Ancient

製作者:レオンさん




この物語は若干原作と絡むと思いますが、基本的にオリジナル主人公の冒険的な物語です。
舞台は古代エジプトです。




・神川 皇(かみかわ こう) 男 18歳 身長175cm体重60kg
髪は茶髪でストレートで肩にかからない程度。どちらかと言えばイケメンだがあまりモテない。サッカーの名門、桜ヶ丘高校に推薦入学。現在3年生。
趣味はサッカー。部活に所属し、全国大会出場経験あり。
勉強はやや得意。クラスで30人中3位前後の学力。特に得意なのは古文と世界史。
デュエルモンスターズは中学1年生の時まで経験あり。



第一話「暇」

・・・暇。まさに暇。今日は月曜だから11時にサッカー・ファイターがあるな。録画するの面倒くさいから起きて置かなくちゃな。
じゃ今のうちにもう一眠りするか・・・。
「神川、神川!」
ん?誰かが俺の名前を呼んでいる?
「神川!」
はっと目を開けた。眩しい。顔が光った人間が目の前にいる。
「神様?」
皇は自分で自分の頭が可笑しくなったのだと思った。
「こら!」
皇の頭にバシッと衝撃が走る。痛い。脳に激痛が走るがすぐに治まった。目の前にいる、いや、いらっしゃる神様を目を凝らしてよく見ると顔に油が乗っていて禿げている数学の先生だった。教室の電灯の光が先生の顔に当たって反射している。眩しい。
数学の授業中だったことにようやく気付いた。
「お前は・・・。確かに成績が良いのは認める。だからと言って寝るのはどうかと思うがね。そう思わんかね?」
「はい、すいません」
先生は黙って教卓へ戻っていく。クラスの皆は皇の方をじろじろと見て笑う。何やってんだか、と自分に説教する。

・・・放課後。
「お前さ、何でいつも数学の授業中居眠りしちゃうんだよ。単位もらえないぞ?」
ニヤニヤしながら今日の6時間目のことを俺に思い出させようとするのは友達の、いや、正確に言えば帰り道が一緒なだけの山岡 賢(やまおか けん)。
皇はクラスメイトとは基本的に仲が良かったが、唯一この人物だけは好きにはなれなかった。特に時代遅れの突っ張りリーゼント頭が。
「別にいいだろ。お前には関係ねぇよ」
そう言いながら川端を見る。子供たちが夕日に染められて楽しそうにサッカーをしていた。少し遠回りだがこの帰り道を通ると毎日夕日が綺麗だった。だからこの帰り道を通って皇はいつも帰っていた。
「そういやお前サッカー好きだよな。何で?」
そう、このどうでもいい様な事をいちいち聞いてくるところも嫌いだ。他に話題はないのか?と思ったがここは冷静にならないといけなかった。
なぜならこの男の影響力は凄まじく、こいつが「嫌いだ」と公言したクラスメイトはことごとく他のクラスメイトからも嫌われていく。
本人には自覚がないが、こいつは虐めの主犯格だった。喧嘩に滅法強い皇でさえ迂闊に話しかけられなかった。
「サッカーは小さい頃から親にやらされていて・・・、最初は嫌いだったけど猛特訓して上手くなった時、初めて好きになったんだ」
山岡は皇がさっき見ていた子供たちをまじまじと眺めていた。皇の話を無視して。
「聞いてる?」
少し怒った口調で皇は言ってみた。
「わりぃわりぃ。つい見惚れちゃって。お前もあんな感じの子供だったの?」
ああ、あつかましい。人の過去までいちいち聞いてくる。そんなこと聞いて面白いのだろうか?皇はそう思いながらも必死に堪えた。
「まあ、一応。さっき言ったように毎日友達と楽しくサッカーしてたよ。クラブチームに入ってからは遊ぶ時間は減ったけどね」
山岡はまた無視している。だめだ、こいつ早くなんとかしないと・・・。
山岡の目線を追うと自動販売機でミニスカートを穿いた金髪の女性、いや、女子高生がジュースを買っている。
「お、しゃがんだしゃがんだ」
ジュースを取ろうとしゃがんでいる女子高生、いや、スカートの中に見惚れている山岡をほっといて先に行こうとした矢先、公園の端に植えてある木の根元になにやら黒くて四角いものがあった。普段はそんなものを気にするタイプではないが、なぜか今日はそれが何か知りたくなった。
走った。振り返ると山岡が皇がどこに行ったか捜している。知ったもんか。
木の根元には見たことのある、どこかしら懐かしいものがあった。・・・デュエルモンスターズのカード・・・。
思わず拾い上げた。
何も書かれていないし描かれていない。ただ、裏面の部分と、表の絵や効果が書かれている「はず」の枠だけはある。
「何も描かれていな・・・!?」
カードが物凄い光を解き放って皇を光の渦に包み込む。皇は必死に辺りを見渡すが光で何も見えない。こんな時に頼りになる山岡さえ見えない。
何が何かよくわからい。次の瞬間、光は皇を吐き出した。
「こ、ここは!?」



第二話「エジプト」

辺りを見渡すとどこかで見たことのあるような、無いような景色が広がっていた。
「あれ、ここはどこなんだ?そうだ、あのカードは・・・?」
手に持っていたのはあのカード・・・いや、あの何も書かれていないカードではなかった。
そこには文字と絵が、記入されていた。

キバクリボー
地属性 獣族 レベル1 攻撃力300守備力200
相手モンスターの攻撃宣言時にこのカードと自分の手札を1枚墓地に送ることでこのターンにこのカードのコントローラーが受ける戦闘ダメージは全て0となる。


「キバ・・・クリボー?クリボーやハネクリボーなら知ってるけどこんなカード見たことないぞ・・・。クリボーが長い牙を持っている・・・」
その時、カードを持っている自分の手に砂がついていることに気付いた。もう一度辺りを見渡すと、皇が今習っている世界史の資料集「まるまる分かる世界の歴史」の27ページに載っていた古代エジプトの砂漠のイメージ図そのものだった。見渡す限り真昼間の砂漠である。非常に蒸し暑い。
学生服を着ていた皇は大量の汗をかいていた。
今、自分の居る場所が古代エジプトのような気がしてならなかったが、そう思いたくは無かった。
・・・こんな非現実的なことがある訳が無い・・・。そう言い聞かせ、自分の目を覚ますために頬を思いっきり両手で叩いてみるが、痛いだけで目の前の景色は変わらなかった。
「夢じゃない!?どうなっているんだ・・・!?」
その時、背後に何者かの足音が迫ってくる音がした。間違いなく人間の足音である。
「お主は・・・」
掠れた声がした。恐る恐る後ろを振り向くと、黒くて、ボロボロの、マントかコートかよくわからないものを来た老人らしき人が居た。顔はフード・・・らしきものを被っていてよくわからないが、目が光っているような感じがした。・・・殺される!?
皇はとっさに立ち上がり、こう叫んだ。
「お前は誰だっ!?ここはどこだっ!?」
黒装束の老人は最初は皇の声の大きさに圧倒されたかのように少し仰け反ったが、落ち着いた表情・・・いや、顔は見えないが、落ち着いた雰囲気で冷静に答えた。
「わしはここのクヌフト村の村長ハンシー。おそらくお主は和国「日本」より来た勇者で居られるな?」
何を言っているのかわからない。クヌフト村と言えば資料集に載っていたぐらいに現在の、いや、ここは古代エジプトかもしれないので、未来の世界史として有名な村である。本当にここが古代エジプトに栄えたクヌフト村なら間違いなくここは古代エジプトである。
「本当にここはエジプトの、クヌフト村なのか?」
「そうじゃ、勇者よ」
「勇者?そんなことよりすまないが俺は今より何千年も後の日本から来たばかりなんだ。このことについて何か知っていたら俺に解りやすく説明してくれないか?」
自分でも何を言っているのかよく解らないが、ともかく自分の置かれている非現実的な状況を一刻も早く理解しておきたかった。
皇はそもそもこのような非現実的なことに関しては全く信じていないわけではなかった。
「では説明しよう」
エヘンエヘンと咳払いをし、ハンシー村長はフードのようなものをゆっくりと取った。髪は白髪頭で比較的長い。眼光は鋭い。左目には変なもの、おそらく義眼がはめ込まれていた。この時点で恐怖であるのにもっと皇を驚かせたものがあった。
「驚いたか?これはクヌフト村の成人男性が彫るものだ」
そう言いながらハンシー村長は右半分の顔全体に掘られているエジプトの象形文字のようなものを触った。
「知ってのとおり、ここはエジプトじゃ。お主の世代では古代エジプトと呼ばれておるみたいじゃが。お主は無のカードに触って未来の日本からこの世界にワープしてきた。まずはここまで理解できるか?」
理解できる訳が無い。非現実的にもほどがありすぎる。カードに触って過去にワープ。それもエジプトである。しかし、この村長の言っていることを呑み込むしかこの状況がわからないので無理やり頭の中に押し込んだ。
「わかるが、何のために、どうやってワープしたんだ?」
「それはじゃな・・・」
そういうと村長は皇の持っていたキバクリボーのカードを優しく触ってこう言った。
「このカードの精霊、そう、キバクリボーがお主をこの世界に呼んだんじゃ。今クヌフト村で起きている惨劇を止めるためにな」
「カードの精霊?そんなもの・・・」
そう言った時、カードからキバクリボーが出てきた。皇の元居た世界では海馬コーポレーションの開発した新型デュエルディスクがモンスターを実体化させる機能を持っていたが、ここ古代エジプトではそのようなものは何も無い。
「何っ!?こ、これは・・・」
ハンシー村長は静かにこう言った。
「キバクリボーはお主の精霊になりたいのかもしれんのう・・・」



第三話「訪問者」

皇は首を傾げた。精霊?何のことだろうか。わからない。だがこれほど超常現象が起こっているので今更何を言われようと信じるしかない。
ハンシー村長ははっと気付いたように付け足した。
「精霊というのはじゃな、お主の世界ではデュエルモンスターズと言う遊びがあるが、そのモンスターなんじゃ・・・。つまり・・・」
村長もどう説明して良いのかわからなかった。長い髪を掻き分けながら必死に考えている。キバクリボーは空中浮遊して踊っていた。
「つまりデュエルモンスターズのモンスターが実際にこの時代には精霊として存在していた。そういうことか?」
「そうじゃ。そして・・・」
「その精霊というのが俺らが住んでいた時代まで語り継がれていたと言う訳か?」
「そういう訳じゃ」
「で、一つ気になったんだが・・・。あんたはなぜ俺について色々と知っているだ?」
村長のゴクリという唾を飲み込んだ音が聞こえた。
「この左目、ただの義眼ではないのじゃ。これは千年眼(ミレニアムアイ)といい、相手の心、脳裏、つまりマインドそのものを見ることができる。お主に会ったときからお主の全ての経験を見ておったが、やはり未来というものは汚らわしいのう」
もう何がどんな非現実的な能力を持っていても皇は不思議に思わなかった。それどころか皇はもったいぶるなと言わんばかりにこう尋ねた。
「じゃ勇者ってのは?」
その時いきなりキバクリボーが皇に頬ずりした。
「クリクリ〜」
皇が頬ずりに驚いている間に村長は答えた。
「とりあえず私の家まで来なさい。話はそれからじゃ。砂嵐がひどくなったのう」
砂嵐で前が見えない状態で背中にキバクリボーを乗せている皇は村長に手を引かれて歩き始めた。

―どれだけ歩いただろうか・・・。全身が砂を被っている。口の中に砂がいっぱい溜まった。唾を吐き出しながら更に進む・・・。

「砂嵐が治まったや否や、目の前には土を固めて作ったもの・・・日本で言えば『かまくら』のような大きな洞があった。
辺りをよく見渡すと砂で作られた集団基地が存在していた・・・。と思ってたんだけどなあ」
皇は呟きながらそう言った。
実際に目の前にあった建物は確かに砂か土で固めて作られたものだったが、小屋に近い、やや大きめの建物だった。
「未来の考古学というものも劣っておるのう」
玄関みたいなところは木で作られている。中々丈夫そうだ。ドアノブまである。少し砂埃がかかっているが・・・。
家に入るとそこには古代エジプト人の家とは思えぬものが多くあった。
茶色で綺麗な絨毯。柔らかそうだ。原材料は不明。
上にはランプに近いものが紐から釣り下がっている。近代ヨーロッパのランプより比較的明るい。原動力は不明。
壁には白い布がかかっている。理由は不明。特別何か隠しているわけではなさそうだ。
一部屋だけだが非常に広い。10畳は軽く超えている。木でできた学校の机の2倍ぐらいの大きさのテーブルが置いてあった。
椅子もあるようだ。粘土のようなものでできているようで、座るとごつごつしていたそうだったが村長が目で「座れ」と言っている様に感じたので座った。やはりごつごつしている。座布団はないのか・・・?
「お主にこれを見せたくてのう・・・。」
そういうと村長はテーブルと同じぐらいの石版を取り出した。象形文字のようなものがびっしりと書かれて、世界史や考古学に興味のある皇でも解読できない。
村長はエヘンエヘンと咳払いし、ゆっくりと読み上げた。
「クヌフト村に勇者現れん。未来和国より現れん。勇者村を救済す。悪の手より救済す・・・と」
「終わりかよ!」
思わず突っ込んでしまった。しかし、それだけ皇にとってはこの家は落ち着く空間だったのだろう。
「これはもう亡くなったがとある占い師が最後に予言したものじゃ。で、問題はお主のやることじゃが」
キバクリボーが元気いっぱいに暴れまわっている。いつの間にか皇に懐いていた。というより、勝手に精霊になってしまったようだ。皇の心臓の辺りの部分に出たり入ったりしている。痛くは無いようだ。
「キバクリボーは賢くての、人の言葉は話せなくとも文字は読める。この石版を見てお主を見つけ出したのじゃ。未来より選ばれし勇者を。お主の目的は一つ!悪党集団を倒すんじゃ!」
「悪党集団?それなら別に俺じゃなくてもできるだろ・・・。それより帰るほうほ・・・」
「そう言えば今は無き例の占い師がこれを勇者に渡せと遺言を・・・」
村長は皇の話を聞かずにそう言って棚から何かを取り出した。
黒い巾着袋・・・
「開けてもいいのか?」
村長に差し出された小さな巾着袋の中を確認して驚いた。デュエルモンスターズのカードがそこに入っていたのだ。
「キバクリボーはデュエルモンスターズの精霊。その精霊がお主にこのデッキを作り出したのじゃ。これでやつらに戦って欲しい・・・。お主にしかできん・・・」
「ちょ、ちょっと待て!これでこの世界で何をしろって?ていうか俺そろそろ帰りたいんだが!」
その時だった。

イャァァァ

外から女性数人の悲鳴が聞こえた。皇は何が何だかわからなかったが、村長が口を開いた。
「大丈夫、時間なら気にすることは無い。それより話は後じゃ、それでやつらと決闘(デュエル)するのじゃ」
「は?」
皇の背中は冷や汗でベトベトだった。



第四話「闇の決闘」

外からの悲鳴が何かを知るため、村長は慌てて扉を開いた。白いカーテンのようなものをまとった40歳前後の女性10人ほどが急にこの家に入ってきた。古代エジプトではこのような衣装が女性の着るものであったようだ。
「またやつらが現れました!私たちはなぜこのような目に合うのですか!?何とかしてください!」
一人の女性が必死に村長の手を握り、話しかけている。女性の中には涙目の人も居る。皇は「お次はなんだい」というほどにもう何が起こっても驚くつもりはない。元の世界に帰れるのもまだ到底先のようだったから・・・。
「この者がかの占い師の言うておった勇者じゃ・・・」
村長が皇を指差しながら話しかけてきた女性、いや、女性全体に言った。女性たちは全員揃って皇を見た。皇は一瞬仰け反ったがともかく自分が勇者である以上何か役に立ちたかった。
「何があったのか説明してくれ。俺が何とかする。」
皇は少し得意げになって言った。
「ああ、勇者様。お力をください。どうかあの未来から来た悪党集団を・・・」
「何!?未来から来た悪党?俺以外に次元を超えて来たやつが居ると言うのか?」
女性たちが皇を必死に拝んでいる。合掌する人や、お辞儀をする人が居た。
「話は後じゃ、やつらと『決闘』をしてくれ!」
キバクリボー・・・皇の精霊が胸から出てきた。小さな手でガッツポーズをしている。どうやら「頑張れ」と応援しているらしい。
「・・・これ・・・でか?」
皇は唇をかみ締めて左手に持っていた先ほどのデッキを右手の人差し指で擦り付けるように指しながら言った。
「そう、もう時間は無い。しかし今お主にできることは唯一つ、『決闘』で勝つことじゃ。決闘によってやつらを追い払うことができるとかの占い師は言うておったぞ!」
するとその時だった、一人の女性が悲鳴を上げた。
「や、やつらよ!!」
扉の前に固まっていた女性数人が両側に分散した。まるで蟻の巣を掘った時、蟻があちらこちらへと逃げていく様であった。
「ついに見つけたよ・・・目の持ち主のの家・・・。さて、『目』を頂こうか」
5人の人間の形をしたものが現れた。それは恐ろしいものだった・・・。全員形こそはっきりと解るものの、それ以外は全て解らない。鼻や目、口のような顔の詳細部分も見えず、どこから上半身でどこから下半身かもはっきりと解らない。服を着ていないようで服を着ているようだ。ただ一つ言えることは・・・「闇のオーラに包まれている」・・・。これは皇でさえ解る。こいつらは悪いやつらだ・・・。黒い「全身のっぺらぼう」のようだ。
この連中は全員武器のようなものを持っている。村人が怯えるのも無理は無い。野次馬の男性が一人、遠くからこちらの村長の家の『中』を覘いている。
「なんと!お前らはこの村の金品欲しさにこの村を荒らしておったのではないのか!?」
「誰もこの村の金品など必要ない・・・。古代エジプトの財宝をあの世界で売れば金になるけどね・・・。しかし、欲しいのはお前の『目』。それだけだ」
もちろん全員同じ姿かたちだが、今喋った人物がどうやらこの中ではリーダー的存在らしい。声は低い。喋り方自体は少しおっとりとした感じだが妙に恐怖も感じる。
村長が呆気に取られた顔でこう言った。
「わ、わしのこの・・・千年眼が・・・か?」
「そうだ、その千年アイテムが欲しいのだよ・・・。ずっと探していたがようやく見つけた・・・。ところでそこの少年からは何か熱いものを感じる。お前は決闘者かい?」
皇は自分が喋りかけられるとは思わず、完全に硬直していた。
「うーん、何のことかだ・・・?」
思わず声が高くなってしまう。
決闘!
謎の黒男がそう叫ぶと、いきなり辺りが暗くなった。家も、人も、何もなくなった。ただ暗い空間が残るだけである。超常現象が起きていると言うのに何気なく居心地のよかった村長の家とは話が違う。
皇はいつの間にか椅子に座っていた。しかし、村長に座らされたごつごつの椅子ではない。座り心地は・・・わからない。ただ、ごつごつとして痛かったあの椅子を恋しく思うほどこの椅子には座りたくない・・・。なんて言おうと、椅子から離れたくても離れることができない。密着している。これはエスパーというものなのだろうか。催眠にかかったようである。目の前には皇は下を向いていた顔を徐々に上げた。まず視界に入ってきたのは机。石でできているようだ。村長の顔に刻まれていたようにエジプトの象形文字がこの机に刻まれている。次に視界に入ってきたものはデッキ。おそらく自分が先ほど手にしていたデッキであろう。もう少し顔を上げると、自分と向かい側にもデッキが置かれている。闇のオーラを感じる・・・。もっと顔を上げると・・・。そこには先ほどの黒男が居た。皇は顔も見えないのっぺらぼうのような人間を目の前にして完全に硬直してしまった。そんな皇に追い討ちをかけるようにその黒男は口を開いた。
「奇遇だねぇ、この世界でも『決闘』を行うことができるとはね。どうやら俺は君と同じ世界・・・世代に居たものだ。その衣装を見ている限り、それは制服と呼ばれるもの。それは日本の中学生、高校生が学校と言うものに行く時に着るものだからね。そのような制服なら俺も日本に居た時によく見たよ。ちなみに俺はエジプト人。名前はミロー。知る必要も無いだろうがな。なぜ君がこの世界に居るのかは解らない。でも決闘者のようだ。魂を感じる。俺の組織・・・あえて名前は伏せておくが、『あのお方』は俺たちに力を譲り分けてくださった。そして「決闘者」を闇のゲームで倒し、魂を吸収することでその力は増すのだよ。君のような熱い・・・『特別に熱い魂』を持つ者を倒せばもっと強くなる・・・もっと・・・。その代わり俺が決闘する相手は俺自身は決められないけどね。ヒヒヒ」
「魂を吸収?何言ってるんだよ・・・信じるわけ無いだろ、いくらなんでも・・・。良いだろう、仮に魂を吸収だの何だのそのようなことができるとして、それは『死』を意味するのか?」
さすがに皇も驚いた。超常現象はすでに慣れていたが、「遊び」に過ぎない「デュエルモンスターズ」のカードゲームで「死」などありえるはずがない・・・と、思いたかった・・・。
黒男のミローが笑い出した。不気味に、静かに。この暗い空間がより一層ミロー・・・というより、黒いのっぺらぼう全体の不気味さを際立てている。
「死ぬ?とんでもない。魂を抜き取られた人間はそのまま『屍』となる。身体は動かない。でも脳や心臓はちゃーんと動いている。永遠にね。生ける屍って訳だよ。楽しいねえ。フヒヒ・・・」



第五話「開幕」

―その一方・・・。

「こ、この空間はなんじゃ・・・?」
村長がそう言った時、部屋の一部分、ちょうど3人用テントほどの大きさの丸い、暗い空間ができていた。
「今、ミロー・・・先ほどの我々の仲間とあの少年はお互いの魂が惹かれあって『闇の決闘』を行っている。まさかこの世界にカードゲームのできるやつが居たとはな。俺たちもびっくりだ」
4人いるうちの黒男の一人が言った。のっぺらぼうであるが、ニヤニヤしているような感じの話し方をする。
更に付け加えてこう言った。
「おっと、お前の千年眼も頂こうか」
「ふん、お前らはこのわしをなめおって。『決闘』ができるのはあの勇者だけではないわ!女子どもよ、下がっておれ!」
玄関脇に身を潜めていた女性たちが一斉に村長のずっと後ろで控えていた。村長の背中を5メートルほどの幅から見守っている。
村長は左袖の中から何かをちらつかせた。
「このハンシー、神に代ってお前らを裁く!降臨せよ、タイガー・アックス!」
村長の目の前に閃光が走り、そこには防具を来た戦闘態勢の虎人間が居た。手には斧のような物を持っている。少しこの家が狭そうな仕草を見せた。
「この家では少し狭すぎるようじゃな、外に出るかのう」
村長はニヤリと笑いながら言った。

「つまり、お前ははここで全てが終わる。元の世界に戻れずに、永遠に、この『過去』で」
「・・・いや・・・お前を・・・俺は・・・倒す!」
皇は震える手を押さえながら言った。黒男の「ミロー」はは腕を組んだ手の甲の上に顎を乗せて「ふぅん」と聞いているようであった。相手との顔の距離はわずかに1メートル前後。皇は逃げ出したかった。
「では良いだろう、お前の先攻だ、カードを引け」
皇は言われたとおりに石版のような机の上に置かれたデッキから手札のカード5枚と先行分のカード1枚をドローした。
・・・解らない。何をすれば良いのかが解らない・・・。中学生の時まではあれだけ熱心にやっていたのに高校3年生にまでなると昔の遊びの記憶などすぐに忘れてしまう・・・。
皇は自分が情けなく思えてきた。最初はただ仰天するだけの古代エジプトへのワープであったが、短時間ではあるものの、村長や村人がこれほど自分を頼ってくれているというのに、その自分は今、昔の記憶との『決闘』をするばかりで目の前に居る謎の黒男ミローとの『決闘』はできていないではないか。しかし、このまま何もしなければ、夢ではないこの世界で詐欺ではなさそうな闇のゲームに敗北してしまい、とんでもないことになりかねない。生を絶つことに抵抗を感じないが、まだ高校3年生。やり残したことが沢山ある。絶対に生きて元居た世界に戻りたい・・・。今自分にできることを・・・。
「俺は『エンシェント・エルフ』を攻撃表示で召喚!」
海馬コーポレーションが開発した「デュエルディスク」のソリッドビジョンシステムはこの世界には無いのにも関わらずカードの上に魔法使いのモンスターが実体化した。精霊が実体化しているぐらいだからこれも不思議ではないと皇は思った。精霊と言えば、キバクリボーは一体どこへ・・・?胸の中にいるのだろうか・・・。この空間・・・闇のゲームに来てから姿を現さない。
「更にカードを1枚伏せてターンエンド」
これでいいのか・・・?皇は自分に問いかけた。まだまだ自分のプレイングに自身が持てない。負ければ本当に魂を取られるのだろうか・・・。
「フン、雑魚モンスターが。俺のターン、ドロー!俺はゾンビ・パンサーを攻撃表示で召喚!」

ゾンビ・パンサー
闇属性 アンデット族  攻撃力1850 守備力300


目が半分千切れているパンサーが出てきた。中学校1年生までやっていたデュエルモンスターズの記憶から、ミローはアンデットデッキであるのかもしれないと皇は判断できた。
「エンシェント・エルフの攻撃力は1400、こちらのモンスターの攻撃力は1850。そのモンスターの攻撃力を400ポイントも上回ったよ。では攻撃。エンシェント・エルフを破壊!」
皇LP4000→3600
カードは手で動かさずとも超常現象によって自動的に墓地に送られた。
「更にリバースカードを2枚セットし、ターンエンド」
皇は「まだ始まったばかりだ」と自分に言い聞かせ、カードを引いた。・・・よし、守備力2200の「鋼の番兵」だ。
「俺は『鋼の番兵』を守備表示で召喚」

鋼の番兵
地属性 岩石族 レベル4 攻撃力0 守備力2200


中々頑丈そうなモンスターであった。岩と鋼とが合体したような鋼鉄的な体つきをしている。
「更に手札から魔法カード「地割れ」発動。ゾンビ・パンサーを破壊する!」
ミローの表情は明らかに笑っている。口元が見えずとも、目が見えずとも、笑っている。この暗い空間でただ不気味に笑っている。
素早くミローの場に伏せていた罠カードが勝手に表向きになった。
「カウンター罠『マジック・ジャマー』発動!手札を1枚捨てることで地割れの効果を無効にする・・・」
地割れも自動的に墓地に送られた。
「・・・くそ・・・カードを1枚伏せてターンエンドだ!」
一瞬だが明らかに見下している表情・・・いや、態度で皇を見ているのが解った。
「面白くないねえ。君は中々の魂を持っているが、どうやら見間違えたようだ。雑魚過ぎてね・・・」
皇は一瞬唇をかみ締めたが、相手が動揺を誘おうとしている作戦なのだということにして気にせずに目を逸らした。
「俺のターン、ドロー。・・・死者蘇生を発動。『マジック・ジャマー』の手札コストで捨てた『ヴァンパイア・ロード』を特殊召喚!」
冷酷な、伯爵ドラキュラがフィールドに現れた。殺意がむき出しになっているようだ。
「おっと、まだ通常召喚を行っていない。俺は『ゾンビ・パンサー』を生贄に―『竜骨鬼』召喚!」
骨だけでできたその肉体・・・。実体化しないで欲しいとできれば願いたいほど恐ろしい姿の鬼であった。
ただでさえ闇の空間であるというこの状況でこの恐ろしい2体の実体化しているモンスター・・・。皇の手から汗が吹き出た。
「攻撃力2400!?2ターン目にして攻撃力2000以上のモンスターが2体並んだというのか!?」
皇は慌てふためいた。やはりこれがデュエルモンスターズと言うものなのだろうか・・・。これがブランクの恐怖なのだろうか。
相手に、ミローに見られたくなかったため、それを静かにズボンでふき取った。
黒男は表情こそ見えないが明らかに勝算があるという顔で、いや、姿でこちらをまじまじと見つめている。その姿がより一層皇を恐怖に陥れた。
「そして、フィールドにセットしていたこのカードを使おう・・・永続罠『不死の集い』!」
フィールド・・・石版のような机の上全体に何かが潜んでいる・・・。



第六話「危機」

「ここなら誰にも迷惑がかかるまい・・・」
砂嵐の吹き荒れた、皇の通った砂漠に、村長は四人の謎の黒男たちを連れ出した。現在は砂嵐は止んでいる。
太陽の光が辺りを雪の世界にするように照っている。しかし黒男たちは相変わらず黒い。光を受け付けないようである。
タイガー・アックスは斧を振り回して黒男たちを威嚇している。黒男たちは威嚇も受け付けないようだ。
「・・・俺たちが闇の力を持っていることを知っているのか?こんな姿にもなれるんだよ、フヒヒ」
そういうと黒男たちの身体が一斉に歪みだした。
「こ、これは・・・!?」
目の前には4体の・・・魔物が居た。まず1体は黒い狼のような姿。タイガー・アックス同様、闘志をむき出している。口から炎を吐き出している。2体目は白くて大きな大蛇・・・牙がとても長く、細長い舌を出して威嚇している。目は真紅の炎のような色で、なんとも恐ろしい。鱗のようなものが太陽に照らされてギラギラとしている。
3体目は大きな鳥。その嘴はとても鋭く、ナイフ以上の切れ味がありそうなほどである。通常の鷲の20倍以上はある。
4体目は鬼。2メートル以上の身長で、その身長以上の長さの棍棒を持っている。緑色の裸体、ボサボサの鬣が「腐」を物語っている。
村長は目を大きく見開き、呆気に取られた。正体不明の未来人が正体不明の姿になったからである。
「この世界では俺たちはこのような姿にもなれる。それは精霊や魔物がこの世界に住んでいたのと同じようにな」
鷲がそう言って村長をまじまじと見つめている。村長の魔物タイガー・アックスはその4体の魔物を目にして後ずさりをした。
「この姿になるためには相当な体力を消耗する。ここで一気にけりをつけてお前の『目』を頂こう・・・」
そう言うと白い大蛇が勢いよくタイガー・アックスに飛び掛った・・・。

不死の集い
このカードがフィールド上に存在する限り、自分のターンのエンドフェイズ時に自分のフィールド上のアンデット族モンスター1体をゲームから除外することで、デッキからアンデット族モンスター1体を特殊召喚することができる。


「とりあえずこの効果は後から存分に味わってもらおう。さぁ、攻撃だ!竜骨鬼で鋼の番兵を攻撃!」
鋼の番兵が戦闘によって破壊され、墓地に送られた。・・・皇の場にはもうモンスターは居ない。
「ヴァンパイア・ロードでお前にダイレクトアタック!」
皇LP3600→1600
「くそ・・・何もできないじゃないか・・・」
黒男が表情こそ見えないが明らかに喜んでいる。
「おっと、ヴァンパイア・ロードの効果発動。こいつが戦闘ダメージを相手プレイヤーに与えた時、カードの種類を宣言することで相手のデッキからその種類のカード1枚を墓地に送ることができる。俺が選ぶのは罠カード!さあ、墓地に送ってくれ」
皇は自分のデッキに触れた。その時、何かを感じた。・・・まさか?皇は自分の胸ポケットに入れていたキバクリボーのカードがあるかどうか、手で触った・・・。・・・ない。やはりなと感じながらデッキから罠カードを探すついでに自分のデッキに何が入っているのか確認した。
「お、お前・・・」
ミローに聞こえないようにこっそりとデッキの中に入っていたキバクリボーに言った。キバクリボーは皇にウインクをした。そのおかげか緊張がほぐれ、自分が勝たなければならないことを改めて痛感した。
「俺は・・・『古代の結界』を墓地に送る・・・」
「フフフフフ、ヒヒヒヒヒヒヒ、ヒャハハハハハハ」
ついにミローが壊れた。我慢していた笑いが思わず吹き出てしまったようである。
「楽しいねえ、楽しいねえ、攻撃をされ続け、罠カードは墓地に送られ続け・・・。お前にもう勝ち目は無いんだよ、フフフフフフフフ、ヘヘヘヘヘ」
皇が敵ながら感心していた知的な喋り方はもうどこにもなかった。目の前にはただ貪欲に勝利を望む愚者がいるだけだ。
周りの空間は相変わらず暗い。渦を巻いているような感じであり、皇はそれに呑まれそうになりそうだった。この空間のせいなのか、それとも正体不明の黒男ミローのせいなのか、だんだんと皇の体力が消耗していく・・・。気付かぬうちに皇は大量の汗を書いていた。その皇をどん底に突き落とすかのようにミローは・・・。
「更に俺は不死の集いを発動、ヴァンパイア・ロード・・・は効果が頼りになる。ここは竜骨鬼をゲームから除外し・・・『ヴァンパイア・ディアボロス』を特殊召喚!フヒヒヒヒ」
フィールドに潜んでいた「何か」が正体を現した。半透明の幽霊のようなものだ。幽霊と言うより・・・怨霊と言った方が正確であるかもしれない。その怨霊が竜骨鬼に喰らいた。目の前に置かれていた竜骨鬼のカードはもうどこにもなかった。目の前には恐ろしいヴァンパイアが居た。ヴァンパイア・ロードとは比べ物にならないほど恐ろしい。皇は一瞬ゴクリと唾を飲み込んだ。
ミローがニヤニヤしているのが分かる。
「驚いてもらっては困るね。ヴァンパイア・ディアボロスの攻撃力は3000だが、特殊能力が備わっている。そろそろお前が魂を吸われる時が来るようだな。フヘヘヘヘヘヘヘ」

ヴァンパイア・ディアボロス
闇属性 アンデット族 レベル8 攻撃力3000 守備力1000
このモンスターが特殊召喚に成功した時、・・・・・・




続く...



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