闇を制する者

製作者:スパートさん






春が来た。
小鳥はさえずり、木々は生き生きとしている。
大きな城があり、その下でせっせと人々が働いている。
人々は皆、平和な世の中を感謝するように笑っていた。
それは、平和な国そのものだった。
しかし、城中では、ある異変が起きていた・・・。

「ふぅ・・・。」
1人の男が、宮廷でため息をついていた。
彼の名はフリード。無敗将軍と呼ばれる英雄である。

昔、彼は各地を放浪し、悪と闘う、いわば『勇者』だった。
その力を国王に買われ、今ではこうして、将軍となり、国を守るために戦っている。

「将軍。何を悩んでいるのですか?」
体格の良い男が、フリードに声をかけた。彼の名はクレイン。
彼は、フリード直属の精鋭部隊の隊長である。

彼は、どんな時でも先陣を切って敵の集団へと突っ込んでいく男だった。
しかし、それでも必ず彼は勝利を収めて帰ってくる。
そんな彼のことを、皆は親しみを込め、『切り込み隊長』と呼んでいる。

彼はそう呼ばれても内心悪い気はしていなかった。
実際、彼は好きで先陣を切っているのだ。
ただ、そのため、怪我をして帰ってくることは本当に多いのだが・・・。

声を掛けられたフリードは、クレインの方に向き直したが、口をつぐみ、話そうとはしなかった。

クレインはそれを不思議に思い、少し語調を強め、問いかけ直した。
「将軍。そこまで重大な事なのでしょうか。しかし、黙っておられては何も分かりません。どうか、話してください。」

フリードも、クレインにそこまで言われてはしょうがないと思い、ゆっくりと話し出した。
「しかたがない。だが、この話を聞いて驚かないでもらいたい。」

クレインは頷き、急かすようにフリードを見た。

「むう・・・。実はな・・・。冥界の魔王が蘇ったらしいのだ・・・。」
クレインにとっては、耳を疑うような言葉だった。

冥界の魔王――あのハ・デスが?





忘れもしない。あの戦いは。

半年ほど前だろうか。
平和に過ごしていたこの国に魔王の魔の手が伸びたのは。
何故冥界の魔王とあろうものがこんなちっぽけな国を狙ったのかは分からない。
しかし、この国に何かがあるのは明瞭だった。
魔王は、ありとあらゆる手段を使ってこの国を滅ぼそうとした。

魔王の力は強大だった。
政治は混乱し、国民の数は一挙に減少した。
殺された者、さらわれた者、そして、魔王の部下にされた者・・・。
この国は、まさに滅びようとしていた。

それならば、何故、魔王は敗れたのか。
それは、クレインとある一人の男の活躍無しでは有り得ない事だった。

魔王には、ガガギゴという1部下がいた。
元は、彼は国の兵士だった。だが、彼はさらわれ、部下にされてしまったのだ。

彼は曲がった事が大嫌いで、よく言えば、忠誠心の塊、悪く言えば、融通の利かない頑固者だった。
そのためか、次第に魔王は彼を煙たがるようになった。

ある時、魔王の部下が、クレインを罠にはめようとした時、彼は激しく反対した。
それが引き金となり、ガガギゴの処分は決定された。

何度目かの交戦の時、ガガギゴは、魔王軍の兵器、波動キャノンの巻き添えにされたのだ。

しかし、ガガギゴは怪我一つ無かった。
彼の目の前には、背中に傷を負い、崩れ落ちるクレインの姿があった。

(ナゼ・・・?)

ガガギゴの中で、何かが変わった。

彼は、一目散に魔王の元へと戻っていった。

普段、魔王は、めったに部下を近くに置かない。
彼がワインを悠悠と飲んでいる時、伝令が飛び込んできた。
魔王は、ガガギゴを始末し損ねたと聞いて、内心舌打ちした。
(あの邪魔者には、早々に消えてもらわねばならん・・・)
そんな事を考えているうちに、ガガギゴが帰還した。

「何故貴様は、のめのめと帰ってきたのだ?」
ハ・デスは意地悪く笑いながら聞いた。
「ハ・デス様・・・。ソれよリ、なゼ、ワタシを殺ソうとしたのですカ?」
ガガギゴは魔王の表情など気にせずにそう言った。
魔王の表情が醜く歪んだ。

ガガギゴは、魔王の方へとゆっくりと向かって行く。
魔王は、鬼気迫る彼の姿を見ても全くたじろぎはしなかった。
醜く歪んだ顔は始めの意地悪い顔に戻っていた。

「アナタは・・・。ワタシを殺ソうとし、波動キャノンをウッた・・・。違イますカ?」
ガガギゴは、そう言いながらなおもハ・デスに近づいている。
さすがの魔王も、少し気味が悪くなった。だが、まだ余裕はあった。
「フハハハ・・・。だから何だと言うんだ?貴様のような役立たずは、猿共と消えてしまったほうが冥界の為だわ!」

その言葉を聞いたガガギゴは、自分の腹を突き刺し、中から眩しく輝く光を取り出した。
その瞬間、魔王の顔は驚愕に引きつった。
「ま、まさか貴様・・・!?」
「わ・・・タシは・・・オウ・・・コク・・・の・・へい・・・し・・」
しゃべる事もままならぬガガギゴだが、その顔には怒気が満ちている。

一瞬、光がはじけたかと思うと、そこには何もかも無くなっていた。
あったのは、安っぽいワインのグラスだけだった。





魔王の消滅を知ったモンスター達は、一目散へとどこかへ逃げていった。

ガガギゴは、切り込み隊長の進言により、国葬とされた(ただ、ガガギゴの遺体自体は無かったが)。
また、クレインも、功績を買われ、一兵士から、フリードの側近部隊の隊長に任命されたのである。


―――魔王は、完全に消滅したのではないのか?
クレインは、力が抜けていくような気がした。
「その証拠に、最近、辺境でモンスターが暴れているという噂を聞いた・・・。」
フリードの言う事は事実だった。
魔王は、じっくりとこの国を潰そうとしているのだろう。

「ええ、全くですよ。困ったもんですなぁ。」
ある一人の男の声が、宮殿内に響いた。
「ジェノアか・・・。声の一つでもかけてもらいたいもんだが・・・。」
フリードの声に、男はニタリと笑う。
その男の名はジェノアという。
『辺境の大賢者』と呼ばれる、偉大な賢者である。
ただ、普段はそうとは思えぬ言動ばかりなのだが・・・。

「何か対策は立てられたかの?」
ジェノアは何気なくそう聞く。
「イヤ、まだだ。前と同じような、白兵戦にはしたくない。死者も出る。」
クレインは、フリードが口を開いたその矢先にそう言った。
自分が前線で戦っている分、そのようなことは人一倍分かっているのだろう。
「そうか・・・。」
ジェノアは下を向いた。
その顔には、微笑の表情が浮かんでいた。

「全く。国の守備部隊もだらけておる。ワシの家まで襲われたぞ。まぁ、ちょちょいとひねってやったがの、ハハハ。」
ジェノアの言動はいつもこんなものである。不謹慎と言えば不謹慎なのだが。
「笑い事では有りませんぞ。モンスターが現れたと言う事は、魔王が復活したということではないのですか!?」
クレインが、語調を荒めて言う。叫ぶと言った方が近い。
「ハハハハ。まぁそういきり立つな。ワシだって手段は考えておるよ。では、失礼する。」
ジェノアはそう言い、すぐに席を立ってしまった。

「何しに来たんじゃ・・・?」
フリードとジェノアは、長年の親友である。
久しぶりに会ったと言うのに、あのそっけない態度である。
フリードは、少しいかめしく思った。

「ハハハハ・・・。宮殿内の奴等も随分なまっていな・・・。ワシ・・・いや、ワタシの正体に気付かないとは・・・。」
ジェノアは、怪しく笑う。
「もう、こんなジジイの身体に用は無い!」
そう言うか否か、ジェノアの身体はあっという間に燃えていった。
燃え盛る炎の中に、怪しげな笑いが響く・・・。

炎が収まった頃、中から現れたのは、紛れも無い、『魔人』であった。





「全く、辺境にはモンスターがちらほらと出没していると言うのに、ジェノアは何処へ行ったのだ・・・。」
フリードは、そんな事を呟いていた。

ジェノアがいなくなってから、随分月日が経つ。
彼がいなくなるのはしょっちゅうの事なのだが、それにしては、あまりにも月日が長い。
あの日見せた、ジェノアの不可思議な態度を、フリードは少し、疑問に思っていた。

「ジェノア殿に何かあられたのでは?ここは、少々大儀ですが、部隊を派遣してみては・・・?」
それを聞いたクレインは、こう提案した。
「うむ・・・。仕方が無い。そうするとしよう。」
長年の親友が長らく姿を見せないのだ。フリードの表情は、幾らか沈んでいた。

派遣される部隊の隊長を務めるのは、ダイ・グレファーという戦士である。
彼は、『龍の戦士』という称号をつけられている。
それが何を意味するのか、また、何故つけられたのかを知っている者は少ない。

彼が率いる部隊は、お世辞にも、優秀な部隊とはいえなかった。
偵察するだけなのだから大丈夫だろう、とフリードが思ったのかもしれない。
その部隊は、国内でも選りすぐられた『ならず者』が集まる部隊だった。
彼らは、仲間内での団結力は高く、力を出せば強力なのだが、普段の彼らはそんな事を微塵も感じさせない、怠けてばかりの部隊だった。
大抵の部隊長は、彼らに手を焼くのだが、彼らは、ダイ・グレファーには一目置いていた。
ダイ・グレファーの熱心さと、忠実さに、何か感じるものがあったのだろうか。

部隊は、そんなに日にちもかからずに、ジェノアの家に到着した。辺境とはいえ、あまりこの国は大きくないので、急げば、4、5日で着いてしまうのだ。

「たいちょー、かったりぃーっすよ。大体、こんなオンボロ小屋に来て何しろっつーんすか?」
部隊の内、数人から、こんな文句が漏れる。
「我慢しろ、お前達。これは勅命だぞ。」
ダイ・グレファーは、手馴れたように彼らを馴らしつける。
「ちぇー。大体、隊長は忠実すぎるんだよな。こんな任務、適当に終わらせて、『じぇのあさんはぶじでした。』とでも言っときゃいいのにな。」
目付きの悪い男、スフィアが嘆くように言った。
ダイ・グレファーは苦笑し、
「いいじゃないか。それに、ジェノア様は、料理が上手だと聞く。お前達の功をねぎらって、ご馳走してくれるかもしれないぞ。」
それを聞いたスフィアの目はパッと輝き、
「そりゃあいい。早く家ん中入って、ご馳走いただきましょうや。」
と、まるで豹変したかのように言った。

それを聞きながら、ダイ・グレファーは、家の戸を叩いた。
しかし、返事の代わりに返ってきたものは、不気味な笑い声だった。

「貴様、ジェノア様ではないな・・・。」
ダイ・グレファーの柔和な表情は、一転して、張り詰めた表情へと変わっていた。

「ようこそ。『魔人』の家へ。恐怖をご馳走いたしましょうか?」
怪しげな声が辺りに響いた。
その瞬間、ダイ・グレファーの体は、赤黒い炎に包まれていた。

「ぐあっ・・・!」
ダイ・グレファーの苦しげな声が木霊する。
「たっ、隊長!」
ならず者達は、どうしていいかわからず、ただそう言うだけだった。
「お前達・・・。逃げろ・・・!」
そう言ったかと思うと、ダイ・グレファーの姿は、炎とともに消えていった。
いつの間にか、『魔人』の姿も消えていた。

「くっそー!隊長が!!」
「どうすりゃいいんだよ!隊長は何処へ行ったんだ!?」
「た、隊長は死んじまったのか!?」
ならず者達が、口々に騒ぐ。

「てめえら、黙れ!」
スフィアの一喝に、皆が黙る。
「まず、俺たちは、全速力で国に帰り、このことを報告するんだ。俺たちが騒いだって、どうにもならねぇ。」
スフィアの冷静な口調に、少しずつ、皆も冷静になっていった。

「よし、4日も5日もかけてらんねぇ。2日で行くぞ!」





「―――遅い。まさか、ダイ・グレファー殿にまで何かあられたのでは?」
クレインは、不安そうに呟く。

偵察部隊が出発してからそう時間は経っていない。
だが、フリードは、向こうへ着いたらすぐに早馬を出すよう、ダイ・グレファーに命令しておいたのだ。
早馬は、もうとっくに着いていても良い位なのだ。

独り言を言っていたクレインの元に、騒がしい声が聞こえた。
「だから!たいちょ、いや、ダイ・グレファー様が危ないんだよ!通せっつーの!!」
そう喚きたてているのは、ならず者達のリーダー格、スフィアである。
「いかん!許可も無しに!そもそも、ダイ・グレファー様の部下ならば、何故そんなにみずぼらしい格好をしているのだ!」
門の番兵が叫ぶ(余談だが、この番兵は、『強引な番兵』と呼ばれている)。
「うっせーな!急いで帰ってきたっていってんだろ!さっさと通せ!」
スフィアは必死にまくし立てる。
「フン。どうせ浮浪者が飯にありつこうって魂胆だろう。さっさと消えろ!」
その言葉に、スフィアの顔は真っ赤になった。
「テメ・・・!」

「やめろ。彼らは本当にダイ・グレファー殿の部下だ。」
クレインが番兵の後ろから声をかけた。
「ハ・・・そうでありましたか・・・。てっきり私は・・・。」
あの強気な番兵の態度は一変し、途端にうなだれた。
「ヘッ!バーカが!お前に門番の資格はねえ!」
スフィアは心底嬉しそうに番兵を罵った。
番兵はますますうなだれた。

「スフィア。そこまでだ。何があったか話してはくれないか?」
クレインが真面目な顔で聞く。
「そうだった!クレインさん、あのな、隊長が――」


とある部屋に、一人の老人が立っていた。
その視線の先にいる者は、ダイ・グレファーだった。





「ん・・・。ここは・・・?」
ダイ・グレファーはベッドの上で目を覚ました。
しかし、彼の両手両足は縛られている。
「ホッホッホ・・・。目が覚めたかな?」
老人の甲高い声が響く。

彼は、グールという名の科学者である。
彼は、名の知れた科学者で、王国の科学者として、名を知られていた。
しかし、過激すぎる実験を行い始め、次第に、フリード達と対立していった。
その後、彼は姿を消したが、その消息を知るものはいなかった。

「貴様・・・グール!俺に何をする気だ!」
ダイ・グレファーがまくし立てる。
「ホッホッホ・・・。ちょいと我が主からの命令が下っての・・・。お主をモルモットにさせてもらうぞ。」
甲高い笑い声を発しながら、グールが話す。
「何だと!?貴様、まさかハ・デスの下に!?」
「いーやいや・・・。もーっと偉大な方じゃよ。ハ・デスも今ではその方の下についておる・・・。」
「な・・・!?」
ダイ・グレファーは焦りを感じ、体を動かそうとする。
(この場から逃げ、国に報告せねば・・・!)
だが、頑丈な縄で幾重にも縛られていては、いくら戦士であろうと、動けるはずは無い。
「ホーッホッホッホ・・・。無理じゃ無理じゃ。諦めるが良い。――では、実験を始めるとするかの。」
そう言ったかと思うと、グールは、一匹の悪魔を連れてきた。
「さーて。始めるかの。それでは頼むぞ、ビショップよ。」
彼が連れてきた悪魔は、ダークビショップだった。
その姿は何とも形容しがたいものだった。
マントを羽織り、髑髏の杖を持ち、眼は赤く光っている。
「ふふふ・・・。これが始めての実験か・・・。どれだけ実用に適するか、だな・・・。」
ダークビショップは、流暢に人語を喋りだした。
(!!)
ダイ・グレファーは、その事に驚かずはいられなかった。
比較的知能の低いデーモンが、よもや人語を喋るとは思わなかったからだ。
「貴様・・・。何をするつもりだ・・・。」
「ふふ・・・。貴様に少し『堕落』してもらうだけさ・・・。」
そう言うと、ダークビショップは、杖を構え、何やら呪文を唱え始めた。
その瞬間、ダイ・グレファーの体は燃えるような熱を発した。

続く...





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