1/3+1ドラコニスの涙

製作者:真紅眼のクロ竜さん









 昔、まだわたしが小さな子供だった頃。
 寝る前に、お母さんが読んでくれる本の話が好きだった。
 お百姓さんが出て来る昔話、騎士とお姫様の物語、アラビアのような砂漠の国の話…色々な話を読んでもらった事を覚えてる。
 そして、それらのお話には、いつだって終わりが在る。
 ハッピーエンドで終わる、幸せな結末が殆ど。本当はそうじゃないものもあるけれど、でもみんな幸せだった方が嬉しいよね。
 そう、皆誰もが、幸せな終わり方がいいよね。

 そう本気で考えるようになったの、実は意外と最近だったりする。
 だけどわたしは、もしもエピローグを迎えるのならよくあるお話のような幸せな終わりを迎えたい。
 だって、そうでなければ…悲しいままなんて終わるのは、辛いから。


 今みたいに、沢山できた友達と一緒にいたい。
 今みたいに、誰かの恋の話に花を咲かせたい。
 今みたいに、料理はちょっと修行中でこれから上手くなりたい。
 今みたいに、幸せな家族に囲まれて、大切な友達がいて、好きになりたい人がいて。

 そんな大切な幸せを無くしたくなんて、ないよね。


『ドラコニス・アセンション』

かっこ良くなくたっていいんだよ?
奇跡を起こすチカラは 誰にでもあるよ
怖がらなくたっていい 少し勇気があればいいよ
夜空に輝くりゅう座のように 勇気を込めて輝けばいい
Draconis Ascension…

Lucky Starを捕まえたいの?
願い事を幾つ言っても 流れ星の数が足りません(笑)
だったら作ろう 誰もが持ってる奇跡のチカラで
大丈夫 怖がらないで
どんな人でも 出来ると信じてるから

追い風を真に受けて 少しだけ助走をつけて
高く 高く 飛び上がれば 星に近い
勇気のカケラを ちょっと振り絞るだけ
君にも出来るよ ほら…

かっこ良くなくたっていいんだよ?
奇跡を起こすチカラは 誰にでもあるから
怖がらないよ 勇気を振り絞って
夜空に輝くりゅう座のように もう少しだけ飛んでみよう
Draconis Ascension…

write:Red-Eyes Kuro Dragin.




 To Ascension, 7Days…

 ズドドドドドドドデダデダデダデデデンデンデデン!

 その日の朝も、いつもと同じように始まった。
 わたしが学校の、自分の教室に到着してきっかり2分後に。
「すばるゴメン! 古典の宿題見せてー!!!」
「えぇー? 瑞穂ちゃん、また忘れたの?」
 隣りのクラスになっても、わたしの一番の親友である瑞穂ちゃんは隣りの教室から全力ダッシュでわたしの席まで来ると、ノートを突き出しながらそう言った。
 中学三年にもなって、毎日のようにこんなやり取りをするのもどうかと思うけど。
「もー、瑞穂ちゃん。たまには自分で宿題やらないとダメだよー。高校上がった後どうするの?」
 わたしはため息をつきつつ鞄から古典のノートを出そうとした時、瑞穂ちゃんはそんなわたしの言葉を全く聞いていないようで、思い出したようにわたしの髪を弄りだす。
「おっといけない。おはようすばる。今日もかわいいですなーうりうり」
「あぁん、わたしの話を聞いてよー。髪触らないでったらー!」
 わたしの抗議をものともせず、朝、40秒でセットしたせっかくの髪をボサボサにしてしまう瑞穂ちゃんはイジワルすぎる。
 だけどそこへ、もう一つの朝の風物詩がやってくる。

 ドドドドドドゴゴゴゴずおおおおおおおバッターン!

「朝からぬぁにをしてるんじゃこのイジワルっ娘めがぁぁぁぁぁぁ!
「うぁんとにょ・ヴぁんでらすっ!」
 教室の扉を文字通り突風のように開け放ってやってきた、わたしのもう1人の親友は瑞穂ちゃんを後ろからそのまま肩の上まで担ぎ上げ、教室の床へと叩き付ける。
 見事なサンダーファイヤー・パワーボム。
 じゃなくて!
「瑞穂ちゃん大丈夫!? なんか凄い悲鳴あげてたけど!?」
「だ、大丈夫……アントニオ・バンデラスはセクシーでかっこいいよね……」
 瑞穂ちゃんはそう言うと、ばったりと教室の床へと倒れる。
「おはよう、すばる。……あ、髪飾り、変えたんだ?」
「おはよう、瑠未ちゃん。うん、昨日新しいの買ったんだ」
 瑠未ちゃんも、瑞穂ちゃんと同じように、違うクラスになっても一番の親友。
 2人とも、わたしと違って行動力のある友達。時々、それが羨ましくなる。
「うぉー……瑠未っち〜朝から酷いよ。なんてことするのさ〜」
「お前がすばるに悪戯ばっかするからだ。小学生かお前は」
「なんだよー! このおとこおんな!」
「あ! うら若き女子中学生に言ってはならない事を! 絶対に許さんぞ瑞穂ー! 戦闘力5.3の右手を喰らえー!」
「瑠未が戦闘力たったの5のおじさんより強い訳ないだろー!」
「ああん、2人とも朝から喧嘩しないでよー! 瑠未ちゃんも瑞穂ちゃんも落ち着いてー!」
 わたしが過ごしている、ごく当たり前の日常。
 当たり前の、世界。


「再会、プレアデスの姫よ。今日も君の盟友達共々、無事に生きていたか」
 わたしが瑞穂ちゃんと瑠未ちゃんの喧嘩を止める為に四苦八苦していると、背後からそんな声がかかった。
 どう聞いても朝の挨拶には聞こえないけれど、この人にとってはそれが朝の挨拶なんだからしょうがない。
「おはよう、黒野君…ごめん、瑠未ちゃんと瑞穂ちゃんを止めてくれる?」
 黒野匠君。わたしの同級生の1人で、成績優秀、容姿端麗、スポーツも出来る、だけど中二病。でも、いい人で、わたしは何故かよく喋る。
「任せろ。漆黒の覇者たる我の手で愚直な戦いを止めてみせよう。ダブル・ハンドレッド・シェイキング!」
 黒野君は即座に2人の間に割って入るなり、瑠未ちゃんと瑞穂ちゃんの両手を取ってその場で重ね合わせ、握手するかのようにぶんぶんと上下運動。
 つまり、無理矢理握手して仲直りって、強引すぎるような…。
「「……ほへ?」」
「プレアデスの姫が泣いているのでね、無用な血を流す事は避けたまえ」
「泣いてないよ!」
 黒野君の乱入で瑠未ちゃんも瑞穂ちゃんも顔を見合わせた後、そのまま離れた。
「今日も些細な平和を取り戻してしまった…」
「相変わらず何を言っているんだ、黒野は…」
 遠い目をする黒野君に瑠未ちゃんがそう突っ込んだ時、突如、瑞穂ちゃんが急に手をあげた。
「あ、あ、青山君じゃん。おっはー」
 そう声をかけた先に、黒野君同様、わたしのクラスメイトの一人である、青山聖君がいた。
「……ああ。戊亥瑞穂か。おはよう」
 青山君は眼鏡をかけていて、背はすらりと高く、テストで満点など当たり前ほど頭がいい。そしてやはり容姿端麗。
 ただし、トンでもないナルシストでプライドが高い。
 でも、そんな奇妙な魅力を持つ青山君が気になる人は意外といて、瑞穂ちゃんもその一人だったりする。
「……また会ったな、全知全能の神人よ」
「ああ、おはよう黒野。……お前だったらどう考える? 今朝俺に起こった出来事について」
「貴様がそう言うのなら余程の事だろうな、ゲシュペンストがゲシュタルト崩壊したのか?」
「黒猫が俺の前を大群で通り過ぎて行った」
「なん…だと…!? ナイトアイズ・ブラックウールがレギオンを作り上げてニアミスした!?」
「その通りだ。そしてその直後、俺の真横にカラスが墜落してきた。墜落してきたんだぞ!? 確率的に有り得るか!?」
「そんなの…オーナインを振り切ってオーイレブンのレートだというのに……インポッシブルが限界を超えたというのか!?」
「当たらなくて良かった…俺の美しい鞄に傷がつけば今日一日立ち直る事すらできやしない……悪いな黒野。愚痴を言ってしまって」
「気にするな。それほどの事、お前にとっては大陸がクェイク・オブ・アースを起こしてスリーアローヘッズになるぐらい衝撃だったんだろう?」
「感謝する」
 いまいち、この2人の中でどうやって会話が成立しているか解らないんだけれど。
「ホント青山君と黒野の会話ってどうして成立しているのか謎だ…」
「似た者同士だからじゃない?」
「青山君と黒野が似てる訳ないでしょ」
「似てないよ!」
「似てるって!」
「ああ〜! 瑞穂ちゃん、瑠未ちゃん喧嘩やめて〜!」


「じゃあ、また後でね〜」
「またな〜」
 朝のチャイムが鳴り響き、瑠未ちゃんと瑞穂ちゃんはそれぞれ自分の教室に戻って行くのと入れ替わりに、担任の先生が入って来た。
「皆しゃん、おはようございまうぷぅ…」
 昨日お酒でも飲み過ぎたのだろうか、青い顔をした先生は口元を抑えつつえっちらおっちら教壇へと向かい、どうにか立つと口を開いた。
「いいですかぁ、男子の皆さん…いくら好きだからって、女性の前でおっぱいの事ばかり褒めては、ろくな大人になりませんよ…いいですね、黒野君?」 「はい、正解です…さすがは黒野君…」
 ほんとうになんで先生も黒野君と正しく意思疎通ができるのだろう。それに答える黒野君もたいがいだけど。
「それではぁ、今日は転校生を紹介します…仲良くしてあげて下さいねぇ…。じゃあ、桂川さん。入って来て下さい」
 最後の方はしっかりした声で、先生はそう言うと、がらりと教室の扉が開く。

 幻想的なほど長い奇麗な髪。
 その艶やかさに、男子生徒達が「おぉ…」と息を飲む。
 そしてその長い黒髪に似合う、凛々しさを感じさせる顔立ち。
 漆黒の左目の反対側、右目には薄く紫がかった紅が輝きを放っていた。

「はじめまして。桂川はるみです。よろしくお願いします」


 To Ascension, 10Days…

『こ、こんばんは。夜分遅く申し訳在りません、鳥屋さんのお宅でしょうか? ま、前学校で一緒だった桂川ともうしますが、すばるちゃんはいらっしゃいますか?』
『はるみちゃん? お久しぶり、はるみちゃん!』
『すばるちゃん! うん、久しぶりだよね…あ、あのね! 実はね、引っ越す事になったの。だから、番号変わるの』
『そうなんだー…どこに引っ越すの?』
『うん。驚かないでね――――−星海町!』
『えぇー!!!? そ、それって……』
『そうだよ! 星海中学校に、明々後日から通うんだ! すばるちゃんとまた一緒になれるよね!』
『うんうん! 楽しみに待ってる。友達たくさんいるし、色々面白いものもあるし…うん、たくさん遊びたいし、たくさん話したい!』
『私も! すばるちゃんに会うの、楽しみにしてる!』
『そうだ! いい事思いついた! 折角だから、転校して来る前に一度会おうよ! 前日には町に来るんだよね?』
『うん、行くよ。明日にはそっちに行くんだけど…』
『明日は色々忙しいだろうから、明後日だね。明後日の夜に…星海山に展望台があるの。そこでどう? 町の夜景が、すっごく奇麗だよ!』
『見てみたいなぁ…うん、そうしよ!』
『じゃあ、明後日の夜にまた会おうね!』


 To Ascension, 7Days…

「桂川さんってどっから来たの?」
 時は流れて昼休み。新たな転校生である桂川さんはあっという間にクラスメイト達の質問攻めにあっていた。
「東京の方から」
「へぇー。都会っ子なのか?」
「そうですね」
 次々とぶつけられる質問に一つ一つ答えて行く姿は、その分だけクラスに馴染もうとする努力が見受けられる。
 うーん、わたしが桂川さんの立場だったらできないなぁ。
「でも、皆さんこうして優しい人達で良かったです。ひ、引っ越すのとか、初めてで…」
「まぁ、確かにな。引っ越しをよく経験する人もいればしない人もいる。人によりけりだ」
 安堵したように呟いた桂川さんに、青山君がそう口を挟む。
「ところで、桂川さんの方から質問は無いか?」
「はい、あの……さっきから気になっていたのですけれども、あの、方は」
「プレアデスの姫の事か?」
 桂川さんの言葉に黒野君が言葉を続けた。
 どきり、と心臓が停まるかと思った。まぁ、さっきからちらりちらりとばかりに視線を送り続けていたら気にはなるか。
「あははは……ご免ね。その、東京から来たって言うから、その…」
「ああ。そう言えば君も小学校の頃は東京にいたのか」
 わたしが頭を掻きつつ答えると、青山君がすぐにフォローしてくれた。青山君ナイス。
「わたしは、鳥屋すばる。よろしくね、桂川さん」
「よろしくお願いします…」
 あいさつ代わりに手を差し出すと、その手を握り返してくれる。
 優しい手。でも、わたしには…。

 わたしがそんな事を考えた時、凄まじい足音と共に教室の扉が開け放たれた。

「すっばるー! お昼ご飯一緒に食べよ…うぉうっ!?」
 瑞穂ちゃんは教室に飛び込んで来るなり前のめりになって転倒、盛大な音を立てた。
「瑞穂うるさい、少しは静かに……」
 瑞穂ちゃんの後に続いて入ってきた瑠未ちゃんもわたしと桂川さんを見て、目が点になる。
「な、ナ、NA……み、みみみ瑞穂、あたしは夢を見ているんだよな? そーだよな? あのすばるが、あのすばるが……」
「こ、今回ばっかりは全力で同意するよ、瑠未っち…あのすばるが…そこの転校生!」
 瑞穂ちゃんは両足で床を蹴り、その反動で立ち上がりつつ、桂川さんに視線をロックオン。
「は、はい!?」
「あたしの嫁に何をしたぁー! 例え転校生いえども、すばるにそんな顔をさせるような奴は、このあたし、戊亥瑞穂と」
「残念ながらすばるはあたしの嫁だ。この音無瑠未が許さない!」

「「転校生! お前に決闘を申し込む!」」

 普段は喧嘩ばかり、というより喧嘩するほど仲良しな2人だけど、こんな時迄息がばっちり。
「え? え? え?」
 ちなみに桂川さんはおろおろモード。でも、真面目で誠実そうなこの子がそんな顔をするなんて多分レアだと思う。
「おい戊亥、音無。お前ら、少し落ち着け」
 青山君が急遽割って入り、瑞穂ちゃんと瑠未ちゃんは「うー」と呟きながらわたしの横までやってくる。
「大丈夫、すばる? 何かされてない?」
「大丈夫だよ、2人とも」
 わたしが2人を宥めている間にも青山君と黒野君が桂川さんを落ち着かせていた。
「あの2人はプレアデスの姫の従者達だ。時々先ほどのような事にもなるが大丈夫だ、特に害は無い」
「あの、だからプレアデスの姫って…」
「鳥屋さんの事さ。鳥屋すばる、だからな。すばるはプレアデス星団の和名、という事だよ。黒野が付けたあだ名のようなものだ」
 青山君が桂川さんに説明して、桂川さんが徐々に安堵の表情を取り戻して行く。
 が、それがやっぱり気に喰わないのは瑞穂ちゃん。あああ、わたしの水筒のカップが握りつぶされてしまう。
「ぐぬぬ…すばるのみならず青山君にまで手を出そうとするとは、あの転校生は万死に値する!」
 わたしと瑠未ちゃんの制止を振り切り、教室を飛び出した瑞穂ちゃんだが10秒後には両手でコマンドーになって帰って来た。
「クリンコフだ! スパス12だ! 戦争だー!」
 AK-47u"クリンコフ"とスパス12ショットガンを(注:両方ともモデルガン)装備して戻って来た瑞穂ちゃんは双方を両手で突き付けつつ桂川さんへ迫る。
「さぁ転校生、Shotgun Wedingの由来ぐらいは知ってるよね? さぁ、すばると青山君を賭けてあたしと決闘してもらおうか!」
「あ、あの、私、そんな過激なの」
「あー。大丈夫。瑞穂の言う決闘ってコレだから」
 戸惑う桂川さんの前に瑠未ちゃんがポケットからアレを取り出して軽く振ってみせる。

 そう、デュエルモンスターズのカードだ。

「あ、そっちなんですね」
「幾らなんでも学校でモデルガン振り回しちゃマズいだろ瑞穂」
 瑠未ちゃんがクリンコフとスパス12のモデルガンを取り上げている間に桂川さんは鞄を開いていた。
「そういう事ならば」

「この桂川はるみ、全力で相手しますからねッ!」

「おおっ! 転校生がやる気だ!」
「あの戊亥瑞穂と、転校生のデュエルだぜ!」
「おい、誰かフィールドシート持ってねぇの? アレ無いと盛り上がらないだろ!」
「瑞穂ちゃんも、桂川さんも頑張ってね」
「任しときなさい! 瑞穂ちゃんの腕前、チョー一流!」
「普通,それ自分で言わないよな」
「瑠未っちは黙ってろー!」
 そんなやり取りをしている間に、誰かがフィールドシートを用意し、机と椅子を2脚。
「さて。誰がジャッジを務める?」
「俺がやろう」
「おおっ、頼むぜ青山!」
「このありとあらゆる事象をかけた運命決定的なデュエル、その審判を下すのに相応しいのはこの俺に決まっているだろう? さぁ、開戦準備だ」
「大丈夫です」
「万事オッケー!」
「よろしい、ならば開戦だ!」

「「デュエル!」」

 桂川はるみ:LP8000     戊亥瑞穂:LP8000

「私の先攻ドローです!」
 先攻は桂川さんのターン。
「魔法カード、トゥーンのもくじを発動!」

 トゥーンのもくじ 通常魔法
 自分のデッキから「トゥーン」と名のついたカード1枚を手札に加える。

「そして、この効果で更にトゥーンのもくじを手札に加えます! そして再発動!」

 トゥーンのもくじ 通常魔法
 自分のデッキから「トゥーン」と名のついたカード1枚を手札に加える。

「そして三枚目!」

 トゥーンのもくじ 通常魔法
 自分のデッキから「トゥーン」と名のついたカード1枚を手札に加える。

「そして、三枚目のトゥーンのもくじで、トゥーン・ヂュミナイ・エルフを手札に加えます」

 トゥーン・ヂュミナイ・エルフ 地属性/☆4/魔法使い族/攻撃力1900/守備力900/トゥーン
 このカードは召喚・反転召喚・特殊召喚したターンには攻撃する事ができない。
 自分フィールド上に「トゥーン・ワールド」が存在し、
 相手フィールド上にトゥーンモンスターが存在しない場合、
 このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。
 フィールド上の「トゥーン・ワールド」が破壊された時、このカードを破壊する。
 このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、相手の手札をランダムに1枚捨てる。

「そして、トゥーン・ヂュミナイ・エルフを召喚! カードを1枚伏せて、ターンエンドします」
「1ターンで、デッキ圧縮を使い切り、アタッカーを備えて戦闘準備までしてきたか。ま、流石にセオリーは踏んで来るよな」
 瑠未ちゃんが桂川さんに視線を向けつつそう呟くと、瑞穂ちゃんへ声をかける。
「瑞穂ー。油断すんなよー」
「任しときなさい! あたしのターン、ドロー!」

「よし! E・HERO サイクロン・マスクを召喚!」

 E・HERO サイクロン・マスク 風属性/☆4/戦士族/攻撃力1600/守備力800
 このカードの召喚・特殊召喚・反転召喚に成功した時、
 相手フィールド上のカードを1枚選択して破壊する。

「ふっふーん! 我らがHEROの、竜巻の戦士は如何なるカードをも吹き飛ばすのだ! さぁ、そのトゥーン・ヂュミナイ・エルフを退場させてやる!」
 瑞穂ちゃんは鼻高々に宣言すると、トゥーン・ヂュミナイ・エルフに指を突き付ける。
 サイクロン・マスクの竜巻は遠慮なく吹き飛ばしました。
「これでフィールドがら空き! サイクロン・マスクで、プレイヤーにダイレクトアタック!」
「そうはさせません! 罠カード、ディメンション・ウォール!」

 ディメンション・ウォール 通常罠
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 この戦闘によって自分が受ける戦闘ダメージは、かわりに相手が受ける。

「な、なんですとーっ!?」
「ああ…瑞穂ちゃん、リバースカードには注意しないとダメだよ」
「ぐぬぬ……わかっちゃいるけど、使われたんじゃしょうがない。モンスターが生き残っているだけマシとしよう…だけど悔しいぞ!」
 しかし瑞穂ちゃんが幾ら喚こうと、ダメージは通ってしまう。
 ダイレクトアタックがそのまま帰ってくるのはあまり嬉しく無いし。

 戊亥瑞穂:LP8000→6400

「チェーン発動のカードは無いか? では、戊亥のライフを削る」
 青山君の公正な審判によって、状況はやや桂川さんに傾いた。
「…ええい、カードを二枚セットして、ターンを終了」
「では、私のターンに戻りますね。ドロー」
 だけど、桂川さんも今はフィールドががら空きの筈。
 どうやって補充していくかが見所だけど…。
「永続魔法、トゥーン・ワールドを発動!」

 トゥーン・ワールド 永続魔法
 1000ライフポイントを払って発動する。

「なるほど、トゥーン・ワールドという事は、トゥーンデッキ使いとは珍しいな…戊亥、カウンターは無いか? 無いな。では、発動が成立。桂川さんはライフを1000支払う事になる」

 桂川はるみ:LP8000→7000

「そして、フィールドにトゥーン・ワールドが発動された事によって、私はこのモンスターを召喚します! トゥーン・スピア・ドラゴン!」

 トゥーン・スピア・ドラゴン 風属性/☆4/ドラゴン族/攻撃力1900/守備力0/トゥーン
 このカードは通常召喚できない。
 自分フィールド上に「トゥーン・ワールド」が存在する場合のみ特殊召喚できる。
 相手フィールド上にトゥーンモンスターが存在しない場合、このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。
 存在する場合、トゥーンモンスターを攻撃対象に選択しなければならない。
 フィールド上の「トゥーン・ワールド」が破壊された時、このカードを破壊する。
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
 その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
 このカードは攻撃した場合、ダメージステップ終了時に守備表示になる。

「うげ…」
 瑞穂ちゃんはトゥーン・スピア・ドラゴンの効果を見るなり、その凶悪さに気付いたらしい。
 本来、召喚したターンに攻撃できないトゥーンモンスターだが、その例外であるトゥーン・ブラック・マジシャン・ガールのように召喚したターンに攻撃が可能。
 そして、それと違って下級モンスター故に、トゥーン・ワールドが存在してさえいればノーコストで召喚できる。
「トゥーン・スピア・ドラゴンは、相手フィールド上にトゥーンが存在しない時に、ダイレクトアタックが可能です! てーい!」
「おおっと、二の足は踏まないのが瑞穂ちゃんよ! 攻撃の無力化!」

 攻撃の無力化 通常罠
 相手モンスターの攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。

「それに対するカウンターは無しか。よし、ではトゥーン・スピア・ドラゴンの攻撃は無効となる」
「むぅ、流石にやりますね」
「ダテに瑠未っちや我が愛しのすばるとデュエルをしていたりしないのだよ」
「では、私は魔法カード、トゥーン・タクシーを発動します」

 トゥーン・タクシー 通常魔法
 自分フィールド上に「トゥーン・ワールド」が存在する時に発動可能。
 自分の手札から「トゥーン」と名のつくレベル4以下のモンスター1体を特殊召喚する。

「わお」
 トゥーンモンスターの特殊召喚用カードなんて、初めて見る。
「召喚するのは、トゥーン・ゴブリン突撃部隊です」

 トゥーン・ゴブリン突撃部隊 地属性/☆4/戦士族/攻撃力2300/守備力0/トゥーン
 このカードは召喚・反転召喚・特殊召喚したターンには攻撃する事ができない。
 自分フィールド上に「トゥーン・ワールド」が存在し、
 相手フィールド上にトゥーンモンスターが存在しない場合、このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。
 フィールド上の「トゥーン・ワールド」が破壊された時、このカードを破壊する。
 このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になり、
 次の自分のターンのエンドフェイズ時まで表示形式を変更する事ができない。

「カードをセットして、ターンエンドです」
「ぬぅ……2体並べたか……だけど、アタッカーばかりじゃ、勝てないよ? あたしのターン、ドロー!」
 瑞穂ちゃんが劣勢、という訳では無い。桂川さんはこのターンで手札をほぼ使い切っている。
 でも、瑞穂ちゃんのモンスターはサイクロン・マスクのみで心もとない。
「ぬふふ、手札の天使の施しを発動!」

 天使の施し 通常魔法
 デッキからカードを三枚ドローし、その後二枚を手札から選択して墓地に送る。

「よし…そして、続けてHERO'S ボンドを発動!」

 HERO'S ボンド 通常魔法
 フィールド上に「HERO」と名のついたモンスターが存在している時に発動する事ができる。
 手札からレベル4以下の「E・HERO」と名のついたモンスター2体を特殊召喚する。

「サイクロン・マスクがいるから、2体を追加で召喚できるもんね! あたしはこの効果で、E・HERO ワイルドマン、E・HERO ブラック・ブレードの2体を特殊召喚!」

 E・HERO ワイルドマン 地属性/☆4/戦士族/攻撃力1500/守備力1600
 このカードは罠カードの効果を受けない。

 E・HERO ブラック・ブレード 闇属性/☆4/戦士族/攻撃力1500/守備力1300
 このカードは1ターンのバトルフェイズで、二回攻撃を行なえる。
 このカードが裏側守備表示のモンスターを攻撃した場合、
 ダメージ計算を行わず裏側守備表示のままそのモンスターを破壊する。

「瑞穂の奴、攻めに出る気か」
 瑠未ちゃんがフィールドを眺めながら呟いた時、瑞穂ちゃんは「甘い甘い」とばかりに指を振った。
「ふっふーん。実はこれで終わりじゃないよ? 効果を使った後の、サイクロン・マスクは不要。だから、こうしちゃう。サイクロン・マスクは生贄だー! E・HERO ダークライダーを召喚!」

 E・HERO ダークライダー 闇属性/☆5/戦士族/攻撃力2000/守備力1900

 一気に三体のモンスターを並べたとはいえ、それでもどのモンスターも攻撃力が微妙に及ばない。
 だけど、瑞穂ちゃんがそれをカバーしない筈は無い。でも、どうやって。
「そう、そこで真打ちたるは、爆発的な攻撃力の向上! 装備魔法、団結の力を発動して、ブラック・ブレードに装備するよ!」

 団結の力 装備魔法
 装備モンスターの攻撃力・守備力は、自分フィールド上に表側表示で存在する
 モンスター1体につき800ポイントアップする。

 E・HERO ブラック・ブレード 攻撃力1500→3900

「!」
「ぬふふ、何故ブラック・ブレードに装備したのか、すばるなら解るかなー?」
「ブラック・ブレードは二回攻撃が出来るから、ゴブリン突撃部隊も、スピア・ドラゴンも倒せる。そして、ダークライダーとワイルドマンでダイレクトアタックに繋げればダメージ量で考えれば多い」
 なるほど、瑞穂ちゃん結構意地悪な作戦を考えたんだなぁ。
「さぁ。行くぞ、我がレギオンのこうげ…」
「そうはさせません! ミラフォです!」
「なんと難波の通天閣ぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!!???」

 聖なるバリア -ミラーフォース- 通常罠
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。
「ああ…うん、戊亥。リバースカードには注意しろって言った記憶が在るような無いような……ああ、うん。待った無しだ。ワイルドマン以外は破壊だな」
「おおおおお……なんて事だ…折角の3900がばいばいさよならまーたーねーしてしまうとは…」
 ワイルドマンは罠カードの効果を受けないため,ミラーフォースにも耐えきれるけど攻撃力1500。されど1500だ。
「えっへん」
「ぐぬぬぬぬぬ」
 しかし、瑞穂ちゃんは何も出来ずにターンエンド。
 肝心な所でドジを踏む瑞穂ちゃん。失策だらけだよ…。
「それでは、私のターン。ドロー!」
 トゥーン・ゴブリン突撃部隊、トゥーン・スピア・ドラゴンの2体が生き残っているからには、更にそこから何か飛び出してくるのではないか。
 なにせトゥーンデッキは、直接攻撃こそがウリなのだから。
「……では、これで〆を始めましょう。トゥーン・ゴブリン突撃部隊、トゥーン・スピア・ドラゴンの2体をリリースして、トゥーン・メタル・デビルゾアを特殊召喚します!」

 トゥーン・メタル・デビルゾア 闇属性/☆8/機械族/攻撃力3000/守備力2300/トゥーン
 このカードは通常召喚できない。
 自分フィールド上に「トゥーン・ワールド」が存在する場合のみ特殊召喚できる(レベル5以上はリリースが必要)。
 相手フィールド上にトゥーンモンスターが存在しない場合、このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。
 存在する場合、トゥーンモンスターを攻撃対象に選択しなければならない。
 フィールド上の「トゥーン・ワールド」が破壊された時、このカードを破壊する。
 このモンスターが攻撃を行う場合、そのダメージ計算時のみ、
 このモンスターの攻撃力は攻撃対象モンスターの攻撃力の半分の数値分アップする。

「トゥーン・メタル・デビルゾアはトゥーン・ワールドがある時に特殊召喚できる、そしてそのターンにも攻撃が可能! そして…相手プレイヤーはトゥーンを使っていなければ…」
「ぷぎゃー」
 瑞穂ちゃんのマヌケな悲鳴があがるより先に、青山君はライフカウンターを操作していた。
「戊亥の3000ライフダメージ、と…」

 戊亥瑞穂:LP6400→3400

「さて、ターンエンドです」
「くううう……あたしのターンだ! ドロー……ワイルドマンを守備表示に変更して…魔法カード、ミラクル・フュージョンを発動!」

 ミラクル・フュージョン 通常魔法
 自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカードによって
 決められたモンスターをゲームから除外し、「E・HERO」という
 名のついた融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
 (この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

「墓地のダークライダーと…E・HERO バーストレディをミラクル・フュージョンして……E・HERO インフェルノ・ライダーを召喚!」

 E・HERO ダークライダー 闇属性/☆5/戦士族/攻撃力2000/守備力1900

 E・HERO バーストレディ 炎属性/☆3/戦士族/攻撃力1200/守備力800

 E・HERO インフェルノ・ライダー 闇属性/☆7/戦士族/攻撃力2700/守備力2200/融合モンスター
 「E・HERO ダークライダー」+「E・HERO バーストレディ」
 このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 このカードは、相手モンスターを戦闘で破壊した時、もう一度攻撃する事が出来る。
 自分フィールド上にこのカードが存在する限り、相手プレイヤーはこのカード以外のモンスターを攻撃対象に選択出来ない。
 墓地に存在するこのカードを除外する事で、手札からレベル5以上の「E・HERO」と名のつくモンスターを特殊召喚できる。

「インフェルノ・ライダーの攻撃力はトゥーン・メタル・デビルゾアには及ばなくても、及ぶようにすればいいからね! 一発逆転! 受け継がれる力を発動!」

 受け継がれる力 通常魔法
 自分フィールド上のモンスター1体を墓地に送る。
 自分フィールド上のモンスター1体を選択する。
 選択したモンスター1体の攻撃力は、
 発動ターンのエンドフェイズまで墓地に送ったモンスターカードの攻撃力分アップする。

「ワイルドマンよ、お前の犠牲は無駄にしないぞ…」

 E・HERO インフェルノ・ライダー 攻撃力2700→4200

「さぁ、インフェルノ・ライダー! そのメタル・デビルゾアを粉砕してしまえー! 粉砕・玉砕・大革命!」
「桂川さん、この攻撃を…通さないか」
「ミスティ・マジック発動です!」

 ミスティ・マジック 通常罠
 戦闘によるモンスター1体の破壊を無効にする。ダメージ計算は適用する。

 桂川はるみ:LP7000→5800

「インフェルノ・ライダーの連続攻撃は、相手を戦闘破壊した時のみ! その戦闘破壊が無効化されてしまえば、連続攻撃は出来ない!」
「くっ…戦闘破壊されないから、ダメージ後に融合解除で更に攻撃のコンボが不発じゃないか!」
「残念でした」
「そもそもミラクル・フュージョンで素材除外しちゃったから融合解除使えないんじゃ…」
「あ…すばる、ナイスツッコミ」
 それにお礼を言われても困るんだけど…。
「そして手札使い切ったからターンエンドかぁ…」
 そして、エンドフェイズにインフェルノ・ライダーの攻撃力は元々の2700に戻る。
 だけど、戻ってしまっても意味が無い。何故なら。

 トゥーンは、相手がトゥーンモンスターをコントロールしていない限り、直接攻撃が可能。
 返しの桂川さんのターン。トゥーン・メタル・デビルゾアの攻撃が通る。

 戊亥瑞穂:LP3400→400

「くそう……なんとかして、トゥーン・メタル・デビルゾアを排除しない事には…あたしのターン、ドロー!」
 インフェルノ・ライダーがあるとはいえ、攻撃力は足りない。
 おまけに手札は1枚のみ。
「ふっふっふ……これが最後の逆転劇だぁぁぁぁぁっ! R−ライトジャスティスを発動!」

 R−ライトジャスティス 通常魔法
 自分フィールド上に表側表示で存在する「E・HERO」と名のついた
 カードの枚数分だけ、フィールド上の魔法・罠カードを破壊する。

「!」
「これで、トゥーン・ワールドを破壊すればトゥーンは全滅! インフェルノ・ライダーは自由に暴れられる!」
 瑞穂ちゃんの最後の手札。それが、ライトジャスティスだったなんて。
 見事、というかなんという強運というか。流石は瑞穂ちゃん。
「トゥーン・ワールドは破壊。つまり、トゥーン・メタル・デビルゾアは破壊される訳だ」
 青山君の宣言通り、トゥーン・ワールドの破壊が認められたため、トゥーンモンスター達は自身の効果で自壊してしまう。
「くっ……!」
 桂川さんがそう声をあげた時、瑞穂ちゃんは躊躇わずに攻撃宣言を出した。
「喰らえー!」

 桂川はるみ:LP5800→3100

「へっへん。ターンエンド」
「ううう……ドローします!」
 そして、桂川さんのターンになる。
「トゥーン・キャノン・ソルジャーを召喚します」

 トゥーン・キャノン・ソルジャー 闇属性/☆4/機械族/攻撃力1400/守備力1300/トゥーン
 このカードは召喚・反転召喚・特殊召喚したターンには攻撃する事ができない。
 自分フィールド上に「トゥーン・ワールド」が存在し、
 相手フィールド上にトゥーンモンスターが存在しない場合、
 このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。
 フィールド上の「トゥーン・ワールド」が破壊された時、このカードを破壊する。
 また、自分フィールド上に存在するモンスター1体をリリースする事で、
 相手ライフに500ポイントダメージを与える。

「たかだが、攻撃力1400じゃ、インフェルノ・ライダーは倒せないよ?」
「残念ながら、このターンで終わりです。トゥーン・キャノン・ソルジャー自身をリリースして効果を使います」
「あ」
 瑞穂ちゃんはフィールドを確認して、桂川さんの顔を見て。
「え、ホント?」
「はい」
 そして瑞穂ちゃんは。

 寄生虫に寄生されてしまった人のような顔になった。

 戊亥瑞穂:LP400→0

「…勝者は、桂川はるみだ。皆、拍手を!」
 青山君のジャッジは公正である。まだ、寄生虫に寄生された人の顔をしている瑞穂ちゃんは置いておいて、なにはともあれ。
「桂川さん、すごいねー」
「お見事。見事なトゥーンデッキだったよ。デュエル、結構やってたの?」
 あっという間に皆に囲まれる桂川さん。
「……うーん、瑞穂ちゃん、残念だったね」
「まぁな。まさかアレでキャノン・ソルジャーが来るとは思わないさ」
 わたしの言葉に瑠未ちゃんがそう返し、まだ寄生虫に寄生された人の顔をしている瑞穂ちゃんの肩を叩いた。
「ほらほら、諦めろ。いつまでもそんな顔してない」
「う〜…瑠未っち……あたしの嫁がぁ…青山君がぁ…」
「別に2人ともお前のものじゃないから安心しろって」
 そうそう、別に青山君は瑞穂ちゃんだけのものじゃないんだし。
「それに、青山君にフラれても大丈夫だよ、瑞穂ちゃん。わたしがいるよ」
「すばるぅ〜!」
 瑞穂ちゃんはわたしに抱きついてくる。
「ずっと! ずぅーっと一緒だからね! 友達だから!」

 どきりとした。

 ずっと友達。いつまでも、友達。
 わたしも、瑞穂ちゃんも、瑠未ちゃんも。

 そうだ、わたし達は友達なんだ。それぐらいに、好きなんだ。いつも同じように、笑っていられる、そんな友達。
 だから…。
「すばるー?」
「え? あ、ううん、なんでもないよ、瑞穂ちゃん」
 そうだ。そんな事は…まだ…。
「いっつも瑞穂ちゃんばっかりわたしに抱きついてズルいよ! だから次はわたしが瑞穂ちゃんに抱きつくー!」
「わー! すばる何をすんのさー!」
「ちょ、すばる待って! あたしには無いのかー!」
「瑠未っちまで来るなー!」
 壊したく無い、日々。


 To Ascension, 8Days…

 その約束の場所に着いたのは、わたしの方が早かった。
「はるみちゃん、道解るかな…」
 一応、行き方自体はメールで送ったんだけれど。大丈夫かな。
 はるみちゃんと会うの、何年振りだろう。
 わたしは携帯電話を握りしめつつ、空を見上げる。

 奇麗な、満点の星空。この町の名前の由来にもなった、星の海。
 この星の奇麗さと変わらないように、どんなに遠く離れてもわたしとはるみちゃんは、友達だったと思ってる。そしてこれからも。
「あ、りゅう座…」
 りゅう座を見つけた。
 夜空を駆ける竜のように、力強さを感じるその光。
「たぶん、東京じゃ絶対見えないよね。はるみちゃん、まだかな…」


 To Ascension, 6Days…

「すっばるー! どっかでお茶してかない?」
 放課後。瑞穂ちゃんは瑠未ちゃんを引きずりながら教室に飛び込むなり、そう叫んだ。
 もちろん、わたしには反対する理由なんてない。
「うん、行く」
「いい返事だ。流石は我が嫁」
 瑠未ちゃんはそう言いつつわたしの頭をなで回した後、ちらりと視線を教室の奥に向けた。

 桂川さんは青山君と話していた。

「これ以上ここにいると瑞穂がヤバいしな」
「そうだね」
 相も変わらず桂川さんに敵意剥き出しの瑞穂ちゃんを引きずって移動する事にした。


 学校のすぐ近くにある喫茶店に落ち着き、いつものようにおしゃべりが始まる。
「うー…本当にあの転校生にはしてやられた…」
 瑞穂ちゃんは昨日の敗北をまだ引きずっているのか、相変わらずブルーだった。
「しょうがないよ。桂川さんのデッキ、なかなか完成されてたものね」
「たしかになー。瑞穂はガンガン前に出過ぎ。悪いとは言わないけど、痛い目に遭う」
 瑠未ちゃんがコーヒーに砂糖を入れながらそう言って笑った。
 確かに、瑞穂ちゃん、昨日はリバースカードへの無警戒が大ダメージに繋がっていた。まぁ、当たり前と言えば当たり前だけど。
「ぐーいつか絶対勝つんだー!」
「そうだね。いつか、ね」
 瑞穂ちゃんの叫びにそう返すと、瑞穂ちゃんは驚いた顔をしていた。
「またいつかって……おいおい、すばるー。デュエルはいつでも挑めるよー。明日、巨大隕石が衝突して人類滅亡します!とかそんな事にならない限り」
「確かになー。少なくとも、あたしらにはちゃんと、明日待ってるよ」
 瑠未ちゃんも続ける。
 明日が待ってる。そう、いつもと変わらない明日が来る事を、信じてる。
 当たり前のように。
 でもその明日が来なかったら…明日が来ると確実になれなかったら…。
「ねぇ、瑞穂ちゃん、瑠未ちゃん」
「んー?」
「なんだ、すばる?」
「もしもさ。その…例えば、明日じゃなくて、明後日とか、3日後とか、その辺りに世界が滅びちゃうー、とかそういうのが解ったら、どうする?」
「おいおい、そんなの有り得ないだろー」
「だから、例えばの話。世界が滅びるのが決まっちゃってたら」
 わたしの問いに、二人はうーんと考え込む。
 やっぱり、難しい問題なんだと思う。だって、わたしだってそう思う。
「あの…やっぱり、無理して考えなくてもいいんだよ? 聞いてみただけだから」
「ま、まぁね。あたしには難し過ぎるわ…」
「瑞穂に同じく…これは、中三にはキツい…」
 中学三年生にはキツい。そう、だよね。
 テーブルの上の紅茶に手を伸ばした時、ふと瑠未ちゃんが口を開いた。
「そういやすばる。この前、今度友達が来るーって嬉しそうにしてたけど、その話はどうなったの?」
「ぶっ!?」
 紅茶に口を付けていたので、思わず少し咽せ込んだ。
「そ、そう言えばそんなの言ってたね…あはは。ごめん、ダメだったみたい。一足遅いエイプリルフールかなぁってあはは…」
 頭を掻きつつそう答えると、二人は「そうかー」と残念そうに呟く。
「あたし達の新しい友達になれたかも知れないのに」
「そうだな」
「うん…やっぱり、楽しみだった?」
 わたしが恐る恐るそう問いかけると、二人は頷く。
「なにせあたし達の一番の親友であるすばるの友達だからな。期待しない訳が無いさ」
 瑠未ちゃんがそう言ってコーヒーを啜り、瑞穂ちゃんは懐かしそうに呟く。
「うん。だって、すばるの時みたいに、すぐに仲良くなれるかも知れないしね。すばるが来た時、あたし今でも覚えてるよ。すっごくおどおどしててさ、皆の質問攻めに遭ったらしどろもどろになって」
「で、あたしと瑞穂が名乗った後、そのまま二人同時に質問ぶつけたからどっちが先に答えてもらうかであたしと瑞穂が喧嘩して」
「それをすばるが止めたんだよねー。教えてもらったばかりの、あたしらの名前を呼んでさ」
 懐かしい記憶。
 小学校の時、わたしがこの町にやってきた時に、その初めてのクラスで瑞穂ちゃんと瑠未ちゃんと出会った。
 内気だったわたしを質問攻めにした二人がいつものようにしていた喧嘩を止めて、それが切っ掛けで仲良くなった。
「で、わたしが止めたら二人ともきょとんとしちゃって…でも、その後すぐにわたしを受け入れてくれたもんね」
「すばるがあの時、ああやって止めたからだよ」
「そうだな。もしあれが無かったら、あたし達今でも友達じゃなかったかも知れない」
「友達になんて、些細な切っ掛けでなれるんだよ。そして、そうやって出来た絆でも……そうそう簡単に切れないよ。一度結んだ、絆だから」
 そう、友情は、そうそう簡単に切れない。
 わたしと、瑞穂ちゃんと、瑠未ちゃんも、そうであるように。

 わたしとはるみちゃんも、きっと…。


 To Ascension, 8Days…

「ごめん、遅くなって!」
 わたしが展望台に着いてから十分後、はるみちゃんは息を切らしながら手を振りつつ近寄って来た。
「はるみちゃん!」
「すばるちゃん、久しぶり!」
 はるみちゃんは近寄って来るなり、わたしの両手を取って思いっきりジャンプした。
 それに合わせて、わたしもジャンプ。
 幼稚園の時からずっと一緒だったわたし達だけの、約束。
「いつ以来だろう…五年ぶり、ぐらいだよね?」
「うん。小四、ぐらいだもんね……えへへ、でも、本当に…」
 嬉しそうなはるみちゃんの顔は、あの頃と変わってない。
 そう、ずっとずっと一緒だった、あの頃から。


 To Ascension, 5Days…

「桂川さん、頭いいねー…数学の宿題困ってたんだ!」
「いえいえ、大した事では無いですよ。それに、確かに数学は難しいですからね」
 桂川さんはクラスメイト達に数学を教えており、もうクラスに馴染んでいるようだった。
「確かにな…。ピタゴラスがフィールズ賞を受賞できないのと同じように、シュヴァルツバルトの闇が数学というセカイを包んでいるんだよ」
「要するにコイツはバカだから数学が苦手という事だ」
 黒野君に青山君が冷静な解説。本当に青山君はなんで解るんだろう。
「でも、黒野君も青山君も成績良いですよね?」
「テストの点と実際の頭脳は違う。特にコイツの場合、ベクトルがズレてるからな」
「ブルーマウンテンブレンド、それはノーセイの誓いだ」
「俺をその名で呼ぶなと何度言ったら解るんだ、クレイジーファイヤーブラックフィールド!」
「!!! やめろ! 俺の封印されし黒歴史を掘り返すなぁぁぁぁぁ!」
「お前がそういう扱いをするからだろ、クレイジーファイヤーブラックフィールド(笑)!」
「(笑)ってなんだ!? (笑)ってなんなんだー!」
 ギャイギャイギャイ!
「瑞穂ちゃん、瑠未ちゃん、黒野君と青山君が喧嘩してる」
「青山君が怒鳴る姿もいいねぇ〜」
「瑞穂、あたしにはお前の趣味が理解できん」
 わたし達が口論を続ける青山君と黒野君を眺めながらそんな話をしていると、桂川さんが近づいて来ていた。
「それにしても、皆さん仲良しですね」
「友達だからな」
 瑠未ちゃんがそう答えた時だった。
「いいですよね、友達。私も…たくさん、友達、作りたかったです」
「え? 今から、作ればいいじゃん」
「……そう、ですよね。でも、できなかったらって思うと、すごく、怖いんです」
 桂川さんが、そう悲しそうに呟くのが。
 凄く辛かった。
 だってわたしは――――それが事実だと、知ってしまったから。
 知っているから。
「まぁ、解るよ。友達、作るのって大変に見える。だって、知らない人と話す事って怖いからな。でも、時間なんてのは幾らでもある。今日だけじゃない、明日もある」
「……」
「そうそう。少なくとも一昨日、デュエルした時からあたしはもう桂川さんとは友達でありライヴァルである…と認識してたよー? それはあたしの勘違いかなー?」
「えと…それは、勘違いとかじゃ、ないと、思いたいです。思います」
「はっはっはー! オーケーオーケーオーキードーキー」
 瑞穂ちゃんは今日も平和だった。


 To Ascension, 4Days…

 土曜日。


 To Ascension, 3Days…

 日曜日。
 折角の休日で、天気もいい。こんな日は…。

 皆でゲームするに限るよねっ!

 いつものように瑞穂ちゃんの家に集合したわたし達は、SEGAの16bitの傑作、一流のB級作品が集ったメガドライブに向かっていた。
 何を今更レトロな、と思うけど名作だらけなのだ!
 流石は我らがメガドライブ。
「ぎゃー! ミスティックケイブの奈落の穴に落ちたーッ!」
「だからACT2は慎重に操作しろと何度言ったら解るんだよ瑞穂! あーあ…脱出できねぇじゃないか」
「え? あの穴って脱出できないの? 確かこっちにバネなかった?」
「すばるが持ってるのはセガサターンのソニックジャムの奴だろ? アレは脱出可能仕様になってんだよ。オリジナルだと無理なんだ」
「くそう…ソニック2はだから嫌なんだ、セーブできないし後半シビアだし」
「ソニック&ナックルズのデスエッグまで到達して同じ事が言えるのか瑞穂?」
「だってまだ行けてないもーん。あ−、もうダメダメ。別の奴やろーよ。スプラッターハウスの2やろうよ。瑞穂ちゃん、デッドマン狩りまくっちゃうよー?」
「どうせいつもみたくデスノイドの体当たり喰らいまくるのがオチだしあれグロいからすばるがプレイできないだろ」
「うん…瑞穂ちゃん本当にアレ好きだよね…」
「アレは90年代初期ナムコの名作なんだよー、ちくしょー!」
「そうだ、瑠未ちゃん! トージャム&アール手伝ってよ! 今度こそ宇宙船のパーツ揃えて0階でラムネ飲もうよ!」
「おお、いいなすばる! この前は確かパーツが残り一個だって時に二人とも残機1になっちゃって」
「体力少ない時によりによって郵便ポストがお化けの方だったんだよねぇ…」
「そしてそのまま逃げ回ってたら芝刈り親分に遭遇して刈られてゲームオーバー…」
「あの時のすばると瑠未、激烈に落ち込んでたもんな。トラウマを掘り返さない為にそれはやめておいて、これをやろうよ!」
「あ! これは、あの伝説の…」
「うん! 伝説のポップスターが主人公のアクションゲームだよ! ダンスアタックが目印のメガドライブ史上最大のイロモノ作品でありながら名作でもあるアレさ!」
「おまけに最大三人までプレイできるってのもいいよな!」
「あー、もう名前が言えないのが辛いよねー……でもやっぱりアクションじゃない?」
「瑞穂。アクションだったらこれだろ! SEGA版ファイナルファイトのベア・ナックル! 中でも名作は2だ!」
「瑠未ちゃん、ベア・ナックルは3だよ! ドクター・ザンでパワースパークで暴れまくるのが至高だよ! 2なんかシグナルの体力高いしナイフのモヒカンの高笑いが腹立つだけだよ!」
「いくらすばるでもその暴言は許さない。3なんてエレクトラの立ち上がりが遅すぎて攻撃タイミング逃すしビッグベンが大量発生して画面が暑苦しい事になるし何よりアッシュの動きがキモイ!
「違うよ瑠未ちゃん! あれが3の一番の魅力なんだよ! ひげ面船長なのに内股! おまけにとにかくハネる上に裏技でプレイヤーにも出来るんだよ!」
 もう、瑠未ちゃんは解ってないなぁ。
「うわ、もうそろそろお昼だな……すばる、瑠未、そろそろお昼にしようぜー」
 わたしと瑠未ちゃんが話している間にお昼になりつつあるらしい。
「あ、もうお昼なんだ? 時間経つの早いね」
「確かにな…やっぱり楽しい時間は過ぎるのが早いって、よく言うよな?」
「う、うん、そうだね」
 瑠未ちゃんの言葉にそう返した時、瑞穂ちゃんが首を左右に振りつつ口を開いた。
「ごめん、今家族いないからさ…お昼、コンビニ行かない? お菓子とジュースも買いに行かないと無さそうだ」
「ありゃ。ま、しょうがないな」
「そうだね、行こうよ」
 わたし達はそれぞれ財布と鞄を手に、瑞穂ちゃんの家を出て外へと出る。
 コンビニまでは徒歩数分。
「そういやすばる。気になったんだけどさ」
 三人で歩いていると、瑠未ちゃんが思い出したように口を開いた。
「なに?」
「ここの所、すばる、何か考え込んでるなって思ってね」
 瑠未ちゃんは、いつものような笑顔でそう言った。でも、わたしの事をちゃんと見ている。
 だからそう言えるんだ。
「この前の、喫茶店での話とか…その、今の楽しい時間の事とかさ。なんか、ちょっとびくびくしてるようで、ちょっと心配なんだ」
「そうなの?」
「あたしがすばるに対してそう思っただけだよ瑞穂。違うかも知れないけどね」
「……ううん。だいたい、合ってるかな」
「そっか」
 瑠未ちゃんは寂しそうに言った。
「…らしくないよ、すばる。まぁ、なんでもかんでも話せる訳じゃないってのは、わかるけど。でも…」
「うん…」
「だけどさ、何かそうやって苦しんでるのを見て、何もできないのは、辛いよ」
「瑠未ちゃんも、瑞穂ちゃんも、優しいよね」
「友達だからね。初めて出会って、言葉を交わした時から」
 友達だから。友達だから、側にいてくれて、嬉しいんだ。
 そうやって心配してくれて、嬉しいんだ。
「だからだよ。……友達だから、言えないの」
「そっか」
「……瑠未っち、あのさ」
 黙って話を聞いていた瑞穂ちゃんが、瑠未ちゃんを呼び止めて声のトーンを落としながらも口を開いた。
「悔しく、ない?」
「…悔しく無いかっていうと、嘘だけど」
「だったら、どうして」
「幾ら友達でも、踏み越えちゃいけないものはある。…それは、すばるだって痛い程わかってる。だからだよ、あたし達を、守る為に黙ってるんだと思う」
「……だけど…だけどそんなの絶対おかしいよ! だってさ、本当は――――――」
「瑞穂!」
「……ごめん、瑠未」
 瑠未ちゃんと、瑞穂ちゃんの言葉が、重く見える。
 そんな言葉を聞きながら、歩いて行く。
「でもさ」
 辛くて、こんなことを言う権利なんて、本当はないかも知れないけれど。
「わたしはね……瑞穂ちゃんと、瑠未ちゃんのこと…親友だって……一生の、親友だって思ってるから!」
「「うん、あたしも」」


 To Ascension, 8Days…

 遠くの方で、流れ星が光った。

「あ、流れ星!」
「願い事、願い事」
 流れ星を見て、消える前に。願い事を三回言えば、願いは叶う。

「わたし達が、ずっと…」

 流れ星は消えない。

 轟音と、光が、眩しくて。


 To Ascension, 8Days…

 コンビニに着いて、中に入る。
「おおっと! あたしの大好きな焼きカレーパンが残り一個じゃないか!」
 入るなり瑠未ちゃんはわざと明るい声を出してパンの棚へ手を伸ばす。

 そしてその手に伸ばす、もう一つの手。
「あ」
「あん?」
 そのもう一つの手の主は、わたし達より少し年上に見えた人だった。
「…………焼きカレーパン、くれる?」
「あ?」
 彼は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「いやいやいやいや」
 瑠未ちゃんは目の前で手を左右に振った。
「いやいやいやいやここはほらレディファーストでしょう。男らしいじゃないですか、ひゅーひゅーイケメン」
 瑞穂ちゃんはともかく、瑠未ちゃんは時々どこかズレている気がする。
「……あのなぁ、俺はその焼きカレーパンが欲しいんだ。おだてたって譲れねぇよ」
「そこをなんとか」
「やなこった」
「男らしく無い」
「そこまで否定すんなよ…」
 そのお兄さんは嫌そうに呟くと「しょうがねぇ」と口を開いた。
「白黒つけるぜ。勝った方のモンだ。それで文句ねぇだろ? こいつでな」

 そう言ったお兄さんの出したものは、デュエルディスクだった。
「おっけー、やりますか」
 瑠未ちゃんも堂々としたものである。

「行くよ? 準備はいい?」
「いいから来いよ。叩き潰してやるからよ」

「「デュエル!」」

 音無瑠未:LP8000     年上の少年:LP8000

「あたしが先攻でやらせてもらうよ! ドロー!」
 瑠未ちゃんはドローするなり、にやりと笑う。
 伊達にわたし達仲間でデュエルをしている訳ではない。あれは相当すごいことを思いついた時だ。
「永続魔法…jカルシウム100%!を発動!」

 カルシウム100%! 永続魔法
 このカードがフィールド上に存在する限り、自分スタンバイフェイズ毎に、
 墓地に存在するアンデット族モンスターの数×100ポイントのライフを回復する。
 また、このカードのプレイヤーがコントロールする元々の攻撃力1000以下のアンデット族モンスターは、
 相手プレイヤーに直接攻撃が行える。

 相変わらず、瑠未ちゃんだった。
 そう、瑠未ちゃんのデッキは。とにかく骨である。カルシウムである。牛のお乳である。
「もちろん、これで終わりじゃないよ? まずはワイトを召喚」

 ワイト 闇属性/☆1/アンデット族/攻撃力300/守備力200
,

「ワイトで、なにができんだよ」
「ワイトの価値は、ワイトしか知らない」
 瑠未ちゃんは指を振りつつ、新たなカードを手札から抜き出す。
「通常魔法、スケルトン・ツァーリ・ボンバ」

 スケルトン・ツァーリ・ボンバ 通常魔法
 自分フィールド上に存在する「ワイト」1体を生贄に捧げて発動する。
 相手プレイヤーに3000ポイントダメージを与える。
 このカードの発動時、相手プレイヤーのライフが3000以下だった場合、
 相手プレイヤーはこのダメージを受けない。

 瑞穂ちゃんは「またか」と言った顔で。でも、相手のお兄さんは唖然としたようだった。
「………ハ?」
 なにせ1ターン目。先攻1ターン目である。つまり、対処のしようがないのだ。

 年上の少年:LP8000→5000

 なにせ、いきなり3000ダメージである。しかし瑠未ちゃんは、ワイトを愛しているのである。
「さて。ターンエンド」
 つまり、3000というアドバンテージを稼いだから、しばらくは手札に専念すればいいのである。
 序盤から早くも苦しくなったお兄さんだが、負けてはいないようだ。
「俺のターンだ。ドロー」

「初回からの3000ダメージねぇ……それで余裕を持ったと思うなよ? 魔法カード、神託を発動するぜ!」

 神託 通常魔法
 手札に存在する幻神獣族のモンスター1体を特殊召喚する。

「骨がいくら集まろうと、神の前には何の礎にもなりはしねぇ……オシリスの天空竜、召喚!」
 彼の言葉とともに。
 わたし達の前に、見ているはずもないものが現れた。

 そこに、神がいた。

 オシリスの天空竜 神属性/☆10/幻神獣族/攻撃力?/守備力?
 このカードを通常召喚する場合、自分フィールド上のモンスター3体をリリースして召喚しなければならない。
 このカードの召喚は無効化されない。
 このカードが召喚に成功した時、魔法・罠・効果モンスターの効果は発動できない。
 このカードは特殊召喚した場合エンドフェイズ時に墓地へ送られる。
 このカードの攻撃力・守備力は自分の手札の数×1000ポイントアップする。
 相手モンスターが攻撃表示で召喚・特殊召喚された時、
 そのモンスターの攻撃力を2000ポイントダウンさせ、攻撃力が0になった場合そのモンスターを破壊する。

 オシリスの天空竜 攻撃力?→4000

「なっ……!」
「なら、こっちは4000でどうだい? オシリスの攻撃!」

 音無瑠未:LP8000→4000

 反撃。
 そう、たった一度の容赦ない反撃。しかしそれでも、4000ダメージ。
 ライフポイントの半分。
「嘘でしょ……」
「さて…カードを一枚セットして、おっと。通常召喚がまだだったな」
 少年はにやりと笑いつつ、カードを突き出す。
「神の右手の竜を攻撃表示で召喚!」

 神の右手の竜 神属性/☆4/幻神獣族/攻撃力2000/守備力1000
 このカードの召喚に成功したとき、自分のデッキからカードを一枚ドローできる。

「さぁて、ターンエンド…と同時にオシリスは墓地に送られる…ま、いいよな」
「あたしのターンだ!」
「すばる、見えてる? 瑠未の顔つきが、変わった」
「う、うん」
 そう、普段はどんな危機的状況、というより相手がそんな切り替えしをしてくれば楽しそうな顔をしている瑠未ちゃんだけど。
 今は違う。
 そう、何かを感じたときだ。
「こいつは正直やばいよ、やばいよ」
 ただの焼きカレーパン争奪戦ではないのだ。
「だけど、負けるもんか! ドロー!」
 そしてこの瞬間、カルシウム100%!の効果で、瑠未ちゃんはライフを回復する。

 音無瑠未:LP4000→4100

「ゴブリンゾンビを守備表示で召喚!」

 ゴブリンゾンビ 闇属性/☆4/アンデット族/攻撃力1100/守備力1050
 このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
 相手はデッキの上からカードを1枚墓地へ送る。
 このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
 自分のデッキから守備力1200以下のアンデット族モンスター1体を手札に加える。

「ターンエンド」
「ターンエンドか」
 彼は仕方なく息を吐く。
 どうやら、すぐにでも決めてしまいそうだ。
「残念だな。もうちょい、楽しみたかったんだが」
「え?」

「どうして俺がオシリスみたいな、普通じゃありえないものを出したか知ってるか?」

「答えは注意を引く為だ。アンタらのな」

「全員こっちしか見ていない。だから、後ろを見ない」


 わたしが見た背後。
「……桂川さん?」
 瑞穂ちゃんの震えた声とともに、あの日から…変わり果ててしまった、桂川さんが立っていた。

 右手のナイフをくるりと捻って。
「すばる、危ないっ!」
「瑞穂ちゃん!」
 そう叫ぶより先に、桂川さんの体が瑞穂ちゃんに重なる。

 ぶすり。

 そんな一言で形容されてしまう、赤い、花。

「あ…ああ……」
 瑞穂ちゃんが膝を折り、その場に倒れこんだ。
「瑞穂…!」
 そしてもうひとつ。瑠未ちゃんもまた。
 さっきまで、相手にしていた少年に。少しばかり年上の少年に。そして、あの日。

「…ただ一週間、待ってるだけじゃつまんないからな」

 倒れた瑠未ちゃんの脇を通りながら、少年は笑う。
 怖い。
 一歩一歩、近づいてくる度に。だけど…。

 逃げちゃいけない。

「…くも」
「ん?」
「よくも、瑞穂ちゃんと瑠未ちゃんをっ!」
 わたしがそう叫んだ時、少年は「おいおい」と呟く。

「お前よぉ…だったらなんで、一週間前の時点でも、そうやって牙を剥かねぇんだ?」


 To Ascension, 8Days…

「「一生の、親友でいようね」」

 落ちてきた流れ星、それは―――――破滅の光のようにも見えた。
「すばるちゃん!」
 はるみちゃんの声が響く。音とともに、宙に浮く身体。

 轟音と衝撃、そしてわたしが見えたのは――――それは流れ星じゃなかった。

 箱舟?
 そう、たとえるなら昔話に出てくるノアの箱舟のようだった。
 白い、綺麗な箱舟は、はるみちゃんの身体を押しつぶすようにして星海山の頂上展望台に、降り立った。

 なに? いったい、あれはなに?
 そうだ、それよりもはるみちゃんが下敷きになったままだ。どうしよう、どうしよう。
 こういう場合、救急車だっけ? それとも警察? 一応、事故になるの?
 だけど隕石が箱舟でそれ――――――。

「ちょっと崩れてるけど、それを補修すれば使えそうですよ」
「うむ」
 わたしが意識を現実に引き戻すと、箱舟の扉が開いていた。
 そして中から姿を現した、二つの人影。
 先に口を開いたのは、わたしより少しだけ年上の少年。はるみちゃんの身体を片手で持ち上げていた。
 押しつぶされてぐちゃぐちゃになっていた、はるみちゃんを。
 そしてもう一人は――――どんな人と形容すればいいのだろう。若い姿をしていた、若い姿をしているのに、纏っている空気が違うというか…。
「…さぁて、と。とりあえずちょいとまずは修復開始っと。おお、ふむふむ」
 少年のほうがはるみちゃんの身体に何かを当てた後、箱舟の中から何かチューブのようなものを取り出してくる。
「外見は出来たから、後は中身」
「………」
 そして、はるみちゃんは。否、はるみちゃんの身体は、何事もなかったかのように立ち上がった。
「はるみちゃん?」
「……ああ、なるほど。この身体の名前、ですね」
「え」
 はるみちゃんの身体を着た、何かがそう答えた後、少年のほうは笑い出す。
「おいおい、明らかに死んでるのにそいつ本人が生き返る訳ねーだろ。これはただの人形だ。中身を詰めただけ」
「ゴースト、喋り過ぎだ」
「…失言でした」
 もう一人の言葉に、ゴーストといわれた少年は口を噤む。
 その時だけ敬語になった。
「だけどいい星ですよ、ここ。実に平和そうに暮らしてる。数も多い。変換したらどれぐらいになるでしょうね
「変換したら、な。……さて。そこにいる少女よ。君が第一星人のようだ」
 男のほうが、わたしの方に一歩足を踏み出した。
 近づいてくるたびに、吸い込まれそうになる。
「この星での一週間は何日ぐらい、ああ、何時間で一日になるか教えてくれたまえ」
「あ、…は、はい…一週間、は、七日、七日で、一日は…に、にじゅうよじかんですっ!」
「144時間か。ふむ、なかなかの余裕だな。一日が3時間の星の奴よりずっと幸運であろうな」
 男はそういうと、わたしに視線を合わせて口を開いた。
「名はなんと言う?」
「……すばる。鳥屋すばる」
 わたしがそう返答すると、男はゆっくりと笑った。
「我が名は星喰。第一星人である、君は幸運だ。なぜならこの星を救うかも知れない可能性を引いたのだから」
「え…」
 何なのだろう、さっきから。第一星人って、一番最初に出会った星の人ってこと?
 ま、まぁそりゃあ宇宙人が空から来た訳だから。
「わかりやすく言うとだな」
 ゴーストが残酷すぎる口を開いた。

「俺たちは、星ひとつの生物を食いつぶしてそのエネルギーで生きてるんだよねー。だけど、かと言って無慈悲にそんなことをする訳にはいかねぇからな。だから、その星で最初に出会った奴と、一週間後に勝負をする。つまり、お前だ。お前が勝てばこの星は救われる。負ければ…」
「この星と共にわれらの糧となるだけだ」
 …。
 ……。
 ………わたしのおバカな脳みそでもようやく追いついた。
「そ、そんなの…!」
 信じられない。
 だけど、わたしの両肩に、両手に、この星の未来が、かかってるって…こと?
「逃げてもいいんだぜ? ま、逃げても死ぬだけだけどね」
「………」
「ちなみに競技はなんでもいいぜ?」
 ゴーストがそう口を開いた直後、星喰は一歩一歩と歩を進めて、わたしの前まで来ていた。
「ふむ」
 ずぶり、という音と共に、何かがわたしを覗いているような感覚―――。
「デュエルとは面白い競技だな。それもよかろう」
「競技決定ですかい? よかったな、お前が得意な奴ならそれでいい」


 To Ascension, 8Days…

「けど、やっぱりまだまだ覚悟は決められないって顔だよな」
 ゴーストはそう言って笑う。
 そりゃそうだ。
 普通に、答えなんて、わたし達みたいな子供に出るはずもない。
 だけど、それでも…。
「わたしは、きめ」
「ま、どっちでもいいんだよ。俺たちはさぁ…この星が食えればなぁ!」
 震える手。
 痛い。赤い。
 その手をつかめ。引き抜け、もう片方の手も添えろ。
 赤いの、痛いの。抜いて、抜かなきゃ。

 痛い…。



 To Ascension, ?Days…?

「そうそう、すばる。思い出したんだけどねー」
 瑞穂ちゃんは初代プレイステーションに向き合いながらそう呟く。
「よくさ、RPGの主人公でいるじゃん。日本から急に異世界にやってきましたー。だけど世界救いますよーって人」
「うん、いるよね」
「ああいう主人公って、自分は冴えないとか思ってるけど、そもそも右も左もわからない世界でデカい運命背負わされたら、普通は逃げちゃうよ?」
「ああ、それはあたしも思う」
 瑞穂ちゃんだけじゃなく、瑠未ちゃんもそういう。
「だって冷静になって考えてみれば信じられないことばかりだもんな。例えそれが現実だって分かってても、頭が心が追いつかないのは仕方ない。人って脆いもの」
「うん。だって、あたし達が生きてる世界でも、そういうことはあるんだもん。誰だって、自分は壊れたくない。壊したくない。…でも、こうも思うよ。そうやって、運命を背負える人たちはすごいってね」
「勇気とか、そういうのだけじゃない。もっと大切な何かを持ってるから、自分も、ほかのことも、壊したくないって思ってるんだよ。きっと」
 そこで二人は、わたしの隣に視線を向ける。
「はるみはどう思う?」
 わたしの隣にいたはるみちゃんが、顔を上げた。
「うん。わたしがその立場だったら、逃げちゃうかも知れない。だけどそういう人って、たいていいい仲間がいるよね」
「まぁな。一人ぼっちじゃ。あんまり出来ないよな」
「だから耐えられるんだよ。痛いのも、辛いのも、皆で分けてる。皆一人だから、一緒になるんだよ」
「いい言葉だね、はるみ」
 瑠未ちゃんはポテチを口に運ぶ手を休めて、ウェットティッシュでぬぐう。
「そんなはるみにピッツァポテチを進呈」
「瑠未っちの食べかけじゃん」
「「あははははははははは!」」
 わたしとはるみちゃんはそう言って笑うと、口にくわえるポキィを四本に増やす。
 なるほど、わかるかも知れない。
「たとえばポキィがあるとするよね?」
「まぁ、すばるちゃんが今食べてるね」
「これが1本だと簡単に折れる。4本、でも折れるね…ギガントポキィ1本。これもすぐ折れる。…ギガントポキィ4本は?」
「すばる。とりあえず三本の矢みたいな事を言いたいことはよくわかった」
 瑠未ちゃんが勝手に話を終わらせてしまった。うまいこと言おうと思ったのに。
 わたしが肩を落としていると、瑠未ちゃんはすぐに言葉を続けた。
「けどさ、わかるよ。あたし達みたいなのがいるから、きっとすばるなら出来ると信じてる」
「約束したよね? あたし達は一生の友達だって」
「瑠未ちゃん、瑞穂ちゃん…」
「頑張ってね。わたし達も、約束したから」
 そして、はるみちゃんもわたしの手をとる。
「すばるちゃん…知ってる? 平和で幸せな日常と、残酷で辛い運命なんて、実は生春巻きのライスペーパーよりも、ずっと薄い、いいや、幕ですらない、ただの線でしか仕切られてない。だから、簡単に超えられる。超えられてしまう。それがそんなものであるとも知らずに」
 はるみちゃんはそう言って、少しだけ目を閉じた。
「すばるちゃんはもう、超えちゃった。だけど、大丈夫。わたし達が、いる。独りじゃない」
「ああ。あたし達が、すばるの一生の友達だからな」
「わたしもね」
「辛くて、残酷で、悲しい。でも、すばるなら、きっと…」
 手が離れた。
「もう、行かなきゃ。時間だ」
「うん…すばる。忘れないでね、あたし達の事」
「大丈夫、あっというまだよ」
 真剣な顔の瑞穂ちゃんにはるみちゃんがそう口を開き、あははと笑う。

「「「どうかお願い。わたし達が生きた場所を守って…たった一人の、すばる」」」

 三人の姿が、消えていくころ。キッチンタイマーが、鳴り響いた。



 To Ascension, This Days

 暗い意識の底から、明るい世界へ。
 白い天井が、視界に入る。
「お? 目を覚ましたか?」
「青山、君?」
「意識が戻ってよかった。…具合はどうだ?」
 青山君だけでなく、黒野君がそう口を挟んでくる。普段の口調が消えている黒野君は、こんなに綺麗な声をしていたのか。
「ほら、お姉ちゃん目を覚ましたぞ」
「おねえちゃん…」
 黒野君に促されたのは、弟だった。
 泣き虫だけど、泣きそうな顔でわたしを見ていた。
「まーくん…そうだ、まーくん! 今何日の何時!」
「え? え、えと…はい!」
 ベッド脇に置いてある電波時計。普段からわたしの部屋にある、日付まで分かる優れもの。
 その日を指していた。そして、それまで後1時間ほどしかない――――!
「お、お姉ちゃんさびしくないように、部屋のもの勝手に持ってきて…」
 まーくんは驚いたようにしていたが、そうしてベッド脇に積まれたわたしのものの中に、あれがあった。

 片手でそれを掴みながら、ベッドから立ち上がる。
 点滴のチューブを抜き、ついでにかかっていた上着を羽織る。
「お、おい…無理に立ち上がっちゃ…」
 青山君が驚いていたが気にしない。
「まーくん、お金どのぐらいある?」
「な、ない」
「…黒野君、青山君ごめん! お金貸して! えーと…確か2000円ぐらい! タクシー代!」
「ど、どこに行く気だ!? まだ傷も塞がってないし、安静に」
「財布ごと持ってけ」
 青山君が声を荒げるのを止めた黒野君は、ポケットから分厚い財布を出した。
「それと、着替えがそこのかばんに入ってるから、着替えてきな。ああ、そうそう。財布の中身はあるので心配するな」
 普段の芝居がかった口調も消えた黒野君は優しく、わたしが着替えた服は―――いつもの制服。まぁ、これが一番気合が入る。
「ありがとう、黒野君、青山君」
 二人に頭を下げると、わたしはまーくんへと視線を向けて、そして一度だけ、抱きしめた。
「まーくん。お姉ちゃん、今から頑張ってくる。だから、お姉ちゃんの事を忘れないで…悪いお姉ちゃんでごめんね、でも。まーくんのお姉ちゃんでいるからね。ずっと」
「う、うん」
「お父さんとお母さんと…星美おねえちゃんの事を守れるのは、まーくんだからね。もう、行かなきゃ…行ってくる!」
「幸運を、プレアデスの姫よ」
 後は、病室を飛び出して、階段を駆け下りて―――。
 考えられる最高速度で病院の外へ飛び出して、タクシーを捕まえる。
「星海山まで! 大至急!」
 少しの間、身体を休める間。
 その間に、ひとつだけ決めなくてはいけない。そう、ひとつだけ。




「……来たよ、あいつ」
 展望台にくると、ゴーストと星喰はすでにそこにいた。
「てっきり、死んだかと思ってたがな」
「ゴースト、これに懲りたら興が削がれるまねは二度とするな」
「へいへい」
 星喰とゴーストはいたが、桂川さんの姿は無かった。
「あいつを探してるのか? もともと死んでるし、もう用済みだからな。切り離した。今頃死体に戻ってるよ」
「そうなんだ…」
 はるみちゃん、とわたしは唇を少し噛む。
 もう二度と、会えないんだよね。

 平和で幸せな日常と、残酷で辛い運命なんて、生春巻きのライスペーパーよりも、ずっと薄い、ただの線でしか仕切られてない。

 だから、それに踏み込んだことを、覚悟していなくてはならない。

 なぜなら、拒否することなど出来ないのだから。

「……覚悟はできてるよ。あなたを倒すための」
「そうか。それが地球人か―――――ならばよし。ゴースト」
「審判は引き受けましたよっと……見せてもらうよ、地球人?」

 遠くのほうで、頑張れって声がした。

 To Ascension…

 鳥屋すばる:LP8000       星喰:LP8000

「せ、先攻もらいます!」
 まずはわたしから始める。
「サイバー・ドラゴン・ツヴァイを攻撃表示で!」

 サイバー・ドラゴン・ツヴァイ 光属性/☆4/機械族/攻撃力1500/守備力1000
 このカードは相手モンスターに攻撃する場合、ダメージステップの間攻撃力が300ポイントアップする。
 1ターンに1度、手札の魔法カード1枚を相手に見せる事で、
 このカードのカード名はエンドフェイズ時まで「サイバー・ドラゴン」として扱う。
 また、このカードが墓地に存在する場合、
 このカードのカード名は「サイバー・ドラゴン」として扱う。

 機竜の新型。
「へぇ…」
「ほう。一週間、さまざまなカードを見てきたが、こんなカードは初めてだ」
 星喰達が驚嘆の声をあげるが、今は気にしてなどいられない。
「カードを一枚セットして、ターンエンド」
「ふむ…さて。では、始めるとしよう」
 後攻。星喰のターンだ。
「ドロー」

「ジャイアントウィルスを、攻撃表示で召喚する」

 ジャイアントウィルス 闇属性/☆2/悪魔族/攻撃力1000/守備力500
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、相手ライフに500ポイントダメージを与える。
 さらに自分のデッキから「ジャイアントウィルス」を任意の数だけ表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。

 ジャイアントウィルスがいきなり出てくるとは、相手は闇属性だろうか。
「もちろん、それだけじゃ終わらないよね…」
「無論だ。ジャイアントウィルス、機竜に攻撃宣言を行う」
 自爆特攻…いいや、違う!

 星喰:LP8000→7500

「ジャイアントウィルスの効果を使うためにわざと自爆したんだね!」
「是」
 わたしの言葉に星喰は肯定。
 すなわち、ジャイアントウィルスは戦闘破壊された場合、相手に500ダメージと、デッキのジャイアントウィルスを特殊召喚できる。

 鳥屋すばる:LP8000→7500

 ジャイアントウィルス 闇属性/☆2/悪魔族/攻撃力1000/守備力500
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、相手ライフに500ポイントダメージを与える。
 さらに自分のデッキから「ジャイアントウィルス」を任意の数だけ表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。

 そして、ウィルスの名のとおり、大増殖したウィルスは2体に増えた。
「カードを伏せて、ターンを終了する」
 さぁて、困ったことになった。下手に戦闘破壊しようものなら、こちらにもしっぺ返しが来てしまう。
 だけど、どうする?
「迷うな、進め進めー! 瑞穂ちゃん、オフェンスには命かけますよー!」
 瑞穂ちゃんだったら、たぶんそう言ってる。何も考えずに突っ込んでいっちゃうから。
 だけど、瑞穂ちゃんみたいな勇気が要る。今なら!
 そうだ!
 攻撃…進めぇー!
「魔法カード、エヴォリューション・バーストを相手に見せて…ツヴァイの効果を発動! ツヴァイはエンドフェイズまで、サイバー・ドラゴンという扱いになる…そしてエヴォリューション・バーストを発動!」

 エヴォリューション・バースト 通常魔法
 自分フィールド上に「サイバー・ドラゴン」が表側表示で存在する場合のみ
 発動する事ができる。相手フィールド上のカード1枚を破壊する。
 このカードを発動するターン「サイバー・ドラゴン」は攻撃する事ができない。

「エヴォリューション・バーストで、ジャイアントウィルスを破壊! 戦闘破壊じゃないから、バーン効果も発動されない!」
「ほう…」
「そして! 手札の、アドバンスド・バスターユニットを発動!」

 アドバンスド・バスターユニット 通常魔法
 フィールドに「サイバー・ドラゴン・ツヴァイ」が存在する時に発動可能。
 フィールドに存在する「サイバー・ドラゴン・ツヴァイ」と、手札の機械族モンスター1体を墓地に送り、
 デッキから「サイバー・ドラゴン・ツヴァイヘブンリー」1体を特殊召喚する。

「フィールドのサイバー・ドラゴン・ツヴァイ、並びに手札のプロト・サイバー・ドラゴンを墓地に送って、ツヴァイヘブンリーを召喚します!」

 プロト・サイバー・ドラゴン 光属性/☆3/機械族/攻撃力1100/守備力600
 このカードはフィールド上に表側表示で存在する限り、カード名を「サイバー・ドラゴン」として扱う。

 サイバー・ドラゴン・ツヴァイヘブンリー 光属性/☆6/機械族/攻撃力2300/守備力1800
 このカードは通常召喚できない。
 「アドバンスド・バスターユニット」の効果でのみ特殊召喚できる。
 1ターンに一度、このカードの攻撃力以下のモンスター1体を破壊できる。
 このモンスターはバトルフェイズ時、相手フィールド上の全てのモンスターに攻撃宣言が出来る。

「ツヴァイヘブンリーの効果発動! そして、効果でジャイアントウィルスを破壊! これで…三体のジャイアントウィルスは全滅! 続けて、プレイヤーにダイレクトアタック!」

 星喰:LP7500→5200

「……たった一つ、動かすもの、か」
 星喰いは感慨深げにつぶやいた。
「ターンエンド……」
「……で、そろそろ反撃準備ですかい?」
「うむ」
 なんだろう…少し、視界がゆがむ…声が、遠い。
 わたしはその理由に気づいた。
 あの時、ゴーストに刺された傷だ。まだ、消えてないんだ。
 だけど、まだ立っていられる。大丈夫、大丈夫だ。落ち着くんだ。
「ドロー」
 星喰のターンだ。
「ふむ…では、このカードを出そう」

「魔法カード、ラビットホールを発動」

 ラビットホール 通常魔法
 自分の手札から闇属性モンスター1体を墓地に送る。
 デッキから墓地に送ったカードと同じレベルの闇属性モンスター1体を特殊召喚する。

「この効果で、ネクロ・ガードナーを墓地に送る」

 ネクロ・ガードナー 闇属性/☆3/戦士族/攻撃力600/守備力1300
 自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
 相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。

 ネクロ・ガードナーを墓地に落とした、という事はこちらの攻撃への防御もこめてか。
「墓地で初めて効果を発揮するカードもあるからな。相手のカードを知ることが重要…って親戚の兄ちゃんの受け売りだけどな」
 瑠未ちゃんの声が響く。そうだ、そんな考え方もある。
「そして、この効果でデッキよりブラック・ワームを特殊召喚しよう」

 ブラック・ワーム 闇属性/☆3/爬虫類族/攻撃力900/守備力0
 闇属性・悪魔族モンスターをアドバンス召喚する場合、
 このカードは2体分のリリースとする事ができる。

「ダブルコストモンスターにつなげた…ってことは」
「我が手札に、最上級モンスターが存在する」
 星喰は笑みすら浮かべずにそう口にすると、手を動かした。
「さぁ。我が手の内で踊れ―――――ブラック・ワームを生贄とし、キニスを召喚する!」

 キニス 闇属性/☆8/悪魔族/攻撃力2800/守備力2500
 1ターンに一度、相手モンスター1体を選択して発動する。
 選択された相手モンスターの効果をそのターンに限り、無効にすることが出来る。
 ???

 キニスの能力自体は、最上級モンスター相応といったところだろうか。
 だけど、それだけが脅威じゃない。それだけは確実に分かる。
「ステータスだけじゃ、見えてこないものもあるからな。すばるは鈍感だから注意しろよー」
 なにが出てくるか…普通に攻撃するだけでも、十分痛いというのに。
「キニスの攻撃。アエテルタニス・フィーニス!」
 キニスが攻撃宣言を行った。ならば、こちらも相応で返すのみ。
「リバースカード、攻撃の無力化を発動!」

 攻撃の無力化 通常罠
 相手モンスターの攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。

 だが、その目論見はもろくも崩れた。
「愚かな。キニスの第二の効果を発動する」

 キニス 闇属性/☆8/悪魔族/攻撃力2800/守備力2500
 1ターンに一度、相手モンスター1体を選択して発動する。
 選択された相手モンスターの効果をそのターンに限り、無効にすることが出来る。
 このカードが攻撃宣言時、相手が魔法・罠カードを発動した場合、
 その発動を無効にし、このカードは相手プレイヤーに直接攻撃を行う。
 この効果を使用したエンドフェイズ時、相手プレイヤーはカードを二枚ドローする。

「いっ……!」
 なんなのだ、その効果はぁー!!!!
 いやいやいや、ノーコストで魔法・罠を無効に出来る上にダイレクトアタックのダメージなんて。
 卑怯とかそれらを超越している気がする。
「あー、よく言うよね、何あのインチキカードってさ。…って、ふざけんなー!!!」
 たぶん瑞穂ちゃんだったらそう叫ぶに違いない。
 クリンコフもスパス12も分かる気がするよ。
「では、改めてその攻撃を受けてもらおうか」
 星喰の言葉通り、キニスは…星より舞い降りたそれは姿を現した。
 こちらのカードを飛び越え、情け容赦ない攻撃を浴びせる。

 まるで、わたしの命そのものを削り取るような、攻撃。

 鳥屋すばる:LP7500→4700

 いや…。
 なんだろう、喉の奥からこみ上げるような…口元を押さえても、抑え切れない、首を絞めても溢れそうな…。

「ぁぅぉっ…!」
 口を抑えても、口では受け止めきれないそれが、嘔吐になってあふれ出した。
 何も入っていない、ただ空っぽの胃液だけが――――そうだ、どうして溢れてきたのか理解した。

 怖いんだ。

 そりゃそうだ。怖くないはずないんだ。
 わたしの手に、世界の命運がかかってる?
 十数年しか生きていない、ただの子供のわたしに?
 そうだよ、そんなのおかしいよ。何の冗談だって思うよ。
 だけど、今目の前にあるのは現実で。
 大切な友達を奪われて。一生の親友を亡くして。それでも尚…。

 意味、あるのかな。
 もう、親友達はどこにもいないのに。わたし、それでも生きていたいのかな。守る価値、あるのかな。
 わかんないよね。
 そうだよね、何年も生きてる人にもわかんないことあるんだし。
 わたしががむしゃらに進んでも、それが正しいかなんてわかんないよ。
「お前はカードを二枚ドローできる…ターンエンドだ」
「そうだ…わたしのターン…ドロー!」
 星喰の宣言の後、わたしのターンへと戻る。
 ええい、くそ落ち着け。
「まだ、わたしのフィールドに、サイバー・ドラゴン・ツヴァイヘブンリーは生きてる…たとえ、ネクロ・ガードナーの効果で攻撃は無効化できても…カード破壊の効果だけは使える!」
「だが、ヘブンリーの効果は自身の攻撃力以下のモンスターのみ…」
「なら、攻撃力を下げればいい! 装備魔法、スペル!」

 スペル 装備魔法
 このカードを装備したモンスターは攻撃力・守備力が1000ポイントダウンし、
 モンスター効果があれば無効となる。
 このカードの装備モンスターが戦闘で破壊された時、
 装備モンスターのコントローラーは装備モンスターの元々の攻撃力の半分のダメージを受ける。

 のろいのことば。

 たった一言で言うと、なんて汚い言葉なんだろうと思う。
 だけどそんな言葉が、今のわたしの首をつなごうと、いや、命を紡ごうとしている。

 ああ、痛いのが、少しだけ…強くなった気がする。

「スペルを、キニスに装備! キニスの効果は、攻撃宣言に対応して発動された魔法・罠カードだけ…前半の効果も、自分自身のターンだけだよ!」
「ぬぅ」
「だから、キニスは攻撃力が1000ポイント下がる!」

 キニス 攻撃力2800→1800

「そして、サイバー・ドラゴン・ツヴァイヘブンリーの効果で、キニスを破壊!」

 サイバー・ドラゴン・ツヴァイヘブンリー 光属性/☆6/機械族/攻撃力2300/守備力1800
 このカードは通常召喚できない。
 「アドバンスド・バスターユニット」の効果でのみ特殊召喚できる。
 1ターンに一度、このカードの攻撃力以下のモンスター1体を破壊できる。
 このモンスターはバトルフェイズ時、相手フィールド上の全てのモンスターに攻撃宣言が出来る。

 計算どおりの、高速戦闘。
 時間が限られてる…時間が無い…今にも折れそうな、わたしの膝。今にも潰れそうな、ハイビートを刻み続ける心臓。
 苦しくて、痛い。
 傷が治っていないにも関わらず、絶大なプレッシャーに晒され、闇に潜む魔物に恐怖して。

 それでも尚、立ってなきゃいけない。
 それでも尚、挑まなきゃいけない。

「そして、プレイヤーに、ダイレクトアタック!」
「ネクロ・ガードナーを使おう」

 ネクロ・ガードナー 闇属性/☆3/戦士族/攻撃力600/守備力1300
 自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
 相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。

 墓地のネクロ・ガードナーの効果で攻撃は止められたけど、これでネクロ・ガードナーを使われる心配は無い。
 リバースカードも無い。条件はそろってる。
 そう、さっきキニスの効果で二枚ドローしたカードで。

「サイバー・ドラゴン2体を、手札で融合!」

「サイバー・ツイン・ドラゴンを、召喚!」

 サイバー・ドラゴン 光属性/☆5/機械族/攻撃力2100/守備力1600
 相手フィールド上にモンスターが存在し、
 自分フィールド上にモンスターが存在していない場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。

 融合 通常魔法
 決められたモンスター2体以上を融合する。

 サイバー・ツイン・ドラゴン 光属性/☆8/機械族/攻撃力2800/守備力2100/融合モンスター
 「サイバー・ドラゴン」+「サイバー・ドラゴン」
 このカードの融合召喚は、上記のカードでしか行えない。
 このカードは一度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。

 サイバー・ツイン・ドラゴンを出しても、今はまだ攻撃宣言できないだろう。もう、バトルフェイズは終わった。
 そう考えるのが普通だし、実際そうだ。

「へっへっへ。あたしのすばるを舐めちゃ困るよ?」
「なにせ、不意打ちってのはお家芸だからな」


「この瞬間…手札の、速攻魔法、返しの刃を発動!」

 返しの刃 速攻魔法
 自分ターンのバトルフェイズ以外のフェイズ(相手ターンも含む)に発動可能。
 800ライフポイントを支払い、デッキからカードを三枚、ランダムに選んで墓地に送る。
 発動フェイズと次のフェイズまでの間に、自軍バトルフェイズを行う。

 鳥屋すばる:LP4700→3900

「たとえ、ライフをどこまで削っても、どんなプレッシャーで押しつぶそうとしても、傷つけてまで折ろうとしても…! 折れないよ! 折れないよ、わたしは! 立ってるよ!」

「もう戻らないってわかってるんだよ!? もう取り戻せないって、わかってるんだよ!? だけど、もしも今ここで諦めたら…今までのこと全部、投げ捨てるのと一緒だから!」

「大切にしたいものを守れなくても、大切にしてきた積み重ねてきたものだけは本当に守りたいから!」

「星喰い――――これで、終われぇぇぇぇぇぇ!!!」


「遺言は、それで済んだか」



「――――――」

 絶望と、糸。
 たった一つの線。わたしを支えていた、たったひとつの線が、切れた。
 マリオネット。糸がひとつしかないマリオネット。操っているのは、わたし自身。
 切れた。切れちゃった。
 ないて、はいて、いがやききれそう。
 あたまがいたい。がんがんする。
 どうして?
 きまったわけじゃないのに。だけど、それがほんとうなの?

「手札の、最後のカードだ」

 星喰 空属性/☆10/???族/攻撃力?/守備力?
 このカードは通常召喚できない。
 相手モンスターが直接攻撃を行う時、手札から特殊召喚できる。
 このカードの攻撃力・守備力は、特殊召喚時に、
 相手モンスターの直接攻撃によるダメージ量の合計とする。
 このカードがフィールド上に存在する限り、相手プレイヤーは魔法・罠カードを発動できない。
 このカードの召喚に成功したターンのエンドフェイズ時、相手プレイヤーに1000ポイントダメージを与える。
 また、相手プレイヤーのライフが1000以上だった場合、
 相手のデッキに存在する相手の残りライフ以上の攻撃力を持つモンスターを全て墓地に送る。
 このカードの召喚に成功した次の自分ターンをスキップする。

 星喰 攻撃力?→5600

 あれ…。
 なんだろう、わたし。

 目の前に、怪物が、恐怖が、星を食らうものそのものが、いるのに。
 不思議と、怖くなかった。
 これから終わりが来るのに。

 ああ…ごめんね。ごめんね。
 わたしのせいで、この星の人たち全て巻き込んで、この星は食べられちゃうんだ。
 なにもかも、終わっちゃう。
 生きとし生けるものすべてくらい尽くされて、死の星に変わるのにどれぐらいなんだろう。
 わたしのことをうらまないでね。わたしはがんばったよ。

 嘘だよ。
 嘘だなんて、言わないでなんて声は聞けないんだよ。
 背負うものが重すぎたんだよ。
 だって、怖いんだもの。

 そうだよね。
 怖いよね。怖いよ…一人ぼっちで、戦ってるから、誰にも知られずに、誰にも認められずに。

 鳥屋すばる:LP3900→1100

 効果だけを見ても、わかるよね。これが如何に絶望だってこと。
 ライフも削られ、手札も、フィールドもなぎ倒されて、そしてデッキの中から、希望も消えた。

 鳥屋すばる:LP1100→100

 わたしの中のともし火。
 たった一つだけ。
「…次のターン、も貴様のターンだ…最後まで、あがくか?」
 星喰がそう問いかけた時に、わたしは気づいた。


 背中を押してくれる手。
 この暖かさは…瑞穂ちゃんと、瑠未ちゃん?
 それともうひとつ…はるみちゃんだ。

 こんな諦めそうになっていても、どうして頑張れっていうのかな。
 まだ、そっちに行くのは早いの?
 一度だけ振り向いた。

 一人ぼっちじゃない。皆で、戦ってる。

 ドローした。

「…モンスターカードは、ほとんど壊された」

「ライフも無い。リバースカードも無い」

「でも、まだ、立っていられる。ひとつだけに、かけられる…」

 夜空に、りゅう座が光ってる。
 勇気を出すように。プレアデス星雲も、味方してくれてる。

 Draconis Ascension.

 たった一言だけつぶやけば、十分だよ。
 わたしの、勇気の証は、それだけなんだから…。

 サイバー・エルタニン 光属性/☆10/機械族/攻撃力?/守備力?
 このカードは通常召喚できない。
 自分フィールド上及び自分の墓地に存在する
 機械族・光属性モンスターを全てゲームから除外した場合のみ特殊召喚する事ができる。
 このカードの攻撃力・守備力は、このカードの特殊召喚時に
 ゲームから除外したモンスターの数×500ポイントになる。
 このカードが特殊召喚に成功した時、
 このカード以外のフィールド上に表側表示で存在するモンスターを全て墓地へ送る。

 竜頭の、機械。
 りゅう座の加護を受けたそれは、堂々と姿を現した。
「な、なんだこれは…!」
「星を食べてきた、おまえ達には分からない。星の強さを」
 星が持ちえてきたその光を、きっと知らない。

「星喰が…破壊された…」
 星喰が驚いたようにつぶやく。エルタニンは、周囲に誰かが存在する事を許さない。

 すべてをなぎ倒してこその、頂点なのだから。

 先ほどくらい尽くされて墓地に送られたサイバー・モンスターを全て除外すると。

 サイバー・エルタニン 攻撃力?→8000

「たったそれだけを待ってたのかも知れない…だからだよ」

 星喰は予想していなかったに違いない。
 きっとそうだと思う。わたしだってそうだ。だけど…。

 わたしは、信じていたからだ。
 わたしが背負えるには重過ぎるけれど、それでも…わたしは勝たなきゃと思っていたから。

 だから、勝てたんだよね。

「Draconis Ascension.」

 星喰:LP5200→0






『ブルーノート』

悲しすぎても なかないで
誓いを立てるなら 破らないで

あなたの影でないている人がいます

write:Red-Eyes Kuro Dragin.


 棺が火葬場まで運ばれてきた時、家族の願いで最後にもう一度、とばかりに棺の蓋が開けられた。

 穏やかな笑顔だった。
 もともとよく笑う少女ではあったけれど、もしもこれで生きているなら、きっと誰かにやさしくするときの笑顔なのだろう。
 彼女が好きな花が分からなくて、結局手にした花は、スノードロップ。花言葉は「希望」そして、「慰め」。

 転校してくる筈だった昔の友人は、再会したその日に事故にあって死亡したという。
 そして、親友達は通り魔によって殺害され、自身も重症を負い、後を追うように亡くなった。

 最後に会話したであろう俺。

 だけど、彼女を止めることが出来なかった。あの子を。
 そしてこんな穏やかな笑顔を見ていると、とめなくてよかったとも、不謹慎にも思ってしまう。

 君は、幸せだったのですかと。

「黒野」
 唐突に声がかけられ、振り向くと青山が立っていた。
「青山」
「そろそろ、棺を入れるって」
「そっか」
 彼女の小さな体が、再び棺に覆われて、ゆっくりと中へと入っていく。
 焼かれていく、小さな体。

 あの時、決意を秘めた瞳で俺達を見て、出て行った彼女は、町で一番高い山で何を見ていたのだろうか。
 深夜過ぎに発見された彼女はすでに息絶えており、ただカードだけが散らばった中で出血性ショックが死因だった。
 でも、ショックという言葉が嘘に見えるぐらいに、穏やかな顔をしている。
「こうしてみていると、戌亥や音無が苦しみながら死んでいったのとは正反対だな」
「かもな…でも、あいつらなら、たぶん今頃仲良くしてる、と思う」
「なんだよ黒野、その自信は」
「たぶんそうさ。それに…きっとな、鳥屋は、二人に何かをしてから後を追ったんだろ」
「二人に何かってなんだよ」
「さぁな。でも、死ぬ前にしておきたかったんだろ?」
 あの時、病室を出て行った彼女の姿を、今でも覚えている。

 震えながらも、おびえていても、それでも強い決意だけが秘められていた。


 きっと今頃彼女は。

 友人たちと、俺達を見下ろしているのかも知れない。
 もしくは笑いあっているか。

 たとえ命をかけても、果たさなければならないことはあるだろう。
 人が真の勇気を出す時、臆病風に吹かれていても立ち向かう強さこそが本当なのだ。





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