第三回バトル・シティ大会
〜幕間U〜
製作者:表さん






 ――まず闇が在り、次に光が生まれた

 ――闇と光は交ざり合い、混沌を生み

 ――楽園は穢れ、世界となった




決闘111 ノア

 ――神に従う無垢なる人よ
 ――私の声が聴こえますね?

 ――私は全ての始まりのモノ
 ――全てを包む、創造の闇

 ―― 一つの名はゾーク
 ―― 二つの名はアダム

 ――ノア……私の可愛いノア
 ――もはや猶予はありません

 ――世界には穢れが満ちている
 ――それは邪なる神を生み、世界に暴虐をもたらすでしょう

 ――地から穢れを拭いなさい
 ――全ての穢れを浄めるのです

 ――全てを知り得る賢き人よ
 ――救いの舟を創りなさい

 ――あなたには、特別な力がある
 ――全てを照らす黄金が

 ――その魂を材木とし
 ――魔力でそれを結わえなさい

 ――あなたに、導きの書を授けましょう
 ――それをもとに、あなたの箱舟を創りなさい

 ――全てを愛するやさしい人よ
 ――全てのヒトをお救いなさい

 ――頼みましたよ……ノア
 ――あなたのやさしい魂が、世界の全てを救わんことを



 ――神よ
 ――私の信ずる、やさしい神よ

 ――私のこの絶望が、あなたには伝わりますか?
 ――世界の悲鳴が、届いていますか?

 ――私は、取り返しのつかぬ罪を犯しました
 ――これほどの絶望を負い、いかにして生を抱けましょう

 ――私の穢れた箱舟は、黒い洪水を生み
 ――地上に生きる、全ての人たちを殺しました

 ――生き残ったのは私と、私の大切な家族だけ
 ――地上には、数多の遺体が転がっています

 ――残された血肉は悪魔を喚び、死者のそれを貪り喰らい
 ――屍の無念は一つとなり、呪いの龍を成しました

 ――私はもう死にます
 ――彼ら全ての死に対し、せめてこの命で贖いを

 ――二度とこのような悲劇が起こらぬよう
 ――私は全ての魔力を破棄します

 ――どうかお許しください
 ――あなたより授かりし書を、我が魔力を封ずる器とせんことを

 ――万一、私がこの大地に舞い戻ることあろうとも
 ――二度と箱舟を創れぬように

 ――私はもう、特別ではなくていい
 ――ただ、人を愛せる者であれば

 ――たとえ自分が傷つこうとも
 ――みなを庇える、やさしい人に



 ――ノア……ああノア
 ――全ては私の責任です

 ――ヒトの抱く心の闇が、これほど深いものだとは
 ――これほどに深い穢れを生むとは、解らなかったのです

 ――大地に生きた全てのヒトよ
 ――無知なる母を許してください

 ――ノアの子らよ
 ――世界に残った、最後のヒトよ

 ――私は時を統べるモノ
 ――あなたたちに、未来を示しましょう

 ――それは導きの書
 ――ノアの黄金を纏ったそれは、あなたたちを須らく護りましょう

 ――そして誓います
 ――私は

 ――私は二度と過たない
 ――もう二度と、あなたたちを滅ぼさせない

 ――だからそのために、どうか力を貸してほしい
 ――どうかもう一度だけ、この私を信じてほしい

 ――誓いましょう
 ――ノアの死に

 ――あなたたちを導くと
 ――やさしい世界へ

 ――ヒトの夢
 ――ヒトの望み

 ――全てを叶え
 ――全てを救う

 ――絶対の幸福を得られる場所
 ――彼女と出逢う前に在った、素晴らしき園へ

 ―― 一つの名はホルス
 ―― 二つの名はイヴ

 ――たとえそれが……かつて愛し合った貴女の、全てを否定することであっても




決闘112 闇の火種

「――盗賊王……バクラ、だと?」
 ガオスは表情を険しくする。
 そんな彼を嘲笑いながら、バクラは言葉を続けた。
「それとも、こう名乗った方がピンとくるかい……? “ゾーク・ネクロファデス”と」
「――!!」
 ガオスの影がざわめく。
 カールはガオスの様子を窺い、雫は眉ひとつ動かさない。
 バクラはなおも笑みを崩さず、挑発的に語り掛けた。
「てめえらは“ゾーク”を崇拝してんだろう……? オレ様もまた“ゾーク”だ。仲良くやろうぜぇ? “神に従う人”よ」
「……ふざけたことを。“邪神”ごときに、この儂が頭を垂れるとでも?」
 眉間の皺を深くし、ガオスはバクラを睨む。
 バクラはなおも動じず、むしろ気安く言葉を返した。
「そう警戒すんじゃねえよ。今のオレ様は“残りカス”みてぇなもんだ。ファラオとのゲームに敗れ、千年アイテムを失い……相当に弱っている。まどろっこしい手順を踏まなければ、この身体の主導権を奪えねえほどに……な」
「……それが、先ほどのデュエルというわけか?」
 バクラはニヤリと笑い、肯定を示す。
「ご明察。オレ様が寄生(パラサイト)した別の人間に対し、宿主サマが“オレ自身”を召喚すること――それが条件。宿主サマに寄生(パラサイト)しておいたオレは、すでに虫の息だったからなあ……他所のオレから、“オレ”という存在を補填する必要があったってわけだ」
 まったく苦労したぜ、とバクラは苦笑を漏らしてみせる。
「……もっとも千年アイテム無き今、いつまでもつかは分からねぇな。どこかで力を補充しねえ限り、もって数日で、宿主サマはこの身体の主導権を取り戻すだろうよ。千年リングの寄生(パラサイト)には本来、“洗脳”なんて能力は無ぇしな」
「…………!」
 ガオスは雫を睨む。この状況下でなお、彼女は“人形”のように意志無き瞳をし、微動だにしない。
「……ああ、このガキか? 洗脳なんざしてねぇよ。オレ様はただ、導いてやってるだけだ……このガキの“願い”を叶え得る方向へな」
 バクラの口元から笑みが消え、憐みを眼に宿す。
「――“心”が死にかけてんだよ。オレ様が寄生(パラサイト)してなけりゃ、とっくに死んでてもおかしくねぇ。……いや、死にはしねえか。“絶望は人を殺さない”――そういうモンだろう? 真に絶望した人間には、“死”という“希望”を得ることさえ許されねぇ。故に“絶望”」

 ――そう
 ――それはまるで、かつての……

「……てめえら人間は、光(ホルス)と闇(ゾーク)のバランスで成っている。かつてオレ様がそうだったようにな。それ故に、人間は“穢れ”を生む。“悪意”という“穢れ”を」
 バクラは口元を歪め、邪悪な笑みを浮かべた。
「そしてそれは“闇(ゾーク)”と、時に“光(ホルス)”と掛け合い、“神”を生む。人が抱いた、“破滅”という願いを叶えるべき“神”を。このオレ様のような、な……ククク」
「……御託はいい。質問に答えてもらおうか。何故……何の目的で、我々の前に現れた?」
「……ああ? 何言ってやがる。てめえらの方から会いに来たんじゃねえか」
「…………」
 ガオスはバクラを睨み、不快を示す。
 バクラは呆れたように、溜め息を吐いてみせた。
「……冗談の通じねえ野郎だ。まあいい。目的なら言ったはずだぜ……“仲良くやろうぜ”ってな」
「……!?」
「協力してやる、っつってんだよ! てめえらはこの世界を滅ぼすつもりなんだろう……? なら目的は同じだ。無駄な対立はやめて、手を組もうじゃねえか。一緒に滅ぼそうぜ……この穢れきった世界をよ」
 ガオスは一瞬呆気にとられ、しかしすぐに怒りが沸いた。
「貴様と同じだと……? 笑止。“邪神”ごときが、我々の何を分かったつもりだ?」
 クク、と笑みを漏らし、バクラは得意顔で答えた。
「……知っているさ。貴様らは“終焉の翼”を器とし、“闇の創造神”を顕現する。そして喚ぶんだろう? この世界の終焉に相応しい、“究極の邪神”――“ゾーク・デリュジファガス”を」
「!? ゾーク……デリュジファガス!?」
 聞き覚えのないその用語に、カールは思わずガオスを見た。
(究極の……邪神!? 何の話だ!?)
 狼狽えるカールの様子を見て、バクラはヘラヘラと笑った。
「何だ……そっちの金髪には言ってなかったのか? そいつは悪かったな。もしかしなくても、てめえだけが知れば良い話だったか?」
「……。貴様が何故、それを知っている……?」
 舌打ちしながらガオスは問う。。 
 バクラは飄々とした調子で、当然のごとく応えた。
「……腐っても“神”なんでね。ファラオとのラストゲームを経て、オレ様も全ての記憶を取り戻した。言っただろう? オレ様もまた“ゾーク”――てめえら人間とは、存在のランクが違うんだよ」
「……フン。“邪神”風情が、大層な口を利く。ならば問おう。貴様と組んで、我々にどれほどのメリットがある……?」
 待ってましたと言わんばかりに、バクラは口元を三日月に歪めた。
「……“この娘をやる”――と、いうのはどうだ?」
「……アア?」
 雫を一瞥し、ガオスは眉間に皺を寄せる。
 その様子を見て、バクラはククッと笑みを漏らした。
「……文面通りにとるんじゃねえよ。てめえはいま困ってんだろう? “終焉の翼”が、てめえらの想定通りに動かなそうでよ。だからくれてやるんだよ――“終焉の翼”に」
「!? 貴様、まさか」
「……ああ。神無雫の魂を“終焉の翼”に喰わせる――ってのはどうだ? “終焉の翼”は女しか喰わねぇんだろ? なかなかの明案とは思わねえか?」
 それは悪魔の発想。
 それはつまり、神無雫を“終焉の翼”にするということ――神里絵空の肉体から引き剥がし、雫を“器”にするということ。
「……さっきの試合、オレ様はわざと負けたんだぜ? その方が好都合と思ってな。……“神”の召喚に必要なモノは2つ――十分な力を持つ“贄”と、強い“願い”。このオレ様もまた、そうして生まれた。“99の死”を吸った千年アイテムと、神官アクナディンの“願い”によってな」
 そして今回もまた、捧げるべきモノは2つ。

 ――“999の死”を経た“終焉の翼”の魂
 ――そしてその者の、“世界”を終わらせるべき強い“願い”

「完全に喰わせちまえばいい……今みたく半端じゃなくてよ。足りると思うぜぇ……前者はともかく後者は。このガキの抱える“絶望”は、何よりも深い。このオレでさえ憐れむ程にな……」
 ガオスは改めて雫を見る。
 彼女のくすんだ瞳には、“この世界”の何物も映されてはいない。

 ――拒絶ではなく
 ――悲嘆すらない

 映すのは“絶望”。
 憎むべき他者もなく、愛すべきモノもない。
 ただ呪うだけ、“この世界”を。

 ――見慣れた部屋に
 ――冷たく横たわる母と
 ――揺れる人影
 ――そして残された“世界”

 ――あの日、“世界”は終わるはずだったのだ
 ――それなのに続いている
 ――“世界”は、ただひとつ取り残されてしまった




――“絶望”から逃れるための、ただひとつの“希望”が分かるかい……? 雫




 ――“あの朝”が終わってくれない

 神無雫の心はなお、“絶望”の檻の中にある。

「……とはいえ。オレ様は可愛い人形を差し出すんだ……てめえらからも多少の“見返り”があって然るべき。そうは思わねぇか?」
「……何?」
「言っただろう? 今のオレ様は相当に弱っている。千年アイテムに代わる、新たな“闇(ゾーク)”の源が必要なんだよ。……だが“千年聖書(ミレニアム・バイブル)”は駄目だ。あれは“ノア”という“人間”のために、“創造の闇(ゾーク)”が自ら生み出したシロモノ――オレ様のような“破滅の闇(ゾーク)”には適合しねぇ」
 だから――と、バクラはニィッと笑みを漏らす。
「……午前の試合で“魔神”を使ったヤツ……あれはてめえらの仲間だろう? だが駄目だな。“カーカス・カーズ”、“ブラッド・ディバウア”、そして“エンディング・アーク”――あのガキにゃあ荷が重い。オレ様なら、もっと上手く扱える……そうは思わねえか? なあ?」
 その言葉を聞き、カールは表情を強張らせた。
(“魔神”を渡せというのか……!? バカな! そんな要求、通るわけがない!!)
 カールは、ガオスの顔色を窺う。
 すると意外にも――彼の表情には、先ほどまではない“余裕”が垣間見えた。
「……成程。貴様も全てを知るわけではないようだな……ゾーク・ネクロファデスよ」
「……? どういう意味だそりゃあ?」
 さあな、と、ガオスはしたり顔で返す。
 バクラは顔を歪め、舌打ちを一つした。
「……まあいい。オレ様と手を組むか否か――答えてもらおうか。迷う余地は無ぇと思うがな。てめえらの計画にはすでに、“邪神”の利用が織り込み済みなんだろう? なら、今さら潔癖ぶっても詮無いじゃねえか。清濁併せ呑む度量も必要だぜ……ノアの後継者よ」
「……我々の目的はあくまで、楽園(エデン)への到達。現行世界の破滅は、その過程に過ぎない……」
「……支障ねえよ。オレ様は“次の世界”に興味は無ぇ……“この世界”さえぶっ壊せりゃあ、後は何も意味が無ぇ」
「…………」
 バクラを睥睨しながら、ガオスは思慮する。
(……信用はできんな。だが現状、こちらが手詰まりなのも事実……)
「――ガオス様! “邪神”ごときの誘いに乗るのは……!」
 隣のカールが進言する。

 確かにリスクはある――だが、乗る価値はあるだろう。

「………………」
 ヴァルドーの言葉が、脳裏をかすめる。




――しかし、未来を目指すことは出来る……違いますか?




(……目指すべき未来。それは何だ……?)
 ガオスは改めて、雫を見た。
 なんと深く、救いがたい眼をしているのだろう――その瞳には、一切の熱が無い。
 彼女がどれほどの“絶望”を噛み締めたのか、ガオスには哀しいかな解らない。




――貴方は本心では、納得できていない……この世界に幕を下ろすことを。“新世界”を構築することを

貴方は尚も信じている――“世界”を。それを構成する、数多の人間の“可能性”を。“絶望”を知りつつも、彼らがなお立ち上がらんことを――かつての“ノア”のように




 ――取り戻せない過去
 ――守りたい現在(いま)
 ――手に入れたい未来

 それは人間が逃れ得ない、“絶望”という名の3つの“罪”。
 それはガオス・ランバートもまた、決して例外ではない。

(……これは“世界の意志”だ。世界に蔓延る“絶望”は……救済を求めている)

 故に世界は終わる。かつてのノアの時代のように。
 “絶望”は“穢れ”を生み、数多の“神”を生んできた――“破滅”を叶える“邪神”を。それは戦争であり、災害であり、そしてときに“怪物”の形をとる。
 人間は決して、この連鎖から逃れられない――“この世界”では。故にアクヴァデスは、救いの手を差し伸べた。

 ――決して“穢れ”の生まれぬ場所
 ――かつて此処に在った理想郷
 ――素晴らしき“楽園(エデン)”へ


「――さあ! YESかNOか……答えな、“神に従う人”よ」
「――……!!」

 理不尽な二択を前に、ガオス・ランバートは立ち尽くす。

 そして、ゆっくりと口を開き――その問いに答えた。




決闘113 告白

「――私は……神里絵空ではありません。4年半前に死んだ人間……“月村天恵”なんです」
「――……!!」
『(……へ……っ?)』

 遊戯と天恵、そして絵空の3人は、海馬ランド内のカフェで一席をとっていた。
 そして、お互いに注文した品が届いた時点で、天恵は話を切り出した。

『(え……もうひとりのわたしって、幽霊だったの??)』
(……まあ、そういうことになるのかしらね。ちなみに私は、アナタより2つ年上よ)
『(うええっ!? わたしが年上じゃなかったの!?)』
(……天地が引っくり返ってもあり得ないわね)

 天恵は改めて遊戯を見る。
 予想通り驚いた反応を見せたが、遊戯はすぐに問いを返す。
「……月村、って。もしかして……?」
 天恵は正直に、迷わず首を縦に振った。
「……“月村浩一”は私の父です。I2社社員である父から、私はM&Wを教わりました。……もっとも、この記憶を取り戻したのは、ほんの数日前……この“千年聖書(ミレニアム・バイブル)”を手にした時のことですが」
 驚きましたよね?と、天恵は問う。
 遊戯は頷きながらも、「でも」と言葉を返した。
「……予感はあった、かな。ボクも同じだったから……」
 思わず視線を落とし、すでに無い“それ”を探してしまう。

 “千年パズル”に宿った魂――“彼”は、“もうひとりの自分”ではなかった。
 だから別れた。
 “彼”は冥界へと還り、自分は、一人で生きる道を選んだ。

(……! じゃあ……もうひとりの神里さんは?)
 ハッとして、遊戯は顔を上げた。
 そんな彼の想いを知ってか知らずか、天恵は遊戯を視界から外し、目の前の“イチゴサンデーDX”にスプーンを伸ばしていた。

『(うーっ……わたしの分もちゃんと残してね?)』
(そんな食い意地張ってないわよ。あなたじゃあるまいし)

 そう応えながら、イチゴとアイスを一緒にすくって口に入れる。

(! 美味しいわねコレ……全部食べちゃおうかしら)
『(わーっ! ダメダメ! それは絶対ダメ!!)』
(……冗談よ、冗談)

 と、そこで遊戯の視線に気づく。
 天恵は左手をスプーンから離し、少し赤い顔で咳払いをした。
「私が現世に残った……いえ、残されたことには理由があります。私は“闇の器”として選ばれた――闇の創造神“ゾーク・アクヴァデス”によって」
「! ゾーク……アクヴァデス?」
 それは、いちど聞いたことのある名前。第四試合終了後に、月村浩一の口から聞いた。




彼らが崇拝する神の名は――“ゾーク・アクヴァデス”。たしか、世界の“創造神”として崇めていたと思ったが……




「……私を現世に留まらせたのは、この“千年聖書”の前所持者。“ルーラー”の首領にして、I2社の初代名誉会長――“ガオス・ランバート”。彼は私の魂を絵空に宿し、“千年聖書”を私に継承した……ゾーク・アクヴァデスの指し示すままに。私の中の、特別な力を抑えるために」
 天恵は“千年聖書”を手に取り、遊戯に表紙を向けて見せた。
「これはゾーク・アクヴァデス自らの手により生み出された、超古代遺物……。凄まじい魔力の塊であり、力の全貌は私にも把握し切れません。……ただひとつ確かなのは、今現在、このアイテムの力によって“私達”は生かされているということです」
 “私達”――それはつまり、天恵と絵空のことだ。
 絵空を生かしている“心臓”は、天恵の心臓を模したコピー。“聖書”の魔力により創られたそれは、“聖書”の魔力により活動している。
 そして天恵の魂は今、“聖書”の中に封じられている。絵空の肉体とのリンクを前提としつつも、“聖書”を要として、活動を可能としている。
「彼らの目的は“この世界”の終焉と、“新世界”への移行……。遊戯さんは先ほどの試合が、普通のデュエルではなかったことに気づきましたか?」
「……! うん。ラストターンに入ってからだったけど」
 断片的だった情報が、一気に組み上がっていく。
 遊戯はそれに戸惑いながらも、彼女の言葉に真摯に聞き入った。
「彼……ヴァルドーの狙いは、私の中の“特別な力”を目覚めさせることでした。そして至った場所で、私は出遭いました……かつて“死神”として対峙した彼、アクナディンに」
「!! アクナディンに!?」
 遊戯は思わず声を上げた。
 天恵は頷き、そして苦笑を漏らしてみせる。
「……彼に、叱られてしまいました。一人で背負おうとするなと。弱みを見せろと。お前の周りには、頼りになる者たちがいるハズだろう――と」
 孤独は闇を助長する。
 それは数日前、シャーディーが伝えた言葉でもある。

 ――私は、独りじゃない
 ――繋がっている
 ――沢山の人との絆があって
 ――だからこそ、私という存在はここに在る

「……それから、あなたに伝言を。“ありがとう”と」
「……!」
 遊戯は想起する。
 先のデュエル中に反応した、そこにあるハズの無い“死神”のカード――そして、彼が伝えてきた言葉を。




――後ハ、オ前次第ダ……少年




(……アクナディン。あなたは――)
 思わず、両の拳を握りしめる。託されたバトンの重みを知る。
 その一方で、天恵は息を深く吐き、言葉を続けた。
「……正直に言えば……皆さんに伝える勇気は、まだありません。けれど、アナタになら――いえ、“アナタ達”になら」
 天恵は胸に手を当て、瞳を閉じた。

 ――憶えている
 ――アナタのことを
 ――アナタと積み重ねてきた、日々のことを

 ――アナタとの出逢い
 ――アナタとの時間
 ――アナタとの別れ
 ――アナタへの誓い

 ――そして……アナタとの再会
 ――アナタとしての私
 ――アナタの気持ち
 ――私の心

(……アナタは……私を信じてくれる? 絵空)
『(――……!)』

 少女のうなじの、リボンが揺れる。
 “月村天恵”――聞き慣れぬハズのその名が、絵空の心をざわめかせる。

 ――それはつまり“彼女”が、“自分”ではないということ
 ――“わたし”だと思っていたあなたが、“わたし”ではないということ

『(……わからない、けど)』

 ――たとえあなたが、わたしでなくても
 ――あなたはあなた
 ――わたしの大好きな、あなた
 ――だから

『(……信じるよ。だって――あなたのことだもん)』
(……ウン。ありがとう)

 ――アナタが信じてくれるなら
 ――私もまた信じよう
 ――この世界を
 ――アナタと歩める、この世界を

 天恵は両眼を開き、改めて遊戯を見つめる。
 そして、
「……手を……貸していただけますか?」
「? 手を?」
 遊戯は右手のひらを差し出す。
 天恵はそれに両手を重ね、やさしく包み、祈るように額へ当てた。
「!? 神さ……月村、さん?」
『(!? も、もうひとりのわたし!?)』
 頬をかすかに朱に染めて、瞳を閉じて天恵は告げる。
「……“絵空”で構いませんよ。今の私は“天恵”じゃない……“神里絵空”なのだから」
 そしてやさしく囁く――まるで呪文のように。

「――覚えておいてください。この先、どんなことがあろうとも……私はアナタの“味方”であると」

 “聖書”のウジャトが、仄かに輝く――まるで、何かに呼応するかのように。

「……アナタは、人を愛せる人。たとえ自分が傷つこうとも、みなを庇える、やさしい人。だから――」

 ――健やかなるときも
 ――病めるときも
 ――私はアナタの、“味方”でありましょう

「――私は……守りたい、この世界を。大切な人がいて、大切にしてくれる人がいて、やさしい人がいて、憧れる人がいて、そして愛しい人がいる――この世界を。そんなアナタ達がいる、大切な世界を」

 ――だから祈ろう
 ――だから願おう
 ――アナタに誓おう
 ――大切なアナタに

 ――世界で2番目に愛するアナタと
 ――誰よりも愛しい、この子のために

「……闘うよ……ボクも」
「……!」

 天恵は顔を上げる。
 遊戯は彼女を見つめ、諭すように語りかける。

「言ったよね。ボクは……神里さんたちの“味方”だって。だから護るよ――2人のことを、絶対に」

 ――トクン……ッ

 少女の胸が、鼓動を早める。
 身体が熱い。
 両手から伝わる温もりが、沁み込むように、やさしくて。
 彼の真っ直ぐな瞳が、どうしようもないくらい愛しくて。
 だから、

(――ごめん……もう限界)
『(……へっ?)』

 ――カッ!

 唐突に、千年聖書のウジャトが光る。
 あまりに突然の出来事に、絵空は何が起こったか分からず、目を瞬かせる。
 目の前には、自分にやさしい眼差しを向ける、遊戯の顔があった。
「――って……うええっ!? 何で!? どうしてこのタイミングで!!?」
 絵空は慌てて両手を離す。
 周りの客の視線が、2人のテーブルに集中した。
『(……何か急に恥ずかしくなって……穴があったら入りたい……)』
「だからって代わるのヒドくない!? 行動の責任は自分で持とうよ!?」
 顔を上げると、遊戯が唖然とした表情をしている。
 絵空は顔を真っ赤にして、両手を振って、その場を取り繕う。
「ちっ、ちがくて! さっきまでのはちがくて! わたしじゃなくて! わかるよね!?」
「か、神里さん?! えっと、まずは落ち着いて……」
 と、混迷するその場面に――新たな闖入者が乱入した。

見つけたわ――武藤遊戯っ!!!

 2人は揃って、その声の主を見る。
 そこには2人の人物が――遊戯を強気に指さす太倉深冬と、彼女の横でドギマギする岩槻瞳子の姿があった。

「――武藤遊戯! アタシはアンタに……リベンジを申し込むわっ!!」

 あくまで強気に、そして過激に――太倉深冬は言い放った。




決闘114 四つ巴の闘い!

 ――何故……こんなことになったのだろう?
 武藤遊戯はそう思う。彼は今現在、先ほどまでいたカフェ付近の広場にいた。
 周囲にはギャラリーが集まり始めている。
 そして遊戯・絵空・深冬・瞳子の4人は円を作り、互いに距離を置いていた。


 ――何故……こんなことになったのだろう?
 岩槻瞳子はそう思う。
 まあかいつまんで回想すると、遊戯にケンカ腰で勝負を挑んだ深冬に対して絵空が割って入り、そこで深冬が『ロリっ娘』発言をかましてくれたものだから絵空がブチ切れ、遊戯と瞳子が双方をなだめに掛かったものの収集つかず、最終的にこうなったのだ。
(……というか、何で私まで……?)
 集まったギャラリーを一瞥し、瞳子は顔を引きつらせる。
 自分一人だけ予選落ちした人間で、肩身が狭い思いがした。


(考えてみたらわたし、“バトルロイヤル”ってやったことないや。何かコツとか知ってる、もうひとりのわたし?)
『(……というか、何がどうしてこういうことになったわけ?)』
 半ば呆れて天恵が問う。
 精神的ダメージで引き籠っている間に、何だか良く分からない展開になっていた。
(これは戦争なんだよっ! あのツリ目娘に、わたしの偉大さを思い知らせるためのね!!)
『(……はあ。まあ好きにやって頂戴)』
 無駄に気合いの入った絵空に対し、天恵は投げ槍にそう伝えた。


(予定とはちょっと違うけど……むしろ好都合ね! あのロリとも一度闘ってみたいと思ってたし!)
 そして深冬もまた、やる気に満ち満ちたご様子だ。周りの空気など読まず、ガッツポーズを決めている。
「――で……バトルロイヤルって、まずはどうするんだっけ、トーコ?」
 唐突に話を振られ、瞳子は戸惑い気味に応えた。
「え、えと。まずはターン進行の順番を決めなくちゃでー……デッキからモンスターを1枚選んで、その攻撃力順に進めるのが一般的……でしょうか?」
 中学時代、“非電脳ゲーム部”で行ったそれを想起しながら、困ったように遊戯に振る。
「まあ、一般的でもないけど……いいんじゃないかな、それで」
 遊戯が絵空を見ると、絵空は頷いて合意を示した。
「――よしっ! じゃあそれでいきましょ! まずはデッキからモンスターを1枚選んで〜……っと」
「……あ。ちなみに、ここで選んだカードはデッキに戻せないルールだから気をつけてね?」
「何!? そういうコトは先に言いなさいよ、バカトーコ!」
 ぎゃあぎゃあ騒ぎながら、深冬はデッキのカードを眺める。
 絵空も同じようにデッキを外し、そのモンスターを確認した。
(どうしようかなー……無理に先攻は狙わず、攻撃力の高いモンスターを残すのもアリだよね?)
『(まあそうね。ただ……できるだけ先攻が望ましいわね、バトルロイヤルでは)』
(? え、そうなの?)
 『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』のカードに目をとめながら、絵空は小首を傾げる。
『(人数が多い分、ターンの回転が遅いのよ……“1ターンの重み”がかなり響くわ。普段のデュエルとは意外と勝手が違うから、気をつけることね)』
(ふーん……そうなんだ?)
 ならばやはり、このカードだろうか――そう思いながら悩む。
(どーせ1ターンしか場に残らないし、効果も使えないし……でも、ガーゼットとの相性は良いんだよねえ)
 他に適当なカードがあっただろうか、そう思いながらざっと見返す。
 そこでふと、思わぬカードの存在に気が付いた。
(あれっ……このカード、デッキから外してなかったっけ?)
『(あら、丁度いいじゃない。そのカードにしたら?)』
 絵空は戸惑いながら頷く。
 それを抜き取り、顔を上げると、遊戯・深冬の2名はすでに選び終えているようだった。

(デッキに戻せないのは痛いけど……人の後をついてくなんて、まっぴらごめんよ!)
 選んだカードを一瞥し、深冬は勝ち誇った笑みを浮かべる。

 一方、岩槻瞳子だけは、デッキ内容を確認しながら悩み込んでいた。
(どうしようかな……私のデッキって、攻撃力の高いモンスター少ないんだけど)
 数少ない上級モンスターを捨ててでも、先攻を狙うべきだろうか――それを決めかねる。
 ふと、周囲の様子が気になり、意識を向けた。
 騒ぎを聞きつけた人たちが、彼女ら4人を遠巻きに囲い始めている。


「――ねえ、何の人だかり?」
「――武藤遊戯じゃん……デュエルすんのか?」
「――おっ、さっきの試合のチビっ子だ。スゴかったよなアレ……ちょっと見てこうぜ」
「――第一試合の子もいるな。武藤遊戯相手に善戦してた女の子」


(すごいなあ……みんな。深冬ちゃんも注目されてる)
 そんな中で、自分はきっと場違いなのだろう――否が応でもそう悟る。
 3年前の自分なら、きっと逃げ出してしまう場面だ。
 でも、今は違う。
(……試してみたい。私の力がどこまで……この人たちに通用するか!)
 決心とともにカードを選ぶ。
 これは所詮、巻き込まれただけのデュエル――けれど、それにどれほどの想いをのせるかは自由だ。

 かくして、遊戯・絵空・深冬・瞳子の4人は、選び出したモンスターカードを同時に提示した。


バスター・ブレイダー  /地
★★★★★★★
【戦士族】
相手の場のドラゴン1体につき500ポイント攻撃力を上げる。
2600  守2300


混沌帝龍(カオス・エンペラー・ドラゴン)−終焉の使者−  /闇
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを
1体ずつゲームから除外して特殊召喚する。
1000ライフポイントを払う事で、お互いの手札とフィールド上に存在する
全てのカードを墓地に送る。この効果で墓地に送ったカード1枚につき
相手ライフに300ポイントダメージを与える。
3000  守2500


E・HERO エッジマン  /地
★★★★★★★
【戦士族】
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
2600  守1800


地球巨人 ガイア・プレート  /地
★★★★★★★★
【岩石族】
このカードは自分の墓地の岩石族モンスター2体をゲームから除外して
特殊召喚する事ができる。このカードと戦闘を行う相手モンスターの
攻撃力・守備力を半分にする(飛行モンスターには適用されない)。
自分のスタンバイフェイズ時に自分の墓地の岩石族モンスター1体を
ゲームから除外する。除外しない場合、このカードを墓地へ送る。
2800  守1000


「――あ、やった! わたしがいっちば〜ん♪」
 絵空が嬉しげな声を上げる。
 瞳子も納得した様子で、小さく頷く。
 逆に、納得した様子が微塵も無い少女が一名。
「――って……ちょっと待ったぁっ! 攻撃力が同じ場合はどーなんのよっ!?」
 遊戯を指さし、深冬が叫ぶ。
 遊戯はバツが悪そうに、苦笑を漏らす。
 彼の心情を察した瞳子が、遠慮がちに彼女に伝えた。
「えーっと……その場合は守備力で判断する、んだと思ったけど……」
 深冬は改めてカードを見る。
 『E・HERO エッジマン』の守備力は1800、対して『バスター・ブレイダー』の守備力は2300――と、いうことは、

(ターン進行順)
1.神里 絵空
2.岩槻 瞳子
3.武藤 遊戯
4.太倉 深冬

「……。こ、これで勝ったとか思ってんじゃないわよっ! まだまだ勝負はこれからなんだからねっ!!」
 遊戯を再び指さしてわめく。
 というかそもそも、まだ始まっていません。

(みんなして先攻狙いだったみたいだね……危なかったぁ)
『(そうね。でも正直、この決め方ってどうかと思うわ……低級モンスターしか使わないデッキだと、確実に後攻めになるし。そもそもモンスターの入っていない特殊デッキなら、どうにもならないし)』
 そういえばそうだね、と絵空は頷く。
『(……まあ、バトルロイヤルは基本的に“お遊び”みたいなものだから。必ずしも、強い人が勝つとは限らないし)』
(……? 強い人が勝つとは限らない?)
 それってどういう――と問いかけたところで、深冬のイライラの矛先が絵空へ向いた。
「――何ぼーっとしてんのよ! さっさと始めなさいよチビっ娘!」
 ぶちぃっ。
 絵空の中で何かが切れる。
「誰がロリチビ娘かぁーっ!!!」
 かくして、もはや何の目的で行われるかも不明瞭な4人バトルロイヤル、その幕が切って落とされた。


<神里絵空>
LP:4000
場:
手札:
<岩槻瞳子>
LP:4000
場:
手札:
<武藤遊戯>
LP:4000
場:
手札:
<太倉深冬>
LP:4000
場:
手札:


「わたしのターンっ! カードを1枚伏せて……『キラー・トマト』を守備表示で召喚! ターン終了っ!」
 絵空はテンポ良く布陣を敷き、早々にターンを流す。


<神里絵空>
LP:4000
場:キラー・トマト,伏せカード1枚
手札:4枚


「わ、私のターンです! ドロー!」
 瞳子は強張った顔でカードを引く。しかしドローカードを見て、彼女の顔色が変わった。

 ドローカード:高等儀式術

 それは彼女が昨年の夏、童実野町町内大会で優勝した際に、賞品として受け取ったカード。
 幸先の良いカードを引き、後ろ向きだった心が前を向く。
「いきます……! 私は儀式魔法『高等儀式術』を発動!」


高等儀式術
(儀式魔法カード)
儀式モンスター1体を宣言し、そのモンスターと
種族・属性・レベルの合計が同じになるように
自分のデッキから通常モンスターを墓地へ送る。
宣言した儀式モンスター1体を特殊召喚する。


「私は『砂の魔女−サンド・ウィッチ−』を宣言……! レベル合計が6になるように、岩石族・地属性の通常モンスターを墓地へ送ります!」
 瞳子はデッキを取り外し、3枚の通常モンスターを選び出した。


はにわ  /地
★★
【岩石族】
攻 500  守 500

はにわ  /地
★★
【岩石族】
攻 500  守 500

はにわ  /地
★★
【岩石族】
攻 500  守 500


(は、『はにわ』って……。デッキに入れてる人初めて見た、かも)
 絵空は口をあんぐりさせる。
 一方で遊戯は「あのときトレードしたカードか」と、何やら納得していた。
「儀式召喚……! 来て、『砂の魔女−サンド・ウィッチ−』っ!」
 フィールドに光の渦が生まれ、その中から、ホウキに乗った魔女が現れた。


砂の魔女−サンド・ウィッチ−  /地
★★★★★★
【岩石族・儀式】
「風化の魔儀式」により降臨。
このカードが相手モンスターの攻撃対象になった時、自分の場に
守備表示で存在する岩石族モンスターに攻撃対象を変更することができる。
自分のターンのエンドフェイズ時、デッキからレベル4以下の岩石族モンスター
1体を守備表示で特殊召喚できる。
攻2100  守1700


「カードを1枚伏せて……エンドフェイズ! “砂の魔女”の効果を発動! デッキからレベル4以下の岩石族……『磁石の戦士(マグネット・ウォリアー)γ』を守備表示で特殊召喚します! ターン、終了です」
 そこまで言うと、瞳子はほっと、安堵のため息を吐いた。


<岩槻瞳子>
LP:4000
場:砂の魔女−サンド・ウィッチ−,磁石の戦士γ,伏せカード1枚
手札:4枚


(見たことのない儀式モンスターだ……。特殊能力はモンスターを増やすだけ? それとも……)
 瞳子のフィールドを警戒しながら、遊戯はデッキに指を伸ばす。
「ボクのターン! カードを2枚セットし……『熟練の黒魔術師」を攻撃表示で召喚! ターン終了だよ」
 場に黒魔術師を喚び出し、遊戯も早々にターンを進める。


熟練の黒魔術師  /闇
★★★★
【魔法使い族】
自分または相手が魔法カードを発動する度に、
このカードに魔力カウンターを1つ置く(最大3つまで)。
魔力カウンターが3つ乗っているこのカードを生け贄に捧げる事で、
自分の手札・デッキ・墓地から「ブラック・マジシャン」を1体特殊召喚する。
攻1900  守1700


<武藤遊戯>
LP:4000
場:熟練の黒魔術師,伏せカード2枚
手札:3枚


「やっとアタシのターンね! ドローッ!」
 ドローカードを視界に入れ、深冬はほくそ笑んでみせる。
(最後ってのは癪だけど……まあいいわ! 全員をゴボウ抜きできると思えば、むしろ望むところよ!)
 思考をポジティブに切り替え、深冬は改めて手札を見る。
 しかしその中には、肝心の『融合』のカードが無い――ならば、と、深冬は魔法カードに指を掛ける。
「魔法カード『E−エマージェンシーコール』を発動! この効果によりアタシは“E・HERO”1体をデッキから手札に加える! この効果で加えるのは……」
 深冬はデッキからカードを選び、そのまますぐに召喚した。
「コイツよ! “フォレストマン”! さらに1枚セットして……ターンエンドっ!」
 これで一巡。全てのプレイヤーにターンが回った。
 そして次のターンからいよいよ、他プレイヤーへの攻撃が可能となる。


E−エマージェンシーコール
(魔法カード)
自分のデッキから「E・HERO」と
名のついたモンスター1体を手札に加える。


E・HERO フォレストマン  /地
★★★★
【戦士族】
1ターンに1度だけ自分のスタンバイフェイズ時に
発動する事ができる。自分のデッキまたは墓地に
存在する「融合」魔法カード1枚を手札に加える。
攻1000  守2000


<太倉深冬>
LP:4000
場:E・HERO フォレストマン,伏せカード1枚
手札:4枚


「わたしのターン! ドロー!」
 絵空は軽快にカードを引き、それを視界に入れた。

 ドローカード:遺言状

(……あれ? これって……)
 絵空は顔を上げ、フィールドを見回しながら考える。
 そして、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「目にもの見せてあげるよ……! わたしは『キラー・トマト』を生け贄に捧げて……召喚! 『雷帝ザボルグ』っ!!」
 巨躯の戦士が現れ、その両腕に電撃をまとった。


雷帝ザボルグ  /光
★★★★★
【雷族】
このカードの生け贄召喚に成功した時、
フィールド上のモンスター1体を破壊する。
攻2400  守1000


「効果発動! ザボルグの生け贄召喚に成功したとき、フィールドのモンスター1体を破壊する! この効果で破壊するのは――」
 絵空は迷わず深冬を――いや、彼女の場のモンスターを指さした。
「――あなたの場の、フォレストマンだよ! やっちゃえ、ザボルグ――雷光一閃ッ!!」

 ――バヂヂヂヂヂッ!!!

 地に突き立てた拳から電撃が走り、深冬のヒーローを焼き払う。
 顔を引きつらせる彼女に対し、絵空はさらなるカードを出した。
「まだだよ! 手札から『遺言状』発動! この効果でデッキから、攻撃力1500以下のモンスターを特殊召喚できる! わたしは――」


遺言状
(魔法カード)
このターンに自分フィールド上の
モンスターが自分の墓地へ送られた
時、デッキから攻撃力1500以下の
モンスター1体を特殊召喚する事ができる。


「――このモンスターを……特殊召喚! 来て、『不意打ち又佐』!」
「……ゲッ! そのモンスターは確か……」
 絵空の喚び出したモンスターを見て、深冬の表情に焦りが浮かんだ。


不意打ち又佐  /闇
★★★
【戦士族】
このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。
このカードはフィールド上に存在する限り、コントロールを
変更する事はできない。
攻1300  守 800


「……知ってるみたいだね! 『不意打ち又佐』は1ターンに2度の攻撃ができる……つまり、2600の戦闘ダメージを与えられる!」
 さらに、ザボルグの攻撃力は2400――つまり絵空のフィールドには、合計5000ポイント分のダメージを与え得る戦力が揃っている。
 そしてこのターン、絵空はザボルグの効果で深冬の場をガラ空きにした――このあと彼女がとるだろう行動は、深冬でなくとも想像がついた。
「ふっふっふ……わたしをバカにした罰だよっ! 『不意打ち又佐』で……あなたに直接攻撃っ!」
「……ッ!」
 深冬は咄嗟に、場の伏せカードへ視線を落とす。
 だが駄目だ。
 これは“E・HERO”の戦闘を補助するトラップカード。“E・HERO”がいない現状では、発動することさえできない。
 接近した又佐が構え、腰の刀を抜き放つ――が、その瞬間、

 ――ガキィィィンッ!!

 その瞬間、3人の決闘者が目を見張った。
 又佐の一撃は阻まれたのだ――そこにいるはずのないモンスター、『磁石の戦士γ』によって。
「……このゲームは、隣り合う者なら援護することが許される――そうですよね?」
 みなが驚く中で一人、瞳子は得意げな笑みを浮かべた。


<神里絵空>
LP:4000
場:雷帝ザボルグ,不意打ち又佐,伏せカード1枚
手札:3枚
<岩槻瞳子>
LP:4000
場:砂の魔女−サンド・ウィッチ−,磁石の戦士γ,伏せカード1枚
手札:4枚
<武藤遊戯>
LP:4000
場:熟練の黒魔術師,伏せカード2枚
手札:3枚
<太倉深冬>
LP:4000
場:伏せカード1枚
手札:4枚




決闘115 バトルロイヤル!(前編)

「……な……っ!?」
 絵空は驚きのあまり、あんぐりと口を開いた。
 太倉深冬への直接攻撃を、岩槻瞳子のモンスターが妨げた――このデュエルはバトルロイヤル、全員が敵同士のハズなのに、他プレイヤーの“援護”などあり得るのか、と。


<神里絵空>
LP:4000
場:雷帝ザボルグ,不意打ち又佐,伏せカード1枚
手札:3枚
<岩槻瞳子>
LP:4000
場:砂の魔女−サンド・ウィッチ−,磁石の戦士γ,伏せカード1枚
手札:4枚
<武藤遊戯>
LP:4000
場:熟練の黒魔術師,伏せカード2枚
手札:3枚
<太倉深冬>
LP:4000
場:伏せカード1枚
手札:4枚


 周囲の観戦者達も驚き、瞳子のプレイングについて物議を醸す。
 だがその一方で、彼女のそれに理解を示す者が2人いた。

(……なるほど。そうきたか)
『(上手いわね……あの子)』
 遊戯と天恵、2人だけが納得する。
 さらにその一方で、絵空以上に承服しない少女が1人だけいた。

「――ちょっとバカトーコっ! なに余計なコトしてくれてんのよっ!?」
 深冬が非難の声を上げる。予想外な方向からの批判に、瞳子は情けない声を出した。
「次やったら、でこピン10回だからね! 覚えときなさい!」
「ええ〜っ!? そ、それは困るよぉ……」
 額を両手で押さえ、瞳子は数歩後ずさる。
 そんな彼女らのやり取りを眺めつつ、絵空は次の行動に悩んでいた。
(どうしよう……? これでこのターン、あの子にトドメは刺せなくなったし……)
 絵空の場には、攻撃力2400のザボルグと、攻撃力1300の又佐がいる。
 又佐は2回攻撃の可能なモンスターだが、すでに1回は、瞳子のモンスターにより防がれている。よって、絵空のモンスターの総攻撃力は3700どまり、プレイヤーの初期ライフには届かない。
(それにしても、バトルロイヤルで他のプレイヤーを護るなんて……どういうつもりなんだろう? 友達だから護った? それってどうなんだろう……?)
 面白くなさげに眉をひそめ、絵空は瞳子のフィールドを見据える。
 儀式モンスター“砂の魔女”には、1ターン毎にモンスターを増やす効果がある。長く放置すれば、厄介になるのは目に見えている。
(……良し! それならここは、牽制の意味も兼ねて――)
「――いくよ! わたしはザボルグで……“砂の魔女”を攻撃っ!」

 ――バヂィィィィッ!!!

 ザボルグの両掌から、強烈な電撃が放出される。
 それは、瞳子の場の“魔女”を狙った一撃――だがその前に、またもや“磁石の戦士”が立ちはだかった。

 ――ズガァァァァッ!!!

 『磁石の戦士γ』が、身代わりとなって砕け散る。
 呆気にとられる絵空に対し、瞳子は安堵しながら説明した。
「“砂の魔女”の特殊能力です。このカードへの攻撃を、自軍の岩石族守備モンスターに移し替えることができます」
「……!」
 絵空は表情を険しくする。
 これで残る攻撃権は、攻撃力1300の“又佐”による1回のみ。
(……どうしよう。また直接攻撃したら、“砂の魔女”に止められる……かな?)
 迷う絵空に対し、「試してみたら?」と天恵が提案する。
『(バトルロイヤルルールでは、他プレイヤーのインターセプトによる迎撃ダメージは無効。つまり、“砂の魔女”に妨げられても“又佐”は破壊されないわ)』
「……へ、そうなの?」
 絵空は目を瞬かせ、決闘盤のライフ表示を見る。
 なるほど、攻撃力1300の“又佐”で守備力1800の“磁石の戦士”を攻撃してしまったにもかかわらず、ライフは4000から減っていなかった。
「……よし! それなら……『不意打ち又佐』でダイレクトアタックっ!」
 深冬を指さし、絵空は叫ぶ。
 宣言してから、瞳子の様子を窺う。しかし今度は何の動きも見せず、攻撃を通した。

 ――ガキィィンッ!!

「ッ……ちぃっ!」
 深冬は剣撃を決闘盤で受け止め、振り払う。しかしそれは、カードにより防いだわけではない――当然、ダメージは発生する。

 深冬のLP:4000→2700

「よし……今度は通った! わたしはこれでターン終了だよっ」
 顔をしかめる深冬を見て、留飲が下がる思いで、絵空はエンド宣言をした。


<神里絵空>
LP:4000
場:雷帝ザボルグ,不意打ち又佐,伏せカード1枚
手札:3枚
<岩槻瞳子>
LP:4000
場:砂の魔女−サンド・ウィッチ−,伏せカード1枚
手札:4枚
<武藤遊戯>
LP:4000
場:熟練の黒魔術師(カウンター:2),伏せカード2枚
手札:3枚
<太倉深冬>
LP:2700
場:伏せカード1枚
手札:4枚


(本当は二撃目も防ぎたかったけど……仕方ない、かな。深冬ちゃんの標的にされたら、元も子もないし)
 でこピンも嫌だけど、と小さく呟きながら、瞳子はデッキに指を伸ばす。
(深冬ちゃんの性格を考えれば、私を狙うのは後回しのハズ……。バトルロイヤルでは人数が減るほど、実力差がモノを言う。弱い私が生き残るためには――)
 ゆっくりした動作でカードを引く。
 しかし引き当てたそれを見て、瞳子の顔色が変わった。

 ドローカード:磁石の戦士α

(……あんまり目立つと狙われちゃうから、序盤は守備を固めたかったんだけど……)
 “引き”の良さを呪いながら、瞳子は悩む。
 しかし現在、深冬のフィールドはガラ空き――下手をすれば次のターン、遊戯の攻撃により深冬は脱落してしまう。
(モンスターで庇うと、深冬ちゃんまた怒るだろうしなぁ……それなら)
 瞳子は顔を上げ、覚悟を決める。
 このメンバーを相手に、全力をぶつけてみたい――そんな衝動にも後押しされて。
「――リバースカードオープン! 『蘇りし魂』! このカードの効果により『磁石の戦士γ』を蘇生召喚します!」
 墓地から“磁石の戦士”が復活し、再び守備体勢をとった。


蘇りし魂
(永続罠カード)
自分の墓地から通常モンスター1体を守備表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを
破壊する。そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。


「そして手札から……魔法カード『磁力の導き』を発動! 仲間を呼んで――マグネット・ウォリアー!」
 『磁石の戦士γ』は両腕を広げ、その先から特殊な磁力を発する。瞳子のデッキと手札のカードが、それに引かれ、蠢いた。


磁力の導き
(魔法カード)
自分フィールド上の「磁石の戦士」1体を選択して発動。
自分の手札・デッキからそれぞれ、異なる「磁石の戦士」を
1体ずつ特殊召喚する。この効果で選択・特殊召喚した
「磁石の戦士」はこのターン、攻撃できない。


「私はこの効果により……手札とデッキから、新たなマグネット・ウォリアーを1体ずつ特殊召喚します! 来て――磁石の戦士α、β!!」
 γの発する磁力に引かれ、左右に新たな“磁石の戦士”が並ぶ。
 その様子を見て、周囲の観衆がわずかにどよめいた。
(モンスターが増えただけじゃない! これは――)
 “磁石の戦士”は、遊戯も所持するモンスター。故にこれから起こることを、彼は予想できた。
「α、β、γがフィールドに揃ったとき……特殊能力が発動! 変形合体――『磁石の戦士 マグネット・バルキリオン』っ!!」
 3体の戦士の身体は分解され、合体し、1つの巨大モンスターとして生まれ変わる。
 手にした剣が火花を散らし、他のモンスター達を威圧した。

 磁石の戦士 マグネット・バルキリオン:攻3500

 これで瞳子の場には、上級モンスターが2体。攻撃力3500のバルキリオンと、2100の“砂の魔女”。瞳子は改めて場を見渡し、攻撃すべき対象を見極めた。
(『磁力の導き』の発動で、遊戯さんの『熟練の魔術師』には3つ目のカウンターが乗ってしまった。“砂の魔女”を維持するためにも、攻撃力2100以上のモンスターは倒したい。それなら――)
 遊戯の黒魔術師と、絵空のザボルグを見て、瞳子は攻撃宣言に入る。
「バトル……! まずは“砂の魔女”で、『熟練の黒魔術師』を攻撃!」

 ――ザァ……ッ

 魔女が右手をかざすと、地から砂が浮き、複数の弾丸となる。そして彼女が合図をすると、一直線に、遊戯の黒魔術師へと撃ち放たれた。
 それに対し、遊戯は瞬時に反応する。伏せられた1枚のカードを、手早く表にした。
「――リバースカードオープン! 『同胞の絆』! ライフを1000支払い……デッキからマジシャン2体を特殊召喚!」

 遊戯のLP:4000→3000


同胞の絆
(魔法カード)
同胞の絆はプレイヤーのライフを1000ポイント
払うことでデッキから場上のモンスターと同種族の
四ツ星モンスターを2体まで召喚できる
ただし攻撃・生贄はできない


「この効果で喚び出すのは……この2体! 『マジシャンズ・ヴァルキリア』! 『幻想の魔術師』! ともに守備表示で特殊召喚するよ!」
 現れたのは2体の魔術師。
 聖なる魔力を持つ少女と、小さな体躯の黒魔術師。
「そして……『マジシャンズ・ヴァルキリア』の効果! このモンスターが存在する限り、相手は他の魔術師を攻撃できない! よって“砂の魔女”の攻撃は……“ヴァルキリア”が受けるよ!」


マジシャンズ・ヴァルキリア  /光
★★★★
【魔法使い族】
このカードがフィールド上に存在する限り、
相手は他の魔法使い族モンスターを攻撃対象に選択できない。
攻1600  守1800


 “ヴァルキリア”の魔術により、砂の弾丸の軌道が曲がる。
 彼女はその身を挺し、仲間を護る――しかしその攻撃を受け、フィールドから消え去った。
「……! そ、それならバルキリオンで、今度こそ『熟練の黒魔術師』を――」
「――それはどうかな」
「!? え……っ?」
 瞳子はハッとし、モンスターを見上げる。
 バルキリオンは魔法陣の呪縛を受け、動きを封じられていた。
「ボクは『幻想の魔術師』の特殊召喚成功時……効果を発動させていたんだ!この効果によりバルキリオンの攻撃力は500ポイント下がり、攻撃を封じられるよ!」


幻想の魔術師  /闇
★★★★
【魔法使い族】
1ターンに1度、自分のメインフェイズ及び相手のバトルフェイズに
ライフを500支払うことで、場のモンスター1体を選択する。
この効果で選択されたモンスターは、エンドフェイズまで
攻撃力が500下がり、攻撃できない。
この効果を使用したターン、このモンスターは攻撃できない。
攻1500  守1100


 ――ギッ……ギギギッ

 魔法陣の軋む音がする。
 バルキリオンは力任せに、それを外さんともがく――しかし黒魔術師により掛けられたそれは、軋みはすれども砕けない。バルキリオンの動きを、確実に封じる。

 遊戯のLP:3000→2500

 磁石の戦士 マグネット・バルキリオン:攻3500→攻3000

(上級モンスター2体の攻撃を凌がれた……!? スゴイ、さすが遊戯さん……!)
 動揺と賞嘆を胸に、瞳子は手札に視線を落とす。
 手札にトラップカードは無い。カードを伏せ、牽制する策はとれない。
(でも、場の状況は私が一番有利……! 大丈夫、のハズ)
「……エンドフェイズ。“砂の魔女”の効果で『岩石の巨兵』を守備表示で喚び出し……ターン、終了です」
 ゆっくりと、慎重にエンド宣言を済ます。
 同時に『幻想の魔術師』による呪縛は消え、バルキリオンは自由を取り戻した。


<神里絵空>
LP:4000
場:雷帝ザボルグ,不意打ち又佐,伏せカード1枚
手札:3枚
<岩槻瞳子>
LP:4000
場:磁石の戦士 マグネット・バルキリオン,砂の魔女−サンド・ウィッチ−,岩石の巨兵
手札:3枚
<武藤遊戯>
LP:2500
場:熟練の黒魔術師,幻想の魔術師,伏せカード1枚
手札:3枚
<太倉深冬>
LP:2700
場:伏せカード1枚
手札:4枚


「ボクのターンだね、ドロー」
 遊戯はカードを1枚引くと、フィールド全体を見渡した。
(……この状況で、ボクがまず対処すべきなのは――)
 適切な戦術を見極め、遊戯はすぐに行動した。
「ボクはまず……『熟練の黒魔術師』の効果を発動! 魔力カウンターを3つ得たこのモンスターは、最上級マジシャンに進化できる。自身を生け贄に捧げ、デッキから特殊召喚――いでよ、『ブラック・マジシャン』!!」

 ブラック・マジシャン:攻2500

 最上級黒魔術師『ブラック・マジシャン』――遊戯の切り札モンスターとして、多くのデュエリストが知るモンスターだ。
 高い攻撃力のみならず、多くのコンボの起点となるカードとして知られている。
「さらに! 手札から魔法カード『ソウルテイカー』を発動!」
「! そのカードは……!」
 遊戯の発動したカードを見て、瞳子は驚きに顔を歪めた。


ソウルテイカー
(魔法カード)
相手のモンスターを1体生贄にする。
そのプレイヤーは1000ポイントのライフを得る


(『ソウルテイカー』は相手のライフを回復させる代わりに、モンスター1体を生け贄にできるカード。そうか、そのカードで……!)
 絵空は感嘆しながら目を見張る。
 『ソウルテイカー』の影響を受ける可能性があるのは、場にモンスターを持つプレイヤー。つまりは絵空か瞳子のどちらか。
 しかし、攻撃力2500の『ブラック・マジシャン』を有する遊戯が、どのモンスターを狙うかは自明のことだろう。
「対象は“マグネット・バルキリオン”……! ボクはそのモンスターを生け贄に、上級モンスターを召喚させてもらう!」

 ――ジャキィィン!!

 『ソウルテイカー』の魔力を受け、バルキリオンは3体に分離される。
 “マグネット・バルキリオン”はモンスター3体の合体モンスター、故に3体分の生贄としての使用が可能。
 観衆の一部が期待をした。“3体分の生け贄”、それから連想されるカードを――もっとも今の遊戯のデッキには、それらのカードは入っていないわけだが。
(手札にある上級モンスターはレベル6。モンスターは1体分しか生け贄にできない……ならば!)
「――ボクは、“マグネット・ウォリアー”3体のうち……『磁石の戦士β』を生け贄に捧げる! そして『ブラック・マジシャン・ガール』を、攻撃表示で召喚!!」
 瞳子のフィールドから『磁石の戦士β』が消え去り、α・γの2体は留まる。
 代わりに遊戯のフィールドには、若い魔術師の少女が現れた。彼女はウインクをしてから振り返り、隣の師とアイコンタクトを交わす。

 瞳子のLP:4000→5000

 これで遊戯のフィールドには2体――いや、3体の黒魔術師が並んだ。
「ライフを500支払い……『幻想の魔術師』の効果を発動! “砂の魔女”に呪縛を掛け、攻撃力を500下げる!」

 遊戯のLP:2500→2000

 ――ガシーンッ!!

 ホウキに乗った魔女の胴を、両腕ごと魔法陣が拘束する。
 魔女は小さな悲鳴を上げ、バランスを崩し、高度を下げた。

 砂の魔女−サンド・ウィッチ−:攻2100→攻1600

(“砂の魔女”に呪縛を……!? それじゃあ遊戯さんは、このターン――)
 危機を悟り、瞳子は焦る。
 “砂の魔女”には、他の守備表示岩石族へ攻撃を移す効果がある――しかし彼女の場に、守備表示の岩石族は1体のみ。攻撃表示だった“バルキリオン”の合体を解除された2体は、同様に攻撃表示で残ってしまっている。
「いくよ……バトル! 『ブラック・マジシャン』で『岩石の巨兵』を! 『ブラック・マジシャン・ガール』で“砂の魔女”を……攻撃っ!!」

 ――ズガガァァッッ!!!!

 マジシャン師弟の連携攻撃により、瞳子のフィールドは焼き払われる。
 モンスター展開の要である“砂の魔女”を破壊され、ライフの減少も相まって、瞳子は顔をしかめた。

 瞳子のLP:5000→4600

(やっぱり遊戯さんはスゴイ……! “砂の魔女”で壁モンスターを増やして、終盤まで粘るつもりだったのに)
 一方、このターンで大きく攻め込んだ遊戯は、意外にも冴えない顔をしていた。
 決闘盤のライフ数値と、手札のカードを見返す。
(……ライフを払い過ぎたかも知れない。バトルロイヤルでは、弱みを見せたプレイヤーが狙われることもある……気を付けないと)
「……これで、ターン終了だよ」
 遊戯もまた慎重な語調で、エンド宣言をした。


<神里絵空>
LP:4000
場:雷帝ザボルグ,不意打ち又佐,伏せカード1枚
手札:3枚
<岩槻瞳子>
LP:4600
場:磁石の戦士γ,磁石の戦士α
手札:3枚
<武藤遊戯>
LP:2000
場:ブラック・マジシャン,ブラック・マジシャン・ガール,幻想の魔術師,伏せカード1枚
手札:2枚
<太倉深冬>
LP:2700
場:伏せカード1枚
手札:4枚


「……や〜っとアタシのターンね! 待ち詫びたわっ!!」
 鬱憤を払うかのように、深冬は大声で叫ぶ。
 そしてターンを開始する前に、フィールド全体をざっと見返した。
(この状況……どー見てもアタシが一番不利ね。しかもトーコに庇われなきゃ、このターンも回ってこなかった始末……)
 ふつふつと、湧き上がるものを感じる。
 イラ立ち混じりの強い“それ”は、深冬の中で燃焼を始める――デッキトップに指を当て、勢いよく抜き放つ。
「アタシのターン! ドローッ!!」

 ドローカード:融合

「よしっ! アタシは手札から『融合』発動! “フェザーマン”と“バーストレディ”を融合させる! 現れなさい――『E・HERO フレイム・ウィングマン』ッッ!!」
 現れたのは、龍の頭部を模した右手を持つ、片翼のヒーロー。深冬のフィールドに降り立つと、場の他のモンスターを眺め回した。


E・HERO フレイム・ウィングマン  /風
★★★★★★
【戦士族】
「E・HERO フェザーマン」+「E・HERO バーストレディ」
このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが戦闘によってモンスターを破壊し、墓地へ送った時、
破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。
攻2100  守1200


「まだよ! 『E・HERO ザ・ヒート』を攻撃表示で召喚! “ヒート”の攻撃力は、場の“E・HERO”1体につき200上がる……よって攻撃力は、2000ポイントっ!」
 畳み掛けるようにヒーローを並べる。このターン、一気に攻勢へ出るために。

 E・HERO ザ・ヒート:攻1600→攻2000


E・HERO ザ・ヒート  /炎
★★★★
【炎族】
このカードの攻撃力は、自分フィールド上に存在する
「E・HERO」と名のついたモンスターの数×200ポイントアップする。
攻1600  守1200


(さて、問題はどっちを攻撃するかだけど……)
 瞳子を眼中から外し、深冬は絵空と遊戯のフィールドを睨む。
(武藤遊戯のライフは2000、上手くすればこのターンで倒せる……けど!)
「その前にまず――さっきの借りを返させてもらうわ! 覚悟しなさいチビっ娘!!」
 絵空を指さし、深冬は叫ぶ。「誰がロリチビだ!」と絵空は叫び返した。
「――“フレイム・ウィングマン”で……『雷帝ザボルグ』を攻撃っ!!」
「!? へ……ザボルグ?」
 絵空は目を瞬かせる。
 おかしい。“フレイム・ウィングマン”の攻撃力は2100、ザボルグの2400には及ばないではないか――と。
 絵空は、リバースカードを発動すべきか迷った。しかしここは見送ることにした――その判断ミスは、彼女に大きな損失をもたらす。
 “フレイム・ウィングマン”が“ザボルグ”に肉薄し、右腕を振り上げたタイミングで、深冬は素早くカードを開いた。
「いくわよっ! ダメージステップ時……リバーストラップオープン! 『ヒーローズ・ストライク!』ッ!!」


ヒーローズ・ストライク!
(罠カード)
自分フィールド上に存在する
「HERO」と名のついたモンスター1体の攻撃力を
エンドフェイズまで1000ポイントアップする。
この効果を受けたモンスターが相手モンスターを破壊した場合、
バトルフェイズ終了時、デッキからカードを1枚ドローする。


「このカードの効果により……“フレイム・ウィングマン”の攻撃力を、1000ポイントアップッ!!」
「!? げ……っ」

 E・HERO フレイム・ウィングマン:攻2100→攻3100

 ――ズガァァァッッ!!!!

 “フレイム・ウィングマン”の右腕がオーラを纏い、“ザボルグ”を正面から撃ち砕く。
 “ザボルグ”は消滅し、絵空に戦闘ダメージが通った。

 絵空のLP:4000→3300

「それだけじゃない……“フレイム・ウィングマン”の効果発動ぉ! モンスターを戦闘破壊して墓地に送ったとき、破壊したモンスターの攻撃力分の効果ダメージを相手に与える!!」
「!? ってことは……」
 “ザボルグ”の攻撃力は2400――その高さが仇になる。
 絵空の眼前で、“フレイム・ウィングマン”は右手の龍のアギトを開き、強烈な火炎を放射した。

 ――ズゴォォォォォッッ!!!

「!! くぅぅ……っっ」
 至近距離から炎を浴び、絵空はたまらずよろける。そして彼女のライフは、大幅に削られた。

 絵空のLP:3300→900

「そしてもう一手……! “ザ・ヒート”で追撃っ!!」
 続けて、赤のヒーローが拳に炎を纏い、絵空に向かって襲いかかる。
 “又佐”が間に割って入るが、哀しいかな攻撃力が足りない――その拳を受け、フィールドから消え去った。

 ――ズガァァッ!!

 絵空のLP:900→200

「アタシはこれでバトルを終了……! 『ヒーローズ・ストライク!』の効果でカードを1枚ドローして……リバースをセット! ターン終了よ!」
 幾分か満足した様子で、深冬は調子よくターンを終えた。

 E・HERO フレイム・ウィングマン:攻3100→攻2100


<神里絵空>
LP:200
場:伏せカード1枚
手札:3枚
<岩槻瞳子>
LP:4600
場:磁石の戦士γ,磁石の戦士α
手札:3枚
<武藤遊戯>
LP:2000
場:ブラック・マジシャン,ブラック・マジシャン・ガール,幻想の魔術師,伏せカード1枚
手札:2枚
<太倉深冬>
LP:2700
場:E・HERO フレイム・ウィングマン,E・HERO ザ・ヒート(攻2000),伏せカード1枚
手札:1枚


『(相変わらず大した爆発力ね……大丈夫? まだやれそう?)』
 絵空は首を振りながら、「モチロン」と応える。
「気を取り直して……いくよ! わたしのターン、ドローっ!」
 勢いよくカードを引き、それを視界に入れた。

 ドローカード:カオス・ソルジャー −開闢の使者−





 4人の周囲のギャラリーたちは、次第に数を増やしつつあった。
 すでに結構な人数が集まっており、ちょっとした騒ぎになっている。
「――おっ……何だあの集団。ちょっと覗いてみようぜ?」
 少年の返答を待つことなく、青年はそこへ駆け寄る。少年はヤレヤレとため息を吐きながら、彼の後を追いかけた。
(デュエルをしている……? あれは――)
 あるデュエリストの存在に気づき、少年――エマルフ・アダンは目を留めた。




決闘116 バトルロイヤル!(中編)

(カオス・ソルジャー……! 召喚条件はちょうど満たしてるし、攻撃力3000……でも、1ターンしか場に留まれないんだよね)
 絵空は、深冬のフィールドを睨んだ。
 彼女の召喚した“フレイム・ウィングマン”には、モンスターを戦闘破壊した際にダメージを与える効果がある――残りライフ200の絵空には、致命的になり得る効果だ。
(“ザ・ヒート”の基本攻撃力は1800……こっちを倒す余裕は無い、か。それなら――)
 策を決め、絵空は改めてカードを掴む。いま引き当てたばかりのカードを。
「いくよっ! わたしは墓地の――」
『(――はい、ストップ)』
「――へっ?」
 絵空の右手の動きが止まる。絵空の意思によらず、天恵の判断によって。
『(……他の二人のフィールドも確認したら? これはいつもと違って、バトルロイヤルなんだから)』
(あ……そか。忘れてた……)
 絵空は手札から右手を離し、頭を掻いた。
『(アナタの悪い癖ね……熱中しすぎると視野が狭くなることがある。頭を冷やす“間”を置くよう、意識したらどうかしら。ミスプレイのもとだし)』
(えー……そうかな? じゃあ、今度から気を付けてみるけど……)
 ふと釈然としないものを感じ、絵空は、足元の“聖書”に問いを返す。
(……何か珍しいね? デュエル中にそういうアドバイスするの)
『(……そう? イヤだったなら謝るわ。デュエル中のアドバイス行為は、本来マナー違反だし)』
 「別にイヤじゃないけど」と言いながら、絵空は顔を上げた。
 瞳子のフィールドには低級モンスターが2体、伏せカードは無い。ライフポイントこそ抜きん出ているものの、フィールドのみに注目すれば、絵空の次に不利な立場とも言えよう。
 対照的に、遊戯のライフは絵空を除けば最も低い。しかしフィールドには上級モンスター2体と、防御能力に優れた『幻想の魔術師』、さらには伏せカードまである。4人の中で、誰よりも手堅いフィールドと言えよう。
(……! そうか、それなら――)
 新たな可能性に気づき、絵空は戦術を定める。
 そして改めて、右手でカードを掴み直した。
「いくよ! わたしは墓地の『雷帝ザボルグ』と『不意打ち又佐』をゲームから除外して――」

 ――カァァァァァァァッ……!!!

 フィールドに、2本の光柱が立つ。1つは黄金、もう1つは漆黒――2本は混ざり合い、空間に歪みを生む。そして合わさった柱の中から、1体の混沌戦士が現れた。
「――“カオス・ソルジャー”を……特殊召喚っ!!」


カオス・ソルジャー −開闢の使者−  /光
★★★★★★★★
【戦士族】
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを1体ずつゲームから除外して
特殊召喚する。自分のターンに1度だけ、次の効果から1つを選択して
発動ができる。
●フィールド上に存在するモンスター1体をゲームから除外する。
この効果を発動する場合、このターンこのカードは攻撃する事ができない。
●このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、もう1度だけ
続けて攻撃を行う事ができる。
攻3000  守2500


「まだだよ! わたしはさらに『シャインエンジェル』を召喚! 攻撃表示!」
 絵空は遠慮なくモンスターを並べる。つい先ほどまで、守備表示で出すつもりだったカードを。


シャインエンジェル  /光
★★★★
【天使族】
このカードが戦闘によって墓地へ送られた時、
デッキから攻撃力1500以下の光属性モンスター
1体を自分のフィールド上に攻撃表示で特殊召喚する
事ができる。その後デッキをシャッフルする。
攻1400  守 800


(これでバトルフェイズに――と、言いたいところだけど)
 絵空は遊戯のフィールドを見る。
 『幻想の魔術師』の呪縛効果は、他プレイヤーのバトルフェイズ中にも発動可能。このターンの攻撃に介入してくる恐れがある。
 しかし、その憂慮を排除できるカードが、絵空の手札には存在していた。
「魔法カード発動……『シールドクラッシュ』! 対象は、場で唯一の守備表示モンスター……『幻想の魔術師』だよ!!」
『(……!)』


シールドクラッシュ
(魔法カード)
フィールド上に守備表示で存在する
モンスター1体を選択して破壊する。


 ――ズガァァァッ!!

 一条の光が放たれ、遊戯の魔術師を撃ち抜く。
 遊戯はわずかに眉根を寄せた。上級モンスター2体がいるものの、『幻想の魔術師』は優秀な防御能力を備えたモンスター。それを失ったことにより、彼の守備陣形は着実に薄くなった。
「さあいくよ! バトル――“カオス・ソルジャー”で、“フレイム・ウィングマン”に攻撃っ!!」
「……!」
 混沌の戦士は剣を構え、深冬のヒーローへ斬り掛かる。
 深冬はすぐに反応し、場の伏せカードに指を伸ばした。
「――そうは問屋が卸さない、ってね! リバーストラップオープン! 『E(イー)−シールド』ッ!!」


E−シールド
(罠・装備カード)
自分フィールド上に存在する「E・HERO」と名のついたモンスターが
攻撃対象に選択されたとき発動。攻撃対象モンスターの装備カードとなる。
装備モンスターは戦闘によっては破壊されない。
自分のターンのスタンバイフェイズ時、このカードを破壊し、
自分の墓地に存在する「融合」カード1枚を手札に加える。


 “フレイム・ウィングマン”の両腕に、光の盾が生まれる。彼はそれを用い、剣撃を正面から受け止めた。

 ――バジィィィィィィッッ!!!

「ダメージ計算は適用される……けど! 装備モンスターは戦闘では破壊されない!!」

 深冬のLP:2700→1800

(防がれた……!? でも、それなら!)
 絵空は気を取り直し、別プレイヤーに向き直る。
「『シャインエンジェル』で攻撃――対象は、『磁石の戦士α』!」
 瞳子の表情が強張る。
 両モンスターの攻撃力は1400、相撃ちは必至――しかし『シャインエンジェル』には特殊能力がある。

 ――ズガガァァッ!!

「――『シャインエンジェル』の効果を発動! 戦闘で墓地へ送られたとき、デッキから攻撃力1500以下の光属性モンスターを特殊召喚できる! この効果によりデッキから……『ものマネ幻術士』を特殊召喚!!」


ものマネ幻術士  /光

【魔法使い族】
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
相手モンスター1体の元々の攻撃力・守備力・
レベル・属性・種族となる。
攻 0  守 0


「さらに、特殊召喚成功時、『ものマネ幻術士』の効果発動! 相手モンスター1体のステータスをコピーできる! コピーする対象は、もちろん――」
 今度は遊戯に向き直る。喚び出された“幻術士”は遊戯の場の、最上級黒魔術師へと姿を変えた。
「――フィールドで一番攻撃力の高いモンスター……『ブラック・マジシャン』だよっ!!」


『ものマネ幻術士』
攻0→攻2500
守0→守2100
★→★★★★★★★
光属性→闇属性


 観衆がどよめいた。
 これで絵空の場には、攻撃力3000と2500のモンスターが1体ずつ――少ない残りライフながらも、最も優位なフィールドを築いた。
(……さて。このモンスターで誰を攻撃するか……だけど)
 絵空は改めてフィールドを見渡す。
 攻撃可能なモンスターは、全部で5体。どれを率先して撃破すべきか。
 瞳子の場には、低級モンスターが1体のみ。ライフこそ最も多いが、優先して叩くべきとは思えない。
 遊戯と深冬のフィールドには、攻撃力2000以上のモンスターが2体ずついる。だが、攻撃力が互角の『ブラック・マジシャン』は論外だし、“フレイム・ウィングマン”を戦闘破壊することはできない。
 となれば狙うべきは、『ブラック・マジシャン・ガール』か“ザ・ヒート”のどちらかということになる。
(ホントは『ブラック・マジシャン・ガール』を狙うつもりだったけど……)
 遊戯のフィールドにはまだ、リバースカードが残されている。対して、深冬は『E−シールド』を発動したため、警戒すべき伏せカードは無い。
(“カオス・ソルジャー”はこのターンで消えちゃうから、『ものマネ幻術士』は場に残したい。それなら――)
 敢えてリスクを冒す必要は無かろう――そう判断して、絵空は攻撃目標を変更した。
「『ものマネ幻術士』の攻撃! 対象はあなたの場の……“ザ・ヒート”だよっ!!」
「……っ!?」
 マジシャンを模した“幻術士”が、杖から黒の魔力を発する。
 炎のヒーローはそれを浴び、成すすべなく場から消え去った。

 深冬のLP:1800→1300

(よしっ! “フレイム・ウィングマン”を倒せなかったのは計算違いだけど……けっこう良いプレイングだったよね?)
『(……ま、60点ってところかしらね)』
(うぇっ!? 何か思ったより低い……)
『(……『シールドクラッシュ』だけ減点。後は良かったと思うけど)』
「……『シールドクラッシュ』が減点?」
 はて、と絵空は首を傾げる。
 『シールドクラッシュ』で破壊したのは『幻想の魔術師』。そしてそれは、遊戯のモンスター ――なるほど、と絵空は納得する。
「気持ちは分かるけど、これはバトルロイヤルなんだし……私情を挟むのはどうかと思うよ? もう一人のわたしぃ……」
『(……そういう意味じゃないわよ。まあ、これが通常のデュエルだったら、100点満点でも良いけど)』
「……? え……どゆこと?」
 絵空はもういちど首を傾げる。
 しかしそこで、第三者が口を挟んだ。
「――さっきから、なにブツブツ言ってんの? アンタ」
 深冬が白い目で絵空を見る。いや深冬のみならず、多くの人間が、彼女を不思議げに眺めていた。
「へっ……? あ、あはは。何でもないよ何でも。わたしはこれでターンを終了! このエンドフェイズ時、“カオス・ソルジャー”は墓地へ――」
 と、絵空はそこでまたも驚く。
「……はれ……っ?」
 予想だにせぬ、その事態に。


<神里絵空>
LP:200
場:カオス・ソルジャー −開闢の使者−,ものマネ幻術士(攻2500),伏せカード1枚
手札:1枚
<岩槻瞳子>
LP:4600
場:磁石の戦士γ
手札:3枚
<武藤遊戯>
LP:2000
場:ブラック・マジシャン,ブラック・マジシャン・ガール,伏せカード1枚
手札:2枚
<太倉深冬>
LP:1300
場:E・HERO フレイム・ウィングマン,E−シールド
手札:1枚


(カ、“カオス・ソルジャー”が消えてない!? どうして!?)
『(……!)』
 その事象の意味が分からず、絵空はその背中を見上げ、唖然とする。
 いやそもそもは、これこそが正しい処理なのだが――つい先日の予選までは、エンドフェイズ時には墓地へ送られる仕様だった。

 ――その事象の意味を、天恵は薄々悟っていた。
 ヴァルドーとの一戦を経て、“それ”はすでに始まっている。
 “カオス・ソルジャー”が消えないのは、“それ”の兆候なのであろうと。

「……? えっと……続けてもよろしい、ですか?」
 戸惑う絵空を気遣いながら、瞳子は遠慮がちに問う。
 絵空はそれで冷静になり、首を縦に振った。
「では……私のターンです、ドロー!」
 引いたカードを手札に加えると、瞳子は少し考えてからモンスターを召喚した。
「私は『マイン・ゴーレム』を……攻撃表示で召喚しますっ!」


マイン・ゴーレム  /地
★★★
【岩石族】
このカードが戦闘によって墓地に送られた時、
相手ライフに500ポイントダメージを与える。
攻1000  守1900


(……? 攻撃力1000のモンスターを、攻撃表示……?)
『(ああ、これは終わったかも知れないわね)』
 天恵のつれない言葉に、絵空は小首を傾げる。しかしすぐに気付き、はっとした。

(ここで絵空さんを倒せば……残りは3人! そうなれば深冬ちゃんは、遊戯さんに照準を合わせるハズ……)
 瞳子は考える。
 ここで絵空を脱落させ、その後、深冬と2人掛かりで遊戯を打倒する――そして最後に、残った1人と一騎打ち。それこそが瞳子の、勝利への目論見。
(『ものマネ幻想師』に“自爆特攻”すれば、私は1500のダメージ……けれど効果で、絵空さんのライフを0に出来る。代償は大きいけど、やる価値は高い。ここは迷わず――)
「――私は、『磁石の戦士γ』を守備表示に変更。そして……」
 絵空を見ると、動揺が垣間見えた。
 いける――そう確信した上で、攻撃を宣言しようとした、刹那、

「――リバースカードオープン! 『威嚇する咆哮』!!」

 予想外の方向からの妨害に、瞳子は驚き目を見開いた。


威嚇する咆哮
(罠カード)
このターン中、相手は
攻撃宣言をする事ができない。


「このカードの発動ターン……キミのモンスターは攻撃できないよ」
「!? な……っっ」
 トラップの発動元は遊戯。絵空への攻撃を、貴重なトラップを消費して妨げた――恐らくは瞳子の狙いを看破した上で。

『(……良かったわね。『幻想の魔術師』以外にも防御用カードがあって)』
(へっ……どゆこと? 何で遊戯くん、わたしを庇ったの??)
 絵空の頭にハテナが浮かぶ。彼らの行っている駆け引きが、絵空にはさっぱり理解できない。

「……カードを2枚、セットして……ターン終了です」
 苦虫を噛み潰したような顔で、瞳子はエンド宣言をした。


<神里絵空>
LP:200
場:カオス・ソルジャー −開闢の使者−,ものマネ幻術士(攻2500),伏せカード1枚
手札:1枚
<岩槻瞳子>
LP:4600
場:マイン・ゴーレム,磁石の戦士γ(守1800),伏せカード2枚
手札:1枚
<武藤遊戯>
LP:2000
場:ブラック・マジシャン,ブラック・マジシャン・ガール
手札:2枚
<太倉深冬>
LP:1300
場:E・HERO フレイム・ウィングマン,E−シールド
手札:1枚


「ボクのターンだね……ドロー」
 遊戯は落ち着いてカードを引くと、フィールド全体を見渡した。
(このターン、神里さんのライフを0にすることもできる……けど)
 手札を確認しながら、思考する。
 『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』は現在、このフィールド上で最も警戒すべきモンスターだ。先のターン、瞳子の攻撃を見過ごし、絵空に脱落してもらうという案もあった――だが、あえてそれを選ばなかった。
(神里さんが脱落すれば、たぶん1対2の状況になる……今はまだその時じゃない。でも、太倉さんのモンスターを倒せるカードは無い……それなら)
「いくよ……『ブラック・マジシャン』! 『マイン・ゴーレム』に攻撃!!」

 ――ズガァァァァッ!!!

 瞳子のLP:4600→3100

「う……っ! でも破壊されたことで……『マイン・ゴーレム』の効果が発動! 相手に500の効果ダメージを与えます!」
 爆散したゴーレムの欠片が、モンスターを無視して遊戯を襲う。

 遊戯のLP:2000→1500

「……っ! まだだよ、『ブラック・マジシャン・ガール』で追撃――ブラック・バーニング!」

 ――ズガァァァッ!!

 黒の魔力弾が、瞳子の“磁石の戦士”を砕く。
 こちらは守備表示なので、戦闘ダメージは発生しない。だがこれで、瞳子のモンスターは全滅だ。2枚の伏せカードのみが残された形となる。
(リバースカードは2枚とも、防御用のカードじゃない……。これで私の場は、完全にガラ空き……!)
 瞳子は唾を飲み込む。
 最悪の場合、次のターンが回ってこない恐れさえある――そのことを自覚する。

「……ボクはカードを2枚セットして――ターン終了だよ!」


<神里絵空>
LP:200
場:カオス・ソルジャー −開闢の使者−,ものマネ幻術士(攻2500),伏せカード1枚
手札:1枚
<岩槻瞳子>
LP:3100
場:伏せカード2枚
手札:1枚
<武藤遊戯>
LP:1500
場:ブラック・マジシャン,ブラック・マジシャン・ガール,伏せカード2枚
手札:1枚
<太倉深冬>
LP:1300
場:E・HERO フレイム・ウィングマン,E−シールド
手札:1枚


「――やっと私のターンね……ドローッ!!」
 深冬はせっかちにカードを引く。そしてそれを確認するより早く、顔を上げた。
(まったく……どーも調子が狂うわね。4人で乱戦なんて、さぞかし面白いだろうと思ってたのに……なかなかターンが回ってこないし。アタシは蚊帳の外で、ゲームが進むし……)
 心中で文句を垂れながら、決闘盤上のトラップカードに指を掛けた。
「アタシのスタンバイフェイズ時、『E−シールド』は破壊される……けど、第二の効果が発動! 墓地から『融合』を手札に戻す!!」
 そして手札を見る。そこでようやく、ドローカードの正体を認識した。

 ドローカード:E・HERO スパークマン

「……! よし……見せてあげるわ! 私のデッキで最高の攻撃力を出せるモンスター ――最強の切札を! 『融合』発動! 場の“フレイム・ウィングマン”と“スパークマン”を融合させる!!」
 光属性ヒーロー“スパークマン”のオーラを纏い、“フレイム・ウィングマン”は更なる力を得る。“融合”というよりはバージョンアップに近い――強い輝きを放つ、光翼のヒーローへと姿を変えた。
「――『E・HERO シャイニング・フレア・ウィングマン』!!!」


E・HERO シャイニング・フレア・ウィングマン  /光
★★★★★★★★
【戦士族】
「E・HERO フレイム・ウィングマン」+「E・HERO スパークマン」
このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードの攻撃力は、自分の墓地の「E・HERO」という名のついた
カード1枚につき300ポイントアップする。
このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。
攻2500  守2100


(融合モンスターを更に融合……!? でも攻撃力2500なら、わたしの“カオス・ソルジャー”の方が――)
 絵空の思考を振り払うかのように、深冬は高らかに宣言した。
「“シャイニング・フレア・ウィングマン”は、“フレイム・ウィングマン”の特殊能力を引き継いでいる……けど、それだけじゃない! 今、アタシの墓地には“E・HERO”が5体存在している――“シャイニング・フレア・ウィングマン”の効果適用! 墓地の“E・HERO”1体につき攻撃力300アップ……つまり、合計1500ポイントアップッ!!」

 E・HERO シャイニング・フレア・ウィングマン:攻2500→攻4000

「攻撃力……4000……!?」
 遊戯の顔が強張った。
 神にも匹敵する攻撃力、そして特殊能力。一瞬でゲームを終わらせ得る、凄まじいフィニッシャー。
 ここでその攻撃を受ければ、彼の陣形は大きく崩されることとなる――場の2枚の伏せカードは、“シャイニング・フレア・ウィングマン”とあまり相性が良くない。

(……さて、どのモンスターを攻撃するか……だけど)
 瞳子を度外視し、場の4体のモンスターを眺める。
 そして深くは考えず、勢いで狙いを定めた。
「決めたわっ! 最初の獲物は――“カオス・ソルジャー”よっ!! 行きなさい、“シャイニング・フレア・ウィングマン”――シャイニング・シュートッ!!!」
 傍目に見ても、それは正しいプレイに思えた。先のヴァルドー戦で披露した『カオス・ソルジャー −開闢の使者ー−』の特殊能力を踏まえれば、真っ先に対処するのは正しい――惜しむらくは、絵空の場にはリバースカードが残されている。
 拳を振りかぶり、向かって来るヒーローに対し、絵空は迷わずリバースカードへ指を伸ばした。
「今度は止めるよ――トラップオープン! 『和睦の使者』!!」


和睦の使者
(罠カード)
相手モンスターからの戦闘ダメージを、
発動ターンだけ0にする。


 ――バシィィィィィィッッ!!!!!

 使者たちの祈りによりバリアが生まれ、ヒーローの拳を受け止める。
 光輝く拳は激しく火花を散らすが、バリアを砕くには至らない。その強烈な一撃を、受け止めきる。
「……ッ!? ま、まあいいわ。それなら次のターンに仕掛け直すまで――アタシは『フレンドッグ』を守備表示で出して、ターンエンドっ!!」
 強気な姿勢は崩さず、壁モンスターを出して、深冬はターンを終了した。


フレンドッグ  /地
★★★
【機械族】
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
自分の墓地から「E・HERO」と名のついたカード1枚と
「融合」魔法カード1枚を手札に加える。
攻 800  守1200


<神里絵空>
LP:200
場:カオス・ソルジャー −開闢の使者−,ものマネ幻術士(攻2500)
手札:1枚
<岩槻瞳子>
LP:3100
場:伏せカード2枚
手札:1枚
<武藤遊戯>
LP:1500
場:ブラック・マジシャン,ブラック・マジシャン・ガール,伏せカード2枚
手札:1枚
<太倉深冬>
LP:1300
場:E・HERO シャイニング・フレア・ウィングマン(攻4000),フレンドッグ
手札:0枚


「よし……わたしのターンだね、ドロー!」
 絵空はドローカードを確認し、手札に加える。
 そして改めて、自分の場のモンスターを見上げた。
(『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』……効果は使える、のかな?)
『(…………)』
 分からない。
 予選のときはエンドフェイズ時に破壊され、特殊能力は一切使えなかった――だが現在の“カオス・ソルジャー”には、前者の異常が現れていない。
(……試すしかない、かな。出来ないと恥ずかしいから、あんまりしたくないんだけど……)
 絵空は溜め息を吐いてから、改めて口を開いた。
「わたしは『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』の、特殊能力を発――」

 ――ドクンッ!!!

 絵空の口が止まる。
 “直感”が、自身に訴えかける。

 ――無理だ
 ――試すまでもない
 ――自分にはその特殊能力は扱えない……今は、まだ

(……まだ? “まだ”って何?)
 何故そんなことが分かるのか、分かるようになったのか――絵空はそれを“まだ”知らない。ただ確信めいた直感が、絵空の判断に干渉する。
(“開闢の使者”の能力は使えない……? それなら――)
 絵空は思考を切り替えた。
 何故なら、それでも構わない――“カオス・ソルジャー”を活かせるカードを、このターンで引き当てたから。
「わたしは“カオス・ソルジャー”を生け贄に捧げて――召喚! 『偉大(グレート)魔獣 ガーゼット』ッ!!」
 巨大な魔獣が姿を現し、けたたましい咆哮を上げた。


偉大魔獣 ガーゼット  /闇
★★★★★★
【悪魔族】
このカードの攻撃力は、生け贄召喚時に生け贄に捧げた
モンスター1体の元々の攻撃力を倍にした数値になる。
攻 0  守 0


「“ガーゼット”の攻撃力は、生け贄に捧げたモンスターの2倍――つまり、6000ポイントっ!!」

 偉大魔獣 ガーゼット:攻0→攻6000

「!!? な……6000……!?」
 深冬はあんぐりと口を開いた。その、あまりにも圧倒的な攻撃力数値に。
 そして絵空は深冬を見据える。正確には彼女の場の“シャイニング・フレア・ウィングマン”を。
「いくよ……ガーゼットの攻撃っ!!」
「!! グッ……!?」
 絵空は迷わず、右拳を握り込む。
 対して、深冬は迎撃の手段を探る――だが哀しいかな、彼女の場に伏せカードは無い。手札も1枚も残っていない。
 絵空は拳を振りかぶる。ガーゼットはそれと同じ動作で、光翼のヒーローへ攻撃を仕掛けた。
「――グレートぉ……パンチッ!!!」

 ――ドズゥゥゥゥゥゥゥンッッッ!!!!!!

 重々しい轟音が鳴り響く。
 ガーゼットの右拳は、深冬のヒーローを粉々に撃ち砕き――彼女のライフを、根こそぎ奪い取った。

 深冬のLP:1300→0


<神里絵空>
LP:200
場:偉大魔獣 ガーゼット(攻6000),ものマネ幻術士(攻2500)
手札:1枚
<岩槻瞳子>
LP:3100
場:伏せカード2枚
手札:1枚
<武藤遊戯>
LP:1500
場:ブラック・マジシャン,ブラック・マジシャン・ガール,伏せカード2枚
手札:1枚




決闘117 バトルロイヤル!(後編)

「よしっ! これでまずは一人脱落――っと♪」
 絵空は上機嫌に言う。対照的に、深冬は分かりやすく地団駄を踏み、敗北を悔しがった。
「――リベンジよ、リベンジ! もっかいアタシとショーブしなさい! 今度はサシでっ!!」
「……深冬ちゃん。そういうのはせめて、デュエルが終わってから言おうよ……」
 溜め息まじりに瞳子は言う。深冬は不満げに口を尖らせた。

(……あ、まだわたしのバトルフェイズか。攻撃力2500の『ものマネ幻術士』の攻撃権が残っているんだよね……)
 絵空は気を取り直して、残るデュエリスト2人のフィールドを見比べた。


<岩槻瞳子>
LP:3100
場:伏せカード2枚
手札:1枚
<武藤遊戯>
LP:1500
場:ブラック・マジシャン,ブラック・マジシャン・ガール,伏せカード2枚
手札:1枚


 片や充実したフィールド、片やガラ空き状態。
 遊戯の場には上級モンスター2体が並んでいるが、攻撃力だけに着目すれば、むしろ絵空に分があろう。しかし黒魔術師2体の裏に隠れた、2枚の伏せカードが何とも不気味な存在だ。
 対して、瞳子のフィールドにはモンスターがいない。同じく2枚の伏せカードこそあれど、先のターンで遊戯の攻撃を2度も通したことを踏まえれば、ブラフの可能性は高い。
(……どうしよう。トーコちゃんのフィールドの方が、圧倒的に攻め込みやすそう……なんだけど)
 だがそれでも、ライフを0にするには足りない。
 瞳子の残りライフは3100、“幻術士”の攻撃力は2500。
(……さっき庇ってもらった件もあるし、やっぱり遊戯くんは後回しにすべき……? でも――)
 攻撃力6000の“ガーゼット”がいるとはいえ、自分のライフは残り200。
 ここで遊戯を避けたとして、果たして逆転できるだろうか――いや、恐らくは難しい。
『(……アナタ次第ね。どちらも間違いとは言えないわ……好きな方を選べば良い)』
 天恵はそう伝えながらも、絵空がどちらを選ぶか分かっていた。

 ――そもそもこのバトルロイヤルで、何位の座を目指すのか?

 2位でも良いのならば、瞳子を優先して倒す案もあろう。
 だが、あくまで1位を目指すならば、遊戯の打倒は絶対条件と言える。

 ――手堅く2位を確保するか?
 ――それとも1位に挑戦するか?

 絵空がどちらを選ぶかなど、天恵は確信をもって予想できた。
「――……わたしは『ものマネ幻術士』で……『ブラック・マジシャン・ガール』に攻撃っ!!」
 『ブラック・マジシャン』の姿形を模した“幻術士”が、『ブラック・マジシャン・ガール』に攻撃を仕掛ける――違和感のある光景。
 遊戯は即座に判断し、場のトラップカードを開いた。
「リバースカードオープン! 『黒魔術の修練』!!」


黒魔術の修練
(罠カード)
フィールド上の黒魔法使い一体の魔力レベルを上げる。


「このカードの効果により、『ブラック・マジシャン・ガール』に秘められた魔力を解放し、レベルを上げる――それにより攻撃力が上がり、さらに、新たな能力を得る!!」


ブラック・マジシャン・ガール+  /闇
★★★★★★★
【魔法使い族】
このカード名はルール上「ブラック・マジシャン・ガール」とする。
墓地に眠る「ブラック・マジシャン」の数だけ攻撃力を500ポイント上げる。
ダメージステップ時、自分の墓地の魔法カードを任意の枚数ゲームから除外する
ことで、1ターンの間、除外した枚数×100ポイント攻撃力がアップする。
攻2500  守1700


「――その効果により墓地から、『同胞の絆』と『ソウルテイカー』の2枚を除外! これにより攻撃力は……2700にアップッ!!」
「!!? うぇ……っ?」
 危惧した通りの反撃に、絵空の表情は引きつる。
 しかしすでに遅い。漲る魔力を杖に宿し、魔術師の少女は迎撃体勢をとった。

 ブラック・マジシャン・ガール+:攻2500→攻2700

「――黒・魔・導・爆・裂・破(ブラック・バーニング)!!」

 ――ズドォォォォォッ!!!

 少女の放った魔力弾が、師の偽者を撃ち砕く――そして超過した衝撃が、絵空のライフを削る。2体のモンスター間の攻撃力差は200、すなわち――

 絵空のLP:200→0

(うーっ……やっぱりトーコちゃんを攻撃すべきだったかなあ?)
『(……まあ、あながち間違いでもなかったと思うけど)』
 そう、少なくとも――“遊戯を打倒する”、その目的に限れば。


<岩槻瞳子>
LP:3100
場:伏せカード2枚
手札:1枚
<武藤遊戯>
LP:1500
場:ブラック・マジシャン,ブラック・マジシャン・ガール+,伏せカード1枚
手札:1枚


 これで残るは2人。観衆の誰もが、遊戯の勝利を確信した。
 それはそうだろう。ライフこそ瞳子に分があるとはいえ、遊戯の場には上級マジシャンが2体――地力の差を踏まえずとも、遊戯に利のある戦況だ。
 だが瞳子の瞳には、確かな勝機が映っていた。
(……『黒魔術の修練』はトラップカード。つまり、一緒に伏せられた遊戯さんのリバースは、魔法カードということ……!)
 自身の伏せカードを一瞥し、瞳子は唾を飲み込む。
 このターンが勝負だ――長期戦になれば、実力差がモロに出る。今、彼女にとって最も強みなのは、次が自分のターンであること。
(……切り札はまだ来ない。でも――引き当てるしかない)
 いちど深呼吸をしてから、瞳子はデッキに指を当てた。
「私のターンです――ドローッ!!」
 彼女らしからぬ、大きな動作でカードを引く。
 そして、引き当てたモンスターカードは――

 ドローカード:磁石の戦士β

(……これじゃない。けど……)
 まだいける――瞳に期待を灯し、場の伏せカードを開いた。
「リバーストラップオープン! 『凡人の施し』!」


凡人の施し
(罠カード)
デッキからカードを2枚ドローし、その後手札から
通常モンスターカード1枚をゲームから除外する。
手札に通常モンスターカードがない場合、手札を全て墓地へ送る。


「このカードの効果により、カードを2枚ドローし――手札の通常モンスター1体を、ゲームから除外します!」
 カードをドローし、『磁石の戦士α』を除外する。
 これで手札は3枚。しかしまだ、目当てのカードは手札に来ない。
(このターンが最後のチャンス……それなら!)
「手札から魔法カード『手札抹殺』を発動! お互いは手札を全て捨て、その枚数分だけ引き直します!」
(!? また手札交換カード……?)
 瞳子のそのプレイングから、遊戯は察する。
 彼女は間違いなく、“何か”を待っている――この戦局を覆す、あるいは勝利を掴むための、デッキに眠る切り札を。
(……これでたぶん打ち止め。ドローできるカードは、2枚)
 状況を再認識し、瞳子は足が竦んだ。
 別に、何が懸かったデュエルでもない――親友のワガママに振り回され、巻き込まれただけのデュエル。仮に、万一勝てたとしても、これはあくまでバトルロイヤル。漁夫の利を得たに過ぎない――それでも、
(……勝ちたい。このデュエルに、ただ勝ちたい!)
 それは純然たる想い。デュエリストならば当然に抱く、前向きな、勝利への意志。
「私はカードを……2枚ドロー!」
 そして、遊戯は1枚をドローする。
 瞳子はドローカードを視界に入れ――思わず、笑みを零した。
「いきます! 私は墓地の岩石族モンスターを――全て、ゲームから除外!!」
「!! その召喚条件は――!!」
 遊戯の脳裏を、あるモンスターカードがよぎる。
 瞳子の決闘盤の墓地スペースから、カードが勢い良く弾き出されていく――合計するに9枚。その全ての躯を取り込み、そのドラゴンは己と成す。
「現れよ――岩石の巨竜、『メガロック・ドラゴン』ッ!!」

 ――ズゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!!

 大地を揺らし、龍が生える。
 隆起した大地を体躯と成し、巨大な龍がその姿を現した。


メガロック・ドラゴン  /地
★★★★★★★
【岩石族】
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地に存在する岩石族モンスターを除外する事でのみ
特殊召喚することができる。このカードの元々の攻撃力と守備力は、
特殊召喚時に除外した岩石族モンスター×700ポイントの数値になる。
攻撃力 0   守備力 0


『メガロック・ドラゴン』
攻0→攻6300
守0→守6300

「!!? 攻撃力……6300ぅっ!?」
 絵空が驚愕の声を上げた。
 最後のターンに召喚した“ガーゼット”よりも、さらに高い数値――唐突に出現したそれに、口をあんぐりと空ける。
(この土壇場で引き当てるなんて……バカトーコにしてはやるじゃない)
 深冬は少し面白くなさげに、しかし口元から笑みを漏らした。

(遊戯さんのリバースカードは、十中八九マジックカード! だから――)
 瞳子は恐れることなく、声高に宣言した。
「いきます!! 『メガロック・ドラゴン』で『ブラック・マジシャン』を攻撃――撃って、『メガロック・ドラゴン』っ!!」
 岩石龍は咆え、そのアギトを開く。巨大な体躯の内部から、大量の土砂を吐き出した。
「マッドスライド――キャノンッ!!!」

 ――ズドォォォォォォォォッッ!!!!!!!

 観衆が沸いた。
 遊戯のフィールドを強襲するそれは、もはや自然災害と呼ぶにも相応しい――攻撃力差も優に2倍以上。見る者の半分が、彼女の勝利を予感した。だが残る半分はなお、遊戯の勝利を期待する。
 何故なら彼の場にはまだ、伏せカードが1枚残されているからだ。
「……っ!! リバースマジック、オープン――」
 やはり――予想通りの宣言に、瞳子は勝利を確信した。
「――カウンターマジック、オープン! 『魔法解除』!!」
 遊戯の発動したカードを視認するよりも早く、瞳子は伏せカードを発動していた。


魔法解除
(魔法カード)
敵から受けたすべての魔法効力を打ち消す。


 満を持して発動したのは、前のターンから伏せてあったカード――『魔法解除』。その効果は、あらゆる魔法の効力を打ち消すことができる。
(これで、遊戯さんの発動した魔法カードは無効……! メガロックの攻撃を妨げるものは無い!)
 勝った――そう思い、瞳子は右手の拳を握りしめる。
 岩石龍の吐いた土砂が、黒魔術師を成すすべなく薙ぎ倒す――ハズ、だったのに、
「……!? え……っ?」
 瞳子はポカンと口を開いた。
 土砂が勢いを失い、止まる。黒魔術師まで届かない。

 ――シュゥゥゥゥゥ……

「!? ま、『魔法解除』が……?」
 瞳子の発動した『魔法解除』が、逆に無効化され、消滅してゆく。
 ブラック・マジシャンを中心として描かれた光の魔法陣――その効力によって。


フォビドゥン・マジック
(魔法カード)
自分フィールド上のレベル6以上の魔術師1体を選択して発動。
選択したモンスターはこのターン、攻撃することができない。
発動ターン、選択したモンスターが場に存在する限り、
このカードを除くフィールド・墓地・手札の全てのカードの効果は
禁じられる。このカードへのカウンタースペルも無力と化す。


「このマジックの効力は、カウンタースペルを含め、あらゆるカードの魔力を奪う……! よって、キミが発動した『魔法解除』を含め、全ての効果が無効化されるよ!!」
「!!? それじゃあ……っ」
 瞳子は顔を上げた。
 『魔法解除』の無効化は、あくまで副次的な結果だ。遊戯の本来の狙いは――『メガロック・ドラゴン』の無力化。岩石を繋ぎ合せていた魔力を奪われ、豪快な体躯は崩れ、崩壊を始めていた。

『メガロック・ドラゴン』
攻6300→攻0
守6300→守0

「いくよ……『ブラック・マジシャン』の迎撃!!」
 遊戯の言葉を受け、黒魔術師は跳び上がる。
 魔力を吸った杖ではなく、空の左手を広げ――渾身の魔力を、瞳子のフィールドへ叩き込んだ。
「――黒・魔・導(ブラック・マジック)!!!」

 ――ズガァァァァァァァッ!!!

 強烈な魔力が、瞳子のフィールドを撃つ。彼女のフィールドの岩石を、残さず粉々に撃ち砕き――さらにはライフを、大幅に削り取った。

 瞳子のLP:3100→600


<岩槻瞳子>
LP:600
場:
手札:1枚
<武藤遊戯>
LP:1500
場:ブラック・マジシャン,ブラック・マジシャン・ガール+
手札:1枚


「……私はこれで……ターンを、終了します」
 彼女にはまだ手札があった。
 しかしそれは、何の効果も持たない低級モンスター ――召喚しても、次のターンは生き延びられない。敗北を悟った上での、エンド宣言。
(スゴイ……これが武藤遊戯……!!)
 丸裸のフィールドで、瞳子はただただ感服する。
 千載一遇の好機、無二の勝機を掴んだつもりだった――それなのに、届かなかった。
 もはやレベルが違う。
 強すぎる――何をしても勝てる気がしない、そう思い至ってしまう程に。

 ――それなのに……心が湧き立つのは、何故なのだろう?

(……私も、深冬ちゃんのこと言えないなあ)
 思わず、微苦笑が漏れた。
 敵わないと分かるのに――また挑戦したい、そう思えてしまう。

「ブラック・マジシャン・ガールの攻撃――黒・魔・導・爆・裂・破(ブラック・バーニング)!!」

 ――ズドォォォッ!!!

 観衆から歓声が、そして拍手が起こる。
 バトル・シティ本戦1日目、まるでアンコールの如く開かれたそのデュエルは、そうして幕を下ろした。

 瞳子のLP:600→0


<武藤遊戯>
LP:1500
場:ブラック・マジシャン,ブラック・マジシャン・ガール+
手札:2枚




決闘118 バトルロイヤル、その後

「――ったく! 何で止めたのよ、バカトーコ!」
 深冬は歩きながら、隣の瞳子に文句を垂れた。
 遊戯・絵空とのバトルロイヤル戦を終え、さっそく再戦を――そう思った深冬なのだが、瞳子に強く止められ、お開きとなってしまった。昇華し損ねた不満を胸に、深冬は口を尖らせている。
「だって、あのお2人は明日もあるし……いつまでも引き止めたら悪いでしょ? ギャラリーもずいぶん集まっちゃってたし……」
「……どーせアタシは、1回戦落ちですよ……」
 ケッ、と深冬は毒づく。
 私は予選落ちなんだけど……と、瞳子はため息を吐いた。
「フン……まーいいわ。アタシに勝ったんだもの、武藤遊戯には優勝してもらわないと! それにあのロリチビも。そして優勝したアイツらに、アタシがリベンジで勝利する――ウン、カンペキなシナリオだわ!!」
 息巻く深冬の様子を見て、瞳子はクスリと笑みを零す。
「単純だなあ……深冬ちゃんは」
 呆れ半分、感心半分。
 けれどそれは彼女の良さ。
 彼女のそんな前向きさに、自分がどれほど救われてきたか――瞳子はそれを知っている。
 決して、忘れたりなどしない。
「……あ。しまった訊き忘れた」
 突然、深冬が立ち止まる。
 瞳子は振り返り小首を傾げ、「何を?」と問い掛けた。
「アイツらの行きつけのカードショップよ! たしか、自分ちがゲーム屋とか言ってたケド……アンタは知ってる、その店?」
 瞳子は小さく唸りながら、首を横に振ってみせた。
「マズったわね……このままじゃ勝ち逃げされるじゃない。今からでも引き返して――」
「――それなら、学校でデュエル挑んだら?」
 深冬を制するように、瞳子は言う。
 彼女の思わぬ提案に、深冬は目を瞬かせた。
「アンタ、学校は知ってんの? この辺の高校?」
「え……深冬ちゃん、知らなかったの?」
 今度は瞳子が、目をパチクリさせる。
 深冬がそれを知らなかったことを、心底、意外に感じた。
「うしっ……それなら決まりね! 春休みが終わったら、武藤遊戯の高校に殴り込み! アンタもトーゼン付き合いなさいよね!!」
「……“殴り込み”、って……。まあ、別にいいけど」
 本当に知らなかったんだなあ――と、瞳子は心の中で呟く。
(いま言うと騒ぎそうだし……後で教えればいいや)
 溜め息を吐きながら、そう決めた。
 そして瞳子は、遊戯と、もう一人の少女を想起する。
(絵空さん……も、童実野高校なのかな? たしか今年で17歳って言ってたから……2年生だよね)
 小さいから年下かと思ったけど――と、瞳子はこっそり思う。
 バトル・シティ本戦、一回戦第七試合――ヴァルドーと闘う彼女の姿に、瞳子は恐怖さえ抱いた。しかし、つい先ほどまでデュエルをしていた彼女からは、そういった印象は受けない。ただデュエルが大好きな、純粋な少女に思えた。
(結構、深冬ちゃんと気が合う……と思うんだけどなあ。でも学年が違うなら、そんなに接点は持てないかな?)
 未来図を思い浮かべ、瞳子は心を躍らせる。
 不安もある。けれどそれ以上に、期待を抱ける。

 約一週間後、春休み明けから始まる、童実野高校での新生活に想いを馳せ――瞳子は微笑を浮かべた。





「――本当にいいのかよ、エマルフ? 決勝戦まで見なくてさ」
 “ジャン”は少し不満げに、隣を歩くエマルフに問い掛けた。
「明後日には、大事な講義が入ってるんだよ……何日も大学休めないからさ。それに、準決勝と決勝はインターネット配信されるらしいしね」
「……優等生だねえ。あと一日くらいサボったって、バチは当たらねぇだろうに」
 ヤレヤレ、とジャンは溜め息を漏らす。
 何なら一人で帰るけど――とエマルフが言うと、「バカ言え」とジャンは返した。
「ガキを一人で帰したとあっちゃあ、教育者の名折れだ。お前の御両親にも顔向けできん」
 威張った様子で言うジャンの姿に、エマルフはクスクスと笑みを漏らした。
「きっと良い先生になるよね、ジャンはさ」
「……大人をからかうんじゃねーよ」
 ジャンは照れ隠しに、エマルフの頭を小突く。
 そんなやり取りをしながらエマルフは、つい先ほどまで観戦していたデュエルを想起していた。
 彼が目を留めたのは、本戦で大きな活躍を見せた少女――“神里絵空”。彼女が出した“黒い翼”に、エマルフは並みならぬ“異能”を感じた。彼の異常な直感は、“彼女”の正体を、うすうす感じ取っていた。
(でも……多分、もう大丈夫だ)
 先ほどのバトルロイヤルデュエルを見て、エマルフはそう感じていた。
 彼女の中の“彼女”は、もうきっと大丈夫だろう――根拠もなくそう思う。自身の“異能”による判断を、素直に認め、信じる。
(……僕には僕の、すべきことがある。今は帰ろう……そしてきっとまた来よう。デュエリストとして)
 そう思わせてくれた“彼”への感謝を胸に、エマルフは歩を進める。
 ただ――そんな彼の胸に引っかかることが、一つだけあった。
 先ほど観戦したデュエルの中で、彼が気づいてしまった、もう一つの懸念。
 それは――


 神里絵空ではなく、武藤遊戯の中に――不穏な“闇”の陰を見た。




決闘119 もうひとつの闘い

 ――海馬ランド、青眼ドーム内。
 スタンドを埋めていた観衆は見る影もなく、閑散としていた。しかしそんな中、デュエルステージ上では、人知れずデュエルが行われていた。
 城之内とリシド、2人の決闘者による激しいデュエルが。

「――『カース・オブ・スタチュー』で……城之内にダイレクトアタック!」


カース・オブ・スタチュー
(永続罠カード)
このカードは発動後モンスターカード(岩石族・闇・星4・
攻1800/守備力1000)となり、自分のフィールドに特殊召喚する。
このカードがフィールド上にモンスター扱いとして存在し、このカード以外の
モンスター扱いとした罠カードが相手モンスターと戦闘を行った場合、
その相手モンスターをダメージ計算後に破壊する。
このカードは罠カードとしても扱う。


「――そう簡単には……通さねぇよ! トラップカードオープン『ヒーロー見参』っ!!」
 襲いくる罠モンスターに対し、城之内は負けじとカードを開いた。


ヒーロー見参
(罠カード)
相手の攻撃宣言時、自分の手札から
相手プレイヤーがカード1枚をランダムに
選択する。それがモンスターカードだった場合は
フィールド上に特殊召喚する。
違った場合は墓地に送る。


「ならば……私から見て、左のカードを選択しよう。どうだ?」
 城之内の手札は2枚、そのうちモンスターは1枚のみ。
 城之内はニッと笑みを浮かべ、リシドが選んだカードを反転した。
「残念だったな。お前が選んだカードは――コイツだ! 『ダンディライオン』を守備表示で特殊召喚っ!!」


ダンディライオン  /地
★★★
【植物族】
このカードが墓地へ送られた時、自分フィールド上に
「綿毛トークン」(植物族・風・星1・攻/守0)を2体
守備表示で特殊召喚する。このトークンは特殊召喚されたターン、
生け贄召喚のための生け贄にはできない。
攻 300  守 300


 ――ズガァァァッ!!

 リシドの『カース・オブ・スタチュー』は、『ダンディライオン』を構わず撃破する。
 しかし城之内のフィールドには、2つの大きな“綿毛”が残った。
(上級召喚の生け贄を残したか……ならば)
 リシドは狼狽えず、手札のカードに指を掛ける。
「私はカードを2枚セットし……ターンエンドだ」


<城之内克也>
LP:2550
場:綿毛トークン×2,伏せカード1枚
手札:1枚
<リシド・イシュタール>
LP:4000
場:カース・オブ・スタチュー,王家の神殿,伏せカード3枚
手札:0枚


 本来、審判が立つべき位置で、イシズは2人のデュエルを見届けていた。
 デュエルリングの使用に関しては、事前に海馬瀬人の許可を得てある。しかし落ち着かない様子で、イシズは度々、リシドの様子を窺っていた。
(リシド……アナタの身体はまだ……)
 不安げな表情で、祈るように、その闘いを見続ける。

(やっぱりリシドは強ぇ……! 前に闘ったときと同じで、完全にペースを握られちまってる。何とか逆転の糸口を掴まねぇと……)
「――オレのターンだ! ドローッ!!」
 気合いを入れ直し、城之内はカードを引く。そして引き当てたカードを見て、強い笑みを浮かべた。
「よし……いくぜ! オレは“綿毛トークン”2体を生け贄に捧げ――いでよ! 『人造人間サイコ・ショッカー』ッ!!」
 引いたばかりのカードを、盤に勢いよくセットする。
 “サイコ・ショッカー”――罠無効・破壊の特殊能力を持つ、城之内の最上級モンスター。
 トラップを多用するリシドにとっては、最悪の相性と言っても良いカード。現に、以前リシドと闘った際にも、城之内はこのカードを使い、起死回生の一撃を叩き込んでいる。
(これでリシドのトラップは全滅……! 一気に主導権を奪える!!)
 期待のこもった眼差しを、城之内はフィールドに向ける。
 だがおかしい。“サイコ・ショッカー”の立体映像(ソリッド・ビジョン)が、現れない。
 代わりに、リシドのフィールドに変化があった。罠モンスター『カース・オブ・スタチュー』が姿を消し、別の罠カードが発動されている。


昇天の角笛
(カウンター罠カード)
自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる。
モンスターの召喚・特殊召喚を無効にし、それを破壊する。


「カウンタートラップ……『昇天の角笛』。このカードの効果により、“サイコ・ショッカー”の召喚を無効とさせてもらった。トラップ破壊能力を持とうとも、召喚自体を無効とすれば意味を成さない」
「……!? く……だがこれで『カース・オブ・スタチュー』は消えたぜ! ターン、終了だ!」
 城之内は戦意を失わず、デュエルを進行する。
(流石だぜ、リシド……! 同じ手は二度通用しない、ってわけか)
 だが事実として、互いのフィールドはガラ空き―― 一見するに戦況は五分。“サイコ・ショッカー”の存在は紛れもなく、リシドの勢いを削ぐことには成功した。


<城之内克也>
LP:2550
場:伏せカード1枚
手札:1枚
<リシド・イシュタール>
LP:4000
場:王家の神殿,伏せカード2枚
手札:0枚


(まだだ……もう少し)
 リシドは険しい表情で、カードを引く。それは、現在の戦況とは異なる理由によるものだ――だがドローカードを見た瞬間、表情はわずかに緩んだ。

 ドローカード:封魂の聖杯

「いくぞ……! リバースカードオープン『セルケトの紋章』! さらに手札から『封魂の聖杯』を発動!!」
「!! そのカードは――」
 リシドの場に揃えられた、3枚の魔法カード――それらは共鳴し合い、聖なる領域の守護神“聖獣”を喚び出す。


王家の神殿
(永続魔法カード)
通常ターンでは魔法・罠カードを1枚ずつしか
セットできないが「王家の神殿」が場に出ている限り
その持ち主は罠カードを2枚場に出せる


セルケトの紋章
(永続魔法カード)
王家の神殿・封魂の聖杯のカードが揃った時
聖獣セルケトを召喚する


封魂の聖杯
(永続魔法カード)
王家の神殿・セルケトの紋章のカードが揃った時
聖獣セルケトを召喚する


「――『聖獣セルケト』! 召喚!!」
 巨大なサソリの怪物が現れ、神殿の聖櫃を護らんと、立ちはだかった。


聖獣セルケト  /地
★★★★★★
【天使族】
「王家の神殿」「セルケトの紋章」「封魂の聖杯」が
場に揃ったときのみ特殊召喚される。
戦闘破壊したモンスターを取り込み、その攻撃力の半分を得る。
攻2500  守2000


(聖獣セルケト……!! 第一回のバトル・シティで、結局倒せなかったモンスター!!)
 城之内の中に、2つの感情が生まれる――戦慄と、歓喜。
 相反する感情の狭間で、しかし城之内は、口元にわずかな笑みを零していた。
「聖獣セルケト……城之内にダイレクトアタック!!」

 ――ズガァァァァァッ!!!

 巨大なハサミを突き立て、強烈な一撃を見舞う。
 城之内は呻き声を上げ、たまらず片膝をついた。

 城之内のLP:2550→50

「……私はこれで……ターンを、終了とする……」
 それは苦しげな語調だった。
 しかし城之内は気づけない――『聖獣セルケト』の登場により、込み上げる感情に満たされて。


<城之内克也>
LP:50
場:伏せカード1枚
手札:1枚
<リシド・イシュタール>
LP:4000
場:聖獣セルケト,王家の神殿,セルケトの紋章,封魂の聖杯,伏せカード1枚
手札:0枚


「……面白ぇ……感謝するぜ、リシド……!」
「……!?」
 城之内は不敵な笑みを見せた。
 およそデュエリストには似つかわしい、闘志に満ちた笑みを。
「いくぜ……オレのターンだ! ドローッ!!」
 威勢よくカードを引き抜く――そして視界に入れるや否や、すぐに行動を起こした。
「――リバースカードオープン! 『真紅の魂』っ!!」


真紅の魂
(魔法カード)
自分が1000ライフポイント以下の時、
ライフポイントを半分払い発動。自分の
デッキ・手札・墓地から「真紅眼の黒竜」
を1体特殊召喚する。


 城之内のLP:50→25

「ライフを半分払い……デッキから特殊召喚! いでよ、レッドアイズっ!!」
 城之内のフィールドに、黒き竜が降臨する。真紅の瞳でセルケトを睨み、咆哮で威嚇をせんとする。
 しかしその攻撃力は2400、セルケトの2500には僅かに届かない――そのままでは。
(この1年で……オレは強くなった! だから!!)
 負けない――強い想いをもって、手札のカードを発動した。
「――『融合』発動! 手札の『炎の剣士』と、レッドアイズを融合させるぜ!! いでよ……『黒炎の剣士−ダーク・フレア・ブレイダー−』っ!!!」
 レッドアイズの魂を受け、『炎の剣士』は力を得る。剣と甲冑を黒く染め上げ、フィールドに再誕した。

 黒炎の剣士−ダーク・フレア・ブレイダー−:攻2100

(!? レッドアイズより攻撃力が低い……? 何か、特殊能力を備えているのか?)
 リシドは当然、警戒する。
 対して城之内は、空になった両手を広げ、堂々と告げた。
「融合召喚したターン、融合モンスターは攻撃できない……オレはこれでターンエンド! さあ、お前のターンだぜ、リシド!!」
「…………!」
 リシドは眉根を寄せ、城之内を見据える。このデュエルの勝敗とは違う――別の危惧を抱いて。


<城之内克也>
LP:25
場:黒炎の剣士−ダーク・フレア・ブレイダー−
手札:0枚
<リシド・イシュタール>
LP:4000
場:聖獣セルケト,王家の神殿,セルケトの紋章,封魂の聖杯,伏せカード1枚
手札:0枚


(この状況で……相変わらず、良い眼をする。デュエリストとして申し分ない、見事な闘志だ。だが――)
「――だがそれでは、明日の試合は勝てない……」
「!? え……っ?」
 リシドは静かにカードを引く。
 そして引き当てたカードを見て、「やはり」と感じた。
「城之内よ……お前のデュエルスタイルは、私と対極と言っても良い。相手の手を封じながら闘う私に対し……お前は相手を制限しない。相手の全力を見届けた上で、それを越えんと死力を尽くす。エマルフ・アダンとの一戦を観て、私は確信を抱いた――お前のデュエルは正道すぎる」
「……!? どういう……意味だ?」
 城之内の問いに対し、リシドは口を閉ざした。
 言葉ではなく、デュエルで示すために。
「私はまず――手札のカードを1枚、神殿の聖櫃に封印する!!」
「!!? 何だと!?」
 リシドの思わぬ行動に、城之内は眼を見開いた。
 リシドはかつて同じように、『ラーの翼神竜』のコピーカードを封印した――そしてその後、セルケトを生け贄に“ラー”の召喚を図った。
(封印したのは……モンスターカードか!? まさか、神のコピーカードを使うとは思えねえが……)
 セルケト自身とプレイヤーのライフ半分を捧げることで、聖櫃の封印は解放できる。
 当然その効果を使うつもりなのだろう――城之内はそう予想した。だが、リシドの次のプレイはそれに反した。
「――『聖獣セルケト』で……“黒炎の剣士”を攻撃!!」
(!? そのまま攻撃してくる!?)
 どういうつもりか、分からない。
 この戦闘でセルケトを失えば、聖櫃の封印は解放できないはず。いま手放したカードは、完全な“死に札”となってしまうだろう。
「くっ……ダーク・フレア・ブレイダーの効果発動! 墓地のレベル4以下のモンスターを除外することで、その攻守を得る! オレは墓地から――“パンサー・ウォリアー”を除外する!!」


黒炎の剣士−ダーク・フレア・ブレイダー−  /闇炎
★★★★★★★
【戦士族】
「炎の剣士」+「真紅眼の黒竜」
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
ダメージステップ時、戦闘を行う相手モンスターの攻撃力が
このモンスターの攻撃力より高い場合、自分の墓地に存在する
レベル4以下のモンスター1体をゲームから除外することで、
バトルステップ終了まで、その攻守をこのモンスターに加える。
攻2100  守1800


 剣から黒炎が溢れ出す。
 燃え盛る業火が渦を巻き、剣に纏わり付く。その攻撃能力を、飛躍的に向上させる。


『黒炎の剣士−ダーク・フレア・ブレイダー−』
攻2100→攻4100
守1800→守3400


「――迎撃しろ!! ダーク・フレア・ブレイダーッ!!!」
 迫るセルケトに怯むことなく、“黒炎の剣士”は2つのハサミをかわし、真正面から飛び込む。
 黒剣を両手で掴み、上段に構え、力いっぱい振り下ろした。
「――闘・気・黒・炎・斬っ!!!」

 ――ズバァァァァァッッ!!!!!

 豪快な剣閃が、セルケトの顔面を斬り裂く。切創を黒炎が焼き、爆発を起こし、セルケトは動かなくなった。

 リシドのLP:4000→2400

「へへ……どーだリシド! これでセルケトは倒――」
「――!! リシドッ!!」
 異変に、先に気が付いたのはイシズだった。
 膝を折り、胸を抑えるリシドに、イシズは慌てて駆け寄る。
「リシド!? お前、やっぱまだ身体が――」
「――動くなっ!!」
 デュエルを中断し、駆け寄ろうとした城之内を、リシドは叫んで制する。
 イシズの手を拒み、苦悶に顔を歪めながら、リシドはゆっくりと立ち上がる。
「……城之内よ。お前は……」
 息も絶え絶えに、しかし顔を上げ、リシドは静かに告げた。
「……お前は――罠に落ちた」
「――!!?」
 城之内はハッとし、そして気づいた。
 おかしい――セルケトの立体映像が、消えない。ピクリとも動かぬ骸が、彼のフィールドには残り続けている。
「……私はライフを半分支払い……聖櫃の封印を解放する」
「!? なっ……」

 リシドのLP:2400→1200

 神殿の櫃の蓋が、ゆっくりと開く。
 一体どんなモンスターが現れるというのか――城之内は目を凝らし、注目した。
 しかし櫃から現れたのは、彼の予想に反する、あまりにも意外なカードだった。


セルケトの紋章
(永続魔法カード)
王家の神殿・封魂の聖杯のカードが揃った時
聖獣セルケトを召喚する


「……え……っ?」
 ぽかんと、城之内は思わず口を開いた。
(モンスターカードじゃない……? ハッタリ、だったのか?)
 いや違う。
 櫃から現れた『セルケトの紋章』は、意味ありげに光り、脈動している。
 それに呼応するかのように、セルケトの骸の、内部が光った。
「今こそ見せよう……城之内よ。これこそが私の、真なる切札……」
 切創が広がり、セルケトの身体が二つに裂ける。
 さながら“羽化”の如く――“それ”は現れた。厳つい“聖獣セルケト”とは似ても似つかぬ、美しい“女神”が。
「――『死の女神 セルケト』」


死の女神 セルケト  /地
★★★★★★★★
【天使族】
「聖獣セルケト」が破壊されたとき
「セルケトの紋章」または「封魂の聖杯」を封印した
「王家の神殿」の効果によってのみ特殊召喚できる。
???
攻2500  守2000


 黒く長い髪をした、浅黒い肌の女神。右手には細身の素槍を携え、臀部にはサソリのような尻尾がある。“聖獣”の殻を脱ぎ捨てると、“セルケト”は改めて地上に降り立った。
「……!? だ、だが! ソイツの攻撃力は2500! ダーク・フレア・ブレイダーの攻撃力には届かねぇ!!」
「……それはどうかな。真の姿を現したセルケトには、恐るべき特殊能力がある……」
  “セルケト”は槍を構え、念じ始める。すると槍の切っ先が、鋼色から毒々しい緑色へと染め上げられた。
「……いくぞ。『死の女神 セルケト』――“黒炎の剣士”を攻撃!!」
「――ッ! ダーク・フレア・ブレイダーの効果発動! 墓地の『ジャスティス・ブリンガー』を除外して、攻撃力1700アップっ!!」


『黒炎の剣士−ダーク・フレア・ブレイダー−』
攻2100→攻3800
守1800→守2800


 ――ガキィィィィンッッ!!!!

 セルケトの槍による突きを、“黒炎の剣士”は剣の横腹で受け止める。
 両者の攻撃力差は1300、通常であればこの戦闘により、リシドのライフは0になる――だが、

 ――ジュゥゥゥゥッ……!!!

 剣が腐食してゆく。セルケトの槍に凝縮された毒素は、金属さえも容易に侵す――纏う黒炎さえ問題とせずに。
「……『死の女神 セルケト』の特殊能力だ。攻撃したモンスターの攻撃力・守備力を0とする」
「!? な、何だと!?」


死の女神 セルケト  /地
★★★★★★★★
【天使族】
「聖獣セルケト」が破壊されたとき
「セルケトの紋章」または「封魂の聖杯」を封印した
「王家の神殿」の効果によってのみ特殊召喚できる。
攻撃時、このモンスターと戦闘を行うモンスターの
攻撃力・守備力は0となり、効果は無効化される。
このモンスターは罠の効果を受けない。
攻2500  守2000


 ――バキィィィンッ!!!

 剣が砕け、黒炎の剣士はバランスを崩す。
 セルケトは槍を構え直し、二撃目の突きを見舞った。


『黒炎の剣士−ダーク・フレア・ブレイダー−』
攻3800→攻0
守2800→守0


「――聖域を侵せし者に、神の裁きを……」

 ――ドスゥゥゥゥッ!!!

 “黒炎の剣士”は貫かれ、一瞬にして砕け散る。信じられぬものを見るように、城之内は目を見開いた。

 城之内のLP:25→0

 城之内克也VSリシド・イシュタール――2人のデュエルは大衆の目に晒されることなく、そうして幕を下ろした。


<城之内克也>
LP:0
場:
手札:0枚
<リシド・イシュタール>
LP:1200
場:死の女神 セルケト,王家の神殿,伏せカード1枚
手札:0枚




決闘120 最後の夜

 ――その日の夜。
 暗がりの社長室で、座り慣れた椅子に腰掛け、海馬は物思いに耽っていた。昼間のデュエル中に、自ら負った傷のため、頭には包帯を巻いている。
 照明も点けず、月明かりだけが頼りの部屋で、瞳を閉じて顧みる。

『――貴様が敗けたもの……それは己の中に巣喰う、憎しみという魔物(モンスター)だ』

「……ああ……分かっている。分かっているさ、遊戯……」
 誰にともなく語り掛ける。
 “魔物”は己の中に在る――それをすべて打ち敗かしたときにこそ、真の決闘者の道は拓かれる。

『――やさしい大人になりなさい……瀬人』
 顔の無い男が、そう諭した。

『――瀬人くんは悪くないよ……』
 顔の無い少女が、そう慰めた。

『――ゲームに負けた者の末路を、その目に刻み込んでおくがいい!』
 海馬剛三郎は、そうして死んだ。

 ――違う
 ――オレが殺した

『――オレが殺したんだ……』
 幼い自分が、懺悔をした。

 それに同調するように、海馬瀬人は口を開く。

「――オレが……父さまを殺したんだ……」

 弱々しく、しかし確かに、海馬瀬人はそう認めた。





 ――それとほぼ同時刻、神里家にて。
 神里絵空は夕食をとり終えると、二階の自室に戻っていた。
 机の椅子に座り、デッキを取り出す。同時に、彼女の脳裏を“彼女”の言葉がよぎった。

『――私は絵空じゃないわ。私は天恵……月村天恵』

 試合が終わった後、“彼女”が伝えてきた言葉。
 その真意を、絵空ははかりかねた。
「……つきむら……そらえ」
 思わず、口に出してしまう。

 ――彼女の名前は月村天恵
 ――“わたし”じゃない
 ――別の人間?
 ――だとしたら……

『(――そうよ。私は天恵……月村天恵)』
 不意に、机の上に置いた“千年聖書”のウジャトが光る。
『(……混乱させてしまったみたいね。焦らなくていい……この話の続きは、大会が終わってからしましょう?)』
「……! う、うん……」
 ぎこちなく頷き、手元のデッキへ視線を落とす。
 本当は、今すぐに話を聞きたい――でも聞きたくない。聞いてしまうと、“その時”が来てしまう気がして。それを誤魔化すように、カードを1枚1枚見直す。
(……? あれ、何だろう……?)
 ふと、違和感を覚える。
 何故だろう――つい昨日まで“ベスト”と感じていたはずのデッキなのに、そうではないように思えてくる。この大会に臨むに当たり、“もうひとりの自分”と2人で、綿密に組んだデッキなのに。
「!? あれ……っ?」
 次の瞬間、絵空は自分の目を疑った。


ダーク・トマト  /闇
★★★★
【植物族】
戦闘によって破壊されたこのカードはゲームから除外される。
このカードが除外されたとき、自分の墓地の闇属性モンスター1体を
ゲームから除外することで、自分のデッキから攻撃力1500以下の
闇属性モンスター1体を自分フィールド上に攻撃表示で特殊召喚する。
「ダーク・トマト」の効果は1ターンに1度しか発動できない。
攻1400  守1100


「……??」
 目をこすり、手元のカードをもう1度確かめてみる。


キラー・トマト  /闇
★★★★
【植物族】
このカードが戦闘によって墓地へ送られた時、
デッキから攻撃力1500以下の闇属性モンスター
1体を自分のフィールド上に攻撃表示で特殊召喚する
事ができる。その後デッキをシャッフルする。
攻1400  守1100


『(? どうかしたの?)』
「あ……ううん。何でもない」
 疲れてるのかも、と絵空は呟く。
(……? 何か一瞬、見たことないカードに変わったような……?)
 絵空はまだ知らない。
 変わりつつあるのはカードではなく――己自身であることを。
「…………ねえ。明日の試合、どう思う?」
 実に要領を得ない質問が、口から漏れ出た。しかし、天恵は問い返すことなく応える。
『(……正直、厳しいでしょうね。二回戦は、予選で敗けた相手だし……勝ち進めたとしても順当に考えれば、準決勝は海馬さんで、決勝は遊戯さん。私達より格上の相手だわ)』
 “翼”を使えば話は別だけど――とは、言わなかった。
 ヴァルドーやガオス・ランバートのような、特殊なデュエリスト相手でなければ、使う気など毛頭無い。フェアではないと、天恵は考える。
『(ただ……神無雫、彼女の強さには疑問が残るわ。彼女のデュエルは鋭すぎる―― 一見するに剛胆、その実は極めて繊細。安定して闘える戦術とは思えないわ……必ずムラが出るはず)』
 不可解なのは、彼女が予選で全勝している点――コンボ性が高すぎて、常勝するタイプとは思えないのに。見えざる何者かの手が、彼女を後押しでもしていない限り。
「……それってつまり……雫ちゃんの調子が悪いのを期待しろ、ってこと?」
『(言葉を選ばず言えばそうね。ああいうデッキは逆に言うと、上手く回ると、手に負えない爆発力を発揮するから)』
「…………」
 絵空はデッキを見つめる。そして、
「デッキ内容……少し、変えてみない?」
『(……推奨はしかねるわね。本番は明日……十分なテストプレイをする余裕も無い。急なデッキ改築は、弱体化を招く恐れさえある)』
「でも……このままでは勝てない、そうでしょう?」
 天恵はそれを否定しない。
 二回戦は勝てたとしても、準決勝戦はまず勝てまい――それが天恵の予想だ。
 海馬瀬人というデュエリストとは、恐らく、それほどの実力差がある。
『(……分かったわ。ただし、今のデッキをベースにして……不用意なカード交換は控えましょう?)』
「ウン! わかった」
 天恵の了承を得ると、絵空は改めてデッキを見返し始める。
 そんな彼女の様子を見ながら、天恵は小さく呟いた。

『(――アナタには強くなってもらわないとね……私のためにも)』

 そして、集中し始めた絵空に水を差し、「ところで」と語り掛ける。
『(アナタに一つ、確かめておきたいことがあるのだけれど……)』
「ン……何?」
 絵空はデッキをいじる手を止める。そして、
『(アナタ……遊戯さんのこと、好きなの?)』
「――へぇっ!?」
 思わず、変な声を上げてしまった。
 顔が急に熱くなって、慌てて天恵に問い返す。
「なっ……ななな、何を言い出すかな急に!? 新手の冗談!?」
『(いや、この間からアナタの様子が……もしかしてそうなのかなー、と思って)』
「べっ、べべ、別に好きじゃないから! 勘違いしないでよねっ!?」
 どこぞのツンデレのような返しに、「本当に?」と天恵は詰め寄る。
『(私はむしろ歓迎よ? その方が話が単純だし……遊戯さんも両手に花で嬉しいんじゃないかしら)』
「なっ、なな、何を……!?」
 大いに狼狽える絵空を堪能した上で、「最後のは冗談よ」と付け加えた。
『(でも冗談じゃなく……アナタが私と同じ気持ちなら、私は嬉しいわ。……遊戯さんになら、アナタを安心して任せられるし)』
「……え」
 絵空の顔から、熱が引く。最後の言葉が気に掛かった。

 ――ツキムラソラエ
 ――それはつまり、彼女が“絵空”ではないということ
 ――だから……

 だから、心を揺すられて。
 だから、我慢ができなくて。
 絵空は彼女に、訊いてしまった。

「――もうひとりのわたし……どこかへ行っちゃうの……?」

 答が怖かった。訊いたことを後悔した。
 しばらくの間を置いて、天恵は応える。ゆっくり、けれどはっきりした口調で。

『(――行かないよ……どこにも)』

 それは願いのように。
 まるで子どもをあやすように、天恵は続ける。

『(私は……消えない。いつでもアナタの中にいる。アナタの中で、永遠に生き続ける)』

 ――そして私はアナタを護る
 ――護り続ける
 ――アナタとして

『(……とはいえ流石に、そろそろ一人で朝起きられるようになってもらいたいわね。もうじき高校生なんだし)』
「うっ……お、起きられるもん! 多分……その気になれば」
 絵空は怒り、そして安心した様子で、再びカードに意識を向けた。
 これでいい――天恵はそう思う。今は、余計なことまで考える必要は無い。

 ――“月村天恵”は死んだ人間
 ――死人に未来などありはしない
 ――あるのはせめて最期
 ――終わり方
 ――せめて、望んだ“終焉”を迎えること

 月村天恵は見出した。
 己の、本当の幸いを。
 終わらなければ進めない――だから、


 ――アナタに殺されること
 ――それが私の望み

 ――そして私はアナタとなり
 ――アナタを護る
 ――愛するアナタを
 ――永遠に
 ――護り続ける
 ――アナタとして


 ――たとえそれが、私達2人の……永久の別離(わかれ)を意味するとしても




●第三回バトル・シティ大会 本戦二回戦対戦組み合わせ表
第一試合:武藤遊戯VSキース・ハワード
第二試合:シン・ランバートVS城之内克也
第三試合:サラ・イマノVS海馬瀬人
第四試合:神里絵空VS神無雫




○オリジナルカードパック『THE BEST OF DUELISTS Volume.2』

BD2-001《ラーの翼神竜》Ultimate
BD2-002《オベリスクの巨神兵》Parallel
BD2-003《オシリスの天空竜》Parallel
BD2-004《エンディング・アーク》Ultimate
BD2-005《ブラッド・ディバウア》Parallel
BD2-006《カーカス・カーズ》Parallel
BD2-007《ホルスの黒炎竜LV10》Super
BD2-008《ダーク・バルバロス》Rare
BD2-009《堕天使ジャンヌ》Rare
BD2-010《俊足のワイバーンの戦士》
BD2-011《ダーク・スナイパー》
BD2-012《フレムベル・ドラン》
BD2-013《幻想の魔術師》Rare
BD2-014《ダーク・トマト》
BD2-015《闇討ち又佐》
BD2-016《デスオネスト》Rare
BD2-017《ダーク・ウィルス》
BD2-018《ダーク・モモンガ》
BD2-019《ヴォルカニック・ブースター》
BD2-020《ダーク・ガードナー》
BD2-021《風の小玉》
BD2-022《ダーク・ガンナー》
BD2-023《ダーク・スネーク》
BD2-024《闇ガエル》
BD2-025《ヴォルカニック・ボム》
BD2-026《カオス・ドラグーン・ナイト−混沌の裁断者−》Holographic
BD2-027《青眼の精霊龍》Super
BD2-028《灼眼の黒炎竜》Super
BD2-029《Slash&Crush Dragon》Super
BD2-030《サイレント・パラディンLV?》Ultra
BD2-031《大邪神−ゾーク・ネクロファデス》Secret
BD2-032《砂の魔女−サンド・ウィッチ−》Rare
BD2-033《死の女神 セルケト》Rare
BD2-034《悪夢の狂宴》
BD2-035《生け贄の儀式》Rare
BD2-036《変態戦士の魂》Bolographic(Unusable)
BD2-037《磁力の導き》Rare
BD2-038《魂の火種》
BD2-039《手札滅殺》Rare
BD2-040《ハーピィの神風》Super
BD2-041《光の翼》Ultra
BD2-042《ヒーロー・オーラ》
BD2-043《風化の魔儀式》
BD2-044《ブラッド・サイクロン》
BD2-045《フレイム・バーン!》
BD2-046《炎のバトン》
BD2-047《ホルスの目醒め》
BD2-048《マジック・クリスタル》
BD2-049《E−シールド》
BD2-050《黒魔術の修練》
BD2-051《賢者の石−エリクシール−》Rare
BD2-052《速攻付与》
BD2-053《大地の恵み》
BD2-054《永遠の流血》N-Rare
BD2-055《ネクロ・フュージョン》Rare
BD2-056《始まりの終わり》N-Rare
BD2-057《ヒーローズ・ストライク!》
BD2-058《亡者の壁》
BD2-059《闇の抱擁》Rare
BD2-060《烈風の双翼》Rare


・『第三回バトル・シティ大会』本戦一日目で登場した新カードをほぼ全て収録。また、三魔神最高位のカード「エンディング・アーク」を先行収録!
・パッケージ絵は「カオス・ドラグーン・ナイト−混沌の裁断者−」




本戦・二日目へ続く...





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