エレキッスプラス

製作者:造反戦士



本作にはDSソフト「遊戯王5D'sWCS2011」のオリジナルキャラクターが登場します。
舞台はアニメ準拠ですが、ストーリーモードのネタバレ満載なため、未クリアの方はご了承ください。






 少女は“それ”を自覚していた。
 “誰か”が“何か”を行い、ネオドミノシティの歴史は改変された。
 モーメントエクスプレスの会社が跡形もなく消滅したことに、少女は気付いていた。
 改変によってWRGPの登録チームから自分が所属するチームが抹消されたことにも、やはり気付いていた。

 しかし少女はその事態に対して、特に行動を起こさなかった。
 一つ。チームメイトは故郷の危機に対応するため帰省していた。鉱山の利権を巡って長年マフィアが抗争を続けていた地で、本来抗争そのものは数日前に終わっていたはずなのだが――これも改変の影響だろう――残党の抵抗が激しくなり、しばらく優秀なデュエリストは街を離れられなくなった。
 二つ。少女は付き合いが狭かった。というより、ほとんど記憶喪失に近い状態で彷徨っていた所を、そのチームメイトの一人に誘われたと言った方が正しい。加えて感情表現が苦手で口数も少ない。だからそのチームメイト以外と話すことは、ほとんどなかった。ただ、少女は彼らのお人よしな面を好いていたため、故郷の平和のため戦っている彼らを無理に連れ戻そうはしなかった。大体それ以前に、彼らが少女のことを覚えているかすら定かではないのだ。
 三つ。改変が行われたことに対して、そもそも少女は疑問を抱いてすらいなかった。自覚はしていても、その原因を探る意欲というものが、彼女には決定的に不足していた。
 そんなわけで、この日も少女はチームが借りているガレージで、ぽつんと本を眺めている。
 ごく普通の動物図鑑。特にライオンのページが少女のお気に入りだ。
 無論理由は力強そうだから――――ではない。
「……ライオン……撫でたい……」
 少々気味の悪い薄ら笑いを浮かべ、しかしそこに悪意は篭っていない。
 それはまさしく掌に乗る可愛らしい愛玩動物にするような反応だ。
 本物のライオンを前にしても間違いなく彼女は同じことを言えるだろう。 
 まあ尤も、ライオンはネコ科の動物ではあるがネコではない。野良猫ならガレージの所在地であるダイモンエリアにもかなり住み着いているが、それで少女の撫で欲は満たされないし、ましてや野生のライオンがいるはずもなかった。
 よって少女が出来るのは、図鑑のライオンにふわふわな鬣の妄想を押し付けることだけ。
 とはいえそれだけで収まるわけでもなく、立ち上がってライオンに並んで好きなD・ホイールに近付き、それを撫でる。
 途端に心が癒される気がした。
 ここでデザートに少女が調整したチームメイトのD・ホイールもさすりたい所だが、残念ながら彼らの帰省手段はD・ホイールだった。

 と、そこへ来客のノックが鳴る。
「……?」 
 少女は首をかしげた。チームはエントリーそのものを後出しで取り消されており、すなわち予選での勝利も全てなかったことになっている。そんなチームが拠点としていたガレージに一体誰が訪れるというのか。
 話をするのは苦手だが、訪問者に関しては興味が湧いた。
 扉を開けると、そこには少女によく似た青髪を立て、バイザーとライダースーツを着用した青年。
 うん、何者か一切分からない。
 ひとまずバイザーぐらいは取ってくれないかと思いつつ顔を見る。と、同時に少女の動きまでもが止まった。
「…………」
『…………』
 そのまま時が止まったように数分、2人は棒立ちのまま向かい合った。
 ついに青年はバイザーを外し、その数分間、一切瞬きをしていない少女の眼を抉るように覗き込む。
 すると少女の口から
『網膜認証完了しました』
 という機械的な声が紡がれた。 
『システムオールグリーン。アンチノミープログラム、起動します』
 少女は同じ調子でそう続け、そしてヴンという音と共に彼女の出で立ちが前触れなく変化した。
 目の前の青年とよく似たライダースーツにバイザー。変身の様子といい、特撮ヒーローのコンビと間違えそうだ。
『アンチノミープログラム。バグチェック、スキャン開始。デュエルトランス……異常なし。D・ホイールスキル……』  
 互いに視線を逸らさぬまま、少女は語り続ける。
 そんな状態で絶え間なく15分ほどした頃だろうか、ふと少女の声が止まる。
『――――システム…………』
 そして。

『……異常有り。矯正プログラムを実行します』

 二人の体勢は変わらない。どうやら“プログラム”の実行も視線移しでしているようだ。
 それもいつの間にか終了し、またバグチェックが再開される。話し合い――ですらない少女の一方的な語りかけ。だがそこに少女の意思が介在しているとは考えにくい。
 そもそも少女は人間なのだろうか。かれこれ20分余り、瞳孔は開いたままで、一応は喉から出るバグチェックの音声も絶え間なく続き、息継ぎをする様子が見受けられない。
『バグチェック、終了しました』
 やがて少女――の中の何かはそう告げた。
 ガレージの敷居を挟んでひたすらその一歩外に立っていた青年は、バイザーを直すと近くに止めている鋭角的なフォルムのD・ホイールに跨り、この時代の技術力では到達できないほどの驚異的なスタートダッシュでガレージから去った。
 チームのメカニックでありD・ホイールの新鋭技術に目がない少女であったが、ライダースーツの“彼女”はその様子にまるで興味を示さない。
 
 青年のD・ホイールのエンジン音が聞こえなくなった頃、少女のライダースーツは発生した時と同じように何の前触れもなく爆ぜ、元の黄色のシャツに白い上着という姿に戻っていた。
「……いない……」
 そう呟く少女は、僅かではあるが声に感情を含ませており、瞬きや呼吸などの機能も普通に行っている。
 開いたガレージの前には、もう誰もいない。
 ガレージのシャッターを下ろして中に戻り、少女は再び動物図鑑を手に取った。
 
 少女の名は、ミサキといった。



 ―――――――――――――



 WRGP決勝戦、チーム5D's対チームニューワールドはチーム5D'sの勝利で幕を閉じた。
 しかしその決着から間もなく、ネオドミノシティの上空に巨大な浮遊物が出現した。
 アーククレイドル。
 廃墟と化した逆さまのネオドミノシティ。
 喧騒の原因を調べようといつものガレージから出ると、空中にそれが鎮座していた。ミサキはそれの名と由来の見当がついていたが、理由は分からなかったし、最初からそこに疑問を持つように設定されていなかった。
 
 やがてアーククレイドルが次第に降下し、ネオドミノシティを崩壊させようとしていることが人々の間に伝わると、彼らは途端に平静を失い散り散りに逃げていった。
 自分も同じようにするという感覚は、ミサキにはない。
 ついにミサキの周囲から人がいなくなると、待ち構えていたように彼女が憶えていない、いつかのライダースーツの青年がD・ホイール『デルタイーグル』を駆って現れた。
 その姿を目に入れた瞬間、ミサキの服装は以前と同じようにライダースーツへ変貌を遂げた。
 D・ホイールから降りた青年は、同じくミサキから変化した“彼女”と視線を突き合わせ網膜認証の手続きを行う。
 そこまでが終わると“彼女”は告げる。
『アンチノミープログラム、ラストミッション。第2から第10までのプロテクト解除。180分の猶予の後、ゾーンから最終プロテクトの解除を受けて下さい』
『了解。ゾーンより最終プロテクトの解除を受ける』
 意思の入っていない声で青年もそう返し、そして青年は続ける。
『アンチノミープログラムδ(デルタ)からω(オメガ)へ。メモリー解放許可を与える』
『メモリー解放許可を受けた。実行する』
 機械的なやり取りはこれで終わった。青年はメモリー解放実行中の“彼女”を残して、デルタイーグルと共に去った。


 ―――――――――――――


「……っ。ああああああああああああああっ!!」
 “彼女”が“ミサキ”に戻った。
 それと同時にミサキの自覚していなかった膨大な記憶が、フラッシュバックのごとく彼女の脳に迸った。
 そしてそこには、ミサキはおろか“彼女”のものでもない、“ブルーノ”と“アンチノミーδ”の記憶も含まれていたのだ。
「……何……?」
 これはいくらマイペースのミサキといえど、疑問にならないわけがなかった。
 何をどうやったのか、信じ難いことだが“彼女”は青年の記憶を“吸い取って”いたらしい。
 しかも青年本人は、その記憶を自覚していない……のだろうか。
 未来の崩壊。そんな中で、たった4人だけの生き残りが肩を寄せ合い対応策を練り続ける。
 しかし延命処置にも限界が訪れ、一人、また一人と脱落していく。
 “彼”はその中の一人を再現した存在。 
 アーククレイドルを出現させるため、不動遊星に近付き進化したシンクロ召喚、『アクセルシンクロ』を伝える役割を持っていた。
 では――ミサキは? そんなアンチノミーδの記憶を我が物とする自分は、一体何物なのだろう?
 疑問が頂点に達した時だった。

『聞こえていますか、アンチノミーω』

 頭に直接響いてきた声にぎょっとしてアーククレイドルを見上げる。
 それは紛れもなく、ネオドミノシティを滅ぼさんとする、未来の――本当に最後の生き残り。
「……ゾーン……」
『これが再生されているということは、私の正体も理解できているでしょう。録音ですが一度きりの再生しかできない点は、平にご容赦を』
 ゾーンはそう前置き、暫しの猶予を取る。
 これはおそらく――アンチノミーδの記憶に仕込まれていたウイルスのようなものだろう。
 声自体に直接の害はなさそうだが、本物のゾーンの行動を目の当たりにしてからでは、どこに罠が仕掛けられているか分かったものではない。
『では――“アンチノミー”の役割を理解していただけたという前提で話を進めますが――それは非常に繊細なものです。ペルソナたる“ブルーノ”。あれはチーム5D'sの気質に溶け込めるよう構築されました。しかしそこに落とし穴があります。彼らが持つ“絆”の性質は時に敵さえも受け入れ取り込んでしまう程に危うく、そして強い。ペルソナが抱くチーム5D'sへの親愛の情が、“アンチノミー”の使命に誤った影響をもたらしてしまうかもしれない。ゆえに、そういった感情をセーブ、調整し役目の遂行を補助する存在が必要となります』
「……それが……私……」
 頭の中に響くゾーンの声は本当に録音の再生らしく、ミサキの質問を含んだ呟きに答えることはなかった。
 肯定を意味する沈黙すら挟まず、解説を続ける。
『また、貴方はアンチノミーの補助機関であると同時に、アンチノミーそのものでもあります』
 つまり、アンチノミーの保険。
 ペルソナ“ブルーノ”の“アンチノミーδ”がチーム5D'sへの情に流されてしまった時、彼の代わりにアンチノミーたる役割を遂行するのが“ミサキ”をペルソナとする“アンチノミーω”だったのだ。
 ミサキの感情表現が薄いのもこれが原因だった。ペルソナの人格が本体に影響を与えて失敗する危険があるのなら、代役のペルソナ人格はそうした状況に流されない人形であるべきだ。
 そしてそのせい――も半分はあるようだが、単に記憶の移植は一つの身体にしか施せなかったため、ミサキが宿すアンチノミーωは未来の荒廃の記憶を直接引き継いではいなかった。
『ですが、貴方のコントロールによりアンチノミーδは無事役割を果たせると思われます。そしてその場合――アーククレイドルまで辿り着けるとは思えませんが――未来のデュエル王たる“アンチノミー”の力を宿す貴方は、危険な存在です』
「……だから……消す……」
『これの再生に連動して、間もなく貴方の許へ刺客が訪れるでしょう。敵うかは疑問ですが、アーククレイドルに潰されるまでの時間稼ぎ程度にはなるのではないかと。さようなら、もう一人のアンチノミー』
 ゾーンのメッセージはこれで終わりのようだった。
 放心に近い状態でミサキはその場に立ち尽くす。
 脳内で再生された映像も相俟って、理解はかろうじて追いついていた。とはいえ、その事実を受け止め、何らかのアクションを起こす時間はどう考えても足りていない。
 思考を展開しようにも、モーメントエネルギーが停止した静寂の空間でD・ホイールのエンジン音が近付いて来ては、そちらに意識が行ってしまう。
 やがて、ミサキの前で黒のD・ホイールが止まった。そのD・ホイールを操っている黒のライダースーツを着た男。その実態は男どころか人間ですらないアンドロイドで、改変される前のネオドミノシティを混乱に陥れた群体の一つだ。
「……ライディングロイド」
『アンチノミーωサマデスネ。ゾーンノ命ニヨリ処刑サセテイタダキマス』
 そう言って、ライディングロイドはD・ホイールに内蔵されたデュエル機構を展開させる。
 なるほど、デュエルで屈服させるということなのだろう。
 当然受けて立つつもりだが、訂正すべき箇所がある。
「……私は……ミサキ。アンチノミーωは中にいるけど……私は、ミサキ」
 アンチノミーオメガを覚醒させ、オメガホークを呼べば、そこにはより強力なデッキが眠っているだろう。
 D・ホイールの性能も、いくらかジャンクパーツも混じっているミサキのものとは比べ物になるまい。
 だとしても、それで勝つことに意味はない。
 ゾーンに対する因縁を持つのはアンチノミーωだが、このデュエルを生き延び、そしてもしアーククレイドルの落下がチーム5D'sの手により阻止されたなら、その先の未来を生きるのはミサキなのだ。
 ミサキの中のアンチノミーωは既に役割の全てを終えた。終わりを告げられた。
「……未来を……勝ち取る」
 勘違いされがちだが、ミサキは感情を表現するのが苦手なだけで、感情そのものが希薄なわけではない。
 チーム5D'sにいた“ブルーノ”ほど率直ではないものの、D・ホイールもライディングデュエルも大好きだし、ライオンを撫でずに死ぬなど、それこそ冗談ではなかった。
「D・ホイール……取ってくる……」
 ミサキは一旦ガレージまで引き返した。
 入り口まで戻ったところで、全てのモーメントエネルギーが停止していると騒いでいたのを思い出す。
 確かにここばかりは、自分の中のアンチノミーωに期待せざるを得ないだろう。
 桃色の車体に赤のラインが入った、ミサキのD・ホイール。
 心を空っぽにして見下ろし、おもむろにハンドルに手をかける。
 するとガレージ内に小気味の良いエンジン音が響いた。
 普段は無愛想なミサキの表情が、少しばかりふっと緩んだ。


『オメガホークヲ呼バナクテ、ヨロシイノデスカ?』
 ライダースーツとヘルメットを装備しD・ホイールに跨ってライディングロイドの横に並ぶと、機械的な調子で問われた。
 しかしその内容は――言葉遣いといい――律儀で、合理性を追求する機械らしくない。過去の未来における仲間のコピーに対する、ゾーンのせめてもの礼儀といったところだろうか。
「…………」
『承知シマシタ。デハ、始メマショウ』
 その上、肯定と解釈すべき沈黙をきちんと読み取った。
 なまじ声は“音声”に近い片言だけに、違和感を禁じえない。
 それはとりあえず置いておき、ミサキは左前方100メートルくらいにある、近隣では一回り高いビルを指差した。
「……あそこを先に通過した方が……先攻……」
 ライディングロイドが頷く。仕草だけ見るなら最早ミサキよりも人間らしい。


[デュエルモード、スタンバイ。スピードワールド2、セットオン]

《スピードワールド2》
【フィールド魔法】
「Sp(スピードスペル)」と名のついた魔法カード以外の魔法カードを
プレイした時、自分は2000ポイントダメージを受ける。
お互いのプレイヤーはお互いのスタンバイフェイズ時に1度、
自分用スピードカウンターをこのカードの上に1つ置く。(お互い12個まで)
自分用スピードカウンターを取り除く事で、以下の効果を発動する。
●4個:自分の手札の「Sp」と名のついたカードの枚数× 800ポイントダメージを相手ライフに与える。
●7個:自分のデッキからカードを1枚ドローする。
●10個:フィールド上に存在するカードを1枚破壊する。

 互いのD・ホイールから聞き慣れた音声が流れ、内蔵されたモーメントが回転数を増す。
 D・ホイール直下の地面に円形の輝きが映り、広がって、ライディングロイドのD・ホイールからも生じている光の環と重なる。
 環が完全に同調し一際強い輝きを放った瞬間、1人と1つのD・ホイーラーは思い切りアクセルを踏み込んだ。
 スタートダッシュのタイミングは完璧。
 ミサキがまずリードを取り、横目でライディングロイドの様子を見やる。
「……く……」 
 やはりというべきか、D・ホイールの性能差は歴然としていた。
 ミサキはどうにか操作性を失わないギリギリまでスピードを高めるが、みるみるうちに差は縮まっていく。
「……ブースト」
 呟くと同時にボタンを押すと、ミサキのD・ホイールが急加速を始めた。
 D・ホイールに搭載し、一時的に爆発的な加速力を生み出すオプションパーツだ。
 これでどうにか振り切った。
 ほっと息をつきながらファーストコーナーに突入し――
「……!」
 ライディングロイドはミサキのD・ホイールに追従していたばかりか、今まさに抜き去ろうとしていたところだった。
 まさかここまで隔たりがあるとは、流石に思っていなかった。
 いくら素地の差こそあれ、このD・ホイールはミサキが調整に調整を重ねた自信作だ。
 それが現状で出せる最大加速をいとも簡単に超えられたというのは、メカニックとして純粋に悔しい。
『ワタシノターン』
 前を行くライディングロイドが無情にも自身の先攻を告げた。
 スタンバイフェイズに移行すると、ライディングデュエル共通のフィールド魔法《スピードワールド2》にスピードカウンターが貯まる。これを上手く活かすことがライディングデュエルにおける勝利の鍵だ。

 RR  spカウンター 0→1
 ミサキ spカウンター 0→1

『《A・ボム》ヲ召喚。カードヲ2枚セットシ、ターンエンド』
「……」
 ミサキは憶えている。
 ライディングロイドがネオドミノシティを荒らし回ったことを。
 だから知っている。
 ライディングロイドのデッキを。使うカードを。その効果を。


《A・ボム》 /闇
★★
【機械族】
このカードが光属性モンスターとの戦闘によって
破壊され墓地へ送られた時、フィールド上のカード2枚を破壊する。
攻400  守300


「……私のターン」

 RR  spカウンター 1→2
 ミサキ spカウンター 1→2

 スピードカウンターの数はこれでお互い2つ。
 カウンター消費タイプの一般的な魔法は大体ここから使用可能になる。
 先攻1ターン目から強力な魔法を2枚も3枚も使用して場を整えることができないというゲームバランスは、大規模なデュエル大会のレギュレーションがスタンディングからライディングへと成り代わっていった要因の1つである。
「……《エレキリン》、召喚」
 雷を操る首の長い動物がミサキの傍らに現れ、D・ホイールの動きに併せて脚を動かす。
 このモンスターの属性は、光。
 いや、それどころかミサキのデッキに投入されている《エレキ》カテゴリのモンスターは全て光属性だ。
 対してライディングロイドが操るモンスター、《A・O・J》は光属性にとって天敵とも呼べる存在である。
 この相性差を、ミサキは敢えて受け入れた。
 しかし、これは決して自棄になっての選択ではない。


《エレキリン》 /光
★★★★
【雷族】
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。
このカードが直接攻撃によって相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
相手はこのターンのエンドフェイズ時まで
魔法・罠・効果モンスターの効果を発動する事ができない。
攻1200  守100


「……《エレキリン》は相手の場にモンスターがいても……直接攻撃できる……」
 そう、《エレキ》モンスターの特徴に、直接攻撃能力を持つモンスターが多いというものがある。
 上手く攻撃が通れば、ライフ4000制のライディングデュエルでは《スピードワールド2》のバーン効果も含めて、あっという間にライフを奪いきることができる。
 《A・ボム》を無視して、ミサキは攻撃を宣言した。
『リバースカード、発動シマス』
 対するライディングロイドは瞬時に反応。《エレキリン》はフィールドに健在なものの――
「……これは」


《スピリットバリア》
【永続罠】
自分フィールド上にモンスターが存在する限り、
このカードのコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。


『永続罠《スピリットバリア》ヲ使イマシタ。ワタシノ場ニモンスターガ存在スル限リ、戦闘ダメージハ0トナリマス』
 予想外の罠だった。
 これは明確なアンチ《エレキ》、アンチミサキになるカード。
 ゾーンはミサキが戦うのを見越して、ライディングロイドのデッキをいじった?
 それとも――――
「…………」
 思い出した。
 そういえばライディングロイドはデュエル前、ミサキにオメガホークを呼ばないのかと尋ねた。
 おそらくその時にデッキ、あるいは一部のカードを入れ替えたのだろう。
 ミサキはライディングロイドが街を襲撃した際に何体かのライディングロイドと戦っている。もしライディングロイド間で情報の共有等が行われていたとすれば、《エレキ》モンスターを用いた戦術が筒抜けになっていても不思議はない。
 《エレキリン》は《エレキ》の中では高めの攻撃力を持つが、他のカテゴリなどと比べれば圧倒的に低水準。だがここで、ミサキは伏せカードを出さずにターンを終える。
 ライディングロイドはカードを引き、互いのスピードカウンターの増強を済ませると、四足の獣を模した機械を召喚した。モデルは犬だろうか。

 RR  spカウンター 2→3
 ミサキ spカウンター 2→3

《A・O・J コアデストロイ》 /闇
★★★
【機械族】
このカードが光属性モンスターと戦闘を行う場合、
ダメージ計算を行わずそのモンスターを破壊する。
攻1200  守200


 続けてバトルフェイズに移行し、早速召喚したばかりのモンスターに攻撃を命じる。
『《A・O・J コアデストロイ》ノ効果。コノカードト戦闘ヲ行ウ光属性モンスターヲ、ダメージ計算ナシデ破壊シマス』
 《コアデストロイ》と《エレキリン》の攻撃力は同じだが、これにより破壊されたのはミサキのモンスターのみ。
 さらに《A・ボム》がミサキに体当たりし、ライフが400減少する。
 ダメージが現実のものとなるのは、既にお約束の域であろう。リアルの痛みは辛いが、バイクのマニュアル運転操作中にそちらを気にしすぎるのは別の意味で危険だ。

 ミサキ LP4000→3600

「……ドロー」

 RR  spカウンター 3→4
 ミサキ spカウンター 3→4

「……《エレキトンボ》を召喚」


《エレキトンボ》 /光
★★
【雷族】
このカードが相手によって破壊された場合、
自分のデッキから「エレキ」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。
攻900  守100


 キリンと同じく、その名の通り電気を纏った黄トンボを出し、小型爆弾に向けて突撃を命じる。
 ライディングロイドは反応せず、為されるがままに攻撃を受けた。
 《A・ボム》には光属性モンスター相手に戦闘破壊された場合、特殊能力が発動する。
 フィールド上のカード2枚を選択式で破壊するという、発動さえできれば中々に強力な効果だが――これには落し穴がある。
「強制で2枚破壊しなくてはならない……。でも、こっちの場にカードは1枚だけ」
 つまり破壊が確定した《A・ボム》以外に、カードを1枚道連れにしなくてはならないのだ。
 前のターンに《エレキリン》単騎でターンを回したのもこれが理由。伊達にアンチノミーωのペルソナをやっているわけではない。
 ライディングロイドが選択したのはボムの後ろに置かれた伏せカード。
 その正体を確認し、ミサキはわずかに顔をしかめた。


《DNA移植手術》
【永続罠】
発動時に1種類の属性を宣言する。
このカードがフィールド上に存在する限り、
フィールド上の全ての表側表示モンスターは自分が宣言した属性になる。


 《DNA移植手術》。属性がバラバラな《TG》、アンチノミーに対してのキーカード。だが光属性単一で構成されたミサキのデッキ相手には死に札となるため、消した意味はせいぜいブラフに惑わされなくなったぐらい。
 しかもライディングロイドの場には《スピリットバリア》がある。攻撃力たった400の的を破壊したというのに、ダメージの一つも入らない。
 もう1枚の対象は、無論ミサキが従える黄トンボ。このカードのリクルート効果は破壊の原因となったカードのコントローラーだけを指定しており、効果破壊でも使用可能だ。
 同名カードを今度は守備表示で置き、メインフェイズ2へと移行。
「カードを2枚セット。……ターンエンド」
 《A・ボム》の被害を最小限に抑え、待っていたと言わんばかりにバックを固める。
 モンスターの相性が最悪なこの戦いでミサキが勝利するには、そちらの駆け引きで上を行くことが必要不可欠だ。

ライディングロイド
LP4000
スピードカウンター4個
モンスターゾーン《A・O・J アンノウン・クラッシャー》ATK1200
魔法・罠ゾーン
《スピリットバリア》、伏せカード×1
手札
3枚
ミサキ
LP3600
スピードカウンター4個
モンスターゾーン《エレキトンボ》DEF100
魔法・罠ゾーン
伏せカード×2
手札
3枚




『ワタシノターン』

 RR  spカウンター 4→5
 ミサキ spカウンター 4→5

『《A・O・J アンノウン・クラッシャー》ヲ召喚』
「……あ」
 新しく出現したモンスターは象を模した機械。
 そしてこのモンスターは、黄トンボのリクルート効果を封じる面倒な力を有している。


《A・O・J アンノウン・クラッシャー》 /闇
★★★
【機械族】
このカードが光属性モンスターと戦闘を行った時、
そのモンスターをゲームから除外する。
攻1200  守800


『《アンノウン・クラッシャー》ト戦闘ヲ行ッタ光属性モンスターハ、除外サレマス』
 対して黄トンボの効果は墓地で発動する。
 説明もそこそこに、《アンノウン・クラッシャー》が象らしからぬ機敏な動きでトンボに迫ってくる。
「《くず鉄のかかし》」


《くず鉄のかかし》
【通常罠】
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
発動後このカードは墓地に送らず、そのままセットする。


 1ターンに1度、任意の攻撃を防げる罠カードだ。
 再セットまでの処理は妨害なく終了し、残った《コアデストロイ》の攻撃が実行された。
 この攻撃をミサキは通し、D−ホイールに設置された液晶にリクルート先のモンスター一覧が表示される。
(あっちの場に装備カードや後天的能力付加はない……。だとすれば……)
「……《エレキリン》、特殊召喚」
 初手で出したのと同じエレキモンスター。
 直接攻撃能力を持つ下級モンスターとしては、高めの攻撃力を持っている。
 《スピリットバリア》は厄介だが――
『カードヲ1枚伏セ、ターンエンド』
「そのタイミングで《砂塵の大竜巻》を発動……。対象は《スピリットバリア》」
 これで破壊が完了した。
 伏せカードも怪しいものの、エレキの主要ギミックである直接攻撃を封じられるのは痛い。
 長期戦にもつれ込めばそれだけデッキの相性差による影響が広がり易くなり、それゆえこの選択には自信があった。


《砂塵の大竜巻》
【通常罠】
相手フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚を選択して破壊する。
その後、自分の手札から魔法または罠カード1枚をセットする事ができる。


 ミサキがターンを開始し、スピードカウンターがまた一つ増える。
 スピードワールド2で確実なアドバンテージを得られるドロー効果まではあと少し。また、それを素通りすれば任意選択式の破壊効果を得られる。

 RR  spカウンター 5→6
 ミサキ spカウンター 5→6

「《エレキリン》でダイレクトアタック……」
『攻撃宣言ニチェーンシ《邪神の大災害》ヲ発動』
 なるほど、伏せカードを排除したいのは向こうも同じだったようだ。
 あちらにもリバースはないため《エレキリン》の効果にさしたる意味はないが、ひとまず発動しておく。
 それはそれとして、ようやくライディングロイドのライフに傷を付けることができた。大きな前進といえるだろう。



《邪神の大災害》
【通常罠】
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て破壊する。


 RR LP4000→2800

「……カードをセット。……ターンエンド」

ライディングロイド
LP2800
スピードカウンター6個
モンスターゾーン《A・O・J アンノウン・クラッシャー》ATK1200、《A・O・J コアデストロイ》ATK1200
魔法・罠ゾーン
なし
手札
2枚
ミサキ
LP3600
スピードカウンター6個
モンスターゾーン《エレキリン》ATK1200
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
3枚




 2台のD・ホイールはダイモンエリアを抜け、シティのオフィス街を進んで行く。
 アーククレイドルの出現から9時間以上も経った今となっては、ここも既に人っ子一人いなかった。
 ライディングロイドはスタート直後に驚異的な加速を見せたが、それはどうやらミサキと同じくブースト等のオプションパーツによるものだったようで、極端に離されてはいないものの、しかし未だ追いつくまでには至っていない。
 ライディングロイドは人目を避けつつ、ネオドミノシティの中心部へと向かうように進路を取っていた。
 この状況下で動いているモーメントエネルギー、しかも移動手段になり得る物を目撃されれば、たちまち人々に囲まれ“処刑”に差し障りが生じる。加えて、単純に時間や距離的な面でミサキが街から脱出するのを困難にする狙いがあるのだろう。

『ワタシノターン』
 ライディングロイドが自ターンの開始を告げ、スタンバイフェイズに突入。

 RR  spカウンター 6→7
 ミサキ spカウンター 6→7

 これでスピードスペルを見せれば、ドロー効果が使えるようになった。
 先攻後攻の有利不利はスピードカウンターシステムによってかなり緩和されたものの、特にカウンターを使用せずターンを回した場合、先にこのドロー効果を使えるという点など、先攻が有利な部分もまだまだある。
『スピードカウンターヲ7ツ取リ除キ、カードヲ1枚ドロー』
 すぐさまその効果でハンドを潤し、場を肥やす。

 RR  spカウンター 7→0
     手札 3枚→4枚

『チューナーモンスター、《A・O・J サイクロン・クリエイター》ヲ召喚シマス』
 新たな《A・O・J》は爆弾でも陸上生物でもなく、鳥を模した姿をしていた。
 手札の《サウザンド・アームズ》をエネルギー源として大きく翼を一振りすると、ミサキの伏せカードがバウンスされた。


《A・O・J サイクロン・クリエイター》 /闇
★★★
【機械族】チューナー
手札を1枚捨てて発動する。
フィールド上に表側表示で存在するチューナーの枚数分だけ、
フィールド上に存在する魔法・罠カードを手札に戻す。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
攻1200  守800


『レベル3《アンノウン・クラッシャー》、《コアデストロイ》ニ、レベル3《サイクロン・クリエイター》ヲチューニング』
「……!」
 さしものミサキも、この行動には驚きを隠しきれなかった。
 ミサキと戦っているライディングロイドはゾーンの支配下にあるようだが、しかし彼らは――
『正義ノ名ノ下ニ、機械兵団ヲ統率シ魔ノ光ヲ滅セヨ! シンクロ召喚――《A・O・J フィールド・マーシャル》!』
「……っ」


《A・O・J フィールド・マーシャル》 /闇
★★★★★★★★★
【機械族】
チューナー+チューナー以外のモンスター2体以上
このカードはシンクロ召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが戦闘によって裏側守備表示モンスターを破壊し墓地へ送った時、
このカードのコントローラーは自分のデッキからカードを1枚ドローする。
攻2900  守2600


 コート状の白銀のボディーに身を包んだ、人型の《A・O・J》。
 指揮官たる威厳を否応なく発し、また同時に《A・O・J》の最高戦力でもあった。
 攻撃方法にも、それは現れる。
 これまでの《A・O・J》は無闇に突撃してくるだけだったが、《フィールド・マーシャル》はその高い背丈から見下すように敵を捕捉し、一歩も動くことなく必殺の光学兵器を放ってくる。
 キリンはあっという間に焼き尽くされ蒸発。
 レーザーの余波を受け、ミサキのライフカウンターが大きく変動した。

 ミサキ LP 3600→1900

「っぅ……」
 ダメージを受けた衝撃でD・ホイールもぐらつく。
 アンチノミーωが体得し、ミサキにも継がれている操作技術を駆使してどうにか体勢を立て直すが、状況は良くない。
 現在のところ、D・ホイールの外面に損傷はほとんど見当たらないものの、攻撃が実体化しているこの戦いでは内部が深刻な状態に陥っている危険がある。
 特に光学兵器をまともに食らってしまえば、たちどころに回路が焼き切れトラブルを起こしてしまうに違いない。
 《エレキリン》を介しての、狙いを外した余波でなければと思うとぞっとする。
『カードヲ2枚伏セ、ターンエンドデス』
 これで残った手札が全て場に置かれた。
 ブラフという線は、残念ながら考えにくい。
「……ドロー……」

 RR  spカウンター 0→1
 ミサキ spカウンター 7→8

「……」
 スピードカウンターの計上を済ませ、ミサキは思考する。
 伏せカードはともかくとして、最上級モンスターに居座られているのはどうにも辛いものがある。
 とりわけあの機械兵団の元帥は、裏守備モンスターを破壊した時ドローするという効果を所持していた。
 攻撃力2900は通常のビートダウンでも超えにくい数値だというのに、《エレキ》では《収縮》の補助を受けても、倒せるのはシンクロモンスター1体だけがかろうじてという有様だ。
 とはいえ、壁モンスターを出さないわけにもいくまい。
 2枚の伏せカードと、《フィールド・マーシャル》の効果起動条件を満たしてしまうが――裏守備モンスターをセットしエンド宣言を行う。

ライディングロイド
LP2800
スピードカウンター1個
モンスターゾーン《A・O・J フィールド・マーシャル》ATK2900
魔法・罠ゾーン
伏せカード×2
手札
0枚
ミサキ
LP1900
スピードカウンター8個
モンスターゾーン伏せモンスター×1
魔法・罠ゾーン
伏せカード×2
手札
2枚




『ワタシノターン、ドロー』

 RR  spカウンター 1→2
 ミサキ spカウンター 8→9

 ライディングロイドはドローカードを確認すると、すぐさまモンスターゾーンに叩きつけた。
 それは《A・O・J》カテゴリに属さず、しかし強烈なシナジーがあるカード。
『《ブラック・ボンバー》ノ召喚ニ成功シタ時、墓地ニ存在スル、闇属性、機械族レベル4ノモンスターヲ守備表示デ特殊召喚シマス』
 前のターンにハンドコストとなった、複数の腕を持つ巨大な《A・O・J》が蘇生される。
 表示形式に対応するそれぞれの攻守は《エレキ》モンスターでも倒せるほどの低さだが、問題は爆弾の方がチューナーであるという点だ。
 さらにライディングロイドは《リビングデッドの呼び声》を用いて《アンノウン・クラッシャー》を再起動させた。
 元帥を除く3体のレベルの合計は――10。
『レベル3《アンノウン・クラッシャー》、レベル4《サウザンド・アームズ》ニ、レベル3《ブラック・ボンバー》をチューニング』
 この素材から生み出される――有体に言えば素材指定のないシンクロモンスターは、ミサキが知る限り1体しかいない。
 質量保存の法則など無視して、3種の機械が1つに組み合わさっていく。
『大イナル闇ノ鼓動、決戦兵器ニ宿リテ我ガ力トナレ! シンクロ召喚――《A・O・Jディサイシブ・アームズ》!』 
 居並ぶ高層ビルの合間からまず見えたのは、固定砲台でしか有り得ないほどの大口径。
 それが緩やかにではあるが、浮遊しながらミサキの方へ移動してきていた。
 そんな中で顕になる決戦兵器の全身。《フィールド・マーシャル》とは異なる形でヒトの上半身を元にしている。
 件の大口径は頭に見立てられ、腕に当たる部位は頭ほど巨大ではないものの、それでも戦車砲以上の砲身を備えている。


《ブラック・ボンバー》 /闇
★★★
【機械族】チューナー
このカードが召喚に成功した時、自分の墓地に存在する
機械族・闇属性のレベル4モンスター1体を表側守備表示で特殊召喚する事ができる。
この効果で特殊召喚した効果モンスターの効果は無効化される。
攻100  守1100



《リビングデッドの呼び声》
【永続罠】
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。



《A・O・J サウザンド・アームズ》 /闇
★★★★
【機械族】
このカードは相手フィールド上に表側表示で存在する
光属性モンスターに1回ずつ攻撃をする事ができる。
光属性以外のモンスターと戦闘を行う場合、
そのダメージ計算前にこのカードを破壊する。
攻1700  守0



《A・O・J ディサイシブ・アームズ》 /闇
★★★★★★★★★★
【機械族】
チューナー+チューナー以外のモンスター2体以上
相手フィールドに光属性モンスターが表側表示で存在する場合、
1ターンに1度、次の効果から1つを選択して発動する事ができる。
●相手フィールド上にセットされたカード1枚を破壊する。
●手札を1枚墓地へ送る事で、
相手フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て破壊する。
●自分の手札を全て墓地へ送る事で、相手の手札を確認して
その中から光属性モンスターを全て墓地へ送る。
その後墓地へ送った相手モンスターの攻撃力の合計分のダメージを相手ライフに与える。
攻3300  守3300


(最上級のシンクロモンスターが……2体……) 
 1体出すのでさえ、本来ならば非常に難しい。
 ただ、元々のデッキ相性。そして《A・ボム》が絡んだ攻防を除いて、場の制圧に気を張らなかったことが仇となった。
『《フィールド・マーシャル》デ、裏守備モンスターヲ攻撃』
 3体目の《エレキトンボ》がなす術もなく焼き払われた。
 ここでライディングロイドはドロー、ミサキは《エレキトンボ》のリクルート効果処理が行われる。

 RR 手札 0枚→1枚

「《エレキンモグラ》を守備表示で特殊召喚……」
 限りなく低い攻守。尤も2体のシンクロモンスターは貫通能力を所持していない。
 そして、ライディングロイドはここで少し考える素振りを見せた。
 どうやら感付いたらしい。攻守合わせて100しかないこのロックバンドメンバーのようなモグラが、逆転への鍵であると。


《エレキンモグラ》 /光
★★★
【雷族】
このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。
このカードが裏側守備表示のモンスターを攻撃した場合、
ダメージ計算を行わず裏側守備表示のままそのモンスターを破壊する事ができる。
攻0  守100


 しかし結局《A・O・J》の最終兵器は、わざわざ頭部の超大口径を向け、容赦なく砲火を放った。
 まったくもって酷いオーバーキルである。
 ライディングロイドは、元帥の効果でドローした手札を伏せカードとして場に追加しエンド宣言を行った。
 決戦兵器は手札をコストに手札や魔法罠等のバックを消し去る効果を有しているが、それには相手の場に光属性モンスターがいなくてはならない。ゆえにモグラを敢えて残し、そちらの効果を使う選択肢もあった。
 ミサキの視点から見ると、ライディングロイドの判断は正しいものだった。
 そう、正しいが――同時に無意味な思考の展開だったともいえる。
「……私のターン……」
 
 RR  spカウンター 2→3
 ミサキ spカウンター 9→10

「スピードカウンターを3つ取り除き……、《SP−皆既日蝕の書》を発動……」
『……!?』
 裏守備表示になろうと、依然2体の攻守は非常に高い数値を誇っている。
 それを無視できるモグラが破壊されたにも関わらず、このプレイングをする意味は1つしかない。
 ライディングロイドが驚愕と焦りを見せたことが、何となく分かった。

 ミサキ spカウンター 10→7


《SP−皆既日蝕の書》
【速攻魔法】
自分のスピードカウンターを3つ取り除いて発動する。
フィールド上に表側表示で存在するモンスターを全て裏側守備表示にする。
このターンのエンドフェイズ時に相手フィールド上に
裏側守備表示で存在するモンスターを全て表側守備表示にし、
その枚数分だけ相手はデッキからカードをドローする。


「リバースカード……《リミット・リバース》。対象は《エレキンモグラ》」


《リミット・リバース》
【永続罠】
自分の墓地から攻撃力1000以下のモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
そのモンスターが守備表示になった時、そのモンスターとこのカードを破壊する。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。


 つまり決戦兵器にどの選択を取らせようと、このターン《エレキンモグラ》が攻撃を行えることに変わりはないのだ。
 むしろこの状況に持ち込まれることを恐れていたと、計算することそのものによって、ミサキにさらけ出してしまっていた。
 機械にはできないであろう“間”の判断。
 つまり《エレキンモグラ》の攻撃は――通る。
 予定通り《フィールド・マーシャル》は無事破壊し、次に決戦兵器へとモグラを向かわせる。
「《エレキンモグラ》は……裏守備モンスターをそのまま破壊する能力……そして2回攻撃の能力を持っている」
 手にした工具でモグラが裏側のカードを解体しようとした瞬間、それは起こった。
 《ディサイシブ・アームズ》を裏側に封印しているカードが粉々に砕けたのである。
「何……?」
 面倒臭そうに小さく言ってライディングロイドの場を見ると、紫色のカードが開かれていた。
『《デストラクト・ポーション》ノ効果。《ディサイシブ・アームズ》ヲ破壊シ、3300ポイントライフヲ回復シマス』


《デストラクト・ポーション》
【通常罠】
自分フィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを破壊し、破壊したモンスターの
攻撃力分だけ自分のライフポイントを回復する。


 RR LP 2800→6100

「カードを伏せ……ターン……エンド……」
 その苦渋を滲ませた言い方ほど状況は悪くない。
 これでライディングロイドのフィールドには伏せカードが1枚だけ。
 ミサキのハンドとフィールドも決して潤沢とまではいかないものの、戦力を整える時間はあろう。
 それよりも、読みを外したことがミサキには悔しくてならない。顔にこそ出さないが、そうしたことへの執念は人一倍だ。
 次のコーナーに差し掛かったところで、ミサキはスピードをほとんど下げなかった。
 遠心力をどうにか逃がし、ここで減速したライディングロイドとの差が一気に縮まる。
「……ブースト」
 ミサキのD・ホイールにセットされたブーストパーツは3つ。スタートダッシュ時に1つを使用したため、残量は2つ。その片方をミサキはこの局面で使用した。
 スペックを超えた加速によって、ついにミサキのD・ホイールがライディングロイドに並ぶ。
 再度振り切ろうとしたライディングロイドに、ミサキは語りかける。
「貴方は……どうして……」
 2台のD・ホイールがネオドミノシティの中心部である庁舎に到達した。
 建物を囲う道をコースに見立て、なおも走り続ける。
 それを主導したのはミサキ。ライディングロイドに先んじて庁舎の敷地に突入した、ミサキ。
 コース取りなどを終えると質問を継続する。

「……どうして貴方は……シンクロモンスターを……使える……?」

 それを尋ねてどうしようというのだろう。
 ミサキにそのプランはなかった。ただ、知りたかった。
 なぜならライディングロイドは本来――その成り立ち上、絶対にシンクロモンスターを使えるはずのない存在なのだから。
「……貴方を造ったのは……間違いなくチームニューワールド……」
 しかしそうだとすると、ここで一つの矛盾が生じる。
 ミサキが戦ったことのあるライディングロイド、そして以前に街を騒がせていたライディングロイドの試作品と思われる“ゴースト”、そしてチームニューワールド自身。彼らはいわばシンクロへのメタとなる戦い方を軸にしており、間違っても彼らがシンクロモンスターを使用したことなど一度もない。
 一方で、現在ライディングロイドを支配していると思われるゾーンは、シンクロ召喚をアーククレイドル出現に必要なパーツと語っていた。ゾーンはいわばチームニューワールド、アポリアを騙す形で利用してきていたのだ。シンクロを抑圧すれば更なる高みのシンクロが生まれると知らせず、ただシンクロを嫌悪させ続けた。モーメントを暴走させる欲望の象徴でありながら、同時に彼の目的には不可欠な存在でもあると教えずに。
 そうなると――今ライディングロイドの思考回路は一体どうなっているのか。
 現在世界ではチェス、囲碁、将棋などに続き、デュエルモンスターズでも達人レベルの人間に勝利するコンピュータの開発が積極的に行われている。そしてその結果、コンピュータが勝利するには相手となる人間の思考やプレイング、癖などを学習させる必要があるとの判断に達し、すなわち各企業は、自身の判断でこれを学び成長する人工知能の開発を目指していた。
 もし未来でその技術が確立されていたとすれば、このライディングロイドも数多のデュエルの中で成長しているはずだった。
 シンクロを忌避する表面上の人格は書き換えられたかもしれない。例えばそれによって、言葉遣いなどは明らかに変わった。
 だが、シンクロを嫌悪する“プレイング”までも、好き勝手に弄ってしまえるものなのだろうか。
 ライディングロイド自身の力で成長した所をも、変えられるのだろうか。
『グ…………』
 ライディングロイドが何かを訴えかけるようにして、しかしその音声は言葉にならない。
 ふと、思った。
 この機械も自分と同じ存在ではないだろうか。
 ミサキの中にアンチノミーωが潜んでいるように、ライディングロイドの中でもシンクロを嫌悪する知能に染み付いた根源と、シンクロの力を用いてでも目的を達成させる上書き命令が混在しているのであれば。
 “彼”もまた自己矛盾を抱えている。“彼”もまた、アンチノミーだった。
 ハンドルを握る指に、一層の力が入る。
「…………」
『…………』
 だが、そこから先が続かない。
 “彼”をどのようにしたいかすら、考えていないのだ。
 ミサキがかけるべき言葉が、見つからない。
 沈黙したまま庁舎の周囲を一周した。
 分からない。
 痛みが現実になるのはどうにかしてくれないと困るが、デュエルそのものをやめてほしいわけでもない。
 自分を処刑するデュエルだと理解していたものの、実際のところ、ミサキはこのデュエルを楽しいとさえ感じていた。 
 ならば、自分は何を望んでいる?
 突き詰めればそこだった。
 WRGPで計画を遂行するために、出場したいという意思を植え付けられ、ミサキはこの地に降り立った。
 それは途中まで叶い、しかしアクシデントによって全てを奪われた。
 結果何も残るものはなく、ただアンチノミーδの調整役としてこの街に居着かされた。
 チームメンバーに会いたいのに。ライオンを撫でたいのに。
 欲がないわけではない。
 おそらくはアンチノミーδによって、その欲に従って行動するという点をセーブされていたのだ。
 アンチノミーδに罪はない。あちらも無自覚だろう。
 ならばゾーンを討つ?
 それはもう物理的に不可能だ。
 閉塞感を示すように、庁舎下で走り始めてからまた一周が過ぎた。

『アンチノミーω、アナタハナゼ、ソノヨウナコトヲ訊クノデス?』

 そんな時だった。ライディングロイドの方から尋ねてきたのは。
 それが分かれば苦労はしないと叫びたくなるが、そこまで自棄になるつもりもなく、黙りこくってしまう。
 代わりに思考を巡らせ、そこで気付いた。
 ライディングロイドはとても機械とは思えない、感情的な答えを求めていた。少なくとも問いの内容を素直に受け取れば、そう解釈できる。
 やはり“彼”には自我が目覚めていたのだ。
 そして、よりによってミサキにそれを質している。
 他ならぬミサキ自身が己の在り方について悩んでいるというのに。 
 身勝手なことこの上なかった。

 しかし――同時にミサキは、“彼”に親近感を抱く。
 敵という感覚はどこかへ吹き飛んでいた。その二択ならば、ミサキたちをアーククレイドルで潰そうとしているゾーンの方がよっぽど敵だった。
 つまるところ――ミサキは“彼”を、役割から解放してやりたかったのだ。
 あの時ゾーンから廃棄を宣告され、だがそれはミサキにとって良い変化だった。
 直後に現れたゾーンの人形と、わずかな時間だけ得られた自由を満喫するようにデュエルを始めた。
 始めはただの“ゾーンの手駒”だった。最期の瞬間を自由でいるに当たっての障害、その程度にしか考えていなかった。
 だが、この人形はシンクロ召喚を使った。
 そこに興味を持ち、話しかけた。すると人形は、“彼”に変わった。
 そして、徐々に“彼”がゾーンから脱しようともがく姿を見て、ミサキは“同じ”だと思った。
 ゾーンの支配から逃れようとする同志――いや、姉弟。
 そう、“彼”はミサキの弟。ミサキの“彼”に対する感情は、まさしく姉が弟を救いたいというものだった。
「……私は……ミサキ……」
 ならばミサキは、ほんの少しだけ“彼”の力になれる。
 “彼”に“自分”を、教えてやれる。
「……アンチノミーωじゃない……。私は、ミサキ」
 その本当の意味は、まだミサキも探している途中だ。
 だとしても、果てしない道への入り口ぐらいは示してあげられる。
 何よりもミサキ自身が、教えてあげたい。

「ミサキ……それが、私の名前。なら……あなたの名前は、何?」

 ライディングロイドという集合体ではなく、“彼”などという代名詞でもなく、自身を表す世界でたった一つの固有名詞。
 己の象徴としてそれ以上のものはあるまい。
 もし名前がないのならミサキが与える。ネーミングセンスに自信はないが、アーククレイドルが落ちるまでの間に精一杯考え抜いてあげよう。
 そこまで恥ずかしい台詞は、残念ながら口にできずに立ち消える。
 でも、“彼”にそこまでは必要なかった。“彼”はミサキを処刑するために、数あるライディングロイドの中から選ばれた唯一の存在なのだ。
 “彼”はD・ホイールを停止させた。慌ててミサキもブレーキをかけて振り向くと、頭を押さえて苦悶を表す“声”を上げていた。

『グッ……ワタ……シハ……』

「……あなたは……誰……!? 私を殺す役目を帯びたのは……どうして……!?」

 ともすれば誤解を受けかねない口数の少なさで、必死に呼びかける。
 しかしそれは的確に核心を突き、“彼”に心地よく響く。
 アポリアとゾーンが植え付けた思考のくびきを、抉っていく。

『ワタシハ、アノトキ……イヤ、アノ時……? ソウ! ワタシハヤツニ……ヤブレ――』

 その記憶は、悔しさは、貴方だけのもの。
 だから貴方は貴方だ。
 そう言いたくて、でも言えない。
 折角自分を取り戻すきっかけを作ってあげられたのに、その先で何もできない。
 そんな己の弱さが、たまらなくもどかしい。
 ミサキはひたすらに、願い続ける。

『ワタシハ……! ワタシノ、名ハ……!!』

 そして、ついに。

『“ゴースト”――!!』

 ミサキは、勝利した。ミサキとゴーストは、勝利した。
 “ゴースト”。それはWRGPのおよそ1年前に現れたD・ホイーラーキラー。シンクロモンスターを吸収する《機皇帝》を操り、多くのD・ホイーラーをクラッシュへと追い込んだ犯罪者。
 だが、不動遊星の手により暴かれたその正体は、アンドロイドだったのだ。
 この時はミサキもまだ何も分かっていなかったが、今なら言える。
 ゴーストは、ライディングロイドのプロトタイプだ。
 そしてそれゆえに、ゴーストは他のライディングロイドとは比較にならないほどのデュエル経験を積み、人工知能を発展させている。
 ゾーンはおそらくそこに目を付けて、密かにゴーストを回収し改良を加えたのだろう。
「……ゴースト……今のあなたに……人を襲う意思は……」
『アリマセン。世界ヲ守ルニハ、無関係デスカラ』
「……?」
 その論理展開が理解できず、ミサキは首をかしげた。
『世界ヲ守ル。ソレハ我々ライディングロイドヲ起動サセルキーワード、統一意思ノ根幹トデモ呼ブベキモノデス』
 つまり“世界を守る”ためにシンクロを根絶やしにする。
 “世界を守る”ために旧モーメント、ひいてはネオドミノシティ消滅に抗う者を倒す。
 アポリアやゾーンは人工知能の成長を全く考えていなかったわけではないようだ。
 それは成長による思想のブレを予期し、正すためのものなのだから。
 シンクロ召喚の是非に対して、異なる思想を混在させられたのもこれが理由だった。どちらもの行動も“世界を守る”ためには必要だとインプットしてしまえばそれまで。要は対になる思想と判断させなければいいだけのことだ。 
『デスガ、コノママデハ、ネオドミノシティトイウ世界ノ一部ヲ守ルコトハデキマセン』 
 しかし往々にしてこうした命令は、真実を知らずに操られている人形が自我を得た時、仇になる。
 まさに今がそれだった。
 最後の最後で、ゴーストは“世界を守る”ため、この街を守ると言い切った。
 
 ただ――それを為すことは、ミサキにもゴーストにも不可能だった。
 同じ目的のため、ゾーンに立ち向かっている不動遊星を見守ることしかできない。
 デュエルを続ける意味もなくなった。D・ホイールにセットされているデュエルディスクからカードを取ろうとして――
『待ッテクダサイ、ミサキ』
 ゴーストにストップをかけられた。
『ミサキ、ワタシトノデュエル。最後マデ続ケテイタダケマセンカ?』
「え……?」
『モチロン、アナタニ要ラヌ苦痛ヲ与エルヨウナコトハ断ジテイタシマセン。ドウカ、頼ミマス――』
 そう言って、深々と頭を下げる。
 すぐにその真意は推測できた。きっと、ゴーストもミサキと同じ結論に達したのだ。
 最期の瞬間を、伸び伸びとデュエルをしている記憶で満たしていたいと。
「望む……ところ」
 悪の女幹部のように笑み、D・ホイールの向きを直す。
 最期を覚悟しているとはいえ、まだ何もかもを諦めたわけではない。
 ここからは出来る限り、街の外へ向かって走るのだ。
『ソレト……ミサキ。ワタシニ名ヲ思イ出サセテクレタコト、本当ニ感謝シテイマス』
「……え……えう……」
『アリガトウゴザイマシタ。デハ、デュエル再開デス』
 言うが早いか、こちらも2個目のブーストを使用して再スタートダッシュするゴースト。
 対してミサキは2度に渡る不意打ちのお礼を受け、膝の上で手をもじもじさせて、ひたすら照れていた。
「……えう……えう……」
 当然D・ホイールの発進などままならず、ようやく我に返った時には、2台のD・ホイール間にかなりの大差がついていたのであった。

ゴースト
LP6100
スピードカウンター3個
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
0枚
ミサキ
LP1900
スピードカウンター7個
モンスターゾーン《エレキンモグラ》ATK0
魔法・罠ゾーン
《リミット・リバース》、伏せカード×2
手札
1枚





『ワタシノターン!』
 ゴーストに追いつくと、丁度ドローフェイズを始めようとしている所だった。
 そしてゴーストがデッキトップに手をかけた、その時。
「『……!?』」
 ミサキはおろか、ゴースト本人ですら度肝を抜かれるような事態が起きた。
「……デッキが……光って……」
 ゴーストのデッキが、白い輝きに包まれていた。
 トップのカードだけではない、デッキ全体が光を放っている。
『――!! ドロー!!』
 輝くデッキのトップを手札に加えるゴースト。
 すると光は収まったが、スタンバイフェイズを終え、次にゴーストが召喚したモンスターはミサキの想定していた範囲から完全に乖離していた。

 RR  spカウンター 3→4
 ミサキ spカウンター 7→8

『《レアル・ジェネクス・マグナ》! 召喚!』
「……ジェネクス……?」
 そのカテゴリを知らないわけではない。ただ、ここまでの《A・O・J》を中心としたデッキコンセプトから大きく外れているのも確かだ。


《レアル・ジェネクス・マグナ》 /炎
★★★
【炎族】
このカードが召喚に成功した時、自分のデッキからレベル2の
「レアル・ジェネクス」と名のついたモンスター1体を手札に加える事ができる。
攻1000  守200


『コノカードノ召喚ニ成功シタ時、デッキカラレベル2ノ《レアル・ジェネクス》ヲサーチシマス』
 強力な効果の代名詞でもある任意サーチの効果。
 だが《ジェネクス》カテゴリのサーチは対象範囲の狭さから、あまり高評価を受けてはいない。
 ただ――ある1枚を潤滑油にすれば、恐ろしいまでの展開力を得られる。
 そのカードは、すでにゴーストの場に伏せられていた。


《血の代償》
【永続罠】
500ライフポイントを払う事で、モンスター1体を通常召喚する。
この効果は自分のメインフェイズ時及び
相手のバトルフェイズ時にのみ発動する事ができる。


「血の……代償……」
 開かれたカードの名を復唱するミサキ。
 しかしそれで何かが変わるわけでもない。
 ゴーストのデッキが驚異的な展開力を得た。ただそれだけだ。
『《レアル・ジェネクス・クラッシャー》ヲ加エ、500ノライフヲ払イ召喚シマス!』

 ゴースト LP 6100→5600

 しかもゴーストのライフは、決戦兵器を自ら破壊したことで膨大な数値となっている。
 たかだか数回の召喚で尽きる数値ではなかった。
 《クラッシャー》のサーチ対象はレベル4のレアル・ジェネクス。
 またしてもサーチ効果を有する《レアル・ジェネクス・ターボ》が加えられ、また召喚。
 今度はレベル1のジェネクス。そうして500のライフ減少と共に現れた《ジェネクス・パワー・プランナー》はレベル3のジェネクスをサーチする能力だった。ただし、効果モンスター限定。
 あるいはここで《マグナ》をサーチすることもできる。そうなればサーチのループ1周が完成する。
 
 ゴースト LP 5600→5100→4600


《レアル・ジェネクス・クラッシャー》 /地
★★
【機械族】
このカードが召喚に成功した時、
自分のデッキからレベル4の「レアル・ジェネクス」と名のついた
モンスター1体を手札に加える事ができる。
攻800  守800



《レアル・ジェネクス・ターボ》 /風
★★★★
【機械族】
このカードが召喚に成功した時、自分のデッキからレベル1の
「ジェネクス」と名のついたモンスター1体を手札に加える事ができる。
攻1500  守1300



《レアル・ジェネクス・マグナ》 /光

【魔法使い族】
このカードが召喚に成功した時、
自分のデッキからレベル3の「ジェネクス」と名のついた
効果モンスター1体を手札に加える事ができる。
攻300  守200


 そして場に居並ぶ4体のモンスターを眺め、ようやくミサキはゴーストのデッキが変化した理由を悟った。
 あの《ジェネクス》たちは、属性がバラバラだ。姿かたちもそれぞれまったく異なっている。
 闇属性に統一され、能力も光属性へのメタに偏った《A・O・J》に比べて、圧倒的に“個”の存在感が強い。
 それは、他のライディングロイドにはない、自我を手に入れた証。
 どういった作用が働いたのかまでは想像がつかない。それこそ神のみが知っていることだろう。
 だが、ゴーストの変化を見ている者は、確かにいたのだ。自分たちは決して、見捨てられた命ではなかったのだ。
『ワタシハ《パワー・プランナー》ノ効果ニヨリ、《A・ジェネクス・バードマン》ヲ手札ニ加エマス』
 そしてゴーストの中から《A・O・J》の要素が完全に消滅してもいないようだ。
 《A・ジェネクス》。《A・O・J》と《ジェネクス》に用いられている技術を融合させた新兵器。
 ライディングロイドとしてのゴーストも、彼の中に息づいている。全てを受け入れ、取り込んでいる。


《A・ジェネクス・バードマン》 /闇
★★★
【機械族】チューナー
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を手札に戻して発動する。
このカードを手札から特殊召喚する。
この効果を発動するために手札に戻したモンスターが風属性モンスターだった場合、
このカードの攻撃力は500ポイントアップする。
この効果で特殊召喚したこのカードは、
フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。
攻1400  守400


『《A・ジェネクス・バードマン》ノ効果。自分ノモンスター1体ヲ手札ニ戻スコトデ、コノカードヲ手札カラ特殊召喚!』
 戻されたカードは《レアル・ジェネクス・ターボ》。
 自分のカードをバウンスする効果は決して不利にばかりなるものではない。
 例えば、召喚時に効果が発動するモンスターを戻せば再利用できる。
 しかも現在のデュエルのように《血の代償》があっては、それこそ無尽蔵に効果が続いてしまう。
 モンスターゾーンの限界など、順次シンクロしていけば簡単に空いていく。
『レベル3《レアル・ジェネクス・マグナ》トレベル1ノ《ジェネクス・パワー・プランナー》ニ、レベル3《A・ジェネクス・バードマン》ヲチューニング!』
 ジェネクスのシンクロモンスターには、素材で分けると主に2つの種類がある。
 1つはチューナーを指定し、それ以外のモンスターの属性を指定するタイプ。これは比較的初期のモデルに多い。
 そしてもう片方が、チューナーを指定するのは同様だが、それ以外については限定せず、しかし特定の属性を所持するモンスターを素材とすることで能力が増強されていくタイプ。汎用性を追求しながら、同時に属性による能力付加という特徴をも兼ね備えた、新世代のシンクロジェネクスだ。
 無論ゴーストが出そうとしているのは――後者。
『大地ノ理ヲ束ネシ、白キ戦闘機兵。我ガ力トナレ! シンクロ召喚! 《A・ジェネクス・トライフォース》!』
 白銀のボディーを持つ、シンクロ《A・ジェネクス》の2号機、《トライフォース》。
 1号機では使えない属性攻撃の補完、付加能力の同時展開、全ジェネクスチューナーへの対応等が行われた、初の実戦用にして最も多く量産されたシンクロ《A・ジェネクス》である。


《A・ジェネクス・トライフォース》 /闇
★★★★★★★
【機械族】
「ジェネクス」と名のついたチューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがシンクロ素材としたチューナー以外の
モンスターの属性によって、このカードは以下の効果を得る。
●地属性:このカードが攻撃する場合、
相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動できない。
●炎属性:このカードが戦闘によってモンスターを破壊した場合、
そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。
●光属性:1ターンに1度、自分の墓地の
光属性モンスター1体を選択して、自分フィールド上にセットできる。
攻2500  守2100


『《血の代償》ニヨッテライフヲ500支払イ、《レアル・ジェネクス・ターボ》ヲ再ビ召喚!』

 ゴースト LP 4600→4100

『《ターボ》ノ効果。《パワー・プランナー》ヲ手札ニ! 続ケテ召喚!』

 ゴースト LP 4100→3600

 またしても《バードマン》が加えられ、今度は《パワー・プランナー》をセルフバウンス。
 ゴーストのフィールドに空いている残り1つのモンスターゾーンは、《パワー・プランナー》を三度召喚することによって埋められた。

 ゴースト LP 3600→3100

 ここで《バードマン》ではなく《ジェネクス・ウンディーネ》をサーチしたことにより、ようやくゴーストのモンスター展開に終わりが見え始める。
『レベル4《レアル・ジェネクス・ターボ》トレベル1ノ《ジェネクス・パワー・プランナー》ニ、レベル3《A・ジェネクス・バードマン》ヲチューニング!』
「……レベルの合計は8……」
 記憶を引っ張り出すと、たしかそのレベルにも《A・ジェネクス》のシンクロモンスターはいた。
『六精霊ノ環。戦闘機兵二宿リテ、御魂ノ巡リヲ加速サセヨ! シンクロ召喚! 《A・ジェネクス・アクセル》!』
 最高位のシンクロ《A・ジェネクス》である《アクセル》。
 属性付加による恩恵こそ受けられないものの、単独では最高の戦闘能力を誇っている。そして《アクセル》に搭載されている能力は、他の《ジェネクス》の再起動。素材の属性に応じた力を持たないというのは、決して性能が低いことを意味するわけではない。
 《アクセル》は設計段階で六大精霊の力を有し、それを基礎戦闘能力に反映させるとのコンセプトが採用されている。これによって素材に縛られず、高いスペックを存分に生かした戦闘が期待できるようになった。再起動するジェネクスに属性指定などがないのも、偏に各属性の力全てを備えているためだ。
 ただ、六精霊の力を素材と関わりのない部分に搭載するというのはコスト、技術の両面で困難であり、それゆえ生産数は最も少ないとか。


《A・ジェネクス・アクセル》 /闇
★★★★★★★★
【機械族】
「ジェネクス」と名のついたチューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
1ターンに1度、手札を1枚捨てる事で、
自分の墓地に存在するレベル4以下の機械族モンスター1体を選択して特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで倍になり、
相手プレイヤーに直接攻撃する事はできず、
自分のエンドフェイズ時にゲームから除外される。
攻2600  守2000


『《ジェネクス・ウンディーネ》、召喚』
 同名モンスターをデッキから落として加えられたのは、《ウンディーネ》のテキストにカード名単数で指定されている《ジェネクス・コントローラー》。初期のジェネクスシンクロは必ずこのバニラチューナーを素材としていた。
 そして最新モデルの《A・ジェネクス》にも、このチューナー以外を使えないシンクロモンスターが存在する。
 そんな、ジェネクスの祖と言っても過言ではないモンスターを召喚したところで、ついにサーチの波が収まる。

 ゴースト LP 3100→2600→2100


《ジェネクス・ウンディーネ》 /水
★★★
【水族】
このカードが召喚に成功した時、
自分のデッキに存在する水属性モンスター1体を墓地に送る事で、
自分のデッキから「ジェネクス・コントローラー」1体を手札に加える。
攻1200  守600



《ジェネクス・コントローラー》 /闇
★★★
【機械族】チューナー
仲間達と心を通わせる事ができる、数少ないジェネクスのひとり。
様々なエレメントの力をコントロールできるぞ。
攻1400  守1200


『レベル3《ジェネクス・ウンディーネ》二、レベル3《ジェネクス・コントローラー》ヲチューニング!』
 現在生産されている《A・ジェネクス》のシンクロモンスターは3体。
 その全てが、たった2枚のカードを起点に、1ターンで揃いきる。
『天空ノ理ヲ束ネシ、黒キ戦闘騎兵。今コソ我二力ヲ! シンクロ召喚! 《A・ジェネクス・トライアームズ》!』
 シンクロタイプの《A・ジェネクス》。
 その中で最初に開発されたのが、黒い装甲の《トライアームズ》だ。
 得た属性によって左腕の武装が変化し、遠中近、空陸海、あらゆる戦局に対応する特質を持つが、しかし付加能力の展開や変更に時間がかかるという致命的な欠点があり、単に攻撃属性が異なるだけの後継機に比べて運用は難しい。
 だが、目的と武装を上手く噛み合せることができれば、シンクロジェネクスの中でも随一の戦力となる。


《A・ジェネクス・トライアーム》 /闇
★★★★★★
【機械族】
「ジェネクス・コントローラー」+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードのシンクロ素材としたチューナー以外のモンスターの属性によって
以下の効果を1ターンに1度、手札を1枚捨てて発動する事ができる。
●風属性:相手の手札をランダムに1枚墓地へ送る。
●水属性:フィールド上に存在する魔法または罠カード1枚を破壊する。
●闇属性:フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスター1体を破壊し、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。
攻2400  守1600


ゴースト
LP2100
スピードカウンター4個
モンスターゾーン《A・ジェネクス・トライフォース》ATK2500、《A・ジェネクス・アクセル》ATK2600《A・ジェネクス・トライアームズ》ATK2400、《レアル・ジェネクス・クラッシャー》ATK800
魔法・罠ゾーン
《血の代償》
手札
0枚
ミサキ
LP1900
スピードカウンター8個
モンスターゾーン《エレキンモグラ》ATK0
魔法・罠ゾーン
《リミット・リバース》、伏せカード×2
手札
1枚




『メインフェイズ1ヲ終了。バトルフェイズニ移行シマス』
 長い――あまりにも長すぎるメインフェイズがようやく終わりを告げる。
 しかし、本当に長いのはここから。
 シンクロジェネクス3体を含む、計4体の攻撃をたった1枚の伏せカードで受け止めなければならないのだ。
『《A・ジェネクス・アクセル》ノ攻撃――!』
 ただ、ミサキの場に伏せられているたった1枚は、その長いバトルを一瞬に縮められる、この状況で最高の1枚であった。
「『和睦の使者』……発動……」


《和睦の使者》
【通常罠】
このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける
全ての戦闘ダメージは0になる。
このターン自分のモンスターは戦闘では破壊されない。


 ターン中、モンスターからダメージをゼロにするフリーチェーンの罠。
 決戦兵器の効果で前のターンに撃ち抜かれていた可能性もあり、他に対処できるカードはないため、ミサキは運にも助けられたと言えよう。
 だが、運まで総動員せねば勝てないのがデュエルというもの。つまりそれは実力の範疇だ。
『ターンエンド……』
 強力なモンスターを大量展開した代償として、ゴーストは実に三分の二ものライフを失い、また手札と伏せカードもない状態だ。自由を手にする意気こそ買うが、ミサキの逆転の目もまだかろうじて残っている。 
「……私のターン」
 
 RR  spカウンター 4→5
 ミサキ spカウンター 8→9

「……スピードワールド2の効果。スピードカウンターを7つ取り除き……さらに1ドロー」

 ミサキ spカウンター 9→2
     手札 1枚→2枚

 使用した効果はゴーストと同じくドロー強化。
 破壊効果には足りないとはいえ、仮に10個あったとしても、3体もシンクロモンスターがいる現状、その内の1体を消滅させたところで焼け石に水だ。
「リバースカード……《エレキーパー》。墓地から《エレキトンボ》を蘇生させる……」
 レベル4以下のエレキが対象であるため、直接攻撃が可能な《エレキリン》を蘇生させるという手もあるが、今のミサキの手札では後が続かない。加えて、《エレキーパー》による蘇生は1ターン限り。
 とはいえ、それ以外の制約は特にない。


《エレキーパー》
【通常罠】
自分の墓地に存在するレベル4以下の
「エレキ」と名のついたモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを墓地から特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターは、
このターンのエンドフェイズ時に破壊される。


「チューナーモンスター……《エレキンメダイ》を召喚……」


《エレキンメダイ》 /光
★★★
【雷族】
このカードが直接攻撃によって相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
相手の手札をランダムに1枚捨てる。
攻300  守0


『……マサカ、シンクロヲ――!?』
 その驚き方を、シンクロモンスターを使うライディングロイドにされるのはかなり心外だ。
「レベル3《エレキンモグラ》、レベル2《エレキトンボ》に、レベル3《エレキンメダイ》をチューニング……」
 《エレキ》モンスター共通の、赤、黄、青の配色を用いた体躯。
 しかしそれは他の《エレキ》とは明らかに異なり、アニメ調ではないリアルな動物の姿で安定しつつある。
 ミサキが愛してやまないあの動物。
 百獣の王。それゆえに。
「………………私の嫁!! シンクロ召喚――《エレキング》!!」
 雷を纏ったカラフルな獅子が雄たけびを上げる。
 ただ、やはりその体色、それに《エレキ》モンスター特有の可愛らしい仕草が、残念なことに「百獣の王」という肩書きから程遠いものにしている。
 なればこそ、ミサキは力強く語る。そのギャップこそが魅力なのだと!
 獅子の頭を持っていたとしても、合成獣(キマイラ)ではこうはいかない。
『……ミサキノ……“ヨメ”……? ナニカ間違ッテイルヨウナ……』
 一方で謎の口上に思考回路がショートしかかっているゴースト。
「……ウルサイ……」
 との一言は、権力を傘に来た臆病者や快楽主義の無法者相手ほどの効果は得られなかったが、それでも眼力を含めた“何か”を感じたらしく、沈黙で以って質問を取り下げた。
 その“何か”が純粋なライオンへの愛であることを知る者は、ミサキ本人の他に2人だけ。記念すべき3人目として教えてみたが、残念ながらゴーストの人間理解はそうした特殊な性癖にまだ対応していなかったようだ。
「……バトルフェイズに……移行……」
 D・ホイールを加速させ、《エレキング》と共にシンクロ《A・ジェネクス》の群れへ突っ込んでいく。
「《エレキング》は……相手フィールド上のモンスター全てに一度ずつ攻撃できる」
『ナ、何ヲ……?』
 その反応も無理はない。なぜなら《エレキング》は、攻撃力が0のモンスターなのだから。

 エレキング ATK 0

「《エレキング》が相手モンスターと戦闘を行う時……お互いのモンスターは破壊されず……ダメージも0になる」
 それは言わば、生ける《和睦の使者》。つまり全く意味がなさげに思える戦闘である。
 体表にに雷を宿し――そして徐々に雷そのものと化した獅子が、人型の機械兵を掠めていく。両者のモンスターに被害はないが、これこそ《エレキング》が最大限の力を発揮するための鍵なのだ。
「《エレキング》の攻撃力は……戦闘を行ったモンスターの攻撃力分上昇する」
『ク……ワタシノ場ニモンスターハ4体……』

 エレキング ATK 0→2400→4900→7500→8300

 雷の獅子の効果は相手にも及ぶため、ゴーストのモンスターが破壊されることも、戦闘ダメージを受けることもない。
 とはいえ、この状況で喚び出された3体もの素材から生み出されるレベル8のシンクロモンスターが、単なる壁で終わるわけがなかった。
 確かにゴーストの場には伏せカードも手札もないが、その効果が目当てならそもそも攻撃する必要すらないはずなのだ。
「《エレキング》のもう一つの効果……。このカードは、相手プレイヤーに直接攻撃できる」
 つまりはこの能力のため。
 モンスターとの戦闘ではダメージを与えられないが、直接攻撃ならば通る。
 元々の攻撃力は0であるため、攻撃力を全体攻撃によって貯蔵する必要があり、しかし全体攻撃と直接攻撃の能力を1ターン中に両立させることはルール上不可能だ。
 蓄電と放電を再現した、これが《エレキング》の能力。場の制圧を苦手とする《エレキ》の特色を、メリットに変える可能性を持つ1枚だ。


《エレキング》 /光
★★★★★★★★
【雷族】
「エレキ」と名のついたチューナー+チューナー以外の雷族モンスター1体以上
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。
相手フィールド上の全てのモンスターに1回ずつ攻撃をする事ができる。
このカードがモンスターと戦闘を行う時、
お互いのモンスターは戦闘では破壊されず、発生するお互いの戦闘ダメージは0になる。
このカードがモンスターと戦闘を行った時、相手モンスターの攻撃力分だけ、
このカードの攻撃力がアップする。
このカードが戦闘ダメージを与えた時、このカードの攻撃力は0になる。
攻0  守0


「……カードを2枚セットして……ターンエンド」
 


ゴースト
LP2100
スピードカウンター5個
モンスターゾーン《A・ジェネクス・トライフォース》ATK2500、《A・ジェネクス・アクセル》ATK2600《A・ジェネクス・トライアームズ》ATK2400、《レアル・ジェネクス・クラッシャー》ATK800
魔法・罠ゾーン
《血の代償》
手札
0枚
ミサキ
LP1900
スピードカウンター2個
モンスターゾーン《エレキング》ATK8300
魔法・罠ゾーン
《リミット・リバース》、伏せカード×2
手札
0枚




『ワタシノターン!』
 
 RR  spカウンター 5→6
 ミサキ spカウンター 2→3
 
 スタンバイフェイズを終えてメインフェイズへと進もうとしたゴーストに、ミサキは待ったをかけた。
「……そのタイミングで……永続罠『エレキッス』を発動……」
 《エレキ》モンスターには、直接攻撃以外にもう一つの特色がある。
 すなわち、戦闘を行った相手モンスターの行動に制限を加える力。
 それを体現するカードが今、ゆっくりと開かれた。 


《エレキッス》
【永続罠】
「エレキ」と名の付くモンスターと戦闘を行ったモンスターは攻撃できず、効果も無効になる。


「このカードが場にある限り……《エレキ》と名の付くモンスターと戦闘を行ったモンスターは攻撃できず……効果も無効となる……」
 4体の機械兵が、獅子から受けた雷によって機能不全を起こす。
 獅子王自身の効果に永続罠が加わり、これでゴーストの勝ち筋はほとんど奪われた。
 だが、この状況でもまだ、ゴーストの手札には光明が残っている。
『スピードカウンターヲ2個取リ除キ、《SP−ダーク・バースト》!』

 ゴースト spカウンター 6→4


《SP−ダーク・バースト》
【通常魔法】
自分のスピードカウンターを2つ取り除いて発動する。
自分の墓地に存在する攻撃力1500以下の闇属性モンスター1体を手札に加える。


 戻されたカードはジェネクスの祖たる《ジェネクス・コントローラー》。
 続けて通常召喚され、そうなればゴーストの取り得る行動はたった一つだ。
 攻撃や効果が封じられても、そこに存在するだけでモンスターには価値がある。
『レベル6《A・ジェネクス・トライアーム》二、レベル3《ジェネクス・コントローラー》ヲチューニング……!』
 シンクロモンスターの進化に終わりはない。
 さらなる高みが見つかれば、いつでも昇華していける。
『正義ヲ統ベル闇ノ鼓動、滾る蒸気トナリテ戦場二轟キタマエ! シンクロ召喚!《レアル・ジェネクス・クロキシアン》!』
 蒸気機関車を模した、黒き人型の機兵。
 その特殊能力は、召喚時に相手モンスター1体のコントロールを得るというもの。
 新たにシンクロ召喚されたばかりのクロキシアンは《エレキッス》の行動制限を受けずに、持てる能力を存分に発揮できる。


《レアル・ジェネクス・クロキシアン》 /闇
★★★★★★★★★
【機械族】
「ジェネクス」と名のついたチューナー+チューナー以外の闇属性モンスター1体以上
このカードがシンクロ召喚に成功した時、相手フィールド上に表側表示で存在する
レベルが一番高いモンスター1体のコントロールを得る。
攻2500  守2000


『クロキシアンの効果。ミサキノ場ニアル《エレキング》ヲワタシノ支配下ニ置キマス!』 
 ゴーストの判断は実に的確だった。
 ピンポイントに残された希望を突いてきた。そして、それを為せるだけの引きにも愛されている。
 だがしかし、結局その希望はミサキが操作して敷いた、途切れるレールに過ぎないのだ。
「スピードカウンター1個を消費し……《SP−禁じられた聖杯》を発動……!」

 ミサキ spカウンター 3→2


《SP−禁じられた聖杯》
【速攻魔法】
自分のスピードカウンターを1つ取り除いて発動する。
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
エンドフェイズ時まで、選択したモンスターの攻撃力は
400ポイントアップし、効果は無効化される。


 レアル・ジェネクス・クロキシアン ATK 2500→2900

 機関車型の機兵に、戦闘能力を高める聖水がなみなみと注がれる。
 それはつまり――水への耐性を日用防水程度しか持たないクロキシアンがまともに稼動しないことを意味する。
 基礎能力の向上も、どちらかというなら暴走に近い。
『ターン……エンドデス……』
 ゴーストにそう言う以外の選択は、残されていない。
 ミサキの最後のターン開始が告げられ、そして――――
「これで……終わり……。《エレキング》で、ダイレクトアタック……!」
 獅子は再び一条の雷光と化し、ゴーストを貫いた。

 ゴースト LP 2100→0



 かくしてデュエルは終わった。
 だが、依然としてミサキたちの命は危険に晒され続けている。
「……早く……脱出しよう……」
 今いるオフィス街からだと、やはり来た時と同じ道を通ってダイモンエリアを抜けるのが最短だ。
 ルート選択については2人とも異存はない。ないのだが……ここへ来て、ゴーストはこの街に残ると言い出したのだ。
『ヤハリ――ワタシハ、今ノ世界ニ存在スルベキデハナイノダト……思イマス』 
 そんなつまらなく、どうしようもなく、しかし決して無下にはできない理由だった。
 自我を得たがゆえに。感情を手にしたがゆえに。
 ゴーストはこれから自分へ注がれる憎しみと好奇の視線に恐怖せざるを得ない。
 ライディングロイドの氾濫は市民の記憶から消え去っているが、“ゴースト”によるD・ホイーラー連続襲撃事件はそのままのはずだった。もし捕えられれば、ヒトのように振る舞い、思考し、成長するゴーストは、今度こそ発展途上中の技術によって“殺されて”しまうかもしれない。
 それはミサキとて嫌だ。
 そんな境遇にするためにゴーストを助けたわけではない。
 だとしても、それを言うならここで見殺しにするためでも、断じてない。
「私は……あなたを……っ。ゴーストを……救う……!」
『ミサキ……』
「あなたが果てようとするのは……勝手だ……。だったら、私も勝手に……貴方を助ける……!」
『…………!』
 ミサキがD・ホイールに近づいて行くのに、ゴーストは抵抗する様子を見せなかった。
 力なく腕をだらんと下げ、ディスプレイに触れてオートパイロットの起動操作を始める様を横目に眺めているのみ。
 普通ならそのぐらいの作業はボタン一つで終わるはずなのだが、ライディングロイドは体構造そのものがD・ホイールの制御に無視できないほどの役割を負っていた。
 下手にいじれば、ゴーストの方が無事では済まないかもしれない――が、気がつけばまた一段と地上に近付きつつある廃墟を前にして、それは些細な問題だった。
 ミサキの中にはアンチノミーωがいる。たとえ現代の技術では太刀打ちできなくとも、その知識を用いれば救える望みはあるはずだった。
 そして今も。アンチノミーωの知識を引っ張り出し、D・ホイールのプロテクトを解除していく。
 結局ミサキ自身とて、己の中にある未来の遺産から逃れられはしないのだ。
 ならばどうして、ゴーストだけが自らの抱える業に焼き尽くされなくてはならない?
「……できた」
 D・ホイールをオートパイロットに設定し、同時にゴーストのゴーストたる意識をしばらくの間眠らせる。
 脱出し終えるまでとはいえ、自我を目覚めさせた本人が封印し直すとは何とも皮肉な話だ。
 だが、ここをどうにか切り抜けなければその先の未来もない。
 ミサキも自分のD・ホイールに戻り、ダイモンエリア、そしてその先の空を目指して突き進む。
「くっ……やはり……」
 オートパイロットに設定した。それは正しい選択だった。他に方法はなかった。
 ただ、極めて安全を重視するオートパイロットは、出力にも並々ならぬ制限がかかる。
 チーム5D'sのD・ホイールに匹敵するエンジンを移植されていたとしても、これでは宝の持ち腐れだった。
 アンチノミーωの持てる知識を生かしたミサキのD・ホイールと比べても、差は広がる一方。
 まだ完全に廃墟がネオドミノシティと接触するまで時間はあるが、のんびりしてはいられない。
 先ほど廃墟の一部が崩れ、庁舎付近に落下したのをミサキは目撃した。
 今度はいつどこがあのようになるのか、見当がつくはずもない。
 とにかく今は、廃墟の下敷きにならない所まで逃れるしか安全を得る方法はなかった。
「……早く……!」
 ようやくダイモンエリアに入ったところで、ミサキは一旦D・ホイールを停止させて振り返り、のろのろと走って来るゴーストに呼び掛ける。
 自分で蒔いた種だが、それゆえに放って置けるはずもなかった。
 オフィス街を抜けて来るまであと少し。
 よりにもよって、そんな切りの良いタイミングで振り向いてしまった自分を、ミサキは生涯にわたって後悔することとなる。



 轟音。
 いや、それを音とすら、ミサキは感じなかった。
 周囲の様々な音を拾っている耳が一色だけに塗り潰され、しかもそれしか聞こえないとなれば。

 視界が、罅割れた壁や半分だけ壊れたガラス窓など、無駄にリアルな光景を捉えた。
 そして――ゴーストがいた丁度その場所に落下するビルの角が重なり、ただの機械部品として弾け飛び、大地を抉っていくビルと異様な密度の粉塵がそれを覆い隠していくのを――――見た。見てしまった。

 そんな時でもミサキは冷静にD・ホイールを発進させ、崩落の現場から離れていく。
 逃げるように――いや、実際逃げているのだが――それは滅びの足音から逃れようとしているのではなく、ゴーストの死を直視できないがための無様な逃走だった。
 弟を救えなかった姉が、なぜこうして安全を確保しようとしているのか。
 自分だけでも生き延びるため。自由を得るため。生存本能にも立脚したそんな理屈付けに納得し、囚われている自分に絶望した。悔しかった。
 それが人間だから?
 だったら人間でなんかいたくない。
 これがアポリアとやらが感じた絶望の一部だったのだろうか。
 確かに感情を消した機械に憧れるのもよく分かる。

 ただ――そのために街一つを犠牲にするというのは、やはり間違っている。
 その感情は、自分の中だけで解決すべきものだ。
 他人に相談したり頼ることはともかく、害を与えていいわけがない。
「…………」 
 もう、どうとでもなれ。
 そんな思いとともに、ミサキは数か月の間使用してきたガレージへとD・ホイールを進める。
 最後のブーストを使い、自分ですら定かではない感情を、最も愚かな形で爆発させ――――――



 ミサキはようやく平静を取り戻した。
 冷静は、平静とは違う。冷静に死を意識することはできても、平静のまま死に向き合うことなどできはしない。できる者がいたとすれば、それは紛れもない狂人だ。ミサキはそこまでには至っていない。
 だから頭が冷えた今のミサキは、平静だった。
 ガレージに突っ込む直前、ミサキはブレーキをかけた。
 ハンドルを曲げ、重心を大きくずらし、D・ホイールの進路を変えようとした。そちらは間に合わずに激突してしまったけれども、ミサキはD・ホイールから無事投げ出された。
 投げ出されたのに無事とはおかしいような気もするが、とにかくミサキは無事だった。
 運良くガレージ裏のコンクリートではなく地面に落ちたため、衝撃はかなり吸収された。叩きつけられた時そのまま、仰向けに寝転がった今の状態からでも、すぐに立ち上がることはできる。
 だが――今の衝突でミサキのD・ホイールは間違いなく大破した。
 痛みも全くないわけではない。
 アーククレイドルの落下までに街を脱出する望みは、今度こそ本当に絶たれた。
 アンチノミーωは、未来のネオドミノシティと共に土に還る。
「…………」
 ミサキも受け入れざるを得なかった。
 アンチノミーωの力を幾度となく用いてきた反動がいずれ来るだろうと、それぐらいは理解していた。
 ただその形が、意識の乗っ取りだとか肉体の崩壊だとかいうものではなく、文字通りの死でもって訪れるというだけの話。
 後悔は、もちろんある。
 どうしてあの時、振り返ってしまったのか。WRGPに出場した仲間と巡り合うチャンスすら失われること。それに――ライオンも撫でていない。
 こういう状態だと雲がそれらの姿をとることもあるかもしれないのだろうが、残念なことに空は無粋な廃墟で覆われていた。
 仕方なく、ミサキは目を閉じる。
 そしてまぶたの裏に、それらの光景を映していく。
 最後に浮かんだのは、やはりゴースト。
 自分はゴーストを救うことができたのだろうか? 他の方法はなかったのだろうか?
 思考が思考を呼び、複雑に絡みつく中、ついにミサキの意識はまどろみの底へと落ちていく―――――――。



―――――――――――――――――――――――――――――――



 一ヶ月後 ダイモンエリア



「……《強制脱出装置》を発動して……《暗黒の侵略者》をバウンス。……《エレキマイラ》、ダイレクトアタック」 
 顔にマーカーだらけの男の場と手札に残っていた唯一のカードが、一連の流れをもってデッキトップに戻される。


《強制脱出装置》
【通常罠】
フィールド上に存在するモンスター1体を持ち主の手札に戻す。



《暗黒の侵略者》 /闇
★★★★★★★★
【悪魔族】
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
相手は速攻魔法カードを発動する事ができない。
攻2900  守2500



《エレキマイラ》 /光
★★★★★★
【雷族】
「エレキ」と名のついたチューナー+チューナー以外の雷族モンスター1体以上
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。
このカードが直接攻撃によって相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
相手の手札をランダムに1枚デッキの一番上に置く。
攻1400  守1200


 不良 LP 3100→1700

「くそおおっ! ドローしてターン終了だ!」
 置かれている状況を理解することすらできていない馬鹿なのか、実に態度がでかい。
 こういう輩は、早々にご退場願うに限る。
「《エレキリン》を召喚……2体でダイレクトアタック」
 
 不良 LP 1700→500→0

 ミサキ LP 4000

「……失せろ」
 デュエルでの格付けとミサキの眼力のダブルコンボを食らった不良は、瞬く間に逃げていく。
 まったく、今日は大事な日だというのに、代わり映えしない連中はこれだから困る。
 正しい心を持って生きていくという未来から得た教訓はどこへやら――いや、元々彼の頭には入っていなかったのかもしれない。
 よくもまあ、ガレージを出てD・ホイールを発進させるまでのほんの一瞬を狙って声をかけられるものだ。あれだけのナンパスキルがあれば、もっと別のこともできただろうに。D・ホイーラーはあのデュエルの腕では無理だろうが――と、そんなことを考えている場合ではない。
 今は青空だが、午後からは雨が降ってくると予報では言っていた。
 新調されたD・ホイールを飛ばし、オフィス街との境界付近まで走っていく。
 その姿は大破する以前のD・ホイールと瓜二つ。細かいパーツは手製の試作品がガレージに貯まっていたため、購入するのはフレームだけで済んだ。
 試作パーツである分性能は落ちてしまうが、第2回WRGPの開催は1年後。さらなる性能の向上を目指す時間はたっぷりある。
 
 ダイモンエリアとオフィス街の境目。
 ネオドミノシティで、庁舎以外に崩落したアーククレイドルの被害を受けたのはここだけだ。
 数日前まで立ち入り禁止になっていたこの区域は、ようやく復興の目処が立っている頃だった。ただ本当のところを言えば、復興自体にはもう少し早く手を付けられるはずだった。というのも、抉られた大地が元に戻ることはないけれど、落下したビルそのものはアーククレイドルの消滅と共に虚空の彼方に去っていた。付け加えるなら、そもそも崩落してきたのがビルだと知っているのはミサキだけだった。
 そして――この決定が為されるのに時間がかかったのだが――被害を受けた中心部の再開発が行われないことが、治安維持局から発表された。
 そのまま残すことになった理由を、初代ネオドミノシティ市長へと就任したイェーガーはこう語る。

「これは未来からの警告です。それほどまでに世界を憂いた者がいたことを決して忘れず、そして後世に語り継いでいかなくてはなりません。もしその時言葉だけで足りぬことがあれば、我々はこの光景を見せてでも滅びを食い止める必要があるのです」

 それこそが未来を力で勝ち取った自分たちの責任である、と彼は締めた。
 実に理想的な考えだと、ミサキは思う。
 もしその通りに事が運べば――運ばせなくてはならないが――犠牲者も浮かばれるだろう。
 ロープとコーンで簡易に隔離された中心部。
 復興などを考えると大きな災厄だが、表向きはおろか、世間の裏側にも犠牲者がいるという情報は一切流れなかった。
 しかしミサキは知っている。
 この場所には、ゴーストという自我を持った“人間”が眠っているのだ。
 道中で買った花をコーンの端に添え、手を合わせる。
 この地にそうした犠牲者を悼む類のものを置く人間は、ミサキの他にはいない。
「……ゴースト」
 周りの野次馬に聞こえない程度の声で、その名を呟く。
 生き延びることができたら、ゴーストは一体どのような“人生”を送っていただろう。
 未来の技術の実験台になってしまうなどとは、正直思いたくない。
 “世界を守る”ため、偏見を乗り越えセキュリティの一員になっている――うん、それなんか良さそうだ。

 ガレージに帰ろうとD・ホイールの所まで戻ると、ライダースーツを着た2人の青年がミサキの方へ歩いて来た。
 そしてミサキが青年2人の姿を認めた瞬間、ゴーストの死を目の当たりにした時でさえ出てこなかった涙が、溢れ出しそうになった。
 さしものミサキも、この時ばかりは必死で感情を抑えなければならなかった。
 毒舌満載で出迎えたい気持ちはあるが――しかし、彼らの記憶は操作を受けているはずだった。そうでもなければWRGPを放り出して行ったりはしないだろう。
 金髪で背が高い方の男がやや軽そうな雰囲気で――とは言っても今朝の屑には及ばないが――話しかけてきた。
「なあ、キミ、D・ホイーラーだろ?」
 ミサキの記憶にある初対面で、全く同じ声のかけ方をしてきたことを彼は知る由もないだろう。
「そう」
 と簡潔に肯定すると、青年は詳しい説明を始めた。
「オレたちは、第2回WRGPに出場しようと思ってる。……んだが、この通りメンバーが足りなくてな。スカウトしようとしてたんだ。そしたら今朝、圧倒的な実力で不良を追い払ってるキミを見つけたってワケだ」
 そしてミサキを追ってここまで来た、ということらしい。
 あのデュエルは相手が弱かったというのもあるが、無傷で勝ったわけだし、確かにスカウトとしては理に適っている。
 で、それとな、と長身の青年は声を潜めて付け加える。
「キミ、オレの知り合いに似てるような気がするんだよな」
「……!?」
 想定外の一言だった。
 記憶が残っているのでは? このやり取りは茶番なのでは?
 そう考えてしまった。
 だが無論、そこまで都合の良い展開など起こらない。 
 もう一人の、実に普通を体現したような黒髪の青年が口を挟む。
「お前なあ、それ口説き文句としては最悪の部類だぞ。元カノに似てるなんて言われて誰が嬉しいんだよ?」
「ぐはっ……」
 そう、言動も普通……というには、ミサキほどではないものの少々口が悪い。
 長身の青年がお腹に槍が刺さったような仕草で倒れる真似をする。
 ボケとツッコミの配役に割り当てると、この2人のコンビネーションは非常に息が合っている。
 ミサキも一瞬長身の青年に軽蔑半分のこなれた笑みを送りそうになり――しかし今の言動が意味するところに気が付いて、気持ちが沈んだ。
 やはり――2人はミサキと出会っていないことにされていた。
 覚悟はしていたが、こうして奇跡的に再会してしまうと、調子に乗ってさらなる奇跡を期待せざるを得なかった。
「……チームに……入ってもいいよ……」
 ぽつりと答えると、長身の青年は自分が正しかったとばかりに胸を張る。
 そこで、ミサキは付け加えた。
「……デュエル……してくれたら……」
「あぁ、オレが勝ったら入ってくれるのか?」
 またしても自分勝手な解釈をする長身の青年。
「違う……私が勝ったら入る」
「え? あれ?」
 予想外の返答に、彼は軽く頭を抱える。
 そして、ここで再び普通の青年がミサキの返答を意訳する。
「つまりだ、彼女はお前が容姿に惹かれて手を抜くような馬鹿じゃないって知りたいんだよ」
「いや、どっちにしても勝敗関係ないよな!?」
「そこも訂正したいのだろうな。お前よりは強いぞと。まぁ、あながち間違いでもないんじゃないか」
「否定してくれ……頼む……」
 長身の青年が、大袈裟に心が折れる演技をする。
「でも……不思議だな。トオルじゃないけど、確かにキミとは初めて会った気がしない」
 黒髪の青年が呟き、そこでお互いに名乗り合っていないことに気がつく。
 尤もミサキは長身の青年がトオルというだけでなく、黒髪の青年の名も当然記憶している。
「……私は……ミサキ。……よろしく」
 ただ、彼らの方はミサキのことを何も覚えていない。
 やり直しの自己紹介。それもいざ名乗る段階になると、そっけない態度に終始してしまった。
 けれど、ミサキは知っている。2人はその程度のことなど気にせず迎えてくれる、素晴らしい仲間であると。
「さあ、形式上の入団テストを始めようか!」
「形式上とか言わんでいい! こっちが悲しくなるだろうが」
 トオルとミサキが審判普通の青年の下、D・ホイールを横に並ばせる。
「……フフ」
「ん……? ミサキ、今笑った?」
「……笑ってない」
「いーや、笑った」
「……笑ってない」
 取止めのない応酬を繰り返し、結局その判断までもがデュエルの結果に委ねられることになった。
 こうして今日もネオドミノシティで、ライディングデュエルの幕が上がる。 

「「ライディングデュエル、アクセラレーション!!」」





〜Fin〜




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