闇を切り裂く星達

製作者:クローバーさん






目次1

 ――プロローグ――
 episode1――はじまり――
 episode2――闇の始動――
 episode3――光の胎動――
 episode4――その名は雲井忠雄――
 episode5――闇と星――
 episode6――強くなるために――
 episode7――香奈のデッキワンカード――
 episode8――力を奪われし六武衆――
 episode9――伊月と薫のデッキ――
 episode10――大会終了、そして――
 episode11――最初の戦い〜運命〜――
 episode12――第2の決闘〜全力〜――
 episode13――第3の決闘〜ミラーマッチ〜――
 episode14――あがき続けたその先に――
 episode15――第4の決闘〜闇VS六武衆――
 episode16――闇の光臨、そして――



――プロローグ――
 







 ザーーーーーーーーーーーーー。








 雨が降っていた。


 一人の男がずぶ濡れになりながら、細い裏道を走っていた。

 その後ろからは銃を持った物騒な男達が血眼になって追いかけている。

 パンッという乾いた音がして、銃弾が男の頬をかすめた。少しずつだが、狙いが正確になってきている。

 それだけ相手との距離がちかくなってきたということだ。
 
 とにかく、逃げなければいけない。
 
 角を右に曲がり、路地の裏へと回り込む。もうすぐ、彼との待ち合わせの場所だ。

 彼らにこのカードを託さなければ、あいつらに対抗する術はない。もし渡せなかったら、世界は終わるだろう。





 その男は手に持った透明な箱に入っているカードを見つめた。数は10枚。これだけのものに世界の運命がかかっていると思うと、正直な話、とんでもないことだ。 
「こっちです」
 脇道から一人の青年が逃げる男を手招きした。
 青年の姿に気づいた男はすぐさま物陰に身を隠す。
 乱れた息と服を整えて、男はそっと腰を下ろす。もう体力も限界だ。もしこの青年が手招きしてくれなかったら、多分やられてしまっていただろう。
「……君から来てくれたのか」
「はい、向こうから銃声が聞こえたので、おそらくあなただと……」
「そうか」
「それで、例のカードは?」
 男は透明な箱を取り出し、ふたを開ける。
「これだ」
「十枚……ですか」
「これぐらいしか用意できなかった。あとはやつらにみんな処分されてしまった」
 男はカードを一枚ずつ青年に渡す。一枚目を渡した瞬間、カードが白い輝きを放った。
「これは……!」
「反応したか。よかった」
 息を整えながら、男はゆっくりとカードを渡していく。
 二枚目、三枚目、四枚目……








 パンッ!
 






 銃声が聞こえ、近くの壁が削れた。
「くそっ! もう気づかれたのか」
 男は舌打ちをして、その場を走り去る。青年も同じように走り出して、追っ手から逃げた。



 二人が出会うことは、もう二度となかった。
 


----------------------------------------------------------------------------------------------------------




 男はついに膝をついた。体力の限界である。今いるところは近所の公園。
 いつの間にか雨は止んでいたが、依然として空には黒い雲が漂っている。
「ここまでか……」 
 手に持った六枚のカードを見ながら、男の目が絶望に染まる。
 たった四枚であいつらに対抗などできるのだろうか。
 男は今までに見てきたあいつらの強大さを見てきていた。

 それだけに、不安になる。

 誰かに渡そうにも、一般の人にこんな事を頼めるわけがない。しかし、状況が状況だ。このままだとあいつらに処分されてしまうのがオチ。味方は少しでも多い方がいい。

 だが……だれに?

 男は悩んだ。
 彼に渡した四枚のカードは、彼の所属している組織に渡るだろう。
 一人一枚と考えて、四人分。

 戦力が足りなさすぎる。
 いったい……どうしたら………。




「――ちょっとおじさん、ずぶ濡れじゃないの」 
 少女の声がした。慌てて振り返る。
 長い髪にぱっちりとした目、体つきを見る限り、中学生ぐらいだろうか。
「ちょっと雨宿りしていきなさいよ」
 少女が男の手を引き、土管の中に連れ込む。中には少年もいた。少年と少女がこんな狭いところで一体何をしていたんだろうか。
「だれだ?」
 少年が言った。
 その目は明らかに、男のことを警戒している目だった。
「通りすがりのおじさんよ」
 少女が頼んでもいないのに答えた。少年は困ったように頭をかきながら、ため息をつく。
「おまえなぁ、知らない人についていっちゃいけないって習わなかったのか?」
「別に、ついて行ってないわよ。連れてきたのよ」
「同じようなことだと思うけど……」
「あんたねぇ、目の前でずぶ濡れの人がいたら雨宿りさせてあげないの?」
「そりゃあ………するけどさ……」
 男は二人の姿を見つめながら、不覚にも笑みが浮かんでしまった。

 今までずっと地下で潜入捜査をしていて、嫌な光景などたくさん見てきた。そのため、こんな平和な光景などすっかり忘れていた。

 こんな光景を壊そうとしているやつらがいる。そいつらは強大な力を持っている。普通の人ではまず、勝ち目はない。
 だから男はここまで逃げてきた。




 ――希望を託すために。




「こんなところで、なにしていたんだ」
 男は尋ねる。二人は不意をつかれたように男を見つめた。


「「デュエルだよ」」


 二人が同時に答える。
 よく見ると二人の手元にはデッキとデュエルディスクが置いてあった。
「公園でやっていたら、急に雨が降ってきて中断しちまったんだ」
「そうよね、天気予報でも、今日は晴れですよなんて天気予報士が言ってたから安心してきたのに、これじゃ意味ないわ。今度、苦情の電話でも掛けておこうと思うの」
「それはやめておけよ。俺にまで被害がでる」
 
 仲のいい二人だ。男は純粋にそう思った。


 ――瞬間、手に持ったカードがかすかに光る――。


「……!」

 この二人に渡せということか? こんな中学生に……?

「そういえば、おじさんは何をやっていたの? 奥さんとケンカでもしたの?」
「おまえ、そういうのは口には出さないのが礼儀だぞ」
 少年が呆れたように息を吐く。
「まぁ、そんなところだ」 
 男は答えた。
 正確に言うと、組織に潜入捜査がばれて捕まりそうになっているのだが……。
「ほらね、やっぱり言ったとおりでしょ」
「だからおまえなぁ……」
 男の口から笑みがこぼれる。神というものがいるのなら、感謝したかった。
 最後に平和な世界の一部だけでも見せてくれたということを。

 これなら、もう悔いはない。

「あ、おじさんも遊戯王やっているの?」
 少女が男の手にあるカードを見ながら言った。たしかに遊戯王はやっている。それなりに強いはずだ。あいつらには敵わないが、それでもいっぱしの決闘者だ。だがおそらくそれも、今日が最後。
 少しの希望を抱えて飛び出したただのネズミは、簡単に捕まって始末される。
 その希望はすでに託した。後は……。
「このカード、やるよ」
「え?」
 男はカードを差し出しながら言った。少年と少女は驚いたように顔を見合わせて、尋ねる。
「……いいの?」
「……いいんですか?」
 男は精一杯、微笑んで見せた。
「ああ、いいよ」
 男は二枚ずつ、二人に手渡した。残ったカードは、あきらめなければならないだろう。希望を託せば託した分、世界が救われる可能性は高まるかもしれない。だが託した分だけ、人を巻き込み、あいつらに追跡されてしまう。

 これが、ネズミにできる最高のことだ。

 身勝手なのは分かっている。

 いつかこの二人がどこかで、自分のことを恨むかも知れない。

 それでもなぜ、渡したか。それは――――



 ――この二人の絆を、たしかに感じることが出来たから――。


 男にはなかったもの。それをこの二人はたしかに持っているから。

 どんな困難なことでも、乗り越えていける力を持っているから。

「あれ、このカード、真っ白ですけど……」
 少年が不思議そうな目で男を見つめた。渡されたカードは、たしかに遊戯王の模様が描かれている。だが表面には、何も描かれていない。本当に真っ白としか言いようがないくらい、白紙なのだ。


 ――まだ時期ではないか――男は思った。

 
「いつか君達の思いがカードに届いたとき、そのカードに色がつく。いつそれが起きるかは分からない。だから出来る限りそれを持っていて欲しい。いらないなら、捨てても構わない。ただ、もしそれを持ち続けていようと思うなら………」
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 沈黙が生まれる。男はためらっていた。





 ――君達は世界の運命を掛けて、戦うことになるだろう。




 その言葉を飲み込んで、男は首を横に振った。
「いや、なんでもない。そろそろ私も行かないといけない。雨宿りさせてくれてありがとう」
「もういっちゃうの?」
「ああ、これでも急がしい身でね。君達もそろそろ帰った方がいい。雨が止んでいるうちに」
 男は土管から出て行った。

 できるだけ遠くに向かって走る。ネズミだろうと何だろうと、最後まであがき続ける権利はある。

 あがき続けた先がたとえ絶望の中にあるとしても、構わない。

 やるだけのことはやった。

 あとは思うようにして、なるようになるだろう。


 ――ポツポツと、雨が再び降り始める。


「結局、あの人、誰だったんだ?」
「分かってないわねぇ、誰でもいいのよ。きっと奥さんに謝りに行ったに違いないわ」
「そうだといいんだけどな」
 少年は気づいていた。男がカードを渡すときに見せた悲しみを含んだ目を。
 そして、何かを覚悟したかのような強い決意を。
 少女の方は、気づいていないみたいだけど。
「それにしても、なんなのかしら、このカード……」
 少女は渡されたカードをじっくりとみながら呟いた。
「……たしかにな。シンクロモンスターでもなさそうだし、本当になんにもないな。枠もないし、効果欄もない」
「まぁ気にしてもしょうがないわ。さぁ、続きしましょう」
「残念、また雨が降り出したよ」
「えーー!?」

 雨の中、少女の声が響き渡った。




---------------------------------------------------------------------------------------------------





 男は走っていた。
 少しでも逃げるために、生きるために。
「待て!」 
 追いかけてくる下っ端どもがそんなことを言っているが、そんなんで待ってくれるなら、警察はどんなに楽だろうか。
「……!」
 目の前に、一人の男が現れた。自分が潜入していた頃の上司。実力は自分より遥かに上だ。
『よく頑張ったな。だがここまでだ』
 そういった上司の男は息を切らしている男にデュエルディスクを投げた。
『終わりにしてやるよ。愚かなネズミめ』
「……どう、かな」
 男は覚悟を決める。この組織の者からは逃げられない。下っ端ならまだ『力』を使いこなせていないため、逃げることは出来るが、目の前にいる男のランクになると、逃げることは許されないだろう。そして、決闘の腕もあちらの方が上。
 どんなに運が良くても、勝てる道理はない。

 それでも……どこまでもあがき続けてやると決めた。たとえ敵わなくても、一矢報いることが出来ればそれでいい。

「『決闘!!』」

 男:8000LP  上司の男:8000LP

 決闘が始まった。

 







 





























 決着は……すぐについた。




  男:0LP   上司の男:8000LP

「そん……な……」

 男から絶望の声が漏れる。かすり傷すら、おわせることが出来なかった。自分が知っている上司とはまるで違う。
 これがあいつらが研究していた成果だとでもいうのか?
 こんな奴らがいる組織に、勝てるのか?
『おわりだ』
 次の瞬間、男の下から手が伸びてきた。すべてが黒に染まった真っ暗な世界、そこへ引きずり込もうとしている。
 抵抗するが、無駄な事だった。男の体が沈んでいく。コンクリートの地面のはずなのに、下に見えるのは漆黒の世界。
飲み込まれたらどうなるのかなんて、分からない。ただ、無事じゃな済まないのは考えなくても分かった。
『さらばだ』
「く……くそ――――!!…………」
 男は闇に飲み込まれた。さっきまでいた場所には、デュエルディスクと、何も書かれていないカードだけが残っている。上司の男はそれを拾い、破り去った。カードだった物が紙くずになり、砂のようにサラサラと消えていった。
『残るは八枚か、まぁいい。すこしずつでいいさ』
 男はその場から去っていく。

 




 ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。






 雨が降っていた。




 空は不気味に黒く、そしてどこまでも広がっていた。




episode1――はじまり――




「はぁ……」

 どうしてこんなことになったんだろう。
 そんな事を思いながら、中岸 大助(なかぎし だいすけ)はため息をついた。

 今いるところは学校の中庭。目の前では目つきの悪い不良の先輩がこちらを睨み付けている。耳や口にピアスを取りつけていて、学校の規則など完全無視である。
 殺気のこもった目で見つめられ、ただカードゲームをするだけなのに……これから殴り合いをする気分だ。

 相手の腕にはデュエルディスクが装着しており、まさに決闘が始まる直前だった。







 〜〜40分前〜〜




 ここは私立星花(せいか)高校。特に有名なところはなく、学力もたいして高くはない普通の高校だ。
 この春、俺はこの高校に入学した。普通に友達を作り、成績も中の中。一般的な高校生活を送っている身分である。
 残念ながら彼女はいないのだが、そこは気にしない。


 


 ――時代はまさに空前絶後と言っていいまでの『遊戯王』ブーム――。






 昔、某週刊誌の連載があったおかげで誕生したと言われるこのカードゲーム。
 たった数年でアメリカにまで進出したすごいカードゲームだ。
 幾多のモンスター、魔法、罠カードを駆使して相手のライフポイントを削っていく対戦型カードゲーム。手軽に始められる上にルールも簡単だ。
 小さい子から大人まで、広い年代に愛されているゲームだろう。

 近年、どこぞの有名な会社が全世界に向けてPRしたり、ハリウッドの俳優が世界大会に出たなど、きっととんでもないくらいの投資があったに違いないであろう出来事がたくさん起こった。
 そのおかげなのかなんなのか、"全世界"で『遊戯王』というカードゲームが広がってしまったのだ。
 昔ではまず考えられないほどのブーム。カードゲームを作った会社も、まさかここまでの成果をあげるとは夢にも思っていなかったはずだ。
 今や全世界共通のカードゲームとなった『遊戯王』は、どこの市にも必ず一つは専門の店ができるし、ついには星花高校のように『遊戯王』の授業まで作り上げるところまで出てきてしまった。
 日本の学力とか教育的にどうなのかというのは知らないが、まぁ学校に自由にカードを持ってきてもよくなったのは喜ばしいことなのかもしれない。



 高校に入学して早々、俺は一人を除くクラス全員を倒してしまうという快挙を成し遂げてしまった。さらに言えば、ときたまある『遊戯王』の授業の実習で無敗を誇っている。
 個人的には、実力はたいしたことがないと思っている。それなのにこの無敗記録が破られていないのは、中学の頃からやっていたのもあるが、それ以上に周りの男女がカードゲームなどに興味のない奴らばかりだったというのもあるだろう。

 ため息がでる。

 今日もその授業があり、いつも通り全戦全勝。張りのない決闘をしたわけだ。
 どうも決闘しているときの周りの目が気に入らない。明らかにやる気のない奴らばかりだ。俺がまともにやっても途中で投げ出すかサレンダーされるかのどちらかである。
 一応授業なのだから、もう少し真面目にやってもいいんじゃないか。
 
 
「なにぼやっとしてんのよ」


 後ろからはっきりとした澄んだ声が飛んできた。
 振り返らなくても、誰かはすぐに分かってしまった。
 
 振り返ると、そこには肩を超える黒い長髪にぱっちりとした目を持ち、自分よりわずかに背が低い女子が椅子に座る俺を見下ろしていた。
 名前は朝山 香奈(あさやま かな)
 小学校以来の幼なじみである。ついで言うと現在クラスで1、2を争う男子からの人気を誇っている。
 本人はまったく気にしていないようだが、いつも香奈と一緒にいるせいで周りの男子からの敵意のようなものが向いているのが気になって仕方がない。
 入学した当初は毎日のようにどういう関係だと聞かれていた。

 もちろん、ただの幼なじみだと答えておいたが。

「なんだ、香奈か……」
「なによ。人がせっかく用があって来てあげたっていうのに、その態度はないんじゃないの?」
 この上から目線の口調はたとえ天地がひっくり返っても変わることがないというのは、10年近くの経験からいって間違いない。
「……どうせ暇なんだろ?」
 香奈は一瞬、目をそらす。

 どうやら図星のようだ。

「ほら、はやく準備しなさいよ」
「……なんのだ?」
「決闘よ」
 香奈は挑戦的な目つきで見つめてくる。その腕にはすでにデュエルディスクが装着されていた。
 自分の手元にも、デュエルディスクとデッキはある。始めようと思えば、いつでも始められる状態だ。
 闘争心むき出しで睨み付けてくる様子から考えると、どうやらまた新しいカードでも手に入れたらしい。別に手に入れるのは構わないが、その効果の程を俺で試さないでくれ。

「………いやだ」
「え?」

 周りでは放課後だというのにもかかわらず、何人かの生徒が決闘をしている状態だ。こんな狭い教室で大人数が決闘したら、教室がパンクしてしまうかも知れない。
 それに正直な話、今日は香奈とやりたくなかった。

「なんでやらないのよ」
 香奈が不思議そうな目で見つめていくる。
 心の中でため息をついて、答える。
「おまえとの決闘はジャンケンゲームにしかならないだろ」
「はぁ? 何を言ってんの?」
 この様子だと、どうやら香奈は気づいていないらしい。

 今までの香奈との戦績は、おそらく五分五分。中学校時代の話だが。
 高校に入ってからの戦績は覚えていない。一応、戦績は香奈が数えているらしいのだが、こいつのことだからアバウトな数字だと思われる。
 頭の中で考える限り、最近は香奈に勝った記憶が無い。

 勝敗はさておき、一つ確かな事といえば、俺も香奈も互いに先行を取って負けたことがないということだ。
 俺達のデッキは対照的。それゆえにこの戦績なのかもしれない。

 香奈が不満そうに頬をふくらませて、耳元で訴え始めた。
「そんなのやってみなきゃ分からないじゃない」
「百回以上やって分からないはないだろ?」
「うぅ……いいじゃない! 私は暇なの!」
 香奈は大声で叫んだ。やれやれと息を吐く。
 この学校には女子で遊戯王をやっている人は少ない。ましてや俺達のクラスには女子の決闘者が一人もいないのが現実だった。授業でパートナーを組んで決闘するときも、女子が適当なカードをまとめて決闘するのが現実であり、それはカードで戦うと言うよりも、互いにどれだけかわいいモンスターを召喚するかの鑑賞会に近い。
 そんな状況に香奈が黙っていられるはずもなく、入学して早々にクラスの男子のほとんどを決闘でコテンパンにするという快挙を成し遂げてしまった。

 ただ不思議なことに、コテンパンにされたほとんどの男子が遊戯王にはまり始めている。
 どうやら少しでも香奈と長く決闘するのが目的らしい。
 男子がそうなら女子もそうなるのではないかと思うのだが、どうもそういう女子社会は難しいらしく、上手くはいかないようだ。

 香奈も俺と同じく周りのレベルが低いおかげで無敗を誇っている。だけど全国から見たらかなりの格下だ。もし大会に出たら、瞬殺されてしまうだろう。
 俺は負けたことをくよくよと気にすることはないが、香奈が負けたときの態度は迷惑きわまりないものだ。勝つまで何度でも、相手の都合が悪かろうが体調が悪かろうが挑もうとするし、以前は人のデッキを勝手に覗こうとしたこともあったりした。
 さすがに高校生にもなるとそれはやらないようになったが、しつこく決闘を挑む癖は治っていない。
「うぅ……やりなさいよ!」
 ついに命令口調にまで発展した香奈の言葉を聞いて、俺は諦めた。
「じゃあ、パックを買ってからにしてくれ」
 そう言って、話を終えようとする。
 そもそもどうして俺が嫌がっているのかというと、香奈との決闘は、こういうとなんだがいつも1パターンだからだ。俺が先攻ならモンスターを並べて押し切るし、逆の場合は香奈が押し切る。そんな決闘の繰り返しだ。
 デッキが未完成な所為もあるが、小学校からずっと決闘をしてきたのもあり、互いが互いの手口を知っている。

 つまり簡単に言うと、いい加減飽きてきたのだ。

 もちろん、そんなことを言ったらオベリスク級の鉄拳を食らうことになりそうだが……。




 香奈は少し考えて、笑みを浮かべた。
「………いいわよ。放課後でしょ?」
「ああ」
 そう言って、俺達は教室を出た。
 向かったのは、いつもの場所。











 学校の中庭に来た。ここには意外と人が寄りつかない。決闘するのに十分な広さがあるのに、生徒はなぜか使おうとしない。俺も香奈も、暇になったり一眠りしたいときは結構な割合でここに来ていた。校舎の壁が作るスクリーンに青空がいっぱいに映るところがとても心地いい。
 古典風に言えば、「いとあはれなり」といったところだ。

 中庭に置いてあるベンチに腰を掛ける。その隣に香奈がフワリと腰を下ろした。
「それで、何を買うの?」
「いつもの」
「また買うの? いい加減デッキ変えたら? 切り札がないデッキなんてありえないわよ」
 香奈は呆れたように言う。
「おまえにだけは言われたくない」
「なんで?」
「…………もういいよ」
 お互い、デッキはまだ発展途上。切り札もなく、キーカードもない。
 だが香奈には持ち前の強運があり、さらに「デッキワンカード」も持っていた。対する俺には強運などあるわけがなく「デッキワンカード」も持っていない。
 決闘者としてこの差はかなり大きい。
 だから今日パックを買いに行くと決めていた。
 ひとまず切り札を手に入れなければ、デッキの進歩は見えそうにないから。
「シンクロとか使わないの? 最近、流行っているじゃない」
 香奈が尋ねる。
「チューナーがいないんだ。それに今はあれを手に入れる方が先決だろ」
「あんたねぇ、切り札が手に入ってもたいして変わらないんじゃないの?」
「さすがに変わるだろ」
 大助のデッキは、切り札が無くても機能はする。だが切り札があった方が格段に攻撃力があがるのは分かっていた。


 ちょうど三年ほど前、遊戯王を作っている会社がエキスパートルールをマスタールールに変更した。
 「生け贄」という用語が「リリース」になり、『生け贄封じの仮面』の名前がどうなるのか一日だけ騒ぎになったこともあった。正直ルールなどどうでもいい話だと思っていたが、ある項目を目がとらえた。

 『シンクロモンスター登場!!』

 その時は、意味が分からなかったが、一年経ってその重要性がはっきりと分かることになる。

 星6のくせに攻撃力2800の超強力モンスターが出てきたり、手札一枚で相手のカードをバウンスしたり、一枚でフィールド上のカードをすべて破壊したり、とにかくやりたい放題だ。せっかくモンスターを召喚しても吹き飛ばされ、勝ったと思っても一枚のカードにすべてを破壊されたり……。
 そのせいで他学年の生徒にいつもギリギリの勝負を繰り広げている。クラスの奴らも最近使い始めてきていて、不安になってきているが、プレイングが未熟なおかげで、クラス内での戦績はトップクラスだ。

 それは香奈も一緒なのだが、そんなの気にもとめないのが香奈である。
 しかもその気になればあいつは"あのカード"を出すからな。

「デッキワンカードとかいらないの?」
「いらないと言えば嘘になるが、買えないし、当たるわけがない」

 「デッキワンカード」とは、去年から登場した新しいカード達だ。
 禁止・制限カードとは違い、元々デッキに1枚しか入れることができないように作られたカード。
 カードにはデッキに入るための条件が書かれており、それを満たさないとデッキに入れることが出来ない上、デッキワンカードはデッキに1種類しかいれることができない。

 強力な効果を持っているのは確かなのだが、手に入れようにも封入率が低すぎるのが難点だ。

 デッキワンカードは1パック12枚入り300円の「ENDLESS PACK」に入っているのだが、これにはなんと今まで収録されたカードのすべてが入っている。
 その数は4000種類以上で、その中にデッキワンカードが何種類入っているのかはまだ明かされていない。
 一説では100種類あるらしいが、何箱買って一枚当たるのか、俺には計算することが出来なかった。

 いつの日だったか意を決して三箱買ってみたが、デッキワンカードは1枚も当たらなかった。
 それで心が折れて、それ以来「ENDLESS PACK」は買っていない。

 そんなデッキワンカードを香奈はどうやって手に入れたかというと、なんと懸賞で「ENDLESS PACK」が1パック当たり開けたら入っていたという、天文学ですら超越してしまいそうな確率で手に入れてしまったのだ。

 その日はさすがに香奈と口をきかなかった。

「まぁそうよね。私の強運は日本一って言っても過言じゃないし」
「………否定できないところがすごいよ」
 そんな会話をしながら、俺達は和んでいた。



 そして――――問題はやってくる。



「行くぞ! モンスターの攻撃!」
 中庭の角で、轟音が鳴り響く。

 何事かと思い、音のした方へと向った。


 そこには二人の決闘者がいた。片方が膝をついているところを見ると、ちょうど勝負がついたところらしい。
「おい、約束だ。カードをよこせよ」
「な、なんでそんなことをしなくちゃ――」
「うるせぇ!! いいからよこせ!!」
 立っている男子がもう一人の男子に掴みかかる。このかつあげ混じりな事をしている男は、たしか最近、問題になっていた不良の三年生だ。めきめきと実力を付けていると聞いてはいたが、まさかこんな方法を使っていたとは――。
 ひとまず、厄介ごとはごめんだ。
 相手も気づいていないようだしここは先生に報告すべきだろう。
 そう思っていたのに――

「こら!! 何やっているのよ!」

 ――俺の隣で、香奈が目を輝かせていた――。

 不良の三年生がこちらを向く。香奈、俺という順番で目を向けて、面倒くさそうに頭をかいた。
「ちっ、見てたのか? 面倒くせぇな」
 ゆっくりと、不良はデュエルディスクを構えた。

「おい、決闘しろよ。勝ったら見逃せ」

「……はい?」
 何を言っているんだ。どこぞの主人公でもあるまいし、そんな理論が通じるわけな――
「いいわ!」

 ――通じる奴が、ここにいた。

「ただし、大助に負けたら今まで取ったカード全部返してもらうわよ!」
「いいだろう」
 いつも通り、勝手に話が進行する……ってちょっと待て!
「待て、俺がやるのか!?」
「………………………………………………………?」
 香奈が首をかしげる。
「なんで首をかしげているんだよ。お前が戦えばいいだろ」
「あんたに決まってんでしょ。私はまだ上級生に実力を隠しておきたいの。それに大助ならやってくれるわよね。私の決闘の誘いを断ったんだし――」
 香奈は右手をパキポキと鳴らす。
 そこまで断ったことを恨んでいたのか?
「男の方が相手か」
「………………………………」
 不良が、不敵に微笑んだ。



----------------------------------------------------------------------------------------------------------
 



 そして、今に至る。

「……どうしても、やるのか?」
「当然よ。はやくやりなさい」
 ため息が出た。本当に、今日何度目だ?
「覚悟はいいか? 一年生」
「………」
 どうやら、やるしかないらしい。
「いいですよ」
 デュエルディスクを構える。そしてポケットからデッキを取り出し、セットする。自動シャッフルがされて赤いランプが点灯した。
 互いに数メートルほどの距離を置き、俺達は叫ぶ。


「「決闘!!」」




 大助:8000LP   不良:8000LP



 決闘が始まった。
 デュエルディスクのランプが点灯する。
「俺の先攻だ。ドロー!」
 とりあえず、カードを引く。
 悪くない手札。先攻1ターン目で様子を見るのには最適だ。
「モンスターとカードを一枚ずつセットして、ターンエンド」
 カードを裏側でセットすると、不良は小さく笑みを浮かべた。
 言われてもいないのに、なんだか馬鹿にされている気分だ。
「ずいぶん消極的だな」
「俺の勝手でしょ?」

-------------------------------------------------
 大助:8000LP

 場:裏守備1体
   伏せカード1枚

 手札4枚
-------------------------------------------------
 不良:8000LP

 場:なし

 手札5枚
-------------------------------------------------

「俺のターンだ」
 不良がカードを引く。
 とりあえず集中した。相手はどんなデッキか、まずそれを見極める。その上で戦い方を決めていくのが俺の戦法だ。
「"スピアドラゴン"を召喚する!」
「げっ………」


 スピア・ドラゴン 風属性/星4/攻1900/守0
 【ドラゴン族・効果】
 守備表示モンスターを攻撃したときにその守備力が攻撃力を超えていれば、
 その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
 このカードは攻撃した場合、ダメージステップ終了時に守備表示になる。


  
 口が槍のようにとがった竜が現れる。野生の目がセットされているモンスターを通り越して俺を見つめてきた。 
 貫通ダメージを持ったドラゴン族モンスター。どうやらこの不良が使うのはドラゴン族のデッキらしい。
 相性は最悪ではないが、俺にとってやりにくい相手だ。
「バトル! "スピア・ドラゴン"で裏守備のモンスターを攻撃!」

 ――ドラゴン・スクリュー!!―― 

 嘴のような口が回転する。ドラゴンは羽ばたき、降下する勢いを利用して俺のモンスターを貫いた。
「っぐ……!」

 大助:8000→6400LP

 さっそくダメージを食らってしまったか。
 でも落ち込んでいる暇はない。結果はどうあれ、セットモンスターを戦闘破壊させられたのだから良しとしよう。
「この瞬間、"紫炎の足軽"の効果が発動する!」
 カードを墓地に送った瞬間、フィールドに現れた傷ついた猿のような兵士。
 兵士は懐から小さな笛を取り出して、力の限り鳴らし、消えた。


 紫炎の足軽 地属性/星2/攻700/守300
 【戦士族・効果】
 このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、デッキから「六武衆」と名の付いたレベル3
 以下のモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。


「この効果で、俺は"六武衆−ヤイチ"を特殊召喚する」
 瞬間、目の前に青い召喚陣が描かれる。そこから青い輝きと共に弓矢を持った武士が現れた。
 すべてを射抜くかのような眼孔が、先程自分の兵士を破壊した竜を見つめる。


 六武衆−ヤイチ 水属性/星3/攻1300/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ヤイチ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 1ターンに1度だけセットされた魔法または罠カードを一枚破壊することが出来る。この効果を使用
 したターンこのモンスターは攻撃宣言をする事ができない。このカードが破壊される場合、代わりに
 このカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


「六武衆………か」
 不良が珍しい物を見る目で見つめてきた。
 六武衆とは、様々な効果を持った6人の武士達が活躍するカード群だ。展開力に優れ、何よりどんな相手にでも対応できるのが特徴だ。
 あまりマイナーではないはずのカード群なのだが、このシンクロ召喚の時代に六武衆を使う奴は珍しいのだろう。
 不良は自分の手札を十秒ほど見つめたあと、静かに2枚選び出した。 
「"スピア・ドラゴン"は攻撃後に守備表示になる。カードを二枚伏せてターン終了」

-------------------------------------------------
 大助:6400LP

 場:六武衆−ヤイチ(攻撃:1300)
   伏せカード1枚   
    
 手札4枚
-------------------------------------------------
 不良:8000LP

 場:スピア・ドラゴン(守備:0)
   伏せカード2枚

 手札3枚
-------------------------------------------------

「俺のターン」
 カードを引いて、手札を見つめる。
 相手の場には守備力0のモンスターと伏せカードが2枚。
 ちょっと危険かもしれないが……ここは攻めよう。
「"六武衆−ヤリザ"を召喚する!」
 弓を持った武士の隣に新たな召喚陣が描かれる。
 その中から大地の光と共に、槍を持った武士が現れた。


 六武衆−ヤリザ 地属性/星3/攻1000/守500
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ヤリザ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。このカードが破壊される場合、代わりに
 このカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。
 

 仲間の武士が現れたことによって、それぞれの武器に力が宿る。
 弓には水の力が、槍には地の力が。
「"六武衆−ヤイチ"の効果発動! 右の伏せカードを破壊する」

 ――破魔の矢!――

 武士の弓から青い光をまとった矢が放たれる。それは相手のモンスターを超えて、伏せられたカードを射抜いた。
「ちっ」
 不良が悔しそうな表情を浮かべながら、破壊されたカードを墓地に送る。
 見た限り、魔法カードだったのでブラフだったのかも知れない。だがこの不良の悔しそうな顔から判断すると、どうやら重要なカードだったらしい。
 重要な魔法なら伏せなければいいのに……。
 まぁいい。今できるのは、この手札でできる最高の戦術を披露することだけだ。
「手札から"二重召喚"を発動! "六武衆−イロウ"を召喚する」
 どこからか現れた謎の魔術師が呪文を唱えてくれたおかげで、もう1度召喚する権利を得る。
 そのことに感謝しつつ、目の前の敵を倒すために、俺はカードを叩きつける。
 再び召喚陣が描かれて、黒い光と共に長刀をもった武士が現れた。


 二重召喚
 【通常魔法】
 このターン自分は通常召喚を2回まで行う事ができる。


 六武衆−イロウ 闇属性/星4/攻1700/守1200
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−イロウ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 裏側守備表示のモンスターを攻撃した場合、ダメージ計算を行わず裏側守備表示のままそのモンスター
 を破壊する。このカードが破壊される場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いた
 モンスターを破壊することが出来る。


「バトル! ヤリザで"スピア・ドラゴン"を攻撃、イロウでダイレクトアタックだ」
 武士の槍がドラゴンの胸を貫き、黒い長刀が不良の体を切り裂く。
「ちっ……」

 スピア・ドラゴン→破壊
 不良:8000→6300LP

 ライフポイントがほぼ並んだ。本当はここでヤイチも攻撃したいところだったが、相手の伏せたカードを破壊するために使用した力のせいで、このターン攻撃するだけの力は残っていない。
「カードを1枚伏せて、ターンエンド」

-------------------------------------------------
 大助:6400LP

 場:六武衆−ヤイチ(攻撃:1300)
   六武衆−ヤリザ(攻撃:1000)
   六武衆−イロウ(攻撃:1700)
   伏せカード2枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 不良:6300LP

 場:伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------

「俺のターン、ドロー」
 不良はカードを引いた瞬間、目を光らせた。
 切り札が来たか。なんとなく予想は付いているのが、わずかな救いだ。
「……どうやら、俺の勝ちみたいだな」
「なんだって?」
「お前は切り札すら出さずに終わるぜ」
 そう言って不良は一枚のカードをかざした。


 未来融合−フューチャー・フュージョン
 【永続魔法】
 自分のデッキから融合モンスターカードによって決められたモンスターを墓地へ送り、
 融合デッキから融合モンスター1体を選択する。
 発動後2回目の自分のスタンバイフェイズ時に選択した融合モンスターを自分フィールド上に特殊召喚する
 (この特殊召喚は融合召喚扱いとする)。
 このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
 そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。


 デッキから五体のドラゴンが一気に墓地へ送られる。ここで来るものと言ったらあれしかない。遊戯王界で最強の攻撃
力を持つ龍だ。
「指定は……"F・G・D"だぁぁ!!」
「っ……!」
 厄介なモンスターを召喚しようとしやがって……!
 大声で叫ぶ不良に、心の中で悪態をつく。だが未来融合は出てくるまでの2ターンも―――。
 
「さらに手札を2枚捨てて"魔法石の採掘"を発動する!! 戻すのは、さっきお前に破壊された"龍の鏡"だ!」
「……!!」
 俺の目論見を崩すかのように、不良は魔法カードを発動した。
 相手の場に不思議な石が現れて、それが緑色の光を放って地面から1枚の魔法カードを浮かび上がらせた。

 それは最強の龍を呼び起こすための鏡。
 相手をたたきのめすための、最強の力だった。


 魔法石の採掘
 【通常魔法】
 手札2枚捨てて発動する。自分の墓地に存在する魔法カード1枚手札に加える。


 龍の鏡
 【通常魔法】
 自分のフィールド上または墓地から融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
 ドラゴン族の融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)



「そして、"龍の鏡"を発動! 現れろ"F・G・D"!!!!」
 不良がカードを掲げる。上空に大きな鏡が現れて、そこに五つ首の龍の姿が映った。
 相手の墓地から五色の光が天に向かってのび、その鏡に吸収される。
 光は集約し、降り注ぎ、五つ首の龍が咆吼と共に現れた。


 F・G・D 闇属性/星12/攻5000/守5000
 【ドラゴン族・融合・効果】
 このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 ドラゴン族モンスター5体を融合素材として融合召喚する。
 このカードは地・水・炎・風・闇属性のモンスターとの戦闘によっては破壊されない(ダメージ計算は適用する)



「攻撃力………5000……!」
 異常な攻撃力の数値に、分かっていても驚いてしまった。四階建ての校舎に匹敵するほどの大きさの敵が目の前に立ちふさがっている。
 今のデッキに、この攻撃力を超えるモンスターは入っていない。
「さらに、罠カード発動!! "最強と最弱の対峙"!!」
「………! デッキワンカードか」


 最強と最弱の対峙
 【通常罠・デッキワン】
 ドラゴン族モンスターが20体以上入っているデッキにのみ入れる事ができる。
 ライフを半分払って発動する。
 相手の手札を見て、その中で最も攻撃力の低いモンスターを表側攻撃表示で特殊召喚させる。
 自分フィールド上で最も攻撃力が高いモンスターは相手フィールド上に存在する最も攻撃力が低い
 モンスターを必ず攻撃しなければならない。
 このカードを発動したターン、戦闘によってプレイヤーは受ける戦闘ダメージは倍になる。


 不良:6300→3150LP

「お前の手札は一枚! 伏せなかったことから魔法や罠だとは考えにくい。お前の持っているのは、モンスターだ!」
「っ……!」
 不良の言うとおりだった。効果に逆らうわけにもいかず、仕方なくモンスターゾーンにカードを置く。
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・ 
 ・ 
 ・
 ・

「……現れない?」

 カードをデュエルディスクに置いたにも関わらず、俺の場にモンスターは現れなかった。 

「モンスターじゃ……なかったのか?」
 不良が不思議そうに呟く。
「………」
 俺は静かに、置かれたカードに手を掛けた。 
「いや……モンスターだ。召喚されたのは――」
 カード取って、相手に見せる。


 先祖達の魂 光属性/星3/攻0/守0
 【天使族・効果】
 このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時に自分フィールド上と手札に他のカードが無い
 場合、自分の墓地から「大将軍 紫炎」1体を表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
 ただし、この効果で特殊召喚したカードの効果は無効となり、攻撃力・守備力は0になる。


「見たことのないカードだな。現れないのはどういう訳かは分からないが、とにかくバトルだ! そのモンスターの攻撃力は0! よってこの戦闘で受けるお前が受けるダメージは10000ポイントだ!」
 五つ首の龍がそれぞれの口に炎を貯める。相手の全てを焼き尽くし、主人に勝利を与えるために。
 だが、その戦闘をさせるわけにはいかなかった。
「伏せカード発動だ!」


 和睦の使者
 【通常罠】
 このカードを発動したターン。相手モンスターから受けるすべての戦闘ダメージを0にする。
 このターン自分のモンスターは戦闘によって破壊されない。
 

 すべての武士達を守るように、不思議なバリアが展開される。その中はとても温かく、優しい光に満ちあふれていた。
「これで俺が受ける戦闘ダメージは0になる。さらに、"先祖達の魂"も破壊されない」
「なんだとぉ!?」
 目の前の龍が炎を放つ。だがその攻撃は、不思議な防壁によって防がれてしまった。龍は炎を吐き続けるが、聖人達によって作られたバリアにはヒビ1つ入らない。
 やがて龍は、諦めたように攻撃を止めた。
「ばかな……!」
「俺のターンだ!」
 これ以上、相手は何も出来ないということを確認してデッキの一番上に手を掛ける。
 とりあえず凌ぐことは出来たが、ピンチな事に変わりはない。

 ここで何か引かなければ、負ける。

----------------------------------------------------------
 大助:6400LP

 場:六武衆−ヤイチ(攻撃:1300)
   六武衆−ヤリザ(攻撃:1000)
   六武衆−イロウ(攻撃:1700)
   先祖達の魂(攻撃:0)
   伏せカード1枚

 手札0枚
---------------------------------------------------------
 不良:3150LP

 場:F・G・D(攻撃:5000)
       
 手札0枚
----------------------------------------------------------




 信じろ。自分のデッキを。




「ドロー!!」























 デッキは………応えてくれた。

「"月の書"を発動する!」


 月の書
 【速攻魔法】
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、裏側守備表示にする。


 空から淡い光を帯びた本が現れ、一筋の光が龍に降り注ぐ。光が龍の体のすべてを包みこみ、龍の姿はその本の中に綴じられてしまった。

 F・G・D:攻撃→裏側守備表示

「なんだと!?」
「更に伏せカード発動! "団結の力"をヤイチに装備!」


 団結の力
 【装備魔法】
 自分のコントロールする表側表示モンスター1体につき、
 装備モンスターの攻撃力と守備力は800ポイントアップする。


「俺の場にはモンスターが4体! よってヤイチの攻撃力は3200ポイントアップだ!!」
 場にいる全てのモンスターの体から放たれた黄色い光が、弓をへと集中する。

 六武衆−ヤイチ:攻撃力1300→4500

「4500だと!?」
 あと一歩で、五つ首の龍と同等の力を持つ武士を目の前にして、不良の足がわずかに退く。
「だ、だが……"F・G・D"は守備体制をとっても、最高の防御力を誇っている! お前の武士ごときに、俺の最強の龍が負けるはずがない!!」
 不良の顔に残るわずかな余裕。

「それはどうかな」

 たしかに、単純な攻撃力だけならこの龍に勝てるモンスターは少ないだろう。
 でも、それだけで勝負が決まるほど、決闘は甘くない。
「なんだ……と……?」
「"六武衆−イロウ"で裏側守備の"F・G・D"を攻撃!」
「ばかな!? 血迷ったか?」
「そっちこそ、効果をよく見ろ!」


 六武衆−イロウ 闇属性/星4/攻1700/守1200
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−イロウ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 裏側守備表示のモンスターを攻撃した場合、ダメージ計算を行わず裏側守備表示のままそのモンスター
 を破壊する。
このカードが破壊される場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いた
 モンスターを破壊することが出来る。



「イロウの前に、裏側守備は無意味だ!」

 ――ニの型、闇斬り!!――

 長髪の武士の持った長刀が、龍を封じ込めた本を切り裂く。

 F・G・D→破壊

 同時に相手の場もがら空きになった。
「"六武衆−ヤイチ"のダイレクトアタック!」
 ヤイチの構えた矢に他のモンスターの力が宿る。
 光の矢が真っ直ぐに、不良へと放たれた。

「たしかに、切り札を出さなくてもよかったな」
 まぁ……持ってないんだが……。 
「く……くそぉぉ!」

 矢が不良の胸を、貫いた。 

 不良:3150→0LP



----------------------------------------------------------------------------------------------------------



「さぁ、今まで取ったカードを出しなさい!」
 香奈が何故か勝ち誇った顔で不良を見下ろす。戦ったのは俺なのに……と言いたいが、言っても聞く耳をもつ奴じゃないのは分かっているから何も言わないことにした。
 この自分勝手さで、いつも相手を困らせているのに気づくのはいつになるだろうか。
「いいから出しなさいよ!」
「………ちっ、分かったよ。つっても今日が初めてだったから、これしかねぇけどな」
 不良はカードを一枚地面に置いた。かつあげされていた生徒はそのカードを大事そうに拾う。
「あ、ありがとう」
「別にいいわよ。私は何にも苦労していないし。お礼なら大助に言いなさい」
「は、はい。ありがとうございました」
「……どういたしまして」

「っ……!」
 不良は舌打ちを打って、さっさと中庭から出て行ってしまった。
「あっ、ちょっと待ちなさ―――」
「放っておけよ。今は刺激しない方がいい」
 下級生に負けたことが、彼のプライドに傷を付けたのかも知れないからな。
 



 かつあげされていた生徒も中庭から去って、俺と香奈はベンチで休んでいた。
「それにしても、危なかったじゃない」
 隣で香奈がなぜか満足げな笑みを浮かべている。
「そうでもない」
 強がってみるものの、たしかに危なかった。あの時、月の書がひけていなければ、押し切られていたかも知れない。
「いつの間に"月の書"なんて入れたのよ」
「昨日、ちょっとな」
「ふーん、まぁ私のデッキには必要ないからいらないけど」
「……………ちょっと待て。今の言葉だと必要なカードなら俺から取る気が感じられるんだが……」
「え? そう?」
「ああ」
「まぁ言葉のアヤってやつよ。気にしないの。それよりも、また召喚出来なかったの?」
 香奈が俺の手に持つカードを指しながら言った。


 先祖達の魂 光属性/星3/攻撃力0/守備力0
 【天使族・効果】
 このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時に自分フィールド上と手札に他のカードが無い
 場合、自分の墓地から「大将軍 紫炎」1体を表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。ただし、この
 効果で特殊召喚したカードの効果は無効となり、攻撃力・守備力は0になる。


 いつの日だったか、公園で香奈と決闘していたところ、急に雨が降ってきて土管の中に雨宿りをした。その日は天気予報でも晴れだと言っていたので、傘なんか持ってきているわけもなく、ただ雨が止むのを待つしかなかった。
「あ、ちょっと待って」
 香奈はそう言って雨が降る外へと出て行った。

 そして、知らないおじさんを連れてきた。

 その人はなにやら急いでいるようで、ほんの五分ほどしか土管の中にいなかった。去り際にカードをくれた。
 渡されたときは、何も書かれていないただのカードだった。だが一年ほど経って、何の前触れもなく、このカードに色が付いた。
 それがこの『先祖達の魂』というカードだった。
 『大将軍 紫炎』を持っていない俺にとっては使えないカードだったが、せっかくなのでと思い、デュエルディスクに置いてみた。
 だが、モンスターの姿は現れなかった。
 何度やっても、同じ結果に終わった。
 今回の決闘も、現れることはなかった。いっそこのカードを抜こうと思ったこともあったのだが、渡してくれたおじさんが、出来るだけ持っておいて欲しいと言っていた。それに他に入れるカードもないため、今も仕方なく入れている。
 もしかしたら不良品を渡されたのかも知れないが、返そうにもあのおじさんがどこの誰だかも分からない。
 だから、もらってしまったものは仕方がないと割り切って、このカードを使っている。
「いったい、なんなんだろうな………」
 カードを見ながら、呟いた。


「さぁ大助、学校もそろそろ終わるし、カードショップに行きましょう」
 隣で香奈が笑みを向ける。
 そういえば、パックを買ったら決闘する約束だった事を思い出す。今度は先攻だろうが後攻だろうが、香奈に勝ちたいものだ。
 俺達は学校を出て、カードショップへと向かった。
 

 その時、俺も香奈もこんな日がずっと続くと思っていた。


 少なくとも、数時間後にその日常は変わることになるとは思わなかっていなかったんだ。



---------------------------------------------------------------------------------------------------------



 ――夕方前――


 大助に負けた不良は暗い路地裏を歩いていた。その顔は暗い。
 理由は言うまでもなく、大助との決闘にあった。
 手札は悪くなかった。切り札である『F・G・D』も出すことが出来たし、「デッキワンカード」とのコンボも発動することができた。
 なのに………負けた。
 しかも、自分より年下の一年生に………
「くそっ! なんで俺が負けなくちゃいけねぇんだ!!」
 不良は壁を思いっきり叩く。だが、その胸から悔しさが消えることはない。



『良質な力を持っているな』


 どこからか、声が響いた。濁ったような声に、たまらず不良は振り返る。だがそこには誰もいない。
「だれだ!?」
『別に、名乗っても意味はないだろう?』
 不良は気配を感じ、振り返る。そこには黒いフードをかぶり、全身黒ずくめの人物が立っていた。

『おまえから、白夜(びゃくや)のカードの気配を感じる。カードをよこせ』
 その黒ずくめの人物はゆっくりと手を前に出す。不良にはその手が一瞬だけ黒く見えた。
 なんだこいつ……と、不良は思わず一歩退く。今まで他の高校の奴らとケンカとかはしてきた。怖いと思う奴もいたが、それとはまったく別のものを感じた。 
「……なに……いってやがる。てめぇに……よこすカードはないぜ」
 それだけの言葉を発するのに、通常の2倍ほどの時間がかかってしまったことに、本人は気づかない。
『では、我らの同士となってもらおう。その体を闇に捧げてな』
 黒ずくめの男は右腕を突き出した。そこには漆黒のデュエルディスクが装着されている。
 どうやら、決闘しろということらしい。
「意味がわかんねぇけど……ちょうどイライラしていたところだ。ぶっつぶしてやるぜ」
 不良はデュエルディスクを構える。

 黒ずくめの男が、一瞬、笑った。


 「「決闘!!」」


 不良:8000LP   謎の男:8000LP









 ――数ターン後――


------------------------------------------
 不良:100LP

 場:なし

 手札0枚
------------------------------------------
 謎の男:4000LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   闇より出でし絶望(攻撃:????)

 手札2枚
------------------------------------------

 
 闇より出でし絶望 闇属性/星8/攻撃力2800/守備力3000
 【アンデット族・効果】
 このカードが相手のカードの効果によって手札またはデッキから墓地に送られた時、
 このカードをフィールド上に特殊召喚する。


「な……何だよ……こいつ………」
 不良の目の前には闇の中からでてきた怪物がそびえ立っていた。不良はこのモンスターを知っていた。たまにだが決闘で目にしたことがあり、大して脅威は感じていなかった。
 外見は大して変わったように見えない。それなのに――


 それなのに――魔法も罠も、モンスター効果も効かなかった。


 それに男は、見たこともないフィールド魔法を発動していた。
 いや、そもそもいつ発動したのかが、不良には分からなかった。
 先攻は自分だった。それなのに、いつの間にかフィールドが黒く染まっていた。相手の手札の数は変わっていなかったことから、手札から発動したわけではない。そもそも、その時は自分のターンだったのだ。
 その黒いフィールドから出たものがが、相手のモンスターを包み込んで、力を与えた。

 ――相手へ絶望を与える力を。

『あきらめろ』
 男が諭すように言った。
 口の中が乾く。不良はわずかに残った唾液を飲み込み、恐怖を押し殺した。
「うるせぇ! 俺のターンだ!」
 不良は力を振り絞ってカードを引く。わずかでも希望を引き寄せるために。

 ドローカード:次元幽閉

「………!」
 引いたカードは、先程買ったパックに入っていたものだ。かなり強力なので、デッキ投入したのだ。


 次元幽閉
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 その攻撃モンスター1体をゲームから除外する。


「頼む……! これで……なんとか……」
 不良はそのカードを伏せて、ターンを終えた。
 
-------------------------------------------------       
 不良:100LP

 場:伏せカード1枚(次元幽閉)

 手札0枚
-------------------------------------------------
 謎の男:4000LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   闇より出でし絶望(攻撃:????)

 手札2枚
-------------------------------------------------

「私のターン、ドロー、攻撃」
 目の前の怪物が巨大な手を伸ばしてくる。この手で自分を握りつぶすつもりだということは考えなくても分かった。
「罠カード発動!!」
 不良と怪物の間に次元の裂け目が現れる。ここに飲み込まれれば、よっぽどのことがない限り戻ってこれない。

 一縷の望みを掛けて、発動された罠。

 次元の裂け目の中に、怪物の腕が入りこむ―― 


『無駄だ』


 入り込む――はずだった。


 怪物の手は、その次元の裂け目ごと、不良を握りつぶした。
「ぐああああああああああああああああ!!!?」
 フィールドに不良の叫び声が響き渡る。      
 黒ずくめの男はそれを見ながら、笑っていた。

 不良:100→0LP

 不良は倒れたまま動かなかった。その体はボロボロになっていた。
 ソリッドビジョンのはずなのに、体にまで被害がでる理由が、理解できない。
『残念だったな………』
「う……うぅ……」
 男は手をあげる。フィールドの闇が、倒れた不良の体を包み始める。
「ぐっ………あぁぁぁ……!!」
 苦しそうな声を上げる不良の体を、闇が侵食していく。
 ゆっくり、そして確実に闇は不良の体を侵食し、そして――――

 ――不良は立ち上がった。

『白夜のカードを奪ってこい』
『……………あぁ』
 濁った声で答えた不良の生徒は、ゆっくりと歩き出す。


 学校で戦った、あの一年生の元へと。


 その腕に、漆黒のデュエルディスクを付けて。




episode2――闇の始動――





「うーん……」
 香奈は悩んでいた。目の前には欲しいパックが二つある。しかし今あるお金では片方しか買うことが出来ない。
 右にするか左にするか。端から見ればどうでもいい悩みも、香奈にとっては数学の公式より重要である。
 悩んでから、もうかれこれ30分は経っていた。
 いい加減、店員も迷惑そうな視線を注いでいる。
「いつまで悩んでいるんだよ」
 本来は俺がここにカードを買いに来たはずだったのだが、香奈もせっかくなのでと買うと言い出した。
 そして、このありさまだ。
「なぁ、もうパック開けていいか?」
「うーん……もう20秒待って」
 ため息をついて、近くに置いてあった椅子に座る。
 いつもすぐにパックを買う俺にとって、香奈のこの行為は毎回もどかしさを感じていた。
 パック開封は同時にやるといういつ決まったのかも忘れてしまった取り決めが未だに続いているからしょうがないかも知れないが、もう少し俺の身にもなってほしい。
 別に時間をおいたってパックの中身が変わることなんて無いだろうに。

「よし決めた!」
 香奈はそう言って、一つとって店員に差し出す。会計を済ませて、スキップしながらこっちへ来た。
「やっと決まったな」
「なによ。あんたが早く決めすぎなのよ」
「分かったから、はやく開けようぜ」
 パックの口を開ける。香奈も同じようにパックの口を開けた。
 五枚のカードを取り出して、一枚ずつ、じっくりと確認する。
 まぁいつも通り、六武衆デッキには使えないカードばかりだ。どうして六武衆デッキの切り札が入っているパックなのにシナジーがないカードばかりなのだろう。
 販売する会社も、もう少しユーザーの気持ちを考えて欲しい物だ。
「…………あ」
 そんな事を考えながらカードをめくっていくと、五枚目にあったのは、待ち望んだカード「大将軍 紫炎」だった。


 大将軍 紫炎 炎属性/星7/攻撃力2500/守備力2400
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが2体以上表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 相手プレイヤーは1ターンに1度しか魔法・罠カードの発動ができない。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名のついたモンスターを破壊する事ができる。


「当たっちまった……」
 ついに手に入れた。六武衆の切り札。
 六武衆が2体いれば特殊召喚可能で、なおかつ相手の魔法と罠も制限することができる。
 これが入れば少しはデッキも強くなるだろう。とりあえずラッキーだ。
 もう2パックあるし、これならもう一つ手にはいるかもしれない……というのは高望みだな。
 とりあえず残り2パックも開封してみる。まさかレアカードが当たることはないだろう。

 2パック目にはやはり大したカードは入っていなかった。

 だが3パック目、再び五枚目を見てみると、そこにあったのは――。


 紫炎の老中 エニシ 光属性/星6/攻撃力2200/守備力1200
 【戦士族・効果】
 このカードは通常召喚ができない。自分の墓地から「六武衆」と名のついたモンスター2体をゲーム
 から除外する事でのみ特殊召喚する事ができる。フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体
 を破壊する事ができる。この効果を発動する場合、このターンこのカードは攻撃宣言をする事が
 できない。この効果は1ターンに1度しか使用できない。



「マジかよ………」
 少しだけ恐くなった。
 今まで当たらなかった……といってもそこまでパックも買っていなかったのだが、欲しいカードが当たったことに。
 帰り道は車に気を付けなければいけないと密かに思う。
 なんにしても、これで戦力が上がるのは間違いない。
「どうだった?」
 香奈が顔を覗かせる。
「当たってるじゃん! よかったわね」
 天使のような笑顔が向く。
 その不意打ちに思わず顔を逸らしてしまった。
「なんで顔そらしてんのよ」
「……なんでもない。そういや、お前は何か当たったのか?」
「結構いいカードよ」
 香奈は手に入れたカードを見せる。
 たしかにこいつのデッキに合うカード群はあったが、本人が欲しがっていたカードはない。
 ついで言うと見せられたカード達に実用性があるのか分からない。
「よかったな」
 とりあえず、そう言っておく。
「じゃあデッキ作らないとね」
「ああ」
 俺達は立ち上がり、カードショップ内にあるテーブルに腰を掛けた。
 テーブルにカードを広げて、選別していく。
「これ、使えると思う?」
「うーん、微妙……」
 そんな会話をしながら、せっせと自分のデッキ調整をすること30分。




 デッキは完成した。




「……うーん……」
 香奈が腕をのばす。俺も一息ついて、椅子に深く腰掛けた。
 おそらくお互いに勝率は確実に上がるだろう。それくらいの強化は出来た自信がある。
 だがまだ完璧じゃない。紫炎が一枚しかないのは微妙だし、できれば三枚積みにしておきたい。
 それに切り札は当たったが、肝心のエースがいない。そいつがいるのといないとじゃ、デッキの回転力が格段に違うと言われている。なんとかして早めに手に入れたい。
「じゃあ、決闘しましょう」
 隣で香奈が言った。
 デッキの仕上がり具合も見ておきたかったし、ちょうどいいだろう。
 カバンからデュエルディスクを取りだして、構えた。
「じゃあ、やるか」
「決まりね」
 香奈もデュエルディスクを取り出そうとする。

「はーい、店じまいでーす」
 アナウンスが流れた。
「えーーーー!?」

 この後、香奈が店員に文句を言いに行ったのは言うまでもない。



---------------------------------------------------------------------------------------------------



「まったく、なんなのよ!」
 帰り道、俺は香奈の愚痴に付きあっていた。
 二十分ほど店員に文句を言ったあげく、「こんな店二度と来るか!」と捨てぜりふまで吐いてきたんだ。もちろん、俺は謝っておいたけど。
「そう怒るなよ。決闘ならいつでもできるだろ?」
「そういう問題じゃないでしょ!?」
「じゃあどういう問題なんだ」
「あぁもう! 元はと言えばあんたが学校で決闘しないのが悪いんじゃないの!!」
「そこまで戻るのか? さっきも同じやり取りしたぞ」
「……! もういいわよ!」
 やれやれと思いながら、香奈の後をついていく。香奈の家との距離はほんの数百メートルしか離れていない。その気になればいつでも決闘はできる。
「もうすぐ暗くなるし、家も近いし、明日にしようぜ」
「うぅ………」
 うなだれる香奈の背をなでる。日も落ち掛けていて、早く帰らないと暗くなってしまう。万が一、変質者にでも会ってしまったら守りきれる自信はない。
 いや、別に守らなくても香奈なら1人で撃退してしまうだろう。
「……わかったわよ」
 香奈がしぶしぶ納得したように呟いた。










『見つけたぞ』

「ん? 何か言ったか?」
「大助こそ、何か言った?」
「言ってない」
 辺りを見回してみるが人影はない。こんな一本道に隠れる場所なんて無いから、誰かがいるわけでもなさそうだ。
 気のせいか。
「…………」
 なんとなしに空を見る。
 何か黒い物が見えた。
 しかも、それはこっちへ一直線に向かってくる。
「……っ!!」
 反射的に隣にいる香奈を思いっきり突き飛ばす。次の瞬間、黒い光が降り注いできた。

 ズガガガガガガガ!

 コンクリートの地面に突き刺さる、黒い光。
 それは俺を大きく囲むように降り注ぎ、やがて柵のように道を塞いだ。



---------------------------------------------------------------------------------------------------







「うぅ……何すんのよ!」
 急に大助に突き飛ばされて、思いっきり転んでしまった。
 まったく、急になんなのよ!
「ちょっと大助! 一体……」
 香奈が立ち上がって見たものは、現実の光景とは思えなかった。

 黒い光の刃が柵のように刺さっている。

 その中に、大助の姿がある。
「な……なにこれ……」
 地面に刺さった黒い光、それは、見覚えがあるものだった。
「闇の……護封剣……?」


 闇の護封剣
 【永続魔法】
 このカードの発動時に相手フィールド上に存在する全てのモンスターを裏側守備表示にする。
 また、このカードがフィールド上に存在する限り、相手フィールド上モンスターは表示形式を
 変更する事ができない。2回目の自分のスタンバイフェイズ時にこのカードを破壊する。


 黒い十字状の光。それはまさしく闇の護封剣だった。
 だがソリッドビジョンなら地面に刺さることはない。触ってみても、たしかに実体がある。
「なによこれ……」
 必死に頭を整理するが、分からない。
「大助! 大丈夫なの!?」
 気づいたら叫んでいた。
 こんな意味不明な物体に囲まれて、無事じゃないかも知れない。さっき大助が突き飛ばしてくれたおかげで、この黒い光から逃れることが出来た。
 どうして、こういうときに限って大助は自分の身を心配しないのよ。
 もし何かあったらどうするつもりなのよ。
「大助! 返事しなさいよ!」
「――ああ、とりあえず大丈夫だ。そっちは?」
 いつもの大助の声だ。
 隙間から見る限り、怪我もないみたい。
「大丈夫よ。それより、これどうにかならないの?」
「無理だ。固くて抜けそうにない」
「どうすんのよ……」
 たしかに隙間はあるけど、人が抜けられるような幅はない。飛び越えようにも、あいにく3メートルほどの高さは飛び
超えられない。
 穴を掘ろうにも、コンクリートはちょっと………。


『心配ねぇよ』


「………! おまえは……」



---------------------------------------------------------------------------------------------------



「昼休みの……」
『……覚えていたか』
 現れた人物。それは昼休みに決闘した三年生だった。
 だが姿は制服ではなく、黒いフードを被っている。声色も、なんだか低くなった気がした。
 どこから出てきたのかは分からないが、なにやら事情を知っているようだ。
「なにをしたんだ」
『答えても無駄だろう?』
 不気味な声色に、嫌な感じを覚える。
 昼休みの時とは全く違う、何か別のものを。
「……どうやったら、ここからでられるんだ?」
 俺が尋ねると、不良の三年生は腕を突き出した。
 漆黒のデュエルディスクが取り付けられていた。
『俺に勝てれば、出られるかもな』
 不良はそう言って構えた。
 またおかしな事を言っているな。黒いデュエルディスクとは、趣味が悪い。
 よく分からないが、とりあえず決闘をしろということなのだろう。
「わかった」
 デュエルディスクを構える。デッキも調整したし、さっきより楽に勝てるはずだ。
『では、始めようか』
 相手の背中から、何か黒いものがあふれ出た。

 黒い……霧か……?

 とりあえず、目の錯覚ではなさそうだ。
『後悔しろ。俺はお前に絶望を与えに来たんだからな』
「しるかよ」
 


「『決闘!!』」





 大助:8000LP 不良:8000LP






 赤いランプが点灯する。
「俺のターン、ドロー」
 さっそく手札を見て戦略を立てよう。
『この瞬間、デッキよりフィールド魔法を発動する!』
「!?」

 デッキからだと? 

 思わず身構えた。
 デッキからフィールド魔法を発動するなんて聞いたことがない。
『"闇の世界"!』
 不良はデッキからカードを引き抜き、フィールド魔法ゾーンに置く。そこから黒いものがふきだして、決闘場を包み始
める。沈み掛けていた夕日も闇に遮られて、視界から消えていく。
 十秒ほど経つ頃には、辺りには何もない。闇に包まれた世界が広がっていた。
 香奈の姿が見える。
 あちらもこの謎のカードに疑問を浮かべているようだった。


 闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 ???
 ???
 ???


『どうした、お前のターンだぞ?』
 不良が不気味な笑みを浮かべる。
 背筋を嫌な感じが通り抜けた。
「うるせぇよ!」
 不安を振り払うように、カードをたたきつける。
「"六武衆−ザンジ"を召喚!」
 地面に召喚陣が描かれて、橙色の光と共に薙刀を持った武士が現れた。


 六武衆−ザンジ 光属性/星4/攻1800/守1300
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ザンジ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードが攻撃を行ったモンスターをダメージステップ終了時に破壊する。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


「ターンエンド」
 まずは様子見。六武衆の中で最も攻撃力が高いザンジなら、そうそうやられはしないだろう。

-------------------------------------------------
 大助:8000LP
 
 場:六武衆−ザンジ(攻撃:1800)

 手札5枚
-------------------------------------------------
 不良:8000LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)

 手札5枚
------------------------------------------------------

『俺のターン、ドロー……"アックス・ドラゴニュート"を召喚する』
 不良はカードを一枚モンスターゾーンに置く。
 目の前に両刃の斧を持った竜人が現れた。その闘志に満ちた目がザンジを見つめる。


 アックス・ドラゴニュート 闇属性/星4/攻2000/守1200
 【ドラゴン族・効果】
 このカードは攻撃した場合、ダメージステップ終了時に守備表示になる。 


『バトルだ。"六武衆−ザンジ"を攻撃しろ』
 竜人が斧を持って突撃する。ザンジは反撃したが、竜の力を宿した力に勝つことが出来ずに押し切られてしまった。

 六武衆−ザンジ→破壊
 大助:8000→7800LP

「………!!」
 その瞬間、起こった異変。

「痛い……?」

 腕にわずかな痛みを感じた。
『どうした』
「……いや、別に」
 考えるのをやめる。
 きっと、気のせいだ。
『このモンスターは攻撃後、守備表示になる。ターンエンド』

------------------------------------------------------
 大助:7800LP
 
 場:なし

 手札5枚
------------------------------------------------------
 不良:8000LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   アックス・ドラゴニュート(守備:1200)

 手札5枚
------------------------------------------------------

「俺のターン、ドロー」
 確信は無いが、昼休みの時よりなんだか強くなっている気がする。伏せカードを置かないということは、何かを狙って
いるのかも知れない……と考えるのは慎重すぎるか?
 ひとまずここは無理をしないで、アドバンテージを稼いでおくべきか。
「"六武衆−カモン"を召喚する」
 再び召喚陣が描かれて、そこから赤色の光と共に爆弾を持った武士が現れた。


 六武衆−カモン 炎属性/星3/攻1500/守1000
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−カモン」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 1ターンに1度だけ表側表示で存在する魔法または罠カード1枚を破壊することが出来る。
 この効果を使用したターンこのモンスターは攻撃宣言をする事ができない。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


「さらに手札から"サイクロン"を発動。破壊するのは当然、フィールド魔法だ!」

 
 サイクロン
 【速攻魔法】
 フィールド場の魔法または罠カード1枚を破壊する。


 辺りに強風が巻き起こる。
 この不気味な空間を吹き飛ばそうと吹き荒れる風。

『無駄だ』

 だが風は闇を吹き飛ばすどころか、闇の空間に飲み込まれてしまった。
「何で……破壊されないんだ?」
『闇の世界は、フィールドから離れることはない』


 闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 ???
 ???

 
 フィールドを離れないって……今まで見たことのない効果だ。
『このカードはバウンスすることも破壊することもできない。新しいフィールド魔法を張っても、このカードは墓地に送られない』
 不良が笑みを浮かべて、説明する。
 単純に考えて、攻略不能の効果に思えた。
「……じゃあ"六武衆−カモン"で攻撃だ」

 ――炎殺爆破!――

 カモンは手に持った爆弾に火を付けて、守備体制を取った竜人に投げる。
 大きな爆発が起こり、相手は砕け散った。

 アックス・ドラゴニュート→破壊

「ターン終了」
 
--------------------------------------------------
 大助:7800LP

 場:六武衆−カモン(攻撃:1500)
       
 手札4枚
---------------------------------------------------
 不良:8000LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
    
 手札5枚 
---------------------------------------------------

『俺のターン、手札から"仮面竜"を攻撃表示で召喚する』
 今度は不良の目の前に、仮面をかぶった竜が現れた。


 仮面竜 炎属性/星3/攻撃力1400/守備力1100
 【ドラゴン族・効果】
 このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、デッキから攻撃力1500以下の
 ドラゴン族モンスター1体を自分フィールド場に特殊召喚する事ができる。


『さらにカードを一枚伏せて、ターン終了』
「なんで、攻撃表示なんだ?」
『……さぁな。まぁ、あの裏守備を破壊する奴が気にくわないだけさ』
 イロウのことか。


 六武衆−イロウ 闇属性/星4/攻1700/守1200
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−イロウ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 裏側守備表示のモンスターを攻撃した場合、ダメージ計算を行わず裏側守備表示のままそのモンスター
 を破壊する。このカードが破壊される場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いた
 モンスターを破壊することが出来る。


「なるほど」
 たしかにイロウは裏守備に対しては絶対無敵の力を誇っている。リバース効果も戦闘破壊がトリガーになる効果も、この武士の前では意味を成さない。
 しかも昼休みに、不良の切り札はイロウによって倒されている。だから、不良としては同じ過ちを踏まないようにしたのだろう。 
「それなら……全力で行く」
 カードを引いて、手札を見つめる。仮面竜はリクルートモンスター。倒してもまた別のモンスターを場に呼び出す効果を持った厄介なモンスターだ。
 半端な攻撃をしても、何も変わらない。
 だったら話は簡単だ。
 半端じゃない攻撃をしてやればいい。
「手札から"六武衆の結束"を発動する!」
 カードをかざすと同時に、俺の背後に巨大な陣が描かれる。


 六武衆の結束
 【永続魔法】
 「六武衆」と名の付いたモンスターが召喚・特殊召喚される度に、
 このカードに武士道カウンターを1個乗せる(最大2個まで)。
 このカードを墓地に送る事で、このカードに乗っている武士道カウンターの数だけ
 自分のデッキからカードをドローする。


 六武衆専用のドロー加速カード。使い方によっては、禁止カードと同様の働きをすることが出来る。
「さらに"六武衆−ニサシ"を召喚!」
 地面に召喚陣が描かれる。
 緑色の光と共に、二つの刀を持った武士が姿を現した。同時に後ろの陣に描かれている円の一つが輝く。


 六武衆−ニサシ 風属性/星4/攻1400/守700
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ニサシ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。

 六武衆の結束:武士道カウンター×0→1

 二回の連続攻撃が可能な六武衆。これならリクルートモンスターも突破することが出来る……が、問題は攻撃力だ。
 おそらく"仮面竜"がリクルートしてくるのは、同じモンスターのはず。今のままじゃ攻撃力は足りない。
 だが、そこも心配はない。すでにそのカードは引いている。
「"連合軍"を発動する!」
 

 連合軍
 【永続魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する戦士族・魔法使い族モンスター1体につき、
 自分フィールド上の全ての戦士族モンスターの攻撃力は200ポイントアップする。


『なかなかだな……』
 不良は感心するように笑みを浮かべた。
「これからだよ。これによって、カモンとニサシはそれぞれ攻撃力が上がる!」

 六武衆−カモン:攻撃力1500→1900
 六武衆−ニサシ:攻撃力1400→1800

「バトルだ! カモンで仮面竜を攻撃!」

 ――炎殺爆破!――

 爆発が起こり、仮面をかぶった竜は吹き飛んだ。

 仮面竜→破壊
 不良:8000→7500LP

『"仮面竜"の効果で、"仮面竜"を特殊召喚する!』
 煙の中から、同じ姿の竜が守備体制で現れた。
 やはり、思った通りだ。
「ニサシで攻撃!」

 ――三の型、疾風!――

 風の速さを持った刀が、出てきて間もない竜切り裂く。
『ぐっ……!』

 仮面竜→破壊

『もう一度、仮面竜を守備表示で特殊召喚!!』
 守備体制で現れた三体目の竜。
 相変わらず、リクルートモンスターはしつこい。
『さぁ、どうする? もう攻撃するモンスターはいないぞ?』
「ニサシは他に六武衆が存在するとき、二回の攻撃が可能になる!」
『……!』
 二刀流の武士が、もう一度刀を構えた。
「いけ! ニサシ!」
 疾風の如き素早い振りで、竜は切り裂かれた。

 仮面竜→破壊

『まだだ、ベビードラゴンを特殊召喚!』


 ベビードラゴン 風属性/星3/攻撃力1200/守備力700
 【ドラゴン族】
 こどもドラゴンとあなどってはいけない。うちに秘める力は計り知れない。


 小さな竜が現れる。この黒い世界に現れるには場違いなモンスターだった。
 モンスターの攻撃が終了したと思って、相手は適当なモンスターを召喚したのかもしれない。
「甘かったな」
『なんだと?』
「こっちは昼休みより、強くなっているんだよ」
 カードをデュエルディスクに叩きつける。
「"六武ノ書"を発動!」


 六武ノ書
 【速攻魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する「六武衆」と名のついたモンスター2体をリリースして
 発動する。自分のデッキから「大将軍 紫炎」1体を自分フィールド上に特殊召喚する。


 二人の武士の体が光に包まれる。
「"大将軍 紫炎"を特殊召喚!!」
 大きな炎が燃え上がり、その中から赤き鎧をまとった将軍が現れた。


 大将軍 紫炎 炎属性/星7/攻撃力2500/守備力2400
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが2体以上表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 相手プレイヤーは1ターンに1度しか魔法・罠カードの発動ができない。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名のついたモンスターを破壊する事ができる。

 大将軍 紫炎:攻撃力2500→2700

『大将軍だと……!?』
 この召喚は予想していなかったのか、不良は驚いた表情を浮かべる。
 これが、俺のデッキの切り札だ。
「紫炎が場にいる限り、お前は1ターンに1度しか魔法・罠を発動できない。さらにこれはバトルフェイズ中に特殊召喚
されたから、攻撃する事ができる! いけ!」
 炎をまとった剣が幼い竜を襲う。
『罠カード発動!』


 ガード・ブロック
 【通常罠】
 相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
 その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
 自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 幼い竜は炎に巻き込まれ、切り裂かれた。だがその攻撃の余波は相手に届かない。

 ベビードラゴン→破壊

『残念だったな。カードを1枚引くぞ』
「……カードを1枚伏せて、ターン終了……」
 ダメージは、思ったほど与えることはできなかったか……。
『手札が尽きたな』
「………」 

-------------------------------------------------
 大助:7800LP

 場:大将軍 紫炎(攻撃:2500)
   連合軍(永続魔法)
   六武衆の結束(武士道カウンター×1) 
   伏せカード1枚
       
 手札0枚
---------------------------------------------------
 不良:7500LP

 場:闇の世界(フィールド魔法) 

 手札5枚 
--------------------------------------------------

 たしかに手札はない。だがそれも計算済みだ。
 伏せたカードは、罠カード『炸裂装甲』。


 炸裂装甲
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 その攻撃モンスター1体を破壊する。


 相手の墓地にドラゴン族モンスターはちょうど五体。おそらく次のターン、あの切り札を出してくる。だがそれもこの
カードで迎撃できる。そうなれば、こっちは俄然有利になる。
『俺のターン、ドロー』
 不良はカードを引く。
 その口に笑みが浮かんだ。やはり予想していたとおり、あのカードを引いたのだろう。
『"龍の鏡"を発動する!』


 龍の鏡
 【通常魔法】
 自分のフィールド上または墓地から融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
 ドラゴン族の融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


『現れろ! "F・G・D"!!』
 映し出されたのは、昼休みとまったく同じ光景。
 五色の光が鏡に吸収され、そこから五つ首の龍が現れた。


 F・G・D 闇属性/星12/攻撃力5000/守備力5000
 【ドラゴン族・融合・効果】
 このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。ドラゴン族モンスター5体を融合素材として融合召喚する。
 このカードは地・水・炎・風・闇属性のモンスターとの戦闘によっては破壊されない
 (ダメージ計算は適用する)


 再び立ちふさがる五つ首の龍。こころなしか、さっきよりも大きく見えた。
「攻撃してくるのか? 伏せカードがあるけど」
 挑発する。
 上手く乗ってくれれば、力任せに攻撃してくれるはずだ。

『"闇の世界"の効果発動!』

 不良:7500→3750LP

 突如、不良のライフが半減する。
 さらに目の前の龍の体を、フィールドを支配していた闇が包み込み始めた。
 さっきまで力強い咆吼を放っていた龍は、苦しそうな声をあげる。
 闇は龍の体を浸食するように広がり、やがて五色の体は漆黒に染まる。


 不気味な龍が姿を現した。


 F・G・D:攻撃力5000→4000

「攻撃力が……下がった?」
『バトルだ!』
 漆黒の龍の口にエネルギーが貯まる。黒い炎が、こちらを焼き尽くそうと吐き出された。
「罠カード発動! "炸裂装甲"!」
 発動したカード。これで破壊できるはず――。

 次の瞬間、装甲が砕け散った。
「なっ!?」
 炎を遮る物は無くなり、黒い炎は俺ごとモンスターを焼き尽くした。

 大将軍 紫炎→破壊
 大助:7800→6500LP

「ぐあ……ぁ……!?」
 体を襲った痛み。思わず膝をついてしまった。
「ちょっと大助!? どうしたの?」
「う……っく……」
 向こう側から香奈が叫ぶ。
 どうしたって言われても……聞きたいのはこっちだ。
 体が焼けるようだった。ソリッドビジョンじゃない。まるで本当に炎を浴びたかのような感覚。いままでに経験したことがない痛み。
 いったい何が起こったのか、分からない。
 ただ一つ確かなことは、この痛みが気のせいじゃないということだけだ。
『カードを2枚伏せて、ターン終了』

-------------------------------------------------
 大助:6500LP

 場:連合軍(永続魔法)
   六武衆の結束(武士道カウンター×1)        
       
 手札0枚
---------------------------------------------------
 不良:3750LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   F・G・D(攻撃:4000) 
   伏せカード2枚

 手札3枚 
--------------------------------------------------


 いったい、どうなってる?
 現実となった痛み。なんでこんなことになったのか分からない。まるでダメージが、現実の物になったみたいだ。
 ではもし、ライフポイントが0になったら……どうなるのか……?

 ――考えたくなかった。

「ドロー……! "六武衆−ヤリザ"を召喚する」
 召喚陣から、茶色の光と共に槍を持った武士が現れた。

 
 六武衆−ヤリザ 地属性/星3/攻1000/守500
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ヤリザ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。
 
 六武衆−ヤリザ:攻撃力1000→1200
 六武衆の結束:武士道カウンター×1→2

 直接攻撃が可能な六武衆。だが今はその効果を発揮することはできない。
 仲間がいなければ、六武衆は真の力を発揮することができない。
 だがそれでも六武衆の一人。使い方はある。
「六武衆が召喚されたことにより、結束にカウンターがもう1個乗る」
 新たな武士の登場を感じ取り、背後の巨大な陣が輝きに満たされた。
「結束を墓地に送って、2枚ドロー!」
 少しでも、希望を手にするために勢いよくカードを引く。
「っ!」
 引いたのは、弓を持った武士のカードと一番高い攻撃力に反応する爆弾のカードだった。
 罠カードを引くことは出来た。
 しかしさっき炸裂装甲が効かなかった。相手には罠耐性がついたのか?
 さっきF・G・Dは漆黒に染まった。とにかく、あれが何か変化を起こしているのは間違いない。
 なんにしても六武衆で最低攻撃力のヤリザをこのままにしておく訳にはいかない。
 そう思い、カードに手を掛けた。
『速攻魔法"手札断札"!』
「なっ!?」
 発動された魔法カード、それは手札入れ替えのカードだった。


 手札断殺
 【速攻魔法】
 お互いのプレイヤーは手札を2枚墓地へ送り、デッキからカードを2枚ドローする。


 小さな侍が現れて、手に持った小さな刀を振る。手札が弾かれて、墓地に送られてしまった。
『どうした、引けよ』
 不良が憎たらしい笑みを浮かべて言った。
「くっ……」
 効果に従い、カードを引く。
 だが再び罠カードを引ける自信はない。


 恐る恐る、引いたカードを確認する。
「……!」
『む?』
「俺は……墓地の六武衆2体をゲームから除外する!」
 墓地から、弓を持った武士と爆弾を持った武士の魂が混じり合う。
 わずかな希望を掛けて、現れたのは将軍の臣下。
「"紫炎の老中 エニシ"を特殊召喚!!」


 紫炎の老中 エニシ 光属性/星6/攻撃力2200/守備力1200
 【戦士族・効果】
 このカードは通常召喚ができない。自分の墓地から「六武衆」と名のついたモンスター2体をゲーム
 から除外する事でのみ特殊召喚する事ができる。フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体
 を破壊する事ができる。この効果を発動する場合、このターンこのカードは攻撃宣言をする事が
 できない。この効果は1ターンに1度しか使用できない。
 
 六武衆−ヤリザ:攻撃力1000→1400 
 紫炎の老中 エニシ:攻撃力2200→2600

 1時間ほど前に買ったパックに入っていたもう一つのレアカード。
 攻撃をする代わりに、相手を破壊する力を持った頼りになる存在だ。これなら相手に罠が効かなくとも破壊できる。
「エニシの効果を発動! 対象はその不気味なモンスターだ!」

 ――居合い一閃!――

 老中が刀を構える。
 一瞬の間に放たれた斬撃。それは空を切り裂き、真空の刃となって襲いかかる。
 これを受ければ、まともな相手はひとたまりもない。

『無駄だな』

 放たれた斬撃が漆黒の龍へと迫る。
 瞬間、龍が鼓膜を破るかのような大きな咆吼を上げた。
 それによって大気が一気に弾かれて、真空の刃がかき消される。

 "対象"である龍には届いていない。

『残念だったな……』
「なんで……」
『"闇の世界"の効果だ』


 闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 ライフを半分支払い、カード名を一つ宣言する。
 そのカードはフィールド場にある限り、以下の効果が付加される。
 ●「このカードを対象にする相手の魔法・罠・モンスターの効果を無効にする。」
 また、宣言したカードがモンスターカードだった場合、以下の効果も付加する。 
 ●「攻撃力は1000ポイントダウンする。」
 この効果は、デュエル中に1度しか発動できない。



「対象にするカードの効果を無効にする……だと……?」
 たしかに炸裂装甲もエニシの効果も、対象を取る効果だ。
 だがこれじゃまるで……。
「神……」
 小さい頃に見た遊戯王のアニメ。そこに出てきた神の名を持つモンスターには魔法も罠もモンスター効果も効いていなかった。まさかそれを自分が相手にするとは、夢にも思うはずがない。
 当然、どう対抗したらいいかなんて考えたこともない。
『どうした、まだお前のターンだぞ?』
「……ターン……エンド……」
 仕方なく、ターンを終える。
 対象を取る効果を無効にするF・G・D。もう一つの効果のおかげで攻撃力は1000ポイントダウンしているが、それでも俺のデッキにいるどのモンスターよりも攻撃力が高い。

-------------------------------------------------
 大助:6500LP

 場:六武衆−ヤリザ(攻撃:1400)
   紫炎の老中 エニシ(攻撃:2600)
   連合軍(永続魔法)
               
 手札1枚
-------------------------------------------------
 不良:3350LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   F・G・D(攻撃:4000) 
   伏せカード1枚

 手札3枚 
------------------------------------------------       
 
『俺のターン、カードを一枚伏せて”サイクロン”発動だ。”連合軍”を破壊する』


 サイクロン
 【速攻魔法】
 フィールド場の魔法または罠カード1枚を破壊する。


 再び大きな風が起こり、連合軍が破壊された。
 それによって場にいる武士の力が下がる。

 六武衆−ヤリザ:攻撃力1400→1000 
 紫炎の老中 エニシ:攻撃力2600→2200

『バトルだ。ヤリザを攻撃しろ』
 漆黒の龍がその口に炎を貯める。
 それを防ぐカードはない。

 ――ダーク・ファイブフレア!――

 漆黒の炎が、ヤリザを跡形もなく焼き尽くす。炎の勢いは止まらず、そのまま俺に襲いかかった。
「うわああああぁぁ!!」

 六武衆−ヤリザ→破壊
 大助:6500→3500LP

「ぐ……うぅ………!」
 さっきよりも明らかに痛みが増している。
 この痛みはダメージ量に比例しているのか? それとも残りのライフが関係しているのか?
 なんにしても、ライフは半分を切った。
『ターンエンド』
 
-------------------------------------------------
 大助:3500LP

 場:紫炎の老中 エニシ(攻撃:2200)
               
 手札1枚
---------------------------------------------------
 不良:3350LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   F・G・D(攻撃:4000)
   伏せカード1枚

 手札3枚 
--------------------------------------------------       

「俺の……ターン……!」
 カードを引く。引いたのは、六武衆の超展開を可能にするカードだった。
 だが、今は使うべき時ではない。
 もう1枚の手札に手を掛ける。
「カードを一枚セットして、"異次元の戦士"を召喚する!」


 異次元の戦士 地属性/星4/攻撃力1200/守備力1000
 【戦士族・効果】
 このカードがモンスターと戦闘を行った時、
 そのモンスターとこのカードをゲームから除外する。


 相手を別の次元へ連れて行くモンスター。たしかこいつは対象をとらない効果を持つモンスターだったはずだ。
 これなら、相手の龍をこの場から取り除くことが出来る。
「バトルだ!」
『ダメージ覚悟で特攻してくるか』
「……!」
 不良の言葉に一瞬ひるむ。たしかに、多大なダメージは受けてしまう。でもこのままただやられるくらいなら、この方がずっといいに決まっている。
「いけ!」
 異次元の戦士が漆黒の龍の突撃する。
 剣先が龍にまで届きそうになった瞬間、空間に穴が空いた。
 戦士は突撃する勢いを止められず、その穴に飲み込まれてしまった。

 異次元の戦士→除外  

「なっ!?」
『"次元幽閉"を発動した』


 次元幽閉
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 その攻撃モンスター1体をゲームから除外する。


 ここで次元幽閉だと……。
 読まれていたのか。
『狙いがはずれたな』
「………ターンエンド」
『守備表示にしなくても良かったのか?』
「え……あ……!」
 言われて気づいた。
 エニシが攻撃表示のままになっている。
 俺としたことが、狙いがはずれたことによるショックで簡単なミスをしてしまった。

-------------------------------------------------
 大助:3500LP

 場:紫炎の老中 エニシ(攻撃:2200)
   伏せカード1枚
               
 手札0枚
---------------------------------------------------
 不良:3350LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   F・G・D(攻撃:4000)

 手札3枚 
--------------------------------------------------

『俺のターン、バトル、消え去れ』
 不良が命令すると同時に、漆黒の炎がエニシを消し去った。

 紫炎の老中 エニシ→破壊
 大助:3500→1700LP

「ぐっ…ぅ…!」
 なんとかその場に留まる。さっきの3000のダメージよりは、痛みは酷くない。
 おそらく、ダメージ量に比例して痛みが強くなるのだろう。
 くそ……本当に何がどうなっているんだ。
『だいぶライフが減ったな』
「…っ…!」 
 ライフポイントはあと1700。四つ星モンスターの一撃だけでも削り取られてしまう数値だ。
 でも、まだ諦めるには早い。
 まだ希望はある。
 あのカードが引ければ……!
『カードを1枚伏せて、ターンエンド』

-------------------------------------------------
 大助:1700LP

 場:伏せカード1枚
               
 手札0枚
---------------------------------------------------
 不良:3350LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   F・G・D(攻撃:4000) 
   伏せカード1枚

 手札3枚 
--------------------------------------------------


「俺のターン!」
 頼む、来てくれ!
 あのカードを使えば、あの龍だって突破できる!
「ドロー!!」
 
 ゆっくりと確認する。

 このカードなら……!!


「カードをセットして、ターンエンドだ」
『俺のターン、どうやら、終わりだな』
「…………………………………」
『バトルだ。闇に消えろ』

 ――ダーク・ファイブフレア!――

 すべてを飲み込むかのような黒い炎が、迫る。











「――消えてたまるかよ!」
 すぐさま俺は伏せカードを開いた。 

 究極・背水の陣
 【通常罠】
 自分のライフポイントが100ポイントになるようにライフポイントを払って発動する。自分の墓地に
 存在する「六武衆」と名のついたモンスターを自分フィールド上に可能な限り特殊召喚する(同名カード
 は1枚まで)。ただし、フィールド上に存在する同名カードは特殊召喚できない。

 大助:1700→100LP

 六武衆最高の展開力を持つカード。墓地にはザンジ、ニサシ、ヤリザがいる。つまりこの三体が特殊召喚されて、相手の攻撃を防ぐ壁になる。
「これで攻撃は届かない!」
 大助を中心に大きな召喚陣が描かれる。その中にある三つの円が光り輝く。
「現れろ! "六武衆−ザン――」
 

 パァン!


 突如、地面の召喚陣が消え去った。
 何が起こったのか分からなかった。
『そのカードに対して、このカードを発動した』
 笑みを浮かべる不良の前には、1枚のカウンター罠が開かれていた。


 トラップ・ジャマー
 【カウンター罠】
 バトルフェイズ中のみ発動する事ができる。
 相手が発動した罠カードの発動を無効にし破壊する。


「な……に……?」
『終わりだ』
 漆黒の炎が迫る。
「……! ダメージステップに、"和睦の使者"を発動する!!」


 和睦の使者
 【通常罠】
 このカードを発動したターン。相手モンスターから受けるすべての戦闘ダメージを0にする。
 このターン自分のモンスターは戦闘によって破壊されない。

 
 漆黒の炎が聖人達のよって作られたバリアに弾かれる。
 そのおかげで、ギリギリで炎から身を守ることができた。
 だけど………。
『生き延びたか。だが、どうする?』
「………………」
 答えられなかった。 
 "究極・背水の陣"で六武衆を蘇らせて攻撃を防ぎ、返しのターンに"和睦の使者"でダメージを無効にして、対象を取らないザンジの効果で龍を倒す。
 その計画は、完璧に崩されてしまった。

『カードを1枚伏せてターンエンドだ』

-------------------------------------------------
 大助:100LP

 場:なし       
               
 手札0枚
-------------------------------------------------
 不良:3350LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   F・G・D(攻撃:4000)
   伏せカード1枚

 手札3枚 
-------------------------------------------------


「……………」
 自分のターンになったのに、俺は動けなかった。
 すべての切り札を失ってしまった。紫炎もエニシも、"究極・背水の陣"も"和睦の使者"もなくなった。
 目の前には対象を取る効果を無効にする漆黒の龍。

 俺の場には何もない。
 デッキにも逆転できるカードは……ない。

『悟ったか……』
 不良が言う。
『おまえは、負ける以外の道は残されていない。俺の場に伏せてあるのは、"竜の逆鱗"だ』


 竜の逆鱗
 【永続罠】
 自分フィールド上のドラゴン族モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時に
 その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。


『次のターン、お前が守備表示モンスターを召喚しても貫通ダメージによってお前は負ける。もう諦めろ』
「…………………………」
 言い返せなかった。

 言い返す気力も、体力も残っていなかった。
 現実化したダメージ。度重なる攻撃。失った切り札。

 何も……残っていない。

 何を引いても、効かない、倒せない。

 希望は……ない。

『サレンダーしろ。そうすれば、楽になるぞ』
 サレンダー……それはライフカウンターの上に手を置き、自ら敗北を認めること。
「……」
 自分の手を見つめた。
 このままやっても………無駄なのかも知れない。次のターン、おそらく俺は何も出来ずにターンを終える。
 そして、あの黒い炎に飲み込まれる。4000のダメージが体を襲う。
 ひとまず、無事じゃ済まないだろう。
 だったら、このまま……楽になった方が……いいのかもしれない。
「………」
 手が自然と、ライフカウンターに伸びていく。

「ふざけてんじゃないわよ!」

 香奈の声だった。
 ライフカウンターへ伸ばしていた手が、止まる。
「なんであんたがサレンダーしろとか命令してんのよ! 大助に命令していいのはあたしだけなのよ! あんたが命令していい権利なんか少しもないのよ!!」
 こんなときに、何を言っているのだろう。
『……そうか、なら言ってやれ、サレンダーしろと』
 不良が言う。
 さすがの香奈も状況は分かっているはずだ。俺のデッキに、この状況を覆せるカードはない。
 こいつは俺が目的みたいだし、俺を倒したあとでお前を襲うことはないだろう。
 だったら、もういい。
 これ以上………戦ったところで………。

 





























勝つわよ


 香奈は確かに、そう言った。
『………何を言っている』
「聞こえなかったの? 大助は、あんたに勝つって言ってんのよ!」
「……」

 香奈の言葉。
 それが崩れかけた心に、届いてくる。

『ならこの状況はどうする?』
「大助なら何とかするに決まってる! 大助! あんた、ドローしなさいよ!」
「………………」
「黙ってるんじゃないわよ! 私が勝てって言ったんだから、勝ちなさいよ! 大助ぇ!」
「……………………俺は…………………」
『やれやれ、面倒な彼女を持ったな………さっさとサレンダーしろ』
「…………………………………」

 心が揺れる。
 香奈は信じてくれている。
 それに応えたいとは思う………思っているが、今の状況を冷静に判断している自分がいる。
 相手の場には効果耐性を持った超攻撃力のモンスターが1体。俺の手札は0枚。ライフもこっちは残り100。相手とは3000以上ものライフ差がある。次のターンでモンスターを引いて守備表示にしても、貫通ダメージで負け。
 どうしろというのだ。この状況を。
 こんな状況を覆せるカードが、俺のデッキに入っているのか?

『心配しなくても、すぐに彼女もあとを追わせてやるさ』

 ――ドクン。

 その言葉に、鼓動が早まった。
「なん、だって?」
 香奈を……どうするだと……?
『おまえも気づいているだろう。この決闘はダメージが本物になって襲ってくる。ライフが尽きれば当然、命を失う事になる。まぁ、正確には闇に飲まれて、生け贄の一部となる訳だが……』
「……それを、香奈にも……?」
『当たり前だろ? お前ら二人は上質の力を持っている。のびしろもある。しかもお前は白夜のカードも持っている。これほど生け贄に適する人物はそうそういないだろ』

 ――ドクン――ドクン。

 なぜかは分からない。
 だが鼓動が、更に早まった。
「俺を倒したら、おとなしく去ってくれないのか……?」
『何を甘いことを言っている。そんなことあるわけないだろ? 二人まとめて、絶望に沈めてやるよ』
 不良が大声を上げて笑った。

 ――ドクン――ドクン――ドクン――ドクン。

 鼓動の音が、とてもよく聞こえていた。
 胸の奥が熱くなっていく。
「…………香奈」
「なに?」

「……俺は……勝つ……!」

「なに当たり前のこと言ってんのよ。さっさと勝ちなさい」
 香奈の笑顔が見える。
 本人は隠しているつもりなのかも知れないが、その中にはわずかな不安が含まれている。
 そんな顔をするな。お前に不安な表情は似合わない。
 いつもみたいに強気な笑みで、見守っていてくれ。
「っ……!!」
 ライフカウンターへと伸ばしていた手を、デッキの一番上へもっていく。
 香奈は俺を信じてくれた。
 小学校からずっと一緒だった幼なじみ。俺が負ければ、次は香奈に危険が及ぶ。
 おそらく香奈は負けないだろう。
 だが、だからといって何もしないわけにはいかない。
 何もしないで、ただ負けるのを待つことなんて出来ない。

 あいつは俺に勝てと言った。
 だったら、たとえどんな絶望的状況でも負けるわけにはいかない。

 ましてや、絶対に諦めるわけにはいかない!!!



 ――いつか、君達の想いがカードに届いたとき、そのカードに色がつく――


 あのおじさんの言葉が、なぜか頭に浮かんだ。

「俺のターンだ!!」
 右手をデッキの1番上に手を置く。
 次の瞬間―――


 ――デッキが大きく輝いた。


「っ!?」
「え!?」
『こ、これは……!』
 デッキから溢れんばかりの白い光。
 その光が辺りを覆う闇を照らす。
「!?」
『これは……まさか……!?』
 不良が驚いた表情を見せる。香奈も、何が起こったのか分からない様子だ。
 俺も、なんでカードが光っているのか分からない。
 だがなぜか心の中で安心が生まれた。
 どうしてだろう。これを引けば勝てる気がした。
「ドロー!」
 光輝くカードを勢いよく引き抜く。
 それは――――「先祖達の魂」だった。
「これは……」
 光を放つカードをじっくりと見る。
 イラストに変化は見られない。だが効果欄には……。
「……!」
 そうか、そういうことだったのか。
「俺は"先祖達の魂"を召喚する!!」
 デュエルディスクにカードを置く。
 地面から青白い光が無数に現れた。
 無数の光が俺を守るかのように、一列に並ぶ。
「召喚……できた……」
「なにこれ……綺麗……」
 今まで反応しなかったカードが、フィールドに初めて現れた。
 儚いように見えて力強く光るモンスター。
 それを見ていると、今までの痛みが少しだけ和らぐような気がした。
「"先祖達の魂"の効果発動だ! 召喚した時にフィールドと手札に他のカードがなければ、墓地から"大将軍 紫炎"を特殊召喚できる!!」
『……!』
 青い光が集まり、円を描き回り始める。
 その中から、炎の力を宿した将軍が現れた。
 だがその体は傷つき、鎧は壊れ、その刀は折れている。
「だけど、この効果で特殊召喚された紫炎は攻守が0になり、効果も無効になる」

 大将軍 紫炎:攻撃力2500→0 守備力2400→0 効果→無効

『ふっ……攻守が共に0のモンスターを2体呼び出して、どうする気だ?』
 不良が笑う。自分の勝利を確信している顔だ。
 後ろにいる香奈も、心配そうにこっちを見つめている。
「…………」
 攻撃力が4000もある相手に対して、攻撃力0のモンスターを2体並べただけでは意味がない。
 たしかに……そうだ。

 ……いや、そう”だった”。

 なぜ先祖達の魂が現れないのか。それがずっと分からなかった。
 けれど……今になってようやく分かった気がする。
 このカードは不完全だったのだ。不完全なカードが、デュエルディスクに認識される訳がない。
 だが今、このカードは完全な姿で手札に舞い込んできてくれた。
 だからちゃんとデュエルディスクに認識されて、姿を現してくれたんだ。

 不良は言った。攻守が0のモンスターを並べてどうするのかと。
 たしかに………今までは無力な紫炎を蘇らせることしか出来なかったただのカードだった。
 でも今は違う。
 
 ――こいつの真の効果は紫炎を蘇らせた、その先にある!――



 先祖達の魂 光属性/星3/攻0/守0
 【天使族・チューナー
 このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時に自分フィールド上と手札に他のカードが無い
 場合、自分の墓地から「大将軍紫炎」1体を表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
 ただし、この効果で特殊召喚したカードの効果は無効となり、攻撃力・守備力は0になる。


『チューナー……だと!?』
「いくぞ! レベル7の"大将軍 紫炎"にレベル3の"先祖達の魂"をチューニング!」
 淡い光が強く輝き出す。ボロボロになった将軍の体の周りを回り始めて、その体の中に入っていく。
 赤い鎧はさらに強く、刀はさらに鋭く、硬く、その闘志は更に大きく!
『六武衆でレベル10のシンクロなんて……聞いたことがないぞ!』
「……俺もない」
 でもさっきデッキは輝いた。
 正確にはデッキの一番上と一番下のカードが輝いた。
 一番上は先祖達の魂だった。
 そして一番下はエクストラデッキゾーンにあるカードのはずだ。

 あの日、知らないおじさんからもらった白紙のカードは2枚。
 その1枚がチューナーである"先祖達の魂"になったのなら、もう1枚は当然、シンクロモンスターになるはずだ!!

「シンクロ召喚! 現れろ! 大将軍 天龍(てんりゅう)!!」

 カードを力の限り、叩きつけた。
 紅蓮の炎が燃えさかる。
 その中から、深紅の鎧を身にまとい、身の丈ほどある刀を持った武士が現れた。


 大将軍 天龍 炎属性/星10/攻3000/守3000
 【戦士族・シンクロ/効果】
 「先祖達の魂」+「大将軍 紫炎」
 1ターンに1度だけ、デッキ、手札または墓地から「六武衆」と名のついたモンスターカード1種類
 すべてをゲームから除外することができる。この効果で除外したモンスターの属性、攻撃力、守備力、
 効果を、相手ターンのエンドフェイズ時までこのカードに加える。
 この効果で得た効果は、他に「六武衆」と名のついたモンスターが存在しなくても発動できる。



「天龍の効果発動! デッキと墓地から、"六武衆−ヤリザ"3枚をゲームから除外する!」
 墓地とデッキから茶色の光が輝く。
 その光は天龍の刀に宿り、巨大な刀を1本の槍へと変化させた。

 大将軍 天龍:攻撃力3000→4000  守備力3000→3500  炎→炎+地属性

「天龍はヤリザの力を宿して、相手に直接攻撃できる!!」
『攻撃力4000でダイレクトアタックだと!?』
「バトル! いけ! 大将軍 天龍!!」
 地の力を宿した将軍が、漆黒の龍の下を目にもとまらぬ速さで駆け抜ける。

 ――奥義、神速突破剣!!――

 斬撃は、一瞬だった。

『ぐああああああああああああああああああ!!!』


 不良:3350→0LP


 不良のライフが0になる。
 決闘は、終了した。





「くっ……!」
 倒れそうになる体を、気力で支える。
 なんとか、勝つことが出来た。
 辺りを覆っていた闇が晴れていく。辺りはもう日がおちていて、月が顔を出していた。
『ぐぅ…ぅ…!』
 倒れた不良に、ゆっくりと近寄る。
 4000ポイントものダメージを受けたんだ。相手だって無事じゃないはず。
「おい、大丈夫――」
 声をかけた瞬間、不良の付けていた漆黒のデュエルディスクが砕け散った。
 突然、不良の体が黒く染まる。
「……!?」
『ぐ、あぁぁぁぁぁぁ!?』
 苦しそうな悲鳴。その体が足元から消えていく。
 そして不良は、煙のように消えてしまった。
「何だよ………これ…………」
 体から一気に力が抜け、地面に倒れる。
 背中に倒れた衝撃が響いたが、たいして気にならなかった。
「ちょっと!」
 香奈が駆け寄ってきた。
 周りを囲っていた黒い刃も、いつの間にか無くなっていた。
「大丈夫なの!?」
 心配そうな表情で、香奈は言った。
 上手く、声がでない。
 とりあえず、心配させたくなかった。
「…………あぁ……」
「ウソつかないでよ! ボロボロじゃない!」
 目が霞む中、香奈の顔を見た。気のせいだと思うが瞳が潤んでいる。
「救急車呼ぶから、しっかりしなさいよ!」
「……それより香奈……無事か……?」
「馬鹿!! あんたの方が無事じゃないじゃない!」
 香奈は携帯を取りだした。
「もしもし、一台お願いします!………大助?」
「…………………………」

 目の前が暗くなる。

「大助!? 起きなさいよ! 大助!」
 香奈の声が、聞こえた。



 俺の意識は、そこで途切れた。




episode3――光の胎動――





 ――PM12:00――

 
 ある家の中で会議が行われていた。会議といっても、会社でやるような大人数はいない。
 男が二人。爽やかな笑みを浮かべている青年と強面の男。そしてなんだかそわそわしていて落ち着かない女性が1人、机を挟んで向かい合う形でソファに座っている。
 年齢的には大学生か、なって間もない社会人という感じだ。
「じゃあ、会議を始めたいんだけど………」
 女性が小さな声で言った。
「……………………」
「良い知らせはありますか?」
 男の方は黙って頷き、青年の方は聞き返した。
「白夜のカードが覚醒したみたいなの」
「本当ですか?」
「うん……」
 女性は静かに、座る男に目配せをする。
 強面の男は懐から資料をとりだしてみんなに見せるように広げた。
「約5時間前の反応だ。場所はTの35」
 男はそれだけ言うと、また黙ってしまった。
 他の二人は静かに息を吐いて、再び向き直った。
「それでカードの所有者は?」
「中岸大助……高校生だ」
「……高校生ですか。大助君は今どこに?」
 爽やかな笑みを浮かべて、青年は尋ねた。
「うーんと………」
 女は困ったように黙った男を見る。
 男は静かにため息をついて立ち上がり、近くに置いてあるパソコンに手を掛ける。

 かかかかかかかかかかかかっかかか………

 目にもとまらぬ早打ちが始まった。

「フツノ病院だ」

「分かりました。じゃあ僕が行きましょう」
 青年はそう言って立ち上がり、部屋を出ていく。
 それを見送った後、女性は息をついた。
「疲れたね……」
「………」
「やっぱり、私が行った方が良かったのかな?」
「…………」
 女性としては男に話しかけたつもりだったのだが、答えてはくれなかった。

 こんなんで、大丈夫なのかな。

 女性は一人でため息をつく。このチームを組んでから結構経つのに、いまだにこの人はまともに口を効いてくれない。
 頼りになるのは確かなのだが、何かが違う。これから世界をかけた戦いをするのに、こうもバラバラで大丈夫なのだろうか。
 とはいっても、相手の力に対抗できるのは自分とさっき出て行った青年の二人しかいないんだけど……。
「はぁ……」
 ため息がでてしまった。
 別に壁を作っているつもりはないのに、どうしてこの人は話をしてくれないんだろう。
「……あぁ」
「え?」
 発せられた声。
 とても低く、聞き取りづらいものだった。
「つかれたな」
「そ、そうだよね。じゃあなんか食べない? 冷蔵庫にケーキが――」
「――俺は甘いものが嫌いだ」
「そ、そうだったね……」
 再び気まずい空気が流れる。
 女性は頭をかいて、どうしたらいいか悩んでいた。

 これじゃ、だめかも。

 静かにため息をつく。
 ひとまず、今は彼に頼るしかない。白夜のカードは覚醒したということは相手の方も動き出しているはず。
 本当は自分が行くべきだろうが、なんだかこの物静かな男を放っておけない気がした。
「たのんだよ………」
 

---------------------------------------------------------------------------------------------------


 ――PM1:00――


 ある場所の地下で会議が行われていた。会社でやるような大人数には満たないが、それでも十分な人数がその空間にいた。
 集められた理由はただ一つ。白夜のカードが覚醒したという報告があったからだ。
 その証拠に、数時間前に新たに仲間になった一人がやられたのだ。
 暗い部屋の中で、皆が黒いフードをかぶって、自分の机にあるディスプレイを眺めている。たまたまあった防犯カメラの映像を丸ごと抜き取ってきたものだ。
 そこに映されているのは、ある高校生の決闘だった。
『これが、白夜のカードか……』
 一人の人物が、召喚された深紅の将軍を見ながら呟く。
 強大な攻撃力を持ち、闇の世界の効果を受けたF・G・Dをすり抜けて相手へ直接攻撃した。
 カードテキストを見ることは出来ないが、幾多の経験からなんとなく効果の察しはつく。六武衆の力を一人で発動できるとかそんなところだろう。
『どう思う?』
『たいしたことありませんね。所詮は高校生でしょ? とっとと始末しちゃった方が良いんじゃない?』
『だが、このカードはどんな状況にも対処できる力があるかもしれない』
 それぞれがそれぞれの意見を言う。
 そこにまとまりなどあるはずもなく、ただ自分のデッキとの相性を見て判断している状態だ。
 別にそれを正すつもりはない。
 自分も同じようにデッキとの相性を見ているだけなのだから。

 とりあえず、深紅の将軍は何種類もの効果を持っていると考えるべきだろう。様々な状況で力を発揮することができるのは間違いない。自分にはやりづらい相手だと、その男は思った。
『対応できないとしたら誰かしら?』
『それは………』
 全ての人物が、端の方に座った一人の男を見る。
 その男は不気味な笑みを浮かべながら、立ち上がった。
『俺が行っちゃってもいいのかボス』
 他の全員が、ボスの反応を伺った。
『………あぁ』
 他の人物が驚いたように許可を出したボスを見る。
『マジ?』
『あぁ、行って始末してこい』
『分かったぜ』
 その人物は勢いよく部屋を出て行った。
 

『行かせてよかったのか』
 男が出て行った後、一人の男がボスに話しかけた。
 ボスは静かに頷いて答える。
『あぁ、あいつのデッキなら、このカードでは対応できない可能性が高い』
 全員が再び、ディスプレイを見つめる。
『……たしかにな』
『かわいそうだね』
『珍しいな。おまえがそんなことを言うなんて……』
 一人の男は空いた席の方を見る。
 だがそこには誰もいない。
『そうかな。でも楽しみだな。早く全部つぶしちゃおうよ』
『そういうな。おまえに仕事があるように、みんな色々あるんだ』
『分かったよぉ』
『じゃあ、解散?』
『あぁ、各自戻ってくれ』
 その言葉で、全員が解散を始める。その中、一人がひっそりとボスのそばに寄った。
『私も行きましょう。彼だけでは心配ですから』
『…………頼む』
 その人物は頷いて、部屋から出て行く。

『さて………あと少しか……』



---------------------------------------------------------------------------------------------------




 ………シャリシャリシャリ………
 


 音が聞こえた。
 リンゴを剥く音だ。
 香奈がやっているのか?
 そもそも、ここはどこだ?

「おや、お目覚めですか」

 目を覚ました俺が最初に見たのは香奈ではなく、爽やかな印象を受ける一人の青年だった。黒と茶の混じった髪が、目にかかるか、かからない程度に伸びている。目は細く、瞳の色は黒い。全体的にほっそり……いや、一般的な体型だ。
「どうしましたか?」
「………あんた、誰だ?」
 ひとまず尋ねる。
 青年は爽やかな笑みを向け、手に持ったナイフとリンゴを置いた。
「これは失礼しました。自己紹介がまだでしたね。僕は伊月 弘伸(いつき ひろのぶ)と申します。以後お見知りおきを」
 伊月と名乗った青年は、丁寧にお辞儀をした。
 一応、こっちもお辞儀を返しておく。
「ここは……?」
「覚えていませんか。まぁ仕方ありませんね」
 伊月は再びナイフとリンゴを手に取り、説明を始める。
「気を失ったあなたは、香奈さんの連絡を受けた救急車に運ばれてこのフツノ病院に来たんですよ。医者の診察を受けた後、あなたはベッドにつかされて、そのままこの時間まで眠ったままだったんです」
 時計を見た。時間はは午前10時前。
 単純に考えて、半日ほどここにいたことになる。
「医者は手の施しようがないと言っていましてね。彼女はとても心配していたんですよ」
 伊月は何が面白いのか、リンゴの皮を剥きながら微笑む。
「………香奈はどこだ?」
 俺がここにいる経緯は分かった。
 だが肝心の香奈はどこにいる。それにおまえの名前は分かったが、素性が分かった訳じゃない。香奈の友達でもなさそうだしな。
「あぁ、彼女ね………」
 伊月は一瞬だけ、遠くを見るような表情を浮かべた。

「始末しました」

「なに!?」
 ベッドから跳ね起きる。途端に体が痛みを訴えた。
「冗談ですよ。彼女は今、昼食を買いに行っています。その隙を狙って私がこの病室に来たわけです」
 伊月は小さく笑って、皮を剥いたリンゴを切り始めた。
「ふざけてるのか?」
「滅相もありません。僕はあなたに話があってここに来たんです。ところでどうですか、リンゴでも一つ」
 そう言って伊月は切ったリンゴを差し出す。綺麗に八等分されたリンゴが、花を連想させるかのように並んでいた。
 もちろん、素性も分からない人から差し出されたものを素直に食べる俺じゃない。
「そんなに睨まなくても、彼女はいずれ来ますよ。まぁ、僕を見たら真っ先につっかかってくるでしょうが……」
 伊月は楽しそうに笑みを浮かべる。
 なんだか、不気味だ。
「さて、彼女は今頃、購買でしょうか……」
 空を見る。
 雲がかかっていて、今にも雨が降りそうだった。


------------------------------------------------------------------------------------------------------


「うーん……」
 香奈は悩んでいた。手元に500円がある。
 さっき大助のバックをまるごと拝借して、その中にあった財布から抜き取ったものだ。
 目の前に480円の豚肉弁当と520円の牛肉弁当がある。
 気分的にはガッツリと食べて栄養補給をしたいところなのよね。それにはやはり豚肉より牛肉の方がいいに決まっている……でもそっちを買うためのお金が足りない。
 やっぱり、値引きを頼むしかないのかしら。
 でも、病院で値引きというのも……。
「うぅ……どうしよう……」
 どうして500円でコストを抑えてくれなかったのかしら。
「早く決めてくれないかな? あとがつかえているよ」
 購買のおばさんの声に反応して振り返る。
 数人の病人が、こちら迷惑そうな表情で見つめていた。
「は、はい……」
 しぶしぶ豚肉弁当を選ぶ。支払いを済ませて、近くにある椅子に座ってにそれを一気にたいらげた。予想はしていたけれど、思っているよりおいしくない。
 量もいまいちだし、大助のカバンにはもう金がない。
「……まぁ、しょうがないわよね」
 購買を後にして、病室に戻ろうとエレベーターのあるエントランスに足を運ぶ。
「おばあちゃーん」
 子供達がはしゃいでいる。
 きっと誰かのお見舞いに来たのだろう。
「これ、はしゃいじゃいかんよ」
 一人のおばあさんが、そんな子供の姿を見ながら微笑んでいる。退屈であろう病院の暮らしの中にある、唯一の楽しみなのかもしれない。
「……早く……戻らないとね」
 エレベーターのボタンを押す。
 最上階に位置していたエレベータがここまで下りてくるのには、かなり時間がかかるだろう。
「………」
 待っている間、昨日の出来事を思い返してみる。
 昨日、大助が不良とやった2戦目の決闘。大助の反応は異常だった。ソリッドビジョンでの立体感のある攻撃は、一瞬本物のように感じるけれど、膝をつくほどじゃない。ましてや苦しそうな悲鳴を上げるほどの衝撃もおきない。
 でもあの反応は、まるで本当に炎に当てられていたかのような苦しみ方だった。決闘が終わった後の体はボロボロで、最終的に意識まで失ってしまった。
 いったいどうなってるの?
 昔見たアニメに、似たような話があった気がする。たしか闇の決闘と呼ばれているもので、ダメージが実際に現実のものになるというものだ。
 まさかそのアニメのように、ダメージが本物となって襲ってきた?
 そんなはず……ない。そんな話はアニメの中だけのはずだし。

 考えているうちに、エレベーターが下りてくる。

 きっと……大助は今も眠っている。
 医者は手の施しようがないと言って途方に暮れていた。どういう訳でこんな傷が付いたのか分からないと言っていた。
 どこがどう悪いのか詳しく分かる訳じゃないけれど、それでも大助が大変なことぐらい見れば分かる。
 医者にはあの決闘のことは言わなかった。 
 普通の決闘で怪我をするなんてまずありえない。そう言って呆れられるのがオチだと思ったからだ。
 だから言わなかったけど、今になって言っておけば良かったかも知れないと思う。

 ……もし……このまま、大助が目を覚まさなかったら……。

「っ!」
 だめだめ、そんなのあるわけない。大助が目覚めないなんてありえない。
 小学校の頃からずっと一緒にいるのよ。
 大助が私のそばからいなくなるなんて考えられない。考えたくもない。ていうか、起きなかったらぶん殴ってでも起こしてやる。
 早く戻って看病してやろう。それで起きたら、心配させたお詫びに弁当を買わせてやろう。
 うん、そうしよう。



『中岸大助の部屋はどこだ?』

 不気味な声が聞こえた。
 見ると受付前に、黒いフードをかぶった男がいた。周りにいる患者や看護婦達が不気味な男へと意識を向ける。その右腕には、あの不良が付けていたものと同じ漆黒のデュエルディスクがついていた。
「……!」
 頭に蘇る、昨日の決闘。
 まさか……あれって不良の仲間……!?
「すみませんが、保護者の方ですか?」
 聞かれた受付が尋ねた。
 そんな訳無い。全身黒ずくめの男が、どうして大助の親なんて言えるのよ。
 そいつは……そいつはきっと、あの不良の仲間。そんな人が大助の居場所を聞くなんて、絶対に何かある。
 お願い! そのまま追い払って!
 必死に祈る。今、大助に不良の仲間を会わせるわけにはいかない。
 あんな決闘は夢だったと、信じていたかった。

『いいから、教えろ!』
「そういうわけにはいきません!」
 受付係の人は断固として拒否する。
 身分を証明する物が無い上に、こんな不気味な姿で病院に入ってきた男を簡単に患者の元へやるわけにはいかない。という意志が感じられた。
『そうか……』
 黒いフードをかぶった男は、静かに受付から離れる。
 あきらめたのかしら……?
 そう思ったのも束の間、その腕の機械が展開される。
『ファイヤーボール』
 男のかざしたカードから、大きな火の玉が現れて、受付を襲った。

 火災警報と悲鳴が、同時に聞こえた。

『ファイヤーボール』
 男はさらに2枚のカードをかざす。火の玉の内の1つがこっちへ向かってきた。
「きゃっ!」
 とっさに伏せる。頭の上をなにか熱い物が通り過ぎた。その感覚は決して気のせいではない。
 玄関のドアが燃え、後ろにあったエレベーターに火がつく。外へ出る道が塞がれたことによって、悲鳴がさらに大きく
なった。
「熱い……」
 本物の"炎"が発射されている事は明らかだった。
 さっきまで受付があった場所は火の海になっていることからも、この状況が現実だということが感じ取れる。
『どこだ、出てこい! このまま病院を燃やし尽くしてもいいんだぞ!!』
 男は叫ぶ。
 でも、このフロアに大助はいない。だけどそんなことをこの男が知っているはずもない。
 男は更にカードをかざして、手当たり次第に燃やし始めた。
「どうしたらいいの……?」
 私は火が回っていく光景を見ながら、ただ呆然とするしかなかった。
 状況から見て、あの男の漆黒のデュエルディスクが何らかの反応を起こしているのは間違いなかった。
「急いで消せ!」
「消火器を、早く!!」
 火が辺りを燃やし尽くす。必死に看護婦達が消化器で火を消そうとするが、火の勢いは強まるばかり。
 辺りには子供の悲鳴や鳴き声が響く。
「……!」
 炎の波が、こっちに向かってきた。
 とっさに横に飛んで回避する。お気に入りの靴が、少し焦げた。
「おばあちゃあん……」
 物陰で、おばあさんが子供を抱きかかえながらカタカタと震えていた。抱きかかえられた子供はこの状況に、ただ泣くことしかできないみたいだ。
「大丈夫だよ、圭くん。大丈夫だから……」
「……!」
 なんとかしなきゃ。
 子供を必死に守るおばあさんをみて、そう思った。
 このままじゃ、みんな大変なことになる。その前に、なんとか……! 
『はーはっはっはは!!』
「やめなさいよ!!」
 私は勢いよく駆けだして、男との距離を詰めた。
 右拳に力を込める。
 そしてそのまま、相手の顔面に向かって思いっきり突きだした。
『っ……!』
 思いっきり殴ってやった。これを食らえば、たとえ相手が大人だって……。
『何をする』
 男は、何事もなかったかのように立ち上がった。
「効いてない……」
『この状況で俺に殴りかかるとは、たいした女だな。俺を倒してこの火を消させようとでもしたか?』
「………」
 勝手に評価してくれるのは構わないけど、別に考えがあって殴った訳じゃない。
 ただ単に、人が苦しんでいるのを見て笑うあんたが許せなかっただけよ。
「っ……!」
 もう一発、顔面を殴る。
「……った!」
 まるで、鉄の塊を殴ったようだった。たったさっき殴った男の体とはまるで違う。
 なんなのよ、この男……。
『残念だったな……俺を決闘で倒さない限り、この火は消えないぞ!』
「え……」
 男に言葉に反応する。
 そういえば大助が不良を倒した瞬間、黒い柵のような物が消え去った。もしあの黒い柵が不良が作り出した物で、決闘に勝って消えたとしたら……。
 もしかして決闘して勝てば……! 
 周りを見渡す。火のまわりが早くて、逃げ道なんかどこにもない。
 患者や看護士達も、途方に暮れている感じだ。
 考えてる時間なんて無い。もう、やるしかない!!
「ちょっと! あんた!」
 思いっきり叫ぶ。
 男はその黒い瞳をこっちに向けた。
『なんだ?』
「だったら私と決闘しなさい! あんたが勝ったら大助の居場所を教えてあげるわ!」
 男の顔が不気味な笑みを浮かべた。
 ……そういえば、こいつは大助が目的だったことを思い出す。大助の居場所を教えるなんて、言わなきゃ良かったかも知れない。
『お前は誰だ』
「っ」
 男の雰囲気に、一瞬だけ気圧されてしまった。
「あんたに教える名前なんてないわよ! ただねぇ、私の幼なじみに用があるなら、まず私を通してからにしなさいよね!」
『中岸大助の幼なじみか……いいだろう』
 男が構える。
 私は急いで大助のバッグからデュエルディスクを取り出した。
 デッキゾーンに入っていた大助のデッキを抜き取って、持っていた自分のデッキをセットする。それと同時に、デュエルディスクが展開された。
「準備いいわよ」
 少しの不安を抱えて、私は構える。
 きっと危険な決闘になる。なんとなくそう思った。
 でもやらないわけにはいかない。このままこいつを放っておいたら、病院にいる人達が危ない。この男の言うことを信じるなら、火はきっと病院を灰にするまで焼き尽くすことになる。
 それに大助は………なぜかボロボロで眠っている。
 今、この男を止められる可能性があるのは私しかいないじゃない!!


『「決闘!!」』


 決闘が始まった。



---------------------------------------------------------------------------------------------------



「おや?」
 伊月は開こうとした口を止めて携帯をとりだした。
「もしもし」
《あ、伊月君!? やっとつながった……》
 電話越しに女性の声が聞こえた。 
「すいません、病院内でマナーモードにしていたので……」
《そっちにダークが来ているよ! 反応は一つ! その半径50キロ圏内にもう一つだって……》
「どうやらそのようですね。こちらでも火災警報が鳴ったばかりですよ。病院内で火災が起こるなんて、普通では考えられません。おおかた、受付で止められでもしたのでしょう」
《……そっか……じゃあ、伊月君は病院をお願い。私はもう一つの方に行くね》
「わかりました」
《あとね……》
 電話の主は何かを言っている。伊月はただ頷いていた。
「任せて下さい」
 そう言って伊月は携帯を切り、病室の出口へと体を向ける。
「なにかあったのか?」
 俺が尋ねると、伊月はゆっくりとこちらに振り返った。
 その顔にさっきの爽やかさは微塵もない。
「はい、実はダークが来てましてね。病院内で暴れているみたいですよ」
「ダーク……?」
「あの不良のお仲間ですよ。とにかく詳しい話はまた後でということで。どうやら火災はエントランスが発生源らしいですね……ああ、あとあなたの幼なじみが、相手と決闘しているらしいですよ」
「なっ!?」 
 香奈が戦っている?
 どうして?
「心配しないで下さい。彼女の敵はうちますよ」
 伊月が笑う。
 何が可笑しいのかは分からなかったが、その言葉がカンにさわった。
「香奈が負けるって言いたいのか?」
「あなたにとっては考えたくない事でしょうが、そうなるでしょう。あなたはたまたま白夜のカードが覚醒したから逆転することができた。ですが彼女には何もないでしょう?」
「………」
「では、失礼します」
「待った」
「……なんでしょうか」
 振り向く伊月へ対して、俺は静かに笑みを浮かべる。
「なにかおかしいですか?」
「あんた、香奈をなめるなよ」
「……?」
 伊月が不思議そうな顔をする。
 たしかに、俺も香奈も決闘者としてはあんたより弱いかも知れない。 
 でも、だからといって香奈が負ける理由にはならないだろ。
 あんたは、香奈の強さを知らない。
 あいつは伊達にクラスの男子全員をコテンパンにした訳じゃない。
 男子全員を打ちのめすだけの腕が、香奈にはあるんだ。
「あいつは負けない」
 俺は、心からそう言う自信があった。



---------------------------------------------------------------------------------------------------




 謎の男:8000LP  香奈:8000LP



『デッキからフィールド魔法、"闇の世界"を発動する!』
 決闘が始まった瞬間、謎の男のデッキから黒いものが吹き出した。
 それらは香奈と男の周りを囲み、辺りは闇に包まれた。


 闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 ライフを半分支払い、カード名を一つ宣言する。
 そのカードはフィールド場にある限り、以下の効果が付加される。
 ●「このカードを対象にする相手の魔法・罠・モンスターの効果を無効にする。」
 また、宣言したカードがモンスターカードだった場合、以下の効果も付加する。 
 ●「攻撃力は1000ポイントダウンする。」
 この効果は、デュエル中に1度しか発動できない。


「なによ、これ……」
 辺りを包む黒い闇。
 気を抜いたら、どこかへ引きずり込まれてしまいそうな感じがした。
「……デッキからなんて、聞いたことがないわよ」
『当たり前だ』
 男はまるで当然というように言う。
 デッキから発動するカードなんて、まだ出ていないはずなのに……。しかも「フィールドを離れない」なんて効果があっていいわけ?
 いったいどうなってるのよ。
『俺の先攻だな』
 私のデュエルディスクに青いランプが点灯した。
 後攻からスタートか……。あんまり好きじゃないわね。

 ひとまず、集中する。
 あの大助をあそこまで苦しませた不良の仲間なら、かなりの実力があるはず。
 一瞬の油断が命取りになるかもしれない。
『それにしても……』
 男は笑みを浮かべると、じっと私の体を見つめてきた。
 いやらしい視線を感じ取り、一歩退いてしまう。
「な、何よ……」
 男の気味悪い視線が、私の頭からつま先まで行き渡る。
 なんだか、鑑定されているみたいで嫌な感じがした。

『おまえ、いい体してんな』

「は?」
『いたぶりがいがありそうだ』
「……!」
 この人、危ない。
 本能がそう告げた。
『手札から"火力増強(バーンブースト)"を発動させる!』
 男はカードをかざす。
 地面から大砲のようなものが出現し、砲口が私に向いた。


 火力増強
 【永続魔法・デッキワン】
 相手へダメージを与える効果を持つカードが15枚以上入っているデッキにのみ入れる事ができる。
 このカードが表側表示で存在する限り、自分は他の永続魔法・永続罠を発動できない。
 また、自分の場にある永続魔法・永続罠の効果は無効になる。
 このカード以外の効果によって相手にダメージを与えた時、与えた半分のダメージを相手に与える。


「……!」
 発動されたデッキワンカード。
 単純な効果故に、相手の使うデッキがすぐに分かってしまった。
『"デス・メテオ"を発動!』


 デス・メテオ
 【通常魔法】
 相手ライフに1000ポイントダメージを与える。
 相手ライフが3000ポイント以下の場合このカードは発動できない。


 カードからに巨大な火の玉が放たれる。
 それは一直線に私へと向かい、直撃した。
「う…ぁ…!?」

 香奈:8000→7000LP

 襲った痛み。
 気のせいなんかじゃなかった。
 本当に火の玉がぶつかったような衝撃。焼けるような感覚。
「なによ……これ……!?」
『どうだぁ? 実際に焼かれたような感覚は』
「え……」
『"火力増強"の効果により、お前はさらに500ポイントのダメージを受ける!』
 目の前にある大砲から、青いエネルギーが発射される。
 それは勢いよく私の左腕を貫いた。
「うぅ……!!」

 香奈:7000→6500LP

『いい声だなぁ……実際のダメージに戸惑うその顔もなかなかだ……』
「実際の……ダメージ……?」
『闇の決闘というものを知っているだろ。まさにこれが闇の決闘なんだよ』
「……!」
 男の言葉。
 全身で感じた痛み。
 ボロボロになった大助の姿。
 そして……闇の決闘という言葉。
 私の頭の中で、全てが繋がった。  
 小さい頃見たアニメの中で、よく「闇の決闘」という決闘が行われていた。
 受けるダメージが本物となって、主人公達を苦しめていた。本当にこんな決闘があったらと思うと、怖くて眠れなかったのを覚えている。
 まさか……実際に体験することになるなんて思わなかった。
 きっと大助もあの日、これと同じ目に遭っていたんだ。
 これなら不良の攻撃を食らって苦しそうにしていたのにも、決闘が終わって体がボロボロになっていたのにも理由がつく。
『二枚目の"デス・メテオ"を発動だ!!』
 再び巨大な火の玉が現れ、私を襲う。
 さらに大砲からエネルギーが発射されて右腕を貫いた。

 香奈:6500→5500→5000LP

「うぁ…ぁっ…!」
 大助はこんな痛みを感じながら、戦っていたの……?
 頭に浮かぶ、幼なじみの絶望に満ちた顔。
 もし私も同じ状況に立たされていたら、きっと同じようになっていたと思う。
 それなのに大助は、勝ってくれた。
 最後まで諦めずに戦ってくれた。
『"火炎地獄"を二枚発動する!』


 火炎地獄
 【通常魔法】
 相手ライフに1000ポイントダメージを与え、
 自分は500ポイントダメージを受ける。


 攻撃は更に続く。
 炎の波が襲い、その余波が男にまで届く。
 青いエネルギー波が、私の両足を貫いた。
「うあ……あぁ………!」

 香奈:5000→4000→3500→2500→2000LP
 謎の男:8000→7500→7000LP

 実体となったカードの所為で、辺りは火の海だった。
 看護士達が消火器を使って一生懸命に火を消そうとしているが、それは消えない。
 どうしてかは分からない。でもたしかなことは、この男を倒さない限り消えないだろうということだった。

 私のライフはすでに4分の1。
 男は周りで苦しむ人達を見ながら笑っている。 
 不意に足下がふらついた。
 体中が痛い。 
 こんなに痛いのに……どうして大助は最後まで戦えたの?
 負けるのが嫌だったからとか、そんな感じじゃなかった。
 本人は気づいていないのかも知れないけれど、大助は自分自身の事をそんなに大事に思っていない。
 自分の存在が、周りにどんな影響を与えるかなんて考えていない。だから、たまにだけど無茶をする。まぁしないことも多いけど……。
 大助が無茶するのは、自分以外の人のために何かするときだけ。
 ………もしかして、私のため………?
「っ!」
 ………って何を考えてるのよ。そんなことあるわけないじゃない。
 私を守ろうとする理由があるわけない。守って欲しいなんて一言も言っていない。
 そりゃあ、守ってくれるって言うなら嬉しいけど……。
『さらに"ヴォルカニック・エッジ"を召喚し、効果で500ポイントのダメージを与える!』
 男の場にモンスターが現れて、その口に炎を含んだ。
 モンスターは勢いよく炎を吐き出した。


 ヴォルカニック・エッジ 炎属性/星4/攻撃力1800/守備力1200
 【炎族・効果】
 相手ライフに500ポイントダメージを与える事ができる。
 この効果は1ターンに1度しか使用できない。
 この効果を発動する場合、このターンこのカードは攻撃する事ができない。


 香奈:2000→1500LP

『さらに250のダメージだ!!』
 砲口が向く。
 エネルギー波が、私の腹部を貫いた。
 腕と足、そして腹部を貫かれたかのような感覚に襲われた。
「うあぁ……」

 香奈:1500→1250LP

『ははは! そそるなぁ……もうライフポイントは風前の灯火……最高だぁ!!』
 男は私を見ながら、狂ったように大声をあげて笑う。
 その姿が、あの不良の姿と重なって見えた。
「………」
 何を考えていたんだろう……決闘している間なのに。
 理由はどうあれ、大助は勝った。それだけはたしかなことだから、別にいい。余計な詮索なんてしないほうがいい。
 とりあえず、私が今やらなきゃいけないことは、大助がどうして戦えたかを考える事じゃない。

『ターンエンドだ』

-------------------------------------------------
 謎の男:7000LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   ヴォルカニック・エッジ(攻撃:1800)
   火力増強(永続魔法・デッキワン)

 手札0枚
-------------------------------------------------
 香奈:1250LP

 場:なし

 手札5枚
-------------------------------------------------


 こいつに勝つ。全力で。
 遠慮はしない。誰がしてやるもんか。
「それで終わり?」
 呼吸を整えて、力強く構える。
「たいしたことないわね」
『なんだと? ライフがほとんど残っていない奴が何を言っている』
「この程度で、私に勝った気でいるなら……あんた相当馬鹿よ」
『な、なに……!?』
 男が一瞬、たじろいだ。
 私は痛みを我慢して、深呼吸をする。
「一つだけ言っておくわ」
『?』
「あんたはこの先、何もしなくていいわよ」
『……なんだと?』
「私のターン!」
 カードを引いて、手札を見つめ、カードを3枚選び出す。
「モンスターをセット。カード2枚を伏せてターンエンドよ」
 私は静かにターンを終えた。

-------------------------------------------------
 謎の男:7000LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   ヴォルカニック・エッジ(攻撃:1800)
   火力増強(永続魔法・デッキワン)

 手札0枚
-------------------------------------------------
 香奈:1250LP

 場:裏守備モンスター
   伏せカード2枚

 手札3枚
-------------------------------------------------

『ふん、言う割には随分消極的じゃないか』
「うるさいわね。伏せカードが見えないの?」
『……俺のターン』
 男はカードを引いた。

「伏せカード発動よ」

 相手がカードを引いた瞬間、私は伏せカードを開いた。
 次の瞬間、何か見えない力が男の手にあたり、カードはそのまま墓地へ送られてしまった。
『!?』
「"強烈なはたき落とし"を発動したわ」


 強烈なはたき落とし
 【カウンター罠】
 相手がデッキからカードを手札に加えた時に発動する事ができる。
 相手は手札に加えたカード1枚をそのまま墓地に捨てる。


『パーミッションか!』
「正解よ」
 パーミッション。様々なカウンター罠を駆使して相手の行動を制限していくデッキだ。かなり高度なプレイングと運が求められるデッキではあるが、それだけに強力なデッキだ。
 私は相手がドローした瞬間、"強烈なはたき落とし"を発動して実質的にドローを無効にした。だから相手はこのターン、手札がない状態でメインフェイズを迎えることとなる。
「言ったでしょ。あんたは何もしなくていいって。まぁ、私がさせないんだけどね」
『で、出来るとでも思っているのか!?』
「当たり前でしょ。私を誰だと思っているのよ」
 相手の場には"ヴォルカニック・エッジ"が存在している。
 効果を使って、デッキワンカードの力も重なって大きなダメージを与えることも出来るけど、私にはそれに対抗できる伏せカードが一枚ある。
 相手がどんな行動をしてくるか、そこも駆け引きになるのよね。
『効果を使うか……攻撃するか……』
 男は真剣に考えている。
 きっと、この判断が流れを変えることになりかねないとでも思ってるのかしら。
「頑張って考えなさい。まぁ、どうせ無駄だけど」
 強い眼差しで男を睨み付けながら、そう言った。

『くっ………効果を発動しよう――』

 男が選択したのは、効果を使うことだった。

「"天罰"を発動するわ」
 途端に雷がフィールドに落ちて、炎を口に含んだ生物を消し去った。


 天罰
 【カウンター罠】
 手札を1枚捨てて発動する。
 効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する。


『くっ……………………………ターンエンド』

-------------------------------------------------
 謎の男:7000LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   火力増強(永続魔法・デッキワン)

 手札0枚
-------------------------------------------------
 香奈:1250LP

 場:裏守備モンスター

 手札2枚
-------------------------------------------------

「私のターン、"ジェルエンデュオ"をリリースして、"アテナ"をアドバンス召喚するわ!」
 ハート形の天使が光に包まれて、その光の中から女神が聖なる姿を現した。
 その綺麗な瞳が敵である男を見つめる。
 女神から放たれる光に、男は思わず目をつむってしまった。


 ジェルエンデュオ 光属性/星4/攻撃力1700/守備力0
 【天使族・効果】
 このカードは戦闘によって破壊されない。このカードのコントローラーがダメージを受けた時、
 フィールド上に表側表示で存在するこのカードを破壊する。
 光属性・天使族モンスターをアドバンス召喚する場合、このモンスター1体で2体分のリリースとする
 事ができる。


 アテナ 光属性/星7/攻撃力2600/守備力800
 【天使族・効果】
 自分フィールド上に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を墓地に送る事で、
 自分の墓地に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を自分フィールド上に
 特殊召喚する。この効果は1ターンに1度しか使用できない。
 フィールド上に天使族モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚される度に、
 相手ライフに600ポイントダメージを与える。


『"ジェルエンデュオ"の効果で1体分のリリースを少なくしたか……』
「そうよ。ついで言うと、あんたの場はがら空き」
『……!』
「バトル! "アテナ"でダイレクトアタック!」
 
 ――ホーリースピア!――

 女神の手に聖なる槍が握られる。その槍は何の力も加えられていないのに、相手の男へと向く。
 それはすごい速さで男の腹部を貫いた。
『ぐっ……ぁ!』

 謎の男:7000→4400LP

「カードを1枚伏せて、ターンエンドよ」

------------------------------------------------
 謎の男:4400LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   火力増強(永続魔法・デッキワン)

 手札0枚
-------------------------------------------------
 香奈:1250LP

 場:アテナ(攻撃:2600)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------

 男は腹部を押さえて、状況を考える。
 まさか、相手がパーミッションデッキだとは思わなかった。
 この相手に、手札は0枚は厳しすぎる。
『俺のターン!』
 デッキの上に手を掛ける。
 もしあの伏せカードが強烈なはたき落としだったら、どうしようもない。
『ドロー!』
 男はカードを引く。
 幸い、再びはたき落とされることはなかった。
 相手はパーミッション。相性は五分五分といったところだが、今はこっちの方が不利だ。あの伏せているカードも気になる。
 おそらく、自分が発動した魔法を打ち消すカードのはずだ。この手札を発動したところで無効にされてしまうだろう。
 そうなれば狙うのは一つしかない。カウンター罠の唯一にして最大の弱点をつくことだ。
『カードを1枚伏せて、ターンエンド』

------------------------------------------------
 謎の男:4400LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   火力増強(永続魔法・デッキワン)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 香奈:1250LP

 場:アテナ(攻撃:2600)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------

「私のターン」
 私はカードを引いて、相手を見つめた。
 手札を1枚伏せた………ってことは、ダメージを与える系のカードじゃないってことかしら?
 なんにしても、相手が何かをする前に一気に決めれば問題ないわよね。
「"アテナ"で攻撃!」

 聖なる槍が再び男を貫く。
 それと同時にライフポイントも、大きく減少した。

 謎の男:4400→1800LP

『ぐぁあ……!』
 男は胸を押さえて、膝を突いた。
「さっきまでの勢いはどうしたの?」
 挑発する。
 周りの人のことを考えないで好き勝手に被害を及ぼす男を、許すことなんか出来ない。
 とことん追いつめて、完膚無きまでにたたきのめしてあげるわよ
『貴様ぁ!』
 男は怒る。
 たかが高校生の私に挑発されたことが、プライドに傷を付けたのかもしれない。
 でも、そんな程度で傷つくプライドなんて、たかが知れているわ。そんな奴に好き勝手させてたまるもんですか。大助に会わせてたまるもんか。
「せいぜい頑張りなさい。あと1ターンよ」
『………!』
「カードを一枚伏せて、ターンエンド」

------------------------------------------------
 謎の男:1800LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   火力増強(永続魔法・デッキワン)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 香奈:1250LP

 場:アテナ(攻撃:2600)
   伏せカード2枚

 手札1枚
-------------------------------------------------

『俺のターン!』
 これ以上、なめられるわけにはいかない。
 男は勢いよくカードを引いた。
 その眼に、濁った光が宿る。
『……くくく……ははははははははは! 来たぜぇ!』
「?」
 思わず身構える。
 追いつめられたせいで気がおかしくなった感じはない。まるで、待ち望んだカードでも来たみたいな……。
『これで終わりだぁ! "ミスフォーチュン"を発動するぜ!』
 男はカードを勢いよく叩きつけた。


 ミスフォーチュン
 【通常魔法】
 相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターの元々の攻撃力の半分のダメージを相手ライフに与える。
 このターン自分のモンスターは攻撃する事ができない。


『対象はもちろん、"アテナ"だ! これでお前は1300ポイントのダメージを受ける!』
「それがなによ。そんなのカウンターすればいいでしょ!」
 すぐさま伏せカードを開いた。


 マジック・ジャマー
 【カウンター罠】
 手札を1枚捨てて発動する。
 魔法カードの発動を無効にし破壊する。


「これで無効に――――」
『さらに、それにチェーンして、"カウンターカウンター"を発動だ!』
「え!?」


 カウンター・カウンター
 【カウンター罠】
 カウンター罠の発動を無効にし、それを破壊する。


『くくく……まさかお前、カウンター罠は自分しか使わないと思っていたのか?』
「っ!」
『俺のデッキはバーンデッキだぞ! カウンター罠の対策くらいしているに決まってんだろうが!!』
「そ……そんな……!」
『はーはっははは!』
 男の笑い声が響く。
 地面に水が溢れ、水面に波紋が起こり映した女神の姿を歪ませていく。
 水は濁り始めて、不気味な怪物を生み出した。
『調子に乗るからだ! 消え去れ! 女!』
 怪物は私を見つめ、襲いかかってきた。
『あばよ!』
 男の勝ち誇った笑み。
 それを見ながら、私は――笑った。

「カウンター罠発動! "虚無を呼ぶ呪文"!」

 香奈:1250→625LP

 虚無を呼ぶ呪文
 【カウンター罠】
 チェーン4以降に発動する事ができる。
 ライフポイントを半分払う。
 同一チェーン上のカードの発動と効果を無効にし、
 それらのカードを全て破壊する。


 場全体に、なにやら不気味な呪文が詠唱され始める。
 その声は、まるで全ての気力を奪い尽くすかのような声だった。
『な……なんだこれは』
 見たことのないカードの発動に、男は戸惑っているようだった。
「もちろん、カウンター罠よ」
『なん……だと……?』
「まさかあんたもカウンター罠を仕掛けているなんて思わなかったわ。でもね、1回くらい無効にするカードを発動したところで、さらにそれを無効にすれば何の問題もないわ。私のデッキはパーミッションよ。それくらい造作もないわ!!」
『っ!?』
「"虚無を呼ぶ呪文"は、このカードが発動したときに積まれているチェーンカードの発動と効果を無効にして破壊するのよ。つまり、あんたが発動した"ミスフォーチュン"も"カウンター・カウンター"も、私が発動した"マジック・ジャマー"も、全て同時に無効よ!」
 私の声に反応するかのように、不気味な呪文があたり一面に響き渡る。そして、場にある全てのカードが同時に砕け散った。
 目の前の怪物がはじけ飛んで、跡形もなく消え去る。

 ミスフォーチュン→無効
 カウンター・カウンター→無効
 マジック・ジャマー→無効

『そんな、馬鹿な!』
「さぁ、どうするの? まぁ手札が無い以上、何もできないわよね?」
『くっ、ターン……エンド……!』

------------------------------------------------
 謎の男:1800LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   火力増強(永続魔法)

 手札0枚
-------------------------------------------------
 香奈:625LP

 場:アテナ(攻撃:2600)
       
 手札0枚
-------------------------------------------------
 
「私のターン! ドロー!」
 引いた瞬間、カードから発せられる白い光。
 闇を払い、辺りがわずかだが明るくなる。
『これは……白夜のカードだと!?』
 引いたカードを見つめると、自然と顔が和らいだ。
「行くわよ! チューナーモンスター、"純白の天使"を召喚!」
 私の場に小柄で真っ白な天使が現れる。
 両手を組んで健気に祈りを捧げているその姿を見るだけで、嫌なことがすべてなくなってしまうような気がした。


 純白の天使 光属性/星3/攻撃力0/守備力0
 【天使族・チューナー】
 このカードを手札から捨てて発動する。
 このターン自分が受けるすべてのダメージを0にし、自分フィールド上のカードは破壊されない。
 この効果は相手ターンでも発動する事ができる。


『馬鹿な! 白夜のカードをなぜ貴様が!?』
「いくわよ。レベル7の"アテナ"に、レベル3の"純白の天使"をチューニング!」
 小さな天使の体が光と化す。
 その光は女神の体の中へ入り込み、さらなる力を与え、姿を変化させていく。
 翼がたくましく、大きく広がり、体には白い鎧がつけられて守りの力を高めていく。
「シンクロ召喚! でてきて"天空の守護者シリウス"!」
 天空から光が降り注ぐ。
 純白の鎧を身に纏い、聖なる剣を構え、全てを守る最高位の天使が姿を現した!


 天空の守護者シリウス 光属性/星10/攻撃力2000/守備力3000
 【シンクロ・天使族/効果】
 「純白の天使」+レベル7の光属性・天使族モンスター
 このカードが表側表示で存在する限り、相手は自分の他のモンスターへ攻撃できず、
 相手に直接攻撃をすることもできない。
 このカードが特殊召喚されたとき、以下の効果からどちらか一つを選びこのカードの効果にする。
 ●1ターンに1度、デッキまたは墓地からカウンター罠1枚を選択して手札に加える事ができる。
 ●バトルフェイズの間、このカードの攻撃力は自分の墓地にあるカウンター罠1種類につき
  500ポイントアップする。


「これを出すのは久しぶりね」
 相変わらず、神々しい姿をしている天空の守護者。
 本当は召喚しなくても勝てたんだけれど、この際どうでもいいわよね。
「私は第2の効果を選択するわ!」
 墓地から今までに使ったカードの力が天空の守護者へと注ぎ込まれていく。
 その翼が、注がれた力に呼応するように、大きく輝く。 
「私の墓地にはカウンター罠は4種類! よって――」

 天空の守護者シリウス:攻撃力2000→4000

『馬鹿なぁ!?』
「終わりよ。シリウスの攻撃!」

 ――ジャッジメントシャイン!――

 天使の翼から、全てを照らす光が照射される。
 男は為す術もなく、それに飲み込まれた。
『ぐああああああああああ!』


 謎の男:1800→0LP


 男のライフが0になる。
 決闘は、終了した。


 フィールドを包んでいた闇が晴れていく。
 男の腕にあったデュエルディスクは砕け散り、それと同時に辺りを燃やしていた炎も消えた。
「本当に消えた……」
 男の言っていたとおりになり、少し驚く。
 とにかく、この謎の男を警察に―――。
『ぐ……ぁ』
「え!?」
 男の体が、黒い煙のように消えてしまった。
「……………いったい、なんなの?」
 何がどうなっているのか、分からなかった。




「これは驚きましたね」




 聞き慣れない声に振り返る。
 見ると階段付近に、爽やかな笑みを浮かべた青年が立っていた。
「まさか、あなたも白夜のカードの持ち主だったとは……しかもさっきの様子だと、ずいぶん前から覚醒していたようですね。まったく、大助君にもあなたにも驚かされます」
「大助を……知っているの?」
 恐る恐る、尋ねる。
 見た感じ悪い人ではなさそうだけど……。
「えぇ、つきましては少々お時間をいただけないでしょうか?」
「……?」
「これからのことについて話したいんです。どうか協力して下さい」
 その青年は微笑むと、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「あんた、誰なのよ」
「申し遅れました。僕は伊月といいます。それではいきましょう」
 伊月は静かに、言った。




「世界をかけた戦いに備えようじゃありませんか」




episode4――その名は雲井忠雄――




 一人の少年が、道を歩いていた。名前は雲井忠雄(くもい ただお)。大助や香奈と同じ星花高校に通う一年生である。
 寝癖を思わせるボサボサの茶髪に、薄い眉毛が印象的だ。
「ちくしょう、道がわからねぇ……」
 俺はぶつぶつと呟きながら、香奈ちゃんの家に向かっていた。

 今日、学校に行ってみたら、いつも元気な姿を見せている香奈ちゃんがいなかった。しかもその幼なじみとかいう中岸もいなかった。
 これはただごとじゃない。クラスで男女がタイミングを合わせたように休むなんて、きっと何かあったに違いない。
 もしかしたら香奈ちゃんは中岸に変なことをされてしまったのではないだろうか。
 一緒に帰ろうとか言われて、そのあとお茶でも飲んでいかないか、とか誘われて家に連れ込まれて……。


############################################


 暗い部屋、鍵が掛けられた密室。
「さぁ、もう観念しろよ」
「大助……やめて……」
「やめるわけないだろ? ほら、いい加減諦めろ」
「……い、いや……」
 大助の腕が香奈の肩にまわる。
「やめ……ぁ……」
 そのまま顔を近づけて、二人は――。


############################################



「って……そんなことあってたまるかぁ!!」
 自分で考えた思考を、自身の大声で中断させる。
 俺が始めて香奈ちゃんに会ったのは入学式だった。
 楽しそうに女子とおしゃべりしている姿を見て、一目惚れだった。
 一緒のクラスになることが出来たし、もうこれは神によって定められた運命だと感じ取った。
 しかも、遊戯王の授業が始まって早々に決闘まで挑んできてくれた。香奈ちゃんのパーミッションデッキに手も足も出なかったが、それも俺にとっては素晴らしいまでの思い出だ。
 その日の決闘以来、俺は頑張って少しずつ実力を上げようと、カードを買ったり戦術を研究したりしているのだが、あんまり効果がでていない。
 このままでは、まずい。
 俺は焦っていた。 
 焦る理由はただ一つ。
 あのくそ忌々しい中岸大助の存在だ。
 中岸は、クラスの男子の中で最高位の実力を誇っている。六人の武士の力を使い分けて、どんな相手でも対応する戦法は素晴らしいとしか言いようがない。香奈ちゃんとまともに戦えるのもクラスの中では中岸しかいない。
 教師もそのことが分かっているようで、授業で男女混じっての決闘をする時、かなりの確率で中岸と香奈ちゃんが組まされて、毎回激しい決闘を行っていて、ある意味クラスで名物になっている。
 息もつかせぬ攻防。相手の裏をかく戦術。そしてなにより、決闘が終わった後の恒例の握手。
 ちくしょう。なんて羨ましいんだ。
 以前、中岸に戦いを挑んだけどすぐに負けちまった。4ターンぐらいでやられたんだっけな……。
 決闘の腕は認める。つーか認めざるを得ない。
 だが、香奈ちゃんといつも一緒にいるところが気にくわない。
 早く強くなって、授業の時に香奈ちゃんと一緒に決闘できるくらいまで成長しないと、いつまでたっても中岸を打ち負かすことなんて到底無理だ。
「……ちくしょう」
 ぶつぶつと何か言っているせいで周りにいる人達が見ているが、気にしないでおく。
 一刻も早く香奈ちゃんの家に行って、無事を確認する。それだけのために学校を抜け出してきたんだからな。
「ここら辺のはずなんだけど……」
 俺は二人が無断で休んでいるという事を聞いて、すぐに自分の持つ全ての情報網……といっても友達に聞くぐらいだが……とにかくそれを駆使して香奈ちゃんの家の住所を突き止めて、ついでに中岸の住所も突き止めた。
 それによると、なんと二人の家はほんの数百メートルしか離れていないことが判明しちまった。
 これはもう、決定的だ。
 香奈ちゃんの家に行って、もし中岸がくつろいでいたら真っ先にぶん殴ってやる。
 格闘経験はないが、香奈ちゃんのためならばたとえどんな手を使ってでもあいつに一発いれてみせる。助けられた香奈ちゃんは、勇敢な俺に抱きついて――。


############################################


「雲井君、私、あなたが助けに来てくれるって信じてたよ」
「当たり前じゃないか、香奈ちゃんは俺にとって……」
「私も……実は……雲井君の事が……」
「えぇ!? いやぁ、こまっちまうなぁ」


############################################

 ……完璧だ。完璧すぎるぜ。

「ママぁ、あの人変な顔してるよ」
「こら、見ちゃだめよ!」
 母子のそんな声が聞こえたが、俺は無視して香奈ちゃんの家に向かう。
「Aの24……Aの24……」
 一つ一つ確認しながら進んでいく。
「Aの24……あった!」
 俺はインターホンを押して、香奈ちゃんが出てくるのを待つ。
「はい?」
 出てきたのは、香奈ちゃんの母親だった。ぱっちりとした目に、黒い長髪。
 香奈ちゃんも大人になったら、こんな風になるのかな。
「どなたですか?」
「あ、あの、香奈ちゃんのクラスメイトなんですけど……今日、香奈ちゃん学校を休んで……」
「そうなの? 香奈なら昨日から帰ってないわ。たしか、病院にいるって連絡があったけど」
「え!? 香奈ちゃん怪我でもしたんですか!?」
「違う違う。ほら、大助君がいるでしょ? 彼がなんか怪我したとか言ってね。放っておけないから自分も一緒にいるって聞かなくてね」
 香奈の母親は、夜にかかってきた電話を思い出す。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


《お母さん!》
「あら、どうしたの? もう遅いわよ。早く帰って―――」
《大助が……大助が……!》
 久しぶりに聞いた娘の焦った声。
 それだけで、緊急事態だっていうことが分かった。
「大助君がどうしたの?」
《分からないわよ。とにかく、大助が大変なの! ボロボロなの!》
「香奈、とりあえず落ち着きなさい。救急車は呼んだの?」
《とっくに呼んだわよ! あっ! 来たわ!》
「……そう、じゃあとりあえず一緒に行ってあげなさい」
 返事が返ってこないまま、電話は切られてしまった。
「いいわねぇ……青春は……」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 
 中岸が怪我した? はっ、いい気味だ。
 いや、まて。香奈ちゃんが一緒にいるってどういうことだ?
 まさか香奈ちゃんの身に何かあったってのか!?
「その病院ってどこなんですか!?」
「え、フツノ病院じゃないかしら」
「ありがとうございました!」
 俺は走り出した。
 助けを待っているであろう、香奈ちゃんの元へと。



---------------------------------------------------------------------------------------------------



「さて、もう少しかな?」
 黒いフードをかぶった男が歩いていた。向かっているのはフツノ病院。自分たちの敵となる相手がいる場所だ。
 ずいぶん前に仲間の一人が病院に向かったのだが、そいつは何かと短気で、能力を乱用する癖があった。ただでさえこの目立つ黒いフードをかぶっていなければならないのに、病院で騒ぎなど起こされたらこちらのことが世間に知られてしまうかもしれない。
 自分はいわば、暴走する仲間を止めるために来たのだ。デッキはあちらの方が強いかもしれないが、闇の力はこちらの方が上だ。わざわざ決闘をしなくても、止めることぐらいは出来る。

 プルルルルルルルルルルル……。

 携帯が鳴った。
『もしもし』
《バイスか?》
 ボスからだった。
『何かありましたか』
《たった今、アイスがやられた》
『……!』
 アイスがやられた。それは男にとって衝撃の知らせだった。
 なぜなら白夜のカードを持つ者でなければ、自分たちは倒せないからである。まさか他に白夜のカードを持つ者がいたということなのかと考えたが、一つの所に白夜のカードが集まるなど、そうそうあるわけがない。
『いったい、どういうことですか』
《どうやら中岸大助の幼なじみの朝山香奈が白夜のカードを持っていたらしい》
 朝山香奈? たしか会議で見た情報の中に、そんな名前を見たかも知れない。
 中岸大助が病院にいるのは、おそらく彼女が救急車を呼んだからだろう。
 アイスはたしか変な性癖をもっていた。朝山香奈を見て、いい標的がいるとか思ったに違いない。
 まったく、油断しやがって。
『………私に消せと?』
《あぁ、一人は消せ。アイスの方もかなりのダメージを与えているだろう。今がチャンスだ》
『分かりました』
 バイスは電話を切り、考える。
 三年間、行方が分からなかった白夜のカードを持つ者が昨日今日で二人も確認された。どちらもこちらの仲間を倒している。
 まさか白夜のカード自身が、我々の動きを察知したとでも言うのだろうか。
 まぁいい。どのみち自分がやらなければならないことは、相手を消すことだ。
『朝山香奈か……』
 狙うとしたら、そっちの方だろう。アイスのバーンデッキはかなりの威力を誇っている。自分が予想しているよりも、大
きなダメージを与えているに違いない。体力がない相手など、自分の敵ではない。
「おい、おまえ」
 後ろから声を掛けられ、バイスは振り返る。
 そこには、こちらを睨み付けている高校生がいた。



---------------------------------------------------------------------------------------------------



 俺の前に、一人の黒いフードをかぶった男が立っていた。
「おい、おまえ」
 声を呼びかけると、そいつはゆっくりと振り返った。顔は口元が見えるだけで全体は見えない。
 ただそんなことは俺にとってどうでもよかった。この男に呼びかけたのは、香奈ちゃんの名前を呟いていたことからだ。
『なんだ?』
 不思議な声だった。なんというか、濁ったような声。
「おまえ、香奈ちゃんとどういう関係だ?」
『香奈……? 朝山香奈のことか』
「そうだ!」
『おまえこそ、どういう関係だ? あいにく遊んでいる暇はないんだ。知っていることを教えろ』
 なんだ……こいつ。
 思わず身構える。
 今感じたのは……殺気……?
「だれがお前なんかに教えるか」
『そうか、じゃあな』
 男は去ろうとする。
 このまま逃がしたら、だめな気がした。
「待て!」
『なんだ?』
「香奈ちゃんに会ってどうする気だよ」
『……聞いてどうする』
「場合によっちゃ、ただじゃおかねぇぞ」
 男は鼻で笑った。
「なにがおかしいんだよ」
『いや、なんでもない……そうだな、朝山香奈はもうすぐこの世からいなくなる。といえば分かるか?』
「……!」
 香奈ちゃんがこの世からいなくなる? 
 なんで、どうして?
「何をする気だ……てめぇ!」
 精一杯の力を声に込めて叫ぶ。
 男はそれを聞いて、大声で笑い出した。
『こうするのさ』
 男は腕を突き出した。とっさの攻撃に対処できず、殴られる。不思議と痛みはない。
 その代わり、体がやけに宙を舞った。地面に叩きつけられて背中が痛む。
「ぐっ!」
 ちくしょう、不意打ちかよ。
 体を起こし構える。男の腕には漆黒のデュエルディスクがついており、展開されていた。

 ――デス・メテオ!――

 男がカードをデュエルディスクに置いた瞬間、上空に巨大な火の玉が現れた。
「なんだこりゃ!?」
『くらえ』
 火の玉がもうのすごい勢いで迫る。とっさに横に飛んでかわした。
 さっきまで自分がいたところに大きな爆発が起こった。
「なんだよ、これ!」
『分かったか。少しでも長く生きたいのならとっとと去れ』
 不覚にも一歩退いてしまった。
 相手が使う得体の知れない力。それは自分の知る常識を遥かに越えていた。それゆえに、逆に頭がパニックにならず、今のこの状況を冷静に考えることが出来た。
 このままいても、危険なだけだ。
 病院に一発入れに行くどころではない。
 だが……。
「……! 逃げてたまるかよ!」
 震える体を支えたのは、男の意地だった。
「そうか、じゃあ死ね」
 男は再びカードをかざす。上空に再び大きな火の玉が現れる。その数は三つ。この道の幅では、かわすところがない。
 火の玉が重なり、一つの超巨大な炎の塊となってこっちに向かってくる。
 眼前に炎の塊が迫る。
「くっ……!!」
 思わず、目を閉じた。







 ――ホーリーライフバリア!――


「大丈夫?」
 聞こえた柔らかな声。
 俺はそっと目を開けて、その声の正体を確認する。そこには茶色いショートヘアのお姉さんが立っていた。
「誰……ですか……」
「いいから早く逃げて」
 お姉さんが促す。
 だが動こうとしても、足に力が入らなかった。
『おまえ、どうやって防いだ……?』
 男が驚きに満ちた表情で尋ねる。そういえば、いつの間にか炎の塊が消えている。
 あの常識を越えた力をどうやって打ち消すことができたんだ?
「これを見たら、分かってくれますよね」
 そう言って女は男にカードを見せる。
 よく分からなかったが、それを見た瞬間、男は納得したように頷いた。
『白夜のカードの持ち主だったか。なるほど、大体読めたぞ。どうしてこうもこちらの作業が上手くいかないか不思議だった。まさか白夜のカードを持つ者達が集まって行動していたとはな……』
「ばれちゃい……ましたか」
 お姉さんは照れたように頭をかく。
 白夜のカード?
 何を言ってるんだ?
『中岸大助と朝山香奈は、貴様らの新しい仲間といったところかな?』
「それは、答えられないよ」
 男は静かに笑みを浮かべる。
 誰にも気づかれないように、そっとカードをデュエルディスクに置いた。

 ―― 千本ナイフ! ――

 上空に無数のナイフが現れた。それはここから見える範囲で一般の家にまで降り注ぐ場所に位置している。このまま降り注いだら、どうなるかなんて考えなくても分かった。
「まさか……!」
『どうする、どうやって防ぐ気だ?』
「……っ!」
『降り注げ』
 男の合図と共に、無数のナイフが一斉に降り注ぐ。

 ――八式対魔法多重結界!――

 再び、不思議なバリアが現れた。しかもその範囲はここから見える全ての住宅街。全てを守るように広がったバリアは全てのナイフをはじき飛ばし、消していった。
「すげぇ……」
 感嘆の声が漏れる。
 お姉さんが使う力は、男が使う力とは全く逆の力だった。
『おい、そこの男』
「?」
『決闘しろ。今すぐに』
 男は手をかざす。
 バックから、勝手にデッキがセットされたデュエルディスクが出てきて腕に装着された。
「なっ!?」
 何が起こっているのか、分からない。
「……! やめて! その子は何の関係もないよ」
『その手には乗らんぞ、立て! 小僧! 貴様を倒したら、次はそこの女、そして病院の朝山香奈だ!』
 男は高らかに叫ぶ。
 何がなんだか、分からなかった。
 再び男は手をかざす。体が自然と浮き上がり立たされた。それと同時にデュエルディスクが自動的に展開されて、決闘の準備が完了する。
 本当に、何がなんだか分からない。
 ただ一つ分かったのは、こいつが普通の人間じゃないということ。
『名前を聞いておこうか』
「俺は……雲井だ」
『私の名はバイスだ。さぁ始めようか、闇の決闘を!』
 バイスと名乗った変な男は、漆黒のデュエルディスクを構えた。
 「闇の決闘」……なにか嫌な予感がした。
 


『「決闘!!」』




 雲井:8000LP   バイス:8000LP



 決闘が、始まった。




---------------------------------------------------------------------------------------------------




「おや?」
 伊月の携帯が鳴った。今まさに香奈を連れて病室に向かおうとしていたところである。
 せっかく事情を説明しようとしていたところだったのに、また何かあったのだろうか。
「もしもし」
《伊月君! どうしよう……》
 聞こえたのはリーダーの困惑に満ちた声。彼女はたしかもう一つのポイントに向かっていたはずだ。
 まさか、何かあったのだろうか。
「どうしたんですか?」
《あのね、雲井って男の子が決闘を始めちゃったの!》
「雲井……? 一体だれなんです?」
「雲井?」
 声を発したのは香奈だった。
「知っているんですか?」
「知ってるわよ。私も大助も、彼だけは忘れないわ」
「それほど強い決闘者ということですか。それは頼もしいですね」
 伊月は笑顔を向けて、電話の方に集中する。
「ちょっ……!」
「心配しなくても大丈夫そうですよ。彼はかなり強いらしいですから」
《え? そうなの?》
「違うって!」
 香奈の声が響く。
 電話越しに話していたリーダーにも、それは伝わった。
「雲井は強くないわよ!」
「……え……?」
「彼は、私達と戦って、一回もライフを削ったことがないわ」
《えええええええええ!?》
 電話越しに響く、女の人の声。伊月は困ったように頭をかき、尋ねた。
「では、なんで彼を忘れる事が出来ないんですか?」
「だって……」
 香奈は言うのをためらう。

 クラスで初めて決闘したとき、彼は笑っていた。ダメージを与えても、カウンターしてカード効果を無効にしても笑っていた。こっちが勝った時だって、握手を求めたら顔を真っ赤にして奇声を上げて走り去ってしまった。
 大助とやったときはまったく逆で、ダメージを与えるたびに罵声を浴びせていたし、終わった後の握手も無視してさっさと歩いていってしまった。
 そんな態度を取られただけで忘れることは出来ないが、それよりも二人が気になったのは雲井自身のデッキだった。
 1度だけ、雲井が他のクラスメイトと決闘しているのを見たことがある。
 ライフ差が3倍近く離れていたのに、雲井は奇跡の逆転勝利をしてしまった。その日、雲井はある意味ヒーローになったのは、今でもクラスの小さな伝説になっている。

「だって……なんでしょうか?」
 伊月は尋ねる。
「だって彼のデッキは――」
 

 ――手札事故を無視した、一撃必殺デッキなのよ――。


 その場の空気が、一瞬で凍った。



---------------------------------------------------------------------------------------------------



 決闘は、2ターン目に突入していた。
 1ターン目は、雲井が先攻にもかかわらず、モンスターも伏せカードも出さないでターンを終えていた。

-------------------------------------------------
 雲井:8000LP

 場:なし

 手札6枚
-------------------------------------------------
 バイス:8000LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   もけもけ(攻撃)

 手札5枚
-------------------------------------------------


 闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 ライフを半分支払い、カード名を一つ宣言する。
 そのカードはフィールド場にある限り、以下の効果が付加される。
 ●「このカードを対象にする相手の魔法・罠・モンスターの効果を無効にする。」
 また、宣言したカードがモンスターカードだった場合、以下の効果も付加する。 
 ●「攻撃力は1000ポイントダウンする。」
 この効果は、デュエル中に1度しか発動できない。


 もけもけ 光属性/星1/攻300/守100
 【天使族】
 何を考えているのかさっぱりわからない天使のはみだし者。
 たまに怒ると怖い。


「なんじゃ、こりゃあ」
 俺はただ呆然としていた。
 なにがなんだか分からないが、デッキからフィールド魔法が発動して、辺りが急に真っ暗になっちまった。
 しかもその後現れたのが、なんともやる気のなさそうなモンスターだ。
「"もけもけ"なんて……そんな雑魚モンスター」
 ワイトと同じ攻撃力を、攻撃表示で召喚って………もしかしてこいつ。
 決闘したことがあんまりないな。
「不気味なフィールド魔法を使いやがって。だけど俺は通じないぜ!」
『ふっ、雑魚か』
 バイスは静かに笑う。
『攻撃だ。"もけもけ"』

 ――もけもけウェーブ!――

 目の前のやる気のない天使がひょろひょろと宙を舞い、俺に体当たりを食らわす。

 雲井:8000→7700LP

「ぐっ!」
 感じた痛み。 
 気のせい……か?
『手札から"凡骨の意地"を発動し、カードを2枚伏せてターン終了』


 凡骨の意地
 【永続魔法】
 ドローフェイズにドローしたカードが通常モンスターだった場合、
 そのカードを相手に見せる事で、自分はカードをもう1枚ドローする事ができる。



-------------------------------------------------
 雲井:7700LP

 場:なし

 手札6枚
-------------------------------------------------
 バイス:8000LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   もけもけ(攻撃:300)
   凡骨の意地(永続魔法) 
   伏せカード2枚

 手札2枚
-------------------------------------------------

「俺のターン……ドロー」(手札6→7枚) 
 今の手札は七枚。このままターンを終えたら、手札を1枚捨てなくちゃいけなくなる。
 なんか伏せないといけねぇな。
 少しの間手札を見つめて、一枚のカードを選び出した。
「カードを1枚伏せて――」
「あの、雲井君?」
「はい?」
 後ろから声を掛けられ、振り返る。
 あの不思議なお姉さんが、こちらを困ったような目で見つめていた。
「その……ゴーズとかないの? "サイバー・ドラゴン"とか」

 
 冥府の使者ゴーズ 闇属性/星7/攻2700/守2500
 【悪魔族・効果】
 自分フィールド上にカードが存在しない場合、相手がコントロールするカードによってダメージを
 受けた時、このカードを手札から特殊召喚することができる。
 この方法で特殊召喚に成功した時、受けたダメージの種類により以下の効果を発動する。
 ●戦闘ダメージの場合、自分フィールド上に「冥府の使者カイエントークン」
 (天使族・光・星7・攻/守?)を1体特殊召喚する。
 このトークンの攻撃力・守備力は、この時受けた戦闘ダメージと同じ数値になる。
 ●カードの効果によるダメージの場合、受けたダメージと同じダメージを相手ライフに与える。


 サイバー・ドラゴン 光属性/星5/攻2100/守1600
 【機械族・効果】
 相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在していない場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。


 
「そんなレアカードもってるわけないじゃないですか」
「…………………………………」
「カードを伏せて、ターンエンド」

-------------------------------------------------
 雲井:7700LP

 場:伏せカード1枚

 手札6枚
-------------------------------------------------
 バイス:8000LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   もけもけ(攻撃:300)
   凡骨の意地(永続魔法)
   伏せカード2枚

 手札2枚
-------------------------------------------------

『俺のターンだな』
 バイスはカードを引く。そして静かに、カードを見せた。
『引いたのは"異次元トレーナー"だ。更にドロー』
 "凡骨の意地"を使い、バイスはどんどんカードを引いていく。

 ・プチリュウ
 ・魂虎
 ・もけもけ
 ・大木炭18

『さらにドローだ』
 引いた5枚目のカード。バイスは静かに笑みを浮かべて、手札に加えた。
 さらにドローしないってことは、モンスターカードじゃなかったてことか?
『リバースカード発動』


 凡人の施し
 【通常罠】
 デッキからカードを2枚ドローし、その後手札から通常モンスターカード1枚をゲームから除外する。
 手札に通常モンスターカードがない場合、手札を全て墓地へ送る。


『2枚ドローして、"プチリュウ"を除外しよう』
「そんなにドローしても、意味ねぇだろ」
 そこまでドローする意味が分からなかった。
 手札を稼いだところで、どうなるわけでもないだろ。
『ふっ……』
 疑問に思っている俺に対して、バイスは静かに笑っていた。
『手札から"魔の試着部屋"を発動する』


 魔の試着部屋
 【通常魔法】
 800ライフポイントを払う。
 自分のデッキの上からカードを4枚めくり、
 その中のレベル3以下の通常モンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。
 それ以外のカードはデッキに戻してシャッフルする。

 バイス:8000→7200LP

 バイスはカードを4枚めくる。
 ソリッドビジョンに表示されたカードは――――

 ・凡骨の意地
 ・魔の試着部屋
 ・もけもけ
 ・トライアングルパワー

『……"もけもけ"を特殊召喚しよう』
 バイスのフィールドに、2体目の天使が現れる。なんとも面倒くさそうに宙を漂っている。
「またそんな雑魚モンスターを召喚しやがったな」
『更に、手札から3体目の"もけもけ"を通常召喚する』
 三度現れる、やる気のない天使。
 さすがにこうも並んで出られると、こっちまでやる気がなくなってしまいそうだった。
 だが、所詮攻撃力は300。どうってことない。
「それがどうしたよ。そんな雑魚モンスターの攻撃なんて」
『黙っていろ。すぐに地獄を見ることになるぞ。バトル』
 バイスは攻撃宣言をした。
 3体の天使が、俺に軽い体当たりを食らわせる。
「っぐ!」

 雲井:7700→7400→7100→6800LP

「いってぇ……」
 やっぱ、気のせいじゃねぇな……。
 どういうわけか分からねぇけど、ダメージが本物となっているのか……?
『気づいたか?』
「……………」
『その痛みは、ダメージに比例してお前に伝わる。今まで300ずつしか与えていないからたいした痛みじゃないだろうが次のターン、地獄を見せてやるさ。2枚伏せてターン終了』

------------------------------------------------
 雲井:6800LP

 場:伏せカード1枚

 手札6枚
-------------------------------------------------
 バイス:7200LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   もけもけ×3(攻撃:300)
   凡骨の意地(永続魔法) 
   伏せカード3枚

 手札6枚
-------------------------------------------------

「俺のターンだ!」
 勢いよくカードを引く。
 これ以上、こんな雑魚モンスターの攻撃を受けてたまるか。
「伏せカード1枚伏せて、"大嵐"を発動するぜ!」


 大嵐
 【通常魔法】
 フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て破壊する。


 フィールドの中心に、全てのカードを吹き飛ばそうと暴風が吹きあふれる。
 これで、厄介な"凡骨の意地"は消えるはずだ。
『伏せカード発動!』
 バイスが叫ぶ。
『"非常食"を発動して、他のカード全てを墓地に送る。送ったカードは3枚、3000ポイント回復だ!』


 非常食
 【速攻魔法】
 このカード以外の自分フィールド上に存在する魔法・罠カードを任意の枚数墓地へ送って発動する。
 墓地へ送ったカード1枚につき、自分は1000ライフポイント回復する。

 バイス:7200→10200LP
 
 フィールド上の全ての魔法・罠カードが一気に破壊される。だがバイスはただ破壊されたわけではなかった。
 単に破壊されるのではなく、ライフを回復する道を選んだことで結果的に、破壊されたのは俺のカードだけだ。
『残念だったな』
「そうでもねぇぜ……!」
 次の瞬間、俺の場に2体のモンスターが現れた。


 黄金の邪神像
 【通常罠】
 セットされたこのカードが破壊され墓地に送られた時、自分フィールド上に
 「邪神トークン」(悪魔族・闇・星4・攻/守1000)を1体特殊召喚する。

 邪神トークン×2→特殊召喚(守備)

「俺は、ただ好き勝手にやってる訳じゃないぜ」
『なるほど、リリース用のトークンを揃えるために、わざと伏せてから"大嵐"を発動したか』
「そのとおりだ! 行くぜ! 邪神トークン2体をリリースして"ビッグ・コアラ"をアドバンス召喚!!」
 トークン2体が光に包まれる。
 光の中から、二階建ての一軒家に匹敵するコアラが現れた。


 ビッグ・コアラ 地属性/星7/攻撃力2700/守備力2000
 【獣族】
 とても巨大なデス・コアラの一種。
 おとなしい性格だが、非常に強力なパワーを持っているため恐れられている。


『でかい……な』
 バイスの口から、わずかに驚きを含んだ声が漏れる。
「くらえ!」

 ――コアラパンチ!――

 コアラの拳が、小さな天使を直撃する。
 それと同時にバイスのライフも減少した。
『ぐっ!』

 バイス:10200→7800LP

「カード一枚伏せて、ターンエンドだぜ!」

------------------------------------------------
 雲井:6800LP

 場:ビッグ・コアラ(攻撃:2700)
   伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------
 バイス:7800LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   もけもけ×2(攻撃:300)

 手札6枚
-------------------------------------------------

「すごいよ! これならいけるよ! 雲井君!」
 お姉さんは俺を見ながら、笑顔になる。
 さすが俺だ。香奈ちゃんだけじゃなく、こんな見ず知らずのお姉さんの心までつかんでしまうのだから。やれやれモテる男はつらいぜ。
 だけどなお姉さん。俺には心に決めた人がいるんですよ。
 辛いでしょうけど、なんとか諦め――。
『よくやった……といっておこう』
 バイスが言った。
 ちくしょう。今いいところだったのに。
『俺のデッキの真の力を見せてやろう』
 今更、何を言ってやがる。もう俺の勝利は確定的だ。相手のデッキはよく分からないが、ようは雑魚モンスターでじわじわと攻撃していくせこい戦法なんだろ。
 おそらくあいつのデッキにはこの俺のエースを超えるカードはない。
 俺の場には攻撃力2700の”ビッグ・コアラ”がいる。”もけもけ”なんてやる気0のモンスターに負けるはずがない。
 よく友達が、それは負けフラグだと言うが、そんなことは断じてない。
 俺はゆくゆくは香奈ちゃんと付きあう予定の男だ。
 こんなところでつまずいているわけにはいかねぇんだよ。
『俺のターン、手札から"死者蘇生"を発動する!』


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


『"もけもけ"を復活させる』
 バイスの場に、ばんそうこうを貼った天使が現れた。こころなしか、疲れているように見える。
「またそいつかよ」
『手札から"融合"を発動! 現れろ! "キング・もけもけ"!』
 3体の天使が集まり、一つにまとまる。なにやら白い塊ができて、だんだんと四角い形状へと変化していく。気がつく
頃には、雲井の場にいたコアラすら超える大きさの天使が現れた。


 融合
 【通常魔法】
 手札またはフィールド上から、融合モンスターカードによって決められた
 モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。


 キング・もけもけ 光属性/星6/攻撃力300/守備力100
 【天使族・効果】
 「もけもけ」+「もけもけ」+「もけもけ」
 このカードがフィールド上から離れた時、自分の墓地の存在する「もけもけ」を
 可能な限り特殊召喚する事ができる。


「で……でけぇ……」
 思わず、呟いてしまう。ここから見える空全体を埋め尽くしてしまうかのような白い塊。自分のエース以上の大きさを
もったモンスターを雲井は今まで見たことがなかった。
「でも……所詮300だろ!」
 この大きさで300というのは、どう考えてもおかしい。作っている会社はどういう基準で攻撃力を決めているのか、
不思議だ。
『ああ、今はな……』
 バイスは不気味な笑みを浮かべる。
 そして手札から1枚のカードを取り出して、発動した。


 怒れるもけもけ
 【永続魔法】
 「もけもけ」が自分フィールド上に表側表示で存在している時、
 自分フィールド上の天使族モンスターが破壊された場合、
 このターンのエンドフェイズまで
 自分フィールド上の「もけもけ」の攻撃力は3000になる。



「な……何だ……それ……」
 カードに描かれているのは、真っ赤になった天使の姿。
 何か嫌な予感がした。
 そんな俺の様子を見て、バイスは笑みを浮かべ、説明し始める。
『これから"キング・もけもけ"で攻撃を仕掛ける。もちろん戦闘に負けて破壊されるが、"キング・もけもけ"の効果で"もけもけ"が3体特殊召喚される。その瞬間、この永続魔法の効果が発動して、"もけもけ"の攻撃力はすべて3000に跳ね上がる。そうなれば、どうなるか分かるよな?』
「……!」
 攻撃力3000。あの青眼と同じ攻撃力を、あのやる気のなさそうな天使が持つってのか!?
 "ビッグ・コアラ"は2700の攻撃力を持っているけど、もしそれが本当なら歯が立たない。さっきバイスはダメージに比例してダメージが伝わると言っていた。
 もし攻撃を全て食らってしまったら、どれだけの痛みが襲うって言うんだ。
 いや、それ以前にこのコンボを決められたら、ライフは風前の灯火。

 逆転するカードはない……!

『行くぞ! 小僧!』
 バイスは手を上にかざす。上空に浮かぶ巨大な天使が、こっちを向いた。
 その目が一瞬、笑ったように見えた。
『バトル!』

 ――キング・もけもけ・ウェーブ!!――

 大きな白い塊が、"ビッグ・コアラ"に迫る。
「やっべぇ……」
 どうする!? このままだと負けちまう。
 伏せてあるカードも攻撃を防ぐカードじゃねぇし、ダメージを防ぐ"クリボー"なんか持っていない。
 本当に……どうしたら――――


「――伏せカードを発動して!!」


 聞こえた声。
 一瞬、その声を誰が発したのか分からなかった。
「はやく!」
 声を発したのは、あの見知らぬお姉さんだった。
 俺は言われるがまま、デュエルディスクに手を掛ける。
「リバースカード発動!」


 DNA改造手術
 【永続罠】
 発動時に1種類の種族を宣言する。このカードがフィールド上に存在する限り、
 フィールド上の全ての表側表示モンスターは自分が宣言した種族になる。


「俺は……機械族を選択する!」
 宣言した瞬間、カードから不気味な機械が現れた。それは黒い煙を出して、全てのモンスターを包みこんでしまった。

 ビッグ・コアラ:獣→機械族
 キング・もけもけ:天使→機械族

 一瞬で全てのモンスターの種族が変更される。だが攻撃は止まらない。
 巨大な白い塊を、巨大なコアラは簡単にはねのけてしまった。

 キング・もけもけ→破壊
 バイス:7800→5400LP

 巨大な白い塊が3体の天使が分離する。
「くそっ! 攻撃力3000かよ……!」
 すぐさま身構える。
 目の前に降り立った3体の天使は、俺の事をじーっと見つめ、そして――。


 フワフワ……。


 ――天使は何事もなかったかのように、ゆっくりと宙に浮いていた。

 もけもけ:攻撃力300
 もけもけ:攻撃力300
 もけもけ:攻撃力300

「あれ?」
 起きた異変。
 さっきのバイスが説明だと、もけもけは3000の攻撃力を持っているはずだ。
 それなのに、攻撃力が変わっていない。なんだ? 誤作動でも起きたのか?
『き……貴様ぁ……!』
 バイスの表情が、怒りに満ちている。
「え……え…?」
 状況が理解できなかった。
「分からない?」
 お姉さんが言った。
「何が起こったんだ?」
「怒れるもけもけの効果は『自分フィールド上の天使族モンスターが破壊された時に、もけもけの攻撃力を3000にする』効果だよね。でもさっき雲井君が発動した”DNA改造手術”で、全てのモンスターは機械族に変わった。だから、フィールド上で破壊されたのは天使族じゃない。つまり、”怒れるもけもけ”の効果は適用されなくなるんだよ」
「…な、なるほど……」
 ただただ感心するしかなかった。
 この俺が気づかなかった事を、この人は瞬時に判断して指示してくれた。もしこの人がいなかったら、バイスはきっとコンボを完成させていたに違いない。
 助かった……。
『ターンエンド』

-----------------------------------------------
 雲井:6800LP

 場:ビッグ・コアラ(攻撃:2700)
   DNA改造手術(永続罠・機械族を宣言)

 手札3枚
-------------------------------------------------
 バイス:5400LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   もけもけ×3(守備:200)
   怒れるもけもけ(永続魔法)

 手札4枚
-------------------------------------------------

「俺のターン!」
 勢いよくカードを引く。
 せっかくのお姉さんの助けを無駄にしないわけにはいかない。
 これからが、俺の本領発揮だぜ!
「手札から"コピーマジック"を発動!」


 コピーマジック
 【通常魔法】
 自分のデッキ、手札または墓地からカードを1枚選択して除外して発動する。
 相手の墓地に除外したカードと同名カードがあった場合、このカードの効果は除外したカードと同じになる。
 このカードがエンドフェイズ時にフィールド上に表側表示で存在するとき、ゲームから除外する。


「俺はデッキから"融合"を除外し、お前の墓地にある"融合"をコピーし、発動する!」 
 雲井は手札のカードをかざした。
 フィールドの"ビッグ・コアラ"が光に飲み込まれていく。
「"ビッグ・コアラ"と"デス・カンガルー"を融合し、出でよ! "マスター・オブ・OZ"!!」
 地面から巨大なコアラのような動物が現れる。腰に付けたチャンピオンベルトが、自らの強さを見せびらかすように輝いている。


 デス・カンガルー 闇属性/星4/攻撃力1500/守備力1700
 【獣族・効果】
 守備表示のこのカードを攻撃したモンスターの攻撃力がこのカードの守備力より低い場合、
 その攻撃モンスターを破壊する。


 マスター・オブ・OZ 地属性/星9/攻撃力4200/守備力3700
 【獣族・融合モンスター】
 「ビッグ・コアラ」+「デス・カンガルー」


『攻撃力4200!?』
「どうだ! これが俺の切り札だぜ!」
 俺の場に力強く立つ生物。4000を超える攻撃力に、手頃な融合素材。
 これを超えるモンスターはそうそういないだろ!!
「まだだ! "マスター・オブ・OZ"に"ビッグバン・シュート"、"リミッター解除"を発動だぜ!」


 ビッグバン・シュート
 【装備魔法】
 装備モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。
 装備モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、
 その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
 このカードがフィールド上から離れた時、装備モンスターをゲームから除外する。


 リミッター解除
 【速攻魔法】
 このカード発動時に自分フィールド上に存在する全ての表側表示機械族モンスターの攻撃力を倍にする。
 エンドフェイズ時この効果を受けたモンスターカードを破壊する。

 マスター・オブ・OZ:攻撃力4200→4600→9200

『馬鹿な! "リミッター解除"がなぜ使える!?』
「"DNA改造手術"で、"マスター・オブ・OZ"は機械族になっているんだぜ!」
「す……すごい……!」
 後ろのお姉さんまで驚いている。これが俺の本領だ。
 毎回の決闘でこれが決まれば、誰にだって勝てるんだけどな……。
「俺の勝ちだぜ!! バトル!」

 ――マスター・オブ・ビッグバン・ファイナルリミットオーバー・クライシスパンチ!!!!――

 燃え上がった拳が、天使を吹き飛ばしてバイスに直撃した。

『ぐわぁあああああああああああああああ!!』

 バイス:5400→0LP




 相手のライフが0になり、決闘は終了した。




『ぐっ……!』
「どうしたよ、降参か?」
 勝ち誇った俺に対し、バイスは静かに笑っていた。
『体が消えない……どうやら、白夜のカードは持っていないらしいな』
 また、白夜のカード。
 いったいなんなんだそれ。
「だから言ったんだよ。その子は無関係だって」
『……!』
 お姉さんはカードをかざす。

 ――異国の剣士!――

 カードから編み笠をかぶった日本風の剣士が現れる。その剣士は素早くバイスとの間合いを詰め、抜刀した。
『ぐっ!』
「雲井君が想像以上にダメージを与えてくれたから、決闘しなくてもあなたを倒すことが出来る」
『……! まだだ!』

 ――強制脱出装置!――

 バイスは最後の力を振りしぼり、カードを発動する。下から黒いものが吹き出して、バイスの体を包み込む。
 それが晴れるころには、バイスの姿はなくなっていた。
「きえた……」
「逃げられちゃったね。でも大丈夫。これは宣戦布告だからさ」
 お姉さんはそう言って、カードを俺に見せる。


 異国の剣士 地属性/星1/攻250/守250
 【戦士族・効果】
 「異国の剣士」の攻撃を受けたモンスターは、5ターン後に破壊される。


「ねっ」
 お姉さんは、静かに笑った。
《おわったようですね》
 電話から聞こえた声。この人、通話しっぱなしだったのか。
「あ、伊月君、終わったよ。今からそっちに迎えに行くから、待っててね」
 電話が切られる。
 俺には、まだ目の前の現実が受け止められなかった。
「君も来て。私と一緒に」
「……え?」
「これから敵は、君も標的にすると思うんだ。だから私達が保護するよ」
「え?」
「ほら、いこ!」
 お姉さんは俺の手を引いて走り出す。
 もう、何がなんだか分からなかった。



---------------------------------------------------------------------------------------------------



『………なるほど、それで仕方なく逃げてきたか』
『申し訳……ございません』
 バイスは基地に戻っていた。
 強制脱出装置で、なんとか窮地を脱した後、残った力を振りしぼってここまで戻ってきたのだ。
 雲井の事、ショートヘアの女のこと。とにかく自分が気づいた限りの情報をボスに報告した。たかが一般の高校生に敗北したことももちろん報告した。
『気にするな。まさか白夜のカードが集まっているなど、思ってみるはずもない』
『この失敗は………必ず……』

『無理だ』

 発せられた言葉。
 自分は、用済みなのだろうか。
『待って下さい! 次こそ必ず……!』
 バイスはすがりつく。せっかく手に入れた力を、失うなんて事にはなりたくなかった。
『そうしたいのは山々だが……』
 ボスの目が、悲しそうに自分を見つめている。
 いったい、どういう――。
『ぐっ!』
 突如痛み出す胸。さっき、あの女が召喚した剣士に斬られた箇所だ。
 傷口から白い光が発せられ、バイスの体を染めていく。
『ぐぁああああああああ!』
 白い光が体の全てを包み込み、バイスは――。


 ――消えてしまった。


『……どうやら、宣戦布告らしいな』
『どうするの? ボス』
『考えておこう。ひとまず、誰も外へ出るな。各自部屋で待機』
 その一言で、解散が始まる。
 部屋の一人残った人物は、静かに、息を吐く。
『どうやら、決着を付けないといけないらしいな』
『そうだね。僕楽しみだなぁ』
『いたのか……』
 ボスが見つめるその先。
 人の姿はない。
『それで、あのカードの復活に目星はついたの……?』
『…………ああ』
 ボスは一枚のカードを取り出す。
『あとは条件さえ揃えば、このカードに宿ってくれるだろう。だが宿ったとしても、完全な姿じゃない』
『……どういうこと?』
『それは、お楽しみというやつだ』


 そう言ってボスは静かに笑い、右手に持ったカードを見つめた。


 何も描かれていない、白いカードを。




episode5――闇と星――




「……それで?」
 病院の階段途中で、私は尋ねる。
「なんでしょうか?」
 伊月と名乗った青年が、爽やかな笑みをこっちに向けながら言う。
 さっき雲井が勝ったとの連絡があり、迎えが来るまで病室で少し話しておきたいことがあると伊月は言った。
 少し抵抗があったけれど、悪い人ではないみたいだし。仮に悪い人だったとしたら、それこそ放って置けない。
 とりあえず、どんな事をされてもすぐに対処できるように私は伊月と数メートルの距離を保ち続けている。
「なんでしょうかじゃないわよ。あんた誰なのよ?」
「僕の名前は――」
「そうじゃなくて、あんたは何者なのかって聞いてるのよ。まさかあの不良の仲間じゃないでしょうね」
 伊月が急に振り返った。
 同時に私は身構える。
「おやおや、そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ」
「………そんな証拠ないじゃない」
「ええ、ごもっともですね」
 伊月はそう言って、階段を上がる。
 先程の決闘でエレベーターが壊れてしまい、仕方なく大助の病室がある4階まで階段で上る羽目になってしまった。謎のダメージを受ける決闘のせいで体の所々が痛いけど、へこたれてる暇なんかないわ。


「着きましたね」
 伊月が指し示す先には、4Fと書かれたボードが貼り付けてあった。
「やっとついたわね」
「たった四階上がっただけで"やっと"というのはおかしいのでは?」
「……うるさいわよ」
「これは失礼しました」
 伊月は少し笑い、大助のいる病室のドアをノックする。
 返事はない。
「入りましょうか」
 そう言ってドアに掛ける手を、引き止める。
 さっき伊月は大助のことを知っているような事を言っていたけれど、そんな簡単に信じるわけにはいかない。
 本人に確認を取らないと安心できない。
「どうかしましたか?」
「………私が先に入る。あなたは後から入ってきて」
「ずいぶんと用心深いですね……分かりました。僕はトイレにでも行って来るので、その間にどうぞ」
 伊月はすたすたと歩いていってしまった。
 なんだか、不思議な人ね。
「まぁいいわ。それより……」

 ――大助――。

 目を閉じて、心を落ち着かせる。
 このままドアを開けて仮に大助がまだ眠っていたらどうしたらいいかしら。
 怪我人のそばでうるさくしても悪いだろうし、しかもここには他の患者までいる。
 だけどもしかしたらその方が楽かも知れない。
 ただ眠っているなら、そばにいるだけでいい。きっと、その方が楽。

 逆に、起きていたら……どんな反応したらいいの?

 考えても、分からない。
「……面倒ね」
 私に考えながら行動するなんて似合わない。
 大助が起きていようがいまいが、その時に考えればいいわよ。

 コンコン

 再びノックする。返事はなかった。
 ゆっくりと静かにドアを開ける。部屋を四つに仕切るように白いカーテンが下ろされている。
 大助は奥の右にいる。
「だ、大助、お、起きてる?」

 恐る恐る、カーテンを開ける。
 そこにいたのは―――


「お、香奈」
 

 ――起きあがった幼なじみの姿だった――。


「大丈夫だったか?」
 半日ぶりに聞いた大助の声。
 視界が、一瞬だけ歪んだ。
「……え?」
 今まで目に溜まっていたもの。
 それが大助を見た瞬間、一気にあふれ出した。
「どうしたんだ? 大丈夫か?」
「……!」
 思わず飛び付いてしまった。全体重をのせた体が、大助の胸に直撃する。
「ぐはぁ!」
 悲鳴が聞こえた気がしたけど、気のせいよね。きっと。
 心臓の鼓動も聞こえる。ちゃんと大助は、目を覚ましてくれた。
 もう二度と……会えないかと思った。
「な、何すんだよ」
心配させるんじゃないわよ!
「え……」 
「私がどれだけ心配したと思ってんのよ! 決闘が終わった後に気を失っちゃうし、お医者さんは手の施しようがないって言ってたし、いつまでたっても目を覚まさないし、あんたのバックをあさっても500円しか無くて食べたいお弁当を買えなかったし、あの不気味な不良の仲間みたいな変な人と決闘したし……とにかく心配したんだから!」
 打ち明ける思い。
 一晩中付き添っても目が覚めなかった時の不安。
 もう二度と会えないんじゃないかと思ったこと。
 黒いフードをかぶった男と謎の決闘をしたこと。
 何もかも、辛かった。本当に心配だった。
「本当に……心配したんだからぁ……」
「……ごめん」
 顔を上げる。困った表情をする大助の顔が、すぐそばにあった。
 まだ、目頭が熱い。
「っ!」
 ハッとなる。
 こんな顔を見られたら、恥ずかしくてしょうがない。
「べ……別に、起きたんだからいいわよ」
「……もしかして今、泣いてたか?」
「な、泣いてないわよ!」
 思いっきり大助の顔をはたく。とてもいい音がした。
「俺が怪我人だって事忘れてるよな。絶対」
「う、うるさいわよ! 起きた時点であんたなんか怪我人でも何でもなくなるの!」
 そう言いながら、目をこする。
 本当に、よかった。
「そういえば、一つ言いたいことがあるんだ」
「…な…なによ……つまらない話なら聞かないわよ……」
「俺にとっては、大事な話だ……」
 大助が真剣な顔になる。
 まっすぐな瞳がこっちを向いている。
「え…え……?」
 こんな真剣な表情、いつぶりだろう。
 それに大事な話って…………まさか……そんなはずは……いくら付きっきりで看病していたからって、そんなドラマみたいな展開なんて……。

「俺の500円返せ」

「なっ……う、うるさいわね、あれは私の対する慰謝料としてもらっておくわ!」
「………まぁいいや。バックに入っていた俺のデュエルディスクとデッキは?」
 私は黙ってバックの中からそれらを取りだして、大助に手渡した。
 落ち着いてきたので、近くにある椅子に腰掛けた。
「あんた、伊月って人知ってる?」
 ひとまず尋ねる。
 あの青年の言っていることが本当なのかどうか確かめないといけない。
「知らない」
「やっぱり……早く逃げましょう。あいつきっとあの不良の仲間よ」
「そうかもしれないけど……」
「けど……なによ」
「悪い人じゃない気がする」
「……あんた、それ真剣に言ってるの?」
「お前もそう思っているんだろ。じゃなきゃこんな話をしないで逃げる準備するはずだ」
 図星だった。
 どうして、大助はこういうときに限って勘が鋭いのよ。
「何か知ってることとかないの?」
「知っているというか……俺が起きたときに、リンゴ剥いてた」
「……それ、大丈夫なの?」
「あぁ、食べてないし」
 大助の目線の先にきれいに八等分に切られたリンゴが置いてあった。爪楊枝が刺さっているけど、手を付けられた様子
はない。
「そうじゃなくて、何もされなかったの?」
「多分な」
 大助はデッキを一枚一枚確認しながら答える。最後の二枚を確認しようとしたとき、その手が止まった。
「どうしたの?」
 のぞき込む。
 その手にあったのは、あの時、白い輝きを放った2枚のカード。


 先祖達の魂 光属性/星3/攻0/守0
 【天使族・チューナー】
 このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時に自分フィールド上と手札に他のカードが無い
 場合、自分の墓地から「大将軍紫炎」1体を表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
 ただし、この効果で特殊召喚したカードの効果は無効となり、攻撃力・守備力は0になる。


 大将軍 天龍 炎属性/星10/攻3000/守3000
 【戦士族・シンクロ/効果】
 「先祖達の魂」+「大将軍 紫炎」
 1ターンに1度だけ、デッキ、手札または墓地から「六武衆」と名のついたモンスターカード1種類
 すべてをゲームから除外することができる。この効果で除外したモンスターの属性、攻撃力、守備力、
 効果を、相手ターンのエンドフェイズ時までこのカードに加える。
 この効果で得た効果は、他に「六武衆」と名のついたモンスターが存在しなくても発動できる。



「そのカード……私のと同じやつ?」
 私もデッキから2枚のカードを選び出して、見つめた。


 純白の天使 光属性/星3/攻撃力0/守備力0
 【天使族・チューナー】
 このカードを手札から捨てて発動する。
 このターン自分が受けるすべてのダメージを0にし、自分フィールド上のカードは破壊されない。
 この効果は相手ターンでも発動する事ができる。


 天空の守護者シリウス 光属性/星10/攻撃力2000/守備力3000
 【シンクロ・天使族/効果】
 「純白の天使」+レベル7の光属性・天使族モンスター
 このカードが表側表示で存在する限り、相手は自分の他のモンスターへ攻撃できず、
 相手に直接攻撃をすることもできない。
 このカードが特殊召喚されたとき、以下の効果からどちらか一つを選びこのカードの効果にする。
 ●1ターンに1度、デッキまたは墓地からカウンター罠1枚を選択して手札に加える事ができる。
 ●バトルフェイズの間、このカードの攻撃力は自分の墓地にあるカウンター罠1種類につき
  500ポイントアップする。


 いつの日だったか、知らないおじさんにもらった白いカード達。いつか色が付くという謎の言葉を残して去っていった人には、あれから一度も会っていない。
 引いた瞬間、白い光を放ったカード。
 どう考えても、普通のカードじゃないわよね。
「……なんなんだ、これ」
「知らないわよ。私は中学3年の夏にこのカードが出てきたけど……」
「俺も同じ時期……いや、昨日の決闘でこのカードが出てきた」
 私も大助も、中学3年生の頃にこのカードに色が付いた。私のカードはデュエルディスクに反応したけれど、大助は反応しなかった。
 私のカードはチューナーとシンクロモンスターだった。カードショップを探しても、インターネットで検索してみても見つからなかった。遊戯王事務局に問い合わせてみると、調整中ですという意味分かんない回答が返ってきた。もしかしたら偽物かも知れないけど、偽物ならデュエルディスクが反応するわけがない。年々、不正カードを取り締まるためにそういう制限が厳しくなっている。偽物のカードなんか使ったら、速攻で警告音が鳴る。
 それがないってことは、これは実在するカードなのよね。
 多分、世界に1枚しかないカード。元々は真っ白なカードだったのに、突然ちゃんとしたカードになったことは、何か不思議な力が働いたと考えるのが自然よね。
「いったい何なのよ。このカード」
「……多分、伊月って人がその答えを知っている気がする」
 思いついたように大助は言った。
「どういうこと?」
「あの人、白夜のカードがどうとか言ってなかったか?」
 そういえば、たしかにそんなことを言っていた気がする。たしかあの謎の男も、白夜のカードがどうとかって……。
「聞いてみるしかないわね」
「問題は、あの人を信じても大丈夫かってことだけど」
「そうね……」
 もしかしたら伊月があの不良の仲間かもしれないし、それを否定できる証拠もない。
 会ってすぐの見知らぬ男を信用しようという方が無理よ。それに、個人的にあの伊月って人は気に入らない。大助はあの人のことをどう思っているのかしら。見た感じ、信用している訳じゃなさそうだけど……。
「そういえば、香奈は大丈夫か?」
「え……?」
「信じられないかも知れないけど、俺あの不良と決闘した時、実際にダメージが体を襲ったんだ。本当に炎に焼かれたような感じがした。不良も、受けるダメージが現実の物になるって言ってた。お前が不良の仲間と決闘したなら……痛みがあったと思うんだけど……」
「………」
 あの謎の男との決闘はたしかに痛みがあった。正直に言うと体の所々が痛い。だけどここで本当のことを言っても、大助の心配を増やすだけ。
「大丈夫よ」
 そう言って立ち上がる。
 だが、急に足から力が抜けた。
「おい!」
 大助の腕が伸びた。崩れ落ちそうになる体が、大助の方へ吸い寄せられるように倒れ込む。
 自然と、抱きかかえられる形になってしまった。
「やれやれ……」
「………………」
「大丈夫か」
 大助が尋ねる。その言葉でようやく我に返った。
 自分の方がきっと深刻な傷を受けているはずなのに、どうして私のことを心配するのよ。
「あ、ありがとう……」
 自分を支える腕をはずして、ゆっくりと立ち上がった。なんだか、変な感じだ。鼓動が早くなっている。
「お前、重くなったな」
「……!」
 思いっきりひっぱたいてやった。
「あんたねぇ! 普通そういうのは女の子には言わないのよ!」
「グーで殴る奴に言われたくない……」



---------------------------------------------------------------------------------------------------



「おやおや、少々帰ってくるのが早かったみたいですね」
 香奈が驚いて振り返った。
 伊月がこちらに爽やかな笑みを浮かべながら立っていた。
「大胆ですね。こんな公共の場で……」
「ちょっと待て。いつから見てた?」
「トイレに行ったんですが、かなり混んでましてね。それで仕方なく戻ってきたら、香奈さんがあなたの腕の中にいたものですから……驚きましたよ」
「……………」
「そんな顔をしなくても、誰にも言いませんよ」
 伊月はそう言ったが、なんだか不安だ。
「まさかお二人がそういうご関係――」
「ち、違うわよ! 私と大助はただの幼なじみなんだから、そんな変な関係なんかじゃないんだからね!」
 必死になって否定する香奈を見ながら、伊月は笑みを浮かべ続けていた。
「別に僕は、お二人は仲のいい幼なじみだと言おうと思ったんですよ?」
「……!」
 香奈の顔が赤く染まる。ここからだから見えたのだが、右拳が力強く握られていた。
 このままではもう一つベッドを用意しなければならなくなりそうなので、そうなる前に尋ねる。
「あんたはいったいなんなんだ?」
 伊月はベッドの端に座る。香奈も握られた拳を解いて、椅子に腰掛けた。
「僕の名前は伊月です」
「それは知ってる」
「……………」
 伊月は静かに息を吐いた。
「いいでしょう。お話ししましょう」
 伊月は語り始めた。
「まず、僕はスターという組織に入っています。あぁ、組織名は気にしないで下さい。うちのリーダーは少々ネーミングセンスに難がありましてね………とにかくそういう組織に入っているんです――」




 ――伊月が語ったのは、こういうことだ。

 伊月が所属している『スター』という組織は、5年前から本格的に仕事を始めたらしい。現在の社員は数十人。それで組織と言えるのかはあえて触れないようにしてくれと言われた。
 スターの仕事は主にカードゲームを悪用する組織を検挙していくことらしい。カード強盗や違法な器具を使って衝撃を増幅させる決闘。それらを取り締まって遊戯王本社に報告をするのが義務。そうして世界中の子供が安心してゲームすることができ、後々の未来に貢献していくことが目的だそうだ。

 そして今回の目的は『闇の組織の調査』。
 闇の組織というのは、何千年も前に存在していたという古代文明にあった力を現実に呼び起こし、操ることを研究する組織を総称して指す。研究され、開発された力は様々なモンスター、魔法、罠。幾多に描かれたカードに使われて、現実に呼び起こされる。その力を使いこなすことが出来れば、世界を滅ぼそうとする組織が現れても不思議ではない。そしてその組織が『ダーク』という組織だ。
 彼らは最近になってその力を完成させ始めていて、実際に世界の各地で被害が出ているようだ。
 スターに課せられた調査というのは名目だけで、実際のところその『ダーク』という組織を壊滅させることが目的らしい。
 

「ここまではいいでしょうか?」
 伊月が尋ねる。
 隣で香奈が頭を抱えている。この手の難しい話はこいつの得意とする所じゃない。
「要するに……俺達がアニメで目にしているようなことが、実際に起ころうとしてるって事か?」
「簡単に言うとそういうことですね。もちろん、古代文明も何千年前のエジプトではありません。変なオカルトグッズも存在しませんのであしからず」
「分かってる。でもそんな急に話されたって、信用できるわけ無いだろ。実際にダメージを受けるのだって、新しい違法器具かも知れない」
「お二人とも、彼らの力を実際に見たでしょう」
 決闘前の光景を思い出す。
 降り注いだ黒い光。病院を燃やした炎。どれも現実のものと見るには難しいものばかりだ。
 冷静に考えれば、この「決闘前」という時点で俺の「新しい違法器具説」は崩される。違法器具は、決闘によるダメージを衝撃に変換して使用者に受けさせる物だと学校で習った。つまり、決闘していないときは何の効果もない道具にしかならない。そうなると、決闘前のあの黒い光を説明できそうにない。
「納得できないなら、今はそれでも構いません。説明を続けましょう。ダークの目的は世界を滅ぼすこと、そして闇の神の復活というところでしょう。そのために古代の力を研究し、自分達のものにした。ですが、まだ完璧じゃない。いえ、語弊を生みましたね。実際には完璧に出来ないのです」
「……どういうことだ?」
「理由は二つあります。一つ目は、古代の力の源にあります。彼らが使う力は、先程説明したとおり古代文明に存在した力です。神と呼ばれた精霊にいました。ダークが使う力は、闇を司る神を利用したものです。神は大昔にその姿を消しました。ダークの研究が進んで、その姿が再び見つかるまでですがね……。どうやって見つけたかは分かりませんが、調べたところそうらしいです。ダークは闇を司る神の力を利用しているんです。まだ復活していない闇の神は完全に力を取り戻していないので、どんなに頑張っても力を完全に扱いきれることはない。個人によって差はありますがね………ゆえに活動がまだ活発ではないんでしょう」
 考えを変えるなら、闇の神の復活を最優先にしているという考え方も出来るだろう。
 伊月の表情から判断して、事態はそこまで良くないらしい。

 まぁ、この話を全て信じるならだが。

「………もう一つは?」
 伊月は笑みを浮かべて、俺達の持つカード達を指さした。
「その白夜のカードです」
「白夜の……カード……?」
「白夜のカードは、闇の神と対になる光の神の力を扱うことが出来るカードです。ダークが研究している時に、闇の力を発見すると同時にこのカードが発見されました。ですが、このカード達は色が付いていませんでした。なのでダークもそこまで心配することはないと思ったのでしょう。処分もされずに放っておかれていたんです。ですが白夜のカードの力に気づいた者が二人いた。持つべき者の強い想いに反応して色を付け、持ち主にあったカードへと変化する。いわゆる覚醒するという力にです。気づいた二人の内、一人はダークのボス。もう一人は潜入捜査をしていた僕たちの仲間の一人でした。仲間は白夜のカードを持ち出して4枚を僕達に渡し、おそらくその後あなた達に2枚ずつ渡したのでしょう」
 おじさんの顔が思い出される。
 あの時急いでいたのは、ダークに追われていたからなのだろう。あのまま土管の中にいて、俺や香奈にまで危険が及ぶのを避けてくれたのかも知れない。
「その人は?」
「……おそらく、始末されたでしょう」
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 重い空気が流れた。
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・ 
 ・ 
「白夜のカードをもつ者には、それと同じ力が宿る。もちろん個人差はありますが、その力を使えば相手の力を消すことが出来ます。しかし光と闇の力は常に対等なので決闘で決着を付けなければいけない。それに勝てれば、白夜の力で相手は消えます。もうお二人は経験済みですね」
 決闘が終わった後のことを思い出す。漆黒のデュエルディスクが砕け散って、相手が煙のように消えてしまった。あれが闇の力を消すということなのだろう。じゃあカードが放った光は、伊月が言う光の力が現れたってことか。
「ダークが持つ闇の力は、漆黒のデュエルディスクと闇のフィールド魔法に集中しています。残念ながらフィールド魔法は決してフィールドから離れることはありません。ですが決闘に勝てば、白夜の力で漆黒のデュエルディスクを破壊する事ができます」
「それがダークって組織を妨げる力なのか?」
「ええ、その通りです。ですが戦況はこちらの方が圧倒的に不利です。なぜなら相手は、一般の決闘者をどんどん生け贄にしています。その中で力が強い者がいれば、闇の力を注ぎ込んで仲間にする。僕たちの方は、仲間の数は変わることはありません。光の力を使うには、白夜のカードが必要です。ですが彼が託してくれた8枚以外は、おそらくすべて処分されてしまったでしょう。ですが相手の使う力は闇そのもの。闇の神を復活させるために、決闘者を闇に飲み込ませ、その力を生け贄とします。今日までにこの地域だけでも十数名の行方不明者が出ています。すべて生け贄となったか、大助君が戦った不良のように仲間にされてしまった者もいるかもしれません」
 頭に、不気味な黒いオーラを出す不良の姿が浮かんだ。
 じゃああの不良は、どこかで出会ってしまったダークにやられて、ああなったってことか。
「……闇の決闘でライフポイントが0になったということは、現実では死ぬに等しい程の傷を負うことになります。ボロボロになった心と体に闇の力を注ぎ込まれると、すべては闇に浸食され、ダークの一員となってしまうんです」
 不良の腕に付けられた漆黒のデュエルディスク。感じた限り、以前戦ったときよりも強くなっていた。闇の力というのは決闘者としてのレベルもあげるのか?
「ですが、あなた達の登場で戦況は変わった。これで作戦も実行に移すことが出来るというものです」
「……作戦?」
「それは――」
 

 コンコン


 ドアがノックされた。全員の意識がそっちの方へと向く。
「失礼します」
 そう言って入ってきたのは茶髪にショートヘアの女の人だった。伊月と同じか一つ上の年齢のようで、香奈以上に女性らしい体つきだった。顔が童顔気味だが、そこまで気にはならない。
「伊月君。迎えに来たよ」
「おや、早かったですね」
 伊月が言う。どうやらこの人もスターの一員らしい。
「この二人が白夜のカードの持ち主……なんだよね」
「ええ、なかなかの実力ですね。まぁ僕たちには及ばないでしょうが」
 伊月が笑いながら言う。悪気は無いのかも知れないが、カンに触れる言い方だ。
 香奈も同じことを感じているのか、頬をふくらませていた。俺はまだしも、香奈に勝てる奴などいるのだろうか。
「おい中岸」
 雲井が敵意に満ちた目で見つめていた。
 ……なんでここにいるんだ?
「歯ぁ食いしばれ……!」
 雲井が振りかぶる。
「え?」
 拳が振り下ろされる。だが香奈のに比べたら格段に遅かった。
 顔に届く前に、難なく受け止めることができた。
「な、なにすんだよ」
「香奈ちゃんが怪我してんじゃねぇか! てめぇ何やってたんだよ!」
 鼓動が一瞬、早くなる。たしかに香奈は傷ついている。ダークとの決闘で受けたものなのは言うまでもない。そのころ俺は起きていた。いくら体が痛かったからといって、何もしようとしなかったことの言い訳にはならない。
「………すまん」
「けっ、謝って済むなら警察はいらねぇよ」
「なんでお前、ここにいるんだよ」
「学校抜け出してきたんだよ。おまえなんかどうでもよかったけど、香奈ちゃんが心配だったからな。そしたら変な男に会っておかしな決闘して、そんで勝ってきたんだ」
 雲井は自慢げに言うけど……こいつが勝った? 何かの間違いじゃないのか?
「なんだよその目は。俺だって本気出せばお前なんか瞬殺なんだからな」
 雲井は中指を立てる。
 どうとでも言っておけ。一回も勝ったことないくせに。
「そんな、ケンカしないでよ。みんな」
 女の人が言う。香奈とはまたひと味違った柔らかい声だった。
「そろそろ戻ろう。ダークもここを嗅ぎつけているだろうし」
「ですが、どうするんですか? ここを嗅ぎつけられているのなら、歩いて戻るのは難しいと思いますが……」
「だから私が来たんだよ。病院にはもう話はつけてあるから、すぐに行くよ。大助君に香奈ちゃん、ちょっとこっちに来てくれないかな」
 言われたとおりベッドから下りて、香奈と共に女の人のそばに寄った。よくよく考えれば、昨日から着替えていない。制服のままだが、しょうがないだろう。
「えーと……」
 女の人は手に持ったカードの束から一枚のカードを抜き出して、かざした。


 ――ポジション・チェンジ!――


 カードから白い光がでて、視界が真っ白に染まる。あまりのまぶしさに目を閉じた。


「もう目を開けていいよ」
 女の人の柔らかい声が聞こえた。目を開ける。
「……………………え?」
 部屋にいた。白い壁紙が貼られた広い個室に、いくつかのソファや本棚が置いてある。上からは蛍光灯の光が辺り一面を照らし、部屋の隅々まで光が行き渡っていた。
「ここが私達の会議場ね。といっても私の家なんだけど」
「広い……ですね」
 見える限り、校長室の倍ぐらいの広さはある。
 ここまでの広さを持った部屋なら、この家の全体はいったいどれくらいあるんだ?
「ねぇ、どうやったの? さっきまで私達病院にいたのに……」
 香奈が言った。
 たしかにそうだ。この家がフツノ病院からどれほど離れた距離にあるのかは分からないが、どんな距離だとしても一瞬で全員がここまで移動することなんて、普通に考えて不可能だ。
「僕たちのリーダーの白夜の力ですよ。先程言ったでしょう。ダークはカードに描かれたものを現実に呼び起こすことができると。だとすればこちらも同じ事が出来ても不思議では無いでしょう」
「なるほど……」
 だとすれば、俺や香奈もその気になれば似たようなことが出来るのだろうか。使えるのなら、学校に遅刻することがなくなりそうだな。
「紹介するね」
 お姉さんは伊月を手招きする。左から伊月、お姉さん、そして謎のおじさんがいた。
 その男はボサボサの髪に無精髭を生やしていて、ほりも深く、40歳は超えているのではないかと思う印象を受けた。
 お姉さんは深くお辞儀をして、言った。
「私がスターのリーダーの薫(かおる)です。こっちは知っていると思うけど幹部の伊月君。私より一つ年下なんだよ」
「よろしくおねがいします」
 伊月は病室でやったように丁寧なお辞儀をした。
 一応、こっちも礼をしておく。
「最後に、この人が佐助(さすけ)さんだよ」
「……………………………………………………」
 佐助と紹介された男は、こっちからずっと顔をそらしたまま、頭をわずかに下げた。
 そして役目を終えたかのように元いた部屋の隅に戻っていってしまった。
「……ちょっと、無口だけど、いい人だから気にしないでね」
「はい」
「ついでに言うと、私と同じ22歳ね」
「はい!?」
 失礼だとは分かっていても、驚いてしまった。
 あの姿で22歳とは恐れ入る。
「じゃあ、早速、お話ししないとだよね………」
 薫は伊月の方を見た。
「僕が大体、二人には説明しておきましたよ」
「そう、よかった。私も雲井君には大体説明してあるから、手間が省けたね」
 薫と伊月は近くにあるソファに腰掛けた。俺達も、向かいのソファに腰を掛けた。
「じゃあ、三人ともダークのことは分かったんだよね?」
「あ、はい……闇の力を使う悪い組織で、一般人まで仲間にするって……」
「うん、じゃあ白夜のカードのことも分かったよね」
「まぁなんとなく」
「おいおい、俺はそんな話聞いてねぇぜ」
 雲井が身を乗り出したが、薫さんも伊月もそれに応じる気はなさそうだった。
 白夜のカードを持っていないのだから、聞いていないのは当然だろう。スターとしても、無意味に情報を一般人にさらけだすつもりはないようだ。
 ………ということは、もう俺や香奈は『一般人』としては認識されていないらしい。
「雲井君には話す必要がないよ。だから気にしないで」
「そう言わずに教えて下さいよ、薫さん!」
 雲井に詰め寄られて、薫さんは困った表情を浮かべる。
 まったく、知らなくていいと言うのだから素直に聞かないようにすればいいのに。
 ん、でもたしかこいつ、さっき病院でダークを倒したって言っていたな。白夜のカードがない雲井はどうやってダークを倒したんだ?
「なんで、雲井はダークを倒せたんですか?」
「え?」
 薫さんが意外そうな表情でこっちを向いた。質問途中だった雲井が睨み付けてきたが、気にしない。
「伊月さんの話だと、ダークは白夜の力で倒すことが出来るのに、カードを持っていない雲井にどうして倒すことが出来たんですか?」
「うん……それはね、ダークとの決闘ってダメージが実際に体に襲ってくる闇の決闘だよね。当然ライフポイントが0になれば大怪我になっちゃうんだよ。ダークはそこをついて一般人を仲間にするけど、本人達だって闇の決闘は例外じゃない。もし負けたらかなりのダメージを受ける。そうするとその人が持っている闇の力も弱まる。だから白夜の力で倒すことができる。白夜の力を持っていない人が決闘に勝ってダークの一員にダメージを与えれば、他の白夜の力を持った人がカードの効果を使って倒せばいい。だから実際は雲井君は決闘に勝っただけで、倒したのは私なんだよね」
「………そうなの?」
「え……ま、まぁ……」
 雲井は顔を赤くして、下を向いてしまった。
「ったく……」
 病院でのさっきの勢いは一体どこにいったのか。
「じゃあ……あの黒くなって消えたのは白夜の力なの?」
 香奈が尋ねた。
 不良との決闘が終わったとき、体は霧のように消えてしまった。多分、そのことを言っているのだろう。
「………それは……」
 薫さんが言いづらそうに目をそらした。
 途端に伊月が割って入る。
「それはおそらく、本当のダークの一員では無かったのでしょう」
「本当の……?」
「先程言ったとおり、ダークは一般人を仲間に引き入れています。仲間になった人は闇の力を得ることができますが、同時に正気も失う。真のダークの一員に操られてしまうんです」
「…………言ってる意味が分からないわ」
 俺も必死に頭で整理するが分からない。
「………数年前に起きた不発弾の事件を覚えていますか?」


 
 数年前、どこかの小さな工場が爆発し、中にいた人全員が行方不明になったという事件が起きた。
 まるで隕石が落ちたのではないかと思うくらいの大きな穴が広がり、そこで何を研究していたかの記録も残らないほどの被害で、新聞で数日間は報道された。政府が発表したのが、工場跡にわずかに残っていた掘削機の欠片から、おそらくどこからか掘り起こした不発弾を研究して、処理に失敗したというものだった。もちろんそれに納得する者もいるはずがなく、政府は毎日のように抗議を受けたらしい。



「それが、なんなの?」
「それがダークの元となる組織だったんですよ。闇の力を研究し、力を得ようとして工場一帯の土地を吹き飛ばした。政府は行方不明と言いましたが、実際にはその研究員の全員が闇の力を得たんです。その研究員達はとても強い力をもち、後に別の場所で仲間を集めて、さらに力の研究をしました。そして白夜のカードが発見されて、病院で言った話に繋がる訳です」
「……つまり、その研究員達が本当のダーク……?」
「その通りです。その研究員が無理矢理仲間にした一般人は、忠実な操り人形になります。ここからが問題なんですよ。その元一般人は闇の決闘で他の人間を闇の生け贄にしたり、仲間に引き入れたりすることが出来ます。仮に決闘で負けても、闇の生け贄として扱われるだけなんです。つまりは研究員達には何の支障もない。むしろ闇の神の復活のために好都合でしょう」
「じゃあその研究員を倒せばいいじゃない」
「そうできれば一番良いのですが、なにしろ顔が分かりません。しかもダークは全員黒いフードで顔を隠しているのですから判別が難しいですね」
「そっか……」
 改めて、状況の深刻さが分かった。
 相手はねずみ算のように人手を増やすことが出来る。対するこっちの戦力は今ここにいる人数しかいない。
 戦力差は圧倒的だ。多勢に無勢という言葉を完璧に表している。
「他に、何かありますか?」
「おい白夜の――」
「――もういいです」
 雲井の口を塞いで話を終了させる。関係ない奴の質問を聞いても時間の無駄だからな。
「ではお二人とも、白夜のカードを出してください」
 伊月に促されて2枚ずつカードを取り出して、机に並べた。
 前で薫さんがじーっと見つめる。
「……本物みたいだね」
「ええ、お二人ともダークの一人を倒していますからね」
「作戦には、二人を加えるって事でいいんだよね?」
 その言葉を聞いて、伊月の体の動きが止まった。
 さっきから言っている作戦とは、いったい何のことだろう。
「僕は半分反対です。二人とも強いとは言っても、まだ話になりません。ですが人は多いに越したことはない。困りました。悩み所です」
「何よ、文句があるなら今ここであんたと決闘してもいいのよ!」
 香奈が立ち上がる。
 そのまま掴みかかりそうな勢いだったので、腕を掴んで止める。香奈は素晴らしいまでの不満そうな顔を俺に向けた。
 分かったよ。後で愚痴を聞いてやる。
「香奈ちゃんは弱くねぇぜ。中岸の方は知らないけど………」
 雲井がこちらに嫌みな笑みを向ける。
 少なくとも、おまえよりは強いつもりなんだが……。
「相手はかなりの実力を誇っている決闘者です。失礼ですが、大助君は眠っている間にデッキを拝見させて頂きました。正直言って、よく勝利できたとしか言いようがありません」
「…………」
 たしかに考えてみれば、よく勝てたものだ。いくら紫炎とエニシを手に入れたからといっても、枚数はそれぞれ1枚だけ。不良との決闘はかなり引きがよかったおかげでどちらも場に出すことが出来たが、いつもそうとは限らない。ましてや紫炎やエニシを出せた決闘で、あと一歩で負けるところまで追いつめられてしまったんだ。
 そして、不良はただの手下だったことを考えると、この先の決闘に勝てるはずはない。
「あなたは自分の手に入れるべきカードぐらい分かっていますよね?」
「……紫炎があと2枚。エニシは……このままでいいと思うけど……あと一番必要だと思うのが――」
「――"六武衆の師範"よ」
 香奈が言った。なぜ代わりに言ったんだ?


 六武衆の師範 地属性/星5/攻2100/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが相手のカード効果によって破壊された時、
 自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 「六武衆の師範」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。


 六武衆デッキのエースカードであり、キーカードでもある"六武衆の師範"は封入率がかなり低い。一年ほど前にあったパックには結構な割合で入っていたのだが、すぐに絶版になってしまった。俺は1パック買えただけで、当たるはずもない。
「できれば香奈ちゃんも、デッキを見せて欲しいんだけど……」
 薫さんが言った。香奈は数秒悩んだ後に、拒否した。
「あんまりデッキを見せたくないわ。自分の弱点ぐらい知っているわよ」
「じゃあ、教えてくれないかな?」
 隣で息を吐くのが聞こえた。香奈がこっちに目配せをしている。
 俺に説明しろということだろう。自分で自分の弱点を話したくなさそうだった。
 仕方ないか。
「……香奈のデッキはパーミッション。白夜のカードもあるし、デッキワンカードもある。ただ香奈は、パーミッションに必要な"神の宣告"と"魔宮の賄賂"を1枚も持っていない」


 神の宣告
 【カウンター罠】
 ライフポイントを半分払う。
 魔法・罠の発動、モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚の
 どれか1つを無効にし、それを破壊する。


 魔宮の賄賂
 【カウンター罠】
 相手の魔法・罠カードの発動と効果を無効にし破壊する。
 相手はデッキからカードを1枚ドローする。



 "神の宣告"も"魔宮の賄賂"も、最高のカウンター罠といっても過言じゃないほどの無効果能力を誇っている。それゆえに手に入れることが難しく。オークションでも高額で取引されている。売っているパックも、いつも売り切れ状態で買うことすらできない。
「買えば絶対に当たる自信はあるんだけど、買えないんだからしょうがないじゃない」
「……なるほど。まだまだ発展途上というわけですか」
「……………………………………………………」
 香奈は答えなかった。どうも伊月の言い方が気に入らないらしい。殴りかからないだけまだマシだが、その分あとで俺に愚痴るのは目に見えていた。
 頼む。これ以上、香奈を刺激しないでくれ。
「香奈ちゃんは気にしなくていいと思うぜ。大助はデッキワンカードも持ってねぇし、エースもいな――」

「お前が一番、話にならないだろ」

 雲井の動きが止まった。
「言っちゃ悪いけどその通りよね。大助にも私にも1ポイントのダメージも与えたことないし……」
「うーん、雲井君のデッキは本当に非効率だからなぁ……」
「俺は朝食前に倒せると思う」
「私も昼休みの間に10連勝出来ると思うわ」
 雲井の表情がどんどん暗くなっていく。
 不思議と罪悪感はなかった。
「おやおや、そんなに酷いんですか?」
 伊月が聞くと、薫さんは簡潔にデッキ内容を伝えた。
 手札事故無視の一撃必殺デッキ。しかもドグマブレードなどと違って、攻撃をすることで相手ライフを一気に削りきろうとするので、多くの場合、魔法や罠、モンスター効果によって妨げられてしまう。
 当然の如く攻撃を跳ね返す"魔法の筒"なんてお約束だ。
 まったくもって本当に、非効率だ。

「それはまずいですね。それに負けたということは、相手はワイトデッキか何かだったんですか?」
「"もけもけ"デッキだったよ。それでもギリギリだったけどね」
「……そうなんですか」
 『もけもけ』とは……またマイナーなデッキと当たったものだ。
 "怒れるもけもけ"が脅威だが、それさえ何とかすればどうにでもなる。
「勝ったんだから、いいじゃねぇか……」
「偶然だろ? どうせ」
「………ケンカ売ってんのかよ」
「さぁ?」
「ちょ…ちょっと二人とも……」
 薫さんが困った表情を浮かべて、俺達の間に入った。睨み付けたまま仕方なくソファに深く腰掛ける。
 くそ、雲井め。いちいち突っ掛かって来るな。
「それで……これからどうしたらいいの? このまま居たら悪いし、さすがに学校を何日も休むわけにはいかないわ」
 香奈の言うとおりだったが、すぐには賛同できなかった。
 外にはダークがうろついているかも知れない。俺も香奈もさすがにもう1度戦う体力はないし、次も勝てるかどうか分からない。雲井はそんなに傷を受けていないようだが、こいつに頼る時点で論外だ。
「うーん……いいよ」
 あっさりとした返事だった。
「え、いいんですか?」
「うん。もうこの町にダークの反応は無いらしいし、さすがに相手も仲間が3人もやられちゃったらそう簡単には動くことは出来ないと思う。それに、なんかあったらすぐに駆けつけるし」
「僕も賛成ですね。ここは会議や仕事の時のために集まる場所です。こんな大人数で生活できる場所ではありません」
「じゃあ決まりだね。三人とも家まで送るけど………その前にシャワーでも浴びておかない?」
 薫が部屋の奥の方を指した。あそこが浴室ということか。
「俺は家に帰ってからでいいです」
「俺も」
「じゃあ……私……使わせてもらおうかな……」

 隣で香奈が、恥ずかしそうに手を挙げた。

「じゃあ私も入るよ。香奈ちゃん、一緒に入ろ?」
 そう言いながら、薫さんがなにやら楽しそうな笑みを浮かべた気がした。
「え、でも……」
「いいからいいから。ほら、いこ?」
「え、ちょ……ちょっと……!」
 薫さんは香奈の腕を引っ張って浴室の方に行ってしまった。香奈が人を引っ張る姿は今までたくさん見てきたが、引っ張られるところなんて初めて見た。年上の女性には、香奈も自身の性格を発揮できないのかも知れない。


「おやおや、取り残されてしまいましたね」
 この場には伊月と俺と雲井、そしていつの間に座っていたのだろうか……佐助さんがいた。
「あ、ありがとうございます」
 そっと差し出されたコーヒー。あんまり好きではなかったが断るわけにもいかずに一口だけ飲む。やはり苦い。
「どうしたんですか?」
 伊月が佐助さんの方を見ながら尋ねる。佐助さんはコーヒーを静かに飲んだ後、大きく息を吐いた。
「………休憩だ」
 とても低い声だった。22歳の声とは思えない。
「やはり、薫さんがいるとあんまりしゃべれませんか?」
「それは違う。あいつが少し、苦手なだけだ」
 それって同じ事なんじゃ……。
「おや? コロンちゃんはどうしたんですか?」
「………いたずらだそうだ」
「そうですか」
 伊月はフフッと笑いながら、こっちに向き直った。
「さて、それでは……どうしますかね」
「……何が?」
「君達のデッキですよ。このままではだめだと自分でも分かっているでしょう?」
「でも、封入率が………」
 伊月が言うのはもっともなのだが、自分でもどうしたらいいのか分からない。
 こうなったらアルバイトでもして金を稼いで買うか?
「心配するな」
 佐助さんが言った。飲んでいたコーヒーが置かれ、鋭い眼光が俺を捉える。
「俺がなんとかする。だからお前はプレイングでも上げてろ」
「は……はい」
 思わずたじろいてしまうほどの迫力だった。それが声の調子からきているのか、何か別のものから感じたものなのかは分からなかった。
「俺は?」
「お前はしらん」
「そんな……」
「心配しなくても、あなたは白夜のカードを持っていないのですから敵から執拗なまでに狙われることはないですよ。君はただ自分の身を守ることだけを考えていれば大丈夫です」


そういうわけにはいかねぇんだよ!


 バンッ! と机を強く叩いて、雲井は立ち上がる。机にあったコーヒーカップが揺れて、わずかに中身がこぼれてしまった。
「香奈ちゃんが戦っているのに、俺が戦わないでどうすんだよ! 香奈ちゃんは……俺が守る! 頼む! 俺を鍛えてくれ!」
 雲井が頭を下げた。
 こいつが頭を下げるなんて、教師に怒られているとき以外で初めて見た。
「覚悟はありますか?」
「当たり前だぜ!」
「相手は相当な強さを誇っていますよ。それにあなたは決闘に勝てても、ダークを倒せない」
「それでもやってやるぜ! だから――」
「分かりました。いいでしょう」
「よっしゃあ!」
 雲井がガッツポーズを決めると同時に、机の上のカップが揺れた。

 覚悟……か……。

 雲井は香奈のためにとことんやるだろう。
 じゃあ俺はどうなんだ? 世界の命運をかけるなんて、そんなたいそうな戦いをしていく覚悟なんてあるのか?
 そもそも……まだ世界が危険だという実感がない。昨日今日でこんな話をされても、はいそうですかと簡単に信じられるわけがない。もしかしたらドッキリだったとか、悪い夢だったらどんなにいいだろうと思う。
 でもそれがないことも分かっていた。決闘したときに受けたあの痛みはドッキリとか夢だとか、そんなものじゃない。ちゃんとした現実なんだ。
 もし負けたときには、闇の生け贄とかいうものにされてしまう。勝っても決闘で受けたダメージは消えない。下手をしたら決闘途中に命を失う事になるかも知れない。
 世界のため……なんてたいそれたことは言えない。俺はただの高校生だ。世界が滅びるのを放っておけないという気持ちはあるが、それを救う英雄みたいな力はない。あるのは光の神の力を宿したカードだけ。それは香奈も同じだ。
 それでもあいつはきっと、放っておけないとか言って戦うだろう。だったら俺も戦わないわけにはいかない。
 16年間一緒にいた幼なじみを放っておくなんて出来ないし、更に言うなら危険な目に遭わせたくない。これだと雲井と同じような理由になってしまうが、そこはしょうがないだろう。

 ただ違うのは、俺は香奈を守るんじゃない。香奈は誰かに守られたりとか、そんなことをされなくても充分強い。
 決闘でも、実生活でも。だから――。
 

 ――俺は香奈と一緒に戦っていく。


 そう、決めた。


---------------------------------------------------------------------------------------------------




「香奈ちゃん、服はそこに置いてね」
「分かったわ」
 私と薫さんは浴室にいた。着替える場所には大きなバスタオルがまるで用意されていたかのように二人分置いてある。
 誰が用意したのかは分からなかったけれど、ここはせっかくの心遣いを受けるべきだと思った。
 そういえばさっきあっちで大きな音が聞こえた気がしたけど、大丈夫かしら。
 でも今この格好で出て行ったらもう学校にはいけない。
 まぁ向こうには大助もいるし大丈夫よね。
「じゃあ開けるね」
 薫さんが風呂場のドアを開けた。
「うわ、広い……」
 思わず声に出てしまった。簡単に見積もっても私の家の風呂場の2倍はある。白い壁に檜の浴槽。いったいこの浴室でどのくらいの金がかかっているのか想像も付かない。
「私ね。お風呂にはいるのが好きだからちょっとだけ広くしてもらったの」
 後ろから続くようにして薫さんが入ってきた。
 なんてバランスのいい体なんだろう。ほんの少しだけ、うらやましい。
「ふーん……」
 薫さんがまじまじと私の体を見ながら頷く。
「香奈ちゃんって、いい体してるね」
「え……」
 それはつい1時間ほど前に聞いたのと同じ言葉だった。あの時も不気味な感じがしたが、この人はもっとなにか別の嫌な感じがした。急いで近くにあったタオルで体を巻く。
「まぁまぁ、遠慮せずにシャワー浴びようよ」
 薫さんが笑みを浮かべる。
「え、ええ」
 思わず頷いてしまったけれど、このままここにいて大丈夫なのかしら。伊月という人も佐助という人も不思議な雰囲気を漂わせる人だったけど……。
 この人と一緒に入って、大丈夫なの?



 ジャーーーーーーーーーーーーー。



 シャワーを浴びながら考える。
 これから私も大助も、きっと世界の運命を掛けた戦いに参加することになってしまうのよね。
 雲井は分からないけれど、大助とは間違いなく一緒に戦うことになる。

 ………不安がないと言えば、嘘だ。

 大助が気を失ったとき、本当に恐かった。大助がいなくなったらどうしようと思った。
 別に特別な感情とかそんなものはない……と思う。ただ知っている人が急に周りからいなくなるということを、考えることができなかった。
 伊月が説明してくれた話では、決闘で受けるダメージは現実のものとなる。受けたダメージに応じて痛みが増すとも言ってたっけ。私は最大で1000ポイント、大助は3000ポイントのダメージを受けていた。それ以上のダメージを受けたら、決闘に勝っても深刻なダメージが残るかもしれない。
 ………いや、そもそも勝てるという前提が間違っている。私も大助も、たまたま勝てただけなのかもしれない。
 決闘に100%勝てるものなんてない。どんなに弱い相手だって、負けてしまうことだってある。
 さらに聞く話だと、相手はかなりの実力を誇っている。負けたら闇の生け贄とかいうものにされてしまう。いったいどういうものかは分からないけれど、きっとまずいものに違いない。

 負けない自信は……ある。でも大助はどうなの? 長年、決闘してきただけあって大助の実力は分かっている。私に匹敵する腕があるのは確信を持って言える。
 でもだからって、心配しない理由にはならない。また意識を失ったりしたら、どうしよう。
「っ!」
 だめだめ。弱気なんて私らしくないわよ。
 今度二人になったら、ちゃんと話をすればいいのよ。
 一緒に戦っていこうって。
 世界を救うために、戦っていこうって。
 私も絶対に負けないから、大助も負けないでって言えばいい。



 シャワーを止める。
「ふぅ……」
 さっぱりできた。病院で一日中いたせいでかいた汗も洗い流すことが出来たわよね。
「さてさて、じゃあお湯につかろうよ」
 薫さんが言った。
 目の前にはたっぷりと満たされた浴槽がある。浸かれるなら浸かっておきたい。
「分かったわ」
「先に入ってね」
 薫さんはまるで子供のようにはしゃぐ。
 楽しみなことでもあるのかしら。
 浴槽に足を入れる。ちょうどいい温度だ。体を浸からせて一息つく。
「さて……と」
 薫さんが続けて入ってきた。すぐ隣にだ。ここまで密着しなくても、この広い浴槽ならお互いが足をのばしても大丈夫なはずなのにどうして……?
「これで女の子のトークが出来るね」
「え?」
「香奈ちゃん高校生でしょ? だったら色々話すことあると思うんだけど……」
 薫さんはこっちを見て笑みを浮かべる。
 自分より年上なのに、まるで同年代のように感じた。
「そんな事言われても……別にないわよ……」
「えー、それはないでしょ。ほら例えば、好きな男子の話とかさ」
「なっ、なんでそんな話なのよ!」
「その反応は……いるんだね……?」
 薫さんが意味深げな笑みを浮かべる。
 べ、別にそんなんじゃないわよ。年上の女性から急に修学旅行で話すようなことを言われたから驚いただけよ。
「わ、私は……」
「当ててみよっか? 大助君じゃない?」
 心臓が飛び出るかと思った。
「な、なんで大助なのよ! 別にあいつとは小学校からの幼なじみで、べ、別にそんな事……」
 言ってるそばから、顔が熱くなる。なんであいつとそんな関係みたいに勘違いされなくちゃいけないのよ。周りから見たらそう見えるかも知れないけど、とりあえずそんな感情は――。
「照れちゃって……かわいい♪」
「て、照れてなんてないわよ! 薫さん、あんまりからかわないでよ!」
「じゃあ、他にいるの?」
「え?」
 口がまわらなかった。
「べ……別に……い、いないわよ……そもそも……学校にそんないい男がいないのよ」
「となるとやっぱり小さい頃から一緒にいる大助君の方がいいんだぁ」
「だ、だから違うって……!」
「いいのいいの。誰にも言わないからさ。安心していいよ」
 顔が本当に熱い。自分でもなんでこんなになっているのか分からない。もしかしたらお湯に浸かりすぎてのぼせてしまったのかも知れない。だとしたら一大事だ。さっさと出て顔を冷やさないと。
「顔が赤くなってるよ?」
「そ、そうね。ちょっとのぼせちゃったかもしれないわ。悪いけど、先に上がらせてもらうわ」
「まぁまぁ、のぼせても助けてあげるから、もうちょっとここにいなよ」
 薫さんはそう言って、私の体を湯船に戻した。


『ちょっと体、借りるね』


 幼い女の子のような声が聞こえた。

 薫さんが突然両肩に手を掛けた。思ったよりも強い力で押さえつけられていて、立ち上がることが出来ない。
 ゆっくりと浴槽の端っこまで移動させられる。
 次の瞬間、薫が不気味な笑みを浮かべる。
「やっと……二人になれたね。香奈ちゃん」
 優しく掛けられた言葉。なんだか、嫌な予感がする。
「か、薫さん?」
「ここまできたら、香奈ちゃんも分かってるでしょ?」
「な、なにが……?」
「最初に見たときから、かわいいなぁって思ってたんだぁ……」
 薫さんは肩にかけた手を外して、私の頬に触れた。顔がもう触れ合ってしまうぐらいまで近く寄せられる。動こうとしたが、押さえつけられた所為で体が動かない。
「体が動かないでしょ?」
「な……な……」
「こんなかわいい女の子を放っておけるわけないじゃん……」
「え…え…?」
「もう逃がさないよ。心配しないで香奈ちゃん」
 耳元で、薫さんは静かに囁いた。

 ――優しくしてあげるからさ――。

「………!」
 温まった体が急速に冷える程の寒気がした。
 もしかして最初からこれが目的で? いや、そんなことよりも早く逃げなくちゃ!
 あいにくそういう趣味は私にはない。
「ちょ……!」
 早く逃げなくちゃ。でも体が押さえつけられていて動くことすらままならない。このままじゃ私は……!
 落ち着け。落ち着きなさい私。相手は自分よりちょっと年上の女よ。なんとか力ずくで!
「ふふーん、抵抗しても無駄だよ」
「……!」
 手を動かす前に、強い力で押さえつけられる。
 まだよ。まだ手はあるわ。とにかくまず落ち着いて……。

 こんなときは……こんなときは…………!

 ――こうなったら、助けを呼ぶしかない。幸いここからさっきまでいた部屋までの距離は遠くない。思いっきり叫べば誰かしら助けに来てくれるだろう。誰かに体を見られるかも知れないけれど、一生の恥より一瞬の恥よ。大助とかに体を見られたら、真っ先にぶん殴って記憶をすっ飛ばしてやればいい。
 思いっきり息を吸う。
 口を開いた瞬間、素早い手が伸びて口を塞いだ。
「……!」
「だめだよ人を呼ぶなんて……これから楽しい時間なのにぃ……」
 薫さんの顔が赤くなっている。
 息が荒くなっていて、気のせいか瞳も潤んでいるような気がした。
「やっぱりかわいいねぇ……」
 かわいくない! 全然かわいくないから!! 落ち着いて薫さん。あなたの前にいるのは普通の高校生なのよ。こんな事したら刑法だか民法だかの第何条かに引っかかるに決まっているでしょ!? そしたらスターは解散。世界は終わっちゃうのよ。どうするのよ!
「さぁ…力を抜いて……」
「ほ、ほっほはっへ(ちょ、ちょっと待って)……!」
「えへへ、そういう風に言われると逆にそそられちゃうよ」
 口が塞がれて、発言すらままならない。
 薫さんがえさを食べる獣のように、ペロリと舌を出したのが見えた。
「……!」
 恐さに耐えられず、目を閉じた。




























 何もされないまま、十秒ほどの時が経った。

『ぷっ……くくく……あはははは!』
 再び、幼い女の子のような声が聞こえた。笑っているように聞こえる。
『あはははは!……あーおもしろかった』
 次の瞬間、口に当てられた手が外された。
「あれ……香奈ちゃん、どうしたの?」
「え?」
 薫さんがこっちを不思議そうな目で見つてくる。押さえつけられていた体も自由になって、難なく動く。
「たしか、コロンの声が聞こえて…………あ! もしかして……!」
 何かに気づいたように、薫さんは辺りを見渡した。私は訳も分からず、呆然とする。
『へへ、気づいちゃった?』
 三度聞こえた幼い女の子のような声。辺りを見渡しても、人影はない。
『こっちだよ』
 聞こえた方向は――上。
 見ると、右手と同じくらいの大きさをした人の形をしたものが空中を飛んでいた。その姿は、まるで童話に出てくる妖精そのもの。

「きゃあああああああああああああ!」
 悲鳴が、響き渡った。


---------------------------------------------------------------------------------------------------------------


「香奈ちゃんの声……!」
 雲井が勢いよく立ち上がった。一目散に浴室の方へと向かう。

 ズズ……。
 
 静かにコーヒーを飲む。やっぱり苦かった。
「おや、行かないんですか?」
「行ったら殺されるからな」
「だろうな……」


 ドゴォ!!


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!」

 浴室の方から、鈍い音と雲井の悲鳴が聞こえた。


「「「ご愁傷様」」」



 全員が同時に、そう呟いた。


---------------------------------------------------------------------------------------------------------------




「なんなのよ。この妖精みたいなのは!」 
『妖精みたいじゃなくて、妖精だよ』
「そういえば、まだ紹介してなかったね。コロンって言うんだよ」
 コロンと紹介された妖精みたいなものは軽やかに宙を舞っている。本人は自身のことを妖精だと言ったが、そんなものが現実にいることなんて知るはずがない。
「コロン! また私の中に入ってイタズラしたでしょ!」
『えへへ、ごめんごめん。だって楽しそうだったんだもん』
 イタズラ?
 いったいどういうこと?
「あ、香奈ちゃん。大丈夫? その……私に、何かされなかった……?」
「え…ギリギリ……です」
 質問の意味がいまいち分からなかった。いや、考えてみればさっきの薫さんの様子はおかしかった。急に端っこの方に追いやって体を押さえつけて、変態発言までして……もしかして、このコロンと呼ばれている妖精もどきに関係があるの?
「この子ね、たまに私の体に入ってイタズラするんだ」
『へへ、だって薫ちゃんの体は入りやすいんだもん。いつも気が抜けているからね』
「怒るよ。コロン」
『ごめんなさーい』
「……体に入る?」
 意味が分からない。
『じゃあこっち見て』
 コロンはそう言うと、空中で一回転した。ポンという音がして、その姿がカードに変わる。
 濡れた手でキャッチしてもいいのかと思ったが、とりあえず湯船に落とすわけにはいかないから手に入れた。
『私は濡れても大丈夫だからさ。カードテキスト読んで』
 言われたとおりに、香奈はカードを見つめた。


 光の妖精コロン 光属性/星2/攻500/守500
 【天使族】
 イタズラが大好きな妖精。自分以外のものに入って様々なことをする。 


 見たことのないモンスターだった。
「コロンはね。佐助の白夜のカードが具現化した姿なんだよ」
「具現化って……カードの中から出てきたって事?」
 カードがふっと浮き上がる。再びポンという音がして、妖精が姿を現した。
「カードから出てきてるんじゃなくて、カード自体が変化したの。正確に言うと、渡された白夜のカードのうち一枚が勝手に色を付けて、それがコロンだったの。数日経って突然この姿で現れたときはびっくりしたけど、今は慣れてるよ」
『そうなんだよ。こんなことできるの私ぐらいなんだから』
「おかげで佐助さんには白夜の力が微弱にしかないけどね」
『えへへ、でも佐助には別の仕事があるから大丈夫なんでしょ?』
「まぁね」
 二人は笑い合う。そんな様子を見ながら、この状況をなんとか理解することが出来た。要するにさっき自分を押さえつけたのは薫さんではなく、薫さんの中に入ったコロンの仕業みたいだ。
「まったく……いつからいたの?」
『たしか薫ちゃん達が湯船に入ったときぐらいだったかな』
「そう。じゃあイタズラは終わったし、出て行った方がいいよ」
『じゃあ私、佐助の所に戻るね』
「はいどうぞ」
 コロンは満足げな笑みを浮かべて、浴室のドアを開けて出て行った。
 様々な事が立て続けに起こったせいで、体がどっと疲れているのが分かった。
「じゃあトークの続きやろ? 私、おしゃべりも好きだからさ。色々話そうよ」
「……本当に……それだけが目的……よね……?」
「もう! 私はそんな趣味ないから心配しないでよ!」
 薫さんが頬をふくらませながら言った。
 年上なのに、ちょっと子供っぽい。
「……分かったわよ。でも、さっきの話題はやめてよね」
「うん、分かった。大助君のことは、二人だけの秘密ね」
「だから……!」
「ごめんごめん。じゃあさ、おいしいケーキ屋さんの話知ってる?」
「ケーキ? 私はモンブ屋っていう店が好きよ」
「え! 私も今それ言おうと思ってたんだぁ! あそこのモンブランおいしいよね」
「たしかにね。あそこのモンブランはきっと日本一のモンブランと言っても過言じゃないと思うわ」
「うんうん、あとブルーベリーチーズケーキもおいしいよね」
「私はストロベリーの方が好きかも」
「あ、それもいいよね。あと――」
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・ 
 ・
 ・
 ・
 ・

 このような会話をしながら、二人は時間が経つのを忘れて、話し込んでいた。

 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・ 
 ・
 ・ 
 ・
 ・
 ・ 
 ・
 ・ 
 ・ 
 ・
 ・

---------------------------------------------------------------------------------------------------------------



「遅い………」
 二人が浴室に行ってから、かれこれ1時間は経っていた。コロンとかいう妖精の話によると、二人とも遊んでいるらしい。こっちを待つ身にもなって欲しいものだ。
『佐助、コーヒー飲んでいい?』
「やめとけガキには早い」
「おやおや、いいじゃないですか。小さい頃の経験というのは、あとあと役に立つものですよ」
 伊月が見つめる先にいる妖精の存在が、まだ現実のものだと考えられない。佐助さんの白夜のカードが具現化したというのは間違いないのだろうが、それと実際に生活までしているのはどういうことだ?
『ほら、伊月君もそう言ってる』
「ガキにエスプレッソは無理だ。それに一仕事ある」
『えぇ!? そんなぁ……』
「ぐだぐだ言うな。あとでチョコレート買ってやる」
『え? だったらやる! 早く仕事しよう!』
 佐助さんは立ち上がって、部屋の端の方へと移動する。今気づいたのだが、そこには幾多のコンピューターらしきものが置いてあった。ざっと見ただけでも、コンピューター室に置いてあるパソコンの5台分はある。
「佐助さんは、あのコンピューターでダークの反応を見ているんです。そして僕たちに出動命令を出す。いわば作戦隊長みたいなものですよ。毎回あの人には僕も助けられています」
「じゃあ、あのコロンってのは?」
「カードテキストをよく見ましたか? あの子は人でも物でも、何にでも入り込めます。もちろんコンピューターの中にも
です。仕事の時はコンピューターに入って佐助さんの手助けをしているんですよ」
「なるほど……」


「いやぁ、さっぱりしたわ」


 聞き慣れた声がした。振り返ると、香奈と薫がタオルを頭にかぶせながら戻ってきていた。風呂から上がって間もないらしく、顔も赤く、湯気も出ている。
「いつになく長かったですね」
「香奈ちゃんと話していると面白くてね。つい……」
「薫さんは別に悪くないわ。私もしゃべり過ぎちゃったのよ」
「何を話していたんですか?」
「ガールズトークだよ」
「おやおや、つまり好きな異性とかについてですか?」
「……!」
 香奈が俺の頭を思いっきりひっぱたいた。 
「いってぇ! 何で俺!?」
「………なんとなくよ」 
 訳が分からない。殴るべきは伊月だったんじゃないのか?


「とりあえず……帰らないか?」
「何よ大助。ホームシックにでもなったの?」
「それは違う。ひとまず家に帰ってゆっくりしたいだけだ」
「うーん……それもそうね。薫さん、お願いできる?」
「まかせて!」
「おや、もうお帰りですか。しょうがありませんね。では近い日にまたお会いしましょう」
 最後に伊月の声が聞こえた。三人は一つにまとまって、目を閉じる。

 ――ポジション・チェンジ!――


 そうして、この日は終了した。
 何か忘れている気がしたが、家に帰って休みたいという思いの方が勝り、たいして気にしなかった。




episode6――強くなるために――




 スターと出会ってから2日が経った。
 あれからダークとの接触は一切ない。学校にいる友達も普通に元気そうにしていた。
 ただどこから聞いたのか分からないが、香奈と一緒に病院にいたという話が広まっていて、教室に入るなり、男子全員の鋭い眼差しが俺に注がれた。
 もちろん全力で弁解した。
 俺の必死の弁解が通じたのか分からなかったが、とりあえずみんな納得してくれたみたいだった。
 休んでいる間、学校では特に事件が起こっていないらしい。
 ただ一つ、三年生の一人が行方不明になっていると連絡がなされたらしく、複数でまとまって行動するようにとの注意がなされたらしい。あの不良の行方を知っているのは、この学校で俺と香奈ぐらいだろう。
 今朝になって、今度は別の地域で四人の行方不明者が出たとの連絡がなされた。さすがに生徒の間でも不安からなのか様々な噂が広まっている。

 ・連続誘拐犯説
 ・悪の組織の活動説
 ・神隠し説
  etc

 どれも当たらずとも遠からずといったところだ。高校生の勘も馬鹿にしたものじゃない。

 俺と香奈は、ここ二日間でかなりの数の決闘をこなしていた。もっとも、今まで適当にやっていた決闘の時間を真面目にやったおかげで一つの決闘にかかる時間が短縮されただけなのだが。
 クラスの奴らもだんだんと実力を付け始めているが、まだ俺達の敵ではない。今のところ、お互いに20連勝中だ。  
「ずいぶんと調子がいいな。中岸」
 担任が言った。
 この人もだんだんとルールを覚えてきたのか、時々カードを見ながら頭を悩ませている様子が見られる。いつかこの人と決闘をする日も近いかも知れない。
「まぁ、頑張りましたから」
「そうかそうか。じゃあ勉強の方も頑張れよ」
 皮肉かよ。この野郎。
「はい」
 そう言って俺は意識を元に戻す。
 まだ友達との決闘の途中だったからな。
「僕はこのままターンエンド」
 友達は攻撃力1000の闇属性モンスターを攻撃表示にして、伏せカードは1枚。ライフは残り300。
 明らかにこっちの攻撃を誘っているのは分かった。
「じゃあエンドフェイズ時に"サイクロン"を発動して破壊する」
「うっ……」
 突風が吹き荒れて、相手の伏せカードを吹き飛ばす。
 "死のデッキ破壊ウイルス"だったか……危ない危ない。
「俺のターン、"六武衆−ヤイチ"を召喚して攻撃」
「あーあ、負けちゃったなぁ……」
 友達はデュエルディスクをたたみ、残念そうな表情を浮かべる。
「まぁこの場面だったらブラフでももう1枚伏せておいた方が相手を牽制できるぞ。それにいくら伏せカードがあるからって攻撃表示は危険だと思う」
「そっか……じゃあ今度からそうしてみるよ」
「ああ」
 デュエルディスクをたたみ、香奈の決闘を見てみる。

 香奈の場には5枚の伏せカード。そして場にはどうやって揃えたのか"豊穣のアルテミス"が3体いる。
 相手の男子が世界の終わりを見たかのような顔をしている。
 かわいそうに。まさしく打つ手無しという所だろう。
 長年の経験から判断できるのは、次に相手がカードを引いたら"強烈なはたき落とし"でたたき落とし、モンスター召喚で"キックバック"というところだろう。そしてとどめ……かな。
「じゃあ僕のターン……!」
 案の定、男子の手からカードがはたき落とされる。
「モンスターを――」
 はいはい"キックバック"。
「ターンエンド……」
「私のターン! アルテミス3体で一斉攻撃!!」
「うわあああ!」
 男子のライフポイントが0になる。
 気にするなよ。あんなに場が埋められていたら俺でも……ていうか宇宙人でもどうしようもない。
「私の勝ちね」
「うぅ……」
「パーミッション相手にアルテミスを残しておくなんてだめだから気を付けなさいよ」
「は……はい……」









 そうして学校生活を過ごしていると、伊月からのメールが届いた。
 いったいどうやって調べたんだ? 佐助さんか?

 書かれていた内容はこうだった。


#####################################################################

 〜〜指令〜〜


 お二人ともお元気ですか?
 メールアドレスは佐助さんに調べてもらいました。ご了承下さい。
 プレイングは磨いておきましたか? まぁそんな急に変わる物ではない
 と思いますが……(-_-)
 
 とにかく指令です。指令と言っても、お二人が強くなるためのものなの
 ですが……

 お二人は土曜日に隣町の月下町(げっかちょう)に行って下さい。そこ
 で遊戯王の大会が午後から開かれます。受付は済ませてあるので。

 一位の商品は『Angel of judgment』二位が『Samurai spirites』、
 それぞれ10パックです。佐助さんが大会を探してくれました。
 とにかくそのように。

 P.S

 最新の小型通信機を下駄箱に入れておきました。大会当日にはこれを付け
 ておいて下さい。

######################################################################




 メールはそこまでだった。俺はポケットを探って、イヤホンのようなものを取り出す。
 今朝下駄箱に入っていたもので、誰が入れたのか、これは何なのか分からなかったが、どうやらこれが伊月の言う最新の小型通信機のようだ。わざわざこんなものを付けて大会に出ることに意味があるのかは分からなかったが、付けろと言うのだから付けないわけにはいかないだろう。
「やったじゃない! これなら私達に必要なカードは大体揃うはずよ!」
 隣で香奈が嬉しそうな笑みを浮かべる。
 たしかに『Angel of judgment』と『Samurai spirites』といえば、前者が即日売り切れの超人気パック。後者が今や絶版となっているパックだ。それが10パックも手に入るのだから、行かないわけにはいかない。
 しかもそれぞれのパックは、俺にとっても香奈にとっても、それぞれが必要なカードの入っているパックだ。
 なんとしても手に入れなくちゃならないだろう。
「これで私のデッキは最強になること間違いなしね! 大助のデッキもまぁまぁ強くなるんでじゃないの?」
「ああ、そうだな」
「月下町か……行ったことある?」
「いや、ないけど隣町なら自転車で行けるだろ。あとは勝てれば……」
「何いってんのよ。世界を救うんだからこんなところで負けていられないのよ!」
「……そうだな」
 デッキを見つめる。
 ここ二日間でプレイングが上がったのは実感できる。デッキも若干改良を加えたし、それなりに戦えると思う。ただ大会ともなると、それだけ多くの実力者と出会うことになる。様々なデッキにプレイング。学ぶことが多いはずだ。それに俺も香奈も大会というものに出るのは初めてだ。緊張や不安はあるが、それよりも楽しみだという感情の方が勝る。
 心してかからないといけない。
「じゃあ、頑張りましょ!」
「ああ、やるか!」

 

---------------------------------------------------------------------------------------------------



 地下の一室で、ダークのボスは考え事をしていた。

 いったい何が起こっているのか。
 ここ数日間で、アイスもバイスもやられてしまった。さらに報告だと、他の仲間もやられはじめているらしい。
 自分たちは時が来るまで、あまり活動をしていなかった。無論、闇の神を復活させる時を待っていたのもあるのだが。とにかく、自分たちの邪魔者がいることには間違いない。しかも、かなりの強敵だ。
 白夜のカードを持つ者達が、集まっているなどと……。
『考え事?』
 聞こえた少年のような声。
『正解だから黙ってろ』
 今こいつの相手をしている余裕はなかった。どうやったら白夜のカードを持つ者を見つけて、倒すことができるのか。中岸大助と朝山香奈の居場所は分かっているが、うかつに動けばやられた仲間の二の舞になりかねない。そもそもいったいどこの組織が自分たちのことを知ることができたのだろうか。
 何年か前に、まだ研究途中だったダークに潜入していた男がいたという話を聞いたことがある。
 そいつは今は亡き上司が始末をしたと聞いた。ただその男は白夜のカードを2枚しか持っていなかったと聞く。だったら残りは相手の組織に渡ってしまったと考えるべきだろう。
 だがその組織はいったい――。


 〜〜(待て!)〜〜

 その瞬間、頭に蘇る記憶。
 ダークに入って何年か経ち、ボスに就任することになった自分を止めようとした一人の人物がいた。

 〜〜(おまえは……俺が止めてやる!)〜〜
 〜〜(やってみろ)〜〜

 あの時、自分の友だった人物は自分を止めようと決闘を挑んできた。その手には白夜のカードが1枚握られていた。
 その決闘は自分が勝利して、友は闇に飲まれた。彼が持っていた白夜のカードは、今持っている。
 友は言っていた。自分がいなくても、スターは滅びないと。
 その時は聞く耳を持たず、さっさと去った。そしてすぐに忘れた。


 そして今、思い出した。



『スター……か』
『なんか分かったの?』
 少年のような声が、再び尋ねる。
『ああ、おそらく我々の邪魔をする組織の名前は、スターというものだ』
『ふーん………………………………………あ、たしかにあるよ。えーと………………目的は遊戯王を悪用する組織を検挙していくこと。そうすることで世界中の子供達が安心してゲームすることができ、後々の未来に貢献していく……………だってさ。なんかインチキくさいね』
『暇だったら詳しいことも調べておいてくれ』
『うーん、今は疲れてるからあとでね』
『………なんでだ』
『だってボスが言ったんじゃん。絶版になったパックと売り切れ続出のパックが賞品の大会に協力して、人間を生け贄にしろって』
 言われてみれば、たしかにそんなことを言ったかも知れない。
『あぁ、そうだったな』
『頑張ったんだよ。全部のネットワークに情報ばらまいてさ』
『そうか……褒美を……といっても何がいいんだ? おまえは』
『うーん……じゃあさ。今度の作戦に僕も参加させてよ』
『何を言っている。おまえは元々参加してもらわなきゃ困るんだ』
『あ、そうだったっけ。じゃあ「世界の恐怖シリーズ」の最新5巻買ってきてよ。あれはここに置いておきたいんだ』
『……おまえなら、買う必要はないんじゃないのか?』
『違うんだよ。あのシリーズは買うと特典が付くんだ。それはこっちじゃ手に入らないでしょ?』
『……なるほどな……分かった。買っておこう』
『わーい! ありがと!』

 その声は消えた。

 どうも子供の相手をすると疲れてしまう。
 まぁ役に立つ奴だから文句は言えないのだが……とにかく、あいつに頼んだ大会計画は完璧だろう。
 商品目当てに大会にでた奴らを、片っ端から闇に生け贄にしていく。その中でかなりの実力者がいれば、仲間にするのも悪くはない。だが優先はやはり前者の方だ。そのためにも、色々細工もこなしてある。
 用意した大会は、普通の大会とはまるで違う。決闘の腕だけでなく、運も必要だからだ。
『さて……何人いかせるか……』
 あまりに大人数で行くと、人目についてしまう。それに今は仲間を三人も失っている状態。そこまで人手が多いわけでもない。
 となるとやはり四人がベストだろう。
 手元にあるボタンを押した。仲間の部屋への一斉放送のボタンだ。
『聞こえるか。土曜日に計画した大会がある。それにクリス、カール、ヤマト、シンは行け』
『いいんですかぁ? そんなにおおっぴらに行動しちゃって……』
『かまわん。お前らは待ち伏せていれば……それでいい』
『言ってる意味が分かりませんけどぉ……』
『こっちに来い。話はそれからだ』
 ボタンを放す。それと同時に放送も途切れた。
『さて……』
 ボスはデッキを確認する。本当は自分が出るべきなのだろうが、今は来るべき神の復活に向けて力を蓄えておかなければならないのだ。
『もうすぐだな……』
 ボスは静かに、笑った。




---------------------------------------------------------------------------------------------------




「うーん、来たわねぇ」
 香奈は背伸びをしながら言った。

 その日は土曜日。メールに書いてあった大会当日だ。早朝に起きて、大助と一緒に自転車をこいで1時間。ようやく着いたその場所は、大きな広場だった。辺りには子供から大人まで、自分のデッキを念入りに確認している。大助を含めて全員がライバルだ。目指すは1位。パックさえ手に入れば、かなりの実力アップにつながるのは間違いない。
「それにしても……多いな」
 大助が辺りを見回しながら言った。
「何よ。緊張してんの?」
「いや、ただ感想を述べたまでだ。そういえばあの通信機、持ってきたか?」
「当たり前じゃない」
 私はポケットから通信機取り出して耳に付けた。大助も同じように、耳に装着する。 
「これでいいのか?」
「多分そうでしょ」
 でも……これを付ける意味があるの?


 キーーーーーン


 マイクのハウリング。
 大会の放送だった。
『みなさーん。よくお集まりいただきました。これより大会を開催したいと思いまーす』
 妙にテンションの高い司会が現れた。この大会の運営者の一人なのかしら
 そのテンションにつられたのか、辺りから歓声が沸き起こった。
『今回の参加人数は70人! 思ったより少数気味ですが……とにかくルール説明をしたいと思います! 受付でもらった大会カードをご覧下さーい!』
 私は大会カードを見た。赤い紙の中心に白い文字で番号が書いてある。受付で自分が登録されているのを確認しに行ったところ、このようなカードをもらった。私のカードには37、大助のカードには21と書かれている。
『それは自分のスタート位置を示す番号です。これから皆さんには各場所に移動してもらって、ゴールを目指して頂きたいと思いまーす!』
「……ゴール?」
 いったいどういうこと? ただの大会じゃないってことなの?
 周りからもわずかだがざわめきが起こる。その様子を見ながら司会の人が不敵な笑みを浮かべているのが、少し気になった。
『ルールは簡単! この広場には私達が用意した「迷宮壁−ラビリンス・ウォール−」がありまーす。ちゃんと出口は用意されているので、頑張ってたどり着いて下さい! 着いた順番で順位を決めていくので、頑張って下さい!』
 司会の人が指し示す先。
 広場の中心に、巨大な迷路が作られていた。


 迷宮壁−ラビリンス・ウォール− 地属性/星5/攻0/守3000
 【岩石族】
 フィールドに壁を出現させ、出口のない迷宮をつくる。


「大丈夫なの……それ……」
 もし出口がない迷路だったら、それほどつまらないものはないんじゃないかと思う。
 小さな子供までいるのに、迷子にでもなったらどうするのよ。
『ただし! 途中で他の人と出会った場合は、必ず決闘をして頂きます。負けた方はすみやかにご退場を願います。監視カメラがあちこちに配置されていますので、会って決闘しなかったり、敗北しても退場しなかった場合など、不正があればすぐに分かります! なお誰もゴールにたどり着けなかった場合は、賞品は次回に持ち越しということになるのでお願いします』
 そこまできて、ようやくルールを理解する。


 この大会は用意された迷路を進みながらゴールを目指していくゲーム。ただし途中で決闘者に会ったら、戦わなければいけない。強い人が勝ち残り、進めば進むだけ、多くの強者決闘者と戦うことになるってわけね。
 決闘の腕だけじゃなく、運や直感も必要になる大会だ。


『それでは! 移動を開始して下さい!』
 周りにいる人達が、運営員の案内によって移動していく。20番台は右の方へ行くらしく、大助とは逆の方向だ。
 きょろきょろする大助の肩を叩き、はっきりと言った。
「大助、大会なんだからこの期間だけあんたと私はライバルなんだからね。手加減したら承知しないわよ!」
 少しだけきょとんとした大助は、フッと笑って拳を作った。
「……あたりまえだろ? おまえこそ、会ったときは覚悟しておけ」
 私達は互いに見つめ合ったあと、別れた。




---------------------------------------------------------------------------------------------------




 ――同時刻――

 スターの会議の部屋でパソコンの画面を眺めていた佐助は、コーヒーを飲みながらのんびりしていた。もうすぐ大会の開始時刻。二人の心配もあったが、それよりも佐助には、別の心配があった。
『ねぇ佐助。どうしてパソコン見てるの?』
 コロンが空中を舞いながら尋ねる。
 佐助は基本的に、仕事の時以外であんまりパソコンに向かわない。たいていは苦ーいコーヒーを飲んで、ボーっとしているだけだ。
 それなのに、今はこうしてパソコンに向かっているということは、何かあるのかも知れない。
 コーヒーを机に置いて、佐助は答えた。
「……妙だ」
『え? なにが?』
「都合が良すぎる。考えても見ろ。このパックの賞品はどちらも入手困難なパックだ。それを10パックも集めて、大会を開くなんておかしいと思わないか?」
『そうかな?』
「……それに一番おかしいのはさっきの話だ。迷宮が用意されているって言っていたよな」
『それが?』
「いったいどうやってそんなものを作ったんだ? 迷宮と呼べるだけの広さなら、普通の方法で作るのにはかなりの時間がいるはずだ。それに俺が見つけたサイトに貼られていた写真は、本当に石の壁だった。この時代に石の壁だと? 珍しいにも程がある。なのにニュースにも取り上げられなかった。まるで一瞬で出来たかのようだ」
『…………うーん……よく分かんないんだけど……』
「つまり――」



 ビー! ビー! ビー! ビー!



 月下町の場所を移していたパソコンに、赤い点が四つ浮かびあがる。
 これは闇の力を持つ者達を示す印。つまり――。
「……ダークが来たか」
 椅子に深く腰をかけて、佐助はヘッドホンとマイクをつけて呼びかける。
「二人とも待て!」
《え? どうしたんですか?》
《どうしたの?》
 返ってきた二人の声。どうやらまだスタートはしていないらしい。
 ならばまだ時間はある。
「コロン、頼む」
『わかった!』
 コロンは目の前のパソコンに飛び込んだ。コロンはコンピューターの中に入り、回線を通ってすべてのシステムに乗り込むことが出来る。おかげで自分はその手助けをしたり、後を追ったりするだけでいい。普通は何時間とかかる作業も、コロンが一緒にやってくれれば数分で完了してしまう。

 ――衛生のコンピューターの画像を入手。

 ――トレース完了。

 ――現存するデータ全てと結合。

 ――大会会場、全システムをハッキング開始。

 ――反応は4。どれも前に現れた反応よりも強い。


「……となると、かなりの決闘者か……!」
 
 カタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ………………。

 高速の早打ちでハッキングを開始する。コロンが中で直接相手サーバーに乗り込んでいてくれているため、作業はすぐに終わった。

 迷宮の全体図。
 ゴールの場所。
 カメラの位置と映像。
 参加者の現在地。
 ダークの場所。
 大助と香奈の場所。

 すべてが佐助のパソコンの中でリアルタイムに表示される。向こうはきっと、ハッキングされていることにすら気づいてないはずだ。コロンはイタズラ好きだが、こういうことには優秀だ。いや、もしかしたらイタズラ好きだからこそ、
この優秀さなのかも知れない。
「さて、仕事だ」
 佐助はコーヒーを飲み干して、画面に集中した。



---------------------------------------------------------------------------------------------------



『それでは! 大会スタート!』
 運営者の声と共に、目の前のカーテンが開いた。辺りから一斉に足音が聞こえる。みんな、早くゴールするために必死になっているのが感じられた。
 間の前には自分の身長と同じくらいの石の壁があり、まさしく"迷宮壁−ラビリンス・ウォール−"を連想させるものだった。こんなところをどうやって作ったんだろう。まず普通の方法じゃ厳しいはずよね。
「……ちょっと、なんなのよ!」
 先程の通信だけでは、何が起こったのか分からない。早くゴールに着くためにも、出来るだけ急いでスタートしたいけれど、待てと言われたら仕方がない。佐助さんには、なんとなく逆らえない。
「佐助さん、どうしたの?」
《いいか、よく聞けよ。これから俺が道案内するからそれに従え》
「え、なんで?」
《ダークが現れた》
「本当!?」
 ……ということは、今この会場にいるということよね。
 でも、どうして?
《数は4人。どいつもお前らが戦った奴らより強い力を持っている》
「じゃあ、この大会全部がダークが企画してたって事?」
《いや、調べたところ、ダークが関わっているのはフィールドの設営と公表だけ。それ以外の物やパック自体は大会側が用意したものだった。他の一般人が気になるが……とにかくお前らは俺の指示に従って迅速に行動してくれ。俺は一回の決闘もさせないで、お前達をゴールまで導く》
 声の調子から、抜き差しならない状況だということが分かった。
《まずは、香奈からだ。大助はそこで待機していろ……安心しろ、絶対に一位と二位にしてやる》
「……分かったわ」
《よし、じゃあ香奈、行くぞ》
「……!」
 私は走り出した。
 

《右、左、まっすぐ………》
 佐助さんの言うとおりに進む。
 本当に言われるがままに進んでも大丈夫なのか不安だったけど、今頼れるのは佐助さんしかない。

 あちこちで決闘をしている音が聞こえる。少しでも大きいモンスターだと、壁を越えてしまって決闘者のいる位置が分かってしまう。佐助に案内されていない状態なら、こういうところも視野にいれて道を進んでいかなければいけない。
 なかなか考えられたゲームね。
 ダークがいないときに、参加してみたかったわ。

《止まれ!》
 聞こえた大声に思わず驚く。佐助さんの深い声が大きく聞こえると、あまりの迫力に体が硬直してしまう。はやく慣れないといけないわね。
「どうしたの?」
《右と左から、一般人の決闘者がやってくる》
「え!? それじゃ挟み撃ちじゃない!」
《心配するな。一つ前の角まで戻れ》
 言われたとおりに戻る。こっそりと顔を覗かせて、さっきまでいた場所の様子を見た。
「ちっ! また決闘かよ!」
「とっととやるぜ!」



「「決闘!」」



 男性二人の決闘が始まった。そういえばこのルール。もし三人が同時に出会ってしまったらどうなるんだろう。
《今だ行け》
「え……でも……」
《心配するな。大会の要項を見る限り、三人が同時に行う必要はない。しかも向こうはすでに決闘が始まっている。これなら普通に抜けても大丈夫だ》
 佐助さんが言うのだから、間違いないのかも知れない。
 少し不安だったけど、ゴールにたどり着くためには進まないといけないのだ。手段は選んじゃいられない。
 私は二人が決闘している横を通って、左に曲がった。
「あ、あの女……!」
「くそ! おまえ! とっとと負けろよ!」
「てめぇこそ負けろ!」
 激しい決闘が続けられている場所を後ろに、指示に従って今度は右に曲がった。

 左、右、まっすぐ、右………。

 言われたとおりに曲がり、他の決闘者と出会いそうになったらすぐに身を隠す。それを繰り返して、五分ほど経った。

 目の前に、カーテンで覆われた道が現れる。
 もしかしてここが――。
『よし、行け! そこがゴールだ!』

 ゴール。その言葉に反応して、足も鼓動も速まる。
 
 あとほんの数メートル。そこがゴールだ。

 

 ――亜空間物質転送装置!――



「えっ!? きゃっ!?」
 その瞬間、体が漆黒の光に包まれる。




 私の目の前から、景色と呼ばれるすべてが消え去った。




---------------------------------------------------------------------------------------------------------------







《……馬鹿な……!》
 聞こえた佐助さんの焦る声。もしかして、香奈に何かあったのか?
「どうしたんですか」
《香奈の反応が、ゴール直前で消えた。ダークの反応も二つ、消えている……!》
「だ、大丈夫なんですか?」
《大丈夫なわけがないだろ。闇の力でどこかに飛ばされたと考えるのが自然だ》
「……!」
 香奈が罠にはまった? だったら助けに行かないと……!
「助けに――」
《仕方ない大助、次はおまえだ》
 佐助さんが遮った。
 まるでいいかけた言葉を発せないようにしたみたいだった。
「でも――」

《甘ったれるな!!!》

 通信機越しの声。今まで聞いたどの中でも迫力があった。
《いいか。相手の目的が分からない以上、ここはお前達を狙ってきたと考えろ。本当は逃げて欲しいが、お前達がデッキを強化するにはこの大会で1位と2位をとるしかない。香奈がもし罠にはまったなら、それはそれと考えろ》
「……でも」
《香奈はお前の幼なじみじゃないのか?》
「……!」
《いいか。行くぞ》
「……はい!」
 香奈が罠にはまった。
 助けに行きたいが、それはできない。あいつは言っていた。この大会では、お互いがライバルだと。それはもし自分に何かがあっても、それに関与しないようにするという意味で言ったのは分かった。だから助けに行く事なんてできない。
 それに……次は俺がダークの罠にはまってしまうかも知れない。
 心配だが、香奈ならきっと大丈夫だ。きっと、何とかする。
 今は自分のことに集中しろ。

 佐助さんの指示に従って道を進む。時間が経っているせいか、現在残っている人数が少ないらしく、簡単に進めた。
 ここから見る限り、少し奥の方でも決闘が行われているみたいだ。
 もしかしてすでにゴールした人がいるかも知れない。
 いや、ゴールしたなら放送が流れるはず。
 まだ放送は流れていないということは、まだ大丈夫ということだ。

《待て!》
 足が止まる。
「どうしたんですか?」
《……右と左、そして後ろから決闘者が来てる》
「えぇ!?」
 今いる道は、T字型だ。つまり右に行こうが左に行こうが戻ろうが、決闘をすることになってしまう。ただでさえ遅くスタートしたのに、こんなところで時間を食っている訳にはいかない。
「どうしますか?」
《……仕方ないな。その壁を乗り越えろ》
「え……?」
 壁って、もしかして目の前にある壁を、って事か?
「監視カメラがありますよ」
《心配するな。10秒間だけ全カメラに人が写らないようにする。その間に壁を乗り越えろ》
「……いいんですか?」
《指図する気か?》
「……………いえ、いいです」
 まさか、遊戯王の大会で体を使うことになるとは思わなかった。
《いくぞ……3……2……1……今だ!》
 壁に手を掛けて、体を乗り上げる。デュエルディスクが邪魔だったが、なんとかすぐに乗り越えることが出来た。
《よし、カメラには何も写っていない。このままいくぞ》
「はい」
 ・
 ・
 ・
 そうして、壁を乗り越えるというイカサマ混じりのことをしながら、少しずつとゴールへ向かう。もしこのことがバレたらきっと俺は失格に……。
「こんなイカサマみたいなことをしていいんですか?」
《何がだ? 俺はイカサマをしていないぞ……そこは右だ》
「はい……これをイカサマって言わないで、なんて言うんですか……」

 フッ

 通信機越しに、鼻で笑われた。
《いいか、よく覚えておけよ》
「はい?」

《……バレなきゃイカサマじゃないんだ》

「……………………………………………」
 言葉が出なかった。
《よし、ゴール直前だ。気を付けろよ》
 目の前にゴールが見えた。
「誰もいないんですよね」
《ああ、誰もゴールしていない。大会参加者の3分の2が退場しているが、どうも迷宮から出た人数と数が合わない》
「それって……」
《ああ、ダークの仕業だろう》
「………」
 一般の人が闇の生け贄にされる。それはだんだんとダークの活動が本格的になってきたことを示すのかも知れない。でも今の俺に、それを気にする余裕はない。
《気を付けろよ……》
「……はい」
 ゆっくりと、歩く。

 あと数メートル。ここら辺で香奈は消えたらしい。いったいどこに行ってしまったのだろう。
 その場所を越えて、あと数歩の距離まで近づいた――。


 ――その時。


「げっ!?」
 地面に大きな穴が空いた。何かに捕まろうにも、あまりに突然すぎて対応できない。



 ――異次元の落とし穴!――



 為すすべもなく、俺はその穴に飲み込まれた。




---------------------------------------------------------------------------------------------------------------



「くそっ! だから気を付けろって言ったのに……!」
 佐助は画面を見つめながら、ため息をつく。
『どうするの佐助?』
「……やるしかないか」
 闇の力は、使用者を倒せばその効果が消え去る。二人ともどこかに飛ばされたとしたら、おそらくその使用者の所だ。
 つまり、二人がそれぞれダークを倒せば、元の場所に戻ることが出来る。
 ここまで来たら、二人を信じるしかない。
 だとすれば、自分の出来ることは一つ。
「コロン。やるぞ」
『うん、分かった』
 自分に出来ることは、他の参加者をゴールさせないこと。そのために回線を通じてコロンを会場に向かわせて、白夜の力で参加者を攪乱する。自分はその様子を、カメラで悟らせないようにすればいい。
「……がんばれよ。二人とも」
 そう呟いて、佐助はとりかかった。



---------------------------------------------------------------------------------------------------------------




「ここは……」
 辺りを見回して、呟く。
 たしかゴール直前で謎の光に包まれて……それから……。
「どうしちゃったんだっけ……」
 何が起こったのか、いまいち把握できなかった。
 通信機もノイズが入って連絡が取れないし……。
「どうなってるのよ……あと一歩でゴールだったのに……」
『よーく来たねぇ』
 聞こえた不気味な声。だが以前聞いた男の声より若干トーンが高い。女性の声だ。
 振り返るとそこには黒いフードをかぶった女性が立っていた。
「あんた……ダークの一味?」
 尋ねると、目の前に立つ人物は黒いフードを外した。
 青色の瞳に金髪の髪。もしかして外国人?
『私はクリス……ってあれ? あなたどっかで見たことある……あ、そっか。たしか君、朝山香奈だよね?』
「それがどうしたのよ」
『ラッキーだわぁ……! まさか白夜のカードを持っているあなたが大会に参加してくれているなんて思ってもみなかったもの。これで手柄が立てられるってものだわぁ』
「そう……」
 周囲の状況を見ながら答える。辺りは混沌とした色で、赤や黒、青などの全ての色がめちゃめちゃに混ぜられているような感じだ。
 見ているだけで、気分が悪くなってくる。
「いったい、ここはどこなのよ」
『亜空間よ』
 クリスは髪をかき上げながら言った。
 亜空間……言葉は知っているが、意味の方はよく分からない。要するにここはさっきまでいた場所とは別世界ということでいいのよね?
「どうしてこんなことするのよ」
『え?』
「こんなまどろっこしいことしなくなって、ゴールで待っていればいいじゃない」
『んーそうなんだけどねぇ……まぁ、せっかくだからゴールを見せてあげようと思ってさ。だってぇ……せっかく大会に来たのに、ゴールも見れないまま生け贄になるのは嫌でしょ?』
 クリスは笑みを向ける。
 なんだか、おばさんくさい。
「どうやったら戻れるのよ」
『やだぁ……戻る気でいるの? そりゃあ無理よ。だって私がいる限りこの空間からは逃げられないもん。出るには私を決闘で倒すぐらいしかないわよ』
 クリスは体をくねくねさせながら言った。
 スターにしてもダークにしても、組織の中にいる人物というのはみんなおかしな性格を持っているのかしら。
「あんたを倒せば、出られるって事じゃない」
『勝つつもりなの? じゃあさっそく決闘しましょう』
 クリスはそう言って、腕のデュエルディスクを展開した。
「………」
 呼吸を整える。この二日間でたくさん決闘をしてきた。こいつを倒せば、私は元いた場所に戻ることができる。パックを手に入れるためにも、世界のためにも、負けるわけにはいかない。
 デッキを見つめる。あれからいろいろ改良も加えた。プレイングも上げた。
 あとは、やるだけよ。
「準備いいわよ」
『いい目ねぇ……それを絶望に染めたとき、あなたはどんな顔をしてられるのかしらぁ………』
「あんたこそ、調子に乗ってると痛い目を見るわよ」
『あら、生意気。お姉さん困っちゃうわ……』
「はやく始めなさいよ。オバさん」

『……!』
 クリスの目の色が変わる。途端にその体から闇があふれ出した。
『あんた……コロスわ……』
「やってみなさいよ!」
 私とクリスお互いにデッキをセットし、デュエルディスクを展開する。




『「決闘!!」』




 決闘が始まった。






 
 クリス:8000LP  香奈:8000LP



『決闘開始時に、デッキよりフィールド魔法を発動する!』
 クリスのデッキから、深い闇が吹き出した。
 ただでさえ不気味な空間を、闇に染めていく。


 闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 ライフを半分支払い、カード名を一つ宣言する。
 そのカードはフィールド場にある限り、以下の効果が付加される。
 ●「このカードを対象にする相手の魔法・罠・モンスターの効果を無効にする。」
 また、宣言したカードがモンスターカードだった場合、以下の効果も付加する。 
 ●「攻撃力は1000ポイントダウンする。」
 この効果は、デュエル中に1度しか発動できない。


 相変わらず、不気味なフィールド魔法だ。まるで底の見えない谷を覗き込んでいるかのよう。
 実際は見た目よりも、その効果の方がきついけど。
『これで、準備は出来たわね』
「……なんのよ」
『あなたを生け贄に捧げる準備よ』
 クリスの目は憎しみに満ちていた。決闘前の一言が響いているのかもしれない。
「早く続けなさいよ」
『言われなくても、分かってるに決まっているでしょ?』
 そう言ってクリスは、手札からカードを選び出して、デュエルディスクにセットした。
『モンスターをセット、カードを1枚伏せてターンエンドよ』
「……言っていた割には、ずいぶん慎重なスタートじゃない」
『あらぁ? 私としてはあなたに少しでも希望を与えてあげるつもりだったんだけどぉ?』
「そんな気遣い無用よ」
『それは残念ね』


 クリスのターンが終わって、ターンが私に移る。


「私のターン、ドロー!」(手札5→6枚)
 手札を見つめる。
 相手の伏せカードは一枚だけ。裏守備モンスターがいるけど、今は気にしない。
 あの伏せカード……もしかしたら、あれは攻撃誘発系の罠? それとも――。
『早くしてくれない? お姉さん待ちくたびれちゃうわよ』
 クリスに言われて、思考を戻した。
 考えたらきりがない。
 相手が攻めてくる気配がない以上、ここは攻める。
 手札を1枚選び出して、勢いよくデュエルディスクに叩きつけた。
「"豊穣のアルテミス"を召喚するわ!」
 フィールドに、機械を連想させる天使が現れる。
 天使は身に纏ったマントを翻して、闇の世界の中心にいる相手を見つめた。


 豊穣のアルテミス 光属性/星4/攻1600/守1700
 【天使族・効果】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 カウンター罠が発動される度に自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 パーミッションデッキのキーカードと言っても過言はない。
 カウンター罠が発動する度にハンド・アドバンテージを稼いでくれるのだから、これほど自分のデッキに合ったモンス
ターはいないはず。
『あらあら、攻撃してくるの?』
「バトルよ! "豊穣のアルテミス"で裏側モンスターに攻撃!」

 ――シャインボールアタック!――

 天使の手のひらから光の玉が現れる。天使はそれを姿が見えないモンスターへと思いっきり投げつけた。
『あらあらぁ』
 クリスが笑う。同時に伏せられていたモンスターの姿が露わになる。


 アドバンス・ディボーター 星3/水属性/攻800/守2000
 【戦士族・効果】
 このカードはこのカードの効果でしか特殊召喚できない。
 このカードをリリースしてアドバンス召喚に成功した場合、
 次の自分のスタンバイフェイズ時に発動できる。
 このカードを墓地から特殊召喚する。
 この効果を発動するターン、自分はエクストラデッキからモンスターを特殊召喚できない。


「守備力2000……!」
『迂闊な攻撃だったわねぇ。とりあえず反射ダメージよ』
 天使が放った光の玉は、大きな髭を生やした小太りなモンスターに弾かれる。
 弾かれ散らばった光の一部が、私に降り注いできた。
「きゃ!」

 香奈:8000→7600LP

『ありがとう、お嬢さん』
 クリスの笑みが見えた。
 なんだか、くやしい。
 それに、あの"アドバンス・ディボーダー"っていうカード。もしかして、この人のデッキは……。
『…………どうするの?』
「うるさいわね! 考え中よ!」
 再び手札を見つめて、何を伏せるのかを考える。
 相手の伏せカードは1枚。
 もし相手が”あのデッキ”なら、次に召喚してくるモンスターはきっと……。
 だったら――。
「カードを場に2枚伏せて、ターンエン――」
『伏せカード発動!』
 エンドフェイズ時の発動。あまり見ない戦術に、私は身構える。


 ―――発動されたのは、私にとって最悪の罠。

 









 王宮のお触れ 
 【永続罠】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 このカード以外のフィールド上の罠カードの効果を無効にする。


 フィールドの端に王宮が現れる。その台座に座る王は、全ての罠を無効にすることを決めた。手に持った杖をかざしてすべてのフィールドに呪文を唱える。赤い霧のようなものが辺りを包みこんでしまった。
『これであなたは罠を使うことが出来なくなったわ』
「くっ……!」
 エンドサイクロンならぬ、エンドお触れ。私が苦手な戦法だ。基本的に全ての罠、速攻魔法は伏せたターンには使えない。そこをねらってカードを発動されてしまった。
『どうするの?』
「…………ターンエンド」

-------------------------------------------------
 クリス:8000LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   アドバンス・ディボーダー(守備:2000)
   王宮のお触れ(永続罠)

 手札4枚
-------------------------------------------------
 香奈:7600LP

 場:豊穣のアルテミス(攻撃:1600)
   伏せカード2枚
 
 手札3枚
-------------------------------------------------

『うふ、ちょっといい顔になったわね。その召喚したモンスターから考えると……さてはあなたパーミッション使いだったみたいね』
「そうよ。あんたのせいで発動できないけどね」
『まぁ、それは可哀想。じゃあこーんな趣向もいいんじゃない?』
「?」
『私のターンよ』
 クリスはカードを引いた。(手札4→5枚)
 まるですでに行動を決めていたかのように、1枚のカードに手を掛ける。
 目の前の髭を生やしたモンスターが光に飲み込まれた。
『"アドバンス・ディボーダー"をリリースして、"雷帝ザボルグ"をアドバンス召喚!』
 現れたのは、雷を司る帝。


 雷帝ザボルグ 光属性/星5/攻2400/守1000
 【雷族・効果】
 このカードのアドバンス召喚に成功した時、
 フィールド上のモンスター1体を破壊する。


『"雷帝ザボルグ"は、アドバンス召喚された時にフィールド上のモンスター1体を破壊するわ。私が選ぶのは、あなたの場にいる"豊穣のアルテミス"よ!』

 ――デス・サンダー!――

 帝が、天に手を向ける。
 次の瞬間、私の場にいるモンスターに雷が落ちた。
 本当に雷が間近に落ちたときのように、一瞬の閃光と大きな音が、五感を支配する。
 天使は帝が放った雷に耐えきれず、砕け散ってしまった。

 豊穣のアルテミス→破壊

「アルテミス……!」
 せっかく召喚したのに、たいして活躍をさせてあげられなかった。
 あのお触れさえなければ……!
『さて、あなたの場にモンスターはいなくなったわね』
 クリスの声が聞こえて、そっちに意識が向く。
「っ…!」
 気づいたときには、遅かった。私の場には今、モンスターは存在しない。"王宮のお触れ"によって、罠を使うことが出来ない。ということは――。
『ダイレクトアタック!』

 ――ローリング・サンダー!――

 帝の手が再び天に向けられる。上空に黒い雲が現れて、雷が一直線に私に降り注いだ。
「うあああぁ!!」

 香奈:7600→5200LP

「うぅ……」
 現実になった痛み。全身がしびれたかのような感覚だ。
 ライフポイントが一気に4分の1も削られてしまった。
『はぁぁぁぁ……いい顔だわぁ……そういう痛みに呻く顔なんて最高よ』
 クリスがうっとりとした表情で見つめてくる。
 人が傷つくのを見るのが好きなんて、普通の神経じゃない。
 呼吸を整えて、体勢を立て直した。
『あら、まだ頑張るの? ターンエンドよぉ』




「私の……ターン」
 痛みを我慢しながら、なんとか、カードを引いた。

 決闘はまだ、始まったばかり。
 だけど、肝心の罠が封じられてしまっている以上、私に勝ち目は無い。
 これから私は、どうやって戦えばいいのだろう。


 考えてみても、分からなかった。




episode7――香奈のデッキワンカード――




 亜空間の中で決闘が続いてた。
 漆黒のフィールドの中、私とクリスは睨み合っている。

------------------------------------------------
 クリス:8000LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   雷帝ザボルグ(攻撃:2400)
   王宮のお触れ(永続罠)

 手札4枚
-------------------------------------------------
 香奈:5200LP

 場:伏せカード2枚
 
 手札3枚
-------------------------------------------------


 闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 ライフを半分支払い、カード名を一つ宣言する。
 そのカードはフィールド場にある限り、以下の効果が付加される。
 ●「このカードを対象にする相手の魔法・罠・モンスターの効果を無効にする。」
 また、宣言したカードがモンスターカードだった場合、以下の効果も付加する。 
 ●「攻撃力は1000ポイントダウンする。」
 この効果は、デュエル中に1度しか発動できない。


 雷帝ザボルグ 光属性/星5/攻2400/守1000
 【雷族・効果】
 このカードのアドバンス召喚に成功した時、
 フィールド上のモンスター1体を破壊する。


 王宮のお触れ 
 【永続罠】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 このカード以外のフィールド上の罠カードの効果を無効にする。


 亜空間の中を漆黒の闇と赤い霧が包む。
 赤い霧は罠をすべて無効にし、漆黒の闇は生け贄となる者を待つかのように、その暗さを保ち続けている。
『さぁどうしたの? あなたのターンよ』
「………私の……ターン……」(手札3→4枚)
 デッキからカードを引く手に、上手く力が入らない。
 カウンター罠が発動できない以上、私の戦術の半分以上が無効化されてしまったことに等しかった。それに相手の場には雷を操る攻撃力2400のモンスター。それを超える攻撃力を持ったモンスターを召喚しようにも、この状況じゃリリース要員を残すことも難しい。普通の星4モンスターにだって、あの帝を超える攻撃力はいない。
『ほらほらぁ、はやくしなさい。あんたは罠がないと何にも出来ないのかしら?』
 クリスがいやらしい笑みを浮かべながら挑発する。
 言い返したかったけど、言い返せる状況じゃなかった。
 私が今、この手札で出来ることは……。
「モンスターをセットして、ターンエンドよ」
 出来ることは、ただモンスターを守備表示で出すことだけだった。



『私のターン、ドロー』(手札4→5枚)
 クリスはカードを引く。
 同時にその場に、髭を生やした小太りなモンスターが出現した。


 アドバンス・ディボーター 星3/水属性/攻800/守2000
 【戦士族・効果】
 このカードはこのカードの効果でしか特殊召喚できない。
 このカードをリリースしてアドバンス召喚に成功した場合、
 次の自分のスタンバイフェイズ時に発動できる。
 このカードを墓地から特殊召喚する。
 この効果を発動するターン、自分はエクストラデッキからモンスターを特殊召喚できない。


『このカードはアドバンス召喚に成功した次のスタンバイフェイズに復活するわ。あいにく、手札に召喚できる帝はいないけどね』
「……!」
 アドバンス召喚のために必要なリリース素材の確保をされてしまった。
 守備力が2000もあるから、簡単に破壊することはできないわよね。
『さぁバトルよ!』
 クリスの攻撃宣言と共に、雷帝が雷を降り注がせる。
 その攻撃は守備表示のモンスターに容赦なく襲い掛かり、破壊してしまった。

 コーリング・ノヴァ→破壊

「この瞬間、"コーリング・ノヴァ"の効果を発動するわ! その効果でデッキから"マシュマロン"を守備表示で特殊召喚!」
 クリスマスに飾るリースのような、不思議な形をした天使が聖なる輝きを放って、暗いフィールドをわずかに照らす。
 散り際に放ったその優しい光の中から、天使には見えない、マシュマロのように柔らかそうなモンスターが現れた。


 コーリング・ノヴァ 光属性/星4/攻1400/守800
 【天使族・効果】
 このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、デッキから攻撃力1500以下で光属性の
 天使族モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
 また、フィールド上に「天空の聖域」が存在する場合、代わりに「天空騎士パーシアス」1体を
 特殊召喚する事ができる。


 マシュマロン 光属性/星3/攻300/守500
 【天使族・効果】
 フィール上に裏側表示で存在するこのカードを攻撃したモンスターのコントローラーは、
 ダメージ計算後に1000ポイントダメージを受ける。
 このカードは戦闘では破壊されない。


「このモンスターで凌いでみせるわ!」
『上手くいくと良いわねぇ。カードを1枚伏せて、ターンエンドよ』

-------------------------------------------------
 クリス:8000LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   雷帝ザボルグ(攻撃:2400)
   アドバンス・ディボーダー(守備:2000)
   王宮のお触れ(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札4枚
-------------------------------------------------
 香奈:5200LP

 場:マシュマロン(守備:500)
   伏せカード2枚
 
 手札3枚
-------------------------------------------------

「私のターン!」(手札3→4枚)
 デッキからカードを引いた。
 マシュマロンは戦闘では破壊されない。だけど魔法や罠、モンスター効果に対する耐性はまったくない。いつまでもこの状況を保っていられるわけがないのは分かっている。
 このような時にはいつもカウンター罠で補うけれど、"王宮のお触れ"のせいでそれをすることもできない。
 どうしたらいいの? 相手が使うデッキは、おそらく帝デッキ。たしか7種類の帝の様々な力で相手を圧倒していくのがコンセプトのデッキだったと思う。
 ほんの少しだけ、大助の使う六武衆と似たところがあるかもしれない。
 違うところは、帝はアドバンス召喚されないと効果が発揮できないというところだ。
 相手が伏せたカードは多分、速攻魔法。罠が無効にされてる状況で罠を伏せるとは考えにくい。考える限りでも速攻魔法はどれも強力な効果を備えている。うかつに攻撃したら、やられてしまう。
 カウンター罠さえ、使えれば……!
「………」
 そういえば大助も昔、"王宮のお触れ"を使っていた時期があったわね。その時は、どうしたんだっけ……。
 たしか全敗だったような気がする。
 すごく悔しかったから、もし誰かにこのカードを使われたらどうしたらいいかと聞いたとき、たしか大助は……。  

 「おまえは場をよく見ないのが悪い」とか言ってたっけ。

 たしかに昔は相手の場なんて見ていなかったけど、今はそんなことない。
 ちゃんと相手の場を見て、状況を判断している。第一、場をよく見たからって"王宮のお触れ"が罠を無効にするのは変わらないじゃない。
 あの時、大助は一体何が言いたかったのよ。
『苦しんでいるわね』
「……」
『まぁ、"王宮のお触れ"で罠を無効にされちゃあどうしようもないでしょうけど』
 クリスが大声を上げて笑う。
 本当に腹が立つわね。どうにかして王宮のお触れを攻略できないの?

 罠を無効に……罠を無効に……。

 ……あれ?……"王宮のお触れ"の効果ってたしか……。




 王宮のお触れ 
 【永続罠】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 このカード以外のフィールド上の罠カードの効果を無効にする。


「っ!」
 もう一度、デュエルディスクに表示される効果欄を見つめる。
 "王宮のお触れ"は『このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、このカード以外のフィールド上の罠カードの効果を無効にする。』ってことは、もしかして……!
 手札を見つめた。
 もし私の考えが正しいなら、場に伏せてあるカードとこのカードで……。
「そっか!」
『どうしたのかしら?』
「分かったのよ! 攻略法がね!」 
『……?』
 クリスが首をかしげている。
 大助、お礼を言っておくわ。
「手札から"光神機−桜火"を召喚!!」
 勢いよくさっき引いたカードを叩きつける。
 現れたのは、獣の形をした天使。


 光神機−桜火 光属性/星6/攻2400/守1400
 【天使族・効果】
 このカードは生け贄なしで召喚する事ができる。
 この方法で召喚した場合、このカードはエンドフェイズ時に墓地へ送られる。


『攻撃力2400を通常召喚ですって!?』
 予想だにしていなかったのか、強力モンスターの召喚にクリスは驚いている。
 万が一の時に入れておいたカードが役に立って良かったと思う。このカードなら、相手のモンスターに対抗できる。

 ピシ…ピシ…。

 だけど登場したのも束の間、その天使の体にヒビが入った。普通では不可能な方法で場に出たことによって体が崩壊を始めている。この場に残っていること出来る時間は少ないみたいだ。
 天使は自分の命を振り絞るかのように咆吼を上げた。
『どういうつもり?』
「その帝と相打ちさせるためよ!」
『あっそう』
 フッ……とクリスは鼻で笑っていた。その裏には若干の呆れが入っているように見える。
 私の予想があっているなら、きっと相手は伏せカードを使うはずよ!
「バトル! "光神機−桜火"で"雷帝ザボルグ"に攻撃!」
 体が崩れかけた天使は再び咆吼を上げて雷を操る帝に突進をする。この速度でまともにぶつかり合ったら、おそらくどちらも無事では済まない。

 ――ライトニング・ブースト!――

『ちょっとがっかりよ』
「……!?」
 クリスの笑み。
 次の瞬間、伏せカードが発動されていた。


 収縮
 【速攻魔法】
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択する。
 そのモンスターの元々の攻撃力はエンドフェイズ時まで半分になる。


 光神機−桜火:攻撃力2400→1200


『あんたなんかの攻撃は、一回も通さないわ』
 勝ち誇った笑みを浮かべるクリスに対して、私も勝ち誇った笑みで伏せカードに手をかけた。
「カウンター罠発動! "マジック・ジャマー"!」
 予定通り、私は伏せカードを発動した。


 マジック・ジャマー
 【カウンター罠】
 手札を1枚捨てて発動する。
 魔法カードの発動を無効にし破壊する。


『馬鹿ね! "王宮のお触れ"で効果は発動されない!』
 クリスの言うとおり、私の場には魔法陣が描かれたけれど、赤い霧のせいでその効果を発揮することが出来なかった。だから桜火の体も半分のままになっている。
 小さくなった天使を破壊しようと、雷を操る帝が手をかざす。
『迎撃しなさい! ザボルグ!』

 ――ローリング・サンダー!――

 突進する天使に、雷が落ちる。
 一瞬の閃光の中に獣の形をした天使は飲み込まれた。

『あははははは!』
 クリスの声が響く。
 私は目を閉じて、拳を握りしめた。
「………………………」
『あはははははははは…はは……は………』
 次第にその笑い声が止まる。
 閃光の中に、大きな影が見えた。



攻略完了よ!!!



 私は静かに、笑みを浮かべる。
 その場にいたのは、裁きの天使。


 裁きを下す者−ボルテニス 光属性/星8/攻2800/守1400
 【天使族・効果】
 自分のカウンター罠が発動に成功した場合、自分フィールド上のモンスターを全てリリースする事
 で特殊召喚できる。この方法で特殊召喚に成功した場合、リリースした天使族モンスターの数まで
 相手フィールド上のカードを破壊する事ができる。


『な……なによ、これ……なんで新しいモンスターが召喚されているのよ……』
「私が召喚したに決まっているじゃない」
 クリスの戸惑った表情がこっちに向く。
 なんだかすごく、してやったりの気分だ。相手の裏をかくことがこんなにも気分がいいなんて知らなかった。
『どうして召喚できたのよ!? 召喚権を使ったし、それにバトルフェイズ中なのに……』
「"王宮のお触れ"の弱点を突いたのよ」
『弱点ですって?』
「"王宮のお触れ"の効果は、罠カードの効果を無効にする。でも無効にするのは効果だけよ。発動することは無効にできないわ」
『………そうか! あの"マジック・ジャマー"で!』
「そうよ。カウンター罠が発動に成功したことで、ボルテニスの召喚のためにフィールド上の全てのモンスターがリリースされた。あんたが発動した"収縮"は不発に終わる。そして……」
 裁きの天使が手をかざした。その手にバチバチと裁きの雷が込められる。
 その瞳が見つめる先は、王宮とその横に立つ髭を生やしたモンスター。
「ボルテニスは召喚したときにリリースした天使族モンスターの数だけ、相手のカードを破壊できる。リリースされたモンスターは2体! 私は"アドバンス・ディボーダー"と"王宮のお触れ"を破壊する!」

 裁きの雷が、クリスのフィールドを襲った。

 ――断罪の雷!――

 アドバンス・ディボーダー→破壊
 王宮のお触れ→破壊

『くっ……!』
「まだよ! ボルテニスはバトルフェイズ中に特殊召喚されたから、攻撃できる!」
『しまっ―――!』
 裁きの天使の手に、再び雷が込められる。
 悪しき者の罪を裁こうと、その手が振り下ろされた。
「いっけぇ! ボルテニス!」

 ――ジャッジメントクロス!――

 フィールドを支配する雷の閃光。
 裁きの力は帝を貫き、クリスの体に直撃した。
『うああああぁ!』

 雷帝ザボルグ→破壊
 クリス:8000→7600LP

『うぅ……!』
 クリスは膝をついた。
 やっと与えた初ダメージ。なかなか効いたはずよ。
「ターンエンド!」 

-------------------------------------------------
 クリス:7600LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)

 手札4枚
-------------------------------------------------
 香奈:5200LP

 場:裁きを下す者−ボルテニス(攻撃:2800)
   伏せカード1枚
 
 手札1枚
-------------------------------------------------


 たった1ターン。
 "王宮のお触れ"を突破したことで、状況は一気に逆転した。
『私の……ターン!』(手札4→5枚)
 クリスは力任せにカードを引いた。まさか一人の高校生にここまでやられるとは思ってなかったみたいね。
『やられたわ……相討ちを狙うことで、私に"収縮"を発動させようとするなんてね……』
「別にその伏せカードが"収縮"だって分かった訳じゃないわ。でも、なんとなくそんな気がしたのよ」
『まぁ……いいわ』
 クリスが小さくそう呟く。
 私も気を引き締めて、相手の出方を見る。
 これからが、本当の勝負ね。 
『いくわよ。手札の"炎帝テスタロス"をコストに"帝王の富"を発動! デッキから"風帝ライザー"を墓地に送り、デッキから2枚ドローよ!』
「デッキ圧縮と手札補充を同時に……!?」


 帝王の富
 【通常魔法】
 手札から「帝」と名の付く星5または星6モンスターを墓地に送って発動する。
 デッキから「帝」と名の付くモンスター1体を墓地に送り、
 自分はカードを2枚ドローする。


 炎帝テスタロス→墓地(コスト)
 風帝ライザー→墓地
 クリス:手札5→3→5枚

『さらに手札から"アドバンス・ディボーダー"を召喚! さらに"二重召喚"を発動する!』

 アドバンス・ディボーター 星3/水属性/攻800/守2000
 【戦士族・効果】
 このカードはこのカードの効果でしか特殊召喚できない。
 このカードをリリースしてアドバンス召喚に成功した場合、
 次の自分のスタンバイフェイズ時に発動できる。
 このカードを墓地から特殊召喚する。
 この効果を発動するターン、自分はエクストラデッキからモンスターを特殊召喚できない。


 二重召喚
 【通常魔法】
 このターン自分は通常召喚を2回まで行う事ができる。


 さっき倒したモンスターを召喚するだけじゃなく、召喚権を増やしてきたわね。
 ということは当然、次に召喚してくるのは……!
『"アドバンス・ディボーダー"をリリースして、現れなさい! "氷帝メビウス"!』
 髭を生やしたモンスターが光に包まれ、その中から氷を司る帝が姿を現した。


 氷帝メビウス 水属性/星6/攻2400/守1000
 【水族・効果】
 このカードのアドバンス召喚に成功した時、
 フィールド上の魔法・罠カードを2枚まで破壊する事ができる。


『この効果で私は、あなたの伏せカードを破壊する!』
 帝の手に、氷の力が宿る。

 ――フリーズ・バースト!――

 氷が私の伏せカードを氷結させようと、襲う。
「させないわ!」
 手札を墓地に送った。
 その瞬間、フィールドに見えないバリアが張られる。
 氷はそれに弾かれて、消えてしまった。
『なに!?』
「"純白の天使"の効果発動よ!」


 純白の天使 光属性/星3/攻撃力0/守備力0
 【天使族・チューナー】
 このカードを手札から捨てて発動する。
 このターン自分が受けるすべてのダメージを0にし、自分フィールド上のカードは破壊されない。
 この効果は相手ターンでも発動する事ができる。


『……くっ!』
「"純白の天使"の効果で、このターン私のカードは破壊されない」
『……ターン……エンド』

-------------------------------------------------
 クリス:7600LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   氷帝メビウス(攻撃:2400)

 手札2枚
-------------------------------------------------
 香奈:5200LP

 場:裁きを下す者−ボルテニス(攻撃)
   伏せカード1枚
 
 手札0枚
-------------------------------------------------

「私のターンよ!」(手札0→1枚)
 カードを引いて、即座に決断する。
 攻めるなら今しかない!
「バトルよ! ボルテニスでメビウスに攻撃!」

 ――ジャッジメントクロス!――

 裁きの雷が、氷を操る帝を打ち砕いた。

 氷帝メビウス→破壊
 クリス:7600→7200LP

『ぐぅぅ……!』
 ライフポイントがほとんど同じになる。
 状況は私のペースだ。このままだったら、押し切れる!
「ターンエンド!」



『私のターン! スタンバイフェイズ時に再び"アドバンス・ディボーダー"は復活する!』
 クリスの場に再び蘇る髭を生やしたモンスター。
 その姿は相変わらず弱々しいが、嫌がることもなくただ黙々と復活を続けている。
 なんだか少しだけかわいそうになった。
『再びリリースして、現れなさい! "邪帝ガイウス"!』 
 クリスがデュエルディスクにカードを叩きつける。
 闇のフィールドから、何か黒いものが浮き出る。それはだんだんと形を作り、闇を司る帝を呼び出した。


 邪帝ガイウス 闇属性/星6/攻2400/守1000
 【悪魔族・効果】
 このカードのアドバンス召喚に成功した時、
 フィールド上に存在するカード1枚を除外する。
 除外したカードが闇属性モンスターカードだった場合、
 相手ライフに1000ポイントダメージを与える。


『"邪帝ガイウス"の効果発動! あんたの場にいる忌々しい天使を除外するわ!』
 クリスの宣言と共に、目の前にいる帝の手に黒いエネルギーが込められる。
 その中に全てを飲み込もうと、憎悪の力を込めて、放とうとする。
「させない!」
 その寸前、天からの雷が闇の帝の体を焼き尽くした。

 天罰
 【カウンター罠】
 手札を1枚捨てて発動する。
 効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する。

 邪帝ガイウス→破壊
 香奈:手札1→0枚("天罰"のコスト)

『ちぃっ! ターンエンド……!』
 
-------------------------------------------------
 クリス:7200LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)

 手札2枚
-------------------------------------------------
 香奈:5200LP

 場:裁きを下す者−ボルテニス(攻撃)
 
 手札0枚
-------------------------------------------------

「私のターンよ!」(手札0→1枚)
 勝負の流れは完全にこっちのものよ。
 このまま一気に押し切ってあげるわ!!
「いっけぇ! ボルテニス!」

 ――ジャッジメントクロス!――

 裁きの雷がクリスの体に降り注ぐ。
『あうぅぅ……!』

 クリス:7200→4400LP

「カードを1枚伏せて、ターンエンドよ!」
 心にだんだんと余裕が生まれる。帝はまだいるだろうけど、それらが相手の手札に残っているとは考えにくい。
 あと少しで、相手を倒すことが出来るわ。




『私の……ターン!』(手札2→3枚)
 クリスは乱暴にカードを引いた。
 憎しみのこもった視線が、こっちを睨み付けてくる。
『まさか、たかが高校生の小娘にここまで追い詰められるとはね……』
「高校生だからって、甘く見ないでよね」
『ふふっ……でも、勝つのは……私よ!』
「……!」
 クリスの場に髭を生やしたモンスターが現れる。
 相手の闘志は消えていない。もしかしたら、まだ手札に帝がいるのかも知れない。
『"アドバンス・ディボーダー"をリリースして、"光帝クライス"をアドバンス召喚!!』


 光帝クライス 光属性/星6/攻2400/守1000
 【戦士族・効果】
 このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
 フィールド上に存在するカードを2枚まで破壊する事ができる。
 破壊されたカードのコントローラーは、破壊された数だけ
 デッキからカードをドローする事ができる。
 このカードは召喚・特殊召喚したターンには攻撃する事ができない。


「させないわ!!」
 新たな帝の登場と共に、私はすぐさま伏せカードを開いた。


 キックバック
 【カウンター罠】
 モンスターの召喚・反転召喚を無効にし、
 そのモンスターを持ち主の手札に戻す。
 

 地面が弾けて、その衝撃で召喚された光の帝が手札に戻される。
 【帝】デッキの弱点の1つが、アドバンス召喚を阻止されたらリカバリーに時間がかかってしまうということがある。
 召喚権は使わせたし、アドバンス召喚に成功していないから、もう"アドバンス・ディボーダー"の効果が発動することも無いわ。
『くっ、それなら手札から魔法カード"帝王の富"を発動! クライスをコストにデッキから"地帝グランマーグ"を墓地へ送り、さらにデッキから2枚ドロー!!』


 帝王の富
 【通常魔法】
 手札から「帝」と名の付く星5または星6モンスターを墓地に送って発動する。
 デッキから「帝」と名の付くモンスター1体を墓地に送り、
 自分はカードを2枚ドローする。


 光帝クライス→墓地(コスト)
 地帝グランマーグ→墓地
 クリス:手札3→1→3枚

「ここにきて手札増強……!」
『小娘に負けていられないのよ。私はカードを2枚伏せて、ターンエンドよ!』

-------------------------------------------------
 クリス:4400LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   伏せカード2枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 香奈:5200LP

 場:裁きを下す者−ボルテニス(攻撃)
 
 手札0枚
-------------------------------------------------

「私のターン!」(手札0→1枚)
 クリスの場を見つめる。
 伏せカードが2枚。
 攻撃を防ぐようなカードじゃない限り、これを召喚してボルテニスと同時に攻撃すれば、勝てる!
「"智天使ハーヴェスト"を召喚するわ!」
 私の場に、角笛を持った天使が現れた。


 智天使ハーヴェスト 光属性/星4/攻1800/守1000
 【天使族・効果】
 このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、
 自分の墓地に存在するカウンター罠1枚を手札に加える事ができる。


 二体の天使が、クリスを見つめる。
 天使達の攻撃力の合計は4600。ライフを削り取るには十分よ。
「この攻撃が決まれば、私の勝ちよ!」
『そうね。でもあなた、この伏せカードが見えないのかしら?』
「……!」
 相手の場の伏せカード。もしあれが私のモンスターを破壊するカードだったら、防ぐことができない。
 でも、だからといって攻撃しないのも……。
『どうする? 攻撃する?』
 どうしよっかな……。
 攻撃しないで次のターンまで待ってもいいし……でも攻撃しなかったせいで逆転でもされたら……そもそもあの伏せカードは本命なの? それともブラフ?
「……」
 頭が痛くなってきた。
 大助みたいに深く考えるのは苦手だし、なんだか、もう面倒くさい。
 伏せカードが罠でもなんでもかかってくればいいわよ!
「バトル! まずはボルテニスで攻撃! 続いてハーヴェストで攻撃よ!」
 
 ――ジャッジメントクロス!――

 ――ホーリークロス!――

 裁きの雷と、聖なる十字架の光。
 二体のモンスターの攻撃が相手へ向けて放たれた。

『伏せカード発動! "帝王の意地"!』

 次の瞬間、ボルテニスの体が跡形もなく砕け散った。
 ハーヴェストも動きを止めて、攻撃を中断してしまった。
「なっ……!」
 発動されたのは――。


 帝王の意地
 【通常罠】
 相手の攻撃宣言時に手札を全て捨てて発動できる。
 攻撃モンスター1体を破壊し、バトルフェイズを終了させる。
 その後、デッキから「帝」と名のつくモンスターを手札に加える。


『私はこの効果でボルテニスを破壊した』
「ハーヴェストも……その効果で攻撃を止められたってことね……」
 ブラフじゃなかったみたいね。
 でも、まだ私のモンスターは残っている。次のターンでトドメよ。
『安心してないかしら?』
「なによ……」
『"帝王の意地"には、もう一つ効果があるのよ。私はもう一つの効果で、帝を手札に加える!』
「っ! またザボルグやガイウスを召喚するつもりってわけ?」
『いいえ。私が手札に加えるのは、8体目の帝よ!!』
「え?」
 帝は全部で7体。それらは全部墓地にいってしまった。だとしたら……それって……。
 クリスの手札に、カードが入る。
 とても嫌な予感がしたけれど、何か手を打とうにも手札がない。
 仕方なく、ターンを終えるしかなかった。 

-------------------------------------------------
 クリス:4400LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 香奈:5200LP

 場:智天使ハーヴェスト(攻撃:1800)
 
 手札0枚
-------------------------------------------------

『あっはっはっは! あんたもよく頑張ったわ。でも、ここまでよ! 私のターン!』(手札1→2枚)
 クリスのターンになる。
 8体目の帝なんて聞いたことがない。一体どんな効果があるっていうのよ……。
『私は手札から"サイバー・ドラゴン"を特殊召喚!』


 サイバー・ドラゴン 光属性/星5/攻撃力2100/守備力1600
 【機械族・効果】
 相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在していない場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。


「特殊召喚……ってことは、アドバンス召喚のためのリリースにするつもりね!」
『その通りよ! そして……!』
 場に現れた機械龍が、光の中に包まれる。
 墓地から七種類の光がわき出る。それらすべてが混じり合い、やがて空間をも曲げて、時空の穴を形成する。
 その中からゆっくりと、呼び出された帝が姿を現す。
 竜を想像させる鎧を身にまとい、背中からは7種類の光がまるで剣のように見えるものがでている。赤い瞳が私を見つめ、大きく見開かれた。

『現れなさい! "神帝ドルガ"!』

 最後の帝が咆吼と共に姿を現した。


 神帝ドルガ 神属性/星6/攻3000/守2000
 【ドラゴン族・効果・デッキワン】
 「帝」と名のつく効果モンスターが7種類以上入っているデッキにのみ入れることが出来る。
 墓地に7種類の「帝」と名のつくモンスターが存在するときにのみ召喚できる。
 このカードのアドバンス召喚に成功したとき、相手はこのターンのエンドフェイズ時まで
 魔法・罠カードの効果を発動できない。
 このカードは自分の墓地に「帝」と名の付つくモンスターが存在する限り、フィールドを離れない。
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、
 その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
 各ターンのエンドフェイズ時に、自分の墓地にある「帝」と名のつくモンスター1体を除外しなければならない。


「なによ、この効果!?」
 とんでもない効果に驚かざるを得なかった。
『"神帝ドルガ"は墓地に帝がある限りフィールドに存在し続ける! まさしく、帝の神と呼ぶにふさわしいモンスターよ!』
 フィールドを離れない。
 貫通ダメージ。
 召喚時の魔法・罠の封殺効果。
 こんなモンスターいったいどうすれば………。
『覚悟は出来て?』
「っ!」
 クリスの声で、我に返る。
 場には攻撃力1800のハーヴェストだけ。
 防ぐカードは何もない。
「……!」
『バトルよ! 食らいなさい!』

 ――ゴッド・ブレス!――

 帝の口から、全てを消し去る炎が吐かれる。
 天使は対抗することも出来ずにかき消された。
「うぁああああ!」

 香奈:5200→3000LP

「うっ……ぁ……」
 クリスの憎悪が込められているからなのか、いつも以上のダメージが体を襲ってきた。
 相手も必死だ。でも、こっちだって負けるわけにはいかない。
「く……!」
 何とか立ち上がる。
 ハーヴェストは戦闘によって破壊され墓地に行ったとき、墓地のカウンター罠を1枚だけ手札に戻すことが出来る。
 この状況を覆せる可能性をもったカウンター罠は―――あれしかない!

「私はハーヴェストの効果で、カウンター罠"ファイナルカウンター"を手札に戻すわ!」
『いつそんなカードを墓地へ……?』
「"マジックジャマー"のコストで墓地に送っておいたのよ」
『……あっそ。私はターンエンドよ』
 クリスのターンが終わる。

 私は、迷うことなくカードを引いた。(手札1→2枚)
「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

-------------------------------------------------
 クリス:4400LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   神帝ドルガ(攻撃:3000)
   伏せカード1枚

 手札0枚
-------------------------------------------------
 香奈:5200LP

 場:伏せカード1枚
 
 手札1枚
-------------------------------------------------

『私のターン、ドロー!』(手札0→1)
「カウンター罠発動よ!」
『このタイミングでのカウンター罠ですって? なら私はそれにチェーンして―――』


 ビー!!


 私のカードの発動に対処しようとしたクリスのデュエルディスクから、警告音が鳴った。
 警告音が鳴るのは、違法なカードを使ったり、プレイを間違えたときだけ。
 だが違法なカードは使っていないし、プレイだって間違っていないはず。一体、何が起こったのか。
『どういうこと!?』
「甘かったわね」
『なんですって……?』
「よく見なさいよ。普通のカードじゃ、"ファイナルカウンター"には追いつけないわ!!」
 

 ファイナルカウンター
 【カウンター罠・デッキワン】
 カウンター罠が15枚以上入っているデッキにのみ入れることが出来る。
 このカードはスペルスピード4とする。
 発動後、このカードを含めて、自分の場、手札、墓地、デッキに存在する
 魔法・罠カードを全てゲームから除外する。
 その後デッキから除外したカードの中から5枚まで選択して自分フィールド上にセットする事ができる。
 この効果でセットしたカードは、セットしたターンでも発動ができ、コストを払わなくてもよい。


『スペルスピード4ですって!?』
「そうよ。"ファイナルカウンター"は最高の速さを持ったカウンター罠。セットしたターン以外なら好きなタイミングで発動できるし、スペルスピード4未満のカードにチェーンされることもないのよ。だから、たとえスペルスピード3のカードでもチェーン出来ないわ!」
『あんたもデッキワンカードを……』
「そうよ。目には目を。デッキワンカードには、デッキワンカードよ!! 私はこの効果で、5枚のカードをセット!」
 次の瞬間、手札と墓地、デッキの約半分が除外される。
 デッキの中から除外されたカードの中から、私はすぐさま必要なカード達を選び出してセットした。
「"ファイナルカウンター"でセットされたカードは、コストを支払わずにこのターンでも発動できる! これだけあればあんたの切り札の攻撃を防げるわ!」
『…………防げるものなら、防いでみなさいよ!』
 クリスの宣言と共に、帝が口に炎を貯める。

 ――ゴッド・ブレス!――

「伏せカード発動!」
 炎が迫る中、私の前に次元の穴が現れた。


 攻撃の無力化
 【カウンター罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスタ1体の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。


『なら、今度こそ伏せカード"神の宣告"を発動する!』


 神の宣告
 【カウンター罠】
 ライフポイントを半分払う。
 魔法・罠の発動、モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚の
 どれか1つを無効にし、それを破壊する。

 クリス:4400→2200LP

「甘いわね!」


 カウンター・カウンター
 【カウンター罠】
 カウンター罠の発動を無効にし、それを破壊する。


『っく!』
「さらに!」
『……!?』
 クリスが驚いた表情を浮かべた。
 私は更に伏せカードを発動する。
 1枚目は虚無を呼び、2枚目の盗賊が使った伝説の道具がそれを打ち消す。


 虚無を呼ぶ呪文
 【カウンター罠】
 チェーン4以降に発動する事ができる。
 ライフポイントを半分払う。
 同一チェーン上のカードの発動と効果を無効にし、
 それらのカードを全て破壊する。



 盗賊の七つ道具
 【カウンター罠】
 1000ライフポイント払う。
 罠カードの発動を無効にし、それを破壊する。


 本来ならコストがいるカードも、ファイナルカウンターのおかげで支払う必要はない。
 きっと相手には、こうする理由が分からないわよね。結果が変わらないなら、残しておくべきではなかったのかとでも思っているに違いない。
 でも、これでいい。
 この状況こそ、私が狙っていたことだから。
『結局……私のモンスターの攻撃は失敗……なのね?』
「そうよ。どうするの?」
『………ターンエンド』

-------------------------------------------------
 クリス:2200LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   神帝ドルガ(攻撃:3000)

 手札1枚枚
-------------------------------------------------
 香奈:3000LP

 場:伏せカード1枚
 
 手札1枚
-------------------------------------------------

「私のターン!」(手札1→2枚)
 モンスターしか引けないことが分かっていても、いや、引けると分かっているからこそ勢いよくカードを引いた。
 そして、最後の伏せカードを発動する。


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


『死者蘇生……どうしてそんなカードを?』
「見てれば分かるわよ。この効果で私は墓地から"アテナ"を特殊召喚するわ!!」


 アテナ 光属性/星7/攻撃力2600/守備力800
 【天使族・効果】
 自分フィールド上に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を墓地に送る事で、
 自分の墓地に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を自分フィールド上に
 特殊召喚する。この効果は1ターンに1度しか使用できない。
 フィールド上に天使族モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚される度に、
 相手ライフに600ポイントダメージを与える。


 現れる女神。悪しき者すべてを照らし出すような輝きが、フィールドに舞い降りた。
『なんでそのカードが……まさか!』
「そうよ。ガイウスの効果を無効にした"天罰"のコストで、墓地に送っておいたのよ」
『……あんた……!』
 どうやらクリスは気づいたみたいね。私が何を狙っているのか。
 でも、今更気づいたところで遅いわよ。
「私は手札から、"豊穣のアルテミス"を召喚する!」
 再び、マントを羽織った天使が舞い降りる。


 豊穣のアルテミス 光属性/星4/攻1600/守1700
 【天使族・効果】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 カウンター罠が発動される度に自分のデッキからカードを1枚ドローする。


「アテナの効果で、あんたに600のダメージ!」
 女神の手から小さな光の矢が現れ、クリスを貫いた。

 クリス:2200→1600LP

『ぐっ……!』
「さらにアテナの効果で、アルテミスをリリースして、"純白の天使"を特殊召喚!」
 たった今出てきたばかりの天使が光に飲み込まれ、この場から姿を消す。
 代わりに天から、純白の小さな天使が降り立った。


 純白の天使 光属性/星3/攻撃力0/守備力0
 【天使族・チューナー】
 このカードを手札から捨てて発動する。
 このターン自分が受けるすべてのダメージを0にし、自分フィールド上のカードは破壊されない。
 この効果は相手ターンでも発動する事ができる。


「アテナの効果で600のダメージ!」
『ぐっ…あぁ!』

 クリス:1600→1000LP

『くっ……この小娘がぁぁ……!』
 場に揃った2体のモンスターを見て、クリスの表情が険しくなった。
「行くわよ! レベル7の"アテナ"に、レベル3の"純白の天使"をチューニング!」
 小さな天使が放った優しい光が女神の体を包み込む。
 守りの力を高め、全てを守護し、悪しき者を倒すため、その身が昇華されていく。
「シンクロ召喚! 現れて! "天空の守護者シリウス"!」
 最高位の天使が姿を現した。


 天空の守護者シリウス 光属性/星10/攻撃力2000/守備力3000
 【シンクロ・天使族/効果】
 「純白の天使」+レベル7の光属性・天使族モンスター
 このカードが表側表示で存在する限り、相手は自分の他のモンスターへ攻撃できず、
 相手に直接攻撃をすることもできない。
 このカードが特殊召喚されたとき、以下の効果からどちらか一つを選びこのカードの効果にする。
 ●1ターンに1度、デッキまたは墓地からカウンター罠1枚を選択して手札に加える事ができる。
 ●バトルフェイズの間、このカードの攻撃力は自分の墓地にあるカウンター罠1種類につき
  500ポイントアップする。



 その体には優しい光が宿り、見る者全ての心を癒していく。
「私は2つ目の効果を選択するわ! 墓地にはカウンター罠が4種類! よって――」
 天使の翼が大きく輝いく。

 天空の守護者シリウス:攻撃力2000→4000

『…………! さっきの無駄なカウンター罠の発動は、このカードの攻撃力を上げるためだったのね……!』
「バトルよ! いっけぇ!」


 ――ジャッジメントシャイン!――


 聖なる光の裁きが、帝の体を飲み込んだ。


 クリス:600→0LP






 決闘は、終了した。


















『私の………負けね……』
 クリスの体が白い光に包まれていく。そして足下から綺麗な光の粒になって消えていく。
 初めて見るものだ。多分これが闇の力を消すということなんだと思う。
 となるとこの人は、ダークによって操られていたのではなく、本当のダークの一味だったってことよね。

 ピシ……ピシッ…
 
 クリスが消えていくのと平行するように、辺りの空間にだんだんとヒビのようなものが入っていく。
『あんた強いわ………』
「当たり前じゃない。私は無敵なのよ」
『でもボスには……勝てないわ………』
「そんなに……強いの?」
『えぇ、まぁせいぜ――』

 クリスは消えた。
 
 それと同時に、私のいる空間が崩壊した。
 














 目を開けると、私はゴール前にいた。
 なんとか帰ってこれたみたいだ。体が少し痛いけれど、これで目的は達成できる。
 ゆっくりと、ゴールに入った。


 ピンポンパーンポーン………。


 放送が流れる。
『始まって50分! エントリーナンバー37の朝山香奈さんが1位でゴールしました!」
 テンションの高い運営員の声だ。
『よって優勝は朝山香奈選手でーす!』
 遠くから、歓声が聞こえる。
 私はその場に座り込み、大きく息を吸い込んだ。
「やっっったぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 その声がゴールにあるマイクを通じて、会場に響く。
 聞こえる歓声が、さらに大きくなった。




---------------------------------------------------------------------------------------------------




「………戻ってきたか……」
 佐助は安心していた。
 コロンが白夜の力を使って参加者を混乱させてはいるが、帰ってくるかどうかは本人達次第だった。二人の反応が消えて心配だったが、香奈が帰ってきたことで、安心が生まれる。
 会場にいるコロンも、同じ事を感じていた。
『よかったね、佐助』
 パソコンから、コロンの声が聞こえる。
 といっても本人は今、会場にいるのだが。
「あぁ……」
『そんなぶっきらぼうに答えないで、もっと喜びなよ』
「じゃあおまえが代わりに喜んでおいてくれ。まだ大助が帰ってきていないんだ」
『………そうだね、でも大丈夫でしょ?』
「さぁな」
『そういえば、もう連絡した?』
 コロンが思いついたように言う。
 佐助はコーヒーを飲んで、静かに答えた。
「当然だ。あの二人なら大丈夫だ」




---------------------------------------------------------------------------------------------------




 迷宮の中に、一本の光が下りる。
 その中から男女が一人ずつ出てきた。
「おやおや、確かに迷宮ですね……」
「そうみたいだね。佐助さんの話だと……この近くなんだけど……」
『二人とも着いたか』
 通信機から佐助の声が聞こえる。
「薫さんに連れてきてもらいました」
『よし、これから相手の所へ案内する』
「お願いします」
 二人は走り出した。


 

 すぐに相手は見つかった。なぜか二人でかたまっていたため、見つけやすかった。
『おい、なんでみんなこっち来ねぇんだ?』
『さぁ……なんかあったのかな?』
「白夜の力ですよ」
『だれだ!?』
 ダークの二人がこっちを向いた。男の子と女の子。それぞれが、伊月と薫に敵意を向ける。
「名乗るほどの者ではありません。ただ、あなた達を倒しに来ました」
『………お前達……スターか?』
「……!」
 伊月はかろうじて動揺を隠した。
 スターの存在は知られていないはず。それなのにどうしてこの相手は、自分達のことを知ることが出来たのか分からなかった。
「なんで、私達の組織の名前を知っているの?」
『教えても意味ねぇよ。てめぇらはここで闇の生け贄になるんだからな』
 そう言って相手は構えた。
 1対1。
 ちょうどいい。
「では、こっちは僕がお相手しましょう」
「じゃあ私はこっちだね」
 伊月と薫は構える。
 その顔は、余裕に満ちていた。
『なんだ、こいつら?』
「すいません、ただの余裕です」
『こいつ……!』



『『「「決闘!!!!」」』』


 四人は同時に叫んだ。







---------------------------------------------------------------------------------------------------






「う……」
 俺は目を覚ました。
 ぼんやりとする頭で何があったのかを思い出す。
 確か、ゴール直前で地面に穴が空いて落とされてしまったんだ。
 ゴールまであと少しだったのに………。
「く……」
 なんとか立ち上がって、辺りを見回す。
 赤や青、緑といった様々な色がごちゃごちゃに混ぜられたような世界が広がっている。それがどこまで続いているのかは分からない。
 いったい、ここはどこだ?

『よく来たな』

 聞こえた濁ったような声。
 急いで振り返る。
 そこには、黒いフードをかぶった人物が立っていた。
「……ダークか?」
『そうだ。おまえは……中岸大助だな』
「……………」
『そんなに警戒するな。ついてこい』
 その人物は静かに歩き出す。この全ての色をごちゃ混ぜにしたような世界のどこに行こうというのだろう。とりあえずついていくことにする。
『俺はシン。お前達……スターだな』
 シンと名乗った人物はそう言った。声色から判断するに、男のようだ。
「……なんで知ってるんだ?」
 俺は尋ねる。
 白夜のカードを持つ人達が集まっているのは知られていても、スターの存在は相手にばれていないはずだと薫さんは言っていた。それなのにどうしてスターという言葉が出てきたんだ。
 ついでにいうと、俺はスターの一員になった覚えはない。
『その質問に答える義務はない』
「…………」
『お前は俺のつくった"異次元の落とし穴"に落ちた。脱出するには、決闘で俺を倒すしかない』
「じゃあ――」
 言いかけた言葉を遮るように、シンが歩く足を止めた。
『一つ聞いていいか?』
 シンが振り返って尋ねる。黒いフードが外されてその顔がはっきりとみえた。ほっそりとした顔立ちに、黒い瞳。目にかかるかかからない程度に伸びた髪。年齢的に見て、伊月と同じぐらいの大学生みたいだ。
 こんな人までダークに入っているのか。
 第一印象では、そんなに不気味な人ではなさそうだ。
「あんた……本当にダークの一員か?」
 俺が尋ねると、シンは静かに息を吐いた。
『フッ……俺は正真正銘ダークの一員だ』
「あんたも世界を滅ぼそうとか思っているのか?」
『まぁな。俺はこの世界が平和になるには遅すぎると感じた。そこをダークに誘われて、悩んだ末に入ることを決めたんだ。ダークと共に世界を滅ぼすことを決意してな』
「そうかよ」
 どうやらダークは言葉での勧誘を行っていたらしい。
 一体どんな勧誘の仕方をしたのか、少し疑問に思う。
『ところでおまえ、ずっとここにいないか』
「……なんだって?」
『おまえの決闘を少しだけ見たことがある。おまえじゃこの先、勝つことはできない。ましてや我らのボスには歯がたたないだろう』
「そんなのやってみなくちゃ――」
『分かるさ。お前では。勝つ事なんてまず出来ない』
 シンはそう言った。
 今まで、勝つことが不可能だなんて断言されたことはなかった。ダークという組織にいる以上、目の前にいる相手だってかなりの実力があるはずだ。そいつが断言するということは……ダークのボスは一体どれほどの強さだっていうんだ?
『俺は組織に入ってから、自分の考えていたものとダークの目的が食い違っているのに気が付いた。ダークは世界を滅ぼして、混沌とした世界を構築しようとしている。だが俺は世界を壊したあとにちゃんとした平和な世界が出来れば、それでいいと思っていた…………だが、だからといっていまさら抜け出すことはできない。おまえはいい奴だ。なんとなくそんな気がする。お前が戦うことがなくなればボスも咎めないだろう。スターが勝つにしろダークが勝つにしろ、戦いが終わるまでここでじっとしているといい。心配しなくても、ここはいろいろある。生活には困らない。俺もここにいよう。どうだ? 戦いをしなくてよくなるんだぞ』
「…………………」
 戦いをしなくていい。シンはそう提案してきた。
 嘘を言っている感じはない。
 闇の決闘は、まだ1度しか経験していない。けれどその危険さは十分に分かっていた。しなくていいのなら、しないに超したことはない。
 だけど、戦いが終わるまでずっとここにいる……。
 そんなこと、出来るわけがない。
「………断る」
『なぜ?』
 シンは不思議そうな目で見つめてきた。
 その目を強く、見つめ返す。
「俺には一緒に戦っていくって決めた幼なじみがいる。俺がいなくなってもそいつはきっと戦い続ける。それなのにこんな所にいて、黙ってみてるなんて……そんなことできない!!」
 正直な気持ちだった。
 きっと香奈は、自分の力が届く限り戦い続ける。なのに俺だけ、こんな気分の悪くなりそうな世界でのんびりと過ごしている訳にはいかない。
 俺はあいつと一緒に戦っていくと決めたんだ。自分で決めたことを、自分で裏切ってどうする。
「あんたを倒して、俺は大会会場に戻る!!」
『じゃあ、もう戦うしかないな。中岸大助』
 シンは構えた。その体から、闇が溢れ出す。
 呼吸を整えて、俺はデュエルディスクを構えた。





『「決闘!!」』






 決闘が、始まった。




episode8――力を奪われし六武衆――




『俺のターンだ。この瞬間、デッキからフィールド魔法を発動する』
 無表情な顔が、見つめてくる。
 そこには何の感情もなく、ただ自分のすべき事をしようとしている目だった。
 シンのデッキから、全てを黒に染める漆黒のフィールドが展開される。


 闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 ライフを半分支払い、カード名を一つ宣言する。
 そのカードはフィールド場にある限り、以下の効果が付加される。
 ●「このカードを対象にする相手の魔法・罠・モンスターの効果を無効にする。」
 また、宣言したカードがモンスターカードだった場合、以下の効果も付加する。 
 ●「攻撃力は1000ポイントダウンする。」
 この効果は、デュエル中に1度しか発動できない。


 相変わらず、不気味なフィールド魔法だ。
 効果も強力だが、それでも莫大なコストがいる。簡単にこの効果を使うことはできないはずだ。
『"ゴブリン突撃部隊"を召喚しよう』
 シンはカードをかざす。
 するとどこからか、緑色の皮膚をした怪物の大群がやってきた。
 それらは戦う敵を探すように、キョロキョロと辺りを見渡している。


 ゴブリン突撃部隊 地属性/星4/攻2300/守0
 【戦士族・効果】
 このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になり、
 次の自分のターンのエンドフェイズ時まで表示形式を変更する事ができない。


「デメリットアタッカーか……」
『攻撃力2300は、きついだろ?』
 心の中で舌打ちをした。
 星4で攻撃力2300。攻撃後に守備表示になる効果を持つデメリットアタッカーだが最初のターンで様子を見るには最適のモンスターだ。それに俺のデッキに、これを超える星4のモンスターはいない。頑張れば倒せないことはないが、まだ序盤だ。無理して攻める必要はないだろう。
 それに、勝手に守備表示になってくれるならその攻撃を凌げばいいだけの話だ。
『ターンエンド』



「俺のターン、ドロー。カードを1枚伏せて、モンスターをセットしてターンエンド」
 とりあえず様子見。
 次の相手の出方次第だな。 





『俺のターン』
 シンは引いたカード見つめて、静かに息を吐いた。
『おまえには残念な知らせだ』
「なにが?」
『おまえの勝ち目は、これでなくなるだろう』
「………」
 言葉を返せなかった。今まで戦った相手の中でも、異質な雰囲気を持った相手であるシンがどんなことをしてくるのか判断が付かない。
『俺は"不屈闘士レイレイ"を召喚しよう』
 再び現れる、モンスター。
 それは何者にも負けない闘志を秘めた、一人の獣戦士。


 不屈闘士レイレイ 地属性/星4/攻2300/守0
 【獣戦士族・効果】
 このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になる。
 次の自分のターン終了時までこのカードは表示形式を変更できない。



「またデメリットアタッカー……」
 同じ効果を持ったモンスター。
 何か頭に引っかかる。こうも連続して同じ効果を持つモンスターが出てくるなんて思わなかった。ダークの一員の使うデッキが単純なビートダウンだとは思えない。
 いったい、相手のデッキはなんなんだ。
「あんた、デメリットアタッカーが好きなのか?」
『俺の勝手だろう? バトルだ』
 宣言される言葉。
 2体のモンスターがこちらを襲うために、その狂気と闘志に満ちた目を向ける。
『まずは、ゴブリンで攻撃だ』
 
 ――ゴブリン・バイオレンス!――

 大勢の怪物が、俺の場にいる猿のモンスターを粉砕する。
 怪物達はそれに満足したのか、全員が眠りについてしまった。

 紫炎の足軽→破壊
 ゴブリン突撃部隊:攻撃→守備

「この瞬間、"紫炎の足軽"の効果で"六武衆の御霊代"を特殊召喚する」 
 猿のようなモンスターが、死に際に手に持った笛を吹く。
 どこからともなく、誰にも着られていない鎧がやってきて、俺と相手の間に立ちふさがった。


 紫炎の足軽 地属性/星2/攻700/守300
 【戦士族・効果】
 このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、デッキから「六武衆」と名の付いた
 レベル3以下のモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。


 六武衆の御霊代 地属性/星3/攻500/守500
 【戦士族・ユニオン】
 1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに装備カード扱いとして自分フィールド上の「六武衆」と
 名のついたモンスターに装備、または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
 この効果で装備カード扱いになっている場合のみ、装備モンスターの攻撃力・守備力は500ポイント
 アップする。装備モンスターが相手モンスターを戦闘によって破壊した場合、自分はカードを1枚ドロー
 する。(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで、装備モンスターが破壊される場合は、
 代わりにこのカードを破壊する。)


「これでこのターンの攻撃は防げる」
『まだだ、"不屈闘士レイレイ"で攻撃』

 ――不屈の拳!――

 獣戦士が突きだした力のこもった拳に、ただの鎧は粉々に打ち砕かれた。

 六武衆の御霊代→破壊

「くっ……!」
 起こった衝撃に、デュエルディスクを盾にして防御する。幸い守備表示にしていたことで、ダメージはない。
 相手のモンスターは次の力を貯めるために、無防備な状態で黙想し始めた。

 不屈闘士レイレイ:攻撃→守備

『カードを1枚伏せて、ターンエンド』

-------------------------------------------------
 シン:8000LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   ゴブリン突撃部隊(守備:0)
   不屈闘士レイレイ(守備:0)
   伏せカード1枚

 手札4枚
-------------------------------------------------
 大助:8000LP

 場:伏せカード1枚

 手札4枚
-------------------------------------------------

「俺のターンだ」(手札4→5枚)
 引いたカードを確認すると、すぐさま発動した。
「"六武衆の結束"を発動する!」
 俺の後ろに、仲間との結束を示す陣が描かれる。


 六武衆の結束
 【永続魔法】
 「六武衆」と名の付いたモンスターが召喚・特殊召喚される度に、
 このカードに武士道カウンターを1個乗せる(最大2個まで)。
 このカードを墓地に送る事で、このカードに乗っている武士道カウンターの数だけ
 自分のデッキからカードをドローする。


『ドロー強化か……』
「さらに"六武衆−ザンジ"を召喚!」


 六武衆−ザンジ 光属性/星4/攻1800/守1300
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ザンジ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードが攻撃を行ったモンスターをダメージステップ終了時に破壊する。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


 薙刀を持った武士が現れる。
 それと同時に後ろに描かれた陣の中にある一つの印が輝いた。

 六武衆の結束:武士道カウンター×0→1
 
 薙刀を持った武士は先程の猿の敵を討つために、いつも以上の闘志を燃やして相手を見つめる。
「デメリットアタッカーは攻撃時は強力だけど、その後は無防備な状態になるのが弱点だな」
『ふっ……』
 鼻で笑われてしまった。
『そんなことは知っているさ。さぁ、次はどうする?』
「さらに伏せカード"六武衆推参!"を発動する!」
 目の前に召喚陣が描かれる。
 俺の墓地から、魂が入り込んだ鎧が蘇った。そして後ろにある陣も、その登場を喜ぶかのように光り輝く。


 六武衆推参! 
 【通常罠】
 自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する。
 この効果で特殊召喚されたモンスターはこのターンのエンドフェイズ時に破壊される。


 六武衆の御霊代 地属性/星3/攻500/守500
 【戦士族・ユニオン】
 1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに装備カード扱いとして自分フィールド上の「六武衆」と
 名のついたモンスターに装備、または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
 この効果で装備カード扱いになっている場合のみ、装備モンスターの攻撃力・守備力は500ポイント
 アップする。装備モンスターが相手モンスターを戦闘によって破壊した場合、自分はカードを1枚ドロー
 する。(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで、装備モンスターが破壊される場合は、
 代わりにこのカードを破壊する。)

 六武衆の御霊代→特殊召喚(攻撃)
 六武衆の結束:武士道カウンター×1→2

「俺は"六武衆の結束"を墓地の送って2枚ドロー!」(手札3→5枚)
 後ろの陣は消えると同時に光となって手札に降り注ぐ。
 2枚の手札が加わった。
 だが、これで終わりじゃない。
 御霊代は他の六武衆にユニオンして、その六武衆の力を上げる効果がある。しかもユニオンした状態で相手モンスターを戦闘破壊したら1ドローのおまけ付きだ。
 だったらやることはひとつ。
「"六武衆の御霊代"を"六武衆−ザンジ"に――」
 宣言するまさにその時。


『罠発動』


 シンは静かに、罠を発動した。
 同時に場にいる全てのモンスターから、それぞれが持つ能力が奪われる。
「そ…それは………!」
 発動されたカードを見て、言葉を失ってしまった。


 発動されたのは――。



 スキルドレイン
 【永続罠】
 1000ライフポイントを払って発動する。
 このカードがフィールド上に存在する限り、
 フィールド上に表側表示で存在する効果モンスターの効果は無効化される。



 ――最悪の罠だった。


 シン:8000→7000LP

『これによって、御霊代は効果を発動することが出来ずにフィールドにいるモンスターのままだ』
「……!」
『言っただろ? 勝ち目がなくなるって』
 シンは無表情のまま、淡々と続ける。 
 六武衆は様々な効果を持ち、様々な状況に対応できるデッキだ。だがそれらの効果を持っているゆえなのか、攻撃力が全体的に低い。
 さらに"スキルドレイン"で効果を無効にされた状況では、ただの通常モンスターと同じになってしまう。
 いや、それだけならまだ良かったかも知れない。
 相手が出した2体のモンスター。そしてこの永続罠カード。
 相手が扱うデッキが容易に想像できてしまった。
『どうするんだ?』
「え……」
 フィールドを見て、我に返る。
 そうだまだ俺のターンは終了していない。出来ることはまだある。
『じゃあそのままバトルだ! ザンジでゴブリンを、御霊代でレイレイを攻撃だ!』

 ――"一の型 閃光!"――
 ――"裏型 念力!"――

 薙刀が眠っている怪物を、鎧から放たれた念力が闘士を破壊した。

 ゴブリン突撃部隊→破壊
 不屈闘士レイレイ→破壊

 自分のモンスターが破壊されたのにもかかわらず、シンは悔しそうな表情一つ浮かべない。
『まぁそうだろうな』
「予想済みかよ……ターンエンド」
 その宣言と共に、蘇った鎧が役目を果たしたかのように砕け散った。

 六武衆の御霊代→破壊

-------------------------------------------------
 シン:7000LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   スキルドレイン(永続罠)

 手札4枚
-------------------------------------------------
 大助:8000LP

 場:六武衆−ザンジ(攻撃:1800)

 手札5枚
-------------------------------------------------

『その程度か……』
 シンは無表情に言う。
 まるで、人間ではないものと戦っている気分だった。
『俺のターン、ドロー』(手札4→5枚)
「なんだかつまらなそうだな」
 問いかけた言葉に、シンはわずかながら戸惑いの表情を向けた。
『そうか? こういう顔なんだ』
 シンは1枚のカードを力強く叩きつけた。
『"サイバー・ドラゴン"を特殊召喚だ』
 機械の龍が、閃光と共に現れた。


 サイバー・ドラゴン 光属性/星5/攻2100/守1600
 【機械族・効果】
 相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在していない場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。


「げっ……」
『さらに"可変機獣 ガンナードラゴン"を召喚しよう』
 続けて出てきたのは、機械で作られた龍だった。


 可変機獣 ガンナードラゴン 闇属性/星7/攻2800/守2000
 【機械族・効果】 
 このカードは生け贄なしで通常召喚する事ができる。
 その場合、このカードの元々の攻撃力・守備力は半分になる。


 そのカードを見て、俺は確信した。
 こいつが使うデッキは、スキルドレインを主軸とした高攻撃力のビートダウンデッキ。この妥協召喚されたモンスターは本来なら攻撃力が半分になるが、効果が無効にされているため本来の攻撃力で活用出来る。デメリットである効果を無効にすると同時に、相手のモンスター効果を封じて単純な戦闘面で優位に立つのがコンセプトのデッキ。初心者ばかりの俺の学校で、こんな戦術を使う奴がいるはずない。だから対策なんかしているはずがない。
 攻撃力が低く、効果を無効にされた六武衆でどう戦えというのだろう。
 デッキの相性は"最悪"だ。
『青ざめているな』
「そんなわけ……」
 そこまで言って、口が止まる。
 目の前の龍達が、その口にエネルギーを貯めていた。
『バトルといこうか』
「……!」
『"サイバー・ドラゴン"で"六武衆−ザンジ"を攻撃しよう』

 ――エヴォルューション・バースト!――

 機械の龍から放たれたエネルギー波がザンジを襲う。
 少しの抵抗もむなしく、武士はその力に飲み込まれた。

 六武衆−ザンジ→破壊
 大助:8000→7700LP

「っ……く……!」
 わずかな痛みが生じる。
 だがまだ相手の場には、その口に炎を貯めた機械仕掛けの龍が待ち構えていた。
『さらに、ガンナードラゴンで直接攻撃だ』
 
 ――ガンナーブレス!――

 強力なエネルギーの波が、直接襲う。
「ぐああ……あぁ!」

 大助:7700→4900LP

 全身に浴びせられたエネルギーの波。炎と似たような焼かれる感覚が襲った。
『ターンエンド』
 
-------------------------------------------------
 シン:7000LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   サイバー・ドラゴン(攻撃:2100)
   可変機獣ガンナードラゴン(攻撃:2800)
   スキルドレイン(永続罠)

 手札3枚
-------------------------------------------------
 大助:4900LP

 場:なし

 手札5枚
-------------------------------------------------

「俺の……ターンだ」(手札5→6枚)
 痛みをこらえながらカードを引く。
 なんとかしてあのモンスター軍を突破しないといけない。本当は"スキルドレイン"を処理したいところだが、今の手札にそれを可能にするカードはない。
 今はただ、防ぐことしかできない。
「カードを一枚伏せて、モンスターをセットしてターンエンド」
 何もすることが出来ないままターンを終える。
 武士達の能力を奪われたせいで、俺のデッキの八割が封じられたに等しかった。
 逆に相手は、自分のデッキを最大限に活用できる状況を作り上げた。こんなに形勢が悪い状況は初めてかも知れない。
 でも、それだけで諦めるほどヤワな俺じゃない。
 伏せてあるのは俺のデッキにある強力な全体除去だ。相手の出方次第で、状況は逆転できる。


『俺のターン』
 カードを引いたシンは、その無感情な目で俺の場を見つめる。
 そして、何か考え込むような素振りを見せた。
 シンの手が、手札にかかる。
 そうだ。モンスター召喚しろ。そして攻撃してこい。
『モンスターを召――』
 手札にかかった手が止まる。
 その状態が数秒続いたあと、その手は離れた。
『いや……このままバトルだ』
「……!」

 ――エヴォルューション・バースト!――
 ――ガンナーブレス!――

 2体のモンスターの攻撃が裏守備のモンスターを襲う。
「くそっ!」


 聖なるバリア−ミラーフォース−
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。


 目の前に悪しき者達を浄化するバリアが現れる。
 それらは2体のモンスター攻撃から俺のモンスターを守ると同時に、その攻撃を跳ね返し、相手の場の全てのモンスターをかき消した。

 サイバー・ドラゴン→破壊
 可変機獣ガンナードラゴン→破壊

『やはり、それか』
「…………」 
 読まれていた。俺が仕掛けた罠を。
 この状況なら一気に勝負を決めるために新たなモンスターを召喚するはずだ。そこを罠で全滅できれば、わずかに状況が変わっていたかも知れない。
 だけど相手は俺の伏せカードを見破ることによって被害を最小限に抑えた。
 やっぱりこいつ、ただものじゃない。
『俺はこのターン、まだ召喚を行っていない』
「やっぱりそうだよな……」
『分かっているじゃないか。では、早速』
 シンはゆっくりと、カードを置く。
 ライオンのようなたてがみに、たくましい四本の足。すべてのものを貫きそうな巨大な槍を持って、そのモンスターは現れた。
 

 神獣王バルバロス 地属性/星8/攻3000/守1200
 【獣戦士族・効果】
 このカードは生け贄なしで通常召喚する事ができる。
 その場合、このカードの元々の攻撃力は1900になる。
 3体の生け贄を捧げてこのカードを生け贄召喚した場合、相手フィールド上のカードを全て破壊する。


 獅子の王の目で、まるでこれから戦う相手を鑑定するかのように見つめる。
 低く唸る声に、吐かれる荒々しい息。その獅子の王から放たれる迫力に、思わず一歩退いてしまった。
『恐いか? 所詮、その程度だ』
「……何が言いたい?」
『お前は、一緒に戦うと決めた奴がいると言っていたな。その相手の方はどうなんだ? おまえが一緒に戦っていきたいというのを知っているのか? 知らないんだろ?』
「………」
 たしかに、決めたと言っても自分だけで考えたことだ。
 香奈がそれを知るはずがない。
「……多分知らない」
『だとしたら、それはお前の自分勝手な思考なんじゃないのか? たしかに相手の方は、お前がいなくなっても戦うかもしれない。だがその逆は考えられないのか?』
「逆……?」
 シンの言葉の真意が、分からない。
『お前がいなくなったらそいつはもしかしたら戦うことが出来なくなるかも知れない』
「そんなわけ――」
『断言できるか?』
「…………………」
 俺は考える。
 もし俺が決闘に負けていなくなったら香奈はどうするだろう。戦い続けるはずだ……と思う。だがそんなのは俺の勝手な想像なのかも知れない。
 でもそんなこと考えても、分かるはずがない。
「そんなの知るわけないだろ」
『だから、お前はその程度なんだ』
「……何が言いたいんだ」
『お前はそうやって、自分勝手な思考しかしていない。自分がいなくてもそいつは戦うから、自分は一緒に戦う。そいつはもしかしたら戦いなんてしたくないのかも知れないのに。そんな自分勝手なところは決闘にも表れている。効果を無効にされただけで、ここまで守備的な決闘しかできない』
「関係ないだろ」
 どうして実生活と決闘の仕方を結びつけられなくちゃならないんだ。
 あんたが俺や香奈の何を知っているんだよ。
『俺は違う。俺は対等な立場で決闘をしている。お互いに効果がなく、単純な攻撃力のぶつけ合い。これが本当に平等な世界だ。下手な小細工がなく、ただ力の強い者達だけが生き残る。そうした世界を作れば、そいつらで平和な世界を構築できる。なぜかって? そいつらが強いからだ。強い者は全てを支配できる。そいつらが集まれば、お互いが領地に干渉することはない。自分の土地があるからな。結果的に、何もない世界が出来るはずだ』
「……力の弱い人達は……?」
『消えて当然だろう? 弱者なんかいらない。人は弱いからお前のように自分勝手な思考で仲間を作りたがる。仲間を作るからこそ裏切られ、悲しみが生まれ、争いが生まれる。人は孤独なら誰とも争うこともない。俺のように強くなれる』
 語るシンの顔がだんだんと不気味な表情になっていく。
 その変化に、本人は気づいていないようだ。
 こいつが言っていた平和な世界って……このことだったのか。
 だとしたら―――。
「あんたがダークに入った理由が分かった」
『……?』
「おまえ、自分からダークに入ったって言ったよな」
 シンは数秒考えたあと、ゆっくりと頷いた。
『そうなるな』
「目的が違うって言ってたよな?」
『あぁ、俺は平和な世界を作るためにこの世界を――』

同じだろ

『………なんだと?』
「あんたが考えている世界は平和じゃない。ダークが望んでいる世界と全く同じだ。自分以外の人間の事を考えない自分勝手な世界だ」
『……何が言いたい』
「おまえがダークに入ったのは、当然だって言ってるんだよ。どうしてあんたが人のことを弱いなんて断言できるんだ。それこそ自分勝手な判断だろ。それなのに、なにが対等の立場だ。なにが平和な世界だ。なにが孤独なら自分のように強くなれるだ。ふざけるな!」
 俺の中に怒りというものが生まれた気がした。
 孤独なら強くなれる?
 人は仲間を作るから弱い?
 勝手に決めつけるな。そんなんで簡単に強弱が決まってたまるか。決められてたまるか。
『おまえには分からないか。この世界の真理が』
 世界の真理? 俺よりほんの少し年上だからって何を偉そうに言ってるんだ。
「知りたくもない……というか、おまえに言われたって説得力のかけらもない」
『何だと……?』
「寝言は眠ってから言ってくれ」
 シンの目の色が変わった。それと同時に辺りの漆黒の闇の色が、より深くなった気がした。
『かわいそうにな。人の考えも理解できない程の馬鹿だったのか』
「自分の思考が歪んでいることに気づけない奴ほど、馬鹿じゃない」
『……! お前、死にたいのか?』
「やってみろよ」
 シンに向かって挑発する。
 その行動が、相手の怒りを頂点にまで引き上げた。
『貴様は必ずコロス。絶対に、闇の生け贄にする。ターンエンド』

-------------------------------------------------
 シン:7000LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   神獣王バルバロス(攻撃:3000)
   スキルドレイン(永続罠)

 手札3枚
-------------------------------------------------
 大助:4900LP

 場:裏守備モンスター

 手札4枚
-------------------------------------------------

 ターンが移り、俺はデッキからカードを引いた。(手札4→5枚)
「………」
 大口を叩いてみたのはいいが、状況は最悪だ。六武衆に相手のモンスターを超えるカードはない。手札もあまり良くない。
 とりあえず、このカードで考える時間を稼ぐか。
「"増援"を発動する」


 増援
 【通常魔法】
 自分のデッキからレベル4以下の戦士族モンスター1体を手札に加える。


 本来このカードは戦士族を手札に加えるために使うカード。
 だがそれとは別に、デッキを見ることに、俺の目的はあった。
 デッキを取り出して、残っているカードでなんとか手だてを考える。手札に状況を覆せるカードはない。だったらこのデッキに眠るカードを引くのに頼るしかないだろう。
「…………!」
 一枚一枚、見つめる中、目に入ったのは2枚のカード。
 そのうちの1枚は香奈に勧められていれたカードだ。「もしものときに使えるじゃない」とか言って半ば無理矢理投入されたカードなんだが……。
 まさか、その「もしものとき」が来るとは思わなかった。あいつの性格じゃなかったら、このカードは入らなかったと思う。そのカードは、ある一定の条件下でしか発動できないからだ。引いてすぐに使えるカードじゃないし、手札事故の原因にもなりかねない。だが今の状況下なら、これを引けば逆転も見えてくる。
 もちろん入っているからといって、デッキから引けなければ同じだ。
 こういうとき、本当にあいつの強運が羨ましくなる。
 今だけでいいから、少し運を分けて欲しいぐらいだ。菓子パンとジュース2本ぐらいあげれば、案外分けてくれるかも知れないな。今度真面目にやってみるか。
 今度があったらな……。
「ふぅ……」
 大きく息を吐き、呼吸を整える。
 この状況を打ち破る方法は、これしかない。
「俺はこの効果で"六武衆−ヤイチ"を手札に加える」
『このとき、手札から"パペット・キング"を特殊召喚だ』
「……!」
 対する相手も、本気になったのか強力なモンスターを召喚する。
 現れたのは、冠をかぶった高貴なる王。


 パペット・キング 地属性/星7/攻2800/守2600
 【戦士族・効果】
 相手がドロー以外の方法でデッキからモンスターカードを手札に加えた時、
 手札からこのカードを特殊召喚する事ができる。
 この方法で特殊召喚した場合、次の自分ターンのエンドフェイズ時にこのカードを破壊する。


 かなり特殊な召喚の仕方だが、なぜか驚かなかった。高攻撃力のモンスターばかりを見て、感覚が鈍ったのかも知れない。攻撃力2800の大型モンスター。言うまでもなく、六武衆にそれを超えるカードはない。
 なんとか、持ちこたえないといけないな。
「モンスターをセットして、カードを2枚伏せてターンエンド」



『俺のターン!!』
 シンは乱暴にカードを引いた。
 それを確認もせずに、自身のモンスター達の命令する。
『バトルだ!』

 ――トルネード・シェイパー!――
 ――マジェスティックチェッカー!――

 獅子の王が持った槍と、冠を被った王から放たれた光線が俺のモンスター達を打ち砕いた。

 六武衆−カモン→破壊
 六武衆−ヤイチ→破壊


 六武衆−カモン 炎属性/星3/攻1500/守1000
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−カモン」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 1ターンに1度だけ表側表示で存在する魔法または罠カード1枚を破壊することが出来る。
 この効果を使用したターンこのモンスターは攻撃宣言をする事ができない。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


 六武衆−ヤイチ 水属性/星3/攻1300/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ヤイチ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 1ターンに1度だけセットされた魔法または罠カードを一枚破壊することが出来る。
 この効果を使用したターンこのモンスターは攻撃宣言をする事ができない。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


 カモンにヤイチ。活躍をさせてやれないでごめんな。 
『どうした。やはりどうしようもないか?』
「………………」
『図星のようだな。ターンエンド』

-------------------------------------------------
 シン:7000LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   神獣王バルバロス(攻撃:3000)
   パペット・キング(攻撃:2800)
   スキルドレイン(永続罠)

 手札2枚
-------------------------------------------------
 大助:4900LP

 場:伏せカード2枚

 手札2枚
-------------------------------------------------

「俺のターン! ドロー!」(手札2→3枚)
 引いたカードを確認し、すぐさま伏せカードを発動させる。


 諸刃の活人剣術 
 【通常罠】
 自分の墓地から「六武衆」と名のついたモンスター2体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
 このターンのエンドフェイズ時にこの効果によって特殊召喚したモンスターを破壊し、
 自分はその攻撃力の合計分のダメージを受ける。


「この効果で、六武衆を2体特殊召喚する! 特殊召喚するのは、さっき破壊されたヤイチとカモンだ!」
 俺の目の前に、弓矢を持った武士と爆弾を持った武士がそれぞれ現れた。
『どういうことだ? わざわざ自分からライフを削るつもりか?』
 尋ねるシンに、伏せカードを発動させて答える。
「こういうことさ!」


 六武ノ書
 【速攻魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する「六武衆」と名のついたモンスター2体をリリースして
 発動する。自分のデッキから「大将軍 紫炎」1体を自分フィールド上に特殊召喚する。


 2体の武士が光の中に飲み込まれる。
 その光の中から、全てを燃やし尽くすような業火が燃え上がる。
 その炎の力を身に宿し、全ての武士をまとめ上げる将軍が姿を現した。


 大将軍 紫炎 炎属性/星7/攻撃力2500/守備力2400
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが2体以上表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 相手プレイヤーは1ターンに1度しか魔法・罠カードの発動ができない。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名のついたモンスターを破壊する事ができる。


「これで"諸刃の活人剣術"での効果ダメージは発生しない」
『なるほどな、だが自滅するつもりか?』
 シンが不思議そうな顔で見つめる中、俺は静かに手札のカードに手を掛ける。
「チューナーモンスター、"先祖達の魂"を召喚する!」
 大将軍の隣に現れたのは歴代の武士達の魂だった。
 それらの暖かな光が、闇のフィールドをわずかに照らす。


 先祖達の魂 光属性/星3/攻0/守0
 【天使族・チューナー】
 このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時に自分フィールド上と手札に他のカードが無い
 場合、自分の墓地から「大将軍紫炎」1体を表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
 ただし、この効果で特殊召喚したカードの効果は無効となり、攻撃力・守備力は0になる。


『白夜のカードか……』
「いくぞ! レベル7の"大将軍 紫炎"にレベル3の"先祖達の魂"をチューニング!!」
 淡い光達が強く輝き、深紅の鎧を着た将軍の体を包み込む。
「シンクロ召喚! "大将軍 天龍"!!」


 大将軍 天龍 炎属性/星10/攻3000/守3000
 【戦士族・シンクロ/効果】
 「先祖達の魂」+「大将軍 紫炎」
 1ターンに1度だけ、デッキ、手札または墓地から「六武衆」と名のついたモンスターカード1種類
 すべてをゲームから除外することができる。この効果で除外したモンスターの属性、攻撃力、守備力、
 効果を、相手ターンのエンドフェイズ時までこのカードに加える。
 この効果で得た効果は、他に「六武衆」と名のついたモンスターが存在しなくても発動できる。


 現れた紅蓮の将軍は、自分が戦うべき相手を見つめ、闘志のこめて刀を構えた。
「さらに"連合軍"を発動!」


 連合軍
 【永続魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する戦士族・魔法使い族モンスター1体につき、
 自分フィールド上の全ての戦士族モンスターの攻撃力は200ポイントアップする。


 将軍の体にわずかな力が加わる。
 それは仲間の武士の思い。
 それを乗せて、将軍の力は強まった。

 大将軍 天龍:攻撃力3000→3200

「さらに天龍の効果コストで、デッキから"六武衆−イロウ"を除外する!」


 六武衆−イロウ 闇属性/星4/攻1700/守1200
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−イロウ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 裏側守備表示のモンスターを攻撃した場合、ダメージ計算を行わず裏側守備表示のままそのモンスター
 を破壊する。このカードが破壊される場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いた
 モンスターを破壊することが出来る。


 デッキから3枚のカードが抜かれる。本当ならイロウの力が天龍に宿るのだが、今の状況ではそれができない。
 抜かれたカードをポケットに加えながら、心の中でイロウに謝った。
「バトル! 天龍でバルバロスに攻撃!」

 ――奥義 紅蓮斬!――

 膨大な炎が込められた刀が、獅子の体を切り裂いた。

 神獣王バルバロス→破壊
 シン:7000→6800LP

『ちっ……』
「ターンエンド」
 
-------------------------------------------------
 シン:6800LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)  
   パペット・キング(攻撃:2800)
   スキルドレイン(永続罠)

 手札2枚
-------------------------------------------------
 大助:4900LP

 場:大将軍 天龍(攻撃:3200)
   連合軍(永続魔法)

 手札1枚
-------------------------------------------------

『俺のターン………"パペット・キング"を守備にしてターンエンド』
 思わぬ高攻撃力の登場に動揺したのか、シンは何もせずにターンを終えた。
 これなら天龍の召喚に、かなりのカードを消費した甲斐があったものだ。



「俺のターン! "六武衆−ニサシ"を召喚し、さらに天龍の効果コストで、デッキから"六武衆−ヤリザ"を除外する!」
 

 六武衆−ニサシ 風属性/星4/攻1400/守700
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ニサシ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


 六武衆−ヤリザ 地属性/星3/攻1000/守500
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ヤリザ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。
 

 新たな武士が召喚されたことにより、その武士と将軍の力が更に上がる。

 大将軍 天龍:攻撃力3200→3400
 六武衆−ニサシ:攻撃力1400→1800

『効果が無効になるのに、何をしている』
「バトルだ!」
 無視して、攻撃に入る。
 大将軍の炎の刃が相手モンスターを切り裂いた。

 パペット・キング→破壊
 
『……………』
「まだだ! ニサシで攻撃!」

 ――四の型 疾風!――
 
 風のように速い刀が、相手の体をとらえる。

 シン:6800→5000LP
 
『くっ!』
「ターンエンド!」
 やっと相手のモンスター軍を倒すことが出来た。それに俺の場には2体のモンスターがいる。
 これなら、いけるかもしれない。
『……ふっ』
 そう思ったのも束の間、カードを引いたシンが不気味な笑みを浮かべた。
『貴様が何をしようと全て無駄に終わる!』
 シンの墓地から2体のモンスターの魂が混じり合う。 

 ――"獣神機王バルバロスUr"を特殊召喚!――

 現れたのは、獅子の王を超えた、究極のモンスターだった。


 獣神機王バルバロスUr 地属性/星8/攻3800/守1200
 【獣戦士族・効果】
 このカードは、自分の手札・フィールド・墓地から獣戦士族モンスター1体と機械族モンスター1体
 をゲームから除外し、 手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが戦闘を行う場合、相手プレイヤーが受ける戦闘ダメージは0になる。
 

「攻撃力3800だと!?」
『その通りだ。神の名を持つこのモンスターで、おまえの白夜のカードは消え失せる!』
「……!」
『さらに手札から、2枚目の"神獣王バルバロス"を召喚!』
 シンのフィールドに再び現れる獅子の王。最上級のモンスター2体が並ぶ姿は、見る者全てを圧倒するかのような存在感がある。
『バトルだ! "バルバロスUr"で"大将軍 天龍"を攻撃!』

 ――閃光烈破弾!――

 その手にもったエネルギー砲から、高密度のエネルギーが放たれる。
 その一瞬の光線は、紅蓮の将軍の胸を貫いた。

 大将軍 天龍→破壊
 大助:4900→4500LP
 六武衆−ニサシ:攻撃力1800→1600

「くそっ……!」
『さらにバルバロスでニサシを攻撃!』

 ――トルネード・シェイパー!――

 続けて突進してきた獅子の槍が、二刀流の武士の体を貫いた。

 六武衆−ニサシ→破壊
 大助:4500→3100LP

「くっ……」
『貴様がどんなに手を尽くそうと、この攻撃力を超えられはしない! ターンエンド!』

-------------------------------------------------
 シン:5000LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)  
   獣神機王バルバロスUr(攻撃:3800)
   神獣王バルバロス(攻撃:3000)
   スキルドレイン(永続罠)       

 手札2枚
-------------------------------------------------
 大助:3100LP

 場:連合軍(永続魔法)

 手札1枚
-------------------------------------------------

「俺のターン!」(手札1→2枚)
 
 引いたカードを、すぐに発動させる。
 空から光の刃が降り注ぎ、シンの場の全てのモンスターを囲んで身動きをとれなくした。


 光の護封剣
 【通常魔法】
 相手フィールド上に存在するモンスターを全て表側表示にする。
 このカードは発動後、相手のターンで数えて3ターンの間フィールド上に残り続ける。
 このカードがフィールド上に存在する限り、
 相手フィールド上に存在するモンスターは攻撃宣言をする事ができない。


「ターン……エンド……」
 3ターンだけもつ鉄壁の盾。
 今できることは、これしかなかった。


『……ずいぶんな苦肉の策だな。あと3ターンということだな、お前の命が……』
 シンの不気味な目がこっちへ向く。
 たしかに苦肉の策だった。だが俺はまだ、希望は捨てた訳じゃない。
 あのカードを引ける可能性がある限り、諦めるわけにはいかない。
『手札から、2体目の"ゴブリン突撃部隊"を召喚し、カードを1枚伏せてターンエンド』
 再び現れる狂気に満ちた怪物の大群。その動きは光の刃によって封じられてはいるが、それもあと少しの話。降り注いでいる光の刃が消えたとき、自分がどうなってしまうかなんて、考えたくもなかった。

 光の護封剣:残り2ターン

「俺の……ターン」
 頼む。来てくれ!
「ドロー!!」(手札1→2枚)

 来た!
 これがあればいける!

「カードを2枚伏せて、ターンエンド!」
 この2枚で、この状況を一気に覆してみせる!! 


『俺のターン、ドロー……ほう、これは面白いカードだな』
「……?」
『俺の気持ちを味わってみるか?』
 シンがカードをかざした。
 とたんに空から、光の刃が目の前に降り注ぐ。
 発動されたのは俺の場にあるものと全く同じカードだった。
「――"光の護封剣"か!?」
『そうだ。これでおまえも3ターンの間、攻撃できない。もっともこのターンが終われば先に発動された俺はあと1ターンで攻撃できるがな』
「くっ……」
『絶望しか見えないな……さらに伏せカードを発動。"巨万の富"』
「デッキワンカード……!!」


 巨万の富
 【永続罠・デッキワン】
 攻撃力2000以上のモンスターが15体以上入っているデッキにのみ入れることが出来る。
 自分の場にいる最も攻撃力の高いモンスターを選択する。
 自分のターンのエンドフェイズ時に、選択したモンスターの攻撃力分のライフポイントを回復する。
 選択したモンスターがフィールドを離れたとき、このカードを破壊する。
 このカードが破壊されたとき、このカードを手札に戻す。


「ライフ回復まで……」
『これで俺は"獣神機王バルバロスUr"を選択する……ターンエンド』
 その宣言と共に、シンの体が温かい光に包まれてその傷を癒していった。

 シン:5000→8800LP
 大助の"光の護封剣":残り1ターン。

『貴様の抵抗も無駄に終わるな』
「くっ……俺のターン!」
 計算が違った。"光の護封剣"が発動されているこの状況じゃ、勝つためのカードが1枚足りない。
 くそ、せっかく目的の2枚を引けたのに……もう1枚も手札に入れなければいけなくなってしまった。
 あと1枚、デッキから引かないと自分の負けは決定する。
「ドロー!」(手札1→2枚)
 くっ………違う。
「ターンエンド……」

 シンの"光の護封剣":残り2ターン


『俺のターン……これで最後だな。ターンエンド』
 その宣言と共に、シンの場に降り注いでいた光の刃が消え去った。
 拘束から解放された喜びからか、全てのモンスターが咆吼をあげる。

 シン:8800→12600LP 
 大助の"光の護封剣"→破壊

-------------------------------------------------
 シン:12600LP

 場:闇の世界(フィールド魔法) 
   獣神機王バルバロスUr(攻撃:3800)
   神獣王バルバロス(攻撃:3000)
   ゴブリン突撃部隊(攻撃:2300)
   巨万の富(永続罠)
   光の護封剣(永続魔法/あと2ターン)
   スキルドレイン(永続罠)        

 手札2枚
-------------------------------------------------
 大助:3100LP

 場:連合軍(永続魔法)
   伏せカード2枚

 手札1枚
-------------------------------------------------

「俺の……ターン……」
 拳を握りしめ、デッキを見つめる。
 ライフ差は約4倍。
 モンスター効果を封じられて、相手の場には高攻撃力のモンスターが3体。しかもこっちからの攻撃は封じられている。
 どう考えても、状況は最悪だ。
 逆転するには、このターンで”あのカード”を引かなければいけない。引けなければ、俺の負けだ。
「………」
 こんなとき、もし香奈だったらどうするだろう。
 いや、考えるだけ無駄だ。あいつの強運なら何でも引けてしまう。
 デッキは出来るだけ圧縮したし、出来るだけドローの数も多くした。
 やれるだけのことはやった。あとは、ただ信じればいい。
 そうすれば……きっと……。
『どうした。さっさと引け』
「……ああ」
 カードに、手を掛ける。
 
 そして俺はゆっくりと、デッキからカードを引いた。














『どうした? 笑ったりして……』
「……俺の勝ちだ!!」
『なんだと?』
 絶望的状況の中で、舞い込んてきたカード。
 逆転への道筋が見えた今、俺は躊躇なく伏せカードを発動させた。
「"究極背水の陣"を発動!!」


 究極・背水の陣
 【通常罠】
 自分のライフポイントが100ポイントになるようにライフポイントを払って発動する。自分の墓地に
 存在する「六武衆」と名のついたモンスターを自分フィールド上に可能な限り特殊召喚する(同名カード
 は1枚まで)。ただし、フィールド上に存在する同名カードは特殊召喚できない。

 大助:3100→100LP

 ライフポイントが大きく減少すると共に、地面に巨大な召喚陣が描かれる。その中にある円すべてが、俺の闘志に反応するかのように光り輝く。
「現れろ! 六武衆−ヤイチ、カモン、ザンジ、ニサシ、御霊代!!」
 俺の言葉に反応して、その円から出てきたのは――。

 水の力を宿した武士。
 炎を扱う武士。
 光の力を宿した武士。
 風の力を宿した武士。
 地より現れし魂の鎧。

 最後の攻撃を仕掛けるべく、5人の武士達が一斉に姿を現した。
 また、武士達が現れたことで、全員の力が跳ね上がる。

 六武衆−ヤイチ:攻撃力1300→2300
 六武衆−カモン:攻撃力1500→2500
 六武衆−ザンジ:攻撃力1800→2800
 六武衆−ニサシ:攻撃力1400→2400
 六武衆の御霊代:攻撃力500→1500

『自らライフポイントを100にして、どうするつもりだ? 諦めたのか?』
 シンは余裕に満ちた表情で言った。
 どうも俺はピンチになると、相手に見下されてしまうらしい。
 だが決してあきらめたわけじゃない。"究極・背水の陣"は、逆転への布石だ。そして俺の場には、この状況を完全に覆すカード達が揃った。
 あとは――。

「おまえ、孤独なら強いって言ってたよな?」
『…………』
「孤独なら傷つかないし、裏切られることもない。でも俺は、それが強さになるとは思わない!」
 勢いよく叫ぶ。
「六武衆は仲間がいないとその力を発揮することはない。仲間がいるから、本当の能力を使うことが出来る!」
『それがどうした。その能力を無効にされている以上、そんなことは無駄に――』
「無駄じゃない。この五人が集まったことで、発動できるカードがある! まずは手札から、"ハリケーン"を発動する!」
 そう言ってカードを勢いよく叩きつける。
 あたりから強烈な風が巻き起こり、全てのカードを巻き込もうと吹き荒れる。


 ハリケーン
 【通常魔法】
 フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て持ち主の手札に戻す。


『そんなことして、なにが――』
「"ハリケーン"にチェーンして発動!!」
 勝利を確信し、俺は最後の伏せカードを開いた。












 風林火山
 【通常罠】
 風・水・炎・地属性モンスターが全てフィールド上に表側表示で存在する時に発動する事ができる。
 次の効果から1つを選択して適用する。
 ●相手フィールド上モンスターを全て破壊する。
 ●相手フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。
 ●相手の手札を2枚ランダムに捨てる。
 ●カードを2枚ドローする。


『これ……は!?』
「場には、風・水・炎・地属性のモンスターが揃っている!! 俺が選択するのは、第1の効果! 相手の場にいるモンスターすべてを破壊する!!」
 場にいる4人の武士の体から、それぞれが宿す力が開放される。
 それらは一つに交わり、全てを焼き尽くす巨大な炎となった。
 辺りを舞う強力な風と同化して、フィールドを支配した業火の風はシンの場を焼き尽くし、吹き飛ばした。

 光の護封剣→手札
 スキルドレイン→手札  
 獣神機王バルバロスUr→破壊
 神獣王バルバロス→破壊
 ゴブリン突撃部隊→破壊
 巨万の富→手札
 連合軍→手札

 六武衆−ヤイチ:攻撃力2300→1300
 六武衆−カモン:攻撃力2500→1500
 六武衆−ザンジ:攻撃力2800→1800
 六武衆−ニサシ:攻撃力2400→1400
 六武衆の御霊白:攻撃力1500→500

『そんな……あり得ない……』
 空っぽになった自身の場を見つめ、シンは今起こったことが信じられないようで、顔が真っ青になっていった。
 俺はその様子を見ながら、手札に戻った"連合軍"を再び発動する。


 連合軍
 【永続魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する戦士族・魔法使い族モンスター1体につき、
 自分フィールド上の全ての戦士族モンスターの攻撃力は200ポイントアップする。

 六武衆−ヤイチ:攻撃力1300→2300
 六武衆−カモン:攻撃力1500→2500
 六武衆−ザンジ:攻撃力1800→2800
 六武衆−ニサシ:攻撃力1400→2400
 六武衆の御霊白:攻撃力500→1500

「"スキルドレイン"がなくなったことで、六武衆の効果が復活する! バトルだ!」
 その宣言と共に武士達の攻撃が、シンに向かう。

 ――連殺六武陣!!――

 すべての刃が、シンを切り裂いた。
『ぐわああああああああああああああああ!』

 シン:12600→10300→7800→5000→2600→200→0LP




 決闘は、終了した。




『この俺が……負けた……』
 膝をついたシンの体が、光に包まれてゆっくりと消えていく。
「さぁ、ここから出してくれ」
『ふっ……心配しなくても、俺が消えれば、元に戻る……』
「そうか」
『俺に勝ったからって……いい気になるな……ボスは………俺よりはるかに……』
 言い終わる前に、シンはこの場から消えてしまった。
 同時に、辺りの空間に亀裂が入る。
 そして異次元の空間は、崩壊した。











 目を開けると、そこはゴール前だった。
 ダメージを受けた体を引きづりながら、ゆっくりとゴールに入る。

 ピンポーンパンポーン……。

 アナウンスが、流れた。
『始まって55分! エントリーナンバー21の中岸大助選手が、ゴールしました!』
 相変わらず、テンションが高いな。
『よって、準優勝は中岸大助選手でーす!!!』
 遠くから歓声が聞こえた。
 隣にはいつの間にか香奈がいて、こちらに笑みを向けている。
 よかった。香奈も無事だったのか。
「やったわね大助♪」
 満面の笑みで迎えてくれる香奈に、俺も安堵の息を吐きながら笑顔でうなずく。
 会場から届く歓声を聞きながら、空を見上げた。

 晴れ晴れとした、いい天気だった。




episode9――伊月と薫のデッキ――
 



「帰ってきたか……大助も………」
 パソコンの画面上に表示される白夜の力の反応。
 回復した大助と香奈の通信機。
 観客の声援などの情報から2人の無事を確認し、佐助は静かに安堵の息を吐いていた。
『よかったね』
 パソコンの中からコロンが姿を現す。その顔には若干の疲れが見えた。
「おまえも疲れただろう?」
『うん。まぁそれなりにね』
「参加者には一体何をしたんだ?」
 佐助が尋ねると、コロンはイタズラな笑みを浮かべて机の角に座った。
『みんなにね、ちょっとした夢を見せたんだ』
「夢……? 眠らせたのか?」
『ううん、ほら、なんていったけ…………?』
「…………」
『げ……げ………げん………』
 必死に言葉を思い出そうと、コロンが頭をひねる。
 佐助は情報を整理して、先に言ってやった。
「……幻覚か?」
『そうそう、それだよ』
 白夜のカードはこんな事も出来るのか…………。
 いったいこいつは、どこまでの能力を持っているんだろうか
 佐助は少しだけ、恐くなった。
「どんな幻覚だ?」
『うーん……ちょっと簡単なやつだよ。多分、全部の道に蛇とか蜘蛛とかが大量にいるように見えたんじゃないかな』
 迷路の中で、全ての道を埋め尽くすかのように存在する無数の蛇と蜘蛛を想像してみる。
 考えるだけでゾッとした。
「なかなか酷いな」
『そうかな? 道が塞がっているわけじゃないから、通ろうと思えば通れるんだけど………』
「通れるのはよっぽどのアホかそれぐらいだな」
『そうなの?』
「ダークには……効くわけないか」
『馬鹿にしてるの?』
 コロンの頬が膨れあがる。
 別に馬鹿にした訳じゃなかったのだが、どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。あとで何かお菓子でも買って機嫌をとってやらないといけなくなってしまった。
「馬鹿にはしてない」
『だって……みんなに夢を見せなくちゃいけなかったから、そんな一人に集中してる暇がなかったんだよぉ』
「分かった分かった」
『あ、馬鹿にしてる?』
「別に………」
 そう言って佐助はパソコンを再び操作し始めた。
 コロンの力は一般の人間には効くが、ダークの連中には効かない。光と闇の力は常に対等。それゆえにコロンはダークを倒すことが出来ない。本当なら自分が決闘をして倒せばいいのだが、あいにく自分には決闘ができない。
『なんか疲れちゃった……』
 コロンがあくびを上げる。
 さすがに迷宮全体に幻覚を掛けるのはきつかったのかもしれない。
「休んでいいぞ。後始末はやっておく」
『うん……分かった……』
 ポンッという音がして、コロンがカードに戻った。
 佐助はそれを手に取り、腰に付けたカードホルダーに入れた。

 ――よくやってくれたな――

 眠るコロンに、心の中で礼を言った。
「さて、あとは……伊月と薫か……」
 佐助はそう呟いて、再び画面に向き直った。




---------------------------------------------------------------------------------------------------




「さて、こんなものですかね?」
 迷宮の中で伊月は問いかけた。その数メートル後ろには薫の姿がある。
 お互いに背を向けて、互いの後ろを任せている。
「うん、いいんじゃないかな?」
 薫は笑みを向けて答える。
 目の前にはダークの二人が、こちらに敵意を向けて漆黒のデュエルディスクを構えていた。
『てめぇ……俺達とやろうってからには、覚悟は出来てんだろうな?』
 男が伊月の前に立つ。
 伊月の顔が一瞬だけ険しくなった。
「何の覚悟でしょうか?」
『やられる覚悟に決まってんだろ』
「おやおや、かませ犬の台詞ですね」
 伊月はその爽やかな笑みを浮かべて、デュエルディスクを構える。
「では、始めましょうか」
『上等だぜ……!』





『「決闘!!」』





 伊月の決闘が始まった。
 デュエルディスクの青いランプが点灯する。先攻は向こうからのようだ。

『俺のターン!』
 ダークの一人、ヤマトはカードを引く。
 最高の引きだった。これなら、数ターンもかからないうちに始末することが出来る。
『まず、手札からフィールド魔法を発動だ!』
 ヤマトの手札から漆黒の闇があふれ出す。
 それらは辺りの空間を包み込み、別の空間へと変化させる。
 これこそがダークである証。これこそが全てを滅ぼす力の源だ。


 闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 ライフを半分支払い、カード名を一つ宣言する。
 そのカードはフィールド場にある限り、以下の効果が付加される。
 ●「このカードを対象にする相手の魔法・罠・モンスターの効果を無効にする。」
 また、宣言したカードがモンスターカードだった場合、以下の効果も付加する。 
 ●「攻撃力は1000ポイントダウンする。」
 この効果は、デュエル中に1度しか発動できない。


「おやおや、早速来ましたか」
『手札から"光の護封剣"を発動するぜ!』
 上空から光の刃が降り注ぐ。
 それらは何もない伊月の場を覆い、行動を封じるかのように立ちふさがった。


 光の護封剣
 【通常魔法】
 相手フィールド上に存在するモンスターを全て表側表示にする。
 このカードは発動後、相手のターンで数えて3ターンの間フィールド上に残り続ける。
 このカードがフィールド上に存在する限り、
 相手フィールド上に存在するモンスターは攻撃宣言をする事ができない。


「いったい、何をするつもりですか?」
 伊月は疑問に思い、尋ねる。
 "光の護封剣"は本来、相手モンスターの攻撃を防ぐ時に使う物。相手の場にモンスターがいないのに使う必要はない。少なくとも、最初のターンから発動する理由はない。
『さらに手札から"禁止令"を2枚発動する! 宣言するのは"大嵐"と"ハリケーン"だ!』


 禁止令
 【永続魔法】
 カード名を1つ宣言して発動する。
 このカードがフィールド上に存在する限り、宣言されたカードをプレイする事はできない。
 このカードの効果が適用される前からフィールド上に存在するカードには
 このカードの効果は適用されない。


 大嵐
 【通常魔法】
 フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て破壊する。


 ハリケーン
 【通常魔法】
 フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て持ち主の手札に戻す。


 場に現れた看板の表面に、文字が描かれる。
 「大嵐発動不可!」
 「ハリケーン発動不可!」
 そう書かれていた。

「解せませんね。こんなことをして、一体――」
『手札から魔法カード"戦略家の切り札"を発動するぜ!』
 伊月の言葉を無視して、ヤマトは次々とカードを発動していく。


 戦略家の切り札
 【通常魔法】
 相手プレイヤーは発動プレイヤーの手札を一枚選択する。
 選択されたプレイヤーはお互いにそのカードを確認し、デッキから同名カードを手札に加える事ができる。
 このターン、自分は通常召喚、反転召喚、特殊召喚ができない。


「なるほど、自分の欲しいカードを手札に加えるためにしていたことでしたか……」
『わかってんじゃねぇか。見ての通り俺の手札は1枚だ』
 ヤマトはカードを伊月に見せる。
 巨大な砲台が描かれているカードだった。


 波動キャノン
 【永続魔法】
 フィールド上のこのカードを自分のメインフェイズに墓地へ送る。
 このカードが発動後に経過した自分のスタンバイフェイズの数×1000ポイントダメージを
 相手ライフに与える。



『この効果で俺はデッキにあるもう二枚の"波動キャノン"を手札に加える!』
 ヤマトは笑みを浮かべデッキから同じカードを手札に加えた。
「……そのまま発動というところでしょうか」
『はーはっははっは!! そんな訳ねーだろぉーがぁー!!』
「?」
 ヤマトが、一気に三枚の手札を墓地へ送った。
 三つの砲台が重なり合い、一つの巨大な大砲に進化する。
「見さらせぇ!! これが真の"波動キャノン"だ!!」


 究極・波動キャノン
 【永続魔法】
 かのカードは手札から発動できない。
 手札にある「波動キャノン」を3枚墓地に送ることでのみ、デッキから発動できる。
 フィールド上のこのカードを自分のメインフェイズに墓地へ送る。
 このカードが発動後に経過した自分のスタンバイフェイズの数×4000ポイントダメージを
 相手ライフに与える。



「おやおや、とんでもない壊れカードですね」
 その効果は、相手のスタンバイフェイズが来るたびにエネルギーを貯めて、好きなタイミングでそれを相手に放つ物。
 決闘の始まりのライフポイントは8000。
 つまり、あの砲台が伊月のライフポイントを奪うまで、あと4ターン。その間に相手へ攻撃しようにも、光の刃によっ
てそれは封じられている。
 あの砲台を場から取り除こうとも、"禁止令"によって全体除去は禁止され、単体除去はおそらく――。

『俺はライフを半分払って"闇の世界"の効果を発動する!』

 ヤマト:8000→4000LP

 周囲の闇から黒い物が吹き出して、砲台に覆い被さる。
 "闇の世界"の効果はモンスターだけじゃなく、魔法・罠カードにも適用できる。
 これによって、"究極・波動キャノン"への単体除去は封じられてしまった。
「おやおや、すごいですね」
『これで、お前に打つ手はないぜ! ターンエンド!』

-------------------------------------------------
 ヤマト:4000LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   究極・波動キャノン(永続魔法/耐性付加)
   光の護封剣(通常魔法:あと3ターン)
   禁止令×2(永続魔法:"大嵐"と"ハリケーン"を宣言)    

 手札0枚
-------------------------------------------------
 伊月:8000LP

 場:なし

 手札5枚
-------------------------------------------------

「では、僕のターンですね」
 伊月はその笑みを絶やさずに、カードを引く。
『何がおかしいんだよ』
「いえいえ、もし気に障ったのでしたら、謝りますが?」
『………続けろ』
「では、お言葉に甘えて」
 伊月は1枚のカードを選び出して、召喚した。
 場に現れたのは、黒い翼を持った天使。


 堕天使ナース−レフィキュル 闇属性/星4/攻1400/守600
 【天使族・効果】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手のライフポイントが回復する効果は、
 相手のライフポイントにダメージを与える効果になる。


『何だよ……その……モンスターは……』
「おや、ご存じないですか? ではこれなら分かるでしょう」
 そう言って伊月は、もう1枚のカードを発動した。


 成金ゴブリン
 【通常魔法】
 デッキからカードを1枚ドローする。
 相手は1000ライフポイント回復する。


 伊月はその効果で、カードを1枚ドローした。(手札4→5枚)
 代わりにヤマトのライフも、1000ポイント回復する――

 ――はずだった。

『がぁ……!?』

 ヤマト:4000→3000LP

 減少したライフ。さっきまで、優しい光が自分を包み込もうと向かってきていた。それがあの天使のようなモンスターを通過した途端、赤い光となって自分を襲ったのだ。
『ど、どうなってる!?』
「レフィキュルの効果です。彼女が場にいる限り、回復の効果はダメージ効果に変わります。ですから今、あなたが本来回復するはずだった1000ポイントの数値が1000ポイントのダメージに変わってしまったんですよ」
『な……に……?』
 ヤマトは戸惑っていた。
 完璧な体勢を整えていたのに、こうも簡単にダメージを受けてしまったことに。
 そして、黒い翼を持った天使の変則的な効果に。
「では、僕はカードを伏せて、ターン終了です」

 伊月のターンが終わる。

-------------------------------------------------
 ヤマト:3000LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   究極・波動キャノン(永続魔法/耐性付加)
   光の護封剣(通常魔法:あと2ターン)
   禁止令×2(永続魔法:"大嵐"と"ハリケーン"を宣言)    

 手札0枚
-------------------------------------------------
 伊月:8000LP

 場:堕天使ナース―レフィキュル(攻撃:1400)
   伏せカード1枚

 手札4枚
-------------------------------------------------

『俺のターン、ドロー!』(手札0→1枚)
 思わぬダメージにヤマトは動揺する。
 カードを引く手が、わずかに震えていた。
 だが、自分のライフポイントはまだ3000もある。それにこれから"究極・波動キャノン"にエネルギーが貯まる頃合いだった。
『この瞬間――』
「罠発動です」
 ヤマトの言葉を遮るかのように、発動された伊月のカード。
 それは勝負を決める、究極の回復カードだった。


 ギフトカード
 【通常罠】
 相手は3000ライフポイント回復する。


「レフィキュルの効果で、3000ポイントのダメージを受けて頂きましょう」
『そんな……ばかな!』
 目を見開いたヤマトの真上に、巨大な箱が現れる。外見は、クリスマスによく見るかわいくて綺麗な箱だった。
 だがその中身は、自分を貫かんとする無数の光の矢が入っていた。
「これで終わりです」
 最後に、伊月の言葉が聞こえた。
 同時に光の矢が、ヤマトに降り注いだ。

 ヤマト:3000→0LP


 たった3ターン。
 1つ目の決闘は終了した。










『て、てめぇ……』
「おや、なんでしょうか?」
 伊月は爽やかな笑みを向けて答える。
『ずいぶん、嫌なデッキ使うじゃねぇか……』
「おや? あなたほどではないですよ。まさか"波動キャノン"を軸にしたロック系のデッキだとは………まぁ、僕の方も引きが良かったので助かりました」
『くっ……』
 伊月は爽やかな笑みを浮かべて、いつもと変わらぬ口調で答える。
 それはヤマトのカンに障ったが、消えかけた体ではどうすることもできなかった。
「一つ、質問いいですか?」
『うるせぇ……よ……くそ…や……ろ……』

 悪態をつく暇もなく、ヤマトは消えてしまった。




------------------------------------------------------------------------------------





「終わったみたいだね………」
 後ろで決闘が終了したのを確認して、薫は目の前にいる少女と向き合った。
 凛とした顔立ちに長い黒髪。体の線は細く、身長は低い。多分、年齢的には高校生ぐらいだろう。
「じゃあ、私達も始めよっか」
『……いやだ』
「え?」
『お願い………もう……やめ―――』
 とたんに目の前にいる高校生ぐらいの少女から、深い闇があふれ出した。
「……?」
『さぁ……始めましょう』
 少女の雰囲気が変わる。
 デュエルディスクを構えた彼女の目は、正気を失っている目だった。
「………!」
 その様子を見て、薫は気づく。
 もしかして……この子は……。
『さぁ、早く構えなさいよ。スターさん?』
「わかった。じゃあ、始めよう……」
 薫は目を閉じて、精神を集中する。
 数秒後に開かれたその目には、たしかな闘志が宿っていた。


『「決闘!!」』


 カール:8000LP  薫:8000LP




 先攻はダークの一員、カールからだ。
『デッキからフィールド魔法を発動!』
 カールのデッキから、深い闇があふれ出す。 
 それらは辺りを支配して、二人の周りを漆黒のフィールドに変えた。


 闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 ライフを半分支払い、カード名を一つ宣言する。
 そのカードはフィールド場にある限り、以下の効果が付加される。
 ●「このカードを対象にする相手の魔法・罠・モンスターの効果を無効にする。」
 また、宣言したカードがモンスターカードだった場合、以下の効果も付加する。 
 ●「攻撃力は1000ポイントダウンする。」
 この効果は、デュエル中に1度しか発動できない。


『どう? 私達の力の象徴は?』
「やっぱりきたね。じゃあ私も……」
 そう言って薫は、デッキから一枚のカードを取り出し、発動した。


 光の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 このカードがフィールド上に存在する限り、相手は「闇」と名の付くフィールド魔法の効果を使用できない。


 薫のデッキから、暖かな優しい光があふれ出す。
 その光は闇を切り裂き、漆黒のフィールドを元の状態にまで引き戻した。
『そんな……! 白夜のカードが、フィールド魔法!?』
「そうだよ。私のカードはあなた達が使うフィールド魔法と完全に対になるものなの。だって……暗いフィールドで決闘するなんていやだからね」
『……!』
「これによって、あなた達が得意とする耐性付加は出来なくなったよ」
『くっ……!』
 闇が晴れたことにより、カールの体に変化が起こる。
 体を覆っていた闇がわずかにうすらぎ、膝をついてしまった。
「どうしたの?」
 異変に気づいた薫が呼びかけると、相手はゆっくりと立ち上がった。

『……お願い。私を――』

 言いかけたところで、再び体を覆う闇が大きくなる。
 それと同時に、カールの目の色も狂気に染まる。
 薫はそれを見て、自分の考えが間違っていないことを確信した。
『まだ私のターンよ。手札から"熟練の黒魔術師"を召喚する!』
 カールの場に現れる、一人の魔術師。
 手に持った杖を薫に向けて、同時に敵意も向けた。


 熟練の黒魔術師 闇属性/星4/攻1900/守1700
 【魔法使い族・効果】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 自分または相手が魔法カードを発動する度に、
 このカードに魔力カウンターを1つ置く(最大3つまで)。
 魔力カウンターが3つ乗っているこのカードをリリースする事で、
 自分の手札・デッキ・墓地から「ブラック・マジシャン」を1体特殊召喚する。


『更に"魔力掌握"を発動するわ!』


 魔力掌握
 【通常魔法】
 フィールド上に表側表示で存在する魔力カウンターを
 乗せる事ができるカード1枚に魔力カウンターを1つ置く。
 その後、自分のデッキから「魔力掌握」1枚を手札に加える事ができる。
 「魔力掌握」は1ターンに1枚しか発動できない。

 熟練の黒魔術師:魔力カウンター×0→1→2

 魔術師の杖に、2つの光が輝く。それと同時に、魔術師の中にある魔力が高まった。
 そしてカールの手札にも、同じカードが入る。
『続けて手札から"魔力倹約術"を発動』


 魔力倹約術 
 【永続魔法】
 魔法カードを発動するために払うライフポイントが必要なくなる。

 熟練の黒魔術師:魔力カウンター×2→3

 新たな魔法カードの発動。
 それによって魔術師の中に貯まった魔力が、最大限にまで高められる。
『私はカウンターが3つ乗った"熟練の黒魔術師"をリリースして、"ブラック・マジシャン"を特殊召喚する!』
 貯まった魔力を開放し、若い魔術師はその姿を変える。
 現れたのは、最上級と謳われる伝説の魔術師だった。


 ブラック・マジシャン 闇属性/星7/攻2500/守2100
 【魔法使い族】
 魔法使いとしては、攻撃力・守備力ともに最高クラス。


『ターンエンドよ』

-------------------------------------------------
 カール:8000LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   ブラック・マジシャン(攻撃:2500)
   魔力倹約術(永続魔法)

 手札4枚
-------------------------------------------------
 薫:8000LP

 場:光の世界(フィールド魔法)

 手札5枚
-------------------------------------------------

「私のターンだね」(手札5→6枚)
 薫はカードを引いて、相手を見つめる。
 そしてすぐに、手札一枚を選び出して、叩きつけた。


 レスキューキャット 地属性/星4/攻300/守100
 【獣族・効果】
 自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを墓地に送る事で、
 デッキからレベル3以下の獣族モンスター2体をフィールド上に特殊召喚する。
 この方法で特殊召喚されたモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。


 ヘルメットをかぶったかわいい子猫が、フィールドに姿を現した。
「早速、効果を発動するね」
 出てきたばかりの子猫が、光に包まれる。
 薫のデッキから、呼び出された2体のモンスターが姿を現した。


 X−セイバー エアベルン 地属性/星3/攻1600/守200
 【獣族・チューナー】
 このカードが直接攻撃によって相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
 相手の手札をランダムに1枚捨てる。


 デス・コアラ 闇属性/星3/攻1100/守1800
 【獣族・効果】
 リバース:相手の手札1枚につき400ポイントダメージを相手ライフに与える。


『チューナーって……まさか!』
「いくよ! 二体のモンスターをチューニング!」
 薫の宣言と共に、鋭いかぎ爪を持った獅子と、不気味な雰囲気を漂わせるコアラの体が透けていく。
 それぞれが持つ星が光を放ち、やがて無数の光の輪を通って同調していく。
「シンクロ召喚! 頼むよ! "ゴヨウ・ガーディアン"!」
 勢いよくカードを叩きつける。
 大きな光と共に、歌舞伎を思わせる派手な顔と服装をしたモンスターが現れた。


 ゴヨウ・ガーディアン 地属性/星6/攻2800/守2000
 【戦士族・シンクロ/効果】
 チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、
 そのモンスターを自分フィールド上に表側守備表示で特殊召喚する事ができる。


『"ゴヨウ・ガーディアン"ですって!?』
「バトルだよ!」

 ――ゴヨウ・ラリアット!――

 手に持った縄を、高位の魔術師に向かって投げる。
 魔術師はそれに絡め取られて、薫の場へと移動した。
「ゴヨウ・ガーディアンは破壊した相手モンスターを私の場に特殊召喚される!」
『くっ……!』

 カール:8000→7700LP
 ブラックマジシャン→特殊召喚(守備表示)

「ターンエンドだよ」
       
-------------------------------------------------
 カール:7700LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   魔力倹約術(永続魔法)

 手札4枚
-------------------------------------------------
 薫:8000LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   ゴヨウ・ガーディアン(攻撃:2800)
   ブラック・マジシャン(守備:2100)

 手札5枚
-------------------------------------------------

『私のターン!』(手札4→5枚)
 ドローしたカールは、場を見つめて考える。
 相手の場には攻撃力2800の強力モンスター。さらに自分のエースカードまで奪われている。
 この手札で出来ることは――
『手札から"黒魔術のカーテン"を発動する!』
 目の前に、巨大な黒いカーテンが現れる。
 それはゆっくりと開き、中から再び高位の魔術師が姿を現した。


 黒魔術のカーテン
 【通常魔法】
 このカードを発動する場合、そのターン他のモンスターを
 召喚・反転召喚・特殊召喚する事ができない。ライフポイント半分を払い、
 自分のデッキから「ブラック・マジシャン」を1体特殊召喚する。


『"魔力倹約術"の効果で私はライフを支払わずに済む! バトルよ! あなたの場にいる"ブラック・マジシャン"を攻撃する!』

 ――黒・魔・導(ブラック・マジック)!!――

 魔術師の杖に貯まった魔力の塊が、薫の場にいる魔術師を破壊する。
 守備表示にしていたことで、ダメージはない。

 ブラック・マジシャン→破壊

『ターンエンド!』
 カールのターンが終わった。




「私のターン!」(手札5→6枚)
 薫は相手を見つめて、考える。
 なんとかして、あの子を覆っている闇を祓うことが出来ないか。
 祓うことが出来れば、きっと……。
「手札から"ワン・フォー・ワン"を発動するよ!」


 ワン・フォー・ワン
 【通常魔法】
 手札からモンスター1体を墓地へ送って発動する。
 手札またはデッキからレベル1モンスター1体を
 自分フィールド上に特殊召喚する。

 
 手札のモンスターが墓地へ送られる。
 その代償として、薫のデッキから小さな機械の人形が現れた。
 

 チューニング・サポーター 光属性/星1/攻100/守300
 【機械族・効果】
 このカードをシンクロ召喚に使用する場合、
 このカードはレベル2モンスターとして扱う事ができる。
 このカードがシンクロモンスターのシンクロ召喚に使用され墓地へ送られた場合、
 自分はデッキからカードを1枚ドローする。


「さらに"ジャンク・シンクロン"を召喚するね」


 ジャンク・シンクロン 闇属性/星3/攻1300/守500
 【戦士族・チューナー】
 このカードが召喚に成功した時、自分の墓地に存在する
 レベル2以下のモンスター1体を表側守備表示で特殊召喚する事ができる。
 この効果で特殊召喚した効果モンスターの効果は無効化される。


「効果は使わないで、そのままシンクロ召喚!」
 再び、光の輪が二体のモンスターを包み込んでいく。
 体が光となって、重なり、同調していく。
「現れて! "A・O・J カタストル"!」


 A・O・J カタストル 闇属性/星5/攻2200/守1200
 【機械族・シンクロ/効果】
 チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 このカードが闇属性以外のモンスターと戦闘を行う場合、
 ダメージ計算を行わずそのモンスターを破壊する。


 薫の場に、四本足の機械モンスターが現れた。
「"チューニング・サポーター"の効果で1枚ドローして、バトルだよ! いっけぇ!」

 ――ゴヨウ・ラリアット!!――

『く…ぁ……!』

 ブラック・マジシャン→破壊
 カール:7700→7400LP

「"ゴヨウ・ガーディアン"の効果であなたの"ブラック・マジシャン"を私の場に特殊召喚するよ」
 派手な服装をしたモンスターから放たれた縄が、高位の魔術師の体を絡め取る。

 ブラック・マジシャン→特殊召喚(守備表示)

「さらに"A・O・J カタストル"で、攻撃!」
『ぐあ……あぁ……!』

 カール:7400→5200LP

「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

-------------------------------------------------
 カール:5200LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   魔力倹約術(永続魔法)

 手札4枚
-------------------------------------------------
 薫:8000LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   ゴヨウ・ガーディアン(攻撃:2800)
   A・O・J カタストル(攻撃:2200)
   ブラック・マジシャン(守備:2100)
   伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------

『私の……ターン』
 カールはカードを引いても動かなかった。否、動けなかった。
 薫の圧倒的な攻撃に、為す術が見つからない。自分のモンスターが奪われて、相手の場には攻撃力2800の強力モンスター。自分のエースまで奪われている。
 この手札では……どうすることも……できない。

「恐い?」

『………え……?』
 突然の薫の問いかけに、カールはまともな返事を返せなかった。
「あなた、本当は戦いたくないんだよね?」
『……!』
 カールの鼓動が、早まった。
「あなたは多分、ダークとの決闘に負けて……無理矢理ダークの仲間にされた人でしょ?」
『そんなわけないわ! 私は……!』
「だから、決闘が始まる前に、『やめて』って言おうとしたんだよね」
『うるさい! 私は世界を滅ぼすために……!』
「私はダークとは、話していないよ。少し、静かにしてて」
『………!』
 周りのフィールドから、暖かな光が溢れてくる。
 薫の思いに反応するように、闇を切り裂く白い光が、カールの闇の体を包み込んでいく。
『なんだ!? この光……!』
「私が話したいのは、ダークじゃない! だから、いなくなって!」
 輝く白い光。
 カールを包み込んだ光は、その体を覆っていた闇をかき消した。
「ね……? そうなんでしょ……?」



「………あれ……私……どうして……決闘中なのに……」
 そこには、先程まで闇を放っていた者の姿はなかった。
 いたのは正気を取り戻した少女だけ。
「白夜のカードの力だよ」
 薫が呼びかけると、少女は気づいたように顔を上げた。
 その目は、決闘が始まる前に見えた、優しい目だった。
「大丈夫?」
「………はい」
 声も濁った感じはなく、澄んだ水のように綺麗な声色だった。
「何が起こったかわかる?」
「……なんとなくですけど、わかります。私、今まで……他の人に酷いことを……」
「分かってる」
「でも……でも……私は……!」
 少女は目に涙を浮かべ、その場にしゃがみ込んでしまった。
 自分がしてきてしまったことに、責任を感じてしまっているみたいだ。
「あなたに責任はないよ。悪いのは全部――」
「でも……私…………お願い……私を――」

 ――私を消して――。

「待って!」
 薫の叫びに、少女はビクッと肩をふるわせる。
 恐る恐る顔を上げ見つめる先。
 そこには自分を見つめる優しい目があった。
「まだ決闘中だよ。あなたがどんなことをしてきたからって、ここにいる私とあなたは決闘しているの。だから決着をつけないといけない」
 まっすぐな瞳から、なぜか目をそらすことが出来なかった。
 決着を付けないといけない。
 その言葉の意味は分かった。闇の決闘は一度始まったら止めることは出来ない。どちらかの敗北が決定するまで、決して終わることはない。
 そう、どちらかが負けて、闇の生け贄になるまで。
「わかって……ます……」
 決闘はまだ続いている。
 自分がこれ以上、続ける意味もない。続ける権利なんか無い。
 だからこのまま、サレンダーしよう。
 自分から、消えよう……。
 少女の手が、ライフカウンターの上に伸びた。

「違うよ!」

「え……?」
 少女をまっすぐ見つめる薫の目に、強い力が宿る。
 このまま終わらせちゃいけない。そうしないとこの子は、自分を呪ったまま消えていくことになってしまう。悪いのは自分じゃないのに……そんなことさせちゃいけない。させたら……悲しすぎる。
 そう思って、薫は言葉を続けた。
「今しているのは、私と『あなた』の決闘なんだよ。だから!! 私と『あなた』自身で、決着を付けないといけないんだよ!!」
「……!」
 相手が言ってくれた言葉。
 その真意に、少女はようやく気づく。
 そうだ。これは久しぶりにやる、「わたし」自身の決闘だ。
 なのに、自分から負けを認めるなんて……くやしい。
「っ!」
 正気を取り戻した少女の目に、強い力が宿る。
 まだ決闘は、終わっていない。
 だったら、この決闘を最後まで、全力でやりきる。
 やりきって、自分の決闘を楽しむ。
 それが今、自分がやるべきことなんだと、少女は答えを出した。
「私の……ターンです!!」(手札4→5枚)
 少女が勢いよくカードを引く様子を見て、薫は静かに笑みを浮かべた。
「"リロード"を発動します!」


 リロード
 【速攻魔法】
 自分の手札を全てデッキに加えてシャッフルする。
 その後、デッキに加えた枚数分のカードをドローする。


 少女は手札を入れ替えて、再び戦略を練り直す。
 相手の攻撃力を、最高の戦術で迎え撃つために。
「私は2枚目の"黒魔術のカーテン"を発動します!」
 再び場に現れた、黒いカーテン。
 その中から、3体目の魔術師が、姿を現した。


 黒魔術のカーテン
 【通常魔法】
 このカードを発動する場合、そのターン他のモンスターを
 召喚・反転召喚・特殊召喚する事ができない。ライフポイント半分を払い、
 自分のデッキから「ブラック・マジシャン」を1体特殊召喚する。


 ブラック・マジシャン 闇属性/星7/攻2500/守2100
 【魔法使い族】
 魔法使いとしては、攻撃力・守備力ともに最高クラス。


「よろしくね。"ブラック・マジシャン"!」
 少女の呼びかけに、黒き魔術師は小さくうなずいた。
 その表情は、どこか嬉しそうだった。
「手札から"大魔導士の古文書"を発動します!」


 大魔導士の古文書
 【速攻魔法】
 自分フィールド上に「ブラック・マジシャン」が
 表側表示で存在する時のみ発動する事ができる。
 相手フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊する。
 相手のエンドフェイズ時に、このカードをゲームから除外して、
 デッキから同名カードを手札に加えることができる。


「お姉さんの場にある伏せカードを破壊します!」
 魔術師の杖に貯まった魔力が、薫の場に伏せられたカードを破壊した。
「……破壊されたのは"くず鉄のかかし"だよ」


 くず鉄のかかし
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
 発動後このカードは墓地に送らず、そのままセットする。


「これで攻撃は通りますね。カードを1枚伏せて、"秘術の古文書"を装備します!」


 秘術の古文書
 【装備魔法】
 魔法使い族のみ装備可能。
 装備モンスター1体の攻撃力と守備力は300ポイントアップする。
 装備モンスターは同じ攻撃力のモンスターとの戦闘では破壊されない。
 また、装備されたこのカードを墓地に送ることで、
 デッキから同名カードを手札に加えることができる。

 ブラック・マジシャン:攻撃力2500→2800 守備力2100→2400

 書を読んだ魔術師の魔力が、更に大きくなる。
 少女の闘志も、それに応じてより強くなった。
「バトルです!」

 ――黒・魔・導!!!――

 力を上げた魔術師が、派手な服装をしたモンスターへと攻撃を仕掛ける。
「迎え撃って! "ゴヨウ・ガーディアン"!!」
 魔術師の攻撃に対抗しようと、モンスターは縄を投げる。
 だが、その縄は魔術師に届く前に弾かれてしまった。よって攻撃が通ったのは魔術師の方だけ。

 ゴヨウ・ガーディアン→破壊

「……!」
「"秘術の古文書"を装備された"ブラック・マジシャン"は同じ攻撃力をもったモンスターとの戦闘では破壊されません……ターンエンドです」
「じゃあ私のタ――」
「あっ、待って下さい。エンドフェイズ時に墓地にある"大魔導士の古文書"の効果が発動します。これによってデッキから同名カードを手札に加えます」(手札0→1枚)
 これが、今することが出来た最高の戦術。伏せたカードも強力な罠カード。どんなモンスターで来ても、必ず防ぎきってみせる。
 そうすれば、少しでも勝機を見いだせるかも知れない。
 そう思いながら少女はターンを終えた。

-------------------------------------------------
 少女:5200LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   ブラック・マジシャン(攻撃:2500)
   魔力倹約術(永続魔法)
   秘術の古文書(装備魔法)

 手札1枚
-------------------------------------------------
 薫:8000LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   A・O・J カタストル(攻撃:2200)
   ブラック・マジシャン(守備:2100)
       
 手札3枚
-------------------------------------------------

「私のターン!」(手札3→4枚)
 薫は勢いよく、カードを引いた。
 相手はおそらく持つ手札で最高の戦術を披露してきた。
 だったら自分も、それに応えないといけないと思った。
「"ハイパー・シンクロン"を召喚!」
 人型の機械を呼び出す。


 ハイパー・シンクロン 光属性/星4/攻1600/守800
 【機械族・チューナー】
 このカードがドラゴン族モンスターのシンクロ召喚に使用され墓地へ送られた場合、
 このカードをシンクロ素材としたシンクロモンスターの攻撃力は800ポイントアップし、
 エンドフェイズ時にゲームから除外される。


「またチューナー……!」
「まだ終わってないよ。墓地にある"レベル・スティーラー"を自身の効果で特殊召喚するよ」
「……!?」

 レベル・スティーラー 闇属性/星1/攻600/守0
 【昆虫族・効果】
 このカードが墓地に存在する場合、自分フィールド上に表側表示で存在する
 レベル5以上のモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターのレベルを1つ下げ、このカードを墓地から特殊召喚する。
 このカードはアドバンス召喚以外のためにはリリースできない。

 A・O・J カタストル:星5→4
 レベル・スティーラー→特殊召喚(攻撃表示)

「いつ、そんなカードを墓地へ?」
「いつだろうね?」
 薫が笑みを浮かべる。
 少女は頭の中で必死に考える。でも、わからない。
「さっき、私は"ワン・フォー・ワン"を発動していたんだよ」
「……! じゃあその時に……」
「うん。正解。じゃあ行くよ! レベルが下がったカタストルと、"ハイパー・シンクロン"をチューニング……シンクロ召喚!」
 無数の光の輪が、2体のモンスターを同調させていく。
 現れたのは、闇の力を宿した龍。


 ダークエンド・ドラゴン 闇属性/星8/攻2600/守2100
 【ドラゴン族・シンクロ/効果】
 チューナー+チューナー以外の闇属性モンスター1体以上
 1ターンに1度、このカードの攻撃力・守備力を500ポイントダウンし、
 相手フィールド上に存在するモンスター1体を墓地へ送る事ができる。


 黒い龍は、先程同調した機械のエネルギーを吸収してその力を上げる。

 ダークエンド・ドラゴン:攻撃力2600→3400

「"ダークエンド・ドラゴン"の効果発動! 自身の攻撃力と守備力を500下げて"ブラック・マジシャン"を墓地に送るよ」

 ダークエンド・ドラゴン:攻撃力3400→2900 守備力2100→1600
 ブラック・マジシャン→墓地

「そんな……"ブラックマジシャン"……!!」
「行くよ! "ダークエンド・ドラゴン"でバトル!」 
 龍の口から放たれた炎が、少女に迫る。
「っ、罠発動!」
 少女は高らかに、カードの発動を宣言する。


 魔法の筒
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、
 そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。


 魔術師の目の前に、巨大な筒が現れる。
 それは吐かれた黒色の炎を飲み込み、そして―――。
「"魔法の筒"で、あなたの攻撃を跳ね返します!」
 薫の頭上に、魔術によって作り出された筒が現れる。
 そこから、さっき飲み込まれた黒い炎が放出された。
「うぁ……!」

 薫:8000→5100LP

 思わぬダメージに、薫は膝を突いた。
 何度やっても闇の決闘は辛い。現実になるダメージで、本来楽しいはずの決闘がまったく別の物になってしまう。
 やっぱり、ダークは許せない。
「だ、大丈夫ですか?」
 少女が心配してくれている。
 本当によかった。正気を取り戻してくれて。
「大丈夫だよ。だから心配しないでね」
 薫は少女に笑って見せた。
 その様子に安心したのか、少女は小さく息を吐いた。
「まだ、私のターンは終了していないよ。メインフェイズ2に、手札から魔法カードを発動!!」


 シンクロ・チェンジ
 【通常魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在するシンクロモンスター1体を除外して発動する。
 そのモンスターと同じレベルのシンクロモンスター1体をエクストラデッキから特殊召喚する。
 この効果で特殊召喚した効果モンスターの効果は無効化される。


「シンクロ・チェンジ…………そっか、"ハイパー・シンクロン"の効果で除外されて、モンスターがいなくなるのを防ぐためですね」
「うん。私はこの効果で"スターダスト・ドラゴン"を特殊召喚!!」
 闇の龍が光になって消えていく。
 やがてその光は集まり、星の力を宿した龍へと姿を変えた。


 スターダスト・ドラゴン 風属性/星8/攻2500/守2000
 【ドラゴン族・シンクロ/効果】
 チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 「フィールド上のカードを破壊する効果」を持つ魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、
 このカードをリリースする事でその発動を無効にし破壊する。
 この効果を適用したターンのエンドフェイズ時、この効果を発動するためにリリースされ墓地に
 存在するこのカードを、自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。


「綺麗……」
 少女は薫の場に現れた龍を見て、そう呟いていた。
 戦いの場に現れるモンスターとは思えないほどの、優しい輝き。一瞬だけ、決闘の事を忘れてしまいそうになった。
「私は1枚カードを伏せてターンエンドね」

-------------------------------------------------
 少女:5200LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   魔力倹約術(永続魔法)

 手札1枚
-------------------------------------------------
 薫:8000LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   スターダスト・ドラゴン(攻撃:2500)
   ブラック・マジシャン(守備:2100)
   レベル・スティーラー(守備:0)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------

「私のターンです!」(手札1→2枚)
 少女はカードを引いた。
 恐る恐るドローカードを確認したその顔が、曇る。
 相手の布陣を打ち崩せるカードが来なかったからだ。
「どうしたの?」
 目の前のお姉さんが言った。
 そうだ。引けなかったからなんなんだろう。まだライフポイントはある。このカードを使えば、次のターンはきっと凌げる。
「私は手札から"黒魔術の波動"を発動します」
「……!」


 黒魔術の波動
 【通常魔法】
 手札1枚を捨てて発動する。
 フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスター1体選択して破壊する。
 その後、破壊したモンスターの攻撃力より低い攻撃力を持つ魔法使い族モンスターを
 墓地から手札に加えることができる。


 魔法陣が描かれる。
 そこから現れた魔力の塊は、星の輝きを宿した龍を打ち砕こうと、一直線に放たれた。 
「だったら私も罠発動だよ!」
 薫は前のターンに伏せていたカードを発動させる。
 途端に目の前の龍の姿が光に飲み込まれた。
 その光は飲み込んだ龍の体を、より強固な体へと昇華していく。


 バスター・モード
 【通常罠】
 自分フィールド上に存在するシンクロモンスター1体をリリースして発動する。
 リリースしたシンクロモンスターのカード名が含まれる「/バスター」と名の
 ついたモンスター1体を自分のデッキから攻撃表示で特殊召喚する。


「これで"黒魔術の波動"は不発だよ! しかも、私の場には新たなモンスターが召喚される!」
 薫が手を掲げる。
 目の前の光が集約して、星の輝きが更に増す。
 その力を司る龍もその姿を変えて、場に姿を現した。


 スターダスト・ドラゴン/バスター 風属性/星10/攻3000/守2500
 【ドラゴン族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 「バスター・モード」の効果及び このカードの効果でのみ特殊召喚する事ができる。
 魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、このカードをリリースする事でその発動を無効にし破壊する。
 この効果を適用したターンのエンドフェイズ時、この効果を発動するためにリリースされ墓地に存在するこの
 カードを、自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
 また、フィールド上に存在するこのカードが破壊された時、
 自分の墓地に存在する「スターダスト・ドラゴン」1体を特殊召喚する事ができる。


「……!」
 現れた龍は少女を見て咆吼をあげた。
 羽ばたく翼から、星の光に似た光の粒が舞い散る。
「……私のターンは終了です」

-------------------------------------------------
 少女:5200LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   魔力倹約術(永続魔法)

 手札0枚
-------------------------------------------------
 薫:8000LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   スターダスト・ドラゴン/バスター(攻撃:3000)
   ブラック・マジシャン(守備:2100)
   レベル・スティーラー(守備:0)

 手札1枚
-------------------------------------------------

「私のターン、"ブラックマジシャン"を攻撃表示に変更……バトルだよ! いっけぇ!」
 星屑の龍が銀色の炎を吐き出した。

 ――アサルト・ソニック・バーン!!――

 大きな銀色の炎が少女を飲み込んだ。

「くっ……!」

 少女:5200→2200LP

「そして――」
「……ぁ……」
 少女の目の前に立つ、高位の魔術師。
 今までずっと一緒に戦ってきたモンスター。どんなピンチも、このカードと一緒に乗り越えてきた。勝った時も負けた時も、ずっと………一緒に。
 そして今、この戦いに終止符を打つため、その杖に魔力を貯めて自分を見つめている。

 フッ……

 一瞬、魔術師が自分に、笑いかけた気がした。


「私の……負けです」
「……! "ブラック・マジシャン"の攻撃!」

 ――黒・魔・導!!!――

 放出された魔力が、少女のライフポイントを、削りきった。



 少女:2200→0LP



 2つ目の決闘は終了した。









「お姉さん……強いです……あそこまで、そのデッキを使いこなす人は初めて見ました」
 薫の目の前にいる少女の体が、消えていく。
 闇の決闘に負けた者は、闇の生け贄となってしまう。その現象によって、体が消えていくように見える。
 使われたデッキは魔法使い族を主軸としたデッキ。勝った自分が言うのはおかしいかも知れないけれど、相性的は互角だった。
「一応、リーダーだからね」
「でも……ボスには勝てないと思います……」
「やっぱり……そんなに強いの?」
 少女は黙って頷く。
 やはり、相手もただ者じゃなさそうだ。
「じゃあさ……名前、教えてよ」
「え?」
 問いかけられた思わぬ質問に、少女は戸惑う。
「名前、あるんでしょ? ね?」
 無邪気な笑みを向ける薫に、少女は思わず顔を背けた。
「ど、どうしてそんなことを?」
「だって、私が勝ったから、あなた消えちゃうよね……だから、せめて名前だけでも……」
「で、ですからどうして!? 私は敵だったんですよ? そんなことを気にするなんて……!』

「気にするよ」

 少女は顔を上げる。薫の瞳に、わずかに光る物があった。
「何で……?」
「……決闘してて分かったの。あなた、本当は悪い人じゃないって……ダークに負けた人は、生け贄にされるか、強制的に仲間にされる。たまに自我が残っていて、あなたみたいに苦しんでいる人がいるってことも知ってたの…………でも一度始まった決闘は止められない。だから、本気でやった」
「……………………………」
「お願い……私は……あなたを忘れないから……」
「……!」
 その言葉が、少女の心に響く。
 ダークに入って、自分は一般世界では行方不明者の一人として扱われている。なんの個人名もない。
 友達は、親は、自分のことを心配してくれているだろうか……。
 きっと心配はしてくれていると思う。そして、今もどこかで元気でいることを願っているに違いない。
 でも今、自分は消えかけている。
 消えたあとにどうなってしまうかなんて、分からない。
 分からないから、恐い。存在が消えてしまうのかも知れない。自分がいたという事実が消えてしまうのかも知れない。
 自分がいたことをみんなが忘れてしまうかも知れない。
 でもこの人は、忘れないって言ってくれた。
 心のどこかで、自分のことを覚えてくれる人がいると思うと……少しだけ、恐さが和らいだ。
「真奈美(まなみ)……」
「え……?」
「私の名前は………本城(ほんじょう)……真奈美……です」
 心に生まれた、わずかな光。
 今まで散々、嫌なことをしてきた。
 ある日ダークに出会って、決闘に負けて、気付いたら仲間のように扱われて、抜けようと思ったことは何度もあった。でもダークは、それを許そうとはしない。

 気が付いたら、あの暗い地下にまで戻っている。

 気が付いたら、色んな人と危険な決闘をしている。

 わざと負けようとしたら、そこから意識がなくなっていつの間にか勝っている。

 その度に人の悲鳴を聞く。

 その度に、自分が自分でなくなっていくような気がした。

 そんなことが、何度も続いた。

 でもこの人は、そんな連鎖を絶ちきってくれた。
 
「私は、薫って言うの」
 真奈美の体は、もうほとんど消えかかっていた。 
 最後に、目の前の女性に、言っておきたいことを言うために、真奈美は口を開く。
「薫さん…………」


 ――ありがとう。


 精一杯の笑顔を、真奈美は作る。
 自分を救ってくれた感謝を込めて、この先も頑張って欲しいという願いを込めて。
 薫も、笑みを浮かべて、静かに頷いた。


 そして真奈美は……消えてしまった……。



「終わりましたか?」
「うん……」
 薫は下を向いたまま、動かない。
 もう少し早く、あの子と出会えていたら、どんなによかっただろう。きっと仲良くなれたに違いない。
 それなのに――。
「心中はお察ししますが、そろそろ出ましょう。もうここにいる意味はありません」
「うん……そうだね……」
 薫は顔を上げて、空を見上げる。
 青く広がる空の中に、一瞬だけ真奈美の最後の笑顔が浮かんだ。

 ――がんばるよ。真奈美ちゃん――

 薫はそう呟いて、一枚のカードをかざす。

 体が光に包まれて、二人は迷宮から姿を消した。




episode10――大会終了、そして――




 薫と伊月が迷宮を離れて、一時間ほどの時間が経った。
 三分の一にまで減った強者の参加者達もだんだんとゴールを決めている。ゴールしたことを喜ぶ人、優勝を逃したことを悔やむ人。反応は様々だ。
「優勝おめでとう」
 その中で、俺は満足げな笑みを浮かべている香奈に言った。
「ありがとね」
 香奈が笑顔で答える。
「あんたも二位じゃない。もっと喜びなさいよ」
「けっこう喜んでいる方だけど?」
「そう? なんか後ろめたいことでもしたような顔しているじゃない」
「……………………」
 香奈にしては勘が鋭いな。
 たしかに罪悪感に似たものはある。俺たちは佐助さんの案内のおかげでいち早くゴールにたどり着くことが出来たわけだ。決して自分の力だけでゴールしたのではない。
 だから、素直に喜べない。
「もしかして、案内してもらったことを気に掛けているの?」
「……よく分かったな」
「あたりまえじゃない。いかにもそんな顔してたわよ」
「どんな顔だ」
「はぁ……まったく、面倒くさいわね」
「お前だけには言われたくない」
「何か言った?」
「別に」 
「あっそう。話を戻すわよ。あんたねぇ、大会の説明聞いてなかったの?」
「……一応、聞いていたが……」
「大会運営者の人は『道案内されちゃだめ』なんて言ってなかったじゃない」
「たしかに言ってなかったが………常識ってやつがあるんじゃないのか?」
「何よ。言ってなかったのはあっちの不備なんだから気にすることなんてないじゃない。そもそも、学校に通信機が届けられたときにこんなことがあるかもしれないって思わなかったの?」
「誰が思うかよ……」
「まったく……やれやれね……」
「じゃあお前は予想してたのか?」
「予想しているわけないじゃない」
「そうかよ」


 ……ピーンポーンパーンポーン……


『さぁ、大会参加者のみんな! 経った今、勝ち残っていた全員がゴールしたぞぉ!』
 相変わらずテンションの高い大会運営者の声が鳴り響く。
 辺りから大きな歓声が上がった。
『まず、順位の発表だぁ!!!』
 大きな歓声が鳴りやまぬ中、俺と香奈は案内された壇上に上がった。
 こうも大々的に発表されてしまうと、なんだか恥ずかしい。
 香奈はそう思っていないようだけど……。
『さぁ、まずは三位だ! エントリーナンバー43の村武(むらたけ)選手だぁ!』
「みんなー! ありがとーう!!」
 村武と紹介された若い選手が、大きくガッツポーズをして声援に応える。
「俺達もあんなことしなくちゃいけないのか?」
「そうなんじゃない? ほら、次よ」
 俺は押し出されて、村武選手の隣につく。
 ライトが照らされて、とてもまぶしかった。
『第二位は、エントリーナンバー21の中岸選手だぁ!! なんと現在高校一年生! なんて末恐ろしい決闘者なのだろうか! 今後の活躍にも期待がかかるぞぉ!!』

 ワーーーーワーーー!!

 村武選手の時より大きな歓声が上がる。ここまで紹介されなくても良かった気がしたが、されてしまったものはしょうがない。
 これに応えるしかないだろう。
 大きく息を吸い込む。
「どうも!! この度、二位でゴールしました!! これからもっと強くなって、あの伝説の決闘王ですら瞬殺できるようになってやるぜ!」
 会場がはち切れんばかりの歓声が起こる。
「なかなかよかったわよ」
 隣に来た香奈が小馬鹿にした笑みを浮かべながら囁く。
「放っておいてくれ……もう大会には出たくない」
 いちいちこんな事を言わなければいけないのなら、もう二度と出てやるもんか……。
『さぁ! 栄えある第一位の発表だぁ!! エントリーナンバー37番の朝山選手だぁ! こっちもなんと高校生!! しかも二位の中岸選手と同じ学校という情報も入っているぞぉ!!』
「……なんでそんなこと知ってるの?」
「まぁ、考えられるとしたら、伊月だろうな……」
「そうね」
 伊月の爽やかな笑みが浮かぶ。
 あいつならやりかねない。
『しかも!! なんとこの二人は、幼なじみだという情報も入っているぞぉ!! きっと小さい頃からお互いに決闘の腕を磨いていたに違いない! どうやらそれが、今回の結果を生み出したようだぁ!』
「そうなのか?」
「違うに決まってるでしょ。私達が遊戯王を始めたのなんて中学二年生になってからよ」
「たしかに……」
 しかも今回は決闘の腕とかじゃなくて、純粋にイカサマだ。
 それがなければきっと村武選手が1位になっていたはずである。
『入賞者には賞品が送られるぞぉ! ではみなさん、それぞれどうぞぉ!』
 大会の運営員らしき人が、待ちに待った賞品のパックを渡してくれた。
「やったわね」
「あぁ」
『これで今大会は終了だぁ!! 次回もみんなの参加を楽しみにしているぞぉ!!』
 盛大な拍手がわき起こり、台上に上がっていた俺達3人が下りる。

 そうして大会は、終幕を迎えた。



---------------------------------------------------------------------------------------------------




『そうか……四人ともやられたか……』
 地下の一室で、ダークのボスはため息をついた。
 今さっき入った情報によると、どうやらスターが大会に紛れ込んでいて、こちらが送り込んだ全員が決闘に敗北してしまったということだった。
 しかもスターの方には一人の犠牲すら出ていない。
 考え得る限りでも、最悪の結果だった。
『ボス……なんか僕、つまんないんだけど……』
『俺も全然面白くない』
『あ、でもね。一つだけ発見しちゃったんだぁ』
 無邪気な声が笑う。
『なんだ?』
『スターの中に、パソコンに長けている奴がいるって事が分かったよ』
『なんでそんなことが分かる?』
『だってね、あの大会中に、会場の全システムがハッキングされた形跡があるんだよ。すごく丁寧に痕跡を消されていた
から、下手したら気づかなかったかも知れないよ』
『おまえが気づけなかったかもしれないんじゃ……相当なプロだろうな』
『多分ね。でも、気に入らないなぁ……だってそれ、僕の世界に介入しているってことでしょ?』
『そうなるのか』
『うん、ねぇ……何時になったら闇の神は復活するの?』
 ボスはゆっくりと、時間を確認する。
 その顔が、静かに笑った。
『近いな……』
『本当に!?』
『ああ、だから準備するぞ。おまえは頑張ってスターの連中にメールでも送っておいてくれ』
『え? なんで?』
 無邪気な声が問いかける。
 ボスは声のする方を見て、その漆黒の目を見開いた。
『あいつらにも、パーティーに参加してもらわないといけないんだ』
『………わかった。じゃあ――』
『"「世界の恐怖シリーズ」第七巻"を買っておいてやる』
『よろしくー! じゃあ僕も取りかかるよ』
 声が、消える。
 闇の一室でボスは1人、笑みを浮かべる。
 もうすぐ、いや……1週間後……世界は終焉へと向かい始める。
 闇の神の復活によって。
『さて……取りかかるか……』
 ボスは部屋から出て行った。



---------------------------------------------------------------------------------------------------




「やったぁ! 当たったわ!」
 部屋の一室で私は喜びの声を上げた。
 大会が終わって、早速手に入れたパックを開封するために私は家まで帰ってきた。
 せっかくだから大助も誘って、二人で開封していたところだ。
 母さんは、大助が来たというと快く歓迎してくれた。
 なぜか大助は母さんに気に入られている。何かしたのと聞いても、別にというだけで真実は分からない。
 本当に何もないのかも知れないし、もしかしたら自分の知らないところで何かあったのかも知れない。今度、もう一回聞いてみようかしら。
「やっと欲しかったカウンター罠が手に入ったわ♪」
「よかったな」
 向かい側に座った大助が言う。そういう本人の顔も、とても嬉しそうだった。
 目の前には、今まで手に入れたいと思っても手に入らなかったカード達が丁寧に並べてある。


 紫炎の老中 エニシ 光属性/星6/攻撃力2200/守備力1200
 【戦士族・効果】
 このカードは通常召喚ができない。自分の墓地から「六武衆」と名のついた
 モンスター2体をゲームから除外する事でのみ特殊召喚する事ができる。
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を破壊する事ができる。
 この効果を発動する場合、このターンこのカードは攻撃宣言をする事ができない。
 この効果は1ターンに1度しか使用できない。


 六武衆の師範 地属性/星5/攻2100/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが相手のカード効果によって破壊された時、
 自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 「六武衆の師範」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。


 大将軍 紫炎 炎属性/星7/攻撃力2500/守備力2400
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが2体以上表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 相手プレイヤーは1ターンに1度しか魔法・罠カードの発動ができない。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名のついたモンスターを破壊する事ができる。


 神の宣告
 【カウンター罠】
 ライフポイントを半分払う。
 魔法・罠の発動、モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚の
 どれか1つを無効にし、それを破壊する。


 魔宮の賄賂
 【カウンター罠】
 相手の魔法・罠カードの発動と効果を無効にし破壊する。
 相手はデッキからカードを1枚ドローする。


 私も大助も、キーカードが3枚ずつ当たった。少し封入率がおかしい気がするけれど、単純に運が良かったってことよね。
 それにしても大会側もよくこのパックを10パックも集めることができたわね。
「あり得ないぐらい当たってるな……」
「そうね。よかったじゃない」
「あぁ」
 大助はカバンからデッキを取り出して、横に広げる。キーカードが完璧に揃った以上、今までのデッキを大幅に変更しないといけないらしく、大助はパックを開封する前から頭を悩ませていた。
 私もデッキを取り出して、同じように横に広げる。
 手に入ったカードは計六枚。他の有能なカードを入れるとすれば、もっとだ。
 やっぱり、こっちも少し変えないといけないのかもしれない。
「どうするかな……」
 大助が呟いた。
「なにがよ」
「ここでデッキ組んでも大丈夫か?」
「当たり前じゃない。まだそんな遅い時間じゃないし……」
 そう言いながら、時計を確認する。
 もう6時をまわっていた。日も長くなってきたとはいえ、このまま家に置いておいていいのか一瞬悩む。
 でもまぁ大助なら家に置いても大丈夫よね。
「大丈夫よ。あんたが私に何もしないならね」
「何もしないって……デッキ構築もさせてくれないのか?」
「馬鹿! そんなこと言ってるんじゃないのよ」
「冗談だよ。ちゃんとわかってる。第一、手を出そうなんてしたら真っ先に殴られるだろ」
「当たり前じゃない。再起不能にしてやるわよ」
「だよな」
 大助はカードを見ながら言った。
 まったく、わかってるなら最初からそう言いなさいよ。
「何時までいるつもりなのよ」
「……やっぱり帰ろうか? 迷惑なら俺帰るし」
「別に帰れって言ってる訳じゃないでしょ。もう少しゆっくりしていきなさいよ」
「どっちだよ」
 大助が立ち上がろうとした瞬間、部屋の扉が開く。
 母さんがお茶とお菓子を持って入ってきた。
「あら大助君、お邪魔しちゃったかしら?」
「早百合(さゆり)さん……いえ、もうそろそろ帰ろうと思ってたんです」
 大助は母さんのことを下の名前で呼ぶ。別にたいしたことじゃないんだけど、なんとなく気に入らない。
 それに、なんで私以外の女性と話すときは敬語なのよ。
 どうせだったらみんなタメ口を使えばいいじゃない。
「あらそうなの?」
「はい。香奈にも悪いだろうし」
「大丈夫よ。私が許すわ。香奈もせっかく大助君が来てくれたんだから、もう少し喜びなさいよ」
「な、なんで喜ぶのよ。別にもう少しぐらいなら家にいても構わないけど、大助が来たからって喜ぶことなんて無いわ。むしろ迷惑なぐらいよ」
「じゃあ帰る」
「ちょっ……! なんでそうなるのよ!」
「迷惑なんだろ? それなら帰った方がいい」
 ああもう! 面倒くさいわね。
 そういう事じゃないのよ。別に家にいていいんだけど、それを素直に言うってのもちょっとあれっていうか……。
「大助君、香奈はここにいてもいいって言ってるのよ」
「そうなんですか?」
「そうよね。香奈」
 母さんが私に笑みを向けた。
 なんだかすごくくやしい。何もかもコントロールされている気分だ。
「別に……大助がどうしてもって言うなら……いいわよ」
「なんなら今日は家に泊まっていく?」

「「えぇ!?」」

 だ、大助が……泊まる……?
 私の家に……?

「だ、だめに決まってんじゃない!! 何考えているのよ!!」
「いや、俺に言われても困るんだが……」
「香奈ったら照れちゃっ――」
「照れてない!! いいからさっさと部屋から出て行ってよ!! これからデッキ構築するんだから!!」
「はいはーい、じゃあ『ごゆっくり』ね?」
「は……はい……」
 母さんは満面の笑みを浮かべながら、丁寧にお辞儀をして部屋から出て行った。 
「もう……なんなのよぉ……」
 どうして、大助がいるときにだけ私を困らせるようなことを言うのよ。
 娘のことをなんだと思ってるのよ、まったく。
「変わらないんだな。おまえの母さん」
「ホントよ。ほら、さっさとデッキ構築しなさいよ!!」
「俺に当たらないでくれ……」
「まったくもう……」
 顔が熱い。部屋も暑い気がした。そういえば、部屋に入ってから窓も開けていない。
 多分、その所為だ。
「窓開けるわよ」
「クーラーでいいんじゃないのか?」
「うるさいわね。窓の方が強い風が入るの」
 そう言って、勢いよく窓を開ける。
 思っていたより強い風が部屋に入ってきた。
「あ!!」
 後ろに聞こえる大助の声。
 床に並べていたカードが一斉に吹き飛んでいた。
「あー! 何やってんのよ!!」
「いいから窓を閉めろ」
「っ……!」
 大助の言うとおり、窓を閉めて、すぐさまクーラーを付けた。
 こんなことなら大助の言うことに従っておくべきだった。
「私が集めるからいいわよ」
「気にするなよ。俺も集めるから……」
 大助はそう言って、散らばったカードを一枚一枚拾い集めていく。
 急いで散らばるカードを拾い集める。幸い、長年決闘をしてきただけあって、お互いのカードは分かっている。
 思いの外、すぐに元の状態に戻すことが出来た。
「ごめん……」
「別に大丈夫だって」
「うん………」
 なんとも、気まずい空気が流れる。
 いつも一緒にいて、こんな状況になることは少なかった。
 なにか話そうにも何て言ったらいいか分からない。

 ピロロリン♪

 携帯が鳴った。
「伊月さんからね……」
「あぁ……なんだろうな」
 大助にも届いたみたいだ。
 携帯を開いて、中を確認する。
 そこに書かれていたのは、こんなことだった。


##################################

 〜〜連絡〜〜


 どうも伊月です。
 大会はお疲れ様でした。残りのダークも僕と薫さんで倒しておいたので
 心配しないで下さい。

 今回は、いよいよ最終決戦の連絡です。

 といっても向こうからメールが来ただけなんですが………。

 1週間後、ある場所へと向かい、敵との決戦になります。
 しっかりとデッキ調整をしておいて下さい。
 断っておきますが、この戦いは世界の運命を決めると言っても過言では
 ありません。
 
 とにかく1週間後の昼頃に星花高校に集合して下さい。
 無論、デッキを持って。

 お互いに生き延びられるように頑張りましょう(^_^)v


##################################



「なんか……唐突だな……」
 携帯を閉じながら、大助は言った。
「そうね……1週間後か……夏休みに入っちゃうわね……」
「入るっていってもたいしたことないだろ?」
「まぁね。ほら、早くデッキ調整しましょう!」
 そう言って私達はデッキ調整にとりかかった。




-------------------------------------------------------------------------------------------------



 そして1時間ほど経って、俺達のデッキは完成した。 
「うーん、なかなか疲れたわね」
 背伸びをしながら香奈が言う。
 香奈にしては、珍しくデッキ構築に時間がかかったな。
「そうか?」
「なによ。あんたも結構、疲れた顔してるわよ」
「そうか」
「そうよ。まったく眠ったりしないでよね。あんたをここで泊めるわけにはいかないんだから」
「分かってるって」
 そう言って俺は立ち上がる。大会独特の疲れや、闇の決闘でのダメージがまだ残っていて、このままだと本当に眠ってしまいそうだったからだ。
「じゃあ帰るよ」
 俺はドアノブに手を掛ける。
 回そうとした瞬間、向こう側から勝手にドアが開けられた。
「はーい、夕食よ。二人とも」
 早由利さんが再び満面の笑みで現れた。
 ……なんだか、嫌な予感がする。
「今夜はスパゲッティよ。ミートソースなんだけどお口に合うかしら?」
「母さん、大助はもう帰っちゃうわよ」
「そうなの? せっかく作ったんだから食べていってちょうだい」
「いや、俺、そろそろ家に帰らないと親がうるさいんで……」
「それなら大丈夫よ」
「え?」
 早由利さんは懐から、携帯電話を取り出し、それを開いて見せつけてきた。
 メールの文章だった。
 しかも、それは俺の母親からだった。


############################

 〜〜母から〜〜

 夕食ごちそうになるなら、ちゃんと礼儀を守ってね。
 あと、帰りは遅くなるなら気を付けて帰ってきなさいね。

############################

 

「お母さんからも許可をもらったから、遠慮なく食べていってちょうだい♪」
「………………………………………………………」
 言葉が出なかった。






 ズルズル……ズルズル……

 結局、早由利さんの誘いを断ることが出来ず、俺は香奈の部屋で食事を取ることになってしまった。
 香奈もブツブツと文句を言っていたが、最終的には仕方ないと言って部屋で食べることを許可してくれた。
「こんな事、もうこれっきりなんだからね」
「小学生の頃はよくあったけどな……」
「それは昔の話よ。今はお互い高校生なんだから色々と問題が出てくるに決まっているじゃない。そういう所にまで気が回らないと将来大変になるわよ」
「はいはい」
「何よその返事。私がせっかく大助の心配をしてるんだからもうちょっと嬉しそうにしなさいよ」
「……ありがとな……」
「そうよ。それでいいのよ」
 香奈は少し笑って、再びスパゲッティを胃袋に流し込み始めた。このペースだと俺より早く食べきってしまいそうだ。
 たしか持ってこられたときの香奈の量は俺の二倍くらいだった気がするのだが……気のせいにしておこう。
「そういえばさ……」
「何だ?」
「私達、なんか忘れている気がしない?」
「なんかって?」
「なんかはなんかよ。思い出しなさいよ」
「俺が?」
「当たり前じゃない。思い出せないから聞いたんでしょ」
「珍しく正論だな」
「その言い方だと、いつも私がわがまま言ってるみたいじゃない」
「……………」
 自覚してないんだったな。そういえば。
「気にするな。言葉のアヤだから」
「………ならいいわよ」
 思い出すことか……何かあっただろうか……。
 そういえば、雲井はどうしたのだろう。たしか伊月に弟子入りして鍛えられているって話は聞いたけど、どれくらい強くなったかは聞いていない。最終決戦に顔を出すのかは分からない。でも薫さんの家でのあいつの言動から見ても、無理矢理でもやってきそうだが……。
「もしかして、雲井のことか?」
「…………………………………そうよ! あいつはどうしたの? 大会にも学校にも顔を出さなかったし」
「伊月の下で修行してるらしい」
「修行?」
「あぁ、内容はよく分からないけれど、とりあえず決闘の腕を磨いているってさ」
「ふーん……そう」
 香奈に忘れられているなんて、少し可哀想だと思った。



---------------------------------------------------------------------------------------------------



 そのあと十分ほどの時間を掛けて、私達は夕食を食べきった。
 食べ終えた夕食の皿を重ねて、机の真ん中に置く。
「じゃあそろそろ帰るよ」
 大助はそう言って立ち上がった。
「ごちそうさまでしたって言っておいてくれ」
「自分で言いなさいよ」
「このままいたら今度はデザートまで出されるかも知れないだろ? すぐに帰るのが得策だ」
「……たしかに母さんならありえなくないわね」
「だろ?」
「仕方ないわね、分かったわよ」
「じゃあまたな」
 大助がドアを開けて、部屋から出て行こうとする。
 その姿を見つめていたその時――

「……!」

 ――胸を、なにかが通り抜けた。

「大助!」
「ん? なに?」
 隙間から顔を出して答える大助が言う。
「え……そ、その……」
 自分でも、なんで叫んだのか分からなかった。
 ただなんとなく、嫌な予感がしたというか……変な感じが……。
「その……学校でも……デッキ……持ってきなさいよ……」
 違う。そんな事を言うために引き止めたんじゃない。
 でも何が言いたかったのか分からない。
 あの違和感が何だったのか、分からない。
「当たり前だろ? じゃあな」
「ちょ――」


 バタン……。

 ドアが、閉まった。

「………」
 心臓の鼓動が少しだけ早まっていた。
 さっき、一瞬だけ嫌な感じがした。
 なんだか大助の姿が、遠くなっていくような……消えていってしまうような感じ。
「何なの……? さっきの……」
 私は自分の胸を抑えて、そう呟いていた。




---------------------------------------------------------------------------------------------------




 翌日、俺は高校近くの広場にある噴水の前に立っていた。
 時間は現在12時きっかり。待ち合わせの時間まであと1時間半もある。

 大会の疲れのために爆睡をしていた俺を、一本の電話が叩き起こした。やはりというかなんというか、電話の主は香奈だった。
 電話がかかってきたのは午前6時。そんな時間に電話を掛けるなんて非常識だと言ってやったが、本人はまったく聞く耳を持たずに待ち合わせ場所と時間を指定して電話を切った。なんのために集まるかは言わなかったし、何か必要なものがあるかどうかも伝えられなかった。
 とりあえず朝から香奈の大声を聞いた所為で眠れなくなってしまい、何かしようにも漫画を読むぐらいのことしかでき
ずに時間が経った。そして漫画を読むのにも飽きたので、この際だからと思って待ち合わせの二時間前にそこへ向かうことにし
た。別に大した意味はない。ただ家にいるよりは、外に出て噴水の前で夏の暑さを和らげるのもいいと思ったからだ。
 財布に少しの金をいれて、バッグにデッキを入れて家を出た。
 そして10分ほどで待ち合わせ場所に到着し、何をするわけでもなく携帯のアプリで遊んで時間をつぶしていた。
「こんなことなら、無理にでも二度寝をしておくんだった……」
 1人呟いてため息をつく。
 携帯のゲームにもそろそろ飽きがきて、ついに何もすることがなくなってしまった。
「はぁ………」


「あれ、大助君どうしたの?」
 柔らかな声。
 俺は声のした方を向いた。
「薫さん……!」
「どうしたの? こんなところで……」
「あぁ、香奈と待ち合わせですよ」
 そう言った瞬間、薫さんが目を輝かせた。その姿が、ケーキ食べ放題の看板を見つけたときに香奈が見せるものとまったく同じだったので、なにか嫌な感じがした。
「やっぱり二人はそういう関係だったんだね♪」
「………どういうことですか?」
「ううん、何でもないよ。気にしないで」
「薫さんはいったい何をしていたんですか。昼食ですか」
「まぁそれもあるね。ちょっと買い物があってきたんだ」
「へぇ……」
 スターのリーダーが買い物とは……日常生活で組織の階級は関係ないらしい。
「伊月とかは一緒じゃないんですか?」
「うん、伊月君は佐助さんと一緒にいるよ」
 頭の中に二人がコーヒーを飲んでいる光景が浮かぶ。
 ある意味、異色の二人だ。
「そうなんですか………」
「ねぇねぇ、そんなことよりさ、香奈ちゃんといったい何をするの?」
「こっちが聞きたいぐらいですよ。ただ1時半に噴水前としか言って来なかったし」
「え!? 1時半ってまだ時間あるじゃん!」
「早く来過ぎちゃって……」
「ふーん、気持ちだけがはやっちゃったんだね…………じゃあ暇だよね」
「はい……あの、買い物付きあっても良いですか?」
「うん! ありがとう!」
 そうして、待ち合わせの時間まで俺は薫さんと買い物に行くことになった。


「いったい何を買うんですか?」
 公園を出て商店街へ向かう途中に尋ねてみる。
 考えてみれば、香奈以外の女性と二人きりで商店街を歩くのは初めてかもしれない。
「うん、とりあえず食べ物と……あとコーヒーかな」
「食べ物は分かりますけど、コーヒー?」
「佐助さんがよく飲んでいるでしょ。あれを買いたいんだけどコーヒーって色々あって分からないんだ。だから毎回適当な物を買うんだけどね」
「同じ組織なのに分からないんですか?」
 そう尋ねると、薫さんは苦笑した。そういえば、薫さんと佐助さんは同じ年齢だったはずだ。それなのになんで薫さんは"佐助さん"と呼ぶのだろう。たしかにあの顔だと同じ年齢だということを忘れそうだが、名前まで"さん"付けする必要は無いはずだ。
「私ね。佐助さんと仕事以外であまり話したことがないんだ。話しかけてもあんまり返事してくれないし……私、なんだか嫌われているみたいなんだ」
「嫌われている?」
 たしかに、1度だけ薫さんの家に行ったときには佐助さんは話していなかった。
 そして薫さんが香奈と一緒に風呂に行った後にコーヒーを片手に伊月さんや俺と話をした。本人は薫さんのことを苦手だと言っていた。
 理由を聞いてみたときのことを、思い出す。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「俺はあいつが苦手なんだ」
「どうしてですか?」
「……あいつと俺は同じ大学に通っていた。その頃からあいつは誰にでも優しくする性格で男にも女にも人気だった。それに対して俺はずっとパソコンをいじってばかりだったから、あまり友と呼べる人もいなかった。あいつとは住む世界が違う、といつの間にか心の中に壁を作ってしまったんだ」
「その壁を取り除くことは……?」
「難しいだろう。俺はあいつが好きな甘い物は苦手だし、そこまで口数が多いわけでもない。しかもあいつは、コーヒーの種類をまるで把握していない。俺はレッドマウンテンという豆が好みだが、それを買ってきたことはない。毎回の買い物で豆が代わって慣れるのに大変なんだ」
「…………そんなに苦手なら、なんでスターにいるんですか?」
「それは……」
 佐助さんは困ったように口を濁らせた。
「佐助さんは、ある目的のためにスターに入ったんですよ」
 割り込むかのように伊月さんが言った。
「目的?」
「ガキには分からない話だ。とにかく、そういうことだ」
 佐助さんはコーヒーを一口飲んで、ため息をついた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 そういえば、そうだったな。

「ねぇ大助君、私、なんか変なことしちゃったのかな?」
 薫さんが尋ねてきた。
 その顔は、ちゃんとした答えを求めているのと、求めていないが五分五分で混じり合っているようだった。
「私、佐助さんと仲良くしたいんだよ」
「………それって、薫さんは佐助さんの事が好きってことですか?」
 そう言った瞬間、目の前にある顔がトマトのように赤くなった。
「そ、そんなことないよ! だ、だってほら、私パソコンのこととかよく分からないし……」
「関係ないじゃないですか」
「と、とにかく……私は仲良くなりたいんだよ」
「………」
 やれやれ。
 要するに付きあうきっかけが欲しいってことじゃないか。
「コーヒーですよ」
「…………え?」
「佐助さんは、レッドマウンテンていうコーヒー豆を煎れたコーヒーが好きです」
「レッドマウンテンなんてのがあるの?」
「知りませんけど、あるらしいですよ」
「ふーん……じゃあそれを買えばいいんだね」
 気づくと、そこはコーヒー屋の前だった。
 二人でそのレッドマウンテンというコーヒー豆を探してみると、なんとそれは普通のコーヒー豆の2倍近い値段だということが判明した。薫さんは自身の財布の中身と値札を交互に10回ほど見つめて悩み、悩んだ末にそれを買うことを決心した。
「た、高いよぉ……」
「そうなんですか?」
 コーヒー豆の値段にあまり触れることがない俺にとって、それが高いのかは分からなかった。
「まぁ、しょうがないか」
 薫さんはそう言った後、何か思い出したように顔を上げた。
「そうだ、大助君。ダークからメールが来たっていうのは知ってるよね?」
「え、まぁ……」
「佐助さんが言っていたんだけど、謎の文章が添えられていたんだって」
「謎の文章?」
 敵であるダークからきた最終決戦の連絡といい、訳の分からないことをしてくる組織だ。
「それで、その文章って何だったんですか?」
「うん、ちょうど携帯に文章を移してあるから見て」
 薫さんは携帯を開いて、俺に手渡す。
 そこに書かれていたのは、まるでどこぞの石碑にでも書いてありそうな言葉だった。


 世界の滅びを求める者よ、力を求めるならば我に力を捧げるべし。
 多くの魂、そして自身のほとんどを捧げ、地に55の星を揃えるべし。
 そして我が眠る場所で我を呼べ。さすれば我は眠りから覚め、
 汝に滅びの力を与えよう。


「……………」
 なんじゃこりゃ。こんな文章をわざわざ送ってきたというのか。
「分かる?」
「分かるわけ無いですよ。どうして星が地面にあるんですか。まさか隕石が55個も降り注ぐわけでもあるまいし」
「そうだよね。私もさっぱりでさ。ただ使われている言葉から察するに、あんまり平和的な意味はないよね」
 たしかに、"滅び"という言葉が使われている以上、物騒な話に違いない。
 こういう暗号的なのはあんまり得意ではないし、取り組む気も正直無かった。
「気にすることはないんじゃないですか? もしかしたら適当に打ち込まれた文章かも知れないし」
「……………そうだね。気にしすぎるのもよくないよね」
 薫さんは前を向いて、早足で歩き出す。
 それを追うようにして俺も足を速めた。





---------------------------------------------------------------------------------------------------




「はぁ……なにやってんのよ……私ったら……」
 公園にある噴水の前で、私は大きなため息をついた。
 時間は現在12時30分。指定した待ち合わせ時刻までまだ1時間以上もあった。
「うぅ……」
 携帯を開き、通話記録を見る。
 午前6時に大助へ向けて電話した記録が、しっかりと残っていた。
「………」
 昨日、家で感じた違和感が気になって、つい朝早く大助に電話してしまった。本人が眠たそうな声で電話に出てくれて少し安
心したけど、特に用件があるわけじゃなかった。向こうから「何の用?」と聞かれて、つい適当な時間と場所を指定してしまった。
 しょうがないから適当に買い物に付きあってもらおうかと思ったのに、つい待ち合わせの1時間前に着いてしまった。
 昼もあまり食べないできてしまったし、もう踏んだり蹴ったりだわ。携帯はあるけど充電が残り少ないからあんまり使いたくないし、大助を早く呼び出すこともあんまりしたくない。
「はぁ……」
 ホント、私としたことが、いったい何をやってるのかしら。


「おや、香奈さんではないですか」


 爽やかな声が耳に届く。
 振り返るとそこには、伊月と佐助さんがいた。
 二人とも相変わらずな様子で、ラフな服装に身を包んでいる。
「こんなところで何をしているんですか?」
「あんた達こそ、何してるのよ」
「僕たちは散歩ですよ。家にいるのも退屈なもので………」
 伊月は佐助さんを見ながら、小さく息を吐いた。
「そう、まぁ仕事ばかりも疲れるのね……じゃあ薫さんは?」
「彼女は買い物に出掛けてもらっています。そうだ、少々お時間いただけないでしょうか? 出来れば場所を変えて」
「別にちょっとなら良いわよ。でも場所は変えないでちょうだい。私は人と待ち合わせをしているから」
「おやおや、日曜日に大助君とデートとは青春ですね」
「な、なんでデートなのよ!! それに大助だなんて一言も言っていないじゃない!」
「おや、そうでしたね。ではここでいいでしょう。あまり人には聞かれたくない話だったのですが……」
「早く言いなさいよ」
 伊月は再び息を吐いて、まっすぐにこっちを向いた。
「ダークからメールがきたということは知っていますよね。実はその中に、謎の文章が添付されていたんです。まるで何かの言い伝えのような文章で、いったい何を意味しているのかが分からないんですよ」
 伊月は携帯を開いて、その文章を見せてくれた。
 いったい何を意味しているのか、さっぱり分からなかった。
「やはり分かりませんか」
「…………」
「まぁ分からないのはお互い様なんですがね。何か嫌な予感がしてしょうがないだけです。気にしないで下さい」

 ピロロリン♪

 伊月の手にある携帯が鳴った。
「失礼、ちょっと急用が出来たようです。では」
 伊月は駆け足でこの場から立ち去った。
 佐助さんは1人こっちを見据えて、たたずんでいる。
「……なによ」
「別に……」
 低い声だ。とても薫さんと同じ年齢だなんて考えられない。しかも大学で同じだったなんてことはなおさら信じられないわね。
 でも薫さんは、あんまり仲がよくないと言っていた。
 同じ学校に通っていて、同じ組織に属していて、どうして仲が良くないのか気になった。
「どうした、聞きたいことでもあるのか」
「え……」
 見透かされた。
 鋭い眼光から、目が離せない。
「佐助さんは、どうして薫さんと仲良くしないのよ」
「そのことか……俺とあいつは合わないとだけ言っておこう」
「なによそれ。じゃあなんで同じ組織に入ったりしているのよ。似た仕事ならたくさんあるじゃない」
 そう言うと、佐助さんは頭をかいて考え込んだ。
「…………あいつに誘われたからだ。スターで、一緒に仕事をしようと言われてな」
「じゃあいいじゃない。もっと仲良くすれば」
「俺は一緒に仕事をする事は了解した。だが目的は一致していないんだ。俺も薫も、伊月もな」
「どういうこと?」
「俺がスターに入ったのは、昔作ったあるプログラムを消去するためだ。それが遊戯王界に流れていると噂に聞いたからこうして仕事をしている」
「プログラム?」
「昔、ちょっとな。なんとしても、あれだけは消去しなくちゃいけない。それが俺の償いなんだ」
 償い。
 その言葉が気になったけれど、佐助さんはこれ以上聞いて欲しくなさそうだった。
「薫さんは?」
「………あいつは世界のみんなが楽しくゲーム出来るようにしたいんだ。そのために悪い組織をすべて倒すとかまで言っている甘ちゃんなんだ。1人で出来ることなんてたかが知れているのにな」
「伊月は?」
「……………………」
 佐助さんは言葉を選ぶかのように、黙り込んだ。
 噴水の音だけが聞こえて、静かな空気が辺りを流れる。


復讐だ


「え……」
「あいつには恋人が居た。それがある日突然、行方不明になった。調べてみると、それにダークが関わっている事が判明したんだ。それまで薫と同じように平和を望んでいた伊月が、そのことを知って以降、ダークとの決闘を多くやるようになった。おそらく少しでも恋人の情報を得ようとしているのだろう」
「それって……」
「そうだ。伊月はまだ恋人は生きていると考えている。だが俺から見れば、ダークに復讐するつもりにしか見えない」
「………」
 あの伊月に、そんな目的があったなんて知らなかった。
 恋人のために、大切な人のために復讐なんて、考えられない。
 でももし……もし大助がダークにやられちゃったら………私はどうするのかしら……復讐……するのかしら?

 考えても、分からなかった。

「まぁ詳しいことは本人に聞け。俺もそろそろ薫の家に行って仕事をしないといけないんだ」
「え……あ、ありがとう」
「じゃあな。せいぜい生け贄にされないように頑張れ」
 佐助さんは手を軽く振って、この場から去っていった。

「復讐………か………」
 






「お、香奈」
 大助の声がした。
 声のした方を向くと、そこには薫さんも一緒にいた。
 どうして二人が一緒にいるのか分からなかったけれど、なんとなく嫌だった。
「ごめん、待ったか?」
 手に持った買い物袋をガサガサといわせて、大助が尋ねる。
 もしかして、薫さんと一緒に買い物でもしていたの? 私との待ち合わせを放っておいて………ってまだその時刻になっている訳じゃないけど。
「何してたのよ」
「なんで怒ってるんだよ」
 怒ってる?
 私が?
 何言ってんのよ。そんな訳ないじゃない。
「あっ、ごめんね香奈ちゃん。私が勝手に買い物に付きあわせただけなの。本当に。だから……ごめんね」
「そう……それなら、いいわよ」
「ごめんね大助君、無理に付きあわせたりして」
「え? いや俺が――」
「本当にごめんね。じゃあ」
 薫さんは大助の持っている買い物袋を取り上げて、急ぐようにその場を去っていった。
 大助は首を傾げながら、私の方を向く。
「とにかく悪かったな。待たせて」
 大助は悪びれたように言った。
 ……なにかしら、この感じ。
 ただ大助と薫さんが一緒にいたってだけなのに……なんかモヤモヤするわね。
「薫さんと何をしてきたのよ」
「買い物だ」
「昼食は?」
「まだとってない。買い物にすごく時間がかかったからな」
「そう、じゃあ奢りなさいよ。私を待たせたんだから」
「………やっぱ怒ってるだろ、お前」
「怒ってなんか無いわよ」
 意味分かんないわよ。怒るわけないじゃない。どうして大助と薫さんが一緒にいたからって怒らなくちゃいけないのよ。
 そりゃあちょっとは機嫌が悪いけれど、理由がそれだなんて一言も言っていないわ。
「悪かったよ」
「いいから奢りなさいよ。喫茶店でいいから」
「…………分かった」
 大助は少しだけため息をついて、歩き出した。




---------------------------------------------------------------------------------------------------





 喫茶店でたらふく昼食を食べた上、全額を押しつけてきた香奈と一緒に、俺は星花デパートにいた。
 なんでも香奈が買いたい物があるらしい。そのためにわざわざ朝早く電話したらしい。そう思うと少し腹が立った。
 そのぐらいの用事なら1時間前に連絡をくれても行ったのに。
「ほら、早く行くわよ」
「いったい何を買うんだ?」
「………」
 香奈は答えない。まだ怒っているのだろうか。
 財布を確認してみるが、喫茶店で奢らされて残っている所持金は思っているよりも少ない。買う物まで奢らされそうになったら、その時は全力で逃げよう。
「黙ってないで答えろよ」
「あんたに教える意味無いじゃない」
「まぁそうだが、どうせ後から知ることになるんだし教えてくれても良いんじゃないか?」
「…………」
 香奈は無視してエスカレーターを上がる。
 この先にはたしか本がたくさん置いてある階だったはずだ。まさか本を買うためにここに来たのか?
「何の本を買うんだ?」
「…………」
 香奈は問いに答えず、辺りを見て回った後、なんとエレベーターに足を運んだ。
 目当ての本がなかったのだろうか。そもそもこいつが買いたかった本っていったい何だったんだ?



 次に行ったのは服屋だった。夏物セールでお手頃な価格の服が売られている。
 もしかしたら本命はこっちだったのかもしれない。
「何の服買うんだ?」
「……そうね……」
 香奈は辺りを見て回った。そしていくつかの服を取り出して、試着室に入る。
「絶対に覗かないでよ!」
「誰が覗くか」
 仕切り用のカーテンが閉められた。


 数分経って、香奈が出てきた。
 涼しげな白いワンピースに、麦わら帽子というとても夏らしい格好だった。
 ただ香奈の整った体と顔立ちにそれらの服がなんとも絶妙にマッチしていて、まるで天使が舞い降りたかのような錯覚を受けた。
「ど、どうかしら」
 着慣れない格好なのか、香奈は若干照れたように下を向いている。
 なぜかこっちまで恥ずかしくなってきてしまった。
「ちゃんと前を向いてくれ。じゃないと分からない」
 冗談交じりで言ってみた。そんなことしなくても似合っているのは言うまでもない。
 ただ、こんな香奈は滅多に見られないんだ。少しぐらい要求してみても構わないだろう。
「ん……じゃあ少しだけよ。私だってホントはこんな格好したことないんだから」
 香奈は顔を上げた。
 照れているためか、顔が赤くなっている。こんな女の子らしい表情もすることを何年も一緒にいるのに気づかなかった。たしかに、クラスで1、2を争う人気だけある。
「どうなのよ」
「あぁ、すごく似合ってるぞ」
「……お世辞とか別にいいのよ……正直に言いなさいよ。自分でも分かってるわよ。こんな服、似合わないって……」
「だから、すごく似合ってるって」
「そ、そう?」
「ああ、お世辞とかそういうのは全く無しで、すごくかわいい」
「……っ!」
 カーテンが閉じられた。何か気に障るような事を言ってしまったか?



 数分経って、香奈が元の姿で出てきた。
「ちょ、ちょっと待ってなさいよ」
「……ああ」
 香奈はさっきまで試着していた白のワンピースを会計の所まで持っていった。
 どうやら買うことを決めたようだ。きっと女友達と外出する時の服にちょうどいいと思っただろう。
「お買い上げありがとうございました」
 なぜか、店員がこっちを向いて微笑んでいるような気がした。
「おまたせ、ほら、次に行くわよ」
 すっかり機嫌も治ったようで、香奈はずんずんと先に進む。



 次に来たのはアクセサリー店だった。
 さまざまな形のネックレスやピアスなど、様々な装飾品が並んでいる。
「色々あるわね。ちょっと見てくるわ」
 そう言って香奈は奥の方へ行ってしまった。
「いらっしゃいませ、何かお探しでしょうか?」
 店員の人が俺に尋ねてきた。
「いや、俺はただの付き添いで……」
「そうでしたか。お二人は記念日か何かですか?」
「記念日……というと……?」
「照れないで下さい。せっかくなんですから、この関係が永遠に続くようにお揃いの物を買うべきだと思いますよ」
 店員は奥でペンダントをいじっている香奈を見ながら言った。
 どうも勘違いされているらしい。記念日なんかあるわけがないし、仮にあってもお揃いの物なんか買わないだろう。
「日頃の感謝の気持ちを込めて、贈り物というのもよろしいのではないでしょうか?」
「……感謝の気持ちか……」
 たしかに香奈には、色々と世話になっている。不良との決闘に勝てたのは、あいつの言葉があったからだ。高価な物とまではいかないが、個人的に礼はしておきたい。
 それに……。
 脳裏に蘇える昨日の決闘。
 俺が一緒に戦っていこうと思っていることを、香奈は知らない。
 せっかくだからこの機会に伝えておきたかった。
「分かりました。何か手頃な物はありませんか?」
 俺が尋ねると、店員はにっこりと笑ってこう言った。
「えぇ、もちろんありますよ」















「ありがとうございました」
 3千円前後の物を買って、ポケットに入れる。少しはみ出してしまっているが問題はないだろう。
「ぜひ彼女にプレゼントしてあげて下さいね」
「いや、彼女じゃないんですけど……」
「ふふ、照れないでちゃんと渡して下さいね」
 店員さんはそう言って、近くにいるカップルの方へ行ってしまった。
 おそらくああいう風にして人に賞品を勧めているんだろう。まんまと俺もそれに乗せられたと考えればそれまでだが、まぁ気にしてもしょうがない。財布は寂しくなってしまったが、香奈と一緒に出掛けるときは毎回そうだ。いまさら何の気にもならない。
「大助、どこにいたのよ」
 香奈がやってきた。どうやら俺を見失って探していたらしい。「先にそっちの方から店の奥に入っただろ」と反論するのはやめておこう。また機嫌を損ねると悪いし。
「とりあえず出ようぜ」
「そうね」
 俺達は店を出たあと、エスカレーターで1階まで降りてデパートを出た。休日だと外に出ても人が多い。
「あのアクセサリー屋はあんまり品揃えが良くなかったわね」
「そうか?」
「だって奥の方にいってもあんまりいいの無かったわよ」
「当たり前だろ。お客を呼び寄せなきゃならないんだからいい物は入り口の近くに置いてあるはずだ」
「そうなの?」
「………まぁ俺の勝手な想像だけどな」
 香奈はふーんと頷いて、何かを考え込むように下を向いた。もしかしたら将来に店をやるつもりで考え事をしているのかも知れない。
「なぁ、公園行かないか?」
「え……何もないじゃない。そんな所行ってどうするのよ」
「買い物で疲れたんだよ。ちょっと休むために座るくらいいいだろ?」
「……………………」
 香奈は俺の顔を見つめる。
「………いいわ」
 








 噴水がある公園のベンチに座り、俺達は一息ついた。時間は3時過ぎ。時間帯の所為なのかなんなのか、公園にあまり人がいなかった。遠くの方で鳩にエサをやっている人がいるが、そこは気にしなくていいか。
「結局、服しか買わなかったな」
「しょうがないじゃない。あんまりいいのが無かったのよ。だいたい――」
 香奈がデパートについての文句を語り始めたところで、俺はポケットに入れていた長方形の箱を取り出して、香奈の前に差し出した。
「……………なによこれ」
「お前が散々文句を言っていたアクセサリー屋で買ったやつだ」
「…………………………なんで私にくれるの?」
「とりあえず、色々世話になっているからそのお礼。あと……」
「あと?」
 俺は呼吸を整えて、香奈に話した。
 亜空間でダークと決闘しているときに言われたこと、俺が香奈と一緒に戦っていきたいと思っていることを。
 珍しく香奈はそれを黙って聞いていた。
「……そう」
 香奈は下を向き、綺麗にラッピングされた箱を見つめている。
「1週間後は最後の決戦らしいから、伝えておきたいと思ったんだ」
「――――ないわよ」
「え、何か言ったか?」
 香奈は顔をこっちに向けた。
 時々見せる、真剣な顔だった。
「当たり前なこと言ってるんじゃないわよ。そんな事言わなくても、大助は私と肩を並べられるんだから、ずっと一緒に戦っていいに決まってるじゃない。むしろ、一緒に戦わなかったら許さないんだから。大体、そんな事を言うためにこれ買ったって、あんたもう少し金の使い方考えなさいよ。せっかくだからもらってあげるけど、つまらない物だったら捨てるわよ」
 香奈はそう言って箱を開けた。
 買ったのはペンダントだった。星形の飾りが付いているシンプルな物。これにあれだけの値段がかかるのだから、今思うと高い物を買わされたと思った。
「……な、なかなかいいじゃない……」
「店員さんが言うことには、本気で願えば、一つや二つのお願いは叶えてくれるらしい。最後の1つだったから結構人気なのは間違いない」
「大助は買わなかったの?」
「俺はアクセサリーは付けないから」
 それに誰かさんの昼食の所為で金がなかったからな。
「そう………ありがとね」
 香奈は箱を閉じる。
 こころなしか、笑みを浮かべているように見えた。
「さて、これからどうする?」
 俺の目的は達成した。あとは香奈に付きあうだけだ。
「大助……」
 香奈が呟いた。さっきまでと声の調子が違っていたため、一瞬だけ別人かと思ってしまった。

「負けないでよね」

「え?」
「決闘に負けたら、承知しないんだから」
「……?」
 どうしたんだ、急にこんな事を言い出して。もしかして何かあったのか。
 香奈が立ち上がる。その表情は、いつもの香奈だった。
「さぁ、帰りましょう。大会で疲れてるし」
「あ、ああ……そうだな」

 何だったんだ、今の。
 気の……せいか……?
 








 それから、一週間が経った。
 各々がそれぞれの時間を過ごし、デッキを調整して決戦に向けて準備をした。
 そして――――。


 ――世界の運命を掛けた戦いが始まる――。


「どうも、みなさん」
 星花高校校門の前で、伊月が爽やかな笑みを浮かべながら軽く手を振っていた。
 以前、病院で見た服装とは全く異なり、真っ白なスーツに身を包んでいた。
「時間通りだね」
 そう言って笑顔を向けた薫さんも、同じように真っ白なスーツを着て、胸に星形のバッジを付けていた。もしかするとこれがスターの正装なのかもしれない。
 心の底から、スターに入ってなくて良かったと思った。
「佐助さんは?」
「彼は決闘とは別の重要な仕事をしてもらうので、あの部屋にいます。もちろんコロンも一緒にです。お二人とも大会の時に渡した小型通信機はつけていますね?」
「もちろんよ」
「あぁ……」
 辺りを見回すが、見る限り、ここにいるのは自分を含めて計四人。一人足りないのではないだろうか。
「そういえば雲井はどうしたんですか?」
 伊月はその問いに、困ったように頭をかきながら答えた。
「実は、行方不明になってしまったんです」
「は?」
「今朝になったら、もぬけの殻だったんですよ。もしかしたら一足先に決戦の地に行ってしまっているかもしれません」
「大丈夫なの? それ……」
「一応、鍛えてはおきましたが、やはり危険なので眠り薬でも使っておとなしくしていてもらおうと思っていたのですがその計画は失敗のようです。ただ、あちらも場所が分からないのではどうしようもないと思いますが……」
 場所も分からないのに出て行ったのか……。
 相変わらずってところだな。
 もし雲井が一足先に行っていたとしたら、すでに決闘が始まっている可能性が高い。
 そこまであいつと気が合う訳じゃないが、放っておく訳にもいかないし、ここは早く行くべきだろう。
「それで、場所は?」
「うーん待ってね。迎えが来るはずなんだ」

 バサ……バサ……。

 どこからか音が聞こえた。
 道路を見渡しても、何もいない。
「上です!」
 伊月が指す先には、大きな漆黒の怪鳥がこちらに向かって下りてきていた。翼が起こす風が辺りに吹き荒れて、思わず腕を盾にする。
 その怪鳥は声を上げて、俺達の前に降り立った。
「……どうやら……これに乗って行けと言うことでしょう」
「そうだよね。大丈夫かな?」
「大丈夫でしょう。それに万が一何かあっても、薫さんがいれば何とかなるのでは?」
「そうだね。じゃあみんな乗ろっか」
 薫はヒョイと怪鳥の背に乗った。その続いて、伊月、俺、香奈と続く。
『グアアァ……』
 不気味な声を発すると、怪鳥は大きく羽ばたいた。一瞬で空に羽ばたいて、その体を北に向ける。
「けっこう快適ね」
「そうだな」


 バサ……バサ……

 怪鳥は、北の空に向かって羽ばたいていく。


 その姿を、自転車に乗る雲井が見つめていた。
「やっぱりな。俺だけ抜けがけにしようたってそうはいかないぜ! この八段階ギアのマウンテンバイクがあれば、あん
な鳥ごとき……」
 怪鳥の姿が、いつの間にか遠くの空にまで離れていた。
 思っていたよりも、速い。
「ちょっと待てぇぇ!!!」
 雲井はギアを最大にまで上げて、全力でこぎ出した。



---------------------------------------------------------------------------------------------------



「着いたみたいだね」
 怪鳥の高度がだんだんと下がっていくのを感じながら、薫さんは呟いた。
「どうやらそのようですね。あの洞窟のような場所が決戦の地というところでしょう」
「あそこが……」
 視線の先には、自然に出来たような洞窟があった。
 

 バサ……バサ……


 怪鳥が地面に降り立つ。それと同時に、その姿が煙のように消えた。背に乗っていた四人は不意をつかれてしりもちをついてしまった。
「いてて……」
「大丈夫?」
「なんとかな」

『お待ちしておりました』

 暗く濁ったような声が聞こえた。全員が一斉に声の主へと意識を向ける。
 黒いフードをかぶった女性が、口元に笑みを浮かべながらお辞儀した。
『どうもみなさん。決戦の地へようこそいらっしゃいました。これから案内するので、はぐれないようにしっかりついてきて下さい』
 そう言ってダークの女性は、暗い洞窟の闇の中へと歩いていってしまった。
「大丈夫かな? 行っても……」
「佐助さんはどう思いますか?」
 伊月が尋ねると、通信機から佐助の声が聞こえた。
《まだよく分からないが、とりあえず大丈夫だろう》
「だそうです」
「じゃあ行こっか」
 俺達はその女性のあとについていった。
 暗い道を、女性が持ったランプが照らしていく。
 凸凹した道で歩きづらかったが、不思議と疲れなかった。もしかすると戦い前の緊張で体の感覚がわずかに麻痺しているのかもしれない。
 五分ほど歩いたであろうか、目の前に小さな光が見えた。
『あそこに私達の仲間がいます。どうですか? 恐いですか?』
「うーん、思ってたほどじゃないよね。伊月くん」
「えぇ、むしろその質問をそのまま返したいところです」
『…………』
 薫さんと伊月は余裕の表情を浮かべている。どういう精神の作りをしているのか、少し疑問だった。
「大丈夫?」
 香奈が後ろから話しかけてきた。
「さっきから、落ち着かないみたいよ」
「俺だって緊張することはある。ましてや世界を懸けた戦いなんだろ? 緊張しない方がおかしい」
「たしかにそうね」
『着きました』
 その言葉が聞こえると同時に、大きく開けた場所に出た。
 暗かった内部が、たくさんのランプの光に照らされて明るくなる。
 そこにいたダークの数は、四人。思っていたよりも、少なかった。
『ようこそ、スターの諸君』
 真ん中にいる人物が言った。
『俺はダークのボスだ。メールに送ったとおり、今日で決着を付ける。お前らが勝てば世界は守られ、俺達が勝てば世界は消える。単純だろ?』
「ダークの方も人員が少ないようですね。予想する限りだと、もう少しいても良かったはずですが?」
『貴様らに何人もの仲間がやられているからな。こちらも少数精鋭で迎え撃つ』
「悪の組織にしてはずいぶんとフェアですね。なにか罠でもあるんですか?」
『心配するな。ここは自然に出来た洞窟だ。下手に細工しようとすれば、洞窟が崩壊しかねない』
「なるほど」
 伊月が小さく笑って頷いた。
「じゃあ始めようよ」
『慌てるな。いくらここが広いといっても四人が同時に決闘を始めてしまったら何が起こるか分からない。そこで――』
 話していた男が手を挙げると、それが合図だったかのように他の三人が奥の方にあった四つの道へと走り出した。
『四つの道がある。それぞれに一人ずつダークの一員が待ち構えている。お前らも一人ずつそれぞれの通路に入って、俺
達と決闘をする。どうだ?』
 四対四。
 なるほど、一人一人に分断してサシでの勝負をするつもりらしい。
 よっぽど決闘の腕に自信がなければ出来ない作戦だな。
「なんでもいいよ」
『では、仲間と過ごす最後の時間を楽しむがいい』
 そう言ってダークのボスは一番右の通路へと入っていった。
 不気味な笑みを浮かべて。
「どうですか? 佐助さん……」
《あぁ、時間を稼いでくれて感謝する。おかげで解析できた。やはり今話していたのがボスだったようだ。反応が一番強い。そこには薫が行くべきだろう。次に反応が強いのが……一番左端だ。そこは伊月が行くべきだ。そして他の二人はたいして力が変わらない。大助と香奈が好きな方を決めるといい》
「じゃあ、私は左の方かな?」
「なら俺は右」
「決まりましたね。洞窟には本当になんにも仕掛けはありませんか?」
《……手に入れた情報からだと、ないな。道も一本道だから迷うはずもない》
「分かりました。では、行きましょう」
 そう言って伊月は一番左端の通路に走っていった。


-----------------------------------------------------------------------------------------------


「二人とも、頑張ってね。私もちゃんと勝ってくるから」
 薫さんは手を振って、一番右端へと駆けていく。
 残された私達は顔を見合わせた。
「頑張りなさいよ」
「そっちこそな。じゃあ、行くか」
「えぇ」
 ゆっくりと、それぞれの道へと向かう。


 ――ドクン――


「……!」
 心の中で、またあの嫌な感じがした。
 隣にいる大助の姿を見て、鼓動が早まる。なんだか分からないが、このままだといけないような感じがした。
 根拠はもちろんない。ただ直感がそう告げている。
 何を告げようとしているのかは、分からない。
 ただ、嫌な感じがするだけだった。

「だ、大助!!」

「ん、どうした?」
 大助は振り返る。
 まただ。また、呼び止めてしまった。
 何が言いたいのか、自分自身がよく分かっていないのに……。
「大丈夫か?」
「え……えぇ、大丈夫よ。じゃあお互いに頑張りましょ!」
「あぁ!」
 大助は走っていった。

 その姿はすぐに見えなくなった。

「大助……」
 小さく呟く。あの嫌な感じは、もう残っていない。きっと気のせいだ。
 私は考えるのを止めて、勢いよく駆けだした。

















































「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」
 雲井は息を切らしながら洞窟の前に立っていた。怪鳥の飛んでいった方向を見ながら、全速力で後を追い、なんとかここまでたどり着くことが出来た。息も切れ切れで汗もビショビショ。用意していた500oリットルのスポーツドリンクもとっくに底がつきていて、水分補給もままならない。
「ちく……しょう……! こん……な……こと……なら……バイクでも……借りておくんだった……!」
 雲井は息を整えて、中に入った。
 暗い道をまっすぐに進んで、すぐに広い場所に出る。そこには誰もいなくて、ただ奥の方に四つの通路があるだけだ。
「ははぁん、さてはどれかの通路が敵につながっているんだな」
 そう呟いて、すぐにその通路へ入るか決断した。
「よっしゃあ! 待ってろよ! 香奈ちゃーん!」
 そう叫びながら、雲井は右から二番目の通路を走っていった。




episode11――最初の戦い〜運命〜――




 伊月は走っていた。
 五分ほど走っているのにも関わらず、まだ道の終着点は見えない。思っていた以上に道が長くて暗い上に、地面が凸凹していて走るのがきついのもあったが、そろそろ着いてもおかしくないはずだった。
 相手が言っていた限り、ここは自然にできた洞窟。こんな長い洞窟など、まだこの世界にあったのかと思う。いったい何の理由があって、ここを最終決戦の場にしたのかはわからない。
 別に嫌なわけでは無いが、この時代に洞窟で決戦とは少し時代遅れだと思った。
「佐助さん、あとどれくらいで着きますか?」
《………………》
 応答がない。
 向こうからはノイズが時々聞こえるだけで、繋がっていないに等しい状態だ。
 先程まではきちんと通じていたのにも関わらず、どうしてこんなことになってしまったのか。
「仕方ありませんね」
 何か起こったら各自の判断に任せるというのが、佐助の言葉だ。
 通じない以上、頼れるのは自身の力だけである。
「……!」
 遠くの方に、光が見えた。
「やっとですか……」
 伊月は息を整えて、歩く。
 情報によれば、相手は二番目に強い実力を持っているらしい。
 自分ほどではないだろうが、相当な実力者のはずだ。
 今までに、伊月は自分より強いと思える相手にあまり会ったことがない。強すぎるというのは、それなりに不便なものであると感じていた。
 だからいつか、自分の力のすべてを懸けて戦おうと思える相手に出会うことを心のどこかで望んでいるのかもしれない。
「さて……」
 ポケットからデッキを取り出して、最終確認をする。
 相手が自分より強かろうが、弱かろうが、これから世界の運命を担う決闘が始まるのだ。
 負けるわけにはいかない。
 それに、まだ自分にはやるべき事があるのだから。
 見える光がだんだんと大きくなっていく。
 着いたのは、先程までいた場所より一回り小さい場所だった。四方にランプが灯されていて、その中心に黒いフードを被った人物がいた。
『あなたですか……』
 聞いたことがある声だった。
 顔が見えない。さっきまで暗闇の道を走っていたせいで、明るい場所に目が慣れていないのが原因だろう。
『ようこそ』
 女性の声。つい最近聞いたことがある。
 だんだんと目が慣れてきて、伊月の目はその人物の姿を捉えていく。
「……なるほど、あなたでしたか」
『やっと気づきましたか』
 伊月の目の前に立っていたのは、洞窟の入り口で待っていた女性だった。
 ただの道案内役だけではなかったらしい。その女性は自分より少し年上で、薫よりも大人びているように見えた。
 軽くウェーブしている髪がゆれ、氷のような目つきでこちらを見ている。
「まさかあなたが相手だとは思いませんでしたよ」
 伊月は正直な感想を述べた。
『意外でしたか?』
「少々。あなたのような女性と戦うと思うと、正直つらいです」
『それはお礼を言っておきますね。でしたらおとなしく負けて頂けないかしら?』
「残念ですがそれはできない相談でしょう」
『そうですよね。では……』
 ダークの女性は構えた。その腕に漆黒のデュエルディスクが付けられ、デッキがセットされる。伊月もそれにならって腕にデュエルディスクを構えて、デッキをセットした。自動シャッフルがなされて、準備が完了する。
「始めましょうか」
『私はミイナ。あなたの名前は?』
「僕は伊月と言います」
『素敵な名前ですね』
「あなたほどではありませんよ」
『…………………では、始めましょう』
 ミイナの体から闇があふれ出す。
 伊月は意識を集中した。




『「決闘!!」』



 伊月:8000LP  ミイナ:8000LP



 一つ目の決闘が始まった。





『この瞬間、デッキからフィールド魔法を発動します』
 ミイナから闇が吹き出て辺りを包む。油断すると飲み込まれてしまいそうな黒い闇。
 決して破壊できない。絶対的なフィールド魔法だ。


 闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 ライフを半分支払い、カード名を一つ宣言する。
 そのカードはフィールド場にある限り、以下の効果が付加される。
 ●「このカードを対象にする相手の魔法・罠・モンスターの効果を無効にする。」
 また、宣言したカードがモンスターカードだった場合、以下の効果も付加する。 
 ●「攻撃力は1000ポイントダウンする。」
 この効果は、デュエル中に1度しか発動できない。


「おやおや、早速ですね」
『いやですか?』
「いいえ、そのフィールド魔法がダークの証でもあるんですから、しょうがないのでしょう。それにフィールド魔法の差だけで勝敗が決まるほど、決闘は甘くありません」
『そうですね』
 赤いランプがデュエルディスクに点灯する。
 先攻は伊月からだ。
「僕のターンです」
 引いたカードを手札に加えて、少しの間考える。
 手札はまぁまぁ。良くもないし悪くもない。攻めようと思えばそうすることは出来るが、相手がどんなデッキか分からない以上、ここは様子を見ておくべきだろうと思った。
「カードとモンスターをセットして、ターン終了です」



 様子見の1ターン目が終わり、ミイナは静かに息をついた。
『まずは様子見ですか』
「ええ、あなたのデッキと戦術を見せてもらいましょうか」
『そうですね。別に構わないですよ。あなたの運命はすでに決まっているに等しいですから』
「運命とは、面白いですね」
 ミイナはカードを引く。
 その口元にうっすらと笑みを浮かべると、一枚のカードを発動した。


 混同するフィールド
 【永続魔法】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在するとき、
 フィールド魔法を魔法・罠ゾーンに置いて使用することが出来る。
 場にフィールド魔法が2枚以上存在するとき、それらのフィールド魔法の効果は重複する。
 このカードがフィールドを離れたとき、自分の魔法・罠ゾーンにあるカードをすべて破壊する。



 闇の世界の中に、淡く光る青い霧が広がった。
「なんなんですか? そのカードは……」
 見たこともないカードだった。フィールド魔法を共有することが出来るカードは、まだ作られてはいないはずである。
 つまりこれは、ダークに自分たちのカードを作ることが出来る力もあるということの証でもあった。
『運命を決める準備は整いました』
「………」
『私があなたの運命を決めて差し上げましょう。手札からフィールド魔法"光の結界"を発動します』
 闇に覆われたフィールドの地面に、まぶしい光が作り出す結界が現れる。
 突然の光に、思わず目を瞑ってしまった。


 光の結界
 【フィールド魔法】
 自分スタンバイフェイズ時にコイントスを1回行う。
 裏が出た場合、このカードの以下の効果は次の自分のスタンバイフェイズ時まで無効となる。
 ●「アルカナフォース」と名のついたモンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚時に
 発動する効果は、コイントスを行わずどちらかを選択して適用する。
 「アルカナフォース」と名のついたモンスターが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
 自分は破壊したモンスターの元々の攻撃力分のライフポイントを回復する。


「アルカナフォース……ですか」
『その通りです。人は生きる限り、必ず運命に縛られる。私が使うカードは、人がこれから体験するであろう絶望と恐怖を占い、それを実行する者達です』
「それは大層なモンスター達ですね。僕の運命も占ってくれるんでしょうか?」
 伊月が尋ねると、ミイナは静かに笑った。
『えぇ、あなたの運命も決まりました』
「それは興味深いですね。いったい、どのような運命なのでしょうか?」
『ふふ……それはお楽しみです』
 ミイナはモンスターを召喚した。


 アルカナフォースIV−THE EMPEROR 光属性/星4/攻1400/守1400
 【天使族・効果】
 このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
 コイントスを1回行い以下の効果を得る。
 ●表:自分フィールド上に表側表示で存在する
 「アルカナフォース」と名のついたモンスターの攻撃力は500ポイントアップする。
 ●裏:自分フィールド上に表側表示で存在する
 「アルカナフォース」と名のついたモンスターの攻撃力は500ポイントダウンする。


 現れた機械のようなモンスター。
 まるで伊月の未来を見据えるかのように、その不気味な瞳で見つめていた。
『さぁ占いましょう。運命を』
 ミイナが言った瞬間、"アルカナフォースIV−THE EMPEROR"のカードが勢いよく回転する。
『タロットはご存じですね?』
「ええ、占いでよく使われるカードでしょう。たしか正位置、逆位置によって描かれているカードの意味が変わるはずでしたが?」
『その通り。アルカナフォースも同じように、カードの向きによってその効果を変化させます』
「なるほど、たしかに運命を占うというのにふさわしいカード達ですね」
『さぁ、決定しなさい』
 ミイナが手をかざす。回転するカードの勢いがだんだんと弱まっていく。
 ゆっくりとカードが止まった。
「正位置ですか」
 示されたのは、本来の正しい位置。それによって機械のモンスターの攻撃力が変化した。

 アルカナフォースIV−THE EMPEROR:攻撃力1400→1900

『残念でしたね』
「仕方がないでしょう。"光の結界"の効果で、あなたの好きなように位置を変えられるんですから」
『……知っていましたの?』
「当然でしょう」
『嫌なお方ですね……バトル』
 
 ――エンペラーフォース!――

 機械のモンスターからまぶしい光が発射される。
 それは伊月の場にあるモンスターを一瞬で貫いた。
「……?」
 ダメージはないが、破壊されたことによる衝撃が体に届く。闇の力が強い決闘者ほど、その衝撃は強くなるということが分かっている。たくさんのダークを相手してきた経験で、伊月には相手の力の具合が一瞬で感じ取れた。
 だが今の衝撃……なにかが……おかしい。
「この瞬間、モンスター効果を発動します」
 伊月の墓地から、不気味な顔をしたトマトのようなモンスターが姿を現した。


 キラー・トマト 闇属性/星4/攻1400/守1100
 【植物族・効果】
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
 自分のデッキから攻撃力1500以下の闇属性モンスター1体を
 自分フィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。


『リクルーターですか』
「そうです。この効果で僕は"堕天使ナース−レフィキュル"を特殊召喚しましょう」
 不気味な顔をしたトマトから、黒い光があふれ出す。 
 その中から、黒い天使が姿を現した。


 堕天使ナース−レフィキュル 闇属性/星4/攻1400/守600
 【天使族・効果】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手のライフポイントが回復する効果は、
 相手のライフポイントにダメージを与える効果になる。


『シモッチバーンですか……嫌なデッキですね。ひとまず"キラー・トマト"を戦闘破壊したので1400ポイントを回復したいのですが………』
「残念ですが、レフィキュルが場にいるのでダメージに変えてもらいますよ」
 地面に描かれた結界から、癒しの光があふれ出す。だが堕天使がその間に介入し、その光をまったく逆の物へと変化させた。光が1本の槍となり、ミイナの体を貫く。

 ミイナ:8000→6600LP

『くっ………ターンエンドでいいですよ』
 
-------------------------------------------------
 伊月:8000LP

 場:堕天使ナース−レフィキュル(攻撃:1400)
   伏せカード1枚

 手札4枚
-------------------------------------------------
 ミイナ:6600LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   アルカナフォースIV−THE EMPEROR(攻撃:1900/正位置)
   光の結界(フィールド魔法/正位置)
   混同するフィールド(永続魔法)
       
 手札3枚
-------------------------------------------------

 相手のターンが終わり、伊月のターンになる。
 その心にはライフポイントの差が開いたことによる余裕が出来ていた
 カードを引いて戦略を練る。
「いきますよ」(手札4→5枚)
 伊月の目が変わる。
 その迫力にミイナは思わず、一歩退いてしまった。
「手札から"成金ゴブリン"を発動します」


 成金ゴブリン
 【通常魔法】
 デッキからカードを1枚ドローする。
 相手は1000ライフポイント回復する。


「僕はこの効果で、カードを1枚引きます」
『その堕天使の効果で、私は1000ポイントのダメージですか……』
「その通りです。さぁ受けて下さい」
 堕天使の体から赤い光が発せられる。
 光が場のモンスターを飛び越えて、ミイナの左肩を打ち抜いた。
『くっ……!』

 ミイナ:6600→5600LP

「さらに僕は"ソウルテイカー"を発動します。対象はもちろんそのモンスターです」
 伊月の場からまぶしい光が発せられる。
 その鋭い光が機械のモンスターを切り裂いた。


 ソウルテイカー
 【通常魔法】
 相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を破壊する。
 この効果によって破壊した後、相手は1000ライフポイント回復する。

 アルカナフォースIV−THE EMPEROR→破壊

「さらに1000ポイントのダメージを与えます」
『ぅあ………!!』

 ミイナ:5600→4600LP

「バトルです。レフィキュルで攻撃!」

 ――アンチ・キュア!――

 堕天使自身から赤い光が発せられて、ミイナの体を貫いた。
『うあ……あ……!』

 ミイナ:4600→3200LP

「カードを1枚伏せて、ターン終了です」

-------------------------------------------------
 伊月:8000LP

 場:堕天使ナース−レフィキュル(攻撃:1400)
   伏せカード2枚

 手札3枚
-------------------------------------------------
 ミイナ:3200LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   光の結界(フィールド魔法/正位置)
   混同するフィールド(永続魔法)

 手札3枚
-------------------------------------------------

 光に撃ち抜かれた箇所を抑えながら、ミイナは伊月を見据える。
『やりますね』
 たった数ターンでここまでのライフ差が付けられたことを、ミイナは喜んでいた。ここから一気にどん底まで相手を突き落とせば、目の前にいる青年はどんな反応をするだろう。
 とても……楽しみだ。
「どうしますか?」
『私も本気でいきますよ』
「………なるほど、では見せてもらいます。罠発動です!」
 伊月の伏せカードが開かれる。


 真実の目
 【永続罠】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手は手札を公開し続けなければならない。
 相手のスタンバイフェイズ時、手札に魔法カードがある限り1000ライフポイント回復する。


 伊月の後ろに、巨大な目の紋章が現れた。
 その目から光が発せられて、ミイナの手札を照らし出す。
「さぁ、手札を公開して下さい」
『……………』
 ミイナは仕方なく手札を公開する。
 対戦する相手にとってこちらの非公開な情報は、ある時想像もつかないほどの武器になることがある。このカードはその情報アドバンテージを一気に奪いさるもの。
 手札を見れば、こっちとしてもそれなりの計画が立てられる。
 伊月はそう思い、心にわずかな余裕を持ってカードを確認した。
「………なっ!?」
 その表情が、一瞬で青ざめる。

 ミイナは――――笑っていた。

『どうしました?』
 ミイナの問いに、伊月は少しでも動揺を隠そうと下を向いた。
「……いいえ、別に……」
破滅の未来でも見えましたか?

 ミイナの手札は――
  
 ・アルカナフォースVII−THE CHARIOT
 ・逆転する運命
 ・加速する運命

 そして――
  
 ・アルカナフォースEX−THE DARK RULER

 公開された4枚のカード。どれも強力な効果を持ったカードだったが、特にあのモンスターは早く対策を立てないと厄介だと思った。
『言ったでしょう? 運命は決まったって……』
「……ですが、あなたには魔法カードがある。よって1000ポイントの回復を、ダメージに変えさせてもらいます」

 ミイナ:3200→2200LP

『さぁ、始めますよ』
 闇が深まっていく。
『くれぐれも後悔しませんように……』
 "光の結界"のカードが勢いよく回転し始める。
 示されたのは、正位置。
「……!」
『いきます』
 ミイナの場に、新たなモンスターが現れた。


 アルカナフォースVII−THE CHARIOT 光属性/星4/攻1700/守1700
 【天使族・効果】
 このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
 コイントスを1回行い以下の効果を得る。
 ●表:このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
 そのモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
 ●裏:このカードのコントロールを相手に移す。


 場に出たカードが回転し始める。
『当然、正位置です』
 ミイナの宣言通り、カードは正位置で止まる。
『さらに魔法カード"加速する運命"を発動します』


 加速する運命
 【通常魔法】
 「光の結界」と「アルカナフォース」と名のついたカードが
 自分フィールド上に存在するときにのみ発動できる。
 デッキからカードを2枚ドローする。


『引いたカードも、もちろん見せますよね?』
「えぇ、もちろんですよ」
『どうぞ』

 ・立ちふさがる運命
 ・アルカナコール

「……!」
『ふふ、本当に面白いお方ですね』
「そうでしょうか?」
『えぇ、本当に、面白いですよ』
 ミイナは不気味な笑みを浮かべて、魔法カードを発動した。


 立ちふさがる運命
 【通常魔法】
 デッキから「アルカナフォース」と名のついたモンスターを墓地に送る。
 相手の魔法・罠ゾーンにあるカード一枚を破壊する。


『わたしは"アルカナフォース0−THE FOOL"を墓地に送って、あなたの伏せカードを破壊します』
 ミイナのカードからでた突風が、伊月の場のカードを襲う。
 為す術はなく、伊月のカードは破壊されてしまった。
『……"グラヴィティ・バインド"でしたか……』
「えぇ、破壊されてしまいましたがね……」


 グラヴィティ・バインド−超重力の網
 【永続罠】
 フィールド上に存在する全てのレベル4以上のモンスターは攻撃をする事ができない。


 アルカナフォース0−THE FOOL 光属性/星1/攻0/守0
 【天使族・効果】
 このカードは戦闘によっては破壊されない。
 このカードは守備表示にする事ができない。
 このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
 コイントスを1回行い以下の効果を得る。
 ●表:このカードを対象にする自分の魔法・罠・効果モンスターの効果を
 無効にし破壊する。
 ●裏:このカードを対象にする相手の魔法・罠・効果モンスターの効果を
 無効にし破壊する。


『さぁ、これで大丈夫ですね』
「…………………」
 伊月の場には、堕天使が一体と相手の手札を公開するカードのみ。ミイナの場にはその天使を上回る攻撃力を持った強力なモンスターがいる。
 その攻撃を防ぐ術はない。
『バトルに入りましょう。"アルカナフォースVII−THE CHARIOT"で攻撃!』

 ――フィーラー・キャノン!!――

 目から発射された光線が、堕天使の体を貫く。
 それと同時に伊月のライフも変動した。

 伊月:8000→7700LP

 削られたライフポイント。わずかな痛みが伊月を襲った。
 だが、それで終わった訳じゃない。
『"光の結界"の効果で私はあなたのモンスターの攻撃力、1400ポイントのライフを回復します!』
 地面に描かれた結界の光が、ミイナの傷を癒していく。

 ミイナ:2200→3600LP

「さらに"アルカナフォースVII−THE CHARIOT"は相手モンスターを戦闘破壊したとき、そのモンスターを私の場に特殊召喚します!』
 先程、光線を放った目が赤く輝く。
 貫かれたはずの体が勝手に立ち上がり、堕天使はゆっくりとミイナの場へと移動した。
 堕天使の悲しそうな目が、伊月を見つめる。
『まだ、攻撃は残っていますよ』
「………………」
『さらに、攻撃!』

 ――アンチ・キュア!――

 赤い光線が、伊月の腹部を勢いよく貫いた。

 伊月:7700→6300LP

「……っ……!!」
 腹部を押さえて、伊月は踏みとどまる。
 現実となった痛みは何度も経験してきたが、やはり慣れない。
 それにこの痛み……どう考えても……おかしい。
『カードを1枚伏せてターン終了です』

-------------------------------------------------
 伊月:6300LP

 場:真実の目(永続罠)

 手札3枚
-------------------------------------------------
 ミイナ:3600LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   アルカナフォースVII−THE CHARIOT(攻撃:1700/正位置)
   堕天使ナース−レフィキュル(攻撃:1400)
   光の結界(フィールド魔法/正位置)
   混同するフィールド(永続魔法)
   伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------

「……僕のターンですね……」
 カードを引いて、伊月は冷静に状況を分析する。
 今、手札にこの状況を覆すカードはない。しかも"レフィキュル"が奪われてしまっている以上、回復カードを残している意味はない。
 それなら、やることは一つ。
「僕は"真実の目"をコストにして、魔法カード"マジック・プランター"を発動して2枚ドローします」
 伊月の場にあった巨大な目の紋章が砕け散る。
 破壊された紋章のかけらが手札に光となって降り注ぎ、2枚のカードを補充した。


 マジック・プランター
 【通常魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。


「………」
 そこまでいいカードは引けなかったかと、伊月は少しだけ落胆する。
 だが、手はある。
 伊月は2枚のカードを選び出して、モンスターゾーンと魔法・罠ゾーンにそれぞれ伏せてターンを終えた。
『ふふ……打つ手無し、ということですね?』
「どうでしょうか? もしかしたらこの伏せカードが逆転の切り札になるかもしれなせんよ」
『……かわいくないですね』
「それはどうも」
『私のターンです』
 カードを引いたミイナの表情に、わずかな悔しさが見えた。
 それ見て伊月は少し安心する。どうやら新たなアルカナが出ることはないらしい。
『"光の結界"の効果発動です』
 再びカードが回転し始める。スタンバイフェイズ時に必ず行われるこの作業に戦況を変える光明を見いだせないかと伊月は考えていた。
「ストップです」
 カードがゆっくりと、回転を止めていく。
 示されたのは――正位置。
「くっ……」
『まぁ、今の手札に通常召喚できるアルカナはいないんだけどね……』
 残念そうな顔を浮かべるミイナを、伊月はただ静かに見つめている。
 たとえ新たなモンスターが召喚されていなくとも、自分が危機的状況に陥っていることに代わりはない。
『じゃあバトルよ。"アルカナフォースVII−THE CHARIOT"で裏守備モンスターに攻撃!』

 ――フィーラー・キャノン!!――

 再び目から発射された光線が、伊月の場で守備体制を取っていた黒猫を貫いた。
「この瞬間を待っていましたよ」
『……?』
「リバース効果発動です」


 不幸を告げる黒猫 闇属性/星2/攻500/守300
 【獣族・効果】
 リバース:デッキから罠カードを1枚選択し、デッキの一番上に置く。
 「王家の眠る谷−ネクロバレー」がフィールド上に存在する場合、
 選択した罠カードを手札に加える事ができる。


「この効果で、僕は"シモッチによる副作用"をデッキの一番上に置きます」
『……! でも私のライフは回復して、そのモンスターは私の場に特殊召喚されるわ!』
 手をかざすと共に、先程光線に貫かれた黒猫がミイナの場に現れる。

 ミイナ:3600→4100LP

 これによって伊月の場には伏せカードが1枚だけ、相手の場には3体ものモンスターが並ぶことになった。
「おやおや、僕の場はがら空きですね」
 そんな状況なのにもかかわらず、伊月は涼しげな笑みを浮かべていた。
『なにか可笑しいかしら?』
「いえいえ、むしろヒヤヒヤしているぐらいですよ」
『………そうかしら?』
「さて、どうしますか」
『………』
 ミイナは考える。
 このまま残ったモンスターで一斉攻撃すれば、伊月のライフポイントは大きく減少することになる。相手が次のターンにキーカードを引く以上、積極的に攻めていきたいところだ。
 だが、あの表情は何なのだろう。
 この状況でそんな顔が出来るということは、あの伏せカードにそれほどまで自信があるという表れである可能性も否定できない。
 もし"聖なるバリア−ミラーフォース"のようなカードだったら、こちらの場は全滅してしまう。3体のモンスターを一度に失ってしまうのはあまりに痛手だ。次のターンには切り札が召喚できる。ここで攻撃しなくても、問題はないかもしれない。
「どうしましたか? 僕の場はがら空きです」
『………分かっています……』
「"聖なるバリア−ミラーフォース"……とでも考えていますか?」
『……!』
 考えを読まれた……? いや、この状況で攻撃するか迷う状況は限られている。相手が自分の思考を読むことぐらいよくあることだ。
「あなた方の使うフィールド魔法は、対象を取らない効果に対してまったくの無力ですからね。僕たちも簡単に対策が可能というわけですよ」
『…………………』
「さぁ、そろそろどうするか宣言して頂きませんか?」
『……………………』
 ミイナは笑みを浮かべる相手を見つめた。
 だがその頭には、冷静な分析をする余裕は無かった。
 ただ単純に、気にいらなかった。
 この絶望的な状況で笑っていられるなんて、何かあるに違いない。
 違いない、が……気にいらない。
 その笑みが絶望に染まるぐらい、とことん攻撃してやりたい。
 ミイナが攻撃する理由として、それは十分すぎるくらいだった。
『バトルよ! 残ったモンスターで一斉攻撃!!』

 ――アンチ・キュア!――
 ――不幸の爪!――

 赤い光と黒猫の爪が、伊月の体を貫き、切り裂いた。

 伊月:6300→4900→4400LP

 伏せカードは発動されなかった。
 全てのモンスターの攻撃が通ったことにより、ミイナの心にわずかな余裕ができはじめる。
『ブラフだったみたいですね』
「読まれてしまいましたか……残念ですね。もう少しだったんですが……」
 伊月が笑みを浮かべながら答えた。
 ブラフだったのにも関わらず、あそこまでの態度がとれるのだから、やはりスターという組織は放っておくべき相手じゃなかったということを、ミイナは改めて自覚した。
『どうやら運命が決まりかけてきたようですね』
「そうでしょうか? まだ分かりませんよ」
『……カードを伏せて、ターンエンドです』

-------------------------------------------------
 伊月:4400LP

 場:伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------
 ミイナ:4100LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   アルカナフォースVII−THE CHARIOT(攻撃:1700/正位置)
   堕天使ナース−レフィキュル(攻撃:1400)
   不幸を告げる黒猫(攻撃:500)
   光の結界(フィールド魔法/正位置)
   混同するフィールド(永続魔法)       
   伏せカード2枚

    手札3枚
-------------------------------------------------

『万事休すですね』
「さぁどうでしょう? まだ僕には希望がありますからね」
『………どうぞ、あなたのターンです』
「では、お言葉に甘えて」
 伊月は勢いよくカードを引いた、それを手札に入れて、じっくりと考える。
 自分の手札は4枚。
 状況はあまり良いとは言えない。
 だが、絶望的な訳でもない。
「カードを一枚伏せて、ターン終了です」
 伊月はカードを伏せただけで、ターンを終える。



 その様子を見て、ミイナは笑う。
『私のターン!』
 "光の結界"のカードが勢いよく回転する。
『運命は決まりましたわ! あなたの敗北という運命がね!』
 カードの勢いが弱まっていく。
 二人の決闘者が、その様子を静かに見守る。
 示されたのは――


 ――逆位置だった。


『なっ!?』
「おやおや、どうやら運命はまだ決まっていないようですね」
『……まだよ。たとえこのカードがなくったって!』
 ミイナの場にいる3体のモンスターが光に飲み込まれていく。
『闇の運命を司る力よ! 今こそ私の場に出でよ!』
 地面から黒い光の柱が現れる。
 その中から漆黒に染まる、究極の運命を司るアルカナが姿を現した。


 アルカナフォースEX−THE DARK RULER 光属性/星10/攻4000/守4000
 【天使族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 自分フィールド上に存在するモンスター3体を
 墓地へ送った場合のみ特殊召喚する事ができる。
 このカードが特殊召喚に成功した時、コイントスを1回行い以下の効果を得る。
 ●表:このカードはバトルフェイズ中2回攻撃する事ができる。
 この効果が適用された2回目の戦闘を行った場合、
 このカードはバトルフェイズ終了時に守備表示になる。
 次の自分のターン終了時までこのカードは表示形式を変更できない。
 ●裏:このカードが破壊される場合、フィールド上のカードを全て破壊する。
 

「攻撃力4000ですか………」
『そのとおりです。"アルカナフォースEX−THE DARK RULER"は最強のアルカナ。あなたの運命を決定するためにここに現れたのよ!』
 ミイナが叫ぶと同時に、カードが勢いよく回転する。
 示されたのは、正位置だった。
『これで、このモンスターは2回の攻撃が可能になったわ!』
「……そうですか。よわりましたね………」
『これで終わり! "アルカナフォースEX−THE DARK RULER"でダイレクトアタック!』

 ――デスティニー・スラッシュ!!――

 機械のような腕が、伊月に迫る。
「罠発動です」


 ガキィン!!


 伏せカードを開いた。伊月の目の前に、白い光の盾が現れる。
 その輝きは闇の運命を司るモンスターの攻撃を止めて、はじき返してしまった。
『……なんで……?』
 驚きを隠せないミイナに、伊月は笑みを浮かべて答える。
「僕の白夜のカードですよ。このカードは相手モンスターの攻撃を1度だけ無効に出来るんです」
『………ずいぶん、くだらない白夜のカードですね』
「そうでしょうか? おかげでこのターンによる僕の負けはなくなったのですが……」
『……! まだよ、まだ攻撃は残っているわ!』
 ミイナの宣言と共に、再び闇の運命を司るモンスターの攻撃が伊月を襲った。


 アルカナフォースEX−THE DARK RULER→破壊


『えっ!?』
 何が起こったのか、分からなかった。
 伊月の場に再び防壁が現れて、モンスターの攻撃を跳ね返されてしまった。
「残念でしたね」
 笑みを浮かべる伊月。
 その場に開かれていたのは――


 聖なるバリア−ミラーフォース−
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。


『そんな……さっきは……!』
「わざと発動しませんでしたよ?」
『……!!』
「ずいぶんあなたは悩んでいましたからね。発動しなければ、きっと油断してくれるだろうと思ったんですよ。まさかここまで思い通りに行くとは思いませんでしたがね」
 ミイナの心に、激しい動揺が生じた。
 全部……仕組まれていた……?
 自分が攻撃をするかしないかで悩んでいて時から?
 それとも、それよりずっと前から?
「あなたの伏せカードは"アルカナコール"と"逆転する運命"というところでしょう。今それを使っても意味はなさそうですね」
『……!』


 アルカナコール
 【通常罠】
 自分フィールド上に表側表示で存在する「アルカナフォース」と名のついた
 モンスター1体を選択して発動する。
 墓地に存在する「アルカナフォース」と名のついたモンスター1体をゲームから除外する。
 エンドフェイズ時まで、選択したモンスターがコイントスによって得た効果は、
 ゲームから除外したモンスターがコイントスによって得る効果と同じ効果になる。


 逆転する運命
 【通常罠】
 自分フィールド上に表側表示で存在する「アルカナフォース」と名のついた
 モンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターがコイントスの裏表によって得た効果は逆になる。


『………』
 その通りだった。"アルカナコール"は、万が一の時の保険だった。
 もし切り札が破壊されようとしても、"逆転する運命"を使って相手のカードを道連れにも出来た。
 たださっきは、破壊されたときに発動しても被害を受けるのは自分だけ。
 発動する意味はない。
「さて、どうしますか?」
『……まだです。あなたの場にカードはない。それなら場にカードがたくさんある私の方が有利のはずでしょう?』
 切り札を破壊されたことによる動揺を隠しながら、ミイナは言う。

「それはどうでしょうか」

 伊月の爽やかな笑みが見えた。
『……!?』
「僕のターンです」

-------------------------------------------------
 伊月:4400LP

 場:なし

 手札3枚
-------------------------------------------------
 ミイナ:4100LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   光の結界(フィールド魔法/逆位置)
   混同するフィールド(永続魔法)       
   伏せカード2枚

 手札3枚
-------------------------------------------------


 伊月はカードを引くと、すぐさまカードをデュエルディスクに叩きつけた。



 シモッチによる副作用
 【永続罠】
 相手ライフポイントが回復する効果は、
 ライフポイントにダメージを与える効果になる。


『な、なんで………罠はセットして1ターン経たないと……!』
「白夜のカードですよ」
『えっ……!?』
「僕のカードは少々、特別でしてね」
 そう言うと伊月は墓地にあるカードの情報を公開した。
 ソリッドビジョンにカードの効果が表示される。


 堕天使の診察
 【通常罠】
 相手の攻撃宣言時に発動できる。相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
 このカードが墓地にある場合、自分は罠カード1枚を手札から発動できる。
 この効果で罠カードを発動した後、このカードはデッキに戻してシャッフルする。
 そのあと相手は2000ポイントのライフを回復する。


「おわかりですか?」
『……墓地にいるときに、真の力を発揮する……カード……!』
「そうです。僕は効果で罠を手札から発動しました。よってあなたはライフポイントを2000ポイント回復するのですが、"シモッチによる副作用"でダメージに変換されます」

 ミイナ:4100→2100LP

「さらに手札から"成金ゴブリン"を発動して1枚ドローします」


 成金ゴブリン
 【通常魔法】
 デッキからカードを1枚ドローする。
 相手は1000ライフポイント回復する。


 ミイナ:2100→1100LP
 伊月:手札2→3枚

「そして、これでターンエンドです」
 伊月は静かに、デュエルディスクにカードを置いた。
 魔法・罠ゾーンに裏側になったカードが1枚置かれている。




『わ、私のターン――』
「罠発動です」
「っ!?」


 運命の分かれ道
 【通常罠】
 お互いのプレイヤーはそれぞれコイントスを1回行い、
 表が出た場合は2000ライフポイント回復し、
 裏が出た場合は2000ポイントダメージを受ける。


「お互いにコイントスして、表か裏で効果が決まります。ですが…………」
『あ……!!』
 発動されたカードは、表が出れば回復。裏が出ればダメージを与えるもの。その量は2000ポイント。
 だがミイナは、伊月のカードによって回復が出来なくなってしまっている。
 つまり――


「あなたに、『分かれ道』は………ないようですね」


 空中に現れたソリッドビジョンのコインが、回転する。
 伊月は表を向き、ミイナのコインは裏だった。

 ミイナ:1100→0LP




 決闘は、終了した。










「終わりましたね……」
 デュエルディスクをカバンにしまい込み、伊月はミイナを見下ろした。
『私の負け……ですね……』
「なかなか楽しかったですよ」
『……ホントに、嫌な人ですね……』
 ミイナは懐から、何かを取り出した。伊月はそれに気づかない。
「一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
『……?』
 伊月は真剣な顔になり、しゃがみ込む。
 決闘中にずっと気になっていたことを、確認しなければならない。
「組織内でのあなたの立ち位置を教えて頂けませんか?」
『………なんでそんなことを……?』
「僕の感覚から言えば、あなたはせいぜい幹部か、それ以下ではないのでしょうか?」
『………あたりです……私は、下っ端です……どうして今回ここに呼ばれたかまだ分かりません』
「………………………」 
 どういうことだ?
 反応が2番目に強いダークが下っ端ランク?
 佐助の言ったことが間違いだとは考えられないし、この女性の言葉も嘘だとは思えない。
 いったい――

 
 ボカァアン!!


 入り口の方で、小さな爆発が起きた。辺りの岩が崩れて、入ってきた道をふさぐ。
「何をしたんですか?」
『もし決闘に負けたら、このボタンを押せと……』
 ミイナの手元には、小型の機械があった。
 その中心にはボタンのようなものがある。
『入り口はここしかありません………どうやら、足止めってことなんでしょう……』
「なぜ?」
『下っ端だから、分かりませんよ』
 ミイナは笑みを浮かべて、伊月を見つめた。
『私もなかなか楽しかったですよ』
 ミイナの体の半分が消えかけている。
「待って下さい。最後に1つだけ……麗花(れいか)という女性を知りませんか」
『れい……か……』
 ミイナは伊月の見て、笑う。
「何が可笑しいんですか」
『予言しておきますよ……あなたは………未来に必ず……彼女と………』
 

 言い終わる前に、ミイナは消えてしまった。


「………」
 閉じこめられた空間で、伊月は一人、考える。
 ミイナは麗花のことを知っていたのだろうか………いや、今は仕事のことを考えよう。
 反応が2番目に強いダークが下っ端というのは、やはりおかしい。
「……まさか………!」
 頭に浮かんだのは、最悪のイメージ。
「佐助さん、応答して下さい、佐助さん!」
 通信機に呼びかけるが、応答はない。
 正確には、ノイズが聞こえるだけだった。
「くっ……!」
 伊月は歯を食いしばり、地面を殴りつける。



 何もない空間の中で、青年の声がこだましていた。




episode12――第2の決闘〜全力〜――




「うーん……どうなっているんだろ………」
 薫は困っていた。
 さっきから同じ場所を歩いているような気がしてならない。あの崩れた壁、凹凸している地面。
 どれもついさっき見たような気がする。目の前には何度も見てきた右と左への分かれ道。いったい何度この選択を迫られてきたことだろう。
「佐助さん、どうなってるの?」
『………………………………………』
 応答はない。
 どうも電波の調子が悪いらしい。さっきまでいた広場では通じていたのに……。
「どうしよう……」
 この年にもなって、迷子になってしまったとでもいうのだろうか。
 たしかに考えてみれば、待ち合わせの時にはいつも他の二人が先に着いている。そしていつもやれやれという感じな顔をされる。
 別に迷っているわけじゃない。
 待ち合わせの時に限って時計が遅れたり、いつも通る道が工事中になっていたり、不親切な地図を持っているだけだ。
 ちゃんとやれば迷うことなんてない。

 〜〜薫ちゃんは方向音痴だからねぇー〜〜

 いつだったかコロンに言われた言葉が蘇る。今そのことを言われたら言い返せない気がした。
「うぅ……どうしたら……」
 がっくりとうなだれる薫の頭に、一つの閃き。
「そっか! べつにここ洞窟だよね……」
 薫はバッグからデッキケースを取り出して、一枚のカードを取り出した。
 目を閉じて、意識を集中する。
 カードが白く輝き、その絵柄から機械の龍が現れる。


 サイバー・ドラゴン 光属性/星5/攻撃力2100/守備力1600
 【機械族・効果】
 相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在していない場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。


 あらわれた龍の口に、高密度のエネルギーが溜められる。
「じゃあ"サイバー・ドラゴン"……この壁に穴を空けて!」
 主人の命令に答えるかのように、その口からエネルギーが発射された。白夜の力によって現実となった力が、壁にぶつかり弾ける。

 ――ズドォォォン!!!

 轟音と共に、洞窟の壁が一気に崩れ落ちた。
 街中では絶対に使えない荒技。だがここは洞窟。しかも敵陣だ。使って悪いことは何もないだろう。
 大きく開けられた穴の向こうに、光が見えた。
「やった!」
 薫は勢いよく駆け出す。
 小さな穴にオレンジ色の光が漏れている。
 広場の光と同じような光だった。つまり、この先が……。
「よーし!」
 もう一度、機械の龍を呼び出して今度こそ道を開く。
 壁が崩れ落ちて、大きく広い場所が開けた。
 "サイバー・ドラゴン"は役目を終えると、白い光と共にカードの中に戻っていった。
「ありがとう」
 丁寧にそのカードをデッキケースに戻すと、勢いよく開けた空間の中に駆け込んだ。
『よく来たな』
「……!」
 声の主の方へと、薫は意識を向ける。
 漆黒のフードを被った男が、仁王立ちしていた。
「あなたが、ダークのボス?」
 念のため確認しておく。
 この状況でいるのはボスしかあり得ないのだが、もしかしたら伏兵かも知れない。もっと奥の方にボスはいる。この俺を倒すことが出来たら案内しようとか言われたらたまらない。せっかく白夜の力を使って壁に穴まで開けてここまで来たのに、また同じようなことをしないといけないのかと思うと少々気が滅入る。
『そうだ、俺がボスだ』
 男は大きな声で返事をした。
「そっか、じゃあ他に人はいないんだね」
『ああ……ここにはオレとお前の二人だけだ。他の奴らがそれぞれ別の入り口の奥にいる』
「知ってるよ」
 薫はバッグを下ろして、デュエルディスクを取り出しながら話す。
 ダークのボス、ということは今までで一番強い闇の力を持っている。
 つまり、自分が戦わなければいけない相手なのだ。
 自分もスターの中で一番強い白夜の力を持っている。闇と光の力は対等。個々が持っている力もおそらく同等。ならば残るは決闘の腕。自分の実力は、伊月くんが言う限り自分が一番。本当は少し不安があるが、そうも言ってられないのは分かっている。
 薫は息を整えて、デッキをセットする。
「ふぅ……」
『恐いのか? スターのリーダーともあろう者が……』
 その言葉に薫は頬をふくらませる。どんな百戦錬磨の人だって世界の運命をかけた戦いの前だったら緊張するはずだ。それを馬鹿にされるなんてなんだか腹が立つ。
「……なんで私がリーダーだって知ってるの?」
 向こうはこっちの情報を知らないはず。しかも自分はまだ自己紹介をしていない。
 それなのに――
『何を言っている。貴様から感じられる白夜の力から考えれば、当然だ』
「………そうなの?」
『さぁ始めようか。世界の運命をかけた戦いをな』
「待って。その前に一つ聞かせて」
『なんだ?』
 男が構えかけた腕を下ろして、尋ねる。
 薫も腕を下ろして、口を開いた。
「ダークの目的はなんなの?」
『………世界征服に決まっているだろう』
「じゃあなんで一般の人を仲間に引き連れたり、生け贄にしたりするの? 私が言うのはおかしいかもしれないけど……仲間なら探せばいっぱいいると思うよ。今の世界を気に入らない人なんて他にもたくさん。それに生け贄だって、わざわざ一般の人を犠牲にしなくたってよかったはずだよ……!」
 頭に浮かぶ、今まで戦ってきたダークの人達。世界征服を企んでいた人、愛する人を失った悲しみをつけ込まれた人、そしてなにより、夢と希望にあふれていたはずの、少年や少女達。
 みんなは生け贄なんかになるために生まれた訳じゃない。それぞれがそれぞれの役割を果たすために生まれてきたはずなのだ。世界征服とかいうくだらないものに巻き込まれていいはずがない。
「答えてよ! どうして……?」


『一般人だからだ』


「え………?」
『貴様の言うように、探せばいくらでも仲間はいるだろう。だがそいつらはそれぞれの野心を持っているのが当たり前。いつ寝首をかかれてもおかしくない。それならば、何も知らない一般人をこちらに引きずり込み、一から教育すれば組織にとって立派な兵士になるだろう』
「……!! そんなことの……ために……!」
 薫の握られた拳が、わずかに光る。
 本人も、相手も、それには気づいていない。
『もう一つ教えておいてやろう。生け贄に一般人を選んだわけは、手っ取り早かったからだ。何も知らなく、ただのうのうと生きているあいつらに決闘を申し込み、倒すだけでいい。それを繰り返し、ようやく闇の神は復活の時を迎えようとしている。もう少しだ。もう少しで神は復活し、闇の力は完全なものになる。そうなれば貴様らの白夜の力など恐れるにたらん。そうだな、貴様も生け贄にしてやろう……! 光栄に思え!!』
「……!」
 薫は意識を集中して、デュエルディスクを構えた。





「『決闘!!』」




 薫:8000LP   ボス:8000LP




 赤いランプが点灯する。
 先攻は薫からだ。
 だが相手のデッキから深い闇が現れる。同時に薫のデッキも、白く輝いた。
 叫んだのは、同時――
「『この瞬間、フィールド魔法発動!!』」


 ――光の世界!!

 ――闇の世界!!



 白い光と黒い闇が混じり合う。対等の力は、互いを打ち消してしまい、フィールドに変化はない。



 光の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 このカードがフィールド上に存在する限り、相手は「闇」と名の付くフィールド魔法の効果を使用できない。

 

 闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 ライフを半分支払い、カード名を一つ宣言する。
 そのカードはフィールド場にある限り、以下の効果が付加される。
 ●「このカードを対象にする相手の魔法・罠・モンスターの効果を無効にする。」
 また、宣言したカードがモンスターカードだった場合、以下の効果も付加する。 
 ●「攻撃力は1000ポイントダウンする。」
 この効果は、デュエル中に1度しか発動できない。


「私のターン! ドロー!」
 気持ちを乗せて、勢いよくカードを引く。
 相手はダークのボス。だったら、出し惜しみはしない。
 最初から、全力で行く!
「手札から"ワン・フォー・ワン"を発動するよ!」


 ワン・フォー・ワン
 【通常魔法】
 手札からモンスター1体を墓地へ送って発動する。
 手札またはデッキからレベル1モンスター1体を
 自分フィールド上に特殊召喚する。


 薫の手札から、背中にネジのようなものが取り付けられた小動物が墓地に行く。
 その代わりデッキから、小さな機械の人形のようなモンスターが姿を現した。


 チューニング・サポーター 光属性/星1/攻100/守300
 【機械族・効果】
 このカードをシンクロ召喚に使用する場合、
 このカードはレベル2モンスターとして扱う事ができる。
 このカードがシンクロモンスターのシンクロ召喚に使用され墓地へ送られた場合、
 自分はデッキからカードを1枚ドローする。


「さらに私は、"レスキュー・キャット"を召喚して、効果を発動するよ! デッキから"デスコアラ"と"X−セイバー エアベルン"を特殊召喚!!」
 召喚されたヘルメットを被った猫が、大きく笛を鳴らす。
 その姿が光に包まれて、新たな二体のモンスターが姿を現した。


 レスキューキャット 地属性/星4/攻300/守100
 【獣族・効果】
 自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを墓地に送る事で、
 デッキからレベル3以下の獣族モンスター2体をフィールド上に特殊召喚する。
 この方法で特殊召喚されたモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。


 X−セイバー エアベルン 地属性/星3/攻1600/守200
 【獣族・チューナー】
 このカードが直接攻撃によって相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
 相手の手札をランダムに1枚捨てる。


 デス・コアラ 闇属性/星3/攻1100/守1800
 【獣族・効果】
 リバース:相手の手札1枚につき400ポイントダメージを相手ライフに与える。


『一気に三体ものモンスターを場に出しただと!?』
 この高速の展開力に、ボスも思わず驚いてしまう。
 だが、これで終わりではない。
 三体のモンスターの体が薄くなり始める。
 互いが同調し、重なり合っていく。
『レベル7のシンクロ召喚か……!』
「違うよ。"チューニング・サポーター"はシンクロ召喚の時にレベル2として扱うことが出来るんだよ!」
『なんだと!?』
「レベル3の"X−セイバー エアベルン"に、レベル3の"デス・コアラ"、自身の効果でレベル2になった"チューニング・サポーター"をチューニング!!」
 三体のモンスターから出てきた光が大きな光の輪をくぐり、重なる。
 その輪の中で、だんだんとモンスターの形が形成されていく。
 合計レベルは8。
「シンクロ召喚!!」
 薫が叫ぶと同時に、目の前にモンスターが現れた。
 その体に星の輝きを宿した、気高き龍の姿が。


 スターダスト・ドラゴン 風属性/星8/攻2500/守2000
 【ドラゴン族・シンクロ/効果】
 チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 「フィールド上のカードを破壊する効果」を持つ魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、
 このカードをリリースする事でその発動を無効にし破壊する。
 この効果を適用したターンのエンドフェイズ時、この効果を発動するためにリリースされ墓地に
 存在するこのカードを、自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。


『"スターダスト・ドラゴン"だと………!?』
 現れた星屑の龍の姿に、ボスは思わずたじろいてしまう。
 その姿を見て、薫は心の中にわずかな余裕を作る。
「"チューニング・サポーター"の効果で、カードを1枚ドローするよ」
 引いたカードを数秒見つめ、手を下ろした。
「ターン終了」

-------------------------------------------------
 薫:8000LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   スターダスト・ドラゴン(攻撃:2500)

 手札4枚
-------------------------------------------------
 ボス:8000LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
     
 手札5枚
-------------------------------------------------

『……なかなかやるじゃないか……』
「余裕だね」
『この程度で参るとでも思ったか?』
「…………」
 ボスはカードを引いた。自分のエースモンスターを目の前にしても動揺している様子はない。1ターンにモンスター三体を特殊召喚した自分の技量には驚いてくれたみたいだが……。
 まだ油断は出来そうにない……。
『手札から"混同するフィールド"を発動しよう』


 混同するフィールド
 【永続魔法】
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在するとき、
 自分はフィールド魔法を魔法・罠ゾーンに置いて使用することが出来る。
 自分の場にフィールド魔法が2枚以上存在するとき、フィールド魔法の効果は重複する。
 このカードがフィールドを離れたとき、自分の魔法・罠ゾーンにあるカードをすべて破壊する。


「何……それ?」
 見たことのないカードに、薫は警戒する。
 フィールド魔法を共有することができるカードなんて、見たことも聞いたこともない。
 ダークには自らカードを作り出す技術者がいるのだろうか。
『さて、始めようか』
 ボスはカードを一枚選んで、召喚した。


 E・HERO エアーマン 星4/風属性/攻1800/守300
 【戦士族・効果】
 このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
 次の効果から1つを選択して発動する事ができる。
 ●自分フィールド上に存在するこのカード以外の
 「HERO」と名のついたモンスターの数まで、
 フィールド上に存在する魔法または罠カードを破壊する事ができる。
 ●自分のデッキから「HERO」と名のついた
 モンスター1体を手札に加える。


「え……?」
 相手の場に姿を現した、風を操るHERO。
 闇の力を使うダークにしては、それはあまりにも似合わないカードだった。
『ずいぶんと驚いているな』
「…………まぁね。まさかダークのボスがそんなカードを使うなんて思っても見なかったよ」
『ふっ、エアーマンの効果で"E・HERO オーシャン"を手札に加える』
 ボスは静かに笑みを浮かべ、風のHEROの効果で水を司るHEROを呼び出し、さらに1枚のカードを発動した。


 E・HERO オーシャン 星4/水属性/攻1500/守1200
 【戦士族・効果】
 1ターンに1度だけ自分のスタンバイフェイズ時に発動する事ができる。
 自分のフィールド上または墓地から「HERO」と
 名のついたモンスター1体を持ち主の手札に戻す。


 テラ・フォーミング
 【通常魔法】
 自分のデッキからフィールド魔法カードを1枚手札に加える。


『この効果で俺は"フュージョン・ゲート"を手札に加えて、そのまま発動する!』
 勢いよく叩きつけられたカード。
 途端に周りの状況が変化する。すべてが混ざり合ってしまったかのようなフィールド。それは二つの力を一つに合わせ
るために作られた、究極の地。


 フュージョン・ゲート
 【フィールド魔法】
 このカードがフィールド上に存在する限り、
 「融合」魔法カードを使用せずに融合召喚をする事ができる。
 この際の融合素材モンスターは墓地へは行かず、
 ゲームから除外される。


「融合……」
『そのとおりだ。いくぞ! 手札の"オーシャン"と場の"エアーマン"を除外する!』 
 ボスの場と手札から、二体のHEROの力が混じり合う。
 辺りに冷気が立ちこめてきた。
『現れろ!! "E・HEROアブソルートZero"!!』
 立ちこめた冷気の中から、ゆっくりとその姿が現れる。
 すべてを凍らせる力を持ったHEROが。


 E・HERO アブソルートZero 星8/水属性/攻2500/守2000
 【戦士族・融合/効果】
 「HERO」と名のついたモンスター+水属性モンスター
 このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 このカードの攻撃力は、フィールド上に表側表示で存在する
 「E・HERO アブソルートZero」以外の
 水属性モンスターの数×500ポイントアップする。
 このカードがフィールド上から離れた時、
 相手フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。 


「来たね………」
『このまま攻撃しても良いが、相打ちになってしまうな……』
「そうだね」
『ならば、こんなのはどうだ?』


 アドバンスドロー
 【通常魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する
 レベル8以上のモンスター1体をリリースして発動する。
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。


『この効果で"E・HEROアブソルートZero"を墓地に送り、2枚のカードをドローする』
「え……攻撃しないの……?」
『あぁ、しなくても大丈夫だからな』
「……?」

 ピキピキ………。

 相手が攻撃せずに自らのモンスターを墓地に送ったことに疑問を感じていた薫の耳に、不可解な音が届く。
「これって……!」
 気が付いた時には、星屑の龍の周りを無数の氷が囲んでいた。しかもそれはだんだんと狭まっていき、龍の身動きを封じていく。
『アブソルートZeroはフィールドから離れたときに、相手の全てのモンスターを破壊する!』
「えぇ!?」
『消え去れ!』

 ――絶対零度!!――

 無数の氷が、星屑の龍を襲う。
 苦しそうな悲鳴をあげる自分のモンスターを見て、薫はすぐさま手をかざした。
「まだだよ! "スターダスト・ドラゴン"!!」

 ――ヴィクテム・サンクチュアリ!!―― 

 龍の姿が光になり、周りの氷が熱せられたかのように溶けていく。
 光が消える頃、場には何も残っていなかった。 
『ふははは! 貴様のエースもたいしたことなかったな!』
「………」
 薫は下を向いて、答えなかった。
『更に俺は"打ち出の小槌"を発動する! 手札1枚を残して2枚をデッキに戻し、シャッフルしてから2枚ドローだ』


 打ち出の小槌
 【通常魔法】
 自分の手札を任意の枚数デッキに加えてシャッフルする。
 その後、デッキに加えた枚数分のカードをドローする。


『ふっ、他愛ないな。カードを2枚伏せてターン終了だ!』
 ターンを終えるボス。
 その目の前に、あの龍が放った小さな光の粒が舞い始める。
『……!?』

 スターダスト・ドラゴン→特殊召喚

 その光は集まり、再び星屑の龍の姿へと形を成していた。
『なんだと!?』
「残念だったね」
 状況が飲み込めないボスに、下を向いていたはずの薫の声が聞こえた。
 その顔は、得意気な笑みを浮かべている。
「"スターダスト・ドラゴン"は、自身をリリースすることでカードを破壊する効果を無効に出来るんだよ。だから、さっき姿が消えていたのは破壊されたからじゃないよ。自身の効果で、一旦姿を消していたってだけなんだ」
『………謀ったな……!』
「そっちが効果を見ないのが悪いんだよ。ちゃんと書いてあるじゃん」
『くっ……!』

-------------------------------------------------
 薫:8000LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   スターダスト・ドラゴン(攻撃:2500)
       
 手札4枚
-------------------------------------------------
 ボス:8000LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   混同するフィールド(永続魔法)
   フュージョン・ゲート(フィールド魔法)
   伏せカード2枚
     
 手札1枚
-------------------------------------------------

「私のターン!」
 引いたカードを手札に加え、すぐさま1枚のカードを場に出す。


 クリッター 闇属性/星3/攻1000/守600
 【悪魔族・効果】
 このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
 自分のデッキから攻撃力1500以下のモンスター1体を手札に加える。


 三つ目の悪魔が戦場を楽しむかのように飛び跳ねる。
 力は強くないが墓地に行ったら効果を発揮してくれる優秀なモンスターだ。姿は気に入らないが、その効果だけは気に入っているため、薫はデッキに投入している。
 二体のモンスターが相手の姿を捉え、自らの力を示すかのように咆吼をあげた。
『くっ………!』
「バトルだよ! "スターダスト・ドラゴン"で攻撃!」

 ――シューティング・ソニック!!――

『罠発動!!』
 ボスがカードを開いた瞬間、口にエネルギーを溜めていた龍の体に淡く光を帯びた網がまとわりついた。
 そのため龍は身動きがとれなくなり、攻撃を中断してしまう。


 グラヴィティ・バインド−超重力の網
 【永続罠】
 フィールド上に存在する全てのレベル4以上のモンスターは攻撃をする事ができない。


『そう簡単に攻撃を通すとでも思ったか?』
「だよね……。でもまだ攻撃が残ってるよ!」
 
 ――悪魔のツメ!!――

 悪魔の小さな爪が、ボスの体を切り裂いた。

 ボス:8000→7000LP

 ボスはダメージを受けたのにもかかわらず、微動だにしなかった。むしろ、楽しそうに笑っている。
「………カードを1枚伏せて、ターン終了だよ」
 その様子に不信感を抱きながら、薫はターンを終えた。

-------------------------------------------------
 薫:8000LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   スターダスト・ドラゴン(攻撃:2500)
   クリッター(攻撃:1000)
   伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------
 ボス:7000LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   混同するフィールド(永続魔法)
   フュージョン・ゲート(フィールド魔法)
   グラヴィティ・バインド−超重力の網(永続罠)
   伏せカード1枚
     
 手札1枚
-------------------------------------------------

 薫がターンを終えた瞬間、ボスは高らかに笑い始めた。
 不気味な声が辺りを反響して、周りに大勢の人がいるような錯覚を受ける。
『くくく……終わりだ……!』
「な、なんで?」
 笑う相手に少し恐怖を感じ、まわりが悪くなった口で尋ねる。
 状況を見ても、自分の方が圧倒的に有利。しかも自分の場には破壊を無効にする星屑の龍。相手の手札はドローカードを加えても2枚。とてもこの状況を覆すことなんて考えられなかった。
『貴様は今のターンで俺にとどめを刺すべきだった……といっても無理だろうがな』
「………」
『いくぞ!!』
 ボスの体から漂う闇が深くなる。カードをドローして、先程から伏せられていたカードが発動された。


 チェーン・マテリアル
 【通常罠】
 このカードの発動ターンに融合召喚を行う場合、
 融合モンスターカードによって決められたモンスターを
 自分の手札・デッキ・フィールド・墓地から選択してゲームから除外し、
 これらを融合素材とする事ができる。
 このカードを発動したターン攻撃する事はできず、
 この効果で融合召喚したモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。



「……! もしかしてそのデッキって……!」
 薫の顔が、青ざめる。
 てっきり、HEROデッキだと思って相手をしていた。
 その予想の違いによるショックと、これから相手がやることの恐怖が、心を浸食するように入り込んできた。
『"チェーン・マテリアル"と"フュージョン・ゲート"の併用で、デッキからモンスター四体を除外して融合する!』
「よ、四体も!?」
『現れろ! "E・HERO エリクシーラー"!!』
 風、炎、地、水。
 四つの自然の力が一つに混じり合う。すべての力を宿したHEROが、薫の目の前に立ちふさがった。


 E・HERO エリクシーラー 星10/光属性/攻2900/守2600
 【戦士族・融合/効果】
 「E・HERO フェザーマン」+「E・HERO バーストレディ」
 +「E・HERO クレイマン」+「E・HERO バブルマン」
 このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 このカードの属性は「風」「水」「炎」「地」としても扱う。
 このカードを融合召喚した時、ゲームから除外された全てのカードを
 持ち主のデッキに戻しデッキをシャッフルする。
 相手フィールド上に存在するこのカードと同じ属性のモンスター1体につき、
 このカードの攻撃力は300ポイントアップする。


『こいつの効果で、除外されていたカードはすべてデッキに戻る。さらにこいつをリリースして、我が切り札よ、出でよ! "カタパルト・タートル"!!』
 ついさっき現れたHEROが姿を消し、背中に砲台を背負った亀が現れた。
 

 カタパルト・タートル 星5/水属性/攻1000/守2000
 【水族・効果】
 自分のフィールド上に存在するモンスター1体をリリースする。
 そのモンスターの攻撃力の半分をダメージとして相手プレイヤーに与える。


「うぅ……やっぱりそれかぁ……」
『俺は再びエリクシーラーを融合召喚する! 融合の時に除外されたカードはデッキに戻る。そして――』
 HEROの体が、亀の背にある砲台へと乗る。
 射出する方向が定まる。狙いはもちろん、薫自身。
「やめて! そんなことしても――」
『無駄だ、そんなこと言っても止まるわけがない!』
 HEROの体が黒い光となる。その禍々しいエネルギーにいったい何が込められているのか、薫は想像したくなかった。
『"カタパルト・タートル"の効果で"E・HERO エリクシーラー"をリリースし、射出!!』
「やめてぇ!――」
 薫の叫びもむなしく、その黒いエネルギーが発射される。その中にたくさんのモンスター達の恨み、悲しみが込められているのを感じ取り、思わず目を閉じる。
 主人と共に戦うこともなく、ただ相手を倒すためだけに……相手を倒す"弾"になるために。

 ズドオオォォォン!!

 エネルギーが爆発し、辺りに粉塵が舞い散る。
 ボスは不気味な笑みを浮かべ、さらにたたみかけるために続ける。
『まだ倒れるには早い! デッキに戻った素材で、別の融合モンスターを場に出し、射出!!』
「だから――!」
『聞こえないな。再び射出だ!』

 ズドオオォォォン!!

 ズドオオォォォン!!
     ・
     ・
     ・
     ・
     ・
     ・
     ・
 ――何度も発射される弾。

 ――何度も出てくるHERO。

 ――それを操り、相手をいたぶることを楽しんでいるボス。

 ――舞い上がる粉塵。

 その中で薫は――


 ――拳を握りしめていた。


「もう……我慢できないよ……」
 そう呟き、発動した罠。
『はーはっは!! どんどん現れろ! 我が勝利のために、その身をすべて弾にして………!?』
 笑い声が、止まる。
 ボスの目の前に、融合モンスターが現れなくなった。
『どうした……早く出てこい! もっとあの女を痛めつけてやるんだ! 早く――』

「終わりだよ」

 薫の声。この轟音の中、いやによく聞こえた声に、ボスの心に体感したことのないものが芽生えた。
『……! き……貴様……』
 粉塵が晴れる。
 その中に、こちらを見据え、デュエルディスクを構える薫の姿があった。握られた拳に強く白い光が灯っていることに本人は気づいていない。
 さっきまでと雰囲気が違う薫に思わず退いてしまう足。だが冷静に考えれば、あの連続射出でライフは尽きているはずだ。
 恐れることはないはずだった。だが―――。

 薫:8000LP

『なぜ……ライフが減っていない……!?』
「この子のおかげだよ」
 ソリッドビジョンにカードが表示される。
 そこに描かれていたのは、羽が生えたフワフワと白く丸いモンスター。


 ハネワタ 光属性/星1/攻200/守300
 【天使族・チューナー】
 このカードを手札から捨てて発動する。
 このターン自分が受ける効果ダメージを0にする。
 この効果は相手ターンでも発動する事ができる。


「"ハネワタ"の効果で、私はこのターン効果によるダメージは受けないよ」
『なんだと……だ、だが俺の場にモンスターが現れなくなったのは――!』
「それはこれ」


 王宮の鉄壁
 【永続罠】
 このカードがフィールド上に存在する限り、
 カードをゲームから除外することはできない。


「除外ができなくなったということは、つまり"フュージョン・ゲート"による融合を封じた事になる。出てこないのは当然だよ」
『ば、ばかな……!』
「あなたは私が"ハネワタ"を使ったのに気づいていなかったみたいだから、弾切れになるのを待つのが戦術的に絶対いいのは分かってたよ。でも……我慢できなかった」
『…………』
「どうするの? ターン終了する? サレンダーする?」
『………! な、何で俺が……!?』
「あなた、次のターンにきっと、後悔するよ。サレンダーしておけば良かったって」
『………やってみろ! ターンエンドだ!』
「そっか……じゃあ、やっちゃうからね」

-------------------------------------------------
 薫:8000LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   スターダスト・ドラゴン(攻撃:2500)
   クリッター(攻撃:1000)
   王宮の鉄壁(永続罠)

 手札2枚
-------------------------------------------------
 ボス:7000LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   カタパルト・タートル(攻撃:1000)  
   混同するフィールド(永続魔法)
   フュージョン・ゲート(フィールド魔法)
   グラヴィティ・バインド−超重力の網(永続罠)
       
 手札1枚
-------------------------------------------------

「じゃあ、私のターン……"クリッター"をリリースして"エネミー・コントローラー"を発動するよ」


 エネミーコントローラー
 【速攻魔法】
 次の効果から1つを選択して発動する。
 ●相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の表示形式を変更する。
 ●自分フィールド上に存在するモンスター1体をリリースして発動する。
 このターンのエンドフェイズ時まで、相手フィールド上に表側表示で存在する
 モンスター1体のコントロールを得る。


 現れた巨大なコントローラーのボタンを三つ目の悪魔が押す。その瞬間、それはまるでショートしたかのように火花を散らし、黒く長いコードが砲台を背負った亀に伸びた。コードが頭に触れ、強烈な電流が流れる。
 亀は混乱したかのようにふらふらと薫の場に移動した。
「さらに私は"クリッター"の効果で"ジャンクシンクロン"を手札に加えてそのまま召喚。効果で"チューニング・サポーター"を特殊召喚。さらに最初のターン墓地に捨てた"ボルト・ヘッジホッグ"を特殊召喚」


 ジャンク・シンクロン 闇属性/星3/攻1300/守500
 【戦士族・チューナー】
 このカードが召喚に成功した時、自分の墓地に存在する
 レベル2以下のモンスター1体を表側守備表示で特殊召喚する事ができる。
 この効果で特殊召喚した効果モンスターの効果は無効化される。


 チューニング・サポーター 光属性/星1/攻100/守300
 【機械族・効果】
 このカードをシンクロ召喚に使用する場合、
 このカードはレベル2モンスターとして扱う事ができる。
 このカードがシンクロモンスターのシンクロ召喚に使用され墓地へ送られた場合、
 自分はデッキからカードを1枚ドローする。


 ボルト・ヘッジホッグ 地属性/星2/攻800/守800
 【機械族・効果】
 自分フィールド上にチューナーが表側表示で存在する場合、
 このカードを墓地から特殊召喚する事ができる。
 この効果で特殊召喚したこのカードはフィールド上から離れた場合、ゲームから除外される。


 一気に現れる三体のモンスター。それらの全ての目が、薫の気持ちを表すかのように強い眼差しをボスに向けている。
『………! まさか……! 貴様……!』
 ボスは気づく。
 薫がやろうとしていることを。
「"王宮の鉄壁"でカードは除外できない。"ボルト・ヘッジホッグ"は自身の効果で蘇ってからフィールドを離れると除外されるけど、それはできないから墓地に送られる。そしてチューナーがいればまた特殊召喚できる。これがどういうことかは分かるよね?」
『あ………ぁ………!!』
 ボスの顔が恐怖に染まる。
 薫の場には、コントロールが移った"カタパルト・タートル"が存在している。そして、何度も蘇る無限の弾。
 先程まで自分がやっていたことを、今度はあっちがやるつもりなのだ。
「じゃあさっそく、やっちゃうかな。あなたが今まで人にやってきた事を、自分で味わうと良いよ」
 薫の場から小動物の姿が消えて、光となってボスに発射された。
『が……はぁ……!』

 ボス:7000→6600LP

「まだだよ。再び"ボルト・ヘッジホッグ"を特殊召喚、そして――」
『くっ、ま、待て………!』

 ボス:6600→6200LP

『ぐぁ……!』

 ボス:6200→5800LP

『ぐぁああ!』
「どう? 少しは自分がやってきたことが分かった?」
『わ……わかった……だから………もう……!』
 息を乱すボスを見て、薫の手が止まる。
「そっか……」
 再び墓地から蘇る小動物。その顔が少し、主人を見ながら不機嫌そうに声を上げた。
「……分かってくれたなら嬉しいよ。だからもう射出しない」
『そ……そうか……』
「ごめんね、ボルト。今度遊んであげるからね」
 瞬間、三体のモンスターの体が重なり合う。
 無数の光の輪をくぐり、冷気が辺りを漂い始める。
『って……またシンクロ召喚か!』
「そうだよ。行くよ! 現れて! "氷結界の龍ブリューナク"!!」
 冷気が強まり、空から巨大な氷が降り立つ。
 その中からその翼を広げ、戦場に舞い降りたことを喜ぶかのように、龍は咆吼を上げた。


 氷結界の龍 ブリューナク 星6/水属性/攻2300/守1400
 【海竜族・シンクロ/効果】
 チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 自分の手札を任意の枚数墓地に捨てて発動する。
 その後、フィールド上に存在するカードを、墓地に送った枚数分だけ持ち主の手札に戻す。


『貴様……そのカードは……!』
「手札1枚をコストに、あなたの場にある"混同するフィールド"を手札に戻すよ!」
 薫の手札が、氷の粒になってボスの場にあるカードを凍らせる。
 同時にボスの場にあるすべての魔法・罠が、一斉に砕け散った。

 混同するフィールド→手札
 グラヴィティ・バインド→破壊
 フュージョン・ゲート→破壊

 体を拘束する網が無くなったことで、全てのモンスターが咆吼をあげた。
「バトルだよ! ブリューナクで直接攻撃!」

 ――コキュートス・ブレス!!――

『ぐぁああああ!!』

 ボス:5800→3500LP

「さらに"スターダスト・ドラゴン"の攻撃!」

 ――シューティング・ソニック!!――

 ボス:3500→1000LP

『ぐああああああぁぁぁ!!』
「これで……終わりだよ!」
『……!!』
 目の前で、自分のしもべだったモンスターが、自分へと標準を向けている。
『まさか……やめろ…!』
「あなたはそうやって助けを求めてきた人を、どうしてきたの?」
『俺が……負けることなど……ありえない……』
「あり得たんだよ。今! この場所で!!」
『やめろ! お前の主人は俺だ! 恩を仇で返すとでも言うのか!?』
「モンスターは、きっとあなたに恩なんか感じていないよ。あるとすれば、悲しみだけだよ」
『……!!』
 今まで自分はこいつたちに何かしてこれたのだろうか。
 ただ勝利のためだけに使い、手入れすることも、いたわることもしてこなかった。
 その報いが、ここにきて……。
「行くよ! "カタパルト・タートル"の攻撃!」

 ――カタパルト・キャノン!!――

 ボス:1000→0LP



 決闘は、終了した。





「これで……ダークも終わりだね……」
 消えゆく相手を見ながら、薫は言う。戦った相手は、ダークで最も強い力を持っている。それを倒したということは、他のダークには薫を倒すことができないという証明でもあった。
 ましてやボスがいない組織など、とるにたらないということは今までの経験で分かっている。
 これで、本当に終わりだ。
 心の中で、少し安心する。
 これで、生け贄にされてしまった人もちょっとはうかばれるかもしれない。


『くっくっくっく………』
 ボスが、笑った。
「何が可笑しいの?」
『かかったな………』
「え?」
 次の瞬間、薫の周りに鋼鉄の檻が現れた。
 
 
 悪夢の鉄檻
 【通常魔法】
 全てのモンスターは(相手ターンで数えて)2ターンの間攻撃できない。
 2ターン後このカードを破壊する。


「………?」
『俺の残った力を全て使って、この檻を作った。俺が消えても……少しは持続するだろう……」
「……どうして?」
『貴様は、本当に俺がボスだと思っていたのか?』
「え……?」
『ふっ………罠にはまったんだよ………おまえらは………』
「………?」


 ボスと「名乗った」男は…………その言葉を残し……消えた。


「いったい………どういう……………あっ!」
 薫は気づいた。
 もしかして、ダークの目的は……!
「二人が危ない……!」
 薫がカードをかざす。まばゆいばかりの白い光が、漆黒の檻を跡形もなく吹き飛ばした。
「佐助さん! 佐助さん!!」
 必死に呼びかけたが、応答はない。
「どうしちゃったの? いったい……」



---------------------------------------------------------------------------------------------------




「おかしい………」
 部屋のパソコンを見ながら、佐助は呟いた。
 いつもリアルタイムに表示されている状況を見る限り、四人の位置はそれぞれ別に移動している。
 たしかにいつもの見慣れた光景だ。
 相手の状況もよく見れる。
 ただ最後の通信を聞く限り、みんなは洞窟の中にいるというのだ。電波ならいざ知らず、現在地まででるのはおかしいことだった。写真の画像を手に入れ、衛星の機能を使って現在地を確認しているのに……。
「こんな洞窟にまで届くというのか……?」
 どういうことだ?
 ついさっきまでつながっていた通信は切れてしまうし………。
 なにより、この四人の動き………。
 佐助は目を見張る。
 右へ行き、左へ行き、まっすぐ進んで右に行く。そのあと左へ行って後ろに下がり、左へ行って右に行く。
 どうもさっきから、この動きが連続して行われている。
 人の動きとしては……規則的すぎる。
 なにか……おかしい……。
「コロン、もう一回確認しよう」
『…………………』
 返事がない。
「おい、どうした? コロン……?」
『…………………………さ………す……け……』
 やっと帰ってきた返事。
 その声はとても弱々しい。
「おい、コロン! どうしたんだ!?」
『へぇ、君が佐助かぁ……』
「……!? だれだ?」
 聞き慣れない声。幼い男の子のような声だ。
『この子、返すね』

 バチィィィ!!

 パソコンから電気が弾けて、その中から何かがはじき飛ばされたように佐助の胸に直撃する。
 あまりの勢いで受け止めきれずに、座っていた椅子から落ちてしまった。
「……!? コロン!?」
 出てきた何か。
 それは、ボロボロになったコロンの姿だった。
『さ……すけ………中に……何か…いる……』
 その言葉を最後に、コロンはカードの姿に戻ってしまった。
「……おまえ………」
『なかなか、おもしろかったよ。君達をだませば、他のスターの人もだませると思ったからね』
「………!」
『じゃあ、僕はそろそろ飽きたから、帰るよ。最後に、「本当の」状況を見せてあげるね』


 ビー! ビー! ビー! ビー!


 鳴り響く警報音。今までに聞いたことのない音の大きさだった。
 しかも現れたのは、今までに見たことのない大きさの赤い円。
 それは四つの分かれ道の、右から二番目の道の奥に存在していた。右から三番目の道の奥には、その次に強い反応があり、両端の道の奥にいるダークの反応は、とても弱いものだった。
 今まで見ていた反応と、まるで逆。
「これ……は……!」
『分かった? 君はこの反応の強さを見てそこにいかせる人物を選んだみたいだけど……これだとどうなるかな……?』
「くっ……!」
『じゃあね。バイバーイ』

 バチバチっ!!

 目の前にある全てのパソコンに、一斉にヒビが入る。
「……ちっ……!」
 佐助はすぐさま、その場に伏せた。

 ドオオォォン!!

 一斉に、パソコンが爆発した。
「くそっ……! はめられた……!」
 散らばった破片を踏まないように、佐助は立ち上がる。コロンのカードをポケットに入れて、黒い煙を出すパソコンの状況を見た。
 やはり、壊れている。
「くそぉ! 俺としたことが……逆にハッキングされていたのか……!」
 言いようもない感情が、心に生まれる。
「大助……香奈……!」
 二人が危ない。
 だが、今の自分にはどうすることも出来ない。


 ――闇が深まっていく――



 絶望の時が――近づいていた――――。




episode13――第3の決闘〜ミラーマッチ〜――




「もう………いつになったら着くのよ!」
 洞窟の中、香奈は愚痴をこぼしていた。
「うぅ……足も痛いし……」
 この凸凹の道を進んで、いったいどれくらい経ったのか分からない。
 大助と別れてからもう十分ぐらい経っているはずなのに、いっこうに出口らしき光が見えない。いったいどれだけ長い通路なのよ。
 ここって、本当にただの洞窟なの?
「佐助さんともつながらないし……」
 通信機からはノイズが聞こえるだけで、佐助さんの声はおろか、大助や薫さんの声も聞こえない。せっかく気に入っていたのに、洞窟に入ったぐらいで通じなくなるんじゃ意味がない。せっかく電器屋で買おうと思っていたのに……。
「はぁ……」
 愚痴をこぼすのですら面倒になってくる。
「………」
 言葉を発するのも面倒になって、私は黙って進むことにした。
 ゴールがない道なんてないはず。もし行き止まりだったら、その時は大助にハンバーガーを買わせてやる。ついでに薫さんにもケーキをおごってもらおう。
 そうだなぁ、大助は「ハイパーメガバーガー」で薫さんは「モンブラン10個セット」にしようかな……。でもあっちも捨てがたいし……。
「……!」
 目の前に光が見えた。
「やっとゴールね……」
 勢いよく駆け出した。
 

 出たのは、さっきまでいた空間より少し狭い場所だった。
 辺りを炎が照らしていて、案外明るい。
『待ちくたびれたぞ。朝山香奈』
「……!」
 声のした方へ意識を向ける。黒いフードを被った男性がいた。
 その濁ったような声に、独特の雰囲気。ダークの一員に間違いない。
『まぁ、よくあの長い道を10分程度で通ってきたな。それだけは褒めておいてやるさ』
「やっぱりあれ長かったわよね。どうしてくれんのよ! おかげで足首が痛いじゃない」
『ふっ……』
 男は笑うと、一枚のカードをかざした。
 そこから黒い光が出て、私の足首を覆いはじめた。
「な、なによこれ?」
 すごく不気味だ。何かされている感じはないけれど、それでも……。
『……よし、いいだろう』
「え、あれ?」
 さっきまで足首にあった痛みが無くなった。
 足首を回してみる。全然痛くない。もしかして、治してくれた?
『これで、本気で戦えるだろう?』
「………………」
『そんなに警戒するな。俺は何もしない。決闘以外はな』
「そう……」
 警戒態勢は解かない。
 こうやって私を油断させるつもりなのかもしれない。
『ふっ、お利口だな。さすがに敵の前では隙を見せないか』
「当たり前じゃない。他に何もないんだったら、始めましょう」
『そうだな』
 男はデュエルディスクを構える。
 同じく、構えてそれに応えた。
「あなた、名前は?」
『俺はハヤトだ』
「………そういえば、どうして名前を知っているの?」
 さっきハヤトと名乗った男は私の名前を呼んでいた。
 見知らぬ人に自己紹介はしないように大助に言われて以来、しゃくだけどそれに従っているのに。スターのことはバレたかもしれないけど、まさか名前まで……。
 ダークには超能力者でもいるのかしら。
『……そうだな、意識せざるを得なかったのさ』
「どういうこと?」
『たとえば、万が一、お前がある異性のことが好きで、自分とは別の女が同じ異性を好きだという情報を知ってしまったら、その女のことを意識してしまうだろう?』
「そ、それがなによ……」
『それと同じようなことだ』
「え?」
『始めようか』
 ハヤトの体から、深い闇があふれ出す。
 言っている意味が分からないまま、私も意識を集中して、構えた。






『「決闘!!」』








 香奈:8000LP   ハヤト:8000LP




 赤いランプが点灯する。
 先攻は、私からだ。
『この瞬間、フィールド魔法を発動する!』
 ハヤトのデッキから漆黒の闇があふれ出し、辺りを包み込んでいく。
 周りは闇に染められ、不気味な空間に変化した。


 闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 ライフを半分支払い、カード名を一つ宣言する。
 そのカードはフィールド場にある限り、以下の効果が付加される。
 ●「このカードを対象にする相手の魔法・罠・モンスターの効果を無効にする。」
 また、宣言したカードがモンスターカードだった場合、以下の効果も付加する。 
 ●「攻撃力は1000ポイントダウンする。」
 この効果は、デュエル中に1度しか発動できない。


「さっそくね」
『いい加減慣れてきただろう?』
「むしろ飽きてきたわよ」
 デッキからカードを引いた。(手札5→6枚)
 悪くない引き。これなら、多分大丈夫。
「私は"智天使ハーヴェスト"を召喚するわ!」


 智天使ハーヴェスト 光属性/星4/攻1800/守1000
 【天使族・効果】
 このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、
 自分の墓地に存在するカウンター罠1枚を手札に加える事ができる。


 角笛を持った天使が私の場に颯爽と現れる。
 いつも頼りになる、大切なカードだ。
「カードを2枚伏せて、ターンを終了するわ」
 裏側表示のカードの映像が浮かび、ターンが移行した。

『それでよかったのか?』
「え?」
『墓地にカウンター罠がないのに"智天使ハーヴェスト"を召喚してよかったのか』
「そんなの私の勝手でしょ!」
『……そうだな、すまん』
 ハヤトは悪びれたように頭を下げた。
 召喚したモンスターに文句を付けられたのなんか、初めてだった。それになんだか不思議な感じがした。敵だっていうのに、相手をいたわるような態度もそうだけど、それよりもさっきの言い方……。
 まるで「自分なら別のモンスターを召喚するぞ」とでも言いたげな……。
 もしかして、この人のデッキって……。
『俺のターンだ。ドロー………何もないか?』(手札5→6枚)
「え? えぇ、ないわよ」
『そうか……』
 安心した表情を見せるハヤトに、再び不信感を覚えた。
 どうして、ドローの時にこっちの動きを聞いてきたの?
「まさか……」
 頭に一つの可能性が生まれた。
『………』
 ハヤトは私を見つめて、静かにカードを置いた。
 現れたのは、私の場にいるモンスターと、まったく同じ。


 智天使ハーヴェスト 光属性/星4/攻1800/守1000
 【天使族・効果】
 このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、
 自分の墓地に存在するカウンター罠1枚を手札に加える事ができる。


「……!」
 鼓動がわずかに早まった。
『気づいたか。朝山香奈』
 黙って頷いた。
 予感していたことが、的中したわね。
「あなたも……パーミッション使いなのね」
『その通りだ。ある日、手下からある情報が届いたんだ。白夜のカードを持ったパーミッション使いがいる、とな………ある意味、運命を感じたよ』
「………………」
 ミラーマッチ。大助からそういう言葉を聞いた言葉がある。
 言葉から分かるとおり、「ミラー」=「鏡」。鏡に映したような戦い。つまり、同じデッキ同士での戦いをまとめてそう呼んでいるらしい。
 お互いが、ほとんど同じカードを使うから、お互いの手口を瞬時に把握できる。
 この戦いで勝敗を分けるのは、運はもちろんだけど、最も求められるのはプレイングだとも言っていた。もし万が一、同じデッキを使って運も同じぐらいだったとき、勝敗を分けるポイントはそこにしかありえないからだ。
 まして、パーミッション同士ならなおさらだ。
『お前は強い。それは認める。だが、パーミッション使いとしての誇りだけはゆずれない。この戦いは、世界の運命だけじゃなく、お互いの誇りも懸けたものだということを、肝に銘じておけ!』
 相手の言葉に、すごい迫力があった。
 気圧されかけたけれど、ギリギリのところで耐えた。
「……私も、同じデッキを使う人には負けたくないわよ。誇りとか、そんなものがあるかは分からないけれど、私だって負けるためにここに来たんじゃないわ!」
 私はさらに意識を集中した。
 どんな相手だって、負けない。どんな相手だって、勝つ!
『行くぞ! 俺はカードを3枚伏せて、ターンエンドだ!』

-------------------------------------------------
 香奈:8000LP

 場:智天使ハーヴェスト(攻撃:1800)
   伏せカード2枚

 手札3枚
-------------------------------------------------
 ハヤト:8000LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   智天使ハーヴェスト(攻撃:1800)
   伏せカード3枚

 手札2枚
-------------------------------------------------

「私のターン! ドロー!」(手札3→4枚)
 手札を見つめて、次に相手の場を見る。
 集中しよう。相手の先の先を読むのは、あんまり得意じゃないけど……。
「私はカードを2枚伏せて、モンスターをセットしてターンエンドよ!」
 相手がパーミッションである以上、こっちも迂闊にモンスターを召喚したり、攻撃したりは出来ない。
 ここは相手の出方を伺った方が無難よね。




『行くぞ、俺のターン! 手札から"豊穣のアルテミス"を召喚する!』
「……!」
 

 豊穣のアルテミス 光属性/星4/攻1600/守1700
 【天使族・効果】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 カウンター罠が発動される度に自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 召喚されたのは、カウンター罠が発動される度にカードをドローできる効果を持ったモンスター。私もよく使うパーミッションデッキのキーカードだった。
 ミラーマッチでなら、なおさらその効果が重要になってくる。
 ここで、そのモンスターを召喚させるわけにはいかない。
『"キックバック"でもするか?』
「……!」
 読まれてる。でもどのみち、今の状況でアルテミスの召喚を許したら、勝つことが出来なくなってしまう。それなら、何も気にしない方がいい。
 私は私のプレイングをすればそれでいい。
「その召喚に対して、カウンター罠発動!!」


 キックバック
 【カウンター罠】
 モンスターの召喚・反転召喚を無効にし、
 そのモンスターを持ち主の手札に戻す。


『そうくると思っていたぞ。カウンター罠発動!』


 カウンター・カウンター
 【カウンター罠】
 カウンター罠の発動を無効にし、それを破壊する。


『残念だったな……』
「何いってんのよ? 私には、まだ3枚もカードが伏せてあるわよ!」
 私はさらにもう1枚のカードを開いた。


 盗賊の七つ道具
 【カウンター罠】
 1000ライフポイント払う。
 罠カードの発動を無効にし、それを破壊する。

 香奈:8000→7000LP

『ほう……読んでいたか……』
「まぁね。どうする? まだ続ける?」
『……………』
 ハヤトは考えている。
 カウンター罠をさらにカウンターしてくるとは考えていなかったのかしら。
 私もけっこう、なめられているらしい。
「さぁ、どうするのよ!」
『…………………………何もしない』
「そう」

 カウンター・カウンター→無効
 豊穣のアルテミス→手札

『カードを伏せて、ターンエンドだ』

-------------------------------------------------
 香奈:7000LP

 場:智天使ハーヴェスト(攻撃:1800)
   裏守備モンスター
   伏せカード2枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 ハヤト:8000LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   智天使ハーヴェスト(攻撃:1800)
   伏せカード3枚

 手札2枚
-------------------------------------------------

 ターンが移り、私はカードを引いた。
 まだ油断はできない。でも、慎重に決闘するなんて性に合わない。
「私は、裏守備だったモンスターを反転召喚するわ!」


 ジェルエンデュオ 光属性/星4/攻撃力1700/守備力0
 【天使族・効果】
 このカードは戦闘によって破壊されない。このカードのコントローラーがダメージを受けた時、
 フィールド上に表側表示で存在するこのカードを破壊する。
 光属性・天使族モンスターをアドバンス召喚する場合、このモンスター1体で2体分のリリースとする
 事ができる。


 ハートの形をした天使が場に降り立つ。
『ふっ、その程度か……』
「うるさいわね! バトルよ! "智天使ハーヴェスト"で、あなたのモンスターに攻撃!」

 ――ホーリークロス!――

『カウンター罠発動』
 天使が放った光が、相手モンスターの前に現れた穴に飲み込まれて消える。
 ハヤトの場に開かれていたのは―――


 攻撃の無力化
 【カウンター罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスタ1体の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。


「……ターンエンドよ」



『俺のターン、再び"豊穣のアルテミス"を召喚する』
 ハヤトの場に現れる天使。
 今、それを止めるカードはセットされていない。


 豊穣のアルテミス 光属性/星4/攻1600/守1700
 【天使族・効果】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 カウンター罠が発動される度に自分のデッキからカードを1枚ドローする。


『バトルだ! ハーヴェストで"ジェルエンデュオ"を攻撃!』

 ――ホーリークロス!――

 十字の光が、ハート形の天使に放たれる。
 "ジェルエンデュオ"は戦闘では破壊されないけれど、主人がダメージを受けたら、守れなかった罪悪感でいなくなってしまう。
 だけど、そんなことさせないわ。
「カウンター罠発動! "攻撃の無力化"!」
 再び二体のモンスターの間に時空の穴が現れて、天使の攻撃を飲み込む。
 私が伏せていたカードも、相手と同じもの。
 でも……。
『まぁいいだろう。アルテミスの効果でカードを一枚ドローする』
 相手にカードを引かれてしまった。
『カードを一枚伏せてターンエンド』

-------------------------------------------------
 香奈:7000LP

 場:智天使ハーヴェスト(攻撃:1800)
   ジェルエンデュオ(攻撃:1700)
   伏せカード1枚

 手札2枚
-------------------------------------------------
 ハヤト:8000LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   智天使ハーヴェスト(攻撃:1800)
   豊穣のアルテミス(攻撃:1600)
   伏せカード2枚

 手札3枚
-------------------------------------------------

「私のターン!」(手札2→3枚)
 勢いよくカードを引く。
 白く小さな天使が、舞い込んだ。
『罠発動!』
 割り込むハヤトの濁った声。
 今引いたカードが、見えない力によってたたき落とされた。


 強烈なはたき落とし
 【カウンター罠】
 相手がデッキからカードを手札に加えた時に発動する事ができる。
 相手は手札に加えたカード1枚をそのまま墓地に捨てる。

 香奈:手札3→2枚

「あっ! なにすんのよ!」
『アルテミスの効果でカードを一枚ドロー』(手札3→4枚)
 私の声を無視して、ハヤトは静かにカードを引いた。
 よくも、私の大切なカードをはたき落としてくれたわね……!!
「"ジェルエンデュオ"をリリースして、"アテナ"を召喚するわ!」
 勢いよく叩きつけられたカードから、神々しい光と共に女神が現れた。


 アテナ 光属性/星7/攻撃力2600/守備力800
 【天使族・効果】
 自分フィールド上に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を墓地に送る事で、
 自分の墓地に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を自分フィールド上に
 特殊召喚する。この効果は1ターンに1度しか使用できない。
 フィールド上に天使族モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚される度に、
 相手ライフに600ポイントダメージを与える。


「そして、ハーヴェストをリリースして、今墓地に送られた"純白の天使"を特殊召喚させる!」
『させるか! 手札一枚をコストに、"天罰"を発動する!』
「だったらそれにチェーンして"神の宣告"を発動するわ!!」
 降り注いだ雷が、寸前でかき消される。
 女神は安全を確認し、小さな天使を自分の隣へ呼び出した。


 天罰
 【カウンター罠】
 手札を1枚捨てて発動する。
 効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する。


 神の宣告
 【カウンター罠】
 ライフポイントを半分払う。
 魔法・罠の発動、モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚の
 どれか1つを無効にし、それを破壊する。


 純白の天使 光属性/星3/攻撃力0/守備力0
 【天使族・チューナー】
 このカードを手札から捨てて発動する。
 このターン自分が受けるすべてのダメージを0にし、自分フィールド上のカードは破壊されない。
 この効果は相手ターンでも発動する事ができる。

 香奈:7000→3500LP
 ハヤト:手札4→3枚("天罰"のコスト)

『くっ……アルテミスの効果で一枚ドロー』(手札3→4枚)
「いくわよ! レベル7のアテナに、レベル3の純白の天使をチューニング!」
 白く輝く光の中に、女神の体が溶け込んでいく。
 神々しいその身にさらなる力を宿して、主人を守護するために、姿を現した。
「シンクロ召喚! "天空の守護者シリウス"!!」


 天空の守護者シリウス 光属性/星10/攻撃力2000/守備力3000
 【シンクロ・天使族/効果】
 「純白の天使」+レベル7の光属性・天使族モンスター
 このカードが表側表示で存在する限り、相手は自分の他のモンスターへ攻撃できず、
 相手に直接攻撃をすることもできない。
 このカードが特殊召喚されたとき、以下の効果からどちらか一つを選びこのカードの効果にする。
 ●1ターンに1度、デッキまたは墓地からカウンター罠1枚を選択して手札に加える事ができる。
 ●バトルフェイズの間、このカードの攻撃力は自分の墓地にあるカウンター罠1種類につき
  500ポイントアップする。


『ふっ、ようやく白夜のカードを召喚したか……』
「待たせたわね」
『あぁ、それで、どちらの効果を選択するんだ?』
「……………」
 少しの間、考える。
 今の状況を見れば、一つ目の効果を選んだ方がいいかもしれない。でも相手は私と同じパーミッションデッキ。効果を発動する度にカウンター罠を発動される危険性がある。
 パーミッション相手には、下手に魔法や罠を使わず、淡々と攻撃したり召喚していればいい。パーミッションのモンスターは全体的に攻撃力が低いから………って、大助に教えてもらった事だ。
 それに個人的には二つ目の効果の方が好き。
 だから、ここで選ぶ効果は――。
「――私は、第2の効果を選択するわ。私の墓地にカウンター罠は4種類。よって――」

 天空の守護者シリウス:攻撃力2000→4000

『攻撃力……4000!』
「バトル! "豊穣のアルテミス"を攻撃!」

 ――ジャッジメントシャイン!――

 豊穣のアルテミス→破壊
 ハヤト:8000→5600LP

『ぐ……あぁ…!』
 ハヤトは膝をついた。
 なんとか、初ダメージを与えることが出来た。
 やっぱりこっちの効果を選んでおいて、正解だったみたい。
『貴様ぁ……!』
 睨み付けるその目に、私はわずかにたじろいでしまった。
「ターンエンドよ」
 
-------------------------------------------------
 香奈:3500LP

 場:天空の守護者シリウス(攻撃:2000)
       
 手札2枚
-------------------------------------------------
 ハヤト:5600LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   智天使ハーヴェスト(攻撃:1800)
   伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------

『ふっ……やはりやるな。朝山香奈……』
「褒めても何も出ないわよ」
『ふふ……面白くなってきたぞ。俺はカードを一枚伏せて、モンスターを守備表示に変更してターンエンドだ』
 伏せカードを1枚出しただけで、ハヤトのターンは終わった。
 アルテミスの効果でドローしていた割に、あんまり良い手札じゃないみたいね。



「私のターン!」
 相手は何もしなかった。
 この状況なら、私の方が有利よね。
「ドロー!」
 引いたカードは"マシュマロン"。残念だけど攻撃には使えないカードだ。でも、ひとまず置いておいても損はないはず。私はそれをゆっくりとセットして、攻撃に移った。
 聖なる光が、ハヤトのモンスターを打ち消した。

 智天使ハーヴェスト→破壊

「これであんたの場はがら空きよ!」
 パーミッションは1度相手にリードさせてしまったら巻き返すのが難しいデッキ。
 この局面でモンスターを失うのは結構な痛手のはずよ。
『ふっ』
「……!」
 だけどそんな状況なのに、ハヤトは静かに笑っていた。
『ハーヴェストの効果で、俺は"攻撃の無力化"を手札に加えよう』
「……なにがおかしいのよ」
『いいや、すまんな。楽しくなると思わず笑ってしまうのさ』
「…………」
 何か変だ。
 なんでこんな人がダークにいるんだろう。
 伊月や薫さんの話を聞く限り、ダークという組織はあまり活動はしてこなかったけれど、記録されている活動はすべて悪いことばかりだった。そんなことをする人なら、多少性格が歪んでいてもおかしくない。
 でもこの人は、なんというか………普通だ。
 純粋にこの決闘を楽しんでいるように見える。
 いったい、どうなっているの?
『不思議か?』
 私の心を読みとったかのように、ハヤトは言った。
 素直に首を縦に振ってしまった。
「あなた、そんなに悪い人じゃないでしょ」
『……』
「私もよく分からないけれど……今まで戦ってきたダークの人とあなたは、何か違うわ。あなた、本当に世界を滅ぼすのが目的なの?」
 どうしてこんなことを聞いたのかは分からなかった。
 でも、どうしても気になる。相手のことを知らないと、集中できそうになかった。
 ハヤトはフッと笑い、言った。
『俺は昔、プロの決闘者だった……』
「プロにいたの……?」
『あぁ、まぁプロ制度が完全に確立されたわけじゃないから本当のプロとは言えなかったがな………』
「そんな人がどうしてダークに入ったのよ?」
『契約が打ち切られたのさ。おまえの決闘はつまらないという理由でな。そのあと俺は、地下でごろつき共と決闘に明け暮れていた。プロにもう一度挑戦する気はなかった。何かが足りなかった。何が足りないのかは分からなく途方に暮れていた俺の前に現れたのが、ダークのボスだった。ボスと決闘し、俺は負けた。あっという間だった。圧倒的な力に、現実となったダメージ。それで分かったんだ。俺が求めていたのは、これだったということをな』
「……どういうこと?」
『俺は、本当の決闘がしたかったんだ。お互いがお互いの戦術を駆使し、互いに命を削り合い、ギリギリの戦いをする。そんな決闘をすることを、俺は求めていたんだ!! そんな決闘をすることが、俺の目的だ!! そして今まさにその時だ! ミラーマッチという決闘の中で、お前は見事に自分の切り札を召喚した。それならば俺もそれに応えなければならないだろう!』
「……!」
 ハヤトの周りから、更に深い闇があふれ出した。
『行くぞ! 朝山香奈!! 俺はこの決闘に、全身全霊を注ぐ!!』
 ハヤトの迫力に、気圧されてしまった。
 ここまで決闘に取り憑かれた人を、初めて見た。

 負けるかも知れない……。

 一瞬だけど、そう思ってしまった。
「……ターン……エンド……」

-------------------------------------------------
 香奈:3500LP

 場:天空の守護者シリウス(攻撃:2000)
   裏守備モンスター

 手札2枚
-------------------------------------------------
 ハヤト:5600LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   伏せカード2枚

 手札4枚
-------------------------------------------------

『俺のターン!』(手札4→5枚)
 ハヤトは手札を見つめる。
 その顔に、自然と笑みが浮かんでいた。
『行くぞ!』
 
 パリン!

 鏡が割れたような音がした。
 見るとハヤトの場に伏せられていたカードが一枚、粉々に散っていた。
「え……?」
 何が起こったのか、理解できない。
『このカードは、自分の場に伏せられているカードを破壊することによって通常召喚できる』

 ズズズズ……

 粉々になった伏せカードの欠片が、黒く染まって集まっていく。
「な、なに……これ……?」
『お前のデッキには、カウンター罠をより有効に使うための天使族モンスターがいるんだったな。朝山香奈……』
「それがなによ……」
『天使だけだと思ったか?』
「え?」
『俺のデッキには、貴様の天使を超える力を持った、モンスター達がいるんだよ!』
 黒い物体が、だんだんと形を成していく。
 見たことのないモンスターの登場を予感してなのか、額に汗が流れた。

『現れろ! "断罪の悪魔(ジャッジメントデビル)−クレイス"!』

 ハヤトの声と共に、黒い物体は、禍々しい力を持った悪魔になった。
 その体からは紫色の霧のようなものが噴出し、手は血に染まっていた。
「なによ……これ……」
 言葉を失う。今までに見たことのないモンスター。そして今までで見たことのないほど不気味な悪魔。
 直感が、そのモンスターの危険性を感じ取っていた。
『これで俺はターンを終了する』

-------------------------------------------------
 香奈:3500LP

 場:天空の守護者シリウス(攻撃:2000)

       裏守備モンスター

    手札2枚
-------------------------------------------------
 ハヤト:5600LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   断罪の悪魔−クレイス(攻撃:1800)
   伏せカード1枚

 手札4枚
-------------------------------------------------

「私のターン! バトル!」
 すぐさまバトルフェイズに入った。不気味なモンスターを見たくなかったのもあったけれど、なによりそのモンスターの持つ嫌な感じが、耐えられなかった。
 バトルフェイズに入ったことで、シリウスの攻撃力が上昇する。

 天空の守護者シリウス:攻撃力2000→4000

「いっけー! シリウス!!」
 白い光が、悪魔へと向かう。
 だがその間に次元の穴が現れ、攻撃を飲み込んでしまった。
 そうだった。さっきハーヴェストの効果で"攻撃の無力化"を手札に……って、あれ?
 さっきのターン。ハヤトはカードを伏せていない。
 伏せてあったカードも裏のままになっていて、フィールド上のカード枚数には何の変化もない。
 じゃあ、今どうやってカードを発動したの?
『不思議か? 教えてやろう。さっき召喚したクレイスの効果だ。クレイスは場に表側表示で存在するとき、自分は手札からカウンター罠を発動することが出来る』
「……ええええぇぇ!?」


 断罪の悪魔−クレイス 闇属性/星4/攻1800/守1000
 【悪魔族・効果】
 このカードは特殊召喚できない。
 自分の魔法・罠ゾーンに裏側で存在するカード1枚を破壊したときのみ、通常召喚できる。
 このカードがフィールドに表側表示で存在しているとき、
 自分は手札からカウンター罠を発動することができる。
 発動した自分のカウンター罠は墓地に行かず、ゲームから除外される。


「そ、そんなカード見たことないわよ!」
『ふっ、当然だろう? ダークは独自にカードを開発する技術者達がいる。幹部クラス以上の者には、自分の扱うデッキにあったカードが制作されているのだからな』
「そんなのイカサマじゃないの!」
『知らんな』
「……!」
 自分にあったカードの開発なんて、そんなのありなの!?
『さぁ、どうする?』
「………カードを一枚伏せて、ターン終了よ」

-------------------------------------------------
 香奈:3500LP

 場:天空の守護者シリウス(攻撃:2000)
   裏守備モンスター
   伏せカード1枚

 手札2枚
-------------------------------------------------
 ハヤト:5600LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   断罪の悪魔−クレイス(攻撃:1800)
   伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------

『俺のターンだ!』(手札3→4枚)
 引いたカードを見て、ハヤトの顔が不気味な笑みを浮かべた。
 それを見て、私にとって不利なカードが来たということは容易に想像が付いた。
『俺は場にある伏せカードを一枚破壊して、"断罪の悪魔−グリン"を召喚する!』
 ハヤトの場のカードが割れて、再び黒い塊となって集まり始める。
 現れたのは、黒い翼を生やし、鋭い牙と赤い目を持った悪魔だった。
 まるで獲物を狩るかのような目が、敵である私を見つめた。


 断罪の悪魔−グリン 闇属性/星4/攻1700/守1600
 【悪魔族・効果】
 このカードは特殊召喚できない。
 このカードは自分の場にある裏側表示の罠カードを破壊することでのみ召喚できる。
 このカードが自分フィールド上で表側表示で存在する限り、
 カウンター罠が発動される度に、自分はデッキからカードを一枚ドローする。


 アルテミスと同じ効果。
 そんなモンスター召喚させたら、本当に勝ち目がなくなっちゃう。
「させないわよ! 私はモンスターをリリースして"昇天の角笛"を発動するわ!」
 "マシュマロン"が墓地に送られて、天空の守護者の手に大きな角笛が握られた。


 昇天の角笛
 【カウンター罠】
 自分フィールド上のモンスター1体をリリースする。
 モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚を無効にし、それを破壊する。

 マシュマロン→墓地(コスト)

「これで、その不気味なモンスターは破壊するわ!」
『甘いな! 手札からカウンター罠を発動! "盗賊の七つ道具"!!』


 盗賊の七つ道具
 【カウンター罠】
 1000ライフポイント払う。
 罠カードの発動を無効にし、それを破壊する。

 ハヤト:5600→4600LP
 昇天の角笛→無効

「そんな……!」
『グリンはそのまま場に残る。さらにカウンター罠が発動されたことでカードを一枚ドローする!』(手札2→3枚)
「………!」
 場にいる赤い目が光り、デッキの一番上のカードをハヤトの手札に加えた。
「くっ……!」
『ふははは! どうした? その程度か!?』
「うるさいわね!」
『……とは言ったものの、俺もそこまでカードはよくない……おまえもそうだろう?』
 手札を見つめる。たしかに、今の状況を覆すには難しいカードばかり。手札を交換できるならしたいわね。
「それがどうしたのよ」
『ふっ……"手札抹殺"を発動する!』


 手札抹殺
 【通常魔法】
 お互いの手札を全て捨て、それぞれ自分のデッキから
 捨てた枚数分のカードをドローする。


「……!」
『さぁ、お互いに手札を捨てて、カードをドローだ!』
「言われなくても分かってるわよ!」
 手札を墓地に送り、送った枚数分、2枚のカードをドローした。
 引いたカードを確認すると、自然と笑みが浮かんでしまった。
 手に入れたのは、最強のカウンター罠2種類。
 これなら、対抗できるかも知れない。
『この瞬間――』
 割り込んだハヤトの声。
「……!」
 2枚しかないはずの手札が、倍になっていた。
「なんで……」
『俺は今、"手札抹殺"の効果であるモンスターを墓地に送っていたのさ』
 ハヤトがそう言った瞬間、うっすらと現れた影。
 目が金色に輝く、小さな子供のような悪魔だった。
 

 断罪の悪魔−フラート 闇属性/星4/攻0/守0
 【悪魔族・効果】
 このカードがカードの効果で墓地に送られたとき、
 自分の場に「断罪の悪魔」と名の付いたモンスターが2種類以上いる場合、
 デッキからカードを1枚ドローする。
 その後、墓地にある全てのカードを除外することでもう1枚ドローできる。


「また反則カードじゃないの!」
『ふっ、どう思おうと勝手だがな……ターンエンドだ!』
 
-------------------------------------------------
 香奈:3500LP

 場:天空の守護者シリウス(攻撃:2000)
       
 手札2枚
-------------------------------------------------
 ハヤト:4600LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   断罪の悪魔−クレイス(攻撃:1800)
   断罪の悪魔−グリン(攻撃:1700)       

 手札4枚
-------------------------------------------------

「私のターン!」
 勢いよくカードを引く。

 パァン!

 その手から、カードが弾かれる。
『残念だったな』
「そっか……! クレイスの効果で!」
『その通りだ。クレイスの効果で、俺は手札から"強烈なはたき落とし"を発動した』
 

 強烈なはたき落とし
 【カウンター罠】
 相手がデッキからカードを手札に加えた時に発動する事ができる。
 相手は手札に加えたカード1枚をそのまま墓地に捨てる。


『グリンの効果でカードを1枚ドローする』
「……じゃあバトルよ! シリウスで――」
『"攻撃の無力化"!』 
 再び"手札"から発動されるカウンター罠。
 場に伏せられてから発動しないだけなのに、それだけで充分つらい。何をしてくるか分からない。
『グリスの効果で1枚ドロー!』(手札3→4枚)
 そしてこの悪魔の効果。
 カウンター罠が発動する度に、カードが舞い込んでいく。相手は何回もカードを使っているのに、手札が全然減らない。
『ふはは! どうだ? このカード達の力は?』
「……気に入らないわよ!」
『フフ……そう言ってくれるだけで光栄だな』
 心に不満がたまっていく。
 いつもカウンターして主導権を握って行うのが私の決闘なのに、今はまったく逆の状態だ。これじゃあいくらモンスターの攻撃力が高くても、ペースは相手のまま変わらない。
 なんとかしないと……!
「っ……!」
 覚悟を決める。
 微かな望みを、手札のカードに懸けることにした。
「カードを2枚伏せて、ターンエンドよ!」



『ククク……』
 ハヤトが笑う。
 洞窟に声が反響して、まるで悪魔が笑っているように聞こえた。
「何がおかしいのよ」
『手詰まりかな?』
「………」
 たしかに、状況は良くない。
 でもまだ私には最強のカウンター罠が残ってる。
『ボスも喜ぶだろう。白夜の力を持った人間を二人も闇に送れるともなればな』
「まだ分からな…………」
 言葉が、止まる。

 今、なんて言った?
 "二人"も闇に送れる……?
 一人は私のことを指しているんだと思う。
 じゃあ、もう一人は?
 まさか……。
「二人って……まさか誰か負けたの!?」
『さぁな。まぁ考えなくても、お前ともう一人は確実に闇に送られるだろうな……』
「だから! そのもう一人って誰なのよ!」
 心に嫌な感じがわき起こる。
 まさか、あの嫌な感じの正体って……。


『中岸大助に決まっているだろう?』


「大助……!?」 
 なんでよ。どうして大助が……。
『不思議に思わなかったか? この俺の強さに』
「え……」
『貴様達は、真ん中の二つの道には四人の中で弱い二人がいると聞いてここまで来たのだろう。まぁ当然だ。俺達がそうなるように仕組んだのだからな。だが実際は逆。真ん中の二つの道に、四人の中で強い闇の力をもっている者が待ち構えていたんだ。貴様は俺を選んだ……』
「……じゃ、じゃあ大助は?」 

『俺達のボスが直々に待ち構えているのさ』

「……!」
『闇の神を復活させるための生け贄は十分に揃った。あとはボスの力で闇の神は復活する。そのために、中岸大助をボスは全力で葬り去るだろう』
「大助は負けないわよ!」
『ボスに勝てる者はいない。たとえスターのリーダーであろうとな。だが念には念を入れて、スターの人間には雑魚を相手させて足止めをしている。たとえ俺達の計画に気づいても、いまごろ出口を壊されて途方に暮れているだろうな。そして、その間に白夜の力がまだ未熟な貴様達を生け贄に捧げる』
「そんな……!」
『安心しろ。どのみち世界は闇に覆われるんだ。遅かれ早かれ、人類はみな同じ所へ送られる運命なんだよ』
 私達は全員、相手の手のひらの上で踊っていたとでもいうの?
 大助も私も、負ける……?
「……させないわ」
 相手の思惑通りになんか、なってやるもんですか。
 大助はきっと……勝ってくれる。だから私も……勝たないと……。
 勝って大助を助けに……いや、応援しにいかないと……!
「させないわよ」
『………何か言ったか?』
「あんたたちの思い通りになんかさせない。私は、あなたに勝つ!」
 辺りの闇を打ち払うように、私は叫んだ。
 絶対に負けない。負けられない。私だって、大助だって、負けない!
『おもしろい。さぁ、続けるぞ!!』
 その様子を見て、ハヤトは笑っている。

 

 ――決着が、近づいていた――。




episode14――あがき続けたその先に――



 
-------------------------------------------------
 香奈:3500LP

 場:天空の守護者シリウス(攻撃:2000)
   伏せカード2枚       

 手札0枚
-------------------------------------------------
 ハヤト:4600LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   断罪の悪魔−クレイス(攻撃:1800)
   断罪の悪魔−グリン(攻撃:1700)

 手札4枚
-------------------------------------------------


 天空の守護者シリウス 光属性/星10/攻撃力2000/守備力3000
 【シンクロ・天使族/効果】
 「純白の天使」+レベル7の光属性・天使族モンスター
 このカードが表側表示で存在する限り、相手は自分の他のモンスターへ攻撃できず、
 相手に直接攻撃をすることもできない。
 このカードが特殊召喚されたとき、以下の効果からどちらか一つを選びこのカードの効果にする。
 ●1ターンに1度、デッキまたは墓地からカウンター罠1枚を選択して手札に加える事ができる。
 ●バトルフェイズの間、このカードの攻撃力は自分の墓地にあるカウンター罠1種類につき
  500ポイントアップする。



 闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 ライフを半分支払い、カード名を一つ宣言する。
 そのカードはフィールド場にある限り、以下の効果が付加される。
 ●「このカードを対象にする相手の魔法・罠・モンスターの効果を無効にする。」
 また、宣言したカードがモンスターカードだった場合、以下の効果も付加する。 
 ●「攻撃力は1000ポイントダウンする。」
 この効果は、デュエル中に1度しか発動できない。


 断罪の悪魔−クレイス 闇属性/星4/攻1800/守1000
 【悪魔族・効果】
 このカードは特殊召喚できない。
 自分の魔法・罠ゾーンに裏側で存在するカード1枚を破壊したときのみ、通常召喚できる。
 このカードがフィールドに表側表示で存在しているとき、
 自分は手札からカウンター罠を発動することができる。
 発動した自分のカウンター罠は墓地に行かず、ゲームから除外される。


 断罪の悪魔−グリン 闇属性/星4/攻1700/守1600
 【悪魔族・効果】
 このカードは特殊召喚できない。
 このカードは自分の場にある裏側表示の罠カードを破壊することでのみ召喚できる。
 このカードが自分フィールド上で表側表示で存在する限り、
 カウンター罠が発動される度に、自分はデッキからカードを一枚ドローする。


『俺のターンだ!』
 ハヤトはカードを引く。
 私は集中して、相手の一挙手一投足に意識を向ける。
 伏せカードがないとはいえ、また新たな悪魔が召喚される可能性があるから。
『俺は……』
 ハヤトが口を開く。
 ごくりと、唾を飲んだ。
『ターンエンドだ』



 宣言されたエンドフェイズ。
 そっと胸をなで下ろした。
「私のターンね。ドロー!!」(手札0→1枚)
 勢いよく引いたカードは、たたき落とされずに手札に入った。
 だけど相手の手札は5枚もある。あの中に何枚のカウンター罠があるかは分からない。
 でも、攻めるのは今しかない!
「バトル! "天空の守護者シリウス"で、"断罪の悪魔−グリン"に攻撃!」
 その宣言と共に、天空を守護する天使はその力を上げる。
 墓地にあるカウンター罠は、合計で5種類。
 よってその攻撃力は――

 天空の守護者シリウス:攻撃力2000→4500

『攻撃力4500か……!』
「いっけぇ!」

 ――ジャッジメントシャイン!――

『その攻撃は通さんぞ!』
 聖なる光の前に、再び時空の渦が現れる。
 その渦の中に、光の力は飲み込まれてしまった。
「また"攻撃の無力化"!?」
『残念だが、別のものだ。カウンター罠"グレイブ・カウンター"だ』


 グレイブ・カウンター
 【カウンター罠】
 自分の場に「断罪の悪魔」と名の付いたモンスターが2体以上存在し、
 相手モンスターが攻撃宣言をしたときに発動できる。
 相手モンスター1体の攻撃を無効にして、そのモンスターを破壊する。


『残念だったな。これで貴様も終わりだ!』
 聖なる光を飲み込んだ時空の穴が、天空の守護者の後ろに現れる。
 そこからは飲み込まれたはずの光が漏れていた。もしかして、攻撃をはじき返すつもり?
 そんなの、通すわけにはいかない。
 シリウスを失っちゃったら、勝ち目はない。
「させないわよ!」
 開く伏せカードの一枚。
 ハヤトの場に、謎の人物がいやらしい笑みを浮かべて現れた。


 魔宮の賄賂
 【カウンター罠】
 相手の魔法・罠カードの発動と効果を無効にし破壊する。
 相手はデッキからカードを1枚ドローする。


 謎の人物は袖の下からカードを取り出して、ハヤトに見せる。
 「こいつを渡しますから、代わりにカードを無効にさせて頂きますがいいですよね?」
 といった感じで、ハヤトを見つめていた。
『そんな手に乗るか!』
 差し出されたカードを弾いて、ハヤトは更に手札からカードを発動させる。


 断罪の裁き
 【カウンター罠】
 手札を1枚捨てる。
 相手の魔法・罠カードの発動と効果を無効にして破壊する。
 自分の場に「断罪の悪魔」と名の付いたモンスターが3体以上存在する
 とき、自分はカードを1枚ドローする。


 賄賂を渡そうとしていた人物の上に、雷雲が現れる。
 卑怯な手を使ってカードを無効にさせようとした罪を裁こうと、黒い雷が降り注いだ。
「させないわよ!」
 雷が届く寸前で、私もカードを発動した。


 神の宣告
 【カウンター罠】
 ライフポイントを半分払う。
 魔法・罠の発動、モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚の
 どれか1つを無効にし、それを破壊する。

 香奈:3500→1750LP

『くっ……!』
 ハヤトは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。
「カウンター罠はなかったみたいね」
『ふん……』
 雷雲はかき消され、時空の穴は消え、聖なる光はさらにその力を強める。
 
 天空の守護者シリウス 攻撃力4500→5000

『しまった……攻撃力5000……!?』
「いっけぇぇ!!」

 ――ジャッジメントシャイン!!!――
 
 聖なる光が赤い目の悪魔をかき消す。
 その攻撃による衝撃は、そのままハヤトの体まで届いた。

 断罪の悪魔−グリン→破壊
 ハヤト:4600→1300LP

『ぐああ!!』
 大きな悲鳴と共に、ハヤトは膝をついた。
「なんとか……攻撃が通ったわね……」
 さすがにこれは効いたみたい。
 最強のカウンター罠を2枚も使ってしまったけれど、そのおかげで勝利まであと少しよ。
「あんたのライフもあと少しよ! この私を倒すなんて百年早いのよ!」
『……………………………』
「言っとくけどねぇ、私はあんまり負けたことなんかないのよ。まして同じデッキを使う人達には負けたことなんかないのよ! 大助だって同じよ! 私達二人は無敵なんだからね!」
『……………………………』
 ハヤトは下を向いて動かない。
 その様子が、なぜかとても不気味に思えた。

『………く……くっ……』
 相手の口から、こぼれた笑み。

『くく……くくくく……はははははは!』
 不気味な笑い声が響く。
「な、なにがおかしいのよ………」
 突然の笑い声に嫌な感じを覚えながら、尋ねた。
『……最高だな……』
「え?」
『まさか、ここまでやるとは思っていなかったぞ、朝山……香奈……!』
 ハヤトの目が変わった。
 漆黒の目が、血のように赤い目に。
『ここまで楽しませてくれたお礼だ。俺の"切り札"を見せてやろう』
「えっ……」
『さぁ、どうする? その残った1枚がカウンター罠なら、伏せておいた方がいいんじゃないか?』
「………」
 手札にあるのは、"マジック・ジャマー"。


 マジック・ジャマー
 【カウンター罠】
 手札を1枚捨てて発動する。
 魔法カードの発動を無効にし破壊する。


 魔法を無効に出来る、カウンター罠。だけどそれを伏せても、発動するためのコストがない。
 ないけど、ブラフにはなるかもしれない。
「分かってるじゃないの。カードを1枚伏せてターンエンドよ」
 あくまで、平静を装って私はターンを終えた。
 
-------------------------------------------------
 香奈:1750LP

 場:天空の守護者シリウス(攻撃:2000)
   伏せカード1枚       

 手札0枚
-------------------------------------------------
 ハヤト:1300LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   断罪の悪魔−クレイス(攻撃:1800)

 手札3枚
-------------------------------------------------

『俺のターン!!』
 ハヤトの手に、闇が集中する。
 自分が望むカードを引くために、力を集中しているように思えた。
『ドロー!!』(手札3→4枚)

 ――引いたカードが闇を纏ったように見えた――。

『きたぞ! "断罪の悪魔−ラムル"を召喚する!』
 地面から、青い翼を生やした小さな悪魔が現れる。
 小さな牙をむけて、子供のように笑みを浮かべた。


 断罪の悪魔−ラムル 闇属性/星2/攻0/守0
 【悪魔族・チューナー】
 このカードは特殊召喚できない。
 このカードの召喚に成功したとき、自分の墓地にあるカウンター罠を任意の枚数
 除外することが出来る。
 この効果で除外した数だけ、自分の場に「ラムルトークン」(闇属性/悪魔族/星2/攻0/守0)を
 攻撃表示で特殊召喚できる。このトークンはリリースすることが出来ない。
 この効果を使ったターン、自分はバトルフェイズを行うことが出来ない。


『俺は墓地のカウンター罠を2枚除外する』
 小さな悪魔が指笛を鳴らす。すると、小さな悪魔と酷似した2体の悪魔が飛び出した。
「まさか……」
 気づいてしまった。
 トークンはリリースすることは出来ない。だけどそれ以外の行為は禁じられていない。
 相手の場には4体の悪魔。レベルの合計は10。
「シンクロ……召喚ね」
『その通りだ!』
 空に浮かぶ、無数の光の輪。
 4体の悪魔が互いの体を合わせ、とけ合ってゆく。
 それは闇となり、私の前に降りたって形を成していく。
『シンクロ召喚!』
 現れたそれは、悪魔の王にふさわしい、禍々しい姿だった。
 赤く染まった剣を携え、そのボロボロになった黒い翼。金色の目。
 その不気味な体からは殺気をあふれ出していた。


 断罪の魔王−ジャッジルーラ 闇属性/星10/攻3000/守2000
 【悪魔族・シンクロ/効果】
 「断罪の悪魔−ラムル」+チューナー以外の悪魔族モンスター2体以上
 このカードのシンクロ召喚に成功したとき、自分はデッキからカードを1枚ドローする。
 バトルフェイズの間、このカードの攻撃力は自分の除外されているカウンター罠1種類につき
 500ポイントアップする。
 1ターンに1度、相手の場にいるモンスターを選択して発動することが出来る。
 選択されたモンスターは次のターンのエンドフェイズ時まで表示形式を変更できない。


『どうだ、俺の切り札は?』
「………た、たいしたことないわね。他の悪魔の方が、まだマシな効果を持っていたんじゃないの?」
『気づかないのか。俺が今まで、どれだけのカードを除外してきたと思っている。少なくとも、貴様の墓地にあるカウンター罠の数よりは多いと思うがな……』
 私は相手が今までに使ったカウンター罠の数を思い返してみた。

 ――"カウンター・カウンター"――
 ――"強烈なはたき落とし"―― 
 ――"断罪の裁き"―― 
 ――その他etc――

 使われたカウンター罠は6種類。つまり相手モンスターの攻撃力は3000ポイントも上昇する。しかも悪魔を召喚するために破壊した伏せカードもある。さらに攻撃力は上がる。
 シリウスの攻撃力も3000ポイント上昇するけど……基本攻撃力は相手の方が上。
「勝て……ない」
『その通りだ。俺の除外されているカウンター罠は、全部で8種類ある。そして、ライフポイントを見てみろ』
「何を……えっ!?」
 私はその時、初めて気づいた。

 香奈:1750LP   ハヤト:1300LP

 ライフに差がほとんどない。
 ダメージは受けていない。その証拠に体はどこも痛くない。
「どうして……」
『気づいていなかったらしいな。貴様はカウンター罠の連発で、かなりのライフコストを支払っていたんだ。強い力にはそれなりのリスクが伴う。たとえダメージを受けていなくとも、貴様も俺と同じく、あと一撃で命が尽きるまで迫られているんだ。そして……』
 悪魔の目が不気味に光った。
 すると突然、天使の体に鎖が巻き付いた。天使は必死にもがくが、その鎖は硬く巻き付きはずれない。
「シリウス……!」
『"断罪の魔王−ジャッジルーラ"は、その禍々しい力によって敵の体の自由を奪う。これで貴様の白夜のカードは表示形式の変更が出来なくなった。このターン、バトルは行えないが次のターンになった瞬間、貴様は消える』
 ハヤトの言葉に、返す言葉が見つからなかった。
『このモンスターが召喚に成功したので、カードを1枚ドローする………ふっ、どうやら運命も、貴様も終わりにさせた
いらしいな。カードを伏せて、ターン終了』
 ハヤトのターンが終わった。



「私の……ターン……」
 デッキの上を見つめる。
 どうしてだろう。目の前にあるはずのカードが遠くにあるように感じた。
 引きたくない。引いても、何も出来ない気がする。
『どうした? 青ざめているぞ』
「……! う、うるさい……わよ……」
 動揺が抑えられない。
 なんで……どうして、勝てる気がしないの?
『引けよ。貴様の最後のドローだ』
「ドロー……」(手札0→1枚)
 言われるがまま静かにカードを引いた。
 引いたカードは、私が信頼する最後の切り札だった。
「……カードを伏せて……ターンエンド……」

-------------------------------------------------
 香奈:1750LP

 場:天空の守護者シリウス(攻撃:2000)
   伏せカード2枚       

 手札0枚
-------------------------------------------------
 ハヤト:1300LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   断罪の魔王−ジャッジルーラー(攻撃:3000)
   伏せカード1枚

 手札2枚
-------------------------------------------------

『俺のターン!』(手札2→3枚)
 ハヤトは勝ち誇った笑みを浮かべていた。
 魔王もその姿を見てか、同じように不気味な笑みを浮かべている。
 そしてゆっくりと、その血塗られた剣が構えられる。
『バトルだ!』
 ハヤトの宣言と共に、天使と魔王はそれぞれの効果でその力を上げる。

 天空の守護者シリウス:攻撃力2000→5000
 断罪の魔王−ジャッジルーラー:攻撃力3000→7000

「カウンター罠……発動」
 私は伏せカード開いた。
 でもそれは、諦めていないから……じゃなかった。
 自分で組んだデッキだ。何が入っているかなんて、全て分かっている。私のデッキにこの状況を逆転できるカウンター罠は
存在しない。
 そしてさっき相手が言った言葉。
 同じデッキを扱っているからなのか、その意味がなんとなく分かってしまった。
 "断罪の魔王−ジャッジルーラー"の効果を最大限に生かせるカードなんて、一つしかない。
『カウンター罠を発動だ!!』
 あぁ、やっぱり。

 お互いに発動したカード。
 それはパーミッションデッキの、最後の切り札。


 ファイナルカウンター
 【カウンター罠・デッキワン】
 カウンター罠が15枚以上入っているデッキにのみ入れることが出来る。
 このカードはスペルスピード4とする。
 発動後、このカードを含めて、自分の場、手札、墓地、デッキに存在する
 魔法・罠カードを全てゲームから除外する。
 その後デッキから除外したカードの中から5枚まで選択して自分フィールド上にセットする事ができる。
 この効果でセットしたカードは、セットしたターンでも発動ができ、コストを払わなくてもよい。


 デッキが半分に削られる。
 私はこのターンを凌ぐための5枚を選び出した。
 でも、それも無駄なことだって分かってた。
 "ファイナルカウンター"は、全ての魔法と罠を除外して、デッキに眠るカウンター罠を伏せるカード。
 事前に発動されていたカードは、伏せることが出来ない。
『無駄だ』
 そんなの言われなくても分かってるわよ。
『貴様が何をしようと、俺はすべて無効に出来る。俺は"神の宣告"と"魔宮の賄賂"を1枚も使っていない。たった今俺は"神の宣告"を3枚に"魔宮の賄賂"を2枚伏せた。何をしようと、お前の行為は無駄に終わる』
「…………………………………」
 何も言えなかった。
 私が何をしようと、相手はそれをすべて無効にするカードを伏せている。
 しかも今、私と相手は全ての魔法と罠カードを"除外"した。
 ということは――――

 天空の守護者シリウス:攻撃力5000→2000
 断罪の魔王−ジャッジルーラー:攻撃力7000→8500

 圧倒的な攻撃力の差が生まれてしまった。
 悪魔は最大限に自分の力を上げて、天使はその力を最小限にまで抑えられていた。
『ふっ、何も言えないか。いいだろう。ここまで戦ったその力に免じて、最高の力で終わらせてやる。攻撃だ!!』
 ハヤトは攻撃を宣言した。
 私は1枚目の伏せカードを発動した。


 攻撃の無力化
 【カウンター罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスタ1体の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。


『無駄だ!』
 それ打ち消そうと、発動されたカード。


 魔宮の賄賂
 【カウンター罠】
 相手の魔法・罠カードの発動と効果を無効にし破壊する。
 相手はデッキからカードを1枚ドローする。


「それにチェーンして発動……」


 盗賊の七つ道具
 【カウンター罠】
 1000ライフポイント払う。
 罠カードの発動を無効にし、それを破壊する。


『無駄なのが分からないのか!?』
 発動された、2枚目の"魔宮の賄賂"。
「チェーン……発動……」


 カウンター・カウンター
 【カウンター罠】
 カウンター罠の発動を無効にし、それを破壊する。


『………なぜだ……!?』
 疑問の声と共に、ハヤトは3枚目のカードを開いた。


 神の宣告
 【カウンター罠】
 ライフポイントを半分払う。
 魔法・罠の発動、モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚の
 どれか1つを無効にし、それを破壊する。


「……………………」
 その言葉に反応する余裕も無くて、ただ黙々と、伏せカードを発動する。


 魔宮の賄賂
 【カウンター罠】
 相手の魔法・罠カードの発動と効果を無効にし破壊する。
 相手はデッキからカードを1枚ドローする。


『どうして貴様はこんな無駄なことを続ける!?』
 その問いと共に、開かれたカードは2枚目の"神の宣告"。


「どう……して……?」
 私が開いた最後のカードは、同じく"神の宣告"。
『答えろ! 勝ち目がないのが分かっているのに、全てのカードが無効にされることが分かっているのに、もう闘志なんか残っていないのに……どうして貴様は、最後まで決闘を続けようとする!?』
 発動された相手の"神の宣告"によって、私のカードは無効となる。
「……」
 本当に……どうしてなんだろう。

 "魔宮の賄賂"→無効

 相手の切り札が出た時点で、私は負けを覚悟した。
 なんで、そのまま終わろうとしなかったんだろう。

 "カウンターカウンター"→無効

 どうして見苦しく、あがいたりしたんだろう。
 素直に負けを認めていればよかったのに。こんな惨めな姿をさらすことなんてなかったのに……。
 闇に飲まれるって一体どういう感じなんだろう。苦しいのかな。
 って考えなくても……すぐに分かるわよね……。
 私、負けちゃうんだから。

 "盗賊の七つ道具"→無効

 完敗だ。自分を超えるパーミッション使いがいるなんて、思ってもみなかった。
 世界は広いな。強い人が、まだまだたくさんいる。もっと、楽しく決闘をしていたかった。もっと……あいつと……。
「……!!」

 "攻撃の無力化"→無効
 天空の守護者シリウス:攻撃力2000→4500
 断罪の魔王−ジャッジルーラー 攻撃力8500



 そうよ。簡単なことだったじゃない。
 私は、もっと大助と決闘をしていたかった。出来るだけ、一緒に戦っていたかった。だからこんな状況でも続けたんだと思う。
 ……負けたくない。
 負けたら、もうあいつと決闘できないじゃない。
 もう、言い争うことも、笑いあうこともできないじゃない。

「負けたく……ない!!」

『もう遅い! 終わりだぁぁ!!』
 私に向かって、悪魔が突進してきた。
 それに割り込むように、シリウスが立ち塞がる。
「シリウス……!」
 このままじゃ、やられちゃう。
 でも、手札も伏せカードもない。
 お願い。誰か……助けて……!

 〜〜(このカードを入れとけよ)〜〜

「っ!!」
 私の手にカードが舞い込んでいた。(手札0→1→2枚)
 しかもそのうちの1枚は、あいつが勧めてくれたカードだった。
『これで、終わりだぁぁ!!』
 悪魔の剣が、振り下ろされる。
 天使は寸前で、手に持った剣で受け止めた。
 だがその勢いは止められず、受け止めたその剣が粉々に砕ける。
 そして悪魔の剣が、天使の体を――――


































 天空の守護者シリウス:攻撃力4500→13000

『なっ……!?』
 ――悪魔の剣は、天使の体を捉えていなかった。
 悪魔は何が起こったか分からないようで、左右を見渡す。
 だが、天使の姿はない。
「上よ!」
 天使は悪魔の遥か上に飛び、翼を広げていた。
『馬鹿な……!』
「いっけぇーーーー!!」
 私の声に反応するかのように、シリウスが光輝く翼を大きく広げる。

 ――ジャッジメントシャイン!!――

 天使から発せられた光が、悪魔の体をかき消した。



 断罪の魔王−ジャッジルーラー→破壊
 ハヤト:1300→0LP













 決闘は、終了した。
 周りを覆っていた闇が消え、元の洞窟の状態に戻り、ハヤトはその場に倒れた。
「勝っ……た……」
 私も全身から力が抜けてしまって、その場に座り込んでしまった。
『な…なにを……した……?』
 ハヤトが尋ねてきた。
『すべてのカウンター罠を無効にしたのに、2倍近く攻撃力が開いていたのに、それがどうして覆された!?』
「………」
『答えろ!!』 
 私はカードを1枚抜き出した。
 それを見つめて、息を吐く。
 そして静かに、そのカードをハヤトに見せた。


 オネスト 光属性/星4/攻1100/守1900
 【天使族・効果】 
 自分のメインフェイズ時に、フィールド上に表側表示で存在するこのカードを手札に戻す事ができる。
 また、自分フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスターが戦闘を行うダメージステップ時に
 このカードを手札から墓地へ送る事で、エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、
 戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。


『"オネスト"……だと……? だが、貴様に手札はなかった。その手札は、いったい……』
「……あんたが発動した"魔宮の賄賂"の効果よ」
『……! そうか……』
 ハヤトは納得したみたいだった。
 "魔宮の賄賂"は、相手のカードを無効にする代わりに相手に1枚ドローさせるカード。
 私はその効果で"オネスト"を引いて、効果を発動した。私の伏せカードが尽きていたように、相手の場にも伏せカードはなかった。だから効果を止める術はない。
 "オネスト"の力で、シリウスはその力を高めて、悪魔の王を超える攻撃力を手にすることが出来た。
『すべて、計算尽くだった訳か……』
「そんなわけないじゃない。私だって、このカードがあることを忘れてたわ」
 "オネスト"は私自身の意志で入れたカードじゃなかった。
 デッキ調整の時に、手に入れたパックに1枚だけ入っていたこのカードを、大助が「このカードを入れとけよ」と薦めてくれたからだった。たった1枚しかないカードを入れるのはちょっと気にくわなかったけれど、「効果が強力だから」という大助の言葉におされて、入れておいたカードだった。
 大助のおかげで、勝つことが出来た。
 本当に………ありがとう。
『ふっ、悪魔より……天使の方が強かったという訳か……』
「……あんたのモンスターも、強かったわよ」
『ふっ、あがきつづけて、勝利を掴んだ……か……』
 ハヤトは静かに溜息をついた。
『プロの時代に、お前のような決闘者がいれば、俺の人生も少しは変わっていたかもしれないな……』
「そんなの分からないわよ」
『ふっ、そうだな……。最後の決闘相手が、お前でよかったと思う』
 消えゆくハヤトの体は、もう半分になっていた。
『……まさか、俺が負けるとはな……』
 消えかけた自分の体を見つめながら、ハヤトは笑った。
「あなた……」
 決闘前にも感じたけれど、やっぱりこの人は悪い人じゃなかったんだ。
 プロの世界で挫折して……それで……。

『朝山香奈……』

 ハヤトが呼びかけてきた。
「何よ」
『もう少しこっちへ寄ってくれ。俺を倒した決闘者の顔を、見ておきたい』
「………分かったわ」
 私は立ち上がって、消えゆくハヤトのそばまで行った。
「来たわよ」
『あぁ、ありがとう……』

 ハヤトは懐からカードを1枚取り出して、かざした。
 黒い光が発せられた同時に、私の周りに鉄製の檻が現れた。

「なにこれ!?」
 何度か叩いてみたが、とても硬くて人力では壊せそうになかった。
『かかったな』
 ハヤトが、笑った。
「あんた、最初から……!」
『もう誰にも止められない。貴様は、ここで時間をつぶしてもらおう。中岸大助が、闇に飲まれるその時までな……』
「っ」
 悪魔のような笑みを浮かべながら、ハヤトは消えていった。


「誰にも……止められない……?」
 ハヤトの最後の言葉を思い出す。
 あんなに強かった相手なのに、ダークのボスはそれより強いって言うの?
「大助……」
 胸に再び現れた、あの感覚。とても嫌な予感がする。
 大助の所に行きたい。 
 どうにかして――。


 ――行け! "サイバー・ドラゴン"!!――


 ズドオオオオオオォォォン!!


 突然、壁が大きく崩れた。
 見るとそこには薫さんと伊月が息を切らしながら立っていた。
「薫さん………」
「あ、香奈ちゃん! よかった! 無事だったんだね」
「えぇ、無事よ。でもこの檻が……」
「今出してあげるからね」
 薫さんはそう言うと、隣にいる機械の龍に何かを命じた。
 龍は頷いたように首を縦に振ると、その口に高密度のエネルギーを溜め始めた。

 え? まさか……。

「香奈ちゃん、伏せて!」
「や、やっぱり……!」
 すぐさま、その場に伏せた。
 その次の瞬間、私の上を強い衝撃が通り抜けた。

「いいよ。香奈ちゃん」
 薫さんの声が聞こえ、顔を上げる。
 黒い鉄檻は粉々に破壊されていて、簡単に出られるようになっていた。
「もっと別の方法はなかったの!?」
「無いこともないけど、緊急だったでしょ」
「そ、それはそうだけど……」
「出られたんだからいいではないですか。香奈さんがひとまず無事で、僕達も安心してますよ」
「うん、よかったよ。香奈ちゃんが無事だったから。あとは……」
「大助ね…………分かってるわ。早く行きましょう!」
「うん! じゃあさっそく――」
 薫さんは機械の龍を従えて、壁を破壊していく。
 もしかして、ずっとこうやってきたのかしら。洞窟が崩れたりしないか、少しだけ心配になった。
「大助……」
 幼なじみの顔を思い浮かべ、走る。





 胸の嫌な感じは、まだ………消えない。




episode15――第4の決闘〜闇VS六武衆――




『よく来たな中岸大助』
 暗い部屋で、声が聞こえた。

 ついさっきまで長い洞窟の通路を走っていて、そろそろ着いて欲しいと思っていたところで、この広い場所に出た。
 着いた場所は薄暗く、人がいるのかどうかさえ分からなかったが、たった今聞こえたこの深い声のおかげで、とりあえず人がいるということだけは分かった。
 すぐさま声のした方へ意識を向けてデュエルディスクを構える。
『ふっ、そんなに気構えるな』
 次の瞬間、周りが一気に明るくなった。
 あまりのまぶしさに思わず目をつぶってしまう。だがそれも数秒のことで、すぐに目は慣れた。
「え……」
 思わず、自分の目を疑った。
 そこはとても広い"部屋"だった。
 灰色の壁に覆われて、天井には照明まで取り付けてある。机やテレビはないが、まぎれもなく部屋と呼べる空間だ。
 いったい、どうなっているんだ。
『こんな洞窟に部屋があることが不思議かな』
「……ああ、少しな……」
 答えた後、俺は目の前にいる男を見つめた。
 金色の瞳と銀色の髪。黒いマントを羽織っている。体もがっちりとしていて、ボクシングの大会に出たらかなり良いところまで行けるのではないかと思えるほどだ。その筋肉が浮き出る腕には、ダークの印である漆黒のデュエルディスクが取り付けられている。
『どうした、震えているぞ?』
「……?」
 自分の左手を見つめた。
 小刻みに震えている。
『怖がるなよ、中岸大助』
「誰が……怖がってるわけないだろ……!」
 そう言うものの、左手の震えは止まらない。さらには額に嫌な汗まで流れてきた。自分でもなぜこうなっているのかが分からない。
『そんな様子で、戦えるのか?』
 男は嫌らしい笑みを浮かべながら言った。
「あ、当たり前だ!」
『ふっ、そうか……では、はじめようか。貴様の最後の決闘を』
「余裕……ってことか」
『どうかな?』
 男は静かに構えた。
 震える左手を押さえて、デュエルディスクを構える。

 空気がピリピリと振動しているような感覚を覚えた。
































香ーー奈ーーちゃーーーーん!!!!」 
 その張りつめた空気を破るかのように、聞こえた声。
 男は通路の方を向いて声の正体を知ろうとする。だが俺には、それが誰なのか、なんとなく分かってしまった。
「あれ? なんでこんなところに部屋があるんだよ?」
 雲井忠雄だった。てっきりもう相手の陣地へ乗り込んで捕まっているだろうと思っていたが、どうやら違ったらしい。
 なんにしても、どうしてこいつがここへ来たのか、分からなかった。
「あっ、中岸! なんでお前がここにいるんだよ!」
 会って早々、つっかかってくるなよ。
「こっちの台詞だ。なんでお前がここにいるんだよ」
「質問に質問で返すんじゃねぇ! 俺はあの黒くて不気味な鳥を追ってここまでたどり着いたんだ! そしたら4つに通路が別れていたから、この道を選んできてみたら………はずれだったんだぜ……」
 雲井はあからさまに嫌そうな顔をする。
 そこまでされると、逆に怒りも湧かなかった。
「香奈ちゃんはいねぇのかよ」
「いない。今頃決闘でもしてるんじゃないか?」
「何だってぇ!? じゃあなんでてめぇここにいるんだよ! とっとと香奈ちゃん応援しに行けよ!」
 いちいちうるさい奴だな。特に香奈のことになると。
 そのエネルギーをもっと別の所へ使えばいいのに。
『ふっ、お仲間か』
 男はデュエルディスクを構えた腕を下ろした。
『それで、どっちが相手をするんだ? なんなら二人まとめてでも構わないが……』
「ふざけんなよてめぇ! 俺がどんだけ強いか知らねぇな? だったら今すぐ――」
『ほう……』
「「………!?」」
 体が急に重くなった。
 呼吸も苦しくなり、その場に立っているのもきつくなる。
 隣にいる雲井も同じような感覚があるようで、膝をついている。
 相手が何かをした様子はない。ただ、自身の本能が"危険"だということを伝えていた。
『どうした、ちょっと本気で威圧してこれか? 先が思いやられるな、中岸大助、雲井忠雄』
「な……に……」
 これが威圧? そんな馬鹿な。漫画じゃあるまいし、こんなことになるはずがないだろ。きっと気づかれないように闇の力を使ったに決まってる。
 だがもし、仮に相手の言ってることが本当だったら……?
 万が一そうだとしたら、次元が違う。ビビるとかそんなレベルの話じゃない。体の全ての信号が危険だということを伝えていて、体すら動かない。
 たった数回しか闇の決闘をしたことはないが、それでもこれは一つのことを確信させるのには充分だった。 
 ……こいつ、今まで戦ってきた相手とはまるで違う。
 恐怖を感じる相手もいた。不気味だと思った相手もいた。
 だがこいつは、そんな感情など軽く超越するものを持っている。本当にこいつは、四人の中で弱い一人なのか?
『いい加減気づいたか? 俺の正体が』
「てめぇの……正体……だと?」
 雲井が途切れ途切れで言った。
『そうだ』
「ま、まさか……」




『俺の名はダーク。その名の通り、組織ダークのボスを務めている者だ』
「……!」
 こいつが、ダークのボスだって?
 なんでそんなやつが、こんな所にいるんだ。ダークのボスは薫さんが相手しているはずじゃなかったのか?
『お前達が聞いた情報は、俺達がそっちの司令塔のパソコンをハッキングして流した偽の情報を元にしたものだ。案の定まんまと作戦に乗ってくれた。やはりまだ若いな』
「偽の情報だと?」
『そうだ。ウチには優秀なプログラムがついているからな』
 ダークは当然のように言った。
 佐助さんのパソコンを逆にハッキングしたのか。なるほど、それなら通信機が繋がらなかったのにも納得がいく。
「……お前達は、何のためにこんなことを……」
『世界を滅ぼすために決まってるだろう。そのために何も知らない一般人をこちらに引きずり込み、一から教育して立派な兵士した。おかげで、ようやく闇の神は復活の時を迎えようとしている。…………もう少しだ。もう少しで神は復活し闇の力は完全なものになる。そうなれば貴様らの白夜の力など恐れる必要がなくなる。闇の神を復活させて、我らが使う力を完全に扱えるようにする。そのために、生け贄が必要だったのだ。そして――』
 ダークがデュエルディスクを構えた。
 重くなっていた体も、慣れてきたおかげかなんとか動くようになっていた。
「な、中岸……大丈夫か……?」
 雲井が尋ねてきた。
 その目が不安と恐怖に満ちているのは、言うまでもない。
「無理でも、やるしかないだろ……!」
「………」
 正直に言えば、今すぐ逃げ出したい気分だった。
 今まで戦ってきた相手を遥かに凌駕するであろう実力を持った相手。これでビビらない方がおかしい。
 だけど―――香奈もきっと頑張って戦っている。俺も逃げてなんかいられない。どんなに相手が強かろうと、どんなにデッキ
の相性が悪かろうと、勝負に100%はない。100回やって1回しか勝てないとしても、その1回を持ってくれば何の問題もない。
「勝負だ! ダーク!」
『いい度胸だ。中岸大助』
 デュエルディスクを構える。
 呼吸を整えて、神経を研ぎ澄ませた。





『「決闘!!」』





 ダーク:8000LP   大助:8000LP




 最後の決闘が、始まった。




 先攻は向こうからだ。
『この瞬間、デッキからカードを発動する!』
 相手のデッキから、深い闇があふれ出した。
 灰色の部屋が闇に包まれる。足下にも闇は流れてきて、今にも飲み込まれそうだった。 
「っ!?」
 なにかが、違った。

『フィールド魔法"真・闇の世界−ダークネスワールド"!!』

「な……!」
 闇が完全に部屋を浸食し包み込む。照明も飲み込まれたのにも関わらず、なぜか雲井の姿もダークの姿も見える。
 だが、心の中の不安は増した。


 真・闇の世界−ダークネスワールド
 【フィールド魔法】
 このカードは決闘開始時にデッキ、または手札から発動する。
 このカードはフィールドを離れない。
 カード名を一つ宣言する。
 そのカードはフィールド上に存在する限り、以下の効果が付加される。
 ●「このカードを対象にする相手の魔法・罠・モンスターの効果を無効にする。」
 この効果は決闘中に1度しか使えない。
 このカードはフィールドから離れたとき、そのターンのエンドフェイズ時に元に戻る。
 また、このカードの効果は無効化されない。


 今まで見たことのない……いや、明らかに見覚えのあるカードだったが、知っているそれよりもこれはさらに深い闇を持っている。
 本当に、何もない漆黒の世界がどこまでも広がっているようだった。
「なんだこれ……」
『これが"闇の世界"の真の姿だ。ボスである俺にしか扱えない』
「……その割に……対したことはないな」
『ふっ、そうだな。もう少し強い効果でも持っていれば良かったかもな……いや、お前にとって見ればもう少し弱体化した方が良かったかな?』
 ダークは余裕の表情を浮かべる。
 どうやら俺との決闘をただの戯れ事程度にしか考えられていないようだ。さすがに、少し頭にくる。
 でも、冷静さは失わない。どんな状況でも冷静さを先に失った方が負けるのは分かっている。ひとまず、相手がどんなデッキなのかを見極めないといけない。それが俺の戦術だからな。
『まず小手調べといこうか』
 ダークは手札から1枚のカードを発動する。


 闇の欲望
 【通常魔法】
 デッキからカードを2枚ドローする。
 その後、手札の闇属性モンスター1体を捨てる。
 手札に闇属性モンスターがない場合、手札を全てゲームから除外する。


「見たことのないカードだな」
『この効果で俺はデッキから2枚ドローする。そして手札から"暗黒界の狩人 ブラウ"を捨てて、ブラウの効果で1枚ドローする』
「……!」

 
 暗黒界の狩人 ブラウ 闇属性/星3/攻1400/守800
 【悪魔族・効果】
 このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に捨てられた場合、
 デッキからカードを1枚ドローする。
 相手のカードの効果によって捨てられた場合、
 さらにもう1枚ドローする。


『さらに、"墓の装飾女"を召喚する』
 ダークの場に、白い髪の女性が降り立った。


 墓の装飾女 闇属性/星4/攻1600/守800
 【魔法使い族・効果】
 このカードの召喚に成功したとき、自分の墓地にいるレベル3以下の闇属性モンスター1体を
 このカードに装備カード扱いとして装備することが出来る。
 このカードの攻撃力は、装備したモンスターの攻撃力分アップする。


 一瞬、美しく見えたそのモンスターが、突然手を下へ伸ばした。
 広がる闇の中から先程墓地に送られた悪魔が引きずりだされる。女性は不気味な笑みを浮かべて、口を開けた。
「なっ!?」
 悪魔はその口に、飲み込まれた。
 その光景は、一介の高校生が見るには耐えがたいものだった。
『このモンスターは召喚に成功すると、墓地にいるレベル3以下闇属性モンスターを装備することが出来る。この効果で先程捨てたブラウを装備し、攻撃力は1400上がる』
 悪魔を飲み込んだ女性の体が、一回り大きくなった。

 墓の装飾女:攻撃力1600→3000

「攻撃力3000!?」
 1枚の手札も消費しないで、こんな高攻撃力のモンスターを召喚できるのか。
 相手の圧倒的な力に、一瞬怖じ気づいてしまう。
『この程度で驚くなよ。これはただの小手調べだからな。ターンエンド』



「俺のターン!」(手札5→6枚)
 カードを引く。
 相手の場には攻撃力3000のモンスター。これが小手調べというのだから恐れ入る。だがいくら余裕があるからといって、伏せカードがないのはナメすぎなんじゃないのか。
 さっき捨てたブラウから察するに、おそらく相手のデッキは手札から捨てられることによって効果を発揮する暗黒界シリーズだろう。そこまで脅威になるとは思えない。
 暗黒界が相手なら、少しは心に余裕ができそうだ。
 こっちも手札は悪くない。相手が油断してくれているなら、このターンで一気に主導権を握ってみせる。
「手札から永続魔法"六武衆の結束"を発動する!」
 後ろに巨大な陣が描かれる。
 闇の中に光った結束の陣。それが俺の心からさらに恐怖を取り除いてくれそうな気がした。


 六武衆の結束
 【永続魔法】
 「六武衆」と名の付いたモンスターが召喚・特殊召喚される度に、
 このカードに武士道カウンターを1個乗せる(最大2個まで)。
 このカードを墓地に送る事で、このカードに乗っている武士道カウンターの数だけ
 自分のデッキからカードをドローする。


『ドロー強化………ふっ、目には目をってことか』
「さらに"増援"を発動して"六武衆−カモン"を手札に加えて、そのまま召喚する」


 増援
 【通常魔法】
 自分のデッキからレベル4以下の戦士族モンスター1体を手札に加える。


 六武衆−カモン 炎属性/星3/攻1500/守1000
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−カモン」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 1ターンに1度だけ表側表示で存在する魔法または罠カード1枚を破壊することが出来る。
 この効果を使用したターンこのモンスターは攻撃宣言をする事ができない。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。

 六武衆の結束:武士道カウンター×0→1

 赤い召喚陣から爆弾をもった武士が現れ、後ろの陣が光り輝いた。
「さらに、俺の場に六武衆が1体いるので"六武衆の師範"を特殊召喚!」


 六武衆の師範 地属性/星5/攻2100/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが相手のカード効果によって破壊された時、
 自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 「六武衆の師範」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。

 六武衆の結束:武士道カウンター×1→2

 現れた隻眼の武士。他の武士とは一線をおいた雰囲気を持ち、じっと目の前に立った敵を見据える。新たな仲間が現れたことを喜ぶかのように、後ろの陣が更に大きく輝いた。
「結束を墓地に送ってカードを2枚ドローする!」(手札3→5枚)
 後ろの陣が光となって、俺の手札に2枚のカードを授けてくれた。
 とりあえず布陣は出来た。
 あとは、攻めるのみ。
「"六武衆−カモン"の効果発動! 攻撃をしない代わりに、魔法・罠ゾーンにある表側表示のカードを破壊する!」

 ――防壁爆破!――

 手に持った爆弾に火を付けて、赤い鎧を着た武士がそれを勢いよく投げた。
 不気味な女性の真下で爆発して、その衝撃で吸収された悪魔がはじき飛ばされた。

 暗黒界の狩人 ブラウ→破壊
 墓の装飾女:攻撃力3000→1600

「そして"六武衆の師範"で攻撃!」
 爆風によって舞い上がった粉塵の中へ、隻眼の武士が突っ込んだ。
 バシュっという音がして、同時に粉塵も晴れる。
 ダークのモンスターが一閃されていた。

 墓の装飾女→破壊
 ダーク:8000→7500LP

『なかなかだな』
「そりゃどうも」
 たいしたダメージではないが、とりあえず先手はとれた。
 でも油断は禁物だ。相手が暗黒界のデッキなら、いつどこでモンスターが出てきてもおかしくない。
 ひとまず何が出てきてもいいように、このカードを伏せておくか。
「カードを1枚伏せて、ターンエンド」

-------------------------------------------------
 ダーク:7500LP

 場:なし

 手札6枚
-------------------------------------------------
 大助:8000LP

 場:六武衆−カモン(攻撃:1500)
   六武衆の師範(攻撃:2100)
   伏せカード1枚

 手札4枚
-------------------------------------------------
 
『……合格だ』
「なに?」
『ただの攻撃力3000のモンスターなどに手こずっていては、俺と戦うにはほど遠いからな……。とりあえずおまえは俺とやり合える資格はあるらしい』
 余裕の表情で、ダークはそう言った。
 どうやら本人は、本当に小手調べ程度のつもりだったらしいな……。
『行くぞ』
「……!!」
 再び襲ったあの感覚。体が一気に重くなる。
「中岸!」
 雲井の声が聞こえた。
「分かってる……!」
 戦っている最中に膝をつくわけにはいかない。一度体験したのだから、踏ん張れるはずだ。
『ほぅ、耐えられるか。だが、そうでなくてはなぁ!! 俺のターン!』
 ダークは勢いよくデッキからカードを引く。
 たったそれだけの行為なのに、異常なまでの重圧がのしかかった。本当に、勘弁して欲しい。
『手札から"おろかな埋葬"を発動する。この効果で、俺はデッキから"闇に祈る神父"を墓地に送るぞ』


 おろかな埋葬
 【通常魔法】
 自分のデッキからモンスター1体を選択して墓地へ送る。
 その後デッキをシャッフルする。


 地面から無数の腕が現れ、ダークのデッキから1枚のカードを引きずり込んだ。
 引きずり込まれた神父は暗い闇へと祈る。するとその闇の中から、目を赤く染めた黒い狼が現れた。
『墓地に送られた"闇に祈る神父"の効果によって、俺はデッキからカードを1枚除外する。俺が除外するのは"闇の使い−ダークウルフ"だ。このカードはデッキから除外されたとき、特殊召喚される!』
「なっ…!」


 闇に祈る神父 闇属性/星1/攻500/守300
 【魔法使い族・効果】
 このカードが墓地へ送られた時、
 自分のデッキからカード1枚を選択してゲームから除外する。
 その後、自分のデッキをシャッフルする。


 闇の使い−ダークウルフ 闇属性/星5/攻2200/守300
 【獣族・効果】
 このカードはデッキから除外されたとき、
 自分の場に表側攻撃表示で特殊召喚することが出来る。

 闇の使い−ダークウルフ→特殊召喚(攻撃)

「また1枚の消費で高いモンスターを……」
『それだけじゃない。今、俺の墓地には闇属性モンスターが3体いる。これにより、このカードを特殊召喚する!』
 勢いよく叩きつけられたカード。
 広がる闇の中から、闇に染まった竜が現れる。
 俺の身長の3倍はあるであろう大きさの竜が、こちらに向けて大きく咆吼をあげた。


 ダーク・アームド・ドラゴン 闇属性/星7/攻2800/守1000
 【ドラゴン族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 自分の墓地に存在する闇属性モンスターが3体の場合のみ、
 このカードを特殊召喚する事ができる。
 自分の墓地に存在する闇属性モンスター1体をゲームから除外する事で、
 フィールド上のカード1枚を破壊する事ができる。


「ダーク・アームド……!」
 現れた最悪の竜に、舌打ちを打つ。
 相手の場を荒らし回り、なおかつ長い間フィールドに留まることが可能な攻撃力を持っているモンスターだ。どんな決闘者でも、このカードは警戒しなければならない。
 だが3ターン目にして、こんな簡単に召喚されたのは初めての経験だ。
 相手にかかれば、この程度の召喚制限は無いに等しいのかも知れない。
 だが、だからといって簡単にそれを通すわけにはいかない。
「罠発動! "奈落の落とし穴"!」


 奈落の落とし穴
 【通常罠】
 相手が攻撃力1500以上のモンスターを
 召喚・反転召喚・特殊召喚した時に発動する事ができる。
 そのモンスターを破壊しゲームから除外する。


 竜の真下に、巨大な穴が現れる。
 突然の出現に竜は対処することができず、一気にその穴へ落ちていった。

 ダーク・アームド・ドラゴン→除外

「そう簡単に召喚させるわけ無いだろ!」
『だろうな。俺は"BF−疾風のゲイル"を通常召喚する』
「なに!?」
 旋風が吹き荒れる。
 その風の中から、黒い翼を持った鳥が現れた。


 BF−疾風のゲイル 闇属性/星3/攻1300/守400
 【鳥獣族・チューナー】
 自分フィールド上に「BF−疾風のゲイル」以外の
 「BF」と名のついたモンスターが存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 1ターンに1度、相手モンスター1体の攻撃力・守備力を半分にする事ができる。


「なんでBFが……」
『驚くこともないだろう』
 ダークは笑う。
 どうってる。相手は暗黒界じゃなかったのか。いや、冷静に考えてみれば相手は手札を捨てるカードを1枚しか使っていない。暗黒界デッキとして決めつけるには不十分だ。さっきモンスターを除外していたから除外関係のデッキか? いや、でもBFが入ってる。
 相手のデッキは、なんなんだ?
「おまえ、何のデッキだよ。暗黒界が入っていると思えば、カードを除外するし、しまいにはBF……何のデッキだ?」
『……………そうか、お前は今まで、テーマデッキしか相手にしたことがないな』
 ダークが察したように言った。
 たしかに俺は今までテーマに沿ったデッキしか相手にしてこなかった。雲井のようなバラバラのデッキもある。たまに1枚で使えるカードばかりをいれたスタンダードデッキも見たことはある。だが、それも少し違うように思えた。
 デッキから除外されたら特殊召喚できるモンスター。手札から捨てられたらドローできる暗黒界モンスター。そしてBF。たしかにゲイルならたしかにいろんなデッキには入るだろうが、何かおかしい。
『お前、自分の周りによくかわいそうな目に遭う奴を見たことがあるか?』
「………いる」
 突然の質問に戸惑ったが、すぐに雲井の顔が浮かんだため答えを返すことができた。
『そうだ、世の中にはよく物を落とす奴、方向音痴になる奴、問題を抱え込んできたりする人間がいる。どういうわけかは分からないが、そういう星の元に生まれたのだろうな』
「それがどうしたんだ?」
 ダークの真意が分からない。
 たしかに、そういう星の元に生まれた奴はいるかもしれない。
 だからなんだ? それがお前のデッキと何の関係がある。
『俺もそいつらと同類なのさ』
「は?」
『俺は、闇の力を自由に扱える。つまり、闇のカードなら必要なカードしかこないのさ。闇は力の源であり、それゆえに闇から愛されている。お前の言うテーマデッキというのなら、俺のデッキは『闇』だ。すべてを飲み込む闇の力を扱うデッキ。それが俺の力だ』
 闇デッキ。今までに戦ったことのないデッキだ。
 でも、必要なカードしか手札にこないだと?
「そんなことがあるわけ――」
 口が止まる。
 そんなことあるわけない。どうしてそれを断言できるんだ。信じたくはないが、もしピンポイントにカードを引けるとしたら、入っているカードがバラバラのデッキでも、いつでも最高の動きを見せることが出来る。
 もしそうなら……俺は……。
 いや、何を考えているんだ俺は。そんなことあってたまるか。
 好きなカードを引けるなら、最初からエクゾディアデッキを作るに決まってる。あんなのは、ただのハッタリだ。
『怖じ気づいたか?』
「……!」
 心を見透かしたかのように、ダークは言った。
 たしかに、一瞬だけど怖じ気づいてしまった。勝てないかもしれないとも思った。だけど、冷静に考えれば、そんな事あるはずがない。怖じ気づく必要なんて無い。
『行くぞ』
 ダークの一言で、我に返る。そうだ、まだ相手のターンは終了していなかった。
『ゲイルの効果で"六武衆の師範"の攻撃力を半分にする』
 黒い翼から、強い風が吹き荒れる。
 それは師範の持つ刀をはるか遠くに吹き飛ばしてしまった。
 丸腰にされてしまった師範は、悔しそうに唇を噛む。

 六武衆の師範:攻撃力2100→1050

『バトルだ!』
 その宣言と共に狼が爆弾を持った武士に、黒い鳥が師範へと突進する。
 鋭い牙がカモンをとらえ、鋭い翼が師範の体を切り裂いた。

 六武衆−カモン→破壊
 六武衆の師範→破壊
 大助:8000→7300→7050LP

「ぐ……あああぁ……!」
 今まで襲ってきた痛みの中で、最も強い痛みが襲った。足が崩れかけそうになる。
 闇の決闘は、相手の持つ闇の力に比例して痛みも大きくなると伊月は言っていた。だとすれば、1000ポイントにも満たないダメージでここまでの痛みを発生させるダークの力は相当なものになる。
 もしこれ以上のダメージを食らったら、ライフポイントが尽きていなくても倒れてしまうかも知れない。
『これぐらいで倒れるなよ、中岸大助』
「当たり前だ……!」
『では、メインフェイズ2にシンクロ召喚をする!』
 無数の光の輪が、2体のモンスターを包み込んだ。
 その中から逞しい肉体を持った戦士が現れる。


 ギガンテック・ファイター 闇属性/星8/攻2800/守1000
 【戦士族・シンクロ/効果】
 チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 このカードの攻撃力は墓地に存在する
 戦士族モンスターの数×100ポイントアップする。
 このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、墓地に存在する
 戦士族モンスター1体を選択し自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。


『このモンスターは墓地にある戦士族の数だけ、攻撃力を上げる。お前の墓地に戦士族は2体いる。よって――』

 ギガンテック・ファイター:攻撃力2800→3000

「また攻撃力3000……」
『カードを1枚伏せて、ターン終了だ』

-------------------------------------------------
 ダーク:7500LP

 場:ギガンテック・ファイター(攻撃:3000)
   伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------
 大助:7050LP

 場:なし

 手札4枚
-------------------------------------------------

「俺のターン!」(手札4→5枚)
 相手の場には実質的に戦闘破壊ができないモンスターがいる。
 下手に壁モンスターを召喚しても意味がない。どうにかしてこのターンであの倒さないと、不利になってしまう。
 ここは、なんともしてもあのモンスターを取り除くしかない。
「"戦士の生還"を発動して、"六武衆の師範"を手札に加える。そして手札から"六武衆−ザンジ"を召喚して、さっき手札に戻した師範を特殊召喚する!」


 戦士の生還
 【通常魔法】
 自分の墓地に存在する戦士族モンスター1体を選択して手札に加える。


 六武衆−ザンジ 光属性/星4/攻1800/守1300
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ザンジ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードが攻撃を行ったモンスターをダメージステップ終了時に破壊する。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


 六武衆の師範 地属性/星5/攻2100/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが相手のカード効果によって破壊された時、
 自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 「六武衆の師範」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。

 ギガンテック・ファイター:攻撃力3000→2900

「墓地にいる戦士の数が少なくなって"ギガンテック・ファイター"の攻撃力は下がる」
『たかが、100だがな』
「バトルだ! "六武衆−ザンジ"で攻撃!」
『自滅する気か』
「"六武衆−ザンジ"は他に六武衆がいるとき、攻撃した相手モンスターをダメージステップ終了時に破壊するんだ!」
『……! なるほどな……』
 薙刀を持った武士が屈強な戦士にむかって突撃する。
 戦士は右拳を握りしめ、武士が飛びかかった瞬間を見計らい、突きだした。
 その強力な力に、武士の体は吹き飛ばされる。だが武士の方も最後の意地を見せて、残った力を武器に込めて投げ飛ばした。

 六武衆−ザンジ→破壊
 大助:7050→5950LP

「ぐぁ……!!」
 痛みを堪えながら、ザンジの投げた薙刀の行方を見る。
 綺麗な放物線を描き、その切っ先は戦士の喉を貫いた。

 ギガンテック・ファイター→破壊

『ふっ、破壊できて良かったな』
「まだ終わってない。師範でダイレクトアタックだ!」
 隻眼の武士が素早い動きでダークに迫る。
 目に見えない速さの斬撃が、相手の体を切り裂いた。

 ダーク:7500→5400LP

『ぐ…ぬぅ……!』
「カードを1枚伏せてターンエンド」

-------------------------------------------------
 ダーク:5400LP

 場:伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------
 大助:5950LP

 場:六武衆の師範(攻撃:2100)
   伏せカード1枚

 手札2枚
-------------------------------------------------

「さすがに効いたんじゃないか?」
『あぁ、なかなかだ。だが、まだ終わらないのも分かっているだろう』
「……もちろん」
『俺のターン!』
 ダークはカードを引き、行動を決めていたかのようにすぐさまデュエルディスクに叩きつけた。
『"デリート・バック"を発動する!』
 目の前の空間に、時空の穴が現れた。


 デリート・バック
 【通常魔法】
 自分の除外されているモンスター1体を墓地に戻す。
 その後、墓地に戻したモンスターのレベルより低いレベルを持ち、
 戻したモンスターの攻撃力より低い攻撃力をもつ
 表側攻撃表示モンスターを破壊することが出来る。
 破壊されたモンスターのコントローラーは、
 そのモンスターの攻撃力の半分のダメージを受ける。


『この効果で俺は"ダーク・アームド・ドラゴン"を墓地に戻す。このモンスターのレベルは7、攻撃力は2800。どちらもお前の場にいる"六武衆の師範"に勝っている。よって、師範を破壊する!!』
「なに!?」
『さらに、破壊した師範の攻撃力の半分のダメージを受けてもらうぞ』
 時空の穴から黒い閃光が発射された。
 あまりの速さに隻眼の武士は反応することができず、その胸を撃ち抜かれた。

 六武衆の師範→破壊
 大助:5950→4900LP

「ぐああぁ……!!」
 足下がふらつく。
 このままでは、最後まで戦いきれないかもしれない。
『どうした! もう限界か?』
「……まだに……決まってるだろ……!」
 なんとか踏みとどまり、目の前の敵を見据える。表情から察するに、相手はまだまだ余裕らしい。それに対してこっちはもうボロボロだ。これ以上、ダメージを食らいたくない。
 だが相手が相手だ。そんなこと出来るわけが無い。
「"六武衆の師範"は相手のカード効果で破壊されたときに、墓地にいる六武衆と名の付くモンスター1体を手札に戻すことができる。俺は……今、墓地に行った師範を手札に戻す!」
 墓地から師範を手札に戻し、呼吸を整える。
 擬似的な破壊耐性を持っている師範は、戦線を保つためにはもってこいのモンスターだ。こいつがいれば六武衆の効果も1ターンで使うことが出来る。
 逆に言えば、こいつを失ったとき、不利が確定してしまうということでもある。
『まだ俺のターンは終わっていない。手札から"闇の格闘家"を召喚する』
 ダークの場にたくましい肉体を持った格闘家が現れた。
 その闘志に満ちた目は俺を見つめて、今にも戦いたくてしょうがないかのように拳を鳴らしている。


 闇の格闘家 闇属性/星2/攻500/守500
 【戦士族・効果】
 このカードは闇属性モンスターをアドバンス召喚するとき、
 2体分のリリースとしてリリースすることが出来る。
 このカードは1ターンに1度、戦闘で破壊されない。


『さぁ、バトルと行こうか!』
「くっ!」

 ――ダーク・ナックル!!――

 闇の力がこもった拳が、腹部を捉える。
 誰かに思いっきり殴られるよりも強い衝撃が体を突き抜けた。

 大助:4900→4400LP

「ぐ…ぁ…」
 急所にあたってしまった。体から力が抜ける。
「中岸! 大丈夫か!?」
 雲井が後ろからギリギリのところで体を支えてくれた。
「……ありがとな……」
「うるせぇ。ほら、とっとと自分で立て」
「わ、分かったよ」
 体を起こして、なんとか構える。
『助けてもらったか。だが――』
 ダークは手札からさらにカードを発動する。


 二重召喚
 【通常魔法】
 このターン自分は通常召喚を2回まで行う事ができる。


「"二重召喚"!」
 このカードの強力さは、使ったことのある俺自身がよく分かっていた。
 しかも相手の場には2体分のリリースとして扱うことが出来るモンスターがいる。間違いなく、上級モンスターが召喚されしまう。
『"闇の格闘家"をリリースして、"暗黒防壁結界"を召喚する!』
 格闘家の体が光に飲み込まれ、下から巨大な防壁が現れた。


 暗黒防壁結界 闇属性/星9/攻0/守4000
 【悪魔族・効果】
 このカードは召喚に成功したとき、守備表示になる。
 このカードは対象をとるカードの効果で破壊されない。

 暗黒防壁結界:攻撃→守備

「守備力4000!?」
「しかも……効果耐性まで……!」
 隣で雲井が俺の代わりに驚いてくれたおかげで、なんとか冷静を保つ。
 たしかに、守備力が高いだけならなんとかなるだろう。だが効果耐性が付いているとなると、話は別だ。
 六武衆でこのモンスターを突破できるのか?
『ターンエンド』

-------------------------------------------------
 ダーク:5400LP

 場:暗黒防壁結界(守備:4000)
   伏せカード1枚

 手札0枚
-------------------------------------------------
 大助:4400LP

 場:伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------

「俺のターン!」
 カードを引いた。(手札3→4枚)
 手札は4枚。そのうち1枚は"六武衆の師範"だ。相手の場には守備力4000の強力な防壁が貼られている。それだけならまだいいが、問題は……それをダークが使っているということだ。
 ダークのカードは1枚1枚がかなりの破壊力を持っている。こっちの引きがよくなければ、今頃やられてしまっていただろう。だから今のうちに、少しでもライフを削っておきたいが………今は突破できるカードはない。
「モンスターをセットして、ターン終了」
『ふっ、息切れか?』
「あんたも言えた口じゃないだろ?」
「……? 中岸……お前何言ってるんだ?」
 隣で雲井が尋ねる。
 ため息が出た。状況をよく見てみろ。
「……あいつは今、手札がない。伏せカードと強力な守備はあるけれど、その代わりに攻め手がないんだ。こっちも手札は
あるけれど、あの壁を突破する手段がない」
「硬直状態って事か?」
「それを言うなら膠着状態だ。少しは勉強しろ」
「うるせぇよ」
『そろそろいいか?』
 ダークは待ちくたびれたように言った。
 俺と雲井はお互いに顔を見合わせて、頷く。
『俺のターン……ターン終了』
 ダークは静かにターンを終える。
 どうやらあっちも良いカードを引けなかったらしい。
『どうした? 俺が使えないカードを引いたことがそんなに不思議か?』
「……!」
 またもや見透かしたかのようにダークは言った。
 たしかにその通りなのだが、ここまで読まれるとさすがに嫌だ。
「おまえ、嘘付いてたのかよ……」
『嘘をつかない理由がどこにある?』
「………………」
『おまえに少しでもプレッシャーを与えられたから十分だ。まぁ、気づくのが少し遅かったかな……』
「……?」
 ダークの言葉の意味が、分からなかった。
「どういうことだ?」
『貴様、スターにいるやつから闇の伝説を聞いたことないか?』
「伝説……?」
 いつの日だったか薫さんに聞いた、あれか?
 でも、それが何の関係があるんだ。
「……何言ってるんだ?」
『ふっ、すぐに分かるさ。さぁ、貴様のターンだ!』


「………俺のターン! カードを1枚伏せてターンエンド」
 静かに終わるターン。
 隣で、こっちに視線を向けている雲井が気になる。
 「いつになったら攻めるんだよ」と言いたげな視線だ。
 こっちだって攻めてやりたいが、あの守備力を突破するカードが来ないのだからしょうがないじゃないか。
『俺のターン……ふっ、お互い手詰まりというところか………』
「そうみたいだな」
『つまり、先に相手の布陣を突破できた奴が、この決闘を制する……か……』
「そうだな」
 ダークの言うとおり、この膠着した戦況を覆せたやつがこの決闘に勝つと言っても過言じゃないだろう。
 だったらなおさら、急がなければならない。
『では、こっちも少し行動を起こそうかな……』
 そう言って、ダークは1枚のカードを発動した。


 闇の誘惑
 【通常魔法】
 自分のデッキからカードを2枚ドローし、
 その後手札の闇属性モンスター1体をゲームから除外する。
 手札に闇属性モンスターがない場合、手札を全て墓地へ送る。


「"闇の誘惑"……!」
 そうか、相手のデッキは闇に統一されている。だったらこのカードが入っていても不思議じゃない。いや、入っていて当然ということか。
『2枚ドローして、手札から"終焉の黒騎士"を除外する。黒騎士は除外されたとき、このカードを墓地に戻すことでデッキから1枚ドローして、手札から1枚捨てることができる。この効果で俺は1枚引き、1枚捨てる』
「ここで手札交換かよ……」
『それだけじゃない。今捨てたのは"暗黒界の狩人 ブラウ"だ。だから俺はカードを1枚ドローする』
「……!」


 終焉の黒騎士 闇属性/星6/攻2400/守1100
 【戦士族・効果】
 このカードのアドバンス召喚に成功したとき、
 デッキからカードを1枚選択して墓地に送ることが出来る。
 また、1ターンに1度自分フィールド上に存在するカードを除外することが出来る。
 このカードがゲームから除外されたとき、このカードを墓地に戻すことで
 自分のデッキからカードを1枚ドローし、そのあと手札からカードを1枚捨てる。
 この効果は1ターンに1度しか発動できない。


 暗黒界の狩人 ブラウ 闇属性/星3/攻1400/守800
 【悪魔族・効果】
 このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に捨てられた場合、
 デッキからカードを1枚ドローする。
 相手のカードの効果によって捨てられた場合、
 さらにもう1枚ドローする。


「くそ……また交換するのか……」
『そういうことだな。だが俺も少々運に見放されたらしい……』
「いいカードが引けなかったってことか?」
『そういうことだな。ターン終了』


 何も起きなかったことに胸をなで下ろす。
「運がよかったってことか………」
「中岸、そんなに気すんなよ。手札が1枚増えただけじゃねぇか」
「……おまえ、それ本気で言ってるか?」
「ん? 何かまずいこと言ったか俺……」
 目眩がした。
 おまえは伊月のところでいったい何をしてきたんだ。
「あのな。この際だから一応説明しておくけど、あいつはたしかに結果的に1枚手札が増えただけだろうよ。でもな……あいつは手札交換してるんだよ」
「………なるほどな……」
「いいから少し黙っていてくれ。気が散るから」
「なんだとぉ!? てめぇ人が気遣ってやってるのにその態度は何なんだよ!」
 ため息が出た。
 香奈と同じようなこと言いやがって。
 あいつは慣れているからまだいいが、おまえに言われると腹が立つ。
「何だよ……その目は」
「さぁな。いいから黙っておいてくれ」
 雲井は頬をふくらませて、不機嫌そうな顔をする。
 ひとまず呼吸を整えて、手札を見つめた。
 どう考えても、あの4000の壁を突破できそうにない。
 さて……どうしたものか………。
『どうした? お前のターンだぞ』
「分かってるよ」
 だが、何を引いたらあの強大な壁を突破できるのだろう。
「……」
 目を閉じて、考える。
 六武衆の中に攻撃力で突破できるモンスターはいない。
 かといって効果で突破しようにも、相手のモンスターは対象を取る効果は効かない。
 香奈だったらどうする? あいつなら召喚すらさせないと思うが、万が一召喚されてしまった場合にはどうやって対抗するのだろう。
 ボルテニスとかは効かないし、そもそも香奈のデッキ自体、受け身なデッキだ。
 ……って……なんでこんな時に香奈のことを考えているんだ?
 いかんいかん。困ったときにあいつならどうするかなんて考えてどうする。
 あいつと俺のデッキは正反対なんだ。考えたところで突破口が見つかるわけがない。
 まったく……面倒なものを召喚してくれたものだ。
「俺のターン! ドロー!」
 結局、突破口が見つからないまま、カードを引いた。
 まるで光が見えない闇の中を、手探りで進む気分だ。
『……むっ?』



 ――行け!――



 突然の轟音と共に、壁が崩れた。
 その空間にいた全員が、そこへ意識を向ける。
 広がる闇の中に現れた白い光。
「大助!」
 聞こえた香奈の声。
 そこにいたのは薫さんに伊月、そして香奈。
『役者が揃った……か……』
 ダークが笑みを浮かべている。



 ――ドクン



 洞窟の奥底で、何かが動いたような音がした。
 他の人は、それに気付いていないらしい。
「なんだ……今の……?」
『さぁ、続きを始めようか! 中岸大助!』
「っ!」
 フィールドを支配する闇が、さらにその色を濃くしていく。
 
 その闇の中で俺は、不気味な笑みを浮かべるダークを見据えた。




episode16――闇の光臨、そして――




-------------------------------------------------
 ダーク:5400LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   暗黒防壁結界(守備:4000)
   伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------
 大助:4400LP

 場:裏守備モンスター
   伏せカード2枚

 手札4枚
-------------------------------------------------


 真・闇の世界−ダークネスワールド
 【フィールド魔法】
 このカードは決闘開始時にデッキ、または手札から発動する。
 このカードはフィールドを離れない。
 カード名を一つ宣言する。
 そのカードはフィールド上に存在する限り、以下の効果が付加される。
 ●「このカードを対象にする相手の魔法・罠・モンスターの効果を無効にする。」
 この効果は決闘中に1度しか使えない。
 このカードはフィールドから離れたとき、そのターンのエンドフェイズ時に元に戻る。
 また、このカードの効果は無効化されない。


 暗黒防壁結界 闇属性/星9/攻0/守4000
 【悪魔族・効果】
 このカードは召喚に成功したとき、守備表示になる。
 このカードは対象をとるカードの効果で破壊されない。


『ようこそ、スターのみなさん』
 ダークが言った。
「おやおや、あなたが本当のボスですか?」
『その通りだ。俺の名前はダーク』
「あなたが……本当の……」
『歓迎したいが、今は決闘中だからな。もう少し後にしてもらおう。さぁ中岸大助、貴様のターンだ』





「俺のターン……」
 状況はかなり悪い。
 相手の場には守備力4000の結界が張ってある。頑張れば超えられないこともないが、相手がそれを素直に通してくれるとは思えない。
 相手の強さを考えると、長引けば長引くほど不利になるのは明らかだ。だが……。
「モンスターをセットしてターンエンド」
 これぐらいしか、することが出来なかった。
『俺のターンだ。手札から"封印の黄金櫃"を発動する』


 封印の黄金櫃
 【通常魔法】
 自分のデッキからカードを1枚選択し、ゲームから除外する。
 発動後2回目の自分のスタンバイフェイズ時にそのカードを手札に加える。


「っ……!」
『この効果で、俺はこのカードを除外する』
 黄金の箱が現れる。
 ダークがデッキから選び出したカードが、一瞬、白く光った気がした。
 選び出されたカードは黄金の箱の中に入ると、蓋が閉じた。2ターン後には、あの中身が手札に加わることになる。何
を選んだかは分からないが、そのカードが手札に入る前に、戦況をこちらに傾けておきたいところだ。
『そろそろいかせてもらうぞ!! 手札から"闇へ解け合う風"を召喚する!』
 吹き荒れた風。
 何か、嫌な予感がした。


 闇へ解け合う風 闇属性/星1/攻0/守0
 【鳥獣族・チューナー】
 このカードがシンクロ召喚のために墓地へ送られたとき、
 自分はデッキからカードを1枚ドローする。


「チューナーか」
『そうだ! 行くぞ!』
 無数の光の輪が重なり合う。
 星の合計は10。十個の星が重なり合い、闇と共に、強靱な肉体を持つ帝王が現れた。


 ダークエンペラー 闇属性/星10/攻5000/守5000
 【戦士族・シンクロ/効果】
 ???
 ???
 ???


「攻撃力5000だって!?」
『バトルだ! "ダークエンペラー"は相手モンスターすべてに攻撃できる!』
「なっ!?」
 攻撃力5000のうえに全体攻撃が可能だと!? いくらなんでも、やりすぎだろ。
『貴様の場のモンスターは、全て消え去る!!』 
 闇の帝王が、その手に暗黒のエネルギーを溜める。

 ――ダークフォース!!――

 放たれた暗黒のエネルギーが、長刀を持つ武士と二刀流の武士の体を粉々に砕いた。
 守備表示にしていたためダメージはないが、衝撃がモンスターを通り越してこっちに響いた。
「イロウ、ニサシ……」


 六武衆−イロウ 闇属性/星4/攻1700/守1200
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−イロウ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 裏側守備表示のモンスターを攻撃した場合、ダメージ計算を行わず裏側守備表示のままそのモンスター
 を破壊する。このカードが破壊される場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いた
 モンスターを破壊することが出来る。


 六武衆−ニサシ 風属性/星4/攻1400/守700
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ニサシ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


 カードを墓地へ送りながら、心の中で礼を言う。
 ありがとう。おまえ達の想いは無駄にしない。
『カードを1枚伏せて、ターン終了だ』
 
-------------------------------------------------
 ダーク:5400LP

 場:ダークエンペラー(攻撃:5000)
   伏せカード2枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 大助:4400LP

 場:伏せカード2枚

   手札4枚
-------------------------------------------------

「俺のターンだ!!」
 攻撃力5000。とんでもない攻撃力だ。
 だが、今なら問題はない。攻撃力だけなら、倒すことが出来る。
「俺は墓地にいる"六武衆−カモン"と"六武衆−イロウ"をゲームから除外する!」
 墓地にいる武士の魂が、混ざり合う。
 その魂を糧にして、現れたのは年老いた武士。
 何年経っても変わらぬ闘志を内に秘めて、老中は姿を現した。


 紫炎の老中 エニシ 光属性/星6/攻撃力2200/守備力1200
 【戦士族・効果】
 このカードは通常召喚ができない。自分の墓地から「六武衆」と名のついた
 モンスター2体をゲームから除外する事でのみ特殊召喚する事ができる。
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を破壊する事ができる。
 この効果を発動する場合、このターンこのカードは攻撃宣言をする事ができない。
 この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 ダークエンペラー:攻撃力5000→4000

「攻撃力がさがった?」
『"ダークエンペラー"は相手の表側表示のモンスター1体につき、1000ポイント攻撃力を下げる』


 ダークエンペラー 闇属性/星10/攻5000/守5000
 【戦士族・シンクロ/効果】
 「闇属性チューナー」+レベル9の闇属性モンスター
 このカードの攻撃力は、相手フィールド上にいる表側表示のモンスター1体につき
 1000ポイントダウンする。
 このカードは相手のモンスター全てに攻撃することが出来る。
 このカードの攻撃力はバトルフェイズ中に変化しない。


 自分から攻撃力を下げる効果。てっきり強いモンスターだと思っていたが、案外たいしたことはないらしい。まぁいいか。どうせ今から倒すんだ。関係ない。
「エニシの効果を発動! お前の場にいる"ダークエンペラー"を破壊する!」
 老中が刀を構える。
 闇の帝王を見据え、刀を抜いた。
『読んでいたぞ! 罠発動! "絶望の闇"!』
 発動されたカードから黒い闇があふれ出す。
 それは老中の体を包み込み、体の動きを止めてしまった。


 絶望の闇
 【通常罠】
 カードを対象にするモンスター効果が発動されたときに発動できる。
 その効果を無効にし、そのモンスターの攻撃力を次の相手ターンの
 エンドフェイズ時まで0にする。

 紫炎の老中 エニシ:効果→無効 攻撃力2200→0

「くっ……!」
 はめられた。なんでフィールド魔法の効果を使わないのかは不思議だったが、まさか読まれていたとは思わなかった。
 まずい。このままターンエンドするわけにはいかない!
「手札から"六武衆の御霊白"を召喚する! さらに"六武衆の師範"を守備表示で特殊召喚だ!」


 六武衆の御霊代 地属性/星3/攻500/守500
 【戦士族・ユニオン】
 1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに装備カード扱いとして自分フィールド上の「六武衆」と
 名のついたモンスターに装備、または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
 この効果で装備カード扱いになっている場合のみ、装備モンスターの攻撃力・守備力は500ポイント
 アップする。装備モンスターが相手モンスターを戦闘によって破壊した場合、自分はカードを1枚ドロー
 する。(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで、装備モンスターが破壊される場合は、
 代わりにこのカードを破壊する。)


 六武衆の師範 地属性/星5/攻2100/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが相手のカード効果によって破壊された時、
 自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 「六武衆の師範」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。


「俺は守備表示の師範に御霊白をユニオンする!」
 御霊白の鎧が分離して、師範の体に装着される。
 守備体制をする武士の体に、わずかながらの力を与えた。

 六武衆の師範:攻撃力2100→2600 守備力800→1300
 ダークエンペラー:攻撃力4000→3000

 防御カードが無い以上、モンスターの数を増やして相手のモンスターの攻撃力を下げるしかない。
「ターン……エンド……」

-------------------------------------------------
 ダーク:5400LP

 場:ダークエンペラー(攻撃:3000)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 大助:4400LP

 場:紫炎の老中 エニシ(攻撃:0)
   六武衆の師範(守備:1300)
   六武衆の御霊白(師範にユニオン状態)
   伏せカード2枚

 手札2枚
-------------------------------------------------

『俺のターン! 行くぞ、魔法カード"絶望への足音"を発動する!!』
「……!」


 絶望への足音
 【通常魔法】
 「闇の世界」と名の付いたフィールド魔法が存在するときに発動できる。
 相手フィールド上のカードを1枚選択して墓地に送る。


『この効果で俺は"六武衆の師範"を墓地へ送る!!』
 下から謎の手が伸びて、師範の体を沈ませていく。
 その体に装着されていた鎧も、一緒に引きづりこまれてしまった。

 六武衆の師範→墓地
 六武衆の御霊白→破壊

「くそ……!」
 師範の効果は破壊時にしか適用されない。
 つまり今のように直接墓地へ送られてしまえば、師範の効果が発動することは無い。
 しかも武士が一人いなくなったことで、闇の帝王はわずかに自分の力を回復させた。

 ダークエンペラー:攻撃力3000→4000

『さぁ始めようか! まず"真・闇の世界−ダークネスワールド"の効果で、"ダークエンペラー"を選択する!』
 フィールドを染め上げた闇が、闇の帝王の体に纏い、さらなる力を与えてゆく。
『これで"ダークエンペラー"は効果耐性を得たぞ』
「くっ……そ……」
『バトル!!』
 ダークの宣言と共に、闇の帝王の掌に闇の力が凝縮される。
 防ぐ術は……ない。

 ――ダークフォース!!――

 闇の力が、直撃した。

 紫炎の老中 エニシ→破壊
 大助:4400→400

『ぐああああああああああああああああ!!』
 最も強い衝撃が、体を襲った。
 衝撃をまともに食らい、数メートル後ろへ体が飛ばされる。
 体が見えない壁に叩きつけられて、俺はそのまま地面に倒れてしまった。


---------------------------------------------------------------------------------------------------


「大助ぇ!」
『邪魔をするな!!』
 駆け寄ろうとすると、見えない壁が現れた。
 それに阻まれて、大助の場所へ行けない。
「大助! 起きなさいよ! 大助!」
「……………」
 大助は動かない。
 その体はボロボロで、一瞬死んでいるんじゃないかと思うくらいだった。
『どうした? その程度か?』
 相手の男が笑いながら、大助に近寄る。
「あんた! 大助に手を出すんじゃないわよ! もし指一本でも触れたらぶっ飛ばすわよ!!」
 ダークは私に気づいたみたいで、こっちに顔を向けた。
 不気味な笑みを浮かべていた。
『ふっ、別にもう手を下すまでもないだろう。1ターンの目安は5分。それを過ぎれば自動的にターンが移る。俺はそれをただ待っていればいい』
「……! 大助!」
 起きなさいよ。あんたがここで起きないで、どうするのよ。
「起きろ! 中岸!」
「大助君!」
「起きて下さい、大助君!」
 みんな、あんたに呼びかけてくれるじゃない。
 大助、起きて!! お願いだから立って!!



---------------------------------------------------------------------------------------------------








 体中が痛い。
 俺は、負けるのか? 闇の神は復活して、世界は終わってしまうのか? そんなこと、させたくない。だがいったいどうすればいい? 相手は攻撃力5000のモンスターを従えている上に、対象を取る効果は一切通用しない。ライフポイントは残り400。風前の灯火だ。
 もう、だめかもしれない。
 プレイングも、カードの強さも、相手の方が何枚も上手だ。
 体もボロボロで立つこともままならない。
「大助ぇ!」
「中岸ぃ!!」
「大助君!」
「大助君!!」
 みんなの声が、聞こえる。みんな、強敵を倒してここまで来たんだ。
 そうか……だったら俺も、負けるわけには……いかない。よくよく考えてみれば、決闘の時は毎回ピンチになっていたじゃないか。
 体がボロボロだって、プレイングも負けていたって、カードの強さが上だとしたって、そんなの関係ないだろ。
 負けるわけにはいかないだろ。俺は一人じゃないだろ。だったら立てよ。動けよ。俺の体。

 このまま倒れて終わるわけにはいかないだろ。

 このまま諦めるわけにはいかないだろ!

 だったらさっさと動け、俺の体!!





「くっ……!」
 ゆっくりと、立ち上がった。
 足に上手く力が入らない。息も苦しい。立っているのがやっとだ。でも腕は動く。まだ決闘は続けられる!!
「お……俺の………ターン……!」

-------------------------------------------------
 ダーク:5400LP

 場:ダークエンペラー(攻撃:5000)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 大助:400LP

 場:伏せカード2枚

 手札2→3枚
-------------------------------------------------

 引いたカードを手札に加えて、考える。
 攻撃力5000。とてもじゃないが、超えられそうにない。
「カードを伏せて………ターン……エンド」


「大助! 頑張りなさいよ!」
「……あぁ」
 力のない返事をしてしまった。香奈が不安になってないといいけど……。
 分かってはいたが、やっぱり限界が近い。多分、もってあと数ターンぐらいだろう。
 それまでに、なんとか決着をつけないと……。



『俺のターンだ! まず"封印の黄金櫃"で選択したカードを手札に加える、そして――』
 カードを確認しないで、ダークはそのままバトルフェイズに入る。
『これで……終わりだぁ!!』

 ――ダークフォース!!――

 凝縮された闇の力が、向かってきた。
「罠……発動」
 俺の前に、2体の武士が現れた。


 諸刃の活人剣術 
 【通常罠】
 自分の墓地から「六武衆」と名のついたモンスター2体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
 このターンのエンドフェイズ時にこの効果によって特殊召喚したモンスターを破壊し、
 自分はその攻撃力の合計分のダメージを受ける。


「この効果で、師範と御霊白を攻撃表示で特殊召喚した……」
『だが、攻撃表示だぞ! しかも"ダークエンペラー"はバトルフェイズ中に攻撃力が変化しない。まさかこの程度で俺が攻撃を中断するとでも思ったか?』
「…………」
 言われなくても、分かっていた。
 だが、ただでやられるわけにはいかないだろ。
『攻撃続行だ!』
「速攻魔法発動だ」
 瞬間、2体の武士の姿が光に飲み込まれる。
 中央に炎が燃え上がり、渦を巻いた。
 炎の中から、深紅の鎧を身に纏った将軍が姿を現す。
『……!?』
「出てこい! "大将軍 紫炎"!!」


 六武ノ書
 【速攻魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する「六武衆」と名のついたモンスター2体をリリースして
 発動する。自分のデッキから「大将軍 紫炎」1体を自分フィールド上に特殊召喚する。


 大将軍 紫炎 炎属性/星7/攻撃力2500/守備力2400
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが2体以上表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 相手プレイヤーは1ターンに1度しか魔法・罠カードの発動ができない。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名のついたモンスターを破壊する事ができる。


「紫炎は守備表示で特殊召喚する」
 将軍は腕を交差して守備体制を取った。闇の皇帝はそれを見て、つまらなそうな表情を浮かべる。
『無駄だ!』

 ――ダークフォース!!――

 闇の力が、炎から現れたばかりの将軍を打ち砕いてしまった。

 大将軍 紫炎→破壊

「………!」
 衝撃が体に響く。
 今にも倒れそうだ。だけど、保ってくれ俺の体。
 この決闘が終わる、その時まで……。
『しぶといな。ターンエンド』

-------------------------------------------------
 ダーク:5400LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   ダークエンペラー(攻撃:5000)
   伏せカード1枚

 手札2枚
-------------------------------------------------
 大助:400LP

 場:伏せカード1枚

 手札2枚
-------------------------------------------------

「俺の……ターン……モンスターをセットして……ターンエンド」
 今は、守備に徹することしかできない。
 なんとか、反撃のチャンスを……。
「っ!」
 足元がふらつく。
 意識がぼんやりとしてくる。
 くそっ、本当に、限界が近い……!


---------------------------------------------------------------------------------------------------



「だめだよ。やっぱり大助君もう限界――」
 薫が駆け寄ろうとするのを、伊月が引き止めた。
「伊月君!」
「だめです。香奈さんはきっと、もっと辛いはずです」
「え……」
 薫は、見えない壁越しに大助の姿を見る香奈を見た。
 表情はよく見えないが、体が微かに震えている。
「ぁ……」
 それだけで、薫は香奈の気持ちを読みとった。
 引き止める伊月の手をほどいて、声を掛ける。
「香奈ちゃん………」
「――大丈夫よ」
「え?」
「大助は負けないわ……だって、負けて良いって私が言ってないから……」
「香奈……ちゃん……」



---------------------------------------------------------------------------------------------------------------



『俺のターンだ』
 ダークから目を離さない。呼吸を整えて、集中する。
 少しでも、逆転の可能性を見つけるために。
『手札から"エフェクトブレイク"を発動する』


 エフェクトブレイク
 【通常魔法】
 ライフポイントを500払って発動する。
 このカードを発動したターン、
 自分フィールド上にいるモンスター以外の
 モンスターは効果を発動することが出来ない。

 ダーク:5400→4900LP

『これで、六武衆の身代わり効果も使えないぞ』
「……リバース効果も封じられた……か……」
『その通りだ! バトル!』

 ――ダークフォース!!――

 凝縮された闇が、武士を粉々にした。
 
 六武衆−ザンジ→破壊

 強い衝撃の波が響く。かなりきついが、これでこのターンは――。
『さらに! "時の逆流"を発動だ!』
「!?」
 ダークがカードをかざした瞬間、不思議な風が辺りを吹き荒れる。
 放たれた闇の塊が、帝王の掌に戻っていく。


 時の逆流
 【速攻魔法】
 このカードは自分のターンのバトルフェイズ中にのみ発動できる。
 自分はバトルフェイズをもう1度行うことが出来る。
 このカードを発動してから2回目の自分のスタンバイフェイズ時まで
 自分はカードを引くことが出来ない。


『これによって、2回目のバトルだ!!』
「……マジか……」
『消え去れ!』

 ――ダークフォース!!――

「罠発動!」
 地面に現れた光り輝く召喚陣。
 その中から、武士達が守備体制を取って姿を現す。


 究極・背水の陣
 【通常罠】
 自分のライフポイントが100ポイントになるようにライフポイントを払って発動する。自分の墓地に
 存在する「六武衆」と名のついたモンスターを自分フィールド上に可能な限り特殊召喚する(同名カード
 は1枚まで)。ただし、フィールド上に存在する同名カードは特殊召喚できない。

 大助:400→100LP

 本来なら、相手の攻撃を防ぐために使うのではないのだが、この状況ではしょうがなかった。
 四人の武士が俺を守るように陣を取り、守備体制を取る。
『無駄だと言うのが分からないか!!』
 闇の力が、すべての武士を飲み込んでいく。

 六武衆の師範→破壊
 六武衆の御霊白→破壊
 六武衆−ザンジ→破壊
 六武衆−ニサシ→破壊

「……っ……」
 4体の武士が破壊されたことによる衝撃が、体を突き抜ける。
 倒れそうになる体を気力で支えようとするが、膝をついてしまった。
「大助!」
「……香奈……」
「あんたがそいつに勝たないでどうするのよ! 世界がかかってるのよ! 頑張りなさいよ!」
「…………分かってるよ……」
 言われるまでもない。でも限界だ。立ちたいが、立てない。体中が悲鳴を上げているのが分かる。しかも今の攻撃でライフが100になってしまった。鉄壁の100と言いたいが、相手が相手なだけに鉄壁とは言い難い。手札も、装備カードが一枚、魔法カードが一枚。
 どうやって逆転すればいいんだ。


 それとも、もう……だめ………なのか……。
















































勝ってよ



「え?」
 香奈の聞き慣れない声に、振り返る。
 ほんの数メートル。その距離に香奈はいた。体が微かに震えていて、その瞳が潤んでいるのが分かった。
「あんたが負けちゃうの……嫌よ………」
「香……奈……?」
「体が辛いのも分かるわよ。絶望的な状況なのも分かるわよ。でも勝ってよ、あいつを倒しなさいよ……!」
「…………」
 袖で顔をぬぐって、香奈は叫んだ。
「勝ちなさいよ! あんた私の幼なじみでしょ!!!」
「……!」
 その言葉に、思わず笑みが浮かんでしまった。

 なにが「幼なじみなんだから勝ちなさい」だ。どんな理屈だ。簡潔に200文字以内で説明してくれ。いつもいつも、訳の分からない理屈を並べるのが好きだな。


 だけど―――そんな理屈に、体を奮い立たせている自分がいる。


「分かってるよ……香奈……」
 もう限界だ。これ以上、長引かせることなんかできない。相手はドローできないんだ。逆転するには、今しかない。
 次のドローで、決めるしかない。
「俺の……ターンだ……!!」
 右手がデッキの一番上に乗る。
 頼んだぞ俺のデッキ。この状況を覆す力を、貸してくれ。
「ドロー!!」



 その右手に、白く輝くカードが握られた。



「"先祖達の魂"を召喚する!」


 先祖達の魂 光属性/星3/攻0/守0
 【天使族・チューナー】
 このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時に自分フィールド上と手札に他のカードが無い
 場合、自分の墓地から「大将軍紫炎」1体を表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
 ただし、この効果で特殊召喚したカードの効果は無効となり、攻撃力・守備力は0になる。


『この状況で、そのカードを引いたのか……!』
「さらに、手札から"死者蘇生"を発動して"大将軍 紫炎"を特殊召喚する!」


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


「行くぞ! レベル7の紫炎に、レベル3の"先祖達の魂"をチューニング!」
 炎を纏った将軍の体を、優しい光が包み込む。
 その力を昇華させ、最強の将軍が姿を現した。
 将軍の迫力に気圧されたのか、皇帝の力がわずかに小さくなる。 


 大将軍 天龍 炎属性/星10/攻3000/守3000
 【戦士族・シンクロ/効果】
 「先祖達の魂」+「大将軍 紫炎」
 1ターンに1度だけ、デッキ、手札または墓地から「六武衆」と名のついたモンスターカード1種類
 すべてをゲームから除外することができる。この効果で除外したモンスターの属性、攻撃力、守備力、
 効果を、相手ターンのエンドフェイズ時までこのカードに加える。
 この効果で得た効果は、他に「六武衆」と名のついたモンスターが存在しなくても発動できる。

 ダークエンペラー:攻撃力5000→4000

『貴様……!』
「天龍の効果発動! デッキと墓地から"六武衆−ニサシ"を全て除外して、その属性と攻撃力と効果を加える!」
 デッキと墓地から溢れ、緑の光が将軍の体に纏う。
 風の力を手に入れた将軍が、自信の力を大きく上げた。


 六武衆−ニサシ 風属性/星4/攻1400/守700
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ニサシ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。

 大将軍 天龍:攻撃力3000→4400 守備力3000→3700 炎→炎+風属性

「さらに、手札から"幸運の剣"を天龍に装備する!」
 カードから優しい光が放たれて、将軍の刀に入り込む。
 刀が大きく輝き、希望を呼び込むための、奇跡の剣へと変化した。


 幸運の剣
 【装備魔法】
 戦士族モンスターのみ装備できる。
 装備モンスターが戦闘で相手モンスターを破壊したとき、
 自分はデッキからカードを1枚ドローする。


 風の力を宿した将軍が、闇の帝王へと剣を向ける。
「いくぞ、ダーク!!」
『くっ、やめろぉぉぉぉぉぉ!』
「バトルだ! いけ!」

 ――奥義 神風二連閃!!――

 ダークエンペラー→破壊
 ダーク:4900→4500→100LP

『ぐああああああああああああ!!!』
 大声を上げて、ダークは倒れた。
 さすがに4000以上のダメージは効いただろう。俺だって死ぬほど痛かったんだから。
「"幸運の剣"の効果で、カードを1枚ドロー。カードを1枚伏せてターンエンド」
 
-------------------------------------------------
 ダーク:100LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 大助:100LP

 場:大将軍 天龍(攻撃:4400)
   幸運の剣(装備カード)
   伏せカード1枚

 手札0枚
-------------------------------------------------



『ククククククククク………』
「!?」
 ダークの笑い声。
 俺を含めたその場にいる全員が、不気味な声に驚きを隠せない。
『さぁ……闇の神よ……準備は整った。生け贄は十分のはず。わが魂と命のほとんどを、今捧げた』
「なに、言ってるんだ?」
『墓地にも55の星を揃えたぞ。しかも目の前には白夜の力を最高まで高めた人間がいる。おまえの憎き光の神の力を宿した人間がいるぞ』


 ――オマエハ……ダレダ――


「なんだ? 今の声……」
 どこからか聞こえた声。まるで深い地の底から出てきたような声だった。
『神よ。憎いのだろう? この世界が、この光が、この人間が……!』
『ソウダ……憎イ………』
『だったら、俺に宿れ、そして力を宿せ! 俺がお前の力を使いこなし、世界を滅ぼす!!』
『人間ゴトキガ我ガ闇ノ力ヲ操ルカ……面白イ………ヨカロウ!』
 ダークの手札に残った1枚のカードが見えた。
 それには、何も描かれていなかった。
「あれ、白夜のカードだよ……!」
 薫さんの声が聞こえた。
 白夜のカードを、どうしてダークが持っている? 持ち主の想いに反応して色を付けるそのカード。それを今、ダークのボスが使っている。
 だとしたら――。
『ククク……ハハッハハッハハッハ!!!』
「なんなんだよ……」
『礼を言うぞ! 中岸大助! 貴様のおかげで、闇の神は復活する!!』
「なんだと!?」
 周りの闇が、ダークの持つカードへと集まっていく。
 微かに白く光るそのカードを、闇が浸食していく。白から黒へ、それはゆっくりと、着実に変わっていった。
『俺のターン! "時の逆流"でドローできないが、それでも構わない!』
 ダークは勢いよく、最後の手札を叩きつけた。
『"GT(ゴッドチューナー)−闇の支配者"を特殊召喚する!』
「ゴッドチューナー!?」
 現れたのは、全身を黒いフードで身を包んだ男のようなモンスターだった。
 その姿を見るだけで、なぜか全身が凍り付いたような気がした。


 GT−闇の支配者 神属性/星2/攻0/守0
 【神族・GT(ゴッドチューナー)】
 このカードは通常召喚できず、「神」と名のつくシンクロモンスターの素材にしかできない。
 このカードは自分の墓地にレベル1からレベル10のモンスターが存在するときにのみ
 特殊召喚することが出来る。
 このカードの特殊召喚は無効にされず、特殊召喚されたターンのエンドフェイズ時にデッキに戻る。
 このカードが特殊召喚に成功したとき、墓地にいるレベル10のモンスターを召喚条件を無視して
 特殊召喚することが出来る。


「なんだよ……こいつ……」
『効果によって、"ダークエンペラー"を特殊召喚だ!』
 再び現れる帝王。
『ゴッドチューナーは、その場に1ターンしか留まれない。だが、最強のシンクロ召喚を行うことができる!!』
「最強のシンクロ?」
『行くぞ! 全ての闇よ、今ここに集いて、破滅への序曲となれ!! ゴッドシンクロ!!』
 次の瞬間、闇の支配者が帝王の体を自分の体に取り込んでいった。
 身の丈は3倍ほどあるのに、帝王は金縛りにでもあったかのように動かない。
 すべてを取り込んだ闇の支配者は、その体から溢れんばかりの闇を開放する。
 黒い柱を思わせる波動が、天井を突き抜ける。
『さぁ、現れろ! 闇の神よ!!』
 天井が崩壊する。
 その瓦礫ごと飲み込み、闇の神は姿を現した。


 闇の神−デスクリエイト 神属性/星12/攻5000/守5000
 【神族・ゴッドシンクロ/効果】
 「闇の支配者」+レベル10のシンクロモンスター
 このカードは魔法・罠の効果を受けない。
 自分の場に「真・闇の世界−ダークネスワールド」が存在するとき、
 このカードはモンスター効果を受けない。
 このカードの攻撃力は自分の墓地にあるカード1枚につき500ポイントアップする。
 ???
 ???


『闇の神は、墓地にあるカード一枚につき500ポイント攻撃力を上げる!! 俺の墓地にあるカードは全部で22枚。つまり、11000ポイント攻撃力が上昇する!!』

 闇の神−デスクリエイト:攻撃力5000→16000

「なんだ……こいつ……」
 全身の震えが止まらない。
 黒いフードに包まれた体に、見る者全ての生気を奪い取るかのような不気味な骨の顔。
 その場にいる全員が、言葉を失っていた。
『フゥ……ヤット復活出来タナ……』
『感謝しろよ、俺にな』
『フッ、小癪ナ人間ダ。ソレデ……我ハコイツラヲ消セバイイノカ?』
 神の金色の目が光り、赤い閃光が走った。

「伏せて!!」

 薫さんの声。とっさにその場に伏せる。

 ――聖なるバリア−ミラーフォース!!――
 ――ホーリーライフバリア!!――

 二重の防壁が俺達を包み込む。
 赤い閃光が防壁に触れた瞬間、視界が赤く染まった。
「そんな!?」
 ガラスが割れるような音がして、上を強大な衝撃が通り抜けた。




「………そんな……」
 目を開けた俺は、自分の目を疑った。
 洞窟は跡形もなく吹き飛び、俺達は外にいた。辺りはまるでテレビで見るようなクレーターのようになっていて、その中心に俺達がいた。
「うぅ……」
 近くで香奈が倒れていた。見えない壁はいつの間にか消え去っている。
「大丈夫か。香奈」
「う……なんとかね……」
 肩を貸した。香奈の体を立ち上がらせる。
 薫さん達は、一体――。

 パキィイン。

 何かが割れるような音がした。周りに張られていた白い輝きを放つ防壁が崩れた。
「みんな……無事……だ……ね……」
 薫さんは膝を突いた。
 その防壁が、薫さんの力なのは言うまでもない。あの強大な攻撃を、たった1人で受けきってくれたんだ。白夜の力を使ってカードを現実に呼び出すのには体力がいるって言っていた。
 薫さんの体力は、限界に近かったんだ。それを無理して、あんな攻撃を受けてくれた。倒れてもおかしくない。
『素晴らしい』
 ダークの声。
 見ると、そこには子供のように無邪気な笑みを浮かべる男と、闇の神がいた。
『マダ目覚メタバカリデ上手クコントロールデキナイナ』
『十分だ。さて……あとは……』
 ダークの目が向く。
 その視線は、氷のように冷たい。
『バトルだ!』
 闇の神が、その手に闇を凝縮していく。

 ――ダークネス・オーバードライブ!!――

 全てを飲み込む闇が、迫る。
「罠発動!!」
 無我夢中で発動したカード。それでこの攻撃を防げるかどうか、自信はなかった。


 和睦の使者
 【通常罠】
 このカードを発動したターン。相手モンスターから受けるすべての戦闘ダメージを0にする。
 このターン自分のモンスターは戦闘によって破壊されない。


 防壁越しに衝撃が伝わる。
 次の瞬間、その防壁に亀裂が入り始めた。
「……!」
 だめなのか……!?
『チィ』
 闇の神は諦めたようにその手を下ろした。
『ターンエンド』
 ダークの宣言と共に、防壁が粉々に砕け散る。
 なんとか、持ちこたえることが出来たらしい。

-------------------------------------------------
 ダーク:100LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   闇の神−デスクリエイト(攻撃:16000)
   伏せカード1枚

 手札0枚
-------------------------------------------------
 大助:100LP

 場:大将軍 天龍(攻撃:3000)
   幸運の剣(装備カード)
     
 手札0枚
-------------------------------------------------

「なんなのよ……こいつ……大助、大丈夫なの?」
「………大丈夫だ……だから、もっと離れてろよ」
 香奈が後ろに下がったのを感じ取る。
 振り返りたかったが、背を向けた瞬間、命が刈り取られるような感覚があって動けなかった。
「俺の……ターン……!」
 右手が震える。
 こんなやつに、勝てるのか?
 ……いや、勝たなくても、主人であるダークを倒せば問題ない。天龍ならそれが出来る。
「ドロー!」
 引いたカードを確認して、すぐさま発動した。


 サイクロン
 【速攻魔法】
 フィールド場の魔法または罠カード1枚を破壊する。


「俺は、その伏せカードを破壊する!」
 強烈な風が吹き荒れて、ダークの場にある伏せカードを吹き飛ばした。
「なっ!?」
 破壊されたカードを見て驚く。
 序盤から伏せられていたそのカードの正体は――


 聖なるバリア−ミラーフォース−
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。


「なんで……」
 あの伏せカードは、序盤から伏せられていたものだったはず。
 発動しようと思えば、いくらでも発動する機会はあった。それなのにどうして。
『まだ気づかないか? この決闘は、闇の神を復活させるためのものだったのさ。貴様の白夜の力を引き出して、俺の魂と命を極限まで削り、今まで集めた生け贄と共に神に捧げる。そのために、この決闘を行った。計画通り、貴様は俺の思う通りに動き、闇の神を復活させることが出来た』
「そのために……ずっと発動しなかっていうのか?」
『そうだ』
「くっ……」
 全部読まれていた。俺の行動を最初から最後まで。そうじゃなきゃこんな芸当出来るわけがない。一体どれだけ決闘の経験を積めば、そんなことが出来るのか想像も付かない。
 だけど、読んでいたなら分かるはずだ。
 このターン、俺はお前にとどめを刺せることを。
「じゃあ、発動しなかったことを後悔しろよ! 天龍の効果で"六武衆−ヤリザ"をすべて除外する!」


 六武衆−ヤリザ 地属性/星3/攻1000/守500
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ヤリザ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。

 大将軍 天龍:攻撃力3000→4000 守備力3000→3500 炎→炎+地属性

「これで天龍はおまえに直接攻撃することができる!!」
『なんだと!?』
「バトルだ! 行け!!」
 天龍が一直線にダークへと向かう。

 これで、俺の勝ちだ!




『無駄だ』




「……!?」
 天龍の体が、突如軌道を変えて闇の神の方へと向かい始めた。
「なにが……」
『言い忘れたが、闇の神にはまだ効果がある。それは全ての攻撃を自分に向けるという効果だ。この意味分かるよな?』
「大助! 早く天龍を止めなさいよ!」
『無駄だ。止めることなどできはしない。闇から逃れることは、誰にもできない』
「そんな……!」
 将軍は大きく振りかぶり、神へと刃を向ける。
 だがその刀は、無惨に折れてしまった。
『子虫ガ我ニ刃向カウナド……身ノ程知ラズガ!!』
 闇の神がその手に再び闇を凝縮させ始める。
「大助、逃げるわよ!!」
 香奈が駆け寄ってきた。
 いつものように腕を掴んで、この場から逃げようとする。
「どうしたのよ!? 何で動かないのよ!?」
「……違う……」
「え?」
 俺の足を闇が覆っていた。まるで沼に足を引きづりこまれたかのようだ。
 動きたいが、動けない。この場から逃げられない。
『女も一緒か。いいだろう。二人まとめて消してやる!!』
「……!」
 まずい。このままじゃ、香奈まで……。
『覚悟しろ。中岸大助、朝山香奈』
 神の掌の闇が、より深く、より大きくなっていく。
 あんなものを受けたら、ひとたまりもない。俺だけならまだいい。でも香奈まで犠牲になる必要なんて無い。決闘していたのは俺なんだ。だから……。
「香奈、早く逃げろ」
「なに言ってんのよ! あんたも逃げるの!!」
 分かってはいたが、人に言うことを聞かない奴だ。
 この時ぐらい、素直に聞いてくれよ。
「危険です。下がりましょう」
 伊月の腕が香奈を捉えていた。
「離して!」
 抵抗する香奈を抑えながら、伊月はこっちを向いた。
「……いいんですね?」
「……はい」
 俺は頷いた。腕を掴んでいる香奈の手を、なんとか引き剥がす。
「な、何やってんのよ!!」
「行きましょう。香奈さん」
「離しなさいよ! 離して!」
「薫さん! また防壁を張って下さい!」
「いやぁ! 大助! 大助ぇ!!」
 香奈の叫び声が、耳に響いてくる。

 ごめんな……香奈……。
 俺は……ここまでみたいだ……。

『……覚悟はいいか?』
「あぁ」
『そうか。じゃあ消えろ』


 ――ダークネス・オーバードライブ!!――



---------------------------------------------------------------------------------------------------




「離しなさいよ!」
 伊月は私の腕を放さなかった。
 思っていたよりも、力が強い。
「だめです。今いったところで、どうすることも出来ません!」
「うるさいわね! いいから離しなさいよ!! そうじゃないと大助が……!」
「もう遅いです」
「えっ」
 大助の方を見る。
 闇の神の掌に、巨大な闇の塊が現れた。
「あ……あぁ……!」
 それが大助に向けて、放たれる。

 やめて。大助を攻撃しないで。
 大助を……消さないで。
 ずっと一緒にいた幼なじみなのに……これからも決闘していくのに……一緒に笑いたいのに……。

「大助!」

 聞こえたかどうかは分からない。 
 大助が少しだけこっちを向いた。
 その口が、開く。


 ――ごめん――。


「……!」
 やめて、そんなこと――。


 ――視界が、黒く染まる。


 闇が大助を――飲み込んだ。


 大助:100→0LP 










「大助ぇぇぇぇぇぇぇ!!」









 私の悲痛な叫びが、響き渡った。









episode17以降はこちらから





戻る ホーム 次へ