世界は不思議で満ちている

製作者:きつね丸さん




プロローグ

「世界は〜いつ〜でも〜♪」

 誰もいない静かな空間に、その歌声は響いた。
 古びた赤い絨毯に、白い石造りの壁。桜材で出来た床。
 中世の雰囲気を漂わせた、真夜中のダンスホール。

 その中央で、くるくると踊る1人の影。

「その〜悲しげな顔を〜♪」
 
 歌声が響く。
 手に持った懐中電灯をマイクに見立て、踊り続ける影。
 暗闇のホール内で、その靴音と声が反響する。

 感情をこめながら――

「隠す〜から〜♪」

 影が、最後の一節を歌い終えた。
 まるでライブを終えたアイドルのようにポーズを決めている影。
 しんと、辺りが一瞬にして静まり返る。

 青い月の光が差し込み――

「……あれ?」

 影――茶色い髪の少女が、首をかしげた。
 光に照らされ、その姿が露わになる少女。
 緑色の瞳を揺らしながら、腕を組む。

「おっかしいなぁ……ちゃんと伝承通りにやったのに……」

 ぶつぶつと不思議そうに言う少女。
 ポケットから手帳を取り出し、広げる。
 懐中電灯の光に照らされた文字を、少女が読み上げた。

「『世界不思議ナンバー102。封印の王城。
  かつて栄華を極めていたとされる、とある王国。
  しかしある時、王国の騎士と王族が謎の失踪を遂げ王国は崩壊。
  以来呪われた城と噂され、数々の奇妙な現象が報告されるようになった。
  伝説では、城にはかつて消えたとされる騎士の魂が封印されており、
  絶世の美女の歌声で再びその姿を現し、その者に永遠の忠誠を誓うとされている』」

 淡々とした口調で読み上げる少女。
 そして手帳のページの最後。
 乱れた文字で付け加えられた一節を、読み上げる。

「P.S 王城には今でも夜な夜な幽霊が出ると噂されている、ハートマーク……」

 少女が息を吐き、手帳を閉じた。
 月明かりだけが差し込む、寂れたダンスホール。
 ピッと、少女が人差し指を伸ばす。

「伝承通りにしたけど、騎士はおろか幽霊さえ出てこなかった。考えられる問題は――」

 しばし、沈黙する少女。
 目がわずかに鋭くなり、真剣な表情になる。
 考えを巡らせる少女。そして――

 ポンと、手を叩いた。

「歌か……!」

 少女が頭を抱えた。
 苦しそうな声が、廃城の中に響く。

「特に指定がなかったから適当に歌ったけど、
 やっぱり、最近のポップスの曲じゃダメなのかも……!
 しまったなぁ、当時流行ってた古い曲とか調べるべきだったかなぁ……」

 ポリポリと、頬をかく少女。
 だがやがて「ハッ」と息を飲み、何かに気づいた様子になる。
 恐る恐る、少女が呟くように言う。

「それともまさか……絶世の美女の下りがダメだったってこと?
 はぁ……。そりゃ、僕も自分で自分を美人だなんて思ってないけどさ、
 もしそうだとしたら、いくら僕だって少しは凹むよ……」

 大きくため息をつく少女。
 だが王城はそれに答えることもなく、沈黙をたたえている。
 ダンスホールの中央、ぽつんと1人立ち尽くす少女。

「……帰ろ」

 呟き、少女ががっくりと肩を落とした。
 傍らに置かれていた大きなリュックサック。
 床に広げていた荷物を、少女がまとめ始める。

「もー、騎士はともかく、幽霊さえ出ないなんて……。
 これじゃあ今回は無駄骨もいいところじゃないか。
 あーあ、せっかくの中学校・卒業記念旅行だったのにぃ……」

 ぶつぶつと文句を言う少女。
 大きくため息をついて、天井を見上げる。

「あっ……!」

 少女が、気づいた。
 慌てて懐中電灯を取り出し、天井へと向ける。
 光に照らされ浮かび上がったのは――

 太陽宮に集う、円卓の騎士の絵。

 円状の屋根。そこに描かれている神秘的な壁画。
 かつてこの地にいたとされる、伝説の騎士達。
 彼らがどこで生き、そしてどこへ消えたのかは誰にも分からない。
 語られている伝承が本当なのか。それとも――

「世界は不思議に満ちている……」

 ぽつりと、呟く。
 この世界には解き明かされていない謎がたくさんある。
 だからこそ、少女はこの世界を旅していた。世界の不思議をこの目で見るために。
 
「……うん、そうだよね。そう簡単に解ける不思議なんてないよね!」

 少女が納得したように、微笑んだ。
 世界の謎は複雑で、入り組んでいる。だからこそ解くのは難しい。
 でも今日、ここでこの絵が見れた。それだけで、少女は満足だった。
 天井から視線を落とし、よし! と気合を入れる。

「さーて、それじゃあ早く宿に帰らないと――」

 言い出して、一歩を踏み出した瞬間。
 ビシィッという嫌な音が、少女の足元から響いた。

「……へ?」

 声をあげるやいなや。
 少女の足元の床が崩れ、その身体が宙に舞った。

 老朽化した城。危険。立入禁止。

 様々な言葉が少女の脳裏に浮かぶ。
 走馬灯。死の直前に、脳が見せる高速の記憶。
 地球の重力に引っ張られ、少女が地下の暗闇へ落下していく。

 世界がぐるぐると回り、そして――

 目の前が、真っ暗になっていた。
 冷たい石の感覚。体のあちこちで、少女は痛みを感じていた。
 頭を抑えながら、よろよろと立ち上がる。

「し、死ぬかと思った……い、痛た……」

 頭上を見る。黒い闇しか見えない。
 どれくらいの高さから落ちたのか、彼女には検討もつかなかった。

「とりあえず……大丈夫そうかな……」

 全身を確かめながら、少女が言った。
 傍にはリュックサックが落ちている。
 懐中電灯は、落下の時にどこかに行ってしまったようだ。

「ここは……?」

 こめかみを押さえながら、周りを見る少女。
 辺りはうっすらと、明るく光を放っているようだった。
 両目をこらす少女の目の前に、その光景が現れる。

 そこは、小さな聖堂だった。

 まるで静かな眠りについているかのような、
 見捨てられた古城にポツンと浮かび上がった不思議な空間。
 教会のような、厳かで神々しい空気を少女は感じた。 
 
「こんな場所……見取り図にはなかったはず……」

 驚いたように、きょろきょろと辺りを見回す少女。
 そして聖堂の奥――小高い台座の上に、何かが置かれているのを見つける。
 
「なんだろ?」

 一歩一歩、近づいていく。
 白い大理石の床、少女の靴音がコツン、コツンと響いていく。
 台座の前、少女がまじまじと置かれている『ソレ』を見た。

「石版……?」

 台座の上には、1枚の分厚い石版が置かれていた。
 ちょうどカードくらいの大きさの石版。
 表面には何やら文字のような物が彫られている。

「いったい……」

 そっと、少女が石版を手にとった。
 ひんやりとした石の感触が手から伝わる。
 古城に隠された謎の聖堂。そこに祀られていた石版。

 少女の手の中で、石版がキラリと輝いたような気がした……。
























世界は不思議で満ちている































 
第1話 冒険と石版と電脳世界

 VRDS。

 それは仮想空間によって行われる、新しいデュエルの形。
 プレイヤーはアバターと呼ばれる自身の分身を作り、
 電脳空間に作られた仮想空間にサイバーダイブする。

 仮想空間――ヴァーチャルワールド。

 かつて海馬コーポレーションが独自に開発を進めていたとされる、
 電脳上の仮想空間へ人の精神をダイブさせるシステム。
 ソリッドヴィジョン技術を応用したその世界は、まさに現実と変わらぬ――

 いや、現実以上の世界だった。

 海の底に潜り、美しき深海の世界に漂うことができた。
 太古の世界を訪れ、恐竜と触れ合うことができた。
 果て無き星の世界を旅し、宇宙が生誕する瞬間を見ることもできた。
 
 そして――デュエルをすることも。

 ライディングデュエル。
 D・ホイールと呼ばれる特殊なバイクに乗り、
 スピードを魔法に変えて行われるデュエルの新境地。
 爆発的な人気を誇るが、その危険性から制限がかけられているデュエルでもある。

 だがヴァーチャル空間ならば、誰でもそれができた。

 例え子供でも、例え脚が不自由でも。
 仮想空間ならば誰もが平等に、そして遠く離れた世界中の人と、
 思う存分にライディングデュエルができたのだ。 
 人々は集い、出会い、そして戦った。いつしか仮想空間に名前が付けられた。

 Virtual Riding Duel Simulator ――VRDS、と。






























 画面をタッチする。
 メール画面が開き、文章が表示された。

分析したが正体不明。石の成分自体はよくある物。
実物をこっちに持ってくれば内部に何かないかスキャンしてもいい。
それより、デュエルアカデミアに入ったって聞いたけど、楽しんでるか?

 指を画面につけ、右にスライド。
 メールが横にそれ、次のメールが表示される。

>>表面に書かれた文字について
こちらに一致する情報はなかった。
おそらく、昔使われていた秘密の言語の一種ではないかと推測される。
一応解読を試みるが、期待はしないように。結果はメールで知らせる。

 スライド。

現物を見なければなんとも言えないが、
中世の廃城に安置されていたという情報から察するに、その時代の遺物だろう。
特に歴史的価値はないと思うが、間違っても見せびらかさない方がいい。
不法侵入と器物破損と窃盗の容疑で捕まるぞ、冒険家。

 メールを読み終えて、ため息をつく。
 機能を閉じて、僕はスマートフォンをポケットにしまった。
 思っていた通り、情報はほぼゼロ。まぁ期待はしてなかったけど――

「内斗ー!」

「へ?」

 大声がして、僕は顔を上げた。
 目の前を見る。赤い制服を着た、僕のクラスメイト。
 にやりと彼女が笑い、そして――

「ダイヤモンド・ドラゴンで、ダイレクトアタック!」

 高らかに、彼女が言った。
 あの子の場――宝石の輝きをたたえた白い竜が口を開く。


ダイヤモンド・ドラゴン
星7/光属性/ドラゴン族/ATK2100/DEF2800
全身がダイヤモンドでできたドラゴン。まばゆい光で敵の目をくらませる。


「わわわ! ちょ、ちょっとタンマ――」

 慌てて、自分の腕のデュエルディスクを見る。
 そこにあるカードは――ゼロ。
 僕の顔がサッと青くなる。

 宝石の竜が輝くブレスを放出した。

「にゃああああああああああああ!!」

 ブレスに貫かれて、衝撃が走る。
 それを得意そうに見ている対戦相手のクラスメイト。
 がっくりと、僕はその場に膝をついた。


 内斗  LP1000→ 0 


 ビーッという音と共に、ソリッドヴィジョンが解除された。
 きゃぴきゃぴと「やったー!」と喜んでいる僕の対戦相手のクラスメイト。
 敗北感を味わっている僕に向かって――

「神崎さん……」

 怒りのにじんだ声が、かけられた。
 つかつかと歩いてくる足音。
 ぬっと、スーツの深い紫色が目に入る。

「なにをしているのかしら……?」

 担任の黒居望(くろい・のぞみ)先生が、静かに尋ねた。
 色白の肌に、黒の下ろしたボリュームヘア。目の下の隈。
 まるで幽霊のような不気味な姿が、私の前に立ちはだかる。

「い、いや、その、これはですね……」

 苦笑いをしながら言い訳を考える僕。
 だが先生は僕の返答を待たずに、暗い雰囲気で続ける。

「デュエルの実践授業で……スマートフォンをいじる……。
 あなたたち最近の若い子には……集中力というものがないのかしら……?」

「そ、そんな。先生だってまだまだ十分若いですよ!」

 おだてる僕。
 これで少しは機嫌直してくれないかなー?

「そういう問題じゃありません……」

 ダメでした。
 幽霊のような雰囲気のまま、とうとうと説教を始める黒居先生。
 うなだれている僕を見て、周りのクラスメイトがクスクスと笑っている。

「おおー!」

 デュエルを観戦していた生徒達から、感嘆の声がもれた。
 思わず、僕と黒居先生の視線がそっちに向く。

 デュエル場の中央――白い髪を揺らす少女が口を開く。

「アテナで――ダイレクトアタック」

アテナ
星7/光属性/天使族/ATK2600/DEF800
1ターンに1度、「アテナ」以外の自分フィールド上に表側表示で存在する
天使族モンスター1体を墓地へ送る事で、
「アテナ」以外の自分の墓地に存在する
天使族モンスター1体を選択して特殊召喚する。
フィールド上に天使族モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚された時、
相手ライフに600ポイントダメージを与える。

 女神が頷き、白杖を目の前の男子生徒に振り下ろした。
 
「ぐああ!」

 声をあげて後ろに倒れる男子生徒。
 その腕に付けられていたデュエルディスクの数値が動く。


 男子生徒  LP1500→ 0 


 ビーッという音が響き、解除されるソリッドヴィジョン。
 白のミディアムショートで、カチューシャをつけた少女が小さく息を吐く。
 わぁと、見物していた生徒達から歓声があがった。

「さっすが聖さん!」

「入学試験1位なだけあるぜ!」

 口々に少女を褒め称えている生徒達。
 少女は、特に気にした様子もなく黙っている。

 先生が腕を高くあげた。

「はい……それでは今日はここまでです……」

 両手をあげて、注目するようにのポーズを取る黒居先生。
 しんと、皆が喋るのをやめて先生の方を見る。

「今回の勝ちや負けをバネに……次回までに各自で腕を磨きましょう……。
 デュエリストというのはデュエルの後の態度で実力が決まるのです……。
 それでは、本日はここまでです……。気をつけて帰るように……」

 先生が最後まで言うと、皆が声を合わせて「さようなら!」と言った。
 ざわざわと騒がしく、集まっていた皆が散らばっていく。
 
「それじゃあ先生、僕もこの辺りで……」

 シュタッと片手をあげ、帰ろうとする僕だったが――

「神崎さん……」

 ゆらりと、その白い指が僕の肩を掴んだ。
 小さく悲鳴をあげて、振り返る。

「な、なんでしょうか……先生……」

 縮こまり、小さな声で言う僕。
 先生の黒い瞳がジッと僕を見つめる。
 ゆっくりと、先生が口を開いた。

「今度からは……デュエルアカデミアの生徒である以上……
 もっと真剣にデュエルをするんですよ……」

 ぐるぐると人差し指を振り回しながら言う先生。
 僕は直立不動になり、答える。

「はい、心得ております……」
  
 殊勝な表情の僕。
 先生が頷いて、肩から手を離した。
 
「では、さようなら……」

 手を振る先生。僕に背を向けると、
 幽霊のような暗い雰囲気を漂わせながら去っていく。
 ようやく解放され、僕はホッと息を吐いた。

「……内斗ちゃん」

 後ろから声をかけられた。
 振り返ると、先程の少女が無表情で立っていた。

 聖ミラ(ひじり・みら)ちゃん。

 白の短い髪に、整った顔立ちと白い肌。
 すらりとした体型で制服を着こなす、まさに美少女。
 運動もできるし頭も良いし決闘も強い、まさに完璧な人間だ。

 唯一、コミュニケーションが下手なのを除いて。

「あ、ごめんね待たせて」

「…………」

 何も答えないミラちゃん。
 知らない人が見たら無愛想に見えるかもしれないけど、
 これが彼女なりの表現方法である事は数週間の付き合いで分かっていた。

 グラウンドの隅に置かれた鞄を取りに走り、戻ってくる。

「それじゃ、帰ろ!」

 僕がそう言うと、

「ん……」

 短く言って、ミラちゃんが頷いた。
 そのまま2人で並んで、歩き始める。 

 夕焼けの映える、帰り道。

 ネオ童実野シティの発展した街並みを、僕達は歩いて行く。
 手を頭の後ろで組み、鞄をぶらさげながら僕は言う。

「それにしても……やっぱりミラちゃんって強いよね」

 さっきのデュエルの光景を思い出す。
 アカデミアの入学試験デュエルを1位成績でパスしただけの事はある、
 まさに華麗なカードさばきだった。……ほとんど見てないけど。

「そうかな?」

 小さく言うミラちゃん。
 これは別に謙遜している訳ではなく、ミラちゃん自身は
 本気で自分の実力なんて大したことないと思っているのだ。

 大きくため息をつく僕。

「そーだよー。ていうか、ミラちゃんが大したことなかったら、
 僕なんてどうなるのさ。最近デュエルの授業は負けっぱなしだしー」

「……内斗ちゃんのデッキ、ちょっと見せて」

 手を差し伸ばしてくるミラちゃん。
 腰につけたデッキケースからデッキを取り出して、渡す。

「はい」

「ん……」

 1枚1枚、丁寧にデッキのカードを見ていくミラちゃん。
 やがて少しだけ渋い表情になって、顔をあげた。

「……前と、全然変わってない」

 手札を持つように、扇状にデッキを広げるミラちゃん。
 数枚のカードの絵柄が、僕の視界に入る。


荒野の女戦士
星4/地属性/戦士族/ATK1100/DEF1200
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
デッキから攻撃力1500以下で地属性の戦士族モンスター1体を
自分フィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
その後デッキをシャッフルする。


コマンド・ナイト
星4/炎属性/戦士族/ATK1200/DEF1900
自分のフィールド上に他のモンスターが存在する限り、
相手はこのカードを攻撃対象に選択できない。
また、このカードがフィールド上に存在する限り、
自分の戦士族モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。


剣聖−ネイキッド・ギア・フリード
星7/光属性/戦士族/ATK2600/DEF2200
このカードは通常召喚できない。
このカードは「拘束解除」の効果でのみ特殊召喚する事ができる。
このカードが装備カードを装備した時、相手フィールド上モンスター1体を破壊する。


「うん、だって変えてないし」

 笑顔で言って、僕はミラちゃんの手からデッキを取り返し、しまった。
 ミラちゃんがやや呆然としたように、言う。

「どうして、変えないの?」

「んー、どうしてって言われてもね……」

 口元に指を当てながら、
 視線を少し右上の方へ向ける。

「皆からは『クラシックすぎる』って言われたデッキだけど、
 これでも僕はけっこう気に入ってるし。
 それに勝てないのはカードじゃなくて、僕に問題があるから」

 エヘヘと笑う僕。
 ミラちゃんは何も言わずに無表情のままだ。
 
「とはいえ……」

 少しだけトーンダウンする僕。
 視線を地面へと下ろし、悩みながら言う。

「エクストラデッキのモンスターくらい、手に入れようかなぁ……」

 デュエルモンスターズにおける最新の召喚方法、
 シンクロ召喚。そしてシンクロモンスター。
 今やライディングデュエルと同じくらい普及している新機軸だ。

「まだ、手に入れてないの?」

 ちょっとだけ驚いた様子のミラちゃん。
 僕は笑いながら手を振る。

「いやー、ほら。僕って世界を股にかける冒険系女子高生だから。
 良さそうなカードを見つけても、色々と使っちゃうんだよね」

「使う……?」

 理解できなさそうな様子のミラちゃん。
 言葉を付け足す。

「旅費の足しにするために売ったり、
 情報のための賄賂なんかにしたりするの」

「…………」

 無言のミラちゃん。
 これは驚いている時の反応だ。
 指を突きつける。

「あー! 今、そんなバカな! って思ったでしょ。
 でもね、本当なんだよ。カードをあげたりすると、
 現地ならではの良い情報くれたりするの。これ、冒険家の常識だから」

 得意気に話す僕。
 鼻歌交じりに歩いている僕に、ミラちゃんが尋ねる。

「だから、シンクロモンスター持ってないの……?」

「うん! 全部、あげるかもしくは売っちゃった!
 だから僕ってデッキ以外のカードはほとんど持ってないんだよね」

 笑顔で言い切る僕。
 だけどミラちゃんに聞こえないよう、小さく呟いた。

「まぁ……ある意味では持ってるっちゃ持ってるんだけど」

「……ん?」

「あぁ、ううん! なんでもない!」

 不思議そうな表情を浮かべたミラちゃんに対して、
 僕は慌てるように言った。何も言わないミラちゃん。

 横の道路では車がエンジン音と共に行き交っている。

「……この前の不思議、どうだった?」

 少しの沈黙が続いた後、ミラちゃんが切り出した。
 僕は尋ねる。

「それって、猫のやつ?」

 デュエルアカデミアに伝わる不思議――
 かつて人の魂を食べたとされる呪いのデブ猫。
 今でもアカデミアのどこかに潜み、人の魂を狙っているという戦慄の怪談――

「違う」
 
 きっぱりと、ミラちゃんが断言した。
 ありゃと、僕ずっこけそうになる。
 うーんとうなりながら、僕は考える。

「えぇと……じゃあ、デュエルディスク狩りの怪巨人ってやつ?
 それとも本校にある灯台の下で告白すると恋が成就するっての?
 まさか! 昔、アカデミア本校が異世界に漂流したって奴じゃ――」

「石版」

 僕の暴走を止めるように、
 ミラちゃんが一言だけ言って僕の声を制した。
 しばらくきょとんとしてから、僕はポンと手を叩く。

「あぁ、あれ」

 ごそごそと鞄をあさる。
 そして教科書や筆箱、デュエルディスク、ノートといった
 色々な物がごちゃ混ぜになっている中から――

 王城で見つけた石版を、取り出した。

 夕焼けに照らされて、赤く染まっている石版。
 ミラちゃんが、ほんの少し目を見開いた。

「……持ち歩いてるの?」

「うん! だって僕が自力で見つけた初めての不思議だし!」

 石版を掲げながら答える僕。
 中学を卒業した記念にでかけた古い廃城――
 そしてそこで見つけたこの石版。見ているだけでワクワクする。

「それで……」

 ミラちゃんが言う。
 僕はまだ質問に答えてない事に気づいて、答えた。

「知り合いの大学教授とか研究者にデータやサンプル送ったんだけど、
 誰も何にも分からないってさ。手がかりゼロ」

「……そう」

 少しだけ残念そうなミラちゃん。
 本当は分かっていることはまだあるけど、
 それは僕だけのとっておきの秘密だった。
 
 とはいえ、まだまだ解明されていない事はたくさんある。

「また次の夏休みにでも……あそこに行こうかなぁ……」

 廃城の事を思いながら、そういう僕。
 きっと僕の目は今キラキラと輝いていることだろう。
 ミラちゃんはうつむき気味に、無言のままでいる。

「そうだ、その時は一緒に行かない? ミラちゃん」

「……え?」

 顔をあげるミラちゃん。
 その手を取って、僕は真剣な表情でまくしたてる。

「冒険はいいよ! 世界の不思議を探すために、
 色々な場所に気の赴くまま風のまま出かけるの!
 そして伝説や神話、そこに隠された真実を探るんだ!」

「あ……その……」

 今までになく困った様子のミラちゃん。
 ありゃ、ちょっとアプローチが過ぎたかな。
 そんな事を考えている間に、分かれ道にさしかかった。

「あ……」

 気づいたように、声をあげるミラちゃん。
 僕はハッとなって、両手を離した。

「っと、それじゃあまた明日ね!」

 何か言いたげな様子のミラちゃんだったが、
 僕がそう言うと、諦めたようにほんの僅かに微笑んだ。

「うん、また……」

 小さく手を振るミラちゃん。
 僕も笑顔を浮かべて、手を振り返す。
 そうして彼女に背を向けて、歩き始めた。

 これが僕――神崎内斗(かんざき・ないと)の、なんのことのない日常だ。

 デュエルアカデミアに通う、ごくごく普通――
 だと自分では思っている、僕の一日。友達とデュエルと他愛のない会話。
 そしてもう1つ、最後の1つは――

 夕日が沈みかけて、夜の闇が空の向こうから忍び寄っていた……。






























 雷が落ちて、辺りを照らした。

 薄い霧が立ち込めた、暗闇の荒野。
 そこかしかこ立ち並ぶ、コケの生えた墓。崩れた木の十字架。 
 おどろおどろしい気配。ぼんやりと、遠くで何かが光っては、消える。

 金髪の少女が、青い顔で口を開いた。

「ほ、ホルン……」
 
 金色のロールヘアに、青い色の瞳。
 着ているのは赤のブレザーに白のリボンシャツ、チェック柄のスカート。 
 プレッピースタイル風の少女が、震える声で尋ねた。

「な、なんですの? この不気味なチームスペースは……」

 怯えた様子の少女。
 時折、何かに反応したように「ひっ」と短く悲鳴をあげている。
 少女の横、空中にモニター画面が現れる。

『お答えします』

 機械的な音声。
 モニター画面には白い球状の不思議な物体が映っている。

『グレイブヤードテーマ。文字通り、墓場をテーマにしたチームスペースです。
 アングラな雰囲気とホラーなテイストが一部の利用者の皆様には人気となっております。
 ルームスペースは過去に不可解な事件の起こった廃洋館の一室をモチーフとし、
 コーススペースは霧立ち込める不気味な高速道路、ホラーハイウェイを――』

「あーもう、そんなの聞きたくないですわ!」

 ぶんぶんと手を振って言葉を遮る少女。
 球状の物体が言葉を途切れさせ、画面ごと消える。
 少女が、近くの墓に腰掛けている青年に向かって叫ぶ。

「ホルン!」

 青年が、顔をあげた。
 茶色のウルフカットに、白のワイシャツ。黒のジャケットを着崩した格好。
 じゃらじゃらと、青年が付けているシルバーアクセサリーが音を立てる。

「なんだよ、レナード」

 面倒そうに尋ねる青年――ホルン。
 少女ことレナードが、腰に手をあてながら言う。

「ナイトはどうしましたの?」

「知らん。ログインしてないし、いつもの遅刻だろ」

 あっけらかんとホルンは答えた。
 
「まったく、あの子は……!」

 怒り心頭なレナード。
 だがその怒りもすぐに、遠くに浮かんだ『何か』を見たことでしぼんでいった。
 金色のロールヘアを揺らしながら、レナードが自分を抱きしめる。

「それにしても……なんて悪趣味なチームスペースですの。信じられませんわ……!」

「そうか? けっこう楽しそうな場所に見えるけどな」

 雷の音を聞きながら、呑気な様子のホルン。
 怪異に怖がった様子もなく、遠くの人魂を観察している。

「あなた、目が腐ってるんじゃありませんこと?」

 信じられないといった様子で、レナードが言った。
 不気味な墓場。辺りの霧がさらに深まる。
 どこからか、クスクスという子供の笑い声が響いた。

「な、なにか聞こえましたわ! ホルン、なんですの!」

 青い顔で慌てているレナード。
 ホルンが両手をすくめる。

「落ち着けよレナード。VRDSなんだから、ソリッドヴィジョンだろ」

「そ、それは分かってますけど――」

 言いかけた時、金髪の少女の足元で何かが動いた。
 驚き、視線を落とすレナード。そこにいたのは――

 目の部分が黒く落ちくぼんでいる、青白い赤ちゃんの亡霊。

 レナードと赤ん坊の目が、ばっちり合う。
 ニヤリと、亡霊が不気味な笑みを浮かべた。

「わぎゃあああああああ!!」

 絶叫を上げて、レナードがホルンに抱きついた。
 足をバタバタとさせて「来ないでー!」と泣き叫んでいるレナード。
 ホルンが、ため息をつく。

「ソリッドヴィジョンで、ここまでビビるか? 普通」

 皮肉めいた口調でそう言う青年。
 だがレナードはそれ所ではない様子で、泣き叫んでいた。

 ひたひたと、小さな足音が響いた。

 霧の向こう、ゆっくりと3人の影が2人の方へと近づいてくる。
 それに気づいて視線を向けるホルンと、気づいていないレナード。
 足音が迫り――

「アッハッハッハ……!」

 楽しそうな笑い声が響いた。
 3人組の1人、黒のタキシード姿でシルクハットをかぶった
 怪しげな人物がお腹を抱えて笑っている。

 ホルンが、片手をあげた。

「よう、カリガリ」

「久しぶりやな、ホルン」

 軽い口調で挨拶するタキシードの人物――カリガリ。
 そしてホルンの横で涙目になっているレナードを見て、吹き出す。

「長い事このチームスペースを使うとるけど……
 お嬢ちゃん程ビビってくれる人はおらんわ。アッハハハ……!」

 再び笑い声をあげるカリガリ。
 その両脇に立つ2人の影も、クスクスと笑い声を漏らす。
 レナードが、ホルンの肩を揺らした。

「ほ、ホルン! バカにされましたわ!」
 
「そうだな」

「そうだな、じゃなくて! 何か言い返してやって下さい!」

「あぁ、そうだな。今度会ったら言っとく」

 揺さぶられながら、適当に答えるホルン。
 レナードがさらに文句を言いたげに口を開いた。
 しかし――

「時間ですね……」

 3人組の1人、白衣を着た顔色の悪い青年が呟いた。
 それとほぼ同時に、3人組とホルン・レナードの間。
 何もなかった空間に、1つのモニター画面が浮かび上がった。

『いっえーい! 皆、元気してるー?』

 場違いなほどに、明るい声が響いた。
 空中に浮かんだモニター映像。
 そこに、薄緑色の髪をサイドで結んでいる少女の姿が現れた。
 アイドルのステージ衣装のような、ヒラヒラとした格好の少女。

 ダンスステップを刻みながら――

『ジャッジデータ・ウインディ! ただいま推参ー!』

 少女がビシッとポーズを決めた。
 拍手と歓声の音声データが画面から流れる。
 ホラーな墓場の雰囲気が、にわかに明るくなった。

「わ、わたくし……今までVRDSをやってきて、
 これ程までにこのジャッジデータを頼もしいと思ったことはありませんわ……」

 およよと感動しきりな様子のレナード。
 ホルンはそんなレナードを呆れたように見ている。
 明るい声で少女――ウインディが言った。

『チーム・テラーロア VS チーム・アルバトロス!
 バトルタイプはチームライディングデュエルで間違いないね?』

「せや」

 低い声で答え、頷くカリガリ。
 ホルンも言葉に出さずに頷いた。
 
『はいはーい! それじゃあ早速、チームバトルを――』

 ウキウキな口調のウインディだったが――

『――あれ?』

 ふと、気づいた様子で首をかしげた。
 ホルンがため息をついて目を伏せる。
 ウインディが、ホルンとレナードの方へ顔を向けた。

『チーム・アルバトロス、登録メンバーの《ナイト》さんが
 現在ログインしてないけど、何かトラブルでも?』

「あー、いえ、その」

 口ごもるレナードだったが、

「遅刻だ。いつもの事だ。気にしないでくれ」

 手をひらひらとさせながら、ホルンがあっさりと言った。
 それを聞いたレナードが、慌ててホルンに耳打ちする。

「ちょ、ちょっと、そんなバカ正直に答えてどうするのです!
 適当にごまかさなければ、相手の心象が悪いでしょうに!」

「別に、ごまかした所で事実が変わる訳じゃないだろ?」

「そういう問題では――!」

 なおも言葉を続けようとするレナードだったが――

『はいはい! 仲間割れは後でやってね!』

 ジャッジデータにたしなめられ、
 吐き出しかけていた言葉を飲み込むこととなった。

「おうおう、喧嘩はいかんで喧嘩は。仲良くせんと」

 笑いながら煽るように忠告するカリガリ。
 レナードが「ぐぬぬ」と怒りに震える。
 ホルンが、ウインディの方を向く。

「今回の試合はシングルライディングデュエルを3回行うチーム戦だ。
 そっちのチームを待たせるのも悪いし、試合を始めて構わないぜ。
 もちろん、ナイトのやつが来なければその試合はこっちの不戦敗で良い」

「ちょ、ちょっと、何を勝手な――!」

 言いかけるレナードだったが、

『うん、そうだね。チーム・テラーロアの人も、それでいいかな?』

 レナードを無視して、ウインディが話を進めた。
 ジッと、答えを待つように3人組の方を見るウインディ。
 いかにもわざとらしく、カリガリがため息をついた。

「しゃーないな。それで了承しとくわ」

「あぁ、悪いな。助かる」

 軽い口調のホルン。
 カリガリの方を見ながら、不敵な笑みを浮かべた。

「せっかくチームポイントを稼げるチャンスなんだ。
 ここで尻尾を巻いて逃げられたりでもされたら、大損だ」

「……言ってくれるやないか」

 低い声で言い、微笑むカリガリ。
 両者の視線が空中でぶつかり、にわかに空気が張り詰める。
 ジャッジデータが再びポーズを決めた。

『オッケーイ! それじゃあ早速、はっじめよーう!』

 その言葉が言い終わると同時に、雷が落ちた。
 轟音と、稲光。薄く漂っていた白い霧が徐々に晴れていく。

 気がつけば、5人はどこかの廃道に立っていた。

 コンクリートで舗装された、不気味なコース。
 道を囲うように、立ち並んでいる木々。深い森。
 辺りの霧は晴れたものの、コースの先はまだ霧に覆われている。

「おうホルン。さっきの言葉、後悔させたるからな!」

 カリガリが言い、道路脇に設置されたピットエリアへと消えていく。
 片手をあげて答えるホルン。2人もまた、反対のピットエリアの方へ。

 不気味なバスの停留場が、目の前に現れた。

 何十年も前に見捨てられたかのような、
 錆びついた無人のバス停留場。カタカタとトタン壁は震え、
 キィキィと風で屋根が音をたてている。

「どっちが先に行く?」

 青くなっているレナードに向かって、ホルンが尋ねた。
 俺はどっちでもいいぞ、と言わんばかりに手をヒラヒラとさせているホルン。
 レナードがハッとなる。首を振り、胸を張った。

「と、当然、チームリーダーたるわたくしから行きます!」

 自信満々に言い切るレナード。
 だがその自信もすぐに、どこからか聞こえてくる
 子供の声のような音に怯えて消える。

「お前……漏らすなよ」

 呆れ顔で、ホルンが言った。
 レナードが怒ったように「そ、そんなことしませんわ!」と言うのを無視して、
 ホルンが空中に呼びかけるように言う。

「ジャッジ! こっちはレナード、ホルン、ナイトの順番でデュエルをする!」

『はいはーい! 了解ー!』

 ホルンの前に画面が現れ、ジャッジの少女が答えた。
 停留場の冷たい椅子に座るホルンに、緊張した様子のレナード。
 薄暗闇の中、不気味な沈黙が流れる。

 雷がどこか遠くで落ちる音が轟き――

『はーい、オッケー! それじゃあ第一走者、
 チーム・テラーロア代表のヴィクターさんと、
 チーム・アルバトロス代表のレナードさんはコースへ!』

 ジャッジデータのウインディが、明るい声で言った。
 レナードがぱんぱんと自分の頬を叩いて、気合いを入れる。

「では、行って参ります」

「おう」

 片手を挙げるホルン。
 停留場から出て、コースへと歩いて行くレナード。
 空中にモニターが浮かび、その様子が停留場内に中継される。

「さーて、と……」
 
 モニターに視線を向けるホルン。
 画面内ではレナードと対戦相手のヴィクターが対峙している。
 病的なまでに白い肌に、ボサボサと伸びた黒い髪の青年アバター。
 ギョロリとした目が、レナードへと向けられる。

「よ……よろしく……」

 蚊の鳴くような声で、そう言うヴィクター。
 すぐに顔を伏せると「ヒヒ……」と不気味な笑い声を出す。
 青くなるレナード。

「おいおい、やっぱり俺から行こうか?」

 ホルンが画面に向かって言うが、

「し、心配は無用ですわ!」

 レナードが、強い口調でそう断言した。
 モニターの中。マイクを通して会話する2人。
 振り返り、レナードが不敵な笑みを浮かべる。

「こんな連中ごとき……わたくしが遅れを取るはずありませんの!
 ナイトなぞ待たずとも、わたくしとホルンの2人でこんな連中は撃破して、
 チームポイントを稼いでこんな所からはおさらばですわ!」

 グッと拳を握り固めて言い切るレナード。
 ホルンは微妙な表情で、その言葉を聞いている。
 
 2人の横に、D・ホイールのイメージデータが現れた。

 ヘルメットを被ることもなく、そのままの格好で乗り込む2人。
 D・ホイール前方の画面をタッチして、操作する。
 デッキが現れ、ホイール内のホルダーにセットされた。

「わたくしの華麗なデュエル……そこで見物してると良いですわ!」

 余裕そうに、だがほんの少し顔色悪く、そう宣言するレナード。
 並び合う2人の前、空中に人魂のシグナルが現れた。
 カウントダウンが始まり、そして――

『ライディングデュエル、アクセラレーショーン!!』

 カウントが終わるのと同時に、ジャッジデータが明るく声をあげた。
 エンジンを踏み込み、2台のD・ホイールが加速して飛び出した。
 モニターを眺めながら、座り直すホルン。

 レナードが真剣な表情を浮かべた。

「さぁ、華麗なる竜の力を、とくとお見せいたしましょう!」

 風で金色の髪を揺らしているレナード。
 顔色の悪い青年は「ヒヒヒ……」と不気味な笑みを浮かべているのみ。
 デッキに手をかけるレナード。

「わたくしのターン!」

 デュエルが始まった。
 不気味な霧が立ち込める、入り組んだコースを進んでいく両者。
 モンスターが現れ、消えていく。激しい攻防。

 そして――

「ほにゃあああああああああああ!!」


 レナード  LP1300→ 0 


 情けない悲鳴と共に、決着がついた。
 ブーッという低いブザーのような音が鳴り響く。

『デュエルオーバー! ウィナー、チーム・テラーロア代表、ヴィクター!』

 ジャッジデータが現れ、明るい口調で宣言した。
 霧の奥、見えないコースから帰還するヴィクター。
 それにやや遅れる形で、レナードもまた帰ってくる。
 D・ホイールから降り、とぼとぼと、停留場の方へと戻ってきた。

「ま、負けてしまいましたぁ……」

 涙ながらに言うレナードに対して、

「知ってた」

 あっさりと、ホルンが言った。
 特に気にする様子もないホルンに向かって、レナードが言い訳がましく続ける。

「だ、だってだって! あのコースおかしいんですのよ!
 たまに子供の声は聞こえるし、道端に変な人が立ってたりして!
 なんだか背の高い、スーツを着た人の姿みたいなのが森の方に居たり……」

「だから、ソリッドヴィジョンだろ、それ」

 呆れた口調のホルン。
 レナードがグスッと鼻をかみながら、涙を流す。

「でも! 怖いんですもの仕方がないでしょう!」

 開き直るレナード。
 そのままうえーんと声をあげて泣きはじめる。
 ホルンが深い深いため息をついた。

「ダメだな、こいつ……」

 額に手を当てるホルン。心の中で考える。
 いずれにせよ、もう負けることは出来ない。
 自分が勝つのもそうだが、問題はナイトだ。

「セバスチャン!」

 空中に向かって呼びかけるホルン。
 画面モニターが現れ、白い球状の物体が映る。

『なんでしょうか、ホルン様?』

「ナイトはログインしているのか?」

『いいえ。現在ログインしている状態ではありません』

 機械的に答える白の球。
 レナードが泣くのをやめて、つっかかる。

「セバス! あなたマネージャーでしょ! どうにかなりませんの!」

『失礼ながら、私はマネージングプログラムではありますが、
 ログインしていない状態をどうにかするのはご本人の問題であるため、
 こちらから何か働きかける事は不可能でございます』

「あーもう! そういう事では――」

「はいはい、サンキューなセバスチャン。
 それと、ナイトがログインしたらここに自動転送するよう設定しといてくれ」

『了解いたしました』

 丁寧な物腰の言葉と共に、ブツリとモニター映像が途切れる。
 体を伸ばしながら、ホルンが立ち上がった。

「さーて、それじゃあ行くかな」

 だるそうに言うホルン。
 レナードが心配そうにそれを見つめる。
 
「ほ、ホルン……」

 祈るように両手を合わせているレナード。
 ジャッジデータが現れ、宣言する。

『はーい、それじゃあ第二走者!
 チーム・テラーロア代表のカリガリさんと、
 チーム・アルバトロス代表のホルンさん! コースへ!』

 停留場から出ていこうとするホルン。
 だがその直前、入口付近で振り返り微笑んだ。

「1人だからってビビッて漏らすなよ、お嬢ちゃん」

 カリガリの口調を真似て、皮肉そうに言うホルン。
 レナードが真っ赤になって立ち上がる。
 だが怒りの声が飛び出すより早く、ホルンは停留場から退散していた。

 薄霧の立ち込める、高速道路。

 道路の中央に立つカリガリが、両手をひろげた。

「これで1勝」

 ふふんと得意そうな様子のカリガリ。
 ホルンの方を見ながら、軽い口ぶりで話す。

「後は俺がお前に勝てば、こっちの勝ち。チームポイントは貰いや」

 ニシシと笑うカリガリ。
 フッと、ホルンが微笑んだ。

「そいつはどうかな。俺はさっきのバカと違って、
 ブギーマンで怖がるのはもう卒業したんだ」
 
 余裕そうにそう話すホルン。
 2人の間から言葉が消え、笑顔のまま睨み合う。
 ゆっくりと、2人がD・ホイールに乗り込んだ。

「覚悟しとけよ」

 タッチ操作するカリガリ。

「そっちこそ」

 ホルンのデッキが浮かび上がる。
 D・ホイールのハンドルに手をかけ、エンジンをふかす両者。
 シグナルが浮かび上がり、カウントダウンが始まる。

 カウントが0となって――

『ライディングデュエル、アクセラレーショーン!!』

 ジャッジの声と共に、2台のDホイールが唸りを上げて発進した。






























 ハッとなって、顔をあげた。
 
 カチカチと部屋の時計が時を刻む音が聞こえる。
 机から頭をあげて、ふぁぁと大きくあくびをした。
 眠気眼に、今の状況を考える。

「あー、寝ちゃってた……」

 机の上に広げられた資料を見ながら、僕は呟いた。
 例の王城で見つけた石版に関する文献を探す、僕の日課。
 とはいえ小難しい文章の山を読み進めていくと、自然と睡魔が――

「……あれ?」

 何かを忘れているような、不思議な感覚。
 再び、部屋に飾ってある時計を見る。
 時刻は現在、10時12分――

「……あああっ!!」

 思い当たり、僕は叫んだ。
 そうだ、今日は確かVRDSのチームバトルがある日だ!
 集合時刻は10時きっかり。つまり――

「ち、遅刻だぁぁぁ!!」

 立ち上がり、慌てる。
 何はともあれ、僕は机の端っこに置かれているVRメットを取った。
 
 VRメット。

 VRDSの舞台となるヴァーチャル世界に
 意識をダイブさせるためのダイブツール。
 小型で安価。使い方もヘルメットのように被るだけで簡単。

 とはいえ、時間がない。

「っと、忘れずに、これも……」

 呟いて、さらにカードスキャナーも取った。
 VRDS内で使用するカードには2種類ある。
 1つは、データとしてVRDS内で販売されているデータカード。
 現物のカードではないが、実際には手に入らないようなカードでも使用できる。

 そしてもう1つが、カードスキャナーで現実のカードをスキャンしたカード。

 実際のカードをこのスキャナーで認証する事で、
 ゲーム内の自分のアカウントでそのカードが使えるようになる仕組みだ。
 一度データとして登録してしまえば、2回目以降のスキャンは必要ないのだが……

「これだけは、なぜか毎回スキャンしないといけないんだよね……」

 誰に言うわけでもなく、ぼやく僕。
 とはいえ、もはや時間がない。考えるのは後回しだった。

 王城で見つけた石版を、カードスキャナーに置いた。

 メットをかぶり、側面の起動ボタンを押す。
 目をつぶって、自分のベッドの上で横になる僕。
 眠りに落ちるように、意識が遠のいていった。

 目の前が一瞬、真っ暗になって何も見えなくなる。
 
 だがそれもつかの間、今度は溢れんばかりの光で目がくらんだ。
 白い光。徐々に、その中から風景が浮かび上がっていく……。
 
 気がつけば、僕は不気味な道路の真ん中に立っていた。

 薄霧の立ち込めた、無人のハイウェイ。
 月夜の光を遮るかのように、雷雲が空を覆っている。

「ここは――」

『ハロー、ナイト様』

 僕の前、誰もいない空間にモニター画面が現れた。
 白い球状のアバターがそこには映っている。

『12分の遅刻ですね。レナード様がお怒りですよ』

「だろうね……。ところでセバスチャン、ここどこ?」

『今日の対戦チームであるテラーロアのチームスペースです。
 ナイト様がログインする際にここに転送するよう、ホルン様から承っておりました』


 さすがホルン、細かい所で気が利く。
 おそるおそる僕は尋ねる。

「という事は……セーフ?」

『はい。ナイト様の試合はまだ始まっておりません』

 あー、良かった。
 ホッと、僕は安堵の息を吐いた。

「ナイトーッ!」

 怒るような声が聞こえた。
 見ると、ロールした金髪で青い瞳の女の子アバター、
 レナードがものすごい形相で迫ってきていた。

 開口一番、レナードが怒鳴りたてる。

「なにやってましたの! あれほど遅刻するなといつも言ってますのに!」

「ご、ごめんよ、レナード! ちょっとうっかりしてて……」

 両手を胸の前で広げる僕。
 レナードが人差し指を突きつける。

「まったく! わたくしのようなレディーを待たせるだなんて――」

 僕の方を見ながら――

「――男としての、マナーがなっていませんことよ!」

 レナードが、強い口調で言い切った。
 そのままガミガミと説教を続ける。
 僕はアハハと苦笑いを浮かべながら、自分の体を見た。

 そこにいるのは茶色のショートヘアの、中学生くらいの少年の姿。

 VRDS内では現実とは違い、アバターという
 仮想イメージでプレイヤーの姿が表示される。
 そしてどんなアバターを使うのかは、その人の自由だ。
 誰がどんなアバターを使用しても、それを理由に咎められることはない。

 例え、自分とは逆の性別のアバターであっても。

「聞いてますの、ナイト!」

 ずいと、レナードが腕を振り上げる。
 僕は慌てて答えた。

「わわ、それはもちろん……」

 言いかけた瞬間。
 ブーッというブザー音が鳴り響いた。
 顔をあげる僕とレナードの前に、モニター画面が現れる。

『デュエルオーバー! ウィナー、チーム・アルバトロス代表、ホルン!』

 ジャッジデータが明るい口調で言う。
 霧の向こうから、D・ホイールが走ってきて僕達の横で止まった。
 茶色の髪の青年アバター――ホルンが、降りてくる。

「ま、こんなもんだろ」

 特に嬉しさに震えるような様子でもなく、
 いつもの冷めた感じでホルンが呟いた。
 その茶色の瞳が、僕の姿をとらえる。

「よう」

「あ、やっほー」

 手をあげる僕。
 挨拶を交わすと、ホルンがD・ホイールから降りた。

「これで1勝1敗だ。後は任せたぜ、ナイト」

「あ、うん」

 てっきり遅刻について怒られるかと思ったが、
 ホルンは特に不満も文句もなさそうに軽い口調でそう言った。
 対戦相手のD・ホイールも帰ってくる。

「くーっ! ホルンめ……!」

 悔しそうに唸っている対戦相手。
 タキシードを着た紳士風の青年だけど、
 その表情は苦々しい。

 ジャッジデータの姿が、目の前に映しだされた。

『さぁさぁ、これでお互いの勝利数が並んだね!
 決着は最後の1人同士のデュエルに持ち越しだー!』

 テンション高く話すジャッジデータ。
 ホルンが、フッと小馬鹿にしたように笑った。

「ま、カリガリは倒したんだ。後は楽勝だろ」

 余裕そうに話すホルン。
 だがその言葉を聞いて、タキシードの男が不気味な笑みを浮かべた。

「フッフッフ……!」

 怪しげな笑い声をこぼす青年。
 ホルンが不審そうに彼を見る。

「なんだカリガリ? レナードのビビッた姿でも思い出したか?」

「ちゃうわ!」

 強く言い切る青年。
 びしっと得意そうに、自分に親指を向ける。

「お前ら俺らを弱小チームか何かと思っとるようやが……
 今日は違うで! 秘密兵器があるんや!」

「秘密兵器……?」

 眉をひそめるホルン。
 ちょんちょんと、僕は隣のレナードをつついた。

「ビビッた姿って、何かやったの?」

 ギロリと、レナードが物凄い迫力で僕を睨みつけた。
 僕はホールドアップの体勢になる。暴力反対。

 シルクハットの青年が仰々しく、両手を広げた。

「我がテラーロアには……なんと、新メンバーが入ったんや!
 しかもデュエルがえらい強いお人がな! 紹介するでー! おーい!」

 呼びかける青年。
 その声はマイクを通して、向こうのチームの人達に聞こえているはずだ。
 ひたひたと、霧の中から足音が響く。そして――

「……うふふ」

 真っ赤な着物を着た少女が、姿を現した。
 まるで死人のように血の気のない白い肌に、黒いおかっぱ頭。
 目の下には隈があり、口元には怪しい笑みを浮かべている。

「紹介するで。新メンバーのイチマツちゃんや」

 ぽんと、青年が少女の肩に手を乗せた。
 少女がクスクスと笑いながら、口を開く。

「……よろしく」

 不気味な雰囲気を漂わせながら、
 少女が小さく頭を下げた。
 その黒い瞳が、こちらをジッと見つめている。

「へぇ、このお嬢ちゃんがね……」

 少女を見下ろしながら、頬をかくホルン。
 カリガリがふふんと笑う。

「言うとくけど、イチちゃんの実力は本物やで。
 この俺よりも強い。まさにテラーロアの超新星や!」

「そいつは凄いな。うちのこいつと交換しないか?」

 さりげなくレナードを指差すホルン。
 レナードはそれには気づいていない様子で、きょとんとしている。
 
「なんですの?」

 視線が集まった事に対して、疑問そうなレナード。
 カリガリが首を振る。

「無理やな。まぁ、ある意味で楽しくなるかもしれんけど……」

「??」

 話についていけてないレナード。
 ジャッジデータの姿が、目の前に映る。

『おーい、そろそろ最終試合やらないのー? 待ちくたびれちゃったよー』

 いかにも退屈そうな表情のジャッジ。
 人工知能プログラムにも関わらず、
 まるで本物の人間のようにむくれている。

「分かった分かった」

 なだめるように言って、向こうのチームの青年が下がっていく。
 
「イチちゃん、後は頼んだで―」

 サムズアップをする青年。
 少女――イチマツちゃんがそれに頷いてサムズアップを返した。
 
「じゃ、後は任せたぞ」

「負けたら承知しませんわよ!」

 ホルンとレナードもそれぞれ激励するように言うと、
 ピットエリアの方へと消えていった。
 
 残されたのは、僕と着物の少女のみ。

 見つめ合う2人。緊張した空気が流れる。
 クスクスと不気味に笑いながら、少女が口を開いた。

「じゃあ、始めよ……」

 ピョンとD・ホイールに飛び乗る少女。
 僕も頷いて、D・ホイールにまたがる。
 前方のモニターをタッチして、画面を開いた。

 デッキメニュー。

 登録されたデッキが表示される。
 だがそこに登録されているデッキの枚数は20枚。
 魔法と罠カードのみ。モンスターが入っていない不完全なレシピ。
 編集画面に入り、スキャンしたデータを確認する。

 そこに表示されているのは、26枚のモンスターカードのデータ。

 20枚のモンスターをメインデッキに。
 そして残りの6枚をエクストラデッキへ。
 デッキを完成させ、僕は画面を閉じた。

 D・ホイールの前面モニターに、文字が浮かび上がる。


 Riding Duel Mode −Set Up
 Course Data Loading −Completed
 Duel Course Number 13 −Horror Highway 


 Ichimatsu V.S Knight


 Battle Type −Single Riding Duel
 Duel System −All Green

 ――Are you ready?



 デッキホルダーに、デッキが浮かび上がる。

 ハンドルを握り、エンジンをふかす。
 目の前にシグナルが浮かび上がった。
 まるで人魂のような、不気味な炎。これがシグナル代わりらしい。
 フッと燃え尽きたように人魂が消えていく。そして――

 最後の人魂が、消えた。

『ライディングデュエル、アクセラレーション!!』

 ジャッジデータが叫ぶ。
 僕達がほぼ同時に、アクセルを踏み込んだ。
 火花を散らしながら、周りの世界が後ろへと消えていく。
 切り裂くような風を感じながら――


「――デュエルッ!!」


 僕達の声が重なって、響いた。


 ナイト   LP4000 

イチマツ  LP4000 


 手札を引いて、カードホルダーへ。
 疾風を感じながら、無人の高速道路を駆ける。

 赤い着物を揺らしながら、イチマツちゃんが不気味に微笑んだ。

「私の先攻……」

 画面に表示された文字を見ながら、宣言するイチマツちゃん。
 カードを引くと、ゆらりと1枚を手に取る。

「私はえんらえんらを攻撃表示で召喚……」

 カードを前方のデュエルディスク部分へ。
 光と共に、もやもやとした灰色の煙が現れた。
 煙の先、人の顔らしき影が浮かび上がっている。


 えんらえんら ATK1700 


「さらに1枚を伏せて、ターンエンド……」

 流れるようにカードを手に取るイチマツちゃん。
 裏側表示のカードが一瞬だけ現れ、すぐに消える。
 暗闇の高速道路を、駆けていく僕達。

 ターンが回ってくる。

「僕のターン!」

 デッキホルダーに手を伸ばし、カードを引いた。
 それと同時に、スピードワールドの効果で互いのスピードカウンターが増えた。


 ナイト SPC:0→1  イチマツ SPC:0→1 


 引いたカードを手札ホルダーに置く。
 序盤はスピードカウンターが溜まっていない以上、
 スピードスペルを発動するのは難しい。それならここは――

「僕はリバーブソード・ナイトを攻撃表示で召喚!」

 カードを1枚選び、ディスクに置く。
 光が現れ、そこから身の丈程の大きさの剣を携えた戦士が現れた。


リバーブソード・ナイト
星4/地属性/戦士族/ATK1800/DEF1200
このカードが戦闘で破壊され墓地へ送られた時に発動できる。
デッキからレベル4以下の戦士族モンスター1体を手札に加える。


「攻撃力1800……」

 現れた戦士の姿を見ながら、呟くイチマツちゃん。
 腕を伸ばしながら、前を走るDホイールの方を指さす。

「リバーブソード・ナイトで、えんらえんらを攻撃!」

 剣を構え、突撃する戦士。
 灰色の煙へと迫り、剣を振り下ろそうとした。
 だが――

「罠発動……カオス・バースト……!」

 まるで呪いの言葉のように、
 静かにイチマツちゃんが宣言した。
 相手の場に伏せられていたカードが、表になる。


カオス・バースト  通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる事で、
その攻撃モンスター1体を破壊する。
その後、相手ライフに1000ポイントダメージを与える。


「カオス・バースト?」

 珍しいカードの出現に、目を丸くする。
 淡々とした口調で語るイチマツちゃん。

「場のえんらえんらを生け贄にして、リバーブソード・ナイトを破壊……!」

 ゆっくりとした動作で、僕の場の剣士を指差す。
 揺らめいていた煙のお化けが爆発し、爆風が巻き起こった。
 爆風に飲み込まれ、戦士の姿がガラスのように砕け散る。

「ぐっ……!」

 衝撃を受けて、僕は小さく声をもらした。


 ナイト  LP4000→ 3000 


 ライフの減少。
 それと同時に、D・ホイールの速度が減少する。


 ナイト SPC:1→ 0 


「スピードワールド下では、1000ポイントのダメージを受ける毎に
 スピードカウンターが1つ削られていく……」

 ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながら言うイチマツちゃん。
 その通り、ライディングデュエルにおいてライフはスピード。
 そしてスピードがなければ、スピードスペルは使えない。

「けっこうやるね、君!」

 明るく話しかける僕。
 だけどイチマツちゃんは反応しない。余裕の表れってやつ?
 とはいえ、僕だって早々に諦める訳にもいかない。

「カードを2枚伏せて、ターンエンド!」

 手札から2枚を選んで、伏せる。
 モンスターのいない僕の場に、伏せカードが2枚浮かんで消えた。

 暗闇のハイウェイ。薄霧で視界の悪い高速道路を僕達は進んでいく。

「……私のターン」

 暗い雰囲気を漂わせながら、カードを引くイチマツちゃん。
 スピードが増える。


 イチマツ SPC:1→2  ナイト SPC:0→1 


 その顔に不気味な笑みが広がった。
 
「墓地のえんらえんらの効果発動……!」

 静かに話すイチマツちゃん。

「このカードが生け贄にされて墓地に送られた場合、
 次の自分のスタンバイフェイズに特殊召喚される……!」

「……!」

 ハイウェイに灰色の煙が立ち込めた。
 一箇所に集まり、ゆらゆらと揺れる煙。人の顔が浮かぶ。


えんらえんら
星4/闇属性/炎族/ATK1700/DEF1200
このカードが生け贄にされて墓地へと送られた場合、
次の自分のターンのスタンバイフェイズ時に
自分フィールド上に特殊召喚できる。


 自己再生能力。
 確かアカデミアの授業でも習った事があったような……。

 イチマツちゃんがばっと手を前に。

「そして……えんらえんらを生け贄にして……がしゃどくろを生け贄召喚……!」

 煙の幽霊が砕けて霧散した。
 代わりに現れる、巨大な影。カタカタという音。
 巨大な白い骸骨が、森の中よりその姿を現す。


がしゃどくろ
星6/闇属性/悪魔族/ATK2400/DEF2200
このカードが生け贄にされて墓地へと送られた場合、
次の自分のターンのスタンバイフェイズ時に自分フィールド上に特殊召喚できる。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


「んー、これはちょっと困ったかな……」

 呟く僕。
 無言で、自分の場に伏せられている2枚のカードを見た。
 イチマツちゃんが比較的大きな声で宣言する。

「バトル……! がしゃどくろでダイレクトアタック……! 呪詛の掌底……!!」

 白い骸骨が、その掌を突き出した。
 まるで押し潰すかのように、上から迫る拳。
 一瞬、判断に迷った後――

 強烈な衝撃が、上から降り注いで僕を叩き潰した。

「あいたたた……!」


 ナイト  LP3000→ 600   SPC:1→ 0 


 ライフが大きく削られ、さらにスピードが落ちた。
 見かねたのか、レナードから通信が入る。

『ナイト! なにやってますの!』

 いかにもな口調でレナードが切り出した。
 プンプンと怒鳴るように続ける。

『ここで負けては、チームポイントが――』

『あぁー、はいはい、黙って見守ってな』

 ホルンの声と同時に、通信が切れた。
 そんな僕らの会話を聞き、イチマツちゃんがクスクスと笑った。

「面白い人達……」

 本気で言っているのか、それとも馬鹿にしているのか。
 今いち、その表情からは読み取れない。

「カードを1枚伏せて、ターンエンド……」

 カードを伏せるイチマツちゃん。
 入り組んだカーブに差し掛かり、僕は前を向いた。
 うねるような道。両端に茂る木々が不気味に揺らいでいる。

「――僕のターン!」

 カーブを曲がりながら、カードを引く。


 ナイト SPC:0→1  イチマツ SPC:2→3 


 手札を眺める僕。
 だが暗闇の中、唐突に――

「この瞬間、罠カードオープン……!」

 イチマツちゃんの、声が響いた。
 驚く間もなく、イチマツちゃんが口を開く。

「丑の刻参り(うしのこくまいり)……!」

 伏せられていた1枚が表になり、輝いた。
 同時に白い骸骨のお化けの身体が砕けて消える。

「この効果でがしゃどくろを生け贄に……相手の手札を確認する……」

「へ?」

 思わず、間抜けな声を出してしまう。
 空中に僕の手札――4枚のカードの画像が浮かび上がった。


ブレイブオーダー・ナイト
星4/地属性/戦士族/ATK1400/DEF1200
このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、
ダメージ計算前にそのモンスターを持ち主のデッキに戻す。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
自分フィールド上に表側表示で存在する
戦士族モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。

ホーリープリースト・ナイト
星2/光属性/戦士族/ATK800/DEF600
このカードを手札から墓地へ送り、
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択する。
それが攻撃表示の場合、守備表示に変更する。
選択されたモンスターはエンドフェイズまで戦闘では破壊されない。
この効果は相手のターンでも発動する事ができる。

Sp−ハイスピード・クラッシュ  通常魔法
自分のスピードカウンターが2つ以上ある場合に発動する事ができる。
フィールド上に存在するカード1枚と、自分フィールド上に存在するカード1枚を破壊する。

Sp−ガイア・エナジー  通常魔法
自分のスピードカウンターが12ある場合に発動する事ができる。
自分フィールド上に存在するモンスター1体を選択する。
選択したモンスターはこのターンのエンドフェイズまで以下の効果を得る。
●このカードの攻撃力は3000ポイントアップする。
●このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
●このカードが戦闘によってモンスターを破壊した時、破壊したモンスターの
攻撃力か守備力の高い方の数値分のダメージを相手ライフに与える。


「わわわ! ちょっと見ちゃダメだよ! プライバシーの侵害!」

 慌てる僕だが、空中の画像は消えたりしない。
 マイクを通して、ホルンがため息をつくのが聞こえた。
 僕の手札を見ながら――

「……うふふ」

 面白そうに、イチマツちゃんが目を細めた。
 クスクスと笑いながら、口元を着物の袖で隠すイチマツちゃん。
 ゆっくりとした口調で、尋ねる。

「Sp−ガイア・エナジー……スピードカウンターが12個の時に発動できる、
 トップスピードスペル……?」

「そ、そうだけど、それが何?」

 聞き返す僕。
 イチマツちゃんが笑い続けながら、答える。

「そんなロマンカード……あなたみたいなお子ちゃまじゃ使いこなせないよ……」

「なっ!!」

 ストレートに馬鹿にされて、さすがの僕もカチンときた。
 というか僕は高校生だぞ! 少なくとも君よりは年上のはずだ!
 アバターの中身はどうなのか知らないけど!

 すっと、白い指を伸ばすイチマツちゃん。

「丑の刻参りの効果……手札を見た後、
 生け贄に捧げたモンスターの攻撃力以下の数値の攻撃力を持つ、
 相手モンスターカードを1枚選択して墓地に送る……」


丑の刻参り 通常罠
自分フィールド上モンスター1体を生け贄に捧げて発動する。
相手の手札を確認し、その中から生け贄にしたモンスターの
攻撃力以下の攻撃力を持つモンスターを1枚まで選択して墓地に送る。


「あなたの手札の……ブレイブオーダー・ナイトを墓地へ……!」

 空中に浮かんでいたカードの中の1枚。
 白いマントを揺らす鎧騎士の姿が描かれたカードが、砕け散った。


ブレイブオーダー・ナイト
星4/地属性/戦士族/ATK1400/DEF1200
このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、
ダメージ計算前にそのモンスターを持ち主のデッキに戻す。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
自分フィールド上に表側表示で存在する
戦士族モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。


「ぐぬぬぬ」

 悔しさで唸りながら、カードを墓地へ。
 これで僕に残された手札は3枚。
 内2枚は、発動もできないスピードスペル。

「……ターンエンド」

 ぶすっとした態度で、僕はそう宣言した。
 悔しいけど、このターンにできる事は何もない。
 霧が包み隠すコースの先を、僕は見据えた。その先にあるのは――

「私のターン……!」

 余裕たっぷりに、そう言うイチマツちゃん。
 カードを引き、Dホイールの速度が増す。


 イチマツ SPC:3→4  ナイト SPC:1→2 


「そしてスタンバイフェイズ時、
 前のターンに生け贄にされたモンスターが復活……」

 静かに、そう宣言するイチマツちゃん。
 灰色の煙が吹き出し、さらに骸骨が揺れるカタカタという音が鳴り響いた。


えんらえんら
星4/闇属性/炎族/ATK1700/DEF1200
このカードが生け贄にされて墓地へと送られた場合、
次の自分のターンのスタンバイフェイズ時に
自分フィールド上に特殊召喚できる。


がしゃどくろ
星6/闇属性/悪魔族/ATK2400/DEF2200
このカードが生け贄にされて墓地へと送られた場合、
次の自分のターンのスタンバイフェイズ時に自分フィールド上に特殊召喚できる。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


「あなたの場に、モンスターはいない……」

 場の状況を確認しながら、言い聞かせるような口調のイチマツちゃん。
 おっしゃる通り、僕の場にモンスターはいなかった。
 にやりと、イチマツちゃんが微笑む。

「だから、これで終わり……!」

 すっと、僕を指さすイチマツちゃん。
 白い骸骨が再び、その拳を振り上げた。

 ダイレクトアタックだ。

『ナイト!』

 悲鳴のようなレナードの声が、響いた。
 骸骨の掌が僕のすぐ上まで迫る。
 暗闇のハイウェイを駆けていく僕達。そして――
 
 フッと、僕は微笑んだ。

「かかったね! 罠発動!」

 大きく言って、腕を横に薙ぐように動かす。

「天地(てんち)返し! そしてトゥルース・リインフォース!」

 伏せられていた2枚が、表になった。
 イチマツちゃんが、目を見開く。

「……え?」

「トゥルース・リインフォースの効果で、
 僕はデッキからレベル2の戦士族を特殊召喚する!」


トゥルース・リインフォース  通常罠
デッキからレベル2以下の戦士族モンスター1体を特殊召喚する。
このカードを発動するターン、自分はバトルフェイズを行えない。


 デッキの中のカードが目の前のモニターに映し出される。
 その中の1枚を、僕は迷わずタッチした。

「デッキのミスティックロード・ナイトを特殊召喚!」

「……?」

 不思議そうな表情を浮かべるイチマツちゃん。
 僕の場に、特徴的に尖った兜を装備した、子供の騎士が現れた。
 高貴な雰囲気。兜の下からはみ出た金色の髪が風で揺れている。


 ミスティックロード・ナイト DEF0 


「でも、そんなカードじゃ……」

 言いかけるイチマツちゃんだったが、
 僕は彼女の言葉を遮るように続けた。

「そして! 天地返しの効果が発動する!」

 もう1枚のカードが輝いた。
 淡い光を放つカード。そして――

 天と地が入れ替わるような奇妙な感覚が場を支配した。

 世界そのものがひっくり返ったような衝撃。
 そしてモンスター達が、混乱したように座り込む。

「……!!」

 自分の場で、青色で表示されているモンスター達の姿を見て、
 イチマツちゃんが何かに感づいた様子になる。
 ぴっと、指を伸ばしながら僕は言った。

「天地返しの効果で、君の場のモンスターを全て守備表示に!」


 がしゃどくろ ATK2400→ DEF2200 

 えんらえんら ATK1700→ DEF1200 


 イチマツちゃんが顔をしかめた。

「守備表示……これじゃあ攻撃は……」

 悔しそうに言うイチマツちゃん。
 だけど、まだ僕のカード効果は終わっていない。
 高らかに、僕は続ける。

「そしてこの瞬間、ミスティックロード・ナイトの効果が発動する!」

「!?」

 さらに目を丸くするイチマツちゃん。
 そんな彼女に向かって、僕は笑みを浮かべながら言った。

「ミスティックロード・ナイトが存在する時――
 相手の場のモンスターが攻撃表示から守備表示に変わった時、
 そのモンスターを破壊する!」

「はっ……!?」

 余裕のなくなった表情で、イチマツちゃんが絶句した。
 高貴なる子供の騎士が、剣を構える。


ミスティックロード・ナイト
星2/地属性/戦士族/ATK900/DEF0
相手フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスターの表示形式が
表側守備表示に変更された時、そのモンスターを破壊する。


 まるで一筋の光のような、素早い斬撃が場を切り裂いた。
 くるりと、子供剣士が妖怪たちに背を向ける。剣を仕舞い――

 骸骨と煙の化物が、同時に砕け散った。

 闇の中に葬られて消えるお化け達。
 これでもはや、あの再生効果は発動できない。
 悔しそうな表情のイチマツちゃんに向かって――

「やーいやーい! どーんなもんだーい!」

 笑顔で、僕は声をかけた。
 ブイとピースサインを作る僕。
 ギリギリと、イチマツちゃんが歯を噛みしめる。

「……バトル終了」

 振り絞るように、そう宣言する。
 イチマツちゃんがばっと、手札のカードを手にとった。

「Sp−黄泉返りを発動……」

 カードが表示される。

「この効果で、墓地のえんらえんらを特殊召喚……」


Sp−黄泉返り  通常魔法
自分のスピードカウンターが3つ以上ある場合発動する。
このターン、戦闘またはカード効果によって破壊された
モンスター1体を表側攻撃表示で特殊召喚する。
この効果で特殊召喚されたモンスターの効果は無効となる。


 灰色の煙がまたも姿を現した。
 ゆらゆらと、空中で風に揺れている煙のお化け。


えんらえんら
星4/闇属性/炎族/ATK1700/DEF1200
このカードが生け贄にされて墓地へと送られた場合、
次の自分のターンのスタンバイフェイズ時に
自分フィールド上に特殊召喚できる。


「上級じゃなくて、下級モンスターを蘇生?」

 首をかしげる僕。
 あのカードの効果ならば、上級モンスターの方を蘇生させる事もできたはず。
 なのにわざわざ、攻撃力の低い下級モンスターを呼び出したということは。
 
 イチマツちゃんが、さらにカードを構えた。

「そして、ぶんぶくちゃがまを通常召喚……!」

 流れるようにカードを置くイチマツちゃん。
 ぽふんという音と共に、場に古い茶釜を背負った狸が現れた。


 ぶんぶくちゃがま ATK0 


「なにそれ、かわいい!」

 ラブリーな姿を見て、思わず言う僕。
 目を輝かせている僕に向かって、イチマツちゃんが言い放つ。

「レベル4のえんらえんらに、レベル4のぶんぶくちゃがまをチューニング……!」

「へ?」

 狸の身体が砕け、4つの輪が飛び出した。
 ばっと、モニターに表示されているカードの画像を見る。


ぶんぶくちゃがま
星4/地属性/獣族・チューナー/ATK0/DEF2000
このカードが生け贄にされて墓地へと送られた場合、次の自分のターンの
スタンバイフェイズ時に自分フィールド上に特殊召喚できる。
このカードをシンクロ素材としたシンクロモンスターは、
エンドフェイズまで相手の魔法・罠・モンスター効果の対象にならない。


「ちゅ、チューナー・モンスターなのォ!?」
 
 声をあげて驚く僕。
 灰色の煙の周りを、四本の輪が取り囲んだ。

「あやかしの力集まりて、暗闇に囁く竜となる。狂瀾の宴よ、開かれよ……!」

 カードを掲げるイチマツちゃん。
 四本の輪に取り囲まれた煙の姿が線だけになり――

 閃光が、走った。

「シンクロ召喚……! 地獄竜 アペルピスィア……!!

 光の中より、不気味な影がその姿をゆっくりと現した。
 黒く溶けたようなおどろおどろしい体表に、黄色く爛々と光る複眼。
 大きく口を開き、そこから紫色の長い舌が伸びている。

 竜というより、まるで大きなカメレオンのような奇妙な姿がそこにはあった。


 地獄竜 アペルピスィア ATK3000 


「なにそれ、かわいくなぁーい!」

 現れたカメレオンを見ながら、叫ぶ僕。
 イチマツちゃんが、ちょっとだけムッとした表情になった。
 
「凡人のお子ちゃまには、このかわいさは分からない……。
 いずれにせよ、これで私の勝ち……」

 自信満々に言い切るイチマツちゃん。
 残っていた2枚の手札を、ディスクにセットする。

「2枚伏せて、ターンエンド……」

 裏側表示のカードが浮かび上がって、消えた。
 薄霧が包み込む高速道路は、まだ続いている。
 不気味な夜の闇を引き裂くように、エンジンがうなりを上げた。



 ナイト   LP600
 手札:3枚  SPC:2
 場:ミスティックロード・ナイト(DEF0)


 イチマツ  LP4000
 手札:0枚  SPC:4
 場:地獄竜 アペルピスィア(ATK3000) 
   伏せカード2枚



 疾風を感じながら、手をデッキホルダーへ。

「僕のターン!」

 カードを引き、スピードカウンターが増える。


 ナイト SPC:2→3  イチマツ SPC:4→5 


 引いたカードはスピードスペル。
 だけど今のスピードでは、このカードは発動できない。
 少しだけ考えた後、静かに言う。

「ターンエンド」

 あっさりと、ターンを終わらせる僕。
 イチマツちゃんがクスクスと笑い声をあげた。
 場の状況は何も変わっていない。でもまだ、勝負は終わってない。

 イチマツちゃんが余裕そうに、手を伸ばす。

「私のターン……」

 カードを引くイチマツちゃん。
 スピードカウンターが増え、バイクの速度がさらに上がる。


 イチマツ SPC:5→6  ナイト SPC:3→4 


 僅かな沈黙が流れた。 
 相手の手札は今引いた1枚のみ。緊張の一瞬だ。
 無言で、僕は相手の動向を待つ。そして――

 イチマツちゃんが、大きく笑みをうかべた。

「私はじゃんじゃんびを攻撃表示で通常召喚……!」

 カードを場に出す。
 めらめらと燃える人魂のような炎が場に現れた。


じゃんじゃんび
星4/炎属性/炎族/ATK1300/DEF1300
このカードが生け贄にされて墓地へと送られた場合、
次の自分のターンのスタンバイフェイズ時に自分フィールド上に特殊召喚できる。
このカードが自身の効果で特殊召喚された時、相手のLPに800ポイントのダメージを与える。


 じゃんじゃんび ATK1300 


「モンスターカードかぁ……」

 ほんの少しだけ、僕は油断なく目を細めた。
 このターンの攻撃次第では、決着がつく。
 確認するように、僕は手札の4枚のカードに視線を落とした。

 イチマツちゃんが、指を伸ばす。

「地獄竜 アペルピスィアの効果発動……!」

 ゆっくりとした口調のイチマツちゃん。

「自分のモンスターを生け贄に捧げることで、
 相手フィールド上のカードを1枚破壊する……!」


地獄竜 アペルピスィア
星8/闇属性/悪魔族・シンクロ/ATK3000/DEF2500
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
自分フィールド上のモンスター1体をリリースすることで、
以下の効果から1つを選択して発動できる。
●相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。
●このターン、このカードはカード効果では破壊されない。
この効果は相手のターンでも発動する事ができる。


 カメレオンが、低い声で吠えた。
 イチマツちゃんが自分の場のカードを墓地へ。

「じゃんじゃんびを生け贄にして……
 あなたの場のミスティックロード・ナイトを破壊……!」

 炎の人魂に舌を伸ばし、食らいつくカメレオン。
 そしてそのまま、吐き出すように口の中の赤い炎を放った。
 真紅の火球が僕の場の剣士へと、迫る。

 ばっと、僕は手札のカードを相手に見せた。

「この瞬間、手札のホーリープリースト・ナイトの効果発動!」

 白い神官服を着た騎士の絵が描かれているカードを、
 見せつけるように掲げる僕。

「このカードを墓地に送って、アペルピスィアを守備表示に!」


ホーリープリースト・ナイト
星2/光属性/戦士族/ATK800/DEF600
このカードを手札から墓地へ送り、
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択する。
それが攻撃表示の場合、守備表示に変更する。
選択されたモンスターはエンドフェイズまで戦闘では破壊されない。
この効果は相手のターンでも発動する事ができる。


 カードを墓地へと送る。
 白く輝く聖なる光が飛び出し、カメレオンに直撃した。
 苦しむような声をあげて、カメレオンがその場にうずくまる。


 地獄竜 アペルピスィア ATK3000→ DEF2500 


「そして! ミスティックロード・ナイトの効果が発動する!」


ミスティックロード・ナイト
星2/地属性/戦士族/ATK900/DEF0
相手フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスターの表示形式が
表側守備表示に変更された時、そのモンスターを破壊する。


 相手モンスターが守備表示になった事に反応する少年騎士。
 剣を携え、その小さな身体でカメレオンに向かって飛び掛かる。
 少年騎士が剣を振りかぶった。

「ふふふ……」

 イチマツちゃんが、目を見開いた。

「カウンター罠発動、呪い返し……!」

「えっ!?」

 伏せられていた1枚が表になる。
 苦しんでいたカメレオンが、闇にむかってあんぐりと口を開いた。

「私の場のモンスターを生け贄に、
 モンスターの破壊効果を無効にして相手に返す……!」


呪い返し  カウンター罠
自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げて発動できる。
「フィールド上のモンスターを破壊する効果」を持つ
効果モンスター・魔法・罠カードの発動を無効にし破壊する。


 カメレオンの身体が光の粒子となって消えた。
 虚空にむかって剣をふるう少年騎士。
 手応えはない。代わりに周りの闇が生き物のように纏わりつき――

 少年騎士の身体が、砕け散った。

「くぅ……!」

 渋々、カードを墓地へと送る。
 でも、前向きに思えばこれで相手の場からモンスターが消えた。
 これなら次のターンに――

「次のターン、逆転できると思った……?」

 僕の思考を読み取ったように、イチマツちゃんが言った。
 顔をあげて、彼女の方を見る僕。
 にやりと、イチマツちゃんが不気味な笑みを浮かべた。

「リバース罠……」

 手を前に出し、かすれるような声で

「――狸囃子(たぬきばやし)……!!」

 イチマツちゃんが、そう宣言した。
 伏せられていた最後の1枚が、表に。
 どこからかうめき声が響き、不気味な気配が漂った。

「この効果で、このターンに生け贄に捧げられた
 モンスターを私の場に特殊召喚する……!!」

「うっ……!」

 思わず、顔と声に動揺が出てしまった。
 イチマツちゃんの場に浮かんだカードを、睨むように見る。


狸囃子  通常罠
このターンに生け贄にされたモンスターを
可能な限り自分フィールド上に特殊召喚する。
このカードを発動するターン、自分はバトルフェイズを行えない。


 カードが闇へと消える。
 そして代わりに、闇の奥よりぼうっとした赤い光が浮かび上がった。
 人魂のような炎。そしてカメレオンのような姿が、闇から這い出る。


地獄竜 アペルピスィア
星8/闇属性/悪魔族・シンクロ/ATK3000/DEF2500
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
自分フィールド上のモンスター1体をリリースすることで、
以下の効果から1つを選択して発動できる。
●相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。
●このターン、このカードはカード効果では破壊されない。
この効果は相手のターンでも発動する事ができる。


じゃんじゃんび
星4/炎属性/炎族/ATK1300/DEF1300
このカードが生け贄にされて墓地へと送られた場合、
次の自分のターンのスタンバイフェイズ時に自分フィールド上に特殊召喚できる。
このカードが自身の効果で特殊召喚された時、相手のLPに800ポイントのダメージを与える。


 地獄竜 アペルピスィア ATK3000 

 じゃんじゃんび ATK1300 


 モンスターの復活。
 なるほど、あのカードを伏せていたから、
 呪い返しで躊躇なくあのカメレオンちゃんを生け贄に捧げたのね……。

 ニヤリと微笑むイチマツちゃん。

「狸囃子の効果で、バトルは行えない。これでターンエンド……」

 自分のターンを終えるイチマツちゃん。
 その場には伏せカードこそないものの、モンスターが2体。
 おまけにライフポイントは4000のまま。

 対する僕の場に、カードは残っていない。



 ナイト   LP600
 手札:3枚  SPC:4
 場:なし


 イチマツ  LP4000
 手札:0枚  SPC:6
 場:地獄竜 アペルピスィア(ATK3000) 
   じゃんじゃんび(ATK1300)



 D・ホイールをよせて、並走するイチマツちゃん。
 クスクスと、小馬鹿にしたように笑う。

「やっぱり、あなたみたいなお子ちゃまじゃ、私には勝てないね……」

 ぐるぐると、イチマツちゃんが人差し指を伸ばして振り回した。
 赤い着物が疾風にあおられ、ぱたぱたと揺れている。
 エンジンを踏み込み、スピードを上げる僕。

 うねうねと曲がりくねった道を抜け、直線に入った。

「……僕のターン!」

 デッキホルダーに手を伸ばす。
 勝つには、ここで引くしかない。
 これが最後のチャンス。真剣な眼差しをデッキへと向けて――

 カードを、引いた。


 ナイト SPC:4→5  イチマツ SPC:6→7 


 暗闇のハイウェイを駆け抜けていく僕達。
 引いたカードを見て――

 僕の口元に、笑みが浮かんだ。

「墓地の天地返しの効果を発動!」

 高らかに、宣言する僕。
 イチマツちゃんが目を大きくして驚く。

「……なに?」

「墓地のこのカードを除外し、相手モンスターを守備表示に変更する!」


天地返し  通常罠
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターを全て守備表示にする。
このターン、相手はモンスターの表示形式を変更できない。
墓地に存在するカードをゲームから除外する事で、
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターを全て守備表示にする。
この効果は自分のターンのメインフェイズにのみ発動する事ができる。


 墓地からカードが飛び出し、空中で弾けて消えた。
 そして再び場に、天と地がひっくり返るような奇妙な感覚が叩きつけられる。
 相手のモンスターがひるむように、その場で縮こまった。


 地獄竜 アペルピスィア ATK3000→ DEF2500 

 じゃんじゃんび ATK1300→ DEF1300 


「いったい、何を……?」

 青白い顔で呟くイチマツちゃん。
 このターンに引いたカードを、僕は構える。

「そして! レディオフィサー・ナイトを召喚!」

 カードをディスクへ。
 光と共に、場に軽装の鎧を着込んだ女性士官が現れた。
 栗色の髪が風でなびき、背中から伸びる深紅色のマントが揺れる。


 レディオフィサー・ナイト ATK1600 


 ぴっと、指を伸ばす。

「レディオフィサー・ナイトが召喚に成功した時、
 相手の守備表示モンスターを1体選択して、
 選択したモンスターのレベル以下の戦士族を墓地から特殊召喚する!」

 僕が指差した先にいるのは、地獄竜 アペルピスィア。
 あのカメレオンのレベルは8。よってレベル8以下の戦士族を、
 墓地から特殊召喚できる。

 女性士官が、腕を前に出した。

「僕は墓地の、ホーリープリースト・ナイトを特殊召喚!」

 表示された墓地のカードの中から、1枚のカードをタッチする。
 光が現れ、錫杖を持った神官騎士が姿を現した。


ホーリープリースト・ナイト
星2/光属性/戦士族/ATK800/DEF600
このカードを手札から墓地へ送り、
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択する。
それが攻撃表示の場合、守備表示に変更する。
選択されたモンスターはエンドフェイズまで戦闘では破壊されない。


「こ、これは……まさか……!」

 何かに感づいた様子のイチマツちゃん。
 僕はフフンとほくそ笑み、腕を天へと振り上げた。

「レベル2のホーリープリースト・ナイトに――」

 場にセットされたカードを、見る。

「――レベル3のレディオフィサー・ナイトを、チューニング!!」


レディオフィサー・ナイト
星3/地属性/戦士族・チューナー/ATK1600/DEF1000
このカードが召喚に成功した時、相手フィールド上に表側表示で
存在する守備表示モンスター1体を選択して発動できる。
選択したモンスターのレベル以下の自分の墓地に存在する
戦士族モンスター1体を選択して守備表示で特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。
このカードをシンクロ素材とする場合、
戦士族モンスターのシンクロ召喚にしか使用できない。


「チューナー・モンスター……!」

 イチマツちゃんが視線を鋭くした。
 女性士官の身体が光となり、そこから3本の輪が飛び出す。
 前を向きながら、叫ぶように言う。

「戦士達の魂が、逆巻く風となって1つとなる! 新たな力を刻み込め!」

 3本の輪に取り囲まれる神官騎士。
 突風が荒れ狂うように、逆巻いて大きくなっていく。
 その姿が怒涛の嵐に飲み込まれ、そして――

 閃光が、走った。

「シンクロ召喚! 吹き荒れろ、トルネード・パラディーン!!

 風の中から現れる、白き姿。
 白を基調とした鎧に、所々に走る赤のライン。
 青い色の目。雄々しく、それでいてどこか美しく洗練された姿。

 竜巻の力を宿す白き騎士が、静かに舞い降りた。


 トルネード・パラディン ATK2400 


「まさか、ここでシンクロ召喚を……!」

 悔しそうにうなるイチマツちゃん。
 ばっと、腕を伸ばしながら、続ける。

「トルネード・パラディンのモンスター効果!
 シンクロ召喚に成功した時、相手モンスターの表示形式を変更できる!」

「なっ……!」


トルネード・パラディン
星5/風属性/戦士族・シンクロ/ATK2400/DEF1800
戦士族チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがシンクロ召喚に成功した時、
フィールド上に存在するモンスターカードを任意の枚数選択する。
選択されたモンスターの表示形式を変更する。


 白き騎士の身体の周りを、風が逆巻いた。
 フィールドに吹き荒れる強い突風。
 風にあおられ、人魂がゆらゆらと立ち昇る。


 じゃんじゃんび DEF1300→ ATK1300 


「くっ……さっきから、弄ぶみたいに……!」

 怒りの表情で睨みつけてくるイチマツちゃん。
 僕はさらにカードを手にとった。 

「カードを1枚伏せて、Sp−ハイスピード・クラッシュを発動!」

 裏側表示のカードが1枚浮かび上がる。
 さらに、手札からスピードスペルを発動した。
 カードが表になって、輝く。

「この効果で、僕の場の伏せカードと地獄竜 アペルピスィアを破壊する!」


Sp−ハイスピード・クラッシュ  通常魔法
自分のスピードカウンターが2つ以上ある場合に発動する事ができる。
フィールド上に存在するカード1枚と、自分フィールド上に存在するカード1枚を破壊する。


 D・ホイールを加速させながら、叫ぶ僕。
 カードから光が放たれ、僕の場の伏せカードとカメレオンに迫った。
 
 イチマツちゃんが、笑う。

「最後の最後に、間違えた……!」

 楽しそうに、イチマツちゃんがほくそえんだ。
 手を天へと向ける。

「アペルピスィアの効果……!
 じゃんじゃんびを生け贄に、このターンはカード効果では破壊されない……!」


地獄竜 アペルピスィア
星8/闇属性/悪魔族・シンクロ/ATK3000/DEF2500
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
自分フィールド上のモンスター1体をリリースすることで、
以下の効果から1つを選択して発動できる。
●相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。
●このターン、このカードはカード効果では破壊されない。
この効果は相手のターンでも発動する事ができる。


 カメレオンが大きく口を開き、人魂を食べる。
 その身体が闇に溶けるように消えて、光を避けた。
 僕の場のカードが、光に貫かれて砕け散る。

 カメレオンを背に、余裕を取り戻したイチマツちゃん。

「これで次のターン、じゃんじゃんびが蘇生すれば……
 ダメージ効果によってあなたのライフは0……!」


じゃんじゃんび
星4/炎属性/炎族/ATK1300/DEF1300
このカードが生け贄にされて墓地へと送られた場合、
次の自分のターンのスタンバイフェイズ時に自分フィールド上に特殊召喚できる。
このカードが自身の効果で特殊召喚された時、相手のLPに800ポイントのダメージを与える。


「やっぱり……勝つのはこの私……!
 結局、お子ちゃまじゃ私の相手には……」

 言いかけたその言葉を、

「それはどうかなー?」

 余裕の微笑みを浮かべながら、遮った。
 フフンと鼻で笑っている僕。
 イチマツちゃんが不審そうに、眉をひそめた。

「なに……?」

 視線を向けるイチマツちゃん。 
 僕の手札に残った、最後の1枚。
 目を閉じながら、得意気に僕は話す。

「この世界には、不思議が満ちている。
 思いもよらない事が、往々にして起きるんだよ?」

「……なにを、訳の分からないことを。
 少なくとも、あなたが勝つなんてことは、絶対にありえない」

 睨みつけてくるイチマツちゃん。
 仕方ない、なら、世界の不思議を教えてあげないとね。
 残っていた最後のカードを、僕は手に取った。

「Sp−パンドラ・イリュージョンを発動!!」

 カードが浮かび上がり、輝いた。
 キラキラとした虹色の光が、まるで雪のように場に降り注ぐ。

「パンドラ・イリュージョンは、スピードカウンターを4つ取り除くことで発動できるカード!
 その効果は、墓地に存在するスピードスペルと同じになる!」

「……えっ!?」


Sp−パンドラ・イリュージョン  通常魔法
自分のスピードカウンターを4つ取り除いて発動する。
自分か相手の墓地に存在する魔法カード1枚を選択する。
このカードの効果は選択した魔法カードと同じ効果となる。


 墓地のカードが表示された。
 そこにあるスピードスペルは2枚。
 先ほど発動したハイスピード・クラッシュと、もう1枚。

 カードをタッチする。

「Sp−パンドラ・イリュージョンの効果で、墓地のSp−ガイア・エナジーを、発動!」

 パンドラ・イリュージョンのカードの絵柄が変化し、
 ガイア・エナジーの絵柄が浮かび上がった。


Sp−ガイア・エナジー  通常魔法
自分のスピードカウンターが12ある場合に発動する事ができる。
自分フィールド上に存在するモンスター1体を選択する。
選択したモンスターはこのターンのエンドフェイズまで以下の効果を得る。
●このカードの攻撃力は3000ポイントアップする。
●このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
●このカードが戦闘によってモンスターを破壊した時、破壊したモンスターの
攻撃力か守備力の高い方の数値分のダメージを相手ライフに与える。


「そ、そんな、嘘!? だって、それは、あなたの手札に……!」

 狼狽した声をあげるイチマツちゃん。
 だがすぐにハッとなって、目をさらに大きく見開いた。

「さっきの、ハイスピードクラッシュのカード……!!」

 思い返すイチマツちゃん。
 その脳裏に、先程の僕の言葉が蘇る。

「カードを1枚伏せて、Sp−ハイスピード・クラッシュを発動!」

 あの時に伏せられ、効果で墓地に送られた1枚。
 イチマツちゃんが全てに気づいたように、叫んだ。

「あの時、あれを使ったのはアペルピスィアを破壊しようとしたんじゃなくて、
 そのトップスピードスペルを墓地に送るためだったのね……!!」

 ご明察。
 ふふんと、僕は得意になって胸をはる。
 拳を握り、震わせているイチマツちゃん。

「ま、まさか、トップスピードスペルを……そんな方法で……!」

 悔しそうに嘆く。
 僕の場の白き疾風の騎士に、大地の強靭な力が宿った。


 トルネード・パラディン ATK2400→ ATK5400 


「これでトルネード・パラディンは貫通効果を得た! 行けっ、トルネード・パラディーン!」

 僕が呼びかけると、騎士の青い目に光が宿った。
 逆巻く風を身に纏い、疾風のように宙を駆ける。
 一直線にカメレオンの方へと突き進み、そして――

 その白の拳を、振りかぶった。

トルネード・インパクトーッ!!

 騎士の右手が一閃し、貫いた。
 衝撃で、その不気味な顔がひしゃげるカメレオンのお化け。

 空中に緑色の紋章が浮かんだ。

 くるりと、カメレオンに背を向ける突風の騎士。
 しかしその注意は途切れることなく、張り詰めた様子のままだ。
 静かに、その場でたたずむ疾風の騎士。

 緑の紋章が輝き、カメレオンの体が爆発して砕け散った。

「きゃあああああぁぁぁぁぁ!!」

 か細い悲鳴が響いた。
 衝撃を受けた、イチマツちゃんが悲鳴をあげている。
 貫通ダメージと、ガイア・エナジーによる効果ダメージ。ライフの数値が動き――


 イチマツ  LP4000→ 0 


 一撃で、相手のライフが0となった。
 ビーッというブザー音が鳴り響く。
 目の前に、ジャッジデータの少女の姿が映し出された。

『デュエルオーバー! ウィナー、チーム・アルバトロス代表、ナイト!』

 勢い良く、左手をあげて宣言するジャッジ。
 どこまでも続いていた高速道路の道が途切れ、
 最初の寂れた停留場近くへと戻ってきた。
 D・ホイールを止めて、ふぅと息を吐く。

「な、ナイトー!」

 涙ながらに、レナードが駆けてきて僕に抱きついた。

「わっ、ちょ、ちょっと……!」

 慌てる僕だったが、
 レナードは気にした様子もなく続ける。

「もう! 最後まで冷や冷やとさせて……
 男なら、もっと圧倒的に決めなさい!」

「あ、アハハ……」

 複雑な気持ちで笑う。
 アバター的には男だけど、中身はこれでも女なんだよね……。
 
「よう、さすがだな」

 ホルンがやってきて、一言だけ声をかけてきた。
 それ以上は何も言わず、ただ腕を組んでたたずんでいるホルン。
 反対側では、がっくりと膝をついて這いつくばっている
 イチマツちゃんを、タキシードの人と白衣の青年が口々に慰めていた。

 ジャッジモニターが映る。

『チームバトルはこれにてオールオーバー!
 勝ったのは――チーム・アルバトロス!』

 長いタメの後、僕達のチームフラッグが表示される。
 小さくガッツポーズするレナードと、無言のホルン。

『おめでとー、チーム・アルバトロス!
 だけど戦いはまだ終わったわけじゃないよ! 勝者も敗者も裏表。
 再び相見えた時、その立場は逆転するかもしれない!
 デュエルの世界に、終わりはないのだー!!』

 大げさな口調のジャッジ。
 どこからか、白いハンカチを取り出す。

『それでは諸君、また次のバトルでお会いしよー!
 See you next battle! Bye!』

 ハンカチをヒラヒラとさせながら、ウィンクする少女。
 ジャッジモニターがブツンと消える。
 
「さて、帰るか」

 だるそうに、ホルンがそう言った。
 レナードも頷く。

「そうですわね、こんな薄気味悪いチームスペース、
 もういたくないですわ……」

 身体を震わせているレナード。
 顔色も悪いし、なにか酷い目にでもあったのかな。
 ホルンが片手をあげた。

「じゃあなカリガリ、またポイント稼ぎにきてやるよ」

「ぐっ。お、覚えとれよー!」

 絵に描いたような捨て台詞を吐くタキシードの男性。
 ホルンがフッと余裕そうに笑って、その言葉を流した。
 メニューを呼び出して、操作するホルン。その姿が消える。

「それじゃあねー」

 手を振って、挨拶する。
 イチマツちゃんがギロリと睨んできていたが、
 僕は気にせずに空中に浮かんだメニューをタッチして操作する。

 僕の姿が消えて、電脳世界の別の場所へとジャンプした……。






























「ふぅ……」

 VRメットを脱いで、息を吐く。
 何とか時間には間に合ったし、デュエルにも勝てた。
 レナードはちょっとご機嫌斜めだったけど、悪くはない結果だった。

「それにしても……」

 呟き、ベッドの横を見る。
 カードスキャナーにセットされた、例の石版。
 ベッドに横になりながら、石版を取って顔の前へ。

「捨てられた王城で見つけた石版をスキャンしたら
 カードのデータが読み込めたなんて……誰にも言えないよねぇ……」

 石版を片手に、ため息。
 そう、僕だけが知っているこの石版の秘密。

 この石版には、カードの情報が書き込まれている。

 それが最新技術によるものか、はたまた古代の叡智によるものか。
 詳しいことは一切不明だが、ともかくこの石版を
 カードスキャナーでスキャンすると、カードのデータが出てくる。

 中身は、戦士族の騎士達。

「太陽宮の、円卓の騎士……」

 王城で見つけたあの絵。
 そして語り継がれる、封印の騎士達の伝説。

「世界は不思議で満ちている……」

 ぼそりと、呟く僕。
 読み込んだ時に現れるあのカードは、その伝説の騎士達なのか。
 それとも……

「まっ、今はまだ分からない、と……」

 考えても仕方ない事だと思い、僕は立ち上がる。
 だけど、今は無理でもいつか必ずこの不思議は解き明かしてみせる。
 それが僕のトレジャーハンターとしての信念であり、僕の夢だ。
 石版を片手に、部屋の窓から外を眺める。

 不思議に満ちたこの世界。満点の星空が、キラキラと輝いていた……。





第二話 要塞と炎とお嬢様

 波の音が静かに響いた。

 目の前に広がる青い海。
 空ではカモメが鳴き声をあげて飛んでいる。
 潮の匂い。風が吹いて、髪の毛が揺れた。

 わたくしの名前は――レナード。

 チーム・アルバトロスのチームリーダーにして、
 可憐で高潔、天下無敵の女デュエリスト。
 ナイトとホルンという下僕を従え、目指すは遥かな高み、Aランク――

 フッと、わたくしは微笑んだ。

 波音が心地よい。
 穏やかな波打ち際の砂浜。
 鮮やかな青い色が揺れる世界に――

 ブーッという、ブザー音が響いた。

『タイムオーバー。勝者、チーム・パイレーツ……』

 気だるそうな声。
 黒いスーツをピシッと着こなした黒髪の少年が、
 いかにも面倒そうな表情でそう宣言する。
 向こうのチームの3人が、笑顔でハイタッチした。

 息を吸って――

「ど・う・い・う・こ・と・で・す・のー!!」

 大きく、わたくしは叫んだ。
 目の前に浮かび上がっているジャッジモニター。
 紳士風の少年ジャッジが、懐中時計を見ながらため息をつく。

『デュエルの開始時間は過ぎた。チーム・アルバトロスのメンバーが
 お前しかいない以上、バトルは不戦敗だ』

「なっ! お前ですって、失礼な!」

 怒るわたくし。
 わたくしの横、空いた空間にモニターが浮かぶ。
 白い球体――セバスチャンの姿が映った。

『お言葉ですが、レナード様。
 今はそこに突っかかっている場合ではないかと……』

「わ、分かっておりますわよ!」

 セバスチャンにたしなめられ、
 わたくしはコホンと咳払いした。
 ぴっと、少年ジャッジを画面越しに指差す。

「そもそも! 前の時は遅刻してもデュエル自体は
 ジャッジの判断で行われましたわよ!
 どうして今回は遅刻者を待つ事さえなく負けなんですの!!」

『大声でわめくな……』

 耳を押さえながら、面倒そうに言う黒髪少年。
 いかにもダルそうな様子で、わたくしに目を向ける。

『答えてやる。まず1つ、前回とジャッジによる判断が違うという点だが――
 ジャッジデータはそれぞれ独立した思考と個性でプログラムされている。
 お前の言っているような雑な判断をするのは、どうせウインディのアホだろ』

 前回の緑髪の少女の名前を出す少年。
 冷め切った表情を浮かべ、その青い瞳を揺らす。

『あいにくだが……この俺、ジャッジデータ・デモニックは
 そんな判断は下さない。ジャッジは、常に冷静で中立であるべきだからな』

 偉そうな口調の少年。
 わたくしの方を見ながら、さらに言い聞かせるように続ける。

『そしてもう1つ、チームライディングデュエルルールならば、
 そういった特別措置もギリギリありかもしれないが――
 今回は、バトルロイヤルレースルールによるバトルの申請だ』

 モニターを操作する少年。
 画面に今回のバトル概要が表示された。
 チーム名、対戦者リスト。そしてルールの欄――

 バトルロイヤルレースの文字が、浮かんでいる。

『このルールは各チーム3人が同時に参加するゲームルールだ。
 細かいルールの確認はそっちで勝手にやってもらいたいが、
 要は、3人いないとそもそも参加すらできん。ゆえに』

 指を伸ばす黒髪少年。
 じゃらりと、その首から下げている懐中時計が揺れる。

『人数が足りてない以上、お前らの不戦敗だ』

 冷たく、ジャッジの少年が言い切った。
 怒りに震えるわたくしに向かって、セバスチャンが進言する。

『向こうの発言に隙はありません。
 ナイト様とホルン様がログインしていない以上、
 あちらのジャッジデータによる判断は極めて妥当かと』

「ぐっ、ぬぬぬ……!」

 言葉も出ず、わたくしは拳を握りしめた。
 顔が赤くなり、ぶるぶると全身が震える。
 視線を伏せ気味に、ジャッジデータが懐中時計の時刻を確かめた。

『次からは遅刻しないようチームメンバーに言っておくんだな。
 それじゃチームポイントの精算も終わったし、俺はそろそろ帰らせて――』

「お待ちなさいッ!」

 大きく、わたくしは呼び止めた。
 時計から顔をあげるジャッジ。
 露骨に嫌そうな表情で、口を開く。

『いったいなんだ? これ以上文句をつける気なら――』

「勘違いなさらないで! 今この場で、
 シングルルールによるライディングデュエルを申請します!」

 わたくしの発言に、向こうの3人が驚いた。
 目をぐるりと回す少年紳士のジャッジ。
 呆然とする相手チームに向かって、わたくしは言う。

「このまま帰ってはチームポイントは稼げても、
 個人ポイントは増えないでしょう?
 ならばここで会えたのもせっかくのご縁、わたくしと勝負しませんこと?」

 フフンと不敵な笑みを浮かべるわたくし。
 チーム戦が不戦敗では、個人ポイントには影響がない。
 わたくしとしても、このまま帰るのは癪ですの。

「へぇ、面白いじゃない」

 向こうのチームの1人、デコを出した髪型で、
 肩にオウムを乗っけた海賊娘が口を開いた。
 
「確かに、このままだと個人ポイントは稼げないもんね。
 チームポイントと個人ポイントは別だし。よし、その話し、乗るよ!」

「おいおい、アン……」

 呆れたように言う他の海賊メンバー。
 だけどもう遅い。言質はとりましたの!

「聞きました、ジャッジ? さぁ、デュエルの準備を!」

 モニター画面に呼びかけるわたくし。
 ものすごく面倒そうに、ジャッジが手をあげた。

『デュエルを承認した……。コースデータ、ローディング……』

 やる気なさそうに宣言するジャッジ。
 ざばぁんと音を立てて、神話のように海が割れた。
 そしてそこから浮かび上がる、透き通ったコースレーン。
 
 海の上を駆ける、透明なコースが目の前に出現した。

 砂浜に浮かび上がるD・ホイールイメージ。
 さんさんと降り注ぐ太陽の光を受けながら、わたくしは微笑む。

「デュエルを受けた事、後悔させてあげますわ!」

 D・ホイールに乗り込みながら、大きく言うわたくし。
 海賊娘も、つられるように微笑んだ。

「へへ、凄い自信だね。ならあたしも全力で行くよ!」

 互いにD・ホイール前方のモニターをタッチして操作する。
 デッキホルダーにデッキが浮かび上がり、準備が整った。
 エンジンをふかす。カモメの鳴き声によるカウントダウンが始まった。

 最後のカモメの鳴き声が響いて――

『ライディングデュエル、アクセラレーション……』

 ジャッジの言葉と同時に、わたくし達がアクセルを踏み込んだ。
 風のように飛び出す2台のD・ホイール。
 大海原の上を、まるで滑るように駆け抜けていく。

「さぁ、いざ!」

 わたくしと相手の視線がぶつかった。
 無言で頷く海賊娘。互いに手札を引いて、セットする。
 潮風を全身で受けながら――
 
 
「――デュエルッ!!」


 わたくし達の声が、海にこだました。
 スピードに乗り、まるで風になったかのような爽快感が駆け巡る。
 ゆっくりと、わたくしは手を伸ばした。

「わたくしの実力、思い知らせてあげますわ! わたくしのターン!」

 カードを引いて手札へ。
 6枚の手札を見据え、何をすべきかを考えた。

 紺碧の海に広がる、波の音。

 海は穏やかで優しげに、そこに存在していた。
 透き通るような青い色。すべての生命の源であり、
 何者をも優しく受け入れる原初の母。波が揺れるように動き――

 爆破音が、響いた。

「ほにゃあああああああああああ!!」


 レナード  LP1300→ 0 


 ブーッという低いブザーのような音。
 目の前にジャッジモニターが現れ、右手を上げる。

『デュエルオーバー……ウィナー、チーム・パイレーツ所属、アン……』

 ぶっきらぼうに宣言するジャッジ。
 大海原のコースが途切れ、最初の砂浜へと戻ってくる。
 海賊娘が「やったー!」と明るく、チームメイトと共に勝利を喜んだ。

「ううう……!」

 D・ホイールから降りて、声をもらすわたくし。
 敗北の屈辱に打ち震え、涙が流れた。

『レナード様、おいたわしい……』

 同情したような口調のセバスチャン。
 それに気づいた海賊娘が、はたと笑うのをやめる。
 涙目のわたくしに近づいてきて――

「……なんか、ごめんね?」

 なぐさめるように、優しく、海賊娘がそう言ってきた。
 まるで子供を見るような、憐れみを持った視線。
 敗北感と敵から向けられた同情で、さらに心が重くなる。

「……そっとしておこうか」

 海賊娘が、チームメイトに向かってそう話すのが聞こえた。
 頷く他の海賊メンバー。その姿が消えていく。
 海賊娘が手を振りながら、どこか別の場所へとジャンプした。

 チームスペースに残された、わたくし。

 穏やかな波打ち際の砂浜。
 空を飛ぶカモメの声が、辺りには響いている。

「……悔しい」

 ぽつりと、わたくしは呟いた。
 フツフツとした怒りが湧いてくる。
 大海原の上に浮かぶ青い空に――

「くーやーしーいーでーすーわー!!」

 大きな声が、響き渡った。






























「どういうことですの!!」

 バンと、レナードがテーブルを叩いた。
 チーム・アルバトロスのチームスペース。
 赤い絨毯に白のテーブルとソファー。高い天井から下がるシャンデリア。
 キャッスルテーマルーム。優雅な雰囲気のチームルーム内に――

「ホルン! ナイト!」

 レナードの怒りの声が、響いた。
 ギロリと僕達を睨みつけるレナード。
 その迫力に、僕は思わずたじろぐ。

 ゆっくりとした口調で、レナードが尋ねた。

「昨夜は、どうしましたの……?」

 静かな怒りに燃えているレナード。
 僕は青ざめて、アハハと苦笑いを浮かべる。

「お、落ち着こうよ。深く息を吸って、冷静になって――」

 なだめようとするが、

「これが落ち着いていられますか!」

 ピシャーンと雷が落ちて、轟いた。
 バンバンとテーブルを叩くレナード。

「チームポイントは減り、おまけに個人ポイントまで減ったのです!
 これでまた一歩、Aランクへの昇進が遠のいたのですわよ!
 そこら辺を分かっていますの! この! 遅刻魔ナイトー!!」

「あわわ……!」

 今までにないほどの怒りっぷりに、戸惑う僕。
 どうしようかとオロオロしていると――

「チームポイントはともかく、個人ポイントが減ったのは自分のせいだろ」

 冷めた口ぶりで、ホルンが言い放った。
 ソファーに座り、音楽雑誌のデータを読んでいるホルン。
 レナードが燃える眼差しをそちらに向ける。

「なんですって……?」

「事実だろ。遅刻して不戦敗になった事自体は謝るが、
 個人ポイント云々はお門違いだ。やつあたりされても困る」

 さらりと言い切るホルン。
 よくもまぁ、あそこまで容赦なく言えるものだと逆に感心してしまう。
 レナードがぴくぴくと震えながら、口を開く。

「ホルン、ずいぶんと尊大な物言いですわね。
 誰のせいで昨日のチームバトルが負けになったのか、 
 ちゃんと分かっているのかしら……?」

 張り付いたような笑みを浮かべるレナード。
 ホルンが呆れたように目を閉じた。

「だから、それに関しては謝るって言ってるだろう。
 昨日はちょっと仕事がたてこんでて、時間に間に合わなかったんだ」

 手をひらひらとさせるホルン。
 僕も笑顔を浮かべて、自分を指差す。

「僕は、その、本を読んでたら寝ちゃって――」

 言いかけたが、レナードに睨まれて僕は黙った。
 ホルンがフッと微笑む。

「ま、別にチームポイントくらい良いだろ。
 Aランク昇進になんか興味ないからな」

「あなたはなくとも、わたくしはあるのです!」

 テーブルを叩くレナード。
 モニターが浮かび、セバスチャンが映った。

『レナード様、あまりテーブルをそうお叩きになりますと、
 データといえど再現プログラムにエラーが発生してしまう事が――』

「うるさいですわ! セバスチャン!」

 腕を振るって、モニターをかき消すレナード。
 セバスチャンの映ったモニターが、僕の横へと移動する。

『聞く耳持たずですね。困りました』

 ほとほと困った様子のセバスチャン。
 プログラムといえど、僕はセバスチャンに同情した。
 レナードが両手を広げて、僕らに呼びかける。

「わたくし達はチームを結成した当時、ビッグになろうと誓ったではありませんか!
 そして必死に努力してCランクからBランクへと昇進した! そうでしょう!?」

 ホルンが片手をあげた。

「後半部分はともかく、前半の下りは覚えがないぞ」

 ホルンの言葉に、僕も頷く。
 だがレナードは僕達2人の言葉を無視した。
 完全に、自分の世界に入っているレナード。

「Bランクに上がり、対戦チームの実力も上がりました。
 確かに勝つこと自体が難しくなった事は否めませんし、敗北する事は恥ではありません。
 ですが! わたくしが言いたのはあなた達のその態度なのです!」

 ビシッと僕らを指さすレナード。
 その青い瞳を向けながら、続ける。

「だいたい服装からしてたるんでいます!
 衣服の乱れは心の乱れ! なんですかそのアバターは!」

 僕の方を見るレナード。

「ボロ布みたいなダボダボでヨレヨレの服に――」

 ホルンへと視線を移す。

「ホスト崩れみたいなファッション! もっとしゃきんとなさい!」

 ぴしゃりと言うレナード。
 まるで学園の風紀担当の先生みたいな口ぶりだ。
 目を丸くしながら、僕は慌てて言う。

「ぼ、ボロ布って、これはエスニックファッションだよ!
 れっきとしたオシャレ! ホルンも黙ってないで何とか言いなって!」

「俺は別に良いや。実際、そう見えるし」

 妙な所で寛容なホルン。
 反論する気が急速に失われていく。
 はぁと、レナードが深く深くため息をついた。

「まったく、これではAランクへの昇進なんて夢のまた夢ですわ……」

 怒りを発散させきったのか、ブルーになるレナード。
 そのままめそめそと、涙を流し始める。
 ホルンは呆れたような視線を向けて、その様子を眺めている。

 いずれにせよ、レナードの怒りは大げさだけど正当な物だ。

 遅刻に関しては素直に謝らないと……。
 僕はそう考えて、一歩前に出る。

「ごめんね、レナード――」

 そう言いかけた僕の言葉を遮るように――

「とはいえ、チーム敗北の大半の原因はお前だろ、レナード」

 冷たい言葉が、チームスペースに響き渡った。
 空気が一瞬にして凍りつく。レナードが顔をあげた。

「なんですって……?」

「お前なぁ、自分の勝率見たことないのか?」

 呆れたような表情のホルン。
 立ち上がり、レナードがふんと胸を張った。

「ないですわ!」

 自信満々に言い切るレナード。
 開き直りもここまでくるといっそ清々しかった。
 渋い表情になるホルン。ため息をつくと、パチンと指を鳴らした。

「セバスチャン」

 呼びかけるホルン。
 セバスチャンが会話の流れを察したのか、答えた。

『少々お待ちを』

 ピコピコと機械的な音が流れる。
 レナードと僕、ホルンの視線がモニターに集まる。
 そしてモニターに、文字と数字が浮かび上がった。
 
 そこに表示されていたのは――



   − Battle Score −

  Team Name:Albatross
  Team Rank:B
  Winning Percentage: 52.4%
  Personal Score:Renard  WP 24.6% 
            Knight  WP 72.5% 
            Horn   WP 68.8% 



「ワァオ……」

 表示された数字を見て、僕は呟いた。
 レナードがモニターを見て呆然としている。

「なっ、なっ、なっ……!」

 青い顔で画面を見つめているレナード。
 気まずい空気。沈黙を切り裂くように――

「これで分かっただろ、勝率24%ちゃん」

 ホルンがレナードにとどめを刺した。
 ガーンと、絵に描いたようにショックを受けるレナード。
 へなへなと、その場に力なく座り込む。

「れ、レナード!」

 真っ白に燃え尽きているレナードを、僕は揺さぶった。
 だがレナードに反応はなく、うつろに虚空を見ているだけだった。

「現実に耐え切れず死んだか……」

 南無南無と、ホルンが両手を合わせた。
 小声で「成仏しろよ、骨は拾ってやる」と呟いている。

「ホルーン!」

 さすがの仕打ちに、僕は大きくたしなめるように言った。
 お腹を抱えて笑いながら、ホルンが手を振る。

「いやー、悪い悪い。ちょっとやりすぎたか」

 レナードに視線を向けるホルン。
 クククと耐え切れずに含み笑いしながら、言う。

「ま、そう気にすんなよ。別にデュエルが弱くても困りは――」
  
 言いかけた時――

「……めてやる」

 ぼそりと、レナードの口から言葉が漏れた。
 言いかけた言葉を飲み込み、レナードの方を見るホルン。
 白く燃え尽きていたレナードが、ゆらりと立ち上がり――

「――こんなチーム!! やめてやりますわー!!」

 大きく、叫んだ。
 そのまま「うわあああぁぁぁん!!」と大声で泣きわめくレナード。
 言葉をかける暇もなく、レナードの姿がその場から消える。

『レナード様がログアウトしました』

 報告するセバスチャン。
 一連の流れについていけず、呆然としている僕とホルン。
 顔を見合わせる。ホルンが口を開いた。

「やめるって……あいつがチームリーダーだろ」

 目を丸くしながら、ホルンがそう呟いた……。






























 ベッドに倒れこむ。

 フカフカの感触。
 ぐすんと鼻をかみ、枕を涙で濡らした。

「うぅ……」

 うめき声のような声が漏れる。
 
「どうして……わたくしがこんな目に!」

 泣きながら、ベッドを叩いた。
 ジタバタと手足を動かしながら、呟く。
 悲しみの果てに、怒りが湧いてきた。

「わたくしはこんなにもチームのためを思っているのに!
 それにも関わらず、あの2人は……!」

 2人の顔が脳裏に浮かぶ。
 ボロキレファッションの天然お馬鹿に、
 ホスト崩れのイヤミな皮肉屋男。

『エスニックファッションだって!』

 わたくしの脳内でナイトの姿が反論する。
 だがわたくしはその言葉を完璧に脳から放り出した。

 びきびきと、怒りが増す。

「あいつら……!」

 絶対に、許さない。
 許してなるものですか!
 絶対絶対に、ぎゃふんと言わせてやりますわ!

 となると、方法は――

 ベッドの上で腕を組むわたくし。
 暴力に訴えるようなやり方はスマートではないですわ。
 それに嫌がらせのような、矮小な心の持ち主がするような事はしたくありません。

 残った方法は――

「……よし!」

 決意を固めるわたくし。
 VRメットを再び被ると、再びベッドに横になる。
 側面の起動ボタンを、ポチリと押す。
 
 意識が深く、眠るように途切れていくのを感じて――。

「ナイト! 勝負ですわ!」

 再び、電脳世界にわたくしは降り立った。
 チーム・アルバトロスのチームスペース。
 ナイトが驚く。

「レナード! 戻ってきたの!? ていうか勝負?」

「お前、いきなり何言い出してるんだ?」

 状況が分からない様子のホルン。
 怒りを寛容な精神で押し殺して、わたくしは話す。

「確かに、わたくしの勝率はあなた達と比べると、少々低いかもしれません」

「少々?」

 つっかかってくるホルン。
 わたくしはそれを華麗に無視した。

「ですが、それはわたくしがチームリーダーとして強敵と戦っているからですわ!
 つまり相手が強いのであって、わたくしがあなた方より劣っている訳ではない!」

 強く言い切るわたくし。
 渋い表情になるホルンと、ハッとして手を叩くナイト。
 
「た、確かに……言われてみれば、そうかも!」

 ふん、少しは理解できるようですわね。
 ホルンが額を押さえて呟く。

「……そうか?」

 ホルンは無視。
 ビシッと、わたくしはナイトを指差した。

「ですから、直接対決で蹴りをつけようではありませんか!
 チームでもっとも勝率の高いナイト、あなたと!」

「直接対決……」

「そう! 1対1のシングルライディングデュエルで!
 もしあなたが勝ったら、昨夜の遅刻の件は忘れるとしましょう」

 目を閉じながら、わたくしはそう言った。
 ナイトが不思議そうに、尋ねる。

「じゃあ……僕が負けたら?」

「そうですわね……」

 口元に手を当てて考えるわたくし。
 少し考えてから、ぱちんと指を鳴らした。

「では、わたくしの言う事を1つ、なんでも聞くというのはどうでしょうか?」

 微笑むわたくし。
 これこそ交渉の基本。最初にキツめの提案をする事で、
 次の提案を飲み込みやすくさせる戦術。わたくしの真の狙いは次の――

「うん、別にいいよー」
 
 あっさりと、ナイトが了承した。 
 思わず「へ?」と呆けた声を出してしまう。
 ホルンが呆れたように両手をすくめた。

「おいおい、いいのかよ?」

「うん、だって僕はレナード信じてるし」

 にっこりと笑いかけてくるナイト。
 ふ、ふん。そのくらいの事で、
 わたくしの怒りが収まると思ったら大間違いですわ。

 つんと顔をそむけると、わたくしは言う。

「勝負は10分後にしましょう。セバス、準備をしておきなさい」

『かしこまりました』

 セバスチャンがモニター越しに答える。
 チームスペースのソファーに腰かけ、わたくしはメニューを開いた。
 目の前にデッキ編集画面が浮かび上がる。

「おい、ナイト」

 部屋の隅、ホルンがナイトに話しかけるのが聞こえた。
 なにやら小声でこそこそと、何かを耳打ちしているように見える。
 大方、わたくしの実力に恐れをなして対策を考えているのでしょう。
 
 ですが――

 自分のデッキを見つめるわたくし。
 このデッキは最強にして天下無敵の完璧なる代物。
 ナイトのよく分からないデッキに、遅れを取るはずがない!

 結局、デッキの中身を変えることなく立ち上がる。

「こちらは準備できましたわよ?」

「あっ、こっちも良いよー」

 ホルンと小声で話していたナイトが振り返る。
 がちゃりと音を立てて、部屋の扉が開いた。
 
 目の前に、美しく整った庭園の光景が広がる。

 キャッスルテーマのコーススペース。
 グリーンパークロードに、わたくしとナイトが歩き降りた。
 目の前に、D・ホイールイメージが現れる。

 ジャッジモニターが浮かび上がった。

『はいはーい! ジャッジデータ・ウインディ、参上ー!』

 ビシッとポーズを決める少女ジャッジ。
 モニター内から歓声と拍手が流れる。この音声、自前なのかしら?
 疑問に思っているわたくし。ジャッジが続ける。

『チーム・アルバトロス所属のレナードさんと、
 チーム・アルバトロス所属のナイトさんによるライディングデュエル――
 ってええー!? チームメイト同士なのにオフィシャルバトルするの!?』

 驚くジャッジ。
 ここでいうオフィシャルバトルというのは、
 勝敗によって個人ポイントのやり取りをするという意味。
 練習(プラクティス)の時はポイントのやり取りはしないのが普通ですが――

「ええ、その通りですわ!」

 わたくしは頷いた。
 チームリーダーとしての威厳と実力を示すためにも、
 プラクティスでは意味がありませんもの!
 後ろの方、ルームスペース内のホルンが小声で尋ねた。

「おい、セバスチャン。お前か、公式戦に設定したのは?」

『はい。レナード様ならば真剣勝負をお望みになるかと思いまして』

 さすがはセバスチャン。
 わたくしの意志をそこまで汲み取ってくださるとは。
 プログラムとはいえ、わたくしは素直に感心した。

『うんうん、なるほどね。確かに親友同士でもぶつかり合う時はあるよね。
 でもそれこそが青春! 拳でぶつかり合ってこそ、分かり合えることもある!』

 勝手に熱くなっているジャッジ。
 ノリノリな様子で、拳を振り上げた。

『よーし、分かったよー! このウインディ、その勝負しかと見届けよー!』

 テンション高く、ジャッジが高らかに宣言した。
 なんにせよ、これで準備は完全に完了ですわ。

「さぁ、ナイト!」

 声をかけると、ナイトがこくんと頷いた。
 ひらりとD・ホイールに乗り込むわたくし。
 前面部分の画面をタッチする。文字が表示された。



 Riding Duel Mode −Set Up
 Course Data Loading −Completed
 Duel Course Number 20 −Green Park Road 


 Renard V.S Knight


 Battle Type −Single Riding Duel
 Duel System −All Green

 ――Are you ready?



 デッキが浮かび上がる。
 ハンドルを握りしめ、前を向いた。
 横のナイトが、微笑む。

「なんだか、最初に会った時を思い出すね」

 呑気な口調のナイト。 
 わたくしはフンと鼻をならした。
 こうなった以上、今この瞬間のナイトはチームメイトではなく対戦相手。
 なれなれしく会話するような関係ではないのです!

『要は、すねてるだけだろ……』

 わたくしの心を見透かしたように、
 ホルンが言ったのがマイクを通じて伝わってきた。
 マイクを切り、わたくしは前を向いて集中する。

 荘厳な鐘の音が鳴り響く。

 レース開始のカウントダウン
 ぱたぱたと白い鳥が音に驚いたように飛び上がった。
 鐘の音が規則的に鳴り響き、そして――

 一際大きく、鐘が音を出した。

『ライディングデュエル、アクセラレーショーン!!』

 ジャッジが叫ぶのと同時に、わたくし達のD・ホイールが飛び出した。
 綺麗に整えられた庭園のコースを駆けるわたくし達。
 わたくしとナイトの視線が空中でぶつかった。そして――


「――デュエルッ!!」


 ほぼ同時、互いに叫ぶように宣言した。


  ナイト   LP4000 

 レナード  LP4000 


 突風にあてられて、わたくしの髪が揺れる。
 D・ホイールの画面、青いランプが浮かび上がった。

「さぁ、いきますわよ! わたくしのターン!」

 カードを引いて、チラリと見る。
 そのまま迷うことなく、カードをディスクへと出した。

「わたくしはグラディウス・ドラゴンを攻撃表示で召喚!」

 D・ホイールの横の空間。
 光が現れ、そこから刺々しい鱗を持った、灰色の肌のドラゴンが飛び出した。


 グラディウス・ドラゴン ATK1900 


「攻撃力1900かぁ……」

 表示された数値を見て、呟くナイト。
 早々に戦意喪失かしら? まぁ、ナイトの使っている
 戦士族は攻撃力があまり高くないので仕方ないかもしれませんが。

「さらに1枚伏せ、ターンエンドです!」

 カードを伏せる。
 最初のターンですし、無理する必要はありませんわ。
 まずは小手調べ。本気を出すのはその後……

 ナイトが手を伸ばす。

「僕のターン!」

 勢い良く、カードを引くナイト。 
 スピードワールドの力で、スピードカウンターが乗った。


 ナイト SPC:0→1  レナード SPC:0→1 


 D・ホイールの速度が上がる。
 風の中、ナイトが迷わずカードを選んだ。

「僕はリバーブソード・ナイトを守備表示で召喚!」

 カードを置くナイト。
 大きな剣を携えた鎧の騎士が現れ、その場にしゃがんだ。


リバーブソード・ナイト
星4/地属性/戦士族/ATK1800/DEF1200
このカードが戦闘で破壊され墓地へ送られた時に発動できる。
デッキからレベル4以下の戦士族モンスター1体を手札に加える。


「守備力たったの1200ですか?」
 
 尋ねるわたくし。
 ナイトが冷静な様子のまま、さらにカードを手に取った。

「そして2枚カードを伏せて、ターンエンド!」

 裏側表示のカードが浮かび上がり、消えた。
 伏せカード。あの騎士の貧弱な守備力を強化する
 サポートカードかしら? それとも……

 まぁ、考えていても仕方ないですわね。

「わたくしのターン!」

 カードを引くわたくし。
 さらにスピードカウンターが増える。


 レナード SPC:1→2  ナイト SPC:1→2 


 手札を見る。
 迷う状況でもないので、カードをすぐに選んだ。

「わたくしはハルバード・ドラゴンを攻撃表示で召喚!」

 光が現れ、そこから背中に大きく湾曲した刃を持つ緑色のドラゴンが現れた。
 黄色の瞳を向け、甲高くドラゴンが吠える。


 ハルバード・ドラゴン ATK1900 


「攻撃力1900。相変わらず高パワーだね、レナード」

 楽しそうに笑っているナイト。
 ふんと、わたくしはそっけなく言う。

「お世辞などいりませんわ! さぁ、バトルです!」

 ばっと、腕を前に。

「ハルバード・ドラゴン、相手モンスターを粉砕なさい!」

 緑の竜が叫び、身体を丸めた。
 ギラリと背中の刃が輝く。その身が高速回転しはじめた。
 さぁ、このまま一気に――

「罠発動! 天地返し!」

「え?」

 ナイトの場のカードが表になった。
 
 
天地返し  通常罠
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターを全て守備表示にする。
このターン、相手はモンスターの表示形式を変更できない。
墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターを全て守備表示にする。
この効果は自分のターンにのみ発動する事ができる。


 ぐわんと、世界がひっくり返ったかのような感覚が走る。
 わたくしの場の竜達が、その場に跪いた。


 グラディウス・ドラゴン ATK1900→ DEF1500 

 ハルバード・ドラゴン ATK1900→ DEF1500 


「な、なんてこと……!」

 守備表示になってしまっては、もはや攻撃できない。
 並走しているナイトを、ギロリと睨みつける。

「相変わらず、よく分からない戦術ですわね、ナイト!」

「よく分からないって……一応、柔よく剛を制すってテーマなんだけど」

 頬をかき、苦笑しているナイト。
 いずれにせよ、このターンにわたくしができる事はない。
 クッと苦々しく、わたくしは宣言する。

「ターンエンドです!」

 自分のターンを終える。
 びゅんと、白い弾丸のようにコースを駆けるわたくし達。
 花壇の合間をすり抜けるように、走り抜けていく。

「僕のターン!」

 ナイトがカードを引いた。


 ナイト SPC:2→3  レナード SPC:2→3 


 手札を見るナイト。
 少し思案した様子を見せると、すぐに1枚を手に。

「僕はブレイブオーダー・ナイトを攻撃表示で召喚!」

 場に銀色の鎧を身にまとった殿方が姿を見せた。
 淡い栗色の髪に、整った顔立ち。白いマントをたなびかせている。

「ブレイブオーダーがいる限り、僕の場の戦士族の攻撃力は400ポイントアップする!」


ブレイブオーダー・ナイト
星4/地属性/戦士族/ATK1400/DEF1200
このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、
ダメージ計算前にそのモンスターを持ち主のデッキに戻す。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
自分フィールド上に表側表示で存在する
戦士族モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。


 勇ましく号令を駆ける戦士。
 その覇気に押されるように、戦士たちの士気が上がる。


 ブレイブオーダー・ナイト ATK1400→ ATK1800 

 リバーブソード・ナイト ATK1800→ ATK2200 


「さらにリバーブソード・ナイトを攻撃表示に!」

 表示形式を変更するナイト。
 腰に挿していた剣を、戦士が構えた。


 リバーブソード・ナイト DEF1200→ ATK2200 


 これで相手の場には攻撃表示が2体。
 わたくしの場のドラゴンの守備力を共に上回っている。

「行け! ブレイブオーダー・ナイト! リバーブソード・ナイト!」

 ナイトの声に頷く騎士達。
 まるで絵本の物語のように、竜に向かって飛びかかった。
 2人の戦士が剣を振りかぶり、そして――

 2頭の竜を、切り裂いた。

 砕け散る竜達。
 ダメージこそないが、これでわたくしの場からモンスターが消えた。
 静かに、わたくしを見つめるナイト。

「ターンエンド」

 はっきりとした声で、そう言う。
 前を向くわたくし。やはり、普段は少々ぼんやりしているとはいえ、
 ナイトの実力自体は本物だとわたくしは再確認した。

 しかし――

「まだ! デュエルはここからですわ!」

 アクセルを踏み込みながら、わたくしは高らかに言った。
 そう、本番はここから。わたくしの華麗なる竜達の力、思い知らせてあげます!

「わたくしのターン!」

 カードを引く。


 レナード SPC:3→4  ナイト SPC:3→4 


 前を向きながら、わたくしは1枚を手に取った。

「わたくしはフランベルジェ・ドラゴンを攻撃表示で召喚!」

 カードを場に。
 燃えるように逆立つ鱗を持つ、赤い竜が場に現れた。


 フランベルジェ・ドラゴン ATK1900 


「そして――」

 言葉を切るわたくし。
 ニッと、余裕ある微笑みを浮かべる。

「――墓地のハルバード・ドラゴンの、ユニオン効果を発動!」

 高らかに、わたくしはそう宣言した。
 僅かに緊張した面持ちになるナイト。

 わたくしの目の前、空中にカードが浮かび上がった。

 カードを掴み、わたくしは話す。

「墓地のこのカードを、ユニオン装備魔法として
 場のフランベルジェ・ドラゴンに装備!」

 モンスターカードを、魔法・罠ゾーンへ。
 エラーが出ることもなく、それは認識される。

「そして、ユニオンとなったハルバード・ドラゴンの効果で、
 装備モンスターの攻撃力を1000ポイント上昇させます!」


ハルバード・ドラゴン
星4/地属性/ドラゴン族・ユニオン/ATK1900/DEF1500
1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に装備カード扱いとして
墓地に存在するこのカードを自分フィールド上のドラゴン族モンスターに装備する事ができる。
この効果で装備されたこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。
装備モンスターの攻撃力・守備力は1000ポイントアップする。
(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで。
装備モンスターが破壊される場合、代わりにこのカードを破壊する。)


 場の赤い竜が、大きく叫んだ。
 その身体に緑色のオーラが宿り、力が増す。


 フランベルジェ・ドラゴン ATK1900→ ATK2900 


 アルバトロスのチームスペース。
 キャッスルテーマのルームスペース内に、
 白い球体の映ったモニターが浮かんだ。

『ユニオンモンスター』

 電子音声が響く。

『本来ならば手札や場から、ユニオンと呼ばれる
 装備魔法の状態となって特定のモンスターに装備されるカード群です。
 しかしレナード様の使うドラゴンは、通称《墓地ユニオン》と呼ばれる、
 墓地から発動してユニオンとなるモンスター……』

「それくらい知ってるさ、セバスチャン」

 ひらひらと手を振るホルン。
 モニターに映るデュエルの様子を見ながら、言う。

「本来のユニオンと比べると解除能力がなく、
 一度装備になると除外されるというデメリットはある。
 だが墓地から発動というカード消費上の強みは大きい。
 それに、あいつのドラゴンは元々のスペックが高いからな」

『はい。それをさらに補完するという意味でも、
 あのユニオン戦術は実に効率的で力強い戦術だと言えます』

 付け加えるセバスチャン。
 ホルンがはぁと、息を吐いた。

「デッキというか、持ってるカード自体はそこそこ強いんだけどな、あいつ……」

 モニターに映っているレナードを見つめるホルン。
 金色のロールした髪が、風で揺れている様子が映っている。

 D・ホイールを駆りながら――

「さぁ、バトルですわ!」

 大きく、わたくしは言った。
 指を伸ばして、銀色の鎧騎士を指差す。

「フランベルジェ・ドラゴン! あの騎士を攻撃なさい!」

 大きく口を開ける赤い竜。
 相手が複数の場合、まず指揮官を狙うのが定石。
 グループの頭がいなくなれば、その部隊は崩壊必至ですわ!

 ドラゴンが、燃え盛る火の息を吐く。

 迫る炎を前に、騎士が顔を強ばらせた。
 ふふんとわたくしは微笑む。そして――

「罠発動! 燕(つばめ)落とし!」

 その言葉に、目を見開いた。

「なっ……!」

 声が出る。
 ナイトの場の伏せカードが、表になった。


燕落とし  通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
攻撃モンスターを守備表示に変更し、その守備力を0にする。
このターン、相手はモンスターの表示形式を変更できない。


「なんですってぇー!」

 叫ぶわたくし。
 竜の吐いた火の息がくんと曲がり、旋回してこちらへと返って来た。
 自らの炎に焼かれるドラゴン。熱そうに、その場に伏せる。


 フランベルジェ・ドラゴン ATK2900→ DEF2500 


「さらに、燕落としの効果で守備力が0に!」

 畳み掛けるように言うナイト。
 竜の身体を覆っていた鱗が剥がれて、ボロボロと落ちた。


 フランベルジェ・ドラゴン DEF2500→ DEF0 


 怒りをにじませながら、
 わたくしはナイトの方へ顔を向けた。

「またも守備表示にするとは、なんと姑息な!」

「いやだから、これは柔よく剛を制すっていう、
 相手の攻撃を受け流して隙を作る戦術で――」

 ごちゃごちゃと何か言っているナイト。
 わたくしはフンと鼻を鳴らして、ビシッと指を伸ばした。

「言い訳ばかりして! 男ならば、もっと正面から立ち向かいなさい!
 そんな事だから、あなたという人は男らしくないのです!」

「そ、そんな事言われてもー!」

 情けない声をあげるナイト。
 本当に男らしくない。まるで女の子みたいですわ。
 呆れてため息をつくわたくしの前に――

『お前なぁ……ここがVRDSだって、分かって言ってるのか?』

 ルームスペースの映像が映った。
 冷めた視線を向けているホルン。わたくしは首をかしげる。

「なんのことですの?」

『だから、ここは現実じゃなくて電脳空間の仮想世界だってことだよ。
 ナイトもアバターは男だが、中身が男とは限らない訳で……』

 言いにくそうな口調のホルン。
 わたくしは「はぁ?」と強く言ってから、フンと鼻を鳴らした。

「なにをふざけた事を! 男が女アバターで女が男アバターですって!?
 現実と違う性別でアバターを登録する人間なぞ、いる訳ないですわ!」

『…………』

 わたくしの正論に黙りこむホルン。
 ため息をつくと、わたくしはモニター映像を切った。
 なんにせよ、これでまたもわたくしの攻撃は不発に終わってしまった。

「えーっと、ターンエンド?」

 恐る恐るといった様子のナイト。
 わたくしは怒鳴るように言う。

「うるさいですわね! そうですわよ!」

 前を向いて、コースに集中する。
 ナイトが「ひーん!」と涙目でホルンに泣きつく。

「ホルーン! やっぱり僕と代わってよー!」

『断る』

 マイクを通して冷たい言葉を伝えるホルン。
 ナイトがぐすんと鼻を鳴らしながら、呟く。

「うぅ、孤独だぁ……」

 突っ伏すような格好のナイト。
 やがて顔をあげると、ヤケクソのように大きく言う。

「えーい、僕のターン!」

 カードを引くナイト。
 スピードが増える。


 ナイト SPC:4→5  レナード SPC:4→5 


 これでスピードカウンターの数は互いに5。
 そろそろスピードスペルを使ってきてもおかしくない頃合い。
 警戒しながら、わたくしは相手の動向を待つ。

「――僕は」

 目を鋭くするナイト。
 その表情が真剣なものに変わる。

「ブレイブオーダー・ナイトで、フランベルジェ・ドラゴンを攻撃!」

 銀の騎士が剣を構えた。
 勇ましい雄叫びをあげ、飛び掛かる騎士。
 フフンと、わたくしは目をつぶりながら指を伸ばす。

「フランベルジェ・ドラゴンはユニオンモンスターを装備しています。
 そしてユニオンは、装備モンスターが破壊される時身代わりになるのですわ!
 つまり、この攻撃でフランベルジェ・ドラゴンを倒すことは――」

 ここまで言った瞬間。
 銀の騎士の剣が竜に突き刺さり――

 竜が悲鳴のような声をあげて、場から消えた。

「へ?」

 間の抜けた声を出してしまうわたくし。
 さらにユニオンとなっていたハルバード・ドラゴンのカードが除外される。
 
「なっ!」

 理解が追いつく前に――

「リバーブソード・ナイトで、ダイレクトアタック!」

 ナイトの声が響いて、騎士がわたくしに向かって突撃した。
 その巨大な剣を振りかぶる騎士。閃光のような早さで――

 剣が、わたくしの身体を切り裂くように通り抜けた。

「きゃあああああ!!」

 衝撃を受けて、悲鳴をあげるわたくし。
 表示されているライフが減る。


 レナード  LP4000→ 1800   SPC:5→ 3 


「ぐっ、ど、どうして!? このゲーム、バグってるんじゃありませんこと!?」

 立ち直り、文句を言うわたくし。
 目の前にジャッジモニターが浮かぶ。

『いやいやいや。そんなことないから!』

 手をブンブンと振っているジャッジデータ。
 ならばどうして……!
 さらに言うより早く、ホルンの回線が割り込んだ。

『お前……ナイトのブレイブオーダー・ナイトの効果をよく見てみろ……』

 呆れた口調のホルン。
 文句を言いたくなる気持ちを押さえて、素直にデータを表示する。


ブレイブオーダー・ナイト
星4/地属性/戦士族/ATK1400/DEF1200
このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、
ダメージ計算前にそのモンスターを持ち主のデッキに戻す。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
自分フィールド上に表側表示で存在する
戦士族モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。


 ふん、これがいったい何――
 そこまで思った瞬間、わたくしの頭に衝撃が走った。

「あっ……!」

 ひらめきに驚いているわたくしに向かって、ナイトが申し訳無さそうに言う。

「気づいた? ブレイブオーダー・ナイトは守備表示モンスターを攻撃する時――」

『戦闘破壊ではなく、効果で相手をデッキに戻しちゃうんだよね〜!』

 ナイトの言葉を奪い取るジャッジ。
 はっ! という事はまさか――
 慌てて、わたくしはモニターを操作する。そして――


 レナード  墓地:0 


「ぐっ……!」

 その文字を見て、絶句するわたくし。
 なんということ、先ほどの攻撃でグラディウス・ドラゴンまでがデッキに!
 ハルバードも除外されてしまった今、ユニオン効果が使えないではありませんか!

『お前、ナイトとは戦ったことあるのに何を今更驚いてるんだ……』

 白い目を向けてくるホルン。
 わたくしはモニターに向かって噛み付くように言う。

「う、うるさいですわね! いちいちカードの効果なんて覚えてませんわ!」

『…………』

 両目を閉じるホルン。
 わたくしはモニターを切って、ナイトに向かって言う。

「まだ負けたわけではありませんわ! さぁ、どうするのです!」

 呼びかけるわたくし。
 ナイトの前にホルンの姿が映る。

『おいナイト、頼むからあいつを倒して黙らせてやれ』

 額を抑えているホルン。
 ナイトがその言葉を聞き、一瞬だけ目を見開いた。
 ふん、言わせておけばいいのです! あんな戯言!

 ナイトが、自分の手札をチラリと見る。
 
「……んー、ターンエンド」

 カードを伏せることなく、ナイトがターンを終わらせた。
 なにやら手札を見つめて考えているナイト。
 わたくしはフンと、顔をそむける。



 ナイト   LP4000
 手札:4枚  SPC:5
 場:ブレイブオーダー・ナイト(ATK1800) 
   リバーブソード・ナイト(ATK2200)


 レナード  LP1800
 手札:4枚  SPC:5
 場:伏せカード1枚



「わたくしのターン!」

 カードを引く。


 レナード SPC:3→4  ナイト SPC:5→6 


 相手の場にはモンスターが2体。
 ライフには大きな隔たりが存在している。
 それでもまだ、諦めるわけにはいかないのです!

「わたくしはパルチザン・ドラゴンを召喚!」

 手札のカードを場へ。
 顔が鋭く槍のように尖った、青い竜が姿を見せる。


パルチザン・ドラゴン
星4/地属性/ドラゴン族・ユニオン/ATK1900/DEF1500
1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に装備カード扱いとして
墓地に存在するこのカードを自分フィールド上のドラゴン族モンスターに装備する事ができる。
この効果で装備されたこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。
装備モンスターの攻撃力・守備力は500ポイントアップする。
装備モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで。
装備モンスターが破壊される場合、代わりにこのカードを破壊する。)


 パルチザン・ドラゴン ATK1900 


 パルチザン・ドラゴンの攻撃力は1900。
 まずはあの厄介なブレイブオーダー・ナイトを片付けなければ!

「バトルです! パルチザン・ドラゴンで、ブレイブオーダー・ナイトを攻撃!」

 相手の場の銀騎士を指差すわたくし。
 竜が大きく翼を広げて、吠えた。
 突風を巻き起こすドラゴン。風が迫る。

 切り裂くような風に当てられ、騎士が砕け散った。

「やりましたわ!」

 小さく喜びの声をあげるわたくし。
 ナイトのライフがほんの僅かながら、削られる。


 ナイト  LP4000→ 3900 


 さらにあの勇ましい号令がなくなった事で、
 ナイトの場の騎士の士気が下がって、攻撃力が低下した。


 リバーブソード・ナイト ATK2200→ ATK1800 


 まずは一歩、巻き返すことに成功したわたくし。
 得意になりながら、ナイトの方を見る。

「どうです? これこそが、わたくしの実力ですわ!」

 呼びかけるわたくし。
 ナイトが顔をあげて、視線をこちらへと向けた。
 穏やかに微笑んでいるナイト。口を開いて――

「アー、ヤラレチャッター」

 気の抜けた、ロボットのような声を出した。
 冷たい一陣の風が、わたくし達の間を吹き抜けた。

「はぁ?」

 思わず、声に出してしまうわたくし。
 凍りついたように場が沈黙する。

「あ、あれ、なんか僕、変なことした?」 

 心配そうに頬をかくナイト。
 ホルンが額を抑えながら、ため息をついた。
 とある疑惑が、わたくしの頭のなかにもたげる。

「……ナイト、まさか」

 言いかけるわたくし。
 いえ、結論を出すのは早いですわ。
 ナイトが不安そうにわたくしを見る。

「な、なに、レナード?」

 緊張した様子のナイト。
 いかにも挙動不審に、わたくしの方を警戒したように見ている。
 疑惑が強まるが、とりあえずは保留することに決めた。

「なんでもないですわよ」

 わたくしの言葉に、ホッと息を吐くナイト。
 まるで上手くごまかせて良かったとでも言いたげな様子だ。
 いずれにせよ、このターンにやれる事はありません。

「……ターンエンドですわ」

 やや不機嫌に、わたくしはそう宣言した。
 白い石畳のコースを走る2台のD・ホイール。
 穏やかな風景が、目の前に続いている。

「僕のターン!」

 デッキからカードを引くナイト。
 スピードカウンターが増える。


 ナイト SPC:6→7  レナード SPC:4→5 


 5枚の手札を見るナイト。
 黙りながら、なにやら考えるような素振りを見せる。
 そして――

「えーと、僕はリバーブソード・ナイトを守備表示に!」

 手を伸ばし、カードを動かした。
 相手の場の剣士がその場に跪く。


 リバーブソード・ナイト ATK1800→ DEF1200 


「それで、えーと……」

 深く考えこむ様子のナイト。
 腕を組み、いつになく真剣な表情を浮かべる。
 ポクポクと木魚を叩く音が響くかの如く考えこみ――

 チーンと、笑顔を浮かべた。

「ヤー、ヤッパリ、レナードハ、ツヨイナァ」

 棒読み口調のナイト。
 わたくしの表情がひきつるのにも気づかず、うんうんと頷いているナイト。

「サスガハ、アルバトロスノ、チームリーダー。
 ヤッパリ、ボクナンカジャ、カナワナイヨー」

 凄まじいまでの棒読み。
 褒めているのか、それとも貶しているのか判断に迷う。
 ナイトの前、ホルンの姿が映った。

『ナイト、もういいからデュエルを進めろ……』

 苦虫を噛み潰したという言葉がぴったりな程に、
 渋い表情のホルンが口を開いてそう言った。
 いかにも嘆いた様子のホルンを見て、わたくしは確信する。

 こいつですわね……。

「あ、そ、そう? えへへー」

 褒められたと勘違いしたのか、照れたように笑うナイト。
 手札を見ると、その中の1枚を手に取った。

「それじゃあ1枚伏せて、ターンエンド!」

 裏側表示のカードが浮かぶ。
 ターンが回り、わたくしの番に。

 庭園を駆けながら――

「……わたくしのターン」

 静かに、カードを引いた。


 レナード SPC:5→6  ナイト SPC:7→8 


 手札を見る。そしてわたくしの場に最初のターンから
 伏せられていたカードを、チラリと見た。

 手札の1枚を、手に取る。

「……Sp−ハイスピード・クラッシュを発動ですわ」

 カードを場に出すわたくし。
 空中に、カード映像が浮かび上がった。


Sp−ハイスピード・クラッシュ  通常魔法
自分のスピードカウンターが2つ以上ある場合に発動する事ができる。
フィールド上に存在するカード1枚と、自分フィールド上に存在するカード1枚を破壊する。


「ハイスピード・クラッシュ……」

 ぼんやりと、呟いているナイト。
 ゆっくりと、わたくしは口を開いた。

「ハイスピード・クラッシュの効果で、
 わたくしの場のカード1枚とフィールド上のカード1枚を破壊しますわ……」

 ナイトを見る。
 動揺した表情もなく、普段と変わらない様子だ。
 わたくしは指を伸ばす。

「わたくしの場の伏せカードと――」

 カードが輝く。
 カッと目を見開いて、

「――わたくしの場の、パルチザン・ドラゴンを破壊します!」

 大きく、叫ぶように宣言した。
 
「えっ!?」

 ナイトが目を見開く。

『なにッ!?』

 モニター越しに、驚くホルン。
 カードから2本の光が飛び出して、わたくしの場のカード2枚を貫いた。
 伏せられていたカードが表になる。


リビングデッドの呼び声  永続罠
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。


 カードが砕け散り、墓地に送られた。
 一瞬にして、わたくしの場からカードがなくなる。

「いったい……?」

 理解できない様子のナイト。
 顔をあげて――

「ナイト。あなた、手を抜いているでしょう?」

 静かに、尋ねた。
 駆け引きも何もない、直球の質問。
 図星をつかれたように、ナイトが慌てる。

「うっ! イ、イヤ、ソ、ソンナコトナイヨー」

 ロボット口調で答えるナイト。
 あわあわと、目に見えて動揺している。
 わたくしはフッと、目を閉じた。

 ――ナイトの脳裏に、さっきの会話が思い出される。

「おい、ナイト」

 話しかけてきたホルン。
 なにやらコソコソと、小さな声で話す。

「お前、個人ポイントには余裕あるよな?」

「うん。そうだけど、なんで?」

 尋ねる僕。
 ホルンがレナードの方をチラリと見てから、静かに言った。

「お前、負けてやれ」

「えっ!?」

 驚く僕の口を、ホルンが手でふさいだ。
 静かにしろと唇に指をあてるホルン。
 僕はコクコクと頷く。

 ホルンが手を離した。

「あいつの機嫌の上下が激しいのは今に始まった事じゃないが――
 今日は特にご機嫌斜めだ。こんな状況でお前が完勝でもしてみろ。
 あいつ、本気でチームから抜けかねないぞ」

「えー! それは嫌だよ!」

 小声で、驚いてみせる僕。
 ホルンが腕を組んで、言う。

「だったら、適当に手抜いて負けてやれ」

「でも……レナードが普通に勝つかもしれないでしょ?」

 尋ねる僕だったが――

「それはない」

 ホルンが、即答した。
 あまりに潔く断言したホルンを、僕は見る。
 両手を広げるホルン。

「まぁ、100回くらいやれば2、3回は勝つかも知れないが――
 少なくともここ一番でお前に勝てるほど、あいつは強くない」

「……それって、レナードの悪口?」

 ムッとした表情になる僕。
 ホルンが静かに言った。

「違う。いやまぁ、あいつの実力が足りないのもそうだが……
 つまり、お前はそんなに簡単に勝てる相手じゃないって事だ」

「えー、僕なんて全然なのに……」

 アカデミアでも、成績中の下くらいだし。
 使ってるデッキは違うけど。

「お前、謙虚なんだか天然なんだか……」

 ため息をついているホルン。
 少しだけ考えてから、指を伸ばした。

「よし、ならこうしよう。お前は最初、普通にデュエルする」

 ふんふんと、頷く僕。
 ホルンが続けた。

「それでレナードが勝てそうだったら、それで良い。
 だがもしお前が勝ちそうな時は、合図を送る」

「合図って?」

「別に何でもいいが、そうだな。
 俺がお前のD・ホイールに映像通信を送る。
 そしたら、お前が優位で勝ちそうになってるって合図だ」

 なるほど。
 僕は納得しながら、先を促した。

「もし俺から通信が入ったら、お前は手を抜け。
 とはいえ、完全に何もしないとバレるからな。
 適当に流す感じでカードは使えよ」

「うーん、できるかなぁ……」

 僕は不安になる。
 だがホルンは簡単だと言わんばかりに、口を開いた。

「あいつのデッキ忘れたのか? 高パワー猪突猛進デッキだぞ。
 向こうはひたすら攻撃してくるんだ、負けるのは難しくない」

「でもなぁ……やっぱり、僕じゃなくてホルンがやったら?
 ほら、ホルンのデッキならそういうの得意じゃない!
 たしか、えーと、テンホシマンだっけ? ホルンのデッキ」

 僕が言うと、ホルンは肩をすくめた。
 
「今更無理だな。セバスチャンも申請してるし。
 ……それと、俺のデッキは、天星――」

 そこまでホルンが言った瞬間、

「こちらは準備できましたわよ?」

 レナードが、僕らに向かって声をかけてきた。
 
「あっ、こっちも良いよー」

 とっさに、そう答えてしまう僕。
 答えてから「しまった」と思ったが、もう遅い。
 ポンと、僕の肩を叩くホルン。ささやくように、言う。

「ま、諦めろ。ワガママお嬢様にも、たまには華持たせてやれ……」

 その言葉に、僕はゆっくりと頷いた。
 記憶の海が後ろへと流れていって――

 元の、白い庭園コースへと戻ってくる。

「あなたは、わたくしに勝ちを譲ろうとした。そうですわね?」

 静かな口調で、尋ねるわたくし。
 冷や汗を流しながら、ナイトが首を振る。

「イ、イヤダナァ、ソンナワケナイッテ……」

 尚も言い訳しようとするナイトでしたが――

『もういいぞ、ナイト』

 頬杖をつきながら、ホルンが静かにそう言った。
 驚くナイト。

「ほ、ホルン! いいって、いったいなにが――」

『もうバレてる』

 容赦なく言い切るホルン。
 ナイトがさらに驚いたように、目を見開いた。

「えーッ! ど、どうして!? 僕の演技、完璧だったのに!」

「…………」

『…………』

 再び、冷たい一陣の風が場に吹き流れた。
 沈黙するフィールド。ホルンががっくりと肩を落としている。
 さすがのナイトも場の空気を察したのか、観念するよう息を吐いた。

「えーと、その……」

 指をもじもじとさせているナイト。

「あの、ほら。レナード、凄い怒ってたし。
 それに勝率のことで凄いブルーになってたから、それで――」

 言いかけるナイトの言葉を遮るように、

「――ふざけないでッ!!」

 大きく、わたくしは叫んだ。
 ハッとなるナイト。その顔に向かって、わたくしは言う。

「わたくしは、あなたの実力を認めてチームメンバーとしてチームに入れたのです!
 あの時! あなたと出会ってデュエルして、そして敗北したあの時に!
 あなたの強さは、他の誰よりもわたくしが知っています! だから――」

 言葉を切るわたくし。
 ギロリと、睨みつけるようにナイトの方を見て――

「――だから! わたくしの前で、そんなふぬけた姿を見せるのはやめなさい!!
 デュエリストならば、全力をもって相手と戦わなくてはならないのです!!
 例えその相手が…チームメンバーである、わたくしであろうとも!!」

 強く言い聞かせるように、大きく叫んだ。

「……!!」

 わたくしの言葉を聞いたナイトが、衝撃を受ける。
 目を伏せがちに、黙りこんでしまうナイト。
 ナイトの事はひとまず置いといて、モニター画面を操作する。

 目の前に、渋い表情のホルンが映った。

「これはあなたが吹き込んだことですわね、ホルン?」

『……あぁ』

 素直に頷くホルン。
 いつもの冷めた口調で、続ける。

『お前の勝率を見てたら、あまりにも不憫に思えてな。
 それに、お前は知らないだろうが、ちゃんと理由もある。
 可哀想なレナードちゃん、今週は何の日か知ってるか?』

 尋ねてくるホルン。
 少し悩んでから、首をかしげた。

「なんですの?」

『動物愛護週間だ』

 ニヤリと皮肉な笑みを浮かべるホルン。
 ブツンと回線が切れて、映像モニターが消えた。

「あ、あのホスト崩れ……!」

 ぶるぶると拳を震わせるわたくし。
 絶対に許さないですわ。帰ったらギタギタにしてやります!
 怒りに燃えながら、とりあえずナイトに視線を戻す。

「さぁ、どうするのです! あなたの力、ちゃんと見せてくれるのですか?」

 尋ねるわたくし。
 目を伏せ気味にしていたナイトがゆっくり顔をあげ――
 
 キッと、真剣な表情を浮かべた。

「手札のホーリープリースト・ナイトの効果発動!」

 素早く、手札のカードを手に取るナイト。
 驚くわたくしとホルンを尻目に、続ける。

「このカードを捨てて、リバーブソード・ナイトはこのターン、戦闘では破壊されない!」


ホーリープリースト・ナイト
星2/光属性/戦士族/ATK800/DEF600
このカードを手札から墓地へ送り、
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択する。
それが攻撃表示の場合、守備表示に変更する。
選択されたモンスターはエンドフェイズまで戦闘では破壊されない。
この効果は相手のターンでも発動する事ができる。


 ナイトの場で跪いていた騎士の体が、輝いた。
 そのままカードを墓地へと送るナイト。
 戸惑うわたくしに向かって、微笑む。

「ごめんね、レナード。でも目が覚めたよ。
 そうだよね、例え誰が相手だろうと全力で戦わないと失礼だもんね……」

 笑いかけてくるナイト。
 明るい口調で言う。

「レナードは、それを伝えるために自分の場のカードを破壊した。
 だから僕もカードを捨てたよ。これで少しは差が埋まったかな?」

「……ま、わたくし程ではないですがね」

 ナイトの言葉に答えるわたくし。
 マイクのボタンを押して、ナイトが言う。

「ごめん、ホルン! 計画は守れないや!」

『別に、勝手にやればいいさ。お前のデュエルだ』

 ホルンの言葉に、ナイトが頷いた。
 こっちを向くナイト。わたくしを真っ直ぐに見据えながら、言う。

「さぁ、レナード。勝負だよ! ――本気の!」

 その言葉に、わたくしはフッと微笑んだ。
 不敵な笑みを浮かべながら、前を向く。

「えぇ、いいでしょう! そしてその上で、勝つのはこのわたくしですわ!」

 ハンドルを握りしめ、エンジンを踏み込む。
 大きく曲がるカーブに突入し、体が重力に引っ張られる。
 2台のD・ホイールが並走し、競い合った。



 ナイト  LP3900
 手札:3枚  SPC:8
 場:リバーブソード・ナイト(DEF1200) 
   伏せカード1枚


 レナード LP1800
 手札:4枚  SPC:6
 場:なし



 映像を見ながら――

「結局、俺が悪者かよ」

 ホルンが、呟いた。
 頭の後ろで手を組み、ソファーにもたれかかるホルン。
 セバスチャンが浮かび上がる。

『もっと素直になれば、よろしいのでは?』

 機械らしい、率直な意見。
 ホルンが手を振った。

「ハッ、勘違いするなよ、セバスチャン。
 別に俺はレナードを心配してる訳じゃない。
 あいつは見ている分には面白いからな。楽しみを減らしたくないだけだ」

 クククと笑うホルン。
 セバスチャンはそれを聞いても何も答えない。
 画面のレナードの姿を見ながら、

「……ま、少しはリーダーらしくなってきたがな」

 ホルンが小さく、付け加えた。
 セバスチャンが息を吐くような音を出してから、言う。

『ですから、素直になればよろしいのに』

 その言葉をホルンは無視した。
 画面の中、カーブを曲がりきった2人が直線に入る。

 まっすぐに進みながら――
 
「ブラックスミス・ドラゴンを召喚!」

 大きく、わたくしは言った。ナイトの顔が強張る。
 場に、大きな鉄槌を持った黒の老竜が現れた。


 ブラックスミス・ドラゴン ATK0 


「ブラックスミス・ドラゴンが召喚に成功した時、
 ゲームから除外されているユニオンモンスター1体を墓地に戻しますわ!」

 持っていた鉄槌を振り上げる竜。
 空間を一振りで粉砕すると、そこから緑色の光が飛び出す。

「除外されているハルバード・ドラゴンを墓地に戻し、
 さらにハルバードのユニオン効果を発動! ブラックスミスに装備!」


ハルバード・ドラゴン
星4/地属性/ドラゴン族・ユニオン/ATK1900/DEF1500
1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に装備カード扱いとして
墓地に存在するこのカードを自分フィールド上のドラゴン族モンスターに装備する事ができる。
この効果で装備されたこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。
装備モンスターの攻撃力・守備力は1000ポイントアップする。
(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで。
装備モンスターが破壊される場合、代わりにこのカードを破壊する。)


 黒の老竜に緑色の光が宿った。
 静かにたたずんでいる老竜。


 ブラックスミス・ドラゴン ATK0→ ATK1000 


 攻撃力の上昇。
 ですがもちろん、わたくしの狙いはそこではない。
 ばっと、腕を前に出して叫ぶ。

「ブラックスミスの効果を発動ですわ! 
 このカードが装備しているユニオンを解除して、わたくしの場に特殊召喚する!」


ブラックスミス・ドラゴン
星4/地属性/ドラゴン族・チューナー/ATK0/DEF0
このカードが召喚に成功した時、ゲームから除外されている
ユニオンモンスター1体を選択して墓地に戻す。
1ターンに1度、自分のメインフェイズ時にこのカードの装備カード扱いとして
装備されたモンスターの装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
この効果で特殊召喚されたモンスターの効果は無効となり、
フィールドから離れる場合にゲームから除外される。


 再び鎚をふるう老竜。
 地面にビリビリと波紋が流れ、緑色の光が竜の姿へと変化した。


ハルバート・ドラゴン
星4/地属性/ドラゴン族・ユニオン/ATK1900/DEF1500
1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に装備カード扱いとして
墓地に存在するこのカードを自分フィールド上のドラゴン族モンスターに装備する事ができる。
この効果で装備されたこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。
装備モンスターの攻撃力・守備力は1000ポイントアップする。
(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで。
装備モンスターが破壊される場合、代わりにこのカードを破壊する。)


「これは……!」

 感づいた様子のナイト。
 とはいえ、もはや場は整いました。
 ナイトに防ぐ術はありませんことよ。

 腕を天へと伸ばし――

「レベル4のハルバード・ドラゴンに、レベル4のブラックスミス・ドラゴンをチューニング!」

 高らかに、わたくしは宣言した。
 黒の老竜が鎚を振り下ろすと、その身体が砕ける。
 飛び出した4本の輪が、緑色の竜を取り囲んだ。

「白き誇りの竜族よ! 今こそ天より降り立つ翼となりて舞い踊れ! シンクロ召喚!」

 緑色の竜の身体が砕け、4つの光となる。
 一直線に並ぶ光。輪の中で1つの巨大な光となって――

 閃光が、走った。

「降臨せよ! ユナイトフォートレス・ドラゴンッ!!

 光の中より現れる巨大な姿。
 全身を装甲と武装が覆った、白き要塞の竜。
 赤い瞳を天に向け、機械的な咆哮を轟かせた。


 ユナイトフォートレス・ドラゴン ATK2800 


「そのカードは……」

 呟くナイト。
 わたくしは強い口調で言う。

「あの時は不覚をとりましたが、今回はそうはいきませんわよ!」

 ナイトと出会った時の光景が脳裏に蘇る。
 わたくしとナイトの最初のデュエル。
 僅かなライフまで追い詰めたものの、敗北した屈辱の記憶……。

 キッと、目を鋭くして続ける。

「墓地のパルチザン・ドラゴンのユニオン効果を発動!
 ユナイトフォートレス・ドラゴンに装備!」

 墓地からカードを取り出して、魔法ゾーンへ。
 青い光がユナイトフォートレスの身体に宿る。


 ユナイトフォートレス・ドラゴン ATK2800→ ATK3300 


「さらにユナイトフォートレス・ドラゴンは、
 装備されているカードの数×500ポイント攻撃力がアップします!」

 大きく咆哮をあげる要塞竜。
 その全身を白いオーラが覆い、輝く。


 ユナイトフォートレス・ドラゴン ATK3300→ ATK3800 


「攻撃力3800……」

 真剣な表情のナイト。
 畳み掛けるように言う。

「それだけではありませんわ! ユニオンとなったパルチザン・ドラゴンの効果で、
 ユナイトフォートレス・ドラゴンは貫通効果を得ているのです!」


パルチザン・ドラゴン
星4/地属性/ドラゴン族・ユニオン/ATK1900/DEF1500
1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に装備カード扱いとして
墓地に存在するこのカードを自分フィールド上のドラゴン族モンスターに装備する事ができる。
この効果で装備されたこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。
装備モンスターの攻撃力・守備力は500ポイントアップする。
装備モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで。
装備モンスターが破壊される場合、代わりにこのカードを破壊する。)


 ナイトがさらに、目を細めた。
 いつもの陽気で明るい表情が首をすぼめる。
 要塞竜を従えながら、わたくしは大きく宣言した。

「バトルです! ユナイトフォートレス・ドラゴンで、リバーブソード・ナイトを攻撃!」

 大きく口をあける要塞竜。
 空中の光が粒子となり、そこに収束していく。
 ばちばちと電気が弾けるような音が響き、そして――

「エクストリーム・バースターッ!!」

 粒子が一閃の巨大な光となって、撃ち出された。

 凄まじい轟音と光が辺りを飲み込む。
 光に飲み込まれる戦士。さらに光線が貫通してナイトを貫いた。
 
「うわあああぁぁぁっ!」

 苦しそうに声をあげるナイト。
 光が細くなっていき、消えていく。


 ナイト  LP3900→ 1300 


 さらに衝撃によってスピードカウンターが減り、
 ナイトの乗るD・ホイールの速度が落ちて後ろに下がった。


 ナイト SPC:8→ 6 


 これで、互いのスピードカウンターの数は互角に。
 ライフポイントも、逆にわたくしが上回った。

「おいおい」

 画面を見て、驚いているホルン。
 まさかの逆転劇。流れは完全にレナードに向いている。
 ナイトが顔をあげた。

「痛たたた……」

 顔をしかめているナイト。
 わたくしの方を見て、微笑む。

「さすがレナード。ホルンはあんな事言ってるけど、
 やっぱりレナードは強いよ。演技やお世辞じゃなくて、本気で」

 無邪気な発言。
 わたくしは頷く。

「当然。あんなホスト崩れの言う事の信用度なぞ、その程度です」

 苦笑するナイト。
 わたくしはカードを1枚手に取る。

「1枚伏せて、ターンエンドです!」

 カードを場に伏せる。
 裏側表示のカードが浮かび、消えた。

「だけど――」

 にっこりと笑うナイト。

「――僕だって、負けないよ!」

 強い口調で、ナイトが言い放った。
 鋭い刃のような気配を漂わせながら、手を動かした。

「罠発動! トゥルース・リインフォース!」

 ナイトが伏せていた1枚が表に。


トゥルース・リインフォース  通常罠
デッキからレベル2以下の戦士族モンスター1体を特殊召喚する。
このカードを発動するターン、自分はバトルフェイズを行えない。


「この効果で、デッキのコマンドキッド・ナイトを特殊召喚!」

 言いながら、モニターをタッチするナイト。
 ナイトの場に光が現れ、そこから小柄な子供騎士が姿を現した。
 青い髪に、炎のような真っ赤な鎧。元気いっぱいな様子で拳をあげる。


 コマンドキッド・ナイト ATK800 


「そして、僕のターン!」

 カードを引くナイト。


 ナイト SPC:6→7  レナード SPC:6→7 


 引いたカードを手札に加えて、ナイトが微笑んだ。

「コマンドキッド・ナイトのモンスター効果!
 このカード以外の自分モンスター1体のレベルを1下げる!」


コマンドキッド・ナイト
星2/炎属性/戦士族・チューナー/ATK800/DEF1200
相手フィールド上に守備表示のモンスターが存在する場合、
このカードは手札から特殊召喚できる。
1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在する
このカード以外のモンスター1体を選択して発動できる。
エンドフェイズ時まで、選択したモンスターのレベルを1つ下げる。


 ニッと、笑う子供騎士。
 手を前に出し、まるで号令するような構えとなる。
 ナイトの場で跪いていた戦士の身体から、光が出て消えた。


 リバーブソード・ナイト レベル4→ レベル3 


「レベル調整ということは……」

 勘付くわたくし。
 ナイトがばっと、腕を前に出した。

「レベル3のリバーブソード・ナイトに、レベル2のコマンドキッド・ナイトをチューニング!」

 大きく言うナイト。
 子供騎士が笑いながら、その身体が光となって輪になった。
 戦士の身体を、2本の輪が取り囲む。

「戦士達の魂が、逆巻く風となって1つとなる! 新たな力を刻み込め!」

 戦士の身体が砕けて3つの光に。
 突風が吹き荒れて、その姿が隠れた。
 逆巻いている風。疾風が髪を揺らす。そして――

 閃光が、走った。

「シンクロ召喚! 吹き荒れろ、トルネード・パラディン!

 風の中より現れる巨大な白の騎士。
 洗練された立ち振る舞いから、感じられる思慮深き知性。
 疾風に包まれながら、その青い目をこちらへと向けた。


 トルネード・パラディン ATK2400 


「そのカードは……!」

 いまわしい記憶が蘇った。 
 最初のデュエル。その敗北のキーカード。
 ナイトがフフンと笑う。

「悪いけど、もう一回勝たせてもらうよ! トルネード・パラディンの効果!」

 指を伸ばすナイト。
 まっすぐに、わたくしの場の要塞竜を指差す。

「シンクロ召喚に成功した時、相手モンスターの表示形式を変更する!」


トルネード・パラディン
星5/風属性/戦士族・シンクロ/ATK2400/DEF1800
戦士族チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがシンクロ召喚に成功した時、
フィールド上に存在するモンスターカードを任意の枚数選択する。
選択されたモンスターの表示形式を変更する。


 竜巻が吹き荒れ、場を飲み込んだ。
 ばさばさと大きくわたくしの髪が揺れる。
 要塞竜が風にあてられるように、その場で低く頭を下げた。


 ユナイトフォートレス・ドラゴン ATK3800→ DEF2700 


「ですがまだ、攻撃力は届かない!」

 表示された数値を見て、声を張り上げるわたくし。
 ナイトがカードを掴む。

「Sp−スピード・エナジーを発動!」

「スピードスペルですって!?」

 驚くわたくし。
 場にカードが表示され、ナイトが言う。

「スピードエナジーの効果で、僕のモンスター1体の攻撃力は
 僕の持っているスピードカウンターの数×200ポイント上昇する!」


Sp−スピード・エナジー  通常魔法
自分のスピードカウンターが2つ以上ある場合に発動する事ができる。
このターン終了時まで自分フィールド上のモンスター1体の攻撃力を、
自分のスピードカウンターの数×200ポイントアップする。


 ナイトのカードから光が放たれ、疾風の騎士に宿った。
 拳を握りしめ、力を噛みしめるような様子の白の騎士。
 ナイトのスピードカウンターは7。よって攻撃力は――


 トルネード・パラディン ATK2400→ ATK3800 


「攻撃力3800!?」

 声をあげるわたくし。
 わたくしの場のユナイトフォートレスと同じ数値。
 しかもそのユナイトフォートレスは今、守備表示になっている。

「行け、トルネード・パラディン!」

 腕を伸ばしながら、叫ぶナイト。
 騎士がわずかに頷いて飛び上がり、要塞竜へと迫った。
 拳を大きく振りかぶる騎士。そして――

「トルネード・インパクトーッ!!」

 ナイトの声と同時に、拳が竜の顔を撃ちぬいた。
 空気が震え、衝撃が広がる。声を上げている要塞竜。

 空中に、緑色の紋章が浮かんだ。

「ユナイトフォートレスの装備カードとなった、
 パルチザン・ドラゴンのユニオン効果を発動!」

 衝撃を受けながら、わたくしもまた大きく叫んだ。

「装備モンスターが戦闘で破壊される時、身代わりとなって破壊されますわ!」


パルチザン・ドラゴン
星4/地属性/ドラゴン族・ユニオン/ATK1900/DEF1500
1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に装備カード扱いとして
墓地に存在するこのカードを自分フィールド上のドラゴン族モンスターに装備する事ができる。
この効果で装備されたこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。
装備モンスターの攻撃力・守備力は500ポイントアップする。
装備モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで。
装備モンスターが破壊される場合、代わりにこのカードを破壊する。)


 要塞竜の身体から青い光が飛び出して、はじけて消えた。
 大きく咆哮をあげる要塞竜。空中に浮かぶ緑色の紋章に噛み付くと、
 そのまま紋章を噛み砕いて粉砕した。


 ユナイトフォートレス・ドラゴン DEF2700→ DEF2200 


 ナイトの場へと舞い戻る白の騎士。
 互いのモンスターが、睨み合っている。

「カードを2枚伏せて、ターンエンド!」

 ナイトが手札のカードを2枚伏せた。
 疾風の騎士の身体から光が消えて、攻撃力が元に戻る。


 トルネード・パラディン ATK3800→ ATK2400 


 これで伏せカードはナイトの場に2枚、わたくしの場に1枚。
 さらに互いのエースモンスターが、場で睨み合っている。

 緊張した展開が続く。

「わたくしのターン!」

 カードを引き、チラリと見た。


 レナード SPC:7→8  ナイト SPC:7→8 


 手札と場、除外されているカード。
 それらの組み合わせを頭の中で考える。

「ユナイトフォートレス・ドラゴンを攻撃表示へ!」

 カードを動かす。
 場で低くなっていた要塞竜が、前傾姿勢へと戻った。


 ユナイトフォートレス・ドラゴン DEF2200→ ATK2800 


「さらにリバース罠オープン! ロストユニオン!」

 腕を横になぐように動かしながら、宣言するわたくし。
 伏せられていたカードが表になり、輝いた。

「この効果で、デッキのグラディウス・ドラゴンとフランベルジェ・ドラゴンを墓地へ!」


ロストユニオン  通常罠
自分のデッキからユニオンモンスター2体を選択する。
選択したカードを墓地に送るか、ゲームから除外する。


 目の前のモニターにデッキのカードが表示される。
 その中の2枚。ナイトのカード効果でデッキへと戻されてしまった
 カードの絵柄を選んで、わたくしはタッチする。

 2枚のカードが目の前に現れる。わたくしはそれらを掴み、墓地へと送った。

「さらに――」

 手札のカードを手に取るわたくし。

「Sp−異次元からの埋葬を発動ですわ!」

 場にカードが表示された。


Sp−異次元からの埋葬  速攻魔法
自分のスピードカウンターを3つ取り除いて発動する。
ゲームから除外されているモンスターカードを
3枚まで選択し、そのカードを墓地に戻す。


 レナード SPC:8→ 5 


 スピードカウンターが減り、速度が落ちる。
 次元の壁が歪み、そこから2つの光が現れて消えた。

「除外されていたハルバード・ドラゴンと、パルチザン・ドラゴンを墓地へ!」

 カードを墓地に送りながら、そう言うわたくし。
 ナイトの目が警戒するように鋭くなる。
 これで、わたくしの墓地にはユニオン効果を持つモンスターが4体。

 フッと、わたくしは笑みを浮かべて――

「墓地にある4体のユニオン効果を発動しますわ!」

 高らかに、声を響かせた。
 ナイトの顔がさらに強張る。
 ジャッジモニターが映った。

『おいおーい、ユニオンモンスターは1体につき1体までしか装備できないよー』

 忠告するような声。
 わたくしはフンと、小馬鹿にする。

「あなたこそわかっていませんわね!
 わたくしの場のユナイトフォートレス・ドラゴンは、
 その制約を無視して何体でも同時にユニオンが装備できるのです!」

 力強く言い切るわたくし。
 ジャッジが「へ?」という顔になって、何やら操作する。
 空中に、カードの画像が浮かんだ。


ユナイトフォートレス・ドラゴン
星8/地属性/ドラゴン族・シンクロ/ATK2800/DEF2200
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードの攻撃力は、このカードに装備された装備カードの数×500アップする。
このカードはユニオンモンスターのルール効果を無視し、
ユニオンモンスターを何体でも装備できる。


『ほ、本当だ!? ていうか、そんなのアリー!?』

 驚くジャッジ。
 カード効果を把握していないなんて、このジャッジ大丈夫なのかしら。
 心配をよそに、わたくしは続ける。

「墓地のユニオン4体! すべてをユナイトフォートレスに装備させます!」


グラディウス・ドラゴン
星4/地属性/ドラゴン族・ユニオン/ATK1900/DEF1500
1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に装備カード扱いとして
墓地に存在するこのカードを自分フィールド上のドラゴン族モンスターに装備する事ができる。
この効果で装備されたこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。
装備モンスターの攻撃力・守備力は500ポイントアップする。
装備モンスターが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。
(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで。
装備モンスターが破壊される場合、代わりにこのカードを破壊する。)


フランベルジェ・ドラゴン
星4/地属性/ドラゴン族・ユニオン/ATK1900/DEF1500
1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に装備カード扱いとして
墓地に存在するこのカードを自分フィールド上のドラゴン族モンスターに装備する事ができる。
この効果で装備されたこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。
装備モンスターの攻撃力・守備力は500ポイントアップする。
装備モンスターは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。
(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで。
装備モンスターが破壊される場合、代わりにこのカードを破壊する。)


パルチザン・ドラゴン
星4/地属性/ドラゴン族・ユニオン/ATK1900/DEF1500
1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に装備カード扱いとして
墓地に存在するこのカードを自分フィールド上のドラゴン族モンスターに装備する事ができる。
この効果で装備されたこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。
装備モンスターの攻撃力・守備力は500ポイントアップする。
装備モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで。
装備モンスターが破壊される場合、代わりにこのカードを破壊する。)


ハルバード・ドラゴン
星4/地属性/ドラゴン族・ユニオン/ATK1900/DEF1500
1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に装備カード扱いとして
墓地に存在するこのカードを自分フィールド上のドラゴン族モンスターに装備する事ができる。
この効果で装備されたこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。
装備モンスターの攻撃力・守備力は1000ポイントアップする。
(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで。
装備モンスターが破壊される場合、代わりにこのカードを破壊する。)


 4色の光が飛び出して、要塞竜の体へ。
 大きく咆哮をあげるユナイトフォートレス・ドラゴン。
 その身から放たれる威圧感が鋭くなり、力強さを増した。


 ユナイトフォートレス・ドラゴン ATK2800→ ATK7300 


「攻撃力7300だと!?」

 驚いているホルン。
 セバスチャンが横に現れる。

『さらに、ユニオンそれぞれの効果で貫通・ドロー・2回攻撃の効果を得ています。
 今までレナード様がデュエルしてきた中で、最大の数値。最高記録です』

「……パワー馬鹿も、あそこまでいくともはや個性だな」

 げんなりとした表情のホルン。
 画面に映っているユナイトフォートレスに視線を向ける。

 疾風をその身に受けながら――

「さぁ、これでフィナーレですわ!」

 高らかに、わたくしは宣言した。
 もはやナイトの場の騎士など恐るるに足らず!
 完璧なる一撃でデュエルを終わらせて差し上げましょう!

「バトルです! ユナイトフォートレス・ドラゴンで、トルネード・パラディンを攻撃!」

 大きく口を開けるユナイトフォートレス。
 再び、空中の粒子が光となってそこに集まった。
 ばちばちという音と共に――

「エクストリーム・バースターッ!!」

 強烈な閃光が、撃ちだされた。
 場を貫くように、光の粒子砲撃が駆ける。

「これで!」

 勝利を確信するわたくし。
 しかし――

「罠発動! 陽炎(かげろう)払い!」

「ッ!?」

 伏せられていた1枚が表になった。
 まるで蜃気楼に飲み込まれたかのように、ナイトの姿が揺らぐ。
 白き閃光が貫く寸前だった疾風の騎士の体が、砕け散った。

「この効果で、僕は場のトルネード・パラディンを破壊し、
 このターンに受ける戦闘・効果ダメージを0にする!」

「……くっ!」

 顔をしかめるわたくし。
 閃光がナイトへと迫るが、蜃気楼によって狙いがそれる。
 誰もいない場所を光は貫き、そのまま消えた。

「おのれ……!」

 忌々しく呟くわたくし。
 これでは2回攻撃も、戦闘破壊によるドロー効果も発動しない。
 相手の場からモンスターが消えた結果に変わりはないですが、気分悪いですわ。

「往生際の悪い……。カードを1枚伏せて、ターンエンドです!」

 手札に残った最後のカード。
 それを場に伏せて、わたくしはターンを終わらせた。
 場に、再びナイトのカードが現れる。

「陽炎払いのもう1つの効果! 発動ターンのエンドフェイズ時、
 この効果で破壊したモンスターのレベル以下の戦士族をデッキから特殊召喚する!」


陽炎払い  通常罠
自分フィールド上のモンスター1体を破壊して発動する。
このターンのエンドフェイズまで、自分が受けるダメージは全て0になる。
エンドフェイズ時、この効果で破壊したモンスターのレベル以下の
戦士族モンスターを1体まで選択し、デッキから特殊召喚する。

 
 さらに目を細めるわたくし。
 ダメージ無効だけでなく、そのような効果まであるとは、小賢しい。
 ナイトが画面をタッチして、カードを選んだ。

「デッキからレベル2のミスティックロード・ナイトを特殊召喚!」

 光が現れ、小柄な剣士が姿を現した。
 変な形の帽子をかぶった、偉そうな少年騎士がフンと鼻を鳴らす。


ミスティックロード・ナイト
星2/地属性/戦士族/ATK900/DEF0
相手フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスターの表示形式が
表側守備表示に変更された時、そのモンスターを破壊する。


「今更そのようなモンスターを呼んだ所で……」

 呟くわたくし。
 ナイトがデッキホルダーに手を伸ばす。

「僕のターン!」

 カードを引くナイト。
 スピードが上がり、D・ホイールが唸りをあげて加速する。



 ナイト  LP1300
 手札:2枚  SPC:8
 場:ミスティックロード・ナイト(DEF0)
   伏せカード1枚


 レナード LP1800
 手札:1枚  SPC:6
 場:ユナイトフォートレス・ドラゴン(ATK7300/DEF4700)
   グラディウス・ドラゴン(ユニオン状態・ドロー効果付与)
   フランベルジェ・ドラゴン(ユニオン状態・2回攻撃効果付与)
   ハルバード・ドラゴン(ユニオン状態・攻守上昇効果付与)
   パルチザン・ドラゴン(ユニオン状態・貫通効果付与)
   伏せカード1枚



 ナイト SPC:8→9  レナード SPC:6→7 


 引いたカードを見るナイト。
 すかさず、わたくしは言う。

「罠発動! バトルマニア!」

 わたくしの場のカードが表になり、輝いた。


バトルマニア  通常罠
相手ターンのスタンバイフェイズ時に発動する事ができる。
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターは全て攻撃表示になり、
このターン表示形式を変更する事はできない。
また、このターン攻撃可能な相手モンスターは攻撃しなければならない。


「攻撃強制カードか……!」

 渋い表情を浮かべるホルン。
 高らかに、わたくしは続ける。

「これで、あなたはこのターン、モンスターで攻撃しなければならない!」

 ナイトの場の少年騎士が剣を構えた。
 守備表示から、攻撃表示になる。


 ミスティックロード・ナイト DEF0→ ATK900 


 しかし、その攻撃力は言うに及ばず。
 ユナイトフォートレスの敵ではありませんわ。

「さぁ、どうするのです、ナイト!」

 呼びかけるわたくし。
 ナイトが真剣な表情で、顔をあげる。

「墓地の天地返しの効果を発動!」

 ナイトの宣言と共に、カードが浮かび上がった。
 くるくると回っている罠カード。

「このカードを除外して、相手モンスターを守備表示に!」


天地返し  通常罠
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターを全て守備表示にする。
このターン、相手はモンスターの表示形式を変更できない。
墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターを全て守備表示にする。
この効果は自分のターンにのみ発動する事ができる。


 奇妙な衝撃が、フィールドに叩きつけられた。
 天が地となり、地が天となるような不思議な感覚。
 要塞竜が首を下に、姿勢を低くする。


 ユナイトフォートレス・ドラゴン ATK7300→ DEF4700 


「そしてミスティックロード・ナイトの効果!
 相手モンスターが守備表示になった時、そのモンスターを破壊する!」


ミスティックロード・ナイト
星2/地属性/戦士族/ATK900/DEF0
相手フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスターの表示形式が
表側守備表示に変更された時、そのモンスターを破壊する。


 剣を構える少年騎士。
 竜へと飛び掛かると、剣を目にも留まらぬ早さで動かした。 
 閃光のような斬撃。だが――

「ユニオンの身代わり効果で、グラディウス・ドラゴンが代わりに破壊されますわ!」

 高らかに、わたくしはそう宣言した。
 要塞竜の体から灰色の光が飛び出て、次元の彼方へと消える。


 ユナイトフォートレス・ドラゴン DEF4700→ DEF4200 


 これで、肝心のユナイトフォートレス・ドラゴンは無傷。
 仮に破壊しようとしても、あと3回まではユニオンが身代わりになる。
 まさに鉄壁の要塞。完璧なる布陣。

「さぁ、他に手はありますのかしら?
 それとバトルマニアで、強制戦闘するのもお忘れなく!」

 余裕たっぷりに言うわたくし。
 やはり、チーム・アルバトロスで最強なのはわたくしでしたのね。
 オーッホホホと、思わず高笑いが出てしまう。

 そして――

「Sp−ヴィジョンウィンドを発動!」

 ナイトが、大きく言った。
 笑うのをやめて、ナイトの方を見るわたくし。
 目を丸くしながら、尋ねる。

「なんですって?」

「この効果で、墓地のコマンドキッド・ナイトを特殊召喚!」


Sp−ヴィジョンウィンド  通常魔法
自分のスピードカウンターが2つ以上ある場合に発動する事ができる。
自分の墓地に存在するレベル2以下のモンスター1体を特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターは、このターンの終了時に破壊される。


 穏やかな風が吹き、その中から先程の赤い鎧の子供騎士が現れた。
 青い髪を揺らしながら、ブイとピースサインを送る子供騎士。


コマンドキッド・ナイト
星2/炎属性/戦士族・チューナー/ATK800/DEF1200
相手フィールド上に守備表示のモンスターが存在する場合、
このカードは手札から特殊召喚できる。
1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在する
このカード以外のモンスター1体を選択して発動できる。
エンドフェイズ時まで、選択したモンスターのレベルを1つ下げる。


 子供騎士が、少年騎士の横に並び立った。
 仲よさげに笑いかける子供騎士と、無視する少年騎士。

「ですが、2体合わせてもレベルはたったの4!
 シンクロ召喚したとしても、わたくしのユナイトフォートレスには敵わない!」

 大きく、現実を伝えるわたくし。
 ですが――

「さっき言ったじゃん、レナード」

 ナイトが余裕そうに、口を開けた。
 目を細めて、輝くように笑うナイト。

「僕のデッキのテーマ。柔よく剛を制するって。
 相手に隙を作って、そこを突くのが僕のやり方。だから――」

 目を開けるナイト。
 鋭い視線がわたくしへと向けられ――

「――隙を、作らさせてもらうよ!!」

 大きく、ナイトが宣言した。
 衝撃を受けるわたくし。いったい、ナイトは何を……?

 ばっと、ナイトが腕を動かした。

「罠発動! ギブ&テイク!」

「なっ……!」

 絶句するわたくし。
 ホルンが身を乗り出して、驚いた。

「ギブ&テイクだと!?」

 伏せられていたカードが表に。
 ナイトの口元に笑みが浮かぶ。


ギブ&テイク  通常罠
自分の墓地に存在するモンスター1体を
相手フィールド上に守備表示で特殊召喚し、
そのレベルの数だけ自分フィールド上に表側表示で存在する
モンスター1体のレベルをエンドフェイズ時まで上げる。


「ギブ&テイクの効果で、僕の墓地のリバーブソード・ナイトを
 レナードの場に守備表示で特殊召喚する!」

 指差すナイト。
 わたくしの場に光が現れ、そこから剣を携えた騎士が現れ跪いた。


リバーブソード・ナイト
星4/地属性/戦士族/ATK1800/DEF1200
このカードが戦闘で破壊され墓地へ送られた時に発動できる。
デッキからレベル4以下の戦士族モンスター1体を手札に加える。


「こ、これは……!」

 戦士を見ながら、あわてるわたくし。
 ナイトが続ける。

「さらにギブ&テイクの効果で、
 僕の場のミスティックロード・ナイトのレベルが4上がる!」


 ミスティックロード・ナイト レベル2→ レベル6 


 体に光が宿る少年騎士。
 さらにナイトが言う。

「そして! コマンドキッド・ナイトの効果発動!
 ミスティックロード・ナイトのレベルを1つ下げる!」

 子供騎士が腕を前に出した。
 手の平を広げ、号令のポーズを取っている子供騎士。
 少年騎士の体から光が飛び出て、消える。


 ミスティックロード・ナイト レベル6→ レベル5 


「一瞬にして、レベルが……!」
 
 見事なまでの調整劇に、言葉を詰まらせるわたくし。
 ナイトが笑い、そして――

 天高く、腕を伸ばした。

「いくよ!」

 呼びかけるナイト。
 2人の騎士が頷いて、飛び上がる。

「レベル5のミスティックロード・ナイトに、レベル2のコマンドキッド・ナイトをチューニング!」

 子供騎士の身体が光となって、2本の輪になった。
 宙を飛ぶ少年騎士の身体を、取り囲む。

「戦士達の魂が、蒼き炎となって1つとなる! 新たな力を刻み込め!」

 騎士の身体が線だけの存在へ。
 その身が砕け、5つの光が一直線に並んだ。
 炎が吹き出て、光を飲み込む。そして――

 閃光が、走った。

「シンクロ召喚! 焼き尽くせ、インフェルノ・モナーク!!

 炎の中、巨大な騎士が姿を現した。

 燃え盛る炎のような赤い鎧に、銀色のライン。
 まるで地獄に住む魔族のような威圧的な顔立ち。
 背中から生えた青い炎の翼が、風に吹かれて揺れている。


 インフェルノ・モナーク ATK2800 


「くっ……!」

 顔をしかめるわたくし。
 自分に言い聞かせるように、言う。

「ですがまだ、ユナイトフォートレスの守備力には届かない!」

 ユナイトフォートレスの守備力は4200。
 トップスピードカード級の強化がなければ、この数値を超えることは――

「違うよ、レナード。僕が狙うのは――」

 ナイトが言葉を切り、視線を向ける。
 その先にあるのは――


リバーブソード・ナイト
星4/地属性/戦士族/ATK1800/DEF1200
このカードが戦闘で破壊され墓地へ送られた時に発動できる。
デッキからレベル4以下の戦士族モンスター1体を手札に加える。


「あっ、あああああ!!」

 思わず悲鳴が出た。
 そうか、先ほどのギブ&テイクでこのモンスターがわたくしの場に……。

 腕を前に出すナイト。

「さぁ、バトルだ! インフェルノ・モナークッ!!」

 呼びかけに頷く炎の騎士。
 低い雄叫びをあげると、わたくしの場へと跳びかかった。
 その先にいるのは要塞竜ではなく、剣を携えた剣士。

「で、ですが、その攻撃力ならば!
 例え貫通効果を持っていたとしても、ライフポイントは残ります!」

 相手の攻撃力は2800で、こちらの守備力は1200。
 差額を引いても、わたくしのライフポイント1800にはギリギリ――

 ナイトが叫ぶように言う。

「インフェルノ・モナークが攻撃する時、
 攻撃対象となったモンスターの守備力は0になり、貫通ダメージを与える!」

「なっ、なっ!」

 言葉を詰まらせるわたくし。
 青ざめた顔で、

「なんですってぇぇぇぇぇぇ!!」

 大きく、叫んだ。


インフェルノ・モナーク
星7/炎属性/戦士族・シンクロ/ATK2800/DEF2200
戦士族チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードが守備表示モンスターを攻撃する場合、
攻撃対象となったモンスターの守備力は0となる。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を
攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


 わたくしの場の剣士、その足元から青い炎が吹き出た。
 それに力を奪われるかのように、剣士の身体から覇気が消える。


 リバーブソード・ナイト DEF1200→ DEF0 


「行け、インフェルノ・モナーク!!」

 剣士の前。
 まるで悪魔のように降臨する炎の騎士。
 その掌を剣士の方へと向け――

「グラン・インフェルノーッ!!」

 炎を纏った掌を、上から振り下ろした。
 まるで押し潰されるかのように、剣士が叩きのめされる。

 空中に赤い紋章が浮かんだ。

 くるりと、振り返って背を向ける炎の騎士。
 握り固めた拳に、掌を合わせる。
 赤い紋章が輝き、剣士の身体が爆発して砕け散った。

 衝撃が巻き起こる。

「ふぎゃああああああああああ!!」


 レナード  LP1800→ 0 


 わたくしのライフポイントが0に。
 ブーッというブザー音が鳴り響いた。

『デュエルオーバー! ウィナー、チーム・アルバトロス所属、ナイト!』

 明るく宣言するジャッジデータ。
 庭園のコースが途切れ、最初の入り口に戻ってきた。
 D・ホイールを止める、わたくしとナイト。

「大丈夫だった、レナード!?」

 慌てるナイトに向かって――

「お前、意外とドSだな……」

 ルームスペースから出てきたホルンが、冷めた口調で言った。
 歩みを止め、ホルンに視線を向けるナイト。

「へ?」

「あのままターン回すか自爆ダメージ受ければ負けれたのに、
 よりにもよってあそこまで本気出してまで叩き潰すとは。
 俺なんかよりよっぽど容赦無いぜ、お前……」

 恐ろしい物を見るかのごとく身体を震わせるホルン。
 ナイトが驚いたように目を丸くする。

「えっ、えぇー!? だってそれじゃあ!」

 抗議するナイト。
 ホルンがわざとらしく肩をすくめる。

「アホか。ほぼ本気なんだから、別に良いだろ。
 それにあそこで負けても、手抜いたなんてバレねぇよ」

「うぐっ……」

 言葉に詰まるナイト。
 しょんぼりとした様子で、指をもじもじさせる。

「だ、だってだってぇ。本気出せっていうからぁ……」

 すねるような口調のナイト。
 わたくしはD・ホイールから立ち上がると、言う。

「もう、いいのです」

 静かな口調。
 ナイトとホルンがこちらを向く。
 目をつぶり、顔を伏せがちにしているわたくし。

 ゆっくりと顔をあげて――

「やはり、わたくしの目は間違ってなかった!」

 力強く、言い切った。
 ナイトとホルンが「は?」と言わんばかりに
 口をポカンと開ける。

「このわたくしを一度ならず二度までも倒すとは――
 やはり、ナイトは本物の実力を持ったデュエリストですわ!
 そんなナイトをスカウトしたわたくしの判断は正しかったのです!」

 ナイトの手を握るわたくし。
 心の思うままにまくしたてる。

「わたくしは確信しました。ナイト、あなたさえいれば――
 このチーム・アルバトロスがAランクに昇格するのも夢ではない!」

「え? そ、そうかなぁ、エヘヘー」

 照れたように笑うナイト。
 ホルンが頭を押さえてうめくように呟く。

「……ナイトの遅刻癖と自分の勝率、忘れたのかコイツ?」

 その言葉を、わたくしは無視した。
 これだからネガティブ思考のホスト男は嫌なのです。
 びしっと、チームスペースの明るい太陽を指差すわたくし。

「さぁ、過去のいさかいは忘れ、また共にチームとして、
 栄光へ向かって歩んでいこうではありませんか!」

「れ、レナード! うん!」

 頷き、ナイトもまた太陽を見ている。
 わたくし達の顔に浮かんでいるのは輝くような笑顔。
 ジャッジモニターが映った。

『うぅ、これぞ青春だね。良い話しだなぁー!』

 流れる涙を白のハンカチで拭っているジャッジ。
 ホルンは無表情に、わたくし達を見ている。
 
 いずれにせよ、まだわたくし達の戦いは始まったばかり。

 いつの日かAランクへと昇格し、そこでも上位を目指すのです!
 そしてVRDS内における最高にして最大のデュエル大会。
 あの栄光のロイヤルエキスパートカップに出場し、栄冠の優勝を……!

 大いなる野望に燃えるわたくし。

 わたくしとナイト、そしてジャッジデータの少女は
 いつまでも光り輝く太陽を見つめていた……。






























 翌日。
 
 わたくしはいつものようにVRDSにログインした。
 電脳世界のアバターに、わたくしの意志が宿る。
 上機嫌に、片手をあげた。

「こんばんは、ナイトにホル――」

 言いかけた声が、止まる。
 目を見開いて、わたくしは驚いた。

「な、な、なッ!?」

 目の前に広がる光景。
 薄暗い室内に、赤い絨毯の上に残る血痕の跡。
 壁には不気味な自画像が飾られ、奥からはシャワーの出ている音。

 不気味なホテルの一室が、そこには広がっていた。

「こ、これは……!?」

 驚いているわたくしに向かって――

「あ、レナード!」

 脳天気な声がかけられた。
 いつも聞いている、ナイトの声。わたくしは振り返る。

「な、ナイト! これはいったいどういう――」

 尋ねる前に、わたくしは凍りついた。
 目の前に立っている人物の姿が目に入る。
 ボロボロのくたびれた服装。そして何より目立つ――

 カボチャの、顔。
 
「!?!?!?」

 混乱するわたくし。
 卒倒寸前のわたくしに、カボチャが迫る。

「どうどう、これ? チームスペースに合わせて、
 アバターショップで買ってきたんだー! その名も、パンプキングアバター!」


ゴースト王−パンプキング−
星6/闇属性/アンデット族/ATK1800/DEF2000
「闇晦ましの城」がフィールド上に表側表示で存在する限り、
このカードの攻撃力と守備力は100ポイントアップする。
また、自分のスタンバイフェイズ毎にさらに100ポイントずつアップする。
この効果は自分の4回目のスタンバイフェイズまで続く。


 ナイトの声で喋るカボチャの亡霊。
 しかしもはや、その声はわたくしには届いていなかった。
 意志が途切れそうになるのを、必至で繋ぎ止める。

「よう、レナード」

 ホルンの声がした。
 そう、ホルンならば。いつものあの嫌味な口ぶりを聞けば、
 少しは気が保てるかもしれない。振り返る。

「ほ、ホルン――」

 目の前に、骸骨が現れた。


スカル・ナイト
星3/闇属性/悪魔族/ATK1000/DEF1200
このカードを生け贄にして悪魔族モンスターを生け贄召喚した場合、
デッキから「スカル・ナイト」1体を特殊召喚する。
その後デッキをシャッフルする。


 真っ赤な目をこちらに向けている骸骨。
 カタカタと、まるで笑っているかのようにその顎が音を立てる。
 フッと微笑むわたくし。そして――

 その場で意識を失った。

 ……。

 ………。

 …………。

 どこか遠くから、声が聞こえた。
 目を開けるわたくし。見知った顔が2つ見える。

「ナイト、ホルン……」

 うめくように言うわたくし。
 ナイトがホッとした様子で息を吐く。

「いやー、良かった。急に倒れちゃうんだもん、心配したよ」

「まったく、情けないやつ」

 皮肉な口ぶりのホルン。 
 いつもの2人の姿と声を聞き、僅かに身体に力が戻った。
 額に手を当てるわたくし。

「わ、わたくし、なんだか嫌な夢を見ていたようですわ……」

「夢?」

 首をかしげるナイト。
 わたくしは身体を起こしながら、答える。

「えぇ、チームスペースが変な洋室になってて、
 あなたとホルンがカボチャと骸骨のお化けに――」

 言いかけたその時。

 目の前に広がっている不気味な一室の光景が、視界に入った。

 薄霧で濁った、おどろおどろしい部屋。
 わたくしが固まる中、ホルンが笑う。

「しっかし、こんだけビビるだなんて傑作だな。
 このチームスペースを教えてくれたテラーロアの連中には感謝しないと」

「いやー、ホルンに聞いてたけど、本当に怖がりなんだねレナードって。
 チームポイント使ってルーム変更した甲斐があるよー」

 2人がハッハッハと大きく笑いあった。
 心の奥底。熱い感情がマグマのように滲み出てくる。
 顔をあげるわたくし。

「……めてやる」

「へ?」

 笑うのをやめるナイトとホルン。
 2人がこちらへ顔を向ける。
 ゆっくりと、わたくしは立ち上がって――

「――こんなチーム!! やめてやりますわー!!」

 大きく、叫んだ。
 その言葉が洋室内にこだまする。
 窓から見える不気味に曇った空。

 雷が落ちて、轟音が辺り一帯に響き渡った……。





第三話 謎と天使と空っぽの空間


 そこは深い森だった。

 神秘的な白い霧に包まれた、静寂の森。
 生物の気配はなく、空は霧によって覆われている。
 不思議な時間。水の流れる音だけが、世界には響いている。

 森の奥、湧き出る泉の傍で――

「――ほぅ」

 1つの声が、発せられた。
 白い大理石のような物質で作られた玉座。
 そこに腰かけ足を組んでいる、銀髪の少年。

 霧の中、1人の影が現れ――

「どうかしましたか?」

 鎧を身にまとった聖騎士風の男が、そう尋ねた。
 視線を向ける銀髪の少年。その口元に笑みが広がる。

「別に、なんでもない」

 そう言って楽しそうに笑う少年。
 聖騎士風の男が怪訝そうにその姿を見る。
 ゆっくりと、少年が身を乗り出した。

「それで、どうだ? 外の世界は?」

「はっ。これがまた、なんとも不可思議な世界でして……」

 言葉を詰まらせる聖騎士風の男。
 銀髪の少年がにやりと笑う。

「そうか。まぁ、いい。お前らは自由に楽しむといい」

 尊大な口調の少年。
 男が「はっ」と声をあげ、その場に跪いた。
 沈黙が流れる。退屈そうに、少年が空を見上げた。

 男が顔を上げ、口を開く。

「あの、エリュシオン様」

「なんだ?」

 視線を男に戻す少年。
 おずおずと、男が尋ねた。

「失礼ですが、エリュシオン様は、外の世界にはご興味がないのでしょうか?」

 銀髪の少年が僅かに目を細めた。
 思案するような沈黙。静寂が流れた後――

「ない」

 銀髪の少年が、おもむろに答えた。
 そしてクックックと楽しそうに含み笑いをする。
 神妙な顔つきの男に向かって、少年が手を振った。

「ここからお前らの戦いの様子を見ているだけで、俺は十分だ。
 まぁ、所詮は封印が解けるまでの暇つぶし。俺が出る事もないだろ」

「……はっ、おっしゃる通りでございます」

 うやうやしく頭を下げる聖騎士風の男。
 立ち上がり背中を向けると、そこから去ろうとする。

「待て」

 だがその背中を、銀髪の少年が呼び止めた。
 振り返る聖騎士風の男。

「なんでしょうか?」

「一つだけ教えてやる。おそらく、そろそろあいつらが動く」

 聖騎士風の男の顔に、驚愕の色が浮かんだ。
 詰め寄らんばかりに、大きく尋ねる。

「そ、それは本当ですか?」

「いいや、俺の勘だ、勘」

 真剣な表情の男とは対照的に、からかうような口調の少年。
 唖然としている男の顔を見て、少年が大きく笑い声をあげた。

「冗談だ。とはいえ、半分は勘だがな」

「あ、あの……」

 少年の真意が理解できないでいる聖騎士風の男。
 銀髪の少年が指を伸ばす。

「封印されていた俺達があの小娘に持ちだされたのは、紛れもない事実だろ?
 だったら、遅かれ早かれ、あいつらは接触してくるさ」

「そ、それは、確かに……」

 納得したように頷く男。
 少年が視線をそらし、どこか遠くを眺めた。

「まぁ、どうなるかは俺にも予測がつかないが――
 穏やかにご挨拶という訳にもならないだろう。それなりの覚悟はしておけ」

「……もし戦いとなった場合、エリュシオン様は?」

 尋ねる聖騎士風の男。
 銀髪の少年が視線を戻した。
 フッと笑顔を浮かべながら――

「何度も言わせるな。俺が出る程の事じゃない」

 低い声で、銀髪の少年が言い放った。
 溢れ出る強烈な威圧感と、底知れぬ実力差。
 それを感じ取った聖騎士風の男の顔が、青ざめた。

「も、申し訳ありません!」

 頭を下げ、その場から退散する聖騎士風の男。 
 白い霧の中に、その姿が溶けて消える。

「……ふん」

 立ち上がる銀髪の少年。
 玉座の脇、簡素な木のテーブルへと歩み寄る。
 テーブルの上、銀食器の皿に盛られていた真っ赤な林檎を一つ取った。

 ぽんと、林檎を空中へ投げながら――

「まぁ、せいぜい楽しませてもらうか」

 銀髪の少年が、目を細めて大きく笑みを浮かべた……。






























 がやがやと、騒がしい空気が流れていた。
 
 アカデミアでの実践授業。
 何人もの生徒が体育館で並び、向かい合い、デュエルをしている。
 笑っている者。あせっている者。それらを楽しそうに眺めている者。
 いろいろな表情が、そこでは入り乱れている。

 デュエルディスクを構えながら――

「剣聖−ネイキッド・ギア・フリードで、ダイレクトアターック!」

 大きく、僕は言った。


剣聖−ネイキッド・ギア・フリード
星7/光属性/戦士族/ATK2600/DEF2200
このカードは通常召喚できない。
このカードは「拘束解除」の効果でのみ特殊召喚する事ができる。
このカードが装備カードを装備した時、相手フィールド上モンスター1体を破壊する。


 筋骨隆々とした戦士が持っていた剣を振り下ろし、
 相手のクラスメイトを切り裂いた。

「ぐあああ!!」


 男子生徒  LP2000→ 0 


 軽い衝撃を受けて、声をあげる男子生徒。
 がっくりと膝をつき、その場で悔しがった。
 ソリッドヴィジョンによるホログラムが解除される。

「やったー! 勝ったー!」

 ぴょんぴょんと、僕はその場で小さくジャンプした。
 授業とはいえ、ちゃんとした形での勝利はやっぱり嬉しい。
 笑顔で、はしゃいでいる僕。そんな僕に向かって――

「神崎さん……」

 幽霊のような声が、背後からかけられた。
 驚いて振り返る。担任の黒居先生の姿が目に映った。
 ゆらりと、先生が人差し指で僕を指差す。

「いくら勝利したからといって……あまりはしゃいでは相手が傷つきます……
 ちゃんと勝負そのものを讃えあい、リスペクトしなければ……」

 ぐるぐると、指を回す先生。
 僕は目を回しそうになりながら、「は、はい」と小さな声で頷いた。
 せっかくいい気分だったのに、なんだか心がしぼんでしまった。
 
 大きくチャイムが鳴って、授業の終わりを告げる。

「それでは……ここまでです……」

 消え入りそうな小さな声で先生が言った。
 軽い挨拶と礼をして、皆がそれぞれ体育館から出て行く。
 キョロキョロと、僕は周りを見回した。

「ミラちゃん?」

 呟く僕の背後から――

「ここ」

 吹きかけるような声が、聞こえてきた。
 驚いて振り返る。白い髪にカチューシャの美少女。
 ミラちゃんが、いつもの無愛想な表情で立っていた。

「お、おどかさないでよ……」

「?」

 よく分かっていなさそうに小首をかしげるミラちゃん。
 なんだか今日は背後から声をかけられっぱなしだ。
 胸に手を置き、心臓を落ち着かせる。

「……じゃ、行こ!」

 機嫌よく、僕は言う。
 ミラちゃんが頷いて、僕達も体育館から出た。

 お昼休み。食堂のカフェテラス――

 先ほどの体育館よりもさらに乱雑で騒がしい雰囲気。
 周りでは何人もの生徒が、学食のメニューやお弁当をテーブルに置いている。
 その中の1つ。白の丸テーブルを囲んでいる僕とミラちゃん。

「それでね、僕が増援でギア・フリードをサーチしてー」

 僕はさっきの授業での勇姿を話していた。
 無言で聞いているミラちゃん。聞き流しているのではなく、
 これがミラちゃんの話の聞き方だと言う事は既に分かっていた。

「……で、ダイレクトアタック決めて、勝っちゃった!」

 頬を染めて「きゃー!」とはしゃぐ僕。
 ミラちゃんが箸をお弁当箱の上に置いて、言う。

「内斗ちゃん、最近調子良いね」

 淡々とした口調のミラちゃん。
 僕は笑顔で頷く。

「うん! これでようやく、クラスでも中くらいの成績になってきたよ!」

「…………」

 気を良くしている僕と、無言で見つめているミラちゃん。
 キラキラと、僕は目を輝かせて両手を握り合わせた。

「このまま成績が上がれば……お小遣いもアップするかも!」

 心の中、様々な欲望が渦巻いた。
 もしお小遣いが上がったら、新しい洋服を買って靴を新調して……。
 それにハンドクリームと、自然素材の高いシャンプーなんかも買って……。

「内斗ちゃん、にやけてる」

 僕の顔を見ながら、ミラちゃんが静かに言った。
 ハッとなる。しまった、顔に出てた。
 表情を取り繕って、コホンと咳払いした。

「なんにせよ、僕って最近、絶好調だから。
 きっと良いことが起こるに違いないよ! 宝くじとか当たるかも」

 えへへと笑っている僕。
 ミラちゃんが無表情のまま尋ねる。

「何か、好調な理由とかあるの?」

 僕を見つめているミラちゃん。
 んー、と声に出して考える。

「そうだね……なんだろ、VRDSやってるからかな?」

「VRDS?」

 首をかしげるミラちゃん。
 成績優秀で勉強もできるミラちゃんだけど、
 こういう世間での流行とかにはとんでもなく疎い。

 適切な言葉を考えながら、説明する。

「えーっとね、ネットゲームだよ。
 ヴァーチャル世界でライディングデュエルするの」

「……へぇ」

 なんとも言えない返事をするミラちゃん。
 ちょっとシンプルに説明しすぎたかな?
 まっ、いいや。僕は続ける。

「それで、ヴァーチャル世界でデュエルしてるんだ、最近は。
 チームも組んでてね。それでランク上げのために勝負してるから、
 最近のデュエルにも良い経験として現れているのかも」

「…………」

 僕の言葉を聞き、無言で考えているミラちゃん。
 ぱくりと、僕は持っていた菓子パンにかぶりついた。
 むぐむぐとパンを噛んでいる僕に向かって、ミラちゃんが言う。

「ヴァーチャル世界でも、いつものクラシックなデッキ使ってるの?」

「ふにゃ……」

 パンを飲み込む。

「あっちでは、ちょっと違ったデッキを使ってるんだー」

「どんなデッキ?」

 少しだけ興味ありそうに、ミラちゃんが尋ねてくる。
 珍しい。ミラちゃんって普段はあんまり僕の事聞いてこないのに。
 僕はパンをかじりながら、真剣な表情を浮かべる。

「……笑わない?」

 尋ねる僕。
 ミラちゃんがコクリと頷いた。
 菓子パンを味わい、飲み込む。息を吐いて――

「実はさ、例の石版あるでしょ?」

 見捨てられた王城で発掘した石版。
 その事はミラちゃんにも話してあるし、度々話題にも出ていた。

「それが?」

 不思議そうな表情のミラちゃん。
 わずかに、目を丸く見開いて驚いた様子だ。
 僕は悩む。果たしてあの事を言っても信じるてくれるかどうか……。

 意を決して、僕は言った。

「あの石版、実はデッキなんだよね」

 ピタリと、時が止まった。
 目を丸くしたまま固まっているミラちゃん。
 その目がジッと、僕を見つめている。

「あー、えーっと、その……」

 当然の反応に、僕は言葉を詰まらせた。
 そりゃ、いきなりあの石の塊がデッキとか言い出したら、
 こんな反応にもなるよね。

「ごめんごめん、今の嘘! 忘れて!」

 笑いながら、僕は手の平を広げて左右に振った。
 戸惑い、困惑した様子のミラちゃん。
 話題を変えなきゃ。思ったままに、口を開く。

「そうだミラちゃん! 疾風(はやて)って知ってる?」

「……え?」

 目をしばたたかせるミラちゃん。
 やっぱり、ミラちゃんは俗世の出来事に疎い。
 ひょっとしてどこかのお姫様だったりして。

 話題をそらすためにも、僕は早口で言う。

「疾風ってのは、最近流行りのメジャーバンドだよ。
 4人組の女性バンドで、ボーカルの結花ちゃんとギターの晴海ちゃん、
 それにドラムの空さんとベースのえーっと……。 ともかく、すっごい人気なんだよ!」

 4人の姿が目に浮かんだ。
 可愛くてカッコイイ、ガールズバンドチーム。
 例の王城で歌った曲も、疾風の曲だった。

「あの、内斗ちゃん。それよりさっきの――」

 言いかけるミラちゃん。
 だけど話題を戻す訳にもいかないので、僕は無視して続ける。

「でねでね、その疾風なんだけど、クラスの子に今度一緒にライブ行かないって
 誘われてるんだよね! だから行こうかなって思ってるんだけど、ミラちゃんもどう?
 あ、もちろん誘ってるのは女子だし、興味あるならCDとかも貸すよ?」

「あっ……えっと、その……」

 まくしたてられて、戸惑っているミラちゃん。
 言葉が出てこない様子で、もじもじとしている。
 
 大きく、チャイムが鳴り響いた。

 授業開始5分前の合図だ。
 がやがやと、周りの生徒も立ち上がっていく。

「じゃあ、続きはまた後にして、教室戻ろっか!」

 にっこりと微笑みながら、僕も立ち上がった。
 ミラちゃんが「う、うん」と歯切れ悪く言いながら立ち上がる。
 何か言いたそうに、僕を見ているミラちゃん。
 うぅ、仕方がない。ため息をついて、僕は言った。

「さっきのアレは本当に冗談だから、忘れて、ね?」

 片目をつぶり、手を合わせる僕。
 僕の困ったような表情を見て、ミラちゃんがさらに戸惑いを深めた。
 見つめ合う僕達。無言の時間が続いて――

「……わかった」

 ボソリと、ミラちゃんが諦めるように言った。
 パッと、僕は顔を明るくする。

「うん、ありがと!」

 笑顔でそう言うと、ミラちゃんはうつむくように顔をそらす。
 よし。これで、少しは妙な空気もまぎれるだろう。
 ホッと、心のなかで安堵の息を吐く僕。

「それじゃ、早く教室行こ! 遅刻したらまた黒居先生に怒られちゃうよ」

 僕の言葉に黙って頷くミラちゃん。
 2人で並びながら、僕達は教室に向かって歩き出した……。






























『デュエルオーバー!!』

 その日の夜、電脳世界。
 ブザー音と共に、ジャッジデータの声が辺りに響いた。

『ウィナー、チーム・アルバトロス代表、ホルン!』

 右手をあげるジャッジデータの少女――ウインディ。
 ホルンがD・ホイールから降りて、ふぅと息を吐く。

「さっすがホルーン!」

 キャッスルテーマのピットエリア。
 僕がはしゃぎながら言い、レナードがフンとそっぽを向いた。

「ま、これくらいやってもらわなければ困りますわ」

 ツンツンとした様子のレナード。
 とはいえ、さっきまでは僕以上にデュエルの展開に
 一喜一憂してたし、内心では嬉しがってるのは間違いない。

『素直な人がいないチームですね』

 セバスチャンが現れて、一言だけ残して消えた。
 なんだか最近、セバスチャンの口調が変化してきた気がする。
 前はもっとかしこまった口調だったような。気のせいかな?

 ホルンが戻ってくると、目の前にジャッジモニターが浮かんだ。

『さーてさて! これでチーム・アルバトロスは既に2勝!
 チームバトルとしては既にアルバトロスの勝利が確定だよ!』


 モニターに僕らのチームフラッグが映った。
 翼を広げて空を飛んでいる、白い鳥の模様。
 レナードが胸を張る。

「ふふん、当然ですわ!」

「ま、こいつのはマグレ勝ちだがな」

 微笑みながら、さりげなくレナードを見るホルン。
 レナードはそれには気づいていない。
 モニター映像がジャッジの姿に切り替わった。

『という訳で決着はついた訳なんだけど、最後の3回戦はどうする?
 双方の意見次第では、このまま終わりでもいいけどー』


 提案してくるジャッジ。
 そっか。一応、今日はこれで終わりでも良いんだ。
 意見を求めるように、僕はホルンとレナードの方を見た。

「別にどっちでもいいぜ」

 ホルンが冷めた口調で答える。
 続いてレナード。

「わたくしもどちらでも構いませんわ。
 なにせ、今回はこのわたくしがチームを勝利に導きましたから!」

 嬉しそうに「オーッホホホ!」と高笑いをあげるレナード。
 良かった。最近は何かと機嫌が悪かったから。
 素直にホッとしてから、僕はジャッジに向き合う。

「じゃあ、僕もどっちでも良いので向こうの判断に任せます」

『はいはーい!』

 答えるジャッジ。
 後は向こうのチームの人がどうでるかだ。
 チームポイントは負けでも、個人ポイントのためなら勝負になるかも。

「チームポイントも溜まったし、またチームスペースを変えないか?」

 気楽な口調で、ホルンがそう発言した。
 レナードが、ピクリと反応する。

「また、ですって……?」

 警戒した様子のレナード。
 この前のチームスペース無断改変事件は、まだ記憶に新しいみたいだ。
 ホルンが両手をすくめる。

「別に、一度ポイント払えばいつでも好きに戻せるんだから、いいだろ。
 もうこのキャッスルテーマは、いい加減飽きたしな」

「なっ! だからといって、あんな不気味な、えーっと……」

 思い悩むレナード。
 セバスチャンが現れる。

『グレイブヤードテーマ』

「そう! あんなテーマはもうゴメンですわ!」

 身体を震え上がらせるレナード。
 よっぽど嫌なのだろう。顔色が悪くなる。
 ホルンはそれを無視して、目の前に見本ページを表示させていた。

「これなんてどうだ? オーシャンテーマ。
 ルームスペースは砂浜のビーチパラソルルームで、
 コーススペースは大海原の上を駆けるスプラッシュブルーだとさ」

 指差すホルン。
 さんさんと輝く太陽に、青い海の映ったチームスペースが表示されている。

「わぁ、いいねこれ!」

 目を輝かせる僕。
 ホルンが「だろ?」と笑いかけてくる。
 唯一、レナードだけが声を荒らげた。
 
「ダメッ! そのテーマはダメですッ!」
 
 何やら嫌な記憶でもあるように、烈火の如く反対するレナード。
 ホルンが渋い表情になる。

「なんだよ……。じゃ、これはどうだ? ギャラクシーテーマ。
 ルームスペースは宇宙船の中。なんと無重力にもできるらしい。
 コーススペースは銀河系を駆けるスターミルキーウェイ」

 映しだされたデータが入れ替わる。
 神秘的な暗闇の宇宙。キラキラとした星の輝き。

「うわぁー、これもいいなぁー」

 両手を握りしめ、感動する僕。
 仮想世界ならではの、現実では行けない場所に胸が踊った。
 レナードが首を振る。

「う、宇宙だなんて嫌ですわ!」

「? なんでだよ?」

 尋ねるホルン。
 レナードが青い顔のまま答える。

「だって、ブラックホールとかエイリアンとか、怖いですもの!」

「…………」

 目をつぶるホルン。
 頭痛でも感じているかのように、耐え忍ぶ表情を浮かべる。
 沈黙の後、大きく息を吐いて、ホルンが口を開いた。

「じゃ、どんなのなら良いんだよ」

 カタログ画面を払うように押すホルン。
 モニターがスライドして、レナードの前に移動した。

「そうですわね……」

 呟き、画面に目をやるレナード。
 タッチ操作でページをめくりながら、様々なルームテーマを見ていく。
 やがて、レナードが1つを選び、僕らに向かって言った。

「これなんていかがです?」

 呼びかけるレナード。
 僕とホルンが「どれどれ……」と言いながら画面の方を見る。
 モニター画面に映っていたのは――



− ルームテーマNo.59 ファームテーマ −

 のどかな放牧地をイメージしたチームスペースです。
 緑いっぱいの草原には馬や牛、羊の動物データが放し飼いとなっており、 
 それらと触れ合うことで、和やかでくつろいだ空間を楽しめます。
 ルームスペースは上記の草原の一角に建築された木造のモダンルーム、
 コーススペースは草原を駆けるレトロカントリーサイドとなっています。 
 また、D・ホイールではなく馬に乗ってRDする事も可能です。
 (ただしこの機能は上記ファームテーマでのみの使用となります。
  他のルームテーマでの使用はできませんのでご注意下さい。)



 むふんと、得意そうな表情のレナード。
 僕とホルンが、顔を見合わせた。
 そしてほぼ同時に、口を開く。

「ない」

「これはちょっと……」

 駄目だしする僕達。
 レナードが驚いたように、迫る。

「ど、どうしてですの!? いいじゃありませんか、
 のどかで平和なチームテーマで! しかも乗馬できるんですわよ!」

 画面の馬を指差すレナード。
 ホルンが額を押さえながら、言い聞かせるように話す。

「お前な、宇宙や海の次の候補で牧草地だぞ? 地味すぎるだろ。
 だいたい乗馬したいなら、現実でやれよ」

「なっ! 宇宙はともかく、砂浜なんて現実でもあるでしょうに!」

「現実じゃ海の上走れないだろ! それともお前、神話みたく海割れるのか?」

 ホルンの言葉に「ぐっ……!」と言い負かされるレナード。
 個人的にはそこまで悪く思わないけど、確かにホルンの言う通り地味すぎる気がする。
 ぎゃあぎゃあと言い争っているホルンとレナード。

 ジャッジモニターが現れる。

『はーい、お待たせー。向こうのチームの人は対戦希望だってー

 明るい口調で話すジャッジデータ。
 ホルンとレナードが話すのをやめて、こちらを見た。

「へぇ、そうか。意外と良い度胸してるな」

「まったくですわ。ナイト! ここは絶対に勝つのです!
 そしてチーム・アルバトロスの完全勝利としましょう!」

 意気込むレナード。
 僕は微笑を浮かべながら頷いた。

「うん、分かった!」

 レナードが満足そうな表情を浮かべる。
 ホルンはひらひらと手を振るだけだ。
 ピットエリアから出て、コーススペースへ。

 目の前にD・ホイールのイメージが現れる。

「遅かったな……」

 既にスタンバイしている対戦相手。
 長い髪の青年型のアバターが、静かにそう言った。
 僕はニッと笑みを浮かべてから、D・ホイールにまたがる。
 目の前のモニターをタッチする僕。文字が流れて表示される。



 Riding Duel Mode −Set Up
 Course Data Loading −Completed
 Duel Course Number 20 −Green Park Road 

 Bistro V.S Knight

 Battle Type −Single Riding Duel
 Duel System −All Green

 ――Are you ready?



 デッキが浮かび上がった。
 謎の石版を読み込んだ際に現れた、騎士のカードを使用したデッキ。
 この騎士が何者で、この石版が何なのか。まだ謎は解けていない。

 ジャッジが現れ、腕を天へと伸ばした。

『チーム・スティングレイ代表のビストロさんと、
 チーム・アルバトロス代表のナイトさん! 最終バトル!』

 高らかに、そう宣言する少女。
 石版の謎はひとまず置いといて、デュエルに集中する。
 目の前を向く僕。カウントを知らせる鐘の音が鳴り響く。

 最後の音が、庭園に鳴り響いて――

『ライディングデュエル・アクセラレ――』

 ジャッジが言いかけた、瞬間。

 まるでガラスが割れるような、大きな音が辺りに響いた。

 背後の空間から突然、何かが空中へと飛び出す。
 白の流線型のフォルムに、エンジンの機動音。
 空間データの破片が虹色に輝きながら、降り注いだ。

「えっ!?」

 声をあげて、僕は驚く。
 だがそれも束の間――

「悪いが、こいつはもらうぞ!」

 乱入してきたD・ホイールに乗った人物。
 白のフルフェイスヘルメットで顔を隠した人物が、
 くぐもった声で言って僕の腕をガシッと掴んだ。

「わわわ、ちょ、ちょっと――」

 抵抗する間も、文句を言う暇さえなく。
 僕は乗っていたD・ホイールイメージから引きずり降ろされ、
 謎のD・ホイーラーの方へと引っ張られた。

 走り抜けるD・ホイールとナイトの姿が、その場から消える。

 ぽかんとしている残された人々。
 口をあんぐりと開けながら、レナードが呟いた。

「……ひ、人さらい?」

 事態が飲み込めていない様子のレナード。
 とはいえ、それはその場にいる誰もがそうだった。
 うろたえた様子で、ホルンが叫ぶ。

「おいジャッジ! どういうことだ!?」

『ほ、ほへぇっ!?』

 素っ頓狂な声をあげるジャッジ。
 思考回路がショートしたかのように、ジャッジは固まっている。
 ホルンが舌打ちして、横を向いた。

「セバスチャン!」

 呼びかけるホルン。
 白い球体の映ったモニターが浮かぶ。

『現在、ナイト様はログインしたままの状態です。
 しかし、現在ナイト様がどのエリアにいるのかは把握できません。
 おそらく、あの乱入者によって特殊なエリアに転送されたものかと』

「特殊なエリアだと!?」

 冷静さを欠いているホルン。
 セバスチャンが続ける。

『はい。開発段階であったり、あるいは試験中のデータを表示させる特殊な空間。
 いわゆるデバッグ用で通常は感知できない空いた空間――エンプティ・スペースが、
 VRDSのサーバー内には点在しています。おそらくそのどこかに連れ込まれたのかと』

「デバッグ用だと? ということは、今のやつはVRDSのスタッフか?」

 ホルンの質問に、セバスチャンは静かに答えた。

『いいえ、違います。そのような権限はスタッフにはありません。
 おそらくデータを改竄しハッキングした違法ユーザーではないかと』

 あくまでも冷静に答えるセバスチャン。
 とはいえ、事態が好転した訳でもない。
 むしろ暗雲のような不安が、とめどもなく広がっていく。

 セバスチャンが機械的な音声で言った。

『現在、運営に緊急報告いたしました。
 しばらく、私も運営へと戻って今回の件の対処に動きます。
 申し訳ありませんが、しばらく失礼いたします』

 ブツリと、セバスチャンの映ったモニターが切れた。
 ホルンが呼びかけるが、もはや応答は返ってこない。
 固まっていたジャッジの姿も、消える。

「……ナイト」

 残された1人。
 祈るように、レナードが小さく呟いた……。






























 目の前に、開けた空間が現れた。

 オーロラのような不思議な色の空に、
 地平線の彼方まで続く真っ直ぐに伸びたコンクリートの道。
 コース以外の部分には、どこまでも続く味気ない荒野が広がっている。

 掴まれていた手が離され、コースに放り出される。

「うわっ!」

 地面に不躾に落とされ、僕は声をあげた。
 仮想空間だから痛みはない。けど、そういう問題じゃない。
 顔をあげて、僕は目の前の人物を眺める。

 白のライディングスーツに、フルフェイスのヘルメット。

 後ろからは長く淡い金がかった白の髪が伸びて、なびいている。
 流線型の白のD・ホイールイメージ。顔はこっちを向いていて、
 ヘルメットの奥からは睨みつけるような鋭い視線を感じる。

「あ、あなた、いったい……!?」

 怒ったように声をあげる僕。
 何がなんだか、訳がわからない事だらけだ。

 目の前に、電子モニターが浮かび上がる。

『御機嫌よう、麗しきお嬢さん』

 余裕ぶった、キザッたらしい声がその場に響いた。
 白いストレートの髪に、彫刻のように整った顔立ち。青い瞳。
 真っ白なスーツを着こなした青年が、姿を見せる。

「ジャッジデータ!?」

 驚く僕。
 いや、こんなタイプのジャッジは見たことがない。
 戸惑う僕に向かい、青年が深々と頭を下げた。

『これは失礼、自己紹介がまだでしたね。
 私の名前はシール。ジャッジデータのようなものです。
 以後、お見知り置き頂くと恐悦でございます』

 丁寧な口調で話すジャッジ。
 僕は警戒したまま、モニターを見つめている。
 ジャッジが、敬々しく手を動かした。

『そしてあちらが、我が主(あるじ)。シーラ様でございます』

 先程のD・ホイーラーを示すジャッジ。
 D・ホイーラーに視線を向けながら、僕は尋ねる。

「シーラ?」

『はい。我々は大いなる使命の元に生まれた、封印の一族の者でございます』

「……封印の一族?」

 聞いたことのない単語に、僕は困惑を深めた。
 さらに質問しようとする僕を制するように、

「喋りすぎだ、シール」

 鋭い声を、D・ホイーラーが響かせた。
 胸の前に手をやり、頭を下げるジャッジ。
 D・ホイーラーが続ける。

「それ以上、教える必要はない。
 我らはただ、力を見極めるだけだ。それが使命」

 鋭く、冷たい言葉。
 とてつもなく強い意志を、僕はその言葉から感じた。
 立ち上がり、両手を広げる僕。

「ちょ、ちょっと待ってよ! 全然意味が分からないんだけど!
 どうして僕をさらって、こんなよく分からない所へ連れてきたの!?」

 突然巻き込まれた理不尽に抗議するように、僕は文句を言う。
 僕の叫びを、冷たく聞き流すD・ホイーラーことシーラ。
 代わりに、白の青年ジャッジが言葉を発した。

『お答えしましょう。全ては、あなた様の行いによるものです』

「僕の……行い?」

『えぇ、そうです。あなた様の持つ――』

 言葉を切るジャッジ。
 その口元に、不敵でゾッとするような笑みが浮かぶ。
 たっぷりと焦らすように間を取り、ジャッジが言った。 

『――石版に封印された、騎士のカードのせいでございます』

 ドクンと、心臓が高鳴った。
 血の気がサーッと引いていくのが分かる。
 震えながら、言う。 

「ど、どうしてそれを……?」

『それはもちろん、我らが封印の一族だからです』

 からかうような口調。
 質問の答えになっていない。
 
「今から600年程前だ――」

 唐突に、シーラが口を開いた。
 静かな口調。僕の視線がシーラへと向く。

「我ら封印の一族は、とある王国の騎士団を石版に封じ込めた。
 そしてその力を悪用する者がいないよう、祭壇を作り封印した……」

 僕が訪れた、見捨てられた王城。
 あの隠された、神秘的な祭壇の光景が脳裏に浮かぶ。
 驚きながらも、僕は尋ねた。

「という事は、この石版を作ったのは――」

『その通りです。全て、我らが封印の一族によるもの』

 シーラに代わり答える青年ジャッジ。
 指を伸ばすと、いかにも偉そうに付け加える。

『我ら封印の一族は、決して表に姿を現さぬ影の一族。
 ですが、我らの功績によってこの世界の秩序と平和は保たれているのです。
 世を乱す悪しき力を封印する。長きに渡る我らの尊い使命が、この世界に――』

「二度言わせるな。喋りすぎだ、シール」

 鋭い声が響いた。
 冷たく、威圧するようなシーラの声。
 青年ジャッジが微笑みながら頷くと、姿を消す。

 シーラが話しを戻した。

「……そして祭壇は隠され、人々の記憶からも消えていった。
 我ら一族の施した封印は完璧だった。だが……」

 言葉を切るシーラ。
 それより先は、言わなくても分かっている。
 ゴクリと、僕は唾を飲み込んだ。冷や汗が流れる。

『いやはや、まさかあのような城を探索する物好きがいるとは』

 わざとらしく驚いた口調のジャッジ。
 なんだかバカにされているようで、ムカッとした。
 流れる沈黙。意を決して、僕は尋ねる。

「どうして、その騎士達は封印されたの?」

 シーラを見据える僕。
 さっき、『悪しき力を封印する』と青年ジャッジが言っていた。
 ひょっとして、僕が持つ騎士達も……。不安が心をよぎる。

 だが返って来たのは、

「お前が知る必要はない」

 見下したような、冷たい言葉だけだった。
 取り付くシマもなく、そのまま沈黙するシーラ。
 睨むように、僕達が真っ直ぐに見つ合う。

 首を振って、僕はさらに尋ねた。

「それで……僕にどうして欲しいの?」

 緊張した面持ちの僕。
 張り詰めた空気が、痛いほどに僕に纏わりついた。
 まるで時間が止まったかのように、周りから音が消えている。

「封印は完璧だった」

 ゆっくりとした口調のシーラ。
 くぐもった声で、続ける。

「事実、お前の持つ石版が騎士の姿として解放された訳ではない。
 そういう意味では、お前の石版を持ちだした行為はさして重罪ではない。
 だが問題なのは、この不可思議な世界だ」

 チラリと、視線を動かすシーラ。
 その目は僕――というより、この世界そのもの。
 VRDSの仮想空間そのものを、見据えているように思えた。

「この世界では、お前の持つ石版を機械で読み取ることで、
 騎士の力を再現できるようだ。それが石版の封印が弱まっているせいか、
 あるいは騎士の意志によるものなのかは分からない。だが――」

 ギラリと、ヘルメットの奥。
 鋭い視線が僕へと向けられる。

「封印されし騎士の力を使う以上、お前の存在は看過できぬ。
 ゆえにお前の力、見極めさせてもらう」

 話は終わりだと言わんばかりに、視線をそらすシーラ。
 D・ホイールに乗ったまま、真っ直ぐにコースの先を見ている。
 だけどまだ、僕は納得していない。

「見極めるって……どういう意味!?」

 叫ぶように尋ねる。
 ジャッジの姿が浮かんだ。

『そのままの意味でございますよ、ナイト様』

 にっこりと笑みを浮かべているジャッジ。
 パチンと指を鳴らすと、僕の目の前にD・ホイールのイメージが現れた。

『あなた様は封印されていた力を使用し、この世界で戦っていた。
 とすれば、我らはあなた様を見極める必要があるのです。
 好奇心で石版を持ちだしてしまった無垢なる一般人か、それとも――』

 目を細めるジャッジ。

『――封印されし力を悪用する、罪深き咎人か』

 その言葉に、僕の背筋が凍る。
 彼らの言っていること。理解こそできなかったが、本能的に確信した。

 この人達は、本気だ。

 タチの悪いハッカーの戯れでも、イタズラでもない。
 彼らの言葉から感じられる決意と気配は、演技などでは断じてなかった。
 ジャッジがD・ホイールを示す。

『さぁ、もはや退路はありません。
 ナイト様はここで我らにその力を示すしかないのです。
 いずれにせよ、我らと戦わなければここから出られませんよ?』

 甘く、誘うような言葉。
 だけどその実、天秤に乗っているのは僕の心臓。僕の命。
 身体が震える。泣きだして、逃げ出したい。でも――

 王城で見つけた、石版を思い出す。

 僕はまだ、石版の全てを知った訳じゃない。
 ここで諦めたら、もう二度とあの石版について知ることはできないだろう。
 僕が初めて自力で見つけた、世界の不思議。冒険家としての、僕の夢。

 ギュッと、拳を握りしめて――

「……いいよ。その勝負、受ける!」

 大きく、言い放った。
 嬉しそうに拍手するジャッジと、無言のシーラ。
 D・ホイールに乗り込み、僕は前面のモニターをタッチする。

 流れるように、文字が表示された。



 Riding Duel Mode −Set Up
 Course Data Loading −Completed
 Duel Course Number 0 −Debug Room 

 Knight V.S Sealer

 Battle Type −Single Riding Duel
 Duel System −All Green

 ――Are you ready?



 デッキホルダーに、デッキが浮かび上がった。
 封印された、騎士の力を宿したデッキ。
 それは僕の剣となるのか、それとも僕自身を喰らう牙となるのか――

 カウンダウンが始まる。

 青と赤のシグナルによる、シンプルなカウントダウン。 
 そのカウントが終わる度に、緊張が高まっていった。
 時間の感覚が遅く、スローモーションのように動く。

 最後のカウントが消え――

『ライディングデュエル、アクセラレーション』

 ジャッジの気取った宣言と共に、2台のD・ホイールが飛び出した。
 一気に加速し、駆け抜ける。タイヤから火花が散った。
 不可思議な色の空。誰もいない無人の荒野に――



「――デュエルッ!!」



 僕とシーラの声が、響き渡った。


 ナイト  LP4000 

 シーラ  LP4000 


 デッキがシャッフルされる。
 カードを引いて、手札ホルダーに。
 全ての運命が、カードに委ねられる。

 前を向きながら――

「――僕のターン!」

 勢い良く、カードを引いた。
 負けられない戦い。自分の手札の6枚をサッと眺める。

「僕はヘルブレイズ・ナイトを、攻撃表示で召喚!」

 1枚を選択して、ディスク部分へ。
 燃え盛る炎と共に、火に包まれた赤い戦士が姿を現した。


 ヘルブレイズ・ナイト ATK1800 


『ほぅ、それが封印の騎士ですか』

 興味深そうに、眺めるジャッジ。
 僕はさらに2枚のカードを掴む。

「2枚伏せて、ターンエンド!」

 裏側表示のカードが浮かび上がって、消える。
 最初の1ターン目だからといって、油断はしない。
 相手の実力は未知数。果たしてどれほどの腕前なのか……。

 虹色に輝く不思議な空の下、走り抜ける僕達。

「――私のターン!」

 シーラがゆっくりと、カードを引いた。
 フルフェイスのヘルメット。その表情は全く見えない。


 シーラ SPC:0→1  ナイト SPC:0→1 


「手札のエンジェル・エッグのモンスター効果発動!」

 悩む間もなく、シーラがカードを手に取った。
 描かれているのは、天使の羽根が生えた白い卵。
 それを指ではさみ、こちらへと向けている。

「手札のこのカードを公開し、デッキの一番下へと送って1枚ドロー!」

 カードをデッキに戻すシーラ。
 さらに山札からカードを引く。
 デッキ圧縮? 相手の狙いが分からない。

 さらにカードを手に取るシーラ。

「そして! エンジェル・エッグを守備表示で召喚!」

「!? 同じカード!?」

 驚く僕。
 フィールドに光が浮かび、天使の卵が再び姿を現した。
 卵の中央部分。ぼんやりと光が輝いている。


 エンジェル・エッグ DEF0 


「さらに私はカードを2枚伏せ、ターンを終了!」

 カードを2枚伏せてくるシーラ。
 裏側表示のカードが浮かび上がって消える。
 場にはモンスターが1体ずつと、伏せカードが2枚ずつ。
 反転した鏡のように、互いの場の状況は似通っている。

 エンジンを踏み込みながら――

「僕のターン!」

 気合いを入れて、カードを引いた。
 引いたカードを見るのと同時に、スピードが上がる。


 ナイト SPC:1→2  シーラ SPC:1→2 


 手札を見ながら、考える。
 相手の場のモンスターの守備力は0。
 伏せカードが気になるけど、ここは攻め入るチャンス。

 手札のカードを選ぶ。

「僕はマジックコール・ナイトを攻撃表示で召喚!」

 光の中から、ローブを着込んだ優男風の魔術師が現れた。
 微笑みながら、手に持ったステッキで帽子をチョンと動かす。


 マジックコール・ナイト ATK1400 


 ばっと、腕を前に出す。

「バトル! マジックコール・ナイトでエンジェル・エッグを攻撃!」

 僕の呼びかけに、魔術師が身構えた。
 手の平を前に出して、呪文を詠唱する魔術師。
 青いスパークがその手から飛び出して、卵へと突き進む。

 火花が、天使の翼を持つ卵を貫き、砕いた。

「倒した……!」

 声をあげる僕。
 だが――

「エンジェル・エッグの効果発動!」

 シーラが高らかに、声を発した。
 場に、金色に輝く光が溢れる。

「このカードが戦闘で破壊された時、同名カードをデッキから特殊召喚する!」

「ッ! リクルート効果!」

 顔をしかめる。
 金色の光の中、新たな卵が2つ並んで現れた。


 エンジェル・エッグ DEF0 

 エンジェル・エッグ DEF0 


「さらにエンジェル・エッグが戦闘で破壊された場合、
 私はライフポイントを600ポイント回復させる……」


エンジェル・エッグ
星1/光属性/天使族/ATK0/DEF0
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
自分は600ライフポイント回復する。さらに自分のデッキから
「エンジェル・エッグ」を任意の数だけ表側守備表示で特殊召喚する事ができる。
自分のメインフェイズ時に、手札にあるこのカードを相手に見せて発動する。
このカードをデッキの一番下に戻し、カードを1枚ドローする。


 金色の光が広がり、シーラの頭上から光の粒が降り注いだ。


 シーラ  LP4000→ 4600 


 リクルート効果に加えて、ライフ増強効果まで。
 ステータスは低いけど、あのモンスターは厄介だ。
 本当なら攻撃してライフを増やしたくない。

「……それでも! ヘルブレイズー!」

 天使の卵を指差す僕。
 炎の戦士が飛び上がり、燃える拳を卵に叩き込んだ。
 何の抵抗もなく、卵が砕け散って消える。

 金色の光が浮かび上がり、光の粒が降り注いだ。


 シーラ  LP4600→ 5200 


 僕の場に舞い戻る炎の戦士。
 手札を見ても、これ以上できることは何もない。

「ターンエンド!」

 声を張り上げ、僕はそう宣言した。
 張り詰めた空気は緩むことなく、ますます強まっていく。
 殺風景な荒野の景色とは対照的に、場は重い空気に満ちていた。

「私のターン!」

 デッキに指を伸ばすシーラ。
 流れるように、カードを引く。


 シーラ SPC:2→3  ナイト SPC:2→3 


 その指が1枚のカードを掴んだ。

「チューナーモンスター、オラクル・クイーンを召喚!」

 カードをセットするシーラ。
 場に白いドレスを着た、高貴なる女王が悠然と現れる。


 オラクル・クイーン ATK0 


 卵の横に立つ女王。
 その白い手を、ゆったりと前に伸ばした。

 シーラが場のカード2枚を、手に取る。

「レベル1、エンジェル・エッグに! レベル1、オラクル・クイーンをチューニング!」

 高らかに宣言するシーラ。
 その言葉に衝撃を受ける。

「レベル2の、シンクロ召喚!?」

 フッと、ヘルメットの奥でシーラが笑ったような気がした。
 女王の体が光に包まれて、1本の輪となる。輪が卵を取り囲んだ。

「生まれし風、裁きの存在となりて天を駆け抜けん。全てを振り切る翼となれ!」

 卵が砕けて、星となった。
 輪の中、唯一の星が巨大な光となる。
 そこから金色の光が溢れ出て――

 天使の羽根が、舞い落ちた。

「シンクロ召喚! 光来せよ、ティフォネース・アポストロス!!

 光の奥、白い姿が浮かび上がる。
 白い身体。背中から生えた、薄く緑色に発光する天使の羽根。
 まるで女神像のような美しい姿の天使が、フィールドに降り立った。


 ティフォネース・アポストロス ATK1800 


 畳み掛けるように、シーラが言う。

「シンクロ素材となったオラクル・クイーンの効果!
 このカードを素材としたモンスターは相手の魔法・罠の効果を受けない!」


オラクル・クイーン
星1/光属性/天使族・チューナー/ATK0/DEF0
このカードをシンクロ素材としたシンクロモンスターは
相手の魔法・罠カードの効果を受けない。


 相手の墓地の一番上。
 女王のカード効果がディスプレイに表示された。
 耐性効果。これじゃあ伏せていた2枚は使用できない……。

「行け、ティフォネース・アポストロス! マジックコール・ナイトに攻撃!」

 悔しがる間さえなく、シーラがデュエルを進める。
 天使の後ろから突風が吹き、緑色の羽根が舞い散った。
 風に乗った天使が、一瞬にして魔術師の眼前へと迫る。そして――

ソニック・ジャッジメント!!

 シーラの掛け声と共に、鋭い蹴りが魔術師に炸裂した。
 声をあげて砕けるマジックコール・ナイト。衝撃が伝わる。

「ぐっ……!」


 ナイト  LP4000→ 3600 


 僅かだがライフが削られる。
 まだ大した事はないが、デュエルの流れは向こうに傾きつつあった。
 このままずるずると攻めこまれたら危ない。

「ターンエンドだ」

 新たにカードを伏せることもなく、ターンを終わらせるシーラ。
 余裕? それとも既に伏せてある2枚に自信があるの?
 
 ひたすらに続く直線を走りながら、デュエルは進んでいく。

「僕のターン!」

 カードを引いた。
 スピードカウンターが増える。


 ナイト SPC:3→4  シーラ SPC:3→4 


 引いたカードを見て、僕はわずかに微笑んだ。
 そのままカードを場へと出す。

「僕はブレイブオーダー・ナイトを攻撃表示で召喚!」

 場に、銀色の鎧を身にまとった聖騎士風の男が現れた。
 白のマントを揺らしながら、不敵な笑みを浮かべている騎士。
 得意になりながら、言う。

「ブレイブオーダーの効果で、僕の場の戦士族の攻撃力は400ポイントアップする!」


ブレイブオーダー・ナイト
星4/地属性/戦士族/ATK1400/DEF1200
このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、
ダメージ計算前にそのモンスターを持ち主のデッキに戻す。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
自分フィールド上に表側表示で存在する
戦士族モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。


 騎士が腰の剣を抜いて、相手の陣地に向けた。
 その勇姿に鼓舞されるように、炎の戦士の士気が上がる。


 ブレイブオーダー・ナイト ATK1400→ ATK1800 

   ヘルブレイズ・ナイト  ATK1800→ ATK2200 


 これで攻撃力が相手の場の天使を上回った。
 耐性効果を持つ厄介な天使に、場に居座られてちゃ迷惑だ。

「バトルだ! ヘルブレイズ・ナイト!」

 声を上げる。
 炎の戦士が雄叫びを上げ、天使に向かって突撃した。
 燃える拳を握りしめ、振りかぶる。

 光の翼が輝いて――

「ティフォネース・アポストロスの効果、発動!」

 シーラの声が、響いた。
 目を見張る僕。シーラがティフォネースのカードを手に取り、見せつける。

「このカードを除外し、シンクロ素材とした一組を特殊召喚!」

「!?」


ティフォネース・アポストロス
星2/風属性/天使族・シンクロ/ATK1800/DEF1200
天使族チューナー+チューナー以外の天使族モンスター1体
このカードをゲームから除外する。
除外後、このモンスターのシンクロ召喚に使用した
シンクロ素材モンスター一組が自分の墓地に揃っていれば、
その一組を自分フィールド上に特殊召喚できる。
この効果は相手ターンでも発動できる。


 天使の身体が淡く発光し、その姿が天に召された。
 代わりに現れる2つの姿。天使の羽根が生えた卵と、白の女王。


 エンジェル・エッグ DEF0 

 オラクル・クイーン DEF0 


「分離効果……!?」

 呟く僕。
 結果として天使は消えたものの、攻撃はかわされた形となる。
 だけどまだ攻撃自体が無効になった訳じゃない。

「くっ、ヘルブレイズ・ナイトでエンジェル・エッグを攻撃!」

 天使の卵を指し示す僕。
 炎の戦士が声をあげ、卵に炎の拳を叩き込んだ。
 卵は砕け、さらに金色の光が舞い散る。


 シーラ  LP5200→ 5800 


 さらに、高貴な雰囲気を漂わす女王を指差した。

「ブレイブオーダー・ナイトで、オラクル・クイーンを攻撃!」

 飛び掛かる白銀の騎士。
 剣を抜いて、真っ直ぐに構える。

「ブレイブオーダーが守備表示モンスターを攻撃する時、
 ダメージ計算を行わず相手モンスターをデッキに戻す!」


ブレイブオーダー・ナイト
星4/地属性/戦士族/ATK1400/DEF1200
このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、
ダメージ計算前にそのモンスターを持ち主のデッキに戻す。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
自分フィールド上に表側表示で存在する
戦士族モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。


 白銀の剣が、女王に突き立てられた。
 驚いたように顔をしかめる女王。
 その身体が揺らぐようにして、この場から消える。

「…………」

 無言で、カードをデッキに戻すシーラ。
 だがその動作に動揺や焦燥は感じられない。
 ゆったりと、余裕さえ感じる動きで、こちらの攻撃を受け流している。

「僕はこれで、ターンエンド!」

 できる事もなく、僕はターンを回した。
 モンスターの数では優位に立っている僕。
 だけど、とても勝っているような気分にはなれなかった。

 オーロラのような不思議な色の空が、揺らめいている。



 ナイト  LP3600
 手札:3枚  SPC:4
 場:ヘルブレイズ・ナイト(ATK2200)
   ブレイブオーダー・ナイト(ATK1800) 
   伏せカード2枚


 シーラ  LP5800
 手札:3枚  SPC:4
 場:伏せカード2枚



「――私のターン!」

 手を伸ばすシーラ。
 カードを引いて、一瞬だけ視線をそちらに向ける。


 シーラ SPC:4→5  ナイト SPC:4→5 


 引いたカードをホルダーに置き、シーラが腕を前に出す。

「リバース罠オープン! エンジェル・リフト!」

 伏せられていた1枚。
 それが表となって、光を放つ。


エンジェル・リフト  永続罠
自分の墓地に存在するレベル2以下のモンスター1体を選択し、
攻撃表示で特殊召喚する。このカードがフィールド上に
存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターがフィールド上から離れた時このカードを破壊する。


 シーラの手の中にカードが現れた。
 カードを構えながら、言う。

「墓地のエンジェル・エッグを特殊召喚!」

 光が現れ、またも天使の翼を持った卵が降臨する。


エンジェル・エッグ
星1/光属性/天使族/ATK0/DEF0
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
自分は600ライフポイント回復する。さらに自分のデッキから
「エンジェル・エッグ」を任意の数だけ表側守備表示で特殊召喚する事ができる。
自分のメインフェイズ時に、手札にあるこのカードを相手に見せて発動する。
このカードをデッキの一番下に戻し、カードを1枚ドローする。


 前を向いているシーラ。
 僕の方を見ようともせず、続ける。

「チューナーモンスター、ワン・ジェネレーターを召喚!」

 カードを場に。
 白い光の中から、儀式用の仰々しい杖を持った少年が姿を見せた。
 丈の長い祭服を着た少年。微笑みながら、持っている杖で床を叩く。

 波紋が広がり、場が光で満ちた。

「ワン・ジェネレーターが召喚された時、墓地のレベル1モンスターを特殊召喚する!」


ワン・ジェネレーター
星1/光属性/天使族・チューナー/ATK0/DEF0
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚された時、
自分の墓地のレベル1のモンスター1体を対象として発動できる。
そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。


 カードを構えるシーラ。
 流れるように、その手の中に現れたカードを置く。

「墓地のエンジェル・エッグを特殊召喚!」

 光の中、さらなる卵が現れた。
 相手の場に、3体のモンスターが並ぶ。


 エンジェル・エッグ   ATK0 

 エンジェル・エッグ   DEF0 

 ワン・ジェネレーター ATK0 


「モンスターが3体……!」

 相手の場を見つめながら、呟く僕。
 おそらく、いや確実にこの予感はあたっているだろう。
 すっと、シーラが手を伸ばす。

「――エンジェル・エッグ2体に、ワン・ジェネレーターをチューニング!」
 
 場の3枚のカードをシーラが取り、構えた。
 「ぐっ」と声を漏らす僕。
 祭服を着込んだ少年の姿が、光に包まれて1本の輪に変化する。

「生まれし炎、裁きの存在となりて敵を灰と帰さん。全てを砕く剣となれ!」

 輪に囲まれた卵達が砕け散る。
 溢れる金色の光。フィールドを光が飲み込んで――

 天使の羽根が、舞い落ちた。

「シンクロ召喚! 光来せよ、フォーティエール・アポストロス!!

 光の中。
 優雅な動きを見せながら、天使がこの地上へと降臨した。
 白く美しい身体。兜で隠された顔。右手に持つ、一振りの剣。

 背中から生えた赤い色の羽根が、輝く。


 フォーティエール・アポストロス ATK2600 


「今度はレベル3の、シンクロ召喚……!」

 相手の場に現れた天使を見ながら、呟く。
 ローレベルモンスターを中心としたシンクロデッキは知っているけど、
 ここまで徹底的に低レベル――レベル1に特化したデッキは初めてだった。

 天使を従えながら、シーラが言う。

「フォーティエール・アポストロスの効果! このカードの攻撃力は、
 墓地のレベル1モンスターの数×300ポイント上昇する!」


フォーティエール・アポストロス
星3/炎属性/天使族・シンクロ/ATK2600/DEF2200
天使族チューナー+チューナー以外の天使族モンスター2体
このカードの攻撃力・守備力は、墓地に存在する
レベル1モンスターの数×300ポイントアップする。


 天使の持っていた剣が燃え上がった。
 赤い炎を纏った剣を、隙なく構える。


 フォーティエール・アポストロス ATK2600→ ATK3800 


「攻撃力3800!?」

 一気に上昇した攻撃力に、声をあげた。
 僕の場のモンスターの攻撃力を遥かに上回る数値。
 ばっと、腕を上げてシーラが強い口調で言う。

「バトル! フォーティエール・アポストロスで、ブレイブオーダー・ナイトを攻撃!」

 雄叫びをあげる天使。
 赤い羽根を散らしながら天へと舞い上がった。
 剣を胸の前で構えると、地上へと急降下してくる。
 
 白銀の騎士に、天使が迫る。

「罠発動! 天地返し!」

 空中を突き進む天使を見ながら、僕は叫ぶように宣言する。
 伏せられていた1枚が表になった。


天地返し  通常罠
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターを全て守備表示にする。
このターン、相手はモンスターの表示形式を変更できない。
墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターを全て守備表示にする。
この効果は自分のターンにのみ発動する事ができる。


「この効果で、相手モンスターを守備表示に変更する!」

 勢い良く言う僕。
 これで相手を守備表示にすれば、ブレイブオーダーの効果であの天使を消せる。
 そうすれば相手にダイレクトアタックを――

「カウンター罠オープン! トラップ・アセンション!」

 残されていた1枚。
 それが表となって、輝いた。
 驚く僕に向かって、シーラが言う。

「通常罠の発動を無効にして、そのカードをゲームから除外する!」

「なっ……!」


トラップ・アセンション  カウンター罠
相手が発動した通常罠カードの発動を無効にし、
そのカードをゲームから除外する。
その後、自分はカードを1枚ドローする。


 僕の場の天地返しのカードに、電流が走った。
 そのままカードの姿が揺らめいて、次元の彼方へと消えていく。

「そして、トラップ・アセンションの効果で1枚ドロー!」

 カードを引くシーラ。その手札が4枚に増える。
 これで攻撃を防ぐ機会は完全に失われた。
 天使が空中より落下し、そして――

クリムゾン・ジャッジメント!!

 炎の剣が、騎士の身体を切り裂いた。
 火の粉が乱れ飛び、場に赤い羽根が舞い散る。
 爆発が起こり、強い衝撃が僕の全身に走った。

「うわああああ!!」


 ナイト  LP3600→ 1600   SPC:5→ 3 


 ライフが減り、スピードカウンターも減る。
 D・ホイールの速度が落ちて、距離が開いた。
 振り返り、見下したような口調で話すシーラ。

「ライディングデュエルにおいて、重要なのはスピードスペルではない。
 スピードカウンターに左右されずに発動できる罠カードこそ、デュエルの要だ。
 この程度の対策も見抜けないとは、お前の力はその程度か?」

「ぐっ……!」

 何も言い返せなかった。
 明らかに、デュエリストとしての実力は相手の方が上。
 攻撃、防御、戦略。全ての面で、シーラは僕の上を行っている。

 前に向き直るシーラ。1枚のカードを手に取る。

「1枚伏せ、ターンエンド!」

 リバースカードが浮かび上がって消える。
 相手の場のカードは、強力な効果を持つ天使と伏せカード1枚。
 さらにライフポイントには大きな隔たりがある。

 前を駆けるシーラを、僕は追いかける。



 ナイト  LP1600
 手札:3枚  SPC:3
 場:ヘルブレイズ・ナイト(ATK1800)
   伏せカード1枚


 シーラ  LP5800
 手札:3枚  SPC:5
 場:フォーティエール・アポストロス(ATK3800) 
   伏せカード1枚



「僕のターン!」

 不利な状況を跳ね返すように、大きく声をあげる。
 カードを引いて、手札を眺めた。


 ナイト SPC:3→4  シーラ SPC:5→6 


 場の状況を考える。
 相手の場には伏せカードが1枚。
 迂闊に攻撃すれば、不利になるかもしれない。
 
 だけど、僕のライフポイントは残り僅か。

 守りに徹した所で、時間が稼げるような数値じゃない。
 勝つためには、いつかは攻めなきゃダメだ。
 だったら――

 手札の1枚を持った。

「僕はコマンドキッド・ナイトを召喚!」

 この状況でも、恐れず攻めるしかない!

 カードを置く。
 赤い鎧を着込んだ、青い髪の子供騎士が現れた。
 並び立つ2人の騎士。声を上げて、言う。

「コマンドキッド・ナイトの効果! ヘルブレイズ・ナイトのレベルを1下げる!」


コマンドキッド・ナイト
星2/炎属性/戦士族・チューナー/ATK800/DEF1200
相手フィールド上に守備表示のモンスターが存在する場合、
このカードは手札から特殊召喚できる。
1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在する
このカード以外のモンスター1体を選択して発動できる。
エンドフェイズ時まで、選択したモンスターのレベルを1つ下げる。


 手を前にやる青髪の子供騎士。
 燃える赤の戦士の身体から、光が1つ出て消える。


 ヘルブレイズ・ナイト レベル4→ レベル3 


 無言のシーラ。振り返る事もせず、背中を向けている。
 エンジンを踏み込みながら、大きく叫んだ。

「いくよ!」

 僕の声に頷く2人の騎士。
 手を前に出す。

「レベル3のヘルブレイズ・ナイトに、レベル2のコマンドキッド・ナイトをチューニング!」

 へへんと微笑み、ポーズを決める子供騎士。
 その身体が砕け散って、2本の輪が飛び出した。
 輪が炎の戦士を取り囲む。

「戦士達の魂が、逆巻く風となって1つとなる! 新たな力を刻み込め!」

 線だけの存在となった戦士の身体が砕けた。
 一直線に並ぶ3つの星、取り囲む2つの輪。
 疾風が巻き起こって、その姿を飲み込む。そして――

 閃光が、走った。

「シンクロ召喚! 吹き荒れろ、トルネード・パラディン!!

 風の中、白き騎士がその巨体を現した。
 白い鎧のような身体に、全身を巡る緑色のライン。
 全身に力を込めながら、青い目を相手の場に天使を向ける。


 トルネード・パラディン ATK2400 


『ほぅ、それが……』

 ジャッジデータが現れて、観察するように騎士の姿を眺めた。
 シーラは振り返らず、D・ホイールの画面を見つめている。
 ばっと、僕は腕を前に出した。

「トルネード・パラディンの効果! 相手モンスターの表示形式を変更する!」


トルネード・パラディン
星5/風属性/戦士族・シンクロ/ATK2400/DEF1800
戦士族チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがシンクロ召喚に成功した時、
フィールド上に存在するモンスターカードを任意の枚数選択する。
選択されたモンスターの表示形式を変更する。


 場に、疾風が吹き荒れた。
 渦巻くように、フィールドを飲み込む一陣の風。
 風に気圧されるように、天使が跪いた。


 フォーティエール・アポストロス ATK3800→ DEF3400 


 カードを手に、畳み掛ける。

「Sp−ハーフ・ミストを発動!」

 カードを発動する。
 相手の場に神秘的な白い霧が立ち込めた。

「この効果で、相手の守備表示モンスターの能力ステータスを半減させる!」


Sp−ハーフ・ミスト  通常魔法
自分のスピードカウンターが2つ以上ある場合に発動する事ができる。
相手フィールド上に表側表示で存在している
守備表示モンスターの攻撃力・守備力を半分にする。


 霧の力によって、相手の赤く光輝く翼が隠された。
 その影響によって、天使の身体から力が失われる。


 フォーティエール・アポストロス DEF3400→ DEF1700 


 これで、こちらの攻撃力が上回った。
 相手の場の天使を、指差す。

「行け! トルネード・パラディン!」

 目から光を放ち、疾風の騎士が飛びかかった。
 白き巨体が、相手の場の天使へと迫る。
 拳を握り固めて、振りかぶった。

「罠カードオープン! マーシフル・バリア!」

 相手の場の伏せカードが表になる。

「この効果で、お前のモンスターの攻撃を無効にする!」


マーシフル・バリア  通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
その攻撃モンスター1体の攻撃を無効にする。
この効果の対象となったモンスターの効果は無効となり、
フィールドから離れた場合に除外される。


 天使の眼前、薄く輝くバリアが貼られた。
 拳を叩き込むトルネード・パラディン。
 衝撃が巻き起こるが、攻撃は天使に届かない。

 バリアに弾かれ、疾風の騎士と天使の距離が開く。

「所詮、その程度の――」

 言いかけたシーラの言葉を遮るように、

「手札のマッシブダガー・ナイトの効果を発動!」

 手札のカードを見せつけ、僕は叫んだ。
 シーラが初めて、驚いたように振り返る。
 
「なに?」

「このカードを手札から捨て、僕の場のシンクロモンスターに2回攻撃能力を与える!」


マッシブダガー・ナイト
星3/地属性/戦士族/ATK1300/DEF500
このカードを手札から墓地へ送り、
自分フィールド上のシンクロモンスター1体を対象として発動できる。
選択したモンスターは一度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。


 小振りのダガーを持った、暗殺者のような風貌の騎士。
 その姿が描かれたカードを、僕は墓地へと送った。 
 疾風の騎士の身体から、光が溢れる。

「トルネード・パラディンッ!!」

 強く、呼びかける僕。
 疾風の騎士が頷き、もう一度振りかぶった。
 相手の場に伏せカードはない。攻撃を防ぐ術はないはず。

 拳を握り固めて――

トルネード・インパクトーッ!!

 疾風の騎士が、天使の顔を撃ちぬくように殴り抜けた。
 凄まじい衝撃と突風が、巻き起こる。
 
 空中に、緑色の紋章が浮かび上がった。

 くるりと背を向ける疾風の騎士。
 吹き飛んだ天使の手から、剣が滑り落ちる。
 緑の紋章が輝いて――

 天使の身体が爆発を起こし、砕け散った。

「やった……!」

 小さく、喜びの声をあげる僕。
 何とか相手の強力な天使を倒すことに成功した。
 前を走るシーラの横に、ジャッジモニターが浮かぶ。

『おやおや。まさか、シーラ様の天使を倒すとは』

 純粋に驚いた様子のジャッジ。
 シーラが口を開く。

「黙っていろ、シール」

 威圧的な口調。

「相手が使っているのは封印の騎士。このくらいはやってくる」

『その通りでございますね。少々、見くびりが過ぎました』

 うやうやしく頭を下げるジャッジデータ。
 モニターがブツリと消え、シーラも前を向いた。
 
「ちょっと、僕の事バカにしすぎじゃない!?」 
 
 文句を言うが、シーラは答えない。
 早くデュエルを進めろと言わんばかりに、速度を上げる。

「ぐっ、僕はこれでターンエンド!」

 距離が開きそうになり、僕は苦い表情で言った。
 引き離されないよう、目一杯エンジンを踏み込む。
 変わらない荒野の景色が、高速で後ろへと通り過ぎて行く。



 ナイト  LP1600
 手札:1枚  SPC:4
 場:トルネード・パラディン(ATK2400)
   伏せカード1枚


 シーラ  LP5800
 手札:3枚  SPC:6
 場:なし



「私のターン!」

 動揺した様子もなく、
 先程と変わりない口調でカードを引くシーラ。


 シーラ SPC:6→7  ナイト SPC:4→5 


 相手の手札は4枚。
 とはいえ、場にカードは1枚もない。
 今の状況なら、僕が圧倒的に有利な――

「Sp−ダウン・リボーンを発動!」

 僕の考えを打ち砕くように、シーラがカードを発動した。
 相手の場に浮かび上がるカード。

「この効果で、お前の場のトルネード・パラディンの攻撃力を800ポイントダウン!」

「えっ!?」

 カードが光を放つ。
 僕の場の疾風の騎士の身体に、不気味な赤い光が纏わりついた。
 窮屈そうに、騎士が声をあげる。


 トルネード・パラディン ATK2400→ ATK1600 


「攻撃力が!」

 悲痛な声をあげる僕に向かって、

「さらにその後、私の墓地のレベル1モンスターを守備表示で特殊召喚する!」

 シーラが、冷たく言い放った。


Sp−ダウン・リボーン  通常魔法
自分のスピードカウンターが2つ以上ある場合に発動する事ができる。
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択する。
選択したモンスターの攻撃力を800ポイント下げる。
その後、自分の墓地からレベル1のモンスター1体を選択し、
自分フィールド上に表側守備表示で特殊召喚する。


 シーラの手の中にカードが出現する。

「墓地のワン・ジェネレーターを特殊召喚!」

 光の中、祭服を着て杖を持った少年が再び姿を現した。
 無邪気な笑顔を浮かべたまま、杖で空中を叩く。

 波紋が広がり、光が満ちた。

「そしてワン・ジェネレーターの効果で、墓地のエンジェル・エッグを特殊召喚!」


ワン・ジェネレーター
星1/光属性/天使族・チューナー/ATK0/DEF0
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚された時、
自分の墓地のレベル1のモンスター1体を対象として発動できる。
そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。


 光の中、天使の翼を持つ卵が浮かび上がる。


エンジェル・エッグ
星1/光属性/天使族/ATK0/DEF0
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
自分は600ライフポイント回復する。さらに自分のデッキから
「エンジェル・エッグ」を任意の数だけ表側守備表示で特殊召喚する事ができる。
自分のメインフェイズ時に、手札にあるこのカードを相手に見せて発動する。
このカードをデッキの一番下に戻し、カードを1枚ドローする。


「さらに手札より、ディア・ゴスペルを通常召喚!」

 カードを出すシーラ。
 場に聖歌隊の衣装を着た乙女が現れた。祈りを捧げている少女。
 目をつぶり、慈愛の笑みを口元に浮かべている。


 ディア・ゴスペル    DEF0 

 ワン・ジェネレーター DEF0 

 エンジェル・エッグ   DEF0 


「そ、そんな……!」

 並び立った3体のモンスターを見て、僕は言葉を詰まらせた。
 一瞬でここまでの数を展開するなんて。
 しかも、この布陣は…… 

 絶望する僕に向かって――

「ディア・ゴスペルとエンジェル・エッグに、ワン・ジェネレーターをチューニング!」

 シーラが高らかに、宣言した。
 杖を持った少年の身体が光に包まれて、輪に変化する。
 顔をしかめる僕。

「生まれし氷、裁きの存在となりて夢幻を見せん。全てを惑わす瞳となれ!」

 輪に囲まれた天使達が光に。
 金色の光が場を包み込んだ。大気が震えて――

 天使の羽根が、舞い落ちた。

「シンクロ召喚! 光来せよ、プリミューラ・アポストロス!!

 光の中、凍える冷気が吹き抜けた。
 顔半分を隠す白の面。妖しげな光を讃える瞳。
 巨大な装飾杖を片手に、妖艶な微笑みを浮かべる女天使がそこにはいた。
 
 背中から生えた青い色の羽根が、冷風に乗って散る。


 プリミューラ・アポストロス ATK2400 


「また、シンクロ召喚……!」

 相手に場に現れた天使を見据えながら、僕は呟いた。
 シーラが腕を伸ばし、容赦なく言葉を続ける。

「バトル。プリミューラ・アポストロスで、トルネード・パラディンを攻撃!」

 天使が持っていた杖を構えた。
 その身体を中心にして、凄まじい猛吹雪が巻き起こる。
 凍てつく風が、疾風の騎士を襲う。

「くっ、罠発動! 燕落とし!」

 慌てるように、僕は宣言する。
 僕の場の伏せカードが表に。


燕落とし  通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
攻撃モンスターを守備表示に変更し、その守備力を0にする。
このターン、相手はモンスターの表示形式を変更できない。


 瞬間。
 表になった燕落としのカードが凍りついた。
 目を見開く僕に向かって、シーラが言う。

「プリミューラ・アポストロスが存在する限り、
 相手はバトルフェイズ中にカードを使用する事ができない!」

「なっ……!」

 絶句して、顔をあげる。
 相手の場の天使の瞳が、鈍い輝きを放っていた。


プリミューラ・アポストロス
星3/水属性/天使族・シンクロ/ATK2400/DEF2200
天使族チューナー+チューナー以外の天使族モンスター2体
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
相手はバトルフェイズに魔法・罠・モンスター効果を発動する事はできない。


 カードが裏になって、再セットされる。
 冷気が疾風の騎士の身体に吹きつけ、そして――

アイシクル・ジャッジメント!!

 天より、巨大な氷が降り落ちた。
 氷塊に押しつぶされる疾風の騎士。その身体が粉砕される。

「うっ……!」


 ナイト  LP1600→ 800 


 ついにライフポイントが三桁に。
 しかも、相手のライフには傷一つない。

 強い。

 今まで、現実やVRDSでたくさんの人とデュエルしたけれど、
 これほどまでに強いデュエリストは初めてだった。
 相手の戦略を読み切る判断力、カードを扱うテクニック。
 全てがトップクラスで、洗練されている。

「私はこれでターンエンド」

 静かに宣言するシーラ。
 その感情に揺れはなく、淡々とした口ぶりだった。
 さらにシーラの場に、光が浮かぶ。

「シンクロ素材となったディア・ゴスペルは、
 墓地に送られたターンのエンドフェイズ時、手札に戻る」


ディア・ゴスペル
星1/光属性/天使族/ATK0/DEF0
このカードがシンクロモンスターのシンクロ召喚に使用され
墓地へ送られた場合、そのターンのエンドフェイズに
自分の墓地に存在するこのカードを手札に戻す。


 祈りの乙女が描かれたカード。
 それが光と共に、シーラの手の中に現れる。
 手札ホルダーに、そのカードを置くシーラ。

「さぁ、お前のターンだ」

 何の感情も込められていない声で、シーラが言った。
 追い詰められた僕が「くっ」と呟き、前を向く。



 ナイト  LP800
 手札:1枚  SPC:5
 場:伏せカード1枚(燕落とし)


 シーラ  LP5800
 手札:3枚  SPC:7
 場:プリミューラ・アポストロス(ATK2400)



 無機質なコースを駆ける僕達。
 状況は圧倒的に僕の不利。ライフは風前の灯な上、
 伏せカードはあの氷の天使がいる限り役に立たない。
 
 残っている手札は――


Sp−ハイスピード・クラッシュ  通常魔法
自分のスピードカウンターが2つ以上ある場合に発動する事ができる。
フィールド上に存在するカード1枚と、自分フィールド上に存在するカード1枚を破壊する。


 ハイスピード・クラッシュ。
 これを使えば燕落としを破壊して、相手の天使を破壊できる。
 だけどそれでは次の攻撃は防げない。次の相手ターン、僕は負ける。

 このドローに、全てがかかっている――。

 腕を伸ばした。
 祈るように、デッキに手を置く。
 お願い、どうか僕に力を貸して。

 ゆっくりと――

「――僕のターン!」

 デッキから、カードを引いた。
 時間が止まったかのように、周りから音が消える。


 ナイト SPC:6→7  シーラ SPC:8→9 


 緊張の一瞬。引いたカードを表にして――
 僕の目に、活力が戻った。
 
 カードを場に。

「チューナーモンスター、タクティシャンガール・ナイトを召喚!」

 光が現れ、そこから軽鎧を着て眼鏡をかけた女騎士が姿を見せた。
 マントをはためかせ、片手に持つ本を読みふけっている女騎士。


 タクティシャンガール・ナイト ATK1200 


「タクティシャンガール・ナイトの効果!
 召喚に成功した時、相手モンスター1体を選択して守備表示に!」

 相手の場の天使を指差す。
 鈍い光がのしかかるように、天使に降り注いだ。
 不服そうな表情で、天使がその場に跪く。


 プリミューラ・アポストロス ATK2400→ DEF2200 


「さらにこの効果を受けたモンスターが墓地に送られた場合、
 僕はデッキからカードを1枚ドローする!」


タクティシャンガール・ナイト
星2/地属性/戦士族・チューナー/ATK1200/DEF1000
このカードが召喚に成功した時、
相手フィールド上のモンスターを1体まで選択する。
選択したモンスターが攻撃表示の場合、守備表示に変更して以下の効果を与える。
●このカードが墓地に送られた場合、相手はデッキからカードを1枚ドローする。


『ですが、ナイト様の場にはシンクロ素材となるモンスターがおりません。
 シンクロ召喚できなければ、シーラ様の天使には勝てませんよ?』

 ジャッジモニターが浮かび、小馬鹿にしたような口調で言った。
 僕は無言で、手を前に出す。

 目の前に、カードが浮かび上がった。

「墓地のマジックコール・ナイトの効果!
 相手モンスターの表示形式が変更された時、墓地から特殊召喚できる!」

 カードを掴みとり、セットする僕。
 場に魔法陣が浮かび上がり、魔術師風の優男が再び現れた。


マジックコール・ナイト
星4/地属性/戦士族/ATK1400/DEF900
相手フィールド上のモンスターの表示形式が変更された時に発動できる。
このカードを墓地から特殊召喚する。この効果で特殊召喚した
このカードは、フィールドから離れた場合に除外される。


 ふふんと笑っている魔術師。
 これで、場に2体の戦士が並んだ。
 ペダルを踏み込みながら、大きく言う。

「レベル4マジックコール・ナイトに、レベル2タクティシャンガール・ナイトをチューニング!」

 読んでいた本を閉じる女騎士。
 眼鏡を指でくいと押し上げ、前を向いた。
 その身体が光となって、2本の輪になり宙を飛ぶ。

「戦士達の魂が、支配の水となって1つとなる! 新たな力を刻み込め!」

 魔術師の身体から星が飛び出て、並ぶ。
 輪に囲まれた光が融け合い、1つになった。
 そこから水が溢れ出て、そして――

 閃光が、走った。

「シンクロ召喚! 揺らめけ、アクア・パシフィスター!!

 水飛沫をあげながら、青き騎士が姿を見せた。
 身にまとった軽装の鎧に浮かぶ女性的な体つきに、思慮深い面持ち。
 海のように鮮やかな青に染まったマントが、背中で揺れている。


アクア・パシフィスター
星6/水属性/戦士族・シンクロ/ATK2200/DEF2400
戦士族チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
1ターンに1度、相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
このカードが戦闘またはカード効果によって破壊された時、
相手フィールド上に攻撃表示で存在するモンスターを全て守備表示にする。
この効果が発動したターン、相手はモンスターの表示形式を変更できない。


 再び、ジャッジモニターが浮かんだ。

『これはこれは、お目麗しき知性的な女性の登場ですね』

 気取った笑みを浮かべながら、頭を下げるジャッジ。
 下げていた顔を上げると、僕へと視線を向ける。

『ですが、その数値ではシーラ様の天使と互角。戦闘破壊はできませんよ?』

 確認するかのような口調。
 確かに、今の数値では相手と同じ。戦闘では勝てない。
 だけど――

「墓地のヘルブレイズ・ナイトの、効果発動!」

 腕を横に動かしながら、僕はそう宣言した。
 場に炎の戦士が描かれたカードが浮かび上がる。

「このカードを除外して、僕の場の戦士族の攻撃力を800ポイント上昇させる!」


ヘルブレイズ・ナイト
星4/炎属性/戦士族/ATK1800/DEF1500
自分のメインフェイズ時に墓地のこのカードをゲームから除外し、
自分フィールド上の表側表示モンスター1体を選択して発動できる。
選択した自分のモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで800ポイントアップする。


 水の騎士の周りを、燃え上がる赤い炎が取り囲んだ。
 火と水。相反する力をも受け入れ、女性的な騎士の力が上昇する。


 アクア・パシフィスター ATK2200→ ATK3000 


『なるほど。聡明にして賢明なる女性にも、
 その心には常に燃え上がる赤き情熱が隠されて――』

 ポエミィな口調のジャッジに向かって、

「お前は黙っていろ」

 シーラが、冷たい口調で言い放った。
 口を閉じて頭を下げるジャッジ。その姿が消える。
 手を前に、言う。

「さぁ、バトルだ! アクア・パシフィスター!」

 僕の呼びかけに反応する水の騎士。
 両手を前に出す。その掌に魔力が集中し、神秘的な青い光が溢れた。
 凝縮された魔力が、一本の巨大な槍型の光へと変化する。

 水の騎士が振りかぶり――

オーシャン・ストリーム!!

 目にも留まらぬ早さで放たれた槍が、天使の身体を一瞬で貫いた。
 胴体を貫き、さらに下の地面さえも貫通してえぐりとる魔力の槍。
 
 空中に青い色の紋章が浮かぶ。

 揺らりとした動きで、顔を伏せる水の騎士。
 まるで祈るように、その両手を握り合わせた。
 紋章が輝いて、天使が爆発して砕け散る。 

「…………」

 巻き起こった爆風を受けるシーラ。
 沈黙したまま、ハンドルを握りしめている。

「タクティシャンガール・ナイトの効果で、1枚ドロー!」

 デッキからカードを引く。
 引いたカードは、パンドラ・イリュージョン。


Sp−パンドラ・イリュージョン  通常魔法
自分のスピードカウンターを4つ取り除いて発動する。
自分か相手の墓地に存在する魔法カード1枚を選択する。
このカードの効果は選択した魔法カードと同じ効果となる。


 これで僕の手札はスピードスペルが2枚。
 ハイスピード・クラッシュとパンドラ・イリュージョンのみ。
 場には相手の攻撃を無効にできるアクア・パシフィスター。
 
「どう? これで少しは、僕の力認める?」

 虚勢を張って、話しかける僕。
 ぎこちない笑顔を浮かべるが、シーラはそれを無視した。
 すぐに、僕の表情が元の無表情に戻る。

「ターンエンド……」

 油断なく、ぽつりと僕はそう呟いた。
 少しは好転したとはいえ、相手の実力は高い。
 次の自分のターンが回ってくるまで、油断は禁物だ。



 ナイト  LP800
 手札:2枚  SPC:6
 (ハイスピード・クラッシュ、パンドラ・イリュージョン) 
 場:アクア・パシフィスター(ATK2200)
   伏せカード1枚(燕落とし)


 シーラ  LP5800
 手札:3枚  SPC:8
 (ディア・ゴスペル、???、???)
 場:なし



「私のターン!」

 デッキに手をかけるシーラ。
 何の躊躇も戸惑いもなく、カードを引く。


 シーラ SPC:8→9  ナイト SPC:6→7 


 引いたカードをそのまま表に。

「Sp−エンジェル・バトンを発動!」

 カードが浮かび上がって、輝いた。


Sp−エンジェル・バトン  通常魔法
自分のスピードカウンターが2つ以上ある場合に発動する事ができる。
デッキからカードを2枚ドローし、その後に手札1枚を墓地に送る。


 さらにカードを2枚引くシーラ。
 手札に加えて一瞥すると、その中の1枚を手に取る。

「ディア・ゴスペルを墓地へ!」

 先程手札に戻った乙女のカードを、シーラが墓地に捨てる。


ディア・ゴスペル
星1/光属性/天使族/ATK0/DEF0
このカードがシンクロモンスターのシンクロ召喚に使用され
墓地へ送られた場合、そのターンのエンドフェイズに
自分の墓地に存在するこのカードを手札に戻す。


「そして手札より、スペル・エンジェルを通常召喚!」

 4枚の手札の内の1枚。
 光が現れ、そこから神々しい輝きと共に小さな天使が現れた。
 手に持ったハープ。頭には月桂樹の冠をのせている。


 スペル・エンジェル DEF0 


「スペル・エンジェルの効果! 墓地の魔法カードを除外し、
 同名カード1体を私のデッキから特殊召喚する!」


スペル・エンジェル
星1/光属性/天使族/ATK0/DEF0
自分の墓地に存在する魔法カード1枚を選択して発動できる。
選択したカードをゲームから除外し、自分の手札・デッキ・墓地から
「スペル・エンジェル」1体を選んで特殊召喚する。


 シーラの目の前に墓地のカードが浮かんだ。
 モニター画面をタッチするシーラ。

「墓地のダウン・リボーンを除外し、デッキよりスペル・エンジェルを特殊召喚!」

 天使の身体が輝き、安らかなハープの音色が鳴り響いた。
 神々しい光が溢れて、全く同じ姿の天使がその横に現れる。


 スペル・エンジェル DEF0 


「そして!」

 カードを手に取るシーラ。

「Sp−ヴィジョンウィンドを発動する!」

 流れるようにカードをセットする。
 カードが浮かび上がり、僕は顔をしかめた。


Sp−ヴィジョンウィンド  通常魔法
自分のスピードカウンターが2つ以上ある場合に発動する事ができる。
自分の墓地に存在するレベル2以下のモンスター1体を特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターは、このターンの終了時に破壊される。


 蘇生カード。
 ということは、蘇るモンスターは当然――
 シーラがカードを掴み、見せる。

「墓地のワン・ジェネレーターを特殊召喚!」


ワン・ジェネレーター
星1/光属性/天使族・チューナー/ATK0/DEF0
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚された時、
自分の墓地のレベル1のモンスター1体を対象として発動できる。
そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。


 光が現れ、三度現れる祭服の少年。
 持っていた杖で床を叩くと、波紋が広がった。

「そしてワン・ジェネレーターの効果で、墓地のディア・ゴスペルを特殊召喚!」

 波紋の中、金色の光に包まれて。
 祈りを捧げる乙女が浮かび上がる。


ディア・ゴスペル
星1/光属性/天使族/ATK0/DEF0
このカードがシンクロモンスターのシンクロ召喚に使用され
墓地へ送られた場合、そのターンのエンドフェイズに
自分の墓地に存在するこのカードを手札に戻す。


 相手の場にずらりと並んだ、聖なる存在。
 それらは穏やかな表情を浮かべて、僕の方へ顔を向けていた。


 スペル・エンジェル   DEF0 

 スペル・エンジェル   DEF0 

 ワン・ジェネレーター  DEF0 

 ディア・ゴスペル    DEF0 


「今度は、4体……!」

 さっきまでより、さらに多い数のモンスター。
 そしてカードを巧みに操り、それらを事も無げに展開させるシーラの腕前。
 それらの事実に、僕は打ち震える。

 シーラが手を前に出した。

「3体のモンスターに、ワン・ジェネレーターをチューニング!」

 少年の身体から光が放たれ、一本の輪となった。
 天使達の身体が星となり、輪がそれらを取り囲む。

「生まれし闇、裁きの存在となりて漆黒を導かん。全てを喰らう絶望となれ!」

 金色の光が溢れる。
 そして相反するような闇が光の中心から湧き上がり――

 天使の羽根が、舞い落ちた。

「シンクロ召喚! 光来せよ、フェガロフォス・アポストロス!!

 光の中、闇の果てより。
 四つん這いの黒き獣が飛び出し、唸り声を上げた。
 漆黒の体毛に、真紅の目。鋭い爪と牙。滲み出るような威圧感。
 
 黒い光の翼が生えた獣が、天に向かって雄叫びを響かせた。


 フェガロフォス・アポストロス ATK2400 


 びりびりと空気が震える中、シーラが言う。

「フェガロフォス・アポストロスのモンスター効果! 
 シンクロ召喚に成功した時、互いの場のレベル5以上のモンスターを全て除外する!」

「!?」

 黒の獣の全身から闇が溢れて、フィールドを覆った。
 重苦しい闇が喰らいつくように水の騎士の周りを漂う。
 獣が雄叫びを上げ、水の騎士が闇に飲み込まれて消えた。

「アクア・パシフィスター!」

 悲鳴を上げる僕。
 さらにシーラが続けた。

「そしてこの効果で除外したカードの数だけ、相手の手札をランダムに墓地に送る!」


フェガロフォス・アポストロス
星4/闇属性/天使族・シンクロ/ATK2400/DEF2200
天使族チューナー+チューナー以外の天使族モンスター3体
このカードがシンクロ召喚に成功した時、
お互いの場に存在するレベル5以上のモンスターを全て除外する。
この効果で除外したカードの枚数分、相手の手札をランダムに捨てる。


 フィールドに残っていた闇が僕の方へ。
 手札の1枚。ハイスピード・クラッシュのカードが闇に飲み込まれて消える。

「ぐっ……!」


Sp−ハイスピード・クラッシュ  通常魔法
自分のスピードカウンターが2つ以上ある場合に発動する事ができる。
フィールド上に存在するカード1枚と、自分フィールド上に存在するカード1枚を破壊する。


 これで僕の手札に残ったのはたった1枚、
 パンドラ・イリュージョンのカードのみだ。

 シーラが指を伸ばした。

「バトル! フェガロフォス・アポストロスで、ダイレクトアタック!」

 吠え猛る黒の獣。
 無人のフィールドを駆け抜け、僕へと近づいた。
 飛び上がり、暗闇を纏った爪がギラリと輝く。

ダーククロー・ジャッジメント!!

 獣が、眼前へと迫った。
 キッと目を鋭くさせる僕。腕を動かす。

「罠発動、燕落とし!」

 氷の天使によって封じられていたカード。
 それが表となって、再び光を放った。


燕落とし  通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
攻撃モンスターを守備表示に変更し、その守備力を0にする。
このターン、相手はモンスターの表示形式を変更できない。


 眩い光に当てられ、弾かれる黒の獣。
 くるくると回転しながら相手の場へと吹き飛び、その場に伏せる。


 フェガロフォス・アポストロス ATK2400→ DEF2200DEF0 


 息を切らす。
 何とか、攻撃は防げた。だけどそれもギリギリ、紙一重。
 僕の手札にも場にも、もはや相手の攻撃を防ぐカードは残っていない。

 燕落としの発動を受けても、動じてないシーラ。

「ターンエンド」

 静かに、そう言い残す。
 さらに光の中からカードが浮かび上がった。

「エンドフェイズ時、ディア・ゴスペルが手札に戻る」


ディア・ゴスペル
星1/光属性/天使族/ATK0/DEF0
このカードがシンクロモンスターのシンクロ召喚に使用され
墓地へ送られた場合、そのターンのエンドフェイズに
自分の墓地に存在するこのカードを手札に戻す。


 カードを掴み、手札に加えるシーラ。
 あそこまでの大量展開をしながら、シーラにはまだ余裕があった。
 対する僕は――



 ナイト  LP800
 手札:1枚  SPC:7
 場:なし


 シーラ  LP5800
 手札:3枚  SPC:9
 場:フェガロフォス・アポストロス(DEF0) 



 場にはモンスターも伏せカードも0。
 ライフポイントの差は遥か5000。
 手札に残っているのはスピードスペル、パンドラ・イリュージョン1枚のみ。


Sp−パンドラ・イリュージョン  通常魔法
自分のスピードカウンターを4つ取り除いて発動する。
自分か相手の墓地に存在する魔法カード1枚を選択する。
このカードの効果は選択した魔法カードと同じ効果となる。


 圧倒的、あるいは絶望的なまでの差。
 ここでモンスターを引けても、返しのターンで
 相手の攻撃から身を守る手段はない……。

 震える指を、伸ばす。

「僕の、ターン……!」

 もう一度、ここで。
 起死回生のカードを祈りながら、カードを引く。


 ナイト SPC:7→8  シーラ SPC:9→10 


 恐る恐る目を開いた。
 引いたカードは――


Sp−ガイア・エナジー  通常魔法
自分のスピードカウンターが12ある場合に発動する事ができる。
自分フィールド上に存在するモンスター1体を選択する。
選択したモンスターはこのターンのエンドフェイズまで以下の効果を得る。
●このカードの攻撃力は3000ポイントアップする。
●このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
●このカードが戦闘によってモンスターを破壊した時、破壊したモンスターの
攻撃力か守備力の高い方の数値分のダメージを相手ライフに与える。


 トップスピードスペル、ガイア・エナジー。
 僕は「ぐっ」と苦々しく手の中のカードを見つめた。
 ダメだ、これじゃあ勝負は……。

 目を伏せる僕の横に、ジャッジモニターが現れる。

『おやおや、諦めてしまうのですか?』

 僕の戦意が薄れていくのを感じ取ったのか、
 残念そうにジャッジデータの青年が言った。
 口元に手をあてながら、僕を見つめる。

『封印されし騎士の力を使用すると聞いていたので、
 もっと高い実力と野心を秘めているのではないかと想像していたのですが――
 私の、見込み違いだったのでしょうか?』

 慇懃無礼な口調のジャッジ。
 前を走るシーラが、振り返る。

「勘違いするな、シール。そいつは所詮コソ泥。
 王城に忍び込んでたまたま封印の石版を見つけたに過ぎない。
 端から、我ら封印の一族の敵ではない」

 冷たい口ぶりのシーラ。
 僕は何も言い返せず、黙っている。
 シーラの言う通りかもしれない。僕はたまたま財宝を見つけただけの……

『お嬢さん』

 唐突に、ジャッジデータが優しい声を出した。
 ハッとなって、僕は顔をあげる。
 ジャッジが真剣な表情で口を開いた。

『あなたは確かに石版を持ち出す罪を犯した。
 しかし、それは本当にあなたのせいなのでしょうか?』

「……どういう意味?」

 ジャッジが咳払いする。

『人には運命があり、巡り合わせがあると私は信じています。
 あなたが石版を見つけ、この世界で使役しているのも偶然ではなく、
 石版に封印された騎士が望んだからなのかもしれません』

 語りかけるような口調のジャッジ。
 にっこりと、微笑む。

『ですから、どうか未来に絶望なさらず、
 可能性があるのでしたらそれに賭けてみるべきかと思いますよ。
 運命とは常に、手を伸ばせば掴める程近くにあるものですから……』

 まるで僕を励ますかのような言葉。
 意外すぎる激励に、僕はポカンと口を開けている。
 シーラが大きくため息をついた。
  
「シール!」

 責めるように言うシーラ。
 ジャッジが頭を下げる。

『大変申し訳ありません。傷心の女性を見て、つい……』

 言い残して、逃げるように消えるジャッジモニター。
 シーラが小さく舌打ちして、前を向き直った。 

 可能性……。

 ジャッジの言葉を考える。
 そして手札に残ったカードを見て、ハッとなった。
 そうか、このカードで――

 手を伸ばし、カードを取る。

「Sp−パンドラ・イリュージョンを発動!」

 カードの絵柄が浮かび上がった。


Sp−パンドラ・イリュージョン  通常魔法
自分のスピードカウンターを4つ取り除いて発動する。
自分か相手の墓地に存在する魔法カード1枚を選択する。
このカードの効果は選択した魔法カードと同じ効果となる。


 ナイト SPC:8→ 4 


 墓地のカードに変化する魔法、パンドラ・イリュージョン。
 互いの墓地に、この状況を逆転できる魔法カードはない。

 だけど、可能性は残っている。

「僕が発動するのは――」

 キッと、前を走るシーラを見る僕。
 大きく、決意するように叫ぶ。

「――シーラの墓地にある、Sp−エンジェル・バトン!」


Sp−エンジェル・バトン  通常魔法
自分のスピードカウンターが2つ以上ある場合に発動する事ができる。
デッキからカードを2枚ドローし、その後に手札1枚を墓地に送る。


 カードの絵柄が変化した。
 微笑む天使が描かれたカード。デッキに手を伸ばして、2枚を引く。

 引いたカードは――


レディオフィサー・ナイト
星3/地属性/戦士族・チューナー/ATK1600/DEF1000
このカードが召喚に成功した時、相手フィールド上に表側表示で
存在する守備表示モンスター1体を選択して発動できる。
選択したモンスターのレベル以下の自分の墓地に存在する
戦士族モンスター1体を選択して守備表示で特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。
このカードをシンクロ素材とする場合、
戦士族モンスターのシンクロ召喚にしか使用できない。


陽炎払い  通常罠
自分フィールド上のモンスター1体を破壊して発動する。
このターンのエンドフェイズまで、自分が受けるダメージは全て0になる。
エンドフェイズ時、この効果で破壊したモンスターのレベル以下の
戦士族モンスターを1体まで選択し、デッキから特殊召喚する。


「……やった!」

 小さく声に出して、喜んだ。
 まるでデッキが応えてくれたような引きだった。
 カードを手札に加え、1枚を手に取る。

「ガイア・エナジーを墓地へ!」


Sp−ガイア・エナジー  通常魔法
自分のスピードカウンターが12ある場合に発動する事ができる。
自分フィールド上に存在するモンスター1体を選択する。
選択したモンスターはこのターンのエンドフェイズまで以下の効果を得る。
●このカードの攻撃力は3000ポイントアップする。
●このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
●このカードが戦闘によってモンスターを破壊した時、破壊したモンスターの
攻撃力か守備力の高い方の数値分のダメージを相手ライフに与える。


 トップスピードカードを墓地に送る僕。
 パンドラ・イリュージョンがない今、
 発動できるターンまで待つのはさすがに無謀だ。持っていても仕方ない。

 カードを手に取る。

「そして! チューナーモンスター、レディオフィサー・ナイトを召喚!」

 場に光が現れ、女性の士官騎士が姿を現した。
 淡い栗色の髪の毛。赤い色のマントが風で揺れている。


 レディオフィサー・ナイト ATK1600 


 相手の場の黒い獣を指さす。

「レディオフィサー・ナイトが召喚に成功した時、
 相手の場の守備表示モンスターのレベル以下の戦士族モンスターを特殊召喚する!」


レディオフィサー・ナイト
星3/地属性/戦士族・チューナー/ATK1600/DEF1000
このカードが召喚に成功した時、相手フィールド上に表側表示で
存在する守備表示モンスター1体を選択して発動できる。
選択したモンスターのレベル以下の自分の墓地に存在する
戦士族モンスター1体を選択して守備表示で特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。
このカードをシンクロ素材とする場合、
戦士族モンスターのシンクロ召喚にしか使用できない。


 ばっと腕を前に出す女性士官。
 僕の目の前にモニター画面が浮かび上がった。
 相手の場のフェガロフォスのレベルは4。よって――

「僕が特殊召喚するのは、ブレイブオーダー・ナイト!」

 画面をタッチする僕。
 白銀の鎧を着込んだ騎士が、その場に跪いた格好で現れた。


ブレイブオーダー・ナイト
星4/地属性/戦士族/ATK1400/DEF1200
このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、
ダメージ計算前にそのモンスターを持ち主のデッキに戻す。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
自分フィールド上に表側表示で存在する
戦士族モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。


 2体の戦士が並ぶ。
 腕を前に出しながら、僕は大きく言った。

「レベル4のブレイブオーダー・ナイトに、レベル3のレディオフィサー・ナイトをチューニング!」

 女性士官の身体が光を放つ。
 その身体が砕けて、3本の輪が飛び出した。

「戦士達の魂が、蒼き炎となって1つとなる! 新たな力を刻み込め!」

 白銀の騎士を取り囲む輪。
 騎士の身体が砕けて星となり、一直線に並ぶ。
 炎が燃え上がって――

 閃光が、走った。

「シンクロ召喚! 焼き尽くせ、インフェルノ・モナーク!!

 火の粉を飛ばしながら、巨大な赤の戦士が姿を現した。
 燃え上がる炎の中、威圧的な姿の炎の騎士。
 背中から生えた青い炎の翼が、熱風で揺れる。


インフェルノ・モナーク
星7/炎属性/戦士族・シンクロ/ATK2800/DEF2200
戦士族チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードが守備表示モンスターを攻撃する場合、
攻撃対象となったモンスターの守備力は0となる。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を
攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


「チッ、余計なアドバイスを……!」

 僕の呼び出した戦士を眺めながら、
 シーラが機嫌悪そうにそう呟いた。
 天に向かって腕を伸ばしながら、僕は大きく叫ぶ。

「バトル! インフェルノ・モナークで、フェガロフォス・アポストロスを攻撃!」

 ぎらんと目を輝かせる炎の騎士。
 宙を蹴って飛び上がり、黒の獣へと迫った。
 怯んだ様子の黒の獣。紅蓮の掌を振りかぶり――

グラン・インフェルノーッ!!

 掛け声と共に、振り下ろされた掌が獣を叩き潰した。
 衝撃と熱風、火の粉が辺りに降り注ぐ。

 空中に赤い紋章が浮かび上がった。

 掌を離す炎の騎士。
 背を向け、拳を握り合わせる。
 紋章が輝きを放ち、黒の獣の姿が完全に砕け散り、爆発した。

 爆風が、シーラを襲う。

「ぐっ……!」


 シーラ  LP5800→ 3000   SPC:10→ 8 


 苦悶の声をあげるシーラ。
 ライフポイントが大きく減り、さらにスピードが落ちた。
 D・ホイールの速度が減り、2台が並走する形となる。

『おやおや、並んでしまいましたね』

 浮かび上がるジャッジ。
 シーラがその姿を睨みつけるように、顔を向けた。
 並んだD・ホイール。手応えを感じつつ、僕は油断なくカードを持つ。

「1枚伏せて、ターンエンド!」

 裏側表示のカードが浮かび上がった。
 伏せたのは罠カード、陽炎払い。


陽炎払い  通常罠
自分フィールド上のモンスター1体を破壊して発動する。
このターンのエンドフェイズまで、自分が受けるダメージは全て0になる。
エンドフェイズ時、この効果で破壊したモンスターのレベル以下の
戦士族モンスターを1体まで選択し、デッキから特殊召喚する。


 インフェルノ・モナークの攻撃力は2800。
 余程の事がなければ大丈夫だとは思うが、油断は禁物だ。



 ナイト  LP800
 手札:0枚  SPC:8
 場:インフェルノ・モナーク(ATK2800) 
   伏せカード1枚(陽炎払い)


 シーラ  LP3000
 手札:3枚  SPC:8
 場:なし




 不可思議な色の空の下で――

「……私のターン!」

 ゆっくりと、シーラがカードを引いた。


 シーラ SPC:8→9  ナイト SPC:8→9 


 緊張している僕。
 シーラから目を離さず、その動向を伺う。
 引いたカードをホルダーに置くシーラ。

 一瞬の沈黙の後――

「――そろそろ、遊びは終わりにするか」

 おもむろに、シーラがそう言い放った。
 その宣言が理解できず、戸惑う僕。
 ジャッジモニターが浮かんだ。

『シーラ様……』

 どこか忠告するような、神妙な面持ちのジャッジ。
 シーラがフルフェイスのヘルメットをそっちに向ける。

「言っただろ、シール。我らの使命は、使い手の力を見極める事。
 それ以上でもなければそれ以下でもない。それが我ら一族の使命だ」

 言い聞かせるような、シーラの口調。
 その言葉はどこか、ジャッジというよりは、
 自分自身に言い聞かせているような気がした。

 フルフェイスのヘルメットをかぶった顔を、こちらに向ける。

「お前の力はよく分かった。もはや闘いは不要。ここからは――」

 フルフェイスのヘルメットの奥。
 鋭い視線が、僕へと向けられているのを感じる。
 カードを1枚、指ではさみながら――

「――審判を、下す時間だ」

 凍てつくような言葉が、荒野に響いた。
 
 シーラの身体から殺気が放たれる。
 ただならぬ雰囲気。その迫力に、僕は声を失った。
 ゆっくりと、カードを片手に――

「Sp−エクストラ・ワンを発動!」

 シーラが鋭い声を響かせた。

「この効果で、私は墓地のスペル・エンジェルを選択!
 デッキから同名カードであるスペル・エンジェルを特殊召喚する!」


Sp−エクストラ・ワン  通常魔法
自分のスピードカウンターを1つ取り除き、
自分の墓地に存在するレベル1のモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターと同名モンスター1体を自分のデッキから特殊召喚する。


 シーラ SPC:9→ 8 


 シーラの場に金色の光が溢れ、
 そこから先程の天使の姿が浮かび上がった。


 スペル・エンジェル DEF0 


「そして再びスペル・エンジェルの効果を発動!
 墓地のSp−エクストラ・ワンを除外し、同名カード1体を墓地から特殊召喚する!」


スペル・エンジェル
星1/光属性/天使族/ATK0/DEF0
自分の墓地に存在する魔法カード1枚を選択して発動できる。
選択したカードをゲームから除外し、自分の手札・デッキ・墓地から
「スペル・エンジェル」1体を選んで特殊召喚する。


 優しげな微笑みを浮かべている天使。
 ハープを鳴らすと、美しい音色が辺りに響いた。
 新たな天使が、墓地から蘇る。


 スペル・エンジェル DEF0 


「さらにSp−エンジェル・バトンを除外し、もう一度効果を発動する!」


Sp−エンジェル・バトン  通常魔法
自分のスピードカウンターが2つ以上ある場合に発動する事ができる。
デッキからカードを2枚ドローし、その後に手札1枚を墓地に送る。


 カードの画像が表示され、光に包まれて天へと消える。
 美しいハープの音。新たな天使がさらに姿を表した。


 スペル・エンジェル DEF0 


 同名カードが3体。足りないのは1枚だけだ。
 しかも、シーラはまだこのターンに通常召喚を行っていない。
 だとすれば当然、召喚されるのは――

「チューナーモンスター、オラクル・クイーンを通常召喚!」

 シーラの鋭い声。
 場に白のドレスを召した、高貴な女王が再び現れた。


オラクル・クイーン
星1/光属性/天使族・チューナー/ATK0/DEF0
このカードをシンクロ素材としたシンクロモンスターは
相手の魔法・罠カードの効果を受けない。


 くすくすと不敵な笑みを浮かべている女王。
 シーラがばっと腕を前に出す。

「3体のモンスターに、オラクル・クイーンをチューニング!」

 張り詰める空気。僕の心臓の鼓動が大きくなる。
 女王が天を仰ぎ、その身体が光となって輪になった。

「生まれし雷、裁きの存在となりて破滅を呼びよせん。全てを引き裂く牙となれ!」

 天使たちが輪に取り囲まれる。
 無垢なる身体が輝き、光へ。溢れる金色の光。
 天を切り裂くような雷鳴が突如として轟き――

 天使の羽根が、舞い落ちた。

「シンクロ召喚! 光来せよ、ケラヴィノス・アポストロス!!

 光の中、巨大な姿が天より降り落ちた。
 神話に伝えられる怪物のような姿。刺のように尖った顔。
 鱗に覆われた身体を捻じり、天を仰ぐ。背中から生えた黄色く光る翼。

 雷の怪物が天に叫ぶのと同時に、稲妻が空を駆け抜けた。


 ケラヴィノス・アポストロス ATK2800 


 シーラが僕の方に顔を向けた。

「ケラヴィノス・アポストロスの効果発動!
 シンクロ召喚に成功した時、場の魔法・罠を全て破壊する!」

「なっ……!」


ケラヴィノス・アポストロス
星4/光属性/天使族・シンクロ/ATK2800/DEF2600
天使族チューナー+チューナー以外の天使族モンスター3体
このカードがシンクロ召喚に成功した時、場の魔法・罠カードを全て破壊する。
この効果で破壊したカードの枚数×300ポイントのダメージを相手ライフに与える。
このカードは相手の罠の効果を受けない。


 ディスプレイに表示された効果を見て、僕は愕然とする。
 シーラの場の怪物の全身から電流が放たれ、青白く輝いた。
 どこか余裕そうな口調で、シーラが尋ねる。

「さぁ、どうする? その伏せカード、使うか?」

「くっ……!」

 突然、迫られた選択。
 陽炎払いは僕に残された貴重な防御カード。
 とはいえ発動すれば、インフェルノ・モナークを失うことになる。

 だけど――

「……罠発動ッ! 陽炎払い!」

 僕はそう言って、モニターをタッチした。
 伏せられていたカードが表になり、輝く。


陽炎払い  通常罠
自分フィールド上のモンスター1体を破壊して発動する。
このターンのエンドフェイズまで、自分が受けるダメージは全て0になる。
エンドフェイズ時、この効果で破壊したモンスターのレベル以下の
戦士族モンスターを1体まで選択し、デッキから特殊召喚する。


 光に当てられるように、業火の騎士の身体が砕け散った。
 僕の目の前、蜃気楼のようなもやが宙を漂うように覆う。

 怪物がいななき、稲妻が場に降り注いだ。

 とはいえ、互いに伏せカードはない。
 破壊するカードがないので、ダメージも0だ。
 僕は冷や汗を流しながら、深く息を吸った。

「――審判を、下す時間だ」

 あの時の、シーラの言葉。
 それが僕の心に激しく警鐘を鳴らしていた。
 だからこそ、僕は陽炎払いを発動した。得も知れぬ不安を感じて。

 怪物を従えているシーラ。ゆっくりと、僕の方を見て――

「少しは、勘が働くようだな」

 冷たく、そう言った。
 ゾッとするような、恐ろしい迫力。背筋が凍る。
 青ざめる僕に向かって、シーラが淡々と話した。

「まぁいい。いずれにせよ、ほんの僅かに命を永らえたに過ぎないからな。
 もはや審判は下されたのだ。逃れる術など、ありはしない」

 フルフェイスのヘルメットの奥。
 鋭く、射抜くような視線を感じる僕。
 場の空気が重みを増し、締め付けられるような息苦しさが渦巻く。

 手札ホルダーへと、腕を伸ばすシーラ。

 おもむろに、1枚のカードを掴みとって――

「その身に、裁きを受けろ」

 低い声で、そう言い放った。
 シーラの身体から放たれる殺気がより一層鋭くなる。
 カードを構えて――

「私はSp−デッド・シンクロンを――!」

 シーラが言いかけた、その時。
 ブーッというブザー音が、辺りに鳴り響いた。

『そこまでだッ!!』

 突然、無人の荒野にその声が大きく響いた。
 僕達が走っていたコースが唐突に途切れて、広場に出る。
 慌ててブレーキを踏み込み、D・ホイールを止めた。

 ジャッジモニターが浮かび上がった。

 映っているのは、黒い執事服を着て懐中時計をぶら下げた少年。
 その姿には見覚えがある。正式なジャッジデータだ。

『ジャッジデータ・デモニック……』

 テンション低く口を開く少年ジャッジ。
 さらに彼を押しのけて、緑色の髪の少女データが画面中央に。

『同じく、ジャッジデータ・ウインディ!』

 いかにも怒った様子の少女。
 僕の隣にいるシーラを見て、声を荒らげた。

『ようやく見つけた! ジャミングにハッキング、
 それにプログラムの改竄と破壊、公式戦の妨害! 
 これらはとても重大なVRDSの規約違反だよ!』

 ぷんすかと怒り心頭な様子のウインディ。
 シーラは黙って、その姿を見つめている。
 白い髪の青年がジャッジモニター内に現れた。

『これはこれは、お目麗しい元気なお嬢さん』

 先程までジャッジを務めていた青年。
 シールが、輝くような笑顔を浮かべている。
 目を丸くするウインディ。

『だ、誰、君!?』

『これは失礼、私の名前はシール。以後、お見知り置きを……』

 うやうやしい口調のシール。
 デモニックがフンと鼻を鳴らす。

『お前か? 今回の行為を手引きしたハッカープログラムは?』

 鋭い視線を向けているデモニック。
 シールが首を振った。

『プログラム? いえいえ、違います。
 私はいわばシーラ様の従者。しがないバトラーでございます』

 丁寧な口調のシールを、うさんくさそうに見るデモニック。
 呆然としているウインディの手を、シールが取った。

『まぁ、そのような事はさておき。
 どうですお嬢さん、この私と深夜の電脳デートでも?』

『えっ、えええぇぇぇ!?』

 ウインディが声をあげた。
 その顔が赤くなり、いかにも慌てた様子になる。
 デモニックがさらに渋い表情になった。

『お前、やっぱり頭がおかしいみたいだな』

 喧嘩腰のデモニック。 
 だがシールはそれを無視して、ウインディを口説いている。
 ポカンとしている僕に向かって――

『ナイト様、ご無事でしたか?』

 聞き慣れた声が、横からかけられた。
 僕の真横に現れたモニター。そこに映っている白い球体。

「セバスチャン!」

『はい。お元気でしたか? なにか違反行為の強要などをされましたか?』

 機械的な、それでいてどこか心配そうな口調のセバスチャン。
 僕は首を振って答えた。

「ううん、ここでデュエルしてただけだから、平気」

『そうですか。それは良かった』

 ホッとした様子のセバスチャン。
 それを見て、僕は素直に嬉しくなる。

「騒がしくなってきたな……」

 デュエルが中断されてから初めて、シーラが口を開いた。
 視線を向ける。シーラもまた、僕の方に顔を向けていた。
 くぐもった声で話しているシーラ。

「どうやら今日はここまでのようだが……いずれ必ず、蹴りはつける。
 忘れるな、お前の持つ騎士の石版を。我ら封印の一族の事を」

 ヘルメットの奥、射抜くような鋭い視線。
 その言葉と最後に見せた殺気を思い出し、
 僕の身体にゾクリと冷たい感覚が走った。
 
 D・ホイールのエンジンペダルを踏み込んで――

「シール!!」

 大きく、シーラが呼びかけた。
 ジャッジモニター内。ウインディが恥じらうように頬を赤らめている。

『そ、そんな急に言われても……私には心に決めたご主人様がもういるから……。
 無口で強くてほんのちょびっとだけ優しくて、おまけに前世がもの凄いご主人様が……』

 もじもじと身体を動かし、デレデレと微笑んでいるウインディ。
 デモニックがぱかんと、その頭を叩いた。

『なに満更でもない感じになってんだ、このポンコツプログラム!』

 叱るような口調のデモニックに向かって――

『いけませんね、女性に暴力をふるうとは……』

 あくまで紳士的な口調で、シールが言った。
 睨み合うシールとデモニック。空中で視線がぶつかり合う。
 シーラが、ため息をついた。

「二度は言わないぞ?」

 低い声で言うシーラ。
 シールがフッと肩をすくめる。

『どうやら時間のようです。それではお嬢さん、それに無愛想なお子様。
 また次回、どこかでお会い致しましょう……』

 微笑みを浮かべ、頭を下げるシール。
 その姿がフッと画面から消え、シーラもまた
 D・ホイールのイメージと共にどこかへと消えていった。

『逃すな、追跡しろ!』

 声をあげて指示を出すデモニック。
 ジャッジモニターが消える。

『さぁ、私達もチームスペースに戻りましょうか』

 セバスチャンが優しく僕に向かって話しかける。
 だけど、今の僕にその言葉は届いていなかった。

 封印の一族。騎士の石版。

 突然に現れ、石版に関する驚愕の事実を話していった2人。
 あの人達が語った出来事が、頭の中をぐるぐると回っていた。

 封印された騎士。果たして彼らは何者で、何が起こったのか?

 解けた謎と、さらに現れた新しい謎。
 それらは入り乱れて、さらなる不思議となって僕の目の前に転がっている。
 世界に無数に存在する不思議。その1つとして。

 答えを探すように、僕はオーロラ色の空を見上げた……。







第四話 疾風と音楽と天の星


 嵐のような歓声が上がった。

 人で埋め尽くされたライブ会場。
 ステージの上。スモークの煙が立ち込め、
 眩いばかりの照明が4人の姿を照らしている。
 立ち並ぶ楽器。後ろで光るネオンライト。
 
 ステージ中央で――

「みんなー! 集まってくれてありがとうー!」

 笑顔で、少女がマイクに向かって呼びかけた。
 露出の多い派手なステージ衣装に、後ろで結んだ茶色の髪。
 髪を揺らしながら、観客に向かって語りかける。

「今日はワンマンライブだから、お客さん来るか心配だったんだけど……」

 観客からドッと笑いが起こる。
 少女が声を張り上げた。

「だけど、こんなに集まってくれて、私本当に感激だよ!」

 少女の言葉に、またも歓声が巻き起こった。
 観客に向かって手を振る少女。

「メジャーデビューしても、ファンへの思いは変わらない!
 私達は4人の疾風じゃない。ファンの皆と合わせて――」

 言葉を切る少女。
 とびきりの笑顔を浮かべて――

「無限大の、みんなが疾風のメンバーだよ!!」

 観客へと、叫んだ。
 一際大きな歓声と拍手、声が上がる。
 左右へと顔を向け、手をあげて応えている少女。
 歓声がやや落ち着いた所で――

「それじゃあ、一曲目も終わったし、いつも通りメンバー紹介いこうか!」

 少女が明るく宣言した。
 しんと、一斉に静まり返る観客達。
 ステージの端、観客から見て左手の方向を示す少女。

「まずはギタリスト、水下晴海(みなした・はるみ)ちゃーん!」

 ライトが当たり、光の中に1人の少女が浮かび上がった。
 赤みがかったショートヘアで、シャギーが入った髪型の少女。
 ゴシック風の派手な黒の服に、目の下には星形のメイク。
 不敵な笑みを浮かべ、ギターを激しく弾き鳴らした。

 大きな歓声と拍手が起こる。

「続いて、ベーシストの仙道岬(せんどう・みさき)ちゃん!」

 ステージの右端にライトが当たった。
 黒のロングストレートで、目つきの鋭い少女。
 色気のない白のドレスシャツに、黒のジーンズ。シルバーのピアス。
 無愛想な表情で、ベースを高速でスラップさせる。

 やや小さめの歓声と拍手が起こる。

「そしてドラマー、小柳空(こやなぎ・そら)さーん!」

 ステージの中央後ろに、ライトが当たる。
 マイクを持っていた少女が立ち位置をずらした。
 金色でゆるいパーマのかかった髪が、観客の目に映る。
 しなやかで引き締まった肢体と、豊かな体つき。
 タンクトップにジーンズという地味な服装が気にならないほどの存在感。
 絶世の美女が、にっこりと笑いながらドラムを力強く叩いた。

 凄まじく大きな歓声と拍手が起こる。

「で、最後が――」

 キョロキョロと回りを見る最初の少女。
 その頭上から、光が当てられる。

「あっ、私だった!」

 わざとらしい声。
 ドッと観客が笑い声をあげた。
 笑顔を浮かべる少女。

「私がボーカルの、鳳凰院結花(ほいおういん・ゆいか)です!
 ドジでおっちょこちょいな性格だけど、一応このバンドのリーダーです!」

 ステージでポーズを決める少女。
 今までで最も大きな歓声があがり、拍手が巻き上がった。
 
「ありがとー! みんなー!」

 手を振って応えている少女。
 ギターの少女も同じように笑顔で観客に向かって手を振り、
 ドラマーの美女も艶めかしい動作で観客へ投げキッスをする。
 唯一、ベースの少女だけが顔を伏せてベースのピッチ調整をしていた。

「それじゃあ皆、盛り上がってきた所で2曲目いくよー! 今夜はとことん燃え上がろうねー!」

 マイクに向かって大きく言う少女。
 焚きつけるような言葉を聞き、観客のボルテージがさらに上がる。
 熱狂の渦に飲み込まれたまま、2曲目の演奏が始まった……。






























「あー、疲れた」

 ライブ終了後の楽屋。
 ステージ衣装のまま、結花が倒れこむようにパイプ椅子にもたれかかった。
 入り口付近の黒スーツの女性に目を向ける結花。

 イラついたように、言う。

「ていうかさ。マネージャー、水くらい持ってきてくんない?」

「あ、ご、ごめんなさいすぐに……」

 慌てて楽屋から出て行く黒スーツの女性。
 ハッと声をあげ、結花がさらに椅子にもたれかかった。

「ほんっと気が利かない。マジ使えないわ」

 呆れたような口調の結花。
 振り返ると、他の3人の方へと視線を向ける。

「ていうかさ、岬」

 3人の中の1人。
 無言で着替えていた岬に向かって、結花が言う。

「あんたさ、もう少しどうにかなんないわけ?」

「私の演奏に不備はなかったはずだけど」

 暗い口調で話す岬。
 結花がいかにも馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「そーじゃなくて、紹介の時とかソロの時とかさ!
 もうちょっと客に愛想振りまきなって何回も言ってるでしょ!」

「別に、そんな事に興味ないし」

 ぷいと顔をそらす岬。
 結花の怒りが爆発した。

「あんたはそうでも、こっちとしてはせっかくマイクパフォで
 会場盛り上げてんのに、あんたのせいで台無しになって迷惑なのよ!
 だいたいなにそのダサい格好、もっと胸とかの露出多い服にしなさいよ!
 そうすりゃアホな男のファンが会場に来て金落としてくれんだから!」
 
 物凄い勢いでまくしたてる結花。
 フッと、岬が見下したような笑みを浮かべた。

「結花の寒いマイクパフォーマンスよりかは、私のベースのが会場盛り上げてるよ」

「なんですってこの根暗女ー!!」

 掴みかからんばかりに立ち上がる結花。
 横で聞いていた晴海が、慌てて間に入る。

「ま、待って、だ、ダメですよぉ……!」

 おどおどとした声。
 いかにも気弱そうな小さな声で、晴海が言う。

「そ、そんな風に喧嘩したら、ダメです……。
 ゆ、結花さんだって4人で疾風だって、ライブで……」
 
 結花が笑う。

「えぇ、そうよその通りよ。私達は4人で疾風。 
 だけどね、リーダーはぁ、こ・の・あ・た・し! なのよ!」

 ビシッと自分を指さす結花。
 胸を張りながら、2人をねめつける。

「だいたい、疾風がここまでメジャーになったのは私のおかげでしょ?
 岬は音楽にしか興味なくて営業だの宣伝だのはからっきしだし、
 晴海はライブでギター持ってる時以外はただのコミュ障だし」

 無言の岬と、指をもじもじさせる晴海。
 傍でグビグビと牛乳を飲んでいた空が、振り返った。

「ワタシハ?」

 やや片言気味の日本語。
 結花がライブの時のような笑顔を浮かべる。

「空さんは、まぁ、空さんだから。ね?」

 同意を求める結花。
 空が満足気に頷き、牛乳へと意識を戻した。
 結花が視線を2人に戻す。

「ま、今の所はメジャーでの売上も上々だし、
 ライブも調子いいからまだ良いけどさ、
 少しはそういう大人の振る舞いっての考えときなよ、ミ・サ・キ・ちゃ・ん?
 ただでさえあんた、メンバーの中じゃ地味で目立ってないんだからさ!」

 指を突きつける結花。
 楽屋のドアが開き、黒スーツの女性が息を切らして入ってきた。
 結花の攻撃対象がそちらに移る。

「おっそい! どこまで買いに行ってんのよ、ほんとドン臭いわね!」

 水を受け取りに行きながら、
 いかにも怒った風な態度で不満をぶちまけている結花。
 しゅんと、黒スーツの女性がうなだれている。

「猫かぶり」

 ぼそりと呟く岬。
 それを聞いた晴海が苦笑いを浮かべた。

「で、でも、じ、実際に結花さんのプロ意識は凄いですから……。
 少なくとも、お客さんの前では、ああいう所は微塵も出しませんし……。
 それに、な、なんだかんだで……は、疾風の事を想っての事ですから……」

 顔を伏せ、視線を合わさずに話す晴海。
 岬が首を振った。

「違う。あれは目立つのが好きなだけ。小学校の頃からそうだった」
 
 冷たく言い切る岬。
 そのまま晴海に背を向け、途中だった着替えを続ける。
 晴海が小さく、ため息をついた。

「あ、あの、それでですね皆さん……」

 ようやく結花の説教から解放された黒スーツの女性が、
 懇願するように口を開いた。

「実は、この後に本社の方に来てもらいたいんですが……
 なんでも、社長から直々にお話があるとか……」

 ペコペコと頭を下げている黒スーツの女性。
 ペットボトルから口を離し、結花が尋ねる。

「なによ? 話って」

「さ、さぁ、そこまでは……」

 困った表情を浮かべる黒スーツの女性。
 結花が「はー、とことん使えない」と小さく呟いた。

「も、もしかして、私達、なにかしたんでしょうか?」

 オドオドとしている晴海。
 結花が手をひらひらと振った。
 
「あーないない。だってうちらのレーベル、
 私達が売れるまで鳴かず飛ばずの超弱小レーベルだったし。
 説教なんてして移籍でもされたら死ぬって分かってるでしょあのハゲも」

 ケラケラと笑う結花。
 だが晴海はまだ不安そうに顔を伏せている。
 ふぅと、息を吐いて――

「悪いけど、私は帰る。友達との用事あるから」

 岬が、静かにそう言った。
 ぴたりと笑うのをやめる結花。
 肩をすくめて、いかにも大袈裟に驚いて見せる。

「あんた、ベースと私以外に友達いたの?」

「まぁね、結花は違うけど」

 刺のある言い方をする岬。
 結花の目が鋭くなり、黒スーツの女性の顔が青ざめた。
 大きく深呼吸をする結花。怒りを噛み殺してから、口を開く。

「あっそ、なら勝手に帰れば」

「えっ、ちょ、結花さん!」

 慌てるマネージャー。
 結花が手を出して、その言葉を制する。

「別に、どうせ岬がいても何か話しの展開変わるとは思えないってか、
 社長相手でもろくに口聞こうとしないんだし、いなくても良いんじゃない?」

「で、ですけど……」

 なおも食い下がる黒スーツの女性だったが、

「私の言うことに文句あんの?」

 結花がそう言うとすぐに押し黙った。
 荷物をまとめる岬。ベース用バッグを背負う。

「それじゃ」

 他の3人の方を見ようともせず、一言だけ言う岬。
 岬の背中に向かって、結花が嫌味たっぷりな笑みを浮かべた。

「どーぞー、おやすみ、ミ・サ・キ・ちゃ・ん♪」

 頭を軽く下げる晴海と、手を振る空。

「お、お疲れ様です……」

「ゴクロサマデシター」

 それぞれの言葉に対して何も反応も見せない岬。
 無言のままドアから出て、楽屋を後にした。
 
 深く帽子をかぶり、ライブ会場から街へと出る岬。

 夜景を見ることもなく、顔を伏せて歩き続ける。
 ライブ会場から夜の繁華街、さらにそこを通り抜けて住宅街へ。
 ごく普通のマンション。そこのエントランスに岬が入った。

「…………」

 部屋の番号を入力し、自動ドアが開く。
 エントランスを抜けたすぐ先、エレベーターに乗り込む岬。
 最上階のボタンを押すと、扉が閉まる。浮遊するような感覚。

 チーンという音と共に、エレベーターが最上階へと着いてドアが開いた。

 エレベーターから出て、さらに歩く岬。
 廊下の先、一番奥の部屋へと歩く。
 扉の前で鍵を探し、ドアノブへ。扉が開いた。

「ただいま……」

 暗いマンションの一室。
 そこに入りながら、岬が小さく呟いた。
 一人暮らしにしては大きめの部屋に、
 音楽雑誌やアンプのコードが入り乱れている。
 
「…………」

 慣れた足取りでコードをまたぎ、荷物を置く岬。
 息を吐くと、来ていた上着のコートを脱いだ。

「……シャワーあびよ」

 小さく呟く岬。
 頭髪は乱れ、全身を汗が流れている。
 コンタクトレンズとピアスを外して、バスルームへ向かった。

 水音が響く。

 シャワーから出た岬。
 タオルで髪の毛を拭いてドライヤーで乾かす。カジュアルな服に着替えた。
 時計を見る。時刻は午後10:43分。

「…………」

 考える様子の岬。
 だがすぐに頷き、床に転がっているある物を手に取った。

 VRDSにログインするための、VRメットを。

 ヘルメットを被り、簡素なベッドの上で横になる岬。
 枕に頭をうずめながら、側面の起動ボタンを押した。
 
 意識が遠のく感覚がして――

 目の前に、現実とは全く違う世界が広がった。
 高貴な雰囲気の、お城の一室のような部屋。
 岬の横、白い球体が映ったモニターが現れる。

『こんばんは、ホルン様』

「よぅ、セバスチャン」

 片手をあげて挨拶する岬こと――ホルン。
 その姿は先程とは違い、茶髪の青年として表示されている。
 どこか余裕そうな、不敵な笑みを浮かべているホルン。

 だがすぐに、その表情が曇った。

 部屋の中、大音量のBGMが鳴り響いている。
 ソファーデータの上に乗りながら、

「扉を開けて〜♪ 君の手を〜♪ 掴むんだぁ〜♪」

 レナードが、ノリノリで歌い上げているのが見えた。
 手前ではナイトが「きゃーきゃー!」と黄色い歓声をあげている。
 それを見て、顔がひきつらせるホルン。

 音楽が止まり、レナードがポーズを決めた。

「……どうでしたかしら?」

 これ以上ない程のドヤ顔。
 ナイトが目を輝かせる。

「すっごいよー! レナードって歌上手いんだね!」

「ふふん、まぁ、それほどでもありますわ!」

 高笑いをあげ、上機嫌な様子のレナード。
 2人は笑いあい、盛り上がっている。

 大きくため息をついて――

「なにしてんだお前ら」

 ホルンが、げんなりとした表情で口を開いた。
 振り返る2人。笑顔を浮かべる。

「あっ、ホルン!」

「ごきげんよう、ホルン!」

 すこぶる機嫌のいい2人。
 それとは対照的に暗い表情のホルン。
 ゆっくりと、言葉を区切るように、再び尋ねる。

「なにしてんだ?」

「えっ、ホルンひょっとして疾風知らないの?」

 ナイトが衝撃を受けたように驚いた。
 レナードが眉をひそめる。

「若者に大人気の4人組ガールズバンド、疾風。
 今どき知らないなんてありえませんわよ?」

 腕を組み、厳しい視線を送っているレナード。
 激しい頭痛を感じて、ホルンが頭を抱えた。

「いや、まぁ、知ってるといえば知ってるが……」

 うなるように言うホルン。
 さすがに真実を伝えるわけにもいかず、言葉を濁す。
 ホッとしたように、ナイトとレナードが再び笑顔になった。

「だよねー!」

「まさか疾風知らないなんて事、ありえませんよね!」

 きゃぴきゃぴとする2人。
 ホルンが死にそうな顔で横を向く。

「おいセバスチャン、助けろ」

『命令の有効範囲が広すぎます。もう少し具体的にお願いできますか?』

 機械的に答えるセバスチャンに対して、
 ホルンがさらに深く大きなため息をついた。
 目を輝かせながら、2人が迫る。

「で、で? ホルンは誰が推しメンなの?」

「……なに?」

「鈍いですわねー、疾風で一番好きなメンバーですわよ!」

 呆れたように説明するレナード。
 ホルンが言葉を失う中、2人は勝手に話を進める。

「ちなみに、僕の推しメンはやっぱり空さんかなー。
 ナイスバディーな上にあのドラム! すっごい痺れるよね!」

「わたくしはやはり結花殿かしら。あの歌唱力と愛嬌のある性格。
 きっと美しい心の持ち主だからこそ、あのような声が出せるのですね……」

 うっとりとしているレナード。
 ホルンはそれを聞いて、さらに頭痛が激しくなったよう感じた。
 ナイトが指を伸ばす。

「でもさ、晴海ちゃんも捨てがたい魅力だよね。
 あの凄い早いギターの弾き方とか、電撃的でかっこいいし!」

「確かに、あのパワーは評価できますわね。
 ライブ衣装も個性的でカッコ可愛いですわ!」

 さらに談義に花を咲かせる2人。
 楽しそうに、笑顔で語り合っている。

 頭痛から立ち直ったホルンが、コホンと咳払いした。

「君たち、仙道岬さんのことは、どう思っているのかな?」

 輝くような笑顔を浮かべているホルン。
 ナイトが目を丸くし、レナードが不審そうに眉をひそめる。

「なんですのホルン、その妙にかしこまった口調は?」

「え? い、いや、その……」

 言葉をつまらせるホルン。
 咳払いをして、いつもの口調に戻る。

「いいから、仙道岬はどうなんだよ! 
 なんかあるだろほら、かっこいいだの演奏が上手いだの……」

「仙道岬……?」

 顔を見合わせるナイトとレナード。
 考えるように、黙りこむ。

 ポンと手を叩き、ナイトが口を開いた。
 
「あー、ベースの人ね。正直、地味だよねあの人」

 その発言に、ホルンの表情が引きつった。
 レナードが頷く。

「無愛想ですしね、ライブとかトークでもほとんど喋らないですし……
 格好もなんだか今いちパッとしない感じですからね」

 言葉が刃となって、容赦なくホルンを斬りつけた。
 痛みと怒りでぶるぶると拳を震わせているホルン。
 だが2人はそれに気づいた様子はなく、続ける。

「といいますか、ベースってバンドに必要なんですの?
 派手な音が出る訳でもなく、ただ後ろで鳴ってるだけじゃないですか」

「あー、それ僕も思った。本人もそうだけど楽器も地味なんだよね。
 たまにソロで早弾きみたいなのする時は、まぁ、そこそこ聞けるけど」

「ですが、それもギターの晴海さんがいれば済むことですし、
 やっぱり地味ですわよね。どうしてあんな方が疾風にいるのかしら?」

「んー、なんか作曲やってるとか聞いたけど、よく覚えてないや」

 言いたい放題な2人。
 ホルンが、フッと小さく笑った。
 ナイトとレナードが気配を察知し、ホルンの方を向く。

 激しい怒りに震えながら――

「お前ら、音楽を何も分かってねぇ」

 吐き捨てるように、ホルンが言った。
 きょとんとする2人。たっぷりとホルンが息を吸い込んで――

 言葉を、吐き出した。

「ベースが必要ないだと? ベースがどれだけ重要か知らないくせに偉そうに!
 だいたいあいつらは自分勝手すぎるんだよ! 目立ちたがり屋のアホボーカルに、
 早弾きバカのギター狂のせいでどれだけリズムとセッションが乱れそうになるか!
 あいつらに合わせて演奏が崩れないようテンポ調整するのがどれだけ大変か、
 だーれも分かっちゃくれないし言うに事欠いて地味だのいらないだの言いやがる!
 そもそもの作曲も演奏中の曲のリズム調整も全部ベースがやってるっていうのに!
 だいたいリズム感皆無のボーカルのアレが一丁前に偉そうなのが気に食わないんだよ!
 心が美しいからだぁ? ハッ、あいつは学生時代ギターもベースもドラムもキーボードも
 何も出来なかったからしょうがなくボーカルやってんだよ! ちょっと愛想ふりまいて
 ファン掴んだくらいで偉そうな態度しやがって、半拍もロクにとれないアホ女が!
 それにあいつは今じゃ清純系ドジッ娘キャラで売ってるが、昔はパンクに傾倒して
 バカみたいな格好でライブやってる時期があったし、彼氏だって普通にいたんだ! 
 なのにちょっと芸名変えたくらいで今じゃ別人扱いだ! まったく世間の連中は――!」

『ホルン様、ホルン様』

 呼びかけるセバスチャン。
 ホルンが言葉を止めて、はたと前を向いた。
 ぽかんとしているナイトとレナードの姿が、視界に入る。
 
 ホルンの顔からさっと血の気が引く。

 ま、まずい、ちょっと熱くなりすぎた。
 というかこんな事を喋ったら、俺が誰なのか感付かれる。
 おそるおそる口を開くナイト。

「ほ、ホルン、もしかして……」

 青い顔のナイト。
 ホルンの動悸が早まる。
 緊張した空気。痛い程の沈黙。

 震える声で――

「……疾風オタクなの?」

 ナイトが、尋ねた。
 自分の想像とは違う言葉に、ホルンの理解が追いつかない。

「……は?」

 戸惑うホルン。
 レナードとナイトが怖いものを見るかのように、
 体を寄せあってホルンから離れた。

「お、おい!」

 怒るホルンだったが、ナイトとレナードは
 まるで幽霊でも見るかのように怯えた眼差しを向けている。
 ひそひそと話す2人。

「ま、まさか、ホルンがそこまでコアな疾風ファンだったなんて……」

「えぇ、普段は口悪いけどクールなお方だと思っていましたのに……
 アイドルの過去についてほじくり返すような方だったなんて、幻滅ですわ……」

「だ、大丈夫かな、ホルン。犯罪とかやってないよね……?」

「多分平気だとは思いますが……どうでしょう?
 なんだか音楽性にもやたらとうるさいですし、けっこう面倒くさい方なのかも……。
 聞いた感じですと推しメンは仙道さんのようですが、心配ですわね……」

 またも言いたい放題な2人。
 疑うような目が、ホルンへと向けられている。
 正体こそバレなかったものの、妙な方向に勘違いされたホルン。
 
 目をつぶり、泣きそうになりながら、ホルンが呟いた。

「セバスチャン、助けろ……」

『命令に不確定要素が多すぎます。具体的なコマンドをお願いします』

 がっくりと肩を落とすホルン。 
 全てを諦めるように、ソファーデータに倒れこんだ。
 ひそひそとした2人の声が、耳に痛い。

 チームスペースの中央、モニターが浮かび――

『ハロー、レディース&ジェントルメーン!!』

 ジャッジデータの少女の姿が、突然現れた。
 いつものように明るく元気な様子のジャッジデータ・ウインディ。
 ホルンが顔をあげる。

「なんだ、いきなり……?」

『あーっと勘違いしないでね、これは全ネットワークで同時に中継されてるから!』

 断りを入れるウインディ。
 どうやら他のチームスペースやフリースペースにも流れているらしい。
 ナイトとレナードが、不思議そうにモニターを見つめる。

 注目をあびる中、ジャッジがくるくるとその場で回った。

『なんとなんと、今日は臨時ニュースを伝えに現れたよー!
 VRDSにログインしている皆にいち早く知らせる、超ビッグニュース!
 まずは、この映像を見てもらえるかなー?』

 ジャッジの姿が消え、別の映像が流れた。
 人の海と、明るくきらびやかなステージ。
 そこで歌っている少女と、演奏している3人のバンドメンバー。
 ナイトとレナードが、目を輝かせた。

「疾風!」

「ぶっ」

 吹き出すホルン。
 むせながら、何事だといった様子で画面を見る。
 過去のライブ映像が途切れ、ジャッジが再び姿を見せた。

『皆も知ってるよね? 現在人気爆発中のアイドルバンド、疾風!
 なんとこの度、疾風の4人がこのVRDSでチームを組んで、
 チームバトルリーグに参戦する事がレーベル会社から発表されたよー!』

「えええぇぇぇ!!」

 黄色い歓声をあげ、はしゃぐ2人。
 ホルンが立ち上がった。

「な、なんだとッ!?」

 愕然として画面を見つめるホルン。
 ジャッジがうんうんと頷きながら、指を伸ばす。

『これからは歌って踊ってデュエルできるアイドルの時代! 
 VRDSの参戦によって、より身近なアイドルバンドを目指すのが疾風の方針なんだとか! 
 いやー、凄いよね! まもなく正式発表として、VRDSの公式にも情報が載るはずだよ!』

 映像が切り替わる。
 どこかの記者会見場の様子が映った。
 カメラのフラッシュが焚かれる中、輝くような笑顔で――

「私達疾風は、VRDSでもトップ目指してがんばります!」

 結花が、高らかに宣言した。
 ぱちぱちと大きな拍手が報道陣からも起こる。
 手を振って頭を下げながら、結花がそれに応えた。

「す、凄いよ! 聞いた、ホルン!?」

 興奮した様子で振り返るナイト。
 だが――

 ソファーには、既に誰もいなかった。

 レナードもナイトの様子に気づいて振り返る。
 からっぽのソファーを見つめる2人に向かって――

『ホルン様が、ログアウトしました』

 セバスチャンが、静かにそう伝えた。
 顔を見合わせるナイトとレナード。

「どうしたんだろ、トイレかな?」

 レナードが首を振った。

「きっと、疾風のファンコミュニティとかで情報を集めるためでしょう。
 どうも重度のアイドルオタクみたいですし、ホルン」

 勘違いされたままのホルン。 
 だがもはやそんな事さえも、今のホルンには気にしている場合ではなかった。
 
 現実世界、マンションの一室に――

「どういうこと!!」

 ホルン――仙道岬の怒りの声が、響いた。
 持っている携帯電話に向かって叫んでいる岬。
 通話相手の結花が、ハッと短く息を吐く。

「どうもこうも、あのハゲ親父がVRDSの運営会社をスポンサーにするために、
 向こうと相談して取り決めたんだってさ。まったく何でこんなネットゲームなんかに……」

 不満たらたらな様子の結花。
 岬が尋ねる。

「それって、疾風4人でってこと?
 チームバトルは3人戦が主な形式だし、私はやらないって事にできない?」

「はぁ?」

 岬の言葉を聞いて、結花が声を上ずらせた。
 大きく、わざとらしいため息をつく結花。
 言い聞かせるように話す。

「あのさ、やりたくない気持ちは分かるけど、私らは一応4人で疾風な訳。
 あんたが無愛想で自分勝手なのは知ってるけどさ、こういう活動くらい
 協力してくれないとイメージとして困るのよ! 例えあんたが地味で不人気でも、
 4人揃ってなかったら疾風とは言えないでしょうが! はーもう本当にあんたは」

 呆れきった声を出す結花。
 岬が沈黙する。うつむき気味に、考えこむ岬。
 結花が面倒そうに言う。

「わかったわね? じゃ、ゲームにログインするための道具とかは明日渡すから。
 私は今からこのゲームの説明書読んで、アボガドだかアバランチだかいう
 私の分身作んなきゃいけないし、あんたと会話してる暇なんてな――」

 電話を切ろうとする結花。
 慌てて、岬が呼び止めた。

「ま、待って!」

 困り果てた声色の岬。
 ぎゃあぎゃあとわめいていた結花の声が、止まる。
 一瞬の間の後、結花が尋ねた。

「あんたさ、さっきから変だよ。どうしたわけ? ベースの弦でも切れたの?」

 不審そうに言う結花。
 岬が目を伏せ、暗い表情を浮かべる。
 ぽつぽつと、岬が話した。

「……VRDSって、ゲームの登録にその人のDNA情報使うんだよね」

「あー、なんかそう書いてあるわね」

 ぺらぺらとページをめくる音。
 結花が「それで?」と先を促す。
 岬が続けた。

「ログインする時も、VRメットからその人のDNAを読み取ってアカウントを照合する。
 その性質上、1人が持てるVRDSのアカウントは1つのみ。複数のアカウントを作ったり、
 別の誰かのアカウントを使用してログインしたりする事はできない……」

 淡々とした口調の岬。
 結花が痺れを切らしたかのように、叫ぶ。

「だから、それが何なんのよ! はっきり言いなさい!」

 怒りを爆発させる結花。
 ゆっくりと、岬が息を吸い込んだ。
 そして静かに、電話に向かって話す。

「……私、もうアカウント持ってるの」

「はっ?」

「VRDSのアカウント。だから、疾風の岬としては、ログインできない……」

 沈黙が流れた。
 カチカチという部屋に設置されている時計の針の音だけが響く。
 無言の空間。薄暗闇の、マンションの一室。

 長い沈黙の後――

「……それさ、どうにかなんないわけ?」

 結花が、絞りだすように言葉を発した。
 電話を耳に当てながら、首を振る岬。

「無理。少なくとも、今私が使ってるアカウントデータを削除しないと、
 私は新しくアカウントを作れないし、アバターも作れない」

「あっ、そう」

 電話越し、結花の声がわずかに弾んだように聞こえる。
 明るい声で――

「じゃさ、簡単じゃない。あんたの今使ってるアカウント、消してよ」

 何の迷いもなく、結花がそう言い放った。
 目を鋭くさせる岬。電話越しに、結花が笑う。

「たかがネットゲームのアカウントでしょ? いいじゃない別に。
 ゲームしたいなら私達と一緒に公式活動としてやれば問題ないでしょ?
 ね、お願い、ミ・サ・キ・ちゃ・ん♪」

 作ったような甘い声を出す結花。
 岬が拳をギリッと握りしめる。
 尚も説得しようとする結花に向かって――

「ふざけないで」
 
 静かに、岬が言葉を発した。
 ピタリと黙りこむ結花。岬が続ける。

「今まで散々あんたのワガママ見逃して、その傲慢な態度も我慢してきた。
 音楽性ゼロでバカでがめついあんただけど、それでも今まで付き合ってきたのは、
 あんたが一応、疾風のために一生懸命なのを知ってたから。
 だから協力してたし、バンドを続けてた。でも、今日は違う」

 言葉を切る岬。
 決意に満ちた表情で、静かに言う。

「あんたにとっては下らなくても、私にとっては大切な友達がVRDSにいるの。
 それをこっちの話も聞こうともせず消せだなんて、私のご主人様にでもなったつもり?
 勘違いしないで。私はあんたのためにベースを弾く機械じゃない」

 強い意志を秘めた言葉。
 長い沈黙が、再び両者の間に流れた。
 電話越し、張り詰めた空気。窓から望む夜景と、街の音。

 長く息を吐いて――

「――わかったわ」

 真剣な声色で、結花が言った。
 岬が目を細めて、次の言葉を待つ。
 いつになく低い声で、結花が言った。

「そんなに言うなら、勝負して蹴りつけましょう」






























 地鳴りのような歓声がスタジアムに響いた。

「ありがとー! みんなー!」

 観客席に向かって手を振る結花。
 顔に浮かぶ笑顔と、普段とは違う清楚なワンピース姿。
 耳に付けたインカムに向かって、呼びかける。

「今、この映像を見ている皆! 私達は4人じゃない――」

 後ろに控える3人を眺める結花。
 ギターの晴海に、ベースの岬、ドラムの空。
 それぞれが現実と寸分変わらない姿でその場に立っている。
 
 前を向き、電脳空間の空を見上げて――

「みんなも含めた、無限大の! みんなが疾風のメンバーだよ!」

 結花が大きく、呼びかけた。
 観客席に詰めかけたアバター達がさらにヒートアップする。
 電子ライブの会場。空中に大きく、ジャッジモニターが浮かんだ。

『それでは、いよいよ疾風によるVRDSの初チームバトルを開始しまーす!』

 宣言するジャッジデータ・ウインディ。
 観客席から、さらに大きな歓声が巻き起こる。
 画面が切り替わり、黒の紳士服を着た少年の姿が映った。

『ジャッジデータ・デモニック……』

 目をつぶり、いかにもつまらなさそうな表情のデモニック。
 懐中時計を揺らしながら、口を開く。

『一応言っておくが、俺のジャッジに贔屓はない。
 例えアイドルだろうが何だろうが、プレイヤーはプレイヤー。
 俺の判断と言葉は絶対だ。それを忘れるな』

 淡々とした口調のデモニック。
 ざわざわと、観客席で戸惑いのどよめきが起こる。
 結花がとびきりの笑顔を浮かべた。

「もちろん! 疾風はいつだって全力、デュエルでもそれは同じだよ!」

 インカムに向かって高らかに宣言する結花。
 どよめきが歓声へと代わり、大きな応援の声となって会場を揺らした。
 観客に向かって手を振っている結花。デモニックが咳払いする。

『疾風の対戦チームだが、公正なる抽選の結果、既に決まっている。
 本来ならば初参加の場合はCランクのリーグから始まるのだが、
 今回は特例で疾風はBランクのリーグからスタートとなる。対戦相手はBランクの――』

 モニター内、画面を操作するデモニック。
 画面に空を飛ぶ白い鳥の旗が表示される。

『チーム・アルバトロスに、決定した』

 疾風が立っているステージの左手。
 3人のアバターが転送され、現れた。
 金髪の少女と茶髪の小柄な少年、そして――
 
 ぶすっとした不満顔を浮かべる、ホストのような格好の青年アバター。

 会場から大きなブーイングが起こった。
 3人が耳につけているマイクに、セバスチャンからの通信が入る。

『晴れ舞台ですね。ちゃんと録画してますよ、笑顔笑顔』

 まるで運動会の子供を撮る親のようなセバスチャンの言葉。
 ナイトとレナードがブーイングを気にした様子もなく、
 目を輝かせて疾風の4人を見つめる。

「うわぁ〜、ほ、本物の疾風だぁ〜!」

 感動しきりな様子のナイト。
 レナードが涙をぬぐう。

「わ、わたくし、もう死んでもいいですわ……」

 感極まっている2人。
 きゃぴきゃぴとした様子で、はしゃいでいる。
 目をつぶり、腕を組んで渋い表情のホルンに向かって――

「今日は、よろしくお願いしますね!」

 明るい声で、結花が手を差し伸べた。
 目を開けるホルン。視線がぶつかり合う。
 沈黙の後――

「……ぷーっ!」

 結花が我慢できない様子で、吹き出した。
 黙りこんでいるホルン。結花が小声でささやいた。

「そ、その格好、あんたって、そういう男がタイプだったわけ……?」

 マイクを切り、クククと笑い声を漏らしている結花。
 ホルンが暗い雰囲気のまま、口を開く。

「勘違いすんな。ネットゲームだと、こういう男のアバター使った方が
 変な奴に絡まれないから楽なんだよ」

「そ、そうなんだ。まぁ、そういうことにしておいてあげる……ぷーっくくく……」

 お腹を押さえて震えている結花。
 誰も見ていなければその場で笑い転げそうな勢いだ。
 ホルンに、仙道岬のアバターが近づいた。

「あ、あの……」

 おどおどとした様子の仙道岬。
 ホルンが鋭い視線を向けつつも、優しく言う。

「安心しろ、どうせ俺はそんなに喋るキャラじゃないからな。
 無愛想に黙ってりゃバレねぇよ、マネージャー」

「は、はい……」

 仙道岬こと疾風のマネージャーの女性が、頷いた。
 アバター上は仙道岬の姿だが、中の人は別人。
 岬と決着をつけるため、結花が各方面を
 説得(という名のワガママのゴリ押しを)した結果だった。

「お前のバイタリティには素直に感心するよ」

 VRDS運営会社の上層部にさえかけあい、
 ホルンの所属するアルバトロスとの対戦をセッティングした結花。
 褒められた結花が、にっこりと微笑む。

「いいわね、この勝負で私達が勝ったら……」

 小声の結花。
 ホルンが頷いた。

「ああ、このアバターを消して疾風の岬として参加してやるよ。
 ただし俺が勝ったら、俺はこのままだ。忘れるな」

 ホルンの言葉に、今度は結花が頷いた。
 にやりと不敵な笑みを浮かべる結花。
 顔を伏せると――

「――よーし、それじゃあみんな、応援よろしくねー!」

 普段のステージ用の顔に戻り、声を張り上げた。
 観客席が割れんばかりに湧き上がり、歓声がこだまする。
 空中に浮かぶジャッジモニターが、声をあげた。

『それでは、ルールを説明する……』

 目をつぶっている少年ジャッジ。
 画面が切り替わった。

『今回採用されたゲームルールは……バトルロイヤルレースルールだ』

 空中に浮かぶ「Battle Royal Race Rule」の文字。
 ざわざわと観客がざわめいた。

『これは各チーム3人が同時にスタートし、ゴールまでのタイムを競うデュエルモードだ。
 ただし通常のバイクレースとは様々な点で異なっているから、そこを説明する。
 まず1点、D・ホイールの走る速度は持っているスピードカウンターの数で決定する』

 空中に浮かぶスピードワールドのカード。

『スピードカウンターはライディングデュエルにおいて、
 スピードスペルを使うために必要とされるカウンターの事だが…
 今回のルールではこれの数がイコールD・ホイールの走る速度となる』

 画面が切り替わり、デモ映像へ。
 横一列に並ぶ6台のD・ホイールが、白線から飛び出した。

『まず、プレイヤーは初めにスピードカウンターを6つ持った状態でスタートする。
 つまりスタート時点ではそれぞれの走る速度は全く同じ状態というわけだ。
 もちろんレースである以上、それでは勝負が決まらなくなってしまう。そこで――』

 画面を示すデモニック。
 走る6台のD・ホイールの内の2台。
 赤い円が現れて、それぞれのD・ホイールを取り囲んだ。

『このように、D・ホイール同士でライディング・デュエルを行い、
 それぞれのスピードを増やし、削り合ってもらう』

 デモニックの言葉に、観客がどよめいた。
 言葉を続けるデモニック。

『デュエルを申請できるのは対戦チームのメンバーのみだ。
 つまり味方同士でデュエルしてスピードを増やすことはできない。
 またゲーム内でのライディングデュエルのルールだが、最初にそれぞれが
 6つのスピードカウンターを持っている事以外は特にルール変更はない』

 デモ画面で戦い合う2台のD・ホイール。
 攻撃を食らった方のD・ホイールのスピード落ち、距離が開いた。

『対戦でライフが0になった場合、その走者はリタイアとなる。
 D・ホイールは強制停止され、ゲームから脱落。復活などはない』

 デモ画面に映る一台のライフが0になった。
 止まってしまうD・ホイール。そこから降りて悔しがるアバター。
 デュエルに勝った方のD・ホイールが、悠々と進む。

『これを誰か1人がゴールに辿り着くまで繰り返すのが主なルールだ。
 もちろんデュエルをしないで進むという選択肢もあるが、
 相手からデュエルを申請された場合は強制的にデュエルとなる。拒否権はない』

 別のD・ホイールが後ろから迫り、
 先程勝ち抜いたD・ホイールに追いついた。
 2台の足元、青い円が取り囲む。

『また、デュエル内で変動したスピードカウンターの数は、
 デュエルが終わっても元には戻らない。スピードカウンターが12個の状態で勝利した後、
 別の誰かからデュエルを申請された場合、デュエル開始時のスピードカウンターは12個だ』

 浮かび上がるデュエル画面。
 開始1ターン目にも関わらず、それぞれが持っている
 スピードカウンターは12個と5個で、大きな開きがあった。

『ただし引き継ぐのはスピードカウンターの数だけで、
 ライフポイントや墓地、手札、場の状況などは一切引き継がれずリセットされる』

 デモ画面が切り替わる。
 何もないまっさらなデュエルフィールドが映った。

『また例えデュエルが途中であったとしても、ゴールに辿り着いた時点で試合は終了。
 ゴールしたメンバーの所属するチームが勝利となる。あくまでもこれはレースであり、
 デュエルはスピードカウンターの数を変動させる行為に過ぎない。そこを勘違いするなよ』
 
 デモ画面、ゴールへと辿り着くD・ホイール。
 デュエル途中だったが、ソリッドヴィジョンが消えて
 勝利のファンファーレが鳴り響いた。

 デモ画面が消え、デモニックの姿に映り変わる。

『以上が、バトルロイヤルレースのゲームルールだ。
 デュエルで勝つのもそうだが、鍵となるのはスピードカウンターの数。
 いかに自分のスピードを増やし、相手のを減らすか。それを忘れないことだ』

 偉そうな口調のデモニック。
 さらに思い出したかのように、付け加える。

『また、今回のゲームではチーム・疾風には特別ハンデとして4人での出場を許可している。
 つまりチーム・アルバトロスが3人なのに対して、チーム・疾風は4人で戦うという訳だ。
 これはチーム・疾風がライディング・デュエルの初心者であるが故の特別措置であり、
 公式のルールとは異なるのでプレイヤーはそこを勘違いしないように。以上だ』

 腕を組み、「何か質問でもあるか?」と言わんばかりに
 見下したような視線を向けるデモニック。
 結花が他の3人に向かって、言う。
 
「よし、それじゃあみんな! がんばろー!」

 笑顔の結花。

「おうよ、ぶっちぎってやるぜ!」

 勇ましく答える晴海。

「は、はい……」

 不安そうな岬ことマネージャー。

「イエスマーム」

 適当な口調の空。
 それぞれがハイタッチを交わすと、
 スタートラインの方へと歩いて行く。

「それじゃ、俺達も行くか……」

 気だるそうに、ホルンがそう言った。
 だがそのやる気のなさとは裏腹に、このデュエルには全てがかかっている。
 VRDSでのホルンという存在。文字通り、その全てが。

 だが――

「あー、やっぱりカッコイイなぁ、疾風ー!」

「ねー、アバターとはいえオーラが違いますわオーラが!」

 そんなことになっているとはつゆ知らず、
 ナイトとレナードはきゃぴきゃぴとしたままだった。
 ため息をつくホルン。やっぱり、こいつらは当てに出来そうもないと確信する。

「ねぇねぇ、ホルンは誰とデュエルしたい?」

 尋ねるナイト。
 ホルンが口を開くより早く、レナードが言う。

「それはもちろん、仙道さんでしょう、ねぇ?」

 同意を求めるレナード。
 ホルンがしばし考える風に、口元に手をやる。

「……あぁ、そうだな」

 鋭い光を目に宿して、ホルンが頷いた。
 そのまま無言でスタートラインへ向かうホルン。
 ナイトとレナードが、不思議そうに首をかしげた。

 横一列に並んだ、7台のD・ホイール。

 それぞれにD・ホイーラーが乗り込み、前を向いている。
 レースの開始はもうすぐ。観客が待ちきれず、床を足で叩いている。
 ホルンのD・ホイールに、通信が入った。

「やっほー、ホ・ル・ン・さ・ん♪」

 モニターに現れた結花。
 くすくすと含み笑いをしながら、尋ねる。

「もうお友達にお別れはすんだ? 泣いちゃったりしてない?
 あーでも、せっかく泣くんだったらぁ、カメラの前にしてくんない?
 そうしたらぁ、この私がやさしーく慰めてあ・げ・る・か・ら♪」

 バカにしきった口調の結花。
 ホルンがハッと声をあげ、鼻で笑った。

「あいにくお前らド素人に負けるほど、落ちぶれちゃいない。
 例えそっちの人数が1人くらい多かろうと、関係ねぇんだよ」

 画面に現れた結花を見るホルン。
 見下したような不敵な笑みを浮かべながら――

「音楽でもデュエルでも、あんたは『私』には敵わないって、思い知らせてあげる」

 仙道岬の口調で、ホルンが言い放った。
 結花の顔から笑顔が消える。
 不機嫌そうに、舌を鳴らす結花。

「あっそう。だったらさぁ……」

 ウインディが呼びかけ、カウントダウンが始まった。
 会場の熱気がさらに高まり、緊張が増す。
 爆発のような歓声を一斉に静まらせ、息を呑む観客達。
 
 カウントが、0を告げて――

「とことん、ぶっ潰してやるから」

 結花が冷たく言い切った。通信が切れる。
 開始を告げるブザー音。7台のD・ホイールが火花を散らして――
 
 一斉に、飛び出した。

 津波のような歓声が巻き起こった。
 腕をふりあげ、興奮した様子でレースを観戦する観客達。
 D・ホイールがスタジアムの外へと飛び出した。

 目の前に、大海原が浮かび上がる。

『言い忘れていたが、今回は様々なコースを巡るランダムモードに
 設定されている。ゴールまでせいぜい景色を楽しんでくれ』

 ぎこちない口調のデモニック。
 ホルンがため息をついて、目を伏せた。

「なるほど、宣伝か……」

 デモニックの気持ちを悟ったかのように、
 同情した風な様子を見せるホルン。
 周りでは晴海や空が興奮したように景色を眺めている。

「すっげぇー!」

「ワァオ、アメイジーン」

 はしゃいだ様子の2人。
 まだどこもデュエルは始まっていないようで、 
 レースは横並びの状態だった。

 ならば、都合が良い。

 ホルンがハンドルを切って、D・ホイールを動かした。
 他のD・ホイールを避け、右端を走るD・ホイールに狙いを定める。
 それに搭乗しているのは、鳳凰院結花。

「蹴りつけんだろ?」

 荒々しい口調で呼びかけるホルン。
 結花が振り返り、にっこりと微笑んだ。
 デュエルの申請をすべく、D・ホイールの画面に手を伸ばすホルン。

 だが――

 画面の表示が突然切り替わり、ホルンの足元に赤い円が浮かんだ。
 目を見張るホルン。ばっと、結花とは反対の方向を見る。
 赤い円で取り囲まれた1台のD・ホイール。乗っているのは――

「マネージャーッ!!」

 怒りをにじませて、ホルンが恨みの声をあげた。
 怯えた様子で「ごめんなさいごめんなさい」と謝る仙道。
 司会のウインディが叫ぶ。

『おーっと、ここでデュエルの申請だぁー!
 対戦するのは仙道岬ちゃんと、アルバトロスのホルンさーん!!』

 画面に表示される2人の顔。
 試合が始まってから最初のデュエル。
 普段は人気のない仙道岬だったが、この時ばかりは会場が大きく活気づいた。

 大きな歓声と応援のコールが、巻き起こる。

「あーっはっはっは! なんだ意外と人気じゃない、あんた!」
 
 ホルンの横、面白そうに笑っている結花。
 ギリリとホルンが歯を噛み締めた。

「てめぇ……!」

 怒り心頭なホルン。
 だが結花は余裕そうに、手をひらひらとさせる。

「まっ、後は2人で遊んでてー。私はその間にゴールしちゃうからー!」

 エンジンペダルを踏み込む結花。
 ほんの少しだけ、速度が上がってホルンを引き離す。

「この……!」

 追いつこうとするホルンだったが――

 その目の前を、仙道岬の運転するD・ホイールが塞いだ。

 ぶつかりそうになり、スピードを緩めるホルン。
 結花がその隙にさらに速度を上げ、前へと進んでいく。
 ギロリと、ホルンの視線が岬へと向けられた。

「お前……!」

「ご、ごめんなさい。でもこうしろって、結花さんが……」

 オドオドとした様子で、通信してくる岬ことマネージャー。
 とはいえ、今ここでマネージャーを責めたところで状況は変わらない。
 怒りを押さえながら、ホルンが画面をタッチした。

 D・ホイールがデュエルモードに移行する。



 Riding Duel Mode −Set Up
 Course Data Loading −Completed
 Duel Course Number 10 −Splash Blue 


 Horn V.S Misaki Sendou


 Battle Type −Battle Royal Race Rule
 Duel System −All Green

 ――Are you ready?




 シャッフルされるデッキ。
 5枚のカードをデッキから引いて、手札ホルダーに。
 マネージャーもまた同じようにカードを引いて、構える。

 澄み切った青い海の上を進むコースに――


「――デュエルッ!!」


 2人の声が響き、ライフポイントが表示された。


 ホルン   LP4000 

 仙道岬   LP4000 


 さらに盛り上がる観客達。
 モニター画面に映っている2人に向かって、 
 それぞれ応援やブーイングの声を張り上げている。

 ホルンがデッキに手をかけた。

「プレイファーストだ。ドロー!」

 カードを引くホルン。
 6枚の手札をさっと一瞥すると、2枚を選ぶ。

「モンスターをセット。さらに1枚伏せて、アイブダン!」

 裏側表示のカードが2枚浮かんだ。
 モンスターカードと、リバースカード。
 相手に何の情報も与えないまま、ターンを終わらせるホルン。

 仙道岬が、前を向きながら言った。

「わ、私のターン!」

 カードを引く岬。
 さらにスピードカウンターが増える。


 仙道岬 SPC:6→7  ホルン SPC:6→7 


 スピードが増え、D・ホイールの速度が増した。
 潮風をその身に受けながら、手札を見ている岬。
 ホルンは静かにその姿を観察している。

「え、えっと、では……」

 言いかけた時、岬ことマネージャーがはたと気づいた。
 これでは、中の人である本来の自分の性格と同じだ。
 私は、気弱で口下手で結花にパシられている疾風のマネージャーではない。

 今の私は――

「……どうした?」

 黙りこんでしまったマネージャーに向かって、心配そうに尋ねるホルン。
 仙道岬が顔をあげて――

「こ、この私と当たるだなんて、ざ、残念だったわね!」

 大きく、上ずった声で叫ぶように言った。
 ポカンと口を開けて岬の姿を見つめるホルン。
 岬が続ける。

「こ、これでも私は学生時代、デュエルで鳴らしたものよ!
 は、疾風のベーシスト、仙道岬のデュエルを、み、見せてあげるわ!」

 どもりながら、完全に何か勘違いしたテンションで話す岬。
 ホルンが目をつぶり、まるでたった今世界が破滅したと
 聞かされた時のような、悲痛で諦めたような表情を浮かべた。

 岬ことマネージャーがカードを手に取る。

「す、Sp−サモン・スピーダーを発動よ!」


Sp−サモン・スピーダー  速攻魔法
自分のスピードカウンターが4つ以上ある場合に発動する事ができる。
手札からレベル4以下のモンスター1体を特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターは、このターン攻撃できない。


「こ、この効果で手札の岩石の巨兵を特殊召喚!」

 手札のカードをさらに場に出す岬。
 岩で出来た巨兵がホルンの行く手を遮るように立ちはだかる。


岩石の巨兵
星3/地属性/岩石族/ATK1300/DEF2000
岩石の巨人兵。
太い腕の攻撃は大地をゆるがす。


「さ、さらに岩石の巨兵をリリースして、
 千年の盾を守備表示でアドバンス召喚よ!」

 巨兵の身体が光となり、そこから大きな金色の盾が現れた。
 盾の中心、目のような模様がホルンを見つめている。


千年の盾
星5/地属性/戦士族/ATK0/DEF3000
古代エジプト王家より伝わるといわれている伝説の盾。
どんなに強い攻撃でも防げるという。


「に、2枚リバースカードを伏せて、ターンエンド!」

 残った3枚の手札の中から2枚を伏せる岬。
 千年の盾の後ろ、裏側表示のカードが浮かび上がる。
 ハンドルを握りしめながら、岬が振り返った。

「ど、どうかしら、これが、私のデュエルよ! お、恐れいったかしら!」

 震える声で喋る岬ことマネージャー。
 その声からは無理をしているのが、ありありとうかがえた。
 大海原の上を走る2台のD・ホイール。爽やかな青い空の下で――

 ホルンが、フッと穏やかに微笑んだ。

「テイクマイターン」

 爽やかな笑みを浮かべたまま、カードを引くホルン。
 スピードカウンターが増える。


 ホルン SPC:7→8  仙道岬 SPC:7→8 


 引いたカードを手札に加えるホルン。
 D・ホイールのモニターを操作して、回線をつないだ。

「マネージャー、言いたいことがある」

 誰にもバレないよう、口元を隠すホルン。
 考えているフリをしながら――

「とりあえず、死ね」

 低い声で、ホルンが言い放った。
 岬ことマネージャーの表情が凍りつく。
 ホルンが目を見開いて、手を動かした。

「俺は天星魔(てんせいま)エレジウスをリバース!」

 伏せていたモンスターを表にするホルン。
 場に漆黒の羽根が舞い散り、ハープを持った堕天使が現れる。

「エレジウスの効果で俺は800ポイントのダメージを受け、
 さらにデッキから天星魔と名のついたモンスターを手札に加える」

 堕天使が、嘆くようにハープをかき鳴らした。


天星魔エレジウス
星4/闇属性/悪魔族/ATK1800/DEF0
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
自分は800ポイントのダメージを受け、
デッキから「天星魔」と名のついたモンスター1体を手札に加える。


 ホルン  LP4000→ 3200 


「天星魔……?」

 不思議そうに呟く岬。
 ホルンが画面をタッチしてカードを選んだ。

「俺はデッキから天星魔セレナダーガを手札に加える!
 さらにセレナダーガは俺のライフが減ったターン、
 手札から特殊召喚して、その攻撃力を倍にできる!」


天星魔セレナダーガ 
星4/闇属性/悪魔族/ATK1750/DEF0
自分のライフポイントがターン開始時の数値より低い時、
このカードは手札から特殊召喚できる。
この効果で特殊召喚されたこのカードの攻撃力は倍となる。
このカードが攻撃する時、自分は500ポイントのダメージを受ける。
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事はできない。


 カードを叩きつけるように置くホルン。
 場にヴァイオリンを持った堕天使が現れた。
 
「さらに手札の天星魔ノクトゥルスは、
 ダメージを受ける事で手札から特殊召喚できる!」

 手札のカードを表にするホルン。
 フルートを持った堕天使が現れ、ホルンがライフにダメージを受けた。


 天星魔ノクトゥルス ATK2000 


 ホルン  LP3200→ 2400 


「さらにもう1枚、天星魔ノクトゥルスを特殊召喚!」

 さらにカードを表にするホルン。
 先程と全く同じカード。フルートの堕天使が現れた。
 だが先程と違い、ダメージ効果が発動しない。

「ノクトゥルスのダメージは、俺の場に天星魔が4体以上いる場合は0となる」

 笑顔を浮かべているホルン。
 ダメージ効果が0となり、ホルンのライフに変動はなかった。


天星魔ノクトゥルス
星4/闇属性/悪魔族/ATK2000/DEF0
このカードは通常召喚できない。
手札のこのカードを特殊召喚する事ができる。
この効果で特殊召喚された場合、自分は800ポイントのダメージを受け、
エンドフェイズ時にこのカードを破壊する。
自分フィールド上に「天星魔」と名のつくモンスターが4体以上存在する場合、
このカードの効果で受けるダメージを0にする。


「そして場に4体の天星魔がいる時、
 手札の天星魔コンチェルビブスをレベル4扱いとして通常召喚する!」

 さらにカードを選ぶホルン。
 場に巨大な剣を持った黒鎧の堕天使が現れた。


天星魔コンチェルビブス
星8/闇属性/悪魔族/ATK3000/DEF0
自分フィールド上に表側表示で存在する「天星魔」と
名のついたモンスターの数だけ、手札のこのカードのレベルは下がる。
このカードが特殊召喚された時、自分は1000ポイントのダメージを受ける。
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
自分フィールド上に存在するモンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


 ホルンの場に、五体の堕天使が並び立った。
 漆黒の翼。それぞれが手に持った黒塗りの楽器。邪悪な威圧感。


   天星魔エレジウス   ATK1800 

  天星魔セレナダーガ  ATK3500 

   天星魔ノクトゥルス  ATK2000 

   天星魔ノクトゥルス  ATK2000 

 天星魔コンチェルビブス ATK3000 


「な、な、な……!」

 状況が理解できない様子の仙道岬ことマネージャー。
 目を丸くし、オロオロとホルンの場の堕天使を見ている。
 ホルンがばっと、腕を前に出した。

「バトル! 天星魔セレナダーガで千年の盾をアタック!」

 翼を広げ、ヴァイオリンを弾く堕天使。
 悲しげで虚ろなメロディが響き渡り、
 相手の場の強固な盾が震えて砕け散った。

「コンチェルビブスの効果で、貫通ダメージだ」

 冷たい口調のホルン。
 岬の身体に衝撃が走る。

「きゃあ!」


 仙道岬  LP4000→ 3500 


 ライフが削られ、壁が消える。
 ホルンがフッと笑いながら、指を伸ばす。

「ノクトゥルスで、ダイレクトアタック!」

 フルートを口元に持っていく堕天使。
 悲しげなメロディが鳴り響き、耳鳴りのように轟いた。
 仙道岬が手を前に出す。

「と、罠発動! 体力増強剤スーパーZを2枚オープン!」

 伏せられていた2枚。
 それが表となり、全く同じ絵柄のカードが並んだ。


体力増強剤スーパーZ  通常罠
自分が2000以上の戦闘ダメージを受ける場合、
そのダメージ計算時に発動できる。自分は4000LP回復する。

体力増強剤スーパーZ  通常罠
自分が2000以上の戦闘ダメージを受ける場合、
そのダメージ計算時に発動できる。自分は4000LP回復する。


 わずかに目を細めるホルン。
 カードが輝き、岬ことマネージャーのライフが凄まじく回復する。


 仙道岬  LP3500→ 7500 11500 


 2枚のカードが消える。
 フルートの音色が響いて、岬のライフが削れた。


 仙道岬  LP11500→ 9500 


 ライフが減るが、それでもまだ膨大な量が残る。
 岬ことマネージャーを指さすホルン。

「ノクトゥルス、エレジウス、コンチェルビブス」

 それぞれの楽器と剣を構える堕天使達。
 入れ替わり立ち代り、その力で仙道岬を攻撃した。

「くぁぁ……!」

 苦痛の声をあげる仙道岬ことマネージャー。
 目を開けて、前を向く。

「だ、だけど……」

 視線を落とすマネージャー。
 そこに表示されているライフポイントは――


 仙道岬   LP2700 


「ま、まだ、ライフは残ってる!」

 嬉しそうに、ホッと胸をなでおろす仙道岬のアバター。
 その顔にほんの少しだが、笑みが浮かんだ。

 ホルンが、静かに腕を前に出し――

「罠オープン、ブラッド・ヴォルテックス」

 淡々と、そう宣言した。
 振り返る岬。伏せられていたカードの絵柄が目に入る。


ブラッド・ボルテックス  通常罠
このターンに召喚・反転召喚・特殊召喚された
自分フィールド上のモンスター(トークンを除く)を全て破壊し、
破壊した数×600ポイントのダメージを相手に与える。


「この効果で、俺の場のモンスターを全て破壊し、
 相手に3000ポイントのダメージを与える」

 血のような赤い色の稲妻が降り注ぎ、
 ホルンの場の堕天使達を粉々に粉砕した。
 無表情のホルン。前を走る仙道の頭上に暗雲が立ち込め――

「お疲れさん、ゆっくり死んでな!」

 ホルンの言葉と共に、赤い稲妻が仙道の姿を貫いた。

「ふぎゃああああああ!!」

 元のマネージャーの口調に戻り、
 情けない声で悲鳴をあげる仙道岬のアバター。
 ライフが動く。


 仙道岬  LP2700→ 0 


 ブーッというブザー音が鳴り響いた。
 岬ことマネージャーの乗っていたD・ホイールが停止する。
 目の前に黒い髪の少年ジャッジが現れた。

『デュエルオーバー。ウィナー、チーム・アルバトロス所属、ホルン……』

 画面に、無表情で前を向き走っているホルンの姿が映る。
 さらに画面が切り替わり、D・ホイールの傍でへたり込んで、
 シクシクと泣いている仙道岬(マネージャー)の姿が映し出された。

 大きなブーイングが起こる。

「バカどもが」

 毒づくホルン。
 D・ホイールのモニター画面を操作する。
 既にナイトとレナードもデュエルを初めていた。

 残っているのは、鳳凰院結花1人のみ。

 エンジンを踏み込む。
 前に進むのを邪魔していた仙道岬はもういない。
 スピードを上げ、ホルンが他のD・ホイールを追い越していく。

「お先に!」

 言い残し、加速するホルン。
 目の前にチラチラと輝く光の壁が現れた。
 D・ホイールに乗ったまま、突っ込むホルン。光に飲み込まれ――

 目の前に、神秘的な光が飛び交う深い森が現れた。

 うっそうと生い茂った巨大な木々。
 緑色の葉の隙間、青い光がまるで妖精のように飛んでいる。
 そして前方で走っている、一台のD・ホイール。

「いけー! うん、その調子だよ、空さーん!」

 映しだされている他のデュエル映像に向かって、
 明るい声援を送っている鳳凰院結花。
 ホルンが近づくと、結花がにっこりと微笑んだ。

 マイクを切る。

「はー、マジで使えないわ、あのマネージャー」

 輝くような笑顔を浮かべたまま、結花が普段の口調で言った。
 映像で見れば、その姿は明るくドジなアイドルの姿のままだろう。
 ホルンもまた、つれらるようににっこりと笑顔を浮かべる。

 和やかな笑みを浮かべながら――

「時間稼ぎしとけって言っておいたのに、後でたっぷり絞っておかないとね。
 まったく、どうして私の周りにはロクな人間がいないのかしらねー、ミサキちゃん?」

「あんたがアホだからでしょ。普段は目立ちたがり屋で権力ふりかざすくせに、
 いざって時は後ろに隠れて猫かぶる卑怯者の性悪チキン女だからじゃない?」

「あーら、そのチキン女がいないと何もできない雛鳥ちゃんは誰かしら?
 ベースしか弾けない会話もできないワガママな職人気取りのクソ女さん」

「ノータリンで音楽性のない、私や空がいないと曲のリズムもまともに取れない
 才能ゼロ女よりマシね。少しはリズムトレーニングでもしたらどう? 人気ボーカルさん」

 にこやかな表情の2人。
 傍から見れば2人は楽しく会話しているようにしか見えなかった。
 フッと、結花が大きく微笑み――

「殺してやるわ、ホスト女」

「やってみなさいよ、ゴミクズ女」

 ホルンもまた、それに答えた。
 前を向き、デュエルの申請をする結花。
 2人のD・ホイールが緑色の円で囲まれる。
 モニターに文字が浮かんだ。



 Riding Duel Mode −Set Up
 Course Data Loading −Completed
 Duel Course Number 36 −Fairy Forest 


 Yuika Hououin V.S Horn


 Battle Type −Battle Royal Race Rule
 Duel System −All Green

 ――Are you ready?




 マイクのスイッチを入れて――

「あぁー!!」

 いかにも驚いたように、結花が叫んだ。
 観客の映っているモニターに向かって、両手を合わせる結花。

「ごめんなさーい、マイク切れちゃってましたぁ……」

 先程とは打って変わった明るい声の結花。
 よもやドロドロとした女の会話をしていたとは、
 見ていた観客の誰もが夢にも思わなかった。

「うえーん、せっかくホルンさんとペットの話で盛り上がってたのにー!」

 悔しそうに言う結花。
 ドッと観客席から笑い声が上がる。
 笑顔を浮かべる結花。

「でもでも、デュエル前に気づいて良かったー!
 それじゃあホルンさん、はじめましょう! よろしくお願いしまーす!」

 ぺこりと頭を下げる結花。
 完全に、ステージの時の結花にスイッチが切り替わっている。
 仙道もまた、ホルンの時の口調へと精神を切り替えた。

 深い緑の森を進みながら――


「――デュエルッ!!」


 2人が大きく、声を響かせた。
 会場からの応援の声が、一際大きく響いて伝わる。


 結花    LP4000 

 ホルン   LP4000 


 カードを引いて手札ホルダーにセットするホルン。
 弾むような声で、結花が言った。

「そっれじゃあ、いきまーす! 私のターン!」

 元気にカードを引く結花。
 口元に笑顔を浮かべながら、手札を見る。

「まずはこの子から! 天星霊(てんせいれい)エレジアちゃん召喚ー!」

 カードを置く結花。
 場に、光の翼を背中から生やした鎧天使が現れる。


天星霊エレジア
星4/光属性/天使族/ATK600/DEF1000
このカードがフィールド上に存在するとき、自分フィールド上の
「天星霊」と名のつくモンスターの守備力は1000ポイントアップする。
自分のライフポイントが回復したターン、エンドフェイズまで自分フィールド上の
「天星霊」と名のつくモンスターの守備力は1000ポイントアップする。


 持っていたハープを奏でる天使。
 その足元に金色の魔法陣が浮かび、守備力が上昇した。


 天星霊エレジア DEF1000→ DEF2000 


「さらに2枚伏せて、ターンエンドでーす!」

 2枚の裏側表示のカードが現れ、消える。
 いかにも可愛らしく見えるように、両手を口元に持っていく結花。

「はい、ホルンさんのターンですよ?」

 うるんだ瞳で見つめる結花。
 だがそれが演技で、挑発である事はホルンには分かっていた。
 真剣な表情。ホルンがデッキに手を伸ばす。

「テイクマイターン!」

 宣言し、カードを引くホルン。
 スピードカウンターが増えた。


 ホルン SPC:8→9  結花 SPC:6→7 


 くすりと小さく笑う結花。
 手を前に出して、言う。

「リバースカードオープン! 星霊の恵み!」

 芝居がかった口調。
 伏せられていたカードが表になり、輝いた。

「この効果で、スタンバイフェイズに私のライフが回復しまーす!」


星霊の恵み  永続罠
お互いのスタンバイフェイズ時、自分は300ポイントのライフポイントを回復する。


 結花の頭上に光の円が現れた。
 キラキラとした光の粒子が、降り注ぐ。


 結花  LP4000→ 4300 


 ライフ回復。
 さらにそれに反応するように、天使の身体が金色に光った。

「エレジアちゃんは、私のライフが回復したターンに
 さらに守備力が1000ポイント上がっちゃいまーす!」


天星霊エレジア
星4/光属性/天使族/ATK600/DEF1000
このカードがフィールド上に存在するとき、自分フィールド上の
「天星霊」と名のつくモンスターの守備力は1000ポイントアップする。
自分のライフポイントが回復したターン、エンドフェイズまで自分フィールド上の
「天星霊」と名のつくモンスターの守備力は1000ポイントアップする。


 きゃぴきゃぴと宣言する結花。
 金色の魔法陣が二重になり、さらに守備力が上昇する。


 天星霊エレジア DEF2000→ DEF3000 


「きゃー、守備力3000だってー! すごーい!」

 無邪気にはしゃいでみせる結花。
 会場が盛り上がり、歓声がモニターから伝わった。
 手札を見るホルン。迷わず1枚を手に取る。
 
「俺は天星魔エレジウスを召喚!」

 ホルンの場、黒い翼を生やした堕天使が姿を見せた。
 手に持ったハープ。相手の場の天使と、翼と楽器の色以外全く同じ姿。
 結花が笑顔のまま、警戒するように目を細めた。

「エレジウスが召喚に成功した時、800ポイントのダメージを受け、
 デッキから天星魔と名のついたカードを手札に加える!」


天星魔エレジウス
星4/闇属性/悪魔族/ATK1800/DEF0
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
自分は800ポイントのダメージを受け、
デッキから「天星魔」と名のついたモンスター1体を手札に加える。


 ハープをかき鳴らす堕天使。
 物悲しげな旋律が響く。


 ホルン  LP4000→ 3200 


「あらら、自分でライフ減らしちゃうのー? なんだかこわーい!」

 わざとらしく驚いてみせる結花。
 ホルンがその言葉を無視してデッキのカードを選ぶ。

「デッキの天星魔セレナダーガを手札に加え、
 さらに自身の効果で特殊召喚する!」

 画面をタッチするホルン。手の中に現れたカードを、
 そのままディスク部分へと叩きつけるようにセットした。
 黒塗りのヴァイオリンを持った堕天使が現れる。


天星魔セレナダーガ
星4/闇属性/悪魔族/ATK1750/DEF0
自分のライフポイントがターン開始時の数値より低い時、
このカードは手札から特殊召喚できる。
この効果で特殊召喚されたこのカードの攻撃力は倍となる。
このカードが攻撃する時、自分は500ポイントのダメージを受ける。
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事はできない。


 天星魔セレナダーガ ATK1750→ ATK3500 


 効果で攻撃力が一気に上昇する堕天使。
 ざわざわとした声が、観客席と繋がるモニターから聞こえてきた。
 ホルンが鋭い視線を向けながら、言う。

「バトルだ! 天星魔セレナダーガで、天星霊エレジアをアタック!」

 翼を広げる堕天使。黒い羽根が飛び散った。
 ヴァイオリンを肩にのせ、弾き鳴らす。
 不吉でおどろおどろしいメロディが響いた。


 ホルン  LP3200→ 2700 


 主人の命さえも削り取る破壊の旋律。
 相手の場の天使の姿が波のように揺れ、ガラスのように砕けた。

「あぁ、エレジアちゃーん!」

 悲痛な声をあげる結花。
 ホルンの横のモニターからブーイングが響いた。

 結花の場ががら空きになる。

「天星魔エレジウスで――」

 言いかけたホルンの言葉を遮るように、
 
「みんな、大丈夫!」

 結花が大きく、声をあげた。
 ホルンが不審そうに結花の方を見る。
 両手を広げる結花。

「安心して! 私はこれくらいじゃ諦めたりしないよ!
 だって私にはみんなが、疾風のメンバーが付いてるから!」

 観客席に向かって笑いかける結花。
 ホルンからすれば、とんだ皮肉に聞こえる言葉だった。
 ポーズを決めながら――

「これがみんなとの絆の力だよ!
 リバースカードオープン! ブロークン・ブロッカー!」

 元気いっぱいに、宣言した。
 伏せられていたカードが表になる。


ブロークン・ブロッカー  通常罠
自分フィールド上に存在する攻撃力より守備力の高い
守備表示モンスターが、戦闘によって破壊された場合に発動する事ができる。
そのモンスターと同名モンスターを2体まで
自分のデッキから表側守備表示で特殊召喚する。


「……なに?」

 表になったカードを見て、顔をしかめるホルン。
 結花の手の中に2枚のカードが浮かび上がる。

「この効果で、デッキのエレジアちゃん2体を特殊召喚ー!」

 カードを置く結花。
 2つの光が現れ、先程と全く同じ天使が並び降り立った。
 さらにその足元に金色の魔法陣が浮かぶ。


 天星霊エレジア DEF1000→ DEF5000 

 天星霊エレジア DEF1000→ DEF5000 


 エレジアの持つ守備力上昇効果。
 2体並んだ事によって、その効果が重複する。
 結果、凄まじい数値の守備力を得たモンスターが、ホルンの前に立ちはだかった。

「こいつ……!」

 予想外の展開に口悪く呟くホルン。
 盛り上がりを取り戻した観客席に向かって、結花が手を振った。

「みんなー、心配してくれてありがとー!」

 明るく呼びかける結花。
 顔をホルンの方へと向けて――

「それで、ホルンさんはどうするの?」

 見下した目で、尋ねた。
 クスクスと笑っている結花。その顔は普段の、
 性悪な本性をさらけ出している時の顔と同じだった。

 ホルンが舌打ちして、手札を見る。

「俺は1枚カードを伏せ、アイブダン!」

 カードを場に伏せるホルン。
 ターンが終わり、D・ホイールがカーブを曲がった。
 うねるような不思議なコースを、2台は進んでいく。

「わったしのターン!」

 余裕そうな声。
 結花がカードを引き、光が降り注ぐ。


 結花 SPC:7→8  ホルン SPC:9→10 

 結花  LP4300→ 4600 


 ライフ回復の恵みを受ける結花。
 手札の1枚を、得意気に表にした。

「どんどん行くよー! Sp−スピード・フュージョンを発動ー!」

 カードが浮かびあがる。


Sp−スピード・フュージョン  通常魔法
自分のスピードカウンターが4つ以上ある場合に発動できる。
手札・自分フィールド上から、融合モンスターカードによって
決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、
その融合モンスター1体を融合召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。


「スピードスペル専用の、融合魔法か!」

 現れた魔法カードを見て、目を鋭くさせるホルン。
 結花がふふんと笑いながら、手札を表に。

「手札の天星霊! プレリア、ノクトラ、コンチェルビアを融合ー!」

 一気に3枚のカードを墓地に送る結花。
 空間がねじ曲がり、渦のような力でカードが飲み込まれる。

 カードを掲げる結花。

 枠の色は紫。
 輝くような笑みを浮かべて――

「融合召喚! 天星霊セラス・カルディナリオスちゃーん!!」

 カードを、ディスクに置いた。
 渦の中心、金色の光が溢れてフィールドを照らす。
 カードが溶けて混ざり合い――

 巨大な天使が、その場に降臨した。


 天星霊セラス・カルディナリオス ATK3300 


 大きく、威厳に満ちた姿の天使。
 さらに結花の頭上から天使の羽根が舞い落ち、足元に黒の魔法陣が浮かぶ。

「融合素材になったプレリアちゃんとノクトラちゃんの効果で、
 私のライフが回復して1枚ドローしまーす!」


天星霊プレリア
星4/光属性/天使族/ATK1900/DEF1000
このカードが融合素材モンスターとして墓地へ送られたとき、
自分は1000ポイントのライフポイントを回復する。


天星霊ノクトラ
星4/光属性/天使族/ATK1300/DEF1300
このカードが融合素材モンスターとして墓地へ送られたとき、
自分のライフポイントが相手のライフポイントを上回っていれば、
デッキからカードを1枚ドローする。


 光が満ちて、結花のライフが増える。
 さらにデッキから「えいっ」という掛け声と共にカードを引いた。


 結花  LP4600→ 5600 


 既に、結花とホルンのライフの差は2倍近くになっている。
 きゃぴきゃぴとした様子の結花。

「えへへー、絶好調ー! ひょっとして私って、強い?」

 ホルンの方を見る結花。その表情は既に勝ち誇っている。
 対するホルンは、無表情のまま。無言で結花を見ている。

 結花が腕を伸ばした。

「さらにセラス・カルディナリオスちゃんの効果発動ー!
 相手のモンスターの効果、無効にしちゃいまーす!」


天星霊セラス・カルディナリオス
星9/光属性/天使族・融合/ATK3300/DEF2600
「天星霊」と名のつくモンスター×3
自分のライフポイントが回復したターンに1度だけ、相手フィールド上に
表側表示で存在するカードを3枚まで選択し、そのカードの効果を無効にできる。
この効果の発動に対して、相手は魔法・罠・モンスターの効果を発動する事はできない。


 場の大天使の身体が輝き、構えた。
 天が金色に染まり、光が降り注いで堕天使の身体を貫く。


 天星魔エレジウス→ 効果無効 

 天星魔セレナダーガ→ 効果無効 


 光により、背中の黒い翼の輝きが失われる堕天使。
 効果が無効になり、上昇していた攻撃力が元に戻る。


 天星魔セレナダーガ ATK3500→ ATK1750 


 これで、ホルンの場のモンスターの攻撃力は
 全て結花の大天使よりも下の数値となった。
 勢いにのった様子で、結花が堕天使を指差す。

「このままバトルでーす! 天星霊セラス・カルディナリオスちゃんで、
 天星魔セレナダーガを攻撃ー! いっけぇー、エンジェル・スラーッシュ!」

 楽しそうに技名まで宣言する結花。
 大天使が持っていた2刀の剣を構えた。
 空を斬る音。横から薙ぐような剣撃が、堕天使に迫る。

 無表情のホルンが――

「リバース罠オープン、ディメンション・ウォール」

 静かに、言い放った。
 結花が「へ?」と間の抜けた声を出す。
 カードが表になった。


ディメンション・ウォール  通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
この戦闘によって自分が受ける戦闘ダメージは、かわりに相手が受ける。


「なっ……!」

 素の表情に戻る結花。
 大天使が剣を振るい、堕落した天使を粉砕した。
 だが、それによって発生した衝撃が次元の穴に飲み込まれ、跳ね返る。

「きゃあああ!」

 衝撃を受け、結花が悲鳴をあげた。


 結花  LP5600→ 4050   SPC:8→ 7 


 観客からブーイングが起こる。
 顔をあげる結花。

「そ、そのカードって……!」

 渋い表情の結花に向かって、
 ホルンが個人用のマイク回線を使って言葉を伝えた。

「どうした? いつもの営業スマイルが崩れてるぜ」

 不敵な笑みを浮かべているホルン。
 結花の顔が怒りで真っ赤になった。

「この……!」

 悪態を口走りそうになる結花。
 だが直ぐにハッとなると、ぶんぶんと首を振った。

「うえーん、ホルンさんがいじめるー!」

 先程までと同じアイドルの口調に戻る結花。
 いかにもわざとらしく、泣いているようなポーズをとる。
 慣れた様子で、ホルンはそれを見つめている。

 涙をぬぐう動作を見せながら――

「ぐすん。もー、怒ったからねー!」

 少しおおげさに作った怒りの声を、結花が出した。
 手札に残っていた1枚を、場に出す。

「天星霊ラプディーアちゃん、召喚ー!」

 場に、ラッパを持った小柄な鎧天使が降臨する。


天星霊ラプディーア
星4/光属性/天使族/ATK1400/DEF1200
自分のターンのエンドフェイズ時、自分フィールド上の「天星霊」と名のつく
モンスターを任意の枚数選択して発動できる。この効果で選択したモンスターの
表示形式を変更する。


「私はこれでターンエンドだけど、この時ラプディーアちゃんの効果発動!
 私の場の天星霊セラス・カルディナリオスちゃんを守備表示にしまーす!」

 持っていたラッパを口に当てる天使。
 軽快な音が響き、それにつられるように大天使がその場で膝を折った。
 これで、結花の場には天使が4体、守備表示で存在している事となる。

 ターンが回った。

「テイクマイターン!」

 ホルンがカードを引く。
 スピードカウンターが増えた。


 ホルン SPC:10→11  結花 SPC:7→8 


 これでホルンのスピードカウンターは11。
 スピードに差はあるが、ホルンは結花を引き離そうとはしない。
 ただ静かに、結花の後ろを走っている。

 星霊の恵みで、結花のライフが回復した。


 結花  LP4050→ 4350 


 さらにライフ回復をトリガーにして、天星霊エレジアの効果が発動する。
 ハープを奏でる2体のエレジア。金色の魔法陣が足元に浮かぶ。


 天星霊セラス・カルディナリオス DEF4600→ DEF6600 

 天星霊エレジア DEF3000→ DEF5000 

 天星霊エレジア DEF3000→ DEF5000 

 天星霊ラプディーア DEF3200→ DEF5200 


 それによって強固な守備力を得る天使達。
 鉄壁の守りを従えた事で、結花の表情に余裕が戻った。

「うん、さっきはちょこっとやられちゃったけど……」

 観客席のモニターに向かって語りかける結花。

「これだけのモンスターが並んでれば、大丈夫だよね!
 やっぱり疾風の絆は、宇宙一の無限大だよー!」

 その言葉を聞いた観客席が、大いに盛り上がった。
 巻き起こる結花コール。手を振ってそれに応える結花。
 振り返り、後ろを走るホルンを見据える。

「どうかな、ホルンさん? いくらあなたでもこの守りは――」

 微笑む結花に向かって、

「俺は天星魔プレリュゾンを召喚!」

 大きく、ホルンが言った。
 暗闇が現れ、そこからチェロを持った堕天使が姿を見せる。


 天星魔プレリュゾン ATK1800 


 眉をひそめる結花。

「また新しい天星魔? だけどその攻撃力じゃ……」

 不審に思う結花だったが、
 ホルンは何の迷いもなく言葉を続けた。

「天星魔プレリュゾンの効果発動! 俺の場の天星魔モンスターを1体選択し、
 そのモンスターに相手プレイヤーへの直接攻撃能力を与える!」

「なっ……!」


天星魔プレリュゾン
星4/闇属性/悪魔族/ATK1800/DEF0
1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在する
「天星魔」と名のついたモンスター1体を選択して発動できる。
選択したカードは相手プレイヤーに直接攻撃できる。
この効果の対象となったモンスターが攻撃する時、
自分は800ポイントのダメージを受ける。


 口を開ける結花。
 ホルンが黒いチェロを持った堕天使を指差す。

「プレリュゾンの効果をプレリュゾンに対して使用!
 そしてバトルだ! 天星魔プレリュゾンで、ダイレクトアタック!」

 黒い翼を広げる堕天使。
 激しくチェロを弾き、地獄に住む怪物の鳴き声のような音を響かせる。
 不快な音色が木霊して、プレイヤー2人を襲った。

「きゃあああ!」

「つっ……!」


 結花   LP4350→ 2550   SPC:8→ 7 

 ホルン  LP2700→ 1900 


 ダイレクトアタックによるダメージを受ける結花と、
 プレリュゾンの効果による代償のダメージを受けるホルン。
 互いのライフポイントが削れ、数値の幅が縮まる。

「こ、こんな……!」

 悔しそうに手を震わせている結花。
 その目が鋭くホルンを睨んでいる。
 対照的に、涼しい顔のホルン。カードを手に取った。

「カードを2枚伏せて、アイブダン」

 裏側表示のカードが浮かび上がる。
 とことん翻弄してくるホルンに対して、
 結花の怒りが溜まっていく。

 深呼吸をして――

「私のターン!」

 鋭い声で、結花がカードを引いた。
 真剣な目つき。先程まで浮かべていた笑いが引っ込む。


 結花 SPC:7→8  ホルン SPC:11→12 


 スピードカウンターがそれぞれに乗る。
 ジャッジモニターが現れ、ウインディがマイクに向かって叫んだ。

『ここでチーム・アルバトロスのホルンさん、トップスピードだぁー!
 ぶっちぎりのトップー! それをチーム・疾風の結花さんが追いかけるー!』

 湧き上がる観客席。
 応援の声と、ブーイング、叫び。
 様々な音が鳴り響き、会場を揺らしているのが伝わる。

 星霊の恵みの効果で、結花のライフが回復した。


 結花  LP2550→ 2850 


「天星霊セラス・カルディナリオスを攻撃表示に変更……」

 カードを動かす結花。


 天星霊セラス・カルディナリオス DEF6600→ ATK3300 


 いつになく真剣な表情と声。
 異変に気づいたように、会場もざわめく。
 視線を伏せ気味に――

「ごめん、みんな。ちょっとだけ本気出させて」

 結花が、普段のイメージとはかけ離れた声でそう言った。
 ギラリとホルンを睨みつける結花。
 腕を前に出して――

「天星霊セラス・カルディナリオスで、天星魔プレリュゾンを攻撃!」

 大きく、叫んだ。
 剣を構える大天使。再び薙ぐように、剣を振るう。
 大気を切り裂いて堕天使に迫る刃。ギラリと鈍く輝き――

 堕天使の身体を、一撃で粉砕した。

 巻き起こる衝撃。
 だが堕天使が砕かれた瞬間、ホルンが手を前に出す。

「罠オープン! サクリファイス・バリア!」

 カードが表に。
 結花が目を見開いた。

「この効果で、俺への戦闘ダメージを0にする」

 暗闇の壁がホルンの前に現れた。
 衝撃が闇に阻まれ、霧散して消える。
 結花が声を荒らげた。

「さっきから自分で自分にダメージを与えてるくせに、
 どうして私の攻撃ダメージは通そうとしないのよ!」

 怒りに震えている結花。
 ホルンが口を開く。

「教えてやる」

 冷たい口調。
 見下したように結花を見ながら、

「俺のライフを削っていいのは、俺だけだ」

 ホルンが無表情に答えた。
 歯を噛みしめる結花。その表情が強張る。

「本当、自分勝手な奴……!」

 客に聞こえないよう、個人回線でそう呟く結花。
 手札のカードを手に取る。

「1枚伏せて、ターンエンド時にラプディーアの効果発動! 
 セラス・カルディナリオスを守備表示に変更する!」

 天使がラッパを吹き鳴らした。
 明るい音色が鳴り響く。大天使が姿勢を変えた。

「さっ、あなたのターンよ!」

 真剣な表情で、結花がホルンに向かって言った。



 結花   LP2850
 手札:0枚  SPC:8
 場:天星霊セラス・カルディナリオス(DEF6600) 
   天星霊エレジア(DEF5000)
   天星霊エレジア(DEF5000)
   天星霊ラプディーア(DEF5200)
   伏せカード1枚


 ホルン  LP1900
 手札:2枚  SPC:12
 場:天星魔エレジウス(ATK1800)
   伏せカード1枚



 妖精の森の道奥に、光の壁が見えた。
 ゆらゆらと揺れている、不思議な光の壁。
 2台のD・ホイールがそこを突き抜けて――

 目の前に、新たな世界が広がった。

 高層ビルが立ち並ぶ、発展した都市。
 空には漆黒の夜と丸い月が浮かび、街の光が宝石のように輝いている。
 D・ホイールが走っているのは、そんな街並みに臨んだ高速道路だった。


 Duel Course Number 18 −Night Neon City


 モニターに文字が表示される。
 ナイトネオンシティ。夜の歓楽街。
 しばし景色に見とれる2人。だがそれもすぐに、闘気でかき消えた。
 
「テイクマイターン!」

 カードを引くホルン。
 既にスピードはMAX。結花だけにカウンターが乗る。
 さらに光が降り注いで、ライフが回復した。


 ホルン SPC:12  結花 SPC:8→9 

 結花  LP2850→ 3150 


 結花の場。ハープの美しい音色が鳴り響いた。
 現れる金色の魔法陣。守備力が上昇する。


 天星霊セラス・カルディナリオス DEF6600 

 天星霊エレジア    DEF5000 

 天星霊エレジア    DEF5000 

 天星霊ラプディーア  DEF5200 


 結花の場にしかれた鉄壁の布陣に変わりはない。
 対するホルンの場には、攻撃力1800の天星魔が1体のみ。
 普通に考えれば、突破は不可能。だが――

「そろそろ茶番もおしまいだ」

 ホルンがカードを手に取りながら、静かに言った。 
 緊張したように目を見張る結花。警戒する。
 カードをディスクに挿しこんで――

「Sp−ジ・エンド・オブ・ストームを発動!」

 ホルンが、高らかに宣言した。


Sp−ジ・エンド・オブ・ストーム  通常魔法
自分のスピードカウンターが10個以上ある場合に発動する事ができる。
フィールド上に存在する全てのモンスターを破壊する。
この効果で破壊し墓地へ送られたモンスター1体につき、
そのモンスターのコントローラーは300ポイントのダメージを受ける。


『こ、これはSp−ジ・エンド・オブ・ストーム!!
 トップスピードカードクラスの、高コストスピードスペルだーッ!!』

 興奮した口調で叫ぶジャッジデータのウインディ。
 場に猛烈な嵐が吹き荒れる。ホルンが結花の場へ視線を向けた。

「ごちゃごちゃしてるのは嫌いだ。まとめて吹き飛びな!」

 凄まじい嵐。
 結花とホルンの髪や服がバタバタと音をたてて揺れる。
 黒く切り裂くような旋風の中に――

「罠発動!」

 結花の声が、響いた。
 今度はホルンが目を見開く。
 伏せられていたカードが表になった。

「サークル・オブ・ボンド!」

 描かれているのは、拳を合わせている4人の騎士の姿。
 場の暴風に負けないよう、結花が声を張り上げる。

「このカードの効果で、私の場に4体以上モンスターがいる場合、
 私のモンスターはカード効果では破壊されない!」

「……!」


サークル・オブ・ボンド  永続罠
自分フィールド上にモンスターが4体以上存在する場合、
自分のモンスターはカード効果によって破壊されない。


 目を細めるホルン。
 4体の天使の足元、白い光の円が浮かんで嵐を防いだ。
 阻まれなお、旋風が荒れ狂う。暴れまわる風。そして――

 ホルンの場の堕天使だけが、砕け散った。


 ホルン  LP1900→ 1600 


 ジ・エンド・オブ・ストームの効果でダメージを受けるホルン。
 しかも自分の場からモンスターが消えた上、相手の天使は無傷だった。

「言ったでしょ……」

 微笑む結花。
 腕を伸ばし、指を天へと向ける。

「私達疾風4人の絆は、誰にも負けないって!」

 力強く、言い切る結花。
 その言葉に込められているのは、疾風リーダーとしての誇り。
 戸惑い気味だった観客席にも、その熱意と情熱が伝わり――

 大きな歓声となって、爆発した。

 凄まじい量の歓声と、応援コール。
 まさに会場が一体となって、結花を応援していた。

「4人の絆……」

 呟くホルン。
 自分の場に残された1枚を見て、考える。
 真剣な表情。沈黙の後――

「……悪いが、俺だって負けられねぇんだよ」

 目を鋭くさせながら、ホルンがぽつりと呟いた。
 腕を前に出して、ホルンが言う。

「罠オープン、リビングデッドの呼び声!」

 ホルンの場、墓場の絵が描かれたカードが表になる。


リビングデッドの呼び声  永続罠
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

 
「この効果で、墓地の天星魔エレジウスを特殊召喚!」

 墓地のカードをタッチするホルン。
 漆黒の嵐で破壊された、ハープを持った堕天使が再び場に現れた。


天星魔エレジウス
星4/闇属性/悪魔族/ATK1800/DEF0
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
自分は800ポイントのダメージを受け、
デッキから「天星魔」と名のついたモンスター1体を手札に加える。


 嘆きのメロディが響く。
 ホルンのライフが削られた。


 ホルン  LP1600→ 800 


 残りライフ僅かになるホルン。
 だがその表情に、あせりはなかった。

「天星魔エレジウスの効果でデッキの天星魔セレナダーガを手札に!」

 デッキ画面をタッチするホルン。
 手の中に浮かんだカードを、そのまま場へ。

「そして天星魔セレナダーガを、特殊召喚する!」

 場に黒い羽根が舞い散り、堕天使が降臨した。
 黒塗りのヴァイオリンを演奏する。


天星魔セレナダーガ
星4/闇属性/悪魔族/ATK1750/DEF0
自分のライフポイントがターン開始時の数値より低い時、
このカードは手札から特殊召喚できる。
この効果で特殊召喚されたこのカードの攻撃力は倍となる。
このカードが攻撃する時、自分は500ポイントのダメージを受ける。
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事はできない。


 天星魔セレナダーガ ATK1750→ ATK3500 


「それでも、私の天星霊には敵わない!」

 声をあげて指摘する結花。
 ホルンがカードを手に取った。

「天星魔マーチレスを召喚!」

 場に、シンバルを持った堕天使が姿を見せる。
 持っていたシンバルを叩くと、場に波紋が広がった。

「天星魔マーチレスの効果! 俺の場の天星魔と名のついた
 モンスターの攻撃力を、天星魔1体へと集中させる!」

「なんですって!?」


天星魔マーチレス
星4/闇属性/悪魔族/ATK1500/DEF0
1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在する
「天星魔」と名のついたモンスター1体を選択して発動できる。
そのモンスターの攻撃力は、そのモンスター以外の自分フィールドの
「天星魔」と名のついたモンスターの攻撃力の合計分アップする。
この効果の対象となったカードが戦闘を行う事によって
発生する戦闘ダメージは自分が受ける。


 場に広がった波紋が共鳴し、大きくなった。
 ヴァイオリンを持った堕天使の身体が震え、共振する。


 天星魔セレナダーガ ATK3500→ ATK7300 


「この効果の対象となったモンスターが戦闘する場合、
 その戦闘ダメージは俺が受ける。もっとも、お前のモンスターは守備表示。
 その心配をする必要はなさそうだがな」

「くっ……!」

 自分の場に腰を下ろしている天使を見据える結花。
 ホルンが指を伸ばして、高らかに宣言する。

「天星魔セレナダーガで、天星霊セラス・カルディナリオスを攻撃!」

 ヴァイオリンを構える堕天使。
 ギコギコと弓を動かして、虚ろな音楽が鳴り響く。
 大天使が苦しみの声をあげ、ガラスのように砕け散った。


 ホルン  LP800→ 300 


 攻撃の反動を受けるホルン。
 モンスターの数が減ったことで、結花の場で表になっていた
 サークル・オブ・ボンドのカードから光が消えた。

「1枚伏せ、アイブダン」

 最後の手札を伏せるホルン。
 裏側表示のカードが1枚、浮かぶ。

 ターンが回って、結花の番に。

 デッキに手をかける結花。
 個人回線を使い、観客に聞こえないように言う。

「ふん、セラスを倒していい気になってんじゃないわよ!」

 耳につけたマイクから、結花の声が伝わった。

「そのセレナダーガとの戦闘で発生するダメージはあんたが受けるんでしょ。
 だったら、そいつに攻撃すればあんたにダメージが反射して終わり。簡単よ!」

 カードを引く結花。
 スピードカウンターとライフが増える。


 結花 SPC:9→10  ホルン SPC:12 

 結花  LP3150→ 3450 


「あぁ、そうだ。お前の言う通りだ」

 結花の言葉に頷くホルン。
 腕を伸ばして――

「だから、こいつには消えてもらう。お前の天使もろともな」

 静かに、宣言した。
 ホルンが伏せたカードが表になる。
 ゆっくりと口を開くホルン。言葉を紡いだ。

「魔のデッキ破壊ウイルスを、発動」

 結花の表情が、凍りついた。


魔のデッキ破壊ウイルス  通常罠
自分フィールド上に存在する攻撃力2000以上の
闇属性モンスター1体をリリースして発動する。
相手フィールド上に存在するモンスター、相手の手札、
相手のターンで数えて3ターンの間に相手がドローしたカードを
全て確認し、攻撃力1500以下のモンスターを破壊する。


「嘘……!」

 呆然と呟く結花。
 ヴァイオリンを持った堕天使の身体が砕ける。
 死をまき散らすウイルスが場に散布され――

 3体の天使が蝕まれ、ドロドロと溶けて砕けた。

 さらに結花が持っていた最後の手札。
 それが大きく空中に浮かび上がる。


Sp−スピード・フュージョン  通常魔法
自分のスピードカウンターが4つ以上ある場合に発動できる。
手札・自分フィールド上から、融合モンスターカードによって
決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、
その融合モンスター1体を融合召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。


 スピードスペル専用の融合魔法。
 だが場に、素材となるモンスターは残っていない。

「どうして……!」

 声を震わせる結花。
 屈辱か、それとも悲しみゆえか。
 ホルンは黙って、その姿を見つめている。沈黙する結花。

 持ち時間が過ぎて、強制的にターンが変わった。

「テイクマイターン」

 カードを引くホルン。
 淡々とカード効果が処理される。


 ホルン SPC:12  結花 SPC:10→11 

 結花  LP3450→ 3750 


 がら空きとなった結花の場。
 だがホルンの場の攻撃力の合計は、残りライフに僅かに足りていない。
 祈るように勝負の行方を見守る観客。

 ホルンがカードを構えた。

「俺は天星魔ノクトゥルスを特殊召喚!」

 場にフルートを持った堕天使が現れる。
 それを見て、司会をしていたウインディが目を丸くした。

『な、ここで天星魔ノクトゥルスを特殊召喚ー!?
 でもでも、それじゃあノクトゥルスのダメージ効果でライフがー!!』


天星魔ノクトゥルス
星4/闇属性/悪魔族/ATK2000/DEF0
このカードは通常召喚できない。
手札のこのカードを特殊召喚する事ができる。
この効果で特殊召喚された場合、自分は800ポイントのダメージを受け、
エンドフェイズ時にこのカードを破壊する。
自分フィールド上に「天星魔」と名のつくモンスターが4体以上存在する場合、
このカードの効果で受けるダメージを0にする。


 ホルン  LP300 


 空中に浮かび上がるカード画像と残りライフ数値。
 観客がどよめいた。まさかの逆転勝利か?
 結花が顔を伏せたまま、誰にも聞こえないよう小さく呟く。

「バーカ。こいつが、私に勝ちを譲るわけないじゃん……。
 昔っからそう。自分勝手でワガママ、空気読まない無愛想女なんだから……」

 涙声の結花。
 ホルンが手を前に出す。

「墓地のサクリファイス・バリアの効果発動! 
 効果ダメージを受ける時、こいつを身代わりにしてダメージを0にする!」

 浮かび上がるカード。
 くるくると、その場で回転する。


サクリファイス・バリア  通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になる。
自分がカード効果によるダメージを受ける時、
墓地に存在するこのカードを除外する事で発動できる。
その効果ダメージを0にする。


 フルートの悲しい調べが、かき消された。
 無言で結花を見つめるホルン。視線を向けながら――

「3体で、ダイレクトアタック」

 静かに、そう言い放った。
 楽器を構える3体の堕天使。それぞれの楽器が鳴り響き、
 1つの曲のようになって結花に襲い来る。

 音楽に飲み込まれて――


 結花  LP3750→ 0 


 結花のライフポイントが、0となった。
 ブザー音。D・ホイールが強制停止となり、
 その姿が一瞬にして後方へと消えていった。

『デュエルオーバー。ウィナー、チームアルバトロス所属、ホルン……』

 ジャッジの声が響く。
 観客席から巻き起こる盛大なブーイング。
 だがホルンは気にすることなく、ただ前へとD・ホイールを走らせていた。

 停止したD・ホイールの傍。膝を抱えてうずくまっている結花。

「ねぇ、どうしてよ……」

 マイクに向かって、問いかける。

「あんたはスピードカウンターが12個も貯まってた。
 だったら、私なんて置いてさっさとゴールまで走っちゃえば良かったのに。
 なんで、私なんかに付き合って並走してたのよ……」

 ホルンと繋がっている個人回線。
 結花の声が耳につけたマイクから伝わった。
 前を向いてコースを走っているホルン。息を吐いて――

「お前、自分で言ってただろ」

 呆れたように、答えた。
 顔をあげる結花。不思議そうな表情を浮かべる。
 ぷいとそっぽを向きながら、ホルンが言った。 

「『私達は4人で疾風だ』って。だから、お前を置いて行く訳ないだろ」

 ホルンの言葉を聞いて、結花が口をポカンと開けた。
 その目から涙がこぼれ落ちて、頬をつたわる。
 顔を伏せて、結花がぐすんと鼻を鳴らした。

「なによ、バカ女……」

 呟くように言うと、結花が回線を切った。
 再び前を向くホルン。目の前に光の壁が現れる。

 光を抜けると、そこは最初のスタジアム。

 騒ぎ立てている観客の声。
 迷いもなく、D・ホイールを走らせるホルン。
 白線を通りすぎて――

『ゴォォォォーーーーールッ!!』

 ウインディが、大きく叫んだ。
 そしてすぐ、残念そうにがっくりと肩を落とす。
 一際大きなブザー音が鳴り響き、デモニックが画面に映った。

『ゲームオーバー。ウィナー、チーム・アルバトロス!』

 左手をあげるデモニック。
 白い鳥の描かれた旗の絵が、空中に浮かび上がる。
 D・ホイールのイメージが転送され、残りの6人が元のステージへと戻ってきた。

「はい?」

「なんだなんだ!?」

 デュエルに夢中で、勝負がついた事に気づいていなかったのか、
 レナードと晴海がきょろきょろと周りを見回した。

「ンー、ザンネンデースネ」

 頬をふくらませている空。
 ナイトがD・ホイールから降りて、ホルンへ駆け寄る。

「ホルーン!」

 疲れたように、深く息を吐いていたホルン。
 ナイトに気づくと、目を開ける。

「ま、こんなもんだろ」

 軽い口調のホルン。
 呆然としているナイトを尻目に、ツカツカとその場から離れた。
 ホルンの歩く先、うつむいている結花。

 結花が、顔をあげる。

「約束は覚えてるよな?」

 見下ろしながら、尋ねるホルン。
 ふらりと、結花が立ち上がる。ホルンに近づいて――

 ぽんと、軽くホルンの腹を殴った。

「……次は、負けないから。絶対、あんたに追いついてやる」

 驚いているホルンに向かって、ぼそりと呟く結花。
 そのまま通り過ぎるようにすれ違い、ステージの中央へ。
 観客の視線が集まる中で――

「ごめーん、みんなー!!」

 大きく、結花が声をあげた。
 両手を合わせ、軽く頭を下げる結花。
 目をつぶり、申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「みんなからたくさん勇気と応援の声もらったのに、負けちゃったー!
 本当にごめんねー! デュエルの腕はまだまだだね、私達」

 明るく、弾むような声。
 いつものアイドルとしての姿で、話す結花。
 顔をあげると、にっこりと微笑んだ。

「でも、私達はくじけたりしないよ! ステージはまだ始まったばかりだもん!
 まだまだみんな、このライブに付き合ってくれると嬉しいな! 私達疾風の――」

 振り返る結花。
 晴海、空、岬の姿をしたマネージャー。
 そしてホルンを見てから、前を向く。

「――4人の、無限大のデュエルライブを!!」

 両手を広げて、大きく笑顔を浮かべた。
 静かに聞いていた観客たちの手から、ぽつぽつと拍手が起こる。
 それらは少しずつ広がり、どんどん大きくなって――

 やがて爆発するような歓声へと、変わっていった。

「ありがとう、結花ちゃーん!!」

「疾風最高ー!!」

 大盛り上がりになる会場。
 手を振っている結花ら、疾風のメンバー。
 ウインディが感動しきりな様子で涙を流し、
 デモニックがそんなジャッジに白い目を向けていた。

「あぁ……やっぱり、結花様って最高ですわ……!」

 涙を流しながら、うっとりと結花を眺めているレナード。
 その横のナイトも頷く。 

「本当。今日って、最高の日だよ……」

 完全にファンモードになっている2人。
 セバスチャンの声がマイクから伝わった。

『ちゃんと録画しておきました。コピーしてデータを転送しておきますね』

 ウキウキとした口調のセバスチャン。
 2人がさらにはしゃいだ様子で、手を取り合って小躍りする。
 ため息をつくホルン。疲れきった様子で、天を仰いだ。

 スタジアムでは、歓声がいつまでも鳴り響いていた……。






























 数日後――。

「みんなー、今日はサイン会に集まってくれてありがとー!」

 会場に、結花の声が響いた。
 目の前には人の海。長蛇の列。
 疾風のCDを手に、様々な人々がサイン会に押し寄せていた。
 もちろん、VRDSではない。現実の世界で。

「……はい、どうぞ」

 CDのジャケットにサインを書き、握手している仙道岬。
 浮かべているのはいつも通りの無愛想な表情。
 前に並んでいる人の列も、3人と比べると短い。

 だが――

(なんか今日、並んでる人多いような……?)

 ファンと握手を交わしながら、岬が心の中で疑問に思った。
 疾風メンバーによるサイン会は既に何回かやった事があるが、
 普段は他の3人の半分以下程度しか客が並んでいなかった。だが今日は――

「さ、サイン、お願いします!」

 高校生くらいの男の子がCDを差し出してくる。
 受け取り、スラスラとペンでサインを書く岬。
 その後ろに控える人数は、他の3人より少しだけ少ない程度だった。

 変なの。

 自分でも社交的な性格ではないと思っている岬。
 何かした訳でもないのに、人気が上がっている事が不思議だった。
 それとも偶然だろうか。もう他の3人のサインは貰ってしまったファンが、
 たまたま今日大勢押しかけてきてるだけとか……?

 高校生と握手を交わす岬。高校生が頭を下げて――

「あ、あの、これ! 受け取ってください!」

 ポケットから、カードパックを差し出した。

「……え?」

 目を丸くする岬。
 高校生が押し付けるように、カードパックを置いて列から抜けた。

「あ……!」

 声をあげて立ち上がる岬。
 だが追いかけようにも、次の客が待っている。
 渋々座ると、カードパックを横に置いて次の客の対応へ。

 その後も――

「がんばってください!」

「これからも応援してます!」

「落ち込んでたけど、元気になれました。ありがとう!」

 様々な感謝の言葉と共に、
 サインを貰いにきた客が色々な物を置いていった。
 カードパック、デュエルの本、お守り、お菓子に栄養剤……。

「……どういうこと?」

 休憩の時間になり、控え室に戻ってきた岬。

 どっさりと差し入れられた品を抱えながら、呟く。
 今までもちょっとした物を貰った事はあったが、
 これほどまでにファンから大量の物を貰ったのは初めてだった。 
 
「わぁ、凄いですねー」

「ワーオ、オゥサム!」

 驚いている晴海と空。
 よろよろと、岬がテーブルの上に贈り物を置いた。
 ふぅと息を吐いて、腕を組む。

「でも、どうして……」

 品物を見つめながら、小声で言う岬。
 疑問に思っている彼女を見て――

「……ぷーっ!」

 控え室の隅、椅子に座っていた結花が、吹き出した。
 視線を向ける岬。結花がくっくと笑い声を漏らしている。

「なにがおかしいのよ?」

 喧嘩腰に近づく岬。
 結花が笑いながら、顔をあげた。

「ご、ごめんごめん。つい、我慢できなくて……」

 両手を広げて、降参のポーズを取る結花。
 だがすぐにお腹を抱え、心底楽しそうに笑い声をあげる。
 岬の表情が険しさを増した。怒りの表情で、口を開く。

「ちょっと、いい加減に……!」

「わ、分かったって。と、とりあえずこれ見て、これ……!」

 結花が、笑いをこらえながら自分のスマホを差し伸べた。
 不思議に思いながらも、受け取る岬。視線を落とす。
 後ろの晴海と空も、岬の後ろから画面を覗きこんだ。

 インターネットニュースサイト。表示されているタイトルは――


 人気アイドルがデュエルした結果wwwwwwwwwww 


「……は?」

 声をあげる岬。
 画面をスクロールさせると、動画が紹介されていた。

 動画タイトルは《疾風の仙道岬ちゃん VRDSデビュー戦》

 再生回数は既に10万回を突破している。
 そしてその下、コメントがまとめられていた。



 10 名前:名無しのアイドルデュエリスト 20XX/XX/XX 20:43 ID:yZmectTT
  思ってたより酷かった


 17 名前:名無しのアイドルデュエリスト 20XX/XX/XX 20:43 ID:Sydd0lga
  なんだこれクソワロタw


 23 名前:名無しのアイドルデュエリスト 20XX/XX/XX 20:45 ID:OJKicoD1
  初手ドヤ顔ミレニアムシールド


 33 名前:名無しのアイドルデュエリスト 20XX/XX/XX 20:45 ID:PmiD2DR5
  なんだこのホスト空気読めてねぇな
  ちょっとVRDSでミサキちゃんの仇とってくるわ


 41 名前:名無しのアイドルデュエリスト 20XX/XX/XX 20:46 ID:oLaICKYx
  >>33
  やめとけワンキルされっぞ


 45 名前:名無しのアイドルデュエリスト 20XX/XX/XX 20:46 ID:rT50wW3c
  弱い(確信)


 51 名前:名無しのアイドルデュエリスト 20XX/XX/XX 20:47 ID:N0VmA1zE
  デュエルわからないけどこれって相手が強いんじゃないの?


 62 名前:名無しのアイドルデュエリスト 20XX/XX/XX 20:48 ID:Cg3Z1PC2
  >>51
  ホストも空気読めてないけど
  ミサキちゃんの使用したカードも大概酷いぞ



 77 名前:名無しのアイドルデュエリスト 20XX/XX/XX 20:49 ID:GE8K3bQ4
  >>51
  サモンスピーダー←強い
  岩石の巨兵←まぁ使えないことはない
  千年の盾←!?
  スーパーZ2枚←wwwww


 65 名前:名無しのアイドルデュエリスト 20XX/XX/XX 20:48 ID:i1BGgqul
  ホストはコレ以上ミサキちゃんが恥を晒さないよう空気読んで瞬殺した可能性が  


 81 名前:名無しのアイドルデュエリスト 20XX/XX/XX 20:50 ID:7CIk4iWJ
  マジかよホスト良い奴じゃん


 135 名前:名無しのアイドルデュエリスト 20XX/XX/XX 20:53 ID:z6VTAevz
  ミサキちゃんに今流行ってる強デッキ渡したらどうなんの?


 211 名前:名無しのアイドルデュエリスト 20XX/XX/XX 20:59 ID:iUSsroiX
  >>135
  効果読んでる内に3分過ぎて相手ターンでワンキルされる


 147 名前:名無しのアイドルデュエリスト 20XX/XX/XX 20:55 ID:BrzfzjN7
  ワンキル系女子


 152 名前:名無しのアイドルデュエリスト 20XX/XX/XX 20:55 ID:cgRG8cN1
  普段ベース弾いてる時はクールで無口なのに
  デュエルになるとクソザコなミサキちゃん弱カワイイ


 163 名前:名無しのアイドルデュエリスト 20XX/XX/XX 20:56 ID:vUJ8H8IF
  即落ち2ターンキル


 168 名前:名無しのアイドルデュエリスト 20XX/XX/XX 20:56 ID:v2Td0em6
  ワンキル(するとは言ってない)


 171 名前:名無しのアイドルデュエリスト 20XX/XX/XX 20:57 ID:sMCX3XH5
  千年の盾さんのせいでミサキちゃんが負けたって本当ですか?
  失望しました…… ラビリンス・ウォール積みます


 112 名前:名無しのアイドルデュエリスト 20XX/XX/XX 20:52 ID:mWzJVS7W
  疾風そんな好きじゃなかったけど興味湧いたわw



「な、な、な……!」

 顔を真っ赤にして、プルプルと震える岬。
 珍しく感情を表に出して、怒りを露わにしている。
 結花が足をバタバタとさせた。

「いやー、あのマネージャー使えないと思ってたけど、
 まさかこんな事になるなんて。意外な所で役に立つものねー! キャハハハ!」

 お腹を抱えて笑っている結花。
 晴海はプルプルと笑いをこらえ、空はきょとんとしている。
 立ち上がり、岬の手からスマホを奪い返す結花。
 
 毅然とした表情を浮かべ――

「ま、あんた今までキャラ薄かったし、ちょうどいいんじゃない?
 こ、これを気に、でゅ、デュエルが弱いキャラで、売りだしていけば……ぷっ!」
 
 我慢できず、吹き出した。
 身体を曲げて、再び大きく笑い始める結花。
 つられるように、晴海と空も笑い始める。

 笑い声が響く控え室。

 ただ1人、岬だけが憮然とした表情を浮かべている。
 拳を握りしめて――

「マネージャーッ!!」

 仙道岬の怒声が、控え室に大きく響いた……。







第五話 天敵と桜と未来予知


 暗黒の宇宙が目の前に広がっていた。

 どこまでも暗く、どこまでも黒い深淵の闇。
 遥か彼方に輝く星の煌きが宝石のように散りばめられ、
 流星が遠く宇宙のどこかへと旅立っていく。

 幻想的な光景。暗闇の中を走る一本の光の道に――

 ブーッというブザー音が、鳴り響いた。

『デュエルオーバー……』

 目の前に現れる、黒のスーツを来た少年の姿。
 懐中時計を揺らしながら、右手を上げる。

『チームバトル、オールオーバー。ウィナー、チーム・アルバトロス……』

 やる気なさげに宣言する少年紳士。
 目の前のモニターに、白い鳥のフラッグが表示された。
 宇宙を駆ける壮大なコースから、戻ってくるわたくし。

 D・ホイールから降りて――

「やりましたわー!」

 嬉しさを、全身で表現した。
 きゃぴきゃぴと、その場ではしゃぐわたくし。
 ピットエリアからナイトが出てくる。

「レナード、絶好調だねー!」

 笑顔を浮かべ、呑気な口調で話すナイト。
 その後ろ、ホルンがやってきて肩をすくめた。

「ようやく、普通になったって所だな」

 皮肉めいた口振り。
 ですが、今のわたくしにはそれさえも受け流す余裕があった。
 喜んでいるわたくしの横、モニターが浮かび上がる。

『これで、レナード様の勝率は見事に30%台にまで回復いたしました。
 コングラチュレーション。おめでとうございます』

 丁寧な口調のセバスチャン。
 ナイトが「おー!」と声を出して、拍手する。

「おめでとう、レナード!」

「えぇ、ありがとうございます!」

 素直に受け取るわたくし。
 ホルンが目をつぶり、額を押さえた。

「そのくらいで喜ぶなよ……」

 ホスト崩れの言葉を、わたくしは華麗に無視した。
 目の前に広がる宇宙空間の景色。
 漆黒の星海を眺めながら、ナイトが頭の後ろで腕を組んだ。

「最近、僕達調子良いね! このまま一気に、Aクラスまで行けるんじゃない?」

 楽観的に言うナイト。
 ホルンが首を振る。

「どうだかな。相変わらずメンバーはこの3人だけ。
 今は調子良くても、その内行き詰まりそうな感じはあるけどな」

 冷静に分析するホルン。
 正直な所、その言葉には一理あります。
 ですが――

「安心なさい!」

 ビシッと、天に向かって指を伸ばすわたくし。
 2人の視線が集まる中、得意そうな表情を浮かべる。

「このわたくし、レナードがいる限り、チーム・アルバトロスは無敵です!
 例え宇宙人だろうが未来人だろうが、このわたくしが倒してみせますわ!」

 そう言って「オーホホホ!」と高笑いするわたくし。
 ナイトが両手を握り合わせながら、感嘆したように息を吐いた。

「凄い自信。僕も、ああいう風になれたらなぁ……」

 尊敬の眼差しを向けてくるナイト。
 ホルンが首を振った。

「やめとけ。ありゃ、ただ身の程知らずなだけだ」

 その言葉に苦笑いするナイト。
 ふん、しょせんはホスト崩れによる戯言。
 わたくしの尊厳は、その程度では穢れませんことよ!

「それにしても――」

 小声のナイト。
 不思議そうに、口元に手を当てた。

「レナードって、苦手な物とかあるのかな?」

 その言葉にピクリと反応するわたくし。
 ホルンがフッと失笑した。

「たくさんあるだろ。幽霊とか」

「な、失礼な!」

 声を荒げるわたくし。
 ホルンが、ジトッとした視線を向けてきた。
 指を伸ばすわたくし。

「ゆ、幽霊は、ちょっとだけ苦手なだけです!
 別に、弱点という程ではありませんわ!」

 ぷりぷりと答えるわたくし。
 ナイトが尋ねた。

「じゃあ、具体的にもっと苦手な弱点とかってあるの?」

「それは……」

 口を開くわたくし。 
 唐突に、脳内に過去の記憶が蘇った。

 幼きわたくしと、対峙する同年代くらいの少女。

 デュエルディスクを付けてカード遊びをするわたくしと少女。
 少女がカードを掲げると、その後ろに巨大な竜が現れた。
 透き通るような、美しい青き竜の姿。それが揺らめいて――

「……レナード?」

 わたくしの顔を覗きこんでくるナイト。
 ハッとなって、わたくしは昔の記憶から現実へと意識を戻した。
 きょとんとしているナイトに向かって、わたくしは言う。

「……まぁ、1人だけ、わたくしにとって『天敵』がいますわね」

「天敵?」

「えぇ、ずいぶん昔の話ですし、今はもう関係ないですが……」

 言葉を濁すわたくし。
 あんな記憶を思い出すだなんて、これもそれもホルンのせいですわね。
 勝利の喜びがしぼんでいく中、微笑むわたくし。

「ま、いいじゃありませんか。帰りましょう?」

 わたくしの言葉に、ホルンとナイトが顔を見合わせた。
 セバスチャンが浮かびあがる。

『では、転送しますね』

 いつもと変わらぬ口調のセバスチャン。
 わたくし達の身体が一瞬、白く表示されて――

 その場から、音もなく消えていった……。






























 ホイッスルの音が鳴り響いた。

 フィールドに散らばる、女子生徒達。
 赤いゼッケンと、青のゼッケンをつけた11人が睨み合う。
 足音に転がってきたボールを――

「……それ!」

 鋭く、後ろに蹴りあげた。
 ボールをめぐる戦いの火蓋が、切って落とされる。
 激しい攻防。応援の声が、グラウンドに響いた。

「白鳥さん!」

 1人の女生徒が、相手の隙をついてボールをパスしてきた。
 弧を描き、飛んでくるボール。わたくしはその場で足を止める。

「ここは通しません!」

 相手チームの女生徒1人が、わたくしの背中にはりついた。
 徹底的なマーク。パスを受けても、これでは前に進めない。
 ボールが地面に落ち、足元へ吸い寄せられた。

 真剣な表情で――

 ボールを蹴って回るように、ディフェンスの少女の横を抜けた。

「なっ……!」

 ルーレットとも呼ばれる高等技術。
 ディフェンスしていた少女は虚を突かれ、反応が遅れる。
 柔らかなボールタッチ。ドリブルで突き進む。

「この……!」

 さらに立ちはだかる別の少女。
 わたくしは僅かにスピードをゆるめ、利き足を振りかぶった。
 パスか、シュートか。DFの少女が身構える。

 振り下ろした足を使い、わたくしがボールの方向を変えた。

「えっ!?」

 そのまま素早く、DFの少女を抜き去る。
 DFの少女がまんまと騙され、置いて行かれた。

 ゴール前、ペナルティエリア内。

 キーパーの前、長身のDFが身構えている。
 さらに後ろでコーチングするキーパーの少女。

「いい! 絶対にシュートコースから外れないで!」

 長身のDFがこくりと頷く。
 わたくしは真っ直ぐに、DFの方へと向かった。
 顔を強ばらせるDFの少女。緊張の一瞬。

 ゆっくりと、利き足を振りかぶる。

「……そこだッ!」

 ゴールキーパーの少女がそう叫んで、横に飛んで手を伸ばした。
 長身DFを避けて、ギリギリの角度でサイドネットに突き刺さるコース。
 この角度ならば、なんとか届くはず。ゴールキーパーの少女はそう思っているだろう。

 ポンという軽く弾む音が、響いた。

 目を見開くゴールキーパーの少女。
 虚をつく、山なりのループシュート。長身のDFの頭上を通り抜けて――
 弾みながら、ボールがゴールネットにコロコロと転がり入った。

 ホイッスルが鳴り響く。

「きゃー、白鳥様ー!」

 黄色い声援。
 チームメイトがわたくしの元へと駆け寄ってくる。
 振り返り、微笑みながら――

「えぇ、ありがとうございます、みなさん」

 わたくしが、上品な口調でそう言った。
 試合を観戦している生徒達が、歓声をあげる。
 それに手を振って応えるわたくし。

 ホイッスルの音が鳴り響いて――

「ふぅ……」

 廊下を歩きながら、わたくしは息を吐いた。
 大きめのスポーツバッグを肩からぶらさげ、
 黒の長い髪を揺らしながら、廊下を進む。

 教室の扉を開くと、視線が集まった。

「おはようございます、白鳥さん!」

 口々に挨拶してくる友人の方々。
 わたくしも微笑みをうかべて、それに答えていく。
 変わらぬ日常。いつもの朝の光景が広がっていた。

「おはようございます」

 にっこりと笑いながら挨拶を返すわたくし。
 友人の女生徒が近づいてくる。

「おはよー。なんだか今日はやけに機嫌良いね? なにか良い事でもあったの?」

 お嬢様学校では珍しい、砕けた口調。
 わたくしは席に鞄を置きながら答えた。

「えぇ、まぁ、ちょっと……」

 多くは語らずにぼかすわたくし。
 友人が「なになに、怪しいー!」とからかうように言ってくるが、
 わたくしは華麗にその言葉を受け流した。

「……ふふ」

 昨日の名誉ある勝利を思い出し、思わず笑みがこぼれる。
 VRDSを初めた当初は連戦連敗、勝率もまさに地を這うものでしたが、
 これでようやく人並みまで回復する事ができました。

『人並み……?』

 脳内に浮かんだホルンがそう言ってきましたが、
 わたくしはその姿をあっさりと頭から追い出した。
 目をつぶり、微笑むわたくし。

「ナイトとホルンには、感謝しなければ……」
 
 ぽつりと、小さく呟いた。
 友人の女生徒が不思議そうに首をかしげる。

「ホルン? サッカーだけじゃなくて、楽器も始めたの?」

「あぁ、いえ、別にそういう訳ではありませんわ」

 上品に言って否定するわたくし。
 いかにもわざとらしく、ふてくされた顔になる友人。

「いいなー、玲奈は。頭も良くてスポーツも出来て、
 おまけに楽器まで演奏できるだなんて」

「いえ、わたくしは楽器は演奏でき――」

「まーた謙遜しちゃってー。
 あーあ、やっぱり本物のお嬢様は違いますなぁ」

 語尾が関西弁風になる友人。
 悪気はないのだろうけど、わたくしはそれを聞いて
 微妙に顔をひきつらせた。

「ん? どしたの玲奈?」

 わたくしの様子に気づいた友人が尋ねてくる。
 ハッとなるわたくし。コホンと咳払いをしてから、

「なんでもないですわ」

 輝くような笑顔を浮かべて、そう言った。
 頭の上に?マークを浮かべている友人。

 一人の女生徒が近づいてきて――

「聞きました、白鳥さん? 今日、転校生が来るらしいですわよ」

 何気なく、わたくしにそう話した。
 興味をそそられ、視線を向ける。

「転校生?」

 尋ねるわたくし。
 楽しそうに、女生徒が手を合わせた。

「はい。なんでも、どこぞの大会社のご令嬢だとか……」

 目を細める女生徒。
 見れば、教室の中はその話題でもちきりなようだった。
 友人が顔の後ろで腕を組む。

「へー、やっぱり桜光(おうこう)学園ってお嬢様学校なんだね。
 玲奈も確か、すごい由緒ある名家の生まれなんでしょ?」

「えぇ、まぁ……」

 頷くわたくし。
 確かに、わたくしの家はいわゆる名家と呼ばれる家系ではあります。
 もっとも、それを誇りに思えどひけらかしたりはしませんが。

「社長の娘かー。どんな人なんだろね?」

 無邪気に尋ねてくる友人。
 わたくしはフッと微笑んだ。

「さぁ。それに、ここではどこぞの会社の重役だの社長だのの娘という肩書きも、
 そこまで珍しくありませんからね。案外、普通かもしれませんわよ?」

 あっさりと話すわたくし。
 友人がいかにも大げさに、手を広げて笑う。

「どうかなー。なんか凄い偉そうで高飛車なのが来るかもよ。
 金髪でロールヘアで、オーッホッホッホって笑う感じの人とか」

 冗談めかして言う友人。
 またも、わたくしの顔が微妙にひきつった。

 ひょっとして、知ってるのでは……?

 疑惑の念が心に渦巻く。
 じーっと見つめるわたくしに気づき、きょとんとする友人。

「……まぁ、素敵な人だと良いですわね」

 適当に言って、ごまかした。
 教室の扉がガラガラと音を立ててスライドした。

「静粛に――」

 コツコツとヒールの音を響かせながら、教室に入ってくる先生。
 お嬢様学校の担任らしい、厳格で容赦のない口振り。
 自然と話し声が消え、皆が素早く自分の椅子に着席した。

 しんと、教室中が静まり返る。

「朝のホームルームの前ですが、伝達していた通り、
 今日から転校生の方がこのクラスに加わることとなりました」

 淡々と話す先生。
 ざわざわと、僅かに教室が騒がしくなる。
 期待と、不安。様々な感情が教室の中を満たしていくのを感じた。

「それでは、紹介しましょう。……どうぞ、こちらへ」

 扉の外、廊下に視線を向ける先生。
 小さく「はい」という声がすると、1人の女子が教室の中に入ってきた。
 
 黒のボブヘアーで、黒縁の眼鏡をかけた女生徒。

 見た目はやや地味だが、整った顔立ち。
 化粧気こそありませんが、着飾ればきっとかなりの美人になるでしょう。
 視線が集まる中、少女が落ち着いた様子で口を開いた。

「はじめまして。関西から来ました、白幡帆乃香(しらはた・ほのか)いいます」

 頭を下げる少女。
 その声……というより言葉のイントネーションにより、
 さらに教室中がざわめいた。

 そしてわたくしもまた、大きく衝撃を受ける。

 照れたような困ったような、複雑な表情を浮かべる少女――帆乃香。

「聞いての通り、うち、ずっと関西に住んでまして。
 あっ、でも、面白い事とか言えないんで、そういうんは勘弁して下さい。
 ちょいと言葉の発音が変ですけど、どうかよろしくお願いします」

 ペコリと頭を下げる帆乃香。大きな拍手が起こる。
 先生がコホンと咳払いした。

「それでは、何か白幡さんに質問などありますか?」

 視線を向ける先生。
 何人かの快活な生徒が、我先にと手を挙げた。
 微笑みながら教室を眺めている帆乃香。ふと、その視線が止まり――

「……あれ?」

 小さく、声を漏らした。
 眼鏡の奥の目を丸くしている帆乃香。
 視線の先、わたくしの方をジッと見ながら――

「もしかして、玲奈? 白鳥玲奈(しらとり・れな)?」

 そう、尋ねた。
 話し声が途絶え、わたくしに視線が集まる。

「え、えぇと……」
 
 脳を限界まで使い、考えこむわたくし。
 帆乃香が慌てたように近づいてくる。
 わたくしの顔を覗き込み、満面の笑みを浮かべて――

「やっぱり、玲奈やー」

 嬉しそうに、のんびりとした声をあげた。
 はしゃいでいる帆乃香。仕方なく、わたくしは立ち上がる。

「お久しぶりです、帆乃香……」

 優雅に微笑みながら、頭を下げるわたくし。
 帆乃香がわたくしの手を取った。

「うわぁ、すごい偶然やねー。会うの、いつ以来やっけ?」

 楽しそうに話す帆乃香。わたくしの頬が引きつる。
 こうなってしまった以上、もはやごまかすのは得策ではない。
 ともかく、先手を打たなくては――

「あの、帆乃香――」

 言いかけたわたくしの声を遮って、
 近くに座っていた友人が尋ねた。

「知り合いなの? 玲奈?」

 わたくしと帆乃香、視線を交互に向けている友人。
 はしゃいでいた帆乃香が、頷いた。

「そやで。うちと玲奈、親友やってんー」

 同意を求めるように、わたくしの方を見る帆乃香。
 その言葉に偽りはない。確かに、わたくしと帆乃香は友達だった。
 小学校を卒業して、わたくしが引っ越すまでの間……。

 忌まわしき思い出が、記憶の底から蘇った。

「ぐっ!」

 思わず、苦々しい声をあげてしまうわたくし。
 笑っていた帆乃香が、きょとんとした表情になる。

「玲奈?」

 わたくしの顔をみつめる帆乃香。
 ハッとなる。なんにせよ、この場を収めなければ。
 優雅な立ち振舞いで、わたくしは帆乃香の手を握り返した。

「本当に、お久しぶりです。再会できて、とても嬉しいですわ」

 やや棒読み気味に言うわたくし。
 教室が、まるでドラマか映画のワンシーンでも見るかのような、
 感動したような空気に包まれた。誰からともなく拍手が起こる。

「うちも、めっちゃ嬉しいわー」

 悪意のない声。輝くような笑顔を浮かべている帆乃香。
 それゆえに、事の重大さに全く気づいていない。
 帆乃香の笑顔とは対照的に、わたくしの気分は深く沈んでいった。

 人には誰しも、天敵というものがある。

 それはさながら運命に選ばれた好敵手のように。
 あるいは前世で命を奪われるキッカケとなった出来事のように。
 誰しも、それが無機物であれ有機物であれ、心から怯える物が存在するのだ。

 そして、このわたくしにとっての天敵は――

 目の前で笑う白幡帆乃香を、わたくしは無言で見つめるのでした……。






























 放課後になり、空が夕暮れの色に包まれた。

 長く険しかった時間。
 これほどまでに疲れる学校は、初めてだった。
 まばらに人が残る教室。コツコツと足音が近づいてきて――

「れーなー」

 のんびりとした口調で、帆乃香がそう言った。
 のほほんとした、昔と全く変わらぬ笑顔を浮かべている帆乃香。
 微妙に頬が引きつるわたくしに向かって、言う。

「なぁなぁ、久しぶりにどこかで話さへん?
 いっぱいいっぱい、聞いてもらいたいことあるんやー」

「えっ、えぇ、そうですわね……」

 丁度いいと思った。
 わたくしも、帆乃香には色々と話さなくてはならない事がある。
 意を決して、わたくしはその誘いに乗ることにした。

 学校の廊下、校門、そして街の雑踏。

 わたくし達は同じ制服を着ながら、夕暮れの街並みを歩いていた。
 横の帆乃香は楽しそうに、何かと話しかけてきている。
 だがわたくしはそれどころではなく、生返事を返すだけだった。

「ここで、どうでしょう?」

 駅前の繁華街。
 そこの一角にあるファミリー向けのレストランを示すわたくし。
 帆乃香が輝くような笑顔で「ええよー」と答えてくれる。

 ファミレス店内、端のテーブルにて――

「めっちゃ久しぶりやねー」

 コーヒーカップを前に、わたくし達は向かい合っていた。
 手を合わせて、明るく喋る帆乃香。
 渋い表情でわたくしは頷く。

「えぇ、まぁ……」

 言葉を濁して、コーヒーカップを持つ。
 はしゃいだ様子で帆乃香が続けた。

「確か玲奈が引っ越したの小学校の卒業後やったから……
 かれこれ4年くらいは経つんかなぁ。時の流れは早いもんやねぇ」

「……そうですわね」

 適当に頷くわたくし。
 コーヒーの苦みばしった味が、わたくしに活力を与えた。
 カップを置き、真剣な眼差しを向ける。

「あの、帆乃香。実は折り入ってお話が――」

 言いかけるわたくしでしたが、

「なぁなぁ、覚えとる? 同じクラスやった大峰君」

 帆乃香が、はしゃぎながらそう言った。
 ぴくりと反応するわたくし。帆乃香が声をひそめる。

「あの子、ほんまは玲奈の事好きやってん。引っ越しの日に大泣きしてたで」

「な、なんですって!!」

 思わず、大きく声をあげた。
 淡い初恋の思い出が、脳裏に蘇る。
 ドキドキとするわたくしを前に、コーヒーカップを取る帆乃香。

「まぁその後、中学で彼女できたみたいやけどね」

 あっけらかんと、悪気もなくそう付け加えた。
 
「なっ!!」

 ショックを受けるわたくし。
 美しい初恋の思い出が、ガラガラと音を立てて崩れる。

「うぅ……」

 心に深い傷を追いながら、コーヒーを見つめるわたくし。
 あぁ、今まさに、わたくしの心はこのコーヒーのように暗く沈んでいますわ。
 涙目になりながら、わたくしはコーヒーを見つめる。
 
「そうそう、中学の時と言えばな――」

 楽しそうに話しを続ける帆乃香。
 わたくしは悲しい気分になりながら、その話しを聞く。

「そんでな、そんときにうちが――」

 他愛もない話しが続く。
 ぼんやりと話しを聞きながら、帆乃香を見つめるわたくし。

 思えば、帆乃香にはいつも振り回されていた。

 脳裏に幼少の頃の思い出が蘇る。
 マイペースでのんびり屋で、それでいてどこか抜けていた帆乃香。
 訳の分からないトラブルに巻き込まれた事も、一度や二度ではない。

「ほんで、そっからがめっちゃ凄くてなー」

 目の前で話す帆乃香を見る。
 口調や雰囲気は、昔と全然変わっていなかった。
 呆れるような懐かしいような、複雑な気分になるわたくし。 

「んで、そこでさっそうと出前のおっちゃんが――」

 言いかけた帆乃香が、ピタリと言葉を止めた。
 なにやら不思議そうに、こちらを見つめる。

「ど、どうかしましたの?」

 突然喋るのをやめてしまった帆乃香に対して、
 わずかに動揺しながら尋ねるわたくし。
 帆乃香が不思議そうに、小首をかしげた。

「玲奈、どしたん? さっきから黙りこんで」

「えっ!?」

 帆乃香が腕を組んだ。

「昔は玲奈、もっとお喋りやったのに。
 なんや、うちの話しも、ちゃんと聞いとらんような……」

 ちょっとだけしょんぼりとした表情を見せる帆乃香。
 わたくしは「くっ!」と心の中で動揺する。
 落ち着くのです。ここは帆乃香に機嫌を直してもらわないと――

 笑顔を取り繕う。

「い、いえ、別に。ちゃんと聞いてますわよ?」

「ほんま?」

「えぇ、もちろんです!」

 やや大げさな口調で断言するわたくし。
 カップを置き、すっと帆乃香の手を取った。

「わたくし達は親友ですもの! 再会できて、とっても嬉しいですわ!」

 大きく言い、熱っぽい視線を向けるわたくし。
 帆乃香がぽかんとした表情を浮かべ、そして――

「……うん、そうやね。うちも嬉しいで」

 にっこりと、笑みを取り戻した。
 心の中でホッとするわたくし。なんとか機嫌が戻ったようですわ。
 照れたように頬を赤らめている帆乃香。

「えへへ。なんや、ホッとするわー」

 感動したように言う帆乃香。
 このどこかちょろい所も、昔とちっとも変わっていないと思った。
 コーヒーを飲むわたくし。帆乃香が落ち着くのを待って、本題に移る。

「それでですね、帆乃香。実は――」

 にっこりと笑顔を浮かべるわたくし。
 だがわたくしが言い終わるより早く、帆乃香が逆に尋ねてきた。 

「なぁなぁ、玲奈。実は、朝の時から気になってたんやけど」

 マイペースな口調の帆乃香。
 その口元に指を当てて――

「なんで、そんな喋り方してるん?」

 心底不思議そうに、そう尋ねた。
 ビシッと、わたくしの笑顔にヒビが入る。
 店内のBGMが、やけに大きく聞こえた。

「…………」

 笑顔のまま、凍りついているわたくし。
 帆乃香が不思議そうに、そんなわたくしを見つめている。
 沈黙の後、帆乃香がポンと手を叩いた。

「あぁ」

 納得したように、小さく頷く帆乃香。
 身体を乗り出して――

「ひょっとして、訛り隠しとる?」

 ささやくように、そう言った。
 ガンと頭をハンマーで殴られたような衝撃。
 機先を制されたショックで、頭が痺れそうになる。

 顔をひきつらせながら――

「……そうに決まっとるやろが、こんのドアホー!」

 小さな声で、わたくしはそう答えた。
 今まで抑えていたイライラが、爆発する。
 目を丸くする帆乃香。口を開けて――

「おー、昔の玲奈に戻った。おかえりー」

 脳天気な口調で、そう言った。
 あくまでもとぼけたこの性格。本当に昔と全く変わっていない。
 ビシッと指を突きつける。

「自分のせいで、うちまで関西出身やとバレるんやないか冷や冷やしたわ!
 せっかく、あそこでは才色兼備のお嬢様キャラで通っとるいうのに!」

「別に、関西弁でもええやん。そっちのが、楽やで?」

「楽とかそういう問題ちゃうわ! イメージの問題やイメージの!」

 拳を震わせるわたくし。
 帆乃香はきょとんとした様子で、首をかしげていた。

 そう、わたくしの秘密。それは関西出身であるという事。

 別に関西出身である事が嫌という訳ではありません。
 ただ、幼少の頃に関西で暮らしていたという経験から、
 うっかりと関西弁が口から出そうになってしまうのが問題なのです。

 自分の胸に手を当てるわたくし。言い聞かせるように話す。

「うちは、これでも白鳥家の一人娘なんや。
 それがバリバリの関西弁で話しとると、外面が良くないんよ。
 だからああいう風にうちの事話されるんは、困るんや。分かる?」

「へぇー、そんなもんなんやなぁ」

 あんまりわかっていなさそうな様子の帆乃香。
 帆乃香のあまりの脳天気さに当てられ、怒りが小さくなっていった。
 ため息をつくわたくし。脳内に、幼少の頃の様々な記憶が蘇る。

 あの、青い竜の事も。

 考えてみれば、わたくしがデュエルモンスターズというゲームに対して
 どうにも苦手意識があるのは、帆乃香のせいかもしれませんわね……。
 ジトッとした目を向けるわたくし。帆乃香が微笑んだ。

「まぁ、わかったわ。そういう事なら、うち、玲奈の事は喋らん。
 約束するで。指切りしてもええよ?」

 さっと右手の小指を前に出してくる帆乃香。
 本当にマイペースな性格だと思いつつ、素直に指切りに応じた。

「えへへー」

 楽しそうに笑っている帆乃香。
 怒りを通り越して、わたくしは脱力する。
 コーヒーカップを取って――

「……ほんで、なんであんた、東京に来てん?」

 諦めたように、関西弁で話し始めた。

「あー、実はお父ちゃんの都合でなー」
 
 語り始める帆乃香。
 長く音信不通だった幼馴染との再会。

 しばし、和やかな談笑が続いていく。

 矢のように流れていく時間。
 目をつぶりながら、感慨深く話す。

「思えば、小学校の頃に名前の順で座ったのがきっかけやったなぁ。
 『しらとり』と『しらはた』でいっつも上下に並んどった」

「せやなぁ。けど、玲奈はいつだってうちの憧れやったよー。
 体育の時とか、玲奈はいっつも大活躍しとったし」

「なにいうてん。自分は勉強で学年1位やったくせに」

「そう言われてもなー。それに運動に関しては、
 うちはほんまに全然ダメダメやったし」

 テーブルにへたりこむ帆乃香。
 確かに、帆乃香は性格からして、のほほんマイペースだ。
 体育の時は、正直トロかった事は否定できない。

 だが――

「あっ、でも、デュエルだけは、いっつもうちの勝ちやったね」

 身体を起こした帆乃香が、無邪気にそう発言した。
 息を呑むわたくし。コーヒーカップを置く。

「あ、あら、そうでしたかしら……?」

 震える声。口調がお嬢様風に戻った。
 帆乃香が頷く。

「せやでー。確か、えーと……」

 指折り数える帆乃香。
 天井の方に視線を向けながら考えこみ――

「52勝0敗。うちの勝率100%やったね」

 あっけらかんと、帆乃香がそう言った。
 わたくしの額に青筋が浮かぶ。屈辱で心が燃え上がった。

 何が悔しいって、この数字が誇張ではない事。

 忘れもしない、幼少の頃の忌まわしい記憶。
 帆乃香との遊びでのデュエルで、わたくしは完全敗北を喫していた。
 その時の戦績は通算で0勝52敗。つまり、帆乃香の言葉は間違いではない。

 あの時のトラウマから、わたくしは帆乃香を天敵と認識しているのだった。

「まぁ、む、昔の話しですからね」

 悔しさをにじませつつ、大人な対応をするわたくし。
 所詮は子供の頃の事。参考記録に過ぎませんわ。

「そうやねー。なぁなぁ、玲奈は今でもデュエルやってるん?」

 尋ねてくる帆乃香。
 わたくしは澄ました表情のまま答える。

「えぇ、中学の頃はやっていなかったのですが、
 高校生になってからは、VRDSを少々嗜んでいますわ」

 それを聞いた帆乃香が、飛び上がらんばかりに喜んだ。

「ほんま!? うちも、VRDSやってんねん!」

 はしゃいだ様子の帆乃香。
 嬉しそうに、身体を乗り出して目を輝かせる。

「なぁなぁ、なら、今から帰って勝負せえへん?
 久しぶりに、玲奈と勝負したいわー」

「……ふむ」

 帆乃香の申し出に、少しだけ考えこむわたくし。
 間違いなく、帆乃香はわたくしにとって天敵。
 ですがわたくしも成長しました。今のわたくしは、あの時とは一味も二味も違う――

 ならばここで勝てば、あの時の雪辱を果たす事ができるのでは?

 わたくしの心がざわめいた。
 これは過去のトラウマを払拭する、またとないチャンス。
 わたくし自身の名誉の回復にも、大いに影響するはずです。

「……いいでしょう」

 帆乃香の言葉に、わたくしは不敵な笑みを浮かべてそう答えた。
 喜ぶ帆乃香。だが立ち上がろうとする彼女を、引き止める。

「ですが、一つだけ提案があります」

「提案?」

 不思議そうに聞き返してくる帆乃香。
 わたくしは笑みを浮かべたまま、指を伸ばす。

「せっかくならば、チーム戦にしませんか?
 実はわたくし、これでもBランクチームのチームリーダーですの」

 ふふんと、少しだけ自慢気にそう話すわたくし。
 帆乃香が腕を組んで視線を宙に向けた。

「チーム戦、チーム戦……」

 なにやら考えている様子の帆乃香。
 だがやがて納得したように、頷く。

「うん、それでええよー」

 いつものマイペースな口調の帆乃香。
 これで話しはまとまりました。
 カップを置き、わたくしも席から立ち上がる。

 帆乃香を見据えながら――

「では、さっそく本日やりましょうか」

 不敵に、わたくしはそう言い放った……。






























 目の前に、桜の花びらが舞い散った。

 金色のロールした髪を揺らすわたくし。
 足元に、石造りの地面が広がっている。

「ここは……」

 辺りを見回す。
 どこか寂しげな日本庭園のような空間。
 わたくしの横、白い球体が映るモニターが現れた。

『風光明媚テーマ』

 いつもの丁寧な口調で、セバスチャンが説明する。

『日本の四季、春をテーマとしたチームスペースです。
 散りゆく桜と落ち着いた雰囲気。まさに和の精神に溢れるテーマでして、
 外国の方などにも大人気のテーマですね。ルームスペースは和室の茶の間、
 コーススペースは情緒ある桜の風景を望むサクラナミキです』

 とうとうと語るセバスチャン。
 わたくしはもう一度、視線をこの空間内へと向けた。

 和やかな雰囲気に包まれた世界。

 天に広がる青い空と、目の前に立ち並ぶ桜の木々。
 散りゆく桜の花びらが、どこか寂しげで儚い印象を与えている。
 
「待っとったでー」

 石造りの道の隅、声が響いた。
 振り返るわたくしの前、色鮮やかな赤い色が目に入った。

 目の前で微笑んでいる、少女のアバター。

 長く青味がかった髪に、腰まで伸びた長いリボン。
 赤縁の眼鏡に、ややカジュアルで丈の短い花柄の和風ドレス。
 華やかな赤い色が、鮮やかに映えていた。

「ようこそー。うちのチームスペースへー」

 どこか冗談めかした口調で、少女がそう言った。
 そしてわたくしの姿を見ると、口を開ける。

「おぉー、金髪や。玲奈が、不良になっとる」

 のんびりとした口調の少女。
 わたくしはグッと息をつまらせながら、ぷいと顔をそらした。

「べ、別に良いでしょうこれくらい。現実とは違うのですから。
 それと、今のわたくしは『レナード』です。本名で呼ばないでください」

「あぁ、そうやった。ごめんごめん」

 頭に手を当てて反省したように笑う少女。
 視線を戻して、わたくしは尋ねる。

「で、わたくしはあなたを何と呼べばいいのです?」

「あー、うちは『ホノカ』で登録しとるから、そのままでええよ」

 あっさりと言う少女――ホノカ。
 わたくしはギョッとする。

「ほ、本名で登録しているのですか!?」

 思わず小声になってしまうわたくし。
 だがホノカは不思議そうに、首をかしげるだけだった。

「別に、いけない事やないやろ?」

「そ、それは、まぁ、そうですが……」

 言葉が詰まる。
 どうやら、わたくしとホノカではVRDSに対する認識に差があるようだ。
 わたくしの横、再びセバスチャンが現れる。

『はじめまして』

 丁寧な口調で喋るセバスチャン。
 ホノカが顔を向ける。

『私、レナード様率いるアルバトロスのチーム・インタラクティブ・マネージャー、
 セバスチャンと申します。以後、どうぞお見知り置きを……』

 畏まった挨拶をするセバスチャン。
 ホノカが柔らかな笑みを浮かべた。

「これはこれは、どうもご丁寧に……」

 丁寧に挨拶しかえすホノカ。
 頭を軽く下げながら、自分の胸に手を置く。

「うち、ホノカっていいます。どうぞ、よろしゅう」

 目を閉じて会釈するホノカ。
 セバスチャンが答える。

『はい。既に、うかがっていますよ』

 あくまで紳士的な口調のセバスチャン。
 ホノカが顔をあげ、ジッとセバスチャンの方を見た。
 まるで見とれているかのような視線を向ける。

『何か?』

 尋ねるセバスチャン。
 ホノカが目を細め、コロコロと笑った。

「めっちゃ綺麗な球しとるね。一分の狂いもない、完璧な球や」

『ほぅ、分かりますか。この美しさが』

 感心したように言うセバスチャン。
 その声は今まで聞いたことのない、どこか誇らしげなものだった。
 ホノカが両手を合わせる。

「うん。自分、男前やねー」

 セバスチャンを見ながら、そう言うホノカ。
 ジーンと感動したかのように、セバスチャンが黙りこむ。
 わたくしは目を見開いた。

「い、いったい、何の話をしているのです?」

 困惑するわたくし。
 セバスチャンがわたくしの問いを無視して、うやうやしく言った。

『ホノカ様、もし何か困ったことがありましたら、
 ぜひ私めにお申し付けください。必ずやお力添えすると約束いたしましょう』

「おぉー、よろしくなー」

 のんびりとその言葉を受け取るホノカ。
 わたくしは腕を伸ばして、その頬をひっぱった。

「いだだだ!」

 声をあげるホノカ。
 わたくしは少しだけ怒気をこめて話す。

「なーに人のマネージングプログラムを籠絡してるんですの!」

「ろ、籠絡て。うち、そんなつもりじゃー」

 苦しんでいるホノカ。
 セバスチャンがサッとわたくしの横に移動する。

『暴力行為はいけません。レナード様、ただちに手をお離しになって下さい!』

「セバスチャン、あなた、どっちの味方なんですの!」

「ひたいよー、はなひてー」

 ぎゃあぎゃあと騒いでいるわたくし達。
 桜が散る中、1人の人影が近づいてきて、大きくため息をついた。

「なにしてんだ、お前ら」

 呆れたような声。
 ホノカの頬から手を離して、振り返る。
 普段通りの格好をしたホルンが、白い目を向けて立っていた。

「別のチームスペースに集合と聞いて来てみれば、
 籠絡がどうとか暴力行為がどうとか。なにしてんだよ」

「べ、別になんでもありませんわ!」

 声を荒げるわたくし。
 ホノカが頬を押さえながら、涙を流した。

「うぅ、いじめやぁ……。辱められたぁ……」

 シクシクと泣いているホノカ。
 セバスチャンが慰めの言葉をかける。
 ビシッと、わたくしはホルンを指さした。

「それより、なんですのその格好は!」

 白のシャツに、黒のジャケットを着崩した姿。
 いつものホスト崩れのような、ホルンの格好を指摘するわたくし。

「メッセージにちゃんと『フォーマルな格好で来るように』と
 残しておいたではありませんか! なんで普段と変わらない格好なんですの!」

「別に、この格好だって十分フォーマルだろ」

 冷めた口調で反論するホルン。
 わたくしがさらに怒りを高める。

「何を馬鹿な事を! どっからどうみてもただのホスト崩れです!
 もう今からでも遅くないですから着替えてきなさい!」

「悪いが、これが俺の一張羅だ。他のデータは持ってない」

 手をひらひらとさせるホルン。
 それを聞き、わたくしはしばし固まった。
 激しい頭痛を感じて、わたくしは額に手を当てる。

「うぅ、やはりホスト崩れに頼ったのが間違いでした……」

 ぼそりと呟くわたくし。
 ホルンは呆れるように、その姿を見ていた。

「なぁなぁ、この人がレナのチームメイトなん?」

 尋ねてくるホノカ。
 わたくしは渋々ながら、頷く。

「えぇ、そうです」

 手で示すわたくし。
 ホルンが無愛想な表情のまま、片手をあげた。

「俺はホルンだ。まっ、よろしく」

 軽く挨拶するホルン。
 ホノカが深々と頭を下げる。

「これはこれは、はじめまして……」

 先程と同じように懇切丁寧に挨拶するホノカ。
 それを聞いたホルンが、少しだけ困ったように頬をかいた。

「そんな畏まらなくていいぜ。もっと気軽な口調でいい」

「えっ、うち、なにか変なこと言いました?」

 不安そうに顔をあげるホノカ。
 わたくしは2人の会話に割り込む。

「ホノカは育ちが良いですから、こういう口調なんですの」

「へぇ、なるほどな……」

 納得したように言うホルン。
 その瞳がこちらに向けられる。
 
「確かに、どっかの誰かさんと違って本物のお嬢様っぽいな」

 小声でそう話すホルン。
 わたくしはフンと鼻を鳴らした。

「庶民派なのです、わたくしは」

 どうだかと言わんばかりに笑うホルン。
 辺りの風景を見回した後、尋ねた。

「そういや、ナイトはどうした?」

 わたくしを見据えるホルン。
 そういえばと、わたくしは手を叩いた。

「あぁ、そういえば、まだ見てませんわね」

 口元に手を当てる。
 セバスチャンのモニターがわたくしの横に移動してきた。

『ナイト様なら、先程ログインした後にフリースペースへ出かけましたよ』

 答えるセバスチャン。
 わたくしは怪訝な表情を浮かべた。

「フリースペース? なぜです?」

『不明です。ログインしてからレナード様のメッセージをご覧になって、
 なにやら思いついたように出かけて行きましたが……』

 言葉を途切れさすセバスチャン。
 ホノカが微笑みながら、のんびりと尋ねる。

「そのナイトって人は、どんな人なん?」

「そうですわね……」

 考えるわたくし。
 横のホルンが先に答えた。

「抜けた奴だな。天然というか、のんびり屋というか……」

「へー。なんや、気が合いそうやなー」

 きゃぴきゃぴと楽しそうに笑うホノカ。
 わたくしは心の中で「自覚あったのですか……」と密かに驚いた。
 付け加えるホルン。

「だが、うちのチームじゃデュエルは1番強いな。
 もっとも、アルバトロスにはメンバーが3人しかいないが……」

「あれ、レナは?」

 不思議そうに尋ねるホノカ。
 ホルンが口を開いたので、その身体を押しのけた。

「もちろん、ナイトの次です! おしくも僅差で負けてしまって!」

 ホルンの存在をかき消すかのように大きく言うわたくし。
 押しのけられたホルンが不満そうな目を向けてくるが、
 気にしている余裕はなかった。

「へぇ、そうなんか。レナより強い人がおるんか……」

 嬉しそうに呟くホノカ。
 どうやらホルンが言いかけた事には気づかなかったようだ。
 
 もきゅもきゅという足音が、後ろから響いた。

「ごめん遅れてー!」

 明るい声がした。
 普段からよく聞いている、気の抜けた声。
 ちょうど良いタイミング。わたくしは振り返る。

「えぇ、待っていましたよ、ナイト――」

 言いかけた言葉が、途切れた。
 ルームスペースから出てきた巨大な影。
 薄青色のごわごわした体毛に、鋭い爪。

 その姿は――


グリズリーマザー
星4/水属性/獣戦士族/ATK1400/DEF1000
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
デッキから攻撃力1500以下の水属性モンスター1体を
表側攻撃表示で特殊召喚できる。


 わたくしの顔がひきつった。

 途切れる思考。追いつかない理解。
 なんとか振り絞るように、言葉を捻り出す。

「……なんですの、その格好?」

 クマの口から顔を覗かせているナイトを見ながら、
 わたくしは機械のような棒読み口調で尋ねた。
 フッと微笑むナイト。得意そうな表情で――

「いいでしょー、コレ。その名も、グリズリーマザーアバター!」

 ババーンと、ポーズを決めた。

 その姿はどう見てもクマの着ぐるみを着ている人間、
 あるいは野生のクマによって食べられてしまったような珍妙な格好だった。
 静まり返るその場。ホトトギスの鳴き声が、響き渡る。

「いやー、レナードがフォーマルな格好で来いっていうからさ、
 いつも通りの格好だとアレかなって思って、フリースペースまで行って
 アバターショップで野性味溢れるこのアバターを買ってきたんだー。
 どうどう? かわいい? 似合ってるー?」

 鋭い爪の生えた手を頬にあて、さも満足そうに表情を緩めているナイト。
 わたくしはあんぐりと口を開きながら、唖然としていた。

「あ、君がレナードの友達?」

 ホノカを見つけるナイト。
 もきゅもきゅと、軽快な音を響かせながら、ホノカに近づく。
 熊の手を振り上げて――

「はじめましてー、僕、ナイトっていいまーす。よろしくー!」

 軽い口調で、ナイトが挨拶した。
 沈黙しているホノカ。目を見開き、ぽかんとナイトを見つめている。
 がっくりと、わたくしは肩を落として顔を伏せた。

「ん? どしたのレナード?」

 不思議そうなナイト。
 熊のコスプレをしながら、わたくしの顔を覗きこむ。
 湧き上がる怒りの炎。顔をあげて――

「なに考えてるんですの、この大馬鹿ナイトーッ!!」

 絶叫が、その場に轟いた。
 びくりと、珍しく怯んだ様子を見せるナイト。
 その珍妙な姿を指差す。

「わたくしは『フォーマル(正装・形式的)な格好で』と書いたのです!
 誰がそんなバカみたいな姿で現われろと言ったのです!」

「えー、でも、かわいいでしょ?」

 熊の姿のまま、その場でくるくると回るナイト。全く話が通じない。
 怒りを通り越して、なにやら悲しい気分になってきた。
 文字通り、その場で頭をかかえるわたくし。

「もう終わりです……。これでわたくしは明日から、
 友人にやさぐれホスト崩れと珍獣が仲間だったと思われるのです。
 わたくしの学園でのイメージは崩壊したも同然……」

 涙を流すわたくし。
 ガーンと、ナイトがショックを受けた。

「ち、珍獣!?」

 もきゅもきゅと足音を響かせるナイト。
 後ろのホルンも口を開く。

「別に、やさぐれちゃいねーぞ」

 不満気な声。
 顔をあげると、泣きながら腕をなぐように動かした。

「お黙りなさい! このアホ二人組――」

 荒々しく話すわたくし。
 だがわたくしの怒りの空気を吹き飛ばすように――

「……ぷっ!」

 ホノカの口から、空気の漏れる音がした。
 言葉を途切れさすわたくし。視線をホノカへ。
 ぷるぷると肩を震わせながら、

「アッハッハッハ!」

 ホノカが、お腹を抱えて笑い始めた。
 毒気を抜かれたように、怒りが吹き飛ぶ。
 爆笑しているホノカを、わたくしは見つめた。

「ほ、ホノカ……?」

 心配そうに言うわたくし。
 ひとしきり笑った後、ホノカが涙をぬぐった。

「あー、なんや、めっちゃおもろい人達やん」

 いつもののんびりとした口調に戻りながら、そう話すホノカ。
 戸惑うわたくしに、視線を向ける。

「うち、レナの仲間って聞いて、てっきりお嬢様みたいな人達やと
 勝手に思っとったんやけど……まさか、こないに愉快な人達やったとは……」

 我慢できず、またも吹き出すホノカ。
 おかしそうに、再び笑い声を響かせる。

「良かったなナイト、受けてるぞ」

 ポンとナイトの背中を叩くホルン。
 だがナイトは未だにウジウジとした様子で、熊の爪をこすり合わせていた。

「珍獣だなんて……そんな、酷い……」

 ショックを隠し切れないでいるナイト(熊)。
 その落ち込んだ様子を、ホノカがさらに面白がる。
 ナイトがメニュー画面を呼び出し、操作した。

 その全身が一瞬白く表示され、普段の姿に戻る。
 
「はぁ……ポイント高かったのに……」

 いつもの格好に戻り、ため息をつくナイト。
 ホノカがくすくすと笑う。

「おもろい人達やなぁ。うらやましいで、ほんま」

 両手を合わせるホノカ。
 なにやら気の抜けた、和やかな空気がその場には流れていた。

「えぇい、そうではありません!」

 そんな雰囲気を吹き飛ばすかのように、大きく言うわたくし。
 ビシッと指を伸ばして、ホノカに突きつける。

「さぁ、どうあれこっちはチームメンバーが揃いましたわよ!
 そちらのチームメンバーの方々はいつ頃ログインするのです?」

「チームメンバー?」

 不思議そうに言うホノカ。
 だがすぐにポンと手を叩くと、ニコーッと微笑む。

「はいはい、チームメンバーな」

 のんびりとした口調。
 ニコニコと微笑んだまま、わたくしを見つめている。
 眉をひそめて、もう一度訊く。

「で、いつ来るのです?」

「もう来てるで」

 あっさりと答えるホノカ。
 ちょいちょいと、その指が自分を指し示した。
 ため息をついて、呆れるわたくし。強い口調で言う。

「ですから、ホノカ以外のメンバーです!」

「だから、うちやって」

 えっへんと胸を張るホノカ。
 まるで禅問答。相変わらずホノカはよく分からない。
 ホルンが勘付いたかのように、口を開く。

「おい、ひょっとして、そのお嬢ちゃんソロチームなんじゃないのか?」

「ソロチーム?」

 聞きなれない単語に、振り返るわたくし。
 ホルンが手の平を広げる。

「ソロ、つまり1人って意味だ。お嬢ちゃんのチームって、
 お嬢ちゃんしかメンバーいないんじゃねえのか?」

 説明するホルン。
 頭の中で、その言葉を理解するため繰り返す。
 1人ぼっちのチーム、ホノカしかいない……?
 がばっと、振り返るわたくし。ホノカが口を開いて――

「うん、そうやで」

 あっさりと、そう言い切った。
 一切悪気のない、無邪気な笑顔。
 しんと、その場が静まり返る。

 一陣の風が吹いて――

「ふーざーけーるーなーッ!!」

 ホノカの頬を、思い切り引っ張った。
 ギリギリと力を込める。

「ひ、ひたい! ひたいって、レナ……」

 涙目のホノカ。
 セバスチャンが浮かび上がる。

『レナード様、暴力行為はいけません! 規約違反です!』

「くっ……!」

 たしなめられ、ホノカの頬を離すわたくし。
 頬を押さえながら、ホノカがその場で膝をつく。

「ひ、酷いやんかぁ、レナァ……」

 ぐすんと涙を流しているホノカ。
 捨てられた子犬のような姿のホノカに、容赦なく尋ねる。

「どういうことですの! わたくしはチーム戦と言ったではないですか!
 それがどうして、ホノカしかいないぼっちチームなんですの!」

「だ、だって、うち、人見知りする方やし……」

 もじもじと指を動かしているホノカ。
 見かねたように、ホルンが声をかけてきた。

「お前ら、友達なんじゃなかったのか?
 なんにせよ、レナードもそんなことくらいで怒るなよ」

「で、ですが……!」

 せっかくホノカに対するトラウマを克服し、
 あまつさえ我がチームの強さを自慢できるチャンスでしたのに。
 ホノカが立ち上がり、自分の胸に手を置いた。

「で、でもうち、一人でも平気やから!
 せやから、遠慮せずにチーム戦やろ。なっ?」

 わたくしに向かって、懇願するように言うホノカ。
 さすがのホルンも渋い表情を浮かべる。

「おいおい、1対3でやる気か?
 お嬢ちゃんがどれだけ強いか知らないが、そりゃさすがに無茶だろ」

「へ、平気やって! うち、一応レナより強いで! 子供の頃の話やけど……」

 最後の部分だけ小さく言うホノカ。
 ホルンの表情がさらに険しくなった。 
 
「それじゃ、何の自慢にもならないな……」

 何気なく、物凄い失礼な事をのたまうホルン。
 ホノカが一生懸命にアピールしている。

「ねぇねぇ、思ったんだけどさ」

 立ち直ったナイトが、手を挙げておもむろに発言した。
 視線が集まる中、話すナイト。

「ホノカちゃんって、チームメイトいないソロなんだよね?」

「そうやで」

「で、レナードとはお友達?」

「……そうですが、何か?」

 質問に答えるわたくしとホノカ。
 ナイトの視線が、2人に交互に向けられる。
 答えを見つけたように、ナイトが大きく笑った。

「じゃさ、ホノカちゃん、うちのチームに入ればいいんじゃない?」

 しんと、その場から一瞬、音が消えた。
 散りゆく桜の景色。鳥のさえずりだけが響く。

「いいんじゃないか、友達なんだろ?」

 ホルンがわたくしに向かって言う。
 セバスチャンもまた、浮かび上がって進言した。

『私も賛成です。歓迎しますよ』

 いつになく自己主張するセバスチャン。
 ナイトがうんうんと頷く。

「ね、良いアイディアでしょ。レナードはどう?」

 会話を振ってくるナイト。
 考えながら、わたくしはホノカの顔をジッと見つめた。

 ホノカを、チームメンバーに……?

 想像するわたくし。
 確かに、ホノカは悪い人ではありませんし、お友達です。
 ですがどうにも苦手というか、昔なにかと振り回された経験と、
 それに過去のトラウマが邪魔をして……

「うちはまぁ、もちろんええけど……」

 目を伏せがちに、そう答えるホノカ。
 このままYESと言い、ホノカを仲間に加えるのは簡単です。
 ですがそれでは、わたくしの過去のトラウマを克服する事はできない。

 あの雪辱を、あの忌まわしき記憶を。

 それらに背を向けてホノカを受け入れるのは、
 白鳥の誇りにかけて、安易に許されることではないのです。
 となれば、方法は――

「――いいでしょう」

 ゆっくりと、答えるわたくし。
 ぱぁと花が咲くように、ナイトの顔がほころぶ。
 たが、ナイトやホノカが言うより早く――

「ですが、条件があります」

 静かに、わたくしはそう付け加えた。
 笑顔が崩れるナイト。不思議そうな表情になる。

「条件?」

「えぇ。ずばり、ライディングデュエルです!」

 断言するわたくし。
 ホノカとナイトを見据えながら、続ける。

「わたくしとしても、実力も見ずにチームに入れるのはポリシーに反します。
 チームに入りたいというのであれば、それなりに強さを見せてもらわなければ!」

 わたくしの言葉に、目を細めるホノカ。
 普段ののほほんとした雰囲気に、真剣味が入り混じった。
 腕を組み、うんうんと頷くホノカ。
 
「なるほどな。確かに、その通りやな」

「納得して頂けたようですわね」

「うん、そういうことなら、うちも勝負するで」

 微笑を浮かべるホノカ。
 それは余裕か、それとも自信の表れか。
 キッと鋭い視線を向けるわたくし。

 ホノカを見据えながら――

「では、いきなさい、ナイト!」

 ドンと、近くのナイトの背中を押した。
 
「えぇ、僕!?」

 思わぬ言葉に、振り返るナイト。
 わたくしがびしっと指を伸ばす。

「当然です! わたくしはチームリーダーとして、フェアに勝負を見届けなければ。
 ホノカと直接勝負しては、わたくしの主観が入ってしまいます」

「そ、それはそうかもしれないけどさ、
 流れ的には、どう考えてもここはレナードが……」

「うちは、別に構わへんよ」

 あっさりと認めるホノカ。
 楽しそうに、両手を合わせる。

「あんた、レナより強いんやろ? やったらええやん。
 それにあんたとは、気が合いそうやしなー」

 どこまでものんびりとした口調のホノカ。
 ナイトが「は、はぁ……」と言いながら頬をかく。
 わたくしたちの近く、石造りの広間に2台のD・ホイールイメージが現れた。

「まぁ、別に僕は良いけど……」

 D・ホイールに乗り込むナイト。
 ホノカもまた、微笑みながらD・ホイールに乗り込んだ。
 モニターをタッチ操作する2人。ホルンに呼びかける。

「では、わたくし達はピットエリアで観戦しましょう」

「そうだな……」

 だるそうに声を出すホルン。
 準備する2人を横目に、歩き始めた。

「ところで、レナード……」

 おもむろに口を開くホルン。
 並んで歩くわたくしに向かって、尋ねた。

「あのお嬢ちゃん、具体的にどれくらい強いんだ?」

「そうですわね……」

 口元に手を当てて、考えこむわたくし。
 幼少の頃の記憶、あの青い竜の姿がまぶたに浮かんだ。
 透き通るような、綺麗な姿。キラキラとした光。

 沈黙が流れて――

「……忘れました」

 小声で、わたくしはそう答えた。
 正直、昔の話なのもあって、ホノカがどんなカードを使っていたか、
 全く記憶になかった。もちろん今も同じ戦術を使用しているとは限らないですが。

「だと思った……」

 諦めたように、そう呟くホルン。
 桜が舞い散る道を、ゆっくりと歩くわたくし達でした……。






























 D・ホイールの画面を、僕はタッチする。

 青い画面に浮かび上がる、白い文字。
 流れるように、それらが表示されていく。



 Riding Duel Mode −Set Up
 Course Data Loading −Completed
 Duel Course Number 54 −Sakura Namiki 


 Knight V.S Honoka


 Battle Type −Single Riding Duel
 Duel System −All Green

 ――Are you ready?




 前を向く僕。
 なんだか、妙な展開になってきちゃったな。
 ホノカちゃんって、どれくらい強いんだろう。

「よろしくなぁー」

 のんびりとした口調で話しかけてくるホノカちゃん。
 緊張感のない、のほほんとした雰囲気。

 カウントダウンが始まった。

 ホトトギスの鳴き声によりカウントダウン。
 目の前に伸びる、桜の並木に挟まれた石造りの道路。
 桜の花びらが絶え間なく散り散りと地面に、落ちている。

 ホトトギスのか細い声が響いて――

 カウントダウンの終了と同時に、ペダルを踏み込んだ。
 飛び出す2台のD・ホイール。風となり、コースを駆ける。
 デッキが高速でシャッフルされた。

 美しい桜の色が飛び交う空間に――
 

「――デュエルッ!!」


 僕達の声が、大きく響いた。


 ナイト  LP4000 

 ホノカ  LP4000 


 桃色の花びらが舞い散る桜並木。
 手札をホルダーにセットし、前を向く。

「うちが先攻やね。ドロー!」

 静かに、ホノカちゃんがカードを引いた。
 手札の中の1枚を、流れるように手に取る。

「うちはコーリング・ブルーを召喚ー!」

 カードを置くホノカちゃん。
 場に、不思議な青い光の球体が現れる。


 コーリング・ブルー ATK1400 


「ほんで1枚伏せて、ターンエンドや」

 裏側表示のカードが浮かび上がる。
 落ち着いた表情のホノカちゃん。
 どこか余裕さえ感じる程に、冷静にD・ホイールを駆っている。

 桜の花びらが降り注ぐ。

「僕のターン!」

 声をあげ、僕はカードを引いた。


 ナイト SPC:0→1  ホノカ SPC:0→1 


 手札を眺める。
 そして1枚のカードを見て、「うっ」と小さく声を漏らした。
 視線の先にあるのは、白髪の青年騎士が描かれたカード。

 心の中で、呟く。

(このカード、強いんだけどなんか苦手なんだよね……。
 ソリッドヴィジョンなのに、妙に偉そうな感じで……)

 カードを見つめる僕。
 とはいえ、他に選択肢もない。渋々、カードを手にとった。

「僕はグレイトエッジ・ナイトを召喚!」

 カードを場へ。
 光の中より、整った顔立ちの白髪の青年騎士が姿を現した。
 不敵な笑みを浮かべ、見下したような視線を相手へ向けている。


 グレイトエッジ・ナイト ATK1800 


「1800……」

 考えるように呟くホノカちゃん。
 腕を前に出して、僕は宣言する。

「バトル! グレイトエッジ・ナイトでコーリング・ブルーを攻撃!」

 僕の声を聞き、騎士が剣を抜いた。
 飛び上がる青年騎士。光の中心部分に狙いをつける。

「さらにグレイトエッジ・ナイトは攻撃する時、攻撃力が300アップする!」


グレイトエッジ・ナイト
星4/地属性/戦士族・チューナー/ATK1800/DEF1400
このカードが相手モンスターに攻撃する
ダメージステップの間、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。
フィールド上に守備表示で存在するこのカードは、
1ターンに1度だけ戦闘では破壊されない。


 グレイトエッジ・ナイト ATK1800→ ATK2100 


 僕の言葉を無言で聞いているホノカちゃん。
 騎士が勢い良く、青い光の球体に剣を突き立てた。
 光が弾けるように、砕けて消える。


 ホノカ  LP4000→ 3300 


 ライフへのダメージ。
 だが気にした様子もなく、ホノカちゃんが腕を前に。

「コーリング・ブルーの効果や。このカードが戦闘で破壊された時、
 うちのデッキからレベル4以下の水族モンスターを特殊召喚するで」

「……うッ!」


コーリング・ブルー
星4/水属性/水族/ATK1400/DEF1100
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
デッキからレベル4以下の水族モンスター1体を特殊召喚できる。


 顔をしかめる。
 あっさり倒したと思ったけど、そう甘くはいかないみたい。
 モニターに映ったカードを、ホノカちゃんがタッチする。

「デッキから、銀海の魔女を特殊召喚や」

 青い光が現れる。
 そしてそこから、白い肌を見せた水着のような格好の女性が出てきた。
 扇情的な魔女。顔には妖しげな笑みを浮かべている。


 銀海の魔女 ATK1400 


「うーん、攻撃力は、一応グレイトエッジのほうが上……」

 冷静に分析する僕。
 とはいえ、わざわざリクルートしてきたという事は、
 何か効果や戦略があるという事だ。油断は大敵!

「とりあえず1枚伏せて、僕はこれでターンエンド!」

 カードを伏せる。
 これで互いの場にはモンスターと伏せカードが1枚ずつ。
 さぁ、これで次のターン、ホノカちゃんはどうでて――

「この瞬間、罠カードオープンや!」

 唐突に、ホノカちゃんが明るい声をあげた。
 目を見開く僕。伏せられていたカードが表に。

「――水神の羅針盤!」


水神の羅針盤  通常罠
以下の効果から1つを選択して発動できる。
●自分のデッキの上から5枚カードをめくり
好きな順番でデッキの上に戻す。相手はそのカードを確認できない。
発動後このカードは墓地へ送らず、そのままセットする。
●自分のデッキからカードを1枚ドローする。


「水神の、羅針盤……?」

 突然の宣言に、戸惑う僕。
 レナードが眉をひそめる。

「なんですの、アレ?」

 驚いた様子のレナード。
 隣で観戦していたホルンが目を細める。

「……へぇ」

 何かに気づいた様子のホルン。
 だがそれ以上は何も言わず、沈黙する。
 ぴっと、ホノカちゃんが指を伸ばした。

「このカードの効果で、うちはデッキの上のカード5枚の順番を入れ替える!」

 宣言するホノカちゃん。
 向こうのモニターに5枚のカードが表示されたようで、
 ちまちまとタッチして順番を入れ替えている。
 しかし、どんなカードが表示されているのかは僕からは見えない。

 操作を終えて――

「発動後、このカードは墓地には送られず、再セットされるで」

 のんびりと、ホノカちゃんがそう宣言した。
 表になっていた水神の羅針盤のカードが、そのまま場に伏せられる。

「ほな、うちのターン」

 ゆっくりと、ホノカちゃんがカードを引いた。
 引いたカードを見ることもなく、手札ホルダーへ。


 ホノカ SPC:1→2  ナイト SPC:1→2 


 スピードカウンターが増える。
 ホノカちゃんが腕を前に出した。

「銀海の魔女の効果や。デッキの上から
 3枚カードを墓地に送って、攻撃力が600ポイントアップ!」

「えっ!?」


銀海の魔女
星4/水属性/水族/ATK1400/DEF2000
1ターンに1度、自分のデッキの上からカードを3枚まで
墓地へ送って発動できる。このカードの攻撃力はターン終了時まで、
この効果を発動するために墓地へ送ったカードの数×200アップする。


 艶やかな動作で腕を伸ばす魔女。
 その身に青いオーラが纏わりつき、発せられる威圧感が増した。


 銀海の魔女 ATK1400→ ATK2000 


 落ち着いた動作でカードを墓地に送るホノカちゃん。
 カードの画像が流れるように画面に表示された。


ブルーライト・コア
星1/水属性/水族/ATK0/DEF0
このカードをリリースして発動できる。
自分のデッキの一番上のカードを確認する。
それが通常召喚可能な水属性モンスターだった場合、
出たモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。
違う場合、めくったカードをデッキに戻してシャッフルする。


Sp−心変わり  通常魔法
自分のスピードカウンターが12ある場合に発動する事ができる。
相手フィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動する。
このターンのエンドフェイズ時まで、選択したモンスターのコントロールを得る。


Sp−シフト・ダウン  通常魔法
自分のスピードカウンターを6つ取り除いて発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。


 相手が墓地に送ったカードは全て、
 さっき水神の羅針盤で確認していたカード。
 単に不要なカードを処理しただけかな? それとも――

 だが考える時間さえも、今の僕には残されていなかった。

「アビス・ウォリアーを召喚!」

 カードを選ぶホノカちゃん。
 相手の場にクジラのような顔の二足歩行のモンスターが現れる。 


アビス・ウォリアー
星4/水属性/水族/ATK1800/DEF1300
1ターンに1度、手札から水属性モンスター1体を墓地へ捨て、
自分または相手の墓地のモンスター1体を選択して発動できる。
選択したモンスターを持ち主のデッキの一番上または一番下に戻す。


 アビス・ウォリアー ATK1800 


「これでバトルや。銀海の魔女で、グレイトエッジ・ナイトを攻撃するで!」

 ウフフと笑い声をこぼしながら、腕を伸ばす魔女。
 白髪の青年の騎士の身体を、赤黒い不気味なオーラが纏わりついた。
 オーラが騎士の身体を、ギリギリと締め付ける。

「ちょっと待った! 罠発動! トゥルース・リインフォース!」

 画面をタッチする僕。
 伏せられていたカードが表になり、光を放った。


トゥルース・リインフォース  通常罠
デッキからレベル2以下の戦士族モンスター1体を特殊召喚する。
このカードを発動するターン、自分はバトルフェイズを行えない。


「この効果で、僕はデッキからレベル2以下の戦士族を特殊召喚するよ!」

 目の前にデッキのカードが表示される。
 その中の1枚を、僕は迷わずタッチした。

「僕はデッキから、ストームライド・ナイトを特殊召喚!」

 場に一陣の風が吹き抜け、小柄な偵察兵風の少年騎士が姿を現した。
 軽快な装いで、片手には使い込まれた双眼鏡。
 かけていたゴーグルをずらし、ニコッと微笑む。


 ストームライド・ナイト DEF400 


「はぇ?」

 不思議そうな表情のホノカちゃん。
 僕はふふんと笑いながら、得意になって言う。

「ストームライド・ナイトが特殊召喚された時、
 相手のモンスター1体の表示形式を変更するよ!」


ストームライド・ナイト
星2/風属性/戦士族/ATK700/DEF400
自分フィールド上に表側表示の戦士族モンスターが存在する場合、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
このカードが特殊召喚に成功した時、
相手フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。
選択したモンスターの表示形式を変更する。


 場に吹き抜ける穏やかな風。
 魔女が膝を曲げ、その場に跪く。


 銀海の魔女 ATK2000→ DEF2000 


「これで、銀海の魔女は攻撃できない!」

 びしっと言い切る僕。
 胸を張りながら、ホノカちゃんの方に視線を向けた。
 くすりと、ホノカちゃんが僅かに微笑んで――

「ほなら、アビス・ウォリアーでストームライド・ナイトを攻撃やねー」

 あっさりと、そう言った。
 クジラの怪物が甲高い声をあげ、少年騎士へと突進した。
 そして力任せに、少年騎士を殴りつける。
 
 その姿が、ガラスのように砕け散った。

「あぁ、ストームライド・ナイト……」

 カードを墓地に送る僕。
 グレイトエッジを守るためとはいえ、儚い命だった。
 でもこの犠牲、無駄にはしないよ!

「うーん……」

 のんびりとした表情で、手札を眺めているホノカちゃん。
 やがて顔をあげると、目を伏せがちにこう言った。

「なんもできひんなー。うちはこれで、ターンエンド」

 ターンを終わらせるホノカちゃん。
 引きが良くないのか、それとも調子が悪いのか。
 どっちにしろ、これはチャンスかも。

 デッキに手を伸ばす。

「僕のターン!」

 カードを引く。
 さらにスピードカウンターが増えた。


 ナイト SPC:2→3  ホノカ SPC:2→3 


 引いた1枚を見て、思わずにやける。
 手札ホルダーに置かず、そのまま場へ。

「僕はリバーブソード・ナイトを攻撃表示で召喚!」

 場に、巨体な剣を携えた剣士が現れた。


 リバーブソード・ナイト ATK1800 


 これで僕の場には騎士が2体。
 畳み掛けるように、宣言する。

「バトル! グレイトエッジ・ナイトで銀海の魔女を攻撃!」

 剣を抜く偉そうな騎士。
 空中を蹴って、魔女の方へと飛び掛かった。


 グレイトエッジ・ナイト ATK1800→ ATK2100 


 さらに効果による攻撃力の上昇。
 これで銀海の魔女の守備力を僅かながら、上回った。
 魔女の眼前へと迫る騎士の剣。そして――

 銀色の刃に切り裂かれ、魔女の姿が砕け散った。

「…………」

 無言でカードを墓地に送るホノカちゃん。
 僕はさらに声を出す。

「まだだよ! リバーブソード・ナイトでアビス・ウォリアーを攻撃!」

 指差す僕。
 騎士が剣を抜き、雄叫びをあげてクジラの怪物へと飛び掛かった。
 激突する両者。ギリギリとつばぜり合いをし、そして――

 同時に、その姿が互いに砕けた。

「相討ちかいなぁ」

 残念そうに言うホノカちゃん。
 確かに、攻撃力は互角だからそれは正しい。
 だけど――

「リバーブソード・ナイトの効果発動!」

 大きく、僕は笑顔で言う。

「このカードが戦闘で破壊された時、デッキから
 レベル4以下の戦士族モンスター1体を手札に加える!」


リバーブソード・ナイト
星4/地属性/戦士族/ATK1800/DEF1200
このカードが戦闘で破壊され墓地へ送られた時に発動できる。
デッキからレベル4以下の戦士族モンスター1体を手札に加える。


 そう、リバーブソード・ナイトには
 戦闘破壊によって発動する効果がある。
 つまり、同士討ちでも損はしないって事。

「僕はデッキのレディオフィサー・ナイトを手札に!」

 画面をタッチして宣言する僕。
 空中に大きくカードの画像が浮かんだ。


レディオフィサー・ナイト
星3/地属性/戦士族・チューナー/ATK1600/DEF1000
このカードが召喚に成功した時、相手フィールド上に表側表示で
存在する守備表示モンスター1体を選択して発動できる。
選択したモンスターのレベル以下の自分の墓地に存在する
戦士族モンスター1体を選択して守備表示で特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。
このカードをシンクロ素材とする場合、
戦士族モンスターのシンクロ召喚にしか使用できない。


 目の前にカードが現れ、それを手札ホルダーに。
 5枚になった手札を見ながら、僕は確信する。

 なんか今日、調子いいかも!

 表情を緩める僕。
 普段より判断が冴えてるし、引きも良い。
 これなら、あっさり勝てちゃうかも。

 上機嫌なまま、僕はさらにカードを手にとった。

「2枚伏せて、ターンエンド!」

 警戒して手札に残していたカードを場へ。
 まぁ、多分大丈夫でしょ。いけるいける。
 ルンルンと心を弾ませながら、僕はアクセルをさらに踏み込んだ。

 加速する僕に向かって――

「ほな、うちは水神の羅針盤を発動」

 ホノカちゃんが、おっとりとした口調で宣言した。
 伏せられていたカードが表になり、光を放つ。
 さらに、ホノカちゃんが手札のカードを1枚、僕に向かって掲げた。
 
「でな、うちは手札のウォーター・ピクシーの効果をチェーンして発動や!」

 ホノカちゃんの手の中。
 水の羽根を持つ妖精の姿が描かれたカードが、見える。

「ウォーター・ピクシーを相手に公開して、うちのデッキをシャッフル」

 ホノカちゃんのD・ホイールにセットされたデッキ。
 それが機械の手によって、高速でシャッフルされる。
 妖精のカードを手札に戻し、ホノカちゃんが続けた。

「ほんで、水神の羅針盤の効果で5枚入れ替えるで!」


水神の羅針盤  通常罠
以下の効果から1つを選択して発動できる。
●自分のデッキの上から5枚カードをめくり
好きな順番でデッキの上に戻す。相手はそのカードを確認できない。
発動後このカードは墓地へ送らず、そのままセットする。
●自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 またも、デッキ操作。
 ホノカちゃんの狙いがいまいち分からない。
 引きを良くするため? それとも何か狙ってるの?

 疑問に思っている間に、ホノカちゃんがデッキの操作を終える。

「ほな、うちのターン」

 先程と変わらない、おっとりとした口調で。
 ホノカちゃんがデッキからカードを1枚引いた。


 ホノカ SPC:3→4  ナイト SPC:3→4 


 スピードカウンターが増える。
 自分の手札を眺めているホノカちゃん。



 ナイト  LP4000
 手札:3枚  SPC:4
 場:グレイトエッジ・ナイト(ATK1800)
   伏せカード2枚


 ホノカ  LP3300
 手札:5枚  SPC:4
 場:伏せカード1枚(水神の羅針盤)



 改めて、僕は場の状況を確認した。
 相手の場にモンスターはなく、伏せカードは水神の羅針盤のみ。
 状況は僕の方が有利。このまま一気に勝負を――

「うちはパスト・ヴィジョンを召喚」

 ホノカちゃんがカードを選んだ。
 光が浮かび、そこから奇妙な水の塊が姿を現した。
 ゆらゆらと揺れる青い水。表面に桜並木の景色が写っている。


 パスト・ヴィジョン ATK0 


「攻撃力0?」

 やや驚く僕。
 見た目もそうだけど、ステータスも奇妙だ。
 なにより、相手の狙いが本格的に分からない。

 桜の花びらが散り舞う、幻想的な風景の中に――
 
「パスト・ヴィジョンの、効果発動!」

 ホノカちゃんの声が、響いた。

「このカードをリリースして、墓地の水族モンスター1体を特殊召喚するで」

「え?」


パスト・ヴィジョン
星4/水属性/水族/ATK0/DEF0
このカードをリリースし、以下の効果から1つを選択して発動できる。
●自分の墓地に存在するレベル4以下の水族モンスター1体を選択する。
選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。
●自分の墓地のカード1枚を選択して発動できる。
選択したカードをデッキの一番上に戻す。


 水の塊がぶるりと震えて、その場で弾けた。
 辺りに水飛沫が飛び散り、地面が濡れる。

 そして奇妙な水の塊が居た場所に――

「墓地のブルーライト・コアを、特殊召喚や!」

 不思議な青い光を放つ球体が、いつのまにか出現していた。
 ぼうっと、まるで深海魚のように発光している奇妙な球体。
 ステータスが表示される。


 ブルーライト・コア ATK0 


 攻撃力は、またも0。
 というかあんなカード、ホノカちゃん使ったっけ?
 疑問に思う僕だったが、すぐに思い当たった。

「銀海の魔女の効果や。デッキの上から
 3枚カードを墓地に送って、攻撃力が600ポイントアップ!」


 あの時、銀海の魔女の効果で墓地に送られた3枚。
 その中に、確かこのカードが含まれていた。
 得体の知れない球体を、僕は見つめる。

 ホノカちゃんが、悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

「ブルーライト・コアの効果発動や。
 このカードをリリースして、うちのデッキの上をめくる」

 球体が下の方から細かい粒子になって消えていく。
 カードを墓地に送りながら、微笑むホノカちゃん。

「めくったカードが通常召喚可能な水属性モンスターなら、
 そのカードをうちの場に特殊召喚するで」


ブルーライト・コア
星1/水属性/水族/ATK0/DEF0
このカードをリリースして発動できる。
自分のデッキの一番上のカードを確認する。
それが通常召喚可能な水属性モンスターだった場合、
出たモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。
違う場合、めくったカードをデッキに戻してシャッフルする。


 カード画像が表示される。
 その効果を理解した時、僕は凍りついた。
 これは、マズい。僕の頬を冷や汗が流れる。
 
 観戦していたレナードが、ため息をついた。

「何かと思えば、運否天賦のギャンブルカードではありませんか。
 いくら流れが悪いからといって、あのような手を打つなど……」

 失望したような口調のレナード。
 それを聞いたホルンが、渋い表情になる。

「……お前、それ本気で言ってるのか?」

「はい?」

 顔をむけるレナード。
 何を言っているのか分からない、口に出さずとも、
 レナードがそう考えていることはホルンに伝わった。

 ため息をつくホルン。

「お前、さっきホノカって子が何したか覚えてないのか?」

「さっき? ですから、あの水のモンスターを場に出して――」

 指差すレナード。
 ホルンが手を振る。

「違う違う。その前、ナイトのエンドフェイズ時に、だ」

「ナイトの時? ですから、あの水神の羅針盤とかいう、
 よく分からないカードでデッキの上を――」

 そこまで言って、レナードがようやく気がついた。
 ホノカが直前のターンに使っていたカード、水神の羅針盤。
 その効果は――


水神の羅針盤  通常罠
以下の効果から1つを選択して発動できる。
●自分のデッキの上から5枚カードをめくり
好きな順番でデッキの上に戻す。相手はそのカードを確認できない。
発動後このカードは墓地へ送らず、そのままセットする。
●自分のデッキからカードを1枚ドローする。


「あっ……!」

「気がついたか。そう、あのお嬢ちゃんは自分のデッキの上を操作している。
 つまり、あの踏み倒し効果は運否天賦の効果なんかじゃない」

 画面に視線を戻すホルン。
 ホノカの姿を見ながら――

「積み込まれたカードをめくる、100%成功する効果って訳だ」

 ホルンが、静かに言い切った。
 画面の中、微笑んでいるホノカ。
 その細い指がデッキへと伸び、そして――

 カードを、めくる。

「……うちが引いたんは――」

 ゆっくり、はさんだカードを僕の方へと向けるホノカちゃん。
 そこに描かれているのは、青く透き通るような姿の竜。
 カードに描かれている星の数は――7。

 カードを掲げながら――

「――水属性、幻海竜(げんかいりゅう) バタフライ・エフェクト!」

 ホノカちゃんが、カードをパシッと置いた。
 光の中より、まるで水のように透き通った身体の竜が場に現れた。
 幻想的なフォルムで、まるで蜃気楼のようにおぼろげな姿。
 体の向こう側の景色――どこまでも続く桜並木が、透けて見えている。


 幻海竜 バタフライ・エフェクト ATK2800 


「さ、最上級モンスター!?」

 突然の上級モンスター登場に、戸惑う僕。
 竜が大きく翼を広げて――

「バトルやー! 幻海竜 バタフライ・エフェクトでグレイトエッジ・ナイトを攻撃ー!」

 ホノカちゃんが、声を張り上げた。
 口を開ける透明な竜。その口元にエネルギーが収束していく。

「くっ、罠発動! 燕落とし!」

 ばっと腕を横へ。
 僕の場に伏せられていたカードが表になる。


燕落とし  通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
攻撃モンスターを守備表示に変更し、その守備力を0にする。
このターン、相手はモンスターの表示形式を変更できない。


「これで、バタフライ・エフェクトを守備表示に!」

 竜を指差す僕。
 燕落としのカードが輝き、そして――

「ごめんなぁ」

 ホノカちゃんが、申し訳無さそうに手を合わせた。

「この子、罠効かないねん」

「えっ!?」

 燕落としのカードが光を失い、墓地へ。
 竜の動きに変化はない。攻撃は防げなかった。

「幻海竜 バタフライ・エフェクトの効果!」

 さらに続けるホノカちゃん。
 デッキに向かって手を伸ばす。

「戦闘を行うとき、デッキの一番上のカードをめくって、
 それが水属性モンスターなら墓地に送って、その分だけ攻撃力がアップするで!」


幻海竜 バタフライ・エフェクト
星7/水属性/水族/ATK2800/DEF2300
このカードが戦闘を行う場合、自分のデッキの一番上のカードを確認する。
それが水属性モンスターだった場合は墓地に送り、違う場合は元に戻す。
エンドフェイズまで、このカードの攻撃力は
このカードの効果で墓地へ送ったモンスターの攻撃力分アップする。
このカードは相手の罠の効果を受けない。


 攻撃力上昇効果。
 しかも、デッキの上はさっき操作した中の1枚。
 ということは……

 カードをめくるホノカちゃん。めくったカードをこちらに向ける。

「うちがめくったんは、攻撃力1800の水面を見る魔術士のカード。
 せやから、バタフライ・エフェクトの攻撃力は1800ポイントアップや!」

 カードを墓地に送るホノカちゃん。
 竜の体に薄い膜のようなオーラが覆いかぶさる。


 幻海竜 バタフライ・エフェクト ATK2800→ ATK4600 


「こ、攻撃力が!」

 一気に跳ね上がった攻撃力を見て、声をあげる僕。
 さらにホノカちゃんが言葉を紡ぐ。

「それとな、墓地に送られた水面を見る魔術士の効果も発動や。
 このカードが墓地に送られた時、デッキの上の3枚を墓地に送るでー」

 画面にカードの画像が表示される。


水面を見る魔術士
星4/水属性/水族/ATK1800/DEF1300
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
自分のデッキの上から5枚カードをめくり好きな順番でデッキの上に戻す。
相手はそのカードを確認できない。このカードが墓地に送られた場合、
自分のデッキの上からカードを3枚まで墓地へ送る事ができる。


 さらに手を伸ばすホノカちゃん。
 その手が3枚のカードを掴み、流れるように墓地へと送る。


リミットリバース  永続罠
自分の墓地の攻撃力1000以下のモンスター1体を選択し、
表側攻撃表示で特殊召喚する。
そのモンスターが守備表示になった時、そのモンスターとこのカードを破壊する。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時、このカードを破壊する。


Sp−ブライニクル  通常魔法
自分のスピードカウンターが12ある場合に発動する事ができる。
次のターンのエンドフェイズ時まで、自分フィールド上に
表側表示の水属性モンスターが存在しないプレイヤーは
魔法・罠・モンスター効果を発動する事ができない。
このカードの発動に対して魔法・罠・モンスターの効果は発動できない。


アイスバーン  永続罠
自分フィールド上に水属性モンスターが表側表示で存在し、
水属性以外のモンスターが召喚・特殊召喚に成功した時、
そのモンスターは守備表示になる。


 これで、デッキの上の操作されていたカードは全て墓地へ。
 大きく、透き通るような甲高い声を上げる透明の竜。
 そして――

「幻惑のビジョン・ストリーム!!」

 収束していたエネルギーが、撃ち出された。
 それは凄まじい速度で迫り、騎士の体を貫いて砕く。
 爆風と共に大きな衝撃が巻き起こった。

「うわわわわ!!」


 ナイト  LP4000→ 1200   SPC:4→ 2 


 大きくライフが削られ、スピードが落ちる。
 前を向きながら、僕は顔をしかめた。

「い、一気に形勢が逆転しましたわ!」

 驚いたような、それでいてどこか嬉しそうな様子のレナード。
 ホルンが腕を組んだ格好のまま、呟く。

「やるな、あのお嬢ちゃん……」

 画面に映っているホノカを見ているホルン。
 ホノカは嬉しそうに、微笑んでいる。

「ようやく、ノッてきたわぁ。1枚伏せて、ターンエンドやでー」

 カードを伏せるホノカちゃん。
 どこかのんびりとした、落ち着いた表情。
 まさに余裕。まるで深海のような、底知れない実力を感じた。

 桜吹雪を切り裂くように、2台のD・ホイールが走り抜けていく。

「……僕のターン!」

 声をあげ、カードを引く。
 D・ホイールの速度が上がった。


 ナイト SPC:2→3  ホノカ SPC:4→5 


 相手の場を見る。
 罠の効かない最上級モンスター、幻海竜 バタフライ・エフェクト。
 さらに伏せカードが2枚。1枚は水神の羅針盤、もう1枚は不明。

 対する僕の場には、伏せカードが1枚のみ。

「くっ……!」

 手札を見ながら、苦い声。
 今、この状況を打開する手立てはない。
 このターンは守りに徹するしかない。

「僕はバトルメディック・ナイトを守備表示で召喚!」

 カードを手に取る。
 軽装の上に白衣のような服をはおった、女性騎士が現れる。


 バトルメディック・ナイト DEF400 


 不満そうな表情の女性騎士。
 だけど、今できるのはこの手しかない。

「さらに1枚伏せて、ターンエンド!」

 カードをさらに1枚、場へ。
 これで僕の場には伏せカードが2枚存在することになった。
 そしてエンド宣言時、ホノカちゃんが手を前に。

「罠発動、水神の羅針盤ー!」

 伏せられていたカードが表に。


水神の羅針盤  通常罠
以下の効果から1つを選択して発動できる。
●自分のデッキの上から5枚カードをめくり
好きな順番でデッキの上に戻す。相手はそのカードを確認できない。
発動後このカードは墓地へ送らず、そのままセットする。
●自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 手慣れた様子でデッキを操作するホノカちゃん。
 その様子を、僕は真剣な表情で観察している。
 デッキ操作を終えたホノカちゃん。

「ほな、効果で再セットや」

 のほほんとした口調で、そう言う。
 水神の羅針盤のカードが裏になり、再び場に伏せられた。
 大きく息を吸い込み、深呼吸。表情を引き締める。

 集中するんだ。でないと、負ける。

「ナイト、攻撃しませんでしたわね」

 モニターを見ながら、そう話すレナード。
 ホルンが口を開いて答える。

「そりゃ、当然だろ」

「え? なぜです?」

 呆れたような表情を浮かべるホルン。
 ゆっくりと、言い聞かせるように話す。

「いいか? 相手モンスターはデッキトップの水属性モンスターの攻撃力を、
 自分の攻撃力に加算させる効果を持っているだろ? しかも水神の羅針盤があるから、
 あのお嬢ちゃんはデッキトップを操作できる。成功率はほぼ100%だ」

「そうですわね」

 頷くレナード。
 ホルンが続ける。

「ということは、相手の攻撃力は2800じゃなくて、2800以上となる。
 しかもここが問題なんだが、具体的にどれだけ上昇するかは相手にしか分からない。
 つまり、相手の攻撃力はほぼ不透明。予測できないんだよ。よって返り討ちの
 可能性を考えれば、よっぽどの攻撃力がない限り、あいつに攻撃するのは得策じゃない」
  
「じゃあ……どうしようもないじゃないですか!」

 声を荒げるレナード。
 ホルンが肩をすくめた。

「まっ、パワー一辺倒のお前ならいざ知らず、
 ナイトならあれくらいは大丈夫だろ。とはいえ――」

 言葉を切るホルン。
 画面を見ながら、真剣な表情に。

「デッキトップ操作という特殊戦術を操る高い判断力に、
 冷静沈着なカードさばき。あのお嬢ちゃん、かなりの実力者だな。
 早いとこ打開策を打たないと、本当に負けちまうぞ、ナイト……」

 ぼそりと呟くホルン。
 レナードがフフンと得意そうに胸を張った。

「当然です! わたくしの友達ですから!」

「…………」

 ジトッとした視線を向けるホルン。
 その表情が「何でお前が偉そうなんだ」と物語っている。
 緊張が解けたように、ホルンが小さくため息をついた。

 桜の花びらが舞い落ちて――

「うちのターン!」

 ホノカちゃんが、カードを引いた。
 操作されたカード。これで操作されているのは、山の上から4枚まで。


 ホノカ SPC:5→6  ナイト SPC:3→4 


 集中を切らさず、相手の動向をうかがう。
 迷う様子もなく、ホノカちゃんが1枚を選んだ。

「幻視するマンタレイ、召喚やー」

 光の中。
 空中を泳ぐ巨大なエイの姿が現れる。


 幻視するマンタレイ ATK1700 


「幻視するマンタレイの効果で、カードを2枚ドロー」

 カードを引くホノカちゃん。
 
「んで、2枚をデッキの上に戻すで」

 さらに別の2枚を選んで、山札の上に戻した。


幻視するマンタレイ
星4/水属性/水族/ATK1700/DEF800
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
またはフィールド上から墓地に送られた場合に発動できる。
デッキからカードを2枚ドローし、
その後手札を2枚選択して好きな順番でデッキの上に戻す。


 2枚引いて、2枚戻す。
 手札の数自体は、この効果では変動しない。
 だけど、もちろん意味がないわけじゃない。

 狙いは手札交換と、デッキトップの操作。

「また、バタフライ・エフェクトのためのモンスターを仕込んだな」

 呟くホルン。
 ホノカちゃんが腕を前に。

「バトルや! 幻視するマンタレイでバトルメディック・ナイトを攻撃ー!」

 エイが体を震わせた。
 そのまま軌道を変えて、こちらへ突っ込んでくる。
 女性騎士が不機嫌そうにエイを睨んだ。

「罠発動、陽炎払い!」

 声をあげる。
 僕の場のカードが表に。


陽炎払い  通常罠
自分フィールド上のモンスター1体を破壊して発動する。
このターンのエンドフェイズまで、自分が受けるダメージは全て0になる。
エンドフェイズ時、この効果で破壊したモンスターのレベル以下の
戦士族モンスターを1体まで選択し、デッキから特殊召喚する。


「この効果でバトルメディック・ナイトを破壊して、このターンのダメージを0に!」

 砕け散る女騎士。
 マンタの攻撃が外れ、僕の周りを蜃気楼が包み込んだ。

「あれま、計算狂ってもうた」

 眼鏡の奥の目を見開くホノカちゃん。
 手札にチラリと視線を落とすと、静かに言う。

「ほな、ターンエンドやで」

 特に動揺もないホノカちゃん。
 その場に伏せられているカードに、僕は視線を向ける。

 あのカード……。

 今まで見てきたホノカちゃんのデッキ。
 デッキトップ操作と、水属性を中心としたデッキ。
 だとしたら、今ここで警戒すべきカードは――

 ダメージ罠の、ポセイドン・ウェーブ!


ポセイドン・ウェーブ  通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
自分フィールド上に魚族・海竜族・水族モンスターが表側表示で存在する場合、
その数×800ポイントダメージを相手ライフに与える。


 あれが伏せられていた場合、ダメージ効果で僕のライフは0。
 それを考慮した上で、今ここで僕が取るべき戦略は――

「陽炎払いの効果! デッキからミスティックロード・ナイトを特殊召喚!」

 画面をタッチする僕。 
 光が浮かび上がり、そこから奇妙な帽子をかぶった少年騎士が現れる。


ミスティックロード・ナイト
星2/地属性/戦士族/ATK900/DEF0
相手フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスターの表示形式が
表側守備表示に変更された時、そのモンスターを破壊する。


 ミスティックロード・ナイト DEF0 


「守備力0?」

 警戒するように眉をひそめるホノカちゃん。
 デッキに手を伸ばす。

「僕のターン!」

 勢い良く、カードを引いた。


 ナイト SPC:4→5  ホノカ SPC:6→7 


 引いたカードを見るのもそこそこに、僕は腕を伸ばす。

「罠発動! ギブ&テイク!」

 僕の場に残されていたカードが表になる。


ギブ&テイク  通常罠
自分の墓地に存在するモンスター1体を
相手フィールド上に守備表示で特殊召喚し、
そのレベルの数だけ自分フィールド上に表側表示で存在する
モンスター1体のレベルをエンドフェイズ時まで上げる。


「うん?」

 小首をかしげるホノカちゃん。
 物珍しそうに、ギブ&テイクのカードを見つめている。

「僕の墓地のリバーブソード・ナイトをホノカちゃんの場へ!」

 墓地のカードをタッチする。
 光が相手の場へと伸びて、剣を携えた騎士が姿を見せた。


リバーブソード・ナイト
星4/地属性/戦士族/ATK1800/DEF1200
このカードが戦闘で破壊され墓地へ送られた時に発動できる。
デッキからレベル4以下の戦士族モンスター1体を手札に加える。


 リバーブソード・ナイト DEF1200 


「さらにギブ&テイクの効果で、僕の場のミスティックロード・ナイトのレベルがアップ!」

 剣を持った少年騎士の頭上から、光が降り注いだ。
 ツンとした態度のまま、剣士が光を受ける。


 ミスティックロード・ナイト レベル2→ レベル6 


「なるほどなぁ、狙いはシンクロ召喚のためのレベル調整……」

 口元に手を当てて考えこむ様子のホノカちゃん。
 僕は首を振って、大きく言う。

「違うよ! 僕の狙いは、こっちだ!」

 カードを掲げる僕。
 描かれているのは、軽装の鎧をまとった女性士官。
 カードを出す。

「僕は、レディオフィサー・ナイトを召喚!」

 光の中、女性士官が毅然とした表情で現れる。


 レディオフィサー・ナイト ATK1600 


「それは……」

 カードを見て呟くホノカちゃん。
 ばっと僕は腕を前に出す。

「レディオフィサー・ナイトの効果! 相手の場に守備表示モンスターが存在する場合、
 召喚成功時にそのモンスターのレベル以下の戦士族を、墓地から特殊召喚できる!」


レディオフィサー・ナイト
星3/地属性/戦士族・チューナー/ATK1600/DEF1000
このカードが召喚に成功した時、相手フィールド上に表側表示で
存在する守備表示モンスター1体を選択して発動できる。
選択したモンスターのレベル以下の自分の墓地に存在する
戦士族モンスター1体を選択して守備表示で特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。
このカードをシンクロ素材とする場合、
戦士族モンスターのシンクロ召喚にしか使用できない。


 カード効果を見て、頷くホノカちゃん。

「そういうことかいなー」

 合点がいったかのように、両手をポンと合わせた。
 女性士官が腕を伸ばす。

「僕は墓地からストームライド・ナイトを特殊召喚!」

 墓地のカードを選ぶ。
 場にそよ風が吹き、偵察兵風の少年騎士が舞い戻った。


ストームライド・ナイト
星2/風属性/戦士族/ATK700/DEF400
自分フィールド上に表側表示の戦士族モンスターが存在する場合、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
このカードが特殊召喚に成功した時、
相手フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。
選択したモンスターの表示形式を変更する。


 ばっと、勢い良く手を伸ばす。

「いくよ!」

 呼びかける僕。
 女性士官と偵察兵の両名が、頷いた。

「レベル2のストームライド・ナイトに、レベル3のレディオフィサー・ナイトをチューニング!」

 女性士官の体が砕け散る。
 3つの光が飛び出し、空中で輪に変化する。

「戦士達の魂が、逆巻く風となって1つとなる! 新たな力を刻み込め!」

 輪に取り囲まれる偵察兵。
 その姿が線となり、光となる。
 一直線に並ぶ光。風が逆巻き、そして――

 閃光が、走った。

「シンクロ召喚! 吹き荒れろ、トルネード・パラディン!!

 光の中、巨大な白い騎士が姿を現した。
 風がうねるように動き、桜の花びらが一層多く舞い落ちる。


 トルネード・パラディン ATK2400 


 ホノカちゃんの場、
 ずらりと並んだ3体のモンスターを指差す。

「トルネード・パラディンの効果!
 シンクロ召喚に成功した時、相手モンスターの表示形式を変更する!」


トルネード・パラディン
星5/風属性/戦士族・シンクロ/ATK2400/DEF1800
戦士族チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがシンクロ召喚に成功した時、
フィールド上に存在するモンスターカードを任意の枚数選択する。
選択されたモンスターの表示形式を変更する。


 眼鏡の奥、目を細めるホノカちゃん。
 突風が場を飲み込み、猛烈な桜吹雪が渦巻いた。
 風にあおられ、竜たちがそれぞれ体勢を変える。


 幻海竜 バタフライ・エフェクト ATK2800→ DEF2300 

 幻視するマンタレイ ATK1700→ DEF800 

 リバーブソード・ナイト DEF1200→ ATK1800 


「そしてミスティックロード・ナイトの効果!
 攻撃表示から守備表示になった相手モンスターを、破壊する!」


ミスティックロード・ナイト
星2/地属性/戦士族/ATK900/DEF0
相手フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスターの表示形式が
表側守備表示に変更された時、そのモンスターを破壊する。


 剣を抜く少年騎士。
 素早い動作で飛び上がり、目にも留まらぬ動作で剣を振るう。
 光のような斬撃が空中に走り、そして――

 竜とエイが、悲鳴をあげて砕け散った。

「よし! 上手いこと、相手の厄介な竜を潰せたな!」

 喜んでいるホルン。
 対照的に、複雑そうな表情のレナード。

「あぁ、ホノカ……」

 心配そうに、画面を見ながら呟く。

 桜が舞い散る幻想的な光景。

 唸りをあげて駆け抜けるD・ホイール。
 白き疾風の騎士を付き従えながら――

「バトル!」

 大きく、僕は宣言した。
 並走するD・ホイールを指差す僕。

「トルネード・パラディンで、リバーブソード・ナイトを攻撃!」

 白き騎士の目に光が宿る。
 風に乗るように、一直線に突き進む疾風の騎士。
 相手の場、剣を持った騎士を見る僕。

 リバーブソード・ナイトは、戦闘で破壊されればサーチ効果が発動できる。

 ここでリバーブソードを破壊できれば、
 流れは完全に僕の物。戦いを優位に進められるのは間違いない。
 疾風の騎士がその白い拳を振り上げ、そして――

「罠発動や! ポセイドン・ウェーブ!」

 ホノカちゃんの声が、響き渡った。
 伏せられていた1枚。警戒していたカードが目の前に現れる。


ポセイドン・ウェーブ  通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
自分フィールド上に魚族・海竜族・水族モンスターが表側表示で存在する場合、
その数×800ポイントダメージを相手ライフに与える。


「あれは!」

 声をあげる僕。
 ホノカちゃんが諦めたように笑う。

「ちょっともったいないけど、しゃあないわー。
 この効果で、トルネード・パラディンの攻撃は無効やで!」

「くっ……!」

 顔をしかめる僕。
 突然、目の前に大きな波が現れ、疾風の騎士を押し戻した。
 体勢を崩しながら、騎士が僕の場に帰還してしまう。

「……1枚伏せて、ターンエンド!」

 手札に残っていたカードを場に伏せる。
 もう少しで流れが掴めそうだったのに、
 やっぱりホノカちゃん、強い。

「エンドフェイズ時、水神の羅針盤とウォーター・ピクシーの効果を発動や!」

 伏せカードが表になり、さらに手札のカードを見せるホノカちゃん。
 相手のデッキがシャッフルされ、さらに順番が入れ替わった。
 でも、もうバタフライ・エフェクトはいない。今度は何を――

 前を向くホノカちゃん。

「うちのターン!」

 楽しそうに、カードを引く。


 ホノカ SPC:7→8  ナイト SPC:5→6 


 引いたカードを手札に加えるホノカちゃん。
 その中の1枚――さっきから僕に公開していたカードをこっちに向けた。

「うちはウォーター・ピクシーを召喚!」

 ホノカちゃんの乗るD・ホイールの横。
 水で出来た羽根を持つ小さな妖精が、姿を現す。


 ウォーター・ピクシー ATK500 


「こ、今度は何を……!?」

 激しく警戒する僕。
 ゴクリと唾を飲み込み、次の挙動を待つ。
 そんな僕を見て、くすりと、ホノカちゃんが微笑んだ。

「そないにかまえんと。別に、大したことやないで」

 口元を手で隠し、上品に笑っているホノカちゃん。
 ドキドキとしながら、尋ねる。

「ほ、本当!?」

「もちろんや」

 断言するホノカちゃん。
 目を細めながら――

「あんたもさっき、しとったことやで」

 優しく、言い聞かせた。
 さっき僕がやったこと? それってつまり――
 サッと、僕の顔から血の気が引いた。

 ホノカちゃんが、指を伸ばして言う。

「レベル4のリバーブソード・ナイトはんに、
 レベル3のウォーター・ピクシーはんを、チューニング!」

 妖精がクスクスと笑いながら、光になって弾けた。
 そして飛び出る、3つの輪。

「チューナーモンスター……!!」

 カードの画像を見ながら、僕は呟いた。


ウォーター・ピクシー
星3/水属性/水族・チューナー/ATK500/DEF0
このカードは戦闘では破壊されない。
1ターンに1度、手札のこのカードを相手に見せて発動できる。
互いのデッキをシャッフルする。
この効果は相手ターンでも発動する事ができる。


 3つの輪が、剣士の身体を取り囲んだ。
 線だけの存在となる剣士。

「時の神の名において、記憶の海の竜に告ぐ! 契約の言葉に従い現れよ!」

 剣士の身体から4つの光が飛び出る。
 光が一直線に並び、巨大な1つの光へ。
 桜並木の空。青い風景がまるで波のように揺れ動き、そして――

 光と共に、水飛沫が舞い散った。

「シンクロ召喚! 蒼き瞳の時空竜 タイムリープ!!

 何もない空間に突然、それは姿を現した。
 まるで時空を超えてやってきたかのように、何の前触れもなく。
 青白い鱗に、長い胴体。虹色に輝く翼。青い瞳を輝かせながら――

 細身の竜が、不思議な声色の咆哮をあげた。


 蒼き瞳の時空竜 タイムリープ ATK2400 


「あ、あの竜は!」

 ホノカの場に現れた竜を見て、叫ぶレナード。
 わなわなと、身体を震わせる。

「やはり、あの頃と同じ……」

 どこか恐怖したように竜の姿を見ているレナード。
 ホルンが「?」と、混乱したようにレナードを見た。
 
「どうした、腹でも痛いのか?」

 軽い口調のホルン。なにはともあれ、視線を画面に戻す。
 映しだされている映像の中、ホノカが腕を前に出して――

 高らかに、宣言した。

「蒼き瞳の時空竜 タイムリープの効果発動や!」

 微笑んでいるホノカちゃん。
 楽しそうな様子で、デッキに手を伸ばす。

「うちのデッキの一番上のカードを見て、
 それが魔法カードならば墓地に送る事で、このターン中にその効果を発動できる!」

「はっ!?」


蒼き瞳の時空竜 タイムリープ
星7/水属性/水族・シンクロ/ATK2400/DEF2800
水属性チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に発動できる。
自分のデッキの一番上のカードを確認する。
それが魔法カードだった場合そのカードを墓地へ送り、
このターンのメインフェイズ時にその魔法カードの効果を発動する事ができる。
魔法カード以外の場合にはデッキの一番上に戻す。
このカードは相手の魔法の効果を受けない。


 画面に表示された効果を見て、声をあげる僕。
 またしても、踏み倒し効果。しかもこれって――

 ホノカちゃんがデッキの上を表に。

「うちが引いたんは――トップスピードスペル、タイダル・ウェイブ!」

「ぐっ!!」

 カードを墓地に送るホノカちゃん。
 竜が虹色の翼を広げ、その青い瞳を輝かせた。

 すうっと、竜の姿がその場から消える。

「Sp−タイダル・ウェイブの効果! 相手のモンスターを、全て除外や!」


Sp−タイダル・ウェイブ  通常魔法
自分のスピードカウンターが12ある場合に、
手札の水属性モンスター3体をデッキに戻して発動する事ができる。
相手フィールド上に存在するモンスターを全てゲームから除外する。
このカードの発動に対して魔法・罠・モンスターの効果は発動できない。


 目の前の地面。
 何もない空間から突然、大津波が押し寄せて僕の場を飲み込んだ。
 疾風の騎士と高貴なる少年騎士の姿が、次元の波に飲まれて消える。

 再び、どこからともなく竜が場に降臨する。

「うっ、くっ……!」

 空になった自分の場を見て、声をあげる僕。
 ホノカちゃんが言う。

「タイムリープの効果は魔法の『効果』を再現して発動するものや。
 せやから、トップスピードスペルでも発動条件やコストを支払わなくても発動できるんやでー」

 説明するような口調のホノカちゃん。
 だけど、その事は僕だって知っていた。
 僕も似たようなカードを使っているから。

 けど、この状況というか、あのモンスター効果はマズい。

 画面モニターを見つめているホルン。

「本来ならば発動条件やコストが厳しいトップスピードスペルを、
 水神の羅針盤とタイムリープのコンボで踏み倒して使う、か」

 分析するような口調のホルン。
 フッと、憐れむような視線をレナードに向けた。
 それに気づいたレナードが、不機嫌に尋ねる。

「な、なんですの?」

 どこか優しげに微笑んでいるホルンを見て、
 気味悪そうに言うレナード。
 ホルンが両手を広げた。

「いやなに、もしあのお嬢ちゃんがうちのチームに入ったら、
 間違いなく誰かさんはお役御免だと思ってな」

「誰かさん?」

 首をかしげるレナード。
 ホルンがジーッとレナードを見た。

「いるだろ、うちに。勝率低くてチーム戦で足を引っ張りまくってる奴が、1人」

「…………」

 無言で、考えこむレナード。
 カチカチと時計の針が進む音が響き、そして――

「な、なんですって!!」

 かなりの時間差で、レナードがホルンの言葉を理解した。
 顔を真っ赤にして、ぎゃあぎゃあと文句を言うレナード。
 ホルンが笑いながら、その言葉を受け流す。

『平和ですねぇ』

 呟くセバスチャン。
 のほほんとした雰囲気が、ピットスペース内には流れている。

 桜の花びらが舞い散り――

「ほな、バトルやー!」

 大きく、ホノカちゃんが宣言した。
 殺伐とした雰囲気。痺れるような勝負が続いている。

「蒼き瞳の時空竜 タイムリープで、ダイレクトアターック!」

 竜が大きく翼を広げた。
 虹色の粒子が、まるで鱗粉のように舞い散る。
 大きく口を開ける竜。その青い瞳が輝いて――

蒼炎のトランス・バースト!!

 青く燃える炎を、吐き出した。
 猛烈な速度で迫る、不可思議な青い炎。
 まるでオーロラのように、その色は絶えず変化している。

「くっ、罠発動! 天地返し!」

 腕を前に。
 伏せられていたカードが表になった。


天地返し  通常罠
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターを全て守備表示にする。
このターン、相手はモンスターの表示形式を変更できない。
墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターを全て守備表示にする。
この効果は自分のターンにのみ発動する事ができる。


 世界そのものがひっくり返るような、奇妙な感覚。
 それが場に叩きつけられ、竜が驚いたようにその場に伏せた。


 蒼き瞳の時空竜 タイムリープ ATK2400→ DEF2800 


 息を切らす。

「あ、危なかった……」

 自分の胸を抑える僕。
 心臓が興奮したように高鳴っているのが分かった。
 
「うーん、おしかったなぁ」

 悔しそうな表情のホノカちゃん。
 とはいえ、向こうが有利なのは変わらない。
 どこか気楽そうに、手札を選ぶ。

「ほな、2枚伏せて、ターンエンドや!」

 裏側表示のカードが2枚浮かび上がり、消えた。
 緊張した展開が続く。



 ナイト  LP1200
 手札:1枚  SPC:6
 場:なし


 ホノカ  LP3300
 手札:1枚  SPC:8
 場:蒼き瞳の時空竜 タイムリープ(DEF2800) 
   伏せカード3枚(1枚は水神の羅針盤)



 苦い表情のまま、デッキに手を置く。

「僕のターン!」

 カードを引いた。これで手札は2枚。
 さらにスピードカウンターが増える。


 ナイト SPC:6→7  ホノカ SPC:8→9 


 引いたカードを見て、僅かに活力が戻った。
 そう、向こうが踏み倒しでくるなら、こっちだって踏み倒しだ!

「Sp−パンドラ・イリュージョンを発動!」

 カードが浮かび上がる。
 虹色の光がキラキラと場に降り注いだ。


Sp−パンドラ・イリュージョン  通常魔法
自分のスピードカウンターを4つ取り除いて発動する。
自分か相手の墓地に存在する魔法カード1枚を選択する。
このカードの効果は選択した魔法カードと同じ効果となる。


 冷静な様子で、僕の方を見ているホノカちゃん。
 スピードカウンターが減り、D・ホイールの速度が落ちる。


 ナイト SPC:7→ 3 


 目の前に表示される墓地のスピードスペル。
 その中でも特に目につく、トップスピードスペルのカード。


Sp−心変わり  通常魔法
自分のスピードカウンターが12ある場合に発動する事ができる。
相手フィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動する。
このターンのエンドフェイズ時まで、選択したモンスターのコントロールを得る。


Sp−ブライニクル  通常魔法
自分のスピードカウンターが12ある場合に発動する事ができる。
次のターンのエンドフェイズ時まで、自分フィールド上に
表側表示の水属性モンスターが存在しないプレイヤーは
魔法・罠・モンスター効果を発動する事ができない。
このカードの発動に対して魔法・罠・モンスターの効果は発動できない。


Sp−タイダル・ウェイブ  通常魔法
自分のスピードカウンターが12ある場合に、
手札の水属性モンスター3体をデッキに戻して発動する事ができる。
相手フィールド上に存在するモンスターを全てゲームから除外する。
このカードの発動に対して魔法・罠・モンスターの効果は発動できない。


 踏み倒しにはうってつけの、超強力な効果のカード達。
 普段の僕なら、迷わずこの中から選んでいただろう。

 だけど――

 相手の場、虹色の翼を持つ青い瞳の竜を見据える僕。
 カードの画像が表示された時、僕は見逃さなかった。

 このカードは相手の魔法カードの効果を受けない、その一文を。


蒼き瞳の時空竜 タイムリープ
星7/水属性/水族・シンクロ/ATK2400/DEF2800
水属性チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に発動できる。
自分のデッキの一番上のカードを確認する。
それが魔法カードだった場合そのカードを墓地へ送り、
このターンのメインフェイズ時にその魔法カードの効果を発動する事ができる。
魔法カード以外の場合にはデッキの一番上に戻す。
このカードは相手の魔法の効果を受けない。


 よって、心変わりもタイダル・ウェイブも今の状況では意味がない。
 ブライニクルも、そもそもホノカちゃんは水属性のデッキなのだから、
 発動した所で自分の首を締めるだけだ。

 だったら、僕が選ぶのは――

「――ホノカちゃんの墓地の、Sp−シフト・ダウン!」

 ホノカちゃんを指差す僕。
 パンドラ・イリュージョンの絵柄が変化し、輝いた。


Sp−シフト・ダウン  通常魔法
自分のスピードカウンターを6つ取り除いて発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。


 この状況を打開するには、カードが必要だ。
 祈るように、デッキからカードを2枚引く。
 うっすらと、おそるおそる引いたカードを見て――

「――よし!」

 短く、呟いた。
 ムッと表情を強ばらせるホノカちゃん。
 手札ホルダーにカードを置きながら、続ける。

「墓地のバトルメディック・ナイトの効果発動!
 このカードをゲームから除外して、墓地の戦士族1体を手札に!」

 僕の場にカードが浮かび上がった。
 くるくると回っている、白衣をまとった女性騎士のカード。


バトルメディック・ナイト
星3/水属性/戦士族/ATK1000/DEF400
墓地のこのカードを除外して発動できる。
自分の墓地の戦士族モンスター1体を手札に加える。


 カードが次元の果てへと消える。
 そして代わりに、目の前に1枚のカードが現れた。
 カードを掴み、そして――

「レディオフィサー・ナイトを墓地から手札に加えて、召喚!」

 勢い良く、カードを置いた。
 光の中、軽装の女性士官が再び姿を現す。


レディオフィサー・ナイト
星3/地属性/戦士族・チューナー/ATK1600/DEF1000
このカードが召喚に成功した時、相手フィールド上に表側表示で
存在する守備表示モンスター1体を選択して発動できる。
選択したモンスターのレベル以下の自分の墓地に存在する
戦士族モンスター1体を選択して守備表示で特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。
このカードをシンクロ素材とする場合、
戦士族モンスターのシンクロ召喚にしか使用できない。


 レディオフィサー・ナイト ATK1600 


「あれは……」

 警戒するホノカちゃん。
 相手の場の、竜を指差す。

「レディオフィサー・ナイトの効果で、タイムリープ以下のレベルを持つ
 リバーブソード・ナイトを墓地から特殊召喚!」

 腕を前に出す女性士官。
 光の中、剣を携えた騎士がまたも場に現れた。


リバーブソード・ナイト
星4/地属性/戦士族/ATK1800/DEF1200
このカードが戦闘で破壊され墓地へ送られた時に発動できる。
デッキからレベル4以下の戦士族モンスター1体を手札に加える。


 リバーブソード・ナイト DEF1200 


 並び立つ2体の騎士。
 腕をなぐように動かしながら――

「レベル4のリバーブソード・ナイトに、レベル3のレディオフィサー・ナイトをチューニング!」

 大きく、僕は叫んだ。
 女性士官の身体が砕けて、3本の輪が宙に舞い踊る。

「戦士達の魂が、蒼き炎となって1つとなる! 新たな力を刻み込め!」

 剣士の身体を取り囲む3本の輪。
 その身体が線だけの存在となって、光に。
 燃え盛る業火が吹き出て、そして――

 閃光が、走った。

「シンクロ召喚! 焼き尽くせ、インフェルノ・モナーク!!

 光の中、業火を宿した巨大な騎士が姿を現した。
 威圧的な姿。その全身から燃え盛る火の粉が飛び散る。


インフェルノ・モナーク
星7/炎属性/戦士族・シンクロ/ATK2800/DEF2200
戦士族チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードが守備表示モンスターを攻撃する場合、
攻撃対象となったモンスターの守備力は0となる。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を
攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


 インフェルノ・モナーク ATK2800 


「攻撃力、2800……」

 渋い表情のホノカちゃん。
 ばっと、腕を前に出して僕は言う。

「バトルだ! インフェルノ・モナークで、タイムリープを攻撃!」

 雄叫びをあげる業火の騎士。
 ホノカちゃんが驚く。

「何言うてん!? 数値は互角やでー!」

 ちょっとだけ強い口調で言うホノカちゃん。
 僕もまた、声を張り上げて叫ぶ。

「インフェルノ・モナークが守備モンスターを攻撃する時、
 その守備力を0にして貫通ダメージを与える!!」

「!!」

 さらに大きく目を見開くホノカちゃん。
 絶句する彼女を尻目に、竜の足元から青い炎が吹き出た。


 蒼き瞳の時空竜 タイムリープ DEF2800→ DEF0 


 力を奪われる青い瞳の竜。
 覇気が消え、まるで抜け殻のようになってしまった竜の前に、
 業火の騎士が降り立った。紅蓮の拳を振り上げる。

グラン・インフェルノーッ!!

 振り降ろされた掌底が、竜の顔面に叩きこまれた。
 巻き起こる凄まじい衝撃と、乱れ飛ぶ炎。

 空中に赤い色の紋章が浮かび上がる。

 竜に背を向ける業火の騎士。
 その拳を握り合わせると、竜の身体が砕け散った。
 ホノカちゃんが、衝撃を受ける。

「ひあああぁぁぁー!!」

 痛そうな声をあげるホノカちゃん。
 業火の騎士の攻撃によって、一気にライフが削れる。


 ホノカ  LP3300→ 500   SPC:9→ 7 


 スピードも落ち、ライフが危険水域へ。
 ふらふらと、ホノカちゃんが苦しげに顔をあげる。

「あううぅぅ……!」

 痛そうに胸を押さえているホノカちゃん。
 だがすぐに気を取り直したように目を鋭くさせ――

「罠発動やー! 激流蘇生!」

 真剣な表情で、そう宣言した。
 伏せられていたカードの内1枚が、表になる。


激流蘇生  通常罠
自分フィールド上の水属性モンスターが戦闘またはカードの効果によって
破壊され墓地へ送られた時に発動できる。その時に破壊され、
フィールド上から自分の墓地へ送られたモンスターを全て特殊召喚し、
特殊召喚したモンスターの数×500ポイントダメージを相手ライフに与える。
「激流蘇生」は1ターンに1枚しか発動できない。


「うっ……!」

 今度は僕が渋い表情に。
 ホノカちゃんが手をかざす。

「この効果で、墓地に送られた蒼き瞳の時空竜 タイムリープを復活!」

 相手の場に水柱が上がった。
 そして水の中、水流を切り裂くようにして、
 青い瞳を持つ幻想的な姿の竜が再び場に降臨する。


蒼き瞳の時空竜 タイムリープ
星7/水属性/水族・シンクロ/ATK2400/DEF2800
水属性チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に発動できる。
自分のデッキの一番上のカードを確認する。
それが魔法カードだった場合そのカードを墓地へ送り、
このターンのメインフェイズ時にその魔法カードの効果を発動する事ができる。
魔法カード以外の場合にはデッキの一番上に戻す。
このカードは相手の魔法の効果を受けない。


「さらに効果で、相手に500ダメージや!」

 指差してくるホノカちゃん。
 飛び散った水飛沫が、まるで雹のようになって僕の頭上に降り注いだ。

「うぐっ!」

 痛みに顔をしかめる。
 ライフポイントが削られた。


 ナイト  LP1200→ 700 


 これで、お互いに残ったライフポイントはごく僅か。
 お互いに次の一撃が通れば、勝負はほぼ決まる。
 ホノカちゃんが口を開いた。

「自分、えらい強いなぁ。こんなん困るわー」

 とぼけた口調のホノカちゃん。
 僕もまた、首を振って答える。

「ホノカちゃんこそ。正直、こんなに強いなんて思わなかったよ。
 もっと大人しいデュエルをするって、勝手に思ってた」

「うちかて、そっちはただの愉快な森のクマさんや思うとったのに、
 デッキにクマさんおらんし、なんや見たことない戦術やし、ほんま難儀やわぁ」

 頬に手を当てているホノカちゃん。
 どこまで本気で言っているのか、いまいち掴み所が分からない。
 関西人のノリってやつなんだろうか、それとも……

 前を向くホノカちゃん。

「せやけど、ぼちぼち終いやなぁ。どっちが勝っても、うらみっこなしやで?」

 ジッと見つめてくるホノカちゃん。
 先程までとは違う、鋭い気配。真剣な表情。
 言葉の真意を読み取った僕が、頷いた。

「……もちろん!」

 大きく答える僕。
 空中で、僕らの視線がぶつかり合う。
 
 前を向いて、手札のカードを手に取った。

「1枚伏せて、ターンエンド!」

 裏側表示のカードが浮かび上がる。
 すかさず声をあげるホノカちゃん。

「罠発動や! 水神の羅針盤!」

 伏せられていたカードが表に。


水神の羅針盤  通常罠
以下の効果から1つを選択して発動できる。
●自分のデッキの上から5枚カードをめくり
好きな順番でデッキの上に戻す。相手はそのカードを確認できない。
発動後このカードは墓地へ送らず、そのままセットする。
●自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 もはやお馴染みとなった、デッキトップの操作効果。
 さっき並び替えた部分も含まれているから、実質新しく
 操作できるのは2枚程度。それでもタイムリープの効果を思えば十分脅威だ。

「こんな感じかなぁ?」

 操作を終えるホノカちゃん。カードが再セットされる。
 桜並木が立ち並ぶ石造りの道を進んでいく僕達。
 花吹雪がまるで降り落ちる雪のように、優雅に舞い散った。



 ナイト  LP700
 手札:2枚  SPC:3
 場:インフェルノ・モナーク(ATK2800)
   伏せカード1枚


 ホノカ  LP500
 手札:1枚  SPC:7
 場:蒼き瞳の時空竜 タイムリープ(ATK2400) 
   伏せカード2枚(1枚は水神の羅針盤)



「うちのターン!」

 カードを引くホノカちゃん。
 引いたカードをホルダーに置く。


 ホノカ SPC:7→8  ナイト SPC:3→4 


「蒼き瞳の時空竜 タイムリープの効果発動!」

 高らかに宣言するホノカちゃん。
 デッキの上のカードをめくり、表に。

「うちがめくったカードはトップスピードスペル、ゼウス・ハンマーや!」

 カードをこっちに向ける。
 描かれているのは、神の裁きである巨大な鉄槌。
 超強力な効果を持つ、トップスピードスペル。


Sp−ゼウス・ハンマー  通常魔法
自分のスピードカウンターが12ある場合に、
自分の場と手札のカード全てを墓地へ送って発動する事ができる。
相手フィールド上のカードを全て破壊する。


「カードを墓地に送って、タイムリープの効果で墓地から発動!
 あんたの場のカード、全部破壊させてもらうで!」

 ぴっと指を伸ばすホノカちゃん。
 翼を広げて、竜が咆哮をあげた。その青い瞳が輝く。
 すうっと、その場から竜の姿が消えて――

 凄まじい衝撃が、天からフィールドに降り注いだ。

「うぐっ!」

 衝撃に巻き込まれて、声をあげる僕。
 僕の場の、業火の騎士と伏せカード。
 それらが全て、衝撃に押し潰されて粉砕される。

 僕の場から、カードが消えた。

「これで、決着や!」

 声をあげるホノカちゃん。
 その場に竜が舞い戻り、鳴き声をあげた。
 そして――

 ぶわっと、桜の花びらが場に散り乱れた。

「へ!?」

 目の前を覆い尽くさんばかりに吹き出る、桜の花びら。
 ホノカちゃんが眼鏡の奥の目を丸くする。

「な、なんやー!?」

 戸惑った口調で言い、わたわたとするホノカちゃん。
 並走する僕が、声を張り上げる。

「罠発動! 散華(さんげ)倒し!」

 僕の場に1枚のカードが浮かび上がった。
 慌てたように、ホノカちゃんが言う。

「嘘や! あんたの場のカードは、さっき全部破壊して――」

「そう! 破壊されたことによって、発動する罠だよ!」

 ホノカちゃんの言葉を遮り、大きく言う僕。
 さらに驚いたように、口をあんぐりと開ける。
 青い瞳の竜を指差す僕。

「散華倒しが墓地に送られた時、相手モンスターを守備表示に変更して、
 さらに表示形式の変更を封じる!」


散華倒し  通常罠
このカードが墓地へ送られた場合に発動できる。
相手フィールド上に存在するモンスター1体を選択し、表示形式を変更する。
この効果の対象となったモンスターは表示形式を変更できない。


 浮かび上がっているカード。
 桜の花びらにまとわりつかれ、竜が苦しそうにその場に伏せる。


 蒼き瞳の時空竜 タイムリープ ATK2400→ DEF2800 


 竜が守備表示に。さらに表示形式は変更できない。
 息を切らしながら、僕は次の一手を待つ。

「なるほどなぁ。うちのトップスピードスペルを読んで……」

 感心したように分析するホノカちゃん。
 キッと目を鋭くさせて――

「ほなら、こっちも罠や! ドロップ・ゲート!」

 腕を前に出した。
 水神の羅針盤の横に伏せられていたカード、
 それが表となって、青く光り始める。

「この効果で、うちの場のタイムリープをデッキに戻す!」

「!?」

 竜の姿が揺らぎ、足元から消えていく。
 青白い光の粒子が、天から降り注いだ。

「さらに、飴ちゃん門の効果でうちのライフが回復や!」

 光の中、ホノカちゃんが不敵に微笑んだ。


ドロップ・ゲート  通常罠
フィールドまたは墓地に存在する
水属性モンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを持ち主の手札に戻す。
この効果でフィールド上のモンスターを選択した場合、
そのモンスターの攻撃力分だけ自分のライフを回復する。


 ホノカ  LP500→ 2900 


 ライフの大幅な回復。
 一気に安全圏まで逃れたホノカちゃん。
 さらに手札のカードを手に取った。

「うちはチューナーモンスター、クリスタルの召喚士を通常召喚!」

 カードを出すホノカちゃん。
 光の中、水晶で出来た杖を持つ少女が姿を見せる。


 クリスタルの召喚士 ATK1300 


 おずおずとした様子で、
 少女が持っていた杖で床を叩く動作をした。

「クリスタルの召喚士が召喚された時、
 うちの墓地のレベル4・水属性モンスターを特殊召喚するで!」

「!!」


クリスタルの召喚士
星3/水属性/水族・チューナー/ATK1300/DEF1000
このカードが召喚に成功した時、自分の墓地から
水属性・レベル4のモンスター1体を選択して表側守備表示で特殊召喚できる。
この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。
このカードをシンクロ素材とする場合、
水属性モンスターのシンクロ召喚にしか使用できない。


 蘇生効果を持つ、チューナーモンスター。
 光の中より、クジラの顔をした海の魔物が蘇る。
 

アビス・ウォリアー
星4/水属性/水族/ATK1800/DEF1300
1ターンに1度、手札から水属性モンスター1体を墓地へ捨て、
自分または相手の墓地のモンスター1体を選択して発動できる。
選択したモンスターを持ち主のデッキの一番上または一番下に戻す。


 アビス・ウォリアー DEF1300 


 モンスターが2体。レベルの合計は7。
 という事は、呼び出されるモンスターはもちろん。
 にっこりと笑うホノカちゃん。

 その白い指を伸ばして――

「――これで、バトルや!」

 得意そうな表情で、そう宣言した。
 思わず「えっ!?」と声に出してしまう僕。
 バトル!? シンクロ召喚じゃなくて!? 戸惑う僕。

 クックックと、ホルンが面白そうに笑った。

「なるほど、とことん判断力が高いな、あのお嬢ちゃん」

 画面を見ながら、笑い声を漏らすホルン。
 レナードがそんなホルンの身体を揺さぶった。

「ちょ、ちょっと! どういうことなのです! どうしてシンクロ召喚を――」

 詰め寄るレナード。
 ホルンが「分かった分かった」となだめて、口を開く。

「簡単な事だ。ナイトのライフは残り700。
 あのチューナーモンスターの攻撃でも十分に削りきれる。
 それに、あのお嬢ちゃんは警戒してるんだよ」

「警戒ですって?」

「あぁ、さっきトップスピードスペルを上手く利用されたからな。
 また何かされるんじゃないかと、内心疑ってるんだ。
 だからまずは雑魚の攻撃で『試しに』トドメをさしてみようって魂胆だろ」

「試しに、って……」

 ホルンの言葉に、表情を曇らせるレナード。
 ホルンが肩をすくめる。

「これで攻撃が通れば良し。万が一モンスターが破壊されても、
 お嬢ちゃんの場には壁となるアビス・ウォリアーが残る。
 そして攻撃だけが防がれた場合は、メインフェイズ2でシンクロすれば問題ない」

「そ、そこまで考えて……!」

 レナードが目を丸くしながら、長い息を吐いた。
 驚いたような、感服したような表情のレナード。
 ホルンが楽しそうに画面に視線を戻す。

「いずれにせよ、ナイトがどうでるか見物だな」

 呑気に言うホルン。
 画面の中、ホノカが微笑んで――

「クリスタルの召喚士で、ダイレクトアタックやー!」

 大きく、ホノカちゃんがそう宣言した。
 クリスタルの召喚士が僕の方へと飛びかかる。
 持っていた杖を構え、振り下ろしかけた。

「くっ! 手札のホーリープリースト・ナイトの効果を発動!」

 大きく、叫ぶ僕。
 手札の1枚を取って、見せつける。

「このカードを捨てて、クリスタルの召喚士を守備表示に!」


ホーリープリースト・ナイト
星2/光属性/戦士族/ATK800/DEF600
このカードを手札から墓地へ送り、
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択する。
それが攻撃表示の場合、守備表示に変更する。
選択されたモンスターはエンドフェイズまで戦闘では破壊されない。


 カードから光が飛び出す。
 光に貫かれ、少女が眩しそうにその場で伏せた。


 クリスタルの召喚士 ATK1300→ DEF1000 


「やっぱり、そうくると思っとったでー」

 余裕そうに話すホノカちゃん。
 僕が攻撃を防ぐ手段を隠し持っていた事も、見抜いていたようだ。
 腕を伸ばすホノカちゃん。

「バトル終了や。メインフェイズ2に入って、
 アビス・ウォリアーにクリスタルの召喚士をチューニング!」

 高らかに響く声。
 少女の身体が砕け散り、3本の輪が空中に浮かび上がった。

「時の神の名において、記憶の海の竜に告ぐ! 契約の言葉に従い現れよ!」

 輪によって取り囲まれるクジラの怪物。
 力強く咆哮をあげると、その身が砕けて1つの光へ。

 水飛沫があがり――

「シンクロ召喚! 蒼き瞳の時空竜 タイムリープ!!

 光の中、不可思議な雰囲気の竜が再び場に現れた。
 ゆらゆらと不安定に揺れている姿。虹色の翼を広げると、
 キラキラとした鱗粉のような光がフィールドに降り注ぐ。


蒼き瞳の時空竜 タイムリープ
星7/水属性/水族・シンクロ/ATK2400/DEF2800
水属性チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に発動できる。
自分のデッキの一番上のカードを確認する。
それが魔法カードだった場合そのカードを墓地へ送り、
このターンのメインフェイズ時にその魔法カードの効果を発動する事ができる。
魔法カード以外の場合にはデッキの一番上に戻す。
このカードは相手の魔法の効果を受けない。


 蒼き瞳の時空竜 タイムリープ ATK2400 


「ほんでタイムリープの効果で、うちのデッキトップをめくる」

 カードをめくるホノカちゃん。
 その指が、1枚のカードをはさんで掴む。

「めくったカードはSp−フューチャー・オーシャン。これを墓地から発動やー!」

 カードを墓地へ。
 竜が甲高い声を残して、その場から消える。
 天に広がる青い空が、波のように揺らめいた。

「フューチャー・オーシャンの効果で、次のうちのターンのスタンバイフェイズ時、
 うちの墓地から水属性モンスター1体を選択して、復活させるでー!」


Sp−フューチャー・オーシャン  通常魔法
自分のスピードカウンターが3つ以上ある場合に発動する事ができる。
次の自分のターンのスタンバイフェイズ時、
自分の墓地に存在する水属性モンスター1体を選択する。
選択したモンスターを特殊召喚する。


 竜がホノカちゃんの下に舞い戻る。
 遅効型の蘇生カード。いや、裏を返せば、
 次の僕のターンでタイムリープを破壊しても、すぐに復活するという事だ。
 蘇生されれば、当然相手はあの踏み倒し効果を使用してくる。

 そしてトップスピードスペルを使われたら、もう僕に防ぐ手段は残されていない。

「うちはこれで、ターンエンドやでー」

 自信満々に言い切るホノカちゃん。
 穏やかで和やかな雰囲気の桜並木。
 桜の花びらが、僕らの間を降り落ちていく。



 ナイト  LP700
 手札:1枚  SPC:4
 場:なし


 ホノカ  LP2900
 手札:1枚  SPC:8
 場:蒼き瞳の時空竜 タイムリープ(ATK2400) 
   伏せカード1枚(水神の羅針盤)



 息を吸って――

「僕の、ターン!」

 デッキに手を伸ばした。
 もう残されたチャンスは、この一回のみ。
 全ての神経を集中して――

「――ドローッ!!」

 勢い良く、カードを引いた。


 ナイト SPC:4→5  ホノカ SPC:8→9 


 時間が止まったかのような、刹那の瞬間。
 息が止まり、周りの景色が遠のいた。
 手の中のカードを確認して――

 目を、見開く。

「Sp−スピリット・リバースを発動!」

 このターンに引いたカード。
 希望の1枚を、場に出す。

「この効果で、墓地のリバーブソード・ナイトを特殊召喚!」


Sp−スピリット・リバース  通常魔法
自分のスピードカウンターが3つ以上ある場合に発動する事ができる。
自分の墓地に存在するレベル4以下のモンスター1体を選択し、
自分フィールド上に表側守備表示で特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。
この効果で特殊召喚したカードはフィールド上から離れた場合、
ゲームから除外される。


 光が弾け、剣を携えた騎士が再び姿を現した。
 竜の前、立ちはだかるように剣を構える。


リバーブソード・ナイト
星4/地属性/戦士族/ATK1800/DEF1200
このカードが戦闘で破壊され墓地へ送られた時に発動できる。
デッキからレベル4以下の戦士族モンスター1体を手札に加える。


 リバーブソード・ナイト DEF1200 


「そしてチューナーモンスター、タクティシャンガール・ナイトを通常召喚!」

 残っていた最後の1枚。
 それをD・ホイールのデュエルディスク部分へ。
 光と共に、眼鏡をかけて本を読みふける女性騎士が現れる。


 タクティシャンガール・ナイト ATK1200 


「タクティシャンガール・ナイトの効果!
 蒼き瞳の時空竜 タイムリープを守備表示に変更する!」

「……!!」
 
 緊張したように、顔を強ばらせるホノカちゃん。
 竜の頭上、のしかかるように光が降り注いだ。


 蒼き瞳の時空竜 タイムリープ ATK2400→ DEF2800 


 相手の場にそびえる青き時空の竜。
 それを見据えながら、僕は腕を前に出した。

「――いくよ!」

 呼びかける僕。
 眼鏡をかけた女性騎士が、読んでいた本を閉じた。
 2人の騎士が竜の方に視線を向けて――

「レベル4のリバーブソード・ナイトに、レベル2のタクティシャンガール・ナイトをチューニング!」

 女性騎士の身体が、光に包まれた。
 その身が砕けて、2本の輪が空中を飛び交う。
 輪に取り囲まれる剣士。

「戦士達の魂が、大地の記憶となって1つとなる! 新たな力を刻み込め!」

 線だけの存在となる剣士。
 その身が4つの光に別れ、さらに巨大な1つの光に変化した。
 大地が砕け、無骨な岩の塊が浮かび上がり――

 閃光が、走った。
 
「シンクロ召喚! 甦れ、エンシェント・スクワイアー!!

 光の中、巨大な騎士が姿を現した。
 黄土色の鎧に、赤い色の目。握られた巨大な剣。
 どこかくすんだ色合いで、失われし歴史を感じる風貌。

 騎士がゆっくりと、その手に握る剛剣を構えた。


 エンシェント・スクワイア ATK2500 


「シンクロモンスター? でも攻撃力は……」

 不思議そうに呟くホノカちゃん。
 僕は目の前に表示された画面をタッチする。
 視線を向けて――

「これで、バトルだ!!」

 力強く、そう言い切った。
 その言葉に衝撃を受けるホノカちゃん。
 観戦していたレナードが、声をあげる。

「血迷いましたの!? 攻撃力2500では、
 守備力2800のタイムリープには勝てませんわよ!?」

 驚いているレナード。
 ホルンは黙って、画面を真剣な表情で見つめている。

 大地の騎士が、剣を片手に空中を蹴った。

 迫り来る騎士を威嚇するように、咆哮をあげる青い竜。
 ホノカちゃんが眼を丸くする。

「いったい、どういうつもりや!?」

 僕の狙いが分からず、戸惑ったように尋ねるホノカちゃん。
 大地の騎士が竜の目の前へ。剣を振りかぶると――

 その剛剣が、紅蓮の炎に包まれた。

「!?」

 目を見開くホノカちゃん。
 彼女に向かって、僕は声を張り上げて話す。

「エンシェント・スクワイアは大地の記憶を読み解く騎士!
 シンクロ召喚に成功した時、墓地に眠る戦士の効果を得る!」

「ほえ!?」


エンシェント・スクワイア
星6/地属性/戦士族・シンクロ/ATK2500/DEF2200
戦士族チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがシンクロ召喚に成功した時、
自分の墓地に存在する効果モンスター1体を選択する事ができる。
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
選択したモンスターと同じモンスター効果を得る。


 驚くホノカちゃん。
 ぴっと指を伸ばしながら、僕は言葉を続けた。

「僕が選択したのは、墓地に存在するインフェルノ・モナーク!
 よって守備表示モンスターを攻撃する時、守備力を0にして貫通ダメージを与える!」


インフェルノ・モナーク
星7/炎属性/戦士族・シンクロ/ATK2800/DEF2200
戦士族チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードが守備表示モンスターを攻撃する場合、
攻撃対象となったモンスターの守備力は0となる。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を
攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


 大地の騎士が持つ剛剣が燃え盛る。
 さらに地面から青い炎が吹き出て、竜を襲った。


 蒼き瞳の時空竜 タイムリープ DEF2800→ DEF0 


 力を奪われる青い竜。
 炎を宿した巨大な刃が、竜に向けられる。
 銀色に輝く刃が唸りを上げて――

アカシック・インフェルノーッ!!

 竜の身体に、叩きこまれた。
 凄まじい衝撃。金切り声をあげる青い竜。
 
 空中に、赤い色の紋章が浮かんだ。

 すっと、剣を引く大地の騎士。
 無言のまま、竜を見据える。
 まるで蜃気楼のように、竜の全身が揺らぎ――

 その身が、粉々に砕け散った。

「ぐぅぅぅっ!!」

 苦しそうな声をあげるホノカちゃん。
 貫通ダメージを受けて、そのライフが削られる。


 ホノカ  LP2900→ 400   SPC:9→ 7 


「うっ、くっ……」

 苦しそうな声。
 ホノカちゃんが苦々しい表情を浮かべながら、顔をあげた。

「け、けど、うちのライフはまだ残っとる……。
 次のターン、フューチャー・オーシャンの効果で……」

 鋭い視線を向けてくるホノカちゃん。
 静かに、僕は前を向いた。
 D・ホイールにセットされた自分のデッキを見据えながら――

「タクティシャンガール・ナイトの、効果発動!」

 大きく、そう宣言した。
 驚くホノカちゃん。デッキを見つめながら、僕は話す。

「このカードの効果を受けたモンスターが墓地に送られた時、
 僕はデッキからカードを1枚ドローする!」


タクティシャンガール・ナイト
星2/地属性/戦士族・チューナー/ATK1200/DEF1000
このカードが召喚に成功した時、
相手フィールド上のモンスターを1体まで選択する。
選択したモンスターが攻撃表示の場合、守備表示に変更して以下の効果を与える。
●このカードが墓地に送られた場合、相手はデッキからカードを1枚ドローする。


 タイムリープにかけられていた、最後の効果。
 もはや残された猶予はこの1枚だけ。
 ここで引くしか、僕が勝つ道はない。手を伸ばして――

「……ドロー!」

 最後のカードを、引いた。

 場に、深い沈黙が訪れた。
 緊張したように、僕の引いたカードを凝視しているホノカちゃん。
 風が吹いて、桜の花びら一層多く舞い散った。

 ゆっくりと――

「手札のマッシブダガー・ナイトの、効果発動!」

 言葉を、吐き出した。
 引いたカードを表にして、墓地に送る僕。

「このカードを手札から捨てて、
 シンクロモンスター1体に2回攻撃の効果を与える!」


マッシブダガー・ナイト
星3/地属性/戦士族/ATK1300/DEF500
このカードを手札から墓地へ送り、
自分フィールド上のシンクロモンスター1体を対象として発動できる。
選択したモンスターは一度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。


 場に浮かび上がる、暗殺者風の騎士が描かれたカード。
 ホノカちゃんが絶句して、目を見開いた
 大地の騎士が、再び剛剣を構える。

 指を伸ばして――

「エンシェント・スクワイアで、ダイレクトアタック!」

 大地の騎士が、剣を振りかぶった。
 何の抵抗もないホノカちゃん。騎士が剣を振るい――

クロニクル・ブレイドーッ!!

 鋭い剣撃が、宙を切り裂いた。
 地面に落ちていた桜の花びらが、舞い上がる。

 空中に、橙色の紋章が浮かび上がった。

 剣を引き、背中を向ける大地の騎士。
 持っていた剣から、赤い炎が消える。
 空中に浮かぶ2つの紋章が輝いて――

 衝撃が、巻き起こった。

「はにゃあああぁぁぁ!!」

 悲鳴をあげるホノカちゃん。
 苦しそうな声をあげ、そして――


 ホノカ  LP400→ 0 


 ライフポイントが、0になった。
 ブーッというブザー音が鳴り響き、コースが途切れる。
 石造りの広間に戻ってきた僕達。D・ホイールが停止した。

「……ふぎゅう」

 停止したD・ホイールに乗りながら、
 がっくしと顔を伏せるホノカちゃん。
 僕もまたD・ホイールに乗ったまま、息を切らした。

「あ、危なかった……!」

 呟く僕。
 ここまで手強い相手だなんて、予想してなかった。
 この前のシーラ並に、しんどい勝負だったかも……。

「おーおー、プラクティス(練習)だってのに、張り切っちゃって」

 ホルンがやってきて、声をかけてきた。
 からかうような口調のホルン。苦笑いする。

「ホノカ!」

 レナードがやってきて、ホノカちゃんの方へ。
 心配そうな表情のレナードを見て、ホノカちゃんが微笑む。

「心配してくれるん? ありがとう、レナ」

 少しだけ力なく笑うホノカちゃん。
 D・ホイールから降りると、僕の方へ。

「まさか、負けてまうとは……。あんた、ほんまに強いなぁ」

 素直に認めるような口調。
 僕は「いやぁ」と照れながら、頬をかいた。

「でも、ホノカちゃんも強かったよ。
 なんていうか、凄いインテリジェンスな戦い方だった!」

「ふふ、ありがとう」

 特徴的なイントネーション。
 口元を隠しながら、ホノカちゃんが目を細めて笑う。
 ホルンがおもむろに尋ねた。

「で、どうすんだ? チームに入れるって話は」

 ハッとする僕とレナード。
 そうだった、このデュエルはそういう話になっていた。
 勝負に夢中になっていて、すっかり忘れていた。

「ちなみに、俺は何の文句もないぜ。そのお嬢ちゃんの実力は本物だ」 

 余裕そうに話すホルン。
 僕もまた、その言葉に頷く。

「僕も、すっごく良い話だと思うよ!」

 これで賛成に2票。
 緊張したように、皆の視線がレナードに向く。
 レナードが口を開いて――

「もちろん、反対する訳ありませんわ!」

 そう、断言した。
 ワッと沸き立つ僕。ホルンも満足そうに微笑んだ。
 桜の花びらが祝福するように舞い散って――

「ごめんな、うち、ここには入らんわ」

 ホノカちゃんが、静かにそう言った。
 一瞬、その場の時間が止まったように音が消える。
 ポカンとしているレナード。おそるおそる、尋ねた。

「な、なぜです?」

 震える声のレナード。
 ホノカちゃんがイタズラっ子のように微笑んだ。

「だって、うち負けてもうたし」

「別に、勝敗は関係ないですわ! 実力を見せてという話で――」

 説得するように言うレナード。
 だがその言葉を、ホノカちゃんが腕をあげて制した。
 目を伏せがちに、首を振るホノカちゃん。

「それにな、うち、悔しいねん」

 その顔にちょっとだけ、暗い色が浮かぶ。

「デュエルだけはレナに勝てる思うてたのに、
 レナがこんなに強い人とチームを組んどったなんてな」

「そ、そんな誤解です! 正直、わたくしよりホノカの方が……」

「別に、レナがうちより強いか弱いかの問題ちゃうねん。
 どうあれ、この人はレナのチームメイトなんやろ?
 だったらそれはレナの力や。レナの人望で集めた仲間なんやから」

 レナードを見据えるホノカちゃん。
 にっこりと、その顔に笑みを浮かべる。

「やっぱり、レナは凄いわ。うちじゃ敵わへん」

 どこか悲しげに笑っているホノカちゃん。
 きっと2人にしか分からない感覚なのだろう。
 レナードは黙ってその言葉を聞いていた。

 僕達に背を向けるホノカちゃん。

「せやから、うちはレナのチームには入らん! ごめんな!」

 大きく、その言葉が響いた。
 沈黙する僕達。桜の花びらが寂しげに降り注ぐ。

「ホノカ……」

 悲しげな声色のレナード。
 何と声をかけたらいいのか、迷っているように見える。
 おもむろに、振り返るホノカちゃん。レナードと向き合う。 

 風が吹いて――

「……という訳で、自分でチーム作る事に決めたわ!」

 ホノカちゃんが、努めて明るくそう言い放った。
 一瞬、その場が静まり返る。そして――

「はぁ?」

 レナードが、大きく声を出した。
 はしゃいだように、その場で小さくジャンプするホノカちゃん。
 その目を輝かせる。

「うち、ずっとチーム戦には興味なかったんやけど、
 今回のデュエルで考え変わったわ! レナみたいに仲間増やして
 チーム強化していくの、めっちゃ楽しそうやもん!」

 脳天気な口調。
 レナードがあんぐりと口を開けている。

「ホノカ、あなたって人は……」

 呆れたような、諦めたような。
 レナードが深く深くため息をつく。
 
「やっぱり、あなたってわたくしの天敵ですわ……」

「ん?」

 聞き返すホノカちゃん。
 だがレナードはもう一度言うこともなく、
 顔を上げて厳しい視線をホノカちゃんに向けた。

「いいでしょう。我がチーム・アルバトロスはいつでも挑戦を受けます。
 その時はホノカ、今度はわたくしが直接、返り討ちにしてさしあげますわ!」

「おー、望む所やでー」

 のんびりとした口調で答えるホノカちゃん。
 レナードが困ったように、その表情を崩す。

「本当に、調子狂いますわ……」

 頭を押さえているレナード。
 その姿を見て、僕は苦笑いを浮かべる。
 ホルンが呟いた。

「なるほどな、レナードがあのお嬢ちゃんを苦手にしている理由が分かった」

「え?」

 尋ねる僕。
 ホルンが、どこか噛み合わない会話をしている2人を指さした。

「同族嫌悪だ。似てるんだよ、あの2人」

 きっぱりと言い切るホルン。
 僕は首をかしげる。

「そうかな、あんまり似てないと思うけど……」

 首を振るホルン。

「まぁ、性格的には真逆だけどな。
 雰囲気というか、考え方の方向性とかはそっくりだ」

 その言葉には妙な納得感があり、僕は思わず頷いてしまった。
 僕とホルン、セバスチャンが2人の会話を見守る。

 風が吹いて、桜が優雅に花を散らした……。







第六話 封印と伝説と英雄騎士



 目の前に、本の壁がそびえたっていた。

 まるで眠っているかのように、静かに佇む本達。
 古びた背表紙と、どこか懐かしい不思議な香り。
 悠久の歴史を感じる、厳かな空気がそこには流れている。

「すごいなぁ……」

 本棚を前に、内斗がぼそりと呟いた。
 目の前の本棚。顔をあげ、本を見つめている。

「それで、どうするの?」

 内斗の横に立つミラが尋ねる。
 いつもの無表情を浮かべているミラ。
 アカデミアの制服姿のまま、2人は並び立っている。

「そうだね、とりあえず……」

 本棚に手を伸ばす内斗。
 数冊の本を棚から抜き取って、目次に目を通す。
 不思議そうなミラに向かって、内斗がにっこりと微笑んだ。

「勘と気合いで、探そう!」

「…………」

 沈黙するミラ。
 だが内斗は気にした様子もなく、本を積み上げていく。
 
「……例の、石版に関する本を探すんだよね?」

 確認するような口調のミラ。
 内斗が本をぱらぱらとめくりながら頷いた。

「そうだよー。石版っていうか、石版が見つかった王城についてだね。
 特に、騎士団が消えた下りについて書かれてる本があると良いな」

 さらに何冊か本を吟味する内斗。
 その表情が一瞬、真剣なものになる。

「そうすれば、封印の一族についても何か分かるかもしれないから」

 ぼそりと、内斗が小さく呟いた。
 ぴくりと反応するミラ。横の内斗に、視線を向ける。

「それって、この前話してくれた、石版について知ってた人のこと?」

「うん。あの後、インターネットとかで調べてみたけど、
 そういう組織とか一族については全然ヒットがなくて……。
 だから、図書館で石版について調べれば何か分かるかな〜って」

 呑気に話す内斗。
 ミラが眉をひそめた。

「インターネットで見つからないなら、
 図書館でも見つからないんじゃない?」

 冷静な口調のミラ。
 内斗が微笑みながら、ちっちっちと指を揺らす。

「ふふん、甘いねミラちゃん。インターネットは新しい情報には強いけど、
 古い情報はインプットされてないのがほとんどなんだよ。
 だから、そういう情報を探すなら図書館が一番って訳!」

 得意気に話す内斗。
 ミラがなんとも言えない、微妙そうな表情を浮かべた。
 本を選別し終えて、内斗が本を抱える。

「それじゃ、僕はテーブル席に行くね。
 ミラちゃんも良さそうなのがあったら持ってきてー」

「……わかった」

 小さく答えるミラ。
 内斗が小走りに、その場から立ち去った。

 1人残されたミラ。本棚を見上げる。

「封印の一族……」

 ぼそりと呟くミラ。
 その言葉は本に吸い込まれように響いて、消えた。
 夕暮れの光が差し込む窓の傍、ミラが僅かに目を伏せる。

「私は……」

 言葉を途切れさすミラ。
 だがすぐに首を振ると、いつもの無表情に戻った。
 棚から数冊、本を抜き取って足早にその場を立ち去る。

「…………」

 テーブル席の方に行くと、
 内斗が机に突っ伏しているのが見えた。
 近づくミラ。すやすやと、内斗が寝息をたてている。

 そっと、ミラが内斗の肩を揺らした。

「内斗ちゃん、起きて……」

「ん……?」

 寝ぼけた声をあげる内斗。
 目をこすりながら、半身を起こす。

「あれ、ミラちゃん……?」

 ぼんやりとした様子の内斗。
 ミラが隣の椅子に座り、本をテーブルに置く。

「大丈夫?」

 いつもの無表情のまま尋ねるミラ。
 内斗が気まずそうに苦笑いを浮かべた。

「あはは……ごめん、本を読んでたらつい……」

 目の前に広げられた本に視線を落とす内斗。
 文章を追いながら、ため息をついて話す。 

「どうも、僕ってこういうの苦手なんだよね。
 現地に行って遺跡とか調べるのは好きなんだけど」

「……そうなんだ」

 短く答えるミラ。
 内斗が気合いを入れるように頬を叩いた。

「よしっ!」

 小さく声を上げて、本を手に取る内斗。
 真剣な表情を浮かべて、文章に意識を向けようとする。

 だがその集中を遮るかのように――

「ねぇ、内斗ちゃん」

 おもむろに、ミラが声を発した。
 普段よりも大きく、透き通るようなハッキリした声。
 本から顔をあげる内斗。ミラの方を見る。

 意を決したように、ミラが言った。

「その石版、返したほうが良いんじゃない?」

「え?」

 目を丸くする内斗。
 ミラが視線を伏せがちに、続ける。

「……その封印の一族って人達が本気だとしたら、
 目的は内斗ちゃんじゃなくて、その石版なんでしょ?
 だったら石版を返せば、その人達ももう付け狙ってこないと思う……」

 早口気味にまくしたてるミラ。
 いつもの無表情にどこか陰りを見せながら――

「……だから、その石版を返して、もう関わらない方が良いと思う」

 ミラが、静かにそう提案した。
 黙りこむ内斗。驚いたように、ミラを見つめている。
 
 少しの間、沈黙が流れて――

「……ありがとう、ミラちゃん」

 フッと、内斗が微笑んだ。
 穏やかな表情と言葉。ミラがぽかんとする。

「え……?」

 戸惑ったように聞き返すミラ。
 内斗が嬉しそうに微笑んだ。

「僕の事、心配してくれてるんでしょ?
 うん、そうだよね。ミラちゃんの言ってることは正しいよ。
 危険には近寄らないのが、冒険家が何よりも守るべき基本だから」

 まるで自分に言い聞かせるかのように話す内斗。
 自分の鞄の中をあさり、例の石版を取り出す。

 真剣な表情を浮かべて――

「だけど、やっぱり僕は諦めきれない。
 これは世界に1つしかない、僕が最初に見つけた不思議だから。
 誰のものでもない。僕だけの特別な不思議だから」

 決意に満ちた声で、内斗がきっぱりとそう言い切った。
 何の反応もせず、ただ静かに沈黙している石版。
 いつになく渋い表情になるミラ。

「……そう」

 複雑そうに言って、視線をそらす。
 石版を鞄に戻しながら、内斗が笑って両手を合わせた。

「だから、ごめんねミラちゃん! せっかくアドバイスしてくれたのに。
 でも、ミラちゃんがあんな風にたくさん話してくれるのって始めてだよね!
 ちょっとびっくりしちゃった」

 照れたように「えへへ」と笑う内斗。
 ミラはどこか気まずそうに、黙りこんでいる。

 内斗が視線をテーブルへと戻した。

「さーて、それじゃあ今度こそ……ってあれ?」

 不思議そうな声を出す内斗。
 ミラが尋ねる。

「どうしたの?」

「あっ、うん。こんな本、棚から取ったかなって思って」

 本の山から、一冊の本を取り出す内斗。
 他と比べて一際古めかしく、ボロボロで茶色く変色している本。
 表紙を表にする。金色の文字でこう書かれていた。

 英雄騎士

「おかしいなぁ。作者の名前どころか翻訳者も書いてない……」

 本を調べながら呟く内斗。
 ミラがどこか警戒したように、目を細めた。

「……あっ!」

 本を開けた内斗の口から、驚きの声があがる。
 ちょんちょんと、ミラの肩を叩く内斗。
 最初のページを指差しながら、言った。

「これって……!」

 最初のページに描かれている挿絵を示す内斗。
 それは古い絵で、かすれるように印刷されていた。

 内斗が石版を見つけた、例の王城が。

 目を大きく見開くミラ。
 内斗が嬉しそうに、興奮した声をあげる。

「ついに、ついに見つけたよ! 手がかりを!」

 きゃぴきゃぴと、はしゃいでいる内斗。
 ミラはただ呆然としたように本を見つめていた。
 
 これは、一体……?

 心の中でそう呟くミラ。
 だが考えても、答えが見つかることはない。

「それじゃあ早速、これ借りてくるね!」

 本を片手に、笑顔を見せる内斗。
 図書カードを取り出しながら、足早にカウンターの方へ駆けていく。
 その後ろ姿を見つめているミラ。険しい表情を浮かべて――

「……内斗ちゃん」

 ぼそりと、呟いた。






























 静かな夜だった。

 カチカチと、時計の針が進む音だけが部屋には響いている。
 カーテンを閉じて暗くなった部屋。淡い読書灯の光。
 机に向かいながら、僕は本を読み進めた。

『――英雄騎士が率いる騎士団の活躍により、王国は戦争に勝利した』

 鎧を纏い、勝利の旗を掲げる騎士達の姿が描かれた挿絵が現れた。
 
 溢れる希望、微笑み。誇り高き姿。

 明るく光に満ちた、物語の1つの終幕。
 これが絵本ならば、ここで終わっていても不思議じゃない。
 だけどまだ、文章は続いていた。

『しかし、長きにわたる戦争によって王国は疲弊しきっていた。
 民は貧困に苦しみ、国政は権力をめぐる醜い内部争いによって崩壊していた。
 戦争は魔女の呪いのように国を蝕み、王国は崩壊の一途をたどっていった』


 ページをめくる。
 暗雲が立ち込める城下町と、そこで苦しんでいる人々の姿。
 おどろおどろしい光景が絵によって再現されている。

 文章は続く。

『騎士団は、王国の現状を打破すべく奔走した。
 しかし戦争の勝利に貢献したとはいえ、彼らは所詮若輩の騎士の集まり。
 国の政治に介入する術もなく、ただ王国が衰弱していく様を見る他なかった』


 顔の部分が黒く塗られている騎士達の姿。
 悔しがる彼らの前、1人の美しい少年が声をあげている姿が描かれている。

『唯一、王族の血をひく英雄騎士のみが政治の場でも権力を持っていた。
 王族の正統後継者である彼の血統は、彼が次期国王になる事を示していたのだ。
 彼は彼の姉と協力し、臣下同士の争いに終止符を打とうと画策した。しかし――』


 ページをめくる。
 そこには巨大な炎が、王国を飲み込む様子が描かていた。
 淡々と、文字が事実を伝えていく。

『先の戦いによる遺恨を原因とした新たな戦争が始まった。
 英雄騎士率いる騎士団は再び戦場へと駆り出された。
 だが国力は減り、互いの信頼を失った臣下同士は対立を続いていた。
 破滅の影は王国を追い詰め、もはや敗北は逃れようのない運命となっていた』


 戦いの場に赴く騎士たちの姿。
 だがその姿は、さっき描かれていた物とは違うように見えた。

 失われた希望、光。誇りなく剣をふるう姿。

 どこかうつろな様子で描かれている騎士達。
 それは挿絵画家の手によるアレンジか、それとも――。
 僅かに残ったページを、僕はめくる。

『そして運命の日。王城を巡る激しい戦いが繰り広げられた。
 決死の覚悟の下、戦いを続ける英雄騎士と騎士団の騎士達。
 だが彼らもやがて限界を迎え、ついに王城は他国の兵の手に落ちた。
 戦争は終わった。そして王国は、歴史の舞台から永遠に姿を消すこととなった』


 崩壊した王城。倒れる人々。流れる血。
 容赦のない真実が、無機質な言葉によって語られていく。
 ゆっくりと、僕は文字に目を通した。

『だが不思議な事に、英雄騎士とその姉、そして騎士団の姿は王城にはなかった。
 骸となり床に倒れている訳でもなく、逃げた痕跡さえも残っていない。
 まるで最初からそこにいなかったかの如く、彼らはこつ然と姿を消していた』


 消えた騎士団。
 今でも解き明かされることのない歴史の謎。深い闇。
 だけど、僕はそこで起こった真実を知っている。
 
 本をめくる。最後のページだった。

『清廉潔白にして誇り高く、澄み切った勇気と聡明なる知恵を併せ持ち、
 何より優しき光のような慈愛に満ちていたと伝えられる英雄騎士。
 彼らがいかにして、またどこへ消えたのかは定かではない……』


 その言葉で、文章は締めくくられていた。
 見開きの左半分、最後のページには挿絵が描かれている。
 優しげな微笑みを浮かべてこちらを見る、美しい少年騎士の姿が。

 本を読み終えて、僕は「ふぅ」と息を吐いた。

「そういう事だったんだ……」

 ぽつりと、呟く。
 今まで分からなかった事が、かなり明らかとなった。
 本を閉じ、立ち上がる。身体を伸ばして、ベッドに倒れこんだ。

 ベッドに横になりながら、石版を見つめる僕。

「この石版に封印されているのは、昔あの王城を守護していた騎士団……」

 事実を確認するかのように話す僕。

「騎士団は戦争に勝利したけど、王国の腐敗は止められなかった。
 そして新たな戦争が起こって追い詰められて――」

 言葉を途切れさす。
 脳裏にシーラの姿が浮かんで――

「我ら封印の一族は、とある王国の騎士団を石版に封じ込めた。
 そしてその力を悪用する者がいないよう、祭壇を作り封印した……」


 あの時の言葉が、蘇った。
 歴史の影で暗躍する、封印の一族。
 彼らの手によって、騎士団は石版に封印された。

「騎士団を失った王国は滅亡。石版は王城内に隠されて、
 それから600年後に僕が見つけたって訳ね……」

 呟き、再び息を吐く。
 まるで長い映画を見終わったような気分だった。
 充実したような、どこか寂しいような。複雑な気持ち。

「でも、結局どうして騎士団は封印されたんだろう?」

 残された僅かな謎を、口にする。
 シーラに聞いた時は「お前には関係ない」と返された。
 もっとも、シーラも知っているとは限らないし……。

「うーん……」

 考える僕。
 だがこればかりは、いくら考えても分かりそうもなかった。
 何百年も前に行われた密約を解き明かすなんて、間違いなく不可能だ。

 諦めて、別の事を考える。

「それにしても、英雄騎士かぁ……」

 本を横に、呟く。
 題名にもなっている『英雄騎士』という言葉。
 本の中でも幾度と無く言及され、また活躍が語られている存在。

 物語の中、英雄騎士の活躍は圧倒的だった。

 ある時は戦術師顔負けの奇抜な策略を実行して戦果を挙げ、
 またある時は自ら剣を持って前線に立ち、一騎当千の活躍をする。
 そして王族の血を引きながらも、優しく穏やかで平等な性格。

 心技体、その全てがまさに完璧な存在として描かれていた。

「この中に、その英雄騎士さんも封印されているのかな?」

 じっと石版を見つめる僕。
 スキャンした時に現れるカードが騎士団の人達の姿ならば、
 僕が使っているカードの中に、その英雄騎士もいるはずだ。

 腕を組んで、考える。

「誰だろう……。実力でいえば、インフェルノ・モナークさんとか?
 でも強さはともかく、慈愛に満ちたって感じじゃないしなぁ……。
 アクア・パシフィスターさんは女性だし、トルネード・パラディンさんとか?」
 
 声に出して考えをまとめようとする僕。
 だが結論が出るはずもなく、そこまでだった。

 枕を抱きかかえる。

「結局、封印の一族についての下りは特になかったなぁ……」

 残念そうに呟く僕。
 とはいえ、正直な所そこまで期待してなかった。
 本当に彼らが世界を救ってきた秘密の一族だというのなら、
 こんなに簡単に彼らの事が分かるわけないしね。

 フッと微笑んで――

「まっ、騎士団について分かっただけで、良しとしよっか!」

 明るく、僕はそう言い切った。
 落ち込みかけていた心が浮き上がり、明るく弾んだ。
 ウキウキとする僕の口が、大きく開いて――

「ふぁぁ……」

 大きなあくびが、そこから出た。
 時計を見たら、もう深夜を回っていた。
 本を読むのに夢中になりすぎていたみたいだ。迫り来る睡魔。

「それじゃ、続きはまた明日考えよ……」

 誰に言うのでもなく、呟く僕。
 身体を起こして読書灯を消す。一瞬にして部屋が闇に包まれた。
 柔らかなベッドの上、毛布をかぶって目を閉じる。

「おやしゅみ……」

 薄れゆく意識の中、石版に向かって僕はそう言った。
 正確には、石版に封印されている騎士に向かって。
 暖かい毛布にくるまりながら、まどろんでいく僕。

 意識が消え、深い闇が目の前に広がっていった……。






























『……なたの……さい』

 それはとても小さな、消え入りそうな声だった。
 おぼろげな意識。まどろみの中に、その声は響く。

『あなたの……力を……』

 優しげな、女性の声。
 目の前に白い光が広がっていく。

 そして光の中、美しい女性の姿が現れた。

 白い肌に、金色の髪。青い目。
 どこか古めかしいデザインのドレスを身に纏い、
 洗練された高貴な雰囲気を漂わせている。
 
 意識が覚醒する中――

『あなたの力を、お貸し下さい!』

 高貴な女性の声が、僕の頭に響き渡った。
 真っ白な光が途切れ、別の風景が浮かび上がってくる。
 映像が迫り来るように緑色が近づいて――

 ぼふん。

 柔らかな草の感触が、僕の全身に伝わった。

「……ふぇ?」

 穏やかな風を感じながら、間の抜けた声を出す僕。
 半身を起こして、眠気眼に辺りを見回した。

 そこは深い森だった。

 白い霧が立ち込めた、神秘的な風景。
 うっそうとした木々が、目の前にどこまでも並び立っている。
 静かな空間。目をこすりながら、立ち上がった。
 
「……どこだろ、ここ」

 ボーッとしながら、呟く僕。
 これが噂の明晰夢ってやつ?
 試しにほっぺたをつねってみると、普通に痛かった。

「うーむ……」
 
 考える。どうやら夢じゃないらしい。
 という事は、寝てる間にどこか別の世界に連れて来られたって事?
 そりゃまあ、世界には色々と不思議な事はあるけどさ……。

「…………」

 寝間着姿で枕を抱きながら、その場で立ち尽くす僕。
 頭の中、眠いという気持ちとこの不思議への好奇心が天秤にかけられる。
 ポクポクと頭の中で木魚の音が反響して――

 チーンと、鈴の音と共に天秤が傾いた。

「眠いし、寝よ」

 その場で再び横になる。
 夢なら、ここで寝て起きればきっと現実に戻るでしょ。

「おやすみなさい……」

 むにゃむにゃと、枕を抱いて目を閉じる僕。
 まどろみの世界が、再び僕を夢の世界へと誘おうとする。
 瞬間、風を切るような鋭い音が辺りに響いて――

 僕の顔のすぐ横、何かが地面に突き刺さる音がした。

「へ?」

 目を覚ます僕。
 顔のすぐ前、銀色の刃に僕の顔が映っていた。
 一瞬、思考が追いつかない。だがすぐにハッとなって、

「わわわ!」

 慌てて、立ち上がった。
 僕のすぐ傍、地面に突き刺さった一本の剣。
 意識が一瞬にして冴え渡り、覚醒した。

「な、なにこれ?」

 剣を見つめながら、呟く僕。
 霧の中、ヒタヒタという足音が響いた。
 いつのまにか、1人の人影が現れて――

「お前、誰だ!」

 警戒するような声が、響いた。
 甲高い子供の声。見ると、赤い鎧を着た
 青い髪の子供騎士が僕を睨みつけている。

 その姿は――


コマンドキッド・ナイト
星2/炎属性/戦士族・チューナー/ATK800/DEF1200
相手フィールド上に守備表示のモンスターが存在する場合、
このカードは手札から特殊召喚できる。
1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在する
このカード以外のモンスター1体を選択して発動できる。
エンドフェイズ時まで、選択したモンスターのレベルを1つ下げる。


「なっ、なっ、なっ!?」

 理解が追いつかず、戸惑いの声をあげる僕。
 子供騎士が近づいてくる。

「お前、ひょっとして封印の一族か!
 それとも、外の世界からの侵入者か!」

 険しい表情を浮かべている子供騎士。
 僕はぶんぶんと手を振る。

「いやいやいや、ちょっと待って、僕は――」

 言いかけた声を遮るように、

「うるさい」

 霧の中、新たな人影が現れた。
 眼鏡をかけた、軽装の女性騎士。
 片手に持った本を読みながら、口を開く。

「戦略書読んでるのに、これじゃ集中できない。
 すごく迷惑。いい加減にしてほしい」

 本から顔をあげる女性騎士。
 僕と彼女の視線が、真っ直ぐにぶつかった。
 見つめ合い、沈黙する僕達。

 この人って――


タクティシャンガール・ナイト
星2/地属性/戦士族・チューナー/ATK1200/DEF1000
このカードが召喚に成功した時、
相手フィールド上のモンスターを1体まで選択する。
選択したモンスターが攻撃表示の場合、守備表示に変更して以下の効果を与える。
●このカードが墓地に送られた場合、相手はデッキからカードを1枚ドローする。


 呆然とする僕。
 パタンと、女性が読んでいた本を閉じた。
 
「…………」

 考えこむように僕を見つめる眼鏡の女性騎士。
 思案するように目を細め、そして――

「……緊急集合」

 ごそごそと服のポケットから何か取り出した。
 ヒュッと、彼女がそれを地面に向かって叩きつける。
 
 パンという破裂音が大きく響き、白い煙が上がった。

「うわぁ!?」

 驚く子供騎士。
 煙と共に、辺りに火薬の匂いが広がる。
 そして霧の奥、足早に、誰かがこちらへと近づいてきた。

「何事です?」

 銀色の鎧を着た青年騎士が、剣を揺らしながら走ってきた。
 続いて燃える炎のような赤い髪の青年が現れる。

「さっきから何の騒ぎだ?」

 面倒そうな表情を浮かべている青年。
 2人の騎士が僕の事を見て、あんぐりと口を開けた。

「だ、誰だ?」

 心の底から驚いたように尋ねる青年騎士。
 子供騎士と女性騎士が近づき、なにやら相談するように小声で話す。

 な、なんか、まずい感じ……?

 状況はよくわからないが、不穏な気配を感じ取る僕。
 そろそろと、ゆっくりその場から離れようと後ずさる。
 だが――

「動くな」

 背後から声がして、首筋にピタリと何かを当てられた。
 ヒンヤリとした感触。顔を動かすと、フードを深くかぶった
 暗殺者風の騎士がいつのまにか僕の背後をとっていた。

「動いたら、斬る」

 首筋に当てられたナイフが押し付けられる。
 その言葉を聞き、僕の顔から血の気が引いた。

 いつの間にか、周りにはたくさんの騎士達が姿を現していた。

 神官風、魔法使い風、偵察兵風……。
 様々な格好の騎士達が僕の周りに集まり、僕を見ている。
 怯えたような、観察するような。様々な目が僕に向けられていた。

 白銀の騎士が、僕の前へと出てくる。

「聞きたいことがあります」

「は、はい?」

 動けないまま聞き返す僕。
 白銀の騎士がチラリと視線を向けると、 
 暗殺者風の騎士がナイフを引っ込めた。

「正直に答えてもらいましょうか。あなた、何者です?」

 鋭い視線を向けている白銀の騎士。
 言葉は丁寧だが、警戒するような響きがその言葉にはあった。

「あ、あの、えっと……その……」

 口ごもる僕。
 いったいなんて説明すればいいのか、見当もつかなかった。
 そもそも自分でも、何がどうなってこんな場所に来たのか分からない。

 返事に困っていると――

「そこまでです」

 その場に、静かな声が響いた。
 霧の奥から1人の人影が浮かび上がる。

 古めかしいドレスを着た、美しい金髪の女性。

 さっと、騎士達がその場に跪いた。
 騎士達に向かって、女性が口を開く。

「その方は、私達を封印から解放して下さった方です」

 ざわざわと、女性の言葉を聞いた騎士達からざわめきがあがった。
 それ以上は何も言わずに、こっちへ近づいてくる金髪の女性。
 その姿を見て、僕は「あっ!」と声をあげて指を伸ばす。

「あなた、さっき夢の中に出てきた!?」

 目を覚ます直前に見ていた不思議な夢。
 今まで忘れていたが、本人を前にして僕はその事を思い出した。
 
「貴様、失礼だぞ!」

 僕が女性を指差すのを見て、
 激昂して立ち上がる白銀の騎士。
 腰に挿した剣を抜こうとする。

 だが――

「おやめなさい」

 女性がたしなめると、ピタリと動きを止めた。
 振り返り、女性の方を見る白銀の騎士。

「ですが、エリゼ様!」

 不満気な声。
 金髪の女性が息を吐いた。

「忠誠を誓うのは結構な事ですが、 
 度が過ぎればそれも迷惑です……。どうか、慎み下さい」

 女性に言われ「ぐっ」と言葉を詰まらせる白銀の騎士。
 渋々といった様子で頭を下げると、その場に跪いた。

「やーい、怒られてやんのー」

 小声でからかう赤い鎧の子供騎士。
 白銀の騎士がギロリと子供を睨みつける。
 呆然としている僕に向かって――

「さて」

 おもむろに、女性が口を開いた。
 にっこりと微笑んでいる金髪の女性。
 まるで神話の女神のような美しさを讃えながら――

「ようやく会えましたね、我らが救世主様」

 僕の手を取り、握りしめた。
 突然のことにぽかんとする僕。
 理解できないでいる僕の様子を悟り、女性が続ける。

「これは失礼しました。少々唐突すぎましたね。
 はじめまして、私の名前はエリゼと申します。この世界――」

 チラリと、深い霧の森を見据える女性――エリゼ。
 深い海を思わせる青い瞳を揺らしながら、
 
「――石版の世界に封印された騎士団を統べる、王族の1人です」

 静かに、そう言った。
 目を見開く僕。理解するのに数秒かかる。

「せ、石版の世界?」

「はい。ここは、あなたがかの城から持ち出しになられた石版の中――
 かつての封印の一族によって作られた、仮初めの世界です」

 あっさりと、そう言い切るエリゼ。
 途方も無い話しを聞かされて、くらくらとしてくる。

 石版の世界? という事は、ここはあの石版の中……?

 回らない頭で考える僕。
 ハッとなって、僕はエリゼに訊ねた。

「ちょ、ちょっと待って! どうして僕が石版の中に!?」

 激しく慌てる僕。
 ま、まさか、あの石版の近くにいると封印されるとか!?
 万が一帰れないなんて言われたら、僕はこのまま――

「あぁ、ご安心下さい」

 不安な気持ちが顔に現れた僕を見て、
 エリゼが穏やかに微笑む。

「あなた様の身体は現世の世界に存在しています。
 私はあなた様の『意識』だけを、こちらの世界へと引き込んだのです」

「い、意識?」

「はい。それで分かりにくいようでしたら、『心』とか『魂』とか、
 そのような概念を思い浮かべていただければ大丈夫です」

 分かったような、分からないような……。
 渋い表情の僕に向かって、エリゼが笑いかけた。

「ですので、ご安心下さい。用事が済み次第、
 私の力であなた様の意識を身体へと戻しますので」

 簡単に言うエリゼ。
 いや、きっと本当に簡単にできることなんだろう。
 無理やり納得させる僕。深呼吸をして、心を落ち着けた。

「……あの、いくつか聞いてもいいですか?」

「はい、なんでしょうか」

 落ち着いた様子のエリゼ。
 頬をかきながら、僕は尋ねる。

「あの、どうして、あなた達は封印されたんですか?」

 聞きたいことは山のようにあったが、
 僕は自分の心に従って、残されていた最後の謎を尋ねる事にした。
 当人達から話しを聞くチャンスなんて、これを逃したら一生ないもん。

 エリゼの顔から微笑みが消え、表情が沈む。

「私達は……追い詰められていたのです」

 ぽつぽつと話すエリゼ。

「戦争によって民は傷つき、国は滅びる寸前でした。
 我らが誇る勇敢なる騎士団も、永きに渡る戦いによって疲弊し、
 もはや打つ手は残されていなかったのです」

 苦しげに語るエリゼ。
 近くで聞いていた騎士たちも、つらそうな表情を浮かべている。

「そして最後の時、城内に追い詰められ死を待つ我らの前に、
 封印の一族を名乗る奇妙な魔術士がどこからともなく現れたのです。
 魔術士は我らの力が失われるのはおしいと話し、ある提案をしてきました」

「提案?」

 エリゼの表情がいっそう曇った。
 自分の手をギュッと握りしめ、視線を伏せて語る。

「我ら騎士団を封印する。
 封印すれば、それが解けるまで歳もとらず永遠に生きる事ができる。
 そうして生き延びて、世界に危機が訪れた時には力を貸して欲しい、と」

「世界の、危機……?」

 ぼそりと呟く僕。
 そういえば、シールと名乗っていたジャッジも同じような事を言っていた。
 本当に、封印の一族は世界を守っているってこと? 疑問は増える。

 エリゼが続けた。

「騎士団の中には反対する者も大勢いました。
 惨めに生きながらえるよりも、誇りある死を選ぶと言った者は少なくありません。
 しかし懸命な説得の末、最終的には騎士団全員と私を含む王族2人、
 合計28名が封印の一族によって石版に封印される事になったのです」

 語り終えるエリゼ。
 疲れた様子で息を吐くと、首を振る。

「ですが、封印された我らは目覚めることなく、
 永きに渡る時をまどろみの中で過ごすことになったのです。
 あるいは、それはほとんど『死』と同じだったのかもしれません」

 悲しそうに話すエリゼ。
 思わず、僕は口をはさんだ。

「どうして、封印の一族はあなた達を放置してたんです?」

「さぁ、そこまでは。世界に危機など訪れなかったのか、
 それとも我らの存在を忘れていたのか。私達にも理由は分かりません」
 
 淡々とした口調のエリゼ。
 だがすぐに、ぱっとその顔がほころびた。

「しかし、今となってはそれも昔の事。
 不完全ながら、我らはこの不可思議な世界において
 ようやく覚醒する事ができたのですから。そう――」

 言葉を切るエリゼ。
 じっと僕の事を見据えて――

「他ならぬ、あなた様のおかげで」

 感謝の気持ちを噛みしめるように、そう言った。
 思わず、微妙な表情を浮かべる僕。

「あはは……たまたま偶然、見つけただけなんですけどね……」

 頬をかきながら、僕は乾いた笑い声をあげた。
 シーラも僕の事をそんな風に言っていたが、
 正直なところ間違っていない。何か特別な事をした訳でもないし……。

「いえ、例え偶然であったとしても、
 あの眠りから目を覚まさせてくれた事に変わりはありません。
 騎士団を代表して、心よりお礼を申しあげます」

 うやうやしく頭を下げるエリゼ。
 騎士団から向けられる視線が、心なしか和らいだ気がした。
 顔をあげたエリゼに向かって、さらに尋ねる。

「あの、それじゃあひょっとしてカードとして
 僕に力を貸してくれるのも、そのお礼ですか……?」

「あぁ、いえ、それは」

 どこか困ったように微笑むエリゼ。
 先程より小さな声で答える。

「正直な所、騎士団の者達は退屈していたのです。
 この仮初めの世界には物もありませんし、封印も長かったですから。
 そんな時、不可思議な光がこの世界に現れまして――」

「不可思議な光?」

 尋ねる僕。
 エリゼが頷いた。

「はい。その不可思議な光に当てられると、
 自分の姿や力がカードの形として表示される代わりに、
 あなた様が戦っている世界へ、擬似的に行ける事が分かったのです」

 自分の力がカードに……。
 それってつまり――

「カードスキャナーの事か……」

 ぼそりと、僕は小さく呟いた。
 多分、エリゼの言う『不可思議な光』とは、
 カードをスキャンする時の光の事だろうと、僕は推測する。

 エリゼが頬に手を当て、困ったように微笑んだ。

「それで、他にすべき事もないので、騎士達はあなた様の元に……」

「……なるほど」

 ようするに、暇だからって事ね……。
 急激に、騎士団のカードが持っていた神秘性が薄れていった。

 消えた騎士団の伝説に、石版を読み込んだら突如現れたカード。

 物凄く深い謎と衝撃の事実が待っているかと思ったら、
 まさか封印された騎士側のただの気まぐれだったなんて……。
 落ち込む僕。思わず、ため息が漏れた。

「なんだか、申し訳ありません……」

 露骨に落胆した表情を浮かべていたせいか、
 再び謝罪してくるエリゼ。慌てて手を振る。

「い、いえ、良いんです。別に僕も見返りとか求めてた訳じゃないんで……」

 そう、僕の目的は石版の謎を解き明かすこと。
 その目的が達成できた以上、真実がどんなに俗っぽくても
 文句を言ってはいけないと、自分で自分に言い聞かせる。

「それであの、どうして僕をこの世界に? お礼を言うためですか?」

 ずっと気になっていた事を尋ねる。
 するとエリゼの表情から微笑みが崩れ去り、
 険しく真剣な表情となった。

「いえ、あなた様の意識をわざわざ呼び出したのは理由があるのです。
 どうか、あなた様の力をお貸し頂きたいのです」

 力を貸して欲しい。
 最初の夢の中でも聞いたセリフだ。

「どういうことです?」

 少しだけ緊張しながら訊く。
 エリゼが視線を伏せがちに口を開いた。

「あなた様に、封印の一族を倒して欲しいのです」

「!!」

 目を見開く僕。
 驚き言葉を失う僕に向かって、エリゼが懇願した。

「正確に申すならば、封印の一族の使い。
 あのシーラと名乗っていた者を倒して欲しいのです」

「……それって」

「誤解のないように申しますが、
 別に我らは封印の一族を憎んでいる訳ではありません」

 真剣な表情のエリゼ。
 青い瞳を揺らしながら話す。
  
「ただ、永きに渡って我らを石版の中に幽閉し、放置したのも事実。 
 ゆえに命を助けてもらった恩はあれど、もはや彼らに協力する気はありません。
 そのために、あなた様にはあのシーラという使いを退けて欲しいのです」

「退けて、って言われても……」

 困ったように頬をかく僕。
 エリゼが僕の手を取って、握りしめた。

「お願いします! 外の世界における、あなた様のお力。
 竜さえも恐れぬ勇気に、智力に長けた戦術眼。
 我らには、あなた様の協力がどうしても必要なのです!」

 竜さえって、あれはソリッドヴィジョンだよ……。
 戦術眼って言っても、あくまでデュエルというゲームの話しで……。
 そう言いたかったが、話しがややこしくなりそうなので止めた。

「……まぁ、いずれシーラとは決着つけることになると思ってたし。
 退けられるかどうかは分からないけど、その時になったら
 言われなくてもちゃんとがんばるよ、多分」

 頬をかきながら、苦笑する僕。
 その言葉を聞いたエリゼが、深くため息をついた。

「いえ、それではダメなのです」

 強い口調。
 真剣な表情で――

「今のあなた様では、あのシーラという者には勝てません」

 きっぱりと、エリゼが断言した。
 あまりにも潔く言い切られ、ぽかんとする僕。 
 そりゃ確かに、あのシーラに勝てと言われても自信ないけど……。

 エリゼが頭を下げた。

「申し訳ありません、少々言葉が足りませんでしたね。
 あなた様の力量を軽んじているのではないのです。
 敗北の原因は我ら騎士団、正確に言うとあなた様に力を貸していない者にあります」

「力を貸していない……?」

 よく分からず、尋ね返す僕。
 エリゼが困ったように頬に手を当てる。

「はい。あなた様は、我らの騎士団に
 かつて英雄騎士と呼ばれた者がいるのをご存知ですか?」

「あ、はい。本で読みました」

 頷く僕。
 図書館で見つけた古書。その中に何回も登場する人物、英雄騎士。
 騎士団を統べる、類まれなる勇気と智力、優しき心を持った人物。

 僕の言葉に頷くエリゼ。

「でしたらお話しが早いですね。
 実は、その英雄騎士はあなた様に力を貸していないのです」

「えっ、そうなんですか?」

「はい。それゆえ、我ら騎士団の戦力は大幅に下がっています。
 ゆえに、今のあなた様はあのシーラという者には勝てないと言ったのです」

 なるほど。心の中で納得する僕。
 エリゼが続けた。

「封印の一族の使い、あのシーラという人物はかなりの実力者です。
 英雄騎士の力を借りなければ、あなた様が勝つのは難しいでしょう。
 ですから、私はあなた様をこの地に呼び出したのです」

 僕の事を見据えるエリゼ。
 おそるおそる、僕は尋ねた。

「あの、その英雄騎士さんはどうして僕に力を貸してないんですか?
 もしかして、まだ封印が解けていないとか?」

 本には、英雄騎士は純白なる正義の心を持っていると書いてあった。
 それが力を貸してくれないとなれば、何か事情があるに違いない。
 そう考えて尋ねてみたのだが――

「いえ、封印はとっくに解けています」

 エリゼが、あっさりと否定した。
 なにやら気まずそうに、視線をそらすエリゼ。

「なんと申せば良いのでしょうか……。
 英雄騎士は、その、少々気難しい所がありまして……。
 それで、あなた様に直接説得して頂きたくて呼び出したのですが……」

 言いにくそうに、口ごもる。
 さっきまでとは違って、露骨にぼかした言葉。
 いったいどういうことなの? 頭の中に疑問が渦巻く。

 そして僕が次の言葉を発しようとした瞬間――

「随分と楽しそうだな?」

 透き通るような声が、その場に響いた。
 どこか尊大で、威厳のある声。
 跪いていた騎士団が、怯えたようにざわめく。

 白い霧の中より――

「こんな所に集まって、お前らいったい何を話している?」

 1人の少年が現れ、そう尋ねた。
 銀色の髪に、彫刻のように整った顔立ちの美少年。
 青い瞳を揺らしながら、興味なさげに辺りを見回して――

 僕の姿を見つけると、視線を止めた。

「…………」

 じっと、まるで値踏みするかのように、
 僕の事を上から下までジロジロと眺める銀髪の少年。
 おもむろに口を開いて――

「なんだ、この貧相な女は?」

 何の気もなさそうに、そう言った。
 思わず「んがっ」と声が漏れる。
 枕を抱えながら怒る僕。

「ちょ、ちょっと、初対面なのに随分と失礼じゃない!?」

 僕の言葉を聞き、少年が目を細めた。
 フッと、見下したような笑みを口元に浮かべる。

「なんだ、身体だけじゃなくて頭まで貧相なのか。
 神も残酷だな。俺のような完璧な存在を作る傍らで、
 こんなどうしようもない奴まで製造するとは……」

 クックックと嫌味な笑いを漏らす少年。
 僕も生まれてからこれまで様々な人に出会ってきたが、
 ここまで面と向かって馬鹿にされたのは初めての事だった。

 怒りで真っ赤になりながら、少年を指差す。

「い、いい加減にしてよ! ていうか君、誰!?」

 その言葉を聞き、顔をしかめる銀髪の少年。
 憐れむような視線を僕へと向けた。
 
「この俺の名前さえ知らないとは、どうやら本物の馬鹿みたいだな……。
 仕方がない、特別に教えてやろう」

 気取ったように言う少年。
 まるで映画に出てくる悪役のような、
 いかにも悪そうな笑みを浮かべた。

「俺の名前はエリュシオン。王の血を引くものだ。
 本来ならお前のような民草に声をかける義理はないが、
 俺は寛大な精神の持ち主だからな、特別に会話してやった。感謝しろよ」

 物凄く偉そうに話す少年――エリュシオン。
 見下す心を隠そうともせず、僕を見ている。
 
「こ、この……ちょっとイケメンだからって調子に乗って……!」

 怒りで震えている僕。
 慌てたように、エリゼが僕達の間に入った。

「お、おやめなさい!」

 たしなめるエリゼ。
 エリュシオンの表情が嫌味のない、普通のものへと戻る。

「姉さん、そいつは誰だ? 新しい奴隷か何かか?」

 それを聞き、目を丸くする僕。
 エリゼの方を見る。

「ね、姉さん?」

 エリゼが、こくりと頷いた。

「はい。エリュシオンは封印された王族の1人、私の弟です。そして――」

 言葉を途切れさすエリゼ。
 何やら言いにくそうに、口ごもった。
 ちらりとエリュシオンを見るエリゼ。意を決したように――

「……彼こそが、騎士団を統べる『英雄騎士』です」

 そう、言った。
 一瞬、時が止まったように周りから音が消える。
 ぴたりと固まっている僕。エリュシオンの方を見て――

「えっ、ええええぇぇぇぇ!?」

 大きく、叫んだ。
 不機嫌そうに耳を抑えるエリュシオン。

「なんだ急に、うるさい奴だな」

 嫌味ったらしい口調。
 その言葉を無視して、僕はエリュシオンを指差す。

「こ、これ!? これが英雄騎士なの!?」

「はい、そうです……」

 小さな声で言い、頷くエリゼ。
 僕は抗議する。

「そんな! だって、僕が読んだ話に出てくるのと、全然違いますよ!?」

 僕の言葉に反応するエリュシオン。
 腕を組み、興味深そうな表情を浮かべる。

「ほぅ、後世にも俺の英雄としての活躍は伝わっているのか。
 面白いな。おい馬鹿娘、その話し詳しく聞かせろ」

 馬鹿娘呼ばわりされ、カチンとくる僕。
 吐き捨てるように話す。

「僕が読んだ本に出てくる英雄騎士は、
 清廉潔白で武勲に優れてて聡明で、王族だからといってそれを驕らず
 民衆を差別する事もない、まさに完璧な人だったって書いてあったの!」

 批判するような口調の僕。
 エリュシオンが満足そうに微笑んだ。

「なんだ、随分と正確に伝わっているな。
 伝承した者にはいずれ礼を言う必要がありそうだ」

「はぁー!?」

 口をあんぐりと空ける僕。
 今時、フォトショップだってもう少し原型が残ってる。
 脚色とかそういう次元の問題じゃないよ、この相違は!

 エリュシオンが僕の視線に気付き、嫌味な笑みを浮かべた。
 
「どうした馬鹿面ぶら下げて?
 今頃になって自分がどれだけ偉大な英雄の前にいるか気づいたのか?
 これは驚きだ。お前にもそれだけの事を理解する頭があったとは……」

 清廉潔白にして聡明な騎士様らしい、慈愛に満ちたお言葉だった。
 感動のあまり、思わず頭の血管が切れそうになる。

「エリュシオン! この方は、私達の封印を解いて下さった方ですよ!」

 叱るように言うエリゼ。
 エリュシオンが一瞬、瞳を揺らす。

「……そうか、どこかで見た気がすると思ったが、あの時の小娘か」

 納得した様子のエリュシオン。
 フッと、見下したまま微笑む。

「ただでさえチビで貧相なのに、いつも男装してるからな。
 お前が女だということを忘れてたよ」

 ハッハッハと高笑いをあげるエリュシオン。
 いかにもわざらしく、憂うように額に手を当てる。

「それにしても……どうしてよりにもよって、こんなのが封印を解いたんだ?
 せっかくなら、もう少し美人に解いて貰えれば良かったのに。なぁ、お前ら?」

 後ろで跪く騎士団達に尋ねるエリュシオン。
 何人かが頷いた。残りは気まずそうに黙っている。
 ギュッと拳を握り固める僕。声を荒げる。

「伝説では絶世の美少女が歌ったら封印が解けるってあったもん!
 で、僕が歌ったら封印は解けた! 石版の判定だと、僕は美少女だ!」

 色々と間違っていたが、あえて黙っておく。
 僕の熱弁を聞いたエリュシオンが、顔をしかめた。

「封印の一族のやつら……俺達を放置しただけじゃなく、
 解放者の判定までズサンなのか。英雄騎士である俺を
 ここまで馬鹿にするとは、やはり許してはおけないな……」

 勝手に頷いているエリュシオン。
 もはや、我慢の限界だった。堪忍袋の尾はとっくに細切れになっている。
 にっこりと穏やかな笑みを浮かべる僕。抱いていた枕を離した。

 どうやら、本気を出す時が来たみたいだね……。
 
 寝巻き姿のまま、ゆらりと構える僕。
 不穏な気配を感じ取ったエリゼが、慌てて口を開く。

「エリュシオン! いい加減になさい!」

 強い口調のエリゼ。
 真剣な表情を浮かべてエリュシオンと向き合う。

「あなたも、もう一度封印などされたくはないのでしょう?
 私達は意識こそ覚醒したものの、まだ満足に力を発揮できません。
 ですから封印の一族と戦うために、そこの方に力を貸してあげなければ!」

「力を貸す? こいつに?」
 
 露骨に馬鹿にした声色のエリュシオン。
 ハッと一笑に付せて、肩をすくめる。

「嫌だな。俺は偉大なる英雄騎士だ。
 その俺が、どうしてこんなどこぞの平民に力を貸さなくちゃならない?」

 僕の事を親指で示すエリュシオン。
 怒りに燃えながら、僕は叫ぶように言う。

「さっきから自分で自分の事を英雄、英雄って!
 そういう風に自分を過大評価する奴に限って、本当は大したことないんじゃないの!?」

 それを聞いたエリュシオンの顔色が変わった。
 今までの余裕そうな表情が消え失せ、不気味なまでの無表情になる。

「馬鹿娘、特別に教えてやる」

 僕を見据えながら、ゆっくりと話すエリュシオン。
 氷のように冷たい言葉が響く。

「英雄かどうかというのは、『何をなしたか』で決まる。
 どれだけ声高に美しい言葉を並べようと、何もしない者に価値はない。
 人としての価値は、全てそいつの行動で決まるんだよ」

 低い声で話しているエリュシオン。
 右手の親指を自分に向ける。
 
「例えお前がどんなに納得できなかろうと、
 俺が英雄として讃えられるに値する行動をした事に変わりはない。
 ゆえに部外者であるお前が何と言おうが――」
 
 一陣の風が吹き抜けた。
 その青い瞳を向けながら――

「――俺こそが、英雄騎士なんだよ」

 静かに、エリュシオンがそう言い切った。
 一瞬、僕はその言葉に彼の本心が垣間見えた気がした。
 英雄であり、また英雄であろうとしている、その心が。

「エリュシオン……」

 そんな彼の姿を見つめるエリゼ。
 彼の見せた本心にあてられ、僕の怒りも冷めていく。

 再び、エリュシオンが気取った笑みを浮かべた。

「そういう訳だ。俺は、お前になど力は貸さない。
 言いたいのはそれだけだ。理解したらとっとと失せるんだな」

 くるりと僕達に背を向けるエリュシオン。
 そのまま霧の中へと消え去ろうとする。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 その背を呼び止める僕。
 エリュシオンが歩みを止めて、振り返った。

「お前、これだけ分かりやすく言ったのに、まだ分からないのか?」

 馬鹿にしきった口調のエリュシオン。
 だがその言葉を気にすることなく、僕は言う。

「僕みたいな奴には力を貸したくないって言ったよね?
 だったら、僕が君より優れていると証明できたら、力を貸してくれる?」

 後ろに控えている騎士団がざわめいた。
 エリゼもまた、大きく目を見開いて口元を手で隠す。

 獲物を見つけた猫のように、エリュシオンが目を細めた。

「ほぅ、聞いたかお前ら?」

 騎士達に呼びかけるエリュシオン。
 クックックッと笑い声をこぼす。

「この俺に挑戦するとは。こんな身の程知らず、いったいいつ以来だ?
 少なくとも封印されてからは、こんな事を言う奴はいなかったな」
 
 どこか嬉しそうに話すエリュシオン。
 キッと睨みつける僕の視線を受けながら、口を開く。

「その馬鹿さっぷりと無謀さに免じて、話しくらいは聞いてやろう。
 いったい何をどうやって、お前が俺より上だと証明するんだ?」

「……さっき、エリゼは僕の『戦術眼』について褒めてくれた。
 君も騎士団のトップである以上、そういうのは得意なんだよね?」

 フッと小馬鹿にしたように笑うエリュシオン。

「当然だ。俺は全てにおいて完璧なる英雄騎士だからな。
 戦いに関していえば、俺の右に出る者など存在しない」

「だったら、それで勝負しようよ! ……デュエルで!」

 大きく言い放つ僕。
 騎士団がざわめいた。
 
「デュエル……?」

 呟くエリュシオン。
 一瞬考えこむような素振りを見せたが、すぐに頷いた。

「あぁ、お前や騎士団の連中が外の世界でやっている闘いの事か。
 そういえば、お前は向こうではこいつらを率いて、戦に勝利していたんだったな」

 騎士団に視線を向けるエリュシオン。
 楽しそうに笑いながら、手を広げる。

「あんな児戯で指揮官としての優劣を競うなど馬鹿らしいが――
 まぁいい、退屈していたところだ。暇つぶしに受けてやる」

 その言葉にどよめく騎士達。
 エリゼが驚いたように詰め寄る。

「本当ですか、エリュシオン!?」

「あぁ。もし万が一にでもそいつが勝ったのなら、
 そいつの力を認めてやる。もっとも、ありえない事だがな」

 余裕そうに断言するエリュシオン。
 よしと、僕は気合いを入れる。

「それじゃあ、早速はじめようか! えーっと……」

 その時になって、僕はようやく気づいた。
 そもそも、どうやってこの世界でデュエルをするのか。
 D・ホイールもディスクもカードもない、この世界で。

 ど、どうしよう。あんだけ大見得を切ったのに……。

 冷や汗を流す僕。
 だが――

「ご心配には及びません」

 エリゼが優しげにそう言い、女神のように微笑んだ。
 頭の上に?マークを浮かべる僕。エリゼがその場に跪き、両手を合わせる。

「――――!」

 エリゼの口から、奇妙な言葉が発せられた。
 今までに聞いたことのない不思議な響き。
 まるで意思を持っているかのような、神秘的な音。

 エリゼの全身が光に包まれる。

「えっ、えっ?」

 目の前の光景を呆然と見守っている僕。
 エリュシオンや騎士達は見慣れているのか、平然としている。
 祈るように言葉を続けるエリゼ。その全身が眩く輝いて――

 光で、一瞬視界が真っ白になった。

「ッ!」

 腕を顔の前に出す僕。
 うっすらと目を開けながら、光が弱まるのを待つ。
 薄れていく光。世界が元の姿を取り戻して――

 目の前に、2台のD・ホイールが現れていた。

「こ、これって!?」

 驚く僕。
 エリゼが微笑んだ。

「あちらの世界から、私の魔法を使って召還させて頂きました」

 当然の事のように話すエリゼ。
 あちらの世界って、VRDSの事だよね?
 そんな事まで出来るの!?

「それと、あなた様の姿も……」

 少しだけ照れたように言うエリゼ。
 ハッとなって見ると、僕の姿が寝巻き姿から
 いつものアバターの物へと変化していた。

「えっ、でも、これって大丈夫なの……?」

 少年の姿を見つめながら、不安になる僕。
 ま、まさか現実に戻ったらこのまま男の子になってたりなんか……。

「大丈夫です。あくまでこの世界での見た目を変化させただけですから、
 現実のあなた様の身体にはなんら影響はありませんよ」

 言い聞かせるように話すエリゼ。
 まぁ、それなら良いんだけど……。

「ハッ、別に大して変わってないだろ」

 僕の姿を見ながら、エリュシオンが声をあげた。
 嫌味な口調。再び、僕の心に怒りの炎が燃え上がる。

「なっ! と、年頃の乙女に向かって、なんて失礼な!」

 鋭く睨みつける僕。
 僕の言葉を無視して、エリュシオンがD・ホイールにまたがった。

「ほぅ、これが外の世界での乗り物か」

 興味深そうにD・ホイールをいじっているエリュシオン。
 僕のことはもはや眼中にないようだ。
 怒りに震えながら、もう一台のD・ホイールに乗る。

「言っておくけど、いくら初心者とはいえ、手加減しないよ!」

 相手はデュエルをやったことのない正真正銘の素人。
 それでも、この生意気な英雄騎士様を相手に優しく手ほどきする気はなかった。
 モニターをタッチすると、デッキが浮かび上がる。

「ふん、お前ごときに情けをかけられる必要などない。
 お前が戦っている所は何回か見た。ちゃんとルールは把握している」

 あくまで尊大な態度を崩さないエリュシオン。
 モニターをタッチすると、向こうのデッキホルダーにもデッキが浮かんだ。

「指揮官としての技量を競う勝負だ。山札はお前と同じ物を使わせてもらうぞ」

 自分のデッキを見ながら話すエリュシオン。
 つまり、今回僕が戦うのは封印の騎士――同型対決になるのね。
 
「救世主様……」

 僕の乗るD・ホイールに近づいてくるエリゼ。
 顔を向け、僕は困ったような笑みを浮かべた。

「その呼び方、なんだか照れちゃうよ。
 気軽に『ナイト』って呼んでくれた方がいいや」

「……わかりました、ナイト」

 輝くような笑みを浮かべるエリゼ。
 すっと、その白い手を伸ばして僕の手の上に乗せる。

「……え?」

 戸惑う僕。
 だがエリゼは何も言わず、にっこりと微笑んだ。
 彼女の真意を考える。これって――

「さぁ、そろそろはじめようぜ!」

 エリュシオンが声をあげた。
 ハッとなる僕。エリゼもD・ホイールから離れた。

 前を向き、白い霧が立ち込める森を見据える。

「この世界は封印の一族によって作られた仮初めの世界だ。
 霧の中を真っ直ぐに走れば、ループしてこの場所に戻ってくる。
 コースを曲がったりする必要はない。精々思う存分に走ってみせるんだな」

 声をかけてくるエリュシオン。
 なるほど、そういう事なら僕もデュエルに集中できそうだ。
 深呼吸する僕。モニターをタッチすると、カウントダウンが始まる。

 固唾を飲んで見守る騎士達とエリゼ。

 空気が重く、張り詰めていく。
 緊張に満ちた刻。時間がゆっくりに感じられた。
 呼吸を整える。カウントがゼロを告げて――

 2台のD・ホイールが、唸りを上げて飛び出した。

 白い霧を切り裂くように進む僕達。
 真剣な表情の僕と、どこか余裕そうに微笑んでいるエリュシオン。
 視線が交差する。一瞬、周りから全ての音が消えた。そして――


「――――デュエルッ!!」


 僕達の声が大きく響いて、霧の中に溶けた。
 素早くカードを引いて、前を向く。


   ナイト     LP4000 

 エリュシオン   LP4000 


「僕の先攻! ドロー!」

 デッキからカードをドローする。
 手札ホルダーに置かれた6枚を見て、1枚を選んだ。

「僕はシールドキーパー・ナイトを守備表示で召喚!」

 僕の場に光が浮かび上がる。
 光の中より、巨大な盾を持った聖騎士が姿を現した。
 跪き、盾を構えている騎士。盾には紋章が描かれている。


 シールドキーパー・ナイト DEF2100 


「さらに1枚を伏せて、ターンエンド!」

 場に裏側表示のカードが現れ、消えていく。
 VRDSでのデュエルとなんら変わりのない光景。
 いったいどういう原理で表示されているんだろう?

 ターンが回る。

「俺のターン!」

 余裕そうに宣言して、カードを引くエリュシオン。
 画面に表示されているスピードカウンターが増えた。


 エリュシオン SPC:0→1  ナイト SPC:0→1 


 手札を眺めるエリュシオン。
 フッと、馬鹿にしたように笑う。

「まったく、こんな子供の遊びに付き合ってやるとは……
 我ながら自分の精神の寛容さには驚きだな」

 肩をすくめるエリュシオン。
 露骨に渋い表情になる僕。言葉も出ない。

 すっと、エリュシオンが指を伸ばしてカードを取った。

「まぁいい。下々の下民に格の違いを教えてやるのも騎士たる定め。
 この俺を前にした名誉、せいぜい噛みしめるんだな」

 どこまでも偉そうに、エリュシオンが言った。
 そして僕が文句を言うより早く、カードを場に出す。

「俺はヘルブレイズ・ナイトを召喚!」

 光の中、炎を纏った赤い髪の青年騎士が現れた。
 拳を握りしめ、不敵な笑みを浮かべている青年騎士。
 ステータスが表示される。


ヘルブレイズ・ナイト
星4/炎属性/戦士族/ATK1800/DEF1500
自分のメインフェイズ時に墓地のこのカードをゲームから除外し、
自分フィールド上の表側表示モンスター1体を選択して発動できる。
選択した自分のモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで800ポイントアップする。


 ヘルブレイズ・ナイト ATK1800 


「でも、その攻撃力なら……」

 呟く僕。
 僕の場で盾を構える騎士に、視線を向けた。
 だが――

「甘いな、馬鹿娘」

 僕の考えを悟ったかのように言うエリュシオン。
 手札のカードを指ではさむ。

「こいつはお前の場に守備表示の下僕がいる場合、
 特殊召喚できる。来な、コマンドキッド・ナイト!」

 光の中、赤い鎧を着た青髪の子供騎士が現れた。
 元気いっぱいな様子で、腕を振り上げる子供騎士。


 コマンドキッド・ナイト ATK800 


「さらにこいつの効果で、ヘルブレイズ・ナイトのレベルを1下げる!」


コマンドキッド・ナイト
星2/炎属性/戦士族・チューナー/ATK800/DEF1200
相手フィールド上に守備表示のモンスターが存在する場合、
このカードは手札から特殊召喚できる。
1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在する
このカード以外のモンスター1体を選択して発動できる。
エンドフェイズ時まで、選択したモンスターのレベルを1つ下げる。


 号令するように、大きく声をあげる子供騎士。
 赤い髪の青年騎士の身体から光が飛び出して、空中で消えた。


 ヘルブレイズ・ナイト レベル4→ レベル3 


「こ、これは……!?」

 相手の場に並んだ騎士を見て、声をあげる僕。
 これって、どう考えても――

 エリュシオンが腕を天へと向けた。

「レベル3のヘルブレイズ・ナイトに、レベル2のコマンドキッド・ナイトをチューニング!」

 エリュシオンの声が高らかに木霊する。
 子供騎士の身体が光になり、2本の輪へと変化した。

「やっぱり! シンクロ召喚!?」

 驚く僕に向かって、エリュシオンが「ハッ」と声をあげた。

「言っただろ、ルールくらい把握してるってな!」

 見下したように僕を見るエリュシオン。
 苦い表情で、僕は「くっ」と声を漏らした。

 2本の輪が、炎の騎士の身体を取り囲む。

「荒れ狂う怒涛の嵐宿し、戦場駆け廻るは騎士たる定め! 新たなる時代の礎となれ!」

 騎士の身体が線だけになり、
 その身が砕けて1つの光となった。
 疾風が吹き荒れ、場を渦巻く。そして――

 閃光が、走った。

「シンクロ召喚! 来い、トルネード・パラディン!!

 光の中より現れる、白き巨大な姿。
 青い目に、白い鎧のような身体。緑色のライン。
 渦巻く風の中、騎士が悠然と場に降り立った。


 トルネード・パラディン ATK2400 


「うっ、くっ……!」

 分かっていた事だけど、普段使っているカードが
 敵として相手の場に現れるのは、やっぱり複雑だ。
 
 エリュシオンが僕の場を指差す。

「トルネード・パラディンの効果だ!
 お前の場のシールドキーパー・ナイトの表示形式を変更する!」


トルネード・パラディン
星5/風属性/戦士族・シンクロ/ATK2400/DEF1800
戦士族チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがシンクロ召喚に成功した時、
フィールド上に存在するモンスターカードを任意の枚数選択する。
選択されたモンスターの表示形式を変更する。


 猛烈な風が場に吹き荒れた。
 ばさばさと、僕の髪や服が音をたてて揺れる。
 風にあおられた盾持ちの騎士が、体勢を変えた。


 シールドキーパー・ナイト DEF2100→ ATK0 


 攻撃力0。
 盾どころか、いないに等しい数値。
 高笑いをあげながら、エリュシオンが腕を前に出した。

「さぁ、バトルだ! トルネード・パラディン!」

 その言葉に、僅かに頷く疾風の騎士。
 低い雄叫びをあげると、空中を蹴る。
 疾風のように宙を舞いながら、その白い拳を振りかぶった。

トルネード・インパクトーッ!!

 盾持ちの騎士に迫る拳。
 苦しげな表情を浮かべながら、僕はモニターをタッチする。

「罠発動! 天地返し!」

 伏せられていたカードが表になる。


天地返し  通常罠
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターを全て守備表示にする。
このターン、相手はモンスターの表示形式を変更できない。
墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターを全て守備表示にする。
この効果は自分のターンにのみ発動する事ができる。


「ほぅ……」

 目を細めるエリュシオン。
 だが動揺した気配なはく、余裕の微笑みは崩さない。

 天と地が入れ替わるような、奇妙な衝撃が場に叩きつけられた。

 混乱したような声をあげる疾風の騎士。
 振り上げていた腕を、顔の前で交差させて跪く。


 トルネード・パラディン ATK2400→ DEF1800 


「ふん、さすがにこれくらいは防いでくるか」

 自分の場で伏せている疾風の騎士を見ながら、
 馬鹿にした口調で話すエリュシオン。
 クックックと、笑い声を漏らす。
 
「もっとも、曲がりなりにもこの俺に挑戦しているんだ。
 それくらいはしてもらわないと、潰し甲斐がないがな」

「ぐっ、さっきから、初心者の癖に偉そーに!!」

 怒りに燃える僕。
 キッと眼光鋭く睨みつけてみるけど、
 エリュシオンは涼しい顔で視線を受け流している。

 エリュシオンがカードを掴んだ。

「1枚伏せて、ターンエンドだ」

 裏側表示のカードが浮かび上がった。
 どうやら、本当にルールは理解しているみたい。
 なら、こっちだって遠慮無く全力でやらせてもらうよ!

 白い霧を切り裂くようにして、僕達は森を進んでいく。

「僕のターン!」

 大きく言い、カードを引いた。
 スピードカウンターが増える。


 ナイト SPC:1→2  エリュシオン SPC:1→2 


 手札を見る僕。
 迷うことなく、1枚のカードを掴んだ。

「チューナーモンスター、マジカルメイジ・ナイトを召喚!」

 光の中より、大きなウィッチハットをかぶって
 ダボダボの黒いローブを着た魔女っ子が姿を現した。
 古い箒を抱いて、ぶすっとした表情を浮かべている魔女っ子。


 マジカルメイジ・ナイト ATK500 


 これで僕の場に、チューナーとそれ以外のモンスターが揃った。
 ばっと、腕を前に出す。

「いくよっ!」

 騎士達に呼びかける僕。
 盾持ちの聖騎士は頷き、魔女っ子はぼへーっとしている。
 高らかに、僕は宣言した。

「レベル3のシールドキーパー・ナイトに、レベル3のマジカルメイジ・ナイトを、チューニング!」

 ため息をつき、持っていた箒を離す魔女っ子。
 その身体が光になり、さらに3本の輪へと変化した。

「戦士達の魂が、大地の記憶となって1つとなる! 新たな力を刻み込め!」

 輪に取り囲まれ、光へと変化する盾持ちの騎士。
 大地が砕け、地面から巨大な岩の塊が浮かび上がった。
 
 閃光が、走る。

「シンクロ召喚! 甦れ、エンシェント・スクワイアー!!

 光の中より、巨大な騎士が現れる。
 古き歴史を感じさせるようなくすんだ色の鎧に、
 片手に持った一振りの剛健。赤い色の目を、相手の場へと向けている。


エンシェント・スクワイア
星6/地属性/戦士族・シンクロ/ATK2500/DEF2200
戦士族チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがシンクロ召喚に成功した時、
自分の墓地に存在する効果モンスター1体を選択する事ができる。
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
選択したモンスターと同じモンスター効果を得る。


 エンシェント・スクワイア ATK2500 


「ふん。田舎者のエスクワイア風情が、この俺に剣を向けるか」

 大地の騎士を眺めながら、呟くエリュシオン。
 僕は大きな声で続ける。

「墓地に送られたマジカルメイジ・ナイトの効果!
 僕のデッキから、戦士族モンスター1体を墓地に送る!」


マジカルメイジ・ナイト
星3/闇属性/戦士族・チューナー/ATK500/DEF1200
このカードが墓地へ送られた場合に発動できる。
デッキから戦士族モンスター1体を墓地へ送る。


 モニターに表示されるマジカルメイジ・ナイトの効果。
 デッキ画面が浮かび上がり、その中の1枚を僕はタッチする。

「デッキのマジックコール・ナイトを、墓地へ!」


マジックコール・ナイト
星4/地属性/戦士族/ATK1400/DEF900
相手フィールド上のモンスターの表示形式が変更された時に発動できる。
このカードを墓地から特殊召喚する。この効果で特殊召喚した
このカードは、フィールドから離れた場合に除外される。


 僕の手の中にカードが浮かび上がる。
 それを墓地へと送り、前を見る。

 そして、大きく叫んだ。

「バトル! エンシェント・スクワイアで、トルネード・パラディンを攻撃!」

 その目を輝かせる大地の騎士。
 ゆっくりとした動きで、その手に持つ剛健を構えた。
 深呼吸するように、身体を揺らす大地の騎士。そして――

 空中を蹴り、一気に距離をつめた。

クロニクル・ブレイドーッ!!

 無数の剣撃が、空中を切り裂いて走る。
 立ち込める白い霧さえも斬るような、鋭い一撃。

 空中に、橙色の紋章が浮かび上がった。

 厳かな様子で剣を引く大地の騎士。
 一瞬、2人の騎士の視線が交差した。
 静寂に包まれる場。紋章が輝いて――

 疾風の騎士の身体が、ガラスのように砕け散った。

「トルネード・パラディン……」

 敵が使っているとはいえ、
 何度も僕も助けてくれた思い入れのあるカード。
 それを倒すことには、心が痛んだ。

「ふん、やられたか」

 対照的に、何の感情も浮かべていないエリュシオン。
 特にねぎらう素振りもなく、僕の方を見る。

「それで、お前の番は終わりか? 馬鹿娘」

 せせら笑うように、尋ねてくる。
 哀しい気分が吹き飛び、再び心に熱いものがこみ上げた。

 絶対、こんな奴には負けない!!

 怒りと決意に満ちる僕。
 英雄だがなんだか知らないけど、ぜーったいに許さないんだから!
 残された手札を見て、1枚を選んだ。

「1枚伏せて、ターンエンド!」

 油断せずにそう宣言する僕。
 裏側表示のカードが浮かんで――

「罠発動! トゥルース・リインフォース!」

 大きく、エリュシオンが声を張り上げた。
 驚愕する僕。伏せられていたカードが表に。


トゥルース・リインフォース  通常罠
デッキからレベル2以下の戦士族モンスター1体を特殊召喚する。
このカードを発動するターン、自分はバトルフェイズを行えない。


「なっ!?」

「この効果で、デッキのミスティックロード・ナイトを特殊召喚!」

 高らかに言うエリュシオン。
 相手の場に光が浮かび、そこから高貴な雰囲気を漂わせた少年剣士が現れた。


ミスティックロード・ナイト
星2/地属性/戦士族/ATK900/DEF0
相手フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスターの表示形式が
表側守備表示に変更された時、そのモンスターを破壊する。


 いつもの不敵な態度はどこへやら、
 真剣な表情でエリュシオンに仕えている少年剣士。
 エリュシオンが口元に不敵な笑みを浮かべる。

「お前に、本当の戦術って奴を教えてやる。俺のターン!」

 カードを引くエリュシオン。
 D・ホイールのスピードが増した。


 エリュシオン SPC:2→3  ナイト SPC:2→3 


「チューナーモンスター、タクティシャンガール・ナイトを召喚!」

 カードが置かれる。
 場に眼鏡をかけた、軽鎧の女性騎士が登場した。


 タクティシャンガール・ナイト ATK1200 


「こいつの効果で、お前の場のエンシェント・スクワイアを守備表示に!」

 眼鏡の女性騎士が読んでいた本を閉じて、手を前へ。
 鈍い光がまとわりつくように降り注ぎ、大地の騎士を押し潰した。


 エンシェント・スクワイア ATK2500→ DEF2200 


「さらに、表示形式が変更された事で、
 ミスティックロード・ナイトの効果が発動! そいつを破壊だ!」

「ぐっ!」


ミスティックロード・ナイト
星2/地属性/戦士族/ATK900/DEF0
相手フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスターの表示形式が
表側守備表示に変更された時、そのモンスターを破壊する。


 顔をしかめる僕。
 守備表示になったのに反応して、少年剣士が剣を手に取った。
 素早く剣を振るう少年騎士。目にも留まらぬ斬撃が宙を駆けて――

 大地の騎士の身体が、砕け散った。

「エンシェント・スクワイア!」

 思わず悲痛な声をあげてしまう僕。
 さらにエリュシオンが続けた。

「タクティシャンガール・ナイトの効果で、1枚ドロー!」


タクティシャンガール・ナイト
星2/地属性/戦士族・チューナー/ATK1200/DEF1000
このカードが召喚に成功した時、
相手フィールド上のモンスターを1体まで選択する。
選択したモンスターが攻撃表示の場合、守備表示に変更して以下の効果を与える。
●このカードが墓地に送られた場合、相手はデッキからカードを1枚ドローする。


 カードを引くエリュシオン。
 これで相手の手札は4枚。場には2体のモンスター。
 エリュシオンが微笑んだ。

「レベル2のミスティックロード・ナイトに、レベル2のタクティシャンガール・ナイトをチューニング!」

 高らかにそう告げるエリュシオン。
 眼鏡の女性騎士の身体が光へと変化する。

「眩く天駆ける閃光宿し、敵を欺き惑わすは騎士たる定め! 新たなる時代の礎となれ!」

 光が輪となり、少年剣士を取り囲んだ。
 剣士の姿もまた、一本の大きな光へと変化する。
 白い光がフィールドを照らし、バチバチと何かが弾けるような音が響く。

 閃光が、走った。

「シンクロ召喚! 来い、ライトニング・ウォーロック!!

 眩い光の中、1人の青年がゆらりと現れる。
 丈の長い白のローブに、青白い肌。長く乱れた薄金色の髪。
 浮かべているのは、憂鬱そうな表情。やる気なさげにこちらに視線を向け――

 その青い瞳を、妖しげに揺らめかせた。


 ライトニング・ウォーロック ATK2000 


「ライトニング・ウォーロックがシンクロ召喚に成功した時、
 俺はデッキからカードを1枚ドローする!」


ライトニング・ウォーロック
星4/光属性/戦士族・シンクロ/ATK2000/DEF1200
戦士族チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがシンクロ召喚に成功した時、カードを1枚ドローする。
このカードが手札またはデッキに戻された場合、
エンドフェイズ時にこのカードをエクストラデッキから特殊召喚できる。
このカードは墓地に存在する限りレベル1として扱う。


 持っていた杖を構える迅雷の魔術士。
 空中に魔法陣が浮かび上がり、エリュシオンがカードを引いた。

 これで、相手の手札は5枚。

 不敵な笑みを浮かべたまま、
 エリュシオンがばっと腕を前に出す。

「バトルだ! ライトニング・ウォーロック!」

 高らかに宣言するエリュシオン。
 迅雷の魔術士がため息をつくと、杖を地面に突き刺した。
 その口から聞き取れない言葉が漏れ、呪文が詠唱される。

 魔術士の周りを雷が渦巻いて――

ボルテージ・テンペストーッ!!
 
 掛け声と共に、雷の嵐がフィールド全体を貫いた。
 まるで爆風のように、青白い雷が拡散して僕を襲う。
 空中に白い紋章が浮かび上がり、衝撃が巻き起こった。

「ぐううっ!!」


 ナイト  LP4000→ 2000   SPC:3→ 1 


 苦しみの声をあげる。
 ライフが削られ、さらにスピードが落ちた。
 フッと、邪悪に微笑むエリュシオン。

「これで分かったか! 所詮、お前如きが相手に敵う人物じゃないんだよ!
 この俺、英雄騎士のエリュシオン様はな!」

 高らかに言う。
 くっと顔をしかめながら、僕はエリュシオンを睨みつけた。

「まだ、勝負は終わってないよ!」

 強く言い返す僕。
 それを聞いたエリュシオンが、
 いかにもわざとらしく肩をすくめた。

「いいや、残念だがもう終わってるんだよ、馬鹿娘」

 カードを手に取るエリュシオン。
 口元に邪悪な笑みを浮かべたまま――

「手札のマッシブダガー・ナイトの効果を発動!」

 大きく、そう宣言した。


マッシブダガー・ナイト
星3/地属性/戦士族/ATK1300/DEF500
このカードを手札から墓地へ送り、
自分フィールド上のシンクロモンスター1体を対象として発動できる。
選択したモンスターは一度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。


「マッシブダガー・ナイト!?」

 表示されたカードの画像を見て、悲鳴のような声をあげる僕。
 カードを捨てながら、エリュシオンが言う。

「この効果でライトニング・ウォーロックに2回攻撃の効果を与える!
 これで終わりだな、馬鹿娘! ライトニング・ウォーロック!」

 魔術士に呼びかけるエリュシオン。
 面倒そうな表情で、魔術士が再び呪文を詠唱する。

 フィールドを青白い雷が渦巻いて――

ボルテージ・テンペストーッ!!

 雷の嵐が、巻き起こった。
 青白い雷撃が僕の方へと迫り来る。
 勝利を確信したエリュシオンが、目をつぶった。

「Rest in peace, Loser!」

 歌うように言うエリュシオン。
 雷撃が僕の目の前まで近づいた。
 顔をしかめて――

「罠発動! 燕落とし!」

 大きく、声を張り上げた。
 カードが表になる。


燕落とし  通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
攻撃モンスターを守備表示に変更し、その守備力を0にする。
このターン、相手はモンスターの表示形式を変更できない。


 笑顔が消えるエリュシオン。
 舌を鳴らし、露骨に不機嫌そうな表情に。

「この効果で、ライトニング・ウォーロックを守備表示に!」

 光が放たれ、雷が反射される。
 目を見開く魔術士。青白い雷がその身体を貫くと、
 苦しげにその場に膝をついた。


 ライトニング・ウォーロック ATK2000→ DEF1200DEF0 


 冷や汗を流す僕。
 危ない危ない。もう少しで、瞬殺される所だった……。

「ふん、道に生える雑草みたいにしぶとい奴だな!」

 機嫌悪く、エリュシオンが悪態をついた。
 手札の中から1枚を取る。

「カードを1枚伏せて、ターンエンド」

 伏せカードが浮かび上がり、ターンが終わった。
 並走する2台のD・ホイール。
 風を切り、白い霧の中を突き進んでいる。



 ナイト  LP2000
 手札:3枚  SPC:  EXデッキ:5 
 場:なし


 エリュシオン LP4000
 手札:3枚  SPC:3  EXデッキ:5 
 場:ライトニング・ウォーロック(DEF0)
   伏せカード1枚



「僕のターン!」

 デッキに手を伸ばす。
 カードを引いて、チラリと横目で見る。


 ナイト SPC:1→2  エリュシオン SPC:3→4 


 息を吸って、集中する。
 互いに使用しているデッキが同じなら、
 勝敗は判断力と戦術眼、そして運で決まるはずだ。
 運はともかく、判断を誤らないためにも冷静にならないと。

 思考しながら、僕はカードを選ぶ。

「僕はレディオフィサー・ナイトを通常召喚!」

 僕の場に、栗色の髪をなびかせた軽鎧の女性士官が現れた。
 真紅のマントをはためかせながら、前を向いている。


 レディオフィサー・ナイト ATK1600 


「さらにレディオフィサー・ナイトの効果!
 墓地のマジックコール・ナイトを特殊召喚する!」


レディオフィサー・ナイト
星3/地属性/戦士族・チューナー/ATK1600/DEF1000
このカードが召喚に成功した時、相手フィールド上に表側表示で
存在する守備表示モンスター1体を選択して発動できる。
選択したモンスターのレベル以下の自分の墓地に存在する
戦士族モンスター1体を選択して守備表示で特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。
このカードをシンクロ素材とする場合、
戦士族モンスターのシンクロ召喚にしか使用できない。


 腕を前に出す女性士官。
 光と共に、シルクハットをかぶった魔術士風の優男が、士官の横に現れた。
 気取った笑みを浮かべながら、ステッキを構える優男。


マジックコール・ナイト
星4/地属性/戦士族/ATK1400/DEF900
相手フィールド上のモンスターの表示形式が変更された時に発動できる。
このカードを墓地から特殊召喚する。この効果で特殊召喚した
このカードは、フィールドから離れた場合に除外される。


 これで、僕の場に2体のモンスターが並んだ。
 前を向き、高らかに声をあげる。

「レベル4、マジックコール・ナイトに! レベル3のレディオフィサー・ナイトをチューニング!」

 すっと手を伸ばす女性士官。
 その身体が砕け、3つの光が飛び出した。

「戦士達の魂が、蒼き炎となって1つとなる! 新たな力を刻み込め!」

 光が輪に変わり、魔術士を取り囲む。
 魔術士の身体が砕けて、一本の巨大な光へ。
 さらに地面から炎が吹き出て、光を飲み込んだ。

 閃光が、走る。

「シンクロ召喚! 焼き尽くせ、インフェルノ・モナーク!!

 光を引き裂き、真紅の騎士が姿を見せた。
 真っ赤に燃える悪魔のような風貌に、青く燃える炎の翼。
 火の粉が降り注ぐ中、ゆっくりとその拳を握り固める。


インフェルノ・モナーク
星7/炎属性/戦士族・シンクロ/ATK2800/DEF2200
戦士族チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードが守備表示モンスターを攻撃する場合、
攻撃対象となったモンスターの守備力は0となる。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を
攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


 インフェルノ・モナーク ATK2800 


「その気配。誰かと思えば、お前か」

 僕の場に現れた業火の騎士を見て、
 にやりと笑うエリュシオン。目を閉じて続ける。

「そんな小娘の言いなりになってるとは、お前も堕ちたもんだな。
 おまけに性懲りもなく俺に立ち向かうとは、相変わらず進歩のないやつだ」

 クククと笑い声を漏らすエリュシオン。
 ぽかんとしている僕を無視して、エリュシオンがいかにも悪そうな笑みを浮かべた。

「もう一度、あの時みたいに叩きのめしてやるよ。
 今度もまた、泣きながら彼女に慰めてもらうんだな、モナーク君」

 ブチッと、業火の騎士が切れる音が聞こえた気がした。
 僕の命令も待たず、突撃するインフェルノ・モナーク。

 慌てて、言う。

「い、インフェルノ・モナークで、ライトニング・ウォーロックを――」

 言いかけたが、既に業火の騎士は掌を振り上げていた。
 仕方なく、続きを切り上げて叫ぶ。

グラン・インフェルノーッ!!

 業火の騎士が、燃える掌底を叩きつけるように振り下ろした。
 凄まじい衝撃。巻き起こる熱風。迅雷の魔術士が叩き潰される。

 空中に、赤い色の紋章が浮かんだ。

 掌を離す業火の騎士。
 悪魔のような顔を向け、エリュシオンを鋭く睨みつけている。
 火の粉が飛び交う地獄のような風景の中、紋章が輝いて――

 迅雷の魔術士が砕け散った。

「やった!」

 短く言って、喜ぶ僕。
 だが――

「罠発動、スピリット・フォース!」

 涼しい顔で、エリュシオンがそう宣言した。
 伏せられていたカードが表に。笑顔が崩れる僕。


スピリット・フォース  通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になる。
その後、自分の墓地に存在する守備力1500以下の
戦士族チューナー1体を手札に加える事ができる。


 エリュシオンの前に薄いバリアが貼られ、衝撃が吸収された。
 余裕そうに微笑んでいるエリュシオン。

「さらにこいつの効果で、墓地のタクティシャンガール・ナイトを手札に加える」


タクティシャンガール・ナイト
星2/地属性/戦士族・チューナー/ATK1200/DEF1000
このカードが召喚に成功した時、
相手フィールド上のモンスターを1体まで選択する。
選択したモンスターが攻撃表示の場合、守備表示に変更して以下の効果を与える。
●このカードが墓地に送られた場合、相手はデッキからカードを1枚ドローする。


 淡々と、カード効果を処理していく。
 浮かび上がったカードを掴み、手札ホルダーへ。
 僕達の方を見ながら――

「馬鹿と単細胞が組んだ所で、その程度だ」

 見下したように、エリュシオンがそう言い放った。
 真っ赤になる僕と、唸り声を漏らす業火の騎士。
 いつも以上に、僕とカードの心がシンクロして1つとなった。

「ぜ、絶対に許さない! 何がなんでも倒す!」

 わなわなと拳を震わせながら叫ぶ僕。
 手札に視線を向け、その中の1枚を乱暴に掴んだ。

「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 裏側表示のカードが浮かぶ。
 せせら笑うエリュシオン。

「お前じゃ無理だよ、馬鹿娘!」

 大きく言って、前を向いた。
 銀色の髪を揺らしながら――

「俺のターン!」

 余裕そうに、エリュシオンがカードを引いた。
 青い瞳を向けて、手札を眺める。


 エリュシオン SPC:4→5  ナイト SPC:2→3 


「俺はダークリード・ナイトを通常召喚!」

 手札のカードを選ぶエリュシオン。
 場に漆黒の鎧を着た、冷たい雰囲気の青年騎士が現れた。


 ダークリード・ナイト ATK1900 


 さらに、エリュシオンがカードを手に取った。
 邪悪に微笑みながら、言う。

「ダークリード・ナイトが存在する限り、
 俺は戦士族モンスターを1ターンに2回通常召喚できる!」


ダークリード・ナイト
星4/闇属性/戦士族/ATK1900/DEF1500
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
自分のメインフェイズ時に1度だけ、自分は通常召喚に加えて
レベル4以下の戦士族モンスター1体を召喚できる。
フィールドのこのカードをシンクロ素材とする場合、
このカードはレベル5モンスターとして扱う事ができる。


 展開を補助する効果。
 知っていても、つい苦々しい表情を浮かべてしまう。
 エリュシオンが勢い良く、カードを置いた。

「俺はタクティシャンガール・ナイトを通常召喚!」

 先程手札に加えた、チューナーモンスター。
 眼鏡の女性騎士が再び姿を現し、その手を前に伸ばした。

「そしてタクティシャンガールの効果で、
 お前の場のインフェルノ・モナークを守備表示にする!」


タクティシャンガール・ナイト
星2/地属性/戦士族・チューナー/ATK1200/DEF1000
このカードが召喚に成功した時、
相手フィールド上のモンスターを1体まで選択する。
選択したモンスターが攻撃表示の場合、守備表示に変更して以下の効果を与える。
●このカードが墓地に送られた場合、相手はデッキからカードを1枚ドローする。


 鈍い光が、業火の騎士の頭上から降り注ぐ。
 屈辱に震えながら、業火の騎士がその場に跪いた。


 インフェルノ・モナーク ATK2800→ DEF2200 


 業火の騎士を見下すエリュシオン。
 満足そうな笑みを口元に浮かべて――

「そうやって頭を下げている姿の方が、お前にはお似合いだ」

 冷たく、言い切った。
 ますます怒り狂う業火の騎士。
 熱気と怒気が、僕の方まで伝わってきた。

 ばっと、エリュシオンが手を伸ばす。

「レベル4、ダークリード・ナイトに、レベル2のタクティシャンガール・ナイトをチューニング!」

 眼鏡の女性騎士が、疲れたようにため息をついた。
 読んでいた本を閉じて、前を向く。その身体が光へ。

「忘失の記憶を刃に宿し、語り伝えるは騎士たる定め! 新たなる時代の礎となれ!」

 光が輪になり、暗黒の騎士を取り囲んだ。
 フッと冷たく息を吐き、目を閉じる暗黒の騎士。
 その身体が砕けて、一柱の光へと変化する。

 閃光が走って――

「シンクロ召喚! 来い、エンシェント・スクワイア!!

 光の中、古びた鎧に身を包んだ大地の騎士が再び場に姿を現した。
 赤い色の目を僕の方へ向け、剛剣を肩に乗せている。


 エンシェント・スクワイア ATK2500 


「さらにエンシェント・スクワイアの効果発動!
 墓地に眠るミスティックロード・ナイトの効果を得る!」


エンシェント・スクワイア
星6/地属性/戦士族・シンクロ/ATK2500/DEF2200
戦士族チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがシンクロ召喚に成功した時、
自分の墓地に存在する効果モンスター1体を選択する事ができる。
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
選択したモンスターと同じモンスター効果を得る。


 おもむろに、剣を構える大地の騎士。
 持っていた剣の刃に銀色の光が纏わりつき、うねった。


ミスティックロード・ナイト
星2/地属性/戦士族/ATK900/DEF0
相手フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスターの表示形式が
表側守備表示に変更された時、そのモンスターを破壊する。


「ぐぬぬ……!」

 着々と場を整えるエリュシオンの手腕を見て、
 僕は思わず唸る。完全に向こうのペースになってる。
 このままだと……。

「バトルだ! エンシェント・スクワイア!!」

 命令をとばすエリュシオン。
 大地の騎士がその巨大な剛剣を構えた。
 その視線の先にいるのは、跪く業火の騎士。

 大地の騎士が、ゆっくりと剣を振りかぶる。

「くっ。墓地のシールドキーパー・ナイトの、効果発動!」

 大きく言い、僕は画面をタッチした。
 出来ればとっておきたかった防御手段。
 だけど、今はそんなことは言ってられない。

「攻撃宣言時に、このカードを墓地から特殊召喚する!」

 手の中にカードが浮かんだ。
 紋章の盾を持った騎士のカード。ディスク部分に置く。
 光の中より、盾持ちの騎士が現れて盾を構えた。


 シールドキーパー・ナイト DEF2100 


「そしてこのカードが僕の場に存在する限り、
 相手はシールドキーパー・ナイト以外を攻撃できない!」


シールドキーパー・ナイト
星3/地属性/戦士族/ATK0/DEF2100
相手モンスターの攻撃宣言時、このカードを墓地から特殊召喚できる。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
相手は「シールドキーパー・ナイト」以外のモンスターを攻撃対象に選択できない。
「シールドキーパー・ナイト」の効果はデュエル中に1度しか使用できない。


 カード効果がモニター画面に表示される。
 ふんと、鼻を鳴らすエリュシオン。

「そういえば、そんな奴もいたな」

 どうでもよさそうな口調。
 余裕の笑みを浮かべつつ、面倒そうに言う。

「エンシェント・スクワイア」

 大地の騎士が頷き、再び剣を構えた。
 鉛色の刃がギランと輝く。静まり返るフィールド。
 一瞬、大地の騎士の身体が揺らいで――

クロニクル・ブレイド

 無数の斬撃が空中を駆け、僕の場を切り裂いた。

 目に映ったのは銀色の閃光のみ。
 すうっと、空中に橙色の紋章が浮かぶ。紋章が輝いて、
 盾持ちの騎士の身体がガラスのように砕け散った。

 肩をすくめるエリュシオン。

「あれだけ大口を叩いておいて、俺の攻撃をかわすのが精一杯か?
 お前も騎士団を率いる指揮官の端くれなら、もう少し勇気を持ってみたらどうだ?」

 馬鹿にしきった口調のエリュシオン。
 反論したくなる気持ちを、僕はグッと抑えた。

 挑発にのったらダメ。あの減らず口は、実力で黙らせなきゃ!
 
 キッと相手を睨みつける僕。
 エリュシオンがつまらなさそうに手を振った。

「俺はこれで、ターンエンド」

 目をつぶっているエリュシオン。
 つまらなさそうに前を向くその姿は、完全に油断しきっていた。
 チャンスだ。密かに、僕は心を引き締める。



 ナイト LP2000
 手札:2枚  SPC:3  EXデッキ:4 
 場:インフェルノ・モナーク(DEF2200)
   伏せカード1枚


 エリュシオン LP4000
 手札:3枚  SPC:5  EXデッキ:4 
 場:エンシェント・スクワイア(ATK2500) 



「僕のターン!」

 大きく言って、カードを引く。


 ナイト SPC:3→4  エリュシオン SPC:5→6 


 引いたカードを見て、僕は目を見開いた。
 これでパーツは揃った。反撃に転じるなら今しかない。
 このターンにドローしたカードを、構える。

「チューナーモンスター、タクティシャンガール・ナイトを召喚!」

 光の中、眼鏡をかけた女性騎士が三度その姿を現した。
 疲れたようにため息をつく女性騎士。読んでいた本を閉じる。


 タクティシャンガール・ナイト ATK1200 


「タクティシャンガールの効果で、エンシェント・スクワイアを守備表示に!」

 大地の騎士を指差す僕。
 光がのしかかり、大地の騎士がその場に膝をついた。


 エンシェント・スクワイア ATK2500→ DEF2200 


 興味なさそうにその光景を見ているエリュシオン。
 手を前に出しながら、僕は続ける。

「そして! 相手モンスターの表示形式が変更された時、
 墓地のマジックコール・ナイトは僕の場に特殊召喚できる!」


マジックコール・ナイト
星4/地属性/戦士族/ATK1400/DEF900
相手フィールド上のモンスターの表示形式が変更された時に発動できる。
このカードを墓地から特殊召喚する。この効果で特殊召喚した
このカードは、フィールドから離れた場合に除外される。


 手の中にカードが浮かび上がる。
 それを掴んで、ディスク部分に叩きつけるようにセットした。
 場に、魔術士風の優男がさっそうと現れる。


 マジックコール・ナイト ATK1400 


 これで2体のモンスターが並んだ。
 アクセルペダルを踏み込みながら、叫ぶ。

「さぁ、いくよ!」

 その言葉に頷く魔術士風の優男。
 眼鏡の女性騎士がいかにも面倒そうに、読んでいた本を投げ捨てた。

 手を前に出す。

「レベル4のマジックコール・ナイトに、レベル2のタクティシャンガール・ナイトをチューニング!」

 女性騎士の身体が砕けて光へ。
 光が輪になり、優男の身体を取り囲んだ。

「戦士達の魂が、支配の水となって1つとなる! 新たな力を刻み込め!」

 線だけの存在となった身体から星が飛び出し、光へ。
 眩いばかりの輝きの中、大地から水が湧き出た。
 冷たい風が場を通り抜け、そして――

 閃光が、走った。

「シンクロ召喚! 揺らめけ、アクア・パシフィスター!!

 光の中、思慮深い雰囲気を漂わせた青き騎士が静かに現れた。
 深い青を讃えたマントに、女性的な身体つき。
 慈愛に満ちた優しげな目を、エリュシオンの方へと向ける。


アクア・パシフィスター
星6/水属性/戦士族・シンクロ/ATK2200/DEF2400
戦士族チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
1ターンに1度、相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
このカードが戦闘またはカード効果によって破壊された時、
相手フィールド上に攻撃表示で存在するモンスターを全て守備表示にする。
この効果が発動したターン、相手はモンスターの表示形式を変更できない。


 アクア・パシフィスター ATK2200 


「ふん、揃い踏みか」

 小さく呟くエリュシオン。
 その目は僕の場の業火の騎士と水の騎士に、交互に向けられている。
 手を伸ばして、カードを動かす僕。

「さらに、インフェルノ・モナークを攻撃表示に!」


 インフェルノ・モナーク DEF2200→ ATK2800 


 業火の騎士が荒々しく立ち上がった。
 今にも飛びかからんばかりの迫力で、エリュシオンを睨みつけている。
 その横、呆れるようにそれを見ている水の騎士。

 ばっと手を前に出して、僕は叫んだ。

「バトルだ! インフェルノ・モナーク!」

 僕の声に、頷く業火の騎士。
 全身に力を込めながら、宙を蹴って相手の場へと飛び掛かった。
 紅蓮の炎を纏った掌を、振りかぶる。

「インフェルノ・モナークが守備表示モンスターを攻撃する時、
 その守備力を0にして貫通ダメージを与える!」


インフェルノ・モナーク
星7/炎属性/戦士族・シンクロ/ATK2800/DEF2200
戦士族チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードが守備表示モンスターを攻撃する場合、
攻撃対象となったモンスターの守備力は0となる。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を
攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


 大地の騎士の足元に、青い炎が湧き上がった。
 苦悶の声をあげる大地の騎士。その力が奪われる。


 エンシェント・スクワイア DEF2200→ DEF0 


 これで、壁はないも同然。
 業火の騎士が掌を振り下ろすのに合わせて、叫んだ。

グラン・インフェルノーッ!!

 燃え盛る紅蓮の掌底が、大地の騎士に迫った。
 巻き起こる熱風。フィールドを火の粉が飛び散る。

 そして――

「言っただろ! 馬鹿と単細胞じゃ、俺には敵わないって!」

 大きく、エリュシオンが叫んだ。
 ハッとして、顔をあげる。目を見開く僕に向かって――

「手札のホーリープリースト・ナイトの効果発動!」

 エリュシオンが、手札のカードを見せつけた。


ホーリープリースト・ナイト
星2/光属性/戦士族/ATK800/DEF600
このカードを手札から墓地へ送り、
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択する。
それが攻撃表示の場合、守備表示に変更する。
選択されたモンスターはエンドフェイズまで戦闘では破壊されない。
この効果は相手のターンでも発動する事ができる。


「なっ……!」

 青ざめる僕。
 エリュシオンがひらひらと、指でつまんだカードを揺らす。

「こいつを手札から捨てて、インフェルノ・モナークを守備表示にする」

 カードを捨てるエリュシオン。
 場に聖なる光が降り注ぎ、業火の騎士がまぶしそうにその場に伏せた。


 インフェルノ・モナーク ATK2800→ DEF2200 


 にやりと笑うエリュシオン。
 ぴっと、指を伸ばして得意そうに続ける。 

「そしてエンシェント・スクワイアが継承した
 ミスティックロード・ナイトの効果発動。守備表示となったモンスターを、破壊する!」


ミスティックロード・ナイト
星2/地属性/戦士族/ATK900/DEF0
相手フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスターの表示形式が
表側守備表示に変更された時、そのモンスターを破壊する。


 画面に表示される効果。
 大地の騎士が剣を握り、再び構えた。

 目にも留まらぬ斬撃が、空中を走る。

 すっと、剣を仕舞うように引く大地の騎士。
 業火の騎士が胸を押さえながら、身体を震わせて崩れ落ちる。

 その身体が砕けて、消えた。

「うっ、くっ……!」

 悔しげに言葉を詰まらせる僕。
 バカバカバカ! あんな見え見えの演技に引っかかって、
 あっさりと攻撃に乗っちゃうだなんて……!

 屈辱に震えている僕に向かって、エリュシオンが続ける。

「インフェルノ・モナークにかけられていた
 タクティシャンガール・ナイトの効果で、俺はさらに1枚ドローする」


タクティシャンガール・ナイト
星2/地属性/戦士族・チューナー/ATK1200/DEF1000
このカードが召喚に成功した時、
相手フィールド上のモンスターを1体まで選択する。
選択したモンスターが攻撃表示の場合、守備表示に変更して以下の効果を与える。
●このカードが墓地に送られた場合、相手はデッキからカードを1枚ドローする。


 カードを引くエリュシオン。
 僕を見下したように眺めながら――

「これで分かっただろ? お前じゃ俺を倒すなんて――」

 言葉を切るエリュシオン。
 その顔に最高にムカつく笑顔を浮かべながら、

「む・り・な・の」

 一文字一文字、区切りながら言い放った。
 笑い声をあげるエリュシオン。その声が白い霧の中に溶けていく。

「ぐっ、ぐぐぐ……!」

 怒りをたぎらせる僕。
 本当なら何か言い返してやりたい所だけど、
 今はこの状況を考えるのが先だった。

 心を落ち着かせながら、場のカードに視線を向ける。

(相手の場のエンシェント・スクワイアの守備力は2200。
 アクア・パシフィスターじゃ倒せない。伏せカードも今は役に立たないし……)

 霧の先を見据えながら、思案する僕。
 苦々しく、自分の手札を眺めた。

 残されたカードは2枚。だけどそこにも、起死回生のカードはない。

「……ターンエンド」

 暗い口調で、渋々と宣言する僕。
 エリュシオンがフッと、馬鹿にしきった表情で目をつぶった。



 ナイト  LP2000
 手札:2枚  SPC:4  EXデッキ:3 
 場:アクア・パシフィスター(ATK2200)
   伏せカード1枚


 エリュシオン  LP4000
 手札:3枚  SPC:6  EXデッキ:4
 場:エンシェント・スクワイア(DEF2200) 



「俺のターン!」

 余裕綽々に言うエリュシオン。
 カードを引くと、ロクに見もせずにホルダーに置いた。


 エリュシオン SPC:6→7  ナイト SPC:4→5 


「手札のストームライド・ナイトを特殊召喚!」

 エリュシオンがカードを表に。
 そよ風と共に、小柄な偵察兵風の騎士が現れた。

「こいつは俺の場に戦士族が存在する時、手札から特殊召喚できる!」


 ストームライド・ナイト ATK700 


 どこか申し訳なさそうに笑っている偵察兵風の少年騎士。
 ぽりぽりと頭をかきながら、その手を前に出した。

「そして! 特殊召喚された時にお前の場のモンスターを守備表示に変更する!」


ストームライド・ナイト
星2/風属性/戦士族/ATK700/DEF400
自分フィールド上に表側表示の戦士族モンスターが存在する場合、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
このカードが特殊召喚に成功した時、
相手フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。
選択したモンスターの表示形式を変更する。


 場に強い突風が吹き荒れた。
 風にあおられる水の騎士。ゆっくりと膝を曲げ、地面に跪く。


 アクア・パシフィスター ATK2200→ DEF2400 


 守備表示への変更。
 それに反応して、大地の騎士が剣を握りしめた。

「エンシェント・スクワイア!」

 呼びかけるエリュシオン。
 大地の騎士が継承したミスティックロード・ナイトの効果が発動した。


ミスティックロード・ナイト
星2/地属性/戦士族/ATK900/DEF0
相手フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスターの表示形式が
表側守備表示に変更された時、そのモンスターを破壊する。


 悲しげな目を向ける水の騎士。
 ゆっくりと、大地の騎士が銀色の光が宿る剣を構えた。

「させない! 罠発動、陽炎払い!」

 張り詰めた空気を切り裂くように、僕は大きく言った。
 モニターをタッチすると、伏せられていたカードが表になる。


陽炎払い  通常罠
自分フィールド上のモンスター1体を破壊して発動する。
このターンのエンドフェイズまで、自分が受けるダメージは全て0になる。
エンドフェイズ時、この効果で破壊したモンスターのレベル以下の
戦士族モンスターを1体まで選択し、デッキから特殊召喚する。


「ハッ、また防御カードか!」

 馬鹿にしたように吐き捨てるエリュシオン。
 その言葉を無視して、僕は続ける。

「この効果で、アクア・パシフィスターを破壊!」

 祈るように両手をあわせる水の騎士。
 その身体が砕け散り、僕の前の空間が蜃気楼のように揺らいだ。

「そして! アクア・パシフィスターが破壊された時、
 相手の場のモンスターを全て守備表示に変更する!」


アクア・パシフィスター
星6/水属性/戦士族・シンクロ/ATK2200/DEF2400
戦士族チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
1ターンに1度、相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
このカードが戦闘またはカード効果によって破壊された時、
相手フィールド上に攻撃表示で存在するモンスターを全て守備表示にする。
この効果が発動したターン、相手はモンスターの表示形式を変更できない。


 アクア・パシフィスターの効果は強制効果。
 陽炎払いの効果処理でも、タイミングは逃さないよ!
 水飛沫が上がり、偵察兵風の少年騎士が驚いたように地面に伏せた。


 ストームライド・ナイト ATK700→ DEF400 


 さらに穏やかな青い光が相手の場を照らし、騎士達の戦意を喪失させる。
 不快そうに目を細めるエリュシオン。

「この程度の魔術にたぶらかされるとは、情けない奴らめ」

 自分の場に伏せた騎士達を見ながら、そう言い捨てた。
 やれやれと呆れながら、手を伸ばすエリュシオン。

「俺はグレイトエッジ・ナイトを通常召喚!」

 場に、白髪で整った顔立ちの騎士が現れた。
 不敵な笑みを浮かべている青年騎士。


グレイトエッジ・ナイト
星4/地属性/戦士族・チューナー/ATK1800/DEF1400
このカードが相手モンスターに攻撃する
ダメージステップの間、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。
フィールド上に守備表示で存在するこのカードは、
1ターンに1度だけ戦闘では破壊されない。


 グレイトエッジ・ナイト ATK1800 


 2体の騎士が立ち並ぶ。
 心の中、警戒を強める僕。エリュシオンが手を伸ばして――

「レベル2のストームライド・ナイトに、レベル4のグレイトエッジ・ナイトをチューニング!」

 大きく、そう宣言した。
 白髪の青年騎士が、ニヤリと笑みを浮かべる。
 その身体が砕けて光となり、4本の輪に変化した。

「慧敏たる海の寵愛宿し、民を護り導くは騎士たる定め! 新たなる時代の礎となれ!」

 高らかに口走るエリュシオン。
 4本の輪が宙を飛び交い、少年騎士を取り囲んだ。
 光と共に、地面から冷たい水が湧き上がって――

 閃光が、走る。

「シンクロ召喚! 来い、アクア・パシフィスター!!

 再び姿を現す、賢明なる水の騎士。
 だがその冷徹なまでに思慮深い目は、今や僕の方へと向けられていた。
 腕を組み、水の騎士がまるで憐れむように僕を見る。


アクア・パシフィスター
星6/水属性/戦士族・シンクロ/ATK2200/DEF2400
戦士族チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
1ターンに1度、相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
このカードが戦闘またはカード効果によって破壊された時、
相手フィールド上に攻撃表示で存在するモンスターを全て守備表示にする。
この効果が発動したターン、相手はモンスターの表示形式を変更できない。


 アクア・パシフィスター ATK2200 


 これで、相手の場にはシンクロモンスターが2体。
 対する僕の場はがら空き。1枚もカードは残っていない。
 一応、陽炎払いの効果でこのターンは凌げるけど……。

 フッと、目を閉じるエリュシオン。

「しょせん、下々の民であるお前の実力なんてその程度だ。
 英雄騎士であるこの俺様に勝つなぞ、天地がひっくり返ってもありえはしない!」

 勝ち誇ったように断言するエリュシオン。
 認めたくないけど、そう豪語するだけの実力は見せている。

 手札のカードを、エリュシオンが手に取った。

「カードを1枚伏せる!」

 裏側表示のカードが浮かび上がる。
 いかにも余裕そうに目をつぶって――

「俺はこれで、ターンエンド」

 エリュシオンが、静かに宣言した。
 前を向く僕。目の前にデッキのカードが表示された。

「陽炎払いの効果で、デッキからブレイブオーダー・ナイトを特殊召喚!」


陽炎払い  通常罠
自分フィールド上のモンスター1体を破壊して発動する。
このターンのエンドフェイズまで、自分が受けるダメージは全て0になる。
エンドフェイズ時、この効果で破壊したモンスターのレベル以下の
戦士族モンスターを1体まで選択し、デッキから特殊召喚する。


 目の前の画面、1枚のカードをタッチする僕。
 光が浮かび上がり、そこから白銀の鎧を身に纏った騎士が現れた。


ブレイブオーダー・ナイト
星4/地属性/戦士族/ATK1400/DEF1200
このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、
ダメージ計算前にそのモンスターを持ち主のデッキに戻す。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
自分フィールド上に表側表示で存在する
戦士族モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。


 風でマントをたなびかせている白銀の騎士。
 腰に挿した剣を抜くと、静かに構える。


 ブレイブオーダー・ナイト ATK1400→ ATK1800 


 味方の士気を上げ、自分自身さえも鼓舞する勇気の騎士。
 その姿に後押しされるように、僕は自分のデッキを見つめた。

 ――まだ、勝負は終わってない!

 小さく深呼吸する僕。
 目をぱっちりと開け、手を伸ばした。

「僕のターン!」

 疾風で髪を揺らしながら、
 勢い良くカードを引く。


 ナイト SPC:5→6  エリュシオン SPC:7→8 


 引いたカードをそのまま表に。

「相手の場に守備表示モンスターが存在する時、
 コマンドキッド・ナイトは特殊召喚できる!」

 カードをセットする僕。
 光が浮かび、赤い鎧を着た青髪の子供騎士が元気よく飛び出した。


 コマンドキッド・ナイト ATK800→ ATK1200 


「……ふん」

 自分の場に跪いている大地の騎士をチラリと見るエリュシオン。
 呆れたように両手を広げた。

「だが、そんな奴が増えた所で多勢に無勢なのは変わりないな」

 冷たい言葉。
 僕はそれを無視して、新たなカードを手に取った。

「リバーブソード・ナイトを通常召喚!」

 子供騎士の横。
 光と共に、剣を携えた剣士が姿を見せた。


リバーブソード・ナイト
星4/地属性/戦士族/ATK1800/DEF1200
このカードが戦闘で破壊され墓地へ送られた時に発動できる。
デッキからレベル4以下の戦士族モンスター1体を手札に加える。


 リバーブソード・ナイト ATK1800→ ATK2200 


 並び立った3人の騎士達。
 ばっと、腕を伸ばして言う。

「コマンドキッド・ナイトの効果発動!
 僕の場のリバーブソード・ナイトのレベルを、1下げる!」


コマンドキッド・ナイト
星2/炎属性/戦士族・チューナー/ATK800/DEF1200
相手フィールド上に守備表示のモンスターが存在する場合、
このカードは手札から特殊召喚できる。
1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在する
このカード以外のモンスター1体を選択して発動できる。
エンドフェイズ時まで、選択したモンスターのレベルを1つ下げる。


 僕と同じように腕を前に出す子供騎士。
 剣士の身体から光が1つ飛び出し、弾けて消えた。


 リバーブソード・ナイト レベル4→ レベル3 


 これで、レベルの合計は5。
 アクセルペダルを踏み込みながら、声をあげる。

「レベル3のリバーブソード・ナイトに、レベル2のコマンドキッド・ナイトをチューニング!」

 微笑み、胸を張る子供騎士。
 その身体が砕け、2本の輪が宙を舞う。

「戦士達の魂が、逆巻く風となって1つとなる! 新たな力を刻み込め!」

 輪に取り囲まれた剣士の身体が線だけとなり、光へ。
 風が逆巻くように吹き荒れ、そして――

 閃光が、走った。

「シンクロ召喚! 吹き荒れろ、トルネード・パラディーン!!

 風の中心より、白き鎧の騎士が再び姿を現した。
 青い目に、身体を走る緑のライン。知性的で気品ある振る舞い。
 嵐を従えながら、疾風の騎士が悠然とフィールドに降り立った。


 トルネード・パラディン ATK2400→ ATK2800 


「ふん、お前まで俺に逆らうか!」

 なじるように言うエリュシオン。
 だがその発言とは裏腹に、顔に浮かんでいるのは余裕の笑み。
 背信行為を気にした様子もなく、場を眺めている。

 指を伸ばす僕。

「トルネード・パラディンの効果だ!
 君の場のアクア・パシフィスターを守備表示に!」


トルネード・パラディン
星5/風属性/戦士族・シンクロ/ATK2400/DEF1800
戦士族チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがシンクロ召喚に成功した時、
フィールド上に存在するモンスターカードを任意の枚数選択する。
選択されたモンスターの表示形式を変更する。


 疾風が場を飲み込んだ。
 荒々しい竜巻の力。水の騎士が不快そうに、その場に膝をつく。


 アクア・パシフィスター ATK2200→ DEF2400 


 その姿を見て、僅かに目を細めるエリュシオン。
 どうやら、こっらの狙いに気づいたみたい。

 だからって、やめる気はないけどね。

「バトルだ! トルネード・パラディンで、アクア・パシフィスターを攻撃!」

 高らかに言う僕。
 疾風の騎士が頷き、宙を蹴って水の騎士へと飛び掛かった。
 その白き拳を握りしめ、振りかぶる。

トルネード・インパクトーッ!!

 僕の声が、その場に大きく響いた。
 勢い良く振り下ろされる白き拳。
 水の騎士の顔面に、迫る。

 目をつぶりながら、エリュシオンが指を鳴らした。

「アクア・パシフィスター」

 呼びかけるエリュシオン。
 それだけで全てを理解したように、水の騎士が手を前にやる。

 水の騎士の目の前、青い魔力の盾が浮かび上がった。

「アクア・パシフィスターが存在する限り、
 お前の攻撃を1ターンに1度だけ無効にできる」


アクア・パシフィスター
星6/水属性/戦士族・シンクロ/ATK2200/DEF2400
戦士族チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
1ターンに1度、相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
このカードが戦闘またはカード効果によって破壊された時、
相手フィールド上に攻撃表示で存在するモンスターを全て守備表示にする。
この効果が発動したターン、相手はモンスターの表示形式を変更できない。


 カード効果が画面に表示される。

 疾風の騎士の拳が、魔力の盾に激突した。

 激しい衝撃と音。
 風が吹き荒れて、僕達の髪と服がばさばさと音をたてた。
 盾に弾かれ、疾風の騎士の身体が後ろへと吹き飛ぶ。水の騎士は無傷。

 だが――

ブレイブオーダー!!

 疾風の騎士の横をすり抜けるように駆け、
 白銀の騎士の身体が宙を舞った。
 その手に握りしめられた細身の剣。騎士が雄叫びを上げ――

 水の騎士の身体に、剣を突き立てる。

「ブレイブオーダー・ナイトが守備表示モンスターを攻撃する時、
 ダメージ計算を行わずにその相手モンスターをデッキに戻す!」


ブレイブオーダー・ナイト
星4/地属性/戦士族/ATK1400/DEF1200
このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、
ダメージ計算前にそのモンスターを持ち主のデッキに戻す。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
自分フィールド上に表側表示で存在する
戦士族モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。


 ぴっと指を伸ばす僕。
 エリュシオンは不愉快そうにその言葉を聞いている。
 剣を突き立てられた水の騎士。どこか憂うような表情を浮かべ――

 その場から、揺らめくように消えていった。

「……チッ」

 ディスクから弾かれたカードをキャッチするエリュシオン。
 舌打ちしながら、それをエクストラデッキに戻す。
 前に向き直る僕。残された最後の手札を構えた。

「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 正真正銘、最後のカードを伏せる僕。
 これで僕の手札にはもう、カードは残されていない。
 白い霧に満ちた森を、静かに見据える。



 ナイト  LP2000
 手札:0枚  SPC:6  EXデッキ:2 
 場:トルネード・パラディン(ATK2800)
   ブレイブオーダー・ナイト(ATK2200) 
   伏せカード1枚


 エリュシオン  LP4000
 手札:1枚  SPC:8  EXデッキ:4 
 場:エンシェント・スクワイア(DEF2200)
   伏せカード1枚



「俺のターン!」

 カードを引くエリュシオン。
 横目で引いたカードを見ると、その口元に笑みが浮かんだ。
 カードをホルダーに置きながら――

「罠発動! ギブ&テイク!」

 高らかに、エリュシオンがそう宣言した。
 伏せられていた1枚が、表になる。


ギブ&テイク  通常罠
自分の墓地に存在するモンスター1体を
相手フィールド上に守備表示で特殊召喚し、
そのレベルの数だけ自分フィールド上に表側表示で存在する
モンスター1体のレベルをエンドフェイズ時まで上げる。


「なっ!?」

 現れたカードを見て、絶句する僕。
 エリュシオンが指を伸ばした。

「この俺からお前にプレゼントだ。受け取りな!
 お前の場に、俺の墓地のマッシブダガー・ナイトを特殊召喚!」

 楽しそうに言うエリュシオン。
 光が放たれ、僕の場に暗殺者風の格好をした騎士が静かに現れる。


マッシブダガー・ナイト
星3/地属性/戦士族/ATK1300/DEF500
このカードを手札から墓地へ送り、
自分フィールド上のシンクロモンスター1体を対象として発動できる。
選択したモンスターは一度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。


 マッシブダガー・ナイト DEF500 

 エンシェント・スクワイア レベル6→ レベル9 


「くっ!」

 渋い表情で騎士を見つめる僕。
 何の計算もなく、僕の場にモンスターをあげる訳がない。
 だとしたら、相手の狙いは――

 エリュシオンがカードを構えた。

「チューナーモンスター、レディオフィサー・ナイトを通常召喚!」

 叩きつけるようにカードを置く。
 光と共に、真紅のマントを揺らす女性士官が毅然と現れた。


 レディオフィサー・ナイト ATK1600 


「やっぱり……!」

 現れた女性騎士を見て、声をあげる僕。
 エリュシオンが高笑いをあげながら、手を前に出した。

「レディオフィサー・ナイトの効果! 召喚に成功した時、
 お前の場の守備表示モンスターより低いレベルを持つ
 戦士族モンスターを、墓地から特殊召喚する!」


レディオフィサー・ナイト
星3/地属性/戦士族・チューナー/ATK1600/DEF1000
このカードが召喚に成功した時、相手フィールド上に表側表示で
存在する守備表示モンスター1体を選択して発動できる。
選択したモンスターのレベル以下の自分の墓地に存在する
戦士族モンスター1体を選択して守備表示で特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。
このカードをシンクロ素材とする場合、
戦士族モンスターのシンクロ召喚にしか使用できない。


 嫌味ったらしく長々と説明するエリュシオン。
 睨みつける僕の視線を涼しげに流しながら、続ける。

「お前の場のマッシブダガーのレベルは3。
 よってレディオフィサー・ナイトの効果で俺が選ぶのは――」

 指を伸ばすエリュシオン。
 モニターをタッチして――

「墓地に眠る、ライトニング・ウォーロックだ!!」

 大きく、そう宣言した。
 手を前に伸ばす女性騎士。その横に青白い火花のような雷が湧き上がり、
 白いローブを着た長髪の青年がゆらりと現れる。


 ライトニング・ウォーロック DEF1200 


 青白い魔術士を見つめる僕。
 クックックと、エリュシオンが笑い声を漏らした。

「ライトニング・ウォーロックはレベル4。
 本来ならレディオフィサーの効果では呼び出せない。だが――」

「ライトニング・ウォーロックは、墓地に存在する時は
 レベル4ではなくレベル1のモンスターとして扱うんでしょ!」

 エリュシオンの言葉を、僕は奪いとった。
 目の前のモニターに、カードの画像が浮かび上がる。


ライトニング・ウォーロック
星4/光属性/戦士族・シンクロ/ATK2000/DEF1200
戦士族チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがシンクロ召喚に成功した時、カードを1枚ドローする。
このカードが手札またはデッキに戻された場合、
エンドフェイズ時にこのカードをエクストラデッキから特殊召喚できる。
このカードは墓地に存在する限りレベル1として扱う。


 ぱちぱちと手を叩くエリュシオン。

「馬鹿娘にしては上出来だ。褒めてやる」

 皮肉たっぷりな褒め言葉。
 ここまで馬鹿にされた賛辞も、なかなかない。
 エリュシオンがさらにカードを手に取った。

「だが、お楽しみはここからだ。
 俺は墓地のトルネード・パラディンをデッキに戻すことで、
 手札のバックサポート・ナイトを特殊召喚する!」

「えっ!?」

 衝撃を受ける僕。 
 エリュシオンの場に、商人のような格好をした小柄な女の子騎士が現れた。


 バックサポート・ナイト ATK800 


「さらにバックサポート・ナイトの効果発動! 1枚ドローだ!」

 空中に緑色の紋章が浮かび、輝いた。


バックサポート・ナイト
星3/地属性/戦士族/ATK800/DEF500
自分の墓地に存在する戦士族モンスター1体をデッキに戻す事で、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
この効果でデッキに戻したカードがシンクロモンスターだった場合、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 カードを引くエリュシオン。
 そのままカードをホルダーに置いて――

「さて、と」

 気を抜いたように、呟いた。
 満足そうに息を吐きながら、僕の方を向く。

「ここまでだ。まぁ、頭の足りない哀れな馬鹿娘にしては、
 よくもった方だな。この俺自ら、直々に褒めてやるよ」

 とんでもなく上から目線の褒め言葉。
 もちろん、受取拒否する。

「な、なに、急に!? ていうか、まだ終わってないよ!」

 批判的に言う僕。
 エリュシオンの顔から笑みが消え、失望したような表情になる。

「お前、まだ分からないのか?」

 低い声で尋ねるエリュシオン。
 自分の場に並んだ3体の騎士を、手で示した。

「俺の場には3体のモンスターが並んでいる」

「そ、それがどうしたの! 攻撃力は僕の騎士達の方が――」

 僕の反論を遮るように、

「そして、レベルの合計は――10だ」

 エリュシオンが、突きつけるよう、そう言い放った。
 ぴたりと、僕の口から言葉が止まる。

 レベル……10?

 一瞬、嫌な予感がした。
 それを振り払うように首を振ると、僕は冷や汗を流しながら尋ねる。

「そ、それがどうしたの! 僕達のデッキに、
 そんな高レベルのシンクロモンスターは――」

「本当にそうかなぁ?」

 邪悪な笑みを浮かべているエリュシオン。
 ゆっくりと、まるで語りかけるように――

「よーく見てみろ。馬鹿娘」

 そう、言った。
 見る? 見るって言われても、ここにあるのは、
 互いのフィールドを表示してるD・ホイールのモニターくらいしか――

 瞬間、僕の思考が止まった。

 凍りつく僕。
 目の前のモニターを、食い入るように見る。



 ナイト  LP2000
 手札:0枚  SPC:6  EXデッキ:2 
 場:トルネード・パラディン(ATK2800)
   ブレイブオーダー・ナイト(ATK2200) 
   伏せカード1枚


 エリュシオン  LP4000
 手札:1枚  SPC:8  EXデッキ: 
 場:エンシェント・スクワイア(DEF2200)
   レディオフィサー・ナイト(ATK1600)
   ライトニング・ウォーロック(DEF1200) 
   バックサポート・ナイト(DEF800)
   伏せカード1枚



 エクストラデッキ、5枚。

 アクア・パシフィスターはブレイブオーダー・ナイトの効果で、
 トルネード・パラディンはバックサポートの効果でそれぞれデッキに戻っている。
 そして相手の場には、シンクロモンスターが2体。

 つまり――

「1枚、多い……?」

 愕然となる僕。
 エリュシオンが肩をすくめた。

「ようやく気づいたか、馬鹿娘」

 馬鹿にしきったように、エリュシオンがせせら笑った。

「ここまで言われてようやく気が付くとは、
 やっぱりお前はただの馬鹿だな。まったく、
 姉さんもどうしてこんな奴に頼るんだか……」

 ぶつぶつと不満そうに、呟く。
 わざとらしくため息をつくと、エリュシオンが前を向いた。

「まぁ、いいか。なんにせよ――」

 言葉を切るエリュシオン。
 その顔から馬鹿にしたような笑みが消えて――

「俺に逆らった事、後悔するんだな」

 突き刺すような殺気が、放たれた。

「……ッ!!」

 ゾッとするような気配を感じて、身体を震わせる僕。
 場の騎士達もまた、怯えるようにエリュシオンを見ていた。
 空間そのものが歪んだかのような、凄まじい息苦しさが場を渦巻く。

 ゆっくりと――

「俺はレベル4のライトニング・ウォーロックと、
 レベル3のバックサポート・ナイトに――」

 エリュシオンが言葉を紡ぐ。
 冷や汗を流しながら、それを聞く僕。

「レベル3のレディオフィサー・ナイトを――」

 視線を向けてくるエリュシオン。
 青い瞳が射抜くように、僕の姿を捉えていた。
 沈黙する場。白い霧の中を、駆け抜けていく僕達。 

 銀色の髪が揺れて――
 
「――――やめだ」

 唐突に、エリュシオンの身体から力が抜けていった。
 まるで風船がしぼんだように、放たれていた殺気が消え失せる。
 張り詰めていた空気は緩み、息苦しさもなくなった。

 そしてなにより、フィールドに変化はない。

「……は?」

 ぽかんとしながら、目を見開いている僕。
 だがすぐにハッとなると、慌てて尋ねた。

「ちょちょちょ、なにしてんの!?
 そこまでやっといて、急になしってどういう事!?」

「うるさい、口を閉じろ」

 いかにも面倒そうに、冷たくあしらうエリュシオン。
 フッと、普段の小憎たらしい笑顔をその顔に浮かべた。

「この俺とした事が、つい、こんな馬鹿娘を相手に本気を出そうとしてしまった。
 まったく、我ながら大人げないな。もっと英雄としての自覚を持たなければ……」

 やれやれと、まるで自分に呆れたように話しているエリュシオン。
 肩をすくめながら、視線を自分の場へと戻す。

「こんなくだらない戦いなぞ、こいつらで十分だ」

 自分の場に立ち並ぶ騎士達を、エリュシオンが眺めた。
 呆然としている僕を前に、ばっと腕を伸ばす。

「レベル4のライトニング・ウォーロックに、レベル3のレディオフィサー・ナイトをチューニング!」

 先程までと違い、高らかに宣言するエリュシオン。
 女性士官の身体が砕け、3本の輪が飛び出す。

「熾烈なる蒼炎の力宿し、敵を討ち滅ぼすは騎士たる定め! 新たなる時代の礎となれ!」

 迅雷の魔術士を取り囲む輪。
 その身体が一柱の大きな光へと変化する。
 赤い炎が吹き出て、そして――

 閃光が、走った。

「シンクロ召喚! 来い、インフェルノ・モナーク!!

 光の中、業火の騎士が再びその姿をフィールドに現した。
 飛び散る赤い火の粉。怒号のような雄叫びを、天に向かって響かせる。


インフェルノ・モナーク
星7/炎属性/戦士族・シンクロ/ATK2800/DEF2200
戦士族チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードが守備表示モンスターを攻撃する場合、
攻撃対象となったモンスターの守備力は0となる。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を
攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


 インフェルノ・モナーク ATK2800 


「やはり、お前はそうやって俺に付き従っている姿の方がお似合いだ」

 自分の場に現れた業火の騎士に向かって、
 どこまでも不敵で見下した声をかけるエリュシオン。
 ギリギリと、業火の騎士が拳を震わせている。

 エリュシオンが続けた。

「そして、Sp−ヴィジョンウィンドを発動!」

 残されていた最後の手札。
 それを表にして、セットするエリュシオン。

「こいつで、墓地のコマンドキッド・ナイトを特殊召喚する!」


Sp−ヴィジョンウィンド  通常魔法
自分のスピードカウンターが2つ以上ある場合に発動する事ができる。
自分の墓地に存在するレベル2以下のモンスター1体を特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターは、このターンの終了時に破壊される。


 蘇生カード。
 場に穏やかな風が吹き抜け、赤い鎧を着た子供騎士が再び現れた。


コマンドキッド・ナイト
星2/炎属性/戦士族・チューナー/ATK800/DEF1200
相手フィールド上に守備表示のモンスターが存在する場合、
このカードは手札から特殊召喚できる。
1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在する
このカード以外のモンスター1体を選択して発動できる。
エンドフェイズ時まで、選択したモンスターのレベルを1つ下げる。


 コマンドキッド・ナイト ATK800 


 並び立った2体のモンスター。
 となれば、やる事は1つしかない。

 フッと、微笑みながら――

「レベル3のバックサポート・ナイトに、レベル2のコマンドキッド・ナイトをチューニング!」

 エリュシオンが、大きくそう宣言した。
 渋い表情を浮かべる僕。

「ダブルシンクロ召喚……!!」

 ぽつりと、呟いた。
 相手の場の子供騎士の身体が、砕け散る。
 
「荒れ狂う怒涛の嵐宿し、戦場駆け廻るは騎士たる定め! 新たなる時代の礎となれ!」

 商人風の女の子騎士の身体が線だけに。
 その身体から光が飛び出し、一直線に並んだ。
 疾風が逆巻いて――

 閃光が、走った。

「シンクロ召喚! 来い、トルネード・パラディン!!

 光の中、疾風の力を宿した騎士が悠然と姿を現した。
 フィールドを吹き荒ぶ嵐の中、ゆっくりとその拳を構える。

 僕の場と相手の場、2体のトルネード・パラディンが対峙した。


 トルネード・パラディン ATK2400 


「トルネード・パラディンの効果だ!
 お前の場のブレイブオーダー・ナイトとトルネード・パラディンの表示形式を変更!」


トルネード・パラディン
星5/風属性/戦士族・シンクロ/ATK2400/DEF1800
戦士族チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがシンクロ召喚に成功した時、
フィールド上に存在するモンスターカードを任意の枚数選択する。
選択されたモンスターの表示形式を変更する。


 相手の場に佇む、白き疾風の騎士。
 その身体を中心に、竜巻が吹き荒れて場を飲み込んだ。
 猛烈な風。僕の場の疾風の騎士と白銀の騎士が、跪く。


 トルネード・パラディン ATK2800→ DEF1800 

 ブレイブオーダー・ナイト ATK1800→ DEF1200 


 表示形式の変更。
 エリュシオンがぱちんと、指を鳴らす。

「そしてエンシェント・スクワイアが継承した
 ミスティックロード・ナイトの効果で、2体を破壊する!」


ミスティックロード・ナイト
星2/地属性/戦士族/ATK900/DEF0
相手フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスターの表示形式が
表側守備表示に変更された時、そのモンスターを破壊する。


 剣を取る大地の騎士。
 その剛剣を目にも留まらぬ早さで、素早く振るう。
 切り裂かれる大気。ぐらりと身体が揺れて――

 僕の場の2体の騎士が、その場に崩れ落ちた。

「くうっ……!」

 顔をしかめる。
 これで僕の場に残っているのは、
 守備表示のマッシブダガー・ナイトだけだ。

「同じ奴が2人いるのはおかしいからな。
 俺の騎士団の名を騙る不届きな偽物には消えてもらった」

 楽しそうに笑いながら、そう話すエリュシオン。
 完璧なまでの余裕を漂わせながら、カードを動かす。

「エンシェント・スクワイアを攻撃表示に!」


 エンシェント・スクワイア DEF2200→ ATK2500 


 膝を伸ばし、地面から立つ大地の騎士。
 剛剣を構えて、戦闘態勢に入った。
 エリュシオンが手をかざす。

「さぁ、残っているのはお前だけだ、馬鹿娘!
 とっとと俺の前から消えるんだな! インフェルノ・モナークッ!!」

 命令するエリュシオン。
 業火の騎士が、不満そうに唸ってから大地を蹴る。
 暗殺者風の騎士の方へと飛びかかり――

 業火で燃え盛る拳を、振りかぶった。

グラン・インフェルノッ!!

 迫り来る火炎の掌底。
 炎にあてられ、周りが赤い色に染まる。
 スローモーションのように、その動きが僕の目に映った。

 そして――

「罠発動!」

 僕の声が、その場に大きく響いた。
 伏せられていた1枚が表になり、輝く。
 地面から冷たい水が湧き出て――

 ガキィンと、何かが衝突する音が辺りに鳴り響いた。

「…………」

 沈黙しているエリュシオン。
 その目が冷たく、僕の場を見据えている。
 炎が燃える音。焼け焦げた匂いが辺りに漂う。

 そして暗殺者風の騎士の前、青い魔力の盾が空中に浮かんでいた。


アクア・パシフィスター
星6/水属性/戦士族・シンクロ/ATK2200/DEF2400
戦士族チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
1ターンに1度、相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
このカードが戦闘またはカード効果によって破壊された時、
相手フィールド上に攻撃表示で存在するモンスターを全て守備表示にする。
この効果が発動したターン、相手はモンスターの表示形式を変更できない。


 アクア・パシフィスター ATK2200 


「アクア・パシフィスター……!」

 悔しさをにじませて、呟くエリュシオン。
 イラついたように、僕の場で表になっているカードを睨んだ。


リビングデッドの呼び声  永続罠
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。


「蘇生カードで墓地のアクア・パシフィスターを復活させ、
 効果でインフェルノ・モナークの攻撃を防いだ、か……」

 僕の場に佇んでいる水の騎士を見ながら、
 分析するエリュシオン。チッと舌を鳴らす。

「どこまでも往生際の悪い奴だな!!
 そこまでして、生き延びようってのかッ!!」

 声を荒らげるエリュシオン。
 僕はその姿を見つめ返しながら、声を荒げる。

「言っておくけど、君にだけは言われる筋合いないよ!」

「……なに?」

 理解できないようで、聞き返してくるエリュシオン。
 ちょっぴり怒りながら、僕は説明する。

「君だって、英雄としてのプライドを捨てて生き残ることを選んだんでしょ!
 だからこそ封印の一族に従った! 君がこの世界にいるのが、その証拠!
 君と僕、何も変わりはしない! だから批判される謂れはないよ!」

 僕の言葉を聞き、エリュシオンが目を見開いた。
 一瞬、その瞳に驚愕の色が浮かぶ。続いて思案。
 そして最後に浮かんだのは――

「貴様ァ……何を分かった風な口を聞いてやがるッ!」

 激昂したように、エリュシオンが叫んだ。
 その目に浮かんでいるのは演技ではない、
 純粋な怒り。激しい炎。

 漆黒の殺意が再び放たれ、僕を突き刺した。

「この俺がお前と同じだとッ!?
 ふざけるなッ! 俺は英雄だッ! お前とは違うんだよッ!」

 エリュシオンが叫ぶ。
 そのまま怒りに任せるように、ばっと腕を前にやった。

「トルネード・パラディン!! エンシェント・スクワイア!!」

 大きく呼びかけるエリュシオン。
 2人の騎士が頷き、それぞれ拳と剣を構えて飛び掛かった。
 水の騎士と暗殺者風の騎士が、その姿を黙って見つめている。

 衝撃と共に、僕の場の2体の騎士の姿が砕け散り、消えた。


 ナイト  LP2000→ 1700 


 ライフポイントが削られる。
 青い光が放たれ、相手の騎士達がその場に膝をついた。


アクア・パシフィスター
星6/水属性/戦士族・シンクロ/ATK2200/DEF2400
戦士族チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
1ターンに1度、相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
このカードが戦闘またはカード効果によって破壊された時、
相手フィールド上に攻撃表示で存在するモンスターを全て守備表示にする。
この効果が発動したターン、相手はモンスターの表示形式を変更できない。


 トルネード・パラディン ATK2400→ DEF1800 

 インフェルノ・モナーク ATK2800→ DEF2200 

 エンシェント・スクワイア ATK2500→ DEF2200 


 アクア・パシフィスターが残していった、最後の効果。
 相手の場にずらりと並んだ騎士達を、僕は静かに眺める。
 少しだけ落ち着きを取り戻したエリュシオンが、ふんと鼻を鳴らした。

「これを見ろ」

 両手で騎士達を示すエリュシオン。
 自分の場と僕の場、交互に視線を送る。

「お前の場と手札に、カードは1枚も残っていない。
 対する俺の場には3体のシンクロモンスター。ライフは無傷の4000」



 ナイト  LP1700
 手札:0枚  SPC:7  EXデッキ:2
 場:なし


 エリュシオン  LP4000
 手札:0枚  SPC:9  EXデッキ:3
 場:トルネード・パラディン(DEF1800)
   インフェルノ・モナーク(DEF2200)
   エンシェント・スクワイア(DEF2200) 



 淡々と状況を語るエリュシオン。
 冷たい目を、僕の方へと向ける。

「終わりだ。このデッキにはもはや、
 この状況を逆転するカードなんて有りはしない。
 お前は負けたんだよ、馬鹿娘!」

 吐き捨てるように話すエリュシオン。
 憤怒の形相を浮かべて、小さな声で続けた。

「偉そうに俺の心を推し量ったような真似をしても、所詮はその程度。
 言っただろ。お前が何を言おうが、俺が英雄である事に変わりはない。
 重要なのは『何をなしたか』だ。これがその結果だ!」

 もう一度、両手でフィールドを示すエリュシオン。
 僕は黙って、その言葉を聞いていた。
 不愉快そうに、エリュシオンが手を広げる。

「これでターンエンドだ。さっさと諦めな」

 そう言って視線をそらすエリュシオン。
 霧の森を突き進んでいる僕達。

 ゆっくりと、僕は前を向いた。

「――僕のターン!」

 大きく言って、手を伸ばす。
 エリュシオンが驚いたように、視線を戻した。

「馬鹿な! 言っただろ!
 この状況を逆転するカードは存在しないと!」

 信じられないような目で、僕を見ているエリュシオン。
 相手が使っているのは僕と同じデッキ。だからこそ、
 あそこまで完全に断言しているのだろう。
 
 ゆっくりと、デッキに向かって手を伸ばす。

「…………」

 無言の僕。あの英雄騎士のエリュシオンは
 性格最低で自己中心的、モラルもマナーも欠如した差別主義者で
 おまけに人格の破綻したサディストだけど、言っていることだけは頷ける。

 重要なのは何を言ったかじゃなく、何をなしたか。

 だからこそ、僕は黙っている。
 残された最後の希望。それを掴めるか、掴めないか。
 このターンに何をなせるかが、この勝負の行方を握っている。

 真剣な表情。鋭くデッキを見つめながら――

「――ドローッ!!」

 勢い良く、最後の1枚を手に掴んだ。
 裏側のカードを表にして、見る。


 ナイト SPC:7→8  エリュシオン SPC:9→10 


 沈黙が流れていた。
 時が止まったかのような、息の詰まる静寂。
 それは数秒か、あるいは数十秒か。僕には分からない。

 カードを構えて――

「チューナーモンスター、デザイア・プリンセスを召喚!!」

 大きく、叫んだ。
 このターンに引いたカードを場へ。
 光と共に、僕の場に白いドレスを纏った高貴なる姫君が姿を現した。


 デザイア・プリンセス ATK0 


「なっ……!!」

 絶句するエリュシオン。
 白い霧が立ち込める森の方に顔を向けて――

「姉さんッ!! どうしてこんな奴に力を貸すッ!!」

 怒鳴るように、叫んだ。
 霧に解けて消えるエリュシオンの言葉。

 腕を伸ばしながら、僕は声を張り上げる。

「デザイア・プリンセスの効果! 
 このカードは僕の墓地に存在する戦士族モンスターを、
 レベル1のシンクロ素材モンスターとしてシンクロ召喚に使用できる!」

「ぐっ……!!」


デザイア・プリンセス
星1/光属性/戦士族・チューナー/ATK0/DEF0
このカードをシンクロ素材とする場合、
戦士族モンスターのシンクロ召喚にしか使用できず、
他のシンクロ素材モンスターは全て
自分の墓地の戦士族モンスター1体以上でなければならない。
このカード以外のシンクロ素材モンスターは
全てチューナー以外のレベル1のモンスターとして扱い、
シンクロ素材になった場合ゲームから除外される。


 モニターに表示されるカード効果。
 エリュシオンが歯を食いしばり、拳を震わせた。

「――いくよッ!!」

 アクセルを踏み込みながら叫ぶ僕。
 姫君の身体が両手を合わせる。その身体が金色の光に包まれた。

「墓地の戦士族モンスター7体に、僕の場のデザイア・プリンセスをチューニング!!」

 姫君の足元に、巨大な光の紋章が浮かび上がった。
 祈りを捧げている姫君。その身体が1つの輪に変化する。

「戦士達の魂が、渦巻く闘気となって1つとなる! 新たな力を刻み込め!」

 紋章の中に浮かぶ7つの光。
 それらが輪の中へと集い、巨大な一柱の光となった。
 光の中、漆黒の波動が溢れて――

 閃光が、走った。

「シンクロ召喚! 薙ぎ払え、ヴォルテクス・ブリンガー!!

 光の中より、巨大な姿が場に現れた。
 全身を覆う漆黒の鎧に、身の丈ほどもある巨大な剣。
 黒いオーラが逆巻くように、その全身を流れている。

 漆黒の魔剣を肩に乗せながら、波動の騎士がその青い目を相手の場へ向けた。


 ヴォルテクス・ブリンガー ATK3000 


「貴様ァ!!」

 波動の騎士に視線を向けるエリュシオン。
 前を向きながら、僕は続ける。

「ヴォルテクス・ブリンガーのモンスター効果発動!
 フィールド上に存在する守備表示モンスターを、全て破壊する!」


ヴォルテクス・ブリンガー
星8/闇属性/戦士族・シンクロ/ATK3000/DEF2600
戦士族チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
1ターンに1度、自分のメインフェイズに発動できる。
フィールド上に守備表示で存在するモンスターを全て破壊する。


 「くっ!」と顔をしかめるエリュシオン。
 波動の騎士がゆっくりと、漆黒の魔剣を構えた。
 その身から溢れる漆黒の波動。大気が震えて――

 黒い閃光が一閃し、場を切り裂いた。

 空気が一瞬、歪んだように乱れる。
 相手の場、跪いていた3体の騎士がその場に崩れ落ち、砕け散った。

「……あの時か!」

 声を荒げるエリュシオン。

「この勝負を始める前、姉さんと何か話していたな!
 その時に、あのカードを渡されてデッキに入れた! 違うか!?」

 噛み付くように尋ねてくるエリュシオン。
 僕は振り返ると、こくりと頷く。

「ぐっ……!!」

 怒りに震えるエリュシオン。
 だがすぐに冷静さを取り戻すと、低い声で続けた。

「良い気になるなよ! そいつの攻撃力は3000!
 ダイレクトアタックを受けても、俺のライフポイントは残る!
 ライフさえ残れば、次のターンにお前を――!!」

 凄まじい形相で僕を睨んでいるエリュシオン。
 その視線から逃れるように、僕は前を向いた。

 自分のデッキを見つめながら――

「タクティシャンガール・ナイトの、効果発動!」

 大きく、叫んだ。
 エリュシオンが唖然としたように目を丸くする。

「なに?」

「忘れないでよね! 君の場に存在していたエンシェント・スクワイアは、
 僕が召喚したタクティシャンガール・ナイトの効果を受けている!
 ヴォルテクス・ブリンガーの効果で墓地に送られた今、僕はカードを1枚ドローできる!」

 鋭く指摘する僕。
 モニターにカード効果が浮かび上がった。


タクティシャンガール・ナイト
星2/地属性/戦士族・チューナー/ATK1200/DEF1000
このカードが召喚に成功した時、
相手フィールド上のモンスターを1体まで選択する。
選択したモンスターが攻撃表示の場合、守備表示に変更して以下の効果を与える。
●このカードが墓地に送られた場合、相手はデッキからカードを1枚ドローする。


「なん、だと……? まさか、そんな……!」

 うわ言のように呟くエリュシオン。
 真剣な眼差しを、僕は再び自分のデッキへと向ける。
 呼吸を止め、手を伸ばす。無心のまま、目を閉じて――

 カードを、引いた。

「…………」

 引いたカードを指で挟んでいる僕。
 ゆっくりと目を開き、確認する。

 目を細めて――

「Sp−パンドラ・イリュージョンを発動!!」

 僕の声が、その場に響いた。


Sp−パンドラ・イリュージョン  通常魔法
自分のスピードカウンターを4つ取り除いて発動する。
自分か相手の墓地に存在する魔法カード1枚を選択する。
このカードの効果は選択した魔法カードと同じ効果となる。


 ナイト SPC:8→ 4 


 スピードカウンターの数が減り、D・ホイールの速度が落ちる。
 キラキラとした光が降り注いで――

「僕が発動するのは、君の墓地のSp−ヴィジョンウィンド!」

 カードの絵柄が、変化した。


Sp−ヴィジョンウィンド  通常魔法
自分のスピードカウンターが2つ以上ある場合に発動する事ができる。
自分の墓地に存在するレベル2以下のモンスター1体を特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターは、このターンの終了時に破壊される。


 カードが輝く。
 穏やかな風が吹き抜け、僕の場に眼鏡をかけた女性騎士が復活した。


タクティシャンガール・ナイト
星2/地属性/戦士族・チューナー/ATK1200/DEF1000
このカードが召喚に成功した時、
相手フィールド上のモンスターを1体まで選択する。
選択したモンスターが攻撃表示の場合、守備表示に変更して以下の効果を与える。
●このカードが墓地に送られた場合、相手はデッキからカードを1枚ドローする。


 タクティシャンガール・ナイト ATK1200 


「馬鹿なッ!!」

 首を振るエリュシオン。
 信じられないとでも言いたげに、僕の場に並んだ2体の騎士を睨む。

 ばっと、僕は腕を振り上げた。

「バトル! タクティシャンガール・ナイトで、ダイレクトアタック!」

 エリュシオンを、指差した。
 読んでいた本を閉じて、前を向く女性騎士。
 飛び上がり、エリュシオンの前へ。

 ドゴッと、女性騎士が持っていた本の角でエリュシオンの頭を叩いた。 

「ぐっ!!」


 エリュシオン  LP4000→ 2800   SPC:10→ 9 


 痛そうな様子のエリュシオン。
 眼鏡をかけた女性騎士が、その姿に向かってあっかんべーをする。

「ヴォルテクス・ブリンガー!!」

 僕の声が、その場に響いた。
 頷く波動の騎士。躊躇する事もなく、漆黒の大剣を再び構えた。
 鈍い光を放っている魔剣。宙を切り裂くように、騎士が剣を引く。

 一瞬、その身体が波打つように動いて――

ディメンション・ブラスターッ!!

 魔剣の一閃が、場を横一文字に切り裂いた。
 居合い抜きのような、残像さえ残らない不可視の一撃。
 見えたのは、空中を走る黒い光だけ。

 空中に、黒い色の紋章が浮かび上がった。

 背を向ける波動の騎士。
 魔剣を肩に乗せ、一分の隙もなくその場で佇む。
 紋章が輝いて――

 衝撃が、巻き起こった。

「がああああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 絶叫をあげるエリュシオン。
 それは痛みではなく、屈辱を受けたことに対する咆哮に聞こえた。
 野生の獣のような叫び声が、辺りに響き渡り――


 エリュシオン  LP2800→ 0 


 勝負が、決着した。

 鼓動するように、周りの霧が揺れる。
 2台のD・ホイールが白い霧に飲み込まれて――

 気が付くと、僕たちはいつの間にか最初の地点に立っていた。

 傍らには停止した2台のD・ホイール。
 そして僕の前、呆然としているエリゼと騎士達の姿が目に入った。

「ま、まさか、エリュシオンが負けた……!?」

 僕が勝ったことに、戸惑いを隠せない様子の騎士達。
 ざわざわとざわめきながら、僕の方を見ている。

「……ナイト」

 複雑そうな表情を浮かべながら、
 声をかけてくるエリゼ。僅かに微笑むと、
 僕の横でがっくりと膝をついているエリュシオンに近づいた。

「エリュシオン……」

 呼びかけるエリゼ。
 エリュシオンが拳を震わせながら、顔をあげる。

「なぜだ……」

 その口から小さな声が漏れて――

「なぜ、こんな奴に力を貸したッ!! 姉さんッ!!」

 エリュシオンが地面を叩き、叫んだ。
 立ち上がり、エリゼの胸ぐらを掴むエリュシオン。
 慌てて、数人の騎士達が駆け寄る。

「お、おやめ下さい!」

「エリュシオン様!」

 エリュシオンを引き剥がそうとする騎士達。
 だが騎士達が必死の力を込めているにも関わらず、
 エリュシオンはびくともしなかった。

「なぜだ、答えろ。答えてくれ、姉さん……!」

 真っ直ぐにエリゼを見据えているエリュシオン。
 毅然とした表情のまま、エリゼが口を開いた。

「言ったでしょう、エリュシオン」

 静かに、語りかけるように話す。

「この方こそ、我らの救世主。
 永きに渡る封印を解き、そして封印の一族に対抗するための、
 私達にとって唯一の希望の光なのです。私はそう確信しています」

 優しげな口調のエリゼ。
 エリュシオンが目を見開く。

「希望の、光……?」

 呆然とした様子で呟くエリュシオン。
 その手から力が抜けて、エリゼを離した。
 語りかけるエリゼ。

「先程の戦いで、あなたにも分かったでしょう?
 この方はあなたにも負けない、実力と精神を持っていると。
 彼女ならば封印の一族を退ける可能性があると!」

「…………」

「ですから、どうかお願いですエリュシオン。
 私達のためにも、この方に力を貸してあげて。
 我らが騎士団を統べる、最強の英雄騎士としての力を!」

「…………」

 黙りこんでいるエリュシオン。
 その目はぼんやりと、どこか遠くを見ているようにも見えた。
 思案するような沈黙。静寂が場に流れる。

 やがて、エリュシオンがゆらりと身体を動かして――

「……なるほど」

 一言、そう呟いた。
 ぱっと、エリゼの表情が明るくなる。

「分かってくれたのですね、エリュシオン!」

「あぁ。……姉さんがどうして力を貸したのか、理解したよ」

 淡々と話すエリュシオン。
 エリゼから顔を背けると、僕の方へと歩み寄った。
 青い瞳を向けてくるエリュシオン。

「じゃ、じゃあ……!」

 期待するような目でエリュシオンを見る僕。
 少しドキドキとしながら、彼の言葉を待った。

 その顔に無表情を浮かべながら――

「断る」

 エリュシオンの冷たい言葉が、その場に響いた。
 ぴたりと、固まる僕達。その言葉の意味を
 理解するのに、時間がかかる。

 数秒の時が流れて――
 
「えっ、えええぇぇぇ!?」

 僕の口から、驚愕の声が漏れた。
 思わず、詰め寄る。

「ど、どうしてよ! これが物語なら、
 『お前の力は本物だ。気に食わないが仕方ない、力を貸してやる』
 ってなって協力してくれるパターンでしょ!」

 批判するような口調の僕。
 エリュシオンが怒りに任せて反論した。

「ふざけるなッ! お前みたいな下民に協力するだと?
 ハッ、冗談じゃない。お前に力を貸すくらいなら、
 封印の一族に封印されてた方がなんぼかマシだッ!」

「なっ、なっ、なっ! ていうかそもそも、
 デュエルに勝ったのは僕でしょ! 約束と違う!」

「デュエルだと? ふん、こんな児戯での勝敗なんざ関係ねぇな。
 第一、俺は『認めてやる』とは言ったが、『協力する』とは言ってない!」

 強く言い切るエリュシオン。
 そのまま見下したように僕を見ながら、理屈っぽく続ける。

「それにお前はさっきの戦いの時、デッキに1枚カードを付け加えていただろ。
 お前は姉さんの力を借りて、不意打ちでこの戦いを制したに過ぎないんだよ!
 よって、俺がお前より劣っているという訳では断じてない!」

「い、言わせておけば……!」

 怒りに震える僕。
 ここまでかなり寛容な精神で耐えていたが、もはや限界だった。

「黙って聞いてれば、好き放題言って!
 だいたい、君だって何か1枚カード付け足してたでしょ!」

 怒鳴るように指摘する僕。
 ふんと、エリュシオンが腕を組んだ。

「それとこれとは話が別だ。それに、俺は確かに1枚カードを加えたが、
 ゲーム中は使ってないだろ?」

「でも、使おうとしてたじゃない!」

 エリュシオンが行った最後のターン。
 あの時、エリュシオンは明らかにそのカードを出そうとしていた。

「だが、途中でやめただろ?」

 反論するエリュシオン。
 指をくるくると回しながら続ける。

「あの時、あのカードを使えば俺は100%勝利できた。
 だが、お前のような哀れな負け犬馬鹿娘に本気を出してしまうのも
 大人気ないと思い、あえて自ら身を引いてやったんだよ」

 どこまでも偉そうな口調のエリュシオン。
 わざらしく、額に手を当てて憂うような表情に。

「それをまさか、その好意を踏みにじられた挙句に批判されるとは。
 まったく、躾がなってないな。義理とか人情って言葉を知らないのか、
 バ・カ・ム・ス・メ?」

 ブチッと、僕の中で何かが切れる音がした。
 かつてない怒り。全てを揺るがす灼熱のマグマ。
 沸点を超えた怒りは昇華され、心が平坦で穏やかになる。

 フッと、微笑みながら――

「殺す」

 はっきりと、僕の口からその言葉は漏れた。
 ゆらりとした動きで構える僕。殺気を放つ。

「ハッ。やる気かよ、馬鹿娘。いいだろう、直々に叩きのめしてやる……」

 低い声で言うエリュシオン。
 その身体から殺気が放たれ、空気が張り詰めた。

 ぶつかり合う漆黒の殺意。空間がねじれたように歪む。

「や、やめて下さい!」

 慌てて、間に入るエリゼ。
 睨み合っている僕達。互いにチラリと、エリゼに視線を向け――

 フッ……と、身体から力を抜いた、

 張り詰めていた空気が元に戻る。
 エリゼがエリュシオンの前に立ち――

「エリュシオン!」

 懇願するように、彼を見た。
 エリュシオンが黙り込む。無言のまま見つめ合う2人。

 やがて、根負けしたように――

「……チッ、分かったよ」

 物凄く嫌々そうに、エリュシオンがそう言った。
 おもむろに、その手を前にかざすエリュシオン。
 何もない手の平の上に、光が集まって――

 1枚のカードが浮かび上がった。

「ほらよっ!」

 乱暴に言い、カードを投げるエリュシオン。
 僕は慌てながら、それをキャッチした。

「まったく、初めから協力してくれれば良いのに……」

 ぶつぶつと文句を言う僕。
 受け取ったカードを、表にする。
 そこには――

 何の絵も文章も、描かれていなかった。

「ちょ、ちょっと! なにこれ!?」

 抗議するように、まっさらなカードを掲げる僕。
 エリュシオンが肩をすくめた。

「気が向いたら、一度くらいは力を貸してやるよ」

「力を貸すって言っても、何も書かれてないじゃない! 詐欺だ、不良品だー!」

 ぎゃあぎゃあと言う僕を無視して、
 エリュシオンがエリゼに向き直った。
 不安そうな表情を浮かべているエリゼ。

「エリュシオン……」

「言っただろう、姉さん。そいつに協力する気はないって。これが最大限の譲歩だ」

 再度、断言するエリュシオン。
 僕らの会話を固唾を飲んで見守っている騎士達の方へ、
 エリュシオンが視線を向ける。

「あのシーラとかいう封印の一族との戦いは、お前らだけでやれ。
 俺が出る幕じゃない。わかったな?」

 威圧的に同意を求めるエリュシオン。
 何人かの騎士達が、怯えたように跪いた。
 残りは動揺しながら、エリュシオンやエリゼを見ている。

 フッと、目を閉じて――

「俺の言いたいことは、それだけだ。あとは好きにやれ」

 そう言い残し、エリュシオンが僕らに背を向けた。
 エリゼが「エリュシオン!」と叫ぶように呼び止めるが、
 その歩みを止めようとはしない。白い霧に抱かれるように、その姿が薄れて――

 その場から、音もなく消え去った。

「…………」

 呆然としている僕達。
 エリゼが息を吐いて、頬に手を当てた。

「ごめんなさい。あの子、心がとても繊細ですから……。
 ああなってしまうと、もう私とも話そうとしないのです……」

「……そうですか」

 もはや、突っ込む気力さえ残っていなかった。
 ドッと疲れが押し寄せて、僕にのしかかる。
 心も身体も、クタクタだよ……。

「本当に、ごめんなさい。こちらから呼び出したというのに……」

 なおも謝罪を続けているエリゼ。
 言葉を続ける。

「今日は、この辺りにしましょう。またいずれ、お話しする時がくるかもしれません。
 私もそのときまでには、エリュシオンを説得したいと思っています」

「……また、これやるの?」

 泣きそうな声で言う僕。
 変な世界に連れ込まれ、凄まじい量の罵声を浴びせられる。
 正直、こんな思いはもう二度とごめんだった。

 エリゼが手を合わせた。

「そうおっしゃらずに。あなた様とエリュシオンが
 手を組みさえすれば、必ずやあの封印の一族も倒すことができます!
 ですから――」

 一瞬、僕の周りの空気が震えたような気がした。
 まるで世界そのものが、揺れているような感覚がした。
 ハッとなるエリゼ。真剣な眼差しを僕に向けて――

「どうか、私達に力を貸してください」

 言葉が、響いた。
 まるで海の中のような、エコーがかかった声。

 瞬間、まるで光が溢れるかのように、周りが真っ白になった。

 途切れていく視界。
 白い霧の森も、騎士団の姿も、光に飲み込まれて消える。

「えっ!?」

 思わず声をあげる僕。
 慌ててじたばたとするが、身体が動かない。
 不思議な浮遊感。空を落ちるような、そんな感覚がして――

「ほら、内斗! 起きなさい!」

 大声と共に、布団がバッと取り上げられた。
 ぱちくりと、目を丸くしながら瞬きする僕。
 半身を起こしながら、周りを見回す。

「ここは……?」

「ようやく起きた。朝ごはん、もうできてるからね」

 呆れたような口調のお母さん。
 いつもと何ら変わりのない、自分の部屋をしばし見つめる。

「……はっ!」

 慌てて、自分の身体を確かめる僕。
 だがそこにも、何も変化は起きていなかった。
 
 まるで、全部夢だったように。

「…………」

 考える。 
 さっきまでのアレは、本当にあった出来事なのか。
 それともあの英雄伝記に刺激されて、
 僕が頭の中で作り上げてしまった想像なのか。

 ベッドの上で、頭を抱える僕。

「なんだか、頭痛くなってきたよ……。
 学校、休もうかな……」 

 泣きそうになりながら、呟く。
 とりあえず着替えようと、ベッドから降りる。

 その時、1枚のカードがひらりと、僕の身体から床へと落ちた。

 ハッとなる僕。 
 裏側を向いているカードを、じっと見つめた。

「ま、まさか……」

 ごくりとつばを飲み、手を伸ばす。
 震える指でそれを掴み、表にした。

 それは、何も描かれていない真っ白なカードだった。

 朝陽を反射して、明るく輝いている真っ白なカード。
 じっとカードを見つめながら、僕は呟く。

「……夢じゃ、ない」

 ベッドの上に転がっている英雄騎士の本と、
 近くのサイドテーブルに置かれた石版を交互に見つめる僕。

 雲ひとつない青い空が、外には広がっていた……。




続く...




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