no cross. no shine

製作者:ぶらっくさん




※これは原作終了1年後を舞台とした、作者の意思で勝手に作られた2次小説です。
基本的には原作メインでこの小説はつくられていますが、失礼ながらデュエルのルール及びカードの効果はOCGとさせていただきます。
尚、これはド素人の書いたものという事は常に意識しておいた方がよろしいと思われます;






  
暗い部屋だった
しかし何処からか差し込む僅かな光で、真っ暗ではなかった
そこに男、と言うよりかは少年が一人
近くには女性が二人
少年は数歩進み、椅子に腰掛け
口を開いた
「さぁ、始めようか」



序章 「昇りゆく月と落ちゆく太陽」


ザザァ・・・・・

雨が強く降る
とある店、一つの部屋
憂鬱になりそうな大きな雨音が部屋に響き渡っているのにも関わらず、その部屋に居る少年達は明るい声で騒いでいた
「オラァ!『ロケット戦士』召喚だぜ!!」
中でも人一倍大きな声で騒いでいるこの活発そうな金髪の少年の名は城之内克也といい、一応はデュエリスト王国では準優勝、バトルシティでは第4位という好成績を残している
これだけ聞くといかにも強そうなデュエリストのようだ・・・が、
「なら私は罠カード『落とし穴』発動!これでロケット戦士を破壊するわ!」
「な・・・何ィ!?オレのロケット戦士がああっ!!」
が、何故か大会以外では並、またはそれ以下のデュエリストに負けることもある
現に、今城之内がデュエルしている茶髪で明るそうな相手の女の子、真崎杏子もあまり大きな大会にも参加しておらず、かといって仲間内では強いのかというとそう言う訳でもない、決して特に強いデュエリストではないのだ。でも
「くそーもう通常召喚はしちまったし・・・あ゛―ーーっ何も出来ねェ!負けたーーー!!!」
「これで私の2連勝ね〜♪」
ということになる
「ったく、本っ当に何でもねーときにデュエルすっと誰にでも負けるな城之内は!」
2度も杏子に負けた城之内を茶化すように角刈りの少年、本田ヒロトが言う
「いや、前に比べたらまだ良かったと思うよ。最後にロケット戦士が攻撃できてたら城之内君が勝ってただろうし」
本田とは逆にフォローの言葉をかけるこのまるでヒトデのような髪型と、他の少年達に比べると体の小さいどこか気弱そうな少年は武藤遊戯というデュエリスト王国、バトルシティなど、両方の大きな大会に優勝した強者である
「くぅぅ、遊戯だけは分かってくれるかぁ!そうだよな、そうだ!あのとき上手くいってればオレの勝ちだったのによォ!杏子が偶然、タイミング良く、奇跡的に落とし穴なんて伏せてやがったんだもんなあ!!」
さすがに、調子に乗って言った城之内の言葉に遊戯は苦笑だけした
「ちょっとぉ!それじゃまるで私が偶然で勝ったみたいじゃない!!」
すかさず杏子が城之内に抗議の声をあげた
「へっへ〜ん、偶然でなきゃこのオレ様が杏子なんかに負けるわきゃねーだろ!」
「ふ〜ん?あ、そういえば私とデュエルする前に本田とデュエルしてけど・・・そんときも言ってなかった?そのセリフ?」
う。と城之内は言葉に詰まる
「そうそうオレの時も負けたとたんに『偶然だ』つってたよな〜」
本田も混じる
「よ〜くそんなに『偶然』が起こるわね〜♪」
2人はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら言葉に詰まった城之内にさらにたたみかけた
城之内はなかなか返す言葉が見つからず、しかたなく城之内はくるりと遊戯の方を向き
「ゆ・・・遊戯ぃ〜お前だけはオレの仲間だよな〜?」
と、情けない声を出すしかなかった
突然声をかけられた遊戯は一瞬戸惑い、少し考えてから控えめに言った
「え、えぇ〜とぉ、さすがに、さっきみたいな言い方はちょっと・・・やっぱり杏子だってモンスター召喚を読んでたと思うし・・・」
杏子たちは遊戯の言葉に、どうだと言わんばかりにニヤついた顔を城之内に向けた
遊戯に思っていたようなフォローをかけてもらえなかった城之内は、しばらく呆然としていたが・・・
「くっそォ〜〜!何だよテメェら!オレのどこが悪いってんだーーーーー!!!」
・・・逆ギレした
「ちょっ・・・城之内君!?」
遊戯は城之内が暴れださないように止めに入った
「もういーかげんにしなさいよ!」
「今度は逆ギレかよ城之内〜!」
「うっせェ〜〜〜!オレ様はな、王国では準優勝!バトルシティでは第4位にまで登りつめたデュエリストなんだぜ!それが杏子たちに負けるなんて偶然でしかありえねェんだよっ!!」
今にも暴れだしそうな城之内に、遊戯はこんな言葉をかけた
「そうだよねっ!たとえ海馬君に『負け犬』とか『馬の骨』とかって呼ばれてても城之内君は強いもんねっ!!」
きっと、なだめるつもりで言ったのだろうが、城之内には遊戯までも自分をからかっているようにしか聞こえなかった
しばしの微妙な沈黙の後、城之内は遊戯に顔を向ける
「遊〜戯ぃ〜!お前までオレをからかいやがってーーーー!!!」
「ぇえっ!?ボクはからかうつもりなんて・・・」
「だーれが『負け犬』だーーーー!!!」
「トラウマね・・・・・」
「よっぽど効いてたんだな・・・・・」
ついに暴れだした城之内と、それを必死に止めようとする遊戯、そして呆れる2人――
いつもの光景、いつもの会話
これはきっと、このあとずっと、いつになっても変わらないだろうと
おそらく3人はそう思っていただろう
でも、遊戯は違った


遊戯には昔『もう一人のボク』という存在がいた
『もう一人のボク』は遊戯と同じ体を共有していた名は『アテム』という『千年パズル』に封印されていた古代エジプトの王の魂だった
アテムは1年前、『闘いの儀』において冥界に還るまでの間、遊戯や城之内たちと共にいた
そして闘いの儀、遊戯はアテムに勝利した
闘いの儀においての勝利・・・それは遊戯たちにとって、悲しい勝利といえただろう
ものすごく長い間共に居たわけではない
遊戯たちとアテムが共に居た時間はおそらく1年もないだろう
だとしても、遊戯たちとアテムの間にはお互いを親友と呼べるほどの絆があった
その深い絆故に、この勝利は皆が悲しむ結果となった
中でも遊戯は誰よりも長くアテムと共に居た分、誰よりも多くの悲しみを感じた
悲しみは遊戯を大きく成長させたと同時に、いつ、誰が居なくなってしまうか分からないという恐怖心を憶えてしまった
だから―――
今、笑顔で仲間と共に語り合っていられる喜びと
明日、誰かが居なくなってしまうかもしれないという恐怖
どうしてこんなことを考えてしまうのだろう
ボクはそんなにも弱い人間なのだろうか
こんな思いをするのならばいっそ――――
――――違う、そんなことない
だからそんなことを考えるな、ボク
ボクは、ボクは、ボクは――――
恐怖を感じては何度も何度も同じ事を自問自答する
それは、その日以来絶える事はなかった


「あーもー!黙れ黙れ!!こうなりゃ・・・遊戯!!」
「な・・・何!?」
城之内はしばらく杏子たちと口論をしていたが、杏子たちと自分では口では勝てないと察したからか、再び遊戯に声をかける
「オレとデュエルしろ!」
「ぇえ!?」
論より証拠、と言ったところだろうか。城之内は今まで一度だって勝った事のない相手、遊戯にデュエルを申し込んだ
「またどうせ負けるんだろ〜?」
「いーや!ぜってー今日は勝つ!覚悟しろ遊戯ぃ!!」
そう言って城之内は自分のデッキを遊戯に向かってつきつけた
「えっええ!?」
「そこにデッキあんじゃん!早くやろーぜ遊戯!!」
城之内は遊戯の机の上に置いてあったデッキを見つけると、それを遊戯に渡した
遊戯は一応デッキを受け取ったが、困った顔をしていた
実はこのデッキ、まだ調整中でまともにデュエルができるデッキではないのだ
「おいどーしたんだよ遊戯ぃ?早くしよーぜ?」
無論そんなこと知らない城之内は早く早くと遊戯をせかす
遊戯も、デュエルはしたいのだがまともにデュエルのできるデッキが今のところ全く無く、どうしようかと考えていた
その間も城之内はせかしてくる
遊戯があわあわしていると、そこに救いの音が響いた

ピシャーーーーン!!!ゴロゴロゴロ・・・

「きゃぁっ!」
杏が短い悲鳴を上げた
遊戯もかみなりは苦手なのだが、今回だけは恐く感じなかった。なぜなら・・・
「ホラ!もうだいぶ遅いし、雨がこれ以上強くならないうちに早く帰ったほうがいいよ!」
そう、これを理由に城之内から逃げることができるからだ
皆は外を見る

ザァッ!ザザァッ!

さっきよりも明らかに雨は強くなっている
「ホント・・・凄い雨・・・・・」
杏子がぽつりと、嫌そうに言った
「そうだな・・・じゃあそろそろ帰るか」
本田が言うと、それまで外を眺めていた杏子がすぐに同意した
が、城之内は帰ろうかどうか悩んでいた
しかし、これ以上雨が強くなったらずぶ濡れになるのは目に見えている。
よっぽど遊戯とデュエルしたかったらしい、城之内はたっぷり悩んだ後、やはりずぶ濡れにはなりたくないらしく、結局もう帰ることにした
「しょうがねえな・・・じゃあな遊戯!このデュエルはまた次なー!!」
「また明日ね!」
「じゃあなー!」
口々にそう言い、一階の店のドアをくぐる
「うん、じゃあね!また明日!」
遊戯も手を振りながら彼らを見送る
大きく開いたドアが小さな鈴の音と共に閉まった

まだ、雨は止みそうにないな・・・









そして日は落ちる
生ける者に静寂を与えるために

そして月は昇る
死者に安息の時を与えるために

そして一度だけ
全ては交わり混沌の時を迎える



そして


動き始める―――――



第1章 「全ては突然に」

なんとか城之内から逃げる事に成功した遊戯は、すぐに自分の部屋に戻り持っていたデッキと、机の引き出しに入っていたカードを取り出すと、机の上に並べ始めた
「う〜ん、やっぱり少し罠カードが多いな・・・魔法カードを足した方がいいのかなぁ?」
カードを見ながら、遊戯はブツブツと独り言をつぶやく
この独り言は、どうやら遊戯のクセらしい。このクセを何度か母に注意され直そうともしたのだが、どうにもカードに集中しているときには無意識のうちに出てしまう
「・・・それじゃあこっちかな?・・いや待て・・・うん、こっちにしよう」
そして最後のカードをデッキに入れ、机の上に無造作に置いた
遊戯は机の上の散らかったカードをきれいに整頓し、引き出しの中に再び丁寧にしまった
ふと部屋の時計を見ると、短針はもう9時を回っていた

ぐうぅ・・・・

お腹がなる
「・・・そういえば晩ゴハンまだだったっけ?」
集中しすぎて忘れていたようだ
遊戯は、デッキをベルトに付いているデッキケースの中に入れると、この時間帯にいつも母がいる台所の方へと歩いていく
「母さ・・・!?」
ドアを開けた瞬間、遊戯は絶句した
そこに、母の姿はなかったのだ
いや、母の姿がないだけではここまで驚くことはないだろう
確かに母の姿はなかったが、そこには・・・
「イ・・・『インセクト女王』!?」
そう、そこにはM&Wのモンスター『インセクト女王』いたのだ
インセクト女王は遊戯の声に気付き、その大きな体を気持ち悪く揺らしながら顔を遊戯の方へと向けた
一瞬、目が合った
遊戯は力が抜けてしまったように、その場に崩れ落ちる
足がガクガクと震えている
「な・・んで?・・・どうして・・・こんな事に・・・・母さん・・・・・!?」
遊戯は自分の耳を疑った
遊戯は自分が、インセクト女王を『母さん』と呼んでいたことに気がついた
「ハ・・ハハ・・・そんな・・ウソだ・・・母さんが・・こんな・・・・・!」
両手で頭を抱えた
さっきよりも体の震えが大きくなっている
遊戯の口から小さく、違う、夢だ、という言葉が漏れる
深呼吸して、また視線を上に上げた
相変わらずそこにいるのは『何故か母に思えてしまうインセクト女王』のみ
また、目が合う
『シュ・・・シュゥゥゥ・・・・』
何かに耐えているような、妙な、声の様なものが部屋に響く
「まさか・・ありえない・・・これが母さんだなんて・・・!!」
『シュ・・シュゥッ・・ク・・・・キ、シャアアッ!!!』
ついに何かに耐え切れなくなったインセクト女王が狂ったように奇声を発しながら遊戯に襲い掛かる
「うわァああああッ!?」
遊戯はインセクト女王の攻撃をギリギリで避け、ドアノブに手をかけた
『シャァアアアッ!!』

ガッ!ガラガラ・・・

遊戯のすぐ横の壁がえぐれた
ドアをもの凄い勢いでドアを開けると、すぐさま部屋から抜け出す
乱暴に、ドアを閉めた
部屋からは、まだ奇声と壁が崩れる音が響いていたが、しばらくすると音はなくなり、辺りを静寂が包んだ
遊戯はまた力が抜けてしまったように、崩れ落ちた
不幸中の幸いだろうか、遊戯はドアに近かったおかげで無傷だった
静かになった空間に荒い息づかいが聞こえる
遊戯は、まだ震えていた
「いったい・・・どうして!?」
震える声で言った
遊戯は小さく震えながら、うつむいている
すると、遊戯は何か思い出したような顔をした
「もしかして・・・じーちゃんも・・・?」
震えが止まった
「じーちゃん!!」
叫ぶと、遊戯は突発的に立ち上がり、遊戯の祖父である双六の元へ走る
この時間、双六は大体いつも1階の店の方にいる
遊戯は転げ落ちるように階段を駆け下りる
そのままのスピードで店の中へ駆け込む
店の中に双六の姿はない
こっちじゃない・・・ってことは!
遊戯はいないことを確認すると、今度は店の裏、倉庫の方へ駆け出した
普段あまり使われない倉庫の、重い扉を開ける
「じーちゃん!!」
叫びながら薄暗い倉庫に入っていくと、そこには力なく、ぐったりと床に横たわっている双六の姿があった
遊戯は双六の姿を見つけると、すぐに駆け寄る
「じーちゃん!大丈夫!?」
言いながら、遊戯は内心双六がモンスター化していないことに少しホッとしていた
と、やっと双六が口を開いた
「う・・うぅ・・・遊戯・・・!」
苦しそうなうめき声
「大丈夫?いったい・・・何があったの!?」
双六は苦しそうにうめきながら答える
「それが・・・よく、分からないんじゃ・・・何かが・・わしの中に入ってくるような・・・・感覚が・・ぐぅっ・・・」
「何かが入ってくる・・・?」
「そう・・・じゃ・・・・それで・・・ぁぐぅぅっ!」
双六は胸を押さえ、いっそう苦しそうな声をあげる
「じーちゃん!」
「ぐ・・・遊・・戯・・・・!がはっ・・・」
しばらく双六は呻いていたが、突然遊戯にはっきりと
「遊戯・・・!逃げるんじゃ!!!」
「うわッ!?」
その叫びにも似た声と共に、双六は自分の体を支えていた遊戯を思いっきり突き飛ばした
双六の体は支えをなくし、再び床に倒れる
突き飛ばされた遊戯は多少よろめきながらも反射的に立ち上がった
「じ・・・じーちゃ・・・!?」
そこで、遊戯は初めて双六の体の全体を見た
遊戯は驚愕し、息を呑む
ウソでしょ―――
「そんな・・・足が!!?」
双六から少し離れたところに、遊戯は座り込む
遊戯の見た双六の足、それは人の足ではなくなり、茶色く長い毛が生え、爪が鋭く以上に伸びたその足は、獣の足のようだった
時々びくんっと動いては、足は獣のようになっていく
「たのむ・・・!もう、もたん・・・遊戯・・に・・げ・・・ぐああああっ!!」
苦痛の叫びと共に、双六の体は半分以上が人の体ではなくなる
「そ・・・・そんな・・・!」
「があああああっ!!」
双六の体は、どんどん人の形をしなくなっていく
「ぐ・・ぐぅっ・・・がはっ!」
床が濡れ、何かの倒れる音が響いた
急に、辺りはまた静寂に包まれる
「じ・・ちゃん・・・?」
遊戯はゆっくりと、もう顔の半分まで変わってしまった双六に近づく
今のところ、双六に動く気配はない
「何が起きてるんだ・・・本当に、モンスターに・・・?」
恐る恐る、双六にはもう見えないそれに触れる

・・・・・ビクンッ!

さっと、触れていた手を引く

ビクンッ・・・ビクンッビクンッ!

「な・・・・何・・・?」
遊戯はそれから離れるように、後ろに下がる
恐怖という感情が体中にめぐる
手足が震える
「・・・・・・・・・・」
声が出ない
嫌な沈黙
「・・・・・・・グ・・・」
沈黙を破ったのは何かの声から漏れる、僅かな声
それは上を向き、立ち上がる
「・・・・・・・・・・・・・」
遊戯は声を出そうと口を開けたが声は出ず、ただ口をパクパクさせているだけ
双六の姿をしていたそれが口を開く
「逃げ・・・ろ・・・・・遊戯・・・!」
「!!」
遊戯は声にならない声をあげた
認めたくなかった
ウソだと信じていたかった
でも、それの出した声は双六の声
・・いやだ・・・信じたくない・・・でも・・・!


――――これがじーちゃんなんだ――――


・・・!・・違う!・・こんなの・・・じーちゃんじゃない・・・違うんだ・・・!
本当は、もう遊戯の脳は理解していた
だけど、遊戯自身は理解するのを拒絶していた
これが、自分の祖父であることを
遊戯はもう一度、それに目を向けた
そのことに気付いたのか、それも遊戯の方を向く
――――――――!
「う・・・うわあああああああッ!!!」
何かが切れたように遊戯は叫び、出口へと逃げ出すように走っていった
いやだ・・・認めたくない・・・こんなことって・・・・!
遊戯は倉庫から出ると、勢いよく扉を閉めた
大きな音が響いた
遊戯は扉に寄りかかり、力なくつぶやく
「そんな・・・母さん・・じーちゃん・・・・・」
わけがわからなかった
でも、このことを認めるしかなかった
もう、涙も出なかった
今、遊戯の家の中に残されたのは遊戯と、モンスターと化してしまった母、白濁した目のみ双六の面影を残した何かのみだった・・・
遊戯はしばらく何も感じることなく、何を思うことも無く、ただ呆然と立ち尽くしていた
雨の音が、強く響く
だが、そこにはそれすらも感じさせないほどの、つらく、重く、長い沈黙が流れる
沈黙は、長く長く続いた気がした
「・・・・・フ・・・・・」
ふいによぎった何かに、遊戯は苦笑する
こんなときにまで、君の事を思い出してしまうなんてね・・・
小さく息を吐いた
やっぱり、ボクはまだ弱いよ・・アテム・・・
遊戯は、扉に寄りかかっていた体を起こした
もう、彼はいないんだ・・・分かっているだろう、ボク・・・だから、たとえ弱くても、しっかりと前に進むんだ・・・・!
すると、何故か遊戯は歩き始めた。ふらつくこともなく、しっかりと
そうだ・・・城之内君・・杏子も、本田君も、獏良君も、海馬君も!まずは皆を見つけよう・・・
見つけたところで、どうにかなる訳でもない・・それでも・・・
遊戯の表情が少し、変わった
遊戯は顔を上げ、外に向かって走り出した
跳ね除けるようにドアを開け、外に出る
「う・・冷た・・・」
雨と風が全身に吹き付けた
一気に体は雨に濡れた
しかし遊戯は、濡れた体に吹き付ける冷たい風も、叩きつける痛い雨も気にならないかのように走った
全身をぐしょぐしょに濡らしながら、遊戯は走っていく
「なっ・・・!?」
立ち止まり、小さく声をあげた
そこは、モンスター化した人たちで溢れ返っていた
あるモンスターたちは狂ったように暴れまわり、あるモンスターたちは何かに耐えているようなうめき声を上げ、また、あるモンスターたちはただぼうっと立ち尽くし、中には涙を流しているものもいた
「こ・・・こんなにたくさん!!?」
予想していなかった光景に、遊戯は思わず大きな声を出していた
遊戯の声が大きかった所為か、遊戯の存在に気付いた数匹のモンスターの動きがぴたりと止まる
「・・・・・・え゛?」
モンスターたちは首を回し、遊戯に睨むような目を向けた
これって・・・もしかして・・・・・・ヤバイ?
『グゥルアアアアッ!!』
「やややややっぱりぃぃぃぃぃッ!!!」
モンスターたちは奇声を発しつつ手に持った武器、または鋭い爪を振り回しながら一斉に逃げる遊戯を追いかける
逃げなきゃ・・・・・死ぬっ!
直感的にそう思い、遊戯は全力で追いかけてくるモンスターから必死で逃げる
「く・・・・!」
その逃げている途中にも、全く人影は見当たらず、行っても行ってもモンスターしかいなかった
・・・もしかして、この町の人全員がモンスター化してるのかな・・・?だとしたら・・・
遊戯の脳裏に、いやな映像が流れた
モンスター化してしまった親友たち、他のモンスター化した人たちのように狂ったように戦い、死んでしまった姿・・・結局、自分は何も出来ない・・・・・
嫌だ・・・こんなことで皆と別れるなんて・・・
遊戯は、それ全部を振り払うかのように、首をぶんぶんと振った
今はそんなこと考えている場合じゃない!どうにかしてモンスターたちをまかないと・・・
走りながら、後ろを振り返る
刹那―――――
『ガアッ!!!』
「うっわ!!?」

ヒュンッ!ガギャンッ!!

すぐ後ろのモンスターが振り下ろした斧が、コンクリートを深くえぐった
遊戯は斧が振り下ろされた瞬間、反射的に横に跳んだため、外傷はない
だが、モンスターがもうすぐそこまで来ているのと、先ほど振り返った時に気付いた事だが、追いかけてくるモンスターたちが最初の時よりも遥かに多い、もはやそれは、数えることは不可能で、黒い塊に見えた
すると、さっきの斧をもったモンスターが今度こそと言わんばかりに、斧をもう一度大きく振りかぶった
斧を遊戯に当てるための距離は、十分に足りていた
やばい・・・当たるっ!
走りながら、かたく目を閉じる
・・・・・・・・・・・・何も起きない
「・・・・あれ?」
何かと思い、遊戯は再び後ろを向いた
少し後ろで、さっきまで斧を振りかぶっていたモンスターが、自分の何も持っていない両手を見てきょとんっとしている
・・・どうやら斧がすっぽ抜けたようである
な・・・何はともあれ良かった・・・でも・・
いいかげん遊戯にも疲れの色が見え始めた
もうかなりの距離を全力疾走しているのである。疲れがきて当然だろう
しかし、まだモンスターたちをまくことはできていない
一応、他のモンスターたちはそこまで早くなかったため、ある程度は差がついてはいたのだが、残りの体力から考えると追いつかれるのは時間の問題だった
「ふっ・・・・・」
呼吸が辛くなってくる
苦しい
どこか・・・隠れられる所は・・・・・
少しずつではあるが、着実にモンスターとの間隔は狭くなっていく
足が、重くなる
それでも足を精一杯動かして走るが、差は全く開かない
また、差が縮まる
「・・・ぐぅっ・・・!」
足がもつれそうになる
どうしよう・・・追いつかれるっ!
・・・・・・・・!!
少し先に、細い横道が見えた
よし・・・あそこに逃げ込めれば・・・・!
遊戯は、残された力を振り絞り懸命に走る
少しずつ横道にも近づいていくが、それと同時にモンスター達も近づいてくる
横道までは、あと少し
遊戯の体力もそろそろ限界に近いが、それでも走った
『グルアアアアッ!!!』
声は、遊戯の頭上から聞こえた
な・・・!追いつかれた!?
『ガアアアッ!!』
モンスターは手にしている棍棒を振り回す
「く・・・このっ!・・・・」
遊戯は棍棒をギリギリでなんとか避ける
モンスターは振り回していた棍棒を一時的に止め、力を込め、横に振る
『グアアアッ!!』
「うわあああああっ!!!っなんてね!」
遊戯は瞬時に横道に身を隠す
遊戯が消えたことに気付かないモンスターたちは、そのままどこかに走っていった
モンスターたちがいなくなったことを確認してから、遊戯は止めていた息をゆっくりと吐いた
「はあ・・・はあ・・・なんとか・・・助かった・・・・・・」
遊戯はそこにぐったりと座り込む
走って熱くなった体に風が吹く。冷たかった風が気持ちいい
しばらく休むと、少し落ち着いた
この横道は屋根がある所為か、雲の間から漏れる僅かな月明かりも殆ど届かず、通りに比べてとても暗い
ここから見る限り、通りにモンスターはいない
だが、遊戯の体力ももうほぼ限界、立ち上がるのが精一杯で、歩くことすらままならない
それに、モンスターがいないのはここから見る限りだけのことで、出て行った瞬間モンスターと出くわす可能性もあった
かと言ってずっとここにいるわけにもいかない
さて・・・どうしようか・・・・・
そう思った、その瞬間だった

・・・・・カシャンッ・・・・・

「!!?」
まさか・・・ここにもモンスターが!?
もう一度走り出そうと足に力を入れたが、足は鉛のように重く、動かない

カシャンッ・・・カシャンッ・・・

足音がゆっくりとこちらに向かってくる
恐怖が、生まれる

カシャンッ・・・カシャンッ・・・カシャン!

少しだけ離れたところで、足音は止まった
闇に慣れ始めた遊戯の目に、その姿が映った
「『炎の剣士』・・・?いや・・・」
目を細め、もう一度その姿をよく見る
「じょ、城之内君!?」
そこにいたのは着ているものこそ炎の剣士の物だが、その顔は紛れも無く城之内だった
城之内の目はぼんやりとしていて、何も考えていないように見えた
城之内は腕につけている、デッキのセットされたデュエルディスクを前につきだす
「もしかして・・・デュエル!?」
城之内は静かに頷いた



第2章 「寡黙」

遊戯は、ケースの中に収められた何故か2つあるデッキの内の一つを取り出す
それを見た城之内は、どこに持っていたのか、もう一つのデュエルディスクを遊戯に向かって放った
遊戯はそれを掴むと自分の腕に装着した
そして、それぞれお互いのデッキをシャッフルする
城之内の目は、やはり双六と同じで白濁し、何も見えていないようにぼんやりとしている
・・・?何だろう・・・あの、全く光を通していない目は・・・・・
そう思った後、遊戯はふとこんな考えにいたる
まさかとは思うけど・・・
「君は・・・今の君は、本当に城之内君なのか・・・?」
城之内が必ず答えるという保証はないが、遊戯は聞いた
城之内は黙ったまま、首を横に振った
やっぱり・・・あの目は、前にマリク君に洗脳された時と同じ目だ・・・・城之内君は、心の中に閉じ込められている・・・!
「じゃあ、君は何者なんだ・・・?」
・・・答えない
「君をデュエルで倒したら、城之内君を元に戻してくれないか・・・?」
しばしの沈黙
「・・・・・・・・・・(こくん)」
首を、縦に振った
そうか・・・
「・・・わかった。じゃあ、始めよう」
互いに、シャッフルし終わったデッキを受け取り、ディスクにセットすると、少し距離を取った
「デュエル!!!!」
「ボクの先攻!ドロー!」
遊戯は自分の手札を確認する
うーんどうするか・・・やっぱり、様子見か・・・
「ボクはモンスターをセット、そしてリバースカードを1枚セットして、ターン終了だよ」

遊戯 LP8000 手札4枚
場 伏せカード1枚
裏守備モンスター1体
城之内 LP8000 手札5枚
場 なし

遊戯がエンド宣言をすると、城之内は無言でデッキからカードをドローした
ドローカードを手札に加え、カードを1枚場に出す

ヴヴン・・・

場に、『ワイバーンの戦士』が召喚される

ワイバーンの戦士 ☆4 地属性 獣族
ATK1500  DEF1200

ワイバーンの戦士・・・攻撃力は1500だったよな・・・
と、ワイバーンの戦士は体を低くし、攻撃態勢をとった
これはバトルフェイズに入る、という事なのだろう
城之内が遊戯のモンスターを指差すと、ワイバーンの戦士は動いた
どうやらあの動作は攻撃を指示しているらしい
ワイバーンの戦士は城之内の場から勢いよく跳び、手に持った一振りの剣で、裏守備モンスターに切りかかろうとする
剣が当たる直前に、裏守備モンスターはその姿を現す

キィイン!!

「ボクのモンスターは『ビッグ・シールド・ガードナー』!そう簡単には破壊されないよ!」

ビッグ・シールド・ガードナー ☆4 地属性 戦士族
ATK100  DEF2600
裏守備のこのモンスター1体を対象とする魔法カードの発動を無効にする。その時、このカードは表側守備表示になる。攻撃を受けた場合、ダメージステップ終了時に攻撃表示になる。

ワイバーンの戦士の攻撃は、その巨大な盾に阻まれた
ビッグ・シールド・ガードナーは、効果で守備表示から攻撃表示に変わった
「その後攻撃表示になってしまうんだけどね・・・でも、守備力2600に攻撃した反射ダメージは大きいよ!」
城之内 LP8000⇒LP6900
城之内の顔がゆがんだ
メイン2、城之内は場に2枚のセットすると、遊戯を指差した
これはターンエンドという事らしい

遊戯 LP8000 手札4枚
場 伏せカード1枚
ビッグ・シールド・ガードナー
城之内 LP6900 手札3枚
場 伏せカード2枚
ワイバーンの戦士

「ボクのターン!ドロー!」
2枚のリバースカード・・・警戒して、もう一体守備モンスターを出すべきか・・・いや
「よし・・・僕はビッグ・シールド・ガードナーを守備表示に変更、そして、『闇魔界の戦士 ダークソード』を召喚!」

闇魔界の戦士 ダークソード ☆4 闇属性 戦士族
ATK1800 DEF1500

遊戯の場に黒い鎧と黒いマントを着た戦士が現れる
やっぱり、ここは攻めていかなきゃ!
「行くよ、バトルフェイズ!ダークソードでワイバーンの戦士に攻撃!!」
遊戯が攻撃を宣言すると、城之内は、リバースカード2枚を発動する
すると、城之内の場に赤く大きなサイコロを持った小さな悪魔と、青く大きなサイコロを持った小さな天使が現れた
「これは『悪魔のサイコロ』と『天使のサイコロ』!?」

悪魔のサイコロ 通常罠
サイコロを1回振る。相手がコントロールしている全ての表側表示モンスターの攻撃力・守備力は、エンドフェイズまで「出た目×100ポイント」ダウンする。

天使のサイコロ 速攻魔法
サイコロを1回振る。自分がコントロールしている全ての表側表示モンスターの攻撃力・守備力は、エンドフェイズまで「出た目×100ポイント」アップする。

ワイバーンの戦士とダークソードとの攻撃力の差は300しかない・・・しょうがない、これでもどうなるか分からないけど・・・
「リバースカードオープン!『マジック・ジャマー』!!天使のサイコロを、無効化!」

マジック・ジャマー カウンター罠
手札を1枚捨てる。魔法カードの発動を無効にし、それを破壊する。

マジック・ジャマーの発動により、小さな天使は小さな音を立てて消滅した
だが、まだ場には小さな悪魔が笑っている
『キィッ』
小さな悪魔は小さく短い声と共に、大きな赤いサイコロをフィールドの真ん中に向かって放った
サイコロは阻むものが何もない空間に転がっていく
コロコロコロ・・コロ
サイコロのスピードが徐々に遅くなっていく
今、もしサイコロの目が3以上だった場合、遊戯のモンスターは破壊されてしまう
コロ・・コロ・・・コロン
サイコロが、止まった
出た目は・・・・・・・・・2
よって、ダークソードの攻撃力は200ポイント下がったが、大して変わったわけではなく、一度は小さな悪魔に中断された攻撃の剣が、再びワイバーンの戦士に襲い掛かる
ワイバーンの戦士は手に持った一振りの剣を両手で持ち、体の前に構えたが、振り下ろされたダークソードの剣にはじかれ、振り下ろされた剣はそのままワイバーンの戦士へと―――

―――ズバァアア!!!

勢いよく切り裂かれた音の後、ガラスが割れるような音が響き、ワイバーンの戦士は破壊された
城之内 LP6900⇒LP6800
「ワイバーンの戦士・・・撃破!」
良かった・・ギリギリ何とかなった・・・・
遊戯は、そっと胸をなでおろし、小さく安堵のため息を吐いた
「・・ボクはリバースカードを1枚セットして、ターン終了だよ・・・」

遊戯 LP8000 手札2枚
場 伏せカード1枚
ビッグ・シールド・ガードナー
闇魔界の戦士 ダークソード
城之内 LP6800 手札3枚
場 無し

遊戯の場に比べ、城之内の場には何もなく、今は明らかに遊戯の方がリードしていた
しかし、そんなことを全く気にしていないかのように、静かにカードをドローした
・・・なんだかなぁ・・・・・
デュエルが始まってからと言うもの、城之内は言葉を発するどころか口を開いてすらいない
このあまりにも静か過ぎる決闘は、あまりにも不自然すぎた
炎の剣士の姿はしているが、相手は城之内、いつもの城之内とのデュエルならばこの静けさはありえない
その所為かどうかは分からないが、デュエルが始まってからと言うもの遊戯は微妙な違和感がして仕方なく、どうにもやり難かった
だが、城之内は相変わらず沈黙したままでターンを進めていく
城之内は、リバースカードを1枚セットすると、さらにモンスターを1体攻撃表示で場に出した
召喚されたモンスターは、真っ黒な鋼鉄の鎧で身を固めた騎士
「『鉄の騎士 ギア・フリード』・・・?」

鉄の騎士 ギア・フリード ☆4 地属性 戦士族
ATK1800  DEF1600
このカードに装備カードが装備された時、その装備カードを破壊する。

鉄の騎士 ギア・フリード、それは本当の城之内のデッキでは主力モンスターカードとして活躍していたモンスターだった
ギア・フリード・・・攻撃力は1800、ボクのダークソードと同じ・・・どう来るか・・・
遊戯は攻撃されるかとも危惧したが、城之内は攻撃することなく、そのままエンド宣言をした
「カード、ドロー」
遊戯はドローしたカードを手札に加えると、何か考えるようにしばらく場を眺めていた
・・・・・ワイバーンの戦士、天使のサイコロ、悪魔のサイコロ、そしてギア・フリード・・・どこかで見たような・・・?
そう不思議に思いながらも、遊戯は場に1枚のカードを出した
「ボクはリバースカードを1枚セットして、バトルフェイズに入るよ!」
城之内は頷く
「ダークソードでギア・フリードに攻撃!行け!ダークソード!!」
黒い鎧の戦士、ダークソードはその剣で黒い鎧の騎士、ギア・フリードに斬りかかる
ギア・フリードは盾を前に出し、そこで城之内はリバースカードを発動する
その瞬間、ギア・フリードの盾は変化し、盾からマジックアームが飛び出した
マジックアームはダークソードの横をすり抜け、遊戯の場のビッグ・シールド・ガードナーを掴み、そのままビッグ・シールド・ガードナーはダークソードの目の前に現れた
「今度は『マジックアーム・シールド』・・・!」

マジックアーム・シールド 通常罠
自分フィールド上にモンスターが存在し、相手が攻撃を宣言した時に発動する事ができる。相手フィールド上の攻撃モンスター以外の表側表示モンスター1体のコントロールを得て、そのモンスターに攻撃を受けさせる。バトルフェイズ終了後そのモンスターは相手のコントロールに戻る。

いきなり目の前に現れたモンスターに、ダークソードは勢いを止められずに攻撃してしまう

ガキィン!!

結局、金属が何かにぶつかる音がしただけで、ダークソードの攻撃はマジックアームに掴まれたビッグ・シールド・ガードナーによって防がれてしまった
さらに遊戯はLPから差の800ポイントのダメージが引かれる
遊戯 LP8000⇒LP7200
「く・・・ギア・フリードは場に残ったまま・・・!」
遊戯は表情を険しくした
「ボクはビッグ・シールド・ガードナーを守備表示に変更して、ターンエンドだ・・・」

遊戯 LP7200 手札2枚
場 伏せカード2枚
ビッグ・シールド・ガードナー
闇魔界の戦士 ダークソード
城之内 LP6800 手札2枚
場 伏せカード1枚
鉄の騎士 ギア・フリード

城之内のターン
カードをドローすると、城之内は新たにモンスターを召喚する
「・・・『アックス・レイダー』?」

アックス・レイダー ☆4 地属性 戦士族
ATK1700 DEF1150

そこには、手に斧を持った戦士族のモンスターがいた
このアックス・レイダーもそうだが、遊戯はこのやたらと見覚えのあるカードたちにある一つの考えが脳裏によぎった
もしかして・・・これは城之内君のデッキ・・・?
さらに城之内は、その考えをより真実味あるものにするように、場に伏せていたカードを発動した
とたんに、アックス・レイダーの斧が変化する
「『鎖付きブーメラン』・・・これも城之内君のカードだ・・・」

鎖付きブーメラン 通常罠
次の効果から一つ、または両方を選択して発動する事ができる。
相手モンスターが攻撃した時に発動する事ができる。その攻撃モンスター1体を守備表示にする。
このカードは攻撃力500ポイントアップの装備カードとなり、自分フィールド上のモンスター1体に装備する。

これは・・・やはり城之内君のデッキ・・・!
本当の城之内デッキ、といえばギルフォード・ザ・ライトニング等の上級モンスターや、時の魔術師をはじめとするギャンブルカードが印象深いが、本来は戦士族を中心としたデッキで、ギャンブルなしでもある程度は戦えるようになっていた
そのため、今遊戯が戦っている城之内は当たる確率の低いギャンブルカードはなるべく使わず、極力戦士族モンスターのみで戦うようにしていた
遊戯がなかなか相手のデッキが城之内のデッキだと気付けなかったのは、そういう事もあったからだろう
ってことは、相手は使い慣れていないデッキを使っている事になる・・・なら、このデュエル・・・・・勝てる!
すると、城之内の場のモンスター達が攻撃態勢を取り始める
バトルフェイズに入った
アックス・レイダーの攻撃力は2200・・・ボクのダークソードの攻撃力を上回っている・・・
城之内はアックス・レイダーに、遊戯のダークソードを攻撃するように指示を出した
アックス・レイダーは、その指示に従い、ブーメランを構えながら鎖をダークソードに向かって投げた
鎖はダークソードを捕まえ、アックス・レイダーは構えたブーメランで――――
「魔法カード発動!『モンスター回収』!!」

モンスター回収 速攻魔法
自分フィールド上の持ち主が自分であるモンスター1体と自分の手札をデッキと合わせてシャッフルした後、自分は元の手札枚数だけデッキからカードをドローする。(持ち主が自分でないカードが手札にある場合、このカードは発動できない)

ブーメランがダークソードに当たる直前、時が止まってしまったように動きはぴたりと止まり、ダークソードの横のビッグ・シールド・ガードナーは場から消え、遊戯の手札と共にデッキへと戻っていった
そして遊戯はデッキをシャッフルし、元の手札枚数である2枚をデッキからドローした
ダークソードに当たりかけたブーメランと、アックス・レイダーはまるで時が巻き戻されたかのように城之内の場へと戻っていった
モンスター回収で、場のモンスターの数が変動したため、戦闘の巻き戻しが発生したのだ
これでボクの場はダークソードと伏せカードが1枚のみ・・・後は相手が攻撃してくるかどうか・・・・
遊戯は、アックス・レイダーが再び攻撃してくることを予想していたようだったが、城之内はしばらく考えるように間をおいた後、遊戯の場の伏せカードを警戒したのか、攻撃することなくターンを終了した

遊戯 LP7200 手札2枚
場 伏せカード1枚
闇魔界の戦士 ダークソード
城之内 LP6800 手札2枚
場 伏せカード0枚(鎖付きブーメラン発動中)
アックス・レイダー(鎖付きブーメラン装備)
鉄の騎士 ギア・フリード

「ボクのターン、ドロー!」
手札から1枚のカードを場に出す
「ボクは『熟練の黒魔術師』を召喚!」

熟練の黒魔術師 ☆4 闇属性 魔法使い族
ATK1900 DEF1700
自分または相手が魔法カードを発動する度に、このカードに魔力カウンターを1個乗せる(最大3個まで)。魔力カウンターが3個乗っている状態のこのカードを生贄に捧げることで、自分の手札・デッキ・墓地から「ブラック・マジシャン」を1体特殊召喚する。

遊戯の場に、黒いマントを羽織った魔術師が現れた
「さらに、『強欲な壺』を発動!これによってボクはカードを2枚ドローするよ!」

強欲な壺 通常魔法
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

このカードの効果により、遊戯はデッキからカードを2枚ドローする
これで遊戯の手札は3枚になった
すると、熟練の黒魔術師に付いている宝玉が一つ輝いた
まずは1個目・・・・・
「そして・・・バトル!熟練の黒魔術師でギア・フリードに攻撃!!」
遊戯のその声に応えるように、熟練の黒魔術師は杖をギア・フリードに向ける
杖からは黒い光のようなものが発せられ、熟練の黒魔術師が杖を一振りすると、それは黒き波動となってギア・フリードを襲う
ギア・フリードはそれから身を守るために自分の盾を構えたが、結局それに意味はなく、構えた盾は黒き波動に粉砕され、ギア・フリード自身も破壊された
城之内 LP6800⇒LP6700
「ターンエンドだ!」
遊戯のエンド宣言を聞いて、城之内はカードをドローする
まだボクの方が少し優勢だけど、相手の場には攻撃力2200のアックス・レイダーがいる・・・油断はできないな・・・・・・
城之内は手札に加えたカードを発動する
「これは『増援』か・・・」
これで2つ目・・・・・・

増援 通常魔法
デッキからレベル4以下の戦士族モンスター1体を手札に加え、デッキをシャッフルする。

城之内はデッキから『切り込み隊長』を引き抜き、遊戯に確認させ手札に加えると、デッキをシャッフルした
その後、城之内はカードを1枚セットして、先ほど増援で手札に加えた切り込み隊長を召喚する

切り込み隊長 ☆3 地属性 戦士族
ATK1200 DEF400
このカードが表側表示でフィールド上に存在する限り、相手は他の表側表示の戦士族モンスターを攻撃対象に選択できない。このカードが召喚に成功した時、手札からレベル4以下のモンスターを1体特殊召喚することができる。

そして効果により、城之内の場に切り込み隊長の後ろに続いてもう1体モンスターが現れた
「く・・・『コマンド・ナイト』・・・!」

コマンド・ナイト ☆4 炎属性 戦士族
ATK1200 DEF1900
自分のフィールド上に他のモンスターが存在する限り、相手はこのカードを攻撃対象に選択できない。また、このカードがフィールド上に存在する限り、自分の戦士族モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。

遊戯の表情に、焦りの色が出始める
くそ・・・コマンド・ナイトの効果で、相手のアックス・レイダーの攻撃力は2600・・・・・これはマズい・・・!
城之内はその赤い鎧の女戦士を、守備表示で特殊召喚する
これで城之内の場には2体のモンスターが増え、合計3体ものモンスターが並び、さらに鎖付きブーメランやコマンド・ナイトの効果によって、攻撃力が2600にまで上がってしまったアックス・レイダーが存在している
一方、遊戯の場には攻撃力が2000にも満たないモンスターが2体いるのみ
今、この場を支配しているのは明らかに城之内であった



第3章 「決着」

城之内はバトルフェイズに入る
城之内の場のモンスター達は一斉にその手に持った武器を構え、臨戦態勢になる
ボクの場には攻撃表示の熟練の黒魔術師とダークソードがいる・・・どっちに攻撃するか・・・
城之内は考え込むように沈黙した後、より多くのダメージを与えようと考えたのだろう、アックス・レイダーにダークソードを攻撃するように指示する
アックス・レイダーは鎖付きブーメランの鎖の部分を持ち、数回空中でまわし、勢いをつけると、それをダークソードに向かって思いっきり投げつけた
ダークソードは飛んできた鎖に剣で対抗しようと思ったのか、鎖に向かって剣を構えたが、その剣はあえなく鎖に絡め取られて使えなくなってしまう
その間にアックス・レイダーは一気に間合いを詰め、剣の鎖が巻きついた部分を掴んで、手に握ったブーメランの軌道から外し、ダークソードを切り裂いて、破壊した
遊戯 LP7200⇒LP6400
その後、城之内は何もせず、ターンを終了した

遊戯 LP6400 手札3枚
場 伏せカード1枚
熟練の黒魔術師
城之内 LP6700 手札0枚
場 伏せカード1枚(鎖付きブーメラン発動中)
アックス・レイダー(鎖付きブーメラン装備)
切り込み隊長
コマンド・ナイト

「ボクのターン、ドロー・・・」
カードをドローする遊戯の表情は、暗い
ボクの手札に起死回生のカードはない・・・しかたない・・・
「ボクはモンスターを1体セット、さらにカードを1枚セットして、ターン終了だよ」
今の遊戯の手札では出来る事は限られているらしく、殆ど何もせずにターンを終えた
城之内はカードをドローすると、伏せてあったカードを発動する
とたんに、ソリットビジョンによって映し出される周囲の景色ががらりと一変する
「『メテオ・レイン』――!」

メテオ・レイン 通常罠
このターン自分のモンスターが守備表示モンスターを攻撃した時にその守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。

さらに城之内は、手札からモンスターを1体召喚する
赤い鎧の女戦士・・・
「2体目の、コマンド・ナイト・・・」
そして、コマンド・ナイトの効果により場の戦士族モンスターの攻撃力がさらに400ポイントアップする
これでアックス・レイダーの攻撃力は3000ポイント、あの青眼の白龍と同じ攻撃力である
攻撃力3000・・・!さすがにこれはマズい・・・なら
「リバースカードオープン!『サイクロン』!」

サイクロン 速攻魔法
全フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊する。

「ボクはこれで、その鎖付きブーメランを破壊する!」
アックス・レイダーの持っていた鎖付きブーメランは、遊戯の発動したサイクロンに呑み込まれ、破壊された
鎖付きブーメランが破壊されたことによって、アックス・レイダーの攻撃力は500ポイントダウンし、2500ポイントに下がった
よし、これで3つ目!後はこのターン、ボクのライフがどれだけ残るか・・・・・
城之内は、アックス・レイダーの攻撃力が下がってしまったことが多少不服そうだが、それでも攻撃力2500、十分である
城之内はバトルフェイズに入る
まずはアックス・レイダーが、遊戯の守備表示モンスターに向かって元々の武器である斧を振り下ろす
遊戯の守備表示モンスターが表になる

―――ボョヨヨォン!!

振り下ろされた斧は遊戯のモンスターに食い込み、そのまま斬られそうだったが、逆に斧はそのモンスターに跳ね返されて、アックス・レイダーの手から抜けるとその反動で斧は後ろに飛んで行き、城之内に当たった
城之内LP6700⇒LP5700
「君が攻撃したモンスターは『マシュマロン』!その効果によって君は1000ポイントのダメージをうけるよ!」

マシュマロン ☆3 光属性 天使族
裏側表示のこのカードを攻撃したモンスターのコントローラーは、ダメージ計算後に1000ポイントダメージを受ける。このカードは戦闘によっては破壊されない。(ダメージ計算は適用する。)

これで少しは相手のライフを削れた・・・でも
そう、貫通効果を持つモンスターにとって、表側表示で、守備力の低いモンスターというのはまさに格好の相手
マシュマロンの守備力はたったの500ポイント、しかも戦闘では破壊されないため、何度も攻撃されてしまう
そして遊戯は貫通効果で、差の2000ポイントものダメージを受けてしまった
そこに、今度は切り込み隊長の剣が襲い掛かる
剣はさっきの斧のように跳ね返り、マシュマロンは破壊されないが、貫通効果によるダメージは免れない
攻撃が合図だったかのように、暗くなった空から赤く燃える隕石のようなものが降り注ぎ、遊戯は1500のダメージを受けた
切り込み隊長が引くと、即座に次はコマンド・ナイトの剣がやってくる
また、遊戯は1500のダメージを受けた
そこで、城之内の攻撃は終了する
遊戯のLPは―――――――――― 1400ポイント、残されていた
しかし今現在、場上だけでなくLPまでも明らかに城之内の方が勝っているこの状況において、たった1400ポイントのライフが残っただけではただの気休めにしかならない
もう、遊戯に勝機はほとんど残されていなかった
城之内は勝ち誇ったように一笑すると、ターンを終了した

遊戯 LP1400 手札2枚
場 伏せカード1枚
熟練の黒魔術師
マシュマロン
城之内 LP5700 手札0枚
場 伏せカード0枚
コマンド・ナイト×2
切り込み隊長
アックス・レイダー

こんな、圧倒的におされている状況でも、何故か遊戯の表情には諦めるような色は一つとしてなく、むしろ、どこか希望の色を感じさせた
城之内は遊戯のその表情を見ると、僅かにほころばせていた口元が元に戻った
まだ、負けてはいない・・・・・・あきらめるな!!
「ボクのターン・・・!」
遊戯は自分で自分にそう言い聞かし、自分のデッキに手を伸ばす
「・・・・・・・・・驚いたな」
「!?」
無論、今言葉を発したのは遊戯ではない
「今・・・喋った!?」
遊戯は驚き、伸ばしていた手を止めると城之内の方に、その大きく見開いた目を向けた
そう、さっき言葉を発したのはそれまで一言たりとも喋らなかった城之内だった
遊戯が突然の事に動揺していると、城之内はフッと少しだけ笑む
「うろたえなくとも良い・・・少し、驚いただけだ」
「・・・・・・え?」
遊戯はつい聞き返した
「お前の、その予想以上の強さにな・・・」
城之内が答えると、遊戯はそれに対して自嘲的に笑んで、言った
「・・・ボクは、強くなんかないよ」

そう、ボクは強くなんてない―――

ボクは、彼のように強くない―――

ボクは、弱い―――

言いながら、遊戯は顔を伏せた
「お前は、自分の強さを知らないのか?」
城之内が問うと、遊戯はゆっくりと頷いた
「ふ・・・おかしなものだな、強き者が己の強さを知らぬとは」
城之内は笑ったが、遊戯は相変わらず黙ったまま
「・・・・・・それが、お前なのかもな・・・・・・」
ひっそりと、小さく言われた言葉は遊戯には聞こえなかった
遊戯は顔を上げ、その目に再び希望の色を宿した
「さあ、デュエルを続けよう」
遊戯はさっき止めた手を再びデッキへと伸ばす
「・・・例え、お前がどれほど強くとも、もう勝敗は見えている・・・無謀だとは思わぬのか?」
確かに、場は完全に城之内が圧倒し、今から遊戯が勝つには絶望的過ぎる状況だ
「いや・・・・・・まだだ・・・」
それでも、遊戯は続ける
「ボクには、まだ僅かに希望が残されている・・・」
念じるかのように目を閉じ、デッキに手をかける
「その僅かな希望、僅かな可能性に賭けようというのか?」
城之内が問う
「可能性は、0%じゃないから・・・・・・」
そうだ・・・さあ、カードを引け!!!
「ボクのターン!ドロー!!」
遊戯は目を見開き、勢いよくカードをドローした
しばらくの間の後、遊戯は静かにカードを手札に加えた
それを見て、城之内は微かに嘲笑する
「思い通りのカードはきたか?・・・まあ、その様子では来なかったようだがな・・・」
この言葉も、遊戯はまるで聞こえていないかのように無言で手札を見ている
表情は、見えない
「お前の、負けだ・・・残念だったな」
「・・・・・・いや」
ここで、やっと遊戯の表情が見える
「君の、負けだよ」
遊戯は笑っていた
城之内は驚いたような顔をし、またすぐにもとの表情に戻った
「ふん、本当にそう思うのならやってみればいい・・・その、少ないLPと手札で」
城之内にそう言われても、遊戯はその不敵な笑みを崩さない
「やってやるさ・・・LPも、手札も、これだけで十分だから」
遊戯が言うと、場のモンスター、熟練の黒魔術師が杖を構えた
「熟練の黒魔術師、効果発動!カウンターが3個乗っている状態のこのモンスターを生贄に捧げることで―――――」
熟練の黒魔術師に付いている宝玉が今まで以上に輝き、一瞬だけその姿が視界から消える
「『ブラック・マジシャン』を特殊召喚!!!」

ブラック・マジシャン ☆7 闇属性 魔法使い族
ATK2500 DEF2100

宝玉の輝きが消えた時にはもう既に熟練の黒魔術師の姿は消え、その後には黒衣の黒魔術師が静かに佇んでいた
行くよ・・・ブラック・マジシャン!
さらに遊戯は手札からカードを場に出す
その瞬間、遊戯の場に妙な物体が出現した
「何だ、これは・・・?」
「『ディメンション・マジック』・・・魔術師のみが使える、次元魔法だ!!」

ディメンション・マジック 速攻魔法
自分フィールド上に魔法使い族モンスターが表側表示で存在する場合に発動する事ができる。自分フィールド上のモンスター1体を生贄に捧げ、手札から魔法使い族モンスター1体を特殊召喚する。その後、フィールド上のモンスター1体を破壊することができる。

ブラック・マジシャンが軽く杖を振ると、その妙な物体の中心に存在する人型のケースがガチャリと音を立てて開き始める
「ボクはマシュマロンを魔法の生贄に捧げ・・・」
マシュマロンが消え、ケースが完全に開いた
「『ブラック・マジシャン・ガール』を特殊召喚!!」

ブラック・マジシャン・ガール ☆6 闇属性 魔法使い族
ATK2000 DEF1700
自分と相手の墓地にある「ブラック・マジシャン」と「マジシャン・オブ・ブラックカオス」の数だけ、攻撃力が300ポイントアップする。

開ききったケースから、金髪の魔術師の少女が颯爽と現れた
「ち・・・一気に場に2体の上級魔術師が・・・・・!」
「さらに、ディメンション・マジックの効果で相手モンスター1体を破壊する!!」
「な・・・・・・!?」
遊戯のブラック・マジシャンとその弟子、ブラック・マジシャン・ガールが互いの杖を交差させると、そこからはかつてないほどの力を持った魔力が真っ黒に輝き始める
「行くぞ!マジシャン師弟の連携攻撃!『ブラック・バーニング・マジック』!!」
その声と同時に、魔力は城之内の場のコマンド・ナイトを襲う
コマンド・ナイトは魔法という形なき攻撃に、自分の持っている盾を前に出して身を守ろうとしたが、それに意味はなく、真っ黒な輝きの魔法に呑み込まれて破壊された
「コマンド・ナイト、撃破!!」
城之内は苦い顔をする
「く・・・コマンド・ナイトは破壊され、さらに場のモンスターの攻撃力も下がったか・・・」
城之内が言うと、遊戯はにやりと笑んだ
「まだまだ!リバースカードオープン!」
すると、遊戯の場は奇妙な煙に包まれる
「む・・・!」
「このカードは、『リビングデッドの呼び声』!これでボクは熟練の黒魔術師を蘇生!」

リビングデッドの呼び声 永続罠
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で選択する。このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

これで、遊戯の場にも3体のモンスターが並んだ
「・・・だが、まだ勝ちを宣言するには早い」
その言葉を聞いて、遊戯はまた笑った
「言ったでしょ?」
遊戯は言いながら、手札から1枚のカードを引き抜く
「君の・・・負けだって!」
引き抜いたカードをたたきつけた
そのとたん、遊戯のブラック・マジシャンの攻撃力と守備力が急激に跳ね上がる
「この数値は・・・いったい!?」
「装備魔法『団結の力』!魔術師達よ!団結し、その力を黒き最上級魔術師に与えよ!!」

団結の力 装備魔法
自分のコントロールする表側表示モンスター1体につき、装備モンスターの攻撃力と守備力を800ポイントアップする。

遊戯の声に、場の魔術師達はそれぞれの杖を上に掲げる
すると、それまで個々で放っていた魔力の光は一つとなって、ブラック・マジシャンはその力を得る
その力はブラック・マジシャンの魔力を増幅させ、ブラック・マジシャンの攻撃力・守備力は2400ポイントアップした
「これで、ボクのブラック・マジシャンの攻撃力は4900ポイント!!」
遊戯の場のブラック・マジシャンは上に掲げていた杖を城之内に向け、不敵に笑った
「く・・・私の手札は0、次のドローカードで対抗できる確率は低い・・・・・・」
「いや、その心配は要らないよ」
「何・・・!?」
城之内は驚きに見開かれたその目を遊戯に向けた
遊戯は笑って
「このターンで、ボクは君に勝つ!」
こう、言い放った
その顔は、とても嘘を言っているような顔には見えず、自信に満ち溢れた、明るい顔だった
遊戯の、そんな顔を見た城之内は一度沈黙した後、何故か自然と少し笑っていた
?・・・笑っている?何かあるのか・・・だけど!
遊戯はカードを場に出す
「さらに、ボクは手札から『拡散する波動』発動!」

拡散する波動 通常魔法
1000ライフポイントを払う。自分フィールド上のレベル7以上の魔法使い族モンスター1体を選択する。このターン、選択したモンスターのみが攻撃可能になり、相手モンスター全てに1回ずつ攻撃する。この攻撃で破壊された効果モンスターの効果は発動しない。

「・・・・・・・・・!!」
城之内の目がまた僅かに見開かれ、またすぐにあの笑みに戻った
「1000LP払う事でブラック・マジシャンは全てのモンスターに攻撃する!行くよ!ブラック・マジシャン!!」
その声に応え、ブラック・マジシャンが自分の杖を構えて呪文を詠唱すると、ブラック・マジシャンの周りにいくつもの魔力弾ようなものが現れる
「『超・魔・導・魔・連・弾』!!!」
『ハアアアアッ!!』
覇気と共に、幾つも現れた魔力弾は相手モンスター達に向かって飛んで行き、その周りを取り囲むと・・・・・
一気にその全ては爆発した
そして生まれる、光と音
その強い光は全てのものの視力を奪い、巨大な音は全てのものの聴力を奪った
一瞬の間、それで全てはかき消され、またすぐに全てが戻る
再び見え始めたそこにはもうすでにモンスター達は消え、城之内のLPは0になっていて、城之内はそこにがっくりと膝をついていた
遊戯はゆっくりと城之内に歩み寄り、言った
「ボクの・・・勝ちだ!!」
城之内はふっと笑って、立ち上がる
「ああ、見事だった」
しばらくの沈黙の後、急に支えを失ったかのように遊戯はその場にへたり込んだ
「・・・つ、疲れたぁ」
言いながら、一息ついた
「にしても、何でデュエルの最中殆ど何も喋らなかったの?」
「む・・・私は元々兵であったからな、敵と言葉を交わすなど・・・」
城之内が言うと、遊戯は小さく苦笑した
思い出したように、城之内は不思議そうに遊戯を見る
「・・・早く元に戻せとは言わないのか?」
遊戯は、戸惑い気味に答える
「う〜ん、なんと言うか・・・やっぱり気になってたし、それに」
笑って答えた
「なんとなく、だけど悪い人ではないって感じたからかな・・・」
城之内は少しだけ笑った
「なら、こちらからも一つ質問させてもらうが、いいか?」
言った後、こいつはこの後直ぐに元に戻すと付け加えた
遊戯は特に何か気にする様子もなく頷いた
「お前が気付いているかは知らないが・・・さっきから後ろにいる女は一体誰だ?」
問いながら、後ろの方に目を向ける
「えっ・・・?」
つられて遊戯も後ろを振り向くと
「やはり・・・気付かれていましたか・・・・・・」
透き通るような綺麗な声
遊戯が振り向いたそこには、殆ど届いていないごく僅かな月明かりの中にぽっかりと浮かぶように、一人の女性がいた
月明かりが、途絶えた



第4章  「彼女の扉」

僅かな月明かりも暗い雲で消え、辺りは濃い黒に覆われる
その中では少し先も見えないほど暗く、絶え間無く響く雨の音と、何かよく分からないものの声のようなものだけが聞こえていた
そんな暗闇の中でも、突如現れた女性はその姿を鮮明に彼らの目に映している
女性は綺麗な長い銀髪と白いドレスのようなものを着、その碧眼を遊戯たちに向けていた
女性は優しく微笑む
「驚かせてしまってごめんなさいね・・・そのつもりはなかったのですが・・・・」
女性が何か言っても、彼はただ唖然としているだけ
そんな彼の代わりというように城之内が口を開いた
「そのような事はどうでもいい・・・貴様は何者だ?」
城之内の問いに、女性はその笑みを崩さぬまま答える
「そういえば教えていませんでしたね・・・私の名は『アイド』。死を司る者です・・・」
アイドが言うと彼はふと、無意識のうちに声を出した
「死を司る・・・・・?」
彼の言葉を聞いたアイドは、もう一度彼の方に顔を向けた
「ええ、あらゆるものの死を司り、管理する者です」
城之内は僅かに反応して面白そうに口元を緩ませると、興味深げにアイドに言った
「ほう・・・まるで死神だな」
アイドは死神という言葉を聞くと、先程までの優しい微笑みとはまた別の笑みに変わった
「・・・・似たようなものですね・・・・」
少しだけ、声の調子が変わっていた
「して、何故そのような者が此処に?私達が此処に降りてきてしまった事と関係があるのか?」
アイドの顔は微笑んでいなかった
「・・・はい、少しばかり・・・・・」
笑みを崩したその顔は、悲しみを帯びた真剣な顔だった
彼はその2人の会話を聞いているのかいないのか、ただぽかんとしていた
どうやら、彼はこの状況を全く理解できていなかったようだ
この、2人の会話も、アイドと名乗る女性も・・・
『死を司り管理する者』――――『まるで死神』――――『降りてきてしまった』――――
2人の言葉が、彼の頭の中でグルグルと回っていた
「遊戯・・・さん?」
「えっ?・・な、何か・・・?」
彼が驚いた声を出すとアイドはくすっと笑って
「やっぱり、聞いていなかったようですね・・」
「・・・・・・はい」
彼が少し恥ずかしそうに言った
と、アイドはまた真剣な顔になる
「知りたくは・・・ありませんか・・・・・?」
そして突然こんな質問をした
その真剣な顔の中にはどこか寂しそうな、悲しそうな、すごく微妙で不思議な表情をしていた
「何を・・・ですか?」
アイドは不思議な表情のまま笑む
なんだかその笑みはとても無理をして笑っているようで違和感がした
「私が、何故ここにいるのか・・・この現象のこと・・私の存在のこと・・・・」
ゆっくりと言った
彼も真剣な顔になって言う
「アイドさんは、それを知っているんですか・・・?」
また、無理をして笑む
「ええ、それを貴方に教えるために私は来たのですから・・・」
「それがここに来た理由?」
「そう・・ですね・・・」
アイドは彼から目線をはずして言葉に詰まったように言った
彼はしばらくアイドを見ていた
そこで、彼の脳裏にふと疑問が浮かぶ
「ところで、何故ボクにそのことを伝えに?」
アイドは目線をはずしたまましばらく黙っていたが、再び目線を彼の方に戻し、その口を開いた
「・・・貴方が、必要だからです」
「ボクが必要?」
アイドは頷き、また笑顔になる
「はい・・・この現象を、止めるために・・・・・」
少しずつ目線が外れていく
するとアイドの表情からまた笑みが消え、その顔はより一層寂しそうで、悲しそうで、そして辛そうな表情に変わった
声が変わる
「彼女を・・止める・・・・ために・・・・・・・・っ!!」
アイドの表情にさらに悲しさが加わる
ちょっとした事で泣き出してしまいそうなアイドの表情は見ていて、辛かった
「アイド・・・さん?」
彼が心配そうに声をかけるとアイドは我に返ったようにはっとした
知らぬ間にうつむいてしまっていた顔を上げ、彼の方に向ける
「すいません・・気に、しないで下さい・・・」
彼に向けられたその顔は笑っていたが、彼にはアイドの顔は笑っているようには見えず、さっきとほとんど変わらない悲しそうな複雑な表情にしか見えなかった
「・・・・・そろそろ、話してはくれないか?・・・私達が何故降りてきてしまったのか、貴様がどういう経緯で存在しているのか」
そこに今まで黙っていた城之内が口を挟む
「あ・・はい、わかりました・・・・できれば、貴方も聞いてはくれませんか・・・?」
アイドは一度城之内を見てから、また彼の方に向き直って言った
アイドのそのときの目はそれまでよりも青さを増して見え、まるで全てを吸い込んでしまうような深い海のような碧さをしていた
僅かな光に輝くその目はとてもきれいで少し、恐かった
「・・・うん、ボクもこのことについてはいろいろ知りたいしね・・・」
彼がそう言うとアイドは静かに頷いた
「では、お話します・・・・・」
こう言って、少しずつ話し始めた


――――もう、これが何年前かも分からない ずっと昔の話――――


昔、どこから現れたのか二人の神、と称される者がいました
一人は光の神、もう一人は闇の神
光と闇、二人はそのそれぞれを司る神でした
二人は、まだあまり物を知らなかった人間に光を教え、闇を教え、善と悪を教えました
光は常に皆を照らし出すものであり、闇があってこその存在
闇は常に皆を隠していくものであり、光があってこその存在
善は優しき心、悪は残酷な心、この二つもまた互いが存在してこそ存在できるもの
これらは恐れるものではないと
そしてそれを後世に伝えるように彼らに言いました
その後、時は経ち
二人は新たな神として二人の女神を創り上げました
一人は私、『死の女神―アイド』、もう一人は『生の女神―アイル』
私達は創造主と同じように、あまり物を知らない人間に死を教え、生を教え、正と罪を教えました
死は常に皆を見送っていくものであり、生があってこその存在
生は常に皆を見守っていくものであり、死があってこその存在
正は正しき心、罪は間違った心、この二つもまた互いが存在してこそ存在できるもの
これらは避けるものではないと
そして、それを後世に伝えるように彼らに言いました
また、時は経ち
彼らは自分達だけで知るという事を覚え、自分達だけの考えを持つようになり、考えが似ている者同士で集まりその集団で生きるようになりました
彼らは私達の考えを捻じ曲げました
彼らは生と光を善や正だと、死と闇を悪や罪だと思うようになりました
それ故に
光の神と生の女神は、人間にとっての希望の神で
闇の神と死の女神は、人間にとっての絶望の神と
私達は分けられました
時には、絶望の神とされた私達は人間達に殺されそうになることもありました
それでも、私達は人間を憎もうとは思いませんでした。思うことが出来ませんでした
きっとそのころの私達は人間に対して恨んだり、憎んだり出来ないようになっていたのでしょう
私達は、これは運命なのだ。運命には逆らえない、しかたないのだと運命の所為にしました
そんな中、この世界に何があったのか
突然の大災害が起きました
私達神々は一人でも多くの人間を救えるよう、世界に大きな影響を与えてしまわないように・・・・・
そう思い私達はその肉体を生贄に大災害を終わらせました
それでも多くの人間が死んでいってしまいました
多くの人間の死に、生き残った人間は恐怖を覚え、怒り、憎しみ、悲しみの感情を自分達で生み出してしまいました
そして、絶望の神とされた私と闇の神はその感情の対象となりました
しかしその時すでに魂のみとなっていた私達はそこを離れ、エジプトの石版を器とし、長くの間沈黙していました
それでも、その間中彼らの憎しみ、怒り、悲しみの声は全て私達には聞こえていました
私達は後悔しました
何故、教えなかったのだと・・・・・優しさを、愛情を、喜びを・・・・・
そして人間は大きな過ちを犯し始めました
人が人を殺し、憎悪と狂気が入り乱れ、多くの血が流れる・・・・・・
そんな恐ろしい時代の間も、私達はただただ沈黙していることしか出来ませんでした
流せない涙を流し、出せない声を出しながら私達はずっと悔いていました
教えなかったことはこの魂を捧げても、決して償えるものではありません
そう分かっていても、私達は石版の中で人の声を聞き続け、後悔という苦しみの中に存在することによって少しでも私達の罪を償おうとしていました

長い、長い時が経ち

少しずつではありましたが、戦いが治まり始めました
それと同時に僅かに、本当に僅かに人間の間で優しさと、愛情と、喜びが生まれました
私達はそれに幸福を感じました
私達が教えずとも、人間は自分達の力でその感情を見つけられたのだと
人間達はもうそれぞれのみで多くのことを知り、創り、感じ、進んでいけるのだと
そう思った私達は、自分達の存在の意味に疑問を抱きました
そして、私達はある決断をしました
人間は、もう自分たちで生きてゆける。道を選んで進めるのなら、私たちにもう存在する意味はありません
故に、私たちは自らの魂を消滅させる決断をしました
これが、最後だと・・・・・

しかし、その決断の日
誰も入って来る事はできないはずの神殿の奥・・・私たちの石版が置かれている場所に、ある一人の人間と思しきものが、やって来ました
その者は、石版の中の私たちに言葉をかけてきました
『君達は、何故消えなくてはならないんだ?』
よく思えば、とても不思議な者でした
普通の人間ならば、絵が彫られただけに見える石版に、話しかけては来ないでしょう
さらに言えば、その者は私たちがその日、魂を消滅させようとしていた事を何故か知っていました
何故かは分からない
ですが、消えるはずだったその時の私たちには、そのような事はもうどうでも良かったのかもしれません
私たちは答えました
『私たちは、必要が無くなったのです。なので、消えなければならないのです』
そう、私たちは答えたのですが、その者は納得しなかったようで、また何度か質問をしてきました
『何故、必要ないなんて思うんだ?』
『本当に、必要ないと思っているのか?』
『君達は、消えなければならないのか?』
何度も、質問をしてきました
私たちは全部答えました
そして最後に
『ボクには、君達が必要だ。共に来てはくれないか?』
私たちは、自分の耳を疑いました
そんなことなどありえないと、心の中で否定しました
しかし
『君達は、まだ必要とされている・・・だから、消えないでくれ』
その者は、はっきりとそう言いました
嬉しかった
私たちは、まだ必要とされている
私たちには、存在の意味が残されている
私たちは、まだ消えなくて良い・・・
心の底から湧き上がる喜びを、私たちは感じました
もう、消えることしかできないと思っていた。存在する意味がないと思っていた
その者は、私たちに希望の光をくれた
消えるのは、運命だと思っていた・・・消えるのは、恐かった
その者は、私たちを救ってくれた
私たちに出来ることはない。存在するだけ無駄だと思っていた
その者は、私たちに意味をくれた
本当に、嬉しかった
その時は、その者は自分たちとは違い、とても輝かしく見えていました
名も、人間かどうかさえも、何もかも分からないその者を・・・
その者は
『さあ、共に来てくれ。ボクのために、皆のために・・・』
そう言った
私たちは愚かでした
喜びもつかの間でした
私たちは、私たちの力だけでは、石版の中から出ることができないのです
『残念ですが、私たちはこの石版から出ることは出来ないのです・・・貴方一人では、どうすることも出来ないでしょう?』
そう、元々私たちは消える運命にあったのです・・・それを今更、変えようなどとは・・・浅はかにも程がありました
しかし、その者は笑いました
『いや、どうにかできるさ・・・ボクになら、ね・・・』
普通なら、ありえません
当時の世界の者では、石版を扱うことはできないはずでした
無論、その者についてきている者は一人としていません、一人で、石版のまま私たちをここから連れ出すことは不可能です
私には、その者が嘘をついているように思えましたが、その者の顔は、嘘をついている顔には見えませんでした
その顔は、どこまでも自信に満ちていました
そして言いました
『君達は、何もしなくていい・・・ただ、何もせずにいればいい・・・』
私たちはその指示に従い、何もせず、ただ沈黙しました
次の瞬間、ほんの一瞬でしたが私たちは意識を失い、次に意識を取り戻したときには、私たちは石版の中から消え、どこか・・・私たちにも分からないどこかへ移されていました
『さぁ、行こう・・・ボクと共に・・・・・・』
その者は穏やかな声でそう言い、私たちを連れて何も描かれていない4枚の石盤が置かれた、神殿の奥をあとにしました
それからしばらくの間、私たちはその者の元にいました
その者は私たちに多くのことを話してくれました
世界のこと、平和のこと、戦争のこと、今の人間のこと
まるで私たちが人間にものを教えたときのように、その者は話してくれました
そして私たちの魂の力が元通り、とまでは行かずとも戻り、魂のみの姿でこの世界に出られるようになりました
するとその者は
『君達の魔力をボクと世界のために分けてくれないか?』
貴方の為なら、世界の為ならと、私たちは喜んで魔力を分け与えました
私たちはその間、幸せでした
いつも、誰かの為に何かできることがあったから
私たちの存在にも、意味があるのだと思えたから
しかし、幸せなどそう長くは続きませんでした
そう昔のことではありません
私は見てしまいました
私たちを救い、存在の意味を、希望の光を与えてくれたその者が
その者が、光の神と、闇の神を喰らっているのを
背筋が凍りつくようでした
私は、すぐにそのことを生の女神に伝えました
彼女はその瞬間、肩を震わせ、座り込んでしまいました
その様子を見て私は、ここから逃げようと言いました
しかし、彼女は逃げようとしませんでした
私は尚も言いました
私たちの創造主が喰われたのだ、恐ろしくないのか、憎くないのかと、うつむいた彼女の肩を掴んで問い詰めました
彼女は無言で、私の手を払いのけました
私はこれ以上ないほどに驚きました
『・・・・・どうして・・・・・っ!』
いつのまにか私は座り込み、涙を流していました
私のその様子に気付いた彼女は、私の方に涙で濡れた顔向けました
そして、一言
『もう、戻りたくないの・・・・・』
私はその言葉を聞くと、さっと無言で立ち上がり、彼女を置いて一人で逃げ出しました
彼女の悲痛な言葉を聞きたくなかったから
あの者が許せなかったから
あの者が恐かったから・・・

そして、今
あの者の力か彼女の力かは知りませんが、現世と冥界の境界はなくなり、冥界にいたはずの者達がこちらの世界に流れ込んできました
それらは現世の住人の肉体を奪い、死んでいながらも生きています
モンスター達の正体は、おそらく過去に存在していた魔物たちです
モンスター達は自分たちで争いを始めては自分達の、奪い取った肉体を破壊し、また新しい肉体を奪ってはまた破壊し・・・それを繰り返し続けています
あの者が行ったことは全ての秩序を乱す、大罪
私は死の神です
このような大罪を見逃すことはできません
しかし、私に魂の力はないといっても過言ではないほどに無力です
だから、探しに来たのです
あの者よりも強い魂の力を持つ者を

――――そして見つけました――――

「あの者よりも、強い魂を持つ貴方を・・・」
碧い瞳を遊戯に向けるアイドの声に、悲しい色が混じっていた
雨の音は、まだ続いている



第5章 「強き魂」

「ボクが、その強い魂の持ち主・・・?」
遊戯は、心底驚いたように言った
「はい、それが貴方が必要である理由です」
アイドは頷きながらそれに答える
すると、遊戯は自嘲気味に少しだけ笑った
「まさか、ボクがそんな・・・」
ボクが、そんなに強い魂を持っているなんてあるわけがないんだ・・・
しかし、アイドはくすっと笑った
「ならば、何故貴方は他の者達と同じようにならないのですか?」
アイドの言葉に、遊戯は思わず黙ってしまった
他の人たちの殆どはモンスターたちの器にされ、暴走しているにもかかわらず遊戯だけは何も起こらない・・・そのことは、遊戯も不思議に思っていたことだった
じゃあ、本当に・・・?・・・いやまさか・・・
遊戯は、心の中でまだ否定していた
「成る程な、道理で決闘の最中ほぼ無防備だったと言うのにあいつ等・・・モンスター達が寄って来ない訳だ」
城之内はどことなく面白そうに言った
「そうですね、弱いモンスター達の魂の力では彼の中に入ったとたんに消滅してしまうでしょうから」
アイドが話していると、それまでずっと黙り込んでいた遊戯が口を開いた
「・・・ちょっと、いいですか?」
その声にアイドは驚いたような、焦ったような声を出す
「え・・・あ、はい何でしょうか?」
どうやら城之内との話に集中していたらしい
遊戯は少しだけ苦笑すると、言葉を続けた
「ボクが強い魂を持っているという事は・・・まだ、信じきれないんですけど・・・認めるとしますが、それで、何故強い魂を持つ者でなければ駄目なんですか?ただ戦うだけなら魂の力は関係ないんじゃ・・・」
遊戯の問いに、アイドはにっこりと笑う
「さっき城之内さんとも話していましたが、強い魂を持つものの中に弱い魂は入れません」
遊戯は頷く
「さて、それは一体何故でしょう?」
「へ?」
からかうように言ったアイドの言葉に、遊戯は思わず間の抜けた声を出した
強い魂に近づけない理由・・・・・・?
遊戯はしばらく考えたが、結局分からないと言った様子で首を横に振った
それを見て、アイドは続ける
「それはですね、弱い魂は強い魂に消されてしまうからです」
「消される?」
不思議そうに遊戯は眉を潜めた
「ええ、という事は、遊戯さんの中にあの魂たちが入っても、遊戯さんには何も起きません」
「消されてしまうから?」
遊戯が言うと、アイドは満足そうに頷いた
「逆に、弱い魂の中にあの魂たちが入ったらどうなると思いますか?」
「・・・入ってきた魂に、体を取られる・・・?」
アイドはもう一度、満足そうな顔をした
「これで分かったと思いますが、魂の強い者でないと体を取られて終わり・・・」
「だから、体を取られない強い魂を持つ者が必要・・・ということですか?」
アイドはそのままの表情でにっこりと笑う
「その通りです」
その通りとは言われたが、遊戯はまだ気になることがあるらしくずっと眉をひそめている
「・・・他に、分からないことがありますか?」
それを見たアイドは自ら遊戯に声をかける
遊戯は唐突に問われた所為か、一瞬ぴくんっと反応してから答える
「あ、はい一応・・・どうでもいい事なんですけどね」
遊戯は、そう苦笑混じりに答えた
「何でしょうか?」
アイドは、そのどうでもいい事が気になったらしく、遊戯にもう一度問う
「・・・もしかしたら、他にも体を取られていない人がいるんじゃないかなぁって思ったんですよ・・・・・・ほら、城之内君も完全には体を取られたわけじゃないみたいだし・・・」
遊戯が答えると、アイドは顎に手をやり、考えるように
「成る程・・・確かに、完全には取られていない人間も居るでしょう・・・ですが」
アイドは顎から手を離し、一度区切った言葉を続けた
「居るとしてもそれはごく僅か・・・それに、入ってきた魂にいつ完全に体を取られてしまうか分かりません」
「そうなんですか?」
遊戯が問うと、アイドは頷いた
「ええ、そこの・・・城之内さんでしたっけ?に入っている貴方も、取ろうと思えばその体、取ってしまうことが出来るでしょう?」
問われた城之内は、無言でゆっくりと頷いた
「確かにそうだが・・・まあ、私は無理に体を取ろうとは思わないからな・・・」
「・・・と、言う事ですね・・・あと、他の魂が全く入ってきていない人間は本当に貴方ぐらいしか居ませんよ」
アイドはまたにっこりと笑いながら言った
「そうですか・・・でも・・・」
アイドの答えに、遊戯の表情は僅かに曇った
「何かあるのですか?」
アイドの声に遊戯が答えるよりも早く、城之内の口が動いた
「・・・何か来るぞ」
その声と同時に周囲に緊張が走る
城之内の向く方向に、そこに居る者の目が一斉に向けられた

・・・っ・・・っ・・・

足音とも呼べぬ足音が、遊戯たちへと近づいてくる

・・・っ・・・っ・・・っ・・・

それは、意思のない人形の足音のように静かに静かに響く
雨の降り続く今でも、ごく僅かな月明かりは雲から漏れ、微かに此処を照らす
その僅かな光に、足音の主の輪郭が微かに見て取れる
普通の人間の目ではそこまでが限界なのだろうが、この夜の暗さに慣れた遊戯たちの目には、それが何であるかを確認するのにそう時間は要らなかった
「『聖なる魔術師』・・・・・・」
闇に慣れた目に映る後ろで束ねられた紫色の髪と白い肌、三日月の形を先端につけた杖を持つそれは、デュエルモンスターズに出てくるモンスターの一つ『聖なる魔術師』に酷く似ていた
そして、その目は白濁し、輝きを失っていた
聖なる魔術師は、一歩、一歩、こちらに向かってくる
「・・・遊戯さん」
突然、アイドが口を開く
遊戯は、変わらず聖なる魔術師の方を向いている
「分かりますか?」
アイドが遊戯に問う
そのままで遊戯は答える
「あれは・・・杏子・・・・・・!」
聖なる魔術師――――杏子は、遊戯より少し離れたところで立ち止まった
そしてゆっくりと、おぼつかない様子でその杖を遊戯たちのほうに向ける
最初はふらふらとしていた杖の先が少しずつ、しっかりと遊戯たちに定まっていく
「杏子・・・・・・?」
杏子は黙ったまま
その代わりと言うように、アイドが口を開く
「今の彼女に感情という感情はほとんどありません・・・・・・今の彼女はただ、モンスターの意思によって動くだけ・・・です」
冷酷さすら感じるような淡々としたアイドの声
その言葉に、遊戯は思わず苦い顔をした
すると、遊戯たちに向けられた杖が青色に淡く輝き始めた
光は、強くなっていく
「・・・アイドさん」
遊戯が口を開く
アイドは、変わらず杏子の方を向いている
「杏子は元に戻るんですか?」
遊戯がアイドに問う
そのままでアイドは答える
「彼女の目を見て、念じて下さい・・・彼女の、本当の魂に呼びかけてください」
アイドは、今までより強く言った
「貴方の意思を」
遊戯は、杏子の目を見る
「貴方の魂の力であれば、彼女の魂に直接呼びかけることが出来るはずです・・・上手くいけば、彼女の魂を再び呼び起こすことが出来るでしょう」
その杏子から、青い光がまぶしく光った
それでも、遊戯はそのまぶしい光さえ通さない杏子の目を見、念じた
遊戯自身の意思を
一瞬、目と目があった気がした
とたんに、杏子の表情が一変する
驚いているような、怯えているような、恐いような苦しいような、よく分からない顔に
声にならない声が聞こえる
「杏子・・・・・・!」
遊戯は再びその名を呼ぶ
杏子は杖を構えたまま、空いている左手で自分の頭を抱える
僅かなうめき声はしばらくして
「う・・・わあああああっ!!!!!」
大きな叫び声となった
それと同時に構えられた杖が強く光る
そこから放たれる青く光る球体の何か
それは遊戯のすぐ近くまで飛んでいき
ッドォオン!!!
爆発した
さらに爆発音が2、3回
辺りには煙が立ち込める
何かの小さく、荒い息遣いが聞こえる
風が煙を掻き消すように吹き込み
立ち込めていた煙は風に流された
『・・・・・・ッ!?』
そこには、何もなかったかのように遊戯、城之内と、アイドが立っていた
アイドは、杏子に向かってにこりと笑う
「何を、迷っているのですか・・・?」
杏子はしばらく驚いたような顔をしていたが、アイドの言葉を聞いたとたん、その顔は歪んだ
その顔のまま、杏子は再び杖を構える
「杏子!!!!!」
響く、名を叫ぶ声
その声に、光を通していなかった杏子の目が、一瞬、煌いた
その目は一度大きく見開いて、歪む
そして聞こえる、声にならない声
悲鳴とも、叫びともつかないような、かすれた音

カンッカランッ・・・

構えていた杖が杏子の手から零れ落ちる
今度はその両手で自分の頭を抱え、悶え始めた
遊戯は、一度も目をそらすことなくじっと杏子を見つめ、そして念じ続ける
杏子は立ち続けることすら不可能になってしまったのか、その場に崩れるように座り込む
聞こえる、かすれた声
そのかすれた声の中に、微かに聞きなれた声が聞こえた
『誰・・・か・・・助け・・・・・・』
「・・・!」
それは、本当の杏子の声・・・遊戯に助けを求める杏子の、悲痛な声だった
遊戯は意を決したように、頭を抱えてうずくまる杏子のもとへ行き、その手前でしゃがむ
杏子が、遊戯を憎しみと苦しみを帯びた目で睨んだ
その目で彼の眼を見た瞬間、凍りついたように固まる
口だけが、僅かに動く
「遊、戯・・・・・・!」
聞きなれたはずの言葉が、嬉しく聞こえる
遊戯は杏子に向かって、やさしく微笑んだ
「心配しないで・・・大丈夫だよ・・・」
杏子が僅かに笑った・・・様な気がした
突然、杏子の目が大きく見開かれる
再び聞こえる、うめき声
「杏子・・・!?」
杏子は遊戯を一瞬睨んで、突き飛ばした
遊戯は数歩たたらを踏んで立ち上がる
「あ・・・!」
『わあああああッ!!!!?』
遊戯の言葉をさえぎるように、響き渡る叫び声
「あ・・・杏子!?」
遊戯の声
しかし、杏子はただその喉がはちきれんばかりに叫ぶだけ
『うああああ・・・っ・・・』
杏子は長い長い叫びの後、急に意識が途切れてしまったかのように、その場に倒れこんだ
倒れた杏子の体が、淡く光る
「何・・・?」
遊戯は驚いたような声を出す
「今、彼女に入り込んだモンスターの魂が彼女の体から出て行こうとしています・・・」
アイドが言い終わると同時に、杏子の体から淡く光る何かが出てきた
アイドが、再び口を開く
『眠るべき魂よ その魂堕つる前に 我が名の下に』
何の感情も含まれていない、呪文のような言葉が響く
すると、その淡く光る何かは少しだけ煌いて、夜に溶けていくように消えた
後には、ぐったりと倒れている本当の杏子の姿があった
遊戯とアイドは杏子のもとへと歩み寄る
「杏・・・子・・・?」
遊戯は、倒れている杏子の顔をしゃがんで覗き込む
どうやら気絶しているだけで、何ともないようだ
それを見、遊戯はほっとする
「これで、少しは自覚してくれましたか?」
アイドは笑顔で問いかけるが、遊戯はその言葉の意味が全く分からないといった表情をしている
「貴方の魂が強い、という事を」
その言葉に、でも・・・で区切った言葉が気付かれていることを知った遊戯は、思わず苦笑し、答えた
「・・・さあね・・・」
遊戯がそう言うと、今まで全く会話に入ってこなかった城之内が口を開く
「さて、私もいい加減戻るか・・・」
「え・・・」
遊戯は城之内の方を向く
「ン・・・!おう遊戯!どーしたんだよそんな変な顔して・・・」
そこには炎の剣士の格好も消え、すっかり元の姿に戻った城之内が不思議そうな顔をして遊戯を見ていた
「城之内君!大丈夫!?」
驚き慌てる遊戯に対し、城之内はきょとんっとした顔で答える
「・・・何だかよく分からねえが・・・何なんだ?外に出たら気味悪ィモンスターだらけだし、コイツもワケ分かんねえ事言って俺の体勝手に使いやがるしよォ・・・」
「コイツって・・・もしかして炎の剣士の事?」
「てかそれしか居ねーだろ・・・だーもーうっせぇな・・・」
遊戯は城之内を不安そうな目で見つめる
「あ、あの炎の剣士なら、まだ俺の中に居るぜ」
「まだ居るの!!?」
遊戯は城之内の言葉に、目を丸くした
見た目にはもう何もないようだが、中にはまだ炎の剣士の魂が残っているらしい
「何かコイツとかそれ呼ばわりするなってうっせぇんだよ」
「あぁ、そう・・・・」
遊戯は答えると、何か思い出したように急に笑い出した
「あ?何だ遊戯?いきなり笑ったりして・・・」
遊戯はまだ少し笑いながら答える
「いや・・・何か昔のボクとアテムを見てるみたいで、何だかおかしくって・・・」
遊戯がそう言うと、城之内も笑い始めた
「確かに、そういやそうかもな」
しばらく、一緒になって笑っていると、遊戯がまた何か思い出したような顔をした
「そういえば・・・まだ、獏良君と本田君が見つかってないね・・・」
「ああそっか、ったく、あいつらドコに居るんだよ!」
言いながら城之内が辺りを少し見回した
そこに、アイドが口を開く
「・・・とりあえず、彼女を安全な場所に移しましょうか」
言って、アイドは杏子に近づくとその肩に手を当てた
その瞬間、何やら空気の渦のようなものが杏子を覆い隠し、それが消えた後には杏子の姿もそこから消えてしまっていた
「えっ!?」
「おい!杏子はどうした!?」
いきなりの事で動揺する二人に対し、アイドは平然とした口調で答える
「一時的に、まあ、言わば異空間のような所に彼女を隔離しました・・・これで、安全のはずですよ」
「何だ、良かった・・・」
遊戯はほっと胸をなでおろした
「ところで、貴方の仲間を探すのでしょう?」
「え、あ、はい」
アイドは問うと、路地から少しだけ顔を出し、辺りの様子を見る
「・・・近くには多くのモンスター達が居ますが・・・どうするつもりですか?」
言われて、遊戯も辺りの様子を確認してみる
辺りには先ほどにも増してモンスター達がうろついており、ここがばれていないのが不思議なくらいだ
「・・・・・・」
それを見て、遊戯は思わず無言になる
「こればっかりは私でもどうしようもありませんし・・・」
アイドが困ったように声を出す
「・・・なら突っきりゃいいじゃねぇか」
「「はい??」」
城之内の提案に、遊戯とアイドの声が見事に重なる
不思議な表情のまま二人が城之内を見ると、城之内は当然だろうといった表情をしている
「どうしようも無いってんなら突っ切る・・・当たり前のことじゃねぇか」
「え、ええ?でも、危ないよ?」
不安げな遊戯の言葉に、城之内は声を大きくして答える
「危ないっつってずっとここに居るわけにはいかねぇ!ならちょっとぐれぇ危険な道も進まないと前へ進めねぇだろ!?」
城之内の言うとおり、ずっとここに居てもどうしようもなく、いずれはここから出なければモンスター達にもばれてしまう
だが、無謀とも言えるそれに、遊戯は進んで賛成することが出来なかった
「・・・しょうがない、ですかね」
静かなため息と共に、アイドの声が遊戯の耳に響いた
「・・・アイド、さん?」
遊戯が丸くした目をアイドに向けると、アイドは仕方ないといった表情をしていた
「さすがに正面突破のような事はしないでしょう?」
「まあ、それはさすがにマズイからな・・・ここみてぇな路地に隠れながらじゃねぇと」
「そうですね、突っ切るにしてもなるべく慎重に・・・」
「そうだな、ここからなら・・・・・・」
勝手に進んでいく話に、遊戯は全くついて行けず呆然としている
「よし、んじゃぁ・・・どうした?遊戯?」
「あ、いや別に」
呆然として固まっていた遊戯は、やっと普通の表情に戻った
「ならいいや、んで、あそこの細い路地・・・見えるか?」
城之内が顎で示した先には、ここと同じくらいの細い路地があった
「うん」
「ちょっと遠いが、全力で走れば何とかなるだろ」
ああ、結局突っ切る事になったんだなぁ・・・
遊戯はぼんやりとそう思いながら、口を開いた
「まあ、頑張って―――――」
声が途切れた
城之内たちは何が起きたかも分からずに、大きく見開かれた目で遊戯を見る
光を失い、生気の無くなった目の遊戯の体は、力を失ったように傾いていく
「遊戯!?」
遊戯の体を支える城之内の腕に、どっと重みがかかる
嫌な予感が城之内の脳裏によぎる
アイドは、その様子をただじっと見ていた



第6章 「またあえた」

「おい!遊戯!?遊戯!!」
倒れた遊戯の腕や脚は、糸の切れた操り人形のようにだらんとしている
城之内は、その遊戯の体を何度も揺すりながら名前を呼び続ける
何度目かの呼び声
すると、その声に僅かに反応した
「遊戯!?」
城之内はもう一度、遊戯の名を呼ぶ
「・・・・・・う・・・・・・」
そして小さく声を出すと、それまでだらんとしていた脚で立ち上がった
まだふらふらとしていて危なっかしいが、城之内は顔を輝かせた
「大丈夫か遊戯!?しっかし何で急に倒れたりなんかしたんだ?ま、とりあえず無事でよかったぜ!」
いいながら、ふらふらとしたその背をばしんっと叩いた
「った・・・」
一瞬だけ放った声に、アイドは気付いた
「貴方はもしや・・・?」
アイドの声に、それまで下げていた顔を上げる
瞬間、城之内の顔が硬直する
その状態で、口だけが動いた
「・・・嘘、だろ・・・」
上げた顔の輪郭が、僅かな光に浮かび上がる
「何で・・・・・・何でここにアテムが!!?」
城之内が叫んだ
城之内がアテムと呼んだ少年の顔は、遊戯に酷く似ていたが、その目は遊戯には無い鋭さがあり、どこと無く大人びた凛々しさを感じさせる
アテムは城之内の姿を確認すると、初めて口を開いた
「城之内君!?まさかここは童美野町、なのか・・・?」
「やはり、貴方は3000年前のエジプトに居たファラオですね?」
アテムはアイドの方を向き、それに答える代わりに質問を重ねた
「何故、お前が俺のことを知っている?」
真剣な面持ちで問うアテムに、アイドは微笑みながら答える
「貴方の時代に、私もエジプトに居たものですから」
アテムは再びアイドに何か言おうと口を開きかけたが、それは城之内の声によって遮られた
「アテム!偶然だかなんだか知らねぇが、まさかまた会えるなんて思っても見なかったぜ!!」
言って、またアテムの背をばしんばしんと痛そうな音を立てながら叩く
「城之内君・・・力入れすぎ・・・」
「あ、悪ぃ」
アテムに注意され、城之内は笑いながら叩いていた手を下ろした
それにつられたように、見ていたアイドもくすくすと笑った

―――――もう一人のボク!

不意にアテムに、アテムにしか聞こえない声が聞こえた
「相棒!?」
その、酷く懐かしく響く声に、アテムは思わず驚いた声を出した
そして、それと同時にアテムに懐かしい感覚が蘇る
それは一年前、アテムと遊戯が一つの体を共有していた時の独特の感覚
アテムは、嬉しさと、懐かしさが入り混じった明るい声を出した
「相棒!ここに居るのは相棒なんだな!!」
それに答えるように、またアテムにしか聞こえない声が聞こえる
今度は、少しかすれた様な声だった
『そうだよ・・・!』
その後はもう言葉にならないらしく、遊戯の声は途切れたが、その思いはアテムの心にしっかりと伝わっていた
アテムはやわらかく微笑んで、かつて、千年パズルがあった位置に目を向けた
「相棒・・・」
とても優しく、やわらかな声
アテムは、千年パズルがあった位置まで自分の手を上げて、そこにはもう何も無いことを確かめるかのようにぐっと、その手を握り締めた
見ていた城之内は、思わず目が涙に溢れていた


遊戯も、アテムも、城之内も、ただ嬉しかったのだ
3人とも、再び出会ってしまったからには、またいつか別れてしまう事を知っている
それでも、またあえた、という気持ちはどうしようもなく嬉しく、幸せだったのだ
だから、再会という喜びに、全てを忘れ歓喜してしまうのだ
たとえ、それが―――――



また、遊戯の少しかすれた声が聞こえた
『また逢えたね・・・もう一人のボク・・・!』
アテムはその声を聞くと、ふと気がついたように少し笑った
遊戯の声が聞こえていない城之内は、どうしたのかとアテムの方を不思議そうに見る
そんなことは気にせず、アテムは口を開く
「相棒、前に言っただろ・・・」
優しく、優しく言った
「オレは、もう一人のお前じゃないってな」
アテムにそう言われ、遊戯はそうだったね、と笑った
そこに、アイドが口を開く
「しかし、驚きましたね・・・貴方達が3000年前の王の事を知っていたとは」
アイドは驚きと、僅かな興味の色が混じった声を出した
そのアイドの反応に答えるため、遊戯は人格交代しようとしたが、アテムに拒否される
『悪いが、少し待ってくれ』
そう心の中で遊戯にだけ言って、アテムはアイドを見据える
「・・・お前は一体、何者だ?」
アテムの警戒したような目線に、アイドはそうですね・・・と、少し間をおいてから一言
「創られた死の女神」
そう言ったとたんに、アテムは驚きに目を見開いた
アイドはその様子を見て微笑む
「これで、分かって頂けたでしょうか?」
笑顔で言うアイドに、アテムは未だに驚いた顔で呟いた
「そうか、お前が創られた死の女神・・・」
呟いた後、アテムは急に理解したような顔でアイドを見た
アイドはそれに、笑顔で返した
すると、アテムの心の中から声がした
『どうして、アイドさんのことを知っているの?』
遊戯がそう質問し、さらに城之内も続ける
「なあ、『創られた死の女神』って何だ?」
そう二人に問われ、アテムはああ、と小さく言ってから答え始めた
「オレの居た時代・・・つまり、古代エジプトには、さまざまな神が居たことは知っているな?」
少しの間をおき、城之内は頷く
『オベリスクやオシリス、ラーとかの事だね』
遊戯が言うと、アテム心の部屋の遊戯に向かってそうだ、と短く言ってから、再び話し始める
「ヘル、ジェフティ、メアアト、セへメト・・・3幻神以外の神々にも、それぞれ名が有るものなんだが・・・」
言って、アイドの方を向く
「この女神だけはオレがさっき言った『創られた死の女神』とだけしか知られていなかった・・・名も、その容姿すらも」
アテムがアイドと目線を合わせると、アイドはにっこりと笑った
どうやら本当のことのようだ
『・・・どうした?』
突然、アテムが心の中の遊戯に声をかけた
遊戯の様子の変化に気付いたのだろう
『ううん、何でもないよ』
遊戯ははっとして、笑顔でそう答えた

・・・辛かった、だろうな
遊戯は、アテムの説明を聞きながらそう思った
遊戯は、その頃のアイド達のことを殆ど全て聞いていた
そのころアイド達は、人々の苦しみを長くの間聞き続け、アイド達も苦しみ、人知れず悲しんでいた
それでも、ただ沈黙するしかなかった・・・そんな中、自らを消滅させるという覚悟をしたその時の苦しみ、悲しみがどれほどのものであったのか・・・遊戯はそれを誰よりも理解していた

アテムはその顔を見、声を聞くと
『・・・・・そうか』
と、優しい声で一言だけ返した
アテムは、遊戯が誰よりも優しく、心の痛みを知っていることを知っていた
だから、それ以上の詮索はしないことにした
無理に話させるのは、心を痛めるから
「それにしても驚きましたね・・・3000年前のファラオに此処で出会えるとは」
笑顔で、そして驚きの色を交えた声で言った
「ん、まあ正直オレもまたここに来ることになるなんて思っても見なかったけど・・・」
そこまでアテムが言うと、急にその体がふらついた
「おい、大丈夫か?」
城之内が言って近づくと、その変化に気付いた
「・・・あれ?どうしてボクが・・・?」
アテムから元の遊戯に変わっていた
どうやらいきなりの事だったらしく、遊戯自身も若干動揺している
先程のアテムの様子から察するに、急にアテムが人格交代したわけでもないようだが、一応聞いてみる
『ねえ、今何かした?』
だが返ってくるのは予想通りの答え
『いや、オレは何もしていないぞ』
分かってはいたが、それでは一体何が急な人格交代を引き起こさせたのか分からない
「アテムが何もして無いなら・・・一体どうして・・・?」
遊戯が不思議がっていると、アイドはそっと口を開いた
「・・・器の限界・・・」
「器の限界?」
おうむ返しに遊戯がたずねる
「ええ、『身体』と『魂』は基本的にそれぞれ一つずつしか共存できませんし、それぞれが合っていないといけません・・・一つの『身体』に二つの『魂』の場合では、合っていないほうの魂が表に出ている場合、いずれ身体に限界が訪れて強制的に元の人格に戻ってしまうのですよ」
ひとしきり説明し終え、アイドが遊戯に笑いかけると遊戯ははっとした表情をした
「え、あ、はい、まあ何となく分かりました・・・?」
「・・・若干疑問系なのが気になりますが・・・つまり今回のことはこういう事と思います」
長々とした説明に多少聞き取れない部分もあったようだが、一応は理解できたらしい
「しかし、人格交代とは・・・もしかすると、今までにも何度か・・・?」
問いながら、興味深げにアイドは遊戯をまじまじと見る
「まあ、昔は交代しながら生活してたワケだから・・・」
何気なく遊戯が言うと、アイドは眉をひそめた
「交代しながら生活していた・・・?それは、今のような状態で、という事ですか?」
そこまで意識せずに放った言葉に疑問を投げかけられ、遊戯は少しだけ動揺したが、すぐに理解してそうですよ、と答える
その答えにアイドは再び問う
「先程の様子からすると、急に交代してしまう事は無かったようなのですが?」
遊戯は少し考えて、答える
「はい全く・・・あ、もしかしたら『千年パズル』があったからなのかなぁ」
遊戯がそう答えると、アイドは納得したように言った
「千年パズル・・・ああ、千年錘の事ですね、これでやっと分かりましたよ」
千年パズルという言葉一つだけで理解するとは思っていなかったので、遊戯は一瞬間抜けな声をあげたが、すぐに元に戻ってそうですか、と付け加えた
「あれは不思議な物ですからね・・・それが関わっていたと言うのならそれでも納得できますよ」
微笑みながら遊戯に向かって言うアイドを見て、遊戯はどうして理解したのか疑問に思っているのに気付かれていることに気付いた
遊戯が驚いたような顔でアイドを見ると、アイドは再び笑顔で返した

・・・・・・もう、時間が無いですね

遊戯が目を離した一瞬に見せたアイドの表情に、二人は気付かなかった
「おい、そろそろ行かねぇか?」
話を変え、城之内が言う
「そういえば海馬君たちもまだ見つからないしね」
海馬とは高校生でありながら海馬コーポレーションの社長であり、遊戯たちのクラスメートでもあり、また、遊戯のライバルでもある少年の事だ
そして海馬・・・海馬瀬人にはモクバという弟もいる
遊戯が海馬君『たち』と表現したのはその弟のことも含めて表したからだろう
「海馬はどうでもいいとして、それよりも獏良や本田が先だ」
本人はいたって普通に言ったつもりだろうが、海馬はどうでもいい、という台詞に思わず遊戯は苦笑した
『当たってなければいいが・・・・・・』
ぼそり、と、アテムが呟いたのに遊戯は気付かなかった
「じゃあさっさと行くぜ!」
「うん!」
「あ、ちょっと・・・!」
アイドの制止する声も気にかけず、二人は通りへと駆け出し・・・
『グ?ゲギャァアアア!!!』
「「おわァアあア!!?」」
遊戯と城之内の別々の叫び声が重なる
話をしていて、表にまだ沢山のモンスターがいることを忘れてしまっていた二人にとっては不意をつかれたとも同然なので大きな声を上げてしまうのも仕方の無いことなのだろう・・・
・・・だろうが、そのあまりの声の大きさに辺りのモンスターの全てが遊戯たちの存在に気付き、ゆっくりと振り向く
「城之内君・・・これって・・・」
「ヤバイ・・・よな?」
そう、二人が言った刹那
『グギャゴガァァアアア!!!!!』
「「ぎゃーーーーー!!!」」
とたんに新しい標的を見つけたモンスター達が遊戯たちを追いかける
無論、遊戯たちにそのモンスター達をどうにかすることなど不可能で、また遊戯は逃げる為に全力で走る羽目になった
「ど、どーするの城之内君!!?」
「知るか!とにかく走れっ!!」
問いかけて返ってきたのは走れということだけ
何はともあれ、二人はただ逃げる為に走る・・・が、モンスターとの差は縮むことも無いが、広がりもしない
気付けば、行くはずだったあの横道もとうに過ぎてしまっている
走りながら別の道も探すが、どこも道幅の広い、明るい通りばかりで、これでは普通にモンスター達も追いかけてきてしまう
このまま逃げ続けてもやがて追いつかれてしまうのは目に見えている
どうすれば、と再び遊戯が思うと同時だった
急に目の前が真っ白になった
一瞬にして視界を奪われ、動揺していると何かに手を引かれた
そしてそのまま、よく分からないうちに遊戯たちその手に引かれていく
しばらくすると、声がした
「・・・間に合いましたね・・・」
相変わらず目は殆ど見えていないが、声で遊戯たちの手を引くものがアイドである事が分かった
「アイドさん!?」
遊戯が呼ぶと、隠れられる場所にでも着いたらしくアイドは足を止めた
「遅れてごめんなさいね・・・もう少し早く助けられればよかったのですが・・・」
アイドが言うと、遊戯とは別の所から声がした
「気にすんなって、アンタがいなきゃ助からなかったかもしれねぇんだからよ」
遊戯は、ぼんやりと見えてきたその影が城之内だと分かるとそっと胸をなでおろした
どうやら城之内もアイドに連れて来られていたらしい
「本当に、ありがとうございます・・・今の光も?」
「ええ、スタングレネードを使わせていただきました」
「ぶっ!!?」
「な、何でそんなも・・・」
言いかけた遊戯の口をアイドは手で塞ぐ
「大きな声を出さないで下さい・・・まだ近くにモンスター達がいるはずですから」
神様って・・・・・・一体・・・?

スタングレネード  日本語名称:閃光手投げ弾
強烈な閃光と爆発音や白煙で犯人を無抵抗状態にする事を目的とした対テロリスト用特殊武器。主に各国のSAT(Special Assault Team)で使用されています。

何故女神がそんなものを持っているのかという疑問はさて置き、大分視力の戻ってきた遊戯はやっと今の状況を把握することが出来た
さっき居た所よりももう少し細い路地で、奥の方は入り組んだ路地が続いている
辺りにモンスターもいないらしく、音は殆ど無い
見回した後、再びアイドの方に視線を戻そうとした時、視界の隅で何かが動いた
遊戯はびっくりしたように、戻しかけた視線を何かが動いた所へと向けた
一瞬だけだったが、遊戯にはそれだけで十分だった
城之内も気付いていたらしく、遊戯と同じ方を向いている
二人は確かめるように顔を見合わせると二人同時に頷いた
どうやら確信したらしい
二人は再び走り出した
何かは入り組んだ路地へと入り込んでいく
二人と何かの距離が大分縮むと、何かは二人の存在に気付いたらしく、そこで止まる
そして、何かは振り向いた



続く...



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