黄昏

製作者:nagomiさん







 あと1時間も経てば空が赤らむ午後のひととき、僕と彼は公園にいた。
 黄色い花に囲まれた中、5つの頭を持つ巨大龍『ファイブゴッドドラゴン』が、彼の正面をまもっている。
『デュエルディスク』という名の、翼とも背びれとも取れるような形状の端末を手首に身につけ、胸に構える僕たち2人は、ある1つのカードゲームで勝負していた。
 40枚のカードを束ねた『デッキ』を持ち寄り、互いに手札5枚、持ち点LP4000の状態で開始するカードゲーム――通称『デュエル』。
 初心者の僕にとって、始まりの『デュエル』――色々な意味で始まりだったこの『デュエル』にも、勝敗の分岐点が訪れていた。
 LPは僕が残り1200で彼が残り3900。  僕の場にリバースカード『サイクロン』が1枚、彼の場には攻撃力5000の『ファイブゴッドドラゴン』が存在する。
 見ての通り僕の劣勢だ。はっきりいって勝てる気がしない……。

【第12ターン】

 現在は彼のターン。すでにメインフェイズ2まで進んでいる。
「リバースカードセット、ターンエンド」

‐エンドフェイズ‐

 僕は自分の足元のリバースカードを見つめ、数秒迷う。このエンドフェイズにリバースカードの『サイクロン』を発動し、彼が伏せたリバースカードを破壊するかどうか。
 いや、貴重なカードなんだ! とっておかないと。『サイクロン』を発動しないまま、僕のターンを迎えた。

【第13ターン】

‐ドローフェイズ‐

 僕に手札は無い。このドローで、逆転へのカードを引かなきゃ十中八九負ける。
 高鳴る胸の鼓動を抑えながら、僕はデッキに手を伸ばしてカードを引く。
 引き当てたのは――?

【ミラーフォース】
[通常トラップカード]
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動可能
 相手攻撃表示モンスターを全て破壊

‐メインフェイズ1‐

 僕は『ミラーフォース』をリバースカードとして伏せ、次の展開を考える。
 ――とはいいつつも、僕には手札も無く、場にモンスターもいなく、ただ1枚このターンに使用可能なリバースカードの『サイクロン』を発動するかどうかしか、選択肢が無い。

【サイクロン】
[速攻魔法カード]
 魔法トラップゾーンに存在するカードを1枚破壊

『サイクロン』は発動しようか?
 なにが最良なのか、よくわからないけど、とりあえず無闇な行動はやめておこう。
 僕がなにかをしようとすれば、大抵失敗するんだ……。
「ターンエンド」

‐エンドフェイズ‐

 彼は不適に口元を緩ませ、告げる。
「リバースカード『サイクロン』発動」
 彼の発言に僕は思いっきりのけぞった。
 ――『サイクロン』発動。

【サイクロン】
[速攻魔法カード]
 魔法トラップゾーンに存在するカードを1枚破壊

 彼が破壊に指定したカードは、僕のリバースカードのうちの『ミラーフォース』――今、最大の頼みの綱だ。
 でも正直ほっとした。よかった、このカードを伏せておいて……。
「リバースカード『サイクロン』発動」  僕は宣言した。先の彼の発言と、一次一句おなじく。
 チェーンが発生し、チェーン2、チェーン1の順にカード効果が処理されていく。

‐チェーン2‐

 僕の『サイクロン』の効果が発動し、彼の『サイクロン』が破壊された。
 僕は思わずうなった。
 彼の『サイクロン』は無くなった。
 これで僕の『ミラーフォース』は破壊されない。あともう少しだけ『デュエル』を続けられる。
「違うぞ。チェーンのルールを間違ってる」
 彼が否めた。

‐チェーン1‐

 彼の破壊された『サイクロン』の効果が発動し、僕のリバースカード『ミラーフォース』が破壊された。
 こうしてチェーンの処理が終了した。 『ミラーフォース』が……!?
 僕は驚き、目を見開いた。
 彼が説明する。
「複雑で解りづらいが、今のがチェーンだ。カード自体が場を離れても、効果は消えずに発動する」
「……そんな……!?」
「気にするな。最初はみんな間違える事さ」
 気づけば僕にはもう手札が無い。
 僕の場にカードは無い。
 彼の場には攻撃力5000の『ファイブゴッドドラゴン』があって、僕のLPは残り1200。
 そして、間髪入れずに彼のターンが来る……。

【第14ターン】

‐バトルフェイズ‐

 彼の攻撃が、来る……!
「初めてのわりによくがんばったな。だが悪いが、勝利は俺がもらう。『ファイブゴッドドラゴン』、ダイレクトアタック!」
 5つの首を持つドラゴンが、5つの口からそれぞれ火炎を、激流を、烈風を、砂塵を、そして闇の魔力を放つ。それらを僕は受ける。この攻撃が立体映像じゃなかったら、確実に死んでいた。
『ファイブゴッドドラゴン』の攻撃で、ついに僕のLPはゼロになった。僕の敗北という事だ。
「……ああ、やっぱり駄目だ……」
 勝利を手にできず、僕はため息をついた。
 そんな僕を彼は励ます。
「いや、すごいよ。俺の初めてとは、大違いだ。お前なら、すぐにマスターできるって」



 それからも『デュエル』を続け、僕は負け続け、あれよあれよと1時間が過ぎた。時計台のデジタル時計は18時――分かりやすくいえば午後6時を示している。
 そんな中、彼はいう。
「もう1回しよう」
「なんかもう、疲れた……」
「あと1回だけ」
「それ聞くの、今ので5回目だよ?」
「……そうだな。それに、もうこんな時間だ」
 掛け合いのあいだに、空色だった空は茜色へと変わりつつあり、結局帰宅を始めた。
 彼は訪ねる。
「――で、本格的にやってみようと思うか?『デュエル』を?」
「……さあ……どうだろ……」
 正直、自信が湧いて来ない。『デュエル』に対して。
 理由はただ単純に、僕が弱いから。
 初心者だから負けて当然なのも分かるけど、それでも僕ほどひどい人はなかなかいないと思う。
 きょうの体験で痛感した。ほんとうに僕は、なにもできない……。
「――考えとくよ……」
「……そうか……」
 彼は腰に下げたカードケースからデッキを取り出し、僕に手渡した。
「これ、もってけ」
「え? 悪いよ、こんなにたくさん……」
「いいさ。きょう、俺につきあってくれたお礼だ。それにそれは、お前のほうが使いこなせる気がするから」
「……ぼく、が?」
「ああ。お前は今はぎこちないが、すごい才能を感じる」
 心なしか、彼の語りが急に大仰になった気がした。
 僕はきょとんとし、大きくまばたきして首を横に振る。
「……そんな……こと……」
「とにかく俺は、お前には技術じゃ補えない才能があるって、前々から思ってた。なんていうか……うまく言えないけど、メンタル的な部分が。それにお前がライバルだったら、俺自身の励みにもなる。――って、スマン。くどくど語って。するもしないもお前の勝手だよな?」
 目前には十字路があり、ここから僕は右が、彼は左が帰路であり、別々の道をいく事になる。
「もうお別れだな。そういえば、妹さんは元気か?」
 彼に訊かれ、僕はうなずいた。
「うん」
「それならいいが、なにかあったらいってくれよな」
 彼はそういい、「さよなら、またあした」と頭上で手を振り、僕に挨拶した。
「さよなら」
 僕は彼よりはるかに低く小さく手を振り、挨拶を返した。互いに背を向け、それぞれの帰るべき場所へと向かう。
 ウミネコの鳴き声が延々と響く中、独りになった僕は登り坂をたどり、自宅に近づく。ふと、脇のガードレールの先にある海辺に目を向け、見とれた。
 夕日を映して赤く光る地平線。それは1日の終わりを示す景色。何度見ても綺麗で儚い。
 黄昏を見ると、いつも安心と不安を一緒に感じてしまう。どうしてだろう?
 そして、夕日を見ていると、僕はつい、きょう1日を振り返ってしまう。
 きょうは彼と『デュエル』した。
「――『デュエル』、か……」
 僕は歩みながらぽつりとつぶやいた。
 初めて『デュエル』して、負けてしまった。しかもひどいミスをたくさんしちゃったな……。
『ハンマーシュート』の効果を勘違いして、自分のモンスターを破壊しちゃったり。
『メタモルポッド』の効果をうまく使いこなせなくて、手札の大切なカードを落としちゃったり。
 あと、あの時に『サイクロン』を発動すればよかった……。
 でもなんとなく思う。ほんとうはきっと、たとえ負けていてでも、あんなふうに『デュエル』をして一喜一憂する事が、すごく楽しくて幸せなものなんだと。いつもは気づかないけれど。
 それに今の僕がいるのは彼のおかけなんだ。だから彼のためになにかしたい。僕が『デュエル』で彼にしてやれる事があるのかな? だから――。
「……どうしよう……かな……?」
 ――『デュエル』……。




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