FORCE OF THE BREAKER -受け継がれる意志-
第29話〜

製作者:真紅眼のクロ竜さん





 夢を見ていた。
 ああ、また同じ夢だと僕は思う―――数ヶ月前に、妹を亡くしてから何度となく、同じ夢を見ていた。
 優しいゆりかごに抱かれた僕。
 そのゆりかごを揺らすのは、綺麗な女の子。
 その子の名前を、僕は知らない。
 いいや、本当は知っていて忘れてしまったのだろうか。だって僕はその子を見る度に懐かしい感じがするから。
 そしていつも、優しい気持ちになれる。
 この子とずっと一緒にいたい。

 でもそれは出来ない。
 大きな揺れと、光と、炎。想像を超える何かが起こって、それは終わる。
 そして残るのは、僕だけ。愛を知らずに、揺れるゆりかご。
 そこにいる僕には…何も残っていない…何も…。

 だけど僕は叫ぶ。
 声が出ない、だけど、僕はその子を呼んでいる。
 助けに行く、救い出す、必ず。
 その子が必死に伸ばす手を、僕はその手を―――――そこでいつも、夢は終わる。



 夢が終わって、目を覚ますと、ベッドの脇にある目覚まし時計が鳴り響いた。
 目覚まし時計を止めて、僕は身体を起こす。いつもと同じ夢を見た、いつもと同じ朝。

 制服に着替えてから階下に下りて、まずはテレビを点ける。
 時刻は午前七時を少し回ったところ。いつも通りの朝だ。
 まずは薬缶に水を入れてコンロにセット。お湯が沸くまでの間、洗面所に向かい、顔を洗っていると、チャイムの音が鳴り響いた。
「…ん、来たかな」
 いつも通りの時間だ。この数ヶ月で、もう慣れた。
 もう一度チャイムが鳴ったので、顔を拭きながら玄関へ向かう。
「すぐ出るよ…」
 そう呟いて、玄関の扉を開くと、僕よりも頭一つ分ぐらい小さい女の子が、姿を現した。
「ヒロ君、おはよう」
 一つ年下の幼馴染で、昔からもう一人の妹のようだった長井由里香。
 高校にあがってからは毎日のように、こうして僕の家へとやってくる。本当は朝が弱いのに。
「おはよう、由里香。…まだ朝ごはんも出来てないぞ」
「ちゃんと家で食べてきたよ〜…今日から2学期でしょ? ヒロ君と一緒に行こうと思って」
 そう、今日は九月一日。すなわち、新学期の始まりだ。
「いつも一緒に行ってるだろ? 何を言ってるんだよ…」
 僕がそう呟いたとき、コンロがピーピー鳴り出した。お湯が沸いたようだ。
 薬缶のお湯を魔法瓶に移している間、由里香はかって知ったるとばかりに台所のフライパンを取り、サラダ油を引いて朝食の準備。
 それにしてもまぁ、だいぶ慣れたものだと思う。
 鼻歌を歌いながらフライパンに卵を割りいれる由里香を眺めながら、僕はリビングの隣にある和室に向かった。

 この数ヶ月で当たり前になったこと。
「おはよう、美希」
 僕の妹。数ヶ月前、事件に巻き込まれて死んでしまった妹。
 その日。僕はどうして、そばにいてやる事が出来なかったんだろう。

 あの日から何度も同じ問答をした。でも答えは出なかった。
 だけど僕のそばには、皆がいた。皆が側にいてくれた。だからもう一度、立ち上がれた。今みたいに。
「ヒロくーん! 朝ごはんで出来たよー!」
「あ、うん。今行くよ! …じゃ、また、後でね。美希」
 写真に写る、変わらぬ姿の美希に僕はそう告げると、ゆっくりと立ち上がった。


 数十分後、僕と由里香はいつもと同じ通学路へと歩みだす。
 今日から始まる新学期を待ち望んでいたかのように、空は雲ひとつない青空。少し太陽が暑いが、この暑さも秋へと移り変われば涼しい風になるだろう。
「るんるるるーるー♪ うん! ふふふふんふふーん♪ るんるーるるーるるー♪」
 ずいぶん前にバラエティ番組から流行ったコミックソングを全部鼻歌のリズムだけで誤魔化す気か、由里香は…。
「ずいぶん懐かしい曲だよね、由里香。どうしたの?」
「えー? ヒロ君見なかったの? 昨日一夜だけ復活して、オリジナルメンバーでこの曲やってたのに?」
 日本のみならず世界中でもブレイクしてたらしいしね。
「ごめん、裏番組の絶対に笑わない高校生グループ25時in山荘を見てた」
「勿体無いなぁ…DVDで録画すればいいのに」
「大丈夫、それは雄一に頼んだから」
「それだとユウ君が見れないでしょ?」
 ちっちっち、そこが甘いところなのだよ由里香。
「雄一はレコーダーを二つ持っているのさ!」
「えええええ!!!?」
「これで今日DVDを借りれば完璧」
 ふっふっふ、この僕とてバカではないのだよ。
 ところが由里香は不満げな顔だった。
「あのシリーズって、罰ゲームが可哀想だよ…」
「え、なにが?」
「だってお尻を骨で叩かれるんだよ?」
 あれが骨のぬいぐるみだってのは有名な話だけど。
「骨の人の気持ちになってみようよ〜」
「由里香。何かベクトルが違う」
 とりあえず由里香の間の抜けた言葉にツッコミを入れるか入れまいか考えていると、遠くの方で手を振る人影があった。
「お〜い!」
「あ、ユウ君達だ! お〜い! おはよう〜!」
 由里香は返事をするなり、周りもろくに見ずに走り出す。
「おっと! 由里香、走らないほうがいいよ〜」
「そうそう、由里香はおっちょこちょいなんだから」
「おはようございます、河野君、長井さん」
 由里香は心配せずとも転ばずに三人の下へ着く。
 僕の幼馴染で親友の、黒川雄一。一つ上の雄一の姉、珠樹。
 そしてもう一人。二人の親族で由里香と同じ年の黒川葉月。
 僕を含めてこの五人でいつも学校に通っている。
「おはよう、皆。いやー、新学期始まったねー」
「そうだねー。また今日からこの暑い道を通るかと思うと、少しうんざりするよ」
 僕の挨拶に雄一がそう返すと、即座に珠樹姉さんが口を開いた。
「もう、二人とも。朝からそんなダレてる事言ってちゃだめよ? 元気出す!」
「「へーい」」
 僕と雄一は顔を見合わせつつそう返答。
「あ、そうだ。雄一。あれ撮っといてくれた?」
「ああ。はい。焼いといたよ。こっちはあっちのほう」
「ありがとう」
 2枚のDVDを受け取ると、珠樹姉さんが即座に視線を向けてきた。
「それ、なに?」
「昨日のバラエティのDVD」
「ああ、雄一が見てた奴?」
「普通山荘にドラム缶が大量に降っては来ないと思うけど…」
 どうやら雄一だけじゃなくて葉月も見ていたらしい。
「うーん、ああいう罰ゲームで痛い目に遭うのって何が面白いんだが」
 しかし珠樹姉さんはご覧の通りである。大真面目である。
「ま、なにはともあれ。新学期なんだから心入れ替える。雄一と浩之は、もうそろそろ受験の事を考えるのよ?」
「姉さんはどうなのさ?」
 珠樹姉さんの言葉に雄一がそう問い返すと、珠樹姉さんはあっさりと口を開いた。
「その辺は抜かりなく。この前の模試でもそこそこ良い点数取れたわ」
「だろうね」
 でも、それは姉さんの絶え間ない努力によって得られたものであることをお忘れなく。
 散々僕らを振り回しておいて勉強まできっちり出来るのがすごいよ。
「まぁでも。こうして、浩之たちと皆で同じ道を通って高校通うのも、後少しなんだなぁって思うと、さびしくなるよ」
「…けど、二度と会えなくなる訳じゃないんだしさ」
「そうね」
 そう、僕達はずっとつながっている。この世界がある限り。
 空を見上げながらそう考えていると、由里香の慌てた声が飛んだ。
「あ! ちょっとのんびりしすぎちゃったよ! 走ろ!」
 言うなり、由里香は走り出す。
 そして僕らも続く―――――――。

 夏の終わりが近づきつつある、九月一日の朝だった。
 僕の運命が、動き出す。


《第29話:僕の歩いた路》


「ハァ…ハァ…ハァ…」
「とうちゃーく! あれ? ヒロ君? ユウ君も、どうしたの?」
「ちょっと二人ともだらしないわよ? 早く早く!」
 由里香といい、珠樹姉さんといい、そして葉月までどうして僕の周りの女子はやたらと身体能力が異常なのか!
 三人が待っている校門まで、雄一と二人でどうにかたどり着く。
「ハァ……ハァ…」
 朝から全力疾走は、辛い。
「もー、ヒロ君どうしたの? だめだよ、具合悪い振りしちゃって」
「違う…朝からあんなに走れない…」
「同じく…てか、死ぬ…」
 雄一に至っては全身で息をしていた。
「もー、雄一だめよ? そんなに体力なかったら雄二に笑われちゃうわよ?」
 珠樹姉さんが嗜めるように言うと、葉月も「ゆ、雄二さんは笑わないかと…」と続く。

 雄二。
 僕のもう一人の幼馴染。黒川雄一の双子の弟で、黒川姉弟の末弟。僕のもう一人の親友だった。
 5年前に家を飛び出して以来、会っていない。

「ユウジ君は笑わないよー。でも、ユウジ君に会いたいな。今なにしてるんだろう?」
 由里香がさびしそうに言うと、珠樹姉さんも続ける。
「そうねぇ。この前みたいにまたフラっと帰ってきてまたとんぼ返りとかしないで、こっちにいればいいのに」
「え!? ユウジ君帰ってきたの!?」
「そうなの!?」
 これは僕も初耳だった。
「まぁ、もう4ヶ月ぐらい前になるんだけどいきなり家族会議やってる途中にふら〜って来て。父さんと殴り合いしてから帰ってったわ」
「なにをしてんだよ雄二…」
 前から妙なところはあったけどそこまでフリーダムだとは知らなかったぞ。
「そうね。色々と忙しいみたい。…少し複雑な気分ではあるけど」
 珠樹姉さんは少しさびしそうに呟いた。
 雄二が家を出て行った理由は、雄二達の母親が亡くなった後、家族との折り合いが悪くなったかららしい。
 元々雄二は雄一や珠樹姉さんには勝てないと思っていたらしく、それに加えて雄二の父親からのスパルタ教育にも反発していたらしいし。
 親友と離れるのは、やっぱりさびしい。
「大丈夫、また戻ってくるよ」
 葉月が慌ててそう口を開いた。
「そうだね…葉月は、会ったの?」
「うん」
 婚約者を放り出して、好き勝手に遊びまわってたりしなきゃいいんだけど。


 校舎に着いて靴を替え、3年の教室に向かう珠樹姉さんや1年の教室へ行く由里香達と別れて、僕と雄一は自分達の教室へと向かった。
 今日から新学期というだけあってか、出席率は当たり前のようにいい。僕と雄一より先に多くの生徒が来ていた。
「おいーっス! 浩之、雄一、元気だったかー?」
「二人ともおはよう。2週間ぶりぐらいか」
 僕らが教室に着くなり、近くの席から二人の手が上がる。
「おはよう、翔太、久遠」
 同級生の谷ヶ崎翔太と音無久遠。
 高校に入学して入ったゲーム同好会で同じ部活になったのもあり、そして今年は同じクラスになったので僕の友人達である。
「いやー、新学期始まったなー」
「そうだね。翔太、少し焼けたんじゃない?」
「まぁなー。夏の終わりに遥ちゃんと富士山に行ってきてな」
「マジで!?」
 翔太の言葉に雄一がすぐに食いついてきた。
 雄一は風景写真そのほかが大好き…でそれが高じてどんな風景にも魅力を感じるという困った病気がある。
「まー、富士の山頂から見る夕日は最高だったぜ。遥ちゃんもマジ泣きしてたしさ」
「夜登山にすればご来光が見れたのに。遥はそれを少し残念がっていたぞ」
 そんな翔太に久遠が口を挟む。
「いやー、だって遥ちゃんもお前と同じでそこまで体力ないだろ? まー、そういうところは兄妹っぽいなぁとは思ってるし」
 そう、遥ちゃんこと、音無遥は久遠の妹である。
 幼馴染の翔太と久遠の距離は近く、そういう面ではうらやましいと思う。
「そういや今日部活はあんの?」
「あるらしいな。昨日電話が来た」
「だとさ。浩之、雄一。放課後は部室だな」
「…だね」
 新学期初日から部活なんてハードすぎませんか。
 僕らがそんな事を考えていると、始業のチャイムが鳴った。どうやらそろそろ始まるようだ。
 しばらくの沈黙の後、スピーカーが動き出す。
『あー、あー、マイクテス。まままままままマイクテス。I am Onihara High School 放送委員。ただいまより、私立穂仁原高校、二学期の始業式を始めます。総員起立! 教室内だろうと廊下内だろうと起立! 校門に駆け込む遅刻者! そこも起立! いったん停止して話聞くことー。はい、一同、霊! じゃない、礼!』
 なんで放送室から校門まで見れるのかが不明だが、とにかく起立して礼。
『暑いんで、ちゃくせーき。あ、冷房入れてる部屋は暑くないから起立で☆』
「「「「だが断る!」」」」
 校舎中から見事な突っ込み。
『えー、それじゃまずは校長の話から。夏休みをリリースして、新学期の校長をアドバンス召喚! あ、校長。話は30秒で終わらせてくださいねー。どうぞ☆』
『君…。変なプレッシャーかけないように。お呼ばれしました校長です。皆! 夏休み楽しんだかー!? 後十日ぐらい欲しいと思わなかったかー!? 残念ながらロスタイムはありません! 2学期は文化祭、体育祭の二大イベントと共に、各種コンクール、部活の新人戦など様々なイベントがあります。故に、総員! 今年の命運はこの学期にあり! 総員、より一層の努力を求める! 全員、腹ぁ括れ! 見よ! 体育館は赤く燃えている!』
『全員聞いたかぁ! ただいまより九月一日恒例避難訓練の時間だ! 全員、おさないかけないしゃべらないもどらないの教訓を理解し、直ちにグラウンドに集合だ!』
 校長の最後の台詞に続いて生徒指導部の教師がマイクをもぎとって叫ぶ。
 その言葉にえぇーと叫ぶ。せっかく冷房のある教室に避難したというのにまた炎天下に戻れと。
『うるせー! 若い奴らが冷房の部屋から出たくないとは怠けてんじゃねぇ! 総員、駆け足! 出なかったらすごいのがやってくるぞ!』
「先生、すごいのってなんですかー?」
 翔太が立ち上がりざま、聞こえる筈もないのにそう突っ込む。教室内に失笑が漏れた時、ボリュームが最大に上げられる音が聞こえた。
『谷ヶ崎、聞こえてっぞ! お前は反省文30枚プラスプール掃除だ! いいかぁ、すごいのってのは…』

「俺だぁ!」

 教室の扉を開け放つなり、放送室で放送していたはずの生徒指導部の教師が現れ、翔太へとダッシュするなり、その身体を抱えあげる。
「新学期、初落としだ!」
「ぎょええええええええええええええ!!!!!!!!!」
 翔太の叫び声の直後、数メートル下のプールに落ちる音。
 夏休みの間、部員達が使いまくった後、掃除なしのプールはきつい。
「お前らも燻ってんじゃねぇぇ! さっさと移動移動移動!」
 教師の声に僕らは慌てて立ち上がり、教室を飛び出した。

 九月一日。イベントは始業式、避難訓練、HR。おしまい。

 その後の放課後、やるべきことは…部活だ。
 私立穂仁原高校は体育会系、文化系、共に部活は盛んで、中でも僕が所属するゲーム同好会は、部員数28名、ボードゲームからデュエルモンスターズをはじめとするカードゲーム、はてやアーケードゲームの大会にまで出場するようなレベルである。
 ちなみに殆ど出場まで行くレベルで優秀な成績かというとそうではないけど。
「うぉぉぉ酷い目にあったぜぇ…」
 部室の前に着いた僕、雄一、久遠の三人を待っていたのはジャージ姿の翔太だった。
「朝以来見かけなかったけどどうしたのさ?」
「プールに投げ込まれてからシャワー室保健室のコースだ。制服ずぶぬれ携帯沈没! 最悪だぜ」
「まさか本当に来るとは誰も思わないよね」
「まったくだ」
 翔太が肩をすくめつつ、部室の扉を開ける。
 翔太に続いて僕らが部室に入ると、部室では先にホームルームが終わったであろう一年生達と、その仲に珍しい人がいた。
「…久しぶりね」
「おおっ! 遊城じゃん、今日は珍しいな!」
 翔太が驚いた声をあげ、僕らも思わず驚く。
 一年生の遊城三四。病弱な為か部活はおろか学校にもあまり来ないが、たまに部活や試合などに来れば好成績を収めていく、まさに天才。
「新学期、だから」
「そうなんだ」
 三四はいつも冷静で、どんな返事にも素っ気無く答える。
 だけど寂しがり屋さんだってことは皆にお見通しである。
「三四は夏休みどこか行った?」
「プールに行った」
「三四は泳ぎ上手いの?」
「そこまで、上手くはない」
 僕と三四がそんなやり取りをしていると、なぜか雄一が食いついてきた。
「三四ちゃん泳ぐのか…どんな水着を着るのかが見ものだ」
「あ、解せる」
「…本当に兄弟って似るのね」
「何か言った?」
「何も」
 時々三四は僕らと違う遠い眼をしている時があるけど、本当にそれって…。
「部長は今日何をやると言ってたの?」
「さぁ? 翔太、電話で聞いてないの?」
 三四の問いから翔太へ振ると、翔太も首を左右に振る。
「聞いてねぇ。およ…」
「わ、皆来てたんだ。職員室行ってたら、遅くなっちゃって」
 部室の扉が開き、顔を出したのは一年生の松井さんだった。
「遅いぞ、律ー」
「職員室に行く用事があったの! ところで皆、どうしてぼーっとしてるの?」
「部長からの指示待ちだ」
「え? 昨日の電話で聞いてないの? 今日は、文化祭のときにやる交流戦のメンバーを決めるんだよ?」

 松井さんの言葉に、一瞬だけ場が凍った。

「え? 交流戦? なにそれ?」
 一番最初に沈黙を破ったのは、三年生の副部長、甲坂先輩だった。
 他の三年生達も動揺を隠さず、初耳とばかりに顔を見合わせている。
「な、なんでも今度文化祭で交流戦をやるとかで…学校を何校か呼んで対戦するらしいんですけど」
「初めて聞いたよ。今までやってたっけ?」
「前例無いわ」
 僕の疑問に副部長はそう答える。部長、何をいきなり決めてるんだよ…。
「そもそも何の交流戦?」
「説明しよう!」
 部員の一人が呟いたとき、唐突に扉が開いた。
「諸君、夏休みの間楽しく過ごせたか? さて、本日集まってもらったのはただいま松井から説明された事だ!」
「「「説明してねぇよ!」」」
「あっはっはっはっはっは! では、改めて語ろう。この度文化祭にて。デュエルモンスターズによる交流戦の開催が決定した」
「「「おぉー!!!」」」
「ルールその他は大体わかるだろうから今は省略する。この度の対戦相手は、全部で三校となる。どれもこれも手ごわい相手だ」
 部長はそこで声のトーンを落とした。
「と、言うより我がゲーム同好会の実力で一勝できるかどうかすら怪しい」
「?」
「まず最初に一校目。県立七ツ枝高校。市内の高校だが、ここのデュエル部は侮れない。今年春の関東オープンでベスト4のメンバーがそのまま残ってる」
 県立七ツ枝高校は同じ七ツ枝市内の高校だ。
 優秀な学校ではあるが、七ツ枝市民はなぜか穂仁原高校に来てしまうらしい。
「いきなり難敵ね」
 三四がそう答えた後、部長は言葉を続ける。
「二校目。…デュエルに関わるものなら誰もが知る、あの童実野高校だ! しかも今回…ここのデュエル部が相手ならばまだ問題は無かった」
「どういう事ですか?」
「うむ。童実野高校のデュエル部は元々初代決闘王が卒業した後にその栄光にあやかって出来たものだ。部活としてのデュエリストレベルはたいしたものではないし、何よりも県大会の予選ですら落ちるようなレベルだ。こういう相手ならば負けるはずは無かろうと招待した…が、童実野高校から連絡があった。デュエル部は出さない。代わりのメンバーを送るとな…」
 部長の声がどんどん小さくなり、そして視線を、僕らに向ける。
「滝野。前に出ろ」
「なにさ?」
「…お前は数ヶ月前の第2回バトル・シティでベスト8に残った。…そのときのベスト4を覚えているか?」
「もちろん覚えてるよ? 貴明でしょ、雄二でしょ、高取晋佑に、ゼノン・アンデルセン」
「…その代理メンバーに、そのうちの誰かが入っているらしい」
 全員の時が止まった。
「「「「いったいどうしてこうなったぁぁぁぁぁ!!!???」」」」
「そう、雄二が来るのね…」
 三四以外の全員の叫びの後、更に言葉を続ける部長。
「ラスト三校目。これが一番どうしようもない。…デュエル・アカデミア高等部だ」
 まさしくいったいどうしてこうなった。強豪だらけだ。
 どうすべきか、と考える中でふと三四が手をあげた。
「一つ質問いいかしら?」
「なんだ?」
「何を以てして一勝できるかどうかすら怪しいのかしら? デュエルは下馬評だけではないわ」
「…ふむ」
 三四の言葉に部長が視線を輝かせた。
「確かに、ゲーム同好会は総合的に見ればデュエルの実力は高くない…かと思えばそんなことはないわ。現に、理恵はバトル・シティでベスト8に残ってるし、予選落ちとはいえバトルシティの参加資格を得ることができた人もいる」
「そういわれると少し照れるな」
「ましてや、そこから時間が経っているわ。私達が決して負けるとは、到底思えない」
 言われてみればそうかも知れない。僕たちとて、部活ではある。
 ただダラダラ遊んでいるわけではない。
「よく言った遊城! ならば、交流戦はベストオブベストのメンバーを決めよう!」
「おおっ、言いましたね部長! てぇーことは、きますかい?」
 翔太の問いに、部長は立ち上がるなり、高々と宣言する。
「ただいまより交流戦メンバーを決めたいと思う! まずは他薦で誰がいいか?」
「はい! 滝野がいいと思います!」
「よろしい、まず1だ」
 部長はそう言うなりチョークを手に取り、さらさらと書き連ねる。
「さぁ、次だ。滝野。お前なら誰を選ぶ?」
「んー…あたしなら、遊城三四かな」
 意外な名前だった。
 まぁ、確かに三四は実力は決して低くはないだろうけど。
「三四の兄貴ってデュエル・アカデミアでトップクラスの強さらしいんだよね。で、三四も結構なデュエリストだって聞くよ?」
「ふむ。では、遊城三四も追加だ…甲坂。誰か追加すべき奴はいるか?」
「え? そ、そうね…私の目の前にいる人かしら?」
 突如話を振られた副部長が部長を見ながらそう答えると、部長はチョークをくるりと一回転。
「よし、では谷ヶ崎だな。谷ヶ崎。お前は誰を選ぶ?」
「……部長のスルー力、ハンパねぇ…プレミアリーグの審判も真っ青レベルだぜ…音無と、松井ですね。この五人でいいんじゃないですか?」
「もう一人欲しいな。遊城。君なら?」
 部長は翔太、久遠、そして松井さんの名前を書くと三四に視線を向けた。
「……浩之で」
 そして三四は、意外な答えを出した。

「え?」
 僕?

 が、部長は「了解した」と答えるなりさらさらと書き連ねる。
 滝野理恵。
 遊城三四。
 谷ヶ崎翔太。
 音無久遠。
 松井律乃。
 河野浩之。
 六人の名前が書かれ、2年生と1年生のみで構成された代表メンバー。

「さて、以上六名、代表メンバーと決まった。各自、文化祭までに準備をしておくように…。残りのものは…どうしようか」
「「「「決めてないのかよ!?」」」」
 部長の呟きに再度ツッコミが入った。





「交流戦は全部で1試合につき3戦が行われる。シングルスが2戦、タッグが1戦。1勝1敗1分とか3分で引き分けになった場合はシングルスでもう1戦。試合形式はトーナメントとなる。組み合わせは直前にクジで引かれる」
 部長は僕達代表メンバーを最前列に移動させてから黒板に交流戦について書き始めた。
 ちなみに他の部員達は僕らの後ろで同じように話を聞いている。
「つまり、最初からどこと当たるかなんてのは時の運かもな。しかし! どこと当たろうと、我々は穂仁原高校ゲーム同好会! おに校の底力を教えてやるのだ!」
 部長は黒板を一度盛大に打撃し、更に気合を入れている。
「相手がデュエルの英才教育を受けている連中だろうと、関東大会クラスの強豪だろうと、はてや決闘王の近くまで下克上した奴らだろうと、我々が劣るとは、到底思えない!」
 ついさっきまで一勝できるかも怪しいとか言ってた癖に。
 が、部長はそんな事は忘れてしまったのか更に言葉を続ける。
「それではまずは選手分析…と言いたいのだが、実は七ツ枝高校以外の選手データはないのだ」
「「「ないんかい!」」」
 再度ツッコミ。部長、大丈夫か?
「あっはっはっはっはっは! そういうこともあろう」
 部長は颯爽とツッコミをスルーする。
「そういえば部長、今回の交流戦って、どうして…?」
「うむ。まぁ、それなんだがな」
 部長は少し言葉を濁したようにすると、言葉を開く。
「夏休みの間。ある日の職員会議でのことだ」

「その日。我がゲーム同好会の顧問であるベガ先生こと碓間織姫先生は…山田山先生とこんなやり取りをしたそうだ」

『碓間先生、ちょっといいですか?』
『はい、なんですか山田山先生?』
『せ、先生はウチのクラスの笠井がいるゲーム同好会の、こ、顧問ですよね?』
『はい、そうですよ』
『笠井の夏期講習への出席が悪いので部活のほうに出ているのかなと思いましてね。部活も良いが勉強もおろそかにしないように、もう三年生である自覚を持てと伝えておいてもらえませんかね』
『も、申し訳ございません! 注意しておきます…笠井君、私よりもよくやってくれてるので、部活の事を笠井君に甘えてばかりで…』
『あ、いえ。それが笠井の良いところでもあるのですよ。なので、別にき、厳しく注意をしてほしいという訳では。勉学のほうにも力をということでして…ああ、そうそう。碓間先生のところの部活は、秋の文化祭での出し物は今のところ毎年ゲーム喫茶でしたが』
『はい。色々なゲームがあって楽しいですよ? 去年は確か珍しいゲームもありまして』
『デュエルモンスターズも確か嗜んでいますよね?』
『ええ。私は、そこまでは詳しくはないですけど…』
『私は一昨年まで童見野高校にいたのですが…先日、そこでの主任の先生に久しぶりに会いまして。どうやら童見野高校の生徒でこの前綺羅星のごとく優秀なデュエリストが現れたらしいのですよ』
『ああ、そういえば私もテレビで見ました! すごかったですねぇ』
『しかしそれで面白くないのは童見野高校のデュエル部らしく、自分達も良い相手と戦いたい!と言っているらしいのですね。それでいい相手がいないかと相談されまして…その、もし宜しければ…ゲーム同好会で対戦を引き受けてくれませんか?』
『わかりました。じゃあ、笠井君と相談してみますね』
『まぁ、時期などは未定ですがよろしくお願いいたします』
『なるほど、他校との試合ですが。私はかまいませんよ。如何なる敵が来ようと、勝利の為にこれを飲み込む所存』
『笠井!? お前、夏期講習の出席率が悪いぞ! いいか、部活もいいが勉学を怠るな! お前はただでさえ成績も普通なんだからこのままだと浪人行きだぞ!』
『笠井君。実はかくかくしかじかで…』
『なるほど。童見野高校のデュエル部は名前だけの弱小チームと聞きます。受けて立ちましょう。しかし、それだけでは我々の全勝なのでつまらないでしょう』
『…そういうならば先方と相談して決めてこよう』

 二日後。同じ場所にて。
『笠井。対戦相手と日程が決まった。日程は、ウチの文化祭の日だ。そして、対戦相手は童見野高校のほか、県立七ツ枝高校デュエル部、デュエル・アカデミア高等部…それと童見野高校のほうだが、対戦相手のデュエル部にメンバーが足りないので、先日のバトル・シティで好成績を収めた奴らが補欠で入るそうだ』
『!?』

「…というわけなのだよ。まさかこうなるとは思わなかった」
「相手がどうしようもない事になった原因って部長じゃないですか」
 しかも確実に狙っていける一勝を潰したのも部長の一言が原因である。
 なにやってんだこの人。
「諸君。かくして我々は強敵を前にして、ボルテージは上がっている」
「あがってないです。今ので冷めました部長」
「それぐらい高いレベルが相手じゃないと面白くないわ」
 途中でばっさりと言い放ったのは三四だった。
「三四、だって相手って」
「倒しがいはあるもの」
「そーそー、遊城の言うとおり。勝てば株はぐぐーんとあがる。予算もアップ! 俺達の部室の設備もアップ!」
「翔太ものんきだなぁ」
 だけど、そこまで軽い気持ちで大丈夫かなとも思うんだけど。
「兎にも角にも諸君。代表メンバーは文化祭までに腕を磨いておくように…、そういうわけで今年はまたもゲーム喫茶をやるが、全員でやれないという事だけを理解しておいてくれ」

「以上、解散!」

 解散した…強引に解散した…。

「どうするかな…雄一、珠樹姉さんとかはもう帰ってる?」
「だと思うけど。僕らも帰るか」
 雄一からの返事を受け、僕も帰り支度をする。
 まぁ、部活ある日は珠樹姉さんや由里香と一緒に帰れない日があるのは仕方ない。
「それにしても、妙だよね」
「なにがさ?」
「いや、先生つながりとはいえ、デュエル部分に於いては僕らは無名の学校。なのにアカデミアに童見野高校なんて、名門じゃない」
 僕の言葉に雄一も確かに、と頷く。
「浩之は、どう思う?」
「楽しみだけど、怖くもあるかな」
「…怖い?」
 唐突にかかる横からの声。見ると、三四が立っていた。
「どうして?」
「うーん、なんていうかな、僕みたいなのが、そこに立っていいのかなぁっていうか…」
「浩之なら大丈夫」

「私が保証する」

「そ、そうだといいけど…途中まで一緒に帰る?」
「そうする」
 三四を促し、三人で帰ることにする。
 三四はあまり学校にも部活にも出ないけど、でも来る機会がある時はなるべく話すようにしている。
 素っ気なさそうに見えて三四のほうも積極的に動いてくる、というのもあるのだけれど、何よりほうっておけないからだ。
「童見野高校の三人のうちの誰か…出来れば雄二であればいい」
 階段を下りながら、雄一がそう呟く。そう、童見野高校にいるバトル・シティベスト4の人の中に、雄二が入っているのだ。
「それならまだ勝てる可能性がある。決闘王には、予選で勝てなかったからね」
「でも雄一は代表じゃないから、浩之が勝てるかどうかね」
「代表に選んだの君だよね?」
「私なら誰が相手でも負ける心配などないわ」

「ほー、大した自信だな三四。で、何の話をしてるんだ?」

 ん?
 僕と雄一は、顔を見合わせる。
 どこか聞き覚えの或る声。いや、忘れるはずもない声。

「今度、交流戦をやるのよ。聞いてなかったかしら? 雄二」

 三四は、振り向きながらそう言い放った。

「…初耳だぜ」




《第30話:教えてはいけない1の真実》

「初耳だぜ」

 五年ぶりに聞くその声は、すごく新鮮に聞こえた。
「あら、そうなの? 意外ね」
 三四が変わらぬ口調でそう返事をした時になって僕と雄一はようやく思考を現実へと引き戻した。まるで夢を見ていたかのように、その存在そのものが意外だったからだ。
 僕はゆっくりと背後を振り向く。

 五年前より、少しだけ背が高くなった雄二は、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
 一つ違和感があるとすれば、右目を覆っている海賊のような眼帯だ。
「…雄二?」
「…久しぶりだよな、ヒロ」
 雄二は悪戯っぽく笑うと、「そういや」と口を開いた。
「いつかのメキシコ湾クルーズ土産のダイオウグソクムシは元気か?」
「一昨年美希がうっかり大川に放しちゃってそれきり行方不明さ」
「あんなもの放すなよ美希…」
 それ以前にあんなものをお土産代わりにされても、ペットとして飼うのが大変だったんだぞ。
 世界最大のダンゴムシはアンモニア臭い事でも有名なんだから。おまけに餌は…なんでも食うせいでうちの金魚はこいつのせいで全滅した。
「ま、何よりお前は…大丈夫そうで何よりだな」
「まぁね。皆、いるから」
「…そっか。それで少しだけ安心したよ」
「むしろ心配するのは君だよ。葉月にちゃんと連絡取ったの?」
 そもそも、雄二が家を飛び出して一番酷い目にあったのはおそらく彼の婚約者でも或る葉月だろう。
「この前挨拶はした」
「そう…あのさ」
「ん?」
「いや、だいぶ変わったよね、背も僕より高いし。雄一より高いんじゃない?」
「まぁな…なぁ、浩之。お前って…」

「美希と、瞳の色一緒だったっけ?」

 え、そうだった、かな?
 僕は慌てて目元に手をやる。とは言っても、鏡を持っているわけではないから、確認しようがないけど。
「ああ。美希と同じさ」
「目といえば、雄二は右目どうしたの?」
「色々あって持ってかれた」
 雄二はそう言って力なく笑うと、少しだけ視線を落とした。
「浩之が大丈夫で何よりだよ」
「んー…どうだろうね」
 実際、僕がどうなったかというと、少しはおかしくなっているのかも知れない。
 美希の死。
 妹がいなくなったことから、ぽっかりと空いた穴。
 それを埋められるものなんて…ないのだろうか。無いかも知れない。
「正直な事を言うとさ、雄二が家を出てった理由。なんとなく解った気がする」
 その時、その場にいるべきはずの、人がいない。
 そしてそれが担っていた役割すらも消える。
 そうやって出来た小さなほころびが大きくなると、それは大きな穴になる。
 そうやって出来た穴を…僕は…どうすればいいのか、わからない。

 雄一や珠樹姉さんや、由里香の側にいても、ゲーム同好会で遊んでいようと、美希はもういないのだから。

「だよな…母さんのときもそうだったと思うんだ。俺さ、その…なんていうか…」
 雄二は僕の隣まで来ると、少しだけ恥ずかしそうにしてから言葉をつむいだ。
「ずっと皆に敵わないなぁとか思ってた。姉貴も兄貴もさ、俺みたいに努力して色々やってたし…」
「雄二だって、僕らに追いつこうと必死だったじゃないか」
「ああ。けど追いつかなくて、それで親父に色々言われて…それで母さんにずっと頼ってた。それがなくなって、支えがなくなったから逃げちゃったんだよな」
「……うん」
 それを、批難するのは簡単だ。臆病者と。
 でもそれが出来ないのは、彼には彼なりの理由があるからだ。
「でも、そうやって逃げてばかりで、葉月の事が浮かんだまま、でも決着つけられずにうじうじしてて…俺は、俺を好きになろうとしてた人を失った」
「君を?」
 成長した雄二は、容姿もよい。もともと性格だっていい加減なところもあるけど優しい性格だ。
 そんな雄二の事を好きになろうとする人ぐらい、いるだろう。
「あの日。アクアフロントで」
「美希と同じ日に、同じ場所で?」
「ああ。浩之。…俺はお前にその事で、言わなきゃならない事がある。許してくれともいえないが」

「俺の目の前で美希が殺された。それが許せなくて飛び出した事で、その子を殺してしまった」

 雄二の真紅の左目に涙が浮かんでいるのが見えた。
 でも雄二は、僕にそれを告げる。謝罪も、贖罪も無い。ただ事実だけを告げる。
「そっか」
 あの日帰ってきた美希はとても無惨な姿だった。
 そして近くにいた女の子もまた、とても酷い状態だったという。
「…何も言わないのか」
「その事で君を責めることなんてできないよ」
 だってそう言っても、美希が戻ってくるわけでもないのだから。
「雄二」
 急に三四が口を挟んだ。
「ん? 何だ?」
「今度の交流戦、出るの?」
「んー。どうだろうな。まだわかんねーや」
 頭をかく。その癖だけは昔から変わんない。
「できれば、戦ってみたいな」
「浩之、お前デュエルしてたのか?」
「してるんだよ!」
 確かに雄二がいた頃はまだしてなくて美希のカード集めに付き合わされてたけどね!
「雄二、バカにしないほうがいいわ。浩之は強い」
「え、マジで?」
「少なくとも私並みには強いわ」
 なぜか三四はふふんと無い胸を張る。だからなぜ三四が言う。
「そうか。じゃあ、今度戦ってみたいものだな? 今日やってみたくもあるが、ちょいと今日はこれから野暮用なのだ」
「何の用事?」
「この黒いお姫様を呼びに来たのさ痛ぇ」
 雄二が三四を指差したときに三四の蹴り一発。これは痛い。
「…検診はまだ先の筈だけど」
「ちょいと別用さ。じゃ、背中乗れよ」
 雄二は三四を先導していくと、いつの間にか待機していた黒のバイクの背中に三四を載せる。
 ああしてみると、二人は相当親しい仲なのだろうかと思ってしまう。
 実際三四は可愛くはある。性格に少し難ありだけど、不器用なところも含めて魅力にもなる。
 でも、雄二はさっきも自分で言っていたように、葉月がいると言っているから、それはないかな?
「じゃ、またな」
「うん、またね」
 そう言って、別れて、雄二と三四を載せた黒いバイクは去っていった。

 こうして旧友に会うのは、懐かしい気持ちになれた気がする。



「雄二」
「んー?」
「浩之とは、友達だったの?」
「ああ。幼馴染で、親友だよ。…今でもそう、信じたいかな」
「雄二にしては珍しいわね、そんなこと言うの」
「そうかぁー? ま、なにはともあれ三四。晋祐が言うには、デュアル・ポイズンの連中の基地は四津ヶ浦沖らしいんだよな」
「…今から行くの?」
「そゆこと」
「大仕事ね」
「意外とそうでもないかもな?」
「? どういう、こと?」
「ま、そゆこと」



 家に戻っても、静かなままだった。
 それもそうかも知れない。だって、父親は仕事だろうし、母さんのほうは…。
「ただいまー」
 そう返事をしても、明かりがついたままの母さんの部屋から返事は無い。

 美希がいなくなって、一番ショックが大きかったのは母さんだろうから。

 明かりのともったままの部屋から出ない母さんは、今日も美希の写真だけを見ているのだろう。
 少しだけため息をついて、自分の部屋に戻る。
「母さん、晩御飯、後で部屋のお前に置いとくからね」
 返事は無いけれど、たぶん届いている筈だ。

 台所に立って、今日の晩御飯の支度を始める。
「…カレーにするか」
 よく議論になるけれど、カレーは夏の食べ物と認知されてはいるが暑い夏にカレーを食べると暑くなって嫌いという人もいないわけではない。
 しかしかと言って冬の食べ物かというとこれには疑問符をつける人がいる。どっちやねん。
 ニンジン、玉葱、じゃが芋と刻んでいく。
 昔からこうやってカレーを作っていると、カレーというものは単純ながらおいしく作るのは難しいという話を思い出す。
 なにせ下手な事をしてしまえば恐ろしいものに…それこそ青紫色のルーになったりとか。
 今までの人生でそんなカレーは見たことが無いけどその光景がありありと想像できる。
 でも、そんな思い出がすごく懐かしく思えた。
 本当はそんな体験、したこと無いはずなのに。
 ただ、鍋をぐるぐると掻き回していると、玄関のチャイムが鳴り響いた。
「ひーろー!」
 この声は…珠樹姉さんか。
「あれ、珠樹姉さん? どうしたの?」
「いやー、雄一が帰ってくるなり雄二がかわいい後輩をさらっていったって言うから、浩之は無事かどうか確かめに」
「限りなく無事だよ」
 雄二はいったいなんだと思ってるんだよ、仮にも姉だろ…。
「あれ、カレーの匂い」
「カレーを作ってたから。今日の晩御飯」
 僕がそう答えた時、「えぇ〜」という声がした。これは由里香の声だ。
「せっかく家からコロッケのタネ持ってきたのに〜」
 珠樹姉さんの後ろに隠れていたのか、大荷物を抱えた由里香が残念そうな声をあげる。
 由里香…というより由里香の親はこんな我が家を見かねて時折ご飯を持ち込んでくれるが、有難くはあるけど少し気が引けるというか…。
 まぁこれは仕方あるまい。
 けどせっかくの好意を無為にする訳にも行かないし。
「まぁ、コンロ一つ空いてるから…揚げてきなよ。コロッケカレーにする」
 僕がそう答えると、由里香は「やったぁ!」と叫ぶなり、さっさと靴を脱いであがっていく。
「嗚呼〜♪ ヒロ君がコロッケ好きなの〜♪」
 お前はいったい何の歌を歌っているんだ。
「時々思うけど由里香は本当に高一なんだよな…」
 いまだにどこかしら子供っぽい気がするんだけど。まぁ、体格も小さいし。ベガ先生といい勝負だ。
「まぁ、確かにそれはいえるわね。私から見ても妹に見えるし、それに…ヒロだって、あの子の事、美希とは違う妹のように見てたでしょ?」
 それは否定しない。ずっと、ずっと側にいて。あんな風に慕われ続けて。
 美希と同じように、由里香は僕の事を見ている。憧れの目で。尊敬する、自慢の兄を見ているように。
 そしてだからこそそれが辛くなる。美希の事を失ってから。
 雄二に謝られた時だって、辛かった。雄二のせいでもないし、僕があの時あの場にいなかったから。
 でもそれで結末が代わるのだろうか?
 僕が死ぬのに代わっただけなのではないだろうか?

「ヒロくーん!? カレー焦げちゃうよー!?」
「あ、うん! 今行く」
 慌てて思考を現実に引き戻し、台所へと戻る。
「本当にヒロは、色々出来てるわね。家事や人の面倒を見ること、色々…」

「でも、その分だけ…」


 コロッケカレーである。まごうことなくコロッケカレーである。
 しかしコロッケカレーいえども、ご飯を覆い尽くすどころか白米よりも多いコロッケの上からルーじゃコロッケカレーとは言わな…い?
 うん、とりあえず落ち着こう、僕。
「由里香…コロッケ多くない?」
「えー? 普通だよ。ヒロ君が少食なだけだよ」
「そうかなぁ」
 だけど由里香の家は一人前のコロッケが6つだからなぁ。当たり前だが一口のサイズではない。
 そんなコロッケが8つである、8つ。ちなみに僕の家の食卓のコロッケは同じぐらいの大きさが一人3つだから2倍を超えている。
 そして大盛りの白米とカレーである。カレーである。

 重いよ!

「もー、お腹ぺこぺこよ? 早く食べましょ?」
 そんな僕の救世主と言ってもいいのか解らないけど、珠樹姉さんはすでにスプーンを手に取っていた。
 この体型であるにも関わらず大食漢、由里香の家の胃袋についていける。人間ってふしぎ。
「そうだね、いただきます」
「「いただきまーす」」
 僕に続いて二人の声も重なり、スプーンを手に取る。
 まずは一口…ご飯まで届かないのが悲しいところだけど仕方ない。ふむ…。
「味付け、間違えた…」
「え? これで?」
 僕の呟きに珠樹姉さんは驚いた顔で僕を見る。
「うん。ちょっと辛すぎた」
「そうかしら? カレーなんてこれぐらいスパイシーなものよ」
「ヒロ君、カレー粉入れすぎたんじゃない? 辛いよ」
 珠樹姉さんの言葉に由里香はそう言って首を横に振る。やっぱり辛いんだろうな、そりゃ。
 しかし作ってしまったからには食べるしかない…重い量だけど。
 とりあえずスプーンを口に銜えつつ、テレビのリモコンを片手で引き寄せようとすると、横からにゅっと手が伸びる。
「食事中にテレビ観ない。行儀悪いわよ、ヒロ」 「うちでは見てるけど今日はタマちゃんの言葉に賛成するであります」
「由里香まで!? 後、意外と説得力ねぇ!」
 少なくとも自分の事を棚上げしてはいけません。由里香さん。
「食事中にテレビ観るの行儀悪いって言うけど、テレビから一家団欒とかそういうのもあるでしょー?」
「んー。でもさ、家族揃っての食事ってのはやっぱり皆で今日の事を話題にしながら、とかそういうのが良いんじゃないかしら?」
 僕らは家族じゃな…いけど似たようなものか。
「おじさんが厳しい、珠樹姉さんが言うと説得力あるよ」
「え? …うち、食事中は結構喋るわよ? 雄一が中学生になった頃からだけど」
「僕としてはそれまでのイメージしか知らないからね!」
「ある程度分別がつくから食事中に話しても非礼にはならないだろうって」
「…普通、逆じゃない?」
 子供が幼い頃は食事中に話してもまだ子供だからと許容されそうな気が…まぁ、雄一の家だからね。
「で、その雄一はどうしてるの?」
「うち、今夜はホテルのパーティにご招待よ。笹倉グループが千里眼銀行を買収して新銀行にするって。その発表と祝賀」
「珠樹姉さんは出なくていいのかよ…」
「父さんの代理で雄一が行ってるのよ。元々私はフリー」
 黒川のおじさんはどこか武闘派な所があるせいか、ああいうパーティというものが好きじゃないらしい。当主なのにそういうイベントをぶっちしてしまうのはどうかと思うけれど。
「あ、そうだ。ヒロ君、ヒロ君。実は、折り入ってお願いが…」
「由里香のお願いは今日はもう聞いた。また次のご利用をお待ちしております」
「さり気なく流された!? 今日まだお願い言ってないよ〜」
「コロッケ」
「それ!? コロッケ揚げてきなって言ったのヒロ君だよね!?」
「くっ、それを見抜くとはやるな、おぬし…食らえ! カレーにイカの塩辛を載せる攻撃!」
「ぎゃー! カレーの上にイカの塩辛がー! 辛いカレーが変な味になるよー!」
「こら、ヒロ。由里香をからかうのもほどほどにしなさい」
 途中で珠樹姉さんに止められたので仕方なくイカの塩辛の瓶をしまう。
「うぅ、タマちゃん、ヒロ君が意地悪する〜.」
「よしよし…ヒロ、いじめちゃだめよ?」
「はいはい…で、お願いは何? とりあえず用件を聞こう」
 とりあえず水性マジックで顔にバッテンマークを書きつつ、そう問いかける。
「えーとね、私のクラスに、転校生が来ました」
「へぇ」
「外国の人です! 名前はリック君、すっごくかわいいんだよ? …明日携帯電話を買いに行くそうななので、出来ればヒロ君も来て欲しいなぁ、って」
「携帯ぐらい一人で買えない?」
「いやー、そこは詳しい人がいると安心かなぁって」
「まぁ、いいけど」
 特別込み入った事情があるわけでもないし。
「でも、うちの学校に転校生って珍しいね、この時期に」
「海外の子でしょ? 海外は新学期は九月からだから変じゃないわよ」
「そっか。で、どんな子?」
「かわいい子!」
「…男だよね?」
「うん!」
 由里香よ、一つだけ言わなければならない事がある。

 年頃の男の子にとって、かわいいという言葉は褒め言葉ではない。

 しかし心にそんな事を誓っても、決して言うことは出来ない僕は七面鳥並のハートなのだろうか。
「まぁ、いいよ。明日は部活も休みだしね」
「やったね」
 なぜ由里香が喜ぶ。
 そんな事を考えつつ、カレーを口に運ぶ。
「ん、カレーおいし」
「タマちゃん、辛いのよく兵器で食べられるよね」
「まぁ、それもあるけどさ…こうやって、皆でご飯食べれるってのが、更に味を倍増させるのよ」
「なるほど!」
「…まぁ、幾らか欠けてるのも、事実だけどね」
 珠樹姉さんの言葉に、思わずスプーンを止めかけた。
 慌ててカレーを口に運ぶを再開して何事も無いように見せかける。振り。
 ホントは違う。

 ぞっとしたから。ここに皆が揃ってないってことを。
 美希がいないことを、余計に意識してしまう気がして。

 それを聞くと、不安になる。

 だろうな。

「ねぇ、今、誰か何か言わなかった?」
「え?」
 二人は不思議そうな顔をするが、それでも声はまだ続いた。
 いつまでも目を逸らし続けるつもりか? 自分自身から。
 お前は、そんな奴じゃないだろ。

 確かにその声は聞こえる。ここに聞こえる。
「誰?」
 お前は覚えてないかも知れないけれど、俺は覚えている。
「……」

 脳裏に響く姿無き声は、どこか物悲しく聞こえた。
 でも直感で…感じる。こいつは、僕の何かを、知っている。
 それを、確かめに行く。

 椅子を蹴飛ばして立ち上がり、一度部屋に戻る。デッキを探り出し、ポケットへ。
 なんでデッキを手にしたかは解らないけれども、必要だと感じたからだ。
「ヒロ、どこ行くの!?」
 珠樹姉さんの言葉に答えず、とにかく外へと飛び出す。
 お前はどこにいる?
 俺はここにいる。
 声だけを頼りに、走り続ける。
 赤信号も無視して、道路を横切り、ガードレールも乗り越えて、とにかく急ぐ。
 それが正しい方向かなんて確かめもしない。声だけを頼れば、いずれたどり着けるのだから。
 こっちだ…お前も知ってるはずだ、この場所を。
 お前は誰?
 どうして僕を知っている?
 お前が思い出すまで、お前は知らなくていいだろう。
 ならばどうして僕を呼ぶ?
 お前は悔しくなかったのか?
 なにを?

 その問いが始まった時、僕がいた場所は、七ツ枝市の外れにある、墓地だった。
 北の外れにある墓地は、なぜか十字架と西洋風の墓標ばかりが並ぶ、日本の地方都市としては異質の場所だ。
 その墓地の奥の、真新しい墓が二つ。

 一つの名前はSakuya-Kurokawa(1982-2007)
 もう一つが…Miki-Kouno(2000-2012)

 その二つの間に、そいつはいた。

「君が僕を呼んだのかい?」
『ああ』
 そいつはゆっくりと立ち上がると、僕と視線を合わせる。
 黒いボサボサの髪の中で光る紅の瞳。
『悔しくない筈、無いだろ? 当たり前に、あるべき妹を奪われた』
「…そうだね。否定するのは、嘘になる」
『その日常を、受け入れつつあるのか?』
「そうしなきゃ、何も始まらないよ。だって、今を生きているのは、僕達だから」
『なるほど』
 そいつは感心したように呟くと僕の周りを歩き出す。
『俺とお前は、世界の最後にいた』
「……」
『言っている意味がわからないかも知れない。でも俺達は、この世界の覇権を、お互いに背負っていたんだ。でも、それらはあの時全部終わった』
「確かにね。にわかには、信じられないよ…でも」
 何かがおかしい気がするんだ。
 急に雄二が戻ってきたことも、美希がいなくなった事も、そして…不思議な夢の事も。
「僕はそれを信じる要素がある。それで、お前は、どうしたい?」
『俺の今の望みは、お前と共に行く事。…変えたいんだ。世界を』
「世界を、変える?」
 ずいぶんと大それた事を言うな、とも思う。
「世界はとても大きいよ。僕なんて…いや、僕もまた、小さな一人だよ。世界を変えるなんて」
『出来るさ。あんたもまた人だ。小さな一人でも、出来ることがある。そいつにしか、できない事がある』
「まるで随分知ってるような口ぶりだね」
『それを証明したんだよ、お前が』
 僕の記憶に無い僕、か。
『正義の反対って、考えた事、あるか?』
「人間だったら、一度は考えた事あるよ。でも、たいてい」
『「答えなんて、出ない」』
 そこだけ、見事なシンクロ。
「正義の反対とは言っても、そもそも自分の掲げる思想そのものが正義とイコールで結ばれるかなんて、常にそうとは限らないしね」 「まぁ、それは言えてるね」
 自分で自分の事を信じられない奴に、何かを成し遂げることなんてできるはずは無い。
 自分を過信するな、とは確かにわかる。でも、卑下しすぎてもいけない。
 自分が無力だと絶望した時に…空を見るか、それとも土を見たままなのか。
 それぐらいの違いだろうか。
「君は、何を変えたかったの?」
『俺が変えたいものと、お前が変えたいもの…かつては違う。でも、今は同じかも知れない。この世界を、終わらせないために』
「不思議な事を言うね」
 まるで未来を知っているかのようだよ。
『ああ。この世界は…近いうちに崩壊を迎える。かつてと同じように。お前が覚えてるその記憶と、関わってるさ』
 僕の記憶…あの夢の事なのだろうか。
 こいつが僕を呼んだこと。そして、色々な事を言っている。
「…僕と一緒に行きたいと言ったね? どうすればいい?」
『受け入れるのか?』
「僕も、今、知りたい事がたくさんあるからね」
 僕の言葉に、そいつは少しだけ笑った。
『成立だ。手を伸ばせ』
 手を、伸ばせという言葉と共に手を伸ばす。

 そいつと触れた時、一つだけ思い出した。

 こいつは、どこまでも…強い奴だったんだと。



 深い絶望の中で、幾度とない涙を流しただろうか。
 あふれ出る鮮血。身体中を走り回る激痛。
 思い出も、大切なものも、何もかもが一つずつ壊れていく、全てが壊れていく世界で。

 それでも僕は彼女だけを守りたかった。
 僕にもう一度光を見せてくれたのは彼女だったから。

 嗚呼…どうして僕はその名前を思い出せないのだろう。
 彼女は今どこにいるのだろう?
 僕はこんなに呼び続けているのに。

 ただ一人。






 四津ヶ浦沖に浮かぶ、直径1キロほどの人工島。
 デュアル・ポイズンの二番目の本拠地として、長くその場所にあった。

「しかし、今は誰もいない」
「言うな雄二。後、誰に向かって喋ってる」
 俺の言葉に晋佑はバツの悪そうな顔で答える。
 すでに人っ子一人おらず、重要そうな書類もあらかた持ち出された後でろくにデータも無い。
 まぁ、実際そうなっている理由もわかる。重要なメンバーである晋佑がデュアル・ポイズンを裏切ってしまったので情報漏えいを防ぐためにさっさと移動したのだろう。
 つまり、無駄足になる可能性は高かったという事だ。
「それに、下手にバトるよりかは、何かいりそうなものを持ち帰るほうが嬉しいしな」
「そういうことかい…けどよ、晋佑。そっちを期待してる奴がいたのはどうするんだい?」
「そうね…少し拍子抜けだったわ」
 俺の言葉に三四が続ける。このお姫様、本当にデュエルするほうが主目的だったらしく、すでに不満そうに口をへの字にしていた。
「やれやれだな…おーい、お姫様」
「あなたにお姫様と呼ばれる筋合いは無いわ。別に姫でもないし」
「…だそうだ。雄二、お前の成功率-100%のナンパ話術ですねた三四をなんとかしろ」
「誰が-100%だ」
 さり気なく酷いこと言ってるなこいつ。
 しかし不機嫌なお姫様を放置しておけば余計に酷くなる。
「だいたいな、三四。お前、そんなにデュエルしたい病気だったか? まるで十代みたいだなぁ」
「兄さんの場合病気というより性癖よ」
「実の兄に対してベタベタしてる割に容赦ねぇ!」
「違うわ。愛してるのよ」
 なぜかふふんと胸を張る三四。無い胸を張るな、後自慢じゃない。
「お前と同じ時間を過ごす奴が苦労するだろうな…つーか、浩之とか兄貴と同じ学校どころか、話せる仲とは知らなかった」
 これは本当に意外だった。俺と三四が普段の生活をそんなにほいほい話さない(そこまで深い関係にならないというのもあるが)からかも知れないが。
 同じ出身地とは知っていたが、まさか家まで近いとは。
「別に言う必要も無かったから」
「まぁ、そうだろうな」
「でもたまには顔ぐらい出してあげなさい」
「この前出しました。今日も出しました」
 アクアフロントのあと、一度家に帰ったとはいえ、それでも親父から「お前が果たすべきことを果たすまで戻るな」と言われたのだし。
「それに、お前が俺の家族についてあーだこーだと言うなよな…」
「そうかしら?」
「そういうものさ」
 三四にそう返した後、俺はため息をつく。
「けど、浩之って、雄二の前では案外おしゃべりなのね。普段は静かな人って思ってたから、意外だったわ」
「あー…まぁ、そりゃそうだろうな。心許してるっつーか」
 ある意味俺にとって、昔と変わらないまま接してくれた浩之は有難くはあった。
「同い年で、兄貴以外で側にいる親友って立場だったしな」
「親友…」
「そ。貴明や晋佑みたいな、な」
 俺がそう答えると、三四は少しだけ不思議な顔をしていた。
「どうした?」
「…そうやって、心を許せる人を、持つって、いいわね」
「…あー…」  元々病弱で、入退院を繰り返して友達を会う機会どころか作る機会すらあまり無い。
 おまけに兄の鉄壁のディフェンスだ。そりゃあ、無理だ。
「なぁ、三四。知ってるか? 人とウサギの共通点」
「?」
「どっちもさびしくて死ぬ」
 ウサギが寂しさで死ぬというのは本当かどうか定かではないけれど。
 でも人は一人では生きられない。誰かと関わらなければ、生きていけない。
 故に、人は誰かとつながりあう。
「……雄二がそんな妄想を信じるようなタチだと思わなかったわ」
「待て。たとえ話だぞ?」


 人工島は海上に出ている部分だけでなく、地下部分も存在する。
「あるのは…シーチキンの缶詰とねずみが数匹かねぇ」
「喰うか、シーチキン?」
「喰わん」
 晋佑からパスされたところどころ錆付いたシーチキン缶を蹴飛ばすと、見事な勢いで壁にストライクした。
「…ん?」
 もう一度缶を拾い上げる、投げる。
 後が空洞のような音。
「隠し部屋だな」
「隠し部屋だろ…な!」
 晋佑が壁に蹴りを入れて隠し扉を破ると、そこにはカードが山積みになっていた。
「偽造レアカードか?」
「ああ。これらが資金源なんだろうな」
 まさしく文字通り、素人が見ればそれは宝の山だろう。
 エクゾディアのフルセット、ブラック・マジシャンに宝玉獣。レッドアイズまである所を観ると、色々な所で元のカードを集めていたのだろうか。
「サイレント・ソードマン」
 三四がカードの一枚を摘み上げて呟く。確かにそれもレアカードだが…よくよく触れば紙質が違うのが解る。
「ここまで精巧にできるなんて大したものだけど、偽者ね」
「持ち帰るなよ?」
「持ち帰らないわよ。けど…こうまでして、レアカードが欲しい人がいるのも事実」
 レアカードとは高嶺の花である。
 ちょっとやそっとじゃ手に入らないもの。だからこそ、偽者が横行する。
 しかし贋作が増えれば増えるほど、価値は下がる。数の氾濫したカードに意味なんて無い。
「でも、高くて、いいものであればあるほど、独占したいという思いが人を支配する」
「…そうね。だから、こんなものに手を出すのかも」
「だな」
 俺は三四に手だけで離れるように示すと、軽く手を回転させて、ファイヤーボールをイメージする。

 ファイヤー・ボール 通常魔法
 相手ライフに500ポイントダメージを与える。

 ぶん、と手首を振ると火炎弾が飛んでいき、あっという間にカードは炎に包まれた。
 ぱちぱちと、炎は燃え上がる。
 カードが吸い込んだ悪意を示すように、猛々しく、悲しく燃え上がる。
「…こういう炎を見てると」
「?」
「十代を思い出すよ。何もかも捨てて、たった一つの為に、地獄の道を歩いて。…その先にあるのは、血塗れだ」
「…決め付けないで」
「どうだろうな」
「決め付けないで。兄さんは確かにそうかも知れないけど…でも、私は」
「そうだよ、お前はお前だよ、三四。十代じゃない。だから、お前が進む道は」

「お前が決めろ。…十代だって、それを望んでる筈だろ? 十代にとらわれるな、お前が進みたい道をお前が決めろ」

「……」
 三四は、少しだけ寂しそうな顔で、俺から視線を逸らしながら炎へと目を向けた。
 静かに炎は燃える。

 彼女が進みたい道は、なんだろうか。




《第31話:僕が君を知る一番手っ取り早い方法》
 奇妙な体験から、一夜明けました。
 いわく、僕は墓地で倒れていたらしいですが、あいつとの遭遇の後はよく覚えておらず気が付いたら朝だったからそうなのかも知れない。  さて。
 そんな今日の僕の日常は基本的にはいつもと変わりは無く、授業を受けていつものように雄一をはじめとする同級生達と挨拶をして、昼休みには購買の戦場を勝ち抜いてコロッケパンを奪いに行って、午後の授業はエクストリーム昼寝タイム。
 そうやってやってきました放課後。
「ヒロ君、ヒロ君、お待たせ…ってヒロ君どうしたの!? まだ具合悪いの?」
「違う、眠いだけ」
 教室にやってきた由里香が僕を見つけるなりそう声をあげるが、僕はいつものように返す。
 眠いものは眠いのだからしょうがない。
「もー…駄目だよ、そんな風にあくびばっかりして眠そうにしてたら。時間もったいないよ?」
「なんだか最近珠樹姉さんに似てきたなぁ」
「そう? でも、タマちゃんみたいにはなりたいかな」
 由里香はそう言うなり、早く行こうとばかりに手を引っ張る。
「わかったわかった。今行くよ…雄一、翔太、久遠もじゃあね」
「ああ。また明日」
「おう。また明日なー。お前はデートとはいいねぇ…ま、俺も愛しの遥ちゃんとデートだけどな?」
「俺の前で堂々と言うな阿呆め…とりあえず応援はしているぞ、浩之」
「久遠。なんか違う」
 少なくとも僕と由里香はそんな関係ではない。



「ごめんねー、遅くなったけど、連れてきたよー!」
 由里香に連れられて校門まで行くと、由里香は校門の前にいる生徒達にそう声をかけつつ手を振る。
 すると生徒達の中心にいた黒髪の子が軽く手を上げ、こちらへと近づいてきた。
「ごめんね、わざわざ…こんにちは!」
 その少年はまず近づいてくるなり頭を下げる。黒髪黒目と、日本人とさほど変わらぬ外見をしているが顔立ちはだいぶ違う。
 留学生とは聞いていたけど、どこの国だろうか。
 肌は白い方だからヨーロッパ系なのは確かなのだけれど。
「こんにちは。えーと…妹の由里香がお世話になってます。2年の河野浩之です」
「あ、どうもすいません…って妹!?」
「ごめん、嘘。まぁ、似たようなものだけれど」
 驚いた顔をした彼にそう付け足すと、彼は「ですよね。一人っ子って聞きましたし」と笑いながら呟く。
 少しだけ打ち解けられたようだ。
「あ、自己紹介、まだでしたよね。リック・コブラって言います」
 彼はそういうと、胸に手を当てて小さく頭を下げる。あまりにも完璧すぎる、というか日本語の発音も完璧。かつて日本に来た事があるのか、もしくは元から日本にいたのか。
「日本語上手だね」
「ああ。義父さんが日本によく来てたので。おかげでバイリンガルです」
「へぇ。お義父さん何やってる人なの?」
「デュエルを学校で教えてるんです。とっても強いんですよ?」
「!」
 デュエルを学校で教えている。
 この世界でこんな職業に就ける場所なんて限られている。それは、世界に10校存在するデュエル・アカデミアで教師をしているという事だ。
 アカデミアには生徒として入るのにも難関だが、教師として入るにはそれ以上に難関とされている。
 なにせデュエリストとして明確な実績を残した上で教員免許の所持(一応学校だから当たり前だが)と教師として必要な心の広さその他。
 どっかの小学生ティーチャーは絶対になれないデュエル・アカデミア教師。
 なにせMIT卒業者ですら試験に落ちたのだ。理由はコミュニケーション力に問題アリで。
「それは是非とも戦ってみたい…」
「ひ、ヒロ君ゲーム同好会だから…デュエルも一人前に好きなんだよね」
「本当ですか!?」
 僕の呟きに由里香がそう付け加えたとき、次はリックのほうが飛びついてきた。
「ぶ、部活どこに入るかまだ決めてなかったんですけど、でもデュエルができるなら! ぜひ!」
「わ、わかったよ。今度、案内するね」
 どうやらリックは父親の事を本当に誇りに思ってるらしい。そこまでデュエルがやりたいと思うのも頷ける。
「ところで由里香。リックの携帯を買いにいくんだろ? どこまで行くのさ?」
「駅前だけど…」
「駅前はやめとけ。ろくな性能が無い上にぼったくりだらけらしいし」
 これは翔太からの受け売りだけど。最近、携帯を変えたときに駅前が酷いと言っていたし。
「ちょっと遠くなるけど、四津ヶ浦まで。四津ヶ浦駅前なら少しは値段いいよ」
「そうだね、そうしようか!」
「僕はまだよくわからないので、お任せします」
「えへへ、ヒロ君に任せて!」
「僕かよ」
 僕はため息をつくと、とりあえず二人を先導して駅へと向かうことにした。
 七ツ枝から四津ヶ浦まではさほど離れてないことだし。

 七ツ枝駅まで来ると、珍しい人にあった。

「あら」
「あれ、三四?」
 駅まで来ると、昨日と変わらぬ制服のままの三四が階段から降りてきた。
「今、帰り?」
「ええ」
 僕の問いに三四はそう答える。
「…雄二となんかあったの?」
「何も無いわ。どうしてそう聞くの?」
「少し寂しそうだからね」
 これはなんとなく感じたことだが、三四は図星だったようだ。恥ずかしそうに視線を横に逸らす。
「…別になんともないわ」
「雄二に意地悪でもされた?」
「あー…ユウくんならありえる…」
 僕の言葉に由里香までそう同調するが三四は知らん顔である。しかし不機嫌が顔に出ている。
「流石に雄二は意地悪ではないわ」
「へー、そうなんだ。おっと」
 いつまでも僕らのやり取りを見ているリックを放置してはいけない。
「えーと、彼は一年生のクラスに転入してきたリック・コブラ君です」
「遊城三四よ、よろしく」
 手を出して、握手。リックも三四の手をとって握手。
「綺麗な手をしてるね」
「褒めても何も出ないわ…これから出かけるの?」
「彼の携帯電話を買いにね。君も来る?」
「そうね」
 まぁ、これで男子二人女子二人とバランスも取れることだし。
 三四は再び階段を上り出したので三四が先導するような形になる。
「どこまで買いに行くの?」
「四津ヶ浦まで」
「四津ヶ浦のタカダ電機?」
「一番大きいからね」
 そんな会話をしつつ、改札を通る。
 ホームに上がるまでの間、名物の蜜柑饅頭を売る売店を見かけると、リックが思い出したように呟いた。
「そういえば、ここに来て一番不思議な事ってミカンがすごく多いことですね」
「一種の特産品だからね。昔から有名なんだよ、七ツ枝市の蜜柑って」
「そうなんですか?」
「昔、南蛮人が江戸に行った時に、お土産にもらった蜜柑がすっぱすぎるという理由でこの地域の人にあげたのがきっかけで、元々主要な産業が無かった分、あっという間に広まったそうよ」
 三四が更にそう解説する。主要な産業が無い分、何かありそうなものがあればすぐに広まる。

 何だろう、どこかで聞いた覚えのある話。

『前の話に、似てたんだろ?』
 そいつは僕の考えを見透かすようにくつくつと笑った。
 そういうことにしておこう。
 僕がそんな事を考えていると、ホームに電車が滑り込んできた。
「四津ヶ浦市っていうと、アクアフロントの事を聞きますけど…今は、どうなってるんでしょう?」
「アクアフロントはあのまま閉鎖でもう解体が決定してるって。…その分、アクアフロントに入る筈だったテナントが駅ビルや駅周辺に来ることになったせいで、駅ビルの改築が進んでるよ」
「なるほど。アクアフロントは海外でも大きなニュースになりましたから」
 あれだけ大きな事件であればそうはなる。
 ただ、一つだけ残念なことがあるとすれば。
「けど、あのまま解体しちゃうってのだけは、少し嫌かな」
「どうして?」
「アクアフロントって場所が無くなれば、そのまま事件まで忘れられてしまいそうでね。思い出したくないし、忘れたいから壊してって人もいるけど、世間の人からその記憶が無くなれば…その時に犠牲になった人達の事を、誰が覚えてることになるのかなって」
 世界では、有史以来多くの犠牲のある事件が幾つもあった。
 それが必ずしも歴史書の1ページに載るとは限らない。闇に葬られたもの、忘れたくて消されたもの、様々ある。
 でも、そうなってしまえば…犠牲になった人達の事を覚えている人が、どこにいるのだろう。
 消えた記憶と共に、どこかに消えてしまうのではないか。
「そうね。人はよく…そういうことは、人の心に残るという。でも、その人すらいなくなれば、それは、途切れる」
「そして、再び表にあがることなく、永遠に闇に葬られるのかな。悲しいかな、アクアフロント」
「そういえばアクアフロントの損失って、数兆円に上るそうよ。長期的な収入を観て、ある程度のテナントは駅前とかの代替地に残ったけれど、その為の補償とかも必要だし」
「よりによってオープン初日だから人がたくさん集まった分だけ」
「遺族への補償もあるのよね…保険会社の人が泣きながら会見した事もあったわよね」
「あー…テレビで見たな。いきなり保険会社の社長がマスコミ集めて重要な会見をするとか言い出して、で、『当社のみで遺族及び各企業への保険金を支払いきることが出来ません』って」
 あまりにも金額が大きすぎて払えないという事態に政府が保険会社に貸し付けるという前代未聞の珍事まで起こった。
「まったく、大きな事件だったわね」
「それだけ多くの人の人生を、変えてしまうような事件だったからかも知れませんね」
 リックはそういうと、吊り革に手を伸ばす。
「私の手を褒めたけど」
 吊り革に少し届かない三四は手すりにつかまりつつ、リックに視線を向けながら口を開く。
「あなたの手も可愛くて綺麗よ」
「そ、そう? それは少し恥ずかしい、かな」
「どうして?」
「三四。僕らのような年代の男にとって可愛いというのは褒め言葉じゃないんだよ」
「ええ〜!? そうなの!?」
「という事で今後も由里香は自重するように」
「う〜…三四ちゃん、ヒロ君が意地悪いう」
「よしよし、いい子ね。これだから浩之は」
「とりあえずどこから突っ込むべきかな」


 数ヶ月前はオープン直前で、シンボルの女神像と共に美しい姿を見せていたアクアフロントはすでに四津ヶ浦駅前から見える範囲からは、グレーのシートに覆われた姿と無数のクレーンが生えていた。
 一年も経たないうちに、あれらも消えて更地だけが残るのだろう。
 そして、駅ビルにも同じようなグレーのシート。上層エリアを更に増やすための改築中。
 時代の変化と共に流れていく、世界。
「駅ビルの三階、タカダ電機のコーナーだね…docozoとHardtankと、G4…PHSになるけどWILLCON。皆揃ってるけど、希望の機種とかある?」
「特に機種とかは…操作が簡単なほうがいいですね。日本の携帯電話は複雑なので」
 リックは恥ずかしそうに答える。そういえば日本の携帯は他国のに比較して多機能すぎるという声はよく聞く。
 しかし日本国内ぐらいでしか使えない、まさにガラパゴス。携帯ガラパゴス・日本。
「あー…じゃあ、WILLCONにしとく? 安いし、そこまで派手な機能はついてないよ」
「はい。じゃあ、お願いしますね」
「色々機能ついてる方がお得だし、面白くないかな?」
 由里香がそう口を挟んだが、リックは首を横に振る。
 まぁ色々ついてても使いこなせないものもあるだろうし、それよりかは無難な性能のほうがいい。
 3階に上がり、WILLCONのコーナーへと入る。
 リックに携帯を選ばせるために中へと入れるが、意外にもリックよりも興味深げに周囲を見ていたのは、三四だった。
「三四、携帯新しくしたいの?」
「別にそういう訳じゃないわ」
「いや、欲しい?」
「違うわ」
「フフッ。今の彼女をツンデレというんですね?」
「そしてリックはどこでそんな言葉を覚えた」
 まぁ、多分合ってるだろうけど。明らかに興味深々なのが解るよ。
「あ、この携帯…デュエルアプリも入ってるのか…いいな」
「色も落ち着いてていいですね…これにしたいです」
 リックは結局一世代前の携帯を手に取ってカウンターへと向かう。一世代前でもデュエルアプリがあるというのはうらやましい。
「デュエルアプリなんていいわね」
「そうだね。リック、デュエル好きだって言ってたし」
「そう」
 あ、興味を持ったようだ。三四はデュエルに関してだけは饒舌というか、何かと気になるというか。
 やはり、腕前だけじゃなくてデュエル好きだからというのもあるのに違いない。
「どんなデッキを使うのかしら」
「え、僕? お義父さんから教わったデッキを」
「デッキの種類よ」
「ヴェノム」
「……」
 三四の時が、一瞬だけ止まった。
 さっきまで乗り気だった三四の顔が、一瞬でそらされる。
 あれ?
「どうしたの、三四?」
「なんでもないわ」
「リックとデュエルしたい?」
「そ、そんなこと…」
「ははーん、さては…ヴェノムデッキが苦手とか」
「!」
 図星だったようだ。
 三四は黙って僕を睨んでいる。まさしく図星オブ図星。

 しかしそう考えると、からかいたくなるのも事実だ。

「ふーん。そうなのか…へー…」
「な、なによ」
「いやぁ、代表選手にも選ばれた遊城三四ちゃんがヴェノムデッキが苦手で怖がってるなんてね。これじゃあ、代表選手としてどうかなーとか思っちゃったりして」
「……」
 三四のこめかみに怒マークが浮き出た。
 ようし、ここまで弄れば後少し。
「あ、嫌なら別にいいんだよ? 僕にだって苦手なものはあるんだし」
「リック」
 三四はリックを呼び止めつつ、デッキを取り出して一言。
「デュエルをしましょう」
「え? ここで?」
「悪いかしら?」
「い、いや、いいけど…ディスク、あるの?」
「携帯型があるわ」
 三四はカバンをごそごそするなり、即座に携帯用の折りたたみ式ディスクを出した。
 通常のよりも遥かに軽量で折りたたみまで出来る最新型。
 それを持ち歩く三四っていったい…。
「三四ちゃんは相当デュエルが好きなんだねぇ」
「だね」
 由里香の言葉に相槌を打つ頃、二人はすでにデュエルディスクの準備を終えていた。

「私が先攻でいいかしら?」
「もちろん。レディファーストだよ」
 リックが三四に手で指し示すと、三四は満足げに頷く。
「「デュエル!」」

 遊城三四:LP4000     リック・コブラ:LP4000

「私のターン。…む」
 三四は手札を眺めるなり表情を少し曇らせる。手札が悪かったようだ。
「N・メラン・イクテュースを守備表示」

 N・メラン・イクテュース 闇属性/☆3/魚族/攻撃力900/守備力600
 このカードがフィールド上に攻撃表示で存在する限り、
 自分フィールド上に存在するこのカード以外のモンスターは、
 全てバトルフェイズで二回攻撃を行う事が出来る。

 デュエルディスクを使ってのデュエルの利点といえば、フィールドの視覚化だろう。
 周囲の誰もがそのデュエルについて、第三者の視点から見られる。

 ただ、駅ビルの廊下で突如浮遊する黒い巨大な魚には驚くようだが。

「カードを一枚伏せて、ターンエンド」
「僕のターン。ドロー!」

「魔法カード、テラ・フォーミング!」

 テラ・フォーミング 通常魔法
 自分のデッキからフィールド魔法を1枚選択し、手札に銜える。

「この効果でヴェノム・スワンプを手札に加える!」

 ヴェノム・スワンプ フィールド魔法
 お互いのターンのエンドフェイズ毎に、フィールド上に
 表側表示で存在する「ヴェノム」と名のついたモンスター以外の
 表側表示で存在する全てのモンスターにヴェノムカウンターを1つ置く。
 ヴェノムカウンター1つにつき、攻撃力は500ポイントダウンする。
 この効果で攻撃力が0になったモンスターは破壊される。

「そして、フィールド魔法、ヴェノム・スワンプを発動!」
 リックの宣言と共に、フィールドは毒の沼地へと変わる。
 全てを根こそぎ奪い、毒を以て敵を弱らせる魔性の地へ。
「続けて、ヴェノム・スネークを召喚!」

 ヴェノム・スネーク 地属性/☆3/爬虫類族/攻撃力1200/守備力600
 1ターンに1度だけ、相手フィールド上モンスター1体にヴェノムカウンターを1つ置く事ができる。
 この効果を使用したターンこのモンスターは攻撃宣言をする事ができない。

「ヴェノム・スネークの効果発動。スネークは相手フィールド上のモンスター1体にヴェノム・カウンターを置ける。このターン、このモンスターは攻撃できないけど」
「…イクテュースに、毒を載せるのね」

 N・メラン・イクテュース 攻撃力900→400

「カードを2枚伏せて、ターンエンド。同時に、イクテュースに2つ目のヴェノム・カウンターが載るよ」

 N・メラン・イクテュース 攻撃力400→0

 そして、破壊。
「…ドロー」
 三四はモンスター1つを破壊したぐらいで、というような顔をしていたが、それでもヴェノムデッキは厄介である。
 ヴェノム・スワンプでモンスターの攻撃力を下げられ、いずれは除去されてしまう。
 しかし三四のデッキはE・HERO。
「魔法カード、コンバート・コンタクトを発動するわ」

 コンバート・コンタクト 通常魔法
 このカードは自分フィールド上にモンスターが存在しない場合のみ発動する事ができる。
 自分の手札及びデッキから1枚ずつ「N(ネオスペーシアン)」と名のついた
 カードを墓地に送り、デッキをシャッフルする。
 その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 コンバート・コンタクトは発動条件が厳しいカードながら、自分フィールド上にモンスターがいなければすぐに出せる利点がある。
 二枚のドローは大きい。
「手札のN・ブラック・レイヴンと、デッキのN・ネロ・ファルテッラを墓地に送って、カードを二枚ドロー」

 N・ブラック・レイヴン 闇属性/☆3/鳥獣族/攻撃力600/守備力900
 このカードはフィールド上に存在する限り、
 相手はスタンバイフェイズにデッキの一番上のカードを墓地に送らなければならない。

 N・ネロ・ファルテッラ 闇属性/☆3/昆虫族/攻撃力300/守備力1200
 このカードがフィールド上に攻撃表示で存在する限り、
 相手フィールド上に存在するモンスター1体のコントロールを得る。
 このカードが守備表示になる、もしくは破壊された時、コントロールは相手に戻る。

「…よし、いけるわね」
 三四は手札を確認するなり、まずは一枚目のカードを出す。
「E・HERO ブラック・ブレードを召喚!」

 E・HERO ブラック・ブレード 闇属性/☆4/戦士族/攻撃力1500/守備力1300
 このカードは1ターンのバトルフェイズで、二回攻撃を行なえる。
 このカードが裏側守備表示のモンスターを攻撃した場合、
 ダメージ計算を行わず裏側守備表示のままそのモンスターを破壊する。

「ブラック・ブレードは二回攻撃と、相手守備表示モンスターへの制圧力は高い…けど、ヴェノム・スワンプの中じゃいずれはジリ貧になる…三四はどう出る?」
 なかなか強力なモンスターを備えていても、相手が曲者では難しい。
 しかし三四とて、伊達にデュエリストではない。彼女もまた、なかなかの曲者だ。
「そのカードだけでも、十分な脅威」
 リックの方はカードテキストを見たのか、少し驚いている。
「まだ、甘いわ。魔法カード、HERO’S ボンドを発動」

 HERO’S ボンド 通常魔法
 フィールド上に「HERO」と名のついたモンスターが存在している時に発動する事ができる。
 手札からレベル4以下の「E・HERO」と名のついたモンスター2体を特殊召喚する。

「!」
「E・HEROの真骨頂は、大量展開が命! エアーマン及び、サイクロン・マスクをそれぞれ特殊召喚!」
 そう、1体1体のステータスは小さいHEROは大量に展開してからがその真骨頂。
 侮れない能力同士が集まれば、それは大きな武器になる。

 E・HERO エアーマン 風属性/☆4/戦士族/攻撃力1800/守備力300
 このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、次の効果から1つを選択して発動する事ができる。
 ●自分フィールド上に存在するこのカード以外の「HERO」と名のついたモンスターの数まで、
  フィールド上に存在する魔法または罠カードを破壊する事ができる。
 ●自分のデッキから「HERO」と名のついたモンスター1体を手札に加える。

 E・HERO サイクロン・マスク 風属性/☆4/戦士族/攻撃力1600/守備力800
 このカードの召喚・特殊召喚・反転召喚に成功した時、相手フィールド上のカードを1枚選択して破壊する。

 風の戦士を2体そろえた三四は、一瞬で凶悪な存在へと変わる。
 フィールド除去、打撃力、サーチ。
「サイクロン・マスクの効果発動! このカードの特殊召喚に成功した時、相手フィールド上のカードを一枚、破壊できる! もちろんヴェノム・スワンプよ」
「あららっ…」
 サイクロン・マスクの竜巻がヴェノム・スワンプを吹き飛ばす。
 毒の沼地は、竜巻には叶わなかった。…それを言うならどんな魔法カードも同じか。
「そして、エアーマンの効果を使うわ。この効果で…デッキから、シャドウ・ネオスを手札に加える」

 E・HERO シャドウ・ネオス 闇属性/☆7/戦士族/攻撃力2000/守備力2500
 このカードはフィールド上に存在する限りカード名を「E・HERO ネオス」としても扱う。

「さぁ、バトルをしましょう」
 ああ、いつもと同じだ、と僕は思う。
 三四はデュエルをしている時だけ感情を剥き出したかのように、笑う。
 それは時として純粋に楽しんでいるだけじゃなくて。
 全てを支配するかのような。

「バトルフェイズに入ったね――――」
 いいや、それは三四だけじゃなかったのかも知れない。
 偉大なる父親の事を誇りに思うリックもまたデュエリスト。故に。

「リバース罠、血の代償を発動!」

 血の代償 永続罠
 500ライフポイントを払う事で、モンスター1体を通常召喚する。
 この効果は自分のメインフェイズ時及び相手のバトルフェイズ時にのみ発動する事ができる。

「血の代償ですって? モンスターを使うの?」
「もちろん! 召喚するモンスターは、スネークポットです! 守備表示で、特殊召喚します!」

 リック・コブラ:LP4000→3500

 スネークポット 地属性/☆2/爬虫類族/攻撃力600/守備力300
 リバース:自分のフィールド上に「毒蛇トークン」(爬虫類族・地・星3・攻/守1200)を1体特殊召喚する。
 「毒蛇トークン」が戦闘によって破壊された場合、相手ライフに500ポイントダメージを与える。

「スネークポットはトークンを生み出す…つぼの中に潜む毒蛇は毒を出す」
「一気に3体分の壁を確保したのね…おまけにこちらへの傷もつける為に」
 三四はそれでも楽しんでるようになかなかやるわね、と呟く。
「エアーマンで、ヴェノム・スネークを攻撃!」

 リック・コブラ:LP3500→2900

「そして、ブラック・ブレードでスネークポットを攻撃!」
 ブラック・ブレードは守備表示モンスターは問答無用で粉砕する。更に2回攻撃による追撃。サイクロン・マスクの第三波まで含めると。
 リックのライフを削りきるには十分!
「リバース罠! 炸裂装甲!」
「!?」

 炸裂装甲 通常罠
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 その攻撃モンスター1体を破壊する。

「サイクロン・マスクもエアーマンも、効果を使えばただのアタッカー。永続的な効果が続くブラック・ブレードが一番の脅威ですからね」
「やるわね…。ダテにデュエリストじゃないのね」
「義父さん仕込です。強いですからね?」
 三四の問いに、リックは本当に楽しそうに答える。
 ブラック・ブレードを失ってもまだサイクロン・マスクで追撃できるが、三四はそこで追撃を止める。
「…リバースカードは迂闊だったわ」
「では、僕のターン」
 スネークポットを守り抜いたリックはリバース効果を使い、毒蛇トークンをフィールドに。
 リックは次にどう出てくる。ここからが三四とリックの腹の探り合い。

 毒蛇トークン 地属性/☆3/爬虫類族/攻撃力1200/守備力1200

「…ヴェノムは、ヴェノム・スワンプに頼り切る…だけじゃない! スネークポットを生贄に、ホルスの黒炎竜LV6を召喚!」

 ホルスの黒炎竜LV6 炎属性/☆6/ドラゴン族/攻撃力2300/守備力1600
 このカードは自分フィールド上に表側表示で存在する限り、魔法の効果を受けない。
 このカードがモンスターを戦闘によって破壊したターンのエンドフェイズ時、
 このカードを墓地に送る事で「ホルスの黒炎竜 LV8」1体を手札またはデッキから特殊召喚する。

 意外な伏兵。
「拙いわね」
 三四が小声で呟くのを、聞き逃さない。
 何故ならホルスの黒炎竜。魔法をシャットアウトしてしまう。ヴェノム・スワンプで自滅しない。
 そしてLV8まで進化された場合。
 文字通りHEROデッキの天敵になってしまう。魔法を使えないから、繋げられなくなる。
「更に魔法カード、スネーク・レインを発動!」

 スネーク・レイン 通常魔法
 手札を一枚捨てる。
 自分のデッキから爬虫類族モンスター4体を選択して墓地に送る。

「スネーク・レインのコストにロングテール・カメレオンを捨てて、この効果で、僕はヴェノム・ボア2体、スネークポット1体、ナーガを墓地に送る」

 ロングテール・カメレオン 地属性/☆4/爬虫類族/攻撃力1700/守備力600
 ???

 ヴェノム・ボア 地属性/☆5/爬虫類族/攻撃力1600/守備力1200
 1ターンに1度だけ、相手フィールド上モンスター1体にヴェノムカウンターを2つ置く事ができる。
 この効果を使用したターンこのモンスターは攻撃宣言をする事ができない。

 スネークポット 地属性/☆2/爬虫類族/攻撃力600/守備力300
 リバース:自分のフィールド上に「毒蛇トークン」(爬虫類族・地・星3・攻/守1200)を1体特殊召喚する。
 「毒蛇トークン」が戦闘によって破壊された場合、相手ライフに500ポイントダメージを与える。

 ナーガ 水属性/☆4/爬虫類族/攻撃力1400/守備力2000
 フィールド上に表側表示で存在するこのカードがデッキに戻った場合、
 自分のデッキからレベル3以下のモンスター1体を特殊召喚する。

「爬虫類族で墓地を肥やした…という事は毒蛇王召喚を射程に入れてる…」
「な、なんだかそこまで読まれるとやだなぁ…だから、ここで仕込みを入れるよ? 魔法カード、やぶつつき!を発動して、ロングテール・カメレオンを特殊召喚!」
 三四の呟きを妨害するかのごとくリックは次の手を打ってくる。

 やぶつつき! 通常魔法
 墓地に存在するレベル4以下の爬虫類族モンスター1体を特殊召喚する。
 この召喚に成功した時、相手に500ポイントのダメージを与える。

 ロングテール・カメレオン 地属性/☆4/爬虫類族/攻撃力1700/守備力600
 相手フィールド上にこのカードより攻撃力の高いモンスターが存在する時、
 このカードの攻撃力は相手フィールド上で一番攻撃力が高いモンスターと同じ数値になるまで、
 攻撃力がアップする。
 相手フィールド上にモンスターが存在しない時、このカードの攻撃力は0になる。

 遊城三四:LP4000→3500

 ロングテール・カメレオン 攻撃力1700→1800

「ホルスの黒炎竜で、サイクロン・マスクに攻撃!」

 遊城三四:LP3500→2800

「続けてロングテール・カメレオンでエアーマンに攻撃!」
 カメレオンの攻撃力はエアーマンと同じになっている、すなわち、相打ち。
 三四のフィールドにモンスターがいなくなる。
 更に、リックのフィールドには、攻撃力1200の毒蛇トークンもいる!

 遊城三四:LP2800→1600

 一気に追い込まれた。
 なにせ相手は2体。魔法カードの除去が、ホルスには効かない。
「………ない」
 だけど、微かに三四は呟く。

「面白いじゃない」

 楽しそうな笑みを浮かべて、彼女はリックに手で促す。ターンエンドを要求するがごとく。
「た、ターンエンド」
「墓地を肥やした。毒蛇王と、その後のヴェノミナーガを狙ってるのね。でも、そんな事をさせない。そうなる前に終わらせる」

「ドロー! 魔法カード、天使の施しを発動!」

 天使の施し 通常魔法
 デッキからカードを三枚ドローする。
 その後、手札から二枚を選択して墓地に送る。

 天使の施しでの手札交換…そこから派生するのは?
「カードを一枚セット。そして、魔法カード、ミラクル・フュージョンを発動!」

 ミラクル・フュージョン 通常魔法
 自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカードによって
 決められたモンスターをゲームから除外し、「E・HERO」という
 名のついた融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
 (この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

「ミラクル・フュージョンで除外するのは、エッジマンとスパークマン! …光栄に思うことね、大いなる雷に屈しなさい! E・HERO プラズマヴァイスマンを召喚!」

 E・HERO エッジマン 地属性/☆7/戦士族/攻撃力2600/守備力1800
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、攻撃力が守備力を上回っている分だけ、
 相手に戦闘ダメージを与える。

 E・HERO スパークマン 光属性/☆4/戦士族/攻撃力1600/守備力1400

 E・HERO プラズマヴァイスマン 地属性/☆8/戦士族/攻撃力2600/守備力2300/融合モンスター
 「E・HERO スパークマン」+「E・HERO エッジマン」
 このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が越えていればその数値だけ、相手ライフにダメージを与える。
 手札を一枚捨てる事で相手フィールド上の攻撃表示モンスター1体を破壊する。

「…プラズマヴァイスマンの効果発動。手札を一枚捨てて、相手フィールド上の攻撃表示モンスターを破壊できるわ…もちろん、ホルスよ」
「くっ、ホルスが…」
「そして毒蛇トークンに攻撃!」

 リック・コブラ:LP2900→1500

「……リバースカード、オープン!」
「!?」

 毒蛇の覇道 通常罠
 自分フィールド上の爬虫類族モンスターが戦闘破壊された時に発動可能。
 800ライフポイントを支払い、「毒蛇帝ヴェノバジリスク」をデッキから特殊召喚する。

 リック・コブラ:LP1500→700

「毒蛇はあくまでも毒蛇。故に…毒を打つ」

 毒蛇帝ヴェノバジリスク 闇属性/☆8/爬虫類族/攻撃力0/守備力0
 このカード以外の効果モンスターの効果によって、このカードは特殊召喚できない。
 このカードは「ヴェノム・スワンプ」の効果を受けない。
 このカードの攻撃力は、自分の墓地の「ヴェノム」と名の付くモンスター1枚につき800ポイントアップする。
 このカードはフィールド上で表側表示で存在する限り、
 この魔法・罠・モンスター効果の対象に選択することが出来ない。
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
 自分の墓地のこのカード以外の爬虫類族モンスター1体をゲームから除外する事でこのカードを特殊召喚する。
 このカードの召喚・特殊召喚・反転召喚に成功した時、
 このカードにスターヴェノムカウンターを1つ載せる。
 以降、自分スタンバイフェイズ毎にこのカードにスターヴェノムカウンターを1つ載せる。
 このカードにスターヴェノムカウンターが5つ載った時、自分はデュエルに勝利する。
 スターヴェノムカウンター:0→1

「…攻撃宣言を行った後。これじゃ、仕方ないわね。カードを一枚伏せて、ターンエンドよ」
「僕のターンです! この瞬間、スターヴェノムカウンターは二つになります」

 スターヴェノムカウンター:1→2

「そして…再度、スネークレインを発動! 同じくロングテール・カメレオンをコストに使います」

 スネーク・レイン 通常魔法
 手札を一枚捨てる。
 自分のデッキから爬虫類族モンスター4体を選択して墓地に送る。

「この効果で、ヴェノム・サーペント2体、ヴェノム・コブラ2体を墓地に送ります」

 ヴェノム・サーペント 闇属性/☆4/爬虫類族/攻撃力1000/守備力800
 1ターンに1度だけ、相手フィールド上モンスター1体に
 ヴェノムカウンターを1つ置く事ができる。

 ヴェノム・コブラ 地属性/☆4/爬虫類族/攻撃力100/守備力2000

 毒蛇帝ヴェノバジリスク 攻撃力2400→4800

「これで、ヴェノバジリスクの攻撃を通せば!」
「リバース罠、コード・アサルト発動! プラズマヴァイスマンを墓地に送る」

 コード・アサルト 通常罠
 自分フィールド上に存在する融合モンスター1体を墓地に送り発動する。
 墓地に送った融合モンスターのカード名が含まれる
 「:アサルト」と名のついたモンスター1体を自分のデッキから攻撃表示で特殊召喚する。

 E・HERO プラズマヴァイスマン:アサルト 地属性/☆10/戦士族/攻撃力3100/守備力2800  このカードは通常召喚できない。「コード・アサルト」の効果でのみ特殊召喚できる。
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
 このカードの攻撃力が相手モンスターの守備力を越えていればその数値だけ、
 相手ライフにダメージを与える。
 1ターンに一度、フィールド上に存在するモンスター1体を破壊することが出来る。
 フィールド上に存在するこのカードが破壊された時、
 自分の墓地に存在する「E・HERO プラズマヴァイスマン」を
 全ての召喚条件を無視して特殊召喚出来る。

 プラズマヴァイスマンが新たな力を得た時、それは時としてすさまじい破壊力へと変わる。
「だけどプラズマヴァイスマンの攻撃力は3100! それだけじゃ…」
「もう1つのリバースカード、オープン」

 燃える闘志 通常罠
 発動後このカードは装備カードとなり、
 自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体に装備する。
 元々の攻撃力よりも攻撃力が高いモンスターが相手フィールド上に存在する場合、
 装備モンスターの攻撃力はダメージステップの間、元々の攻撃力の倍になる。

 遊城三四:LP1600→800
 E・HERO プラズマヴァイスマン:アサルト 攻撃力3100→6200

「攻撃力ろくせっ…!?」
 これでは攻撃を行うことすら出来ない。
 攻撃を完全に防がれたリックだが、手札は乏しい。…守勢に入るしかない。
 だがしかし、リックのフィールドにはヴェノバジリスクを守るカードは無い。つまり…。
「プラズマヴァイスマン:アサルトの攻撃」
 三四は笑みを浮かべると、その手を、一気に向ける。
「行け」
「うわああああああああああああっ!!!!!!!!」

 リック・コブラ:LP700→0

「勝ったわよ」
 三四はふふんと鼻を鳴らすと僕を振り向く。
 やはり自慢げに見える。そんなにからかわれるのが嫌だったか。
「こ、これで交流戦に向けての準備はバッチリだね」
「そうね。浩之を外してリックを推薦するべきだったかも知れないわ」
 さり気なく酷い事を言われている気がする。
「まぁでも…リックがうちの部活に来てくれたら楽しいかしらね」
「ほ、本当?」
「私は嘘はつかないわ」
 三四はない胸を張ると「ところで」と口を開く。
「リックのお父さんはデュエルに詳しいって聞いたけどどんな人かしら?」
「今年はデュエル・アカデミアの本校に招聘されたって言ってたけど」
「じゃあ、兄さんも知ってるかも知れないわね」
 まぁ、でも三四のお兄さんってのがどういう人かも想像できないのだけれど。
 多分すごい人なんだろうとは思うが。






「次は教科書の58ページ。『ソリッドビジョンはなぜタイムラグ無しに映像を投影できるのか?』についてだ。遊城十代、読みた…ぶぇっくし!」
「…コブラ先生ー。風邪ですか?」
 デュエル・アカデミアの教室で授業の真っ最中だったプロフェッサー・コブラが非常に似合わないくしゃみをしたせいか、指名された十代はすぐに切り替えした。
「健康管理には気を使っている」 「でも昨日佐藤先生とベロンベロンになって校舎歩いてましたよね?」
「十代、君がなぜそれを知っているかはこの際置いておいて58ページを…ん?」
「昨日アイスを食ってから腹が痛いので休みまーす」
「こら! まだ講義中だぞ十代! 席に戻れと言っている! 窓から出て行くなー!」
 しかしプロフェッサーの言葉もむなしく十代は窓から出て行く。
「ここ、4階だよな…?」
 生徒達の呟きが聞こえているのか知らないが、無事着地した十代はレッド寮へと走り去っていこうとして…1階のフロアにある別のクラスへと進入してきた。
「サンダー!」
「授業中だぞ十代!」
「悪ぃ、小銭貸してくれ! この前携帯壊れたから電話ボックスまで行かないといけないんだ!」
「だから授業中だぞお前…オレの小銭入れを勝手にあけるな!」
「うわ、これしかねぇのかよ! しけてんな! ペッ!」
「チンピラかお前は!?」
「んじゃ、後で返す! またなー!」
「…つーかあいつ、学校支給の携帯また壊したのか?」
 再び窓から走り出した十代を眺めつつ、万丈目はため息をつく。
 しばらく行方不明になってまた戻ってきたと思えば…いつも通りなのかそうじゃないのか。

 文字通り全力疾走でグラウンドを駆け抜け、そして売店を横切って隣にある電話ボックスの山へ。
 名目上は生徒がホームシックにならないように、という理由だがアカデミアに入学すればPDAと携帯電話は支給される。つまり必要性は無い…訳ではなく非常時に外部と連絡を取る為と携帯を壊した生徒用である。
 十代は年間に何度も壊しているが。
「さーてと。ふんふんふんふんふんふんふんこれはいったいなんですかー?♪」
 100円玉を投入後、番号ボタンを押し捲る。

 そして、十代から学生の顔が消えた。

「…ああ、もしもし? ブドウジュースの配送を頼みたいんだけど? そう、オタクが売りにしてる那珂伊沢産ぶどう100%の奴だよ。2本ぐらい頼みたいんだが」
『申し訳ございませんがお客様。あれはダース単位の注文となりまして…』
「じゃあ1ダースで」
『かしこまりました。担当の者に換わります』
 しばらくの沈黙。
『よう。何か動きでも?』
「いいや。こっちが聞きたくてな。…少なくともアカデミアにいる間は特に出来る事も無い。ゼノンがそこら中を嗅ぎ回ってるし」
『ああ、そうかい。…とりあえず実行日は決まった。それまでとその日。奴をどうにかしろ。そうしなければ動けないだろう?』
「…お安い御用」
『オーケィ。それではよろしく頼む。ま、それまでゼノンをどうにかする事だね。アイツが面倒なのはオレも知ってるよ』
「ああ。またな」
 受話器を置いてから、十代はその場を動かず、振り向かないままゆっくりと言葉を紡ぐ。
「で、いつから聞いてたんだゼノン? 授業中だろ?」
「お前が教室から離れたのを見たからな」
 同じくそっぽを向いたまま、電話ボックスの陰に立つゼノンはそう答える。
「…俺にGPSでも付けたか? 嫌な奴だな」
「お前に言われたくもないね。で、吹雪冬夜とのお電話タイムはなんだったんだ?」
「お前には関係ない」
「そう答えると思ったよ」
 ゼノンは肩をすくめる。
「…お前がなにかしでかさないように、いつだってオレはお前を見ているぞ」
「できるものならな」

「…ところで。この前のビッグニュースを聞いたか? マスター鮫島が朝礼で言い出したんだが」
「何の話だ?」

 波乱の嵐は確実に近寄りつつある。
 彼らの日常に、変化が訪れることもあるだろう。

 それとも、終わりの始まりが近づきつつあるのだろうか。




《第32話:3人の意思》

 俺と、貴明、晋佑の3人が生徒会長に呼び出されたのはデュアル・ポイズンの元本部だった人工島から返ってきた翌日の放課後だった。
「生徒会長と面識あるか?」
「もちろん、ない。顔は解るが」
「高3とは思えないほどのチビだよな?」
 晋佑の問いに俺がそう答え、貴明が続けてくるのを俺は頷く。そう、ロリコンが好みそうな体型だ。
「…何か問題とか、賞状とかそういうのなら教師が呼び出すはずだよな?」
「少なくとも東十条先生ならきちんと説明してくれるしな」
 そんな噂をしつつ、生徒会室の前に着く。
「うぃーす、来ましたよっと、お子ちゃま会長」
「何か用ですかミニマム会長」
「お前ら、せめて真面目に呼べよ。少し早いですが来ましたよ、ちんまい会長」
「お前ら3人ともあたしに喧嘩売ってんのかぁっ!!!?」
 身長140センチ少々。高3には見えないどころか、小学生にすら間違われるというミニマムさで有名な童実野高校生徒会長は両手を振り回して叫んだ。
 彼女の前で、小さいという言葉は禁句。

 とりあえず、俺達三人は机を挟んで生徒会長と向かい合う。
「さなちゃん、お茶! あ、こいつらにはおでんの煮汁で」
「はーい。ボンドを溶かした水出しときますね?」
「副会長はお茶汲みじゃねぇだろ」
「その前におでんの煮汁あるのかよ」
「雄二、貴明。ボンドの方にツッコめよ」
 当たり前だが副会長はお茶を用意し、俺達の前に並べて、会長の前にも置いてついでに自分の前に。
 会長はお茶を一息で飲み干すと「さて!」と声をあげる。
「夏休みに、穂仁原高校のゲーム同好会から、交流戦の打診がありました」 「はいはい、話は最後まで聞け」
 俺の呟きに会長はそう言い放つと「ところで」と言葉を続ける。
「うちのデュエル部、とことん弱い。極めて弱い。この前の県大会まさかの1回戦敗退。こんなんじゃ外部に出せません。しかーし! そこは決闘王を出した童実野高校、バトル・シティベスト4が3人もいるよ!」
「まぁな。俺達だよな、うん」
 貴明の言葉に副会長が頷きながら言葉を続ける。
「と、いうことで今度の交流戦。あなた達にお願いします」
「やだ」
「めんどくせぇ」
「だが断る」
「あんたら人をいじめてそんなに楽しいか!」
「「「やだなぁ、冗談冗談」」」
「まるで冗談に聞こえなかったっつーの」
 生徒会長はそうため息をつくと、「とにかく!」と机をバンバン叩く。
「とにかく、九月の終わりごろにある穂仁原高校の文化祭にある交流戦に出場して欲しいって訳。それに、穂仁原高校以外にも、面白そうな奴は出てくるよ?」
「どこだよ? 俺達はデュエルキングご一行様だぜ? そこら辺の奴じゃ『誇り高き獅子に触れることすらできない事を教えてやるぞ戦いの生態系!』って事になるぞ?」
「晋佑、お前じゃないだろ、俺だろ決闘王」
 貴明が晋佑を軽くどつきつつ、「で」と言葉を続ける。
「どこなんだよ? そんな命知らずは?」
「まずは地元でデュエルもそこそこ強い、七ツ枝高校。それともう1つは…聞いて驚け、デュエル・アカデミアだとさ」
「「「へー」」」
「リアクション薄いな!」
 じゃあもっと派手なリアクションのほうが良かったのだろうか。しかし、後の祭り。
 俺はとりあえずお茶を一口。お茶を…。
「苦っ! 何これ!? お茶の苦さじゃないんだけど!?」
「あちゃー。洗剤気づいちゃいましたかー」
 俺の叫びに副会長が残念そうに呟く、なに、気づいちゃいましたって。洗剤入れてたの!?
 確信犯だったのかよ!
 とりあえず残った中身を全部窓の外にあけ、下から男の悲鳴が聞こえた気がするが聞かなかった事にして俺は椅子に座りなおす。
「まー、いちおう浩之と三四がそんなこと話してたから聞いてはいたけど本当にやんのか」
 貴明と晋佑は「なぜ教えん」とばかりに睨んできたが無視しておく。
「やります。やりますよ。向こうはノリノリ。だけど、ここで負けたら…童実野高校の決闘王神話は根底から崩れ去ることになります。つまり、1敗たりとも許されないのです」
 無駄に責任重いなーと思うが仕方ないかも知れない。
 何せわれらが童実野高校。決闘王の出身校である、ということぐらいしか紹介するものも自慢するものもないし。
「あ、これしおりです」
 副会長が俺達にしおりを差し出してくる。そこには『四学校交流戦のしおり』と書かれていた。
 普通、おしらせって書かない?
 とにかく、しおりを開くことにする。
「えーと…ん? 組み合わせはトーナメントで、くじ引きでその時に決める。3位決定戦なし。…で、方式がシングル2戦でタッグ1戦、2戦先取で勝ち抜けだけど3試合全部やる…ん? 会長」
「なんだ?」
「ここ、選手は最低4人って書いてあるけど」
「うん。だから一人探してきて。負けない奴を」
 無茶苦茶言うな。無茶苦茶言うなにも程がある。
 俺達と同じレベルで、タッグパートナーになれそうな奴なんてそうそう…。

 一人いた。





 私立穂仁原高校には2学期に異様にイベントが集中していると言われている。
 9月末に文化祭、10月末に体育祭とあるが…その前にその前哨戦ともいうべく9月半ば。

 穂仁原高校で最も存在意義がわからないイベント、クリーンマラソンが存在する。
 ちなみにどういうイベントかというとゴミ袋を持って七ツ枝市の半分ぐらいを走る、が、タイムの良さ+ゴミ袋の埋まる量の双方から順位が決定されるというシステムゆえに。
 体育会系からは非常に不評であり、文化部からはそもそも走る必要あんのと不評を買い。

 その結果、全校で最も不評且つ途中脱走率8割超というとんでもないイベントだったりする。

 酷い奴に至っては走り始めて100メートル後にはコースを離れる奴とか、そのまま帰宅する奴もいる。
 具体的に言うと。僕のクラスメイトの翔太もその一人だ。
「なー。どっか遊びに行かねー?」
「お前は本当にサボることしか考えないのか?」
 久遠がため息をつくが、翔太は「いいじゃんよ、つまらんしー」と答える。
 さて、どうしたものかと雄一に視線を向けると雄一は既にゴミ袋をポケットに突っ込んでいた。
「モシンの新作バーガーでも食べに行かないか? きっとあれは美味いぞ?」
「…久遠。僕、やる気なくしたよ」
「まったく」
 翔太、雄一に続いて僕までサボることを決めたとあらば、久遠もサボることを決めたようだ。
 ゴミ袋をポケットに突っ込み、ジャージ姿のまま町へと繰り出す。
 ランニングしてゴミ拾いに従事する生徒などほぼおらず、皆勝手にサボりだしているようだ。
「つーか、このイベント意味あるの?」
「僕に聞かれてもなぁ…そういえばウチの部長って毎年サボってるとか言ってたよね?」
 なんとなく、自分達の所属するゲーム同好会の部長の事を思い出してみる。
「去年、公園でカレーを作ってたらしいけど」
「何やってんだあの人」
 僕がそう苦笑していると、脳裏で別の声が響いた。
『人間って奴は時々おかしいからな』
「だろうね、僕もそう思うよ」
 先日、墓地で出会った”彼”は僕の中で悠々自適に過ごしているようだ。
『けど、それが面白くもある』
 ”彼”はくつくつと笑った。
 そんな事を思いながら歩いていると、ふと雄一が口を開いた。
「…浩之。そろそろ交流戦の時期だけどさ…お前は平気か?」
「平気って何が?」
「いやー。その…七ツ枝の連中はともかくさ、他の学校は実力者揃いだから、なんとなく不安になってね。翔太や久遠は平気そうだけど、浩之の方は…」
「大丈夫だよ、別に怪我するとか死ぬとかそんなのはないわけだし」
 デュエルでそんな事があってたまるか。
 僕がそんな返答をすると、翔太は「んー? わからねぇぞ?」と口を開く。
「この前のバトル・シティでも変な噂たったからなー。高取晋佑に」
「晋佑に?」
 なぜか久遠の顔色が変わり、翔太が慌てて紡ぐ。
「なんか変なカード使ったとか、どうとか…俺もよく知らないけど」
「ふぅん」
 だけど久遠は何処か納得行かない顔をしていた。
 高取晋佑、はニュースの中で見たことがある。バトル・シティベスト4の、デュエリスト。

 そんな偉大なデュエリストと戦えるというのも、面白い。

 なんとなくそんな事を考えていると、後ろの方から「あー!」という声がした。
「ちょっと! さぼっちゃダメだって!」
「げ、律だ。逃げるぞ!」
「同感だな!」  確かに松井さんは真面目なところがあるから、絶賛サボり中の僕らを見れば引き戻しに来るに違いない。
「雄一君も河野君も2人を止めてよ!」
「ごめん、断る。浩之、行こう!」
「うん!」
「そんなのありかぁぁぁぁぁっ!!!!」
 とりあえず、面倒なことからはダッシュで逃げる、これ、鉄則。
 後ろから松井さんが追ってくるが、そんな事は気にしない。

 走る、走る、走る。
 ただ、こうして何も考えずにただ走っているだけのはずなのに。
 時々、痛くなる。
 身体の何処かが、まるで覚えていたかのように。
 腹の痛み。まるでナイフが刺さったかのような、熱くて鋭い痛み。
 肩の痛み。何かが噛み付いたかのように、骨が焼けるような痛み。

「くそっ…」
 思わず苦悶の声が漏れる。誰のせいでもないのに。幻の、そこにあるはずの無い痛みに、悪態をつく。
 でもこの時の痛みは。

 夢の中で出会う、女の子と会った後の痛みと同じなんだ。

 そう、この夢を見るときは――――いつも同じ感情が付属する。怒り、悲しみ、或いは、悔しさ。
 だって、僕は――。
「……」
 何だろう、本当に。嫌な事を、忘れてしまっていたような。

 僕は空を仰いだ。
 どこまでも平和で、綺麗な青空のはずなのに。何故だろうか、責めるような色をしていた。


 イベントから脱走した僕らだったけど、松井さんの報告ですっ飛んできた風紀委員軍団に取り締まられてしまい、駅に引き戻されることになった。
 脱走は重罪の為、駅周辺を掃除してからまた走り出さなければならないという罰則である。
 脱走率が高いせいでこんな罰則を設けられているけどやはりまだ脱走率が高いのはヒミツである。

 分かり易く言えば駅掃除の真っ最中でも脱走する奴がいるというコトである。

「あ! また逃げられた!」
 翔太と久遠が路線バスに駆け込み乗車してそれを慌てて追いかけようとする風紀委員の背中を眺めつつ。

 僕と雄一は駅前広場で正座中であった。
 正座中である。

「2人は、去年も逃げてたわよね?」
 文字通りこめかみに青筋を浮かべながら珠樹姉さんは僕らを見下ろす。
 何故姉さんがここまで怒っているのか、その理由は、一つだ。
「どういうことかしら?」
 ずいっと顔を近づけると同時に、珠樹姉さんのジャージに付けられたそれが嫌でも目に映る。
 デカデカと「生徒会長」と書かれた腕章が。
 さぁて、どうやって答えようか。
「これは学校行事よ。学校行事は全員参加、体調不良やその他回避できない用事以外は許されないわ」
「はい」
「それは重々承知しております…」
 雄一と僕はそれぞれ答えるが、珠樹姉さんは更に顔をしかめる。
「それを二人は堂々と大脱走とはどういうことかしらねぇ?」
「たはは…」
 僕が頭を掻いていると、雄一はふと視線を珠樹姉さんの後ろに向ける。そして。
「あーっ! ホームに人が立ち入ろうとしてる!」
「ええっ!?」
 珠樹姉さんが慌てて振り向いた。この隙を逃さず、僕らは走り出す。
「こら! 雄一! 人なんていないじゃないの待ちなさぁぁぁぁぁぁぁい!!!」
「待てと言われて待たなくていいのは逃げる時だけだよ!」
「右に同じく! とにかく今は逃げる!」
 この時の僕と雄一の全速力は、何よりも早かったと言ってもおかしくない。
 駅前広場から狭い路地へ、狭い路地へと急ぐ。
「ここまでくれば、もう大丈夫だろ」
 とりあえず2人でそう息を吐く、が。

 それはどうやら甘い考えだったようだ。

「うふふふふふふふふふふふ」
 この恐ろしい声を知っている。
「えーと…」
 慌てて背後を振り向く。雄一も同様だ。

 そこに一人の阿修羅がいた。
 世の中、どうあがいても絶望的なものってあるようだ。


 とうとう僕らは「反省中」と書かれたお札を顔面に貼る羽目になりながら駅前広場まで戻る。
 しばらくの間そうしてなさい、である。
「ねぇ、雄一」
「なんだい、浩之?」
「珠樹姉さんは今度は逃がさないとばかりに風紀委員の監視を4人もつけてくれやがったので、正攻法での脱出は不可能だよ」
「そうだね」
 そう、現状お札を顔面に貼られて駅前広場でゴミ拾い中です。
 毎年毎年8割超の生徒が脱走するイベント故か風紀委員も考えているようで、僕らの周辺を警戒中の風紀委員4名は揃いも揃って防犯用蛍光カラーボールで武装している。
 そう、防犯用蛍光カラーボールである。
 こんなものを背中に投げつけられてしまえばそれウチの生徒の脱走者だとすぐ解り、七ツ枝市民より「穂仁原高校の生徒がサボってる」と通報されてしまうのだった。
 つまりそれを無力化するにはどうすればいいか?
「奪うしかないな」
「もしくは同士討ち?」
 二人でそんな会話をしていると、目ざとく寄ってきた風紀委員。クラスは違うが同じ2年生男子だ。
「サボらないでくださいなっと」
「ぶっちゃけあんまり面白くないし」
「特にやる意味も感じない」<br> 「やる気無くすようなこと言うなよ…」
「そうそう、僕らのやる気は既にストップ安なのだよ」
「君の態度いかんによっては更なる大暴落!」
 僕と雄一のダブル口撃を前に風紀委員は既に引き気味だ。ここは一押し。
「しかし君が僕らに味方するならば」
「モシンの新作バーガー割引チケット2枚を進呈しよう」
「ぐぬぬ…」
 一応、周囲に視線を送る。珠樹姉さんはいないが、風紀委員3人はこっちを見ていない。こいつが見張っていると思っているに違いない。
 だがあまり時間をかけすぎるとアウトだな。
「時間切れ!」
 僕はそう言うと、風紀委員の腰にある防犯用蛍光カラーボールを一つ頂く。
 続けて雄一も一つ。
「あ、ちょ…」
「残念ながら交渉は決裂です。またのご利用をお待ちしております」
 風紀委員を振り切って走り出す。
 慌てて追跡しようとしてくる風紀委員達には防犯用蛍光カラーボールをお見舞いする。
「よくやったお前らぁぁぁぁぁぁっ!」
 僕らが駅に向かって走り出すと、同じように風紀委員や生徒会に捕獲された脱走者たちが一斉に大脱走を繰り広げていた。
 風紀委員と生徒会は数では劣りながらも大捕物を続けていたようだが、100人近い大脱走は食い止められなかったようだ。
 ゲルマン人の大移動。
「この光景をベガ先生が見たらどう思うかな?」
 何気なく部活の顧問で、若くて真面目なベガ先生の事を思い出しながらそう呟くと、雄一は少し考えてから口を開いた。
「…何も言わずにラストジャッジメントするんじゃないかな?」
「ベガ先生はどこで殺意の波動を取り込んだんだよ」
 背中に現れる文字がそもそも何なのかわからんし。
「まったく、君達もやる時はやるんだな」
 背後から声がかかり、振り向くと―――――。
「やぁ、碓真」
 話題のベガ先生の弟であり、僕らも所属するゲーム同好会の部員、碓真幹夫がそこにいた。
 こいつも脱走者として捕まっていたらしい。
「谷ヶ崎と音無が逃げたのは見てたが、君らは全員逃がすとは…」
「こんなアホな行事、やってらんないじゃん」
「まぁ、それは同意するが」
 3人そろいも揃ってひたすら逃げ出し、後ろでは蛍光ペイントまみれになってたり、苦労して捕まえたのに大脱走されてやる気をなくした風紀委員達も散り始めたようだ。
「ところで、二人はさっきまで何を話してたんだ?」
「ベガ先生がどこで殺意の波動を取り込んだのかって話」
「取り込むか! 人の姉さんを何だと思ってんだお前ら!」
「僕らの大脱走見ても何も言わずにラストジャッジメント放ったりしない?」
「するか! せいぜいフライングバルセロナアタックで襲い掛かってくるぐらいだ!」
 いや、そっちでも十分おかしいだろフライングバルセロナアタック。


 2度目の脱走を果たし、碓真を仲間に加えた僕らは昼食を取るべく、駅から離れた公園前のモシンに入った。
「何頼む?」
「新作バーガーのセットにするよ。碓真は?」 「全員同じかー……じゃあ、ナゲットも追加する? 奢るぜ?」
「よろしく、浩之」
 頼まれたのでモシンの新作バーガーセット×3とチキンナゲットである。
 しかしこの新作バーガー、白バーガーとはよく言ったものでカラーが全部白とは。
「…レタスの白い部分を使用して、玉葱刻んで、ダイコンは生、なのか?」
「肉も真っ白…多分、何かで染めてる?」
「広告には自然100%ってあるから、信じよう」

「「「まずっ…」」」

 想像を絶するマズさだった。
 レタスは白い部分オンリーなので、レタスの苦い部分しか感じないし、おまけに玉葱は火が通ってるけど辛い。そして大根。これに至ってはほぼ生。辛すぎる。
 そして肉はいわゆるハンバーグパティを白いフレンチドレッシングのようなソースでコーティングしてある。
 しかし、その上に別の味の…フルーツ系と酸味のある何かが混ざった白いソースだ。これがいけない。
 複合技が危険である事を証明した一品と呼べるだろう。
「これはない。これはない」
「なにがどうなったらこうなるのか理解に苦しむよな…」
「でもこうなってる以上、これはしょうがない」
 残すのは勿体無いので食べきるしかない。流石碓真。正論を言う。
「まぁ、まだ食べられる味だからねぇ」
 まずくはあっても、食べられるものであるからな。
 なにせ世の中食べられないレベルのまずいものなんて死ぬほどある訳だし。それを生み出す人も人だけど。
 チキンナゲットについてきたケチャップを強引にバーガーに塗っていると、どうやら僕ら以外にも大脱走を仕掛けた穂仁原高校の生徒達が新作バーガーを求めて続々と入ってきた。
「谷ヶ崎と音無は四津ヶ浦辺りまで逃げたのかな?」
「じゃないかな? あの翔太は結構足速いし、久遠は結構頭いいから何かと逃げ回ってそう」
 碓真の問いに僕がそう答えると、ふと背後から声がかかった。
「案外そう見せかけて近くにいるかも知れないぞ」
「バスでぐるりと一周しただけなのさ」
「うわ、いた!?」
 翔太と久遠は新作バーガーが乗ったトレイを片手に「ここいいか?」と口を開く。
 やはりこいつらもこの新作バーガーを食いに来たか。その味に悶絶してしまえ。
「「まずっ!?」」

「文化祭まで2週間となったわけだが、浩之。お前、何か対策とかしてる?」
 悶絶しながらもどっかのフードファイターよろしく手で潰してコーラに浸して食べるという戦術で白バーガーを処理する翔太が唐突に口を開いた。
「んー、実は言うと特には」
「まぁ、それが自然だろうなぁ。久遠なんか毎晩デッキ組み直してるらしいよ。お陰で『お前はこのカード使うか?』なんて頻繁にメールが来てなぁ…遥ちゃんにメールができねぇ」
「妹とお前のメールを妨害できるだけでもいい戦果だ」
 翔太の言葉に久遠がばっさりと切り返す。
「律はまだマシだぜ。せいぜいテストプレイを繰り返すぐらいだ」
 翔太はそう続けた後、残ったバーガーをモゴモゴと飲み込んだ。
「相手がそれなりの実力者だからな。久遠も、律も、張り切ってるんだろうな」
「張り切っていない」
 松井さんがともかく、久遠が張り切っているというのは珍しいなと僕は思う。
 他校との試合そのものは珍しくはないが、強豪相手というのは滅多に無いからだろうか。
「僕が出ていれば、決闘王とバトル・シティ以来の再戦が出来たけど」
「代わろうか?」
 雄一の問いに僕がそう返すと、雄一は首を振る。
「いや、雄二と当たったときが怖いから遠慮しとくよ」
「…雄二はそんなに怖いか?」
 突如、久遠が唐突に口を開いた。
「バトル・シティ決勝の動画を見たらとてもじゃないが半分ぐらい自滅していたような気もするが」
「お前……準決勝の動画見てないのか?」
「翔太、その時はそんなに凄かったの?」
「浩之まだ見てないのか!?」
 口を挟んだ翔太に更に口を挟むと呆れられてしまった。
「その頃はうちの父さんがバタバタしていたからまともにテレビなんて見れなかったんだよ」
「ああ、そういえば…」
 僕の父さんは…歌手という極めて風変わりな職業をしている。それも、ただの歌手ではない。
 アイドルとシンガーの中間みたいな、ライブで宙を舞ったりスモーク焚いたり歯ギターしたりするような部類の人で、それなりに売れている。
 バトル・シティのころは大物作曲家に新曲を提供してもらう話だったのに作曲家が同時期に依頼されたアイドルユニットの曲と間違えて渡すというトラブルがあった。
 そのせいでどれが本物の曲なのかというゴタゴタが発生し、我が家もしばらくマスコミが押しかける羽目になったのである。
 おまけにその後なら後でアクアフロントのせいで母さんが部屋から出なくなり、父さんも芸能活動引退宣言まで出して騒ぎになっていた。
 今は引退を撤回して美希を追悼する為のライブツアーを敢行中である。まったく。
「お前の父さん、今何処にいるの?」
「ただいま日本全国ライブツアー中。美希の追悼と銘打って」
「……最近テレビで見ないと思えば…。まぁ、引退しないでよかったとは思うよ。遥ちゃんがファンでな」
「マジかよ。今度父さんに会ったら伝えとく」
「是非そうしてくれ。サイン入りCDがつけば尚よしだ」
「翔太、俺の妹をあまり甘やかすな」
 久遠はそう言った後で言葉を続ける。
「で、何で浩之の父親の話になったんだ?」
「ああ、そうだ。雄二の実力だよ、デュエルの」
「ああ…」
 翔太は少し考え込むと、思い出したようにノートとペンを取り出した。
「録画したのを何度も見返したからな、だいたい合ってるだろうけど…」
 まさかデュエル進行を全部ノートに書く気かよ。

 本当に書くとは思わなかった、けど…。
「準決勝、本当に凄い内容だよな…最上級モンスター同士の撃ち合いじゃないか」
 効果テキスト全てがわからないのが残念だけど、攻撃力の変化数値だけでも十分重量級まみれだ。
「僕らには一生出来ないな」
 雄一も息を吐き、ノート数ページに続けられた記録を見る。
 どれか一つのカードが欠けていれば、お互いに出来なかったであろう攻防。時として同一のカードを使い、時として正反対のカードを割り出し。
 最後はたった1枚が、全ての命運を分けた。
「本当に、ぎりぎりだったな、ゼノンが勝っていたかも知れない」
「本当に動かすまで結果はわからないとはよく言うよね」  それがデュエルだ。

 だからこそ、たとえ相手がどんな相手だろうと、戦ってみたいと思う気持ちがあるんだ。
 結果なんて、どうなるか解らないから。

『お前らしい答えだな』
 僕の中で”彼”は笑う。
『あの時はお前が勝ったから、お前はそうしてそこにいる』
 つまり”彼”が勝っていたかも知れない、ということか。
 僕は”彼”と戦った覚えはないけれど。
『またいつか、戦えたらいいな。俺も楽しみにしてるよ』

 僕がぼんやりとそんな事を考えていると、雄一がふっと口を開いた。
「そんな話をしていたら、デュエルがしたくなったな。誰か、デッキを持ってないか?」
「あるぜ」
 雄一の問いに答えたのは翔太。デッキをカバンから当たり前のように取り出す。
「翔太、今日のどこにデッキを使う必要があるんだ?」
「デュエリストの嗜みだぜ!」
「俺にはわからん…」
 久遠はため息をつきつつ、トレイをテーブルの片側に寄せてスペースを作る。
 とりあえず、僕は席を移動し、雄一と翔太が向き合える位置に移動。
「んじゃ、用意はいいかい?」
「いつでも」
 翔太の問いに雄一の答え。さて、デュエル開始。

「「デュエル!」」

 黒川雄一:LP4000     谷ヶ崎翔太:LP4000

「僕の先攻で始めさせてもらうよ、ドロー」

「魔法カード、古のルールを発動!」

 古のルール 通常魔法
 手札からレベル5以上の通常モンスター1体を特殊召喚する。

「この効果で、ジェノサイドキングサーモンを特殊将官!」

 ジェノサイドキングサーモン 水属性/☆5/魚族/攻撃力2400/守備力1000

 雄一は初回から上級モンスターを繰り出し、戦力を整えていく。
 手札のよさもあるだろうが、1ターン目から上級が鎮座すれば、最初は防御するしかないだろう。
「ターンエンド」
「俺のターンだな。ドロー!」

「魔法カード、カードトレーダーを発動」

 カードトレーダー 永続魔法
 自分のスタンバイフェイズ時に手札を1枚デッキに戻す事で、デッキからカードを1枚ドローする。
 この効果は1ターンに1度しか使用できない。

「この効果で、俺はカードを一枚デッキに戻して、シャッフル、ドロー」
 手札交換というものは時として曲者だ。
 何せ、手札が1枚代わるだけでも、動きも、コンボも変わるのだから。
「よし来たな! ジェノサイドキングサーモンにぶつけるならば、こいつだ! 神獣王バルバロスを自身の効果で召喚!」

 神獣王バルバロス 地属性/☆8/獣戦士族/攻撃力3000/守備力1200
 このカードはリリースなしで通常召喚できる。
 この方法で通常召喚したこのカードの元々の攻撃力は1900になる。
 また、このカードはモンスター3体をリリースして召喚できる。
 この方法で召喚に成功した時、相手フィールド上のカードを全て破壊する。

「神獣王バルバロスは生贄無しで召喚した場合は、攻撃力が1900ポイントまでダウンする。これでもアタッカーとしてはいい数値だ」
「けれども、サーモンを倒すのには足りない」

 神獣王バルバロス 攻撃力3000→1900

 しかし翔太がその程度で、終わらせる筈が無い。
「ここで速攻魔法、禁じられた聖杯を発動!」

 禁じられた聖杯 速攻魔法
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動できる。
 エンドフェイズ時まで、選択したモンスターの攻撃力は400ポイントアップし、効果は無効化される。

 禁じられた聖杯により、バルバロスの効果は1ターン限りながら無効となる。
 つまり、1900までダウンした攻撃力が元に戻り、400の上乗せつき。
 更には発動してサーモンを撃破しても、攻撃力1900のモンスターとしてまだ存在できる。破壊されるデメリットなどは無い。

 神獣王バルバロス 攻撃力1900→3000→3400

「行くぜ、バルバロス! トルネード・シェイパー!」
 如何に上級モンスターのジェノサイドキングサーモンいえど、真の姿を見せた百獣の王には敵わない。

 黒川雄一:LP4000→3000

「カードを一枚伏せて、ターンエンド!」
「僕のターン。ドロー」
 上級モンスターを失っても、雄一はまだいつもの表情を崩さない。1000程度の損失はすぐに取り返せるのだろうか?
「グリズリーマザーを攻撃表示で召喚!」

 グリズリーマザー 水属性/☆4/獣族/攻撃力1400/守備力1000
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
 デッキから攻撃力1500以下の水属性モンスター1体を表側攻撃表示で特殊召喚できる。

「攻撃表示!?」
「おい、自爆する気か?」
 久遠が思わず驚いた声を出すが、雄一はまだ涼しい顔だ。
 久遠は定石外しが考えきれないという頭の硬さだからな。
「グリズリーマザー、バルバロスに攻撃…の前に!」

「装備魔法、禍鬼螺旋ノ鎚を発動!」

 禍鬼螺旋ノ鎚 装備魔法
 攻撃力1500以下のモンスターにのみ装備可能。
 装備モンスターと戦闘する相手モンスターは攻撃力が500ポイントダウンする。
 装備モンスターが相手モンスターを破壊した時、相手モンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える。
 このカードが墓地に送られた時、手札を1枚捨てることでデッキに戻す事が出来る。

 神獣王バルバロス 攻撃力1900→1400

「攻撃力1400になったバルバロスは、グリズリーマザーと同等、即ち、相撃ち…しかし、ただの相撃ちで終わらせない」
 雄一の呟き通り、グリズリーマザーはただの相打ちでは終わらせない。
「グリズリーマザーと、バルバロスが同時に破壊された瞬間、禍鬼螺旋ノ鎚の効果発動! 相手モンスターを破壊した時、相手モンスターの攻撃力分のダメージを与える!」
「げ」

 谷ヶ崎翔太:LP4000→2600

「そしてグリズリーマザーは自身の効果で、戦闘破壊された時に攻撃力1500以下の水属性モンスターを特殊召喚できる! グリズリーマザー!」

 グリズリーマザー 水属性/☆4/獣族/攻撃力1400/守備力1000
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
 デッキから攻撃力1500以下の水属性モンスター1体を表側攻撃表示で特殊召喚できる。

 雄一のフィールドには2体目のグリズリーマザーが襲来している。
「そして、禍鬼螺旋ノ鎚は墓地に送られた時、手札を1枚捨ててこのカードをデッキに戻せる!」
「つまり、再利用の可能性があるって事かよ…!」
「そして2体目のグリズリーマザーでダイレクトアタック!」
「のおっ!?」

 谷ヶ崎翔太;LP2600→1200

「ターンエンド」
「わーお、やるなぁ雄一」
 翔太は頭をかきつつもまだ諦めてはいない。まぁ、その程度で諦めてたら、デュエリストなんてやってないか。
「俺のターン、ドロー…ふむ」
 バルバロスを失ってもまだ余裕はあるようだ。
「魔法カード、トレード・インを発動」

 トレード・イン 通常魔法
 手札からレベル8のモンスター1体を墓地に捨てて発動する。
 デッキからカードを2枚ドローする。

「デモニック・モーター・Ωを墓地に送ってカードを2枚ドロー」

 デモニック・モーター・Ω 闇属性/☆8/機械族/攻撃力2800/守備力2000
 自分のエンドフェイズ時に、自分フィールド上に
 「モータートークン」(機械族・地・☆1・攻/守200)を1体攻撃表示で特殊召喚する。
 1ターンに1度だけこのカードの攻撃力を1000ポイントアップする事ができる。
 この効果を使用した場合、エンドフェイズ時にこのカードを破壊する。

 翔太の攻勢はここから始まる。
 そうだ、こいつは、追い込まれれば追い込まれるほど。何かが憑いて来る。

「そして、墓地のバルバロスと、デモニック・モーター・Ωを除外して、獣神機王バルバロスUrを自身の効果で特殊召喚!」

 獣神機王バルバロスUr 地属性/☆8/獣戦士族/攻撃力3800/守備力1200
 このカードは、自分の手札・フィールド・墓地から
 獣戦士族モンスター1体と機械族モンスター1体をゲームから除外し、
 手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが戦闘を行う場合、相手プレイヤーが受ける戦闘ダメージは0になる。

「俺のデュエルは、まだまだ終わっちゃいないぜ!」
 翔太はいつだってそうだ。どんな時でも、逆転とか、そういう不確定なものに賭けたがる。
 彼らのように。





 睡眠過多は身体に良くないというのは、生活リズムが崩れるというのが真相らしい。
 確かに、よく私は眠ることが多いが……それは元から身体が強い方ではないから別問題なのかも知れない。
 そんな事を考えながら、ベッドで横になり続ける。

 そういえば、今日は学校で…イベントが行われている日だった。クリーンマラソンだっけか。
 こういう学校行事にも参加できる回数が少ないと、どういうものか少し楽しみだったのだけれど。
「………そうだ。今、何をしてるのか聞いてみよう……」
 文明の利器、携帯電話は素晴らしい。
 とりあえず、浩之あたりに聞いておけばどうにかな…重要な問題が発生していた。

『登録件数:6件
 兄さん
 父さん
 母さん
 雄二
 主治医先生
 リック・コブラ  』

「……誰のアドレスも知らないじゃない……」
 なんて事。そう言えば私はそもそも学校にすらろくに行かないじゃない。
「暇だわ」
 とりあえず何かメールでもしておこうかしら。
 それとも、デッキの組みなおしでもしようかな…。

 そういえばデッキで思い出した事があるとすれば…デュアル・ポイズンの本部だったという人工島に行った時。
 彼らは偽造カードを山ほど残していた。
 カードを偽造してまでレアカードを欲しがるというのはある、だがそれを何故わざわざ残したのだろうか。利用価値がなくなったから?
 ううん、違う。
「何か別の方法を見つけたのかしら」
 そう考えるほうが早い。レアカードを偽造するのだってただではない。それより効率のいい方法を見つけたのか。
 もしくは、もっと最悪の考え方として。

 もっと大きな何かの為に、力をためているとしたら。

 あまり考えたくないことだ。ぞっとする、でも否定できない事でもある。
「そうだ……聞いてみよう」
 携帯電話を取り出し、知っている電話番号の中から検索。相手は一人だ。
『よう? どうした三四? お前から電話なんて珍しい』
「聞きたい事があるわ」
『なんだ?』
 雄二は私の言葉から何か感じ取ったのか、声のトーンを落とした。
「この前の事よ。彼らは何で、あれだけの偽造レアカードを置き去りにしたのかしら?」
『あー。それか。ま、考えられるとすれば、余剰在庫だな』
「余剰在庫?」
『あそこから撤退するのに邪魔だったって事さ』
 雄二はそう言って笑うが、どうにも不安がぬぐいきれない。
「だと良いのだけれど」
『ふむ……』
 雄二はふと考え込む。彼はなんだかんだ言いつつ、私の意見を素直に受け止めてくれる。
 少し考えればおかしな事だ。
 だって雄二は、ほんの少し前に、兄さんと激しく敵対したというのに。それなのに、私の事は出会った時から受け止めてくれていた。
 それだけじゃない。
 前の私と兄さんを救う為に、新しい歴史すら作り上げた。

 俺がなんとかしてみせる。

 雄二の背中を見るたびに、そんな思いが伝わってくる。
 数多の処刑台も、連なる城壁も、無数の餓鬼も何もかも、雄二と一緒ならば乗り越えていける。
 でもそんな彼だからこそ。

 その背中が、背負ったもので押しつぶされてしまうんじゃないかと思ってしまう。
 いつか踏み越えていく旅路の中で倒れてしまうんじゃないかと。

 それだけが、怖い。
『まぁ、その事も考えておくさ。なんとかなるだろ』 『?』
「でも、危ういこともあるわ。それだけは覚えておいて」
 そう言って通話をきる。やってしまった。そんな事を言うはずじゃないのに。
 震える手で携帯電話を握り締める。

 言った後で、余計にイメージがわいてしまう。何か大きなことが起こるのではないかと。 「……怖い」




《第33話:準備する奴ら》

 谷ヶ崎翔太;LP1200     黒川雄一:LP3000

 カードトレーダー 永続魔法
 自分のスタンバイフェイズ時に手札を1枚デッキに戻す事で、デッキからカードを1枚ドローする。
 この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 獣神機王バルバロスUr 地属性/☆8/獣戦士族/攻撃力3800/守備力1200
 このカードは、自分の手札・フィールド・墓地から
 獣戦士族モンスター1体と機械族モンスター1体をゲームから除外し、
 手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが戦闘を行う場合、相手プレイヤーが受ける戦闘ダメージは0になる。

 グリズリーマザー 水属性/☆4/獣族/攻撃力1400/守備力1000
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
 デッキから攻撃力1500以下の水属性モンスター1体を表側攻撃表示で特殊召喚できる。

 翔太のフィールドには、攻撃力3800の獣神機王バルバロスUr。ただし、効果のせいでダメージは与えられない。
 それに対して雄一のフィールドにはグリズリーマザーがいる。既に1体使っているとはいえ、こいつを倒しても後続が出てくるだろう。
 さて、どうする。
「魔法石の採掘を発動!」

 魔法石の採掘 通常魔法
 手札を2枚捨て、自分の墓地の魔法カード1枚を選択して発動する。
 選択したカードを手札に加える。

「人喰い虫とリトル・ウィンガードを墓地に捨て、禁じられた聖杯を手札に戻す!」

 人喰い虫 地属性/☆2/昆虫族/攻撃力450/守備力600
 リバース:フィールド上に存在するモンスター1体を選択して破壊する。

 リトル・ウィンガード 風属性/☆4/戦士族/攻撃力1400/守備力1800
 このカードは自分のエンドフェイズに1度だけ表示形式を変更する事ができる。

 禁じられた聖杯 速攻魔法
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動できる。
 エンドフェイズ時まで、選択したモンスターの攻撃力は400ポイントアップし、効果は無効化される。

「!」
「そして禁じられた聖杯を発動し、バルバロスUrの攻撃力は4200に上昇し、戦闘ダメージを与えられない効果は無効だ!」
「んなっ!」
 禁じられた聖杯を手札コストすら度外視して使いまわすとは。
 上手いタイミングで魔法石の採掘を引き当てたのも要因だろうけれど、流石は翔太。運が良い。

 獣神機王バルバロスUr 攻撃力3800→4200

「グリズリーマザーに攻撃! 喰らいやがれ!」

 黒川雄一:LP3000→200

 一気に2800ものダメージを喰らい、雄一のライフは大きく削られた。
「くっ…グリズリーマザーの効果を使い、もう1体グリズリーマザーを特殊将官する!」

 グリズリーマザー 水属性/☆4/獣族/攻撃力1400/守備力1000
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
 デッキから攻撃力1500以下の水属性モンスター1体を表側攻撃表示で特殊召喚できる。

「今ので手札使いきりだ。ターンエンド」
 翔太の奴、遠慮ない攻勢に出たけど手札まで使い切るとは。彼らしくはあるけど。
「恐ろしい奴め。あっという間に雄一を追い詰めた」
「翔太らしいやり方だよ、久遠」
「だな」
 久遠はそれでも何処か不満げだ。不確定なものを信じたがらない、彼の性分だろうけど。
 しかし、追い詰められた雄一の方はどうするべきか。
 辛うじて3体目のグリズリーマザーを揃えたとはいえ、戦線はご覧の有様だ。
「ドロー!」

「ペンギン・ナイトメアを守備表示で召喚!」

 ペンギン・ナイトメア 水属性/☆4/水族/攻撃力900/守備力1800
 このカードがリバースした時、相手フィールド上のカード1枚を選択して持ち主の手札に戻す。
 また、このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 自分フィールド上の水属性モンスターの攻撃力は200ポイントアップする。

 ペンギン・ナイトメアで獣神機王を手札に戻す目的だろうか?
 それとも、単なる壁としか考えていないか。どう出るつもりなんだ、雄一。
「グリズリーマザーを守備表示にして、カードを2枚セットして、ターンエンド」
 やはり、そこから攻勢につなげていくのは無理だったか、防御に入るようだ。
 翔太は先ほど手札を使い切っているので、手札を整えれば雄一の戦線は持ち直せるだろう。
 と、思えば。 「カードトレーダーの効果で、いったん手札をデッキに戻して、ドロー」

 カードトレーダー 永続魔法
 自分のスタンバイフェイズ時に手札を1枚デッキに戻す事で、デッキからカードを1枚ドローする。
 この効果は1ターンに1度しか使用できない。

「そして…奇跡のダイス・ドロー、発動!」

 奇跡のダイス・ドロー 速攻魔法
 サイコロを振り、出た目の数だけドローする。
 このターンのエンドフェイズ時、出た目以下の数になるよう、手札を捨てなければならない。

「サイコロを1回振って……出た目は4、4枚ドロー!」
 手札1枚から4枚へと一気に補充。不確かなものにすがる時、時として運命はそれに味方する。
 それは確実なんかじゃないのに、その不確かなものにすがらなければ、最初から結果なんて返ってこない。
 諦めるという行為を選択するより、諦める可能性もある選択をした方がいい。
 冷静になって考えてみれば、それは割と簡単な問題なのに。
「ナイトメアのカードを突破するには、たった一つだ。真正面からかちこむのさ!」

「魔法カード、簡易融合を発動!」

 簡易融合 通常魔法
 1000ライフポイントを払って発動できる。
 レベル5以下の融合モンスター1体を融合召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。
 この効果で特殊召喚したモンスターは攻撃できず、エンドフェイズ時に破壊される。
 「簡易融合」は1ターンに1枚しか発動できない。

 谷ヶ崎翔太:LP1200→200

「簡易融合を使って呼び出すのは魔導騎士ギルティア! こいつ単体じゃあ強くはない…けど!」

 魔導騎士ギルティア 光属性/☆5/戦士族/攻撃力1850/守備力1500/融合モンスター
 「冥界の番人」+「王座の守護者」

「ここで手札の鉄の騎士ギア・フリードとギルティアを融合!」

 鉄の騎士ギア・フリード 地属性/☆4/戦士族/攻撃力1800/守備力1600
 このカードに装備カードが装備された時、そのカードを破壊する。

 融合 通常魔法
 定められたモンスター2体以上を融合する。

「来い! 鋼鉄の騎士−ギルティギア・フリード!」

 鋼鉄の騎士−ギルティギア・フリード 地属性/☆8/戦士族/攻撃力2700/守備力1600/融合モンスター
 「鉄の騎士ギア・フリード」+「魔導騎士ギルティア」
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、
 その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
 このカードは相手モンスターと戦闘を行う時、
 そのバトルフェイズ中のみ相手モンスターの効果は無効となる。

 たとえどんな効果モンスターがいても、その効果を封じられれば何も成す術は無い。
 時として強大な力ですら踏み越えるものにも、その上を行くものがいる。

「ソウル・ブレード!」

 黒川雄一:LP200→0

 雄一のライフを削りきる、流石は翔太といった展開のデュエルだった。
 それを見て久遠は相変わらず「力押しバカ」と呟いていた。
「お見事。お疲れさん」
「おうよ」
「完全に押されてたな…僕もまだまだか」
 翔太は嬉しそうに、雄一は少し凹んだ様子でそう答える。
「雄一はともかく、翔太は大丈夫そうだね」
「ああ! 何が来たって負ける気なんざねぇさ!」
「…だといいがな」
「なんだよ久遠。ひでぇなー」
 翔太は久遠の背中をばしばし叩くが、久遠の顔は晴れない。
「準備はやりすぎて、困ることなんざないさ」
 久遠はそう続けるだけだった。

「そう、どんなこともな…」










 三四から妙な電話を受けた。
 普段から一人でいる事が多いから、どこか不安げな傾向はあったけれど、ここまであるとは。
「見舞いにでも行ってみるかな、この際」
 しかしそうだとするとまた七ツ枝市に行かねばならず、家族や浩之とまたばったり遭遇したなんて事になるかも知れない。
 ついでに言うと三四がどんなものを喜ぶかもわからないしな。

 つまり知り合いに目立たないようにお見舞いに行く必要があるのである。


 派手な色彩のジャンパーとスウェットをそろえれば何かのユニフォームっぽくなるものである。
 ついでに自作のロゴ入りキャップを搭載。どう見てもピザのデリバリーマンである。

 ピザ屋に変装したとあらばお見舞いのほうもピザである。

【ユウジ先生のパーフェクト料理教室】
*作者注:極めてアバウトです。マジで参考にはしないように。


 ピザ生地を自作するか市販のものを買うかは意見が分かれます。最近のピザ生地は結構いける。味の進歩に関しては日本人ぜったい手を抜かない。

 まぁ、今回は自作するとしてぱぱっと作り上げました。まぁ、自作ならサイズや厚さも調整できますし。面倒な人は買ってもいい。
 さて。生地が綺麗に四枚まんまるです。トマトソースを塗りましょう。ピザ用ソースが売られてる日常って便利。ケチャップオンリーなんて真似は出来ません。
 しかし少し手の込んだものを、というのでホールトマトをベースに、いくらかの調味料とオリーブオイルをほんのちょびっと。ちょびっとでいい。
 そんなトマトソースを塗って伸ばしていく。ベースピザは完成。この上にチーズをばら撒けばそれだけでチーズピザ。シンプルで旨い。シンプルイズベスト。

 でも食べるの大好きな三四が食べるのでチーズピザは見送り、チーズを乗せる前に具をのっけてしまいましょう。
 何食べる?
 一枚目はバランスを考慮したものがいいね。
 刻み玉葱、ピーマン、コーン、マッシュルームにオリーブ、ペパロニサラミとベーコンの七種類の具を満遍なく散らしました。まさしく王道な具。

 二枚目はどうしようか?
 王道に続いてシーフードなものがいいな。
 刻み玉葱はさっきと同じ。続けて少し人を選ぶけどアスパラガスを綺麗に並べていきましょう。さぁ、ここから正念場。
 エビをマヨネーズで和えていきましょう。それを同じく並べておいて、少し彩が寂しいのでブロッコリー投入。そしてアンチョビを一切れに一つ入るぐらいのペースで。
 こんなシーフードは決して不味くない。具はどっさりなので文句はない。食いしん坊も満足。

 三枚目には少し遊び心を入れてみる?
 どんな感じになるかな。
 まずは輪切りトマトを並べていきましょう。まるで時計の歯車ですね。横をガードするように刻んだソーセージを散らしていこう。
 しかしここからが腕の見せ所。コーン、玉葱と投入した次は刻んだ茹でポテトを遠慮なくばらまく。
 そして最後にカレー粉を散らして上からチーズをかけりゃカレー風ピザの完成。三枚目はカレー。

 さぁ、王道、シーフード、カレーと続いた四枚目はどうする?
 ココで腕を振るわずとしてどうしよう。
 マルガリータにしよう…と思うだろ? ここはそれをしない。せっかくだからマルガリータをベースにするぜ!
 トマトソースを塗った上で、あえてダイスカットしたトマトを散らしていく。そして新鮮な生ハムを優しく並べていこう。
 ここで取り出すのは純白のモッツァレラ、ぽこんぽこんと並べていき、緑のバジルを綺麗に円形に並べて上から躊躇無くチーズばらまき大会。

 はーい、四枚の素敵なピザが完成しました。
 単純ながら奥が深いので作るだけでも楽しいですよ。ま、一枚喰うにも結構腹に来るから程ほどにね?

 あっ! こんなところにいやがったのか!
 さあ、さっさとピザを作る作業に戻るんだ!

 【ユウジ先生のパーフェクト料理教室・終】



 焼きあがった四枚のピザを保温バッグに入れて、急を要するお届けモノなので最高速で童実野市から七ツ枝市まで届けなければならない。
 ちなみに、この二つの町は特急電車で二時間ぐらいである。当たり前だが切符はグリーン車並の値段はする。
 でも二時間も待てません。ピザ冷めます。
 つまり俺は―――――レッドアイズの背中に乗っていく事にした。通常の五倍速ぐらいでいけるからな。

「でもよく考えれば竜の背中に配達員って変だな」

 ついでに言うとダークネスになってる時なら仮面あるからバレる心配も無い事に気付いた。
 うん、まぁ折角着てしまったものはしょうがないので着ていく事にしよう。

 そんな事を考えている間に七ツ枝市の上空へ。
 下手に上空に現れた、となると騒ぎになるので超高度から一旦飛び降り、目立たない場所に着地。
 さて、三四の自宅だが…どこなんだっけか。

「えーと、確か住所が…」
 電話をかけて聞いてみようか、と思った時。

 すぐ近くに、誰かがいる。それは解る。
 ただものではない。まるで俺がそこにいるのを解っているかのように。
 たとえ誰が相手だろうと負ける気はしないが、できればピザを届けるまでは待ってもらいたいものだ。

「よう」
「………なんだ、アンタか」

 気が抜け…る訳が無い。警戒を解かないまま、声をかける。

「あんたの実家ってどこだい、十代。三四の見舞いに行きたくてね」
「誰がお前みたいな奴に三四のお見舞いに行かせるか! 阻止してやる」
 両手をがっしと捕まれてそのまま接近。こいつ、ダークネスになんて事をしやがる!
 俺も負けじとばかりに押し返そうにも両手にはピザだ。
「おい、それなんだ?」
「お見舞いのピザだが?」
「三四が体調悪いと聞いて、ネオスに運んでもらってたんだ。腹減ってるから食わせろ」
 十代はピザに釣られてじりじりと迫ってくるが、これは三四に用意したピザである。お前に食わせる義理は無い。
 が、しかし十代は小さく「ネオス」と呟く。

 足元から、文字通りE・HEROネオスが生えてきた。

「のおっ!?」
 思わずピザの保温バッグを手放すと、奴はそのままその両手でキャッチ。
「どんだけ食い意地はってんだよ!」
「いいだろ、4枚もあるんだから1枚ぐらい」
 そう言って既に喰い始めていたが、こいつは三四がどんだけ喰うのか知ってるんじゃないのか?
「これ、エビのマヨネーズ和えにブロッコリーとアンチョビって塩辛すぎねぇ?」
「勝手に食っておいてよく文句つけられるなテメェ」
「そうだ。ピザにはコーラだな。なぁ、ダークネス。コーラ買って来いよ」
「お前本当にこの世界から抹消してやる! つーかする!」
 流石に我慢できないのでダークネスの仮面をつけ、足元に闇を収束させていると、先ほど生えてきたネオスの強烈なパンチが入った。
「ごふぅっ!?」
 油断していた。

「で、お前がここに来るなんてめったな事じゃないな」
「それはこっちの台詞だ。アカデミアに戻ったんじゃないのか?」
 コーラを片手にそう返事をすると、ピザを飲み込みながら十代は口を開く。
「だから言っただろ? 三四の様子を見に来たんだ。……とは言っても、直接顔を合わせられないけどな」
「どうしてだよ?」
「両親が怖い」
「なんつー子供っぽい理由だ」
 まぁ当然と言えば当然か。学校を途中で抜け出すなんて重罪にも程があるしな。
 俺が呆れている間にも、十代はピザをぱくり。
「なぁ。三四の事で聞いていいか?」
「ん?」
 俺もピザを食べる事にし、手を伸ばすと十代は一瞬で手を止める。
「…何が聞きたいんだ?」
「あんたはあの子の為だって言っときながら、何をしようとしてるんだ? 本当にお前はあの子が大事なのか」
「……そんなことか」
 十代はコーラの缶を握りつぶす。
「大事だからさ。でも、大事だからといって……常に側にいてやれるかどうかというと、そうじゃない」
「お前が側にいれば、お前があの子を直接支えてやれば」
「それだけじゃ、三四は立ち上がれなくなっちまう。それは愛情じゃない」
 意外と盲目的じゃないんだな、と思っていると十代は潰れた缶を空き缶入れへと放り投げる。
 綺麗に入った。
「じゃあ、わざわざ危険に晒すような真似をするのか? 三四を」
「なに?」
「お前。まだ手ぇ組んでるんだろ? 吹雪冬夜と。ま、利害が一致するとか、お前があいつを利用するために手を組んでるとか、そのどちらかだって事は解ってるけどな。だけど、あのヤローが人間を恨んでるのはお前も知ってるだろ。三四だって例外じゃない」
 十代は答えない。
「やはりお前は最低だな! その為に世界が犠牲になってもかよ!」
 コーラの缶を握りつぶしながらそう叫ぶと、十代は小さく笑った。
「ハッ! 今更そんなものを気にしたところでなんになる? それに……お前はそれでどうにもならないと思うか?」
「なに?」
「俺の妹を舐めるな」
 そうそう簡単にやられないと思ってるのか、それとも。
「三四ならできるさ。一人じゃないだろ、俺と違って」
「……それはお前も一緒だろ」
「置いてきたからな」
 冷たい返事だった。
「おい」
「なんだ?」
「お前が目指す未来にお前は立ってるのか?」
 もし、立っている事を考えていないのなら。それで三四は満足するか?
 そんな世界を三四が望むと思うか?
「俺には解らん」
「そこは嘘でも立ってるって言えよ」
 返事は無かった。

 一歩近づいて、渾身の右ストレートをお見舞いした。

「何を…しやがんだ!」
 少し退いた十代はすぐにフックで反撃を仕掛けてきて、慌てて後ろへとバックステップを踏む。
「別に。馬鹿な兄貴の目を覚まそうとしただけだ」
「余計なお世話だ!」
 次は十代の方から仕掛けてくる番だった。
 一回、二回と連続で上段への回し蹴り。右の一回目を弾いたと思えば右足を置いた直後に軸として反対へ回転しての二回目。
 ハデだが逆回転する部分に隙のある連撃をしのいで、十代の両肩を掴む。
「このぉっ!」
 強烈な頭突き。頭が割れるかと思う程の衝撃だが、それは奴も同じこと。
 数歩下がったところに更にストレートを放――――いいや、それは奴も一緒!

 右の頬に叩き込むと奴も右の頬にストレートを叩き込む。見事なクロスカウンター。
 意識を半分持って行かれそうなほど、強烈。だけどそれでも、奴に一撃を浴びせている。
「どうした十代? そんなへろへろパンチを放っていい気分か?」
「その言葉、そっくりそのまま返してやろうかダークネス。鼻血が出て間抜けに見えるぞ」
 そして俺達は同時に言い放つ。
「「……減らず口を!」」
 地面を蹴り、真正面からぶつかり合う。
 ストレートを放てば腕で防御されてからのカウンター、そして膝蹴りを放ってきたので、その膝を足場代わりに駆けて膝蹴りを顔面にお返しする。
 後ろへと一回転した十代はそのままむくりと立ち上がるなり、タックルを仕掛けてくる。
 こちらも体当たりをするべく速度をつけようとすれば胸倉を掴まれ、そのまま地面へと叩きつけられた。
「がぁっ!?」
 地面に横たわった俺の上に十代は馬乗りになり、そのまま一発、二発、三発と拳を叩き付けて行く。
 殴られた衝撃に加えて後頭部を地面にしたたか打ちつけて、意識が飛びかけた…だけどまだだ!
「このっ!」
 両足で反動をつけて下から十代を突き上げるようにして押しのけ、代わりに拳を叩き付ける。
 少し下がった隙に立ち上がり、お返しとばかりにストレートを二発、腹へと立て続けにお見舞いしてやる。
「ハァッ……ハァッ…」
「うおりゃああああ!!!」
 更に顔面にストレートを叩き込み、十代は今度こそバランスを崩した…が!
 奴はそれでも立った。
 しっかりとした足取りで荒い息を吐きながらも立っており、俺を睨む。
「ダークネス…」
「へへ……ひでぇ面してんじゃねぇよ」
「まだまだぁ!」
 ダム、という足音と共に突っ込んでくる十代。
 直後、強烈なアッパーが俺の顎を襲った。
「ごへらぁっ!?」
「殴りすぎだぞ!」
 更に続けてのストレート、意識が朦朧としてきた…けど、十代はまだ視界に捕らえている。
「っ!」
 一歩踏み込んでの一撃目は空振りをしてしまった、しかし続けての中段へのソバットは命中。
 そのまま怯んだ奴の腕を掴んで思い切りぶん投げる!
 が、地面へと叩きつけたとき、こちら側もそのまま引っ張られて叩き付けられた。

 お互いに少し距離をとってから立ち上がる。

 タフすぎる。
 たぶん十代の方もそう思っているんだろうけど、何発殴り合ってるんだ?
「うぉぉぉぉぉぉっ!!」
 助走をつけて、両足でのドロップキック。
 これも命中、だが十代は喰らってもまだ倒れず、そのまま地面に着地した直後の俺にストレートを叩き込んできた。
 続けて二発目。

 今のパンチは結構効いた。

「だいぶ、頭がクールダウンしてきたな…」
「突然血でも上ったか? 鼻が折れるかと思ったぞ、ダークネス」
 口の中の血を吐き出した十代はそう言って口周りを拭うが、鼻血は止まってないぞ。
「………いつになるかわからねーけど。デュアル・ポイズンは動くぞ。そのうちな。その日だ」
「そりゃそうだろ。それまでに整えるさ。お前を倒すやり方も考えとくよ」
 俺の言葉に十代はあちこち腫らした顔のまま言葉を続ける。
「いい事を教えてやる。神竜、アカデミアに戻したんだってな?」
「…は? ああ」
「そんなことしてたら大挙して押し寄せられるてあっという間にエンドだ。アカデミアから童実野町までだって船使えば直通だしな」
「………」
「警告はしたぞ」
 十代はそう言い放つとくるりと背を向けた。
「三四は食いしん坊だからな。腹減らしてるぞ」
「……ああ」
 そう答えた後、十代はすたすたと去っていき、町の雑踏の中に消えた。
 さて。三四のお見舞いにでも行くか。



「これは何?」
「ピザだけど」
「どうして半分しかないのが三つもあるのかしら?」
「友達に食われた」
 三四は非常に冷たい視線でピザの箱と俺を見比べると、口を開いた。
「コーラを買ってきて」
「ピザにはコーラか」
「そういうものよ。そこまで大きい奴じゃなくていいわ」
「へいへい」

 買ってくるなり、三四はいつものような食欲でピザを食べ始めた。
 そう、歳の割に成ちょ…発育の良くない体格のせいか、人一倍食べるのである。
「なかなか美味しいわね。少し見直したわ。このチーズの奴」
「シンプルにチーズピザというのも美味いぞ。俺は好きだな、チーズピザ」
「……それ、チーズとソースしかないって事?」
「ああ。そういうピザだな。まぁ、ピザチェーンでいうプレーンピザって奴で…」
「美味しいのかしら、それ」
「いや、美味いんだって。ソースとチーズと生地の味が確認できて、なかなか―――」
「寂しいピザね、彩りもボリュームも」
「…………」
 とりあえず三四は肉食獣も真っ青な食欲の持ち主という事か。
「ま、今日も今日とて学校休んだんだろ? 腹いっぱいになったら寝とけ」
「うるさいわね。病弱なのは…気にしてるのに」
「ああ、それは悪かった」
 俺は笑いながら三四の背中を軽く数回叩く。
 まだむーっとしたような顔をしていた。
「今日、学校でイベントのある日なのよ」
「そうなのか?」
「そういうの、普段、あんまり参加した事が無いからどういうものかなって知りたくはあったわ」
 確かに、病弱で学校にもあまり通えない、友人も少ない。
 それ故か、学校のイベントとかにもあまり行った事が無い。道理で、寂しがりやになる訳だ。
「そっか」
「雄二は割とそういうのに楽しんでそうね」
「まぁ、否定はしねぇな」
「修学旅行があれば女子に注目されて向こうから近寄ってくるのをいい事にセクハラし放題する鬼畜なのね」
「するか! 俺は紳士なの、そういうことはしねぇよ」
「どうだか」
 三四は何故か少しだけ肩を竦めた後、少しだけ肩を落とした。
「ねぇ」
「なんだ?」
「この後、どうなるのかしらね。この世界の吹雪冬夜は倒されていないんでしょう?」
「尻尾が掴めないからな」
 なにせあの野郎は完全に地下に逃げ込んだらしい。
 晋佑がこちら側に来てしまったせいで、その分だけ情報を持ってきた、しかしそれは向こうも解っているのであっという間に書き換えをしたらしい。
 お陰で後手後手である。

 それに、十代の奴も確実に仕掛けてくると明言しているわけだし。
 今後、どんな風に動けばよいのかわからん。

 でも、そうしている間に、世界滅亡の方が来てしまうかも知れない。

 悪魔のように冷たく迫るそして恐ろしく迫るそれを。
 果たして、俺はどうやって止めるのだろう。

「………なぁ、三四」
 そう声をかけたが、返事は無かった。
「三四?」
 すっと視線を向けると、その小さな身体はいつの間にか寝息を立てていた。
 そっと毛布をかけてから、十代の言った言葉を思い出した。

『俺の妹を舐めるな』

 確かに、三四は強い女の子だと思う。
 必死に踏み出そうとして、時に必死に強がって。だけど。
 それでもまた一人の女の子だ。  世界とか、大きなものを背負うには、重過ぎる。俺だって重いんだ。誰が背負っても重い。
 いいや、それは決して一人の手なんかにゆだねられるものじゃないと思う。

 すっとその幼い身体を撫でた。

 少しでもこの子を支えられるように。
 少しでもこの子が安心していられるように。

 俺が守りたいものを手放さないように、この子もまた守ってやりたい世界の一つなんだから。
 もう、優希ちゃんのような出来事は、繰り返さない。
 その為にも…もっと、もっと強くならなきゃ。









 デュアル・ポイズンは人工島を放棄した後、何処に消えたのか?
 地上がダメなら海へ、海がダメなら…。

 海中へ。

 全長3キロ。全幅300メートルという規格外サイズの巨大な潜水艦は日本近海にいた。
 しかし、対潜水艦ソナーにも引っかからないのには理由がある。

 それはこの潜水艦は機械部分は最低限であり、外装の大半を生体的部品で作られているからだ。
 旗から見れば規格外サイズの鯨、海底で動かなければ魚の大群が寝ているようにしか見えないのだ。

 11歳ほどの体格しかない、銀髪の少年がその潜水艦の中心部にある部屋にいた。
 総帥、吹雪冬夜だ。

 部屋の中にある小さなゆりかご。幼い彼の体格を包めるそれで、彼は眠っていた。
 通常の人間には暗すぎる部屋の中で、そのゆりかごだけに太陽のように、光を当てている。
 ぎぃ、ぎぃと彼はゆりかごの中で何の夢を見るのだろう。


 夢の中で、彼は太陽が浮かぶ、雲ひとつの無い青空の下の、吹雪の雪原にいた。
 雲ひとつ無い空なのに、吹雪。それが有り得ない天気である事は彼は知っていた。

「……ここは」

 陽の光が降り注ぐ世界。そう考えていると、遠くの方で、多くの子供が遊んでいるのが見えた。
 いいや、それは単なる子供じゃない。人間の子供じゃない。
 吹雪冬夜と同じように、人間の姿をしていても人間じゃない。彼らは、同胞だ。

 ずっと長い間、彼らは太陽の光を渇望していた。
 太陽の光そのものを浴びてしまうと壊れてしまう、しかし生きていく上で、陽の光が必要とされているのだ。
 だから求め続けていた。
 その為に多くの犠牲を払い、その為に多くの辛苦を乗り越え、気がつけばここまで来ていた。

 だけど本当は、自分らを地底に追いやった人間よりも憎い敵がいるのだ。

「元気か?」
 子供達にそう声をかけると、彼らは嬉しそうに答える。
 この陽の光が降り注ぐ地上を謳歌している。

 これが現実ではないと解っていても、いつかそれを現実とするために。


「っ!?」
 目を覚ました。
 現実へと戻ってくると、そこはいつもの艦艇の中。
「夢か」
 ゆっくりと起き上がる。今まで幾度と無い挑戦を繰り返し続けたのは、あの夢を現実にするため。
 地下の同胞達に陽の光を当てるため。
 自分自身が神に等しい力を手に入れ、世界を作り変えるのだ。

 時間は刻々と迫りつつある。

 Deus ex machinaは一週目の世界滅亡と共に、一つの誤作動を起こした。
 それは二週目の世界が崩壊するのと共に、全ての終焉を迎えるということ。
 人類だけではない、世界そのものを終わらせてしまおうとしている。

 だがしかし、それが最大のチャンスでもある。こちらからDeus ex machinaに攻め入れる、チャンス。

 その為に力を蓄え、その為に多くの陽動を繰り返した。

 この世界を終わらせない。
 自分達の未来の為に、長年の悲願の為に、負けるわけには行かないのだ。

『警告。海上に敵艦隊を確認。海中には潜水艦が接近中です』
「うるさい奴らがちょっかいを出しに来たな」
 まったくDeus ex machinaもなかなかやる奴らだ。
 世界が滅ぶとわかっているのに、どうしてそれを阻止しようとしない。

 彼らも同じ人間だというのに!




《第34話:茜色の空より少し前》

 デュアル・ポイズンの巨大潜水艦が浮上したのは、敵の包囲が始まって数分後の事だった。

 浮上と同時に、ハッチを開け、デッキの最上部に吹雪冬夜は立つ。
 両腕を組んで、いつ誰が何を持ち込もうがかかってこいとばかりに、平然とした顔で。

 潜水艦を包囲する艦隊自体は、単体はそれぞれ200m前後でどれも巨大潜水艦の10分の1程度の大きさだ。
 しかし、小さくとも艦隊は艦隊である。
 各艦艇に装備されているVLS(垂直発射システム)から一斉にミサイルが放たれる。
 一艦あたり、32本、それが艦隊全部だと数百本にも昇る対艦ミサイルが潜水艦へと襲い掛かる。
「舐めるなよ…ニンゲン!」
 吹雪冬夜はそう叫ぶなり、両手をかざし、自身の上空に一体の龍を導いた。

 魔氷龍クロノス。
 時の神の名を持つ、彼の僕。そしてこの龍は、敵が強ければ強いほど、その力を全て飲み込む。

 クロノスから放たれた冷たい暴風は、ミサイルを弾き飛ばし、あらぬ方向へと拡散させる。
 しかし、艦艇の方も負けじとばかりに、第二波、第三波と装填されているミサイルを全て撃ち尽くす勢いで反撃を行う。

 しかし、吹雪冬夜は乗り越えた。
「ミサイルごときで沈められると思ったか?」
 彼は笑った。対艦ミサイルを全て跳ね返したが、この規模の艦隊を全て撃沈するとなると面倒な事になる。
 時として、世界のどこかで人が一万人虐殺されても世界は変わらない。
 しかし時として人が一人死ねば世界は大きく変わってしまう。

 代償によって動くものの大きさを、見極めろ。
「急速潜行!」
 吹雪冬夜が叫ぶと同時に巨大潜水艦は海中へと進む、しかしその巨体を、海中でも潜水艦の艦隊が包囲している。

 だが、まだ魔氷龍クロノスは外に出たままだった。


 冷気による一撃。
 海の一部を凍結させてしまえば、身動きをとることすら困難だ。
「残念。チェックメイトだ」
 呟きが、潜行しつつある潜水艦の中で消える。これで当分の時間稼ぎにはなる。今のうちに身を隠すべきだろう。
「下手に交戦して、敵の戦力まであぶりだしちゃ不味いからな」
 なにせ敵のほうも愚かではない。消耗戦になってしまえば、来るべき戦いの為の戦力まで使い切る可能性もあるのだから。
「戦力自体は整えたんだ、下手に減らす真似なんかしたくない」
 バトル・シティが終わってから、もう5ヶ月。そう、もう5ヶ月だ。
 後少しで…終わりが来る。しかしそれは最大のチャンスでもある。

 Deus ex machinaが世界消滅の為に動き出すその時こそ、Deus ex machinaを倒し、掌握するための最大のチャンスでもある。
 その為に、Deus ex machinaへと到達するために神竜のカードが必要だ。
 ダークネスの断片でもあるそれは、ダークネスの一部そのものであり、そしてそれは世界を管理するDeus ex machinaへと繋がる鍵なのだ。

 その為に、神竜の保管場所を知る必要がある。
 アカデミアに二度も置いたりはしないだろう。高取晋佑がそんな事をさせないだろうし。
「下手に妙な場所に置かれちゃ戦力を分散せさざるを得ないしな」
 しかし調査に動き出しても双方から嗅ぎ付けられそうだし。

 だけどその時は、刻一刻と迫る。

 時は、過ぎていく。










 9月の終わりのある日。
 デュエル・アカデミアで唐突に発表されたその話は、一部の人間に爆笑を、一人の男に逆鱗をもたらした。
「何じゃこりゃあああああああああああああああああッ!!!!」
「うるせぇ…」
 オシリスレッド寮から発せられたであろうその大声はレッド寮の外を歩いていたゼノンの耳にまで盛大に届いた。
 恐らく遊城十代の奴は寮の掲示板に貼られた、二日後の出張デュエルのメンバー表を見たのだろう。

 ただでさえ脆い木造寮の窓を突き破って飛び出した十代は掲示板に貼られていたメンバー表を片手に校舎へと向かっていく。
 どう見てもただの兄バカです。本当にありがとうございました。
「十代の奴、この前一日里帰りしただけで他はずっと大人しくしてたしな…特に妙な動きもねぇし」
 その背中を足音を立てないように追いかけつつ、ゼノンはぼやく。
 校舎へと突入した十代はちょうど丸藤翔と談笑している万丈目サンダーを見つけるとすぐに飛びついた。
「おいサンダー! 聞いてくれ、俺がメンバーから外れてるんだ!」
「知るか! あと、お前1ヶ月も前に貸した電話代いい加減に…」
「幾らオシリス・レッドとはいえデュエルの腕前だけを見るなら俺が選ばれないはずないだろ! バトル・シティベスト4の四人全員倒してるしよ!」
「貴明君は兄さん倒したのに、アニキやるっすねーじゃなくて! アニキが選ばれない理由なんて一つしかないって! 出席日数だよアニキ!」
 サンダーに食って掛かる十代をはがしつつ翔が叫ぶと、十代は首をかしげた。
「出席…日数…?」
「殆ど授業出てない上に休学してたんだから、その補習があるから遠征なんていける筈無いだろ」
 ようやく十代から離れたサンダーがそう言葉を続ける。
 十代は呆然とした顔をしていた。
「熱の下がった……三四と会うチャンスなのに…何故だ…天は何故俺を見放す…」
「どこまで妹好きなんだよお前は」
 落ち込む十代の背中にゼノンが声をかける。
「そういやお前もメンバーだったよな? 俺と代わ「断る」チッ」
「舌打ちすんな。オレも黒川雄二と再戦したいんでね」
 ゼノンは肩を竦める。そう、今回の相手は会場となる穂仁原高校ゲーム同好会だけが相手ではない。よりによって大物がいる。
 ゼノンもいた、第2回バトル・シティのベスト4のうち、3人が同じチームでやってくるというのだ。

 あの時の最高の興奮と決闘をもう一度やりたいとばかりに、心が震えている。

「だいたいお前はこの前雄二とやりあってたじゃないかよ。オレにもやらせろ。不公平だ」
 この前の深夜の決闘を思い出しつつ、ゼノンはそう返す。
 十代が行方不明から戻ってきた時の事だ。だが十代の方は首を振る。
「じゃあ、黒川雄二以外ならいいんだな?」
「やってもいいとは思うぞ? ただ…」
 ゼノンは翔とサンダーもいるので、声を出さずに呟く。「高取晋佑に殺されても知らんぞ?」と。
 彼は十代の事を許すはずが無いのだ。殺さない限りどこまでも喰らいついてくるだろう。
「ちぇっ、わかったよ。大人しくしてるさ」
「そうそう、それがいい」
 ゼノンは肩を竦めつつ、十代が握り締めていたメンバー表を見る。
「オレとエド・フェニックス、元ノース校キングの万丈目に、2年生最強のティラノ剣山、今年急速に伸びた丸藤翔…こっちもそうそうたる面子だぞ? 負ける可能性の方が少ねぇよ」
「わからねぇぞ? 三四は…強いぞ」
「ああ。そうだったな。センスも引きの良さもピカイチだ。だけどこれは個人だけが試されるわけじゃない、チーム戦だからわからねぇ」
 十代の言葉にゼノンがそう返すと、十代は「それをそっくりそのまま返すぜ」と返答。
 黒川雄二と遊城十代もそうだが、ゼノンもまた十代の事を許しきれていない。故に。

 ちょっとでも狂えば、お互いに凄まじい何かを発してしまう。そこがどこであろうと。

 しかし二人が離れるわけにも行かない。ゼノンの方は十代を監視しなければならない。次に出てくる見方の為に。
 十代の方もまたゼノンから離れない。彼のほうもまたゼノンに利用価値がある。まったく同じ理由ではあるが、ゼノンはそれに気付いているか。
 いいや、お互いに気付いているだろう。だからと言ってどうにも出来ないほど、お互いの喉元にナイフを突きつけているほど近い。
「……まぁ、出発はもうすぐだしな。俺は荷物の準備をしてくる」
 先に引き下がったのはゼノンのほうだった。荷物の準備と聞いてサンダーと翔も思い出したのか、それぞれ寮へと戻っていく。
「KCが高速艇を用意してくれたとさ。もう、波止場に着いてるらしい。船倉は割りと広そうだな」
 ゼノンが校舎を出る前にそんな事を言い放つ。
「ピーナッツバターとゼリーのサンドイッチなら売店にまだあったぞ」
 続けてそういいつつ、オベリスク・ブルー寮へと戻っていった。
 直後、足音と共に校舎から十代の影が消えていた。
「ったく、気の早い奴だ」

 それから一時間後。高速艇は四津ヶ浦港へと向けて出発した。
 乗客は五人揃っていたが、船員一人の姿が最後まで見えなくなっていたという。






 穂仁原高校では文化祭に向けての準備が進んでいた。
 もちろん、僕も部活とクラスの催し、双方の準備に追われることになる。
 どちらか片方だけに集中したいのも山々だけど、どっちも忙しいのは代わりは無いし、人手が無ければ間に合わないのだし。
 ちなみにゲーム同好会の方は交流戦メンバー以外はゲーム喫茶で、クラスの催しはクレープ模擬店である。
 お陰で模擬店の後ろには七ツ枝蜜柑の缶詰が要塞を築いている。このまま中で引きこもっても大丈夫そうだ。

 そんな事を思いつつ、模擬店の看板をセットしていると、クラスの女子が思い出したように声をかけてきた。
「河野君、確か明日の交流戦に出るんだっけ?」
「うん、まぁね? デッキの調整とかはもう終わってるし…僕にまで出番が回ればいいんだけど」
 看板が傾いてないか、梯子から降りて少し離れて確認。うん、問題ない。
「あれ、ゲーム喫茶の方は?」
「明日の交流戦以外はゲーム喫茶にいるつもり。日曜日は、クラスのほうを手伝うよ」
「忙しそうなのに、悪いねー」
「どちらかに集中してもう片方が間に合わないなんて嫌だしね。それに…」
「それに?」
「そんな事になったら珠樹姉さんに何を言われるか解らないしね」
 なにせこの前のクリーンマラソンの大脱走扇動罪により反省文300枚と停学一日が課せられたのだ。
 当たり前だがクリーンマラソンの脱走による停学処分まで喰らった奴は今までもこれからもいないので、雄一は厳しすぎると苦言を呈していたが。
 その結果、雄一は停学一日から三日に増えそうになったけど教師の方が制止したので一日だった。

 まぁつまり、文化祭で何かやらかして珠樹姉さんの心証を悪くしようものなら本当に何をされるか解らない。
 残りの学生生活が全部珠樹姉さんの監視の下に置かれそうなぐらいに。……前々から、僕らには過保護だと思っていたけれど、アクアフロントの事件以来更に過保護になった気がする。
 心配してもらえるのはありがたいけれど、そうやって労わられ続けるのを嫌だと思う僕がいる。
「クレープ、試しで一枚焼いてみる?」
 僕は気分を変えようと思い、その女子に声をかける。
「へぇー、じゃ一枚もらおうかな」
 けど、返事が返ってきたのは僕の背後から。振り向くと、同じゲーム同好会に入ってる、違うクラスの滝野さんだった。
「部長が呼んでるけど…少しぐらい遅れてもあたしは気にしなーい」
「そんなにクレープ食べたいのかよ」
 まぁ、別に構いはしないけれど。クレープを一枚食べたところで大したタイムロスではあるまい。
 ホットプレートの前に行って、適当に混ぜ合わせた生地をだらりとたらす。
「何がいい?」
「決まっているだろう、ソーセージにミートソース!」
「ねぇよ。それじゃガレットだよ! ここはスイーツオンリーです」
「えー、じゃテリヤキチキンも無いの?」
「無いよ? ああ、でも肉系が無い訳じゃないからそれにするね」
 まぁ、その肉系メニューというのは、スパムエッグにサルサソースというメニューなんだけれどね。
 僕が声をかけた女子の方は生クリームカスタードとまぁ王道メニューなので純粋に。
「はい、お待たせしました」
「ありがとう河野君よ。いただきまーす」
 嬉しそうにクレープに被りつくのを眺めていると、遠くのほうから黒い影がとことこと歩いてきた。
「? なんだろう?」
『知ってるか? ゲジゲジの突然変異は二足歩行するらしいぞ?』
 僕が首を傾げた直後、僕の中で彼は笑いながらそう言い放った。そんなゲジゲジがいてたまるか。
「遅いと思えば…なにをしているの」
 三四だった。
 制服ではない、黒を基調としたゴシック風ドレスを着ていたので解りづらかったんだ。
 普段している筈のバイザーを首から提げて、その下にある紅の瞳を見るのは初めてな気がする。
「あれ、部長怒ってる?」
「甲坂のほうよ…。人が待っているのに、理恵はのんびりクレープを食べていたのね」
 一年生だというのに鋭い目つきで滝野さんを睨むが、滝野さんは呑気顔である。
「だって食べたいんだもーん。ほらほら、三四ちゃんも作ってもらいなよ」
「それには及ばな…そんな手には乗らないわ」
 そう言って視線を逸らすが、三四の視線はメニューの立て看板とコンタクトしてしまう。
 じー、という効果音が出そうなぐらい、見つめている。
「今、試しで焼いてるんだよ。何か好きなの選んでいいよ」
「…ど、どうしてもというのなら食べるわ。そうね…ストロベリーチーズケーキをお願いするわ」
「はいはい」
 半分に刻んだイチゴを並べて、その合間にチーズケーキを挟み、生クリームの壁。
 ちょっとした自信作じゃないだろうか?
「はい、どうぞ」
「ありがとう…」
 もぐもぐ、と効果音が出そうな顔でほお張る。普段は凄く表情を変えたりしないんだけど、こうしてみると歳相応の女の子なんだろうなと思う。
「その服…どうしたの?」
「普段から着てるわ」
「普段着なんだ…」
 ドレスはともかく、編み上げブーツは履きづらくないか?
 そんな事を思いつつ、あれよあれよという間に三四はクレープを食べ終えた。
「ご馳走様」 「お粗末さまです」
「じゃ、行くわよ」
「ああ、呼びにきたんだっけ…うん」
 クラスメイト達には後の仕事を頼み、三四と滝野さんに続いて割り当てられている教室へ向かう。

 向かい合わせに並べられた机にテーブルクロスが敷かれ、様々なボードゲームやカードゲームが並べられて準備は進んでいるようだった。
「ああ、来たか河野」
 部長は僕の姿を見て笑いながら口を開く。
「遅れたのは反省文を書いていたからか? まぁあの横暴会長には俺も参っているがな」
「それはあなたがずぼらとかそれらを超越したレベルだから。今年の頭から何度黒川さんに頼み込んだと思ってるのよ」
 副部長である甲坂先輩は呆れた顔でため息をつくと、僕の頭も軽くひっぱたく。
「河野君も。あんまり会長に心配させない。停学喰らうなんてそうそうある事じゃ無いわよ?」
 甲坂先輩がそう咎めるように言った後で部長は再び口を開いた。
「まぁ呼び出した理由はほかでもない。各試合で、それぞれタッグデュエルがあるだろう? その時の組み合わせを汲めておくべきだと思ってな」
 とは言ったものの、他のチームメイトである松井さんはおろか、翔太も久遠もいないのに何を決めろというのか。
「あのー、三人ほどいないんですけど…」
「ああ、うん。用事があって出てるらしい」
「早めに連絡をすればいいものを…」
 三四が小声で呆れたように呟いたが、部長はそれは気にせずに言葉を続ける。
「なにはともあれだ。タッグを組む場合の組み合わせを決めておくといい。当日もめるなんて事があったら大変だし、連携が取れなければそこから突き崩されるからな」
「僕は翔太と久遠か、松井さんと翔太という組み合わせがいいかと」
 部長の言葉が終わる前に手を上げつつそう提案。当たり前だが僕は入っていないぞ。
「まぁあの連中の組み合わせならチームワークがありそうだしな。付き合い長いと言っていたし」
「勝ちを狙うなら急ごしらえより安定性ね」
 部長の同意に、三四も続く。あれ? 一瞬で終わった?
 まぁ終わってしまったものはしょうがない。
「じゃ、決まったところで僕はクラスのほう戻りますよ。二人もいないんで、色々手伝わないと」
「ああ、待て。デッキの変更などはしてないよな?」
「いいえ? なんでです?」
 部長の唐突な問いかけにそう返事をすると、滝野さんが口を開いた。
「あー、うん。実はさー、デッキの傾向を公開しとけって言うんだよね。そうじゃないと不公平だって騒いでるんだよ…童実野高校とデュエル・アカデミアが」
 童実野高校の方は理由はわかる。なにせ代表が3人もバトル・シティのベスト4だ。デッキの中身がテレビ放送されてるも同然である。
 だけどデュエル・アカデミアの方は?
「……デュエル・アカデミアの生徒のデッキは、生徒検索から閲覧できるわ。だから複数のデッキを登録して読ませない対策がいるって兄さんも愚痴ってた」
「なるほどね。お互いに手の内を明かしておけだなんてなぁ…」
「そういうルールになったんだから仕方ない。山田山先生を恨むしかないな」
 部長はこの話を持ちかけてきた赴任三年目で部長の担任もしている山田山先生の名前を出しつつボヤく。
 山田山先生、真面目でいい先生として知られてるんだけどね…。
 そんな事を思いつつ、僕は自分のクラスの元へ戻ることにした。

 そういえば、雄一は見かけなかったけど何処か行ってたのかな?



 クラスの方は僕がいなくなった後にもだいぶ準備を進めていたらしく、部活の方を手伝ってきてもいいよと言われた。
 代表選手なんだから早めに休め、と男子にも言われたのでお言葉に甘えて先に戻る事にする。
 まだ晩ご飯の事も考えていないし。

 カバンを片手に校門まで来ると、先ほどのドレスのままの三四がカバンを持って姿を現した。
「帰り?」
「三四も?」
「ええ」
「そっか」
 そう返事をしつつ、歩き出す。三四の私服姿を見るのもそうだけど、バイザーを外している姿も珍しい。
 普段は授業中でもしているらしいのに、今日はなんでしてないんだろう?
 僕がそんな疑問を考えていると、数歩すたすたと歩いた三四は、夕日をバックにしてからゆっくりと口を開いた。
「一ついいかしら」
「なんだい?」
「その背中についているものは何?」
「背中…?」
 言っている意味が解らなかった。三四は何を言っている?
「視えるのよ。人ではないモノが」
 三四は一歩僕に近づいた。
「浩之の背中にいる、人ではないソレは誰?」
『こいつ、俺の事が見えている』
 僕の中で彼はそう口を開いた。
「……さぁ? 僕は彼の事はよく知らない」
『俺は河野浩之を知っているがな』
「人間ではないのは解るわ。でも、何者? あなたからは妙なものしか感じないわ」
『…だがこいつの敵ではない。お前の敵でも無い』
「それを信じられると思うの?」
 三四が再度こちらへと踏み込む。
『だがそうとしか言えないだろう? 俺もお前も、殺りあってもメリットが無い。何より俺はまだ、こいつとの仕事を終えていない』
 彼はゆっくりと言葉を紡ぐ。
 僕は彼が何故僕と共存しているのか、何を目指しているのか知らない。けど…。
 彼のほうも僕に危害を加えるつもりはない。
「………わかったわ」
 三四はそれで首を左右に振りつつ、再び口を開く。
「それならもう何も言わない。けど…何かあったら…ね…?」
 三四はそう言うと、ちらりと僕を見てから視線を前へと戻した。
「途中まで、一緒に帰らない?」
「……そうね。そうするわ」
 僕はその返事を受けて少しだけ歩調を緩めた。
「浩之は、真っ直ぐ帰るの?」
「いや、買い物してから帰るかな。晩ご飯、まだ考えてないし」
「そう…すごいわね。家の手伝いとかできるの。私は…」
「別にすごくはないよ。僕がやらなきゃ誰もやらないしね」
 美希がいた頃は、母さんがやっていた色々な家事。いざ始めてみると大変だなとは思った。
 けど、進まなければ何も進まないのだから結局やるしかない。
「お母さんの事、辛くも、無いの?」
「…わからないんだ。精一杯だったとか、そんなんじゃなくて…なんて言えばいいんだろ」
 そう、本当にぽっかりと唐突に空いてしまった穴は、唐突にやってきたんだ。
「いきなり連絡が来て、いきなり死んだなんていわれて…実際目にもしても、美希が死んだことをすぐには理解できなかったんだ」
 今思い出しても、薄暗い霊安室の、冷たいベッドの上で。人の形すら留めていない妹の姿を見ても解らなかった。

 だけど母親が壊れたときに、それが現実だと理解した。

 花を引き裂いて、毛布を引っぺがして、壁も椅子もベッドも机も何もかも殴って蹴飛ばして、言葉にならない声を叫ぶ母親にしがみついた時に。
 母親の体温に気付いて、それが現実だと分かったんだ。

 今朝まで話していた妹。
 前触れはあったのだろうか? 今思えば、普段飲む筈も無い、コーヒーを、砂糖なしで牛乳だけ入れた奴が欲しいとせがんだのがそれか。
 僕が普段飲んでいるそれをマグカップいっぱいに渡してみると、やっぱり苦い、と普段通りの返事が返ってきた後。

 おとなってこんな味なんだね、お兄ちゃん。

 そして最後にありがとうと付け加えて、当たり前のように砂糖をどさどさ入れてから飲みきった。
 それからどこに行くとも告げずに、オープン初日で人の集まるアクアフロントに、電車で2時間もかかるその場所に、一人で行った。
 そこでどんな事件が起こったのか、僕は詳細を知らない。

 妹がどんな最期を迎えたのかも、僕は知らない。

 だから雄二が目の前で殺されたと言ったとしても、現実だとは思えなかった。僕には。

「だけどあの日以来、僕の家から日常が壊れていったのだけは、現実なんだ」

 もう二度と、前の元の日常に戻ることなど無いのだから。
 それを理解して、やっていくしかない。
 それを踏まえたうえで、進んでいくしかない。

 立ち止まっても、何の意味も無いのだから。

「辛いとか、そんな事を言っても。何も代わらないよ。それだったら、何も考えないで…でもあのことだけは忘れないように、いつもの日々だったものに、限りなく近い何かを続けるだけだよ」
「………それはもう、日常とは呼ばないの?」
「呼べないよ。当たり前のものじゃ、無いんだから」
 三四の問いに、僕は静かに答えた。
「悲しいわね。突然、いつものものが消え去ってしまうなんて」
「うん…けど」
 一度崩れてしまった砂の城は、もう二度と元には戻らない。

 僕らが知っている日常なんて、砂上の楼閣でしかなかった。

「…………だからそんなのに、つけこまれるのかしら浩之は」
「そんなのって…」
 三四の言葉に少しだけ気分が悪くなる。同居人の事をそんなの呼ばわりは無いだろう。
 しかし三四の方は相変わらず仏頂面のままだった。
「……兄さんがアカデミアに入学して、ふっと目の前から消えた時は寂しかったけど」

「でも、何日も続けば―――」
「君の兄さんは二度と会えないわけじゃないだろ。比較じゃないよ」

 僕のその返事に、三四は黙り込んだ。傷つけてしまったのかも知れない。
『取り戻せる範囲のものと、取り戻せない範囲のものか』
 彼は僕の中で少し情け無さそうに口を開いた。
『あの時のお前じゃないな。俺を恐れさせたお前は、取り戻したければ取り戻そうとした』
「君の知ってる僕は、さぞかし勇気ある人間だったんだろうね」
『俺のように、絶望を直接見てきたからな』
 彼はそう言って言葉を続ける。

『現実を突きつけられたからこそ、自分自身がどうするのかをよく知っている。河野浩之とは、そういう存在だ。だからこそ怖かったんだ』

 直接絶望を見たから、己を知るか。己の無力さを知るか。
 僕はどうなのだろうか?
 悲しみに包まれる暇が無かったのか?
 それ故に、現実をどこか離れた場所で見ているのではないか?

「だけど…絶望ばかり見てちゃ、怯えて何も出来なくなるよ」
『そうだな。そこから前へ進むこともまた大事さ』

『明後日の交流戦か……。もし、仮にだが』
「なにさ?」
『お前を襲った絶望の張本人と出会ったとして、どう思うかな』
「僕はその絶望を知らないからなんとも言いようが無いね」






 手の中の携帯電話が鳴り響いた。
「俺だ」
『やあ。何かいい情報でも入ったかい?』
「特には、まだ。……そっちの準備は進んでいるのか? まるで平和すぎるぞ」
 彼の問いかけに、電話の向こうで相手は笑う。
『それは心配ないさ。もういつだって攻撃は仕掛けられる状態なんだ』

『それより。君は仕事をしているのかい?』
「問題ない」

 電話は切れた。
 彼が携帯電話をくるくる回していると、部屋の扉が開いて、妹が顔を出した。
「お兄ちゃん、出かけてくるね」
「また翔太のところか?」
「うん。面白いお店見つけたって」
「早めに戻って来るんだぞ。晩飯の用意が遅れる」
「はーい」
 一つ年下の妹はそう言って消えていく。
 さて。

 俺は間違っているのだろうか?
 人類が一度ふるいにかけられ、生き残れるものだけが生き残れるのは。新たな世界をこの手で作るというのは。

 吹雪冬夜と組んだのは彼らの野望にもカードにも興味があったわけじゃない。

 この手で世界を動かす何かがしたかった。
 クソッタレな人類をふるいにかけて、より正しくするためだ。

 だけど世間一般はこういうのを。

 狂ってるというのだろうな。

 本当は俺だけが正しいかも知れないのに。


 音無久遠は、明かりの消えた自分の部屋で天井を見上げ続けていた。
 そしていつか、眠りに落ちて言った。明後日を、ただ待ちわびて。




《第35話:交流戦、開幕》

 穂仁原高校文化祭は九月下旬に、無事始まった。
 まあどこの学校も九月の終わり頃に文化祭を行うものだから、決して変ではない。

 少なくとも僕の所属するゲーム同好会は、毎年恒例と化しているゲーム喫茶の他、今年は交流戦という大きなイベントを抱えている。
 何の因果か僕も交流戦の選抜選手に選ばれてしまったので参加せざるを得ない。少なくとも初日は交流戦だけで午後は潰れてしまう。

 午前は午前で、こうしてゲーム喫茶を手伝っている訳である…が。

「………ねぇ浩之。ゲーム喫茶やるのに、なんでメイド服と執事服が必須なのかしら?」
「部長の思いつきだと思うよ。去年は普通に制服だったもの」
 三四がそう不機嫌な顔になるのも無理は無い。
 そう、登校してゲーム同好会で集合したら何故か人数分のメイド服と執事服が用意されていて、それを着ろという事である。
 三四を含む数人は拒否したにも関わらず、見事に統一されてしまった。お陰で僕も燕尾服みたいなのを着ている。
 似合っているかどうかは解らない、けれど。
「まあ、三四の方は似合ってるよ?」
「どうでもいいわ」
 三四はぷぃっとそっぽを向いた。その手のマニアの人なら好きそうかも知れない。
 午前中のシフトに僕と三四が入っていた。まあ、仕方あるまい。
 こうしてメイド服姿の女の子といるというのも面白い体験なのだし。

 もう少しで午前十時。開場の時間である。
「さて、どうやって迎える?」
「普通に迎えればいいに決まってるじゃない」
 三四が鼻を鳴らしていると、ひょっこりと何人かの人影が顔を出した。

「お帰りなさいませご主人様、お嬢様。どの面下げて戻って来やがったのかしら?」

 どこの世界のツンデレメイド喫茶なんだよ!




 ゲーム喫茶、と言っても単純にお菓子とジュース出しつつボードゲームとかを楽しんでもらう、というコンセプトだ。
 まあ、ゲームにかかる時間によって料金が違う程度でお菓子とジュースはサービスである。
 解り易く言えば休憩所のようなものだ。どこの文化祭にも休憩所として安くお茶とかを提供している場所があるだろう。
 アレをゲーム付きにしているようなもの。

 別料金にはなるが、部員を対戦相手にすることも出来る。おさわり・撮影は禁止だ。
 ……そして、部員が相手になる場合、勝たせてくれる人もいれば勝たせてくれない人もいる訳で…。

「ほらほら、そんな貧相な資産で何を運用しようというのかしら? そこの会社も買収。私のもの」
 普段、あまり学校には顔を出さないが美少女ではある三四にホイホイされてやってきた男子生徒達は人生ゲームで三四に根こそぎ資産を奪われていた。
 なにせ途轍もないドSなものだから、下手に手を出せば腕ごと持っていかれてしまう。
「ぐおおおおお! せめてもう少しお情けを…!」 「ハァハァ…いいえ、むしろご褒美です!」
「ハァハァ息を荒げない、この変態。罵られるのがそんなに嬉しいのかしら? 芋虫みたいに縛ったほうがマシね」
「最高です!」
「あなた達は苛められて悦に浸るようなマゾヒストのド変態なんだから駄犬以下の存在よ。せいぜいワンと言って三回廻って来なさい」
 三四の容赦ない言葉に彼らは悲鳴とも歓喜ともつかない声をあげた。
 まさしく犬の集団だと思う。

「容赦ないなあ」
 数分後、隣りのブースで僕らを見ていたリックが三四を横目で見つつそう苦笑する。
 まあ、それは否定できない。なにせ三四なのだし。
「リックもだいぶ慣れてきたんじゃない?」
「あははは、そうですね」
 見かけは良いのだから、主に女子からの人気があるらしい。
 男も女も留学生という生き物には弱いからな。
 いちおう、僕らも含めて部員7人で回しているが、なかなか忙しい仕事である。
「おとといきなさい」
 三四に全資産を巻き上げられて敗北した男子生徒達は蜘蛛の子を散らすように去っていくのであった。
「三四、人生ゲーム得意なんだね」
「ボードゲームのルーレットは何度回したか覚えてすらいないわね」
「へぇ、意外だな。入院してる頃に、同じような子達と遊んでたの?」  一人遊びだったんだね。

 僕が三四を見つつ笑っていると、廊下を歩く謎の四人組。
「んお? なんだこりゃ?」
「ゲーム喫茶か。それはそれで面白そうだな」
「おいおい、晋佑。俺は腹減ったの」
「そこら辺の看板でも食べてれば良いじゃないですの、決闘王さん」
「喰えるか!」
「……あら、雄二」
 三四がにゅっと顔を出し、その四人が反応する。
 確かに雄二だった。この前もつけていた右目の眼帯は変わらず、今度は服装が黒い中華風シャツになっていた。相変わらず謎に着こなしている。
「貴明と晋佑も連れて何の用かしら?」
 すると、ドラキャラよろしく黒マントにショッキングピンクのドミノマスクを着けているのが…二代目決闘王、だと…?
「暇だからぶらぶらしているのさ、三四。お、浩之もいたのか」
「付き合うのもやぶさかではないな」
 すると、サングラスにアロハシャツの青年がバトル・シティベスト4の高取晋佑か。
 もう一人の金髪の女の子は誰なのだろう?
 何故か全身に包帯を巻きつけているマミー少女になっている人は。
「まあ、文化祭というイベントを楽しむには良いかも知れませんわね」
「笹倉は昨日の罰ゲームでそうなったんだけどな」
「雄二、遊んでいくの?」
 雄二の言葉に、三四がそう問いかけると雄二は頷く。
 4名サマ、ご案内。

「ゲーム喫茶を文化祭のアトラクションにするなんて、穂仁原も変わってるぜ」
「文句を言いに来たのか遊びに来たのかどっちだよ」
「両方」
 僕の問いかけに雄二は笑いながら答える。近くの席で休憩していた女子生徒や他校の女子生徒や雄二の方に注視しているが、雄二は軽くひらひらと手を振った。
「声をかけないの?」
 脇の三四の問いかけに雄二は首を左右に振る。
「不用意に女の子を口説いちゃダメって言いつけがでてな」
 雄二は肩を竦めながらそう答えると、ちらりと僕を見た。
「浩之は最近どうだい? この黒いお姫様とよろしくやってるとかいててて足を踏むな」
「余計な事を言わないで頂戴」
 まあ、そうは言われてもそんな心配はあまり無い。
「まあ、最近よく学校に出てきてるしね。だから部活でもよく出てくれるし。皆嬉しいんじゃないかな」
「そうか。三四っつーと病弱なイメージあるからな」
「僕も一学期あんまり見た事ないね」
 僕と雄二があははと笑うと同時に三四はどんどん不機嫌になってくる。
「…決めたわ。ゲームするわよ。ここはゲーム喫茶よ」
「ああ、知ってる」
 そうでなきゃ掲げてる看板が偽装だろう。
「ジェンガで勝負よ。負けたら色々奢ってもらうわ、雄二、浩之…!」
「え? 僕も入ってるの?」
 なんでだよ。


 世の中一人ジェンガという遊びがある。
 三四曰く、それの達人らしい。ネットでマスタークラスの認定を取ったと胸を張っていた。

 しかし、雄二もまたゲームは割と得意なようで、容赦なくそんな三四を返り討ちにしてしまった。

「罰ゲームとしてコスプレをお願いしよう」
「雄二ごときに負けるのは屈辱だわ」
「お前の怖いアニキがいない間に目一杯楽しませてもらうだけだぜ? つーことで、この巫女装束を頼む」
「雄二、それどっから持ってきたのさ?」
 雄二が持ち出した巫女装束を眺めていた三四だったが仕方なく奥の更衣室へと消えていく。
「で。午後に交流戦か」
「出来れば戦いたいよ]
「…まあ、そうだな。俺も」
 そう、何年ぶりになるのだろうか。雄二とデュエルをするなんて。
 あの時、僕らの中では一番強くなかった雄二は――気が付けばバトル・シティで準優勝になる程で。
「午後に待ってるぜ?」
 まあ、その時対戦相手に選ばれなければ、そもそもデュエルも何も無いんだけれど。

「三四戻ってこないな…多分、逃げたかも知れない」
「恥ずかしさでな。ま、俺もちょいと野暮用なんでな。これから、出てくる」
「交流戦までには戻ってこねーと失格になるぞ」
「解ってる、解ってる」
 雄二は手をひらひらと振って教室を出て行く。女の子の黄色い視線にも笑顔で振り替えしたりしつつも。
「あっれー? 雄二じゃん、久しぶりー!」
「おっす、理恵っち。あれ? お前もここの学校? 地元一緒なんだな」
「は? てことは、雄一の弟ってアンタなの!? 世間って狭いねー!」
「だよなー。野暮用あるから出るわ。交流戦出るから楽しみにしといてくれよ」
「いや、あたしも出るんだけどね。また後でー」
 廊下からそんな会話が響いた後、入れ替わりで入ってきたのは滝野さん。
「いやー、今そこで珍しい人に会ったわー。随分様変わりしてあーっ!」
「おっす理恵っちー」
「しばらくぶりだな」
「貴明はともかくなんで高取までここにいるー!」
「交流戦だが」
 滝野さんは二代目決闘王と何故かハイタッチを交わした後で、三四が姿を消している事に気付いた。
「あれ? 三四ちゃん行方不明? ちゃんみよ行方不明?」
「雄二に巫女装束着せられるのが嫌で逃げたっぽい」
 少なくとも更衣室から出てきてないからな。
「なー、理恵っちー。折角だからゲームをやらねぇ?」
「いいとも貴明! 河野君カモーン! 人数あわせが必要だ!」
 ああ、やっぱり僕が呼ばれるのか。





 何年ぶり、いいや、違う。
 俺は母さんが死んでから、葬儀の時にしか母さんの墓を訪れたことが無かった。

 だから墓参りをするのは、初めてになるのだろう。
 5年前に、葬儀の時に見たのと変わらない、御影石の白と黒が入り混じった美しい、洋式の墓所。
「……ゴメン、母さん。凄く、遅れた」
 声をかけても、返事が戻ってくる訳は無い。死んだ奴は、元に戻らない。死んだらもう、会えない。
「…クソッ!」
 母さんが死んだ時もそうだったかも知れない。いいや、母さんが死んだとき、薄々思い始めていたのかも知れない。

 だけど、優希ちゃんの死を経て、初めて理解できるんだ。

 遊城十代が、自ら救った世界を壊してでも、三四の死の運命を回避したかったことを。
 どうしてもやりなおしたかった。

 許されるなら、やり直したい。
 母さんが死なないように、もっと皆を大事に出来るように、もっと葉月に―――素直になれたら。

「だけど、そんなのできねぇよ…」
 だってもう、一度壊してしまった世界を。もう一度壊すなんて。
 この世界にいる全ての生き物を犠牲にしてでも、もう一度世界をやり直すなんて。そんな血塗れの道を、俺は歩きたくない。

 もう二度と戻らないそれを、取り戻したくて、泣きたくなっても。
 それは二度とも戻らない。戻せない。戻す力も資格も無い。


「雄二さん?」
「…葉月」
 いつの間にか、後ろに葉月が来ていた。どうしてきているのだろうか、と思いかけて。
「今日、お義母さんの…」
 そうだ。
 今日は、母さんの命日だったんだ。忘れていた。ちょうど5年前のこの日に。
「雄二さんも、忘れてなかったんですね」
 新しい花輪を置いて、そっと手を合わせる葉月。

 ああ、そうか。俺にとっての将来の妻が決まっている葉月にとって、母さんは母親。

「いや…今、思い出したんだ。情けねぇけど」
「?」
 葉月の意外そうな顔の隣りで、墓の前でかがんだ。
「今もしも、5年前の今日に戻れるなら。どんな手段使ってでも母さんを救おうとするかも知れない。そうまでして、5年前に戻れたら、どうだろう?」
「………わからないです。私は。だって、これから起きる事を知ったまま、それを迎えるなんて普通はありえないから」
「……」
「だけど…私もお義母さんを助けたいと思います。とっても、優しい、人だから」
 そうだよな。
 そうだよな。誰にだって、優しくて、誰でも気を使って。誰でも幸せになれるように、頑張ってた。

 俺の母さんは、そんな人だった。

「前に親父から、母さんの死因を聞いた事があるんだ」

「過労からの肺炎。そうなったのも、誰かの為に自分で何か背負ってった結果」
「お義母さんって…」
「だからたとえ、俺が時間戻って止めたとしても母さんはまた無茶するんだろうな」
「でも、誰かが代わってあげる事は出来たかも知れない」
「そんな頃でも俺は母さんにずっと甘えてばっかだった。何も考えてない、ただのガキだった」

「思い出すだけでも、嫌気がさしてくる…!」
 大人になって、それでも自分がちっぽけだと思うと。

 昔の情けない自分を、殴りたくなるぐらいに。

「雄二さん」
 葉月の腕が、俺の背中から首に回った。
「後悔しない人なんて、いないです」
「……!」
「昔の事見て、それでもなんとか折り合いつけて、それでも苦しくて何度後悔しても、過ぎた事は戻らない、もう二度と…!」

「だから、私たち…今、生きてるんじゃないですかっ……」

 はっとした。
 過去と向き合って、苦しい思いをしながらも生きている。
 生きている。
 今を、生きているんだ。

「あの時に、止めればよかった。無理にしがみついてでも、止めれば良かった」

「そうでなきゃ……こんなに苦しい思いをしなくて済むから…!」

 今までずっと。
 葉月を一人にしてしまったから。俺が過去と向き合うのを拒否して、葉月とも離れてしまったから。
 だから、アノ子は―――――優希ちゃんは、その為に命を落としてしまったのだろうか。

 今、ここにいる俺は。
 あの子の為にも、葉月の為にも。

 強くならなきゃいけない、時が来たのだ。

「ごめん」



 わかってた。
 わかってたんだ。雄二は誰にだって好かれる。それぐらいの容姿もあるし、力もあるし、努力だってしてる。
 それでもちっぽけな一人である事に代わりは無い。

 だからこそ、好きな人だって―――いるんだ。

「………なによそれ。バカみたい」

 普段から女の子についてあーだこーだと講釈垂れたり、出合ったときから過剰なスキンシップしたり口説いたり。
 そんな事してるくせに、本命は一人いただなんて、バカみたい。

「そんなバカみたいな男に…何考えてるのよ」
 ザクザクと、墓地を突っ切って、学校まで戻ることにした。

 好きな誰かの涙なんて、そうそう見たくも無いんだから。












「……ようやく始まるみたいだな」
 穂仁原高校の校舎の屋上から、交流戦の会場となるグラウンドのステージを眺めつつ、彼は呟く。
「ああ。そのようだ。それで、私の出番はいつなんだ?」
「状況に応じて、さ」
 隣りに立つ背の高い青年に対して、彼はそう答える。
 手元にあるのは、交流戦の選手名簿。
「くじの細工は終わってる。もし奴が出て来ないならば、直接戦いを挑めばいいしな」
「場外デュエルか。それもまた面白そうではあるが」
 二人の不適な奴らはそんな言葉を囁きあう。
「まあ、デュエルの結果は。やるまでわからないけどな…」

 そして彼は携帯電話を手に取る。

「俺だ。細工は終わったか?」


 この時が来た。

「緊張するなぁ…」
「全力を尽くすだけの事よ」
 僕の呟きに三四がそう答え、松井さんも「そうですね、頑張りましょう」と口を挟む。
 そう。

 遂に、交流戦が始まるのだ。

 最多人数は僕ら穂仁原高校ゲーム同好会と七ツ枝高校デュエル部で、それぞれ6人。
 最小人数は雄二たち、童実野高校。補欠がいない4人。だが…そのメンバーがやばすぎる。

 二代目決闘王、宍戸貴明を筆頭に、第2回バトル・シティ準優勝、黒川雄二。そしてベスト4である高取晋佑。最後の一人は女子だけのデュエル大会、クイーンズカップ優勝者である笹倉紗論。
 あまりにも最強すぎる布陣だ。

 デュエル・アカデミアの方もすごい。
 メンバーは補欠を含めて五名だが、プロリーグでも活躍している現役学生エド・フェニックスと、第2回バトル・シティベスト4のゼノン・アンデルセンを有している。
 これは凄まじいの一言だ。

「腕が鳴るね」
「奇遇ね、私もそうよ」
「あははははは! バトル・シティの再現になったりするかも」
 滝野さんは呑気なものである。

「それでは――――皆、元気だったかー! デュエル・交流戦を始めるぞー!」
 司会進行並びに審判はわざわざ呼び寄せたらしい。
 よく地方巡業にやってくる歌ってデュエルご当地アイドルだそうな。名前は忘れたけど。
「皆、今日は集まってくれてありがとー! 本日の目玉はデュエル・アカデミア高等部、そして童実野高校代表! どっちもすごいデュエリストを有してるけど、どっちが勝つかなー?」
 実際、彼女の言うとおり、穂仁原高校の生徒はともかく、観客の殆どはそっちが目玉なのだろう。
 よく見たらマスコミやら、プロデュエリストのスポンサーになっている企業のロゴが入ったジャンパーを着ている大人など、色々いる。
「あれ? もしかすると、俺らプロにスカウトされんじゃね?」
「翔太。お前には無理だ」
 翔太の言葉に久遠がばっさり。酷すぎないか、久遠。
「浩之ー。わが親友久遠が俺をいじめるー」
 そうは言われても、プロデュエリストになるのにどれだけ大変だと思ってるんだよ。
 スポンサー探しにライセンス取得とまあ、苦難の道の連続だ。
「それじゃ、組み合わせ発表行ってみよー! じゃじゃん! この箱にボールが入っていまーす。で、私はこれを二つ引いてー」
 司会のアイドルは箱に手を突っ込み、ごそごそした後、力強く引いた。
「おお! 第1試合、デュエル・アカデミア高等部! それで、その対戦相手は…ホストの穂仁原高校ゲーム同好会!」

 遂にこの時が来たのか。
 雄二と戦うのなら、デュエル・アカデミアという強敵を越えていかなければならない。
「出番だな」
「で、最初は誰から行くの?」
 真っ先に行こうとする翔太を宥めつつ、皆にそう問いかけると「そりゃもちろん「お前は却下だ。タッグ枠が困る」マジかよ」という翔太と久遠のやり取り。
 向こうのトップバッターに誰が出てくるか解らないが、とにかく最初の一戦で一勝は欲しい。

 そう、考えるのが常だ。すると。

「滝野さんにお願いしたいんだけど、どうだろう?」
「そうですね。プレッシャーにも強い人ですし、私はいいですよ。遊城さんは?」
「私は別に誰でもいいわ」
「…滝野さんは?」
「任せろ!」
 デュエルディスクを既に装着していた滝野さんは堂々とステージへと向かう。

 その相手は―――。

「お前か。バトル・シティの時は戦わなかったからな。未だ見ぬ対戦カードって奴だ」
「ま、負けるつもりはないけどねー? 覚悟しろよ、ゼノン・アンデルセン!」

「1回戦第1試合、1セットめ。穂仁原高校二年生、滝野理恵さん対、デュエル・アカデミア本校二年生、ゼノン・アンデルセン!」

「それでは、お互いに、準備はいいかな?」

「「デュエル!」」

 滝野理恵:LP4000           ゼノン・アンデルセン:LP4000

「あたしの先攻ドロー!」
 さあ、バトル・シティでも見られなかった組み合わせの対戦。どんなデュエルが始まるのだろうか。

「E−HERO ブリザード・エッジを自身の効果で特殊召喚!」

 E−HERO ブリザード・エッジ 水属性/☆4/悪魔族/攻撃力1700/守備力1400
 このカードは特殊召喚扱いで召喚する事が出来る。
 このカードが墓地に送られた時、フィールド上の魔法・罠カードを1枚破壊する事が出来る。

 フィールドに現れたのは、吹雪を操る氷の刃の悪魔。
 両腕の氷の刃をクロスさせ、いつでも戦闘準備万端。

「続けて、E・HERO ワイルドマンを召喚!」

 E・HERO ワイルドマン 地属性/☆4/戦士族/攻撃力1500/守備力1600
 このカードは罠カードの効果を受けない。

「カードを一枚伏せて、ターンエンド」
「2体のモンスターを並べてきたか。こっちも負けてはいられないな…オレのターン! ドロー!」

「魔法カード、キメラティック・フュージョンを発動!」

 キメラティック・フュージョン 通常魔法
 デッキより融合素材のモンスターを墓地に送る事により、融合デッキから融合モンスター1体を特殊召喚する。
 この効果で召喚したモンスターは毎ターンのエンドフェイズ毎に攻撃力が500ポイントずつダウンする。
 攻撃力が0になったターンのエンドフェイズ時にそのモンスターを破壊する。
 そのモンスターを破壊した次の自分ターンのスタンバイフェイズに墓地より融合素材となったモンスターを召喚する。

「デッキのモンスターを融合素材にする奴か…やるね」
「この効果で、オレはサファイアドラゴンと、ブリザード・ドラゴンをデッキから墓地に送り…蒼翼の氷竜を融合召喚!」

 サファイアドラゴン 風属性/☆4/ドラゴン族/攻撃力1900/守備力1600

 ブリザード・ドラゴン 水属性/☆4/ドラゴン族/攻撃力1800/守備力1000
 相手フィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターは次の相手のエンドフェイズ時まで攻撃宣言をする事ができず、表示形式を変更する事もできない。
 この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 蒼翼の氷竜 水属性/☆6/ドラゴン族/攻撃力2500/守備力2000/融合モンスター
 「サファイアドラゴン」+「ブリザード・ドラゴン」
 このカードがフィールド上に攻撃表示で存在する限り、攻撃力2500未満の相手モンスターは攻撃宣言を行えない。

「バトルを行わせてもらうぜ! 蒼翼の氷竜で、ワイルドマンを攻撃! ブルー・ブリザード・ブレス!」
 蒼き翼の氷竜はワイルドマンに狙いを定めると、遠慮なく攻撃を行う。
「リバースカード発動! くず鉄のかかし!」

 くず鉄のかかし 通常罠
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
 その攻撃モンスター1体の攻撃を無効にする。
 発動後このカードは墓地へ送らず、そのままセットする。

「チッ! 嫌なカードを伏せやがって!」
 ゼノンが悪態をついたが、これにより蒼翼の氷竜の攻撃は阻まれる。
 だが、蒼翼の氷竜がいる事で、滝野さんは攻撃力2500未満のモンスターは攻撃を行えなくなる。
「カードを一枚伏せて、ターンエンドだ」
「あたしのターン! そしてあたしは2枚目のリバースカードを発動! ヒーロー交代を発動!」

 ヒーロー交代
 フィールド上に「HERO」と名のつくモンスターが存在する時に発動可能。
 フィールド上に存在する「HERO」と名のつくモンスター1体をデッキに戻し、
 デッキから同じレベルの「E・HERO」と名のつくモンスター1体を攻撃表示で特殊召喚する。
 その後、デッキをシャッフルする。

「この効果であたしはブリザード・エッジをデッキに戻し、デッキからE・HERO クレイマンを特殊召喚!」

 E・HERO クレイマン 地属性/☆4/戦士族/攻撃力800/守備力2000

「そして、攻撃力2500未満がダメなら、それを越えればいいじゃない?」
「!」
「クレイマンを生贄に捧げ、E−HERO マリシャス・エッジを召喚!」

 E−HERO マリシャス・エッジ 地属性/☆7/悪魔族/攻撃力2600/守備力1800
 相手フィールド上にモンスターが存在する場合、このカードはモンスター1体をリリースして召喚できる。
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
 その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

「やり返させてもらうよ! 行け、マリシャス・エッジの攻撃! ニードル・バースト!」
「クソッ!」

 ゼノン・アンデルセン:LP4000→3900

「続けて、ワイルドマンのダイレクトアタック!」

 ゼノン・アンデルセン:LP3900→2400

「ま、こんなところかな。ターンエンド」
「オレのターン! ドロー!」
 続けてゼノンのターン。だが、ライフを幾らか削られたとはいえ、彼に不利な様子は見られない。
「魔法カード、トレード・インを発動!」

 トレード・イン 通常魔法
 手札からレベル8モンスター1体を捨てて発動できる。
 デッキからカードを2枚ドローする。

「この効果で、俺は手札から青氷の白夜龍を捨て、カードを二枚ドロー!」

 青氷の白夜龍 水属性/☆8/ドラゴン族/攻撃力3000/守備力2500
 このカードを対象にする魔法・罠カードの発動を無効にし破壊する。
 自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターが攻撃対象に選択された時、
 自分フィールド上に存在する魔法または罠カード1枚を墓地に送る事で、
 このカードに攻撃対象を変更する事ができる。

 トレード・インを用いてドローしたカードが2枚。
 だが、それだけでも彼の戦意は大きく変わる。

「カード一枚セットし、仮面竜を守備表示で召喚。ターンエンド」

 仮面竜 炎属性/☆3/ドラゴン族/攻撃力1400/守備力1100
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
 自分のデッキから攻撃力1500以下のドラゴン族モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。

「ターンエンド? 随分消極的になった?」
「わからないさ。デュエルは、最後まで、な」
「あたしのターン。ドロー!」
 そう、何もしないのは反撃準備の可能性もある。現に、最初のターンに伏せられたリバースカードは動いていない。
 罠の影響を受けないワイルドマンがいたから、という可能性もあるが。
「ふむ…よし!」
 滝野さんの腹は決まったようだ。

「魔法カード、E−エマージェンシーコールを発動!」

 E−エマージェンシーコール 通常魔法
 自分のデッキから「E・HERO」と名のついたモンスター1体を手札に加える。

「この効果であたしは、E・HERO スパークマンを手札に加える!」

 E・HERO スパークマン 光属性/☆4/戦士族/攻撃力1600/守備力1400

「続けて、スパークマンを召喚! そして、このスパークマンを墓地に送る!」
「召喚したばかりのスパークマンを墓地に送るだと!?」
「その通り…あたしの手札に眠る、このE−HEROを呼ぶ為にね…! E−HERO ブラック・コメットを自身の効果で特殊召喚!」

 E−HERO ブラック・コメット 光属性/☆8/悪魔族/攻撃力2800/守備力1000
 このカードは自分のフィールド上に存在する光属性の「HERO」と名のつくモンスター1体を
 墓地に送る事で、手札から特殊召喚することが出来る。
 このカードが破壊され、墓地に送られた時、お互いにデッキからカードを2枚ドローする。

 最上級モンスターを1ターンで2体も揃えるとは!
 滝野さんも決して伊達ではない、なかなかやるなあと思う。

 だが。

「ん…? ゼノン、モンスター…増えてる?」
「その通り。ブラック・コメットが特殊召喚された時、伏せていた飛竜軍団の襲来を発動させてもらった」

 飛竜軍団の襲来 速攻魔法
 このカードは相手ターンのみ発動可能。
 相手フィールド上のモンスターの数だけ、飛竜トークン(風属性/星4/ドラゴン族/攻?/守?)を召喚出来る。
 このトークンの攻撃力・守備力は相手フィールドのモンスターの数×400ポイントとする。
 このトークンはドラゴン族以外の生け贄にする事が出来ない。

「この効果で飛竜トークンが3体、オレのフィールドに並ぶ!」

 飛竜トークン 守備力?→1200

「くっ…だけど、それでもトークンが何体も揃ったところで! ブラック・コメットで、仮面竜をこうげ…」
「そこで二枚目のリバースカードを使わせてもらう! ミラーフォースを使う!」
「げえっ!? ミラフォ伏せてたの!?」

 聖なるバリア−ミラーフォース− 通常罠
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
 相手フィールド上に攻撃表示で存在するモンスターを全て破壊する。

「ワイルドマンは罠カードの影響を受けない、だが、ブラック・コメットとマリシャス・エッジは破壊させてもらう!」
「ちぇっ…!」
 滝野さんのフィールドのブラック・コメットとマリシャス・エッジが聖なるバリアによって粉砕される。

「ブラック・コメットの効果で、お互いにカードを二枚ドロー出来る」
 滝野さんのフィールドにはワイルドマンが一人だけ残っている。
「ワイルドマンで、飛竜トークンを攻撃!」
 これはあっさり破壊。ゼノンのフィールドにリバースカードはもうない。

「カードを一枚伏せて、ターンエンド」
「オレのターンだ。ドロー!」

「……こいつは常に、オレと共にある。オレだけにある誇り、そしてオレの魂! 儀式魔法カード、深淵からの解放を発動!」

 深淵からの解放 儀式魔法
 「深淵の蒼氷竜」の降臨に必要。
 レベル8以上になるよう、手札及びフィールドから生贄を捧げなければならない。

「フィールドの飛竜トークン2体を生贄に捧げる! 目覚めよ、オレの力! 深淵の蒼氷竜フォルセティアを召喚!」

 深淵の蒼氷竜フォルセティア 水属性/☆8/ドラゴン族/攻撃力2800/守備力2700/儀式モンスター
 「深淵からの解放」の効果により降臨。
 レベル8以上になるよう、生贄を捧げなければならない。
 カードの効果によってフィールドのカードが破壊される場合、
 このカードをエンドフェイズまで除外する事で破壊を無効に出来る。
 このカードの召喚に成功した時、相手の墓地に存在する
 最も攻撃力の高いカードを装備カード扱いにして装備する。
 そのモンスターの攻撃力の半分だけ、このカードの攻撃力をアップさせる。

 フィールドに、巨大な氷の塊が現れた。

 その中に眠る蒼い竜が、その瞳を開く。
 氷を両断して姿を現した竜は、翼を広げてゼノンの横へと降り立った。

「出たな、エース!」
「お前を倒すには、これぐらいが相応しいだろ? 滝野理恵?」
 滝野さんの言葉に、ゼノンは笑いながらそう返答。

「フォルセティアの効果発動! このカードは召喚に成功した時、相手の墓地に存在する最も攻撃力の高いカードを装備カードとして装備し、その攻撃力の半分の数値を自身の攻撃力に加えることが出来る!」
「すると、一番攻撃力が高いのは…ブラック・コメット!」

 深淵の蒼氷竜フォルセティア 攻撃力2800→4200

「フォルセティアで、ワイルドマンを攻撃! ファントム・シューティングスター・ブラスト!」
「リバースカード、くず鉄のかかしを発動!」

 くず鉄のかかし 通常罠
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
 その攻撃モンスター1体の攻撃を無効にする。
 発動後このカードは墓地へ送らず、そのままセットする。

「クソッ! そういえば前からずっと伏せていた!」
「ギリギリで…助かったよ。無かったら大ダメージだもんねぇ…」
 意外にも、一進一退。
 おに校勢の思わぬ善戦に、ギャラリーも盛り上がっているようだ。

 だけど、デュエルはまだまだこれからだ。




《第36話:1ターンの攻防》

 滝野理恵:LP4000    ゼノン:アンデルセン:LP2400

 E・HERO ワイルドマン 地属性/☆4/戦士族/攻撃力1500/守備力1600
 このカードは罠カードの効果を受けない。

 仮面竜 炎属性/☆3/ドラゴン族/攻撃力1400/守備力1100
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
 自分のデッキから攻撃力1500以下のドラゴン族モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。

 深淵の蒼氷竜フォルセティア 水属性/☆8/ドラゴン族/攻撃力2800/守備力2700/儀式モンスター
 「深淵からの解放」の効果により降臨。
 レベル8以上になるよう、生贄を捧げなければならない。
 カードの効果によってフィールドのカードが破壊される場合、
 このカードをエンドフェイズまで除外する事で破壊を無効に出来る。
 このカードの召喚に成功した時、相手の墓地に存在する
 最も攻撃力の高いカードを装備カード扱いにして装備する。
 そのモンスターの攻撃力の半分だけ、このカードの攻撃力をアップさせる。

 深淵の蒼氷竜フォルセティア 攻撃力2800→4200

「オレは、カードを一枚伏せて、ターンエンド」
 攻撃を続ける事が出来ないのか、ゼノンはターンエンドを宣言する。
「あたしのターン、ドロー!」

「手札からE−HERO ダーティ・ヴォーテクスを召喚!」

 E−HERO ダーティ・ヴォーテクス 水属性/☆3/悪魔族/攻撃力800/守備力1200
 手札がこのカード1枚のみの時、このカードを手札から特殊召喚することが出来る。
 このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、デッキからカードを2枚ドローする事が出来る。
 フィールド上に存在するこのカードを墓地に送る事で、
 エクストラデッキからモンスター1体を選択して墓地に送る事が出来る。

「この効果であたしはカードを2枚ドロー、そしてこのカードを墓地に送る事で…融合デッキのモンスターを選択して墓地に送る事が出来る! あたしはこの効果で、ダーク・ブライトマンを墓地に送るよ!」

 E・HERO ダーク・ブライトマン 闇属性/☆6/戦士族/攻撃力2000/守備力1000/融合モンスター
 「E・HERO スパークマン」+「E・HERO ネクロダークマン」
 このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
 その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
 また、このカードは攻撃した場合、ダメージステップ終了時に守備表示になる。
 このカードが破壊された時、相手フィールド上のモンスター1体を選択して破壊する。

 おまけに、ダーティ・ヴォーテクスの効果でカードを2枚ドローできている。手札を充実させている。
 つまりあの中に、ブリザード・エッジがいる可能性があるということか。
「あたしはワイルドマンを守備表示に変更して…手札からブリザード・エッジを守備表示で召喚!」

 E−HERO ブリザード・エッジ 水属性/☆4/悪魔族/攻撃力1700/守備力1400
 このカードは特殊召喚扱いで召喚する事が出来る。
 このカードが墓地に送られた時、フィールド上の魔法・罠カードを1枚破壊する事が出来る。

「ま、これ以上は攻勢に出れないからね。カードを一枚セット、ターンエンド、かな」
「……オレのターンだ。どうにかしてくず鉄のかかしを破壊しないと、なんとか出来ないな」

「ドロー!」

「速攻魔法、サイクロンを発動し、そのリバース状態のくず鉄のかかしを破壊させてもらう!」

 サイクロン 速攻魔法
 フィールド上の魔法・罠カード1枚を選択して破壊する。

「これで防御カードは突破した…後は! ブリザード・ドラゴンを、攻撃表示で召喚!」

 ブリザード・ドラゴン 水属性/☆4/ドラゴン族/攻撃力1800/守備力1000
 相手フィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターは次の相手のエンドフェイズ時まで攻撃宣言をする事ができず、表示形式を変更する事もできない。
 この効果は1ターンに1度しか使用できない。

「フォルセティアで、ワイルドマン、そしてブリザード・ドラゴンでブリザード・エッジを攻撃! 行くぞ!」
 2体のドラゴンの攻撃を止めるものはいなかった。
 ワイルドマンとブリザード・エッジが粉砕されて姿を消すが、幸いにしてどちらも守備表示。ダメージは0だ。
「守備表示だったのが幸いだな、滝野」
「くっ…けど、ブリザード・エッジは墓地に送られた時、フィールド上の魔法・罠カードを1枚破壊できる。あたしは…装備カード扱いになっているブラック・コメットを破壊!」
「そっちが狙いか!」

 深淵の蒼氷竜フォルセティア 攻撃力4200→2800

「ターンエンドだ」
「そしてあたしのターン…。そうだね。ブリザード・エッジが破壊されて、ダーク・ブライトマンが墓地にいる。つまり! あたしは最高のモンスターを出せる!」
「……しまった!」 「ドロー! 魔法カード、ダーク・コーリングを発動!」
 ゼノンが気付いた時にはもう遅い。それはもう始まっている。

 ダーク・コーリング 通常魔法
 自分の手札・墓地から、融合モンスターカードによって決められた
 融合素材モンスターをゲームから除外し、
 「ダーク・フュージョン」の効果でのみ特殊召喚できる
 その融合モンスター1体を「ダーク・フュージョン」による融合召喚扱いとして
 エクストラデッキから特殊召喚する。

「この効果で、あたしは、ブリザード・エッジとダーク・ブライトマンを除外させてもらうよ…!」

 E−HERO ブリザード・エッジ 水属性/☆4/悪魔族/攻撃力1700/守備力1400
 このカードは特殊召喚扱いで召喚する事が出来る。
 このカードが墓地に送られた時、フィールド上の魔法・罠カードを1枚破壊する事が出来る。

 E・HERO ダーク・ブライトマン 闇属性/☆6/戦士族/攻撃力2000/守備力1000/融合モンスター
 「E・HERO スパークマン」+「E・HERO ネクロダークマン」
 このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
 その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
 また、このカードは攻撃した場合、ダメージステップ終了時に守備表示になる。
 このカードが破壊された時、相手フィールド上のモンスター1体を選択して破壊する。

「……光と闇の戦士、そして氷の悪魔をゲームから除外…これがあたしの全力! 行くよッ! 最凶のE−HERO、カオス・アークデビルを融合召喚!」

 E−HERO カオス・アークデビル 闇属性/☆9/悪魔族/攻撃力3500/守備力2500/融合モンスター
 「E-HERO ブリザード・エッジ」+「E・HERO ダーク・ブライトマン」
 このカードは「ダーク・フュージョン」による効果でしか特殊召喚出来ない。
 このカードが守備モンスターを攻撃した時、攻撃力が守備力を上回っている分だけ、ダメージを与える。
 手札を1枚捨てる事で、相手フィールド上の攻撃表示モンスター1体を破壊する。
 このカードが戦闘で破壊され墓地に存在する時、
 ドローしたモンスターをお互いに確認する事でそのモンスターを特殊召喚出来る。
 この効果はデュエル中に1度しか使用する事が出来ない。

 フィールドの天地を裂いて。
 漆黒の翼、漆黒の肉体と白銀のラインを身に纏う、最強の悪魔が姿を現した。

「待たせたね…こいつを呼ぶのに、だいぶかかっちゃったけど。大丈夫。あたしは勝ーつっ!」
 わお、勝利宣言。
 滝野さん、あんなこと言っちゃって大丈夫か?
「カオス・アークデビルの効果発動! 手札を一枚捨てる事で、相手フィールド上の攻撃表示モンスター1体を破壊できる! フォルセティアには、退場してもらうよ!」
「おおっと待った! フォルセティアの効果発動! このカードがカードの効果によって破壊される時、エンドフェイズまでこのカードを除外する事で、その破壊を無効にする事が出来る!」
「んなっ!?」
 滝野さんの目論見は外れた。

 E−HERO カオス・アークデビル 闇属性/☆9/悪魔族/攻撃力3500/守備力2500/融合モンスター
 「E-HERO ブリザード・エッジ」+「E・HERO ダーク・ブライトマン」
 このカードは「ダーク・フュージョン」による効果でしか特殊召喚出来ない。
 このカードが守備モンスターを攻撃した時、攻撃力が守備力を上回っている分だけ、ダメージを与える。
 手札を1枚捨てる事で、相手フィールド上の攻撃表示モンスター1体を破壊する。
 このカードが戦闘で破壊され墓地に存在する時、
 ドローしたモンスターをお互いに確認する事でそのモンスターを特殊召喚出来る。
 この効果はデュエル中に1度しか使用する事が出来ない。

 深淵の蒼氷竜フォルセティア 水属性/☆8/ドラゴン族/攻撃力2800/守備力2700/儀式モンスター
 「深淵からの解放」の効果により降臨。
 レベル8以上になるよう、生贄を捧げなければならない。
 カードの効果によってフィールドのカードが破壊される場合、
 このカードをエンドフェイズまで除外する事で破壊を無効に出来る。
 このカードの召喚に成功した時、相手の墓地に存在する
 最も攻撃力の高いカードを装備カード扱いにして装備する。
 そのモンスターの攻撃力の半分だけ、このカードの攻撃力をアップさせる。

「だけど、カオス・アークデビルには貫通効果がある! 守備表示の仮面竜を攻撃すればゼノンのライフはゼロであたしの勝ちだーッ! カオス・アークデビルの攻撃! ダークネス・ストライク!」
「攻撃の無力化発動」
「ほびろんーっ!!!??」

 攻撃の無力化 通常罠
 相手モンスターの攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。

「うぅ…ターンエンド」
「そして、フォルセティアがフィールドに戻って、オレのターンだ」

「仮面竜を生贄に捧げ、ウォータリング・アーマーを召喚!」

 ウォータリング・アーマー 水属性/☆6/戦士族/攻撃力1200/守備力3000
 このカードはフィールド上に存在するレべル8以上の水属性モンスターに装備カードとして装備する。
 このカードを装備したモンスターは攻撃力・守備力が1200ポイントアップする。
 このカードは墓地に送られた時、ゲームから除外される。
 このカードは自分のスタンバイフェイズ毎に700ポイントのライフコストを支払う。
 支払わなければこのカードを破壊する。

「!」
「そして、ウォータリング・アーマーをフォルセティアに装備する事で、攻撃力を1200ポイントアップさせる!」

 深淵の蒼氷竜フォルセティア 攻撃力2800→4000

「これでカオス・アークデビルの攻撃力を上回った! ファントム・シューティングスター・ブラスト!」
「くっそー!!!」
 最凶のHERO、墓地へと消える。

 滝野理恵:LP4000→3500

「だけど、まだまだ勝負はこれから…」
「そして、オレは伏せていたこのカードを使う。リバース罠、メテオ・インパクトを発動!」

 メテオ・インパクト 通常罠
 相手モンスターを破壊した際に発動可能。
 自分フィールド上のモンスター1体を選択する。
 ライフを半分支払う事で、選択したモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える。
 次のターン、自分はバトルフェイズをスキップする。

「オレはこの効果でライフを半分支払い、お前にフォルセティアの攻撃力分のダメージを与える! そう、4000ポイント分な!」
「嘘…だぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 ゼノン・アンデルセン:LP2400→1200

 滝野理恵:LP3500→0

「ま、こんなもんだな」
「あちゃー……」
「勝者! ゼノン・アンデルセン!」
 やはり、順当に勝ってきたか。
 だけど、割合いい勝負だったはず。
「面白かったよ。次は負けないからね」
「ああ。オレもまた戦ってみたいな」
 滝野さんとゼノンが握手を交わす時に、盛大にフラッシュが焚かれる。

 少なくともウチの学校もやれば出来るって事を、ギャラリーたちに証明できたはずだ。

「第1セットはデュエル・アカデミアが取りました! それでは第2セットに移りたいと思います! 第2セットは、タッグ戦! デュエル・アカデミア3年生、万丈目準&デュエル・アカデミア2年生、ティラノ剣山! 対するは、穂仁原高校ゲーム同好会2年生、谷ヶ崎翔太&1年生、松井律乃! 以上4名、ステージへお越し下さい!」
「おっしゃ行くぜぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
 早くも翔太はヒートアップしているようだ。
 それを松井さんは宥めつつ、二人はフィールドへ向かう。

「……今度の相手も厳しくなりそうね」
「そうなの?」
 三四の呟きにそう問いかけると、三四は頷く。
「剣山は兄さんの弟子、万丈目は兄さんの自称ライバルよ」
「三四のお兄さん、すごいらしいけど今回はいないのかな」
「……ええ。いたら根こそぎ倒されてたわね」
 そんなに恐ろしいのか、三四のお兄さん。
 そういえば雄二も怖いアニキとか言っていたな。
「…三四のお兄さんと雄二って知り合いなの?」
「雄二はライバル視してるわね。もっとも、雄二ごときに負ける兄さんじゃないけど」
 風で乱れた髪をなでつけつつ、三四はそう答える。

 フィールドでは、4人によるタッグデュエルが始まろうとしていた。

「「「「デュエル!」」」」

 谷ヶ崎翔太:LP4000 松井律乃:LP4000           万丈目準:LP4000 ティラノ剣山:LP4000

「俺から行かせて貰うぜ! ドロー!」
 最初は翔太のターン。黒いコートの万丈目さんが「先攻取られた…」と呟いているが仕方ない。翔太の方が早かった。
「悪いけど、新しくデッキ構築させてもらったぜ。だから、公開要請されたデータなんざ無駄無駄ぁ!」
「…自分でそれをバラしてどうするのよ…」
「…あ。そうか。言わなきゃ意表つけたか。律、頭いいなー」
「いや、気付いてよ」
 確かに松井さんの言うとおりである。

「俺は手札から賢者ケイローンを召喚!」

 賢者ケイローン 地属性/☆4/獣戦士族/攻撃力1800/守備力1000
 1ターンに1度、手札から魔法カード1枚を捨てて発動できる。
 相手フィールド上の魔法・罠カード1枚を選択して破壊する。

「ターンエンドだぜ」
 タッグルール故に、お互いに1ターン目は攻撃出来ないとはいえ、リバースカードすらなしというのはどうかと思う。
 もっとも、効果による除去を狙っている可能性もあるが。
「オレのターンだ。ドロー!」
 続けては万丈目さんのターン。
「オレはアレキサンドライドラゴンを攻撃表示で召喚!」

 アレキサンドライドラゴン 光属性/☆4/ドラゴン族/攻撃力2000/守備力100

「カードを一枚伏せて、ターンエンドだ」
 タッグルールなので1ターン目は誰も攻撃できない為、ターンエンドするしかない。
 続けて松井さんのターンである。
 すぐにドローして手札を確認。
「XX−セイバー ボガーナイトを召喚!」

 XX−セイバー ボガーナイト 地属性/☆4/獣戦士族/攻撃力1900/守備力1000
 このカードが召喚に成功した時、 手札からレベル4以下の「X−セイバー」と名のついた
 モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
 このカードをシンクロ素材とする場合、
 「X−セイバー」と名のついたモンスターのシンクロ召喚にしか使用できない。

「ボガーナイトの召喚に成功した時、手札からレベル4以下のX−セイバーを特殊召喚することが出来る。私はこの効果で、XX−セイバー ガルセムを特殊召喚!」

 XX−セイバー ガルセム 地属性/☆4/獣族/攻撃力1400/守備力400
 フィールド上に存在するこのカードがカードの効果によって
 破壊され墓地へ送られた時、自分のデッキから
 「X−セイバー」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 このカードの攻撃力は、自分フィールド上に表側表示で存在する
 「X−セイバー」と名のついたモンスターの数×200ポイントアップする。

「そしてガルセムは自身の効果で、フィールド上に存在するX−セイバーの数だけ、攻撃力を200ポイントアップさせます」

 XX−セイバー ガルセム 攻撃力1400→1800

「カードを一枚伏せて、ターンエンド」
「ドロー!」
 続けてティラノ剣山のターン。
「手札から、俊足のギラザウルスを自身の効果で特殊召喚するザウルス!」

 俊足のギラザウルス 地属性/☆3/恐竜族/攻撃力1400/守備力400
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 この効果で特殊召喚に成功した時、
 相手は相手の墓地に存在するモンスター1体を選択して特殊召喚する事ができる。

「ギラザウルスをこの効果で特殊召喚した時、相手プレイヤーは墓地のモンスター1体を特殊召喚できるドン! けど、1ターン目はどのプレイヤーも墓地にモンスターはいないザウルス!」
「ギラザウルスのデメリットを運よく回避したって事ね」
「そして、ギラザウルスを生贄に捧げて、暗黒ドリケラトプスを召喚するザウルス!」

 暗黒ドリケラトプス 地属性/☆6/恐竜族/攻撃力2400/守備力1500
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
 このカードの攻撃力が守備表示モンスターの守備力を越えていれば、
 その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

「さぁ、これで戦線は整ったドン! 暗黒ドリケラトプスで、まずは賢者ケイローンを攻撃するドン!」
「うげっ!? いきなりかよ」
 翔太はリバースカードを伏せておらず、松井さんもリバースカードを発動しなかった。
 賢者ケイローンは、遠慮なく破壊される。

 谷ヶ崎翔太:LP4000→3400

「ターンエンドン!」
「俺のターン、ドロー! …漆黒の戦士ワーウルフを召喚!」

 漆黒の戦士ワーウルフ 闇属性/☆4/獣戦士族/攻撃力1600/守備力600
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
 相手はバトルフェイズに罠カードを発動する事はできない。

「ワーウルフの攻撃力は1600、どう足掻いても打撃力が足りない、ならば増やすだけさ! 装備魔法、幻獣の角を発動!」

 幻獣の角 装備魔法
 発動後このカードは攻撃力800ポイントアップの装備カードとなり、
 自分フィールド上の獣族・獣戦士族モンスター1体に装備する。
 装備モンスターが戦闘によって相手モンスターを破壊し
 墓地へ送った時、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 漆黒の戦士ワーウルフ 攻撃力1600→2400

「これでワーウルフの攻撃力は暗黒ドリケラトプスと同じ…だけどそこで終わりじゃねぇ! 速攻魔法、禁じられた聖杯を発動!」

 禁じられた聖杯 速攻魔法
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動できる。
 エンドフェイズ時まで、選択したモンスターの攻撃力は400ポイントアップし、効果は無効化される。

 漆黒の戦士ワーウルフ 攻撃力2400→2800

「暗黒ドリケラトプスを破壊させてもらうぜ!」
「禁じられた聖杯の効果で、ワーウルフの罠を発動できない効果は無効になっているザウルス! なら…リバースカード、化石発掘を発動するドン!」

 化石発掘 永続罠
 手札を1枚捨てて発動できる。
 自分の墓地の恐竜族モンスター1体を選択して特殊召喚する。
 この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。
 このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
 そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

「お前の墓地にはギラザウルスしかいないだろ?」
「このカードは手札を一枚捨てて発動するザウルス。そこで、究極恐獣を捨てるドン。そして…化石発掘は墓地の恐竜さんを蘇生させるカードザウルス。それは、発動する時の手札コストに恐竜さんを使えば、それを蘇生できるドン!」
「な、なんだってー!!!!???」

 究極恐獣 地属性/☆8/恐竜族/攻撃力3000/守備力2200
 自分のバトルフェイズ開始時にこのカードが
 フィールド上に表側表示で存在する場合、このカードから攻撃を行い、
 相手フィールド上に存在する全てのモンスターに1回ずつ続けて攻撃しなければならない。

 剣山のフィールドに、攻撃力3000が姿を現した。どでーんである。
 漆黒の戦士ワーウルフの攻撃で、暗黒ドリケラトプスは破壊された。だが、それ以上に恐ろしいものが出てきてしまったのだ。
「ヤバイよヤバイよ、ヤバすぎるよ律! ど、どうしよう。素数を数えて落ち着かなきゃ!」
「翔太、まだ慌てるような時間じゃないから落ち着いて」
「くっ…相手が寄生虫パラサイトをデッキに混入するとか、デッキ確認のときにカードすり替えるとかそんな事をしてこないだけに強い!」
 翔太の言葉に、万丈目さんの方が吼えた。
「そんな卑怯な真似するか!」
 彼は正々堂々戦うデュエリストのようだ。評価◎。
「…先輩。確かラーイエローの先輩のデッキを盗んで捨てた事があるって聞いた事あるドン」
「黙れ剣山! 忘れろ! 黒歴史だ!」
 前言撤回。ヤマダくん、座布団没収。

 ティラノ剣山:LP4000→3600

「ま、次ターンまで生きてれば、罠カードをバトルフェイズ中は封じられるしな…カードを一枚セット、ターンエンドだ」
「ではオレのターンだな」
 万丈目さんのターンである。1ターン目から健在のアレキサンドライドラゴンがまだ眩しい。
「モンスター効果は便利なものだな。大きな戦力になる」

「ならば、それを封じさせてもらう! 魔法カード、クロス・ソウルを発動!」

 クロス・ソウル 通常魔法
 相手フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。
 このターン自分のモンスターをリリースする場合、
 自分のモンスター1体の代わりに選択した相手モンスターをリリースしなければならない。
 このカードを発動するターン、自分はバトルフェイズを行えない。

「オレはこの効果で、XX−セイバー ガルセムを選択、アレキサンドライドラゴンとガルセムの2体を生贄に捧げる!」

 XX−セイバー ガルセム 地属性/☆4/獣族/攻撃力1400/守備力400
 フィールド上に存在するこのカードがカードの効果によって
 破壊され墓地へ送られた時、自分のデッキから
 「X−セイバー」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 このカードの攻撃力は、自分フィールド上に表側表示で存在する
 「X−セイバー」と名のついたモンスターの数×200ポイントアップする。

 アレキサンドライドラゴン 光属性/☆4/ドラゴン族/攻撃力2000/守備力100

「ガルセムが取られた…」
 松井さんの呟き。だが、既に時は遅しでコントロールを奪われたガルセムはアレキサンドライドラゴンと共に生贄となる。
 2体生贄となると、最上級モンスター。なにが出てくるのだ?

「…見ていろ。お前達に見せてやる! いでよ、オレの誇り! 光と闇の竜を召喚!」

 光と闇の竜 光属性/☆8/ドラゴン族/攻撃力2800/守備力2400
 このカードは特殊召喚できない。
 このカードの属性は「闇」としても扱う。
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 効果モンスターの効果・魔法・罠カードの発動を無効にする。
 この効果でカードの発動を無効にする度に、このカードの攻撃力と守備力は500ポイントダウンする。
 このカードが破壊され墓地へ送られた時、自分の墓地に存在するモンスター1体を選択して発動する。
 自分フィールド上のカードを全て破壊する。
 選択したモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する。

 フィールドに一筋の光が指し、その間に、白い竜と、黒い竜のシルエット。
 その二つが重なった時、光は大きく変わる。

 閃光が晴れた時既に――――光と闇の竜はそこにいた。

「クロス・ソウル発動ターンはバトルフェイズは行えない。だが――――これで、魔法も罠も全て封じた!」
「万丈目先輩…。こっちも無効化されるドン」
「つ、使わなきゃいい。多分…」
 自信が無いぞ、自分で地雷掘ったのかよ。
「ターンエンドだ!」
「私のターン、ドロー!」

「XX−セイバー レイジグラを守備表示で召喚!」

 XX−セイバー レイジグラ 地属性/☆1/獣戦士族/攻撃力200/守備力1000
 このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
 自分の墓地に存在する「X−セイバー」と名のついたモンスター1体を手札に加える事ができる。

「レイジグラは召喚に成功した時、墓地のX−セイバーを1体、回収できます!」
「だが、それは光と闇の竜の効果により、その発動は無効だ!」

 光と闇の竜 光属性/☆8/ドラゴン族/攻撃力2800/守備力2400
 このカードは特殊召喚できない。
 このカードの属性は「闇」としても扱う。
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 効果モンスターの効果・魔法・罠カードの発動を無効にする。
 この効果でカードの発動を無効にする度に、このカードの攻撃力と守備力は500ポイントダウンする。
 このカードが破壊され墓地へ送られた時、自分の墓地に存在するモンスター1体を選択して発動する。
 自分フィールド上のカードを全て破壊する。
 選択したモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する。

 光と闇の竜 攻撃力2800→2300

「そして、手札から自身の効果でXX−セイバー フォルトロールを特殊召喚…」
「それも無効…ん?」

 XX−セイバー フォルトロール 地属性/☆6/戦士族/攻撃力2400/守備力1800
 このカードは通常召喚できない。
 自分フィールド上に「X−セイバー」と名のついたモンスターが
 2体以上存在する場合のみ特殊召喚できる。
 1ターンに1度、自分の墓地からレベル4以下の
 「X−セイバー」と名のついたモンスター1体を選択して特殊召喚できる。

 光と闇の竜 光属性/☆8/ドラゴン族/攻撃力2800/守備力2400
 このカードは特殊召喚できない。
 このカードの属性は「闇」としても扱う。
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 効果モンスターの効果・魔法・罠カードの発動を無効にする。
 この効果でカードの発動を無効にする度に、このカードの攻撃力と守備力は500ポイントダウンする。
 このカードが破壊され墓地へ送られた時、自分の墓地に存在するモンスター1体を選択して発動する。
 自分フィールド上のカードを全て破壊する。
 選択したモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する。

 光と闇の竜 攻撃力2300→1800

 万丈目さんも気付いたらしい。効果を封じる効果は、攻撃力がある限り有限である。
 ならばそれを使い切ってしまえばよいのだ。それに、幾ら最上級モンスターとはいえ、攻撃力が300しかなければ怖いものではない。
「まさか…いや、そんなはずは…」
「これで、光と闇の竜は、攻撃力1800.もう、怖くない…ボガーナイトの攻撃!」
「しまった!」
 そう、まだフィールドに生き残っているボガーナイトの攻撃力は1900。
 ギリギリで、上回っている。

 万丈目準:LP4000→3900

「光と闇の竜が…! 効果発動。このカードが破壊され墓地に送られた時、自分フィールド上のカードを全て破壊し、モンスター1体を特殊召喚する。アレキサンドライドラゴンを特殊召喚!」

 アレキサンドライドラゴン 光属性/☆4/ドラゴン族/攻撃力2000/守備力100

「カードを1枚伏せて、ターンエンドです」
「剣山先輩、裏目に出てるドン…」
「うるさい剣山、落ち着け。まだ慌てるような時間じゃない」
 デュエル・アカデミアのタッグ、実は案外脆い?
 するとこれは、勝利を得るチャンスかも知れない。
「ドロー!」
 さあ、ティラノ剣山はどうやって挽回する気だ?
「これが恐竜さんの世界、ジュラシックワールドを発動するドン!」

 ジュラシックワールド フィールド魔法
 フィールド上に表側表示で存在する恐竜族モンスターは攻撃力と守備力が300ポイントアップする。

「そして、手札からセイバーザウルスを召喚するドン!」

 セイバーザウルス 地属性/☆4/恐竜族/攻撃力1900/守備力500

 ジュラシックワールドの発動により、周囲は完全に恐竜たちの楽園へ。
 そしてその分、恐竜たちは強くなる。

 究極恐獣 攻撃力3000→3300
 セイバーザウルス 攻撃力1900→2200

「さあ、ここからがバトルザウルス! 究極恐獣で、漆黒の戦士ワーウルフを、セイバーザウルスでボガーナイトを攻撃するドン!」
「いっ…!?」
 強烈な突進は、それぞれモンスター達を容易く粉砕していった。

 谷ヶ崎翔太:LP3400→2500
 松井律乃:LP4000→3700

「これで、片方はフィールドがら空きザウ…ルス?」
「……いいだろう。今一度の悪夢、とくと堪能すがいい! 森の人を自身の効果で特殊召喚!」

 森の人 地属性/☆8/獣戦士族/攻撃力2600/守備力2200
 自分フィールド上で獣族・獣戦士族モンスターが戦闘で破壊された時、
 墓地とデッキから獣族または獣戦士族モンスターを1体ずつ除外する事で、
 手札からこのカードを特殊召喚できる。
 このカードの特殊召喚に成功した時、相手フィールド上に存在する魔法・罠カードを1枚破壊する。

「ば、バカな…最上級モンスターが飛び出してくるなんて、ありえないザウルス!」
「そして特殊召喚された森の人は、相手の魔法・罠カードを1枚だけ破壊できる! 万丈目さんのフィールドのリバースカードを、破壊させてもらうぜ!」
「んなっ!」
 このデュエル、どうやら。

 お互いに消耗戦になりそうだな、と僕は思った。
 勝てればよいんだけど。




《第37話:愚かな敗走》

 谷ヶ崎翔太:LP2500 松井律乃:LP3700           万丈目準:LP3900 ティラノ剣山:LP3600

 ジュラシックワールド フィールド魔法
 フィールド上に表側表示で存在する恐竜族モンスターは攻撃力と守備力が300ポイントアップする。

 セイバーザウルス 地属性/☆4/恐竜族/攻撃力1900/守備力500

 究極恐獣 地属性/☆8/恐竜族/攻撃力3000/守備力2200
 自分のバトルフェイズ開始時にこのカードが
 フィールド上に表側表示で存在する場合、このカードから攻撃を行い、
 相手フィールド上に存在する全てのモンスターに1回ずつ続けて攻撃しなければならない。

 究極恐獣 攻撃力3000→3300
 セイバーザウルス 攻撃力1900→2200

 アレキサンドライドラゴン 光属性/☆4/ドラゴン族/攻撃力2000/守備力100

 XX−セイバー レイジグラ 地属性/☆1/獣戦士族/攻撃力200/守備力1000
 このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
 自分の墓地に存在する「X−セイバー」と名のついたモンスター1体を手札に加える事ができる。

 森の人 地属性/☆8/獣戦士族/攻撃力2600/守備力2200
 自分フィールド上で獣族・獣戦士族モンスターが戦闘で破壊された時、
 墓地とデッキから獣族または獣戦士族モンスターを1体ずつ除外する事で、
 手札からこのカードを特殊召喚できる。
 このカードの特殊召喚に成功した時、相手フィールド上に存在する魔法・罠カードを1枚破壊する。

 戦況は、デュエル・アカデミアコンビが押している。
 フィールド魔法にジュラシックワールド、それによって強化された究極恐獣とセイバーザウルスがティラノ剣山のフィールドにある。
 万丈目さんは光と闇の竜を失ったが、攻撃表示のアレキサンドライドラゴンがいる。
 対する松井さんは守備表示のレイジグラ一体、翔太は森の人の特殊召喚に成功したことでフィールドがら空きは免れた。
「くっ…そんなバカな…!」
「森の人の特殊召喚に成功した時、相手フィールド上の魔法・罠カードを1枚破壊できる! 俺が選ぶ破壊対象は、万丈目さんのリバースカードだ!」
 盛大な破壊音と共に、リバースカードが破壊された。
「し、しまった! こいつをなくすのはマズイな…」
 どうやら相当大事なカードだったらしい。翔太は勝機が見えた、とばかりにびしりと決める。
「反撃、開始ぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
「た、ターンエンドするしかないザウルス…」
 ティラノ剣山がターンエンドを宣言、続いて…翔太のターンだ。
「いくぜ、ドロー!」

「ツキが出てるな、翔太の奴」
 久遠の呟き。
 そう、翔太は……すごくムラがある。強いときは、とことん出てくる。一度崩れれば大変だけど、そこからまた逆転をかました事もあるぐらいだ。
「すると、翔太が勝つかな?」
 僕の問いかけに、久遠は首を振る。
「いいや。あいつはツメが甘い。どっかの高取と同じでな」
「高取? 高取晋佑?」
 先ほど、僕らのゲーム喫茶で遊んでいったバトル・シティベスト4の顔を思い出すと、久遠は頷く。
「ああ。あいつと翔太と、俺と律…ああ、言ってなかったけど雄二とかも知り合いだぞ?」
「え」
 そんな重要な事をさらっと言われるのもすごい気がする。

「よし……魔法カード、強欲な壺を発動!」

 強欲な壺 通常魔法
 デッキからカードを2枚ドローする。

「そして、2枚ドローした後、俺は手札から古のルールを発動!」

 古のルール 通常魔法
 手札からレベル5以上の通常モンスター1体を特殊召喚する。

「この効果で俺はガーネシア・エレファンティスを特殊召喚!」

 ガーネシア・エレファンティス 地属性/☆7/獣戦士族/攻撃力2400/守備力2000

「森の人で、アレキサンドライドラゴンを攻撃ぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」
 攻撃宣言をするなり、早くもアレキサンドライドラゴンを破壊。

 万丈目準:LP3900→3300

「続けて、ガーネシア・エレファンティスでセイバーザウルスを撃破!」

 ティラノ剣山:LP3600→3400

「カードを二枚セットして、ターンエンド」
「……だが、究極恐獣にはまだ及ばないモンスター2体程度で、何が出来る。オレのターン、ドロー!」
 続けて、万丈目さんのターンである。
「……ならば、それすらも超越する攻撃力で制圧するだけだ!」
 万丈目さんは何を企んでいるのか――――――いいや、答えは決まっている筈だ。

「魔法カード、キメラティック・フュージョンを発動!」

 キメラティック・フュージョン 通常魔法
 デッキより融合素材のモンスターを墓地に送る事により、融合デッキから融合モンスター1体を特殊召喚する。
 この効果で召喚したモンスターは毎ターンのエンドフェイズ毎に攻撃力が500ポイントずつダウンする。
 攻撃力が0になったターンのエンドフェイズ時にそのモンスターを破壊する。
 そのモンスターを破壊した次の自分ターンのスタンバイフェイズに墓地より融合素材となったモンスターを召喚する。

 キメラティック・フュージョンは事実上、デッキの中で融合を行うようなものだ。
 攻撃力が下がるデメリットがあるが、攻撃力が高いモンスターなら2ターンぐらいは耐えられるし、そのターン限りのアタッカーとして使う事も考えられる。
 それに、融合召喚扱いになるので、蘇生条件も満たせる。
 わざと自壊させて拾うことも容易だ。
「神竜ラグナロク、スピア・ドラゴン、バイス・ドラゴン、神竜アポカリプス、ボマー・ドラゴンの5体をデッキから墓地に送り、F・G・Dを召喚!」

 神竜ラグナロク 光属性/☆4/ドラゴン族/攻撃力1500/守備力1000

 スピア・ドラゴン 風属性/☆4/ドラゴン族/攻撃力1900/守備力0
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
 その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
 このカードは攻撃した場合、ダメージステップ終了時に守備表示になる。

 バイス・ドラゴン 闇属性/☆5/ドラゴン族/攻撃力2000/守備力2400
 相手フィールド上にモンスターが存在し、
 自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、このカードは手札から特殊召喚できる。
 この効果で特殊召喚したこのカードの元々の攻撃力・守備力は半分になる。

 神竜アポカリプス 闇属性/☆4/ドラゴン族/攻撃力1000/守備力1500
 1ターンに一度、手札を1枚捨てて発動できる。
 自分の墓地のドラゴン族モンスター1体を手札に加える。

 ボマー・ドラゴン 地属性/☆3/ドラゴン族/攻撃力1000/守備力0
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
 このカードを破壊したモンスターを破壊する。
 このカードの攻撃によって発生するお互いの戦闘ダメージは0になる。

 5体のドラゴンを融合する事で生まれる、最高の攻撃力を持つ…。

 F・G・D!

 F・G・D 闇属性/☆12/ドラゴン族/攻撃力5000/守備力5000/融合モンスター
 ドラゴン族モンスター×5
 このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 このカードは闇・地・水・炎・風属性モンスターとの戦闘では破壊されない。

「F・G・Dだってぇ!?」
「たとえどれだけ反撃準備を整えても、それでも押し返すことは出来ない! オレが勝負を決めるッ!」
「う、嘘だろ。万丈目………―――――なーんちゃって♪」

 直後。翔太が、笑った。

 こいつの、伏兵が出始めた。調子に乗っている時こそ、なんだって生きてくる!

「リバースカード、墓荒らしの悪あがきを発動!」

 墓荒らしの悪あがき 通常罠
 1000ライフポイントを支払う。
 相手の墓地の中で一番上にある罠カードを発動する。

「お前はさっき、リバースカードを実に大事そうにしてたよな! つまり、それは防御用の罠カードって事だ! 俺は1000ライフを支払って…」
「ば、バカやめろ! このカードを発動すんのは…」
「残念ながらトラップ・ジャマーも神の宣告も無いんじゃあ、妨害はできないなぁ! つまりその罠カードを、強制的に発動だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 翔太は勝ち誇ったように、万丈目さんの墓地の中で一番上にある罠カードを…オープンにする。

 谷ヶ崎翔太:LP2500→1500


 破壊輪 通常罠
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を破壊し、
 お互いにその攻撃力分のダメージを受ける。

「あれ?」
 破壊輪である。
 さて、モンスターの数は全部で今、4体いる。

 例えば一番攻撃力の低いガーネシア・エレファンティスを破壊したとしても、受けるダメージで翔太だけが脱落する。
 何故なら万丈目さんもティラノ剣山も、ライフは3000以上だ。
 ならば…。

「そら、F・G・Dを破壊するわな」

 そう、攻撃力5000のF・G・Dを破壊輪で破壊すれば全員5000ダメージで強制的に引き分けである。


 1回戦第1試合
 1セット目   ●滝野理恵 × ゼノン・アンデルセン○
 2セット目   △谷ヶ崎翔太&松井律乃 × 万丈目準&ティラノ剣山△
                                   穂仁原高校ゲーム同好会1敗1分



「あんなアホな決着があってたまるか!」
 万丈目さんはまだ喚いていたが、結果は結果である。

 だけど、アホな決着というのはこちらの方もそうだ。
「バカ、アホ、そしてバカ」
「黒星は免れたからいいじゃねーかよ! 負けてはいないんだからよ!」
「勝ってもいないだろうがっ! これで俺達はもう後が無いぞ。3セット目に勝って、更に延長戦でも勝利しなきゃいけないんだからな」
 そう、3セット制なので、2連敗すれば負けが確定するが、1敗1分になってしまったので、たとえ次に勝っても1勝1敗1分になるのだ。
「すると、3セット目だけじゃなくて、延長戦の人も選ばないと…」
「ああ。俺とお前と……遊城の誰かって事だが」
 久遠はそこでため息をつく。
「だが、3セット目は確実に勝ちたい」
「だろうね」
「だから―――――――もう頼んだ」
 久遠はそう言って、指でステージを指し示した。

 そこには――――三四がもう立っていた。
 制服ではない、昨日の夕方に着ていた、喪服のような黒いゴシックドレス。
 額には不釣合いな、いつもつけているバイザーを載せて。

 同じように、どこまでも真っ黒いデュエルディスク。
 決して何にも染まらない黒を身に付けている彼女の姿は―――――言いようの無い黒に見えた。
 全てを飲み込むような強さには見えない。でも、何かに飲み込まれるような弱さは無い。

 そこにいるのは、一人の少女。
 遊城三四という名の、一人の少女。

「え、えーと…どちらの」
「穂仁原高校ゲーム同好会よ。選手名簿見なかったの?」
 司会の問いかけにも、いつものようにばっさり。
 司会は困ったような顔をしていると、もう一人の選手が、ステージに上がってきた。
「え、えーと…お待たせしました! 第3セットを始めます! もう穂仁原高校は後がありません! それに対するデュエル・アカデミアは、プロ・デュエリストの、エド・フェニックスの登場です!」
 いつものコスチューム、ともいうべく、銀色のスーツを纏ったエド・フェニックス。
 威風堂々と登場すると、三四に少しだけ視線を送る。
「やあ。いいデュエルにしようと思う」
「そうね。私も」
 エドの言葉に、三四は頷きつつ、お互いにデッキをシャッフル。
「……兄さんが世話になっているわ」
「兄さん? ああ、すると……君が十代の妹か。そうだな、十代には感謝してるよ」
 エドは少し笑い、三四にシャッフルしたデッキを渡す。
「では、カットを頼もう」
「お願いするわ」
 そして、カットを終えて、それぞれデッキをデュエルディスクにセット。
「君にも、十代みたいにフェイバリットカードはあるのかい?」
「――――勿論よ。あなたにもあるでしょう?」
「ああ」

「「デュエル!」」

 遊城三四:LP4000        エド・フェニックス:LP4000

「まずは、私のターンね。ドロー」
 先攻は三四が取ったようである。

 相手はエド・フェニックス。プロリーグでも活躍するような相手だ、三四も強いほうだが――どうやって対抗するのだろうか?

「N・ノワール・セルパンを攻撃表示で召喚」

 N・ノワール・セルパン 闇属性/☆3/爬虫類族/攻撃力700/守備力800
 このカードと戦闘したモンスターはそのターンのエンドフェイズ時、ゲームから除外される。
 また、このカードが戦闘で破壊された時、
 ライフポイントを600支払う事でそのターンのエンドフェイズ、墓地からこのカードを特殊召喚出来る。

「カードを1枚セット、ターンエンド」

 三四のフィールドに舞い降りたのは、とぐろを巻いた黒の蛇。
 決して攻撃力の高いモンスターではないが、それでもその能力は侮れない。
「ネオスペーシアン……だけど、僕がかつて見た奴とはだいぶ違うようだな」
 ちろちろ舌を出すノワール・セルパンを眺めつつ、エド・フェニックスは自らのターンを宣言する。
「僕のターンだ。ドロー」

「D−HERO ダイヤモンドガイを召喚! カモン、ダイヤモンドガイ!」

 D−HERO ダイヤモンドガイ 闇属性/☆4/戦士族/攻撃力1400/守備力1600
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する時、
 自分のデッキの一番上のカードを確認する事ができる。
 それが通常魔法カードだった場合そのカードを墓地へ送り、
 次の自分のターンのメインフェイズ時にその通常魔法カードの効果を発動する事ができる。
 通常魔法カード以外の場合にはデッキの一番下に戻す。
 この効果は1ターンに1度しか使用できない。

「D−HEROがくれば、必ずダイヤモンドガイは出てくる…」
「おや、研究してくれているのは嬉しいね。だけど、僕を破るには、研究だけじゃまだまだだな。ダイヤモンドガイのエフェクト発動! ダイヤモンドガイは、フィールド上に存在する時、自分のデッキの一番上のカードを確認することが出来る。そしてそれがマジックカードだった場合、そのカードを墓地に送る事で、次の自分ターンのメインフェイズに、そのカードの効果を発動することが出来る! そして、僕のデッキの、一番上のカードは……」
 ゆっくりと、カードを引くエド・フェニックス。

 緑色のカード。

「デステニー・ドローだ」

 デステニー・ドロー 通常魔法
 手札から「D−HERO」と名のついたカード1枚を捨てて発動できる。
 デッキからカードを2枚ドローする。

 次のターンに通常ドローに加えて二枚のドローを確定させたエド・フェニックスだがまだターンは終っていない。
「続けてマジックカード、おろかな埋葬を発動」

 おろかな埋葬 通常魔法
 自分のデッキからモンスター1体を選択して墓地に送る。

「この効果で僕はD−HERO ダッシュガイをセメタリーに送る」

 D−HERO ダッシュガイ 闇属性/☆6/戦士族/攻撃力2100/守備力1000
 1ターンに1度、自分フィールド上のモンスター1体をリリースして発動できる。
 このカードの攻撃力はエンドフェイズ時まで1000ポイントアップする。
 このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になる。
 また、このカードが墓地に存在する限り1度だけ、自分のドローフェイズ時にカードをドローした時、
 そのカードがモンスターだった場合、その1体をお互いに確認して自分フィールド上に特殊召喚できる。

「そして、カードを1枚セット、ターンエンドだな」
 最初の1ターンにしては、あまり動かなかった。
「……動かないなら、攻めるしかないわね。ドロー!」
 三四の2ターン目である。


 手強い相手ではある、と考えてはいたけれど。
 まったく実に堅実なターン展開で来たものだと私は思う。
 これ見よがしに配置したノワール・セルパンには乗ってこないし、デステニー・ドローで手札補充は確実にしてくる。
 おまけに、墓地にダッシュガイを配置したという事は、何らかの手段で墓地から拾い上げるに違いない。恐らく、次のターン辺りに。

 でも、そうなると。こっちはどう攻めるかという事なんだけれど。

「まずは、魔法カード、増援を発動」

 増援 通常魔法

「増援で、手札に加えるモンスターはE・HERO スパークマン!」

 E・HERO スパークマン 光属性/☆4/戦士族/攻撃力1600/守備力1400

 デッキから手札に、雷光の戦士を回収。そして…やるべき事は、ただ一つ。
「たとえ取られていても、取られていなくても……こっちからかぶりついてあげるわ…魔法カード、融合を使って、スパークマンと、エッジマンを手札融合!」

 融合 通常魔法
 定められたモンスター2体以上を融合する。

 E・HERO スパークマン 光属性/☆4/戦士族/攻撃力1600/守備力1400

 E・HERO エッジマン 地属性/☆7/戦士族/攻撃力2600/守備力1800
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
 その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

「!」
「スパークマンとエッジマンを融合させる事で……教えてあげるわ、私のフェイバリットモンスターを! E・HERO プラズマヴァイスマンを融合召喚!」

 E・HERO プラズマヴァイスマン 地属性/☆8/戦士族/攻撃力2600/守備力2300./融合モンスター
 「E・HERO スパークマン」+「E・HERO エッジマン」
 このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 自分のメインフェイズ時に、手札を1枚捨てて発動できる。
 相手フィールド上に攻撃表示で存在するモンスター1体を選択して破壊する。
 また、このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
 その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 フィールドに走る、稲光と共に。

 プラズマを纏う刃の戦士。
 数多のE・HEROの中で、力強い除去能力と戦闘能力を併せ持つ戦士。

 私の一番のカードが、プロデュエリストの前に、立ちはだかる。

「戦闘、開始」
 私の笑みに対しても、エド・フェニックスは動揺を見せていない。当たり前か。

「さて、行くわよ。プラズマヴァイスマンで、ダイヤモンドガイを攻撃! 行くわよ、プラズマ・パルサーション!!!」

 プラズマヴァイスマンの両腕から放たれた雷撃が、ダイヤモンドガイを襲う。

 が。

 爆煙が晴れても、ダイヤモンドガイは立ったままだった。
「リバースカード、攻撃の無力化を使わせてもらった。油断は禁物だ、三四」

 攻撃の無力化 通常罠
 相手モンスターの攻撃を無効化し、バトルフェイズを終了させる。

「ターンエンドね」
「では、僕のターンだ、ドロー」

「この瞬間、墓地に存在するダッシュガイのエフェクト発動! ドローしたカードがモンスターだった場合、お互いにそれを確認する事でそのまま特殊召喚することが出来る!」
 そして、ドローしたカードを、くるりと手を返して示した。

「D−HERO ドゥームガイだ」

 D−HERO ドゥームガイ 闇属性/☆4/戦士族/攻撃力1000/守備力1000
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた場合、
 次の自分のスタンバイフェイズ時に発動する。
 自分の墓地から「D−HERO ドゥームガイ」以外の
 「D−HERO」と名のついたモンスター1体を選択して特殊召喚する。

「そして、前のターンで使ったダイヤモンドガイのエフェクトにより、デステニー・ドローの効果…デッキからカードを二枚ドローさせてもらう」

 D−HERO ダイヤモンドガイ 闇属性/☆4/戦士族/攻撃力1400/守備力1600
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する時、
 自分のデッキの一番上のカードを確認する事ができる。
 それが通常魔法カードだった場合そのカードを墓地へ送り、
 次の自分のターンのメインフェイズ時にその通常魔法カードの効果を発動する事ができる。
 通常魔法カード以外の場合にはデッキの一番下に戻す。
 この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 デステニー・ドロー 通常魔法
 手札から「D−HERO」と名のついたカード1枚を捨てて発動できる。
 デッキからカードを2枚ドローする。

「さて……厄介なのはノワール・セルパンだな」
 高攻撃力のプラズマヴァイスマンがいるのに、ノワール・セルパンの方に注目してきた。
 それだけモンスター除去が怖いのか、それともこちらを翻弄する為の詭弁か。
 どっちだ?
「除去させて、もらうよ」

「魔法カード、クロス・ソウルを発動!」

 クロス・ソウル 通常魔法
 相手フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。
 このターン自分のモンスターをリリースする場合、
 自分のモンスター1体の代わりに選択した相手モンスターをリリースしなければならない。
 このカードを発動するターン、自分はバトルフェイズを行えない。

「なるほど、戦闘破壊でない除去をすれば…!」
「この効果で、ノワール・セルパンを生贄に捧げ、D−HERO ダブルガイを召喚!」

 D−HERO ダブルガイ 闇属性/☆6/戦士族/攻撃力1000/守備力1000
 このカードは特殊召喚できない。
 このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。
 このカードが破壊され墓地へ送られた場合、次の自分のターンのスタンバイフェイズ時、
 自分フィールド上に「ダブルガイ・トークン」(戦士族・闇・星4・攻/守1000)
 2体を特殊召喚できる。

 黒の蛇が生贄に捧げられると共に、黒衣の紳士がフィールドに降り立った。
 本当に、堅実な、打ち手で、攻めてくる。

「攻撃表示なの?」
 ダブルガイは攻撃表示だった。まるでこちらの攻撃を誘うかのように。
「その通り。まあ、クロス・ソウルのお陰で僕は戦闘を行えない。カードを1枚セットして、ターンエンドだ」
 ダブルガイを仕留めるべきだろうか?
「私のターン、ドロー」
 いいや、あえて攻撃を誘うような置き方。あのリバースカードを、ダブルガイに使ってくるとすれば。
 もしくは…ドゥームガイに?
 いや、ドゥームガイを破壊すれば、恐らく墓地のダッシュガイを拾いに来るはず。
 もっともドゥームガイの効果が発動されるのは次のターン。即時の展開性が無いだけありがたいけれど。

 考えさせられる、デュエルだなと思う。

 ならば、ダブルガイとダイヤモンドガイ!
 ドゥームガイは、戦闘では破壊しない!

「私は、E・HERO ブラック・ブレードを召喚!」

 E・HERO ブラック・ブレード 闇属性/☆4/戦士族/攻撃力1500/守備力1300
 このカードは1ターンのバトルフェイズで、二回攻撃を行なえる。
 このカードが裏側守備表示のモンスターを攻撃した場合、
 ダメージ計算を行わず裏側守備表示のままそのモンスターを破壊する。

「そして、プラズマヴァイスマンの効果発動! 自分の手札を1枚捨てる事で、相手フィールド上の攻撃表示モンスターを1体、破壊することが出来る!」
「なるほど、君もモンスター除去か」
「破壊する相手は、ドゥームガイ!」
 そう、ドゥームガイは戦闘破壊で効果を発動する。
 ならば除去してしまえばいい。それならばダッシュガイがすぐに飛んでくるということだけはなくなる。
「ドゥームガイが破壊されれば…ブラック・ブレードで、ダブルガイを攻撃!」
「!」
 黒の紳士は、黒い双刀の戦士によって両断された。

 エド・フェニックス:LP4000→3500

「そして、ブラック・ブレードは、1ターンに2回攻撃を行うことが出来る。ブラック・ブレード、ダイヤモンドガイを攻撃!」
「リバースカード、D−チェーンを発動!」
「えっ」

 D−チェーン 通常罠
 発動後このカードは攻撃力500ポイントアップの装備カードとなり、
 自分フィールド上の「D−HERO」と名のついたモンスターに装備する。
 装備モンスターが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、
 相手ライフに500ポイントダメージを与える。

「D−チェーンは発動後、攻撃力500ポイントアップの装備カードとなる。ダイヤモンドガイに装備する事で、ダイヤモンドガイの攻撃力はブラック・ブレードを上回ることになる!」

 D−HERO ダイヤモンドガイ 攻撃力1400→1900

「ブラック・ブレードが…!」
「よって、ブラック・ブレードは返り討ちに遭う。そして、D−チェーンの第二の効果、戦闘で相手モンスターを破壊して墓地に送った時、相手ライフに500ポイントのダメージを与える」
「くっ…!」

 遊城三四:LP4000→3600→3100

 迂闊だった。
 藪を突いて、蛇を出すとはよく言ったもの。だが、手札の余裕が無い以上、これ以上プラズマヴァイスマンの効果を使う訳にも行かない。

「カードを1枚セットして、ターンエンドよ」
「では、僕のターンだ。そして、先ほど破壊されたダブルガイの効果を発動」

 D−HERO ダブルガイ 闇属性/☆6/戦士族/攻撃力1000/守備力1000
 このカードは特殊召喚できない。
 このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。
 このカードが破壊され墓地へ送られた場合、次の自分のターンのスタンバイフェイズ時、
 自分フィールド上に「ダブルガイ・トークン」(戦士族・闇・星4・攻/守1000)
 2体を特殊召喚できる。

 ダブルガイ・トークン 闇属性/☆4/戦士族/攻撃力1000/守備力1000

「2体並んだダブルガイ・トークン…そして、手札から魔法カード、デステニー・ドローを発動!」

 デステニー・ドロー 通常魔法
 手札から「D−HERO」と名のついたカード1枚を捨てて発動できる。
 デッキからカードを2枚ドローする。

「手札から、D−HERO ディアボリックガイを墓地に捨ててカードを二枚ドロー!」

 D−HERO ディアボリックガイ 闇属性/☆6/戦士族/攻撃力800/守備力800
 自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
 自分のデッキから「D−HERO ディアボリックガイ」1体を自分フィールド上に特殊召喚する。

 デッキから更にカードをドロー。
 そして、ディアボリックガイと言えば…。

「そして、墓地に存在するディアボリックガイの効果発動。墓地にディアボリックガイを除外し、デッキから2体目のディアボリックガイを特殊召喚!」

 D−HERO ディアボリックガイ 闇属性/☆6/戦士族/攻撃力800/守備力800
 自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
 自分のデッキから「D−HERO ディアボリックガイ」1体を自分フィールド上に特殊召喚する。

「1ターンで随分つなげて来るのね」
「勿論。これがプロのやり方だよ」
 エド・フェニックスは軽く微笑むと、手札を1枚だけ片手で掴んだ。
「……このターンで、終らせてもらおうか。ディアボリックガイ、そして2体のダブルガイ・トークンを生贄に捧げ……D−HERO ドグマガイを特殊召喚!」

 D−HERO ドグマガイ 闇属性/☆8/戦士族/攻撃力3400/守備力2400
 このカードは通常召喚できない。
 自分フィールド上の「D−HERO」と名のついたモンスターを含む
 モンスター3体をリリースした場合のみ特殊召喚できる。
 この方法で特殊召喚に成功した次の相手のスタンバイフェイズ時、
 相手ライフを半分にする。

 フィールドに、一瞬だけ闇が走った。

 その一瞬の後に、視界に飛び込んできたのは巨体。

「ドグマガイで、プラズマヴァイスマンを攻撃! デス・クロニクル!」

 そしてその一秒後に。

 プラズマヴァイスマンを真上から叩き潰す1体のHEROの姿があった。

「嘘…」

 遊城三四:LP3100→2300

「続けて、ダイヤモンドガイで、プレイヤーにダイレクトアタック!」

 二番目の一撃は重かった。
 ガラスの割れる、嫌な音。

 バイザーが罅割れて、粉々に砕け散る。  その先にあるのは――――私が本来、見ていた世界。

 向き合っていなかった、世界。

 遊城三四:LP2300→400




《第38話:ひとつなぎ》

 遊城三四:LP400        エド・フェニックス:LP3500

 D−HERO ドグマガイ 闇属性/☆8/戦士族/攻撃力3400/守備力2400
 このカードは通常召喚できない。
 自分フィールド上の「D−HERO」と名のついたモンスターを含む
 モンスター3体をリリースした場合のみ特殊召喚できる。
 この方法で特殊召喚に成功した次の相手のスタンバイフェイズ時、
 相手ライフを半分にする。

 D−HERO ダイヤモンドガイ 闇属性/☆4/戦士族/攻撃力1400/守備力1600
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する時、
 自分のデッキの一番上のカードを確認する事ができる。
 それが通常魔法カードだった場合そのカードを墓地へ送り、
 次の自分のターンのメインフェイズ時にその通常魔法カードの効果を発動する事ができる。
 通常魔法カード以外の場合にはデッキの一番下に戻す。
 この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 D−チェーン 通常罠
 発動後このカードは攻撃力500ポイントアップの装備カードとなり、
 自分フィールド上の「D−HERO」と名のついたモンスターに装備する。
 装備モンスターが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、
 相手ライフに500ポイントダメージを与える。

 D−HERO ダイヤモンドガイ 攻撃力1400→1900

「っ……」
 割れたバイザーの欠片を地面に置くと、エド・フェニックスの背後に、濃い黒の陰が見えた。
 決して邪悪な影ではない。むしろ、こちらを見守るように、例えるなら子供の成長を見守る父親のような姿だった。
「まだまだよ」
 あまり、時間をかけるわけには行かない。
 予備のバイザーは鞄の中だ。取りに行くにしても、声をかけるのが少し恥ずかしい気がする。
「ターンエンド、させてもらうよ」
 残り400。初期ライフの、十分の一。
 それに加えて相手フィールドには、攻撃力3400のドグマガイ。

 さて、どうする。

「私のターン。ドロー」
 だけど、ここで引き下がる訳には行かない。負ける訳にも行かない。

 一度でもデュエルを行ったなら、もうデュエリストとしての自分しかいない。最後まで、最後まで、戦い抜くだけだ!

「!?」

 遊城三四:LP400→200

「更に、ライフが…?」
「ドグマガイは、D−HEROを含む三体のモンスターを生贄に捧げて特殊召喚する。その召喚に成功した場合、次の相手ターンのスタンバイフェイズに…相手のライフを半分にするという効果を持つ」
「とんだダメージソースって訳ね…」
 なんともまあ、恐ろしい効果を有している。

 確認した手札は―――いける。
 信じなければ、何も始まらない!

「魔法カード、天使の施しを発動!」

 天使の施し 通常魔法
 デッキからカードを三枚ドローし、その後手札からカードを二枚選択して墓地に送る。

「この効果で、私はカードを三枚ドロー。そして、手札のE・HERO バーストレディと、E・HERO ダークライダーを墓地に送る」

 E・HERO バーストレディ 炎属性/☆3/戦士族/攻撃力1200/守備力800

 E・HERO ダークライダー 闇属性/☆5/戦士族/攻撃力2000/守備力1900

「そして、E・HERO クレイマンを守備表示で召喚!」

 E・HERO クレイマン 地属性/☆4/戦士族/攻撃力800/守備力2000

「カードを1枚伏せて、ターンエンドよ」
 私がカードを伏せると同時に、エド・フェニックスも何かを感じ取ったようだった。
「……どうやら、心していかなきゃならないようだな」
「あら、今まで手を抜いていたの? 心外ね」
「そんなつもりはないさ。今まで以上に、強気で行かなきゃならないと思っただけさ」

「僕のターンだ。ドロー!」

「D−HERO ドゥームガイを、攻撃表示で召喚!」

 D−HERO ドゥームガイ 闇属性/☆4/戦士族/攻撃力1000/守備力1000
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた場合、
 次の自分のスタンバイフェイズ時に発動する。
 自分の墓地から「D−HERO ドゥームガイ」以外の
 「D−HERO」と名のついたモンスター1体を選択して特殊召喚する。

「強気で行かせて貰う。そう言ったね―――――ドグマガイ、クレイマンに攻撃を! そして、ダイヤモンドガイとドゥームガイでダイレクトアタック!」
「この瞬間――――二枚のリバースカードを発動!」
「!?」
「一枚目のカードは、ソウル・オブ・ダークネス!」

 ソウル・オブ・ダークネス 通常罠
 相手モンスターが攻撃宣言を行なった時に発動可能。
 手札・デッキ・墓地から「E・HERO シャドウ・ネオス」一体を特殊召喚する。

「ソウル・オブ・ダークネスは相手モンスターの攻撃宣言時に、手札・デッキ・墓地からシャドウ・ネオスを呼ぶことが出来るわ。おいで、シャドウ・ネオス」

 E・HERO シャドウ・ネオス 闇属性/☆7/戦士族/攻撃力2000/守備力2500
 このカードはフィールド上に存在する限りカード名を「E・HERO ネオス」としても扱う。

 私のフィールド上の、地面から――――ゆらりと現れた黒い影。
 宇宙からやってきたHEROをそのまま黒く染め上げた。そんな姿のHEROが、私の守り神。

「くっ…ダイヤモンドガイとドゥームガイの追撃を防いだか」
「それだけじゃないわ。もう一枚のリバースカードが、本命」
 そう。デュエルの半分は、こういう駆け引きのようなもの。
「何?」
「二枚目のリバースカード、ヒーロー交代を発動!」

 ヒーロー交代 通常罠
 フィールド上に「HERO」と名のつくモンスターが存在する時に発動可能。
 フィールド上に存在する「HERO」と名のつくモンスター1体をデッキに戻し、
 デッキから同じレベルの「E・HERO」と名のつくモンスター1体を攻撃表示で特殊召喚する。
 その後、デッキをシャッフルする。

「この効果で、攻撃対象に選択されたクレイマンをデッキに戻し、同じレベルのE・HEROを攻撃表示で特殊召喚、代わりに攻撃を受ける」
「だが、君の残りのライフは200だ。下手に攻撃表示で置いたら負けるぞ?」
「だと思ってるの? 甘いわね」

「私は、E・HERO フロスト・スライサーを特殊召喚!」

 E・HERO フロスト・スライサー 水属性/☆4/戦士族/攻撃力1700/守備力1400
 このカードは特殊召喚扱いで召喚することが出来る。
 このカードが相手モンスターに攻撃対象に選択された時、このカードをゲームから除外する事で、
 攻撃宣言を行った相手モンスターをゲームから除外する事が出来る。
 この効果を使用した次の自分ターンのスタンバイフェイズ時、
 手札からカードを1枚選択してゲームから除外し、このカードを手札に戻す。

 クレイマンの代わりに、フィールドに舞い降りたのは氷の戦士。
 そして、ドグマガイの攻撃対象に選択されたのも、フロスト・スライサー。

「フロスト・スライサーの効果発動! 攻撃対象に選択されたこのカードをゲームから除外し、攻撃宣言を行った相手モンスターをゲームから除外! この効果で、ドグマガイを除外させてもらうわね!」
「なるほど、確かにそれが本命か…! そして、シャドウ・ネオスがいるからダイヤモンドガイやドゥームガイで追撃が出来ない…!」
「残念だったわね」
 ギリギリ、首の皮一枚で繋がった、というところか。
「…仕方が無い。僕はフィールド魔法、幽獄の時計塔を発動し、カードを1枚伏せて、ターンエンドとする」

 幽獄の時計塔 フィールド魔法
 相手ターンのスタンバイフェイズ時に、このカードに時計カウンターを1個乗せる。
 時計カウンターの合計が4個以上になった場合、
 このカードのコントローラーは戦闘ダメージを受けない。
 時計カウンターが4個以上乗ったこのカードが破壊され墓地へ送られた時、
 手札またはデッキから「D−HERO ドレッドガイ」1体を特殊召喚する。

 ドグマガイの次は、ドレッドガイか。
 時計カウンターが4個溜まってしまうと、ダメージを与えられない上に破壊してもドレッドガイが出てくる。
 それまでに、勝負を決めるしかない!

「私のターン、ドロー!」
「この瞬間、幽獄の時計塔のエフェクトを発動し、時計の針が一つ進む」


 時計カウンター:0→1

 この瞬間、幽獄の時計塔の効果で時計カウンターが一つ追加される。

 幽獄の時計塔 フィールド魔法
 相手ターンのスタンバイフェイズ時に、このカードに時計カウンターを1個乗せる。
 時計カウンターの合計が4個以上になった場合、
 このカードのコントローラーは戦闘ダメージを受けない。
 時計カウンターが4個以上乗ったこのカードが破壊され墓地へ送られた時、
 手札またはデッキから「D−HERO ドレッドガイ」1体を特殊召喚する。

「そしてリバースカード、エターナル・ドレッドを発動! 時計の針はさらに二つ進む!」

 エターナル・ドレッド 通常罠
 「幽獄の時計塔」に時計カウンターを2つ載せる。

 時計カウンター:1→3

 カードを掴んだ瞬間、何かが、手から私の全身へと駆け抜けた――これは。

「ああ、そっか」
 戦いたい、というキモチが形になったその瞬間だったのかも知れない。
 デッキから、デュエルを、望んでいる。

「前のターンで発動した、フロスト・スライサーの効果により、手札を1枚ゲームから除外し、除外しているフロスト・スライサーを手札に戻す」

 E・HERO フロスト・スライサー 水属性/☆4/戦士族/攻撃力1700/守備力1400
 このカードは特殊召喚扱いで召喚することが出来る。
 このカードが相手モンスターに攻撃対象に選択された時、このカードをゲームから除外する事で、
 攻撃宣言を行った相手モンスターをゲームから除外する事が出来る。
 この効果を使用した次の自分ターンのスタンバイフェイズ時、
 手札からカードを1枚選択してゲームから除外し、このカードを手札に戻す。

「魔法カード、ミラクル・フュージョンを発動!」

 ミラクル・フュージョン 通常魔法
 自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカードによって
 決められたモンスターをゲームから除外し、「E・HERO」という
 名のついた融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
 (この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

「やはり、そう来たか。E・HEROの真価は融合。そして、墓地融合ともあれば、実に効率が良いからね」
「ええ――――HEROといえば、合体とかするでしょ? 墓地のバーストレディと、ダークライダーを融合! 準備はいい?」

 その一言の直後、墓地から地獄のライダーと、炎の女戦士がそれぞれ手を高く掲げながら、空へと消える。

 E・HERO バーストレディ 炎属性/☆3/戦士族/攻撃力1200/守備力800

 E・HERO ダークライダー 闇属性/☆5/戦士族/攻撃力2000/守備力1900

「E・HERO インフェルノ・ライダーを融合召喚!」

 E・HERO インフェルノ・ライダー 闇属性/☆7/戦士族/攻撃力2700/守備力2200/融合モンスター
 「E・HERO ダークライダー」+「E・HERO バーストレディ」
 このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 このカードは、相手モンスターを戦闘で破壊した時、もう一度攻撃する事が出来る。
 自分フィールド上にこのカードが存在する限り、
 相手プレイヤーはこのカード以外のモンスターを攻撃対象に選択出来ない。
 墓地に存在するこのカードを除外する事で、
 手札からレベル5以上の「E・HERO」と名のつくモンスターを特殊召喚できる。

 紫炎を纏う大鎌を携えたライダーは爆音を響かせながらフィールドへと舞い降りる。

 その姿は、全てを刈り取る死神のようにも見える。

「さあ、始めさせてもらうわ。インフェルノ・ライダーで、ダイヤモンドガイを攻撃!

「…そこを抜かせはしないよ、リバースカード、オープン。D−シールド」

 D−シールド 通常罠
 自分フィールド上に攻撃表示で存在する「D−HERO」と名のついたモンスターが攻撃対象になった時に発動する事ができる。
 このカードは装備カードとなり、攻撃対象になったモンスターを守備表示にしてこのカードを装備する。
 装備モンスターは戦闘によっては破壊されない。

「D−シールドは発動後、攻撃表示のD−HEROの装備カードとなり、そのカードを守備表示に変更。そして、装備モンスターはバトルでは破壊されなくなる」
「なるほど、攻撃を受け止める盾を作ったのね……続けて、ドレッドガイを呼び出す為の時間稼ぎ、といったところかしら」
「Perfect! 流石だよ」
 エドは微笑を浮かべたが、正直な話あまり嬉しくないのは何故だろうか。
 だが、これで防衛線を構築されてしまった。
「まあ、いいわ。攻撃力2700がいるもの。ターンエンドよ」
「では僕のターンだ。ドロー!」

「君は運がいいのかも知れないな。僕は手札にあるD−HERO ダンクガイを召喚する」

 D−HERO ダンクガイ 闇属性/☆4/戦士族/攻撃力1200/守備力1700
 手札から「D−HERO」と名のついたカード1枚を墓地に送る事で、相手ライフに500ポイントダメージを与える。

「ドレッドガイが出た時の攻撃力確保? いや、それだけじゃないわ…効果もあるわね」
「手札に、D−HEROが一体でもいれば、君は終わっていた」
 彼は淡々と続ける。
「そして次のターンのスタンバイフェイズで。時計カウンターは4つ目となる。賢い君なら、それが何を意味するかは解る筈だ」
「サルでも解るわね」

「でも、まだチェックメイトには早いわ」

「ターンエンドだ」
「その単語を後悔することになる日が来るわ。今から数分もしないうちに」

 デッキの一番上のカードが、これほどまでに運命を変えるかどうかなんて。
 歪む世界、焼きつきそうな脳髄に飛び込む世界と情報。嵐のような世界。
 だけどその一番上のカードだけは、しっかりとその手に触れている。いつでも握り締められる。

 そうだ、すべては―――このたった一枚のカードに。

 少しだけ、微笑みたくなる。
 恐れでもない、なんでもない、ただの高揚感に。

「ドロー」

「……なるほどね。運が良いとか悪いとかは、別として」

「魔法カード、強欲な壺を発動」

 強欲な壺 通常魔法
 デッキからカードを2枚ドローする。

「この瞬間、幽獄の時計塔のエフェクトにより、時計カウンターが一つ溜まる」

 幽獄の時計塔 フィールド魔法
 相手ターンのスタンバイフェイズ時に、このカードに時計カウンターを1個乗せる。
 時計カウンターの合計が4個以上になった場合、
 このカードのコントローラーは戦闘ダメージを受けない。
 時計カウンターが4個以上乗ったこのカードが破壊され墓地へ送られた時、
 手札またはデッキから「D−HERO ドレッドガイ」1体を特殊召喚する。

 時計カウンター:3→4

「さあ、ここからどうする?」
「幽獄の時計塔。そしてダイヤモンドガイの盾。二つの盾ね」
 ライフポイント200で、何が打ち破れるのか?
 知れたこと―――目の前の壁を全て。

 鳥籠の中で、閉じられた世界はもうお終い。

 私は前に進まなければいけない。飛び立たなければならない。

 その先に待っているのが―――たとえゼロだったとしても。

「手札から、N・チョールヌィ・チーグルを召喚し、フィールド上のシャドウ・ネオスとコンタクト融合!」

 N・チョールヌィ・チーグル 闇属性/☆3/獣族/攻撃力1500/守備力0
 このカードが戦闘を行なう時、手札に存在する「E・HERO」「N」とつくモンスター1体を墓地に送る事で、
 そのモンスターの攻撃力分、このカードの攻撃力をアップする事が出来る。

「やはり、コンタクト融合を狙ってきたか!」
「ええ、基本は融合。そうでしょ?」
 悪戯っぽく笑んだ黒衣の少女は、自らの呪言を呟いた。

「E・HERO タイガーズ・ネオスを召喚!」

 E・HERO タイガーズ・ネオス 闇属性/☆7/戦士族/攻撃力2500/守備力2000/融合モンスター
 「E・HERO ネオス」または「E・HERO シャドウ・ネオス」+「N・チョールヌィ・チーグル」
 自分フィールド上に存在する上記のカードをデッキに戻した場合のみ、融合デッキから特殊召喚することが出来る。
 (「融合」魔法カードを必要としない)
 このカードはエンドフェイズ時に融合デッキに戻る。
 このカードは自分フィールド上のモンスターの数×1000ポイント、守備力がアップする。
 1ターンに一度、ライフポイントを半分支払うことで、このカードの攻撃力と守備力の数値を入れ替える。

「たとえドレッドガイが出たとしても、攻撃力で相手を封ずる作戦か」

 E・HERO タイガーズ・ネオス 守備力2000→4000

 インフェルノ・ライダーとタイガーズ・ネオスという2体の大型モンスターがいるのだ。
 これはかなり仕掛けてきたな、とエドが笑った直後―――三四は更に微笑を浮かべた。
「でも、これで終わりじゃないわ。まだ2つのガードを突破していないもの」
「すると?」
「さっきのお礼よ。魔法カード、R−ライトジャスティスを発動!」
「!?」

 R−ライトジャスティス 通常魔法
 自分フィールドの「E・HERO」カードの数だけ、フィールドの魔法・罠カードを選んで破壊する。

「まさか…さっきの強欲の壺で…」
「引かせてもらったわ! 今、2体のE・HEROがある。突破すべきカードは、2枚よ」
 そう、魔法・罠カードを2枚破壊できる。
 そしてそれはD−シールドと、幽獄の時計塔を破壊すれば充分事足りる!

 文字通り、フィールドの時計塔は、爆発と共に消えた。
 ドレッドガイの召喚手段をなくし、戦闘ダメージを受けないというシールドを破壊。
 そして、守備表示のダイヤモンドガイの、壁を文字通り破壊。

 全ては一つで―――たった一枚のカードで、全てを繋いだ。

 それはまさしく、遊城十代にも匹敵する引きの強さ―――まさに、デスティニードローの体現。

「さあ、バトルよ。インフェルノ・ライダーでダイヤモンドガイを攻撃!」
 彼女の号令は、まさしく闇の号令だった。
 大鎌を振り上げた地獄のライダーはダイヤモンドの固さを誇る紳士を容易く両断する。
「そして、インフェルノ・ライダーは戦闘で相手モンスターを破壊した時、二回目の攻撃宣言を行える」
「っ!」
 二回目の鎌が振り下ろされた相手は、ダンクガイだった。
「くっ!」

 エド・フェニックス:LP3500→2000

 ダンクガイが砕け散り、彼を守るカードは全て無くなった。

「そして私は――――タイガーズ・ネオスの効果発動。ライフポイントを半分支払って、攻守の数値を入れ替えるわ」

 遊城三四:LP200→100

 E・HERO タイガーズ・ネオス 攻撃力2500→4000 守備力4000→2500

「さあ、覚悟はいい。ブラック・タイガースバイト!」

 猛獣と化したネオスの一撃は凄まじかった。
 右腕に備えた、強大なる牙を持つ魔獣の噛み付きは、多少オーバーキルしながらもライフを削り取る。

 エド・フェニックス:LP2000→0

「…ゲームセットよ」
「…ああ。いいデュエルだったよ」
 プロデュエリスト、エド・フェニックス。
 若いながらも、比較的ランキング上位で知られている。それでも、それでも。

 彼女が、勝利をもぎとった。
「…こちらこそ」
 珍しく微笑んだ三四が、割れたバイザーを拾おうとして―――その手をエドに阻まれる。
「僕が拾おう。手を切ってしまうかも知れないからね」
「……優しいのね」
「そういうものさ」
 丁寧に割れた破片も拾い集める姿は、純粋な善意のものだ。

「…………」
「どうした、浩之?」
 隣りにいた久遠がそう問いかけてきて、僕はようやく思考を戻した。
「お前…怒るときは怒るんだな」
「そりゃ人間だからね」
 気が付かないうちに怒っていたのだろうか。まあ、ありえる要素が無い訳ではないのだけれど。
「…次、お前だぞ」
「うん」
 1勝1敗1分け。
 この勝利は文字通り、次に希望を繋げるための勝利。
 それはまるで未来へと至る橋頭堡。
 本当の勝利は、その続きにある…そう、僕に。
「お前がデュエルするのを見るのは、久しぶりだな」
「そうだね。しばらく、やってなかった気がする」
「あんなことがあればな」
 久遠は肩を軽く竦める。この友人はいつもそうだ。こっちの事も平気で見透かしてくる。
 まるで、千里眼の持ち主だよ。だけど本人は―――予想した事だ、とか返してくるんだろうな。

「じゃあ、久遠。決めてくる」
「ああ。気をつけてよ」

 私立穂仁原高校ゲーム同好会とデュエル・アカデミアの試合は。

 延長戦へと、もつれ込む。



「3戦目終了時点で、両チーム共に1勝1敗1分の五分となっております。この試合は…シングルマッチによる延長戦で決めたいと思います!」
 司会の発表の後、僕はゆっくりと歩を進める。
 この時が来たのだ。

「それでは、両チームの選手は舞台に上がってきて下さい」

 そして僕の向こうに上がってきたのは―――――――ワカメのような頭をした青年だった。

「おや? おい、翔はどうしたんだ!?」
「あれは…えーと、誰ザウルス?」
「へぇ…」
 どうやらデュエル・アカデミアとしては不測の事態だったらしい。何人かがもめている。

「……丸藤翔の姿が消えて、代わりに藤原雄介がいた……十代。お前の仕業だな?」
 ゼノンの呟きに、いる筈の無いアカデミア最強のオシリスレッドはこの会場のどこかで肩でも竦めているに違いない。
「で、翔の奴は………ああ、あの仮説トイレだな」
 少なくとも、グラウンドの隅にある仮説トイレの一つにわざとらしく《使用禁止》の札が貼られており、ついでにつっかえ棒まで差してあれば解るというもの。
 気の毒に、とはゼノンは思わない。むしろ。
「どんな展開になるのかが楽しみだな」
 笑みを浮かべた。


「…よろしく」
「ああ、よろしく頼む。いいデュエルにしよう」
 お互いにデッキをシャッフルした後、カットを頼む。
「僕は河野浩之」
「…藤原雄介」

 その時、僕は見ていた。

 彼の裏にある、どこか邪悪な影を。
「あいつ、用心しないとな」
『どんな試合になるか楽しみだ』
 僕の中にいる彼も同じように帰した。

「『「デュエル!」』」

 河野浩之:LP4000     藤原雄介:LP4000

「先攻は貰うよ、ドロー!」

 最初にドローしたカードは―――こいつか。

「手札よりアルカナフォースIII―THE EMPRESSを召喚!」

 アルカナフォースIII―THE EMPRESS 光属性/☆4/天使族/攻撃力1300/守備力1300
 このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、コイントスを1回行い以下の効果を得る。
 ●表:相手がモンスターの通常召喚に成功する度に
 手札から「アルカナフォース」と名のついたモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
 ●裏:相手がモンスターの通常召喚に成功する度に自分は手札のカードを1枚墓地へ送る。

 フィールドに現れたのは女帝のカード。
「アルカナフォースか」
 相手は、そのカードを知っていた。
「運命を司る。そして、それを使いこなせるかな? 運のカードを」
「解らないさ。全ては―――」

 一枚のコインを手にする。

「神様って奴しか知らないよ」

 コインが、宙を舞う。さあ、表が出るか―――裏が出るか。




続く...




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