闇を切り裂く星達2

製作者:クローバーさん





目次

 ――プロローグ――
 episode1――再び始まる物語――
 episode2――新たな仲間――
 episode3――朝山香奈VS本城真奈美――
 episode4――襲い来る闇――
 episode5――忍び寄る闇――
 episode6――いざ、星のもとへ――
 episode7――謎の招待状――
 episode8――動き出した計画――
 episode9――特別デュエル――
 episode10――大助のデッキワンカード――
 episode11――休息の日常――
 episode12――帰り道の戦い――
 episode13――サバイバル決闘――
 episode14――そして物語はあの日へと――



――プロローグ――






 今にも雨が降りそうな天気だった。








 秋の天候特有のものか、それとも偶然か、黒い雲が、空一面を覆っている。









 まるで、これから起こる運命を暗示するかのように……。














 とある場所。とある時刻。

 二人の決闘者が対峙していた。
 一人は黒いスーツ姿の男、もう一人は少年だった。
 男は炎の皇帝を従え、対する少年は紅蓮の甲冑に身を包んだ将軍を場に出していた。

 決闘は終盤。

 いよいよ、決着がつくころである。

 その小年の後ろには、少女がいた。
 少女は心配そうな表情を浮かべながら、この決闘を見つめている。
「―――」
 たまらず、少女は少年の名を呼んだ。
 少年は振り返って、いつもと変わらない笑みを向ける。
「大丈夫だ」
 それだけ言うと少年は、対峙している男に向き直った。
 少女は胸にかけた星のペンダントをギュッと握り、落ち着かない心を静めようとした。
「……きっと……大丈夫よ……」
 自身へ言い聞かせるように、少女は呟いた。
 見ている限り、戦況は少年の方が優勢だ。
 そしてなにより、次の一撃で勝負は決まる。
 将軍が炎の皇帝を切り裂いて、少年が勝利する。
 そんな光景が、容易に想像できた。
(でも……)
 分かっているはずなのに、少年の勝利しか考えられないのに、少女の心は、なぜか落ち着かない。
 少年が、どこか遠くに行ってしまうような……そんな感覚があったからだ。
(どうして……なんで……?)
 落ち着かない自身の心へ問いかけるが、答えは返ってこなかった。


 そして決闘は、終幕を迎える。


「これで……終わりだ!!」
 少年が叫んだ。
 将軍が2本の小太刀へと構える。
 風を纏う刃を炎の皇帝に向けて、将軍は斬りかかった。
(勝った……!)
 少女も少年も、勝利を確信した。
 そして将軍の刃が、炎の皇帝を―――。














 ソリッドビジョンが消える。
 辺りを覆っていた黒い霧のような物が消えて、景色が元に戻った。
「嘘……」
 少女は信じられないという感じで、言葉を漏らした。
 なぜなら、目の前には勝利するはずの少年が倒れていたからだった。
「嘘よ……どうして……!」
 駆け寄ろうとする少女の腕を、周りにいた男達が掴む。
 抵抗するが、相手側の力が強いうえに、多人数で押さえつけられているためふりほどけない。
「残念ですが終わりです」
 誰かが諭すように言った。
「そんな……嫌よ……! 離しなさいよ……!」
「それはできません」
「―――!! 起きなさいよ、―――!!」
 必死で少年の名前を呼んだ。
 起きあがって欲しかった。無事でいて欲しかった。
 何事もなかったように、立ち上がって、大丈夫だって言って欲しかった。
「―――! ―――! 起きて!! 起きなさいよ!」
 何度も何度も、その名を呼ぶ。
 周りの男達は何も言わず、少女を連れて行こうとした。



「待て……」



「……!!」
 全員の視線が、声のした方へ向いた。
「ぁ…………」
 少女の口から、言葉にならない声が漏れた。
 視線の先には少年が立ち上がっていた。
 だがその体はボロボロで、今にも倒れそうな足つきだった。
 肩の位置には、赤い液体が染み渡っていた。
「そいつを……どうする気だ……!」
 少年は、体に残っている微かな力で、言葉を発した。
「…………………」
「一体……お前達の目的は何だ!」
 少年はゆっくりとした足取りで、捕まえられた少女の元へ向かう。
 男達はそんな姿を見つめながら、動けなかった。
「答えろ! そいつを―――」


 パンッ!


 乾いた音が、鳴った。


「少年……すまない……」
 決闘していた男が言った。
 少年の胸の辺りに、赤い液体が滲んだ。
「―――!!」
「――――……!」


「うっせぇなぁ」


 割り込んだ声。
 少年の背後に、金髪の男が立っていた。
「ぐっ…!」
 金髪の男は少年を殴り、体勢を崩す。
「おい、貸せ」
 少年と決闘していた男から、金髪の男の手に、黒い何かが渡された。
 カチャリという不気味な音が聞こえて、そして――
「さっさと死ね」
 冷たい言葉を放つと共に、乾いた音が数回鳴った。
 

「いや……嫌よ………そんな……」
 少女は目に涙を浮かべて、少年の姿を見つめた。
 力を失って倒れる少年の動きが、スローモーションのようにゆっくり見えた。

 ……どさ……

 少年は、倒れた。
「ひゃはは」
 再び、数回の銃声が鳴った。
 音が鳴るたびに、少年の体が赤く染まっていく。
「…いや……もう…………やめて……」
 少女の目から、涙が流れた。
 倒れた少年の体が、あっという間に真っ赤になっていた。
「こんだけやりゃあ十分だろ。おい、連れてけ」
「……了解しました」
 主人からの命令を受けて、男達は少女の腕を引っ張った。
「お待ち下さい」
 先程少年と決闘をしていた男が言った。
「あん?」
「しばし、少年と別れの時間をさしあげてはいかがでしょうか」
「んなことする必要ねぇだろ。てめぇはいちいちくだらねぇこと気にすんだな」
「ですが………」
「………ったく、分かったよ。やりゃあいいんだろやりゃあ」
 金髪の男は面倒くさそうに頭を掻くと、少女を離すように男達へ促した。
 拘束から解放された少女は、急いで少年へ駆け寄った。
「―――! しっかりしなさいよ!」
 必死で呼びかける。
「ぅっ………」
 微かだが、少年の体が動いた。
 だがその体は真っ赤に染まり、とても無事には見えなかった。
「起きてよ……大丈夫だって……言ってよ…」
「うっ……」
「……ごめん………本当に……ごめん……」
 少女は少年に向かって、何度もその言葉を繰り返した。
「私が最初から従ってれば……こんなことに……」
「ちがう……」
「……これ……返すね……」
 少女は少年の手に、何かを握らせた。
「知ってる? これ、本当に願いを叶えてくれるのよ。だから、本気でお願いすれば、きっと助かるわ」



 少年は残った力を振り絞り、少女の腕を掴んだ。
「ふざ……けんな……!」
「え……」
「こんなやつらについていくことなんて……ねぇだろ!!」
 少年は自分の思いを、少女へ告げようと口を開いた。



「時間切れだ」



 少年の腕を、金髪の男は踏みつけた。
「っ……!」
 激痛が少年を襲う。
「おら! おら! おらっ!」
 男は遠慮せず、少年の体に蹴りを入れていく。
 その表情は、どこか楽しそうだった。
「やめて!!」
 少女は叫んだ。
 金髪の男の冷たい視線が、こっちに向く。一瞬だけ気圧されたが、引くわけにはいかなかった。
 もうこれ以上、その少年を傷つけて欲しくなかった。
「やめて……だぁ?」
「……やめて……言うとおりに……するから……」



「……ちっ」
 金髪の男はつまらなそうな表情を浮かべて、蹴るのを止めた。
「つれてけ」
 少女は腕をつかまれて、用意された黒い車へと連れて行かれる。
 金髪の男は手に持った物をくるくると回しながら、少年と少女を交互に見た。
「弾が一発残ってんなぁ……」
 全員に聞こえるように、わざとらしく男は言った。
 全ての視線が自身へ向いたことを確認すると、手に持った物を少年の頭に直接突きつける。
「まさか……」


 パンッ! という音が鳴った。


「嫌ぁ!! なんでよ!? やめてって言ったのに……!!」
「うっせんだよぉ!!」
 金髪の男は少女の腹部を思いっきり殴った。
「ぅ……ぁ………」
 急所を突かれた事で、少女は気を失ってしまった。
「手が滑っちまったんだから、しょうがねぇよなぁ? ひゃはははは!!」
 男は狂ったように笑いながら、その場を後にした。
















 そして、少女はその場からいなくなった。

 倒れた少年に、決闘していた男が近づいた。
「少年、すまない」
 乱れた服装を整えながら、男は少年に語りかける。
 少年は倒れたまま、動かない。
「本当に……すまない……。だが、あの御方を救うためなら、私は何でもすると決めたのだ。君の白夜のカードはもらっ
ていく。代わりにこれを受け取ってくれ。あの御方からもらったカードだ。もう、私に持つ資格はないのでな」
 男は少年の腕に付いている機械から2枚のカードを抜いて、1枚のカードを差し込んだ。
 奪ったカードをポケットに入れて、男は少年を見下ろした。
「……悔やむことはない。これは、どうしようもないことなのだ。少年にはまだ分からないかも知れないが、この世の中
には不条理なことはたくさんある。どんなに抗っても……どうしようもないことがあるのだ」
 男は諭すように語りかけた。
 だが、それも無駄なことだと分かっていた。
 なぜならこの少年にはもう、自分が発した言葉が届かないことを知っていたからだ。
「……さよならだ、少年」
 その言葉を残して、男は去った。


 そしてその場には、倒れた少年のみが残った。





























 今にも雨が降りそうな天気だった。



 空は黒い雲に覆われて、日の光は一切差し込まない。



 一人の少年が倒れていた。



 冷たい風が、その体を吹きつける。



 何も出来なかった少年を、あざ笑うかのように。



 少年の手には、ある物が握られていた。



 それはあの少女が身につけていた、星のペンダント。











 そして、先程まで決闘が行われていた場所に残っていたのは――――











 ――――動かなくなった、中岸大助だった。






episode1――再び始まる物語――



「………暑い………」
 どうしてこんな日に登校しなくちゃいけないんだ。
 そんなことを思いながら、中岸大助は溜息をついた。
 今日は8月31日。世間一般で言う夏休み最終日だ。
 ただでさえ長期休みの最終日に襲ってくる独特な憂鬱気分があるのに、こうして学校にまで呼び出されてしまったのだ
から、たまったものではない。
 どうしてこんな日に登校しているかというと、学校側からこれからの授業に対して重要な連絡があるので登校するよう
に、という連絡網が生徒全体に回されたからだ。
 サボっても良かったが、後々面倒なことになりそうなので仕方なく登校している訳である。
 まったく、早めに終わることを祈るばかりだ。
「はぁ………………」
 うだるような暑さは、おそらくこの太陽のせいだろう。
 少しは遠慮というものを知って欲しいものだ。
 だがこんなことを思ったところで、暑さが薄れるわけじゃない。早く学校に行って、クーラーの効いた教室で休もう。
 もちろん、クーラーが付いていたらの話だが。











 そうこう考えている内に、見慣れた学校が見えてきた。
 白塗りの壁で四階建ての比較的新しい校舎。名前は『私立星花(せいか)高校』。
 特に有名なところもなく、学力もたいして高くない普通の高校だ。
 強いてあげるところがあるとすれば、ここには『遊戯王』の授業があることだろう。

 『遊戯王』とは、昔、某週刊誌の大人気連載漫画が元になって誕生した対戦型カードゲームだ。
 モンスター、魔法、罠カードなどに分類されたカード達を組み合わせてデッキと呼ばれるカードの束を作り、それを使
ってお互いのライフポイントを削りあい、先に0にした者が勝者となる。
 基本的なルールは簡単なので、小さい子供から大人まで幅広い年代から愛されているゲームだ。
 発売してから数年で海外に進出したのだから、その人気具合は考えるまでもないだろう。

 もともと人気を博していたこのカードゲームは、近年、どこぞの有名な会社が全世界に向けてPRしたり、ハリウッド
の俳優が世界大会に出たなどの様々な出来事が重なって、あっという間に全世界に広まったのだ。
 そして今や『遊戯王』は、全世界共通のカードゲームになってしまった。
 開発した本社も、まさかここまで広まるとは想像していなかっただろう。

 全世界共通のカードゲームになった『遊戯王』は、大規模な世界大会まで開催されるようになった。
 当然、発信源である日本は他国よりも力を入れていて、どこの県にも必ず2つか3つ専門店があるし、この星花高校の
ように『遊戯王』の授業をするところまで出てきてしまった。
 『遊戯王』をエンターテイメントとしてテレビ放映するとかいう噂も流れているので、このままいけばアニメのような
プロデュエリストという職業が生まれるかもしれないのだ。
 もちろん、絶対になりたくないが。


 こうした変化のなか、『遊戯王』自体にも様々な変化があった。
 ルールが「新エキスパートルール」から「マスタールール」へと変更になり、「生け贄」という言葉が「リリース」に
変更された。"生け贄封じの仮面"の名称がどうなるかネット上で議論されたこともあった。
 だがこれらは些細な変化であり、近年ではより大きな変化が三つあった。


 一つ目は、『シンクロモンスターの登場』だ。
 シンクロモンスターは、三年前ぐらいに登場したカード群だ。
 融合モンスターや儀式モンスターとは違い、チューナーと呼ばれるモンスターを召喚条件にもっている。
 これがまた強力で、星6のくせに攻撃力2800アタッカーがいきなり現れたり、召喚するだけで場のカードをすべて
吹き飛ばす効果を持っているモンスターまでいる。
 あるシンクロモンスターなんかは、発売してから数ヶ月で禁止になってしまうほどの凶悪な効果を持っていた。
 当然、禁止・制限には引っ掛かっていない他のシンクロモンスターにも強力な効果を持つカードは多く、それらを使い
こなせるか否かで決闘者としての実力が格段に変わると言われている。
 もちろん、そんな簡単に使いこなせないのだが……。
 使いこなせない人は多いが、出すだけでも強力な効果を持っているシンクロモンスターもいる。
 今の遊戯王の環境は、そられの万能なシンクロモンスターをいかに早く召喚して一気に相手のライフを削りきるという
戦法が主流だ。おかげで一回の決闘にかかる時間は短縮され、大会などは以前よりもスムーズに進むようになった。
 こうした「決闘の高速化」を引き起こしたシンクロモンスターの人気は相当なもので、現在でも新たなカードが開発さ
れていたりする。
 シンクロモンスターは、まさに遊戯王界に革命を起こしたカード群に間違いないだろう。
 

 大きな変化の二つ目は、『デッキワンカード』だ。
 従来のカードは、禁止・制限リストに引っ掛からない限りデッキに3枚まで投入することが可能になっている。
 だがこのデッキワンカードは、もともとデッキに1枚しか入れられないものとして製作されたカード群だ。カードには
デッキに入れるための条件、例えば『カウンター罠が15枚以上入っているデッキにのみ入れることができる』のような
ことが書かれていて、その条件を満たしているデッキにのみ入れることが出来る。もし満たしていなかったら、デュエル
ディスクが自動的に警報音を鳴らして知らせてくれるから不正の心配もない。
 デッキワンカードはデッキに1種類しか入れることが出来ない。
 つまり、たとえそれぞれの条件を満たしていても、数種類のデッキワンカードを1つのデッキに投入することは出来な
いということだ。

 デッキに1枚しか入らないカードだが、そのぶん効果は強力なものになっている。
 発動できれば圧倒的な有利に持ち込むことができ、その決闘に勝利する確率も高まる。
 だからどんなデッキワンカードであれ、誰もが欲しがるカード群なのだが、その入手方法はかなり厳しい。
 デッキワンカードは1パック12枚入り300円の『ENDLESS PACK』というパックに封入されているのだ
が、これにはなんと今まで収録されたカードのすべてが入っている。
 その数は現在5000種類以上で、その中にデッキワンカードが何種類入っているのかはまだ明かされていない。
 一説では100種類あるらしいが、何箱買って一枚当たる計算になるのかは計算できなかった。
 以前、試しに3箱買ってみたのだが、デッキワンカードは1枚も当たらなかった。それで心が折れて、それ以降このパ
ックは買っていない。
 本社としては、テーマデッキを強化する目的のために作ったらしい。
 大会などで一つのデッキが流行するような事態を回避したかったのだろう。
 一応、デッキワンカードが登場してからそのような事態は軽減されたらしいから、本社の狙いは的中したといって構わ
ない。
 シンクロモンスターが革命を起こしたなら、デッキワンカードは旋風ぐらいは巻き起こしたことになるのだろう。


 そして三つ目。『新ルールの追加』である。
 それは夏休みが終わって、全国に大々的にニュースで報道された。
 詳細を聞いたとき、俺は耳を疑った。なぜならこの新ルールというのが、なかなか厄介なものであるからだ。
 その追加されたルールというのが――――

 決闘中に1度、自分のターンのメインフェイズにデッキからデッキワンカードを手札に加えることができる。
 この効果を使った場合、相手はデッキからカードを1枚ドローする。

 ――――というものだった。

 デッキワンカードは強力だが、デッキに1枚しか入らないため、発動できないまま決闘が終了してしまうということが
多々あったらしい。これはそれを解消するためのシステムで、デッキワンカードを持っている決闘者はこのシステムのお
かげで自分の好きなタイミングでデッキワンカードを使うことが出来るようになったのだ。
 もちろん、デッキワンカードが入っていないと、このシステムは使えない。
 デッキワンカードを持っている決闘者にとってこのシステムは朗報だっただろうが、デッキワンカードを持っていない
決闘者にとっては凶報だ。
 ちなみにこのシステムが導入されることが発表されてから、ENDLESS PACKの売り上げは上昇したらしい。
 つまり、余計にデッキワンカードを発動されてしまう機会が増えることになったわけだ。 
 様々なデッキと戦えるのは嬉しいが、その度にデッキワンカードを発動されたらと思うと少し気が滅入りそうだった。



 下駄箱で内履きに履き替えて、階段を上る。
 1年生の教室は四階に位置していて、一階から四階まで階段を上るという苦痛を強いられることになる。
 2年生は三階、3年生は二階に位置している。つまり学年が上がれば上がるだけ、階段を上る苦痛が軽減される訳だ。
 まぁ学年が上がればそれだけ授業も大変になり、受験という大変なものに立ち向かわなければいけなくなる。
 そう考えると、今の学年が一番楽なのかも知れない。






 階段を上りきって、教室に向かう。
 学校に来るのも、教室に行くのも、随分久しぶりだった。
 夏期講習はあったのだが、ある事情のため参加できなかったし、約一ヶ月ぶりの登校になる。
 クラスのみんなは元気にしているかどうか、少しだけ気になっていた。まぁ心配するようなことじゃないのは確かなの
だが……。
 
 教室の前に立って、横開きのドアを開ける。
 涼しい空気が流れ込んだ来た。どうやらクーラーは効いているらしい。
「おっ、中岸、久しぶりだな」
 さっそく友達の曽原(そはら)が声をかけてきた。
 見る限り、元気そうだな。
「なんだ、愛しの香奈(かな)ちゃんは一緒じゃねぇのか?」
「あいつはまだ課題が終わってないから、今日は休みだ。それと、俺と香奈はそんな関係じゃない」
「へへ、分かってるって」
 曽原は笑いながら言った。
 こんなからかいも、随分久しぶりな気がした。
「曽原は課題は終わったのか?」
「いや、半分ぐらいだな」
「大丈夫なのか、それ……」
「心配されるまでもないぜ。第一、ちゃんと課題やってるのはお前ぐらいだ。俺は適当な理由をつけて、教師達を誤魔化
すから大丈夫なんだよ」
 曽原はそう言いながら、自信ありげな表情を浮かべていた。
「……それにしても、一体連絡ってなんなんだ?」
 自分の机にバッグを置きながら、尋ねてみた。
「さぁな。他のみんなも知らないみたいだ。ま、どうせたいしたことじゃないだろ」
「そうか」
 だったら早めに終わりそうだな。
 というか、それならわざわざ学校に呼ばなくてもよかったんじゃないだろうか。
「今年の夏休みはどうだった?」
 曽原が思いついたように言った。
「何が?」
「夏期講習にも出てこなかったし、どうせどっか旅行にでも行ってたんだろ? まさかハワイか? それともアメリカで
エンジョイでもしてたのか?」
「どこにも行ってない」
「本当かよ。ったく、いいご身分だな」
「悪かったな」

 キーンコーンカーンコーン……

 チャイムが鳴った。
 教室のドアが開いて、担任の山際(やまぎわ)が入ってきた。
「おーし、みんないるかぁ?」
「はーい」
 山際はいつも通り眠たそうな顔を浮かべながら、手に持った出席簿を確認する。
「………おい中岸、朝山はどうした?」
「風邪で休みです」
「そうか……雲井も休みだという連絡を受けたな……。おいみんな、風邪に気をつけろよ」
 なんで俺に香奈のことを聞くのか疑問だったが、気にしないことにした。
「よーし、じゃあだいたい揃っているみたいだから連絡するぞ。これから配るプリントを見てくれ」
 そう言って山際はプリントを配り始めた。
 配られたプリントには、これからの授業の予定が書かれていた。
「プリントの通り、夏休み明けはこれらの授業を行っていく。各自しっかり準備して受けろよ」
「はーい」
「……よし、じゃあとりあえず授業の連絡はこれまでだ。次にこれを見てくれ」
 山際はそう言って、手に持っていた鞄から何かを取り出した。
「これ、なんだか分かるか?」
 山際の手には、英和辞典のような物があった。
 だがそれは紙製ではなく、明らかに金属製の物だった。
「「「「「「………………………………」」」」」」
 みんなは首をかしげて、その辞書のような物を見つめている。
 俺は答えを知っていたが、ここは黙っておくことにした。
「そうか、じゃあこうすれば分かるだろ」
 そう言って山際は、辞書のような物の中心にある赤いボタンを押した。
 するとそれは一気に展開されて、どんどん変形していく。
 そして最終的には、デュエルディスクへと姿を変えていた。
「「「「「「おぉー!!」」」」」」
 歓声が上がった。
 誰も辞書のような物がデュエルディスクになるなんて思ってもいなかったのだろう。
「これは最新型のデュエルディスクだ。普段は辞書のような形態をしているが、中心にある赤いボタンを押すとこうして
展開されてデュエルディスクに変形する。お前達、新ルールのことは聞いているな。この展開されたデュエルディスクに
ついている青いボタンを押すと、自動的にデッキワンカードがサーチされて、手札に加えられるようになっている。その
名も、『デッキワンサーチシステム』だ」
 山際はなぜか誇らしげに言った。
「しかも赤いボタンを押せば、こうして自動的に辞書の形態に戻ってくれる」 
 そう言って山際はもう一度、デュエルディスクの赤いボタンを押した。
 すると今度は綺麗に折りたたまれ、元の辞書型に戻った。
 辺りから歓声が、もう一度上がる。
「今まで持ち運びが不便だったデュエルディスクも、これなら楽に持ち運べるだろ。そこで、我が校もこの最新デュエル
ディスクを導入しようと思う。希望者は旧型のデュエルディスクを返却して3万円を支払ってくれ。本来の価格6万円の
物が半額で買えるんだから、安いものだろ。じゃあ今から聞くから、希望者は手を挙げてくれ」
 山際がそう言うと、みんなは息を合わせたように手を挙げた。
 予想外の反応の良さに、山際自身も少し驚いているようだった。
「よーし、全員…………おい中岸、お前はいらないのか?」
 唯一手を挙げていない俺に、全員の視線が集まる。
 心の中で溜息をついて、答えた。
「もう持っているから、大丈夫です」
「……持ってる? どういうことだ?」
「俺の知り合いの人にデュエルディスクを開発した会社に関わっている人がいて、その人からもらいました。あとついで
に言えば、香奈と雲井もその最新型をもらっています」
「……そうか。分かった。じゃあお前ら3人は必要ないって事だな」
「はい」
「了解した。じゃあとりあえずこの3人以外全員って事でいいな。じゃあ人数分取り寄せておくから、明日までに各自で
金を用意しておくように」
「「「「「はーい」」」」」
「よし、じゃあこれで連絡は終わりだ」
 その一言で、みんなは一斉に席を立ち始めた。
 俺もバッグを担いで、席を離れようとする。



「おい、誰が帰っていいって言った?」



 静かな山際の声が、教室に広がった。
 みんなの動きが止まり、視線が山際の持つ紙の束に注がれる。
「あのー、先生……それってもしかして……」
 誰かが、恐る恐る尋ねた。
 山際は爽やかな笑みを浮かべて、こう言った。

「もちろん、抜き打ちテストだ」

 そこらじゅうから、深いため息が聞こえた。
 俺も溜息を吐いて、諦めて席に戻る。
 本当に、来なきゃ良かった…………。





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「どうですか? 補足できますか?」
 ある家の会議場で、伊月弘伸(いつき ひろのぶ)は問いかけた。
「あぁ、今データをまとめるから、少し待ってくれ」
 老け顔の男は伊月に促されて、パソコンの前の椅子に腰を下ろした。
 近くに置いてあったコーヒーを飲み干して、画面に向かう。
「今回は目標の行動パターンだけでいいんだな」
「おやおや、僕はそう言ったはずですか?」
「……そうだったな。あと10秒待て。今、結果を集計している」
「了解しました」
 伊月はいつも通りの爽やかな笑みを浮かべながら、ソファに腰掛けた。
 置いてあるコーヒーを一口飲んで、頼んだ作業が終了するのを待つ。
「本当にいいのか」
 突然、老け顔の男は尋ねた。 
「……何がでしょうか?」
「今回の仕事のこと、薫(かおる)に伝えなくていいのか」
「えぇ、とるにたらない仕事ですから、僕一人で十分なんですよ。薫さんにまで伝えることではありません」
「そうか……」
 老け顔の男はまとめたデータを印刷し、それを伊月に手渡した。
「これが相手のここ数日の行動ルートだ」
「……なるほど、ではこのどれかに張り込んでおけば、出会う可能性は高いと言うことでしょうか?」
「そうなるな。だが、どうも不可解なデータも多い。罠の可能性もある」
「おやおや、心配してくれているんですか?」
「………」
「心配しなくても、この程度の相手なら僕一人で充分ですよ。佐助(さすけ)さんは安心して見守っておいて下さい」
 伊月はいつも通りの爽やかな笑みを浮かべて、立ち上がった。
「もう一度聞くぞ。薫に一応、伝えておくか?」
「それには及びませんよ。これぐらいの仕事、僕一人で充分です」
 デッキとデュエルディスクを携えて、受け取った資料をもう一度確認する。
「では、行ってきます」
 そう言って伊月は、会議の部屋を出て行った。
『ねぇ佐助……』
 パソコンの画面から、妖精のような姿をした生物が顔を出した。
「コロン……心配か?」
『だって、なんか不可解だったよ。佐助もそう思ったでしょ?』
「……そうだな……」
 佐助とコロンは、胸に一抹の不安を抱えながら画面に向き直った。







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「あー、終わった終わった………」
 曽原が背伸びしながら言った。
 俺も背を伸ばして、安堵の息を吐く。
「どうだったんだ?」
「まぁ半分くらいだ。どうせ課題やっていたお前は楽に解けたんだろ?」
「悪かったな」
 抜き打ちテストと言っても、夏休みの課題の問題をしっかりやっていれば解ける問題ばかりだったからな。
「それで、これからどうするんだ?」
 せっかく午前中で終わったんだ。これからどこかへ遊びに行ってもいいだろう。
 ゲーセンにでも行こうと誘おうと思ったが、曽原はどこか暗い顔をして、うなだれた。
「……あぁ、俺はデートがあるから無理だ」
「デート? なんだ、彼女が出来たのか?」
「違うに決まってんだろ。数学教師と『補習』という名のデートだよ」
「………」
 そういえば曽原の奴、クラスで最悪の成績だったな……。
「そうかい。じゃあじっくり楽しんでこい」
「……はいはい。とっとと行きますよ」
 曽原は大きな溜息をついて、教室を出て行った。
 少し可哀想な気もしたが、日頃の行いがもたらした結果だから仕方ないだろう。
「………帰るか……」
 連絡も終わったし、抜き打ちテストも終わった。
 もうここにいる意味はない。
 早く家に帰って、クーラーの効いた涼しい部屋で一休みしよう。
 俺はバッグを持って、教室を後にした。














 階段を下りていると、人影が現れて道を塞がれた。
 よけようとしたが、相手はまるで俺を通さないように立ち塞がっている。
「なんですか?」
 相手の顔を見た瞬間、見なきゃ良かったと思った。
「よう、久しぶりだなぁ」
 目つきの悪い不良が、睨み付けてきた。
 耳や口にはピアスが取り付けられていて、髪も染めている。学校の規則などクソ食らえといった感じだ。
「……金なら持ってませんよ」
「俺がそんなくだらねぇことすると思ったか?」
「……………」
 不良は笑いながら、親しげに話しかけてくる。
 あんたは楽しいかも知れないが、話しかけられるこっちの気持ちも考えてほしいと思った。
「ちょっとつきあえよ」
「嫌です」
「あぁ!? 俺が頼んでんのに断んのか?」
 不良は凄い表情で迫ってきた。
 俺は視線をそらさずに、尋ねる。
「何の用ですか?」
 すると不良は、何かを取り出そうとポケットを探り始めた。
 反射的に身構える。
「決闘しろ」
「は?」
 不良がポケットから取り出したのは、遊戯王のデッキだった。 
「なんで俺がやらなきゃいけないんですか?」
「……てめぇ、まさか俺を忘れた訳じゃねぇよな」
「……………………」
 どうする。まったく覚えていないぞ。
 かといってそれを正直に言っても相手を怒らせるだけだろうし……。
 仕方ない。ここは知っているフリをして誤魔化すしかないな。
「……あんたか。久しぶりだな」
「あぁ、夏休みに色々あってなぁ……。てめぇにリベンジ出来る日を待ってたぜ」
「そうかよ」
 心の中で溜息をつく。
 はやく家に帰って休みたいのに、厄介なことに巻き込まれてしまった。
「さぁ外に出ろ! てめぇをぶっつぶしてやるぜ!!」
 不良はそう意気込んで、中庭の方へと行ってしまった。
 このまま帰るという選択肢もあったが、ちょうどデッキもデュエルディスクもあることだし、やっていこう。





 中庭に出た。
 昼時という事もあって、太陽は真上から容赦なく照りつけてくる。
 まったく、どうしてこんなところを決闘する場所に選んだんだ。
「さぁ、やろうぜ」
 挑戦的な視線を向けてくる不良を見ながら、小さく溜息をつく。
 たしか、前にもこんなことがあったな。
「あ………」
 そこまできて、ようやく思い出した。
 目の前にいる不良は、たしか俺が以前の決闘で勝利した相手だった。
 たしかその時は、不良がカードをカツアゲしている現場に遭遇して、決闘する羽目になったんだったな。
 どうやらその時負けたことを、相手はずっと恨んでいたらしい。だからこうして俺にリベンジする日を心待ちにしてい
たのか。
 何か作戦でもあるのか、自信満々といった感じで意気込んでいる。
 不良は最新型のデュエルディスクを展開して、構えた。
「今度こそてめぇをぶっつぶしてやるぜ!!」
「………」
 俺もバッグから辞書型の物を取り出して、中心の赤いボタンを押してデュエルディスクに変形させた。 
「……分かりました。けど、これで最後ですよ」
 デッキをセットして、左腕に装着する。自動シャッフルがなされて、準備が完了した。
「行くぜ!」




「「決闘!!」」



 大助:8000LP   不良:8000LP




 決闘が、始まった。








 デュエルディスクの青いランプが点灯する。
 先攻は相手からだ。

「俺のターンだぜ、ドロー!」(手札5→6枚)
 不良は勢いよくカードを引いた。
「"アックス・ドラゴニュート"を召喚するぜ!!」
 不良がデュエルディスクにカードを叩きつけると、両刃の斧を持った竜人がフィールドに姿を現した。


 アックス・ドラゴニュート 闇属性/星4/攻2000/守1200
 【ドラゴン族・効果】
 このカードは攻撃した場合、ダメージステップ終了時に守備表示になる。


 高い攻撃力を持つ、ドラゴン族のモンスター。
 おそらく以前戦ったときと同じ、ドラゴン族デッキだろう。
「はっはっは! どうだ! ビビって声も出ねぇか!?」
「………」
 攻撃力2000。たしかに強力なモンスターだ。
 だが攻撃力だけで勝てるほど、遊戯王というカードゲームは甘くない。
「さらに俺はカードを1枚伏せてターンを終了するぜ!」
 不良の場に、裏側表示のカードが1枚浮かび上がった。


 俺のデュエルディスクに赤いランプが点灯する。
 ターンが移行したという証拠だ。


「俺のターンだ」(手札5→6枚)
 手札を見つめたあと、相手の場を見つめた。
 攻撃力2000のモンスターが1体に、伏せカードが1枚。
 伏せてあるカードが気になるが、ここは攻めておくべきだろう。
「俺は手札から"六武衆−ニサシ"を召喚する!」
 地面に緑色の召喚陣が描かれた。
 その陣の中心から、緑色の鎧を身に纏った二刀流の武士が現れる。
 

 六武衆−ニサシ 風属性/星4/攻1400/守700
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ニサシ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


「はっ! また六武衆デッキかよ。しかも攻撃力1400の雑魚モンスターか」
「………」
 聞こえないように溜息をついた。
 俺が使う六武衆デッキは、攻撃力はそこまで高くない。六人の武士達の様々な効果を駆使して戦うデッキだ。
 たしかにシンクロ召喚が流行っているこの時代に、六武衆を使うのは珍しいかも知れないな。
「さぁ、続けやがれ!」
「…………」
 手札に手をかける。
 たしかに攻撃力2000は強い。だが、それくらいなら簡単に越えられる。
「六武衆が場に一体以上いるから、俺は"六武衆の師範"を特殊召喚する!」
 カードを叩きつける。
 新たな召喚陣が描かれて、その中心から隻眼の武士が現れた。


 六武衆の師範 地属性/星5/攻2100/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが相手のカード効果によって破壊された時、
 自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 「六武衆の師範」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。


「攻撃力2100のモンスターを特殊召喚だとぉ!?」
「バトルだ! 師範でお前のモンスターを攻撃!」
 隻眼の武士が刀を構えて、竜人へ突撃する。
 力任せに振りおろされた斧を交わして、見事に竜人の体を一閃した。

 アックス・ドラゴニュート→破壊
 不良:8000→7900LP

「ちっ!」
「さらにニサシで直接攻撃だ!」
 二刀流の武士が持つ刀に、風の力が宿る。
 目にもとまらぬ疾風の刃が、不良の体を切り裂いた。

 不良:7900→6500→5100LP

「カードを2枚伏せて、ターンエンドだ」

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 大助:8000LP           

 場:六武衆−ニサシ(攻撃)                     
   六武衆の師範(攻撃)
   伏せカード2枚           

 手札2枚                                      
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 不良:5100LP

 場:伏せカード1枚                                

 手札4枚                         
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「俺のターン!! ドロー!!」(手札4→5枚)
 カードを引いた瞬間、不良は笑みを浮かべた。
「来たぜぇ!!」
「……!」
「これでてめぇをぶっつぶす! 俺はデッキワンサーチシステムを使うぜ!!」
 不良はデュエルディスクに付いている青いボタンを押した。
 するとデッキから1枚のカードが突出して、相手はそれを勢いよく引き抜いた。(手札5→6枚)
《デッキからカードを1枚ドローして下さい》
 デュエルディスクから音声が流れる。
 その声に従って、俺はカードをドローした。(手札2→3枚)
「伏せカードを発動するぜぇ!」
 なぜかテンションが上がった不良は、伏せカードを開いた。


 針虫の巣窟
 【通常罠】
 自分のデッキの上からカードを5枚墓地に送る。


 見たことのないカードだった。
 自分のデッキからカードを墓地に送るカード。普通に発動しても意味はないが……いったい何が目的なんだ?
「この効果で、俺はデッキの上から5枚墓地に送るぜ!」
 不良のデッキから、カードが墓地に送られていく。

 墓地へ送られたカード達は――――

 ・スピア・ドラゴン
 ・サイクロン
 ・仮面竜
 ・ベビードラゴン
 ・魔法石の採掘

 墓地へ行ったのはドラゴン族モンスターが3枚に、魔法カードが2枚。
 見たところ墓地で効果を発動するカードもないが、相手の狙いが分からない以上、油断はできない。
「さらに俺は"死者蘇生"を発動して、"アックス・ドラゴニュート"を復活させる! さらに手札から"仮面竜"を召喚
するぜ」


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


 仮面竜 炎属性/星3/攻撃力1400/守備力1100
 【ドラゴン族・効果】
 このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、デッキから攻撃力1500以下の
 ドラゴン族モンスター1体を自分フィールド場に特殊召喚する事ができる。


 聖なる十字架の力が、先程やられた竜人を蘇らせる。
 その隣に、仮面を被った竜が現れた。
「さらに手札から"ドラゴニック・タクティクス"を発動だ!」
「……!?」


 ドラゴニック・タクティクス
 【通常魔法】
 自分フィールド上に存在するドラゴン族モンスター2体をリリースして発動する。
 自分のデッキからレベル8のドラゴン族モンスター1体を特殊召喚する。


 不良がカードを発動すると同時に、場にいた2体の竜の体が光に包まれる。
「現れろ! "タイラント・ドラゴン"!!」
 炎が燃え上がった。その中から、巨大な翼を持った赤い竜が現れる。
 その口から灼熱の炎を吐いて、まるで自らの力を誇示しているようだった。


 タイラント・ドラゴン 炎属性/星8/攻2900/守2500
 【ドラゴン族・効果】
 相手フィールドにモンスターが存在する場合のみ、
 バトルフェイズ中にもう一度だけ攻撃する事ができる。
 また、このカードを対象にする罠カードの効果を無効にし破壊する。
 他のカードの効果によってこのカードが墓地から特殊召喚される場合、
 自分フィールド上のドラゴン族モンスター1体を生け贄に捧げなければならない。


「攻撃力2900か……」
 自分の場のドラゴン族モンスターをリリースして、上級モンスターを呼び出すカード。
 やっぱり、見たことがないカードだ。
 これを発動するのが、相手の目的だったのか? それとも……。
「さらに俺は"龍の鏡"を発動だぁぁ!」
「なっ!?」


 龍の鏡
 【通常魔法】
 自分のフィールド上または墓地から融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
 ドラゴン族の融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


 ようやく、相手の目的が理解する。
 さっきの"針虫の巣窟"は、このカードの発動条件を満たすために発動されたのか……!
「さぁ現れろ!! "F・G・D"!!」
 五色の光の柱が立った。
 それらの光が一つに交わり、巨大な翼が広がった。
 五つ首の巨大な竜が、フィールドに現れた。


 F・G・D 闇属性/星12/攻5000/守5000
 【ドラゴン族・融合・効果】
 このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 ドラゴン族モンスター5体を融合素材として融合召喚する。
 このカードは地・水・炎・風・闇属性のモンスターとの戦闘によっては破壊されない(ダメージ計算は適用する)


「どうだ! 攻撃力5000の最強モンスターだぜ!!」
 不良の自信ある言葉を表すかのように、五つ首の竜は大きな雄叫びをあげた。
 まるで空気が振動するかのような迫力がある。
「くっ……」
 心の中で舌打ちをした。
 こんな簡単に攻撃力5000を出すなんて……リベンジしに来たっていうのもまんざらではなさそうだ。
「さらにデッキワンカード"ドラゴニック・バーン"を発動だぁぁ!!」
「デッキワンカード……!」


 ドラゴニック・バーン
 【永続魔法・デッキワン
 ドラゴン族モンスターが15枚以上入っているデッキにのみ入れることができる。
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 自分のモンスターが相手に与える戦闘ダメージは2倍になる。
 自分フィールド上のドラゴン族モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時に
 その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
 また、自分のドラゴン族モンスターは魔法カードの効果を受けない。


「ダメージ2倍に、貫通効果と魔法耐性付加か……」
 さすがにデッキワンカードだけあって、強力な効果だな。
 しかも相手の場には高攻撃力のモンスターが2体いる。
 まともに受けたら、一気に俺のライフは0になってしまうだろう。
「これで俺の勝ちだ!! 行け! ドラゴン達!!」
 竜達がその口に炎を溜めた。
 そしてそれは一斉に武士達へ向かって吐き出される。


 通すわけには、いかなかった。

 
「伏せカード発動だ!」
 次の瞬間、武士達の前に光の壁が形成される。
 聖なる力によって作られた壁は迫り来る炎を弾いて、竜の攻撃から武士達を守った。
「なんだと!?」
 防がれることを予想していなかったのか、不良は驚いた。
「何をした!?」
「このカードのおかげだ」
 そう言って俺は、不良へ発動したカードを見せつけた。


 和睦の使者
 【通常罠】
 このカードを発動したターン。相手モンスターから受けるすべての戦闘ダメージを0にする。
 このターン自分のモンスターは戦闘によって破壊されない。


「ダメージを2倍にできても、ダメージが0なら意味無いだろ!」
「……ちっ! だが"ドラゴニック・バーン"は永続魔法だ!! 次のターン、俺の勝利に変わりはねぇ!!」
「そうかよ」
「……!! お、俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ!」

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 大助:8000LP           
                     
 場:六武衆−ニサシ(攻撃)                     
   六武衆の師範(攻撃)
   伏せカード1枚                  
                     
 手札3枚                                      
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 不良:5100LP

 場:タイラント・ドラゴン(攻撃)
   F・G・D(攻撃)
   ドラゴニック・バーン(永続魔法・デッキワン)
   伏せカード1枚                    
                     
 手札0枚                         
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「俺のターン、ドロー!」(手札3→4枚)
 引いたカードを手札に加えて、すぐに次の行動へ移った。
「手札から"六武衆−ヤイチ"を召喚する!」
 地面に描かれたのは、青い色の召喚陣。
 その中心から、弓矢を携えた武士が姿を現した。


 六武衆−ヤイチ 水属性/星3/攻1300/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ヤイチ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 1ターンに1度だけセットされた魔法または罠カードを一枚破壊することが出来る。
 この効果を使用したターンこのモンスターは攻撃宣言をする事ができない。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


「ヤイチの効果発動! お前の場にある伏せカードを破壊する!」
 弓を構えた武士が狙いを定める。
 青い光が矢を纏い、不良の場にある伏せカードへ向けて放たれた。
 矢はモンスター達を通り抜けて、狙ったカードを見事に撃ち抜いた。
「くそっ、"次元幽閉"が……!」
 攻撃モンスターを除外する罠カードだったか。危なかったな。
「だが、攻撃力はこっちが圧倒的に勝ってる!! てめぇに勝ち目はねぇぜ!!」
「……勝手に決めつけるな」
「な……に……?」
 俺は不良をまっすぐに見据えた。
 攻撃力だけのモンスターを対処する方法など、この夏休みに嫌というほど経験してきたんだ。
 いくら攻撃力が勝っていようと、強力なデッキワンカードを使っていようと、最後の最後までどんな決着がつくのか分
からないのが決闘だ。
 そのことを不良は、分かっていない。
「罠カード発動!」
 伏せカードを開いた。
「そ、それは……!」
 不良の目が見開き、明らかに動揺したのが分かった。
 発動したカードは――――


 風林火山
 【通常罠】
 風・水・炎・地属性モンスターが全てフィールド上に表側表示で存在する時に発動する事ができる。
 次の効果から1つを選択して適用する。
 ●相手フィールド上モンスターを全て破壊する。
 ●相手フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。
 ●相手の手札を2枚ランダムに捨てる。
 ●カードを2枚ドローする。


「ば、馬鹿な!? 炎属性がいないじゃないか!」
「ちゃんといるだろ」
「なっ、ど、どこに……ま、まさか……!!」
 不良は気づいたようだった。
 "風林火山"の発動条件は、なにも自分の場に4属性が揃っている必要はない。
「お前の場には炎属性の"タイラント・ドラゴン"がいる!!」
「し、しまった……!!」
「俺は第1の効果を選択して、お前の場のモンスターを全て破壊する!!」
 発動したカードから炎が放たれて、不良の場にいる竜達を焼き尽くす。
 当然、相手に対抗する術もあるはずもなく、先程までフィールドに君臨していた竜は消え去った。

 タイラント・ドラゴン→破壊
 F・G・D→破壊

「そんな……馬鹿な……!」
「バトルだ!」
 その宣言と共に武士達が一斉に不良へ襲いかかった。

 不良:5100→3000→1600→200LP

「ぐっ……!」
「ターンエンド」

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 大助:8000LP           
                     
 場:六武衆−ニサシ(攻撃)                     
   六武衆の師範(攻撃)
   六武衆−ヤイチ(攻撃)                  
                     
 手札3枚                                      
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 不良:200LP

 場:なし
                     
 手札0枚                         
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「そ、そんな……」
 不良は、まだ信じられないといった感じで呆然としていた。
「あんたのターンだ」
「お、俺のターン………ドロー……」(手札0→1枚)
 不良は引いたカードを、ゆっくりと確認した。
 すると、その口に不気味な笑みが浮かんだ。
「……!!」
 その不気味さに、思わず身構えてしまった。
「……そうか……俺にはまだ………このカードが………」
 ブツブツと何かを言っている。
 なんだ? まさかこの状況を覆せるカードがあるっていうのか?
「……見せてやるぜぇ………この俺のお気に入りのカードをなぁ……!!」
「………………」
 不良は不気味な笑みを浮かべ、カードを叩きつけた。











「俺を救ってくれ!! エクルーーーーン!!」









「…………は?」
 

 カードエクスクルーダー 地属性/星3/攻400/守400
 【魔法使い族・効果】
 相手の墓地に存在するカード1枚を選択しゲームから除外する。
 この効果は1ターンに1度しか使用できない。


 現れたのは、幼い魔法使いの姿だった。
 だが戦いにはあまりに不釣り合いなモンスターで、とても逆転の切り札といえるようなカードじゃなかった。
 攻撃力は低いうえに、効果も強力とは言い難い。
 なによりこの状況で、どうして不良がここまでの笑みを浮かべているのかが分からなかった。
「あ〜やっぱり可愛いなぁ〜エクルン……最高だぁ……」
「………………」
 幼い魔法使いを見てニヤニヤする不良を見ながら、俺は一歩退いた。
 なんていうか、1枚のカードに対する愛着がここまで強い人に初めて会った。
 別に文句をつける訳じゃないが、なんかこいつ……愛着が強すぎるような……?
「頼むぜエクルン! 俺を救ってくれ!!」
 幼い魔法使いは大きく頷いて、小さな体にも関わらず杖を構えた。
「さぁ攻撃できるもんならしてみやがれ!! お前に、こんな健気で幼い女の子を切り裂くことが出来るならなぁ!!」
 不良はそう言って、頭のネジが外れてしまったかのように大笑いした。

 魔法使いは幼い姿ながらも、主人のために懸命に戦おうと杖を構えている。
 だがその瞳は潤み、体も微かに震えていて、明らかに怯えているのが分かった。
 もし次のターン、武士達が攻撃すれば、少女は間違いなく切り裂かれてしまうだろう。

 たしかに、このまま攻撃するのは……ちょっとな……。

 視線を魔法使いへと向ける。
 幼い魔法使いは、怯えた表情でこっちを見つめてきた。
「……心配するな」
 たった一言、そう告げる。
 魔法使いは何を言っているのか分からないようで、首をかしげていた。




 そしてターンが、移行する。




「俺のターンだ」
 デッキに手をかけて、カードを引き抜いた。(手札3→4枚)
「六武衆が場に二体いることで、手札から"大将軍 紫炎"を特殊召喚する!」
 カードを叩きつけた。
 場に炎が燃え上がり、その炎の中から赤い甲冑に身を包んだ将軍が姿を現す。
 将軍は武器を構える武士達の後ろに立って、刀を構えた。 


 大将軍 紫炎 炎属性/星7/攻撃力2500/守備力2400
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが2体以上表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 相手プレイヤーは1ターンに1度しか魔法・罠カードの発動ができない。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名のついたモンスターを破壊する事ができる。


「さらに手札から"先祖達の魂"を召喚する!」
 将軍の周りに青白い光が無数に現れた。
 

 先祖達の魂 光属性/星3/攻0/守0
 【天使族・チューナー】
 このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時に自分フィールド上と手札に他のカードが無い
 場合、自分の墓地から「大将軍紫炎」1体を表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
 ただし、この効果で特殊召喚したカードの効果は無効となり、攻撃力・守備力は0になる。


「チューナー……だと!?」
「あぁ、いくぞ! レベル7の"大将軍 紫炎"に、レベル3の"先祖達の魂"をチューニング!」
 無数に浮かぶ青白い光が、将軍の体に入り込んでいく。
 光の輪が将軍を囲み、赤い甲冑はその色を濃くし、紅蓮の甲冑へと変化する。
「シンクロ召喚!! 現れろ! "大将軍 天龍"!!」
 大きな炎が燃え上がった。
 その中から、紅蓮の甲冑に身を包み、身の丈ほどある刀を構えて、新たな将軍が姿を現した。


 大将軍 天龍 炎属性/星10/攻3000/守3000
 【戦士族・シンクロ/効果】
 「先祖達の魂」+「大将軍 紫炎」
 1ターンに1度だけ、デッキ、手札または墓地から「六武衆」と名のついたモンスターカード1種類
 すべてをゲームから除外することができる。この効果で除外したモンスターの属性、攻撃力、守備力、
 効果を、相手ターンのエンドフェイズ時までこのカードに加える。
 この効果で得た効果は、他に「六武衆」と名のついたモンスターが存在しなくても発動できる。


「天龍の効果発動! デッキから"六武衆−ヤリザ"をすべて除外し、その能力を付加させる!」


 六武衆−ヤリザ 地属性/星3/攻1000/守500
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ヤリザ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


 デッキから茶色の光が放たれて、将軍の刀に大地の力を宿した。
 大きな刀が、鋭い一本の槍へと変化する。
 その武器を構えて、将軍は不良を見据えた。

 大将軍 天龍:攻撃力3000→4000 守備力3000→3500 炎属性→炎+地属性

「ヤリザの力を宿した天龍は、直接攻撃することが出来る!」
「な、なんだとぉ!?」
「バトルだ! 天龍で攻撃!!」
 将軍が槍を構えて、凄い速さで突撃した。
「く、くそおおぉぉぉぉぉ!!」
 怯える少女を飛び越えて、将軍は不良の体を貫いた。



 不良:200→0LP






 相手のライフが0になる。





 そして決闘は、終了した。
















「くそっ!!」
 不良は悔しそうに、地面を殴りつけた。
 俺はデュエルディスクを辞書型に戻して、バッグに入れる。
「余計なお世話かも知れないけど……」
「……?」
「お気に入りのカードを盾にするようなことするなよ」
「……!!」
 不良はゆっくりと自分のデッキを見つめながら、その場に座り込んだ。
 俺はその様子をみたあと、中庭をあとにした。 










 外履きに履き替えて、校門を出る。
 携帯が鳴った。
 電話の主は、香奈だった。
「もしもし」
《もしもし大助? 私よ》
「分かってる。課題は終わったのか?」
《ええ、なんとかね》
「よかったな。それで、何か用か?」
《………………》
 香奈が黙り込んだ。
 なんだ? 何かおかしなこと言ったか?
《……明日、転入生が来るんだって》
「へぇ、この時期に珍しいな」
《うん……》
 妙に歯切れが悪い気がした。
「……なんか元気ないけど、もしかして疲れてるのか?」
《べ、別にそんなことないわよ……ちょっと、寝てないだけよ……》
「そうかい。じゃあしっかり休めよ。明日は学校に来れるんだろ?」
《まぁね》
「ならよかった。じゃあ明日、学校でな」
《うん、じゃあね》
 電話は切れた。
 携帯を閉じてポケットに入れる。
 声を聞く限り、香奈もも元気そうでよかった。
「さて……」
 早く帰って、休むことにしよう。
 明日から始める学校の準備もしないといけないしな。


 そして俺は、早足で家に帰ることにした。 






episode2――新たな仲間――



「はぁ……」
 溜息が出てしまった。
「どうして、こんなことになった……?」
 誰に問いかけるわけでもなく、一人呟く。
 今日は9月1日。夏休み明けの学校初日である。
 そして、新しい禁止・制限カードの発表の日でもあった。

 遊戯王は半年毎に『禁止・制限リスト』という物が発表される。
 『禁止カード』はデッキに入れることは出来ず、『制限カード』はデッキに1枚、『準制限カード』に指定されたもの
はデッキに2枚しか入れることができない。
 様々なカードが日々開発されている遊戯王界では、ときどきゲームバランスを崩しかねないカードが開発される。
 そのカードが流行し、ワンパターンな決着が着くことがないように、禁止・制限リストに入れることでバランスを取っ
ているのだ。裏を返せば、禁止・制限リストに一度でも入ったカードは『強いカード』として認定された証でもある。
 半年毎にあるこの発表は、すべての遊戯王ユーザーにとってかなり重要なものだ。
 運が悪ければ今まで使っていたデッキを大幅に変更しなければいけなくなるし、たとえ自分のデッキに関係ないカード
が制限入りしても、他人のデッキの変化を確認する必要はある。
 本来ならそのリストは9月1日にならないと発表されないのだがネット上だと前日に公表されているため、俺は一足先
にリストを確認した。
 幸い、六武衆関連のカードで禁止・制限にひっかかるカードはなかったが、その代わり"あるカード"が制限カードに入
っていた。俺はそのカードをデッキに投入していないから問題はないが、"あいつ"にとっては大問題だ。

「何をボケッとしてんのよ」

 突然、背中を強く叩かれた。強制的に背筋が伸ばされる。
「な、なんだ?」
 痛みに耐えつつ、隣を見た。
 肩を超える黒い長髪に、ぱっちりとした目。胸は無いに等しいが、バランスのいい体。俺よりわずかに低い身長に、な
によりこのはっきりとした口調。
 幼なじみの朝山香奈(あさやま かな)だった。
「おはよう大助」
 香奈は天使の笑みを向けて、そう言った。
 こいつとは小学校時代からの幼なじみという関係で、星花高校に一緒に入学した仲でもある。
 クラスで1、2を争う人気を誇っていて、男子の憧れの的だ。そんな香奈といつも一緒にいるおかげで、入学した当初
は周りからの視線がきつかったのをよく覚えている。もちろん、どういう関係かと聞かれた時はただの幼なじみだと答え
ていた。
 香奈の方も何度か告白されたことがあるらしいが、すべて断ったらしい。
 つまり、香奈は誰とも付きあっていないフリーな状態で、俺はただの幼なじみ。

 ……というのが夏休み前までの話だった。

 この夏休み、俺は香奈に告白した。香奈は了承してくれて、今は彼氏と彼女という関係に発展している。
 学校のみんなにはそのことを言わず、俺達の関係は秘密にしようということにした。
 ひとまず、そういう関係に発展した訳なのだが、特に二人で一緒にデートしたりするようなことはしていない。という
より、出来なかった。
 香奈は夏休みの課題が片づけておらず、それが親にバレて今まで家に閉じこめられて課題をやらされていた。その間、
一切の連絡も取れなくて、こうして会うのはかなり久しぶりだった。
「相変わらず元気そうだな」
「当たり前じゃない。この通り、全然元気よ」
 香奈には夏の暑さなんて関係ないらしい。
 少しでいいから、その元気をわけてくれればいいのに。
「それにしても本当に暑いわね。毎年こんな暑かったかしら?」
 香奈は腕で影を作りながら太陽を見上げた。
 その胸元で星のペンダントが光る。
「ど、どこ見てんのよ!」
 何を勘違いしたのか、香奈は殺気のこもった目で睨み付けてきた。
「……そのペンダント、つけてくれてるんだな」
「な、何よ。文句でもあるの? 気に入っているんだから別にいいでしょ?」
「そうか。似合ってるぞ」
「……!! ば、馬鹿じゃないの!? 急になに言ってんのよ!」
 香奈は顔を赤く染めながら、怒鳴ってきた。
 そんなに怒るようなことでもないと思うんだが……。
「だ、大助の方は随分元気ないじゃない。なんかあったの?」
「………別にない」
「そう? なんか浮かない顔してるじゃない。悩みがあるなら聞いてあげてもいいわよ? まぁ大助のことだし、どうせ
たいした悩みじゃないに決まってるけどね」
「……大丈夫だ。少なくともお前に解決できるようなことじゃない」
「なによ、私のこと馬鹿にしてるの?」
「してないって……」
 別に馬鹿にしている訳じゃない。
 だが、その悩みの根元がお前にあるんだから言えるわけがないだろう。
「何よ! 言いたいことがあるなら言いなさいよ!」
 香奈は頬をふくらませて、睨み付けてきた。
 こんな表情を見るのもずいぶん久しぶりだな。
「そんなことより、ちゃんと課題は終わったのか?」
「当たり前でしょ。私を誰だと思ってるのよ」
 家に呼び出して課題を手伝って貰おうとしていた奴がよくそんなこと言えるな。
「本当に大変だったんだからね。母さんが竹刀持ってドアの前にずっと張り込んでいたのよ。昨日電話出来たのだって、
奇跡みたいなもんだったんだから!」
 香奈がやれやれといった表情で言った。
「……そういえば、なんで電話したんだ?」
「え?」
「昨日の電話は、たしか転入生が来るということだけのことだっただろ。通話時間も短かったし、それだけの内容を伝え
るくらいならこうして登校途中にも言えば良かったんじゃないか?」
「そ、それは………その………な、何でもないわよ!」
 香奈は口籠もり、そっぽを向いてしまった。
 ………何か気に触ることでも言ってしまったか?
「そ、そんなことより転入生よ! いったいどんな子が来るのかしら」
「たしかにこの時期、珍しいな」
「遊戯王できるかしら?」
「さぁな。けどお前と同等に戦えるレベルを求めるのは厳しいんじゃないのか?」
 香奈は学年でトップクラスの決闘者だ。入学して早々、クラス全員をコテンパンに叩きのめしたという快挙は、今でも
小さな伝説になっている。そんな実力を持っている香奈と同等の決闘者が転入してくることなんて、相当な確率だろう。
「なんか、女子らしいわよ」
「そうか……って、どうしてそんなことを知ってるんだ?」
「馬鹿ね。女子特有の情報網ってやつがあるのよ。え、もしかして男子にはないの? まったく……情報ってものは常に
先に取り入れた方が勝ちなのよ」
「……じゃあおまえ、今回の禁止・制限リストの内容を知っているのか?」
「知るわけないじゃない」
 ……おい、さっき言ってたことと矛盾してないか?
「大助は知ってるの?」
「まぁな」
「え!? どうして分かるのよ!?」
「ネット上では前日に公開されているんだよ」
「ふーん……それで、なんか変化あった?」
 ああ、あったよ。
 お前にとって”最悪”の変化がな。
「……どうせ学校で発表されるんだから、それまで待てばいいだろ?」
「……それもそうね。もうすぐ学校だし、楽しみは取っておかないとね」
 そう言って香奈は、歩くペースを速めた。
 俺は聞こえないように溜息をついて、そのあとを追った。

 






 学校について、香奈と一緒に教室に入った。
 香奈はさっさと女子グループに混じって、俺はその様子を見ながら机にバッグを置いた。
「よう中岸」
 寝癖を思わせるボサボサの茶髪に、細い体と薄い眉毛。
 雲井忠雄(くもい ただお)が腕組みしながら話しかけてきた。
「ずいぶん浮かねぇ顔してんな。香奈ちゃんと喧嘩でもしたのか?」
「そんなんじゃねぇよ」
「まぁどうでもいいけどな。それより知ってるか。今日は転入生が来るらしいぜ?」
「……それがどうした?」
 雲井は気味の悪い笑みを浮かべて、俺に人差し指を突きつけた。
「どうしたもこうしたもねぇ! 今日遊戯王の授業があるのは知ってるよな。転入生の目の前で、今度こそてめぇに勝っ
てやるぜ!!」
 大声で宣言する雲井に、みんなから迷惑そうな視線が注がれた。
 だが本人はまるで気にしていないようで、言葉を続ける。
「覚悟しやがれ。夏休みの戦いを経て強くなった俺の実力を見せてやんよ!!」
「そうかよ。せいぜい頑張ってくれ」
 こうして雲井につっかかれるのも、久しぶりな気がした。
 高校に入学してからの知り合いであり、なにかと俺に突っ掛かってくる雲井は、決闘の腕はさほどではない。だがこの
夏休みに起こった戦いで、俺と香奈は雲井に救われた。それ以来、少しだけ雲井のことを見直している。
 まぁ相変わらず突っ掛かってくるのはうっとうしいのだが……。
「なんで昨日の学校に来なかったんだよ」
「普通に爆睡してたんだぜ。家族が上手く誤魔化してくれたみてぇだけどな」
 雲井は親指を立てて答えた。
 そんな自慢気に言われても困るんだが……。

 ……キーンコーンカーンコーン……

 チャイムが鳴る。みんなが慌てたように一斉に席についた。
 教室のドアが開き、山際が入ってくる。
「おーし、みんないるな」
 一通り教室を見渡した後に、山際は脇に抱えていた名簿に印を付けていく。青いワイシャツがどこか涼しい印象を与え
ているせいか、いつもより明るく見えた。
「おい雲井、風邪は大丈夫なのか?」
「大丈夫だぜ先生」
「そうか」
 名簿への記入が終わると、山際はもう一度教室を見渡した。
 久しぶりにクラス全員が揃ったことを喜んでいるのかも知れない。
「みんな、久しぶりだな。元気だったか?」
「「「「「はーい」」」」」
「そうか。じゃあ、今日はまず始めに、今回の禁止・制限リストを配る。後ろにまわしてくれ」
 山際は持っていたプリントを配り始めた。
 回ってきたプリントをすぐに後ろを回して、耳を塞いだ。




「なによこれ!!!???」



 香奈の大声が、教室中に響き渡った。

 机に広がった禁止・制限リストに目をやる。
 そこには――――

 【制限カード】 
    ・
    ・
    ・
    ・
    ・
 ・増援
 ・封印の黄金櫃
 ・死者蘇生
 ・神の宣告NEW!
 ・聖なるバリア−ミラーフォース
    ・
    ・
    ・
    ・


 神の宣告
 【カウンター罠】
 ライフポイントを半分払う。
 魔法・罠の発動、モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚の
 どれか1つを無効にし、それを破壊する。


 香奈のパーミッションデッキのキーカード、『神の宣告』が制限カードに指定されていた。
「うるさいぞ朝山」
「だ、だって……!!」
「仕方ないだろ。本社の決定だ。それに神宣はお前だけが使っているんじゃないんだぞ」
「うぅ……」
 香奈は不満そうに席に着いたあと、俺の方を睨み付けてきた。
 待て待て、これ、俺のせいか?
「さて、じゃあ次に、みんなに重大な発表がある。おい、入ってきてくれ」
 山際がドアの方へ向かって手招きした。

「はい」

 澄んだ声が聞こえて、教室がざわめいた。
 教室のドアから女子生徒が入ってくる。凛とした顔立ちに、黒縁の眼鏡をかけている。身長は香奈と同じくらいで体の
線は細い。短い黒髪が紐で後ろに結んであった。
 その女子は教卓の隣に立つと、両手を前に組んでどこか恥ずかしそうに下を向いた。
「本城真奈美(ほんじょう まなみ)さんだ。この春からこの高校に来る予定だったんだが、家の事情で夏休み明けから
みんなと一緒に生活することになった。みんな、仲良くしろよ」
「「「「「はーい」」」」」
「じゃあ本城、自己紹介をしてくれ」
「は、はい」
 本城さんは教卓の前に立って、丁寧なお辞儀をした。
「え……ほ、本城真奈美っていいます。今日からこの『ほしはな高校』に通います……わ、分からないことが多いですけ
ど……よろしくお願いします!」
 丁寧な自己紹介。クラスの全員が、本城さんを歓迎するように大きな拍手で盛り立てた。
「おい本城、ここは『せいか高校』だぞ?」
「えっ、そ、そうなんですか?」
「ははは、まぁいいさ。よく間違えられるからな」
「す、すいません……」
 辺りから笑いが起こる。本城さんはまた恥ずかしそうに下を向いてしまった。
「じゃあついでだし、席替えをするか。どうせ次は俺の授業だしな。クジを作ってきたから、順々に引いてくれ」
 山際はクジを入れた箱を持ちながら、席を回り始めた。
「よっしゃー! 本城さんの隣をゲットしてやるぜ!」
 雲井はそう意気込んで、クジを勢いよく引いた。
 いちいち無駄なところに力を入れる奴だな。
「おい朝山、さっさと引け」
「分かったわよ……」
 香奈はふてくされながらくじを引く。まったく、自分のカードが制限になったくらいで怒るなよ……。
「最後は中岸だな」
「はい」
 くじを引いて、折りたたまれた紙を開いて、番号を確認する。27番と書かれていた。
「よし、じゃあみんなに回ったな。席のリスト作ってきたから、載っている番号通りに席替えをしてくれ」
「「「「「はーい」」」」」
 全員が一斉に立ち上がり、席替えを始めた。
 









「よーし、みんな、新しい席に着いたな」
 山際は一通り教室を見回した後、どこか満足気な笑みを浮かべた。
「やったわ! 本城さんの隣よ!」
 俺のすぐ後ろで、香奈が喜びの声をあげた。
「……はぁぁぁぁぁ………………」 
 俺の隣では、雲井が深いため息を吐いて、机に突っ伏している。
「ちくしょう……よりによって……なんでこいつの隣なんだ………」
 ブツブツと文句を言う雲井に、溜息をつく。
 仕方ないだろ。恨むなら自分のクジ運を恨め。
「いや、けど本城さんの近くには変わりない。話すチャンスだぜ!」
 雲井は体を反転させて、本城さんの方を向いた。
「初めまして、俺の名前は雲――――」
「本城さん、よろしく! 私は朝山香奈って言うわ。さっそくだけど、本城さんはどこに住んでいるの? ここから近い
の? 私は歩いて2,30分ぐらいのところに住んでるんだけど……」
 雲井の言葉を遮って、香奈はいきなり本城さんへ話しかけた。
 さっきまで不機嫌だったはずなのに……こういうときは切り替えが早いな。
「本城さんは好きな食べ物ない? 私は『モンブ屋』っていうケーキ屋で売ってるモンブランが好きなのよ、あ、でもあ
のラーメン屋も捨てがたいわね。どうせだから授業終わったら一緒に食べに行かない? あと他にも…………」
「え、その……あの……」
 マシンガンのように言葉を連射していく香奈に、本城さんは困った表情を浮かべていた。
「待てよ香奈」
 見るに見かねて、制止をかける。香奈は口を尖らせて、不機嫌そうにこっちを見た。
「何よ。文句あるの?」
「お前が話してばかりで、本城さんも困っているだろ」
「そんなわけないじゃない。そうよね本城さん?」
「え……あ、はい……大丈夫です……」
「ほら、そう言ってるじゃない。せっかく私と本城さんが話しているんだから邪魔すんじゃないわよ」
「一方的に話していないで、少しは本城さんに喋らせてやれよ」
「何よ! 大助のくせに生意気よ!」
「お前なぁ……」

「おーい二人とも、痴話喧嘩はもういいのか?」

「え………」
 辺りを見回した。
 みんなが「やれやれまたか」みたいな目つきで、こっちを見ていた。
「むぅ……」
 香奈が頬をふくらませる。俺は溜息をついて、前に向き直った。
「よーし、じゃあ授業を始めるぞ」
 山際は真っ白なチョークを持って、言った。






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「遅いですねぇ……」
 交差点の角で伊月は一人呟いた。右手に持ったあんパンを昼食代わりにして、交差点の影に身を潜めながら標的を待っ
ている。佐助に調べによって、標的が高い確率でこのルートを通ることが判明していた。なのでこの場所に張り込んでお
けば、目当ての敵が通るはずだと踏んでいたのだ。
 だがかれこれ4時間は待っているのに、標的どころか車が通る気配すらない。伊月は不審には思ったが、たいして気に
していなかった。
 『虎穴に入らずんば虎児を得ず』
 その言葉通り、少しの危険も侵さずに目標を達成できるわけがない。仮に今の状況が罠だとしても、相手を倒せば何の
問題もないだろうと伊月は踏んでいた。
「……おや?」
 携帯が振動する。仕事中は極力会話を避けたかったが、電話の主が"あの人"だったため、伊月は仕方なく電話に出た。
「もしもし。何の用でしょうか? 今は仕事中なのであまり長電話はしたくな――――」
《駄目だよ弘伸! 危ないよ!》
 電話の向こうから必死な声が聞こえた。
「大丈夫ですよ。今回はとるにたらない相手ですから」
《そうかもしれないけど、なんだか嫌な予感がするから……! せめて薫(かおる)と一緒に戦いなよ!》
「おやおや、よく僕が一人だと分かりましたね。また独自の情報網という奴ですか?」
《ふざけてないで、ちゃんと真剣に聞いてよ!》
 彼女の必死な表情が、電話越しに伝わってくる。真剣に心配してくれていることが分かった。
(よわりましたね……)
 返す言葉に迷っていたその時、伊月の視界の端に、黒い車が現れた。
「……どうやら標的が現れたようなので、いったん切りますよ」
《弘伸!!》
「大丈夫ですよ。僕は負けません」
 伊月は電話を切って、交差点の影から身を乗り出す。
 懐から1枚のカードをかざした。すると絵柄の部分から一本の光の矢が放たれて、走行中の車のタイヤを貫いた。車は
スリップしながらブレーキをかけて、動きを止めた。
「やっと現れてくれましたね」
 溜息混じりに呟いて、伊月はゆっくりとその車へ向かう。
 車のドアが開いて、黒いスーツを着た数人の男達が現れた。
「貴様、何者だ?」
 険しい表情で構える男達を前に、伊月はいつもどおりの爽やかな笑みを見せる。
「名乗るほどの者ではありません。僕は、あなた方のボスに用があってきたのですが?」
「貴様に会う用など、主にはない」
「あなた方にはなくても、僕にはあるんですよ。車の中にいるのでしょう。出てきたらどうですか?」
 伊月はそう言って、相手の様子をうかがった。
 数人の男達が殺気のこもった目つきで睨み付けてくる中、車から一人の男が姿を現す。 
「……俺様に何か用かァ?」
 思っていたよりも若い声だった。年齢的には、自分よりも少し上ぐらいだろう。
「ええ、大ありです。あなたの持つ闇のカードを回収させて頂きます」
「あぁん? どうしてそんなこと知ってんだァ? もしかして、てめぇスターの幹部か?
「そうだと言ったら、どうしますか?」
 自分のいる組織のことを一発で言い当てられたことに動揺したが、伊月は平静を装った。
 前にいる金髪の男が、その口に不気味な笑みを浮かべる。
「ひゃははは!! ……ったく、ついてねぇなァ……」
「ご愁傷様とでも言っておきましょうか?」
「あぁ、もう少し早く来てくれてもよかったぜェ? ちょうど退屈してて遊び相手が欲しかったところだしなァ」
「……おやおや、油断は禁物だと誰かから教わりませんでしたか?」
「ひゃはは! おいおい冗談はよせよォ。これは余裕ってやつなんだぜェ?」
「考え方の相違でしょう。とにかく、おとなしく闇のカードを渡していただけませんか?」
「渡すわけねぇだろ? ひゃははは!!」
 男は笑いながら、まるで玩具を見るような目でこちらを見つめている。
 どうやら自分の実力を過信しているらしい。思っている以上に、楽な仕事になりそうだ。
「では力ずくで渡して貰うしかありませんね」
 伊月は素早くカードをかざした。
 無数の光の矢が空に現れて、雨のように降り注ぐ。
「はっ!」
 男は鼻で笑って手をかざした。目の前にバリアが張られ、光の矢が弾かれる。
「おいおい、正義の味方が不意打ちすんのかァ?」
「おや? 別に僕はあなたを攻撃したつもりはありませんでしたが?」
 伊月はそう言って笑みを浮かべた。
「……?」
 金髪の男は伊月の態度を見て不審に思い、そして気づいたように振り返った。
 彼らが乗ってきた車は、無数の光の矢に貫かれて穴だらけになっていた。
「これで、あなた達は逃げられなくなりました」
「ひゃはは、本当に、今日はついてねぇなぁ……」
 金髪の男はどこか楽しそうに笑った。
「いいぜェやってやるよォ。ただし、闇の決闘でなァ!!」
 男の腕に、デュエルディスクが装着される。
 伊月は神経を集中して、構えた。



「「決闘!!」」



 伊月:8000LP   ???:8000LP



 決闘が、始まった。



 次の瞬間、男の体から黒い霧のようなものが溢れ出して、辺りの景色を黒く染めてしまった。
 決闘開始時に発動するフィールド魔法。今までの戦いで何度も相手にしてきたものだ。辺りを覆う闇のせいで効果欄は
見えないが、たいした効果は持っていないことは分かっていた。
「おやおや……さっそくですか」
「あんまし驚いてねェなァ」
「ええ、あいにく見慣れた光景なんですよ」
 デュエルディスクに赤いランプが点灯する。
 先攻は伊月からだった。
「僕のターンです」(手札5→6枚)
 デッキからカードをドローして、戦略を組み立てる。
 非常にいい手札で、これなら一気に決着をつけることができそうだった。
「僕はデッキワンサーチシステムを使います!」
 青いボタンを押す。デッキから自動的にカードが選び出されて伊月はそれを手札に加えた。(手札6→7枚)
「そして僕は、"堕天使の楽園"を発動します」
 カードを発動した瞬間、伊月の足下から赤い液体が吹き出して、フィールド全体に広がった。
 さらに黒い羽が辺りを舞い始め、どこか不気味な雰囲気を醸し出す。


 堕天使の楽園
 【永続魔法・デッキワン】
 ライフポイントを回復する効果をもつカードが15枚以上入っているデッキにのみ入れることができる。
 お互いのプレイヤーは自分のスタンバイフェイズ時に、手札1枚につき500ライフポイント回復する。
 1ターンに1度、デッキ、または墓地から「堕天使」または「シモッチ」と
 名のつくカード1枚を手札に加えることが出来る。
 このカードが破壊されるとき、1000ライフポイントを払うことでその破壊を無効にする。


「僕は手札から"堕天使ナース−レフィキュル"を召喚します。さらに"堕天使の楽園"の効果で"シモッチの副作用"を
手札に加えます」
 伊月の場に、全身を包帯に覆われて、天使とは思えぬ翼を生やしたモンスターが現れた。
  

 堕天使ナース−レフィキュル 闇属性/星4/攻1400/守600
 【天使族・効果】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手のライフポイントが回復する効果は、
 相手のライフポイントにダメージを与える効果になる。


 シモッチによる副作用
 【永続罠】
 相手ライフポイントが回復する効果は、
 ライフポイントにダメージを与える効果になる。


「カードを3枚伏せて、ターンエンドです」
 伊月は余裕の表情を浮かべ、ターンを終えた。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 伊月:8000LP           

 場:堕天使ナース−レフィキュル(攻撃)
   堕天使の楽園(永続魔法)
   伏せカード3枚           

 手札3枚                                      
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ???:8000LP

 場:???????(フィールド魔法)

 手札6枚                         
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「……お前のデッキ、シモッチバーンか……」
 デッキワンサーチシステムを使われたことで、6枚になった手札を見つめながら男は言う。
「そういうことです。残念ながらこの勝負、僕の勝ちですよ」
 伊月は確信を持って答えた。次のターンのスタンバイフェイズ、"堕天使の楽園"の効果で男のライフは3500ポイ
ントのライフを回復する。だが"堕天使ナース−レフィキュル"がいるため、その数値はダメージに変わる。さらに自分
の場には2枚の"ギフトカード"が伏せられている。


 ギフトカード
 【通常罠】
 相手は3000ライフポイント回復する。


 これを発動すれば、一気に相手のライフは0になる。どんな相手でも仕留めることが出来る必殺のコンボ。これを防げ
るカードは数少ない。しかも最初のターンで、それらのカードを引いている確率はあまりにも低い。
「宣言通り、あなたの闇のカードを回収させて貰いますよ」
「…………………………………」
 男は急に黙り込んで、下を向いた。
 その様子を見て、戦意を失ったのかと伊月は思った。
「………くく……」
 男の口から、笑みがこぼれる。
「……くくく……ひゃははははは!」
 狂ったように笑い出す男を見て、伊月は今までに感じたことのない不気味さを感じた。
 その足が気づかない内に、一歩退いていた。
「なにか、おかしいですか?」
「くくく……いやぁ、ホント、ついてねぇよ………」





お前……本当についてねぇよ





 男は不気味な笑みを浮かべて、そう言った。





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 後ろから殺気混じりの視線を感じながら、午前中の授業が終了した。
 昼食を食べ終わり、いよいよ午後の授業になる。今日の午後は『遊戯王』の授業だ。
 授業といってもやることは簡単で、魔法・罠カードなどのコンボや効果を覚えたり、年代ごとのカードプールの変遷を
学んだりしている。講義が終わればすぐに実践演習ということで、ペアを組んで決闘して、他の生徒はひたすらそれを見
守るという感じだ。
 だがペアに実力差がありすぎるとすぐに決闘が終了して見応えがないため、必然的に実力の等しいと組まされることに
なる。なので俺と香奈は毎回ペアを組まされて、毎回のように激しい決闘を繰り広げているわけだ。
「よーし、じゃあ遊戯王の授業やるぞー」
 山際が教室に入ってきた。
 全員が机を教室の脇に追いやって、真ん中に広いスペースを作った。
「じゃあ早速ペアを作るぞ」
「はい!! 先生!!」
 雲井が待ってましたと言わんばかりに高々と手を挙げた。
「なんだ雲井?」
「中岸とやらせてくれ!!」
「またか……」
 山際は呆れたように溜息をついた。
「またやるのかよ」
「やめとけって」
「また負けるぞー」
「ホント懲りないよねぇ」
 みんなからヤジが飛ぶ。
「う、うるせぇよ! 今回はちゃんと秘策を用意してきたんだぜ!」
「……だそうだ。どうだ中岸?」
「いいですよ。香奈は本城さんと決闘したがってるし」
「……!!」
 香奈は驚いたように目を見開いた。
 その隣にいる本城さんも予想してなかったようで、目をぱちくりとさせている。
「な、なんで分かったのよ」
「さぁな」
 あれだけ楽しそうな表情をしていたんだから、分からない方がおかしいだろう。 
「……そうか分かった。じゃあ今回は中岸と雲井、朝山と本城がペアだな。他にもペアを決めていくぞ。希望者は手を挙
げてくれ」
「「「「「はーい」」」」」
 みんなはそれぞれに手を挙げて、さっさとペアを決めていった。





 ペア決めが終了し、いよいよ決闘の時間になった。
「やっと決闘できるわね」
 香奈が近づいてきた。表情を見る限り、少しは機嫌が直ったらしい。
「それにしても、本当に懲りないわね。雲井のやつ」
「そういうなよ。お前だってあいつの”本当の”実力は分かってるだろ?」
「……そうだけど……とにかく雲井なんかに負けるんじゃないわよ」
「分かったよ。それより、急に来てどうしたんだ?」
「うん、実はちょっと相談があってね……」
「相談?」
 香奈が辺りを見渡して、誰にも聞かれていないことを確認する。
 そして、そっと囁いてきた。
「どれくらい手加減したらいいかしら?」
「なんだそりゃ……」
「だって私が本気を出したら本城さんが可哀想でしょ? 個人的には七割ぐらいの力でやろうと思ってるんだけどどうか
しら?」
 その揺るがない自信はいったいどこから湧いてくるんだ。
「よーし、じゃあ早速始めるぞ」
「よっしゃあ!!」
 雲井が大声を上げて、教室の中心に立った。
「さぁ勝負だぜ中岸!!」
「……悪いな。いってくる」
「分かったわ。あとに私と本城さんが控えているんだから、とっとと終わらせてきなさいよ」
「無茶言うなよ……」
 デッキを確認して、教室の中心へと足を向ける。
 雲井は仁王立ちして、どこか自信ありげな笑みを浮かべていた。
「ついにきたぜ。いったいこの日をどれだけ待っていたことか」
「俺は全然待っていないんだが……」
「へっ、そうやって余裕なのも今のうちだぜ! 今日は本城さんや香奈ちゃんの前で、てめぇを叩き潰してやるぜ!!」
 雲井はどこぞの弁護士のように、勢いよく人差し指を突きつけてきた。
 ……いつものことなのだが、このテンションを相手にするとさすがに疲れる。
「御託はいいから、さっさとやろうぜ」
 デュエルディスクにデッキをセットして、構える。
 早くやらないと、香奈から怒鳴られそうだしな。
「いい度胸だな!! 行くぜ!!」
 雲井もデッキをセットして構えた。
 自動シャッフルがなされて、準備は完了した。



「「決闘!!」」



 大助:8000LP   雲井:8000LP



 決闘が、始まった。



 青いランプが点灯する。
 先攻は雲井からだ。
「行くぜ。俺のターン、ドロー!!」(手札5→6枚)
 雲井は勢いよくカードを引いて、すぐに手札から1枚のカードを選び出した。
「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだぜ!」
 裏側表示のカードが1枚伏せられる。
 モンスターも出さないで、何を考えているんだ。
「雲井の奴また手札事故だぜ」
「またかよ」
「変わらないねぇ」
「てか雲井が最初のターンにモンスター出したの見たことある?」
 辺りからヤジが飛ぶ。
「う、うるせぇ! 黙って見てろよ!」
 最初のターンでモンスターを出さないのだから、誰だってそう思うだろ。
 まぁいいか。手札事故なら手札事故で、今のうちに攻めさせて貰おう。



 ターンが移行した。



「俺のターン、ドロー」(手札5→6枚)
 カードを引いて6枚になった手札を見つめる。
 ……あまり良い手札ではないが、なんとかなるだろう。
「"六武衆−ヤイチ"を召喚する」
 青い召喚陣が描かれて、そこから弓矢を携えた武士が現れた。
 

 六武衆−ヤイチ 水属性/星3/攻1300/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ヤイチ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 1ターンに1度だけセットされた魔法または罠カードを一枚破壊することが出来る。
 この効果を使用したターンこのモンスターは攻撃宣言をする事ができない。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


「さっそく来やがったか」
「さらに俺は"二重召喚"を発動して、"六武衆−ザンジ"を召喚する!」
 ヤイチの隣に、橙色の召喚陣が描かれた。
 その中心から薙刀を持った橙色の武士が参上した。


 二重召喚
 【通常魔法】
 このターン自分は通常召喚を2回まで行う事ができる。


 六武衆−ザンジ 光属性/星4/攻1800/守1300
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ザンジ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードが攻撃を行ったモンスターをダメージステップ終了時に破壊する。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


「ヤイチの効果発動! 雲井の場にある伏せカードを発動する!」
「ちっ……!」
 ヤイチが弓を構えた。
 雲井の場にある伏せカードめがけて、青い光を帯びた矢が放たれた。
「その効果にチェーンして発動だぜ!」
 伏せカードが開かれて、ヤイチの放った矢が掻き消された。


 DNA改造手術
 【永続罠】
 発動時に1種類の種族を宣言する。このカードがフィールド上に存在する限り、
 フィールド上の全ての表側表示モンスターは自分が宣言した種族になる。


「俺が学習しないとでも思ってたなら、大間違いだぜ!!」
「……少しは学んだみたいだな」
 ヤイチの効果は、伏せているカードを破壊するもの。だから破壊対象にしたカードがチェーンされて発動されたとき
ヤイチの効果は不発に終わってしまう。さっき雲井はヤイチの効果に対して"DNA改造手術"を発動してカードを表に
し、破壊を免れた。しかもヤイチは破壊効果を使ってしまうと、そのターン攻撃することは出来ない。
 やれやれ、上手くかわされてしまったか……。
「発動した"DNA改造手術"で、俺は機械族を選択する!」
 雲井の発動したカードから紫色の煙が吹き出して、辺りを包み込んだ。
「じゃあザンジでそのまま攻撃だ!」
 薙刀を持った武士が雲井に突撃して、その刃で切り裂いた。

 雲井:8000→6200LP

「へっ、たいしたことねぇな」
「……俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 大助:8000LP
                      
 場:六武衆−ヤイチ(攻撃)                     
   六武衆−ザンジ(攻撃)                  
   伏せカード1枚                  
                      
 手札2枚                      
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 雲井:6200LP                     
                      
 場:DNA改造手術(永続罠/機械族を選択)                     
                      
 手札5枚                                           
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「俺のターンだぜ!!」(手札5→6枚)
 雲井は引いたカードを確認した瞬間、笑みを浮かべた。どうやら目当てのカードを引いたらしい。
 もしかしたら、さっき言ってた秘策ってやつかもしれない。いったい、何が来るんだ?
「俺は今まで、ずっとこの忌々しい中岸に負けてきた。どうして負けてしまうのか、俺はずっとそれを考えてきた……」
 なんだ? 急に語り出したぞ?
「考えに考えて、一つの答えにたどり着いた。今までの決闘じゃあ、俺はちんたらターンをのばしてキーカードが来るの
を待っていた。けど、それじゃあ駄目だったんだ。なぜなら中岸の使う六武衆は、墓地から特殊召喚するカードが豊富で
すぐに展開されちまう。展開されて、一気に攻撃されて負ける。今までの俺はそんなことにも気づけなかった……」
 どこかしみじみとした表情で、雲井は語る。
「俺は考えた……いったいどうやったら中岸に勝てるのか……どうやれば中岸を越えることができるのか……。そして、
研究に研究を重ねて、ついに秘策を見つけた。考えれば簡単なことだったぜ。ターンを重ねたせいで負けるなら、序盤で
一気に決めればいい!!」
「…………」
 呆れて声も出なかった。 
 たしかに言っていることに間違いはないけど、お前が負けてきた理由はそこじゃない気がするんだが……。
「行くぜ! 目指すは1ターンキル!! 覚悟しやがれ中岸!! てめぇに次のターンはねぇぜ!!」
 雲井はそう宣言して、1枚のカードを発動した。


 融合
 【通常魔法】
 手札・自分フィールド上から、融合モンスターカードによって決められた
 融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体を
 エクストラデッキから特殊召喚する。


「……!!」
「手札の"デス・カンガルー"と"ビッグ・コアラ"を融合して、"マスター・オブ・OZ"を召喚だぁああ!!」
 フィールドに渦のようなものが出来て、雲井の2体のモンスターがその中に入り込む。
 渦から光が放たれて、チャンピオンベルト誇らしげに見せつける巨大なモンスターが姿を現した。


 デス・カンガルー 闇属性/星4/攻撃力1500/守備力1700
 【獣族・効果】
 守備表示のこのカードを攻撃したモンスターの攻撃力がこのカードの守備力より低い場合、
 その攻撃モンスターを破壊する。


 ビッグ・コアラ 地属性/星7/攻撃力2700/守備力2000
 【獣族】
 とても巨大なデス・コアラの一種。
 おとなしい性格だが、非常に強力なパワーを持っているため恐れられている。


 マスター・オブ・OZ 地属性/星9/攻撃力4200/守備力3700
 【獣族・融合モンスター】
 「ビッグ・コアラ」+「デス・カンガルー」


 マスター・オブ・OZ:獣→機械族

「さらに俺は"オーバーブースト"を発動して、最後に"リミッター解除"を発動だぁ!!」


 オーバーブースト
 【速攻魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する機械族モンスター1体を指定する。
 このターンのエンドフェイズまで、そのモンスターの守備力を攻撃力に加える。
 指定されたモンスターはこのターンのエンドフェイズ時にゲームから除外される。


 リミッター解除
 【速攻魔法】
 このカード発動時に自分フィールド上に存在する全ての表側表示機械族モンスターの攻撃力を倍にする。
 エンドフェイズ時この効果を受けたモンスターカードを破壊する。


 マスター・オブ・OZ:攻撃力4200→7900→15800

「攻撃力15800……!!」
「行くぜ!! 第10戦目の勝利は、この俺のものだぁああ!!」
 チャンピオンが大きく振りかぶって、拳に力を込める。
 そしてその拳を、武士へ向けて一直線に突きだした。

 ――マスター・オブ・リミットオーバー・パンチ!!――

 これが決まれば、俺のライフは一瞬で0になる。

 予想外の展開だったのか、辺りから歓声が上がった。
 ついに雲井が俺に勝利する。そんなことを期待しているのかも知れない。

 だがそう簡単に、勝ちを譲るわけにはいかなかった。

「悪いな雲井」
 一応、謝っておく。
「あ?」
 伏せカードを開いた。









 ディメンション・ウォール
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 この戦闘によって自分が受ける戦闘ダメージは、
 かわりに相手が受ける。


 チャンピオンの拳が突然現れた次元の穴に飲み込まれた。
「うしろ、気をつけろよ」
「は?」
 雲井が振り返る。
 次元の穴に飲み込まれたチャンピオンの拳が、現れていた。
「げっ!!??」



「たしかに、俺のターンはこなかったな」



 そしてその拳は、主人である雲井に直撃した。



 雲井:6200→0LP



 決闘は、終了した。








 デュエルディスクを閉まってデッキをケースに戻す。
 雲井はがっくりとうなだれて、悔しそうに歯を食いしばっていた。
「また、負けちまったか……」
「そうだな」
「へっ! さすが俺のライバルだぜ。あんぐらいでやられちゃ拍子抜けだったし、今回はこれぐらいで勘弁してやるぜ。
けど覚悟しとけよ。次は俺が勝ってやる!」
「あぁ、頑張れよ」
「雲井、残念だったな」
 不意に、山際が言った。
「ところでお前、今日で遊戯王の授業30敗目だったよな?」
「……え?」
「30敗すると、レポートを書かなきゃいけないってのもよーく分かってるよな?」
「…………………」
 雲井の顔が真っ青になっていく。
「放課後、職員室に来い」
「……分かりました…………」
 諦めたように肩を落とした雲井に、辺りから笑いが起こった。
「よーし、じゃあ次は誰だ?」
 教室の端に戻って、次のペアの対戦を待つ。
「ずいぶん危なかったわね」
「悪かったな。けどたまたま早めに終わったんだから、結果オーライだろ?」
「馬鹿ね。後攻1キルしてきなさいよ」
「無茶言うなよ……」
「それぐらい頑張りなさいよ」
「はいはい。それより、お前と本城さんの番はまだなのか?」
「全然まだよ。早く私と本城さんの番にならないかしら。本当に楽しみだわ」
 楽しそうに笑顔を浮かべる香奈。
 それを見ると、自然と心が安らぐ気がした。




 ―――その時、俺はこんな日々がずっと続けばいいと思っていた。


 

 ―――この平和な日常が壊されようとしているなんて




 ―――全然、知るよしもなかったんだ。






episode3――朝山香奈VS本城真奈美――

「モンスターで直接攻撃だ!」
「あー、負けちゃった……」
 またすぐに決着がついた。単調な決闘が、次々と終了していく。
 生徒間での勝敗がつくたびに、山際は生徒の戦績表をつけていた。
「まだかしら……」
 早く本城さんと戦いたくてしょうがない。
 いい加減、私達の番にならないかしら。
「少しは落ち着けよ」
 大助がやれやれといった表情で言った。
「だって待ちきれないんだからしょうがないじゃない。他にすることもないし」
「だったらデッキとか確認しておけよ。"神の宣告"が制限カードになったんだから、ちゃんと抜いとけよ」
「あ……」
 そういえばそうだった。
 今回の禁止・制限で、"神の宣告"が制限カードになっちゃったんだっけ。
 何でも無効に出来る強力なカードなのに……本社はいったい何を考えているのよ。 
「どうして"神の宣告"が制限になっちゃったのよ」
「そりゃあ、強力なカードだからだろ」
「なによそれ。私が使っているカードなんだから強いに決まってるじゃない。どうしてよりによって"神の宣告"なのよ」
「さぁな。汎用性が高かったからじゃないのか?」
「………」
 納得いかないわよ。
 この"神の宣告"を手に入れるために大会まで出たのに、これじゃあ意味ないじゃない。
「なんで大助の持っているカードは制限になっていないのよ」
「俺に聞かれても困る」
「……まさかあんた、本社に賄賂なんか送ってないわよね?」
「送るわけないだろ。第一、それなら香奈のカードを制限になんかさせないだろ」
 大助はそう言って溜息をついた。
 ……なんか、さらっと嬉しいことを言われた気がした。
「どうしたんだ?」
「え、な、何でもないわよ」
 大助から顔をそらして、デッキを取り出す。
 1枚1枚確認して、"神の宣告"を2枚抜いてデッキケースにしまった。
 3枚あったカードが1枚しか使えなくなってしまったのは、やっぱり嫌な気分だ。
「デッキ枚数も確認しとけよ」
「分かってるわよ」
 そんなこと、いちいち言わなくてもいいじゃない。
 1、2、3………………………………………39……あ、1枚たりないわね。
「大助、1枚足りないからなんか貸して」
「ああ……何がいいんだ?」
「別になんでもいいわよ」
「分かった」
 大助はデッキを取り出して、1枚のカードを差し出した。
「魔法カードだけど、別にいいだろ?」
 差し出されたカードを受け取って、効果を確認する。
 私はデッキにあまり魔法カードを入れない主義なんだけど、大助のカードなら別にいっか。
「ふーん、大助にしてはまあまあじゃない」
「ちゃんと返せよ」
「分かってるわよ」


「よーし次、朝山と本城のペア出てこい」


 山際の声がかかった。
 いよいよ出番ね。
「じゃあ、いってくるわ」
「あぁ、頑張れよ」


 教室の中心に立った。
 向かい側には、本城さんが緊張気味に顔を強ばらせている。
 ちらっと、大助の方を向いた。
 大助は友達と話していて、目が合うことはなかった。

 ……頑張れ……か……。

 社交辞令なのは分かってたけど、なんだか嬉しかった。
「あ、朝山さん」
「なに?」
「その、よろしくお願いします」
 本城さんは丁寧にお辞儀した。
 つられてこっちも、お辞儀をしてしまった。
「本城さん、楽しい決闘にしましょう」
「は、はい!」
 デュエルディスクを展開する。
 デッキをセットして、自動シャッフルがなされた。
「じゃあ始めましょう!」
「はい、よろしくお願いします」



「「決闘!!」」



 香奈:8000LP   真奈美:8000LP



 決闘が、始まった。



 デュエルディスクの赤いランプが点灯した。
 よし! 先攻は私からだ!
「私のターン! ドロー!」(手札:5→6枚)
 手札を確認する。
 うん、我ながら悪くない手札ね。これなら一気に主導権を握ることも出来るけど、本城さんがどんなデッキを使うか知
りたいし、ここは…………。
「モンスターをセットして、カードを2枚伏せるわ」
 私の場に、裏側表示のカードが3枚表示される。
 とりあえず、これなら本城さんがどんなデッキでも大丈夫よね。
「ターンエンドよ」


 ターンが本城さんに移った。
 いったい、どんなデッキなのかしら。


「私のターンです。ドロー」(手札:5→6枚)
 本城さんはカードを引いて、すぐに行動に出た。
「私は手札から"召喚師のスキル"を発動します!」


 召喚師のスキル
 【通常魔法】
 自分のデッキからレベル5以上の通常モンスターカード1枚を選択して手札に加える。


「私のこの効果で"ブラック・マジシャン"を手札に加えて、さらに"古のルール"を使って特殊召喚します!!」
「……!!」
 連続で発動された2枚のカード。
 本城さんの場に、長い杖を持った黒魔術師が颯爽と姿を現した。


 古のルール
 【通常魔法】
 自分の手札からレベル5以上の通常モンスター1体を特殊召喚する。


 ブラック・マジシャン 闇属性/星7/攻2500/守2100
 【魔法使い族】
 魔法使いとしては、攻撃力・守備力ともに最高クラス。


「いきなり攻撃力2500のモンスターを特殊召喚した!?」
 辺りがざわめいた。大助とずっと決闘していなかったら、多分私も驚いていたと思う。
 上級モンスターをこんな簡単にフィールドに呼び出すなんて……もしかして、本城さん……。
「よろしくね。ブラック・マジシャン」
 本城さんが呼びかけると、黒魔術師が小さく頷いた気がした。
「さらに私は手札から魔法カードを発動します!」


 黒・魔・導
 【通常魔法】
 自分フィールド上に「ブラック・マジシャン」が
 表側表示で存在する時のみ発動する事ができる。
 相手フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。


「あっ!」
「この効果で、朝山さんの場にある魔法・罠カードを全て破壊します!」
 黒魔術師が杖に魔力を溜める。
 通すわけには、いかない。
「伏せカード発動よ!」
 カードを開いた瞬間、黒魔術師が溜めていた魔力が花火のように弾けて、消えてしまった。
「えっ!?」
「悪いわね。このカードを発動させて貰ったわ」


 魔宮の賄賂
 【カウンター罠】
 相手の魔法・罠カードの発動と効果を無効にし破壊する。
 相手はデッキからカードを1枚ドローする。


「カウンター罠………朝山さんのデッキは、パーミッションなんですね」
「ええ。あっ、カードは無効にされたから、本城さんはカードを引いていいわよ」
「あ、はい」
 本城さんは"魔宮の賄賂"の効果で、カードをドローする。(手札:3→4枚)
 そして数秒考え込んだ後、私の伏せてあるモンスターへと視線を向けた。 
「……じゃあ、バトルです。"ブラック・マジシャン"で朝山さんの裏守備モンスターを攻撃します!」
 杖から黒い魔力が放たれて、私の場にいるモンスターを襲う。
 私の場にいる天使の前に光の壁が現れて、黒い魔力が弾かれた。


 ジェルエンデュオ 光属性/星4/攻撃力1700/守備力0
 【天使族・効果】
 このカードは戦闘によって破壊されない。このカードのコントローラーがダメージを受けた時、
 フィールド上に表側表示で存在するこのカードを破壊する。
 光属性・天使族モンスターを生け贄召喚する場合、このモンスター1体で2体分の生け贄とする
 事ができる。


「惜しかったわね。"ジェルエンデュオ"は戦闘で破壊されないわ」
「……そ、そうですか……じゃあ私は、カードを1枚伏せて、ターンを終了します」
 本城さんは悔しそうな表情を浮かべて、ターンを終えた。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 香奈:8000LP                    
                     
 場:ジェルエンデュオ(守備)                    
   伏せカード1枚                  
                     
 手札:3枚                    
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 真奈美:8000LP

 場:ブラック・マジシャン(攻撃)                    
   伏せカード1枚                  
                     
 手札:3枚                     
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「私のターンよ!」(手札:3→4枚)
 引いたカードを手札に加えて、フィールドを見つめた。
 大助にどれくらい手加減するか相談しちゃったけど、さっきの攻防で理解できた。
 彼女は強い。だったら、手加減なんてしなくて大丈夫よね。
「なかなかやるじゃない本城さん」
「あ、はい、ありがとうございます」
「でも、遠慮はしないわよ」
 そう言って、手札からカードを選び出した。
「私は"ジェルエンデュオ"をリリースして、"アテナ"をアドバンス召喚するわ!」
 ハート形の天使が光に包まれる。
 その光の中から、女神のようなモンスターが姿を現した。


 アテナ 光属性/星7/攻撃力2600/守備力800
 【天使族・効果】
 自分フィールド上に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を墓地に送る事で、
 自分の墓地に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を自分フィールド上に
 特殊召喚する。この効果は1ターンに1度しか使用できない。
 フィールド上に天使族モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚される度に、
 相手ライフに600ポイントダメージを与える。


「攻撃力2600……!」
「バトルよ! "アテナ"で"ブラック・マジシャン"に攻撃!」
 女神が祈りを捧げると、大きな光の矢が現れた。
 その光の矢は、黒魔術師へ向かって一直線に放たれる。
「伏せカードを発動します!」
 本城さんの場にあったカードが開かれた。


 魔法の筒
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、
 そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。


 魔術師の前に、奇術で使うような巨大な筒が現れた。
「させないわ!」
 対抗して、伏せカードを発動する。


 盗賊の七つ道具
 【カウンター罠】
 1000ライフポイント払う。
 罠カードの発動を無効にし、それを破壊する。


 香奈:8000→7000LP

「これで"魔法の筒"は無効よ!」
 魔法の筒が消え去り、光の矢を遮る物がなくなる。
 黒魔術師はかわそうとしたが間に合わず、光の矢にその体を貫かれた。

 ブラック・マジシャン→破壊
 真奈美:8000→7900LP

「…うっ……ブラック・マジシャン……!」
「私はカードを1枚伏せて、ターンエンドよ」

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 香奈:7000LP                    
                     
 場:アテナ(攻撃)                    
   伏せカード1枚                  
                     
 手札2枚                    
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 真奈美:7900LP

 場:なし                
                     
 手札3枚
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「……わ、私のターンです」(手札:3→4枚)
 本城さんはカードを引いて、一瞬だけ困った表情を見せた。
 引きたくないカードでも引いたのかしら?
「わ、私はカードを2枚伏せて、ターン終了です」
「…………」
 さっきのターンとは違って、静かな1ターンだった。 
 

 ターンが移行する。


「私のターン、ドロー!」(手札:2→3枚)
 本城さんの場を見つめる。
 場には伏せカードが2枚だけ。どうしてモンスターを出さなかったのかしら。
 もしかして、手札事故? でも本城さんぐらいの実力なら、そんなことはないと思う。
 ……伏せカードが少し気になるけど、とにかく攻めるなら今しかない!
「私は"豊穣のアルテミス"を召喚するわ!」
 女神の隣に、マントを羽織った機械のような天使が現れた。


 豊穣のアルテミス 光属性/星4/攻1600/守1700
 【天使族・効果】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 カウンター罠が発動される度に自分のデッキからカードを1枚ドローする。


「"アテナ"の効果で600ダメージよ!」
 女神の祈りで、小さな光の矢が現れる。
 それは一直線に、本城さんの胸を貫いた。

 真奈美:7900→7300LP

「っ……!」
「バトルよ!」
 場にいる天使達が、一斉に攻撃を放つ。
 本城さんは一瞬伏せカードに手をかけたけど、すぐに手を離して攻撃を受け止めた。

 真奈美:7300→5700→3100LP

「カードを1枚伏せて、ターンエンドよ」

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 香奈:7000LP                     
                     
 場:アテナ(攻撃)                    
   豊穣のアルテミス(攻撃)                  
   伏せカード2枚
                                       
 手札:1枚                    
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 真奈美:3100LP                    
                     
 場:伏せカード2枚                    
                     
 手札:2枚                    
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「私のターンです!」
 本城さんが勢いよくカードを引いたと同時に、伏せカードを発動した。

 強烈なはたき落とし
 【カウンター罠】
 相手がデッキからカードを手札に加えた時に発動する事ができる。
 相手は手札に加えたカード1枚をそのまま墓地に捨てる。


「"強烈なはたき落とし"を発動したわ。本城さんはそのカードを捨ててもらうわよ」
「……実質的に、ドローを無効にしたんですね」
「ええ、あとアルテミスの効果で、私はカードを1枚ドローするわ」(手札1→2枚)
 天使のマントから光が放たれて手札に降り注ぐ。光の力によって1枚の手札が補充された。
「……朝山さん、本当に強いです」
「まぁね。本所さんも遠慮なんかしないで、どーんとかかってきていいわよ」
「はい」
 本城さんは微笑みながら頷いて、伏せカードを開いた。


 漆黒のパワーストーン
 【永続罠】
 発動後、このカードに魔力カウンターを3つ置く。
 自分のターンに1度、このカードに乗っている魔力カウンター1つを取り除き、
 フィールド上に表側表示で存在するこのカード以外の魔力カウンターを
 置く事ができるカード1枚に魔力カウンターを1つ置く事ができる。
 このカードに乗っている魔力カウンターが全て無くなった時、このカードを破壊する。


 見たことのないカードだった。
 でも効果を見る限り、ただ魔力カウンターを溜めるだけのカード。そこまで脅威じゃないわよね。
「私はもう1枚、伏せカードを発動します!」
「……!?」


 奇跡の復活
 【通常罠】
 自分フィールド上の魔力カウンターを2個取り除く。
 自分の墓地にある「ブラック・マジシャン」か「バスター・ブレイダー」1体を特殊召喚する。


 漆黒のパワーストーン:魔力カウンター×3→1

「"漆黒のパワーストーン"に乗っている魔力カウンターを2個取り除いて、墓地から"ブラック・マジシャン"を特殊召喚
します!」
 本城さんの場に現れた黒い石から、紫色の光の玉が2個浮かび上がった。
 その光の玉が重なって、はじける。
 すると黒い棺のようなものが現れて、その中から再び黒魔術師が姿を現した。
「そして手札から、"大魔導士の古文書"を発動します。このカードは場に"ブラック・マジシャン"がいるときに発動が出
来て、相手の場にある魔法・罠カードを1枚破壊できます!」
「なっ!?」
「この効果で、朝山さんの場にある伏せカードを破壊します!」
 復活した黒魔術師の杖から黒い光が放たれて、私の伏せカードを貫いた。

 攻撃の無力化→破壊

「そんな……!」
「バトルです! "ブラック・マジシャン"で"豊穣のアルテミス"へ攻撃します!」
 放たれた魔力が、マントを羽織った天使へ放たれる。
 天使はとっさに防御姿勢をとったが、あっけなく魔力の塊に飲み込まれてしまった。

 豊穣のアルテミス→破壊
 香奈:7000→6100LP

「カードを1枚伏せて、ターン終了です」

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 香奈:6100LP                    
                     
 場:アテナ(攻撃)                    
                     
 手札:2枚                    
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 真奈美:3100LP                    
                     
 場:ブラック・マジシャン(攻撃)          
   漆黒のパワーストーン(永続罠・魔力カウンター×1)                  
   伏せカード1枚                  
                            
 手札:0枚                    
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「私のターン!」(手札2→3枚)
 まさかこんな反撃をしてくるなんて思ってもみなかった。
 やっぱり本城さんは強い。大助との決闘以外で、こんなに楽しいの久しぶりかも知れない。
「本城さん、なかなかやるわね」
「あ、はい。ありがとうございます」
「でも負けないわよ! バトル! "アテナ"で攻撃!」
 女神が再び祈り始める。
「伏せカード発動です!」
 本城さんが狙ったかのよう、発動を宣言した。


 突進
 【速攻魔法】
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力は
 エンドフェイズ時まで700ポイントアップする。


 ブラック・マジシャン:攻撃力2500→3200

「迎え撃って! ブラック・マジシャン!」
 女神が光の矢を放つと同時に、魔術師は巨大な魔力を放った。
 二つの攻撃がぶつかり合い、光の矢が砕け散る。
 勢いを失わない魔力の塊はそのまま直進して、女神のようなモンスターを飲み込んだ。

 アテナ→破壊
 香奈:6100→5500LP

「……やるじゃない」
 まんまと本城さんにやられちゃったわね。
 体勢を立て直さないとだけど、今の手札に召喚できるモンスターはいない。
 ここはなんとか凌ぐしかないわね。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドよ」

「あ、待って下さい。この瞬間、墓地にある"大魔導士の古文書"の効果を発動します」
「え?」


 大魔導士の古文書
 【速攻魔法】
 自分フィールド上に「ブラック・マジシャン」が
 表側表示で存在する時のみ発動する事ができる。
 相手フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊する。
 相手のエンドフェイズ時に、このカードをゲームから除外して、
 デッキから同名カードを手札に加えることができる。



「この効果で、私はデッキから同名カードを1枚手札に加えます」(手札:0→1枚)
「……!!」
 まさか、そんな効果があったなんて知らなかった。
 これじゃあ私の伏せカードが、簡単に破壊されちゃうじゃない。
 モンスターもいないし、次のターンにモンスターを出されたらまずいわね。 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 香奈:5500LP                     
                     
 場:伏せカード1枚                    
                     
 手札:2枚                    
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 真奈美:3100LP                    
                     
 場:ブラック・マジシャン(攻撃)                    
   漆黒のパワーストーン(永続罠・魔力カウンター×1)                  
                     
 手札:1枚                    
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「私のターンです」(手札1→2枚)
 カードを引いた瞬間、本城さんが少し笑った気がした。
 まさか……モンスターを引いたの?
「朝山さん、この勝負、私の勝ちです!」
「……!!」
「まずは手札から"大魔導士の古文書"を発動して、朝山さんのカードを破壊します!」
 黒魔術師から放たれた魔力で、私の場にあったカードが破壊される。

 神の宣告→破壊

「さらに私は、デッキワンサーチシステムを発動して、"エターナル・マジシャン"を手札に加えます!」
 本城さんがデュエルディスクの青いボタンを押した。
「ここで、デッキワンカード……!」
《デッキからカードを1枚ドローして下さい》
 デュエルディスクから流れた音声。
 それに従って、私はカードをドローした。(手札:2→3枚)
「バトルです!」
 その宣言と共に、黒魔術師が私へ向けて魔力を放った。
 私は黙って、それを受け止めた。

 香奈:5500→3000LP

 ライフが残り3000になった。
 でも本城さんの場にモンスターはいない。ひとまずこのターンは――――
「この瞬間、手札から速攻魔法を発動します!」
「えっ!?」


 ディメンション・マジック
 【速攻魔法】
 自分フィールド上に魔法使い族モンスターが表側表示で存在する場合に発動する事ができる。
 自分フィールド上に存在するモンスター1体をリリースし、
 手札から魔法使い族モンスター1体を特殊召喚する。
 その後、フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する事ができる。


 魔術で使うような棺の中に、黒魔術師が入った。
 棺の蓋が閉じられて、黒いマントがかぶせられた。
 十秒くらい経って、閉じていた棺が開かれる。
 その中から、白いローブに身を包んだ美しい魔法使いが現れた。


 エターナル・マジシャン 闇属性/星10/攻3000/守2500
 【魔法使い族・効果・デッキワン】
 魔法使い族モンスターが15枚以上入っているデッキにのみ入れることが出来る。
 このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
 破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。
 ???
 ???


 槍を思わせる杖を持ち、全てを見抜くかのような青い瞳がフィールドを見つめる。
 そしてその洗練された体が、踊るように舞った。
 モンスターとは思えない美しさに、一瞬だけみとれてしまった。
「バトルフェイズ中の特殊召喚なので、このまま攻撃します!!」
「……!!」
 ハッとなった。
 相手の魔法使いの攻撃力は3000もある。
 これが通ったら、私のライフポイントは0になってしまう。
「いきます! "エターナル・マジシャン"で直接攻撃です!!」
 魔法使いが杖にを構えた。
 凝縮されていく魔力が、青い輝きを放ってフィールドを照らす。
 そしてその攻撃は、勢いよく放たれた。



 魔力の塊が迫る中、みんなの驚く声や、騒ぐ声が聞こえた。



 でもその中に、大助の声は聞こえなかった。



「手札から"純白の天使"の効果を発動するわ!」
 私の前に、小さな白い天使が現れる。
 その天使が作り上げた光の壁が、魔法使いの青い魔力を弾いて、消滅させた。
「えぇ!?」
 本城さんが驚きの声をあげた。
「いったい、何をしたんですか?」
「このカードのおかげよ」


 純白の天使 光属性/星3/攻撃力0/守備力0
 【天使族・チューナー】
 このカードを手札から捨てて発動する。
 このターン自分が受けるすべてのダメージを0にし、自分フィールド上のカードは破壊されない。
 この効果は相手ターンでも発動する事ができる。


「……見たことない、カードですね……」
「そりゃそうよ。だって私しか持っていないカードだからね」
「え……?」
「それで、ターンエンドでいい?」
「あっ、はい。ターン終了です」

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 香奈:3000LP                     
                     
 場:なし                    
                     
 手札:2枚                    
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 真奈美:3100LP                    
                     
 場:エターナル・マジシャン(攻撃)                    
                     
 手札:0枚                    
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「私のターン!!」(手札:2→3枚)
 引いたカードを確認する。
 思わず笑みが浮かんでしまった。
「それが本城さんの切り札ね」
「は、はい!」
「だったら、私の切り札も見せてあげるわ!!」
 そう言って、手札からカードを発動した。


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


「この効果で、私は"アテナ"を墓地から特殊召喚するわ!!」
 聖なる光が降り注ぐ。光の中から、先程魔術師に破れた女神が蘇った。
「さらに"マシュマロン"を召喚!」
 女神の隣に、マシュマロのような柔らかな体を持つモンスターが現れる。


 アテナ 光属性/星7/攻撃力2600/守備力800
 【天使族・効果】
 自分フィールド上に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を墓地に送る事で、
 自分の墓地に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を自分フィールド上に
 特殊召喚する。この効果は1ターンに1度しか使用できない。
 フィールド上に天使族モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚される度に、
 相手ライフに600ポイントダメージを与える。


 マシュマロン 光属性/星3/攻300/守500
 【天使族・効果】
 フィール上に裏側表示で存在するこのカードを攻撃したモンスターのコントローラーは、
 ダメージ計算後に1000ポイントダメージを受ける。
 このカードは戦闘では破壊されない。


「アテナの効果で、本城さんに600のダメージよ!」
 天使が現れたことで、小さな光の矢が形成されて本城さんを撃ち抜く。

 真奈美:3100→2500LP

「さらに"アテナ"の効果で"マシュマロン"をリリースして、"純白の天使"を特殊召喚!」
 女神の力で、天使の体が光に変わる。
 その光は墓地で眠る天使を呼び起こし、フィールドに舞い戻らせた。
「"アテナ"の効果で600ダメージよ」
 女神の力で作られた光の矢が、再び本城さんへ放たれた。

 真奈美:2500→1900LP

「うっ、一気に1200ポイントのダメージを……それに、チューナーって……」
「そうよ。本城さんなら分かるわよね! レベル7の"アテナ"に、レベル3の"純白の天使"をチューニング!」
 小さな白い天使の体が、暖かな光に変わる。
 その光が女神の体を包み込むと、その背に聖なる翼が広がった。
「シンクロ召喚! 出てきて! "天空の守護者シリウス"!!」
 純白の鎧を身につけて、その手には鋭い剣が握られている。
 その聖なる光を放ち、全てを守護する最高位の天使が現れた。


 天空の守護者シリウス 光属性/星10/攻撃力2000/守備力3000
 【シンクロ・天使族/効果】
 「純白の天使」+レベル7の光属性・天使族モンスター
 このカードが表側表示で存在する限り、相手は自分の他のモンスターへ攻撃できず、
 相手に直接攻撃をすることもできない。
 このカードが特殊召喚されたとき、以下の効果からどちらか一つを選びこのカードの効果にする。
 ●1ターンに1度、デッキまたは墓地からカウンター罠1枚を選択して手札に加える事ができる。
 ●バトルフェイズの間、このカードの攻撃力は自分の墓地にあるカウンター罠1種類につき
  500ポイントアップする。


「私は第2の効果を選択するわ! さらに手札から"一族の結束"を発動よ!」


 一族の結束
 【永続魔法】
 自分の墓地に存在するモンスターの元々の種族が
 1種類のみの場合、自分フィールド上に表側表示で存在する
 その種族のモンスターの攻撃力は800ポイントアップする。


 天空の守護者シリウス:攻撃力2000→2800

「バトルよ! 第2の効果を選択したシリウスは、墓地のカウンター罠1種類につき500ポイント攻撃力を上げるわ。
私の墓地にカウンター罠は5種類!」 
 私の墓地から、赤い光が放たれてシリウスの持つ剣に集約した。
 受け取ったエネルギーを力に変換して、その翼が光り輝く。

 天空の守護者シリウス:攻撃力2800→5300

「攻撃力5300!?」
「いくわよ! シリウスの攻撃!!」


 ――ジャッジメントシャイン!!――


 シリウスから放たれた光が、青い魔法使いを飲み込んだ。


 エターナル・マジシャン→破壊
 真奈美:1900→0LP



 本城さんのライフが0になる。



 決闘は、終了した。








「面白い決闘だったわね」
 デュエルディスクをしまって、私は本城さんに言った。
「は、はい。とても楽しい決闘でした」
「またやりましょう」
 右手を差し出した。
「え……?」
「ほら、握手よ握手。またやりましょう本城さん」
「あ、は、はい!」
 本城さんも手を差し出して、私達はしっかりと握手をした。
 途端に辺りから歓声が上がった。
「惜しかったね本城さん!」
「良い決闘だったぜ」
「やっぱり香奈は強いねー」
 みんなからの視線が集まったせいか、本城さんは照れたように下を向いた。 

「よーし、じゃあ次のペア出てこい」

 教室の端に戻って、大助の所へ行った。
 もちろん、借りていたカードを返すために。
「大助、これありがと」
 借りていたカード、"一族の結束"を返す。
 大助はそれを受け取って、すぐにデッキケースにしまった。
「いい決闘だったな。それにしても、ずいぶん危なかったんじゃないか?」
「な、何言ってるのよ。そんなわけないじゃない。まだまだ余裕だったわよ」
「そうかい」
「そんなことより、授業が終わったら一緒にカードショップに行きましょう!」
「は?」
「神宣を抜いちゃったから新しいデッキ作らないといけないし、授業が終わったら行くわよ!」
「……分かったよ。行けばいいんだろ?」
「そうね。どうせなら本城さんも誘いましょう!」
「お前なぁ……」


 ――――その時、私は知らなかった。多分、大助も。



 ――――こんな日常が、再び壊されるような出来事が起こっているなんて、



 ――――本当に、知らなかった。




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「くっ……!!」
 伊月は膝をついた。
 その呼吸は乱れ、体は傷ついてボロボロになっている。
「おいおい、もう終わりかよォ? スターっていってもたいしたことねェんだなァ」
 金髪の男は余裕の笑みを浮かべながら、伊月を見下した。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 伊月:100LP

 場:なし                    
                     
 手札:1枚                    
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ???:13400LP                    
                     
 場:???????(フィールド魔法)                    
   ?????(攻撃)                  
   伏せカード1枚                  

 手札:2枚                                     
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「……まだ……ですよ……」
 伊月は力を入れて、なんとか立ち上がる。
 だがその体に、ほとんど余力は残されていなかった。
 しかしここで自分が倒れれば、目の前の男は間違いなく自分達の組織にとって脅威になる。
 それだけは、避けなければならない。
 幹部としての意地が、伊月の体を支えていた。
「……僕の……ターンです……」(手札:1→2枚)
 伊月は引いたカードを確認する。
 待ち望んでいたカードを引けたことで、その顔が綻んだ。
「僕は手札から、このカードを発動します」


 自爆スイッチ
 【通常罠】
 自分のライフポイントが相手より7000ポイント以上少ない時に発動する事ができる。
 お互いのライフポイントは0になる。


「おいおい……なんで罠カードが手札から使えるんだ?」
「僕の白夜のカードは、少々、特殊でしてね」
 伊月は墓地からカードを取りだして、相手に見せつけた。


 堕天使の診察
 【通常罠】
 相手の攻撃宣言時に発動できる。相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
 このカードが墓地にある場合、自分は罠カード1枚を手札から発動できる。
 この効果で罠カードを発動した後、このカードはデッキに戻してシャッフルする。
 そのあと相手は2000ポイントのライフを回復する。


「この効果で、僕は手札から罠カードを発動できたんですよ」
「なるほどねぇ……」
「"自爆スイッチ"の効果で、僕とあなたのライフは0に――――」

 パァン!

「!?」
 伊月の発動したカードが、消滅した。
 予想していなかった事態に、伊月は動揺する。
「ひゃははは、伏せカードを発動したぜぇ」


 犠牲の代償
 【通常罠】
 自分の場に存在するモンスター1体をリリースして発動する。
 相手の発動した魔法・罠カードの効果を無効にして破壊する。


 男の場に存在していたモンスターが、光に包まれる。
 その光が、伊月の発動したカードを掻き消していた。
 しかも"堕天使の診察"の効果で、相手のライフは回復する。

 ???:13400→15400LP

「勝てないって分かったら相討ち狙いとは、なかなかやるじゃねぇか。ま、無駄だったけどなぁ」
 男は笑う。
 その後ろには、先程リリースしたはずのモンスターが変わらぬ姿で存在していた。
「……僕は……カードを伏せて……ターンエンドです……」


 そしてターンが、移行する。


「俺様のターン、ドロー」(手札:2→3枚)
 男はカードを引くとすぐにバトルフェイズに入った。
 従えたモンスターで、伊月へ攻撃を宣言する。
「伏せカード……発動です……」


 聖なるバリア−ミラーフォース−
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。


 開かれたのは、攻撃モンスターをすべて破壊する強力なカード。
 だが、それを発動した伊月の目に力は宿っていなかった。
 聖なるバリアが、相手の攻撃を跳ね返す。跳ね返された攻撃が直撃し、相手のモンスターは倒れたかのように見えた。
「無駄だって言ってんだろ?」
 相手のモンスターは、何事もなかったかのように攻撃を続ける。
 炎が燃え上がって、伊月へ迫る。
(すみません……薫さん……)
 伊月は、心の中で思った。
(どうやら今回の敵は……僕の手に負えないようです……)

 炎が伊月を、飲み込んだ。



 伊月:100→0LP



 そして決闘が、終了した。
 




 辺りを覆っていた黒い霧のようなものが晴れて、景色が元に戻る。
 伊月は地面に倒れ、動かなくなった。
「あー、つまんねぇなぁ」
 金髪の男は、退屈そうな顔をして言った。
 伊月のことなど、まるで相手にすらしていないようだった。
「おい、しっかり回収しとけよ」
 金髪の男は、部下の男達に命じた。
「くくく……ひゃははは……」
 男の笑い声が、町に響く。



 遠くの空で、黒い雲が広がっていた。






episode4――襲い来る闇――

「うーん……」
 二つのパックを見つめながら、香奈が悩んでいた。
 右のパックを取ったかと思えば左のパックに変更したり、カウンターに持っていこうとしたらUターンして別のパック
を探し始めたり、もうかれこれ15分以上その状態が続いている。
「香奈、そろそろ開けていいか?」
「待って! もう1分だけ……」
 その1分が何回続いたのか、香奈は覚えているのだろうか。
「はぁ……」
 思わず溜息が出てしまった。

「朝山さん、長いですね」 

 向かい側の席で、本城さんが言った。
 学校の授業が終わると、宣言通り香奈は俺の手を引いて本城さんのところへ直行した。
 突然来た香奈に驚く本城さんに「カードショップに行きましょう!」と言って、返答も待たずに彼女の腕を掴み、いつ
ものカードショップに連行したのである。ちなみにここまでのやり取りで10秒もかかっていなかった。
 そうしてカードショップに来てみると『新発売』と書かれたポスターが貼ってあったため、香奈は一目散にパックを選
び始めた。せっかく来たのだから、俺や本城さんも買おうということになり、一足先に新発売のパックを買って、近くの
席に座って香奈のことを待っている状態だ。
 その新発売のパックは海外で開発されたカードを日本語版にしたカードが多く収録されているらしかった。とりあえず
そのパックを7つ買ってある。何かしら強力なカードが当たればいいのだが……。

「すいません本城さん。香奈が無理矢理付きあわせたみたいで……」
「あ、いえ、全然大丈夫です……えーと……」
 本城さんは俺の顔を見ながら、何かを言いかけた。
「なんですか?」
「あ、いえ、その……お名前を……」
 どこか聞きづらそうに本城さんは言った。そういえば、自己紹介もしてなかったな。
「俺は中岸大助です」
「中岸君……よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ」
 本城さんは膝に手を置いて、綺麗な姿勢で椅子に腰掛けている。
 受け答えも丁寧で、なんというか、おしとやかな感じがした。
「あの……朝山さんって、いつもあんな感じなんですか?」
 パックの前で悩む香奈を眺めながら、本城さんは尋ねてきた。
「あぁ、いつもあんな感じですよ。自分勝手というかなんというか……まぁそんな感じです」
「そうなんですか……なんだか、少し羨ましいです」
「羨ましい?」
「はい。私、あんまり自己主張とか苦手で……だから、朝山さんが、少し羨ましいんです」
「へぇ……」
 少し意外だった。
 香奈の性格をすごいと言った人はたくさんいたが、羨ましいと言った人は初めてだった。

「お待たせ」

 やっと会計を済ませたのか、香奈がやってきた。
「相変わらず遅いな」
「あんたが早く決めすぎなのよ。ごめんね本城さん、待たせちゃって」
「いえ、大丈夫です」
「じゃあ早速パックを開けましょう!」
 香奈はそう言って、勢いよくパックを開けた。
 俺と本城さんもパックを開けて、内容を確認し始めた。
 3パック目まで開けたが、大したカードは入っていなかった。
「おかしいな……」 
 何の嫌がらせか分からないが、日本ではあまり六武衆関連のカードが開発されていない。むしろ海外の方が多く開発し
ているくらいだ。日本で発売される見込みが薄い以上、海外のカードが収録されているこのパックに望みをかけていたの
だが、高望みし過ぎたのか?
 とりあえず、4パック目を開ける。
「あ……」
 そこにあったのは――――


 六武衆の露払い 炎属性/星3/攻1600/守1000
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上にこのカード以外の「六武衆」と
 名のついたモンスターが表側表示で存在する場合に発動する事ができる。
 自分フィールド上に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体をリリースする事で、
 フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する。


「……強いかもしれないな……」
 六武衆1体をリリースすることで、相手モンスターを問答無用で破壊できるカード。
 しかもザンジと違って戦闘をする必要もないから防がれにくい。攻撃力が低めな六武衆にとって高攻撃力のモンスター
を破壊できるカードは有能だ。
 さっそくデッキに投入しないとな。
「……ん……?」
 開けた5パック目。
 そこにはもう1枚、六武衆のカードが収録されていた。


 六武の門
 【永続魔法】
 「六武衆」と名のついたモンスターが召喚・特殊召喚される度に、このカードに武士道カウンターを2つ置く。
 自分フィールド上の武士道カウンターを任意の個数取り除く事で、以下の効果を適用する。
 ●2つ:フィールド上に表側表示で存在する「六武衆」または「紫炎」と名のついた
 効果モンスター1体の攻撃力は、このターンのエンドフェイズ時まで500ポイントアップする。
 ●4つ:自分のデッキ・墓地から「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 ●6つ:自分の墓地に存在する「紫炎」と名のついた効果モンスター1体を特殊召喚する。


「六武の……門………?」
 あまり見ない長いテキストを、じっくりと読む。
 カウンターを溜めて、それを取り除くことで様々な効果を発揮できるカード。
 見た限り、かなり強力だ。だが効果がたくさんあるため、使いこなすのに時間がかかりそうだな。
「なんか当たった?」
 香奈が顔を覗き込ませてきた。
 おい、ちょっと待て。近いぞ。
「……なんか面倒くさそうなカードが当たったわね」
「悪かったな」
「まぁ大助のカードだから、私には関係ないけどね。本城さんは何か当たった?」
「あ、はい……強いカードは当たりませんでしたけど、面白いカードは当たったので買って良かったです」
「そう、残念だったわね。でも強いカードが当たらなかったからって気にすること無いわよ。どこぞの誰かさんは3箱も
買って欲しいカードが1枚も当たらなかったから……ね?」
 香奈が憎たらしい笑みを向けながら言った。
 せっかく忘れかけていたことなのに……こいつは……。
「はぁ……」
 溜息をついて、残りのパックを開封する。幸運にも"六武衆の露払い"と"六武の門"がもう1枚ずつ入っていた。こうな
るとデッキ構成も少し変えないといけないな。
「さぁ、これからデッキ構築するわよ」
「え?」
「カードショップでカードを買ったら、少しはデッキを変えないといけないじゃない? だからここでいつもデッキ構築
して、そのあとちゃんと回るかどうか決闘して確かめるのよ」
「そうなんですか…………あっ、でもその前に、お手洗いに……」
「いいわよ。こっちは先に始めちゃってるから」
「はい」
 涼やかな笑みを向けたあと、本城さんは席を立って行ってしまった。

「じゃあ、始めるか」
 カードの束を広げる。さて……どうしたものか……。
「ねぇ大助……」
「どうした?」
「……本城さんのこと、どう思う?」
 いつもよりどこか真剣な表情で香奈は尋ねてきた。
「どうって……言葉遣いも丁寧だし、普通にいい人だと思うぞ」
「そうじゃなくて…………本城さんって、家の事情で学校に来ていなかったのよね……」
 そういえばたしかに、山際がそんなことを言っていたな。
「心配なのか?」
「あたりまえじゃない」
「そうか……」
 まぁ考えてみれば、当然のことかも知れない。俺達の学年では遊戯王をやる女子はほとんどいない上に、クラスの女子
で、香奈のようにちゃんと決闘できる人はいない。授業でもまともに決闘するなんて事はなく、お互いにかわいいモンス
ターを出し合う鑑賞会のようなものになってしまう。
 もちろん学校生活は遊戯王だけじゃないし、香奈に友達が少ないとか、嫌われているとかそんなことはない。むしろ逆
で友達は多いし、好かれているぐらいだ。
 だが本城さんのように、気があう上に遊戯王も強い女子はいなかった。だから仲良くなれて、心の底から嬉しいのかも
しれない。そしてだからこそ、本気で心配しているのだろう。
「どんな事情なのかしら……」
「……さぁな。でも、本城さんには本城さんの事情があるんだ。俺達が口出しできる事じゃないだろ」
「そうだけど……」
 香奈が難しい顔をして、下を向いた。
 本当に、本城さんのことが心配なんだな。
「でもまぁ……もし本城さんがいなくなるような事があったら、お前は好きに行動していいと思うぞ。その時は俺も協力
するし」
「……うん……そうよね。ありがと」
「ああ」
「じゃあ、デッキ構築の続きをしましょう!」
 香奈は明るい笑顔に戻って、デッキを作り始めた。





「中岸大助様と朝山香奈様でいらっしゃいますか?」





 突然、呼びかけられた。
 見るとそこには、黒いスーツに身を包んだ男が手を後ろに組んで立っていた。

 ――カッ!――

 その瞬間、デッキが白く光った。
「!!」
 目を疑った。見間違いじゃなければ、デッキが光る理由は一つしかなかったからだ。
「……あんた、誰よ!」
 香奈が睨み付けながら言った。
 俺は席を立って、相手がどんな行動をとっても対応できるように身構えた。
「私は武田(たけだ)と申します。失礼ながら、事前にあなた方のことは調べさせて頂きました。学校が終わって、あな
た方の後ろをつけさせていただきました。仲間はいますが、今ここにいるのは私一人です。あなた方にお話があって参上
しました。戦う気はありません。……この他に何か知りたいことはおありですか?」
「…………」
 頼んでもいないのに、武田と名乗った男は語ってくれた。
「話ってなんなのよ」
 香奈が尋ねる。武田は小さく息を吐いて、こう言った。
「お二方は、白夜のカードをお持ちですね?」
「……ああ」
「率直に申し上げましょう。私達に白夜のカードを手渡して頂きたいのです」
「は?」
 予想もしていなかった話に、間抜けな返事をしてしまった。
「どうして渡さなきゃいけないのよ。これは私の大切なカードなのよ!」
 今にも掴みかかりそうな香奈をおさえつつ、俺は尋ねる。
「……理由を話してくれなきゃ、俺達だって返事が出来ない。どうして白夜のカードが必要なんだ?」
「それは……話せません。ですが私達には……あの方にはどうしても白夜のカードが必要なのです! どうか……!」
 武田は深く頭を下げる。そこに偽りの気持ちは感じられなかった。
 一瞬だけ、貸してもいいかもしれないと思ってしまった。
「貸せるわけないじゃない」
 凛とした香奈の返事が、その考えを吹き飛ばした。
「どうして、闇の力を持っている人に、白夜のカードを渡さなきゃいけないのよ!」
「……それは……」
 武田は口籠もった。
 何か言えない事情があるのか、それとも……。

 プルルルルルルルル……

 携帯の音がした。俺や香奈じゃない。
 どうやら武田の携帯電話から鳴っているらしい。
「……失礼します」
 武田は携帯をとって、電話の主と話し始めた。
《――――――――――――》
「はい、今います」
《――――――――――――》
「……!! ですが……」
《――――》
「………分かりました。失礼します」
 数十秒の会話が終わって、武田は携帯を切った。
 どこか思い詰めたよな表情を浮かべて、俺達へ視線を向ける。
「今日の所は、これで失礼します。もし、気が変わったら……その時は……」
 武田は深々と頭を下げた。

「帰り道に、お気をつけ下さい」

 武田はそう言い残して、カードショップを出て行った。






「いったい……何だったのよ……」
「分からない。けど……」
 机の上に置いてあるデッキを見つめた。

 ――もしそんなことがあれば、あなた達の持つ白夜のカードは、再び輝いてくれますよ――

 あの言葉が思い出される。
 さっき武田が来たとき、俺のデッキは白い光を放った。見間違いじゃなければ、香奈のデッキも光っていた気がする。
そのことが示す意味は分かっていたが、”そうなってしまった”ということを考えたくなかった。
「大助、いったいどうなってるのよ。たしかに闇の力は私達が倒したはずなのに……」
「……俺も分からない。けどデッキが光ったということは、闇の力に間違いないだろ」
「もしかして、また……?」
「……………………」

「すいません、お手洗いが混んでて……」
 本城さんが戻ってきた。俺達は慌てて席に着いた。
「あれ、どうしたんですか?」
「え、な、なんでもないわ。"光の護封剣"と"スケープ・ゴート"のどっちが強いかで争っていたのよ。そうよね大助」
 香奈が視線を送ってくる。俺は黙って頷いて話をあわせた。
「……あ、ああ。とりあえず決着はついたんで、気にしないで下さい」
「は、はぁ……そうですか……?」
「そうよ。ほら、さっさとデッキ構築しちゃいましょう!!」
 本城さんの前であの話をする意味はない。
 今はとりあえず、デッキを完成させなければいけないと思った。 








 そうしてデッキ構築すること30分。
 新しいデッキが完成した。
「さぁ本城さん、決闘しましょう」
「あ、はい」
 香奈が席を立って、デュエルディスクを取りだした瞬間――――
《はーい、店じまいでーす》
 店のアナウンスが流れた。
「…………………………」
 
 このあと、香奈が店員に文句を言いに行ったのは言うまでもない。





---------------------------------------------------------------------------------------------------




「もう、なんなのよ!!」
 店員に散々の文句を言った後の帰り道、俺と本城さんは香奈の愚痴に付きあっていた。
「どうしてあの店はいつもあんな感じなのかしら。もう少しぐらい営業時間を延ばしたほうがいいに決まってるわ!」
「あ、朝山さん……落ち着いて下さい……」
「せっかく本城さんと決闘できると思ってたのに、これじゃあ意味ないじゃない!!」
「決闘ならいつでも出来るだろ。いい加減落ち着けよ」
 空は赤くなり、そろそろ外灯が点灯する頃だった。
 ここまで大声をまき散らされては、近所の人も迷惑だろう。
「なによ! もとはといえば大助が悪いんじゃない! あんたがじっくりデッキ構築してるから、こんな事になったんで
しょ!! 責任取りなさいよ!」
「いったいどんな責任を取れって言うつもりだよ」
「決闘よ決闘!! あんたは手札0枚でスタートしなさい! 私は最初の手札10枚貰うわ!!」
「ちょっと待て、いくらなんでも無理だろ」
 ただでさえ勝つのが難しいのに、手札0枚でどうやってパーミッション相手に戦えって言うんだ。
 しかも手札10枚でスタートされたら、どんな決闘者だって勝てるわけがない。
「いいから落ち着けよ。そろそろ夜にもなるし、その声で騒がれたら近所の人も困るだろ」
「なによ。私がうるさいって言うの!?」
「少なくとも騒音にはなってるだろ」
「……!! もういいわよ! 大助の馬鹿!! 行きましょう本城さん!」
「えっ、あ、朝山さん!?」
 香奈は怒鳴って、本城さんの手を引いてさっさと先に行ってしまった。
 どうやら怒らせてしまったらしい。もう少し、言い方を工夫すればよかったな。
「やれやれ………」
 溜息をついて、辺りを見回してみた。
 外灯がつき始めて、商店街の道が少し明るくなる。
 この時間帯は人通りが少ない。そのためか、いつもより道が広く見えた。
「………」
 あの武田という男の言葉を思い出す。
 もう一度辺りを見回してみるが、人影はない。
 てっきり襲ってくるかと思っていたのだが、考え過ぎだったのか?
「まぁ、いいか」
 何もないならそれに越したことはない。
 すでに香奈はかなり遠くまで行ってしまっていた。本城さん一人に任せるわけにもいかないし、はやく追いかけないと
いけないな。


「待て」


 後ろから呼びかけられた。
 ゆっくりと振り返る。
 そこには武田と同じ真っ黒なスーツに身を包んだ男が立っていた。
「何か用ですか?」
 一応聞いてみる。もちろん、そんなこと聞くまでもないのは分かっていた。
「中岸大助だな。俺の名前は西原(にしはら)だ。突然で悪いが、お前に消えて貰いたい」
 明らかな敵意のこもった目で、西原は睨み付けてきた。
 間違いなく敵のようだ。
「……嫌だって言ったら?」
「分かっているだろう?」
 西原と名乗った男の体から、黒い霧のようなものが現れた。
「……!!」
 それは周りの地面を囲うように広がり、やがて円形のフィールドを作り出した。
 その円の中に俺と西原の二人だけの状態になる。時間帯のせいか、辺りに人はいなかった。
「……どうして、闇の力を……」
「答える必要はない」
「目的は何だ。どうして、俺を狙うんだ」
「……我が主の計画に、お前が必ず邪魔になると判断されたからだ」
 西村が冷たい視線を向ける。そして、その腕にデュエルディスクが装着された。
「構えろ、中岸大助」
「………」
 やるしかないらしい。バッグからデュエルディスクを取り出して、腕に装着する。
 デッキをセットして、自動シャッフルが完了した。
「行くぞ!」



「「決闘!!」」



 大助:8000LP   西原:8000LP



 決闘が、始まった。



「この瞬間、デッキからフィールド魔法発動!!」
 西原が宣言すると、そのデッキから漆黒の闇が溢れだした。
 やっぱり"闇の世界"か。でもそれぐらいなら――――
 


「フィールド魔法"血塗られた闇の世界"!!」


「なっ!?」
 西原から溢れ出した闇が辺りの景色を塗りつぶし、視界を黒く染めていく。
 次の瞬間、闇の壁に無数の壊れた剣が突き刺さった。地面には壊れた銃や弓矢などの武器が散らばり、そのどれもが赤
く染まっている。黒に赤という不気味なコントラストが広がり、背筋が少し寒くなった。


 血塗られた闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 ??????????


「なんだ……これ……」
 見たことのないカード……いや、見たことのあるカードだったが、それとはまったく異なるカードだった。
「これが、新たな闇の力だ」
「新たな……力?」
 目の前には、戦争後のような光景が広がっている。
 発動されたカードの効果を見ようにも、辺りを覆う闇が効果欄を隠していて見ることが出来ない。
 どう考えても、嫌な予感しかしなかった。
「俺のターン、ドロー」(手札5→6枚)
 西原の先攻で、ターンが始まる。
 とにかく落ち着け。今は相手の戦術を見極める方が大切だ。
「俺は手札から"E・HERO エアーマン"を召喚する」
 西原の場に、風を操るモンスターが現れる。


 E・HERO エアーマン 風属性/星4/攻1800/守300
 【戦士族・効果】
 このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、次の効果から1つを選択して発動する事ができる。
 ●自分フィールド上に存在するこのカード以外の「HERO」と名のついたモンスターの数まで、
 フィールド上に存在する魔法または罠カードを破壊する事ができる。
 ●自分のデッキから「HERO」と名のついたモンスター1体を手札に加える。


「HEROデッキか……!」
「エアーマンの効果で、俺はデッキから"E・HERO オーシャン"を手札に加える。カードを1枚セットして、俺は
ターンを終了する」
 西原は静かに、ターンを終えた。



「俺のターン、ドロー!」(手札5→6枚)
 手札を確認する。
 相手のデッキは、融合することで高い攻撃力を展開するHEROデッキ。融合されると厳しいが、逆に言えば融合され
なければ脅威じゃない。
 手札も悪くないし、相手の伏せカードは1枚。
 六武衆の展開力なら、融合される前に押し切ることが出来るはずだ。
「手札から"六武衆−ヤイチ"を召喚する! さらに"六武衆の師範"を特殊召喚だ!」
 青い召喚陣が描かれる。その中から弓矢を携えた武士が姿を現した。
 その隣に、隻眼の武士が参上し、相手のモンスターを鋭く見つめた。


 六武衆−ヤイチ 水属性/星3/攻1300/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ヤイチ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 1ターンに1度だけセットされた魔法または罠カードを一枚破壊することが出来る。
 この効果を使用したターンこのモンスターは攻撃宣言をする事ができない。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


 六武衆の師範 地属性/星5/攻2100/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが相手のカード効果によって破壊された時、
 自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 「六武衆の師範」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。


「ヤイチの効果発動! お前の場にある伏せカードを破壊する!」
 武士は弓を構えて、狙いをつける。
 矢は青い光を纏って放たれ、西原のカードを貫いた。

 聖なるバリア−ミラーフォース→破壊

「ちっ……」
「バトルだ!」
 隻眼の武士が刀を構えて、風のHEROへ向かう。
 そして一瞬の斬撃で、相手の体を両断した。

 E・HERO エアーマン→破壊
 西原:8000→7700LP

「くっ…!」
 なんとか先制攻撃することが出来た。
 このまま、押し切れるといいけど……。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

-------------------------------------------------
 大助:8000LP                    
                     
 場:六武衆−ヤイチ(攻撃)                    
   六武衆の師範(攻撃)                  
   伏せカード1枚                  
                     
 手札3枚                    
-------------------------------------------------
 西原:7700LP                    
                     
 場:血塗られた闇の世界(フィールド魔法)                    
                    
 手札5枚                    
-------------------------------------------------

「俺のターン、ドロー」(手札5→6枚)
 西原は手札を引いた瞬間、笑みを浮かべた。
「手札から"戦士の生還"を発動する」


 戦士の生還
 【通常魔法】
 自分の墓地に存在する戦士族モンスター1体を選択して手札に加える。


「この効果でエアーマンを戻し、再び召喚だ!」
「くっ、罠カード発動!」
 伏せカードを開いた。


 奈落の落とし穴
 【通常罠】
 相手が攻撃力1500以上のモンスターを
 召喚・反転召喚・特殊召喚した時に発動する事ができる。
 そのモンスターを破壊しゲームから除外する。


 風のHEROのいる地面に、大きな穴が空いた。
 突然のことで対応できずにHEROはその穴に落ちてしまった。

 E・HERO エアーマン→破壊→除外

「これ以上、サーチさせてたまるかよ」
「……だがエアーマンの効果は発動する。デッキから"E・HERO ワイルドマン"を手札に加える」
 動揺すらせずに、西原はカードを手札に加えた。
 どうやら、予想済みだったらしい。
「そして"融合"を発動だ!!」
「……!!」
 しまった。もうすでに引いていたのか。
「ワイルドマンとエッジマンを融合。現れろ! "E・HERO ワイルドジャギーマン"!」
 フィールドに渦のような物が出来る。
 西原の手札にいた2体のHEROが、その渦へ飛び込んだ。
 そしてその渦から光が放たれて、黒い肌に大きな斧を持ったHEROが現れた。


 融合
 【通常魔法】
 手札・自分フィールド上から、融合モンスターカードによって決められた
 融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体を
 エクストラデッキから特殊召喚する。


 E・HERO ワイルドジャギーマン 地属性/星8/攻2600/守2300
 【戦士族・融合/効果】
 「E・HERO ワイルドマン」+「E・HERO エッジマン」
 このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 相手フィールド上の全てのモンスターに1回ずつ攻撃をする事ができる。


「バトルだ! ワイルドジャギーマンで全体攻撃!!」
 HEROが雄叫びをあげて、武士へ襲いかかった。
 武士達は対抗しようとしたが、力強い攻撃を受け止める事が出来ずになぎ払われてしまった。

 六武衆−ヤイチ→破壊
 六武衆の師範→破壊
 大助:8000→7500→6200LP

「ぐあっ……!!」
 襲った激痛。気のせいなんかじゃない。
 間違いなくこれは、闇の決闘そのものだった。
「どうだ? 新しい力を得た闇の力は、以前よりも強力だろう?」
「な……に……?」
 こいつ、前の闇の力を……ダークのことを知っているのか?
 いったい、なにがどうなってる? ただでさえなくなったはずの闇の力が現れて困っているのに、立て続けにやられて
も頭が追いつかないだろ。
「ターンエンドだ」



 ターンが、移行した。



「俺の、ターン……!」(手札3→4枚)
 痛みを堪えてカードを引く。
 色々と分からないことがあるが、とにかく今はこの決闘に勝利するのが先決だ。
 相手の場には高攻撃力のモンスターが1体だけ。ここは……。
「俺は手札から"戦士の生還"を発動して、"六武衆の師範"を墓地から手札に戻す!」
 発動したカードの力によって、墓地から隻眼の武士が手札に戻った。
「……なるほど。HEROも六武衆も同じ戦士族。そのカードが入るのは当然か」
 どこか納得したように、西原は頷いた。
 まだ主導権は握られていないはず。それなら、早めに攻めておいた方がいい。
「手札から"六武衆の結束"を発動。そして"六武衆の露払い"を召喚して、さっき戻した"六武衆の師範"を特殊召喚だ!」
 俺の背後に武士達の結束を示す陣が描かれる。
 さらに戦いの場に、衣を羽織った女性のモンスターが現れた。
 手に小刀を持ち、女性とは思えぬ鋭い目つきで相手モンスターを睨み付けている。
 その隣についた隻眼の武士も、その迫力に気圧されているかのようだった。


 六武衆の結束
 【永続魔法】
 「六武衆」と名の付いたモンスターが召喚・特殊召喚される度に、
 このカードに武士道カウンターを1個乗せる(最大2個まで)。
 このカードを墓地に送る事で、このカードに乗っている武士道カウンターの数だけ
 自分のデッキからカードをドローする。


 六武衆の露払い 炎属性/星3/攻1600/守1000
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上にこのカード以外の「六武衆」と
 名のついたモンスターが表側表示で存在する場合に発動する事ができる。
 自分フィールド上に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体をリリースする事で、
 フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する。


 六武衆の結束:武士道カウンター×0→1→2

「結束を墓地に送って、デッキからカードを2枚ドローする!」(手札1→3枚)
「なるほど。モンスターを出しつつ手札増強か……」
「露払いの効果発動!! こいつは他に六武衆がいるとき、場にいる六武衆をリリースして場にいるモンスターを破壊す
ることができる! 俺は露払い自身をリリースして、お前のモンスターを破壊する!」
 女性型のモンスターが小刀を構えて、HEROへ突きつける。
 急所へ小刀を突き刺した露払いは、力尽きたように倒れてしまった。

 六武衆の露払い→墓地
 E・HERO ワイルドジャギーマン→破壊

「こんな簡単にワイルドジャギーマンを倒しただと……!?」
 予想していなかったのか、西原は若干驚いた表情を見せる。
 さっそく投入したカードが活躍してくれて、助かった。
「バトルだ! 師範で直接攻撃!!」
 場ががら空きになったことで、チャンスとばかりに隻眼の武士は斬りかかった。
「ぐあああああ!!」

 西原:7700→5600LP

「ターンエンド!」

-------------------------------------------------
 大助:6200LP                    
                     
 場:六武衆の師範(攻撃)                    
                    
 手札3枚                    
-------------------------------------------------
 西原:5600LP                    
                     
 場:血塗られた闇の世界(フィールド魔法)                  
                    
 手札3枚                    
-------------------------------------------------

「ふっ……なかなかやるな。中岸大助」
「そりゃどうも」
「俺のターンだ!」(手札3→4枚)
 西原はまだまだ余裕という感じで、カードを引いた。
「手札から"融合回収"を発動する」


 融合回収
 【通常魔法】
 自分の墓地に存在する「融合」魔法カード1枚と、
 融合に使用した融合素材モンスター1体を手札に加える。


「くっ…!」
「この効果で墓地の"融合"とワイルドマンを手札に加える。そして"融合"を発動!! 手札の"E・HERO ワイルド
マン"と"E・HERO オーシャン"を融合する!」
 再び現れた渦の中に、2体のHEROが入り込んだ。
 辺りに、冷気が漂い始める。
「現れろ!! "E・HERO アブソルートZero"!!」
 強烈な冷気で、氷の柱が立った。
 その上に、白いマントを羽織ったHEROが参上する。


 E・HERO アブソルートZero 水属性/星8/攻2500/守2000
 【戦士族・融合/効果】
 「HERO」と名のついたモンスター+水属性モンスター
 このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 このカードの攻撃力は、フィールド上に表側表示で存在する
 「E・HERO アブソルートZero」以外の水属性モンスターの数×500ポイントアップする。
 このカードがフィールド上から離れた時、相手フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。


「バトルだ!! アブソルートZeroで攻撃!!」
 HEROが強烈な冷気を操り氷の刃を形成し、それは隻眼の武士へ向けて放った。
 師範はかわそうとしたが、足が冷気で凍らされて身動きがとれなくなってしまう。そして抵抗も出来ないまま、氷の刃
に切り裂かれてしまった。

 六武衆の師範→破壊
 大助:6200→5800LP

「ぐっ…!」
「俺はこのままターンエンドだ」



「くっ……」
 こいつ、本当に強い。何度も攻撃して場を空にしているに、こうやってすぐに持ち直してくる。
 しかもまた反撃されても大丈夫なように、全体破壊能力を持ったモンスターでアドバンテージを与えようとしない。
 まずいな、どうする……。
「どうした? お前のターンだぞ」
「……俺のターン!」(手札3→4枚)
 少しでも運をたぐり寄せるように、勢いよくカードを引く。
 引いたカードは、カードショップで手に入れた”あのカード”だった。
 まだ実際に使ったことはない。だがそれでも、これにかけるしかない!
「俺は手札から"六武の門"を発動する!」
 背後に、巨大な門が現れる。
 その門の中心には武士達の絆を示す陣が描かれて、大きく光り輝いた。


 六武の門
 【永続魔法】
 「六武衆」と名のついたモンスターが召喚・特殊召喚される度に、このカードに武士道カウンターを2つ置く。
 自分フィールド上の武士道カウンターを任意の個数取り除く事で、以下の効果を適用する。
 ●2つ:フィールド上に表側表示で存在する「六武衆」または「紫炎」と名のついた
 効果モンスター1体の攻撃力は、このターンのエンドフェイズ時まで500ポイントアップする。
 ●4つ:自分のデッキ・墓地から「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 ●6つ:自分の墓地に存在する「紫炎」と名のついた効果モンスター1体を特殊召喚する。


「……さっきの"六武衆の露払い"といい、調べた情報には無いカードだな」
 一瞬だけ険しい表情を浮かべて、西原は呟いた。
 どうやら、俺のデッキのことまで調べられているらしい。カードショップでデッキ構築しておいてよかったようだ。
「モンスターをセット、カードを1枚伏せてターンエンドだ!」
 今は反撃できない。
 なんとかこれで、耐えるしかない。

-------------------------------------------------
 大助:5800LP                    
                     
 場:裏守備モンスター1体                    
   六武の門(永続魔法・武士道カウンター×0)                  
   伏せカード1枚                  
                     
 手札1枚                    
-------------------------------------------------
 西原:5600LP                    
                     
 場:血塗られた闇の世界(フィールド魔法)                    
   E・HERO アブソルートZero(攻撃)                  
                     
 手札2枚                    
-------------------------------------------------

「俺のターン」(手札2→3枚)
 西原は俺の場を見つめ、不気味な笑みを浮かべた。
「どうやら、勝負は決まったらしいな」
「なんだと?」
「手札からこいつを召喚する」
 考えている内に、西原はモンスターを召喚した。


 E・HERO プリズマー 光属性/星4/攻1700/守1100
 【戦士族・効果】
 自分のエクストラデッキに存在する融合モンスター1体を相手に見せ、
 そのモンスターにカード名が記されている融合素材モンスター1体を
 自分のデッキから墓地へ送って発動する。
 このカードはエンドフェイズ時まで墓地へ送ったモンスターと同名カードとして扱う。
 この効果は1ターンに1度しか使用できない。


「プリズマーの効果発動。デッキから"E・HERO スパークマン"を墓地へ送る」
 HEROの体が様々な色を反射して、1体のHEROの姿へと変化した。
 同時に西原のデッキから、そのHEROのカードが墓地へと送られる。
 
 E・HERO スパークマン→墓地

「これでプリズマーの名前はスパークマンへ変更される。……といっても、今は無意味だがな」
 西原は小さく笑い、手札に手をかけた。
「"ミラクル・フュージョン"発動! 墓地のスパークマンとワイルドマンを融合する!」
 墓地で眠っていた2体のHEROが、その力を重ね合わせた。
 そして何もない空間から、強烈な光が放たれる。
 あまりの眩しさに、目がくらんでしまった。
「現れろ!! "E・HERO The シャイニング"」
 太陽を思わせる眩い光が、フィールドを支配した。


 E・HERO The シャイニング 光属性/星8/攻2600/守2100
 【戦士族・融合/効果】
 「E・HERO」と名のついたモンスター+光属性モンスター
 このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 このカードの攻撃力は、ゲームから除外されている
 自分の「E・HERO」と名のついたモンスターの数×300ポイントアップする。
 このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、ゲームから除外されている
 自分の「E・HERO」と名のついたモンスターを2体まで選択し、手札に加える事ができる。


「こいつは……!」
「シャイニングは除外されているHERO1体につき、攻撃力が300ポイント上昇する! 除外されているHEROは
3体。よって攻撃力が900ポイントアップだ!」

 E・HERO The シャイニング:攻撃力2600→3500

「攻撃力3500だって!?」
 突然現れた強力な力に驚きを隠せなかった。まさかHEROの中で、ここまで攻撃力が高いモンスターがいるとは思っ
ていなかったからだ。
 いや……落ち着け。守備表示モンスターがいれば戦闘ダメージは受けない。他の2体の攻撃が通っても、ライフはまだ
十分残る。それならまだ……
「まさか、守備表示だから大丈夫だとでも思っているのか?」
「……っ!!」
 考えを読まれてしまった。
「……それがどうした」
「ふっ、一つだけ言っておこう。”俺”の前に守備表示は無意味だ」
「なに?」
「バトルだ!! アブソルートZeroで攻撃!!」
 強い冷気が、俺のモンスターを襲った。
 裏側になっていたモンスターが、表になる。 




 ―――そして、異変が起こった―――。




 紫炎の足軽 守備→攻撃表示

「なにっ!?」
 膨大な冷気が、猿顔の武士の体を一瞬で凍結させた。

 紫炎の足軽→破壊
 大助:5800→4000LP

「ぐあああああああ!!」
 激痛が体を襲った。予想もしていなかったダメージで、より痛みを感じてしまう。
「ふははは、どうだ? 苦しいか?」
「くっ……!」
 いったい何が起こったんだ? 俺は間違いなく守備表示でモンスターを出していたはずだ。それが攻撃された瞬間……
いや、”表になった”瞬間、攻撃表示に変わってしまった。相手は速攻魔法を発動していないのに、どうして……。
「……!! ……まさか……」
 頭によぎった予感。
 たった一つだけある。この謎の現象を起こしうるカードが。
「どうした、足軽の効果を使わないのか?」
「………"紫炎の足軽"の効果で、デッキから"六武衆−カモン"を”守備表示”で特殊召喚する」
 猿顔の武士が凍結した箇所から、赤色の召喚陣が浮かび上がった。
 赤い鎧に身を包んで、手に爆弾を抱えた武士が守備体制をとって現れる。

 
 紫炎の足軽 地属性/星2/攻700/守300
 【戦士族・効果】
 このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、デッキから「六武衆」と名の付いた
 レベル3以下のモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。


 六武衆−カモン 炎属性/星3/攻1500/守1000
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−カモン」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 1ターンに1度だけ表側表示で存在する魔法または罠カード1枚を破壊することが出来る。
 この効果を使用したターンこのモンスターは攻撃宣言をする事ができない。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


 六武の門:武士道カウンター×0→2

「無駄だ」
 武士の体に辺りの闇がまとわりつく。すると守備体勢をとっていた武士の体が、攻撃体勢になってしまった。

 六武衆−カモン:守備→攻撃表示

「やっぱり…………」
 予想が的中した。
「……この闇の世界の力か……!」
「ほう、よく気づいたな。そう。"血塗られた闇の世界"では、戦いを止めることはできない!」
 西原はそう言って、フィールド魔法を指し示した。


 血塗られた闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 このカードがフィールド上に存在する限り、
 フィールド上に存在する表側表示モンスターは全て攻撃表示となり、
 表示形式は変更できない。


 無数に散らばる武器の残骸。戦いを止めることを許さず、血で血を洗うような、残酷な世界。
 これが、新しい闇の力……ということなのだろう。まったく、厄介な効果だ………。
「分かったなら、バトルだ!」
 笑みを浮かべる西原の宣言で、HEROが一斉に攻撃をする。
 鋭い光が武士を貫き、七色の光が俺に直撃した。

 六武衆−カモン→破壊
 大助:4000→2000→300LP

「ぐああ……ああっ……!!」
 一気にライフが削られてしまった。
 体から一瞬、力が抜ける。ギリギリで踏みとどまって、余裕の笑みを浮かべる西原を見据えた。
「くく……ターンエンドだ」

-------------------------------------------------
 大助:300LP                    
                     
 場:六武の門(永続魔法・武士道カウンター×2)                    
   伏せカード1枚                  
                    
 手札1枚                    
-------------------------------------------------
 西原:5600LP                    
                     
 場:血塗られた闇の世界(フィールド魔法)                    
   E・HERO アブソルートZero(攻撃)                  
   E・HERO プリズマー(攻撃)                  
   E・HERO The シャイニング(攻撃)
                     
 手札1枚                    
-------------------------------------------------

「俺の……ターン……ドロー!」(手札1→2枚)
 体が悲鳴を上げているのが分かった。
 だが、嘆いてばかりもいられない。この状況をなんとかしない限り、俺は次のターン、負ける。
 考えろ。今の手札で、この状況をなんとかする方法を。
「……ふぅ……」
 目を閉じて、集中する。頭の中で、場にあるカードを組み合わせる。伏せカード1枚を使い……そして……あのカード
の効果…………すべてを……繋げろ……。
 目を開けた。
 もう、やるしかない。
「伏せカードを発動する!」
 意を決して、カードを発動した。


 諸刃の活人剣術 
 【通常罠】
 自分の墓地から「六武衆」と名のついたモンスター2体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
 このターンのエンドフェイズ時にこの効果によって特殊召喚したモンスターを破壊し、
 自分はその攻撃力の合計分のダメージを受ける。


「この効果で"六武衆−ヤイチ"と"六武衆の露払い"を特殊召喚する!!」
 何もない場に、2体のモンスターが現れた。
 武士の登場を喜ぶように、後ろにある門が光り輝く。

 六武の門:武士道カウンター×2→4

「"六武の門"の効果発動! 武士道カウンターを4つ取り除いて、デッキから"六武衆の師範"を手札に加える! そして
そのまま特殊召喚! さらに露払いの効果でヤイチと露払い自身をリリースして、プリズマーとアブソルートZeroを
破壊する!!」
 一気に展開した武士のうち2体が特攻して、西原の場にいるHEROを手に持った武器で突き刺した。

 六武の門:武士道カウンター×4→0→2
 六武衆−ヤイチ→墓地
 六武衆の露払い→墓地
 E・HERO プリズマー→破壊
 E・HERO アブソルートZero→破壊

「アブソルートZeroの効果発動!! 相手モンスターを全て破壊する!!」
 氷のHEROが倒れた瞬間、フィールド全体を膨大な冷気が駆け抜けた。
 それは俺の場にいる武士は凍り、粉々に砕け散ってしまった

 六武衆の師範→破壊

「師範は相手のカード効果で破壊されたとき、墓地にいる六武衆を手札に加えることができる! この効果で墓地にいる
"六武衆の露払い"を手札に加えて、そのまま召喚だ! 武士道カウンターは2個から4個になる。そして再び4個を取り
除いて、"六武衆の師範"を手札に加えて、すぐに特殊召喚だ!!」
 絆の陣が光り輝いて、門が開く。
 中から隻眼の武士が颯爽と参上して、戦いの場に現れた。

 六武の門:武士道カウンター×4→0→2

「さらに六武衆が場に2体いることで、手札から"大将軍 紫炎"を特殊召喚する!!」
 赤い炎が燃え上がった。その炎を体に宿し、武士達をまとめ上げる将軍が姿を現した。
 

 大将軍 紫炎 炎属性/星7/攻撃力2500/守備力2400
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが2体以上表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 相手プレイヤーは1ターンに1度しか魔法・罠カードの発動ができない。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名のついたモンスターを破壊する事ができる。


「露払いの効果で、自身をリリースして、お前の場にいる3体目のモンスターを破壊する!!」
 少し面倒くさそうな顔をして、露払いはHEROへ向かって特攻した。
 
 六武衆の露払い→墓地
 E・HERO The シャイニング→破壊

 露払いのカードを墓地へ送りながら、心の中で謝る。
 ごめんな露払い。お前の頑張りは、絶対に無駄にしない。
「……くっ……貴様ぁ……!」
 状況が一変したことで、西原の表情にも焦りが出てきた。
 正直な話、俺も驚いていた。今までだったら、こんな風に切り返すことなんて出来なかっただろう。"六武衆の露払い"
と、"六武の門"というカードの強さを改めて認識した。
「どうした? その光のHEROの効果を使わないのか?」
「ちぃ……俺はシャイニングの効果で、"E・HERO スパークマン"のみを手札に加える」(手札1→2枚)
 西原は唇を噛んで、カードを手札へ加えた。
「バトルだ!!」
 俺の宣言で、隻眼の武士と将軍が一気に斬りかかった
「ぐああああああ!!」

 西原:5600→3500→1000LP

「ぐっ、き、貴様ぁ…!」
 殺気のこもった目で睨み付けてきた。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

-------------------------------------------------
 大助:300LP                    
                     
 場:六武衆の師範(攻撃)                    
   大将軍 紫炎(攻撃)                  
   六武の門(永続魔法・武士道カウンター×2)                  
   伏せカード1枚
                                
 手札0枚                    
-------------------------------------------------
 西原:1000LP                    
                     
 場:血塗られた闇の世界(フィールド魔法)                    
                    
 手札2枚                    
-------------------------------------------------

「俺のターン!!」(手札2→3枚)
 さっきまでの余裕な態度とはうって変わって、西原は荒々しくカードを引いた。
 だがどんなに怒ろうとも、相手が不利な状況は変わらない。紫炎が場にいる限り、相手は1ターンに1度しか魔法・罠
カードを発動できない。魔法を多用するHEROデッキに、これ制約はきついはずだ。
「手札から"平行世界融合"を発動する!!」
「なっ!?」
 まだ融合するカードを持っていたのか!?


 平行世界融合
 【通常魔法】
 ゲームから除外されている、融合モンスターカードによって決められた
 自分の融合素材モンスターをデッキに戻し、「E・HERO」と名のついた
 融合モンスター1体を融合召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。
 このカードを発動するターン、自分はモンスターを特殊召喚する事はできない。


「除外されているエアーマンとワイルドマンをデッキに戻し、"E・HERO Great TORNADO"を融合召喚
だ!!」
 2体のHEROの幻影が一筋の光へ向かい、そして一つに交わる。
 途端に、強い風が吹き荒れた。
 竜巻を思わせる風の中から、新たなHEROが姿を現した。


 E・HERO Great TORNADO 風属性/星8/攻2800/守2200
 【戦士族・融合/効果】
 「E・HERO」と名のついたモンスター+風属性モンスター
 このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 このカードが融合召喚に成功した時、相手フィールド上に表側表示で存在する
 全てのモンスターの攻撃力・守備力を半分にする。


「TORNADOの効果発動!! 相手モンスター全ての攻守を半分にする!!」
「なに!?」
 風が吹き荒れて武士達の持つ武器を吹き飛ばしてしまった。
 それによって力が半減した武士達は、悔しそうに顔を歪めた。

 六武衆の師範:攻撃力2100→1050 守備力800→400
 大将軍 紫炎 :攻撃力2500→1250 守備力2400→1200

「バトルだ!! 行けぇ!!」
 風を司るHEROが、力の弱まった武士へ襲いかかる。
「……!! "ガード・ブロック"発動だ!」
 鋭い風の刃が、師範の体を切り裂いた。
 だが発動したカードのおかげで、その余波は届かない。


 ガード・ブロック
 【通常罠】
 相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
 その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
 自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 六武衆の師範→破壊
 大助:手札0→1枚

「ちっ……カードを1枚セットして、ターンエンド」

-------------------------------------------------
 大助:300LP                    
                     
 場:大将軍 紫炎(攻撃・攻守半減)                  
   六武の門(永続魔法・武士道カウンター×2)                 
                                
 手札1枚                    
-------------------------------------------------
 西原:1000LP                    
                     
 場:血塗られた闇の世界(フィールド魔法)                    
   E・HERO Great TORNADO(攻撃)
   伏せカード1枚           
                    
 手札1枚                    
-------------------------------------------------

「俺の……ターン……」
 まずい。ずっと攻撃表示を強いられている以上、このターンになんとかしなければ、負ける!
 デッキの上を見つめた。
 逆転するには、あのカードしかない。
 頼んだぞ、俺のデッキ。あのカードを、引かせてくれ。
「ドロー!!」(手札1→2枚)
 
 ――引いた瞬間、カードが白い光を放った――。

「"先祖達の魂"を召喚する!!」
 フィールドに、無数の青白い光りが現れた。


 先祖達の魂 光属性/星3/攻0/守0
 【天使族・チューナー】
 このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時に自分フィールド上と手札に他のカードが無い
 場合、自分の墓地から「大将軍紫炎」1体を表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
 ただし、この効果で特殊召喚したカードの効果は無効となり、攻撃力・守備力は0になる。


「この状況で、白夜のカードを引いただと!?」
「行くぞ! レベル7の"大将軍 紫炎"にレベル3の"先祖達の魂"をチューニング!!」
 青白い光が、将軍を囲み、その体に入り込む。
 甲冑が紅蓮に染まり、より強い力を身につける。
 鋭く巨大な刀を力強く構えて、最強の将軍が姿を現した。


 大将軍 天龍 炎属性/星10/攻3000/守3000
 【戦士族・シンクロ/効果】
 「先祖達の魂」+「大将軍 紫炎」
 1ターンに1度だけ、デッキ、手札または墓地から「六武衆」と名のついたモンスターカード1種類
 すべてをゲームから除外することができる。この効果で除外したモンスターの属性、攻撃力、守備力、
 効果を、相手ターンのエンドフェイズ時までこのカードに加える。
 この効果で得た効果は、他に「六武衆」と名のついたモンスターが存在しなくても発動できる。


「天龍の効果発動! デッキから"六武衆−ヤリザ"をすべて除外することで、その能力を付加させる!!」
 俺のデッキから茶色の光が放たれて、将軍の持つ刀に大地の力を宿す。
 刀が形を変えて、すべてを貫くような鋭い槍になった。

 大将軍 天龍:攻撃力3000→4000 守備力3000→3500 炎→炎+地属性

「ヤリザの力を手に入れた天龍は、直接攻撃することが出来る!!」
「なんだと!?」
「バトルだ!! 行け!! 天龍!!」
 将軍が槍を構えて、西村へ突撃した。




「伏せカード、発動」




 西村の静かな声が、割り込んだ。
 突撃中だったはずの天龍の姿が消える。
「なっ!?」
 何が起こったか分からない俺に、西原は上を指さした。
 見ると、そこには巨大な渦が出現していた。その渦の中に、天龍とHEROの姿があった。


 超融合
 【速攻魔法】
 手札を1枚捨てる。
 自分または相手フィールド上から融合モンスターカードに
 よって決められたモンスターを墓地へ送り、
 その融合モンスター1体をエクストラデッキから特殊召喚する。
 このカードの発動に対して、魔法・罠・効果モンスターの効果を発動する事はできない。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


「相手のカードごと……融合するカード……!」
「そうだ。お前が土壇場で白夜のカードを引くことは調べがついていたんだよ」
「……!!」
 巨大な渦が消えた。
 すると空から、全身が炎のように燃えさかるモンスター誕生する。
 力強い雄叫びと共に、灼熱のHEROが姿を現した。


 E・HERO ノヴァマスター 炎属性/星8/攻2600/守2100
 【戦士族・融合/効果】
 「E・HERO」と名のついたモンスター+炎属性モンスター
 このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
 自分のデッキからカードを1枚ドローする。


「これでお前の場に切り札はいなくなった。さぁ……どうする?」
 西原は勝ち誇った笑みを浮かべて、言った。
「……っ……」
 返す言葉も見つからず、俺はカードを1枚伏せてターンを終えた



「俺のターン、ドロー」(手札0→1枚)
 西原は引いたカードを確認するとすぐに、バトルフェイズに入った。
 赤きHEROから灼熱の炎が放たれて、迫る。
「……! "和睦の使者"!」
 光の壁が、トドメの一撃を防いだ。


 和睦の使者
 【通常罠】
 このカードを発動したターン。相手モンスターから受けるすべての戦闘ダメージを0にする。
 このターン自分のモンスターは戦闘によって破壊されない。


「ふむ……惜しいな。カードを1枚セットしてターンエンドだ」

-------------------------------------------------
 大助:300LP                    
                     
 場:六武の門(永続魔法・武士道カウンター×2)
                             
 手札0枚                    
-------------------------------------------------
 西原:1000LP                    
                     
 場:血塗られた闇の世界(フィールド魔法)                    
   E・HERO ノヴァマスター(攻撃)
   伏せカード1枚           
                    
 手札0枚                    
-------------------------------------------------

「……どうやら俺の勝ちだな」
 勝ち誇った表情で、西原は言った。
「……………………」
 相手の場には高い攻撃力のモンスターが1体と、伏せカードが1枚。
 それにたいして、俺の場には永続魔法が1枚だけだ。切り札である"大将軍 天龍"も墓地へ送られてしまった。
 たしかに、逆転するのは難しいかもしれない。
「諦めろ、中岸大助。もうお前に勝ち目はない」
 完全に勝利を確信したかのように、西原は腕を組んだ。
 ……諦めろ……か……。似たような言葉を、夏休みに何度聞いたことだろう。
「勝手に決めるつけるな」
「なに?」
 諦めることなんて、できるわけがない。
 もしここで俺が負ければ、相手は間違いなく香奈と本城さんのところへ行くだろう。
 そして、闇の決闘をさせられることになる。

 ―――香奈や本城さんに、そんなことをさせるわけにはいかない―――。

「俺のターンだ!!」
 デッキの上に、手をかける。
 これがおそらく、最後のドロー。
 頼んだぞ、俺のデッキ。力を貸してくれ。


「ドロー!!」(手札0→1枚)


 引いたカードを確認する。
 思わず、笑みが浮かんでしまった。

「手札から"死者蘇生"を発動する!!」


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


「馬鹿な!? このタイミングで、そのカードを引いたのか!?」
「この効果で墓地の"大将軍 天龍"を復活させる!!」
 十字架の光が、フィールドに降り注ぎ、紅蓮の将軍を蘇らせる。
 際ほどよりも強い闘志を燃やして、敵を鋭く睨み付けた。
 おそらくこれが、最後の攻撃だ。
「天龍の効果でデッキから"六武衆−ニサシ"をすべてゲームから除外して、その能力を付加させる!!」
 デッキから緑色の光が放たれた。
 将軍の持つ刀はその光を纏い、形を変えていく。
 身の丈もある大きな刀が、半分ほどの長さになり、2本の小太刀へと姿を変えた。

 大将軍 天龍:攻撃力3000→4400 守備力3000→3700 炎→炎+風属性
 
「ニサシの力を宿した天龍は、このターン2回攻撃することが出来る! バトルだ!! いけ! 天龍!!」
 将軍が風のような速さで、大地を司るHEROへ斬りかかる。
「くっ、"ヒーローバリア"を発動!!」
 HEROの前に壁が現れて、将軍の一撃を防いだ。


 ヒーローバリア
 【通常罠】
 自分フィールド上に「E・HERO」と名のついたモンスターが
 表側表示で存在する場合、相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。


「まだだ! 2回目の攻撃!!」
 弾かれた刃を手放して、もう一方の小太刀を振りあげる。
 HEROを守っていた壁は一撃目に受けた衝撃で粉々になっていた。HEROを守るものは、何もない。
 そして、風の速さを持つ刃が、HEROを切り裂いた。
「ぐあああああああああああああ!!!」

 E・HERO ノヴァマスター→破壊
 西原:1000→0LP




 決闘は、終了した。













「なんとか……勝てた……」
 崩れそうになる体を気力で支えて、倒れた西原へと近づいた。
「教えてくれ。いったい……何がどうなってるんだ?」
「俺が……教えると思うか?」
「………いや、思わない」

 ピシッ……

 何かにヒビが入るような音がした。
 見ると西原の胸には、黒い結晶のペンダントのような物がぶら下がっていた。
 その黒い結晶には亀裂が入っている。さっきの音はこれのようだ。
「そうか……これが……白夜の力か……くくっ……」
 西原は負けたにもかかわらず、笑みを浮かべていた。
「何が可笑しいんだよ」
「くくっ、決闘して分かったことがあってな。それが……くくっ、分かって嬉しいんだ」
「……どういうことだ?」
 尋ねると、西原は不気味な笑みを浮かべて、言った。

「俺程度に手こずるお前の力じゃ、我が主の計画は阻止できない。ただ、それだけだ」

「……!!」
「なかなか楽しかったぞ。中岸大助」

 パリンッ!!

 ガラスの割れるような音がして、黒い結晶が砕け散った。
 そして西原は白目をむいて、動かなくなってしまった。
「………」
 一応、脈を取ってみた。どうやら、気絶しただけらしい。
 だがこれ以上、西原から情報をもらえそうになかった。
 とりあえず、早くこの場を離れよう。他にも仲間がいるかもしれないし、あの二人のところにも、西原の仲間が行って
いるかも知れない。
 香奈はきっと負けないだろう。だがそれでも、心配だ。早く追いつきたいが、闇の決闘で受けたダメージのせいで体が
思うように動かない。
 すぐに追いつくことは、できそうになかった。
「香奈……本城さん……!!」
 出来るだけ早足で、道を急ぐ。
 二人とも、無事にいてくれ……!



 夕日が沈みかけている。

 闇が静かに、近づいていた。






episode5――忍び寄る闇――

「もう、なんなのよ!」
 せっかく久々に会ったのに、何なのよあの態度。せっかく久しぶりに決闘できると思っていたのに、カードショップは
早く店を閉めちゃうし、大助は私のことをうるさいって言うし……あーもう! 本当に何なのよ!!
「ま、待って下さい朝山さん!」
 後ろから本城さんがついてきた。
「そ、そんな早く歩かれたら、追いつけないです」
 本城さんは額に汗を流しながら、少し疲れた表情を見せた。
 後ろに大助がいないことを確認して、足を止める。
「や、やっと止まった……」
 本城さんは息を切らしながら、膝に手をついた。
 たしかに、ちょっとペースが早かったかもしれなかった。
 でも、これは大助のせいよ。あんな事言われたら、不機嫌になるに決まってるじゃない。
「本城さん、大丈夫?」
「あ、は、はい。……あ、朝山さん……早いんですね……」
 乱れた眼鏡をかけ直して、本城さんは言った。
 私はハンカチを取り出して、彼女に差し出した。
「ごめんね。いつもはちゃんと人に合わせてるのよ?」
「あ、ありがとうございます」
 本城さんはハンカチを取って、汗を拭いた。
「なんかごめんね、本城さん。疲れさせちゃって」
「え、いえ、そんなことないです」
 本城さんは微笑みながらそう言って、再び眼鏡をかけ直した。
「あ、ハンカチ、洗って返しますね」
「別にいいわよ。疲れさせちゃったのは私なんだから……本当に大丈夫? 本城さん?」
「あ、はい………夏休みにあんまり動いていなかったから、ちょうど良い運動でした……」
 夏休みに動けなかったって…………それってつまり、運動が出来ないほどのことが、夏休みにあったって事よね。
 やっぱりそれは……山際が言っていた『家の事情』が関わっているってこと………。
「……本城さん、ちょっといい?」
「あ、はい。なんですか?」
 本城さんは首をかしげて、私の言葉を待っている。大助は、他人の家のことに口出しはしない方がいいって言ってたけ
ど、そんなことして手遅れになったら元も子もないと思った。
「……私は本城さんの味方よ」
「は、はい?」
 本城さんは首をかしげながら、答えた。
「そりゃあ私は、本城さんの家の複雑な事情とか知らないわよ。でも何かあったらすぐに私に相談していいわよ。絶対に
本城さんの力になるから!」
「え……き、急にどうしたんですか? 朝山さん?」
「今まで学校に来れなかったくらい大変な事情なのは分かるわ。でもだからって、本城さんに何かあったら嫌よ。本城さ
んを傷つけるような奴は、私がぶっ飛ばしてあげるわ。だから困ったことがあったらすぐに頼って良いわよ。きっと大助
も協力してくれるわ」
「は、はぁ……」
 本城さんはあいまいな返事をしながら、なんだか困った表情を浮かべていた。
「あ、あの朝山さん……」
「なに?」
「その……多分、朝山さんが想像してるような事情は……ないんですけど……」
「……どういうこと? 親に暴力ふるわれているとか、借金取りに追われているとか、そんなことじゃないの?」
「い、いえ……普通に親子で仲は良いですし……借金もしてません」
「じゃあ、どういうことよ?」
「その……あまり言いたくないんです。けど朝山さんが考えているような事情はないので、大丈夫です」
「あ、そ、そうなんだ……」
 私が考えているのとは、少し違ったみたいだった。
 だとしたら、余計なこと言っちゃったのかもしれないわね。
「そ、それに……朝山さんに迷惑はかけられないですし……」
「迷惑じゃないわよ。友達が困っていたら、助けるのは当然じゃない?」
「え……友達……ですか?」
「当たり前じゃない。私と本城さんは、もう友達でしょ?」
 そう言うと、本城さんは目をぱちくりとさせながら赤くなっていた。
 そして恥ずかしそうに下を向いて、何かぶつぶつと呟いていた。
「どうかした?」
「え、は、はい! ありがとうございます」
 本城さんは嬉しそうな笑みを浮かべて、そう言った。



 それから一緒に歩いて五分ぐらい。
 商店街を抜けて、そろそろいつもの下校道に近づく頃だった。
「本城さんは、こっちでいいの?」
「はい。でももう少しで曲がらないといけません」
「そっか。それで、学校には慣れた?」
「はい。朝山さんのおかげで、だいぶ慣れたと思います」
 優しい笑みを浮かべながら、本城さんは答えた。
「なら良かったわ。本城さんは決闘も強いし、これからの遊戯王の授業が楽しくなるわね」
「はい。私も、朝山さんが強くてびっくりしました。朝山さんは、どれくらい長くやっているんですか?」
「だいたい3年くらいよ。大助と一緒に、近所にいた人に教えて貰ったの」 
「そうなんですか……。あ、もしかして朝山さんと中岸君って、幼なじみなんですか?」
「そうよ。言ってなかったかしら?」
「ええ、朝山さんったら自分の事ばかり話していましたから」
「わ、悪かったわね! どうせ私は自分のことしか話せないわよっ!」
「ふふ……でも、その、羨ましいです」
「何が?」
「私は、あんまりその……自己主張が苦手で………その、朝山さんの性格が羨ましいなぁって……」
 本城さんは照れながら言った。
 たしかに決闘しているときも思ったけれど、少し控えめな性格よね。
 もっと遠慮せずにガンガン言っちゃえばいいのに……って、それが出来たらこんなこと言わないか。
「試してみればいいじゃない」
「え?」
 本城さんがキョトンとした顔をした。
「他に人がいる訳じゃないし、恥ずかしがることなんてないわ。試しに強い口調で話してみたらいいじゃない」
「え、でも……」
「大丈夫よ。私が協力してあげるわ。何事も経験よ。じゃあはい、スタート!」
「え、え、えーと、な、何て言ったらいいんでしょうか?」
「んーそうねぇ……『別にあんたのためじゃないんだからね』とか言えばいいんじゃない?」
「それ、ちょっと違いませんか?」
「別にこんな感じでいいのよ。ほら、言ってみてよ」
 歩くのを止めて、恥ずかしそうに下を向く本城さんの顔を覗き込む。
「じゃ、じゃあ……」
 目がキョロキョロと動いて、本城さんは落ち着かない様子だった。
 辺りを見回して誰もいないことを確認しているみたいだ。
「じゃあ、いきます」
 
べ、別にあんたのためじゃないんだからね…………

「うーん、なんかいまいちね」
「そ、そんなぁ……それなら最初から言わせないで下さぃ……」
 顔を真っ赤にしながら本城さんはうなだれた。
「ま、まぁそのうちできるようになるわよ」
「はぁ……」
「元気出しなさいよ。私以外に誰も見てなかったんだから大丈夫でしょ?」
「そういう問題じゃない気がするんですけど……」
 そうして喋りながら歩くこと、もう十分。
 遠くの空で夕日が沈み始めている。
 少しだけ、日が短くなったように感じた。季節が秋に移行している証拠かもしれない。
「そういえば……」
 後方を確認しながら、本城さんは口を開いた。
「中岸君、大丈夫なんでしょうか? ペースを落としてから随分経ちますけど……」
 後ろを見てみた。
 辺りには外灯がつき始めていて、人通りは少ない。
 遠くの方を見ても、大助の姿は見えなかった。
「大丈夫よ。事故に遭うような奴じゃないし、きっとどこかで道草食ってるのよ」
「でも、朝山さんが怒って早足で行っちゃったから、ショックを受けてしまっているんじゃないんですか?」
「あれぐらい大丈夫よ。気にするようなことじゃないわ」
「そ、そうなんですか?」
「そうよ。第一、悪いのは大助の方よ。せっかく本城さんが転入してきたから張り切って話してたのに邪魔してくるし、
カードショップだって大助のデッキ作りが遅いから決闘できなかったじゃない。だいたい、考え過ぎなのよ。デッキなん
て強そうなカードを入れれば強くなるのに、いちいち一枚のカードを吟味するから時間がかかるんじゃない。まったく、
やんなっちゃうわ。今年の夏休みなんか課題を手伝ってもらってた時に、ちょっと私が休憩をしたからって注意してくる
のよ。しかもそのあとに母さんに課題やってないのをバラされて大変だったんだから。あーもう! 思い出すだけで腹が
立つわ! 私よりちょっと勉強が出来るからって調子に乗って………そりゃあ課題を手伝ってくれたのは嬉しかったし、
決闘だってそこそこ強いし……でもそれとこれとは話が別よ。なんていうのかしら、大助は決闘の時は鋭いくせに実生活
になると鈍感なのよ。それにこの前だって――――」
「ふふっ」
 突然、本城さんが笑った。
 何か変なこと言ったかしら。
「どうかした?」
「いえ、ただ……朝山さん、楽しそうです」
「ふぇ?」
 自分でも、間抜けな返事をしたと思った。
 本城さんはクスクスと笑いながら、言葉を続ける。
「だって朝山さん、さっきまで自分の事しか話していなかったのに、今度は中岸君のことばっかり話してますよ?」
「え……?」
「それに、話している時の表情が凄く楽しそうでした」
「な、そ、そんなことないわよ!」
「朝山さんと中岸君って、本当に仲が良いんですね」
「なっ、か、勘違いしないでよね。そりゃあ小学校からの幼なじみだし、仲が良いのは当然よ。でもだからって話すのが
楽しいわけないじゃない。そ、そりゃあ他の男子から比べれば、付き合いが長い分話しやすいけど……そう見えたのは、
ほら、きっと眼鏡のピントが合ってなかったのよ」
 顔が熱くなってきた。
 自分でも、どうしてこんなに動揺してるのか分からなかった。
「ふふっ、朝山さんって、嘘がつけないタイプなんですね」
「べ、別に……そんなことないわよ」  
「でも……顔が赤いです」
「……!! こ、これはその、夕日のせいよ。か、からかわないでよ本城さん!」
「ふふっ、さっきのお返しです」
 涼やかな笑みを浮かべながら、本城さんは言った。
「もう……」
「じゃあ朝山さん、私、こっちなので」
「え? あ、そ、そう。じゃあ気をつけてね」
「はい。じゃあまた明日」
 手を振る本城さんを見送りながら、大きく息を吐いた。

 ……私、そんなに楽しそうだったの……?

 自分で自分に問いかける。
 ダークとの戦いが終わってから、私は夏休みの課題に追われていた。そのせいで大助と全然会っていなかった。母さん
に見張られていたせいで、電話とかメールとか出来る余裕もなくて、大助と話せたのだって、夏休み最終日にかけた短い
電話が一回だけ。声が聞けただけでも充分だったけど、やっぱり何か物足りないって言うか……とにかく、そんな感じが
した。
 だから今日会ったとき、本当は心の底から嬉しかったし、楽しかった。
 けれどそんなこと言ったら大助は調子に乗るに決まってるし、なにより私が大助のことが大好きでしょうがないみたい
に思われるのは悔しかった。そりゃあ大助のことは好きだけど、そこまでじゃないっていうか………あ、でも別に嫌いと
か、好きな気持ちが薄れたとかじゃなくて……好きだけど、それを正直に言うのも……なんか、恥ずかしいっていうか…
…………とにかく、楽しそうに話しているつもりなんかなかった。
 だけど話しているうちに、知らず知らずのうちに笑顔になってたのかもしれない。
 そう思うと、なんだか余計に恥ずかしかった。
 今日会ったばかりの本城さんにも指摘されちゃったって事は、もしかして友達も同じ事を思ってたのかしら。
 だとしたら……。
「……って、何を考えてんのよ……」
 頭を振って、考えを振り払った。 
 ただ単に本城さんが鋭かっただけに決まってる。
 うん、そうよ。きっとそう。
 
 時計を見た。そろそろ七時になる。 
 大助のことが少し気になった。もしかして、さっきので本当に傷ついて追ってこないのかしら……って、何考えてんの
よ。そんなわけない。あいつなら大丈夫よ。
「早く、帰らなくちゃ」
 そう思って、歩き始めた。





「お待ち下さい」





 後ろから、呼びかけられた。
 振り返るとそこには、化学教師が着ているような白衣を纏った女性がいた。
「朝山香奈様ですね」
「そうだけど……誰よ?」
「申し遅れました。私は稲森(いなもり)と申します」
 丁寧な自己紹介だった。
 自然と私の脳裏に、カードショップで出会った武田という男の姿が浮かんだ。
「……あんたもしかして、あの武田って奴の仲間?」
「………何のことでしょうか? 私は、あなたに用があってきたのですよ?」
 稲森と名乗った女性は表情を変えないで言った。
 表情が変わらないところが、まるで機械のようで、なんだか不気味だった。
「私に何の用よ?」
「それを言ったところで、あなたが聞く耳を持たないのは分かっています」
 稲森がフッと微笑むと、その体から闇が吹き出した。
「……!!」
 見間違いじゃなかった。
 夏休みの戦いで何度も相手にしてきた闇が、再び目の前に広がっている。
「あんたまで……どうして闇の力を持ってんのよ!!」
「答えるメリットが、私にありますか?」
 訳が分からなかった。あの夏休みの戦いで、闇の力は無くなったんじゃなかったの?
 少なくとも、ダークの一味は全員捕まったはずだ。闇の力を扱える人なんて、いるはずないのに。
「さぁ、もう逃げられませんよ」
 稲森はデュエルディスクを構えながら、そう言った。
「……!!」
 やるしかないみたいね。ちょうどいいわ。新しいデッキも試したかったことだし、とことんやってやるわよ。
 デュエルディスクを展開して、デッキをセットする。自動シャッフルが完了して、準備が整った。
「さぁ、始めましょう。闇の決闘を」
「私に挑むなんて、いい度胸じゃない! 行くわよ!」




「「決闘!!」」




 香奈:8000LP   稲森:8000LP




 決闘が、始まった。






「この瞬間、フィールド魔法を発動」
 稲森のデュエルディスクから、黒い霧のようなものが吹き出してきた。
「これって……!」
 自分の目を疑いたくなった。
 夏休みの戦いで、何度も相手が使ってきた、闇の力を持つカードが目の前で再び発動された。



「フィールド魔法、"増幅する闇の世界"を発動です」






 増幅する闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 このカードがフィールド上に存在する限り、自分フィールド上に存在する
 モンスターの攻撃力と守備力は300ポイントアップする。


 広がった闇の世界。その真っ黒な世界の中心に、大きな黒い柱が立った。
 なにかの結晶体にも見える柱の中には、不気味な黒い煙が渦巻いているように見える。
「なによ……これ……」
 訳が分からなかった。
 今までの闇の世界とは違う効果になっている………何が、どうなってるの?
「さぁ、これで準備は整いましたね」
「……あんた、何者なのよ」
「答える必要はありませんよ。私のターン、ドローです」(手札5→6枚)
 稲森がカードを引いた。
 どうやっても、答える気はないみたいね。
「答えないなら、力ずくでも聞いてあげるわよ!」
「あなたにそれができれば、ですけどね」
 冷たく笑いながら、稲森はカードを発動した。


 前線基地
 【永続魔法】
 1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に
 手札からレベル4以下のユニオンモンスター1体を特殊召喚する事ができる。


「何よそれ」
 見たことないカードだった。まぁ、そこまでカードプールに詳しい訳じゃないけど……。
「"V−タイガー・ジェット"を召喚しますね」
 闇の場に、頭が虎の形をした機械が現れた。
 

 V−タイガー・ジェット 光属性/星4/攻1600/守1800
 【機械族】
 空中戦を得意とする、合体能力を持つモンスター。
 合体と分離を駆使して立体的な攻撃を繰り出す。


「この瞬間、"増幅する闇の世界"の効果が発動します」
 中心のそびえ立つ黒い柱から煙が吹き出して、機械の虎の体を包み込む。
 黄色だった体が黒く染まって、不気味な虎の機械が現れた。

 V−タイガー・ジェット:攻撃力1600→1900 守備力1800→2100

「星4で攻撃力1900って、なかなかやるじゃない」
「まだですよ。"前線基地"の効果で、"W−ウィング・カタパルト"を特殊召喚します」
 虎の機械の隣に、今度は青い飛行機のような機械が現れた。


 W−ウィング・カタパルト 光属性/星4/攻1300/守1500
 【機械族・ユニオン】
 1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに装備カード扱いとして
 自分の「V−タイガー・ジェット」に装備、または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
 この効果で装備カード扱いになっている時のみ、装備モンスターの攻撃力・守備力は400ポイントアップする。
 (1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで。装備モンスターが戦闘によって破壊される場合は、
 代わりにこのカードを破壊する。)


 W−ウィング・カタパルト:攻撃力1300→1600 守備力1500→1800

 機械ばっかり………相手のデッキは機械族のデッキみたいね。あんまり相手にしたこと無いけど、問題ないわ。どんな
デッキだって、私のカードで全部無効にしてやるわよ。
「私はこの2体のモンスターをゲームから除外して、"VW−タイガー・カタパルト"を特殊召喚します」
 2体の機械が、突然分離した。
 大きな音を立てて、パーツごとに重なり合い、一つの機体に合体した。


 VW−タイガー・カタパルト 光属性/星6/攻2000/守2100
 【機械族・融合/効果】
 「V−タイガー・ジェット」+「W−ウィング・カタパルト」
 自分フィールド上に存在する上記のカードをゲームから除外した場合のみ、
 融合デッキから特殊召喚が可能(「融合」魔法カードを必要としない)。
 手札を1枚捨てることで、相手フィールド上モンスター1体の表示形式を変更する。
 (この時、リバース効果モンスターの効果は発動しない。)


 VW−タイガー・カタパルト:攻撃力2000→2300 守備力2100→2400

「あなたのデッキには、これはきついんじゃないですか?」
「…………」
 この人、私のデッキを調べているみたいね。
 たしかにパーミッションデッキには、あらかじめ展開しておく戦術は有効だ。大助もよくやっているし、文句は言えな
い。けどそれぐらいの攻撃力なら、まだなんとかなる。
 恐れることなんて、全然ないわ。
「カードを1枚伏せて、ターン終了です」
 稲森はフッと笑って、最初のターンを終えた。

-------------------------------------------------
 香奈:8000LP                    
                     
 場:なし                    
                     
 手札5枚                    
-------------------------------------------------
 稲森:8000LP                    
                     
 場:増幅する闇の世界(フィールド魔法)                    
   VW−タイガー・カタパルト(守備)                  
   伏せカード1枚                  
                     
 手札2枚                    
-------------------------------------------------

「私のターンよ!!」(手札5→6枚)
 勢いよくカードを引いた。
 さっさと決着をつけて、この人から情報を聞き出さないと。
 それに、相手の態度がすごく気にくわなかった。私はいつだって余裕ですよ、みたいな感じが、本当に嫌だった。
「モンスターをセットして、カードを2枚伏せてターンエンドよ!!」
 でも、今はこれしかできない。
 次のターンが、勝負よ。

-------------------------------------------------
 香奈:8000LP                    
                     
 場:裏守備モンスター1体                    
   伏せカード2枚            
                    
 手札3枚                    
-------------------------------------------------
 稲森:8000LP                    
                     
 場:増幅する闇の世界(フィールド魔法)                    
   VW−タイガー・カタパルト(守備)                  
   伏せカード1枚 
                     
 手札2枚                    
-------------------------------------------------

「私のターンですね」(手札2→3枚)
 稲森はカードを引いて、こっちを見つめてきた。
 そして小さく笑って、行動に移った。
「"VW−タイガー・カタパルト"の効果発動。手札を1枚捨てて、あなたの場にいるモンスターの表示形式を変更させま
すね」
 黒い機体から光線が放たれて、私の場に隠れているモンスターが表になった。
 マシュマロを連想させるようなモンスターが、何の敵意もなく場に現れる。


 マシュマロン 光属性/星3/攻300/守500
 【天使族・効果】
 フィール上に裏側表示で存在するこのカードを攻撃したモンスターのコントローラーは、
 ダメージ計算後に1000ポイントダメージを受ける。
 このカードは戦闘では破壊されない。


「"マシュマロン"でしたか、このまま攻撃したら危なかったですね」
「そうね。"マシュマロン"は戦闘では破壊されないわ。いくら攻撃力が高くたって、戦闘破壊出来なきゃ意味無いわよ」
「なら、破壊しなきゃいい話です」
「……?」
「"X−ヘッド・キャノン"を通常召喚。さらに"前線基地"の効果で"Y−ドラゴン・ヘッド"を特殊召喚です」
 

 X−ヘッド・キャノン 光属性/星4/攻1800/守1500
 【機械族】
 強力なキャノン砲を装備した、合体能力を持つモンスター。
 合体と分離を駆使して様々な攻撃を繰り出す。


 Y−ドラゴン・ヘッド 光属性/星4/攻1500/守1600
 【機械族・ユニオン】
 1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに装備カード扱いとして
 自分の「X−ヘッド・キャノン」に装備、または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
 この効果で装備カード扱いになっている時のみ、装備モンスターの攻撃力・守備力は400ポイントアップする。
 (1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで。装備モンスターが戦闘によって破壊される場合は、
 代わりにこのカードを破壊する。)


 X−ヘッド・キャノン:攻撃力1800→2100 守備力1500→1800
 Y−ドラゴン・ヘッド:攻撃力1500→1800 守備力1600→1900

「あら、意外ですね。てっきり"キックバック"でも使われるかと思っていました」
「………………」
「そんなに睨まないで下さい。伏せカード発動です」


 ゲットライド!
 【通常罠】
 自分の墓地に存在するユニオンモンスター1体を選択し、
 自分フィールド上に表側表示で存在する装備可能なモンスターに装備する。


「この効果で、墓地の"Z−メタル・キャタピラー"を"X−ヘッド・キャノン"にユニオンしますね」
 両肩にキャノン砲を装着した機械に、キャタピラのパーツが装着される。
 新たな力を得て、稲森の機械はその力を上げた。

 X−ヘッド・キャノン:攻撃力2100→2700 守備力1800→2400 

「いつそのカードを墓地へ送ったのよ」
「さっきのVWの効果発動時ですよ。それにしても意外です。これも通りましたか。どうやらブラフのようですね」
「うるさいわね。さっさと進めなさいよ!」
 いちいち嫌みな女ね。
 絶対に、その高い鼻をくじいてやるわ。
「"Z−メタル・キャタピラー"を"X−ヘッド・キャノン"から解除しますね」
 たった今装着されたキャタピラのパーツが分離して、フィールドに新たな機械のモンスターとして出現した。


 Z−メタル・キャタピラー 光属性/星4/攻1500/守1300
 【機械族・ユニオン】
 1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに装備カード扱いとして
 自分の「X−ヘッド・ キャノン」「Y−ドラゴン・ヘッド」に装備、
 または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
 この効果で装備カード扱いになっている時のみ、装備モンスターの攻撃力・守備力は600ポイントアップする。
 (1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで。装備モンスターが戦闘によって破壊される場合は、
 代わりにこのカードを破壊する。)


 Z−メタル・キャタピラー:攻撃力1500→1800 守備力1300→1600

「この3体のモンスターをゲームから除外します」
 三つの機械がバラバラになって、ガチャンガチャンと音を立てながら変形し始めた。
 なんだか、ロボットアニメを見ているみたいね。
「"XYZ−ドラゴン・キャノン"を特殊召喚しますね」
 フィールドに、大きな機械のモンスターが現れた。
 

 XYZ−ドラゴン・キャノン 光属性/星8/攻2800/守2600
 【機械族・融合/効果】
 「X−ヘッド・キャノン」+「Y−ドラゴン・ヘッド」+「Z−メタル・キャタピラー」
 自分フィールド上に存在する上記のカードをゲームから除外した場合のみ、
 融合デッキから特殊召喚が可能(「融合」魔法カードは必要としない)。
 このカードは墓地からの特殊召喚はできない。
 手札のカードを1枚捨てる事で、相手フィールド上のカード1枚を破壊する。


 XYZ−ドラゴン・キャノン:攻撃力2800→3100 守備力2600→2900

「……!!」
「驚かないで下さいよ。まだまだこれからなんですから」
 すると、場にいる2体の機械が再び分離した。
「また変形するの?」
 いい加減、うんざりしてきた。
 どれだけ変形したって、どうなるわけでもないのに。
「さぁ、これが私の切り札です」
 闇のフィールドに、巨大な機械が姿を現す。
 もともと5体の機械が集まって、どこぞの戦隊が使うような巨大ロボットが組みあがった。


 VWXYZ−ドラゴン・カタパルトキャノン 光属性/星8/攻3000/守2800
 【機械族・融合/効果】
 「VW−タイガー・カタパルト」+「XYZ−ドラゴン・キャノン」
 自分フィールド上に存在する上記のカードをゲームから除外した場合のみ、
 融合デッキから特殊召喚が可能(「融合」魔法カードを必要としない)。
 1ターンに1度、相手フィールド上のカード1枚をゲームから除外する。
 このカードが攻撃する時、攻撃対象となるモンスターの表示形式を
 変更する事ができる。(この時、リバース効果モンスターの効果は発動しない。)


 VWXYZ−ドラゴン・カタパルトキャノン:攻撃力3000→3300 守備力2800→3100

「攻撃力3300……なかなかね」
「じゃあ効果発動です。"マシュマロン"を除外しますね」
 巨大な砲台が、私のモンスターに向いた。
 このまま通すわけにはいかない。相手の思い通りになんか、させないわ。
「手札1枚捨てて、"天罰"を発動よ!!」(手札3→2枚)
 天から雷が降り注ぎ、機械のモンスターに直撃する。
 機械はショートしたように動かなくなり、やがて爆発した。


 天罰
 【カウンター罠】
 手札を1枚捨てて発動する。
 効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する。


 VWXYZ−ドラゴン・カタパルトキャノン→破壊

「たいしたことないわね」
「……ぃめ……」
「……?」
 ぽそりと、稲森は何かを言った。
 『1枚目』…………そう聞こえた気がした。
「かかりましたね」
「え……?」
「デッキワンサーチシステムを発動します」
 デュエルディスクの、青いボタンが押された。
 稲森は冷たい笑みを浮かべながら、デッキからカードを手札に加える。
《カードを1枚ドローして下さい》
 音声の言うとおりに、私はカードを1枚引いた。(手札2→3枚)
 このタイミングでデッキワンサーチシステムを使うってことは、勝負をかけてくるのかもしれないわね。
「私は"先端技術の革命"を発動! 効果で墓地から"VWXYZ−ドラゴン・カタパルトキャノン"を特殊召喚です」
「えっ!?」
 バラバラになった機械の破片が、最先端の技術によって再構築されていく。
 そして、前と変わらぬ姿でフィールドに戻ってきた。

 VWXYZ−ドラゴン・カタパルトキャノン→特殊召喚


 先端技術の革命
 【永続魔法・デッキワン】
 「V」、「W」、「X」、「Y」、「Z」と名のつくモンスターが
 15枚以上入っているデッキにのみ入れることが出来る。
 1ターンに1度、自分の墓地、または除外されているカードの中から
 「VW」または「XYZ」または「VWXYZ」と名のつくモンスター1体を
 そのカードの召喚条件を無視して特殊召喚することができる。
 このカードがフィールドで表側表示で存在する限り、自分はドローフェイズにドローできない。


「……!!」
「効果発動。今度こそ、"マシュマロン"を除外しますね」
 砲台から、光線が放たれる。
 その光に飲み込まれたモンスターは、跡形もなく消滅してしまった。

 マシュマロン→除外

「そんな……」
「バトルです。あなたに、ダイレクトアタック」
 巨大な砲門が、私に向いた。
 伏せてあるカードに、思わず手がかかった。
 ……駄目だ。今は、使っても意味がない。
「いきなさい」
 強烈な光線が放たれて、私を飲み込んだ。
「うあああああああああああああ!!」

 香奈:8000→4700LP

「いい悲鳴ですね」
「う…ぁ……あぁ………!」
 体が焼けるような激痛だった。
 ダメージが本物になる、闇の決闘に間違いなかった。
「さぁ、続けましょうか。ターン終了です」

-------------------------------------------------
 香奈:4700LP                    
                     
 場:伏せカード1枚                    
                    
 手札3枚                    
-------------------------------------------------
 稲森:8000LP                    
                     
 場:増幅する闇の世界(フィールド魔法)                    
   VWXYZ−ドラゴン・カタパルトキャノン(攻撃)                  
   先端技術の革命(永続魔法・デッキワン)                  
                     
 手札0枚                    
-------------------------------------------------

「私の……ターンよ!」(手札3→4枚)
 痛みを堪えて、カードを引いた。
 相手の場にはモンスターが1体だけだし、このターンでなんとかできれば勝てるはず。
 手札が一気になくなるけど、やるしかない!。
「私は手札から"死者蘇生"を発動するわ!!」


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


「墓地から"アテナ"を特殊召喚よ!!」
 暖かな光がフィールドに降り注ぐ。
 その光の中から、女神のモンスターが姿を現した。


 アテナ 光属性/星7/攻撃力2600/守備力800
 【天使族・効果】
 自分フィールド上に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を墓地に送る事で、
 自分の墓地に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を自分フィールド上に
 特殊召喚する。この効果は1ターンに1度しか使用できない。
 フィールド上に天使族モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚される度に、
 相手ライフに600ポイントダメージを与える。


「いつそのカードを墓地へ?」
「"天罰"のコストで墓地へ送っておいたのよ」
「そうですか」
「そして"純白の天使"を召喚! "アテナ"の効果で600のダメージよ!!」


 純白の天使 光属性/星3/攻撃力0/守備力0
 【天使族・チューナー】
 このカードを手札から捨てて発動する。
 このターン自分が受けるすべてのダメージを0にし、自分フィールド上のカードは破壊されない。
 この効果は相手ターンでも発動する事ができる。


 小さな白い天使が現れると同時に、女神の力によって作られた光の矢が、稲森を貫いた。
「うっ……!」

 稲森:8000→7400LP

「行くわよ! レベル7の"アテナ"に、レベル3の"純白の天使"をチューニング!」
 小さな白い光が女神の体を包み込み、聖なる力を高めていく。
 不気味な闇の世界に、眩い天使の姿が舞い降りた。


 天空の守護者シリウス 光属性/星10/攻撃力2000/守備力3000
 【シンクロ・天使族/効果】
 「純白の天使」+レベル7の光属性・天使族モンスター
 このカードが表側表示で存在する限り、相手は自分の他のモンスターへ攻撃できず、
 相手に直接攻撃をすることもできない。
 このカードが特殊召喚されたとき、以下の効果からどちらか一つを選びこのカードの効果にする。
 ●1ターンに1度、デッキまたは墓地からカウンター罠1枚を選択して手札に加える事ができる。
 ●バトルフェイズの間、このカードの攻撃力は自分の墓地にあるカウンター罠1種類につき
  500ポイントアップする。


「私は第1の効果を選択するわ! デッキから"天罰"を1枚手札に加える!」(手札2→3枚)
「……………」
「バトルよ! シリウスで攻撃!」
 シリウスがその翼を大きく広げて、力を溜める。
「何を考えているんですか? 攻撃力が劣っているというのに…………まさか……」
「そのまさかよ! 手札から"オネスト"の効果発動よ!!」


 オネスト 光属性/星4/攻1100/守1900
 【天使族・効果】 
 自分のメインフェイズ時に、フィールド上に表側表示で存在するこのカードを手札に戻す事ができる。
 また、自分フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスターが戦闘を行うダメージステップ時に
 このカードを手札から墓地へ送る事で、エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、
 戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。


 天空の守護者シリウス:攻撃力2000→5300

 他の天使の力を得て、シリウスの力が最大限に高められる。
 そして不気味な黒い機体へ向けて、聖なる光を放射した。

 VWXYZ−ドラゴン・カタパルトキャノン→破壊
 稲森:7400→5400LP

「うぅ……! な、なかなかですね……」
「このまま押し切ってあげるわ! カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

-------------------------------------------------
 香奈:4700LP                    
                     
 場:天空の守護者シリウス(攻撃)                    
   伏せカード2枚                  
                    
 手札1枚                    
-------------------------------------------------
 稲森:5400LP                    
                     
 場:増幅する闇の世界(フィールド魔法)                    
   先端技術の革命(永続魔法・デッキワン)                  
                     
 手札0枚                    
-------------------------------------------------

「……私のターン……"先端技術の革命"の効果で、私はドローすることが出来ません」
「残念だったわね」
「いいえ、パーミッション相手に無駄な行動をするのは自殺行為ですからね。むしろこうした方があなたにとって厳しい
ものになりませんか? "オネスト"で倒したのは素晴らしいですが、あなたはそれを1枚しか持っていない。どうやって
この先、私の高攻撃力のモンスターを倒すつもりですか?」
「…………」
 反論できなかった。
 稲森の言うとおり、私のデッキに"オネスト"は1枚しか入っていない。
 あのカードを使わないと、攻撃力3000越えのモンスターを倒すのは結構難しい。でもそれを補うためのカウンター
罠は伏せてあるから、大丈夫よね。
「では、行きます。"先端技術の革命"の効果で、墓地のVWXYZを特殊召喚します」
 再び組み上げられていく巨大ロボット。
 すでに発動されているカードの効果は無効に出来ないのに、いつまでもこんなこと繰り返されたら、いずれ……。
「バトルです。あなたの白夜のカードを消し去ってあげます」
「……! "攻撃の無力化"!!」
 砲門から放たれたエネルギー波が、次元の穴に飲み込まれた。


 攻撃の無力化
 【カウンター罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスタ1体の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。


「それを防ぎましたか。ではメインフェイズ2に効果を発動します」
「うっ……"天罰"を発動するわ!!」(手札1→0枚)
 天からの雷が、闇の力を持った機械を打ち砕いた。

 VWXYZ−ドラゴン・カタパルトキャノン→破壊

「……2枚目……ですか……」
「さっきから、何を数えているのよ」
「分かりませんか? あなたが使った"天罰"の枚数ですよ」
「……!」
 まさか、この人の狙いって……。
「パーミッションの弱点は、すでに展開されているカードは無効に出来ないということです。こうして攻撃と効果発動を
繰り返していけば、必然的に不利になりますよね。しかも、効果を無効に出来るカウンター罠は"天罰"のみです。いくら
白夜のカードで回収しても、無駄ですよ?」
「……でも、あんたの場はがら空きよ。次のターン、私がモンスターを召喚したらまずいんじゃないの?」
「ふっ、大丈夫ですよ。あなたのデッキで通常召喚可能な最高攻撃力は2400の"光神機−桜火"です。まだまだ大丈夫
ですね」
「………」
 本当に、私のことを研究してきたみたいね。
 ホントに、嫌みなやつ……。
「ターン終了です。せいぜい頑張って下さい」

-------------------------------------------------
 香奈:4700LP                    
                     
 場:天空の守護者シリウス(攻撃)                    
                    
 手札0枚                    
-------------------------------------------------
 稲森:5400LP                    
                     
 場:増幅する闇の世界(フィールド魔法)                    
   先端技術の革命(永続魔法・デッキワン)                  
                    
 手札0枚                    
-------------------------------------------------

「私のターン……」
 稲森の言う通りだった。たしかにカウンター罠の中で、すでに場に出されているカードを無効にするカードはない。
 その上、攻撃力でも劣っているから、このままじゃいつかカウンター罠で対応できなくなってしまう。
 ……だったら、『あれ』を使うしかないわね。
「ドロー!」(手札0→1枚)
 引いたカードは新しくデッキに入れたカードだった。
 これを使えれば、いける!!
「シリウスの効果で、私は"ファイナルカウンター"を手札に加えるわ!!」(手札1→2枚)
「なるほど、デッキワンカードを使いますか」
「そうよ。カードを1枚伏せて、バトル!!」
 シリウスの翼から放射された光が、稲森を貫いた。
「うっ…………っ…!!」
 
 稲森:5400→3400LP

「くっ……!!」
 膝をつく稲森を見据える。
 これでライフは逆転した。あと少しで勝てる!
「ターンエンドよ!!」

-------------------------------------------------
 香奈:4700LP                    
                     
 場:天空の守護者シリウス(攻撃)                    
   伏せカード1枚                  
                    
 手札1枚                    
-------------------------------------------------
 稲森:3400LP                    
                     
 場:増幅する闇の世界(フィールド魔法)                    
   先端技術の革命(永続魔法・デッキワン)                  
                     
 手札0枚                    
-------------------------------------------------

「調子に乗らないことですね……」
「分かってるわよ。さっさとかかってきなさい!」
「ふっ、私のターン――――」
「この瞬間、伏せカード発動よ!!」
 覚悟を決めて、カードを発動した。
 

 ファイナルカウンター
 【カウンター罠・デッキワン】
 カウンター罠が15枚以上入っているデッキにのみ入れることが出来る。
 このカードはスペルスピード4とする。
 発動後、このカードを含めて、自分の場、手札、墓地、デッキに存在する
 魔法・罠カードを全てゲームから除外する。
 その後デッキから除外したカードの中から5枚まで選択して自分フィールド上にセットする事ができる。
 この効果でセットしたカードは、セットしたターンでも発動ができ、コストを払わなくてもよい。


「この効果で、デッキから5枚のカードをセットするわ!!」
 私のデッキから半分のカードが取り除かれる。
 その中から5枚のカードを選び出して、デュエルディスクにセットした。
「一気に5枚のカウンター罠を伏せるカード……情報通りですが、さすがに凄いですね」
「もう私のデッキにカウンター罠はないわ。ここからが本当の勝負よ!!」
「……なるほど、では私は"先端技術の革命"でVWXYZを特殊召喚しますね」
 三度、構築されていくロボットモンスター。
 高い攻撃力を持っていて、しかも除外効果までついている。
 認めたくないけど、このモンスターは強い。知っていたら、絶対に召喚なんかさせなかったのに……。
「バトルです!!」
「"攻撃の無力化"で無効よ!!」
 再び次元の穴が機械から放たれた光線を飲み込んで、天使を守る。
「では、メインフェイズ2に効果発動……といきたいですが、このままでは天罰を使われて負けてしまいますね。ここは
ターンを終えることにします」
「………そう。勝手にすれば?」
「では、ターン終了です」
 稲森は微笑みながら、そう言った。

-------------------------------------------------
 香奈:4700LP                    
                     
 場:天空の守護者シリウス(攻撃)                    
   伏せカード4枚                  
                    
 手札1枚                    
-------------------------------------------------
 稲森:3400LP                    
                     
 場:増幅する闇の世界(フィールド魔法)                    
   VWXYZ−ドラゴン・カタパルトキャノン(攻撃)
   先端技術の革命(永続魔法・デッキワン)                  
                    
 手札0枚                    
-------------------------------------------------

「私のターン、ドロー」(手札1→2枚)
 引いたカードを手札に加えて、相手の場を見つめる。
 やっぱり、そう上手くはいかないみたいね。でもターンを重ねていけば、いつか相手だって……。
「シリウスの効果で、墓地の"攻撃の無力化"を手札に加えて、それを伏せてターンエンドよ」



 ターンが、稲森に移る。



「私のターン、"先端技術の革命"の効果で"XYZ−ドラゴン・キャノン"を特殊召喚しますね」
 どこからか、別の合体ロボットが現れた。
 2体のロボットが並ぶ姿は、どこか壮観な気がした。


 XYZ−ドラゴン・キャノン 光属性/星8/攻2800/守2600
 【機械族・融合/効果】
 「X−ヘッド・キャノン」+「Y−ドラゴン・ヘッド」+「Z−メタル・キャタピラー」
 自分フィールド上に存在する上記のカードをゲームから除外した場合のみ、
 融合デッキから特殊召喚が可能(「融合」魔法カードは必要としない)。
 このカードは墓地からの特殊召喚はできない。
 手札のカードを1枚捨てる事で、相手フィールド上のカード1枚を破壊する。


 XYZ−ドラゴン・キャノン:攻撃力2800→3100 守備力2600→2900

「このまま攻撃してもいいですが、もう1ターン待って確実に勝利しましょうか」
「そう。せいぜい後悔しないようにしなさい」
「……ターン終了です」

-------------------------------------------------
 香奈:4700LP                    
                     
 場:天空の守護者シリウス(攻撃)                    
   伏せカード5枚                     
                   
 手札2枚                    
-------------------------------------------------
 稲森:3400LP                    
                     
 場:増幅する闇の世界(フィールド魔法)                    
   VWXYZ−ドラゴン・カタパルトキャノン(攻撃)                  
   XYZ−ドラゴン・キャノン(攻撃)                  
   先端技術の革命(永続魔法・デッキワン)
                     
 手札0枚                    
-------------------------------------------------

「私のターン、ドロー!」(手札2→3枚)
 3枚になった手札のどれもが、モンスターカードだった。
 召喚しても良かったけど、別にいいわよね。
「このまま、ターンエンドよ」




「私のターンです。さて、じゃあまずVWXYZで攻撃しましょうか」
 巨大な砲台が天使に向けられる。
 大きな音を立てて、強烈な光線が発射された。
「"攻撃の無力化"で無効よ!」
 次元の穴が攻撃を飲み込んで、相手の攻撃を無力化する。
 稲森は微笑みながら、行動を続ける。
「じゃあ、メインフェイズ2にVWXYZの効果発動しますか」
 ロボットが両肩の砲台をシリウスへ向ける。
「"天罰"を発動よ!!」
 降り注ぐ雷が機械のモンスターを襲い、粉々にした。

 VWXYZ−ドラゴン・カタパルトキャノン→破壊

「これで3枚目ですね。これで、もうあなたに………………」
 稲森の口が止まった。
 不可解な物を見るような目で、私を見つめてくる。
 自然と、笑みが浮かんでしまった。

「やっと、効果を発動してくれたわね」

「なん……ですか?」
 動揺する稲森を視界に捉えながら、私は1枚のカードをデュエルディスクに叩きつける。
 どこからか、大きな咆吼が聞こえた。
 すると大天使の後ろから、黒き竜が出現する。
 白の天使と対をなすように、黒の冥王が、私の場に現れた。


 冥王竜ヴァンダルギオン 闇属性/星8/攻2800/守2500
 【ドラゴン族・効果】
 相手がコントロールするカードの発動をカウンター罠で無効にした場合、
 このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
 この方法で特殊召喚に成功した時、無効にしたカードの種類により以下の効果を発動する。
 ●魔法:相手ライフに1500ポイントダメージを与える。
 ●罠:相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。
 ●効果モンスター:自分の墓地からモンスター1体を選択して自分フィールド上に特殊召喚する。


「"冥王竜ヴァンダルギオン"……って……!? そんな……ことが……」
 途切れ途切れに、稲森が言葉を発する。
 それは、ついさっきカードショップで手に入れて、そのまま即投入したカードだった。
 カウンター罠で相手のカードを無効にすることで現れるモンスター。
 強いのは分かっていたけど、実際に出してみるとやっぱり迫力があるわね。
「ヴァンダルギオンはカウンター罠で無効にしたカードの種類によって効果を変えるわ。あなたのモンスター効果を無効
にしたから、ヴァンダルギオンは墓地のモンスター1体を蘇らせる効果を発動させる!!。私が蘇らせるのは、もちろん
"オネスト"よ!」
「……!!」


 オネスト 光属性/星4/攻1100/守1900
 【天使族・効果】 
 自分のメインフェイズ時に、フィールド上に表側表示で存在するこのカードを手札に戻す事ができる。
 また、自分フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスターが戦闘を行うダメージステップ時に
 このカードを手札から墓地へ送る事で、エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、
 戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。


「で、ですが……まだ私にはデッキワンカードがあります。"天罰"がもう無いなら、VWXYZを特殊召喚して―――」
「"サイクロン"を発動するわ」
「っ……!」
 

 サイクロン
 【速攻魔法】
 フィールド場の魔法または罠カード1枚を破壊する。


 強烈な突風が、稲森の場に長い間発動されていたカードを吹き飛ばした。

 先端技術の革命→破壊

「"ファイナルカウンター"はね、何もカウンター罠だけを伏せられるわけじゃない。通常魔法でも、速攻魔法でも伏せら
れるわ。私のこと調べるなら、せめてこれぐらい知っておきなさいよね」
「"サイクロン"を伏せておきながら……今まで、発動しなかったというのですか?」
「ええ、だってヴァンダルギオンの効果を試してみたかったしね。あ、でもあんたがまたデッキワンカードの効果を使お
うとしたら使ってたわよ。さすがに"天罰"1枚じゃ防ぎきれないからね」
「……朝山……香奈……!」
 怒りに震えている稲森に、私は堂々と言ってやった。
「せいぜい頑張りなさい。次のターンが、最後よ!」
「……!! XYZを守備表示にして、ターン終了です」
 何もすることがない稲森は、悔しそうにターンを終えた。

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 香奈:4700LP                    
                     
 場:天空の守護者シリウス(攻撃)                    
   冥王竜ヴァンダルギオン(攻撃)
   オネスト(攻撃)
   伏せカード2枚                     
                   
 手札2枚                    
-------------------------------------------------
 稲森:3400LP                    
                     
 場:増幅する闇の世界(フィールド魔法)         
   XYZ−ドラゴン・キャノン(守備)
                    
 手札0枚                    
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「私のターン、ドロー!!」(手札2→3枚)
 引いたカードを手札に加えて、すぐさまモンスターを場に出した。
「"豊穣のアルテミス"を召喚よ!」


 豊穣のアルテミス 光属性/星4/攻1600/守1700
 【天使族・効果】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 カウンター罠が発動される度に自分のデッキからカードを1枚ドローする。


「"オネスト"を自身の効果で手札に戻して、バトル!! まずはアルテミスで攻撃! もちろん"オネスト"の効果を使う
わ!!」

 豊穣のアルテミス:攻撃力1600→4700

 マントを羽織った天使の作り出した光の玉が、別の天使の力によって巨大化する。
 聖なる力の込められた光のエネルギーは、合体ロボットを跡形もなく吹き飛ばした。

 XYZ−ドラゴン・キャノン→破壊

「あなたの場にもうカードはない! シリウスとヴァンダルギオンで、一斉攻撃よ!!」
 天使の翼の光と、冥王の口から放たれるエネルギー波。
 その二つが混じり合い、一つの塊になって、稲森に直撃した。
「うあああああああああああああ!!!!」



 稲森:3400→1400→0LP






 相手のライフが0になる。




 

 決闘は終了した。














「私の……負けですか」
 仰向けに倒れた稲森に、私は近づいた。
 見るとその胸には、黒い石の結晶体があった。結晶は紐で通されていて、首にかけられている。
 ただのペンダントではなさそうだった。

 ピシッ!

 黒い結晶体に、ヒビが入った。
「これが白夜のカードの力……ですか……」
「あんた、一体、何者なの?」
 答えてくれるとは思わなかったけど、一応聞いてみた。
 ダークの組織の一員なら放っておけないし、そうじゃなくても放っておけない。
「最初に言ったでしょう? 教えても無駄です」
「…………」
「ですが、一つだけ、忠告しておきますね」
「え?」


「近いうちに、あなたはきっと後悔します。そして思うでしょう。『私との決闘で、負けていれば良かった』とね」


「なっ、そんなわけないでしょ! 負け惜しみにも程があるわよ!」
「だから言ったでしょう? 『忠告』だと。それとも、『予言』とでもしておきましょうか?」
「………………」
「楽しかったですよ。朝山香奈さん」

 パリィン!

 黒い結晶体が、砕け散った。
 稲森は力が抜けたように目を閉じて、動かなくなってしまった。
「なんだったのよ……いったい……」
 いったい、何がどうなってるのよ。
「大助……」
 脳裏に、あいつの姿が浮かぶ。
 ついてこないから不思議に思っていたけど、もしかして……。
 携帯を取り出した。急いで、あいつに電話をかける。私のところに敵が来たってことは、間違いなく大助のところにも
行っているに違いない。
 大助は、負けないと思うけど……でも……。

 プルルルルル……プルルルルル……

 なんで早く出ないのよ。前はすぐに出たくせに、どうして……!
「大助…!」
 まだ繋がらない。どうして、電話に出ないのよ。

 ガチャリ

 繋がった音がした。
《もしもし》
「大助!? 襲われなかった!? 大丈夫なの!?」
《お、落ち着けよ……襲われたけど、まぁ、なんとか倒した。お前のところにも敵が来たのか?》
「ええ、とにかく今どこ? 合流しましょう」
《……そうだな。もうすぐ見えるだろうから、そこで待って……あ、見えた》
 道を振り返ると、遠くの方に大助の姿が見えた。
 電話を切って、走り出す。
 あっという間に距離は縮まって、壁により掛かっている大助の側に寄った。
「待ってろって言おうとしたんだが……」
「別にそんなのどっちでもいいわよ。それより、大丈夫なの?」
「あぁ、少しダメージを食らいすぎただけだ。もう少し休めば、ちゃんと動けるようになると思う」
 大助は力のない笑みを見せて、そう言った。
 なんで、こんなときだけ嘘つくのよ。立ってるのも辛そうじゃない。
「本当に大丈夫なの!?」
「ああ、香奈も無事で良かった」
「……!! なっ、何言ってるのよ!!」
「そういえば、本城さんは?」
「え、ほ、本城さんなら襲われる前に別れたわ。多分、大丈夫よ」
「そうか。なら良かった。それにしても……いったいどうなってるんだ?」
 大助が壁により掛かるのを止めて、尋ねてきた。
「……私だって分からないわよ。しかもただの闇の力じゃなくて、新しい効果まで付いてるじゃない」
「たしかに……考えても分かりそうにないな。とりあえず明日、薫さんのところに行こう」
「そうね。詳しい話も聞けるかも知れないし」
「じゃあ、今日はさっさと帰ろう。他にも敵がいるかも知れないし」
 大助は壁から体を離して、そう言った。
 少しふらついている気がするけど、本当に大丈夫なのかしら。
「ねぇ、本当に大丈夫?」
「なんだ? 心配してくれてるのか?」
「なっ、そんなわけないでしょ!! とにかく帰りましょう」
「あぁ」
 大助の腕を引いて、私は早足で歩きだした。



 平和だった日々が、崩れていく。

 日は完全に落ちていて、辺りは暗い。

 空には薄い雲が広がっていて、その隙間に小さな星が輝いていた。






episode6――いざ、星のもとへ――

 まだ少しだけ温かい明け方。
 スターのリーダーである薫は手に花束を持って、星花病院の病室を訪れていた。
「ここ……だよね」
 病室のドアの横にあるネームプレートを確認しながら、薫は呟く。

 コンコン

 一応、ドアをノックしてみる。返事はなかった。
「失礼します」
 そう言ってドアを開ける。その病室は個室で、室内にはベッドに横たわっている1人しかいなかった。
 音をたてないように、そっと歩み寄る。
 ピッピッという電子音が定期的なリズムで鳴っていた。
「お見舞いに来たよ」
 そう言って薫は、ベッドで目を閉じた伊月弘伸を見つめた。
 伊月は呼吸器が取り付けられていて、まるで死んでしまったかのように目を閉じていた。

 『意識不明の重体。原因は不明。体は衰弱していて、もって1ヶ月程度』

 担当の医師から聞いた、伊月の状態だった。
「………………」
 花束を机に置いて、近くにある椅子に腰掛けて、薫は伊月を見つめる。
 医師は原因は不明だと言っていたが、なんとなく予想は付いていた。おそらく、闇の決闘で敗北したことが原因。 
 自分が仕事で忙しかったせいで、伊月は1人で敵のボスのところへ向かってしまった。そして、道端で倒れているとこ
ろを発見されて、こうして病院に運ばれて来た。というわけである。
 まず薫にとって、伊月が敗北したことが信じられなかった。伊月はスターでもかなり上位の決闘者である。その実力は
リーダーである自分がよく分かっているつもりだった。
 それなのに、今こうして伊月は敵に敗れて、意識不明の重体になってしまっている。
「……伊月君……どうして、1人で戦おうとしたの?」
 届くはずのない言葉を、語りかけた。
 一言でも言ってくれれば何か出来たかも知れない。こんな事態にならずに済んだかも知れない。
 リーダーとしての責任が、薫にのしかかっていた。
「…………………はぁ…………」
 深いため息がでてしまった。

(おやおや、溜息は幸せを逃がしますよ?)

「え……!?」
 薫は驚いた。聞き間違いなんかじゃなく、たしかに伊月の声がしたからだ。
 意識を取り戻したのだろうか。
 そんな希望が胸に生まれる。
「伊月君! 私だよ。分かる?」
(おやおや、そんなに呼びかけなくても聞こえていますよ)
 その体から、伊月が飛び出した。
「ひゃっ!?」
 まるで幽霊のような姿に、薫は声をあげてしまう。
 伊月の体から、伊月が飛び出してきたのだ。
「な、え、あれ?」
(驚くのも当然でしょう。僕自身も驚いているんですから)
「な、え、伊月君……だよね?」
(ええ、もちろん僕ですよ)
 幽霊のように透けた体を持つ伊月は、爽やかな笑みを向けた。
 夢ではない。幻覚でもなさそうだった。
「いったい、どうなってるの?」
(正確には分かりませんが、おそらく闇の力に関わっているのでしょう)
「そ、そっか。あっ、そうだ。体は、大丈夫なの!?」
(……残念ながら無事とは言えませんね。意識不明の重体ですから……薫さんは僕の姿が見えるんですか?)
「う、うん」
(麗花には見えていないようでしてね。どうやら白夜の力を持った人間には見えるようですね)
「でも、なんだか、幽霊みたいで……」
 まるで死んでしまったみたいだ、と言いそうになったのをかろうじて堪えた。
 そんな不謹慎なことを言ってはいけないと思った。
「……こ、これってやっぱり、敵の仕業なの?」
(どうやらそのようですね。確証はありませんが、”あのカード”が原因でしょう。明らかに他のカードとは一線を置い
ていましたからね)
 思い出すように言う伊月の顔が、いつになく真剣な表情になった。
(薫さん。相手のボスの切り札は神のカードです)
「えっ!?」
(信じられないのも、無理はありません。僕もとても驚きました。まさか闇の神や光の神以外に、別の神が存在していた
とは……おそらくこの体も、神の力の所為だと考えるのが妥当ですね)
「そっか……じゃあ、その神を倒せばもしかしたら……!」
(そうかもしれません。ですが薫さん、あまり戦うことはおすすめできません)
「ど、どうして!? だって倒さないと伊月君が……!」
(……たしかに総合的に考えれば、ダークの方が強いでしょう。それに薫さんは"光の世界"を持っているますから、相手
の"闇の世界"を気にする必要はありません。ですが神のカードは別です。あれを出されては、普通のデッキで突破するの
は不可能です。たとえ薫さんの、シンクロデッキだとしても……です)
「そ、そんな………」
 冗談を言っているようには見えない。
 それだけ敵の使うカードが強力であるということが伝わってきた。
(ですから……辛いかも知れませんが僕の命は――――)
「駄目だよ!! 伊月君!!」
 言いかけた言葉を遮るように、薫は叫んだ。
「そんなこと、言っちゃ駄目だよ! 麗花ちゃんだって、心配しているんだよ!? 伊月君がなんと言っても、私は伊月
君を助けてみせる!! だから、そんなこと言わないで!」
(……分かりました。ですが、これだけは覚えておいて下さい。敵のボスと戦うときには、絶対に"光の世界"を発動させ
て下さい。もし相手の闇の世界を無効に出来なければ、勝てる可能性はありません)
「うん! 分かったよ。だから伊月君は、頑張って待ってて」
(はい。あと、麗花のことですが……)
「分かってるよ。でも大丈夫。麗花ちゃんは、伊月君が思っているよりずっと強いから」
(……そうですか。では……あとはお願いします)
 伊月は小さく笑みを浮かべながら、頭を下げた。





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 西原と決闘してから翌日、体に残る僅かな痛みを感じながら、俺は学校に登校していた。
 隣では香奈が眠そうに歩いている。おそらく昨日のことが気になってよく眠れなかったのだろう。
「眠そうだな」
 そう言うと香奈は目をこすりながらこっちを向いた。
「うん、なんか眠れなかったのよね……」
「今日はあそこに行くんだからしっかりしろよ」
「あんたに言われなくても分かってるわよ。それより昨日の連中、また襲ってきたりしないかしら?」
「さぁな」
 一応、辺りを警戒しながら歩いている。
 だが今までの経験から、そんなことは無意味だということも分かっていた。
 今まで戦ってきた敵のほとんどが、何の前触れもなく突然姿を現して決闘を申し込んできた。昨日の西原とかいう奴も
そいつらと同じだったということは、他の敵も同じように現れるだろう。
 だから最悪の場合、こうした登校時にまで襲われる可能性がある。
 昨日はたまたま勝てたから良かったが、今度はそう上手くいかないかも知れない。
 なんとかしないといけないな。
「大助、何を考えてんのよ」
「……なんでもない。とりあえず学校に急ごう。敵だってさすがに学校に忍び込んでまで襲ってきたりはしないだろうか
ら、安全に過ごせるはずだし」
「でも襲ってきたらどうするの?」
「……その時はその時で考える」
「ふーん、まぁ大助らしいわね。私だったら考えるまでもなく決闘して勝って追い返すけどね!」
 どこから湧いてくるのか分からない自信と共に、香奈は言った。
 やれやれ、少しで良いからその自信と元気をわけて欲しいものだ。
「……なんか楽しそうだな。どうしたんだ?」
「だって今日は体育があるじゃない。楽しみに決まってるでしょ」
「……なにやるんだっけ?」
「なんであんたに教えなきゃいけないのよ。友達にでも聞きなさいよ」
「へいへい、そうですか」
「あっ、何よその反応。せっかく人が親切に体育があることを教えてあげたのに、その態度は無いんじゃないの?」
「どうせだったら何やるかぐらい教えてくれても良いんじゃないのか?」
「別に授業やれば分かるんだからいいじゃない。ほら、時間もないし急ぎましょう」
 香奈に手を引かれて、駆け足で校門を抜けた。
 秋の涼しい風が、すぐそばを通り抜けた。
 



 教室に入ると、みんないつもと変わらない様子でそこにいた。
 とりあえず教室を見渡して、雲井がいるかどうかを確認する。俺と香奈が襲われたということは、前回の戦いに参加し
ていた雲井も狙われた可能性があったからだ。
 普段の雲井の実力では、すぐにやられてしまう。
 だから、少しだけ心配だった。
「よう中岸」
 後ろから雲井がやって来た。
 しかもなぜか体操着の姿で。
「なんだその格好?」
「今日の一限は体育だぜ。着替えておくのが常識ってもんだろ」
「はぁ……」
 こいつも、普通に元気そうだな。
 少しでもこいつの心配をした俺が馬鹿だった。
「なんか疲れた顔してっけど大丈夫なんだろうな。今日の体育はドッヂボールだぜ」
「そうかい」
「なんだと? てめぇその態度はねぇだろ。遊戯王の授業のない日にある体育は、絶好の勝負日和じゃねぇか! この日
のために鍛えてきた体で、てめぇを最初にアウトにしてやるぜ!!」
「そうかよ。せいぜい頑張ってくれ」
 ドッヂボールか……。
 どうりで香奈が楽しそうにしていたわけだ。



 そして一限目。
 体操着に着替えて、俺達は体育館に集合させられた。
 雲井が言った通り、今日の授業はドッヂボールだった。夏休み明け最初の授業ということで、生徒達のなまった体をほ
ぐすのが目的らしい。
 1チーム10人で構成され、内野5人、外野5人でスタートする。外野からの復活は有りで、どちらかのチームの内野
全員が外野へ行ってしまった時点で試合終了というわけだ。負けたチームは腕立て腹筋背筋をそれぞれ50回という罰ゲ
ームを受けることになる。
 クラスで男女混合の4チームに分かれてトーナメントを行い、優勝したチームの勝ちだそうだ。
「よーし、じゃあ勝手に決めてきたから、今からそのチームごとに分かれてくれ」
 体育教師の言うとおりに、俺達はチームごとに分かれた。
 すると、まるで想定されていたかのように、俺、香奈、雲井が別々のチームになった。
 俺がAチーム、香奈がCチーム、雲井がDチームだ。トーナメント表はAチーム対Bチーム、Cチーム対Dチームとな
っている。雲井と当たるには、決勝までいかないといけないな。
「ふっふっふ、中岸ぃ……どうやら天は俺達の決勝での対決を望んでいるみてぇだなぁ」
「…………」
 雲井は挑戦的な視線を向けてくる。
 遊戯王の時ならず、勝負になりそうな行事がある時はいつもこうだ。
 溜息をつきたくなるが、雲井が俺を敵対視する理由はよく分かっている。分かっている以上、こいつの挑戦から逃げる
わけにはいかないだろう。
「分かったよ。ちゃんと勝負してやる」
「それでこそ俺のライバルだぜ!! よっしゃあ!! 決勝で会おうぜ中岸!!」
「ああ」


「じゃあまずはAチームとBチーム、始めるぞ」


 体育教師が言うと、両チームがコートに整列し始めた。
 さて、じゃあまず1回戦に勝たないとな。  




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「じゃあまずはAチームとBチーム、始めるぞ」
 体育教師がそう言うと、大助が腕を伸ばしながらコートに整列した。
 なんかさっき雲井と話していたけど、やる気になったのはそれが原因なのかしら。
「香奈、なーに考えてんの?」
 話しかけてきたのは、親友の雨宮雫(あまみや しずく)だった。肩に掛かるか掛からないかぐらいの黒髪。大きな目
に可愛らしい笑顔。遊戯王カードで言えば"光霊使い−ライナ"に似ているように見える。
 雫とは高校からの友人で、よく一緒にショッピングとかにも行っている。
「べ、別に何も考えてないわよ」
「そうかなぁ? コート見ながらボーっとしてたじゃん。あっ、分かった。中岸のこと見てたんでしょ」
「ち、違うわよ! なんで私がそんなことしなくちゃいけないのよ!」
「ホントかなー? 中岸のこと見てキュンキュンしてたんじゃないのー?」
「そ、そんなわけないじゃない。あれよ。外に鷹が飛んでたから見てただけよ」
「へぇーそうなんだ」
 雫はニヤニヤしながら見つめてくる。
 どうして何事も大助に繋げようとするのよ。私と大助の関係はバレていないはずなのに……。
「何か用? もしかしてまた変な服でも見つけたの?」
「変ってのは心外だなぁ。前にも言ったと思うけど、あたしはコスプレが大好きなの。愛してると言ってもいい。だから
変な服じゃなくて、可愛い服だって言って欲しいなぁ」
 そういうことを親友に堂々と言うのもどうなんだろう……。
 まぁ雫も相変わらずってことだから、別にいっか。
「それで何の用よ?」
「用がなきゃ話しかけちゃ駄目なんてことないでしょ? では、ちょっと失礼して……」
 そう言って雫は、私の隣に体育座りをした。
「香奈ってさ、夏休みどんな感じだったの?」
「え……まぁ色々あったわよ。遊戯王の大会に参加したりしたし、洞窟探検をしたりしたし、あっ、ビルに潜入したりも
したわ」
「へぇー、じゃあこれもその色々のうちの一つなの?」
 そう言って雫は、ポケットからある物を取り出した。
 私の星のペンダントだった。
「な、なんでそれ持っているのよ!」
「いやぁ夏休み明けから大事そうに身に付けていたから気になっちゃってね。香奈が着替え終わった時を見計らって拝借
したんだ。その様子を見ると大切な物みたいだね」
「か、返しなさいよ!」
「だーめ。私の簡単な質問に答えたら返してあげてもいいよ?」
 雫がイタズラな笑みを浮かべながらペンダントを見せびらかした。
 力ずくで奪い取っても良かったけど、それであのペンダントに傷が付いたら……嫌だな……。
「……質問って、何よ」
「たいしたことないよ。本当に簡単な質問だから、ちゃんと答えるよーに」
「………分かったわよ………」


「これは誰にもらったの?」


「……!!」
 一番、答えたくない質問をされてしまった。
 もちろん、雫もそれが分かっていて質問したんだろうけど……。
 どうしよう。大助からもらったなんて言ったら間違いなく雫は言いふらすだろうし、今すぐ上手い嘘が思いつく訳じゃ
ないし……本当にどうしよう……。
「おやおやぁ? 顔色が悪くなってるぞー」
「う、うるさいわね! か、母さんの物よ! 夏休みにくれたのよ」
「へぇー、そのわりに新しいね」
「いつも母さんは丁寧に磨いてたからそう見えるのよ。と、とにかく、質問に答えたんだから返してよ!!」
「だーめ。嘘ついてるじゃん」
「……!」
 な、ど、どうして分かるのよ。
「もしかして今、どうして分かったの、とか思ったりしたぁ?」
「べ、別にそんなこと……!」
「無駄無駄。香奈の嘘はぜーんぶお見通しだよ」
 雫は笑いながら言う。
 大助にしろ、雫にしろ、どうして私が嘘をついてるって分かるのよ。
「もう正直に言っちゃいなよ。どうせ中岸からの愛のプレゼントなんでしょ?」
「なっ!? そ、そんな……!!」
 顔が一気に熱くなった。反論しようにも、口が上手く回らない。
 頭に血が上ってきて、何を言っていいのかも分からなくなってしまいそうだった。
「おやおやぁ? その反応は当たっちゃったかなぁ?」
「ば、馬鹿じゃないの。そ、そんなわけないじゃない」
 大助はそんな気持ちでくれたわけじゃない……と思う……。
 私が大切にしてるのだって、単に気に入っているからであって……。
「ふーん、じゃあ中岸に聞いてみよっと」
「そ、そんなことしないでよ!」
「何で? 違うんでしょ?」
「ぐっ……そ、それは、その……」
「ほーらほーら、さっさと白状しちゃいなよ」
「そ、それは………………」


「駄目ですよ雨宮さん」


 本城さんが、雫の後ろから現れて、ペンダントを取った。
 後ろからの不意打ちに、雫も対応できなかったみたいだった。
「イタズラするのはよくないと思います」
「やだなぁ本城さん。イタズラなんてするわけないって。私は香奈の親友として、香奈の色んなことを知っていなきゃい
けないわけさ。本城さんだって、そのペンダントの秘密を知りたいでしょ?」
「秘密……ですか?」
「そうそう。このペンダント、夏休み前まではつけていなかったの。なのに夏休みが明けてから、このペンダントを大事
そうに身につけているじゃない。こりゃあ、きっと何かあると思った訳なの」
 私、そんな大事そうにつけていたのかしら。
「……でも朝山さん、困っているじゃないですか。顔も真っ赤で、辛そうですし、保健室に行った方が――――」
「ははは! これは病気じゃないよ。あ、恋の病かな?」
「し、雫ってば、やめなさいよ!」
「あははは、ごめんごめん。久しぶりに香奈をからかってみたかっただけだって」
 雫は明るく笑いながら、向こうの方へ行ってしまった。
 本人はただのからかいだって言ってるけど、やられる私は全然そう感じなかった。
 まだ方法は思いついていないけど、絶対にいつか雫にぎゃふんって言わせてやる。
「朝山さん、これ……」
 取り返した星のペンダントを差し出しながら、本城さんは優しい笑みを向けた。
「助かったわ本城さん、ありがとう」
「いえ、たいしたことはしていないので……それ、大切な物なんですよね?」
「…………うん………」
 星のペンダントを受け取って、ギュッと握った。
 大助がダークに負けていなくなった時も、このペンダントがあったから頑張れた。大助に会いたいという願いを叶えて
くれた。大助は渡すときに、色々世話になっているからその感謝だって言っていた。あいつがどういう意図でくれたのか
は分からないけれど……私にとって、これは本当に大切なものだ。
「朝山さん?」
「え、な、何でもないわよ。…………あれ、体操着はどうしたの?」
 体育の授業には必ず体操着でこなきゃいけないはずなのに、本城さんは制服姿のままだった。
「あ、まだ私の体操着が業者から届いていないので、今日は見学です」
「そうなの? もったいないわね。せっかくのドッヂボールなのに」
「いえ、あんまりこういうの得意じゃないので……」
「そっか。じゃあ試合でも見て楽しむしかないわね」
「はい」
 とりあえず試合を見ることにした。
 思ったよりも試合は早く進んでいて、Aチームの内野は残り3人。Bチームの内野は残り1人だった。
 大助はすでに外野にいる。どうやら開始すぐに当たってしまったみたいだった。まったく、やれやれね。
「中岸君は当たっちゃったみたいですね」
「そうね。まぁ関係ないわよ。筋トレなんかしたくないし、今は自分のことを考えないとね」
「そうですね。頑張って下さい、朝山さん」
「ええ! そうだ。本城さん、私が試合にでている間、これ預かっておいてくれない?」
 ポケットから星のペンダントを出して、本城さんに渡した。
 ドッヂボールだからかなり動くだろうし、そのせいで無くしたら大変だ。それに本城さんに預けておけば、雫に奪われ
ることもないわよね。
「あ、でもいいんですか?」
「ええ、本城さんなら任せられるわ。私は決勝が終わるまで戻らないから、お願いね」
「……分かりました。責任を持ってお預かりします」
「よろしく!」
 Bチームの残りの一人が、ボールを当てられて退場した。
 つまり、Aチームの勝利だ。
「よし、じゃあ次、CチームとDチーム、前に出てこい」
 絶対に負けないわ。
 筋トレなんて面倒なもの、してたまるもんですか。






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「はぁ………」
 なかなか疲れた。
 ただのドッヂボールだと思って、甘く見ていたかも知れない。
「ふっふっふ、お疲れみてぇじゃねぇか中岸」
 雲井が不敵な笑みを浮かべて言ってきた。
「そんなに疲れていて、決勝でこの俺と戦えるのかよ」
「あぁ、心配されなくても大丈夫だ」
「へっ! 強がってられるのも今のうちだぜ。よっしゃあ! ちゃちゃっと勝ってくるか!!」
 両肩を大きく振り回しながら、雲井はコートへ行った。
「なかなかきつかったな」
 曽原がくたくたといった表情で座り込んだ。
 俺もその隣に座って、一息つく。
「ったく、補習続きの身にはきついねぇ」
「それはお前のせいだろ」
「うるせぇよ。それより、香奈ちゃんを応援しなくていいのか?」
「誰がするかよ。第一、そんなことしたらボールがこっちに飛んでくるぞ」
 曽原はどこかつまらなそうな顔をしながら、溜息をついた。
 何か変なことでも言ってしまったか?
「中岸ぃ……お前、香奈ちゃんと何年一緒に居るんだよ。もうかなり長いんだろ? いい加減くっついちまえよ。お前な
ら俺は文句言わないぜ?」
「……つまらないこと言ってないで、黙って試合見てろよ」
「ちぇ、つまんねぇの」
 曽原は床に仰向けになって、目を閉じた。
 おい、観戦中に寝るなよ。
 
 バァン!!

 突然、大きな音がコートに響いた。
 バタリと誰かが倒れる音が聞こえて、悲鳴が上がる。
「な、なんだ?」
 何が起こったか分からず、みんなと一緒にコートへ駆け寄った。

 見るとコートの中心に、雲井が鼻血を出して倒れていた。

「ど、どうしたんだ?」
「いや、俺にも分からん」
「ちょっとお前ら、道を空けろ」
 体育教師が雲井の側によって、抱きかかえた。
「………駄目だ。完全にのびてるな。おい、誰かこいつを保健室へ運んでやれ」
「何があったんですか?」
「……カウンターを狙ったんだろうな。ほぼゼロ距離でボールを取ろうとして、顔面に直撃した」
「…………………」
 何やってるんだ雲井………。
 この分だと、この授業中に戻ってくることは難しそうだな。
 まったく、やれやれ……。

 雲井が保健室に運ばれた後、試合の決着はすぐについた。
 香奈のいるCチームが驚異的なチームワークを発揮して、Dチームの内野を連続アウトしていった。

 これで決勝は、俺のいるAチームと香奈のCチームになった。
 よりによって香奈が相手とは、ついてないな。








 そして決勝戦。
 Aチーム対Cチームの戦いだ。
「まさかあんたと決勝で戦うとは思ってなかったわ」
 香奈が挑戦的な笑みを見せて、そう言った。
「そうだな」
 こっちだって、本当に予想してなかったよ。まったく、ついてないな。
「じゃあ整列終わったら、外野と内野に別れろ」

 溜息とともに、Aチームで円陣を組んだ。
「これに勝てば筋トレ免除だ。相手はかなり強いけど、こっちだって頑張ってやれば大丈夫だぜ」
 曽原がいつものリーダーシップを発揮しながら、チームに呼びかけた。
 まぁこうなったら、相手が香奈だろうがなんだろうがやるしかないか。
「相手のチームワークは凄い。だから先手必勝でどんどん取っていくぜ」
「ああ」
「つーことで中岸、お前は内野頼む」
「了解」
「じゃあ、勝つぜ!!」

「「「「「おお!!」」」」」



 そして、試合が始まった。
 ジャンケンで勝って先攻を取り、ゲームスタートだ。

 ボールが回ってきた。数回ついて、相手コートを見渡す。
 自信満々の表情を浮かべる香奈はおいておいて、他の4人もなかなか運動神経がいい奴らばかりだ。
 とりあえず、外野にボールを回して様子を見るか。
「曽原!」
 山なりにボールを投げてパスをした。
 相手の五人が一斉に動く。
 すぐに曽原からパスが回ってきた。もう1度、相手のメンバーが動く。
 それを繰り返して、隙を探った。そして5回目のパスのとき、1人の足がわずかにもつれたのが見えた。
「大岡!」
 すぐにその相手の近くにいる味方へパスを回す。
 受け取った味方は鋭い投球で、相手をアウトにした。

 これで、相手は残りは4人。
 一歩リードだが、問題はここからだ。

「朝山さん」
 ボールが香奈に回る。
 受け取ったボールをつきながら、香奈は不敵な笑みを浮かべた。
 そう。冷静に考えてみれば、先程の試合でアウトをとったのはほとんどこいつだ。
 相手を倒すスポーツに対して、香奈は普段の2倍はやる気を出す。しかも久しぶりの体育で、筋トレの罰ゲームが待っ
ているとなれば、そのやる気はさらに倍増されているだろう。
 こいつを止めないと、Aチームは間違いなく負ける。
「さぁ、いくわよ!」
 パスも回さないで、香奈は大きく振りかぶる。
 その腕から野球部もびっくりの速球が放たれた。
 間一髪でかわす。鋭い風が通り抜けて、ボールが外野に行った。
 だが敵の外野はすぐに、香奈という名の砲台へボールを供給していく。
「いつまでもかわしきれるもんじゃないわよ!」
 そして放たれた剛速球で、内野の1人がアウトになってしまった。
 ボールが外野まで弾かれて、再び香奈へボールが回る。
「ったく……」
 どうやら敵は、香奈に攻撃を全てまかせる作戦に出たらしい。
 もちろん、それが一番効率がいいことを知ってのことだろう。
 
 2人目がアウトになってしまったが、ギリギリでボールが自陣に残る。
 内野は3対4。負けてしまっている。
 なんとか香奈を止めないといけないな。さて、どうしたものか……。
「中岸!」
 曽原の声が聞こえた。とりあえずパスを回す。
 どうやって香奈を攻略するかが、この試合のカギになりそうだな。
 またボールが回ってきた。ていうか俺ばっかりに回してくるなよ。
「頼んだぜ中岸! なんとかしてくれぇ!!」
 曽原が叫んだ。
 周りを見ると、全員がうんうんと頷いている。
 この状況下での「なんとかしてくれ」というのは、間違いなく香奈のことだろう。
 ……いつから俺はスーパーマンになってしまったんだ?
「やれやれ……」
 周りからの期待もあるし、逃げるわけにもいかない。
 こうなったら、賭に出るしかないか。
「おい香奈」
「なによ」
「ビビってないで、前に出てこいよ」
 柄にもないことを言うのは、なかなかきついものがあった。
「まぁお前が怖くて出てきたくないなら、それでもいいけどな」
「……!! 大助のくせに私に喧嘩を売ろうなんて、いい度胸じゃない!! 別にあんたの投げたものなんかあっさりと
受け止めてあげるわよ!!」
「無理だね」
 どんだけ安い挑発に乗っているんだよ。
「さぁ、かかってきなさい!」
 俺と香奈の距離は約4メートルぐらい。センターラインまで近づけば約2メートルだ。上手くいけばアウトに出来る。
だが逆に取られてしまえば、すぐに怒りの剛速球が飛んできて俺は保健室に直行するだろう。
「はぁ……」
 自然と溜息が出てしまった。
 やれやれ、仕方ないな。
「行くぞ!!」
 勢いをつけて、大きく振りかぶる。
 相手が女子だとかそんな余計なことは考えずに、全力でボールを放った。もちろん取りづらいように、足下を狙った
投球だ。これをとられたら、もうどうしようもない。

 バァン!! 

 大きな音が鳴って、ボールが、宙を舞った。

























「はぁ……」
 汗で濡れた体操着を着替えながら、溜息をついた。
「いやぁ、まいったな」
 曽原が笑いながら言う。
 もう一度、深いため息をついた。

 ドッヂボールの試合、優勝は香奈のいるCチームだった。

 全力で投げたボールを香奈が受け止めようとして弾いたまではよかったが、ボールがコートに落ちる前に相手の内野が
キャッチしたため、香奈はセーフになった。
 あとは考えるまでもなく、バッタバッタとアウトになり、一気に試合は決まってしまったというわけだ。
「それにしても、香奈ちゃんいつもより張り切ってなかったか?」
「課題ばっかりしてて体が鈍ってたからじゃないのか?」
「へぇー、さすが彼女のことは何でも知ってるんだな」
「だからなんでそうなる」
 消臭スプレーをかけて、シャツに着替える。
 そうやって何でも香奈と結びつけるのは止めて欲しいんだが……。
「そういえば、このあとの授業って何だ?」
「しらね。別に何でもいいだろ。どうせ俺は寝るしな」
「……お前に聞いた俺が馬鹿だったよ」
 


 それから何事もなく午後の授業も終わり、無事に放課後になった。
 さすがに相手も、学校にまで襲ってくるつもりはなかったらしい。
 今は校門で香奈と待ち合わせ中だ。なにやら友達と話があるらしく、先に待っててくれと言われたのだ。
 だがいくら9月になったと言っても、残暑が残っているため外で待っているのはなかなかきつい。滲んでくる汗を用意
しておいたタオルでぬぐいながら携帯を開いた。放課後になってから、もう30分くらい経っている。
 あいつは待っている人のことを考えているのだろうか。
 ………よくよく考えてみれば、香奈にどこで待っているか言ってなかったな。
「大助、お待たせ」
 後ろから香奈が上機嫌でやってきた。
「よくここが分かったな」
「何言ってるのよ。あんたが待ってる場所くらいだいたい分かるわよ」
「……いつから超能力者になったんだ?」
「馬鹿ね。勘に決まってるでしょ」
 さも当たり前のように香奈は言った。
 勘で人の場所が分かるなんて、結構便利だな。
「それにしても、ずいぶん嬉しそうだな」
「そりゃそうよ。ドッヂボールも勝てたし、授業ではあてられなかったし、しかも久しぶりに薫さんの家へ行くんだから
楽しみに決まってるじゃない」
「そうか」
 そこまで久しぶりじゃないのだが、言わないでおこう。せっかくの機嫌を損ねるようなことはしたくないしな。
「じゃあ、そろそろ行くか」
「ええ!」
 香奈はまるで遠足気分のようにはしゃいだ。
 やれやれ、遊びに行くんじゃないってのに……。  
「ほら、なにやってんのよ。さっさと行くわよ」
 香奈が俺の手を引いて、歩き出した。
「……なぁ香奈……」
「何よ大助」
「今までの俺とお前の戦績、覚えているか?」
「覚えているわけ無いじゃない。あ、でも私の方が勝ち越しているわよ」
「そうだよな……」
 戦績は俺も覚えていないが、たしかに香奈の方が勝っている記憶がある。
 さらに考えてみれば、最近、香奈に勝った記憶がない。
「どうかした?」
「……いや、なんでもない」
「そう。ならいいわよ」
 

 そして歩くこと40分。
 もう少しで目的地だ。誰かにつけられている気配もないし、このまま無事に目的地へ着ければいいのだが……。
「なんか雲行きが怪しくなってきたわね」
 上を見た。さっきまで晴れていたはずなのに、いつの間にか暗い雲が空を覆っていた。
 秋の天気は変わりやすいというが、なにもこんな時に変わらなくてもいいんじゃないだろうか。
「雨が降りそうだな」
「そうね。でも大丈夫よ。いくら秋の天気が変わりやすいっていっても、そんなすぐに――――」

 …ポツ……ポツ……ポツポツ……。

「げっ……」
 雨が降り始めた。
「と、とにかく急がないと――――」
 走ろうとする香奈の腕を掴んだ。
「待てよ。傘ならあるから」
「え?」
 俺はバッグから折りたたみ傘を取り出して、香奈に差し出す。秋の天気に備えて、持っておいてよかったな。
「ほら、使えよ」
「……大助は、どうするの?」
「大丈夫だ。これぐらいの雨すぐに――――」
 ザー……ザー……
 雨は弱まるどころか、さらに強く降り注いでくる。
「……仕方ない。二人で使うか」
「え!? そ、それって……」
 俺は傘を開いて、香奈を中に入れた。折りたたみ式だからそこまで広くはないが、無いよりはマシだろう。
「雨当たってないか?」
「う、うん……」
 いつもより近くに香奈がいるせいか、なんだか緊張する。
 香奈は俺と目を合わせないように、下を向きながら歩きはじめた。
「…………………………………………………………………………………………」
「…………………………………………………………………………………………」
 会話がなくなり、傘に弾ける雨の音だけが聞こえる。
 いつもなら気まずくなるはずなのに、なぜか今回は居心地が悪くない。
 香奈も同じことを感じているのか、自分から話そうとはしなかった。
「あー、相合い傘してるー!!」
「ヒューヒュー、ラブラブ〜!!」
 どこぞの小学生が茶化してきても、香奈は何も言わなかった。
 雨の当たらない小さな空間で、無言の会話が続く。
 5分ほどその状態が続いたところで、不意に香奈が体を寄せてきた。
「……あ、悪い。濡れてたか?」
「だ、大丈夫よ。大助だって傘持ってて疲れないの?」
「ああ。これぐらい大丈夫だ」
「そ、そう………」
「……………………………………………………………………………………………」
「……………………………………………………………………………………………」
 再び生まれる沈黙。
 地面にはいくつも水たまりが出来ていて、走るたびに水が撥ねた。
 空を見ても、雨が止む様子はない。
「だ、大助」
「ん?」
「肩が、濡れてるじゃない」
 左肩を見てみる。たしかに傘から落ちた雫で、濡れていた。
「別に大丈夫だ」
「で、でも……」
「余計なことを気にするなよ」
「……分かったわよ」
 香奈の顔が紅潮している。からかってやろうかと思ったが、そういう俺もどんな顔をしているか分からなかった。傘を
二人で使うことが、こんなに緊張するなんて思ってもみなかった。

 それから歩いて20分ほどが経った。
「あっ、見えたわよ!」
 香奈が指さす方に、青い屋根の家が見えた。
 自然と足も速まって、その家の前に到着する。香奈がインターホンを押すと、数秒経って向こう側から声がした。
《はい?》
「薫さん。中岸大助です。入れて下さい」
《大助君? 分かった。ちょっと待っててね》
 回線が切れた。待っている間、被害状況を確認する。
 バッグが少しだけ濡れているだけで、あとはたいして被害はなかった。
「香奈、大丈夫か?」
「うん……大助は?」
「ああ、なんとか大丈夫だ」
 
 ドアが開いた。

「ごめんごめん、待たせちゃって」
 薫さんが現れた。童顔気味で、茶髪のショートヘア。香奈よりも女性らしい体つきだ。
 『スター』という組織のリーダーで、夏休みの戦いで俺達のことを何度も助けてくれた。遊戯王の実力も申し分なく、
カードを現実に呼び起こす白夜の力を扱える。なぜか今日は白いスーツを着ている。
「あー♪ 相合い傘してるー♪」
「なっ! こ、これはその……」
「いいよいいよ♪ 二人はラブラブだもんねー」
「か、薫さん!!」
「えへへ、ごめんごめん。とにかく中に入っていいよ」
 招かれるままに、俺達は家の中に入った。
 広い部屋に案内されて、肩の濡れた制服を広げる。思っていたよりも被害はたいしたことはないので、適当に乾かして
おけば大丈夫だろう。
「バッグとか大丈夫?」
「はい。思っているより濡れてなくて大丈夫です」
「そっかそっか。じゃあ適当に乾かしておけばいいね」
「あ、でもデュエルディスクは大丈夫なの?」
「あぁ、そうか、バッグに入れっぱなしだったけど……」

「それなら完全防水性だ。心配はいらん」

 深い声が聞こえた。見るとそこにはボサボサの髪に無精髭を生やしていて、ほりも深い男性が立っていた。年齢の割に
老けているこの人は佐助(さすけ)さん。薫さんと同じ組織にいて、夏休みの戦いでも色々お世話になった人だ。
 俺達にこの最新デュエルディスクをくれた人でもある。口数は少ないし独特の雰囲気をだしているが、いい人だ。
『あ、大助に香奈ちゃん久しぶり♪』
 佐助さんの横に、手のひらほどの小さな妖精が現れた。
 名前はコロンといって、佐助さんの持つ白夜のカードが具現化したものだ。小さな布きれを服代わりに巻き付けていて
声は幼い女の子のようだ。体は全体的にほっそりとしている。白夜のカードが具現化した物なので、薫さんのように様々
な不思議な力を扱えるという特技がある。
「久しぶりコロン、元気だった?」
『うん! 香奈ちゃんも元気そうだね』
 本人達にとって久しぶりの再開で、二人とも喜んでいるようだった。
「それで、急に来てどうしたの?」
 薫さんが尋ねられた。そうだ、ここには遊びに来た訳じゃない。
 コロンとじゃれている香奈を放っておいて、俺は薫さんに昨日起こった出来事を説明した。
 カードショップで出会った武田という男のこと。倒したはずなのに再び現れた闇の力。しかもただの闇の力ではなく、
特有の効果を持っていたこと。決闘が終わり砕け散った黒い結晶のことなど、とにかく体験したことを全て伝えた。
 薫さんも佐助さんも、険しい表情で聞いていた。
「……とにかく、そういうことです」
「そっか……」
 薫さんは考え込んでいるようだった。
 いつの間にかじゃれるのを止めていた香奈が、そっと囁いてきた。
「なんか思ったより大変なのかしら?」
「さぁな」
 まぁ大変じゃないことはないだろう。闇の力が現れた上に、新しい力まで追加されていたんだから。
「そこまで巻き込まれていたなら話さないわけにはいかないよね」
「……そうだな」
 佐助さんは静かに頷いた。
 俺達はソファに座らされて、薫さんの説明を聞くことになった。

 薫さんが語ったのは、こういうことだった。
 夏休みの戦いが終わって、ダークの一味は全員本社に捕まった。だが取り調べで、ダークには協力者がいたことが判明
したのだ。闇の力の研究データを共有するという条件で、研究費を負担して貰っていたらしい。
 詳しいことはまだ分かっていないが、今回のことはどうやらその協力者が闇の力をさらに研究した成果であるとスター
は見定めているようだ。まだ予測の範囲だが、闇の力を凝縮した黒い結晶を身につけることで、闇の力を扱えるようにな
っていつようだ。そこはダークの一味と何も変わらないのだが、闇の力は前回よりも強力になっていて、ダメージを受け
たらかなりの痛みが襲ってくる。
 何よりダークと違う点は、"闇の世界"にそれぞれが特殊な効果を持っていて対応し辛い厄介な物になっていることだ。

「まだ詳しいことは全然分かってないんだ。大助君達の白夜のカードが欲しいっていうのもひっかかるし……」
「そうなんですか……」
「でも、闇の神は消えたはずでしょ? どうしてまた闇の力が出てくるのよ」
「そう。そこが一番問題なんだよ。闇の神は最終決戦で大助君と香奈ちゃんが倒したから、闇の力は無くなったはずなん
だけどまた現れた。コロンに聞いても、よく分からないって言うし……だから、一から調べなおしている状態なんだ」
「調べなおしている?」
「闇の力の源は、私達は闇の神のものだと思っていたの。でも闇の神は消えても、闇の力はより強力なものになってでて
きた。もしかしたら闇の力自体は、闇の神からもたらされた物じゃないかもしれない可能性が出てきたんだよ。おかげで
資料を一から洗い直して、調べている最中なんだよね」
 困った表情を浮かべながら薫さんは言った。
 どうやら思っているよりも状況は悪いらしい。
「でも心配しなくていいよ。二人はいつも通り学校生活を送ってね」
「だけど……」
「大丈夫だよ。私達も頑張るし、香奈ちゃん達はもう普通の高校生なんだから気にしないでいいよ」
 薫さんが無理矢理笑みを浮かべているのが分かった。
 スターのリーダーとして、俺達に心配をかけまいとしているらしい。
「俺は戻るぞ」
「あ、うん!」
 佐助さんは俺達に背を向けて、何台ものパソコンが置いてある場所に戻ろうとした。
 俺は立ち上がって、そのあとについていくことにした。
「どこ行くのよ大助」
「あぁ、ちょっと佐助さんに用があるだけだ。すぐに戻る」
「……分かったわ。じゃあ私は薫さんと話してるから、終わったら来なさいよ」
「ああ」


 佐助さんは振り向かないで、起動したあるパソコンの前に座った。
 無言でキーボードを打つ姿を見て、話しかけるのを一瞬躊躇ってしまう。
「何か用か?」
「………はい」
「そうか。おいコロン」
『なーに佐助?』
「俺と大助の会話を周りに聞こえなくさせることができるか?」
『うん、五分ぐらいなら大丈夫だよー』
「じゃあ頼む」
『オーケー!』
 コロンは頷いて、目を閉じた。
 その小さな体がぼんやりとした白い光を放つ。その光が霧のように俺と佐助さんを包み込んだ。
『もう聞こえないはずだよ』
「さすがだな。冷蔵庫にプリンがあるから食っていいぞ」
『ありがとう!』
 コロンは一目散に台所の方へ飛んでいった。元々カードなのに物を食べて大丈夫なのか?
「それで、用は何だ?」
「はい……実は、ちょっと探して欲しい大会があるんです」
「遊戯王の大会か?」
「はい。出来れば、商品がある方がいいです」
「………なるほどな」
 佐助さんは、納得したように頷いた。
 昨日の決闘の内容について、俺と香奈は互いに状況を話し合っていた。俺はギリギリのところで勝利して、香奈は余裕
の勝利だったらしい。相性もあったかもしれないが、それを聞いたとき、かなり悔しかった。決して香奈に劣ったから悔
しがったわけじゃない。俺は、自分の力の無さが悔しかった。
 互いに勝利したことに変わりないが、内容の差は歴然で、俺と香奈との実力差がはっきり現れたんだと思った。

 ………『俺程度に手こずるお前の力じゃ、我が主の計画は阻止できない』………

 昨日の西原の言葉が思い出される。自分でも分かっている。このままじゃ俺は、香奈を守れない。
 香奈は守られなくても大丈夫なほど強い。だからといって、何もしないわけにはいかなかった。大切な人を守れるくら
い、少なくとも一緒に戦えるくらいの強さを手に入れないといけないと思った。
 いったい俺と香奈の何が違うのか、色々考えた。デッキはお互いにコンセプトが違うし、個人が持つ運の強さは仕方な
いことだから比べられない。俺になくて、香奈にあるもの………真っ先に頭に浮かんだのは、あのカードだった。
 3箱買ってまで、1枚も当たらなかったデッキワンカードだ。
 六武衆のデッキワンカードがあるかは分からない。だがデッキワンサーチシステムが導入された以上、デッキワンカー
ドを持っているか持っていないかはかなりの差に違いない。なによりデッキの状態を崩さず、手っ取り早く強化できる方
法はこれしか思いつかなかった。
 だが闇雲にパックを買っても当たるはずがない。だから、情報収集能力に長けた佐助さんに頼もうと思った。
「見つかりそうですか?」
「……やってみないと分からないが、おそらく見つからん。本社でもまだ正確な枚数や効果を明かしている訳じゃない」
「…………」
「だがあてはある。今すぐというわけじゃないが、上手くいけばデッキワンカードが手にはいるかもしれん」
「……! ありがとうございます!」
 望みが繋がった。あとは待つだけだ。その間に少しでもプレイングを上げておかないといけないな。
「大助、ついでだから、教えておいてやる」
 佐助さんは急に険しい表情を見せた。
 だがその目には、少しの迷いがあるように感じた。

「伊月がやられた」

「なっ…!?」
「意識不明の重体で病院にいる。白夜のカードも奪われていて、意識が回復する兆しもない。薫はお前達を巻き込みたく
ないから言わなかったんだろうが、これは伝えなければいけないことだからな。用心しろよ」
「……はい……」
 あの伊月がやられた。それだけで、改めて敵の強大さを理解できた。
 そんな奴らと戦わなければいけなくなったとき、俺は………勝てるのか?
 少しだけ、不安になった。




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 大助が佐助さんのそばにいて、画面を覗き込んでいるのが見えた。
 いったい、何をやっているのかしら。
「そうだ、せっかく来たんだから遊ばない?」
 薫さんが言った。その目が、おもちゃを欲しがる子供のように輝いている。
「決闘でもするの?」
「違うよ。とりあえず、私の部屋に行こうよ。ちょうど麗花ちゃんもいるしさ」
「え……?」
 薫さんに無理矢理引っ張られて、私は別の部屋に連れて行かれた。
 


 部屋には、すでに別の人がいた。
「おっ、薫ぅ遅いじゃん」
 茶色の長髪に細い瞳。小顔で、白い肌。
 たしかこの人は、萩野麗花(はぎの れいか)って言ってたっけ。
「あれ、そこにいるのは香奈ちゃんじゃん! そっか、お客さんって香奈ちゃんだったんだ」
「うん、それよりそのお酒はどこから持ってきたの?」
 麗花さんの近くには、ビールの缶が5,6本ほど置いてあった。
 すでに2本が飲み干されていて、ちょうど3本目を開けようとしているところだった。
「ほらほら、そんなとこいないで、さっさと飲もうよ薫」
「私はジュースでいいよ。香奈ちゃんもジュースでいいよね?」
「え、ええ……」
 薫さんが部屋の隅に置いてある小さな冷蔵庫に行った。
 前から思っていたけど、薫さんって結構お金持ちよね。
「じゃあみんなで飲もっか」
 薫さんがジュースを取り出して、渡してくれた。蓋はすでに開いていて、オレンジの甘い香りがした。
「じゃあカンパーイ」
 麗花さんのかけ声で、私達は飲み始めた。
 大人になったら、私もこんなことするようになるのかしら。
「それで、最近どうなの香奈ちゃん」
「え? な、何が?」
「もう、大助君との関係に決まってるじゃん。相合い傘もしてたし、さすがにただの幼なじみから発展したんだよね?」
「相合い傘かぁ。青春だねぇ。それでそれで?」
 薫さんも麗花さんも、興味津々という感じだった。
 どうしてみんな、私と大助の関係を聞きたがるのよ。恥ずかしいじゃない。
「ま、まぁ……発展したけど……」
「きゃー♪ え、じゃあ二人はもう恋人同士なの?」
「そ、そうだけど……」
「へー♪ 良かったね香奈ちゃん♪」
 まるで自分のことのように、薫さんと麗花さんは喜んでくれた。なんだか嬉しいような、そうでもないような……よく
分からない気持ちになってしまった。
「じゃあさじゃあさ、デートとか行ったの?」
「え……ま、まだだけど……」
 夏休みは課題に追われていて、大助と会うことじたいできなかった。
 だから、二人きりでどこかに出掛けるなんて出来なかったのよね……。
「あーそっか。大助君って草食系だもんね。デートに誘うわけないか」
「へぇー、大助君って草食系なんだ。香奈ちゃんも苦労するねぇ」
「…………」
 たしかに告白されてから、大助に遊びに誘われたことはなかった。私が課題をしていたからかも知れないけど、実際は
どうなのかしら……って、何考えてるのよ! 今までずっと私が誘ってきているんだからそれでいいじゃない。そりゃあ
誘われたらちょっと嬉しいかも知れないけど……。
「あー、赤くなってるー♪」
「べ、別に赤くなんかなってないわよ!!」
「あはは、照れないでいいよ。大好きな彼氏を思うと興奮しちゃうのも無理ないよねー」
「な、ば、馬鹿なこと言わないでよ!!」
「あはは、いやー、薫の言ってた通り、香奈ちゃんっておもしろいね」
 麗花さんは笑いながら、ビールを飲み干した。薫さんも笑いながら、ジュースを飲み干した。
 二人とも、絶対に私をからかって遊んでいるわよね。
「麗花ちゃん、香奈ちゃん。ちょっと着替えてくるからゆっくりしててね」
 薫さんは着替えの服を持って、部屋を出て行った。
 自然と麗花さんと二人っきりになる。
 たしかこの人って、伊月の彼女……だったはずよね。
「どしたの?」
「え、な、なんでもないわよ」
「香奈ちゃんと大助君は、恋人なんだよね?」
「え、ええ。そうよ」
「じゃあさぁ……」
 麗花さんがゆっくりとこっちに近づいてきた。
 少し酔っているせいか、頬が紅潮していた。
「こういうことはまだなわけぇ?」
 その腕が私へ伸びた。
「……ぇ?」
「うーん……やっぱ見た目通り小さいねぇ。Aカップかそれ未満ってところかなぁ?」
 その手が、私の胸をまさぐっている。
「P*>+*$#&!!??」
 ようやく事態を把握した。自分でもなんて叫んだか分からないくらい奇声をあげてしまう。
 すぐに麗花さんを突き飛ばして、距離を取った。
「な、何すんのよ!!」
「なにって、スキンシップに決まってんじゃん。うーん、その様子だと大助君とそこまでは進んでいないみたいだね」
「なっ、なっ、なっ……!?」
 何か言おうと思ったけど、何を言っていいか分からなかった。
 なんか前にも似たようなことがあったけど、どうしてこんなことされなくちゃならないのよ!
「どれ、もう一回―――」
「ち、近寄らないでよ!!」
「おお、薫とまったく違う反応で面白いねぇ。ふっふっふ……」
 不気味な笑みを浮かべながら、麗花さんはじりじりと近づいてきた。
 たまらず立ち上がって、戦闘態勢をとる。これ以上相手の好きにさせていたら、なんだか別の意味で大切な物を失って
しまいそうだった。
「もう、そんなに身構えなくていいじゃん」
「そ、それ以上近づいたら、ほ、本気で蹴るわよ!」
「むむぅ……ノリが悪いなぁ。そんなんじゃ大助君との『本番』が大変だよ? 来るべき『本番』に向けて、先輩である
私がちょいと手ほどきをしてあげようじゃないか」
「な、なななな、何言ってるのよ!!」
「心配しなくても、お姉さんはちゃーんと優しく手ほどきしてあげるからさ」
 笑顔で言う麗花さんに本能的に危険を感じてきた。
 はやく部屋を出ないと、本当に大変なことになりそうだった。
 ドアノブに手をかける。
 一気にドアを開いて、さっきの大きな部屋に走った。




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 ズズ……。

「ふぅ……」
 佐助さんが用意してくれたコーヒーを飲みながら、俺は一息ついていた。
 とっくに佐助さんとの話は終わったのだが、香奈は薫さんとどこかに行ってしまったらしく、こうしてくつろぎながら
待っているというわけだ。
 なんかさっき奇声が聞こえたけど、気のせいだったか?
「だ、大助!」
 香奈が顔を真っ赤にしながらやって来た。
「どうしたんだ? 顔が真っ赤だけど……」
「そんなことどうでもいいわよ! と、とにかく助けて!」
「は?」
 待て。急に助けてとか言われても、訳が分からないぞ。
 まさか、敵が現れたのか?

「いやー、逃げられちゃったね」

 聞き慣れない声が聞こえた。
 見るとそこには、麗花さんが立っていた。なんでここにいるんだ?
「おー、逃げてすぐに彼氏の側に行くとは、なかなか香奈ちゃんも積極的だね」
「う、うるさいわよ! あんなことしておいてよくそんなこと言えるわね!」
「……何かされたのか?」
「な、なんでもないから気にするんじゃないわよ!!」
 何に必死になっているのか分からなかったが、香奈は麗花さんから逃げるように俺の後ろに付いた。
「からかっただけなんだけどなぁ……まぁいいや。そうだ大助君」
「はい?」
「ちゃんと香奈ちゃんをやさしくしてあげるんだよ?」
「…………」
 この人は急に何を言い出すんだ?
 後ろを見ると、香奈が顔をさらに赤くして下を向いていた。
「それより、なんでここにいるんですか?」
「え、だって弘伸がやられちゃったから、協力しに来たんだ」
「えぇ!? 伊月がやられちゃったの!?」
 香奈が驚きの声をあげた。
 せっかく薫さんが言わないでおいてくれたのに、こんな簡単に言ってよかったのか?
「麗花ちゃん!!」
 薫さんがやって来た。
 服装がいつの間にかスーツから、パジャマ姿になっていた。
「どうして二人に言っちゃうの!?」
「心配ないよ薫。この二人は自分から首を突っ込むようなことしないって。むしろ伝えなきゃ逆に迷惑だよ」
「で、でも……」
「大丈夫さ。薫も二人の実力は知ってるでしょ?」
「…………」
 薫さんはどこか不満そう溜息をついた。
 麗花さんも麗花さんで、以前会ったときと変わらぬ様子を見せている。たしか伊月と麗花さんは付きあっていたはずだ
が、彼氏である伊月がやられてなんとも思っていないのだろうか。
「もう、そんな不満な顔しないの。さっき言ったでしょ? 今回は私も協力するってさ」
「でも麗花ちゃん……無理してるよ?」
「…………分かってる。でも止めないでよ。立ち止まったら、歩けなくなりそうだからさ」
 麗花さんは一瞬だけ悲しい顔を見せた。
 なんとも思っていない訳じゃない。むしろ傷ついているからこそ、こうして無理に笑っているんだ。
「ほらほら、そんな辛気くさい顔はしないで」
「麗花ちゃ……うん、分かったよ。じゃあ、一緒に頑張ろうね」
「それでこそ薫だね。よーし、じゃあ調査に行ってきますか!」
「えぇ!? でも危ないよ!?」
「大丈夫。ちゃんと気を付けるからさ」
 麗花さんは急いで支度をして、家を出て行ってしまった。
 残された俺達の間に、なんだか気まずい空気が流れた。
「まったく……」
 佐助さんが溜息混じりに言った。
「大助、香奈、そろそろ帰れ」
「え……」
「用は済んだだろ。仕事があるから、遊びはまた今度だ」
 佐助さんの目が俺達に訴えかけてきた。
 薫さんは暗い顔をして、下を向いている。このままいても、迷惑になるだけかも知れないな。
「帰るか」
「え、でも……」
「俺達の用は済んだし、スターにも仕事があるだろ」
「………そうね」
 さすがに香奈も状況を察したのか、納得したように頷いた。
「家まで送ってあげるよ」
 薫さんが力無い笑顔を見せて言った。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
 俺と香奈は薫さんの側に寄った。

 薫さんはポケットからカードを取りだして、俺達に向かってかざした。


 ――ポジション・チェンジ!!――


 白い光が、俺達を包み込んだ。








 スターとの再会は、こうして終わった。

 だが不安は取り除かれるどころか、さらに増大してのしかかってきてしまった。





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 日が落ちた頃、武田は主人に呼ばれてある部屋を訪れていた。
 大きなドアをノックして、中に入る。
「失礼いたします」
「ずいぶん遅かったじゃねぇか」
「…………」
「まぁいいさ。それより、あの準備がいいんだろうなぁ?」
「はい、計画通りに……ですが、こんなことで本当に――――」
「黙れよ」
 武田の前に立つ男の後ろに、炎の柱が立った。
 男との距離はかなり離れているはずなのに、武田は熱気を感じた。
「てめぇは俺様の言うとおりにしてりゃあいいんだよ。じゃねぇと、お前の大切な『あの方』は救えないぜ?」
「………本当に、救えるのか?」
「ああ、てめぇが俺様の言うとおりにしていればなぁ」
「………」
「なんだその目は?」
 武田は拳を握りしめて、歯を食いしばった。
「失礼しました。では、計画に取りかかります」
 武田は男と視線を合わせずに、部屋を出た。


「ずいぶんな態度ね」
 武田の視線の先に、同じく黒いスーツに身を包んだ女性が立っていた。
「吉野(よしの)……」
 その名を呼ぶ。
 吉野と呼ばれた女性は、険しい目つきで武田のことを睨み付けた。
「あなたがそんな調子で『あの子』が救えると思っているの?」
「……だが、こんな計画は……」
「分かってる。でももう戻れないのよ。そうしないと、あの子が保たない。それは分かっているんでしょう?」
「…………」
「分かったら、さっさと準備するわよ」
「……ああ」
 武田は、もう一度拳を握りしめた。
 
 ――いったいどうして、こんなことになってしまった?―――

 武田は自身へ、問いかけていた。






episode7――謎の招待状――

 スターとの再会から翌日、俺達はいつも通り学校へ登校した。
 誰かにつけられている気配もなく、今のところ何も起こっていない。だが敵の狙いが分からない以上、油断できない。
「おい中岸」
「あ、はい」
「147ページから読んでくれ」
「はい」
 まぁ授業中まで、気を張り巡らせることはないだろう。
 俺は立ち上がって、教師に言われたとおりに読み始めた。



 退屈な午前の授業が終わっての昼休み、俺が机に突っ伏して快適な睡眠を取ろうとしていると、香奈がやってきた。
 そして俺は腕を引かれて、廊下に連れ出されてしまった。
「なんだ?」
 目元をこすりながら、小さく欠伸をする。
「どうしたのよ。ずいぶん眠そうじゃない」
「授業が退屈すぎて寝そうだったんだよ」
「寝ちゃえば良かったじゃない。ホント、そういうところだけは無駄に真面目よね」
「悪かったな。で、わざわざ廊下に連れ出してどうしたんだ?」
「これよこれ」
 そう言って香奈が、手に持った小さな封筒を見せた。
 表には『朝山香奈様へ』と書かれており、丁寧に封をされている。
「今朝、郵便受けに入っていたのよ。まだ開けてないけど、今時ラブレターなんて送る奴いるのね。逆に新鮮でびっくり
したわ」
「……………」
 何が面白いのか分からないが、香奈はそれを俺に見せびらかしてきた。
 どうやら、香奈はそれをラブレターだと思っているらしい。
「開けてみたらいいだろ」
「何よ大助、ラブレターよラブレター。あんた何とも思わないわけ?」
「……ラブレターじゃないから見てみろよ」
 そう言って、俺はポケットから同じ封筒を取り出した。
 表に『中岸大助様』と丁寧に書かれていて、香奈の持っている物とまるっきり同じ形をしていた。
「え、なにそれ」
「多分、中身は同じだと思う。とにかく開けてみろよ」
「……ええ、分かったわ」
 香奈は少しだけつまらなそうな表情を見せた後、乱暴に封を開けた。
 中にはチケットのような紙が1枚と、手紙が入っている。後ろから覗き込んで、内容を確認する。そこには、こう書か
れていた。

 拝啓、朝山香奈様へ。                             
 突然のお手紙、申し訳なく存じます。                      
                                        
 『船嘉町カードゲーム大会、第1位』という輝かしいまでの成績を記録された香奈様にパーティーにご出席頂きたく、
この手紙を送らせて頂きました。パーティーと言ってもたいしたものではございません。都内でよくあるカードゲームの
祭典のようなものです。そこには最新のパックやグッズ、さらに特別なゲームも御用意してあります。
 各大会で良い成績を残していらっしゃる決闘者の方も招待しておりますので、この機会に決闘してみるのもよろしいか
と思われます。9月6日土曜日に係の者がお迎えにあがりますので、デッキとデュエルディスクを持参して、家の前で待
っていて下さい。                     
                                        
 それでは、ご出席を心よりお待ちしております。                 


 やっぱり、内容は酷似している物だった。
 違うところと言えば『第1位』の部分が『第2位』になっているぐらいだろう。
「ラブレターじゃなくて残念だったな」
「……別にいいわよ。あんたが困る姿が見たかっただけだし……」
「は?」
「な、なんでもないわよ。それよりパーティーよ。まさかあの大会がこんな形で役に立つとは思っていなかったわ」
「そうだな」
 夏休み、ダークと戦うため、デッキに重要なカードを手に入れるために参加した大会がこんなことになるとは……。
 それに1位と2位といっても、俺と香奈は参加者と一回も決闘せず、指定されたゴールへ道案内してもらうというイカ
サマをした。本来なら招待される資格なんか無いのに、出席してもいいのだろうか。
「3日後か……楽しみね」
「そうだな」
「服装って、やっぱりパーティだしばっちり決めた方が良いのかしら」
「好きにしたらいいんじゃないか?」
 香奈ならどんな服装でも似合うし、そこまで気にすることではないだろう。
 問題は、このパーティーの方だ。普段だったら喜んで出席したいところだが、なにか気になる。単なる思い過ごしだと
良いんだが……。
「なに考え込んでるのよ」
「あぁ、別になんでもない」
「……あんた最近考え込むことが多いわよ。悩みがあるんだったら言いなさいよ」
「悩みってほどじゃないが、気になるだけだ」
「何が?」
「このパーティーが、敵の罠かもしれないってことだよ」
「…………………」
 香奈が珍しく考え込んだ。
 顎に手を当てながら、どこぞの探偵のような素振りを見せる。
「たしかに大助の言うことも一理あるわ。こんなタイミングでパーティーに来て下さいっていうのも出来すぎてるし、わ
ざわざこんな手紙を送ってくるなんて、誘ってるようにしか思えないわね」
「……お前、昨日の探偵番組見ただろ」
「よく分かったわね。とにかく、大助の言いたいことは分かったわ。無闇に飛び込んだら、危ないって事でしょ?」
 本当に分かっているのか心配だが、まぁいいか。
「それで、どうする?」
「決まってるじゃない」
 そう言って香奈は、不敵な笑みを浮かべながら俺に指を突きつけた。
「敵が罠を張ってるってなら、堂々と乗り込んで突破してあげるわよ」
「…………」
 呆れて声も出なかった。
 おい、さっき「分かった」って言わなかったか?
「何よその目は。大丈夫よ。なにも私達だけで乗り込むつもりじゃないわ。ちゃんと薫さん達に連絡して、付き添っても
らいましょう」
「お前なぁ……」
 わざわざ敵の罠に飛び込んでいくなんて、香奈らしいといえば香奈らしいな。
 危険すぎる気もするが、そのパーティーが敵の罠だという確証もない。俺の気にしすぎかもしれないし、ここは香奈の
意見を尊重してみるか。
「じゃあ薫さんに連絡しておくわね」
「ああ、頼む」
「任せなさい♪」
 香奈はどこか楽しげな笑みを浮かべて、携帯を取り出した。
 敵が待ち構えているかもしれない場所へ行こうとしているのに、どうしてそんなに楽しそうなのか分からなかった。
「もしもし薫さん? 香奈だけど……」
 ……まぁいいか。何かあったら、体を張ってでも香奈を守ればいい。
 守りきれる自信はないが、危険な状況から逃がすくらいのことはできるだろう。薫さんもいることだし、なんとかなる
はずだ。
 楽しそうに会話する香奈を見ながら、そう思った。





























 そして3日経ち、土曜日の午前10時。
 俺は家の前で佐助さんと一緒に迎えを待っていた。
「まったく、どうして俺が……」
「すいません佐助さん」
「………………………」
 佐助さんが面倒くさそうに溜息をついた。
 スターに連絡したところ、薫さんは付き添いを快く引き受けてくれた。ただのパーティーなら一緒に楽しむし、敵の罠
なら放っておけないからということだった。
 ただ1人では俺達を守れないということで、こうして佐助さんに付き添って貰うことになったのだ。本来なら伊月に付
き添ってもらうべきだったが、意識不明の重体なので仕方なく佐助さんが連いてきたらしい。
 香奈には薫さんが付き添っていて、会場である『星花ドーム』で合流することになっている。
「くだらん……」
「そ、そうですね……」
 ただでさえ二十代に見えない上、独特の雰囲気を放つ佐助さんの隣にいるのは、なかなか辛い。
「大助」
「は、はい」
「通信機は持っているな」
「あ、はい」
 ポケットには夏休みの大会の際に手に入れた最新型の小型通信機が入っていた。同じ機器同士での会話が可能で、持ち
運びの邪魔にならない優れものだ。
 もしもの時の連絡手段として、持っておくように言われたのだ。
「薫さんや香奈も持っているんですか?」
「いや、俺とお前だけだ」
「どうしてですか?」
「あの二人に付けさせても無駄だろう。それに、お前が一番冷静そうだからな」
「……ありがとうございます」
 それはつまり、何かあったら二人で何とかしようという意味だろう。
 やれやれ、ますます何もないことを祈るばかりだ。
「そうだ、思い出した」
 突然、佐助さんが懐から何かを取り出した。
 それは、スリーブが三重に施されている1枚のカードだった。
「お前が欲しがっていた物だ」
「え……」
 一瞬、言葉を失ってしまった。
 手に入れたいと望んでいたカードが今、目の前にあると思うと興奮が抑えられなかった。
「あ、ありがとうございます!!」
「礼なら倉田に言え」
 手に取ったカードをゆっくりと確認する。
 何度も手に入れたいと思ったデッキワンカードが手に入った。これで少しはデッキが強化できる。
「大事にしろよ」
「はい。本当にありがとうございます」
 丁寧に礼をした後、さっそくカードの効果を確認する。
 デッキワンカードだけあって、やっぱり効果が長いな。なになに、このカードは――――。

 プァー

 車のクラクションの音が聞こえた。
 見るとそこには、真っ黒な車が一台停車していた。
「来たな。よし行くぞ。カードはデッキにしまっておけ」
「あ、はい」
 カードをデッキにしまった。
 効果が確認できなかったが、まぁあとで確認すればいいか。
「お迎えにあがりました」
 ドラマで出てくるような高級車の運転手の格好をした男が言った。
 白夜のカードは光らない。この人は闇の力は持っていないらしい。
「おや? 失礼ですがこちらの方は?」
「俺は付き添いだ。悪いが一緒に連れて行って貰うぞ」
「かしこまりました。ではこちらへどうぞ」
 ドアを開けてもらって、俺と佐助さんは中に入った。
 中は思っていたよりも狭く、普通の乗用車と同じくらいのスペースだった。
 俺達が入ったのを確認すると、ドアが閉められた。運転手はすぐに座席に着くと、すぐにエンジンをかけ始めた。
「窓を開けてくれ」
「かしこまりました」
 窓が全開になって、風が入り込んできた。
 車の中で窓を開かれるのはあまり好きではないのだが、佐助さんは開いた方が落ち着くのかも知れない。
「窓からの風がお好きなんですか?」
 運転手が笑みを浮かべながら言った。
「さぁな」
 無愛想に答える佐助さんは外をぼんやりと見つめながら、小さく息を吐いた。
「クーラーもありますが……」
「これでいい。あと一つだけ言っておく。少しでも窓を閉めようとしたらこの車をスクラップにするからな」
「……か、かしこまりました」
 佐助さんの迫力に圧されて、運転手は前に向き直った。
 近くにいた俺も、あまりの迫力に冷や汗が流れた。
「そんなに窓を閉めたくないんですか?」
 運転手に聞こえないように尋ねた。
 佐助さんは一瞬だけ俺を睨んで、深いため息をついた。
「……あっちにいったら説明してやる」
 そう言って佐助さんは、外の景色を再び眺め始めた。
 なんか不機嫌な気がするのは、気のせいか?




 道中、何度か信号に引っ掛かったが、とりあえず何事もなく星花ドームに到着した。
 会場の入り口には香奈と薫さんが待っていて、楽しそうにお喋りしていた。
「あっ、大助、遅かったじゃない」
「仕方ないだろ。信号に引っ掛かったんだ」
「佐助さん、大助君に付き添ってくれてありがとう」
「礼を言われる程じゃない」
 ぶっきらぼうに答える佐助さんに、薫さんは苦笑いした。
「薫、窓は開けておいたな?」
「えっ、うん。佐助さんの言うとおり、絶対に窓を閉めないように言ったけど、なんだったの?」
「どいつもこいつも……いいか、車は一種の密室空間だ。窓ガラスで密閉された空間に毒ガスや催眠ガスを振りまかれた
ら、一気にやられる。そうならないために、窓を開けて最低限の脱出口と換気口を確保したんだ。敵の罠に飛び込むなら
せめてそれぐらいの心構えはしろ」
 佐助さんはボサボサの頭を掻きながら言った。
 ここまで用心深いと、逆に感心してしまいそうだった。

「お待ちしておりました。朝山香奈様、中岸大助様、あと、付き添いのお二方」

 声をかけられた。
 俺達が一斉に振り返るとそこには、黒いスーツに身を包んだ男性が立っていた。
「この度は御出席いただきありがとうございます。会場に案内いたしますので、ついてきて下さい」
 その男はニコニコしながら、先頭を歩き始めた。
「とにかく入りましょう!」
「うん、そうだね。じゃあ入ろっか」
「はい」
 その笑顔を浮かべる男についていって、俺達は会場前のドアに着いた。
「ここが会場でございます」
 そう言って男がドアを開けると、中からたくさんの人の声が溢れだした。
「うわー、すごいわね……」
 隣で香奈が感嘆の声をあげる。
 かなり広い空間に、様々な店舗が展開されている。人もかなりの数がいて、賑わっていた。 
「カードショップに、デュエルターミナルも完備しております。飲食店もありますので、よければどうぞ」
「はい。分かりました」
「では、私はこれで」
 男は丁寧にお辞儀をした後、『スタッフエリア』と書かれた場所に行ってしまった。
「見た限り普通に面白そうね。やっぱりただの心配しすぎだったのかしら」
「そうだね」
「気を付けろ」
 佐助さんの静かな声で言った。
「どうしてよ。普通に楽しそうじゃない」
「そうだよ佐助さん。気にしすぎだよ」
「……まったく……」
 深いため息が聞こえた。
「いいか、良く覚えておけ」
「……?」

「普通だって事は、一番、”普通”じゃないんだ」

「……………」
 佐助さんの言葉に、俺達は何も言葉を返せなかった。




 佐助さんはコーヒーを飲むと言って、さっさと飲食店の方に行ってしまった。
 まぁ、カードゲームに興味がないのだから仕方ないか。
「もう佐助さんったら。仕方ない、じゃあ私達だけで楽しもっか」
「そうね。行くわよ大助」
「はいはい」
 とりあえず、楽しむことにしよう。
 何か異変が起こったら、その時に対処すればいい話だ。
「じゃあどこから行こうか?」
「うーん、そうね……あそこから見てみましょう!」
 はしゃぐ香奈と一緒に、俺達は会場をまわることにした。
 あの係員が言っていたように、会場にはカードショップやデュエルターミナルが完備されている。絶版になったはずの
パックが販売されていたり、ターミナルは1弾から最新弾までそれぞれ3機づつ設置してある。中央には円形のステージ
のような物がある。もしかしたら何かのイベントがあるのかも知れない。
 その他にも『クリボーチョコ』や『霊使いコスプレシリーズ』、さらに最新のデュエルディスクまで販売していた。見
た限り、遊戯王関連の商品がすべてこの会場に集まっているようだ。会場にいる人もそこそこ多く、どこの場所も賑わっ
ていた。
「大助、薫さん、チョコ買いましょう!」
「いいね♪ 私、クリボーチョコ大好きなんだ♪」
 クリボーチョコか……食べたことはないからちょうどいいかもしれないな。
「じゃあ行くか」
 そうして俺達は一目散に販売店へ向かった。
 6個入りの『クリボーチョコ』を3箱買って、開けてみる。
 球形の小さなチョコに細工が入れてあって、パッと見はクリボーだ。食べてみると思ったより美味しく、普通のチョコ
より高価だった理由が伺えた。
「なかなか美味しいわね」
「そうだな」
「味も見た目もいいでしょ? これは本社でも一押しの商品なんだよ♪」
 薫さんがクリボーチョコを食べながら笑顔を見せた。
 カードだけじゃなくて、こんなことまで本社はやっているのか……。
「霊使いコスプレシリーズも、そこそこ出来がいいんだよ。まぁ大量生産だから着心地は悪いんだけどね……。どこかに
は『霊使い喫茶』っていうのもあるらしいから、いつか行ってみたいんだよね♪」
「そ、そうなんだ……」
「なんだ? 浮かない顔してるぞ」
「ううん。雫が好きそうだなぁって思っただけ」
 そういえば香奈の友達の雨宮は、大のコスプレ好きだったな。
「買ってやればいいんじゃないか?」
「い、嫌よ! それにきっと雫なら持っているだろうし……」
「へぇ。香奈ちゃんの友達にもコスプレ好きの人がいるんだ。話が合いそうだなぁ」
「まぁ、機会があったら紹介するわよ」
「うん。じゃあ楽しみにしてるね。じゃあ次に行こっか」
「ええ!」

 広い会場を歩いていると、クリボーやハネワタの人形がところどころに置いてあるのが目についた。どれも精巧に作ら
れていて、本社の企業戦略とやらが垣間見える。
「香奈はああいうのはいらないのか?」
「ええ、昔だったら分からないけど、さすがに高校生だしね」
「そうか」
 昔はよく人形遊びに付きあわされていたな。今思えば、よくあんな恥ずかしいことをやっていたものだ。
「……か、かわいい……♪」
 薫さんの呟く声が聞こえた。
「「え?」」
 見ると薫さんが、ぬいぐるみ売り場を見ながら目を輝かせていた。
「薫さん?」
「え、な、なに?」
「もしかして、欲しいんですか?」
「そ、そんなことないよ。私はもう大人だよ。ぬいぐるみなんて、そんな子供みたいなもの……」
 そう言いながら薫さんは、ちらちらとぬいぐるみ売り場の方へ視線を動かしていた。
 俺と香奈は顔を合わせて、頷いた。
「あ、あのぬいぐるみ可愛いわね。大助、ちょっと行ってみましょうよ」
「そうだな。薫さん、よかったら一緒に見ませんか?」
「え? ホント!? しょ、しょうがないなぁ二人とも。まだまだ子供なんだね♪」
「はは……そうですね」
 売り場へ行くと、そこにはたくさんのぬいぐるみが置いてあった。
 "クリボー"に"ハネワタ"、"プチリュウ"や"もけもけ"など、遊戯王のマスコット的キャラクターが山積みになって置い
てあった。どれも細部まで良くできていて、触ってみるとフカフカしていて気持ちよかった。
「うわぁ、カワイイなぁ♪」
 薫さんは子供のようにはしゃぎながら、ぬいぐるみをギュッと抱きしめていたりしている。
 普段の姿からは想像もつかない姿に、俺も香奈も戸惑っていた。
「ああいう趣味があったんだな」
「そ、そうね」
「きゃー♪ こっちもカワイイ♪ なんだか幸せだなぁ♪」
 本当に幸せそうな表情をして、薫さんははしゃいでいた。
「……大助、なんか買ってあげたら?」
「俺が?」
「当たり前じゃない。そんなにお金を持ってきてる訳じゃないし、きっと薫さん喜ぶわよ」
「はぁ……」
 財布と相談してみる。
 あんまり無駄な出費は抑えておきたいのだが……。
「ゴメン二人とも、つい夢中になっちゃってさ」
 薫さんが満面の笑みを浮かべて、レジから戻ってきた。いつの間にか、その右手には5個ほどのぬいぐるみが入れられ
たビニール袋が握られている。いつの間に買ったんだ?
「買ったんですか?」
「うん♪ 家に飾る……あ、いや、麗花ちゃんにプレゼントするんだ」
「そうですか」
「うん。じゃあ香奈ちゃん、次に行こっか」
「ええ、そうね。あっ、なんかあっちに面白そうなものがあるわよ!」
 そう言って香奈が指さした先には、『挑戦者募集中!!』と書かれた旗が掲げられていた。
 勝負事が好きな香奈にはもってこいのアトラクションかもしれない。
「じゃあ行くか」
「先に行ってるわよ。よーし、腕が鳴るわ!!」
 待ちきれないかのように、香奈は先に行ってしまった。
 ったく、敵が潜んでいるかも知れないのに不用心だな。 
「あっ、大助君」
「はい?」
「ちょっとお手洗いに行ってるから、香奈ちゃんのことお願いね」
「……はい。分かりました」
「じゃあまた後でね」
 薫さんはそう言って、人混みの中に消えた。
 何か嫌な予感がしたが、気のせいだろう。
「さて……」
 香奈を追わなければいけないと思って、旗を目印に人混みをかき分けた。
 その旗の下で香奈が列に並んでいた。どうやら順番待ちしているらしい。その隣について、一緒に待つことにした。
「遅かったじゃない。あれ、薫さんは?」
「お手洗いだってさ。それより、なんだこれ?」
「私もよく分からないわ。なんかのゲームらしいけど、もし係員に勝てたら羊トークンカードを4種類プレゼントだって
宣伝していたわ」
 トークンカードとは、カード効果でトークンが召喚される際にトークンモンスターの代用品として用いられるカードの
ことだ。実際にデッキに入れることはできないが、可愛らしいイラストでかなりの人気を誇っている。だが市場で出回る
ことはなく、こうした大きなイベントでしか手に入れることができないカードだ。
「トークンカードは欲しいのか?」
「まぁね。やっぱりイラストは可愛いじゃない。こんな企画があるなら真奈美ちゃんも誘えば良かったわね」
「……真奈美ちゃん?」
「本城さんよ。あんたクラスメイトの下の名前ぐらい覚えておきなさいよ」
 そういえばそういう名前だったことを思い出す。
「でもお前、本城さんって呼んでなかったか?」
「……そうだけど、やっぱりこっちの方がしっくりくるのよね。まだ本人に言ってないけど、今度からこの呼び方で呼ぼ
うと思ってるの」
「そうか。まぁ本城さんが嫌がらなければいいんじゃないか?」
「ええ。とにかく今はこっちよ。絶対にトークンカードをゲットするわ!!」
 意気込む香奈の目には、いつも以上の闘志が宿っていた。
 なにがなんでもトークンカードをゲットして、本城さんに自慢したいらしい。
「早く順番回ってこないかしら」
 そわそわと落ち着かない様子で、香奈は武者震いしていた。
「ちっくしょう! 負けたぁ!!」
 前の人が大声をあげた。
 どうやら決闘に負けてしまったらしい。
「お次の方、どうぞ」
「私の番ね!!」
 香奈は席について、係の人と向き合った。
「隣の男性の方は?」
「ああ、こいつはただの見学者よ。気にしないでいいわ」
「……そうですか。では、後ろもつかえていることですし、さっそく始めましょうか。参加費200円を頂きますね」
「分かったわ」
 香奈が財布から200円出して、係の人に手渡した。
「それで、何をするの?」
「もちろん決闘です。ただし、ただの決闘ではありません」
「……どういうこと?」
「ワンデッキデュエルというものを聞いたことがありますか?」
「…………聞いたことないわ。何それ?」
 その問いに、係の人は微笑みながら説明した。
 
 ワンデッキデュエルとは、とあるカードショップの店長が開発したといわれる変則決闘のことだ。
 禁止・制限を無視したワンデッキデュエル専用のデッキを両プレイヤーが共有して使用し、決闘するものだ。お互いに
初期手札は0枚でスタートして、墓地は共有する。その他は通常のOCGルールでプレイする。というものらしい。

 聞いた限り、ほとんどを運に頼るゲームのようだ。
 運で香奈に敵うやつは滅多にいない。これなら簡単にトークンカードをゲットできそうだな。
「じゃあ、先攻後攻を決めましょう。ジャンケンホイ」
 香奈がパー、係員がチョキだ。
 先攻は係員でスタートらしい。このゲームのルールだと先攻は間違いなく有利だから、少し厳しくなってしまったな。
「では、私の先攻から始めますね」
 そう言って係員はデッキを取り出した。
「じゃあさっそく……」





「「決闘!!」」




 香奈:8000LP   係員:8000LP





 香奈と係員の決闘が、始まった。





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「私のターンです。ドロー」(手札0→1枚)
 係員がカードを引く。
 決闘が始まったばかりなのに、手札が無いなんて変な感じがした。
「これはラッキーですね」
「え?」
「"アックス・レイダー"を召喚します」
 

 アックス・レイダー 地属性/星4/攻1700/守1150
 【戦士族】
 オノを持つ戦士。片手でオノを振り回す攻撃はかなり強い。


 ソリッドビジョンじゃないから、モンスターの姿は現れなかった。
 斧を持った人型のモンスターが身構えているイラストが目に入る。効果もない、ただの通常モンスターみたいね。
「先攻なので、もちろん攻撃できません。ターンエンドです」


 ターンが移行する。


「私のターンよ!」
 デッキの上を見つめる。
 相手の攻撃力は1700もある。少なくともあれを越える攻撃力か守備力を持ったモンスターを引かないと駄目ってこ
とよね。けど私の強運なら、相手よりもっといいカードを引けるに決まってるわ。
「ドロー!」(手札0→1枚)
 勢いよくカードを引いて、確認した。


 はにわ 地属性/星2/攻500/守500
 【岩石族】
 古代王の墓の中にある宝物を守る土人形。


「…………」
 何よこれ。どうしてこんなカードをデッキに入っているのよ。
 攻守500って……笑えないくらい弱いわね。
「どうかしましたか?」
「……なんでもないわ。私はこのままターンエンドよ」
 こんなカード出してもすぐにやられちゃう。
 だったら手札に温存しておいて方がいいわよね。

-------------------------------------------------
 香奈:8000LP           
                     
 場:なし                
                     
 手札1枚                
-------------------------------------------------
 係員:8000LP           
                     
 場:アックス・レイダー(攻撃)     
                     
 手札0枚                
-------------------------------------------------

「じゃあ私のターンですね」(手札0→1枚)
 係員は爽やかな笑みを浮かべて、カードを引いた。
 なんだか伊月の表情と重なって見えて、気に入らなかった。
「"ブラッド・ヴォルス"を召喚します」


 ブラッド・ヴォルス 闇属性/星4/攻1900/守1200
 【獣戦士族】
 悪行の限りを尽くし、それを喜びとしている魔獣人。
 手にした斧は常に血塗られている。


 巨大な斧を持った悪魔が描かれたイラスト。
 攻撃力1900もある。
「バトルです。2体でダイレクトアタックです」

 香奈:8000→6300→4400LP

「………………」
「これで、ターンエンドです」

-------------------------------------------------
 香奈:4400LP           
                     
 場:なし                  
                     
 手札1枚                  
-------------------------------------------------
 係員:8000LP           
                     
 場:アックス・レイダー(攻撃)     
   ブラッド・ヴォルス(攻撃)     
                     
 手札0枚                  
-------------------------------------------------

 一気にライフが半分近く減らされちゃったわね。
 なんか引かないと、かなりまずいわね。
「私のターンよ」
 カードを引いて、確認した。


 聖なるバリア−ミラーフォース−
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。


 やった! これなら相手のモンスターを全滅できる。
 相手が攻撃してきたらこれを発動して、次のターンから一気に反撃よ!!
「カードを1枚伏せて、ターンエンドよ!」




「私のターンです、"サイクロン"を発動しますね」
「……!!」


 サイクロン
 【速攻魔法】
 フィールド場の魔法または罠カード1枚を破壊する。


「その伏せカードを破壊します。チェーンはありますか?」
「……ないわよ」
 仕方なく、伏せておいたカードを墓地へ送った。
「"聖なるバリア−ミラーフォース"でしたか。危なかったですね」
「そうね」
「じゃあバトルです」
 あっさりと攻撃されて、私のライフが大きく削られてしまった。

 香奈:4400→2700→800LP

「もうあとがありませんね。ターンエンドです」

-------------------------------------------------
 香奈:800LP           
                     
 場:なし                  
                     
 手札1枚                  
-------------------------------------------------
 係員:8000LP           
                     
 場:アックス・レイダー(攻撃)                  
   ブラッド・ヴォルス(攻撃)                  
                     
 手札0枚                  
-------------------------------------------------

 何かおかしい……。
 どうして私のカードは機能しなくて、相手ばかり良いカードを引くのよ。
「どうかされましたか?」
 係員の表情も余裕たっぷりだし、絶対におかしいわ。
「ちょっと考えても良い?」
「……ええ、お好きにどうぞ」
 後ろを振り返って、大助を呼び寄せた。
「どうした?」
「何かおかしいと思わない?」
「……単に運が悪いだけじゃないのか?」
「私に限ってそんなことあるわけないでしょ」
「……じゃあ、デッキの順番でも決められていたんじゃないのか?」
「え?」
 そういえばあの係員、先攻後攻を決めてからデッキを取り出したわね。
 もしあれが順番の決められたデッキだったら、すべてのつじつまが合う。だったらこの展開を、係員は最初から知って
いたって事になる。だからあんなに余裕だったのね。
「分かったわ。ありがと」
 お礼を言って、係員に向き直った。
「ねぇ、一つ聞いていい?」
「なんでしょう」
「まさか、デッキを仕組んだりしてないわよね?」
「………なんのことですか?」
 一瞬だけ係員の顔が曇ったのを、私は見逃さなかった。
 やっぱり、細工してあったのね。
「じゃあシャッフルしてもいい?」
「……いいですよ。それでお客様の気が済むのでしたら」
「分かったわ」
 デッキを取って、何回かシャッフルをして、元の位置に置いた。
 これで、本当に運に頼ることになったわね。
「気は済みましたか?」
「ええ、じゃあ、私のターンよ!」
 勢いよく、カードを引いた。(手札1→2枚)
 引いたカードを見て、一瞬だけ驚いてしまった。
 そういえばこのデッキは禁止・制限を無視した内容だった。ならこのカードが入っていても、おかしくないって事ね。
「"天使の施し"を発動するわ!」


 天使の施し
 【通常魔法】
 デッキからカードを3枚ドローし、その後手札からカードを2枚捨てる。


 3枚引いて、不要な"はにわ"ともう1枚のカードを墓地に捨てる。
 改めて使ってみると、こんな反則カードは禁止になって当然のように思えた。
「ここでそのカードを引くとは、すごいですね」
「まだよ! "ゴブリン突撃部隊"を召喚するわ!!」


 ゴブリン突撃部隊 地属性/星4/攻2300/守0
 【戦士族・効果】
 このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になり、
 次の自分のターンのエンドフェイズ時まで表示形式を変更する事ができない。


「……!!」
「バトルよ。"ブラッド・ヴォルス"に攻撃!」

 ブラッド・ヴォルス→破壊
 係員:8000→7600LP

「"ゴブリン突撃部隊"は攻撃後に守備表示になるわ」

 ゴブリン突撃部隊→守備表示

「ターンエンドよ」

-------------------------------------------------
 香奈:800LP           
                     
 場:ゴブリン突撃部隊(守備)                  
                     
 手札1枚                  
-------------------------------------------------
 係員:7600LP           
                     
 場:アックス・レイダー(攻撃)                  
                     
 手札0枚                  
-------------------------------------------------

「私のターンですね」
 少しだけ表情の険しくなった係員が、カードを引いた。
 さすがに私の運の強さまでは予想していなかったらしいわね。
「"アックス・レイダー"をリリースして、"デーモンの召喚"をアドバンス召喚します」


 デーモンの召喚 闇属性/星6/攻2500/守1200
 【悪魔族】
 闇の力を使い、人の心を惑わすデーモン。
 悪魔族ではかなり強力な力を誇る。


「攻撃力2500……!」
 相手もなかなかの引きをしてる。
 さすがにイカサマだけでゲームに勝ってきた訳じゃないみたいね。
「バトルです」

 ゴブリン突撃部隊→破壊

「ターンエンドです」




「私のターンよ!」
 相手の場には攻撃力2500のモンスター。
 私のライフは少ししかないけど、これぐらい何の問題もないわ!
「ドロー!」(手札1→2枚)
 引いたカードは、あまり強力すぎて禁止になったあのカードだった。
「"ブラック・ホール"を発動するわ!」


 ブラック・ホール
 【通常魔法】
 フィールド上に存在する全てのモンスターを破壊する。


「くっ……」
 係員が悔しそうな表情を見せた。
 場には係員のモンスターしかいないから、被害は相手にしか降りかからない。

 デーモンの召喚→破壊

「さらにこれを出すわ!」
 がら空きになった場に、私は新たなモンスターを召喚した。


 地雷蜘蛛 地属性/星4/攻2200/守100
 【昆虫族・効果】
 このカードの攻撃宣言時、コイントスで裏表を当てる。
 当たりの場合はそのまま攻撃する。
 ハズレの場合は自分のライフポイントを半分失い攻撃する。


「……コインです」
 受け取ったコインを上に弾いて、床に叩きつける。
 ハネクリボーの姿が描いてある面、つまり表になった。
「バトルよ!」

 係員:7600→5400LP

「ターンエンドよ!」

-------------------------------------------------
 香奈:800LP           
                     
 場:地雷蜘蛛(攻撃)                  
                     
 手札0枚                  
-------------------------------------------------
 係員:5400LP           
                     
 場:なし                  
                     
 手札0枚                  
-------------------------------------------------

「私のターンです」
 最初に見せていた笑顔はどこへいってしまったのか、係員は完全に勝負の顔になっていた。
「ドローです」(手札0→1枚)
 引いた瞬間、係員は小さく舌打ちをした。
 この人、大丈夫なのかしら……。
「ターンエンドです」


 そしてターンが、移行する。


「私のターンよ!」(手札0→1枚)
 引いたカードは"デーモンの斧"だ。


 デーモンの斧
 【装備魔法】
 装備モンスターの攻撃力は1000ポイントアップする。
 このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
 自分フィールド上に存在するモンスター1体を
 リリースする事でデッキの一番上に戻す。


 攻撃力が1000ポイントもあがる装備カード。これをモンスターに装備すれば、一気に相手ライフを削ることが出来
る。それなら――――。
「ちょっと待て」
 後ろから大助が制止をかけてきた。
「なによ」
「多分、それはメインフェイズ2に使った方がいい」
「なんで?」
「いいからそうしてみろよ」
「………」
 大助に命令されたようで、なんだか嫌だった。
 まぁこのターンで決められるわけでもないし、たまには言うことを聞いてあげるわよ。
「このままバトルよ!」
 コインは表で、ライフは半減せずに攻撃できた。

 係員:5400→3200LP

「この瞬間、手札からこのカードを特殊召喚します!」
「……!!」
 

 冥府の使者ゴーズ 闇属性/星7/攻2700/守2500
 【悪魔族・効果】
 自分フィールド上にカードが存在しない場合、
 相手がコントロールするカードによってダメージを受けた時、
 このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
 この方法で特殊召喚に成功した時、受けたダメージの種類により以下の効果を発動する。
 ●戦闘ダメージの場合、自分フィールド上に「冥府の使者カイエントークン」
 (天使族・光・星7・攻/守?)を1体特殊召喚する。
 このトークンの攻撃力・守備力は、この時受けた戦闘ダメージと同じ数値になる。
 ●カードの効果によるダメージの場合、受けたダメージと同じダメージを相手ライフに与える。


 カイエントークン:攻撃力2200 守備力2200

「……まさかそんなカードを引いていたなんて思わなかったわ」
 本当に、大助の言うとおりにしておいてよかったってことね。
「じゃあ私はメインフェイズ2に"デーモンの斧"を装備するわ」

 地雷蜘蛛:攻撃力2200→3200

「……!」
 私が装備カードを手札に残しておいたことに、係員は驚いているみたいだった。
 なるほど、装備カードにはこういう使い方もあったのね。でも私のデッキには入らないから関係ないか。
「ターンエンドよ」





「私のターン……」
 係員はカードを引いた後、静かにそれをモンスターゾーンへセットした。
「ゴーズとカイエンを守備表示にします」

 冥府の使者ゴーズ:攻撃→守備表示
 カイエントークン:攻撃→守備表示

「ターンエンドです」

-------------------------------------------------
 香奈:800LP           
                     
 場:地雷蜘蛛(攻撃)                  
   デーモンの斧(装備魔法)      
                     
 手札0枚                  
-------------------------------------------------
 係員:3200LP           
                     
 場:冥府の使者ゴーズ(守備)     
   カイエントークン(守備)    
   裏守備モンスター1体
                                       
 手札0枚                  
-------------------------------------------------

「私のターンよ!!」
 相手の場にはモンスターが3体もいる。
 でも引いたカードを確認した瞬間、そんなの関係ないことが分かった。
「"サンダーボルト"発動よ!!」


 サンダー・ボルト
 【通常魔法】
 相手フィールド上に存在する全てのモンスターを破壊する。


「このタイミングで……!」
「さぁ、モンスターを全部墓地へ送ってもらうわよ」
「…………」
 係員はしぶしぶ、モンスターをすべて墓地へ送った。
 ちなみに裏側だったモンスターの正体は、"ステルスバード"だった。


 ステルスバード 闇属性/星3/攻700/守1700
 【鳥獣族・効果】
 このカードは1ターンに1度だけ裏側守備表示にする事ができる。
 このカードが反転召喚に成功した時、相手ライフに1000ポイントダメージを与える。


 相手にダメージを与えるモンスター。
 もし"サンダーボルト"を引かなかったら、危なかったわね。
「これで、終わりよ!!」
 コインを弾く。弾かれたコインは放物線を描いて机に落ちる。
 裏だったけど、そんなの関係なかった。
「バトル!!」
 ライフを半分支払って、攻撃した。

 香奈:800→400LP
 係員:3200→0LP





 決闘は、終了した。














---------------------------------------------------------------------------------------------------






「では、約束のトークンカードです」
 係員は作り笑いを浮かべながら、香奈へ4枚のトークンカードを手渡した。
 受け取った香奈が満面の笑みを浮かべて、こっちへ戻ってきた。
「やったわ! 念願のトークンカードゲットよ!」
 青・黄・橙・桃の羊がそれぞれ描かれたカードが計4枚、香奈の手に握られていた。
「よかったな」
「ええ。そうだ、さっきはありがとね。大助の助言が無かったら、負けていたわ」
「どういたしまして」
「さぁ! 次行きましょう次!」
 楽しそうに笑いながら、香奈は俺の手を引いた。
 敵のことなど、すっかり忘れているらしい。けどまぁいいか。香奈が楽しく遊べているなら、それはそれでいいことだ
からな。
「ちゃんと歩きなさいよ大助!」
「ああ、分かってるよ」
「そういえば、薫さん遅いわね」
「……たしかに」
 辺りを見回してみるが、薫さんの姿は見あたらなかった。
「もしかして、迷子になっているのかしら?」
「……そうかもな。たしかあの人、方向音痴だって言ってたし」
「なら心配ないわね。じゃあ次はあっちに行きましょう!!」
「ああ」
 薫さんのことを気にせずに、俺達は次の場所へ向かうことにした。
 
 このまま何も無ければいいなと、心の底から、そう思った。






episode8――動き出した計画――

「えーと……ちょっとすいませーん……」
 大助と香奈がパーティーを楽しんでいる一方、薫は人混みをかき分けながら男を追っていた。
 先程買ったぬいぐるみは佐助に預けておいてあるため、今は手元にない。
「すいません、すいません」
 必死になって、薫は男の後を追う。
 さっき歩いていて、その男とすれ違ったときに白夜のカードが輝いた。大助と香奈は気づかなかったようだったので、
こうしてお手洗いに行くふりをしてその男を追っている。
 絶対に見失わないように、薫は神経を集中していた。
「あ……」
 男は『スタッフエリア』と書かれたドアの中に入っていった。
 やっぱりこのパーティーには、敵が潜んでいたらしい。薫はすぐにそのドアを開けて中に入った。
 中は思っていたよりも明るく、かなりの空間が広がっていた。
「……どうしよっかな……」
 辺りを見回して考える。
 このまま進んでもいいかもしれない。と思う一方で、罠かも知れないという考えがよぎった。
 用意されていたかのように広いスペースがあって、まるで自分を誘っているようだ。
「でも……」
 薫の脳裏に、伊月の顔と麗花の顔が浮かんだ。
 もっと自分がしっかりしていれば、伊月があんなことにならずに済んだかも知れない。大切な親友の麗花の悲しい顔を
見なくて済んだかもしれない。もっと、自分がしっかりしていれば……。
 そう思うだけで、薫は胸が痛んだ。
 そしてだからこそ、行かなければならないと思った。
 もう伊月のようなことを繰り返さないために、自分が戦わなければいけない。それが、リーダーとして成す仕事だと薫
は思った。
「よし……!」
 覚悟を決めて、薫は奥へと進むことにした。
 もちろん、どんなことがあってもいいようにデュエルディスクを腕に装着した状態で。

 コッ……コッ……

 自分の足音が、通路に奇妙に反響しているように思えた。
 さっきまで騒がしい会場にいたせいか、今いる場所がとても静かに感じた。
(それにしても……)
 歩きながら、薫は考える。
 一体、敵の目的は何なのだろう。闇のカードを扱っているんだから、絶対に悪いことを企んでいるのは間違いないはず
だ。だが調べても調べても、詳しい情報が掴めない。やっと掴んだ情報だって、敵がスターをわざと誘い出すために漏ら
した情報だった。それにまんまと引っ掛かってしまったせいで、伊月はやられてしまった。闇に飲み込まれるようなこと
はなかったが、白夜のカードが奪われてしまった上に本人は意識不明の重体だ。
 しかも、今度はあの二人にまで接触してきた。
 「白夜のカードを頂きたい」という名目で。
 今まで調べたデータから考えれば、闇の組織が白夜のカードを欲しがる理由はない。むしろ自分達の力の妨げになるの
だから、すぐにでも処分するべきだろう。それとも、何か別の理由があるということだろうか? どうしても白夜のカー
ドが必要な物なんて、あっただろうか。 
「……………」
 考えてもやはり、分からなかった。
 


 そうして歩くこと数分。
 目の前に、あの男が現れた。
「ついてきたのか」
 静かな声だった。背は若干低く、伊月と同じくらいの青年のように見えた。
「うん。用は、分かってるよね」
「ああ。もちろん」
 男は数歩、歩み寄って来た。
 薫は身構えて、デッキケース内のカードに手をかける。
「あなた達の目的は何なの? どうして、白夜のカードを欲しがったりするの?」
「……別に。俺は欲しがってなんかいないよ」
「え?」
「まぁこっちにも色々あるってことさ」
 男はそう言って、小さく笑った。
「答えて。あなた達の目的は?」
「……答える義務はない。それより、こんなところにいていいのか?」
「どういうこと?」
「スターのリーダーさんさぁ、あんた、あの二人を守るためにここに来たんじゃないのか?」
「そうだよ。だから、あなたを倒して――――」
「俺なんかに構ってていいのか?」
「……!!」
 薫は気づいた。敵が狙っていたことに。
 急いで道を戻ろうと、敵に背を向けようとした。
「おっと、逃がさないぜ」
 その言葉と共に、男は闇の力を解放した。
 戻ろうとした薫の前に、闇の力で形成された壁が出現する。
「っ……!」
「ここから出たきゃ、俺と勝負して勝ちな」
「そんなことしてる暇ないよ!!」
 薫はポケットからカードを取りだして、デュエルディスクに叩きつけた。

 ――ポジション・チェンジ!!――

 瞬間移動を可能にするカード。これで一気に、大助と香奈の元へ向かおうとした。

 だが……。

「飛べ……ない……?」
 発動したはずのカードは、効果を発揮しなかった。
「どうして?」
「悪いが、このカードを発動しておいたんだ」
 男はそう言って、薫にカードを見せつけた。


 禁止令
 【永続魔法】
 カード名を1つ宣言して発動する。
 このカードがフィールド上に存在する限り、宣言されたカードをプレイする事はできない。
 このカードの効果が適用される前からフィールド上に存在するカードには
 このカードの効果は適用されない。


「これで、あんたの得意なポジション・チェンジは発動できないぜリーダーさん」
「……最初から、これが狙いだったんだね。わざとすれ違って私をここにおびき出して、あの二人を襲う……でもそんな
ことして、どうするつもりなの?」
「勘違いするなよリーダーさん。たしかにあんたをここにおびき出したのは作戦だった。だが、あの二人だけを狙ってい
るなんて誰が言った? どうして、自分が狙われているって考えない?」
「……!!」
「まっ、どうでもいいか。さてさてリーダーさん。俺と決闘してもらおうか。リーダーさんが勝ったら、あの二人のとこ
ろへ直行すればいいさ。もちろん、負ければどうなるか分かってるよな?」
 男は笑いながら、そう言った。
 薫はカードをポケットにしまって、デッキを取り出した。
「やるしかないみたいだね」
「そゆこと。じゃあやろうぜ。あっ、ちなみに俺は大沢(おおさわ)だ」
「私は薫だよ」
 薫はデッキをデュエルディスクにセットした。
 もう二人に敵が襲いかかっているかも知れない。そう思うだけで、一秒の時間が惜しく感じた。
 その心の焦りが表情にでていることを薫は知らない。だが大沢は、その表情を見ながらほくそ笑んだ。
「さぁ始めるぜ」
「うん、じゃあ、行くよ!!」



「「決闘!!」」



 薫:8000LP   大沢:8000LP



 決闘が、始まった。



「「この瞬間、デッキからフィールド魔法を発動!!」」
 そして叫ぶ二人の決闘者。
 大沢のデッキからは闇が、薫のデッキからは光が溢れ出す。
 その二つは互いを相殺しあい、結果的にフィールドに変化はみられない。


 機密を見透かす闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 このカードがフィールド上に存在する限り、
 モンスターをセットする事はできない。
 また、モンスターをセットする場合は表側守備表示にしなければならない。


 光の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 このカードがフィールド上に存在する限り、相手は「闇」と名の付くフィールド魔法の効果を使用できない。
 

「へぇ、情報には聞いていたけど、本当に闇の世界の効果が使えなくなるんだな」
「そうだよ。光の世界はすべての闇を無力化するカード。お互いに対等な条件で決闘だよ!」
「対等……ねぇ。いいぜ、どのみち、俺はあんたと戦うためにデッキを作ってきたから、問題ない」
 余裕の笑みを浮かべる大沢を見ながら、薫は神経を集中した。

 大沢のデュエルディスクの赤いランプが点灯する。先攻は大沢からだ。

「俺のターン、ドロー!!」(手札5→6枚)
 大沢はカードを引くと、すぐにカードをデュエルディスクに叩きつけた。
 

 王虎ワンフー 地属性/星4/攻1700/守1000
 【獣族・効果】
 このカードが表側表示でフィールド上に存在する限り、
 召喚・特殊召喚した攻撃力1400以下のモンスターを破壊する。


「あっ…!」
「もちろん、リーダーさんのデッキも研究済みだぜ? 『猫シンクロ』だっけか? とにかく強力なデッキだからなぁ。
これぐらいの対策はさせてもらうぜ?」
「……別に構わないよ」
 そう言いつつも、薫はかなり焦っていた。
 自身のデッキに最も相性の悪いカードが、最初のターンに召喚されてしまったのだ。あれ1枚でデッキに存在する8割
のモンスターが場に出せなくなる。
 このままでは、あの二人を心配しているどころでは、なくなってしまう。
「俺はカードを2枚伏せて、ターン終了。さぁ、あんたの実力見せてくれよリーダーさん。」
「……………」


 ターンが薫へ移った。


「私のターン、ドロー!!」(手札5→6枚)
 引いたカードを手札に加えて、今の状況を確認する。
 状況はかなり悪い。はやくあのモンスターを倒さないかぎり、自分の戦術は封じられているに等しい。攻撃力1400
以下のモンスターを召喚、特殊召喚時に破壊する効果。裏側守備なら、その効果をかわすことが出来るが、相手がそれを
素直にさせてくれるようには思えなかった。
「スタンバイフェイズに、リバースカードオープンだ」
「…っ!」
 予想していたとおり、相手は行動してきた。
 伏せられたカードが発動された瞬間、戦場を太陽のように眩しい光が照らし始めた。


 聖なる輝き
 【永続罠】
 このカードがフィールド上に存在する限り、
 モンスターをセットする事はできない。
 また、モンスターをセットする場合は表側守備表示にしなければならない。


「これで、セットはできない」
「やっぱり、そうだよね」
 これで裏守備による"王虎ワンフー"の効果回避は不可能。つまり自分に残された手段は、1400以上のモンスター
を召喚するしか残っていない。薫は手札を見つめて、1枚のカードを取り出した。
「私は"サイバー・ドラゴン"を特殊召喚するよ!」
 薫の場に、機械の龍が現れる。
 機械の龍は相手の場にいる虎のモンスターを見るなり、自らの力を示すように大きく咆吼を上げた。


 サイバー・ドラゴン 光属性/星5/攻撃力2100/守備力1600
 【機械族・効果】
 相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在していない場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。


「攻撃力2100か。これじゃあワンフーの効果は使えねぇな」
「そうだよ。バトル! "サイバー・ドラゴン"で"王虎ワンフー"を攻撃!」
 機械の龍が、その口にエネルギーを溜める。
 それを戦闘態勢を取る虎のモンスターへ向けて、一気に放った。
「リバースカードオープンだ。"銀幕の鏡壁"!!」
「あっ……!」
 2体のモンスターの間に、銀色の壁が出現した。


 銀幕の鏡壁
 【永続罠】
 相手の攻撃モンスター全ての攻撃力を半分にする。
 自分のスタンバイフェイズ毎に2000のライフポイントを払う。
 払わなければ、このカードを破壊する。


 サイバー・ドラゴン:攻撃力2100→1050

 機械の龍の放ったエネルギー波が銀色の壁を貫く。だがその威力は弱まっていて、虎のモンスターを倒すまでに至らな
い。虎のモンスターはその隙を見逃さずに、飛びかかる。その鋭い牙で、機械の龍は噛み砕かれた。

 サイバー・ドラゴン→破壊
 薫:8000→7350LP

「うぅ……!」
 生じた衝撃。薫はそれをあまり気にせず、険しい表情で相手を見つめた。
「残念だったなリーダーさん。それぐらい想定してたぜ?」
「……私はカードを2枚伏せて、ターン終了だよ」

-------------------------------------------------
 薫:7350LP
 
 場:光の世界(フィールド魔法)
   伏せカード2枚                  
                 
 手札3枚
-------------------------------------------------
 大沢:8000LP

 場:機密を見透かす闇の世界(フィールド魔法)
   王虎ワンフー(攻撃)                  
   聖なる輝き(永続罠)                  
   銀幕の鏡壁(永続罠)                  
                    
 手札3枚
-------------------------------------------------

「俺のターン、ドロー!」(手札3→4枚)
 大沢は勢いよくカードを引いた。そして小さく笑みを浮かべて薫に話しかける。
「いやぁ、スターのリーダーだっていうから楽しみにしてたけど、本当に楽しいぜ。リーダーさんもそう思うだろ?」
「……闇の決闘なんて、面白いと思ったことなんか1度もないよ」
「そうか? 残念だね。俺は"銀幕の鏡壁"の維持コストを支払うぜ」

 大沢:8000→6000LP

 大沢の体から赤い光が流れて銀色の壁を包み込んだ。すると先程壊された箇所がみるみる塞がっていき、やがて発動時
と変わらない壁になっていた。
「このワンフーを守らなきゃ、あんたには勝てないからな」
「……そのために、2000もライフを払ったんだね」
「そゆこと。メインフェイズ、俺は手札からこいつを召喚だ」
 大沢の場に、大きなバッタのようなモンスターが現れた。


 代打バッター 地属性/星4/攻1000/守1200
 【昆虫族・効果】
 自分フィールド上に存在するこのカードが墓地に送られた時、
 自分の手札から昆虫族モンスター1体を特殊召喚する事ができる。


「"代打バッター"はワンフーの効果で破壊される。だがこいつは破壊されたときに手札から昆虫族モンスターを特殊召喚
することができる」
「……!!」
 虎のモンスターが咆吼を上げた。それによって生じた空気の振動によって、召喚されたモンスターは破壊された。
「破壊されたことで、こいつを特殊召喚だ!!」
 大沢は力強くカードを叩きつける。
 ブゥゥンという大きな羽音とともに、場に巨大な昆虫が姿を現した。


 アルティメット・インセクト LV5 風属性/星5/攻2300/守900
 【昆虫族・効果】
 「アルティメット・インセクト LV3」の効果で特殊召喚した場合、
 このカードがフィールド上に存在する限り、全ての相手モンスターの攻撃力は500ポイントダウンする。
 自分のターンのスタンバイフェイズ時、表側表示のこのカードを墓地に送る事で
 「アルティメット・インセクト LV7」1体を手札またはデッキから特殊召喚する
 (召喚・特殊召喚・リバースしたターンを除く)。


「今は効果が使えないが、攻撃力は十分! 攻撃だぜ!」
 巨大な昆虫が、羽音を響かせながら薫へ突撃した。
「罠カード発動!!」
 たまらず、薫は伏せカードを開く。薫の目に前に光の壁が現れて、昆虫の攻撃を防いだ。


 ガード・ブロック
 【通常罠】
 相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
 その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
 自分のデッキからカードを1枚ドローする。


「この効果で、私はダメージを無効にしてカードをドローするよ」(手札3→4枚)
「なるほど、ダメージを防いで1枚ドローか。やるじゃんリーダーさん。でも、まだ攻撃は残ってるぜ!!」
 虎のモンスターが、薫へ襲いかかった。
「うあ……!!」

 薫:7350→5650LP

「ターンエンドだぜ」

-------------------------------------------------
 薫:5650LP
 
 場:光の世界(フィールド魔法)
   伏せカード1枚                  
                    
 手札4枚
-------------------------------------------------
 大沢:6000LP

 場:機密を見透かす闇の世界(フィールド魔法)
   王虎ワンフー(攻撃)                  
   アルティメット・インセクト LV5(攻撃) 
   聖なる輝き(永続罠)            
   銀幕のミラーウォール(永続罠)       
                     
 手札2枚
-------------------------------------------------

「私のターンだよ!」(手札4→5枚)
 状況はかなり悪かった。あの巨大な昆虫型モンスターは、レベルアップすれば相手のモンスターの攻撃力を下げる効果
を持つことになる。そうなってしまえば、本当に自分はモンスターを召喚できなくなってしまう。なんとかしないといけ
ない。薫は手札を少し見つめて、カードに手をかけた。
「手札から"調律"を発動するよ! この効果でデッキから"ジャンク・シンクロン"を手札に加えて、その後デッキの上か
ら1枚墓地に送る。墓地に送られたのは"ボルト・ヘッジホック"だよ」


 調律
 【通常魔法】
 自分のデッキから「シンクロン」と名のついたチューナー1体を手札に加えて
 デッキをシャッフルする。その後、自分のデッキの上からカードを1枚墓地へ送る。


 ジャンク・シンクロン 闇属性/星3/攻1300/守500
 【戦士族・チューナー】
 このカードが召喚に成功した時、自分の墓地に存在する
 レベル2以下のモンスター1体を表側守備表示で特殊召喚する事ができる。
 この効果で特殊召喚した効果モンスターの効果は無効化される。


 ボルト・ヘッジホッグ 地属性/星2/攻800/守800
 【機械族・効果】
 自分フィールド上にチューナーが表側表示で存在する場合、
 このカードを墓地から特殊召喚する事ができる。
 この効果で特殊召喚したこのカードはフィールド上から離れた場合、ゲームから除外される。


「けど、ワンフーがいるから召喚しても無意味だね」
「さらに私は"死者転生"を発動! 手札の"レベル・スティーラー"を捨てて、墓地にいる"サイバー・ドラゴン"を手札に
戻して、そのまま特殊召喚するよ!」


 死者転生
 【通常魔法】
 手札を1枚捨てて発動する。
 自分の墓地に存在するモンスター1体を手札に加える。


 レベル・スティーラー 闇属性/星1/攻600/守0
 【昆虫族・効果】
 このカードが墓地に存在する場合、自分フィールド上に表側表示で存在する
 レベル5以上のモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターのレベルを1つ下げ、このカードを墓地から特殊召喚する。
 このカードはアドバンス召喚以外のためにはリリースできない。


「また出てきたか。ミラーウォールのコストを払っておいて正解だったってことだな」
「手札から"デス・ウォンバット"を守備表示で召喚して、ターン終了だよ」


 デス・ウォンバット 地属性/星3/攻1600/守300
 【獣族・効果】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 コントローラーへのカードの効果によるダメージを0にする。


 薫の場に、機械の龍と獣のモンスターが防御態勢で現れた。
 "聖なる輝き"でセットは出来ないが、代わりに表側守備で出せるようになる。今は、凌ぐしかない。


 そして、ターンが移行する。


「俺のターンだ、ドロー!」(手札2→3枚)
 大沢がカードを引くと同時に、銀色の壁が砕け散った。

 銀幕の鏡壁→破壊

「ライフは払わなかったんだね」
「ま、さすがにもう必要ねぇからな。いくぜ。アルティメット・インセクトの効果発動!!」
「……!!」
 大沢の場にいる巨大な昆虫の体が光り輝いた。まるで脱皮をするかのように、姿が変化していく。
 そして先程よりも強い力を持つ昆虫が、フィールドに現れた。


 アルティメット・インセクト LV7 風属性/星7/攻2600/守1200
 【昆虫族・効果】
 「アルティメット・インセクト LV5」の効果で特殊召喚した場合、
 このカードが自分フィールド上に存在する限り、
 全ての相手モンスターの攻撃力・守備力は700ポイントダウンする。


「"アルティメット・インセクト LV7"の効果発動。相手モンスターの攻撃力と守備力を700ずつ下げる!」
 巨大な昆虫の羽から、黄色の鱗粉がまき散らされる。
 その鱗粉を浴びた薫のモンスターは、苦しそうに体をうずくまらせた。

 サイバー・ドラゴン:攻撃力2100→1400 守備力1600→900
 デス・ウォンバット:攻撃力1600→900 守備力300→0

「バトル! 一気に攻撃だ!!」
 鋭い虎の牙が獣のモンスターを切り裂き、昆虫の巻き起こした風が機械の龍を吹き飛ばした。

 サイバー・ドラゴン→破壊
 デス・ウォンバット→破壊

「うっ…!」
 起こった衝撃を、薫はデュエルディスクを盾にして耐えた。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドだぜ」
 大沢は余裕の笑みを浮かべて、ターンを終えた。

-------------------------------------------------
 薫:5650LP
 
 場:光の世界(フィールド魔法)
   伏せカード1枚                  
                    
 手札2枚
-------------------------------------------------
 大沢:6000LP

 場:機密を見透かす闇の世界(フィールド魔法)
   王虎ワンフー(攻撃)                  
   アルティメット・インセクト LV7(攻撃)                  
   聖なる輝き(永続罠)                  
   伏せカード1枚                  
                     
 手札2枚
-------------------------------------------------

「私のターン!!」(手札2→3枚)
 いよいよ危機感を感じた薫は、恐る恐るカードを引いた。
 引いたカードはモンスターカード。この状況を打開できるカードではなかった。
「私は"クリッター"を召喚するよ」
 薫の場に、三つ目の悪魔が姿を現した。


 クリッター 闇属性/星3/攻1000/守600
 【悪魔族・効果】
 このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
 自分のデッキから攻撃力1500以下のモンスター1体を手札に加える。


「だが、ワンフーの効果で破壊されるぜ」
 虎の咆吼が場に響く。三つ目の悪魔は甲高い声をあげて、破壊されてしまった。
「でも"クリッター"の効果で、私はデッキから"速攻のかかし"を手札に加えるよ」(手札2→3枚)
 薫はデッキからカードをサーチして、手札に加えた。
 大沢は余裕の笑みを浮かべたまま、薫を見つめる。
「なるほどね。俺が"代打バッター"で使った方法を利用したってことか。さすがリーダーさん、やるね」
「……私はこれでターン終了だよ」


 ターンが大沢へ移る。


「俺のターン!! ドロー!!」(手札2→3枚)
 大沢は楽しそうに笑いながら、カードを引く。
 よほど自分の有利が嬉しいらしい。薫は険しい表情のまま、相手の行動を伺った。
「墓地から"代打バッター"を除外して、"ジャイアントワーム"を特殊召喚だ!!」
 大沢の場に、ムカデのようなモンスターが現れた。


 ジャイアントワーム 地属性/星4/攻1900/守400
 【昆虫族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 自分の墓地に存在する昆虫族モンスター1体をゲームから除外した場合のみ特殊召喚する事ができる。
 このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、相手のデッキの上からカードを1枚墓地へ送る。


「さぁ、バトルだぜ!!」
 大沢の場にいる全てのモンスターが、薫へ向かって攻撃態勢を取った。
「させないよ! 手札から"速攻のかかし"を捨てて、バトルフェイズを終了するよ!!」
 薫が手札からモンスターを捨てると、場に小さなかかしのようなモンスターが現れた。
 そのかかしから奇妙な音が発せられて、全てのモンスターは行動を止めてしまった。


 速攻のかかし 地属性/星1/攻0/守0
 【機械族・効果】
 相手モンスターの直接攻撃宣言時、このカードを手札から捨てて発動する。
 その攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。


「ちっ、惜しいな。まぁいいか。ターンエンドだぜ」

-------------------------------------------------
 薫:5650LP
 
 場:光の世界(フィールド魔法)
   伏せカード1枚                  
                    
 手札2枚
-------------------------------------------------
 大沢:6000LP

 場:機密を見透かす闇の世界(フィールド魔法)
   王虎ワンフー(攻撃)                  
   アルティメット・インセクト LV7(攻撃)
   ジャイアントワーム(攻撃)                        
   聖なる輝き(永続罠)                  
   伏せカード1枚                  
                     
 手札2枚
-------------------------------------------------

「いい加減、諦めたら? いくらリーダーさんでも、ここから逆転は厳しいと思うぜ?」
「……余計なお世話だよ! 私のターン!!」(手札2→3枚)
 迫る危機を感じながら、薫はカードを引いた。
 引いたカードを確認した瞬間、その目にかすかな希望が生まれる。
「"貪欲な壺"を発動するよ!!」


 貪欲な壺
 【通常魔法】
 自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、デッキに加えてシャッフルする。
 その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。


「墓地にいる"サイバー・ドラゴン"、"デス・ウォンバット"、"クリッター"、"ボルト・ヘッジホック"、"速攻のかかし"
をデッキに戻してシャッフルして、カードを2枚ドローするよ!!」(手札2→4枚)
 新たに2枚のカードを手に入れた薫だが、その表情は険しいままだった。
「あまりいいカードは引けなかったみたいだなリーダーさん」
「……私はカードを2枚伏せて、ターン終了だよ」


 薫にとって辛い状況が続く。そしてターンは、大沢へ移った。


「俺のターン!!」(手札2→3枚)
 大沢は引いたカードを確認した。
 楽しそうな笑みを浮かべながら、さらにモンスターを召喚する。


 アーマード・フライ 地属性/星3/攻2000/守2000
 【昆虫族・効果】
 自分フィールド上にこのカード以外の昆虫族モンスターが存在しなければ、
 このカードの攻撃力・守備力はそれぞれ1000ポイントになる。


「レベル3で攻撃力2000……!」
「そゆこと。これが全部通れば、俺の勝ちだぜリーダーさん! バトル! まずは"王虎ワンフー"で攻撃!!」
 虎のモンスターの牙が、薫を襲った。
「うぅ……!!」

 薫:5650→3950LP

「さらに"ジャイアント・ワーム"で攻撃だ!!」
 ムカデのようなモンスターが、薫へ突進した。
「うあっ……っ!」

 薫:3950→2050LP

「"ジャイアント・ワーム"の効果で、デッキからカードを墓地に送ってもらうぜ」
「…………」
 薫は黙って、カードを墓地に送った。墓地へいったカードは、"チューニング・サポーター"。


 チューニング・サポーター 光属性/星1/攻100/守300
 【機械族・効果】
 このカードをシンクロ召喚に使用する場合、
 このカードはレベル2モンスターとして扱う事ができる。
 このカードがシンクロモンスターのシンクロ召喚に使用され墓地へ送られた場合、
 自分はデッキからカードを1枚ドローする。


「そして"アーマード・フライ"で攻撃だ!」
「うぁ……あぁ!!」

 薫:2050→50LP

 薫の体から一瞬だけ力が抜けた。なんとか踏みとどまって、大沢を見据える。
 大沢はそんな薫を見ながら、さらに楽しそうな笑みを浮かべた。
「頑張るねリーダーさん。けど、そろそろ限界でしょ?」
「……楽しそうだね……」
「んー、そりゃあ勝負に勝つのは楽しいっしょ?」
「……違うよ」
「ん?」
「あなたは、決闘を楽しんでいる訳じゃない」
 薫は体に力を入れて、大沢をまっすぐに見つめた。
「自分が絶対に有利になるように場を作って、その状況で戦う。別に、あなたの戦術を否定しているんじゃないよ。でも
あなたは、自分だけが有利な状況で、相手がもがいているのを、苦しんでいるのを楽しんでいるだけ。純粋に決闘を楽し
んでいるわけじゃない!」
「いきなり、説教ですかリーダーさん」
「どう思うかは勝手だよ。でも他人が苦しんでいるのを、楽しそうに追いつめる人なんかに、私は負けない!!」
「……うっせぇな。じゃあ勝ってみろよ。忘れているかも知れないけど、残りの攻撃が通ったらリーダーさんの負けなん
だぜ?」
「………」
「説教するなら、勝ってからにしろよ! "アルティメット・インセクト LV7"で攻撃!」
 巨大な羽音を響かせて、昆虫はその羽で突風を巻き起こした。
 大きな風の塊が、薫へと向かう。
「罠カード発動!!」
 光の壁が、薫の前に現れた。


 ガード・ブロック
 【通常罠】
 相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
 その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
 自分のデッキからカードを1枚ドローする。


「ダメージを無効にして、カードを1枚ドローするよ」(手札2→3枚)
「ギリギリじゃないかリーダーさん。そんなんで、俺に勝てるの?」
「………………」
「だんまりかい。まぁいいさ、メインフェイズ2に入って、俺はこのカードを発動するぜ」
 表情が微かに険しくなった大沢は、さらに自身が有利な状況を作り出す。


 強者の苦痛
 【永続魔法】
 相手フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターの攻撃力は、レベル×100ポイントダウンする。


「リーダーさん、これでもう召喚できるモンスターは無くなったはずだ。こんな状況で、どうやって俺に勝とうって言う
つもりだい?」
「……ターンはどうするの?」
「ちぇ、つまんねぇの。ターンエンドだ」

-------------------------------------------------
 薫:50LP
 
 場:光の世界(フィールド魔法)
   伏せカード2枚                  
                    
 手札3枚
-------------------------------------------------
 大沢:6000LP

 場:機密を見透かす闇の世界(フィールド魔法)
   王虎ワンフー(攻撃)                  
   アルティメット・インセクト LV7(攻撃)
   ジャイアント・ワーム(攻撃)                        
   アーマードフライ(攻撃)
   聖なる輝き(永続罠)                  
   強者の苦痛(永続魔法)
   伏せカード1枚                  
                     
 手札1枚
-------------------------------------------------

「私のターン!! ドロー!!」(手札3→4枚)
 引いたカードを確認した薫は、行動を決めていたかのように手札に手をかけた。
「私は"レスキュー・キャット"を召喚するよ!」
 薫の場に、ヘルメットを被った白い子猫のモンスターが現れた。


 レスキューキャット 地属性/星4/攻300/守100
 【獣族・効果】
 自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを墓地に送る事で、
 デッキからレベル3以下の獣族モンスター2体をフィールド上に特殊召喚する。
 この方法で特殊召喚されたモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。


「なにしてんのリーダーさん。ワンフーの効果でそいつは破壊されるぜ!」
 虎のモンスターが咆吼を上げた。
「ただでは破壊させないよ!」
 薫はその瞬間を見計らって、手札にあるカードを発動した。


 エネミーコントローラー
 【速攻魔法】
 次の効果から1つを選択して発動する。
 ●相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の表示形式を変更する。
 ●自分フィールド上に存在するモンスター1体をリリースして発動する。
 このターンのエンドフェイズ時まで、相手フィールド上に表側表示で存在する
 モンスター1体のコントロールを得る。


「破壊される前に、"レスキュー・キャット"をリリースして、あなたの場にある"アルティメット・インセクト LV7"
を私の場に移動させる!」
 白い子猫が光に包まれて、フィールドに大きなコントローラーが出現した。
「ごめんね」
 カードを墓地へ送りながら、薫は静かに謝った。
 コントローラーからコードが伸びて、大沢の場にいる巨大な昆虫へ接続される。巨大な昆虫はまるで目を回したように
フラフラと、薫の場へ移動した。
 だが大沢の場にあるカードの力で、昆虫の力も大きく下がる。
 
 アルティメット・インセクト LV7:攻撃力2600→1900
 王虎ワンフー:攻撃力1700→1000 守備力1000→300

「私の場に攻撃力の高いモンスターはいないけど、あなたの場にならいるよ!」
「……へぇ、なかなかの機転だ」
「バトルだよ!!」
 薫の命令で、巨大な昆虫は大沢へと突撃した。


「けど、惜しかったね」


 昆虫の攻撃が、聖人の作り出した壁に阻まれた。
「えっ!?」
「リバースカードを発動したんだ」
 そう言って大沢はカードを見せつけた。


 和睦の使者
 【通常罠】
 このカードを発動したターン。相手モンスターから受けるすべての戦闘ダメージを0にする。
 このターン自分のモンスターは戦闘によって破壊されない。


「これって……!」
「リーダーさんの攻撃は止めさせて貰ったよ。どうする? 他にすることある?」
「………私はカードを1枚伏せて………ターン終了だよ」
 薫は悔しそうに、ターンを終えた。
 そして薫の場にいた巨大な昆虫は、主人の元へと戻っていった。
「残念だったねリーダーさん」
「………」

「俺のターン、ドロー」(手札1→2枚)
 大沢は勝利の笑みを浮かべてさらにモンスターを召喚する。
 巨大なはさみを持った昆虫が戦いの場に現れた。


 クロスソード・ハンター 風属性/星4/攻1800/守1200
 【昆虫族・効果】
 自分フィールド上にこのカード以外の昆虫族モンスターが存在する場合、
 自分フィールド上に存在する昆虫族モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、
 その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


「これで、たとえモンスターを守備表示で出せても、貫通でリーダーさんを倒せるな」
「……あなたに、私は倒せないよ」
「へぇ、したたかな態度は変わらないのね。じゃあバトルだ!」
 大沢の宣言で、場にいる昆虫達が一斉に攻撃する。
「罠カード発動だよ!」


 攻撃の無力化
 【カウンター罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスタ1体の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。


 時空の穴が出現してたことで、虫たちはその動きを止めてしまった。
「へぇ、粘るね」
「だから言ったよね。私はあなたに負けないって」
「ふっ、じゃあメインフェイズ2にこのカードを発動しておくよ」


 無視加護
 【永続魔法】
 相手モンスターの攻撃宣言時、
 自分の墓地に存在する昆虫族モンスター1体を
 ゲームから除外する事で、その攻撃を無効にする。


「これで、リーダーさんの攻撃は通らない。ターンエンド」

-------------------------------------------------
 薫:50LP
 
 場:光の世界(フィールド魔法)
   伏せカード2枚                  
                    
 手札1枚
-------------------------------------------------
 大沢:6000LP

 場:機密を見透かす闇の世界(フィールド魔法)
   王虎ワンフー(攻撃)                  
   アルティメット・インセクト LV7(攻撃)
   ジャイアント・ワーム(攻撃)                        
   アーマードフライ(攻撃)
   クロスソード・ハンター(攻撃)
   聖なる輝き(永続罠)                  
   強者の苦痛(永続魔法)
   無視加護(永続魔法)                  
                     
 手札0枚
-------------------------------------------------

「早く終わってくれないかな?」
 薫がデッキに手をかける前に、大沢は語りかけた。
「どうせ逆転なんかできないだろ。正直、俺だってここまで粘られるとは思ってなかったし。ホント、賞賛に値するよ。
だから諦めて負けてくれない? 俺だって、十分に楽しめたし」
「…………」
 薫は黙って聞きながら、大沢の顔をまっすぐに見つめていた。
「黙ってるなよ。負けても恥じることなんかないって。あんた達のデッキは研究してきたんだ。当然、相性が悪いデッキ
も利用する。負けても仕方ないんだよ。あの伊月とかいう人も、仕方なかったと思うぜ? そもそもこうして俺に絶対的
な有利な状況を作らせた時点で、諦めてくれれば良かったのに。ムキになって頑張るから、余計にいじめたくなっちまっ
たじゃん。ホント、あんたは今まで戦った決闘者の中で、最高に面白い奴だったよ」
 勝利の笑みを見せながら、大沢は言った。
 薫は大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出す。そして強い力の宿った瞳で、大沢を見据えた。
「……あなたは私に勝てないよ」
「またそれか。だったらどうして、俺はリーダーさんに勝てないんだい?」

「あなたが、痛みを知らないからだよ」

「なに?」
「決闘してて分かった。きっとあなたは、今までずっとこうやって勝ってきた。相手をいたぶって、自分だけが楽をして
勝つ。そんな決闘を続けてきたんだよね? そして多分、実生活でも他人と深く関わらずに、生きてきたんだよね?」
「…………」
 見抜かれてしまったことに、大沢わずかに動揺した。
 まさか一回の決闘で、自分のやってきたことが見破られてしまうとは思っていなかったからだ。
「それが、どうかしたか?」
 動揺を隠す大沢を見ながら、薫は言葉を続けた。
「他人の痛みが分からない人は、絶対に強くなんかなれないんだよ。人とちゃんと触れ合って、泣いて、笑って、そんな
ことを繰り返して、初めて人は強くなれる。他人をいたぶることでしか決闘を楽しめないあなたには、そんな強さなんか
絶対にない! だから、あなたは私に勝てないんだよ!!」
 薫の気迫に大沢は気圧された。
 大沢はグッと拳を握り、歯ぎしりをたてる。
 ここまで追いつめているのに、もはや自分の勝ちなのに、どうして目の前の相手は自分に説教をしてくる? 
 どうして、強い目で訴えてくる?
 あがいている姿を見るのが楽しみなはずなのに、どうしてこの相手のあがく姿は楽しく感じない?
 大沢は自問自答を心の中で繰り返す内に、自身の中に苛立ちが生まれているのを感じた。
「だったら! リーダーさんにはその強さがあるってのか!? あるんだったら、その強さってやつで、この状況を逆転
してみろよ! さぁ、どうした!? やってみろ!! やれるもんならな!!」
「……あなたは、可哀想な人だよ」
「な……に……?」
「見せてあげるね。どんなに有利な状況を作り出しても、それは案外脆いんだよ。私のターン!!」(手札1→2枚)
 薫は勢いよくカードを引いた。
 引いたカードを確認し、ゆっくりと、笑みを浮かべる。
「準備は整ったよ!」
「なに!?」
「伏せカード発動!!」
 薫がカードを開いた瞬間、大沢の場にいる虎のモンスターに鎖が巻き付いた。それはモンスターの体を強烈に締め上げ
て、その動きを完全に封じてしまった。


 デモンズ・チェーン
 【永続罠】
 フィールド上に表側表示で存在する
 効果モンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターは攻撃する事ができず、効果は無効化される。
 選択したモンスターが破壊された時、このカードを破壊する。


「これで"王虎ワンフー"の効果は使えないよ」
「だ、だが俺の場には攻撃力を下げるカードばかりだ。いくらやっても、越えられるわけ――――」
「大丈夫だよ」
「なに……?」
「少しだけ、私の本当の実力を見せてあげるね」
 そう言って薫は、手札の1枚をフィールドに叩きつけた。


 ジャンク・シンクロン 闇属性/星3/攻1300/守500
 【戦士族・チューナー】
 このカードが召喚に成功した時、自分の墓地に存在する
 レベル2以下のモンスター1体を表側守備表示で特殊召喚する事ができる。
 この効果で特殊召喚した効果モンスターの効果は無効化される。


「この効果で墓地の"チューニング・サポーター"を特殊召喚するよ!!」
 薫の場に小さな機械系のモンスターが呼び出される。
「まさか……!」
「そのまさかだよ。手札から"機械複製術"を発動!! 効果で同名カードをデッキから2体特殊召喚するよ!!」


 チューニング・サポーター 光属性/星1/攻100/守300
 【機械族・効果】
 このカードをシンクロ召喚に使用する場合、
 このカードはレベル2モンスターとして扱う事ができる。
 このカードがシンクロモンスターのシンクロ召喚に使用され墓地へ送られた場合、
 自分はデッキからカードを1枚ドローする。


 機械複製術
 【通常魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する
 攻撃力500以下の機械族モンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターと同名モンスターを2体まで自分のデッキから特殊召喚する。


 薫の場に、同じ姿をしたモンスターがさらに2体現れた。
「"チューニング・サポーター"は、自身をレベル2として扱うことが出来て、シンクロ召喚のために墓地へ送られたら、
デッキからカードを1枚ドローできる!」
「くっ!」
「レベル1、レベル2とした"チューニング・サポーター"計3体と、レベル3の"ジャンク・シンクロン"をチューニング
するよ!!」
 フィールドに光の輪が現れて、薫の場にいる4体のモンスターの力が同調していく。
 体が解け合うように重なり、新たな力が生み出される。
 そして光の輪を貫くように一筋の柱が立った。
シンクロ召喚!! 出てきて! "ジャンク・デストロイヤー"!!
 フィールドに、ロボットにも似た大きな機械のモンスターが姿を現した。


 ジャンク・デストロイヤー 地属性/星8/攻2600/守2500
 【戦士族・シンクロ/効果】
 「ジャンク・シンクロン」+チューナー以外のモンスター1体以上
 このカードがシンクロ召喚に成功した時、
 このカードのシンクロ素材としたチューナー以外のモンスターの数まで
 フィールド上に存在するカードを選択して破壊する事ができる。


「"ジャンク・デストロイヤー"の効果発動! シンクロ召喚に使ったチューナー以外のシンクロ素材1体につき、相手の
場にあるカードを破壊できる!!」
「なんだって!?」
「いっけー! "ジャンク・デストロイヤー"!!」
 機械のモンスターが、その体からエネルギー弾を発射する。そして大沢の場にあるカードを、問答無用で破壊した。

 強者の苦痛→破壊
 無視加護→破壊
 王虎ワンフー→破壊
 デモンズ・チェーン→破壊

「くっそ!」
「まだだよ! "チューニング・サポーター"の効果で、合計3枚ドロー!!」(手札0→3枚)
「……!!」
 薫の戦術はまだ終わらない。むしろここからが、始まりだった。
「手札から"シンクロキャンセル"を発動!」


 シンクロキャンセル
 【通常魔法】
 フィールド上に表側表示で存在するシンクロモンスター1体をエクストラデッキに戻す。
 さらに、エクストラデッキに戻したこのモンスターのシンクロ召喚に使用した
 モンスター一組が自分の墓地に揃っていれば、この一組を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。


「シンクロ召喚に使ったモンスターをまた特殊召喚して、もう一回、同じモンスターをシンクロ召喚だよ!!」
 機械のモンスターが姿を消して、元の4体に分離する。
 だが再び現れた光の輪が、再びロボット型のモンスターを呼び出した。そして、さっきと同じ光景が繰り返される。
 大沢は為す術もなく、カードを破壊された。

 アルティメット・インセクト LV7→破壊
 ジャイアント・ワーム→破壊
 クロスソード・ハンター→破壊

「さらに"チューニング・サポーター"の効果で3枚ドローするよ!」(手札2→5枚)
 さっきまで0だった手札が、一気に5枚まで増える。
 それは考えられない程の巻き返しだった。
 しかもさっきまで場を席巻していた大沢のモンスターは、ほとんど消え去っていた。
「まだまだ終わらないよ! 伏せておいた"リミット・リバース"を発動! 墓地の"レスキュー・キャット"を特殊召喚し
て、そのままリリースして効果発動! デッキから2体の獣族モンスターを特殊召喚だよ!」
 白い子猫が、全身の力を込めて笛を吹き鳴らした。
 すると、薫のデッキから勢いよく2体のモンスターが参上した。


 X−セイバー エアベルン 地属性/星3/攻1600/守200
 【獣族・チューナー】
 このカードが直接攻撃によって相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
 相手の手札をランダムに1枚捨てる。


 デス・コアラ 闇属性/星3/攻1100/守1800
 【獣族・効果】
 リバース:相手の手札1枚につき400ポイントダメージを相手ライフに与える。


「いくよ! レベル3の"デス・コアラ"にレベル3の"X−セイバー エアベルン"をチューニング!!」
 三度現れる光の輪。2体のモンスターの体が解け合い、新たな力となって、フィールドに現れる。
 フィールドに冷気が漂い始め、氷の龍が姿を見せた。


 氷結界の龍 ブリューナク 星6/水属性/攻2300/守1400
 【海竜族・シンクロ/効果】
 チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 自分の手札を任意の枚数墓地に捨てて発動する。
 その後、フィールド上に存在するカードを、墓地に送った枚数分だけ持ち主の手札に戻す。


「ブリューナクの効果発動! 手札の"レベル・スティーラー"を捨てて、あなたの場にあるカード1枚を手札に戻す!」
 氷の龍が咆吼を上げると同時に、大沢の場にいる昆虫に氷の柱が襲いかかった。
 一気に氷結されてしまったモンスターは、強制的に主の手札へと戻されてしまう。これによって大沢の場には、もはや
役に立たないカードが1枚だけが残っている状態になってしまった。
「あ……ぁ……」
 言葉にならない悲鳴をあげ、大沢は震え始めた。
「"ジャンク・デストロイヤー"のレベルを1つ下げて、墓地の"レベル・スティーラー"を特殊召喚するよ。さらに手札か
ら"シンクロ・チェンジ"を発動して、レベル6のブリューナクと"ゴヨウ・ガーディアン"を入れ替えるよ!」


 レベル・スティーラー 闇属性/星1/攻600/守0
 【昆虫族・効果】
 このカードが墓地に存在する場合、自分フィールド上に表側表示で存在する
 レベル5以上のモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターのレベルを1つ下げ、このカードを墓地から特殊召喚する。
 このカードはアドバンス召喚以外のためにはリリースできない。


 シンクロ・チェンジ
 【通常魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在するシンクロモンスター1体を除外して発動する。
 そのモンスターと同じレベルのシンクロモンスター1体をエクストラデッキから特殊召喚する。
 この効果で特殊召喚した効果モンスターの効果は無効化される。


 ゴヨウ・ガーディアン 地属性/星6/攻2800/守2000
 【戦士族・シンクロ/効果】
 チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、
 そのモンスターを自分フィールド上に表側守備表示で特殊召喚する事ができる。


 ジャンク・デストロイヤー:レベル8→7
 レベル・スティーラー→特殊召喚(攻撃)
 氷結界の龍 ブリューナク→除外
 ゴヨウ・ガーディアン→特殊召喚(攻撃)

「これが……リーダーさんの……本気……」
 大沢は途切れ途切れに言った。
 薫は笑みを浮かべて、答える。
「まだ完全に全力ってわけじゃないよ」
「なっ……!!」
「でも私はいたぶったりなんかしないよ。バトル! モンスターで一斉攻撃!!」
 薫の宣言で、3体のモンスターが一斉に大沢へ襲いかかった。
「うわあああああああああああああ!!!!」

 大沢:6000→5400→2800→0LP



 大沢のライフが0になる。




 決闘は、終了した。











「俺の、負け……?」
「そうだよ。もう少しで、私の方が負けちゃいそうだったけどね」
 薫はどこか照れくさそうに笑いながら、そう言った。
「……そんなことあるかよ。あんた、序盤から"デモンズ・チェーン"を伏せていたじゃんか」
 そう。薫は最初のターンから勝因となった"デモンズ・チェーン"を伏せたおいた。つまりいつでも使って、得意のシン
クロ召喚を披露することも出来たのだ。
「どうして、発動しなかった? 発動していれば、早めに決着付けて、あの二人の元へ向かえたはずだろ」
「……………」
 薫は倒れた大沢に近づいて、膝をついた。そして優しい笑みを浮かべて、話しかけた。
「あなたに、知って欲しかったんだ。どんなに有利な状況でも、負けちゃうことがあるってことをね」
「は……?」
「たしかに遊戯王は勝負するゲームだよ。自分が有利な方が勝てる確率は高まる。でもこうやって、負けちゃうことだっ
てある。あなたは、自分の戦術が破られたとき、どう思った? ドキドキしなかった?」
「……分からねぇよ……」
「そっか。でも大丈夫だよ。あなたは今日”負ける”っていうことを知った。他人の気持ちを知ることが出来るスタート
ラインに立ったんだよ。だから、これからはきっと今までと少し違った決闘が出来るよ」
「……………………」
「そろそろ、限界みたいだね」
 薫は大沢の身につけているペンダントを見つめた。
 大きな白い亀裂が入り、今にも砕けようとしている。
「目覚めたら、もう一回考えてみてね。じゃあ私はこれから――――」
「薫さん」
 大沢は最後の力を振り絞って、去ろうとする薫に呼びかけた。
「なに?」
 振り返った薫に、大沢は一言だけ言った。

「……ありがとう……」

 パリンッ!

 黒い結晶が砕け散る。大沢は、意識を失った。
 薫はその姿を数秒見つめて、静かに、答えた。

「……またいつか、楽しい決闘をやろうね」

 そして、薫はその場をあとにした。






episode9――特別デュエル――

「……薫さん、遅いわね」
 ストローをくわえながら、香奈はそう言った。
「そうだな」
 オレンジジュースを飲み干して、俺は答える。
 とりあえず一通りのアトラクションを回った俺達は、こうして飲食会場で一息ついていた。
 商品の値段が少し高い気がしたが、味はそこそこ良いので気にしないことにした。
「それにしてもこの店、結構おいしいわよね」
 香奈が満足気な笑みを浮かべている。
 味にうるさいこいつが言うのだから、質はたしかなのだろう。
「やっぱり来てよかったわね。敵もいないみたいだし、トークンカードもゲットできたし、本当に良いことづくしよ」
「そうだな」
 こうして二人っきりで向かい合って話すのは、なんだか久しぶりだ。
 そのせいか、なんだか緊張する。香奈の楽しそうな笑みも、いつもより可愛らしく見える気がするし……。
「どうしたの? ボーっとしてるわよ」
「あ、いや、薫さん遅いなぁって思っただけだ」
「そうよね。佐助さんもどっか行っているし…………って、これじゃあ大助と二人っきりじゃない!」
 香奈が気づいたように言った。というか、今さら気づいたのか。
「……大助と……二人っきり……」
「佐助さんと連絡取るか? すぐに来てくれると――――」
「ば、馬鹿! こ、このままでいいわよ。か、勘違いしないでよね。別に二人っきりでいたいとかじゃなくて、佐助さん
の雰囲気が苦手なだけなんだから……」
 香奈が少し顔を赤くしながら言った。
 ……よくよく考えてみれば、この状況はある意味、デートなんじゃないだろうか。
 告白してから、二人でどこかに行ったこともなかったし…………やばい、なんだか余計に緊張してきた。
「それで、これからどうするんだ?」
 とりあえず、緊張をほぐそうと話題を振った。
 香奈は残っていたリンゴジュースを一気に飲み干して、答えた。
「んー、そうね……だいたいアトラクションはクリアしちゃったし、こうなったら強い人を見つけて決闘を申し込むしか
ないんじゃない?」
「じゃあその強い人をどうやって探す? 大会で活躍している人なんか知らないぞ」
「馬鹿ね。片っ端から決闘しましょうって言えばいいのよ。そうやっていけばそのうち強い人と決闘できるわよ」
 なんて当てずっぽうな方法なんだと突っ込みたくなったが、言わないでおいた。
「……そうだな。じゃあ行くか。何杯飲んだ?」
「5杯よ」
 そんなに飲んだのか。
「じゃあ俺が会計しとくから」
「え、いいの?」
「そんな高い値段でもないだろうし、今日ぐらい奢ってもいいだろ」
「あ、ありがと……」
「どういたしまして」
 空になった紙コップを持って、席を立つ。会計のところまで行って、飲んだ分の紙コップを置いた。
「1,2,3……7つですね。1400円になります」
「……はい。じゃあこれで」
「はい。ちょうどお預かりいたします。レシートはいりますか?」
「いえ、必要ないです」
「ありがとうございましたー」
 店員が愛想のいい笑顔を振りまいていた。
 財布をポケットにしまって、香奈のところまで戻った。
「高かった?」
「全然。じゃあ、決闘しに行くか」
「ええ」
 


「おや、もしかしてそこにいるのは中岸君に朝山さんじゃないか?」



 急に呼びかけられた。声のした方を向くと、そこには1人の男性がいた。焦げ茶色の短い髪に、小太りな体型。その男
は手を振りながら、こっちへやってきた。
「いやぁ、まさか君達とここで出会うとは思わなかったよ」
「えーと……」
 香奈がこっちに視線を送る。俺は首を横に振った。
「……あんた誰?」
 直球な香奈の質問。
 おい、もう少し言葉に衣を着せろよ。
「あちゃー覚えていないか」
「すいません。どこでお会いしましたか?」
「まぁ仕方ないか。俺は村武(むらたけ)。君達が1,2位を独占した大会の3位だよ」
「……ああ、あの時の……」
 ぼんやりと思い出す。夏休み、ダークとの決戦のためにキーカードを手に入れようと参加した大会で、3位の人がこの
村武と名乗った男だった。
 まともにやっていれば、実際の1位は彼だっただろう。
「いやはや、まさか君達にまた会えるなんて思ってなかったよ。この俺を抜いて優勝と準優勝なんだから、相当強いんだ
ろうね」
「いや、その……」
 どうする。今更イカサマしましたなんて言えるわけ無いぞ。かといって、余計な事を言っても怪しまれるかも知れない
し……本当にどうする?
「あたりまえじゃない」
「え?」
 香奈が堂々とした態度で言った。
「大助はともかく、私が優勝するのは当たり前よ。なんなら今から決闘しても良いわよ。この私に挑戦しようって言うん
だから、覚悟は出来ているわよね」
 どうしてここまで自信満々な態度をとれるのか分からなかった。
「おい、そんなこと言って大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。ちょうど決闘もしたかったし、第3位なら実力も申し分ないでしょ」
「……まったく、分かったよ」
「じゃあさっそく……」
 香奈がバックからデュエルディスクを取り出しそうとする。
「おっと、待って待って。もうすぐ時間だからさ」
 村武が時計を見ながら言った。
 時間はもうすぐ13時。その時間に、何かあるのか?
 そう思っていると、ちょうど時計は13時を示した。
「時間だ」
 村武はそう言うと、中央の方へ走っていった。
 辺りが暗くなり、会場の中心にある円形のステージにスポットライトが当てられる。
 いつの間にやら派手な格好をした司会者がマイクを片手に参上していた。
《レディース、エーンド、ジャントルメン!! 会場の皆さん、このステージにお集まりください!!!》
 辺りがざわめきはじめる。隣で香奈が、目を輝かせながらステージを見つめていた。
「行くわよ大助!」
 香奈は俺の腕を取って、凄い勢いで走り出した。あっという間に中央のステージまで引きずられて、到着する。周りに
は数十人の人が集まっていた。
《今回はこのパーティーにお集まりいただき、ありがとうございます!! さて、これから特別デュエルを開催したいと
思います!! ステージに1人が上がり、対戦相手を指名して決闘して頂きます!! そして勝った方が新たな対戦相手
を指名して、決闘していく。つまり、最後にこのステージに立っている者が、この中で一番強い決闘者!! みなさんは
様々な大会を勝ち抜いてきた屈強な決闘者でありましょう!! さぁ、参加したい方は手を挙げて下さい。参加されない
方も壮絶な決闘を見守って下さーい!! では、挑戦したい奴は手を挙げろー!!》
 隣で香奈が勢いよく手を挙げた。周りの人達も、何人か手を挙げている。どれも強そうな人ばかりだった。
「大助もやるわよ!」
「なっ……!」
 香奈に無理矢理手を挙げさせられた。司会者は俺を含めて、手を挙げた人数を数えていく。あまりやりたくなかったの
に、この特別デュエルに参加することになってしまった。
「やれやれ……」
 小さく溜息をついた。まぁこうなってしまったら仕方ない。
 自分のやれるだけのことをやっておこう。
《さぁ合計10人!! これ以上いないなら、さっそく開始だ!! まず最初のチャレンジャーは、船嘉町カードゲーム
大会、第3位の村武選手だー!! 初出場の大会で、輝かしい成績を残しているぞー!!》
 辺りから歓声が上がる。村武が大きく手を振って、その声に応えるように笑顔を見せた。
 どうやら、ああやって目立つのが好きな人らしいな。
「誰を指名するのかしらね」
 香奈が興奮を抑えきれないようで、ウズウズしていた。よほどこの企画が気に入ったらしい。まぁ勝負好きの香奈にと
っては、このサバイバル決闘は夢のような企画だろう。
「心配しなくても、さっきの会話からしてお前を指名するだろ」
「そうよね。絶対に勝ってやるわ! 佐助さんに頼らなくても、私が1位だったってことを証明するにはもってこいね」
「……そうだな。頑張れよ」
「ええ!!」

《さぁ村武選手!! 対戦相手を指名してくれ!!》

 司会者は村武にマイクを渡した。受け取ったマイクを手に、村武は辺りを見回し始める。
 そして俺達の方を向いて、人差し指を突きつけてきた。
《中岸大助! 君を俺の対戦相手として指名する!!》
 全員の視線が、一気にこっちへ向いた。
 予想もしていなかったことに、かなり驚く。
《おーっと!! なんと村武選手、同大会第2位の中岸選手を指名したぁー!! これは面白い決闘になるぞー! 中岸
選手、ステージに上がってくれぇー!!》
「…………………」
 辺りから拍手があがって、歓声が上がった。悪い気がしなかったが、なんだか香奈に悪いことをした気がした。
「大助!」
「ん?」
 てっきり怒っていると思っていたが、意外にも香奈は笑っていた。
「さっさと勝って、私を指名しなさいよ! こんなところで決闘できるなんて、滅多にないんだからね!」
「……ああ、お前はデッキでも調整して待ってろ」
 親指を立てて答えたあと、ステージに上がった。
 村武は両腕を組んで仁王立ちしている。その顔は不敵な笑みを浮かべていて、どこか不気味だった。
 とりあえず、バックからデュエルディスクを取り出した。デュエルディスクを展開して、デッキをセットしようとバッ
グに入っているデッキケースに手を伸ばす。
「……!!」
 そこで、ようやく気づいた。デッキが白く光っている。つまりこの近くに、闇の力を持っているやつがいるということ
だ。急いで辺りを見回すが、ステージの周りには人が沢山いて、誰が闇の力を持っているのか分からない。
「どうかしたかい?」
 村武が尋ねてきた。
「あ、なんでもないです」
 デッキをデュエルディスクにセットする。いったい誰が闇の力を持っているんだ? そしての狙いはなんだ? 
《さぁ、両選手、まずは握手をしてくれ》
 司会者の言葉で、俺と村武は互いに近づいて握手をした。
「いい決闘にしよう。もちろん、勝つのは俺だけどね」
「……よろしくお願いします」 
 そう言って頭を下げたとき、俺の目に衝撃の物が飛び込んできた。
 村武の服の内側に、黒い結晶のペンダントがかけられていた。
「お前……!!」
「あれ、気づいちゃった? 残念だなー、もう少し気づかずいてくれればよかったのに」
「……!!」
 握手した手を振り払って、すぐさま村武と距離を取る。辺りにいる人が俺の行動を不審がっていたが、そんなことを気
にしている場合じゃなかった。すぐさま通信機を使って、佐助さんに呼びかける。
「佐助さん! 敵です! 中央のステージです!」
「お、仲間に連絡か。さてさて、じゃあ、始めようか」
 不気味な笑みを浮かべる村武の体から、深い闇が溢れ出した。




---------------------------------------------------------------------------------------------------



「うそ……!」
 私は目を疑った。村武の体から、闇が溢れだしている。どうして? なんで? 闇の力を持っているなら、会ったとき
に白夜のカードで……。
「あ……」
 そう言えば村武に会ったとき、デッキはデュエルディスクと共にバッグに入れっぱなしだった。そのせいで、気づけな
かったのね。
《おーっと!? 村武選手の体から黒い靄のようなものが溢れだしたぞー!? 何かの演出なのかー!?》
 そんなわけないじゃない。むしろ演出の方が嬉しいわよ。
「大助!!」
 ステージに上がろうとしたけど、周りの人達が邪魔で上がれなかった。 
《村武選手。いったいどんなトリックを使っているのでしょうか?》
 何も知らない司会者が、呑気に村武に近づいていく。
 馬鹿! そんなことしないで早く逃げなさいよ!!
「司会者さん、悪いけど、出ていってもらおうか」
《はい?》
 村武がカードを3枚かざした。すると中央のステージに、剣を持った怪物が3体現れた。


 エーリアン・ソルジャー 地属性/星4/攻1900/守800
 【爬虫類族】
 謎の生命体、エーリアンの上級戦士。
 比較的高い攻撃力を持つが、反面特殊な能力は身に付けていない。


 ブラッド・ヴォルス 闇属性/星4/攻1900/守1200
 【獣戦士族】
 悪行の限りを尽くし、それを喜びとしている魔獣人。
 手にした斧は常に血塗られている。


 デーモン・ソルジャー 闇属性/星4/攻1900/守1500
 【悪魔族】
 デーモンの中でも精鋭だけを集めた部隊に所属する戦闘のエキスパート。
 与えられた任務を確実にこなす事で有名。


《ななな、なんだこれはー!!??》
 慌てる司会者が、ステージから落ちる。
 辺りからは悲鳴があがって、一気に会場は大パニックになってしまった。なんとかステージにしがみついて、人混みに
流されないようにすること出来た。でもパニックになった人達のせいで、身動きがとれない。
「さぁいけ!」
 村武の指示で、3体の怪物がステージから下りた。モンスター達は大きな奇声をあげて、会場にいる人達を襲い始める。みんな訳が
分からないようで、我先にと会場の入り口へ走り出していた。
《か、会場の皆さん! 落ち着いて、逃げてください!!》
 司会者がマイクを片手に叫んでいる。そのプロ根性だけは、一人前ね。
「さてさて、これで周りにうっとうしい奴はいなくなったね」
 村武が不気味な表情で言った。
 中央のステージにはすでに闇のフィールドが出現していて、ステージに上がろうとしても見えない壁に阻まれて上がる
ことができなかった。
「大助!!」
 呼びかけると、大助は振り向いてくれた。けどその表情はとても険しかった。
「大丈夫!?」
「あぁ、それより早く逃げろ!」
「嫌よ! どうしてあんたの言うこと聞かなきゃいけないのよ!!」
 大助を置いて、逃げたくなんかない。それに、逃げてどうするのよ。入り口は人で溢れかえっていて、出ることなんか
できないのに。
「おー、さすがに若い二人は熱いねぇ。ま、その方が好都合だけど」
 村武が怪物3体に指示を出した。怪物達は会場にいる人達を襲うのをやめて、その狂気の瞳を一斉に私へと向けて、ゆ
っくりと近づいてくる、手に持った剣が地面をこすって嫌な音をあげていた。
「香奈! 早く逃げろ!」
「嫌よ!」
 怪物がジリジリと迫ってくる。三方向からやってくるため、逃げ場はない。
「さぁ、やれ!」
 村武の声で、怪物が私へ向かって腕をのばした。
「やめろ!!」
 大助の叫ぶ声が聞こえた。
 向かってくる腕に、私は為す術がなかった。
「っ……!」
 

 




 ――光の護封剣!!――




 ズガガガガガガガガガ!!

 無数の光の刃が、怪物の体に突き刺さった。
 怪物達は悲鳴をあげて倒れる。その体が黒い砂のようになってサラサラと消えてしまった。

「香奈ちゃん! 大丈夫!?」
 薫さんが息を切らしてやって来た。その体がボロボロで、闇の決闘をしてきたんだとすぐに分かった。
 私の知らないところで、戦いが始まっていたのね。
「大丈夫みたいだね香奈ちゃん」
 薫さんが安心した表情を浮かべた。
「私は大丈夫だけど……大助が……!」
「うん、そうみたいだね……」
「やれやれ、参ったな」
 佐助さんがやって来た。コーヒーのカップを持っていて、どこか呑気な表情をしている。
「せっかくエクストラマウンテンを飲んでいたのに、まさかこんなことになるとはな」
「佐助さん! コーヒーなんか飲んでる場合じゃないよ!」
「すまんな薫。俺はコーヒーは絶対に残さず飲むと決めているんだ」
 そう言って佐助さんは、コーヒーを一気に飲み干す。そして空になったカップを投げ捨てて、真剣な表情になった。
「状況はだいたい分かった。今コロンに敵の数を調べてもらってるから―――」
 言いかけた佐助さんが、手を耳に当てた。
「コロンか……あぁ、そうか。分かった。薫、今の会場に、闇の力を持っている奴は4人いる。1人がステージにいると
いうことは残り3人は隠れているってことだ。気をつけろ」
「うん、それで、どうしよう?」
「……大助を置いていくわけにはいかん。ステージの決闘が終わり次第、脱出するぞ」
「分かった。じゃあ……!!」
 
 ――ホーリーライフバリアー!!――

 薫さんが防壁を張った瞬間、強い衝撃が襲った。
「やっぱり隠れていたんだね」
 薫さんの視線の先には、黒いスーツを身に纏った3人の男が立っていた。全員の体から闇が溢れ出していて、闇の力を
身につけていることが分かった。
「なるほど。一網打尽にしようって作戦か」
「そうみたいだね」
「どうするのよ」
「一気に3人と決闘する体力はないし、大助君の決闘が終わるまで耐えるしかないみたいだね」
「薫さん、この防壁、保つの?」
「大丈夫だよ。"ホーリーライフバリア"は最高の防御カードだからね。保つのは少し疲れるけど、どんなカードを使って
も破られることなんかないよ」
 薫さんは笑顔を見せて、答えた。
 でもその呼吸は早くなっていて、どこか辛そうに見える。思ってるより、長い時間は保たないかもしれない。
「大助!!」
 ステージへ呼びかけた。大助と村武は、互いにデュエルディスクを装着していて、いつでも決闘が開始できる状態だっ
た。空気が緊張して、ピリピリしているような感じがした。





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「いやー、まさかこんな早くバレちゃうとは思ってなかったね」
 村武が余裕の笑みを浮かべて言った。
 俺はデュエルディスクを構えたまま、尋ねる。
「どうしてだ?」
「なにが?」
「どうしてお前が闇の力を持っているんだ! 大会に参加したときは、そんな力は持っていなかったはずだろ!!」
「ああ、たしかにあの時はこの力を持っていなかった。手に入れたのだって、つい最近だよ」
「……! 誰にもらったんだ。その力は、無くなったはずだろ」
「そんなの知らないさ。現に、今その力はこうしてここにある」
 村武はそう言って、胸の黒い結晶を見せびらかした。
「お前、これから俺達が何をやろうとしているのかも、分かってるのか?」
「もちろん。ダメージが現実になる闇の決闘だろ? いやー、この年にもなるとただの決闘にも飽きてきてね。こういう
刺激的なことがやってみたかったのさ」
「っ……!!」
「さぁ、中岸君。俺と決闘しようか。第2位の実力、見せてもらうよ?」
 村武から吹き出す闇が、さらに色濃くなった。
 俺は神経を集中して、村武を見据えた。




「「決闘!!」」




 大助:8000LP   村武:8000LP





 決闘が、始まった。





「この瞬間、デッキからフィールド魔法発動!!」
 村武のデュエルディスクから、深い闇が溢れ出した。
 その闇はステージを越えて、香奈達の周りまで黒く染めていき、闇の空間が姿を現した。
「これが俺の闇の力。フィールド魔法"影の潜む闇の世界"だよ」


 影の潜む闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 フィールド上に機械族モンスターが召喚・反転召喚される度に、
 相手ライフに600ポイントダメージを与える。


「ダメージを与えてくるフィールド魔法か……」
 見た目は普通の"闇の世界"と大差ない。だがフィールドを離れず、相手へ直接ダメージを与えてくる効果を持ってい
るカード。除去が出来ない以上、長引けば長引くほど不利になりそうだった。
 しかも効果からして、相手の使うデッキは機械族のデッキだろう。

 デュエルディスクの赤いランプが点灯した。先攻は俺からだ。

「俺のターン、ドロー!!」(手札5→6枚)
 引いたカードを手札にくわえて、考える。
 手札は悪くないが、相手のデッキが分からない以上、ここは様子見をしておくべきかも知れない。
「俺は"六武衆−ザンジ"を召喚する!」
 デュエルディスクにカードを叩きつけると同時に、橙色の召喚陣が描かれる。
 その中心から薙刀を持った武士が颯爽と姿を現した。


 六武衆−ザンジ 光属性/星4/攻1800/守1300
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ザンジ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードが攻撃を行ったモンスターをダメージステップ終了時に破壊する。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


「なるほど。君は六武衆デッキか」
 村武は意外そうな顔をして言った。
「……お前、俺のデッキを知っているんじゃないのか?」
「聞かされそうになったけど断ったよ。ああ、俺はあの人達の仲間じゃないよ。ただ頼まれただけだ。力と金をやるから
このパーティーに参加する中岸大助という高校生と中央のステージで決闘してくれってね。もちろん了承したよ。君とは
前から戦ってみたかったんだ」
「……だったら、どうして闇の力で会場を混乱させたんだ。そんなことしなくても、俺と決闘できたはずだろ!」
「いやそれがね。このペンダントがはずせないのさ。どうも、一度身につけたら自分より強い闇の力を持っている人間に
外して貰うしか取る方法がないんだって。まぁせっかく手に入れた闇の力だし、使ってみたくなったんだ」
 子供のように笑いながら、村武は言った。
 使ってみたくなった? そんな理由で、会場の人を、香奈を怪物に襲わせたっていうのか?
「ははは、さて、このままターンを終える?」
「……俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ」
 先攻じゃあとりあえず様子を見るしかない。あとは、相手の出方次第だ。

 

「俺のターンだ。ドロー」(手札5→6枚)
 村武はカードを引いて、笑みを浮かべた。
「まさか君が六武衆を使っているとは」
「……何か問題でもあったか?」
「いやいや、これは楽しい決闘になると思っただけだよ」
「どういう意味だ?」
「こういうことさ」
 そう言って村武は手札のカードをデュエルディスクに叩きつけた。
「"カラクリ兵 弐参六(にさむ)"を召喚する!」
 村武の場に、木で作られたカラクリ仕掛けの兵隊が現れた。


 カラクリ兵 弐参六 地属性/星4/攻1400/守200
 【機械族・効果】
 このカードは攻撃可能な場合には攻撃しなければならない。
 フィールド上に表側攻撃表示で存在するこのカードが攻撃対象に選択された時、
 このカードの表示形式を守備表示にする。
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、自分のデッキからレベル4以下の
「カラクリ」と名のついたモンスター1体を表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。


「カラクリ……?」
 見たことのないモンスターだった。どうやら新しいカード群らしい。
 カードに描かれているイラストが、どことなく六武衆に似ているような気がした。
「この瞬間、"影の潜む闇の世界"の効果が発動する」
「なにっ!?」
 地面から黒い刃が飛び出してきた。あまりの速さで反応できず、俺は胸を貫かれてしまった。
「ぐっ……!!」

 大助:8000→7400LP

 黒い刃は俺を貫いたあと、地面に広がる闇の中へ戻っていった。
 よく目をこらしてみると、地面の闇の中を何かが蠢いている。どうやら機械族が出されるたびに、この中にいる何かが
俺にダメージを与えてくるようだ。
「痛かったかい? でもまだまだこれからさ。手札から"月の書"を発動する!」


 月の書
 【速攻魔法】
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、裏側守備表示にする。


「これで、君の場にいる"六武衆−ザンジ"を裏側守備にするよ」
 フィールドに現れた本から光が放たれて、ザンジの体を照らす。
 するとザンジは苦しそうに顔を歪めて、姿を隠してしまった。

 六武衆−ザンジ:攻撃→裏守備

「バトルだ。弐参六でセットモンスターへ攻撃だ!」
 カラクリの兵が、見た目とは裏腹な素早い動きで襲いかかる。
 守備体制をとっていた武士へ迫り、手に持った竹の槍で躊躇なく貫いた。

 六武衆−ザンジ→破壊

「くっ…!」
「どうだい中岸君。君の六武衆と俺のカラクリ。どこか似た部分を感じるだろ? いやー、一度六武衆とは戦ってみたか
ったんだ。ありがとう中岸君」
「……余裕ですね」
「ははは、カードを1枚伏せて、ターンエンドだよ」

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 大助:7400LP

 場:伏せカード1枚                  
                   
 手札4枚                  
-------------------------------------------------
 村武:8000LP

 場:影の潜む闇の世界(フィールド魔法)
   カラクリ兵 弐参六(攻撃)                  
   伏せカード1枚                  
                   
 手札3枚                  
-------------------------------------------------

「俺のターン!!」(手札4→5枚)
 相手の場を見つめた。
 村武は使うのは、強制的に攻撃をしてくるカラクリのカード。こっちから攻撃を仕掛ければ、自身の効果で守備表示に
なってプレイヤーへのダメージを防ぐ。今のところ分かったことはこれだけだが、なかなか厄介なシリーズだ。
 しかも"影の潜む闇の世界"があるため、ほぼ毎ターンは確実にダメージを受けてしまう。のんびりと攻めている余裕は
なさそうだ。
「俺は手札から"六武衆−イロウ"を召喚する!」
 紫色の召喚陣が描かれて、中から長刀を構えた長髪の武士が姿を現した。


 六武衆−イロウ 闇属性/星4/攻1700/守1200
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−イロウ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 裏側守備表示のモンスターを攻撃した場合、ダメージ計算を行わず裏側守備表示のままそのモンスター
 を破壊する。このカードが破壊される場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いた
 モンスターを破壊することが出来る。


「さらに手札から"六武衆の師範"を特殊召喚だ!!」
 長髪の武士の隣に、隻眼の武士が姿を現した。


 六武衆の師範 地属性/星5/攻2100/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが相手のカード効果によって破壊された時、
 自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 「六武衆の師範」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。


「……さすが六武衆。すごい展開力だ」
「バトルだ! イロウで弐参六を攻撃!!」
 武士が刀を構えて、カラクリへ向かって突撃する。
 カラクリ兵は自動的に守備体制をとって、反撃もしないまま切り裂かれた。

 カラクリ兵 弐参六:攻撃→守備表示→破壊

「この瞬間、弐参六の効果でデッキから同じく弐参六を特殊召喚だ」
 破壊されたカラクリ兵の背から、同じ姿のカラクリが姿を現した。
 リクルーターの能力を持っているから予想はしていたが、これじゃあダメージを与えることが出来ない。
「師範で攻撃!」
 隻眼の武士の鋭い一撃が、カラクリの兵を問答無用で切り裂く。

 カラクリ兵 弐参六:攻撃→守備表示→破壊

「弐参六の効果発動。デッキから"カラクリ武者 六参壱八(むざんいちは)"を特殊召喚する!」
 破壊されたカラクリ兵の背から、木刀のようなものを構えたカラクリ仕掛けの武者が現れる。
 そして機械的な動きで、木刀をイロウへ突きつけた。


 カラクリ武者 六参壱八 地属性/星4/攻1800/守600
 【機械族・効果】
 このカードは攻撃可能な場合には攻撃しなければならない。
 フィールド上に表側攻撃表示で存在するこのカードが攻撃対象に選択された時、
 このカードの表示形式を守備表示にする。
 フィールド上に存在する「カラクリ」と名のついたモンスターが破壊された場合、
 このカードの攻撃力は400ポイントアップする。


「攻撃力1800……」
 ザンジと同じ攻撃力か。
「これじゃイロウは倒されちゃうね」
「……ああ、けど、その前に倒せば問題ないだろ!」
「なに?」
「伏せカード発動!」
 俺の場に、召喚陣が描かれた。


 六武衆推参! 
 【通常罠】
 自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する。
 この効果で特殊召喚されたモンスターはこのターンのエンドフェイズ時に破壊される。


「この効果で、墓地の"六武衆−ザンジ"を攻撃表示で特殊召喚する!」
 その召喚陣から、先程やられてしまったザンジが現れた。
 先程にも勝る闘志を秘めて、相手の場にいるカラクリを睨みつける
「なるほど」
「バトルだ! ザンジで六参壱八に攻撃!」
 ザンジが武器を構えて、一気に斬りかかろうとした。
「伏せカード発動!」
 そう言って村武は伏せておいたカードを開いた。
 ザンジの斬撃が、聖なる壁によって防がれてしまった。それどころか、そのバリアから光が放たれて、俺の場にいるモ
ンスターを吹き飛ばしてしまった。
「なっ!?」
 

 聖なるバリア−ミラーフォース−
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。


 六武衆−ザンジ→破壊
 六武衆−イロウ→破壊
 六武衆の師範→破壊

「いやー、危なかった。伏せておかなきゃやられてたよ」
「……くっ……」
 ザンジの追撃を予想して、さっきのイロウのバトルでわざと聖バリを発動せずに六参壱八を特殊召喚したのか。さすが
というかなんというか、第3位の力だけある。だが、まだ終わってるわけじゃない。
「相手カードの効果で破壊された師範の効果で、師範自身を手札に戻す!」
「そういう効果があるのか、あなどれないね」
「……ターンエンド」

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 大助:7400LP

 場:なし                  
                     
 手札4枚                  
-------------------------------------------------
 村武:8000LP

 場:影の潜む闇の世界(フィールド魔法)
   カラクリ武者 六参壱八(攻撃)                  
                     
 手札3枚                  
-------------------------------------------------

「俺のターン、ドロー!」(手札3→4枚)
 勝負の顔つきになってきた村武は、鋭い目つきで俺を見据えてきた。
「本当に嬉しいよ中岸君。高校生なのにやるじゃないか。君と戦えて本当によかったよ」
「……俺だって、闇の決闘じゃなきゃ楽しめていましたよ」
「あっそう。俺は手札からモンスターをセットするよ」
 村武の場に、裏側表示のカードが現れる。
 カラクリシリーズには、リバースモンスターまでいるのか?
「さて、攻撃するけど、問題ないね?」
「……!!」
「バトルだ! 六参壱八で攻撃!」
 カラクリの武者が、木刀を振り回しながら突撃してきた。防ぐカードがない俺は、その木刀を思いっきり叩きつけられ
てしまった。
「ぐあぁぁ!」

 大助:7400→5600LP

「くっ……!」
 闇の決闘でモンスターの直接攻撃は体に響く。
 まだライフは半分以上残っているのに、体は結構なダメージを負っていた。
「大助!!」
「大助君!!」
 香奈と薫さんの声が聞こえた。防御壁の中で、俺と村武の決闘を見守っている。
 俺は気を取り直して、決闘に意識を戻した。
「いやー、青春っていいね」
「………」
「そんなに睨まないでくれよ。楽しもうぜ」
「よく楽しめるな……」
「うん?」
「ダメージが現実になるっていうのに……どうして闇の力を受け取ったりしたんだ!」
「だから言ったでしょ。ただの決闘には飽きていたんだよ。しかも君と戦えるっていうんだから、是非とも力を手に入れ
たいと思ったのさ」
 村武は無表情で言った。
 もうその質問をするなと、言っているようだった。
「そこまでして、どうして俺と戦いたかったんだ?」
「当たり前じゃないか。君はこの俺を抜いて第2位になった。実力的に言えば、君と俺は同じくらいの力のはずだ。戦え
ば絶対に楽しい決闘になるからさ」
「………」
 言葉ではそう言っているが、それが村武の本心じゃない気がした。
 何かは分からないが、何かを隠している。そんな感じがした。
「さて、俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

-------------------------------------------------
 大助:5600LP

 場:なし                  
                     
 手札4枚                  
-------------------------------------------------
 村武:8000LP

 場:影の潜む闇の世界(フィールド魔法)
   カラクリ武者 六参壱八(攻撃)
   裏守備モンスター1体                          
   伏せカード1枚
                                       
 手札3枚                  
-------------------------------------------------

「俺のターン……」
 手札と相手の場を交互に見る。
 若干だが流れは村武の方に傾いている。早くなんとかしないと、取り戻せなくなりそうだ。
 デッキの上を見つめて、そして手をかけた。
「ドロー!!」(手札4→5枚)
 引いたのは、今の状況を変える可能性を持ったカードだった。
 これなら、いけるかもしれない。
「手札から"六武衆の結束"を発動する!!」
 カードを叩きつけると同時に、俺の背後に武士の結束を示す陣が出現した。


 六武衆の結束
 【永続魔法】
 「六武衆」と名の付いたモンスターが召喚・特殊召喚される度に、
 このカードに武士道カウンターを1個乗せる(最大2個まで)。
 このカードを墓地に送る事で、このカードに乗っている武士道カウンターの数だけ
 自分のデッキからカードをドローする。


「ドロー強化カード……!」
「さらに手札から"六武衆−ニサシ"を召喚する! そして"六武衆の師範"を特殊召喚だ!!」
 二つの召喚陣が描かれる。
 一方からは、二本の小刀を持った武士が現れ、もう一方からは先程やられた隻眼の武士が姿を現した。武士達が現れた
こと喜ぶように、背後の陣が光り輝く。


 六武衆−ニサシ 風属性/星4/攻1400/守700
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ニサシ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


 六武衆の師範 地属性/星5/攻2100/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが相手のカード効果によって破壊された時、
 自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 「六武衆の師範」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。


 六武衆の結束:武士道カウンター×0→1→2

「結束を墓地に送って、デッキから2枚ドローする!」(手札2→4枚) 
 背後の陣が光の粒子となって新たな手札になる。
 よし、悪くない手札だ。
「良いカードを引いたらしいな」
「さぁな。バトルだ! "六武衆−ニサシ"で六参壱八を攻撃!」
 二刀流の武士が、武器に風の力を宿す。
 そして素早い動きで、カラクリ仕掛けの武者へ斬りかかった。
「伏せカード発動!」
 村武がカードを開く。
 辺りの空間が歪み、場にいる全てのモンスターが地面に伏せられてしまった。

 カラクリ武者 六参壱八:攻撃→守備表示
 六武衆−ニサシ:攻撃→守備表示
 六武衆の師範:攻撃→守備表示

「なっ……!?」
「残念だったな中岸君。このカードを発動したよ」
 そう言って村武は、発動したカードを見せた。


 重力解除
 【通常罠】
 自分と相手フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターの表示形式を変更する。


「これで全員を守備表示にした。これで今回のバトルフェイズは失敗だ」
「………」
 この人は、相手の攻撃を読むことに関して鋭い勘を持っている。
 ダメージを与えるのは、至難の業のように思えた。
「さぁどうする?」
「………」
 相手の裏守備モンスターが気になるし、このままターンを終えるわけにはいかない。
 俺は手札の1枚を手にとって、デュエルディスクに差し込んだ。
「カードを1枚伏せてターンエンド」

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 大助:5600LP

 場:六武衆−ニサシ(守備)                  
   六武衆の師範(守備)                  
   伏せカード1枚                  
                     
 手札3枚                  
-------------------------------------------------
 村武:8000LP

 場:影の潜む闇の世界(フィールド魔法)
   カラクリ武者 六参壱八(守備)
   裏守備モンスター1体                  
                     
 手札2枚                  
-------------------------------------------------

「俺のターン!! ドロー!!」(手札2→3枚)
 村武は引いたカードを確認して笑みを浮かべる。
 どうやら、何かいいカードを引いたようだ。
「やはりカラクリと六武衆は似ているな」
「そうですね………」
「イラストだけじゃなく、まさかドロー強化まで似ているとはね!!」
「なに!?」
「手札から永続魔法"カラクリ解体新書"を発動!!」
 村武がカードをデュエルディスクに叩きつける。
 するとその背後に、長い巻物のような物が現れた。


 カラクリ解体新書
 【永続魔法】
 「カラクリ」と名のついたモンスターの表示形式が変更される度に、
 このカードにカラクリカウンターを1つ置く(最大2つまで)。
 また、フィールド上に存在するこのカードを墓地へ送る事で、
 このカードに乗っているカラクリカウンターの数だけ自分のデッキからカードをドローする。


「これは……!」
「そう。さっき君が使った"六武衆の結束"の効果に似ているだろ? モンスターだけじゃなく、サポートカードも類似し
ているとは……もしかしたら、本社がカラクリと六武衆を天秤にかけているのかも知れないな」
「天秤……?」
「そう。カラクリと六武衆。どちらが強い存在で、どちらが消える存在なのか。それを推し量ろうとしているのかも知れ
ない」
「…………」
 遊戯王本社の意図は知らないが、たしかに、いくらなんでも効果が類似しすぎている。
 天秤にかけているかは分からないが、六武衆を意識して作られたカードな気がしてならなかった。まぁ俺の勝手な偏見
だということも否定できないが……。
「さぁいくぞ!」
 村武が叫んだ。
「俺は"カラクリ忍者 参参九(さざんく)"を反転召喚だ!」
 フィールドに、カラクリ仕掛けの忍者が姿を現した。


 カラクリ忍者 参参九 地属性/星3/攻1200/守1200
 【機械族・効果】
 このカードは攻撃可能な場合には攻撃しなければならない。
 フィールド上に表側攻撃表示で存在するこのカードが攻撃対象に選択された時、
 このカードの表示形式を守備表示にする。
 このカードがリバースした時、フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して墓地へ送る。
 また、このカードがリバースしたターン、このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。


「参参九の効果発動! "六武衆の師範"を墓地へ送る! さらに"影の潜む闇の世界"の効果で、600のダメージだ!」
 忍者が目にもとまらぬ速さで手裏剣を投げた。
 不意をつかれた隻眼の武士は対応できず、胸に手裏剣が突き刺さり、倒れてしまった。
 そして地面からは影の刃が飛び出してきて、俺の体を貫いた。
「ぐっ……!」

 六武衆の師範→墓地
 大助:5600→5000LP

 胸を押さえて、痛みに耐えた。
「ははは! 六参壱八を攻撃表示に変更する!」
 もう1体のカラクリが武器を構える。
 同時に村武の背後にある巻物も、大きく輝いた。

 カラクリ解体新書:カラクリカウンター×0→1

「さぁバトルだ! 参参九でニサシへ攻撃!!」
 カラクリの忍者が小刀を構えて、守備体制をとる武士へ襲いかかった。忍者特有の素早い動きで迫られ、ニサシの体は
切り裂かれてしまった。

 六武衆−ニサシ→破壊

「ニサシ!」
「心配してる暇はないよ中岸君!」
 村武はそう言って、残っているカラクリで攻撃してくる。
 これが通れば、ライフは半分を切ってしまう。させるわけにはいかなかった。
「伏せカード発動!」
 俺の前に現れた光の壁が、カラクリの攻撃を防いだ。


 ガード・ブロック
 【通常罠】
 相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
 その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
 自分のデッキからカードを1枚ドローする。


「この効果でダメージを無効にして、カードを1枚ドローする!」(手札3→4枚)
「そうこなくちゃ中岸君。第2位の実力、早く見せてくれよ」
「………」
 さっきからどうも気になる。どんな話にも、必ず村武は大会の順位を言ってきた。まさか、俺が第2位になったことを
妬んでいるのか? そんな馬鹿な。いくらなんでも、そんなことで……。
「それとも、もう降参するのか? 大会第2位が聞いて呆れるね」
「……まさかお前、自分より上の順位になった俺達のことを恨んでいるのか?」
「……………」
 一瞬だけ村武の表情が変化したのを、俺は見逃さなかった。
「どうしてだ! 大会の順位なんてその都度変わるだろ! そんなことで恨んでも、意味がないことぐらい――――」

「黙れ卑怯者」

 村武の静かな、怒りの声がステージに響いた。
「知っているんだぞ? あの大会、君と朝山さんはズルをしたらしいじゃないか」
「……!」
 たしかにその通りだった。
 俺と香奈はカードを手に入れるために、佐助さんの協力で優勝と準優勝になった。その時はカメラをハッキングしてい
たため大会側にはバレずにすんだ。ダークとの戦いが終わったあと、スターが遊戯王本社を通じて大会側に謝罪したとい
う事も聞いた。
「その態度、どうやら本当のようだね」
「おいお前」
 佐助さんが会話に割り込んできた。
「村武……とか言ったな。なぜあの大会でイカサマしたことをお前が知っている。遊戯王本社を通じて大会側に謝罪した
から、世間一般には知られていないはずだ」
「……教えられたのさ。この闇の力を受け取るときにな」
「なんだと? 誰にだ」
「……答えられない。それが、相手との契約だからな」
「利口だな。まぁいい。イカサマしたのは事実だ。だが、あれは緊急事態で仕方ないことだった」
「緊急事態……? そんな嘘でごまかされると思っているのか!?」
「なるほど、詳しいことまでは知らない……か……」
 佐助さんは静かに溜息をついて、村武に負けない気迫で言った。
「お前は知らないだろうが、あの大会で、お前の持っている闇の力を持った奴らが紛れ込んでいた。大助と香奈の実力か
ら考えれば、まず勝てなかった。だから俺が道案内して、そいつらとの戦闘を回避させた」
「……そんなこと聞いてないぞ」
「当たり前だろう。お前を利用するために、わざわざ余計な情報を与えると思うか?」
「利用……だって?」
「いい加減気づけ。お前は利用されているだけだ。くだらないことに怒りを感じて、その心の闇を利用されているだけな
んだ」
 佐助さんがいつになく険しい表情で言った。
 ギリリッと、村武の歯ぎしりの音がここまで聞こえてきた。
「緊急事態だろうが、そんなの関係ない。お前達の行為は、大会に参加した全員を侮辱したんだ。俺はそいつらを代表し
て、お前達に罰を与える! 覚悟しろ中岸大助、朝山香奈!」
 村武の怒りに呼応するように、辺りの闇がさらにその色を濃くした。
 どうあっても、俺と香奈を目の敵にしたいらしい。まったく、本当に――――。



「バッカじゃないの!?」



 香奈が言った。
「大会全員を侮辱したですって? だから自分が罰を与える? なによそれ。ようは自分が1位になれなかったことへの
当てつけじゃない!」
「……なんだと……!」
「香奈の言うとおりだ」
 村武の視線が、香奈から俺へ移る。
 その怒りに満ちた目を見ても、何の恐怖も感じなかった。
「たしかに、あの大会でイカサマしたことは、悪いことだったかもしれない。けどな、だからって闇の力を手に入れて、
会場の人まで巻き込んで、俺達に復讐することもないだろ! 大会参加者の無念だって? 勝手に決めつけるな。そもそ
もあの大会のルールなら他の誰かが1位になってもおかしくなかったはずだろ!! 1位になれなかった悔しさを、勝手
な理由をつけて、ぶつけようとするな!!」
「黙れ!! お前達がズルさえしなければ、俺は1位になれたんだ! 大会プレイヤーとして華々しいデビューが出来た
んだ!! プロへの道が切り開けたかも知れないんだ!!」
「そうかよ」
 もう何を言っても、村武の耳には届かないようだ。そして俺に出来ることも、一つしか残っていなかった。
「大助! 分かってるわよね!」
「ああ、分かってる」
「俺はターンエンドだ!!」
 村武が荒々しくターンを終えた。
 大きく深呼吸して香奈と視線を合わせる。
 香奈は力強く、そしてどこか不安そうに頷いた。

 こうなったら見せつけるしかない。
 あの大会で佐助さんの手を借りなくても、俺達が1位、2位になれたということを。

「俺のターン!」

 さらに広がる闇の中で、俺は勢いよく、カードを引いた。






episode10――大助のデッキワンカード――

 ステージに広がった闇は、まるで村武の怒りを餌にするようにゆっくりと会場に広まっていく。 
 ドローして5枚になった手札を見ながら、俺はフィールドを確認した。

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 大助:5000LP

 場:なし                  
                     
 手札5枚                  
-------------------------------------------------
 村武:8000LP

 場:影の潜む闇の世界(フィールド魔法)
   カラクリ武者 六参壱八(攻撃)
   カラクリ忍者 参参九(攻撃)
   カラクリ解体新書(永続魔法:カラクリカウンター×1)
                     
 手札2枚                  
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 影の潜む闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 フィールド上に機械族モンスターが召喚・反転召喚される度に、
 相手ライフに600ポイントダメージを与える。


 カラクリ武者 六参壱八 地属性/星4/攻1800/守600
 【機械族・効果】
 このカードは攻撃可能な場合には攻撃しなければならない。
 フィールド上に表側攻撃表示で存在するこのカードが攻撃対象に選択された時、
 このカードの表示形式を守備表示にする。
 フィールド上に存在する「カラクリ」と名のついたモンスターが破壊された場合、
 このカードの攻撃力は400ポイントアップする。


 カラクリ忍者 参参九 地属性/星3/攻1200/守1200
 【機械族・効果】
 このカードは攻撃可能な場合には攻撃しなければならない。
 フィールド上に表側攻撃表示で存在するこのカードが攻撃対象に選択された時、
 このカードの表示形式を守備表示にする。
 このカードがリバースした時、フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して墓地へ送る。
 また、このカードがリバースしたターン、このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。


 カラクリ解体新書
 【永続魔法】
 「カラクリ」と名のついたモンスターの表示形式が変更される度に、
 このカードにカラクリカウンターを1つ置く(最大2つまで)。
 また、フィールド上に存在するこのカードを墓地へ送る事で、
 このカードに乗っているカラクリカウンターの数だけ自分のデッキからカードをドローする。


 あまり好ましくない状況だ。俺の場にカードはなく、相手の場は十分に整っている。カラクリという新しいカード群に
くわえて、直接ダメージ系の効果を持つ除去ができないフィールド魔法。
 正直おされているとしか言いようがなかったが、弱音を吐いている暇はない。
「俺はこのカードを発動する!!」
 たった今引いたカードを、勢いよくデュエルディスクに叩きつける。
 闇のフィールドに対抗するように、俺の後ろに巨大な門が出現した。


 六武の門
 【永続魔法】
 「六武衆」と名のついたモンスターが召喚・特殊召喚される度に、このカードに武士道カウンターを2つ置く。
 自分フィールド上の武士道カウンターを任意の個数取り除く事で、以下の効果を適用する。
 ●2つ:フィールド上に表側表示で存在する「六武衆」または「紫炎」と名のついた
 効果モンスター1体の攻撃力は、このターンのエンドフェイズ時まで500ポイントアップする。
 ●4つ:自分のデッキ・墓地から「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 ●6つ:自分の墓地に存在する「紫炎」と名のついた効果モンスター1体を特殊召喚する。


「やっと本気になったな中岸君!」
「ああ」
 最初から本気だったのだが、言わないでおこう。とにかく今はこのカードでこの状況を何とかするしかない。相手の場
に伏せカードはない。だがカラクリは攻撃しても自動的に守備になってしまって、相手へダメージは通らない。
 しかしこの場面なら、やることは決まっていた。
「俺は"戦士の生還"を発動して"六武衆の師範"を手札に戻す! さらに"六武衆−ザンジ"を召喚! そして手札に戻した
"六武衆の師範"を特殊召喚する!」
 召喚陣が描かれて、薙刀を持った武士と隻眼の武士が姿を現す。
 それと同時に、後ろに建っている門に描かれた紋章が大きく光り輝いた。


 戦士の生還
 【通常魔法】
 自分の墓地に存在する戦士族モンスター1体を選択して手札に加える。


 六武衆−ザンジ 光属性/星4/攻1800/守1300
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ザンジ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードが攻撃を行ったモンスターをダメージステップ終了時に破壊する。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


 六武衆の師範 地属性/星5/攻2100/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが相手のカード効果によって破壊された時、
 自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 「六武衆の師範」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。


 六武の門:武士道カウンター×0→2→4

「ふぅん……やるね」
「バトルだ! ザンジで参参九に攻撃!」
 橙色の鎧を着た武士が、カラクリ仕掛けの忍者へ斬りかかる。
 自動的に守備体制をとる忍者を、武士は見事に一閃した。

 カラクリ忍者 参参九:攻撃→守備表示→破壊
 カラクリ解体新書:カラクリカウンター×1→2

「ちっ……だけど"カラクリ解体新書"には、カウンターが溜まるぞ!」
 そう言って村武が指さす先には、異様な光を放つ巻物があった。
「関係ない! 師範で六参壱八を攻撃だ!」
 隻眼の武士が、目にもとまらぬ抜刀を繰り出す。その斬撃は守備体制をとるカラクリを、真っ二つに切り裂いた。

 カラクリ武者 六参壱八:攻撃→守備表示→破壊

「く……!」
 カラクリが壊されたことによって、村武の背後にある巻物が、先程よりも強い光を放っている。
「それが君の全力か!? たいしたことないな!」
 村武は不気味な笑みを浮かべながら言った。
「ターンエンド!!」

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 大助:5000LP

 場:六武衆−ザンジ(攻撃)                  
   六武衆の師範(攻撃)
   六武の門(永続魔法:武士道カウンター×4)                  
                     
 手札2枚                  
-------------------------------------------------
 村武:8000LP

 場:影の潜む闇の世界(フィールド魔法)
   カラクリ解体新書(永続魔法:カラクリカウンター×2)      
                     
 手札2枚                  
-------------------------------------------------

「俺のターン、ドロー!!」(手札2→3枚)
 カードを引いた村武は、すぐに行動を開始した。
「"カラクリ解体新書"を墓地へ送り、デッキから2枚ドローさせてもらう!」(手札3→5枚)
 異様な光を放っていた巻物が消えて、代わりに村武の手札になった。
 これで相手は一気に5枚の手札になってしまった。何も起こされなければいいのだが……。
「手札からこのカードを発動する!」


 つまずき
 【永続魔法】
 召喚・反転召喚・特殊召喚に成功したモンスターは守備表示になる。


「"つまづき"……?」
 それは、決闘ではあまり見ないカードだった。
「不思議そうだな」
 村武が察したように言った。
「たしかに、普通のデッキではあまり入らないカードだ。だが、カラクリデッキにおいて、このカードは実に有効に働い
てくれるんだ」
「……どういうことだ?」
「カラクリモンスターは、攻撃されると自動的に守備表示になる。だが攻撃するときは、相手の場に強力なモンスターが
いても必ず攻撃しなければならない。だが"つまづき"を使えば、それを防ぐことができるというわけだ」
 なるほど、どんなカードでもデッキ次第って事か……。しかも相手には機械族モンスターを召喚するたびにダメージを
与えるカードがある。攻撃しなくても、何の問題もないのだろう。
「俺は手札から"カラクリ商人 壱七七(いなしち)"を召喚だ!!」
 村武の場に、今度は商人の姿をしたカラクリが現れた。
 

 カラクリ商人 壱七七 地属性/星2/攻500/守1500
 【機械族・効果】
 このカードは攻撃可能な場合には攻撃しなければならない。
 フィールド上に表側攻撃表示で存在するこのカードが攻撃対象に選択された時、
 このカードの表示形式を守備表示にする。
 このカードが召喚に成功した時、自分のデッキから「カラクリ」と名のついたカード1枚を手札に加える。


 カラクリ商人 壱七七:攻撃→守備表示

「さぁ、効果で君に600のダメージだ!!」
 影から刃が飛び出して、俺の胸に突き刺さった。
「ぐぁ……!」

 大助:5000→4400LP

「さらに壱七七の効果発動! デッキから"カラクリ参謀 弐四八"を手札にくわえる!」(手札3→4枚)
「っ……!」
 召喚して防御を固めてダメージを与えただけじゃなく、サーチ効果まで持っているのか。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドする」
 
-------------------------------------------------
 大助:4400LP

 場:六武衆−ザンジ(攻撃)                  
   六武衆の師範(攻撃)                  
   六武の門(永続魔法:武士道カウンター×4)                  
                     
 手札2枚                  
-------------------------------------------------
 村武:8000LP

 場:影の潜む闇の世界(フィールド魔法)
   カラクリ商人 壱七七(守備)                  
   つまづき(永続魔法)               
   伏せカード1枚           
                     
 手札3枚                  
-------------------------------------------------

「俺のターン!」(手札2→3枚)
 引いたカードを確認した瞬間、思わず笑みが浮かんだ。
「手札から"六武衆−カモン"を召喚する!」
 赤色の召喚陣。その中心から、爆弾を携えた武士が現れた。


 六武衆−カモン 炎属性/星3/攻1500/守1000
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−カモン」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 1ターンに1度だけ表側表示で存在する魔法または罠カード1枚を破壊することが出来る。
 この効果を使用したターンこのモンスターは攻撃宣言をする事ができない。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。
 

 六武衆−カモン:攻撃→守備表示
 六武の門:武士道カウンター×4→6

「"六武衆−カモン"の効果発動! お前の場にある"つまづき"を破壊する!」
 赤い鎧を着た武士が笑みを浮かべながら導火線に火を付け、それを村武の場に表側表示のカードへ向かって投げる。
 爆弾は放物線を描いて相手のフィールドに入り、大きな爆発を起こした。

 つまづき→破壊

「ちっ! さすが……六人もいるだけあるね」
「まだだ! 六武衆が場に2体いることで、"大将軍 紫炎"を特殊召喚する!!」
「なんだって!?」
 大きな炎が燃え上がった。その炎の中から、すべての武士をまとめ上げる将軍が現れる。
 将軍は腰に大きな刀を携えて、鋭い眼光で村武を睨み付けた。


 大将軍 紫炎 炎属性/星7/攻撃力2500/守備力2400
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが2体以上表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 相手プレイヤーは1ターンに1度しか魔法・罠カードの発動ができない。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名のついたモンスターを破壊する事ができる。


「これが、六武衆の切り札……!?」
「そうだ! 紫炎がいるかぎり、お前は1ターンに1度しか魔法・罠カードを使えない!」
「……なるほど、強力なロック効果か。さすが大将軍というだけあるじゃないか」
 なんとか、紫炎を召喚することが出来た。
 相手の場にはほとんどカードがない。攻めるなら、今しかない!
「バトル! ザンジで壱七七に攻撃!!」
 薙刀を構えて、武士はカラクリへ向かって突撃した。
「伏せカード発動!!」
 間髪入れず、村武はカードを発動する。
 カラクリの体が、突如金色に輝いた。


 黄金の歯車装置箱
 【速攻魔法】
 フィールド上に表側表示で存在する「カラクリ」と名のついたモンスター1体を選択して発動する。
 エンドフェイズ時まで、選択したモンスターの攻撃力は500ポイントアップし、
 守備力は1500ポイントアップする。


 カラクリ商人 壱七七:攻撃力500→1000 守備力1500→3000

「一気に守備力が3000になった!?」
「そう! これで君の攻撃は封じたぞ!!」
 ザンジが大きく薙刀を振りかぶり、金色に輝くカラクリへ振り下ろす。だが、極限にまで高められた防御の前に、その
刃は弾かれてしまった。
「ぐああぁ!!」

 大助:4400→3200LP

 思わぬダメージで、体がふらついた。
「ははは! 残念だったな!」
「それは……どうかな」
「なに?」
「ザンジの効果発動だ!」
 
 ピシッ……

 金色のカラクリの体に、亀裂が入った。
「馬鹿な!? 一体何を――――」
「ザンジは攻撃したモンスターを、ダメージステップ終了時に破壊することができる!」
「なんだと……!?」
 亀裂がカラクリの体全体に行き渡る。
 そして眩い光を放っていたカラクリの商人は、粉々に砕け散った。

 カラクリ商人 壱七七→破壊

「くっ……面倒な効果を……!」
「これでお前の場はがら空きだ!」
「しまっ……!」
「バトル!! 師範と紫炎で直接攻撃だ!!」
 師範と紫炎が顔を見合わせたあと、武器を構えた。そして素早い動きで、一気に村武との距離を詰める。
 二体の武士の攻撃は、十字の軌跡を描いて村武を切り裂いた。
「ぐわあああああああああ!!!」

 村武:8000→5900→3400LP

 大声を上げて、村武は膝をついた。やっとダメージを与えることが出来た。これで少しは形勢もよくなるだろう。
「な、なるほど……これが……闇の……決闘か……」
 村武は切られた箇所を抑えながら、痛みをじっくりと感じているようだった。
「これでもまだ、楽しいなんて言えるのか?」
「ふっ、ふふふ……ははははははははっは!! いいじゃないか! これだよこれ! これを待っていたんだ!!」
 突然、村武は狂ったように笑い出した。
 その不気味さに、思わず一歩退いてしまった。
「これこそ真の決闘だ! 普段のカードゲームじゃ感じられない。本当の命のやり取り! いやー、本当に彼らはいい物
をくれた!」
「……!!」
 ダメージを受けたのに、笑っている。闇の決闘を、楽しんでいる。普通ならやめたくなるような痛みのはずなのに、ど
うしてこいつは笑っていられるんだ?
「もう大会のことなんかどうでもいい! さぁ、中岸君! もっと俺と命のやりとりをしようか! もっと楽しい決闘を
しようじゃないか!」
 不気味な表情で、村武は叫んだ。決闘前までは気さくそうな人だったのに、もはやそんな面影はない。
 もしかしたら闇の力を使う奴は、心まで闇に蝕まれてしまうのかもしれない。
「さぁどうする!? このままターンエンドか?」
「……ターンエンド……」

-------------------------------------------------
 大助:3200LP

 場:六武衆−ザンジ(攻撃)                  
   六武衆の師範(攻撃)                  
   六武衆−カモン(守備)
   大将軍 紫炎(攻撃)         
   六武の門(永続魔法:武士道カウンター×6)         
                     
 手札1枚                  
-------------------------------------------------
 村武:3400LP

 場:影の潜む闇の世界(フィールド魔法)
                     
 手札3枚                  
-------------------------------------------------

 とにかく、逆転することが出来た。
 紫炎がいる限り、相手は魔法・罠カードを多用できない。しかも俺の場には4体もモンスターが並んでいる。どれだけ
相手のカラクリが強力でも、この状況は崩せないはずだ。
「ははは! 俺のターン!!」(手札3→4枚)
 笑う村武はカードを引いた。
 そして、俺を不気味な表情で見つめながらこう言った。
「それが君の将軍なら、俺の将軍もみせてやろう!」
「なに!?」
「手札から"カラクリ行者 五七参五(ごなさご)"を特殊召喚!!」
 村武の場に、行者の姿をしたカラクリが現れた。


 カラクリ行者 五七参五 地属性/星4/攻1000/守1000
 【機械族・効果】
 このカードは攻撃可能な場合には攻撃しなければならない。
 フィールド上に表側攻撃表示で存在するこのカードが攻撃対象に選択された時、
 このカードの表示形式を守備表示にする。
 相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在していない場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。


 あのサイバー・ドラゴンと同じ効果を持っているのか。だが攻守は低いし、そこまで脅威じゃないだろう。
「さらに手札から"カラクリ参謀 弐四八(にしぱち)"を召喚する!!」
 

 カラクリ参謀 弐四八 地属性/星3/攻500/守1600
 【機械族・チューナー】
 このカードは攻撃可能な場合には攻撃しなければならない。
 フィールド上に表側攻撃表示で存在するこのカードが攻撃対象に選択された時、
 このカードの表示形式を守備表示にする。
 このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
 フィールド上に存在するモンスター1体の表示形式を変更する。


「チューナー……!」
「ははは! まずは闇の世界の効果でダメージを受けてもらおう!!」
「……!」
 地面から闇の刃が飛び出し、胸を貫かれてしまった。
「ぐは!」
 
 大助:3200→2600LP

「くっ……!」
「"カラクリ参謀 弐四八"の効果で、君の場にいる"六武衆−カモン"を攻撃表示に変更する!」
 カラクリが手に持った扇子から、不思議な光を放った。
 その光を当てられた赤色の武士は、守備から攻撃体勢へと強制的に変えられてしまった。

 六武衆−カモン:守備→攻撃表示

「さぁ、ここからが見所だ!! 行くぞ! 手札から"機械複製術"を発動する!」


 機械複製術
 【通常魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する攻撃力500以下の機械族モンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターと同名モンスターを2体まで自分のデッキから特殊召喚する。


「この効果でデッキから"カラクリ参謀 弐四八"を2体特殊召喚する!!」
 村武の場に、先程現れたカラクリと同じ姿をしたモンスターが呼び出された。
 これで相手の場には、チューナーが3体も並んでしまった。だが、いくらチューナーを並べても、シンクロ素材がいな
ければ意味はないはずだ。
「さぁ行くぞ!! レベル4の"カラクリ行者 五七参五"に、レベル3の"カラクリ参謀 弐四八"をチューニング!!」
 無数の光の輪がフィールドに出現する。
 その光の輪の中で、2体のカラクリの体が重なり、新たな力を作り出していく。
「シンクロ召喚!! 出てこい! "カラクリ将軍 無零(ぶれい)"!!」
 光の柱が立って、中から黒い扇を構える将軍が現れた。


 カラクリ将軍 無零 地属性/星7/攻2600/守1900
 【機械族・シンクロ/効果】
 チューナー+チューナー以外の機械族モンスター1体以上
 このカードがシンクロ召喚に成功した時、
 自分のデッキから「カラクリ」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。
 1ターンに1度、フィールド上に存在するモンスター1体を選択し、表示形式を変更する事ができる。


「カラクリ将軍だと……?」
 場にいる紫炎と見比べる。その姿はとても酷似していて、ただならぬ威圧感が感じられた。
「それが、カラクリの切り札……」
「そうだよ中岸君! だけど俺の将軍は、君の将軍ほどぬるくない!!」
「どういう意味だよ」
「すぐに分かる! "カラクリ将軍 無零"の効果発動! デッキから"カラクリ行者 五七参五"を特殊召喚!!」
 カラクリの将軍が扇を高く上げると、その隣に行者のカラクリが呼び出された。
「……!! まさか……!!」
 ぞっとした。
 まさか、村武の狙いは……!
「気づいたみたいだね。もう一度、レベル4の"カラクリ行者 五七参五"に、レベル3の"カラクリ参謀 弐四八"をチュ
ーニングだ!!」
 再び現れる光の輪が、村武の場に2体目の将軍を光臨させた。
「そして無零の効果で、五七参五を特殊召喚!! そしてもう一度、シンクロ召喚だ!!」
「っ……!!」
 現れる3体目の将軍。その隣には、カラクリの武者が呼び出された。
 そして、村武の場には――――

 カラクリ将軍 無零(攻撃)                  
 カラクリ将軍 無零(攻撃)                                  
 カラクリ将軍 無零(攻撃)
 カラクリ武者 六参壱八(攻撃)

「一気に4体を特殊召喚したのか!?」
 なんて展開力だ。六武衆でも1ターンに4体場に出すのは難しいのに……。しかも、そのうち3体はシンクロモンス
ターで、紫炎よりも高い攻撃力を持っている。まずい。このままじゃ……!!
「覚悟しろ! バトル!! まずは無零で師範を攻撃する!!」
 相手の将軍が扇を構えて、襲いかかる。隻眼の武士が反撃を試みようとしたが、遅かった。黒い扇が振り下ろされて、
隻眼の武士は切り裂かれてしまった。

 六武衆の師範→破壊
 大助:2600→2100LP

「ぐっ……!!」
「まだまだ! 六参壱八でカモンを攻撃!!」
 木刀を構えたカラクリが、赤色の鎧を着た武士を斬りつけた。

 六武衆−カモン→破壊
 大助:2100→1800LP

「っ……!」
「ははは! 無零でザンジへ攻撃!!」
 カラクリの強力な攻撃に、橙色の鎧を着た武士もあっさりやられてしまった。

 六武衆−ザンジ→破壊
 大助:1800→1000LP

「ぐあぁ……!!」
「さぁ、最後だ!! 無零で紫炎へ攻撃!!!」
 カラクリの将軍が扇を構えて突撃してきた。紫炎は刀を抜いて、相手の攻撃を待ち構える。
 相手の扇が振られると同時に紫炎も刀を振った。大きな金属音が鳴り、そして何度か刃が交わる。一瞬だが、その戦い
は互角に見えた。
 ガキィン! という音が鳴り、相手の将軍が一旦距離を置いた。そして手に持った扇を大きく構えて、何もない空間に
勢いよく振り下ろす。するとフィールドに巨大な旋風が巻き起こり、俺の場を襲った。強烈な風に襲われて、将軍は吹き
飛ばされてしまった。

 大将軍 紫炎→破壊
 大助:1000→900LP

「ぐっ…ぁぁ!!」
 巻き起こされた風の余波が俺まで届く。踏ん張ろうと思ったが、あまりの強さに後方に吹き飛ばされてしまった。闇の
力によって作られた壁に激突して、背中に強烈な痛みが走った。
「くっ……」
「大助!」
 香奈が心配そうな顔をして叫んだ。
 大丈夫だと言ってやりたかったが、とても言える状況じゃなかった。 
「はははは!! ターンエンドだ!」

-------------------------------------------------
 大助:900LP

 場:六武の門(永続魔法:武士道カウンター×6)                  
                     
 手札1枚                  
-------------------------------------------------
 村武:3400LP

 場:影の潜む闇の世界(フィールド魔法)
   カラクリ将軍 無零(攻撃)                  
   カラクリ将軍 無零(攻撃)           
   カラクリ将軍 無零(攻撃)
   カラクリ武者 六参壱八(攻撃)
                     
 手札1枚                  
-------------------------------------------------

「くっ…そ……!」
 あの状況を、たった1ターンで逆転されてしまったことが未だに信じられなかった。
 だが夢でも何でもない。実際に村武は、あの状況を覆してしまったんだ。
 相手の場には高攻撃力のモンスターが4体並んでいて、ライフはまだ半分近くある。対してこっちは4桁を切って残り
900ライフポイント。手札の枚数も同じで、俺の場にはカウンターが6個溜まった"六武の門"しかない。
「ははは!! これがカラクリの最大攻撃力だ!! さすがの六武衆も耐えきれなかったみたいだね!」
「くっ……」
 背にある壁から離れる。一瞬だけ、視界が歪んだ。
「大助!!」
「大助君!!」
 二人の声が聞こえた。だが、振り返って答えるだけの余力もなかった。
「さぁさぁさぁ! 君のターンだよ!」


「……くっ……俺のターン! ドロー!!」(手札1→2枚)
 引いた瞬間、右手に握られたカードが白い光を放った。
「なんだその光は!?」
「……俺のもう一つの切り札だ」
「なんだと!?」
 引いたカードを見つめて、心の中で語りかける。
 頼んだぞ。この状況を覆す力を貸してくれ。
「手札から"先祖達の魂"を召喚する!!」
 カードをデュエルディスクに叩きつける。
 フィールドに無数の青白い光が現れて、回りはじめた。


 先祖達の魂 光属性/星3/攻0/守0
 【天使族・効果】
 このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時に自分フィールド上と手札に他のカードが無い
 場合、自分の墓地から「大将軍 紫炎」1体を表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
 ただし、この効果で特殊召喚したカードの効果は無効となり、攻撃力・守備力は0になる。


「チューナー……だと!?」
「俺は"六武の門"に乗っている6個のカウンターを取り除いて、墓地から"大将軍 紫炎"を特殊召喚だ!!」
 背後にある巨大な門の紋章が強い輝きを放った。

 六武の門:武士道カウンター×6→0
 大将軍 紫炎→特殊召喚(攻撃)

 その光の中から、再び将軍が姿を現す。フィールドを回る青白い光が、少しだけ強くなった。
「まさか……シンクロ召喚!?」
「ああ、いくぞ! レベル7の"大将軍 紫炎"に、レベル3の"先祖達の魂"をチューニング!!」
 青い白い光が一段とその輝きを強くする。そして将軍の体に入り込んで、さらなる力を与えていく。
 大きな炎が燃え上がり、将軍の体を包み込んだ。
「シンクロ召喚! 現れろ!! "大将軍 天龍"!!」
 将軍を越えた将軍は、その紅蓮の炎を身に宿し、身の丈もある巨大な刀を構えた。

 
 大将軍 天龍 炎属性/星10/攻3000/守3000
 【戦士族・シンクロ/効果】
 「先祖達の魂」+「大将軍 紫炎」
 1ターンに1度だけ、デッキ、手札または墓地から「六武衆」と名のついたモンスターカード1種類
 すべてをゲームから除外することができる。この効果で除外したモンスターの属性、攻撃力、守備力、
 効果を、相手ターンのエンドフェイズ時までこのカードに加える。
 この効果で得た効果は、他に「六武衆」と名のついたモンスターが存在しなくても発動できる。


「やったわ! 大助の切り札よ!!」
「……それが、君にとって本当の切り札か」
「ああ! 俺は天龍の効果で、"六武衆−ヤリザ"をすべてゲームから除外する!!」
 俺のデッキから茶色の光が放たれて、天龍の刀に宿る。
 光を受けた刀はその形状を変化させて、巨大な鋭い槍になった。

 大将軍 天龍:攻撃力3000→4000 守備力3000→3500 炎→炎+地属性

「ヤリザの力を宿した天龍は、相手に直接攻撃することが出来る!!」
「なんだってぇ!?」
「バトルだ!! 天龍で直接攻撃!」
 天龍が槍を構えて、前に踏み込んだ。
 4つのカラクリを越えて、村武自身へ槍を突き立てる――――


 だがその動きが、突然、止まってしまった。


「なっ……!?」
「危なかったよ中岸君」
 村武は笑みを浮かべながら、そう言った。
「手札からこのカードを捨てて、効果を発動したんだ」


 速攻のかかし 地属性/星1/攻0/守0
 【機械族・効果】
 相手モンスターの直接攻撃宣言時、このカードを手札から捨てて発動する。
 その攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。


「まさか直接攻撃されるとは思っていなかったけど、これを持っていたおかげでバトルフェイズを終了した。残念だった
ね中岸君」
「………ターン……エンド……」

-------------------------------------------------
 大助:900LP

 場:大将軍 天龍(攻撃・ヤリザの能力付加)                  
   六武の門(永続魔法:武士道カウンター×0)                  
                     
 手札1枚                  
-------------------------------------------------
 村武:3400LP

 場:影の潜む闇の世界(フィールド魔法)
   カラクリ将軍 無零(攻撃)                  
   カラクリ将軍 無零(攻撃)          
   カラクリ将軍 無零(攻撃)
   カラクリ武者 六参壱八(攻撃)
                     
 手札0枚                  
-------------------------------------------------

「はははは! 俺のターン!! ドロー!」(手札0→1枚)
 勝利を確信し始めたのか、村武は楽しそうにカードを引いた。
「手札から"カラクリ解体新書"を発動する!!」


 カラクリ解体新書
 【永続魔法】
 「カラクリ」と名のついたモンスターの表示形式が変更される度に、
 このカードにカラクリカウンターを1つ置く(最大2つまで)。
 また、フィールド上に存在するこのカードを墓地へ送る事で、
 このカードに乗っているカラクリカウンターの数だけ自分のデッキからカードをドローする。


「そして無零3体の効果を使って、六参壱八を3回表示形式を変更して守備表示にする!」
 相手の将軍が扇を高くあげた。
 すると木刀を構えていたカラクリが、まるで踊るような動きをして、守備体制をとった。

 カラクリ武者 六参壱八:攻撃→守備→攻撃→守備表示
 カラクリ解体新書:カラクリカウンター×0→1→2

「そして"カラクリ解体新書"を墓地へ送り、2枚ドローだ」(手札0→2枚)
 たった1ターンで、一気にカウンターを溜めてドローしたのか。
 くそ、こっちだってドローしたいのに……。
「ははっ、無零をそれぞれ守備表示に変更して、カードを1枚伏せてターンエンド」
 村武のターンが終わると同時に、天龍の持つ武器が元の形状に戻った。

 大将軍 天龍:攻撃4000→3000 守備力3500→3000 炎+地→炎属性

-------------------------------------------------
 大助:900LP

 場:大将軍 天龍(攻撃)                  
   六武の門(永続魔法:武士道カウンター×0)                  
                     
 手札1枚                  
-------------------------------------------------
 村武:3400LP

 場:影の潜む闇の世界(フィールド魔法)
   カラクリ将軍 無零(守備)                  
   カラクリ将軍 無零(守備)           
   カラクリ将軍 無零(守備)
   カラクリ武者 六参壱八(守備)
   伏せカード1枚
                     
 手札1枚                  
-------------------------------------------------

「俺のターン!」(手札1→2枚)
 ドローしたにもかかわらず防御態勢にしたということは、そこまでいいカードは引けなかったのだろう。
 だったら、少しでも相手の戦力を減らしておくしかない。
「天龍の効果発動! "六武衆−ニサシ"をすべて除外して、その能力を付加させる!!」
 デッキから、緑色の光が放たれて天龍の刀に宿った。
 巨大な刀が2本の小太刀へと変化する。風の力を宿した天龍は、村武を睨み付けた。

 大将軍 天龍:攻撃3000→4400 守備力3000→3700 炎→炎+風属性

「バトルだ! "大将軍 天龍"で"カラクリ将軍 無零"に攻撃!!」
 風の刃を手に、天龍は斬りかかった。


「甘かったね中岸君!」


 割り込んだ村武の声。
 伏せカードが、開かれていた。


 時限カラクリ爆弾
 【通常罠】
 表側守備表示で存在する「カラクリ」と名のついたモンスターが
 攻撃対象に選択された時に発動する事ができる。
 相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターを全て破壊する。


 守備体制をとるカラクリへ斬りかかった瞬間、カチッという嫌な音がした。
 フィールドに閃光が走り、大爆発が引き起こされる。攻撃中の将軍は反応することが出来ず、その爆発に巻き込まれて
しまった。

 大将軍 天龍→破壊

「天龍……!!」
「わざわざ守備表示にしたのは、良いカードを引けなかったからじゃない。むしろ良いカードを引いたから守備表示にし
たんだよ」
「くっ……!」
「さぁどうする?」
 村武は嫌味な笑みを浮かべながら、尋ねてくる。
 何も出来ないことを知っているくせに……。
「……俺はカードを1枚伏せて………ターンエンド……」

-------------------------------------------------
 大助:900LP

 場:六武の門(永続魔法:武士道カウンター×0)                  
   伏せカード1枚          
                     
 手札1枚                  
-------------------------------------------------
 村武:3400LP

 場:影の潜む闇の世界(フィールド魔法)
   カラクリ将軍 無零(守備)                  
   カラクリ将軍 無零(守備)        
   カラクリ将軍 無零(守備)
   カラクリ武者 六参壱八(守備)
                     
 手札1枚                  
-------------------------------------------------

「俺のターン!!」(手札1→2枚)
 引いたカードを見つめながら、村武はさらに笑った。
「どうやら、その伏せカードが君の最後の希望みたいだね」
「………………」
「だったら、その見事に消し去ってあげるよ!!」
 そう言って村武は、カードを叩きつけた。
「手札から"大嵐"を発動!」


 大嵐
 【通常魔法】
 フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て破壊する。


「これで君に場にあるカードは吹き飛ぶぞ!!」
「……! チェーンして"ホーリーライフバリアー"を発動する!!」
 強烈な暴風雨が場を襲う前に、俺の前に強固な壁が形成された。


 ホーリーライフバリアー
 【通常罠】
 手札を1枚捨てる。
 このカードを発動したターン、相手から受ける全てのダメージを0にする


 六武の門→破壊

「フリーチェーンだったか……。捨てたカードはなんだい?」
「……俺が捨てたのは、"六武衆−ヤイチ"だ」


 六武衆−ヤイチ 水属性/星3/攻1300/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ヤイチ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 1ターンに1度だけセットされた魔法または罠カードを一枚破壊することが出来る。
 この効果を使用したターンこのモンスターは攻撃宣言をする事ができない。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


「このターンでの決着はお預けってことだね」
「残念だったな」
「はっはっは、強がっても怖くないね」
 余裕の表情で、村武は言った。
「俺はこのままターンエンド」


 ターンが、俺に移った。


「大助!! 頑張りなさいよ!!」
 後ろで香奈が声を張り上げた。
「下向いてるんじゃないわよ! あんたは勝つの! 勝たなきゃいけないのよ!」
「……分かってる。俺のターン!」
 デッキの上に手をかける。
 ライフは900。手札もフィールドにもカードはない。この絶望的な状況をどうやったら逆転できるかは分からない。
だが、まだ俺には、六武衆にはあのカードが残っているんだ。だったら、諦めるわけにはいかない!
「ドロー!」(手札0→1枚)
 引いたカードを、じっと見つめた。
「頑張るな中岸君。いい加減諦めなよ」
「……カードを1枚伏せる」
「無視か。まぁいいよ。君の悪あがき、見せて貰おうか」
「ターン……エンド」

-------------------------------------------------
 大助:900LP

 場:伏せカード1枚          
                     
 手札0枚                  
-------------------------------------------------
 村武:3400LP

 場:影の潜む闇の世界(フィールド魔法)
   カラクリ将軍 無零(守備)                  
   カラクリ将軍 無零(守備)      
   カラクリ将軍 無零(守備)
   カラクリ武者 六参壱八(守備)
                     
 手札1枚                  
-------------------------------------------------

「さぁ、俺のターン!!」(手札1→2枚)
 カードを引いた瞬間、すでに行動を決めていたかのように動き出した。
「手札から"カラクリ兵 弐参六(にさむ)"を召喚する!!」
 

 カラクリ兵 弐参六 地属性/星4/攻1400/守200
 【機械族・効果】
 このカードは攻撃可能な場合には攻撃しなければならない。
 フィールド上に表側攻撃表示で存在するこのカードが攻撃対象に選択された時、
 このカードの表示形式を守備表示にする。
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、自分のデッキからレベル4以下の
「カラクリ」と名のついたモンスター1体を表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。


 召喚された機械族モンスター。地面に潜む影のような物から、黒い刃が突き出された。

 大助:900→300LP

「ぐ…ぁ…!」
 膝から力が抜ける。これで、ついにデッドラインを越えてしまった。あと1回機械族モンスターを召喚されるだけで、
俺は……負ける。
「ここまでだ! いくら君でも、この5体の攻撃は止められるはずはない!!」
 村武の場にいる全てのカラクリが、攻撃体勢に入った。
「バトル!! 全員で君に直接攻撃!!」
 その宣言で、カラクリが一斉に襲いかかった。
「大助ぇ!!」
「……!! まだだ!!」
 最後の伏せカードを開いた。


 究極・背水の陣
 【通常罠】
 自分のライフポイントが100ポイントになるようにライフポイントを払って発動する。自分の墓地に
 存在する「六武衆」と名のついたモンスターを自分フィールド上に可能な限り特殊召喚する(同名カード
 は1枚まで)。ただし、フィールド上に存在する同名カードは特殊召喚できない。


 大助:300→100LP

 俺を中心に地面に巨大な陣が描かれる。そして、その陣の中にある5つの円が輝いた。 
「この効果で、俺は墓地のザンジ、イロウ、カモン、師範、ヤイチを守備表示で特殊召喚する!」
 光り輝く円の中から、5人の武士が姿を現した。
「無駄だ!」
 だがカラクリはその勢いを止めることはなく、武士達を叩き潰した。

 六武衆−ザンジ→破壊
 六武衆−イロウ→破壊
 六武衆−カモン→破壊
 六武衆の師範→破壊
 六武衆−ヤイチ→破壊

「ぐっ……!!」
 5体のモンスターが一気にやられたことで、強い衝撃が生じた。
 その衝撃が体に響いて、膝をついてしまった。
「ははは! もう限界みたいだね中岸君!!」
 勝利を確信した村武が、高らかに笑う。
「………くっ……」
 なんとか、体に力を入れて立ち上がった。
「俺はカードを1枚伏せる。そして無零の効果で、自身を守備表示にしてターンエンドだ!
 カラクリの将軍が、自身の能力で守りを固める。
 念には念を入れておくつもりのようだ。これで無零に攻撃しても相手にダメージは通らず、他のカラクリに攻撃しても
自動守備能力によって、村武にダメージを与えることは出来ない。
「さぁ、次が君の最後のターンだ!」
 勝利の笑みを浮かべる村武が、高らかに宣言した。

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 大助:100LP

 場:なし          
                     
 手札0枚                  
-------------------------------------------------
 村武:3400LP

 場:影の潜む闇の世界(フィールド魔法)
   カラクリ将軍 無零(守備)                  
   カラクリ将軍 無零(守備)        
   カラクリ将軍 無零(守備)
   カラクリ武者 六参壱八(攻撃)
   カラクリ兵 弐参六(攻撃)                  
   伏せカード1枚

 手札0枚                  
-------------------------------------------------

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「大助……!」
 声をかけたくても、かけられなかった。なんて言葉をかければいいのか、分からなかった。
 相手の場には5体もモンスターが並んでいて、大助の場には何もない。"大将軍 天龍"も"究極・背水の陣"もなくなっ
てしまって、大助のデッキに、切り札は残っていない。
「薫さん、大助は……」
「……次のドローをしないと分からないけれど……覚悟した方が良いかも知れないね」
「……! そんな……!」
 薫さんも厳しい顔をしながら、フィールドを見つめている。誰がどう見たって、絶体絶命な状況だった。
 負けちゃう? 大助が……負ける……?
 そんな考えが、頭をよぎった。
「せめて、せめて大助君が、デッキワンカードを持っていたら………!」
 大助がデッキワンカードを手に入れているわけがない。せめて、今だけでも、私のデッキワンカードを貸すことが出来
れば……!

「何を言っているんだお前達」

 佐助さんが平然とした態度で言った。
 その表情は、たいして心配していないように見えた。
「ふ、ふざけないでよ! 大助は今ピンチなのよ! よくそんな冷静でいられるわね!」
「そうだよ佐助さん! いくら遊戯王が出来ない佐助さんでも、今の状況くらい把握できるでしょ!?」
 詰め寄る薫さんに、佐助さんはこれまた平然と言った。
「落ち着け。大助には、まだ手が残っているはずだ」
「え?」
「大助には、今日、デッキワンカードを渡しておいた。それをまだ、あいつは使ってない」
「……!! 大助が、デッキワンカードを持ってるの!?」
 なによそれ。そんなこと、一言も言ってなかったじゃない。
「でも、いくらデッキワンカードでも、この状況は……」
「…………デッキと特性…………」
 ポツリと、佐助さんが言った。
「倉田が言っていた話が本当なら、なんとかできるはずだ」
「……どういうこと?」
「はぁ……」
 佐助さんは溜息をついて、倉田さんとの会話を語り始めた。



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 パーティーの二日前、佐助は友人の倉田の元を訪れていた。
 訪れた理由は一つ。大助に頼まれていたデッキワンカードの入手だった。
 ソリッドビジョンシステム開発株式会社、2代目社長である倉田は事情を説明すると快く引き受けてくれた。
 そして今日になって、手に入れたという連絡が入って、こうして取りに来たというわけだ。
「ほら、これがそのデッキワンカードだ」
 三重にスリーブが施された1枚のカードが手渡される。
「すまんな倉田。恩に着る」
 カードを受け取りながら、佐助は礼を言った。
「これぐらいいいさ」
 倉田は笑いながら、そう言った。
「けどな佐助。大助君だっけ? そのデッキワンカード、ある意味、特殊なカードだから使うなら気を付けるように伝え
てくれないかい?」
「……どういうことだ? 何か呪いでもかかっているのか?」
「まさか。そういう特殊じゃなくて、デッキワンカードとして特殊だという意味さ」
「もったいぶらずに教えろ。何が特殊なんだ?」
 他人が使うカードである以上、何が特殊であるかは知っているべきだと思った。
 そんな思いを見抜いたのか、倉田は小さく笑って答えた。
「そもそもデッキワンカードは、テーマデッキの力を底上げするために開発されたカードだ。いや、正確に言えば、その
テーマデッキが持っている”特性”を引き上げるためのカードだと言ってもいい。例えば"ファイナルカウンター"という
デッキワンカードは、パーミッションデッキの『相手カードを無効化する』という特性を極限にまで高めるカードだと言
えるのさ。他にも"火力増強(バーンブースト)"というデッキワンカードは、フルバーンデッキの『相手に直接ダメージ
を与える』という特性を特化させるカードだってことだ」
「……なるほどな」
 遊戯王を実際に出来るわけではないが、なんとなくルールやカードは知識として頭に入っている。
 無数にあるデッキには、それぞれコンセプトが存在している。デッキワンカードは、それらのコンセプトを極限まで高
めるカードだ、ということなのだろう。
「……だがその特性とやらは、使う人間によって変わるんじゃないのか? テーマが同じでも、まったく同じのデッキを
使うことはないだろう?」
「その通り。デッキの特性は本社が勝手に決めたものだ。だから当然、変な特性も存在する。例えば帝デッキは『フィー
ルドに君臨する』というのが特性として定められているから、"神帝ドルガ"という『場を離れない』デッキワンカードが
ある。まっ、何が特性として定められているかなんてのは正直どうでもいいんだけどね」
「……お前から特性を語り出したはずだが?」
「そう急かすなよ。薫ちゃんに嫌われるぞ?」
 倉田は伊月顔負けの爽やかな笑みを向けた。
 親友でなかったなら間違いなく殴っていたかも知れないと、佐助は思った。
「まぁ何が言いたかったっていうとだ。とにかくその特性が特化されるわけだから、デッキワンカードは使用すればいつ
でも必ず使用者が有利になるはずなんだ。けどその六武衆専用のデッキワンカードはその特性上、ただ発動するだけじゃ
とても有利になるとは言えないんだよ」
「……つまり、ここぞという時にしか使えない。ということか?」
「さすが佐助。その通りさ」
「なるほど、じゃあ、この六武衆の特性はなんだ?」
「うん……なんて言うんだろうね。実際、本社でも色々と意見が分かれたらしいぜ?」
「もったいぶるな。いいから教えろ」
「はいはい。いいか佐助。六武衆の特性は――――」



 
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「「その特性は?」」
 私と薫さんは、声を合わせて尋ねた。
 佐助さんはもう一度溜息をついて、面倒くさそうに頭を掻いた。

「起死回生だ」

「え?」
 なによ。その曖昧な特性………そんなんで、逆転できるの?
「とにかく、見守るしかないだろ。それと香奈」
「………?」


「あいつの彼女なら、少しは彼氏のことを信じてやれ」


 佐助さんは溜息混じりに、そう言った。



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「はははは!! さぁ早くカードを引きなよ。まぁ何を引いても無駄だろうけどね!!」
 村武は笑いながら、勝利を確信しているようだった。
 たしかに今までだったら、この状況はどうしようもなかっただろう。だが、今の俺には、最後の切り札が残っている。
もっと早くから使えばよかったのかも知れない。そうすれば、こんなに追いつめられることもなかったかも知れない。
 だが、効果欄を少ししか確認していなかったせいで、使うこと自体を恐れていたのも事実だった。
 なぜならそのカードを発動するには、序盤、中盤ではあまりに重いコストが必要だったからだ。
「…………」
 だけど終盤になった今、そんなコストを気にする必要はなくなった。
 場も、手札も、ライフもない。そんな俺に残されている手段はたった一つ。効果の分からないデッキワンカードを使う
ことだけだ。
「俺のターン! ドロー!!」(手札0→1枚)
 引いたカードは"一族の結束"だった。


 一族の結束
 【永続魔法】
 自分の墓地に存在するモンスターの元々の種族が
 1種類のみの場合、自分フィールド上に表側表示で存在する
 その種族のモンスターの攻撃力は800ポイントアップする。


 天使族である"先祖達の魂"が墓地に行ってしまっているため、このカード効果は発揮できない。
 本当に、俺に残された手はデッキワンカードしかなかった。
「大助………」
 香奈が不安そうに、見つめてくる。
「どうした?」
「大丈夫……なの?」
「ああ。お前は安心して見てろ」
「……! ば、馬鹿! さっさと勝ちなさいよ!!」
 大声を上げる香奈の表情は、依然として不安に満ちていた。
 小さく息を吐いて、デッキを見つめる。
 頼んだぞ、俺のデッキワンカード。この状況を覆す力を貸してくれ。
 俺は意を決して、デュエルディスクについている青いボタンを押した。
「デッキワンサーチシステムを発動する!!」
 デッキから自動的にカードが飛び出して、俺の手札に加わった。(手札1→2枚)
 対する村武も、ルールによってデッキからカードをドローした。(手札0→1枚)
「………」
 恐る恐る、デッキワンカードの効果を確認した。
 このカードは……………………………。
「……!!」
 思わず、笑みがこぼれてしまった。
「何が可笑しい?」
「……俺の………勝ちだ!!」
「なに?」
 勝利を確信して、俺は勢いよくそのカードを叩きつけた。

「手札から罠カード"神極(しんきょく)・閃撃(せんげき)の陣"を発動する!!!


 神極・閃撃の陣
 【通常罠・デッキワン】
 「六武衆」と名のついたカードが15枚以上入っているデッキにのみ入れることができる。 
 自分のライフが100のとき、このカードは手札から発動でき、発動と効果を無効にされない。
 自分のライフポイントが50ポイントになるようにライフポイントを払って発動する。
 自分のデッキに存在するすべてのモンスターを墓地へ送り、自分の墓地に存在する「六武衆」と
 名のついたモンスターを自分フィールド上に可能な限り特殊召喚する。
 ????
 ????


 大助:100→50LP

 カードを発動した瞬間、複雑で巨大な光り輝く陣が地面に描かれた。
 同時に俺のデッキから全てのモンスターが墓地へ送られて、デッキが半分ほどの厚みになる。
 そして墓地に眠る武士達の中から5体を選択して、デュエルディスクに叩きつけた。
「俺はこの効果で墓地から、六武衆−ザンジ、六武衆−イロウ、六武衆の師範、六武衆−カモン、六武衆の露払いを特殊
召喚する!!」
 光の陣から、5人の武士達が輝かしい光と共に現れる。
 その姿はいつもと変わらないはずなのに、どこか神々しい光を纏っていた。
「手札から罠カードとは……! だが残念だったね中岸君!!」
「……!!」
「伏せカード発動! "奈落の落とし穴"!!」
 村武が負けじとカードを発動した。


 奈落の落とし穴
 【通常罠】
 相手が攻撃力1500以上のモンスターを
 召喚・反転召喚・特殊召喚した時に発動する事ができる。
 そのモンスターを破壊しゲームから除外する。


「特殊召喚した攻撃力1500以上のモンスターは、すべてゲームから除外される!! 君が特殊召喚した六武衆はみん
な攻撃力1500以上ある! よって、君の場は全滅だ!」
 フィールドに大きな穴が空いた。穴の底が見えず、飲み込まれれば文字通り、奈落の底まで落ちていくことだろう。
 最後の最後に、そんな伏せカードをしていたとは………。
 やれやれ、危なかったな。
「な、なに……?」
 村武は、信じられないといった様子で俺の場を見つめている。
 場にいる武士達の真下には、大きな穴が空いていた。だが武士達は、描かれた陣の上に乗っていて、その穴に飲み込ま
れずに済んでいた。
「な、何が……何が起こってる!?」
「手札から"神極・閃撃の陣"を発動したとき、俺のモンスターは相手のカード効果を受けない。そして――」
「!?」
 フィールド全体に広がる陣の中で、相手モンスターの真下にある陣が大きく光り輝いた。
 次の瞬間、轟音と共に光の柱が立ち、カラクリのモンスターを飲み込んだ。

 カラクリ将軍 無零→破壊                  
 カラクリ将軍 無零→破壊                                  
 カラクリ将軍 無零→破壊
 カラクリ武者 六参壱八→破壊
 カラクリ兵 弐参六→破壊

 光が止む頃には、村武のモンスターは跡形もなく消え去っていた。
「ば、馬鹿な……なんだ……それは!?」
「もちろん、"神極・閃撃の陣"の効果だ!!」


 神極・閃撃の陣
 【通常罠・デッキワン】
 「六武衆」と名のついたカードが15枚以上入っているデッキにのみ入れることができる。 
 自分のライフが100のとき、このカードは手札から発動でき、発動と効果を無効にされない。
 自分のライフポイントが50ポイントになるようにライフポイントを払って発動する。
 自分のデッキに存在するすべてのモンスターを墓地へ送り、自分の墓地に存在する「六武衆」と
 名のついたモンスターを自分フィールド上に可能な限り特殊召喚する。
 また、手札からこのカードを発動したとき、以下の効果も使うことが出来る。
 ●この効果で特殊召喚したモンスターの数まで、フィールド上のカードを破壊することが出来る。
 ●このターンのエンドフェイズ時まで、自分のモンスターは相手のカード効果を受けない。



「な、なんて……カードを……使うんだ……!」
「仕方ないだろ。これが、デッキワンカードだ!!」
 場にいる武士達が、一斉に攻撃体勢に入った。
「バトル!! 全員で直接攻撃だ!!」
 俺のかけ声で、武士達は一斉に攻撃を繰り出す。
 そしてすべての攻撃が、村武の体を捉えた。
「ぐあああああああああああああああああ!!!」


 村武:3400→1900→0LP




 村武のライフが0になる。




 決闘は、終了した。




 村武の胸にあった黒い結晶が砕け散って、周りを囲っていた闇の壁が消える。
 決闘が終わったと思った瞬間、緊張が解けて力が抜けた。
「大助!!」
 香奈が手を伸ばしてきた。
 何の意味かは分からなかったが、自然とこっちの手も伸びて、香奈の手をしっかり掴んていた。
「薫さん! 掴んだわ!」
「うん! じゃあ行くよ!」

 ――強制脱出装置!!――

 体が光に包まれる。
 薫さんの白夜のカードの力によって、俺達は会場をあとにした。








---------------------------------------------------------------------------------------------------








 広い部屋の一室で、1人の男がくつろいでいた。
 端にある菓子をかじりながら、小さく笑みを浮かべている。

 プルルルル……プルルルルル……

 電話が鳴った。手慣れた様子で受話器を取って、答える。
「どうした?」
《すいません、牙炎(がえん)様。4人に逃げられました!》
「はぁ? おいおい、ちゃんと計画通りやったんだろうなぁ?」
《は、はい、ですが、スターのリーダーは大沢を破り、中岸大助は村武を破りました! そして"禁止令"を発動していた
のですが、別のカードを使われ、脱出されてしまい――――》
「あーあー、はいはい。もう分かった。いいから戻ってこい。次の計画は用意してあっから」
《は、はい……失礼します………》
 通話が切れる。
 牙炎はククッと笑いながら、後ろにいる人物へ振り返った。
「つーことだ武田。てめぇのぬるい計画は失敗だってよ」
「………」
「ってーことで、俺様の計画通り、てめぇらには動いてもらうぜ」
「……はい……分かりました」
「なんだぁ? ずいぶん歯切れが悪いじゃねぇか。心配しなくても、次は俺様も少し動いてやるよ」
「はい……身に余る光栄です……」
「ひゃは! じゃあ準備しとけよ」
「はい、かしこまりました」
 武田は深く一礼した後、その部屋をあとにした。
 

 牙炎がいる部屋を出て、階段で下へ下りる。
 どんどんと下へ行き、やってきたのは地下のとある部屋。扉を開けて中に入り、内側から鍵を閉めた。
 ピッ……ピッ……という電子音が聞こえた。
「誰?」
 女性の声。武田は「私だ」と答えて、その女性の方へ向かった。
「来てたのか吉野……」
「当たり前でしょ」
「お嬢様は……どうだ?」
「見ての通りよ」
「そうか………」
 愛想のない返事をして、武田は透明なケースのような物の中にいる人物を見つめた。
「その様子だと、あなたの計画が失敗したらしいわね」
「………すまない」
「別に。そんなことより、あいつの計画を、本当にあなたは実行できるの? なんなら変わるけど?」
「いや、いい。それより吉野は、お嬢様のそばにいてくれ」
「あなたに言われるまでもないわ」
 そう言って吉野は、透明なケースを見つめた。
 そして身をかがめて、優しく語りかける。
「もうすぐ、元気にさせてあげます。ですから、もう少し、頑張って下さい」
 吉野は優しく微笑みながら、立ち上がった。
「どこへ行く?」
「どこでもいいでしょう? 心配しなくても、私はとっくに覚悟が出来てる。あなたも早く、覚悟を決めて頂戴」
「……………」
 吉野は、小さく溜息をついて部屋を出て行った。
 残された武田は、透明なケースの側に寄ると、小さな声で語りかけた。 
「お嬢様……私は……どうしたらよいのでしょうか?」
「……………………………………………………………」
 当然、返事はなかった。
 もちろん、武田も返答を求めて語りかけたのではない。
「きっとあなた様は、私と吉野がこんなことをするのは、反対されるんでしょうね……」
「……………………………………………………………」
「そろそろ、失礼します。また明日、ここに来ます」
 武田はどこか寂しそうな表情を浮かべて、その部屋を出て行った。


 誰もいなくなった部屋に、電子音だけが鳴る。
(――――)
 その部屋で、小さな女の子の声が聞こえたような気がした。
 だが辺りに人影はない。
 ただその声は、どこか悲しそうな声だった。






episode11――休息の日常――

「ふげっ!」
 光に包まれたかと思った次の瞬間、床に叩きつけられていた。
「きゃっ!」
「ぐはっ!!」
 その次に香奈や薫さん、佐助さんがのしかかり、全員に押しつぶされそうになる。
 闇の決闘でダメージを食らった体には、なかなかきついものがあった。
「あ、ごめんごめん! 緊急だったから着地まで考えてなくて」
 薫さんは急いで体をどける。
「ったく……」
 佐助さんも体をどけて、頭を掻いた。
「ご、ごめん……」
 香奈も体をどけて、ようやく体を起こすことが出来た。だが体の所々が痛んで、上手く動けなかった。
「大助、大丈夫なの?」
「……あぁ、とりあえずな」
 素直に大丈夫とは言えなかったが、正直に言っても香奈に不安を与えるだけだ。言わない方がいい。
 それにダークと比べれば、まだダメージも酷い方じゃないからな。

「うわー、またとんでもないとこから現れたねー」

 麗花さんがビールを片手に、ソファに座っていた。机の上にはビール缶が5つ置いてある。どうやらずっと飲んでいた
らしい。ていうか、この人はこのリビングで何をしていたんだ?
「麗花ちゃん、飲み過ぎだよ」
「まぁまぁ、大目に見てよ。なんなら薫も一杯どう?」
「え、い、いいよ。疲れてるし」
「そう? じゃあ佐助君でいいや。佐助君、ちょっと付きあってよ」
「……仕方ないな」
 佐助さんは大きく溜息をついて麗花さんの前に座った。ビール缶を開けて、一気に飲み干す。
 のどごしがここまで伝わってきた。
「おっ、さすが! やっぱ薫とは違うねー」
「もう! 麗花ちゃん!」
「怒んないでよ薫。調査できなくて暇で暇で仕方ないんだもん」
「え?」
「いやー、こんなこと初めてだよー。調査してもどこもかしこもプロテクトかかってて敵の実体が全然調査できないんだ
もん。まぁ私の究極的な調査能力のおかげで、少しは情報を掴めたんだけどねー」
 酔っているのか、ケラケラと笑いながら麗花さんはビールを一口飲んだ。
「まぁまだまだ納得できる情報じゃないんだけどね」
「そっか、でも、とりあえず教えてよ」
「だーめ。私の記者魂が、まだ教えるなって言ってるからさ。それに、薫も大助君も疲れてるんでしょ? 少しはベッド
で休んできたら? なんにしても、話は元気になってからだよ」
 もっともらしいことを言いながら、麗花さんは新しいビールの缶を開けた。
 いったいどれだけ飲めば気が済むのかあるのか疑問だったが、とにかく今は休みたかった。
「そっか……じゃあ、休まなきゃね。大助君、立てる?」
「あ、はい」
 痛みを我慢して立ち上がった。ふらついたところを、香奈が支えてくれた。
「しっかりしなさいよ」
「ああ、わるい」
「じゃあこっちだよ」
 薫さんについていって、俺達はリビングをあとにした。




 部屋に案内された。ベッドが部屋の端にあって、それ以外に小さな冷蔵庫があるだけだった。
「じゃあ好きに休んでていいよ。冷蔵庫にジュースとかもあるからね」
「はい、ありがとうございます」
「あ、大助君。二人っきりだからって変なことしちゃ駄目だよ」
「しませんよ」
「へへっ、冗談だよ♪」
 薫さんはそう言って、部屋を出て行った。
 とりあえずベッドに腰掛ける。隣に香奈も腰を下ろした。
「本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だって」
「嘘つくんじゃないわよ。私に心配かけまいとしているんだろうけど、そんなのに騙されないわよ」
 まっすぐな瞳で言い寄られて、言葉を返せなかった。
 普段はこんなんじゃないのに、こういうときだけは鋭いんだよな。
「分かったよ。たしかに体は痛い。でもベッドで横になって休むほどでもない」
「……そう。ならいいわ」
 少しだけ表情を綻ばせて、香奈は立った。
 そして小さな冷蔵庫まで行って、ごそごそと何かを探し始めた。端から見るとほぼ強盗なのだが、「なに言ってんのよ
そんなわけないじゃない」と言われるのがオチだから言わないでおこう。
「何してるんだ?」
「なんか飲み物無いかなって思っただけよ。ほら、闇の決闘で緊迫してたから、喉が渇いちゃったのよ」
「じゃあリンゴジュースないか?」
「何よ。私をこき使う気なの?」
「そんなつもりないが、持ってきてくれてもいいだろ?」
「……仕方ないわね。今回だけよ」
 あからさまな溜息をしながら、香奈は冷蔵庫からリンゴジュースとオレンジジュースを持ってきた。
 ガラス製の瓶の中に入っているジュースで、すでに蓋は開けられていた。
 香奈にしては気が利いている。
「はい、これでいいわよね」
「サンキュー」
 瓶を受け取って、リンゴジュースであることを確認する。香奈が隣に座って、言った。
「何よ。私がリンゴジュースとオレンジジュースを間違えると思ってんの?」
「……なんかお前、怒ってるか?」
「べ・つ・に。何も怒ってないわよ」
 香奈は不機嫌な顔しながら、オレンジジュースを一口飲んだ。
 何かした覚えはないが、香奈にとって気に入らないことをしてしまったのかもしれない。
「なんで怒ってるんだよ」
「だから、怒ってなんかないわよ」
「……言いたいことがあるならはっきり言えよ」
 香奈が下を向いて口籠もる。俺は黙って言葉の続きを待った。
「………心配させるんじゃ……ないわよ……!」
「え?」
「だから、心配させるんじゃないって言ってるのよ!! 大助が追いつめられて、天龍も背水の陣も使っちゃって、何も
残って無くて……私がどれだけ心配したと思っているのよ!? デッキワンカード持ってるなら、最初からそう言ってお
きなさいよ! 心配した私が馬鹿みたいじゃない!」
 香奈はこっちに表情を見せずに、そう言った。
 手に持ったジュースが、小刻みに震えていた。
「……ごめん」
「……! もういいわよ……無事だったんだから……とにかく、今度から秘密にするのは無しよ! 分かった!?」
「ああ、分かった」
「……分かればいいのよ」
 香奈はそっぽを向きながらジュースを飲んだ。
 最近になって分かったが、香奈は俺が……というより親しい人間がいなくなるのを嫌がっている。はっきりとした理由
は分からないが、夏休みに俺がダークに負けて、一時期いなくなってしまったのが原因だと思っていた。
 だからこそ、どうあっても負けるわけにはいかなかった。香奈を悲しませるようなことは、したくなかった。
「そういえば大助、ちょっとデッキワンカード見せてよ」
「え? あ、ああ……ちょっと待て」
 バッグからデッキケースを取り出して、カードを取りだした。
 香奈はそれを奪い取るように手にとって、じっと見つめた。


 神極・閃撃の陣
 【通常罠・デッキワン】
 「六武衆」と名のついたカードが15枚以上入っているデッキにのみ入れることができる。 
 自分のライフが100のとき、このカードは手札から発動でき、発動と効果を無効にされない。
 自分のライフポイントが50ポイントになるようにライフポイントを払って発動する。 
 自分のデッキに存在するすべてのモンスターを墓地へ送り、自分の墓地に存在する「六武衆」と
 名のついたモンスターを自分フィールド上に可能な限り特殊召喚する。
 また、手札からこのカードを発動したとき、以下の効果も使うことが出来る。
 ●この効果で特殊召喚したモンスターの数まで、フィールド上のカードを破壊することが出来る。
 ●このターンのエンドフェイズ時まで、自分のモンスターは相手のカード効果を受けない。


「なによこれ。ピンチにならないと使えないじゃない」
 せっかく手に入れたカードをそんな風に言われるのは、なんだか嫌だった。
「たしかに使いづらいデッキワンカードだけど、決まれば香奈の"ファイナルカウンター"だって破れるぞ」
「そんな簡単に発動させないわよ。あ、でも無効に出来ないのね……ていうかこれ、私の天敵じゃない?」
「そうだな。じゃあこれを使えば香奈に勝てるのか」
 冗談交じりに言ってみた。
 香奈は少し頬をふくらませたあと、次に不敵な笑みを浮かべた。
「やらせないわよ。その前にライフを削りきってあげるわ」
「さぁ、どうかな?」
 自然と顔が合った。
「「……ぷっ」」
 そして互いに、笑ってしまった。
 さっきまでの微妙な空気は、どこかへ吹き飛んでしまった。
「あははは、とにかくこれで、大助も私もデッキワンカードを使えるようになったのね」
「あぁ、そうだな」
 すっかり機嫌も直ったようで、香奈は一気にオレンジジュースを飲み干した。



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「おぉー、なかなか良い雰囲気じゃん」
「……ねぇ麗花ちゃん、こんなことしていいのかなぁ?」
 大助と香奈が仲良く会話している様子を、麗花と薫は覗いていた。ただ覗くと言っても、部屋のドアを少し開けて覗い
ているわけではなく、白夜のカードの力によって具現化させた"古代の遠眼鏡"を使い、部屋の壁をすり抜けて覗いている
のだ。


 古代の遠眼鏡
 【通常魔法】
 相手のデッキのカードを、上から5枚まで見ることができる。
 その後カードを元通りにする。


「いやー、さすがデッキを見通す遠眼鏡だね。数枚の壁なんか余裕……ってところかな?」
「こんな昔のカードを使うなんて、麗花ちゃんぐらいしか思いつかないよ」
「ははっ、むしろ思いつかない薫がおかしいんだよ」
 麗花は古代の遠眼鏡を覗きながら大助達の様子を観察する。二人は楽しそうに会話しながら、笑っている。
 すでに香奈は2本目のジュースに手を出していて、空の瓶が一つ、机に置いてあった。
「二人とも、楽しそうだね」
「そうだねぇ。やっぱ若いっていいなぁ。私と弘伸じゃ、こうはいかないね」
「そうなんだ。伊月君って仕事だと麗花ちゃんのことあんまり話さないんだよ。実際、どんな感じだったの?」
「薫から質問されるのは久しぶりだねぇ。別に、普通だったよ。私が必死で勉強している隣で、弘伸は飲み物を飲みなが
らくつろいでる。それで、勉強の休憩ついでに会話する。ぐらいだったんじゃないかな?」
「そっか……なんか思ってたのと違うかも……」
「あれー? 薫ってばもしかして恋してるのー?」
「ち、違うよ! それより、さっき言ってた情報って何なの?」
「だーかーら、今は話せないよ。それより今は二人がどうなるのかを見なきゃでしょ」
「もう……分かったよぉ……」
 昔から、麗花は自分の興味を最優先にして行動する人だった。自分の興味をつきつめるためなら、どんな手段でも使お
うとするし、話しかけてもまるで言うことを聞いてくれないのだ。そんな麗花に対する唯一の対処法と言えば、出来る限
り協力して早めに飽きさせることぐらいしかない。
 だからこそ、こうして乗り気でもない覗きに一緒に参加しているわけだ。
「こりゃあ、思ったより早いかなぁ……」
 ポツリと麗花が呟いた。
「え? 何か言った?」
「ううん、そうだ薫。疲れてない?」
「え、大丈夫だよ。それにこのまま麗花ちゃんを1人にしたら、絶対に暴走するでしょ?」

「……そっか、薫は、親友である私のことが、そんなに信じられないのか……っぐ、えぐっ……」

「え? えええ!?」
 麗花は両手で顔を隠して、泣き声を上げ始めた。
 予想もしていなかった行動に、薫は戸惑ってしまう。
「……ぐすんっ……弘伸がやられちゃって…ぅっ…薫だけが頼りだったのに……」
 顔を覆う親友から漏れる、弱々しい声。
「麗花ちゃん………」
「……そっか、そうだよね、薫にとって私なんか、どうでもいいんだよね……いいよ薫。私なんか放っておいてさっさと
闇の組織でも何でも潰してくればいいじゃん……!」
「あっ、その……」
 かける言葉が見つからなかったことが、悔しかった。
 伊月がやられて、彼女がショックを受けていないわけがなかった。いつも明るく振る舞っていたのは、自分に心配をか
けまいとしてくれていたのかもしれない。
 親友なのにそんなことにも気づけないで、何がスターのリーダーなのだろう。身近にいる親友のフォローもできないな
んて……。
 薫は麗花の両肩を掴んで、口を開いた。
「ご、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだよ。そうだよね。伊月君がやられて、一番ショックなのは麗花ちゃんだよ
ね。それなのに私………」
「……ぐすんっ……じゃあ、お願い……聞いてくれる……?」
「うん! 私に出来ることならなんでも言ってよ!」
「そう。じゃあさ、目を閉じて、力を抜いてくれる?」
「うん。分かったよ」
 言われたとおり、薫は全身の力を抜いて目を閉じた。その様子を見ながら、麗花は不気味な笑みを浮かべた。


「いいよーコロン」


「……!!」
 しまった。薫はその言葉を聞いた瞬間、自分の愚かな行動を後悔した。
『えへへ、体借りるね♪』
 抵抗しようとしたが、遅かった。
 自分の体の中に、何かが入り込むのを感じた。
 つま先から感覚が無くなっていく。
「麗花ちゃん……!!」
「ごめんねー。薫ったら見事に私の嘘泣きに騙されちゃったね。まだまだ修行が足りないってことさ」
「っ……!!」
 甘かった。目の前にいる親友は、興味のためならどんな手段でも使う。それがたとえ、親友である自分を騙すことであ
っても。それがたとえ、あの二人に『何か』をすることであってもだ。暴走する麗花を止める。それが自分の役目だった
はずなのに……。下半身まで感覚が無くなったことを認識しながら、薫は本当に後悔していた。枷の外れた暴走列車が、
どんな被害を及ぼすかなんて、考えたくもなかった。
「大丈夫だって。あの二人がもっと仲良くなるように取り計らってあげるだけだからさ」
 満面の笑みを浮かべながら、麗花は言った。
 薫の体は、すでに上半身までコロンに支配されていた。
(もう……だめだ……)
 そして薫の意識は、途切れた。


 ガクリと力が抜けたように、薫の体は動かなくなった。
「よっし、作戦成功! どうコロン?」
『……うん』
 幼い女の子の声で、薫……もとい薫の体を手に入れたコロンが言った。
『えへへ、薫ちゃんの体に入るのも久しぶりかもしれないなぁ♪』
 手を広げたり閉じたりして、ちゃんと体が動くことを確認しながらコロンは言った。
「おー、話には聞いていたけど、声が変わるんだね」
『うん! それより、ちゃんと麗花ちゃんの言うとおり、薫ちゃんの体に入ってあげたよ。約束は覚えているよね?』
「当たり前じゃん。『贅沢プリン10個セット』でいいんでしょ?」
『うん!』
「おっけー交渉成立。じゃあこれが終わったら買いに行ってあげるよ」
『わーい! ありがとー!』
「よし、じゃあ二人の様子を見ることにしますか! あっ、でもまだコロンには仕事が残っているからね」
『うん!!』
 二人は古代の遠眼鏡を手に、再び大助と香奈の様子を見始めた。
(さーて……どうなるかなぁ?)
 麗花は、二人へ仕掛けた罠を考えながら、期待の笑みを浮かべていた。


 
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「あはは、それでね雫ったらねぇ…………あ、ちょっと待ってなさい」
 香奈は2本目のオレンジジュースを飲み干すと、新しい瓶を取りに冷蔵庫に行った。俺はやっとリンゴジュースを半分
ほど飲んだくらいなのに……。
「大助はいらないの?」
「あぁ、まだ半分ぐらいあるしな」
「そう。出来れば飲んじゃいたいのよ。蓋が全部開いてるし」
「へぇそうか」
 蓋が全部開いてるのか。冷蔵庫に入れているとはいえ……………って、ちょっと待て!?
「待て。蓋が『全部』開いてるって言ったのか?」
「ええそうよ。薫さんってば、きっとすぐに飲もうと思って蓋を開けたまま冷蔵庫に入れておいたのね」
「ちなみに聞くが、今、冷蔵庫の中には何本あるんだ?」
「え? 7本よ」
 ということは、俺と香奈のを含めて10本か。仮に薫さんが見た目からは考えられないくらい飲む人だとしても、10
本も開けっ放しにして放っておくことなんかしないだろう。だとすれば、考えられることは……。
「どうせだから全部飲んじゃうわ」
「待て!!」
「え?」
 香奈は3本目のジュースに口を付けながら振り返った。
 まだダメージが残っている体を立ち上げて、小さな冷蔵庫の前まで行った。中を見ると、香奈の言うとおりすべての蓋
が開いている。いったい誰がこんなととしたんだ? 薫さんだとは思えないし、佐助さんの可能性はあまりに低い。あと
残っているとすれば…………。
「ねぇ……大助ぇ……」
「ん?」
 香奈がジュースを床に置いて、フラフラと寄り掛かってきた。
「え、え?」
「なんか……ボーっとするんだけど……」
 そう言って香奈は、俺に倒れ込んできた。
 あまりに突然のことだったため、かなり動揺してしまった。
「え、ちょ、ちょっと、香奈?」
「ん……………クー……………」
 寝息を立てて、香奈は眠ってしまった。
 いったい、何がどうなってる? さっきまで眠たそうな素振りは見せていなかったのに…………まさか飲んだジュース
に睡眠薬でも入っていたのか?
「………クー………クー…………」
 眠らされたことなど少しも気づいていない香奈は、俺に全体重を預けるかたちで眠っている。
 香水なのかなんなのか、香奈からは良い香りがしてくる。
 なんにしても、これは色々とまずいんじゃないのか? いくら自制心を働かせたって、俺も一応は男子であるわけだか
ら、可愛い女子がもたれかかって眠ってくれるなんて、どこぞの変なゲームにありがちな展開に直面して、嬉しくないわ
けがない。しかもかなり戸惑ってしまって、思考が上手く働かなくなってしまっている。
 と……とりあえず落ち着け。状況を整理しよう。
 今はこの部屋に二人だけしかいない。他の人は全員リビングにいる。香奈はすやすやと眠っている。体はほとんど密着
していて、顔の距離は10センチ程しか離れていない。
 ………まずい。どう考えてもまずい。このままだと、変なことをしてしまいかねない。
 と、とにかく、こいつから離れないと……。
「くっ」
 なんとか香奈から離れて、心を落ち着かせる。本当に危ないところだった。あのままいたら俺は、香奈を…………って
何を考えてるんだ。そんなことしたら駄目に決まってるだろ。
「はぁ……」
 何もしていないはずなのに、かなり疲れた。
 いったい、誰が睡眠薬なんて入れたんだ? 薫さんや佐助さんではないと考えれば、残るは………麗花さんか? 確か
に考えてみれば、なんだか不思議な雰囲気を醸し出していたし、酒に酔った勢いでイタズラした、ということも考えられ
る。もちろん、こんなのイタズラにしては度が過ぎているのは言うまでもない。
 まったく、とんだ災難だ。
「はぁ……」
 もう一度、深いため息をついた。
 さて、どうしたものか……。



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「よーし、香奈ちゃんは見事に眠ったね」
 香奈が完全に眠りについたのを確認すると、麗花は静かにガッツポーズをした。
『麗花ちゃん、何かしたの?』
 コロンが尋ねる。
「んー? 瓶にこっそり睡眠薬を入れておいただけだよ。2人分の薬を10個の瓶に分けたから、すぐには効かなかった
みたいだけど、とりあえず作戦の第1段階は成功だね」
『ふーん、それで、これからどうするの? 香奈ちゃん寝ちゃったよ?』
「ふっふっふ、コロンもまだまだ子供なんだね〜。よしコロン、キミに仕事して貰うよ」
『なに?』
「簡単だよ。今からあの部屋に行って、大助君に『これから麗花ちゃんと佐助さんと3人で買い物行くから、留守番して
いてくれない? あっ、香奈ちゃんが寝ているならベッドまで運んであげてね』と言ってくれれば完了さ♪」
『うん! 分かった!!』
 コロンは麗花の言うとおり、大助達のいる部屋まで行き、ドアをノックして開けた。
 部屋には困った表情を浮かべる大助と、すやすやと眠っている香奈がいた。
「か、薫さん……」
 コロンは出来る限り、声のトーンを薫へ近づけるようにして、言った。
『大助、突然で悪いんだけど、麗花ちゃんと佐助の3人で買い物行くから、お留守番しててくれない?』
「え、急にですか!?」
『うん。小一時間で戻るからね。あっ、あと香奈ちゃん寝ちゃってるならベッドまで運んであげてね。じゃあね』
 扉を静かに閉めて、コロンは急いで麗花の元まで戻った。
『ちゃんと言ってきたよ』
「おつかれ、よし、じゃあもう少し観察しようか」
『あれ? 買い物行くんじゃないの?』
「ああ、別に今行く訳じゃないよ。二人の様子を見てからさ」
『でも、香奈ちゃん寝ちゃってるし、楽しそうにしているのも見れないよ?』
「あーそっか。コロンは大助君や香奈ちゃんが楽しく笑っているのを見てたのね。まぁ仕方ないか」
『じゃあ麗花ちゃんは何を見てたの?』
「え? そりゃあ、上手くいけばこれから見られるよ」
 口元に意味深げな笑みを浮かべて、麗花は言う。

 若い男女が部屋で二人っきり。家には他に誰もいない。目の前には愛しい幼なじみがベッドで無防備に眠っている。
 いつもより可愛らしく見える幼なじみ。わき上がる欲望を抑えつける者はいない。
 そして男は眠っている幼なじみへ手を伸ばして――――。

「くぅー!! 青春最高ー!!」
『何が見れるの?』
「うーん……そうだなぁ………保健体育……かな?」
『あっ分かった! それってつまり――――』
ストップ! そこから先は禁止ワードだから黙っていようね♪」
『うん分かった!』
 そうして二人は古代の遠眼鏡を手に、観察を再会した。




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「はぁ……」
 3度目の溜息をついた。なるほど、だいたい読めてきたぞ。
 さっき、薫さんの姿をしたコロンが尋ねてきた。
 本人は声を変えているつもりだったのだろうが、いくらなんでも気づく。それに、薫さんは俺のことを「大助」なんて
呼び捨てにしないし、「佐助」なんて呼び捨てにもしない。コロンが薫さんの体に入って、好き勝手することは香奈から
聞いていたし、まず間違いないだろう。
 おおかた、何かよからぬことを考えた麗花さんが冷蔵庫に睡眠薬をいれて、コロンに協力を求めて、俺と香奈が部屋で
二人っきりになってどうなるかを見てみたい。と、そんなところだろう。
 まったく、面倒なことをしてくれたものだ……。
「うぅ……ん……」
 まぁどのみち、香奈をこのまま床に眠らせておくわけにもいかないだろう。
 ベッドに運ぶくらいだったら、なんとか出来る気がするし……。
「さて」
 横たわる香奈を持ち上げようとした。だが一瞬、どこに触ればいいのか迷ってしまった。
 いや、落ち着け。変なことを考えるな。ただベッドに運ぶだけだ。膝の裏と、背中の部分を持ち上げて、お姫様抱っこ
風に持ち上げれば……。
 そう思って、右手を香奈の膝の裏、左手を背中に回した。
「んっ……」
 香奈が反応した。いやいや落ち着け。ただ唸っただけだ。
 体に力を入れて、一気に持ち上げた。
「うぅ……きつい……」
 体が傷ついているせいか、単に香奈が最近重くなったのかは分からないが、なかなかこの上げ方はきついものがある。
だがベッドまでの距離はほんの少し。このまま一気に運ぶしかない。
「くっ……」
 少しずつベッドの方へ向かう。もし香奈が起きていたら、なにやってんのよと怒鳴られることだろう。
 ていうかこの状況、端から見ればかなりおかしな状況だ。1人の男子が、女の子をお姫様抱っこでベッドまで連れて行
く。それからベッドで………なんて、馬鹿な話があるか。香奈をベッドに置いて、それで終わり。それ以上でもそれ以下
でもない。
 なんとかベッドの上まで運んでいき、ゆっくりと下ろした。
「……ぅん………」
 香奈が再び唸る。意外と寝相がよくないんだな。
 ふぅ、なかなかきつかったな……。さて、あとは……。
 俺は香奈に毛布を掛けてやって、部屋をあとにした。向かう先は一つ。



 リビングに来た。麗花さんとコロンは驚いた顔をして、手に持った望遠鏡のような物を後ろに隠した。
「買い物に行ったんじゃなかったんですか?」
「え、えっと、気が変わってさ」
『そ、そうだよ。決して大助達を覗いたわけじゃ――――あっ』
「やっぱり……」
 呆れて溜息が出てしまった。
「下手したら犯罪ですよ」
「いやー、私は二人にもっと仲良くなって欲しくてやっただけだよ」
「心配されなくても、十分に仲いいですから。あとコロンも、薫さんに体を返してやれよ」
『むぅ……分かったよー』
 薫さんの体から、コロン本人が飛び出した。
「あれ私……」
 薫さんは意識を取り戻して、辺りを見渡した。そして思い出したように、声をあげた。
「そうだ! 大助君!」
「はい?」
「香奈ちゃんに何かした!?」
「してるわけないじゃないですか。それより、怒るのは麗花さんじゃないんですか?」
「そうだった! 麗花ちゃん!」
「えぐっ、そんな……ただ私は……」
「もう騙されないよ! こっちに来て!!」
「ああーん、ごめんってば薫ぅー」
 薫さんに引きずられて、麗花さんはむこうの部屋に連れて行かれた。
 どうか二度とこんなことをしないように、みっちり叱って欲しいものだ。
「はぁ……」
『もう大助ってばー、どうしてあのまま襲わないのぉ?』
「馬鹿言うな。それにコロン、物につられるなよ」
『だって贅沢プリン10個セットだよ? これを出されたらお願いを聞くしかないじゃん』
 言うだけ無駄だってことか。まったく、やれやれ。
「とにかく、イタズラもほどほどにしておかないと嫌われるぞ?」
『はーい、気を付けまーす』
 たいして反省している様子に見せないコロンは、逃げるように飛んでいってしまった。
 ああやって飛んでいかれたら、さすがに追いかけて怒ることも出来ないだろう。佐助さんは、結構苦労しているのかも
しれないな。
「はぁ……」
 何度ついたか分からない溜息を、もう一度ついた。
 本当に、今日は色々大変だったな。闇の決闘はもちろん、休んでいるときも…………。
 頭にふっと、香奈の寝顔が浮かんだ。
「……!!」
 何を思い出しているんだ俺は。香奈が眠っているところなんて、今まで何度も見てきたはずだ、それなのに……なんで
あんなに、可愛く見えたんだ? 変な気持ちになりかけてしまったんだ?
「疲れているんだな。多分……」
 早く、休まないといけないと思った。だがあの部屋のベッドは香奈が使っているので、申し訳ないがソファで休ませて
貰おう。
 俺は近くにあったソファに横になって、眠ることにした。




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「麗花ちゃん。いくら記者になりたいからって、睡眠薬なんて使ったら駄目だよ」
 部屋の中で薫は目下、説教中である。
 麗花は床に正座させられて、薫はそれを上から叱る。それはまるで、真面目な教師がイタズラ好きの子供を叱っている
のと同じ光景だった。
「だからぁ、謝ってるじゃん」
 そろそろ薫の説教に飽きてきた麗花が、不満の声を漏らした。
「本当に反省してる?」
「うん。だから、許して? ね?」
 両手を合わせて麗花は言った。薫は仕方ないといった様子で息を吐いて、その場に座った。
「もう。麗花ちゃんのイタズラは本当にタチが悪いんだよ」
「ごめんごめん。これからは気を付けるからさ」
「………」
「あ、その目は信用してないなぁ?」
「だって、麗花ちゃんは私を騙すのが得意なんだもん」
 そう。薫は大学時代でも、麗花に何度も騙されていた。購買に幻のパンがあると言われて、あるはずのないパンを買い
にいかされたり、幽霊が出るという夜の学校に一緒に忍び込まされたり……とにかく、たくさんあったのだ。
「私から言わせて貰えば、騙される薫の方に問題があるわけで……」
「あっ、反省してないね」
「うそうそ。ちゃんと反省してるって」
「もう……」
 薫は肩を落として、部屋の隅にあるベッドへと移動した。
 フカフカのベッドの上に横になって、真っ白な天井を見上げる。
「あれ、おやすみかな?」
「うん。少し疲れちゃった。悪いけど休むね」
「オーケー。ゆっくり休みな薫」
「うん。おやすみ………………」
 そして薫は、静かに眠りの世界へと入っていった。



 麗花は、薫が完全に眠ったことを確認すると、ゆっくりと側によって頬を撫でた。
「薫……本当に寝てるんだね……」
 起こさないよう、小声で語りかける。
 童顔気味な薫の眠っている姿は、どことなく子供っぽいところがあらわになっているように感じた。
「無茶しないでよ薫……」
 小さな声で、麗花は語りかける。
(まだ完全に分かったわけじゃないけど……薫達が戦おうとしている敵は……ある意味、ダークよりも厄介な敵かもしれ
ないんだよ?)
 その情報に、確証はなかった。ほんの噂程度の情報なのである。
 だが麗花の勘は、それが一番有力な情報だと告げていた。もし仮にその情報が合っているとすれば、かなり面倒なこと
に巻き込まれてしまうかも知れない。もっとも、薫の仕事が、それらの面倒なことを解決するものだということは十分に
理解していた。だが先日、仕事仲間である伊月は敵に敗れ、意識不明の重体になっている。目の前にいる親友が、同じ目
に遭わないという保証はどこにもない。
「まっ、私なんかが心配したところで、どうにもならないんだけどね……」
 溜息混じりに、麗花は呟いた。
 昔から、薫は騙されやすいところはあるが、誰かの平和を脅かす存在には人一倍敏感だった。
 そして「みんなを幸せにする」という信念の元で、スターで戦っている。
 その信念が、どれほど単純で、難しいことかもちゃんと理解している。
 だからこそ、薫は強い。
 そう。自分が心配するまでもないのだ。そんな薫に手助けできることは少ないかも知れない。けどせめて、こうやって
心配しておきたかったのだ。
「頼んだよ……薫……」
 麗花は微笑みながら、眠っている薫へ囁いた。
 そして自分も、眠りの世界へ飛び込んでいった。




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 それから5時間くらい経って、再びみんなはリビングに集まっていた。
「ほら、コーヒーだ」
 佐助さんがコーヒーを差し出す。
 俺もそうだったが、香奈、薫さん、麗花さんはまだ少し眠そうだった。とりあえず目を覚ますために、苦いコーヒーへ
手をつける。うっ、やっぱり苦い……。
「苦い……」
 香奈が少し口に含んで、顔を歪めた。たしかに甘党な香奈にこれは厳しいかも知れないな。
「じゃあ、分かったことだけ、まとめようか」
 薫さんが途切れ途切れに言った。
「佐助さん。お願いしてもいい?」
「……あぁ、お前らが寝ている間に調べたが、あのパーティーはずいぶん前から開かれることが予定されていたらしい。
どうやら相手が計画したものじゃないようだ。闇の力を持つ人間を紛れ込ませて、一気に俺達を始末するつもりだったよ
うだな。今のところ、死人はいないらしい」
「そっか。良かった」
 薫さんは安堵の息を吐いた。そして、思いついたように話し始めた。
「相手と戦って分かったことがあるんだよね」
「何が?」
 香奈が尋ねた。
「うん。前回の、つまりダークが使っていた闇の世界は、全員が同じ効果だったでしょ?」
「たしか、『対象を取る効果を無効にする』って効果だったわよね?」
「そうだよ。だから私達としては、対象を取らないカードを投入することで対策していた訳なんだけど、今回の闇の力は
色んな効果を持っていた。私は"光の世界"を持っているから問題ないんだけど……」
「……大助、どういうこと?」
「前回までの戦いだったら、相手の使う効果は共通していたから、それに対処できる構築ができた。けど、新しい闇の力
は相手によって"闇の世界"の効果が違う。だから、対処のしようがないってことだ」
「なにそれ? 対処する構築って、そんなことしてたの?」
 香奈が首をかしげながら言った。
「……ちょっと待て。お前、対処してなかったのか?」
「なに言ってんのよ。私はいつも通りデッキを組んでたに決まってるじゃない」
 さも当たり前のように、香奈は言った。
 こいつ、本当にすごいな。
「じゃあ香奈ちゃんは心配ないね。あと、一つ気づいたんだけど、相手が使う闇の力は、ダークが使っていたものと違う
みたいだね」
「……?」
「決闘が終わっても、相手の体は闇に飲み込まれなかった。だから、闇の神を復活させる目的じゃないと思う。だったら
目的は何かってことはまだ分からないけど、負けても消えちゃうことはないってことは確かだね。言い方は厳しいかも知
れないけど、仮に負けても、重傷ぐらいで済むと思うんだ。伊月君だって、意識不明だけどちゃんと生きてるし……とに
かく何とか対策しないといけないね」
「そうですね……」
 相手の数も目的も、何も分からない。対する相手は、こちらのことをかなり調べてある。状況を考えれば、スターが圧
倒的に不利だろう。
「とりあえず、今日は解散しようよ薫。もうすぐ6時だし、二人とも親が心配しているんじゃないの?」
「あっ、そうだね。二人とも、送っていくよ」
 薫さんは立ち上がって、カードをかざした。
 白い光が、俺達を包み込む。


 そしてその日は、解散となった。 









































 翌日の日曜日。
 昼食を終えて、ベッドで横になりながら漫画を読んでいた俺に、一本の電話がかかってきた。
 てっきり香奈かと思って番号を見てみると、見たことがない電話番号だった。知らない人からの電話は取らないことに
しているため、電話を切った。
 だがすぐに同じ番号からかかってきた。
 イタズラ電話にしてはおかしいと思って、とりあえず電話に出てみた。
「もしも――――」
《大助!! なんでさっさと出ないのよ!!》
 香奈の強烈な怒鳴り声が直撃して、キーンと耳鳴りがした。
「お前、いつの間に番号変えたんだ?」
《違うわよ。私の携帯、そろそろ電池がまずいから真奈美ちゃんの電話を借りてるの》
「本城さんの番号だったのか。それで、何か用か?」
《ええ、今から星花デパートに来なさい。どうせ暇でしょ?》
「…………」
 言い返せなかった。こんな晴天で日曜日にも関わらず、友達からの連絡はなかったうえ、昼食を食べたばかりで勉強な
どする気にもならないし、こうして暇を持て余してのは事実だったからだ。
「……行って何するんだ?」
《ちょっと私達の買い物に付きあって欲しいのよ》
 どうやらデートのお誘いではないらしい。
 本城さんもいるらしいし、想像できたことだったが、なんとなくがっかりした気分になってしまった。
「分かった。20分ぐらいで行く」
《10分で来なさい。じゃあ、3階のおもちゃ屋の前にいるから》
 電話が切れた。こんな日に呼び出しとは……いったい、なんなんだ?
 とりあえず、財布と携帯をポケットに入れて……あと一応デュエルディスクとデッキを入れたバッグ、自転車のカギを
片手に、俺は部屋を出た。



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「よし、これで大助は来てくれるわ。ありがとね」
 携帯電話を閉じて、真奈美ちゃんに返した。
「あ、はい。でもあんな呼び方で大丈夫だったんですか?」
「大丈夫よ。いつもこんな感じだから……あっ、勘違いしないでよね。そんなにしょっちゅう大助と出かけたりなんかし
てないわよ」
「はい」
 真奈美ちゃんは微笑みながら答えた。
「じゃあ、3階に行きましょう!」
「はい」
 私と真奈美ちゃんは、エスカレーターに上がって3階へと向かった。
 昨日、家に帰ったあと真奈美ちゃんに電話して、一緒にデパートで遊びましょうと誘ってみた。反応が少し怖かったけ
れど、真奈美ちゃんは快く了承してくれた。
 そういうわけで、私達はデパートに遊びに来た。日曜日だけあって人がたくさんいるけど、デパートなんていくらでも
楽しみようがあるから関係ない。
「そういえば朝山さん。どうして大助君を呼んだんですか? そんなたくさん買い物するつもりはないんですけど……」
「分かってるわよ。実はね、これが目的なのよ」
 私はポケットから、1枚のチラシを取り出した。
 昨日帰ったら、机の上に置いてあったものだ。そこにはこう書かれていた。



 星花デパートで9月7日、午後より『スペシャルケーキセット』を販売します。苺とキウイの甘酸っぱい酸味をご賞味
ください。さらに3名様でご来店の方は『トロピカル・シュークリーム』もセットでお付けします。
 なので是非3人でご来店することをお勧めします。

 創業10周年。おいしさ第一のケーキ店『モンブ屋』



「こ、これが目的だったんですね……」
「そうよ。ここの店のケーキって本当においしいのよ。シュークリームも美味しいし、真奈美ちゃんにも是非食べて欲し
かったのよ。本当は雫も誘って3人だったんだけど、雫ったら急に予定が変わっちゃったみたいで、仕方ないから大助を
誘ったってわけ」
「そうなんですか……」
「ええ。あ、もしかして真奈美ちゃん、甘い物が嫌いだった?」
「あ、いえ、そんなことはないんですけど………その……」
 真奈美ちゃんは口籠もりながら、辺りを見渡し始めた。
「その……ここに来たの初めてなので、色々見て回りたいなって……駄目です……か?」 
「そうね。いいわよ。せっかくだから案内するわ」
「あ、ありがとうございます」
 ホッとした表情を見せながら、真奈美ちゃんは笑った。
 たしかに星花デパートは高校からは遠い位置にあるし、初めて来たって言っても無理ないわよね。
 ここは友達として精一杯、案内しないとね。
「じゃあ大助が来たら、色々回りましょう!」
「はい」
 大助の奴、早く来ないかしら。
 あと10分待っても来なかったら、ジュースを奢らせてやる。



---------------------------------------------------------------------------------------------------



「はぁ……」
 溜息が出てしまった。
 香奈に「10分で来い」と言われて、一応必死で自転車をこいではいるのだが、家からデパートまでどんなに急いでも
15分はかかる。それを5分も短縮するなんて、どんな走法を駆使すればいいって言うんだ。
 しかも、急いでいるときに限って信号によく引っ掛かるもので、もうかれこれ5回目の赤信号に引っ掛かっている。
 これは、間に合わなくても仕方がないのではないだろうか。
 いや、言い訳をしたところで聞いてくれる香奈ではない。どうせ「遅れたんだからジュースぐらい奢りなさい」とでも
言うに決まっている。
 さて、どうしたものか……おっ、青信号か。
 そして俺は、出来る限り全力で自転車を再びこぎ始めた。



 それから10分経って、なんとか星花デパートに着いた。
 ここに来るのは2回目か。たしか、ここでペンダントを買ったんだったな。
「よし」
 適当なところに自転車を置いて、デパートに入った。
 中は人で混み合っていた。さすが日曜日だ、というところだろう。たしか香奈達は3階で待ってると言っていたから、
エスカレーターを使えばすぐに行けるな。
 すぐにエスカレーターに乗り込んで、階を上がった。
 そして3階について、急いでおもちゃ屋の前まで行った。店の前では香奈と本城さんが楽しそうに会話していた。香奈
は俺を見るやいなや、すぐさま言った。
「遅いわよ!」
「家から10分で来いって言う方が無理だろ……」
 息も切れ切れで、苦しかった。久々に自転車を全力でこいだ反動だろう。
「まぁいいわ。今回は許してあげる」
「そうかい。それで、何の用なんだ?」
「これよこれ」
 そう言って香奈はモンブ屋のチラシを見せつけた。予想していたとおりだ。テレビでも大々的に宣伝していたし、これ
に香奈が食いつかないはずがないからな。
「あと、真奈美ちゃんにデパートを色々案内してあげることになったから、それも付きあってね」
「はいはい」
「よし! じゃあ行くわよ!」
 香奈は意気込みながら、本城さんの手を引いて歩き始めた。


 まず当初の予定通り、俺達はデパートに出店されているモンブ屋へ行って、『スペシャルケーキセット』と『トロピカ
ル・シュークリーム』を注文した。
「ここのケーキとシュークリームは、本当に美味しいのよ!」
「そうなんですか?」
「そうなのよ! 苺の甘酸っぱさとか、オレンジの香りとか、とにかくすごいのよ!」
「へぇ、じゃあ、楽しみですね♪」
「…………」
 今さらながらに気づいてしまった。
 この店の中で、俺が非常に浮いている。周りには女子高生やら女子大生やら、スイーツを好む女子達ばかりがいて、男
は数えるほどしかいない。しかもよりによって香奈が中央の席に座るから、余計に居心地が悪かった。
「はぁ……」
 また溜息をついてしまった。
「お待たせしましたー」
 店員さんが満面の笑みでケーキとシュークリームを運んできた。
「ごゆっくりどうぞー」
「やったわ! じゃあさっそく頂きましょう」
「はい」
 香奈も本城さんも、甘いケーキとシュークリームに舌鼓を打ちながら楽しんでいるようだった。
 俺もケーキを食べてみる。
 香奈の言うとおり、滅茶苦茶美味しかった。


 

 そして次に来たのは、洋服店だった。
 二人は女性もののコーナーへと行ってしまって、俺は店の外で待つことになった。どうせなら香奈や本城さんの試着姿
も見てみたいとは思っていたのだが、それを察したのか、香奈は俺に外で待つように命令した。
 夏休みに二人で行ったときは試着した服装を見せてくれたのに、どうして今日は駄目なんだ?
 まぁ、どうでもいいか。

「なんだ、中岸じゃねぇか」

 突然、呼びかけられた。しかもこの声は……。
 ゆっくりと、声のした方を向いた。
 そこには雲井が、いつもからは考えられないカジュアルな服装をして立っていた。
「どうしててめぇがここにいるんだ?」 
「いや、お前こそどうしているんだ?」
「なんでって、服を買いに来たに決まってんじゃねぇか」
「そ、そうか……」
 意外だった。まさか雲井にこんな一面があったとは……。しかもなかなかセンスも良い。人は見かけによらないとは、
まさにこのことだな。
「そんで、てめぇは服も買わずに何してんだ?」
「……香奈が戻ってくるのを待ってるんだよ」
 本城さんもいるということは言わなかった。何かと面倒なことになりそうだしな。
「相変わらずラブラブってことかよ」
「さぁな」
 頼むからいちいち突っ掛かってこないでくれ。
「……俺との約束、忘れてねぇよな?」
「分かってるよ。香奈を泣かせるようなことはしないってことだろ」
「……分かってんならいいぜ。じゃあな中岸」
「あぁ」
 雲井はそう言って、別の店へ行ってしまった。
 

「待たせたわね」
「お待たせしてすいません」
 香奈と本城さんが戻ってきた。思ったより、早かったな。
「なんか騒いでたように見えたけど、なんかあったの?」
「……いや、なんでもない。それより、いい服は買えたのか?」
「ええ、でも大助には見せないわよ。ね、真奈美ちゃん」
「もう……朝山さんってば……あんな派手な服を選ばなくても……」
 本城さんは、顔を赤くしながら恥ずかしそうに言った。
 いったいどんな服を買わされたんだ?
「だって、たまにはああいうのもいいでしょ? 真奈美ちゃんだって私が普段着ない服を選んだんだから、おあいこよ」
「そ、そうですか?」
「そうよ。それに試着も凄く似合っていたし、恥ずかしがることなんて無いわよ」
 香奈がどこか誇らしげに言った。
 二人とも、俺をおいてけぼりにしないでくれ。
「じゃあ次はどこへ行こうかしら?」
「あっ……あそこはどうですか?」
 そう言って本城さんが指さした先には、アクセサリー店があった。
 しかもよりによって、あのアクセサリー店だった。
「へぇー、真奈美ちゃんってああいうのも興味あるのね」
「あ、いえ、朝山さんの付けてるペンダントが可愛いので、ちょっと気になって……」
「いいわ。じゃあ行きましょう!」
 そうして、俺達はあのアクセサリー店へ向かった。
 まさか、また行くことになるとは……。


「いらっしゃいませ」
 愛想良くお辞儀する店員さんも、何の因果か同じ人だった。
「おや、またお会いしましたね」
「ど、どうも……」
「両手に花、羨ましいですね」
「いや、あの、そんなんじゃないんですけど……」
「照れないで下さい。ですが、二股は気を付けた方がいいですよ?」
「ですから違いますって」
「ふふ、そうですか。今回は何かお探しですか?」
「俺はないので、あの奥にいる二人に聞いてやって下さい」
「かしこまりまし……あら、むこうからやって来たようですね」
 香奈と本城さんが、戻ってきた。
「あのすいません」
「なんでしょうか?」
「あの、こういうペンダントを探しているんですけど……」
 本城さんが香奈の胸のペンダントを指しながら言った。
 店員さんは、少々お待ち下さいと言って、店の奥へ行ってしまった。そして3分ぐらい経って、申し訳なさそうな顔を
して戻ってきた。
「申し訳ありません。星の型は生産が中止しているらしく、在庫も無いようですね」
「あぁ、いえ、星じゃなくてもいいです」
「はい。分かりました。では、こちらへどうぞ」
 店員さんに案内されて、奥の方へ行ってみた。
 様々なアクセサリーが置いてあって、本城さんの感嘆の声が聞こえた。
「こんなのはいかがですか?」
「あ、いいですね」
「似合うわよ真奈美ちゃん。あっ、こっちのブレスレットとかどう?」
「わぁ、可愛いですね」
「他にもこういうものが………」
 店員さんが薦める物を、本城さんと香奈は楽しそうに吟味していた。
 やれやれ、またおいてけぼりか。



 そうして気に入った物を購入した本城さんが、休憩したいと言ったので、一階の飲食コーナーへ行くことになった。
 そこへ向かう途中でも、二人は楽しそうにお喋りをしていた。
 こんなことなら、ケーキ屋が終わったあとに帰れば良かったかも知れない。
 
 飲食コーナーに着いて、適当な席に座った。
「あ、私、何か頼んできますね」
「いいですよ本城さん、俺が行きます」
「いえ、大丈夫です。朝山さんも中岸君も、ゆっくりしていて下さい」
 本城さんは涼しげな笑みを見せて、カウンターの方へ行ってしまった。
 仕方なく、椅子に腰掛けた。
「ずいぶん疲れた顔してるわね」
「悪かったな………そういえば、本城さんの呼び方変えたんだな」
「ええ、呼んでもいいかって聞いたら、普通にオーケーしてくれたわ」
「そうか。よかったな」
「ええ!」
 満面の笑みを浮かべて、香奈は言った。
 どうやら俺は、この場では邪魔者らしい。
「じゃあ帰るよ」
「え? 何で?」
「俺がいても邪魔になるだけだろ。本城さんと二人で、ショッピングを楽しめよ」
「でも……」
「気にするなよ。ケーキとシュークリーム食べに来たって思えばいいだけだし」
「で、でも――――」


「あぁ!? なめてんのかてめぇ!!」


 突然響いた怒声。この場にいる全員が、声の正体を確認しようと目を向けた。
「行きましょう!」
 香奈が立ち上がり、俺の手を引いた。
 声の方向へ行ってみると、そこには2人のチャラチャラした男が、小学生くらいの小さな子供を睨み付けていた。
「あ、朝山さん」
「真奈美ちゃん、いったいどうしたの?」
「あの男の子二人がはしゃいでいて、あの怖い人達にジュースをかけちゃったんです。それで、こんなことに……」
 見ると片方の男のズボンに、大きなシミが出来ていた。しかもそのシミが股まで広がっていて、赤っ恥もいいところだ
った。
「てめぇらぁ、ちゃんと責任取ってくれんだよなぁ!?」
「そーそー。僕ちゃん達も、悪いと思ってるんだよねー。だったら、責任取らなきゃねー」
 一方が怒り、もう一方が卑しい笑みを浮かべながら、怯える少年達に言った。
 少年達は半泣き状態で、ごめんなさいを繰り返している。
「ど、どうしましょう朝山さん……! このままじゃ……」
「決まってるじゃない」
「え?」
 香奈は迷うことなく、二人の男へ向かった。
「ちょっとあんた達!!」
 そして堂々と、男達へ指を突きつけた。
「あぁ? なんだてめぇ?」
「誰でもいいわよ。あんた達恥ずかしくないの? いい年のくせに小さな子供をいじめてるんじゃないわよ!」
「あぁ!? 文句あんのかてめぇ!!」
「あるに決まってるじゃない!! この子達だって悪気があった訳じゃないんだし、許してあげなさいよ!!」
「くっ……!」
 まったく譲らない香奈の言葉に、さすがに相手も言い返せないようだった。
 昔から、香奈は悪いと感じたものに対して躊躇なく首を突っ込む。こうして香奈が怒っているところを見るのも久しぶ
りだな。
「てめぇ覚悟出来てんだろうなぁ!!」
「何の覚悟よ。馬鹿じゃないの?」
「てめぇ――――」
「まぁまぁ、落ち着けって」
 もう一方の男が、怒る男へ制止をかけた。
 そして見事なまでの爽やかな笑みを浮かべて、香奈に近づいた。
「いやぁ、僕の連れが悪いことしたねぇ。たしかにちょっと怒りすぎたみたいだよ。でもさぁ、こんな恥をかかせられて
僕達も困ってるのよ。でもキミ可愛いねぇ、どうだろう? キミが僕達と付きあってくれたら許してあげても――――」
 笑みを浮かべていた男の顔が、一瞬で歪んだ。
 香奈の右足が、男の足を思いっきり踏みつけていた。
「バッカじゃないの? ナンパするならもうちょっとマシな台詞考えなさいよ」
「あ……はは……」
 痛みに顔を歪めていた男の顔が一瞬、変化した。
 そろそろまずいな。
 俺は香奈の元へ行き、その肩を掴んだ。
「何よ」
「堂々とするもいいけど、少しは警戒しろよ」
「分かってるわよ」
「あはは……彼氏の登場かい……!!」
 男が拳を振り上げた。不意をついたつもりだったのだろうが、香奈はそれをひょいとかわして、今度は股へ蹴りを入れ
た。
「ぁ……!」
 男は声にならない悲鳴を上げて、膝をついた。あれは痛い。
「てめぇら……!!」
 黙っていた男が、今度は俺に襲いかかった。掴みかかろうと伸ばされた腕を体勢を低くしてかわし、腹部へ思いっきり
拳を叩き込んだ。相手の体勢が少し崩れた隙に、今度は脇腹へ蹴りを入れる。
「ぐぁ!」
 完全に体勢が崩れた瞬間、無防備な相手の腕をとり、一気に後ろへまわる。
 そして右手で体を押して、一気に床へ叩き伏せた。
「いてててて!」
 腕をねじりあげられたことで、男は悲鳴をあげた。もちろん抵抗が出来ないように、膝で相手の体を押さえて両腕でし
っかりとねじりあげた。
「いたたたたた!! ギブギブ!!」
 悲鳴を上げる男を無視して、別の男の方へ目をやった。
 ちょうど香奈の強烈なかかと落としが決まったところで、男は倒されていた。
「いたたたたたたた!!! おい聞いてんのか!?」
 ねじり上げる腕に力を入れた。
「痛い痛い痛い!! 本当に無理だ!! まいった! まいった!」
「じゃあ倒れてる仲間を連れて、とっとと帰れ」
 腕を放してやった。
 悲鳴を上げていた男は悔しそうな表情を見せて、倒れている男の肩を持った。
「畜生! お、覚えてやがれ……!!」
 どこぞの悪役の台詞を吐き捨てて、男達は逃げていった。 
 途端に、辺りから拍手が起こった。
「大丈夫だった?」
 香奈が、少年2人に話しかけた。
 さっきまでの怒った表情じゃなく、優しい笑みを浮かべている。
「う、うん……」
「今度から、はしゃぐ場所も考えなくちゃ駄目よ?」
「うん、分かった」
「今度から気を付けなさいね」
「あ、おねぇちゃん……おにいちゃんも……ありがとう」
 二人は深々と頭を下げた。小学生にしては、結構礼儀正しいな。
「いこっか」
「うん!」
 少年達は、手を繋いで行ってしまった。
 二人でこのデパートに遊びに来たのだろうか。まぁ、どうでもいいか。
「あ、朝山さん! 中岸君!」
 本城さんが駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「当たり前じゃない。あんな男に私が負けるわけ無いわよ」
 自信満々に香奈は言った。そりゃそうだ。中学生になってから、ストーカー対策に母親から護身術やら何やらを叩き込
まれたらしいし、一時期はカンフー映画にはまって、その真似をしたりして擬似的なトレーニングまでしていたんだから
な。ナンパ目的の男ぐらいなら、軽く撃退できるくらいの強さを持っているのは当然だろう。
「中岸君は大丈夫ですか?」
「ああ、あれぐらいだったら大丈夫ですよ」
 笑顔で答えた。
 小学校低学年から中学校三年生まで、親父に遊び半分で格闘術を教え込まれたし、あと香奈には言っていないが、中学
高校と、香奈につきまとうストーカーやら何やらに喧嘩を売られたこともあったしな。だから自然と鍛え上げられたとい
う訳だ。
 自分で言うのもあれだが、ただの不良ぐらいなら何とか撃退できるくらいの実力はあるだろう。
「……二人とも、すごいですね……私……何も出来なくて……」
「そんなことないわよ。ね、大助」
「そうですよ。あそこで堂々と首をつっこめるのは、香奈ぐらいですから」
「あっ、なによそれ!? この私に喧嘩売ってるの?」
「……褒めたつもりだったんだが……」
 いちいち怒るなよ。
 また喧嘩かと勘違いされるぞ。
「あ、あの朝山さん、中岸君」
「はい?」
「その、とりあえず、飲みませんか?」
 本城さんはそう言って、ジュースの入った紙コップを載せてあるプレートを差し出した。


 席に戻って、ジュースを飲みながら香奈と本城さんはお喋りしている。
 といってもほとんど香奈が一方的に喋っていて、本城さんがそれに優しく対応しているようにしか見えないが……。
「それでね、母さんったらさ………」
「ふふっ、朝山さんのお母さんって、楽しい人なんですね。私のお母さんも、たまにそういうことありますよ」
「あ、やっぱり? そうよねー、なんで親ってあんな…………」
 とにかく、二人とも楽しくしているなら、それでいいだろう。
 そしてこの場に俺がいたところで何かできるわけでもない。ここは二人に気を利かせて帰るのが正解のように思えた。
「あっ、香奈」
 携帯を開いて、メールを確認するようなふりをした。
「なに?」
「なんか親が、急用があるから帰ってこいってメールが来た」
「急用って?」
「さぁな。ということで帰る。悪いな、最後まで付き合えなくて」
「……大助……」
 香奈は何か言いかけたが、思いとどまったようにその口を閉じた。
 そして、顔をそっぽに向けて、こう言った。
「来てくれて……あ、ありがと……」
「どういたしまして。じゃあ本城さん、香奈と二人でショッピングを楽しんで下さい」
「あ、はい。中岸君、ありがとうございました」
「それじゃあ」
 バッグを持って、俺はデパートを出て行った。




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 牙炎は自身の部屋でくつろいでいた。
 デッキのカードを見つめながら、その口には不気味な笑みが浮かんでいる。
 ふと携帯が鳴った。電話の主は、中岸大助と朝山香奈の監視を依頼している人間からだった。
 牙炎は携帯を取って、言った。
「どーしたぁ? なんか動きでもあったか?」
《牙炎様、中岸大助が、離れました》
 その言葉を聞いた瞬間、牙炎の口から笑みがこぼれた。
「りょーかい。じゃあてめぇはあとの二人を見張ってろ」
《はい。では、中岸大助の方には?》
「当然、計画通り」
《はい。かしこまりました》
「しっかりやれよぉ? もちろん、あまり人に目についちゃ困っからなぁ」
《はい。では、こちらは引き続き監視を継続します》
「オーケー、せいぜい頑張れ」
 牙炎は上機嫌に電話を切った。
 そして胸にかけた黒い結晶をいじりながら、ククッと笑った。

『楽しそうだね、牙炎』

 牙炎の後ろで一つの声が言った。
「あぁ? 当たり前じゃねぇか」
『君が好きそうなことだもんね。でもわざわざ行かなくても、きっと武田達が頑張ってくれるよ?』
「あんな奴ら、はなから信用しちゃいねぇんだよ」
『そっか。君らしいね牙炎』
「ああ。にしてもあんたは物好きだなぁ。こんな計画思いつくなんてよぉ」
『はは、僕は君にも期待してるからね牙炎』
「あんたが言うと脅迫にしか聞こえねぇよ。さーて……じゃあ行ってくるかぁ」
 牙炎は立ち上がった。
「ひゃはは」

 不気味な笑い声が、部屋に響いた。






episode12――帰り道の戦い――

 デパートを出た俺は、まっすぐ家に向かっていた。
 もちろん家の用事を済ませるためじゃない。そもそも親からメールなんて一通も来ていない。出来る限り香奈や本城さ
んに気を遣わせないためには、あれが一番ベストだと思ったからだ。
 自転車に乗って、来たときの4分の1くらいのスピードでこぎ始める。
 我ながら、よくあんなスピードで事故らずにデパートへ行けたものだ。
「さて……」
 帰ったらどうしようかと考えながら運転する。
 車道の端を走りながら、俺は家に帰ってからのことを計画していた。とりあえず課題をやって、ついでに学校の予習を
して、それから……漫画か。いや、パソコンを開いて『遊戯王カード原作HP』を見るのもいいな。今日は日曜日だし、
管理人も更新しているだろう。
 まぁどうするにしても、帰ってから決めればいいか。

 赤信号になった。自転車を止めて、一息つく。
 どうも今日は信号に引っ掛かるな。もしかしたら、そのおかげで事故に遭わなかったのかもしれないな。ほんの少し、
交通省に感謝しておこう。

 パーティーが終わって1日しか経っていないが、あれから敵は姿も影も見せていない。
 もちろん毎日襲われたらこっちの身がもたないから、姿を見せてくれない方がいいんだが……。
 ただ、どうも気になる。武田と名乗った紳士風の男は、俺達の持つ白夜のカードが欲しいと言っていた。しかも、何か
事情があって、できるだけ早く手に入れたい様子だった。カードを現実に呼び起こすことなら、闇の力でもできると薫さ
んは言っていた。闇の力にできなくて、白夜の力にはできることがあるのか? いや、それもないはずだ。たしか以前の
戦いで薫さんが、闇の力と白夜の力は、個人差を考えなければ基本的に同等で、できることもほとんど同じだと言ってい
たし……。
 武田の、相手の目的は……一体なんなんだ?

 青信号になった。

「まぁ、考えても仕方ないか」
 俺は再び、家へと向かって自転車をこぎ出した。






 時間は5時半を過ぎていて、あと1時間ほどすれば日が沈んでくる時刻だった。どうやらデパートに思った以上に居座
っていたのかもしれない。二人とも、暗くなる前に帰るといいのだが……。まぁむこうは本城さんがいることだし、さす
がに夜遅くまでデパートを回ることはないだろう。

 デパートからのんびり走って30分ほど、そろそろいつもの帰り道にさしかかるところだった。時間帯のせいなのか、
この道に人はいなかった。
「ん?」
 ふと遠くの電信柱の影に人影が見えた気がした。
 不審に思って、自転車を止める。
「誰だ……?」
 嫌な予感がしていたが、一応呼びかけてみた。
「…………」
 数秒の沈黙があって、電信柱の影から1人の男が現れた。
 背は170センチよりも上ぐらいだろうか。黒いスーツを着ていて、目は細くつり上がっている。口の周りには短い髭
が生えていて、見た目は40代後半のように思えた。
「……………」
 男は黙ったまま、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「っ…!?」
 背中を、何か冷たいものが通り抜けた気がした。
 反射的に、自転車をこぎ出す。道を逆にたどり、その男から逃げるように走り出した。
 なんでこうしたのかは分からなかった。ただ、こうしなければいけなかったような気がした。
「……なんなんだ、あいつ……!」
 男を不審に思うと同時に、自転車で良かったとも思った。大人と高校生の脚力は比べるまでもない。もし自分の足で走
っていたら、すぐに追いつかれていただろう。
 少し走行して、追いかけてくるかどうか不安になって、後ろに目をやった。
「なっ……!?」
 目を疑った。
 その男は文字通り、追いかけてきていた。しかも、自身の足のみで。
「そんな……!」
 ありえない。こっちは自転車を走らせているんだ。たしかに世界陸上の選手並の脚力を持っていれば、自転車に劣らな
いくらいのスピードは出るかも知れない。けど、それはよくて200メートルくらいのはずだ。全力で走れば、息も乱れ
て辛くなるはずなのに、どうしてあの男は、平然と自転車に追いつこうとしているんだ?
「くそっ!」
 本格的に逃げることに集中する。あの男は何かがおかしい。少なくとも、まともな奴じゃない。
 全力で自転車をこぐ。はやく逃げなければいけない。
 だが、どこに逃げる?
 デパートに戻る? いや駄目だ。あそこには香奈や本城さんがいるし、他の人までいる。
 警察に行く? 駄目だ。そもそも事情を分かってもらえないだろうし、自身の足で自転車と同等のスピードを出すよう
な奴を止められると思えない。
 家に帰る? 馬鹿か俺は。
 どうする、いったいどこへ……………薫さんの家だ。あそこなら、なんとかしてくれるはずだ。幸い、この道の先にあ
る交差点をまっすぐに行けば薫さんの家に繋がっている。
 相手が追いつかない内に、早めに――――。
「……!!」
 交差点に、黒い壁が現れた。その壁はまっすぐな道と左へ曲がる道を塞いでいる。
「あいつ……!」
 闇の力で、道を封鎖したのか。
 止まれば間違いなく追いつかれる。右に曲がるしかない。体重を傾けて、高スピードで右に曲がった。振り返ってみる
と、あの男の姿が見えなくなっていた。
「撒いた……?」
 安心したのが、いけなかった。
 スーツの男が5メートルほど後ろのところへ突然現れた。
「……!」
 再び全力でこぎ出す。いったい何をしたんだ? まさか、瞬間移動が出来るのか? いや、それが出来るならわざわざ
走って追いついてきたりしない。じゃあいったいどうやって一気に距離を縮めたんだ?。道の両脇には家が並んでいるか
ら、シュートカットなんてできるわけ………。 
「……まさか……屋根を……?」
 ありえることだった。あの黒い壁を出現させたのがあの男なら、俺が右に曲がるのは予想できていたはずである。だか
ら自身は道を使わず、家の屋根の上を走って道を斜めに移動したって事なのか?
 ふざけるな。そんな反則技、普通の人間じゃ無理だ。
 どうする? こうして考えている間にも、薫さんの家はどんどん遠ざかっている。デパートの方に向かっていないのが
不幸中の幸いと言うところだろうか。 
 このままじゃ、追いつかれるのも時間の問題だ。
 どうする? どうする? どうする?
「っ…!」
 再び交差点の道が塞がれて、残った道へ誘導される。男との距離は3メートルほどになってしまった。しかもこの道の先
には公園がある。まだこの時間帯だし、遊んでいる子供もいる可能性もある。なんとかしなければいけない……でもどうす
る? 
 このままじゃ追いつかれて、何をされるか分かったものじゃない。
 そうして考えているうちに、あっという間に公園まであと3メートル。まずい、これじゃ――――。

「追いついたぞ」

 静かな男の声。その腕が、自転車で走っている俺の襟を掴んだ。
「なっ!?」
 そして一気に宙へ持ち上げられて、そのまま公園内へ飛び込んだ。コントロールを失った自転車が公園の入り口の壁に
ぶつかったのが見えた。そして相手が着地した瞬間に、俺は地面へ投げ出された。
 慣性の残る俺の体は、土の地面の上を滑り込むような形で倒れる。あちこちが擦れて、痛かった。
「くっそ……」
 幸い、たいした怪我はない。俺は立ち上がって、息がわずかにしか乱れていない男を見据えた。
 無茶苦茶だ。いったいどれほどの距離を走行したと思っている。1キロぐらいは走ったはずだろ。
「ずいぶん逃げたな」
 男が無表情に言った。
 辺りを見渡してみた。幸いにも、この公園には俺と目の前の男しかいなかった。
「お前……何者だ……」
「……そうだな。キラとでも名乗っておこう」
「なんだよ、新世界の神にでもなるつもりか……?」
「残念だが私はそんな器ではない。言葉を並べて時間を稼ぐつもりだろうが、無駄だぞ」
「…………」
 ずべて、お見通しというわけか。2日続けて闇の決闘とは、ついていないな。
「逃げられないってことか」
「そういうことだ。では、どうする?」
「決闘して、お前を倒せばいいんだろ」
「……決闘………」
 キラと名乗った男は、呟くように言った。


「残念だが、私はカードゲームは出来ない」


「なに?」
「見ろ、私はデュエルディスクを持っていない」
 キラは両手を広げて、自分が何も持っていないことを見せつけた。
「私は遊戯王をしたことはない。よって、お前と決闘はできない」
「じゃあ、どうして追いかけてきたりしたんだ」
「もちろん、お前を排除するためだ」
 なんだこいつ? じゃあどうして、デュエルディスクを持っていないんだ?
 決闘しないつもりなら、いったい――――。
「主の命令は遂行する。それが、私の使命だ」
「命令ってなんだ?」
「もちろん、計画の邪魔となる者を排除することだ」
 さっきと同じ答え。
 このまま会話しても、堂々巡りにしかならない気がした。
「覚悟はいいか? 中岸大助」
 キラがおもむろに言う。その瞳が冷たい眼孔を放った。
「何の覚悟だよ」
 キラは懐からカードを取りだして、上にかざした。

 ――草薙剣(クサナギノツルギ)!!―― 

 カードから剣が具現化されて、キラはそれを手に取った。
 どこぞのテレビで見たことのある、三種の神器と呼ばれた剣が、目の前にあった。
 キラが感触を確かめるように、剣を3回ほど振ったあとに構えた。
 再び、背筋が寒くなった。
「……もちろん……なんだよ」
「もちろん――――」


「――――死ぬ覚悟だ


 その言葉と同時に、キラは襲いかかってきた。
 自転車を追いかけてきたのと同じ速さで、突っ込んでくる。
 そして右手に握られた剣が、振り下ろされた。
「くっ!」
 とっさに横に跳んで回避した。キラは片足で地面にブレーキをかけて、突進してきた勢いを止めた。
 どうやら直線的なスピードはあるが、その分、切り返しが難しいらしい。
「よく避けたな」
「………!!」
 答える余裕なんか無かった。排除するって、こういう意味か……!
 全神経をキラに集中させる。どんなことをされても対応できるように身構えて、呼吸を整えた。
「では、これはどうだ?」
 そしてキラは再び突っ込んでくる。さっきよりは遅い。
 まっすぐに振り下ろされる剣を、もう一度横へ跳んで回避した。
「遅い」
「……!」
 キラが切り返して、蹴りを繰り出してきた。
 かわすには距離が短すぎた。
 腹部を蹴られて、後方4メートルぐらいまで飛ばされてしまった。
「ぐっ……」
 今まで食らったどんな蹴りよりも、重い蹴りだった。
 なんとか立ち上がり、再び構える。
「さぁどうする? 諦めて死ぬか?」
「冗談、言うな!」
 そんな簡単にやられてたまるか。といっても、打つ手はない。
 こっちに武器なんかないし、相手の手には鋭い刃が握られている。せめて、あれがなければ……。
「では遠慮無くいくぞ」 
 機械的な口調で言ってたあと、キラは襲いかかってきた。
 こうなったら覚悟を決めるしかない。
 剣を相手にしたことは初めてだが、このまま逃げたって、すぐにやられるだけだ。

 振り下ろされる剣を横にサイドステップでかわす。
 読んでいたかのように繰り出される、横薙ぎの追撃。
 しゃがむようにそれをかわして、一撃くわえようと懐へ入る――――
「――ぐっ!」
 動きを読み切っていたキラが繰り出した蹴り。
 脇腹にまともに食らってしまった。
 再び数メートル飛ばされる。
「くっ……」
 地面を転がって、仰向けになる。
 上空にはすでにキラが剣を構えて、飛び上がっていた。
「っ!」
 体を反転させる。
 さっきまで俺がいた地面に、深々と剣が突き刺さった。
 地面を転がるように移動して、キラから距離を取る。
 キラは剣を地面から素早く抜いて、それを振って土を払った。
「惜しかったな……」
「…はぁ…はぁ…はぁ…!」
 公園についてから5分も経っていないはずなのに、俺の呼吸はかなり乱れていた。
 それに対してキラの呼吸は全然乱れていない。
「そろそろ限界だろう」
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…!」
 たしかに、キラの言うとおりだった。
 くそ、こんなことになるなら少しでも親父の訓練を受けておくんだった……!
「そろそろ終わらせるぞ」
「……!!」
 剣を構えて、キラは突っ込んできた。
 右手に持った剣を振り下ろし、薙ぎ払い、突き出してくる。
 明確な殺意の込められた攻撃を連続のバックステップで、ギリギリでかわす。
「ふっ――――」
 キラが体に一瞬のためを作り、前方へ跳ぶ。
 空気を貫く、鋭い突きが放たれた。
 避けきれなかった。
「ぐっ!」
 左肩が抉られた。担いでいたバッグがはずれかけ、鮮血が吹き出す。
 痛みを抑えようと傷口を右手でおさえた。

 だが、それがいけなかった。

 右手を左肩までもっていくまでの、一瞬の隙。
 それが相手にさらなる攻撃のチャンスを与えてしまった。
 キラの体が反転して、遠心力の加わった回転斬りが襲う。
 とっさに体を引いたが、わずかに相手の方が早かった。剣が腹部にかすり、出血する。
「っ!」
 キラの攻撃は止まらない。
 振り切った剣の勢いを利用して、連続の回転斬り。必死で後ろへ跳んで回避する。
「っ――!」
 背中に何かがぶつかった。
 なんだ? 木か?
「捉えたぞ」
 キラの言葉。
 鋭い一撃が、迫る。
「くっ!」
 倒れ込むようにその攻撃をかわした。
 剣は俺の代わりに、若い木を切り裂いていた。
「……!」
 すぐさまキラから距離を取る。切り裂かれたのが木じゃなく、自分だったらと思うとぞっとした。
「しぶといな、中岸大助」
「……あいにく、諦めないのが、取り柄だからな……」
 左肩の傷が痛んだ。だができるだけ表情には出さずに、あくまでも余裕があるような振る舞いをする。
 少なくとも、もう余裕がないのを悟られてはいけないと思った。
「そうか……」
 キラは無表情のまま、剣を構える。
「強がるのはいいが、とても余裕があるように思えないな」
「……!!」
 見破られていた。
 単なる強がりもこいつには通用しない。ただ主とやらの命令に従って、俺を殺そうとしている。
 人を殺すことに、何のためらいも感じていない。
 そんな奴に、俺なんかが勝てる可能性は……………零に等しかった。
「いくぞ」
 地面を蹴り、襲いかかるキラ。
 動こうとしたが、足がもつれてしまった。

 その隙に距離を詰められて、剣が振りかぶられる。
 この体勢では、この至近距離では、かわせない。
 反射的に、肩からはずれかけたバッグを盾にした。
 だが無駄だと思った。木をいとも簡単に切り裂いた刃を、市販のバッグごときで止められるわけがない。
 バッグごと切り裂かれる自分の姿が、容易に想像できてしまった。
「もらった」
 無情にも振り下ろされる剣。
 キラもバッグごと俺を切り裂くつもりだ。
 やられる! 


 ガキィィィン!!


 大きな金属音が、公園に響いた。
「な……に……?」
 キラが初めて動揺した。
 振り下ろされた剣がバッグに当たったところで、止められていた。
「!!」
 生じた一瞬の隙。
 俺は渾身の力を込めて、相手のみぞおちめがけて蹴りをいれた。
「っ」
 わずかにキラの顔が歪む。
 キラが初めて、自ら距離を取った。
「……どうして止められた?」
 蹴られて最初の一言。
 せっかくの渾身の一撃も、たいして効いていないようだった。
「最近のバッグは、鋼鉄製なのか?」
「そうかもな」
 もちろん、そんなわけない。そんなバッグがあったら、作った会社は頭がおかしいだけだろう。
 剣を止めたバッグを見てみた。よく見ると、バッグ自体は切れている。どうやらあの剣を止めたのは、バッグではなく
中身の方らしい。
 中身を取り出してみた。中に入っていたのは、デッキケースとデュエルディスクだった。
「デュエルディスク……だと?」
「………」
 そうか、そういえば担任の山際が言っていたな。最新のデュエルディスクは象が踏んでも壊れない、と。
 デュエルディスクの絶対的強度が、幸運にも盾として役割を果たしてくれたらしい。
「まさか、デュエルディスクに止められるとは……。だが――――」
 一瞬で詰められた距離。動きが見えなかった。
 バッグが蹴り上げられて、宙を舞った。
「これで、防御はできない」
「……!!」
 斬りあげられる剣。反射的に身を引いた。
 冷たい刃が、右肩を撫でた。
「がっ!」
 多量の出血。膝をついた。
 左手で斬られた箇所をおさえるが、出血が止まらない。
「痛いか?」
「……くっ……」 
 見下ろすキラの表情は、相変わらず無表情だった。
 逃げようにも、斬られたせいか、恐怖のせいか、体が動かなかった。
「心配するな中岸大助」
 ゆっくりと、キラは剣を上へ振りかぶる。
 沈み始める太陽の光が反射して、その剣が妙に綺麗に見えた。
「苦しまないように、一撃で、終わらせてやる」
 冷たい一言。
 そこには、何の感情も感じられなかった。
 俺は言葉もなく、ただ振り上げられた剣を見つめていた。

「終わりだ」

 そして、剣が振り下ろされた――――





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「ぇ……!?」
 突然、体が何かを通り抜けた気がした。
「朝山さん、どうかしましたか?」
 真奈美ちゃんが、不思議そうな表情をして覗き込んでいた。
「え、その、な、なんでもないわ」
「そうですか。どこか具合が悪いなら――――」
「え、そ、そんなことないわよ! 本当に何でもないわ!」
 無理に笑って見せた。
 真奈美ちゃんに通じるかは分からなかったけど、変な心配はかけたくなかった。
「ほら、次に行きましょう!」
「あ、はい」
 心の不安を振り払うように、私は次のお店へ急いだ。
 あの体を何かが通り抜けていくような感覚。
 その感覚は、夏休みに起きたあの感覚にすごく似ていた。
「……大助……」
「何か言いましたか?」
「えっ、な、なんでもないわよ」
「そうですか……?」
「ええ、本当になんでもないから。だから、さっさと行きましょう!」
 無理矢理強がって見せた。自分でも、どうしてこんなに動揺しているのか分からなかった。
 ただ、大助が遠くなっていくような、そんな気がした。
 胸にある星のペンダントを、ギュッと握った。少しでも心を落ち着かせようとした。
 でも、全然落ち着かなかった。
「大丈夫ですか? 顔色がよくないですけど?」
 真奈美ちゃんが、心配そうに見つめてきた。
「やっぱり、具合悪いんじゃ……」
「そ、そんなことないわよ! 全然、大丈夫だから、ね?」
「本当ですか?」
「ええ、本当に、本当に本当に大丈夫だから」
「そ、そうですか……」
「ほら、次行きましょう次!」

 ピリリリリリリ……ピリリリリリリ……。

 突然、携帯の着信音が鳴った。
「あ、お母さんからです」
 そう言って真奈美ちゃんは電話を取った。
「もしもし」
《――――――――》
「あ、もうそんな時間? うん。うん」
《――――――――》
「分かった。じゃあね」
 真奈美ちゃんは電話を切った。
「どうかしたの?」
「あ、はい。もう6時過ぎだからそろそろ帰ってきなさいって」
「真奈美ちゃんの家って、門限があったの?」
「あ、いえ、今日は親戚が来るので、みんなで外食の予定なんです」
「そう、じゃあデパート巡りも終わりね」
「すいません朝山さん」
「いいわよ。デパートぐらいいつでも来れるしね」
「はい。今日はありがとうございました。本当に楽しかったです」
 優しい笑みで、真奈美ちゃんは言った。
 たいしたことをしたつもりはなかったけど、なんだか嬉しかった。
「私も楽しかったわ。じゃあ、下まで行きましょう」
「はい」
 私達は下りのエスカレーターに乗った。
 もう6時を過ぎていたなんて……楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうというのは本当みたいね。
「朝山さん」
「なに?」
「今日は、本当にありがとうございました」
「いいわよ。むしろ私の方が楽しんだし。今度は他の女子も誘って来ましょう!」
「はい!」
 そうしているうちに、1階に着いた。
 デパートを出て、6時間ぶりに外の景色を見た。日が傾きかけていて、人通りも多くなっていた。
「それじゃあ、朝山さん、また明日」
「ええ、じゃあね真奈美ちゃん」
 大きく手を振って、真奈美ちゃんと別れた。
 彼女が人混みの中に消えたのを確認して、手を振るのを止めた。
 さっきまで胸にあった嫌な感じは、いつの間にか無くなっていた。
 気のせい……だったのかしら?
「……………」
 きっとそうだと思いたかった。大助は事故に遭うような奴じゃないし、どんな相手にだって負けるはずがない。
 負けるはずない……けど……。
 
 ……このまま何もしないで、家に帰りたくなかった……。

 とりあえず、足を家の方へ向けた。
 大助の家は私の家の近くだし、帰るついでに様子見に行くくらい、不自然じゃないはずだ。
 電話しても良かったけど、電池も残り少なかったし、そこまですることでもないと思った。
「まったく、心配かけんじゃないわよ」
 自然と足が速まった。


「お待ち下さい、朝山香奈様」


 聞き覚えのある声。
 私の目の前に、1人の男が立ちはだかった。
 そいつはカードショップで会ったときと同じ、黒いスーツを身に纏っていた。
「お迎えにあがりました」
 武田がお辞儀しながら、そう言った。
 すぐに身構えて、相手を睨み付ける。
「何の用よ! 決闘しに来たって言うなら、今すぐ相手に――――」
「――ここでは、無益な被害を出してしまわれますが?」
「……!!」
 辺りには、会社員やOL。子供連れの家族など様々な人がいた。
 ここでもし闇の力を使われたら、きっととんでもないことになってしまう。
「場所を、移しましょうか」
「……!!」
 選択権はない。武田の後ろには、2人のスーツ姿の男がいる。
 ここで断れば、間違いなく武田達は闇の力を使うつもりだと思った。
「……分かったわ」
 しぶしぶ、了承するしかなかった。
「では、行きましょうか。ついてきてください」
 武田は歩き出した。
 仕方なく、一定距離を保ったまま、私はそのあとについていった。





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「なに……?」
 聞こえたのは、キラの当惑した声だった。
 瞑っていた目をゆっくりと開ける。
 鋭い刃が、すぐ目の前にあった。
 だがその剣は、光り輝く壁に阻まれて止まっていた。
『間に合ったね』
 女の子のような、幼い声。
「こ、コロン……!?」
 俺の前にコロンがいた。なんで、どうしてこんなところにいるんだ?


「なんとか間に合った……か……」


 続いて聞こえた、深い声。
 佐助さんがヘルメットを片手にぶら下げながら、立っていた。その側にはバイクが置いてある。あれでやってきたのだ
ろうか。
「ちっ!」
 舌打ちをして、キラは距離を取った。
 光のバリアが消えて、コロンがこっちを見た。
『えへへ、危なかったね大助』
「……どうして……ここにいるんだ?」
『闇の力が高速で移動しているのがパソコンに表示されたから、気になって調べたんだよ。そしたら追いかけられてるの
が大助だったからね。急いでやってきたんだよ』
 笑顔でコロンは言った。
 佐助さんが公園に入ってきて、持っていたヘルメットを地面に置いた。
「すまんな。少し渋滞で来るのが遅れた」
「佐助さん……薫さんは――――ぐっ!」
 斬られた箇所に激痛が走った。
『あ、動かないで。うわー、ひどい傷だね。とりあえず傷口だけ塞ぐからじっとしてて』
 コロンの体が淡く光り、その光が俺の体を包み込んだ。
 光は傷がひどい箇所に集中し、傷を癒していく。痛みはなく、どこか温かい感じがした。 
「薫は1時間ほど前に別の闇の力の反応を追いに行った。だがこの様子を見ると、どうやらブラフだったようだな」
『そうだね』
 光で覆われている傷が、どんどん塞がっていく。
 こんな力まで持っていたのか。本当に、白夜の力はすごいな。
「お前達、誰だ?」
 キラが10メートルほど離れた距離で言った。
「お前の敵だ」
「そうか……主は、邪魔者は排除しろとおっしゃった……邪魔者は、消す!!」
 キラがゆっくりと、刀を構えた。
「佐助さん!!」
 まずい! 白夜の力をほとんど持っていない佐助さんに、薫さんのような芸当ができるとは思えない。
 しかも相手は凶器まで持っているのに、襲いかかられたりしたら……!
『駄目! 動かないで!』
「でも……!」
『大丈夫だよ』
「死ね!」
 キラが高速で突っ込み、鋭い剣を――――
 
 キラの体が5メートルほど、飛んだ。

「………え………?」
 何が起こったのか、分からなかった。
 ……まさか……殴り飛ばしたの……か?

『ね? 心配しなくても佐助は、スターの中でいっちばん強いんだよ♪』
 
 コロンは笑いながら、そう言った。
「ぐっ……!」
 キラがゆっくりと立ち上がる。今まで無表情だった顔が、初めて歪んだ。
「硬いな。闇の力で全身を強化している……というところか」
「馬鹿な……私の体は、闇の力で、ほとんど岩の硬度に等しい……はずなのに……」
「そうか、なら本気で殴っておいて正解だったな」
 佐助さんは拳を鳴らしながら、そう言った。
 パソコンの前に座ってばかりのはずの佐助さんが、こんなに強いなんて知らなかった。
『はい、とりあえず傷口は止めたよ』
 コロンの発光が終わる。痛みは少し残っていたが、傷口は塞がっていた。
「大丈夫か?」
 佐助さんは振り返らずに尋ねてきた。
 俺はゆっくりと立ち上がって、答える。
「はい、なんとか」 
「そうか。ならさっさと帰れ。ここにいても、お前がすることはない」
「行かせるか……!」
 キラの声。口元に血を流しながら、再び剣を構えている。
「貴様だけは……行かせん」
「………なるほど、そうか………」
 佐助さんは大きく息を吐いて、顔をこっちに向けた。
「大助、前言撤回だ。いますぐ香奈のところへ行け」
「っ!?」
 キラが動揺した。佐助さんはしてやったりの笑みを浮かべて、言葉を続ける。
「あいつの表情で分かっただろう。こいつらの本当の狙いは香奈だ。さっさと行け」
「でも……!」

「あいつの彼氏なら、ちゃんと彼女を守ってやれ」

 佐助さんは小さく笑って、キラに向き直った。
 俺は静かに、拳を握りしめた。
「………分かりました。お願いします!」
 公園の出口へ向かう。
「いかせるか!!」
 キラが、一直線に俺へ向かってきた。
 行かせまいと伸ばされた腕を、佐助さんが掴んだ。
「勘違いするな」
「っ――」

「お前の相手は、俺だ!!」

 鈍い音が聞こえて、キラの体が飛んだ。
「行け! 大助!」
「はい!!」
 そして俺は、公園を出た。
 俺の自転車はタイヤが壊れていて、とても走れそうにない。ここからデパートまで走ってどれくらいかかるか分からな
い。だがそれでも、行かなければならない。
『大助!! これ!!』
 コロンがデュエルディスクとデッキの入ったバッグを持ってきた。
『切れたところ塞いでおいたから、持ってって!』
「ああ! ありがとう!」
 バッグを受け取って肩にかける。
 そして全速力で、走り出した。





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「貴様ぁ……!」
 口から流れる血を拭って、キラは立ち上がる。
 そして立ち塞がる老け顔の男を睨み付けた。
 佐助はその視線を無視しながら出口の前に立ち、拳を鳴らして喧嘩の準備運動をする。
『久しぶりの実戦だけど、大丈夫?』
 コロンが側に飛んできて、そう言った。
 かなりの時間、パソコンの前に座っていたので体が鈍っていないわけがない。人を本気で殴ったのもかなり久しぶりだ
った。大学生の頃ならもう少し遠くに殴り飛ばせていたなと思いながら、佐助は自身の衰えを感じた。
「まぁ……なんとかなるだろう」
『なんだったら”ユニゾン”しよっか?』
「……いや、わざわざ敵に手の内を見せなくてもいいだろう。それよりコロン、公園に結界を張れ」
『オーケー!』
 コロンの体から光が放たれて、公園全体を包み込んだ。
「これで、お前も俺も公園から出られなくなったぞ」
「……なるほど。私に中岸大助を追わせないためか」
「勘違いするな。この結界はお前の追跡を防ぐ物じゃない。俺がお前を仕留めるための檻だ」
「……!!」
 ここで逃がしはしない。必ず倒す。その決意と共に、佐助は構えた。
「主の命令は、絶対……遂行する!」
「やってみろ」
 キラの表情が変わった。先程までの、どこか余裕を持った目ではない。
 死にものぐるいで、敵を仕留めようとする、そんな野性の目になっていた。
(厄介だな……)
 佐助は思う。キラの主人に対する絶対的な忠誠心。
 それがいい物であれ、悪い物であれ、キラの精神を支える物になっている。
 戦いに置いて、最も重要なのは腕っ節でも何でもない。いかに自分の心を強く保てるかだ。キラの様子から察するに、
こいつは絶対に言葉では屈服させられない。
 力ずくで、叩き伏せるしかないのだ。
「いくぞ!!」
 キラが向かってくる。今までで最高の速さだった。
 体をよじって、振り下ろされた剣をかわす。
 その動きを生かして、佐助はキラの顔面に拳を叩き込んだ。
「ぐっ!」
 ダメージを受けながらも、キラはすぐに体勢をたてなおして向かってくる。
(なるほどな)
 それだけの動作で、佐助はキラの作戦を理解した。
 相手は闇の力で全身を強化している。それに対してこちらは生身だ。いくら岩の硬度の体を殴り飛ばせると言っても、
限界はある。こっちが疲れて反撃できなくなるまで攻め続けるつもりなのだろう。
 このまま素直に対応すれば、どちらかの肉体が限界を訴えるまで交戦は続くことになる。
 生半可な攻撃では、消耗戦になるだけだ。
 佐助は覚悟を決めて、拳を構えた。
 キラは剣を突きだして、一撃必殺を狙う。佐助はその攻撃を軽くかわし、今度は腹部を殴りつけた。
「がは!」
 相手が胃液を吐いたが、佐助は攻撃の手を止めない。
 もう一撃、腹部への殴打。キラの力がわずかに緩むのを感じたが、まだ攻撃は止めない。
 さらに腹部へ一撃をくわえた。
「があっ!!」
 キラが血を吐いて、自ら離れた。
(まだ動けたか)
 佐助は呆れた。
 あれだけ手応えがあったのに、まともに動かれたのは初めての経験だったからだ。
「ぐふっ……貴様…どこで……そんな力を……!?」
「虎がわざわざ鍛錬すると思うか?」
「っ……!!」
 キラが別のカードをかざした。
 途端に辺りに無数の刃が出現して、切っ先のすべてが佐助へ向く。
「これはかわせないはずだ!!」
「かわさなきゃいいだけの話だ」
「ほざけ!!」
 無数の刃が、襲いかかった。
 だが次の瞬間、それらの刃が消滅した。
「なっ!?」
 キラの目に飛び込んできたのは、佐助の周りに光の壁が出現している光景だった。
『へへーん、なめちゃいけないよ。こんな薄い刃なんて、簡単に止められるよ』
 コロンが得意気な笑みを浮かべて、そう言った。
「今度はこっちから行くぞ」
 佐助は初めて、前に出る。
 一気に相手との距離を詰めて、拳に力を入れた。
「ちっ!」
 苦し紛れに、キラは剣を振る。
 だが佐助はそれを難なくかわし、剣を蹴り飛ばした。キラを離れた剣が宙を舞って、向こうの地面に突き刺さる。
「残念だったな」
 佐助の猛攻。相手に動く暇も、息する暇すらも与えず、ひたすら殴りつける。
 重い一撃の衝撃が、何度もキラの体を貫いていく。
「がっ、ぐはっ! がはぁっ!!」
 相当のダメージを与えている。そういう実感が佐助にはあった。
 そろそろ決めようと思い、渾身の力を拳に込める。
 ふらふらになったキラの顎めがけて、アッパーカットを放った。
「がっ!?」
 キラが宙を舞って、地面に叩きつけられた。
「……ふぅ……」
 なんとか、倒せたか……。
 佐助はそう思って、安堵の息を吐いた。


「くっ……ぅ……」


「……!」
 キラは、立ち上がった。
(馬鹿な……)
 佐助はわずかに動揺した。あれだけ殴りつけたのだ。あれだけダメージを与えたのだ。
 それなのに、どうして立ち上がれる? どうして動ける?
「主の……命令は……絶対……!」
 立ち上がったキラの目は生気を失っていた。ただ主人の命令を遂行しようと、精神力で動いているようだった。
(とんでもないやつだ)
 佐助は畏怖すると共に、どうするか迷ってしまった。
 このまま戦い続けることは出来る。決めようと思えば今すぐにでも倒せそうだ。仮に相手がまだ実力を隠していたとし
ても、こちらも”ユニゾン”という奥の手がある。戦闘面における不安は何もない。
 だがこのまま無闇に戦い続ければ、間違いなくキラは死ぬ。さすがに殺人者にはなりなくなかった。
 なにより、自分が人を殺したことを知れば、薫が何を言うか分かったものじゃなかった。
「うがぁぁぁぁ!!」
 がむしゃらに突っ込んでくるキラ。
 どこまでも、主人の命令に背かないようにするつもりらしい。
(仕方ない……か……)
 佐助は、大きく息を吐いた。
 もう、ケリをつけるつもりだった。
「があああああ!!」
 飛びかかってくるキラを避けて、その後ろへ回り込む。そして腕を取り、一気に逆へ回した。

 ゴキッ

 骨の外れる、嫌な音がした。佐助はもう一本の腕も同じように関節をはずした。
「うぁぁぁ!!??」
 雄叫びとも悲鳴ともとれる声が、公園に響く。
 佐助はキラの体を、地面へ叩き伏せた。
「コロン!」
『うん、分かった!』
 コロンが目を閉じ、祈り始める。
 上空に無数の光の刃が形成されて、一気にキラへ降り注いだ。だが刃はキラ自身を狙わずに、キラの体を拘束するよう
に地面へ突き刺さった。
『これぐらいでいいかな?』
「ああ、いいだろう」
 佐助の視線の先には、無数の光りの刃によって体を拘束されたキラの姿があった。
 関節もはずしておいたし、ここまでやっておけば、動けないだろう。あとは薫に来て貰って、闇の力を消して貰うしか
ない。
『佐助、大丈夫?』
「ああ」
 佐助は血が滲む拳を見つめながら言った。さすがにほぼ岩の硬度の体を殴り続けるのは、無理があったらしい。
『うわぁ、怪我してるじゃん』
「こんな程度なら、大学時代によくあったことだ」
『駄目だよ。早く治さないと』
「……そうか。じゃあ頼む」
『うん!』
 コロンの暖かな光が、拳の傷を治療していく。
 佐助は治療されながら、拘束されているキラを見つめた。
「あの拘束はどれぐらい保つ?」
『うーん、1時間ぐらいかな?』
「そうか……」
 だったら、ここからは離れられないな。
 少なくとも薫が敵のブラフに気づいて戻ってくるまで、この場を離れるわけにはいかない。だがそれが意味することは
大助の手助けにいけないという意味でもあった。
『はい、もういいよ』
「ああ、すまんな」
『いいよいいよ♪ もちろんプリンを買ってくれるよね♪』
「あぁ、こいつが片づいたらな」
「うがああああ!!」
 必死で抵抗しようとするキラ。正気を失ったかのように、暴れている。
「こいつから情報は聞き出せそうにないな」
 佐助は静かに、溜息をついた。
『……なんかこの人、可哀想だね……』
 おもむろにコロンが言った。
「そうだな」
『この人の主人って、どんな人なんだろうね?』
「……さぁな。少なくとも、まともな奴じゃないだろう」
『どうして?』
「本当に部下を思っている主なら、闇の力を与えようなんて思わん」
『そっか……この人も薫ちゃんみたいな人に会ってたら、変わってたのかな?』
「さぁな」
 佐助は、暴れるキラを見ながらそう答えた。
 そう答えるしか、なかった。





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「ちょっと、どこまで行く気なのよ」
 私は武田について歩いていた。もうかれこれ20分は歩いているはずだった。
 武田達は1度も振り向かないで、人の少ない道を選んでいく。
「黙ってないで答えなさいよ」
「……………」
 呼びかけても、武田は答えなかった。
 いったい何が目的なのよ。さっきから一言も話さないし、何もしてこないし……。
「ちょっと、どこに行く気なの?」
「……………………」
 完全無視。なんだか無性に腹が立ってきた。
 なんなのよこいつ。訳分かんないわよ。
「朝山香奈様」
 突然、話し始めた。
「何よ」
「パーティー会場では、とんだ失礼を致しました」
「………やっぱりあの騒ぎは、あんたが計画した物だったのね」
「はい。まさか、あそこまで計画が崩れるとは思っても見ませんでした」
「残念だったわね。薫さんも大助も、あんた達が思ってるよりずっとずっと強いのよ。それより、こんな呑気に歩いてい
ていいのかしら? そのうち、薫さんがやってくるわよ」
「その通りです。ですから、今回は少し、席を外して頂きました」
「え?」
「着きました」
 武田が足を止めた。私は10メートルほどの距離を維持して、止まった。
 やってきた場所は、星花公園だった。
 広い公園だけど、この時間帯になると人は少なくなる。
 ここにわざわざ案内したって事は、間違いなく決闘を挑まれるのだろう。
「こんなところで、何をする気なのよ」
 一応、聞いてみた。
「言ったはずです。あなたを、お迎えにあがりました」
「……何言ってるのよ。私は迎えなんか呼んだ覚えがないわよ」
「その通りです。ですが、私達はあなたをお迎えにあがりました」
 そう言って武田は丁寧にお辞儀をした。
 本当に訳分かんない。どうしてこんな奴らに迎えに来て貰わなきゃいけないのよ。
「そんなこと言って、私が応じるとでも思ってるの!?」
「いいえ、思いません。私達が無理に連れ去ろうとすれば、あなたは間違いなく抵抗するでしょう」
「分かってるなら、さっさと帰らせなさいよ!」
「そうはいきません。もう、時間がないのです」
「知らないわよそんなの。いいから帰らせなさい。人を呼ぶわよ!!」
「残念ですが、この公園には全体的に結界が張っています。薄い結界ですが、一般人なら入ることは出来ないでしょう。
万が一、入ってきたところで何も出来ないでしょうが……」
「……!!」
 用意周到ってやつね。上等じゃない。
 そこまで私を倒したいんだったら、とことんやってあげるわよ!
「いいわ。やってあげるわよ! そのかわり全力でいくわよ!」
「朝山様、あなたは一つ、勘違いしておられます」
「どういう意味よ」
「私達は、あなたと決闘するつもりはありません。ただ、力ずくで連れて行くだけです」
「えっ!?」
 武田の後ろにいる男二人が、ゆっくりと近づいてきた。
 すぐに戦闘態勢に入る。これ以上近づいてきたら、蹴ってやるわ。
「抵抗はしない方がよろしいかと――――」
「うるさいわよ!!」
 すぐさま上段蹴りを放った。
 だが男は、それを難なく受け止めてしまった。
「あ!」
「鋭い一撃ですが、所詮、女性の技ですね」
 そう言って男は手を離した。
 今度は思いっきり、みぞおちへ向けて拳を叩き込もうとした。
 でもまた、受け止められてしまった。
「残念でし――――!!!」
 男の顔が一気に歪んだ。
 股へ向けて、思いっきり蹴りを入れたやった。
「さすがに効いたはずよ」
「……くっ……」
「私を連れて行くですって? ふざけんじゃないわよ! あんた達なんかについていかないわ! ここでまとめて倒して
あげるわよ!!」
「くくっ、なるほど、皆が手こずる訳だ」
 男は不気味に笑いながら、立ち上がった。
 そして力強い手で、私の腕を掴んだ。
「離しなさいよ!!」
「いいえ、そういうわけにはいきません」
 もう一方の男が、もう片方の腕を掴んだ。
 ふりほどこうにも、力が強くてふりほどけなかった。
「さぁ、行きましょう」
「離しなさいよ!!」
「無駄です」
「離せって言ってるのよ!!」
 このままじゃ、本当に連れて行かれてしまう。
 どうしよう。誰か、誰か……!
「ちょっと待て」
 武田が言った。
「どうした?」
「……どうやら、多少計画に狂いが出たらしいな」
「なに?」
 両脇の男は振り返った。
 私もつられて、振り返る。

「はぁ、はぁ、はぁ……ったく、はぁ、はぁ、こんな、とこまで、はぁ、走らせやがって!」

「大助!!」
 叫んでいた。大助が汗だくになりながら、やって来た。
「香奈を、はぁ、はぁ、離せ!!」
「……どうする?」
「……離してやれ」
 両腕の枷が外れた。急いで、大助のところへ走った。
「無事だったか!? 香奈!」
「ええ、大丈夫よ。でもどうしてここが分かったの?」
「走ってたら、白夜のカードが光ったから、もしかしてと思って行ってみたら、ここに着いたんだ」
 息を切らした大助の側に寄る。
 よく見てみると、大助の服には多量の赤い液体が付いていた。
「もしかしてこれ、血なの?」
「あ、あぁ、少しな」
「だ、大丈夫なの!?」
「あぁ、傷口は塞がってる。それより、はやくここから逃げ――――!」
 逃げようとした足が止まる。
 私達の周りを、闇が覆っていた。
「逃がしはしない」
 武田が言った。
「もう、時間がないのだ。この計画が失敗すれば、お嬢様は……」
「……お前、どうしてこんなことをするんだ」
 大助が尋ねた。
「答えろ、どうしてこんなことをする!?」
「言えない。だが、白夜のカードが、必要なのだ!」
「……! そんなに白夜のカードが欲しいなら、くれてやる! だから、ここから帰らせてくれ!」
「大助!? 何言ってるのよ!?」
「……………」
 大助の目は、冗談を言っているような目じゃなかった。
 白夜のカードを渡してもいいだなんて、それだけ今の状況がまずいってことだ。
「残念だが、それだけでは駄目なのだ」
「……どういう意味だ?」
「私は以前、あなた達に白夜のカードを手渡して欲しいと言った。だが、私達にはもう一つ、必要な物がある」
「なんだと?」
「それは………」
 武田はゆっくりと、人差し指を私へ向けた。
「朝山香奈様。あなたです」
「わ、私?」
 余計に訳が分からなかった。
 どうして、私と白夜のカードが必要なのよ。
「どういう意味だ?」
「………それを教えれば、少年は必ず、私達の前に立ち塞がる」
「教えられなくても、立ち塞がるに決まってるだろ!」
「……私としては、君を傷つけずに朝山様を連れて行きたかったが、仕方ない」
 そう言って、武田はデュエルディスクを構えた。
「君を殺したくはない。だから、決闘で倒してあげよう」
「ずいぶん、余裕だな」
「当たり前だ。なぜなら………」
 武田が目配せをすると、両脇にいた男達もデュエルディスクを構えた。
 そんな、これってまさか……!

「中岸大助、君が彼女を守りたいのなら、私達3人と決闘しろ」

「っ……!」
 大助が驚愕の表情を浮かべた。
「ルールはサバイバル決闘だ。最後まで君が勝ち残れば、私達は闇の力を失って気絶する。その間に逃げればいい。ただ
し負ければ、分かっているな?」
 4人でやる変則決闘。でもこの状況じゃあ、3対1に等しかった。
 しかも3人とも、絶対に闇の力を使ってくる。そんな馬鹿げた決闘をして、無事でいられるはずがない。
「それなら、私も参戦するわよ!!」
「無駄だ。遊戯王本社では4人までしか変則決闘のルールは定められていない。私達はすでに3人。よってあと1人しか
参加できない」
「それなら、私が――――!」
 構えようとした腕を、大助が止めた。
「俺がやる」
「大助! でも……!」
「パーミッションはサバイバル決闘に向いていない。俺がやった方が勝つ確率は高いだろ?」
「でも……! 怪我してるのに……!」
「だから、傷はコロンに治してもらったから大丈夫だ」
「で、でも……!」
「準備はいいか?」
 武田達が急かすように言った。
 大助は担いでいたバッグからデュエルディスクとデッキを取り出す。
 そして大助はゆっくりと、デュエルディスクを腕に装着した。
「いいぞ」
「そうか、では、はじめよう」
 空気が緊張する。
 
 日が沈みかけている。ふと空を見た。

 黒い雲が、辺りを覆いかけていた。






episode13――サバイバル決闘――

 俺はデュエルディスクを構えて、敵を見据えた。
 相手は3人。間違いなく、それぞれが闇の力を持っているだろう。
 武田以外の二人は、デュエルディスクを構える俺を見ながら馬鹿にしたような笑みを向けていた。
「確認しよう。本当に、サバイバル決闘をするつもりだな?」
「ああ。それしか、選択肢はないだろ」
 逃げようにも周りは闇の力によって作られた壁に囲まれて抜け出せない。
 このまま黙って香奈を引き渡すなんてもってのほかだ。
 香奈を守るためには戦うしかない。戦って、こいつら全員を倒すしかない。
「……そうか……残念だよ……少年……」
 武田は溜息をつき、デュエルディスクを構えた。
 俺はデッキを取り出して、デュエルディスクにセットする。自動シャッフルがなされて、準備が完了した。

 サバイバル決闘とは、遊戯王本社が定めた4人制の変則決闘のこと。
 全員のライフが8000LPでスタートし、時計回りにそれぞれのターンを行う。
 全プレイヤーは最初のターンに攻撃できず、それ以降は好きなプレイヤーに攻撃して良い。
 "ライトニング・ボルテックス"のような”相手”に対しての全体破壊カードは、どのプレイヤーに使用するかを宣言
してから使い、効果は選ばれたプレイヤーにだけ及ぶ。

 たしか、こんな感じのルールだったはずだ。
「大助! やっぱり無茶よ!!」
 香奈が声をあげる。
 たしかに、この状況でサバイバル決闘はかなり不利だ。間違いなく相手3人は、俺を狙ってくる。
 実質3対1。全員に勝てる見込みはかなり低いだろう。
「分かってるの!? 相手は大助を徹底的に潰すつもりなのよ。サバイバル決闘だって言っても、これじゃあ3対1……
ううん、リンチと変わらないのよ!?」
「……言われなくても分かってる。でも他に方法がない。だったら、戦うしかないだろ?」
「でも……!! いくら大助でも……こんな……!!」
「心配するな。絶対に勝つから」
「っ……!」
 香奈は開きかけた口を止めて、下を向いた。
 その手がゆっくりと、俺の袖を掴む。
「……分かったわよ。その代わり、絶対に勝ちなさいよ! 負けたりなんかしたら私……絶対に許さないんだからっ!」
「ああ。勝って、また明日一緒に学校へ行こう」
 服を掴む香奈の手を離して、俺は武田達に向き直った。
「もういいのか、少年」
「……ああ」
「ちょっと待て」
 一番左側にいる男が言った。
「おい武田。わざわざ3人でやらなくても、この広瀬(ひろせ)が1人で戦ってもいいんじゃないか?」
「まて広瀬。それを言うなら、この久保(くぼ)に任せて貰おうか」
 今度は武田の右隣にいる男が言った。
 どうやら、どっちからも完全になめられているらしい。
「……牙炎様のご命令だ。少年は、確実に倒す」
「さすが武田か。主の命令には忠実だなぁ?」
「…………」
 武田はどこか苛立つような様子を見せる。
 牙炎という言葉が出るたびに、右手が震えているのが分かった。
「では、行くぞ!!」
 武田の言葉で、3人が同時にデュエルディスクを構えた。






「「「「決闘!!!!!」」」」





 大助:8000LP   広瀬:8000LP   久保:8000LP   武田:8000LP







 サバイバル決闘が、始まった。






「「「この瞬間、デッキからフィールド魔法発動!!」」」
 息を合わせたように、敵は一斉に叫んだ。
 それぞれのデッキから深い闇が溢れ出して、辺りを包み込んだ。


 反乱の起こる闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 1ターンに1度、相手の手札の数×200ポイントダメージを
 相手ライフに与えることができる。


 悪夢をもたらす闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 相手ライフに戦闘ダメージ以外のダメージを与える度に、
 相手ライフに300ポイントダメージを与える。
 このカードが場にあるかぎり、自分の場にある永続魔法・永続罠の効果は無効になる。


 虐げられる闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 各プレイヤーはモンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚を
 1ターンに合計2回までしか行う事ができない。


 各々の闇の力が展開される。どれもフィールドを離れない効果を持っているから、本来なら1枚しか存在できないはず
のフィールド魔法が3枚も発動されていることになる。
 当然、効果も重複するのだろう。
 デュエルディスクの赤いランプが点灯した。
 よし、先攻は俺からだ。
「俺のターン、ドロー!!」(手札5→6枚)
 幸運にも手札はかなりいい。
 だが相手は3人いる。出し惜しみをする余裕なんかない。
「手札から"六武衆の結束"と"六武の門"を発動する!」
 背後に巨大な門と、武士達の結束を示す陣が出現した。


 六武衆の結束
 【永続魔法】
 「六武衆」と名の付いたモンスターが召喚・特殊召喚される度に、
 このカードに武士道カウンターを1個乗せる(最大2個まで)。
 このカードを墓地に送る事で、このカードに乗っている武士道カウンターの数だけ
 自分のデッキからカードをドローする。


 六武の門
 【永続魔法】
 「六武衆」と名のついたモンスターが召喚・特殊召喚される度に、このカードに武士道カウンターを2つ置く。
 自分フィールド上の武士道カウンターを任意の個数取り除く事で、以下の効果を適用する。
 ●2つ:フィールド上に表側表示で存在する「六武衆」または「紫炎」と名のついた
 効果モンスター1体の攻撃力は、このターンのエンドフェイズ時まで500ポイントアップする。
 ●4つ:自分のデッキ・墓地から「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 ●6つ:自分の墓地に存在する「紫炎」と名のついた効果モンスター1体を特殊召喚する。


「……なるほど、一気に決めるつもりだな」
「ああ。手札から"六武衆−ザンジ"を召喚! さらに"六武衆の師範"を特殊召喚だ!!」
 地面に描かれた召喚陣。中から薙刀を構えた武士と、隻眼の武士が颯爽と参上した。
 同時に後ろにある門と陣が、大きく光り輝いた。


 六武衆−ザンジ 光属性/星4/攻1800/守1300
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ザンジ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードが攻撃を行ったモンスターをダメージステップ終了時に破壊する。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


 六武衆の師範 地属性/星5/攻2100/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが相手のカード効果によって破壊された時、
 自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 「六武衆の師範」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。


 六武衆の結束:武士道カウンター×0→1→2
 六武の門:武士道カウンター×0→2→4

「結束を墓地に送って、2枚ドローする!」(手札2→4枚)
 輝く陣が光りとなって、手札に降り注いだ。
 引いたカードを確認して、戦略を組み立てる。
 武田の使う"虐げられる闇の世界"がある限り、モンスターは2回までしか場に出せない。特殊召喚を多用する六武衆
には少しきつい効果だ。そして他の男二人は直接ダメージ系の効果を。倒す優先順位としては、あの二人が先だろう。
 分かっていたことだが、やはり3人同時に相手にするのはきつい。
 けど……退くわけにいかない!
「俺は"六武の門"のカウンターを4つ取り除いて、デッキから"六武衆−ニサシ"を手札にくわえる!」(手札4→5枚)
 門から光が放たれて、デッキから武士の1人を呼び出す。
 これで手札は5枚。広瀬の使う"反乱の起こる闇の世界"は、手札に比例したダメージを与える効果を持っている。
 ダメージを軽減するためには、セットしたりして出来る限り手札を減らしていくしかない。だが伏せすぎて"大嵐"など
を使われたら元も子もない。
 最初のターンに出来ることは、とりあえずここまでだ。
 あとは、相手の戦術次第で臨機応変に対応していくしかないな。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!!」


 ターンが移行した。


 広瀬のターンになる。
「俺のターン!!」(手札5→6枚)
 広瀬はカードを引くと、すぐに歪んだ笑みを浮かべた。
「モンスターをセット、さらにカードを2枚伏せる」
 広瀬の場に、裏側のカードが3枚表示される。
 2枚の伏せカード……いったい相手は、何のデッキなんだ?
「そして俺は"反乱の起こる闇の世界"の効果を発動! 1ターンに1度、相手の手札1枚につき200ポイントのダメー
ジを与える。お前の手札は4枚。よって800ポイントのダメージだ!!」
 広瀬の場に、小さな黒い矢が4本形成される。
 そして相手が手を前に突き出すと、目にも止まらない速さで発射された。
 4本の闇の矢が、俺の体に突き刺さった。
「がっ……!」

 大助:8000→7200LP

「この瞬間、私の"悪夢をもたらす闇の世界"の効果も発動する!」
 久保の周りに広がる闇の世界から、黒い閃光が放たれる。
 それは矢にも負けない速さで、俺の体を貫いた。
「ぐっ!」

 大助:7200→6900LP

 さっそくのダメージ。予想はしていたが、きつかった。
「クク、これは思ったより早く終わっちまうかもな」
「そうだね広瀬。さっさとターンエンドしてくれよ。次は私のターンなんだから」
「おぉ、わりぃ。じゃ、俺はターンエンドだ」
 広瀬のターンが終わる。
 

 ターンが移行して、久保のターンになった。
 

「私のターンだ。ドロー」(手札5→6枚)
 久保という男は、広瀬と同じ嫌らしい笑みを浮かべながら見つめてきた。
 闇の世界の効果を考える限り、こいつのターンが最も危険なはずだ。
「さて、ぼちぼち攻めるか」
「さっさと終わらせても構わねぇぞ」
「そう言うなよ。じっくり楽しませてもらうさ」
 久保と広瀬は、もはや遊び感覚だった。
 どれだけ俺を苦しめるか。それを競って、楽しんでいるように見えた。
「じゃあいくか」
 そう言って久保は、モンスターを召喚した。


 ファイヤー・トルーパー 炎属性/星3/攻1000/守1000
 【戦士族・効果】
 このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
 このカードを墓地に送る事で、相手ライフに1000ポイントダメージを与える。


「……!!」
 やっぱり、久保のデッキはバーンデッキか。
「こいつを召喚した瞬間、墓地へ送って1000ポイントのダメージだ!」
 久保の場にいるモンスターが炎に包まれて、燃える体で突進してくる。
 体当たりが当たる直前で、モンスターの体が爆発した。
 その爆発の衝撃が、もろに体を襲った。
「ぐあぁっ!!」

 大助:6900→5900LP

「さらに"悪夢をもたらす闇の世界"のダメージを受けてもらおうか!」
 再び黒い閃光が放たれて、俺の体を貫いた。
「うっ…!」

 大助:5900→5600LP

「くっ!」
「まだまだいくぞ。手札から"ファイヤーボール"を発動する!」
 フィールドに火の玉が現れて、直撃する。
 それに追い打ちをかけるように、黒い閃光が放たれた。
「ぐっ…ぅ…!」


 ファイヤー・ボール
 【通常魔法】
 相手ライフに500ポイントダメージを与える。


 大助:5600→5100→4800LP

「ははは、まだまだ苦しんでもらうよ」
 楽しそうに笑いながら、久保の攻撃は続いた。
「さらに"昼夜の大火事"を発動だ!!」


 昼夜の大火事
 【通常魔法】
 相手ライフに800ポイントダメージを与える。


 大きな炎が俺を包み込み、さらに闇の光が放たれる。
 まるで、俺の体をいたぶっているようだった。

 大助:4800→4000→3700LP

「はぁ、はぁ……っ!」
 体がかなりのダメージを負っていた。それでも俺は、久保から目を離さなかった。
「ははは、まだまだ!!」
 久保は笑いながら、デュエルディスクにカードを叩きつける。
「"ミスフォーチュン"を発動!!」


 ミスフォーチュン
 【通常魔法】
 相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターの元々の攻撃力の半分のダメージを相手ライフに与える。
 このターン自分のモンスターは攻撃する事ができない。


「なっ!?」
「私は君の場にいる"六武衆の師範"を選択する。そのモンスターの攻撃力は2100。よって半分の数値の1050ポイ
ントのダメージだ!」
 師範の体から紫色の光が飛び出して、俺に襲いかかった。
 当然、追い打ちの閃光も直撃した。 
「ぐっ……あぁっ!!」

 大助:3700→2650→2350LP

「だ、大助!!」
「くっ……」
 膝をついた。覚悟していたとはいえ、考えていたよりも多くのダメージを受けてしまった。
 これで俺のライフはほぼ4分の1。決闘が始まってすぐに、ここまでライフが減らされたことは初めてだった。
「私はカードを1枚伏せる」
 久保がカードをセットした。ということは、もう手札にダメージを与えるカードは無いということだろう。
「おい久保、さっさと決めろよ」
「そう言うな。"ファイヤートルーパー"がダブってしまったんだ。仕方ないだろ」
 余裕の笑みで、久保は言った。
 本当に、ただ俺をいたぶることに専念しているらしい。
「それじゃあ私はターンエンドだ」
 余裕の表情を浮かべて、久保はターンを終えた。


 そして、いよいよ武田のターン。


「私のターン、ドロー」(手札5→6枚)
 もし武田のデッキがバーンデッキだったら、負けてしまう。
 頼むから、別のデッキであってくれ。
「………………」
 武田は考え込むように目を細めた。
「おい武田、早くしろよ」
 広瀬が茶化すように言う。
 久保もやれやれと言った表情で、考え込む武田の姿を見つめていた。
「私はモンスターをセット。カードを2枚セットして、ターンエンドだ」

-------------------------------------------------
 大助:2350LP           

 場:六武衆−ザンジ(攻撃)        
   六武衆の師範(攻撃)          
   六武の門(永続魔法:武士道カウンター×0)
   伏せカード1枚            
                      
 手札4枚               
-------------------------------------------------
 広瀬:8000LP          

 場:反乱の起こる闇の世界(フィールド魔法)
   裏守備モンスター1体        
   伏せカード2枚           
                     
 手札3枚
-------------------------------------------------
 久保:8000LP           

 場:悪夢をもたらす闇の世界(フィールド魔法)
   伏せカード1枚
                     
 手札1枚                
-------------------------------------------------
 武田:8000LP

 場:虐げられる闇の世界(フィールド魔法)
   裏守備モンスター1体       
   伏せカード2枚          
                     
 手札3枚
-------------------------------------------------

 武田は、特に何も行動は起こさなかった。
 手札事故か、それとも………。
 とにかく、なんとか無事に1週目は乗り切れたらしい。
「大助……大丈夫なの!?」
 後ろで香奈が呼びかけてきた。
 不安な表情で、こっちを心配そうに見ている。
「ああ。そんな顔するなよ」
「……! ば、馬鹿じゃないの。さっさと決めてきなさいよ!!」
「分かってる。俺のターン!」(手札4→5枚)
 心を落ち着かせた。ここからが本当の勝負だ。
 手札を見つめる。今の状況で一番最初に倒さなければならない相手は……。
「さぁ、どうした? 私の攻撃が効き過ぎたかな?」
 狙うのは、久保だ。
 こいつにターンを回してしまったら、間違いなく俺は負ける。
 そうさせないためには………。
「手札から"六武衆−ニサシ"を召喚する!」
 地面に緑色の召喚陣が描かれた。
 その陣の中心から、2本の小太刀を装備した武士が参上する。それと同時に後ろに建つ門も輝いた。


 六武衆−ニサシ 風属性/星4/攻1400/守700
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ニサシ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


 六武の門:武士道カウンター×0→2

「さらに手札から"大将軍 紫炎"を特殊召喚だ!」
 炎が燃え上がった。炎の力をその体に宿し、武士達をまとめ上げる将軍が姿を現した。


 大将軍 紫炎 炎属性/星7/攻撃力2500/守備力2400
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが2体以上表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 相手プレイヤーは1ターンに1度しか魔法・罠カードの発動ができない。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名のついたモンスターを破壊する事ができる。


「マジかよ…!」
「なかなか……」
 広瀬と久保が焦り始めた。
 いくら召喚回数が制限されていても、こっちは展開力に特化した六武衆だ。
 手札が良くて2ターンもあれば、これぐらい当然だ。
「バトル! 久保、あんたに直接攻撃だ!」
「っ……!!」
 武士達が一斉に構えた。
「まだだ!」
 久保が伏せカードを開いた。


 自業自得
 【通常罠】
 相手フィールド上に存在するモンスター1体につき、
 相手ライフに500ポイントダメージを与える。


「……!!」
「展開力が仇になったな。君の場にモンスターは4体! よって2000ポイントのダメージだ!」
 なぜか勝ち誇った笑みを浮かべながら久保は言った。
 まさか、そんなカードを俺が通すとでも思っているのか?
「させるか! "トラップ・スタン"を発動!!」
「なにぃ!?」
 カードを開いた瞬間、久保の発動したカードが消滅した。


 トラップ・スタン
 【通常罠】
 このターンこのカード以外のフィールド上の罠カードの効果を無効にする。


「これでお前の場は完全にがら空きだ!」
「なっ、なっ……!?」
「行け! ニサシで直接攻撃だ!」
 武士の持つ風の刃が、久保を切り裂いた。
「ぐあああああ!!」

 久保:8000→6600→5200LP

「うっくっ……!」
 久保は痛みに胸を押さえながら、両脇にいる二人に視線を向けた。
「お、おい……! 黙って見てないで助けてくれよ」
「……そう言われてもなぁ……」
 広瀬は嫌らしい笑みを浮かべながら、言った。
「なに?」
「いやぁ、助けてぇのは山々だが、罠を封じられちゃ仕方ない」
「な、ば、馬鹿な!?」
 久保は、広瀬の言葉が信じられないようだった。
 なにやら複雑な事情がありそうだったが、気にしている余裕はなかった。
「ザンジで直接攻撃だ!!」
「ぐっ…ぁぁ…!」

 久保:5200→3400LP

「た、助けてくれ……! おい武田! お前はどうして何もしない!?」
「…………」
「黙ってないで、なんとかしろ!」
「………」
 武田は大きく溜息をついて、冷たく言った。
「”自業自得”だ。仕方ないだろう」
「……!!」
 仲間から見放された久保は、何かを言おうとしているようだったが、口がパクパクしているだけで声が出ないようだっ
た。少し可哀想な気もしたが、武田の言うとおり、助けを求めても仕方ないだろう。
「師範で直接攻撃だ!」
 隻眼の武士の居合い抜きが、久保を切り裂いた。
「がぁっ……!」

 久保:3400→1300LP

「くぁ……」
 膝をつき、息も乱れた久保は、今度は俺に視線を向けた。
「た、助けてくれ……」
「………」
 ついには命乞いまでしてきた。
 さっきまでの余裕はどこへやらで、その目は恐怖に怯えていた。
「た、頼む、俺は、闇の力を、失いたくない」
「……そのためなら、他人が傷ついても良いって言うのか?」
「お、お前だってそうだろう!? 特別な力を手に入れたら、それを使ってみたいだろう?」
 怯えた表情で久保は言った。
 たしかに、薫さんが使うような特殊な力を自分も使ってみたいと思ったこともある。実際にそんな力を手に入れたら、
使ってみたいと思うのが自然だろう。だが……。
「そんな力、こっちから願い下げだ」
「な、なに……?」
「他人の犠牲で成り立つ力なんて、俺はいらない」
「……! そんなこと言って、実際に手に入れれば考えが変わるくせに……!」
「しるかよ」
 まっすぐに久保を見据えた。

 たしかに、白夜のカードを持っている俺は、特別な力を持っているのかもしれない。その気になれば、薫さんのように
カードを現実に呼び起こすことが出来るかもしれない。特別な力を持ったとき、同じ言葉を言えるかどうかは、その時に
ならないと分からない。
 だが今は、この決闘の腕を、香奈を守るために使いたかった。

「バトルだ!!」
 俺の宣言で、紫炎が刀を構えた。
 そして一気に久保へ斬りかかり、その体を一閃した。
「ぐあああああああああ!!!」

 久保:1300→0LP

 大きな悲鳴が上がり、久保の胸にあった黒い結晶が砕け散った。
 相手は白目をむいて倒れ、動かなくなった。
「…………」
 武田も広瀬も少し見ただけで、たいして気にしていないようだった。
 何にしても、これで残りは2人だ。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

-------------------------------------------------
 大助:2350LP           

 場:六武衆−ザンジ(攻撃)        
   六武衆の師範(攻撃)        
   六武衆−ニサシ(攻撃)         
   大将軍 紫炎(攻撃)           
   六武の門(永続魔法:武士道カウンター×2)
   伏せカード1枚            
                      
 手札2枚               
-------------------------------------------------
 広瀬:8000LP          

 場:反乱の起こる闇の世界(フィールド魔法)
   裏守備モンスター1体        
   伏せカード2枚           
                     
 手札3枚               
-------------------------------------------------
 武田:8000LP

 場:虐げられる闇の世界(フィールド魔法)
   裏守備モンスター1体       
   伏せカード2枚          
                     
 手札3枚
-------------------------------------------------

「だ、大助」
「なんだ?」
「な、なかなかやるじゃない」
 香奈が、若干驚いたように言った。
「まぁな」
「でも、油断なんかしないでよ」
「分かってる」
 油断なんか出来る状況じゃない。まだ他の二人は、1ポイントもダメージを食らっていないんだ。
 しかも次は広瀬のターン。またダメージを食らうことは目に見えていた。
「俺のターンだぜ!! ドロー!」(手札3→4枚)
 相手の場にセットされているカード。
 いったい、何のデッキなんだ?
「その将軍の効果、厄介だな」
 おもむろに広瀬は言った。たしかに、紫炎がいるかぎり相手は魔法・罠カードを1ターンに1枚しか使えない。
 相手にとって見ればかなり厄介な効果だろう。
 もちろん、それを分かっているからこそ早めに紫炎を出しておいたんだ。
「ま、問題ないけどな。手札から"月の書"を発動する!」
「しまった……!」


 月の書
 【速攻魔法】
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、裏側守備表示にする。


 大将軍 紫炎:攻撃→裏側守備表示

「これで魔法と罠は使いたい放題だ」
「……!」
「さぁ行くぜ! "執念深き老魔術師"を反転召喚だ!」
 広瀬の場に、年老いた老婆のようなモンスターが現れた。


 執念深き老魔術師 闇属性/星2/攻450/守600
 【魔法使い族・効果】
 リバース:相手フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する。


「この効果で裏側に紫炎を破壊する!」
 その年老いた魔術師は不気味な呪文を唱え始め、杖の先から不気味な光りを放った。
 その光は、守備体勢をとる将軍の体を貫いた。

 大将軍 紫炎→破壊

「そして罠カード"裏取引の罠"を発動するぜ」
 ここから本番だとでも言わんばかりに、広瀬はカードを発動する。


 裏取引の罠
 【通常罠】
 このターン、カードの効果でドローしたプレイヤーは
 エンドフェイズ時に、ドローした枚数分の手札を墓地へ送る。
 手札がその枚数分に足りなければ、手札を全て墓地へ送る。


「さらに手札から魔法カード"悪魔のプレゼント"を発動だ!」


 悪魔のプレゼント
 【通常魔法】
 相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を破壊する。
 その後、相手はカードを1枚ドローする。


「俺はこの効果でお前の"六武衆の師範"を破壊する!」
「なっ!?」
 相手のカードで破壊されたときに効果が発動する師範を、わざわざ破壊するだと?
 いったい、何を考えているんだ。
 フィールドに現れた小さな箱から、黒い光が放たれて隻眼の武士の体を貫いた。

 六武衆の師範→破壊
 中岸大助:手札2→3枚

「さぁ師範の効果を発動してみろよ」
「……!!」
 そうか、そういうことか。師範の回収効果は任意効果だ。破壊のあとにカードをドローする効果が挟まれているため、
タイミングを逃して発動は出来ない。
 そして広瀬の闇の世界は、相手の手札に比例してダメージを与えてくる。だから当然、相手にカードをより多くカード
を引かせるデッキ構成になっているのだろう。
 そして増やした手札は"裏取引の罠"の効果でエンドフェイズ時に墓地へ送られるため、結果的に俺の手札を変えないま
まダメージの量を増やすことが出来るということか。
「ならば私もこのカードを発動する」
 武田の声が、割り込んだ。


 やまびこの魔術
 【通常罠】
 相手が通常魔法を発動したとき、発動できる。
 このカードの効果はその通常魔法の効果と同じになる。
 このカードを発動した次のターン、自分は他の魔法・罠カードを使用できない。


「私はこの効果で"悪魔のプレゼント"の効果を使い、君の場にある"六武衆−ザンジ"を破壊する」
「……! "六武衆−ザンジ"の効果で、"六武衆−ニサシ"を代わりに破壊する!!」
 再び黒い光が放たれて薙刀を持つ武士へ向かう。
 だがその光が貫く前に、二刀流の武士が立ちはだかって身代わりになった。。

 六武衆−ニサシ→破壊
 大助:手札3→4枚

「ありがとな。ニサシ……」
 カードを墓地へ送って、小さく礼を言う。六武衆の身代わり効果のおかげで、攻撃力の高いザンジが場に残せた。
 だが4体もいたモンスターは、残り1体になってしまった。
「おい武田。誰が協力しろなんて言ったよぉ」
「…………………」
「だんまりか。まぁいいか。手札は増えたしな」
「…………」
 さっきから武田の様子がおかしい。なんだか苛ついているようだ。
 まるで、広瀬に話しかけられるのが気に入らないような……。
「ボーっとしてんなよ! 罠カード"強欲な贈り物"を発動する!」
「……!」


 強欲な贈り物
 【通常罠】
 相手はデッキからカードを2枚ドローする。


 大助:手札4→6枚

 広瀬のカードによって、2枚だった手札が一気に6枚へ増強される。いつもなら手札が増えて嬉しいところだが、今の
状況でそんな感情は浮かんでこなかった。
「"反乱の起こる闇の世界"の効果発動だ!」
 広瀬が手をかざすと、フィールドに6本の矢が形成される。
 それらは一斉に放たれて、鋭い速さで俺の体に突き刺さった。

 大助:2350→1150LP

「ぐっ…ああぁ…!!」
 足下がふらついた。なんとか立て直して、広瀬を見据えた。
「まだまだ! "執念深き老魔術師"をリリースして"虚無魔人"をアドバンス召喚だ!」
 広瀬の場に、漆黒のマントを羽織る人型のモンスターが現れた。


 虚無魔人 闇属性/星6/攻2400/守1200
 【悪魔族・効果】
 このカードは特殊召喚できない。
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 モンスターを特殊召喚する事ができない。


「これでお前の得意な特殊召喚は封じたぜ」
「くっ……!」
 すべての特殊召喚を封じる悪魔。まさかここまで対策してくるなんて思わなかった。
 まずい。このままだと俺は――――。
「バトル! "虚無魔人"でザンジへ攻撃だぁ!」
 マントを羽織った悪魔が、その手に力を溜めた。
 そして薙刀を構える武士へ向けて、溜め込んだ闇の力を解き放った。
 武士は抵抗したが、無惨にもその力の塊に飲み込まれてしまった。

 六武衆−ザンジ→破壊
 大助:1150→550LP

「ぐっ!!」
「ははは! さっさと諦めろよぉ!」
「くっそ……!」
 これで残りのライフは550。あと一撃与えられただけでも、無くなってしまう数値になってしまった。
 だがまだ負けた訳じゃない。諦めるわけには、いかない。
「ちっ、まだ立つか。俺はこのままターンエンドだぜ。さぁ"裏取引の罠"の効果で4枚のカードを捨てて貰おうか」
「………」
 言われたとおり、俺は6枚の手札から4枚のカードを選んで墓地へ送った。
 一気に手札破壊をされたような感覚になって、嫌だった。(手札6→2枚)
「さぁ、お前のターンだぜ」
 再び余裕の表情で、広瀬はターンを終えた。

-------------------------------------------------
 大助:550LP           

 場:六武の門(永続魔法:武士道カウンター×2)
   伏せカード1枚            
                      
 手札2枚               
-------------------------------------------------
 広瀬:8000LP          

 場:反乱の起こる闇の世界(フィールド魔法)
   虚無魔人(攻撃)                   
                     
 手札1枚               
-------------------------------------------------
 武田:8000LP

 場:虐げられる闇の世界(フィールド魔法)
   裏守備モンスター1体       
   伏せカード1枚          
                     
 手札3枚
-------------------------------------------------

「私のターンだ。ドロー」(手札3→4枚)
 武田のターン。俺の場にモンスターはいない。
 もし何かモンスターを召喚されたら、まずいな。
「どうやら、終わりのようだな」
 そう言って武田は、カードをデュエルディスクに置く。
 フィールドに新たなモンスターが召喚された。


 ジェネティック・ワーウルフ 地属性/星4/攻2000/守100
 【獣戦士族】
 遺伝子操作により強化された人狼。本来の優しき心は完全に破壊され、
 闘う事でしか生きる事ができない体になってしまった。その破壊力は計り知れない。


「少年、君はよく頑張った。そろそろ休め」
 そう言って武田は、モンスターに攻撃宣言を下す。
 獣人のようなモンスターが、雄叫びをあげて襲いかかってきた。
 ……休めだと? ふざけんな。
「伏せカード発動!」
 俺の前に光の壁が現れて、獣人の攻撃を防いだ。


 ガード・ブロック
 【通常罠】
 相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
 その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
 自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 大助:手札2→3枚

「そうか、まだ粘るか」
「当たり前だろ」
「……………」
 武田は静かに目を閉じて、何か考え込むように黙り込んだ。
 1分のほどの静寂が、辺りを包み込んだ。
 今のうちに、わずかにでも体力を回復させたい。
「おい武田。はやくターンを終了しろよ」
 しびれをきらした広瀬が言った。
 くそ、さすがにそんな暇は与えてくれないか。
「少し待て。考えさせてくれ」
「馬鹿だなぁ。お前が考え込んでいる間に、相手に体力を回復されたら元も子もねぇんだ。どうせ相手には何も出来ねぇ
んだから、さっさとターンエンドしろよぉ」
「……貴様の方こそ、少年をなめすぎだ」
「あぁ?」
「………私はターンエンドだ」 
 武田は広瀬を無視して、ターンを終えた。

-------------------------------------------------
 大助:550LP           

 場:六武の門(永続魔法:武士道カウンター×2)            
                      
 手札3枚               
-------------------------------------------------
 広瀬:8000LP          

 場:反乱の起こる闇の世界(フィールド魔法)
   虚無魔人(攻撃)                 
                     
 手札1枚               
-------------------------------------------------
 武田:8000LP

 場:虐げられる闇の世界(フィールド魔法)
   ジェネティック・ワーウルフ(攻撃)
   裏守備モンスター1体       
   伏せカード1枚          
                     
 手札3枚
-------------------------------------------------

「俺のターン!」(手札3→4枚)
 4枚になった手札を見つめて、考える。
 広瀬の場に"虚無魔人"がいるかぎり、俺は特殊召喚ができない。ただでさえ召喚回数が制限してあるのに、特殊召喚
もできなければ、六武衆の力は半減してしまう。
 だったら、やることは一つだ。
「俺は手札から"六武衆−イロウ"を召喚する!」
 地面に描かれる黒い召喚陣。
 その中から、長刀を手に持った武士が姿を現した。


 六武衆−イロウ 闇属性/星4/攻1700/守1200
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−イロウ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 裏側守備表示のモンスターを攻撃した場合、ダメージ計算を行わず裏側守備表示のままそのモンスター
 を破壊する。このカードが破壊される場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いた
 モンスターを破壊することが出来る。


 六武の門:武士道カウンター×2→4

「所詮1700のモンスターだな。"虚無魔人"の攻撃力は越えられねぇ」
「それはどうかな?」
「なにぃ?」
「バトルだ! イロウで"虚無魔人"に攻撃!」
 長刀を構えた武士が、人型の悪魔へ向かって飛びかかった。
「馬鹿か!? いったい何を考えて――――!」
「ダメージステップに手札から速攻魔法"収縮"を発動する!」


 収縮
 【速攻魔法】
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターの元々の攻撃力はエンドフェイズ時まで半分になる。


 虚無魔人:攻撃力2400→1200

「これでイロウの攻撃力の方が上だ!」
 飛びかかった武士が、長刀を大きく振りかぶる。
 そして、体の大きさが半分ほどになってしまった魔人へ向けて刀を振り下ろした。

 虚無魔人→破壊
 広瀬:8000→7500LP

「ちぃ……!」
 広瀬の顔が、痛みでわずかに歪んだ。
 どうやらこんな簡単にモンスターがやられてしまうとは思っていなかったらしい。
「だから言っただろう? 少年をなめすぎだ」
「武田てめぇ!」
「怒るな。まだ少年のターンだ」
「てっめぇ……!」
 広瀬はギリギリと歯ぎしりを立てた。
 なにやら険悪なムードだ。もしかしたら二人は仲が悪いのかも知れない。いや、というより武田が広瀬達を嫌っている
ような感じがした。
 とにかく、今は俺にできる精一杯のことをするだけだ。
「メインフェイズ2に、"六武の門"からカウンターを4つ取り除いてデッキから"六武衆の師範"を手札に加える!」
 後ろにそびえる門が輝きを放って、仲間の武士を手札に呼び出した。(手札2→3枚)
「ちっ、面倒だな」
「そして手札に加えた師範を特殊召喚だ!」
 再び現れる隻眼の武士、後ろにある門も、光り輝く。


 六武衆の師範 地属性/星5/攻2100/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが相手のカード効果によって破壊された時、
 自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 「六武衆の師範」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。


 六武の門:武士道カウンター×0→2

 これで、なんとか体勢は立て直せたはずだ。
「俺はカードを2枚伏せて、ターンエンドだ!」

-------------------------------------------------
 大助:550LP           

 場:六武衆−イロウ(攻撃)
   六武衆の師範(攻撃)
   六武の門(永続魔法:武士道カウンター×2)            
   伏せカード2枚
                      
 手札0枚               
-------------------------------------------------
 広瀬:7500LP          

 場:反乱の起こる闇の世界(フィールド魔法)
                     
 手札1枚               
-------------------------------------------------
 武田:8000LP

 場:虐げられる闇の世界(フィールド魔法)
   ジェネティック・ワーウルフ(攻撃)
   裏守備モンスター1体       
   伏せカード1枚          
                     
 手札3枚
-------------------------------------------------

「俺のターン!」(手札1→2枚)
 広瀬はカードを引く。
 少し苛立つような様子を見せて、俺を睨み付けてきた。
「さすがに"虚無魔人"を処理したのは驚いたが、所詮、運が良かっただけだ!」
「そうかよ」
 運だろうが実力だろうが、どっちでもいい。
 今の俺の手札は0。広瀬の"反乱の起こる闇の世界"の効果は、相手に手札がないと効果を発揮しない。
 とりあえず、このターンは安心なはずだ。
「てめぇなんかに、俺は負けるはずがねぇ!」
 叫ぶように言った後、広瀬はデュエルディスクにカードを叩きつけた。
「"悪魔の調理師"を召喚する!」
 広瀬の場に、大きな包丁を持ち、コック帽を被った悪魔が現れた。


 悪魔の調理師 闇属性/星4/攻1800/守1000
 【悪魔族・効果】
 このカードが相手に戦闘ダメージを与えた時、
 相手はデッキからカードを2枚ドローする。


 ダメージを与えるたびに相手にカードをドローさせるモンスター。
 もしあのモンスターにダメージを加えられたら、闇の世界の効果が使われてしまう。
「さらに手札から"黒いペンダント"を装備する!」


 黒いペンダント
 【装備魔法】
 装備モンスターの攻撃力は500ポイントアップする。
 このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
 相手ライフに500ポイントダメージを与える。


 悪魔の調理師に、ペンダントが装着された。
 不思議な力を宿した装飾品が、調理師の力を増幅させる。

 悪魔の調理師:攻撃力1800→2300

「これが通ればお前のライフは0だ。仮に戦闘ダメージを半減できても、"悪魔の調理師"の効果でカードを引かせ、俺の
"反乱の起こる闇の世界"の効果を発動させれば終わりだぁ!」
 笑いながら、広瀬は勝利を宣言した。
「バトルだ! イロウへ攻撃!」
 悪魔が笑いながら、大きな包丁を武士へ向ける。
 そんな単調な攻撃を通すわけないだろ。
「伏せカード発動だ!」
 カードを開いた瞬間、襲いかかってきた悪魔の体が砕け散った。
「なにぃ!?」


 炸裂装甲
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 その攻撃モンスター1体を破壊する。


「これでその攻撃は封じたぞ」
「ちっ! だがまだだ! "黒いペンダント"の効果で、お前に500ポイントのダメージを与える!」
 破壊された悪魔の装飾品が、異様な光を放った。
 その光は一つにまとまり、一気にこっちへ向かってきた。
「ぐあぁ!!」

 大助:550→50LP

 膝が崩れかけた。
「大助!!」
「くっ…そ……」
 まだだ。まだ倒れるな。
「ははは! 苦しそうだなぁ!」
「くっ!」
「さっさと諦めてサレンダーしちまいな! 俺はターンエンドだ!!」

-------------------------------------------------
 大助:50LP           

 場:六武衆−イロウ(攻撃)
   六武衆の師範(攻撃)
   六武の門(永続魔法:武士道カウンター×2)            
   伏せカード1枚
                      
 手札0枚               
-------------------------------------------------
 広瀬:7500LP          

 場:反乱の起こる闇の世界(フィールド魔法)
                     
 手札0枚               
-------------------------------------------------
 武田:8000LP

 場:虐げられる闇の世界(フィールド魔法)
   ジェネティック・ワーウルフ(攻撃)
   裏守備モンスター1体       
   伏せカード1枚          
                     
 手札3枚
-------------------------------------------------

「私のターン、ドロー」(手札3→4枚)
 武田のターンだ。なんだかんだで、実はこいつが一番危険かも知れない。
 いつも冷静に戦況を見ているし、なによりどんなデッキかまだ分からない。
「少年、よく頑張るな。そうまでして朝山香奈様を守りたいか?」
 武田は静かに尋ねてきた。
 俺は少し振り返る。香奈は不安そうな表情で星のペンダントを握りながら、少しでも心を落ち着かせようとしているよ
うだった。
 武田に視線を戻して、答える。
「当たり前だ」
「な、ば、馬鹿! こんな時に何いってんのよ!」
「……そうか……」
 武田は一瞬、悲しそうな表情を見せた。
「おい武田ぁ! はやくトドメをさしやがれ!」
 広瀬が叫ぶ。武田は、わずかに悲しみを含んだ瞳を俺に向けて言った。
「バトル! "ジェネティック・ワーウルフ"でイロウへ攻撃!」
 獣人が襲いかかってくる。
 これが通れば、俺は負ける。通すわけにはいかなかった。
「伏せカード発動!!」
 獣人が飛びかかってきた。同時に俺の前に、聖なる壁が現れた。


 聖なるバリア−ミラーフォース−
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。


 相手の攻撃はその壁に弾かれる。さらに壁自体から光が放たれて、武田のモンスターを襲った。

 ジェネティック・ワーウルフ→破壊

「2枚も迎撃カードを伏せていたのか」
「これで、このターンの攻撃は防げたな」
 もちろんあくまで攻撃だけだ。まだ相手は通常召喚していないし、手札もかなりある。
 対する俺には伏せカードはない。手札もない。もし何かされても、それを防ぐ術は……ない。
「私は………」
 武田は手札に手をかける。
 頼む。効果ダメージを与えるのだけは止めてくれ。
「……モンスターをセットして、ターンエンドだ」
 武田は、モンスターをセットするだけでターンを終えた。
「ふぅ」
 そっと胸をなで下ろした。
 だが、危機的な状況であることに変わりはない。
「少年……」
「なんだ?」
「……いや、なんでもない」
 武田はそう言って、腕時計を見つめた。
 いったい、何を言おうとしたんだ?
「おいお前! ボーっとしてんじゃねぇ! お前のターンだ!」
 広瀬が怒鳴った。
 たしかに、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
「俺のターン!」
 必ずこの決闘に勝って、香奈を守る。
 その決意と共に、俺はカードを引いた。






episode14――そして物語はあの日へと――

 今にも雨が降りそうな天気だった。

 秋の天候特有のものか、それとも偶然か、黒い雲が空一面を覆っている。

 辺りを包み込む闇の空間で、俺はフィールド全体を見つめながら大きく深呼吸した。


-------------------------------------------------
 大助:50LP           

 場:六武衆−イロウ(攻撃)
   六武衆の師範(攻撃)
   六武の門(永続魔法:武士道カウンター×2)            
                      
 手札0枚               
-------------------------------------------------
 広瀬:7500LP          

 場:反乱の起こる闇の世界(フィールド魔法)
                     
 手札0枚               
-------------------------------------------------
 武田:8000LP

 場:虐げられる闇の世界(フィールド魔法)
   裏守備モンスター2体       
   伏せカード1枚          
                     
 手札3枚
-------------------------------------------------


 六武衆−イロウ 闇属性/星4/攻1700/守1200
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−イロウ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 裏側守備表示のモンスターを攻撃した場合、ダメージ計算を行わず裏側守備表示のままそのモンスター
 を破壊する。このカードが破壊される場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いた
 モンスターを破壊することが出来る。


 六武衆の師範 地属性/星5/攻2100/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが相手のカード効果によって破壊された時、
 自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 「六武衆の師範」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。


 六武の門
 【永続魔法】
 「六武衆」と名のついたモンスターが召喚・特殊召喚される度に、このカードに武士道カウンターを2つ置く。
 自分フィールド上の武士道カウンターを任意の個数取り除く事で、以下の効果を適用する。
 ●2つ:フィールド上に表側表示で存在する「六武衆」または「紫炎」と名のついた
 効果モンスター1体の攻撃力は、このターンのエンドフェイズ時まで500ポイントアップする。
 ●4つ:自分のデッキ・墓地から「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 ●6つ:自分の墓地に存在する「紫炎」と名のついた効果モンスター1体を特殊召喚する。


 反乱の起こる闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 1ターンに1度、相手の手札の数×200ポイントダメージを
 相手ライフに与えることができる。


 虐げられる闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 各プレイヤーはモンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚を
 1ターンに合計2回までしか行う事ができない。


「俺のターン! ドロー」(手札0→1枚)
 状況はかなり悪い。ライフポイントは残り50。どんなに小さなダメージを受けても0になってしまう。しかも六武衆
デッキの切り札である"究極・背水の陣"や"神極・閃撃の陣"は、実質的に発動できない状態だ。
 相手のライフは合わせて15500ポイント。いくらなんでも厳しすぎる。
 とにかく、今の場と手札で戦うしかない。
「手札から"六武衆の御霊白"を召喚する!」
 

 六武衆の御霊代 地属性/星3/攻500/守500
 【戦士族・ユニオン】
 1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに装備カード扱いとして自分フィールド上の「六武衆」と
 名のついたモンスターに装備、または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
 この効果で装備カード扱いになっている場合のみ、装備モンスターの攻撃力・守備力は500ポイント
 アップする。装備モンスターが相手モンスターを戦闘によって破壊した場合、自分はカードを1枚ドロー
 する。(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで、装備モンスターが破壊される場合は、
 代わりにこのカードを破壊する。)


 六武の門:武士道カウンター×2→4

「俺は御霊白をイロウにユニオンする!」
 鎧だけのモンスターが分離して、長刀を構えた武士の身を纏う。
 強力な武具を手に入れて、武士はさらにその力を上げた。

 六武衆の御霊白→イロウへユニオン。
 六武衆−イロウ:攻撃力1700→2200 守備力1200→1700

「バトルだ! 広瀬に直接攻撃!」
 武士達が一斉に斬りかかる。場に何もない広瀬はその攻撃をもろに受けた。
「がああああああ!!」

 広瀬:7500→5400→3200LP

「ちぃ…てめぇ……!」
 これで、相手のライフは合わせて11200。まだまだあるが、だいぶ先が見えてきた。
 このまま何もなければ、勝てる……はずだ。
「いい加減、諦めろよ。たった50のライフで、てめぇが勝てるわけねぇだろ! 女も、さっさと負けてくれるように頼
めよ」
「うるさい! 大助は勝つわよ! 絶対に、勝ってくれる!!」
 香奈が叫ぶように言った。
 けどその中に、かなりの不安が込められているのが感じ取れた。
「……ターンエンド」


 そして、広瀬のターン。


「俺のターン!! ドロー!!」(手札0→1枚)
 広瀬はカードを引く。
 いったい、何を引いた? もしあのカードが、相手にドローさせるカードだったら負けてしまう。
「…………ちっ! 俺はターンエンドだ」
「……!」
 よし、使えないカードだったみたいだ。
 これで次のターン、武田が何か行動しなければ広瀬を倒せる!
「おい武田ぁ! てめぇなんとかしろよ! じゃねぇと俺がやられちまうからなぁ!」
「………………」
 武田は、答えなかった。


 そしていよいよ武田のターン。


「私のターン、ドロー」(手札3→4枚)
 武田はカードを引くと、腕時計を見ながら考え込んだ。
 さっきから何を考えているんだ?
「私はこのままターンエンドだ」
「……! 武田ぁ!!」

-------------------------------------------------
 大助:50LP           

 場:六武衆−イロウ(攻撃)
   六武衆の師範(攻撃)
   六武の門(永続魔法:武士道カウンター×4)            
   六武衆の御霊白(イロウにユニオン)
                      
 手札0枚               
-------------------------------------------------
 広瀬:3200LP          

 場:反乱の起こる闇の世界(フィールド魔法)
                     
 手札1枚               
-------------------------------------------------
 武田:8000LP

 場:虐げられる闇の世界(フィールド魔法)
   裏守備モンスター2体       
   伏せカード1枚          
                     
 手札4枚
-------------------------------------------------

「俺のターン!! ドロー!!」(手札0→1枚)
 武田の方は分からないが、広瀬は完全に息切れしている。
 倒すなら、今しかない!!
「手札から"六武衆の露払い"を召喚する」
 

 六武衆の露払い 炎属性/星3/攻1600/守1000
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上にこのカード以外の「六武衆」と
 名のついたモンスターが表側表示で存在する場合に発動する事ができる。
 自分フィールド上に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体をリリースする事で、
 フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する。


 六武の門:武士道カウンター×4→6

「さらに"六武の門"に乗っているカウンターを6個取り除いて、墓地から"大将軍 紫炎"を特殊召喚だ!」
 門が大きく輝き、墓地に眠る将軍を呼び起こす。
 将軍は刀を構えて、先程と変わらぬ闘志を見せた。

 六武の門:武士道カウンター×6→0
 大将軍 紫炎→特殊召喚(攻撃)

「バトルだ! 師範と紫炎で広瀬へ攻撃だ!!」
「くっ! 武田ぁ!!!」
 隻眼の武士と将軍の刃が、広瀬へ襲いかかった。
「ぐああああああああああ!!」

 広瀬:3200→1100→0LP

 悲鳴と共に、広瀬の身につけていた黒い結晶が砕け散った。
 そして相手は地面に倒れ込み、動かなくなった。

 これであとは、武田1人だけだ。

「メインフェイズ2に、"六武衆の露払い"の効果を発動する!」
 相手の場に、モンスターを残しておく訳にはいかない。
 もしあれが"マシュマロン"のような攻撃をトリガーにしてダメージを与えるモンスターだったら、どうしようもない
からだ。だが露払いの効果を使えば、そんなのに関係なく、問答無用で破壊できる。
「俺はイロウと露払い自身をリリースして、お前の裏守備モンスターを2体破壊する!」
 露払いとイロウの体が光の刃に変化して、武田の場のモンスターを切り裂いた。

 六武衆の露払い→墓地
 六武衆−イロウ→墓地
 六武衆の御霊白→墓地
 シールド・ウイング→破壊
 ヴォルカニック・ラット→破壊


 シールド・ウィング 風属性/星2/攻0/守900
 【鳥獣族・効果】
 このカードは1ターンに2度まで、戦闘では破壊されない。


 ヴォルカニック・ラット 炎属性/星1/攻500/守500
 【炎族】
 灼熱の火山地帯に生息するネズミの変種。どんな暑さにも耐えられる体を持っている。


「なんだ、そのモンスターは……?」
 "シールド・ウイング"がデッキに入っているのはまだ分かる。だが、どうして"ヴォルカニック・ラット"を入れておい
たんだ? いったい、武田のデッキは何なんだ? 特別なコンボや、強いカードがあるわけでもないし、まるで統一性が
ない。本気でこの決闘に勝つ気でいるのか……?
「少年、どうするんだ?」
 武田は静かに言った。
「……ターンエンド」

-------------------------------------------------
 大助:50LP           

 場:六武衆の師範(攻撃)
   大将軍 紫炎(攻撃)
   六武の門(永続魔法:武士道カウンター×0)            
                      
 手札0枚               
-------------------------------------------------
 武田:8000LP

 場:虐げられる闇の世界(フィールド魔法)
   伏せカード1枚          
                     
 手札4枚
-------------------------------------------------

「私のターン、ドロー」(手札4→5枚)
 武田はカードを引くと、すでに行動を決めていたかのようにカードに手をかけた。
「私は手札から"暗黒の扉"を発動する」


 暗黒の扉
 【永続魔法】
 お互いのプレイヤーはバトルフェイズにモンスター1体でしか攻撃する事ができない。


「これで、少年は1ターンに1度しか攻撃できなくなった」
「そうかよ」
 いまさら攻撃回数なんか気にしていない。
 むしろ一番気になるのは武田のデッキの方だ。
 いったい、何が目的のデッキなんだ?
「私はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ」
 今度はモンスターを出さずに、ターンを終えた。
 モンスターで守備を固めたり、召喚回数や攻撃回数を制限したり……本当に、何を狙っているんだ?
「どうした、君のターンだ」

「…………分かってる。俺のターン、ドロー!」(手札0→1枚)
 引いたカードを確認して、すぐさまバトルフェイズに入った。
「バトルだ! 紫炎で直接攻撃!!」
 炎を宿した刀が、武田を斬りつけた。
「ぐぅ……!」
 
 武田:8000→5500LP

 胸を押さえて、武田は苦しそうに膝をついた。
 だがすぐに立ち上がって、デュエルディスクをしっかりと構えなおした。
「これしき……お嬢様を……救うためなら……!」
「……? いったい誰のことだ?」
「少年、君に答える必要はない」
「……そうか。俺はカードを1枚伏せる」
「待て、このカードを発動しておくぞ!」
 そう言って武田は、カードを開いた。


 血の代償
 【永続罠】
 500ライフポイントを払う事で、モンスター1体を通常召喚する。
 この効果は自分のメインフェイズ時及び
 相手のバトルフェイズ時にのみ発動する事ができる。


「"血の代償"……」
「疑問に思うのも、無理はない。だがすぐに、どういう意味か分かるだろう」
「……俺は、ターンエンドだ」

-------------------------------------------------
 大助:50LP           

 場:六武衆の師範(攻撃)
   大将軍 紫炎(攻撃)
   六武の門(永続魔法:武士道カウンター×0)            
   伏せカード1枚
                      
 手札0枚               
-------------------------------------------------
 武田:8000LP

 場:虐げられる闇の世界(フィールド魔法)
   暗黒の扉(永続魔法)
   血の代償(永続罠)
   伏せカード1枚          
                     
 手札3枚
-------------------------------------------------

「そろそろ……時間だ……」
 ポツリと、武田はそう呟いた。
 時間? いったい、何のことだ?
「私のターン、ドロー」(手札3→4枚)
 武田は、その悲しみを含んだような目をこっちに向けた。
「少年、君に、謝っておこうと思う」
「なんだと?」
「……私は手札から"炎を支配する者"を召喚する」
 武田が初めて、攻撃表示でモンスターを出した。


 炎を支配する者 炎属性/星4/攻1500/守1600
 【炎族・効果】
 炎属性モンスターをアドバンス召喚する場合、
 このモンスター1体で2体分のリリースとする事ができる。


「2体分のリリースになるモンスター!?」
「そうだ。そして私は、"血の代償"の効果で500ライフポイントを払う。"血の代償"はすでに発動済みだ。ゆえにこの
効果は紫炎の魔法・罠の制限回数としてカウントされない」
「……!」
 紫炎の欠点を突かれてしまった。たしかに武田の言うとおり、紫炎はすでに発動しているカードの効果を制限すること
はできない。まさか、こんな簡単に見破られるなんて……。
 武田の体から、赤い光が流れた。

 武田:5500→5000LP

 そして手札のカードを、勢いよくデュエルディスクに叩きつけた。
「現れろ!! "ヘルフレイムエンペラー"!!」
 炎が燃えさかった。膨大な炎の中から、炎の力を扱う皇帝が、現れる。
 その姿は炎の化身を想像させて、フィールドを圧巻した。


 ヘルフレイムエンペラー 炎属性/星9/攻2700/守1600
 【炎族・効果】
 このカードは特殊召喚できない。
 このカードがアドバンス召喚に成功した時、
 自分の墓地に存在する炎属性モンスターを5体までゲームから除外する事ができる。
 この効果で除外したモンスターの数だけ、フィールド上に存在する魔法・罠カードを破壊する。


「"ヘルフレイムエンペラー"が召喚に成功したので、私は墓地から"ヴォルカニック・ラット"と"炎を支配する者"を除外
して、私の場にある"血の代償"と、君の場にある"六武の門"を破壊する!!」
 炎の皇帝が、その両手に炎を溜め込んだ。
 そして俺と武田の場に一発ずつ、炎の弾を放つ。高温の炎は、俺と武田のカードを焼き尽くした。

 六武の門→破壊
 血の代償→破壊

「くっ!」
 破壊されたことによる衝撃が伝わってきた。
 たしかに強力な力だ。だが、どうして……
「どうして俺の伏せカードを狙わなかった?」
「少年の伏せカードは分かっている。おそらく"和睦の使者"だろう?」
「そうだと思うなら、なおさら――――!」
「そうだな。だが、さっきも言っただろう? 君に、謝っておくと。今の行動は、わずかながらの謝罪だ。そして、断言
しよう。このターン、その伏せカードを使わないと君は負ける」
「……!」
 武田の表情から、はったりじゃないことが分かった。
 ただでさえ"ヘルフレイムエンペラー"の攻撃力はこっちを上回っているのに、いったい何をするつもりなんだ?
「見せてあげよう。私が、お嬢様から授かったカードを……」
 武田はゆっくりと、デュエルディスクにカードを差し込んだ。
 すると突然、地面から無数の小さな光の粒が現れた。
 光の粒は地面だけじゃなく、辺りの空間すべてに広がる。
 輝かしい光の粒が広がる様子は、まるで星の世界にいるような感じがした。
「な、なに、これ……綺麗……」
 香奈から感嘆の声が漏れる。俺も、思わず見とれてしまった。
「意識をそらすな、少年」
 武田の言葉で我に返る。再び意識を、相手に向けた。
「いったい、何をした?」
「魔法カード、"煌(きら)めく星の光"を発動したのだ」
 武田は発動したカードを見せつけた。


 煌めく星の光
 【通常魔法】
 このカードの発動時までに破壊されたカードの数まで、相手モンスターを選択する。
 自分のモンスター1体の攻撃力はエンドフェイズ時まで、
 選択したモンスターの合計の攻撃力分アップする。


「"ヘルフレイムエンペラー"の効果によって、私はこのターン2枚のカードを破壊した。よって私は君の場にいる将軍
と隻眼の武士を選択する!! そして君のモンスターの攻撃力は、私のモンスターに加算される!!」
「なっ…!?」
 フィールドに煌めく無数の光が、炎の皇帝の体へと集まっていく。
 光の力を手に入れて、炎の皇帝の体は眩い光を放った。

 ヘルフレイムエンペラー:攻撃力2700→4800→7300

「攻撃力7300!?」
 あの"F・G・D"も越える攻撃力を、こんな簡単に叩き出したって言うのか!?
 これをまともに受ければ、ひとたまりもない。
「バトルだ!! 紫炎に攻撃!!」
 膨大な炎を集中させ、炎の皇帝は将軍へ向けて解き放つ。
 熱気を帯びる巨大な炎の塊が、こっちへ向かってくる。
「くっ! 伏せカード発動だ!!」
 たまらず、カードを開いた。


 和睦の使者
 【通常罠】
 このカードを発動したターン。相手モンスターから受けるすべての戦闘ダメージを0にする。
 このターン自分のモンスターは戦闘によって破壊されない。


 光の壁が出現して、炎の皇帝が放った攻撃を受け止めた。
 だが攻撃による衝撃が体に響き、ちゃんと踏ん張らないと吹き飛ばされてしまいそうだった。
「やはり"和睦の使者"だったか」
 炎を放つ皇帝は、諦めたように攻撃を止めた。
「……悪かったな」
 完全に読まれていた。だがとりあえず、このターンの攻撃は防げた。
 やれやれ、危なかったな。
「少年、どのみち君の危機であることに変わりはないぞ」
「…………」
 言われなくても分かっている。
 このターンのエンドフェイズ時に"ヘルフレイムエンペラー"の攻撃力は元に戻る。
 だがその攻撃力は2700。紫炎じゃわずかに届かない。
 次のターンに何とかしなければ、俺は負けてしまう。
「さぁ少年。この決闘で、私の”最後のターンエンド”だ」 
 武田のエンド宣言と共に、炎の皇帝の体は眩い光を失った。

 ヘルフレイムエンペラー:攻撃力7300→2700

-------------------------------------------------
 大助:50LP           

 場:六武衆の師範(攻撃)
   大将軍 紫炎(攻撃)
                      
 手札0枚               
-------------------------------------------------
 武田:8000LP

 場:虐げられる闇の世界(フィールド魔法)
   ヘルフレイムエンペラー(攻撃)
   暗黒の扉(永続魔法)
   伏せカード1枚          
                     
 手札1枚
-------------------------------------------------

「俺のターン……」
 デッキの上を見つめる。
 このドローで何か引けなければ、俺は負ける。

 大きく息を吐いて、後ろを振り返った。
「香奈……多分、このターンが最後だと思う」
「……そうね。ちゃんと勝ちなさいよ! 明日は体育の授業があるんだから!!」
「ああ」
 前に向き直り、もう1度デッキの上を見つめる。
 これがおそらく最後のドローだ。
 頼む、俺のデッキ……この決闘に勝つ力を、貸してくれ……!!

「ドロー!!」(手札0→1枚)

 引いたカードが白い光を放ち、闇の世界を照らす。
 そして同時に、勝利を確信した。

「手札から"先祖達の魂"を召喚する!」
 俺のフィールドに、無数の青白い光が現れた。


 先祖達の魂 光属性/星3/攻0/守0
 【天使族・チューナー】
 このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時に自分フィールド上と手札に他のカードが無い
 場合、自分の墓地から「大将軍紫炎」1体を表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
 ただし、この効果で特殊召喚したカードの効果は無効となり、攻撃力・守備力は0になる。


「それが少年の白夜のカードか……」
「そうだ。行くぞ! レベル7の"大将軍 紫炎"に、レベル3の"先祖達の魂"をチューニング!!」
 青白い光が、将軍の体に入り込んでいく。
 その身に纏う甲冑はより硬くなり、その手に持つ刀はより鋭く変化した。
「シンクロ召喚! 現れろ! "大将軍 天龍"!!」


 大将軍 天龍 炎属性/星10/攻3000/守3000
 【戦士族・シンクロ/効果】
 「先祖達の魂」+「大将軍 紫炎」
 1ターンに1度だけ、デッキ、手札または墓地から「六武衆」と名のついたモンスターカード1種類
 すべてをゲームから除外することができる。この効果で除外したモンスターの属性、攻撃力、守備力、
 効果を、相手ターンのエンドフェイズ時までこのカードに加える。
 この効果で得た効果は、他に「六武衆」と名のついたモンスターが存在しなくても発動できる。


「……!」
 天龍の姿を見て、武田は険しい表情になった。
「さすが、この局面で出せるとは……」
「まぁな」
 いつもピンチの時に手札に舞い込んでくれるんだ。
 白夜のカードだからなのかは分からないが、本当に助かる。
「少年、本当に見事だよ」
 武田は険しい表情を崩さずに言った。







「大助」

 香奈が不安そうな表情で、呼びかけてきた。
 俺は振り返って、少しでも安心させるために笑顔を見せた。
「大丈夫だ」
 そう告げて、武田へと意識を戻した。
「天龍の効果発動! デッキ、墓地から"六武衆−ニサシ"をすべて除外し、その能力を付加させる!」
 俺のデッキから緑色の光が放たれて、天龍の刃に纏った。
 巨大な刀が、風の力を宿した二本の小太刀へと変化した。

 六武衆−ニサシ→除外
 大将軍 天龍:攻撃力3000→4400 守備力3000→3700 炎→炎+風属性

 これで天龍は2回攻撃の能力を得た。"暗黒の扉"は攻撃するモンスターの数は制限できても、攻撃回数まで制限する
ことは出来ない。天龍の攻撃力は4400。ヘルフレイムエンペラーの攻撃力は2700だ。2回連続で攻撃できれば
武田のライフは0になる。
 このサバイバル決闘に、勝利することが出来る!!
「これで……終わりだ!」
 バトルフェイズに入る。天龍が二つの小太刀を構えて、斬りかかった。

 勝った!


「……少年、すまない……」


 武田の静かな声が、聞こえた。
「伏せカード、発動」
 そしてゆっくりと開かれたカード。

 それは――――








 火霊術−「紅」
 【通常罠】
 自分フィールド上に存在する炎属性モンスター1体をリリースする。
 リリースしたモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。








 ―――”最悪”のカードだった。

「"ヘルフレイムエンペラー"をリリースして、2700ポイントのダメージを、君に与える

「"火霊術−「紅」"……だと……!? な、なんで……!」
 どうして今までそのカードを使わなかったんだ? そのカードは最初のターンから伏せられていたものだったはずだ。
しかも武田の場には、炎属性である"ヴォルカニック・ラット"がずっと存在していた。その気になれば、いつでも発動し
て俺のライフを0に出来たはずだ。
 それなのに、どうして……どうしてこの場面で……!?
「だから言っただろう。少年には謝っておこう……と……」
「な、なに……?」
「少年、君は広瀬や久保と同じように、ずっと本気で戦っていたのだろう。だが私は違うのだ。もう分かっていると思う
が、私はいつでも君を倒せる状態だった。だがすぐに倒しても、おそらく少年は必死で朝山香奈様を逃がそうとするだろ
う。だから私は、朝山香奈様を”確実に連れて行くため”の時間を稼いだのだ」
「時間?」
 いったい、何を……言っているんだ?



「よぉ武田ぁ、やってんじゃねぇかぁ」



 新しい声。どこか、不気味な声だった。
「……少年、紹介しよう。この方が、北条(ほうじょう)牙炎(がえん)様だ」
 そうして武田が指し示す方には、金髪の男が立っていた。
 ツンツンとした髪型に、耳には金色のピアスまで付けている。そして人を見下すような視線と態度。
 第一印象は、都会にいそうなチャラい男性という感じだった。
「あぁ? もう終わりかぁ……とっとと決めろ」
 牙炎は、俺に見向きもせずに言った。
「はい」
 武田は小さく頭を下げた。
 カードの力によって、炎の皇帝の体のすべてが、炎に変わった。
 天龍の振った刃は空を斬り、炎の塊はモンスターを飛び越えて一直線へ俺に向かってくる。

 防ぐための手札はない。

 防ぐためのカードもない。

 俺はその向かってくる炎を、ただ見つめることしかできなかった。

「ぐあああああああああああああ!!!!」




 大助:50→0LP



 俺のライフが0になる。



 そして決闘は、終了した。








「ぁ……ぁっ……!」
 膝から力が抜ける。
 全身を炎で焼き尽くされるかのような感覚を受けて、俺はそのまま地面に倒れた。
「大助ぇ!!」
 香奈の叫び声が聞こえた。
 一瞬だが、視界が霞んだ。
「残念ですが、終わりです」
 新たな声。しかも気配から察するに1人だけじゃない。
 他にも複数人いるように思えた。
「そんな……嫌よ……! 離しなさいよ……!」
「それはできません」
「大助!! 起きなさいよ、大助ぇ!!」
 香奈の叫ぶ声が聞こえた。
 普段の香奈なら、真っ先に駆け寄ってくるはずなのに、そうしてこない。
 おそらく、牙炎と共に新たに現れた男達に取り押さえられているのだろう。
 これが武田の狙いだったのか……!! わざと決闘で時間を稼いで、仲間が来るのを待っていたんだ。
 もともと武田は、俺達をここから逃がすつもりはなかったらしい。
 くそ、はめられた。まんまと、罠に引っ掛かってしまったのか……!
「大助! 大助! 起きて!! 起きなさいよ!」
 少しずつ香奈の声が遠ざかっていく。
 香奈に、いったい何をするつもりだ。動け! 動けよ俺の体! ここで立ち上がらないで、いつ立ち上がるんだ。
 このままじゃ香奈が、武田達に連れ去られてしまうだろ。分かってんなら、立てよ! 香奈を守るんだろ……!!
 全身に力を入れた。少しだけ動かしただけでも、かなりの痛みを体が訴えた。
 だが今はそんなこと、気にしている場合じゃなかった。
「うっ……くっ……」
 全身の力を振り絞って、ゆっくりと立ち上がった。
 後ろを見ると、香奈が男達に引っ張られながら俺の名前を呼んでいる。
 呼吸も乱れている状態でも、出来るだけ声を張り上げた。

「待て……」

「……!!」
 全員の視線が、こっちに向いたのが分かった。
 少しずつ、足を前に出した。
「そいつを……どうする気だ……!」
 俺を殺そうとしたり、サバイバル決闘をしたり、トドメを刺せるのにわざわざ時間稼ぎをしたり……。
 ここまでして、香奈と白夜のカードを必要とする目的って何だ?
「…………………」
 男達は黙ったまま動きを止めて、俺を見つめている。香奈も目を大きく見開いて、何も言わなかった。
「一体……お前達の目的は何だ!」 
 依然として、男達は答えない。
「答えろ! そいつを―――」


 パンッ!


 乾いた音が、鳴った。


「少年……すまない……」
 武田の手に、何か黒い物が握られていた。
 まさかあれは、拳銃……か?
 不意にふらついた。見ると、なぜか胸の位置に赤い液体が滲んでいた。
 ……そんな馬鹿な。傷はコロンに塞いで貰ったし、血が出ることなんてありえない。
 じゃあ……どうして……?

 視界が霞んだ。
 体から、力が抜けていく。
「大助ぇ!!」
「か、香奈……!」


「うっせぇなぁ」


 牙炎の声。振り返った瞬間に、殴られた。
「ぐっ…!」
 体勢が崩れる。なんとか、踏みとどまった。
「おい、貸せ」
 武田が、手に持った銃を牙炎に投げ渡す。
 カチャリという不気味な音を出して、牙炎は銃口をこっちに向けた。
「さっさと死ね」
 数回の銃声が、鳴った。
 俺の腹部と肩の位置に、真っ赤な色をした液体が滲んだ。
 まさか俺は、撃たれたのか?
 足が力を失う。体が勝手に、地面に倒れてしまった。
 なんでだ? どうして力が入らないんだ……? どうしてうまく体が動かないんだ……?
「ひゃはは」
 牙炎の笑い声が聞こえた。そして同時に、数回の銃声が鳴った。
「こんだけやりゃあ十分だろ。おい、連れてけ」
「……了解しました」
 連れて……行く……? 香奈を……どこに連れて行く気だ……。
 勝手に話を進めるな……。目的も……何も語らずに……終わらせようとするな……!

「お待ち下さい」

 武田の声だった。
「あん?」
「しばし、少年と別れの時間をさしあげてはいかがでしょうか」
「んなことする必要ねぇだろ。てめぇはいちいちくだらねぇこと気にすんだな」
「ですが………」
「………ったく、分かったよ。やりゃあいいんだろやりゃあ」

「大助! しっかりしなさいよ!」
 香奈が寄ってきた。大声で、何度も呼びかけられる。
 どうしてそんなに必死なんだ? 薫さんも言っていただろ。闇の決闘に負けても、負傷するぐらいで済むって。たしか
に撃たれたが、あまり痛くないし……こんなの休めば……………すぐに…………。
「起きてよ……大丈夫だって……言ってよ…」
 そうだな。せめて、起きないとな。
「うっ………」
 体を動かそうとしたが、力が入らなかった。
 倒れた状態から、少しも動けなかった。
「……ごめん………本当に……ごめん……」
 何を謝っているんだ。そんな弱々しい声で、謝るなよ。お前は謝るようなことをしていない。謝らなきゃいけないのは
俺の方だ。武田が時間稼ぎをしようとしていることくらい、冷静になって考えれば分かったはずだ。それなのに、サバイ
バル決闘の方にばかり集中して、まんまと罠にかかってしまった。そしてこんな状況になってしまった。
 だから、謝らなきゃいけないのは、俺の方だろ。
「私が最初から従っていれば……こんなことに……」
「ちがう……」
 まさか、俺が撃たれたことに責任を感じているのか? だったらなおさら違うぞ。こいつらはもともと――――
「……これ……返すね……」
 香奈が俺に何かを握らせた。よく見えなかったが、手の感触でそれが星のペンダントだと認識できた。
「知ってる? これ、本当に願いを叶えてくれるのよ。だから、本気でお願いすれば、きっと助かるわ」
「……!」
 まさか、香奈……お前……!! 
「じゃあ、行ってくるね」
「っ……!!」
 全身に残った力を、右手に込める。
 立ち上がろうとする香奈の腕を、掴んだ。
「ふざ……けんな……!」
「え……」
「こんなやつらについていくことなんて……ねぇだろ!!」
 冷静になって考えろ。こいつらは、目的のためなら人を殺そうとしたり、平気で銃を撃ってくる奴らなんだぞ。そんな
奴らについていったら、何をされるか分からないだろ!
「行ってくる…だと……? 勝手にサヨナラするなよ……………俺は、お前と――――」


「時間切れだ」


 右手に激痛が走った。牙炎の足に踏みつけられたからだ。
「っ……!」
「おら! おら! おらっ!」
 容赦ない蹴りが、何度も腹部に入れられる。鉄の味がした。
 抵抗する力も、防御する力も残っていなくて、俺はただ蹴られるしかなかった。
「やめて!!」
 香奈が叫んだ。
「やめて……だぁ?」
「……やめて……言うとおりに……するから……」
 ここから見える香奈の腕が、震えていた。
「どこでも、行くわよ……連れてっていいわよ……。抵抗も………しないから………だから……」
「あぁ?」
「だから、だから……! もうこれ以上、大助を傷つけないで!!
 香奈が懇願するように、叫んだ。
「……ちっ」
 牙炎の舌打ちが聞こえた。そして、蹴りも止まった。
「つれてけ」
 香奈が立ち上がって、男達に連れて行かれる。
 待て。まだ、話は、終わってないだろ。
「弾が一発残ってんなぁ……」
 牙炎の不気味な声が、やけに大きく聞こえた気がした。
 頭に、何か硬い物が押しつけられた。
 そして――――


 パンッ! という音が鳴った。


「嫌ぁ!! なんでよ!? やめてって言ったのに……!!」
「うっせぇんだよぉ!!」
 鈍い音が聞こえた。同時に、香奈の声が聞こえなくなった。
「手が滑っちまったんだから、しょうがねぇよなぁ? ひゃはははは!!」
 牙炎の狂った笑い声が、聞こえた。



 全身から力が抜けていく。
 目も霞んで、景色がぼやけて見えた。
 目蓋もだんだん、重くなってきた。
 体の感覚も、ほとんど無くなっていた。


 香奈……………は……………………連れて……………行かれて……しまう…………のか?

 ………そんなの………駄目だ…………早く起きて……………止めない……と……

 心配………………するな……………香………奈…………………………

 …………かなら………………ず………………………………

 …………………………た……………………………

 ………す………………………………………

 ………………………………………

 …………け…………………

 ………………………

 ………………

 ………

 …



 そして俺の意識は、



 冷たい闇の中に、



 消えた。






続く...




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