DEEP BLUE

製作者:ラギさん






私の敵はどこにいるの?

君の敵はそれです
君の敵はあれです
君の敵はまちがいなくこれです
ぼくら皆の敵はあなたの敵でもあるのです

ああその答のさわやかさ  明快さ

あなたはまだわからないのですか
あなたはまだ本当の生活者じゃない
あなたは見えども見えずの口ですよ

あるいはそうかもしれない  敵は……

敵は昔のように鎧かぶとで一騎
おどり出てくるものじゃない
現代では計算尺や高等数学やデータを
駆使して算出されるものなのです

でもなんだかその敵は
私をふるいたたせない
組みついたらまたただのオトリだったりして
味方だったりして……そんな心配が

なまけもの
なまけもの
君は生涯敵に会えない
君は生涯生きることがない

いいえ 私は探しているの  私の敵を

敵は探すものじゃない
ひしひしとぼくらを取りかこんでいるもの

いいえ 私は待っているの  私の敵を

敵は待つものじゃない
日々にぼくらを侵すもの

いいえ 邂逅の瞬間がある!
私の爪も歯も耳も手足も髪も逆だって
敵! と叫ぶことのできる
私の敵! と叫ぶことのできる
ひとつの出会いがきっと  ある


・茨木のり子 『敵について』



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……ピーッ
『○月×日 ニホンジカン 1:13 ノ ツウワ キロク デス』

トゥルルルル…… トゥルルル…… ガチャ
『……はい。こちら、ブレーメン中央病院です』
『あ、お世話になっております。こちら、アンデルセン教授との対談の予約を入れておいた花京院翠と申しますが……』
『はい……アンデルセン教授との連絡ですね……。はい、確認が取れました。教授に繋ぎますので、そのまま少々お待ちください』


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第1話:海馬モクバの受難

「海馬社長の様子がおかしいんですか?」
「……ああ、そうなんだ」
 そう言いながら、モクバは自分のうかつさを呪った。
 この女の前でこのような話をしてしまうとは。彼女の悪ノリ癖を刺激するだけだというのに。
「どうでもいいけど、花京院……このことは」
「ふむ、それは大変ですね。すぐ見に行きましょう。そうしましょう」
「…………」
 もはや、手遅れだった。彼女の眼はらんらんと輝いている。
「いや、まだ今日の仕事が」
「今日のノルマは終わっています。むしろ2日後の分まで終わっています。これで問題はありませんね。さあすぐ行きましょうそうしましょう」
「…………(なんでこんな天然そうな見た目で、ここまで有能なんだ。そのくせ、デバガメ根性は人一倍……)」
「さあモクバさん。早くおもしr……心配なお兄さんの様子を見に行きましょう。はやくしないとパワハラ、セクハラ、姉ちゃんと○ようよなど、ある事ないこと言いふらしますよこのエロ小学生」
「今、絶対おもしろそうって言いそうになったよな! それと「心配なお兄さん」って言い方も失礼だぞ! あと嘘八百いいふらすなエロとか言うなツッコミが追いつかねーよ!」
 ひとしきり捲し立てた後、ぜえぜえと息を荒くするモクバ。
 そんなモクバを尻目に、彼専属の女性秘書 ―― 花京院 翠(かきょういん みどり)はポニーテールを揺らし、さっさと部屋を出て行こうとする。
「しかし、女性関係の噂はほぼ皆無……とある噂では、某決闘王との8○1関係、なんてものまであった、あの海馬社長にねえ……ふふふ、これは見逃すわけにはいきません。さあ、さっさとデバガ……偵察にいきますよエロ副社長!」
「もうやだこの秘書」



 結局のところ、二人は件の海馬瀬人の元に向かうことになった。
 モクバも最初は止めようと思ったが、フリーダム状態の翠を止めることはかなわなかった。そんなわけで、せめて翠が突飛な行動に移らないよう監視することにして、諦めて付いていくことにしたのである。
「ふむ、そうですか……お相手はDC社からの交渉、及び協同要員である女性社員ですか……。確かになかなかの美人さんでしたがねえ」
「まあなんだ。大々的なプロジェクトだから、そのせいで兄サマが疲れているだけかもしれないんだけど……」
 事実、今海馬コーポレーションは大きなプロジェクトを抱えている。海馬ランドの新規展開、既存施設のリニューアルを考えていたところに、プロデュエリスト制度導入の話が舞い込んできた。デュエルモンスターズのソリッド・ビジョンシステムを一手に担う海馬コーポレーションとしては黙って見ているわけにもいかない。
 そこで、ソリッド・ビジョンシステムの画像処理性能向上、及びさらなる広域展開を進めるため、ソリッド・ビジョンの要となる新型人工衛星の開発に乗り出したのである。
「新型人工衛星開発に加えて、プロ制度の本格導入に合わせて、海馬ランドのリニューアル、その際のメインイベントとして、人工衛星打ち上げの際に一般公募から集められたデュエルモンスターズカードのアイディアを実際にカード化して、タイムカプセルの要領で宇宙に打ち出す……多数の企業と協力体制をとった一大プロジェクトだからな。だから花京院、こんなことしてないで仕事に戻……」
「む! 海馬社長発見! 噂の女性社員さんもいますよ!」
「無視ですか。無理ですか。そうですか」
 いろいろと諦めて、翠と一緒に部屋の中をのぞくモクバ。
 整った顔立ちに鋭い目つきをした青年、海馬瀬人が薄い紺色のスーツを身にまとった女性とテーブルに広げられた資料を見ながら会話を交わしている。
「むう……。改めてみると本当に美人さんですねえ……。確か名前は……」
 翠はスカートのポケットから手帳を取り出すとペラペラとページをめくる。
「えーと……サラ・ホワイト。年齢は……20歳!? そんな若さでDC社からこんな大役を任されるとは、優秀な方なんですねえ……」
「兄サマは16で社長になったけどな。てか、その手帳何?」
「これはネタノーt……単なるメモです。仕事上、関係する方々の把握は欠かせないですからね」
「うん、もう突っ込まないからな」
 と再び部屋の中を見やる二人。ふと、海馬が覗いている二人――モクバと翠に気づいたようだ。
「どうした、モクバ。花京院も」
「あ、えーと……」
 いきなり見つかってしまい、内心焦るモクバ。その様子と対照的に落ち着いた様子の翠は、仕事モードの凛とした声で海馬に応える。
「申し訳ございません。お話し中のようでしたので……。お時間よろしければ、こちらの書類のチェック、直接お願いしたのですが……」
 と、翠が薄いファイルに挟まれた数枚の書類を取り出す。
「……ふうん。どれ……。……ああ、これで問題ないだろう。明日の朝、直接オレも確認に向かう。これで進めてくれ」
「ありがとうございます。……明日の視察は、サラさんもご一緒で?」
 と、翠はサラの方を見やる。つられてモクバもそちらに視線を向けた。
 流れるような銀髪と、淡く澄んだ青の瞳、なめらかな純白の肌。モクバは思わず息を飲み、僅かな間呼吸を忘れた。
 こちらの視線に気付いたのか、サラは柔らかな微笑みを返した。その美しさに、モクバはなお、圧倒された気分になる。
「……ああ、DC社の技術提供あってこそだからな」
 海馬はそっけない口調でそう言うと「他に用事は?」と聞いてきた。
「いえ、お忙しいところ、ありがとうございます。では、……失礼しました」
 翠は丁寧にお辞儀をする。モクバは、そのまま翠と共に部屋を後にした。



「うーむ……。あれだけでは、我らが海馬社長が銀髪碧眼の美人さん、サラさんにメロメロになったかどうかはわかりませんねぇ……」
 会話を交わしながら、部屋へと戻るモクバと翠。
「だからいっただろう。単に仕事に疲れてるだけかもって……」
 そう言いながらも、モクバは兄の様子がおかしいのはサラが現れてからだと記憶している。
 目立って様子がおかしいわけではない。どうにも瀬人の関心がサラに向いている気がするのだ。
「やきもちですか? ぷぷ♪」
「笑うな。音符つけんな」
「まあまあ。……それで、どっちに妬いているんです? 副社長?」
「……は?」
 思わぬ発言に目を丸くするモクバ。
「いやー、愛しの兄サマがどこぞの馬の骨ともわからない女の虜になったのが許せないのか、それともあの美人さんに兄さんが惚れてしまって、ちくしょう! このエロ小学生がモーションかけようと思ってたのにー! ……なのか……」
「な! なんだそれ!? どっちもねーよ! つーか、なんでそんな話に!?」
「いや、だって副社長、さっき思いっきりサラさんに見とれていましたよね?」
「うぐ」
 気付かれていたか……。モクバは思わず顔を引きつらせる。
「んもう! すぐ近くにこんな美人秘書がいるのに、浮気するなんて……。とんだエロ副社長ですね!」
「自分で美人とか言ってりゃ世話ねーよ! つーか、またエロ! エロっていいやがったなー!!」
 翠に遊ばれ、げんなりした気持ちでモクバは頭を抱えるのだった。



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トゥルルルル…… トゥルルル…… ガチャ
『……はい。お待たせ。ルドルフ・アンデルセンです』
『どうも、お忙しいところを申し訳ありません。花京院翠です』
『ああ、あんたか。あんたの言った通り、こちらも忙しいもんでね。速やかに済ませて欲しいもんだな』
『恐縮です。早速で悪いのですが、私の聞きたいことは貴方が1年前に執刀したキラ・ブラウ氏のことです』
『ふん。うっとうしい事この上ないな。また、あいつの名前を聞くとは。しかし、あんたに話せることで目新しいことはたぶんないぜ。公安の連中にほとんどのことはゲロッたからな』
『はい。それでも、あなたが施術を担当したとのことで、お話を聞かせていただきたいのです』
『ふん。施術ね……あんなものは施術とはいえんな。延命処置というんだ』


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第2話:その横顔はあまりにも輝いて見えて

 翌日、早朝。
 海馬瀬人は先日、モクバの秘書、花京院翠に確認を求められた海馬ランドの施設リニューアル状況の視察に赴いていた。
 最後の詰めの部分はやはり社長である自らが確認し、必要があれば訂正しなければならない。
 激務の間を裂いての視察なので、あまり時間もとれない。加えて海馬ランドの通常営業に差し支えがないよう、早朝からの視察となった。
 ヘリが海馬ランド付近のビル屋上に着陸する。海馬がすぐさまヘリから降りると、2人の人物が会釈しながら彼を出迎えた。一人はサングラスの男性社員、海馬瀬人の側近のような立ち位置にある磯野。そしてもう一人は銀髪の女性――プロジェクト協同企業の中でも重要な位置にあるDC(ディベルティメント・コーポレーション)から協同要員として派遣されたサラ・ホワイトであった。
「おはようございます、瀬人様」
「ああ」
 建築、施工、コンピュータ制御システムにおいてはかなりの規模を誇り、また最近ではアミューズメント産業にも手を広げているDC社。今回の一大プロジェクトにおいても、この会社の協力はかなり大きなものがある。
 磯野が手元の資料をちらりと確認してから海馬に声をかけた。
「おはようございます。朝早くから、申し訳ありませんが早速参りましょう。まずは施工中の海馬ドームから……」
「…………」
「あ、あの、瀬人様?」
「……ん、ああ、聞いている。ドームの視察からだな」
「あの……恐れながら、瀬人様? やはり疲労が溜まっているのではありませんか? あまり無理をなされては……」
 言葉を選びながらも、海馬を気遣う磯野。しかし、海馬はそっけなく返す。
「いらん心配は無用だ。それよりも自分たちの仕事の仕上がり具合を気にかけるべきだな。いくぞ」
「は、はい!」
 海馬はちらりとサラの方に振り返る。彼女はその視線に気付いたのか、軽い微笑みを送ってきた。
 海馬はそれに応えることなく、踵を返すと早足で再び歩き出した。



「ふうん……全体的にまずまずといったところか……。だが、やはり詰めが甘い。指摘部分の改善、急げよ」
「は、はい!」
 磯野に叱咤を飛ばす海馬。大きな失態こそないものの、改善点はいくつも見つかった。
「すみません……。ここの施工と対応OSの改善はどうしたら……」
「そうですね、それでしたらまず、ここの配線をBW−2500に変更して……」
 後ろではサラが、現場担当技術者に変更点に関してのアドバイスをしていた。澄んだ声がこちらにも聞こえてくる。
 共に仕事をこなしてきた海馬から見ても、サラは優秀だった。
「あの……、いまの説明でわかりましたか?」
「は、はい。あ、ありがとうございました」
 アドバイスを受けた技術者の青年はどもりながらサラに礼をいい、早足で持ち場に戻っていた。
「えー、次の視察は……」
「……」
「せ、瀬人様?」
 磯野の怪訝そうな声に気付き、サラの様子を眺めていた海馬は、彼の方に向き直る。
「わかっている。次は大観覧車だったな。いくぞ」



「えー、連結部分の点検時には問題は有りませんでした。後は、内装の変更ですが……」
 海馬ランドの目玉の一つ、大観覧車。他は少々過激な、いわゆる派手なアトラクションが目を引く海馬ランドにて、これは別の意味で話題になっている。
 夕方、この観覧車の頂上から見える夕陽の赤に彩られた景色はとても綺麗で、これを目当てに遠くから来る客も少なくない。
「そうですね。内装自体はメンテナンス、行き届いている様ですが……」
 サラは覗きこむようにゴンドラの中を見渡している。
 その時。
 ガタン!
 停止していたはずの観覧車がいきなり動き出した。観覧車ゆえ、さほど早い動きではなかったものの、ゴンドラの中を覗き込んでいたサラは扉口に体をぶつけ、そのまま中に倒れこんでしまった。
「! いかん!」
 それにいち早く気付いた海馬。ゴンドラの中に駆け込み、サラの手を取ろうとした瞬間。
「イヤッ!」
 パシッ、と手を跳ねのけられた。
 一瞬、呆気にとられる海馬。その一瞬の間にゴンドラの扉が閉まってしまった。
「しまった……!」
 扉は安全のため、中からは開かないようになっている。チッ、と舌打ちすると海馬は懐から携帯電話を取り出し、外にいた磯野にコールした。
「……おい、磯野。どうなっている」
『も、申し訳ありません、瀬人様! …………はい、どうやら先ほどのOS改善の際のミスの様でして…………はい、観覧車の制御に関しては、全く危険はない、とのことです! も、申し訳ありませんが、そのまま一周して、降りてきては頂けないかと……』
 怯えた様子の磯野の説明を聞き、海馬は大きな溜息をつく。
「わかった……。早々に二度とこのような誤作動を起こさぬよう、きつく言っておけ」
『か、かしこまりましたぁぁああ!』
 携帯での通話を終えると、海馬はサラの方に向き合う形で座った。
 サラは居心地悪そうに、肩をすくめたまま口を開く。
「あ、あの……先ほどは申し訳ありませんでした……」
「? なんのことだ?」
「あの……ビックリして、手を跳ねのけてしまって……」
「なんだ、そのことか。別に気にしなくていい」
「はい……」
 そこから、会話が途切れた。二人とも目を合わさぬまま、どこか息苦しい雰囲気が流れている。
 ちらりと、海馬はサラを見やった。彼自身、彼女のことが気になっているのは分かっている。
 彼女は――サラは似すぎている。以前、まだ『彼』がいたころ……『彼』の『記憶の世界』で出会った、白い肌に蒼い瞳をした少女に。
 自らに瓜二つの『神官セト』と共にあった『白き龍』を宿した少女に。
 あんなものは白昼夢の類だ。気にかけるだけ、馬鹿げている。
 しかし……、海馬はそれ以外の理由でも、彼女に意識が向いていることも分かっている。
 だが、それに関しては、彼自身、理由がよくわからなかった。
「……わあ……」
 サラが窓の外を見やり、淡い歓声を上げた。
 その声に釣られて、海馬も彼女と同じ方向を向く。
 どうやら、ゴンドラは頂上に着いたらしい。そこから見える景色はちょうど登ってきた朝日の黄金色に染まり、とても神秘的なものになっていた。
「夕陽に染まる景色が人気だと聞いていたが……朝日に染まる景色もなかなかのものだな……」
 海馬がポツリと呟く。そのまま、サラの方に目を戻す。
 彼女はどこかうっとりと、黄金色の景色に魅せられていた。その横顔を見ていると、どうしようもなく海馬の心はざわついた。
「本当に……綺麗ですね……」
 本来なら見ることの出来ない、朝焼けの世界。二人だけが見ることのできた、光あふれる世界。
 彼女の呟きはその光と共に、海馬の心に響きを伴って染みわたってくるようだった。
「……そうだ、な……」
 海馬は――力なく、応えるだけだった。そうすることしか、出来なかった。
 やがて、ゴンドラは絶好の状態を過ぎ去り、それに伴い、光に満ちた世界は見えなくなった。
 ゴンドラの中の二人は、黄金色の景色の余韻に浸るかのように、再び沈黙の中に戻っていった。



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『延命……ですか』
『そうさ。あいつのついて調べているのなら、あいつの病気に関しても見当がついてるんじゃないか?』
『……ガン、ですね。しかも体中に転移してしまっていた……』
『そうさ。あいつは見た目は健康体そのものだったが、一皮剥けば病巣の温床だったわけだ。俺の見立てでは、後1年で本格的に症状が発覚するってなところだったね』
『ですが、アンデルセン教授は外科医師としてドイツで1、2を争うほどの腕前だと聞いています。キラさんのことだって……』
『見え透いた世事はやめてくれ……。分かっている。体中に転移が広がっていた病巣を根絶することはできない。それは誰がやっても同じことだ』
『…………』
『わかっているさ。こんなもん、医者としてやっていれば、いつでもぶち当たる壁だ。だてに医者としてやってきたわけじゃない。その辺の分別も付いているつもりだ』


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第3話:たゆたう黒の夢

――負けた罰だ!
 海馬は手にした青眼の白龍のカードを破り捨てた。本来の持ち主であった老人の驚愕の表情を目に、海馬は歪んだ優越に浸る。
――デュエルモンスターズにおける最強の力! それを手にするのはオレだけだ!
 そう、力だ。海馬は力を求めていた。何者も抗うことのできない、強大な力。それこそが、自分を導くもの。力、力、力、力、チカラ、チカラ、ちあkらk……
――貴様が敗けたもの……それは己の中に巣食う憎しみというモンスターだ。
 だが、負けた。死力を尽くし、己の憎しみを束ね、宿敵に相対し……そして負けた。
――ユーの青眼の白龍への愛情を感じました。カードデザイナーとしてとても嬉しく思いマース。
 青眼の白龍はオレの力……だが、愛情? 信頼? 何故俺は……力を?
――やっと……兄サマを見つけた……
 そうだ……モクバ。オレの弟を守るため。そしてモクバとの約束……俺の夢をかなえるため……。
――青眼の白龍のカードを手に入れて欲しい。手段は問わない。
 ああ……だからオレは……。



 はっ、と海馬は気がついた。まだ判然としない意識の中で周りを見渡してみる。
 ここはいつも自分がいる社長室。自分は椅子に座り、背を預けていた。目の前の机には休止状態となり、真っ暗な画面をさらしたノートパソコン、そして様々なデータがぎっしりと記された資料が散乱している。
「ちっ……」
 思わず海馬は舌打ちする。どうやら、仕事中に居眠りをしてしまったようだ。いくら激務続きとはいえ、海馬本人にとって忌々しい事実だった。
「(……これでは磯野に言った示しがつかんな……)」
 まだはっきりしない視界をハッキリさせるため、しばしこめかみを押さえた後、海馬は手元の資料に手を伸ばした。スケジュールは、はっきりいって詰まっている。あまり時間を無駄にはしていられない。
 再びパソコンを起動させ、仕事に戻る海馬。と、その時コンコン、と社長室のドアをノックする音が聞こえた。
「はいれ」
「失礼します。海馬様」
 ドアが開き、銀髪の美女――サラ・ホワイトが部屋に入ってきた。手元にポットとティーカップが乗せられたトレイを抱えている。
「海馬様。コーヒーでもいかがですか?」
「ん……そうだな」
 中途半端に眠ったせいか、海馬はまだ本調子とは言えなかった。眠気覚ましにコーヒーはちょうど良いかもしれない。
「いただこうか」
「はい」
 サラは淡い笑みを見せると、トレイを近くの卓に置き海馬を促した。



「……うまいな」
 海馬は思わず呟いた。苦過ぎず、口に程よく香りが残るどこか上品な味わい。
 サラは目を細めて、少しばかり照れた様子で「ありがとうございます」と、海馬の称賛に応じた。
「…………」
 そこから、会話が途切れた。
 思えば、サラとは仕事以外の話題を口にしたことがほとんどなかった。激務続きでそんな暇はなかったし、海馬も好んで雑談するような性格ではない。
 しかし、サラはどうなのだろうか? DC社の優秀な社員、それ以外にサラについて何も知らない。
 それについて、海馬は一瞬、後悔の様な感情を覚えた。そして、本人にも説明のつかない感情に押されるように、海馬は口を開いていた。
「随分とうまいコーヒーだ……。コーヒーの入れ方がうまいのか……。誰かに、習ったのか?」
 それを聞くと、サラは若干目を伏せて言葉を続けた。
「ええ……父に習いました。コーヒーの好きな……人でしたから……」
 ――コーヒーの好きな人だった――その言いまわし、そしてサラの様子から海馬は思わず呟く。
「だった……ということは……」
「……亡くなりました。一年前に」
 そう言ったサラの口調は、いつになく硬いものだった。
「……すまない。余計な事を聞いた」
 海馬は眼を伏せた。どうにも胸が疼いて仕方ない。
「いえ……、私こそ……。……あの、海馬様のご両親は……どんな方だったのですか?」
 また、沈黙に戻りそうな雰囲気を察してか、今度はサラが海馬に話題を振ってきた。
「そうだな……」
 一口、コーヒーを飲みほしてから、海馬は言葉を続ける。
「オレの本当の両親……血のつながった両親のことは、実を言うとほとんど覚えていない。両親を失った後、施設にいたが……そこでは、弟のモクバだけが家族の様に思えた」
 海馬は眼を細め、過去を反芻する。それはあまりにも遠く、もう郷愁すら薄れている思い出だった。
「それから何とか、夢を――世界中の貧しい子供たちが遊べる場所を作ろうと、弟と約束し、それを実現させようと……海馬剛三郎に俺を養子にするよう、持ちかけた」
 チェスのバーベッドゲームを仕掛け……それに勝利した。
「それからは、力をつけようと……モクバを、そして己自身を……夢を守るために戦い続けた」
 そこから、始まった海馬剛三郎の英才教育。常軌を逸した、拷問ともいえる日々。
 後から分かった事だが、剛三郎には乃亜という息子がおり、海馬はその当て馬として……当の乃亜が不慮の事故で死んでしまった後には、その精神を宿すための肉体として、海馬は強い肉体と、優秀な頭脳を持つことを望まれていた。
 だが。海馬は剛三郎の予想を遥かに凌ぐ力をつけていった。そして、力に溺れていった。
「その中で……いつからだろうか、オレはデュエルモンスターズに興味を覚えていった。その大会で勝ち続け……その中でも、オレは力を求めたのだ」
 海馬は剛三郎を社長の座から追いやった後、軍事産業中心だった海馬コーポレーションをアミューズメント産業中心の方針へと切り替えた。
 己の夢の実現のための第一歩だ。そして、その中でも海馬は当然、力をつける事を考えた。
「そのために……オレは……」

「青眼の白龍を求めた……」

 その言葉に、海馬は我に返った。青眼の白龍を求めた――そう言ったのは、サラだった。
その声は……いつもの柔らかな声ではなく……とても冷やかな、氷の刃を思わせるものだったのだ。
 思わず海馬はサラを見やる。
「……海馬様?」
 怪訝そうに、サラがこちらを見返してくる。
 それは、いつも海馬の見ていた、柔らかな表情。だが……。
「……いや、なんでもない。すまないな、長々と喋りすぎた」
 そう言ってから、海馬は本当に自分はどうしたのか、と思った。いつの間にか、ずるずると芋づる式に自分の過去を語ってしまっていた。
「いえ……、私も、海馬様の話を聞けて、よかったです」
 そう言うと、サラは手元のティーカップを片付けだす。
「それでは、これで失礼します」
「ああ……」
 軽く会釈をし、部屋を出ていくサラ。
 それを見送りながら……海馬はしばし、ぼんやりとした思考の中にいた。

――青眼の白龍を求めた――

 あの氷のような声が再び思い出される。
 加えて、先ほどの、眠りに落ちた際に見ていた、奇妙な夢の事も思いだしていた。

――――デュエルモンスターズにおける最強の力! それを手にするのは俺だけだ!
――――青眼の白龍のカードを手に入れて欲しい。手段は問わない。

――……亡くなりました。一年前に

「……まさか……」
 海馬の心に鈍い電流が走る。
――そうだ……オレは……サラの事を……知っている……?
 海馬は立ち上がると、机に設置されていた電話の子機を手に取る。そしてボタンを操作し、とある社内番号を打ち込んだ。
 コールオンがしたのち、すぐさま電話の相手が出た。
『はいー、こちらコンピュータ制御部、花京院翠です』
「花京院か。ちょうどよかった」
『はえ!? 社長! ……っと、失礼しました。何のご用でしょうか? 副社長に用事なら……』
「いや、用事はお前にだ。お前は確か、身元を調べるのが得意だったな」
『え? いや、まあ、調べ物は得意ですが……』
「とある人物の身元を、しっかりと調べて欲しい。なるべく、早くだ」
『はあ……、それはかまいませんが……。で、その人物とは?』
海馬は何か、重いモノが喉に詰まったように感じた。
自らの心に、嫌悪と焦燥が生まれて、言葉を抑え込もうとしている。
だが――。

一呼吸置き、海馬は心を決め、その人物の名を口にする。

「そいつの名は……」



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『すみません。私としては、命にかかわるそちらの苦悩をすべて推し量ることは出来ません。しかし……』
『しかしもカカシもねえさ……。とにかくあいつは、もはや治る見込みのない病気を抱え込んでいた。そういうことだ』
『……彼が自殺した原因は、病気にこそあると、教授はお考えで?』
『言いにくいことをさっくり聞いてくるな、あんた……。さてね、死人に口なしとはよく言ったものだが、本当のことはよくわからん。誰だってそうだろう?』
『ですが、教授はキラ氏の幼いころからの友人だったと聞きました。だからこそ、わかることもあるのでは?』
『…………なんだ、それも知っていたのか。まあね。しかし、当時あいつがだいぶ参った状況にあったのは確かさ』
『……青眼の白龍カードに関する、一連の事件の事ですね?』


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第4話:邂逅の瞬間

「首尾はどうだ?」
「はい、万事問題ありません。期日には完成できるかと」
「ふうん。それでいい。だが最後まで手を抜くなよ」
「はっ!」
 海馬は、かつてアルカトラズの有った場所に来ていた。
 そこでは今、この一大プロジェクトの目玉、一般公募のカード化、及びタイムカプセル計画のためのシャトルが建造されていた。同時に最新鋭ソリッドビジョン対応の人工衛星打ち上げの目的もあるため、両方の作業とも、急ピッチで進められていた。
「兄サマーーッ! こっちこっち!」
 海馬が作業ピットの奥に行くと奥から弟、モクバが出てきて手を振る。コンピュータに精通した彼も、こちらの作業の手伝いに来ていたのだ。
「モクバ。うまくいっているようだな」
「へへん! オレがバックアップに回ったからからには、完璧だぜ!」
 モクバは胸を張る。が、すぐに苦笑した顔になり言葉を続けた。
「……まあ、予想はしていたけれど、やっぱこいつらの完成が一番遅れるよな。作業分量的にも」
「だが、なんとしても完成させなければならない。シャトルと人工衛星、どちらもデュエルモンスターズの、そして海馬コーポレーションの未来には必要なものだ」
 海馬が後ろを振り向き、作業している従業員たちを見渡しながら言う。
「副社長ぅー! 油売ってないで手伝ってくださいよう! 6番モニタのPCがフリーズしちゃったんですよー!」
 と、奥からモクバの専属秘書、花京院翠も現れた。
「あ、海馬社長、お疲れ様です。こちらに来たのは、例のモノが目的で?」
「ああ、こればかりは俺自ら調整しなければならないからな」
「そうですか……。あ、それからこれ、頼まれていたモノです」
 翠がポケットから小型のUSBメモリを取り出すと海馬に手渡した。
「ふうん。思ったよりも早かったな。礼は言っておく。では、オレは最深部に向かう。後は任せたぞ」
「了解です。さ、副社長も戻ってください」
「わかってるから! じゃあ兄サマ! また後で!」
 そういうと海馬とモクバはわかれ、海馬はエレベーターに乗り、下の階に下りて行った。



「そーいえば、花京院。兄サマに頼まれていたものってなんだったんだ?」
 パソコンのキーボードを叩きながら、モクバは翠に話しかける。
 同じく翠もキーボードを操作しながら、モクバの問いに応えた。
「え、ああ、あれはサラさんについてのデータですよ」
「ふーん……ってええ!?」
 思わず手を止め、振り返るモクバ。
「んもう、副社長。手を止めたらだめですよう。そうでなくてもスケジュール詰まっているんですから」
「ああ、すまない……っじゃなくて! お前なにやってんの!?」
「いや、社長から頼まれたんですよ。サラ・ホワイトの経歴について調べてくれって」
「え……兄サマ自ら……?」
 それはモクバも初耳だった。しかし、海馬自ら、彼女の事を調べてくれとは……。モクバには正直想像がつかなかった。
「あらあらうふふ。大事な兄サマがキレーなね〜ちゃんに夢中になってるのが心配ですか?」
「い、いや! そーいうことじゃなくて!」
 慌てた様子のモクバを尻目に、翠は若干真剣な調子になって言葉を続ける。
「ま、確かに犯罪スレスレの行為ですしね。でも、必要だったんですよ。今、このプロジャクトを無事に成功させるためにもね」
「え……」
 あまりの調子の変わりように、一瞬毒気を抜かれるモクバ。
「それってどういう……」
「まーまー! まずは今の仕事を終わらせちゃいましょう! これで期日に間に合いませんでしたー、じゃ話になりませんからね!」
「う、うん……」
 なんだか誤魔化され、納得出来ないモクバだったが、なんとなく雰囲気で軽々しく話せるようなものではないと察した。
 仕方なく、操作していたPCに向き直るモクバ。
 と、そのモニタに一瞬ノイズが走った。
「? なんだ?」
 怪訝に思った次の瞬間。
 施設全体にけたたましい警報音が鳴り響く。同時にモクバ達のいるPCルームの扉がいきなりしまってしまった。
「!? な、なんだこれは!?」
「だ、だめだ! 扉が開かない!!」
「外に連絡を……くそっ! 繋がらねぇ!!」
 PCルームにいた他の職員たちの焦った声が、響き渡る。
「皆、落ち着け! まずは非常回線を試してみろ! それから、1から7番の警備システムにアクセス! 出来なきゃ、強制終了をかけてもいい!」
 モクバが叱咤しながら指示を飛ばす。その横で翠がぽつりと呟いた。
「あちゃー……。思ったよりも行動が早かったですね」
 その呟きを聞いたモクバは翠に詰め寄る。
「なんだ! 花京院、この事態を知ってるのか?」
 翠は少々バツが悪そうに応える。
「えーと、そうですね……なんといいますか……おそらくですけど、この事態の犯人は……」



 海馬はエレベーターで、アルカトラズの最深部に向かっていた。
 ゴウン、ゴウンと重たい金属音のする狭い個室の中で、おもむろに小型PCを開く。それに雅から渡されたメモリを差し込み、中のデータを閲覧する。
「……やはり……か」
 そこに記されていたデータは、ほぼ、海馬の予想通りだった。
「これは……もしかしなくとも、俺に近づいた理由は……」
 チーン、とベル音がなり、目の前のドアが開く。
 海馬は一端PCをたたみ、最深部へと歩き出した。

 アルカトラズの最深部。そこにはシャトル、人工衛星、そしてここの施設の制御を執り行う3台の巨大コンピュータ、≪ジブリール≫≪イブリース≫≪アズラエル≫が設置されていた。
 海馬はそこの調整に自ら赴いたのだ。それは、自身の目で状況を確かめる、という自分の信念に基づく以外に、とある予感によるところが大きかった。
 カツン、カツン、と硬質な足音を響かせ、コンピュータの元に向かう海馬。その部屋の前まで来ると、手元の操作パネルにパスワードを打ち込む。
 おーーーん、と地の底から響くような音を出しながら、扉が開いた。
 海馬が部屋の中に踏み込む。部屋の中は、巨大な空洞になっていた。
 部屋の左、正面、右の壁一面、そのすべてが制御コンピュータ、≪ジブリール≫≪イブリース≫≪アズラエル≫となっている。そこには情報処理のための精密機械が敷き詰められているのだが、外観上は硬質な外壁と淡い光を放つ小型モニタ、それから所々から伸びている、太さのまちまちなコード類しか見受けられない。
 精密機械を扱うため、完璧なまでに空調処理を施され、薄暗い照明に照らされたそこは、どこか巨大な生物の屍体の中に入ってしまったかのような、重苦しい雰囲気を漂わせていた。
 現在、海馬の足場となっているドアから入ったすぐの場所は、ちょうど空洞の空中に浮いているような形であった。足場の、金属の網目の下には、たくさんの配線コードや、様々な処理を行っている機械部品が有るのだろうが、暗がりの中に沈んでいてその様子はわからなかった。
 海馬は少し歩くと、足場の隅に設置されているボタンを押す。
 こうする事で、制御コンピュータを直接操作する事の出来るモニタ部分へ移動するための橋が伸びているのだ。
 だが。
 カチリ、カチリ、と音が鳴るばかりで、橋は伸びてこない。
「……そうか。もう行動に移っていたのか」
 海馬は顔を上げると、真正面を見据えた。
 対岸の向こう側、儚いまでの小さなスポットライトを背にして――。
 本当なら橋が伸び、直接操作のために向かうはずだった場所に、白銀の髪と、青の瞳をもつ女が佇んでいた。
 対岸の彼女が、海馬に向き合い、微笑む。
 それは今までに見ていた彼女と同じで、なのに決定的に違う笑みで――海馬は、目の前の相手が誰なのか、一瞬、絶望的なまでに見失った。
「……ごきげんよう、瀬人様。そして……はじめまして、私の敵」
 よく透る声が、仄かを奔り――。
 海馬に、サラ・ホワイトの形をした白と蒼の刃が、突きつけられた。


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『【青眼の白龍】か……そうだな。それもあいつが参った原因の1つだろう。俺はカードの事はよくわからんが、アレが大層な値打ちもんだったってことは聞いている。しかし、やはり俺にしてみれば、たかが紙切れ1枚で笑えねえほどの大事になっちまった、って印象が強いな』
『ははは……、そうですか』
『ま、実際笑い事じゃなくなった訳だが。噂ではマフィアまで動いてたらしいしな。あの破天荒で有名な海馬瀬人のことだから、本当だと思えてくるぜ。知ってるか、海馬瀬人?』
『ええ、よーく存じておりますよ〜〜……』
『ん? なんだ、調子でも悪くなったか? 声が若干震えている様だが……?』
『いえ! なんでもないです! それよりも、その事件でやはりキラ氏は相当参っていたのですか?』
『そうだな……しかし、俺にしてみればその前に大層な金で譲ってくれって話もあったようだし、なんで素直に譲らねえのかな、と思ったのが第一印象だったな。なんか思い入れでもあったのかねえ……』


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第5話:暗がりの中の光は何も照らせない

 わたしにとって、おとうさんはせかいのすべてでした。
 やさしいおとうさん。
 たのもしいおとうさん。
 わたしをせかいでいちばんあいしてくれる、おとうさん。
 
 でも、おとうさんはわたしをのこしてしんでしましました。
 なぜでしょう、なぜでしょう。
 
 おとうさんがしんだあと、わたしはなまえをかえてにげるようにくらしました。
 なぜでしょう、なぜでしょう。

 そんなとき、しりました。

 おとうさんがたいせつにしていたもの。
 それをうばったひとが、おとうさんをうばったひと。

 そうか、このひとが。
 わたしのてき。わたしの、てきなんだ。


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「はじめまして、か……」
 海馬は、サラの言葉を反芻する。目の前にいるのは、今まで海馬と共に仕事をこなしてきたサラ・ホワイトではない。
 海馬に立ちはだかる、敵。
「あまり驚かれないのですね……。まあ、あなたの事です。私の身元に勘づき……調べなおしたのでしょう」
「その通りだ。サラ・ホワイト……いや、サラ・ブラウと言うべきか」
 海馬はサラを見据えながら、言葉を口にする。
「サラ・ブラウ……その父、キラ・ブラウの名は2回ほど聞いた。1回目は……」
「カード・コレクターとして……でしょう?」
「……その通りだ」
 ドイツ在住の精神科医、キラ・ブラウ。カード・コレクターとしてはあまり有名ではなく、そう多くのカードをそろえていたわけではない。
 むしろ、カードゲームを通じてのコミュニケーションに関する研究の方が有名であった。
 だが、彼は所有していた。当時、デュエルモンスターズ最強にして最高のレアカードである――【青眼の白龍】を。
「そして、あなたは【青眼の白龍】を追い求めていました。……あなたの言う、『力』を。手に入れる手段に関しては、……ふふ、かなり強引だったようですね。『力』を信奉するあなたらしい……」

――【青眼の白龍】のカードを手に入れて欲しい。手段は問わない。

 そう。海馬が【青眼の白龍】を手に入れるために行った手段は決して褒められるものではなかった。
 自らの財力を使い、ドイツ、香港、アメリカのカードコレクターを破産に追い込み、挙句の果てにはマフィアまで動かして。
「その結果……お前の父は」
「ええ。私の父は、あなたに追い込まれ、自殺しました」
 その言葉からは、生気というものが抜けていた。彼女のまとう雰囲気が、まるで生きていないものに変わっていく。
「ふふ……私の父は頑固もので……あなたの脅しにも屈しなかった。そう……私が、マフィアとの取引材料に使われるまでは。そういう意味では……ふふ、私も父を死に追いやったものなのでしょうけど」
 空虚な笑いを浮かべるサラ。もはや、海馬の知る笑みはそこにない。
「……お前が、オレに恨みを抱いている事は別にいい。問題は、お前がここで何をしているか、だ」
 海馬が睨みながら、サラに詰問する。虚ろな蒼の瞳が海馬を見返す。
 しばしの――沈黙。
 空調システムがおん、おん、と呻き声の様な音を辺りに響かせる。
 どうやら気温を下げている様だ。肌から熱が奪われていく。
「私がやったことなんて……些細な事ですよ。DC社で培った技術を使い……この子たちを私の思い通りにしようとしただけです」
 サラは後ろを振り返り、壁一面の巨大コンピュータ――≪ジブリール≫≪イブリース≫≪アズラエル≫を見渡した。
 彼女が言った事、それはすなわちここ、アルカトラズをすべて手中に収めるということだ。
「ここをすべて、海の藻屑と変えます。あなたも、あなたの大切な弟も、あなたの成し遂げようとする夢も――そして、私も。すべて、闇に捧げるのです。あなたは、私が復讐に来たと思っているようですが……違うんです。これは贖罪です。死んでしまったおとうさんへの……あなたと、わたしが死なせてしまったおとうさんへの……償い、なんです」
 圧倒的なまでの、虚無。
 海馬が感じとったのは、そうとしか形容出来ないなにかだった。
 薄い光の照明と、小型モニタの点灯が、死に誘う女の顔を仄暗く照らし出す。
「……無駄なことだな。その3台の制御コンピュータ――≪ジブリール≫≪イブリース≫≪アズラエル≫を完全に掌握することは、オレ以外には不可能」
 海馬の言葉は真実であった。この3台のコンピュータの深層領域にまで及ぶには、海馬だけが持つとあるモノが必要であった。それは――。

「【青眼の白龍】――」

「……!」
 その言葉に思わず目を瞠る海馬。その表情がおかしかったのか、サラは薄い笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「ふふ……図星のようですね。この子たちの掌握には、あなただけが持つ、3枚の【青眼の白龍】カードが必要。ソリッド・ビジョン研究の中に、ビジョンデータ内部に他のデータを組み込む、というモノが有りましたからね。そして、それをデュエルを通じてやり取りすることが出来るということも……」
「……そこに思い至ったか。流石、優秀だな」
 海馬は、きつい口調で称賛の言葉を吐き捨てる。
 サラは微笑むと、右隣にあったコンソールパネルを操作した。
 すると、海馬の横の壁の一部が、まるで引き出しの様に、カシャリ、と開いた。
 中に入っていたのはデュエルディスクだった。
 ただ、普通と違い、沢山のコードがデスクに差し込まれている。
「データ読み取り機能を強化させてもらいました。それをつけてデュエルしていただきます。……断ることは出来ませんよ? 完全とはいきませんでしたが、この子たちの掌握は進んでいるのです。上の階の方々……弟さんがどうなっても、知りませんよ?」
 海馬はしばしそれを眺めたのち、デュエルディスクを引っ張りだした。
「デュエルを介して、データを取り込む気か……。だが、それはこちらにもアクセスする権限を与えるということ。デュエルにおいて、オレを制してデータを手に入れるつもりか」
「その通りです。【青眼の白龍】という強大な力を持ったカードを求めた貴方は、カードによって裁かれるのです」
 海馬は、サラを睨み言葉を返す。
「趣向を凝らしたつもりか。だが、オレを易々と制するなどと思うな!」
 荒い語気の海馬をいなすように、サラは冷たい声で答える。
「それもまた、決めるのはカード達です……。さあ、始めましょう。貴方の全てを否定して差し上げます」

「「決闘!!」」

サラ:LP4000
海馬:LP4000


「まずは私のターンからですね。ドロー」
 サラの先攻でデュエルはスタートした。ドローカード、手札をしばし眺めたのち、カードを3枚選び出す。
「そうですね……。まずはモンスターをセット。カードを2枚伏せて、ターン終了です」
 ヴン、と低い音が鳴り、3枚の渦巻き模様のカードが表示される。
「(モンスターにセット2枚……。初回にしては少々、分厚い布陣だ)オレのターン。ドロー!」
 海馬は手札を確認すると、すぐさま1枚を手に取った。
「(伏せカードを除去する手段はない……ならば!)手札からモンスター召喚! 【ブラッド・ヴォルス】攻撃表示!」

【ブラッド・ヴォルス】
闇/☆4/獣戦士族 ATK1900 DEF1200
悪行の限りを尽くし、それを喜びとしている魔獣人。
手にした斧は常に血塗られている。


「それに対し、カウンター罠を発動させます。キックバック!」
「!」
 瞬間、眩い爆発が起こる。
 海馬が召喚したモンスターは、召喚間もなく手札に戻されることになった。

【キックバック】カウンター罠
モンスターの召喚・反転召喚を無効にし、そのモンスターを手札に戻す。


「召喚を無効にする罠か……。ならばカードを2枚伏せ、ターンを終了させる!」
 フィールドがガラ空きになってしまったため、海馬は牽制の意味を込め、セットカードを置いてターンエンドを宣言した。


サラ:LP4000
モンスター:守備モンスター1体
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:3枚
海馬:LP4000
モンスター:なし
魔法・罠:伏せカード2枚
手札:4枚


「私のターンですね。ドロー」
 サラがカードを引く。ドローしたカードを見て、僅かに頬を緩ませた。
「私は【豊穣のアルテミス】を攻撃表示で召喚します。さらに、裏守備モンスターを反転召喚……【光神機(ライトニングギア)‐閃空】!」

【豊穣のアルテミス】
光/☆4/天使族・効果 ATK1600 DEF1700
このカードが表側表示で存在する限り、
カウンター罠が発動される度に自分のデッキからカードを1枚ドローする。


光神機(ライトニングギア)‐閃空】
光/☆4/天使族・効果 ATK1000 DEF500
このカードが相手プレイヤーへの直接攻撃に成功した場合、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。
このカードは召喚・反転召喚・特殊召喚されたターンのエンドフェイズ時に
墓地に送られる。


 海馬の前に表れたのは、光を纏う2体の天使。
 その姿は宗教画に見られるような、いわゆる人の形をしていなかった。
 どことなく、ロボットを思わせる無機質なフォルム。
 使い手であるサラの生気を失った様子と、似通うものがあった。
「では、いきます……。アルテミス、閃空でダイレクトアタックです」
 薄暗い空間の中で光源となった2体の天使。
 ギチリ、と音を立てながら海馬に襲いかからんとする。
「させん! リバースカードオープン、【攻撃誘導アーマー】!」
 海馬が伏せカードを開いた。同時に光神機‐閃空に呪われた鎧が装着される。

【攻撃誘導アーマー】通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動可能。
攻撃モンスターの攻撃対象を攻撃モンスター以外のモンスターに移し変える。


「アルテミスは呪われた鎧に誘われ、閃空を攻撃する! 同志討ちするがいい!」
 海馬の言葉通り2体の天使は互いに向き合い、迎撃し合う態勢に入った。
 その光景を、サラはぼんやりと眺めていたが……不意に、その唇が動く。

「……いったでしょう? あなたの全てを否定する、と」

 ――ぞくり。体が泡立つような声が、サラから発せられた。
 そして、サラの場の伏せカードが、静かに開かれる。
「【攻撃誘導アーマー】に対して、カウンター罠、【魔宮の賄賂】を発動」
「……!」

【魔宮の賄賂】カウンター罠
相手の魔法・罠カードの発動を無効にし破壊する。
相手はデッキからカードを1枚ドローする。


 目を見開く海馬の前で、閃空に装着されていた鎧が瞬く間に風化する。
「このカウンター罠の効果により、貴方に1枚のカードドローを許す代わりに、攻撃誘導アーマーは無効になります。さらにアルテミスの効果により、私はカードを1枚ドロー」
 アルテミスの体が光を放ち、サラにカードの恩恵を与えた。海馬はくっ、と短く舌打ちしながら、追ってカードをドローする。
「そして、裁きは続行される……」 
――ギチリ。再び、2体の天使が海馬に向きをかえた。
 顔と見られる部分には、目も口もない。天使にそぐわない不気味さを漂わせながら、アルテミスと閃空がゆっくりと飛翔する。
「バトル再開。アルテミス、閃空のダイレクトアタック」
 まず動いたのはアルテミスだった。
 手と見られる細い白の棒を胸の中心に翳す。そこから眩い白の光線が発射され、海馬を射抜いた。
「ぐっ……!!」

海馬:LP4000 →LP2400


 思わずよろめく海馬。そこに、光神機‐閃空が飛来した。
 腕を体の横に広げ、海馬の腹部をえぐり取る様に殴りつけ、そのまま猛スピードで海馬の横をすり抜けていった。
「があ……!!」

海馬:LP2400 →LP1400


「閃空がダイレクトアタックに成功したことにより、カードを1枚ドローします」
 蹲る海馬を尻目に、サラはカードを引く。
 しばし手札を眺めた後、そこから3枚のカードを選び出した。
「3枚カードを伏せてターン終了。同時に閃空は自身の効果によって自壊します」
 その言葉通り、薄い青のラインに彩られた光神機は、徐々に人の形をなくしていく。
 閃空を形作っていた灰燼に、包まれるように立っているサラ。
 そこから、虚無の眼光が海馬を射抜くように向けられている。
「さあ、瀬人様……。貴方のターンです。精一杯足?いてください……。そして、……私に否定されてください」


サラ:LP4000
モンスター:豊穣のアルテミス(功1600)
魔法・罠:伏せカード3枚
手札:3枚
海馬:LP1400
モンスター:なし
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:5枚




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『アンデルセン教授は、カードは嗜まれないので?』
『ああ、俺はあまりそういう収集癖はねえな。だいたい、あいつだって積極的にゲームをするような奴ではなかった』
『へえ……。それにしては、キラ氏はデュエルモンスターズのコレクターとして結構有名だったようですけど』
『ん……そうだな。あいつは精神学の方で、カードゲームとの関わりも研究していたが、それ以前から確か興味を持っていたはずだ……。そうだ、思い出した。あいつの娘っ子が興味を持ったのが、始まりだったはずだ』


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第6話:踏み記したのは戦いの道

 海馬瀬人は、敵と戦ってきた。
 自分の養父となった男、海馬剛三郎と戦った。
 彼を退け、海馬コーポレーションを手に入れたときには、静かな充足感があった。
 デュエルモンスターズの創造主、ペガサス・J・クロフォードと戦った。
 大事な弟を人質にされ、魂を奪われた敗北は屈辱の極みだった。
 KCの重役だったBIG5、そして剛三郎の息子である乃亜と戦った。
 死してなおも食い下がる剛三郎に、渾身の力を叩きつけてやった。
 KCの兵器により弟を奪われた男、アメルダと戦った。
 自分ならどんなことがあっても弟を守り通すと誓い、彼に引導を渡した。
 KCに恨みを持つヨーロッパ企業の社長、ジークロイドと戦った。
 己の誇りをかけて、彼に社長と決闘者としての格の違いを見せつけた。
 ……己が生涯のライバルと認めた男、武藤遊戯と何度も戦った。
 『青眼』を、『神』を、自らの存在を賭けて、死力を尽くして戦いぬいた。

 海馬瀬人は、敵と戦ってきた。
 矜持を、命を、夢を賭けて、何度も何度も戦ってきた。
 そうやって生きてきた。


 そうやって、生きてきた。


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「く……オレのターン! ドロー!」
 海馬は体勢を立て直しながら、カードをドローする。いきなりの大きなライフ差。苦々しげな表情が浮かぶのを禁じ得ない。
「この瞬間、私は永続罠を発動させます。【人造天使(シンセティック・エンジェル)】です」

人造天使(シンセティック・エンジェル)】永続罠
カウンター罠が発動される度に、
「人造天使トークン」(天使族・光・星1・功/守300)を1体特殊召喚する。


 その追い打ちとばかりにサラが伏せカードを開く。それは、カウンター罠が発動される度にトークンを生成するというものだった。
「(アルテミス、人造天使とカウンター罠中心の構成……パーミッション・デッキか……)」
 カウンター罠はほとんどの場合、相手の発動した効果を無効化する効果を持っている。
 それらを利用し、相手のプレイを阻害しながら戦うコントロール・デッキタイプ、それがパーミッション・デッキである。
 サラの言う――相手を否定するためのデッキだ。
「(これで伏せカードは2枚……だが、カウンター罠を発動すればメリットとなる【人造天使】を発動したということは、残る伏せカードは確実にカウンター罠……)」
 海馬はサラの場の伏せカードを睨む。
 サラの持つ、海馬への否定の感情。それが込められているであろう、否定のカードを。
「さあ、どうしました? それとも、もう諦めるのですか……?」
 サラが平淡な声で、海馬を死へと誘っている。
 だが。
「……サラ。お前がオレを恨むのも当然のことだ。オレはそれだけのことをした。それは認めよう」
「ふふ……今更罪を認めますか……。それで、許されるとでも……」
「そうだ。今更、何を言おうと遅い」
 強い、口調。それを聞いたサラは、思わず海馬を見やる。
 海馬は、まっすぐサラを見返してきていた。それは罪を突きつけられて怯えるものではない。強靭な意志と戦意を含んでいる。
「だからといって、貴様のやったことをオレは容認する気はない。オレはお前を倒す。敵というなら……オレは全力で叩く」
「……ふふ、流石は唯我独尊を地で行く人なだけはありますね……本当に……自分勝手……」
 怒り半分、呆れ半分といったところだろうか、失笑の混じったサラの声が響く。
「そうなのだろうな。だが、こうなった以上問答こそ無粋。いくぞ……オレは手札から魔法カード、【召喚師のスキル】を発動! デッキよりレベル5以上の通常モンスターをサーチ!」

【召喚師のスキル】通常魔法
自分のデッキからレベル5以上の通常モンスターカードを1枚選択して手札に加える。


「(レベル5の通常モンスター……それは!)」
 サラの脳裏にひとつのカードが浮かぶ。
 海馬のデッキにあるレベル5以上の通常モンスター……それを考えると答えは一つしかない。
「さっそく【青眼の白龍】を手札に加える気ですか? ふふ……流石、態々奪い取ったカードだけあって、随分と気に入っている様ですね……【召喚師のスキル】に対し、カウンター罠、【マジック・ドレイン】を発動。召喚師のスキルを無効化します」

【マジック・ドレイン】カウンター罠
相手が魔法カードを発動した時に発動する事ができる。
相手は手札から魔法カード1枚を捨ててこのカードの効果を無効化する事ができる。
捨てなかった場合、相手の魔法カードの発動を無効化し破壊する。


「さらに、カウンター罠の発動に成功したことにより、アルテミスの効果により1枚ドロー。加えて、人造天使の効果により、人造天使トークンを守備表示で特殊召喚します」
 カードをドローするサラの目の前に、小さなロボット天使が表れる。
 サラはそれを軽く見ると、言葉を続けた。
「ですが、【マジック・ドレイン】の効果は、手札から魔法カードを1枚捨てる事で無効化出来ます……。どうしますか?」
 サラの問いかけに応じる形で、海馬は手札とフィールドを軽く確認した。
「(……これで伏せカードは1枚……)いや、無効化はしない。かわりに……手札から永続魔法発動、【金剛真力】!」

【金剛真力】永続魔法
相手フィールド上にモンスターが存在し、
自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
手札からレベル4以下のデュアルモンスター1体を特殊召喚する事ができる。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。


「このカードの効果により、レベル4デュアルモンスター、【ダーク・ヴァルキリア】を特殊召喚!」
 海馬の場に、黒の翼と紺の鎧を身にまとった、闇の戦乙女が表れた。
「く……なるほど。それならば、モンスターの大量展開に対抗できますね」
 サラが苦々しげな口調で言う。海馬の出した永続魔法、【金剛真力】は特定の条件を満たせば、1ターンに2体のモンスターを展開できるのだ。
 思い返せば、【召喚師のスキル】を【マジック・ドレイン】でカウンターしたのは間違いだったかもしれない、とサラは考えた。【青眼の白龍】を手足のように使いこなす海馬だからこそ、手札に加えた後すぐに召喚できる算段があると踏んでサーチ手段を潰した訳だが、この状況ならモンスター展開ができる【金剛真力】の発動こそ、彼の本命である可能性が高い。
 だが、サラにも対抗手段がないわけではない。
「(もっとも、そのための対策カードはすでに伏せてあるのだけど……)」
「さらに、オレの手札には最初のターンにお前の罠により手札に戻されたブラッド・ヴォルスが存在する。こいつを通常召喚……すると思うか?」
「……!?」
 海馬のその問いかけを聞き、サラは表情にこそ出さなかったが若干戸惑った。
「ふうん。今の反応で大体の目星は付いた。ここはブラッド・ヴォルスの召喚は行わない!代わりに通常召喚権を行使し、ダーク・ヴァルキリアを再度召喚する!」
 その言葉と同時に、闇の戦乙女の周りに眩い光陣が出現した。
 目を閉じるダーク・ヴァルキリアの身に、魔力が備わっていく。
「これがデュアルモンスターの特徴……。普段は魔力を持たない通常モンスターだが、再度召喚を行うことで、その特殊能力を取り戻すのだ! ダーク・ヴァルキリアの効果! その魔力を解き放て!」
 主の指令に従い、闇の戦乙女は黒の翼を振るった。同時に黒い刃となった羽が、豊穣のアルテミスに次々と突き刺さる。
「な……!」
 複数の黒の刃にハチの巣にされ、崩れ落ちていくアルテミスをサラは呆然と見やった。
「ダーク・ヴァルキリアの能力は、自身に魔力カウンターを乗せ、それを取り除く事で相手モンスターを破壊するというもの。これでアルテミスを破壊させてもらった!」

【ダーク・ヴァルキリア】
闇/☆4/天使族・デュアル ATK1800 DEF1050
このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、
通常モンスターとして扱う。フィールド上に表側表示で存在する
このカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、
このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。
●このカードが表側表示で存在する限り1度だけ、
このカードに魔力カウンターを1つ置くことができる。
このカードの攻撃力は、このカードに乗っている
魔力カウンターの数×300ポイントアップする。
その魔力カウンターを1つ取り除く事で、フィールド上の
モンスター1体を破壊する。


「(やられた……!)」
 永続罠、人造天使によるトークン展開。これに対して海馬は性格上、金剛真力の効果による、さらなる展開力でこれを潰しにかかるとサラは思っていた。
 だが、海馬は冷静に戦局を判断し、サラのコンボのキーカードを排除してきた。
 サラの陣形は、これで要を失うことになった。
「さて、使わなかったブラッド・ヴォルスは別の手段で役に立ってもらうとするか。伏せておいた凡人の施しを発動! デッキからカードを2枚ドローし、手札から通常モンスター、ブラッド・ヴォルスをゲームから除外!」

【凡人の施し】通常罠
デッキからカードを2枚ドローし、
その後手札から通常モンスター1体をゲームから除外する。
手札に通常モンスターがない場合、手札をすべて墓地に送る。


 手札補充を済ませた海馬は、その強い目線をサラに向ける。
「続けてバトルフェイズに突入! ダーク・ヴァルキリアで人造天使トークンを攻撃!」
 その言葉に我に帰るサラ。迷わず残った伏せカードを開く。
「カウンター罠発動! 攻撃の無力化!」

【攻撃の無力化】カウンター罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる。


「カウンター罠の発動に成功したことにより、【人造天使】の効果発動。新たにトークンを1体、守備表示で特殊召喚します……」
「……ならば、オレはカードを1枚伏せ、ターンを終了しよう」



サラ:LP4000
モンスター:人造天使トークン(守300)×2
魔法・罠:人造天使(永続罠)
手札:4枚
海馬:LP1400
モンスター:ダーク・ヴァルキリア(功1800)
魔法・罠:金剛真力(永続魔)、伏せカード1枚
手札:3枚




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『キラ氏の娘さん……ですか』
『そうだ。あんたもこのことについて調べているようなら、もういきついているんじゃないか? マフィアがどういう手段で青眼の白龍を手に入れようとしたか』
『ええ……大体のところは』
『まったく、ひでぇ話だよ。アレのせいで、あいつの娘っ子はとんでもなく辱められたようだ。もうこの街にはいねえぜ。噂じゃ名前を変えて暮らしている様だが……無理もない。まったくもって、ひでぇもんだぜ』


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第7話:造られた天使

「……今、兄サマから連絡が入った。お前の言った通り、この事態を引き起こしたのはサラで間違いないって……」
 海馬からの連絡を受けて、モクバはひとつ溜息をつく。
「社長は現在、最深部でサラさんと交戦中ですか……。何とか、ソリッド・ビジョンデータのやり取りの中に割り込んで、ワクチンプログラムを流し込めればいいんですが……」
 翠も顎に手をやりながら考え込む。だが、片手では休まずパソコンにデータを打ち込んでいた。
「兄サマが、手に入れようとした【青眼の白龍】……。その時のいざこざが今になって返ってくるなんて……」
「サラさんも、こういうタイミングを見こしていたんでしょうね。社運をかけた一大プロジャクトの目玉であるロケット建造されている場所で、ブラコン社長の大事な弟がいて……。しかも、ロケット建造しているから、爆発物にも事欠かない。はは、中々の布陣ですよ」
 笑ってる場合かよ、とモクバは軽く毒づく。
「……父親が自殺したその原因を作ったことへの、復讐か……。やってることは許せないけど……なんだか、複雑だな……」
 沈痛な面持ちでモクバは呟いた。自身も親を亡くしていることもあり、とてもじゃないがサラの事を憎みきれない。
 だが、その苦い思考は、翠の呟いた一言で一旦中断されることになる。
「……うーん。しかし、サラさんの背景考えると、そう単純でもない気がするんですけどね……」
 え? っとモクバは思わず翠の方に向く。
 翠はモクバの視線に気付くと、言葉を続ける。
「そもそも、マフィアが手に入れた【青眼の白龍】との交換条件のためのブツが……かなり、キナ臭いものだったんですよ……」




「私のターン。ドロー」
 引いたカードを見ると、サラはしばし考える。
「(……いけない。相手は冷静さを欠いてなんかいない。このままでは、逆転される……!)」
 先ほどのターンの攻防からしても、もし海馬がダーク・ヴァルキリアを再召喚せず、ブラッド・ヴォルスを召喚し2体で攻撃してきた場合、カウンター罠、攻撃の無力化の発動によりアルテミスを失うことなく、デッキからカードをドロー出来たのだ。
 しかし、実際には海馬にこちらの意図を読み取られてしまった。その結果、コンボのキーカードであるアルテミスを効果で潰された。
 ライフでは優っているものの、手札使いの荒いパーミッション・デッキにおいて手札補充を担うアルテミスが欠けたとなると、戦線維持は相当厳しくなる。
 このままでは海馬のデッキパワーに押し切られてしまうと、サラは考えた。
「(なら、ここは攻めて勢いを殺す……)私は【光神機(ライトニングギア)‐桜火】を召喚!」

光神機(ライトニングギア)‐桜火】
光/☆6/天使族・効果 ATK2400 DEF1400
このカードは生け贄なしで召喚する事ができる。
この方法で召喚した場合、このカードはエンドフェイズ時に墓地に送られる。


「桜花は自身の効果により、生け贄なしで召喚する事が出来ます。そして、ヴァルキリアを攻撃!」
 サラが召喚した、翼を持つ獣を模した機械の天使――光神機‐桜火はそのアギトを開き、闇の戦乙女に襲いかからんとする。
 海馬は瞬時に伏せカードで迎撃に入った。
「そうはいかん! 伏せカードオープン、エネミーコントローラー!」

【エネミーコントローラー】速攻魔法
次の効果から1つを選択して発動する。
●相手フィールド上の表側表示モンスター1体の表示形式を変更する。
●自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる。
相手フィールド上の表側表示モンスター1体を選択する。
発動ターンのエンドフェイズまで、選択したモンスターのコントロールを得る。


「オレは表示形式変更の効果を選択! コマンド入力、↓・↑・B・A!」
 巨大なコントローラーからコードが伸びると、その先端が桜火に突き刺さった。桜火はガクガク、と短く震えたかと思うと、そのまま蹲ってしまった。

【光神機‐桜火】表示形式変更!
ATK2400 → DEF1400


「……勝ちを急いだな、サラ。桜火は生け贄なしの妥協召喚を行った場合、エンドフェイズ時に自壊する」
 海馬の指摘に、サラは言葉ではなくカードの発動で答えた。
「……速攻魔法、魂の交換‐ソウル・バーター‐を発動。桜火を墓地に送り、墓地から別のモンスター、豊穣のアルテミスを守備表示で特殊召喚します」

【魂の交換‐ソウル・バーター‐】速攻魔法
自分フィールド上のモンスター1体を墓地に送る。
墓地に送ったモンスターのレベル以下の、別のモンスター1体を
自分の墓地から選び、自分フィールド上に守備表示で特殊召喚する。


「なるほど……自壊効果をそうやってかわすか」
 放っておけば破壊されてしまう桜火をコストとして利用し、コンボの要であるアルテミスを蘇生してきた。
「カードを2枚伏せ……ターン終了です」


サラ:LP4000
モンスター:人造天使トークン(守300)×2、豊穣のアルテミス(守1700)
魔法・罠:人造天使(永続罠)、伏せカード2枚
手札:1枚
海馬:LP1400
モンスター:ダーク・ヴァルキリア(功1800)
魔法・罠:金剛真力(永続魔)
手札:3枚


「オレのターン、ドロー!」
「……ここで伏せカードを発動。強烈なはたき落とし!」
「!」
 サラが伏せカードを開いた瞬間、海馬の掌に衝撃が走る。手札に加わるはずだったカードは、墓地に落されてしまった。

【強烈なはたき落とし】カウンター罠
相手がデッキからカードを手札に加えた時に発動する事ができる。
相手は手札に加えたカード1枚をそのまま墓地に捨てる。


「これにより、貴方のドローカードは手札に加えられず墓地に送られます。そして私はカード1枚をドロー、そして人造天使トークン生成」
 カードを引くサラを見やりながら、海馬は思考する。
「(パーミッション・デッキにおいて【強烈なはたき落とし】は、かなり安定した発動ができるカード……つまり、サラは何としてもアルテミスの効果でドローしたかった事になる……おそらく、サラの手札は今の状況に適していない可能性が高い!)ならば……オレは、【激昂のミノタウルス】を召喚する!」

【激昂のミノタウルス】
地/☆4/獣戦士族・効果 ATK1700 DEF1000
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
自分フィールド上の獣族・獣戦士族・鳥獣族モンスターは
守備表示モンスターを攻撃した時にその守備力を攻撃力が
越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。


【激昂のミノタウルス】の持つ怒りのエネルギーは自分自身、そして近しい種族のモンスターに貫通攻撃能力を付加する。天使族である【ダーク・ヴァルキリア】は、その恩恵を受けられないが、サラの手札が悪くなってきたと予測した海馬は、ここが攻め時だと判断したのだ。
「いくぞ! ダーク・ヴァルキリアでアルテミスを攻撃する!」
「……くっ」
 闇の戦乙女がアルテミスを屠った。それに続く形で、ミノタウルスが突撃を仕掛ける。
「さらに激昂のミノタウルスで、トークンを攻撃!」
「ううぅ!」
 小型の機械部品を思わる人造天使トークンを、ミノタウルスが手にした斧で薙ぎ払う。
 その際に生じた衝撃波が、容赦なくサラを襲った。

サラ:LP4000 →LP2600


「オレはこれでターンを終了!」
 強い語気で海馬はターンエンドを宣言した。


サラ:LP2400
モンスター:人造天使トークン(守300)×2
魔法・罠:人造天使(永続罠)、伏せカード1枚
手札:2枚
海馬:LP1400
モンスター:ダーク・ヴァルキリア(功1800)、激昂のミノタウルス(功1700)
魔法・罠:金剛真力(永続魔)
手札:2枚


 続くサラのターン、彼女の発動したカードはおおよそこの状況に合わないものだった。
「私のターン、ドロー……手札から魔法カード、【至高の木の実(スプレマシー・ベリー)】を発動します」
「!? 何だと!?」

至高の木の実(スプレマシー・ベリー)】通常魔法
このカードの発動時に、自分のライフポイントが
相手より下の場合、自分は2000ライフポイント回復する。
自分のライフポイントが相手より上の場合、
自分は1000ポイントダメージを受ける。


 海馬は思わず目を疑った。サラの発動させたカードはライフ回復の効果を持つもの。
 しかし、それには条件があり、発動者(この場合、サラ)のライフが相手(海馬)のライフを下回ってなくてはならない。しかし、先ほど大きなダメージを負ったとはいえ、ライフは未だサラの方が勝っている。
 だというのに、この状況で発動させれば逆にライフにダメージを食らうことになってしまうのだ。
 だが、海馬の驚愕はここで終わらなかった。
「そして、これに対して伏せカード発動、【ゴブリンのその場しのぎ】。500ライフを支払い、【至高の木の実】を無効化、手札に戻します」
「何!?」

【ゴブリンのその場しのぎ】カウンター罠
500ライフポイントを払う。
魔法の効果を無効化し、そのカードの持ち主の手札に戻す。


サラ:LP2600 →LP2100


 そして今度は、それを無効化するカウンター罠の発動。
 自分で発動したカードを、これまた自分のカウンター罠で態々無効化したのだ。普通に考えれば不可解すぎる行動である。
 だが……海馬はパーミッション・デッキにおける、切り札の事に思い至った。
「(なるほど……もし、サラの手札にあのカードがあるのなら……これは最善の手!!)」
「【人造天使】の効果により、天使トークン生成……もう……お分かりのようですね。私の切り札に……」
 サラの声が響く中、3体の人造天使トークンがその身を崩していった。
 はらはら、はらはらと、体は無数の光の粒子となり中空を舞い散っていく。
「さらに、カウンター罠の発動に成功したことにより……手札から、このモンスターを特殊召喚します。場の人造天使トークンをすべて生け贄とし……今こそ裁きを! 【裁きを下す者‐ボルテニス】!」
 サラが手札のカードを翳す。
 すると突如、巨大な光の柱が表れた。そこに中空を舞っていた光の粒子が次々と吸い込まれていく。
 粒子を取り込んだ光の柱は、徐々に巨大な人の形を成し――紫の無機質な体躯をした、裁きの執行者となった。

【裁きを下す者‐ボルテニス】
光/☆8/天使族・効果 ATK2800 DEF1400
自分がカウンター罠の発動に成功した場合、
自分フィールド上のモンスターをすべて生け贄に捧げる事で特殊召喚する事ができる。
この方法で特殊召喚に成功した場合、生け贄に捧げた天使族モンスターの数まで
相手フィールド上のカードを破壊する事ができる。


「くっ……。やはりそいつか……!!」
 海馬は表れた裁きの執行者を睨む。紫の体は今までサラが使ってきた天使たちと同じく、機械を思わせる無機質なフォルム。そこからは感情の様なものは読み取れない。
 使い手の命を受け、ただ力を振るい、裁きを下す、それだけの存在。
 そして、その裁きが今下されんとしている。
「ボルテニスの効果! 召喚の際、生け贄にした天使族の数だけ、相手フィールド上のカードを破壊します。捧げたのは人造天使トークン3体……よって、ダーク・ヴァルキリア、激昂のミノタウルス、金剛真力を破壊!」
 ボルテニスが杖を振るう。そこから雷が迸り、海馬の場を蹂躙した。
 ダーク・ヴァルキリアが、激昂のミノタウルスが、表示されていた金剛真力のカードエフェクトが瞬時に光に飲みこまれ、爆散した。
「ぐわ……!!」
 飛び散る激しいスパークに海馬は思わず目を覆う。
 再び目を開いた海馬の前には、自身を守るモンスターは1体も残っていなかった。
「これで終わりです……貴方を守るものはもう何もない……貴方はここで、終わるのです」
 溜息をつくようにサラは言う。心に広がるのは……安堵? 達成感? いいや、そんなものではなかった。
 もう少しで、自身の目的は達成できる。おとうさんを奪った憎い敵を、倒すことができる。
 そうだというのに、胸が苦しい。ここを爆破してしまえば、自分の命も危ない、という危機感ではない。
 目の前の、一人の男に刃を向けることをためらってる自分がいる。
 ふと気がつく。海馬は、サラに強い視線を投げかけてきている。
 こちらがいくら敵意を向けても、折れることなくこちらを見つめてくる強い目線。
 強靭な意志を孕んだ海馬瀬人の瞳に、サラは吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚える。
「何故ですか……」
 気がつけば、問うていた。
 心の虚無を奥底に隠し、何重にも張り付けた穏やかな仮面を身につけて、相対しようとしなかった己の敵に。
 海馬瀬人に、サラは答えを欲していた。
「何故、貴方はそんなに強い意志を持つことができるのです!? 貴方は罪を犯しても、他人を蹴落としても、何も感じないのですか!?」
 わめく様なサラの問い。海馬はしばしの沈黙の後、呟くように話し始めた。
「オレは、他者を、弱者を踏みにじる事に抵抗はない」
「……!」
 それを聞き、再びサラは海馬を睨む。それでも海馬は折れずに言葉を続ける。
「オレも昔は弱かった。両親は死に、遺産は奪われ、親戚からは疎まれ、弟と共に施設に入った。その時から考えていたことは、力を付けること。己を、己の大切なものを守り抜くための力を付けることだった」
 思い返せば海馬が力を求め、そこから歪んでいったのは、何も海馬家に来てからの英才教育が始まりではなかった。それも一因ではあったろうが、結局力を追い求めたのは自分自身。
「だからこそ、力が欲しかった。弱い存在では奪われるだけ。だからこそ強者に。そう信じて、戦ってきた」
「……! ですが、だからと言って他人を傷つけていいわけではない! 強いということは、そんな免罪符ではないはずです!」
「その通りだ」
 その一言に、サラは一瞬毒気を抜かれる。まだだ。まだ彼は強い視線を向けている。
「オレはオレの敵には容赦しない。自分自身から逃げる者に容赦しない。それは確かだ。だがオレは少なくとも破壊者になろうとは思わない。いや……かつてなりかけたからこそ、もうならない、といった方が正しいか……」
 彼の言う破壊者。【青眼の白龍】を手に入れようとしていたころの、力に取りつかれた狂信者だったころのことだろう。それこそ、サラにとっての憎い敵である、海馬瀬人の姿。
「……今はもう違うから……許せというのですか……?」
 違う、と思いながらもサラは問うた。許せ、などと海馬は言わない。媚びへつらう様な人間ではない。それだけの力を持っている。それだけの心情を抱えている。
 彼の傍にいて、サラはそれを重々に理解していた。
「許せなどと、いわない」
 ああ、やはり彼はそう言う。きっとそう言うだろうと、思っていた。
「オレは罪を犯してきた。沢山の人間を蹂躙してきた。そうした戦いの道を踏み記し、今のオレはここにいる。だが……いや、だからこそ立ち止まらない。立ち止まれない。オレは全てを背負い、オレは進む。オレは……オレの道を、誇る」
 言い切った。例え歪んでいても、血にまみれた道でも、彼は自分自身の道を誇ると言った。顧みない訳ではない。正しい訳ではない。罪をかき消せる訳でもない。
 それでも、彼はこれからも進むと言った。
「そう……ですか……」
 サラは少し笑った。気がつくと、何故だか頬が少し緩んでいた。
 海馬の語った事が、あまりにも自分勝手で、嘲笑が毀れてしまったのだろうか? ……いや、違うな、と思い至る。
 なぜならサラは――
「でも……終わることに変わりはありません……ボルテニスの……ダイレクトアタックです」
 サラの宣言により、ボルテニスが杖を振るう。ほどなくして、その杖からは雷が放たれ、海馬を打ち抜くだろう。そうすれば、確実に【青眼の白龍】カードのソリッドビジョン・データを解析し、瞬時に3台の制御コンピュータ――≪ジブリール≫≪イブリース≫≪アズラエル≫を掌握し、同時にここの爆破も始まる。
 だからもう、なぜ自分が笑ったのか、その理由も分らぬまま終わるに違いない。
 だからもう、なぜ自分が海馬に惹かれ始めたのか、その理由も分らぬまま終わるに違いない。

 そう、思っていたのに。

「その直接攻撃に対し、バトルフェーダーを特殊召喚! この効果によりバトルフェイズは強制終了となる!」

【バトルフェーダー】
闇/☆1/悪魔族・効果 ATK0 DEF0
相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動することができる。
このカードを手札から特殊召喚し、バトルフェイズを終了する。
この効果で特殊召喚したこのカードは、
フィールドから離れた場合ゲームから除外される。


 海馬の場に、振り子時計を模した様な悪魔が表れ、ボルテニスの攻撃は強制的に中断された。
 サラはまたしても笑う。ああ、簡単には終わりに手をのばさせてはくれない。海馬瀬人は……なんて、優しくないのだろう、と。
 サラは手札に目を落す。残っているのは、先ほど手札に戻した【至高の木の実】と、この状況では役に立ちそうもないカードが1枚。ブラフとしても通じないだろうな、と思いながらもカードを1枚伏せる。
「……カードを1枚伏せます。これで、ターンを終了します」
 サラはそう、宣言した。


サラ:LP2400
モンスター:裁きを下す者‐ボルテニス(功2800)
魔法・罠:人造天使、伏せカード1枚
手札:1枚
海馬:LP1400
モンスター:バトルフェーダー(守0)
魔法・罠:金剛真力
手札:1枚



「いくぞ! オレのターン! まずはカードを1枚伏せ……手札より魔法カード【命削りの宝札】を発動!」
 海馬がカードを引く。そこからは、まるで流れるようだった。

【命削りの宝札】通常魔法
手札が5枚になるようにドローする。
5ターン目の自分のスタンバイフェイズに、手札を全て捨てる。


「そして、手札より黙する死者を発動! 墓地にある通常モンスター扱いのダーク・ヴァルキリアを守備表示で蘇生!」

【黙する死者】通常魔法
自分の墓地に存在する通常モンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを表側守備表示で特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターは
フィールド上に表側表示で存在する限り攻撃する事ができない。


「バトルフェーダー、ダーク・ヴァルキリアの2体を生け贄に捧げ……現れろ! 青眼の白龍!!」

青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)
光/☆8/ドラゴン族 ATK3000 DEF2500
高い攻撃力を誇る伝説のドラゴン。
どんな相手でも粉砕する、その破壊力は計り知れない。


 現れたのは、白く輝く体躯と深い蒼い目を持つ、光の龍――青眼の白龍。
 サラは思わず、それに目を奪われる。父親が――おとうさんが大切にしていたカード。海馬瀬人が奪い取っていったカード。
 光り輝くその姿を見て、サラの心の奥底から想い出が呼び起こされる。

――このカード、すごく綺麗……。
――サラは、これが気に入ったのかい?
――うん……。
――そうか。では、これを買おう。
――え! でも……!?
――いいさ。父さんはサラに喜んでもらうことが一番の幸せなんだ……だから……

「……!?」
 不意に、違和感。
 思い出したのは父の姿。自分を愛してくれる、世界で一番愛してくれる父の姿。
 だというのに、何故だろう。なにか、おかしい。
 思い……出したくない?
「いくぞ! 【青眼の白龍】で、【裁きを下す者‐ボルテニス】を攻撃する!」
「!!」
 青眼の白龍がそのアギトを開く。その身に光が集まっていく。

――おとうさん、おとうさん!
――ああ、大丈夫だよ、サラ。おとうさんとサラはずっと一緒だ。そのために必要なことなんだよ?
――いやだ! いたいよ、おとうさん!
――ああ、辛抱しておくれ、サラ。おかあさんみたいに、私から離れないように。これは必要なことなんだよ……

「く……ううう!?」
「滅びの……バーストストリーム!!」
 光の奔流が、裁きの執行者を包み込む。ほどなくして、ボルテニスは跡形もなく消え去った。

サラ:LP2100 →LP1900


「……? サラ?」
 攻撃エフェクトが消え去った後、海馬の目に飛び込んできたのは、体を抱え込むようにして苦しむサラの姿だった。
 体を震わせ、呼吸も荒い。照明が薄暗くよくわからないが、顔色も悪い様な気がする。
「あ……あ……あああああああ!!!!!」
 突如として叫び声をあげるサラ。流石に海馬も困惑の表情を浮かべる。
「!? どうした、サラ!?」
「おとうさんごめんなさいおとうさんごめんなさいおとうさんごめんなさいおとうさんごめんなさいおとうさんごめんなさいおとうさんごめんなさいおとうさんごめんなさいおとうさんごめんなさいおとうさんごめんなさいおとうさんごめんなさいおとうさんごめんなさいおとうさんごめんなさいおとうさんごめんなさい」
「サラ!!」
 何度も何度も同じ言葉を繰り返し、震えるサラ。海馬はすぐにでも駆け寄ってやりたかったが、何分彼女がいるのは暗がりを挟んだ対岸。
 海馬はそのまま彼女が崩れ落ちるのを見ているしかなかった。
「……サラ……」
 倒れたサラを見やりながら、海馬は呟く。
 先ほどの繰り返されたサラの言葉。どうやら花京院の調べたことは真実だったらしい。
 ともかく、倒れてしまった彼女を助けるために、なんとか対岸に渡る方法を探そうとした時。
 ピクリ、とサラが蠢いた。
 驚き、振り返る海馬の視線の先で、サラはゆっくりと立ち上がる。しばし、ぼんやりと周囲を見渡した後、溜息と共に声を発した。
「……ふう……どうも……私がしっかりと意識を保つには……やはり【青眼の白龍】カードが必要のようだね」
 声質が、違う。
 海馬が感じ取ったのはそれだった。確かに声はサラのものだ。しかし、何か根本的なところが違う。そう、まるで別人が話しているかのような……。
「まさか……成功していたとでも……言うのか……?」
 海馬は花京院が調べ、行き着いたもう一つの事実に思い至る。
 そこに書かれていたのは、常軌を逸した内容だった。オカルトの類といっても差し支えない。
 だから、海馬はその可能性に関しては考えから除外していた。
 しかし、続けて発せられたサラの様に見える何者かから発せられた言葉は、海馬の考えを肯定する事になってしまった。
「やあ、海馬君……久しぶりだね。といっても君に会ったのは、一度きり。君が直接【青眼の白龍】カードを譲って欲しい、と頼みに来た時だったか……」
 随分と落ち着いた声の調子。サラとは違う、穏やかな笑みを浮かべ目の前の人物は、海馬に改めてのあいさつを交わした。
「改めて、こんにちは。私はキラ・ブラウ……君に奪われた大事なモノを取り戻しに来たよ」




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『キラ氏が娘さんに虐待を働いていた、というものですね』
『そうだ。あいつはそんなことができるやつじゃねえよ。気も弱かったしな。確かに嫁さんを早くになくして、娘に関しては過保護なところもあったが……ひどいでっち上げさ』
『……アンデルセン教授は、虐待の事実はなかった、とお考えで?』
『ああ、そうだ。あいつの娘っ子とも会ったが……別段、父親に怯えている様子もなかった。こう見えても人を見る目には自信があってね』


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第8話:歪みの果てに

「自分の娘への……虐待!?」
 モクバは裏返った声で驚愕を口にする。まったくもって、想定の範囲外の事実があったからだ。
「ええ、そうです。マフィアが手に入れたのは、キラ・ブラウ氏が娘の……サラさんへの虐待行為を働いている、その証拠となる、とある論文だったんです」
「そ……それじゃあ……、なんでサラは今、兄サマと戦っているんだ? 言い方は悪いかもしれないけど……結果的に、兄サマはサラを虐待から解放した訳じゃないか?」
 その指摘に、花京院はしばし考え込んでから応える。
「そうですね……これは私なりの憶測なんですが……副社長は多重人格について知っていますか?」
「え、うんまあ……」
 質問を質問で返されて、一瞬戸惑うモクバ。
 モクバも多重人格については少しは知っていた。何せ、自分の兄が最大のライバルと認めた武藤遊戯その人が二重人格だったからである。しかし、瀬人がライバルと認めた方の人格は帰るべき場所があり、今現在この世には存在しないが。
「ああ、決闘王さんの事例はかなり特殊ですよ……。大抵、多重人格というと何らかの心理的な傷を回避するために、今、自分が受けている自体は自分自身が受けている訳ではない、別の誰かが受けているんだ、っていう一種の逃避から生まれることが多いですからね」
 かなり端折った説明ですけど、と花京院は言う。
「多重人格者は、互いの人格を理解していることは少ないんです。つまり、今まで私たちが接してきたサラさんは、虐待の事実を知らない人格の可能性が高いですね」
「そんな……じゃあ、そんなことも知らずに、サラは父親のことが好きで、復讐のためにこんなことを……!?」
 モクバは力なく呟く。やりきれない思いが湧いてきて、どうしようもない。
「実際、その証拠となった論文を一部手に入れましたが……内容はめちゃくちゃですよ。キラ・ブラウという人物が、そうとうキレた奴だということは、十分に分かりましたから……」



「キラ・ブラウ……だと……」
 海馬は驚愕のまま、目の前の人物を見やった。
「ふふ、君の驚いた顔を見れるなんて、あの時は想像もしなかったよ」
 変わらず穏やかな笑みを湛える目の前の人物――サラ・ホワイトの形をしたキラ・ブラウが、くすくすと笑いながら言葉を続ける。
「そういえば、さっき君は『成功していたのか』といったね。その様子では私の研究について知っているのか……」
「……その通りだ」
 花京院が調べた研究資料。それは『多重人格発生のコントロール』というものだった。
 その詳しい方法までは分からなかったが、その内容は常軌を逸していた。
 いわく、特定の方法により発生する別人格をコントロールし、望み通りの人格を発生させるという、眉唾物の、妄言の類に思えるものだったのだ。
「誰もこんなものが成功するとは思わないだろうね……。だが、私は成功した! 現に、今こうして娘と共に生きている!」
 恍惚とした表情と声で、目の前の異形が吠えている。
「屑が……」
 海馬は眉をひそめ、静かに吐き捨てた。
 論文から読み取れたキラ・ブラウの最終目的……それは娘、サラ・ブラウの中に自分自身の人格を発生させる事。こうすれば娘とずっと一緒にいられる。そう考えた歪みの果て。
「ふふん……なんとでもいいたまえ。しかし、君のせいでどうにも苦労する羽目になった……」
 サラ……いや、キラ・ブラウが海馬を静かに睨む。
「君が【青眼の白龍】カードを奪い取ったせいで……自由な人格交代ができなくなってしまったよ。人格発現のトリガーに、そのカードが重要な要因だったというのに……とんだ失態だった」
 はあ、と一つ溜息をつきながら、キラはなおも言葉を続ける。
「加えてサラはどういう勘違いをしたのか、こんな暴走を始めるし……もう見てられなかったよ」
 キラはそう言って後ろの振り返り、巨大なコンピュータを見上げる。ふと、その口元を歪め、楽しそうに言葉を続けた。
「……まあ、このコンピュータを掌握するのは、よい腹いせになるかもしれないね。うまくいけば、【青眼の白龍】を取り戻したうえで、脱出できるかもしれないし」
 目線を海馬に戻し、デュエルディスクを構えなおすキラ。
「さて……ゲームを続けようか。まだ君のターンだが……終了でいいのかな?」
 その問いに、海馬はカードの処理で答えた。
「……カードを1枚伏せ、ターン終了する」


サラ(キラ):LP1900
モンスター:なし
魔法・罠:人造天使、伏せカード1枚
手札:1枚
海馬:LP1400
モンスター:青眼の白龍(功3000)
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:3枚


「さて、私のターンだね……。ドロー。……ふむ、モンスターを守備セット。これでターンを終了しよう」
 キラは守備表示でモンスターを出したのみで、ターンを終了した。
「オレのターン。ドロー!」
 海馬がカードを引く。引き当てたのはレベル4モンスターだった。
「(このモンスターを召喚し、2体の攻撃が通れば……!)手札より、ジェネティック・ワーウルフを召喚!」

【ジェネティック・ワーウルフ】
地/☆4/獣戦士族 ATK2000 DEF100
遺伝子操作により強化された人狼。本来の優しい心は完全に破壊され、
闘う事でしか生きることのできない体になってしまった。その破壊力は計り知れない。


「いくぞ……まずは【青眼の白龍】で守備モンスターを攻撃! ――滅びのバーストストリーム!」
 青眼が輝くブレスを放ち、キラの場の守備モンスターを打ち抜く。
「……残念だったね。私の守備モンスターは【ジェルエンデュオ】。戦闘では破壊されない」

【ジェルエンデュオ】
光/☆4/天使族・効果 ATK1700 DEF0
このカードは戦闘によって破壊されない。
このカードのコントローラーがダメージを受けた時、
フィールド上に表側表示で存在するこのカードを破壊する。
光属性・天使族モンスターを生け贄召喚する場合、
このモンスター1体で2体分の生け贄とすることができる。


 キラの言葉通り、愛らしい見た目をした2体の小さな天使は、青眼のバーストストリームを受けたというのに、平然と飛び回っていた。
 ジェルエンデュオは戦闘破壊耐性を持つ代わり、コントローラーがダメージを受けた際に自壊してしまう特徴を持っている。しかし、海馬の手札にはその手段もなかった。
「……カードを1枚伏せ、ターンを終了する」


サラ(キラ):LP1900
モンスター:ジェルエンデュオ(守0)
魔法・罠:人造天使、伏せカード1枚
手札:1枚
海馬:LP1400
モンスター:青眼の白龍(功3000)、ジェネティック・ワーウルフ(功2000)
魔法・罠:伏せカード2枚
手札:2枚


「さて、私のターンだね。ドロー」
 キラは、引いたカードを見ると、笑みを浮かべた。
「よし、【二重魔法】を発動。手札の【至高の木の実】をコストに君の墓地の魔法カード……【命削りの宝札】を使わせてもらおう!」
 
【二重魔法】通常魔法
手札の魔法カードを1枚捨てる。
相手の墓地から魔法カードを1枚選択し、
自分のカードとして使用する。


 キラの手札が一気に満たされる。
「ふむ……ここはさらにドローするか。手札より魔法カード【マジック・プランター】を発動。【人造天使】をコストに、2枚ドロー!」

【マジック・プランター】通常魔法
自分フィールド上に表側表示で存在する
永続罠カード1枚を墓地に送って発動する。
デッキからカードを2枚ドローする。


「……自ら、パーミッションにおけるコンボパーツを捨てる、か」
 海馬の呟きに、キラは微笑みながら答えを返す。
「そうだね。もはや、君の手をいちいち打ち消す戦法は必要なくなったのさ。ここからは……力で君を打ち倒す! 【ジェルエンデュオ】を生け贄とし、【光神機−轟龍】を召喚!」

光神機(ライトニングギア)‐轟龍】
光/☆8/天使族・効果 ATK2900 DEF1800
このカードは生け贄1体で召喚する事ができる。
この方法で召喚した場合、
このカードはエンドフェイズ時に墓地に送られる。
また、このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が越えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


 小さな双子天使が消え去り、代わりに降り立ったのは巨大な竜を模った、白と金に輝く機械天使だった。
 轟音を響かせながら、敵の白龍に対峙する。
「轟龍は生け贄1体で召喚した場合、エンドフェイズ時に自壊してしまう……。だが、ジェルエンデュオは天使・光属性モンスターの2体分の生け贄にすることができるので、その心配はなくなったのさ」
 得意げに語るキラに、海馬は冷たく反論を返した。
「……だが、攻撃力はこちらの方が上だ」
 海馬の言葉通り、轟龍の攻撃力は2900。かなり高い数値だが、青眼の白龍に僅かに及ばない。
「そうだね……。ならば、その強き者たちに苦痛を与えよう! 永続魔法【強者の苦痛】!」

【強者の苦痛】永続魔法
相手フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスター攻撃力は、
レベル×100ポイントダウンする。


「くっ! これは……!」
 海馬の場のモンスターが途端に苦しみ始めた。その力が大幅にダウンする。

【強者の苦痛】効果適用!
青眼の白龍:ATK3000 → ATK2200
ジェネティック・ワーウルフ:ATK2000 → ATK1600


「ははは! これで【青眼の白龍】も形無しだ! さて、バトルフェイズに突入! いくよ、【光神機‐轟龍】で【青眼の白龍】を攻撃だ!」
「ぐ……う!」

海馬:LP1400 →LP700


「(……なぜ、ジェネティック・ワーウルフを狙わなかったのだ?)」
 海馬は疑問に思った。
確かに青眼は脅威となりうる、強いモンスターだ。しかし、ジェネティック・ワーウルフを倒した場合、ライフを100まで削ることができる。加えて轟龍は守備モンスターを相手にした場合でも、攻撃力さえ上回っていれば戦闘ダメージを与える事のできる貫通攻撃能力を持っている。つまり次のターンにおいて、かなりの確率で海馬にチェックを掛けることができるのだ。
 しかし、次なるキラの一手で、海馬の疑問は氷解した。キラは、このターンで決着をつけるつもりなのだと。
「さらに伏せておいた速攻魔法【光神化】により、手札の【裁きを下す者‐ボルテニス】
をステータスが半分の状態で特殊召喚!」

【光神化】速攻魔法
手札の天使族モンスター1体を特殊召喚する。
このカードで特殊召喚したモンスターは攻撃力が半分になり、
エンドフェイズ時に破壊される。


【光神化】効果適用!
裁きを下す者‐ボルテニス:ATK2800 → ATK1400


「そして……それに対して、手札から速攻魔法【地獄の暴走召喚】発動!」
「くっ……! なるほど、このために青眼を……!」

【地獄の暴走召喚】速攻魔法
相手フィールド上に表側表示モンスターが存在し、自分フィールド上に
攻撃力1500以下のモンスター1体の特殊召喚に成功した時に発動する事ができる。
その特殊召喚したモンスターと同名カードを自分の手札・デッキ・墓地から
全て攻撃表示で特殊召喚する。
相手は相手フィールド上のモンスター1体を選択し、そのモンスターと
同名カードを相手自身の手札・デッキ・墓地から全て特殊召喚する。


 【地獄の暴走召喚】は、コントローラーが攻撃力1500以下のモンスターを特殊召喚した場合に発動可能な速攻魔法。キラの使用したコンボは、上級モンスターである【裁きを下す者−ボルテニス】を【光神化】の効果で攻撃力1500以下の状態で特殊召喚、【地獄の暴走召喚】の発動条件を満たし、【裁きを下す者−ボルテニス】を多数展開するというものである。
 上級モンスターを簡単に並べる事のできる、強力なコンボ。しかし、【地獄の暴走召喚】の効果には続きがある。
 まず、相手の場にモンスターが存在しなければならないこと。加えて、相手はその同名カードを可能な限り場に特殊召喚できること。
 キラはこの効果を警戒して、まず【青眼の白龍】を倒したのだろう。海馬が【青眼の白龍】を3枚デッキに入れていることは有名な話だ。もし、【青眼の白龍】を多数展開されるとなれば、海馬に反撃の猶予を与えることになりかねない。
 その点、【ジェネティック・ワーウルフ】を展開されたとしても、【強者の苦痛】で攻撃力が下がり、加えて元々の守備力が100しかないとなれば、後続の展開にも影響は小さい。キラはそう考えたのだろう。
「このカードの効果により、墓地、デッキからボルテニスを1体ずつ特殊召喚し……」
「待て。それにチェーンし、オレも伏せカードを発動させる。永続罠【正当なる血統】! これにより【青眼の白龍】を蘇生!」

【正当なる血統】永続罠
自分の墓地に存在する通常モンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターがフィールド上に存在しなくなった時、このカードを破壊する。


 海馬も黙って見てはいない。瞬時に伏せカードを発動させ【青眼の白龍】を蘇生する。これで【地獄の暴走召喚】の効果で、青眼を多数展開できるようになった。
「これにより……デッキから2体の青眼を守備表示で特殊召喚する!」
 両者の場に、二つの眩い光が出現する。一方は無機質な紫の機械天使――【裁きを下す者−ボルテニス】。一方は光る体躯の伝説の龍――【青眼の白龍】。
 上級モンスターが幾重も君臨するという、衝撃の光景が実現した。
 だが――。
「ほう……だが、忘れていないかい? ジェネティック・ワーウルフが攻撃表示のままになっているのを!」
 キラが嗤う。その圧倒的な場面の、一点の穴を見据えて。
「さあ行くよ……! ボルテニスで、ジェネティック・ワーウルフを攻撃!」
 ボルテニスが手にした杖を構える。そこに眩い光が急速に収束していった。
「これでチェックだよ、海馬君……。私と、娘の間を邪魔した罰だ。終わりたまえ!!」
 優越の中にも、確かな怒りのこもった言葉と共に、ボルテニスの雷が放たれた。
 その雷は、弱り切ったジェネティック・ワーウルフを容赦なく襲い……その身を粉々に砕いた。



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『そうですか……』
『そうさ。あいつはいい奴だった。気が弱く、人付き合いもそんなによい方ではなかったが……優しい、男だったんだ』
『…………』
『おっと、いかん……湿っぽくなっちまったな』
『いえ……』
『あーー、すまんな、そろそろ時間がヤバい。これでよいか?』
『あ、はい。貴重な時間を割いていただき、ありがとうございました』
『いいってことよ。それじゃ、な』
ガチャン、ツー、ツー……

……ピーッ
『○月×日 ニホンジカン 1:39 ツウワ シュウリョウ デス』


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最終話:敵について

「ハハハハハハ! 終わった! 終わったぞ! これで私とサラの邪魔をする者はいない!」 
 狂ったように笑うキラ。優越に浸った視線のまま、海馬のいた対岸を眺める。そこで、異変に気付いた。
「……む?」

海馬:LP700


「な……に? バカな、確かにジェネティック・ワーウルフは倒したはず……」
 疑問を口にするキラ。沈黙していた海馬が、それに静かに答えた。
「……伏せておいた罠カード、ガード・ブロックを発動した。この効果により、オレへの戦闘ダメージは0になったのだ」

【ガード・ブロック】通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動することができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。


「あくまで、0に出来るにはプレイヤーへの戦闘ダメージだけなので、モンスターを破壊から守ることはできんがな……。さらにもう一つの効果により、カードを1枚ドローする」
 なんでもない様子で、カードを引く海馬。それが、キラの神経を逆撫でする。
「く……ならば、残ったボルテニスで攻撃表示の青眼を攻撃する!」
 残るボルテニスが杖を振るい、雷を放った。強者の苦痛の効果により攻撃力の下がった青眼は、容赦なく打ち砕かれた。

海馬:LP700 →LP100


「カードを1枚伏せる! これでターン終了だ……。こんどこそ引導を渡してやろう!」
 同時に、光神化の効果で特殊召喚されたボルテニスが破壊された。しかし、キラは気にも留めない。――その目に映るのは、憎き敵、海馬瀬人。自分が愛する娘と別れることになった一因を作った男。それを打ち倒すことしか、彼は考えられなくなっていた。


サラ(キラ):LP1900
モンスター:光神機‐轟龍(功2900)、裁きを下す者‐ボルテニス(功2800)×2
魔法・罠:強者の苦痛(永続魔)、伏せカード1枚
手札:1枚
海馬:LP100
モンスター:青眼の白龍(守2500)×2
魔法・罠:なし
手札:3枚


「オレのターン」
 海馬がカードを引く。興奮したキラの様子とは対照的に、どこか平淡な様子で、海馬はカードを使う。
「手札より、【絶対魔法禁止区域】発動。これにより青眼は魔法効果……つまり強者の苦痛から解放される!」

【絶対魔法禁止区域】永続魔法
フィールド上に表側表示で存在する全ての
効果モンスター以外のモンスターは魔法の効果を受けない。


「はははは! そうはいくか! 伏せカードオープン、【マジック・ジャマー】! これで【絶対魔法禁止区域】は無効化される!」
 笑いながら、キラが伏せカードを開く。魔法を打ち消す結界が、マジック・ジャマーによって阻害され、破壊された。

【マジック・ジャマー】カウンター罠
手札を1枚捨てて発動する。
魔法カードの発動を無効にし破壊する


「無駄無駄! これ以上の……邪魔はさせない! 私は敵である君を倒し、娘と共にずっといっしょに過ごす! それこそが……」
「【大嵐】を発動」

【大嵐】通常魔法
フィールド上の魔法、罠カードを全て破壊する。


「な……」
 突如として暴風が巻き起こり、キラの場の【強者の苦痛】を破壊した。呆気にとられるキラを尻目に、海馬は静かに、だが強い口調で言葉を言い放つ。
「キラ・ブラウ……。貴様は二つの勘違いをしている。一つは、貴様はオレの敵ではないということだ」
「な、なんだと!?」
 激昂するキラ。海馬は気にすることなく言葉を続ける。
「オレの敵は、今まで戦っていたサラだ。……そうだろう? 死んだお前は、もう終わってしまった者だ。敵となりうるのは、今生きている者だけだ」
「こざかしい! 屁理屈を……」
「サラ!」
 突如、海馬が声を発する。あまりにも大きな声が、空洞の中にこだまする。
「そのままでいいのか、サラ! 父親の闇に囚われたままで……貴様に、この青眼の光が受け止められるか! 心の牢獄で……輝き誇れるか!!」
「何を……!!」
 ――ドクン。その海馬の言葉が終わった瞬間。キラの中で、渦巻く一つの意思が、目を覚ました。
「(かいば……せと……)」
「……! サラ!? なんだ、どうしたと言うんだ!?」
「(せとさま……わたしの……てき……)」
「サラ! いいんだ、出てこなくて! こんな奴は、私が倒す! 私こそが、お前を愛する事のできる、唯一の……」

「そして、もう一つの勘違い……。それは、決闘においても、お前はオレの敵ではないということだ」

 海馬がもう一度静かに告げる。焦っていたキラは、思わず海馬の方に視線を戻した。
「先ほどの【マジック・ジャマー】発動により、伏せカードの脅威は消え、お前の手札も尽きた……。それで、オレの攻撃をしのげる気か?」
「ぐ……、だが、こちらの場にはまだ上級モンスターが3体いる! 青眼にパワーでかなわなくとも……!」
 意気地になって言い返すキラに、海馬は冷酷に宣告する――自らの勝利の一手を。
「ならば……いくぞ! 【思い出のブランコ】を発動し、【青眼の白龍】を蘇生!」

【思い出のブランコ】通常魔法
自分の墓地に存在する通常モンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターはこのターンのエンドフェイズに破壊される。


「さらに、守備表示状態の2体の青眼を攻撃表示に変更し……バトルを仕掛ける!」
 3体の青眼が、牙をむく。龍を象った機械天使と、裁きの執行者たる機械天使に向かって、その力を誇示するように。
「行け、青眼! 轟龍と、ボルテニスを粉砕せよ! 滅びのバーストストリーム!」
まずは一体目。青眼の輝くブレスが、轟龍を打ち砕く。
「があ……!! お、おのれ……! こんなところで……!!」

サラ(キラ):LP1900 →LP1800


 続けてニ体目の攻撃。ボルテニスの内、一体が光に飲みこまれ、消えていく。
「くおお……! サラ……! サラは……私の……!!」

サラ(キラ):LP1800 →LP1600


 なおも攻撃は続く。三体目の青眼が、もう一体のボルテニスを打ち倒した。
「あ……。あ……」

サラ(キラ):LP1600 →LP1400


 そして、三体の青眼の攻撃は終わった。キラ率いる大型天使達は、青眼に全て倒された。
砕かれた機械天使たちの光の粒子が舞う中、銀髪の女性がゆっくりと、顔を上げる。
「瀬人……様……」
 声質が、先ほどまでとは変わっていた。海馬は瞬時に理解した。今話しているのは、キラではなく、サラだと。
「私は……私……は……」
「…………」
「私は……まだ……負けていません……あなた……に……」
「……そうだ……な」
 挑発めいたセリフ。しかし、海馬はなぜだか悪い気はしなかった。サラと、話すことができた。話すことができる。
「く……あ……」
 だが、サラが再び頭を抱える。またしても、あの男の声が、彼女の口から漏れ出した。
「あああああ……サラ……サラ……愛しいサラ……私は……ずっと……一緒にいるんだ! あああああ……サラ……サラ……」
「……速攻魔法【瞬間融合】を発動する! これにより……【青眼の白龍】3体を融合!」

【瞬間融合】速攻魔法
自分フィールド上から、融合モンスターカードによって決められた
モンスターを墓地に送り、その融合モンスター1体を
融合デッキから特殊召喚する。
ターン終了時、この効果で特殊召喚したモンスターは
融合デッキに戻る。


 海馬は、容赦なく残っていた魔法カードを発動した。その心中には、怒りに似た感情があった。
――勝負の途中で邪魔をするな。彼女とオレの間で……邪魔をするな!
「いでよ……【青眼の究極竜】!」

【青眼の究極竜】
光/☆12/ドラゴン族 ATK4500 DEF3800
「青眼の白龍」+「青眼の白龍」+「青眼の白龍」
  
 


 三体の青眼が束ねられ、鋭いフォルムの三つ首の竜になる。海馬の持つ、青眼の極限の姿――【青眼の究極竜】が、その気高き姿を現わせた。
「【青眼の究極竜】の攻撃!」
 三つの口腔から光があふれだし、一つの巨大な光球となる。それは、海馬の攻撃宣言と共に、凄まじい光の奔流となった。
「……アルティメット・バースト!」
 光が迸る。
暗がりの中で、究極竜の放ったその圧倒的な光が、闇を消し去り、辺りを光で満たしていく。
そして、その光が、サラを包み込むように、キラを浄化するかのように――海馬の『敵』を、打ち抜いた。

サラ(キラ):LP1400 →LP0


「あ……う……」
「!?」
 光が収まった後、サラがふらり、と体勢を崩す。意識がはっきりとしていないようだ。
「いかん! このままでは……!」
 サラの目の前には、暗がりの穴が広がっている。辺りが暗いとはいえ、底が見えないほどの穴だ。落ちてしまえばただでは済まない。
その時、海馬の服の襟元に付けられたKCの社章型の小型通信機から、モクバの通信が入った。
『やったよ、兄サマ! コンピュータのコントロールを取り戻した!』
 その言葉を証明するように、海馬の目の前で対岸に渡るための橋が、起動音を立てながら伸び出した。
 どうやら、コントロールが戻ったことで海馬が行った操作を遅れて受け付けたらしい。
「(間に合え……!)」
 海馬が伸びてゆく橋の上を走る。だが、サラはなおもふらふらと頼りない足取りで、少しずつ暗がりに近づいていく。
「(だめだ、間に合わん……!)」
 橋が伸びるスピードが足りない。このままでは、サラが落ちてしまう。

――いえ……、私も、海馬様の話を聞けて、よかったです

「……おおおお!」
 海馬は跳んだ。まだ伸び切らない橋の端から思い切り跳躍し、サラの元へと跳んだ。
 そのまま、足取りの覚束ない彼女を抱きとめ……対岸に着地する。
「……サラ!」
 海馬は呼び掛ける。胸元の彼女に。
 サラは、目を閉じていた。彼女の持つ、吸い込まれそうな蒼い瞳を、海馬が観ることはかなわなかった。
 ただ、白く滑らかな肌と、乱れてもなお、流れるような銀髪が、まるで淡い光を放っているように、そこにあるだけだった。
「サラ……」
 海馬の呼びかけは虚空に消える。彼女が応えることは……なかった。


● ● ●


 数日後。
 海馬ランドのリニューアルは滞りなく行われた。
 サラの妨害など、なかったかのように。
 少なくない傷を全て覆い隠して、華やかな催しが行われていた。
「うひー、当日は当日で忙しいもんですねーー。だめです、翠ちゃんはちょっと休憩……」
 スタッフたちも、この祭典を成功させるべく動き回っている。
 この二人とて、例外ではない。
「花京院、サボるな! ……と、言いたいところだけど、流石にオレも疲れたぜ……少し休むか……」
 モクバと翠が、隣り合って椅子に座りこむ。二人が居るのは、海馬ランド近くのビルの一室だ。そこには無数のコンピュータモニタが並んでいる。
 海馬ランドの施設の調整を行うためのコンピュータルームだ。
「……あー、しかし、今日を乗り切れば、明日は少しは楽になりますねー」
「……そうだなー」
 二人して、あまり回ってない頭から、言葉を垂れ流す。
 ふと、そこで翠が思い出すように話題を変えた。
「そーいや、社長のスケジュールは一足先に少し、余裕ができたんでしたよね」
「ああ、確かそのはずだな……」
「今頃、あそこにいってるんですかねー」
「……」
 翠の言うあそこ。モクバにしても、ぴんと来た。
「なあ、花京院……なんで、キラ・ブラウは……サラに虐待を働いたりしたのかな……。聞き込みをした結果、そんな人物像では、なかったんだろ?」
 モクバが、アルカトラズのPCルームで聞いた、翠の話を思い出す。それに翠はちょっと困った顔で答えた。
「そんなの、本人じゃあるまいし分かりませんよ……。治らない病気を抱え込んで、変わってしまったか……あるいは、元からの彼の性質を、キラの友人達が見抜けなかっただけ、とも思えますけど……」
「そうか……」
 モクバはその言葉を聞いて目を閉じる。今はもう、喋らない、彼女の姿を思い浮かべて。
「……また、サラさんの事を考えてますね、ムッツリ副社長♪」
「はっ倒すぞ」
 キャー、怖ーい、とか言いながらふざけ始めた翠を一瞥し、モクバは一つ溜息をつく。
「(ま……、こいつなりに慰めてくれようと、してくれたのかな……)」
「む、今、副社長のデレの気配を感じましたよ! なんですか、ショタ展開フラグとかですか!?」
「お前、自重って言葉覚えろよ」
 頭が痛くなるのが玉に屑だが、と思いながら、モクバはもう一つ溜息をもらした。


● ● ●


 海馬瀬人は、KCお抱えの病院に来ていた。
 とある一室に来ると、その中に歩を進める。
 そこには、真っ白なベッドの上でサラ・ホワイトが眠りについていた。
 あの一連の事件の後、サラは意識を失った。
 医者に診せても原因は不明。
 キラ・ブラウに施された処置が原因なのか、それともあの海馬との決闘が原因なのか。
 いつ目覚めるのか、そもそも目覚めるのかどうかさえ、分からないとの事だった。
「サラ……」
 海馬は、横たわったままの彼女に呟きを漏らす。当然、彼女から帰ってくる言葉はない。
 思えば、サラがひた隠しにしてきた、海馬に向ける敵意を知ったのもアルカトラズの最深部での邂逅が最初である。
 そこでの戦いも、キラ・ブラウという闖入者のお陰で、決着はつかずじまいだ。
 そう、海馬にとって、彼女との対峙は終わっていなかった。
 もっと、彼女と語り合いたい。このまま、終わるのだけは我慢ならない。
 海馬はその気持ちが何なのか、うまく説明できない。
 だが、これだけは言えた。
 彼女に、また、逢いたい。
「早く目覚めろ……サラ。お前の敵は……ここにいるぞ」
 その言葉を彼女の傍らに残し、海馬は踵を返した。
 仕事はまだ残っている。自身の描いた未来へのロードは果てしなく続くのだ。
 そしてその道程の中で……彼女との再会を信じて。
 海馬瀬人は、歩み始めた。


〜終〜





※冒頭の詩は、茨木のり子作『敵について』より引用させていただきました。










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