とある英雄の決闘伝

製作者:クローバーさん






 ――プロローグ――

 1人の女性が、バスの中で眠っていた。
 時間帯のせいか他の乗客はおらず、自然と女性の貸切状態になっている。
 妙な解放感があるバス内で、女性は堂々と一番後ろの座席に横たわり、静かな寝息をたてる。
 その足元には少し大きめのバッグが存在し、中には女性にとって大切なものが入っていた。
 財布や保険証などの貴重品すべて、そして遊戯王カード。彼女が手元に置いておきたいもののすべてが、そこに入って
いた。
「……………」
 運転手もどこか暇そうにハンドルを切る。
 事故の少ない道を走り、次のバス停まで向かう。
 途中にある長いトンネル。ここを抜ければ次のバス停だなと運転手は思いながら、ハンドルを操作する。

 そしてバスは、その長いトンネルに入った。



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『――さん、――さん』
 幼い少年のような声がした。
「ん……?」
 女性は目を開けて、辺りを見渡した。
「こ、ここは……?」
 今いるところはバスの中。それは間違いない。
 だが女性の目に映るのは、すべてが灰色の空間だった。
 天井も床も椅子も、窓から見える景色すべてが、灰色に染まっている。なぜか女性の体だけは普段の色を保っており、
灰色の空間の中で一際目立っているように感じた。
『やっと気が付いてくれたね』
 突然、目の前に現れたのは、漆黒の髪と瞳、そして黒い衣を羽織った少年。
 一見すると普通の少年。だが、なぜか女性の背筋には嫌な汗が流れた。
 少年と目を合わせると呼吸が苦しくなりそうだった。
「きみ、誰? お父さんとお母さんは?」
 かろうじて、その言葉を絞り出す。
 少年は無邪気な笑みを浮かべながら、口を開いた。
『ボク? ボクの名前はアダムだよ』
「アダム……?」
 おかしな名前だと思いながら、女性は再び少年を見つめた。
 クーラーの効いている場所で眠っていたからだろうか、さっきから寒気が止まらない。体もうまく動かなかった。
「えと、アダムくん? この灰色の空間って、何かわかる?」
『もちろん。だってこれ、ボクが作り出した空間だもん』
「え……」
『さっきから体、寒いでしょ? この空間にいるとね、ただの人間は3時間くらいで死んじゃうんだ♪』
「な……!?」
 バス内だというにも関わらず、女性の体を冷たい風が吹きつけた。
 体が凍りつくかのような寒さを感じ、アダムの言っている言葉が真実であるかのように感じてしまう。


『ねぇ、この空間から出たい?』


 そんな女性に掛けられた、アダムの言葉。
 凍える体を震わせて、女性はアダムを見つめる。
「で、出れるの?」
『もちろん。だってボクが作り出した空間だからね。ただし、条件があるんだ♪』
「条件……?」
『そう。ボクと決闘してほしいんだ。勝敗に関係なく、それだけでここから出してあげるよ♪』
「え、決闘するだけで、いいの?」
 戸惑いとともに女性は尋ねる。大体こういうときは、決闘して勝てば出してあげるというのが定石だった。
 それなのに目の前の少年は、決闘するだけで出してくれると言っている。
 一見、何のリスクもない。ただ決闘するだけで、死の危険から抜け出せるのだ。
『どう? お手軽でしょ?』
 アダムは笑って、その女性を見つめる。


 悪魔が囁く優しい言葉が、女性の脳内を駆け巡る。


「本当に? 何か、裏とかないの?」
『裏ならあるよ♪ ボクが勝ったら、1つだけボクのお願いを聞いてもらう。あ、もちろんたいしたことじゃないよ?
”あるカード”の”所有者”になってほしいんだ♪』
「そ、それ、だけ??」
『アハハ、用心深いんだね。もちろん、それだけだよ♪ じゃあ、はじめよっか♪』
 そう言ってアダムは構える。
 その腕を黒い霧のようなものが覆い、漆黒のデュエルディスクとなって装着される。
 女性もバッグからデュエルディスクを取り出して展開し、デッキをセットした。
「本当に、ここから出してくれるの?」
『もちろん♪』
「じゃ、じゃあ……」
 ある程度の距離を置いて、アダムと女性は見つめあう。
 互いに声を合わせて、開始を告げる言葉を発した。



「『決闘!!』」



 アダム:8000LP   女性:8000LP



 決闘が始まった。


 女性のデュエルディスクの赤いランプが点灯する。
 先攻は、彼女からだ。

「私の―――」


 ピー!!


「………え?」
 デュエルディスクから警告音。何か異常が起こったのだろうか?
『ライフカウンターを見てみてよ♪』
「???」
 訳が分からないまま、アダムの言うとおりライフカウンターを見る。
 そこに書かれていたのは―――







 『You Lose』


「な……」
 そんな馬鹿な。ありえない。
 いったい何が起こったのだろう。先攻は自分だったのに、相手は何もカードを発動していないのに。
 それなのに、どうして負けている? どうして―――
『やった♪ ボクの勝ちだね♪』
 両手を挙げて、無邪気に笑うアダム。
 女性は訳も分からず、ただ茫然としていた。
『アハハ、ごめんごめん。意地悪しちゃった。”ただの”人間がボクと戦うと、こうなるんだ♪』
「そ、そんな……」
『ごめんごめん。いいよ。今のは無しにしよう。次は今の力を使わないで、”ちゃんと”決闘してあげる』
「……!!」
 言いようもない恐怖が押し寄せた。
 いったい、その少年は何者なのだろう? いったい、何が目的なのか分からない。
『じゃあ今度こそ、真剣勝負ね』
「う、うん……」
 デュエルディスクを再び構えながら、女性は頷く。
 互いに1回目の決闘が開始する前の状態に戻り、精神を集中していた。
「………」
 カードを引く女性の目に、力は宿っていなかった。
 何の確証も根拠もない。ただ、なんとなく確信していた。


 ――この先、何千、何万回と決闘しても、アダムに勝つことは出来ないということを――



 そして、決闘が始まり、すぐに決着がついた。




 アダム:8000LP   女性:0LP




『やった♪ 今度こそ、ボクの勝ちだね♪』
「…………」
『そんなに暗い顔をしないでいいんだよ? あなたは元の世界に戻れるし、ボクのことも忘れる。ただ、”神のカード”
の所有者になるだけさ♪』
 そう言ってアダムは2枚のカードを取り出して、女性に手渡した。
 女性は心に言いようもない不安を抱えながら、それを受け取る。
「このカードは……?」
 2枚とも見たことのないカードだった。
 その1枚はチューナーモンスター。そしてもう1枚はシンクロモンスターだ。

それは”地の神−ブレイクライガー”。”最弱の神”であり”最強の神”だよ♪

「最弱なのに……最強……?」
『効果を見れば分かる。そのカードをきちんと使えば、おそらく誰にも負けないかもね。ただこれだけ注意してね』
「???」


『もし神のカードを使って、誰かに負けちゃった場合、天罰が下っちゃうからね♪』


「……そう……」
『じゃあ、バイバーイ。元の世界で楽しく暮らしてね♪』
 アダムが手を振る。
 途端に視界が黒く染まり、女性の意識は遠のいていった。




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「っ……!!」
 バスがトンネルを抜けると同時に、女性は目を覚ました。
 急いで辺りを見回すが、異変は見られない。
「……?」
 頭を押さえて、必死に記憶を呼び起こそうとする。
 たしか、誰かがいた。誰が……?

《星花町。次は星花町です。お降りの方はボタンを押してください》

「……!」
 女性は急いでボタンを押した。
 バスが止まり、ドアが開く。
 女性はバッグを持って、バスを出た。
「……あれ?」
 ふと疑問に思ってしまった。
 いったい自分は、何を思い出そうとしていたのだろうか。
「……まっ、いいか!」
 女性は思考を中断して、新たに訪れた町の中を歩きだす。


 だが彼女のデッキには、アダムから渡された2枚のカードが加わっていた。





 episode1――はじまりの日――

「ふあぁ……よく寝たなぁ……」
 朝の日差しをカーテン越しに感じながら、雲井(くもい)忠雄(ただお)は目を覚ました。
 今いるところは、自宅にある自分の部屋の布団の上。
 下から聞こえてくる母親の声が耳に届いてきた。
「忠雄! 母さん、友達の家に泊まってくるから、留守番しっかりするんだよ?」
「……ったく、朝からうるせーな」
 俺は布団から起き上がって、大声で答える。
「分かった分かった! ちゃんと留守番しとくから!」 
「じゃあよろしくね〜」
 ドアが開き、閉じる音がした。母親が出て行った証拠だろう。
 ったく、高校生になったんだからいちいち言わなくてもいいってのに……。
「はぁ……せっかくの秋休みだってのに、目が覚めちまったじゃねぇか」
 今は学校の秋休み。
 平日で3日間。土日を含めて計5日の短期休暇だ。もちろん課題もそれなりに出てるけど、当然ながら課題を消化する
気力は無い。
 牙炎との戦いから約1ヶ月。あれから何か起きてる様子はねぇし、何か起きる予感もねぇ。
「にしてもどうすっかなぁ……」
 せっかくの秋休みだ。何もせずにダラダラ過ごすのはもったいねぇ。
 つってもなぁ……中岸と決闘しようにもあいつが家にいるとは限らねぇし、デパートまで行く気力もねぇ。
 課題なんかもちろんやりたくねぇし、目が冴えて眠れる気もしねぇ。

 ……………………………。
 ……………………………。
 ……………………………。

 って、ダメだダメだダメだ!!
 このままじゃマジで秋休みが終わっちまう!
 短期とはいえ、せっかくの貴重な休みなんだ。この時間を有効活用してこそ真の高校生ってところだぜ。

 そうだ、せっかく天気もいいし布団でも干そう。
 よし、それがいい。
「決まりだぜ!」
 早速、布団を3つ折りにして持ち上げる。
 鍵の空いた窓を足で開けて、布団が干せるベランダに出た。
「って、まさか急に夕立とか降ってこねぇよなぁ?」
 秋の空は変わりやすい。せっかく布団を干しても濡れたら意味がねぇ。
 ま、天気は晴れだし少しくらいなら大丈夫だろう。
「さーて、じゃあ干す……………んん???」
 俺が布団を干そうとしているベランダの手すりの上。
 布団を干す箇所であるはずのところに―――

 ―――真っ白なワンピースに身を包んだ女性が干されていた。

「……………………………」
 えーと、その、これはその、あれだ。
 なんか、どっかのノベルで似た場面があった気がする。
 いやいやいやいや、落ち着け雲井忠雄。こんな超展開な朝があるはずねぇじゃねぇか。
 そうだぜ、これきっと夢だ、夢に違いない。
「ふぅ……」
 布団を床に落として、頬をつねってみる。
 ……かなり痛い。つまり、夢じゃない。
「マジか……」
 干されている女性を見ながら、開いた口が塞がらなかった。
 どうする? いや、つってもこのまま放っておくわけにもいかねぇよな……?
「あのー、大丈夫かよ?」
 恐る恐る話しかけてみる。
 するとその体がピクリと動き、女性の口が開いた。
「………か………った」
「はぁ?」

「おなか……減った……」

「………………」
 やべぇぇ!!! こんな展開、どこかで読んだ気がする!!
 え、嘘だろ? マジか!? マジなのか!? いやいやいやいや、断じてそんなことあるはずがねぇ。
 偶然だ。偶然と偶然が重なっただけに決まってる!
「おなか……減ったよぉ……」
 女性の腹の音が、ここまで聞こえてきた。
「おなか、減ったよぉ。助けてくれない? そこの見知らぬ男の子」
「…………はぁ」
 心の底から深いため息をついて、俺はガックリと肩を落とした。





「おいしー!! ねぇねぇ、これは君が作ったの!?」
「いや、俺の母親だぜ……」
 俺は結局、この女性を家の中に入れてしまった。
 そしてリビングに連れて行って、母親が作り置きしておいてくれたカレーライスをご馳走している。
 女性は満面の笑みを浮かべながらカレーをかきこみ、ハムスターのように大きく頬を膨らませながら口を動かした。
「いやはや、本当に申し訳ないです。急に上り込んで食事までいただけるなんて、感謝感激です。おかわり」
「これで3杯目だぜ? 大丈夫かよ?」
「私の胃の心配してくれるのはありがたいけど、とりあえずおかわりをくれると嬉しいかも♪」
「……はぁ、仕方ねぇな……」
 このままだと俺の分が無くなっちまいそうだ。
 はぁ、本当にいったい何がどうなってんだ?
「ほらよ」
「ありがとうございます!」
 手に持ったスプーンを掲げて、一気にカレーをたいらげる女性。
 綺麗な茶色の長髪を、赤いリボンで結んだポニーテール。整った顔立ちに、すらっとした細い体。
 椅子に座っているにもかかわらず、カバンを膝の上に置いて大事そうにしている。
「それで、お前はいったい誰なんだよ?」
「私の名前は小森(こもり)彩也香(さやか)です。彩也香って呼んでね♪ 以後、お見知りおきをお願いします」
 スプーンを掲げながら彩也香は言った。
 なんつうか、掴みどころのねぇ奴だな……。
「それで、彩也香はどうしてベランダで干されていたんだよ?」
「いやぁ、それが私自身にもよく分からないの」
「分からない?」
「そうなの。ほら、夢遊病って言うの? 夜になって眠ると、いつの間にか寝た場所とは違う場所にいるの。医者に行っ
ても原因不明だっていうし、なんなんだろうね?」
「いや、俺に聞いても分かるはずねぇだろ……」
 心の中でため息をついて、彩也香の言ったことを反復する。
 要するにこいつはその夢遊病とかいうやつで勝手に動き回って、勝手にベランダに干されていたってことみてぇだな。
本人にも原因が分からねぇんじゃ仕方ねぇか。
「ところで君さ、名前はなんていうの?」
「俺は雲井忠雄だぜ」
「はーん、雲井君ねぇ……。なんか面白いじゃん」
「はぁ?」
「雲って言うと、なんかこう自由気ままな気がしてカッコイイし、忠雄ってのもなんか普通っぽくていいね。うん、少し
いいアイデアが浮かんだかも♪」
 そう言って彩也香はバッグからA4ノートを取り出して、何やらメモをした。
「何を書いてんだよ」
「んー? 何って、普通に次の作品のネタだよ?」
「作品?」
「うん。私の職業は作家なの。こっちに来たのは、次の作品のネタ探しのためなの」
「……もしかして、お前って凄い人なのか?」
「どうだろうね? 私は書きたい作品を書いているだけだし、評価するのは審査員と読者だからね。凄いかどうかは自分
で決めるものじゃないと思うの」
 彩也香は少しだけ満足気な笑みを浮かべると、ノートを閉じてバッグに閉まった。
 あんなに大事そうにしていたのは、自分の作品のネタが漏れないようにするためってことか……。
「ペンネームとかあるのかよ?」
「あるよ」
 そう言って彩也香は再びノートを取り出して、ページに名前を書いた。
「私のペンネームは、空歌夜真姫(そらかよまき)って書くの」
「なっ……!?」
 それを見て、俺は驚きを隠せなかった。
 空歌夜真姫って言ったら、今もっとも人気の新人作家じゃねぇか。
 新人賞とか、他にも賞をたくさんとってるし、ミステリーやファンタジーまで、様々なジャンルに手を伸ばしているっ
て誰かに聞いた気がする。最近では、アニメの脚本とかにも挑戦しているとか……。
 そんな奴が、俺の家にいるって……これってかなり凄いことなんじゃねぇか?
「面白いペンネームでしょ? でもこれって単なる言葉遊びなの」
「は、はぁ?」
「私の名前は小森彩也香でしょ? ローマ字にしてkomorisayakaになって、あとは入れ替えてsorakayomaki」
「…………ほ、本当だ……」
「あとは漢字変換でロマンチックな漢字にして、空歌夜真姫ってこと。どう、簡単でしょ?」
 楽しそうに言いながら、彩也香は笑った。
 顔が近かったため、俺はすぐに視線を逸らした。
「どうしたの? あれ? もしかして恥ずかしかった?」
「ち、ちげぇよ! とにかく、腹も一杯になったならさっさとネタ探しに行けよ」
「え〜、雲井君って案外冷たい? 女性を一人で外に出せって言うの?」
「はぁ?」
「実は私、3日前にここに来ただけで星花町のことが全然分からないの。ここで会ったのも何かの縁ってことで、案内し
てくれると嬉しいかも♪」
「はぁ!?」
 出会って1時間も経ってねぇのに、いきなり要求かよ!?
 しかも町を案内しろって……そんなの適当に探検でもしていればいいじゃねぇか。
「どうして俺が案内しなくちゃいけねぇんだよ」
「だって、雲井君ってば、初対面なのに私にあんなことやこんなことを……♪」
「ふざけんな。第一、お前、もう成人過ぎてんだろ? 一人で町を歩いても大丈夫じゃねぇか」
「うわぁ、雲井君って本当に空気読めないかも。こういうとき、アニメの主人公なら二つ返事でOKしてくれるのが定石
なのに……」
「へっ! 俺は小説とかあんまり読まねぇんだぜ」
「むぅ……」
 彩也香は頬を膨らませたあと、あごに手を当てて何かを考え始めた。
 それにしても、まさか空歌夜真姫がこんな女性だなんて思ってもみなかったぜ。

「じゃあさ、決闘で決めよう!」

「はぁ?」
「私が勝ったら、雲井君には町を案内してもらう。私が負けたら諦めて家から出ていくし、今まで書いた小説を一冊ずつ
全部まとめて雲井君にあげる。どう? ここは遊戯王で決着つけない?」
「…………」
 マジか。彩也香って遊戯王も出来たのかよ。
 さぁてどうする俺? なんか嫌な予感がするけど、ここで退いたら男が廃るってもんだぜ。
 それに相手は女だ。香奈ちゃんとか薫さんとか例外がいるけど、女子にカードゲームが得意な奴は少ない。俺だって、
今まで散々、決闘してきたんだ。実力もかなり上がっているはずだ。
 このまま口で交渉しても終わりそうにねぇし、貴重な秋休みを満喫するためには、彩也香に勝つのが一番手っ取り早そ
うだな。
「いいぜ、やってやる!!」
「よし、じゃあ早速始めようか!」



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 同時刻、スターの本部において、佐助と伊月が会話をしていた。

 パソコンに表示された画面を見ながら、佐助は伊月に話しかける。
「来たか」
「おやおや、佐助さんが僕を呼ぶなんて珍しいですね」
「薫が本部に行ってしまっているから、お前しか話すやつがいなかっただけだ」
「おや? 本当は薫さんが良かったということでしょうか?」
「冗談言わずに聞け。コロン、頼む」
『オッケー』
 佐助の肩に乗っていた小さな妖精が答えて、パソコンの中に飛び込む。
 自動でパソコンが動き始めて、様々なデータが一気に映し出された。
「これは……?」
「ここ最近、決闘者が倒れる事件が続出している。今回ので3件目だ」
「会社員に……フリーター……そして教師ですか。まとまりがありませんね。無差別の犯行でしょうか?」
「そうだろうな。どの事件も、夜中の12時を過ぎてから起きている。監視カメラの映像を調べてみたが、何者かが決闘
を挑んだところで映像が切れる。そして決闘が終了したら画面が戻って、人が倒れている……ということだ」
 佐助は小さくため息をつきながらキーボードをいじる。
 伊月はあごに手を当てて考え、ある思考にたどり着いた。
「これは、闇の決闘だと……考えていいのでしょうか?」
「いや、だとすればおかしい点がある。お前も戦っているから分かるように、闇の決闘なら辺りが闇に覆われるはずだ。
そのせいで監視カメラが真っ暗になって何も見えないなら分かるが、これらの事件は映像自体が砂嵐になっているんだ。
今までの敵と同じ力だとは考えにくい」
「なるほど……では、こういう仮説はどうでしょうか? 闇の世界を持っていないのに、闇の力を有している……という
のは?」
 伊月が言うと、佐助はしばらく考え込んだ後に根拠を尋ねた。
「どういうことだ?」
「牙炎の事件で、僕が炎の神に敗れたとき、意識不明の重体になってしまった。大助君も、闇の神の攻撃によって存在を
消されてしまった。もしカード自体に何か特別な力が宿っているとしたら、今回の事件の説明がつくと思いませんか?」
「……つまり今回の事件は、犯人の持つカードが関係しているということか?」
「あくまで仮説ですが、そうなりますね。もっとも、その犯人の目星がつかないのでは仕方ありませんが……」
「なるほど。たしかにそう考えれば辻褄が合うな。もっとも、仮説の域は出ないがな」
 佐助は再び画面を見つめながらため息をつく。
 そして同時に、不審に思った。

 ここ数ヶ月で、闇の力による被害や事件が多すぎる。
 もともとスターは、闇の力を操る組織を壊滅させることが目的で作られたものだ。闇の組織の中で最も強力な組織であ
るダークを壊滅させれば、すべては解決するはずだった。
 だが実際はどうだろうか。解決するどころか、闇の力が関係する事件が次々と現れてくる。このあいだだって北条牙炎
が有する組織を倒したばかりなのに、今度はこの事件だ。
 まるで誰かが手を引いているような気がしてならない。それこそダークと同等、それ以上の悪が存在しているような気
がしてならない。もしそうだとするならば、そいつを倒さない限り平和は訪れないということだ。

『佐助? どうかしたの?』
 画面から顔を出したコロンが尋ねる。
 その問いに答えぬまま、佐助は近くに置いてあるコーヒーを飲み干した。
「伊月、こうなれば外で調べるぞ」
「はい?」
「監視カメラが使えないなら、ここにいてもこれ以上分かることがない。自分の足で情報を稼ぐしかないだろう」
「おや、ということは僕も出なければいけないということでしょうか?」
「当然だ。俺はコロンと一緒に行動する。万が一、犯人らしき人物と遭遇したら深追いはするな。そいつの顔を覚えた後
に、ここに戻ってこい」
「了解です。万が一、戦闘回避不可能な状態になったら?」
「さぁな。そこまで面倒みきれるか」
 佐助は席を立ちあがる。コロンはパソコンから体を出して、カードとして佐助のポケットに入った。
「いくぞ、何か起こる前にな」
「おやおや、珍しく焦っていませんか?」
「……殴るぞ?」
「それは勘弁願いたいですね」
 伊月は睨みつける佐助をあしらいながら、さわやかな笑みを浮かべた。




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 彩也香の申し出を受け入れた俺は、外にでてデュエルディスクを構えた。
 家でそのまま決闘しても良かったんだけど、どうしてもデュエルディスクを使って決闘したいと彩也香がごねるため、
仕方なくこうして外に出てきたというわけだ。
 まっ、デュエルディスクを使った方が迫力があるから、やる気も出るってもんだよな。
「ふっふっふ、雲井君、私が勝ったら、この町を案内してもらうよ?」
「けっ! こっちはせっかくの秋休みなんだ。今日いきなり会った奴と一緒に過ごす時間なんかねぇんだよ!」
「おぉ、今の台詞回し、かっこいいかも。次の作品の参考にさせてもらっていい?」
「か、勝手にしやがれ!!」
 ちくしょう、どうにもペースが狂う。
 さっさと決闘まで持っていた方がよさそうだぜ。
「さぁ、いくぜ!!」
「うん。じゃあ早速やろうか!」
 互いにデュエルディスクを構えて、向き合う。
 声を合わせて、戦いの始まりを宣言した。


「「決闘!!」」




 雲井:8000LP   彩也香:8000LP




 決闘が、始まった。




 デュエルディスクの赤いランプが点灯する。
 よっしゃ! 先攻は俺からだぜ!!
「いくぜ! 俺のターン、ドロー!!」(手札5→6枚)
 引いたカードを含めた6枚の手札をじっくり見つめる。
 うん、我ながらなかなかの引きだぜ。
「おーい、早くしてよぉ」
「うるせぇよ。少し考えてんだぜ」
 一気にいってもいいかもしれねぇけど、そうやってロクな目に逢ったことがねぇ。
 ここは様子見してみっか。
「よし! 俺は手札から"デス・カンガルー"を召喚するぜ!」
 デュエルディスクにカードを叩き付ける。
 地面から光が現れて、その光からボクシンググローブを身に着けたカンガルーが姿を現した。


 デス・カンガルー 闇属性/星4/攻撃力1500/守備力1700
 【獣族・効果】
 守備表示のこのカードを攻撃したモンスターの攻撃力がこのカードの守備力より低い場合、
 その攻撃モンスターを破壊する。


「さらに俺は装備魔法"デーモンの斧"を装備!!」
 カンガルーの手に、悪魔の顔が彫られた巨大な斧が収まる。
 その力を手にしておかげで、カンガルーの力が大きく上昇した。


 デーモンの斧
 【装備魔法】
 装備モンスターの攻撃力は1000ポイントアップする。
 このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
 自分フィールド上に存在するモンスター1体を
 リリースする事でデッキの一番上に戻す。


 デスカンガルー:攻撃力1500→2500

「どうだ! いきなり攻撃力2500のモンスターだぜ!!」
「おぉ、なかなかやるかも♪」
「へっ! 俺に決闘を挑んだことを後悔させてやるぜ! 俺はこれでターンエンドだ!」


 俺のターンが終わり、彩也香へとターンが移った。


「いくよ。私のターン、ドロー!」(手札5→6枚)
 引いたカードを見つめた瞬間、彩也香の顔が綻んだ。
 まずい、何か良いカードでも引いたのか?

私は手札から"サイバー・ドラゴン"を特殊召喚するよ!!

「なっ!?」
 彩也香の場に、機械の龍が出現した。


 サイバー・ドラゴン 光属性/星5/攻2100/守1600
 【機械族・効果】
 相手フィールド上にモンスターが存在し、
 自分フィールド上にモンスターが存在していない場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。


「いきなり攻撃力2100のモンスターを特殊召喚!?」
 なんだそりゃあ、ふざけんなよ。反則だろ!?
 い、いやいや落ち着け俺。こっちのモンスターの攻撃力は2500もあるんだ。たかが2100のモンスターなんて、
恐れることはねぇぜ。
「さらに手札から"プロト・サイバー・ドラゴン"を召喚!」
「!?」
 彩也香の場にいる機械龍の隣に、小さな機械龍が出現した。


 プロト・サイバー・ドラゴン 光属性/星3/攻1100/守600
 【機械族・効果】
 このカードはフィールド上に表側表示で存在する限り、
 カード名を「サイバー・ドラゴン」として扱う。


「このカードは場にいるかぎり、名前を"サイバー・ドラゴン"として扱えるよ♪」
「……へっ! でもどっちも俺のモンスターには及ばないぜ!」
「ふふん、それはどうかな?」
 なぜか得意げな笑みを浮かべながら、彩也香は手札からカードを発動した。


 融合
 【通常魔法】
 手札・自分フィールド上から、融合モンスターカードによって決められた
 融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体を
 エクストラデッキから特殊召喚する。


「ゆ、融合……!?」
「そう。場にいる2体のモンスターを融合するよ!」
 フィールドに渦が巻き起こり、彩也香の場にいる2体のモンスターが飲み込まれていく。
 その渦の中心が大きく光り、中から2つ首の機械龍が現れた。


 サイバー・ツイン・ドラゴン 光属性/星8/攻2800/守2100
 【機械族・融合/効果】
 「サイバー・ドラゴン」+「サイバー・ドラゴン」
 このカードの融合召喚は、上記のカードでしか行えない。
 このカードは一度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。


「こ、攻撃力2800!?」
「そうだよ♪ しかも"サイバー・ツイン・ドラゴン"は1度のバトルフェイズ中に2回攻撃できるんだよ」
「はぁぁぁ!?」
 なんじゃそりゃあ!? そんなのありかよ!?
 いきなり攻撃力2800に2回攻撃って……これじゃあ俺は……!
「じゃあバトル!! 1度目の攻撃。"デス・カンガルー"を攻撃!!」
 機械龍の片方の首から、強力なレーザー砲が発射される。
 強力な光線の前に、強化されたカンガルーもあっさり倒されてしまった。

 デス・カンガルー→破壊
 デーモンの斧→破壊
 雲井:8000→7700LP

「っ……!」
「そして2度目の攻撃! いっけー!!」
 機械龍のもう片方の首から、強力なレーザーが放たれる。
 防ぐカードもないため、その攻撃は俺に直撃した。
「ちっ……!」

 雲井:7700→4900LP

「この調子で一気に勝っちゃうよ! カードを1枚伏せて、ターン終了!!」
 彩也香は余裕の表情で、ターンを終えた。

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 雲井:4900LP

 場:なし

 手札4枚
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 彩也香:8000LP

 場:サイバー・ツイン・ドラゴン(攻撃)
   伏せカード1枚

 手札2枚
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「俺のターンだぜ、ドロー!!」(手札4→5枚)
 ちくしょう。早速、大ダメージを喰らっちまった。
 女だからと思って油断したみたいだ。けど、俺の本領発揮はこれからだぜ!!
「よっしゃあ! 行くぜ! まずは手札から"ダーク・バースト"を発動するぜ!」


 ダーク・バースト
 【通常魔法】
 自分の墓地に存在する攻撃力1500以下の闇属性モンスター1体を手札に加える。


「この効果で、さっき破壊された"デス・カンガルー"を手札に加えるぜ!」
「にゃはは、そんなんじゃ私のサイドラは倒せないよ?」
「いいから見とけよ! 手札から魔法カード"融合"を発動するぜ!!」
「……私と同じカード!?」


 融合
 【通常魔法】
 手札・自分フィールド上から、融合モンスターカードによって決められた
 融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体を
 エクストラデッキから特殊召喚する。


「これで俺は手札の"ビッグ・コアラ"と"デス・カンガルー"を融合して、"マスター・オブ・OZ"を融合召喚するぜ!」
「……!!」
 フィールドに再び不思議な渦が出現して、俺の2体のモンスターが飲み込まれる。
 渦の中心が大きく光り、中からチャンピオンベルトを掲げたチャンピオンが姿を現した。


 ビッグ・コアラ 地属性/星7/攻撃力2700/守備力2000
 【獣族】
 とても巨大なデス・コアラの一種。
 おとなしい性格だが、非常に強力なパワーを持っているため恐れられている。



 デス・カンガルー 闇属性/星4/攻撃力1500/守備力1700
 【獣族・効果】
 守備表示のこのカードを攻撃したモンスターの攻撃力がこのカードの守備力より低い場合、
 その攻撃モンスターを破壊する。



 マスター・オブ・OZ 地属性/星9/攻撃力4200/守備力3700
 【獣族・融合モンスター】
 「ビッグ・コアラ」+「デス・カンガルー」


「こ、攻撃力4200……!?」
「へっ! 俺に攻撃力で挑んだのが運の尽きだぜ! バトル!!」
 俺の宣言とともに、チャンピオンが拳を構えて機械龍へ突進する。
 渾身の力を込めた右こぶしが、彩也香のモンスターを打ち砕いた。

 サイバー・ツイン・ドラゴン→破壊
 彩也香:8000→6600LP

「……ぅぅ、まさかこんな簡単にツインが倒されちゃうなんて……」
「一気にこのまま決めてやるぜ! カードを1枚伏せてターンエンドだぜ!!」

-------------------------------------------------
 雲井:4900LP

 場:マスター・オブ・OZ(攻撃)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 彩也香:6600LP

 場:伏せカード1枚

 手札2枚
-------------------------------------------------

 俺のターンが終わって、彩也香は膨れた顔になっていた。
 よほど自分のモンスターが倒されてしまったことが気に食わなかったみてぇだな。
「もう雲井君、空気読めないにも程があるよ」
「なんで怒ってんだよ……」
「だってだって! 私のツインをあっさり倒しちゃうなんて、面白くないかも!」
「あー、はいはい。さっさとターンを進めろよ」
「むむぅ」
 彩也香は不機嫌そうな表情のまま、カードを引いた。(手札2→3枚)
 とりあえず俺の場には、切り札の"マスター・オブ・OZ"がいる。
 こいつを簡単に倒せるカードなんて、そう簡単に出せるわけがねぇぜ。
「私は伏せカード、DNA改造手術を発動するの!」
「なに!?」


 DNA改造手術
 【永続罠】
 発動時に1種類の種族を宣言する。このカードがフィールド上に存在する限り、
 フィールド上の全ての表側表示モンスターは自分が宣言した種族になる。


「私は機械族を選択。これで雲井君のモンスターはみんな機械族になる!」
 彩也香のカードから紫色の煙が噴き出して、チャンピオンに覆う。
 その不思議な煙によって、チャンピオンの体にわずかな変化が生じた。

 マスター・オブ・OZ:獣→機械族

「わざわざ俺のモンスターを機械族にして、何をするつもりだよ?」
「こういうことだよ! 手札から"サイバー・ドラゴン・ツヴァイ"を召喚!!」


 サイバー・ドラゴン・ツヴァイ 光属性/星4/攻1500/守1000
 【機械族・効果】
 このカードは相手モンスターに攻撃する場合、
 ダメージステップの間攻撃力が300ポイントアップする。
 1ターンに1度、手札の魔法カード1枚を相手に見せる事で、
 このカードのカード名はエンドフェイズ時まで
 「サイバー・ドラゴン」として扱う。
 また、このカードが墓地に存在する場合、
 このカードのカード名は「サイバー・ドラゴン」として扱う。


「へっ! 攻撃力1500なんてモンスター、俺のモンスターの敵じゃねぇぜ!」
「倒せなくていいもん。食べちゃうから!」
「はぁ?」
「"サイバー・ドラゴン・ツヴァイ"の効果発動。手札の魔法カードを1枚見せることで、エンドフェイズまでこのカード
の名前を"サイバー・ドラゴン"として扱う! 私は手札にある"死者蘇生"を見せるよ!」
 彩也香がカードを見せると同時に、目の前にいる機械龍の姿が変化した。
 名前を変更したところで、攻撃力が変わるわけじゃねぇ。いったい何を考えてんだ?
「そして、雲井にの場にいるモンスターと私のモンスターを墓地に送るよ!」
「!?」
 彩也香の場にいる機械龍が吠えると同時に、俺のモンスターが光に包まれる。
 機械龍がその光を飲み込み、強い輝きを放った。
「出てきて! "キメラテック・フォートレス・ドラゴン"!!」


 キメラテック・フォートレス・ドラゴン 闇属性/星8/攻0/守0
 【機械族・融合/効果】
 「サイバー・ドラゴン」+機械族モンスター1体以上
 このカードは融合素材モンスターとして使用する事はできない。
 自分・相手フィールド上に存在する上記のカードを墓地へ送った場合のみ、
 エクストラデッキから特殊召喚する事ができる(「融合」魔法カードは必要としない)。
 このカードの元々の攻撃力は、 融合素材としたモンスターの数×1000ポイントになる。


 攻撃力:?→2000

「なぁ!?」
 なんじゃそりゃあ!!?? 俺のモンスターが勝手にリリースされた上に攻撃力2000のモンスターが召喚されただ
ってぇ!? つーか、機械族すべてを飲み込んで召喚されるって、反則過ぎるだろそのカード!!
「ただ攻撃力だけしかないモンスターなんて、簡単に処理出来ちゃうのさ♪」
「く、くそ……」
「じゃあバトル!」
 機械龍の口からエネルギー砲が発射されて、俺の体を貫いた。
「ちっ……!」

 雲井:4900→2900LP

「ふふん♪ ターンエンド!」

-------------------------------------------------
 雲井:2900LP

 場:伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 彩也香:6600LP

 場:キメラテック・フォートレス・ドラゴン(攻撃)
   DNA改造手術(永続罠)

 手札2枚
-------------------------------------------------

「俺のターン……」
 ちくしょう。彩也香のやつ、普通に強いじゃねぇか。
 このままじゃあ一気に押し切られてしまいそうだ……。
「おやおや? さすがに雲井君も怖気づいたかな?」
「う、うるせぇ! ドロー!!」(手札1→2枚)
 頼む! 逆転のカード来てくれ……!
 願いを込めて、恐る恐る、引いたカードを確認した。


 キターーーー!!!


「まずは手札から"ミニ・コアラ"を召喚するぜ!」


 ミニ・コアラ 地属性/星4/攻1100/守100
 【獣族・効果】
 このカードをリリースすることで、デッキ、手札または墓地から
 「ビッグ・コアラ」1体を特殊召喚できる。


「このカードをリリースして、デッキから"ビッグ・コアラ"を特殊召喚するぜ!!」
 俺の場にいた小さなコアラが光に包まれて、その数倍のサイズを持つコアラが出現した。


 ビッグ・コアラ 地属性/星7/攻撃力2700/守備力2000
 【獣族】
 とても巨大なデス・コアラの一種。
 おとなしい性格だが、非常に強力なパワーを持っているため恐れられている。


「むぅ、攻撃力2700か……」
「へっ! 俺がその程度の攻撃力で終わると思ってんじゃねェよ! 手札から装備カード"巨大化"を発動だぜ!」


 巨大化
 【装備魔法】
 自分のライフポイントが相手より下の場合、
 装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を倍にした数値になる。
 自分のライフポイントが相手より上の場合、
 装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を半分にした数値になる。


 ビッグ・コアラ:攻撃力2700→5400

「一気に攻撃力5400にしたのね……」
「これが俺の実力だぜ!! バトルだ!!」
 攻撃を命ずると同時に、俺のモンスターが巨大化した拳を振り下ろす。
 彩也香の場にいる機械龍は抵抗しようとしたが、大きな力の前に倒されてしまった。

 キメラテック・フォートレス・ドラゴン→破壊
 彩也香:6600→3200LP

「うぅ、また倒されちゃった……」
「へっ! これで俺はターンエンドだぜ!!」

-------------------------------------------------
 雲井:2900LP

 場:ビッグ・コアラ(攻撃)
   巨大化(装備魔法)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 彩也香:3200LP

 場:キメラテック・フォートレス・ドラゴン(攻撃)
   DNA改造手術(永続罠)

 手札2枚
-------------------------------------------------

「まさか雲井君がここまでやってくれるとは思ってみなかったよ」
「へっ! 子供だからって舐めてると痛い目を見るんだぜ」
「おぉ! 今の台詞もいいね! あとでメモしておこっと♪」
 彩也香はなぜか余裕たっぷりの表情でそう言った。
 きっとあの手札の中には、俺のモンスターを倒せるカードが存在しているんだろう。
 だが俺だって無策なわけじゃねぇ。俺の場に伏せてあるカードは"プライドの咆哮"だ。


 プライドの咆哮
 【通常罠】
 戦闘ダメージ計算時、自分のモンスターの攻撃力が相手モンスターより低い場合、
 その攻撃力の差分のライフポイントを払って発動する。
 ダメージ計算時のみ、自分のモンスターの攻撃力は
 相手モンスターとの攻撃力の差の数値+300ポイントアップする。


 もし彩也香が高攻撃力のモンスターで攻撃してきても、このカードを発動すれば返り討ちにできる。
 ビッグ・コアラの攻撃力は5400で、俺のライフは2900だから……えーと……つまり攻撃力8250までなら
返り討ちにできるってことだ。攻撃力8250を超えるモンスターなんて、簡単に出せるわけがねぇ。
 この勝負、もらったも同然だぜ!!
「よし! 私のターン、ドロー!」(手札2→3枚)
 引いたカードを確認した瞬間、彩也香の表情が綻んだ。
 ちくしょう、まさか何か除去カードを引いたのか?
「場にある"DNA改造手術"をコストに"マジック・プランター"を発動するよ!」


 マジック・プランター
 【通常魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。


 DNA改造手術→墓地
 彩也香:手札3→2→4枚

「よし! これで勝てるかも♪」
 嬉しそうに笑いながら、彩也香はカードをデュエルディスクに叩き付けた。


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


「この効果で、私は墓地から"プロト・サイバー・ドラゴン"を特殊召喚。さらにこの瞬間、手札から"地獄の暴走召喚"
を発動するの!」
「な……!?」


 プロト・サイバー・ドラゴン 光属性/星3/攻1100/守600
 【機械族・効果】
 このカードはフィールド上に表側表示で存在する限り、
 カード名を「サイバー・ドラゴン」として扱う。


 地獄の暴走召喚
 【速攻魔法】
 相手フィールド上に表側表示でモンスターが存在し、自分フィールド上に
 攻撃力1500以下のモンスター1体が特殊召喚に成功した時に発動する事ができる。
 その特殊召喚したモンスターと同名モンスターを自分の手札・デッキ・墓地から
 全て攻撃表示で特殊召喚する。
 相手は相手自身のフィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、
 そのモンスターと同名モンスターを相手自身の手札・デッキ・墓地から全て特殊召喚する。


「これで私はデッキにいる他の"プロト・サイバー・ドラゴン"を特殊召喚。雲井君も、モンスターを特殊召喚していい
よ?」
「へっ! 後悔すんじゃねぇぞ」
 彩也香の場に小さな機械龍が2体。俺の場には巨大な体を持つコアラが2体、特殊召喚された。

 プロト・サイバー・ドラゴン×2:特殊召喚(攻撃)
 ビッグ・コアラ×2:特殊召喚(攻撃)

 これで俺の場には攻撃力2700のモンスターが2体と5400のモンスターが1体。
 そして伏せてある"プライドの咆哮"で戦闘の補助は完璧。DNAもなくなったからフォートレスに吸収される心配も
ねぇ。完璧だ。もう間違いなく、この勝負もらったぜ!

「そして手札から"パワー・ボンド"を発動!」

「……!?」
 なんだ? 聞いたことのねぇカードだな。
「この効果で、私は場にいる3体の"プロト・サイバー・ドラゴン"を融合!! 出てきて! 私の切り札!!」
 高々とカードを掲げる彩也香の場に、光の柱が出現する。
 3体の機械龍が一つに交わり、三つ首の巨大な機械龍が降臨した。


 サイバー・エンド・ドラゴン 光属性/星10/攻4000/守2800
 【機械族・融合/効果】
 「サイバー・ドラゴン」+「サイバー・ドラゴン」+「サイバー・ドラゴン」
 このカードの融合召喚は、上記のカードでしか行えない。
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を超えていれば、
 その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


「こ、攻撃力4000の貫通効果……!?」
 なんじゃそりゃああ!? 反則過ぎるだろそんなステータス!!
 い、いや、まだ大丈夫だ。俺には"プライドの咆哮"があるんだ。全然大丈夫だぜ。
「"パワー・ボンド"で融合したモンスターの攻撃力は、倍になる!!」
「なっ……!」


 パワー・ボンド
 【通常魔法】
 手札またはフィールド上から、融合モンスターカードによって決められた
 モンスターを墓地へ送り、機械族の融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
 このカードによって特殊召喚したモンスターは、元々の攻撃力分だけ攻撃力がアップする。
 発動ターンのエンドフェイズ時、このカードを発動したプレイヤーは
 特殊召喚したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを受ける。
 (この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


 サイバー・エンド・ドラゴン:攻撃力4000→8000

「そして最後の手札。"リミッター解除"を発動するの!!」
「げぇ!!?」


 リミッター解除
 【速攻魔法】
 このカード発動時に自分フィールド上に存在する全ての表側表示機械族モンスターの攻撃力を倍にする。
 エンドフェイズ時この効果を受けたモンスターカードを破壊する。


 サイバー・エンド・ドラゴン:攻撃力8000→16000

「こ、攻撃力16000の、サイバーエンドだとぉぉぉ!?」
「いっけー!! サイバー・エンド・ドラゴンの攻撃!!」
 三つ首の機械龍の口に、高密度のエネルギーが凝縮されていく。
 "プライドの咆哮"を使おうにも、攻撃力に差がありすぎて発動できねぇ。手札も0だから、何もできねぇ。
 そんな……まさか、こんなことが……!!
「いっけぇぇぇ!!」
 彩也香の声とともに、莫大なエネルギー砲が放たれる。
 超強力な攻撃に為すすべもなく、俺のモンスターは光に飲み込まれた。

 ビッグ・コアラ→破壊
 雲井:2900→0LP



 俺のライフが0になる。



 そして決闘は、終了した。














「ふふん♪ 約束通り、町を案内してもらうよ♪」
「ち、ちくしょう……」
 勝ち誇った笑みを浮かべる彩也香に、俺は何も言い返せなかった。
 最悪だ。最悪の秋休みスタートだ。せっかくの短期休みだってのに……。
「もう、がっくりしないで欲しいかも。女の子と町を歩くなんて、滅多にない状況かもよ?」
「……はぁ……」
 ため息が出てしまった。

 まぁ、約束しちまったもんはしょうがねぇよな……。
 家でゴロゴロして過ごすよりはマシだって思えばいいか……。







 それから俺は、約束通り彩也香に星花町の案内をした。
 とりあえず人通りの多い大通りや、デパートの近くにあるたくさんの飲食店を紹介して、ついでによく行く洋服店にも
連れて行ってやった。つっても、普通に街中を回れば発見できる店ばかりなんだけどな。
「へぇ、雲井君って結構、町のことに詳しいのね」
「まぁ自分が住んでる町くらい、知っとかなきゃまずいと思うぜ?」
「そうだね。これなら次の作品のネタ探しにはもってこいかも♪」
「そりゃよかったな」
 とりあえず俺の秋休み初日はこれで潰れたも同然になってしまったわけだ。
 はぁ、本当についてねぇな……。
「ため息つかないの。女の子と街中で歩けるイベントは貴重なんだよ?」
「う、うるせぇよ。こっちは折角の休みを潰してまで案内してんだ。こっちは迷惑してんだよ」
「あれ? もしかして雲井君ってツンデレなの? 駄目だよぉ。男子のツンデレってあんまり需要ないんだよ?」
「ああうるせぇ! なんでも小説の作品に当てはめるのはやめろぉ!」



 そうこうしているうちに、あっという間に日が暮れてしまった。
 時間は午後9時。親は友達の家に泊まるって言ってたから怒られる心配はねぇけど……。
「なんでお前はまだ俺についてくるんだ?」
「え? だって私、泊まるところないもん」
「いや、どっかのビジネスホテルに泊まればいいじゃねぇか」
「……………それは………できないかも………」
「はぁ?」
 急に顔を暗くした彩也香に違和感を覚える。
 何か言っちゃいけないことを言っちまったか?
「なんだよ? 急に落ち込んでんじゃねぇよ」
「え? お、落ち込んでなんかないよ。ほら、夢遊病のせいでホテルに泊まっても不審がられるだけだからさ。それに、
一応だけど私も有名人なわけだし、そこらのホテルには泊まれないって♪」
「…………」
 なんか暗くなっていた気がしたんだけど、俺の気のせいだったか?
「そういえば私、お腹空いたかも♪ 一緒にどこかのお店行かない?」
「あいにく、今月は小遣いがピンチなんだ」
「大丈夫大丈夫。私が奢ってあげるって♪」
「な、お、おい!」
 彩也香が俺の腕を掴んで、目の前にあるラーメン屋へ直進する。
 まぁ、奢ってくれるって言うなら別にいいか。



 俺がラーメン1杯。彩也香がラーメン大盛り3杯を食べて会計を済ませ、俺の家の前まで帰ってくるころには午後11
時になっていた。辺りは暗く、道路を照らす街灯でかろうじて道が見えるくらいだ。
「いやぁ、今日は楽しかった。ありがとう雲井君♪」
「へっ! 別に好きで案内したわけじゃねぇぜ」
「じゃあ私はここらへんで退散するよ」
「ま、待てよ。泊まるところあんのかよ」
「え、いや、大丈夫だって♪ 野宿には慣れてるからさ♪」
「夜も遅ぇし、家に泊まってけよ」
「あれ? もしかして誘ってる? うわぁ、雲井君ってなかなか大胆だねぇ♪」
「断じて違う!!」
「はは、冗談冗談♪ じゃあね雲井君」
「お、おい!」
「あ、あと一つだけ、お願いしていい?」
「はぁ?」


「夜12時を過ぎたら、絶対に外に出ないでね」


「……?」
「ふふん♪ じゃあね雲井君、今日は本当に楽しかった♪」
 彩也香は笑いながら手を振り、夜の暗い道の中へ去って行った。
 夜12時を過ぎたら外出しないで……? ガキじゃないんだから別に大丈夫だと思うんだけどな……。

 彩也香の言った言葉の意味を考えながら、俺は1人、家の中に戻ることにした。






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 その夜、深夜2時。
 とある公園で、二人の決闘者が戦っていた。戦況は男性の方が有利。
 場には2枚の伏せカード。そして攻撃力4500を持った"青眼の究極竜"が存在している。
 そして女性の場には光の刃が降り注ぎ、攻撃を封じている。


 青眼の究極竜 光属性/星12/攻4500/守3800
 【ドラゴン族・融合】
 「青眼の白龍」+「青眼の白龍」+「青眼の白龍」


 光の護封剣
 【通常魔法】
 相手フィールド上に存在するモンスターを全て表側表示にする。
 このカードは発動後、相手のターンで数えて3ターンの間フィールド上に残り続ける。
 このカードがフィールド上に存在する限り、
 相手フィールド上に存在するモンスターは攻撃宣言をする事ができない。


「は、はっ! 突然、決闘を挑んできやがって!! 女だからって容赦しねぇぞ!!」
『…………』
 男性の目の前にいる女性は何も答えず、ただ虚ろな表情で場を見つめていた。
 その様子を見て、男性の背筋にすさまじい悪寒が走った。
「お、おれは、これで、ターンエンドだ!!」

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 ???:3500LP

 場:なし

 手札1枚
-------------------------------------------------
 男性:8000LP

 場:青眼の究極竜(攻撃)
   光の護封剣(通常魔法:2ターン経過)
   伏せカード2枚

 手札0枚
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『我のターン……ドロー』(手札1→2枚)
 その口から発せられたのは、女性のものとは思えない低い声。
 うつろな表情のまま、引いたカードを確認した女性の口元に不気味な笑みが浮かんだ。
『そろそろ決めさせてもらうぞ』
「は、はぁ? 寝言を言ってんなよ。おれの場には、攻撃力4500の究極竜が―――」

『……フッ』

 必死に自分の有利を語る男性に対し、女性は鼻で笑った。
「な、何がおかしい?」
『おろかな男だ。我が今まで手加減していたのに気付かなかったのか?
「て、手加減だと!?」
『今に分かる。手札から魔法カード"死者蘇生"を発動する』


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


『この効果で、我の墓地にいるモンスターを復活させる』
 女性の場に聖なる十字架が出現し、そこから光が降り注ぐ。
 復活の光に惹かれて、女性の墓地から三つ首の機械龍が姿を現した。


 サイバー・エンド・ドラゴン 光属性/星10/攻4000/守2800
 【機械族・融合/効果】
 「サイバー・ドラゴン」+「サイバー・ドラゴン」+「サイバー・ドラゴン」
 このカードの融合召喚は、上記のカードでしか行えない。
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を超えていれば、
 その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


「お、おいおい、攻撃力はこっちの方が上だぞ!?」
 男性には不可解でならなかった。
 圧倒的にあちらが不利であるはずなのに、どうして相手は笑っていられるのだろうか。
 攻撃力最高クラスの"青眼の究極竜"が存在し、場には強力な伏せカードが2枚。
 対して相手の場には攻撃力4000の"サイバー・エンド・ドラゴン"と、手札が1枚だけ。
 どう考えても、逆転なんてできないはずなのである。
「手札から魔法カード"チェンジ・カラー"を発動する」


 チェンジ・カラー
 【装備魔法】
 このカードを発動したとき、自分は通常モンスター、効果モンスター、
 儀式モンスター、融合モンスター、シンクロモンスターのどれかを宣言する。
 このカードを装備したモンスターの種類は、自分が宣言した種類になる。



『我はシンクロモンスターを宣言して、このカードを"サイバー・エンド・ドラゴン"に装備する。よってこのモンスター
の種類はシンクロモンスターとなる』
 女性が発動したカードから光が放たれて、ソリッドビジョンに表示されたカードを覆う。
 紫色のカードが、白い枠組みのカードへと変化した。

 サイバー・エンド・ドラゴン:融合モンスター→シンクロモンスター

『さぁ、覚悟はいいか?』
「何を言ってんだ。これでお前の手札は0枚!! 種類を変えたところで、何も変わるわけじゃねぇよ!」
 相手の手札が0になったことで、男性の心にわずかな余裕が出来た。
 だが、そんな男性の姿を見ながら、女性は笑っていた。
『フフフフ……』
「な、何がおかしい!?」
 大声を上げる男性。
 すると突然、女性の笑い声が止まった。


「…逃…げ…………て………!」


「!?」
『さぁ、いくぞ!』
 一瞬だけ変化した女性の声を気に掛けるよりも前に、女性の低い声が男性に届いた。






 そして――――






 ――――状況は一変した。






「な、なんだよ、なんなんだよ、こいつは……!!」
 男性の前には、究極竜と同等の大きさを持つ巨大な獅子が立ち塞がっていた。
 銀色のたてがみに白い牙。すべてを破壊しつくかのような隆々とした野生の肉体。すべてを引き裂きそうな鋭い爪。
 血のように赤い目が、男性の姿を捉えていた。
『バトル!!』
「な、光の護封剣で、攻撃は―――」
 女性の宣言とともに獅子が咆哮をあげる。
 場に降り注いでいた光の刃が、その咆哮によって砕け散った。
「な、なに……!?」
『さぁ、いけ!!』
 女性の命令で、獅子は飛び掛かる。
 その強大な力を前に、男性の体は恐怖で縛り上げられていた。
「ふ、伏せカード発動!!」


 攻撃の無力化
 【カウンター罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスタ1体の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。


 飛び上がった獅子の前に次元の穴が現れて、攻撃を防ごうとする。 
「こ、これで―――!」
『無駄だ』
 獅子が爪を振り下ろして、次元の穴を引き裂いてしまった。
 同時に男性の顔に、驚愕の表情が浮かんだ。
「そ、それなら、これで―――!!」
 望みを懸けて、開いた伏せカード。


 和睦の使者
 【通常罠】
 このカードを発動したターン。相手モンスターから受けるすべての戦闘ダメージを0にする。
 このターン自分のモンスターは戦闘によって破壊されない。


 究極竜の前に聖なる壁が現れて、獅子の攻撃を弾こうとする。
 遊戯王界における最高峰の防御カード。これならきっと防げるはず―――。


 パリィィン!!


 だが無情にも、そのバリアは破られてしまった。
『終わりだな』
 女性の勝利を告げる宣言に、男性はほくそ笑んだ。
「終わったのはてめぇだよ!! ダメージステップ! 手札から"オネスト"の効果を発動だ!!


 オネスト 光属性/星4/攻1100/守1900
 【天使族・効果】 
 自分のメインフェイズ時に、フィールド上に表側表示で存在するこのカードを手札に戻す事ができる。
 また、自分フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスターが戦闘を行うダメージステップ時に
 このカードを手札から墓地へ送る事で、エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、
 戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。


『なんだと!?』
「はははは!! さっき運良く引けたんだよぉ!」
 男性の手札から大きな光の翼が羽ばたき、究極竜の体を包み込む。
 さらなる力を手に入れて、咆哮をあげようとした究極竜の翼に、獅子は掴みかかった。
「なっ!?」
 信じられない光景に目を疑う男性に、女性は告げる。


だから、無駄だと言ったのだ


 獅子が赤い目を光らせて、究極竜の翼を掴んだ足に力を入れる。
 そして究極竜の翼ごと、光の翼を引き裂いた。 

「な、なんなんだよ、なんなんだよぉ……!!」
 すべての希望を砕かれた男性の絶望的な表情。
 獅子が大きな口を開けて、鋭い牙で究極竜の首を狙う。

 そして、強大な力を持った一撃が、究極竜と男性を襲った。


 青眼の究極竜→破壊

 男性:8000→0LP


「ぎゃああああああああああああ!!!」



 大きな悲鳴が、公園に響き渡った。





 episode2――予期せぬ対決――

 ピピピピピピピピ…………!!

 机の上に置いてある目覚まし時計が鳴った。
「うぅ……」
 寝ぼけた目でなんとか時計を視界にとらえて、ボタンを押す。
 アラームが止まり、一気に部屋が静かになった。
「ふぁぁ……眠ぃ……」
 昨日は夜遅くまでテレビ見てたから、寝不足気味だぜ……。
 ったく、彩也香に振り回されなきゃこんなことにはならなかったってのに……。


 パジャマから私服に着替えて、念のためベランダを確認する。
 当然だが、彩也香はいなかった。昨日、一人でどっかにいっちまったけど大丈夫だったのか?
 って、なんで俺があいつの心配してんだよ。どうせどっかのホテルかなんかに泊まってるに決まってるじゃねぇか。
それより今は、この貴重な秋休みの時間を大切に過ごすことが重要だぜ。今日は気分もいいし、外に出かけてみるか。


 朝食としてトースト2枚とインスタントのスープを胃に入れて、家を出る。
 戸締りをしっかり確認して、デパートへと向かう道を歩く。
 とりあえず今日はデパートに行って、秋物の服を吟味することにするか。
 いや、別の服屋に行ってもいい気がする。さーて、どうしたもんかなぁ……

「あれ? 雲井じゃん!」

 後ろから聞きなれた声に呼びかけられた。
 振り返るとそこでは、クラスメイトの雨宮(あまみや)雫(しずく)が手を振っていた。
「よぉ、雨宮じゃねぇか」
 弾けるような笑みを見せながら、雨宮はスキップしながらこっちへやってくる。
 なんか妙に上機嫌なように見える。なんか良いことでもあったのか?
「いやぁ、こんなところで会うなんて奇遇だね。なに? 秋物の服でも探しに行くつもりだったの?」
「よく分かってんじゃねぇか。そういう雨宮はどうしたんだよ?」
「あたし? あたしはお店の宣伝のために町をまわってるの」
「お店? なんだ? アルバイトか何かか?」
「うーん、正確にはお姉ちゃんの店の手伝いをしているんだけどね。そうだ! せっかくだしこれあげる!」
 そう言って雨宮は長方形の紙を取り出して、俺に差し出した。
 受け取って確認する。どうやら何かのチケットみてぇだ。
 表紙には印刷されて文字で『霊使い喫茶、特別割引券』と書かれている。
「なんじゃこりゃ?」
「見たまんまだよ。あたしのお姉ちゃんが経営しているお店なのさ」
「……まさか、いかがわしい店じゃねぇよな?」
「んなわけないでしょ。ちゃんとした喫茶店だよ。もちろんお金を払えば従業員と遊戯王の決闘も出来るからね」
「決闘するのに金をとるのか?」
「まぁサービス料だよ。ちょっと特別なカードとデュエルディスクを使うからね」
 雨宮はなにやら意味深な笑みを浮かべながらそう言った。
 喫茶店ってのに興味はねぇが、決闘ってのは面白そうだな。
「それでこの割引券ってのは何に使えるんだよ?」
「ん? あぁそれ? それを持って店に来てくれれば飲食代は全品半額になるうえに、従業員のサービスも1回だけタダ
に出来るんだよ」
「……それって滅茶苦茶お得じゃねぇか?」
「そう! これを手に入れた雲井は本当にラッキーだね。本当は別に渡したい奴がいたんだけど、正攻法で渡したら勘付
かれても面白くならなそうだし、雲井でいいや」
「はぁ?」
「ううん、なんでもない。こっちの話さ。じゃああたしはそろそろお店の方に行かないとだから、じゃあね〜♪」
 雨宮は手を振りながら、なぜか上機嫌に去って行った。
 『霊使い喫茶』か……暇だったら行ってみるかな。



 デパートや服屋で買い物をしているうちに、あっという間に夜になってしまった。
 そろそろ親が帰ってくるころだから、家に帰らねぇと色々面倒そうだな。
「まっ、今日は掘り出し物があったからよしとするか」

 カッ

「ん?」
 荷物を持って帰路につこうとしたとき、視界の端で何かが光った。
 注意深く見てみると、何度も光っているように見える。
 大通りの人達からは、この路地裏の光は見えづらいみてぇだな。
「………………」
 ええい、くそ。気になるじゃねぇか。
 ちょっとだけ……ちょっとだけ見たら、すぐに家に直行することにしよう。

 路地裏に入って、暗い道をまっすぐ進む。
 人間が3人通れるくらいの路地裏には、ごみ箱や廃材が転がっている。
「思ったよりも広いな……」
 目を凝らしながら、ゆっくりと前に進む。
 ちくしょう、さっきの光がまた出てきてくれれば、少しは視界もよくなるかもしれねぇってのに……
「それにしても、あの光は――――っと!?」
 足元にある何かに躓いて転びそうになった。
 なんとか踏みとどまって、躓いた何かを確認する。
「なっ!?」
 一瞬だけ、目を疑ってしまった。
 そこにいたのは――――


 ――――怪我をした小森彩也香だった。


「お、おい! しっかりしろよ! 彩也香!!」
 荷物をその場に置いて、揺すりながら呼びかける。
 息はしているから死んじゃいねぇみてぇだけど、これはいったい……。
「ぅっ……」
「……! 彩也香! おい、大丈夫か!? 起きろよ!」
「っ、く、雲井……君…?」
「ああ。いったい何があったんだよ!?」
 倒れている彩也香の体を起こして、事情を聴こうとする。
 だが彩也香は俺と目を合わせないまま、右肩にある傷を押さえながら下を向いていた。
「おい! 返事くらいしろよ!」
「……ダメ……。ここにいちゃ……ダメ…!」
「はぁ!?」
 まるで呟くように言葉を発する彩也香に、俺は不信感を得た。
 いつものこいつなら……いや、俺の知っている彩也香は、無駄に明るい奴だった。
 それなのに、どうして今のこいつは、こんな暗い顔をしているんだよ。
「とにかく、怪我してんなら病院に――――」
「ぁ……!」
 彩也香が怯えるような表情を見せた。
 その視線は俺ではなく、俺の背後の方へと向けられている。


「おやおや、鬼ごっこは終わりですか?」


「この声……まさか……!?」
 急いで振り返り、声の正体を確認する。
「おやおや? お仲間かと思えば、まさかあなたでしたか」
「伊月……師匠……!」
 そこにいたのは、スターの幹部である伊月師匠だった。
 まさか、彩也香に怪我をさせたのは、師匠だっていうのか?
「師匠、ここで何をしてんだよ……!」
「もちろん仕事です。そこにいる女性を捕まえるというね」
「捕まえる!?」
「ええ。四日前から毎晩、決闘を挑まれて倒れる人が続出しているんですよ。幸い被害者全員の命に別状はありませんが
決闘のダメージが現実のダメージとなっていることが判明したので、犯人を捜しているというわけです」
「だからって、どうして彩也香を捕まえなくちゃいけねぇんだよ?」
「おやおや、察しが悪いですね。彼女が容疑者だからに決まっているじゃありませんか」
「なに!?」
 訳が分からねぇ。いったい何がどうなってんだ?
 彩也香が容疑者? だから捕まえる?
「師匠……じゃあどうしてこいつは怪我をしてんだよ!? 捕まえるだけなら、他にもっとやり方があるはずじゃねぇの
かよ!?」
「僕としても、できれば無傷で捕まえたかったんですが……少し事情が変わってしまったんですよ」
「どういうことだよ?」
「言うより直接見たほうが早いでしょう」
 伊月師匠がカードを掲げる。
 途端にカードの絵柄から光の刃が現れて、こっちに一直線に向かってきた。
「……!」
「ダメ!」
 彩也香が俺の前に立ちふさがり、両手を前に出す。
 光の刃が彩也香の手に触れた瞬間、まるでガラスが砕けるような音がした。
 よく見ると、先ほど放たれた光の矢が粉々に砕け散っていた。
「ど、どうなってんだ……?」 
「ご覧のとおりですよ。彼女には白夜の力を使用した攻撃が通用しない。もっとも、背後からの攻撃は通用
するようでしたがね」
 伊月師匠は彩也香の右肩を見ながらそう言った。
 ちくしょう、余計に訳が分からねぇぞ。彩也香がこんな不思議な力を持っていたってこともそうだけど、だからって
傷つける理由も分からねぇ。
「白夜の力で束縛しても、彼女には通用しない。かといって口で説明しても嫌の一点張りです。そうなれば、残る手段は
力尽くしかありません」
「……! 師匠……いや、伊月! こんなことして、いいと思ってんのかよ!?」
「あまり気持ちがいいものではありませんね。ですが、彼女が犯人だということは間違いないんです。これ以上被害が出
る前に、犯人を捕まえておくのは間違いではないと思いますが?」
 伊月はさわやかな笑みを浮かべながらそう言った。
 ちくしょう。これ以上、言葉で説得しようとしても無駄みてぇだ。だからって逃げようにも、いったいどうしたらいい
ってんだよ。
「そこをどいていただけるとありがたいんですが―――」
「ふざけんな! 何の罪もねぇ奴を傷つけている場面を、見過ごせるわけねぇだろ!!」
 こうなったら一か八かだ。人通りの多い道まで約200メートル。全力で走り抜ければ、ギリギリ逃げられるかもしれ
ねぇ。さすがに伊月も、人通りの多いところじゃ白夜の力を多用できねぇはずだ。
「彩也香、いくぞ!」
「え―――」
 戸惑う彩也香の返答を待つよりも早く、その手を掴む。
「さぁ、いくぞ!」
「……ダメ……」
「はぁ!? 何言ってんだよ!? このままじゃやられちまうぞ!?」
「私は……もう……誰も傷つけたくない……!」
 彩也香はまた独り言のように呟いた。
 ちくしょう。俺の言葉が聞こえてねぇみてぇだ。
「おとなしく僕についてきていただけるとありがたいんですが……?」
「………ダメ……もうすぐ……12時になっちゃう……!」
「!?」
 携帯を開いて、時刻を確認する。
 今は午後10時30分。あと1時間30分経てば、12時になる。
 そういえば彩也香のやつ、12時過ぎたら外に出ないでって言っていた。もしかして、事件と何か関係があるのか?
「交渉決裂ですね。それでは、捕まえさせていただきますよ」
「ま、待ちやがれ!!」
「なんでしょうか?」
「そこまでして彩也香を連れて行くってなら、俺と勝負しやがれ! てめぇが勝ったら彩也香は連れていけ! ただし、
俺が勝ったら、とりあえずこの場は見逃しやがれ!」
「僕が勝負するメリットがまったくありませんね」
「っ……! お、俺は、彩也香の秘密を知ってる! 俺が負けたら、そのこともしゃべってやるぜ!!」
「……あまり信憑性がありませんが、念のためにその言葉を信じましょう」
 伊月の顔つきが変わった。
 その腕にデュエルディスクを装着して、デッキをセットする。
 俺もバッグからデュエルディスクを取り出して、決闘の準備を完了させた。
「まさか、あなたと戦うことになるとは思いませんでしたよ」
「へっ! 俺だってそうだぜ!」
 負けられねぇ。負けたくねぇ。
 相手の強さはよく分かってる。俺が勝てる見込みは、ほんの少ししかねぇかもしれねぇ。
 けどここで退いたら、男としての俺のプライドが許さねぇんだよ!!
「では、はじめましょう」
「いいぜ!」


「「決闘!!」」



 雲井:8000LP   伊月:8000LP



 決闘が、始まった。



 デュエルディスクに青いランプが点灯する。
 ちくしょう。先攻は相手からか。
「いきますよ。僕のターン、ドロー」(手札5→6枚)
 手慣れた手つきでカードを引いて、伊月は手札を眺める。
 たしか伊月のデッキは【キュアバーン】とかいうやつだ。早めに決めねぇと、まずいかもしれねぇ。
「僕はデッキワンサーチシステムを使用します」
「……!!」
 伊月はデュエルディスクのボタンを押して、デッキからカードを1枚サーチした。(手札6→7枚)
《デッキからカードを1枚ドローして下さい》
 音声に従って、俺もデッキからカードを引いた。(手札5→6枚)
「悪いですが、全力でやらせてもらいますよ」
「けっ! どこからでもかかってきやがれ!」
「では遠慮なく。手札から永続魔法"堕天使の楽園"を発動します!」
 伊月がデュエルディスクにカードを叩き付けると同時に、辺り一帯に赤い液体があふれ出した。
 空中には黒い羽根が舞い散って、どこか不気味な空間を出現させる。


 堕天使の楽園
 【永続魔法・デッキワン
 ライフポイントを回復する効果をもつカードが15枚以上入っているデッキにのみ入れることができる。
 お互いのプレイヤーは自分のスタンバイフェイズ時に、手札1枚につき500ライフポイント回復する。
 1ターンに1度、デッキ、または墓地から「堕天使」または「シモッチ」と
 名のつくカード1枚を手札に加えることが出来る。
 このカードが破壊されるとき、1000ライフポイントを払うことでその破壊を無効にする。


「僕はこの効果で、1ターンに1度、堕天使と名のつくカードを手札に加えることができます」
「く……!」
「デッキから"堕天使ナース−レフィキュル"を手札に加えて、召喚します」(手札6→7→6枚)
 伊月の場に、全身を包帯で巻かれた不気味な天使が舞い降りた。


 堕天使ナース−レフィキュル 闇属性/星4/攻1400/守600
 【天使族・効果】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手のライフポイントが回復する効果は、
 相手のライフポイントにダメージを与える効果になる。


「このモンスターがいる限り、あなたがライフ回復をするとき、その数値分がダメージに変換されます」
「ちくしょう、いきなりかよ……!」
「そして僕はカードを2枚伏せて、ターンエンドです」


 伊月のターンが終わり、俺のターンになった。


「いくぜ! 俺のターン、ドロー!!」(手札6→7枚)
「スタンバイフェイズ時に"堕天使の楽園"の効果が発動します。あなたの手札は7枚。よって3500のライフを回復
させますが、"堕天使ナース−レフィキュル"が場にいることによって、ダメージへ変換します」
 場に舞い散る黒い羽根の先が俺に向く。
 そしてそれらは赤い光になって、俺の体を貫いた。
「っ……!」

 雲井:8000→4500LP

「まだですよ」
「!?」
「伏せカード"ギフトカード"を発動します」


 ギフトカード
 【通常罠】
 相手は3000ライフポイント回復する。


「これであなたのライフを3000回復……もとい、ダメージを与えます」
「なっ!?」
 伊月の場のカードから巨大な光が放たれて、俺を襲った。

 雲井:4500→1500LP

「ち、ちくしょう……!」
 こっちはまだモンスターすら召喚してねぇってのに、もうライフが4分の1以下になっちまった。
 これが伊月の全力ってことかよ。やばい。やばすぎるぜ。とにかく、あの厄介なモンスターをなんとかしねぇと!
「俺は手札から"ミニ・コアラ"を召喚! そしてこのカードをリリースしてデッキから"ビッグ・コアラ"を特殊召喚
するぜ!」


 ミニ・コアラ 地属性/星4/攻1100/守100
 【獣族・効果】
 このカードをリリースすることで、デッキ、手札または墓地から
 「ビッグ・コアラ」1体を特殊召喚できる。


 ビッグ・コアラ 地属性/星7/攻撃力2700/守備力2000
 【獣族】
 とても巨大なデス・コアラの一種。
 おとなしい性格だが、非常に強力なパワーを持っているため恐れられている。


 ミニ・コアラ→墓地
 ビッグ・コアラ→特殊召喚(攻撃)

「おやおや、いきなり攻撃力2700のモンスターですか」
「行くぜ!! バトルだ!!」
 俺の宣言で、場にいる巨大なコアラが拳を振り下ろす。
 その拳は伊月の場にいる堕天使の体を、ペシャンコにしてしまった。

 堕天使ナース−レフィキュル→破壊
 伊月:8000→6700LP

「おやおや、まさかあなたにダメージを喰らってしまうとは思いませんでしたよ」
「あのころの俺だと思って甘く見てると、痛い目を喰らうぜ!」
「どうやらそのようですね」
 いつも通りの爽やかな笑みを浮かべながら伊月は言った。
 まだまだ全然、余裕ってことか。
「それで、どうしますか?」
「………」 
 "堕天使の楽園"があるかぎり手札に比例して回復効果が使われちまう。かといって除去しようにも、1000ライフ
払って破壊を無効にしてくるだろう。
 こうなったら、賭けに出るしかねぇな。
「俺はカードを3枚伏せて、ターンエンドだぜ!!」

-------------------------------------------------
 雲井:1500LP

 場:ビッグ・コアラ(攻撃)
   伏せカード3枚

 手札3枚
-------------------------------------------------
 伊月:6700LP

 場:堕天使の楽園(永続魔法・デッキワン)
   伏せカード1枚

 手札4枚
-------------------------------------------------

「僕のターン、ドロー」(手札4→5枚)
 再び伊月のターンになった。またレフィキュルみてぇなモンスターが出されたらかなりやばいな。
「スタンバイフェイズ時、"堕天使の楽園"の効果でライフを2500回復。そしてメインフェイズ、デッキからカードを
1枚手札に加えます」
 伊月の手札が補充され、あたりの黒い羽根が暖かい光になった降り注ぐ。
 ちくしょう、俺の時とはまったく逆の効果に見えるぜ。

 伊月:6700→9200LP
 伊月:手札5→6枚

「僕は手札から"キラー・トマト"を召喚します」
「……!」
 伊月の場から光があふれて、その中からギザギザの口を持った不気味なトマトが現れた。


 キラー・トマト 闇属性/星4/攻1400/守1100
 【植物族・効果】
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
 自分のデッキから攻撃力1500以下の闇属性モンスター1体を
 自分フィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。


「そ、そのモンスター……!」
「気づきましたか? このモンスターで自爆特攻して、レフィキュルを呼び出すことも可能です」
「ちっ……!」
 伊月のライフは十分すぎるほどある。自爆特攻しても何の問題もねぇってことか。
 けどこのまま素直に戦術を展開させるほど、俺も馬鹿じゃねぇぜ!!
「伏せカード発動だ!」


 落とし穴
 【通常罠】
 相手が攻撃力1000以上のモンスターの召喚・反転召喚に
 成功した時に発動する事ができる。
 その攻撃力1000以上のモンスター1体を破壊する。


「……!」
「これで"キラー・トマト"には退場してもらうぜ!!」
 現れたトマトの真下に大きな穴が現れる。
 トマトは対応できずに、そのまま穴に落ちていった。

 キラー・トマト→破壊

「おや、まさかそんな罠カードを伏せてあるとは思いませんでしたよ」
「へっ! 甘く見てると痛い目を見るってさっき言ったばかりだぜ!」
「どうやらそのようですね。カードを2枚伏せて、ターンエンドです」

-------------------------------------------------
 雲井:1500LP

 場:ビッグ・コアラ(攻撃)
   伏せカード2枚

 手札3枚
-------------------------------------------------
 伊月:9200LP

 場:堕天使の楽園(永続魔法・デッキワン)
   伏せカード3枚

 手札3枚
-------------------------------------------------

「俺のターンだぜ! ドロー!!」(手札3→4枚)
 なんとか回復をダメージに変換するモンスターを場に残さずに済んだ。
 このまま一気に―――
「この瞬間、伏せカード発動です」
「なっ」
 割り込む伊月の声。
 伏せカードが開かれていた。


 シモッチによる副作用
 【永続罠】
 相手ライフポイントが回復する効果は、
 ライフポイントにダメージを与える効果になる。


「……!」
「これであなたの回復をダメージに変換しますよ」
 俺の手札は4枚。このままだと俺は2000の回復をダメージに変換されて負けちまう。
 それなら―――!
「そ、それにチェーンして、伏せてあった"サイクロン"を発動するぜ!!」


 サイクロン
 【速攻魔法】
 フィールド場の魔法または罠カード1枚を破壊する。


 辺りに強力な風が吹き荒れて、伊月の場に開かれたカードを襲う。
 伊月は訝しげな表情をしながら、破壊されたカードを墓地へ送った。

 シモッチの副作用→破壊

「これで俺は2000ポイントのライフを回復するぜ!」
 伊月の場にあるカードが無くなったことで、舞い散る黒い羽根が光に変わって降り注いだ。

 雲井:1500→3500LP

「このまま一気に行くぜ! 手札から"デス・カンガルー"を召喚!」
 俺の場にボクシンググローブを装着したカンガルーが現れる。
 場にいる巨大なコアラの前に立ち、がら空きになった伊月を睨み付けた。


 デス・カンガルー 闇属性/星4/攻撃力1500/守備力1700
 【獣族・効果】
 守備表示のこのカードを攻撃したモンスターの攻撃力がこのカードの守備力より低い場合、
 その攻撃モンスターを破壊する。


「おやおや、これはピンチですね」
「いくぜ! 2体で直接攻撃だぜ!!」
 俺の場にいる2体のモンスターが一斉に襲いかかる。
 これが通れば、一気に大ダメージを与えることが出来る!
「伏せカードを発動です」
「!?」


 聖なるバリア−ミラーフォース−
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。


「し、しまった……!!」
「これであなたの場にいるモンスターは全滅です」
 2体のモンスターの攻撃を受け止めたバリアから、光が放射されてモンスターを貫く。
 何の対抗手段も持っていない俺のモンスターは、力なく倒れてしまった。

 デス・カンガルー→破壊
 ビッグ・コアラ→破壊

「残念でしたね」
「っ……俺はターンエンドだぜ……」

-------------------------------------------------
 雲井:3500LP

 場:伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------
 伊月:9200LP

 場:堕天使の楽園(永続魔法・デッキワン)
   伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------

「僕のターンです。ドロー!」(手札3→4枚)
 伊月が余裕たっぷりにカードを引く。
 くそっ、まさか聖バリが伏せてあるなんて考えてもみなかったぜ。
「スタンバイフェイズに、僕はライフを2000回復。そして楽園の効果でデッキから"堕天使ナース−レフィキュル"
を手札に加えて、召喚します!」

 伊月:9200→11200LP
 伊月:手札4→5→4枚


 堕天使ナース−レフィキュル 闇属性/星4/攻1400/守600
 【天使族・効果】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手のライフポイントが回復する効果は、
 相手のライフポイントにダメージを与える効果になる。


「またそのモンスターかよ……」
「おや、僕のデッキのキーモンスターなので仕方ないことだと思いますが?」
「………」
「バトルです!」
「っ……!! させっかよ! 伏せカード発動だぜ!!」
 伊月の場にいる堕天使が攻撃態勢に入った瞬間、俺は伏せカードを開いた。
 途端に堕天使の体を光の縄が縛り上げて、拘束する。


 グラヴィティ・バインド−超重力の網
 【永続罠】
 フィールド上に存在する全てのレベル4以上のモンスターは攻撃をする事ができない。


「やはりそう簡単に攻撃は通してくれませんか」
「当たり前だぜ!」
「では、メインフェイズ2に入って、手札から魔法カード"恵みの雨"を発動します」
「ぐっ……!」
 フィールド全体に雨が降り注ぐ。
 だが俺の場に降る雨だけが赤く染まっていて、ダメージとなって襲ってきた。


 恵みの雨
 【通常魔法】
 お互いは1000ライフポイント回復する。


 雲井:3500→2500LP
 伊月:11200→12200LP

「ライフが10000を超えやがった……!」
「おやおや、当然の結果だと思いますが?」
「……! さぁ、次はどうすんだよ!」
「そうですね、僕はこのままターンエンドです」

-------------------------------------------------
 雲井:2500LP

 場:グラビティ・バインド−超重力の網(永続罠)

 手札3枚
-------------------------------------------------
 伊月:12200LP

 場:堕天使ナース−レフィキュル(攻撃)
   堕天使の楽園(永続魔法・デッキワン)
   伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------

「俺のターン……」
 ちくしょう。やっぱり伊月は強い。
 こっちだって引きが悪いわけじゃねぇのに、こんなに差が出ちまうのかよ。
 とにかく、なんとかこの状況を変えられるカードを引かねぇと!
「ドロー!!」(手札3→4枚)
 恐る恐る、カードを確認する。
 俺の手札に舞い込んだのは、俺の切り札への布石だった。
「スタンバイフェイズ、"堕天使の楽園"の効果が発動します」
「っ!」
 割り込む伊月の声。
 フィールドを舞う黒い羽根が赤い光になって襲いかかってきた。

 雲井:2500→500LP

「ちっ……! 手札から"未来融合−フューチャー・フュージョン"を発動するぜ!!」


 未来融合−フューチャー・フュージョン
 【永続魔法】
 自分のデッキから融合モンスターカードによって決められたモンスターを
 墓地へ送り、融合デッキから融合モンスター1体を選択する。
 発動後2回目の自分のスタンバイフェイズ時に選択した融合モンスターを
 自分フィールド上に特殊召喚する(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)。
 このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
 そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。


「この効果で、俺はデッキから"デス・カンガルー"と"ビッグ・コアラ"を墓地に送る。そして2ターン後のスタンバイ
フェイズに俺の場に融合モンスターが特殊召喚されるぜ!」
「おやおや、そのターンまであなたのライフが尽きなければの話ですがね」
「…………」
 確かにそのとおりだ。伊月がこのまま何もしてこない訳がねぇ。
 少し賭けになるかもしれねぇが、やるしかねぇな。
「俺は場にある"グラビティ・バインド−超重力の網"をコストに"マジック・プランター"を発動するぜ!」


 マジック・プランター
 【通常魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。


 グラビティ・バインド−超重力の網→墓地
 雲井:手札2→4枚

「おやおや、ここにきて手札増強ですか。もっと早く発動していれば良かったのでは?」
「うるせぇ! 黙って見てろ! 手札から"死者蘇生"を発動だ!!」
「……!!」


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


「この効果で、墓地から"ビッグ・コアラ"を特殊召喚だ!!」
 聖なる十字架が出現し、暖かな光が降り注ぐ。
 その光に照らされて、俺のモンスターは復活を果たした。


 ビッグ・コアラ 地属性/星7/攻撃力2700/守備力2000
 【獣族】
 とても巨大なデス・コアラの一種。
 おとなしい性格だが、非常に強力なパワーを持っているため恐れられている。


「またそのモンスターですか。ずいぶんとお気に入りのようですね」
「へっ! なんとでも言いやがれ!! バトルだ!!」
 バトルフェイズに入って、俺は攻撃を宣言する。
 このまま伊月の場にいる堕天使を破壊できれば……!!
「残念ですが、伏せカード発動です」


 くず鉄のかかし
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
 発動後このカードは墓地に送らず、そのままセットする。


「!?」
 攻撃したコアラの前にボロボロのかかしが出現する。
 かかしは振り下ろされた拳を全身で受け止め、伊月のモンスターを守った。

 ビッグ・コアラ:攻撃→無効

「このカード効果で、あなたの攻撃は無効にさせてもらいましたよ。さらに"くず鉄のかかし"は、発動後に再びセット
されます」
「くっ!」
 やっぱりそう簡単に攻撃を通してくれるわけじゃねぇか。
 俺のライフは残り500。本当にあとがない。
「さぁ、どうしますか?」
「……俺はカードを3枚伏せて、ターンエンドだぜ……」

-------------------------------------------------
 雲井:500LP

 場:ビッグ・コアラ(攻撃)
   未来融合−フューチャー・フュージョン(永続魔法)
   伏せカード3枚

 手札0枚
-------------------------------------------------
 伊月:12200LP

 場:堕天使ナース−レフィキュル(攻撃)
   堕天使の楽園(永続魔法・デッキワン)
   伏せカード1枚(くず鉄のかかし)

 手札3枚
-------------------------------------------------

「では、僕のターンですね。ドロー!」(手札3→4枚)
 伊月は爽やかな笑みを浮かべながらカードを引く。
 くそったれ。こっちは笑う余裕なんか無いってのに……。
「そしてスタンバイフェイズ時、"堕天使の楽園"の効果で僕はライフポイントを回復します」
 場にある黒い羽根が光となって伊月に降り注ぐ。
 温かい光によって、伊月のライフはさらに回復した。

 伊月:12200→14200LP

「どうしますか? サレンダーしますか?」
「けっ! 誰がするかよ!」
「そうですか。では僕もそろそろ本気でいきますよ」
「な!?」
 まさか、今までの決闘は本気じゃなかったって言うのか?
 冗談じゃねぇぜ。こっちは喰らいつくのに必死だったってのに、これ以上何かされたら……!
「いきますよ。まずは"堕天使の楽園"の効果を発動。デッキから"シモッチの副作用"を手札に加えます」
 伊月の場に舞う羽がカードになって、手札に加わる。(伊月:手札4→5枚)
 いったい何をしてくるつもりだ? 俺の伏せカードでなんとかできるといいけど……。
「僕の新しい切り札を紹介しましょう。"トラスト・ガーディアン"を通常召喚です」
「……?」
 漆黒の羽が舞うフィールドに、可愛らしい格好をした妖精が現れる。
 隣にいる不気味な堕天使とは対照的な、小さな天使だ。


 トラスト・ガーディアン 光属性/星3/攻0/守800
 【天使族・チューナー
 このカードをシンクロ素材とする場合、
 レベル7以上のシンクロモンスターのシンクロ召喚にしか使用できない。
 このカードをシンクロ素材としたシンクロモンスターは、
 1ターンに1度だけ、戦闘では破壊されない。
 この効果を適用したダメージステップ終了時、
 そのシンクロモンスターの攻撃力・守備力は400ポイントダウンする。


「チューナーだって!?」
「そうです。シンクロ召喚は、何も薫さんの専売特許ではないのですよ。レベル4の"堕天使ナース−レフィキュル"に
レベル3の"トラスト・ガーディアン"をチューニング!!」
 妖精が光の輪となって、堕天使の体を包み込む。
 邪悪な心に染まった堕天使の体を浄化するように、光が強く輝く。
 大きな光の柱が立ち、中から細長い体を持った白き龍が現れる。その翼は白く輝き、聖なる光を放つ。
「シンクロ召喚! 現れろ!! "エンシェント・ホーリー・ワイバーン"!!」


 エンシェント・ホーリー・ワイバーン 光属性/星7/攻2100/守2000
 【天使族・シンクロ/効果】
 光属性チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 自分のライフポイントが相手より上の場合、
 その数値だけこのカードの攻撃力はアップする。
 自分のライフポイントが相手より下の場合、
 その数値だけこのカードの攻撃力がダウンする。
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
 1000ライフポイントを払う事でこのカードを自分フィールド上に特殊召喚する。


「な、なんだこいつ!?」
「これが僕の新たな切り札です。このモンスターの攻撃力は、僕のライフがあなたのライフを上回っている分だけ上昇
します。今の僕のライフは、あなたを13700ポイント上回っている。よって―――」
「っ!?」

 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力2100→15800

「攻撃力15800だって!?」
「その通りです。高攻撃力は、あなたの専売特許ではありません」
「くっ……」
「終わりです。バトル!!」
 力を増大させた龍の口に、白銀の炎が込められる。
 あれを喰らったら、ひとたまりもない。
「罠カード発動だぜ!!」


 ガード・ブロック
 【通常罠】
 相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
 その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
 自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 ビッグ・コアラ→破壊
 雲井:手札0→1枚

 龍から炎が吐き出されると同時に、俺の前に光の壁が形成される。
 その壁が炎を弾き、俺はダメージを受けずに済んだ。
「"ガード・ブロック"の効果で戦闘ダメージを0にして、デッキからカードをドローさせてもらったぜ!」
「おやおや、防がれてしまいましたか。カードを2枚伏せて、ターンエンドです」

-------------------------------------------------
 雲井:500LP

 場:未来融合−フューチャー・フュージョン(永続魔法)
   伏せカード2枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 伊月:14200LP

 場:エンシェント・ホーリー・ワイバーン(攻撃:15800)
   堕天使の楽園(永続魔法・デッキワン)
   伏せカード3枚(1枚は"くず鉄のかかし")

 手札2枚
-------------------------------------------------

「俺のターン、ドロー!!」(手札1→2枚)
「この瞬間、"堕天使の楽園"の効果発動!!」
 2枚になった俺の手札を見つめながら伊月は効果発動を宣言する。
 その場には当然のように、チェーンした罠カードが開かれていた。


 シモッチによる副作用
 【永続罠】
 相手ライフポイントが回復する効果は、
 ライフポイントにダメージを与える効果になる。


 あのカードがある限り、俺のライフ回復はダメージに代わっちまう。
 俺にライフは500しかなくて、手札は2枚だから、このままだと1000ポイントのダメージを受けて負けちまう。
それなら当然、伊月の好きにさせるわけにはいかねぇ!!
「"シモッチの副作用"にチェーンして、"砂塵の大竜巻"を発動して破壊するぜ!」


 砂塵の大竜巻
 【通常罠】
 相手フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚を選択して破壊する。
 その後、自分の手札から魔法または罠カード1枚をセットする事ができる。


 シモッチの副作用→破壊

「おや、まさかそのカードでしたか」
「これで回復効果はそのまま適用されるぜ!」
 フィールドを舞う黒い羽根が光になって降り注ぐ。
 俺のライフが回復すると同時に、伊月の場にいる龍の攻撃力が少しだけ減少した。

 雲井:500→1500LP
 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力15800→14800

「さて、どうしますか?」
「…………」
 今の状況じゃあ、伊月のモンスターは超えられねぇ。
 とにかくあと1ターン、なんとか凌がないと……。
「俺はカードを2枚伏せて、ターンエンドだぜ!!」


 俺のターンが終わり、伊月のターンになる。


「僕のターンです。ドロー」(手札2→3枚)
 少しだけ表情が険しくなった伊月は、引いたカードを確認した瞬間に笑みを浮かべた。
 何か良いカードでも引いたのか?
「スタンバイフェイズ、"堕天使の楽園"の効果で回復。そしてメインフェイズにデッキから"シモッチの副作用"を手札
に加えます」

 伊月:手札3→4枚
 伊月:14200→15700LP
 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力14800→16300

「そして手札から"メテオ・ストライク"を発動。ワイバーンに装備します」


 メテオ・ストライク
 【装備魔法】
 装備モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、
 その守備力を攻撃力が超えていれば、
 その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


「貫通効果かよ……」
「これでもしあなたが壁モンスターを出しても、僕の勝利ですね」
「っ……」
「バトルです!」
 聖なる龍が炎を吐こうと構える。
 その瞬間を見計らって、俺は伏せカードを発動した。


 威嚇する咆哮
 【通常罠】
 このターン相手は攻撃宣言をする事ができない。


「おやおや、防御カードはそれでしたか」
「これで、てめぇのモンスターは攻撃できねぇぜ!」
「どうやらそのようですね。カードを1枚伏せてターンエンドです」

-------------------------------------------------
 雲井:1500LP

 場:未来融合−フューチャー・フュージョン(永続魔法:1ターン経過)
   伏せカード2枚

 手札0枚
-------------------------------------------------
 伊月:15700LP

 場:エンシェント・ホーリー・ワイバーン(攻撃:16300)
   メテオ・ストライク(装備魔法)
   堕天使の楽園(永続魔法・デッキワン)
   伏せカード3枚(1枚は"くず鉄のかかし")

 手札2枚
-------------------------------------------------

「ふぅ……」
 なんとか耐えられた。
 けどもう後がねぇ。チャンスがあるとしたら、間違いなくこのターンだけだ。
「どうしましたか? 今更、怖気づきましたか?」
「けっ! そんなわけねぇだろ! 行くぜ、俺のターン、ドロー!!」(手札0→1枚)
「この瞬間、僕は伏せカードを発動します!」
 俺がカードを引いた瞬間、伊月の場にあるカード効果が発動していた。


 シモッチによる副作用
 【永続罠】
 相手ライフポイントが回復する効果は、
 ライフポイントにダメージを与える効果になる。


「このカードと"堕天使の楽園"の効果で、あなたへダメージを与えますよ」
「くそっ!」

 雲井:1500→1000LP
 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力16300→16800

「また攻撃力が増えやがったな……!」
「おや、もしかして悔しいのですか?」
「うるせぇ! このターン、"未来融合−フューチャー・フュージョン"の効果で、俺の場にモンスターが特殊召喚され
るぜ!!」
 俺の場に現れる巨大な光の渦。
 その中心から、2ターン前に融合されたモンスターの姿が映し出されて、重なる。
 渦から光が飛び出して、光の中からチャンピオンベルトを身に着けたモンスターが現れた。


 マスター・オブ・OZ 地属性/星9/攻撃力4200/守備力3700
 【獣族・融合モンスター】
 「ビッグ・コアラ」+「デス・カンガルー」


「出ましたね。ですが僕のモンスターの攻撃力には程遠いですよ?」
「そんなこと分かってるぜ!! 俺は伏せておいたカードを発動だ!!」
「!?」


 フォース
 【通常魔法】
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター2体を選択して発動する。
 エンドフェイズ時まで、選択したモンスター1体の攻撃力を半分にし、
 その数値分もう1体のモンスターの攻撃力をアップする。


「そのカードは……!」
「これでてめぇのモンスターの攻撃力を半分にして、俺のモンスターの攻撃力を半分にした数値分アップさせる!」
 伊月の場にいる白い龍からエネルギーの塊が抜き取られて、俺の場にいるモンスターの体に入り込む。
 白い龍は力を失ったことで若干だが体が縮み、力を得たチャンピオンの体は大きくなる。

 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力16800→8400
 マスター・オブ・OZ:攻撃力4200→12600

「おやおや、まさか1枚のカードで逆転されてしまうとは思いませんでしたよ?」
「行くぜ! バトルだ!!」
 俺の宣言とともに、チャンピオンが拳を構える。
 この攻撃が通れば一気に伊月のライフを減らすことが出来るぜ!!

「おやおや、あなたはこのカードの存在を忘れていたようですね」

「っ!?」
 伊月は爽やかな笑みを浮かべながら、伏せカードを開いていた。


 くず鉄のかかし
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
 発動後このカードは墓地に送らず、そのままセットする。


 マスター・オブ・OZ:攻撃→無効

「これであなたの攻撃を無効にさせていただきましたよ」
「…………」
「残念でしたね。これで勝ち目は無くなったも同然でしょう」
 伊月は勝ち誇った笑みを浮かべながら、そう言った。


なに勘違いしてんだよ


「……なんでしょうか?」
 伊月の表情が、若干だが険しくなる。
 いくら俺が頭悪いからと言って、正体の分かってる相手の伏せカードを忘れるほど馬鹿じゃねぇ。
 俺の攻撃を伊月が無効にしてくることくらい、予想できていたぜ!!
この瞬間、手札から速攻魔法"ダブルアップチャンス"を発動だぁ!!
「なっ!?」


 ダブル・アップ・チャンス
 【速攻魔法】
 モンスターの攻撃が無効になった時、そのモンスター1体を選択して発動する。
 このバトルフェイズ中、選択したモンスターはもう1度だけ攻撃する事ができる。
 その場合、選択したモンスターはダメージステップの間攻撃力が倍になる。


 マスター・オブ・OZ:攻撃力12600→25200

「攻撃力25200……!!」
「これで、俺の勝ちだぁぁぁぁぁ!!!」

 ――マスター・オブ・スーパー・パンチ!!!――

 力のこもった一撃が、伊月の場にいる龍を貫く。
 その衝撃の余波が伊月を襲い、ソリッドビジョンの爆発が巻き起こった。

「やったぜ……!!」
 
 なんとか、ギリギリで逆転することが出来たみてぇだ。
 本当に危なかったぜ。たまたま"ダブル・アップ・チャンス"が引けたから助かった……。
「く、雲井…君……」
 彩也香が俺を見上げながら呟いた。
 なんとか、危機を脱出することが出来たってことでいいんだよな………。














「おやおや、まだ決闘は終わっていませんよ?」

「……!?」
 聞こえたのは伊月の声。
 爆発によって巻き起こった粉塵が晴れて、伊月が爽やかな笑みを浮かべながら立っていた。
 しかも―――

 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力5600 守備力1600
 伊月:4900LP 

「なん……だと……!?」
 いったいどういうことだ? どうして伊月のライフは0になってねぇんだよ。
 しかもワイバーンは高い攻撃力を保ったまま場に残っているし、訳が分からねぇぞ。
「残念ですが、僕もあなたが何かを狙っていることは分かっていました」
「……!」
「なので、このカードを発動させてもらっていたんですよ」


 女神の加護
 【永続罠】
 自分は3000ライフポイント回復する。
 自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードがフィールド上から離れた時、
 自分は3000ポイントダメージを受ける。


「このカードの効果で僕のライフは3000回復し、同時にワイバーンの攻撃力も3000ポイントアップする。さらに
"エンシェント・ホーリー・ワイバーン"のシンクロ召喚に使用した"トラスト・ガーディアン"の効果で、攻守を400下
げて戦闘破壊を無効にしたんです」


 トラスト・ガーディアン 光属性/星3/攻0/守800
 【天使族・チューナー】
 このカードをシンクロ素材とする場合、
 レベル7以上のシンクロモンスターのシンクロ召喚にしか使用できない。
 このカードをシンクロ素材としたシンクロモンスターは、
 1ターンに1度だけ、戦闘では破壊されない。
 この効果を適用したダメージステップ終了時、
 そのシンクロモンスターの攻撃力・守備力は400ポイントダウンする。



###################################################

≪雲井の攻撃時、伊月は"女神の加護"を発動≫

 伊月:15700→18700LP
 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力8400→11400

≪伊月のライフは減少。"エンシェント・ホーリー・ワイバーン"は"トラスト・ガーディアン"の効果で破壊を免れる≫

 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:戦闘破壊→無効
 伊月:18700→4900LP
 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力11400→5600 守備力2000→1600

###################################################


「くっ……!」
 まさか、一時的にライフを上昇させるカードを伏せていたなんて……。
 これで決まったと思ってたのに……くそったれ……!
「どうですか? 他に何かすることはありますか?」
「くそ……!」
 俺の場に残っているのは攻撃力が上昇したマスター・オブ・OZと伏せカードが1枚だけ。攻撃力増加もこのターンで
終わっちまう。何か行動しようにも手札は無い。
「ターン……エンド……」

-------------------------------------------------
 雲井:1000LP

 場:マスター・オブ・OZ(攻撃)
   未来融合−フューチャー・フュージョン(永続魔法)
   伏せカード1枚

 手札0枚
-------------------------------------------------
 伊月:15700LP

 場:エンシェント・ホーリー・ワイバーン(攻撃:5600)
   メテオ・ストライク(装備魔法)
   堕天使の楽園(永続魔法・デッキワン)
   シモッチの副作用(永続罠)
   女神の加護(永続罠)
   伏せカード1枚("くず鉄のかかし")

 手札2枚
-------------------------------------------------

「おやおや。もう打つ手はありませんか?」
「くっ……」
 何も言い返せねぇ。
 このターン、伊月が何か行動を起こしてくるに違いない。
 だとしたら……こりゃあ……。
「あなたにしてはずいぶんと頑張りましたね」
「なんだよ。嫌みかよ」
「いえいえ、純粋に賞賛ですよ。まさか僕もここまであなたが成長しているとは予想外でした」
 くそったれ。完璧に勝利を確信してやがる。
「それでは、僕のターン―――」



 光の護封剣!!



 突然、光の刃が降り注いだ。
 薄暗い路地裏に眩く光る刃が道を照らすと同時に、俺達の体を拘束する。
「な、なんじゃこりゃあ!?」
「これは……」

動かないで

 上から聞こえた声。
 見るとそこには、見覚えのある人がいた。
「か、薫さん……」
「久しぶりだね雲井君。でも今は、ちょっと静かにしててね」
「は、はい……?」
「おやおや、薫さん、一体どのような用件で―――!」
 伊月が喋り終わるよりも早く、薫さんは手に持った刃を伊月へ突きつけていた。
 こっからだと表情は見えないけど、後姿だけで怒っていることが理解できた。
「伊月君、これは一体どういうこと?」
「おやおや、ずいぶんご立腹のようですね」
「佐助さんから色々と聞いたよ。それと状況から察するに、大体のことは理解できた。伊月君、どうしてこんな強硬的な
手段をしたの?」
「……僕の中では、最善の選択だったのですが?」
「ただ事情を聴くだけなら、もっと他に手段はなかったの?」
「僕も努力したんですがね。ですが彼女は、どういうわけか同行を拒否する上に白夜の力が通用しないんですよ」
「…………」
 数秒の沈黙があって、薫さんは突き付けた刃を下ろした。
 同時に体を拘束していた光の護封剣が消えて、体の自由が効くようになる。
「雲井君、伊月君が迷惑かけちゃったみたいだね」
「薫さん……」
「あとでちゃんと謝るから、今はとりあえず許してね」
 そう言って薫さんは、ゆっくりと彩也香に近づいた。
 彩也香はおびえた表情で薫さんを見上げ、少しだけ後ずさりをする。
「大丈夫。怖がらないで」
 薫さんがカードをかざすと、怪我をした彩也香の肩を白い光が覆った。
 みるみる傷が塞がって、あっという間に治癒してしまった。
「こ、これって……」
「私は薫って言うの。ちょっと不思議な力を扱えるんだ。もしかしたら、あなたの力になれるかもしれない。だから怖が
らないで、付いてきてほしいの。駄目かな?」
 優しい微笑みで薫さんはそう言った。
 だが彩也香は再び俯き、黙り込んでしまった。
「心配しないで。手荒なことなんか絶対にしない。私たちは、ただ話を聞きたいだけなの」

「…………どう……して……?」

「え?」
「そん…な……まだ………12時じゃ…………ないのに………!」
 体を必死で抑えようと、彩也香の両腕に力が籠もった。
 途端に彩也香のカバンから黒い光があふれ出して、彩也香の体を包み込む。
「薫さん!」
 伊月が叫ぶ。薫さんも危機を察知したのか、彩也香から距離を置いた。
 あふれ出した闇が彩也香を包み込むまで10秒もかからなかった。
「彩也香!!」
 思わず叫ぶ。 
 次の瞬間、まるで爆発したかのように闇が弾けた。
『ククククク……』
「!?」
 聞こえたのは、低くて不気味な声。
『まさか、こんなに早く接触されてしまうとは思わなかったぞ』
 漂う闇の中から人が出てくる。
 伊月も薫さんも、当然ながら俺だって、何が起きているのか分からなかった。
「さ、彩也香……?」

 俺たちが見つめるその先にいたのは―――


 ―――赤い瞳になった、小森彩也香だった。





 episode3――彩也香の秘密――

「な、なんだこりゃあ……?」
「………」
「………」
 俺も伊月も薫さんも、目の前で何が起こったのか理解できなかった。
 突然、彩也香のバッグから闇があふれ出して彼女を包み、そして赤い瞳をもった人間が現れたことに。
『どうした? どこか具合でも悪いのか?』
「……!」
 目の前にいる”こいつ”は、一体誰なんだ?
 彩也香じゃないことは間違いねぇ。彩也香の姿をした、別の”何か”だ。
『礼を言うぞ小僧。貴様のおかげで、この娘の体を乗っ取るまでの時間稼ぎをすることが出来た』
 彩也香もどきは俺を見つめながらそう言った。
 その口元には、不気味な笑みが浮かんでいる。
「あなたが、最近の事件の犯人なの?」
 薫さんが尋ねる。
 彩也香もどきは不気味な笑みを浮かべたまま、答えた。
『いかにも』
「……じゃあ、あなたの目的ってなに?」
『さぁな。我はこの娘の体を使い、好き勝手に暴れさせてもらうだけだ』
「……そんなことさせないって言ったら、どうする?」
『我を止められると思うか? 小娘よ、身の程を知れ』
 彩也香もどきは、地面を踏み鳴らす。
 次の瞬間、地面全体に亀裂が走った。
「なっ!?」
「こ、これは……!?」
「っ!!」
 亀裂が俺達のいる地面にまで広がる中、薫さんだけが瞬時に対応していた。
 腰にぶら下げたデッキケースから1枚のカードを取り出してかざす。

 ――ポジション・チェンジ!!――

 次の瞬間、俺達の体は光に包まれた。





 気が付くと、俺達はビルの屋上にいた。
 ここから見える町に風景から判断するに、さっきいた場所から3キロほど離れた場所みてぇだ。
「薫さん、助かりました」
「…………」
 薫さんは黙ったまま頷き、ポケットから携帯電話を取り出した。
「もしもし、佐助さん? 事件の犯人らしい人と接触したけど、逃げられちゃったかもしれない」
《――――――――》
「うん。分かった。あとGHの254辺りにある路地裏が破壊されちゃったから、メンバーに伝えて被害の確認と修復を
お願いできないかな?」
《―――――》
「うん。ありがとう。こっちは引き続き捜査を続けるよ。じゃあね」
 携帯を閉じた薫さんは、俺に向き直る。
 伊月はどことなくぎこちない笑みを浮かべながら、薫さんの隣についた。
「雲井君。伊月君が迷惑かけて本当にごめんね」
「あ、いや、俺はただ……なんつうか……」
「お詫びはあとでちゃんとするから、今は家に帰ってくれるかな?」
「なっ、彩也香はどうすんだよ!?」
「彩也香さんは、私達に任せて。大丈夫、絶対に手荒なことはしないから。ね、伊月君?」
「……まぁ、リーダーの命令なら仕方ないでしょう。雲井君、君との決闘の決着は、また今度ということにしましょう」
 伊月は爽やかな笑みを見せて手を振る。
 その横で薫さんがカードをかざして、二人の姿が光に包まれて、消えた。
「…………」
 くそっ、何がどうなってるのかまったく理解出来ねぇ。
 彩也香は敵なのか? あの赤い瞳をした奴はなんなんだ? 薫さんは手荒なことはしないって言ったけど、手荒なこと
をしないで奴を捕まえることなんかできるのか?
「あぁ! ったく、めんどくせぇな!!!」
 中岸と違って考えるのは得意じゃねぇ。
 とにかく、手っ取り早く真相を知るためには………。
「……彩也香を、探すしかねぇか」
 事件のことも赤い瞳の奴のことも、彩也香なら全部分かるはずだ。
 けど、スターのメンバーよりも早く見つけないといけねぇな。
 くそったれ、せっかくの秋休みが台無しだぜ。
 だけどこのまま黙って引き下がるのは、もっと気分が悪いぜ!!
「よっしゃあ! 行くぜ!」
 自分で自分に活を入れる。

 ……とりあえず、このビルから降りないといけねぇな。





「はぁ…はぁ…はぁ…」
 くそっ。どうして節電でエレベーターが止まってんだよ。
 おかげで16階から階段で降りなきゃいけなかったじゃねぇか。
 しかもビルの社員に変な目で見られて恥ずかしかったぞ畜生。どれもこれも、全部あの赤い瞳をした奴のせいだ。
 こうなれば、絶対に見つけ出して色々と白状させてやるぜ。
「……つっても……あいつどこにいるんだよ……」
 佐助さんとかに協力してもらいたいけど、スターのメンバーだし連絡先も知らねぇし。
 さーて、本当にどうする俺? 誰かに協力を頼むか?
 でも無関係な人を巻き込むわけにはいかねぇし……でもなぁ………。
「…………」
 やばい、頭が痛くなってきた。
 もう考えるのが面倒くせぇ。一か八かで適当に探し回ってみるか。






 夜の街を探し回って1時間ほど経過する。
 12時を回っているためか、町の人通りも少なってくる。
 こんな時間に町を歩くのは初めてかもしれねぇ。
「はぁ…はぁ…」
 それにしても、いったい奴はどこにいやがるんだよ。
 もしかしてスターに見つかっちまったのか? だとしたら薫さんの家に向かった方がいいのか?
 いや、もう少し探してよう。あと30分ほど探して、いなかったら―――




『ほう。まさか貴様に会うとは思わなかったぞ』

「……!!」
 背後から呼びかけられた声。
 すぐさま振り返って、その声の正体を確認する。
 当然ながら、そこには赤い瞳を持った彩也香がいた。
「てめぇ……!!」
『逃げないのか小僧?』
「あぁ!?」
『さっき地面を”破壊”して警告を出してやったにもかかわらず、逃げる姿勢も見せないとは……そこまで腕に自信があ
るのか? それとも単に馬鹿なのか? 我には理解できないな』
 明らかに俺を馬鹿にした発言で、笑う彩也香もどき。
 怒りを抑えつつ、相手に向き合う。
 さっきの地面の亀裂は、こいつがやったものだった。その気になれば、それ以上のことも出来るという余裕が表情から
見て伺える。
 俺には薫さんみてぇな特別な力はないが、逃げるわけにはいかねぇぜ!!
「てめぇ、彩也香じゃないな」
『くくく、さすがに小僧でも気づいたのか?』
「小僧じゃねぇ! 俺には雲井忠雄って名前があるんだ!!」
『……いいだろう。その威勢に免じて我の名前を教えてやる。我の名前はライガーだ』
「ライガー……てめぇ、いったい彩也香に何をした!?」
 尋ねるとライガーは小さく鼻で笑い、答えた。
『簡単なこと。我はこの娘の体を乗っ取って、適当な決闘者と決闘し、倒して回っているだけだ』
「乗っ取る……!?」
『ああ。と言っても、乗っ取るのも楽ではない。人の肉体を本人の意識とは関係なく動かすというのは、我でも多少だが
難しい。深夜という人が眠りに近づく時間にならなければ、我もこの娘の体を乗っ取れないのだ』
「………」
 詳しいことはよく分からねぇけど、要するに彩也香はライガーって奴に体を乗っ取られて、事件を引き起こしていたっ
てことか。これで少しは話が繋がったぜ。彩也香が別れ間際に言っていた「12時を過ぎたら外に出ないで」は、これを
警告したものだったのか。
「じゃあ、彩也香が言っていた夢遊病って、てめぇのせいだったのか!!」
『いかにも。貴様には本当に礼を言うぞ小僧。あのスターとかいう組織の人間から時間を稼いでくれなければ、我は娘を
乗っ取る前に捕まっていただろう。いや、スターにも少し感謝しなければな。奴らがこの娘の肉体を弱らせてくれなけれ
ば、乗っ取る時間も少し遅れていたことに違いない』
「てんめぇ……!!」
 拳を強く握りしめる。
 こいつの外見は彩也香そのものなのに、中身はまるで違う。
 人のことを、まるで物のように思ってやがる。くそったれ。伊月の行動も俺の行動も、結局はライガーにとって好都合
になっていたってことかよ。
『くくく、さぁどうする小僧。今から逃げれば痛い思いをせずに済むかもしれんぞ?』
「てめぇ!! 今すぐ彩也香から離れやがれ!!」
『無理だな。この娘はすでに我の所有者になっている。我から離れることも、娘から我を手放すことも出来ん。引き離す
方法はあるにはあるが………貴様では、まず無理だろうな』
「……!! その方法ってやつを教えやがれ!!」
『簡単だ。我と決闘して勝てばいい。そうすれば、この娘は自分の意識を取り戻す。そのあとに我を好きにすればいい』
「……! 上等だぜ!!」
 バッグからデュエルディスクを取り出して展開させる。
 こいつと決闘して勝てば、彩也香を取り戻すことが出来るってなら話は早い。
 このむかつく野郎をさっさとぶっ飛ばして、元の彩也香に戻してやる!
『くくく、我に立ち向かうか小僧』
「当たり前だぜ! てめぇなんか、俺がすぐにぶっ飛ばしてやる!!」
 待ってろよ彩也香。
 すぐに元のお前に戻してやるぜ。
「始めるぜ」
『くくく……』




「『決闘!!』」




 雲井:8000LP   ライガー:8000LP




 決闘が、始まった。




『どうやら先攻は我のようだ。我のターン、ドロー』(手札5→6枚)
 ライガーの先攻から決闘が始まる。
 てっきり"闇の世界"とか発動してくるかと思ってたけど、そうじゃねぇみてぇだな。
 闇の世界が無いってなら、俺にだってかなり勝機はある!
『ずいぶんと威勢のいい小僧だ。貴様なら、この娘もさらに闇を深めてくれることだろう』
「何を言ってやがる……? さっさとターンを続けろ!」
『くくく、我は手札から"サイバー・ラーヴァ"を召喚』
「!?」
 ライガーの場に、小さな体をした機械龍が現れた。


 サイバー・ラーバァ 光属性/星1/攻400/守600
 【機械族・効果】
 フィールド上に表側表示で存在するこのカードが攻撃対象に選択された時、
 このターン戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になる。
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
 自分のデッキから「サイバー・ラーバァ」1体を
 自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。


『我はこれで、ターンエンドだ』
「なっ!? モンスター1体を出しただけで、ターンエンド!?」
『そうだ。何か問題でもあるか?』
「……へへ、何をしてくるか考えて損したぜ。さては手札事故だな! ざまぁみろ! この勝負もらったぜ!!」
『くくく、そう思うなら我に勝ってみろ』
 あからさまに馬鹿にした表情で、ライガーは言った。
 やろう、なめやがって……!! すぐにその余裕満点の表情を変えてやるぜ!


 ライガーのターンが終わって、俺のターンになった。


「行くぜ! 俺のターン、ドロー!!」(手札5→6枚)
 6枚になった手札を確認する。
 かなり良い手札だぜ。これなら本当に楽勝できそうだ。
「手札から"ミニ・コアラ"を召喚!」


 ミニ・コアラ 地属性/星4/攻1100/守100
 【獣族・効果】
 このカードをリリースすることで、デッキ、手札または墓地から
 「ビッグ・コアラ」1体を特殊召喚できる。


 俺の場に小柄なコアラが出現する。
 ライガーは表情を変えず、ただ黙って俺の場を見つめていた。
「"ミニ・コアラ"の効果発動!! 自身をリリースすることで、俺はデッキから"ビッグ・コアラ"を特殊召喚するぜ」
 小柄なコアラが光に包まれて巨大化する。
 そして、俺の身長の倍はあるくらいの大きなコアラが現れた。


 ビッグ・コアラ 地属性/星7/攻撃力2700/守備力2000
 【獣族】
 とても巨大なデス・コアラの一種。
 おとなしい性格だが、非常に強力なパワーを持っているため恐れられている。


「どうだ! いきなり攻撃力2700のモンスターだぜ!」
『くくく、それがどうした?』
「……! バトルだ!! いけ!!」
 攻撃を宣言すると同時に、大きなコアラが手を振り下ろす。
 ライガーの場にいる小さな機械龍は、粉々に粉砕された。

 サイバー・ラーヴァ→破壊

『"サイバー・ラーヴァ"の戦闘で発生するダメージは0になる。さらに戦闘で破壊された後、デッキから同名カードを
特殊召喚できる。よって"サイバー・ラーヴァ"をデッキから特殊召喚だ』
 ライガーの場に、さっきと同じ小さな機械龍が出現する。
 これ以上、何か行動を起こすことはできそうにねぇ。
 悔しいけど次のターンまで我慢するしかねぇか。
「俺はカードを2枚伏せて、ターンエンドだぜ!」

-------------------------------------------------
 雲井:8000LP

 場:ビッグ・コアラ(攻撃)
   伏せカード2枚

 手札3枚
-------------------------------------------------
 ライガー:8000LP

 場:サイバー・ラーヴァ(攻撃)

 手札5枚
-------------------------------------------------

『我のターン、ドロー』(手札5→6枚)
 ライガーは引いたカードを確認すると、すぐに俺へ視線を移した。
『それほどこの娘を救いたいか小僧?』
「当たり前だぜ!!」
『そうか。人間というのは本当に面白いな。特に、勝ち目のない相手に挑むところが』
「……!! ごちゃごちゃうるせぇぞ!!」
『くくく、我はこれでターンエンドだ』
「なっ!?」
 モンスターも伏せカードも、何もせずにターンエンドだと!?
 まさか、何か狙ってやがるのか? いや、きっと手札事故だ。そうに違いない。
 仮に狙っていたとしても、それをされる前に倒せばいいだけの話じゃねぇか。


 デュエルディスクのランプが点灯して、俺のターンになった。


「いくぜ! 俺のターン、ドロー!!」(手札3→4枚)
 引いたカードを確認し、すぐさま俺は行動に移った。
「手札から"デス・カンガルー"を召喚だぜ!」


 デス・カンガルー 闇属性/星4/攻撃力1500/守備力1700
 【獣族・効果】
 守備表示のこのカードを攻撃したモンスターの攻撃力がこのカードの守備力より低い場合、
 その攻撃モンスターを破壊する。


「バトルだ! まずは"デス・カンガルー"で攻撃!!」
 ボクシンググローブを身に着けたカンガルーの一撃が、ライガーのモンスターを粉砕する。
 だがライガーへのダメージは無く、さらに同じモンスターが特殊召喚された。

 サイバー・ラーヴァ→破壊
 サイバー・ラーヴァ→特殊召喚(攻撃)

『無駄なことを……』
「まだまだ! "ビッグ・コアラ"で攻撃だ!!」
 俺の場にいるもう1体のモンスターの攻撃が、相手のモンスターを粉々にする。
 ダメージは当然のように0にされてしまうけど、これで……。
『……もうデッキに"サイバー・ラーヴァ"はいない。よって我の場はがら空き……か……』
「そうだぜ。これで次のターン、一気にてめぇを倒すことが出来る!!」
『くく、小僧にも少しばかり知恵があったか』
「待ってろ彩也香! もうすぐ目を覚ましてやるぜ! ターンエンド!!」

-------------------------------------------------
 雲井:8000LP

 場:ビッグ・コアラ(攻撃)
   デス・カンガルー(攻撃)
   伏せカード2枚

 手札3枚
-------------------------------------------------
 ライガー:8000LP

 場:なし

 手札6枚
-------------------------------------------------

『我のターンだ。ドロー』(手札6→7枚)
 場にカードが何もないことを気にしていないかのように、ライガーはカードを引く。
 これであいつの手札は7枚か。まぁ手札事故を起こしているみてぇだし、問題ねぇだろ。
『そろそろ我も遊ばせてもらうぞ』
「なに?」
『貴様の場にだけモンスターがいることで、手札から"サイバー・ドラゴン"を特殊召喚だ』


 サイバー・ドラゴン 光属性/星5/攻2100/守1600
 【機械族・効果】
 相手フィールド上にモンスターが存在し、
 自分フィールド上にモンスターが存在していない場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。


「きやがったな……!!」
 彩也香の使っていたモンスター。
 間違いない。ライガーの使っているデッキは、彩也香のデッキそのままだ。
 それなら1度戦っている分、戦いやすいはずだぜ。
「さらに手札から"プロト・サイバー・ドラゴン"を通常召喚だ」
「っ……!」


 プロト・サイバー・ドラゴン 光属性/星3/攻1100/守600
 【機械族・効果】
 このカードはフィールド上に表側表示で存在する限り、
 カード名を「サイバー・ドラゴン」として扱う。


 ライガーの場に2体の機械龍が並ぶ。これで相手の場にはモンスターが2体。
 前やった時と同じ展開だ。だとしたら次はきっと融合してくるに違いない。
『クク、手札から"エヴォリューション・バースト"を発動する』
「!?」


 エヴォリューション・バースト
 【通常魔法】
 自分フィールド上に「サイバー・ドラゴン」が表側表示で存在する場合のみ
 発動する事ができる。相手フィールド上のカード1枚を破壊する。
 このカードを発動するターン「サイバー・ドラゴン」は攻撃する事ができない。


『この効果で、我は貴様の場にいる"デス・カンガルー"を破壊する!』
 機械龍の口からエネルギー波が放たれる。
 それは一直線にボクシンググローブを身に着けたカンガルーに向かい、その体を貫いた。

 デス・カンガルー→破壊

「くっ……!!」
 まさかそんなカードがあったなんて知らなかった……!
 けどこれで、相手のモンスターは攻撃できなくなったぜ。
『まだだぞ小僧。手札から"フォトン・ジェネレーター・ユニット"を発動する!』
「ま、また知らないカード……!?」


 フォトン・ジェネレーター・ユニット
 【速攻魔法】
 自分フィールド上の「サイバー・ドラゴン」2体をリリースして発動する。
 自分の手札・デッキ・墓地から「サイバー・レーザー・ドラゴン」1体を特殊召喚する。


『2体の"サイバー・ドラゴン"をリリースすることで、デッキから"サイバー・レーザー・ドラゴン"を特殊召喚させて
もらうぞ!』
 場にいた2体の機械龍が一気に分解されて、新たな構造に組み替えられる。
 以前よりも高い力を得て、機械龍が再び姿を現した。


 サイバー・レーザー・ドラゴン 光属性/星7/攻2400/守1800
 【機械族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 このカードは「フォトン・ジェネレーター・ユニット」の
 効果でのみ特殊召喚する事ができる。
 このカードの攻撃力以上の攻撃力か守備力を持つ
 モンスター1体を破壊する事ができる。
 この効果は1ターンに1度しか使えない。


『"サイバー・レーザー・ドラゴン"の効果発動。このモンスターの攻撃力よりも低い攻撃力か守備力をもったモンスター
1体を破壊する』
「な、なんだと!?」
『我はこの効果で貴様の場にいる"ビッグ・コアラ"を破壊する!』
 機械龍の口から、強烈なレーザー砲が放たれる。
 その眩い光線に貫かれて、俺のモンスターは為すすべもなく力尽きた。

 ビッグ・コアラ→破壊

「ちっ……!!」
『これで貴様の場はがら空きだな』
「し、しまった……!」
『バトルだ!』
 ライガーの宣言とともに、俺に向かって強力なレーザー砲が放たれる。
 壁となるモンスターもいないため、その攻撃が直撃した。

 雲井:8000→5600LP

「っ……!!」
 いきなりダメージを喰らっちまった。
 けど痛みは無い。どうやら闇の決闘って訳じゃねぇみてぇだ。
 それなら痛みを気にせずに、全ての神経を決闘に集中させることが出来るぜ。
『我はこれでターンエンドだ』

-------------------------------------------------
 雲井:5600LP

 場:伏せカード2枚

 手札3枚
-------------------------------------------------
 ライガー:8000LP

 場:サイバー・レーザー・ドラゴン(攻撃)

 手札3枚
-------------------------------------------------

「俺のターン! ドロー!!」(手札3→4枚)
 引いたカードを手札に加えて、ライガーを睨み付ける。
 好き勝手なことを言いやがって。すぐにあの生意気な態度を変えてやるぜ。
『どうした?』
「へっ! てめぇの焦る顔を想像してただけだぜ」
『ククク、だったら早くモンスターを召喚した方がいいんじゃないのか?』
 ライガーは小馬鹿にした笑みで俺を見つめる。
 言い返したかったが、運が悪いことにキーカードが揃っていない。
 召喚できるモンスターがいない訳じゃねぇけど、相手の場には攻撃力2400のモンスターがいるから壁にしても意味
がない。
 だったら―――!
「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだぜ!」
『ほう、我の真似事か? それとも純粋に手札事故か?』
「ぐ……」
 手札事故と言ってしまわれると、言い返せねぇ。
 けど、次のターンには必ず良いカードを引いてやる。


『では、我のターン、ドロー』(手札3→4枚)
 憎たらしい笑みを見せながら、ライガーは手札からモンスターを召喚した。


 サイバー・フェニックス 炎属性/星4/攻1200/守1600
 【機械族・効果】
 このカードが自分フィールド上に表側攻撃表示で存在する限り、
 自分フィールド上に存在する機械族モンスター1体を対象とする
 魔法・罠カードの効果を無効にする。
 フィールド上に表側表示で存在するこのカードが
 戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
 自分のデッキからカードを1枚ドローする事ができる。


「新しいモンスター……!」
『フェニックスがいる限り、我の機械族モンスターは対象を取る魔法・罠・モンスター効果を受け付けない。伏せカード
が3枚もあるのだ。少しは抵抗してみたらどうだ?』
「……けっ! そんな雑魚モンスターに使うカードなんかねぇよ!」
『そうか。ではバトルだ!』
「……!!」
 鳥の姿をした機械と、機械龍の口にそれぞれエネルギーが溜まっていく。
 俺は伏せカードの1枚へ手を伸ばしたが、あえて発動はしなかった。
『喰らえ小僧!』
 2体のモンスターから発射された攻撃が、真っ直ぐ俺に直撃する。
 それによって、俺のライフは大きく減少させられた。

 雲井:5600→4000→1600LP

「ちっ……!!」
『ククク、カードを1枚伏せて、我はこれでターンエンド。どうやら決闘も終わりが近づいてきたらしいな』
「なんだと……俺はまだ負けてねぇぞ!」
『本当に、威勢の良さだけは一人前だな小僧。もっとも、頭の方は悪いようだがな』
「なにぃ!?」
 この野郎、俺を小僧って言うだけじゃなくて、頭が悪いだとぉ!?
 たしかにテストの成績はいつも低いし、たまに担任に叱られたりするけど、赤の他人に馬鹿呼ばわりされるほど落ちぶ
れちゃいねぇんだよ。
『せっかく娘が忠告してやっていたのに、こうして貴様はのこのこ我の前に立ち塞がったわけだ。ククク……』
「……! てめぇ、彩也香が昼間にやってること、知ってるのかよ」
『当然だ。この娘は面白い人間だ。昼間はいつも通りに楽しく暮らしているくせに、夜が近づくと、我に体を乗っ取られ
ないかという不安で心が一杯になる。必死に無駄な努力をして、夢遊病と偽って人との関わりを断ち、人の少ない場所で
寂しく野宿をしようとまでする周到ぶりだ』
「……っ!!」
 彩也香は知っていたのか。こいつが自分の体を乗っ取って、悪さをしていることを。
 だからホテルに泊まりたくないとか、俺の家に泊まりたくないって言ったんだ。もしかしたら、被害が出るかもしれな
いから……。
 ネタ集めに来たって言っても、半分は観光目的だったはずだ。もっと自由に過ごしたかったはずだ。
 それをこの訳の分からねぇ奴のせいで、毎晩寂しく野宿していたってことかよ。

「………てめぇはそれを知っていて……面白がっていたってことか………」

『そうなるな。人間の感情は、神である我には理解しがたいからな』
「…………そうか…………」
 自然と拳に力が入った。
 くそったれ。好き勝手に家に上がり込んだ奴かと思えば、訳の分からねぇ奴に憑りつかれていて……。
 それなのに彩也香は明るく笑って、抱え込んで……。

「……気に入らねぇ……」

『何か言ったか?』
「ああ。気に入らねぇって言ったんだよ!!
『ほう……』
 右手を強く握りしめる。
 絶対に負けるわけにはいかねぇ。こいつだけは、この手でぶっ飛ばす!!

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 雲井:1600LP

 場:伏せカード3枚

 手札3枚
-------------------------------------------------
 ライガー:8000LP

 場:サイバー・レーザー・ドラゴン(攻撃)
   サイバー・フェニックス(攻撃)
   伏せカード1枚

 手札2枚
-------------------------------------------------

「俺のターン!!」
 今の手札じゃ、この状況をひっくり返すことは難しい。
 このドローに全てが懸かってる。頼むぜ、俺のデッキ!
「ドロー!!!」(手札3→4枚)
 勢いよくカードを引き、恐る恐る確認する。


「……きた!!」


 手に入ったのは、俺が待ち望んでいたカードだった。
「いくぜ!! 手札から"死者蘇生"を発動だ!!」


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


『ほう。この局面でそのカードを引いたか……』
「俺はこの効果で、墓地にいる"ビッグ・コアラ"を復活させる!!」
 降り注ぐ聖なる光に照らされて、先ほど機械龍に倒されたコアラが復活した。


 ビッグ・コアラ 地属性/星7/攻撃力2700/守備力2000
 【獣族】
 とても巨大なデス・コアラの一種。
 おとなしい性格だが、非常に強力なパワーを持っているため恐れられている。


「さらに手札から"融合呪印生物−地"を召喚だぜ!!」
 復活したコアラの横に、土砂の塊のような形をしたモンスターが現れた。


 融合呪印生物−地 地属性/星3/攻1000/守1600
 【岩石族・効果】
 このカードを融合素材モンスター1体の代わりにする事ができる。
 その際、他の融合素材モンスターは正規のものでなければならない。
 フィールド上のこのカードを含む融合素材モンスターをリリースする事で、
 地属性の融合モンスター1体を特殊召喚する。


「場にいるこのモンスターと他の融合素材モンスターをリリースすることで、俺はエクストラデッキから融合モンスター
を特殊召喚できるんだぜ!!」
『……なるほど。融合を使わずに強力なモンスターを呼び出すか……』
「いくぜ!! "融合呪印生物−地"と"ビッグ・コアラ"をリリース!! 出てこい! 俺の切り札!!」
 2体のモンスターが光に包まれて1つになる。
 巨大なコアラの肉体が洗練され、強靭なチャンピオンの姿へと変わる。
「召喚! マスター・オブ・OZ!!」


 マスター・オブ・OZ 地属性/星9/攻撃力4200/守備力3700
 【獣族・融合モンスター】
 「ビッグ・コアラ」+「デス・カンガルー」


『攻撃力4200……なるほど、なかなかの攻撃力だな』
「けっ! 彩也香の決闘を見てたなら、知ってんだろ!!」
『ククク、問題ないな……”その程度”の攻撃力ならば……』
「!?」
 なぜかライガーは余裕の笑みを浮かべながら、そう言った。
 攻撃力4200は、遊戯王ではかなり高い部類のはずだ。それを”その程度”って、どういうことだ?
 ええい、余計なことを考えるな。負け惜しみに決まってるぜ。
「バトルだ!! "マスター・オブ・OZ"で"サイバー・レーザー・ドラゴン"に攻撃!!」
 チャンピオンが拳を強く握り、強化された機械龍へと振り下ろす。
 機械龍はレーザー砲で反撃しようとしたが、チャンピオンの拳の方が早かった。
 強力な一撃に体を打たれ、機械龍は粉々に破壊された。

 サイバー・レーザー・ドラゴン→破壊
 ライガー:8000→6200LP

「どうだ!! これからが本番だぜ!!」
『この程度のダメージでいい気になるなよ小僧』
「へっ! 今さら負け惜しみ言っても遅いぜ!! 俺はこれでターンエンドだ!!」

-------------------------------------------------
 雲井:1600LP

 場:マスター・オブ・OZ(攻撃)
   伏せカード3枚

 手札2枚
-------------------------------------------------
 ライガー:6200LP

 場:サイバー・フェニックス(攻撃)
   伏せカード1枚

 手札2枚
-------------------------------------------------

『では我のターン、ドロー!』(手札2→3枚)
 カードを引くライガーの手に、若干の力が入ったように見えた。
 やっぱり俺の切り札を前に多少の焦りがあるに違いない。このまま一気に押し切って、彩也香を助け出してやるぜ!!
『……我は手札から"プロト・サイバー・ドラゴン"を召喚する』
「またかよ……」


 プロト・サイバー・ドラゴン 光属性/星3/攻1100/守600
 【機械族・効果】
 このカードはフィールド上に表側表示で存在する限り、
 カード名を「サイバー・ドラゴン」として扱う。


「そんなモンスター出しても、俺の切り札は倒せないぜ」
『当然だな。さらに我は伏せカードを発動する』
「……!?」


 アタック・リフレクター・ユニット
 【通常罠】
 自分フィールド上の「サイバー・ドラゴン」1体をリリースして発動する。
 自分の手札・デッキから「サイバー・バリア・ドラゴン」1体を特殊召喚する。


「な、なんだそれ?」
『これで我は場にいる"サイバー・ドラゴン"を変形させて、デッキから"サイバー・バリア・ドラゴン"を特殊召喚させ
てもらうぞ!』
 場にいる機械龍の姿が変形する。
 先ほどの攻撃的な形態とは逆に、防御に特化した変形をした機械龍が姿を現した。


 サイバー・バリア・ドラゴン 光属性/星6/攻800/守2800
 【機械族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 このカードは「アタック・リフレクター・ユニット」の
 効果でのみ特殊召喚する事ができる。
 このカードが攻撃表示の場合、1ターンに1度だけ
 相手モンスター1体の攻撃を無効にする。


「守りを固めようってことか……」
『ふっ、どう思おうと勝手だがな。我は"サイバー・フェニックス"を守備表示にして、カードを1枚伏せる』
「なんだよ。結局、守っているだけじゃねぇか」
『ククク、ではそういうことにしておこう。ターンエンド』

-------------------------------------------------
 雲井:1600LP

 場:マスター・オブ・OZ(攻撃)
   伏せカード3枚

 手札2枚
-------------------------------------------------
 ライガー:6200LP

 場:サイバー・フェニックス(守備)
   サイバー・バリア・ドラゴン(攻撃)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------

「俺のターン、ドロー!!」(手札2→3枚)
 相手が守勢に入った。攻め込むなら今しかねぇ!!
 このまま一気に勝負を決めてやるぜ!!
「覚悟しやがれ!! このターンで終わらせてやる!!」
『ほう、やれるものならやってみろ』
 相変わらず小馬鹿にした笑みを浮かべるライガー。
 今のうちにそうやって笑ってやがれ。すぐに青ざめさせてやるぜ!!
「手札から"簡易融合"を発動だぜ!!」


 簡易融合
 【通常魔法】
 1000ライフポイントを払って発動する。
 レベル5以下の融合モンスター1体を融合召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。
 この効果で特殊召喚したモンスターは攻撃する事ができず、エンドフェイズ時に破壊される。
 「簡易融合」は1ターンに1枚しか発動できない。


 雲井:1600→600LP

「この効果で俺はエクストラデッキから"炎の剣士"を特殊召喚だ!!」
 インスタントのカップ麺の箱から炎が燃え上がり、中から炎の剣を携えた剣士が現れた。


 炎の剣士 炎属性/星5/攻1800/守1600
 【戦士族・融合】
 「炎を操る者」+「伝説の剣豪 MASAKI」


『わざわざ自分のライフを減らしてまで、攻撃不可能なモンスターを召喚する意味があるのか?』
「あるに決まってんだろ!! 俺は"炎の剣士"をリリースして"偉大魔獣 ガーゼット"を召喚するぜ!!」
『……! そのモンスターは……!』


 偉大魔獣 ガーゼット 闇属性/星6/攻0/守0
 【悪魔族・効果】
 このカードの攻撃力は、生け贄召喚時に生け贄に捧げた
 モンスター1体の元々の攻撃力を倍にした数値になる。


「ガーゼットの攻撃力はリリースしたモンスターの攻撃力の倍になる!! リリースした"炎の剣士"の攻撃力は1800
だ。よって―――!」

 偉大魔獣 ガーゼット:攻撃力0→3600

『なるほどな。一気に攻撃力3600のモンスターを召喚したか』
「さらに手札から"破天荒な風"を"マスター・オブ・OZ"に発動するぜ!!」


 破天荒な風
 【通常魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターの攻撃力・守備力は、
 次の自分のスタンバイフェイズ時まで1000ポイントアップする。


 マスター・オブ・OZ:攻撃力4200→5200 守備力3700→4700

「いくぜ!! "マスター・オブ・OZ"で"サイバー・バリア・ドラゴン"に攻撃だぁぁ!!」
 渾身の力を込めた一撃が、ライガーの場にいる機械龍に襲いかかる。
『甘いぞ小僧。攻撃表示の"サイバー・バリア・ドラゴン"は1ターンに1度、攻撃を止めることができる!!』
「……っ!!」
 機械龍が首の周りに取りつけてある装置を展開する。
 すると亀甲状の電磁バリアが出現し、チャンピオンの一撃を受け止めて弾いてしまった。

 マスター・オブ・OZ:攻撃→無効

『ふっ、残念だったな小僧』
「……へっ! 残念だったのは……てめぇの方だぜ!!」
『なんだと?』
「俺はこの時を待っていたんだぜ!! 伏せカード発動!! "ダブル・アップ・チャンス"!!」


 ダブル・アップ・チャンス
 【速攻魔法】
 モンスターの攻撃が無効になった時、そのモンスター1体を選択して発動する。
 このバトルフェイズ中、選択したモンスターはもう1度だけ攻撃する事ができる。
 その場合、選択したモンスターはダメージステップの間攻撃力が倍になる。


「このカードの効果で、攻撃を無効にされた"マスター・オブ・OZ"はもう1度だけ攻撃出来るうえ、攻撃力が倍にな
るんだぜ!!」
『な、なんだと!?』
 攻撃を弾かれたことで崩れた体勢を立て直し、チャンピオンはもう1度攻撃態勢を整える。
 弾かれた拳を構えなおして、再び機械龍を狙って振り下ろす。

 マスター・オブ・OZ:攻撃力5200→10400

『……!!』
「これが決まれば、俺の勝ちだぁぁぁ!!!!」
『……伏せカード発動だ』
 ライガーが静かに、伏せてあったカードを開いた。
 突如、"サイバー・バリア・ドラゴン"の前に"サイバー・フェニックス"が立ち塞がり、強化されたチャンピオンの
一撃を受けとめてしまった。

 サイバー・フェニックス→破壊

「なっ……なにしやがった……!?」
『簡単なことだ』
 そう言って、ライガーは場に開かれているカードを指差した。


 シフトチェンジ
 【通常罠】
 相手が魔法・罠・戦闘で自分のフィールド上モンスター1体を指定した時に発動可能。
 他の自分のフィールド上モンスターと対象を入れ替える。


『このカードによって攻撃対象をフェニックスに変更した。フェニックスは守備表示だ。よってダメージは発生しない。
さらに"サイバー・フェニックス"は戦闘で破壊されたとき、我はデッキから1枚ドロー出来る』(手札1→2枚)
「くっ……! ま、まだだぜ!! "偉大魔獣 ガーゼット"で"サイバー・バリア・ドラゴン"に攻撃!!」
 俺の場にいるもう1体のモンスターの一撃が、機械龍を粉々にする。
 それによって発生したダメージはライガーのライフを大きく減少させた。

 サイバー・バリア・ドラゴン→破壊
 ライガー:6200→3400LP

「これで、ターンエンドだぜ!!」

 マスター・オブ・OZ:攻撃力10400→5200

「……………」
 さすがにこのターンだけじゃ決めきれなかったか……。
 けどこれでライガーの場は何もない。手札も少ししかないし、逆転は出来ないはずだ。
 しかも俺の場には攻撃力3600と5200のモンスターがいるんだ。どうせ守備表示でモンスターを出しただけで終
わるに決まってる。仮に強力なモンスターがいても、俺の伏せカードは強力な防御カードだ。
 完璧だ。完璧すぎる布陣だぜ。待ってろよ彩也香。もうすぐ―――。


『クックックックック……』


「!?」
 突然、ライガーが笑い出した。
『小僧、やはり貴様は面白いな……』
「あぁ?」
『だが……ここまでだ』
 ライガーの赤い瞳が光ったように見えた。
 途端に場の雰囲気が一変し、ピリピリとした感覚が肌を突き抜けた。
『ここまで楽しませてくれた礼だ。我の本気を見せてやろう』
「……! へ、へっ! 負け惜しみにも程があるぜ! いくらやっても、もうこの状況は―――!」



『本当に惜しかったな小僧』



「な、なん……だって……」
 いったい、なんだってんだ?
 もう俺の勝利が決まっているようなものなのに、どうしてこんなにライガーは自信ありげなんだ?
 い、いや、深く考えるな。ハッタリに決まってるぜ!
『小僧、ターンエンドでいいのだな?』
「あ、あぁ……」

-------------------------------------------------
 雲井:600LP

 場:マスター・オブ・OZ(攻撃)
   偉大魔獣 ガーゼット(攻撃)
   伏せカード2枚

 手札0枚
-------------------------------------------------
 ライガー:3400LP

 場:なし

 手札2枚
-------------------------------------------------

『では、我のターン……ドロー!』(手札2→3枚)
 引いたカードを確認したライガーの顔に笑みが浮かんだ。
 なんだ? この訳の分からない嫌な感じは……?
『ふっ、いくぞ小僧』
「な……」
『手札から"オーバー・ロード・フュージョン"を発動する!!』


 オーバーロード・フュージョン
 【通常魔法】
 自分フィールド上または墓地から、
 融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
 闇属性・機械族の融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
 (この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


『我の墓地には"サイバー・ドラゴン"を含めて10体の機械族が存在する。我は、それらすべてを融合する!!』
「なっ!? 墓地での融合だって……!?」
『現れろ! "キメラテック・オーバー・ドラゴン"!!』
 ライガーの場に巨大な渦が出現し、その中に今まで登場した機械が飲み込まれていく。
 渦の中心から機械の核が現れて、そこから機械龍の首が無数に伸びる。勝利に飢えた末に、不気味な進化を遂げた機械
龍が現れた。


 キメラテック・オーバー・ドラゴン 闇属性/星9/攻?/守?
 【機械族・融合/効果】
 「サイバー・ドラゴン」+機械族モンスター1体以上
 このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 このカードの融合召喚に成功した時、
 このカード以外の自分フィールド上のカードを全て墓地へ送る。
 このカードの元々の攻撃力と守備力は、
 融合素材にしたモンスターの数×800ポイントの数値になる。
 このカードは融合素材にしたモンスターの数だけ
 相手モンスターを攻撃する事ができる。


 キメラテック・オーバー・ドラゴン:攻撃力?→8000 守備力?→8000

「な、なんだこいつ……!?」
 攻撃力と守備力が8000もあるだとぉ!?
 ふざけんなぁ!! たった1枚のカードで、こんな化け物を召喚したって言うのかよ……!!
 こんなモンスターの攻撃喰らったら、一発で俺のライフは削りきられちまうじゃねぇか!!
『さらにこのモンスターは、融合素材にしたモンスターの数だけ攻撃できる。我は10体のモンスターを融合素材とした
ので、10回の攻撃が可能になる!!』
「なっ、10回の攻撃だとぉ!?」
 ざけんなぁぁぁぁ!! そんな反則カードを使いやがって!!
 くそったれ、妙な自信はこいつがいたからだったのか! たしかにこの場面で攻撃力8000は強すぎる……!!

 だけど、これくらいの状況、少なからず俺だって想定してたぜ!!

「俺は伏せカード発動だぜ!!」
 すぐさま伏せておいたカードを開く。
 次の瞬間、ライガーの場にいる機械の化け物が光の縄に縛り上げられた。


 グラヴィティ・バインド−超重力の網
 【永続罠】
 フィールド上に存在する全てのレベル4以上のモンスターは攻撃をする事ができない。


「へっ! いくら攻撃力が高くたって攻撃できなきゃ意味ねぇぜ!! これでてめぇの切り札は封じたぜ!!」
『………何を言っている? いつ、このモンスターが我の切り札だと言った?
「!?」
『手札から"シンクロ・ヒーロー"を発動する』


 シンクロ・ヒーロー
 【装備魔法】
 装備モンスターのレベルを1つ上げ、攻撃力は500ポイントアップする。


 キメラテック・オーバー・ドラゴン:星9→10 攻撃力8000→8500

『さらに"チェンジ・カラー"を発動し、"キメラテック・オーバー・ドラゴン"をシンクロモンスターに変更する』
「……!?」


 チェンジ・カラー
 【装備魔法】
 このカードを発動したとき、自分は通常モンスター、効果モンスター、
 儀式モンスター、融合モンスター、シンクロモンスターのどれかを宣言する。
 このカードを装備したモンスターの種類は、自分が宣言した種類になる。


 キメラテック・オーバー・ドラゴン:融合モンスター→シンクロモンスター

「……な、なにやってんだ? レベルを上げて、モンスターの種類を変えたところで――――!?」
 言いかけた瞬間、何かが頭をよぎった。

 レベルを9から”10”に上げた……? ”シンクロモンスター”として扱うようにした……?
 待てよ。”レベル10のシンクロモンスター”って……どっかで似たような場面があったような……?

 い、いや、そんなことがあるはずがねぇ。それに、仮にそうだとしても、相手の手札は0枚だから怖がることなんて
何もないぜ!!
『覚悟はいいか小僧』
「へ、へっ!! て、てめぇの手札は0枚じゃねぇか! 強がっても意味ねぇぞ!!」
『……我は……』
 ゆっくりとした動きで、ライガーが自分のデュエルディスクへ手を伸ばす。


『我は……デッキワンサーチシステムを発動する!!


「なっ!?」
 デッキから自動的にカードが突出して、ライガーはそれを引き抜いた。(手札0→1枚)
《デッキからカードを1枚ドローして下さい》
 機械の声に従って、俺はデッキからドローした。(手札0→1枚)
 それにしても一体なんなんだ、この嫌な感じ……デッキワンカードだからって、ここまでの悪寒は感じたことねぇぞ。
『我はデッキの上から10枚のカードを除外し、ライフを2000払うことで、このカードを特殊召喚する!!』
 ライガーのデッキから10枚のカードが取り除かれて、一気にライフも減少する。
 取り除かれたカードと減少したライフが光となって、ライガーの場に集まっていく。
 光はやがて形となって、タテガミを持った小さな獅子へと変化した。


 GT−破壊の獅子 神属性/星2/攻0/守0
 【神族・GT・デッキワン】
 小森彩也香の使用するデッキにのみ入れることが出来る。
 このカードは通常召喚できず、「神」と名のつくシンクロモンスターの素材にしかできない。
 2000ライフポイント払い、デッキの上から10枚のカードを除外することでのみ特殊召喚できる。
 このカードの特殊召喚は無効にされず、特殊召喚されたターンのエンドフェイズ時にデッキに戻る。



 ライガー:3400→1400LP

「そ、それは……個人名義の……デッキワンカード!?」
 噂で聞いたことがある『遊戯王都市伝説』の1つ『個人名義のデッキワンカード』。
 それが今まさに、俺の目の前に現れていた。
 しかも、それだけじゃねぇ。ゴッドチューナーだと!?
『レベル10でシンクロモンスター扱いの"キメラテック・オーバー・ドラゴン"とレベル2の"GT−破壊の獅子"を
チューニング!!』
 小さな獅子が、体に似合わない大きな咆哮をあげる。
 途端にその体が無数の石で構成された輪となって、機械龍の体を包み込む。そして大地が盛り上がり、さらにその
輪の中に入り込んだ。

『ゴッドシンクロ!! "地の神−ブレイクライガー"!!』

 轟音と共に、茶色い光の柱が立つ。
 その中から銀色のタテガミを持ち、赤い瞳を持った巨大な獅子が姿を現した。


 地の神−ブレイクライガー 神属性/星12/攻100000/0
 【神族・ゴッドシンクロ/効果】
 「GT−破壊の獅子」+レベル10のシンクロモンスター
 このカードが場に表側表示で存在する限り、バトルフェイズ中、相手のカード効果はすべて無効になる。



「なっ、攻撃力……じゅ、100000!?」
 あまりにも莫大な攻撃力に、言葉が出なかった。
 遊戯王には攻撃力を増強するカードがいくらでも存在する。それらを駆使すれば莫大な攻撃力は簡単に生み出せるかも
しれねぇ。けどこいつは違う。基本の攻撃力が100000なんだ。
 しかも―――
「うっ……雲井……君………」
「っ!? 彩也香!?」
 ライガーが支配しているはずの体から、彩也香の声が聞こえた。
「逃げ……て……!!」
「おい! 彩也香!! おい! 返事しろ!!」
『バトルフェイズだ!!』
 ライガーが宣言する。場に君臨する巨大な獅子が咆哮をあげると、その体にかかっていた光の網が消滅してしまった。

 グラビティ・バインド−超重力の網→無効

「ど、どうして……!?」
『地の神−ブレイク・ライガーは、バトルフェイズ中、相手のすべてのカード効果を無効にする
「なっ!?」
『我は他の神と違って、カードの耐性はない。だがバトルフェイズにおいて、我に敵う者はいない!!』
「………!!」
 そこまで言われて、ようやく相手の強大さを理解した。
 攻撃力が100000だというだけでも脅威だ。けど攻撃力”だけ”なら、対処するカードはいくらでもある。だけど
こいつの”攻撃力”は、次元が違う。攻撃するときに妨害を一切受け付けない効果。”防御できない最強の一撃”。それ
を地の神は体現してやがる。
「く、くそっ……!!」
 目の前に立ち塞がる地の神の威圧感。
 感覚で分かる。あいつの一撃だけは、たぶん現実のダメージとなって襲いかかってくる。
 伏せカードが使えねぇ。防御出来ねぇ。攻撃力のレベルが……違いすぎる……!!
『喰らえ!!』
 地の神が、俺の場にいるモンスターめがけて飛び上がる。
 あまりに莫大な攻撃力を持つ相手に、俺のモンスターは立ちすくんでいた。
 
 ……俺の………負け……だ……。

 地の神が、大きな爪を突き立ててモンスターを引き裂く。
 そのままの勢いで、今度は俺へ向かって爪を振り下ろした。
「くそっ……たれ……!」
 諦めて、俺は目を閉じた。










 ―――掴まって!!―――





 誰かが、俺の腕を掴んだ気がした。
 だけどその瞬間には、地の神の爪が目前まで迫っていた。


 ドォォン!!


 まるで、何かが爆発したような音が聞こえる。


 雲井:600→0LP


 腕に着けてあったデュエルディスクのライフカウンターが0になる。



 そして決闘は、終了した。










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 決闘が終了したと同時に、ライガーは自身のデュエルディスクをバッグに閉まった。
 目の前にある地面は大きく陥没し、亀裂が入っている。
 言うまでもなく、地の神の一撃が原因である。
『ククク、逃げられた……か……』


 ……ファンファンファン……


 遠くの方でパトカーのサイレンが聞こえた。
 おそらく先ほどの一撃によって生じた轟音のせいで、付近の住民が通報したのだろう。
『どうだ小娘。助けてもらった少年にトドメを刺す瞬間を目撃した感想は?』
 ライガーは自身の内にいる彩也香に問いかける。
「……どうして……こんな……酷いこと……」
『さぁな。貴様に教える義理は無い』
「もう……嫌だよ……私の体………なのに………」
『残念だが、もう少し貸してもらうぞ。抵抗しても無駄だ。もはや体の支配権の90%は我にあるのだからな』
「……!!」
 サイレンの音が近づく。
 さすがにこの状況を見られるのは面倒だと判断したライガーは、その場から去って行った。






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 妙に体が軽く感じた。
 まるで、空を飛んでいるようにすら感じる。
 ……そうか。俺は地の神の攻撃を受けて、それで………。

「大丈夫? 雲井君?」

 上の方から声がした。
 閉じていた目を開けて、声のした方向を見てみる。
 そこには、薫さんが俺の手を握って浮いていた。
「……薫さん?」
「そうだよ。直撃しなかったみたいだから、大丈夫みたいだね」
「は、はい?」
 なんとなく下を見てみる。
 街があんなに小さく見える。まるでミニチュアの模型を見ているみてぇだ。

 …………んん???
 待てよ? つーことは…………!!

「う、うおおおおおおおおお!!!???」
 ようやく気づいた。
 妙に体が感じたのは、気のせいなんかじゃなかった。
 実際に体が浮いていたから、そう感じていただけだった。
「お、落ち着いて雲井君!! すぐに地面のあるところまで行くから」
 体が光に包まれて、視界が白く染まる。
 気が付くと俺と薫さんは、ビルの屋上に立っていた。
「ごめんね。咄嗟だったから座標を適当に設定しちゃって……」
「はぁ、はぁ、い、いや、た、助かったぜ……」
 そうか。地の神の攻撃を受ける瞬間に聞こえた声は、薫さんだったのか。
 攻撃が直撃する前に"ポジション・チェンジ"で瞬間移動して、俺を守ってくれたってところか……。
 もし助けてくれなかったら、今頃……
「巻き込まないようにしたかったんだけど、結局は危険な目に遭わせちゃったね。本当にごめん」
「…………」
「雲井君?」

「……………何も………できなかった………」

「え?」
「ちくしょう……」
 言いようもない悔しさが込み上げてきた。

 勝てると思っていた。

 どんだけ追い詰められても、俺の一撃必殺デッキなら、どんな相手でもぶっ飛ばせると思っていた。

 だから彩也香も助けられるんじゃないかって思っていた。

 だけどライガーは、まるでそれをあざ笑うかのように”最高の攻撃力”を見せつけてきた。

 デュエルディスクに示された0の数字。

 俺は負けた。

 全然、歯が立たなかった。

「ちくしょう……ちくしょう……!!」
 奥歯を噛みしめて、拳を握りしめる。
 俺は全力だった。攻撃力だって、最高とまではいかないけどそれなりに叩き出せていたはずだ。
 けどライガーにとって、本当に”その程度”でしかなかったんだ。
「……………家まで、送っていくね」
 薫さんが優しく俺の頭を撫でてくれた。

 その手を払いのけるほどの余裕が、俺には残っていなかった。


 ただ彩也香を救えなかった悔しさと、完全敗北した虚しさが体を支配していた。




 そうして、俺の秋休み2日目は終了した。





 episode4――自分にしかできないこと――

 ピピピピピピ………!!
 近くに置いてある目覚まし時計が鳴った。
 すぐさまボタンを押して、スヌーズの機能をオフにする。
「……朝か……」
 あのあと薫さんに家まで送ってもらって、そのまま寝ちまったんだな。
「くそ……」
 目覚めが悪いにも程がある。
 こんなんじゃ、いつもの俺らしくねぇってのは分かってる。
 けどやっぱり昨日のショックはデカかった。

 圧倒的な攻撃力を前に、俺は為すすべもなく負けちまった。
 もし薫さんが助けてくれなかったら、今ごろ病院のベッドの上で横たわっていたと思う。
 助けてくれた薫さんからも、この事件には関わらないでと釘を刺されてしまった。
 くそっ、いったいどうしたらいいんだ。
「…………」
 5分ほどボーっとしていると、下の階から母親の声が聞こえた。

 そうか、母さんは帰ってきたのか。これでなおさら、夜遅くまでの外出が厳しくなっちまった。
 ……いや、この方が良かったのか? 夜に外に出なければライガーと出会うことはまずない。スターのメンバーも動い
ているし、事態を収めるなら間違いなくスターの方が楽に事を進められる気がする。
 このまま何もせずに、事件が解決するのを待つか………?

「……ありえねぇ」

 体を起き上がらせて、立ち上がる。 
 このまま何もしないで解決を待つ? ざけんなよ雲井忠雄。1回負けたくらいで凹んでんじゃねぇぞ。
 攻撃力が10万だろうが100万だろうが関係ねぇ。ライガーをこの手でぶっ飛ばさねぇと、俺の気が済まないだろ。
「よっしゃあ!!」
 気合を入れて、机にあるデッキケースに手をかけた。
 闇の組織との戦いでパワーアップしたはずのデッキでも、ライガーには勝てなかった。
 なにより、あの地の神を倒せるくらいのデッキにしないと彩也香を救うこともきっと出来ねぇ。
 とにかく今から色々と対策を考えねぇといけねぇな。


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 考えること約30分。
 良い案がまったく浮かんでこない。
 ただデッキを眺めたまま、どうしたらいいかわからなくて途方に暮れることしかできなかった。
「……やばい……」
 煮詰まったなんてレベルじゃない。ライガーに勝つために、どういうデッキを組めばいいのかさっぱり分からない。
 一撃必殺デッキしか作ってこなかった俺が悪いんだけど、まさかここまで途方に暮れることになるとは思わなかったん
だぜ……。
 つーか冷静になって考えてみれば、今さら別のデッキを作ったところで使いこなせる気がしねぇ。
 チマチマした攻撃とか性に合わないし、複雑怪奇なコンボとか手順をミスりそうで出来る気がしない。
 開き直って攻撃力で超えることを目指すか? いやいや、たしか俺の叩き出した最高攻撃力は3万ぐらいだったし……
地の神の攻撃力は10万だしなぁ……。
「………俺だけで考えても駄目……か……」
 机の上に置いてある携帯電話に手をかけた。
 ”あいつ”に電話することを少しだけ躊躇ったけど、スターの人達が頼れないこの状況じゃ、頼れるのはあいつしかい
ない。協力してくれるかどうか怪しいけど、ダメもとで電話するしかないぜ。

 プルルルルル………プルルルルル………ガチャリ。

 思っていたよりも早く電話に出やがった。
「もしもし?」
《……なんでお前が俺の番号を知っているんだ?》
「牙炎の事件の後、雨宮から教えてもらったんだぜ」
《そうかよ。それで、何の用だ?》
「……少しだけ相談に乗ってくれ」
《は?》
「お、俺だっててめぇなんかに頼りたくはねぇんだ。けど……」
《………はぁ………》
 電話の向こうから小さな溜息が聞こえた。
 それから少しの間があって、電話の向こうからあいつの声が返ってくる。
《……分かった。どこで待ち合わせればいい?》
「マジで相談に乗ってくれんのか?」
《ああ。今日は暇だし、お前には色々と世話になってるからな》
 世話になったって……俺、なんかしてきたか?
 まぁいいか。協力してくれるって言うんだ。ありがたくお言葉に甘えさせてもらうぜ。
《それで? 結局、場所はどうするんだ?》
「……そ、そうだな……」
 家に呼ぶってのも面倒だし、どっかに行くってのもなぁ……。
 ポケットに手を突っ込みながら考える。
 
「ん?」

 手に何か紙のようなものが触れた。
 ポケットから取り出して見てみると、それは――――
「……場所、決まったぜ」
《どこだ?》
「喫茶店だぜ。住所言うから、店の前に集合だ」
《……分かった》

 俺の手に握られていたもの、それは――――




 ――――雨宮にもらった『霊使い喫茶』のチケットだった。





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 正午の時間になった。
 そろそろ待ち合わせの時間だってのに、あいつは遅れてきたりしねぇよな?
「悪い。待ったか?」
 横から声をかけられた。
「おせぇぞ」
 悪態をつきながら声のした方を向く。
 そこにいたのは、俺のライバルである中岸大助だった。
 スターが頼れない以上、デッキの相談に乗ってくれそうな可能性があるのはこいつだけだ。
 悔しいが俺はこいつに連敗中だし、少しくらいアドバイスとかくれるかもしれねぇ。
 本当は中岸に頼るのは嫌がったんだけど、ライガーをぶっ飛ばして彩也香を助け出すには、絶対にこいつの力が必要に
なると思った。背に腹は代えられないってやつだぜ。
「それで? なんなんだ? 相談って?」
「……少し長くなるぜ。だから、中に入るぞ」
「え、中って……この喫茶店にか……?」
 中岸があからさまに不審そうな目で喫茶店を見つめる。
 扉の前には霊使いの可愛らしいイラストが描かれている看板が立てかけられており、近くにある他の店と比べて明らか
に異様な外装をしている。『OPEN』の文字があるから、店はやっているんだろうけど……。
「雲井、まさかお前にこんな趣味があるとは……」
「なっ、ち、ちげぇよ!! 雨宮から特別チケットもらったから、ちょうど良かっただけだぜ!!」
「……………」
「そんな目で見るんじゃねぇよ!!」
 くそったれ。相変わらずムカつく野郎だぜ。
 こっちは真剣に相談を聞いてもらうために来たってのに、この喫茶店のせいで変な勘違いまでされそうだ。
「とにかく入るぜ。ここならスターの人にも聞かれなくても済むと思うし」
「……はぁ。よく分からんが、”本当に”相談なら付き合ってやるよ」
「それでこそ俺の見込んだライバルだぜ!」
「はいはい」
 あまり乗り気ではなさそうな中岸と一緒に、俺は霊使い喫茶に入店した。



「「「「「いらっしゃいませ♪ ご主人様♪」」」」」



 入った途端、霊使いの格好をしたスタッフ達がお出迎えしてくれた。
 さすが『霊使い喫茶』というだけあって、ヒータやウィン、エリアやアウス、ライナにダルクなど霊使いのコスプレを
している。ところどころにブラック・マジシャン・ガールやカード・エクスクルーダーなど、マニアの人気のありそうな
カードのコスプレをした姿も見える。
 ここまでくると、まるで別世界だな……。
「何名様でいらっしゃいますか?」
「えっ、に、2名だぜ」
「かしこまりました。ではこちらへどうぞ♪」
 "光霊使い−ライナ"が満面の笑みで案内してくれる。他にも客がそこそこいるようで、俺達は端っこの2人席まで案内
された。
「こちらがメニューとなっております。ご注文がお決まりになったらお呼びくださいご主人様♪」
「あ、あぁ、りょ、了解だぜ……」
 ライナは笑顔のままお辞儀をして、スタッフルームと書かれたドアの中に入っていった。
 とりあえず何か頼もうと思って、渡されたメニューを見る。何か少し割高な気がするけど、こっちには特別チケットが
あるんだ。問題ないぜ。
「中岸、お前、なんでも頼んでいいぜ。今日くらい奢ってやるよ」
「なんだ? ずいぶん気前がよくないか?」
「相談に乗ってもらうんだから、これぐらい当然だぜ」
「そうかよ。じゃあ俺、Aランチで」
「へっ! じゃあCランチを注文するぜ」
 注文が決まったところで中岸が呼び出しボタンを押す。
 しばらくしてからスタッフルームから"火霊使い−ヒータ"のコスプレをした店員が出てきた。
 ヒータは一直線に俺達のいる席に来て、手を後ろに組んでそっぽを向いた。
「か、火霊使い−ヒータです。べ、別にあんたたちのために注文を取りに来たんじゃないんだからねっ! ほ、ほらっ、
さっさと注文しなさいよ!」
 どことなくぎこちない様子で注文を聞くヒータ。
 よく見ると胸のあたりに『新人』と書かれたプレートがつけられている。なるほど、新人ならぎこちないってのも頷
けるぜ。
「AランチとCランチを1つずつ頼むぜ」
「え、わ、分かったわよ。それで? 他に注文はないわけ?」
「俺はねぇぜ。中岸は何かあるのかよ?」
「………あ、あぁ……特には……ないな」
 少し顔を赤くして、中岸はヒータから視線を逸らした。
 なんだ? ヒータを見て赤くなりやがって……てめぇには香奈ちゃんっていう最高の女神がいるってのに……。
 こりゃああとで雨宮に報告して叱ってもらわねぇとな。中岸め、ざまぁみろ。
「以上だぜ」
「わ、分かったわよ。少し待ってなさいよっ!」
 そう言ってヒータは急ぐようにこの場を去ろうとした。
 ん? そう言えばなんか忘れてるような……そうだ!
「ちょっと待ってくれ!」
「な、何よ?」
「このチケットってどうやって使えばいいんだ?」
 雨宮からもらったチケットを見せた瞬間、ヒータの表情が一変した。
「そ、それ、どこで手に入れたのよ!?」
「え、いや、クラスメイトからだぜ……?」
「……………」
 ヒータは唖然とした表情で俺の持っているチケットを10秒ほど見つめていた。
 そんなにレアなチケットだったのか? だとしたら雨宮には感謝しとかないとな。
「失礼しまーす♪」
 横からライナが現れて、ヒータの両肩を掴んだ。
 ヒータはライナに妙な視線を送り、ライナは俺達を見たままその視線を無視した。
「そのチケットはメニューがご主人様に届いたときに適用されますので、大切に持っていてください♪」
「あ、ああ……」
「さぁ、さっさと行こうねヒータちゃん♪」
 どことなく不気味な笑みを浮かべながら、ライナはヒータを連れてスタッフルームへ入っていった。
 ……そういやなんか、どこかであの笑みを見たことがあるような……?
 まぁいいか。どうせ気のせいだろ。
「それで、相談ってなんなんだ?」
 中岸がいつの間にか出されていた水を飲みながら尋ねてきた。
 真剣に相談に乗ってくれるみてぇだ。これならきっと、いいアイデアを出してくれるに違いない。
「……実は……」

 俺は秋休みに入ってからのことを中岸に話した。
 家にいきなり彩也香が乗り込んできたこと。彩也香がライガーに体を乗っ取られていること。そんな彩也香をスターが
捕まえようとしているということ。そしてライガーの切り札である"地の神−ブレイクライガー"のこと。
 とりあえず、俺が分かっているところまでを中岸に教えた。

「また神か……これで4体目だな……」
「ああ」
 今までの戦いで、中岸は神と名のつくカードを色々と見てきた。闇の神、光の神、炎の神、そして今回登場しやがった
地の神。どれも強力な効果を持っていて、攻略するのは容易じゃねぇ。
 特に今回の"地の神−ブレイクライガー"は最強の攻撃力を持っている。あいつをどうやって倒したらいいのか、さっぱ
り分からねぇ。
「本当なのか? 攻撃力100000って……」
「ああ。信じられねぇけど、どうしようもなかった……」
「そうか。しかもバトルフェイズ中に相手のカード効果をすべて無効にする……ずいぶんと攻撃的な神だな」
「なんだよ。ずいぶんと落ち着いているじゃねぇか」
「落ち着いて冷静に考えないと、分かるものも分からないからな」
 ったく、こういう冷静なところはどうやっても真似できそうにねぇぜ。
 だとしても、地の神に攻略法なんてあんのか?
「まず真っ先に浮かぶのは"ハンマーシュート"だな」
「……っ!」


 ハンマーシュート
 【通常魔法】
 フィールド上に表側攻撃表示で存在する
 攻撃力が一番高いモンスター1体を破壊する。


 攻撃力が一番高いカードを破壊するカード。
 たしかに地の神の攻撃力は100000もある。まず間違いなく破壊できる。
 そういやそんなカードあったなぁ……。すっかり忘れていたぜ。中岸の奴、すぐに思いつきやがって。
「で、でもまず相手の攻撃を伏せがねぇと――――」
「それなら"和睦の使者"とか"威嚇する咆哮"とかを、バトルフェイズ前に発動しておけばいいんじゃないか?」
「っ!!」


 和睦の使者
 【通常罠】
 このカードを発動したターン。相手モンスターから受けるすべての戦闘ダメージを0にする。
 このターン自分のモンスターは戦闘によって破壊されない。


 威嚇する咆哮
 【通常罠】
 このターン相手は攻撃宣言をする事ができない。


「け、けど、無効にされちまうから意味がねぇんじゃねぇか?」
「それならたぶん大丈夫だろ。お前が"破天荒な風"を発動した次のターンに地の神が召喚されても、お前のモンスター
の攻撃力は下がらなかったんだ。つまり、バトルフェイズ前に発動してあった効果なら無効にされないってことだろ?
永続罠とか永続魔法は例外っぽいけどな」
「……っ!!」
 ムカつくくらい簡単に対処法を思いつきやがって……。
 ったく、本当に腹が立つぜ。
「じゃあ装備魔法とかはどうなんだ?」
「知るかよ。多分、駄目なんじゃないか?」
「ちっ……じゃあ、やっぱ"ハンマーシュート"で倒すしかねぇのか……?」
 巨大なハンマーでペシャンコにされる地の神の姿は容易に想像できる。
 けどなんかしっくりこねぇ。もっとこう……俺らしい攻略法はねぇのか?
「自分から言ってアレだが、実際そう簡単にはいかないだろう。相手だってそれなりに対策はしてるはずだしな」
「……そ、そうだぜ!! そんな程度の攻略法で倒せるなら、苦労しねぇぜ!!」
「……手っ取り早いのは召喚される前に倒すことだな」
 たしかにそれは思いついた。
 けど俺の一撃必殺デッキは、どうやっても時間がかかっちまう。
 しかもライガーのデッキは彩也香のデッキだ。あのサイバー・ドラゴンを主軸にしたデッキを相手に速攻で決められる
とは思えねぇ。一歩間違えれば俺の方が瞬殺されそうだし……。
「なぁ雲井」
「あ?」
「スターに任せるわけにはいかないのか?」
「ふざけんな! ライガーだけは俺がぶっ飛ばさねぇといけねぇんだよ!」
 勢い余って机を強くたたいてしまった。
 端っこの席だったためか、あまりほかの客の目は集中せずに済んだ。
「たしかにスターに任せた方がいいのかもしれねぇ。けど! このままじゃ俺のプライドが許さねぇんだ!!」
「……そうか。じゃあ考えるしかないな」
 深いため息をついたあと、中岸は頭を押さえながら必死に考え始めた。
 俺も一生懸命考えてみるけど、まったく思いつかねぇ。
「くそっ、全然分からねぇ!」
「……1つだけ、あるかもしれないぞ」
「……! なんだよ?」
「そのライガーってやつは、カード効果による破壊の対策はしているはずだ」
「ああ」
「つまり、”戦闘破壊”への対策は入っていないかもしれない」
「っ……!! 攻撃力100000を……超えるってことか!?」
 中岸はどこか自信なさげに頷いた。
 たしかにそれならシンプルで簡単だけど、攻撃力100000なんて1人でデッキを回しているときにも成功したこと
がねぇぞ。ただでさえ手札を貯めるほどの余裕がある相手じゃねぇのに、厳しすぎるにも程があるぜ。
「てめぇ……真剣に考えろよ!」
「分かってる。けど――――」



「はーい、お待たせしました♪ AランチとCランチになりまーす♪」



 割り込んできたのはライナだった。
 俺と中岸の前にランチが置かれる。タイミングが良いんだか悪いんだかよく分からねぇな。
「さてさて、それではチケットの効果を適用したいと思います♪ ほら、ヒータちゃん♪」
「は、はい………////」
 ヒータも現れて、ライナは俺の隣に、ヒータは中岸の隣に座った。
 心なしか霊使いとの距離が近い気がする。いったい何をやるんだ?
「さてさて、じゃあご主人様、なんなりとご命令ください♪」
「は? はぁ!?」
「メニューはこちらになります♪」
 そう言ってライナとヒータは小さなメニューカードを手渡す。

 ・★美味しさ倍増、魔法の霊術★
 ・★食べさせてあげるね♪★
 ・★投げキッス★
 ・★霊術披露★

「……………」
 最初の3つはなんとなく内容が分かるからまだいいとして……最後の『霊術披露』ってなんなんだ?
 いや、でもなんかどれもキツイぞ。いろんな意味で………。
「どうしますかご主人様?」
「え、あ、いや、じゃ、じゃあ一番上のやつで……」
「了解しました♪」
 そう言ってライナは立ち上がり、懐から取り出した小さな杖を出して振り始めた。

「美味しくなぁれ美味しくなぁれ♪ ミラクルマジカル魔法の呪文♪ 大好きなご主人様へのご奉仕です♪ 私の魔力を
愛情に変えて♪ ランチに愛を届けます♪ 霊使いの最高魔法、ミラクルハートストライク♪」

 杖を振るのを止めて、ライナは俺へ満面の笑みを見せる。
「はい。これでランチは最高の味になりました。美味しくお召し上がりください♪」
「あ、ああ……ありがとう……」
 予想してはいたけれど、実際に目の前でやられるとキツイな……。
 でもこういうのを嬉しがるやつとかもいるんだよな…………本当に世界は広いぜ……。
「ヒータちゃん。ご主人様にちゃんとご奉仕した?」
「は、はい……」
「よろしい♪ じゃあご主人様たち、ごゆっくりどうぞ♪」
「ごゆっくり、どうぞ……////」
 ヒータは顔を真っ赤にしながら席を去って行った。
 なぜか中岸も顔を赤くしながら頭を押さえていた。
「てめぇ、何をしてもらったんだよ……」
「……聞くな。聞かないでくれ……」
 いったいどんなサービスしてもらったんだよ……。
 まぁいいか。中岸のことを気にしている場合じゃねぇしな。
「話を戻すぜ?」
「ああ」
「攻撃力100000なんて、超えられるわけねぇだろうが」
「たしかに俺には無理だ。けど、お前なら……超えられるかもしれないだろ」
「……!!」
「もし俺がライガーってやつと戦うことになったら、きっとカード効果による破壊を狙う。六武衆じゃどうやっても攻撃
力で超えられないからな。誰にだって出来ることと出来ないことがあるだろ」
「……俺なら、攻撃力で超えられるって言いてぇのか?」
「さぁな。けど、攻略できる可能性があるのはお前の方だって言っているだけだ」
 そう言って中岸は再び考え始めた。
 俺も冷静になって、もう1度考える。
「………」

 誰にだって出来ることと出来ないことがある。中岸に出来て俺に出来ることってなんだ?
 ……って、そんなの最初から決まってんじゃねぇか。
 俺のデッキは一撃必殺。相手がたとえ神だろうが、問答無用でぶっ飛ばせるようなデッキだ。
 そうだぜ。俺にカード効果による破壊とか、無駄にややこしいコンボなんざ似合わねぇ。
 やるならただ1つ。たった1つのシンプルな方法があるじゃねぇか。
 考えろ。無い知恵を絞りだせ俺の脳細胞。どんなにありえない方法だって構わねぇ。あいつを……ライガーをぶっ飛ば
せる方法を探すんだ。
 地の神の攻撃力は100000もある。それをどうにか超えなきゃならねぇ。
 普通の方法じゃ絶対に超えられねぇ。何か、何か考えるんだ。
 あのカードとあのカードを組み合わせて、攻撃力がこうなるから……。ああなってこうなって………いや駄目だ、まだ
届かねぇ。くそっったれ。やっぱ無理なのか? 攻撃力で超えることなんて……。
「……中岸、てめぇはどうやって闇の神と炎の神を倒したんだよ?」
「どうやってって……たまたま運がよかっただけだ。どれも誰かの力を借りて倒せたようなもんだしな」
「けっ、ぜんぜん参考になら――――」

 って……ちょっと待てよ。
 誰かの力を借りる? 相手の力を……利用する……?
「っ!!」
 頭の中に電撃が走り、何かが閃いた。
 中岸はそんな俺の様子に気づいたのか、視線を向けてくる。
「どうした?」
「……中岸、思いついた方法を言っていくから、超えられるかどうか計算してくれ」
「いや、それぐらい自分でやれよ……」
「頼むから、計算してくれ」
「はぁ、分かったよ」
 中岸は携帯を開いて、電卓の機能を起動した。
 俺は思いついた方法を忘れないうちに言葉にして、中岸に伝えた。
「……どうだ?」
「………………」
 中岸は携帯を見つめたまま、なにやら複雑な顔をしていた。
 なんだ? もしかして駄目だったのか?
「まったく……」
 深いため息をつきながら、中岸は携帯を閉じた。

「……まったく、こんなやり方、お前しか思いつかないだろ……」

 半ば呆れた口調で、中岸は小さく笑った。




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 ランチが食べ終わって会計を済ませた後、俺と中岸は店の前に立っていた。
 半額チケットを使ったおかげでかなり安く済んだ。あとで雨宮に感謝しておかないとな。
「それで、これからどうするんだ?」
「決まってんじゃねぇか。彩也香を探し出す」
「まぁそうだよな……」
「なんだ? 心配してくれてんのか?」
「一応な。まぁお前にとって迷惑以外の何物でもないんだろうが……相手は神だ。負けたらどうなるか分からないだろ」
 たしかに、あの強大な地の神の一撃を喰らったらどうなっちまうかなんて考えたくもねぇ。
 もしかしたら命を落としてしまうかもしれねぇ。けど、それでもやっぱり、退くわけにはいかねぇんだ。
「俺が負けるとでも思ってんのか?」
「………………すまん、反応に困る」
「てめぇ、ここは”思ってません”の一言だろ」
「いや……やっぱお前だから、なんか気軽に言えない」
「ケンカ売ってんのか?」
「そういうわけじゃないんだが……まぁ、無理するなってことだ」
「けっ! 心配されるまでもねぇよ。第一、てめぇに負けっぱなしのまま死ねるか」
「……はぁ……」
 深いため息をついて、中岸は頭をかいた。
 こいつなりに俺のことを心配してくれてんの確かみてぇだ。
 まったく、余計なお世話にも程があるぜ。
「いいか中岸。これは俺の問題だ。てめぇの手助けは今回のだけで十分だぜ。あとは俺がなんとかしてやるぜ」
「……お前がそこまで言うなら、任せるしかないな」
「へっ、少しは俺のことが分かってきたみてぇじゃねぇか」
「あんまり分かりたくなかったけどな」
「うるせぇ。じゃあな中岸。また学校で会う時こそ、覚悟しておきやがれ!!」
「はいはい。頑張れよ雲井」
 手を振る中岸に背を向けて、俺は街中へ走り出した。




 中岸と別れてから30分ほど経った。
 俺は思いついた方法以外に、何かいい方法が無いかを考えながら街を歩いていた。
「…………思いつかねぇ………」
 我ながら発想の乏しさが悲しくなってくるぜ。
 カード効果で破壊を狙ってもいい。けどやっぱ、それだとしっくりこない。
 そもそも彩也香は今、どうしているんだ? ライガーにまだ体を乗っ取られているのか?
 まさか……スターに捕まっちまったのか? 
「……っ!!」
 駄目だ駄目だ。俺に暗い思考なんて似合わねぇ。
 そういうグダグダと考えるのは中岸とかがお似合いなんだ。悩むことなんかねぇ。ライガーを倒せば彩也香を助けるこ
とが出来るんだ。さっさとライガーを見つけてぶっ飛ばすに限るぜ。
「……急いで探さねぇとな」
 スターだって動いているはずだ。
 面倒くさいことが起こる前に、絶対に見つけ出して――――
「っ!?」
「きゃっ」
 すれ違う人にぶつかってしまった。
 考えすぎていたせいで、周りに意識がいっていなかったみてぇだ。
 やっぱ考えすぎるとロクなことがねぇぜ。
「おい、大丈夫か?」
「は、はい。大丈―――!」
「っ!!」
 顔を見てようやく気付いた。
 俺にぶつかったのは、これから探そうとしている彩也香だった。
「く、雲井……くん……」
 彩也香は顔を伏せながら、後ろに一歩下がった。
 そのまま俺と顔を合わせないまま、口を開く。
「……良かった……無事で……」
「ああ。てめぇはその……大丈夫なのかよ」
「うん。ライガーも今は、抑え込めているみたい……」
「…………」
「…………」
 嫌な沈黙が続く。
 このままでいるのも、なんか……あれだな……。
「……なぁ、彩也香――――」
「ごめんね」
「あぁ?」
「私のせいで、こんなことになっちゃって……自分でなんとかしようと思ってたんだけど、やっぱり私じゃ、どうしよう
もないことだったのかも……。だから、私は、その……いなくなろうと思うんだ」
「……てめぇ、まさか死ぬ気なのか?」
「そ、そんなことないよ。ただ人が多いこの町にこれ以上長く滞在するわけにはいかないから、人の少ないところに移っ
て………静かに暮らそうって思うの」
「仕事はどうすんだよ」
「……! わ、私の代わりなんていくらでもいるから……きっと……大丈夫だよ」
 無理に笑顔を作って答える彩也香。
 自然と拳に力が入る。
 やっぱ、このまま放っておきたくねぇ……!
「ざけんじゃねぇぞ……!」
「え?」
「勝手に巻き込んでおいて、勝手に終わらせようとしてんじゃねぇぞ。こっちはライガーをぶっ飛ばさなきゃ気が済まな
くなっちまったんだ。巻き込むなら最後まで巻き込みやがれ!!」
「で、でも――――」
「”でも”も”だから”もねぇ!! 俺は絶対にライガーをぶっ飛ばす。中にいるライガーに伝えておきやがれ。今日の
夜、てめぇをぶっ倒してやるってな!!」
 堂々と人差し指を突き付ける。
 攻撃力がいくらあろうと関係ねぇ。このまま引き下がることなんて絶対にできねぇんだ。
 わざわざあの中岸にまで相談して対策を考えてきたんだ。だから、負けるはずがねぇ!!

『ほう、我と再び戦おうと言うのか』

「……!!」
 声が一気に低い声へ変化した。
 彩也香の瞳が赤くなっている……ということはライガーの野郎か……!
「てめぇ、彩也香に抑え込まれているんじゃなかったのか……」
『残念だが、もうこの娘に我を抑え込む力はほとんどない。やがてこの娘の意識自体も我に取り込まれるだろう。小僧、
親切心で言っておく。この娘を助けるならば、今宵が最後のチャンスだ』
「……!!」
『まさか貴様のような弱い小僧が、この娘にとって最後の希望だとは……不幸であること極まりないな』
 ライガーが鼻で笑う。
 それに対して俺も、ほくそ笑んでやる。
『何か可笑しいか?』
「ああ。てめぇが驚く姿を想像すると、笑えてくるぜ」
『ふっ、つくづく面白い小僧だな。いいだろう。今晩の12時、5丁目の廃ビルで待っているぞ。あそこならば、邪魔は
入らないだろうしな』
「分かった。首洗って待ってやがれ!!」
 ライガーは俺を一瞥して、人ごみの中に消えていった。
「………」
 これが最後のチャンス……か……。
「っ!!」
 自分の顔を叩いて、活を入れる。
 ビビるな。俺は、俺にしか出来ないことをやればいい。
「よっしゃ! 早速、家に帰ってデッキ調整だぜ!!」
 待ってろよライガー。必ずてめぇをぶっ飛ばして彩也香を助け出してやるぜ!!





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 そして、夜の12時になった。
 適当な理由で親から外出許可をもらった俺は、ライガーに言われたとおり5丁目の廃ビルに足を運んだ。
 時間帯のためか、場所が悪いためか、人の姿はない。
 『KEEP OUT』と書かれた看板を無視して、俺はビルの敷地内に入った。
 大きく息を吸って、呼びかける。

「ライガー!! 言われた通りに来てやったぜ!! 出てこい!! 勝負だ!!」

 ビルに音が反響して、声が木霊する。
 しばらくしてビルの中から、赤い瞳をした奴が姿を現した。
『本当に来たか……』
「ああ。てめぇこそ、よく待ってやがったじゃねぇか」
『貴様ごとき小僧から逃げる理由もあるまい』
 ライガーは鼻で笑い、腕に着けているデュエルディスクを展開した。
 俺も同じようにデュエルディスクを展開し、家で調整してきたデッキをセットする。
 大きく深呼吸して、出来る限り力を抜いて相手を見据える。
 この勝負だけは、マジで負けられねぇ!



「『決闘!!』」



 雲井:8000LP   ライガー:8000LP




 彩也香の運命をかけた決闘が、始まった。




 デュエルディスクの赤いランプが点灯する。
 よっしゃ、先攻は俺からだぜ。
「いくぜ!! 俺のターン、ドロー!!」(手札5→6枚)
 ざっと手札を見渡した後、不気味に笑うライガーを見つめる。
 相手のデッキは彩也香のデッキだ。不用意にターンを終えると一気にやられちまう危険性があるな。
『どうした小僧?』
「うるせぇ。モンスターをセットして、カードを1枚伏せてターンエンドだぜ」
『クク、ずいぶんと消極的だな』
「勝手に言ってやがれ。すぐにてめぇをぶっ飛ばしてやるよ」
 俺の睨みつけを軽くあしらいながら、ライガーは不敵に笑った。
 ビビっているわけじゃねぇ。ただ不用心に攻めていたら絶対に勝てないことは分かっている。だからここはポリシーに
反しても、守備に徹して様子を見るしかないぜ。


 ターンが移行して、ライガーのターンになった。


『我のターン、ドロー』(手札5→6枚)
 ライガーがデッキからカードを引いた瞬間、嫌な寒気がした。
 なんだ? 前に決闘した時となんだか雰囲気が違うぞ? まるで……闇の決闘をしているときみたいな……?
『相手の場にだけモンスターがいることで、手札から"サイバー・ドラゴン"を特殊召喚だ』
「っ!」
 ライガーの場に機械龍が出現する。
 全身が機械で作られたモンスターの咆哮が、廃ビルの壁に反響してフィールド全体に響きわたった。


 サイバー・ドラゴン 光属性/星5/攻2100/守1600
 【機械族・効果】
 相手フィールド上にモンスターが存在し、
 自分フィールド上にモンスターが存在していない場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。


『手札から"プロト・サイバー・ドラゴン"を召喚する』
「……!!」


 プロト・サイバー・ドラゴン 光属性/星3/攻1100/守600
 【機械族・効果】
 このカードはフィールド上に表側表示で存在する限り、
 カード名を「サイバー・ドラゴン」として扱う。


「場にいるときに"サイバー・ドラゴン"になるやつか……」
『ほう。さすがに頭の悪い小僧でもそれぐらいは覚えたか』
「っ!」
 くそったれ。いちいちカンに触る奴だぜ。
 けどもしかしたら、そうやって俺を怒らせる作戦なのかもしれねぇ。その手には乗るか。
「へっ、そんな雑魚モンスターで同様誘おうとしても無駄だぜ」
『そんな猪口才な手を我が使うと思ったか? 手札から"融合"を発動だ。場にいる2体のモンスターを融合することで
エクストラデッキから"サイバー・ツイン・ドラゴン"を融合召喚する!!』
 場にいる2体の機械龍が渦の中に巻き込まれ、合体する。
 現れたのは二つ首の機械龍。二つの頭から放たれる咆哮は、先ほどのものより大きい。


 融合
 【通常魔法】
 手札・自分フィールド上から、融合モンスターカードによって決められた
 融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体を
 エクストラデッキから特殊召喚する。


 サイバー・ツイン・ドラゴン 光属性/星8/攻2800/守2100
 【機械族・融合/効果】
 「サイバー・ドラゴン」+「サイバー・ドラゴン」
 このカードの融合召喚は、上記のカードでしか行えない。
 このカードは一度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。


「いきなりかよ……!!」
 攻撃力2800で2回攻撃が可能なモンスター。
 初めて彩也香と決闘した時も、こいつをいきなり出されて驚いたんだったな。
『バトルだ!!』
 機械龍の片方の首から強力なレーザー砲が放たれて、俺のモンスターを粉々にしてしまった。

 巨大ネズミ→破壊

「っ……! この瞬間、戦闘で破壊された"巨大ネズミ"の効果発動だぜ!」
『ほう……』


 巨大ネズミ 地属性/星4/攻1400/守1450
 【獣族・効果】
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、自分のデッキから攻撃力1500以下の
 地属性モンスター1体を自分フィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。


「こいつの効果で、もう1体の"巨大ネズミ"を特殊召喚するぜ!」
 俺のデッキから破壊されてしまったモンスターと同じ姿をしたモンスターが現れる。
 だけどさっきと違って、守備表示でなく攻撃表示になってしまっている。
『まだだ小僧。2度目の攻撃だ!』
 機械龍のもう一つの首からレーザー砲が放たれて、現れたばかりのモンスターを貫いてしまった。

 巨大ネズミ→破壊
 雲井:8000→6600LP

「……! 破壊された"巨大ネズミ"の効果でデッキから"ミニ・コアラ"を特殊召喚するぜ!!」
 倒れたネズミのモンスターが声を上げて、新たな仲間を場に呼び出す。
 手の平サイズの小さなコアラが場に現れて、立ちはだかる機械龍を見上げた。


 ミニ・コアラ 地属性/星4/攻1100/守100
 【獣族・効果】
 このカードをリリースすることで、デッキ、手札または墓地から
 「ビッグ・コアラ」1体を特殊召喚できる。


『ククク、守ってばかりだな小僧。カードを1枚伏せてターンエンドだ』
 不敵な笑みを崩さずに、ライガーはターンを終えた。

-------------------------------------------------
 雲井:6600LP

 場:ミニ・コアラ(攻撃)
   伏せカード1枚

 手札4枚
-------------------------------------------------
 ライガー:8000LP

 場:サイバー・ツイン・ドラゴン(攻撃)
   伏せカード1枚

 手札2枚
-------------------------------------------------

「俺のターンだぜ。ドロー!!」(手札4→5枚)
 なんとか最小限のダメージに抑えることが出来たみてぇだ。
 今度はこっちの反撃だぜ!
「さっき呼び出した"ミニ・コアラ"の効果発動! 自身をリリースすることでデッキから"ビッグ・コアラ"を特殊召喚
するぜ!!」
 手の平サイズのコアラが光に包まれて、俺の身の丈の倍はあるサイズのコアラが出現する。
 ライガーの場にいるモンスターも、突如現れた大きなモンスターに少し驚いているようだった。

 ミニ・コアラ→墓地
 ビッグ・コアラ→特殊召喚(攻撃)


 ビッグ・コアラ 地属性/星7/攻撃力2700/守備力2000
 【獣族】
 とても巨大なデス・コアラの一種。
 おとなしい性格だが、非常に強力なパワーを持っているため恐れられている。


『ククク、お決まりのモンスターだな。それでは攻撃力が足りないのではないか?』
「へっ! そんなの分かってるぜ!! 伏せカード"破天荒な風"を発動!!」


 破天荒な風
 【通常魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターの攻撃力・守備力は、
 次の自分のスタンバイフェイズ時まで1000ポイントアップする。


「このカードの効果で、俺のモンスターの攻撃力と守備力は1000ポイントアップするぜ!!」

 ビッグ・コアラ:攻撃力2700→3700 守備力2000→3000

『ほう……またそのカードを使うか』
「いくぜ!! バトルだ!!」
 攻撃を宣言すると同時に、巨大なコアラから炎に似たオーラが湧き出る。
 燃え上がる闘志を力に変えて、コアラは機械龍を一撃で打ち砕いた。

 サイバー・ツイン・ドラゴン→破壊
 ライガー:8000→7100LP

『っ……こうも簡単に攻略してくるとは……少しは実力をつけてきたというところか?』
「当たり前だぜ! てめぇをぶっ飛ばして、彩也香を助けるんだ!!」
『ククク、いいだろう。やってみろ小僧。神である我に対して、無駄にあがいてみろ』
 ライガーを覆う空気が変わる。
 一気にフィールドが緊張感に包まれて、背中がピリピリするような感覚が襲った。
「……!」
 ビビんな。まだ決闘は始まったばかりなんだ。
 このまま一気に押し切ってやる!
「俺はこのまま、ターンエンドだぜ!!」
 ライガーを見据えたまま、俺はターンを終了する。

 今の状況を見つめながら、ライガーはまだ不敵な笑みを浮かべていた。

 



 episode5――英雄の力――

 月が廃ビルの上を照らす中、俺とライガーの決闘は静かに始まっていた。
 状況は今のところ五分五分。だけど少しでも均衡が崩れれば、一気に勝負が決まってしまうような感じだ。

-------------------------------------------------
 雲井:6600LP

 場:ビッグ・コアラ(攻撃:3700)
   ※《破天荒な風》の効果が持続中

 手札5枚
-------------------------------------------------
 ライガー:7100LP

 場:伏せカード1枚

 手札2枚
-------------------------------------------------


 ビッグ・コアラ 地属性/星7/攻撃力2700/守備力2000
 【獣族】
 とても巨大なデス・コアラの一種。
 おとなしい性格だが、非常に強力なパワーを持っているため恐れられている。


 残った手札を見つめながら、俺はライガーを見据える。
 姿だけなら彩也香そのものだが、中身はまったく異なっている。
 こいつを倒さないと、彩也香は一生このままになっちまうんだ。絶対に負けるわけにはいかないぜ。
『なかなかの一撃だったぞ小僧。伊達に我と再戦を望んだわけではなさそうだな』
「いまさら分かっても遅いぜ?」
『ククク、調子に乗るなよ小僧。我にはまだまだ切り札が残されているのを忘れるな』
「……!」
『我のターンだ。ドロー!』(手札2→3枚)
 さっきのターンよりも力強くカードを引くライガー。
 だがその表情には、まだまだ余裕が感じられるように見える。
『伏せカードを発動させてもらおう』
「っ!」


 DNA改造手術
 【永続罠】
 発動時に1種類の種族を宣言する。このカードがフィールド上に存在する限り、
 フィールド上の全ての表側表示モンスターは自分が宣言した種族になる。


 ビッグ・コアラ:獣→機械族

 ライガーのカードから紫色の煙が噴出して、俺の場にいるモンスターの種族を変更する。
 やばいぜ。たしか彩也香と決闘した時も同じ展開があった気がする……。
『さらに"融合回収"を発動し、墓地にある"サイバー・ドラゴン"と"融合"を手札に加える』(手札3→2→4枚)


 融合回収
 【通常魔法】
 自分の墓地に存在する「融合」魔法カード1枚と、
 融合に使用した融合素材モンスター1体を手札に加える。


『そして回収した"サイバー・ドラゴン"を特殊召喚だ!!』
「なっ!?」


 サイバー・ドラゴン 光属性/星5/攻2100/守1600
 【機械族・効果】
 相手フィールド上にモンスターが存在し、
 自分フィールド上にモンスターが存在していない場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。


 くそったれ。手札を消費せずにモンスターを場に出しやがった……!
 しかもそれだけじゃねぇ。俺の場にいるモンスターは機械族になっちまってる………!
『"サイバー・ドラゴン"と機械族となった"ビッグ・コアラ"を墓地に送り"キメラテック・フォートレス・ドラゴン"を
特殊召喚だ!!』
 場にいるすべてのモンスターが姿を消し、ライガーの場に新たな機械龍が出現した。

 サイバー・ドラゴン→墓地
 ビッグ・コアラ→墓地


 キメラテック・フォートレス・ドラゴン 闇属性/星8/攻0/守0
 【機械族・融合/効果】
 「サイバー・ドラゴン」+機械族モンスター1体以上
 このカードは融合素材モンスターとして使用する事はできない。
 自分・相手フィールド上に存在する上記のカードを墓地へ送った場合のみ、
 エクストラデッキから特殊召喚する事ができる(「融合」魔法カードは必要としない)。
 このカードの元々の攻撃力は、 融合素材としたモンスターの数×1000ポイントになる。


 キメラテック・フォートレス・ドラゴン:攻撃力0→2000 守備力0→2000

「野郎……!」
『バトル! 小僧にダイレクトアタックだ!』
 機械龍の口から放たれた光線が、俺の体を貫く。
 現実のダメージじゃないから痛くはないけど、ソリッドビジョンの迫力のせいで本当に貫かれたかのように錯覚してし
まった。

 雲井:6600→4600LP

「く、くそっ!」
『ククク、カードを1枚伏せて、我はターンエンドだ』

-------------------------------------------------
 雲井:4600LP

 場:なし

 手札5枚
-------------------------------------------------
 ライガー:7100LP

 場:キメラテック・フォートレス・ドラゴン(攻撃)
   DNA改造手術(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札2枚
-------------------------------------------------

「俺のターン! ドロー!!」(手札5→6枚)
 引いたカードを確認して、俺はすぐさま行動に移った。
「手札から"ジェネティック・ワーウルフ"を召喚だぜ!!」
 召喚の光が輝き、中から白い毛に覆われた獣人が現れる。
 だがその眼は正気を失っていて、ただ目の前にいる敵を倒すという感情に支配されているようだった。


 ジェネティック・ワーウルフ 地属性/星4/攻2000/守100
 【獣戦士族】
 遺伝子操作により強化された人狼。
 本来の優しき心は完全に破壊され、
 闘う事でしか生きる事ができない体になってしまった。
 その破壊力は計り知れない。


 ジェネティック・ワーウルフ:獣戦士→機械族

『ほう……レベル4で攻撃力2000とは、良いカードを持っているな』
「けっ! てめぇに褒められても嬉しくねぇよ。さらに俺は手札から"騎士道精神"を発動するぜ!」


 騎士道精神
 【永続魔法】
 自分のフィールド上モンスターは、
 攻撃力の同じモンスターとの戦闘では破壊されない。


「このカードが場にある限り、俺のモンスターは同じ攻撃力とのモンスターの戦闘じゃ破壊されないぜ!!」
『なるほど。それが狙いだったか』
「いくぜ!! バトルだ!!」
 俺の場にいる獣人がライガーの場にいる機械龍へ向かって飛び掛かる。
 機械龍は対抗してレーザー砲を放つが、獣人はそれを難なく躱し、力づくの攻撃で機械龍を粉砕した。

 キメラテック・フォートレス・ドラゴン→破壊

「どうだ! これでてめぇの―――」
『この瞬間、伏せカード発動!!』
「なっ!?」


 融合の恩恵
 【通常罠】
 自分フィールド上の融合モンスターが
 戦闘によって破壊された時に発動する事ができる。
 その融合モンスターの融合召喚に使用した融合素材モンスターの数だけ、
 自分はデッキからカードをドローする。


『このカードの効果により、"キメラテック・フォートレス・ドラゴン"の融合素材にした数だけドローする。融合素材に
したモンスターは2体! よってデッキから2枚ドローだ!』(手札2→4枚)
「くっ……!」
 せっかくモンスターを破壊したってのに、それを利用して手札を補充しやがった……!
 やっぱり一筋縄じゃいかねぇってことか。
『クク、どうした小僧?』
「うるせぇ! カードを1枚伏せて、ターンエンドだぜ!」

-------------------------------------------------
 雲井:4600LP

 場:ジェネティック・ワ−ウルフ(攻撃)
   騎士道精神(永続魔法)
   伏せカード1枚

 手札5枚
-------------------------------------------------
 ライガー:7100LP

 場:DNA改造手術(永続罠:機械族を選択)

 手札4枚
-------------------------------------------------

『我のターン、ドロー』(手札4→5枚)
 引いたカードを確認した瞬間、ライガーは不気味な笑みを浮かべた。
『小僧、貴様はこの娘と決闘したんだったな?』
「あぁ? それがなんだってんだ?」
『ククク、そのときの再現をしてやろう』
「……どういうことだ?」
 俺の質問に答えずに、ライガーは引いたカードをそのままデュエルディスクに差し込み、発動した。


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


『この効果で、我は墓地にいる"プロト・サイバー・ドラゴン"を特殊召喚だ』
「……そんなモンスターを復活させたところで―――!!」
 言いかけた瞬間、頭の中に嫌な記憶が蘇えった。
 待てよ。たしかこの展開は……!!
『この瞬間、手札より速攻魔法"地獄の暴走召喚"を発動!!』
「やっぱりかよ……!!」


 地獄の暴走召喚
 【速攻魔法】
 相手フィールド上に表側表示でモンスターが存在し、自分フィールド上に
 攻撃力1500以下のモンスター1体が特殊召喚に成功した時に発動する事ができる。
 その特殊召喚したモンスターと同名モンスターを自分の手札・デッキ・墓地から
 全て攻撃表示で特殊召喚する。
 相手は相手自身のフィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、
 そのモンスターと同名モンスターを相手自身の手札・デッキ・墓地から全て特殊召喚する。


『我はこの効果でデッキと墓地から計2体の"サイバー・ドラゴン"を特殊召喚だ! 貴様も場にいるモンスターを特殊
召喚できるが、どうする?』
「……俺のデッキに、もう"ジェネティック・ワーウルフ"はいない……」
『そうか。気の毒にな』
 嫌味な笑みを向けてくるライガーの場に、さらに2体の機械龍が出現した。

 サイバー・ドラゴン×2→特殊召喚(攻撃)

『そして手札から"融合"を発動だ!!』
「……!!」


 融合
 【通常魔法】
 手札・自分フィールド上から、融合モンスターカードによって決められた
 融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体を
 エクストラデッキから特殊召喚する。


『さぁ、現れろ!! "サイバー・エンド・ドラゴン"!!』
 3体の機械龍が融合し、俺の身の丈の3倍ほどある三つ首の機械龍が現れる。
 それぞれの首から発せられる咆哮が、廃ビルに反響して辺り一帯に響きわたった。


 サイバー・エンド・ドラゴン 光属性/星10/攻4000/守2800
 【機械族・融合/効果】
 「サイバー・ドラゴン」+「サイバー・ドラゴン」+「サイバー・ドラゴン」
 このカードの融合召喚は、上記のカードでしか行えない。
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を超えていれば、
 その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


「でやがったな……彩也香の切り札……!!」
『ククク、この程度のモンスターが切り札とはな……』
「うるせぇぞ! さっさとターンを進めやがれ!」
『では遠慮なく行くぞ。バトルだ!!』
 巨大な機械龍が口にエネルギーを貯めて、一気に放出する。
 俺の場にいるモンスターは膨大なエネルギーに飲み込まれて、消えてしまった。

 ジェネティック・ワーウルフ→破壊
 雲井:4600→2600LP

「っ……!」
 相変わらず強力な一撃だぜ。
 はじめて彩也香と決闘した時も、こいつにやられたんだったな。
『我はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ』


 ライガーのターンが終わり、俺のターンに移行する。


「俺のターン、ドローだ!!」(手札3→4枚)
 相手の場には攻撃力4000のモンスター。
 なんとかして倒さねぇといけねぇな。
『どうした小僧? サレンダーでもするか?』
「するわけねぇだろ!! 手札の"デス・カンガルー"を捨てて、魔法カード"死者への手向け"を発動するぜ!!」


 死者への手向け
 【通常魔法】
 手札を1枚捨て、フィールド上に存在する
 モンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを破壊する。


「これでてめぇの場にいる"サイバー・エンド・ドラゴン"を破壊するぜ!!」
『ふっ、甘いな小僧。伏せカード発動だ!!』


 ボム・ガード
 【通常罠】
 「自分フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する効果」を持つ
 カードが発動した時に発動する事ができる。
 その発動を無効にし破壊する。
 さらに相手ライフに500ポイントダメージを与える。


『これで貴様のカードを無効にし、さらに500ポイントのダメージを受けてもらおう!!』
「し、しまった……!」
 俺の場に発動されたカードが砕け散り、砕け散った破片が小さな爆弾になって降り注いだ。
 それらは一斉に小さな爆発を起こして、俺のライフポイントを少し削った。

 死者への手向け→無効
 雲井:2600→2100LP

『残念だったな小僧』
「くっそ……!」
 中岸の言っていた通り、ライガーは効果破壊への対策をしていやがった。
 やっぱりこのままじゃやられちまう……。早くなんとかしねぇと……!!
『さぁどうする?』
「まだ終わってねぇぞ! モンスターをセットして、カードを1枚伏せてターンエンドだ!!」

-------------------------------------------------
 雲井:2100LP

 場:裏守備モンスター1体
   騎士道精神(永続魔法)
   伏せカード2枚

 手札0枚
-------------------------------------------------
 ライガー:7100LP

 場:サイバー・エンド・ドラゴン(攻撃)
   DNA改造手術(永続罠:機械族を選択)

 手札1枚
-------------------------------------------------

『どうやらここまでのようだな』
 ライガーがどこかつまらなそうな表情で言った。
『貴様には、もう少し楽しませてもらいたかったがな……』
「まだ終わってねぇだろ!!」
『忘れたのか? 我の場にいる"サイバー・エンド・ドラゴン"は、貫通効果を持っているのだぞ?』
「……!!」
 そうか。そういやそんな効果があったんだった。
 攻撃力ばっかりに目がいって、まともに効果を確認していなかったのを忘れていたぜ。
『我のターン、ドロー』(手札1→2枚)
 ライガーはカードを引き、すぐさまバトルフェイズに入った。
 機械龍が大きな咆哮をあげて、その口にエネルギーを集約していく。
『……地の神を出すまでもなかったな……』
「っ!」
『消えろ小僧!! "サイバー・エンド・ドラゴン"の攻撃!!』
 その宣言で、集約されていたエネルギーが一気に放出される。
 あれをまともに受ければ、俺のライフは一気に0になっちまう!!
「くそっ! 伏せカード発動だ!!」
 伏せておいたカードを開いたと同時に、俺の場にいるモンスターがエネルギーに飲み込まれた。
 放たれたエネルギーは巨大な爆発を起こして、フィールドは粉塵に包まれた。

 D.D.クロウ→破壊
 雲井:2100→???LP


 D.D.クロウ 闇属性/星1/攻100/守100
 【鳥獣族・効果】
 このカードを手札から墓地へ捨てて発動する。
 相手の墓地に存在するカード1枚を選択し、ゲームから除外する。
 この効果は相手ターンでも発動する事ができる。


『……終わりだな』
 ライガーが背を向けて、この場を立ち去ろうとするのが見えた。


「待ちやがれ……!」


『……なんだと?』
 俺の声に反応して、ライガーは振り返った。その顔には若干の動揺が見える。
「まだ決闘は、終わってないぜ!!」

 雲井:2100LP

『馬鹿な……何をした?』
 今の状況を、ライガーは理解できていないみてぇだ。
 まぁライフが減っていないだけじゃなく、俺の場に”切り札”が出現しているから当然の反応だけどな。


 マスター・オブ・OZ 地属性/星9/攻撃力4200/守備力3700
 【獣族・融合モンスター】
 「ビッグ・コアラ」+「デス・カンガルー」


 マスター・オブ・OZ:獣→機械族(DNA改造手術の効果)

『貴様……』
「分からねぇなら教えてやるぜ!! 俺は伏せておいた2枚のカードを発動したんだ!!」


 ガード・ブロック
 【通常罠】
 相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
 その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
 自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 チャンピオン見参!
 【通常罠】
 自分のモンスターが戦闘で破壊されたとき、
 墓地の「デス・カンガルー」と「ビッグ・コアラ」を1体ずつ除外することで、
 エクストラデッキから「マスター・オブ・OZ」を特殊召喚することができる。
 その後、バトルフェイズを終了する。


『それは……なるほど、そういうことか』
「ああ。"ガード・ブロック"の効果でダメージを0にして、"チャンピオン見参!"で"マスター・オブ・OZ"を特殊
召喚したんだぜ!」
 しかもそれだけじゃねぇ。"ガード・ブロック"の効果で俺はデッキからカードを1枚引いている。(手札0→1枚)
 ダメージを0にして手札を補充し、しかも切り札を呼び出すなんて、さすが俺だぜ。
『どうやら、まだまだ楽しませてくれそうだな小僧』
「てめぇをぶっ飛ばすまで、負けるわけにはいかねぇんだよ!」
『ククク、そこまでこの娘を救いたいか。いいだろう……我はカードを2枚伏せて、ターンエンドだ』

-------------------------------------------------
 雲井:2100LP

 場:マスター・オブ・OZ(攻撃)
   騎士道精神(永続魔法)

 手札1枚
-------------------------------------------------
 ライガー:7100LP

 場:サイバー・エンド・ドラゴン(攻撃)
   DNA改造手術(永続罠:機械族を選択)
   伏せカード2枚

 手札0枚
-------------------------------------------------

「いくぜ! 俺のターン、ドロー!!」(手札1→2枚)
 なんとかダメージを凌ぐことが出来たし、切り札も出すことが出来た。
 このまま一気に押し切るしかないぜ!!
「バトルだ!!」
 攻撃を宣言し、チャンピオンが力強い拳を構える。
 反撃しようと放たれたレーザー砲をかわし、鋭いアッパーを機械龍に喰らわせた。

 サイバー・エンド・ドラゴン→破壊
 ライガー:7100→6900LP

「どうだ! これでてめぇの強力なモンスターを打ち破ったぜ!!」
『………』
「俺はカードを2枚伏せて、ターンエン―――」
『この瞬間、罠カード発動だ!』
「なにっ!?」


 奇跡の残照
 【通常罠】
 このターン戦闘によって破壊され自分の墓地へ送られた
 モンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを墓地から特殊召喚する。


「そ、そのカードは……!!」
『この効果によって、このターン中に戦闘で破壊された"サイバー・エンド・ドラゴン"を復活させる!!』
 倒された機械龍へ優しい光が降り注ぎ、傷ついた体を癒していく。
 完全に復活した機械龍は高らかに咆哮をあげて、俺を睨み付けた。

 サイバー・エンド・ドラゴン→特殊召喚(攻撃)

「てんめぇ……!!」
『貴様はエンドフェイズを宣言した。よって我のターンをやらせてもらうぞ!』
「くっそ!」
 ライガーはこれを狙ってやがったのか。どうりでたいして落ち込んでいない訳だぜ。
 けど"サイバー・エンド・ドラゴン"じゃ俺のモンスターは超えられねぇ。つまり、次のターンに”アレ”がくるって
ことか……!


『我のターン、ドロー!!』(手札0→1枚)
 ライガーはデッキからカードを引いた瞬間、すぐさまデュエルディスクの青いボタンを押した。
『我はデッキワンサーチシステムを発動! デッキから"GT−破壊の獅子"を手札に加える!!』(手札1→2枚)
「っ! 俺だって、ルールによってデッキからカードをドローするぜ!!」(手札0→1枚)
 互いにデッキからカードをドローする。
 俺はライガーの行動に全神経を集中させた。この局面でデッキワンサーチを使うってことは……!
『我は手札から"チェンジ・カラー"を発動する』


 チェンジ・カラー
 【装備魔法】
 このカードを発動したとき、自分は通常モンスター、効果モンスター、
 儀式モンスター、融合モンスター、シンクロモンスターのどれかを宣言する。
 このカードを装備したモンスターの種類は、自分が宣言した種類になる。


『我はこの効果で"サイバー・エンド・ドラゴン"をシンクロモンスターへ変更する』

 サイバー・エンド・ドラゴン:融合モンスター→シンクロモンスター

 ライガーの発動したカードの効果によって"サイバー・エンド・ドラゴン"のカードの枠組みが紫から白へと変化する。
これで相手の場には、レベル10のシンクロモンスターが存在することになっちまった。
 そしてライガーの手札には、さっきサーチしたデッキワンカードがある。
『ライフを2000払い、デッキの上からカードを10枚除外することで、我はこのカードを特殊召喚する!!』
「……っ!!」
 相手の場に現れる小さな獅子。
 その小さな体に似合わない鋭い目つきが、俺を睨み付けた。


 GT−破壊の獅子 神属性/星2/攻0/守0
 【神族・GT・デッキワン】
 小森彩也香の使用するデッキにのみ入れることが出来る。
 このカードは通常召喚できず、「神」と名のつくシンクロモンスターの素材にしかできない。
 2000ライフポイント払い、デッキの上から10枚のカードを除外することでのみ特殊召喚できる。
 このカードの特殊召喚は無効にされず、特殊召喚されたターンのエンドフェイズ時にデッキに戻る。


 ライガー:6900→4900LP

「くっ……!」
『レベル10の"サイバー・エンド・ドラゴン"に、レベル2の"GT−破壊の獅子"をチューニング!!』
 無数の石の輪が、三つ首の機械龍を包み込む。
 大地が隆起し、巨大な獅子へと形作られていく。
 やがて鼓膜を破るかのような大きな咆哮とともに、地の神は姿を現した。


 地の神−ブレイクライガー 神属性/星12/攻100000/0
 【神族・ゴッドシンクロ/効果】
 「GT−破壊の獅子」+レベル10のシンクロモンスター
 このカードが場に表側表示で存在する限り、バトルフェイズ中、相手のカード効果はすべて無効になる。


「ついに……出てきやがったな……!!」
『さすがに2回目だとそこまで驚かないか。小僧、貴様には楽しませてもらった。礼として最高の一撃で沈めてやる!』
「やれるもんならやってみやがれ!!」
 ライガーがバトルフェイズに入る直前に、俺は伏せておいたカードを発動した。


 威嚇する咆哮
 【通常罠】
 このターン相手は攻撃宣言をする事ができない。


「これでてめぇはバトルフェイズに入っても、攻撃ができなくなったぜ!!」
『ほう……永続系カード以外なら、事前に発動しておけば無効にならないことに気づいていたか』
「へっ! これぐらい俺ならお見通しだぜ!!」
 本当に中岸から教えてもらったんだけど、相手がそう思ってくれるならそういうことにしておいてやる。
 とにかくこれで相手のターンは凌いだ。あとは俺の引き次第だ!!
『我はこれでターンエンドだ』

-------------------------------------------------
 雲井:2100LP

 場:マスター・オブ・OZ(攻撃)
   騎士道精神(永続魔法)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 ライガー:4900LP

 場:地の神−ブレイクライガー(攻撃)
   DNA改造手術(永続罠:機械族を選択)
   伏せカード1枚

 手札0枚
-------------------------------------------------

「俺のターン……」
 デッキの上を見つめたあと、目を閉じる。
 チャンスがあるとしたら、間違いなくこのターンだ。
『どうした小僧? いまさら怖気づいたか?』
「へっ、違うに決まってんだろ。見てやがれ。このターンでてめぇを倒す!!」
『ほう?』
「俺のターン、ドロー!!」(手札1→2枚)
 引いたカードを確認したあと、すぐさま俺は伏せカードに手をかける。
「みやがれ!! 伏せカード発動だ!!」


 極星宝ブリージンガ・メン
 【通常罠】
 自分及び相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターを1体ずつ選択して発動する。
 選択した自分のモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで、
 選択した相手モンスターの元々の攻撃力と同じ攻撃力になる。


『そのカードは……?』
「こいつの効果で、俺のモンスターとてめぇのモンスターの攻撃力を同じにする!!」
『なんだと!?』
「これでてめぇのモンスターと相打ちに―――」


 パリィン!!


 突然、俺が発動したカードが音を立てて砕け散った。
「なっ!?」

『甘かったな小僧』

「!?」
 静かに発せられたライガーの声。
 その場には、1枚のカードが開かれていた。


 魔宮の賄賂
 【カウンター罠】
 相手の魔法・罠カードの発動と効果を無効にし破壊する。
 相手はデッキからカードを1枚ドローする。


『貴様が何かしらの対策をしているのは予想できていた。当然、我が対策しない訳がないだろう?』
「……!!」
 こいつ、俺に作戦があったことを見抜いていやがったのか……!!
『さぁどうした? "魔宮の賄賂"の効果でカードを1枚引け』
「……ありがたく引かせてもらうぜ」(手札2→3枚)
 カードが無効にされちまった。
 そう簡単にはいかないと思っていたけど、実際にやられるとキツいぜ。
『さぁどうする?』
「…………」
 どうするもこうするも……今の手札じゃ、これしか選択肢がない……。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドだぜ」


 俺のターンが終わって、ライガーのターンになる。


『我のターン、ドロー!』(手札0→1枚)
 ライガーは引いたカードをすぐさま伏せて、こっちを見据えた。
 当然、バトルフェイズに入ろうとしているに違いない。
『我はこのままバトル―――』
「待った!! バトルフェイズ前に伏せカード発動だぜ!!」


 威嚇する咆哮
 【通常罠】
 このターン相手は攻撃宣言をする事ができない。


 地の神にも負けない雄叫びが辺りに響き渡る。
 その音に地の神がひるんでいる様子はねぇけど、カード効果で攻撃はできなくなったみてぇだ。
『またそのカードか』
「けっ! 悪いって言いてぇのかよ?」
『ふっ、その強がりがどこまで保てる? 同じカードはデッキに3枚までしかいれられないのだろう?』
「………」
 くそったれ。無駄ってくらい冷静な奴だぜ。
 まったくその通りだ。しかも俺のデッキには、"威嚇する咆哮"は2枚しか入っていない。

 ――つまり、もう俺のデッキに地の神を防御する効果を持ったカードは存在しない――

『どうした? 顔色が悪いぞ?』
「う、うるせぇ!!」
 もうあとがねぇ。次のターンで、なんとかするしかない!!
『我はこれで、ターンエンドだ』

-------------------------------------------------
 雲井:2100LP

 場:マスター・オブ・OZ(攻撃)
   騎士道精神(永続魔法)
   伏せカード2枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 ライガー:4900LP

 場:地の神−ブレイクライガー(攻撃)
   DNA改造手術(永続罠:機械族を選択)
   伏せカード1枚

 手札0枚
-------------------------------------------------

「俺のターン、ドローだ!!」(手札2→3枚)
 望みを懸けて引いたカード。
 恐る恐る、確認する。
「………………………」
『どうした? 何か逆転のカードでも引いたか?』
「………くそ……!」
 手札3枚のうち2枚を、伏せカードにする。
 ソリッドビジョンに表示される裏側表示のカード2枚。
 俺はゆっくりと、モンスターゾーンにあるカードを手を伸ばした。
「………」
 これだけは、やりたくなかった。
 けど、今の状況じゃ……これしか……ない……。


「"マスター・オブ・OZ"を守備表示にして……ターンエンドだ」




 俺が何もせずにターンを終えたことで、ライガーは口元に笑みを浮かべた。
『残念だったな小僧。もっとも、我を相手にここまで耐え忍んだことは褒めてやってもいい』
「てめぇ………!!」
『最後に、娘と会話をさせてやろう』
「なに!?」
 ライガーの体から闇が溢れ出して、フィールドに君臨する地の神へと吸い込まれる。
 黒いオーラを纏っていた彩也香の体が元に戻り、その赤い瞳も元の色に戻った。

「……こ、ここは……?」

「……!! 彩也香!?」
「雲井君……? 私は……?」
 状況が飲み込めていない様子の彩也香に、地の神が上から呼びかける。
『その小僧は我と戦い、絶体絶命になっている。切り札も守備表示にするしかなく、もう打つ手はない』
「……! そんな……今すぐ、こんな決闘――――!?」
『無駄だ。貴様の体の約90%は我の支配下にある。無理に体を動かそうとすれば、激痛が襲うぞ?』
 銀色の獅子は淡々と言う。
 抵抗しようとしたら、容赦しねぇってことか。
 くそったれ。俺がやられる姿を、間近で彩也香に見せようってことなのか。

「……いいよ。誰かを傷つけるくらいなら……私……死ぬ……!」

『なんだと?』
「なにっ!?」
 彩也香の右腕がゆっくりと、ライフカウンターの上へと移動していく。
 まさか、サレンダーするつもりなのか!?
「やめろ!! 彩也香!!」
 苦痛に顔をゆがめながら腕を移動する彩也香に呼びかける。
 少し動かしただけで辛そうな表情へと変わっているのに、これ以上無理したら……本当に……!!
「雲井君……いいんだよ。これで……」
「あぁ?」
「……私にとって、小説ってさ……自分の理想を……現実に出来る場所だったの」
「何言ってんだよ!?」
「不思議の国の冒険だったり……超能力を多用したバトルだったり……現実じゃ絶対に味わえない世界が描ける。でも、
分かってるの……物語は必ずしも、ハッピーエンドじゃ終わらないって……」
 激痛に顔を歪めながら、彩也香は語る。
 地の神も俺も、黙ってその言葉を聞く。
「体を乗っ取られてから、私はたくさんの人を傷つけた。私の意思じゃないってことは分かってる。でもね……これ以上
人を傷つけるくらいなら……私が……!」
 再び腕が動き始めて、だんだんとライフカウンターの上に近づいていく。
「ごめん……雲井君。でも、もう……終わらせるから……!」
「……………」
 体を乗っ取られてから、彩也香はきっと苦しんでいたに違いない。
 人を傷つけて、スターに追われて……そして今度は目の前で俺が倒されようとしている。
 だから彩也香は、自らサレンダーして決闘を終わらせようとしている。たとえ激痛で死んでしまったとしても、目の前
にいる俺を助けようとしている。
「……っ!」
 自然と拳に力が入る。
 ギリリッと奥歯が擦れる音が、よく聞こえた。
 

ふざけてんじゃねぇぞ……!!


「え……?」
「てめぇがどんだけ苦しんでたとか、てめぇにとっての小説がなんなのかとか……そんなの全然分からねぇよ。けどなぁ
やっぱ気に入らねぇんだよ!!」
「雲井……君……?」
「終わらせるだと? ざけんな!! 彩也香は生きたいんじゃねぇのかよ!? この町に、ネタ集めのために来たんじゃ
なかったのかよ!? 死ぬために星花町に来たってのかよ!?」
「そ、それは―――」
「違うんだろ!? だったら勝手に終わらせんじゃねぇ!!」
 声を張り上げて必死に呼びかける。
 俺の呼びかけに、彩也香は辛そうな表情で答えた。
「でも……もうこれしか方法が無い……! 私は、他人を傷つけることでしか生きられない!! 地の神が宿ってる限り
私は――――!」
「だからなんだってんだ!! いいか彩也香。一つだけ正直に答えろ。てめぇはいったい、どうしたいんだよ!?」
「どうしたい……?」


「てめぇが何をすべきかじゃねぇ!! てめぇが!! 彩也香が何をしたいのかを答えろ!!」


「……私……は……………たい……」
「聞こえねぇぞ!!」

「私は……生きたい……!」

「だったらそうしろよ!! そうなるように戦えよ! 少しずつでも抗ってみろ!! 地の神なんてふざけた野郎に体を
乗っ取られているからって、絶望してんじゃねぇぞ!!」
「……っ!」
『何をしている? さっさとターンを進めろ小娘』
「ぅ…私の……ターン……!! ドロー!!」(手札0→1枚)
 君臨する地の神の瞳が光り、彩也香はカードを引いた。
 地の神のやつ、俺へのトドメを彩也香にやらせるつもりか……!!
『……ふむ……さすがにこのターンでは無理か……さぁ小娘、バトルフェイズに入れ』
「……私……は……!!」
『どうした? はやくバトルフェイズに入れ』
 再び地の神の瞳が光る。
 だけど彩也香は動かなかった。必死に歯を食いしばって、手札にあるたった1枚のカードを見つめている。
 やがてその1枚を手に取り、彩也香は勢いよくデュエルディスクに叩き付けた。

「私は、手札から"リミッター解除"を発動する!!」


 リミッター解除
 【速攻魔法】
 このカード発動時に自分フィールド上に存在する全ての表側表示機械族モンスターの攻撃力を倍にする。
 エンドフェイズ時この効果を受けたモンスターカードを破壊する。


 地の神−ブレイクライガー:攻撃力100000→200000

『なんだと!?』
「このままエンドすれば、あなたは、自壊する……!」
『小娘、貴様……!!』
「これで、終わり……だよ……!! ターン……エンド!!」
 辛そうながらも、どこか勝利を確信した表情で彩也香がエンドフェイズ時の宣言する。
 君臨する地の神の体に、かすかなヒビが入り始めた。
『なめるな小娘!!』
 地の神の瞳がひときわ大きく輝き、彩也香の腕が動く。
 そして、伏せられていた1枚のカードが開かれた。


 亜空間物質転送装置
 【通常罠】
 自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、
 発動ターンのエンドフェイズ時までゲームから除外する。


『これで我自身を除外し、"リミッター解除"の影響をリセットする!!』
 場に不思議な装置が出現し、地の神に光を放射する。
 光を受けた地の神は、その場から消滅してしまった。

 地の神−ブレイクライガー→除外

『そして我はエンドフェイズ時に、戻ってくる!!』
 先ほどの装置の前に光の柱が立ち、その中から地の神が再び姿を現した。

 地の神−ブレイクライガー→場に帰還(攻撃表示)

「そ……そん……な……!!」
『驚いたぞ娘。まさか我を自壊させようとするとはな……だが、これまでだ』
「うっ!」
 彩也香が苦しそうな声を上げてうずくまってしまった。
 地の神から闇が漂い、彩也香の体を包み込んだ。
「彩也香!!」
『無駄だ。もう貴様の声は娘には届かない』
「……!!」
 立ち上った彩也香の瞳は赤く染まっている。
 また地の神に体を乗っ取られちまったってことか。
『小僧、少しだけ命拾いしたようだな。だが……貴様の負けであることに変わりはない。娘の頑張りも、無駄だったとい
うことだ。ククク………!!』

-------------------------------------------------
 雲井:2100LP

 場:マスター・オブ・OZ(攻撃)
   騎士道精神(永続魔法)
   伏せカード2枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 ライガー:4900LP

 場:地の神−ブレイクライガー(攻撃)
   DNA改造手術(永続罠:機械族を選択)

 手札0枚
-------------------------------------------------

 地の神が大きく笑う。
 必死で戦った彩也香の体で、大声を上げて笑っている。

 ……自分でも不思議だ。いつもなら怒りが込み上げてくるところなんだけど、今回は少し違う。
 胸が熱い。そしてそこから力が込み上げてくるような感覚がある。
「笑ってんじゃねぇ」
『なに?』
「必死に戦った彩也香を……笑うんじゃねぇよ……!」
 前にもこんなことがあった。
 たしかダークと戦ったときにも、心が熱くなるような感覚があった。
「ライガー……てめぇがどういう理由で彩也香に憑りついたのかは知らねぇ。いや、知りたくもねぇ。けどなぁ。てめぇ
は神なんかじゃねぇ」
『何を言っている? 我は神だぞ?』
「人を苦しませて……それを見て楽しんで……そんなんで神を気取ってんじゃねぇぞ!!」
『……他人を説教するのも構わないが、状況を見ろ。我の攻撃力は100000。間違いなく、遊戯王界で最高の攻撃力
を持っている。それに対して貴様に何ができる?』
 ライガーの言うとおり、地の神の攻撃力は100000もある。あの闇の神ですら、攻撃力では地の神に劣る。
 けど、だからなんだってんだ。彩也香は必死に抗った。きっと激痛が体を襲っていたはずなのに……。
 そんなものを見せられたら、こっちだって負けてられねぇ。
 どっちみち、地の神を倒さなければ俺も彩也香も無事じゃ済まないんだ。だったら勝つしかねぇだろ!!
「はぁ……ふぅ……」
 大きく深呼吸して、ライガーを見据える。
 彩也香にもらった1ターン。本来、存在するはずのなかったターン。
 これが本当の本当の本当に、最後のターンになる。


「いいぜ。てめぇがまだそんなことをほざくってなら、見せてやる……!」


『なに?』
 首を傾げるライガーに、俺は堂々と人差し指を突き付けた。

「てめぇに教えてやるぜ!! この俺に1ターンを与えることが、どういうことなのかをな!!」

 デッキの上に手をかける。
 勝つという想いをのせて、俺は勢いよくカードを引き抜いた。(手札1→2枚)
「伏せカード発動だ!!」


 無謀な欲張り
 【通常罠】
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。その後、自分のドローフェイズを2回スキップする。


「この効果で、俺はデッキからカードを2枚ドローする!!」(手札2→4枚)
『ほう、次のドローを捨ててまでカードを引いたか』
「ああ。このターンで決めるには、これしかねぇんだ! "マスター・オブ・OZ"を攻撃表示に変更する!!」
 守備態勢をとっていたチャンピオンが、拳を力強く構えた。

 マスター・オブ・OZ:守備→攻撃表示

「いくぜ!! 手札から"オーバーブースト"と"巨大化"、"リミッター解除"を発動する!!」


 オーバーブースト
 【速攻魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する機械族モンスター1体を指定する。
 このターンのエンドフェイズまで、そのモンスターの守備力を攻撃力に加える。
 指定されたモンスターはこのターンのエンドフェイズ時にゲームから除外される。


 巨大化
 【装備魔法】
 自分のライフポイントが相手より下の場合、
 装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を倍にした数値になる。
 自分のライフポイントが相手より上の場合、
 装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を半分にした数値になる。


 リミッター解除
 【速攻魔法】
 このカード発動時に自分フィールド上に存在する全ての表側表示機械族モンスターの攻撃力を倍にする。
 エンドフェイズ時この効果を受けたモンスターカードを破壊する。


 マスター・オブ・OZ:攻撃力4200→7900→15800→31600

「てめぇの場にある"DNA改造手術"は俺のモンスターにも影響している!! だから"オーバーブースト"の効果も
"リミッター解除"の効果も適用されるぜ!!」
『なるほど。だが"巨大化"は装備魔法だ。バトルフェイズに入れば、効果は適用されなくなるぞ?』
「それも問題ねぇ! "リミッター解除"で上がった攻撃力は固定されるから、"巨大化"が無くなっても攻撃力は下がら
ないんだぜ!!」
『それがどうした。また貴様は攻撃力で挑もうというのか? まったく、芸のないやつだな』
「う、うるせぇ!!」

 芸が無くなって構わねぇ。
 誰が何と言ったって、他に方法を知らねぇんだ。
 攻撃力を上げて一気に決める。そんな馬鹿でありきたりな方法しか、俺は知らねぇんだからな!!

「手札から"コピーマジック"を発動するぜ!!」


 コピーマジック
 【通常魔法】
 自分のデッキ、手札または墓地からカードを1枚選択して除外して発動する。
 相手の墓地に除外したカードと同名カードがあった場合、このカードの効果は除外したカードと同じになる。
 このカードがエンドフェイズ時にフィールド上に表側表示で存在するとき、ゲームから除外する。


「この効果で俺の墓地にある"リミッター解除"を除外して、てめぇの墓地にある"リミッター解除"をコピーして発動さ
せてもらうぜ!!」
『……! 貴様、我の墓地にあるカードを……!!』

 マスター・オブ・OZ;攻撃力31600→63200

『ふ、ふっ……なかなかだが、まだ我には届かないぞ!!』
 ライガーの表情に動揺がうかがえた。
 あと少しで地の神の攻撃力に届く。だけど、俺にはもう手札がない。
『貴様の手札は0枚だ。もう貴様に、打つ手はない!!』

「………ああ。もう打つ手はねぇよ」

 俺がそう言うと、ライガーの顔が若干綻んだ。
 その様子を見ながら、俺はゆっくりとデュエルディスクに手を伸ばす。
 ライガーの言うとおり、もう打つ手はない。
 ……いや、打つ必要なんてない!!
 
「これで、チェックメイトだ!!」

 そう宣言して、俺は場に伏せられていた最後の伏せカードを開いた。





















 墓荒らし
 【通常罠】
 相手の墓地にある魔法カード1枚を選択し、
 ターン終了時まで自分の手札として使用する事ができる。
 その魔法カードを使用した場合、2000ポイントのダメージを受ける。



『き、貴様……! まさか……!!』
「ああ。このカードの効果で、てめぇの……いや、彩也香の墓地にある"リミッター解除"を手札に加える!!」
 大きな口を持った帽子の小人が、相手の墓地からカードを取り出した。
 当然、俺は手札に加わったカードをそのままデュエルディスクに叩き付けた。


 リミッター解除
 【速攻魔法】
 このカード発動時に自分フィールド上に存在する全ての表側表示機械族モンスターの攻撃力を倍にする。
 エンドフェイズ時この効果を受けたモンスターカードを破壊する。


 雲井:2100→100LP
 マスター・オブ・OZ:攻撃力63200→126400

『攻撃力126400……!? 貴様、まさか最初から……!!』
「ああ。俺の作戦は……俺の狙いは最初からこれだったんだぜ!!」
 中岸と一緒に喫茶店にいたときに考え付いた方法。
 相手の力を……相手のカードを利用して一気に攻撃力を上げる方法。
 彩也香の機械族デッキに入っている"リミッター解除"を発動されるまで耐えて、その間に必要なカードを揃える。そし
て地の神が召喚されたら彩也香の"リミッター解除"も利用して攻撃力を高める。
 それが、俺の思いついた神を倒すための作戦だ!!
「言ったよなぁ。てめぇに見せてやるって!! これが!! 俺の全力だぁぁぁあぁぁ!!!!!」
 力強く叫び、俺はバトルフェイズに入る。
 限界をさらに超えた力を右拳に込めて、チャンピオンは高く跳躍する。
 馬鹿でかい咆哮で応戦する地の神を見下ろして、力の籠もった拳を突き出す。
 空高くからの究極の一撃。空気摩擦によって拳は燃え上がり、炎の拳となって振り下ろされた。
『馬鹿な!? 我が……この我が……攻撃力で負けるだとぉ!?』
「へっ! この俺に、攻撃力で挑んだが運の尽きだったんだよぉ!!!!!」
 超攻撃力のぶつかり合いによって、辺りにとてつもない衝撃が発生する。
 気を抜けば遥か後方に吹き飛ばされそうになりそうな中、必死に踏ん張って耐える。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇl!!!!」
『ぐ、ぐおぉぉぉぉぉぉ!!!!』
 チャンピオンが最後の力を振り絞って、渾身の力を込めて拳を押し込んだ。
 銀色の獅子の牙が音を立てて砕け散る。
 そして、チャンピオンの拳は、地の神の体を貫いた。

 地の神−ブレイクライガー→破壊

 ライガー:4900→0LP




 ライガーのライフが0になる。





 そして決闘は、終了した。



















「はぁ……はぁ……はぁ……」
 決闘の緊張感が一気に抜けて、倒れそうになる。
「くそ……!」
 まだ倒れるわけにはいかねぇ。
 彩也香の無事を確認しねぇと……!!
「ぅ……」
「!!」
 仰向けに倒れている彩也香の体から、黒い霧のようなものが噴き出して、消えていった。
「うっ……あれ……私……」
 気が付いたように体を起こす彩也香。
 その瞳は赤くなっておらず、元の色に戻っている。
「大丈夫か? 彩也香?」
「く、雲井君……私は………………………そうだ! ライガーは!?」
「あいつはいなくなったぜ。地の神は俺がぶっ飛ばしてやったからな」
 親指を立てて、勝利の笑みを見せつける。
 彩也香は少しキョトンとした表情を見せたが、すぐに安堵の息を吐いた。
「本当に、ライガーを倒しちゃったんだ……」
「当たり前だぜ。俺を誰だと思ってんだよ?」
「ふふっ、雲井君って、本当に面白い子だね♪」
 そう言って微笑み彩也香。
 その笑みをずいぶん見ていなかったような気がする。まったく、本当に無事で良かったぜ。
「さぁ、帰ろうぜ―――」



『待て、小僧』



 上から聞こえた声。
 聞きなれたその低い声に、俺も彩也香も急いで上を向いた。
「そ、そんな……!」
「てめぇ……!!」
 そこには、倒したはずの"地の神−ブレイクライガー"がいた。
『まだ終わっていないぞ。小森彩也香』
「え?」
『”やつ”に聞いていただろう。我を使って負けた場合、どうなるのか』
「な、なんの……こと……?」
 怯えながら尋ねる彩也香を見下ろし、地の神は言葉を続ける。
『そうか……覚えていないか』
 途端に辺りの地面が隆起し始める。
 近くのビルも崩壊して、盛り上がった大地に飲み込まれていく。
 それらの大地は一つの塊となって、俺達の上空に巨大な岩の塊を形成した。
「な、なんじゃこりゃあ!?」
「……!!」
 俺達の上にある黒い物体。あれがすべて岩で出来ているのか!?
 じょ、冗談じゃねぇ。あんなのが落ちてきたら、文字通り跡形も残らねぇじゃねぇか。
「て、てめぇ!! いったい何をする気だ!?」
『”やつ”が我につけた制約だ。我の意思と関係なく、所有者に”天罰”を与える』
「なっ、や、やめやがれ!!」
『無理だ。我にはどうすることも出来ん』
 上空に作られた岩の塊が、徐々に降下してくる。
 逃げようにもあの大きさじゃ、どこに逃げたって間違いなく押しつぶされちまう。
「く、くそ……!!!」
 巨大な岩が降下してくる。
 避ける時間も空間もない。

 俺達は為すすべもなく、ただ目を閉じることしかできなかった。

































 あれ? なんで痛くねぇんだ?
 あんだけ巨大な岩が落下してきたら、普通は痛いじゃ済まなくなるはずなのに……?
『まったく、くだらん小細工だ』
 地の神の声が聞こえた。
 俺は恐る恐る目を開ける。
 するとそこには、地の神が俺達に覆いかぶさる形で巨大な岩を受け止めている姿があった。
「て、てめぇ……?」
『勘違いするな小僧』
 そう告げた後、地の神は体を立ち上げた。
 その背に乗っている岩を確認したあと、赤い瞳が光った。
 次の瞬間、地の神の背に乗っていた岩が粉々に砕け散った。
「「………」」
 俺も彩也香も、あまりの素早さにちゃんと確認できたわけじゃない。
 だけど、あの巨大な岩の塊を、地の神が粉々にしてくれたってことだけは理解できた。
「…………」
『おい小僧』
「な、なんだよ?」


『我の力を使え』


「はぁ?」
『我の持つ”破壊”の力を、貴様にも使わせてやると言っているのだ』
「……てめぇに体を渡せって言うつもりかよ?」
『違う。我の持つ”力”を使えと言ったのだ。どのみちこのままでは、我は”やつ”の力へ還元される。その前に、我の
力を貴様にやる』
 よく見ると、地の神の体が足元から消えかかっている。
 まるで風に飛ばされていく砂のように、サラサラと消えているように見えた。
「!? てめぇ、いったい……!?」
『言ったとおりだ。このまま我は”やつ”の元へ戻ってしまう。だが、他者の思い通りになるのは好かん』
「……?」

『貴様は、我を馬鹿正直に真正面から倒した。そんな貴様に、少しだけ興味が湧いた』

 消えかけている地の神の体が、黒く発光した。
 その光は凝縮していき、1枚のカードとなって俺の手元に降りてきた。

『受け取れ雲井忠雄。貴様の……いや、貴様だけが持てる力だ


 デステニーブレイク
 【速攻魔法・デッキワン】
 雲井忠雄の使用するデッキにのみ入れることが出来る。
 2000ライフポイント払うことで発動できる。そのとき、以下の効果を使用できる。
 ●このターンのエンドフェイズ時まで、モンスター1体の攻撃力を100000にする。
  ただしそのモンスターが戦闘を行うとき、プレイヤーに発生する戦闘ダメージは0になる。
 デッキの上からカードを10枚除外することで発動できる。そのとき、以下の効果を使用できる。
 ●このカードを発動したターンのバトルフェイズ中、相手のカード効果はすべて無効になる。



「お、俺専用の……デッキワンカード……!?」
『そうだ。どんな壁も打ち砕く可能性を秘めたカードだ』
 完全に消えかかっている地の神が俺を見下ろす。
 心なしか、笑みを浮かべているようにも見える。 
『娘、色々と迷惑をかけたな』
「え……?」

 その言葉を最後に、銀色の獅子は姿を消した。

 そして残ったのは粉々になった岩の残骸と、俺専用のデッキワンカード。
「地の神……ブレイク……ライガー……」
 敵だった相手の名前を呟く。
 散々、彩也香を苦しませていたくせに……最後の最後に、俺達を助けてくれた。
 そのうえデッキワンカードまで……あいつの目的は、いったいなんだったんだ?


『何をボーっとしている小僧』


「うおぅ!?」
 俺のカードから声がした。
 あまりの驚きで、カードを手放してしまう。
 ヒラヒラと地面へ落ちるカードが黒い光を放って、形を変える。
 そして1枚のカードは、銀色の毛並みを持つ小さな犬へと変化した。
「「………………」」
 やばい。何が起こってるのか全然理解出来ねぇ。
 地の神がデッキワンカードになったと思ったら、今度はそのカードが子犬になった?
『ふむ、やはり残った力ではこの姿が限界か』
「はぁ?」
『何を驚いている? 我は決闘でも現実に干渉することが出来た。こうして実体化できるのは当然だ』
「……マジで理解出来ねぇんだけど?」
『貴様が理解する必要はない』
 そう言って地の神は、カードの状態になって俺のデッキに入り込んだ。
 少しくらい教えてくれてもいいんじゃねぇのか?
「く、雲井君……?」
「彩也香……」
 訳が分からないことばかりだけど、とりあえず無事に解決できたってことでいいんだよな?


「雲井君!? 大丈夫!?」


 ビルの入り口に薫さんが現れた。その隣には伊月もいる。
「あ、あぁ、大丈夫だけど……どうしてここが?」
「あれだけ巨大な岩の塊を見たら、誰だって気づくよ!」
 たしかにそうだ。
 いくら夜中とはいえ、あそこまで巨大な岩が浮かんでいたら騒ぎになるに決まってるよな。
「それで、どうしますか薫さん?」
「うーん……人が集まってきそうだから、まずはここから離れようか。夜遅い時間だけど、家に来てくれる?」
「あ、ああ」
「はい……」

 こうして、地の神との戦いは、終幕を迎えた。





 ――エピローグ――

 ライガーとの最終決戦が終わり、俺と彩也香は薫さんの家を訪ねていた。
 夜遅い時間だが、事情が事情ということなので半ば強制的につれてこられてきたのだ。
「さて……と……」
 リビングのソファに座らされて、対面には薫さんと伊月が座っている。
 ソファから少し離れたところに佐助さんがコーヒーを持ちながら立っていた。
 3人とも、俺と彩也香を見つめがら真剣な表情をしている。
 なんか、裁判所の被告人になった気分だぜ……。
「こんな夜遅い時間なんだけどごめんね。親御さんにはちゃんと説明してあるからね」
「は、はい……」
 なんだか目を合わせづらい。
 ライガーとの事件に関わらないでって言われたのに、それも聞かないで直接対決しちまったんだし……。
「あ、あの……私は……やっぱり、捕まっちゃうんでしょうか?」
 彩也香が申し訳なさそうに尋ねる。
 薫さんは少しだけ伊月の方を見て、その問いに答えた。
「うーんとね、今回は特例で無罪放免ってことになったんだ」
「え?」
「本社からの連絡でね。そういうことになったんだ。被害を受けた人たちも今は元気になっているし、本人も望んでやっ
たわけじゃないし……それに彩也香さんは大人気作家っていう立場もあるからね」
「あ、ありがとうございます……!!」
 彩也香は心底嬉しそうな顔をして深く頭を下げた。
 やっぱり、相当嬉しかったんだろうな。
「よかったじゃねぇか彩也香」
「うん! どれもこれも雲井君のおかげかも♪」
「へへっ、やめろよ。照れるじゃねぇか」


「雲井君は、喜んでいる場合じゃないよ」


「……はい???」
「彩也香さんが無罪放免になった代わりに、今度は君が危険視されているんですよ」
 伊月が苦笑いを浮かべながらそう言った。
「な、なんでだよ!? 俺は何にも悪いことしてねぇぞ!!」
「おやおや、相変わらず察しが悪いですね。彩也香さんが事件を起こしていたのは地の神が原因だった。その地の神が、
今度はあなたの所有物となったんです。警戒するのは当然だと思いますが?」
「うっ………」
 たしかに言われてみればそうだ。
 あの時はかなり土壇場だったから考えすらしなかったけど……。

『それなら大丈夫だ』

 俺のデッキケースから、あの低い声が聞こえた。
 すると1枚のカードがデッキから勝手に飛び出してきて、机の上に乗った。
 カードが黒い光を放って、別の形へ変化していく。
 そして机の上に現れたのは、小さな黒い犬だった。
「おやおや、神にしてはずいぶんと可愛い姿ですね」
『仕方あるまい。我の力はこの小僧に渡し、さらにあいつへ還元されたんだ。我に出来るのは、これぐらいだ』
「あいつって、誰のこと?」
『……今は話しても無駄だ。時期がくれば話してやる』
 薫さんも伊月も、カードが子犬になったことにどうして戸惑わないんだよ。
「では仕方ありませんね。話を戻しましょう。雲井君が大丈夫というのは、どういうことですか?」
『言葉の通りだ。そもそも、娘の体を借りていたのは我の本意ではない。すべてあいつの仕業だ。本来、我もここにいる
はずがなかった。だがこの小僧のせいで、娘も我も生き残ってしまった』
 そこは”俺のせい”じゃないくて”俺のおかげ”って言うべきなんじゃねぇのか?
 まぁツッコミするのも面倒だから言わねぇけど……。
「うーんと、全然話が見えてこないんだけど……」
『あいにくだが、まだ我も詳しく話す気はない。とにかく、我がこの小僧の体を乗っ取ることはない。もっとも……この
小僧の体など乗っ取りたくもないがな……』
「おやおや、残念でしたね」
 伊月が爽やかな笑みを見せてくる。
 なんか悪意を感じるのは気のせいか……?
『それにもし、小僧が我に乗っ取られることがあっても心配あるまい』
「……どういうことだよ?」
『小森彩也香ならいざしらず、この小僧の実力は貴様らが一番よく分かっているはずだ。止めようと思えば簡単に止めら
れるだろう?』

「それもそうだね」
「それもそうですね」
「それもそうかも」

 彩也香と薫さんと伊月が同時に頷いた。
 ……もしかして、俺ってみんなから弱いって思われてんのか?
 なんか自信なくなってきそうだぜ……。
「うーん……本当に大丈夫なの雲井君?」
「え?」
「ほら、どこか体の調子が悪いとか、手が勝手に動くとか……」
「いや、今のところ全然ないぜ」
「そっか……どうしよっか? 佐助さん、伊月君」
「放っておけ。そいつが言うとおり、止めようと思えば止められるだろう」
「僕も佐助さんに賛成ですね。本人も違和感がないとのことですし」
 二人ともたいして考えもしないで即答しているように感じた。
 あんまり危険視されていないのは嬉しいけど、なんだか複雑な気分だぜ……。
「分かった。じゃあとりあえず雲井君は今までどおりに生活してもらうよ。ただし、もし何か異変を感じたらすぐに言っ
てね?」
「あ、あぁ、分かったぜ」




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 夜も遅いということで、俺達は薫さんの家に泊まった。
 そして朝になり、俺と彩也香は外に出ていた。
「なんか、本当に色々とありがとうね」
「あ、あぁ。まぁ俺は全然気にしてねぇし、デッキワンカードも手に入ったから許してやるぜ」
「だから雲井君、男子のツンデレはあんまり需要がないんだよ?」
「う、うるせぇ!!」
 元の明るい笑顔に戻った彩也香が言う。
 まったく、ついこの間までライガーに乗っ取られていたようには見えないぜ。
「これからどうするんだ?」
「ん? もちろん仕事場に戻って、新作を書くつもりだよ。この町にはネタ探しのために来たんだから」
「へっ、じゃあさっさと戻った方がいいんじゃねぇか?」
「うわぁ、雲井君って本当に空気読めないかも。こういう時は引きとめるってのが常識だよ?」
「だから!! 小説の話と噛みあわせるのはやめろぉ!!」
 くそっ、相変わらず調子が狂うぜ。

『ずいぶんと仲がいいな』

 犬の姿をしたライガーが現れた。
 彩也香は少し怖がるように1歩退く。
『安心しろ娘。もう貴様に危害を加えることは無い』
「てめぇ、なんでカードになってデッキに入ろうとしねぇんだよ……」
『なぜ我があんな狭いところに入っていなければならん。心配せずとも決闘の時はカードになってやる』
「……じゃあ普段はその格好でいるってことか?」
『ああ。貴様の家に世話になるぞ』
「はぁ!?」
『何を驚いている。我は貴様の所有物になってやったのだ。世話になるのは当然だろう?』
「なんだそれ……」
 マジかよ。これからライガーの世話をしなくちゃいけねぇってのか?
 親にはどうやって説明すりゃあいいんだ? あ、でも両親は動物好きだから飼うのは問題なさそうだし……。
「はぁ……」
 ため息が出ちまった。
 まぁ、放っておくよりも近くにいさせた方が安心なのかもしれねぇな。
「ったく、仕方ねぇな。これからよろ―――」

『我が世話になってやるのだ。感謝しろよ?』

「……………」
 これからよろしく……できそうにない……。



「彩也香さん、そろそろ出ませんか?」



 薫さんが窓から顔を出して言った。
 彩也香は今日帰る予定だったらしく、せっかくだから薫さんが"ポジション・チェンジ"で送ってやるらしい。
 帰りの運賃の節約とかにもなるからラッキーだと彩也香は嬉しがっていた。
「あ、はい。今いきます」
「じゃあ、リビングで待ってますね」
 薫さんが家の中へと戻ったのを確認すると、彩也香はこっちに顔を向けた。
「もう、行かないといけないみたい」
「……そうか」
「短い間だったけど、雲井君と一緒にいられて楽しかったかも♪」
「……!! お、俺は……まぁ、悪くなかったぜ」
「うんうん♪ 男子は素直が一番だよ♪」
 そう言って笑いながら、彩也香は俺を抱きしめた。
 突然のことで訳が分からず、体が硬直してしまう。
「さ、彩也香……?」

「本当にありがとう。雲井君がしてくれたことは、絶対に忘れないから」

「お、おう……」
「また会えたら、今度はラーメンを奢ってほしいかも♪」
「はぁ?」
「ふふん、冗談冗談♪ じゃあね雲井君。またね♪」
 抱きしめるのをやめて、彩也香は家の中に戻っていった。
 数分経ってから家の中が微かに白く光る。薫さんの白夜の力が発動したんだろう。

『小僧、引きとめなくてよかったのか?』

「ああ。彩也香は小説家の仕事があるしな。それに、離れていても、彩也香と友達であることに変わりはねぇよ」
『そうか』
「さて、じゃあ俺も帰るぜ」
『そうか』
 家の方向に向かって歩き出す俺の後ろを、ライガーが付いてくる。
 これからこいつと一緒に生活するのか……なんか面倒なことが起こらなきゃいいんだけどな。
「……あぁ、そうだライガー」
『なんだ?』


「……本屋に寄ってから、帰るぜ」


『貴様が本を読むとは、意外だな』
「う、うるせぇよ。読んでみたい本があるだけだぜ」




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 とある空間の中で、アダムは1人、あくびをしていた。
『ふぁ〜。まさかブレイクライガーがボクに反抗してくるなんて考えもしなかったなぁ』
 アダムの手元にある2枚のカード。
 "GT−破壊の獅子"と"地の神−ブレイクライガー"。
 カード自体に特に変化はない。だがそれらのカードに、以前のような力強さを感じない。
『やれやれ、これで”不確定要素”が増えちゃったってことか。思ったより人間は思い通りに動いてくれないもんだね』
 アダムは少しだけつまらなそうな表情を浮かべた後、手元にある2枚のカードを握りつぶす。
 2枚のカードは黒い塵となって、アダムの中へ取り込まれた。
『仕方ない。少しだけ強引な作戦をすることにしよっと♪』

 不気味な笑い声が、空間の中に木霊していた。



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「たっだいま〜♪」
 薫に仕事場まで送ってもらった彩也香は、ドアを勢いよく開けて挨拶をした。
 ちょうど担当の人がいて、彩也香を見るや否や安堵の表情を浮かべた。
「もう心配しましたよ。突然、ネタ探しに行くから旅行してくるねって置手紙が置いてあるんですもん。てっきり仕事が
嫌で逃げ出したのかと思いましたよ?」
「やだなぁ。私がそんなことするわけないじゃん♪」
「はぁ……それで、何か良いネタは見つかったんですか? 締め切りは今月末ですよ?」
「うんうん♪ もうバッチリだよ♪」
 親指を立てて答える彩也香に、編集の人は「そうですか」と言って笑った。
 彩也香は荷物を置き、執筆に取り掛かる。
 机の上に置かれた原稿用紙にペンを走らせた。

 その頭に浮かぶのは、自分を救ってくれたあの男子の姿。
 その心に宿るのは、新たな物語の創作意欲。

「今度はどんな物語にするんですか?」
「うん。ファンタジーバトル系の物語かな」
「そうですか。制作プロットは?」
「今から書くから待ってて欲しいかも♪」
「分かりました」

 彩也香は自分が思うままにペンを走らせる。
 30分ほどして、政策プロットのほとんどが完成した。
 さっそく編集の人に確認してもらう。編集の人は笑顔を浮かべ、プロットを彩也香へ返還した。
「相変わらず、面白いですね」
「ふふ♪ そう言ってくれると嬉しいかも♪」
「では、お願いしますね。いつも書き出しの文を推敲するのに時間がかかるんですから、早めにお願いしますよ?」
「それは大丈夫なの。ちゃんと書き出しは決めてあるからね♪」
 そう言って彩也香は、新たな原稿用紙にペンを走らせる。
 題名よりも先に、書き出しの文を書き始めた。







 ―――これは、一人の少年の物語。



 ―――馬鹿で、不器用で、普段はとても弱くて、格好悪い。



 ―――だけど、どんな最悪な運命も打ち砕く。








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「あ〜!!! 秋休みの課題があったの忘れてたぁ!!!」
『……やればいいだろう?』
「無理だ!! あと1日しかねぇのに、5日分の課題なんて出来るわけねぇよ!!」
『小僧、貴様は計画性というものがないのか?』
「うるせぇ!! 半分はてめぇのせいだからな!?」
『いいからやれ小僧』
「あ〜もう!! ざけんなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


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 ―――これは、そんな英雄の物語。














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