昆虫デッキを組もう

製作者:焼き鳥さん






 夜の童実野埠頭。今の忌まわしい日々が始まった場所だ。いるだけで心がガクガク震えているのが分かる。
「きひゃひゃひゃひゃ!」
 だからこそ俺は、いつもの笑いで自分を誤魔化す。これでも俺は全日本チャンプなのだ。遊戯さえいなければ、今頃日本を代表するデュエリストになっていたことは間違いない。今は少し、スランプなだけなのだ。
「羽賀様、でよろしいでしょうか?」
 後ろから声がかけられた。振り向けば黒いスーツに身を包んだ女性。ストレートな黒髪が淡い闇に溶け込んでいる。こいつが構築屋か。俺より身長が高いのが気に食わないが、比較的良い女だ。メリハリのついた体が、俺の欲望を駆り立てる。ああ、こいつをDNA改造手術したらどうなるんだろう。インセクト女王様みたいになるんだろうか。つい思考がそれて、返事が遅れた。
「そ、そうだピョー! 俺が全日本チャンプ、インセクター羽賀!」
「……先に依頼料の話を致しましょうか」
 俺は日頃から練習していた、黄金の天道虫スマイルを発動させる。王国で負けて以来、甘くみられがちだからな。第一印象を良くするのに苦労してるんだ。右手を上着のポケットに入れた。目当てのカードを掴み、引き抜くと同時にばら撒く。宙に舞う、俺のなけなしレアカード。きらきら光るイラストのそれらが、月明かりを浴びて綺麗だ。決まった!
「不足です」
「な、何を言ってるんだ。俺の持っている昆虫以外のレアカード全てだぞ。きらきらだぞ」
「そのデッキも頂きます」
 魅惑の女王のような冷徹な視線が俺に突き刺さる。つい反射的に「ごめんなさい」とか言いたくなるあたり、俺も大分落ちたものだと再認させられた。とりあえず唇を噛んで我慢しよう。
 そのデュエリストに最もあったデッキを作ってくれる謎の人物、構築屋。その噂を聞いて、俺はまず依頼料の用意を始めた。地方の名前の無い大会を巡って雑魚を狩り、レアカードを集めた。パックを買うために働いた。コンビニでバイトしたし、カツアゲだってした。地下闘技場でのやられ役なんて仕事もしたよ。アレを耐え抜いたことで、俺の精神力の強さが証明されたね。流石に一回でやめたけど。
 無駄に上手くなった現実逃避をしている間に、俺のデュエルディスクからデッキが抜き取られていた。
「な、何をするんだ。デッキはデュエリストの魂だぞ! お前、それでもデュエリストか!?」
「そのデッキを他人に組んでもらうような人はもはやデュエリストではありません。あなたは未来永劫、私にとってお客様であり、敵にはなり得ません」
 酷くむかついたが、何も言い返せない。もう遊戯を倒せればどうでもいいんだ。美人に罵倒されるのも良い体験だと思うことにしよう。

 構築屋の女は、他の連中と同じように、終始俺を見下し続けていた。俺は、最強のインセクトデッキ構築の依頼をした。





 さっきから目覚まし時計の音が五月蝿い。まだ外は暗いってのに、なんだってこんな時間に起こされなくちゃならねえんだ。時計、壊れたかな。今日のバイトのための睡眠がこの時計のせいで……くそっ。半ば叩くようにして時計を黙らせた。
 音を止めてから、暫くして気付いた。そうだ、決闘を申し込まれてたんだ。やべえ!遅れた!飛び起きてデュエルディスクを身につける。送られてきた手紙を開いて、場所を再確認。全力疾走だ。俺は風になる。音速ダックばりに必死で走った。
 
 デュエルの場は、夜明け前の公園。差出人の名前は不明。いろいろと聞きたいことはあったが、とにかく悪い奴なら倒して成敗、良い奴なら倒して仲良くなる。問題ねえ。
「わりい。遅れた! お前が、俺にデュエルを申し込んできた奴だよな!?」
 そこにいたのは、長身の女性。決闘者の枠組みの中でも異質な空気を纏っている。喩えるなら、イシズの奴なんかに近いか。腕にディスクをつけてるんだから、まず間違いない。こいつが俺への挑戦者だ。ビシッとスーツを決めてることとか、舞より大きな胸とか、そんなことはもうどうでも良い。
「決闘者が向かい合ったら、やることは一つだよな!」
「そうですね、早速始めましょうか」
 
「「デュエル! 」」

城ノ内:8000
女:8000

「私の先行ですね。ドロー。スタンバイ、メイン。手札から、闇の指名者を発動します」

 相手のドローフェイズを見れば、ある程度力量が測れる。この城ノ内さまが、歴戦を経て身につけたスキルだ。
 まず、左右のバランスを崩さない立ち姿。初心者はディスクの重みで左に傾きがちだ。体勢が崩れれば、手札を相手に見られる危険がある。この女の立ち姿は、非の打ち所が無い。
 次に、最初の五枚の引き方。一枚ずつ引いていくのではなく、まとめて五枚きっかり引き抜いた。カード捌きによどみが無い。勿論俺もできるけどな。
 最後に、ドローの瞬間。引き抜いたカードを確認する間がほとんど無い。ドローしたカード、闇の指名者をノータイムでディスクに入れた。自分のカードと慣れ親しんでいる証拠だ。
 で、闇の指名者って、なんだっけ。

「モンスターカード名を宣言し、そのカードが城ノ内さまのデッキに入っていれば、城ノ内さまの手札に加えます。宣言は、インセクト女王」
「何を考えてるんだ? いきなり俺の手札を増やすだと……?」
 言われたとおり、デッキからインセクト女王のカードを取り出して手札に加える。バトルシティで、羽賀から手に入れたカードだ。

「私はカードを二枚セットして、エクスチェンジを発動」
 こいつの効果は知ってるぜ、互いの手札を交換するんだったな。

城ノ内:ロケット戦士・ランドスターの剣士・天使のサイコロ・うずまき・激流葬・インセクト女王
女:Chimaera, the Master of Beasts・Armament of the Lethal Lords

 ブルーアイズに並ぶ、超レアカードを見せて来た。三体のモンスターを生け贄に要求する、神の系譜と呼ばれたカード。さすがの俺でも知ってるぜ。だが相手の狙いは何だ!?普通に考えれば選ぶべきはArmament of the Lethal Lordsだ。戦士族最強のモンスター。俺のデッキにもマッチしている。だが相手がさっきインセクト女王を指名してきたことを考えれば、相手は俺のデッキを知っているのは明らかだ。バトルシティ上位入賞者のデッキは一般に公開されているから、別におかしなことではないが……。きな臭いぜ。
 こういうときは、相手の眼を見るに限る。視線をカードから相手の顔へと動かす。相手もこちらの表情を窺っていた。視線が絡み合う。そしてあの輝き、間違いなく何か狙っている。

「俺は、ちまいら・ざ・ますたーおぶびーすとすを選ぶぜ!」
「発音が怪しい気が致しますが……私はインセクト女王を選びます」
 まだモンスターの存在しないフィールドに歩み寄り、互いのカードを交換した。

「私はこれで、ターンエンドです」

 何考えてるのか全く分からないが、必要以上の警戒は逆効果だ。俺は俺の決闘をやるまで。デッキに手をかけると、頭がクールに回りだす。決闘中独特の、澄み切った芳香が脳内に広がった。この感覚だ。今の俺は、ギャンブルには負ける気がしねえぜ。

「俺のッ! ターン! ドロー!」
 勢い良くデッキからカードを引き抜いた。その最中にちらりとカードを見る。増援。良いカードだ。

「このタイミングで、私は罠カードを発動させます。光の護封壁。ライフを7000支払います」

女:8000→1000
 
「さらに罠カード、自爆スイッチ」
 な……なんだと。開いた口が塞がらないとはこのことか。俺はカードを一枚ドローしただけで、引き分け。こいつ、何がやりたいんだ。

「お疲れさまでした。獣王キマイラは差し上げます」
 自爆スイッチによって発生した爆風のビジョンが消えた後に、女の姿は無かった。





 俺の名はパルトュー。先祖代々ドーマに仕えてきた、由緒正しき決闘者だ。遊戯の奴らの手によって、ドーマが潰されてからも、やることが無いので仲間と海底神殿に集まっている。最近は学者連中が入り込んでくるようになったため、いろいろと便利になった。これまでは勘と知識に基づいて暗中模索で進んでいた道にライトについた。決まった道を進まないと崩れる床も、下から補強された。その癖に学者達は写真を撮った後は研究室に篭るだけで、ほとんど神殿には来ない。実に便利だ。

「リーチ!」
「あ、グリモさんそれロン!」
「むう、貴殿やりおるな」
 今日は三人で麻雀をしている。メンバーは俺と、グリモさんと、ジェームズさんだ。三人ともパラディウス社の中で重要な地位についていた。だが、社の崩壊によって株券の価値が無くなり、貯蓄が無くなってしまった。今はラフェールさまからの仕送りを食いつぶして暮らしている。
「カン、いくぜ! カンドラ来い!」
「カンドラとガンドラって似てね?」
「あ、たしかにたしかに」

「失礼します。ドーマ残党の方々でしょうか?」

 頭を卓から上げると、目の前に黒いスーツの女性がいた。腕にデュエルディスクをつけているところを見るに、落ちぶれた俺らを襲いに来たレアハンターか何かだろうか。どこぞの社長のように、ジュラルミンケースを持っている。

「あー、ゴホン。俺達のアジトに足を踏み入れるとはー命知らずな小娘だ」
「誰に魂を奪われるか、選ばせてやろうではないか」
「ふふふ、我がドラゴンなら、一瞬で、苦しまずに殺してやるぞ」

 俺の発言だけ棒読みで恥ずかしい。グリモさん、ジェームズさん、風格ありすぎです。

「話が早いですね。では三人まとめて、やりましょう」
「「馬鹿がぁ!」」

 グリモさんとジェームズさんだけ揃った。やべえ、俺浮いてる。
「ではデュエルディスクを取りに戻るので、少し待っていてくれ」
 おお、言い辛いことを言ってくれた。ジェームズさんナイス。
「私もその間にデッキを作ります。貴方達に負けないデッキを」
 そのブーツに括りつけられたデッキホルダーは何なんだと聞きたくなったが、とりあえずディスクを取りに別の部屋へと移動した。最後に振り返ったときには、女性がジュラルミンケースを開いて中のカードを取り出しているのが見えた。見間違いかもしれないが、全てモンスターに見えた。

――

「「「「デュエル!」」」」

パルトュー・グリモ・ジェームズ:24000
女:8000

変則三対一デュエル:三人はフィールド、ライフを共有する。

「俺のターン! 俺は手札から、オレイカルコスの結界を発動する。くははははは!」
 六芒星を崩した、特徴的な陣が俺の足元に現れる。回転しつつ陣は拡大し、四人を閉じ込める檻となった。碧翠の光が場を不気味に照らしだす。壁で跳ね返った光が、幻想的風景を描いている。黒い高揚感に胸を満たされていく。負ける気がしなくなってくる。
 横の2人の額に、紋章が現れた。三対一の変則デュエル。その効果は三人に及ぶ。俺の額にも同じものが輝いているはずだ。
「さらに手札からカードを一枚捨てて、THE トリッキーを召喚。こいつを生け贄にささげ、いでよレジェンド・デビル。オレイカルコスの力をうけて攻撃力は2000!」
 時と共に力を上げる悪魔がフィールドに現れる。紋章を受けて、雄たけびと共に腕を掲げた。
「墓地のヘルウェイ・パトロールを除外し、もう一体のレジェンド・デビルを手札より召喚。ターンエンドだ。」
 悪くない1ターン目だったはずだ。俺は次のターンプレイヤー、ジェームズさんの方へと目配せをした。

「我がターン! 手札より、マジックカード! 未来融合! デッキからドラゴンモンスター五体を墓地に送り、F・G・Dを2ターン後に召喚する。さらにハリケーンを発動し、もう一度未来融合!」
 突風がフィールドを包み込むが、影響を受けるカードはわずか一枚のみ。オレイカルコスには無効。心なしか、ハリケーンの表情も作り笑いに見える。
「エンドフェイズ、墓地より真紅眼の飛竜を三体除外し、レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンを三体特殊召喚。これでエンドだ」
 この変則デュエル、俺達はディスク一個分までのカードゾーンしか使用を許されない。これによってモンスターゾーンが埋まってしまう。だがオレイカルコスの結界の力で俺達はモンスターを魔法・罠ゾーンにも置ける権利を有している。グリモさんの展開を阻止する心配は無い。

「私のターン! 手札からアルティメット・インセクトLV1を召喚。そして時の飛躍を二枚発動! 6ターンの時を経過させる!」
 気味の悪い青虫が落ちてきたかと思うと、見る間に成長していく。赤い筋が入り、巨大化。体を白銀の鎧に包み込み、節々が鋭角化する。そして、羽化。四対の薄羽が雄雄しく出ずる。殻は砕け散り、紅蒼のフォルムがフィールドを見下ろす。
 変化はこれだけではない。悪魔の筋肉が盛り上がり、膨張する。筋肉達磨と馬鹿にできるレベルではない。赤黒く変色した筋肉は、戦う力を如実に物語る。武力という最も原始的エネルギーに満ちている。
 そして、時空の狭間より現れる五首の竜神。戦闘によっては破壊されない、という一見無意味そうな効果も、この中にあっては意味を見出せるか。竜の総計10つの眼が、女性を睨みつける。

「「「オレイカルコスの力を、その身に宿せ!」」」
 やった。揃った。今度は完全に声が揃ったぜ!

レジェンド・デビル×2 攻撃力 5000
F・G・D 攻撃力5500
レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン×3 攻撃力3300
アルティメット・インセクトLV7 攻撃力3100

「時の経過により、攻撃が許された。食らうがいい、バグズコンチェルト!」

「では、手札からバトル・フェーダーを特殊召喚。攻撃を無効化します」
 時計の一部を模したモンスターが現れる。鐘の音が響き渡ると、アルティメット・インセクトは動きをやめてしまった。

「この状況を前に、よく平気でいられたものだ」
「それとも、危険を感じるだけの理性すらも持ち合わせていないのかな?」
 何か俺も言おうと思ったが、残念ながら何も思いつかなかった。

「ターンエンド!」

「では、私のターン。ドロー。スタンバイ、メイン。手札から、ゼロ・ガードナーを召喚し、生け贄に捧げます。このターン、私と私のモンスターへの戦闘ダメージは0になります」
 大きな0を持ったロボット。現れてはすぐ消える。バトルフェーダーの体が少しだけ光を帯びた。

「バトルフェーダーで攻撃」
 明らかに攻撃に適した体では無い。残念な体当たりは、相手に何の傷も残せない。俺のレジェンド・デビルはきっと、ぶつかられたことにすら気付いてはいないのだ。俺はグリモさんを見習って、迫力の笑みを作ろうと努力した。

「ふふふ、やはりこやつ、気が狂ったようですぞ」

「そうですね、私は狂ってます。手札をすべて捨て、狂戦士の魂を発動。デッキからモンスター以外を引くまでドローし、捨てる作業を続けます」

「ドロー。モンスターカード。ドロー。モンスターカード。ドロー。モンスターカード。ドロー。モンスターカード。手札から魔轟神獣ケルベラルが墓地に送られたことにより、特殊召喚。ドロー。モンスターカード。……」
延々とドローして、無駄な攻撃が続けられる。その瞳は、俺達三人同様に、もしくはそれ以上に、妖しかった。
 ドロー。モンスターカード。ドロー。モンスターカード。ドロー。モンスターカード。ドロー。モンスターカード。……。延々と、延々と無駄な攻撃が続けられる。

「ドロー。罠カード、自爆スイッチを引きました。ここでバトル・フェーダーの攻撃を中断します。このカードをセットして、ターンエンド」

女のフィールド:バトル・フェーダー 魔轟神獣ケルベラル 綿毛トークン 綿毛トークン

「ふ、ふざけているのか! 我らはこの戦いに本気で望んでいるのだぞ」
「言葉通り、負けないデッキのご様子で。貴殿の臆病さを象徴するような内容だ」
「ぐ、ぐ……」

「どうされましたか、早くドローしてください」
 自爆スイッチは、ライフ差が7000以上あるとき、ゲームを引き分けにするカード。初めからこれを狙って三対一を申し込んだというのか。しかしその意図がまったく読めない。
「ドローしてください」
 ディスクのボタンに手を掛けながら再度急かしてきた。俺がドローすると同時に自爆スイッチを起動するつもりなのだ。俺にはどうしようもない。これほど気持ちの篭ってないドローは初めてだった。

「トラップ発動。自爆スイッチ」
 耳を劈く轟音と、視界を包み込む爆煙。と、俺の左手が引っ張られた。右手でそちらに触れてみると、ロープのようなものがディスクに絡み付いているのが分かった。デュエル終了後、ドーマ製のディスクは拘束が緩む。基本的にデュエル終了時には相手か自分の魂がなくなっている。激しい戦いに対応するためにドーマディスクは締め付けがきつい。この二点ゆえだ。
「な、何をする! この外道!」
 成すすべも無く、俺のディスクとデッキは女に奪われてしまった。慌てて走り出すが、転んでしまう。右手を変についてしまった。くそう、学者どもがライトをつけるまで、この神殿の中なら目を瞑っても歩けたってのに。文明が、文明が悪いのだ。こんな世界、滅んでしまえばいいのだ。くはははは。





 名蜘蛛コージは選ばれたのだ。
 或る日、俺は夢を見ていた。夢を見ている、という自覚があった。どこだが知れぬところで、太陽と月が同時に俺を照らしているのだ。そこに俺ははっきりと違和感を覚えていた。
 夢なのだから楽しもうと思った。いつの間にか目の前にいた、気の弱かった頃の遊戯で散々遊んだ。頭を捕まえ強く握り、壁に頭を打ち付けて、腹を蹴り上げてやる。崩れ落ちた遊戯の胸に足を置き、じわじわと体重をかけていく。初めは苦しそうに呻くのだが、息が上手く吸えないことに気付いてくると、今度は必死で声を出すまいとする。そこで喉元に左足を叩きつけてやると、息と一緒になって血が飛び出す。薄暗い路地に紅い華……なんて、詩的なことを考え出すクールな俺。
 だが、遊戯の意識を奪ってしまうと、一挙にやることが無くなった。やることが無くなると、自分が夢から抜け出せないのではないか、と心配になってきた。倒れた遊戯を放置して、あたりの散策を始める。暫くして気付いた。ここは迷路なのだと。
 とりあえずは右手を壁につけて歩いてみる、というのを試してみた。俺の感覚で数分、遊戯がぶっ倒れているところに戻ってきた。とりあえず頭を踏みつけてからもう一度やってみる。壁は、レンガ造りだったりコンクリだったりする。共通するのは、少し生暖かいこと。
 振り向いたら、ダンボール箱に全身を隠した男が後ろからついてきていた。俺は思った。オベリスクだ、と。オベリスクの紙箱兵が襲ってきたのだと。俺は死に物狂いで走った。特に意味はなかったが、曲がり道は右、左、右、左の順で曲がった。オベリスクのダンボール男は、俺をあざ笑うかのように着かず離れずだ。
 急に開けた場所に出た。地面に何かが刻まれていた。俺にはそれが蜘蛛なのだと分かった。地面に描かれた蜘蛛の絵が輝く。そこにオベリスクが飛び込み、消えていった。空中に角ばった球体が現れて、震えだす。俺の心臓に合わせて震えだす。いや、俺の心臓がそっちに合わさっていくようにも感じた。だが恐怖は感じなかった。
 急に体が引っ張られるような感覚。俺は目覚めた。汗でぐしょぐしょになった寝巻きを脱ぎ捨てると、俺の左腕に妙な痣ができていた。

――

「くくく……アンティの不足分は、てめえの魂をもらっていくぜ」
 町の片隅で、名前も知らないガキをぶちのめしてやった。最近は、店内でトレードを禁止にしてる店も増えてるからな。交換を持ちかけるのを名目に、人気の無いところに誘い出す。そうして俺の神に、そいつの魂を捧げてやるのだ。
「大丈夫ですか、そこのあなたっ! 救急車をお願いします」
 だが今日は邪魔が入った。スーツ姿の女性が倒れたガキに駆け寄ってその体をゆすっている。良い女だ。魂を奪うのが楽しみだぜ。
「すいません、ケータイ電池切れで……」
 少年に寄り添う状態から俺を見上げてくるその視線が実に良い。俺に縋る表情が実に良い。俺は左腕をいとおしげに撫で上げる。じわりじわり、霧が忍び寄ってきた。女が何かを俺に叫んでいるが、どうでもいい。
「おい女、デュエルだ。決闘盤を持ってるからには嫌とは言わせないぜ」 
「どういう、ことでしょうか?」
「断ればこのガキと同じ羽目になる。負けても同じ。答えは一つ、簡単だろ?」
 ついさっき殺ったガキが、飛び起きる。眼を瞑ったまま立ち上がり、ゆらゆらと俺の方に歩いてくる様子を見れば、誰だって異常に気付く。ゆっくりと開かれる瞼。ガキが俺に風を送る。ディスクを団扇にして。ガキの服に、血が滲み出した。
「あなたに勝てと?」
 こういうとき、女ってのは意外と適応が早い。深い事考えねえから、現実を在るがままに受け入れられる。
「ざぁーんねんでした! 正解はそのまま頭を地面にこすり付けて俺に服従を誓うことだ」
「私が他人に媚びるタイプに見えますか?」
 俺と女は同時にディスクを構えた。敵意だとか蔑みだとか、勝利を掴む要素がたくさん詰まったいい眼をしている。こういう奴を屈服させるのが楽しいんだ。

「デュエル!」

名蜘蛛:8000
女:8000

「俺の先攻だ。ドロー! 俺は手札からナチュル・スパイダーファングを召喚し、カードを1枚セット。ターンエンドだ」
 白い毛糸のようなものが一本現れ、そこを伝ってコミカルな蜘蛛が降りてくる。こう見えて攻撃力2100の強力モンスターだ。
「私のターン、ドロー。スタンバイ、メイン。手札からカードをセット。さらにモンスターを1枚セットし、ターンエンド」
「随分と消極的じゃねえか。土下座すりゃあ今からでも許してやるぜ?」
 言葉に合わせてガキの体を動かす。土下座から開脚前転。女は顔を顰めるだけだった。いやあ楽しいねえ。俺の身体に満ちる闇の力。これさえあれば海馬だろうがペガサスだろうが勝てる。遊戯にだって勝てるだろう。
「俺のターン、ドロー! 俺は手札から孵化を発動。スパイダーファングを生け贄に、ヴァリュアブル・アーマーをデッキから特殊召喚」
 スパイダーファングは吐き出した糸で自分自身を包んでいった。全身が隠れると、その即席の繭が割れてカマキリが飛び出す。数回鎌を素振りして、相手の女を睨みつけた。
「手札からスパイダー・スパイダーを召喚! バトルフェイズに入ろうか」
 次いで現れる黒と紫の蜘蛛。やはり蜘蛛はこうでなくてはならない。ぎらぎらと輝く八つの眼。幾何学的模様に彩られた体。グロテスクで、パワフルで、そして俺に従順だ。
「スパイダー・スパイダーで守備モンスターを攻撃」
 飛び掛り。カードの砕け散るエフェクトの後、リュックを背負った虫が現れて荷解きを始めた。
「魔導雑貨商人の効果発動。デッキの上からモンスター以外のカードで出るまで墓地に送り続け、最初に出た魔法・罠を手札に加えます」
「スパイダー・スパイダーの効果発動、墓地からナチュル・スパイダーファングを蘇生。さらに、お待ちかね! ヴァリュアブル・アーマーのダイレクトアタック」
「では私は墓地からネクロガードナーを除外します」
 意気揚々と女に振り下ろされた鎌は、すんでのところで死に損ないの盾に受け止められた。
「焦らすねえ……」
「罠カード、自爆スイッチを引きました。魔導雑貨商人のエフェクトを終了します」
「そりゃあいいことを考えたな! 確かに、俺相手にはいい戦法だ。頭の良い女は嫌いじゃねえ。だが……魔法カード、手札抹殺! ターンエンドだ!」
 今の手札抹殺で、俺の手札にはあのカードがきた。そして場にはモンスターが三体だ。次のターンが楽しみだぜ。
「私のターン、ドロー。スタンバイ、メイン。手札からモンスターをセットし、ターンエンド」
 消極的な1ターン。場に残った相手のセットカードは自爆スイッチ二枚目か、もしくは光の護封壁、ブラフの検閲ってところか。
「俺のターン、ドロー! 手札よりダーク・ゾーンを発動し……」
 辺りを包み込む霧が黒く染まる。俺の左腕が熱を上げる。
「スパイダー・スパイダー、スパイダーファングを生け贄に、出でよ! 地縛神Uru!」
 心の奥底から声が響き渡る。さあ、目の前の敵を早く捧げろ、と。一見何も存在しないかに見えるフィールドは、遥か上空から八つの眼によって俯瞰されているのだ。これこそが俺の神。
「Uruは相手プレイヤーへのダイレクトアタックが可能なモンスター! くらえ、スピリチュアル・ワイヤー!」

女:8000→5000
名蜘蛛:8000→5000

「闇のゲームのはじま……え?」
 女の肩が、空中からの白線に貫かれるのを見た瞬間、俺の肩にも痛みが奔った。見ると、俺の左肩が燃えている。服はなんとも無いのに、内側から肉が爆ぜていくような錯覚。
「ヴォルカニック・カウンターをゲームから除外しました。ダメージをおすそ分け、です」
 女はカード効果を説明しながら、ばたりと頭から倒れていった。左手がびくびくと痙攣している。すーっと糸のエフェクトが消えていくと、地面に血が流れ出す。
「くっ、びっくりさせやがって、もう死にかけじゃねえかよ。ヴァリュアブル・アーマーで守備モンスターを攻撃だ」
 セットモンスターは、デッキトップを墓地へ送ることで蘇る植物モンスター、グローアップバルブ。俺の敵じゃねえぜ。
「ターンエンドだ!」
「ドロー。スタンバイ……」
 倒れたままで、デッキからカードを引いた。女は立ち上がらない。動かない体と対照的に、呼吸が荒くなっていく。頬を赤くした表情が色っぽかった。ガキの送る風が、俺の顔を伝う汗を冷やしていった。その分肩の厚さの余波が色濃く感ぜられる。やたら長く感じる三分が終わり、ターンランプが俺に移った。
 と、同時に、フィールドに巨大な植物が三本現れる。一瞬にして花開き、その花弁の中から紅い眼を光らせている。女のディスクから、カードが三枚飛び出た。エンドフェイズに墓地のカードを除外することで召喚されるモンスター……だと?
「はぁ……ぐっ、流石に神の攻撃は、効きますね……墓地の植物を三枚除外し、フェニキシアン・クラスター・アマリリスを三体特殊召喚」
 ふらふらと立ち上がり、壁に身を預ける女。除外されたモンスターカードが自動でディスクから吐き出されるが、地面に落としたまま拾う気配は無い。
「頑張るね。……すぐ楽にしてやるよ。ドロー! 俺はヴァリュアブル・アーマーを再度召喚し、二回攻撃を得る。その悪趣味な華を蹴散らせ!」
 鎌の二振り。何の抵抗も無く切り裂かれる紅い華。花弁が飛び散ってゆく。その1枚が俺に触れた瞬間、突き刺されるような痛み。

名蜘蛛:5000→4200→3400

「くっ、だが程度の痛み、問題ない。Uruのダイレクトアタックだ!」

女:5000→2000

 糸が足を貫通しても、今度は倒れなかった。返って、笑いやがった。
「な、なんだてめえ狂ったか。ターンエンド!」
「元から狂ってなければ、神の所持者に決闘を挑んだりなどしませんよ。私のターン、ドロー」
 引いたカードを手札に入れて、別のカードを手札から引き抜く。発動する前に、そのカードを俺に見せてきた。トゲトゲ神の殺虫剤。
「このカードもまた、一応は神クラス。スタンバイ、メイン。さあ、発動しますよ」
 殺虫剤がディスクに叩きつけられる。そんなカードで俺の神がやられるわけが…。甘い考えは一瞬で打ち破られた。Uruの巨躯が、セピア色に染まっていく。俺にはただそれを見つめることしかできない。神が、崩れ落ちた。同時にヴァリュアブルアーマーも塵となって崩壊する。
「はぁ…ぐっ! 私は、アマリリスを攻撃表示に変更。バトルフェイズに入りプレイヤーに攻撃します」

名蜘蛛:3400→1200→400

 攻撃っていうよりは自爆。華びらを撒き散らして、自身も風の中にいく捨て身の攻撃。
「モンスターをセット。エンドフェイズ、私は墓地のアマリリスを除外してアマリリスを特殊召喚」
 詰んだ。俺がアマリリスを攻撃すれば、その瞬間に800ダメージが俺に襲い掛かり、俺のライフはゼロになる。
「くっ、ドロー。モンスターを裏守備、ターンエンドだ」
 いや、正確には勝つ手段はある。死者蘇生のカードで、俺の神を蘇生してダイレクトアタックをしかけること。だが、引けないっ。
「私のターン、ドロー。スタンバイ、メイン。魔導雑貨商人をリバース、効果処理に入ります」
 デッキからモンスター引いては捨てていく。くそっ、もうアマリリスで攻撃すればてめえの勝ちだってのに。
「オレイカルコスの結界を引いたことで処理を終了。フィールド魔法、オレイカルコスの結界を発動します」
 一瞬にして闇が晴れる。明かりが地面から現れる。暗闇から急に光を受けて、眼を瞑ってしまった。光が和らぐと、俺たちの足元には緑に輝く魔法陣。
「そして、セットカードオープン。自律行動ユニット」

構築屋:2000→500

 最初のターンからセットされたカードが、自律行動ユニットだと。なら前のターンで俺は負けている。そもそも魔導雑貨を攻撃表示で出していれば負けている。
「私は、自縛神Uruを蘇生します。通常は選ばれた者でなければ使役できませんが、オレイカルコスの力をもってすれば可能です」
 半ば投げやりに墓地からUruのカードを取り出して投げつける。その時になって俺は初めて、女に額に輝く紋章に、そして眼に宿った狂気に気付いた。俺の、俺様の神が奪われる。Uruが、敵となって俺の前に立ちはだかる。いや、巨大すぎて立ちはだかるなんて表現は間違っているが。まあそんなことはどうでもいい。ああ、どうでもいい。どうでもいいんだ、俺の思い通りにならない世界なんて。
「神の自由意志を奪い取ります! 私に服従なさい! 自縛神Uru!」
 どうでもいい。興味ない。壊れてしまえばいい。懸命にこれも夢の延長だと思い込もうとするが、神の圧倒的存在感がそれを許さない。
「バトルフェイズ、神の攻撃を宣言します」
ぼろぼろになったUruの身体を、機械で無理矢理継ぎ合わせ、額にはあの紋章が灯っている。眼の一つがかけて、代わりにアンテナのようなものが突き出している、俺は初めて、蜘蛛の形状に気持ち悪さを感じた。

名蜘蛛:400→0

 ――俺の意識が、途切れた。




「羽賀様、約束のデッキはここに」
 待ち合わせ場所は矢張り夜の童実野埠頭だった。いるだけで虫唾が走るのだが、仕方ない。ついに俺の最強デッキが完成したというのだから我慢だ。
「ひょひょひょ。早速見せて貰おうか」
 構築屋の手から、奪い取るようにしてカードの束を取る。それらのカードは、コンビニでコピーとった感じだった。というかやったことがあるから確信を持って言おう。これは明らかにコピーしたカードにスリーブをいくつか重ねた感じのそれだと。
「何だこれは! 全部レプリカじゃないか」
「一部危険なカードが混じっていますので、回し方を教える段階ではレプリカになります」
「ふん。俺は全日本チャンプだぞ。そんな説明なんか無くてもデッキを見れば使い方くらい分かるさ。そんなことよりお前、俺のデッキとデュエルしろ」
 デッキの内容を流し読みしていく。速度に重きをおいたタイプの昆虫デッキだ。構築に関しては其処まで関心する点も無かったが、レアカードが詰まっている。
「分かりました。仕事用のデッキと実戦用のデッキ、どちらを使いましょうか?」
「決まってるだろ、本気な方を、このニューデッキで叩き潰す!」
 俺がレプリカデッキをディスクにセットしようとすると、構築屋がデュエルシートを取り出してきた。あの、ストラクチャーデッキとかについてるシートだ。ディスクを買えない子供が使うもの。馬鹿にしているのかと思ったが、レプリカカードなのを思い出して納得した。
「先に言っておきますが、私の決闘は酷く評判が悪いです。相手に楽しかったと言われた試しがありません」

「「デュエル!」」

羽賀:8000
構築屋:8000

「俺のターンだピョー! ドロー!」
 危険なカードとは何なのか不思議に思っていたが、手札を見た瞬間に理解した。これは、オレイカルコスの結界。
「早速引かれたようですね。羽賀様が最も輝かせたカードです」

「オレイカルコスの結界を発動。代打バッターを攻撃表示で召喚し、大樹海を発動! ターンエンドだピョー!」 

「では私のターン。ドロー。スタンバイ、メイン。手札からモンスターをセット。ターンエンドです」

「俺のターン! ドロー! 魔法カード、強制転移!」
 シートの上なので、交換が楽だ。相手が伏せたカードはっと……。
「魔導雑貨商人をリバース! デッキの一番上のカードはトゲトゲ神の殺虫剤。手札に加える」
「続いてドラゴンフライを召喚! ドラゴンフライで代打バッターを攻撃!」
 ドラゴンフライのカードを掴んで、代打バッターのカードをぺちぺち叩く。この感じ、懐かしいピョー……。
「大樹海の効果発動! コアキメイル・ビートルを手札に加え、代打バッターの効果で特殊召喚! 魔導雑貨商人とコアキメイル・ビートルのダイレクトアタックだ」

構築屋:8000→7100→6400→4000

「カードを一枚伏せて、エンドフェイズ、手札のデビルドーザーを公開、エンドだ!」

「私のターン、ドロー。スタンバイ、メイン。カードを三枚セットして、ターンエンド」
 相変わらず、動きの少ない相手ターン。平坦な口調のせいで、俺だけテンション上げてるのが馬鹿みたいに思えてくる。

「俺に勝たせようと、手加減してないか!?」
「そんなことはありません。私は最善のプレイングを行っています」

「それならいいんだ。ドローだピョー! 三体のモンスターを生け贄に、地縛神Uruを召喚!フィールド魔法、オレイカルコスの結界が存在することにより、自壊はしない! 神の攻撃!」
「このタイミングで、私は針虫の巣窟を三枚発動し、デッキの上からカードを15枚墓地におくります。ダンディライオンが墓地に送られたことにより、綿毛トークンを二体特殊召喚」
「無駄ピョー! Uruは直接攻撃効果をもったモンスター!」
「では墓地のヴォルカニック・カウンターを三枚除外します。3500×3のダメージを反射」

羽賀:8000→4500→1000→0
構築屋:4000→500

「萎えた……ピョー……」





「俺の名は羽賀! 遊戯! デュエルだ!」
 ゲームショップ亀に乗り込んで、俺は意気揚々と名乗りを上げた。
「遊戯の友達かい? まだ遊戯はかえっとらんのじゃ。少し待っててもらえるかのう」
 既にデッキに手をかけていた俺は、肩透かしを食らった。仕方ないので爺さんと駄弁りながら遊戯を待つことになった。

「じいちゃん! ただいま!」
「おう、遊戯か。友達が遊びにいておるぞ」
「友達?……君は、インセクター羽賀! 久しぶりだね!」
 意外にフレンドリーな反応が逆に悔しい。こいつも俺を敵だと思っていないのか。
「遊戯、デュエルだ!」
「せっかちだなあ。そのためにここへ来たの?」
「そうだ、俺はお前にリベンジに来たんだ。この最強昆虫デッキを使ってな!」
 何かじとーっとした目で見られた。この虫野郎、とか言いたげな様子だ。何だ、俺はデュエリストとして見られていないとでもいうのか。

――

「デュエル!」
「デュエル」
 遊戯の声に張りが無い。やる気が無い。じいちゃんの手前断れなかったって感じだ。

「僕の先攻。ドロー」
 遊戯のあんなに湿った視線を見るのは久しぶりだ。というか遊戯を見るのが久しぶりだ。ここのところ、俺は遊戯の奴を見かけるたびに電信柱の影に隠れた。奴の視線を真っ向から受け止める自信が無かったからだ。
「手札から、モンスターをセット。カードを一枚伏せてターンエンドだよ」
「よし、俺のターン、ドロー。魔法カード、手札抹殺」
 遊戯の奴が、そんなに手札が悪いの?ってな目を向けてくるが気にしない。お前の眼力など所詮はゴーゴンの眼レベル。俺は、オーディンの眼並の眼力が篭った侮蔑を受けたことがある。実際俺の手札は上級昆虫だらけで事故っていたが、手札抹殺引いた以上非難されるいわれは無い。
「墓地のインセクト女王と地縛神Uruをゲームから除外し、デビルドーザーを召喚。デビルドーザーの攻撃っ」
 遊戯の奴が、折角の切り札を、生け贄が揃わないから捨ててその上コストにするなんて、初心者もいいところだねっみたいな眼を向けてくるが、所詮はウジャト眼を持つ男レベルの眼力。俺の心は揺るがない。
「マシュマロンは戦闘では破壊されないよ」
「カードを一枚セットして、ターンエンド」
 上級モンスターをあえて除外したのは布石。俺の手札にはD・D・Rがある。オレイカルコスの結界を引いたら、俺の神を召喚してやろう。それにしても構築屋のやつ、どこで自縛神やらオレイカルコスやらのカードを手に入れたんだ?
「僕ターン、ドロー。僕は死者蘇生のカードを発動して……」
 地面から音が聞こえてくる。嫌な予感がする。大地が裂けた。
「オベリスクの巨神兵を召喚。さらに手札からブロック・マンを召喚」
 こいつ、可愛い顔して……。
「二体を生け贄にして、∞の攻撃力を得るつもりだろうが、させないぜ。ききゃきゃきゃ!ポセイドン・オオカブトを除外してライヤー・ワイヤー発動」
「神に罠は通用しないよっ」
「破壊するのは、マシュマロンさ!」
 白くてうにゅーとした奴にワイヤーが絡みつき、引き千切る。
「なら、このまま僕は二体のモンスターで攻撃。ゴッドインパクト! ブロックパンチ!」

羽賀:8000→6800→5800

「エンドフェイズ前に、上級トラップカード、亜空間物質転送装置。神のカードを除外し、死者蘇生の影響を遮断。神ゆえの自壊は無効だよ。ターンエンド」
 遊戯の奴が、面倒だから早くサレンダーしてくれよって眼で見つめてくるが、威圧する魔眼レベルのものを耐えた経験のある俺には無問題だ。
「俺のターン、ドロー。デビル・ドーザーを除外して、ジャイアント・ワームを召喚。ハチビーを通常召喚して、2体を生け贄に。2枚ドローだ。」
 残念なことに、オレイカルコスの結界はなかなか手札に来ない。デッキに一枚なのだから、ある意味当然なのかもしれない。
「二体のモンスターを除外して、再度デビル・ドーザーを特殊召喚! さらにデビル・ドーザーのレベルを1つ下げ、レベルスティーラーを特殊召喚。まだだっ闇の誘惑! 2枚ドローして、手札からイナゴの軍勢を除外っ」
「そんなに手札を交換し続けて、何が狙いなんだい?」
「ふふっ神を破壊するカードを引き当てるためさ……最上級魔法カード、カオス・エンド! 俺のカードが7枚以上除外されているとき、互いのモンスターを全てッ破壊するのだっ!」
 巨大な黒い渦がフィールドを覆う。このデッキは凄いぜ。回転力が段違いだ。渦が消えると、フィールドは更地になっていた。
「ターンエンド!」
「オベリスクを破壊して、尚カードを2枚も残しているなんて。やるね羽賀君。でも僕も負けないよ」 
 アドバンテージでは負けているのが分かっている。遊戯の奴は未だに上から目線だ。手札が多い分有利なんだから、当然か。
「僕は手札から、グリーン・ガジェットを召喚して、レッド・ガジェットを手札に加えるよ。バトルだ。ガジェットキックっ!」
 ガジェットか。ちまちましたデッキだ。お前など社会の歯車に過ぎないんだと言いたげな嫌味な戦術を仕掛けてくる。遊戯の奴、クソっ。

羽賀:5800→4400

「僕はカード一枚セットして、ターンエンド!」
「俺のターン、ドローだピョー」
 くっ、オレイカルコスの結界はまだか。仕方ない。
「手札からゴキポンを捨てて、D・D・Rを発動! インセクト女王を特殊召喚! ワーム・ベイトでトークンを特殊召喚し、さらにレベルスティーラー蘇生!」
ああ、女王さまの降臨だ。女王様さまは現実の連中とは違って、俺にだけ差別的視線を突き刺してくることは無い。褒むべきかな平等主義。そんな女王さまは、敵だけに傷をつけるなんてことはしない。なんて優しいんだ。
「トークンを生け贄に捧げて、クイーンズ・インパクト! グリーン・ガジェットを捕食。さらにスティーラーの、ライフスティール!」

遊戯:8000→6600→6000

「インセクトモンスタートークンを召喚し、ターンエンドだ!」
「よし、僕のターンだ。ドロー! もう一人の魂が篭ったこのカードで、逆転してみせる!」
 勝利フラグを建てにくるとは姑息な。真の決闘者は言葉責めなどに頼らないでいるべきだ。
「黒魔術のカーテンを発動! ライフを半分払って、出でよブラック・マジシャン」

遊戯:6000→3000

 精悍な顔つきをした、黒衣の魔術師。やたら大量のサポートをもったチートカードだ。
「マジックカード、黒・魔・導! D・D・Rを破壊!」
 魔術師の放った漆黒の衝撃波が、俺の女王さまを粉みじんにしていく。あの整ったお顔が、俺の前で、オレの前で……!何かが、弾けた。
「じょ……じょうおーさまー! 許さんぞユーギ! オレは絶対に貴様を倒す!」
「ブラック・マジック! レベル・スティーラーを攻撃」

羽賀:4400→2500

「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

「オレのターン、ドロー!ハチビーを召喚し、トークンと共にリリース! 2枚ドロー!」
 デッキに手をあてた瞬間に分かった。今のオレには、心の闇が充実している。その闇に、あのカードが共鳴している。
「良いカードを引いたようだね。なら僕は、強烈なはたき落とし!」
「な……! 人の手札を、可能性を踏みにじるだなんて、卑劣極まるカードだぞ! それでもデュエリストか!」
「この世に悪いカードなんて存在しないよ。悪いのはそれを使う人の心だよ」
 仕方無しに、オレイカルコスの結界を墓地に送った。良い事言ったつもりなんだろうが騙されないぞ。そんなカードを入れているお前の心は、間違いなく真っ黒に染まっているのだ。
「カードを一枚伏せて、ターンエンド」
「僕のターン、ドロー。ふふ。フィールドには伏せカードが一枚、君に手札は無い。なのに羽賀君はまだ諦めていない。その眼を見れば分かるんだ。だから、僕も全力をぶつけさせてもらうよ」
 この発言を言葉通りに受け取ることはできない。遊戯といえばオーバーキル、オーバーキルといえば遊戯だ。この言葉の本当の意味は、ブラック・マジシャンの直接攻撃が通ればぴったりライフ0の勝利だけど、別に狙うつもりは無い、ということなのだ。というかそうに決まっている。
「僕は手札から、光と闇の洗礼を発動する!」
 ほら来た。そんなわけで、手札抹殺で墓地に落ちたサイクロンを回収した遊戯は、俺のセットカード闇次元の解放を破壊。意味も無く騎士の称号を発動し、攻撃力3500のカオス・マジシャンズ・シュヴァリエを召喚。予想通りのオーバーキルを食らった。目の前が真っ暗になった。






「俺は最強のデッキをもらったはずだ。なのに何故勝てないんだ!?」
 たまたま入ったファストフード店で構築屋を見つけた俺は、怒髪天を衝く勢いでつめかかった。
「依頼料は十分渡した。なのにお前に負けて、遊戯に負けた。ふざけんなよ! 俺の全てを捧げたデッキが、この程度でいいわけないだろ」
 爪先立ちして、構築屋の胸倉を掴み上げる。しかし俺は、周囲からの冷たい視線に気付いて手を離さざるを得なかった。女はそれだけで得をしやがる。くそっ女王さまの平等主義を見習いやがれ。
「貴方のプレイングミスが敗因です。ライヤー・ワイヤーでブロックマンではなくマシュマロンを破壊していれば、ダメージを減らせました。貴方はUruによる直接攻撃を意識してプレイしていたはずですから、壁モンスターの除去にそれほど大きな意味は無かったはずです」
 チーズバーガーなんてケチくさいもの持ちながら何を偉そうに。ハンバーガーではなくチーズバーガーを選ぶあたりが実に庶民くさいぞ構築屋。なのになんでそんな毅然としてやがるんだ。
「ダメージをちょっとばかし減らした程度では、結局負けてたよ! いいからもっと強いカード渡せ!」
 構築屋のスーツのポケットに手を突っ込む。くそ、何見てんだよてめえら。止める勇気も無いくせに。
「D・D・Rの発動を1ターン待っていれば、オレイカルコスに強化されたUruのダイレクトアタックが決まった。何処か間違っていますか?」
「だから結局黒・魔・導で地縛神もやられてたよ!」
「インセクト女王の有無に関わらずブラック・マジシャンは召喚されたはずです。コストのライフ半分を払った後でなら、そのUruと、その効果で奪ったブラック・マジシャンの攻撃でライフを0にできました」
「デュエルキング舐めてんじゃねえぞ! ならてめえが戦ってこいよ!」
「あなたには確かに最強の昆虫デッキを渡しました。もう契約は終了しております」





 気付いたら俺は、警察の厄介になっていた。狭い部屋の中、むさ苦しい自称刑事と一対一で詰問を受けている。何故俺はこんなところにいるんだ。
「婦女暴行に傷害。その上に前科持ちか。お前、子供の癖にかなり荒れてんな」
「子供じゃねえって言ってるだろ! 全日本チャンプ、羽賀さまだぞ!?」
 お前の口調と顔面も、刑事らしくなく荒れていると言ってやりたい。だが頭脳派の俺はぐっと我慢する。こういう時は刑事の機嫌をとれば不問にしてくれることがあると聞いたことがあるのだ。袖の下の送り方を極めた俺にはこの程度のピンチ、なんてことはないはずだ。
 しかし取調べ室には親子丼が付きじゃないのかよ。ああもう腹減ったぞ。モウヤンのカレーが食べたい。





おわり



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