「よう」
つい先日顔を合わせてしまった相手、まぁ俺である。
「何の用だ」
「ちょいと手伝って欲しいことが出来たんだ。悪いようにはしない」
「だが断る!」
やはりジャック・アトラス。
海に沈められたことをまだ根に持っているのか、それともこいつのカップラーメンを盗み食い(合計87回ただしそのうちの66回は小波がやった)した事を根に持っているのか、もしくはジャック秘蔵の巨乳ヒロインが出てくるアニメのDVD-BOXを売ったことを根に持っているのか。
「貴様には散々煮え湯を飲まされた! もう信用しないぞ! 海に沈められ、カップラーメンを187個も盗み食いされ、おまけに秘蔵アニメのDVD-BOXは勝手に売られて、大事に養殖しようとしていたカニは先にお前が焼いて食ってしまうし、闇鍋パーティの時に自分がスリッパを引き当てたからこっそり俺のパイナップルと交換していたのを知っているんだぞ!」
「待て! なんで100回増えてんだよ!? そんなに食ってないぞ!? あと、そのうち66回は小波と共犯だぞ!?」
「87回盗み食いしてるではないか!」
ツッコミどころ違くないか、ジャック?
とりあえずジャックがひとしきり怒鳴る中、治まるのを待ってから口を開く。
「お前でなければ出来ないことがある。鬼柳、遊星、クロウ、小波。あの時の仲間が、みんないる。お前がいて、初めて成り立つ」
「チーム・サティスファンクションは、俺達だ。満足する為に」
「だが俺はもうキング・ジャック・アトラスだ!」
「仕方ない。最終手段を使う」
「なに?」
ジャックが呆気に取られているうちに、俺は例のものを取り出す。
「これをやる」
「こ、これは…! LAOH! LAOHではないか!? あの伝説のカップラーメンが、こんなところに…!」
「醤油、みそ、塩、とんこつ」
4つ並べてみる。ジャックはよだれを隠そうともせず、嬉々としてそれを眺めている。
「わ、賄賂で買収するつもりか? この俺は非常に高いぞ? キングを買収しようと…」
「各種、1ケースずつ」
ジャックの部屋に既に運んでおいたダンボールを指差す。
ジャックは目を爛々と輝かせていた。ここまでくれば、落とすのにあと一息だ。
「な? 手を貸してくれよ、ジャック」
「俺は友を見誤っていた。先ほどの無礼を許してくれ、友よ!」
「ああ、ありがとうジャック。共に来て欲しい!」
深夜。そこに、チーム・サティスファンクションは再結成された。
治安維持局の21階に、保安部第1課のオフィスが存在する。
そしてオフィスだけではなく、普段は倉庫として使われているが、犯罪者などを尋問する為の部屋もここにある。
ティーアはブルー・ノーブルの拠点から連れ出された後、ここに連れてこられていた。
壁の一部がマジックミラーになっており、中の様子ははっきりと見える。監視カメラ無しでも見えるように、だ。
その前に、ジェイソンとイデアの二人が立っていた。
「…落ち着いたか?」
「恐らく。まぁ、でも。尋問をする必要は無いでしょう。今下手に刺激してしまうと、自殺でもしかねませんよ」
イデアの言葉にジェイソンは頷く。
「そうだな。それにしても、救世主計画、か…随分と大層な計画があるものだ」
「もう一度確認なさいますか? オリジナルを」
「ああ」
ジェイソンはパソコンに近づき、しばし操作する。
画面が切り替わり、数十年前に使われていたレベルの、フォルダが開かれる。なぜならこれが生まれたのは、その当時の時代。
ハロルド・サーヴァント。
元アメリカ特殊作戦軍の情報士官。デュエルモンスターズの発展に大きく関わった人物の一人。
海馬コーポレーションが軍需産業にまで手を出していた頃、海馬剛三郎の指示でソリッドビジョンシステムの改変に関わる。
その際、彼によって各種システムのブラックボックスが作り上げられてしまった。それはソリッドビジョンシステムを作り上げた本人である海馬瀬人も予想しないものであり、その全容は結局解明されることはなかった。
それは現在に至っても。
だが、全てではないが一部を解き明かすものがいた。
イデア・ムンドゥス。
どこから来たのか、どこの人間かもわからぬ、パーソナルデータが存在しない人物。
だが、彼は…未知のものを運んできた。
ハロルド・サーヴァントが残したブラックボックスは、300年前に発見された文書を元に作成されたという。
その中に眠る計画の一つが、救世主計画である。
イデア・ムンドゥスのリークによって、ネオドミノシティ三大勢力にも伝播してしまったが、その計画の全貌を知るモノは…。
「救世主計画は、人類が強大なるエネルギー機関の構築に成功した後、しかるべき後に発動される人類への新たなステップの為の計画である」
「その計画の為の重要なファクターとして、デュエルモンスターズの不思議な力に目をつけた。そして調査の果てに、古来よりデュエルモンスターズと関連が深く、また彼らによる能力を自由自在に使う事が出来るX117、Y551、Z23ポイントにある小さな町の住人の中で、最も力が強いものを計画の要としなければならない。このポイント自体が一種の特異点と化しているからだ」
「モーメントの暴走によるゼロリバースの発端。だが、このゼロリバースの始まりこそが、ネオドミノシティが特異点としてのリンクを得た事になる。特異点がずっとリンクしたまま。今でも」
「だからこそ、ここで世界の再生が行われなければならない。ここを始まりに、世界中のモーメントを同調させ、全世界を賄えるだけのエネルギーを生み出せることが出来ればいい。しかしモーメントには制御リミッターがある。故に、その為の計画の要なのだ」
「世界中のモーメントがリンクするということは、その分コントロール権も一つに集約する」
「その通りですよ、ウィーバー大尉」
「すると…エネルギーというシステムそのものがこちらの手に集約されるという事か」
「そんなつまらないものではありません。モーメントの加速により、人類自身が生まれ変わるのです」
イデアはそう言って笑う。
「そう…人類全体が、ね」
「……人類全体が、ねぇ?」
小波は盗聴器のスピーカーのスイッチを切りつつそう呟く。
撃たれた直後にぎりぎりで小型盗聴器を投げつけたのがちゃんとくっついていたのはありがたかったが。
「なぁ、メリーベル。今の話なんだが」
「いいえ。救世主計画は、その通りなんです」
「…マジで? モーメントを全部同調させるのが計画?」
俺の問いにメリーベルは頷く。モーメント開発者の子供としては遊星にとってものすごく耳の痛い話だろうなぁと思う。
いや、既に頭を抱えていた。
「それ、理論上に…いや、モーメントが世界中に伝播した今、不可能ではないが…すまない。この計画、危険すぎる」
「…俺もそう思うんだ。遊星はどう考える?」
俺が視線を向けながらそう問いかけると、遊星はメリーベルに身体を向け、モバイルPCを引き寄せた。
「あー。すまないが、君はモーメント同士がリンクしている事はわかるか?」
「え、ええ」
「モーメントは24時間ノンストップでエネルギーを生み出す。一度稼動したら…止まらないんじゃない。止められないんだ。だから制御システムが必要になる」
なぜかペイントソフトに「もーめんと」と書かれた四角を貼ったりして説明しようとする遊星は案外おかしく見える。
「制御システム無しだと際限なくエネルギーを放出し続けるからな。結果的にどうなるかというと、際限なくエネルギーを出し続ければ、各所に過剰なエネルギーが流入する事になる。そして、全世界のリンクと奴は言っていた。ゼロリバースの時とは比較にならない、膨大なエネルギーの暴走が起きる可能性もある」
「……遊星。お前ならどれぐらいだと計算する?」
「テラ・フォーミングが7回起こっても有り余るだろうな。ただ、それだけのエネルギーの流入が起きれば…逆に何が起こるかわからない。行き過ぎたエネルギーは破壊すらも超越するらしい。理論上は、だが」
「そんな…では……では、何故ハロルドは計画を遺したのでしょうか!?」
「その通り! そこが問題なのだ!」
「ジャック、今真面目な話してるから麺飛ばすのはやめろ」
空気を読まずにLAOH塩味を食っているジャックにそう釘をさすと、鬼柳がなぜか額に手を当てながら呟くbr>
「なぁ、もしかすると、これは可能性として、なんだけどさ」
「ハロルドの計画って、本当にそれはハロルドが立てたのか?」
まさかの電撃発言。
「ハロルド自身が既に故人で且つ、今までブラックボックスだった…故にそれがハロルド本人が立てた計画であると確認できないってことか?」
「ああ。俺はそう思うぜ小波。あのイデア・ムンドゥスっての? ジェイソンに近づいてただろ? で、そっちのお嬢さんがいる、ブルー・ノーブルにも近づいていた。いや、内部から入ってたって事だろ? で、具体的なパーソナルデータ不明…怪しさ全開だろ」
「つまり、イデアがハロルドの計画を改ざんしたもしくはでっち上げたって事か?」
「そう考えるほうが自然だな」
確かに、そう考えれば無理が無い。イデアを知るアレハンドロ・ピラーが仮にハロルドの計画を知っていたとしても、それが必ずしも同一であるとは限らない。
そう、確認するすべが無いのだ。
「…………アレハンドロについて調べる必要があるな。小波、調べられるか?」
「適任が他にいるぜ。任せとけ。今夜中には片付くと思う」
小波は頷くと立ち上がり、アジトの外へと向かう。
「ホンロンのところに行く。ついでに、治安維持局も見てくるよ。心配ない、無茶はしない」
「頼んだ」
アジトから出て行く小波を見送り、俺は大きく伸びをする。
「さて、と。だが、これでろくでもない計画である事ははっきりした。潰させてもらおう」
「へへ、満足させてくれるかぁ?」
「もちろん」
鬼柳は楽しそうに頷き、クロウ、遊星、ジャックも嬉しそうだ。
ああ、変わらないなぁと思う。この愉快な連中。
一緒にいると楽しいとか、そういう感情。長らく、忘れていた。
側にいたいっていう衝動が、ティーアと共にあったのと同じように。
「…ああ、そうか。こいつらと一緒だ」
なんとなく、そう呟いた。
「どうした?」
「いや。……あのさ」
今、こうして言うのも恥ずかしいが。
「皆と過ごした過去の事さ。いやぁ、楽しかったなぁって思い出しててな?」
「ジャック。明日の天気を確認してくれ」
「恐らく台風と雹と槍が降るだろうな」
「な、何を言い出すんだいきなり!? 何を言おうと、俺はお前に尻は差し出したりしないぞ!?」
「…やべぇ。こいつ、とうとう狂ったか?」
「とりあえずお前ら4人が俺の事をどう思ってるかよく解った」
とりあえず全員一発ずつ殴っておくことにした。
1、2、3,4、5と! あれ、一発多いけどまぁいいや。
「良くないですよ! なんで私までぶつんですか…」
「悪い、悪い」
「お前には容赦というものが無いのか」
クロウが涙目で抗議するがそれはスルーしておく。野郎の抗議など、俺は知らん。
しばらくして、遊星、ジャック、クロウ、鬼柳の4人が暇をもてあまして人生ゲーム大会を始めたのを眺めていると、メリーベルがお茶のボトルを手に隣にやってきた。
「奥さんはもう休むそうです」
「まぁ、身重だがらな。あまり負担をかけないようにしないとな」
「…そうなんですか? 私と、同い年なのに…」
「同い年って、お前幾つだよ?」
「17です」
「…7歳も離れてるのな、俺と」
その言葉にメリーベルは驚いたようだった。
「同じぐらいかと思ってました」
「俺が最年長だよ。小波も俺より年下だし、鬼柳も遊星も…クロウもジャックも皆年下だ。ティーアもな」
そう、ティーアも。皆、俺より年下だ。不思議なものだ、俺が一番年を食ってるというのに。
俺が一番落ち着きがないように見えるよ。
「俺はアメリカで生まれた。ゼロリバースの少し前に、ネオドミノシティに来た」
「え?」
「来た理由は仕事の転勤だ。元々は、どこにでもある幸せな家庭でな。料理の上手いママがいて、派手な車を乗り回してチェーンして、昼寝好きのパパがいて、信じられないだろうが姉もいた。とは言っても、写真すら残ってなくてな? もう、顔とかもうろ覚えなんだよ」
「……」
「ある日突然、アレが起こった。その時、俺は通っていた学校が社会科見学だったんだ。そこからも、ゼロリバースの瞬間は見えたよ。バカデカイ火柱と、轟音がな」
あの日の、俺の世界は全て終わってしまった。
「頼る人もいない。家も家族も何も無い。それ以来、生きる為に生きてきた。生きる為に何でもやった。その中でこいつらと出会った。内心、こいつらを利用していた。実際に散々利用した」
まさに自分の為に人を犠牲にすることなんざ当たり前のトンでも人間。
「そうやって生きてきて、3年前に、レクス・ゴドウィンに命令された時に…ゴドウィンに裏切られて逃げる羽目になったよ。だけど、まだ生きているんだ」
そうやって生きていく内に、徐々にすれて行くようになった。
「自分以外の全てがどうでもよく、俺は日々、その日を生きるためにちょっかいを出して手を出す。そんな事を続けていながら、レクス・ゴドウィンに呼ばれて舞い戻ってきた。ティーアに出会ったのは、その日だ」
だから最初は、単なる気まぐれだったのかも知れない。
「ティーアの奴は運命だなんて言ってたが、笑っちゃうだろ? そんなのはブルー・ノーブルで見たドミノ文書の中だけで十分だ」
見ず知らずの少女を手元に置いたら、その子は自分が呼び戻された理由に関わる少女だった。
おまけにネオドミノシティで三つ巴の争奪戦。
「あの子にとっちゃあ、悲惨だったらだろうな。無理やり、故郷から連れ出されて、挙句訳のわからぬまま争奪戦だ。俺だったとしても壊れそうだ」
そう、だからこそティーアは俺に、近づいた。
そして俺もまた、本当は台風の目として動くつもりが、いつの間にかティーアのことが最優先になっていた。
今までそんな事は無かったのに。
「ティーアは、俺の事を理解してくれるかも知れない。いいや、本当はティーアだけが俺の事を理解しているんだろうな。理解されることが怖かったせいで、理解は出来ても理解されたくないって思ってた、嫌な俺がずっと俺だ」
でもそんな日が、今になって終わりを迎えそうになった。
「今まで信じてきた世界が壊れるってのは嫌なものだ。だけど、ティーアの時は…何か違ったんだよ。お前の前で、こんなコトを言うのは変だろうが」
「ティーアと出会ったことが、俺の世界を変えた。俺の世界を、変えてくれた」
「本当に、心底愛する人が出来た。愛せる人が出来た」
ずっと一人で。空っぽだった俺を。埋めてくれた。
わかってくれる、人がいた。
「メリーベル。お前はもう、行き先が無い。でも、まだ人生は長い」
「はい」
「だから…お前は、お前が選ぶ人生を行け。お前の人生を変えてくれる人を探せばいい」
その言葉を告げた時、メリーベルは小さく何かを呟いた。
「何か言ったか?」
「もう、見つけています。そう言ったんです」
「あなたを」
メリーベルはそう言うと、俺の前で、片膝をついた。
中世の貴族や騎士が主に忠誠を誓うのと同じように、或いは洗礼を受けるように。
「私は貴方を見つけました」
「……何もかも失った私にも、そうやって意味を教えてくれたのですから。導を」
大したことは言っていない筈だが、と思いつつ、俺はメリーベルが、生まれてからブルー・ノーブルの中にいたことを思い出す。
今までゆりかごの中にいて、初めて外に出て、気がついたら帰る場所が無い。
俺と同じように、全てを失ってしまったからこそ。
そして俺とは違い、なまじまっさらではないからこそ。
こいつは、俺よりいい再スタートが切れる。
それが少しだけ羨ましくて、少しだけ彼女にとって幸運だったと思う。
「連絡、連絡」
明け方近くになって小波が戻ってきた。
「アレハンドロ・ピローの祖父であるピロー氏がハロルド・サーヴァントの同僚だったらしい。それも相当に仲良しなレベルの。ピロー氏がハロルドに計画を聞いていた可能性がある」
「で、その計画の原本は?」
「ハロルドの生家曰く、遺品の大半はピロー家が持っていったらしい。で…アレハンドロの代で、保管していた旧邸宅が火事で全焼。それが15年前の話だ」
「……」
ということはハロルド本人の計画は不明だってことか?
「ところが、ぎっちょん」
小波は続けて一枚の写真を取り出す。焼け跡に、去年より相当若いアレハンドロが立ち尽くし、その後ろの車に…。
「イデア・ムンドゥスだ!」
そう、今と変わらぬ姿で奴はいた。
「やはりこいつが黒幕だろうな」
「ちがいねぇなぁ。人間かよ、こいつ」
でも、人間じゃないなら余計にこんな大層なことをしでかすものである。
理由は人間じゃないから。
「計画の全容を知っている可能性のあるアレハンドロは死んでる。他のピロー家は?」
「もちろん、調べた。誰も知らないらしい。それに、アレハンドロには子供がいない」
少しだけ目を押さえる。
「最後の情報だ。ジェイソン陣営が慌しい。明日、何かやるだろうな。それも、治安維持局下の現モーメントで」
「モーメントでか」
「ああ」
「決まりだ」
「明日、ティーアを救いに行く」
その日。ネオドミノシティは何事も無く、平穏無事に流れていた。
いや、ただ妙な点と言えば、デュエルキングであるジャック・アトラスが体調不良を理由にその日のデュエルを休み、代わりに夜にすごいデュエルを見せるというメッセージをマスコミに発表したことや。
なぜかモーメントを利用したハイウェイや地下鉄が不調でしょっちゅう停車したりと、せいぜいその程度だった。
そして夕方。治安維持局も定時をすぎれば、公務員なので基本は帰宅、当直だけ残っている。
「では、そろそろ始めるか?」
ジェイソンの問いに、イデアは「ええ」と頷く。
二人は部下達に命令し、オフィスの奥へ入ると、ティーアの部屋へと入った。
「では、モーメントに行こうか」
「……」
「君の手で世界が新たに生まれ変わる姿を、目撃できる私達は幸運だよ」
直後だった。
盛大な爆音が鳴り響き、治安維持局のビル全体が丸ごと揺れた。
「何事だ!? すぐに調べろ!」
『ただいま、1階で火事が発生しております。爆発物が確認されましたので、至急避難を…』
「すぐに止めろ! 被害を拡大してしまえば、レクス長官から何を言われるか解らんぞ!」
「はい!」
すぐにジェイソンの部下達が消火活動に入り、ついでに爆発物の捜索をする、が。
そこへ乱入する奴らがいた。
「な、なんだぁ!?」
治安維持局内部に突入してきた3台のDホイール。
それぞれフルフェイスタイプのヘルメットを被っており、顔は確認できないが相当な腕前のようだ。
「セキュリティは何をやってんだ! デュエルチェイサーズ! 奴らを止めろ!」
まさかDホイールで施設内を縦横無尽に走り回る奴らがいるとは思わなかったセキュリティ本部は文字通り大混乱だった。
火事に銜えて、謎の乱入とあらば目も当てられない。
「ウィーバー大尉! 連中、暴れまくってます! 援軍をよこしてくれないと…」
『もういい』
セキュリティ隊員が慌てて背後を振り向いた時、上へと通じる階段やエレベーター前のフロアにシャッターが下りていた。
つまり、外に出なければ逃げられない。
「そらよ! これでも喰らって、満足しやがれ!」
そしてDホイールの一台が何かを投げ込み、その3台は悠々と外へと逃げる。
「んー? ぎゃあ! セムテックスだぁ!」
治安維持局1階セキュリティ本部に、盛大な爆音が響いたのは、午後六時過ぎだといわれている。
「何をやってんだ貴様らぁぁぁぁぁぁ! デュエルチェイサーズはさっさと追いかけろ! アイツらを!」
「し、しかし本部の…」
「いいから構うな! 後でやれ! 今は犯人確保に集中しろ!」
ネオドミノシティのデュエルチェイサーズは全てこの爆弾魔Dホイーラーズ×3に投入され、シティとサテライトを逃げ回る3台相手に凄まじいライディング鬼ごっこを展開することになる。
後の、ジェイソン・ウィーバー大尉の大失策その1といわれている。
「まったく……イデア。そろそろ行くか」
「ええ。では、モーメントに」
直後だった。
治安維持局にある、モニターというモニターの電源が突如として立ち上がり、大音量を響かせてある映像が映った。
それは、ブルー・ノーブル本部の映像であった。
凄惨な映像が写されていた。子供も、大人も、男女も関係なく殺害された光景。
エリーの姿を映してアップになったところで、映像はスタジアムからの中継に切り替わる。
マイクを握っていたのは、デュエルキング、ジャック・アトラスだった。
『ネオドミノシティの皆さん! 今の映像をご覧になっただろうか! 今の映像は、健全なるNGO団体ブルー・ノーブルに起きた惨劇の映像である。そしてこの惨劇の指揮をとったのがこの人物である! この監視カメラ映像に映っている!』
そして、監視カメラに映った映像がズームになり、そこには。
『治安維持局、保安部の、ジェイソン・ウィーバー大尉は疑いというだけで、独断で罪無き子供を虐殺したのだ! このキング、ジャック・アトラス! この俺はこのような存在を許しておくわけには行かない!』
『ジェイソン・ウィーバー! 貴様に人としての気持ちが残っているのであれば、スタジアムで決闘をするのだ! このデュエルキングと、正々堂々戦う姿を見せてみろ!』
「……あ、あんのサテライト上がりの田舎モノがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!」
ジェイソンはモニターを盛大にぶっ叩いたが、モニターの向こうのスタジアムではジャックを褒め称えるコールが響き渡る。
ジェイソン出て来いのコールも同様だ。
「落ち着いてくださいウィーバー大尉。地下駐車場に私のDホイールがあります。使って下さい」
「あ、ああ」
「計画は私が予定通り、進めておきます」
「うむ。頼んだ。なに、八百長キングなど、瞬殺できるはずだ」
ジェイソンはきびすを返すと地下へ向かい、イデアはティーアから離れずにモーメントへ向かう。
地下のモーメントに辿り着くと、それは膨大なエネルギーを放出しながら待っていた。
「…ようやく、これで始まる。私の計画の全てが…完結する」
「………」
「さあ、ティーア。モーメントに」
ティーアは、首を左右に振る。
モーメントに近づけば何が起こるかわからない。たとえ、彼らの言う計画が成立しても、ティーアの身体がどうなるかわからない。
直後だった。
次はモーメント全体が揺れた。
「な、なんだ!?」
モーメントに慌てて視線を向けると、出力が下がってきている。誰かが強制停止でもやろうとしているのだろうか。
誰か制御室に進入したに違いない!
「制御室! パワーを立てなおせ! 制御室! 聞こえないのか!?」
『ハロー』
イデアにとって、最高に嫌な奴の声が聞こえてきた。
「ね、ネームレス…どうしてここに!」
『よう。こっち来いよ、楽しもうぜ?』
「…君は前々から危険な奴だと思っていたが。どうやら本当に殺さなければならないようだ」
イデアは、ティーアをその場に放り出して走り出す。
「受けて立つ!」
モーメント制御室へ辿り着いたイデアだが、キーロックがかけられており、おまけにエレベーターはそのすぐ真上の空調室に向かっていた。
「くそ!」
階段を駆け上がり、空調室へ。
奴は来た。
「本当に来たな」
俺の隣で、小波が呟く。
息を切らしたイデアは、俺と小波を睨みながら身構えた。
「貴様ら…この僕を愚弄した罪は重いぞ」
「そんな風に吼えるなよ。弱く見えるぞ」
俺がそう答えた時、イデアは額に青筋を浮かべた。
「ならば、試してみようか? この僕の…真の実力を!」
ブン、という音と共にイデアの右手から何かが飛び出る。
慌てて後ろへ飛ぶと、ほぼ手前の場所に、刃が、否―――蛇腹剣だ。伸縮自在の斬撃と打撃を併せ持つ蛇腹剣を使うとは。
「うひょー、今時珍しい武器使ってるぜ」
「ああ。やりがい、ありそうじゃね?」
小波はそう呟くと、俺に片手でそれをパスする。
何もこっちも得物無しで来たわけではない。
小さくグリップを振り、プラズマを発振させる。
プラズマを剣状に収束したプラズマソードだ。メリーベルが持っている奴より古い型だが、信頼性は抜群である。
「さぁ…はじめようじゃないか、イデア・ムンドゥス! 世界に蹴りをぶちかましたい奴らの、狂宴を!」
「最高のカーニバルを!」
「「行くぜぇっ!」」
「いいだろう…その一言すら消滅させてやるぅぅぅぅぅぅぅぅうっ!!!!!!!」
ジェイソン・ウィーバーがスタジアムにDホイールで乗りつけたとき、待っていたのは大量の罵詈雑言。完全なるアウェー。
「…待たせたな。俺は逃げも隠れもしないぞ、ジャック・アトラス」
「待ちかねたぞ、大悪人よ。このキングが成敗してくれる!」
ジャックが高らかに宣言すると、ジェイソンも負けじとばかりに「俺にも俺の正義がある。見せてやろう!」
と言い返す。
純白の一輪の美しいDホイールを操るジャックに対して、ジェイソンのDホイールは。
ゴールデンだった。極めてゴールデンだった。
運転者を保護するかのようなガードだらけの車体は金ぴか一色。
趣味の悪いことこのうえない。しかもイデアの趣味。
だがジェイソンはそんな事は気にしない。
「イデアの奴、いつまで時間をかけるつもりだ…その間にデュエルをして時間を稼ごう」
ジェイソンは胸を張りながら、スタートラインまでDホイールを進ませる。
「来い、キング」
「行くぞ」
「「デュエル!」」
「「スピード・ワールド! セット、オン!」」
ジャック・アトラス:LP4000:SC4 ジェイソン・ウィーバー:LP4000:SC4
スピード・ワールド フィールド魔法
このカードはデュエル開始に発動され、以降、フィールドから離れない。
このカードの発動中に他のフィールド魔法を発動した場合、効果は重複する。
このカードが発動された時、お互いのプレイヤーはそれぞれこのカードに、自分用スピードカウンターを4つ載せる。
デュエル中、「Sp(スピードスペル)」と名のついた魔法カード以外の魔法カードを発動する事は出来ない。
お互いのプレイヤーはスタンバイフェイズ時、自分用スピードカウンターをこのカードの上に1つ置く。
また、1度受けたダメージに対して、お互いのプレイヤーは自分用スピードカウンターを1000ポイントダメージにつき1つ減らす。
ライディングデュエルが、始まった。
「俺の先攻だ! ドロー!」
まずはジャックのターンである。
ジャック・アトラス:SC4→5
「Sp−強欲の壺を発動!」
Sp−強欲の壺 通常魔法
自分用スピードカウンターを2個取り除いて発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。
ジャック・アトラス:SC5→3
「続けて、俺は手札にミッド・ピース・ゴーレムと、ビッグ・ピース・ゴーレムを手札融合する!」
Sp−融合 通常魔法
自分用スピードカウンターが1個以上存在する時に発動可能。
手札・フィールド・デッキより定められたモンスター2枚以上を融合する。
ミッド・ピース・ゴーレム 地属性/☆4/岩石族/攻撃力1600/守備力0
自分フィールド上に「ビッグ・ピース・ゴーレム」が表側表示で存在する場合に
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
自分のデッキから「スモール・ピース・ゴーレム」1体を特殊召喚する事ができる。
この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。
ビッグ・ピース・ゴーレム 地属性/☆5/岩石族/攻撃力2100/守備力0
相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
このカードはリリースなしで召喚する事ができる。
「融合召喚! マルチ・ピース・ゴーレム!」
マルチ・ピース・ゴーレム 地属性/☆7/岩石族/攻撃力2600/守備力1300/融合モンスター
「ビッグ・ピース・ゴーレム」+「ミッド・ピース・ゴーレム」
このカードが戦闘を行ったバトルフェイズ終了時にこのカードをエクストラデッキに戻す事ができる。
さらに、エクストラデッキに戻したこのカードの融合召喚に使用した融合素材モンスター一組が自分の墓地に揃っていれば、
この一組を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
歓声は一層大きくなる。そう、ジャック・アトラスはキング。
観客を魅了し、ヒールを撃退する、そんなデュエリスト。
「1ターン目から大型モンスターを出してくるとは、愚かな…」
「ターンエンドだ!」
「痛い目にあわせてやる…ドロー!」
ジェイソン・ウィーバー:SC4→5
「よし…手札より、ゴールデン・ヘクスを召喚!」
ゴールデン・ヘクス 光属性/☆4/機械族/攻撃力1600/守備力1600
このカードが相手モンスターによって戦闘破壊された時、
発生した戦闘ダメージと同じ数値のダメージを相手に与える。
「そのような弱小モンスターで俺に勝てるとでも?」
「どうかな? テクニカルなデュエルを俺は得意としている。行け、ヘクス!」
ゴールデン・ヘクスがマルチ・ピース・ゴーレムに挑むが、攻撃力が足りないので、散るしかない。
ジェイソン・ウィーバー:LP4000→3000
「しかしこの瞬間! ヘクスの効果を発動する!」
「なにっ!?」
ジャック・アトラス:LP4000→3000
「ば、バカな」
「俺はこれでゴールデン・ヘクスを失った…だがしかし、まだ手段は遺されている! Sp−クイックローダーを発動!」
Sp−クイックローダー 通常魔法
自分用スピードカウンターを2つ取り除いて発動する。
自分の墓地に存在するレベル4以下のモンスター1体を除外し、
デッキより同じレベルのモンスターを特殊召喚する。
ジェイソン・ウィーバー:SC5→3
「そして俺はこの効果でゴールデン・マインを守備表示で特殊召喚する!」
ゴールデン・マイン 光属性/☆4/機械族/攻撃力0/守備力0
このカードが戦闘で破壊された時、
このカードを破壊した相手モンスターを破壊し、そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」
「俺のターン! ドロー!」
ジャック・アトラス:SC3→4
「マルチ・ピース・ゴーレム! ゴールデン・マインを粉砕するがいい!」
「かかったな、バカめ!」
ジェイソンは高笑いする。
「ゴールデン・マインは戦闘で破壊されれば、相手も道連れだ!」
「…ほう。キング相手になかなかやるではないか」
ジャック・アトラス:LP3000→300
「おまけに戦闘破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを返す! これで貴様のライフは残り僅かだ」
「俺はカードを一枚伏せて、ターンエンドだ」
一気に劣勢になったというのに、ジャックは済ました顔だった。
ここまでくればもう一押しで倒せるというのに。
「俺のターン! ドロー!」
ジェイソン・ウィーバー:SC3→4
「手札のゴールデン・ヘクスを攻撃表示で召喚! これで終わりだ!」
「罠カード、威嚇する咆哮を発動!」
ゴールデン・ヘクス 光属性/☆4/機械族/攻撃力1600/守備力1600
このカードが相手モンスターによって戦闘破壊された時、
発生した戦闘ダメージと同じ数値のダメージを相手に与える。
威嚇する咆哮 通常罠
このターン、相手は攻撃宣言を行えない。
「くそっ!」
「俺のターンだ」
ジャックのフィールドはがら空き。しかし、観客達はジャックコールを叫んでいる。
「観客の諸君! キングのデュエルはエンターテイメントでなければならない! 見るがいい! このドラマチックな逆転劇を!」
ジャック・アトラス:SC4→5
「まずは、バイス・ドラゴンを自身の効果で特殊召喚!」
バイス・ドラゴン 闇属性/☆5/ドラゴン族/攻撃力2000/守備力2400
相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
このカードは手札から特殊召喚できる。
この効果で特殊召喚したこのカードの元々の攻撃力・守備力は半分になる。
「続けて、ダーク・リゾネーターを召喚!」
ダーク・リゾネーター 闇属性/☆3/悪魔族/攻撃力1300/守備力300/チューナー
このカードは1ターンに1度だけ、戦闘では破壊されない。
「いっ!?」
ジェイソンは驚愕する。まさか、手札にこれだけが揃っているとは…。
だがしかし、レッド・デーモンズを召喚したとしても、それでゴールデン・ヘクスを破壊すればバーンで奴を倒せる。
レッド・デーモンズは攻撃しなければ自らの効果で自壊する。
「王者の鼓動、今ここに列を成す。天地鳴動の力を見るがいい! シンクロ召喚! 我が魂、レッド・デーモンズ・ドラゴン!」
レッド・デーモンズ・ドラゴン 闇属性/☆8/ドラゴン族/攻撃力3000/守備力2500/シンクロモンスター
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードが相手フィールド上に守備表示で存在するモンスターを攻撃した場合、
そのダメージ計算後に相手フィールド上に守備表示で存在するモンスターを全て破壊する。
自分のエンドフェイズ時にこのカードがフィールド上に表側表示で存在する場合、
このカード以外のこのターン攻撃宣言をしていない自分フィールド上のモンスターを全て破壊する。
ば、バカな…!
「自ら敗北を招くようなものだぞ、レッド・デーモンズ…!」
「何を言う、ジェイソン? 俺は勝つためにコイツを召喚したのだ。今、ここでな!」
「何!?」
「Sp−龍の憤怒を発動!」
Sp−龍の憤怒 永続魔法
自分用スピードカウンターを全て取り除いて発動する。
このカードがフィールド上に存在する限り、
自分フィールド上の全てのドラゴン族モンスターは、相手プレイヤーを直接攻撃できる。
「んなぁっ!?」
「言っただろう。キングは悪を許したりはしない。貴様を成敗するとな」
「覚悟は出来ているか? 行くぞ、レッド・デーモンズ・ドラゴンの攻撃! アブソリュュュュゥゥゥト・パワァァァァァァフォォォォォォォスッッッッ!!!」
「や、やめろぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!」
レッド・デーモンズ・ドラゴンの一撃は、金色のDホイールに直撃し、その制御を奪うのに十分だった。
「くそっ、どうにか建て直し…!」
車体を建て直し、逃げるしかない。ここまで失態をやらかせば後が大変だ。レクス長官になんと言われるか解らない!
『やはり敗北しましたね』
突如、Dホイールのモニターにイデアの顔が映った。
「イデア! どうにかしろ! モーメントはどうした!」
『ああ、あなたがどうなろうと、私にはどうでもいいこと。なぜなら、計画は私のものですからね。では、ジェイソン・ウィーバー。1000年後に生きてたら御機嫌よう…死ね!』
「イデア貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!!!!!!」
ジェイソンがモニターをぶっ叩いた直後。
Dホイールの中で、カチリ、と音がした。
「…えっ?」
それが、野望を持った男の、最期の言葉だった。
金色のDホイールはその場で盛大に轟音と共に爆発した。
「な、なんだ!?」
流石のジャックも驚いたが、ジェイソンはもう無理だとも悟る。
「ふん…まぁ、うるさい奴だったからな。ちょうどいい厄介払いが出来たと考えるべきだな」
そして、爆発する歓声に、両手を挙げて応えた。
キング、ジャック・アトラスを褒め称える声に。
射程の長い蛇腹剣相手に、二人がかりとはいえプラズマソードでは無理がある。
「どうした、どうした!? 君たちがこの程度で終わるはず無かろう?」
「おいおい、有り得ないぜアイツ…」
「ああ。隙が無い奴は崩せない」
俺も小波も、それなりに鍛えてはいる。だが、イデアは規格外すぎる。
2方向から切りかかっても素早くまとめて対応し、途中でけん制を仕掛けようものならけん制つぶしをしてくる。
まさしく、マルチ対応。
「小波」
「ああ」
時計を見る。そろそろ10分。ジャックは終わらせる頃だろうが、他の3人が危険だ。
「クロウたちを頼むぜ!」
「任せとけよ!」
小波はくるりと背を向けて走り出す。さて。
「…イデア」
「なんだい、ネームレス?」
「お前も相当な曲者だけど、お前の正体、だいぶ見えてきたぜ?」
「ほう?」
「テメェは人間に作られておきながら人間が大嫌いな人形だ」
簡潔ながらも的確な答えは、奴の怒りに火をつけるのに十分だった。
「その通り。私は人から生まれた。親というものは無い。いわゆる試験管ベイビーとはよくいったもの」
「そうであるが故に、ありとあらゆる知識を与えられた。技術も与えられた。情報も与えられた。そして全てを悟ってしまった」
「人間とはどうしようもなく愚かであると」
「だろうな」
「では、この地球の頂点たる人間が愚かであれば、誰が頂点に立てばいい? この私だ。私が認めた世界に、作り変えなければならない。ゆがんだ世界を正しくするために。僕は頂点に立つ」
「その為の、リセットだ。その為の計画だ。僕が救世主になる為に、僕は愚かなる人間の為に生まれたのではない、優れた人間を未来に残し、愚かな人間を消滅させるために生きているのだよ!」
どうしようもない傲慢な奴だ。
「世界の人口は百億超」
その中で優れているか否かと色分けしてみれば簡単にわかってしまう。
たとえば貴方の知っている人間を100人思い浮かべ、まともな奴とバカな奴に分けてみろ。結構多かったりするんだぞ、案外。
「その中で、お前が未来に残すべきだと思う奴は何人いるんだろうな?」
「必要が無ければ…僕だけでいい」
「ああ、そうかい。どっかの人間みたいな事を言うな」
「なに?」
人間というものは、ものさしで人を計る。だが、そのものさしは客観的にはなれない。どう足掻いても、その人間の主観というものさしで計るのだ。
そしてそうであるが故に、人間は自分より劣っていると思う奴を見下してしまう。
そしてそれを排除しようとする。だが、それを延々と続けても終わらない。自分が排除される側になることもある。世界なんてそういうもの。
選民思想というものが如何にくだらないものであるか、それではっきりしてるぞ?
今まで多くの先人が通り、失敗してきた道なのだから!
俺は床を蹴り、プラズマソードを投げつけてから、イデアに体当たりを敢行した。
突然の連続攻撃には対応できなかったのか、イデアはバランスを崩す。
「貴様…! 貴様に僕がわかるはずは無い! 孤独で! 理解もされず!」
「ああ、そうだろうな! 理解されないだろうな! おまえ自身が、理解しなければ! 誰も理解などできるか!」
それは、一つ学んだこと。
ティーアが教えてくれた。理解が出来るなら、理解されることは出来る。逆に理解できないければ、理解はされない。
2回、3回と打撃を放つ。
だがイデアも負けずに、膝蹴り、頭突き、打撃と返してくる。
「くそっ!」
渾身の力を込めたストレートが空を切り、その直後返しとばかりに打撃が顎を襲った。
「僕が、導けば! 彼女はその為に必要なんだ!」
「悪いけど、俺は…愛の、ためだ!」
再び打撃が顎を捉え、床に倒れこんだ俺にイデアが馬乗りになる。
首を掴み、幾度と無く頭を床に打ち付けられた。
だが、それでも!
その頭を掴み、頭突きで返す!
バランスを崩したイデアの腹に蹴りを放ち、どうにか立ち上がると今度はこっちが殴りつける番だった。
「俺もずっと一人だった! だから、驚いた…俺を理解しよう、理解してくれる人がいたことをな! 運命? そんなんじゃねぇ、それよりももっと! 深い絆がある! その気持ちこそ!」
腹へと一撃を打ち込み、数歩後退するイデアにもう一度拳を打ち込む。
「まさしく! 愛だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」
再び蹴り飛ばし、突き飛ばす。
まだまだだ。
壁際から、モーメントがよく見える窓まで追い詰める。
「お前には一生理解できねぇっ!」
再び打撃。
「イデア・ムンドゥス…世界を恨み、世界を見下したくそったれめ」
「世界を手玉に取るには、お前じゃ役不足だ!」
最期の一撃は、イデアごと窓ガラスを突き破り、奴をモーメントの部屋まで突き落とすのに十分だった。
そして直後。
「おい、行くぞ!」
後ろから声がかかり、俺は慌てて反転して小波の元へ行く。
いいや、小波だけじゃない。
「ティーア!」
俺と小波がイデアをひきつけてる間にメリーベルが助けてくれた、ティーアもいる。
ティーアの身体を優しく抱きしめながら、とにかくモーメントのある部屋から離れる。
上へと続く階段を上っていると、メリーベルが一つのボタンを差し出してきた。
距離は十分。だから。
「さよなら、イデア」
一つのボタンを押して―――全ての照明が落ちると同時に激震が走った。
「流石に、モーメント1個壊すのは勿体無いかな」
「けどそうでもしねぇと。イデアの奴はまだやらかすぞ」
俺の言葉に小波がそう返し、そしてティーアも頷いた。
「うん。彼が生きている限り、彼はまたやると思う」
「…ああ。けど流石にモーメントの爆発に巻き込まれちゃ、死ぬだろうな」
背を向けずに、とにかく外へ。
治安維持局を離れ、サテライトの近くにあるネオドミノシティの出入り口まで辿り着く頃には、もう夜が明けようとしていた。
「鬼柳たちはまだ鬼ごっこしてるのか?」
「だろうな。まだシティの方でサイレンが鳴ってるよ」
まぁ、あいつらは優れたDホイーラーだ。上手く逃げ切るだろう。
俺はそう苦笑すると、ブルー・ノーブルの本部からずっと乗ってきた青いBMWに寄りかかる。
「長い夜だったよ、それにしても」
「だろうな」
小波は笑いながら応える。
「で、もう行くたぁ、気が早いぜ」
「まだアルカディアムーブメントがいるしな。それに、レクス・ゴドウィンから既に50万ドルせしめてる。これだけあればしばらくは平気さ」
下手にシティに残っていれば、ティーアを追いかけてアルカディアムーブメントの方が追いかけてくる可能性がある。
ブルー・ノーブルが壊滅し、ジェイソン一派がいなくなっても、こいつら自身も相当な難敵だ。
「俺としては、ティーアだけじゃなくて、メリーベルまでついてくるとは思わなかったけどよ」
「おいおい、美少女二人と旅するとか最高じゃないか。バチが当たるぜ?」
「まぁ、それもそうか」
小波にそう応えつつ、車に乗り込む。
「じゃあ、また、な。親友」
「おう。死ぬなよ、ペテン師」
エンジンをかけ、夜明けの大地に向かって車が動き出す。
しばらく走りながら、俺は後部座席の二人に声をかけた。
「今回の一件、皆にいろいろあったな。俺も、色々と学ぶことがありすぎだよ」
「ええ。出会ったときより、とても優しくなってる」
ティーアに言われるとなんか照れる。
「…結局、イデアは自分が神になろうとしていたのですね」
「ああ、そうだな」
メリーベルの問いに、そう答える。
「だけどアイツは役不足だ。世界を手玉に取り炊きゃ、自分がそれだけの器にならなきゃいけないって事さ。俺もまだまだだけどよ」
「確かに」
「おい、ティーア。…まぁいいさ。けど、世界に蹴りを入れることぐらいは出来るぜ?」
「もう、どこまでも暴れていく気?」
「冗談だよ」
呆れた顔をする二人にそう答えながら、少しだけ速度を上げる。
「おお…見てみろよ」
窓の向こうに、夜明けの海にかかる、虹色の橋が見えた。
「「綺麗…」」
二人の女子が同時に呟く。
「次は、あの虹の橋の向こうに行ってみようか?」
「「え?」」
「行き先なんてない。世界を見て回りたいなら、十分だろ?」
そう、世界は広い。それこそ、俺達が駆け回るには十分すぎるぐらいに広い。
そして小さな愛をつむぐのにも、有り余るぐらいだ。
だからこそ、ひな鳥は世界へと羽ばたいていくことを誓い。
小さな愛を、彼女と共に歩んでいく事を、決めた。
そう、俺達の旅路は続いていく―――。
時に世界を相手にケンカを売り、時に世界を守るために動き回り。
時に、友へのココロをつなぐ。あの、虹の橋の向こうまで―――僕らの世界は、続いていく。
FIN