えない彼女。
 ペガサスの目には滝のような涙があふれていた。
 彼女が死んだ朝、目が覚めて、目の覚めない彼女を見たときも、医者に死の宣言をされたときも、溢れなかった涙がまとめて流れてきた。
「シン……ディアぁぁぁぁぁ……………ぁぁあ………」
 いつしか力の無くなったペガサスを大人たちは放した。
 そのままペガサスは大地に崩れる。
「シンディア………シンディアぁぁぁああああぁぁぁ!!!」
 それからずっとペガサスは大地に寝そべりながら、大地を殴りながら、大きな声で子供のように泣き続けた。


 それからのペガサスの日々は、空虚なものだった。
 毎日、自室の隅っこでただボーッと床をみているだけの日々。
 部屋にあるテレビには、小さな頃から好きだった「ファニーラビット」のアニメのビデオが無造作に映っている。
 生きることも、死ぬことも、ただめんどうだった。
 だが、絵を描くこともあったかもしれない、いなくなった彼女の絵を描いて、彼女の死んだ現実から目をそむけようとした事もあった。
 だが無理だった。
 その絵には決定的なものが欠けていた。
 しいて言うなら、それは「色」だ。
 無色のその絵は、生命の「色」が欠けていたのだ。
 それからペガサスの描く絵には、生命感が大きくかけた。
 そんな絵しか描けなくなった。

 そんな日々が続いて何ヶ月もたったある日、彼はふと「ファニーラビット」の映っているテレビを見る。
 テレビの中で、主人公の宿敵ブルドック・ポリスがファニーラビットに向けて幾つもピストルを発射していた。
 しかし、その1発も命中する事はなかった。
 彼らは「死なない」のだ。
 彼らはペガサスの小さな頃から、決して死ぬ事なく、けっして老いることなく、テレビの中を、コミックの中を、ペガサスの心の中を、ところ狭しと暴れていた。
(うらやましいな………)
 からっぽであるはずの心の中で、ペガサスはそう思った。
(彼らは僕を裏切らない…永遠に死ぬことはない…。…僕の信じていた神は……僕の大切な人を奪っていった………そんな神……信じたく…ない……)
「ファニーラビット」を見たとき、彼に少しだけ、ほんの小さな希望が芽生えた。
 自分の信じていた神は嘘。
 架空の存在なのだ。
 そう思うようになった。

 そんな彼が、古代エジプトの死生観に興味を抱いたのは、自然の流れだった。
 現世に生きた人間の魂は、永遠にこの世界に存在していられる古代エジプトの死生観に。

 そして、彼はエジプトの地を踏むことになる。
 そこでキャンパスを取り出しても、それを埋める風景には出会えなかったが、そこで次の運命を決める人物と出会うことになる。

 首から、アンクの形を模したペンダントを付けた少年に。
 その少年の後を気づかれないようについていくと、不思議な祭壇に行き着いた。
 その祭壇の真ん中にある石版にはくぼみがあり、そこにいくつかの黄金色に輝いた何かの道具がはめ込んであった。

 ここまでだった、ここで少年に見つかってしまったのだ。
 少年と一緒にいる男たちに捕まり、羽交い絞めにされ、動けなくなった。

 石版にはめ込んであった道具の一つ、球体のような物を取り出し、ペガサスに近づきこう言った。
「お前は今からこの千年眼によって試される……所持者としてふさわしいかどうかを。
 もしお前が認められたら…千年アイテムは所持者となるお前の願いを1つだけ聞き入れる…。そう…冥界の扉を開け、お前の恋人と会わせよう」
 もしこれが本当なら、魅力的な話だ。
(だがもし、ふさわしくないといわれたら……)
 それもいいかと思った。
 どっちにしろ冥界というのがあって、シンディアと出会えるのなら……それで……。

 少年はペガサスの返答をまたず、千年眼をペガサスの左目に押し込む。
 眼球が潰れる痛みがペガサスを襲った。
「ぐああああああああああぁぁぁああああああああ!!!」
 ペガサスは血の涙を流した。
 シンディアの死を見たあの日の様に、沢山の涙を流した。


 千年眼はペガサスを受け入れた。
 そして、ペガサスの願いを聞き入れたのだ。

 祭壇の奥の扉が開く。
 その光の見せる光景こそが……ペガサスの追い求めていたものだった。

 しかしそれはほんの一瞬の出来事だった。
 彼女をやっと抱きしめられたと思った瞬間、彼女は消え去った。
 祭壇の奥の扉は閉まっていた、まるで最初からしまっていたかの用に。
 すぐに理解した。
 あれは幻だったのだ、と。
(僕は……幻影を見るために……片目を差し出したのか……?)
 大きな悲しみがペガサスを再び覆いつくそうとしたとき、声が聞こえた。

 ―――幻でも…いいじゃないか

「(!?)」
 振り返るがもうそこには誰もいない。
 少年と男たちは消えていた。
 その声は、「ペガサスの中から聞こえてきた」のだ。

「(幻でもいい……シンディアと出会えるのなら)」
 彼はその後、その考えに突き動かされることになる。

 千年眼が得たペガサスは、それからエジプト…いや、世界各地の古代遺跡をめぐることになる。
 そこで彼は得た。
 デュエル・モンスターズの元となるインスピレーションを。
 今考えればこれもまた、千年眼に操られていたのだろう。
 3000年前エジプト、そこに眠る「記憶の石版」と呼ばれる石版。
 それに描かれていた、石板より魔物を召喚して闘う魔術師。
 この闘いを現代に蘇らせるために、千年眼は彼にデュエル・モンスターを創造させたのだろう。

 アメリカに戻った彼は、父親の資産を元に、若くしてI2(インダストリアル・イリュージョン)社を設立する。
 千年アイテムの力をもってすれば、会社の利益を上げるなどたやすい事だった。
 彼の生み出したトレーディングカードゲーム『デュエル・モンスターズ』は瞬く間に世界中で大ヒット。ギネスブックに世界一多くの人がプレイしているカードゲームとして申請されるまでにいたった。

 そして、運命のようにI2社に日本の海馬コーポレーションから次世代のシステム『ソリッドヴィジョンシステム』の話が舞い込んできた。
 ヨーロッパのある企業も、同じような技術を開発しているとの噂もあったが、一足早く技術を完成させた海馬コーポレーションを、ペガサスは選んだ。
 カードのモンスターや魔法・罠カードの効果を立体映像で楽しめるこのシステムはすぐさま採用され『デュエル・モンスターズ』の人気は鰻上りだった。
 だがペガサスの真の目的はココからだった。
 海馬コーポレーションの持つ『ソリッドヴィジョンシステム』を生み出すほどの技術、そして特許……これらが真の目的だった。
 これらの技術を駆使し、シンディアを現世に甦らせる。それがペガサスの願いだった。

 しかし、彼の計画した海馬コーポレーション乗っ取りの計画も、思いのほか進まなかった。
 海馬コーポレーションの重役の5人組、BIG5を味方にするまではよかったのだが、社長の海馬瀬人はペガサスの力をもってしても簡単には崩れない人物だったからだ。

 だがここで朗報が舞い込む。
 海馬瀬人が武藤遊戯という名の少年にデュエルで負け、その後意識不明の状態まで陥ったのだと。
 武藤遊戯という少年を観てすぐに分かった。彼も自分と同じ力を持っていると。
 BIG5は武藤遊戯をデュエルで倒せたのなら、海馬コーポレーションを渡しても良いと言ってきた。
 この上ない朗報だった。

 それからペガサスはデュエリスト王国(キングダム)という島で大きな大会を開く。
 そこに武藤遊戯を呼び出す事に成功し、意識不明から回復した海馬瀬人を倒し、あと一歩という決勝戦で、ペガサスは遊戯に敗北した。

 結束の力、絆の力。それを持たない自分が、勝てる訳もなかった。
 ペガサスはこの敗北を受け入れた。

 大会が終わり、自室に戻ったとき獏良という少年に襲われた。
 この少年も千年アイテムの所有者だったのだ。

 武藤遊戯とのデュエルで多くの力を使った疲労したペガサスは、そのまま獏良に千年眼を奪われた。
 その後のペガサスは、病院で何日も意識不明の状態となった。
 眠っている間、ペガサスは誰かの声を聞き続けているような気がした。

 ―――生きて

 と。

 何日も、何週間、何ヶ月と眠り続け、奇跡的に目覚めたその日から「幻でもいい」と言っていた声は聞こえなくなっていた。
 ふと左目を触ると、そこにあった千年眼は無くなっていた。

 この日にやっと、ペガサスは恋人の…シンディアの死を受け入れる事ができたのかもしれない。
 彼の、死んだ恋人を求める旅は……ここでやっと終わりを告げるのだった。



EPISODE14・天駆ける馬の堕ちる日C

 終わったはずだった。
 だが確かに、目の前の「彼女」は、死に別れたシンディアだった。
「そ……そんな………」
 ペガサスは動揺を隠せない。
 息をするのも忘れているくらい、彼は動揺していた。

「おやおや…どうしました? あまりの感激に声も出ませんか? …ふふふふ……」
 男の調子はさっきのままだ。
 対するペガサスの表情は、以前にも増して青くなっていく。
「(の……乗り越えたはずデース………私はッ…彼女の死を……あれは闇のゲームの見せる幻デース!)」
 しかしその幻は、鮮明すぎた。
 その幻は、彼女の生きていた姿をそのまま映している。

「…………おや? お気に召しませんでしたか? ……かわいそうに…恋人にせっかく会えたというのに……あんな顔をされるなんて……」
 男はシンディアのほほを優しくなでた。
「や………やめなサーイ!」
 見知らぬ男が愛する女性に気軽に触れていることに対する嫉妬か、それともこの状況に対する拒否なのか、ペガサスは気がつけば叫んでいた。

「おっと、これは失礼しました……。いえいえ私は人の恋人に手を出す趣味はありませんよ」
 男は、さっとシンディアから離れる。
「ふふふ……いったいどうしたのです? せっかく恋人と再会できたというのに……」

「馬鹿な……シンディアは……彼女は死んでしまったのデース!ここにいる訳が………何故……」
「プッ……」
 ペガサスを男は笑った。
「『死んだハズだ』とか『何故ここにいるのか?』なんてどうでもいいじゃないですか。現に、彼女はここにいるんですから…」
「そんな――――」
「いえ! 貴方はそんなことどうだって良いはずです。だってそういう人間じゃないと……海馬コーポレーションの乗っ取りなんて考えませんから」
「!!!」
 図星だった。
「ふふふ…図星でしたか……」
 その通りだった。
 確かに昔…方法などどうでもよかった。ただシンディアに会えさえすれば…。
 しかし……それはペガサスの犯した罪だった。
 その為に、他人の大事なモノを奪っていったのだ。触れられたくない……あまりに苦すぎる過去なのだ。
「そ……そんなわけありまセーン! 私は――――」

「ほう……その事を罪と思っていらっしゃる………でもそんな事にとらわれる心配などございませんよ。だってこの世界はどっちにしろ、幸せの奪い合いなのですから。自分が幸せになりたかったら、人から奪わなくちゃ……。幸せは有限なのです。そんな当たり前の事で…貴方が悔やむことなどございませんよ☆」
「なっ何を言って……他人から大切なものを奪うなど…許されるハズが……!」

「ふふッ……まあ、そうかもしれませんね。しかし。もうそんな事をする必要はございませんよ、だって…今こうして彼女は貴方の目の前にいるのですから」
「――――!?」
 甘い誘惑だった。確かに今、彼女は目の前にいる……。しかし…そんなうまい話があるのだろうか?
「…………そんな訳ありまセーン……これは! 闇のゲームの見せる幻影デース!」
 そうだ、自然に考えればそうだ。死んだ人間が蘇るはずがない。冷静に考えればすぐに分かりそうなものだ。
 しかし、いまのペガサスはもう冷静ではなかった。
「……その通りです。彼女は幻影です」
 男は、すぐに真実を認めた。
「! やっぱり!」
「しかし!」
「!?」
「それこそ『どうだって良い事』じゃないですか。貴方は以前、シンディア嬢の幻影を求めた………今だって、幻影だろうと、本物と同じなら偽者でもかまわないとお考えのハズだ……」
「…そんな……馬鹿な………」
 男は動揺するペガサスにさらにたたみかける。
「いえ、嘘は申しません。ご覧の通り、私は千年眼を所有しています。知ってのとおり、千年眼は人の心を見通す……貴方の考えていることはお見通しなのですよ…。貴方が気づいていないだけで貴方の心は、シンディア嬢の幻影を今でも求めている……そうじゃないですか……?」
「(………そんなはずはナイ!私はシンディアの死を受け入れたのデース!)ユーの言っている事はデタラメデース! 私がそんなことを考えている訳がありまセーン!」
 そんな事を認める訳にはいかないと、ペガサスはつっぱねた。
「…………まぁ…今はそれでもよろしいですよ。でも、これだけは言っておきましょう。幻想と現実、自分の心の外と内側…この2つの境界線はあまりに曖昧なのだと、ね………。ではゲームを続けましょう。私は手札から『魂を削る死霊』を攻撃表示で召喚!」


『魂を削る死霊』・闇属性
★★★
【アンデット族・効果】
このカードは戦闘によっては破壊されない。魔法・罠・効
果モンスターの効果の対象になった時、このカードを破壊
する。このカードが相手プレイヤーへの直接攻撃に成功し
た場合、相手はランダムに手札を1枚捨てる。
ATK/300 DEF/200


「そしてここで、フィールド魔法『墓場』の効果発動、フィールド上の元々の攻撃力が500以下のアンデット族モンスターの攻撃力・守備力は1000ポイントアップします」

 魂を削る死霊 ATK300→1300

「っく…」
『魂を削る死霊』のステータスは、『ワイト』のそれと同等だ。だが『魂を削る死霊』は恐ろしいカードだ、一つ目は戦闘では破壊されない壁となる効果、二つ目はハンデス効果。いずれも油断できない効果だ。なおかつ今の攻撃力は1000ポイントアップしている。
「そして『墓場』の2つ目の効果発動、互いのプレイヤーは自分の墓地から元々の攻撃力が500以下のアンデット族モンスター1体を、自分のターンに1度だけ特殊召喚できる! 私は墓地に存在する『ヘルバウンド』を特殊召喚します」


『ヘルバウンド』・闇属性

【アンデット族】
荒野に現れるけものの亡霊。数が集まるとやっかいなカード。
ATK/500 DEF/200


「もちろん、『墓場』の効果で攻撃力・守備力は1000ポイントアップします」

 ヘルバウンド ATK500→1500

「うっ!………」
『魂を削る死霊』と『ヘルバウンド』、あわせて2800の攻撃力。そして、ペガサスに防ぐ手段は皆無。
「私はこの2体のモンスターで、クロフォード君にダイレクトアタック」

 ――――ブォォォォン!

 2体の亡霊が、ペガサスに襲い掛かる。
「うごごぐががぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 気持ち悪い!
 痛いのではなく気持ちが悪い!
「おえっ…! ぐぅ……ぁぁっぁ………」
 吐きそうだった。そのぐらい気持ちが悪かった。
 ペガサスはこれが闇のゲームなのだと再確認していった。


「はぁ……はぁ…はぁ…………がっ! は、はぁはぁ………」
 モンスターの攻撃が終わると、気分は戻っていく。
 それでも残ったモノが消えていくまで油断はできなかった。

「はぁ……はぁ………」
 息が戻るまで、しばらく時間がかかった。
「ふふふ……闇のゲームの恐ろしさはよくご存知だと思いますが………やはり久しぶりだと堪えたご様子ですね………」

 ペガサスLP=3000→200

「っく………(こんなにも……闇のゲームに耐えられないほどに……私のマインドは弱くなっているのですか……!?)」
 ペガサスが落胆しているその時……。
「大丈夫!? ペガサス」
「!?」
 彼の名を読んだのはシンディアだった。しかも、いつの間にかペガサスの横にいたのだ。
「無理しないでね……あなたは思いつめると本当に無理しちゃうんだから」
 そう言ってシンディアは、励ますように笑った。
「あ…ああ…………」
 素敵な笑顔だった……これが幻とは思えなかった。
 この笑顔が、ペガサスは大好きだった。

「!」
 一瞬まばたきしたとたん、彼女は消えていた。
 男の方を見ると、シンディアは男の横にいた。
「ん? どうしましたか? 何か幻でも見たんですか?」
 男は知れたことをしれっと言う。
「!?……あれは……一体……」

「……ふふふ……もしシンディア嬢の……いえこのシンディア嬢以外の幻ですよ? …それを見たのなら……それは貴方の心がシンディア嬢を求めている証拠なんでしょうね……」
「…………………」
 あれも闇のゲームが、ペガサスの心に反応して見せた幻影だったのだろうか?
「…それでは…『魂を削る死霊』の効果が発動しました、その1枚の手札を捨ててください」
「っく…」
 ペガサスは残りの1枚の手札『シャドー・トゥーン』を墓地へと送った。
 これでペガサスの残りの手札は0だった。
 しかし。
「私は1枚カードを伏せて……ターンエンドです」
「ここで、私の『トゥーンの宝物庫』の効果が発動されマース! このカードは相手ターンのエンドフェイズであろうと、手札が0なら効果が適用されマース!」
 そう、男が『魂を削る死霊』を使ったおかげで、ペガサスはエンドフェイズに2枚ドローできる。
 これは男も十分承知のはずだ。
 この事も、ペガサスは疑問に思うべきだった。
「私はデッキから2枚ドロー!」
「この瞬間! 『死のデッキ破壊ウィルス』の効果が発動。……ドローしたカードに攻撃力1500以上のモンスターカードがあったら捨ててください」
「っ………!」
 ペガサスは恐る恐る、ドローしたカードを確認する。

 ドローカード:トゥーンのもくじ コミックハンド

「!」
 いいカードだった。
 なにより2枚とも魔法カードだった。
「私のドローしたカードに、モンスターカードはありまセーン! よって、このまま手札に加えマース!」
「そうですか…残念です」
 男はちっとも残念そうじゃない様子でそう言った。

「私のターン、ドロー!」
「この瞬間!私の場に伏せたリバースカードをオープン、『ヘルバウンドの呪い』!」


『ヘルバウンドの呪い』・罠
【通常罠】
自分のフィールド・墓地に存在する「ヘルバウンド」と名の
つくモンスターの枚数分、相手の手札をランダムに選択して
墓地に送る。


「ワッツ!?」
「このカードは、場と墓地の『ヘルバウンド』の枚数分の相手の手札を墓地に送ります!私の場と墓地の『ヘルバウンド』は合計3体、よって、3枚…つまり全ての手札を墓地に送ってください」
 墓地から現れた雲状の『ヘルバウンド』が、ペガサスの手札を覆い尽くす。
「っ――――手札から速攻魔法発動! 『トゥーンの復刻』」

 ドローカード:トゥーンの復刻


『トゥーンの復刻』・魔
【速攻魔法】
自分フィールド上に「トゥーン・ワールド」が存在する場合
のみ発動可能。自分の墓地に存在する「トゥーン」と名のつ
くモンスター1体を召喚条件と効果テキストを無視して自分
フィールド上に特殊召喚する。


「私はこの効果で、墓地より『トゥーン・ブラック・マジシャン・ガール』を攻撃表示で特殊召喚しマース!」

 ――――ジャジャァーーン!

 ペガサスの場に、トゥーン調のディフォルメをされたブラック・マジシャン・ガールが再び召喚された。
「ほう……このタイミングでそのカードを引けるとは………」
 運が良かった。このタイミングで速攻魔法を引けたのは本当に運がよかった。
 これがなければこのターンの手札は0。壁モンスターも『トゥーンの落とし穴』の効果で召喚される攻守共に0の『ワイトキング』のみ。
 どうやっても男の攻撃を防ぎきれなかった。

「――――私はスタンバイフェイズに、『トゥーンの落とし穴』の効果で除外された『ワイトキング』を、守備表示で特殊召喚しマース」
 トゥーン調となった『ワイトキング』が、ペガサスの場に現れる。
「この効果で特殊召喚されたモンスターはトゥーンとして扱われマース!」

「ふふふ……トゥーンになった『ワイトキング』も…なかなか愛らしいですねぇ…」
 まるで普通の『ワイトキング』も愛らしいと思っている口ぶりである。

「私のバトルフェイズ。『トゥーン・ブラック・マジシャン・ガール』で、ユーにダイレクトアタックデース!」
 トゥーンモンスターによる攻撃はトゥーンモンスターでしか防御できない。
 『トゥーン・ブラック・マジシャン・ガール』は2体のアンデットの防衛網をいとも簡単にすり抜け、男にその杖を振るった。

「っがぁっぐぁ……!」
 男の胴体に、『トゥーン・ブラック・マジシャン・ガール』の杖がぶち当たり、骨の砕けるような音が聞こえた。

 謎の男LP=3000→1000

「くぶっ…! がぁっ……!」
 男は口から血が逆流した。
「…っ………………この痛みで、本当は怪我をしてないなんて……ホント信じられませんね………」
 痛みがはしっているはずの男は、血を拭いながらそう言ってニヤっと笑った。
 男の態度は今でも不敵だ。
「………私はこれでターンエンドデース……」
 ペガサスはその態度が気になった。
 フィールドこそ今はペガサスが一番高い攻撃力をもつモンスターをコントロールしているが、男の手札はまだ1枚だけある。
 その1枚が、ペガサスは気がかりだった。

「ふふ……それでは私のターン……ドロー」
 男はゆっくりとデッキからドローした。
「…………………私は場の2体のモンスターを守備表示に変更。さらに『墓場』の効果で、『ヘルバウンド』を墓地から守備表示で特殊召喚し、1枚カードを伏せて…ターンエンドです…」
 それだけだった、男のした事は。
 守備モンスターで守りを固めているようだが、トゥーンモンスターの前にはそんなものは意味がない。
 このターンの疑問は、男の伏せたカードはいったい何なのか?ということだろう。

「私のターン、ドローデース! ………私のドローしたカードは、モンスターは攻撃力が1500以上ではありまセーン!

 ドローカード:サクリファイス

「(………あの伏せたカードが『トゥーン・ブラック・マジシャン・ガール』の攻撃を防ぐ効果のカードで無いなら、このターンで私の勝ちデース!)バトルフェイズ! 『トゥーン・ブラック・マジシャン・ガール』で、ユーにダイレクトアタックデース!」
『トゥーン・ブラック・マジシャン・ガール』が男のモンスターをすり抜け、再び男にその杖を振るう!
「罠カード……発動!」
「!」
「『死霊の盾』…!」


『死霊の盾』・罠
【永続罠】
相手モンスターが攻撃宣言を行った時に発動可能。自分の墓
地に存在する悪魔族またはアンデット族モンスター1体をゲ
ームから除外する事で、その攻撃宣言を無効にする。悪魔族
またはアンデット族モンスターが自分の墓地に存在しない場
合、このカードを破壊する。


「私は墓地に存在する『ヘルバウンド』1体をコストに、その『トゥーン・ブラック・マジシャン・ガール』の攻撃を無効にします」
 墓地にあった『ヘルバウンド』がフィールドに現れ、男に代わりに『トゥーン・ブラック・マジシャン・ガール』の攻撃をうける。

 ――――グギャァァァァ!

 『ヘルバウンド』の断末魔の叫びが聞こえた。
「ふふふ………私もそれなりに運が良かった用です……(ここで終わりにしてしまうのは……あまりに芸がありませんからね……ふふふ…)」

「っく………。私はこれでターンエンドデース……」

「それでは私のターン。ドロー!」

 ドローカード:骨ネズミ

「おっと…これはついて無い………現状では役にたたないカードを引いてしまいました…。私は手札のモンスター1体を裏守備でセット、1枚カードを伏せ、『墓地』の効果で『ワイト』を守備表示で特殊召喚し…ターンエンドです……」

 ワイト DEF200→1200

「私のターン、ドロー! (――――これは!?)」

 ドローカード:トゥーン・サイコ・ショッカー

「………このターンから私のドローしたカードはウィルスカードの効果は受けまセーン! よって、私はこのままカードを手札に加えマース!」
「…そのカードは……」
「イエス! 私は、『ワイトキング』を生贄に『トゥーン・サイコ・ショッカー』を特殊召喚しマース!」


『トゥーン・サイコ・ショッカー』・闇属性
★★★★★★
【機械族・トゥーン】
このカードは通常召喚できない。フィールド上に自分の「ト
ゥーン・ワールド」が存在する場合のみ特殊召喚できる(レ
ベル5以上は生け贄が必要)。「トゥーン・ワールド」が破
壊された時このカードも破壊する。相手がトゥーンをコント
ロールしていない場合このカードは相手を直接攻撃できる。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り罠カー
ドは発動できず、全てのフィールド上罠カードの効果は無効
となる。
ATK/2400 DEF/1500


 ペガサスの場に、トゥーンモンスターとしてのサイコ・ショッカーが出現した。
 トゥーンではないサイコ・ショッカーは罠カード無効の効果を持つ。トゥーンと化しても、その効果は健在だ。

「そ…そのモンスターは………」
「イエース!このモンスターは、フィールドに存在するとき、罠(トラップ)の効果を無効にしマース、よって! ユーの『死霊の盾』の効果は無効デース! トラップサーチ!」
『トゥーン・サイコ・ショッカー』の顔に付けたゴーグルから、サーチレーザーが発射され、それを受けた『死霊の盾』は、その動きを止めた。
「…っ!」
「これでユーも終わりデース! 私のバトルフェイズ! 『トゥーン・サイコ・ショッカー』で、ユーにダイレクト――――」
 ペガサスの命令に従い、『トゥーン・サイコ・ショッカー』はその必殺の構えをとる。
「(ニヤ…)良いんですか!?」
「!?」
 男の急な言葉に、とっさにペガサスは言葉を飲んだ。それと同時に『トゥーン・サイコ・ショッカー』はその構えを解いた。
「私をここで倒せば……永遠にシンディア嬢とは出会えなくなりますよ……」



ペガサス
LP:200
手札:1枚
モンスターゾーン: トゥーン・ブラック・マジシャン・ガール、トゥーン・サイコ・ショッカー
魔法&罠カードゾーン:トゥーン・ワールド、トゥーンの宝物庫

謎の男
LP:1000
手札:0枚
モンスターゾーン:魂を削る死霊、ヘルバウンド2体、裏守備モンスター、ワイト
魔法&罠カードゾーン:死霊の盾、伏せカード1枚
フィールドカードゾーン:墓場



EPISODE15・天駆ける馬の堕ちる日D

「………どういう意味デス!?」
「いえね、言ったとおりの意味ですよ。ここで私を屠れば、一生これから貴方はシンディア嬢とは出会えないと」
「ですから! それはいったいどうゆう意味だと聞いているのデース!」
 曖昧な態度の男に、ペガサスは迫る。
「ふう……もっと分かりやすい言葉で説明してほしいんですか? ……いいでしょう…。…クロフォード君…ここでサレンダー(降参)してください」
「なに!?」
 サレンダーしろと言われてサレンダーする者などまずいない。そんなことするなら、最初からデュエルなどしない。
 この男は何を言い出すのだろうか?
「いえいえ、悪い話じゃないと思いますよ?ここでサレンダーしていただいたら、この千年アイテムの…闇の力をもってして、シンディア嬢との永遠の日々をお約束いたしましょう…」
「……?!」
 何を言い出す?
 苦し紛れの最後のハッタリか?
「ははは……何を驚かれることがあります? 何を疑問に思うことがあります? シンディア嬢との再会は…貴方の願いではありませんか?」

「…………断りマース!」
「はい?」
「私はそんな事は望みまセーン! 千年(ミレニアム)アイテムの見せるのは幻影に過ぎまセーン! それを望むのは破滅の道…………そんな願いは望みまセーン!」

「………………………ぷっ……ふ…ふふ…ふふふふ……あはははははははは!」
 男は高らかに笑い出した。
「なっ、何がおかしいのデース!!!?」

「くくくっく…………いえね。よくもまぁそんな心にもない事を堂々と仰られるなぁと思うと………可笑しくて可笑しくて! っく…ははははははは!」
 男は今度は腹を抱えて笑い出した。

「! ―私は本当に思っている事を――――」
「違いますね」
 男はペガサスがしゃべり終える前に即答した。
「貴方は望んでいるハズだぁ……理想の世界を……死が二人を別つことの無い世界を……」
「そんな…まさか…………」
「いえ! 貴方は望んでいる! その『トゥーン・ワールド』のカードが、いい証拠ではないですか?」
「!」
「なぜそのカードを今でも使われているんです? …今ではもう弱点だらけのそのカードを…いえ! 答えなくて結構! 私がかわりに答えて差し上げましょう! それは……貴方がそのカード…トゥーンの世界を望んでいるからです…昔から……その死の無い世界を……そんな都合のいい世界を…ね」
「………く…くぐ………」
「おや? 言葉も出ませんか? でもね。そう考えている事を気に病む必要なんて無いのですよ」
「??」
「誰だって『こうなったらいいな』と考えるものです。貴方は、その思いがほかの人よりちょっと大きいだけです。恥じる事はありません。目の前に願いを手に入れることの出来る何かがあれば……手を伸ばしてつかめばいい……」
「…………っ……っ……」
 男の言った通りだった。
 子供の頃からペガサスにあった空想癖………。
 自分を見ようとしない。
 自分を理解してくれない。
 からっぽだった現実から逃れる手段。
 それがペガサスの場合は想像だった。
「(そう……シンディアと………出会うまでは…)」
「いえ。シンディア嬢とであってからも、貴方はかわってません」
「!!!」
「シンディア嬢が死を迎える前に……なぜ貴方は気づかなかったのですか? すぐそばにいた貴方なら、すぐに気づくはずなのに…………。あなたはただ……自分の見たかったモノしか見なかった……最後の最後まで……」
「――――!!!」
 ペガサスに、シンディアとの最後の日の記憶がフラッシュバックした。

●     ●     ●     ●     ●     ●     ●

 ――――「で………でも君…異常に体重が…………」
 ――――「えっ!? 体重………? …………ああ、最近私ね、ダイエットはじめたんだ!」
 ――――「え? だ………ダイエット……?」

●     ●     ●     ●     ●     ●     ●

「私は……あんな簡単な嘘を鵜呑みにして…………!」
「そうです……。あなたは最後まで気づかなかったのです……」
「私はっ! 私はっ……(最後まで………シンディアを救ってあげられなかった!?)」
「そうです…。体だけならまだしも………心までも…ね」
「あ………あああ…………ああああ………」
 ペガサスのその目は焦点を見失った。

「許してあげるよ……ペガサス」
「――――!」
 さっとペガサスは声のした方をみる。
 そこにいたのは……。
「(シンディア!? ………いや違う! これは幻影……)」

「許してあげるよ、ペガサス……。昔から貴方は……え〜っと…え〜っと……」
 どう言葉をかけたらいいのか分からないのか、シンディア……の幻影はこめかみを人差し指で押さえて考え出した。
「あ…あ………!?」
 それはシンディアの考え事をする時の癖……。
 それをこの幻影は忠実に再現させていた。
「え〜っと………ちょっとうっかりさんなだけだよね☆」
 そういってシンディアはにっこりと微笑んだ。
「(これだ…………私の求めていたものは…………彼女の……シンディアの……)私を…許してくれるのですか…シンディア……?」
「もう! だからそう言ってるじゃない! …………………だからペガサス……この手をとって…」
 シンディアはペガサスに向けて、スっと手をさし伸ばした。
 ペガサスに迷いはなかった。
 愛しい人が手をさし伸ばしたら………もうその手を掴むだけだ。
「ええ…………(これで……いい……彼女がいるなら……これで……)」
 ペガサスはその手を掴んだ。

「ゲームオーバー…です………」
 男はポツリとそう言った。
 ペガサスのその手はシンディアの手を掴んでなどいなかった。
 ペガサスの手の下にあるのはデッキ……。
 デッキの上に手をのせるのは、サレンダー(降参)を意味する………。
 ペガサスは、自ら負けを選んだのだ。

 瞬く間に消えていく闇とモンスター達。
 ペガサスは何が起こったかなど理解しようとする素振りも見せず、その場で気絶した。
 あっけない幕切れだった。

「ふう………ま、計画通り……ですかね……」
 男はさっきまでのオチャラケた表情(かお)を消し、デュエルテーブルに広がったカードを片付けはじめた。

「とんだ茶番だったな……リッチモンド…」
「?」
 男は自分の名を呼んだ方を向いた。
「なんだ、あなたでしたか…………」
 その人物は、男……リッチモンドの知る人物だった。

 その人物は、深く漆黒の色のローブを着込み、その顔は見えない。
 さらに口になにか付けているのだろうか? その声はこもっていて男か女かの区別は難しかった。
「闇のゲームで心を弱らせ、都合のいい幻影を見せて自爆させる………ずいぶんとこったやり方だな………まぁ、ただ洗脳するなど、我々の求めるやり方ではないがな……」
 ローブの人物はそう喋りながらペガサスに近づいた。
「ふふふふ………そうですよ。ただ洗脳するなんて本末転倒です。我々の目的のために…ね」
 デッキの片付けが終わったリッチモンドも、ローブの人物同様ペガサスに歩み寄った。
「ところで……いつまでそんな贋作(レプリカ)を付けているつもりだ?」
 ローブの人物はリッチモンドの右目を指差してそう言った。
「ん?ああ!そうでしたね………」
 モノクルを取ると、リッチモンドは自身の右目の千年眼を外した。
 そこにあったのは……普通の肉眼だった。
「ふっ……本当にお前はこった手が好きだな…」
「ふふふ………そう仰らないでくださいよ。こっちの方がより動揺してくれるかなぁと、思ったもので」
「そうか。………しかし危険なことをするものだ。『見る』だけなら安全だが、『入る』ことはそう頻繁に出来るものではないぞ……」
 ローブの人物はあきれ果てたようにため息をついた。
「ええ……もちろんです。しかし…今の彼の心は、私にとって…とても侵犯のしやすい場所でしたよ………ふふふ……。それに……これはもう『決まった未来』でしたからね…」
 リッチモンドは首の、服で隠してある細いロープを引っ張り、同じく上着で隠してあったアンクを模した形のペンダントを取り出した。
「やはり私は……こちらの千年錠の方が好きですね。ふふふ………では……そろそろクロフォード君にこちらをお返ししましょうか」
 リッチモンドは上着の内ポケットに手を入れ、黄金色の小さな球体をとり出す。
「千年眼……これを貴方に返す事が……今回の私の仕事ですからね…」
 リッチモンドは、うつぶせの状態であるペガサスを仰向けに裏返す。
 そして、髪で隠れたペガサスの左目をあらわにし、グっと千年眼を押し込んだ。
「ふぅ……さて、これからが忙しくなりますよ〜〜♪」
 男はニンマリと笑い、立ち上がった。
「おっとそうだ………忘れる所でした」
 男はどこからとも無く、花を一輪とり出す。
 それは、食卓でペガサスに投げた花と同じ種類の花だった。
 リッチモンドはその花をスッと、ペガサスの胸に落とした。
「この花は『さぎそう』……花言葉は『夢でもあなたを想う』です。良い夢を……ご覧ください………」
 男はそういって、礼儀よくペガサスにお辞儀をした。



「ん……ぁあ、あ…………」
 日差しがまぶしい、と月行は思った。
 窓を開けたまま寝たためなのか、カーテンが風で揺れ、そこから日射か流れてきたようだった。
 ここは別荘内の月行の部屋だ。自分の荷物のバックが置かれているので間違いない。
 光になれてない目を開けて、上半身を起こす。
 睡眠不足なのか、悪い夢でも見たのか、なんだか気分が悪かった。
 よく見ると、月行は着替えもせずに眠っていたようだった。
「なんだ………この違和感は……。それに……なんか大切なことを忘れているような……」
 全身に感じるこの悪寒。
 何を忘れているのか思い出すため、月行は眉間にしわをよせて考え込む。
「…………そうだ…! 昨日の夜……訳の分からない男が忍び込んできて……私と夜行を…そして……! ――ペガサス様っ!」
 思い出した月行は、すぐさまベッドから飛び出し部屋をあとにする。

「きゃあ!」
「――!」
 急いで飛び出したせいで、廊下を歩いていたメイドにぶつかったようだ。
 幸い両者とも転びはしなかったようだが、メイドは月行の鬼気迫るような表情のせいでもう一度驚いた。
「すまない! 今ペガサス様は何処にいる!?」
「……い、今は自室にいらっしゃるかと……」
「ありがとう!」
 月行は顔もほとんど合わさずに走り出した。

 ペガサスの部屋に向かい猛突進する月行。
 ちょっと走ると同じような足音が後ろから聞こえてきた。
「兄さん!」
 夜行だった。
「夜行! 昨日の事、覚えてるか!」
「ああ! 覚えてる!」
 朝の挨拶もせぬまま、兄弟は同じ顔を同じ表情にして走った。
 横にも縦にも広い廊下を走る2人。
 次の角を曲がれば、ペガサスの部屋はすぐそこだ。
 兄弟はラストスパートをかける。

「がっ!!」
 角をまがった時に誰かにぶつかり、先頭に走っていた月行はその人物にぶつかった。
 その衝撃で、思いっきり後ろに転ぶ。
「あた…た…すまない…だが急いでいたので………!?」
 月行は体を起こし、ぶつかった相手に謝罪しようとその人物を見た。
 だが、その謝罪の気持ちはすぐに消えた。
「き…貴様はッ!!!」

 ぶつかった人物も月行と同じように起き、立ち上がった。
「やあ月行君、おはよう。朝から『貴様』とは結構な挨拶ですね☆」
 男だった。
 そのぶつかった男こそ、昨晩この別荘に忍び込んできた賊だった。
「貴様…!」
 夜行も兄と同じように、男を睨み付ける。
「ははは…夜行君もおはよう。どうしたんです? 挨拶されたら挨拶し返すのが礼儀だと、私は思うけどなぁ」
 ふてぶてしい態度。
 間違いなくこの男だった。
「貴様…ペガサス様はどうした!?」
「おやおや……本当にご挨拶ですねぇ……。私の名は『リッチモンド』……『貴様』ではありませんよ、私の名前は?」
「そんな事はどうでも良い! 質問に答えろ!」
「そちらこそ………ちゃんと朝の挨拶くらいしたらどうです?」
 月行がいくら凄んでも、男の挑発的とも取れる態度は変わらない。
「っく……ぐぐぐ……貴様ぁぁぁぁ!!!」
 渋れをきらした月行は、怒りにまかせて男に向かい拳を振り上げた。

「何をしているのデーース!!!」
 もう0.5秒あれば、男の顔に拳が当たっていたであろうこのタイミングで、ペガサスの声が聞こえた。
 月行はその拳を止め、ペガサスの部屋から現れた人物をみる。
 紛れも無い、ペガサスだった。
「ペ……ペガサス様……」
「ご無事……だったのですか…?」

「OH!何を言っているのデース! それより何ですかこの騒ぎは!?」
「「……………………」」
 2人は言葉を失った。
 この男がまだ屋敷にいる時点で、最悪の状況も想定していた。
 だが、ペガサスはこの屋敷に今も健在である。
 しかし、なぜかこの男をかばうような態度をとる。
 はっきり言って訳がわからなかった。

「いえいえ、ミスタークロフォード。別に何でもありませんよ。ただですね、私が朝の挨拶をしていたら、何故かこのお2人は私を『貴様』と呼んでつっかかってきたんですよ……」
「OHHHH! なんということデース! 貴方たち2人はもっと優秀だと思っていたのですか……………」
 訳がわからない。
ペガサスは昨日のことを忘れてしまったとでもいうのか!?
「お、お言葉を返すようですがペガサス様! この男は昨日――――」
「昨日!? ええ着ましたよ! 彼は昨晩、M・M(ムード・メイツ)社からの使いで、我がI2社の本社をたらい回しにされたにもかかわらず、わざわざこっちの別荘まで来ていただいた大事なお客様デース!」
「「は?!」」
 2人は開いた口が塞がらない。
 ペガサスはさっきから何を言っているのか?
「いえいえ、いいんですよクロフォードさん。このお2人はまだお若い。そんなに起こってはかわいそうですよ」
「OH……そういっていただけると大変助かりマース………」
「いえいえ、いいのですよ……それより…休憩はもういいので、商談の話の続きをしましょうか……」
「イエース。分かりました。月行! 夜行! ユー達はしばらく自室で謹慎していなサーイ!!」
 そう言うとペガサスは、男と共に部屋に戻っていった。

「「………………………」」
 唐突な出来事を理解できない2人は、しばらく廊下で固まったままだった。



EPISODE16・新入部員現る

 4月6日
 日本時間:11時5分
 童実野大学:体育館

「遊戯さ〜〜〜〜んッ!!! オレとデュエルしてくれーッ!」
「いやオレだッ!」
「くそ! 押すなアホがッ!」

 童実野大学の体育館、他のサークルの机やパイプ椅子、もちろんその生徒達とでただでさえ狭くなっている体育館に、100人あまりのデュエリスト達……すし詰め状態になるのも当然だった。

「押すなつってんだろぉおがぁ!」
「ちょっ! 変なトコ触んなよ!」
「誰がテメーなんて触るかボケがっ!」

 そのすし詰め状態の殺気立ったデュエリスト達は、我先にと遊戯達のサークルに駆け寄ろうとしている。
 だが、人数が多すぎた。あまりにも多くて中々前に進めない。
 さしづめ、これを見て連想するのは『蜘蛛の糸』と言ったところだろうか?
 ここに来る前から彼らにあるであろうデュエリスト特有の殺気、それにこの狭さによるパーソナルスペースの侵略、暑さ、中々前に進めない苛立ち、それによって心に生まれるストレスによって、この集団が暴徒と化すのは時間の問題だろう……。


「はーーーーい、デュエリストの皆さーーーーーんッ!!! こっちを注目〜〜〜!!!」
 いきなり体育館に、スピーカーで拡張したであろう大きな声が木霊した。
 デュエリスト達はピタリと動きをとめ、声の響いてきた方を一斉に向いた。
 きっと最大音量にしているのだろう。
 これでキーンという嫌な音が聞こえてこないのは、十分に電子メガホンの扱いに慣れた人物が使ってる証拠だ。
 この声は……菊子だった。
 しかもその隣には、日ごろの変装をといて、高校時代にアテムと共に着ていた学ランを着て、腕を組んだ遊戯が立っていた。
 菊子は片手に電子メガホンをもって、遊戯と共に体育館の奥の舞台の真ん中に立って、デュエリスト達を見下ろしていた。
「え〜〜〜〜〜本日はようこそ我がサークルにお出でいただいてありがとうございます! では、早速ではありますが!!! これより決闘王・武藤遊戯と闘う権利を賭けての入部希望者の皆様による、バトルロワイヤルを開始させていただきますッ!!!」

 デュエリスト達が、またもやガヤガヤと騒ぎはじめる。
「(おい! 本当に遊戯さんがいるぞ!)」
 と言うのと
「(おいおいこんな話聞いてないぞ………)」
 とで。
 ここに来たデュエリスト達は皆、ここにくれば直ぐに武藤遊戯とデュエルが出来ると楽観視していたものばかりだった。
「そんな馬鹿馬鹿しいことやってられっか!!今すぐ遊戯さんと闘(や)らせろ!!」
「「そうだそうだ!」」
 当然、こう言う事を輩も多く出てくる。

「あ? 何だ? お前ら負けんのが怖ぇえのか?」
「はっ! そうだな……こんな事ホザく連中は、どうせ運よく勝てばいいかなって思ってる程度の矮小だぜきっと!」
「こんな有象無象共を相手にする遊戯さんが可愛そうだね…」
 しかし、ぶーたれる連中に、こんな事を言うデュエリスト達がいた。しかも大声で。

「なんだとてめぇら! 誰が有象無象だ!?」
 と、聞こえた一同はもちろんコレに憤り、そのデュエリスト達につっかかる。
「あん? 聞こえなかったか? まぁいいや、どうせお前ら闘(や)っても負けるんだから、さっさと帰れよ……」
「あんだとぉ手前ぇ!!!」
 怒った男は、挑発した男の胸倉を掴む。
「へぇ?闘(や)んのか?」
「おもしれえ! 叩き潰してやるぜ!」

「え〜〜〜、それではルールを説明します!」
 ここぞ、というタイミングで、菊子はルール説明を始めた。
 もうこのバトルロワイヤルに文句を言うものは居なくなっていた。
 文句を言えば、それは自分が弱いのを認める事に繋がるからだ。
 ここまで言われては、デュエリストとして引き下がれない!
 もうそういう場の空気になっていた。
 もうお気づきだと思うが、さっきデュエリスト達を挑発していた者達は、もちろん菊子の仕込んでおいた桜……城之内達だった。
 部長の計画……ここまでは順風満帆だった。

「ルールは簡単です! この学園の校舎を歩き回り、デュエリストの人と出会ったら即、そこでデュエル! 一度でも負ければそこでリタイヤ! 開始時間は今から20分後11時30分から3時間後の14時30分までデュエルを行い、勝利数の多かった上位10人だけが、決闘王・武藤遊戯と対戦する権利を得ます!!! それでは遊戯さん、開始のご挨拶をお願いします!」
 菊子の宣言に従い遊戯は舞台の前に進む。
 その顔はアテムの時の顔に瓜二つだった。
 眉間にしわを寄せ、その目つきを極限まで鋭くしている。
「デュエリスト達よ!! このバトルロワイヤルを勝ち向き! お前達の持つ最高の戦術で挑んできな!!! だが―――」
 遊戯は腰に付けている黒い皮製のデッキケースに手をかけ、すぐさまその中にあるデッキを取り出しポーズをとる。
そしてビシッ!と
「オレのデッキが粉砕するぜ!」
 決めた。

 ――――おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

 デュエリスト達が歓声をあげる。
 菊子の作戦通り、場はかなりの盛り上がりを見せ始めていた。
 デッキをしまった遊戯が引き、もう一度菊子が舞台の前に立つ。
「え〜〜〜〜それではッ! これから自由に校舎を徘徊してかまいませんので………それでは………スタァァァァーーーーーートォ!!!」


 ――――わあああああああああああああああ!!!

 菊子の宣言とともに、100人以上いたデュエリスト達は、一斉に校舎へと散っていった。
 実に単純で行動の早い方々だった。


「……………ふぅ〜〜〜〜〜〜〜〜。何とかうまくいったね!」
 デュエリスト達が全員居なくなったのを確かめ、一汗かいた菊子は、安堵のため息をついた。
 そして遊戯と共に舞台の上から降りると、自らのサークルのスペースに戻っていった。

「うまくいきましたね! 部長!」
 とりあえず計画の前半を成功させた菊子を、獏良が激励する。
「ふぅ……あの人たちが言うことを聞いてくれて、本当によかったですよ……」
 問題のど真ん中にいる遊戯も、とりあえず安堵の笑みを浮かべているようだ。
 しかしよっぽど恥ずかしかったのか、その顔は真っ赤だった。
「でも流石だね遊戯君!アテムくんのモノマネで、遊戯君に敵う人なんていないよ」
 遊戯を獏良が茶化す。
「もう! ホントに恥ずかしかったんだから……」
 遊戯は赤い顔をもっと赤くした。
「え? 何の話?」
 一人菊子は話が理解できなかった。

「おお〜い! 皆お疲れさん」
 城之内達が帰ってきた。
 デュエリスト達と一緒に校舎に行ったと見せかけて、体育館の大きな扉の影に隠れていたのだ。
「いや〜遊戯、そっくりだったぜ〜〜〜?」
 またも、遊戯はその顔を真っ赤に染めることになった。


 菊子達の計画を説明しておこう。
 まず遊戯を餌に、多くの入学制の中からデュエリストをここにおびき出す。
 そしてここから、優秀なデュエリスト達を選抜する。
 全員入部させてしまえばいいと思われるかもしれないが、それでは遊戯がもたないだろう。100を超えるデュエリストを一々毎日相手にしていては、さしもの決闘王も体力の限界だ。
 それに、10人もいれば十分だ。それで廃部は免れる。
 当初の目的に、何ら変更は無い。
 このバトルロワイヤルを乗り越えた10人なら、今後のサークルの活動に、十分貢献してくれる事だろう。
 追伸しておくと、今日は在校生はサークル紹介のメンバーくらいしか来ていない。広い童実野大学の校舎には十分にデュエルが出来るスペースがあった。

 後は、果報は寝て待ての状態だった。



 しかし3時間後。
「…………ごめん。もう一度言ってもらえない?」
 3時間後の童実野大学体育館。
 たった一人の女の子を前に、驚きに包まれたゲームサークルメンバーを代表して、力なく突っ立った菊子がその女の子に質問した。
 その娘は、薄いブルーのショットカットと清楚な衣服で身を包み、朗らかに笑っていた。
 身長は平均で、体つきはちょっとスレンダー系。
 その笑顔はとても可憐で、いわゆる美少女という奴だろう。
「え〜っと、ですから、私がデュエリストの皆さんを、全員倒しちゃいました☆」
 そう言って彼女はにっこりと笑った。
 とても可愛らしい。ほとんどの男はこれだけでイチコロ(古)だろう。
 事実、サークル男子メンバーはその笑顔に内心ドキリとした。

「………………………」
 反面、菊子はポカンと口を開けていた。
 本来、ここにはこの時間、最低5人はいるはずだったのだ。
 まさかこんな事になろうとは………。
 この作戦の意味は、新しい優秀な部員を集める事だ。
 しかし、それがたった1人しかいないのでは意味が無い。
 こんな事なら、100人の中から適当なの何人か見繕ってればよかったかもしれない。
 とにかく、アドリブに弱い菊子はポカンとしてた。

 しかしこの娘は、そんな菊子などお構いなしに遊戯に近づいた。
「はじめまして遊戯さん! 私リサっていいます☆ よろしくお願いしますねッ!」
「う、うん。よろしく……」
 遊戯は、こうゆうテンションの高いのは苦手だ。
 だが、挨拶されて無視するのはよくないので、とりあえず挨拶する。
「ね、ね、ね、触っていいですか? 触っていい? (わくわく) キャー、憧れのデュエルキング武藤遊戯さんに握手してもらっちゃったーーー」
 と言うより無理やり掴んで、リサは凄く喜んでいた。
 それを横目に見た菊子は、なれなれしく遊戯に触れるリサにちょっとムッとした。
 ……しかし今はそれどころでは無い。
 何とかする策は無いかと、菊子はキョロキョロと体育館中を見回した。
「………………?」
 よく見ると、体育館の入り口に、こちらを恐る恐る見ている3人組がいた。しかも腕には決闘盤を着けている。
 3人の1人は黒縁の眼鏡をかけた中肉中背、もう1人は遊戯や菊子ほどではないが同年代の男の子と比べると背が低く痩せ型、最後の一人は身長は平均的だったが少し小太りだ。
 こう見ると纏まりがない様に見えるが、よく見ると3人とも少し気が弱そうだった。
 菊子は見つけるが早いか、すぐにその3人組みに近づいて話しかけた。とても素敵な営業スマイルで。

「ねえねえ! 君達もしかして新入生!?」
「え? ええ!?」
 いきなり話しかけられて驚いたのか、3人はしどろもどろに互いを見た。
「で、デュエル・モンスターズはやるの!?」
「は、はい……そうですけど……」
 3人の中で、一番菊子に近いすこし小太りの新入生が答えた。
「じゃあさじゃあさ!もしよかったらうちのサークルに入らない!? 今ならもれなく、先輩にデュエルキングの武藤くんがいるんだよ〜!」
「「「ええ!?」」」
 3人は同時に声を上げた。
 正直願ってもチャンスだ。と言うより何より、彼らはそれが目的でここにいるのだ。しかし……。
「でも……ぼくら、デュエルで負けて………」
 そう、彼らはさっきまでのバトルロワイヤルで負けてしまった。
 それで勝たないと武藤遊戯と会えないと落胆しきっていた彼らにとって、この話は棚から牡丹餅だろう。
「いいのいいの!実はね、もうちょっと部員が欲しいと思っていたところなんだ!」
 もうちょっとどころでは無い、急速に必要である。
「でも……ぼくらそんなに強くないし……むしろ弱いですし……」
 話が上手く行き過ぎて逆に怯えているのか、彼らは謙虚にそう言った。
「それだったら、なおさらウチに来るといいよ! だってデュエルキングが先輩にいるんだよ!? 武藤くんが手取り足取りデュエルのコツを教えてくれて、きっと在学中に、見違えるほど強くなるよ!」
 もうこうなったら贅沢は言ってられないと、菊子は3人をヘッドハンティングしていた。
 彼らに断る理由などまったく無い、そんな事を言われたら二つ返事でOKする。

「(ふぅ……あぶなかった……)」
 菊子は安心してため息をした。
 とりあえずコレで合計4人確保できた。すこし少ないが、とりあえずこれで今年の廃部は免れるだろう………たぶん。
 しかし…これでは何のためにバトルロワイヤルをしたのやら……。
 菊子は、やっぱり自分はトラブルメーカーなんだな……と自分を再確認して気を落とした。

 しかし落ち込んではいられない。自分には部長としての責任があるのを思い出す。
 早くこの3人を、サークルメンバーに紹介しなければならない。
 こんな所を他の新入生デュエリストに見つかったら大問題になる。

 菊子は「ついてきて」と3人を誘導する。

「皆やったよ! 新しい部員を…………」
 またも菊子は閉口した。

「へ〜っ、リサちゃんって黒薔薇女学院にいたんだ〜」
 とデレデレな御伽。
「あ〜どおりで何だか気品がある気がしたよ」
 と漠良。
「リサちゃんってデュエルつぇえんだな〜〜! 今度オレともやろおぜ〜〜!」
 とデレデレな城之内。
「え〜ッ! そんな事ないですよ〜。城之内先輩とやったら負けちゃいますぅ〜〜;」
 とリサ。
「いやいや〜!絶対にリサちゃんが勝つってぇ〜〜!」
 とデレデレな本田。

 サークル男子全員、菊子を無視してリサとクッチャベっていた。
「あ………あのさぁ……みんな……」
「ん? あれ部長、どこ行ってたんスか?」
 本田が能天気に答える。案の定、見てもいないようだった。

「…………新しい部員を探しに……行ってたんだけど……」
「あ、そうッスか。でさ〜リサちゃぁん〜〜〜―――」
 そっけないものだった。本田は簡単な質問を済ませると、すぐに視線はリサに戻った。

「……………………………」
 菊子は地面に「の」の字を書きたくなった。
「「「…………………」」」
 そして新入生3人は、呆然と立ち尽くすのみだった。


 そしてさらに10分後。菊子は苦労して部員、新入部員を部室に運んだ。
 パイプ机でロの字を作り。在校部員、新入部員で左右に分かれてパイプイスに座る。
 テーブルにはそれぞれ、軽いお菓子とジュースが並べられた。
「え〜〜改めまして、皆さん4人を新たに入部させるにいたりました。では新入部員の皆さん、自己紹介をお願いします。では右の方からどうぞ!」
 菊子が司会役として場を仕切る。
 一番右は眼鏡のノッポ君だ。
 3人は簡単な自己紹介をした。
 3人組のメガネの子は山田、ちょっとインテリっぽい。
 背の低い子は鈴木。よく焼けた肌がスポーツ好きを思わせる。
 最後の小太りの子は佐藤だ。食べるのが好きそうだ。
 …………いや手抜きじゃないですよ?
 そして最後にリサが立ち上がり、挨拶をする。
「はじめまして、影山リサっていいます。デュエルはまだまだですけど、皆さん仲良くしてくださいね☆」

「いえ〜い! いいぞ〜リサちゃ〜〜ん♪」
 それに相槌をうつかの様に、本田と御伽が騒ぐ。
 それにリサはニコッと笑って答えた。
 それに反応してさらに騒ぐ在校部員男子一同。
 前者3人とはえらい違いだ。

「なぁ……鈴木……僕達、ここにいて良いのかな……」
「佐藤……お前もそう思うか………」
「あれ……奇遇だね……ぼくもだよ………」
 3人はちょっといたたまれなくなった。

「山田君と佐藤君と鈴木君もよろしくね☆」
 リサがすかさず新人3人に微笑んで話しかけた。
「「「はっはい!よろしくお願いします!!」」」
 そしてすかさず3人は、思いっきり笑ってその挨拶に答えた。
 実にシンプルな連中であった。
 と、とりあえずこうして新入部員歓迎会ははじまった訳だ。



EPISODE17・カステラ1番、電話は2番、三時のおやつは文明堂

 どこにでも難癖つける人間はいるものだ。
 その人に言わせれば正論であるのだろうが、つけられる方はたまらない。
 そんな災難は、いつ何時自らに降りかかるか分からない。
 しかし、その時にどのような対応をするかで、その人の程度が分かるものではなかろうか?
 否電源系遊戯クラブ部長、角谷菊子はそんな事を考えていた。

「だから! 今すぐ決闘王を出すじょー! 金ならいくらでも出すじょー!」
 その難癖つける人物とはこの、金ぴかに光る悪趣味な上着をきた成金臭ぷんぷんのボーイだった。
 彼は新入部員歓迎会が始まったと同時に現れた。
 菊子は1人廊下で、彼と少し揉めていた。こういう問題をどうにかするのも、部長の仕事である。
 そして遊戯達は、ドアの隙間からようすを見守っていた。
「いやでも君……入学式に遅刻したんでしょ?」
 菊子が確認のためにもう一度聞く。
 聞くにこのボーイ、入学式に遅刻して新入部員選抜デュエルの事も知らなかったと言う。
 しかもさっき学校に到着したばかりなのだそうだ。
「そんなの関係ないじょー! 僕チンはエライんだから関係ないじょー! 早く僕チンを入部させるじょー! 金ならいくらでも出すじょー!」
 まぁいってもこのふてぶてしい態度である。
 まさに言っても無駄という状態だ。
 確かに入部させるのには問題が無い。部員は多いにこしたことはない。
 しかし問題があるのはこの成金ボーイの方だ。
 なんと言うかこのボーイは………人間的に問題がありそうだった。
「あ、あのね。なんと言うか武藤君は忙しいし、もう新入部員は間に合ってるから……お引取り願えない?」
 こんな危ないのを入部させて遊戯にあわせるのは良くないと思った菊子は、悪いと思ったがとりあえず帰ってもらう事にした。
「ええいうるさいじょー! 金ならいくらでも出すと――――」
 成金ボーイは懐に手をいれ。
「言ってるじょーーーーー!」

 バッッサァーーーと、何か大量の紙の束を菊子に投げつけた。
 その紙切れには、福沢諭吉が描かれていた。
 俗に言う日本銀行券、お金、万札である。
 ざっと50……いや80万円ぐらいはあるだろうか?
「ニョホホホ! 拾うがいいじょーーー貧乏人ーーー!!!」

「………………………」
 菊子はその光景を見つめているだけだったが、しばらくすると膝を曲げて落ちたお札を拾いはじめた。
「ニョホホホ! そうだじょーー! お前ら貧乏人は黙って僕チンの命令に従っていればいいんだじょーーー!」
 その菊子の姿を、成金ボーイは高笑いして見ていた。

 だが全てのお札を拾い終わると菊子は立ち上がって、札束を成金ボーイに差し出した。
「!? な、何のまねだじょーー?」
「ごめんね、今日はもう帰ってもらえる? ………それと、お金を粗末にするのはもうやめなさいね?」
 菊子はキッとした目を、成金ボーイに向けてそう言った。

「こ――――このアマッ!!」
 成金ボーイは菊子の札束を差し出した手を左手ではじくと、もう片方の手で――――

 菊子のほほを殴った!
 殴られたことによって、菊子は身体のバランスを崩し廊下に倒れた。眼鏡もその反動で、菊子より先に廊下に落ちてしまった。
 この成金ボーイと菊子では、あまりに体格の差がありすぎたのだ。
「はははは! いい気味だじょー! 慰謝料ならいくらでも払ってやるじょー!」
 倒れた菊子を成金ボーイは見下ろしてあざ笑った。

「っ野郎!」
 もう黙って見ていられないと、遊戯達在校部員が部室から飛び出してきた。
 すぐに城之内は成金ボーイに駆け寄り、襟首を持って掴みあげる。今回ばかりは、本田も止めない。
「大丈夫ですか部長!?」
 遊戯は菊子に駆け寄り、その上半身を起こして顔を見る。
 これは酷い……殴られた所が少し青くなっている………。もうしばらくしたら腫れてくるだろう………。

「な! なんだじょーーお前は!」
 襟首を城之内に掴まれた成金ボーイは、焦っていた。
「うるせー!てめーーーーーー!!!!」
 城之内は彼に向かって、右手を振り上げる。
「まって城之内くん!」
「!」
 いきなり止められて、城之内は殴るのを止めて振り向く。
 叫んだのは菊子だった。
「部長……なんで!?」
 菊子は黙って遊戯に大丈夫だとサインを送って、左ほほを押さえて立ち上がり、持ち上げられた成金ボーイに歩み寄る。
「放してあげて、城之内くん」
「え!? でもよ……」
「いいから」
「……………」
 殴られた本人からそんなに落ち着いて言われると、城之内は言われたまま放すしかない。

「ふ……ふん! そうだじょーー! お前みたいな貧乏人が、僕チンには触れる事すら本当は許されないんだじょー。今日は超特別に許してやるじょー!」
「何だとテメー!!!」
「ヒッ!」
「城之内くん!」
 再び殴りかかろうとする城之内を、菊子は再び止めた。
「――! 部長、何で止めんだ!?」
 質問する城之内を無視して、菊子は成金ボーイに話しかける。
「……………君の言い分は分かったわ。入部を認めてあげる」
「「「「「部長!!?」」」」」
「ニョ……ホホホホ! はじめからそう言ってればいいんだじょー!」
「だだし」
「ん!?」
「私にデュエルで勝ったらね!」
「な、何だとだじょーー!?」
「私にデュエルで勝ったら……入部を認めて、すぐにでも武藤君と闘(や)らせてあげる」
「………………はっ、ははははははは!面白いじょーーー! 僕チンのDXゴージャス成金デッキでお前のような生意気女はケチョンケチョンにしてやるじょーーーー!」

「決まりね。城之内君」
「え?」
「ごめんだけど、部室から私のカバン持ってきてくれない? そこにデッキと決闘盤が入ってるから……」
「え…でもよ……今は保健室に行ったほうが良いんじゃ――」
「お願い……」
 城之内は菊子の顔を見る。
 少しほほが腫れはじめている痛々しい顔だっが、その愛らしい瞳には強い意志が観えていた。
 眼鏡をしていないせいなのか、今はそれがよく分かった。
「……………分かったよ……」
 少し照れながら、城之内はしぶしぶ部室にカバンを取りに言った。

「ニョホホホホ! 早くはじめるじょー! 僕チンのデッキで瞬殺してやるじょー!」
 対する成金ボーイは、もうすでに決闘盤を着けてスタンバッっていた。
その彼の着けている決闘盤は金色に輝く、ある意味彼に良く似合う悪趣味な物だった。
(まぁガラム財閥の物ほど豪華ではないが……。)

 菊子も城之内が持っていたカバンから、デッキと決闘盤を取り出し装着。

 成金ボーイと菊子、互いに距離をとる。

 今から、廊下でデュエルが始まる。

 互いにデッキをカット&シャッフル!
 シャッフルしたデッキをデュエルディスクにセット!
「「決闘!!(デュエル)」」
 互いに5枚の初期手札を引く。

 菊子LP:4000
 成金ボーイLP:4000

「ニョホホホ! 僕チンの先攻だじょ! ドロー!」

 ドローカード:成金バリア

「ニョホホ! 僕チンは手札から魔法カード『強欲な壺を没収』を発動するじょー!」


『強欲な壺を没収』・魔
【通常魔法】
相手のデッキから全ての「強欲な壺」を自分の手札に加える。


「コレで貴様のデッキの『強欲な壺』は全ていただくじょーーーー!」
 いきなりの強力カード!
 成金ボーイはその強力カードが初期手札にある事に多いに笑った。
 だが。
「……………………………」
 何故か彼以外の人は皆無反応だった。
 しかも冷たい目線で。
「あ、あれ? なんで皆無反応なのだじょ!? ここはもっと「なにぃ〜〜!?」とか「バカな!?」とかの台詞のところだじょーー!?」
「………あのね、私のデッキには『強欲な壺』は入ってないの」
 菊子が(この成金ボーイとっては)驚きの発言をする。
「な!? な!? なんだとだじょーーーーー!? そ、そんな訳ないじょ! 『強欲な壺』の入ってないデッキなんてデッキじゃないじょ! ――――は!? ははぁああん! さては貴様初心者だじょ!? そうに決まってるじょ! ニョホホホ!これはとんだ素人を相手にしてしまったじょ! ニョホホホ!!!」
 高笑いする成金ボーイに、菊子は冷たい宣告をする。
「あのね、今は『強欲な壺』は禁止カードなの」
「ニョ――――…………ほえ!!!?」
『強欲な壺を没収』は、空しく墓地に消えていった。
 成金ボーイは間抜けな顔で固まった。
 デュエル・モンスターズは半年に1回、禁止カード(デュエルで使用できないカード)と制限カード(デッキに1枚しか入れられないカード)の入れ替えルール変更があった。
 先月までは『強欲な壺』は制限カードだったが、今月から禁止カードになったのだ。
「はぁ………。まさか君はデッキに『強欲な壺』入いってるんじゃ…?」
「ニョ!!!?」
 ……どうやら図星のようだった。
「はぁ………」
 菊子はまたため息をついた。
「「「「「はぁ………」」」」」
 遊戯達もため息をついた。

「はっ! まあいいや。これであの野郎は反則負けだぜ!」
 城之内は、高らかに成金ボーイの敗北宣言をした。
「ニョ!? い……嫌だじょーー! まだ僕チンは負けてないじょーーー! 金ならいくらでも払うじょーーー! 見逃してくれじょぉぉぉ!」
 懲りずに成金ボーイは、周りに札束を撒きだした。なんとも往生際の悪い……。
「いいよ」
「へ!?」
「「「「「え!!!?」」」」」
「別にいいよ。そのくらいのハンデが無いと、面白くないもんね」
 菊子さん、余裕の発言。
「え!? 部長ちょっとまってくださいよ! 本当にいいんですか!?」
 御伽が菊子に詰め寄る。
「いいのいいの。大丈夫だから(……私もアングルードなんてカード以前使わせちゃってたし)」
 菊子は余裕のようだ。
 御伽はしぶしぶ引っ込む。
「あ……ありがとだじょーーー! それではさっそく! 『強欲な壺』を発動だじょーーー!」


『強欲な壺』・魔
【通常魔法】
自分のデッキからカードを2枚ドローする。


「うわっ!あの野郎さっそく使いやがった……」
「恩を仇で返すタイプだね……」
 本田達はその厚顔っぷりに引いた。

 ドローカード:命削りの宝札、壺大魔神

「ニョホホ! さらに僕チンは手札から4枚のカードを場に伏せるじょーーーー! そしてさらに手札から『命削りの宝札』を発動するじょーーー!」
「何!?」


『命削りの宝札』・魔
【通常魔法】
自分の手札が5枚になるようにデッキからカードをドロー
する。このカードの発動から5回目の自分のスタンバイフ
ェイズに全ての手札を墓地に捨てる。


「ニョホホ! 僕チンの手札は1枚、よって4枚のカードをデッキからドロー出来るじょーーーーー!」
 成金ボーイは4枚ものカードをドローした。
「さらにそれだけじゃないじょーーーー! 手札から『運命の宝札』だじょーーーーーーーー!!!」


『運命の宝札』・魔
【通常魔法】
サイコロを振り出た目の数だけデッキからカードをドロー
する。その後、この効果でドローした枚数分のカードをデ
ッキから除外する。


「なっ、あんにゃろう! あんな卑怯なカードまで使いやがんのかよ!」
 城之内がブーイングする。
「(いや、あのカードはオメーも使ってただろ;)」
 それに本田が心の中でツッコンだ。
「て言うか、なんであんなカードが禁止じゃなくて『強欲な壺』が禁止なんだろう……」
 最後に御伽がまとめた。


 「ニョホホホ! サイコロを振るじょーーー! 何が出るかな!? 何が出るかな!?」
 フィールドに、巨大な手とサイコロが現れる。
 そしてその手が、サイコロを放り投げた。
 出た目の数は………。

 6。

「「「「「何―――!?」」」」」
「ニョホホホ!!! 出ました!6だじょーーー! よってデッキから6枚ドロー! さらにデッキから6枚のカードを除外するじょーーーー!!!」

 これで成金ボーイの手札は……10枚!
 さらに場には4枚のカードが伏せてある。
 いきなりとんでもないアドバンテージ差をつけた。

「ニョフフフフ……まだまだ終わらないじょーーー! 手札からモンスターカード『サンダー・ドラゴン』を捨てて効果を発動するじょーーー!」


『サンダー・ドラゴン』・光属性
★★★★★
【ドラゴン族・効果】
手札からこのカードを捨てる事で、デッキから別の「サン
ダー・ドラゴン」を2枚まで手札に加える事ができる。そ
の後デッキをシャッフルする。この効果は自分のメインフ
ェイズ中のみ発動する事ができる。


「ニョホホ! この効果で、僕チンはデッキから、2枚の『サンダー・ドラゴン』を手札に加えるじょーーー! さらにさらに、この効果で手札に加えた『サンダー・ドラゴン』2枚をコストに! 『魔法石の採掘』を発動するじょーーー!」


『魔法石の採掘』・魔
【通常魔法】
自分の手札を2枚捨てる事で、自分の墓地に存在する魔法
カードを1枚手札に加える。


「この効果で指定するカードはもちろん……『運命の宝札』だじょーーーー!!!」
「なっ……あの野郎まだ手札を増やす気か!?」

 成金ボーイは、墓地の『運命の宝札』を手札に戻した。
「そして戻った『運命の宝札』をそのまま発動するじょーー!」
 再び現れるサイコロ。
 巨大な手は、サイコロを振る。
 そして出た目は……!?

 ろッ…6!?

「ニョホホホ! 出た目はまたまた6だじょー! よってデッキから6枚ドローし、そして6枚のカードをデッキから除外するじょーーーー!!!」
「なっ…!?」
「そして最後の仕上げだじょー! 場に伏せていた魔法カード『ハリケーン』を使うじょー!」
 フィールドに吹き荒れる暴風。
 その嵐が成金ボーイの場のカードを手札に戻す、その数3枚。
「ニョホホホ! コレで僕チンの手札はなんと驚きの17枚だじょーーーー!!!」
「……………」
 驚愕のアドバンテージ。その差、なんと菊子の現在の手札5枚と比べて12枚も多い。
 しかし、菊子は微動だにしていなかった。

「そして僕チンは手札から最強カード『壺大魔神』を特殊召喚!見よ! これぞ成金デッキの守護神の姿だじょーーーーー!!!」


『壺大魔神』・地属性
★★★★★★★★★
【岩石族・効果】
このカードは通常召喚できない。自分の手札がこのカードを
含めて15枚以上の場合のみ手札から特殊召喚できる。この
カードの攻撃力・守備力は自分の手札の枚数×800ポイン
トアップする。自分の手札の枚数に応じて以下の効果を得る。
●5枚上の場合:このカードは相手の罠カードの効果は受け
ない。
●10枚以上の場合:このカードは相手の魔法・罠カードの効
果は受けない。
●15枚以上の場合:このカードは相手の魔法・罠・効果モン
スターの効果は受けない。
●50枚以上の場合:あなたはデュエルに勝利する。
ATK/0 DEF/0


 ――――ボヨヨヨヨォオン

 壺大魔神はその姿をさらす。
「……………………!」
「……………………!」
「……………………!」
「……………………!」
「……………………!」
「……………………!」
 その姿を見てあっけにとられる一同。

 ……さて皆さんは、『壺魔神』というカードをご存知だろうか?
 強欲な壺顔で緑の肌のマッチョガイのあれだ。
 そしてこの『壺大魔神』は………さらにあの『壺魔神』よりもさらにマッチョだった!
 全身に溢れるその筋肉!
 いかなるボディービルダーも到達できないその筋 肉 美!
 その強欲な壺フェイス!
 その姿は、まさに欲望という名の筋肉のバケモノ!
『壺大魔神』は自身の召喚を祝うかの用に、次々にボディービルダーのポーズを決めていった!
 まずは基本! フロントダブルバイセップス!!!(ワイルドに)
 そして次に! フロントラットスプレッド!!!(エキサイトに)
 さらに! サイトライセップス!!!(スマートに)
 続けて! サイドチェスト!!!(セクシーに)
 振り返り! バックダブルバイセップス!!!(背中で語れ!)
 もういっちょう! バックラットスプレット!!!(背中で語れ!2)
 これでトドメだ!! アブドミナル&サイ!!!!(エレガントに決めろ!)

「きゃばきゃばきゃば! これぞ超絶美のモンスター『壺大魔神』の姿だじょーーー!!! このモンスターの攻撃力は、手札の枚数×800ポイントだじょーーー!」

 壺大魔神・攻撃力=0→12800

「さらに15以上手札がある時! 『壺大魔神』は相手からの魔法・罠・効果モンスターの効果は受けないんだじょーーーー!!! まさに無敵のモンスターだじょーーー!!! きゃばきゃばきゃばきゃばきゃば!!!」

 し〜〜〜ん………。

 そんな高笑いする成金ボーイを菊子はじめ部員一同はしらけた目で見ていた。
「な な な………何だじょーーーー!? そのリアクションの無さは!?」

「へっ」
 城之内が笑う。
「どんなご大層なモンスターが出るかと思ったら………」
「大した事ないね」
「うん、あれなら部長の敵じゃないよ」
 城之内達は安堵の表情を浮かべ、好き好きに言いたい事を言った。

「な な な………何だとだじょーーーー!? き、き、き、貴様らはこの絶空絶美のこのモンスターが怖くないのかだじょーーーー!!!???」
「(いや、ある意味怖いけど………)」
 本田は心の中でそう思った。

「く……ぐぐぐぐぐ………わぢは手札から永続魔法! 『無限の手札』を発動してターンエンドだじょーーー!」

 壺大魔神・攻撃力=12800→12000

「私のターンだね、ドロー」
 菊子はゆっくりと、デッキからカードを引いた。

「ニョホホホ………この絶空絶世絶美のモンスターをどうにかできるのなら……やっているがいいじょーーー! そんな事…出来るわけないじょーーーー!」

「クスッ。それじゃお言葉に甘えて」
「へっ!?」

「私は手札から魔法カード『天使の施し』を発動」


『天使の施し』・魔
【通常魔法】
デッキからカードを3枚ドローし、その後手札からカード
を2枚捨てる。


「私はデッキから3枚ドローし、その後手札を2枚捨てる。そして手札から『マンジュ・ゴッド』を召喚!」


『マンジュ・ゴッド』・光属性
★★★★
【天使族・効果】
このカードが召喚・反転召喚された時、自分のデッキから
儀式モンスターカードまたは儀式魔法カード1枚を選択し
て手札に加える事が出来る。
ATK/1400 DEF/1000

 
 菊子の場に幾千、いや幾万もの腕を生やした仏神が現れる。
「私は『マンジュ・ゴッド』の効果を発動させ、デッキより儀式魔法『エンド・オブ・ザ・ワールド』を手札に加える。――――そして、加えた『エンド・オブ・ザ・ワールド』を場の『マンジュ・ゴッド』と手札のレベル4モンスター『デーモン・ソルジャー』を生け贄に発動!」


『エンド・オブ・ザ・ワールド』・魔
【儀式魔法】
「破滅の女神ルイン」「終焉の王デミス」の降臨に使用する事
ができる。フィールドか手札から、儀式召喚するモンスター
と同じレベルになるように生け贄を捧げなければならない。


「なっ、何だじょーーーー!?」
 天へと生け贄に捧げられた2体のモンスターの魂が、天空で奇麗な軌道を描く。
 それは、1つの完成した魔法陣を描いていた。
 生け贄により描かれた魔法陣の中心から強い光が地上に落ちる。
 これは、全てを破壊し尽す蒼き業火。終焉への序章。
 見る見るうちにその業火は、デュエルフィールドを埋め尽くす。
「手札から儀式モンスター『破滅の女神ルイン』を儀式召喚!」
 菊子のフィールドに集まる炎。
 その炎の中から、白銀の髪の女神が降臨した。


『破滅の女神ルイン』・光属性
★★★★★★★★
【天使族・儀式/効果】
「エンド・オブ・ザ・ワールド」により降臨。フィールドか
手札から、レベルの合計が8になるようカードを生け贄に捧
げなければならない。このカードが戦闘によって相手モンス
ターを破壊した場合、もう1度だけ攻撃を行う事ができる。
ATK/2300 DEF/2000


「ニョ………ニョホホホホホ!!! 何が出ると思ったら……そんな弱小モンスターだったとはーーーー! そんなモンスターはわぢの絶空絶世絶景絶美モンスター『壺大魔神』の敵ではないじょーーーーー!!!」

「……………アイツ……まだ分かってないみてぇだぜ」
「うん、ここからが……部長のデッキの本質だからね……」
 菊子のデッキを何度となく味わった城之内達は、成金ボーイを哀れむような目線でそうつぶやいた。

「私は墓地より――――」
「んん!?」
 成金ボーイは異変に気づく。菊子の周りに、このデュエルフィールドに、神々しく、それでいて禍々しいオーラが渦巻いている事に。
「こ、これは何だじょ!?」
「『天使の施し』によって送られた『終焉の王デミス』『冥府の使者ゴーズ』――――」
「何だと聞いて――――ヒッ!?」
 菊子の周りにはそのオーラがもっとも強く渦巻いていた。
 まるでこのオーラの中心部のように………。
「そして『エンド・オブ・ザ・ワールド』によって生け贄に捧げた『デーモン・ソルジャー』と『マンジュ・ゴッド』…………」
「ヒィィィィィ!!!?」
 成金ボーイは恐れた。
 気がついたのだ。菊子のその瞳に、まるで悪魔のように毒々しいものにが宿りはじめている事に。
 成金ボーイのその顔には滝のような汗。さらに全身には震えが走っている。
 まるで目の前に人間ではない何かがいるように怯えきっていた。

「この合計4体の天使と悪魔の魂を除外して……………」
 天空に出現する、慈愛に満ちたその光。
 地の底より這い出る、罪悪が溢れるその闇。
 空より聞こえる、慈しみの歌声。
 地の底から聞こえる、冒涜の叫び。
 その2つの力が今、天魔の門を開く。
 聖と邪にはさまれたこの世界に、現れる闇の歪み。
 そして、そこより現れ出でる1本の腕。
 その白と黒の入り混じった腕の白は、等しく希望を与えるように輝き、黒は等しく絶望を与るように光を吸収していた。
「手札より!『天魔神 ノーレラス』を特殊召喚!」
 闇の歪みから現れる天魔神。
 腕から肩、肩から胴体、胴体から首へ………歪みからどんどん天魔神は、その全身を露にしていった。

 ――――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………。

 そして天魔神ノーレラスは、完全にその神体を菊子のフィールドに現した。
 その姿は夜の闇よりも残酷で、それでいて太陽よりも力強いものだった。

「そして召喚と同時に! 『天魔神 ノーレラス』の効果を使う! ライフを1000ポイント支払う事によって、互いの手札及びフィールド上のカードを全て墓地に送る!」
「な…………………」

 ――――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………。

「な…何だじょーーーーーーーーー!!!?」

 天より落ち逝く、その世界。
 地の底より湧き上がるその世界。
「そ……空が落ちてくるーーーーーー!?」

 現世へと向かい、落下してくる天国。
 現世へと向かい、立ち上ってくる地獄。
「効果発動! HELL&HEAVEN!!」

 菊子LP=4000→3000

「ぎゃ嗚呼ああああああああああああ!!!」

 今、天と魔の世界は、天魔の神をコアとして1つに還る。
 そして現世の魂もまた………等しく還って逝くのだ。


『天魔神 ノーレラス』・闇属性
★★★★★★★★
【悪魔族・効果】
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性・天使族
モンスター1体と闇属性・悪魔族モンスター3体をゲームから
除外した場合のみ特殊召喚する事ができる。1000ライフポ
イントを払う事で、お互いの手札とフィールド上のカードを全
て墓地に送り、自分のデッキからカードを1枚ドローする。
ATK/2400 DEF/1500


「が…あ………わぢの……わぢの手札がーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!?」
 圧倒的アドバンテージを誇っていても、天魔神の前には等しく消え去るのみ。
 彼の手札は、いきなり15枚から0枚になった。
「『天魔神 ノーレラス』のもう1つの効果、私はデッキから1枚ドロー!」
「何ぃー!? ドローなんてずるいじょ!!!」

「自分の方が散々ドローしまくっといてよく言うぜ……」
 やはり本田はツッコミをいれた。

「まっまだだじょ! まだ『壺大魔神』は生きてるじょ!!」
 確かに生きていた。なんとまぁしつこく生きていた。
 だが、もうその体に筋肉はなかった。
 空気を抜いた風船のように萎んでいて、殆ど死体同様だった。

 壺大魔神・攻撃力=12000→0

「あのさ?」
「な、なんだじょ!?」
 菊子は成金ボーイに、満面の笑みを向けて言った。
「私の今ドローしたカード……教えてあげよっか?」
「な……なんだじょ?」
「これだよん☆」


『契約の履行』・魔
【装備魔法】
800ライフポイント払う。自分の墓地から儀式モンスター
1体を選択して自分フィールド上に特殊召喚し、このカード
を装備する。このカードが破壊された時、装備モンスターを
ゲームから除外する。


「な!? な!? ……な!!!? ……そ、そんな都合の良いカードを!!!?」
「サイコロで2回も6を出した人にいわれたくないもんね☆ 墓地の『破滅の女神ルイン』を対象に、『契約の履行』を発動!」

 菊子LP:3000→2200

 再度菊子の場に、降臨する白銀の神の女神。
「バトルフェイズ! 『破滅の女神ルイン』で、『壺大魔神』に攻撃!」

『破滅の女神ルイン』は手に持った槍を『壺大魔神』に突き刺す!
 何の抵抗も出来ず、『壺大魔神』の萎んだ体はその槍を飲み込んでいった。

「ぎにやぁ〜〜〜〜〜!!!つっ『壺大魔神』がぁぁぁ〜〜〜〜!」

 成金ボーイLP:4000→1700

「そして『破滅の女神ルイン』のモンスター効果、このカードがモンスターを戦闘破壊した時、もう1度だけ攻撃できる! 『破滅の女神ルイン』で、プレイヤーにダイレクトアタック!」
『破滅の女神ルイン』は槍を、成金ボーイに向かって振り上げる。
「ぎにやぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

 成金ボーイLP:1700→0

 勝敗は決した。

「な………そんな……バカな……わぢが……このわぢが…たった…1ターンで………」
成金ボーイはその場で両膝を折った。

「ふぅ……ま、今日は結構引きがよかったかな☆」
 そう言って、菊子はデッキとディスクをカバンにしまう。
「さて。城之内くん、本田くん」
「なんスか?部長」
「彼に丁重にお引取り願って」
「「あらほらさっさ」」
 城之内と本田は、その場で菊子に冗談気味に敬礼した。

 成金ボーイに近づいていく城之内と本田。
 2人は両手の指をバキバキと鳴らしていた。
「ひゃぁ!?」
 城之内は成金ボーイの襟首を掴み上げる。
「うちの部長ぶん殴って……しかも散々人の事バカにしてくれちゃってよ〜………まさかただで帰れるなんて……思っちゃいねぇよな?」
 城之内は成金ボーイを怖い顔で睨みつける。
「ヒィィィ!!! ちょっとまって!ゆるしてじょ! 金ならいくらでも出すじょ! 金なら………………金…ギャーーーーーーーーーーーー!!!」
 その後、この成金ボーイがどうなったかは………大体ご想像の通りである。



EPISODE18・這い寄る混沌@

 ペガサス別荘邸
 時刻:13時19分

 ペガサスの別荘の個室。二人の兄弟はただ黙っていた。
 ベッドに腰掛け、両肘を膝に付けてただ床の豪華なカーペットを睨み付ける夜行。
 同じく安楽椅子に腰掛け、腕を組みながら天井を凝視する月行。

 彼らの頭の中は疑問でいっぱいだった。
 いったい自分達が昨夜見たのは何だったのか?
 理解が出来ない。
 ペガサスが昨晩の事などなかったかのように振舞っている事。
 あの男…リッチモンドがペガサスと親密そうにしている事も………。
 もしかして…自分達は本当にただの悪い夢でも見ていたのではないだろうか? と思う。

 しかしそんな訳が無い。
 自分達の体には、昨晩抵抗してできたアザがある。
 普段あまりスポーツもしない自分達にこんなにアザが出来るわけが無い。
 それは互いに確認しあった。
 なら考えられるのは。
「闇の力…………………」
 月行がぼそりとそう言った。
「まさか…」
 否定ぎみに弟は返事をした。
 月行、夜行共に千年アイテムの闇の力の事はある程度知っている。
 かつて、彼らの親であり主君であったペガサスが所有していた力だ。
 この信じられない状況で、この発想にたどり着くのは至極当然であった。
 しかし………。
「(そんな事……信じたくない…)」

 大きすぎる力は、大きすぎる悲劇を呼ぶ。
 これが、千年アイテムの呪縛から解き放たれたペガサスの口癖だった。
 彼らは知っていた。
 ペガサスが、過去の事をどれだけ悔いているか、どれがけ後悔しているかを。
 あの言葉はそんなペガサスの心理をよく現していた。
 だからもし……闇の力が関係するなら……それはペガサスを不幸にするものだと思う。
 彼らにとって、それはあってはならない事だ。
 だから………信じたくなかった。
 でももしも……本当に闇の力が関係しているのなら――――。
「確かめないと」
 月行は、椅子から立ち上がった。
「兄さん!」
 夜行が呼び止める。
「こうしていてもラチがあかない……。やはり確かめるべきだ」
 ふりかえった月行は、そう言って力強い目を弟に向けた。
 夜行は少し目線を床にそらしたがすぐに戻して。
「………分かった、私も一緒に行くよ」
 月行はそれにうなずいて答えた。
 
「「?」」
ドアをノックする音が聞こえた。
「(誰だ?)」
 メイドの人だろうか?
 だが、「ランチはいらない、ちょっと2人だけにしてくれ」と伝えてある。
 では誰が?
 今この部屋に用がある人間なんて……?
「(ペガサス様か?)」
 とりあえずそういう考えにいたった。
 さっきの男の事で話があるのかも知れないと、そう思ったのだ。

 次のノックがくるより先に、月行はドアの鍵を開けた。
 そして扉を開いた時、月行は驚いた。
「お前……は!」
 リッチモンドだった。
 さっきまで月行と夜行の頭を悩ませていた元凶、リッチモンドだった。
 リッチモンドは、ファーストフォード店の店員が客に見せるような安い笑顔を月行と夜行に向け。
「いやぁ月行くん夜行くん。さっきはすまなかったねぇ」
 と、全然すまなくなかったように言った。
「貴様!いったい何の用だ!?」
  夜行は敵意をあらわにしてリッチモンドに向かって叫んだ。
「はぁ…ホントにつれないですねぇ〜君達は…。私はただ、クロフォード君が忙しいので、彼に代わって君達に伝えにきただけですよ」
「伝えにきた?何をだ!?」
「ああいえ、そんな大した事じゃないのですけどね……。ふふふふ………いえね、近々私どもの会社M・M(ムード・メイツ)社と、君達のI2社が合併する話になりましてね……」
「何!?」
 M・M社……その存在は前から月行達も知っていた。
 アメリカで数年前にできた、ゲーム・アミューズメント企業だ。
 ホンの数年前にできた会社だというのに、現在もなお急成長中で、その資産は今や海馬コーポレーションをも抜く勢いだった。
 もちろん、そんな不自然なくらいの急成長なのだから、黒いウワサも多い。
 他社の優秀なデザイナー・プログラマーの強引な引き抜き。
 企業スパイの乱発。
 Cウィルス・スパイウェア・ハッキングツールの開発・販売など…。
 とにかくそんなウワサが尽きない。
 しかし不思議なことに、それらのウワサの証拠はないにも出ていない。
 全てウワサ。憶測の域をでていないのだ。
 しかし、そんな会社と合併するなら話は別だ。
「ふっ、バカな…。貴様の様な会社と合併などするはず無いだろう! ……ペガサス様をどうやって操っているのかは知らないが……重役連中も黙ってはいないぞ!」
 会社と言うのは、一人の社長の独裁だけで全てが決まるのではない。
 ペガサス一人がいきなり合併の話を持ち出したとしても、そんな話がまかり通るとは到底思えなかった。
「ええ! そうなんです! 不思議ですよね〜〜」
 リッチモンドは、ふざけた顔でおでこに人差し指を刺しながらそう言った。
「不思議…? いったい何がだ!?」
「いえね。ホント不思議なんですが……重役の方達は全員、合併にOKをだしてくださっているのですよ。……以前からね…」
「何!? (馬鹿な! そんな話は私は…私達は聞いていないぞ!?)」
 月行は夜行の方を振り返る。
 夜行も月行と同じ表情をしていた。
 やはり夜行も知らなかったようだ。

 合併といえば大事である。
 本来なら多くの時間を費やす作業のはずだ。
 それをこんないきなりの話が………。
「ああいえ、合併と言っても、あくまでも我が社の方がI2社の方に吸収されるような形ですから……。まぁ、限りなく吸収に近い合併ですね………」
「そんな! まさか……………」
 自分の知らないところで、自分の周りがドンドン変わっていく………それがこんなにきみの悪い事だとは知らなかった。
 兄弟はこの状況に、なんとも言いがたい不気味さを感じた。
「まさか」と口に出したのは、本能的な拒否と言っていい。

「ふふふ……それでは私は伝えるべき事はお伝えしましたので……この辺でお暇させていただきますよ。他の会社にも出向かなければなりませんので………あっ、でも安心してください」
「!?」
 リッチモンドは、月行の肩に手を置き耳元でつぶやいた。
「すぐに戻ってきますから」
「――――!」
 その言葉に、月行は恐怖を覚えた。
 そうまるで、ネズミが自分を捕らえた猫に「後でゆっくり喰ってやるからな」と言われたような………そんな恐怖を…。

「ふふふ……それでは私はこの辺で…………おっとそうだ…」
「?」
 思い出したように、リッチモンドは言った。
「クロフォード君には…彼が自分から部屋を出てくるまで会わない方がいいですよ。これは忠告です」
「…どういう……事だ…?」
「言ったままの意味です」
 リッチモンドはさっきまでの笑顔を消して、月行を睨んでいた。
 ゾクッとする緊張が、月行の腹を締め付ける。

「……………………ふふふっ…それでは…失礼」
 笑顔を戻し、ポンポンと月行の肩を叩くと、リッチモンドは廊下の奥へと消えていった。

 追えなかった。
 追っても自分には何も出来ない。
 むしろ逆にこっちがとって喰われるような……そんな確信めいた直感があった。
 月行はその場にうなだれた。

「兄さん……………」
 夜行が近づき兄の肩を掴み、顔を覗き込む。
 よく見ると、その額には汗が流れていた。
「や………夜行………」
 夜行に気づくと、月行は少しよろけながら立ち上がった。
「行くぞ……」
「え?」
「ペガサス様に聞きに行くんだ。昨晩の事を」
「えっ!?でも、あいつが………」
「あんな奴の言う事を鵜呑みにするのか!」
「!?」
 月行は大声を出して夜行の襟首を掴む。
「! ――――すまない………」
 普段の自分らしくない事をしてる事に気づいた月行は、すぐさま夜行の襟首を離した。
「すまない、少し取り乱してるようだ…私は……」
「………………………………」
 そんな兄に、夜行はかける言葉が見つからない。
「(私もどうかしている………)」
 夜行はさっき言った言葉を恥じた。
 兄の言うとおりだった。あんな奴のいう事をそのまま鵜呑みにして………。
「行こう……兄さん。ペガサス様のところに……」
「……………………ああ」
 月行は目をあわさずに答えた。
 2人は無言で、ペガサスのいる部屋に向かった。

 まったく口を開かずに廊下を歩くこの2人には、どこが鬼気迫るものがあった。

 足音だけが響き渡る廊下を歩き、2人はペガサスの部屋の前に到着した。
 少し躊躇する姿を見せた後、月行はドアをノックした。

 静かな廊下に、ノックの音だけが響く。
 本当に静かだ。まるでこの屋敷には、自分達しかいないみたいに……。

「(………返事がない…………)」
 念のため、もう一度ノックした。

「………………………………………………………………(やはり返事が無い…)」
 もしかしたら、この部屋にはもういないのかもしれない。
 そう考えた月行は、ドアノブを掴んだ。
「――――? 開いている……」
 そのドアには鍵は掛けられていなかった。
 ペガサスは部屋を出る時はきちんと鍵をかける。開けたまま出るとは考えられない。
 開けたままにしているという事は、この部屋にいるという事だ。
「………………」
 しばらく考えると月行は、やはりこの部屋にいるかどうかを確認するためにドアを開けた。

「ペガサス様?すみません、入りますよ……――――!?」
 ドアを半開きにもしないうちに月行は鼻を刺す異臭に気づき、手を止めた。
「(なんだ!? こ、この強烈な鼻を刺す臭いは!?)」
 それはまるで、数日間置きっぱなした生ゴミのような…そんな……人間の嗅覚を異常に刺激するような……そんな臭いだった。
 もしももっとこの臭いの“元”に近づけば、間違いなく嘔吐してしまうのは確実だろう。
「これは…ゴホッ! ……ふ、腐乱臭……!?」
 口元を手で塞ぎながら、夜行がそう言った。
 そう、これは腐乱臭だ。
 腐った生肉の臭いだ。
「――――」
 月行はここで、さっきリッチモンドが言った言葉を思い出す。

 ――――クロフォード君には…彼が自分から部屋を出てくるまで会わない方がいいですよ。これは忠告です。

「っ……………………」
 月行は、この場に来て躊躇していた。
 もしかしたら、あの男の言った通りペガサスには今は会わない方がいいのかも知れない、と。今ここで引き返せば、また明日から何も変わっていない日々が始まるのではないのか、と……そんな甘い考えに浸りたかった。
 しかし、そんな事はありえない。
 あの男が来てから、自分の周りには何か不気味な事がいっぱいだった。
 ここでもしも引き返したら、確実に明日も何かが変わっているだろう……悪い方に。
 それを防ぐためには………今何が起こっているのかを確かめなければならない。
 このドアの先に何が待っていても……それよりも悪くならないために………。

「――――っ」
 月行は意を決して、ドアノブを手元に引いた。
 そこで彼らが見たものは……………………………。

●     ●     ●     ●     ●     ●     ●

 某日深夜
 エジプト:外交局

 部屋にパソコンのキーボードをたたく音が木霊する。
 キーボードをたたいているのはイシズだ。
 高価なディスクに置かれたディスクトップ型のパソコンのディスプレイに目を向け、キーボードをたたく。
 随分と高価な椅子に座ってはいるが、長時間の仕事で体は随分と疲労していた。


 彼女は2半年前にエジプト考古局からここ、つまり外交局に飛ばされた。
 新しい考古局局長がやってきたのがその理由だ。
 いや、それは正しくない。
 正しくは2年半前の、“あの事件”が最大の理由だ。
 “あの事件”がなければ、彼女は局長の座を奪われず、彼が局長になる事はなかっただろう。

 そして今は飛ばされてきたここ、外交局で外交大使をしているのが現状だ。
『外交大使』と言えば聞こえは良いが、実際には『観光大使』のようなものだ。
 芸能人や地域のコンテストで選ばれた若い女性のするようなアレだ。イメージキャラクターだのキャンペーンガールだのがやるのと大差ない。
 そのくせ、こんなデスクワークの仕事まで回ってくるときてる。
 正直、今の仕事には不満が多かった。

 しかし仕事に文句は言えない。彼女はただ黙々とキーボードをたたき続ける。
 もうすぐこの仕事も片付く。そうすれば一息つけるだろう。


 …………そういえば……もうマリクが出て行って随分たつ。
 もうそろそろ、彼やリシドから連絡があってもおかしくないのでは?
 イシズは気になって、部屋の壁にかけてある時計に目を向けた。

 やはり随分たっている。
 どうゆう事だ? おかしい、何時もなら時間通りに何らかの連絡があるはずなのに……。

 ……考えてもしかたない。とりあえずあちらから連絡がなければ、こちらから連絡すれば良い。
 イシズはマリクの携帯電話にかけてみることにした。
 部屋に置かれた卓上電話に手をのばし、受話器をとる。
 アドレス帳を呼び出し、そのままボタンをプッシュ。
 これでかかるハズだ。


 …………おかしい……一向にでる気配がない………。
 いつもならもう出てもいいはずだった。
 イシズは妙な胸騒ぎを感じた。


(!)
 緊張していたのか、イシズは謎の音に驚く。何かが震えているような音だった。
 いや、落ち着いて考えればなんてことは無い。
 机に置かれた、イシズの携帯電話だ。これがマナーモードになって震えて机を叩いていただけだ。
 イシズは「ふぅ」と一息出すと、受話器を置いて携帯電話を手に取った。
 誰からだろう? とディスプレイを見て、もう一度イシズは緊張を呼び戻した。

 …非通知だった。
 イシズの頭に、悪い考えが走る。しかしイシズには「電話に出ない」という発想は無かった。
 この電話には何かある…と感じた。
 杞憂であれば良いのだが……。

 イシズは電話に出た。
「…………もしもし?」



EPISODE19・這い寄る混沌A

「あっ、もしもし。イシズ・イシュタールさんですか?」
 電話から聞こえてくる声は、まるで電子音のようだった。
 多分、変声機でも使っているのだろう。まともな相手ではないのは明白だ。
「そうですが、何か」
「あ〜良かった良かった。掛け間違えたてたらどうしようと思ってたんですよ」
「用件はなんですか?」
「あははは、世間話はお嫌いな方ですか。 ……マリクさんとリシドさんの身柄を預からせていただきました」
「なっ!?」
 電話の言葉に息を呑む。
 にわかに信じられない。信じたくない。
(そんな馬鹿な事が……)
 イシズは困惑を飲み込むので必死だった。
 もしそれが本当だろうと、ただの愉快犯だろうと、こんな相手に呑まれる訳にはいかない。
「いや、私は警察の者じゃないですよ、誘拐犯です。都合の良い勘違いはしないでくださいね」
「そっ、そんな事、言われなくても分かります!」
「そうでしょうね。いやいや、ちょっとしたお茶目って奴ですよ」
 電話からは、神経を逆なでするかのような微笑がした。
「――本当にマリク達を……」
「ええ、もちろん。その証拠は用意させてもらいました。ドアの下にある封筒を見てください」
「!?」
 振り返り、ドアの下を覗く。
 そこには、電話の人物言ったとおり薄茶色の大きめな封筒があった。
 このドアの底は床から少し浮いている。
 多分、その隙間から入れたのだろう。
(いつの間に……)
 恐怖を覚えた。
 ここに犯人の用意した物があるということ。それは、まだ犯人がこの近くに居るかもしれない事を意味している。
「どうしました、はやく封筒の中身を確認した方が良いのでは? ――ああ、大丈夫ですよ、もう居ませんから。くっくっくっ……」
「――っ」
 こちらの考えを読んでいるような言葉。
 それに動揺した。
 だが、それと同時に少しの安堵を浮かべてしまった。それが悔しい。

 落ち着くために深呼吸をすると、ドアに近づき封筒を拾い上げた。
 封筒をひっくり返し、裏側を見る。糊付けはされていない。
「…………」
 躊躇しつつも、イシズは恐る恐る封筒の中身を覗き込む。中には、写真らしき紙切れが一枚入っているだけだった。
それを取り出して見た瞬間、背筋が凍りつく。
「いかがです? よく撮れているでしょう」
「…………」
 写真に写っていたのはまぎれも無くイシズの家族。そう、マリクとリシドの姿だった。
 それもまともじゃない。口に猿轡を着けられ、木製の椅子に両手足共縛られていた。

「なっ――何が目的なのです?」
 先手を取られるのが嫌なのか、イシズは先に質問した。
「これは話が早くて助かります。わざわざ2人も誘拐したんです、お金が目的……では無いのは、もう予想がついておられるでしょう?」
「…………」
「神のカード」
「――!」
「かつて貴女がいた場所、エジプト考古局が現在管理している3枚の神のカードと交換です」
「そんな事……できません!」
 イシズが即答するのも当然だ。今の彼女はあくまで外交局の人間。考古局の管理している物をどうこうできる権限は持ち合わせていない。
 マリクとリシドを助けたくない訳では決して無い。むしろどんな事をしてでも助けたい。
 しかし、今の自分で神のカードを持ち出す事は、とても難しい事だった。
「出来ないのでしたら、こちらとしても2人の命の保障はできかねます。盗んででも、神のカードを用意してください。期限は今から12時間以内。それを過ぎれば2人の命は無いと思ってください。そちらのご用意が出来ましたら、また掛けます。それでは」
「まっ、待って――」
 イシズが声を出しすと同時に、携帯電話からはプープーと電子音が流れてきた。
「――――」
 なんと一方的な物言い。イシズは突然の事に、しばし呆然としてしまった。
 しかしいつまでもそうしてはいられない。
 電話では期限は12時間と言っていた。あまり悠長にはしていられない。
 では、今からどうするか?

「…………普通に考えるなら……警察に連絡した方が……」
 そう、普通に考えるなら、誘拐事件が発生したなら警察に連絡をするものだ。たとえ犯人に「警察には連絡するな」と言われても。
「でも……」
 しかし、イシズは躊躇していた。
 どうにもこの事件からは、とても危ない物を感じている。それは、かつて千年アイテムに関わった者としてのカンだった。
 この事件からは、“あの事件”から感じたものと同等のものを感じるのだ。人知を超えた何かを。
 第一に、マリクはともかくとしてリシドがそう簡単に捕まったりするとは思えなかった。彼は抜け目無い。こんなヘマをするような人間ではない。
 このカンが当たろうが外れようが、犯人は何かとてつもない力を持っているのは確かだ。
 なら尚更、警察に行くべきか?
 だからこそ、1人でどうするか考えるべきか?

「……………………」
 イシズは思い悩んだ。
 自分の予想は、あくまでもカンだ。だが、“あの事件”を調べていた2人が捕まったという事は、やはり犯人が“あの事件”に関わる者の可能性は高い。
 自然に考えるならそうだ。
 異常なコレクターの行きずりの犯行と言う線だって考えられない訳じゃない。だがそんな奴にリシドが捕まるものか? 外交局のこの部屋にわざわざこんな写真を届けられるか? 武藤遊戯が所有しているはずの神のカードが、実は考古局が管理していると知っているものか? それを知っているのは、武藤遊戯本人とその友人と家族。考古局にいたっては一部の人間しか知らない。
 落ち着いて考えたらすぐに分かりそうなものだ。
「っく……」
 イシズは動揺している自分にショックを受けた。
 とにかくじっとしている訳にはいかない。
 今出来る事は、犯人の要求している神のカードの確保だ。
 イシズは机の引き出しから車のキーを取り出し、部屋から飛び出した。
 行き先は決まっている。神のカードを管理している所だ。


 それからほどなくして、イシズはエジプト考古局に到着していた。
 もう扉の先には、かつて自分が座っていた椅子がある。
 ここにはかつての同僚も多い。ここまで来るのは簡単だった。
 難しいのはこれからだ。

 イシズはドアをノックした。
「イシズ君か?」
 すでに誰かが内線で連絡していたのだろう。声の主はイシズが来たのを知っているようだった。
「はい」
「開いているよ、どうぞ」
「失礼します」
 ノブを回し、部屋に入る。
 ここに入るのも久しぶりだ。
 見渡してみると、机などは変わってはいないが、内装などは随分様変わりしていた。特に変わっていたのは、部屋の右端にある柱時計だった。自分の使っていた頃には、こんな時計は無かった。しかも良く見てみると、部屋には所々にアンティークな置き時計があった。
 どうやら彼……現考古局事務局長、ロマヌム・ハワスの趣味のようだ。
 イシズは彼に眼を向けた。
 彼の年齢は、もう50代の後半だろうか? オールバックの髪には白髪が混じっている。それは、あごから生えているワイルドな髭にも同様だった。
 それでいて切れ長の知的な眼には、ある種の若々しさを感じさせる力があった。高価なスーツに隠れている体格にも、衰えは感じない。
 変わっていないな。イシズはそう思った。
「やあイシズ君、久しぶりだね。今日はどうしたんだい? 電話でいきなり話があるとは……」
 ハワスは椅子から立ち上がり、微笑を浮かべて挨拶をする。
「お久ぶりです、局長」
 局長……。
 やはり彼を局長と呼ぶには、今でもいささかの戸惑いを覚える。
「今日ここに来たのは他でもありません。神のカードを……貸していただきたいのです」
「!? ず、随分と単刀直入だね。いったい何故。理由も無しにそんな事を言う君ではないだろう?」
 いきなりの申し出に、ハワスは動揺を浮かべた。
「これを」
 イシズは小脇に抱えた封筒から、犯人から送られた写真を取り出してハワスに見せた。
「! これは、確かマリク君とリシド君……だったね。いったいこれは?」
 写真を受け取ったハワスは、より困惑の色を深めた。
 イシズは数十分前の事を語る。ハワスはそれを険しい表情で聞き入った。

「なるほど、ね」
「お願いします局長。神のカードを貸し出す許可を……」
 イシズは深く頭を下げる。
「すまないが、それは無理だ」
「! 何故!?」
 イシズはハワスに迫る。
「何故? それは君が一番良く知っているだろう。神のカードは人の命を殺めかねない危険な物だからだ。そんな物を、人質をとるような危険な者においそれと渡す訳にはいかんのだよ」
「そ、それは」
「まぁ、君の時代では、局長権限で神のカードをおいそれと貸し出していたみたいだがね」
 ハワスはいやらしい顔を向けつつ、すぐに険しい表情に戻る。
「しかし、私の弟の……マリクの命がかかって―――」
「そこだよ、一番の問題は」
 ハワスは鋭くイシズを指差す。
「――――?」
「確か君の弟であるマリク君やリシド君は、過去にグールズという窃盗集団を率いて、神のカードを強奪した事があったね?」
「っ」
 それを言われると弱い。マリクは言わば前科持ちだ。
 かつてマリクは、千年アイテムと呼ばれる7つある神秘のアイテムの1つ、千年ロッドの魔力を使い、グールズという集団を率いて闇ゲーム界で暗躍していた。
 その最大の目的は、3枚の神のカードを手にし、その力で自身に過酷な墓守の宿命を与えた、武藤遊戯にかつて宿っていた3000年前の王(ファラオ)へ復讐する事だったのだ。
 そんな人物をわざわざ大事な神のカードを失ってまで助ける道理は無いのかもしれない。しかし……。
「しかし、それはもう過去の話です!」
「いや、今の話だよ、イシズ君」
「どういう事です?」
「仮にだが。マリク君がもう一度グールズを結成して、神のカードを狙っているとは……考えられないかな?」
「なっ、何を」
 ハワスを見る目には、きっと険悪な色が浮かんでいたに違いない。
「狂言誘拐だとでも!?」
 イシズはそんな事は考えもしなかったからだ。
「そうは言っていない……。しかし神のカードがかかった話だ。僕の一存では決められない。この話は評議会にかけなければならん。そこで、さっき僕の言った様な事を考える者もいるだろうという事を言ったまでだよ」
「評議会!? そんな事をしている暇はありません!」
「すまないがイシズ君。ここは堪えてくれないか……」
「――――そ、そんな?」
 イシズの顔には、絶望が見え隠れしていた。
「……そんな顔で見ないでくれ。マリク君が帰国した時。僕は評議会に駆け寄って彼の罪を不問にした。それが限界だ。評議会も、何度も無茶が通るほど甘い連中じゃあないんだよ」
「っ」
「2〜3日時間をくれないか。評議会の人間に駆け寄ってみる」
「そんな時間は……」
「分かっている! だが君のいた頃とは体制が変わったのだ。何度も言うが僕の一存ではどうにもならないんだ。すまない」
「…………」
 身体の力を失ったイシズは、そのまま壁にグッタリともたれた。

 ハワスはデスクに戻り、内線電話の受話器をとる。
「………ああ、私だ。すまないが客人を客室に案内してくれ。………ああ、頼むよ。」
 電話をかけてから30秒としないうちに、部屋に女性局員が現れ、うな垂れるイシズの肩を優しく抱いて部屋から出て行った。


 案内された客室で、イシズは自らの無力さを呪っていた。
 自分が政府の要人だったのはもう過去の話。今は無力なマスコット(お飾り)なのだ。
 千年アイテム所有者では無くなった自分にはもう、何の力も無いのだ。
 座っている豪華で柔らかなソファーも、今の彼女には毒でしかなった。
「………………っ」
 奥歯を強くかみ締める。
 本当に、自分にはもう待つしか手段は無いのか?

 時静かな客室に、無機質な電子音が木霊した。
「!」
 イシズの携帯の音だった。
 とっさにイシズは、ポケットから携帯を取り出しディスプレイを確認する。
 ……非通知だった。
 これは、と思いすぐに出る。
「もしもし!?」
「あ、もしもし。イシズ・イシュタールさんですか? 私です。誘拐犯です」
 自分から誘拐犯だなどとはふざけているが、どうやら思ったとおりの相手からのようだった。
 変声機を使ったこの声……間違いない。
「もしもし!? マリクは! リシドは無事なのですか!?」
 柄にも無く声を荒げる。
「はっはっは……そう興奮なさらずに。ええ、お2人とも無事ですよ。もっとも、今の貴女のご様子では、それも長くはなさそうですがね」
「っ」
 そう、この声が言うように、自分は要求の物を用意出来ていない。誘拐犯が人質を目当ての物と交換できないなら人質を始末するのは、ある意味当然だ。
「ふぅ。言ったでしょう、盗んででも用意しろと。大事なご家族の命がかかっているのですよ。何故そうしないのです?」
「………………」
 どういう訳か、相手にはこちらの動きか把握出来ているようだった。実に気味が悪い。
 外交局の部屋から車でここに来るまでに、追跡されていたような気配は無い。それは考古局の中でも同じ事だった。
 やはり、この相手は得体が知れない。
「そうは言っても――――」
 そうは言っても、盗むだって簡単にはいかない。
 神のカードは、エジプトでも有数の博物館であるエジプト考古学博物館……通称カイロ博物館のずっと奥に厳重に保管されている。
 他にもあそこには超一級の秘宝が所狭しと展示されている。そういう所だ。当然警備も超一級である。そんな所に、自分1人では到底盗みになど行けない。せいぜい土産屋のキーホルダー1個でも取れれば良い方だ。
「まあ、そうでしょうね。あそこの警備は厳重だ」
「!?」
 電話の台詞にイシズは驚く。
(神のカードの在り処を、知っている!?)
 動揺を悟られないように、イシズは口を動かす。
「そうです。今の私ではあそこから盗むなど不可能です」
「そうでしょうね。普通、不可能です」
「そうです。ですから――――」
「ですから、普通じゃない方法をご用意いたしました」
「……?」
「ご存知ですか。その部屋のソファー、土台の中は空洞なのです」
 思わず座っているソファーを見下ろす。
「つまり、クッションの部分は簡単に外れてしまう訳です」
「……何を言っているのです?」
「ふふふ。開けてごらんなさい。きっと、お役に立てる物が入っているはずです」
 イシズは立ち上がり、ソファーの前に屈んだ。
 電話の言ったとおり、クッションの部分は簡単に持ち上がった。クッションはソファーの空洞の端に付けられた出っ張りで支えられていた。マンホールの蓋のように。
「!」
 その奥には、何か布で包まれた物があった。小汚くて古臭い布だ。
 手を伸ばして掴み取る。そんなに重くはない。大きさは幅30cmほど。
「見つかりましたか? さ、布を剥いで確認してください。懐かしい物があるはずです……」
 言うとおりに、イシズは布を剥いでいく。何故か指先は……震えていた。
「まさか、そんな事あるはずが……」
 背筋に悪寒を感じた。
 頭に過ぎるのは、過去の悲劇。このエジプトの地で、遠く離れた極東にある島国で起きた記憶。
 どうして今、こんな記憶が過ぎるのか? 剥がれて行く布と共に明かされていく。
「!!! ……そ、そんな!?」
 イシズは言葉を失った。
 布に包まれていたのは、ウィジャト眼を模した……ペンダントの様な物……。
「せ、千年……首飾り(タウク)」
 それはかつてイシズが所有していた千年アイテムの1つ、千年首飾り(タウク)だった。
「ふふふ、どうです。懐かしいでしょう?」
 イシズの電話は、まるであざ笑うかのように震えていた。

「どうして……どうして『コレ』が!?」
「ふふふ。どうしてでしょうね」
 イシズは息をするのも忘れ、まじまじと千年首飾り(タウク)を見る。
 一瞬偽物か? とも思ったが、そんな甘い考えはすぐに消えた。
(感じる……この物からは……『闇の力』を…………感じる!)
 これは、かつて千年アイテムに関わった者の能力なのだろうか? イシズには手に持つ物から、言葉に出来ない、見る事の出来ない力を肌で感じていた。
「何故!? どうしてコレを!!!」
「そのご質問に答える必要は、我々にはありません」
 当然の疑問を、電話の相手は簡単に切り捨てる。
「っ」
 当然だ、相手にとって、答えるメリットなどどこにも無い。
 この相手には得体の知れない力があるのは、薄々感じていた事だ。聞くだけ無駄だ。
「そんな事よりも今の貴女にとって重要なのは、その千年首飾りを使えば、1人でもカイロ博物館から神のカードを盗み出す事が出来ると言う事実です」
「……………」
 確かに相手の言うとおり、千年首飾りは未来を見通す。これがあればいかに厳重な警備であろうと、簡単にすり透けられる穴を見つけられるだろう。
「ですが…………」
 まだ問題はある。
「うん。何か?」
「博物館の金庫を開けるキーが……ありません」
 カイロ博物館に眠る神のカードは、3年前に武藤遊戯から返却された時に造られた秘密の地下室にある巨大な金庫に保管されている。地下室に入るにはパスワードが、金庫を開けるには特別に作られたカードキーが必要だった。
 パスワードは千年首飾りの力でどうにかなるとしても、カードキーばかりはどうにもならない。金庫の扉は分厚い合金製だ、戦車の大砲でも開けられない。
 一度は盗まれた事のある物だ、これくらいの守りは当然だろう。
「ああ。あのキーですか。あれなら、考古局局長が持っていますよ。もちろん、今日もね」
「! 何故そんな事を!?」
「さっきから言っているでしょう。答える必要はありません」
「っ。しかし……私にどうしろと!?」
「そうですねぇ。後ろから局長を襲って気絶させてでも奪えば良いんじゃないですか?」
「そ、そんな事――」
「はっはっは。冗談ですよ。彼はカードキーを局長室のデスクの引き出しにしまっています。引き出しの鍵はかかっていますが……原始的な鍵です。バールのような物で簡単に開くでしょう」
「…………」
 何から何まで準備万端。
 もうこの相手が、最初からイシズに神のカードを盗ませる気だったのは火を見るより明らかだ。
 ここまでくると、『至れり尽くせりだ』と笑い飛ばしたくなる。
 しかし。
(本当に……それで良いのでしょうか…………)
 今更だが、このままなすがまま、誘拐犯の言うとおりにして良いのだろうか?
 神のカードを盗み出す事、それは大きな罪に他ならない。
 こんな奴に渡せば必ず悪用されるに決まっている。そのせいで傷つく人々もいるだろう。
 ここに来てイシズは、自らの行為に疑問を感じた。

「ふぅむ。どうやら盗み出して良いものか迷っておられるようですね。いいでしょう、決心をつけさせてさしあげます」
「どういう事――――もしもし!?」
 電話から、何か大きな物音がした。イシズが語りかけても相手は答えない。どうやら受話器から離れたようだ。

「もしもし! 姉さん!?」
「!? ――その声は……マリク、マリクなのですか!?」
 何故か電話は、マリクに代わっていた。
「マリク! 無事なのですか?」
「うん。ボクもリシドもなんとか無事だよ! ボク達は――――うわっ」
「マリク、マリク!?」
「ええ、マリク君は無事ですよ。今はね」
「っ…………」
 どうやら話をさせてくれるのは、一瞬だけだったようだ。
「これから、貴女が何もしないようでしたら、人質の骨を1時間ごとに折ります」
「――――――――え」
 言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
 今何と言った!?
 骨を!?
 折る!?
「な、何を」
「ではまず見せしめとして、左腕から」
「え? ――――――――え!?」

 まず最初に聞こえたのが、何かが風を切る音。

 次に聞こえて来たのは、何かが拉げるような生々しい音。

 そして次に聞こえたのは。

 ――――ぐぁああああああああああああああああああああ!!!

 弟、マリクの叫びと呻きだった。
「な、あ…………な、何を…………何をしたのです!!!?」
「え。何をって……言ったとおり鉄パイプでマリク君の左腕の骨を折ったのです」
 世界が凍りつく。
 今も誰かが、電話の奥で唸っている声が聞こえる。
「ほ……本当に…………マリクを……」
「ええ、もちろん。何なら代わって差し上げますよ」
 相手は受話器を動かす。

「マリク!?」
「あ、あ、あ…………痛いぃ…………姉さん……痛い……よぉ……」
 監禁されて弱っているせいもあるのか、マリクはまるで小さな子供の様に呟いていた。
「マリク!? しっかりして、マリク!!!」
「――――そういう訳です。これ以上家族を苦しめたくなければ、早く神のカードを用意してくださいね」
 電話の声が冷たく囁く。
「っく……ぐぐぐ…………」
 イシズは、言葉に出来ない怒りを噛締める。歯茎からは、血がにじみ出していた。



EPISODE20・這い寄る混沌B

 某日明朝
 エジプト:首都カイロ路地裏

 人通りの無い、古い雑貨ビルが立ち並ぶ路地裏に、アタッシュケースを持って歩くイシズの姿があった。
 あの電話の後、イシズはハワスの居ない間を狙い、デスクからカードキーを奪い去った。
 その足で、誰にも見つからぬよう抜け出し、カイロ博物館に向かった。
 この千年首飾り(タウク)には、やはり闇の力があった。それは、3年前にイシズが使っていた物とまったく同じ力であった。この未来を見通す力のおかげで、博物館でも誰にも見つかることなく神のカードを盗み出せたのだから。
 けれども、その行為はイシズの良心を大きく傷つけた。
 本当は、こんな事をしてはいけないのは十分に分かっている。
 自分は、この世界で手に入れた全てを失う事になるだろう。
 でも、それで良い。覚悟は決めた。
 1番失ってはいけないものを、失わずにすむのなら…………。

 神のカードがしまわれたアタッシュケースをぶら下げ、イシズは電話で指示のあった場所に黙々と歩き進む。
 しかし、まだ多くの疑問があった。
 第1に、何故犯人は自ら神のカードを強奪しないのか?
 犯人は、盗み出すには十分な情報を持っていた。目的である神のカードの所在地、金庫を開けるためのキーの場所、それらを知っていた。知るべき情報は十分だろう。
 そして、それを行動に移せるだけの力も持っている。
 イシズは千年首飾りを使って、何度もこれから起こるであろう人質交換のヴィジョンを垣間見ようとした。
 だが、千年首飾りがそれを見せる事は無かった。
 これはつまり、人質交換の場にかならず現れる犯人が、千年アイテムの所有者である事を示している。千年首飾りは、同じ千年アイテムの所有者の未来を見せる力は無いのである。
 神のカードを強奪できる情報も、力も、犯人には十分にあった。現に3年前、千年ロッドを持ったマリクは堂々と強奪していった。
 それなのに何故、犯人はこんな回りくどい方法を取ったのだろうか?

 第2に、犯人はどこからこの千年アイテムを持ってきたのか?
 3年前の『闘いの儀』が終わった後、千年アイテムは全て『冥界の扉』と共に、地中深くに崩れ去った。
(掘り起こした?)
 馬鹿な。そんな事があるはずが無い。
 千年アイテムは何十、いや何百kmと深くに落ちていったはずだ。そんな物を掘り起こすとしたら、とんでもなく大掛かりな工事になる。何百という人と機材や道具、そしてなにより多くの金が必要だ。
 そんな工事を、誰にも見つからずに続けるなど不可能だ。
 なら考えられる可能性は……。

(新しく、千年アイテムを造った…………)
 正直、とても信じられない。
 千年アイテムを鋳造するには、生贄が必要。その数――99人。
 1人や2人ならどうにかなるかもしれない。だが99人もの人間の死体を、そうそう簡単に用意出来るものか?

 そしてなにより、仮に造ったとするならば…………知っているはずだ。
『造り方』を。
 犯人は持っている事になるのだ。
 呪われし禁書…………『千年魔術書』を。

 …………やめよう。考えれば考えるほど謎が出てくる。
 思考を止めようとするイシズだが、最後にどうしても感じる違和感があった。
 それはなにより、今彼女が首から下げている千年首飾りその物だった。
 例えば、携帯電話という物がある。あれは同じ機種、同じカラーの物が多くある。だが、他人の携帯電話を手にした時、たとえそれが自分の使っているのと同じ機種、同じカラーであろうと、そこには違和感を覚えるものだ。
 イシズの感じる違和感はまさにそれだ。
 これは、かつて自分が所有していた千年首飾りではない。そんな確信があるのだ。

 狭い裏路地を歩く中、イシズは小さな広場に到着した。
 広場の真ん中には、寂れた小さな噴水があった。
 周りはビルに囲まれている。この広場を出るには、イシズが入ってきた道と、もう1つ180度反対側にある道だけ。
 なるほど、取引には中々良い場所かもしれない。

 相手はまだ現れてはいない。
 腕時計に目を通す。指定された時間にはまだ10分ほど余裕があった。

 ふぅと一息つこうとした時、背後に気配を感じる。
 思わず身体が反応して前に駆け出す。振り返るとそこには、ひょろっと背の高い黒のシャツを着た男が立っていた。いや、立っていたというほども無い。それは、まるで細長い棒切れを無理やり立たせているような弱々しさであった。
 顔を確認して判断する。イシズはこの男を知っていた。
 まるで死んでいるようだが、この爬虫類のような目、間違うはずが無い。この男は。
「れ……レアハンター(1)……」
 その男は、かつてグールズに居たエクゾディア使いのレアハンター(1)だった。
(何故、この男が!?)
 当然の疑問があふれ出る。
「ヒィィィィィィィィ〜」
「――――!?」
 さっきまでは人形のように突っ立っていただけのレアハンター(1)は、何かに怯える様に頭を抱えて喚き出した。
「ヒ…助けて…来る。来る。助けて…来る…」
 どうも様子がおかしい。
「ああああ。来る…来る……来る…来る…マリク様が……クルクル〜〜!!!」
 爆発するような叫びと共に、イシズは振り返る。
 振り返った先には、いつの間にか黒いローブの群れがあった。
 役目を終えたように、倒れるレアハンター(1)。

「ようこそ。イシズ・イシュタール」
 先頭の人物が挨拶した。
「神のカードは、持ってきていただけましたか」
 声こそ違えど、この喋り方とテンポ、イシズに電話をした人物に違いない。
「ええ。ですが、その人々は……」
 イシズは、先頭のローブの後ろを指差す。
「ああ、この人たちですか。お気になさらず。そんな事より、貴女が気になるのは、このお2人ではないですか」
 先頭の人物に導かれるように、ローブの群れから2人が前に出る。
 2人はローブを脱ぎ捨てた。
「マリク、リシド!?」
 まさにマリクとリシドだった。
 だが変だ。2人はまるでさっきのレアハンター(1)の様に、人形みたいな顔で立っているだけだ。家族の再会に、顔色1つ変えない。
 すぐに悟った。
「闇の力……」
「ご名答」
「でも、どこも……」
 おかしな所に気がついた。マリクはどこにも怪我をしてなかった。
「ああ、あの猿芝居ですか。ご安心ください。彼には叫ばせただけです。骨が折れる様な音も、精肉店で売られている大きな骨付き肉を折っただけですから」
「何故!?」
「私、暴力は好きじゃありませんから」
 あっさりと種明かしをする犯人。
「…………」
 犯人がどんな思惑だろうと、怪我をしていないのはイシズにとってありがたかった。
「では、神のカードを確認させてください」
「……え、ええ」

 イシズは膝を付き、持っていたアタッシュケースを開けて犯人に見せる。中に入っているのは、『オシリスの天空竜』『オベリスクの巨神兵』そして『ラーの翼神竜』。
 これらのカードは、他のカードとは根本的に違う。神の如き力を宿した神秘のカードだ。
 これを1度でも見たものなら分かる。神のカードとは、他にないオーラを発していると。
「なるほど、確かに神のカードのようですね」
 確認が終えたのか、犯人は満足そうにうなずいた。
「それでは、神のカードをこちらに――」
「その前に、マリク達を解放してください!」
 これはイシズにとって譲れない。まずは何より人質の方が先だ。
「いえ、神のカードが先です」
 しかしこれは犯人も譲れないようで、互いに睨み合いになる。
 ふぅと犯人が溜息で間を置き、語りだす。
「いいですか、ミス・イシュタール。私は仲間を連れてきています。しかし貴女は1人。これがどういう状況かは明白でしょう?」
「っ」
 犯人の言うとおり、今の状況がいかに悪いかは分かりきっている。闇の力を持つ相手がその気になれば、力ずくで神のカードを奪う事など簡単だ。
 譲りたくなど無いが、譲らざるを得ない。
「…………分かりました」
 肩を落としたイシズは、アタッシュケースを地面に滑らせて犯人の下にやった。
 すぐさま犯人はケースを拾い上げ。
「まだその場から動かないでくださいよ」
 と言ってケースを開けた。
「――確かに」

「さあ、約束です。マリク達をかえしてください!」
 犯人は静かにケースを閉じる。
「は? 何の事です」
「なっ……」
「私は神のカードを持ってきてください、とは言いましたが、持ってきたら人質を解放する何て一言も言ってませんよ」
「そんな!」
「人の話は良く聞いた方が良いですよ?」
 人を食った態度で犯人は言った。
「っ……」
 イシズはこうなる事はある程度予想していた。だが実際に起こればショックである。
「ふふふ、ご安心ください。神のカードを持ってきていただいた以上、彼等に手荒な事はいたしません。これは、神に誓って」
 神を奪っておいて誓うとは笑わせてくれるが、何故かその態度には嘘が見られない。

「それでは我々はこのへんで」
 そう言って犯人とローブの者達は、イシズに背を向けた。
「待ちなさい!」
 ここで返すわけにはいかない。
 イシズは身構えた。
「ほぅ、千年首飾りの力を使う気ですか。しかしそれも無理と言うものです」
 犯人は右手を高らかに挙げ、指をパチンと鳴らした。
「なっ」
 その音が合図であったかの様に、千年首飾りは砂になってイシズの首から流れ落ちた。
「これは!?」
 突然の事に立ち尽くすイシズ。
「わざわざ敵に塩をおくる様なマネすると思いましたか? それは、一時的にしか使えない偽物です」
 イシズはあまりの事に言い返す言葉も浮かばない。
「それでは、ミス・イシュタール」
 犯人は手を振って、ローブ達と共にイシズとは反対側の道に進みだす。
「ま、まちなさい!」
 立ち止まる犯人とローブ達。
「まだ何か?」
「何故、マリク達を連れて行くのです。神のカードが手に入れば、もう用はないはず!」
「…………いずれ分かりますよ☆」
 そう吐き捨てて、犯人達はまた歩き出した。それにマリクとリシド、そして起き上がったレアハンター(1)が続く。
 犯人等は、そのまま路地裏の奥へと消えていった。

「…………」
 イシズは奴らを追えない。人質が向こう側にある以上、うかつな事は出来ない。千年首飾りも、思わぬ形で失っている。そんな状況で無茶をするほど、彼女はバカじゃない。
 立ち去る犯人達を睨みながら、イシズは自分の無力さをかみ締め、膝を折った。

「!?」
 イシズの耳に、聞きなれたサイレンが聞こえた。
(コレは……パトカーのサイレン?)
 エジプトではパトカーなど珍しいものでは無い。90年代にテロが多発して以来、国中どこでも警察や軍人だらけだ。観光客にもパトカーや装甲車の先導がつくほどに。
 だが、イシズの聞こえているサイレンの音は1つや2つじゃない。もっとたくさん、8〜10台ぐらいのパトカーのサイレンが聞こえている。しかもそれは、どんどんこちらに近づいてきている。
 サイレンが近づかなくなったと思えば、今度は複数の足音が聞こえてくる。
(どうすれば!?)
 今は捕まる訳にはいかない。
 考古局には、犯人側の人間がいる。相手が千年アイテムを使うのなら、それは簡単に想像できる事態だ。そう考えれば1つの疑問が解ける。犯人がなぜわざわざイシズに強奪させたのか? それは、イシズと言う存在を、社会的に抹消したいがためだ。
 何の証拠も無いただのカンだが、何故かイシズには確信があった。
 今ここで捕まっても、イシズにメリットは全く無い。捕まれば、こちらの話も聞かれずに牢屋にぶち込まれるだけだ。
 足音はドンドン近づいてくる。迷っている時間は無い。
「くっ!」


 それから数時間後。エジプト空港にて、強面の男達に囲まれたリッチモンドの姿があった。その男達は、まるでリッチモンドをガードするかの様に、壁みたいに立っていた。
 その真ん中でリッチモンドは、携帯電話で誰かと話している様だった。
「ほぅ、ミス・イシュタールを逃がした」
「――――――――」
「なるほど、マンホールを使って地下水道へ」
「――――――――――――――――」
「いえいえ、地下の闇は彼女の世界。そこに逃げられたら捕まえるのは困難でしょう。私も考えが浅かった……私の方が確保していれば良かった。私のミスです。彼女のカンの良さと強かさ……侮れませんね」
「――――――」
「はい」
「―――」
「ええ。何としてでも捕らえないと」
「――――――――」
「ええ。今彼女に動き回られる訳には行きませんからね」
「――――――――――――――」
「ええ、それはもう。グールズ復活は、良い隠れ蓑になります」
「――――――」
「はい。マリク・イシュタールとリシドは、こちら側に」
「――――――――」
「そう。彼らには復活したグールズの総帥として、がんばってもらわないと」
「――――――――――――」
「はい。神のカードは、私が責任を持って……」
「――――――――――――――――――――」
「ええ、それでは。日本での展示会……がんばってくださいね。ロマヌム・ハワス局長」
 リッチモンドは楽しそうに、電話を切った。



EPISODE21・骨女の怪@

 ペガサス別荘邸
 時刻:21時50分

 廊下をずかずかと歩く弟に、月行はなだめる様に話しかけた。
「待て、夜行。早まるな、落ち着け」
 銃を片手に持つ弟を、肩を抱いて制止させる。
「あんなものを見せられて、落ち着いている方がどうかしている!」
夜行は怒鳴りながら兄の腕を払いのけ、さっさと先に進む。

「……………」
 凄まじい形相の夜行にのまれた月行は、思わずその場に佇んだ。
 いつもこうだ。
 普段の夜行は物静かな、おとなしい人物だ。しかし、思いつめると何を仕出かすか分からない、不発弾の様な性質があった。
 こうなった弟を、月行は止められた例がなかった。
 それは結局、同じものに怒りを覚える双子故なのだろうか?
 口先では止めつつも、心の中には暴走する夜行に共感し、期待する自分がいた。

 立ち尽くす月行を尻目に、夜行は帰ってきたあの男の部屋に突き進む。
 2階の客室、間違いない。ここだ。
 夜行はすごい勢いでドアを開け、すぐさまセーフティーの外れた銃口を男の背中に向けた。
 豪華な客室で、リッチモンドはワインを楽しんでいた。座るイスの隣の小さいテーブルには、つまみのチーズが置かれている。
「やあ、夜行くん。こんばんは」
 リッチモンドは振り向きもせずにあいさつした。
「貴様、あれはどういう事だ!」
 夜行は拳銃をしっかりと両手で握り、照準を定める。
「このワインはペガサス氏にすすめられてね、いやはや。彼とはワインの趣味は合いそうだ。いい仕事ができそうですよ」
 夜行の事などお構いなしに、リッチモンドは1人ペラペラと話し出す。
「質問に答えろ! あれはどういう事だ!?」
「しかしチーズはねぇ……。私は、あまりブルーチーズは好きじゃないのですよ」
「おい!」
ドンッ! という爆裂音とともに、客室に穴が開いた。
「貴様は今銃口を向けられているんだぞ。……今のはわざと外した。もう1度だけ聞くぞ、ペガサス様に何をした?」
 夜行はさっきまでの勢いを殺し、静かにゆっくりと問いかけた。まるで嵐の前の静けさのように。
 本来なら、銃声を聞きつけた黒服達がすぐさま集まってくるのだろうが、夜行はすでに彼らをこの客室から遠ざけていた。
「できれば別のチーズに変えていただきたいのですがね……。すすめられた以上、中々直接には言えないのですよ。すみませんが夜行くんの方から、ペガサス氏に暗に伝えてもらえませんかね?」

 ―――このっ!

 切れかかっていた紐がついに切れた。
 今度は外さない。確実に標的を定め、引き金を引く。
 殺しはしない。急所は外す。その位の訓練なら受けている。
 弓や拳銃。狙撃手は、それらの武器が当たる前からすでに当たるかどうかわかる。それだけの射的の腕を夜行は持っていた。
 だから、夜行が引き金に指をかけて時点で、リッチモンドに弾丸は命中していた。
 そう、命中するはず……だった。
「なっ!?」
 だが、弾丸はリッチモンドに当たることはなかった。
 いや、リッチモンドはイスから微動だにしていない。イスが動いたわけでもない。言うなれば、動いていないのだ、弾丸も含めて。
「どういうことだ……」
 夜行はわが目を疑った。
 夜行の放った弾丸は、ちょうど夜行とリッチモンドの間で、凍りついた様に空中で停止していた。
「そんな……馬鹿なことが……!」
 連続で発せられる銃声。
 もう当たりさえすればそれでいいとばかりに、何度も引き金を引く。
 10発目
 11発目
 12発目
 13発目
 14発目
 15発目
 何度も銃声が鳴り響いたが、リッチモンドに弾が当たることはない。発砲された弾丸全てが、1発目と同じく、空中で停止した。
 今はもう引き金が引かれる音だけが、むなしく響く。弾切れだ。
 あっけにとられて、夜行は言葉を失った。
「ふぅ〜〜。まったく、銃は人に向けちゃいけないと子供のころ教わらなかったのですか」
 リッチモンドはイスごとぐるりと180度回転し、夜行に目を向けた。
 夜行の表情があまりに想像通りだったのか、リッチモンドはくすりと笑った。
 今の夜行に返す言葉はない。恐怖心がにじみ出る顔を向けるのみだ。
「ふふふ、もっとも。そんなおもちゃで私を傷つけるのは不可能ですがね」
 リッチモンドは懐に手を入れると、そこから光が弾けた。夜行はその眩しさに、思わず目をつぶった。
 そして次に目を開けたとき、そこにはまたもや信じられない光景があった。
「な……なんだ、こいつらは!?」
 そこには、何体ものガイコツの化け物が立っていた。その内の何体かは、むき出しの前歯で弾丸をくわえている。
「今、貴方にも見えるようにしてあげました」
 夜行は体が固まり、動けない。
「ふふふ、しかし中々思い切った事をなさる。拳銃を持ち出してくるとはね……。そんなに今のペガサス氏にご不満ですか?」
「あ……当たり前だ!」
 夜行の頭の中で、数時間前の光景がフラッシュバックする。反射的な返答は、この光景に対する拒否反応だった。
(ペガサス様が、あんな……あんな……!)
 夜行の追い詰められたような目を見て、リッチモンドは満足そうに微笑む。

「―――いいでしょう、貴方のその無謀さに敬意を払い、貴方にチャンスをあげましょう」
「……チャンス……だと?」
「そう、チャンスです」
 リッチモンドはカードの束、デッキを取り出した。
「私と、デュエルをして……もし勝ったら、ペガサス氏を元に戻して差し上げましょう」
「…………」
 夜行は悩んだ。
 リッチモンドは闇の力を持つ相手。それが今ハッキリした。
 そんな奴がチャンスを与えるという。
 夜行には、何かの罠としか思えなかった。
「さあ、どうします?」
 しかしそんな罠でも……
「……分かった……受けて立つ」
 今の夜行は断れなかった。
 夜行は声を絞り出して、そう答えた。
「いい返事です。それでは、地下デュエル場でお待ちしていますよ」
 イスから立ち上がり、夜行の肩をポンとたたいて、リッチモンドは部屋から出て行った。それが合図のように、ガイコツ達は消え、15発の弾丸は音を立てて床へ落下した。
 夜行は、しばらくそこから動けなかった。


 ペガサス別荘邸:地下

「「デュエル!」」
 夜行が地下室に着くと共に、デュエルは始まった。
 互いに5枚の初期手札を引く。
 まずはリッチモンドが先攻だ。

 リッチモンドLP:4000
 夜行LP:4000

「ドロー。……モンスターを1体場にセット。カードを1枚伏せて、ターンエンドです」
 リッチモンド、まずは無難な1ターン目。
「私のターン、ドロー」
 夜行は手札を睨む。
「(一気に仕掛ける!)手札からモンスターカード『アガシオン』を捨て、その効果を発動!」


『アガシオン』・炎属性
★★★
【悪魔族・効果】
このカードが戦闘によって受けるコントローラーの戦闘ダメ
ージは0になる。このカードを手札から捨てる事で、デッキ
に存在する「ソロモン」と名のつくカード1枚を選択し、手
札に加える。
ATK/ 600 DEF/ 500


「この効果により私は、デッキから『ソロモンの指輪』を手札に加え―――」
 夜行はデッキから1枚のカードを選び取り。その後デッキをシャッフルした。
「そのまま発動!」


『ソロモンの指輪』・魔
【永続魔法】
自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、手札のレ
ベル5以上の悪魔族モンスター1体を特殊召喚する事ができ
る。この効果は1ターンに1度しか使用できない。


 夜行の場に、黄金の指輪が出現した。
「私の場にモンスターはいない。よって、『ソロモンの指輪』の効果を発動する。私は手札から、レベル8の悪魔族モンスター『闇の侯爵ベリアル』を特殊召喚する!」


『闇の侯爵ベリアル』・闇属性
★★★★★★★★
【悪魔族・効果】
このカードが表側表示でフィールド上に存在する限り、相手
は自分フィールド上に存在する「闇の侯爵ベリアル」を除く
他のモンスターを攻撃対象に選択できず、魔法・罠カードの
効果対象にもできない。
ATK/ 2800 DEF/ 2400


 漆黒の翼、漆黒の鎧、漆黒の剣。そして、それと対になる白銀の髪をした高等堕天使が、夜行の場に光臨する。
「さらに私は手札から、『神獣王バルバロス』を召喚!」


『神獣王バルバロス』・地属性
★★★★★★★★
【獣戦士族・効果】
このカードは生け贄なしで通常召喚する事ができる。その場合、
このカードの元々の攻撃力は1900となる。3体の生け贄を
捧げてこのカードを生け贄召喚した場合、相手フィールド上の
カードを全て破壊する。
ATK/ 3000 DEF/ 1200


 その顔はあらぶる獅子を思わせる、人の上半身と獣の足をもった獣戦士が現れた。
「ほう」
 リッチモンドは、即座にこのモンスターがそこらのカードとは違う、別格のカードだと見抜いた。
「このカードは、元々の攻撃力を1900とする事で、手札から通常召喚する事ができる!」

 神獣王バルバロス:ATK=3000→1900

 1ターン目にして、夜行の場にはレベル8のモンスターが2体ならんだ。
「バトルフェイズに入る。『闇の侯爵ベリアル』で、裏守備モンスターに攻撃する!」
 ベリアルは漆黒の大剣を振り上げ、リッチモンドのモンスターに突撃する。
「甘い」
「!」
 しかし、大剣は振り下ろされる事なく、ベリアルはその場に固まり、動かない。
「こ、これは……」
 ベリアルの体中には、光の網のような物が絡みついていた。
「永続罠(トラップ)『グラヴィティ・バインド−超重力の網−』。この網の中では、レベル4以上のモンスターは攻撃できません」


『グラヴィティ・バインド−超重力の網−』・罠
【永続罠】
フィールド上に存在する全てのレベル4以上のモンスターは
攻撃をする事ができない。


 リッチモンドは、ベリアルの攻撃と共に、リバースカードを発動させていた。
『グラヴィティ・バインド−超重力の網−』、ビートダウンタイプ……モンスター戦闘を戦術の中心としたデッキにとって、実に厄介なカードだ。
(ロックタイプのデッキか!?)
 夜行は舌を鳴らした。
 相手モンスターの動きを止め、魔法・罠カードでライフやデッキを削っていくロックタイプのデッキは、夜行の苦手なタイプだからだ。
「(くそっ)……カードを1枚伏せ、ターンエンドだ」
 今の夜行に、グラヴィティ・バインドを破壊できるカードは無い。
 モンスターで攻撃も出来ない以上、ここはエンド宣言するしかない。

「私のターン、ドロー。ふふふ、さっきまでの威勢はどうしました?」
 リッチモンドの挑発に、夜行は睨み返した。
「(ふふふ。怖い、怖い)どうやら貴方は……私のデッキタイプを見極めるのに大忙しの様ですねぇ?」
 夜行は眉間にしわを寄せた。図星だった。
「しかし、私は貴方のデッキタイプが分かりますよ」
「なに!?」
「貴方のデッキは、上級の悪魔族や獣族、獣戦士族のモンスターで攻めるパワーデッキ。差し詰め次の手は、手札の『ダーク・フュージョン』で上級融合モンスターを召喚する……と言った所でしょう?」
「なっ!?」
 とっさに、夜行は手札を見た。
 リッチモンドの言ったとおり、手札には『ダーク・フュージョン』の魔法カードが存在した。
 『ダーク・フュージョン』は、悪魔族専用の融合カード。そして、さらにリッチモンドの言ったとおり、次のターンで融合モンスターを召喚し、その効果でグラヴィティ・バインドを破壊する……。これが、夜行の次の戦術だった。
 手札を見抜かれる。それは夜行には珍しい事ではない。かつて千年眼を所有していたペガサスに、何度も手札どころかデッキの中身すら見抜かれていたからだ。
 しかし、デュエルが終われば、ペガサスは適切なアドバイスをくれた。デュエル中の見抜く様な眼差しも、夜行には優しげに感じられた。
 だが、リッチモンドのそれは違う。まるで獲物の内臓でも見るかの様な、まさに射抜く視線だった。
 夜行は息を呑み、戦慄を覚えた。

 リッチモンドはそんな夜行の動揺を見て、ニヤリと小さく笑っていた。
(なるほど。ペガサス氏が心の中で、彼をラフ・ダイヤモンドと称したのもうなずけますね。まだまだ彼は成長段階だ……)
 ここでペガサスの言ったラフ・ダイヤモンドとは、ただ単に未完成と言う意味ではなく、彼のもつ成長力の高さに対する賞賛である。
 ペガサスは夜行に対して、ある意味月行より期待していた。
 もちろん、ペガサスの心を覗いたリッチモンドも、それは十分知っていた。
 それゆえに残念だった。
 ここで、彼を完膚なきまでに叩きのめすのは。
「私は手札から『骨ネズミ』を捨て、魔法(マジック)カード『病原菌の媒介ネズミ』を発動」


『病原菌の媒介ネズミ』・魔
【通常魔法】
手札または自分フィールド上の「骨ネズミ」1体を墓地に送る。
デッキまたは墓地に存在する「ウィルス」または「ウイルス」と
名のつくカードを2枚選択し、手札に加える。


「私はこの効果で、デッキから装備魔法カード『疫病ウィルス ブラックダスト』、そして罠カード『死のデッキ破壊ウイルス』を手札に加えます」
「なっ!?」
 『死のデッキ破壊ウイルス』。攻撃力1000以下のモンスターを生け贄に捧げる事で、相手の手札、フィールド、3ターン以内にドローする攻撃力1500以上のモンスターを全て破壊する、強力な罠カード。
 デッキのほとんどのモンスターが攻撃力1500以上の夜行のデッキとって、そのカードは天敵だった。
「青ざめましたね? ふふふ。しかし、私はこのターンから攻めますよ。――手札から、『ワイト』を召喚」
 リッチモンドの場に、ガイコツのお化けが現れる。


『ワイト』・闇属性

【アンデット族】
どこにでも出てくるガイコツのおばけ。攻撃は弱いが集まると大変。
ATK/ 300 DEF/ 200


 ここで夜行は、リッチモンドのデッキタイプが分かった。それは、ローレベル。低いレベルのモンスターを、魔法・罠カードでフルにサポートして戦うタイプのデッキ。
 夜行は舌打ちをした。
 ローレベルタイプのデッキは、決してローレベルの決闘者では使いこなせないからだ。
 裏を返せばそれは、リッチモンドは自身の決闘者としてのレベルに、絶対の自信がある事を意味する。
「そして、手札から装備魔法、『下克上の首飾り』を『ワイト』に装備させ、更にフィールド魔法『墓場』を発動」
 デュエルフィールドを、墓石や十字架が包み込む。
「こ、これは……」
「ここ、こそ、アンデッド族のテリトリー。さあ、バトルフェイズに入ります。『ワイト』で『神獣王バルバロス』に攻撃!」
「なっ!?」
「『下克上の首飾り』の効果、装備モンスターの攻撃力を、相手モンスターとのレベルの差分アップさせる」
『ワイト』の首にかかった不気味な目の首飾りが、怪しく輝く。


『下克上の首飾り』・魔
【装備魔法】
通常モンスターにのみ装備可能。装備モンスターよりレベルの
高いモンスターと戦闘をする場合、装備モンスターの攻撃力は
レベル差×500ポイントアップする。このカードが墓地に送
られた時、このカードをデッキの一番上に戻す事ができる。


「『ワイト』と『神獣王バルバロス』のレベル差は7つ、よって『ワイト』の攻撃力は3500アップ」

 ワイト:ATK=300→3800

「さらにフィールド魔法『墓場』の効果を受け、攻撃力を1000アップ!」

 ワイト:ATK=3800→4800

「4800……だと!?」
 4800……その攻撃力は、神のカードのラインすら上回っている。雑魚カードの代名詞とすら言われる、『ワイト』とは思えない数値だ。
 ワイトは、その片手をバルバロスに突き刺す。バルバロスも、スピアで対抗するが、『下克上の首飾り』の効果で強化されたワイトには傷1つ着かない。
 抵抗むなしく、バルバロスはその身を引き裂かれた。
「ぐっ!」

 夜行LP=4000→1100

 ライフは大幅に削られた。
「…………!?」
 夜行にとって、わずか1ターンにこれほどのダメージを受けたことはショックだったが、それ以上の疑問が生じた。
「これは、闇のゲームじゃない……?」


天馬夜行
LP:1100
手札:2枚
モンスターゾーン:闇の侯爵ベリアル
魔法&罠カードゾーン:ソロモンの指輪、伏せカード1枚

リッチモンド
LP:4000
手札:2枚
モンスターゾーン:ワイト、裏守備モンスター
魔法&罠カードゾーン:下克上の首飾り、グラヴィティ・バインド−超重力の網−
フィールドカードゾーン:墓場



EPISODE22・骨女の怪A

「貴様、これはどういう事だ!」
「はて。どうとは?」
 夜行の怒りに、リッチモンドはおどけて答えた。
「何故、闇のゲームをしない!?」
 夜行は、闇のゲームとはどんなものかを、ペガサスから聞き及んでいた。
 闇が周囲を覆い、突き刺す様なプレッシャーを放つ。
 闇が怪物となり、プレイヤーに喰いつく。
 闇が牙となり、プレイヤーの魂を切り裂く。
 闇が処刑台となり、敗者の魂を無に帰す。
 それが、夜行が闇のゲームに対するイメージだった。
 だが、このデュエルからはそんな闇の存在感は感じない。モンスターの攻撃を食らえば、それ相応の痛みを感じる事は覚悟していたが、そんな痛みは感じなかった。
「闇のゲーム……ですか。それなら、する必要がないからです」
「な、なに?」
「貴方ごときに、闇のゲームをする必要はないのですよ。それに、未熟な貴方に闇のゲームの痛みを与えるのは、なんだか忍びないですしね。これは、私なりの心遣いですよ。天馬兄弟の、完璧(パーフェクト)じゃないほうさん?」
「っ!」

 ――どうしてお前ら兄弟は同じ顔なのに、こうも差がついたんだ?

 ――なぁんだ…パーフェクトじゃないほうかよ…

 夜行が瞬時に思い出すのは、過去の記憶。同じペガサスの元で育ったペガサス・寵児(ミニオン)達が、夜行を揶揄した言葉だった。
 双子である月行と夜行は、まったく同じ顔をしている。
 同じように生まれ、同じ人間の下で育ち、同じ教育を受けた。
 互いを相手にデュエルを行い、デュエリストとしてのレベルを上げてきた。
 しかしいつの頃からか兄の月行はペガサス・ミニオンの中で、「パーフェクト・デュエリスト」と呼ばれるまでになった。
 対する夜行は、まだ実を成すことない「未完成」とレッテルをはられた。
 それが、夜行の兄に対する強いコンプレックスだった。
「それとも、劣化コピーさんとでも呼んだ方がよろしいですか?」

 ――お前はまるで、月行の劣化コピーだなァ…

「――き、貴様ぁ!!!」
 自身の一番痛いところをつかれて人が反応する行動は、大きく分けて2つある。1つは萎えて全ての気力を失う。そしてもう1つは、激昂する。
 そんな夜行を見て、リッチモンドは苦笑する。
「おやおや、こんな事で平常心を失うとは……。ふふふ、本当にペガサス氏を助けるような気があるのですか?」
「ああ、助け出して見せるさ。貴様を倒してなぁ!」

 数時間前、天馬兄弟は目の覆いたくなるような光景を見た。
 それは、彼らにとって親以上の存在である、ペガサスの姿だった。
 とてつもない腐乱臭の中、ペガサスはまるで愛しい恋人にするように、ドレスを着た骸骨を抱いていた。
 恋人にするように、優しく語り掛けていた。
 恋人にするように、手を握っていた。
 恋人にするように、唇の無い口に、口づけをしていた。
 ドレスを着た、汚れた骸骨に。
 そのドレスには見覚えがあった。それは、ペガサスの描いたシンディアの絵と、同じドレスだった。

「ふふふ、しかし助け出すと言っても、あれはあれで、ペガサス氏は幸せなのではないですか?」
「なんだと?」
「だって、幻とはいえ、死んだ恋人に再会できたのですから」
「! やはりペガサス様がみているのは……」
「そう、シンディア嬢の姿です。あれは、シンディア嬢の亡骸……。今ペガサス氏は、あの亡骸に、生前のシンディア嬢の姿を見ているのです。そんな彼の幸せを奪う事が、本当に助ける事なんでしょうかね?」
「あ、あれが……幸せ……だと」
 夜行はペガサスの姿を思い出す。しかし、何度思い出しても、あの常軌を逸した姿を受け入れる事は出来なかった。
 虚ろな目で亡骸を見るペガサスの姿が、正しい幸せだとは夜行には思えなかったのだ。
「幸せは自分で決めるものですよ。他人の幸せにケチつける様なまねはおよしなさい」
「…………認めないぞ……私は……!」
 今の夜行には、そんな言葉を出すのだ精一杯だった。
「ふっ、少しはクールダウンしたようですね。よかったよかった。それでは、デュエルを続けましょう。私は1枚カードを伏せて、ターンエンド」
 夜行の混乱などお構いなしに、リッチモンドはエンド宣言した。

「私のターン、ドロー!」

ドローカード:軍神ガープ

「この瞬間、場の裏守備モンスターを生け贄に、罠カード『死のデッキ破壊ウイルス』を発動」
「っ!」


『死のデッキ破壊ウイルス』・罠
【通常罠】
自分フィールド上の攻撃力1000以下の闇属性モンスター
1体を生け贄に捧げる。相手のフィールド上モンスターと手
札、発動後(相手ターンで数えて)3ターンの間に相手がド
ローしたカードを全て確認し、攻撃力1500以上のモンス
ターを破壊する。


 『死のデッキ破壊ウイルス』が発動される事は分かりきっていた。そして、分かっているのにどうにも出来ないのは悔しかった。
 夜行の場の、『闇の侯爵ベリアル』はもがき苦しんで消滅する。
「さあ、手札を確認させてもらいましょうか」
 だが、夜行は落胆しない。
 夜行は手札を裏返し、リッチモンドに見せ付ける。

夜行:手札 『軍神ガープ』『ダーク・フュージョン』『ダーク・コーリング』


「! そのカードは……」
「私はこのターンで、『ダーク・コーリング』を発動する!」


『ダーク・コーリング』・魔
【通常魔法】
自分の手札または墓地から、融合モンスターカードによって
決められたモンスターを1体ずつゲームから除外し、「ダー
ク・フュージョン」の効果によって特殊召喚できる融合モン
スター1体を融合デッキから特殊召喚する。(この特殊召喚
は「ダーク・フュージョン」による融合召喚扱いとする)


「『死のデッキ破壊ウイルス』の効果によって、私の手札の『軍神ガープ』は破壊される。だが、『ダーク・コーリング』よってなら、手札に素材が無くても、融合モンスターを召喚できる!」
「…………」
「タイミングを見誤ったな! 私は『ダーク・コーリング』の効果によって、墓地の素材モンスター『軍神ガープ』『神獣王バルバロス』をゲームから除外し、融合モンスター『闇の大公爵フォカロル』を特殊召喚する!」


『闇の大公爵フォカロル』・闇属性
★★★★★★★★★
【悪魔族・融合/効果】
「軍神ガープ」+「神獣王バルバロス」
このモンスターは「ダーク・フュージョン」による融合召
喚でしか特殊召喚できない。このモンスターの融合召喚は
上記のカードでしか行えない。フィールド上のカードを2
枚まで選択し、選択したカードを除外する事ができる。こ
の効果は1ターンに1度しか使用できない。
ATK/ 3700 DEF/ 3500


「なっ!?」
 ここで驚きの声を出したのは、リッチモンドではない。夜行だった。
「見誤ってなど、いませんよ」
 デュエル・リングの中に映し出された『ダーク・コーリング』のカードに、無数の骨の腕が絡みついていた。それに阻まれているように、『ダーク・コーリング』は発動しない。
「これは……」
「くっくっく……これこそ、フィールド魔法『墓場』の最後の効果。墓地のアンデット族モンスターをデッキに戻す事で、墓地に存在するカード、または墓地に送られるカードを除外させる効果を持つカードの効果を無効にし、破壊する」
「そ、そんな!?」


『墓場』・魔
【フィールド魔法】
フィールド上の元々の攻撃力が500以下のアンデット族モンスター
の攻撃力と守備力は1000ポイントアップする。お互いのプレイヤ
ーは自分のメインフェイズに1度、自分の墓地から元々の攻撃力が5
00以下のアンデット族モンスター1体を特殊召喚する事ができる。
墓地に存在するカードまたは墓地に送られるカードを除外させる効果
を持つカードが発動された時、墓地のアンデット族モンスター1体を
デッキに戻す事で、そのカードの発動と効果を無効にし、破壊する。


 絡みつく無数の骨達が、『ダーク・コーリング』を地の底に誘い込む。
「私は墓地の『骨ネズミ』をデッキに戻す事で、『墓場』の効果を発動しました」
『ダーク・コーリング』は静かに、墓場の底に飲み込まれていった。

「…………」
一瞬、夜行の頭は真っ白になった。
『死のデッキ破壊ウイルス』の効果で、手札と場のモンスターは全て墓地に送られ、頼みの綱の『ダーク・コーリング』も無効化された。手札に残るのは、単体では役に立たない『ダーク・フュージョン』のみ。まさに、八方塞だった。
「ふふふ、まさに手も足も出ないですね」
「…………」
今の夜行に返す言葉はなかった。
「さて、どうするのです。まだこのターンにする事があるのですか?」
「…………ターン……エンド」
 夜行は唇を噛んだ。
「ふっ。では、私のターン。ドロー」
 リッチモンドは、夜行の場を確認した。
「(彼の場に伏せられたカード……多分あれは)私はメインフェイズに、フィールド魔法『墓場』の効果を発動。前のターンに『死のデッキ破壊ウイルス』のコストとなったモンスター……『ワイト夫人』を、守備表示で特殊召喚!」
 リッチモンドの場に、ぼろぼろのドレスを着た骸骨のお化けが現れる。
「そ、そのモンスターは……」
 ぼろぼろのドレスを着た骨。その姿は、嫌でもあのペガサスの姿を連想させた。
 リッチモンドは、そんな夜行の様子を見てほほを緩め、いやらしく歯を見せた。皮肉のつもりなのだろうか。


『ワイト夫人』・闇属性
★★★
【アンデット族・効果】
このカードのカード名は、墓地に存在する限り「ワイト」と
して扱う。また、このカードが自分フィールド上に表側表示
で存在する限り、フィールド上に表側表示で存在する「ワイ
ト夫人」以外のレベル3以下のアンデット族モンスターは戦
闘によっては破壊されず、魔法・罠カードの効果も受けない。
ATK/ 0 DEF/ 2200


「『ワイト夫人』の効果、このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、フィールド上に表側表示で存在する「ワイト夫人」以外のレベル3以下のアンデット族モンスターは戦闘によっては破壊されず、魔法・罠カードの効果も受けない……。貴方の場に伏せられたカード。それは多分、モンスターの攻撃をスイッチに、モンスターを破壊する罠カード……でしょう?」
「!?」
 夜行の反応は、言葉より分かりやすく、リッチモンドの言ったことが正しいことを物語っていた。
「だ、だが、『ワイト夫人』の効果は、自分の魔法、罠カードの効果も受けなくする。貴様の場の『ワイト』は、『墓場』の効果を受けず、攻撃力が下がるはずだ!」

 ワイト:ATK=1300→300

「ふふふ、貴方の言うとおり、『ワイト』の攻撃力は下がりました。しかし……。手札の『疫病ウィルス ブラックダスト』を捨て、『ワイト』を生け贄に、手札から速攻魔法『大増殖』を発動!」


『大増殖』・魔法
【速攻魔法】
手札を1枚墓地に送り、自分フィールド上に存在する「クリボ
ー」または攻撃力と守備力が500以下のレベル1の通常モン
スター1体を生け贄に捧げる事で発動可能。自分の空いている
モンスターカードゾーン全てに生け贄に捧げたモンスターの同
名トークン(種族・属性・レベル・攻撃力・守備力は生け贄に
捧げたモンスターと同じ)を特殊召喚する。(生け贄召喚のた
めの生け贄にはできない)


「なっ。ぞ、増殖だと!?」
「私の場には、4体のワイトトークンが特殊召喚されます」


『ワイトトークン』・闇属性

【アンデット族】
ATK/ 300 DEF/ 200


「――――!」
気づけば周りには、4体のワイトが夜行を囲んでいた。
「ト、罠カード、『聖なるバリア−ミラーフォース−』……!」


『聖なるバリア−ミラーフォース−』・罠
【通常罠】
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。相手
フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊する。


 夜行の身を、光のバリアが覆った。しかし……
「しかし、無駄な抵抗というものです」
「う、うあぁぁぁぁ!!!」
 ワイト達は、いとも簡単にバリアをすり抜け、夜行の身に喰いついた。

ワイトトークン4体:ATK300×4=1200

夜行LP=1100→0

 勝敗は決した。
 夜行の体に噛み付いてきたワイト達は、デュエル・リングの中のカードと共に消え去った。

 手札を持つ力すら失い、夜行はその場で膝を折った。
「ま、まったくライフを削れなかった……」
 落胆の表情を浮かべ、そう呟いた。
「ご理解いただけましたか、ご自身の無力さを」
「!?」
 夜行が振り返ると、そこにはデュルリングの向かい側にいたはずのリッチモンドが立っていた。
「…………」
 突然のことに驚き、夜行は動けない。
「私を倒すのは、同じく闇の力をもってしなければ不可能ですよ、ふふふ……。あ、そうだ」
 リッチモンドは、懐に手を入れる。
 夜行はとっさに身構える。
 しかし、リッチモンドが懐から取り出したのは1つの花だった。
「?」
「ふふふ、そう不思議そうな顔をなさらずに。デュエルの相手には花を贈るのが、私の流儀なのですよ」
 そう言ってリッチモンドは、その花を夜行の眼前に差し出す。
 その花は、1本の枝に幾つもの白い花びらが咲いているものだった。
「この花の名前はユーコミス、花言葉は……完璧(パーフェクト)。貴方にぴったりの花ですよ」
「なっ!?」
 リッチモンドは、その花を夜行の元にそっと落とした。
 そのままリッチモンドは夜行に背を向け、実に気分が良さそうに笑いながら、地下デュエル場を後にした。

「ぐ、ぐぐぐぐ…………」
 夜行は、唇を噛む。そのまま噛み切ってしまいそうなくらいに。
 今の夜行の頭にある感情は1つ。
「屈辱」だった。

「くそっ! くそっ! くそぉぉぉぉ!!!」
 夜行は、リッチモンドの落とした花を、何度も何度も殴りつけた。
 床にこぶしが傷つけられ、手からは血が流れる。それでも夜行は殴るのをやめない。

――ユーはまだ「ラフ・ダイヤモンド」 未完成デース!!

 花が原型を留めなくなったころ、夜行は獣のような雄叫びを上げた。

●     ●     ●     ●     ●     ●     ●

 某日
 日本:童実野町、海馬コーポレーション本社ビル、デュエル・リング・サーバー中核

 日本の童実野町、海馬コーポレーション本社ビル、デュエル・リング・サーバー中核。ここに、世界中のデュエル・ディスクの実質的なデータが眠っている。
 デュエル・ディスクとは、言わば端末である。このデュエル・リング・サーバーに衛星をリンクすることで、はじめて使用する事ができる物だ。
 普段のここでは、社員達がメンテナンスや新しいカードデータのバグチェックなどで大忙しでありる。聞こえるのは空調機と、キーボードをたたく音くらいだった。
 しかしなぜか、今日はビービーという大きな電子音と、それにも負けない社員達の慌てふためく声があふれていた。
「現在、何者かが我が社にハッキングを仕掛けています!」
「第13障壁、突破されました。なおも進行中!」
 そんな慌てふためく社員達に、1人の黒服が指示をだした。
「アメリカにいる瀬人様に連絡を!!」
 指示に従い、モニターの前の社員がマイク付ヘッドホンを付け、モニター前のキーボードになにやら入力するが。すぐに舌打ちをした。
「…。だ…駄目です!! 通信網へのアクセスが遮断されています!」

「最終ステルス障壁のパスワード捜査中!」
「1024桁中60%解析!」
「65%――――70%――――まもなくメインコンピューター占拠されます!!」
 今、デュエル・リング・サーバーはハッキングを受けていた。それも、覗き見するような可愛いものではなく、システム全体を乗っ取る凶悪なものだった。
 そんな中で、ハッキングへの対応にてんてこ舞いな社員達に指示を出している黒服がいた。
 名は磯野という。彼は海馬コーポレーションの社長、海馬瀬人にもっとも近い場所で働いている。口に出さないだけで、その社長からはある程度信頼されている。現に今、社長が留守である本社の責任者を任せられていたのだから。

「いかん! システムの電源をカットだ!」
 磯野は苦肉の策をとることにした。
「しかし…システムすべてをシャットダウンすると、世界中のデュエルディスクが機能しなくなります!」
 そんなことは分かっていた。
 だが、信頼された自分が留守を任されている間に、自社の英知の結晶を奪われるようなことは、断じてさせる訳にはいかなかった。
 そんなことになれば、磯野は海馬に見せる顔がない。
 今の本社に、このハッキングに対抗できるだけの人間はいなかった。これは本当に苦渋の選択なのだ。
「乗っ取られるよりはマシだ! いそげ!」
「はっ!」
 力強い磯野の英断に、社員も迷いが消えたのか、すぐに電源のキーを回した。これで電源は切れるはずだ。

 しばしの沈黙を、電源を切ったはずの社員の絶望的な言葉がやぶった。
「き…切れません!」
「なんだと!!」
 「馬鹿な」と呟く磯野の後ろに、その場にいないはずの人影が近づいてきた。
「すこし遅かったようですね」
「ヒッ…」
 背後からの声に、磯野は飛び上がった。あまりに突然のことで、いつもつけているサングラスがはずれてしまったくらいだった。
 声の人物は、そんな磯野を無視し、その場の社員全員が見えるところまで浮き上がった。
 それを見た社員達は理解した。その人物がソリッドビジョンだということを。
「只今より海馬コーポレーションは、I2(インダストリアル・イリュージョン)社アジア総局が接収する――――」
 ソリッドビジョンの人物は、驚愕し言葉を失う社員達を尻目に振り返り、デュエル・リング・サーバーの巨大な本体を見上げた。
「これが海馬C(コーポレーション)の中枢であり、技術の粋…。そして、ソリッドビジョンシステムの基幹、デュエル・リング・サーバ・コンピューター。そう……現世に蘇りし、石版(ウエジャ)の神殿……」
 満足そうにサーバーを見上げるソリッドビジョン。
 それを真逆の表情で、社員達は見上げていた。


EPISODE23・魔女@

 4月8日
 日本時間:15時25分
 童実野大学:3F 考古学研究室前廊下

 2日。
 武藤遊戯が消息を絶って2日後の昼下がり。角谷菊子は自分の所属するゲームサークルの顧問である、吉森教授の研究室の前にいた。
 そんな彼女の様子は、少なくとも健康とは言えなかった。
 というのも、その両脇には松葉杖。右足には包帯が巻かれ、顔にはシップやガーゼが貼られている。実に痛々しかった。
 しかし彼女には、どうしても吉森教授の下を訪れなくてはならない必要があった。

 扉をノックするが、中からの返事は無い。扉に手をかけると鍵はかかっていなかった。
 そのまま開けて部屋をのぞく。案の定、教授の姿は無かった。
「はぁっ」
 菊子はため息をつき、誰もいない部屋に向かい「失礼します」と言うと。そのまま部屋に流れ込み、客人用のソファーに腰掛けた。
 正直、今の体の状態で、廊下で待ち続けるのはしんどい。菊子は、このままここで待たせてもらうことにした。
(やっぱり、吉森先生は忙しいのかしらね……)
 吉森教授の専門は、いうまでなく考古学である。しかも、最近は家族ともほとんど会っていないくらい、考古学にのめりこんでいるとの噂だった。
 教授がいないので暇になり、研究室を見渡す。ここには本当にいろんな物がある。はじめて授業で来たときは、キョロキョロと見渡したものだった。
 壁にぎっしりと詰めてある本棚には、同じく考古学関連の本がぎっしりと詰めてある。窓際の本棚には本のかわりに、エジプトの出土品のレプリカが置いてある。奥の机には地球儀と、やっぱり考古学の関連本が積まれてあった。
 何か時間つぶしになる本はないかと、本棚に目を向ける。しかしどれも堅苦しそうで、菊子の趣旨はなかなか動かなかった。
「ん?」
 しかし、そこで変わった本を見つけた。
 何年も前に出版されたらしい周りのボロボロの本とは違い、実に真新しい、1度も読まれた事がなさそうな本だった。
 教授は、ここの本をよく読みなおしているらしい事は、菊子も知っていた。
 その中で、こんなにも背表紙のきれいな本があるのは少し変だった。菊子が偶然見つけたのも、いつもは本棚の前にある、丸めた紙を入れている古い壺が、今日は動かされていたからだろう。
 興味本位に、菊子は松葉杖を使って立ち上がり、その本を手にとる。
 本のタイトルは、「レムリアとエジプト文明」だった。
 エジプト考古学が教授の専門だから、当然この本もエジプト関連の本なのだろうが、レムリアというものには覚えがなかった。教授の授業に、1度もその名は出てこなかった。
 菊子はソファーに戻り、本を開く。
 最初の数ページを読んで、菊子がこの本に出した結論は……
(う〜ん……これは。いわゆるトンデモ本の類?)
 だった。
 本の内容を少し説明するならば。
 なんでも今から1万年以上前に、インド洋にはマダガスカル島とマレー半島が合わさった大陸が存在したらしく。さらにそこには超古代文明が存在し、その文明の人々は、古代エジプト人の先祖であるとこの本は主張してあるのである。
 本の後半には、なぜその文明は滅び、人々はエジプトに行渡ったのかを長々と説明してるいのだが、どれも菊子には現実的な内容とは思えなかった。
 そんな本に対して、ほとんどの人の印象は1つ、トンデモ本だ。
 だが菊子は、なぜかこの本に興味を持ち、そのまま読みすすめていった。
 そもそもなぜ著者がレムリアとエジプトを結びつけたかだが。それは、ある企業からの援助資金を元に、著者独自の研究グループがインド洋で発見した石版によるものだと言う。
 この石版とは、レムリア文明の宗教や死生観についての石版であり。レムリアの神話について書かれているものらしい。
 その神話が、エジプト神話……特に上エジプトのものに、非常に似通っている部分が多いのだとある。
 数ページめくると、その石版の写真があった。その石版には、見たこともない文字の羅列があった。確かに、古いものには見える。
 隣のページには、その石版の……やはり著者独自の解読文が書いてあった。


 ――――混沌の神 最初に光と闇の神を生みだす

 ――――原初なる神 原初の丘を生みだす(※1)

 ――――原初なる混沌の神 最後にその姿模して人を生みだす(※2)

 ――――光と闇の創造神 新たなる兄弟の誕生を祝福する

 ――――光と闇の神 その後、深く眠る

 ――――光と闇 その力別ち、散らばる

 ――――終焉なる混沌の創造神 再び光と闇の創造神を――


「おや、角谷くん。来ていたのかい?」
「あ!? 先生、お邪魔してます!」
 本に夢中になっていたのか、菊子は教授の出現に驚いた。
 やはり勝手に入ったのは気まずかったのか、菊子はすぐに謝ったが、教授は「いいよいいよ」と愛想のいい笑顔を向けた。
 吉森教授は、こんな人のいい人だった。白髪のがほとんどを占める口ひげや顎ひげも決して強面に見せず、まさに学者らしい知性を思わせる。
「ん、その本は……」
「あっ、すいみません。暇なものでつい見てしまって……」
「いや、読んだのは別にかまわないんだがね……。一応許可をとってほしかったと言うか……」
「あははは……すみません」
 菊子は苦笑して、すこしお茶目に舌をペロッとだして謝った。
「いやでも、以外でした。先生がこういう本を持っているなんて」
「ああ、学会の知り合いが出した本でね。何年か前に学会で会った時、その人に貰ったのだよ」
 教授は少し気まずそうにそう言った。
 菊子は本を閉じ、背表紙を見る。そこにはタイトルの下に、「著者・神戸勝久」とあった。
「それにとね、角谷くん。こういう本だって、一概には馬鹿にできないとは思うよ。例えば……アトランティスって知っているかい?」
 菊子は首を縦に振った。レムリアというのは知らなかったが、アトランティスならそれなりに聞き及んでいた。
 まあその理由は、デュエル・モンスターズのカード、『伝説の都 アトランティス』にあるのだが。


『伝説の都 アトランティス』・魔
【フィールド魔法】
このカードのカード名は「海」として扱う。手札とフィールド
上の水属性モンスターはレベルが1つ少なくなる。フィールド
上の水属性モンスターは攻撃力と守備力が200ポイントアッ
プする。


「世界にはそのアトランティス文明が、エジプト文明の源流であるという説も、確かに存在するからね」
「へぇ……」
 菊子は感心したように、両目を大きく開いた。
「まぁ、ここら辺の話はアーサー……いや、ホプキンス教授の方が詳しいかな……」
「ホプキンス教授?」
「ああ……、アメリカの教授だよ。彼も考古学が専門でね。私にとって、遊戯くんのおじいさん……双六さんとの共通の友人だよ」
「武藤くん? …………ああ! そうだ、先生。その武藤くんに関することでお願いが!」
「!???」
 やっと菊子は、本題を思い出した。



 考古学研究室でのやり取りから数時間後、菊子は童実野町の郊外に到着した。
 菊子にも荷物くらいある。デュエル・ディスク入りのバックをぶら下げつつ、松葉杖で歩いてくるのは少々骨を折ったが。なんとか到着した。
 空を見ると、もう日も暮れようとしていた。
 今、その郊外で有名な幽霊屋敷に来ている。その屋敷は、まさに幽霊屋敷と呼ばれるにふさわしい、何十年も前に立てられたような洋館だった。その外壁には植物の草が引っ付いている。
 ここが吉森教授から聞いた、影山リサの家だった。
 2日前のあの日、菊子はサークル紹介のお礼もかねて、遊戯とゲームショップへ行く約束があった。
 しかし、成金ボーイに殴られた傷の手当をしに保健室に行った帰り際、何者かに階段で突き落とされたのだ。顔のもう1つの傷と足の捻挫は、その時にできたものだった。その日は大事をとって、しかたなく病院に行った。
 菊子は、階段で自分を突き落とした人物を見た。それが、影山リサだった。
 しかし次の日、城之内達に聞いてみると、リサはその時部室にいたと言う。
 だが、菊子はどうしても影山リサへの疑いを消せなかった。
 放課後、影山リサが武藤遊戯と一緒にいたという話は聞かない。それでも、菊子は影山リサが武藤遊戯の行方について、何か知っているような気がした。
 証拠がある訳ではない、ただのカンだった。
 とにかく、この胸の中のモヤモヤをはっきりさせたかった。
 城之内達には、この事は言ってはいない。
 理由は2つある。1つは、本当にただの勘違いや、見間違いかもしれないから。もう1つは……せっかくできた新しい仲間を疑うようなまねに、みんなを巻き込みたくなかったからだ。
 菊子は屋敷前のインターホンを押した。


「どうぞこちらに」
「あ、ありがとう」
 リサに客室らしき部屋に案内された菊子は、そのまま真ん中のソファーに座った。リサも、テーブルを挟んだ反対側のソファーに座る。
 菊子は客間を見渡した。内装は屋敷の外側と違い、小奇麗な洋式の部屋だった。玄関などもとても立派で、菊子は思わず「へぇ〜」とため息を出したほどだった。
「それで、今日はどうしたんですか部長さん」
 笑顔を向けて、リサはそう切り出した。
「影山さん、武藤くんの事知らない?」
 単刀直入にそう返した。菊子は、腹を探るようなことは苦手だった。
「え、遊戯先輩がどうかしたんですか。私、まだ授業がなくて学校には行ってないから何がなんだか……」
 おろおろしたしぐさで、リサは答えた。
「(ま、そう返すのが無難よね……)そう言われてもね……一昨日、影山さんと武藤くんが一緒にいるところ、私見ちゃったから」
「え? でも部長さん、昨日病院に行って……」
「その帰りに見たの。なんだかいい雰囲気だったから、声はかけられなかったんだけど」
 菊子は堂々とそう即答した。もちろん、ハッタリである。
「確か7時半位だったかな……」
 菊子の言葉に、リサはニヤリとした顔で返答した。
「えーっ! それ絶対見間違いですよ〜。だってその時間、私城之内先輩達と一緒にいましたもん」
 リサの答えに、一瞬菊子は無表情になったが、すぐにリサにも負けない笑顔で返した。
「あ〜、そっか、それじゃあリサさんじゃなかったんだ〜〜」
「そうですよ〜〜」
 2人はそう言って、いっしょに「あははは」と笑った。

「はははは……それじゃあ、あれはお姉さんの方かな?」
 菊子が笑いながらそう言うと、リサの笑いは止まった。
「それとも妹さんの方かな。どっちなのかな、影山三姉妹さん?」
「……何のことですか」
 さっきまでの笑顔とはうって変わって。リサは無表情でそう言った。
「影山三姉妹。デュエルモンスターズの業界じゃあ少しは名の知れた3人の姉妹。どんな手段を使っても欲しいカードを手に入れる、グールズまがいの連中……。自分達のことなんだから、わざわざ説明しなくてもいいよね?」
「そんなっ! 確かに苗字は同じですけど、たかがそれだけで……」
 そう言いつつ、リサは瞳に涙を浮かべたが、菊子の口は止まらなかった。
「ふ〜ん(とりあえず影山三姉妹の事は知っていると)……ま、いいけどね。でも、さすがに武藤くんのご家族も、明日になったら警察に連絡するよね〜」
「?」
「私、警察の人に影山さんの事、ある事ない事言っちゃおうかな〜〜」
 笑顔で菊子はそういっているが、内心罪悪感にあふれていた。
 もしも、本当にリサが遊戯の件とも、影山三姉妹とも関係がなかったのなら、自分のしていることは最低でしかない。
 部の中で嫌われ役する事には多少慣れているが、今回が1番最悪かもしれない。
「……どうしたら……」
「うん?」
「どうしたら黙っててもらえますか」

「(……ビンゴ)ここは取引といかない?」
「取引?」
 リサは冷たい声できびすを返した。
「影山さんもデュエリストだよね。だからさ、私とデュエルして、私が勝ったら影山さんは武藤くんについて知ってることを洗いざらい話す、っていうのはどうかな?」
「私が勝ったら?」
 リサの声はどんどん冷たくなっていく。
「煮るなり焼くなりお好きにどうぞ。それに――――」
 菊子は持ってきたバックを、テーブルに置いた。
「これには、私の取って置きのレアカードがたんまり入ってるの。私に勝ったら、この中のレアカードも好きにしていいよ」
 不敵に菊子は言い放つ。
「……いいでしょう」
 リサはすっと立ち上がり、客間の扉の方に歩いていった。
「? どこへ?」
「デュエルするにして、ここは狭いですよね? ふさわしい場所にご案内しますよ。ふふふ……」
 最初に会ったときと同じ笑顔で、リサは言った。
 その笑顔を、菊子はとても不気味に感じた。


(ま、こんな家だから。これくらいあると思ってたけど……)
 菊子がリサに連れられてきた場所は、屋敷の地下室だった。石の階段を松葉杖で下りるのは苦労した。
 地下室には暖炉と、あとは木の机とイスくらいしかなく。光は壁にかけられた松明くらいの、薄暗い部屋だった。
「それじゃあ早速、はじめましょうか」
 リサは机の上にあるデュエルディスクとデッキを取り、菊子とは反対側の部屋の端に移動した。
 菊子もバックからデュエルディスクを取り出す。
 デッキを取ろうともう1度バックに手を入れるが、なぜかその手は止まった。
(相手はあの悪名高い影山三姉妹……。私もかなり本気でいかなと……)
 バックのデッキケースを取ろうとした手は、隣の別のデッキケースを取った。
「では、カットお願いします」
 リサは笑顔を崩すことなく、デッキを差し出す。
 菊子もデッキケースからデッキを取り出し、リサに差し出す。
 互いにデッキをシャッフルし、相手に返した。
 リサはそれをデュエルディスクにセットし、菊子とは反対側の部屋の端に移動した。
 菊子もリサと距離をとり、デッキをデュエルディスクにセットする。

「ふふふ……やれ!」
「!?」
 突然暖炉の影から2つの影が飛び出し、菊子の両足をつかんむ。思わず菊子は、松葉杖を離してしまった。松葉杖なしでも立ってることくらいできるが、ちょっと辛くなった。
「これは!?」
 2つの影に目を向けると、その2人はリサと同じ顔だった。
 2人は菊子の足に、速やかに足枷を取り付けると、リサの下に移動した。足枷はどうやら部屋の四方に鎖で固定されているようだった。
 菊子は、とても移動できない状態になった。
「なんのマネ!?」
「ふふふ……上を見ろ」
 リサの言葉通り、菊子は上を見上げる。
「! あれは……」
 菊子の真上には、天井に結び付けられた古びた鍵と、大きな壺だった。
「あの鍵と壺はデュエルディスクに反応するようにできている。私のデュエルディスクのライフが0になれば、鍵の方が落ちてくる。その足枷の鍵だ」
 リサは不気味にそう言った。初めて会ったときの様な可愛らしい顔は、もうそこにはなかった。
「……私のライフが0になれば?」
「壺の中の硫酸が、たっぷりお前に降り注ぐ!」
「硫酸…………!」
 残酷な笑みを浮かべ、リサは言い放った。
「煮るなり焼くなり好きにしろと言ったな。くっくっく――――望みどおりにしてやる!」
 今のリサは、まるで鬼のような形相で。全身からは殺気があふれ出ていた。
 その殺気のせいか、髪はまるでハリガネのように逆立っている。両隣の影山姉妹も同じ様子だった。
(影山三姉妹……噂どおりじゃなかった――――。噂以上に、やばい人達だった!)
 硫酸。そんなものを全身に浴びたら、今度は怪我どころではすまない。

「デュエル開始だ!」
「っ!」

「「デュエル!」」
 デュエルが始まった。互いに5枚の初期手札を引く。
 まずは菊子が先攻だった。

角谷菊子LP:4000
影山リサLP:4000

「(こうなったら、もうやるっきゃない!)私の先攻、ドロー!」
 菊子はドローしたカードと手札を確認する。だが、デュエルをはじめる前に確認したいことがあった。
「まず、最初に確認したいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「あなた達が影山三姉妹で、間違いないんだよね」
「ふっ、そんなことか……。ああそうだ、私達が影山三姉妹で間違いない」
「……階段で私をつき落ちしたのも?」
「くくくく……そう、私達だ」
「……それじゃあ最後に。――――武藤くんの行方を知ってるんだね?」
「……今は答える必要はない」
「…………」
 最後の答えを聞いたときに態度が少し変わったのは気になるが。「今は」とつけたということは、知ってると言ったようなものだと菊子は考えた。
「私は手札から、魔法(マジック)カード『ソーラー・エクスチェンジ』を発動!」


『ソーラー・エクスチェンジ』・魔
【通常魔法】
手札から「ライトロード」と名のついたモンスターカード1枚
を捨てて発動する。自分のデッキからカードを2枚ドローし、
その後デッキの上からカードを2枚墓地に送る。


「私は手札から、『ライトロード・ビースト ウォルフ』を捨て、カードを2枚ドロー。そして、デッキの上からカードを2枚墓地送る」
「! ライトロード?」
 リサ達のはじめて見るカードだった。リサ達も、デュエリストとしての経験は長い。だが、「ライトロード」というカードは今日、はじめて見た。噂すら聞いたことがなかった。
 はじめて知ったデッキを相手に、リサ達は警戒する。
「お前……一昨日使ったデッキが本命ではないのか!?」
「? 誰もデッキが1つだ、なんて言ってないけど? 手札から『ライトロード・パラディン ジェイン』を、攻撃表示で召喚」


『ライトロード・パラディン ジェイン』・光属性
★★★★
【戦士族・効果】
このカードは相手モンスターに攻撃する場合、ダメージス
テップの間攻撃力が300ポイントアップする。このカー
ドが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、自分の
エンドフェイズ毎に、自分のデッキの上からカードを2枚
墓地に送る。
ATK/ 1800 DEF/ 1200


 菊子の場に、白き鎧と金髪のショートヘアが眩しい、女性聖騎士が現れた。
「ターンエンド。『ライトロード・パラディン ジェイン』の効果で、このエンドフェイズにデッキからカードを2枚墓地に送る。」
 菊子はデッキのカードを墓地に送った。

「私のターン、ドロー」
 リサは菊子のフィールドを見て、ふっと小さく鼻で笑った。
(どんな手を使ってくるかと思えば……。リバースカードも伏せないとはな。だが、あのデッキのカードを墓地に送るという効果は……)
 デュエルモンスターズというゲームにおいて、墓地のカードが第2のアドバンテージなのは、リサも熟知している。
 警戒するに越したことは無いが、墓地のカードが生きてくるのはゲームの中半から後半。その前のケリを付ければいいと考えるのが、リサの戦術だった。
「私の手札には『レッドヘカテー』と『イエローヘカテー』がある」
 手札の2枚を選び取り、リサは自慢するようにそのカードを見せた。
「それは、まさか……」
「この2体を、手札から特殊召喚!」


『レッドヘカテー』・闇属性
★★★★★★★
【魔法使い族・効果】
自分フィールド上に「イエローヘカテー」または「ヴァイオレ
ットヘカテー」が表側表示で存在する時、このカードは手札か
ら特殊召喚する事ができる。手札の「イエローヘカテー」また
は「ヴァイオレットヘカテー」を相手に見せる事で、このカー
ドは手札から特殊召喚する事ができる。
ATK/ 2500 DEF/ 2300

『イエローヘカテー』・闇属性
★★★★★★★
【魔法使い族・効果】
自分フィールド上に「レッドヘカテー」または「ヴァイオレ
ットヘカテー」が表側表示で存在する時、このカードは手札
から特殊召喚する事ができる。手札の「レッドヘカテー」ま
たは「ヴァイオレットヘカテー」を相手に見せる事で、この
カードは手札から特殊召喚する事ができる。
ATK/ 2500 DEF/ 2300


 リサの場には、高レベルのモンスターが一気に2体現れた。
 『レッドヘカテー』はその名のとおり、真紅のローブに実を包んだ老魔女だった。手の平の上には,水晶玉が浮いている。
 『イエローヘカテー』も名に恥じぬ、黄色いローブを着込んでいる。その手に杖を持った、太った中年の魔女だった。
「幻の……三姉妹魔女カード!?」
 菊子は声を出して驚いた。
 『レッドヘカテー』『イエローヘカテー』共に、遊戯の持つ『ブラック・マジシャン・ガール』に並ぶ、滅多にお目にかかれない魔法使い族のレアカードだったからだ。菊子も、実際のカードを見るのははじめてだった。
「そのとおり、『レッドヘカテー』と『イエローヘカテー』は姉妹。互いに互いを補う」
「まさか……こんな効果を持ったカードだったなんて……」
 上級モンスターの弱点は、召喚に生け贄を必要とする事である。だがあの2枚のカードは、互いを特殊召喚させるという効果で、その弱点を補っていた。
「そのライトロードとやらがどれ程かは知らんが……。ヘカテーでねじ伏せてくれる! 『レッドヘカテー』で『ライトロード・パラディン ジェイン』を攻撃!」
 レッドヘカテーの持つ水晶玉からすさまじい炎が飛び出し、ジェインを襲った。ジェインの体は、その炎に包まれた。
「はははは! パラディン撃破!」
「それはどうかな?」
「!?」
 なんとも不思議な事が起こった。
 ジェインの背中から、カラフルな羽が生えたかと思うと、ジェインはその羽をはためかせ、その強風でヘカテーの炎をかき消した。
「『ライトロード・パラディン ジェイン』の反撃、輝く黄金の剣(ライト・カリバーン)!」
 ジェインは飛び上がり、その光の剣を鞘から引き抜いく。そのままレッドヘカテーの下へと高スピードで滑空し、レッドヘカテーを切り裂いた。

 影山リサLP=4000→2200

「な……何が起こった!?」
 リサ達は、驚きが隠せなかった。
「『レッドヘカテー』の攻撃を受けたとき、私は手札からモンスターカード『オネスト』を捨てた」
 今度は菊子が自慢するように、墓地に送ったカードをリサ達に見せた。


『オネスト』・光属性
★★★★
【天使族・効果】
自分のメインフェイズ時に、フィールド上に表側表示で存在するこのカ
ードを手札に戻す事ができる。また、自分フィールド上に表側表示で存
在する光属性モンスターが戦闘を行うダメージステップ時にこのカード
を手札から墓地に送る事で、エンドフェイズ時までそのモンスターの攻
撃力は、戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。
ATK/ 1100 DEF/ 1900


 羽の生えた聖騎士の背後には、ギリシャ彫刻のような美しい天使の影があった。

 ライトロード・パラディン ジェイン:ATK=1800→4300

「くっ……このアマッ!!!」
 毒づくリサに、菊子は不敵な笑みで答えた。



角谷菊子
LP:4000
手札:4枚
モンスターゾーン:ライトロード・パラディン ジェイン
魔法&罠カードゾーン:なし

影山リサ
LP:2200
手札:4枚
モンスターゾーン:イエローヘカテー
魔法&罠カードゾーン:なし



EPISODE24・魔女A

「このクソアマが……」
「その子宮抉り出してクソの家系を絶ってやる!」
 リサの姉妹達が野次を飛ばした。
「ああ、怖い怖い」
 菊子も態度でこそ不敵さを装っているが。本当はこの状況に震えていた。
 しかし、ゲームの基本はポーカーフェイス。相手にのまれる訳にはいかない。
「ふんっ! まあいい……1枚カードを伏せて、ターンエンドだ」

 ライトロード・パラディン ジェイン:ATK=4300→1800

「私のターン。ドロー」
 菊子は引いたカードを確認する。
(『ライトロード・マジシャン ライラ』……駄目。このカードじゃ、ヘカテーは倒せない……)
 先攻ダメージを与えたとはいえ、リサの場には攻撃力2500のモンスターがもう1体残っている。手札には、今使えるカードはなかった。
「私は、『ライトロード・マジシャン ライラ』を攻撃表示で召喚」
 ジェインの隣に、白い衣を着た、長い黒髪の美しい女性魔術士が現れる。

 ライトロード・マジシャン ライラ:ATK=1700

「この状況で、低級モンスターを攻撃表示で召喚だと?」
「まあ待ちなさいって。『ライトロード・マジシャン ライラ』のモンスター効果発動!」


『ライトロード・マジシャン ライラ』・光属性
★★★★
【魔法使い族・効果】
自分フィールド上に表側攻撃表示で存在するこのカードを表側守備表示に
変更し、相手フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。この効
果を発動した場合、次の自分のターン終了時までこのカードは表示形式を
変更できない。このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
自分のエンドフェイズ毎に、自分のデッキの上からカードを3枚墓地に送
る。
ATK/ 1700 DEF/ 200


「このモンスターは守備表示に変更することで、相手の魔法または罠カード1枚を破壊できる!」
 ライラは防御姿勢をとると、まるでそれがお決まりのポーズのように持った杖を前に突き出した。
「ふっ、無駄だ。リバースカードオープン、『黒魔族生け贄の棺』!」
「!?」


『黒魔族生け贄の棺』・罠
【通常罠】
自分のデッキからレベル8以下の闇属性の魔法使い族モン
スター1体を選択して墓地へ送る。その後その選択したモ
ンスターの攻撃力分ライフポイントを回復し、デッキをシ
ャッフルする。


「私はこのカード効果で、デッキの魔法使い族モンスターを1体墓地に送る。選択するモンスターは、『ヴァイオレットヘカテー』!」
「なっ!?」
 リサの場に、装飾のこった黒い棺が現れる。そこに青紫のローブの若い魔女が閉じ込まれ、棺ごと地中に飲み込まれていった。
「さらに『黒魔族生け贄の棺』の効果で墓地に送ったモンスターの攻撃力分、私のライフは回復する。『ヴァイオレットヘカテー』の攻撃力は2500。よって、私は2500ライフを回復する」

 影山リサLP=2200→4700

「くっ……」
 ライラの杖の光は、カードのみを破壊する効果。すでに発動しているカードを破壊しても意味がない。
 ライラは悔しそうに、杖を引っ込めた。
「……『ライトロード・パラディン ジェイン』も守備表示に変更して、ターンエンド。ライトロード達の効果で、私はデッキから合計5枚のカードを墓地に送る」
 菊子はデッキのカードを墓地に送った。
(これで墓地のカードは計12枚……)

「私のターンだな。ドロー!」

 リサはドローしたカードを見て、ニヤリと笑う。
「くっくっくっくっ……。どうやら、早くもこのゲームは終わってしまいそうだな」
「!?」
「まずは手札から、『早すぎた埋葬』を発動……。ライフを800ポイント支払い、墓地の『イエローヘカテー』をフィールドに特殊召喚する!」


『早すぎた埋葬』・魔
【装備魔法】
800ライフポイントを払う。自分の墓地からモンスター
カードを1体選択して攻撃表示でフィールド上に特殊召喚
し、このカードを装備する。このカードが破壊された時、
装備モンスターを破壊する。


 『イエローヘカテー』は、地の底から這い出し、再びその不気味な微笑を菊子に向けた。

 影山リサLP=4700→3900

「さらに手札より『死者蘇生』を発動。墓地の『ヴァイオレットヘカテー』を、フィールドに蘇生させる!」
『死者蘇生』。デュエルモンスターズを代表する、超強力魔法カード。その効果は、敵味方問わずモンスターを蘇生し、操る。
「――――っ!」
 最後のヘカテー、『ヴァイオレットヘカテー』がついにフィールドに現れた。
 その姿は、ヴァイオレットという名の通り、青紫のローブを着ていた。きっと末妹なのだろう。ヘカテー3姉妹の仲で、彼女は最も若く美しかった。
「ヘカテー3姉妹が、そろってしまった……」
 菊子は息を呑んだ。
「そう、ついに3人の魔女がそろった。そして3人の魔女がそろったとき、『伝説のゴーゴン』が誕生する!」
「な――――」
「手札より『融合』発動! 『レッドヘカテー』、『イエローヘカテー』……そして、『ヴァイオレットヘカテー』を融合する!!!」


『融合』・魔
【通常魔法】
手札またはフィールド上から、融合モンスターカードによ
って決められたモンスターを墓地へ送り、その融合モンス
ター1体を融合デッキから特殊召喚する。


 ヘカテー達の周りの空間が歪み、大きな渦となり1つに交じり合う。
「融合召喚。『伝説のゴーゴン』!」
 渦が形とったのは、1体の巨大な魔女だった。
 『ヴァイオレットヘカテー』を主体にしているのか、その姿はそれに近かった。だが、全身から漲出る禍々しい魔力のオーラは、ヘカテー達の比ではなかった。
 特に恐ろしいのは、その頭から髪の代わりに生えている無数の蛇だった。蛇どもはシャーと鳴き声を上げて、菊子を威嚇した。

 伝説のゴーゴン:ATK=3000

「『伝説のゴーゴン』のモンスター効果。フィールド上のセットされたカード、および守備表示のモンスターを破壊する!」
「なんですって!?」
「石化の魔眼!」
 リサの掛け声に従い、『伝説のゴーゴン』は菊子の場のモンスターを睨んだ。その両眼は怪しく光った。と同時に、ジェインとライラは、足からどんどん石のように固まっていった。
「ジェイン! ライラ!?」
 両ライトロードは苦しそうにもがくが。抵抗むなしく、すでに石化の波は首にまで達していた。
「ふはははは! 『伝説のゴーゴン』の魔眼は、臆病者を石へと変える!」
 ついにジェインとライラは、完全に石の像と化してしまった。
 そして『伝説のゴーゴン』はその2体の像を、己の巨大な両手で握りつぶした。
「うっ……」
 大事なモンスターが粉々にされる姿を、菊子はただ指をくわえて見ているしかなかった。
「くっくっくっくっ。これでお前のフィールドはがら空きだ」
「っ…………!」
 リサの言うとおり、菊子の場は今がら空きになった。身を守る罠カードも無い。もっともあったところで、ゴーゴンに破壊されるだけだったが……。
「これで終わりだ。手札から装備魔法『デーモンの斧』を、『伝説のゴーゴン』に装備ィ!」


『デーモンの斧』・魔
【装備魔法】
装備したモンスターの攻撃力は1000ポイントアップす
る。このカードがフィールドから墓地に送られた時、モン
スター1体を生け贄に捧げればデッキの一番上に戻る。


 『伝説のゴーゴン』は、緑の肌の顔がデザインされた、オドオドしい斧を手に取った。

 伝説のゴーゴン:ATK=3000→4000

「攻撃力、4000……」
 4000。それは、今の菊子のライフポイントとぴったり同じだった。つまり、このモンスターの攻撃が通れば、菊子のライフは0になる。
「鬱陶しかったぞ、お前は。くっくっくっくっ……だがそれもここでお仕舞いだ! 『伝説のゴーゴン』でプレイヤーにダイレクトアタック!」
 ゴーゴンは斧を振り上げ、菊子に迫る。
「死ねぇぇぇぇい!!!」
 ゴーゴンは斧を、菊子の頭に向けて振り下ろした。
「――――!」

 地下室を、大きな金属音が包む。
 斧の衝撃波のせいで、菊子の周りを砂埃が覆った。
「ふんっ!」
 ざまあみろと言わんばかりに、リサ達はほくそ笑む。だがしかし、それはすぐに驚きへと変わった。
「何ィ!?」
 菊子の前では赤き鉄火面の戦士が、その身を徹して斧を受け止めていた。
「墓地の、『ネクロ・ガードナー』の効果を発動! このカードを墓地よりゲームから除外する事で、相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする」


『ネクロ・ガードナー』・闇属性
★★★
【戦士族・効果】
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動
する。相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。
ATK/ 600 DEF/ 1300


「そんなカードを、いつの間に――――はっ」
 リサは気づいた。
「ライトロードの効果かっ!」
「その通り」
 菊子の不敵な笑みは、消えていなかった。
 ゴーゴンはめちゃくちゃに斧を振りまくるが、『ネクロ・ガードナー』はそれを全て受けきった。
 もう無駄だと分かったのか、ゴーゴンは未練を残しつつもリサの下に戻っていった。
「ぬう……往生際の悪い。ターンエンドだ」

 しかたなくリサはエンド宣言するが、まだまだ余裕があった。
(まあいい……。どうせ奴は次のターン、守ることもできずに終わる)
 ゴーゴンは、守備モンスターだけでなく、場にセットされたカードも破壊する。つまり、間接的に罠カードをも封じているのだ。
 さらに、次のターンでゴーゴンが倒されることもありえなかった。なぜなら。
(ゴーゴンには、自己再生能力がある……!)


『伝説のゴーゴン』・闇属性
★★★★★★★★
【魔法使い族・融合/効果】
「レッドヘカテー」+「イエローヘカテー」+「ヴァイオレットヘカテー」
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、フィールド上にセ
ットされているカードと守備表示のモンスターは全て破壊される。このカ
ードが墓地に送られた時、墓地の「ヘカテー」と名のついたモンスター1
体をゲームから除外する事で、このカードを特殊召喚する事ができる。
ATK/ 3000 DEF/ 2800


 ゴーゴンには、融合素材モンスターの魂の分だけ命があった。墓地のヘカテーは3体。そう、今のゴーゴンは、3回殺されても死なないモンスターなのである。
 それは、菊子も理解していることだった。
「私のターン、ドロー」

 ドローカード:創世の予言者

「……私は手札から、『創世の予言者』を召喚」
 金髪のロングヘアをなびかせながら、菊子の場にキリッと力強い表情の女性賢者が現れた。


『創世の予言者』・光属性
★★★★
【魔法使い族・効果】
手札を1枚捨てる。自分の墓地に存在するレベル7以上の
モンスター1体を手札に加える。この効果は1ターンに1
度しか使用できない。
ATK/ 1800 DEF/ 600


(『創世の予言者』……。何をする気だ?)
「このモンスター効果により、手札を1枚捨て、墓地からレベル8モンスター『裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)』を手札に加える!」
(なっ、この状況で上級モンスターを手札に加えるだと!?)
 リサはまだ気づいていなかった。菊子の体に、一昨日成金ボーイと闘ったときのオーラが流れつつあることを。
「私は手札に加えたこの『裁きの龍』を、手札から特殊召喚する……」
「何っ!?」
「『裁きの龍』は、墓地にライトロードと名の付くモンスターが4種類以上存在する時、手札から特殊召喚が可能」
(すでに奴はジェインとライラの効果で、他のライトロードを墓地に!?)
「特殊召喚、『裁きの龍』!!!」

 美しい純白の羽毛。邪悪を睨む業火の眼。闇を引き裂く真紅の爪。
 その全てが、この巨龍の神々しさを物語る。
 天の輝きと共に、1体の神龍が菊子の下へと光臨した。

「なっ……なんだ、このモンスターは!!!?」
 リサも感じ取ったのだろう、このモンスターの全身から溢れる、凶悪なまでの光に。
 『裁きの龍』が咆哮する。きっと、邪悪なる者……『伝説のゴーゴン』の存在が許せないのだろう。
 ゴーゴンも、この巨龍の力が分かるのか、後ろにたじろいでしまっている。
「『裁きの龍』のモンスター効果。1000のライフポイントを払う事で、このカードを除くフィールド上のカードを全て破壊する……」
「何だと……!?」

 それは、あまりに強い光だった。
 闇を滅ぼし、邪悪を滅するだけではない。
 他の弱き光すら許さぬ、裁きの光。

「ライフを1000支払い……」

 角谷菊子LP=4000→3000

「発動、ファイナル・ジャッジメント!!!」
 『裁きの龍』。その咆哮と共に、天上から光が降りそいだ。いや、光というより、これはもうレーザーとすら言っていい。
 これは、裁きの光。
 この世に罪なき者など存在しない。
 裁きの光は、全てのものを皆平等に裁く。
 敵であろうと、味方であろうと…………。そう、菊子の場の予言者ですら。

「まっ、まだだ! 『伝説のゴーゴン』のモンスター効果、墓地に送られた時、墓地のヘカテーと名のついたモンスター1体をゲームから除外する事で、このカードを特殊召喚する事ができる! 墓地にヘカテーがある限り、ゴーゴンは何度でも蘇る!」
「それはこちらも同じこと。私のライフがある限り、何度でも殺してやる!」


『裁きの龍』(ジャッジメント・ドラグーン)・光属性
★★★★★★★★
【ドラゴン族・効果】
このカードは通常召喚できない。自分の墓地に「ライトロード」と名のついた
モンスターカードが4種類以上存在する場合のみ特殊召喚する事ができる。1
000ライフポイントを払う事で、このカードを除くフィールド上のカードを
全て破壊する。このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する場合、自
分のエンドフェイズ毎に、デッキの上からカードを4枚墓地に送る。
ATK/ 3000 DEF/ 2600


 光の雨は、その激しさを増した。
「ぐっ、ぐぁぁぁぁぁ!」
 目を潰す程の閃光と、鼓膜を破る程の爆音の中、ゴーゴンは3度死んだ。

 角谷菊子LP=3000→1000

「バトルフェイズに入る。『裁きの龍』で、『伝説のゴーゴン』に攻撃、ジャッジメント・ブレス!」
 休むまもなく、『裁きの龍』はその口から輝く爆風を吐き出す。
「くそっ! 反撃しろ、ゴーゴン!」
 ゴーゴンは魔力の炎で対抗する。
 空で、光と炎が交わる。それは、激しい爆発を生んだ。
 裁きの光によって斧を失ったゴーゴンと、龍の攻撃力は同じ。
 2体の同時消滅は、さらに強い爆発を生じた。

(まさか…………ゴーゴンがやられるなど……!?)
 信じられない! とリサ達は口に出した。
 だが、爆風で視線を遮られたリサ達が次に見たものは、もっと信じられないものだったに違いない。
「な…………」
 爆風の起こした砂嵐が消えた先にあったもの、それは。
「『裁きの龍』が……2体だとぉ!!!?」
 菊子の場には、まだ『裁きの龍』が2体、その巨体を持て余していた。
「私の、のこりの手札……これが2枚とも、『裁きの龍』だっただけ……」
 今度は2体の巨龍が、リサ達を睨んだ。
「ヒッ……!」
 思わずリサ達は、情けない悲鳴をあげた。
 1体でも恐ろしい龍が、相手の場に2体いる。それだけで、とても直視できない光景だった。
「2体の『裁きの龍』で――――」
「ま、待って――――」
「プレイヤーにダイレクトアタック!」
 2体の龍が吐き出す爆風が、リサ達に襲い掛かった。
「ギヤァァァーーーーー!!!」
 影山三姉妹が、断末魔の声を上げた。

 影山リサLP=3900→0

 勝敗は決した。

(な、なんとか勝てた……)
 ふぅと深呼吸する菊子の下に、チリンと音をたてて鍵が落ちてきた。
(やっと自由になれるよ……)
 菊子は鍵を拾い上げ、鍵を足枷の鍵穴に差し込んだ。横に鍵を回しと、カチッといい音を出して、枷は外れた。
 ただ足の枷が外れただけなのに、菊子は背伸びをしたくなるほどの開放感を感じた。

「……さて、それじゃあ。武藤君について知ってることを洗いざらい話してもらいましょうか」
 菊子は、負けたショックで項垂れているリサ達に詰め寄った。
「そ、それは……」
「それは!?」
 菊子は、自分のできる最大限の怖い表情をつくり、リサ達に攻め入る。
「それは――――ぐっ!?」
「!?」
いきなり、リサは頭を抱いて苦しみだした。周りの姉妹達も、つられたように頭を抱いて苦しみだす。
「なっ、何、これ!?」
 突然のリサ達の変貌に、菊子は戸惑った。
 肩を抱いてどうしたのか聞こうとするが、暴れて解かれてしまう。

 それからしばらく苦しんだリサ達は、カニのように泡を吹き、床に倒れた。
 それを菊子は、ただ呆然と見つめているしかなかった。
「い、いったい、何がどうなってるの…………」
 この場に、菊子の疑問に答える者はいなかった。



EPISODE25・最初のタネ明かし

 4月6日
 日本時間:21時00分
 童実野美術館

「人の霊魂は永遠だと思うかね」
 遊戯は答えない。だが、答えないと言うことは、反論がないと言うことだ。
「……半分正解で半分不正解だ」
「どう言うこと?」
「魂は『バー』と『カー』で成り立っていることは知っているね」
 遊戯は黙ってうなずいた。
「では、その違いは分かるかな?」
「……肉体に宿る不滅の魂が『バー』。そして、それが生み出した心の映し身が『カー』……」
 怪訝な表情で、遊戯は答えた。
「それも、半分正解で半分不正解だ」
「じゃあ、いったい?」
「『人の魂は永遠であり、死んでも生まれ変わる事ができる』と言う人間がいれば、『死ねば無に帰るだけだ』と言う人間もいるだろ? あれ、両方正解なんだよね。『バー』とは魂そのものであり。『カー』とは心……霊そのものなのだから」
「?」
「つまり、確かに魂は永遠だが、心は永遠ではないと言うことだよ。肉体が死を迎えれば、『バー』は冥界へと旅立ち、再び新たなる肉体に宿るための準備をする。だが、『カー』はそのまま死に絶えた肉体に宿り続け、その肉体が原型を留めなくなった時、消滅する。無に帰るのだ」
「…………」
「『カー』とは『バー』が『肉体』と共に生み出したものだ。『カー』とはその者の意思であり、自我であり、人格である、心そのものなのだ。適切ではないのかもしれないが、『バー』とは『カー』を動かすためのエネルギーのようなものだ。『心臓』と『脳』の関係にも似てるいかもしれないね」
「それじゃあ……まさか!?」
「察しがよくて助かるよ。君の気づいた通り、『ファラオ』の魂(バー)は3000年前に千年アイテムの中に記憶のデータと共に眠り続け、3年前に冥界へと旅立った。しかし心(カー)は――」
「3000年前に滅んだ? まさか! それじゃあ彼は!?」
「3年前まで君と共にいた『ファラオ』、その魂(バー)は確かに『ファラオ』の魂(バー)だ。しかし、その心(カー)は、千年アイテムの中に保存された『記憶』を元に、君の肉体と、君と『ファラオ』の魂(バー)が生み出したものだ」
「……何でボクにそんな話を?」
「……その様子では、うすうす気づいてはいたみたいだね」
 ハワスは苦笑した。
「いいだろう、教えてあげよう。―――自分が倒される理由くらい……知っておきたいだろう?」
 ハワスはデュエルディスクを構えた。
「さあ、闇のゲームを始めようか」
 遊戯たちの周りを、闇が覆いはじめた。



EPISODE26・イラストレート

 某日
 時刻:14時54分
 アメリカ合衆国:ネバダ州

「――――ああ、デプレにもお前の方から伝えてくれ。――――分かった。ではな」
 街中を走るリムジンの車内で、スーツ姿の月行は携帯電話を切った。
 ふぅと息をし、座席の背もたれに体重をかける。

 別荘の1件から早1週間。天馬兄弟達はアメリカへと戻ってきていた。
 それからの月行には、安息の時間は与えられなかった。
 仕事に追われる日々。
 特に忙しいのが、MM(ムード・メイツ)社との合併騒ぎだった。
 あんな得体の知れない男のいる会社との合併など、させるわけにはいかない。
 しかし、I2(インダストリアル・イリュージョン)社の幹部連中に根回しを試みたが、ほとんど相手にされずじまいであり。着実に合併の話は進んでいた。
 さらに月行には気になることがある。
 まずはペガサスの事。
 あの日から数日間は、ペガサスは今まで通りの様子だった。少なくとも月行達以外の人間の前では。しかし、3日を過ぎた頃から変化が訪れた。ほんの少しずつの変化。最初はただの物忘れ。それを引き金にどんどん生気が薄れ、老い、廃れていくような変化を月行は見た。例えるなら、まるで認知症が悪化していく老人の変化を見続けているような気分だった。
 そしてもう1つ気になるのが弟、夜行のことだ。
 アメリカに帰ってくるなり自室に篭り。出てきたかと思えば、行き先も告げずにどこぞへと消えていく。
(あの晩……いったい奴と夜行に何が……?)
 あの夜、夜行を地下デュエル場で見つけたとき、その様子は尋常ではなかった。
 何か小言をブツブツと言っては不気味に笑い、月行と顔をあわせようともせずに部屋へと戻っていった。その後姿から月行が感じたのは、言い知れぬ不安感だけだった。
 そんな夜行が心配ではあるが、同時に苛立ちも覚えた。
 月行は、まず目の前の問題を解決するべきだと考えた。
 月行1人で合併阻止など出来るわけが無い。必ず協力者……それも、I2社に対して影響力の強い人物の協力が不可欠だった。
 本来なら、弟の夜行こそこんな状況での最良のパートナーなのだが。正直、今の夜行は頼りに出来そうもなかった。
 そんな中で月行が助けを求めたのが、かつての義兄弟達、ペガサス・ミニオン(寵児)だった。
 ペガサス・ミニオン――――I2社のペガサス・J・クロフォードが自らの後継者を求め、世界中から集め、育てた、才能豊かな孤児達。
 今頼れるのは、彼らをおいて他にいなかった。
 さきほど電話で話していたのは、そのペガサス・ミニオンであるリッチー・マーゼットだった。
 助けを求めると言っても、ただ闇雲に誰でも良い訳ではない。まずはペガサス・ミニオンの中でも、特に優秀な者から声をかけていった。
 まず声をかけたのが、リッチーだった。
(リッチー・マーゼット。現在、カード・プロフェッサー・ギルド1のデュエリスト……。まさか、彼を頼ることになるとはな)
 現在のアメリカでは、デュエル・モンスターズでの多額な賞金を賭けた大会が数多く行われている。そんな大会で腹黒い主催者は、カード・プロフェッサーと呼ばれるデュエリストを雇い、大会を裏からコントロールしていた。
 リッチー・マーゼットは、そのカード・プロフェッサー達が営むギルド(組合)で、1番の実績と実力を持つデュエリストだった。
 そう、さっきのリッチーとの会話で出てきたデプレ・スコットもまた、同じくペガサス・ミニオンであり、カード・プロフェッサー・ギルドのbQだった。
 実を言えば月行は、彼らへの要請を渋っていた。
 どうもこの2人とは、昔から馬が合わなかった。
 確かに2人とは、兄弟同然に育ったペガサス・ミニオン同士だが。リッチーは子供の頃からペガサスやデュエルの事で、やたらライバル心をむき出しにして絡んできたし。デプレはデプレで、無口かつ無表情でほとんど感情の読めない奴だった。
 が、今はそんなことを言っていられない。ペガサス・ミニオン同士、結束しなくてはならない。
 現に彼らもペガサスの名前を出せば、2つ返事手でOKしてきた。ペガサスを思う気持ちは、同じだった。
「月行様、到着いたしました」
 リムジンの運転手が、月行に目的地への到着を告げた。
「ありがとう。では、ここで待っていてくれ」
 月行より先に出た黒服が、リムジンのドアを開ける。
 月行は荷物のアタッシュケースを片手に、車を出た。
「行ってらっしゃいませ、月行様」
 ドアを開けた黒服が、行儀よく月行に頭を下げた。
 ここは、I2社ネバダ州ラスベガス支部。
 2人きりで話をしたい相手が、このビルの中にいた。


(ここだな)
 ビルの最上階で、ある部屋のドアを月行ノックする。
「開いてるよ」
 ドアの奥から入室の許可。
 月行がドアを開けると、ツーンと鼻を刺すような匂いが立ち込め。部屋中には、ペンキの缶やキャンパスが散乱していた。
 そんな部屋で入室許可を出した男は、筆を片手にキャンパスと向かい合っていた。男の体格は良く、背も190cm近くあった。両腕や着ているTシャツやGパンには、色とりどりの絵の具が付着している。
「相変わらずだな、JJ」
 苦笑しつつ、月行は挨拶をした。
「まあな」
 キャンパスとにらめっこしたまま返事をした男の名は、ジョン・J・ジュネーヴ。ネグロイドには珍しい直毛の黒いショートヘアが特徴的な、月行と同じペガサス・ミニオンだ。
 名が「John・J」である為、大抵のペガサス・ミニオンは彼を「JJ」と呼ぶ。
 今も彼は客人に対して愛想も出さずに、寡黙に絵を描いていた。
 なぜ絵を描いているのかと聞かれれば、それが彼の仕事だからだ。彼の仕事はイラストレーター。それも、I2社直属のイラストレーターだ。デュエル・モンスターズ・カードのイラストの何割かは、彼が描いたイラストである。今描いているイラストも、新しく発売されるカードのイラストなのだろう。
 しかし彼も、さすがにこのまま無言でいるのは悪いと思ったのか、自分から話を切り出してきた。
「I2社の合併騒ぎの事か?」
「! ――――察しがいいな」
「こんな所にいるからな、話は嫌でも聞こえてくる」
「では――――」
「悪いが」
 今まで目も見ようとしなかったJJが、急に月行に鋭い視線を向け。
「オレにはもう関係ない」
 そうハッキリと告げた。
「…………」
 月行は、JJがそう言ってくるのは大方予想がついていた。
 10数年前にペガサスの元に引き取られてきた時から、彼は人と係わろうとせずに絵ばかり描いていた。
 例えば、デュエルだ。
 ペガサスが創り上げたデュエル・モンスターズ。ペガサス・ミニオン達は、全員デュエル・モンスターズで遊び育ってきたと言っても過言ではない。
 しかし彼は、そんなデュエルにほとんど興味を示さなかった。
 が、そのくせ、強かった。
 ペガサス・ミニオンの中でも、彼のデュエルの腕は1、2を争った。それは、JJのしてきた数少ないデュエルからでも伝わってきた。
 彼のその性格上、当時からパーフェクト・デュエリストと称された月行との対立も対決も無かったが。それがお互いにとって幸福だったのか、あるいは不幸だったのかは分からない。
「ペガサス様の、危機なんだぞ……!?」
「聞きたくない」
 JJはそう冷淡に答えた。
「なっ!?」
「悪いが帰ってくれ、仕事の邪魔だ」
 彼がペガサス・ミニオンの中でも、特に浮いていた理由がこれだ。
 ペガサス・ミニオンは、その全員がペガサスに対し大なり小なりの尊敬や愛情、そして感謝の念があった。
 当然だ。孤児であった自分達を引き取り、裕福な暮らしと豊かな教育を施してきてくれた相手だ。そんな思いを抱かない訳がない。
 だが彼は、彼だけは、一向にペガサスに懐こうとしなかった。かと言って、反抗していた訳でもない。
 一方ペガサスは、彼に何か思うところがあったのか。月行と夜行に「天馬」と名づけた様に、彼に自分のミドルネームである「J」を与えた。
 それから数年たった今でも、JJのI2社内での発言力は、一介のイラストレーターとは思えないほど高い。
 なぜペガサスが彼にこれほどの権限を与えているのか、それは月行には分からない。

「……分かった。今日のところは、これで失礼する。だが、また顔を出すぞ」
 時間を置く事が必要と考えたのか、月行は早々と引き上げる事にした。
「ではな」
 JJに背を向け、月行はJJのアトリエから出て行った。

「……すまない」
 聞こえないはずの相手に、JJは謝罪した。
 そこに突然鳴り響く電子音。
 デスクに置かれた、JJの携帯電話の音だった。
 デスクに筆を置き、彼は電話を取った。
「はい」



 同日
 時刻:23時40分
 アメリカ合衆国:ネバダ州 ラスベガス 某ホテル裏路地

 たいして儲かってもいなさそうなカジノホテルの裏口から、バイク用ゴーグルを頭に付けた、気の強そうな青年が出てきた。
 手に持っていた荷物のバックを肩にかけ、彼は「はぁ」と軽いため息をついた。
 彼の名はヴァロン。つい5分前まで、このカジノで用心棒として働いていた。
(ここでも会えなかったか……)
 そう思う彼の頭には、ある女性の顔があった。
(あいつ、カジノのディラーなんてやってたつってたのにな……)
 ヴァロンは着ているジャケットの胸ポケットから、1枚のカードを出した。


『ハーピィ・レディ・SB』(サイバー・ボンテージ)・風属性
★★★★
【鳥獣族・効果】
このカード名はルール上「ハーピィ・レディ」とする。
ATK/ 1800 DEF/ 1300


 ヴァロンがカジノの用心棒をしているのは、喧嘩の腕っ節を生かして、生活費を稼ぐためだが。もう1つ理由があった。
 ヴァロンの心の中にいる女性。その女性を見つけるのが目的だった。
 彼女はヴァロンに出会う前に、客船カジノのディラーをしていたと言っていた。今はもうしていないが、こんな場所にでもいれば、いつか出会える様な予感がヴァロンにはあった。
 だが世界は広い。今世界の何処にいるかも知らない人間と、簡単に出会える訳がない。
 ヴァロンもそれは分かっていた。
 だからこそ彼は、こうして職場を転々とし、バイクでアメリカ中を走り回っていた。
 今度のカジノでも出会えなかったが、彼は全く気にしない。もともと同じところに居続けられる性分ではないし、なにより。
(ま、こういうのも悪くねぇけどな)
 こういう状況を、彼は楽しんでいた。
 ヴァロンはカードを胸ポケットに戻し。新天地に向かうために、自分のバイクをとめた駐車場に足を向けた。

「ヴァロンだな」
「?」
 後ろから声をかけられたヴァロンは、反射的に振り返った。
 人通りの無い裏路地に、フード付きの黒いローブを着た大柄の人物がいた。しかも左腕には、デュエル・ディスクが装着されている。フードを深々と被っているせいで顔は見えないが、声と体格からすぐに男だと分かった。
「なんだ、お前?」
 威嚇の意味もこめ、ヴァロンはドスのきいた声で言った。
 経験上、こういう服装の奴にろくな奴はいない。と、ヴァロンは知っていた。
「ドーマの残党、ヴァロンに間違いないようだな」
「……へえ、そこまで知ってるのか?」
 ヴァロンは口先ではそう吐いたが、正直以外だった。
 どうせどこか昔のデュエルの恨みでも晴らしに来た、ケツの穴の小さい野郎だと思ったが。その名前を知っている以上、ただのデュエリストでは無い様だった。
 ドーマ……。その名を聞くのは3年ぶりだった。
 それは、かつてヴァロンが所属していた組織の名。
 3年前にカードに描かれたモンスターが実体化するという事件を巻き起こし、世界中をパニックに陥れた根源。世界を滅ぼそうと目論み、武藤遊戯達に戦いを挑んだ秘密結社。それがドーマ。
 総帥ダーツの敗北と共に滅んだ組織の名前を、まさかこんな所で、こんな訳の分からない相手から聞くとは。
(こいつ……何者だ?)
 ヴァロンは首をかしげたい気分だった。
「手間を取らせて悪いが、ご同行願おうか。二三聞きたい事がある」
 左手を前に突き出し、ローブの男はそう言った。
「はっ! なんだか分からねぇが、お断りだね。誰がお前みたいな訳の分からない奴に」
 シッシッと猫でも追いはらうかの様に、ヴァロンは手を前後に振った。
「そうか、まあいい。どんな形で、との指示は受けてなかったからな」
 ローブの男はそう言って、すっと右足を後ろに引きずる。
「!?」
 男の足元からは、黒い霧が流れ出てきた。
「なんだ!?」
 凄まじいスピードで、その霧はヴァロン達の周りを覆っていく。
「魂を賭けたゲームは、初めてではないだろう」
 男がそう告げ終わった頃には、もう完全に霧がヴァロンを包囲していた。
「これで話をつけるというのはどうだ?」
 男はローブの中からカードの束、デッキを取り出した。
「……へっ! 面白れぇ」
 ヴァロンは不敵な笑みでそう言い放つ。
 御託はいらない。売られた喧嘩とデュエルは何時でも何処でも誰のでも買う。それが、ヴァロンの流儀だ。
 自分が負けるわけが無い。そんな圧倒的な自信が、この不思議な現象への疑問を吹き飛ばす。
 何を賭けようと、相手がどんな奴だろうと、勝てば全て問題ない。それがヴァロンの結論だった。
「後悔させてやるぜ!」
 自信あふれる態度で、ヴァロンは吼えた。
「ふっ、話が早いな。言っておくが、これは闇のゲームだ。敗北者はこいつに、心を封印される」
 男はそう言いながら、ローブから表側に何も描かれていない1枚のカードを取り出し、ヴァロンに見せ付けた。
「はっ。そんなゲームはなぁ、やり飽きてんだよ!」
 とっとと始めようぜと言わんばかりに、ヴァロンはそう怒鳴り、バックからデッキと海馬コーポレーション製のデュエルディスクを取り出した。

 2人は近づき、互いのデッキをシャッフルした後、距離をとった。

「「決闘!(デュエル)」」
 2人の掛け声が、夜の街に響く。
 デュエルが始まった。互いに5枚の初期手札を引く。
 まずはローブの男が先攻だった。

 ローブの男LP:4000
 ヴァロンLP:4000

「オレのターン、ドロー」
 ローブの男はドローしたカードを確認した。
「オレは手札から、『華麗なる潜入工作員』を攻撃表示で召喚」


『華麗なる潜入工作員』・地属性
★★★
【戦士族・効果】
このカードが召喚に成功した時、罠カードを発動する事はでき
ない。
ATK/ 1300 DEF/ 1200


 男のフィールドに、タイツの様にピッシリとした黒い特殊スーツを着た、銃装備の戦士が現れた。そのルックスは、とても渋い。
「何を出すかと思ったら、そんなザコモンスターかよ!」
「……カードを1枚伏せ、ターンエンドだ」
 ヴァロンの挑発も意に介さず、男は静かにエンド宣言をした。

「オレのターン、ドロー!」

 ドローカード:フルアーマー・グラビテーション

 ドローしたカードを見て、ヴァロンはニヤリと笑った。
「オレの闘いは、常に攻撃あるのみ! 手札から『サイキック・アーマー・ヘッド』を、攻撃表示で召喚!」


『サイキック・アーマー・ヘッド』・地属性
★★★★
【機械族・アーマー】
自分がコントロールするアーマーモンスターは自分のターンに1体のみ攻撃宣言を行う事
ができる。自分がコントロールするアーマーモンスターが攻撃対象になった時、攻撃対象
を他のアーマーモンスターに変更する事ができる。このカードがフィールド上に表側表示
で存在する限り、自分のドローフェイズにカードを1枚ドローする代わりに、アーマーモ
ンスター1体を自分のデッキから手札に加える事ができる。その後自分のデッキをシャッ
フルする。このカードが自分ターンのスタンバイフェイズに墓地に存在していた場合、こ
のカードを自分のフィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
ATK/ 0 DEF/ 500


 ヴァロンの場に、白と青を基調とした、機械のヘルメットの様な物が現れた。
「さらに手札から魔法(マジック)カード、『フルアーマー・グラビテーション』を発動!」


『フルアーマー・グラビテーション』・魔
【通常魔法】
自分のデッキからカードを10枚めくる。その中からアーマー
モンスターを可能な限り自分のフィールド上に表側攻撃表示で
特殊召喚する。それ以外のカードを墓地に捨てる。


「オレはこの効果で、デッキの上から10枚のカードをめくり、その中のアーマーモンスターを可能な限り特殊召喚できる!」
 ヴァロンはデッキの上からカードを10枚引き抜く。その中から4枚のカードを選択してデュエルディスクにセットし、残りのカードを墓地に送った。
「『ビックバン・ブロー・アーマー』『トラップ・バスター・アーマー』『オーバー・ブースト・アーマー』『アクティブ・ガード・アーマー』をそれぞれ、攻撃表示で召喚!」


『ビックバン・ブロー・アーマー』・地属性
★★★★
【機械族・アーマー】
自分がコントロールするアーマーモンスターは自分のターンに1体のみ攻撃宣言を行う事
ができる。自分がコントロールするアーマーモンスターが攻撃対象になった時、攻撃対象
を他のアーマーモンスターに変更する事ができる。このカードの戦闘によって発生したプ
レイヤーへのダメージは0になる。このカードが戦闘で破壊された時、フィールド上に存
在する全てのモンスターを破壊する。その後、破壊したモンスターの総攻撃力分だけ全て
のプレイヤーのライフポイントにダメージを与える。
ATK/ 0 DEF/ 0


『トラップ・バスター・アーマー』・地属性
★★★★
【機械族・アーマー】
自分がコントロールするアーマーモンスターは自分のターンに1体のみ攻撃宣言を行う事
ができる。自分がコントロールするアーマーモンスターが攻撃対象になった時、攻撃対象
を他のアーマーモンスターに変更する事ができる。このカードがフィールド上に表側表示
で存在する限り、自分がコントロールする全てのアーマーモンスターは罠カードの効果を
受けない。
ATK/ 0 DEF/ 0


『オーバー・ブースト・アーマー』・地属性
★★★★
【機械族・アーマー】
自分がコントロールするアーマーモンスターは自分のターンに1体のみ攻撃宣言を行う事
ができる。自分がコントロールするアーマーモンスターが攻撃対象になった時、攻撃対象
を他のアーマーモンスターに変更する事ができる。このカードがフィールド上に表側表示
で存在する限り、自分がコントロールする全てのアーマーモンスターは対象を指定しない
モンスターカードの効果では破壊されない。
ATK/ 0 DEF/ 500


『アクティブ・ガード・アーマー』・地属性
★★★★
【機械族・アーマー】
自分がコントロールするアーマーモンスターは自分のターンに1体のみ攻撃宣言を行う事
ができる。自分がコントロールするアーマーモンスターが攻撃対象になった時、攻撃対象
を他のアーマーモンスターに変更する事ができる。このカードがフィールド上に表側表示
で存在する限り、このカードのコントローラーが受けるカードの効果によるダメージは0
になる。
ATK/ 0 DEF/ 1500


「いくぜ、アーマー・グラビテーション!」
 ヴァロンの場に現れた、白と青を基調とした機械族のモンスター達。それらは全て、まるで機械の鎧だった。
 ヴァロンの掛け声に従い、アーマーモンスター達はヴァロンに引き寄せられ、『装着』された。
『ビックバン・ブロー・アーマー』は右腕に。『トラップ・バスター・アーマー』は左腕に。『オーバー・ブースト・アーマー』は両足に。『アクティブ・ガード・アーマー』は胴体に。そして最後に『サイキック・アーマー・ヘッド』が、頭に装着された。
 それらのアーマーモンスターを装着したヴァロンの姿は、さながら特撮物の変身ヒーローの様であった。
「これが無敵のアーマーモンスター! 力によって相手を粉砕し勝利を得る!」
 ヴァロンのアーマーモンスターは全て、攻撃力こそ0なものの、強力な効果を秘めていた。
「『ビックバン・ブロー・アーマー』で『華麗なる潜入工作員』に攻撃!」
『ビックバン・ブロー・アーマー』を装着したヴァロンは右腕を振り上げ、全身で『華麗なる潜入工作員』に突撃した。
『ビックバン・ブロー・アーマー』は戦闘で発生するダメージを0にし。さらに戦闘破壊された時、場の全てのモンスターを破壊して、その総攻撃力分のダメージを互いのプレイヤーに与える。
 もちろん他のアーマーモンスターとのコンボで、ヴァロンの被害はほとんど無い。
 まさにアーマーモンスター達は、無敵のモンスター陣営だった。
 が。
「速攻魔法発動――――」
 男は場のリバースカードを開いた。
「何!?」
 ヴァロンが『ビックバン・ブロー・アーマー』で殴りかかろうとしている『華麗なる潜入工作員』は、右手に手榴弾の様な物を持っていた。
「『チャフ・グレネード』!」
 『華麗なる潜入工作員』は、右手に持った手榴弾をヴァロン目掛けて放り投げた。
 思わずヴァロンは、顔を両手でガードした。
 破裂音と共に弾ける閃光。

「! ――――?」
 何かのダメージがあると警戒したヴァロンだったが、目を開けて全身のアーマーモンスターを見ても、そこには傷1つ無かった。
「何だ、ただのコケおど――――!?」
 だがすぐに異変に気づいた。
「体が……動かない!?」
 何故かヴァロンは両手で顔をガードしたポーズのまま、身動き1つ取れなかった。
 腕の隙間から周りを覗いてみると、ヴァロンの辺りには、細かい金属の粒子が漂っていた。
「これは…………」
「『チャフ・グレネード』を使った。これはフィールドに戦士族モンスターがいる場合のみ発動可能な速攻魔法。発動ターンにフィールド上・手札・墓地に存在する機械族モンスターの効果は全て無効化される」
「っ」
「さらに『華麗なる潜入工作員』がいた場合、その効果はオレの3回目のエンドフェイズ時まで続くがな」
「何だと……!?」


『チャフ・グレネード』・魔
【速攻魔法】
自分フィールド上に戦士族モンスターが表側表示で存在する場
合、発動可能。フィールド上・手札・墓地に存在する機械族モ
ンスターの効果は無効になる。この効果は発動されたターンの
エンドフェイズ時まで続く。自分フィールド上に「華麗なる潜
入工作員」が存在する時にこのカードが発動された場合、この
効果は発動後3回目の自分のエンドフェイズ時まで続く。


「特殊な金属の粒子が、お前の機械族モンスターの内臓コンピューターを狂わした。これでお前のモンスターは、ただの攻撃力が0のモンスターになったわけだ」
 感情の感じられない声で、男は言った。
「っ……!」
 ヴァロンは眉間にしわを寄せた。
 アーマーモンスターの最大の売りは、なんと言ってもその強力な効果にあった。だがその効果を封じられた以上、もうアーマーモンスターはヴァロンを守る鎧では無く、その身を縛る枷でしかない。
(こいつ、オレのデッキを知り尽くしてやがる……!)
 『チャフ・グレネード』の様な特定種族モンスターのみに効果を及ぼすカードは、本来デッキには中々組み込まない。そんなカードをデッキに入れていると言うことは、相手はヴァロンのデッキの内容を知っていると言うことだ。
「さあどうする? なにか伏せるカードでもあるのか?」
「…………」
 攻撃を信条とするヴァロンの性格上、自分を守る罠(トラップ)や速攻魔法カードは、デッキにほとんど無い。そして、今の手札にも無い。
「っ。ターンエンドだ!」
 ヴァロンは舌打ちしてそう宣言した。
 だが悲観はしない。相手モンスターの攻撃力は1300。まだ次のターンでライフが全て削られるとは限らない。
 このスリルがデュエルの醍醐味だと、ヴァロンは思っていた。

「オレのターン、ドロー。――――手札から装備魔法『ガンズ・オブ・ザ・パトリオット』を発動。『華麗なる潜入工作員』に装備させる」
 『華麗なる潜入工作員』はカスタムされた突撃銃を装備した。それは銃身とストックを切り詰め小型化されており、大きさは大型のハンドガンぐらいの銃だった。
「『ガンズ・オブ・ザ・パトリオット』の効果、装備モンスターの攻撃力を1000ポイントアップさせる」

 華麗なる潜入工作員:ATK=1300→2300

「はっ、その程度――――」
 ヴァロンはそう粋がるが。
「そしてもう1つの効果。このカードの装備モンスターは、相手フィールド上にモンスターが存在する限り、何度でも攻撃する事ができる」
「っ!?」
 すぐに絶句した。


『ガンズ・オブ・ザ・パトリオット』・魔
【装備魔法】
「華麗なる潜入工作員」のみ装備可能。装備したモンスターの
攻撃力は1000ポイントアップする。装備モンスターは相手
フィールド上にモンスターが存在する限り、何度でも攻撃する
事ができる。


 『華麗なる潜入工作員』はパトリオットの銃口を、ヴァロンに向けた。
「もう1度言わせてもらうぞ。さて、どうする?」
 男は右手を軽く頭まで上げながら、そう言った。
「これは闇のゲームだと、さっきも言ったな。このままオレが攻撃宣言すれば、お前は銃弾の痛みを全身で味わうことになる」
 相変わらずの感情を感じられない態度で、男はそう告げた。
「…………」
 それに対してヴァロンは、無言の圧力で返した。
 ヴァロンの場には、攻撃力0の効果を封じられたモンスターがいるだけ。パトリオットを装備した『華麗なる潜入工作員』の攻撃を防ぐ手段は皆無。
 このままではライフル弾の痛みをまともに味わうことになる。
「このままサレンダーしてオレに黙って付いてくるなら、攻撃はしない。どうだ?」
 そんな状況でヴァロンは、不敵に言い放った。
「言ってろ、馬鹿が」
「そうか」
 男は上げた右手をヴァロンに突き出した。
 それを合図に、パトリオットの銃口が火を噴く。

 ヴァロンに目掛けて、弾丸が飛ぶ。銃身が短いせいか、その弾丸はバラバラに回転して飛んだ。
 無茶苦茶なスピードで連発される弾丸が、アーマーモンスターを砕き、ヴァロンの肉体を貫く。
 銃の爆音が響く中。肉を抉り、骨を砕く音が、ヴァロンには聞こえた。
 薄れゆく意識の中、ヴァロンは一言だけ呟いた。
「舞……」

 バラバラにされたアーマーモンスターが、アスファルトに砕け散った。
 やっと自由になったヴァロンの体は、その場に倒れこんだ。

 ヴァロンLP=4000→0

 勝敗は決した。

 黒い霧ははれ、電柱の光が2人を照らした。
 ローブの男は懐からカードを取り出した。デュエルを始める前にヴァロンに見せた、何も描かれていないカードを。
 男はそのカードを、手裏剣のようにヴァロンに向けて飛ばす。
 そのカードは倒れたヴァロンの上で空中停止した。
 突如、ヴァロンの体中に光の線の渦が発生する。
 それを、空中のカードが吸収しはじめる。

 全ての光を吸収し終えたカードは、ブーメランが戻っていく様に男の方へと飛んでいった。
 男のキャッチしたカードには、ヴァロンの生気の無い横顔が描かれていた。



EPISODE27・強行と凶行

 3年前。
 アメリカ、サンフランシスコに聳え立つI2(インダストリアル・イリュージョン)社本社ビル。
 その社長室で、ペガサス・J・クロフォードは柄にも無く酒を呷っていた。
 ペガサスはグラスに入った白ワインスプリッツァーを一気に飲み干し、頭を抱えてデスクに置かれた3枚のカードを睨んだ。
 深くため息をし、チェアの背もたれに身を任せる。

「…なぜ…こんなカードを創り出してしまったのでショウ……」
 深刻な顔つきでペガサスが呟くと、タイミングよく社長室の扉をノックする音が鳴った。
「開いてマース、入ってくだサーイ」
「失礼します」
 入室許可を得た者が、速やかに社長室に入ってくる。天馬夜行だった。
「ペガサス様、もうエジプトから帰っていらしたのですね」
 主の帰還を喜ぶように夜行は言った。
 武藤遊戯が神のカードをエジプト政府に返還する場に立ち会うために、2日前からペガサスはエジプトに飛んでいた。
 ペガサスは今日の夕方、アメリカに帰ったばかりだった。
「オー、マイブラザー夜行。その事でどうしてもユーに話しておきたい事があるのデース……」
 いつもと様子の違うペガサス。それが気になった夜行がペガサスのデスクを見ると、まず3本のワインビンが目に入った。
(……ペガサス様、いつもはこんなに呑まれないのに……)
 しかし、首をかしげてデスクに近づいた夜行が次に見たものは、もっと気になる物だった。
「――――! ペガサス様、これは!?」
「イエース……。邪神のカードデース……」
 デスクにひじをついた腕の手を組んで、ペガサスが覇気無く言った。
 夜行の目に映る3枚のカード。それは以前、ペガサスが創造を躊躇ったカードだった。

 デュエル・モンスターズ黎明期に、ペガサスが現世に蘇らせた三幻神のカード。

 SAINT DRAGON-THE GOD OF OSIRIS――――『オシリスの天空竜』。
 THE GOD OF OBELISK――――『オベリスクの巨神兵』。
 THE SUN OF GOD DRAGON――――『ラーの翼神竜』。

 これらのカードを蘇らせてしまったのが、ペガサス最初の過ちだった。
 なぜこんなカードを蘇らせてしまったのか……。
 いや、これはきっと運命だったのだろう。
 そもそもペガサスがデュエルモンスターズを作り上げたのも、千年眼に啓示を受けたと言うよりも、半ば操られた様な形だった。
 無意識に、無自覚に、ただ自然と、ペガサスはデュエル・モンスターズを創り上げた。
 かつてのペガサスには、驕りがあった。
 自分こそがデュエル・モンスターズの創造者であり、神であると。
 だがその驕りは、三枚の神のカードに打ち砕かれた。

 神のカード。その名の通り、神が宿ったごとき力を持ったカード。
 悪意をもった者が使用すれば、人の命をも奪いかねない。ただのゲームのカードを超えたモノ。
「私が……三幻神のカードに恐怖し、その抑止となる力を求めた事は、以前話マシたネ……?」
「はい、その話なら……」
 その話なら、夜行は数年前にペガサス本人から聞いていた。
 神のカードは、その製作過程から難航していた。
 製作に関わった者達が皆不幸に見舞われ、次々と手を引いていった。
 それでもペガサスは半ば強引に事を進め。苦心の末に、三幻神のカードを完成させた。
 しかしすぐに後悔する事になった。
 神のカードのテストプレイは、完成後すぐに2度行われた。
 その時、神のカードの攻撃を受けたプレイヤーが意識不明となり、病院に運ばれた。
 命に別状は無かったものの。彼らはその後I2社を自主退社し、もう2度とカードにふれる事はなくなったと聞く。
 医者からの話によると、強い精神的ショックを受けたとの事だった。それも、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の危険性すらあるものを。
 ソリッドビジョン・システムも無い時代に行われた、テーブルの上での簡単なゲームで、精神的ショックなど受けるはずがない。
 ここまできて、ようやくペガサスは認めた、神のカードの力を。
 その後ペガサスは、悪夢に魘されるようになった。
 オシリスの牙に噛殺され。
 オベリスクの豪腕に握り潰され。
 ラーの業火で全身を炭にされる。
 ここまでされてまだ死なないのか。そう思うほど肉体を痛めつけられる。
 そんな悪夢を見るようになってすぐに、現実にもその脅威は押し寄せた。起きている時にすら、神の幻覚に襲われたのだ。
 その事実が教えてくれた。
 自分は創造者などでは無い。ただ蘇らせただけ。千年アイテムが無ければだだの無力な人間である事。
 幾度と無く神のカードを破棄しようと考えた。しかしそんな事をすれば、より強い神の恐怖が自身を呪うような、確信めいた予感があった。
 時として、死を懇願するほどの恐怖。
 ペガサスのストレスは、もうすでにピークにさしかかろうとしていた。
 そんな中で、ペガサスは神の抑止となる力を求めたのだと夜行は聞いた。恐怖の中で、ペガサスが創造した恐気の神、それが三邪神だと。
「私が、神のカードの抑止力として創造したカード、それが邪神だとも……教えましたネ?」
「は、はい……」
 ペガサスは、デスクの引き出しから1枚の写真を取り出してデスクの上に置いた。
「これはっ……!?」
 それを見た夜行は、動揺を隠せなかった。
 写真に写されていたのは、1枚の石版。その石版に描かれていたのは、抽象的な3体の怪物。それも、そのそれぞれがペガサスの生み出した三邪神カードのイラストにそっくりだった。
 1体目は、黒き太陽ととれる球体。2体目は、人型の魔神。3体目は、凶悪そうな邪龍。
「……どういう事です、邪神のカードはペガサス様のオリジナルでは……!?」
 夜行はたじろぎ、疑問をペガサスにぶつけた。
「……三幻神の恐怖に脅えていた時、私の所にとある人物が訪ねてきたのデース……。この写真は、その人物が私に手渡した物……」
「…………」
「その人物は、私に邪神のカードの製作をもちかけてきマシタ……。この邪神のカードさえあれば、神の悪夢から解き放たれると……」
 ペガサスは一呼吸おくために、ため息をした。
「私は、すぐにこの写真の石版が古代の物だと理解しまシタ。その時はまだ私が所有していたミレニアム・アイが、邪神のヴィジョンを見せたのデース……。私は藁にも縋る思いで、邪神の製作に取り掛かりマシタ。誰の手も借りず、単独で……しかし――――」
「途中で製作を躊躇い、やめた……」
「イエース……。私は考えまシタ。三幻神の抑止としてのカードが、いつか三幻神以上の脅威となるのではないかと……。私は、三幻神が生まれた時以上の恐怖を覚えマシタ……。私は邪神の製作を中止し。三幻神を手放す意味で、カードをエジプト政府に送りまシタ……」
「では……なぜ今になって三邪神のカードを?」
「それは……」
「それは!?」
 夜行から目をそらし、ペガサスは告げた。
「分かりまセン……」
「なっ?」
 夜行は言葉を失った。製作した本人が「分からない」とはいったいどう言うことなのか?
「これを私が創り上げたのは、ドーマから解放されてから間も無くのことデース……。もかしたら、ドーマに捕らわれた時に、私の中の悪夢が蘇ったのかも知れまセーン」
「ドーマに……?」
 ドーマの話も、夜行はペガサスから聞き及んでいた。その実態も、脅威も。
「しかし、不幸中の幸いでシタ……。この邪神カードには、その本来の力はありまセーン」
「? ――――なぜそんな事が?」
「名前デース」
「名前?」
 夜行はオウム返しで尋ねた。
「古代エジプトにおいて、名は特別な意味を持つのデース。昨日、遊戯ボーイに会って確信しまシタ……。本来の名を持たない三邪神は、真の力も持ちえず。三幻神を抑止する力はあっても、それを超えることは無いのデース」
 夜行は、デスクの上のカードを確認した。

 『THE DEVILS AVATAR』
 『THE DEVILS DREAD-ROOT』
 『THE DEVILS ERASER』

 確かにどれも、三幻神の「オシリス」「オベリスク」「ラー」のような固有の名は書かれてはいなかった。
「ミレニアム・アイを失った私には、もう神を完全に蘇らせる力は無かったのでショウ。デスが……何かしらのきっかけで、邪神が本来の力を取り戻してしまうかもしれまセン。遊戯ボーイの中にいたもう1つの心。それが『アテム』と言う名を思い出す事によって、本来の力を取り戻したように……」
 夜行は黙って、ペガサスの次の言葉を待った。
「さらに、最悪の事態も考えられマース」
「これよりも悪いことが?」
「これも……遊戯ボーイとの話で確信した事デスが。三幻神はその力を束ねる事で、光の創造神となったそうデース……」
「…………」
「こうは考えられまセンか? 三幻神と対となる三邪神。それが三幻神のように、創造神の力が別たれたものだとしたら……」
「三邪神もまた……創造神と成る……!?」
「イエース。今はまだそれほどの力は、この邪神にはありまセンが……真の名を得たならば、あるいは……」
「…………」
 多くの疑問の中、夜行は一番の疑問を口にした。
「なぜ、私にそんな話を?」
 ペガサスは多くため息をして、両手で顔を覆う。
 そして決心したように顔を出し、言葉を捻り出した。
「……ユーに……これらのカードを任せたいのデース」



 3年後。
 深夜のI2社サンフランシスコ本社ビルに、夜行の姿があった。
 無表情な姿の月影に、黒い物があることに気づく人間はいず。彼は1人、エレベーターに入っていった。
 エレベーターの中で、夜行は操作パネルに機密コードを入力する。I2社中でもごく少数、いや。自分とペガサスくらいしか知らないパスワードだった。
 パスワードを入力されたエレベーターは、夜行を乗せ地下へと落ちる。
 エレベーターは、本来社員達が使用している地下5階を過ぎてもまだ稼動している。
 夜行を乗せ、エレベーターはどんどん地下へと潜る。
 夜行のめざす場所。それは地下30階。

 到着したエレベーターの扉が開く。
 夜行の到着した場所。それは辺り一面真っ白な床と壁の、半径12mの円柱状の部屋。
 部屋の周りには、同じデザインの扉があった。その数、エレベーターを含め12。あまりにそっくりな造りのため、部屋の真ん中で目をつぶって回ったら、どれがエレベーターの扉か分からないだろう。
 夜行はそんな部屋で迷うことなく、エレベーターから見て3時の扉へと向かった。
 夜行扉の右横にあるカードリーダーに、懐から取り出したカードを通した。
 開いた扉の先には、前の部屋とは打って変わった正方形状の部屋だった。
 その部屋の真ん中には、四角の柱を半分に切ったような台があり。その上には、1つの頑丈そうな銀色のアタッシュケースが乗っていた。
 夜行はそのアタッシュケースを手に取り、パスワード入力した。
 パスワードが解除されたアタッシュケースを、夜行は開く。
 そこから闇色の霧があふれ出てくる様な錯覚を、夜行は覚えた。
 ここにきて、夜行の顔は変化した。いや、まだ表情は変わっていない。その顔の影が、より強く帯びていったのだ。

 アタッシュケースの中には、恐ろしいイラストのカードが3枚入っていた。
 夜行は3枚のカードを手に取った。


『THE DEVILS AVATAR』・DIVINE
★★★★★★★★★★
【DIVINE-BEAST】
God over god.
Attack and defense point of Avatar equals to the point plus 1 of
that ofthe monster's attack point which has the highest attack
point among monsters exist on the field.
ATK/ ? DEF/ ?


『THE DEVILS DREAD-ROOT』・DIVINE
★★★★★★★★★★
【DIVINE-BEAST】
Fear dominates the whole field.
Both attack and defense points of all the monsters will halve.
ATK/ 4000 DEF/ 4000


『THE DEVILS ERASER』・DIVINE
★★★★★★★★★★
【DIVINE-BEAST】
A god who erases another god.
When Eraser is sent to the graveyard,all cards on the field go
with it.Attack and defense points are 1000 times the cards on
the opponent's field.
ATK/ X000 DEF/ X000


 ――――私を倒すのは、同じく闇の力をもってしなければ不可能ですよ。

「……闇の力でしか倒せないと言ったな」
 夜行は不気味な笑みを浮かべた。
「ならば、闇に沈めてやる」
 気の狂ったような高笑いをする夜行の身体を、黒い霧が覆っていった。



EPISODE28・遠い国からの贈り物

4月9日
日本時間:13時40分
童実野町:童実野美術館前道路

「ここ、か……」
 大学の午前の講義を終えた菊子は、童実野町に建つ童実野美術館まで足を延ばしていた。

 菊子は昨晩の事を思い返した。
 昨日、影山三姉妹とのデュエル後、彼女らは何故か気絶してしまった。
 何度顔を叩いても声をかけても彼女たちは起きる気配を見せず、心配になった菊子は彼女たちの家の電話を借り、119番にかけた。
 そして救急車が到着するまでの短い時間で、彼女たちの部屋から発見したのが……。
(このチラシ……)
 菊子は肩にかけたバックから、1枚のチラシを取り出して確認した。
 そこには大きな黄土色の文字で、『古代エジプト遺宝展』とあった。裏には開催場所の童実野美術館と、駅からの地図が載せられている。

 あの後気絶してしまった影山三姉妹は、今もまだ目を覚ましていない。
 医師の診断によると、原因は不明。
 命の別状はない様だが、いつ目を覚ますかは判らないとのことだった。
 彼女たちに直接聞けない以上、自分で情報を見つけるより術はなく。菊子は現在もつ手掛かりであるチラシを頼りに、ここまできた。
 菊子は童実野美術館を正面から見渡した。
 なかなか立派な建物だ。
 8段の階段の上には、白を基調としたギリシャの遺跡でも模したかのような屋根がデザインされている。
 外から見ても、美術館全体を見て回るには少々時間がかかることが分かる。
 菊子は残された唯一の手がかりにもう一度目を移した。
 正直、あまりあてになりそうにない手がかりだと思った。
 短い時間、彼女たちの家を見ておもったのだが。どうやら彼女たちはかなりのオカルト趣味のようだった。
 デュエルをしたあの地下室を見ただけでもそう思うだろう。
 何を煮るのか用途が不明の不気味な大鍋。無数の小動物の死骸。床に描かれた謎の魔方陣。
 それを見たがけで、菊子は彼女たちがオカルト好きだと感じた。
 同じくオカルト好きである漠良との付き合いがあるせいか、よけいにそう思った。
 そうでなければ、本当に彼女たちが魔女なのかのどちらかだろう。
 まあどっちにせよ、そんなオカルト好きの彼女たちがエジプト考古展に興味をもっても、不思議ではないだろう。
 古代人のミイラに始まり。死生観、宗教観が描かれた石板、山吹色に輝く秘宝など。彼女たちが個人的に興味を持ってもおかしくない物が数多く展示されることは、簡単に想像できる。
 ただ単に、彼女たちが興味を持ったチラシを持ち帰っただけにすぎないのかもしれない。
(だけど……)
 彼女たちがここに遊戯と一緒に来たという可能性は、肯定も否定もできない。
 どちらにしても、調べてみなければならないのは確かだった。

 菊子は美術館の扉を開け中に入った。
 平日の昼間のせいか、人は疎らだった。
 さらに周りを見渡せば、周りにはスフィンクスを小型化した様な石像。ガラスケースの中には棺やミイラ、太古の壺。さらに奥には絵や文字が刻まれた石板や壁画などがあった。
 それらを照らすライトや、美術館全体にながれるBGMがよりそれらを神秘的に魅せていた。
 学校の方でも考古学の授業を選択している菊子は、こういう出土品を見るのが好きだった。
 太古の品々を見ることで昔の人々の生活や心中を想像すると、なんだか胸がわくわくしてくる様な気がするからだ。
 遊戯がこんな事にでもなっていなければ、ゆっくりと美術館を見て回れたのだろうなと考えて、ふっと菊子は溜息をした。
(まぁ、そんなこと考えてもしかたないか……)
 菊子はバックから、去年サークルの仲間たちと一緒に写ってある遊戯の写真を取り出すと、彼のことを聞くために、まず売店に向かった。


「ふぅ……」
 今日何度目かもわからない溜息を菊子はついた。
 ちょうどホールの端に設置されている休憩用の椅子に座りこみながら、菊子は遊戯の写真を力ない瞳で見つめていた。
 結局何も分からずじまい。
 美術館に勤めている人や、何度かここに足を運んでいそうな人に聞いて回ったが、誰も遊戯を見た人はいなかった。
(こりゃハズレかな……)
 頬杖をついて無駄足を嘆く菊子。
 しかし、今日はもう帰ろうと椅子から立ち上がった所に、気になるものが眼に映った。
(!?)
 それは、ガラスの奥に展示されていたミイラだった。
 何と言うか……何とも異彩を放つミイラだった。
 黒を基調とした、まるで鎧のような服。そしてそれを覆う、同じく黒いマント。
 何よりも、そのミイラの顔だ。
 その顔には白い長髪と髭が残っており。大きく口を開けて、歯をむき出しにしたその表情からは、まるで恨みや憎悪、無念までもが流れてくる様だった。
 そのぐらい不気味だった。
 しかしなりより目を引くのは、胸でクロスされた腕の真ん中に置かれた、白い左目だけ開かれたマスクだろう。
 このミイラが身につけている物で、菊子が考古学の授業で見てきた物はなかった。
 ミイラ自身の不気味さもあって、菊子はそれを凝視してしまっていた。

「どうです。楽しんでいただてますか?」
「っ?」
 いきなり声をかけられた菊子は、少し驚き気味に左に振り向いた。
 そこには朗らかな笑顔を菊子にむけた、白髪交じりの口髭を蓄えた男性がいた。
「あっ、貴方は?」
 戸惑いつつも、菊子は男性に話しかけた。
「はじめまして、可愛らしいお嬢さん。僕はロマヌム・ハワス。この美術館で開催されているエジプト遺宝展の責任者として、エジプトからやって来た者だよ」
 そう言ってハワスは、菊子にぎこちないお辞儀をした。
(この展示会の責任者?)
 菊子がハワスの後ろを見ると、そこには頭にターバンを巻いた黒服のがっしりとした体形の男性が2人いた。おそらく、ハワスのボディーガードだろう。
「は、はじめまして……」
 菊子もお辞儀した。
 外国人に慣れていない菊子はどう話していいのか分からず、とりあえず自分が見ていたものについて聞くことにした。
「あ、あの」
「うん、なんだい?」
「このミイラはいったい何なんです? こんな装飾品、今まで見たこと……」
「ああ、これかね。これは数年前に発見されたものでね……実はどんな人物のミイラかははっきりと分かっていないんだ……。申し訳ない」
「はぁ……」
 そんな珍しいミイラをわざわざ日本まで持ってきて展示して大丈夫なのだろうかと菊子は思った。
「あっ、そうだ!」
「?」
 突然話しかけられたせいで失念していたが、ようやくここへ来た本来の目的を思い出した。
「ここでこの人を見かけませんでした?」
 菊子はバックから遊戯の写真を取り出して、ハワスに見せた。
「……おや、確かこの彼は……決闘王・武藤遊戯じゃないかな?」
「えっ、もしかして彼を見たんですか!?」
 期待に満ちた菊子に、ハワスは申し訳なさそうに答えた。
「いや、すまないがここでは見かけなかったよ……。彼の事はテレビや雑誌でよく見ていたものだからね……」
「あ……そ、そうですか」
 期待を砕かれ、菊子はしゅんと項垂れた。
「彼がどうかしたのかね。もしかして……」
「ええ……この2〜3日、全く家にも帰ってないらしくて……。あっ、彼とは学校のサークルが同じで、それで心配になって調べているんですけど……」
「ふぅむ、なるほど……。では、申し訳ないが僕では力になれそうもないね」
「そうですか……」
「いや、出来る限りここに来る人に注意を払う様にするよ。もしかしたら彼がここに現れるかもしれないしね。もし見かけたら、恋人が心配していると彼に伝えておくよ」
「こ、恋人ぉ!?」
 予想もしていなかった言葉に、菊子は動揺を隠せない。ほほを赤く染めてあたふたとハワスの言葉を否定した。
「い、いえいえいえいえ! 彼とはただの後輩と先輩の関係であって、そんな関係では……!」
「おや、違うのかい? 君の様な可愛らしい娘が心配して探しているっていうから、てっきり……」
 そう言いながらハワスは少し意地が悪そうな笑みを浮かべた。
「いえ違うのです。ほんと〜〜〜に違うのです!」
「ふふふ。彼、早く見つかるといいね」
 動揺する菊子の様子を堪能したハワスは、最初に会った時の朗らかな表情に戻り、そう告げて菊子に背を向けて去っていった。
「は、はぁ……。ありがとうございます……」
 背を向けたハワスに礼を言って、菊子も美術館を後にすることにした。
 どうやら、ここには自分の求めていた情報はなさそうだと判断した。


 菊子に背を向けて、背中で手を組みながら歩くハワス。
 その後ろを、2人の黒服がついて歩く。
「君」
「はい」
 ハワスが後ろの黒服に話しかけた。
「彼女……一応見張っておいてくれるかな。変に嗅ぎ回れてはやっかいだからね」
「かしこまりました」
 1人の黒服がハワスのもとを離れ、さっきまで菊子と共にいた場所に向かっていった。
「まさかここを嗅ぎつけるとはねぇ……」
 離れる黒服を見もせず、ハワスは苦笑した。

 突然、バイブ音が聞こえてきた。
 ハワスのスーツの胸ポケットに入れた、携帯電話の音だった。
 周りに人がいないのを確認し、ハワスは電話に出た。
「はい、私です」
「――――――――」
「はい、ご注文の物はすでに日本に……」
「―――」
「ええ、ご支持があればすぐにでもお届いたしますよ」
「――――――――――――」
「はい。それでは……お待ちしておりますよ。天馬夜行さん」



続く...



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