21章 運命の支配者




(オレの夢……)

 セダの心の奥に隠されていたものが顔を出した。

(何をやっているんだ、オレは…)

 我に返ったように、辺りを見回す。

 セダの場には冥界の魔王はいない。

(オレがやっていることは――オレの夢に反することではないか!)

セダ
LP 3950





ブラック・マジシャン
攻撃表示
攻2500
守2100
黒魔術のカーテン
ライフを半分減らすことで
デッキの中から黒魔術師を
1体召喚することができる
遊戯
LP 250

 セダのライフは3950。

 多少不利にはなったが、遊戯のライフは僅か250。十分勝てる見込みのある状況だ。

(ここで遊戯に勝てば、確かにガルド村は救えるが――)

(無関係の人間の命を犠牲にして得た命に何の価値がある!)

(新たな悲しみを生むだけではないか!)

(そんなのはオレが求めていたものとは違う…!)

 セダの心は決まっていた。

 セダは顔を上げる。

「……ありがとう、ブレイブ。そして、すまなかった。」

 その言葉に、ブレイブの顔がパッと晴れ上がる。

「セダ…!」

「ああ、もう……終わりだ。」



 そして闇のゲームは解除され、重苦しい空気は消え失せた。

 それを待っていたかのように、ホラーハウスに蛍光灯の照明が点き、ホラーハウスは古風な雰囲気だけを残した単なる洋館になった。

 明るくなった部屋の隅に、うなだれている御伽の姿が見えた。

 眠らされているだけのようで、城之内が体を揺するとすぐに目を覚ました。

 部屋の天井にあるスピーカーから、声が聞こえる。

「マイクのテスト中だ! わはははは!」

「兄サマ! 調子は良いみたいだよ!」

「分かった。」

「じゃあ、次は監視カメラだぜー。」

 復旧作業に取り掛かる海馬達の声が滑稽に聞こえる。

 不気味な静寂に支配され、時の止まった海馬ランドは、今、再始動したのだ。



 武藤遊戯 vs セダ・プロメス

 勝者・武藤遊戯





 ――午前1時11分

 ルーレットレストラン3階・コントロールルーム。



「壺と指輪と鏡――これで全部なのか?」

「ああ…」

 3つの千年アイテムを床に並べて、遊戯達はその周りを囲うように集まった。

「この千年アイテムは、もはやオレ達には不要なもの…。勝手で悪いが、遊戯――お前に任せたい。」

「…分かった。」

 遊戯は頷き、千年アイテムに手を伸ばす。

「待って、セダ兄さん!」

 その時、後ろからスエズの声がかかる。

「どうした?」

「ノディ兄さんを元に戻さないと…」

「ああ、そうだったな…」

 ノディは魂を壺に吸収されたまま、意識不明のままでいる。

 彼の魂を元に戻さなければ、永久に意識が戻ることはないのだ。

 セダは床の千年壺を手に取ろうと手を伸ばした。

 だが――

「ぐっ…」

 うめき声を漏らして、セダは左胸を押さえた。

「セダ…?」

「セダ兄さん!」

 左胸を押さえたまま、セダは膝を着く。

 彼の纏っている黒色のコートから煙があがっている。

「…コートだ! それを脱ぎ捨てるんだ!」

 セダのコートの異変に気付いた遊戯が叫ぶ。

 セダはためらわず、コートを脱ぎ捨てた。

 その勢いでボタンがいくつか宙を舞った。

 それに混じって、コートの内側から1冊の本が滑り落ちた。

「本…?」

 その本は奇妙な表紙をしていた。内容は分からない。

 だが、確実に分かるのは――その本から煙があがっていること。

 セダの胸の痛みは消えていた。

「なんだこの煙は…」

「ちょ、ちょっと…!」

 煙は紫色だった。

 その煙はコートの中を満たしていき、人型を作った。

 人型を作ったコートはひとりでに起き上がり、煙は次第に形を固定していく。

 固定された煙は色を変える。

 もはやそれは煙ではない。

 それは――人間だ。



「な、なんだこりゃああああ!」

「本から人が…!?」

 本から出たそれは、周りを見渡し、笑みを作る。

「やっと手に入れたぞ…!」

 その表情はとても友好的には見えない。

「フフフ……アハハハハ……アヒャヒャヒャヒャ!!」

 笑う。

「貴様、何者だ…!?」

 その異常なまでの笑い声の中で遊戯が問い詰める。

「何者かだって!? そんなの知らねえよ! ギャハハハ!」

 無視して笑う。

(イカれてやがる…!)

「ブヒャヒャヒャ!」

「こいつが出てきた本……これは一体?」

 舞の呟きにセダは答える。

「これは、千年アイテムについて書かれた本……」

「なるほどね…。少なくともアイツがロクなヤツじゃないってコトは分かったわ!」

 舞は頷いて、ひたすらに笑い続けている男に近づいていく。

「あんた! いい加減にしろよな!」

――ドガッ!

 蹴りを入れる。

「……んん?」

 男の笑い声が止まる。

「……せっかくの復活記念を邪魔すんな! この年増が!」

 言いながら振り向く。

 敵意に満ちた声色が舞を震え上がらせた。

 男は振り向きざまに舞を人差し指で軽く突いた。

 大した力ではない。

 しかし、それだけで舞は気を失ってしまった。

 ふらりと後方に倒れる舞を城之内が支える。

「て、てめえ! 何をしやがった!」

「ちょっと押しただけ。」

「なら、どうして舞が気を失うんだよ!」

「あれ? 倒れちゃった? ゴメンゴメンゴーメンナサイ。」

 ニヤニヤ笑いながら謝る。

「て、てめえ!」

 城之内は磯野に舞を任せ、男に詰め寄っていく。

「城之内くん、待つんだ!」

「え?」

「この男は…危険だ!」

「だがよ、こいつは舞を…!」

「見るんだ! 床の千年アイテムを!」

 床に置かれた千年アイテム。

 それは宙を舞い、男の周囲に引き寄せられていく。

「千年アイテムが…!」

 引き寄せられた千年アイテムは男の周囲を浮遊し続ける。

 遊戯は男を睨みつけて言った。

「さあ、もう一度聞くぜ! 貴様は一体何者だ!」

「仕方ないなあ、答えないとうるさいし。」

 耳をかっぽじりながらいかにも面倒だという顔をする。

「答えろ!」

 遊戯は強い調子で問い詰める。

「分かった分かった、教えてやるよ。」

「オレ様は――運命の支配者。だからフェイトと名乗っておこうかな。」

「フェイト……」

「運命の支配者?」

「そうなんだよ、オレ様は凄えことに運命を支配できるんだよ。」

「運命を支配? ざけんなよ! そんなことができてたまるかよ!」

「まあまあカッカしないで聞いてくれよ。大変だったんだからさあ!」

 フェイトは友好的な口調で続ける。

「オレ様、何か天才みたいで、いろいろ作ってたわけでね。」

「過去には似たような千年アイテムで、邪神の封印を解けるようにしたりしたわけよ。」

「でも、邪神とかってさ、強いにゃ強いんだけど、あんまり言うこと聞いてくんないんだよね。」

「だから、オレ様が力を得るしかなかったわけよ。」

「運命を見る力と操る力をね。」

「でもさあ、それには肉体がついていかなくって、仕方ないからオレ様自身を本に封印したんだよね。」

「やっぱり別の方法にしときゃよかったかなあ。まさか何千年も先になるとは思わなんだよ。」

 ちょっとした苦労話を友人に話すがの如くペラペラと喋っていく。

「…貴様に聞きたいことがある。」

 険しい顔をしてセダが前に出た。

「今貴様の封印が解かれたと言うことは、やはり――」

「そうだよ、千年アイテムに99人分の負の魂を集めることでオレ様は復活できたんだよ。」

「……ならば、あの本に書かれていたことはデタラメだということか! 願い事なんてハナっからなかったんだな!」

「ゴメンねー。こうするしかなかったからさぁ。」

 ちょっとした失敗に対する調子で軽々しく謝る。

「き、貴様…!」

「でも、おかしいよ!」

 その時、ブレイブが疑問を口にする。

「99人の魂――って言ったけど、ぼくの魂はここにある。千年アイテムには98人の魂しかないはずだ!」

「ちゃうちゃう、もう一人分あるって。」

 セダを無視してフェイトはブレイブの方を向く。

「もう一人? ……まさか!」

「なんだ、分かってんじゃん。そうだよ、ノディの魂をもらった。彼の絶望に満ちた魂をね。」

「……!」

 セダの表情が一層険しくなる。スエズもまた同じだった。

「苦労したんだよオレ様も。」

「誰も本の内容信じてくれないしさあ、しまいにゃあ、気味悪いって捨てられる始末だぜ。」

「でも、最近起きた地震でなんとか人の通る道に出たんだよ。」

「で、そこに都合よくいたわけよ。」

「お前たち3人が。」

 怒りで熱くなっているセダを指差す。

「それでさあ、このままじゃあ、また信じてくんないだろうから――」

「見せたんだよ。」

「?」

「幻覚を。」

「え?」

「幻……覚……」

「そうそう、幻覚。ガルド村が崖崩れでなくなる幻覚。」

「!!」

「そんな……!」

 場の空気が一気に変わった。

 だが、フェイトはそれに気付いていないように話を続ける。

「幻覚だから、ガルド村は実際なんともないよ。」

 あっけなく放たれる真実。

「あ、願い叶ってたじゃん。良かった良かった。」

「……」

「……あれ?」

 周りをきょろきょろと見渡してフェイトは首をかしげる。

「どうしたのみんな?」

 白々しく問いかける。表情はニヤついたままだ。

「貴様ぁぁ――!」

 感情を抑えきれずにセダが掴みかかろうとする。

 だが、フェイトは右足で軽くセダの足を突く。

「ぐあぁぁ!」

 それだけで、セダの足に激痛が走る。

「セダ兄さん!」

 セダは立っていられなくなる。



 今、遊戯達の前にいる男。

 全ての元凶はこの男だ。

 一連の悲劇はこの男の身勝手な行動が引き起こしたも同然なのだ。

 皆の怒りはフェイトに集中していた。



「フェイト…!」

 静かな怒りをその言葉に込めて、遊戯が前に出た。

「んん?」

「ゲームの時間だぜ!」

「ゲーム?」

「貴様はここで倒す! オレが勝ったら、そこの本に強制送還してもらうぜ!」

「じゃあ、お前が負けたらどうすんの?」

「オレの魂をくれてやる! それで千年アイテムでも強化すればいい!」

「へぇ、それはいい考えだね。君、天才じゃない?」

「フフ…、その余裕、潰してやるぜ!」




前へ 戻る ホーム 次へ