FOREBODING

製作者:ネクサスさん






 俺はあのデュエルで、既に自分の"死期"を悟っていたのかもな。

 デュエリストとしても、そして、1人の人間としても。










「「デュエル!」」

少年:LP4000
俺:LP4000

 目の前でデュエルディスクを構える、俺の事を尊敬していると言った少年。
 どこかのお偉いさんが主催したチャリティーパーティーで出会った、まだ9歳のガキだ。
 だがこいつは、そんじょそこらのガキとは違う。

「僕の先攻! ドロー!」

 デュエリストだ。それも・・・プロの。

「いきます! 『G・HERO(ガーディアンヒーロー) ソニック』を召喚!」

 最初にこいつの話を聞いた時は、耳を疑った。
 今、英雄としての地位を築き上げた俺ですら、手にするのに苦労したプロデュエリストという肩書きを、僅か9歳で手に入れた。しかも、あのI2(インダストリアル・イリュージョン)社の会長、ペガサス・J・クロフォードのお墨付きを得て。
 そんな御伽噺のような話、信じる方が馬鹿げていると思った。俺は鼻で笑った。

 しかしそれは、現実の話だった。ソイツは、何万もの大観衆が見つめる中、ランキング下位の相手だったとはいえ、圧勝でデビュー戦を飾った。俺はそれをテレビ越しに見て、唖然とした。
 この時だったのかもしれない。俺の英雄としての地位も、いずれ終わりを告げるものだと、現実に怯え始めたのは。

「『ソニック』のモンスター効果! 僕は手札のモンスターカードを1枚捨て、そしてデッキからカードを1枚ドローします!」

G・HERO(ガーディアンヒーロー) ソニック ☆4(オリジナル)
光 戦士族 効果 ATK1200 DEF1000
手札からモンスターカード1枚を捨て、デッキからカードを1枚ドローする。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 そして今、俺はその"怯えた相手"である"9歳のガキ"とデュエルしている。俺から「良ければ」と誘った、パーティー会場から離れた個室でのエキシビジョンデュエル。
 2人以外は誰も知る事の無い、非公式デュエル。期待の新星である奴にとっては、"憧れ"の俺との胸躍らせる闘いだろう。
 だが俺にとっては、そんな気楽な話ではなかった。単なるガキの子守では済まない。

 俺の、今後の人生が賭かった闘いかもしれないのだ。

「僕はこれで、ターンを終了します」

 データなどからの奴の印象は、速攻型・攻撃型のデュエリストという事。
 だがそれを除いても、中々の度胸だ。低攻撃力のモンスターを突っ立たせただけでターンを終えたのだから。
 まぁ、裏で策を仕掛けているのは間違いない。戦術からも、とても9歳とは思えないような緻密さが垣間見えたのだから。

 水原(みずはら)(まもる)。全く、末恐ろしいガキだ。

LP4000
手札5枚
モンスターゾーンG・HERO ソニック(攻撃表示:ATK1200)
魔法・罠ゾーンなし
LP4000
手札5枚
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーンなし

「俺のターン、ドロー!」

 さて、では英雄としての俺の姿を見せつけてやろう・・・といきたいところだが。
 余裕をもって挑むのも、また英雄。その印象を植え付ける為にも、まずは様子見だ。

「『天帝使−エニグマ』を守備表示で召喚。カードを2枚セットし、ターン終了だ」

天帝使(てんていし)−エニグマ ☆4(アニメGXオリジナル)
闇 戦士族 効果 ATK1200 DEF1200
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、自分フィールド上に「エニグマトークン」
(戦士族・光・星1・攻/守0)2体を特殊召喚する。

 守備表示での召喚は、別に裏側で行っても良い。だが俺は、あえて表側で行った。
 『エニグマ』には戦闘破壊によって発動する効果がある。それを目の前にして、奴がどう動くかを見たいからだ。
 そして2枚のリバースカード。一番判断が難しいと言われる枚数だ。
 この防御の布陣を相手に、奴はどういった決断を下すのか。見物だな。

LP4000
手札5枚
モンスターゾーンG・HERO ソニック(攻撃表示:ATK1200)
魔法・罠ゾーンなし
LP4000
手札3枚
モンスターゾーン天帝使−エニグマ(守備表示:DEF1200)
魔法・罠ゾーンリバースカード2枚

「僕のターン! もう1度、『ソニック』の効果を発動します!」

 手札交換の効果とはまた厄介だ。自分の望むカードを手中にする確率を増やせるのだから。
 しかも墓地肥やしまで同時に行えるのだから、尚更性質が悪い。
 出来ればさっきのターンのうちに片付けておきたかったが、まぁ仕方が無い。

「今捨てられた『G・HERO ブリッツ』の効果発動! このカードを除外する事で、相手モンスター1体を破壊!」

 本当に厄介だ。俺の目論みはいとも簡単に崩された。
 奴の墓地から出現した電光石火のヒーロー『ブリッツ』が、俺の『エニグマ』をたった1発の突進攻撃で地獄へ道連れにしやがった。

G・HERO(ガーディアンヒーロー) ブリッツ ☆4(オリジナル)
光 戦士族 効果 ATK1000 DEF1000
墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
相手フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する。

「『ミラクル・ヒーロー』を攻撃表示で召喚し、バトルフェイズ! 『ミラクル・ヒーロー』でダイレクトアタック!」

ミラクル・ヒーロー ☆4(オリジナル)
闇 戦士族 効果 ATK1600 DEF1600
「フィールド上のカードを破壊する効果」を持つ
魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから
除外する事でその発動を無効にし破壊する。
自分の手札が1枚以下の場合、ゲームから除外
されているこのカードを自分の手札に加える事ができる。

 データの通りだ。大人しそうな顔をして、デュエルでは積極果敢に仕掛けてくる。リバースカードなど眼中に無い、と言うかのように。
 だがライフを半分近く削られるとなれば、この攻撃は通す訳にはいかない。

「トラップ発動! 『ガード・ブロック』! これで俺が受けるダメージは0になり、俺はカードを1枚ドローする!」

ガード・ブロック 通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 『ミラクル・ヒーロー』の雷による攻撃は、俺の周りに張られたバリアによって阻まれる。
 一撃を防がれただけで心を折り、その後のプレイに支障が出る奴もいる。並のデュエリストに多い。
 だが奴は違った。一切めげていない。さらなる攻撃を仕掛けてくる。

「続けて『ソニック』で、ダイレクトアタック!」

 もう1枚のリバースカードは防御用のカードではない。
 仕方が無い。ここは通す。

俺:LP4000→LP2800

「ターン終了です」

 様子見だったとはいえ、先制されてしまった。
 ある意味予定調和な流れとはいえ、良い気分はしない。

LP4000
手札5枚
モンスターゾーンG・HERO ソニック(攻撃表示:ATK1200)
ミラクル・ヒーロー(攻撃表示:ATK1600)
魔法・罠ゾーンなし
LP2800
手札4枚
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーンリバースカード1枚

 とはいえ、何時までも悔しさに浸っている場合ではない。
 奴の動きは十分見せてもらった。そろそろ、王者の貫禄を見せてやらないとな。

「俺のターン。まずは魔法カード『デビルズ・サンクチュアリ』を発動。俺のフィールドに『メタルデビル・トークン』を1体特殊召喚する」

デビルズ・サンクチュアリ 通常魔法
「メタルデビル・トークン」(悪魔族・闇・星1・攻/守0)を
自分のフィールド上に1体特殊召喚する。このトークンは攻撃をする事ができない。
「メタルデビル・トークン」の戦闘によるコントローラーへの超過ダメージは、
かわりに相手プレイヤーが受ける。自分のスタンバイフェイズ毎に
1000ライフポイントを払う。払わなければ、「メタルデビル・トークン」を破壊する。

「そしてこのトークンを生け贄に、『邪帝ガイウス』を召喚する!」

邪帝(じゃてい)ガイウス ☆6
闇 悪魔族 効果 ATK2400 DEF1000
このカードの生け贄召喚に成功した時、フィールド上に存在するカード1枚を除外する。
除外したカードが闇属性モンスターカードだった場合、
相手ライフに1000ポイントダメージを与える。

 トークンの生成、そしてそれを生け贄にしての上級モンスターの召喚。デュエルモンスターズの基本戦術であり、俺の基本戦術でもある。
 現れたのは、デュエルモンスターズの中でも強力な効果を持つモンスター群である『帝』の1体、『邪帝ガイウス』。
 生け贄召喚と同時に、カードを1枚除外できる効果を持つが・・・奴のフィールドには、絶好のカモがいるな。

「召喚された『ガイウス』の効果により、『ミラクル・ヒーロー』を除外! 『ミラクル・ヒーロー』は闇属性モンスターなので、さらに相手に1000ポイントのダメージを与える!」

 『ガイウス』の放った禍々しい闇の球体が、奴のヒーローを包み込み、そのまま消滅する。同時に、奴のライフが減る。
 奴のデッキは光属性モンスター中心というデータがあるが、そいつが闇属性モンスターを召喚していたのはラッキーだったな。
 こうして、『ガイウス』の効果を存分に発揮できたのだから。

護:LP4000→LP3000

「バトルフェイズ! 『ガイウス』で『ソニック』を攻撃!」

 『ガイウス』の放つ新たな闇の球体。それは『ソニック』を包み・・・込まず、そのままその角張った体に直撃する。そして対象を葬り去る。
 これで奴のライフが、俺のライフを下回ったな。

護:LP3000→LP1800

「俺はカードを2枚セットし、ターン終了だ」

LP1800
手札5枚
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーンなし
LP2800
手札1枚
モンスターゾーン邪帝ガイウス(攻撃表示:ATK2400)
魔法・罠ゾーンリバースカード3枚

 素人には、今のターンで俺が形勢逆転したように見えるだろう。だが、その実は違う。奴の有利はまだ変わっていない。
 俺は奴の攻撃を凌ぎ、反撃に転じ、そして布陣を築く為に、大量のカードを使っている。一方の奴は、フィールドを一掃されながらも、手札を5枚も残している。それが理由だ。

「僕のターン! ドロー!」

 さらに1枚増えた。これで奴の手札は6枚。俺は1枚。この差が、新人の筈の奴が余裕を持ってデュエルをし、王者の筈の俺が焦燥に駆られている、何よりの証拠になっている。
 デュエリストにとって、手札は可能性を意味する。枚数が多い程、幅広く戦術を思考できる。対戦相手に、脅威を抱かせる事もできる。勝利の可能性を、引き上げる事ができる。
 さらに、消費の仕方によって、そのデュエリストの余裕を察知する事もできる。俺はわざと1ターンを犠牲にしたとはいえ、カードをポンポン使っている。一方の奴は、召喚と手札交換をそれぞれ2回しただけで、手札を殆ど使っていない。どちらが余裕を持って戦っているなど、明白だ。

 やはり怯えている。恐怖している。9歳のガキに、何が何でも勝ってやろうと、躍起になっている。

 王者の俺が。英雄の俺が。選ばれた人間である俺が!

「『スピーディアン』のモンスター効果! 相手フィールドにモンスターが存在し、僕のフィールドにモンスターが存在しない為、このカードを特殊召喚します!」

 純粋に負けたくないという気持ちが、俺の中で蠢いている。だがそれでも、奴は待ってくれない。当たり前だが。
 大剣を持ちながらも、俊敏に動く剣士が現れる。そういえば、特殊召喚方法の豊富さも、奴の強みだったな。

G・HERO(ガーディアンヒーロー) スピーディアン ☆4(オリジナル)
光 戦士族 効果 ATK1900 DEF1300
相手フィールド上にモンスターが存在し、
自分フィールド上にモンスターが存在していない場合、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。

「魔法カード『ガーディアンズ・プレシャス』を発動! 墓地の『ガーディアン』2体を除外する事で、カードを2枚ドローします!」

ガーディアンズ・プレシャス 通常魔法(オリジナル)
自分の墓地に存在する「ガーディアン」と名のついたモンスター2体をゲームから除外して発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 守護者の隠された財宝・・・か。名前に合っているな。これで奴はさらに、可能性である手札を増やしたのだから。
 だが・・・指を咥えて見つめている訳にもいかない。その貴重な手札補強、利用させてもらおう。

「トラップカード『逆転の明札』! この効果により俺は、手札がお前の手札と同じ枚数・・・6枚になるまで、カードをドローさせてもらう!」

逆転(ぎゃくてん)明札(めいさつ) 通常罠(アニメ5D'sオリジナル)
相手がドローフェイズ以外にカードを手札に加えた時、
自分の手札が相手の手札と同じ枚数になるようにドローする。

 我ながら焦りの垣間見える戦術だとは思う。だが今の俺には、そんな事は考えていられなかった。
 今の俺の頭を支配している感情が最早、「勝つ」ではなく、「勝たなければならない」だからだ。

「手札を増やされた・・・。ですが、こっちも『ディメンジョナー』のモンスター効果を発動します! 『ディメンジョナー』は除外された時、フィールドに特殊召喚できる!」

 本当にむかつく奴だ。手札を増強させる前に『スピーディアン』を特殊召喚したのは、これを狙っていたからか。
 フィールドに現れた『ディメンジョナー』は、『ソニック』による手札交換で墓地へ送られていたモンスター。コストにされたモンスターも、奴は有効に使ってやがる訳だ。

G・HERO(ガーディアンヒーロー) ディメンジョナー ☆3(オリジナル)
光 戦士族 効果 ATK800 DEF800
???このカードがゲームから除外された場合、自分フィールド上に特殊召喚する。

「フィールドに光属性が2体揃いました。よって、『ガーディアン・オブ・オーダー』を特殊召喚します!」

 そして極めつけは、コストなしでの最上級モンスター召喚。しかもこのターン、奴はまだ通常召喚を行っていない。
 全く、厄介にも程がある。

ガーディアン・オブ・オーダー ☆8
光 戦士族 効果 ATK2500 DEF1200
自分フィールド上に光属性モンスターが表側表示で2体以上存在する場合、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
「ガーディアン・オブ・オーダー」は、自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。

「バトルフェイズ! 『ガーディアン・オブ・オーダー』で、『邪帝ガイウス』を攻撃!」

 白き鎧の力強そうな戦士がこちらに突進してくる。だが、残念ながらこの攻撃は失敗だ。

「トラップ発動! 『聖なるバリア−ミラーフォース−』! これでお前のモンスターは全滅だ!」

(せい)なるバリア−ミラーフォース− 通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。

 由緒正しき防御カード。強力なバリアが、『ガーディアン・オブ・オーダー』の攻撃を跳ね返し、奴のフィールドを殲滅す・・・る、筈だった。

「速攻魔法『我が身を盾に』! ライフを1500払い、『ミラーフォース』の効果を無効にする!」

 『我が身を盾に』だとぉ・・・! 結局これでは、『ガーディアン・オブ・オーダー』の攻撃は成立する・・・!

 白き戦士の突進攻撃が、『ガイウス』を一撃で墓地へと葬り去った。

()()(たて)に 速攻魔法
1500ライフポイントを払って発動する。
相手が発動した「フィールド上のモンスターを破壊する効果」を持つカードの発動を無効にし破壊する。

護:LP1800→LP300

俺:LP2800→LP2700

 そういえば、奴のデータにはもう1つ特徴があったな。「自分のライフを湯水のように使う」という特徴が。
 デュエルモンスターズは基本的に、どちらかのライフが0になるまで終わらないゲームだ。
 だからだろう。自軍を守る為には、勝利の為には、奴は、自らのライフを惜しまずに消費する。

「続いて『ディメンジョナー』で、ダイレクトアタック!」

 『ディメンジョナー』が俺を殴打する。僅かながら、俺のライフが削られる。

俺:LP2700→LP1900

 ・・・くそっ! このまま『スピーディアン』の攻撃を受けたら、俺の負けじゃないか!

「『スピーディアン』で、ダイレクトアタック!」

 負ける訳にはいかない。攻撃を受け入れる訳にはいかない。

「手札の『血涙のオーガ』の効果を発動! 2回目のダイレクトアタックが宣言された為、このカードを特殊召喚する!」

 本当に、綱渡りの防御だ。コイツが手札にいなければ俺は負けていたと思うと、胸糞が悪い。

血涙(けつるい)のオーガ ☆4
闇 悪魔族 効果 ATK0 DEF0
相手ターンに1度のバトルフェイズ中に2回目の直接攻撃が宣言された時、
このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
この効果で特殊召喚に成功した時、
このカードの攻撃力・守備力はこのターンに1回目の直接攻撃を行った、
フィールド上に表側表示で存在するモンスターと同じ数値になる。
このターン、この効果で特殊召喚したこのカードが
フィールド上に表側表示で存在する限り、
相手はこのカード以外のモンスターを攻撃対象に選択する事はできない。

血涙のオーガ:ATK0→ATK800 DEF0→DEF800

「・・・攻撃対象を『血涙のオーガ』に変更します」

 『スピーディアン』の振り落とした剣を、『オーガ』はその手に持つ棍棒で受け止めるが・・・徐々に力の差が現れてくる。
 人間を脅かす存在である筈の鬼が―――いくら剣の使いに慣れた者が相手とはいえ―――その人間に負けるのは滑稽な話だ。だが、実際にその光景を拝むと、洒落に思えなくなる。
 鬼の最期は空しかった。棍棒を弾かれ、そのまま大剣によってあっさりと切られてしまったのだから。

「僕はこれで、ターン終了です」

LP300
手札4枚
モンスターゾーンG・HERO スピーディアン(攻撃表示:ATK1900)
G・HERO ディメンジョナー(攻撃表示:ATK800)
ガーディアン・オブ・オーダー(攻撃表示:ATK2500)
魔法・罠ゾーンなし
LP1900
手札5枚
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーンリバースカード1枚

 間一髪だった。くそっ! 負ける筈の無い俺が、英雄の俺が押されている。明らかなジリ貧だ。
 しかも、俺は初手の様子見を除いて、一切手を抜いていない。それなのに、このザマだ。
 王者の貫禄を醸し出しているのは、寧ろ新人の奴の方だ。
 負けたくない。そう思えば思う程、事態は悪化する。

 畜生。畜生。畜生!
 英雄だ! 俺は英雄だ! 選ばれた人間なのだ!
 勝つのは俺だ! 非公式のデュエルなんて関係ない! 観客が誰もいないなんて関係ない!

「俺のターン!」

 この感情を何とか押し殺して、表面上では冷静を振舞って、俺はカードをドローする。

『・・・ククク』

「・・・・・・!?」

 ドローしたカードを確認した、その瞬間だった。
 聞こえてきた。声が、聞こえてきた。

『ククク。オレノ力ヲ使エ。ソウスレバ、貴様ハ王者ノ席ニ座リ続ケラレルダロウヨ』

 アイツの・・・俺を、デュエリストの頂点へと導いた、アイツ(・・・)の声が。あの最強の力を持つカードに眠りし、凶悪な存在(・・・・・)の声が。

「・・・魔法カード『おろかな埋葬』を発動。デッキから、モンスター1体を墓地へ送る」

おろかな埋葬(まいそう) 通常魔法
自分のデッキからモンスター1体を選択して墓地へ送る。

『サァ、使エヨ。勝チタイナラ、オレヲ墓地ヘ送ルガイイ』

 ・・・確かに、あのカードを墓地へ送れば、俺は一気に勝利に近づく事が出来るだろう。

 ・・・だが。

 ・・・だが!

「俺は・・・」

『・・・? ドウシタ? 怖気ツイタカ?』

 あのカードは、俺がチャンピオンになる上で、欠かせない存在だった。
 公式デュエルでは一度も使った事は無い。だが、俺の手元にあるだけで、あのカードは俺に絶大なる力を与えてくれた。
 敵を圧倒するタクティクスが、次々とイメージ出来るようになった。
 ランキング上位が相手だろうと勝利出来る、勝ち運が身についた。
 どんな不利な状況に陥っても、観客を沸かす逆転の一手を常に繰り出せた。

 あのカードがあるだけで、俺はとんとん拍子でチャンピオンの座に上り詰めた。
 そして10年に渡って、王者の肩書きを守り続ける事ができた。

 あのカードを手に入れる事が出来たからこそ、今の俺がある。悪魔に魂を売ったからこそ、俺はチャンピオンへの階段を駆け上がる事が出来た。あまりのサクセス・ストーリーぶりに怖くなり、占い師に見てもらった事もある。
 それ程このカードは、俺の人生を激変させた。それは、間違い無い。

 ・・・だが

「俺は、『堕天使ゼラート』を墓地へ送る!」

 だが、今は、コイツの力には頼らない。俺の力だけで・・・奴を、打ち負かす!

『・・・ソレガ王者ノプライドッテ奴カ。マァ、オレニハドウデモイイ事ダガナ』

 意志に逆らったお咎めがあるかとも思ったが、特に何もなかった。
 気分屋なところがあるようだ・・・が、そんな事はどうでも良い。
 俺は勝つ。勝って、選ばれた人間である事を証明してやる!

「手札1枚をコストに、『鳳凰神の羽根』を発動! 今墓地へ送った『ゼラート』をデッキの1番上に置く!」

鳳凰神(ほうおうしん)羽根(はね) 通常魔法
手札を1枚捨てる。自分の墓地からカードを1枚選択し、デッキの一番上に戻す。

 奴が眉を潜める。俺が何を企んでいるのか気になるのだろう。
 勿論、何も考えずにデッキトップを操作した訳ではない。
 奴が全てのカードを効果的に使用するのなら、俺も全てのカードを巧みに操って、勝利をもぎ取ってやる!

「手札コストになったのは『天帝使−リドル』! こいつは魔法カードの効果またはコストで墓地へ送られた場合、効果が発動する!」

「・・・そういう事ですか」

 奴も俺の企みを読み取ったようだ。既に『リドル』の効果でデッキからカードをドローしてやがる。
 まるで俺に「早くしろ」と言わんばかりに。1年目の若造が、チャンピオンの俺に突っかかって来ている。確かに、大物になる素質アリ、な性格だな。
 じゃあ、お望み通り早くしてやろうじゃないか。

「俺はカードの種類を宣言。ドローしたカードの種類が宣言したカードの種類と同じの場合、俺はそのカードを手札に加え、さらに『天帝使トークン』を2体特殊召喚する! 俺が宣言するのは当然、モンスターカード・・・」

 デッキの1番上には、今し方墓地からサルベージしたモンスター『堕天使ゼラート』がいる。
 これで俺は、リスク無しに上級モンスターを手札に加え、さらに2体のトークンまで呼び出せた訳になる。

天帝使(てんていし)−リドル ☆4(オリジナル)
闇 戦士族 効果 ATK1200 DEF1200
このカードが魔法カードの効果または魔法カード発動時の
コストとして墓地へ送られた場合発動する。
相手はデッキからカードを1枚ドローする。
自分はカードの種類(モンスター・魔法・罠)を1つ宣言し、
デッキの一番上のカードを確認する。
そのカードの種類が宣言したカードの種類と同じ場合、
そのカードを手札に加え、自分フィールド上に「天帝使トークン」
(天使族・闇・星1・攻/守0)2体を守備表示で特殊召喚する。
違う場合はそのカードをデッキの一番下に戻す。

天帝使(てんていし)トークン ☆1(オリジナル)
闇 戦士族 トークン ATK0 DEF0

「そして特殊召喚された『天帝使トークン』1体を生け贄に、『堕天使ゼラート』を召喚する!」

 禍々しいオーラを周囲に放ちながら現れる、1体の天使。だが天使は天使でも、堕落した天使だ。
 両に広げる翼は、血の様に真っ赤に染まっている。逞しき体は、闇の様な黒色に染まり、この天使が堕落した事を証明している。
 剣を構え、敵を威圧する、上級の堕天使『ゼラート』が、俺を勝利へと導く切り札だ。

 この『ゼラート』には、俺の墓地に闇属性モンスターが4種類以上存在する時、闇属性1体の生け贄で召喚出来る能力がある。

堕天使(だてんし)ゼラート ☆8
闇 天使族 効果 ATK2800 DEF2300
自分の墓地に闇属性モンスターが4種類以上存在する場合、
このカードは闇属性モンスター1体をリリースしてアドバンス召喚する事ができる。
手札から闇属性モンスター1体を墓地へ送る事で、
相手フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。
この効果を発動したターンのエンドフェイズ時にこのカードを破壊する。

俺の墓地:
『天帝使−エニグマ』
『邪帝ガイウス』
『血涙のオーガ』
『天帝使−リドル』

 もう1つ、相手のフィールドを殲滅させる能力もあるが・・・それは別に必要無いだろう。この攻撃で、決着すれば良いだけの話なのだから。

「バトルフェイズ! 『ゼラート』で、『ガーディアン・オブ・オーダー』を攻撃!」

 『ゼラート』が、剣を振り上げながら『ガーディアン・オブ・オーダー』へと飛び掛る。
 この攻撃が成立すれば、300ダメージが発生し、奴のライフを削り切る事が出来る。
 さぁ、奴はどうする?

「・・・『ディメンジョナー』の効果発動! エンドフェイズまで『ガーディアン・オブ・オーダー』をゲームから除外します!」

 俺の心中を見透かしたかのように、奴の声が響いた。
 瞬間、奴のフィールドの『ガーディアン・オブ・オーダー』が、『ディメンジョナー』の力を借りて姿を消す。さすがは「次元の戦士」の名前を与えられたヒーローといったところか。

G・HERO(ガーディアンヒーロー) ディメンジョナー ☆3(オリジナル)
光 戦士族 効果 ATK800 DEF800
エンドフェイズまで、自分フィールド上に存在するモンスター1体をゲームから除外する事ができる。
この効果は相手ターンにも使用する事ができる。この効果は1ターンに1度しか使用する事ができない。
「G・HERO ディメンジョナー」の効果以外でこのカードがゲームから除外された場合、自分フィールド上に特殊召喚する。

 結果、無情にも『ゼラート』の斬撃は空振りに終わる・・・のだが、イコール『ゼラート』の攻撃が終了した、という訳ではない。
 モンスターの数が変動した為、攻撃の巻き戻しが発生したのだ。よって『ゼラート』は、もう1度攻撃出来る。

「攻撃対象変更! 『ゼラート』で、『スピーディアン』を攻撃!」

 いくら『ガーディアン・オブ・オーダー』を除外したところで、その他のモンスターも攻撃表示、しかも『ガーディアン・オブ・オーダー』より攻撃力が低いとなると、意味が無い。
 再び剣を構える『ゼラート』。奴のフィールドに立つ『スピーディアン』に狙いを定めると、そのまま『スピーディアン』目掛けて走り出す。そしてまた剣を振り被る。

 今度こそ、ゲームセット・・・・・・といきたいところだったのだが。またしても邪魔が入った。

「手札の『G・HERO ショート』の効果発動! 相手の攻撃宣言時、このカードを手札から特殊召喚できます!」

 奴のフィールドに、他の戦士達より1回り小さいサイズの、遊撃部隊のような姿をした戦士が現れる。
 モンスターの数が変動した為、またしても攻撃の巻き戻しが発生する。
 俺はうんざりしながら、再び攻撃対象を選択しようとしたのだが・・・奴のフィールドでは、さらなる異変が発生していた。

「『ショート』の特殊召喚に成功した場合、『G・HERO』は全て守備表示になります」

G・HERO(ガーディアンヒーロー) ショート ☆3(オリジナル)
光 戦士族 効果 ATK800 DEF1200
相手の攻撃宣言時、このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
この効果によって特殊召喚に成功した場合、自分フィールド上に表側攻撃表示で存在する
「G・HERO」と名のついたモンスター全てを表側守備表示にする。

 守備表示・・・。これでは、いくら攻撃しても奴のライフには届かない。
 このターンで決着させる事は、事実上不可能となった。

「・・・『ゼラート』で、『スピーディアン』を攻撃」

 だからといって、気落ちしている場合ではなかった。このまま放っておいたら、また奴のペースに飲み込まれてしまう。
 取り合えず適当に「守備表示の」ヒーロー1体を選んで、『ゼラート』に斬らせる。
 他のヒーローが、哀愁漂う目で敗れ去るヒーローの事を見つめているが・・・安心しろ。お前達もすぐに同じ道を歩ませてやる。

「メインフェイズ2に移行。そして『堕天使ゼラート』の効果を発動する。手札の闇属性モンスター『ネクロ・ガードナー』をコストに、相手モンスターを全て破壊する!」

 『ゼラート』の剣から仰々しく放たれた禍々しいエネルギーが、残りの2体のヒーローを襲う。直撃と共に大爆発を起こし、それぞれを葬り去る。
 これで奴のフィールドは、エンドフェイズに帰って来る『ガーディアン・オブ・オーダー』1体となる。代償として、『ゼラート』はエンドフェイズに破壊されるが・・・こいつをここで切り捨てるのは惜しいな。

「トラップカード『亜空間物質転送装置』を発動! エンドフェイズまで『ゼラート』をゲームから除外する!」

 現れた白い機械に、『ゼラート』は吸い込まれていった。別次元へと転送されたのだ。

亜空間物質転送装置(あくうかんぶっしつてんそうそうち) 通常罠
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、
発動ターンのエンドフェイズ時までゲームから除外する。

「なるほど。1度除外しておけば、エンドフェイズの破壊効果から免れられるという訳ですね」

 奴の言う通りだ。『堕天使ゼラート』が自身の効果で破壊されるルールは、その前にこいつを1度フィールドから取り除く事で無視する事ができる。
 何せこいつは俺のフィニッシャーだ。簡単に消えてもらっては困る。
 ついでに、布陣も強化しておくか。

「カードを1枚セットしてエンドフェイズ、『ゼラート』が俺のフィールドに帰って来る」

「『ガーディアン・オブ・オーダー』も、僕のフィールドに帰って来ます」

 同時にフィールドに再臨する、2体の最上級モンスター。本当なら、『ガーディアン・オブ・オーダー』 も墓地へ送られていた筈なのだが・・・。
 次のターンこそ、けりをつけてやる!

LP300
手札4枚
モンスターゾーンガーディアン・オブ・オーダー(攻撃表示:ATK2500)
魔法・罠ゾーンなし
LP1900
手札1枚
モンスターゾーン天帝使トークン(守備表示:DEF0)
堕天使ゼラート(攻撃表示:ATK2800)
魔法・罠ゾーンリバースカード1枚

「僕のターン!」

 さぁ、かかってこいよ。どんな攻撃でも防いでやる。俺のラストターンを、より輝かせる為の出汁にしてやる。

「・・・『G・HERO ラピート』を、その効果により特殊召喚します!」

G・HERO(ガーディアンヒーロー) ラピート ☆4(オリジナル)
光 戦士族 効果 ATK1000 DEF900
このモンスターの召喚は特殊召喚扱いにする事ができる。
このカードの戦闘によって発生する
このカードのコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。
フィールド上のこのカードが破壊され墓地に送られたターンに、
相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージは0になる。

 現れたのは、青塗りのスリムなヒーロー。無条件で特殊召喚可能なモンスターか。
 ここでこのような戦術をとるという事は、考えられるのは・・・

「フィールドの2体のモンスターを生け贄に捧げ・・・生け贄召喚!」

 ・・・という事だ。くそっ! 伊達に手札を温存していないな。

「現れろ! 『G・HERO ダイナマイト・ジャイアント』!」

 2体の戦士を糧に呼び出されたのは、両腕両足に爆弾のようなものを備える、黄金色の鎧を身に付けた巨人。
 俺でも圧倒されそうになる威圧感が、そいつを巨人たらしめている。

「『ダイナマイト・ジャイアント』の効果発動! 召喚に成功した時、フィールドのモンスター1体の攻撃力の半分の数値を、このモンスターは得る!」

 『ゼラート』から黒いエネルギーが吐き出され、それが『ダイナマイト・ジャイアント』に吸収されていくのが確認できる。
 チッ! 攻撃的な効果だな。さすが最上級モンスターなだけある。

G・HERO(ガーディアンヒーロー) ダイナマイト・ジャイアント ☆8(オリジナル)
光 戦士族 効果 ATK3500 DEF2500
このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、
フィールド上に表側表示で存在するこのカード以外のモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターの攻撃力の半分の数値分、このカードの攻撃力をアップする。

G・HERO ダイナマイト・ジャイアント:ATK3500→ATK4900

 だが、俺の墓地には『ネクロ・ガードナー』がいる。コイツを除外するだけで、奴が攻撃を仕掛けてきても1度だけそれを封じる事が出来る。
 奴も、それは理解している筈だ。さて、どうする?

ネクロ・ガードナー ☆3
闇 戦士族 効果 ATK600 DEF1300
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。

「装備魔法『アサルト・アーマー』を『ダイナマイト・ジャイアント』に装備し、そのまま墓地へ送ります! これによりこのターン、『ダイナマイト・ジャイアント』は2回の攻撃が出来ます!」

 チィ! 奴も、俺と同じなのか!? 悪魔に魂でも売ったのか!?
 まるで最初から決められていたかのように、必要に応じたカードを揃えてやがる!

アサルト・アーマー 装備魔法
自分フィールド上に存在するモンスターが戦士族モンスター1体のみの場合、
そのモンスターに装備する事ができる。装備モンスターの攻撃力は300ポイントアップする。
装備されているこのカードを墓地へ送る事で、
このターン装備モンスターは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。

「バトルフェイズ! 『ダイナマイト・ジャイアント』で、『堕天使ゼラート』を攻撃!」

 巨人が、その左腕の爆弾を外し、こちらに思い切り投げつける。
 対処法はもう奴に筒抜けとはいえ、それをしないと俺は負けてしまう。
 そんな事が、あってたまるか!

「墓地の『ネクロ・ガードナー』を除外して、効果発動! その攻撃を無効にする!」

 爆弾は堕天使の目の前に叩き付けられ、その衝撃で大爆発を起こす・・・のだが、間一髪、救援に現れた闇の戦士の幻影が、堕天使を破壊から、俺を敗北から守り抜いた。
 ここまでの流れは想定通りだ。問題は、次の攻撃だ。

「・・・『アサルト・アーマー』の力により、もう1度『ダイナマイト・ジャイアント』で、『堕天使ゼラート』を攻撃!」

 意気揚々に、巨人がまた動く。今度は右腕の爆弾を外し、全力を以ってそれをこちらへ投げつける。
 今度こそ終わりか? ・・・いや、まだ終わりなどではない。

「トラップ発動! 『シフトチェンジ』! これでこの攻撃を、俺の場の『天帝使トークン』へと逸らす!」

シフトチェンジ 通常罠
自分フィールド上に存在するモンスター1体が
相手の魔法・罠カードの効果の対象になった時、
または相手モンスターの攻撃対象になった時に発動する事ができる。
その対象を自分フィールド上に存在する正しい対象となる他のモンスター1体に移し替える。

 俺がトラップを発動したと同時に、『ゼラート』と『天帝使トークン』の立ち位置が瞬時に入れ替わる。
 爆弾が地面に接触した時、攻撃の目標ポイントにいたのは『ゼラート』ではなく、守備表示の『天帝使トークン』。
 つまり爆発に巻き込まれたのも、『ゼラート』ではなく、守備表示の『天帝使トークン』だった。

 奴にとって攻撃を無効にされるのは、1度なら想定の範囲内だっただろう。だが、2度目となれば範囲外だった筈。
 さぁ、そのまま動くな。エンドだ。黙って、俺にターンを明け渡すんだ。

 明け・・・渡すんだ!





「・・・速攻魔法を発動します」

 速攻魔法? なんだ、どうするつもりだ?
 コンバットトリックをやろうにも、もう『ダイナマイト・ジャイアント』は攻撃出来ないぞ?
 この期に及んで、一体何を企んでいるんだ?

「僕が発動するのは、『速攻召喚』です!」

「『速攻召喚』!?」

 驚愕の声を上げてしまう。我ながら、この場面だけを客観視すれば、俺は小さい男だと思う。
 この瞬間、俺は奴がやろうとしている事を、全て理解してしまった。

 奴は、新たな"力"を呼び出し、このターンでデュエルを決着しようとしているのだ。

速攻召喚(そっこうしょうかん) 速攻魔法(アニメGXオリジナル)
手札のモンスター1体を通常召喚する。

「『ダイナマイト・ジャイアント』を生け贄に捧げ・・・現れろ! 『G・HERO サイレント』!」

 全てを威圧する巨人を糧に現れたのは・・・音もたてず、颯爽とフィールドを駆け巡る戦士。
 暗器である苦無を逆手に持ち、ターゲットの首を瞬時に刈り取る、沈黙の暗殺者。

G・HERO(ガーディアンヒーロー) サイレント ☆5(オリジナル)
光 戦士族 効果 ATK1900 DEF1600
このカードは相手プレイヤーを直接攻撃する事ができる。
このカードが攻撃する場合、相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動できない。

「このモンスターは、相手に直接攻撃が出来ます!」

 奴の説明。だがしかし、それすらも遅かった。
 説明が終わる前に、暗殺者は一瞬で俺の目の前へと動き、苦無を振り上げていた。

 ドスッ!

 苦無が俺の首に刺さる。これが実物なら、俺は悲鳴を上げる間も無く地獄へと葬られていたであろう。ソリッドビジョンである事を感謝する。

 とはいえ、デュエリストとしての俺は、この瞬間死んだも同然だった。
 暗殺者の攻撃によって、俺のライフはちょうど0になったのだ。

俺:LP1900→LP0











「本当に、ありがとうございました!」

「あ、あぁ」

 爽やかな笑顔で、奴は俺に礼の言葉を述べる。その後のお辞儀も、頭を下げるのはきびきびと、上げるのはゆっくりとで、見ていて清々しい。
 俺は、大人の余裕を見せつつ会釈を返した。
 そして奴は、部屋を出て行く姿もしっかりしていた。普通の9歳なら、扉に突撃するのかと思わせるぐらいに、はしゃいで出て行ったりするもんだが、奴は違った。
 あれは、9歳の体に大人の精神が乗り移ったようなもんだ。





 乗り移った・・・か。

 さて、茶番もお仕舞いだ。誰にも知られざる場所で、王座から引き摺り下ろされたという事実だけが残った。
 お前の力を使わずに、勝利を見す見す逃した俺を、そして俺を倒した奴を、お前はどうする?

『・・・ドウセ、モウジキコノ世界ハ終ワル。コンナ茶番、見逃シテモ特ニ後悔スルモノデモナイ』

 あぁ・・・そうかい! そうだよな! 俺のプライドも、お前にとっちゃどうでもいい事だよな!

 ドン!

 鈍い音が部屋中に響く。壁を殴った衝撃が、右拳を伝って全身に、そして俺の心の底にまで走る。

 俺は強い! 俺は強い!! 俺は強い!!!

 それを信じて、俺は10年間チャンピオンの座を守り続けた。

 だがそれも、非公式デュエルの結果とはいえ、今日、終わりを迎えた。

 俺は・・・弱いのか? いや、そんな事は無い!

「・・・証明してやるよ」

『?』

「次のデュエル、俺は貴様の力を使わずに、勝利してみせる!」

『・・・ホウ。当日ヲ楽シミにシテオクヨ』

 その言葉を最後に、奴は俺の意識から離れ去った。
 いつもそうだ。デュエルをする度、奴は俺を誘惑してくる。
 閉じ込められているのが、奴にとって退屈なのだろう。外に出せと五月蝿い。
 公式デュエルでは何とかそれを押し留めて、凌いできた。だが、非公式の・・・裏世界のデュエルでは。
 こいつは、出される度にフィールドで大暴れし、そして、多くのデュエリストの魂を吸い取った。
 全く、貪欲な奴だ。滅びの力というものは。"破滅の光"というものは。

 ガチャ

 冷静を装って、俺は部屋を後にする。
 どこぞのお偉いさんや有名人とすれ違うが、皆、俺の本心には気付いていない。

 ピピッ!

 おっと。携帯電話に次の対戦相手の情報が届いた。
 ドクター・コレクター。・・・あの終身刑の親父か。獄中からわざわざご苦労なこった。
 ロリコン疑惑があるとも聞くが・・・ブタ箱送りの理由がそっち関係だとしたら笑えるな。

「・・・IQ200だろうとなんだろうと関係無い。俺は、勝つだけだ」

 そして俺は、パーティ会場を後にし、闇夜の世界へと足を運んでいった。




















 勝てなかった。

 俺は、"破滅の光"の力に勝てなかった。

 ドクター・コレクターとのデュエルが始まる直前、結局俺は、誘惑に負けた。

 俺は、全てを飲み込まれた。

 俺を飲み込んだ"力"は、フィールドに現れた途端、恐怖と絶望でデュエル会場を滅茶苦茶にした。

 そして俺は、会場から姿を晦まし・・・海上にある船の中で、アイツ(・・・)とデュエルした。

 父親を奪われたあの時から、自分の世界の時計が止まったままの小僧。

 エド・フェニックスと。

 だが奴は・・・俺との闘いを経て、自らの時計の針をまた動かし始めやがった。

 そして、俺を打ち破りやがった。

 デュエルが終わった瞬間、"破滅の光"・・・その"抜け殻"は暴走した。

 つまりはそういう事だ。あのパーティ会場でのデュエルで、既に王者でも英雄でも何でもなくなった、最後のデュエルすら勝てなかった俺は用済みという事だ。

 "破滅の光"から見てではない。"世界"から見て、だ。

 勿論、俺はそんなの認められなかったよ。だが、どうする事も出来ねぇ。

 "抜け殻"の暴走した船は、瞬く間に火の海と化した。

 俺の周りでも、灼熱の炎が柱となって暴れ踊る。

 畜生。サクセス・ストーリーも、終わりは儚いものだ。

 俺が歩んできた10年。それは結局、操り人形としての10年だったって訳だ。

 唯一の救いは・・・世間一般からすれば、俺は英雄のまま死ねるって事だ。

 俺の本性を知ったエド以外の連中・・・デュエルモンスターズのファン、世界各国の著名人、そして、英雄である俺を最初に打ち負かした、あの9歳のガキ! 水原護!

 そいつらから見た、俺の最後の姿は"英雄"なのだ。

 そうだ。俺は英雄だ! 世界の欲する英雄なのだ!

 英雄!

 英雄!

 英雄!

 俺は、全てのデュエリストの運命を背負いし男(Destiny of Duelist)、DDだ!

 俺は、全てのデュエリストの誇りなのだ!!!



 ・・・畜生。目が霞んできやがった。体もふらついている。

 灼熱の炎の中にいるんだ。当然だろう。

 役目を終えた人間は、孤独にその生涯を終えろという事らしい。

 ハハッ。纏めると、俺の人生は全て茶番だった訳だ。

 笑えるな。ハハッ。笑えるぜ・・・。



 意識が、朦朧としてきた。

 そんな時だった。俺は、感じた。

 エドの視線だ。それを、感じた。

 その感覚を最後に・・・

「俺は・・・・・・俺は英雄だ! 選ばれた人間なのだぁぁぁぁぁ!!!!!」

 俺は、意識を手放した。








『FOREBODING』
Fin








戻る ホーム