逆襲の城之内

製作者:表さん




※この小説は、拙い作者が恐れ多くも、原作終了後の遊戯たちを、身の程知らずにも勝手に想像して書いた『やさしい死神』の番外編に当たるものです。『やさしい死神』を未読の方は、読んでもよく分からない部分がほとんどだと思います、あしからず。
 “死神”との闘いから二ヵ月後、作中で触れられていた第二回バトル・シティ大会を目前に控えた頃が時間軸です(後編・終章Uで絵空が出場してたのは第三回ですよ、ちなみに)。
 書いてるうちに、ギャグだかシリアスだか分からなくなっちゃいました、ご了承下さいm(_ _)m
 ちなみに、序章は読み飛ばしても支障ないです。
 カッとなって書いた。今では反省している(ぇー




序章・どうか幸せの日々を

「――友達…ですか?」
 そう問いかけると、テーブルごしの相向かいの席に座る男は、手元のコーヒーを一啜(すす)りした。
 神里美咲は仕事の昼休み、隣町の、とある喫茶店に来ていた。男の方は、かっちりとしたグレーのスーツを着込んでいる。それに対し、彼女は黒のスカートに白のセーターと、少々ラフな格好だった。
「ええ…久しぶりに聞きました。あの子の口から…そのことばを」
 男のことばに対し、美咲は嬉しげに、しかしどこか浮かない表情をしてみせた。
 男――月村浩一(つきむら・こういち)は、その陰りの暗示するものが何となく分かっていた。
 話題は美咲の娘、絵空のことである。
 神里絵空――美咲の娘である彼女は、6歳のときから、もう10年間も入院生活を続けているのだ。





 美咲が、絵空の父と出会ったのは大学時代のこと。同じ大学の同じ研究室に所属した同期の彼は、大人しくて身体が弱く、けれど誰より真面目で優しく、彼女がそんな彼に惹かれていくのにさして時間はかからなかった。
 大学時代から交際を続けていた彼らは、大学院の卒業を機に結婚した。
 娘も生まれ、家族三人で暮らした数年間――それは美咲にとって、今までの人生で最も幸福な数年間だった。
 こんなにも幸福で良いものだろうか――そんなふうに考えたこともあった。けれど愉悦を感じることはあれ、恐怖に思ったことはなかった。それほど彼女の人生は、その数年間、純粋な幸せに満ち溢れていたのだ。

 ――けれどそれは、あまりにあっさりと終わりを遂げた。

 ある日、夫が病にかかっていることを告知され、緊急手術が行われた。
 翌日、彼は他界した。
 たったの二日だった。別れのことばも何もない。それはあまりに唐突で、あまりに悲しく、そして虚しい愛別離苦だった。

 十代半ばで、両親を交通事故で亡くしていた美咲にとって、娘の絵空は正真正銘、最後の家族となった。
 だからこそ美咲は、精一杯の愛情を持って、精一杯の笑顔を持って、彼女を育てていこうと思った。自分とは違う、屈折のない、本当にただ幸せな人生を歩んで欲しかった。

 精一杯に育てた。
 心から愛した。
 けれど――絵空が小学校に入学してすぐに、またも突然に悲劇は起きた。

 医者の説明によれば、絵空の病は、いわゆる“不治の病”ではなかった。治療の成功した前例はある。だがそれは、何年もの長期入院を要し、また、完治は難しいものと説明された。
 少なくともそれは、美咲が娘に望んだ人生ではなかった。
 自分は一生、もう幸せにはなれないのではなかろうか――そんなふうに思えさえした。

 その頃から、美咲は今の仕事を始めた。
 両親や夫の遺産もあり、経済的にはあまり問題なかったのだが、それでも絵空の治療には、将来的に相応の資金が必要であり、また彼女には、どこかでこの現実を紛らわす逃げ場が必要だった。

 女性であり、またすでに三十歳を迎えていた彼女だったが、仕事は思いのほか容易に決まった。
 それどころか、その高い能力を買われ、とある薬品メーカーの研究員として働き、現在では主任の地位にまで上りつめた。彼女にとってそれは、まさしく天職と呼んで良いものだったろう。その研究内容も、彼女にとってやりがいのあるものばかりで、夢中で取り組んだ。
 自分に本当の意味で最適の仕事を選べる人間など、そうはいない――その意味では、その一点では彼女は幸せだったのかも知れない。

 絵空が12歳を迎えてしばらくして、手術のためアメリカへ行くことになった。
 この手術に成功すれば、娘の病も治り、普通の、健康な少女として生きていけるようになるだろう――医者にはそう説明されていた。
 現地の執刀医は、その手術を何度も行った経験があり、『No problem』と何度も自信ありげに口にしていた。

 美咲は何度も、神様に祈った。
 娘が治りさえすれば、自分はどれほど不幸にしてくれても構わない――そう何度も訴えた。
 だがそれは、正しい意味では間違っていることを美咲は知っていた。
 娘の病が治ること――それこそが、いまの美咲にとって最大の幸福だったからだ。

 手術は成功した。
 日本へ戻り、早ければ数ヶ月のうちに退院できるだろう――医者には、そう説明された。
 そのときの彼女は、ことばでは表現しようのないほどの喜びを覚えた。
 これからは、何もかも上手くいく――そんなふうにさえ思った。

 ――けれどまたも唐突に、まるで砂の城のように、幸福は崩れ散った。

 原因は不明だった。
 娘の身体は変調し、一度は外した点滴器具を、再び取り付けることを余儀なくされた。
 そんな状態が3年余り続いた。

 そして、今年の八月のこと。担当の医師に、絵空の死期を宣告された。長くとも、来年まで生きてはいられないであろうと。

 美咲は絶望した。
 自分にはもとより、幸せになれる権利がないのではないか――そんなふうに思えた。
 そして神を呪った。
 祈ることをやめた。
 希望を持つことを捨てた。
 ただ、抗いようのない運命を受け入れよう――そう自分に言い聞かせた。。






 そして季節は巡り――今はもう十二月。本来ならば、絵空はいつ死んでもおかしくない時期であった。しかし最近になって、絵空の身体には、また新たな異変が起こっていたのである。
 十月中旬ごろのこと。絵空の容態は、急速に快方へ向かい出したのだ。
 原因はまたも不明。医者は何度も「奇跡」のことばを口にし、助かるかも知れないと言うようになった。



「ちょうど…具合が良くなりだした頃からかしら。童実野高校の学生さんたちが、頻繁にお見舞いに来てくださるようになって…。どうやら、カード関連の繋がりで知り合ったみたいなんですけど」
 そう言ってから、美咲も食後のミルクティーを口にする。
「ああ…なるほど」
 月村は、合点がいったように頷いた。
 美咲が、月村と知り合いになったのは5年ほど前のこと。彼は以前、絵空が友達になった、同病院の患者だった女の子の父親である。月村は美咲と同様、早くに伴侶を亡くしていた。歳が近いことや、そうした背景もあってか、二人はいつからか今のように、喫茶店で時々会って、何かしらの相談をするような間柄になっていた。
 月村は体格ががっしりとしており、美咲より3歳年上だった。聞くところによると、学生時代はラグビーを嗜んでいたらしい。美咲のそれまでの人生では、あまり付き合ったことのないタイプの男性だった。
 見てくれに関しては、どこか頼りない印象のあった夫とは真逆だった。けれど人柄は実直で、そんなところはどこか、亡くした夫と通じるところがあった。
 亡き夫と似ているところ、似ていないところ、目の前の男性のその両方に惹かれ始めていることを、美咲は気付いていた。
「共通の趣味を持った人間は、すぐに仲良くなれますからね…。特に、M&Wでは」
 嬉しげに言う月村。というのも、月村はI2(インダストリアル・イリュージョン)社――M&Wの生みの親であるその会社の、東京支部で働いているのだ。今年43歳になる彼は、企画部部長という重要なポジションについている。月村はその立場上、各地のイベント会場へ赴いたことも少なくない。そのため、M&Wを趣味に持つ初対面の者同士が、カードのトレードやゲームを通して、すぐに「友達」なれるところを何度も目にしていた。
 自分の働く会社の商品で、絵空に新しい「友達」ができた――それは月村にとって、I2社で働く者として、そして彼女をよく知る者として、非常に誇らしく、また嬉しいことであった。
「いや…本当に良かった。病気は快方に向かっているというし…」
 上機嫌で、月村は明るく言う。
「ええ…本当に良かったわ。これで…“本当に”病気が治ってくれれば……」
 美咲は視線を、窓の外へふいっと逸らす。
 その横顔は、どこか儚く、切なげなものに映った。
「…どうか…しましたか?」
 不安げに、心配そうに月村は問いかける。
「……。怖いのかも知れません」
 美咲は視線を逸らしたまま、小さく、自嘲の笑みを漏らした。
「治るかも知れない――そう言われるのは、これで二回目ですから」
 4年前にも、美咲は同様のことばを医師から聞いた。
 4年前に行った手術――その後しばらくの間は、確かに絵空は快方へ向かった。だがその後、絵空の状態は悪化した。原因は医者にも分からず、完全にお手上げの状態とされた。

 それだけではない。幸福を感じた後の絶望――それがどれほど辛く、苦しいものであるかを、美咲は身をもって知っている。ぬか喜びは、もう絶対に嫌だった。

 ――期待すれば裏切られる
 そのことを、美咲は痛いほどよく知っていた。

「…祈れば叶うわけじゃない…願っても、神様が叶えてくれるわけじゃないんです。それならせめて……期待しないほうが、もしものときに傷つかずに済みます……」
「…………」
 きっと治りますよ――そう言いかけて、月村は口をつぐんだ。自分は医者でも、ましてや神でもない。保障などできようはずもない。そのことばが、どれほど無責任なものであるかよく分かっていた。
「……。それでも…」
 少し考えてから、彼はことばを変えた。
「私は絵空ちゃんには……幸せになってほしいです。娘の分も」
 静かに言うと、月村は目を閉じる。瞼(まぶた)の裏に焼きついた、病室の娘の姿。4年前まで足しげく通った、決して忘れえぬ光景。忘れられぬ光景。
「祈ることは…罪ではないはずです」
 陰りのある微笑を浮かべてみせる。美咲はそれを見て、いたたまれない思いがした。
「…強いのですね」
 美咲のことばに、月村は、静かに首を横に振ってみせた。
「…弱いですよ。4年前…娘を失って以来、私はあの病院に近寄れなくなった。怖いのかも知れません、事実と向き合うことが。本当は…娘はまだ、どこかで生きていて、今もあの病院にいる。そう信じ込みたいのかも知れない…」
 本当は絵空ちゃんのお見舞いにも行きたいんですけどね、と苦笑してみせる。
「…本当に強い人なんて、そうはいませんよ…。苦しかったり…悲しかったり……だから祈るんです」

 ――ただ祈っても、神様は聞き届けてはくれないのかも知れない

 ――それでも――

「私は…祈ることは、とても大切なことだと思います。祈りは人に希望を与え、希望は人に強さをくれる。諦めてしまうよりは…ずっと良い結果を得られるはずです。たとえ、神様が叶えないとしても……そうした前向きな気持ちは、きっと物事を好転できる強さとなりますから」
「…! 月村さん…」
「……なんて、少し説教臭かったですかね」
 そう言うと、月村は年甲斐も無く、気恥ずかしげに、子どものような笑みを浮かべてみせた。


 ――しばらくして、二人は一緒に店を出た。
 もともと、二人とも昼休みに仕事場を抜け出してきた身なのだ。そう長居をするわけにもいかなかった。
「おっと…忘れていた。絵空ちゃんにこれ、渡してあげてください」
 荷物になってしまいますが、と申し訳なげに言いながら、月村は左手に下げたカバンから紙袋を取り出した。
「あす発売予定の新しいカードなのですが……よろしければ」
「まあ…いつもいつもすみません」
 礼を言うと、美咲はありがたくそれをいただくことにした。
 月村からは今までも、そうしたカードの関連品をもらうことは何度もあった。
 当初は、断ろうとしたり、お金を払おうとしたのだが、月村は頑なにそれを拒絶する。
 立場上、簡単に手に入るものだし、それに以前は娘に渡していたものですから――そう言われてからは、美咲は遠慮なくそれを受け取ることにしていた。彼の渡すそれが、彼にとっての慰めの一つであることが何となく分かったからだ。
「それでは…またご連絡しますので」
「ええ、お待ちしております」
 ぺこりと頭を下げると、踵(きびす)を返し、美咲は月村と別れる。


 別方向に別れてからふと、月村は立ち止まり、振り返った。
 駐車場へ向かい、少しずつ小さくなる美咲の後姿。

 月村から見た彼女は、非常に魅力的な女性だった。
 整った顔立ちに、セミロングのストレートヘア。歳の割に若く見えるであろうその容姿、線の細い肢体。むろん容貌だけではない。時に優しく、時に毅然とできる彼女の姿勢は、彼の尊敬の対象でさえあった。
 なぜ彼女が、こんなにも苦しまねばならないのか、月村には理解のしようがなかった。

 ――彼女には、幸せになってほしい。
 ――いや、心のどこかでは、「幸せにしたい」という想いさえ生まれていた。


 彼女の後姿を見つめながら――月村は、衝動的に叫んでいた。
「――治りますよ!!」
 美咲の背中が立ち止まる。
「治りますよ…きっと、絶対に!」
 そのことばの無責任さを、月村はよく知っていた。けれど、それでも言わずにはいられなかったのだ。
「…………」
 少しの間を置いて、美咲の背中が振り返る。確かな笑顔で、美咲は応えた。
「…ええ、きっと」
 強く、はっきりとした口調。
 美咲の中の迷いは、もう消えていた。
 もう一度会釈をしてから、美咲はその場を後にした。
 その後姿をしばらく眺めてから、月村も会社へ戻ることにする。
 ふと、月村は空を見上げた。冬空は厚い雲に覆われ、温かな太陽を見ることはできない。
 だが――いつかは春が来る。夏が過ぎ、秋が終わり、冬を越えれば――春は必ず訪れる。
「治るさ…必ず」
 ――彼女らには、幸せになる権利がある。
 娘も…それを心から望み、そしてこの世を去ったのだから。



第一章・閃光の城之内

「『ダーク・ヒーロー ゾンバイア』を生け贄に捧げて…『偉大(グレート)魔獣ガーゼット』召喚!」
「なっ…なにぃぃぃっっ!!?」
 そこが病室であるということも忘れて、素っ頓狂な悲鳴を上げる城之内。


ダーク・ヒーロー ゾンバイア  /闇
★★★★
【戦士族】
このカードはプレイヤーに直接攻撃をする事ができない。
このカードが戦闘でモンスターを1体破壊する度に、
このカードの攻撃力は200ポイントダウンする。
攻2100  守 500


「そして、ガーゼットの特殊能力…。その攻撃力は、生け贄に捧げたモンスターの元々の攻撃力の2倍になるよ。よって…」
「よ…4200…!?」
 城之内は、ゴクリと唾を飲み込む。
「大せいか〜い♪」
 それに対し、その病室の主である絵空は、さぞ楽しげに笑んでみせた。


偉大魔獣 ガーゼット  /闇
★★★★★★
【悪魔族】
このカードの攻撃力は、生け贄召喚時に
生け贄に捧げたモンスター1体の元々の
攻撃力を倍にした数値になる。
攻 0  守 0


 偉大魔獣 ガーゼット:攻0→攻4200

「いっくよぉ…ガーゼットで、城之内くんの『ロケット戦士』に攻撃!」
 絵空が、自軍のモンスターの攻撃を宣言する。だがその瞬間、城之内は場の伏せカードのことを思い出し、ニヤリと笑みを浮かべてみせた。
「甘いぜ! 罠カード『落とし穴』!!」
 絵空のベッドの、シーツの上に伏せられていたカードを勢いよく表にする。
「わ、落とし穴だ」
 城之内の発動した罠カードに、少しビックリする絵空。
「どうだ! こいつで神里のガーゼットは破壊され、さらに、その攻撃力の1/4のダメージを受け…」
 絵空はニッコリと、悪戯っぽい笑みを返してみせた。
「甘いよ〜♪ カウンター罠『神の宣告』!」
「ゲゲゲッ!!!?」
 城之内が、青ざめながら奇声を上げた。


神の宣告
(カウンター罠カード)
ライフポイントを半分払う。
魔法・罠の発動、モンスターの召喚・
反転召喚・特殊召喚のどれか1つを
無効にし、それを破壊する。


 絵空のLP:6000→3000


 城之内の罠カードは無効化され、バトルが成立する。よって――

 城之内のLP:700→0


「だぁ〜っ!! チクショー、また負けたっ!!!」
 絶叫し、頭を抱える城之内。それとほぼ同時に、病室のドアからガチャリと音がする。
「――コラ!! ここは病院ですよ、静かにしなさい!!!」
 城之内の絶叫と同じくらいの声量で、唐突にドアを開けたナースが叫ぶ。少し歳のいった、割腹のよい女性で、怒ると何気に凄みがあった。
「全く…またあなたなの!? 一体、何回注意されたら懲りてくれるのかしら!?」
「す…すんません…」
 その威圧感に気圧され、素直に平謝りする城之内。絵空に惨敗したことに加えて、二重にへこむ。
「それから…絵空ちゃんも、お友達が来て嬉しいのは分かるけど、無理しちゃ駄目よ? 分かってるわよね?」
「は〜い♪」
 ベッドの布団の上に、いわゆる“女の子座り”をした絵空が、楽しげに従順に応える。
 それを見て、看護師の女性は安心したように笑みをこぼした。
「良くなってきてるって言っても……まだ完全に良くなったわけじゃないんだから。ほどほどに、いいわね?」
 念を押して、病室を出て行く。だが、そのドアが閉まる瞬間、再び開き――
「…次に騒いだら、ブン殴るわよ?」
 ……医療関係者には似合わぬ、物騒なことばを残していった。
 今度こそドアが閉じたところで、城之内はほっと安堵のため息を吐いた。
「…アンタも懲りないわねえ…」
 病室の隅、花瓶の水を取り替えていた杏子が、ため息混じりに言う。
「ったく…、お前の辞書にゃ学習の二文字はないのか? 城之内ぃ」
「…ぐう…」
 本田の軽い野次(やじ)に、ぐうの音も出ない城之内(出てるけど)。絵空相手に連敗記録を更新し続けているのに加えて、完全に意気消沈していた。
「ま…まあまあ城之内くん」
 苦笑しながら、城之内をフォローしようとする遊戯。
「えーっと…これで何勝何敗だっけ?」

 ――グサッ!!

 悪意のない、無邪気な絵空の一言が、城之内にトドメを刺す。城之内は今のところ、絵空相手に一度も勝てていない――詰まるところ、47戦0勝47敗であった。回数を逐一、的確に覚えている辺り、城之内は意外と人間が小さいのかも知れない。
 ふと、絵空が膝の上に載せていた金色の箱が、小さく輝く。
『(ちょっと…もうひとりの私、城之内さんに失礼よ!)』
 絵空の頭の中に、絵空だけに聞こえる声が伝達される。
 “もうひとりの絵空”――かつては絵空の中に存在していた、絵空とはまた別のもうひとつの人格である。


 遊戯たちと絵空が知り合ったのは、今からおよそ二ヶ月前、十月頃のことである。
 第四の神にして“最凶の神”――“死神”のカードを引き金として起こった、一口には語れそうにない、辛い闘い。大切なものを守りたい――そんなやさしい心が生んだ、哀しく寂しい悲劇。
 意識を失ったまま、いまだ戻らぬ者もいた。
 “死神”の力を使い、心に拭えぬ傷を負った者もいる。

 ただ、遊戯から見てのそれは、不謹慎とは思いつつも、完全な“悲劇”ではなかった。
 そう――“悲劇”ではない。結果として、遊戯は三人の人間に“救い”を与えることができたのだから。


「…失礼? 何が?」
 きょとんとした顔で、絵空は、手元のパズルボックスに話しかけた。


 パズルボックス――それはかつて、“もうひとりの遊戯”と呼ばれた少年が封印されていた千年アイテム、“千年パズル”のピースが納められていたものである。
 その中には、かつて遊戯が“彼”とともに勝ち取った伝説のカード――『オシリスの天空竜』『オベリスクの巨神兵』『ラーの翼神竜』という、三枚の“神のカード”が納められている。“もうひとり絵空”が絵空と共存し続けるために必要なもの。遊戯は迷うことなく、それを彼女らに譲ったのだった。
 “神のカード”に秘められた魔力により、“もうひとりの絵空”――裏絵空の魂は、かつての“彼”と同じように、パズルボックスの中に封印されている。それにより、年内の命とまで言われていた絵空の病状は、まるで嘘だったかのように、急激に快方へ向かっていっていた。


『(…自覚はなかったのね…)』
 パズルボックスの中で、裏絵空はため息混じりに呟く。神里絵空という少女は、その人生の半分以上を病室の中で過ごしてきたためか、それとも元からなのかは分からないが、思考が常人よりどこかズレており、それは時折、裏絵空の悩みの種となっていた。
 城之内が一度も勝てていないことに気付いていないのか――それは分からないが、とりあえず彼女の発言には、城之内を傷つけるような意図は全くなかったようである。
「…? どしたの、城之内くん?」
 純粋な、無垢な瞳が、城之内の姿を視界に入れる。

 ――悪意さえなければ、何であれ、許されて良いものだろうか?
 裏絵空の脳裏を、そんな疑問がよぎる。

 気がつくと、絵空の目の前の城之内は、生気を抜かれたかのように真っ白に燃え尽きていた。



第二章・リベンジ・城之内!

「あ…、ちょっといい? 遊戯くん」
 そう言うと、絵空は、膝の上に置いたパズルボックスを掴み、両目を閉じる。
 パズルボックスに刻まれた“ウジャト眼”が、再び柔らかな輝きを放つ。ゆっくりと、再び開かれる絵空の瞳は、先ほどまでのものとは雰囲気が変わっていた。
 純粋だが、どこか生真面目そうな、しっかりとした瞳。
 パズルボックスを通して、絵空の身体の主人格が“もうひとりの絵空”のものに移り変わったのである。
「その…右手のお怪我の方は大丈夫ですか?」
 声の調子も、先ほどまでのものとは少し違い、声色は同じでも、はっきりとして引き締まった印象がある。
 心配げな様子の裏絵空に、遊戯は笑って、安心させるように応えた。
「ウン、もうぜんぜん痛くないし。まだ痕は完全に消えてないから、いちおう包帯はしてるけどね」
 そう言って、二、三重に包帯を巻いた右手を軽く開閉してみせる。
 本当は、まだ無理に動かすと微痛が走るのだが、そこは黙って我慢するのが男の子である。医者からは、「治りが思ったより遅いが、問題はないだろう」と言われている。治りが遅い理由は、闇の力という得体の知れないもので付けられた傷だからか、それとも単に遊戯の身体の回復能力が低いためなのかは分からない。ただ、ここで少しでも痛いとでも言えば、責任感の強い裏絵空は、きっと要らぬ心配をするだろう。そこまで考えて、遊戯はあくまで明るく振舞うことにしていた。実際、大した痛みは感じなくなってきているので、私生活にはほとんど影響ないのだ。
「…そうですか」
 裏絵空は、ホッと胸を撫で下ろした。
「もうすぐですよね……例の、バトル・シティ第二回大会。応援していますから…がんばって下さいね」
「ウン、ありがとう」
 裏絵空の激励に、笑顔で応える遊戯。高校の期末試験も終え、大会開催日までおよそ一週間。第一回大会のときと違って、時間も十分あったし、それに合わせてデッキ調整などの準備もしてきた。現在調整中のデッキの調子は悪くないし、手の怪我を除けば、ほぼベストコンディションで望めそうであった。
「神里さんたちにも、いろいろ手伝ってもらったしね。本当にありがとう」
「い、いえ、そんなことは…」
 遊戯を見上げる裏絵空の頬は、わずかだが赤らんでいた。
『(……。もうひとりのわたしってさー…)』
「…え?」
 自分の中からする声に、裏絵空はふと視線を落とす。
『(…遊戯くんのこと、好きなの?)』
「なっ!!?」
 絵空の顔が、唐突に真っ赤に染まる。
「なっ…何を言うのよ!? もうひとりの私っ!?」
 目に見えた動揺を露に、“もうひとりの自分”に反論する。
「…ど、どうしたの?」
 らしくない狼狽振りに、目の前の遊戯は、目をパチクリと瞬かせた。表に出てきていない絵空のことばは聞こえないので、何に反論しているのかチンプンカンプンだ。
「いっ…いえ、何でもありません!」
 何とか体裁を取り繕うとする裏絵空。しかし、その顔はあからさまに真っ赤で、動揺がすぐに見て取れる。
 だが生憎、その手のことに鈍感な遊戯には、その赤面の理由が何なのか分からない。頭にハテナマークを浮かべながら小首を傾げた。



 ――そんな甘酸っぱすぎる青春の一ページを、城之内は部屋の隅で、冷ややかに見つめながら物思いに耽っていた。
(…このままだと…マズイよなぁ…)
 らしくない、重いため息を吐く。というのも――遊戯とは正反対に、城之内は今、完全なスランプ状態に陥っていた。大会に臨むためのデッキ調整が、全然はかどっていない。
 第一回大会のデッキから、色々と調整・改良を加えているつもりなのだが、どうにも上手くいかない。構成を変えれば変えるほど、思ったときに良いカードがこなかったり、初期手札が悪かったり――とにかく、上手くいかないのだ。
 テストデュエルの相手が強すぎるのだろうか、と考えたこともある。城之内の身近な友人の中で、主な決闘者は三名――遊戯、獏良、そして絵空である。

 遊戯の実力は言うまでも無い、前大会優勝者の、名実共に最強の決闘者なのだ。獏良の方は、前大会では、正確には別人格が出場したとはいえ、やはりベスト8クラスの実力は持っているように思う。そして絵空はというと、その複雑な背景のため大会出場経験はないものの、遊戯とかなりいい勝負をするツワモノ決闘者なのだ。恐らく大会に出れば、少なくとも予選突破は堅い実力者だろう。
 …というわけで、城之内の周りにはとにかく、実力者が多いのだ。だが城之内だって、自称・前大会ベスト3(海馬コーポレーション発表では4位)の実力者。相手が強すぎるなんて愚痴はまかり通らないのである。
 獏良相手には、この間まではほぼ互角といった感じだった。だが最近では、全然勝てなくなってきている。5回やって、やっと1回勝てるような状態である。どうやら彼も大会に出る気らしく、その調整が上手くいっているようだ。
 遊戯相手には、そろそろ4桁の回数の連敗を重ねているが――まあ、察して欲しい。彼は城之内の最終目標なのだ。ここまできたらどうせなら、初勝利は公式大会のような、ちゃんとした場で得たい――いや、言い訳がましく聞こえるかも知れないけど。

 ――そして絵空。最近知り合った彼女にも、どうしても勝てない。連敗記録を更新し続けてしまっている。
 彼女が相当の実力者なのは分かる。だが、城之内だって上級決闘者の一人。遊戯相手のように、ひたすら連敗状態など許せないのだ。そろそろ、一勝くらい挙げてみたいのである。また、ここで彼女相手に白星をあげられれば、、一気に調子を上げて、第二回バトル・シティでも好成績を残せそうな気がしていた。

(どうしたもんかなぁ…)
 腕を組み、考え込む。
 だがやはり、一人で考えても埒(ラチ)が明かないように思う。誰かに相談するべきだろうか。
 こういうとき、たいがい相談するのは遊戯である。

 ――だが、それでいいのだろうか?

 城之内の頭の中で、一つの疑問が浮かぶ。
 遊戯は確かに仲間だ。だが、同時にライバルでもあるのだ。いつもいつも、安易に遊戯に頼ってばかりいては――自分は一生、彼に勝つことはできないのではなかろうか。困ったとき、すぐに遊戯に頼るのは終わらせるべきではなかろうか。


 そのとき、不意に病室のドアが空いた。
「ゴメンゴメン、日誌書くのに手間取っちゃって…」
 入ってきたのは獏良。今日は日直で、その仕事のために遅れてきたのである。

 ――ガシッ!

「…え?」
「…獏良、ちょっとツラかせ」
 入室とほぼ同時に、城之内に、二の腕の辺りを掴まれる。
 そのままずるずると、城之内は獏良を引きずって病室を出て行った。



「……と、いうわけなんだが、どうしたらいいと思う?」
 階段の踊り場の辺りまで連れ出してから、悩みの詳細をつぶさに相談する城之内。
 彼の中では、獏良に相談するのはOKらしい。どっちに相談するのも、人に頼ってる時点で同じだろ、というツッコミは通用しないのである。
「うーん…そうだなあ…」
 あごの辺りに手を当てて、考える仕草をする獏良。彼は普段から、どこか惚けているような印象があるため、正直、傍から見ると、あまり深く考えてくれているようには見えなかった。
 だがそれでも、城之内は期待のこもった眼差しを彼に向ける。
「スランプ状態だっていうのなら……いっそのこと、デッキ構成を大幅に変えてみるってのはどう?」
「大幅に?」
 城之内は首を傾げて問い直す。
「ウン。城之内くんのデッキってさ、基本的にあまり戦い方が変わらないじゃない。前の大会のデッキをベースに、今回もデッキを組もうとしてるみたいだし…。一度、原型がないくらい一気に構成を変えてみたら? デッキコンセプトとかさ。もしかしたら、自分にもっと合った戦い方が見つかるかも知れないし……そうでなくとも、違うタイプのデッキを使うのはいい経験になると思うよ」
「……違うデッキコンセプト…ねえ…」
 城之内は、厄介そうに眉根を寄せた。
 いきなりそう言われても、城之内はあまり頻繁にデッキの構築を行わない。一度作ってしっくりきたデッキは、何ヶ月でも使い続けるタイプなのである。今までの経験を糧に、大幅にデッキ構築を行おうとしても限界があった。しかも、大会まではもう時間もないのだ。悠長にしているわけにもいかない。
「そうだなあ…すぐに思い浮かばないなら、誰かに教わって、その人のデッキを真似てみたらどう? 何だったら、僕が死霊デッキの真髄を…」
「いや、それはいい」
 即答で拒否する城之内。極度のホラー嫌いな城之内としては、そんなデッキコンセプトは死んでも願い下げだった。

(…とはいえ、誰かに教わるってのは悪くないか…)
 城之内は、その場で思考を巡らせた。

 ――獏良はとにかく却下。遊戯……に頼るのも、上記の理由で気が引ける。絵空に頼るのも、連敗記録更新中の身としては、何となく嫌だった。
 ――だが、自分は腐っても、前大会3位(公式記録では4位)の実力者なのだ。そこいらの凡人決闘者に教えを請うわけにもいかない。というか、それでは成果があるか微妙である。

(…となると、かなり限られてくるよなぁ…)

 ――海馬が一瞬浮かぶが、一瞬で切り捨てる。彼に頼るなど、やはり死んでも御免である。というか、奴が自分の頼みを受け入れるはずがない。万に一つ受け入れられるのも、それはそれで嫌だった。

 そして次の瞬間、ある一人の人物が、城之内の脳裏をよぎった。
「――そうだぁっ!!!」
 …いい加減、城之内は、自分のいる場所が病院であることを自覚するべきである。
 獏良にひとこと礼を言うと、一目散に階段を駆け下りていった。

 目的地はずばり――遊戯の家、亀のゲーム屋。
 城之内の脳裏によぎったのは、そこで暇そうに店番をしているであろう、一人の老人の姿であった。



第三章・交渉人 城之内克也

「――嫌じゃ」
 店のレジに座り、威厳ありげに腕を組む双六
 開口一番、彼の口から発せられた返答はそれだった。
「ちょっとピケルデッキ構築のアドバイスくれるだけでいいからさー! な、いいだろジイサン!」
 レジ前に立ち、両手をすり合わせて双六に媚びる城之内。
 ちなみに、この作者の書く小説で、双六の使うデッキといえば“萌え萌えピケルたんデッキ”以外にはありえないのである(『やさしい死神』の前編・中編を参照)。
 城之内は、その信じがたいまでの強さを、身をもって理解していた。
 相手の攻撃の完全封殺、強力すぎるライフ回復、それでいて相手のライフを削りきる攻撃力も有している。城之内はこれまで、何千回と経験してきた決闘の中で、あのときほど大敗を喫したことはなかった。
 しかも聞いた話によると、あの遊戯を相手にも、勝利を目前としたところまで奮戦したというのである。
「いいじゃんか、減るモンじゃなし。デッキ構成を全部教えろっていうわけじゃないし……ピケルデッキを作るポイントみたいなのを、ちょろっと教えてくれればいいからさー!」
「ええい、くどいぞ城之内! そもそも、ワシのデッキは“ピケルデッキ”ではなく、“萌え萌えピケルたんデッキ”じゃっ!!」
 どっちも同じ――というツッコミを入れたかったが、ここは敢えて我慢しておく。
 もし仮に、双六のあのデッキと同等レベルのデッキを手に入れられたなら――恐らくは、獏良は愚か、遊戯や絵空とも互角以上に渡り合える力を手にできるかも知れないのだ。
 そんなデッキで大会出場したならば、優勝も夢ではないかも知れない。
「それに…“萌え萌えピケルたんデッキ”は扱いが難しいからのう。不器用なお主が使いこなすのは、天地がひっくり返っても無理じゃわい」
「んなことねーって! な、頼むよ!」
 土下座でもしそうな勢いで、再び頭を下げる。ヤレヤレ、と双六はため息を吐いた。
「…もうすぐ大会じゃし、焦っとるのは分かるがの…。そのためのデッキも、調整の真っ最中なんじゃろ?」
「そりゃまあ、そうなんだけど…」
 複雑な顔で、頭をかく城之内。それが上手くいかないから、こうしていま双六のところへ来ているのである。
「とにかく却下じゃ却下。自分で何とかせい。全く…今日びの若者は、すぐ人に頼ろうとするからイカン」
 そう言うと、双六はロクに読んでもいない新聞を広げて、城之内の視界から自身を隠す。

「………。この手だけは、使いたくなかったんだけどな…」
 城之内はズボンのポケットから、一枚のカードを取り出す。
「……?」
 何事かと思い、双六は目の前の新聞紙をどけた。
「――これを見ろ! ジイサン!!」
 勢いごんで、カードを提示する。
 そのカードは――『白魔導師ピケル』。カードには、白いローブに身を包み、羊の帽子をかぶった可愛らしい一人の幼…いや、少女が描かれていた。
 先日、城之内が購入したカードパックに、偶然一枚だけ封入されていた代物である。


白魔導師ピケル  /光
★★
【魔法使い族】
自分のスタンバイフェイズ時、
自分フィールド上に存在する
モンスターの数×400ライフポイント
回復する。
攻1200  守 0


「……で、何じゃ?」
「…あり?」
 双六からの反応は、案外と淡白なものだった。
「な…何だよ、ジイサン! 『白魔導師ピケル』のカードだぞ? 欲しくないのか!?」
 「くれぇぇぇっ!!!」とか、過剰な反応を期待していた城之内。この双六の反応は、あまりに意外だった。
「…悪いがの、城之内…。ピケルたんコレクターのワシは現在、すでに『白魔導師ピケル』たんのカードを1131枚持っておる…。これ以上集めるとキリがないのでの、自重しておるんじゃ」
「なっ…!?」
 予想外の事態に、狼狽する城之内。いくら何でも多すぎだろ――というツッコミはさておき、これを譲る代わりに、ピケルデッキ構築のコツをアドバイスしてもらおうと考えていたのだ。
 双六に冷めた反応をされた今、『白魔導師ピケル』のカードを大儀そうにかざす自分は、単なるマヌケに他ならなかった。
「…………」
 その体勢で固まったまま、思考に耽る城之内。
 どうすればこの交渉が成立するか――必死で考える。

(……オレは…どうしたら良い……!?)
 彼は、追い詰められていた。
 今のままの状態でバトルシティに挑めば、恐らく自分は予選通過すら危ういであろう。
 どうしてもここで、新たな力を手に入れる必要がある――そうでなければ、前大会で自分に負けていった決闘者たちにも申し訳が立たない。

 彼は必死でさがした。自分が、ピケルデッキという新たな力を手にできる方法を。
 自分が生き延びられる方法を。
 ――そして、思い付いたのだ。

「…何じゃ? まだおったのか城之内。他のお客さんの邪魔だから、とりあえずどいてくれんかのう?」
 他の客なんて一人もいないけどな――というツッコミは、城之内の頭には浮かばなかった。
 彼はニイッと、悪魔のような邪悪な笑みを浮かべる。
 それを見た瞬間、双六はぞっとした。
 城之内の目は、すでに正気を失っていたのだ。
「ジイサン……どうしても、ピケルデッキを作るためのアドバイスをくれないのなら……オレにも考えがあるぜ……」
「な…何じゃと!?」
 ゴクリと、唾を飲み込む。心臓に悪そうな、重苦しい雰囲気が辺りを漂った。
 城之内は、右手の『白魔導師ピケル』のカードを再び提示してみせる。
「どうしても教えてくれないというのなら…オレは、この『白魔導師ピケル』のカードを……」
「な…!? ま、まさかお主…」
 一拍置いてから、城之内はその、残酷すぎる一言を口にした。
「……海馬に譲る」
「!!!」
 双六の背を、かつてない戦慄が走った。
「…海馬のことだ…。こんな能力値の低いカードを、しかもこのオレが渡したとしたら……一体どうするかな…?」
 双六の額を、だらだらと嫌な汗が伝う。
 自分は何と外道な人間なのだろう――城之内は思わず、自嘲の笑みを漏らした。
 海馬に渡しでもしたら、このカードの行く末は想像に難くない。

『神聖なデュエルの場に“萌え”などとは腹立たしい!!』とか『フン、こんなクズカード、存在することすらおこがましいわ!!』とか『ええい、I2社は何を考えている! こんなものを作るから昨今の決闘者の質が下がるのだ!!』とか何とか言って、このカードは二度と日の目を浴びることができないようなところに封印されてしまうだろう。…もっとも、海馬が隠れピケルコレクターに変貌する可能性も否定しきれないが。

 自分が、どれほど決闘者の道に反したことを言っているか、城之内自身分かっていた。
 だが、自分は悪くない。素直に教えてくれない双六が悪いのだ――そう思い込むことで、自身を襲う自責から必死に逃れようとする。

「………。わかった…ただし、条件がある…」
 双六は無念そうに、顔を俯かせた。
 懐から、自分のデッキを取り出す。それは紛れもなく、先ほどまで話題の争点となっていた最強デッキ――“萌え萌えピケルたんデッキ”である。
 その中から、5枚のカードを選び出し、抜き取る。
 その後、近くのメモ用紙にさらさらと文字を書いた。
「…このデッキの極意は、一口には語れぬ…。実際に手にし、使ってみて確かめるが良い…」
 そう言って、数枚のカードを抜き取られ、35枚となった山札を城之内の方に差し出す。
「エ…いや、別にそこまでしてくれなくても…」
 思わぬことに、城之内は目を瞬かせる。
 ピケルデッキ構築のポイントさえ教えてもらえれば、後は自分でカードを集め、デッキを作るつもりだったのだ。
「構わんよ…時間がないんじゃろ? あ、ただし、これらのカードは抜いておいたから、自分で集めるよーに」
 そう言って、先ほど書いたメモ用紙を手渡す。
 そこには以下のように、5枚のカードの名前が記されていた。


・白魔導師ピケルたん
・白魔導師ピケルたん
・ピケルたんの読心術
・ピケルたんの魔法陣
・お注射天使リリーたん


「…………」
 『たん』は要らんだろ――というツッコミを、城之内はやっとのことで飲み込んだ。
 ここまで来て、要らんツッコミで交渉を難航させることもあるまい。
「それから……このデッキを渡す上での人質として、お前のデッキを預からせてもらうぞい」
「え…あ、ああ」
 まあ、そのくらいは仕方がないだろう――そう思い、城之内はデッキを迷わず手渡す。
「…ウム、確かに預かった。そして最後に…“萌え萌えピケルたんデッキ”を扱う上で、これだけは知っておかねばならんということを話そう」
 重要なことを話すのだろう――そう思った城之内は、その先を聞くために心を落ち着かせた。
「お注射天使リリーたんは、リリーたんは……、ピケルたんの……『母親』なのじゃ!」
「………………」
 急に寒くなってきたので、城之内はとっとと帰途につくことにした。
 何にせよ、自分は強大な力を手に入れたのだ――相応の決闘者を相手に、その力を試すべきだろう。
 すでに日は暮れている。今日はカード集めと、そのデッキ構成の把握に費やすとしよう。
「……相応の相手、か……」
 城之内の脳裏に浮かんだのは、病室に一人たたずむ、無邪気な少女の姿だった。


 一方、ヤレヤレとため息を吐きながら、双六は四枚のピケルカード+αを大事そうにしまいこむ。
「……ま、明日にはまた泣きつきに来るじゃろ。それまでに…」
 城之内から預かったデッキを見る。
 だが、明日まではまだ時間がある。今すぐ取り掛かる必要もあるまい。
 そう判断すると、双六は再び新聞を広げ、今日の深夜帯のテレビ番組を入念にチェックし始めた。



第四章・記憶への灯(ともし)

「うん…今日も身体の具合はいいみたいね」
 手元のペーパーに何かを書き込みながら、穏やかに言う看護師。
 例の、城之内の天敵看護師である。
「…はい、おかげ様で」
 普段は優しい人なのよね――そう思いながら、少女は苦笑した。
「…? あら?」
 その看護師が、不思議そうにこちらを見る。
「? どうかなさいましたか?」
「あ…ううん、いつもの絵空ちゃんと少し雰囲気が違う気がしたから」
 少女は、ドキッとした。
「そ…そんなことないと思いますよ?」
 平静を装い、応える。そう?と小首を傾げると、看護師は病室を出て行った。
 それを確認してから、少女はほっと安堵のため息を吐く。
 彼女の抱いた違和感は、間違っていない。なぜなら――今の絵空の主人格は、パズルボックスの中の絵空、つまり裏絵空の方だからだ。
 彼女は普段、そう滅多には表に出てこない。表に出るのはせいぜい、絵空とデュエルをするときか、遊戯たちと話すときだけである。
 それなのに、なぜ出てきたのかといえば――単に、絵空が昼寝中だったからである。
 簡単な検診のためだけにわざわざ起こすのは可哀想だ、そう配慮した結果だ。

「…雰囲気が違う…か…」
 ふと、近くの整理タンスの中から、手鏡を取り出す。
 覗きこむとそこには、一人の可愛らしい少女の顔がある。

 ――“神里絵空”。それがその少女の名前。

 雰囲気が違う――それは当然のことだ。いつも彼らが接している“神里絵空”という名の少女とは、自分は全く別の人間なのだから。

 ――私は、本当の“神里絵空”ではないのだから。

 ならば自分は…何者なのだろう?

 一つの疑問が、脳裏をよぎる。

 ――私が私を自覚したとき、すでに私は“彼女”の中に存在していた。
 “彼女”は私に、名前をくれた。
 『神里絵空』という、自分と同じ名前をくれた。
 けれど…それは、本当に私の名前だろうか?
 目の前の鏡に映る少女は、本当に“私”なのだろうか?

 ――なぜ私は、“彼女”の中に存在しているのだろう?
 生まれたときから…本当に初めから、私は“彼女”の中に存在していたのだろうか?
 何のために…私は“彼女”の中に存在し、“彼女”と一緒にいるのだろう?

 ――同じ名前。同じ顔。同じ身体。
 ――だから私は、“神里絵空”?
 ――“神里絵空”は、本当に私の名前?
 ――目の前のこの顔は、本当の私の顔?

 ――私はいつまで、“彼女”と共にいられるのだろう?
 このまま…いつまでも、“彼女”の中にいていいのだろうか?
 それは“彼女”にとって、本当に幸福なことだろうか?
 私にとって、本当に幸福なことだろうか?


 堰(せき)を切ったように、終わりのない自問が頭を支配する。
「…馬鹿ね」
 軽い眩暈(めまい)を覚えて、裏絵空は考えることをやめた。
 今までも、幾度となく考えてきたこと――けれど、その答えが出たことは一度もない。

 ――いくら考えても浮かばない。
 ならば、それでもいいはずだ。
 今は…“彼女”と共にいればいい。
 “彼女”のため、そして私のために。

 ――けれどいつか、“彼女”が私を必要としない日が来たら
 …そのとき、私は――

(…そうよね…)
 目の前の少女を見つめながら思う。

 ――それでいい
 私は本来、存在しないはずの人間なのだから
 “彼女”が幸せになりさえすれば…それでいい
 それこそが、私にとっても一番の幸せのはずだ――

 ――“彼女”が幸せになればいい
 私は“彼女”なのだから
 たとえ私が、どんな結末を迎えるとしても――

 ため息を一つ吐く。
 考えるだけ無駄なのだ……自分は、存在しないはずの人間。そんな自分に、探るべきルーツなどあるはずがない。

 ――たとえそれが、どれほど淋しいことだとしても――





『――おねえちゃん』




「―――!!」
 ハッとして、裏絵空は目を見開いた。
 手鏡から視線を外し、ベッドの側に視線を移す。裏絵空の眼前には、その声の主と思しき人間は誰一人として存在しない――だが、彼女の視界には確かに、自分に微笑みかける、小さな一人の少女が存在していた。
「……あ……」
 口をぽかんと開き、金縛りにあったように動けなくなる。
(…そうだ…この子は…)
 黄色いリボンで髪を一つに束ねた、自分を見上げる小さな少女。
 楽しげに、本当に無邪気な笑顔を自分に向ける少女。
(…私はこの子を…知っている…?)
 口元がわずかに震える。


 ――長い、本当に長い入院生活の中
 希望を捨て、それでも構わないのだと思い始めた頃
 そんなある日に出会った…一人の少女
 私に一番の幸福と…そして、一番の悲しみを与えた存在――


(…そうだ…この子は……)


 ――この子は…私の……――






「――勝負だ、神里ォッ!!!」
 突然に、ものすごい剣幕で現れる闖入者(ちんにゅうしゃ)一名。
 その瞬間、裏絵空は驚きで、心臓が止まるかと思った。
「じょ…、城之内さん…?!」
 呆気にとられる裏絵空。それに対し、城之内はデッキを取り出し、なぜかポーズを決めてみせる。
「神里よ! 今、貴様の持ち得る最高の戦術で挑んで来な! だが――オレのデッキが(ホントはジイサンのデッキだけど)粉砕するぜ!」
(…決まった…!)
 実は、いちど言ってみたかったらしい城之内。目を瞑り、何やら自己陶酔にふける。
 それを目の当たりにした裏絵空は、目が点になっていた。
「…! …あ…」
 慌てて絵空は、視線を自分のベッドの近くに戻す。
 しかし、先ほどまで見えたはずの少女の姿は、どこにも見当たらなかった。
(…何だったんだろう、今のは…)
 なぜだろう。胸の辺りに、切ないような痛みを覚える。

 何かとても大切なこと――思い出したい…けれど、本当は思い出してはいけない、そんなことのような気がした。

「オ…オイ、どっか具合でも悪いのか、神里?!」
 ポーズをくずすと、少し慌てた様子で城之内が駆け寄る。
「あ…いえ、大丈夫です」
 裏絵空は顔を上げると、何でもないと笑顔で応える。
「それで…何の御用でしたっけ? 城之内さん」
「…う」
 もう一回、同じポーズをつけて叫ぶのは気が引けた。
「エ…エート…と、とにかく勝負だ神里っ!!」
 そう叫ぶと、城之内はデッキを、裏絵空の鼻先に突きつける。
「え…ええ、それは構いませんけど……」
 その勢いに気圧され、軽くのけぞりながら応える。
「ただ…その……」
 微妙な笑顔の状態で、裏絵空は、城之内がちょうど入ってきたドアに目を向けた。
「…?」
 首を傾げると、城之内は振り返り、その視線の先を確認する。

 ――そこには、例の天敵看護師が仁王立ちしていた。



第五章・神のあわれみ

「……くそー…マジで本気で殴りやがって……」
 頭のてっぺんのタンコブをさすりながら、涙目になる城之内。
 世界は狙えないにしても、町内一くらいなら狙えそうな、体重のよくのったゲンコツだった。
「…で、M&Wで勝負でしたっけ? 城之内さん」
 その様子を窺(うかが)いながら、苦笑する裏絵空。
「おう、尋常に勝……って、今日はそっちの神里か」
 主人格が“もうひとりの絵空”であることにやっと気付く城之内。雰囲気でおおよそ分かるのだが、さっきまでは軽い興奮状態だったので分からなかったのだ。
「あ…すみません。お昼寝中だったので、代わりに私が出ていたんです。もうひとりの私にご用ですか?」
 そういう裏絵空は、どことなく、少しだが淋しげな様子だった。
「いや…ちょっと待て」
 そんな雰囲気を察したわけではないのだが、城之内はタンマをかける。
(エート…こっちの神里は、前に屋上で惨敗した方の神里なんだよな…)
 ちなみに、『やさしい死神(前編)』の第三章を参照である。
 少し考えてから、ウン、と納得したように頷く。
「いや…まずは、お前にリベンジさせてもらうぜ! この新しいデッキ…“萌え萌えピケルたんデッキ”でなっ!!」
「…はい?」
 裏絵空は思わず、聞き返そうかと思った。
(萌え萌え……ピケル……“たん”……??)
 痛すぎるネーミングセンスに、石化しそうになる。
(…城之内さんの隠れた趣味なのかしら…。今までそんな素振りはなかったけど……まあ、どんな趣味を持とうと人の勝手だし、ここは敢えて言及しない方がいいわよね……)
「……? どうした?」
「いっ…いえ、何でも…」
 慌てて誤魔化す裏絵空。だが、その目は先ほどとは異なり、どこかよそよそしい感じだ。
「…? まあいいや。とっととやろうぜ」
 絵空のベッドの前のイスに、どかっと座り込む城之内。
 小さく頷くと、裏絵空は近くの整理タンスの上に、手にしたままだった手鏡を置き、代わりに引き出しからデッキを取り出した。
 “彼女”と自分、二人で一緒に作ったデッキである。
 デッキを交換し、軽くシャッフルしあう。

「いくぜぇ…デュエル!!」
「…あ、もう少し声小さくした方がいいですよ」
 先ほどのタンコブの痛みを思い出し、城之内は軽く頷いた。
 そして気持ちを切り替えて、デッキからカードを5枚引く。
 それを確認した瞬間――城之内は石になった。


 城之内の手札:魔力解放,アストラルバリア,魔導師の力,スピリットバリア,アマゾネスの呪詛師


「…………」
 ……モンスターカードが一枚もなかった。
(お……落ち着け、オレ……!)
 いきなり深呼吸を始める城之内。
 裏絵空はそれを、訝しげに見つめた。
(モンスターがいなくったって……魔法や罠で、神里の攻撃を防ぐことはできるはずだ。デュエリストには、手札の数だけ可能性がある…。一枚一枚の効果を確認すれば、きっと活路が見つかるはずだぜ…)
 城之内は、改めて手札のカードを確認した。


魔力解放
(魔法カード)
フィールド上の魔術師一体の魔力レベルを上げる。

アストラルバリア
(永続罠カード)
相手モンスターが自分フィールド上
モンスターを攻撃する場合、その攻撃を
自分ライフへの直接攻撃にする事ができる。

魔導師の力
(装備魔法カード)
自分のフィールド上の魔法・罠カード1枚につき、
装備モンスターの攻撃力と守備力を500ポイント
アップする。

スピリットバリア
(永続罠カード)
自分フィールド上にモンスターが存在する
限り、このカードのコントローラーへの
戦闘ダメージは0になる。

アマゾネスの呪詛師
(魔法カード)
呪詛のまじないの言葉は敵モンスターの
攻撃力と自軍モンスターの攻撃力を入れ替える


 フムフムと、城之内は感慨深げに頷く。そして気付く。
 ……モンスターがいないと使えないものばかりだった。いわゆる手札事故というやつである。
「…エート…城之内さん?」
 困ったような裏絵空の声で、城之内はやっと正気に戻った。
(…そ、そうだ…! ターンプレイヤーは、自分のターンの始めにカードを一枚引ける。確かに、初期手札にモンスターはいねえ……だが、どれもモンスターとコンボとして出せば強力っぽいカードばかりだ。これでモンスターを引ければ……)
 ゴクリと唾を飲み込むと、城之内はデッキに指をかけた。
(頼む…! 何でもいい、モンスターカードよ! 来てくれ!!)
 ……開始一ターン目で神頼みというのも珍しい話である。
「オレの先攻…ドロー!」
 大きな動作でカードを引き、恐る恐る、それを視界に入れる。
(! やった!)
 神頼みが通じたのであろうか。引き当てたのは、念願のモンスターカードである。しかも、攻撃力・守備力の数値を確認してみると……なかなか高めに設定されている。
 これなら――


堕天使マリー  /闇
★★★★★
【悪魔族】
このカードが墓地に存在する限り、
自分のスタンバイフェイズ毎に
自分は200ライフポイント回復する。
攻1700  守1200


「……って、上級モンスターかよっ!!」
 思わずそのカードを、面子(メンコ)の要領で床に叩きつけてしまいそうになる。なかなかの独りノリツッコミである。
 それはさておき、上級モンスターの召喚には通常、生け贄が必要。今の城之内の手札には、その生け贄を確保できるカードなどない。場に出せないのでは意味がなかった。
(…お、落ち着け、オレ…! こういうときは、あくまで顔に出さずに……ポーカーフェイスで、手札が悪いことを悟られないように……)
「……手札事故ですか?」
「!? な、なぜそれを!?」
 裏絵空の質問に、城之内は大きくうろたえる。隠せているつもりだったのか、裏絵空は不思議で仕方がなかった。
「……何でしたら、引き直していただいても構いませんけど……」
「ぐっ…!? だ、大丈夫だ! 男・城之内克也、この程度の逆境……屁でもないぜっ!!」
 無理に強がる城之内。さんざん悩んだ末に、『スピリットバリア』のカードに指をかける。
「カードを一枚伏せて……ターン終了だ」
 この状況では、『スピリットバリア』は何の役にも立たない。いわゆるブラフというやつである。
「…エート…私のターンですね、ドロー。私は『首領(ドン)・ザルーグ』を召喚し…城之内さんに直接攻撃します」
 左手でカードを引き、同じく左手でカードを出すと、すぐに攻撃を宣言する。
「ぐう…」
 城之内のライフが、その攻撃力ぶん削られる。

 城之内のLP:4000→2600

「この瞬間、ザルーグの効果が発動…。相手の手札からランダムに一枚のカードを選び、捨てさせることができます」


首領・ザルーグ  /闇
★★★★
【戦士族】
このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、
次の効果から1つを選択して発動する事ができる。
●相手の手札をランダムに1枚選択して捨てる。
●相手のデッキの上から2枚を墓地へ送る。
攻1400  守1500


(! 手札を…捨てる!?)
 その一言に、城之内はピクリと反応する。城之内の手札の上級モンスター――『堕天使マリー』は、墓地に置かれて初めてその真価を発揮する。ここでマリーが捨てられれば、ほんのわずかだが状況が好転するのだ。捨てる神あれば拾う神あり、ということか。
「よし…オレの手札は5枚、一枚選びな!」
 がぜん強気になる城之内。捨てるカードはランダムに選ばれる。よって、裏向きのまま裏絵空に見せ、どのカードを捨てるか選択させることにする。
(マリーのカードは、神里から見て左端…。確率は五分の一、頼むぜ…!)
 城之内は真剣な表情で、ゴクリと唾を飲み込む。
「そうですね…では、右から二番目のカードを捨ててください」
 ひどく対照的に、案外とあっさり応える裏絵空。……拾う神なんぞ、どこにも居はしなかった。
 がっくりと肩を落としながら、城之内は『魔導師の力』のカードを墓地に送る。その様子を見ながら、裏絵空はだんだん可哀想な気がしてきた。
「…カードを一枚伏せて…ターン終了です」
「…オ、オレのターン…!」
 デッキに指を当てると、城之内はもういちど深呼吸する。
(落ち着け…! このデッキの強さはよく知ってるじゃねえか! このデッキは強い……だからこの程度の劣勢、すぐに逆転できるはずだ!!)
「ドローッ!!」
 気合を込めて、カードを抜き放つ。それが通じたのか――そのカードは、モンスターではないものの、相手の攻撃を止めることができるものだった。


グラヴィティ・バインド−超重力の網−
(永続罠カード)
フィールド上に存在する全てのレベル4以上
のモンスターは攻撃をする事ができない。


 場に出ている限り、全てのレベル4以上のモンスターの攻撃を止めることができる強力カードだ。ザルーグのレベルは4、このカードで防ぐことが可能である。
「よし…カードを二枚伏せて、ターン終……」
「…あ、待って下さい。城之内さんのエンドフェイズに、罠カード『砂塵の大竜巻』を発動します」
「へっ?」
「このカードは、相手の場の魔法・罠カードを一枚破壊することができます」
「なっ……ぬわにぃぃぃっ!!?」


砂塵の大竜巻
(罠カード)
相手フィールド上の魔法または罠カード1枚を
破壊する。破壊した後、自分の手札から
魔法か罠カード1枚をセットする事ができる。


(や…やべえ……ここで『グラヴィティ・バインド』のカードが破壊されたら……)
 嫌な汗をだらだらとかき始める城之内。
 それを見て、裏絵空はまた居たたまれない思いがした。
 先ほどの顔色の変化を見るに、おそらく、いま伏せた二枚のカードのどちらかが重要なものなのだろう。それを破壊してしまったら、城之内はさらに落胆するに違いない。
(でも……手を抜いたりしたら、もっと失礼よね……)
 裏絵空は改めて、城之内がいま伏せた2枚のカードを見つめた。
 城之内は唾を飲み込む。破壊されて困るのは、彼女から見て左端のカード――それを破壊されたら、次のターンで決着がついてしまうかも知れない。
(神様…! 一生の頼みだ! どうか左端だけは選択させないでくれ!)
「そうですね……では……」
 城之内は、裏絵空の選択に刮目する。
「その……真ん中のカードを破壊します」
「――!!」
 城之内は顔を上げた。どうやら、拾う神もちゃんと存在していたらしい。
 城之内は心の底から、姿無き神様に感謝をした。
「おう、真ん中のカードだな!」
 さぞ嬉しげに、『グラヴィティ・バインド』と一緒に伏せていた『魔力解放』のカードを墓地に置く。
(……重要なカードの方じゃなかったみたいね……)
 裏絵空はつい、ほっと安堵のため息を吐いてしまった。
「あ…『砂塵の大竜巻』の追加効果で、手札からカードを一枚セットしますね。そして私のターン…ドロー」

 ドローカード:氷帝メビウス

「……あ」
 ドローカードを見て、裏絵空は再び困った顔になる。
(…ど、どうしよう……)
 かなり悩む。しかし、やはり手を抜くわけにもいかないだろうと思い直し、そのカードを場に出す。
「私は、『首領・ザルーグ』を生け贄に捧げて……『氷帝メビウス』召喚!」
 裏絵空の場に、新たにレベル6の上級モンスターが召喚される。
(生け贄召喚か…! だが、所詮はレベル6のモンスター。オレの場の『グラヴィティ・バインド−超重力の網−』を使えば……)
 余裕の表情を浮かべる城之内。だが、
「そして、特殊能力を発動します…。このカードが生け贄召喚されたとき、場の魔法・罠カードを二枚まで破壊することができます」
「……は?」
 城之内は一瞬、自分の耳を疑った。


氷帝メビウス  /水
★★★★★★
【水族】
このカードの生け贄召喚に成功した時、
フィールド上の魔法・罠カードを2枚まで
破壊する事ができる。
攻2400  守1000


 ……てなわけで、なすすべなく、城之内の場の伏せカード『スピリットバリア』と『グラヴィティ・バインド』は破壊される。
「そしてバトルフェイズ…メビウスで、城之内さんにダイレクト・アタックです」
「くっ…!」

 城之内のLP:2600→200

 これで、城之内の場にはカードが残されないばかりか、残りライフもたった200。
(……。い、いや、まだだ!)
 城之内は首を振ると、消えかけた戦意を取り戻す。
「まだだぜ、神里! オレのライフは残り200……だが、まだ200ある。勝負はこれからだぜ!」
 そうだ――ライフが残されている限り、勝負はまだ決まらない。
 わずかでも、逆転の可能性は残されているはずなのだ。諦めたら、その時点で負けてしまう――そのことを、城之内はよく知っていた。そもそも、一度ピンチに陥ってからの逆転の方が断然カッコいいではないか。
 そう! ライフ200は勝利への布石!
 ここからの逆転劇を盛り上げるための、神様の粋な思し召しに違いない!


城之内のLP:200
     場:
    手札:3枚(アストラルバリア,アマゾネスの呪詛師,堕天使マリー)
裏絵空のLP:4000
     場:氷帝メビウス,伏せカード1枚
    手札:3枚


「――いくぜ!! オレのターン!!」
「えっ?」
 裏絵空のエンド宣言はまだなのだが、変に勢いごんだ城之内はそのことにも気付かず、勝手にターンを進めてしまう。勢いよく、デッキからカードを抜き放った。

 ――ドクン!!

(――!! きた!!)
 ドローカードを視界に入れた瞬間、城之内は勝ち誇った笑みを浮かべる。即座に、そのカードを勢いよく場に出した。
「いくぜ!! 『白魔導師ピケル』を攻撃表示で召喚!!」
「――!?」
 城之内の場に、可愛らしい白魔導師の少女が召喚される。
(…よし! 勝った!!)
 …勝利条件を完全に思い違えている城之内。少しの間を置いて、ようやくそのことに気付く。
(…って、『白魔導師ピケル』の攻撃力はたった1200……攻撃表示で出しても戦闘で勝てねえ!?)

 …当たり前です。

 大いにうろたえながら、手札のカードに目をやる。そして、一枚のカードの効果に気付くと、もういちど笑みを取り戻す。頭に血が上った城之内は、それをすぐさま場に出した。
「フ…いくぜ、神里っ! 手札から魔法カード『アマゾネスの呪詛師』を発動! このカードは、場の二体のモンスターの攻守を入れ替えることができる……メビウスとピケルの攻撃力を入れ替えるぜ!!」

 氷帝メビウス:攻2400→攻1200
 白魔導師ピケル:攻1200→攻2400

「…よっし! ピケルでメビウスを攻撃っ!」
 城之内の安直な攻撃宣言に対し、裏絵空はほとんど反射的に、場の伏せカードに手をかける。
「トラップ発動…『ドレインシールド』!」


ドレインシールド
(罠カード)
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、
そのモンスターの攻撃力分の数値だけ
自分のライフポイントを回復する。


「このカードの効果で、ピケルの攻撃を無効にします…。さらに、その攻撃力分だけライフを回復」

 裏絵空:4000→6400

「ぐっ…!? ま、まあいいさ。カードを一枚伏せて、ターン終了だぜ」
 勝負はこれからだと言わんばかりに、城之内は不敵に笑ってみせる。
「…あ、『アマゾネスの呪詛師』の効果は1ターンのみなので、二体のモンスターの攻撃力はもとに戻りますよ」

 氷帝メビウス:攻1200→攻2400
 白魔導師ピケル:攻2400→攻1200

「…へ?」
 どうやら、カードの効果をちゃんと把握していなかったらしい城之内。
「そして私のターン…メビウスで、ピケルを攻撃します!」
(! やべえ!)
 せっかく来てくれたモンスターカードを、簡単に破壊されるわけにはいかない。城之内は咄嗟に、場の伏せカードを発動した。
「永続トラップ発動っ! 『アストラルバリア』!! このカードの効果で……って……」
 城之内はその瞬間、石になった。
 『アストラルバリア』――その効果は「相手モンスターが自分フィールド上モンスターを攻撃する場合、その攻撃を自分ライフへの直接攻撃にする事ができる」というもの。それは確かに、自分の場のモンスターを守るためのカードだが、その代償として自分は直接攻撃を受けねばならない。よって――

 城之内のLP:200→0

「…………」
 神様なんてもう信じない――場に残された『白魔導師ピケル』のカードを見つめながら、そう考え直す城之内であった。


城之内のLP:0
     場:白魔導師ピケル,アストラルバリア
    手札:1枚(堕天使マリー)
裏絵空のLP:6400
     場:氷帝メビウス
    手札:4枚



第六章・成長の儀式

「私は『不意打ち又佐』を攻撃表示で召喚します」
 裏絵空が一枚のカードを場に出す。


城之内のLP:4000
     場:ビッグバンガール,レベル制限B地区
    手札:4枚
裏絵空のLP:4000
     場:不意打ち又佐,羊トークン×3,伏せカード1枚
    手札:4枚


「フ…この瞬間、『レベル制限B地区』の効果発動! レベル4以上のモンスターは全て守備表示になるぜ!!」
 声高に、自分の場の魔法カードの効果を宣言する城之内。


レベル制限B地区
(永続魔法カード)
フィールド上に表側表示で存在するレベル4
以上のモンスターは全て守備表示になる。


「…………」
「へへ……これで、このターンの攻撃は防い……」
「……えーと…『不意打ち又佐』はレベル3なのですが……」
「……はい?」
 目が点になる城之内。


不意打ち又佐  /闇
★★★
【戦士族】
1回バトルフェイズ中で2回攻撃できる。
このカードが表側表示でフィールド上に
存在する限り、このカードのコントロールは
移らない。
攻1300  守 800


「さらに装備魔法…『団結の力』を発動します」


団結の力
(装備カード)
自分のコントロールする表側表示モンスター1体につき、装備モンスターの攻撃力と
守備力を800ポイントアップする。


「『不意打ち又佐』に装備…。このカードを装備したモンスターは、私の場のモンスターの数×800ポイント、攻守が上がります。私に場には『又佐』に加え、羊トークンが三体…。よって…」

 不意打ち又佐:攻1300→攻4500
        守 800→守4000

「よ…4500…!?」
 城之内は息を呑む。攻撃力4500と言えば、あの海馬の切り札『青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)』と同等クラスである。ダイレクト・アタックでも受けようものならば、一瞬でライフがゼロにされてしまう。
「『不意打ち又佐』で…『ビッグバンガール』を攻撃!」
「ぐう……」
 顔をしかめる城之内。だが、城之内のモンスターは『レベル制限B地区』の効果により守備表示になっている。破壊されるのが守備モンスターである以上、ダメージを受ける心配はない。


ビッグバンガール  /炎
★★★★
【魔法使い族】
自分がライフポイントを回復する度に、
相手プレイヤーに500ポイントの
ダメージを与える。
攻1300  守1500


「フ…やるじゃねえか神里! だが次のターンで……」
「…えーっと…『不意打ち又佐』は1ターンに二回攻撃できること、覚えています?」
「……へっ?」
 ……そういえば、そうだったような……。

 城之内のLP:4000→0

 開始から、ものの3ターンで見事に瞬殺される城之内。

「……。ええい! もう一回だ、もう一回!!」
「あ…は、はい」
 忙(せわ)しない様子で、二人は広げたカードを片付け、再びデュエルを開始する。





「いくぜ、永続魔法『平和の使者』発動! このカードが場に存在する限り、攻撃力1500以上のモンスターの攻撃は封じられるぜ!!」


平和の使者
(永続魔法カード)
お互いに表側表示の攻撃力1500以上の
モンスターは攻撃宣言が行えない。自分の
スタンバイフェイズ毎に100ライフポイントを
払う。払わなければ、このカードを破壊する。


「さらにカードを一枚伏せて…ターン終了!!」
 連敗続きで、ややいきりたった様子の城之内。
「私のターン、ドロー…。…ええと…魔法カード『大嵐』を発動します。その効果で、場の魔法・罠カードは全て破壊されます」


大嵐
(魔法カード)
フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。


「…………」
 ……そこから先は、言うまでもなかった。





 およそ30分後――そこには、真っ白を通り越して、廃人と化した城之内が居た。
 それは、一時間足らずで15連敗という、おおよそあり得ないハイペースでの連敗記録を更新した後のことだった。
「ま…まあ城之内さん、勝負は時の運と言いますし……」
 必死でフォローしようとする裏絵空。だが、15連敗はどう考えても運のせいだけではないだろう。
「……いいんだ……放っといてくれ……」
 半ば魂を抜き取られたような状態で、いじけながら、か細く呟く。
(……大会は来週だってのに……これじゃあ……)
 すっかり自信喪失してしまった城之内。やはり手加減すべきだったろうか――と、裏絵空は少しだけ後悔する。
「でも……ピケルデッキだなんて、どうしてそんな、いきなりデッキコンセプトを変えてしまったのですか?」
 疑問に思っていたことを、励ましがてら訊いてみる。
 何度かデュエルしてみたところ、相手の攻撃を魔法・罠で封じる、ロックタイプのデッキのようだった。攻撃モンスター主体で攻め続ける、城之内の今までのデッキとは明らかに対照的なコンセプトである。
「ああ…それはな」
 城之内は一部始終を裏絵空に説明した。



「はあ…そういうことでしたか」
 裏絵空は納得したように頷く。そういえば以前、遊戯の家に行ったとき、遊戯の祖父には会ったことがある。そのとき確か、ピケルデッキがどうだとか言っていたように記憶している。
(……ピケルデッキ…ね……)
 裏絵空は感慨深そうに、城之内の手元のデッキを見つめる。
(…そういえば、聞いたことがあるわ。『白魔導師ピケル』は、その魔力レベルを極限まで高めることで、他を寄せ付けない無敵の力を発揮するって…。もしかしたら……)
 ふと、城之内の持つデッキを見てみたい衝動に駆られる裏絵空。
 頼めば見せてくれそうだが、そもそも城之内のデッキではないというし、それは失礼というものだろう。
「…こんな強ぇデッキでも勝てねえなんて……もうオレ、M&Wの才能ねえんじゃねえかな……」
「あ…いえ、それは違うと思いますよ」
 城之内のことばを、裏絵空はすぐに否定した。
「そのデッキの本来の強さがどの程度かは分かりませんが……“そのデッキでも勝てない”のではなく、“そのデッキだから勝てない”のだと思います」
「…へ?」
 城之内は目を瞬かせる。少し考えてから、裏絵空は問いかけた。
「城之内さんにとって……デッキとは何ですか?」
「……?! 何、って…」
 いきなり始まった禅問答に、城之内は眉をよせる。悩む城之内を前に、裏絵空は近くの小タンスから、一冊のカード雑誌を取り出した。
「えーっと……城之内さんは、この方をご存知ですか?」
 目標のページを見つけると、そこを広げて城之内に渡す。
 見てみると、金髪の、外国人と思われる青年の写真が載っている。
 ちょっと美形だったのが、城之内の癪に障った。
「…その人はカール・ストリンガー…。イギリス最強デュエリストです」
「…!? イギリス最強…?」
 見出しを見てみると、「イギリス大会三連覇達成」などという文字が大きく書かれている。
 そして写真の隣には、デッキのカードリストらしきものが載っていた。
「お…おい、これって…」
「ええ、イギリスでの大会で、見事優勝を納めたデッキ……そのままの構成リストですよ」
「優勝したデッキって……そんなモン、載せちまっていいのか?!」
 見てみると、獣戦士や獣族といったカードで主に構築されている。そういったデッキコンセプトなのだろう。確かに、何枚かはかなりのレアカードと思しき名前があるが――これと同じデッキを作ることは、不可能ではなさそうだった。
「バトル・シティでは違うようですが……上位入賞者のデッキを公開する大会はよくあります。単に強いデッキが欲しいのなら、そういったものをコピーすれば十分だと思います。…もっとも、そんなことは誰にでもできますけどね…」
「…………」
 カードリストを見つめながら、城之内は固まってしまった。
 自分が、本当に欲しかったものは何だったのだろう――自身に問いただす。
「…単に強いデッキを持てば、強いわけではありませんよ? 城之内さん」
 裏絵空は穏やかに、しかし窘(たしな)めるような口調でそう言った。
「…デッキはあくまで手段――自分が百パーセントの実力を出し切るための道具です。確かに、それなりの努力をすれば、その強いデッキを十分に活かし、相応の力を発揮することもできるでしょう。それでも……その写真の彼を超えることは、まず不可能でしょうね。そのデッキはあくまで彼のもの。彼が自身のために、彼自身の力を100パーセント引き出すために作った、“彼のデッキ”なのですから」
「………!」
「遊戯さんも私も……みんなそうです。もちろん上級者のデッキを参考にし、そこから“自分のデッキ”を見つけるのは良いことです。けれど、「強いデッキを持ちさえすれば勝てる」――そういう認識なのでしたら、それは甘いと思います。特にバトル・シティのような大会では。“自分のデッキ”を見つけられなければ、勝ち残ることは難しいでしょう」
「…………」
 城之内は、写真に写った青年を見つめた。
 誇らしげな笑みを浮かべている。彼は、その大会で勝ち残るためにどれだけの努力をしたのだろうか。
 自分の戦略の全てを余すことなく発揮するため、そのために必要不可欠な“自分だけのデッキ”のために、どれだけの時間と、どれほどの労力を積み重ねたのだろう。

 ――なんて甘かったのだろう

 城之内は思わず苦笑した。
 バトル・シティに出てくる、何人ものツワモノ決闘者たち――彼らはみな、その日のために相当の努力を重ねてくるはずだ。

 ――前の大会で上位入賞を果たした…だから何だ?

 それに浮かれ、甘え、成長しないままでは負けて当然だ。
 前大会で対戦した、何人もの決闘者たち。
 彼らだって、様々に悩み、苦労し、成長してくるはずなのだ。

 自分だけ立ち止まれば、すぐに追い抜かれてしまう。みんな成長してくるのだ。
 近道などない……時間をかけて、少しずつでも確実に進まなければならない。

「…悪い、オレもう帰るわ」
 雑誌を返すと、城之内は一目散に病室を出て行った。





「――ジーサンッ!!!」
 数十分後、亀のゲーム屋のドアを、勢いよく押し開ける城之内。
 肩で息をしているのは、病院からここまで走ってきたからである。
「おお、城之内か。どうじゃ? そもそもデッキというのは……」
「――オレのデッキどこだ!? それから…確か今日、新しいカードパックの発売日だったよな!!?」
 すごい剣幕で言う城之内に、双六は思わず尻込みしそうになる。
「お…おお、確かにそうじゃが。大会目前での新発売じゃからな。売れ行きもかなり……」

 ――バンッ!!!

 双六が言い終わる前に、城之内はレジ台に右手の平を叩きつけていた。
「……この金で、買えるだけくれ!!!」
 手をどけると、そこには千円札が二枚と小銭が置かれていた。城之内のポケットに入っていた、とりあえず手持ちの全財産である。
「……ま、まいどあり……」
 完全に気圧されながら、双六はそのことばに従うことにする。
 デッキとカードパック、それからお釣りを受け取り、双六のデッキを返すと、城之内はすぐに店を飛び出していった。
 てっきり、“萌え萌えピケルたんデッキ”を使いこなせず、自分にすぐに泣きついてくると予想していた双六は、完全に裏をかかれてしまった。
 ポケットからメモ用紙を取り出す。そこには、預かっていた城之内のデッキを確認した上で、双六なりに気がついた改善点が幾つも書き込まれている。
 城之内の勢いに圧され、渡しそびれてしまった――いや、あの様子なら渡す必要もないのであろう。むしろ、渡さぬ方が城之内のためかも知れない。
「………。ま、他人に頼ろうとしないところは、成長の証と言えるかのう?」
 少し淋しげに呟くと、そのメモ用紙を丸め、近くのゴミ箱へ放り捨てた。



第七章・甘くみちゃいけない

 城之内が病室を立ち去ってから、一週間が経とうとしていた。
 それは、第二回バトル・シティ大会を翌日に迎えた昼下がりのこと。

「うーん…難しいなあ……」
 昼食と検診を済ませた絵空は、自分のベッドの上で、分厚い本と睨めっこをしていた。
「…ねえ、ここはどういう意味だと思う?」
 膝の上に置いた、パズルボックスに問いかける。
『(うーん……私もちょっと分からないわね…)』
 二人の絵空は、揃って頭を抱えた。

 ――コンコン

「……!」
 不意に、ドアをノックする音がする。
 叩き方や音の大きさから、絵空はすぐさま来訪者の正体を察知する。
「どうぞ〜、杏子さん♪」
 ドアが開くと、案の定、杏子が顔を覗かせる。
「…相変わらずよく分かるわね……音だけで」
 杏子は、驚きの表情を浮かべる。
 何度か訪れたことのある人間なら、ノックの音だけでおおよそ誰か判断できる――長い入院生活の中で培った、絵空のちょっとした特技であった。
「こんにちは、神里さん」
 その後ろから、遊戯が顔を出してくる。
「でも……今日はずいぶん早いんだね」
 絵空は、後ろの壁についた丸時計に目をやった。その二本の針は、まだ二時を回ったばかりのところを指し示している。
「うん。今日は終業式だったから……早く終わったのよ」
 二人がベッドの前に来たところで、絵空はポンと手を叩いた。
「そうだ。ちょっと勉強教えてほしいんだけど……いい?」
「ええ、いいわよ」
 自信ありげに、杏子は身を乗り出して絵空の本を覗きこむ。杏子は、学校での成績は上位に位置しているし、並みのレベルの問題なら教えてあげられる自信があった。
 身の程をわきまえている遊戯は、あえて深入りしないことにする。きょう受け取った成績表が、彼の学業におけるランク付けを物語っていた。

「……何これ?」
 杏子の表情が陰る。思わずその本を手に取り、杏子の目が点になる。問題が難しいとか、そういうことではない。
 絵空の開いたページの内容は、杏子が知るあらゆる科目の勉強内容とも異なっている。いや、強いて言うなら保健体育か生物のようだが、それにしてはやたらと難しいことが書かれていた。
 疑問に思い、本のタイトルを確認する。
 そこには「保健体育」などという穏やかな科目名ではなく、「医学」などという凶悪な学問名が記載されていた。
「……高校で医学は習わないわよ? 絵空ちゃん」
 口元を引きつらせながら、杏子は当然のツッコミを入れる。絵空は杏子たちの一つ年下のはずなので、少なくとも普通高校でいえば、絵空の習得すべき学問では絶対ない。
「あー…うん。それは分かってるんだけどね」
 苦笑しながら、絵空は杏子から、ハードカバーのその本を返してもらう。頭をぶん殴られれば重症を負いそうな、重量級のハードカバー本だった。よいしょ、と呟きながら、ベッドの上に置きなおす。
「読んでみたいって言ったら、看護師さんが貸してくれたの。でも、やっぱり難しいんだねえ……」
「へえ……看護師になりたいの? 神里さん」
 遊戯が、意外そうに問いかける。
「うん、それも考えてるけど……できたら、お医者さんになりたいなって思ってるの」
「医者?」
 さらに意外そうに、遊戯はぽかんと口を開いた。
 勉強が苦手な遊戯にしてみれば、残念ながら雲の上のような夢と言わざるをえない。
「へー…女医さんね。いいじゃない。絵空ちゃんならいいお医者さんになれるわよ」
 感心する杏子をよそに、遊戯はふと、医者になった絵空の姿を想像してみる。
 だが、上手く想像できなかった。
 彼女の幼い容姿や背丈は、おおよそ医者という難しい職業とは不釣合いで、自分が患者だったなら、きっと目を疑うことだろう。というか、かなり不安だ。悪いが“ごっこ遊び”にさえ見えてしまう。
 想像して、遊戯は軽く吹き出してしまった。
「……遊戯くん、今すっごく失礼なこと考えなかった?」
「…へっ?」
 気がつくと、絵空が不満げなジト目でこちらを睨んできていた。
 図星すぎて、遊戯は反論のしようがない。
「エ、エート……そ、それより城之内くんのことなんだけどさ」
 むくれる絵空を前に、自分に分が悪いことを悟った遊戯は、何とか話題をそらすことにする。
 そもそも、今日は主にその話をするために来たのだった。
「そうそう。城之内のヤツ、もう一週間も学校休んでて……今日の終業式にも来なかったのよ!」
「城之内くんが?」
 思わぬことに、絵空は目をパチクリとさせる。
「ウン。いちど電話してみたんだけど……「心配すんな」って、すぐに切られちゃって。いちおう試験は終わった後だったから、学校の方は大丈夫だと思うけど…」
「…まあ、成績の方は全然ダメみたいだけどね」
 杏子は、きょう担任から預かった、城之内の成績表の中身を思い出す。仲が良いらしいから……ということで預けられたのだが、城之内にプライバシー権は存在しないのだろうか。
 そんなものを渡されて、中を見るなという方が無理な話だと杏子は思った。
 もっとも、辛うじて1はなかったので、城之内的には満足のいく結果なのかも知れないが。
「ホラ…第二回バトル・シティ大会って明日じゃない。参加登録は、前に一緒に済ませたから大丈夫だけど……この調子だと、それに出られるのかも怪しいし。それで、神里さんなら何か知らないかと思って……」
「ウーン……特に聞いてないなぁ。もうひとりのわたしは、何か心当たりある?」
 ダメもとで、パズルボックスの中の裏絵空にも訊いてみる。
『(まあ…ないこともないけど)』
「え、ホント!?」
 驚く絵空。なぜなら、自分ら二人は常に一緒にいるため、「片方が知っていてもう片方が知らない」ということは本来ないはずだからだ。
『(ええ。先週、あなたが昼寝していたときのことなのだけど――)』

 ――ガラアアァァッ!!!!

「――勝負だ、神里ォォッ!!!!」
 唐突に、スライド式のドアが勢いよく開き、ほとんど同時に絶叫が室内に響いた。
 あまりに突然なことに、室内にいた全員は、みな残らず唖然としている。そんなことはお構いなしに、城之内は得意げな笑みをこぼす。自信ありげな様子のまま、デッキを取り出し宣言する。
「フ……お前相手に積み重ねた黒星の数々! とうとう今日で雪辱を――」
 ――だがそのセリフの刹那、城之内は背後から異様な殺気を感じた。
「…懲りないねえ、アンタも…」
 ドスの利いた、耳にしただけで、恐らく常人なら尻餅をついてしまいそうな、恐怖の声。
 唾を飲み込むと、城之内は恐る恐る振り返る。
 そこには、右拳にハーッと息を吹きかける、もう見慣れたオバサン看護師の姿があった。





「……あれは本当に、ただの看護師なのか……?」
 頭頂のタンコブをさすりながら、城之内は当然の疑問を口にする。
 数多のケンカを経験してきた城之内でも味わったことのない、県内一くらいなら狙えそうな、見事なゲンコツであった。
「……そういえば、昔ちょっとだけ女子プロレスやってたって聞いた覚えがあるよーな……」
 絵空はたまらず苦笑する。
 自業自得よ、と杏子はさぞ満足げに言っていた。
「それはさておき……城之内くん、もしかして今まで学校休んでたのって……」
「おう! バイト以外は家にこもって、ひたすらデッキ構築に励んでたぜ!」
「…アホ決定ね」
 誇らしげな城之内に対し、杏子はため息混じりに即答した。
「全く…学生の本分は勉強よ! ただでさえアホなのに、そのうえ一週間もサボれば余計アホになるわよ!」
「ぐっ…アホアホ言うなっ! 試験後の授業なんて、どうせみんな寝てんだから関係ねーだろ! な、遊戯!」
「…いや、その決め付けはどうかと思うよ…」
 遊戯のフォローにも、さすがに限度があった。
「ぐうっ…と、とにかく、満足のいくデッキが仕上がったんだ! 神里、お前で腕試しさせてもらうぜ! 今まで積み重ねた連敗記録……今日でストップして、気持ちよく明日の大会に挑ませてもらう!」
「…まあ、それは別にいいけど…」
 城之内の勢いに少し唖然としつつも、眺めていた医学書を片付け、絵空もデッキを用意する。
『(…油断しない方がいいわよ、もうひとりの私)』
「…え?」
『(多分…あの意気込みから察するに、城之内さんはかなりの努力をしてきたはず。油断してると、一気に流れを持っていかれるわ)』
「…? う、うん…」
 絵空は、コクリと頷いた。
 確かに――絵空は今まで、城之内に負けたことは一度もない。だが、決して楽に勝てたわけではないのだ。
 デュエルには、流れというものがある。城之内の戦術は、それを掴むセンスがかなり秀でている。流れを掴まれてしまえば、一気に勝負を持っていかれる危険性もあるのだ。



「いっくよぉ…デュエル! わたしの先攻…ドロー!」
 絵空の先攻で、デュエルは開始される。
 ベッドのシーツの上にカードを広げてのデュエルは、ソリッドビジョンシステムを用いる決闘盤によるものと比較すれば、第三者から見るとひどく迫力に欠けるだろう。
 だが、当の二人にしてみれば、そんなことは関係ない。ソリッドビジョンなどなくとも、デュエルをする当の二人には十分な高揚感があった。
「わたしはカードを二枚伏せて…『忍者マスターSASUKE』を攻撃表示! ターン終了だよ」


忍者マスターSASUKE  /光
★★★★
【戦士族】
このカードが表側守備表示のモンスターを
攻撃した場合、ダメージ計算を行わず
そのモンスターを破壊する。
攻1800  守1000


 デッキに指をかけると、城之内は軽く深呼吸をした。
(やれるだけのことはやった……後は、自分とデッキを信じるだけだ!)
「オレのターン――ドロー!」

 ドローカード:天使のサイコロ

「よっしゃあ! オレは『ランドスターの聖剣士』を攻撃表示で召喚!」
「え…!?」
 見たこともない初見のカードに、絵空は目を瞬かせる。


ランドスターの聖剣士  /光
★★★★
【戦士族】
このカードが召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを
1個乗せる(最大1個まで)。このカードに乗っている魔力カウンター
1個につき、このカードの攻撃力は1000ポイントアップする。
また、魔力カウンターを1個取り除く事で、相手フィールド上の
魔法・罠カード1枚を持ち主の手札に戻す。自分のターンのエンド
フェイズ時、このカードに魔力カウンターを1個乗せる。
攻 500  守1200


「…召喚に成功したことで、魔力カウンターが乗り、攻撃力1000ポイントアップ!」

 ランドスターの聖剣士:攻500→攻1500

「さらに、特殊能力を発動! 魔力カウンターを取り除くことで、神里の場のリバースカード一枚を手札に戻すぜ!」
「…わ」
 絵空の場の罠カードが手札に戻る。
 さらに、城之内の場のモンスターの攻撃力が大幅に減少した。

 ランドスターの聖剣士:攻1500→攻500

「…攻撃力500…?! もしかして…」
「へへ…その通り。これで手札から、このカードが発動できる! 魔法カード『天使のサイコロ』! このカードの効果によって、サイコロを一つ振る! オレの場に存在する攻撃力500以下のモンスターは、出た目の数だけ攻撃力が倍化されるぜ!」
 持ってきたサイコロをポケットから取り出すと、小細工なしにそれを放る。出た目は――4。

 ランドスターの聖剣士:攻500→攻2000

「よっし! これで聖剣士の攻撃力は2000! 『忍者マスターSASUKE』を攻撃だ!」
「…!」
 場の罠カードを戻されてしまったため、絵空には、その攻撃に対抗する手段がなかった。
 なすすべなく絵空のモンスターは破壊され、ライフポイントが削られる。

 絵空のLP:4000→3800

(…それだけじゃない、これは…!)
 驚嘆する絵空に、城之内はニッと笑ってみせた。
「カードを一枚伏せて、ターン終了。このとき、『ランドスター聖剣士』に再び魔力カウンターが乗る! これで攻撃力は…」

 ランドスターの聖剣士:攻2000→攻3000

「…攻撃力3000…!! あのブルーアイズと同等のモンスターが、こんなに簡単に…!?」
 絵空は思わず、唾を飲み込んだ。
「見たか! 新しいデッキの真価を見せるのは…まだまだこれからだぜっ!!」


城之内のLP:4000
     場:ランドスターの聖剣士(攻3000),伏せカード1枚
    手札:3枚
 絵空のLP:3800
     場:伏せカード1枚
    手札:4枚



第八章・城之内v.s.絵空〜負けず嫌い〜

「わたしのターン、ドロー!」

 ドローカード:遺言状

(! よし!)
「わたしは場に伏せた魔法カード…『増援』を発動させるね!」
「! 増援…!」
 城之内は苦い顔をした。『増援』は、デッキからレベル4以下の戦士族モンスター1体を自由に手札に加えられるカード。このタイミングで手札に加えるのは、当然『ランドスターの聖剣士』を破壊するためのカードだろう。


増援
(魔法カード)
デッキからレベル4以下の戦士族モンスター
1体を手札に加え、デッキをシャッフルする。


「『増援』の効果で『ならず者傭兵部隊』を手札に加え…召喚! そして、その特殊能力を発動するよ」


ならず者傭兵部隊  /地
★★★★
【戦士族】
このカードを生け贄に捧げる。
フィールド上のモンスター1体を
破壊する。
攻1000  守1000


「…ちっ…!」
 城之内の場の強力モンスターが、絵空のモンスターとともに一瞬で墓地へ送られる。城之内はたまらず舌打ちをした。
「まだだよ。これで、このカードの発動条件が満たせる…手札から『遺言状』を発動!」
「!?」


遺言状
(魔法カード)
このターンに自分フィールド上の
モンスターが自分の墓地へ送られた
時、デッキから攻撃力1500以下の
モンスター1体を特殊召喚する事ができる。


「このカードの効果は、自分フィールド上のモンスターが自分の墓地に送られたとき、デッキからモンスターを特殊召喚できる…! デッキから…攻撃力1500以下のモンスター、『首領・ザルーグ』を特殊召喚!」
(!! 早い…!)
 城之内は、絵空の場のカードを見つめながら眉根を寄せた。


城之内のLP:4000
     場:伏せカード1枚
    手札:3枚
 絵空のLP:3800
     場:首領・ザルーグ
    手札:4枚


「…さすがだね…神里さん」
「…え?」
 二人のデュエルに見入っていた杏子は、遊戯の呟きに振り返る。
「…神里さんの強さの一つに、モンスターの展開力があるんだ…。場持ちの良いモンスターや、それを補助する魔法・罠で、場のモンスターを容易に切らさない…。そう簡単には攻略できないよ」
「へえ〜…。さっきの城之内には驚いたけど、神里さんもやっぱりすごいのね…」
 城之内の場のモンスターは攻撃力3000、つまり、あの青眼と同等クラスのモンスターだったのだ。
 海馬の青眼を除去しつつ、同時にすぐさま攻撃に転じるためのモンスターを召喚――そう考えると、今の絵空のすごさは、杏子にも容易に理解できた。


「『首領・ザルーグ』で、城之内くんにダイレクト・アタック!」
「く…!」
 顔をしかめ、城之内は瞬時に考える。
(『首領・ザルーグ』の直接攻撃を許せば、手札を一枚捨てさせられちまう…! 分の悪い賭けだが、やるしかねえ!!)
「リバースオープン! 『ヒーロー見参』!!」
「え!?」


ヒーロー見参
(罠カード)
相手の攻撃宣言時、自分の手札から
相手プレイヤーがカード1枚をランダムに
選択する。それがモンスターカードだった
場合はフィールド上に特殊召喚する。
違った場合は墓地に送る。


「オレの手札は3枚…! 一枚選びな」
 そう言って、裏側の状態で、3枚のカードを提示してみせる。
(オレの手札に、モンスターカードは1枚のみ…。ここでモンスター以外を選ばれれば、一気に不利になっちまう。頼むぜ…!)
 ゴクリと唾を飲み込む。
 少し悩んでから、絵空は左端のカードを選択した。
「いよっしゃあ!! 神里が選んだのはモンスターカード…! 『聖導騎士(セイントナイト)イシュザーク』を特殊召喚!!」
「!!」


聖導騎士イシュザーク  /光
★★★★★★
【戦士族】
このカードが戦闘によって破壊した
モンスターはゲームから除外される。
攻2300  守1800


「ザルーグの攻撃に対し、イシュザークが反撃する…! 返り討ちだぜッ!!」
「……!!」
 絵空のモンスターが破壊され、ライフポイントも削られる。

 絵空のLP:3800→2900

『(…やるわね…城之内さん。さすがに、長い時間をかけてデッキを組んできただけあって――)』
「…………」
『(…? もうひとりの私?)』
 裏絵空からの声に、絵空は反応しない。
 絵空は子どもみたいに、面白くなさそうな顔をしていた。

 相変わらず負けず嫌いね――と、裏絵空は苦笑した。
「…むーっ…」
 その指摘に、絵空はよく分からない声をあげながら、不服げに口を尖らせた。
 絵空は、ゲーム序盤のペースを相手に握られることを、強く嫌っていた。裏絵空とデュエルするときなども、序盤から流れを持っていかれると、決まって同じような顔をして拗(す)ねるのだ。
「カードを一枚伏せて…ターン終了だよ」
 それとは反対に、城之内は、うまく自分のペースに持ち込めたことを感じていた。
(悪くないペースだ…! この調子でいけば、いけるぜ!!)
「オレのターン、ドロー!」

 ドローカード:漆黒の豹戦士パンサー・ウォリアー

(神里の残りライフは2900。こいつを召喚して総攻撃すれば…勝てる!!)
「オレは手札から――」
 引いたカードを、そのまま場に出そうとする。
 だが――すんでのところで、カードを掴む右手が止まる。
「………。いや…オレはこのまま、バトルフェイズに移る。イシュザークでダイレクト・アタックだ!」
「……! トラップ発動! 『聖なるバリア−ミラーフォース−』!」
 絵空が発動したのは、相手の攻撃モンスターを全滅させる最強レベルの罠カード。
 そのカードにより、城之内のイシュザークは破壊される。だが、それでも絵空は、苦い顔をしていた。
「…オレはカードを一枚伏せ、『漆黒の豹戦士パンサー・ウォリアー』を攻撃表示で召喚して、ターン終了だぜ」
 一息、安堵のため息を吐くと、城之内は二枚のカードを場に出し、エンド宣言をした。


城之内のLP:4000
     場:漆黒の豹戦士パンサー・ウォリアー,伏せカード1枚
    手札:1枚
 絵空のLP:2900
     場:
    手札:3枚


(城之内くん…すごい集中力だ。あの状況で、神里さんのリバースカードを見抜いた…!)
 遊戯は思わず感嘆した。
 正確には、伏せカードの正体を見抜いたわけではないだろう。だが、伏せカードがミラーフォースのような複数破壊型トラップである可能性を、城之内は咄嗟に考慮したのだ。
 遊戯たちは城之内の後ろに立っているため、その手札が何であるかを分かっていた。ここでパンサー・ウォリアーを追加召喚し、ともに破壊されれば、それは致命的なミスにつながる。
 普段の城之内ならば、勢いに任せ、勝負をかけるべくパンサー・ウォリアーを召喚していてもおかしくない局面だ。
(それだけ…このデュエルに、負けたくないという強い想いで臨んでいるということかな)
 遊戯は今まで、幾度と無く城之内のデュエルする様を見てきた。
 だが、これほどの集中力を発揮するところは、ほとんど見たことが無い。
 この一戦は、ハタから見れば、大会のような重要な一戦ではない――だが、城之内にとっては、おそらく違うのであろう。
(がんばれ…二人とも!)
 遊戯は思わず、両手の拳を握り締めた。
 一人の決闘者として、目の前の高レベルなデュエルに、心がたまらず高揚する。


「わたしのターン――ドロー!」
(このままじゃマズイ…よね)
 手札を確認しながら、絵空は真剣な表情で場を見つめた。
(…多少強引でも、ここは流れを引き戻さないと…!)
 絵空は、手札から一枚のカードを選び出し召喚する。
「わたしは、『ものマネ幻術士』を攻撃表示で召喚!!」
「!? 『ものマネ幻術士』…!?」
 見たことのないカードに、城之内は眉をひそめた。
「新しいカードを補充したのは、城之内くんだけじゃないんだよ」
 絵空は、ニッと笑みをこぼしてみせる。


ものマネ幻術士  /光

【魔法使い族】
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
相手モンスター1体の元々の攻撃力・守備力・
レベル・属性・種族となる。
攻 0  守 0



 ものマネ幻術士:攻0→攻2000
         守0→守1600
         ★→★★★★
         光属性→地属性
         魔法使い族→獣戦士族

「城之内くんの場のモンスターはパンサー・ウォリアーのみ…。このカードの攻撃力は、それと同じ2000になるよ。さらに装備カード、『団結の力』を発動!」
「ゲッ!?」
 絵空が使ったのは、装備モンスターの攻撃力を、絵空の場のモンスターの数×800ポイント上昇させる強力カード。これで絵空の『ものマネ幻術士』は、攻撃力が2800まで跳ね上がる。

 ものマネ幻術士:攻2000→攻2800

「いくよ…! 『ものマネ幻術士』でパンサー・ウォリアーを攻撃!」
 城之内のモンスターは破壊され、城之内のライフが削られる。

 城之内のLP:4000→3200

「カードを一枚伏せて、ターン終了だよ」
(やっべえ…流れを持ってかれる前に、何とかしねえと!)
「オレのターン、ドロー!」

 ドローカード:強欲な壺

「よっし! オレは『強欲な壺』を発動! カードを二枚ドローするぜ!!」
 城之内はデッキから、勢いよく二枚のカードを引いた。

 ドローカード:ロケット戦士,奈落の落とし穴

「カードを一枚伏せて…『ロケット戦士』を攻撃表示で召喚!」
 城之内は、攻撃力1500のモンスターを攻撃表示で召喚する。『ものマネ幻想士』の攻撃力には大幅に劣るが、このカードには特殊能力がある。
 自分のバトルフェイズには無敵モードと化し、敵モンスターに一方的にダメージを与えられるのだ。
(この攻撃が決まれば、『ものマネ幻術士』の攻撃力は1300まで下がる…! 守備表示で凌ぐよりはマシだ。流れを引き戻すためには…!)
「『ロケット戦士』で、『ものマネ幻想士』を攻撃!」
 だが次の瞬間、絵空は場の伏せカードに指をかけた。
「リバースカードオープン! 『和睦の使者』!」
「! 何!?」


和睦の使者
(罠カード)
相手モンスターからの戦闘ダメージを、
発動ターンだけ0にする。


「このカードの効果で……ロケット戦士から受けるダメージも0になるよ」
「く…!」
 城之内はたまらず顔をしかめた。
 これで絵空のモンスターは、依然として高い攻撃力を備えたままだ。
 ――少しずつだが着実に、流れは絵空の方へ傾きつつあった。

城之内のLP:3200
     場:ロケット戦士,伏せカード2枚
    手札:1枚
 絵空のLP:2900
     場:ものマネ幻術士(攻2800),団結の力
    手札:1枚



第九章・城之内v.s.絵空A〜切り札〜

(オレは手札が1枚に、伏せカードが2枚…! だがどれも、この状況を打開できるカードじゃねえ!)
「ターン…終了だ」
「わたしのターン、ドロー!」
 ドローカードを確認すると、絵空は改めて城之内の場を見つめた。
(伏せカードは2枚…。迂闊に攻めるのは禁物、かな…)
 よく考えた上で、一枚のカードを場に出す。
「『魂を削る死霊』を…守備表示で召喚!」


魂を削る死霊  /闇
★★★
【アンデット族】
このカードは戦闘によっては破壊されない。
魔法・罠・効果モンスターの効果の対象に
なった時、このカードを破壊する。この
カードが相手プレイヤーへの直接攻撃に
成功した場合、相手はランダムに手札を
1枚捨てる。
攻 300  守 200


(…『魂を削る死霊』は、通常戦闘では破壊されない無敵モンスター…。簡単には破壊できないハズ!)
「さらに…わたしの場にモンスターが増えたことで、『団結の力』により攻撃力がアップ!」

 ものマネ幻術士:攻2800→3600

「こ…攻撃力3600…!?」
 その高すぎる攻撃力に、城之内は顔を引きつらせる。
「『ものマネ幻術士』で、『ロケット戦士』を攻撃!」
「ぐう…」
 ロケット戦士の無敵効果は、自分のターンでなければ発揮されない。城之内のモンスターは難なく破壊され、ライフも大幅に削られる。

 城之内のLP:3200→1100

(…城之内くんは場の伏せカードを発動しなかった…。たぶん、攻撃誘発型のカードじゃないんだ。これなら…いける!)
「わたしはこれで、ターン終了だよ!」
 自分の優位を確信し、絵空は満足げにエンド宣言をした。
「くそ…! オレのターン、ドロー!」

 ドローカード:天使の施し

「オレは、『天使の施し』を発動! その効果によりカードを三枚引き、二枚を墓地に送るぜ!」
「! 手札交換カード…!」
 もともと、それはコンボ用に、新たにデッキ投入したカードだった。だが、単体でも十分活躍を見込める。
(あのカードを引ければ、一気に逆転できる…! 頼むぜ!)
 城之内は、デッキから3枚のカードを勢いよく引き抜いた。

 ドローカード:鉄の騎士 ギア・フリード,神剣−フェニックスブレード,勇敢な魂(ブレイブ・ソウル)

(! きた!!)
 少し考えてから、希望のカードを残し、二枚のカードを墓地へ置く。そして、残ったうちの一枚を勢いよく場に出した。
「いくぜぇ! 『鉄の騎士 ギア・フリード』を召喚し…リバースカードオープン! 『拘束解除』!!」


拘束解除
(魔法カード)
自分フィールド上の「鉄の騎士 ギア・フリード」
1体を生け贄に捧げる事で、自分の手札またはデッキから
「剣聖−ネイキッド・ギア・フリード」1体を特殊召喚する。


「ギア・フリードを生け贄に捧げて…出でよ、『剣聖−ネイキッド・ギア・フリード』ッ!!」
「!!」


剣聖−ネイキッド・ギア・フリード  /光
★★★★★★★
【戦士族】
このカードは通常召喚できない。
このカードは「拘束解除」の効果でのみ特殊召喚する事ができる。
このカードが装備カードを装備した時、相手フィールド上モンスター
1体を破壊する。
攻2600  守2200


 いきなり現れた強力モンスターに、絵空は思わず息を呑む。
(でも…『ネイキッド・ギア・フリード』の攻撃力は2600。対する『ものマネ幻術士』の攻撃力は3600、遠く及ばないはず……)
 絵空は、城之内の手札と伏せカードに注目した。何らかのサポート用の魔法か罠を駆使し、『ものマネ幻術士』を破壊するつもりなのだ。
「いっくぜぇ…! バトルフェイズ! 『ネイキッド・ギア・フリード』で『ものマネ幻術士』を攻撃!!」
「え!?」
 絵空はその瞬間、驚きで目を丸くした。二体の攻撃力差は歴然。そのままでは返り討ちが目に見えている。
 だが、城之内だって馬鹿じゃない。すかさず手札から、最後の一枚のカードを場に出す。
「この瞬間、手札の『勇敢な魂(ブレイブ・ソウル)』の効果発動!!」
「!??」


勇敢な魂  /炎
★★
【炎族】
フィールド上のこのカードは、エンドフェイズ時に破壊される。
自分の場のモンスターが戦闘を行うとき、手札からこのカードを
そのモンスターに装備することができる。このカードが装備カードと
なったとき、次の効果を選択して適用する。
●1ターンの間、装備モンスターの攻撃力を500ポイントアップ。
●1ターンの間、装備した通常モンスターの攻撃力を1000ポイントアップ。
攻 500  守 500



 剣聖−ネイキッド・ギア・フリード:攻2600→攻3100

「このカードを装備したことで、『ネイキッド・ギア・フリード』の攻撃力は500上がる……だが、それだけじゃねえ。この瞬間、『ネイキッド・ギア・フリード』の特殊能力の発動条件が満たされ…相手モンスター一体を破壊できる。その効果で、無敵モンスターの『魂を削る死霊』を破壊!」
「な…!」
 城之内が破壊したのは、高攻撃力を備えるモンスターではなく、その隣の壁モンスター。だが、それが最良の選択であることを、絵空は知っていた。
 『ものマネ幻術士』が装備する『団結の力』は、絵空の場のモンスターの数により、その威力が変化する――場のモンスターが減ったことで、その効力は減ってしまうのだ。

 ものマネ幻術士:攻3600→2800

「これで、ネイキッド・ギア・フリードの攻撃力が上回った…! 『ものマネ幻術士』を攻撃だ!」

 絵空のLP:2900→2600

 攻撃力の下回った絵空のモンスターは、なすすべなく破壊される。
「よっしゃあ! ターン終了だぜっ!!」
 城之内のエンド宣言と共に、城之内の『勇敢な魂』は破壊される。だが、その役割は十二分に果たしてくれた。

 剣聖−ネイキッド・ギア・フリード:攻3100→攻2600

「………!」
『(…形勢逆転、ね…)』
 裏絵空が呟く。そのことばの通り、二人の状況の優劣は完全に逆転していた。


城之内のLP:1100
     場:剣聖−ネイキッド・ギア・フリード,伏せカード1枚
    手札:0枚
 絵空のLP:2600
     場:
    手札:1枚


『(ライフポイントでは勝っているけど……この手札でこの状況は、かなり厳しいわね)』
(…うん…)
 絵空は、心の中で頷く。
『(いいデッキだわ…。城之内さんのプレイングによく馴染んでいるし、爆発力もある…。そのデッキを心から信頼して、思い切り振り回している感じね…)』
(…! でも…わたしだって、負けないよ! わたしのデッキだって…もうひとりのわたしと一緒に、一生懸命がんばって組んだ、最強のデッキだもん!)
 デッキに指をかけると、躊躇なくカードをドローする。
「わたしのターン、ドロー! …わたしは…リバースを一枚セットして、『キラー・トマト』を守備表示! ターン終了だよ!」
 これで絵空の手札はゼロ。それでも、城之内は気を緩めぬまま、デッキからカードを引く。
「いくぜ、オレのターン、ドロー!」

 ドローカード:リトル・ウィンガード

(……。確か『キラー・トマト』は、戦闘で破壊されると、デッキからモンスターを特殊召喚できるんだよな…)
 絵空の場を見つめながら考える。


キラー・トマト  /闇
★★★★
【植物族】
このカードが戦闘によって墓地へ送られた時、
デッキから攻撃力1500以下の闇属性モンスター
1体を自分のフィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚
する事ができる。その後デッキをシャッフルする。
攻1400  守1100


(でも…“戦闘以外”で破壊すれば、その効果を封じられるよな)
 城之内は、ニヤリと笑った。
「オレはこのターン…墓地に眠る魔法カードの効果を発動するぜ!」
「え…!?」
 墓地からの効果発動――あまり聞かない効果に、絵空は眉をひそめる。
「…さっき『天使の施し』で墓地に送った装備カード『神剣−フェニックスブレード』は、オレの墓地の戦士族モンスター2体をゲームから除外することで手札に戻すことができる!!」


神剣−フェニックスブレード
(装備カード)
戦士族のみ装備可能。
装備モンスターの攻撃力は300ポイントアップする。
このカードが自分のメインフェイズ時に墓地に存在する時、
自分の墓地の戦士族モンスター2体をゲームから除外する事で
このカードを手札に加える。


「…! 装備カード…!!」
「そう…このカードを装備すれば、ネイキッド・ギア・フリードの効果で『キラー・トマト』を破壊できる! カードの効果で破壊すれば、『キラー・トマト』の特殊能力は無意味…そうだろ?」
 城之内のことばに、絵空は顔をしかめた。
(…ここで『キラー・トマト』がやられたら、わたしに勝ち目はない…!)
「いくぜ、『ランドスターの聖剣士』と『ロケット戦士』をゲームから除外して…『神剣−フェニックスブレード』を手札に! そして、ネイキッド・ギア・フリードに装備っ!!」
 絵空は躊躇なく、場の伏せカードに手をかけた。
「そうはさせないよ…! カウンタートラップ! 『神の宣告』!」
「!?」

 絵空のLP:2600→1300

「このカードの効果で、『神剣−フェニックスブレード』の発動を無効にする…! 『ネイキッド・ギア・フリード』の効果は発動しないよ!」
「くーっ、後ちょっとのところでっ!」
 城之内は悔しげに地団駄を踏む。
「…あ、あぶなかったぁ…」
 対照的に、絵空は大きなため息を吐いた。
(でも…安心するのはまだ早いんだよね…)
 緊張感を切らさずに、絵空は、城之内の墓地に目をやった。
 『神剣−フェニックスブレード』は、墓地の戦士族2体を除外することで手札に戻すことが出来る。絵空の知る限り、城之内の墓地にはまだ戦士族の『聖導騎士イシュザーク』と『鉄の騎士 ギア・フリード』がいる。つまり、もういちど手札に戻すことが出来るのだ。
(…スーパーエキスパートルールでは、このターンにもういちど魔法カードは発動できない…。でも、次のターンになればまたすぐに使用できる…)
 対して、絵空の使った『神の宣告』は、しょせん使い捨ての罠カードでしかない。加えて、ライフポイントも大きく犠牲にしてしまった。
 状況は明らかに絵空に不利。さらに、城之内にはまだバトルフェイズが残されている。
(…『キラー・トマト』は破壊できなかったが、神里のライフは削れた…! それに、これで神里の場に伏せカードはねえ!!)
「まだだぜ…! オレは『リトル・ウィンガード』を攻撃表示で召喚し…バトルフェイズ! 『キラー・トマト』を攻撃だ!!」
 『リトル・ウィンガード』の攻撃力は、『キラー・トマト』と同じ1400。だが、今『キラー・トマト』は守備表示であり、その能力値は1100。難なく破壊できる。
「く…! 『キラー・トマト』が戦闘で破壊されたことで、その効果が発動! デッキから攻撃力1500以下のの闇属性モンスターを特殊召喚するよ!」
 そう宣言すると、絵空はデッキを手に取った。
(……どうしよう……!?)
 さえない顔で、城之内の場の『ネイキッド・ギア・フリード』を見つめる。
 仕方がないといった様子で、一枚のカードを選び出す。
「デッキから…二体目の『キラー・トマト』を特殊召喚するよ」
「……!?」
 城之内は目を見張る。絵空はデッキから、攻撃力1400のモンスターを“攻撃表示”で特殊召喚したのだ。
(……! そうか、『キラー・トマト』の効果では、特殊召喚するモンスターは攻撃表示じゃなきゃいけねえんだ!)
 そこまで計算していなかった城之内は、棚からボタモチとばかりに笑みをこぼす。
「いくぜ!! 『ネイキッド・ギア・フリード』で“攻撃表示”の『キラー・トマト』を攻撃!!」
「……っ……!!」
 絵空のモンスターが破壊され、そのライフが大きく削られる。

 絵空のLP:1300→100

「『キラー・トマト』の特殊能力で…デッキから『キャノン・ソルジャー』を特殊召喚!」


キャノン・ソルジャー  /闇
★★★★
【機械族】
モンスター1体を生け贄に捧げ、
相手のライフポイントに
500ポイントのダメージを与える。
攻1400  守1300


 絵空の場に新たに、攻撃力1400のモンスターが特殊召喚される。モンスター1体を生け贄に捧げるごとに500ポイントのライフダメージを与えるという、特に終盤においては強力な特殊能力を発揮するカード。だが、城之内のライフはまだ1100ある。このカードの能力で削りきるには、いささか高い数値だった。
「…そしてエンドフェイズ…。『リトル・ウィンガード』の特殊能力を発動させる」


リトル・ウィンガード  /風
★★★★
【戦士族】
このカードは自分のエンドフェイズに
1度だけ表示形式を変更する事ができる。
攻1400  守1800


 城之内の『リトル・ウィンガード』が守備表示になる。これで、攻撃力の低いこのモンスターを破壊され、ライフを削られる心配もない。
「…ターンエンド!」
(…いける!)
 城之内は心の中で、ほぼ勝利を確信できていた。
(状況は圧倒的にオレに有利だし……神里のライフはたった100。場には伏せカードもある! 次のターンで…決めるぜ!!)
 対する絵空は、神妙な面持ちでデッキを見つめ、軽く深呼吸をした。手札はない、ここで引くカードに全てがかかっている。
 覚悟を決めて、デッキの一番上のカードに指を置く。その瞳は、まだここからの逆転を決して諦めていない。
「わたしのターン――ドローッ!!」

 ドローカード:コピーキャット



城之内のLP:1100
     場:剣聖−ネイキッド・ギア・フリード,リトル・ウィンガード
       伏せカード1枚
    手札:0枚
 絵空のLP:100
     場:キャノン・ソルジャー
    手札:1枚



第十章・城之内v.s.絵空B〜はじまり〜

(!! 『コピーキャット』! これなら…!!)
 絵空の瞳に、嬉しげな輝きが宿る。絵空のデッキのカードの中で、紛れもなく切札級の効果を誇るカードである。


コピーキャット
(魔法カード)
相手が場に捨てたカードに
姿を移し変えることができる


 要は、相手の墓地のカード一枚をコピーできるカード。終盤ほど真価を発揮し、柔軟な対応を可能とする、城之内の『墓荒らし』と似た強力カードである。
(…何のカードをコピーすれば、逆転できるかな…?)
 ふと、そのカードを見つめながら絵空は回想に入った。
(…ミラーフォース…は、私の墓地にあるし……。モンスターをコピーし、『キャノン・ソルジャー』の効果で…って、それでも100ポイント届かないよね……)
 絵空の眉間に、だんだんシワが寄る。絵空の知る限り、単体でこの場を打開できそうなカードは、城之内の墓地に存在しない。
(…城之内くん、もっと強力なカードを使っておいてくれたら良かったのに…)
 心の中で悪態をつく絵空。やがて、仕方ないといった様子で、唯一の手札を場に出す。
「わたしは手札から…『コピーキャット』を発動! このカードで、城之内くんの墓地のカード…『強欲な壺』をコピーするよ!」
「! コピーキャット…!」
 一瞬ハッとするが、すぐに安心する。城之内の墓地には今、この状況を一気に逆転できるような強力カードはない。この程度なら、まだ自分の優位は揺るがなかった。
「デッキから2枚――カードをドローするよ!」
 『コピーキャット』を墓地に置くと、手札を二枚補充する。
(――…!!)
 補充したカードを確認するのとほぼ同時に、絵空の瞳がわずかに揺れる。
 しばらく無言で考え込む。場の状況を確認すると、絵空は改めて、手札のうちの一枚を場に出した。
「いくよ…! わたしは『キャノン・ソルジャー』を生け贄に捧げて――『天空騎士(エンジェルナイト)パーシアス』召喚!」
「! 上級モンスター…!」
 絵空の行動に対し、城之内は眉をひそめる。
(だが…パーシアスの攻撃力は1900。オレの場の上級モンスターには遠く及ばねえ。それをわざわざ、生け贄召喚…? いや!)
 城之内は自分の場の守備表示モンスター、『リトル・ウィンガード』を一瞥した。その守備力は1800、パーシアスの攻撃を受け止めるには少々不足な能力値である。
(…パーシアスには厄介な特殊能力があったハズ…。確か…)


天空騎士パーシアス  /光
★★★★★
【天使族】
守備表示モンスター攻撃時、その守備力を
攻撃力が越えていればその数値だけ相手に
戦闘ダメージ。また、相手に戦闘ダメージを
与えた時カードを1枚ドローする。
攻1900  守1400


(…なるほどな)
 城之内は思わず苦笑する。パーシアスでリトル・ウィンガードを破壊し、100ポイントのダメージを与えると同時に1ドロー――悪くない戦法だろう。
 今、絵空の手札は1枚。パーシアスの攻撃が成功すれば、2枚まで増える。
(…このターン、攻撃力1900のパーシアスを攻撃表示で残しちまうが……そのうちの2枚に、オレのネイキッド・ギア・フリードを破壊できるカードがあれば、形勢は一気に逆転する…!)
 城之内はゴクリと唾を飲み込む。だが、同時に笑みも浮かべた。
(…だが――甘いぜ!!)
 ニヤリと笑う同時に、場の伏せカードに手をやった。
「『天空騎士パーシアス』の生け贄召喚に対し…罠カード発動! 『奈落の落とし穴』ッ!!」
「!?」


奈落の落とし穴
(罠カード)
相手が攻撃力1500以上のモンスターを
召喚・反転召喚・特殊召喚した時、その
モンスターを破壊しゲームから除外する。


「コイツは攻撃力1500以上のモンスター召喚時に発動可能な罠カード…! これでパーシアスは破壊され、ゲームから除外されるぜ!!」
 場に出されたばかりの絵空のモンスターは、無惨にも、すぐに場から除外される。
「………!!」
(よし…!!)
 目を見張る絵空と、拳を握り締める城之内。


城之内のLP:1100
     場:剣聖−ネイキッド・ギア・フリード,リトル・ウィンガード
    手札:0枚
 絵空のLP:100
     場:
    手札:1枚


(これで神里の狙いは潰せた…! この勝負、もらったぜ!)
 絵空はさぞかし悔しげな顔をしていることだろう――だが、これは勝負の世界。情けは一切無用なのである。
 そんなことを思いながら、城之内は絵空の様子を窺おうと、顔を上げると――
「……危なかったあ……」
 ――と、安堵のため息を吐いていた。
「……へっ……?」
 予想外な反応に、城之内は目をしばたかせる。“危なかった”とはどういうことか。まるで、“ここで罠を使ってくれて助かった”と言わんばかりではないか。
 絵空は、ふっと笑みをこぼす。
「……これで城之内くんの場に伏せカードはないし、手札もない…。ここで、わたしが城之内君のモンスター以上の能力値のモンスターを召喚すれば、確実に逆転できる…よね?」
「……!?」
 絵空は、左手に持った最後のカードを、ゆっくりと右手に持ち替えた。
「いくよ…! わたしは、墓地に眠る『ものマネ幻術士』と『魂を削る死霊』をゲームから除外して…『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』召喚!!」
「なっ…にィィィィッ!!?」
 城之内は、空いた口が塞がらなかった。


カオス・ソルジャー −開闢の使者−  /光
★★★★★★★★
【戦士族】
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを1体ずつゲームから除外して
特殊召喚する。自分のターンに1度だけ、次の効果から1つを選択して
発動ができる。
●フィールド上に存在するモンスター1体をゲームから除外する。
この効果を発動する場合、このターンこのカードは攻撃する事ができない。
●このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、もう1度だけ
続けて攻撃を行う事ができる。
攻3000  守2500


「こ…攻撃力3000のモンスターを…いきなり特殊召喚…!??」
 ハトが豆鉄砲を喰らったようなツラになる城之内。
「いくよ! 『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』で、『ネイキッド・ギア・フリード』を攻撃!」
 二体のモンスターの間には、わずかでも、確かな攻撃力差がある。城之内の切り札モンスターは、絵空の切り札の前にあっさりと敗北を喫した。

 城之内のLP:1100→700

「なっ…何だその強力カードはッ!??」
 悲鳴にも近い勢いで、城之内は問いかける。
「アレ…城之内くんは見るの、初めてだっけ?」
 それに対し、温度差ありすぎのキョトンとした顔で、絵空は小首を傾げた。
「…けっこう前から使ってるけど…。そーいえば、城之内くん相手にこのカードを出したことはないよーな……」
 絵空のとぼけた様子を見て、城之内はさらに混乱する。
「オッ…オイ、遊戯! お前は知ってたのか!?」
 思わず、振り向いて遊戯に問いかける。
 苦笑する遊戯と、すまし顔の杏子。
「うっ…うん。何度かデュエル中に見たことあるし…」
「私もあるわね。遊戯とのデュエル中に」
 空いた口の塞がらない城之内に、トドメの一言が加えられる。
 こんなことなら、遊戯と絵空のデュエルもよく見ておけば良かったと、心から後悔する。連敗続きなことがショックで、ろくに観戦していなかったのだ。
「えへへー♪ 半年くらい前……第一回のバトル・シティが終わった頃だったかな。おかあさんの知り合いのオジサンからもらったんだけど……噂だと、世界に5枚しかない超レアカードなんだよ♪」
「…………」
 もはや、どう驚声をあげればいいか、城之内は思い浮かばなかった。
 ちなみに日本語版はこれ一枚らしいよ♪とか何とか言っているが、それはもう城之内の耳には届かなかった。
 絵空にこんな隠し玉があったなんて、寝耳に水にも程があった。
 世界に5枚ということは――世界に3枚の神(ゴッド)カード、4枚(現在は3枚だが)の青眼に次ぐ、まさに超々レアカードということになる。
「………………。…いや…上等だぜ…」
 しばらく呆けた末に、城之内はようやく戦意を取り戻した。
「世界に5枚のレアカードか…面白ぇ。そいつもまとめて、ぶっ倒してやるぜッ!!」
 これで城之内の手札は0。だが、諦めるのは早い――場には壁モンスターがいるし、デッキにはまだカードが残されているのだ。ここからの再逆転も、決して不可能ではないはずである。
「いくぜ!! オレのター――」
「――あ、ちょっと待って。まだわたしのターンだよ」
 城之内の出鼻をくじくように、あっけらかんと絵空は言う。
「『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』は、相手モンスターを戦闘で破壊したターンに、もういちど戦闘ができるの」
「…………は?」
 城之内の目が点になる。
「よ……よく聴こえませんでした……」
「……いや、だからね……」
 城之内がその意味を理解するのに、およそ一分を要した。

「えーっと……つまり、オレの『ネイキッド・ギア・フリード』を破壊したことで、そのモンスターはもういちど攻撃可能になると……」
 ウンウンと、絵空は頷く。
「……で、その攻撃で『リトル・ウィンガード』はなすすべなく破壊される……と、そういうことか?」
「……そういうことだね」


城之内のLP:700
     場:
    手札:0枚
 絵空のLP:100
     場:カオス・ソルジャー −開闢の使者−
    手札:0枚


「…………」
 城之内はようやく、場の状況を理解できた。
「えーっと…大丈夫? 城之内くん」
 表情が固まったまま微動だにしない城之内に、さすがに絵空も心配になる。
「…………。ええい、まだだ神里っ! オレのターン――ドローッッ!!」
 ドローカードを視界に入れる。やや自暴自棄な様子だったが、引いたカードを見て顔色が変わった。
(…このカードは…!!)
 先日投入したばかりの新しいカード。城之内は勢いよく、そのカードを場に出した。
「リバースカードを一枚セットして――ターンエンド!!」
(………!?)
 城之内の変化は、絵空からもすぐに見て取れた。
(一体…何を引いたんだろう…?!)
 いぶかしむように城之内のカードを見つめながら、デッキに手を伸ばす。
「わたしのターン…ドロー!」

 ドローカード:シールドクラッシュ

 ドローカードを見て、顔をしかめる。引いたのは、相手の守備を崩せる強力な魔法カードだが――残念ながらこの状況では、何の役にも立たないものだった。


シールドクラッシュ
(魔法カード)
フィールド上に守備表示で存在する
モンスター1体を選択して破壊する。


(…もし伏せカードが、わたしのモンスターを破壊する類のものだったなら――わたしの場はガラ空きになる。ライフは残り100……もう後がない……!)
 真剣な表情で、深く考え込む。攻撃すべきか、しないべきか――普段の絵空なら、ここは攻撃するところだった。だが、先ほどの城之内の表情が気にかかっているのだ。
(…あの表情は、演技じゃない…。城之内くんの伏せカードが“特別なカード”なのは間違いない。ここは……)
 頭が痛くなるくらい、深く考え込む。
 長考の末に――絵空は判断を下した。
(…仮にモンスターを破壊するトラップでも、城之内くんの手札はゼロ…。モンスターを引かれない限り、まだ勝負は分からない。ここは――攻める!!)
「『カオス・ソルジャー』で…城之内くんにダイレクト・アタックッ!!」
 絵空の攻撃宣言に対し、城之内は場の伏せカードに手をかけた。
「――リバース・マジック!! 『真紅(しんく)の魂』っ!!」
「!??」


真紅の魂
(魔法カード)
自分が1000ライフポイント以下の時、
ライフポイントを半分払い発動。自分の
デッキ・手札・墓地から「真紅眼の黒竜」
を1体特殊召喚する。


「ライフを半分支払い……出でよ! レッドアイズッ!!」
「!!」

 城之内のLP:700→350

 城之内のデッキから、城之内の最も信頼を寄せるモンスターが特殊召喚される。城之内にとって、最も特別なカード――その攻撃力は2400。
「…あれ? でも…」
 先ほどは勢いで驚いた絵空だが、レッドアイズの攻撃力は、絵空のモンスターより明らかに低い。よって――

 城之内のLP:350→0

「…………」
「……………」
 城之内の引いたカードが、“特別なカード”であったのは間違いない。だが残念ながら、“逆転のカード”ではなく――所詮はブラフだったらしい。実際、絵空も騙されてしまうところだったので、惜しいところだったとはいえそうだが。
「…………。ええい!! 今回は勝ちを譲ってやったが――次は絶対に負かしてやるからなッ!!!」
 大音量の捨て台詞を残すと、城之内は脱兎のごとく、その場を立ち去っていった。


「……アイツ、そのうち童実野病院のブラックリストに載るんじゃないかしらね……」
 キーンとする耳を押さえながら、杏子が苦笑する。
「まあ…あの調子なら明日の大会も大丈夫そうだし、ちょっと安心したよ」
 同じく耳を押さえながら、遊戯は安堵のため息を吐く。

 絵空もまた、同様に安堵のため息を吐いていた。
『(…辛くも勝利……ってところかしら)』
「……!」
 でも、と裏絵空は続ける。
『(もしも城之内さんが、このデッキの『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』の存在を知っていたとしたら……結果は違ったかも知れないわね)』
「………。うん」
 絵空は、場と手札に残ったカード――『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』と『シールドクラッシュ』を交互に見つめる。
『(…城之内さんがあなたの『パーシアス』召喚時に『奈落の落とし穴』を使わず、温存していたならば――『カオス・ソルジャー』は無事召喚できなかった。『パーシアス』で『リトル・ウィンガード』を破壊しても、その効果で引けたカードは『シールドクラッシュ』。おまけに、『パーシアス』の攻撃が決まれば城之内さんのライフは1000。『真紅の魂』の発動条件も満たされる。完全な敗北ね…)』
「……。そうだね」
 負けず嫌いな絵空も、それは認めざるを得なかった。
 もちろん、一つ一つのプレイングミスを振り返り、“あの時ああしていれば勝てた”などと言い、悔いることなく誇るのは無意味なことだ。ただそれでも、城之内が絵空を“あと一歩”のところまで追い詰めていたのは確かなのである。
『(……。次にやるときは、もっと強くなって来るわよ…大丈夫かしらね?)』
「…………」
 頷くと、屈託のない笑顔で、絵空は裏絵空に応えた。
「ウン! わたしだってもっともっと強くなって……ぜったい負けないもん!」



「あ…そうそう。ボクもちょっと新しいカード入れて、いろいろ構成を変えてみたんだ。良かったらテストプレイに付き合ってくれない?」
 城之内が去った後、思い出したように遊戯が言う。
「ウン、いーよ。……あ」
 ふと、絵空もまた思い出したように笑った。
「テストプレイの相手、“もうひとりのわたし”がしたいんだって。ちょっと代わるね♪」
『(…え?)』
 言うや否や、絵空はすっと目を閉じる。
 パズルボックスのウジャト眼が輝くと、裏絵空が主人格として“表”に現れてきていた。
「ちょ…ちょっと、もうひとりの私?!」
『(いーからいーから♪)』
 心の中で、絵空はさぞ愉快げに笑う。
「よろしくね、神里さん」
「え? あ…は、はい」
 少し慌てた様子で、先ほどまで絵空が広げていたカードを片付ける。
 絵空の思惑通り、顔が赤くなってしまっているのが何だか悔しかった。
「…あ、あの、遊戯さん」
 カードをまとめ終え、心を落ち着かせてから、裏絵空は笑顔を繕い言った。
「明日の大会……がんばって下さいね」
 遊戯は短く、そしてどこか自信ありげに頷いてみせた。



終章・いつかあの場所へ

『マジックカード『命削りの宝札』! 手札が5枚になるよう、カードをドローする…! クク、いくぞ遊戯! 『神竜 ラグナロク』と『サファイアドラゴン』を生け贄に……『青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)』を召喚!! ワハハハハハ!!!!』
 海馬の馬鹿みたいな笑い声が、絵空の病室内に響く。
 第二回バトル・シティ大会決勝戦――多くの決闘者たちが注目するそれは、さいきん大幅改装したらしい海馬ランドで行われている。
 そしてその決勝トーナメントは、某テレビ局で生放送されているのだ。
 外出許可の下りなかった絵空は、病室で一人――いや、二人でそれを観戦していた。
 準決勝まで進んでいた城之内は、そこで惜しくも遊戯に敗れていた。
 決勝戦は、武藤遊戯VS海馬瀬人――試合内容は決勝に相応しい、極めて白熱したものとなっていた。


 遊戯のLP:600
     場:ブラック・マジシャン,伏せカード2枚
    手札:1枚
 海馬のLP:500
     場:青眼の白龍,竜の逆鱗,
    手札:4枚


『ククク……オレの場にはすでに、永続トラップ『竜の逆鱗』が発動している。これで貴様は、守備表示でその場を凌ぐことすら叶わん……』
 海馬は笑みを漏らしながら、自分の場の、表側表示の罠を一瞥する。


竜の逆鱗
(永続罠カード)
自分フィールド上のドラゴン族モンスターが
守備表示モンスターを攻撃した時にその守備力を
攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手に
戦闘ダメージを与える。


『…行くぞ、遊戯! ブルーアイズの攻撃! ブラック・マジシャンを粉砕せよ!!』
 海馬のフィールドの白龍が、大きな嘶(いななき)きと共に、そのアギトを大きく開いた。
『そうはいかないよ…! リバースカードオープン! 『六芒星の呪縛』!! このカードでブルーアイズの攻撃を封じ、さらに攻撃力を2300ポイントまで下げる!!』
『フ…甘い! オレはこの瞬間、手札から『ダーク・シャブティ』を特殊召喚する!!』
『!? 『ダーク・シャブティ』!?』
 海馬のフィールドに、一体のシャブティ像が現れた。
 ブルーアイズを対象としたはずの『六芒星の呪縛』は、なぜかその人形を対象とし、その像の動きを封じた。
『……!? これは…!』
『ククク……『ダーク・シャブティ』は、自軍のモンスターが相手のカードの効果の対象となったとき特殊召喚され、その身代わりとすることができるのだ』
『なっ!?』


ダーク・シャブティ  /闇
★★★
【岩石族】
このカードは通常召喚できない。
自軍のモンスター一体が相手のカードの効果の対象となったとき
特殊召喚し、その効果対象をこのカードに変更することができる。
エンドフェイズ時、このカードは破壊される。
攻 100  守 100


『これでブルーアイズの攻撃を阻害するものは無い…! 滅びのバーストストリーームッ!!!』

 ――ズドォォォォォッ!!!

『――うわぁぁっ!!』
 青眼の口から発せられた巨大なエネルギー波は、遊戯の場のマジシャンを一瞬で焼き尽くす。同時に、遊戯が左腕につけた決闘盤のカウンターが変動した。

 遊戯のLP:600→100

『ワハハハ!! 見たか遊戯! これでオレの勝利は――』
『……!』
『!?』
 遊戯の瞳が沈んでいないことを、海馬は一瞬にして察知する。
『…この瞬間、手札を全て捨て――リバースカードオープン!! 『魂の絆』!!』
『!?? 何だと!?』


魂の絆
(罠カード)
自分のモンスターが戦闘によって墓地に送られた時に、手札を
全て捨てて発動。破壊されたモンスターと、それと同レベルの
モンスターを墓地から除外することで、それらを融合・合体
することができる。この融合・合体に使用するモンスターは、
全て正規の融合・合体素材でなければならない。


『『ブラック・マジシャン』と『バスター・ブレイダー』をゲームから除外し…出でよ! 『超魔導剣士−ブラック・パラディン』!!』

 超魔導剣士−ブラック・パラディン:攻2900→3400

 会場でわっと大きな歓声が上がる。
『チィ…! リバースカードを二枚セットし、ターン終了だ!』
 海馬のエンド宣言と同時に、海馬の場のシャブティ人形は砕け散る。
『ボクのターン、ドロー!』
 テレビ画面が、海馬のアップから遊戯の方へ移る。
 ドローカードを確認すると、遊戯は場の魔導剣士に指示を出した。
『ブラック・パラディンの攻撃力は、場のドラゴン一体につき500ポイント上がる…! つまり、3400ポイントだ! ブラック・パラディン、ブルーアイズを攻撃!』
 その瞬間、海馬はニヤリと笑みを浮かべた。
『ワハハ!! 残念だったな遊戯! トラップオープン! 『破壊輪』!! これでゲームオーバーだ!!!』
 海馬の場の、表にされたカードから、いくつもの手榴弾のついた輪が放たれる。遊戯の場の魔導剣士へ襲い掛かるそれ。だが遊戯は、すかさず一枚のカードを決闘盤にセットした。
『カウンターマジック!! 『時の飛躍(ターン・ジャンプ)』!!』
『!??』
 破壊の輪は、魔導剣士を目前としたところで、時空の歪みに阻まれる。そのまま停止した『破壊輪』は、魔導剣士に装着される前に爆発を起こす。

 ――ズガァァァンッ!!

 目の前の爆発に、魔導剣士はたまらず後退する。だが、怪我はない。魔導剣士は怯むことなく、再び杖を構える。
『…『時の飛躍』の効果で、破壊輪が『ブラック・パラディン』に装着される前に、瞬時にターンを経過させた…。よって、『破壊輪』はボクのモンスターを巻き込むことなく、単独で爆発する…!』
『ぐ…ぬぬ…!!』
 海馬の、さぞ悔しげな表情が、全国に生中継される。海馬がカメラをギロリと睨むと、画面は慌てて遊戯に逃げていった。
『いけ、ブラック・パラディン!! 超魔導裂破斬!!!』
 魔導剣士は飛び上がると、刃のついた杖を大きく、勢いよく振るう。

 ――ズバァァァッ!!!!

『!! ブルーアイズッ!!!』
 そこから放たれた魔力の刃は、青眼を一瞬にして両断し、その肉体は爆散する。

 超魔導剣士−ブラック・パラディン:攻3400→2900

 同時に、海馬の決闘盤のカウンターもその数値を動かした。

 海馬LP:500→100

『おのれ遊戯…! この代償は高くつくぞ!!』
 何やらさっきから怒ってばかりの海馬。テレビの前の人間の目には、さぞかし短気な男として映っていることだろう。


 遊戯のLP:100
     場:超魔導剣士−ブラック・パラディン
    手札:0枚
 海馬のLP:100
     場:竜の逆鱗,伏せカード1枚
    手札:1枚




「――やった! これで遊戯くんの形勢逆転だよ!!」
 病室の絵空は、ベッドの上で歓声を上げた。
『(ええ! お互いのライフは残りわずかだし…これは大きいわね!!)』
 膝の上のパズルボックスからも、さぞ嬉しそうな声がする。



『…オレのターン、ドロー…! ……!?』
 ドローカードを見た瞬間、海馬の顔色が変わる。手札のカードを一瞥すると、再び満足げな笑みを浮かべた。
『ククク…遊戯、貴様の悪運も、どうやらこれまでのようだ…』
『……!?』
 お茶の間のみなさんには、さぞかし感情の浮き沈みの激しい男として映ったことだろう。
『貴様を倒し……貴様が“奴”より引き継ぎし“最強”の称号! オレはそれを手に入れるのだ!! 手札より魔法カード『死者蘇生』を発動! 蘇れ――我がシモベして最強のモンスター、『ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン』!!』
 海馬の場に再び、先ほど倒されたばかりの白き巨大龍が姿を見せる。
 遊戯はそれを見て、眉をひそめた。

 超魔導剣士−ブラック・パラディン:攻2900→3400

 遊戯のモンスターの攻撃力が、再び上昇する。青眼の攻撃力は3000――確かに高い数値だが、ブラック・パラディンの特殊能力がある限り、その攻撃力が遊戯のモンスターを上回ることはない。
『見せてやる遊戯…! オレの新たなシモベ、新たな最強龍の力を! リバースマジック『融合』!! オレは場のブルーアイズと、手札の『精霊デュオス』を融合!!』
『なっ!?』
 融合素材であるモンスター『精霊デュオス』が、海馬のフィールド上に現れる。海馬の二体のモンスターは、『融合』によって生じた空間の歪みの中で、新たなモンスターへと姿を変える。


精霊デュオス  /光
★★★★★
【戦士族】
このカードは生け贄にできない。
自分の場のモンスター1体を生け贄に捧げるたびに、ターン終了時まで
このカードの攻撃力を1000ポイントアップする(トークンを除く)。
この効果で生け贄に捧げたモンスターの攻撃力の半分のダメージを、
そのカードの持ち主が受ける。
攻2000  守1600


『オレの新たなシモベ……ブルーアイズの新たな進化形!! いでよ、『青眼の精霊龍(ブルーアイズ・デュオス・ドラゴン)』ッ!!!』


青眼の精霊龍(ブルーアイズ・デュオス・ドラゴン)  /光
★★★★★★★★★★
【ドラゴン族】
「青眼の白龍」+「精霊デュオス」
このカードの融合召喚は、上記のカードでしか行えない。
???
攻3500  守3000


 海馬のフィールドに、一体の巨大龍が舞い降りる。
 右腕に剣を携え、その手足は、融合前のブルーアイズと比べて伸びており、どこか人間的なものとなっていた。そしてその顔つきは、融合前よりいかつい、凶悪なものとなっている。
 この土壇場にきて、召喚される新たな強力モンスター――遊戯はたまらず顔をしかめる。その威圧感による戦慄が、彼の背を貫いた。
『ワハハ!! このオレの新たなシモベの力――思い知るがいい!!』
 海馬の高らかな宣言が、会場中に響き渡る。


 遊戯のLP:100
     場:超魔導剣士−ブラック・パラディン(攻3400)
    手札:0枚
 海馬のLP:100
     場:青眼の精霊龍,竜の逆鱗
    手札:0枚




『(ああ〜っ!! 遊戯さん、後ちょっとだったのにっ!!)』
 病室では、完全に見入っている裏絵空が、悔しげに叫んでいた。
「…………」
『(でもスーパーエキスパートルールでは、融合モンスターは召喚ターンの攻撃ができない…。まだ分からないわよね!!)』
「…………」
 絵空は、どこか神妙な顔つきでテレビ画面を見入っている。
『(……? どうしたの、もうひとりの私?)』
「あ…うん。何か、すごいなぁって思って…」
 テレビから視線を外し、パズルボックスを見つめると、絵空は小さく、どこか淋しげに笑んだ。
「すごくレベルが高くって……たくさんの人の前で、あんな大舞台でデュエルができて…。遊戯くんも相手の人も、凄いっていうか……羨ましいっていうか……」
 顔を上げ、もういちど、憧れの眼差しをテレビへ向ける。
「ねえ…もうひとりのわたし。身体がちゃんと治って、退院できて、そうしたら……遊戯くんたちみたいになれるかな? あの場所に……わたしも立てるのかな?」
『(……! ええ。あなたならきっと…行けるわよ)』

 ――今度こそ…身体は治るはずなのだから
 ――今度こそ、あなたは幸せになれるはずなのだから――

「うん…! 行こうね、絶対!」
『(…え?)』
 絵空は、満面の笑みでそう言った。
「絶対…行こうね。二人で、あの場所へ!」
『(…………)』

 ――そのときまで……私は、一緒にいられるのだろうか?

 裏絵空の脳裏を、そんな疑問がよぎる。
 けれど裏絵空は、はっきりとした口調で彼女に応えた。
『(ええ…きっと、ね)』

 ――きっと行ける…あの場所に
 ――あの場所に立てる…一緒に
 ――一緒に行って…一緒に笑って、いつまでも、いつまでも一緒に――
 そう言い聞かせて、裏絵空は、自分の中のわずかな不安を誤魔化した。





 THE END




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