童実野高校デュエルモンスターズ大会
第13章〜

製作者:プロたん

 

【作者(と言うか管理人)からのお知らせ】
 今回の小説では、より多くの環境で文章を読みやすくするため、デザインを少し変えています。問題のある方は、管理人のブログを見てみてください。

【目次】
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 第十三章 童実野高校デュエルモンスターズ大会 決勝戦・先鋒戦
 第十四章 童実野高校デュエルモンスターズ大会 決勝戦・中堅戦
 第十五章 童実野高校デュエルモンスターズ大会 決勝戦・大将戦







第十三章 童実野高校デュエルモンスターズ大会 決勝戦・先鋒戦

 1000人を超える観客は準決勝が終わっても減ることはなく、童実野高校のグラウンドを賑やかなものにしている。
 童実野高校の生徒に限らず、小学生、中学生、大学生、カップル、親子連れ。誰もが楽しそうな表情で、これから始まる決勝戦を心待ちにしている。
 ああ、ぼくも観客の一人だったら、どれだけ気楽なことか……。
 ぼくは笑顔ばかりの観客の姿を見ながら、そんなことを考えてしまった。
 もちろん本気でそう思っているわけじゃないけど、弱気な考えが頭をよぎってしまうくらい、気が重くなっていたのは事実だった。
「どうするよ……」
 根津見くんがつぶやいた。
 ぼく達2年C組のクラスメイトは、グラウンドの隅に集まって、決勝戦に向けた作戦会議を開いていた。
 準決勝の時と同じく、みんなの知恵を結集して、サイドデッキと入れ替えるカードを適切に見極め、対戦相手に適応したプレイングを確認しよう! 少しでも良い状態で決勝戦に臨むんだ!
 ――と言うことで、張り切って作戦会議を始めたところまでは良かったのだけど……。
「遊戯のヤツ本気すぎるだろ。サイドデッキでピンポイントで対策とられて勝てるのかよ?」
「サイドデッキを存分に使ってくるだろうから、戦術をガラリと変えてくるかもしれないよね……」
「しかも、獏良くんも杏子ちゃんも、無駄なプレイングがほとんどなかった……。たくさん練習してきてるって言うのは本当のことだと思う……」
 意見が出れば出るほど、自分達が不利であることが浮き彫りになっていき、みんなから笑顔が消えてしまった。
「いやいや、何よりまずいのは先鋒戦じゃないか? 対戦相手は『ダンシング・ソルジャー』デッキだろう? 『偉大なる音楽家』デッキとの相性がかなり悪いぞ……」
「……だよなぁ。『ダンシング・ソルジャー』デッキ相手じゃ、発動コストがいつも以上に足かせになってしまうよなぁ……」
「今、公式大会記録を調べてみたんだけどさ、『偉大なる音楽家』デッキが『ダンシング・ソルジャー』デッキに勝てる確率は、2割を切ってるらしい。厳しいなこりゃ」
 その中でも、先鋒戦――騒象寺くんvs真崎杏子さんの試合に対して、悲観的な意見が多かった。
 騒象寺くんの「偉大なる音楽家」デッキは、そのモンスター効果の性質上、対戦相手が儀式デッキだとかなり厳しい戦いを強いられてしまう。それなのに、対戦相手の真崎杏子さんのデッキは、「ダンシング・ソルジャー」シリーズを中心とした「儀式デッキ」だったのだ。
「要は、『マンジュ・ゴッド』や『契約の履行』を相手に使われなければ良いんだろ? フフ……なら話は簡単じゃないか! 偉大なる音楽家のフルメンバー召集コンボ――これを使って一気に叩き潰す。相手に手札を渡しても、それを使われる前に倒してしまえば問題ないってことだ! フフ……どうだ?」
 騒象寺くんは自信たっぷりにそう言ったけど、奇襲攻撃を狙ってくることくらい、遊戯くん達のチームはお見通しのはずだ。きっと真崎さんのデッキには、その対策のカードや戦術が仕込まれている。
 そのことを騒象寺くんに教えると、彼は、
「つまり、対策の対策まで用意してきてるってか! かーっ! ワシはどうすればいいんだ!? どうすればいいのか教えろよぉぉ花咲ぃぃ」
 と頭を抱えてしまった。
 実力不足。練習不足。準備不足。
 あらゆる面で遊戯くん達に劣っているぼく達では、この決勝戦を勝つことはとても難しいだろう。
 ここまで勝ち上がってきただけでも良かったじゃないか。もう十分じゃないか。……そんな雰囲気が場を包み込んでいく。
 その空気に呑まれかけそうになって、ぐっと踏みとどまる。
 あれだけ苦労して仲間を集めて、ギリギリながらも予選トーナメントも勝ち抜いて、クラスメイトのみんなともたくさん練習して、なんとか騒象寺くんとも仲良くなって、チームの力で城之内くん達にも勝って、とうとう決勝戦まで来れたって言うのに、こんなところでいつまでも落ち込んでいる……。そんなことでは、とてもじゃないけどヒーローなんて名乗れないよ!
 ぼくは、勢いをつけて顔を上げる。それから、その勢いを殺さないように、みんなに呼びかけた。
「大丈夫です! 始まる前から、負けが確定している勝負なんてありません! ぼく達はここまで勝ってきたんです。だから、次も勝ちます!」
 思い切ってそう言うと、騒象寺くんがニヤリと笑って、ぼくの肩を容赦なくバンと叩いてきた。やっぱり痛い。
「言ってくれるじゃないか花咲ぃぃ!」
 対面の野坂さんもゆっくりだけど、はっきりとうなずいてくれる。
「はい。わたしもそう思います。確かに真崎さんは『バトルフェーダー』のような対策カードを用意してきていると思います。でも、そのカードを必ず引き当てられるわけではありません。それどころか手札事故になって、まともにモンスターを召喚できない、と言うことだって起こり得ます」
 凛々しい表情でこちらを向いている野坂さんと、腕を組んで不敵に笑う騒象寺くん。
 二人とも、さっきまでのように落ち込んだり頭を抱えたりすることはなく、いやむしろ、「やってやる!」と言うほどのやる気に満ちていた。
 そんな二人がとても頼もしく見えて、ぼくは笑みがこぼれてしまった。
「それじゃあ作戦会議の続きをしましょうか!」
 ぼくがそう言うと、二人は、
「はい」
「おうよ!」
 と答えてくれた。
 2年C組第7チームとそのクラスメイト達は、再び作戦会議に集中する。
 必勝法が見つかったわけではない。ぼく達が不利な立場にいることに変わりはない。
 それでも、今度こそ、ぼく達は悲観的にならずに、少しでも勝ちを狙える作戦を立てていく。
 カードゲームは、運の要素が大きいゲームだ。
 だから、いくら自分達が不利なのだとしても、デュエルが始まる前から敗北が確定しているなんてことは、絶対にない。
 わずかなチャンスが、ぼく達を勝利に導いてくれるかもしれない。どれだけ小さくて一瞬だったとしても、勝利に繋がっている道は存在するはずなのだ。
 ぼく達は、そのわずかなチャンスを掴み取るために、自分達にできることを精一杯やっていくしかない。そうやって、遥か遠くにかすんで見える「勝利」に、少しずつ近づいていくんだ……!

 時間は刻々と過ぎていく。
「15時になりました。決勝戦に参加するチームは、グラウンドの中央付近に集まってください。観戦される方は、実行委員の指示に従って適切な場所に移動してください」
 20分の作戦会議では限度はあったけれど、それでも、ぼく達なりに作戦を決めることができた。
「さあ、みなさん、行きましょう!」
「はい」
「おうっ! 行くぜ!」
 騒象寺くんを先頭に人ごみをかき分け、ぼく達はグラウンドの中央へと向かっていく。
 騒象寺くんがスター衣装をひらひらさせながら、胸を張ってどしどしと歩いていくと、人ごみがすっと割れていく。
 相当目立っているので、観客たちには思いっきり注目されているのだけど、ぼくは恥ずかしがることなく、騒象寺くんの後ろを堂々と歩く。
 半歩遅れて、野坂さんがついてきている。ちらりと彼女の表情をうかがうと、萎縮している様子もなく、まっすぐに前を向いていた。黄色のリボンとポニーテールが規則的に揺れているのが分かる。
 そして、さらに数歩離れたところから、根津見くん、孤蔵乃くんをはじめとするクラスメイト達もついてくる。松澤くん、梅田くん、竹下くん、中野さん、南さん、北村さん、伊東さん、小西さん、菊池さん、川島さん、滝沢さん、水谷さん。クラスの半分近い生徒が、ぼく達を応援するために集まってくれたのだ。その事実だけで、とても心強く思えた。
 人垣に囲まれたデュエルフィールドに足を踏み入れる。
 ぼく達を待ち構えていたかのように、遊戯くん、獏良くん、真崎さん――2年B組第3チームの面々が見える。
 先鋒――真崎杏子さんは、ブルゾン、ショートパンツ、ハイソックスをバッチリ着こなし、雑誌のモデルになってもおかしくないほど、かっこいいスタイルでキマっていた。勝気な真崎さんのことだから、騒象寺くんが相手であっても、怯むなんてことはないだろう。彼女のここまでの実績は6戦4勝2敗らしい。騒象寺くんの「偉大なる音楽家」デッキが苦手とする、「ダンシング・ソルジャー」デッキでこの大会を勝ち上がってきたのだ。
 中堅――獏良了くんは、笑顔で、ぼくらに向かって右手をひらひらと振っていた。人当たりが良さそうな顔つき(いや本当に獏良くんはいい人です)でありながら、えげつないデッキ破壊戦術で対戦相手をことごとく沈めてきた。野坂さんのカウンター罠デッキで、デッキ破壊戦術を封じることができればいいのだけど、思い通りに事が運ぶのだろうか。獏良くんのここまでの実績は、6戦5勝1敗。その実力は折り紙つきだ。
 そして、大将――武藤遊戯くんは、ぼくと同じくらいの身長で物腰も柔らかいはずなのに、今この時は、王者の風格がにじみ出ているような気がしてならなかった。ライフポイント1のハンデを背負いながらも、対戦相手に徹底した対策を用意し、今回の大会に向けて十分な練習を重ね、卓越したデュエルセンスを発揮することで、勝利を手にしてきた。その遊戯くんのここまでの実績は、6戦5勝1敗。1敗こそはしているものの、海馬くんとのデュエルを捨ててまでチームとしての勝利にこだわった遊戯くんの本気に、ぼく達は戦慄せずにはいられなかった。
 ぼく達「2年C組第7チーム」と、遊戯くん達「2年B組第3チーム」が向かい合う。
 1000人もの観客から、どよどよとした声が聞こえてくる。
 ぼく達の側にいる副会長さんが、ぼく達の姿を確認してマイクを口元に近づけた。

「お待たせいたしました! それでは、童実野高校デュエルモンスターズ大会、決勝戦を始めます!」

 マイク越しに開始宣言がなされ、童実野高校グラウンドは熱狂の歓声に包まれたのだった……。



「それでは、決勝戦のルールについて改めて説明します」
 数分が経過し歓声が落ち着いてから、副会長さんが口を開いた。会場のざわつきが多少収まっていく。
「この決勝戦もここまでの試合と同様に、先鋒同士、中堅同士、大将同士でデュエルをし、2勝したチームが勝利となります。ただし、決勝戦では、先鋒、中堅、大将が、順番にデュエルすることになります。準決勝の時までのように、同時にデュエルはしません。先鋒戦が終わってから中堅戦を行い、中堅戦が終わってから大将戦を行います。逆に、それ以外のルールは、ここまでと全く同じです。デュエルの基本ルールはデュエルモンスターズの新エキスパートルールで、サイドデッキは決勝トーナメント戦に向けて用意してきたものが使えます」
 同時ではなく順番にデュエルする――決勝戦で変わることはそれくらいだった。
 副会長さんは、さらに声を大きくする。
「観戦される皆さんにお願いです! 既に誘導が済んでいるので問題はないと思いますが、手札が覗き込める位置への移動はしないでください! また、選手への応援は自由ですが、罵倒する行為や戦術のアドバイスをする行為は禁止されています。それらの行為を見つけた場合、しかるべき措置をさせてていただきますので注意してください!」
 そこまで説明して、副会長さんは、海馬コーポレーションの磯野さんにバトンタッチした。
 それにしても、副会長さんが言っていた「しかるべき措置」。海馬コーポレーションが背後についた上での「しかるべき措置」って何なのだろう? ……なんだか怖いものを連想してしまう。この童実野高校には、あちこちに黒服の海馬コーポレーションの人が立っているようだし、1000人の観客がいても、デュエルが妨害されるようなことは起こらないだろう。

「早速、先鋒戦を始めさせていただきます」
 マイク越しに低い声が聞こえてくる。
 ぼく達と遊戯くん達の間に、審判の磯野さんが立っていた。
「そんじゃあ、今日最後のコンサートと行くぜ!」
 スター衣装で、左腕にデュエルディスクを装着した騒象寺くんがぐっと右腕を上げて前に進む。
 ぼくと野坂さんは、生徒会の人に誘導されて、手札が見えない位置へと移動する。
 対戦相手の真崎杏子さんも、デュエルディスクを構えて騒象寺くんと向き合う。
 二人とも、身なりがバッチリと決まっていて、なんだかカッコ良かった。……もっともカッコ良さのベクトルはまるで違うけれど。
 騒象寺くんと真崎さんは、
「騒象寺くん、よろしくー」
「おう」
 とあいさつをした後、デッキをカットアンドシャッフルし、先攻後攻を決める。先攻は騒象寺くんだ。
 それから5メートルほど距離を空け、それぞれデッキから5枚のカードを引く。
「よろしいですね?」
 磯野さんが尋ねると、騒象寺くんと真崎さんが頷く。
 それを確認するなり、磯野さんは右腕をびしっと伸ばしていく。
 ついに決勝戦のデュエルが始まる……!
 ぼくがデュエルをするわけでもないのに、心臓がバクバクと高鳴っている。力が入って、ぐぐっと拳を作ってしまう。

「童実野高校デュエルモンスターズ大会決勝戦。先鋒戦、試合開始ィィィィ――――!!」

 試合開始宣言がグラウンドじゅうに響き渡る。
 それを合図に、グラウンドの歓声がどっと大きくなって、ひとつの音の波がぼくの体を駆け抜けていく。
 その中心で、騒象寺くんと真崎さんが向かい合っている。
「ワシのターンからだ!」
 グラウンドの歓声が収まるのを待つことなく、騒象寺くんが、強気の顔色と声色でターン開始を宣言した。

真崎杏子
LP 8000
(魔法・罠カードなし)
(モンスターカードなし)


(モンスターカードなし)
(魔法・罠カードなし)
騒象寺
LP 8000

「ドロー!」
 先攻の騒象寺くんは、デッキからカードを1枚引いた後、モンスターを1体召喚する。
「『センジュ・ゴッド』を攻撃表示で召喚! 召喚時にモンスター効果を発動!」

センジュ・ゴッド 光 ★★★★
【天使族・効果】
このカードが召喚・反転召喚に成功した時、
自分のデッキから儀式モンスター1体を手札に加える事ができる。
攻撃力1400/守備力1000

「ワシは『センジュ・ゴッド』の効果によって、デッキから儀式モンスターカードを手札に加える!」
 そう言って、騒象寺くんはデッキをむんずと掴み取り、ばさばさとめくって1枚のカードを選び出す。
 儀式デッキの基本カードとも言える『マンジュ・ゴッド』、『センジュ・ゴッド』、『ソニック・バード』。これらのカードを使って、儀式召喚のためのカードを効率よく揃えていく戦術は、もはや儀式デッキの常識だと言ってもいい。
「ワシが手札に加えるカードは、『偉大なる音楽家 ドラムス・オブ・ハンドレッド』!」
 騒象寺くんが、枠が青い儀式モンスターを真崎さんに見せてから、手札へと加える。
 儀式モンスターをフィールドに出すためには、「儀式モンスター」「儀式魔法」「生け贄」の3つが必要になる。このターン、『センジュ・ゴッド』を使ったことにより、少なくとも「儀式モンスター」は騒象寺くんの手札に揃ったことになる。
「ワシは伏せカードを1枚セットし、ターン終了だ!」

真崎杏子
LP 8000
(魔法・罠カードなし)
(モンスターカードなし)


センジュ・ゴッド
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000
伏せカード

騒象寺
LP 8000

「私のターンね。ドロー!」
 1ターン目後攻。真崎さんのターン。
 彼女はターン開始を宣言した後、さっと小さな動きでデッキのカードを手札へと加える。
「じゃあ、このカードで行こうかな」

マンジュ・ゴッド 光 ★★★★
【天使族・効果】
このカードが召喚・反転召喚された時、
自分のデッキから儀式モンスターカードまたは
儀式魔法カード1枚を選択して手札に加える事ができる。
攻撃力1400/守備力1000

 そうして召喚されたのは、騒象寺くんの『センジュ・ゴッド』をごつくした容姿の『マンジュ・ゴッド』。『センジュ・ゴッド』よりも一回り優れた効果を持っている、儀式モンスターのサポートカードだ。
「私は、『マンジュ・ゴッド』のカードを使って、デッキから『ダンシング・ソルジャー 月影のワルツ』を手札に加えるわ」
 真崎さんは、器用な手つきで『ダンシング・ソルジャー 月影のワルツ』のカードを選ぶ。
 彼女もまた、儀式召喚のための準備を着々と進めていた。
「カードを1枚伏せてから、ターンエンドね!」

真崎杏子
LP 8000
伏せカード

マンジュ・ゴッド
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000


センジュ・ゴッド
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000
伏せカード

騒象寺
LP 8000

 互いに儀式デッキであるためか、二人ともほとんど同じ流れですばやく1ターン目が終了し、
「ワシのターン!」
 早くも2ターン目が回ってくる。
「ドローじゃあ!」
 騒象寺くんは、大声でターン開始を宣言した後、勢いをつけてデッキからカードをドローする。
 そこまではいつも通りの、威勢の良い騒象寺くんだったけど、その直後にパタッと動きが止まってしまう。
「…………」
 騒象寺くんは、険しい表情で6枚の手札をじいっと見ている。……どうやら、このターンで何をすべきか考え始めたようだ。
 昨晩の練習以来、騒象寺くんはこんな風に考え込むことが多くなった。こうやって、しっかりと戦術を考えるようになったおかげもあって、徐々に勝率を上げていったのだ。
 考え込んでから、およそ30秒が経過した。
 騒象寺くんは顔を上げ、そして、不気味に笑った。

「フフフ……。どうやら、グレートコンサートの開幕のようだな!」
 考えがまとまったのだろう、自信たっぷりに騒象寺くんは宣言した。

「よっしゃあ!」「いいぞー騒象寺!」「音楽家来るぞ!」
 その宣言に、あちこちから歓声が聞こえてくる。インパクト抜群のリーゼントのスター衣装や、準々決勝や準決勝での活躍のおかげもあって、騒象寺くんにファンがつき始めているようだった。
 もちろん、ぼくも「よしっ」とガッツポーズを作る。隣の野坂さんも笑顔になっている。最前列にいるクラスメイトからも歓声が聞こえてくる。これはいい兆候だ!
「フフ! このワシが開幕のチケットを切ってやる! ワシのグレートコンサートを思う存分味わわせてやるぜぇぇ真崎杏子! ワシは儀式魔法『グレートコンサート・チケット』を発動!」

グレートコンサート・チケット
(儀式魔法カード)
「偉大なる音楽家」と名のついた儀式モンスターの降臨に必要。
手札・自分フィールド上から、レベルの合計が
儀式召喚するモンスターのレベル以上になるように
モンスターを生け贄に捧げなければならない。

「手札の『偉大なる音楽家 キーズ・オブ・サウザンド』を生け贄にして、『偉大なる音楽家 ドラムス・オブ・ハンドレッド』を降臨させる!」

真崎杏子
LP 8000
伏せカード

マンジュ・ゴッド
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000


センジュ・ゴッド
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000
偉大なる音楽家
ドラムス・オブ・ハンドレッド

攻撃表示
攻撃力2500
守備力1900
伏せカード

騒象寺
LP 8000

 儀式魔法『グレートコンサート・チケット』によって、100台もの打楽器に囲まれたアフロの男が、ソリッドビジョンとして現れた。
 4種類存在する「偉大なる音楽家」シリーズ。そのうちの1体が場に現れただけなのに、会場がどっと沸いた。あちこちから騒象寺コールや、ドラムスコールが聞こえてくる。
 そんな中で、対戦相手の真崎さんは表情をまったく変えることなく、口を開いた。
「ねえ騒象寺くん。『ドラムス・オブ・ハンドレッド』の効果はすぐに使うの?」
 真崎さんが騒象寺くんに尋ねる。
 ――『ドラムス・オブ・ハンドレッド』の効果はすぐに使うの?
 一瞬何を聞いているのだろう、とぼくは思った。
 今このタイミングでそんな質問をする必要が感じられない。そんなこと、自分から聞いたところで何の意味があるのだろう、と。
 一見意図がわからない質問だけど、今のぼくならその意図が分かる。
 ……これは、「優先権」の確認行為だ!
 特殊召喚成功時の優先権を確認して、自分に不利な巻き戻しが起こらないように念を押しているのだ!
 それはつまり、真崎さんの場に、『激流葬』や『奈落の落とし穴』のように、特殊召喚成功時に発動できる罠カードがあるかもしれないと言うこと……!
「そうだなァ……。『ドラムス・オブ・ハンドレッド』の効果は、もう少し後に発動するかぁ……」
 不敵な笑みを崩さずに、騒象寺くんがそう返事をすると、真崎さんはフフっと笑った。
「じゃあ、このカードを発動してもいいってことよね! リバースカード発動! 『奈落の落とし穴』!」

奈落の落とし穴
(罠カード)
相手が攻撃力1500以上のモンスターを
召喚・反転召喚・特殊召喚した時に発動する事ができる。
その攻撃力1500以上のモンスターを破壊しゲームから除外する。

 ――やっぱり来た! 観戦しているぼくのほうが、ビクリとしてしまう。
 彼女が表に向けたカードは、強力なトラップカード『奈落の落とし穴』。このカードによって、儀式召喚したばかりの『偉大なる音楽家 ドラムス・オブ・ハンドレッド』はゲームから除外されてしまう!
「残念だけど! せっかく場に出した『ドラムス・オブ・ハンドレッド』を、除外させてもらうわよ!」
 観客席から「あぁー」という言葉にならない声が何重にもなって聞こえてくる。『奈落の落とし穴』が使われることなんて日常茶飯事であるため、全然珍しいことではないけれど、期待していた人にとってはとてもがっかりしてしまうことだろう。
 しかしながら、騒象寺くんは、自信満々の表情を崩すことなく、ぐっと右腕を上げて、親指をピシッと立てた。
「ヘイ! ヘイ! 安心せい! この程度じゃあワシのコンサートは中止はならん!」
 ノリノリの口調で言ってから、デュエルディスクにセットしてある伏せカードに手をかける。
「永続罠『王宮のお触れ』発動!」

王宮のお触れ
(永続罠カード)
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
このカード以外のフィールド上の罠カードの効果を無効にする。

「『王宮のお触れ』により、『奈落の落とし穴』の効果は無効となる! したがって、『ドラムス・オブ・ハンドレッド』はゲームから除外されない! コンサートは予定通り開演する!」
 罠を無効化する『王宮のお触れ』によって、会場がまたしてもどっと沸く。騒象寺コールが聞こえてくる。
「『王宮のお触れ』を伏せていたかぁ……」
 真崎さんがちょっと残念そうに呟いた。

真崎杏子
LP 8000
(魔法・罠カードなし)
マンジュ・ゴッド
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000


センジュ・ゴッド
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000
偉大なる音楽家
ドラムス・オブ・ハンドレッド

攻撃表示
攻撃力2500
守備力1900
王宮のお触れ
永続罠
騒象寺
LP 8000

 騒象寺くんの場に偉大なる音楽家が現れて、真崎さんの場から伏せカードがなくなった。
 いいぞ……。これはいい感じだぞ……!
 2ターン目先攻。早くも騒象寺くんに大きなチャンスが訪れたのだ!
「では改めて『偉大なる音楽家 ドラムス・オブ・ハンドレッド』の効果を使うとするか!」
「やっぱり、効果を使うのね……」
「そりゃあそうよ! 召喚直後に発動しなかったのは、その伏せカードの発動を誘うため! その程度の罠に引っかかるワシではないわ!」
 騒象寺くんは、胸を張って頼もしいことを言ってくれる。
 もちろん――と言ったら失礼かもしれないけど、優先権の件は、昨晩野坂さんに教えてもらいたての話だった。理解してもらうのにとても苦労したことは、言うまでもない……。
「さあ! 今度こそ『ドラムス・オブ・ハンドレッド』のモンスター効果を発動!」

偉大なる音楽家 ドラムス・オブ・ハンドレッド 炎 ★★★★★★
【戦士族・儀式/効果】
「偉大なる音楽家 ドラムス・オブ・ハンドレッド」はフィールド上に1体しか表側表示で存在できない。
1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を相手の手札に加えて発動する。
自分の手札から「偉大なる音楽家」と名のつくモンスター1体を特殊召喚する。
(この特殊召喚は儀式召喚扱いとする)
攻撃力2500/守備力1900

 『ドラムス・オブ・ハンドレッド』のモンスター効果は、儀式魔法なしで儀式召喚を行えると言う、他では見ないタイプの効果だ。
 この方法で特殊召喚された儀式モンスターは、正規の方法で場に出されたとみなされるため、『契約の履行』や『偉大なる音楽家 キーズ・オブ・サウザンド』による墓地からの特殊召喚にもバッチリ対応できる点がポイントだ。そのため、序盤に使っておきたい音楽家モンスターと言われているのだ。たとえるなら、ドラムを合図にして演奏されるバンドのように。
「発動コストとして、フィールド上に存在する『センジュ・ゴッド』を、お前の手札に加える……」
 ソリッドビジョンで表示されている『センジュ・ゴッド』が、すっと消えていく。騒象寺くんはずかずかと数歩歩いて、『センジュ・ゴッド』のカードを真崎さんに手渡す。彼女は、そのカードを自分の手札に加えた。
「さあ! 前奏と行くぜぇぇ! ワシが出す儀式モンスターは、『偉大なる音楽家 ギターズ・オブ・テン』!」

真崎杏子
LP 8000
(魔法・罠カードなし)
マンジュ・ゴッド
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000


偉大なる音楽家
ドラムス・オブ・ハンドレッド

攻撃表示
攻撃力2500
守備力1900
偉大なる音楽家
ギターズ・オブ・テン

攻撃表示
攻撃力1900
守備力1800
王宮のお触れ
永続罠
騒象寺
LP 8000

 インパクト抜群の100台ドラム男の隣に、10本ものギターやベースを体じゅうに差しているモヒカン頭の男が現れる。
 『偉大なる音楽家 ギターズ・オブ・テン』――2体目の偉大なる音楽家が早くも現れたのだ!
「しかも! 『ギターズ・オブ・テン』も、モンスター効果を発動する!」
 ちょっと不気味にフフフと笑みを漏らして、騒象寺くんはモンスター効果の発動を宣言する。

偉大なる音楽家 ギターズ・オブ・テン 炎 ★★★★★
【戦士族・儀式/効果】
「偉大なる音楽家 ギターズ・オブ・テン」はフィールド上に1体しか表側表示で存在できない。
1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を相手の手札に加えて発動する。
自分フィールド上に表側表示で存在する「偉大なる音楽家」と名のつくモンスター全ての
攻撃力を1500ポイントアップする。
攻撃力1900/守備力1800

「そのコストにより、ワシの場に出ている『王宮のお触れ』をお前の手札に送る。……ほらよ!」
 偉大なる音楽家共通のコストによって、今度は『王宮のお触れ』が真崎さんの手札へと渡る。
「そして、ワシの『ギターズ・オブ・テン』、『ドラムス・オブ・ハンドレッド』は、ともに攻撃力1500ポイントアップじゃああぁぁ!」
 騒象寺くんがそう叫ぶと、『偉大なる音楽家 ギターズ・オブ・テン』は、10本のギターを代わる代わるに使って演奏を始めだした。偉大なる音楽家の周囲に、炎が噴き上がるエフェクトが現れていく……!

真崎杏子
LP 8000
(魔法・罠カードなし)
マンジュ・ゴッド
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000


偉大なる音楽家
ドラムス・オブ・ハンドレッド

攻撃表示
攻撃力4000
守備力1900
偉大なる音楽家
ギターズ・オブ・テン

攻撃表示
攻撃力3400
守備力1800
(魔法・罠カードなし)
騒象寺
LP 8000

 まもなく『偉大なる音楽家 ギターズ・オブ・テン』の演奏は終わる。
 騒象寺くんのフィールドにいるのは、攻撃力4000の『偉大なる音楽家 ドラムス・オブ・ハンドレッド』、攻撃力3400の『偉大なる音楽家 ギターズ・オブ・テン』。
 『王宮のお触れ』を失ってしまったのは少しもったいないけど、2ターン目先攻にして、大きなチャンスがやってきた!
 このまますべての攻撃が通れば、真崎さんのモンスターを全滅させた上に、6000もの戦闘ダメージを与えられる! これはいいぞ!
 1000人の観客から、歓声が押し寄せてくる。
「音量マックスで、偉大なる音楽家の前奏を楽しんでもらうぞ! 『ドラムス・オブ・ハンドレッド』で『マンジュ・ゴッド』に攻撃だ!」
 騒象寺くんの攻撃宣言を合図に『ドラムス・オブ・ハンドレッド』が目で追えぬほどの速さでドラムを叩きだし、衝撃波を発生させる。その衝撃波は、『マンジュ・ゴッド』をあっさりと粉砕し、勢いを保ったまま真崎さんへと襲い掛かる!
「2600ダメージか……。いたたた……」
 真崎さんの表情が険しくなる。

真崎杏子
LP 5400
(魔法・罠カードなし)
(モンスターカードなし)


偉大なる音楽家
ドラムス・オブ・ハンドレッド

攻撃表示
攻撃力4000
守備力1900
偉大なる音楽家
ギターズ・オブ・テン

攻撃表示
攻撃力3400
守備力1800
(魔法・罠カードなし)
騒象寺
LP 8000

 これで真崎さんのライフポイントは5400。
 次の『ギターズ・オブ・テン』の直接攻撃が成功すれば、3400のダメージが発生。真崎さんの残りライフは2000になる!
 直接攻撃が、成功すれば……!
 そのとき、不吉にもぼくの脳裏を『バトルフェーダー』のカードがよぎる。
 プレイヤーへの直接攻撃時に手札から発動し、バトルフェイズを強制終了させてしまうモンスターカードが……!
 罠がなくても、この直接攻撃は防がれる可能性がある。偉大なる音楽家お得意の奇襲攻撃を防ぐために『バトルフェーダー』のようなカードを使ってくることは、さっきの作戦会議でも散々出た話題だった。
 ただ、このデュエルはまだ序盤も序盤。真崎さんは合計6枚のカードしかドローしていないのだから、メインデッキに『バトルフェーダー』を入れていたとしても、手札に来ていない可能性のほうが高い。そういった意味でも、「できるだけ早期に」「できるだけ一気に」ダメージを与えていく戦法を、騒象寺くんは優先しているはずだ。
 『偉大なる音楽家 ギターズ・オブ・テン』が演奏を始める。
 ギターやベースを宙に放り投げ、両手に持ったピックで次々に弦をはじいていく。
 その音波が攻撃力3400の直接攻撃となって、真崎さんに襲い掛かる。
 このまま3400ダメージを与えられるか……? それとも『バトルフェーダー』のようなカードが来るか……?
 固唾を呑んで、行方を見守る。この場面での3400ダメージは非常に重要だ。これが決まってくれれば……!

「その演奏じゃあ、鐘ひとつね!」

 そう言って、真崎さんはウインクをして人差し指を立てる。
 鐘ひとつ……。
 鐘……。それはすなわち……!
 真崎さんは、手札から1枚のカードをデュエルディスクにセットした。
「私は手札から『バトルフェーダー』のカードを特殊召喚するわ! その効果によって、『ギターズ・オブ・テン』の効果は無効になる!」

バトルフェーダー 闇 ★
【悪魔族・効果】
相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動する事ができる。
このカードを手札から特殊召喚し、バトルフェイズを終了する。
この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールド上から
離れた場合ゲームから除外される。
攻撃力0/守備力0

 やっぱり『バトルフェーダー』!
 手札から現れた鐘状のモンスターが、ゴーンとひとつの鐘を鳴らす。
 そんな演奏じゃ失格と言うかのように、バトルフェイズの終了を無常にも告げる。『ギターズ・オブ・テン』の演奏はピタリと止まってしまう。
 攻撃失敗……。3400ダメージのチャンスを失ってしまった……!
 予想できていたこととはいえ、これはきつい!
「フフン……。前奏だけじゃあ満足してもらえなかったか? どうやら、メインボーカルが必要なようだなァ」
 そんな状況にもかかわらず、騒象寺くんは強気の発言をする。
「残念だけど、そんな演奏じゃ私の心には届かないわ!」
 けれども真崎さんは、強気の発言に、強気の発言で返す。
「ターンエンドだ!」
 気に入らないといった口調丸出しで、騒象寺くんは乱暴にターンを終了した……。

真崎杏子
LP 5400
(魔法・罠カードなし)
バトルフェーダー
守備表示
攻撃力0
守備力0


偉大なる音楽家
ドラムス・オブ・ハンドレッド

攻撃表示
攻撃力4000
守備力1900
偉大なる音楽家
ギターズ・オブ・テン

攻撃表示
攻撃力3400
守備力1800
(魔法・罠カードなし)
騒象寺
LP 8000

「私のターン! ドロー!」
 続く真崎さんのターン。
 このドローフェイズによって、彼女の手札はなんと7枚。
「さあて! ここからが私のステージね!」
 真崎さんがにっこりと笑って言う。
 7枚の手札が騒象寺くんにプレッシャーをかけている。
 多少のライフポイントを失っても、まだまだ十分なパワーを残していることが、嫌でも伝わってくる。
 「偉大なる音楽家デッキ」vs「ダンシング・ソルジャーデッキ」。
 増えてしまった手札が、その相性の悪さを露呈している。
 さっきのターン、奇襲攻撃を仕掛けるために、騒象寺くんは「偉大なる音楽家」のモンスター効果を2回発動した。
 その際、「偉大なる音楽家」の発動コストによって、騒象寺くんのフィールドにあった『センジュ・ゴッド』と『王宮のお触れ』のカードは、真崎さんの手札に送られた。
 ここで注目すべきは、儀式モンスターを手札に加える効果を持つ『センジュ・ゴッド』のカード。
 もし、対戦相手が儀式モンスターを使わない場合、『センジュ・ゴッド』のカードを渡したところで、そのモンスター効果を使われることはない。「偉大なる音楽家」の発動コストで相手の手札が増えても、あまり相手が得をしないのだ。
 しかし、真崎さんのダンシング・ソルジャーデッキは、儀式モンスター中心のデッキ。『センジュ・ゴッド』を渡してしまえば、それを存分に活用されてしまう。
 偉大なる音楽家デッキは、『マンジュ・ゴッド』や『契約の履行』など、相手にとって不要なカードばかり手渡すことで、実質的な発動コストを抑えていく戦術が必要不可欠だ。それなのに、相手が儀式デッキではこの戦術が通用せず、苦戦を強いられてしまう!
「それじゃあ、さっきもらった『センジュ・ゴッド』を召喚しましょう。そのモンスター効果で、『ダンシング・ソルジャー 太陽のタンゴ』を手札に加えるわ」
 案の定、手渡した『センジュ・ゴッド』を有効活用されてしまう。潤沢な手札が、その存在感を大きくしていく。
 おそらく、今の真崎さんの手札には、儀式召喚を行うためのカード一式が揃っている。このターン、ダンシング・ソルジャーの儀式召喚が行われるであろうことは、もはや決定事項といってもいい。
 その通りよ! ――そう答えるかのように、真崎さんは、手札のカードをデュエルディスクに出していく。
「手札から儀式魔法『光と闇の舞踏会 −踊りによる誘発−』を発動!」

光と闇の舞踏会 −踊りによる誘発−
(儀式魔法カード)
「ダンシング・ソルジャー 太陽のタンゴ」
「ダンシング・ソルジャー 月影のワルツ」の降臨に必要。
手札・自分フィールド上から、レベルの合計が7以上になるように
モンスターを生け贄に捧げなければならない。
発動後このカードは墓地に送らず、手札に戻す。

「手札にある『ダンシング・ソルジャー 太陽のタンゴ』を生け贄にして、『ダンシング・ソルジャー 月影のワルツ』を儀式召喚するわ!」

真崎杏子
LP 5400
(魔法・罠カードなし)
バトルフェーダー
守備表示
攻撃力0
守備力0
センジュ・ゴッド
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000
ダンシング・ソルジャー
月影のワルツ

攻撃表示
攻撃力1950
守備力2450


偉大なる音楽家
ドラムス・オブ・ハンドレッド

攻撃表示
攻撃力4000
守備力1900
偉大なる音楽家
ギターズ・オブ・テン

攻撃表示
攻撃力3400
守備力1800
(魔法・罠カードなし)
騒象寺
LP 8000

 中空に月が表示され、それを背景にして短剣を両手に携えた踊り子が現れる。踊り子は、きらきらと光の粒を散りばめながらゆっくりと下降していく。踊り子が地面に着地すると、月のエフェクトはすっと消えていった。
 真崎さんのキーモンスターである、『ダンシング・ソルジャー 月影のワルツ』が現れたのだ。
 その美しさに思わず息を呑んでしまう。ソリッドビジョンによる、幻想的な演出が素晴らしい。周囲がもっと暗かったら、さらに美しく見えることだろう。
 そんな演出のせいもあって、観客たちも少し静かになっていた。真崎さんが口を開く。
「儀式魔法『光と闇の舞踏会 −踊りによる誘発−』は、発動後墓地には送られず手札に戻る。さあ、ダンシング・ソルジャーの舞台の始まりよ!」
 真崎さんが舞台の開始を告げる。
「早速、『ダンシング・ソルジャー 月影のワルツ』のモンスター効果を発動! この効果によって『偉大なる音楽家 ドラムス・オブ・ハンドレッド』の表示形式を裏側守備表示に変更!」

ダンシング・ソルジャー 月影のワルツ 闇 ★★★★★★★
【戦士族・儀式/効果】
1ターンに1度、フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を
選択して発動する。選択したモンスターを裏側守備表示にする。
この効果は相手ターンでも発動する事ができる。
また、このカードがリバースした時、ゲームから除外されている
自分のカード1枚を選択して手札に加える。
攻撃力1950/守備力2450

 『ダンシング・ソルジャー 月影のワルツ』は、モンスター1体を裏側守備表示に変更させる効果を持っている。いわゆる『月の書』と同じ効果だ。
 モンスター1体を裏側守備表示にする効果……。
 一見地味だけど、両手の指でも数え切れないほどの応用法が存在する、厄介な効果だ。
 しかも、『月影のワルツ』の効果は、1ターンに1度であればコストなしで何度でも使うことができる。優れものと言うにも、優れすぎている効果なのだ!
 ソリッドビジョンに月の映像が現れ、『ダンシング・ソルジャー 月影のワルツ』がゆったりとしたステップで舞い踊る。その時に作られた影に隠れて、『偉大なる音楽家 ドラムス・オブ・ハンドレッド』の姿は見えなくなってしまった。裏側守備表示になってしまったのだ。

真崎杏子
LP 5400
(魔法・罠カードなし)
バトルフェーダー
守備表示
攻撃力0
守備力0
センジュ・ゴッド
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000
ダンシング・ソルジャー
月影のワルツ

攻撃表示
攻撃力1950
守備力2450


偉大なる音楽家
ドラムス・オブ・ハンドレッド

裏側守備表示
攻撃力2500
守備力1900
偉大なる音楽家
ギターズ・オブ・テン

攻撃表示
攻撃力3400
守備力1800
(魔法・罠カードなし)
騒象寺
LP 8000

 攻撃力4000だった『偉大なる音楽家 ドラムス・オブ・ハンドレッド』は、裏側守備表示になったことで、低い守備力をさらすことになってしまった。
「バトルフェイズ! 『月影のワルツ』で『ドラムス・オブ・ハンドレッド』を攻撃! 破壊よ!」
 『ダンシング・ソルジャー 月影のワルツ』が持つ短剣が、くるくるくるくると宙を踊るように舞って、裏側守備表示の『ドラムス・オブ・ハンドレッド』を撃破する。
「カードを1枚伏せてターンエンドよ!」
 バトルフェイズが終わると、真崎さんは伏せカードを1枚だけ出してターンを終了した。

真崎杏子
LP 5400
伏せカード

バトルフェーダー
守備表示
攻撃力0
守備力0
センジュ・ゴッド
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000
ダンシング・ソルジャー
月影のワルツ

攻撃表示
攻撃力1950
守備力2450


偉大なる音楽家
ギターズ・オブ・テン

攻撃表示
攻撃力3400
守備力1800
(魔法・罠カードなし)
騒象寺
LP 8000

 良かったと言うべきなのだろうか。『ドラムス・オブ・ハンドレッド』があっけなく倒されてしまったものの、結局、この真崎さんのターンでは、それ以上の反撃を受けることはなかった。反撃としては、いささか地味なものだったような気がする。
 しかし、『ダンシング・ソルジャー 月影のワルツ』の存在感は決して小さくない。『月影のワルツ』の表示形式変更効果は、騒象寺くんのターンでも発動できてしまう。かなり厄介な効果だ。
 しかも、それだけじゃない。
 伏せカードをセットした後でも、真崎さんの手札は4枚も残されている。手札も場もバランスよく仕上がっていて、このプレイングも練習の成果なのだろうと容易に想像ができた。
 対する騒象寺くんは、少し無理をして奇襲攻撃を仕掛けたこともあって、今の手札はわずか2枚。攻撃力3400になっている『偉大なる音楽家 ギターズ・オブ・テン』も、『ダンシング・ソルジャー 月影のワルツ』の表示形式変更効果の前には、その攻撃力を生かしきることは難しい。
 じわじわと追い詰められ始められている、今の状況。
 この状況を何とかひっくり返さないと、負けてしまう……! 次のターンが踏ん張りどころだ! がんばれ! 騒象寺くん!

「ワシのターン! ドロー!」
 騒象寺くんのターン。彼はいつも通り、ずぼっと乱暴にカードをドローする。
「クク……」
 それから不気味な笑みを作って、真崎さんに言い寄る。
「ダンシング・ソルジャーって言うのは、この程度の実力なのか? そんなチンタラしとる踊りなど、ワシの音楽家の大音量で吹き飛ばしてくれるわ!」
 不利な立場になりつつあるのに、相変わらず発言だけは強気だった。
 たぶん、騒象寺くんは、今の状況が良くないものであることは、しっかりと理解しているはずだ。その上で、これだけ前向きな姿勢で臨んでいるのだ。
 言葉遣いは乱暴だけど、とても頼もしく見える。ぼく以外の人もそう感じているのだろうか、騒象寺くんへの歓声が途切れることはなかった。
「このターン、ワシは『ソニック・バード』を召喚し、その効果を発動。デッキの儀式魔法カードを手札に加える!」

ソニック・バード 風 ★★★★
【鳥獣族・効果】
このカードが召喚・反転召喚に成功した時、
自分のデッキから儀式魔法カード1枚を手札に加える事ができる。
攻撃力1400/守備力1000

 儀式デッキをサポートする基本カードである『ソニック・バード』を使い、騒象寺くんは手札を補充する。デッキをふんぬと掴み取り、補充するカードを選択する。
「ここで選択するカードは、『高等儀式術』!」

高等儀式術
(儀式魔法カード)
手札の儀式モンスター1体を選択し、
そのカードのレベルの合計が同じになるように
自分のデッキから通常モンスターを選択して墓地に送る。
選択した儀式モンスター1体を特殊召喚する。

 そのカード名が告げられると、会場の歓声がいくらか大きくなった。
「おおっ!」「来るぞ来るぞ」「メインボーカルの降臨だ!」
 期待に満ちた声があちこちから聞こえてくる。
 この『高等儀式術』は、儀式召喚に必要な生け贄をデッキから調達することができる儀式魔法。
 音楽家デッキにおいては、レベル4のモンスター2体を生け贄にし、レベル8の儀式モンスターを特殊召喚するのが、もっとも効率の良い戦術と言われている……。つまり、騒象寺くんは、音楽家デッキ最強の『偉大なる音楽家 デシベル・オブ・ミリオン』の儀式召喚を狙っているのだ!
「お前の望み通り、メインボーカルを加えて、グレートコンサート二曲目を披露してやるぜ! 儀式魔法『高等儀式術』を発動! デッキから2枚の『ジェネティック・ワーウルフ』を墓地に送り、『偉大なる音楽家 デシベル・オブ・ミリオン』を降臨させる!」

真崎杏子
LP 5400
伏せカード

バトルフェーダー
守備表示
攻撃力0
守備力0
センジュ・ゴッド
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000
ダンシング・ソルジャー
月影のワルツ

攻撃表示
攻撃力1950
守備力2450


偉大なる音楽家
ギターズ・オブ・テン

攻撃表示
攻撃力3400
守備力1800
ソニック・バード
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000
偉大なる音楽家
デシベル・オブ・ミリオン

攻撃表示
攻撃力2900
守備力2100
(魔法・罠カードなし)
騒象寺
LP 8000

 騒象寺くんに劣ることなくド派手な格好をした『偉大なる音楽家 デシベル・オブ・ミリオン』が、炎を巻き上げながらソリッドビジョンに現れる。
「そこの邪魔な伏せカードを使われる前に、さっさと『デシベル・オブ・ミリオン』の効果を発動させる! コストとして、場の『ソニック・バード』をお前の手札に加える。さあ取りに来い!」
 そう言って、騒象寺くんは、『ソニック・バード』のカードを手渡すため、くいくいと真崎さんを呼ぶ。
「普通、そっちが来てくれるものじゃないの?」
 真崎さんはぶつぶつ文句を言いながらも、騒象寺くんに近寄り、『ソニック・バード』のカードを受け取る。これで騒象寺くんのフィールドから『ソニック・バード』がいなくなった。

偉大なる音楽家 デシベル・オブ・ミリオン 炎 ★★★★★★★★
【戦士族・儀式/効果】
「偉大なる音楽家 デシベル・オブ・ミリオン」はフィールド上に1体しか表側表示で存在できない。
1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を相手の手札に加えて発動する。
フィールド上のカードを3枚まで選択して破壊する。
攻撃力2900/守備力2100

「さあ『デシベル・オブ・ミリオン』の効果行くぜ! この効果によって3枚のカードを破壊できる! ワシが破壊するのは、『ダンシング・ソルジャー 月影のワルツ』と『バトルフェーダー』と伏せカード――これら3枚! 百万デシベルの音波で砕け散れぇぃ!」
 相変わらず乱暴な言葉遣いで、騒象寺くんは『デシベル・オブ・ミリオン』の効果を発動させる。
 ソリッドビジョンに映し出されている『デシベル・オブ・ミリオン』は、ごついマイクに口に近づけて、大きく息を吸い込む。
 『デシベル・オブ・ミリオン』で3枚のカードを破壊できれば、『月影のワルツ』の効果が使われることを考慮しても、今の流れを引き戻せる。ピンチにならずに済む。
 よし、いいぞ……!
 ぼくの胸がどくんどくんと高鳴っていく……!
「ふふっ……」
 しかし、真崎さんは、何かおかしなものを見たかのように、笑みをこぼした。
「そんな音量だけの歌なんて聞かされたら、せっかくのダンスが台無しじゃない。調和もひったくれもない旋律なんて、ただ迷惑なだけよ!」
「な、何ぃ?」
「そんな迷惑な歌には『天罰』が必要ね! 『天罰』がね!」
 真崎さんはそう言って、デュエルディスクの魔法&罠カードゾーンにあるボタンに手をかけた。

天罰
(カウンター罠カード)
手札を1枚捨てて発動する。
効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する。

「私は、さっきもらった『王宮のお触れ』をコストにして、『天罰』のカウンター罠を発動させる!」
「『天罰』……! そ、その伏せカードは『天罰』だったのか……!」
「そう! 『天罰』のカウンター罠カードによって、『偉大なる音楽家 デシベル・オブ・ミリオン』は効果を無効にされた上で、破壊される!」
 ズガアアアアンと天から雷が落ちてきて、『デシベル・オブ・ミリオン』は歌うことなく破壊されてしまった。

真崎杏子
LP 5400
(魔法・罠カードなし)
バトルフェーダー
守備表示
攻撃力0
守備力0
センジュ・ゴッド
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000
ダンシング・ソルジャー
月影のワルツ

攻撃表示
攻撃力1950
守備力2450


偉大なる音楽家
ギターズ・オブ・テン

攻撃表示
攻撃力3400
守備力1800
(魔法・罠カードなし)
騒象寺
LP 8000

 観客席から聞こえていた歓声がパタッと止まってしまった。
 最強の『偉大なる音楽家 デシベル・オブ・ミリオン』は、効果を無効にされた上に、無残に破壊されてしまった。発動コストになった『ソニック・バード』のカードだけが、むなしく真崎さんの手札に残る。
 ただでさえ、不利になりかけていた騒象寺くんは、この『天罰』のカウンター罠カードによって、完全に不利になってしまった。
 しかも、この『天罰』のカード。
 『偉大なる音楽家 デシベル・オブ・ミリオン』を無力化、破壊できるだけじゃない。発動コストとなった騒象寺くんのカードを、真崎さんの手札に残すことができるのだ!
 強力なモンスターと効果を無効化した上に、手札を補充してしまう……。
 偉大なる音楽家デッキvsダンシング・ソルジャーデッキ――このデュエルにおいて、『天罰』は、あまりにも出来過ぎたカードだった。対策カードにしても、ここまで都合の良いカードを用意してくるなんて……。
 そこまで頭が回って、それからようやく気づく。
 そうか! これはピンポイントの対策カードだ!
 決勝戦で騒象寺くんと対戦する可能性があることを見越して、決勝トーナメント前にサイドデッキに準備してきた対策カードなんだ!
「くそ……!」
 騒象寺くんがしかめっ面になる。
「残った『ギターズ・オブ・テン』で攻撃だ!」
「『ダンシング・ソルジャー 月影のワルツ』の効果を発動! 『偉大なる音楽家 ギターズ・オブ・テン』は裏側守備表示になってもらうわよ!」
 『偉大なる音楽家 ギターズ・オブ・テン』の乱暴な演奏は、『ダンシング・ソルジャー 月影のワルツ』の踊りによって遮られる。
「ぐっ……。タ、ターンエンド……」

真崎杏子
LP 5400
(魔法・罠カードなし)
バトルフェーダー
守備表示
攻撃力0
守備力0
センジュ・ゴッド
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000
ダンシング・ソルジャー
月影のワルツ

攻撃表示
攻撃力1950
守備力2450


偉大なる音楽家
ギターズ・オブ・テン

裏側守備表示
攻撃力1900
守備力1800
(魔法・罠カードなし)
騒象寺
LP 8000

 『ギターズ・オブ・テン』の攻撃は、『月影のワルツ』の効果によって防がれ、いよいよもってまずくなってきた。
 騒象寺くんの今の手札はたったの1枚。場に残っている『ギターズ・オブ・テン』も、次のターンに破壊されるだろう。
 それに対して、真崎さんの場や手札にはたくさんのカードが残っている。
 クラスメイトの表情がどんどん暗いものになっていく。騒象寺くんへ向けられた歓声がどんどん少なくなっていく。
 ただでさえデッキ同士の相性が悪いのに、『バトルフェーダー』や『天罰』を使われ、騒象寺くんは確実に追い詰められていた……。

「私のターンね!」
 真崎さんのターン。
 彼女は、カードをドローした後で、『ダンシング・ソルジャー 月影のワルツ』の効果を発動した。
「私は、『月影のワルツ』の効果によって、『センジュ・ゴッド』を裏側守備表示に変更。その後、『センジュ・ゴッド』を反転召喚(表示形式を表側攻撃表示に変更)。これによって、『センジュ・ゴッド』の効果がもう一度発動。デッキにある『月影のワルツ』を手札に加えるわ!」
 『月影のワルツ』の効果は、自分のモンスターにも使うことができる。その性質を活用して、『センジュ・ゴッド』の効果を再利用し、手札を増やしてきたのだ。
 今の真崎さんの手札はなんと6枚。騒象寺くんの手札1枚とは雲泥の差がついていた。
「続けて、騒象寺くんにもらった『ソニック・バード』を召喚! その効果により、手札に儀式魔法『光と闇の舞踏会 −踊りによる誘発−』を加える!」
 着々と次の儀式モンスターの召喚の準備が近づいている。
「さあ、ここからが、光と闇の舞踏会第二幕よ! ダンシング・ソルジャーのステップを存分に味わってちょうだい! 『光と闇の舞踏会 −踊りによる誘発−』を発動! 手札にある『太陽のタンゴ』を生け贄にして、『ダンシング・ソルジャー 太陽のタンゴ』を儀式召喚する!」

真崎杏子
LP 5400
(魔法・罠カードなし)
バトルフェーダー
守備表示
攻撃力0
守備力0
センジュ・ゴッド
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000
ダンシング・ソルジャー
月影のワルツ

攻撃表示
攻撃力1950
守備力2450
ソニック・バード
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000
ダンシング・ソルジャー
太陽のタンゴ

攻撃表示
攻撃力2550
守備力1850


偉大なる音楽家
ギターズ・オブ・テン

裏側守備表示
攻撃力1900
守備力1800
(魔法・罠カードなし)
騒象寺
LP 8000

 太陽をバックにして、踊り子が神々しく姿を現していく。橙と白の入り混じった衣装は、恒星であることを主張しているかのように、太陽の光を反射することなく光り輝いていた。
 『ダンシング・ソルジャー 太陽のタンゴ』。2体目のダンシング・ソルジャーが降臨したのだ!
 きれいだななどと思っている暇はない。そんなことをしている間に、真崎さんはデュエルを進めていく。
「早速、『太陽のタンゴ』の効果を使わせてもらうわ!」

ダンシング・ソルジャー 太陽のタンゴ 光 ★★★★★★★
【戦士族・儀式/効果】
1ターンに1度、フィールド上に裏側表示で存在するモンスター1体を
選択して発動する。選択したモンスターを表側攻撃表示にする。
この効果は相手ターンでも発動する事ができる。
また、このカードがリバースした時、相手フィールド上に存在する
カード1枚を選択してゲームから除外する。
攻撃力2550/守備力1850

 『ダンシング・ソルジャー 太陽のタンゴ』も、『月影のワルツ』と同じく、表示形式を変更する効果を持っている。
 ただ、『月影のワルツ』が表側表示のモンスターを裏側守備表示に変更させたのに対し、『太陽のタンゴ』は裏側表示になっているモンスターを表側攻撃表示に変更させる。
「『太陽のタンゴ』の効果によって、『偉大なる音楽家 ギターズ・オブ・テン』を表側攻撃表示にする!」
 裏側守備表示にさせられていた『偉大なる音楽家 ギターズ・オブ・テン』は、表側攻撃表示となって再びフィールドに姿を現す。
 しかし、その攻撃力はいったん裏側になったことでリセットされ、元々の攻撃力である1900ポイントに戻っていた。
 『月影のワルツ』と『太陽のタンゴ』。それらのモンスター効果によって、『偉大なる音楽家 ギターズ・オブ・テン』の攻撃力アップ効果が無力化されてしまったのだ!
「バトルフェイズよ!」
 自信溢れる声色で真崎さんがバトル開始を宣言する。

真崎杏子
LP 5400
(魔法・罠カードなし)
バトルフェーダー
守備表示
攻撃力0
守備力0
センジュ・ゴッド
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000
ダンシング・ソルジャー
月影のワルツ

攻撃表示
攻撃力1950
守備力2450
ソニック・バード
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000
ダンシング・ソルジャー
太陽のタンゴ

攻撃表示
攻撃力2550
守備力1850


偉大なる音楽家
ギターズ・オブ・テン

攻撃表示
攻撃力1900
守備力1800
(魔法・罠カードなし)
騒象寺
LP 8000

 今のフィールドの状況は、非常に、まずい。
 騒象寺くんの『偉大なる音楽家 ギターズ・オブ・テン』は超過ダメージを受けた上で倒される。
 その上、騒象寺くんのフィールドに他のモンスターや伏せカードはない。モンスター3体分の直接攻撃を受けてしまう!
「『太陽のタンゴ』の攻撃、『ギターズ・オブ・テン』を破壊し、650ダメージを与える! 続けて、『センジュ・ゴッド』でプレイヤーに直接攻撃! 1400ダメージ! さらに、『ソニック・バード』でも直接攻撃! 1400ダメージ! 最後に、『月影のワルツ』でプレイヤーに直接攻撃! 1950ダメージ!」
 伏せカードのない騒象寺くんに、次々に攻撃が決まっていく。
 途中で『冥府の使者ゴーズ』が出てくれることもなく、ダメージだけが蓄積されていく。

真崎杏子
LP 5400
(魔法・罠カードなし)
バトルフェーダー
守備表示
攻撃力0
守備力0
センジュ・ゴッド
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000
ダンシング・ソルジャー
月影のワルツ

攻撃表示
攻撃力1950
守備力2450
ソニック・バード
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000
ダンシング・ソルジャー
太陽のタンゴ

攻撃表示
攻撃力2550
守備力1850


(モンスターカードなし)
(魔法・罠カードなし)
騒象寺
LP 2600

 8000ポイントだった騒象寺くんのライフポイントは、このターンだけで2600ポイントになってしまった。
 これで、完全に逆転されてしまった……。
「ターンエンドね!」
 真崎さんが元気な声でターン終了を宣言した……。

 もう、騒象寺くんへの歓声は、かすれるほどにしか聞こえてこない。
 会場は徐々に真崎さんに向けられた杏子コールに取って代わっていく。
 手札もボロボロで、場も空っぽで、ライフも残り3分の1程度……。騒象寺くんは相当追い込まれている。
 フィールドを見ても、手札を見ても、ライフを見ても、絶望しか沸いてこない、今、この状況。

「ヘイ! ヘイ! ヘイ! ワシのターン!」

 騒象寺くんは、険しい表情から一転、負けているという雰囲気を微塵も出さずにターン開始を宣言してきた!
 ど、どうしたの? 騒象寺くん?
 こんなに追い込まれているというのに、強気のターン宣言をするなんて! 平然と笑っていられるなんて!
「ドロー!」
 騒象寺くんは、デッキのカードを乱暴に手札に加え、さらにシャキーンと謎のポーズを決めた。
 そんな姿を見ていたら、なんだか、騒象寺くんが負けるとは思えなくなってきた。
 この相当厳しい状況でも、逆転してくれるんじゃないのか!? 音楽家を活躍させてくれるんじゃないのか!? そんな気がしてならない。
「騒象寺! ここでやらなきゃ男じゃないだろ!」
「逆転してくれ! 騒象寺!」
「フルメンバー召集コンボを見せてくれ!」
 少しずつ、騒象寺くんへの歓声が復活していく。
 スター衣装でハチマキでサングラスでリーゼント。そこに敗北なんて絶対にありえない。どんな逆境でも絶対に負けはない。そんな雰囲気が会場に満ちていく。
「騒象寺……! 騒象寺……!」
 騒象寺コールが聞こえる。
「騒象寺! 騒象寺! 騒象寺!」
「騒象寺! 騒象寺! 騒象寺!」
 そして、それは、どんどん観客を巻き込んでいって……!
「騒象寺っ! 騒象寺っ! 騒象寺っ!」
「騒象寺っ! 騒象寺っ! 騒象寺っ!」
「騒象寺っ! 騒象寺っ! 騒象寺っ!」
 本物のコンサート会場のように、力強い声となって会場を燃え上がらせていた。
 ああ……! 今日一日で、騒象寺くんのファンがつき始めているのも分かる気がするよ。
 奇抜な格好だけじゃない。これだけ強気で攻め続ける姿勢が、とてもかっこよく映るんだ。リーゼントにスター衣装で、どう見てもおかしい格好なんだけど、とってもカッコいいんだ!
 騒象寺くんの態度と、みんなの歓声は、ぼくの胸も燃え上がらせていく。
 もう、このまま黙って見ていることなんてできそうにない!
「行けぇ……! 行っちゃえ! 騒象寺くん!」
 ぼくは、周囲の観客に混じってエールを飛ばした。
 その声が聞こえたのか、騒象寺くんは、左手の人差し指をシュピーンと空へ向ける。
「真崎杏子、ここまで中途半端な演奏を聞かせて悪かったな……」
「え? それってどういう……?」
「『偉大なる音楽家』は、4人1組のグレードなバンドだ。全ての音楽家が揃ってこそ、本当のグレートコンサートが始まる……」
「まさか……『フルメンバー召集コンボ』のキーカードが揃っているの?」
「その通り! ここまでのデュエルは、フルメンバー召集のための前座に過ぎなかったというわけだ。ご苦労だったな、太陽と月のダンシング・ソルジャー達よ! しかし、前座にはそろそろ退散してもらおうかァ!」
 歓声がひときわ大きくなる。騒象寺コールがさらに大きくなる。
 強気なのは態度だけじゃなかった! 騒象寺くんの手札には、今の状況をひっくり返しうるカードが揃っている!
 たった2枚の手札から逆転してしまう、偉大なる音楽家デッキの切り札……。
 それが、偉大なる音楽家4体を1ターンのうちに特殊召喚する、「フルメンバー召集コンボ」なのだ!
「行くぜ! ワシはまず『マンジュ・ゴッド』を召喚! その効果を使い、デッキから『偉大なる音楽家 キーズ・オブ・サウザンド』を手札に加える」
 デッキをむんずとつかんで、レベル7の『キーズ・オブ・サウザンド』のカードを手札へと加える。となれば、残る手札はもちろん……!
「800ライフポイントを払い、『契約の履行』を発動じゃあ!」

契約の履行
(装備魔法カード)
800ライフポイントを払う。自分の墓地から儀式モンスター1体を選択して
自分フィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。
このカードが破壊された時、装備モンスターをゲームから除外する。

 よし来た!
 儀式モンスターを墓地から復活させる魔法カード! 偉大なる音楽家デッキに必須と言われている『契約の履行』のカードが来た!
「ワシは『契約の履行』で、『偉大なる音楽家 ドラムス・オブ・ハンドレッド』を復活させる!」

真崎杏子
LP 5400
(魔法・罠カードなし)
バトルフェーダー
守備表示
攻撃力0
守備力0
センジュ・ゴッド
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000
ダンシング・ソルジャー
月影のワルツ

攻撃表示
攻撃力1950
守備力2450
ソニック・バード
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000
ダンシング・ソルジャー
太陽のタンゴ

攻撃表示
攻撃力2550
守備力1850


マンジュ・ゴッド
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000
偉大なる音楽家
ドラムス・オブ・ハンドレッド

攻撃表示
攻撃力2500
守備力1900
契約の履行
装備魔法
騒象寺
LP 1800

 フィールドに、偉大なる音楽家が1体だけ復活する。
 騒象寺くんの手札には『偉大なる音楽家 キーズ・オブ・サウザンド』がある。騒象寺くんの墓地には、一度正規の手段で特殊召喚された『偉大なる音楽家 デシベル・オブ・ミリオン』と『偉大なる音楽家 ギターズ・オブ・テン』がいる。
 いける! 揃っている! フルメンバー召集コンボの準備は完全に揃っている!
 真崎さんの場には、相手のモンスターを裏側表示にすることができる『ダンシング・ソルジャー 月影のワルツ』がいるものの、優先権の都合上、騒象寺くんの『ドラムス・オブ・ハンドレッド』の効果を止めることはできない。
「すぐさま『ドラムス・オブ・ハンドレッド』の効果を発動! その発動コストとして、フィールドに残っている『契約の履行』を相手の手札へ送る!」
 騒象寺くんは、復活させたばかりの『ドラムス・オブ・ハンドレッド』のモンスター効果を発動。
 『契約の履行』が、偉大なる音楽家デッキに必須だと言われているのは、単に強力な儀式モンスターを復活できるためじゃない。偉大なる音楽家の発動コストとの相性が、抜群に良いからだ。
 『契約の履行』は儀式モンスターを復活させた後、装備魔法となってフィールドに残り続ける性質を持っている。その性質を逆手にとって、フィールドに残っている『契約の履行』を、偉大なる音楽家のモンスター効果の発動コストに使ってしまうのだ。
 もっとも、『契約の履行』は真崎さんにとっても役立つカード。それを手渡してしまうリスクは、決して小さくない。だけど、そのリスクを覚悟してでも『契約の履行』を使わなければ、このデュエルに勝つことなんてできやしない!

偉大なる音楽家 ドラムス・オブ・ハンドレッド 炎 ★★★★★★
【戦士族・儀式/効果】
「偉大なる音楽家 ドラムス・オブ・ハンドレッド」はフィールド上に1体しか表側表示で存在できない。
1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を相手の手札に加えて発動する。
自分の手札から「偉大なる音楽家」と名のつくモンスター1体を特殊召喚する。
(この特殊召喚は儀式召喚扱いとする)
攻撃力2500/守備力1900

「『ドラムス・オブ・ハンドレッド』の効果により、手札から『偉大なる音楽家 キーズ・オブ・サウザンド』を特殊召喚する!」
 『ドラムス・オブ・ハンドレッド』のモンスター効果は、儀式魔法なしで儀式召喚を行える効果!
 100の打楽器に囲まれたアフロ男の隣に、数え切れないほどの鍵盤に囲まれたロングヘアの男が出現する。

真崎杏子
LP 5400
(魔法・罠カードなし)
バトルフェーダー
守備表示
攻撃力0
守備力0
センジュ・ゴッド
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000
ダンシング・ソルジャー
月影のワルツ

攻撃表示
攻撃力1950
守備力2450
ソニック・バード
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000
ダンシング・ソルジャー
太陽のタンゴ

攻撃表示
攻撃力2550
守備力1850


マンジュ・ゴッド
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000
偉大なる音楽家
ドラムス・オブ・ハンドレッド

攻撃表示
攻撃力2500
守備力1900
偉大なる音楽家
キーズ・オブ・サウザンド

攻撃表示
攻撃力2400
守備力2800
(魔法・罠カードなし)
騒象寺
LP 1800

 これで2体目……!
 さあ! フルメンバー召集コンボの仕上げだ! 優先権で守られている間に、『キーズ・オブ・サウザンド』の蘇生効果を使うんだ!
「すかさず、『キーズ・オブ・サウザンド』の効果を発動! ワシの場にいる『マンジュ・ゴッド』をお前の手札に送り、墓地から『偉大なる音楽家 デシベル・オブ・ミリオン』と『偉大なる音楽家 ギターズ・オブ・テン』を特殊召喚する!」

偉大なる音楽家 キーズ・オブ・サウザンド 炎 ★★★★★★★
【戦士族・儀式/効果】
「偉大なる音楽家 キーズ・オブ・サウザンド」はフィールド上に1体しか表側表示で存在できない。
1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を相手の手札に加えて発動する。
自分の墓地から「偉大なる音楽家」と名のつくモンスターを2体まで特殊召喚する。
攻撃力2400/守備力2800

真崎杏子
LP 5400
(魔法・罠カードなし)
バトルフェーダー
守備表示
攻撃力0
守備力0
センジュ・ゴッド
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000
ダンシング・ソルジャー
月影のワルツ

攻撃表示
攻撃力1950
守備力2450
ソニック・バード
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000
ダンシング・ソルジャー
太陽のタンゴ

攻撃表示
攻撃力2550
守備力1850


偉大なる音楽家
ドラムス・オブ・ハンドレッド

攻撃表示
攻撃力2500
守備力1900
偉大なる音楽家
キーズ・オブ・サウザンド

攻撃表示
攻撃力2400
守備力2800
偉大なる音楽家
デシベル・オブ・ミリオン

攻撃表示
攻撃力2900
守備力2100
偉大なる音楽家
ギターズ・オブ・テン

攻撃表示
攻撃力1900
守備力1800
(魔法・罠カードなし)
騒象寺
LP 1800

 来た……来た来た来た来た! 来たあぁぁーーーーーっ!!!
 1ターンにして全ての「偉大なる音楽家」をフィールドに揃える、フルメンバー召集コンボが成立した!
 ここまで、『ドラムス・オブ・ハンドレッド』が倒され、『デシベル・オブ・ミリオン』が倒され、『ギターズ・オブ・テン』が倒されてしまったけど、それらは無駄じゃなかった! すべて、このコンボに繋がっていたのだ!
 最高だ! 最高だ! 最高だぞ!! 偉大なる音楽家ぁぁーーーっ!!
「本当にフルメンバー召集コンボが来たっ!」
「すげえ! すげえぞ! 騒象寺!」
「よっしゃああああ!」
「騒象寺! 騒象寺! 騒象寺!」
 今まで溜まっていたものを吐き出すかのように、騒象寺コールが止まらない!
 騒象寺くんは、非常に愉快な表情でゲハハハと笑い飛ばした。
「待たせたな! これが偉大なる音楽家フルメンバー! ここから超グレートな演奏を見せてやるぜぇぇ!」
 そう宣言すると、会場の歓声がさらにどぉぉっと沸いた。
 対戦相手の真崎さんは、これほどまでの歓声に驚きを隠せない様子だった。
「なんて……なんて歓声なの!? これじゃあまるでアウェイ……! アウェイで闘っている気分じゃないの!」
 準決勝を超える歓声が会場を盛り上げている。野外ライブ会場にいる錯覚さえ起こすほどのエネルギーが、ここまで伝わってくる。
「…………」
 そんな中で、騒象寺くんは、次の手を打つことなく、じいっとフィールドの様子を見ていた。さっきまでの得意気な表情はいつの間に消え去り、とても真剣な眼差しになってフィールドのカードの様子をうかがっていた。
 ……考えている。
 会場が騒がしくなっている間に、次の手を考えているんだ!
 現在、騒象寺くんのフィールドには、4種類全ての「偉大なる音楽家」が揃っている。だけど、真崎さんの場には、ダンシング・ソルジャーをはじめとした5体のモンスターが立ちはだかっている。
 『月影のワルツ』のモンスター効果。『偉大なる音楽家 デシベル・オブ・ミリオン』や『偉大なる音楽家 ギターズ・オブ・テン』のモンスター効果。それ以外のモンスター。真崎さんに渡してしまった『契約の履行』や『マンジュ・ゴッド』のカード……。
 偉大なる音楽家たちの効果を使うか使わないか? どのモンスターに攻撃を仕掛けるか?
 戦術を見誤ってしまえば、せっかくのチャンスを棒に振ってしまう。さまざまな要素をかんがみた上で、最適な選択を行わなければならない。
 きわめて重要な場面……。
 だからこそ、騒象寺くんはここでしっかりと考えているのだ。
「決めたぜぇ……」
 騒象寺くんが、彼にしては小さな声で呟いた。
 その声を聞いた真崎さんは、表情を固くする。
「ワシは、『偉大なる音楽家 ギターズ・オブ・テン』のモンスター効果を使うことにする!」

偉大なる音楽家 ギターズ・オブ・テン 炎 ★★★★★
【戦士族・儀式/効果】
「偉大なる音楽家 ギターズ・オブ・テン」はフィールド上に1体しか表側表示で存在できない。
1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を相手の手札に加えて発動する。
自分フィールド上に表側表示で存在する「偉大なる音楽家」と名のつくモンスター全ての
攻撃力を1500ポイントアップする。
攻撃力1900/守備力1800

 たくさんの選択肢の中から、騒象寺くんは『偉大なる音楽家 ギターズ・オブ・テン』の攻撃力アップ効果を選択した。
 『デシベル・オブ・ミリオン』のカード破壊効果を優先したくなる場面だけど、より多くの戦闘ダメージを与えることを考えたら、『ギターズ・オブ・テン』で攻撃力を上げるほうが正解なのだろう。
「『ギターズ・オブ・テン』の発動コストは、『ギターズ・オブ・テン』自身。『ギターズ・オブ・テン』を相手の手札に加えることで、それ以外の『偉大なる音楽家』の攻撃力を1500ポイントアップさせる!」
 騒象寺くんは、今度は自分から歩いていき、『ギターズ・オブ・テン』を真崎さんに手渡す。
 真崎さんは、コストとなった『ギターズ・オブ・テン』のカードを受け取ると、大事なことを思い出したかのように「あっ」と声を出した。
「こ、このタイミングで『ダンシング・ソルジャー 月影のワルツ』の効果を使うわ!」
 真崎さんは、『ギターズ・オブ・テン』の効果にチェーンして、『月影のワルツ』の効果を発動。
「騒象寺くんの『偉大なる音楽家 デシベル・オブ・ミリオン』――このモンスターを裏側守備表示にする!」
 特殊召喚されたばかりの『デシベル・オブ・ミリオン』に対して、『月影のワルツ』の効果が使われた。
 真崎さんの声を合図に、ソリッドビジョンの『月影のワルツ』が、光の粒を散らしながらゆったりとした舞を披露する。
 それに呼応するように、ソリッドビジョンの『ギターズ・オブ・テン』も、十本の弦楽器をかわるがわる乱暴に弾きこなしていく。
「なに……これ……」
 真崎さんが声を漏らした。
 『ギターズ・オブ・テン』の効果に対して、『月影のワルツ』の効果が使われたことにより、ソリッドビジョン上では、月の舞と10本のギターの演奏が同時に表示されていたのだ。
 『月影のワルツ』が舞っていくにつれ、ソリッドビジョン上に月が表示される。『ギターズ・オブ・テン』は、自分自身がコストになったためか半透明になりながらも、それに負けぬほどの勢いで演奏を続ける。
 幻想的な月のダンスと、乱暴なギターの演奏……。
 どう見てもミスマッチなのに、妙に合っているような気がしてしまう。競演しているかのような、不思議な感覚がしてしまう。
 『月影のワルツ』が作り出した月から、闇のとばりが下りてくる。それは、騒象寺くんの『偉大なる音楽家 デシベル・オブ・ミリオン』を包み込んで見えなくしてしまう。
 『ギターズ・オブ・テン』は、徐々にフェードアウトしながらもパワー溢れる演奏を止めることはない。『ドラムス・オブ・ハンドレッド』や『キーズ・オブ・サウザンド』は、文字通り燃え上がるほどのエネルギーを身にまとった。

真崎杏子
LP 5400
(魔法・罠カードなし)
バトルフェーダー
守備表示
攻撃力0
守備力0
センジュ・ゴッド
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000
ダンシング・ソルジャー
月影のワルツ

攻撃表示
攻撃力1950
守備力2450
ソニック・バード
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000
ダンシング・ソルジャー
太陽のタンゴ

攻撃表示
攻撃力2550
守備力1850


偉大なる音楽家
ドラムス・オブ・ハンドレッド

攻撃表示
攻撃力4000
守備力1900
偉大なる音楽家
キーズ・オブ・サウザンド

攻撃表示
攻撃力3900
守備力2800
偉大なる音楽家
デシベル・オブ・ミリオン

裏側守備表示
攻撃力2900
守備力2100
(魔法・罠カードなし)
騒象寺
LP 1800

 不思議な競演が終わった後、表側表示で残った偉大なる音楽家は、2体だけとなった。
 『ギターズ・オブ・テン』はコストとしてフィールドからいなくなってしまって、『デシベル・オブ・ミリオン』は裏側守備表示にさせられ、このターンでは攻撃も効果発動もできなくなってしまった。
 それでも、攻撃力4000の『偉大なる音楽家 ドラムス・オブ・ハンドレッド』と、攻撃力3900の『偉大なる音楽家 キーズ・オブ・サウザンド』が残っている。
 この2体だけでも、真崎さんに十分なダメージを与えることができる!
「バトルフェイズ! 行くっちゃーーー!」
 騒象寺くんがバトルフェイズの開始を宣言する。最高潮のライブ会場のように、歓声が押し寄せてくる。
「『ドラムス・オブ・ハンドレッド』で『太陽のタンゴ』に攻撃! 『キーズ・オブ・サウザンド』で『月影のワルツ』に攻撃!」
 偉大なる音楽家たちは、『ギターズ・オブ・テン』によって強化された攻撃力で、太陽と月のダンシング・ソルジャーを打ち負かしていく。
 強化されすぎたほどの攻撃力のおかげで、『太陽のタンゴ』撃破時に1350ダメージ、『月影のワルツ』撃破時に1950ダメージが発生!
 主力モンスターを破壊すると同時に、ライフポイントを大幅に減らすことに成功したのだ!

真崎杏子
LP 2100
(魔法・罠カードなし)
バトルフェーダー
守備表示
攻撃力0
守備力0
センジュ・ゴッド
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000
ソニック・バード
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000


偉大なる音楽家
ドラムス・オブ・ハンドレッド

攻撃表示
攻撃力4000
守備力1900
偉大なる音楽家
キーズ・オブ・サウザンド

攻撃表示
攻撃力3900
守備力2800
偉大なる音楽家
デシベル・オブ・ミリオン

裏側守備表示
攻撃力2900
守備力2100
(魔法・罠カードなし)
騒象寺
LP 1800

「ターンエンド!」
 騒象寺くんがターン終了を宣言する。
 このターンのはじめには、騒象寺くんの場にはモンスターが1体もいなかった。それが、フルメンバー召集コンボを成功させ、『太陽のタンゴ』を倒し、『月影のワルツ』を倒し、合計3300ポイントもの戦闘ダメージを与えることに成功したのだ!
 ターン開始時の絶望的な状況が、想像できないほどの逆転劇。
 これなら勝てる……! 勝てるよ! ぼくも、クラスメイトも、周囲の観客も興奮が収まらない!
「騒象寺くん! がんばれぇぇぇっ!」
 ぼくはためらうことなく大きな声を出す。
「行けぇぇぇ!」
「騒象寺! 騒象寺! 騒象寺!」
「最高だぜぇーーーーっ!!」
 ぼくにしてはかなり大きな声を出したつもりなのに、その声はあっという間に観客の声に飲み込まれてしまう。
 騒象寺くんへ向けられた歓声は、青天井のように大きくなっていく。

「私のターン! ドロー!」
 真崎さんのターン。
 彼女は凛々しい表情でターン開始宣言とドローを行い、それから、ぱあっと笑顔になった。
「騒象寺くん。私ね、正直言ってこんな展開になるなんて思ってなかった」
「んん?」
「『バトルフェーダー』にも『天罰』にも負けることなく、フルメンバー召集コンボを成功させて……。ううん、それだけじゃない。この会場……。遊戯のデュエルを見に来るために集まった1000人もの観客……。そんな彼らを味方につけて、こんなにも盛り上げてしまうなんて!」
 真崎さんは興奮した様子で喋っていく。それは、心の底から本当にそう思っている証拠のように思えた。
 騒象寺くんが「ククク……」と笑う。
「当然だろう。これはグレートなワシによる、グレートなコンサートなのだ! 観客を味方につけなくてどうする? 会場を盛り上げなくてどうする? 一人で勝手に歌っているだけなら、そんなものはコンサートとは呼べん!」
「そうね……。あなたの偉大なる音楽家はとても乱暴だけど、それがこんなにたくさんの人を惹きつけて、会場を盛り上げている……。私たちは、方向性の違いこそあるけど、アーティストをモチーフにしたデッキ。単にいがみ合うんじゃなくて、競演するつもりでデュエルしなくちゃね!」
「競演か……。いいぞ、やってみろ! ……特別だァ! お前のダンシング・ソルジャーは、ワシの偉大なる音楽家のバックダンサーに採用してやる!」
「バックダンサーですって?」
 相変わらず強気すぎる騒象寺くんの発言に、真崎さんの笑顔が止まらない。
「ふふっ……あははははははっ! 言ったわねぇ! 騒象寺! なら、私はあなたの演奏をバックミュージックにして踊ってあげるわ!」
 そう言って、真崎さんは、8枚の手札の中から3枚を選び出し、くるっと騒象寺くんに向けた。
 『契約の履行』、『マンジュ・ゴッド』、『偉大なる音楽家 ギターズ・オブ・テン』。
 それらは、偉大なる音楽家たちの発動コストとして、真崎さんの手札に加えられたカードだった。
「偉大なる音楽家が演奏することで、私の手札が強化され、ダンシング・ソルジャーが舞い踊る。そして、ダンシング・ソルジャーが舞い踊ることで、騒象寺くんの墓地にカードが送られ、偉大なる音楽家たちがフィールドに集まっていく……」
 ……まさにそれは、「競演」という言葉がピッタリだった。偉大なる音楽家デッキとダンシング・ソルジャー。二つのデッキは切磋琢磨することで、更なる高みへとのぼっていくのだ。
 歓声はどんどんどんどん大きくなっていく。興味がなかったはずの人まで巻き込んで、もう止まらない。
 騒象寺コールはもちろん、音楽家コール、杏子コール、ダンシング・ソルジャーコール、さらに手拍子も混ざって、ひとつの世界を作り出していく。
 ぼくはすっかりこの雰囲気に呑まれてしまって、今はデュエルをしているんだ、ということを忘れそうになってしまう。
「光と闇の舞台――第三幕に移行させてもらうわよ! もう一度太陽と月の幻想的なステップを見せてあげる!」
 真崎さんはそう言って、手札から魔法カードを発動した。
「もらった『マンジュ・ゴッド』を召喚。その効果で、最後の『ダンシング・ソルジャー 月影のワルツ』をデッキから手札に加えるわ!」
 騒象寺くんにもらったカードを活用して、真崎さんは戦況を立て直していく。
「続けて、儀式魔法『光と闇の舞踏会 −踊りによる誘発−』発動! 手札の『ギターズ・オブ・テン』と、フィールドの『マンジュ・ゴッド』を生け贄にして、『ダンシング・ソルジャー 月影のワルツ』を儀式召喚!」
 倒したばかりの『月影のワルツ』が、月のエフェクトともに再びフィールド上に現れる。
「そして、もらった『契約の履行』を発動! 800ライフを払い、墓地から『ダンシング・ソルジャー 太陽のタンゴ』を特殊召喚させる!」

真崎杏子
LP 1300
契約の履行
装備魔法
バトルフェーダー
守備表示
攻撃力0
守備力0
センジュ・ゴッド
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000
ソニック・バード
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000
ダンシング・ソルジャー
月影のワルツ

攻撃表示
攻撃力1950
守備力2450
ダンシング・ソルジャー
太陽のタンゴ

攻撃表示
攻撃力2550
守備力1850


偉大なる音楽家
ドラムス・オブ・ハンドレッド

攻撃表示
攻撃力4000
守備力1900
偉大なる音楽家
キーズ・オブ・サウザンド

攻撃表示
攻撃力3900
守備力2800
偉大なる音楽家
デシベル・オブ・ミリオン

裏側守備表示
攻撃力2900
守備力2100
(魔法・罠カードなし)
騒象寺
LP 1800

 『契約の履行』発動コストによって、真崎さんのライフポイントが1300になった代わりに、『ダンシング・ソルジャー 月影のワルツ』、『ダンシング・ソルジャー 太陽のタンゴ』――2体のダンシング・ソルジャーが再びフィールドに現れた。
 ダンシング・ソルジャー達の悠然とした様子が、「まだまだ余裕です」と言っているように見える。
「さあ、バトルフェイズ行くわよ!」
 真崎さんは元気な声で、バトル開始を宣言をする。
 騒象寺くんの場には、強力な偉大なる音楽家が3体揃っているけど、伏せカードは1枚も出されていない。
 ダンシング・ソルジャー達の反撃が、開始される……!
「まずは、『太陽のタンゴ』で裏守備表示になっている『デシベル・オブ・ミリオン』に攻撃! 破壊よ!」
 『太陽のタンゴ』の曲刀が宙を舞い、裏側守備表示の『デシベル・オブ・ミリオン』へと襲い掛かる。守備力2100の『デシベル・オブ・ミリオン』は、あっさりと破壊されてしまった。
「続いて、『月影のワルツ』の効果を発動! 『ドラムス・オブ・ハンドレッド』を裏側守備表示に変更する」
 バトルフェイズ中に『月影のワルツ』の誘発即時効果を発動。そのゆったりとした舞が、『ドラムス・オブ・ハンドレッド』の表示形式を変えていく。
「その後で、『月影のワルツ』が『ドラムス・オブ・ハンドレッド』へと攻撃! こちらも破壊よ!」
 『月影のワルツ』の短刀が、守備力1900の『ドラムス・オブ・ハンドレッド』に襲い掛かる。こちらも、あっけなく倒されてしまった。
「メインフェイズ2で、『ソニック・バード』と『センジュ・ゴッド』を守備表示に変更……」

真崎杏子
LP 1300
契約の履行
装備魔法
バトルフェーダー
守備表示
攻撃力0
守備力0
センジュ・ゴッド
守備表示
攻撃力1400
守備力1000
ソニック・バード
守備表示
攻撃力1400
守備力1000
ダンシング・ソルジャー
月影のワルツ

攻撃表示
攻撃力1950
守備力2450
ダンシング・ソルジャー
太陽のタンゴ

攻撃表示
攻撃力2550
守備力1850


偉大なる音楽家
キーズ・オブ・サウザンド

攻撃表示
攻撃力3900
守備力2800
(魔法・罠カードなし)
騒象寺
LP 1800

 真崎さんの反撃が華麗に決まり、3体の偉大なる音楽家は、残り1体になってしまった。
 でも、この残った1体――『偉大なる音楽家 キーズ・オブ・サウザンド』は、とても頼りになる音楽家だ。なぜなら、墓地に送られた「偉大なる音楽家」を2体まで復活させることができるのだから!
「これで、ターンエンド! さあ、騒象寺くん、あなたの番よ!」
 次の騒象寺くんのターン。さらなる反撃のチャンスがやってくる!

「ワシのターン! ドロー!」
 騒象寺くんは、デッキごと引っこ抜けるんじゃないかという勢いでドローして、シャキーンと謎のポーズをとる。やっぱり歓声が沸く。
「引いたぜ引いたぜ! 『洗脳−ブレインコントロール』!」
「『洗脳』ですって……!」
 真崎さんが目を見開いた。

洗脳−ブレインコントロール
(魔法カード)
800ライフポイントを払い、相手フィールド上に
表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
このターンのエンドフェイズ時まで、
選択したモンスターのコントロールを得る。

 ぼくの顔が、だらしないくらいに、ほころんでいく。
 よし! よし! よし! ここで『洗脳−ブレインコントロール』のカードが来た! これで、相手のモンスターを奪い取ることができる! 強力な反撃をお見舞いすることができる!
 ぼくに呼応するように、騒象寺くんも笑い出す。
「クク……! 喜べ、真崎杏子! このワシが、お前のダンシング・ソルジャーを直々に引き抜いてやる! ワシは800ライフを払い、『洗脳−ブレインコントロール』を発動! 『月影のワルツ』のコントロールを奪う!」
「つ、『月影のワルツ』の効果をチェーンして発動する……」
 苦い表情のまま、真崎さんは効果の発動だけを宣言する。
 『月影のワルツ』が奪われようとしている今、最後にそのモンスター効果だけでも使おうとしているのだ。
 けれども、
「……っ」
 言葉にならない声を出して、真崎さんはその先を言えないでいる。
 どのモンスターに対して、『月影のワルツ』の表示形式変更効果を使えばいいのか、決めかねているのだ!
 ぼくが彼女の立場だったら、この状況はかなりきついものだと思う。
 騒象寺くんの『キーズ・オブ・サウザンド』を裏側守備表示にすれば、3900になっている攻撃力を元々の2400に戻すことができるけど、すぐに表示形式を変更されてその効果を使われてしまう。
 真崎さんの『月影のワルツ』を裏側守備表示にすれば、『洗脳−ブレインコントロール』こそは回避できるけど、攻撃力3900の『キーズ・オブ・サウザンド』の一撃で『太陽のタンゴ』が倒され、真崎さんのライフポイントが0になってしまう。
 となれば……。
「『月影のワルツ』の効果の対象は『太陽のタンゴ』。このモンスターを裏側守備表示にする……」
 苦しまぎれに発動した『月影のワルツ』の効果によって、『太陽のタンゴ』が裏側守備表示になる。

真崎杏子
LP 1300
(魔法・罠カードなし)
バトルフェーダー
守備表示
攻撃力0
守備力0
センジュ・ゴッド
守備表示
攻撃力1400
守備力1000
ソニック・バード
守備表示
攻撃力1400
守備力1000
ダンシング・ソルジャー
太陽のタンゴ

裏側守備表示
攻撃力2550
守備力1850


偉大なる音楽家
キーズ・オブ・サウザンド

攻撃表示
攻撃力3900
守備力2800
ダンシング・ソルジャー
月影のワルツ

攻撃表示
攻撃力1950
守備力2450
(魔法・罠カードなし)
騒象寺
LP 1000

 『太陽のタンゴ』には、リバースした(裏側表示から表側表示に変わった)時に、フィールド上に存在するカード1枚をゲームから除外する効果がある。裏側守備表示にすることで戦闘ダメージを減らすとともに、除外効果を使おうと目論んだのだろう。
 でも、それは、本当に苦しまぎれの戦法に過ぎなかった。
「これがグレートコンサート! クライマックス!! さあ行け『偉大なる音楽家 キーズ・オブ・サウザンド』! 超絶技巧の演奏を見せるのだ!」

偉大なる音楽家 キーズ・オブ・サウザンド 炎 ★★★★★★★
【戦士族・儀式/効果】
「偉大なる音楽家 キーズ・オブ・サウザンド」はフィールド上に1体しか表側表示で存在できない。
1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を相手の手札に加えて発動する。
自分の墓地から「偉大なる音楽家」と名のつくモンスターを2体まで特殊召喚する。
攻撃力2400/守備力2800

 またひときわ歓声が膨れ上がる。耳をつんざくパワーで、騒象寺コールが繰り返される。
「『キーズ・オブ・サウザンド』の効果を発動! 奪ったばかりの『月影のワルツ』を相手の手札に送り、墓地から『デシベル・オブ・ミリオン』と『ドラムス・オブ・ハンドレッド』を特殊召喚!」

真崎杏子
LP 1300
(魔法・罠カードなし)
バトルフェーダー
守備表示
攻撃力0
守備力0
センジュ・ゴッド
守備表示
攻撃力1400
守備力1000
ソニック・バード
守備表示
攻撃力1400
守備力1000
ダンシング・ソルジャー
太陽のタンゴ

裏側守備表示
攻撃力2550
守備力1850


偉大なる音楽家
キーズ・オブ・サウザンド

攻撃表示
攻撃力3900
守備力2800
偉大なる音楽家
デシベル・オブ・ミリオン

攻撃表示
攻撃力2900
守備力2100
偉大なる音楽家
ドラムス・オブ・ハンドレッド

攻撃表示
攻撃力2500
守備力1900
(魔法・罠カードなし)
騒象寺
LP 1000

 攻撃力3900になっている『偉大なる音楽家 キーズ・オブ・サウザンド』、攻撃力2900の『偉大なる音楽家 デシベル・オブ・ミリオン』、攻撃力2500の『偉大なる音楽家 ドラムス・オブ・ハンドレッド』。
 『キーズ・オブ・サウザンド』の演奏によって、3体の偉大なる音楽家が再びフィールドに集結した!
「ワシの偉大なる音楽家デッキの前では、『太陽のタンゴ』のリバース効果など通用しない! その程度の小細工、『デシベル・オブ・ミリオン』の歌声で吹き飛ばすからな! さあ、行くぞ! 『デシベル・オブ・ミリオン』の効果発動!」

偉大なる音楽家 デシベル・オブ・ミリオン 炎 ★★★★★★★★
【戦士族・儀式/効果】
「偉大なる音楽家 デシベル・オブ・ミリオン」はフィールド上に1体しか表側表示で存在できない。
1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を相手の手札に加えて発動する。
フィールド上のカードを3枚まで選択して破壊する。
攻撃力2900/守備力2100

「『ドラムス・オブ・ハンドレッド』をコストとして相手の手札に送り、『センジュ・ゴッド』、『ソニック・バード』、『ダンシング・ソルジャー 太陽のタンゴ』の3体のモンスターを破壊する!」
 『デシベル・オブ・ミリオン』は、手に持っているマイクを口に近づけ、今度こそといわんばかり大きく息を吸い込み、そして、それを膨大な声のエネルギーにして吐き出した!
 ズン! オン! ドン! ガガ! ギイ!
 安全性が考慮されているとはいえ、派手な演出が会場を突き抜けていく。
 『センジュ・ゴッド』が破壊され――
 『ソニック・バード』が破壊され――
 『ダンシング・ソルジャー 太陽のタンゴ』が破壊される――!
「これが偉大なる音楽家メインボーカル、『デシベル・オブ・ミリオン』だぜ! カーッ! しびれるぜーッ!」

真崎杏子
LP 1300
(魔法・罠カードなし)
バトルフェーダー
守備表示
攻撃力0
守備力0


偉大なる音楽家
キーズ・オブ・サウザンド

攻撃表示
攻撃力3900
守備力2800
偉大なる音楽家
デシベル・オブ・ミリオン

攻撃表示
攻撃力2900
守備力2100
(魔法・罠カードなし)
騒象寺
LP 1000

 フィールド上の状況は一転。
 5体いたはずの真崎さんのモンスターは、『洗脳−ブレインコントロール』で1体奪われ、『偉大なる音楽家 デシベル・オブ・ミリオン』で3体も破壊され、今や『バトルフェーダー』が1体だけ。
「バトルフェイズじゃあ!」
 力強く騒象寺くんが宣言する。
 人気の曲目でも告げられたかのように、歓声がまたドカンと膨れ上がる。
「『キーズ・オブ・サウザンド』で『バトルフェーダー』に攻撃! 破壊じゃあ!」
 『バトルフェーダー』は、場にある状態では、効果を持たない守備力0の弱小モンスター。攻撃力3900のパワーの前に、何の抵抗もできず消し飛ぶ。
 さらにバトルフェイズは続く!
「ヘイ! ヘイ! ウルトラエネルギーソングを全身で浴びちゃないな! 真崎杏子! 『デシベル・オブ・ミリオン』でプレイヤーへ直接攻撃!」

真崎杏子
LP 1300
(魔法・罠カードなし)
(モンスターカードなし)


偉大なる音楽家
キーズ・オブ・サウザンド

攻撃表示
攻撃力3900
守備力2800
偉大なる音楽家
デシベル・オブ・ミリオン

攻撃表示
攻撃力2900
守備力2100
(魔法・罠カードなし)
騒象寺
LP 1000

 ライフポイント1300の真崎さんに、攻撃力2900の直接攻撃が宣言された!
 口を開けたまま、ぼくはその様子を見守る。
 この攻撃が成功すれば、真崎さんのライフポイントは0になる……!
 真崎さんの場にはモンスターはいない。魔法もない。罠もない。
 あるとすれば、7枚の手札だけ……。
 手札……!
 再び、『バトルフェーダー』のカードが脳裏をよぎる。
 無常にも鐘ひとつを鳴らして、偉大なる音楽家の演奏を止めてしまった、あのモンスターの姿が……!
 今の真崎さんの手札に、『バトルフェーダー』のカードはあるのだろうか?
 どうか、今度こそ、鐘が鳴らないでほしい。この一撃が決まれば、勝利できるのだから!
 『デシベル・オブ・ミリオン』が再びマイクを構える。周囲から炎が吹き上がる演出がなされ、まさに、炎のライブが始まろうとしている!
 会場も炎に包まれたと言って良いくらい、燃え上がっている。『デシベル・オブ・ミリオン』の攻撃力を上回っているんじゃないかと言うほどに、騒象寺コールがさらに膨れ上がっていく。
 炎のエフェクトが一段と大きくなって、真崎さんへと襲い掛かる。
 攻撃力2900の直接攻撃。
 真崎さんのライフポイントは、残り1300。
 その攻撃をかみ締めるように、真崎さんはゆっくりとうなずいて。
 それから、手札のカードをデュエルディスクへと、出した……。

「鐘ひとつなんて言って悪かったわ……」

バトルフェーダー 闇 ★
【悪魔族・効果】
相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動する事ができる。
このカードを手札から特殊召喚し、バトルフェイズを終了する。
この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールド上から
離れた場合ゲームから除外される。
攻撃力0/守備力0

 ソリッドビジョンに表示されたのは、『バトルフェーダー』。
 それは、手札から特殊召喚され、プレイヤーへの直接攻撃を防ぐことができるモンスターカードだった……。
 『バトルフェーダー』は、数ターン前と同じように、ゴーンとひとつの鐘を鳴らす。
 『デシベル・オブ・ミリオン』の歌がピタリと止められて、炎の演出もフェードアウトして消えていく。
 歓声が大きなため息へと変わっていく。
 がっかりとした声が積み重なって、会場を包み込んでいく。
 でも、そんなため息だらけの中で、対戦相手の真崎さんは、パチパチと拍手をしていた。
「『バトルフェーダー』はひとつしか鐘を鳴らさなかったけど、私は、鐘をいっぱいあげたい……」
 真崎さんは顔を上げて、嬉しそうな、でも、ちょっと寂しそうな表情になる。
「私、はじめて見た。こんなにも周囲の人たちを盛り上げて、こんなにも会場と一体になったデュエルを……。そういう意味では、私は未熟だったと思う。こんな調子じゃあダンサーになる夢だって、ずうっとずうううっと先の話なんだなぁって思えてきちゃう……」
 真崎さんがそう言うと、騒象寺くんは彼女をバカにするように「ハハハ」と大笑いをし出した。
 空気をぶち壊しにする大笑いに、ぼくはびくびくしてしまう。
 そ……騒象寺くん? だ……だだ大丈夫なんだよね?
「ハハ! 何をふざけたことを言っている、真崎杏子ゥ! お前は言っていただろう。このデュエルは、偉大なる音楽家とダンシング・ソルジャーの『競演』だと! ワシがいなくちゃお前の活躍がなかったように、お前がいなくちゃこのワシの活躍だってなかった!」
「そ、そうだったわね……」
「大体な、この競演が成立したのは、あ、く……! チ、チームメイトがあってのものだろ! ワシなんかじゃここまで闘えるデッキと戦術を組めなかった! お前も、『天罰』や『バトルフェーダー』を使ってこれたのは、遊戯のアドバイスがあったからだろうが!」
 騒象寺くんがちょっと恥ずかしそうに言うと、真崎さんに笑顔が戻っていく。
「ははははっ……。そうだね……そうだったね! 『仲間』のおかげなんだよね! ははっ! まさか騒象寺くんにそんなことを言われちゃうなんてね!」
「うるさい! うるさい! ターンエンドだ! さあさっさと反撃して来い!」
 最後の真崎さんの言葉は、騒象寺くんに「うるさい」と言わせてしまって、真崎さんはますます笑顔になっていく。

「じゃあ、私のターン、行くよ……」
 少し落ち着いてから、真崎さんはターン開始を宣言する。
「ドロー」
 彼女はデッキからカードを引き、そのカードに目を通す。
 彼女の表情がまた、ぱっと変化する。笑顔だけど、なんだか照れているような、そんな表情が重なった。
「私も引いちゃった。このカード……」
 そう言って、真崎さんは、ドローしたばかりのカードを騒象寺くんに見せる。

洗脳−ブレインコントロール
(魔法カード)
800ライフポイントを払い、相手フィールド上に
表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
このターンのエンドフェイズ時まで、
選択したモンスターのコントロールを得る。

「800ライフポイントを払って、『洗脳−ブレインコントロール』を発動。『キーズ・オブ・サウザンド』のコントロールを得る!」
 真崎さんはすかさず『洗脳−ブレインコントロール』の効果を発動。騒象寺くんの『偉大なる音楽家 キーズ・オブ・サウザンド』が、真崎さんのフィールドへと移動してしまう。

真崎杏子
LP 500
(魔法・罠カードなし)
バトルフェーダー
守備表示
攻撃力0
守備力0
偉大なる音楽家
キーズ・オブ・サウザンド

攻撃表示
攻撃力3900
守備力2800


偉大なる音楽家
デシベル・オブ・ミリオン

攻撃表示
攻撃力2900
守備力2100
(魔法・罠カードなし)
騒象寺
LP 1000

 この瞬間、勝負が決まってしまった。
 真崎さんのフィールドには、攻撃力3900の『キーズ・オブ・サウザンド』。騒象寺くんのフィールドには、攻撃力2900の『デシベル・オブ・ミリオン』。
 この状態で、『キーズ・オブ・サウザンド』が攻撃を行えば、騒象寺くんは1000ポイントの超過ダメージを受けて、わずか1000のライフポイントが、0になってしまう。
 騒象寺くんの場には、魔法カードも、罠カードもない。手札も空っぽ……。
 どう転んでも敗北は避けられそうになかった。
「もう……っ。騒象寺くんの『偉大なる音楽家 キーズ・オブ・サウザンド』が、あまりにもすばらしいから、1ターンだけ借りたくなっちゃったじゃない」
 気持ちを抑えきれなくなったかのように、真崎さんは言った。
 騒象寺くんは、敗北が決まったこの状況でも、強気な態度を崩すことはなかった。
「しかし! ワシのメインボーカル『デシベル・オブ・ミリオン』は、ソロになっても歌い続ける! 超ウルトラソングで、宇宙の果てにまで音を届けるのだからな!」
「ええっと、宇宙空間には音は伝わらないんだけど……」
「『デシベル・オブ・ミリオン』だぞ? 百万デシベルだぞ? 宇宙の果てにだって声は届くに決まっているだろうが! ……さあ! 偉大なる音楽家、本日最後の曲だ! 観客のみんなも盛り上げてくれよ!!」
 騒象寺くんの呼びかけを合図にして、小さくなっていた騒象寺コールが大きくなっていく。
「騒象寺! 騒象寺! 騒象寺!」
「騒象寺! 騒象寺! 騒象寺!」
 それに混ざるように、『デシベル・オブ・ミリオン』へ向けたエールも加わっていく。
「ミリオン! ミリオン! ミリオン!」
「ミリオン! ミリオン! ミリオン!」
 騒象寺コールとミリオンコールがぶつかりあって、さらに巨大な音のエネルギーになっていく。
「騒象寺! 騒象寺! 騒象寺!」
「ミリオン! ミリオン! ミリオン!」
「騒象寺! 騒象寺! 騒象寺!」
「ミリオン! ミリオン! ミリオン!」
「騒象寺! 騒象寺! 騒象寺!」
「ミリオン! ミリオン! ミリオン!」
 ぼくも胸が熱くなって、溜まりに溜まった気持ちがどうしようもなくこみ上げてきて、疲れているはずなのに見ているだけなんて耐えられなくなって、
「騒象寺っ! 騒象寺っ! 騒象寺っ!」
 と力の限り叫んだ。
 宇宙まで届くんじゃないかと思える歓声の中で、真崎さんがバトルフェイズ開始を宣言した……ようだった。
 「ようだった」……そんな表現になったのは、彼女の声が聞こえなかったから。
 マイクによって拡張されているはずの真崎さんの声は、大きすぎる歓声に阻まれ、ぼくにはまったく届かなかった。彼女が彼女の口の動きが、そう言っているように見えただけだった。
「…………で、…………………………………………っ!」
 再び、ぱくぱくと真崎さんが口を動かす。
 デュエルディスクに内蔵されたマイクにはその声を判別できたのだろう、真崎さんのフィールドにいる『キーズ・オブ・サウザンド』が、目にも留まらぬスピードで鍵盤をたたき始めた。
 対する『デシベル・オブ・ミリオン』も、『キーズ・オブ・サウザンド』の演奏を迎え撃つ。爆炎を上げて、超ウルトラソングを歌い始める。
 騒象寺くんが、大きく息を吸い込んだ。
「最後の一曲! 行くっちゃああーーーっ!! 『キーズ・オブ・サウザンド』! 来いやああああああああっ!!!」
 決してソロなんかじゃない、と思った。
 これもまた、競演。
 会場の歓声。『キーズ・オブ・サウザンド』の演奏。『デシベル・オブ・ミリオン』の歌声。
 全てが重なり合って、最高のコンサートが、今、この場に出来上がっていた。

真崎杏子
LP 500
(魔法・罠カードなし)
バトルフェーダー
守備表示
攻撃力0
守備力0
偉大なる音楽家
キーズ・オブ・サウザンド

攻撃表示
攻撃力3900
守備力2800


(モンスターカードなし)
(魔法・罠カードなし)
騒象寺
LP 0



 それから、会場が落ち着いて、真崎さんの勝利宣言が告げられるまで、10分以上の時間を要したのだった……。




第十四章 童実野高校デュエルモンスターズ大会 決勝戦・中堅戦

 童実野高校デュエルモンスターズ大会決勝戦。その先鋒戦は、かつてないほどの大盛り上がりを見せた。
 騒象寺くんのスター衣装や強気の発言、「偉大なる音楽家」と「ダンシング・ソルジャー」の競演。
 それは、デュエルと呼ぶより、ライブと呼ぶほうがふさわしかった。本物のライブ会場に迷い込んだと錯覚してしまうほど、グラウンドの盛り上がりがすごかった。
 デュエルが終わった後も、歓声はなかなか静まらなかった。それどころか「アンコール! アンコール!」と言う声まで飛び出し、ますます盛り上がってしまった。そのせいで、副会長さんのアナウンスが聞こえるようになるまで、実に10分以上の時間がかかってしまった。
 この場にいる誰が想像できただろうか。この先鋒戦のデュエルで、身を揺さぶるほどの歓声が会場を包み、グレートコンサートの言葉が嘘じゃないほど盛り上がるなんて……。
「それでは先鋒戦はこれで終了です。中堅戦は、5分後の15時40分に開始します。準備のほうをお願いします」
 司会進行に戻ることができた副会長さんが、ほっとした様子でアナウンスをする。
 そのアナウンスを聞くなり、デュエルフィールドにいた騒象寺くんが、ずかずかとこちらへ歩いてくる。
 ぼくは、ためらうことなく騒象寺くんに駆け寄った。
「すごかったよ! こんなデュエル、はじめて見た!」
 興奮冷めやらないまま、ぼくはそう言った。
 騒象寺くんは、ゆっくりとサングラスを外し、少しだけ顔を背ける。
「だが、負けてしまった……」
 低いダミ声が、ぼくの胸に突き刺さる。
 敗北……。
 騒象寺くんは、デッキの相性やピンポイント対策など、不利な要素ばかりの中で、対戦相手の真崎さんをあと一歩のところまで追い込んだ。
 だけど、その「あと一歩」が届かず、結果的に負けてしまった。
 童実野高校デュエルモンスターズ大会決勝戦は、先鋒戦に敗北したことにより、0勝1敗。早くも後がない状況に追い込まれてしまったのだ。
「大会前は練習もせず出場を辞退するなんて言った。予選トーナメントでは一人で突っ走り全敗した。無駄に意地を張って迷惑ばかりかけた。だからこそ、今日は全勝したかった……」
 サングラスを外したことで、彼の表情がよく分かる。
 怒っているわけではない、悔しいともちょっと違う、あえて言えば寂しい――そんな表情を見せていた。残ったハチマキとリーゼントとスター衣装が、その印象をより強くしていた。
 ぼくは、胸のあたりがきゅうっとして、そこから何かが駆け上がってくるのを抑えられなかった。
「で、でも! 準々決勝、準決勝は勝ってくれました! さっきのデュエルだって、相性の悪い『ダンシング・ソルジャー』を相手に、勝利寸前までがんばりました! しかも、どんな逆境でも強気に立ち向かって、本当のライブみたいなデュエルで観客をとりこにしてしまって……! すごかったです! 本当に……」
 勢いに任せたまま、ぼくは、騒象寺くんに向かってそんなことを言ってしまっていた。
「……んん?」
 騒象寺くんは、怪訝そうな表情でぼくのことを見下ろしている。
 あ、あああ……! やっぱり変なことを言っちゃったかな。そもそも、今、ぼくはなんて言ったんだっけ? ああなんかもう思い出せない思い出せない思い出したくない……。
「…………。クク……! グハハハーーッ!」
 騒象寺くんは、こらえきれなくなったかのように、ぼくのことを笑い飛ばした。それから、容赦ない勢いでぼくの肩を叩いてくる。……やっぱり痛い。
「お前といると落ち込む暇すらないなぁぁ花咲ぃぃぃ!」
「……はい?」
「ホラ! 次は中堅戦だ! 応援ならこのワシに任せろ! 対戦相手をチビらせるほどの大声をぶちかましてくれるわ!」
 そう言った騒象寺くんは、サングラスをかけなおして、いつもの不気味な笑みを作った。
 いや、応援はいいんだけど、本当に対戦相手をチビらせるのはやめてください……。
 ぼくは心の中でそう突っ込みながらも、いつもの騒象寺くんの乱暴さに、どこか安心感を覚えていた。
 「彼女」も、ぼくと同じことを思ったのだろう。
 ぼくの隣にいる野坂さんは、波一つ立っていない水面のように、穏やかな表情でぼく達のことを見ていた。そのほほえみが、とても魅力的で、そして力強く感じられる。
「野坂さん、がんばってね」
 ぼくがそう言うと、
「はい」
 彼女は黄色のリボンをふわりと揺らして頷いてくれた。
「リボンちゃーん! がんばってー!」
「負けるなー!」
 すぐ後ろにいるクラスメイト達から応援の声が飛んでくる。
 そろそろ中堅戦開始の15時40分になる。
 野坂さんはぼく達クラスメイトに見送られながら、デュエルフィールドへと一歩一歩しっかりと進んでいった。



「それでは準備のほうはよろしいでしょうか?」
 審判の磯野さんが、野坂さんと獏良くんに問いかける。
 野坂さんがリボンを軽く揺らして「はい」と返事をし、遅れて獏良くんがゆっくりと「うん」と頷く。
 野坂さんはきりっと前を向いていて、その表情からは迷いや不安の類は感じ取れなかった。負ければチームとしての敗北が決まってしまうこの状況で、こんなに凛々しい顔ができるのは、きっとクラスメイトのみんながいてくれるおかげだ。
 対する獏良くんは、迷いや不安どころか、喜んでいるのか悲しんでいるのか怒っているのか――どれとも受け取れる表情をしていた。何を考えているか読み取れないミステリアスなところは、獏良くんらしいところでもあるけど……。
 会場はまだ少しざわめいていて、ぽつぽつと話し声が聞こえてくる。それでも、さっきの先鋒戦の騒がしさに比べたら、嘘のように静かだと言ってもいいだろう。
 野坂さんと獏良くんは、静かに向き合っている。磯野さんの右手がすうっと上がっていく。
「決勝トーナメント決勝戦、中堅戦――『野坂ミホ』対『獏良了』。試合開始ィィィーーーー!」
 不自然なくらいびしっと右手をあげて、磯野さんがデュエル開始の合図を出した。

 磯野さんの右手が下ろされても、まだ野坂さんと獏良くんは動かない。
 一呼吸、二呼吸、三呼吸くらいの間が空いてから、
「ボクのターンだよ」
 先攻の獏良くんがターン開始を宣言した。
 彼はデッキからカードをドローした後、20秒くらい手札を眺め、それから魔法カードを発動してきた。
「まずは『封印の黄金櫃』を発動だ! この『封印の黄金櫃』によって、デッキのカード1枚をゲームから除外することができる。デッキから除外するカードは、もちろん『ネクロフェイス』!」

ネクロフェイス 闇 ★★★★
【アンデット族・効果】
このカードが召喚に成功した時、ゲームから除外されている
カード全てをデッキに戻してシャッフルする。このカードの攻撃力は
この効果でデッキに戻したカードの枚数×100ポイントアップする。
このカードがゲームから除外された時、
お互いはデッキの上からカードを5枚ゲームから除外する。
攻撃力1200/守備力1800

 『封印の黄金櫃』の効果によって『ネクロフェイス』がゲームから除外され、これにより『ネクロフェイス』のモンスター効果が発動……。
「お互いに、デッキの上から5枚のカードを除外するよ! いいかな?」
「はい……」
 野坂さんはこくりと返事をしてデッキの上から5枚のカードを抜き出し、対戦相手である獏良くんに見せてから制服の胸ポケットに入れた。獏良くんも同様に5枚のカードをデッキから抜き出して、ポケットへとしまう。
 やっぱり、デッキ破壊戦術で来た……!
 準々決勝や準決勝に引き続き、獏良くんは、『ネクロフェイス』を中心としたデッキ破壊戦術を使ってきたのだ!
 この『ネクロフェイス』中心のデッキ破壊戦術は、コンボを成立させ、『ネクロフェイス』の効果を再利用する点が特徴だ。『ネクロフェイス』の効果を繰り返し使い、短いターンで相手のデッキを0枚にしてしまう……。獏良くんはこのデッキ破壊戦術で、準々決勝と準決勝に勝利してきたのだ。
「続いて、『酒呑童子』を攻撃表示で召喚、二つ目のモンスター効果を発動するよ。この効果によって、ゲームから除外されている『ネクロフェイス』はデッキの一番上に戻る。そして、すぐに『闇の誘惑』を発動。デッキからカードを2枚ドローし、『ネクロフェイス』を再度除外だ」
 早速と言わんばかりに、獏良くんはコンボを活用してくる。
 除外されている『ネクロフェイス』は、一旦デッキに戻ってから再度除外される。『ネクロフェイス』の発動条件が、もう一度満たされたのだ。
「それじゃあ、デッキの上から5枚のカードを除外しちゃうけど、いいかな?」
「はい……」
 野坂さんはさっきと同じように返事をして、デッキにある5枚のカードを制服の胸ポケットに入れた。獏良くんも同様に5枚のカードをポケットへとしまう。
「ターンエンドだよ」
 獏良くんが宣言して、先攻1ターン目は終了した。

 この時点で、野坂さんのデッキの枚数は、残り25枚。
 『ネクロフェイス』中心のデッキ破壊戦術は、1ターン目にして野坂さんのデッキを10枚も削り取ってしまった。このペースでデッキ破壊が進行すれば、3回先のターンが終わる頃に、野坂さんのデッキが尽きてしまうことになる。
 だけど、野坂さんのデッキは、カウンター罠を中心としたデッキだ。
 『天罰』のカウンター罠を使えば『ネクロフェイス』の効果を無効化することができる。『魔宮の賄賂』のカウンター罠を使えば『ネクロフェイス』とコンボになるカードを無効化することができる。これ以降のターンでは、獏良くんはデッキを減らすことすらままならなくなるに違いない。
 しかも、それだけじゃない。
 カウンター罠が発動すれば、『冥王竜ヴァンダルギオン』や『豊穣のアルテミス』の効果が発動し、野坂さんだけが一方的にパワーアップしていくことができる。
 野坂さんの「豊富な知識」と「脅威の想像力」をもってすれば、デッキ破壊戦術の弱点をピンポイントで突くこともできる。
 デッキの相性。戦術の相性。不利な状況から始まっている先鋒戦とは違い、この中堅戦は有利な要素ばかりが揃っている。
 これほどまでのアドバンテージがあるのなら、サイドデッキを活用して野坂さんへの対策を行ったとしても、焼け石に水。野坂さんのアドバンテージは、簡単にはひっくり返せない。
 あとは、野坂さんがいつものプレイングで、相手をじわりじわりと追い詰めていけば、きっと勝つことができる……!

「わたしのターンです」
 野坂さんのターンになる。
「ドロー……えいっ」
 彼女はいつも通りかわいらしい不思議な掛け声を出して、デッキからカードをドローし、
「『豊穣のアルテミス』を召喚します!」
 とモンスターを召喚した。

獏良
LP 8000
(魔法・罠カードなし)
酒呑童子
攻撃表示
攻撃力1500
守備力800


豊穣のアルテミス
攻撃表示
攻撃力1600
守備力1700
(魔法・罠カードなし)
野坂
LP 8000

 カウンター罠カードとコンボになる『豊穣のアルテミス』のモンスターが、ソリッドビジョン上に現れる。
 『豊穣のアルテミス』の攻撃力は1600。獏良くんの『酒呑童子』の攻撃力1500をわずかに上回っている。
「バトルフェイズに入ります。『豊穣のアルテミス』で『酒呑童子』を攻撃します」
 『豊穣のアルテミス』の発した光弾が、『酒呑童子』を包み込む。
「おっとっと……。『酒呑童子』は破壊されたかぁ……」
 獏良くんの場からモンスターが消え、彼のライフポイントは7900ポイントになった。
「それではバトルフェイズからメインフェイズ2に入ります」
 野坂さんはメインフェイズ2に移行すると、手札のカードをデュエルディスクにセットしていく。
 まずは1枚伏せ――
 続いてもう1枚伏せ――
 これに加えてさらに1枚伏せる――。
「3枚のカードをセットします」

獏良
LP 7900
(魔法・罠カードなし)
(モンスターカードなし)


豊穣のアルテミス
攻撃表示
攻撃力1600
守備力1700
伏せカード

伏せカード

伏せカード

野坂
LP 8000

「ターンエンドです」
 それから野坂さんは、きっぱりとした声でターン終了を宣言する。
 彼女は凛々しい表情のまま、きりっと正面を向いている。黄色のリボンが太陽の光に反射してまぶしい。
 そのおかげもあって、3枚の伏せカードがとても頼もしく見える。
 これなら、モンスターの効果、魔法カード、罠カード――最低でもどれか一つは無効化することができるだろう。そうすれば、『ネクロフェイス』やそのコンボとなるカードをほぼ確実に止めることができる。
 しかも、今は『豊穣のアルテミス』のカードが場に出ている。そのモンスター効果によって、カウンター罠を使う度に手札が強化されていくのだ。
 デッキ破壊を迎え撃つための強力な布陣――早くもそれができあがっていたのだ!

 一方、
「ボクのターンだね」
 獏良くんは、ゆったりとした口調でターンを開始した。
 彼は、デッキからカードをドローすると、手札をゆっくりと見回していく。
 その時の表情は、ほほえみを張り付けているような、不思議でとらえどころのないものだった。獏良くんは、手札から1枚のカードを選び出した。
「このターン、ボクは『ゾンビ・マスター』を召喚する。攻撃表示だ」

ゾンビ・マスター 闇 ★★★★
【アンデット族・効果】
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
手札のモンスターカード1枚を墓地に送る事で、自分または相手の墓地に存在する
レベル4以下のアンデット族モンスター1体を特殊召喚する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
攻撃力1800/守備力0

 『ゾンビ・マスター』が、獏良くんのフィールド上に召喚される。
 この『ゾンビ・マスター』は、墓地にあるアンデット族モンスターを復活させる効果を持っている。
 おそらく、さっきのターンに倒された『酒呑童子』を復活させるつもりなのだろう。こうすることで、『ネクロフェイス』のデッキ破壊効果が再び使えるようになるのだ。
 でも、相手は野坂さんだ。
 野坂さんの場にある3枚の伏せカードが、獏良くんのデッキ破壊戦術を確実に無力化してくる。しかも、豊富な知識と想像力をフル動員し、ここぞと言うタイミングを狙って……!
 ぼくの頭に、「ごめんなさい」と言いながらカウンター罠を発動する野坂さんの姿が思い浮かぶ。

「バトルフェイズに入るよ」
 しかし獏良くんはそう宣言した。

「…………!」
 野坂さんの目が、はっと見開かれる。
 ぼくも目をぱちくりとさせている。
 『ゾンビ・マスター』の効果を使ってこなかった……?

獏良
LP 7900
(魔法・罠カードなし)
 
ゾンビ・マスター
攻撃表示
攻撃力1800
守備力0


豊穣のアルテミス
攻撃表示
攻撃力1600
守備力1700
伏せカード

伏せカード

伏せカード

野坂
LP 8000

「『ゾンビ・マスター』で『豊穣のアルテミス』を攻撃するよ! 破壊だ!」
 攻撃力1800の『ゾンビ・マスター』によって、攻撃力1600の『豊穣のアルテミス』は破壊され、野坂さんは200ポイントのダメージを受ける。
「カードを1枚伏せてターンエンドだよ」
 その後、獏良くんは、『ゾンビ・マスター』の効果を使うことなく、ターンエンドを宣言してしまった。
 強力な効果がウリの『ゾンビ・マスター』の効果を使わなかった……。しかも『酒呑童子』によるコンボが成立しそうな状況なのに使わなかった……。
 警戒……しているのだろうか?
 野坂さんのカウンター罠を、警戒しているのだろうか?
 獏良くんは相変わらず、どうとでも解釈できる表情で、ぼんやりと正面を向いている。
 そんな彼の表情が、ぼくの不安を少しずつ膨らませていく……。

「わたしのターンです」
 2回目の野坂さんのターン。いつものかわいらしい掛け声の後、彼女はモンスターを召喚した。
「『ライオウ』を攻撃表示で召喚します」

獏良
LP 7900
伏せカード

ゾンビ・マスター
攻撃表示
攻撃力1800
守備力0


ライオウ
攻撃表示
攻撃力1900
守備力800
伏せカード

伏せカード

伏せカード

野坂
LP 7800

「バトルフェイズです。『ライオウ』で『ゾンビ・マスター』へと攻撃をさせていただきます」
 今度は攻撃力1900の『ライオウ』が、攻撃力1800の『ゾンビ・マスター』へと攻撃を仕掛ける。
 獏良くんの場には伏せカードがセットしてあるけど、それが発動されることはなく、『ゾンビ・マスター』はあっさりと破壊された。獏良くんのライフポイントは7800になる。
「ターンエンドです」

「ボクのターン」
 すぐに獏良くんのターンがやってくる。
「このターンでは『死霊騎士デスカリバー・ナイト』を召喚」

獏良
LP 7800
伏せカード

死霊騎士デスカリバー・ナイト
攻撃表示
攻撃力1900
守備力1800


ライオウ
攻撃表示
攻撃力1900
守備力800
伏せカード

伏せカード

伏せカード

野坂
LP 7800

 今度は『死霊騎士デスカリバー・ナイト』……。
 レベル4攻撃力1900で、モンスター効果の発動を一度だけ無効化することができるカードだけど、『ネクロフェイス』との相性が良いとは言えない……。
 野坂さんの『冥王竜ヴァンダルギオン』を無効化するためにデッキに入れてきたのだろうか? 攻撃力不足を補うためにデッキに入れてきたのだろうか? それとも……
「バトルフェイズに入るよ!」
 獏良くんが戦闘開始の宣言をする。
 ここで、バトルフェイズ……?
 獏良くんの場にいる『死霊騎士デスカリバー・ナイト』の攻撃力は1900。野坂さんの場にいる『ライオウ』の攻撃力も1900。このまま攻撃を仕掛ければ、相打ちとなってしまう……。
「『死霊騎士デスカリバー・ナイト』で、『ライオウ』に攻撃を仕掛けるよ!」
 けれど、そんなことはお構いなしにと、獏良くんは攻撃宣言してくる。
「あ、何かカードを発動するかい?」
「いいえ、発動しません……」
「じゃあ相打ち――『死霊騎士デスカリバー・ナイト』が『ライオウ』はどちらも破壊だ!」

獏良
LP 7800
伏せカード

(モンスターカードなし)


(モンスターカードなし)
伏せカード

伏せカード

伏せカード

野坂
LP 7800

 『死霊騎士デスカリバー・ナイト』と『ライオウ』は、本当に相打ちとなってしまった。
「最後にカードを1枚伏せてっと……。ターンエンド!」

 獏良くんは、軽快な調子でターンを終了する。
 ……分からない。
 獏良くんの意図が、分からない。
 『ゾンビ・マスター』の効果を使わなかったばかりか、デッキ破壊とは関連のない『死霊騎士デスカリバー・ナイト』を使ってきて、しかもその効果を使用することなく相打ちにさせて、何が狙いだと言うのだろう?
 やはり野坂さんのカウンター罠戦術を警戒しているのだろうか? しかしこんなことを続けていても、肝心のデッキ破壊は一向に進まない。『ネクロフェイス』や関連カードの効果を発動しなければ、デッキ破壊を進めることはできない。
 いや、そもそも本当にデッキ破壊を狙っているのだろうか? デッキ破壊を装って、野坂さんを罠に陥れようとしているのではないだろうか?
 疑惑ばかりが深まっていく。ひょうひょうとした表情も手伝って、出口のない迷宮にいるかのような気分になる。獏良くんが何を考えているか、まったく読めない……!

「わたしのターンです」
 それでも野坂さんのターンはやってくる。
「ドロー……えいっ」
 心なしか「えいっ」の掛け声が弱くなっているような、そんな気がする。
「わたしは『豊穣のアルテミス』を攻撃表示で召喚します」

獏良
LP 7800
伏せカード

伏せカード

(モンスターカードなし)


豊穣のアルテミス
攻撃表示
攻撃力1600
守備力1700
伏せカード

伏せカード

伏せカード

野坂
LP 7800

 2枚目の『豊穣のアルテミス』が野坂さんのフィールドに召喚される。
「バトルフェイズに入ります。『豊穣のアルテミス』で直接攻撃です」
 獏良くんの場には、さっきのターンで伏せた分を含めて、2枚の伏せカードがセットしてある。けれども、野坂さんの直接攻撃に対し、それらの伏せカードが発動されることはなかった。
「おっとっとっと……」
 その結果、1600ダメージが発生し、獏良くんのライフポイントは残り6200。
「ターンエンドです」
 野坂さんのターンはものの数十秒で終了した。

「ボクのターンだね! ドロー!」
 再び、獏良くんのターン。
「このターン、ボクは『サイバー・ドラゴン』を特殊召喚する!」

サイバー・ドラゴン 光 ★★★★★
【機械族・効果】
相手フィールド上にモンスターが存在し、
自分フィールド上にモンスターが存在していない場合、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
攻撃力2100/守備力1600

 白銀の装甲が連なってできた竜が、光のエフェクトともにフィールド上に現れた。
 『サイバー・ドラゴン』……。
 相手フィールド上だけにモンスターがいる場合に、生け贄なしで特殊召喚することができる、レベル5攻撃力2100のモンスター……!
 戦闘を積極的に行うデッキに良く使われる『サイバー・ドラゴン』が、獏良くんのフィールドに召喚されたのだ!
「…………」
 野坂さんは口を半開きにして、ソリッドビジョンの『サイバー・ドラゴン』を見上げている。
「さらに! 『ゾンビ・マスター』を攻撃表示で召喚だ!」
 『サイバー・ドラゴン』は特殊召喚扱いで場に現れたため、それとは別に通常召喚を行うことができる。獏良くんは、攻撃力1800の『ゾンビ・マスター』を追加で場に出してきた。

獏良
LP 6200
伏せカード

伏せカード

サイバー・ドラゴン
攻撃表示
攻撃力2100
守備力1600
ゾンビ・マスター
攻撃表示
攻撃力1800
守備力0


豊穣のアルテミス
攻撃表示
攻撃力1600
守備力1700
伏せカード

伏せカード

伏せカード

野坂
LP 7800

 攻撃力2100。攻撃力1800。
 攻撃力の高い2体のモンスターが、獏良くんのフィールドに現れる。
 それらのモンスターを見て、ぼくは確信した。
 デッキ破壊じゃない……!
 獏良くんの狙いは、デッキ破壊なんかじゃない!
「ふふ……」
 ここに来て獏良くんは、ボクにでも分かるくらいはっきりとした笑みを作ってきた。
「もう分かっていると思うけど、今のボクのデッキは『デッキ破壊』じゃないよ」
 獏良くんは、自分から「デッキ破壊」じゃないことを告げてきた。
「…………」
 対面の野坂さんが、ゆっくりと地面に視線を落とす。
「ボクはね、この決勝戦のためにサイドデッキから12枚のカードを入れ替えた。『サイバー・ドラゴン』や『死霊騎士デスカリバー・ナイト』のようなパワーカードをたくさん入れてきたんだ!」
 12枚。
 その枚数が、ぼく達に衝撃を与える。
 彼は、15枚のサイドデッキのうち、12枚を野坂さんと闘うために用意してきた……。
 この決勝戦でサイドデッキをフル活用するために、準決勝でサイドデッキをほとんど使わず温存して……!
 いや、違う……!
 獏良くんは準決勝ではサイドデッキを「使わなかった」んじゃない! 「使う必要がなかった」んだ!
 準々決勝と準決勝の試合を思い出す。獏良くんの対戦相手は、準々決勝、準決勝ともにライトロードデッキだった。自分のデッキを勝手に削ってしまうライトロードデッキにとって、デッキ破壊戦術は大の弱点。
 そんなライトロードが対戦相手だったから、サイドデッキを使う必要がなかったのだ。なぜなら、サイドデッキを使わずとも、既にライトロードデッキへの最高の対策ができあがっているのだから!
 おそらく、遊戯くん達のチームは、準々決勝、準決勝でライトロードデッキと闘うことを見越して、決勝トーナメントのデッキを作ってきたのだろう。
 その作戦が甲を奏し、この決勝戦ではサイドデッキを存分に活用してくることができた。
 本来、デッキ破壊戦術が苦手とするカウンター罠デッキに、12枚ものスペースを割いて対策を仕掛けてきたのだ!
 観客から驚きの声が聞こえてくる。
「12枚ってやりすぎだろう……」
「女の子のほうが勝つと思っていたのに」
「獏良ってヤツ見かけによらず容赦ないよなぁ」
 獏良くんは、ほほえみを浮かべたまま、口を開いた。
「さて! バトルフェイズだよ! まずは『サイバー・ドラゴン』で『豊穣のアルテミス』を攻撃!」
 『サイバー・ドラゴン』から放たれたレーザーが、野坂さんの『豊穣のアルテミス』を破壊。
「そして『ゾンビ・マスター』で直接攻撃だ!」
 続けて『ゾンビ・マスター』の攻撃が、野坂さんに襲い掛かる。その攻撃は彼女のライフを1800ポイント削り取った。

獏良
LP 6200
伏せカード

伏せカード

サイバー・ドラゴン
攻撃表示
攻撃力2100
守備力1600
ゾンビ・マスター
攻撃表示
攻撃力1800
守備力0


(モンスターカードなし)
伏せカード

伏せカード

伏せカード

野坂
LP 5500

 野坂さんは、モンスターを全滅させられ、ライフポイントが7800から5500へと減らされてしまった。
 彼女の場には3枚もの伏せカードがあるにも関わらず、それらを発動して攻撃を阻止することはできなかった。
 それはそうだろう。
 ぼく達は、「獏良くんはデッキ破壊戦術で来る」と思っていたのだ。「パワーモンスターで積極的に戦闘する」だなんて思っていなかった。
 だから、野坂さんは、モンスターの攻撃を防ぐカードの多くをメインデッキから抜いて、代わりにデッキ破壊に有効なカードをメインデッキに入れてきている。彼女の場にある伏せカードでは、デッキ破壊を止めることはできても、モンスターの攻撃を止めることはできないのだ!
「野坂さん。キミの場に3枚の伏せカードがある今、ボクはこのデュエルでカードの発動は行わない……。モンスター効果も、魔法も、罠も封印して、モンスターカードのパワーだけでこのデュエルに勝つよ!」
 少しだけ、獏良くんの声の調子が変わった。
 ふわふわしたつかみどころのない雰囲気が消え去っている。彼の瞳はきりっとまっすぐを向いていた。
 けれども、それが続いたのはほんの少しの間だけだった。
「さあターンエンドだよ」
 彼は再びほほえんで、ターン終了を宣言したのだ。

「わたしのターン……」
 野坂さんの声量が確実に小さくなっている。
 ドローした時の「えいっ」の掛け声が、「えい……」くらいにまで落ち込んでいた。
 やっぱり、パワーで押し切ってくる獏良くんの戦術がこたえているのだろう。
 野坂さんのカウンター罠デッキは、モンスター同士の戦闘はちょっと苦手だ。攻撃力の高いモンスターを立て続けに出されるだけで、どんどん追い込まれてしまう。
 その上、モンスターの攻撃から身を守れるカードをメインデッキから減らしてしまっている。これが裏目に出て、ますます戦闘に弱くなってしまった。
 しかも、さっきのターンで、獏良くんは「カードの発動は行わない」と宣言している。獏良くんがカードの効果を使ってくれないと、野坂さんのカウンター罠は死に札となり、カウンター罠が使えなくなると、それとコンボになる『冥王竜ヴァンダルギオン』まで死に札になってしまう。
 有利な要素ばかり並んでいた中堅戦は、くるっとひっくり返されてしまった。先鋒戦の時のように、不利な要素ばかりが並んでいく……!
「…………」
 野坂さんは、3枚の手札に目線を落としている。
 彼女は何を思っているのだろうか。パワー戦術で攻めてくることは、どこまで予想できていたのだろうか。
 0勝1敗。このデュエルに負ければ、チームとしての敗退も決まってしまう。
 後がない状況だと言うのに追い詰められてしまって、彼女にかかるプレッシャーは、きっと並大抵のものではない。
 勝てそうな勝負に負けてしまうかもしれない――不安がじわじわと彼女をむしばんでいく。
 負けちゃいけない、負けたらすべて終わり――状況が焦りを生み彼女の思考を阻害していく。
 声は小さくなって、顔もうつむけてしまった。彼女から、静かな自信が少しずつ消え去っていく……。
 ……だったら!
 このまま見ているだけじゃあダメだ!
 応援……。応援をしてあげよう……!
 声援を送ってあげよう! がんばれとエールを送ってあげよう!
 準決勝の時のように、野坂さんに元気をあげることができたらそれでいい。声は小さいけどまっすぐで凛々しくてどこか抜けている、そんな彼女が見れればそれでいい。
 ぼくは顔を上げて、声を出そうと大きく息を吸いこんだ。
 ――――その時だった。

「負けないでくれよ野坂さん!」

 低く通った声が、遠くから飛んできた。
 ぼくではない。隣の騒象寺くんでもない。クラスメイトがいる方向とも違う。
 そもそも、ぼくの知っている声ではない。

「俺は遊戯のデュエルを見に来たんだ! ここで勝って、遊戯の試合を見せてくれよ!」

 ぼくの知らない誰かから、野坂さんへ投げつけられた言葉は、応援の言葉だけど応援の言葉ではなかった。
 ここで野坂さんが負けたら、ぼく達はチームとしての敗北が決まってしまう。そうなったら、ぼくと遊戯くんのデュエルが行われないまま、決勝戦が終わってしまうかもしれない。
 「負けないでくれよ野坂さん!」――その言葉は、野坂さんの勝利を心から応援するためのものじゃない。遊戯くんのデュエルが見たいがための応援……。もし、先鋒戦で騒象寺くんが勝っていたら、一転して獏良くんを応援していたかもしれない。
 野坂さんに声援を送ろうとしていたぼくは、出鼻をくじかれてしまった。
 この観客に続いて、がんばれと応援の言葉を送ることをためらってしまう。こんな言葉に、自分の言葉を続けてしまうことに強い抵抗感を覚えてしまう。
 ぼくがためらっている間に、そんなことはお構いなしにと、会場の空気は変わっていく。
「そうだよ! 勝て! 勝ってくれ!」
「野坂さん! がんばれーっ!」
 最初の「負けないでくれよ野坂さん!」をきっかけに、あちこちから声援が飛んでくる。
「リボンちゃん、まだまだいけるよー!」
「がんばってーっ!」
 その中には、クラスメイトの女子たちの声援も含まれていて。
「野坂! そんなロン毛野郎なんてぶっ飛ばせ!」
 隣の騒象寺くんの、ちょっと乱暴な声援も含まれていた。
 声援は少しずつ増えていく。
 「がんばれ」「負けるな」「ファイト」――さまざま声が飛び交い、1分も経たないうちに、数十人くらいの声援が会場を駆け巡ることになった。
 …………。
 ぼくは、どうすればいいのか分からなくなっていた。
 遊戯くんのデュエルが見たいから野坂さんがんばれ。遊戯くんのデュエルが見たいから野坂さん勝ってくれ――そんな意図がある応援だったら、彼女を元気づけることなんてできないだろう。
 もちろん、騒象寺くんやクラスメイトの応援にそんな意図がないことは分かっている。特に野坂さんなら、間違いなく理解しているはずだ。
 それでも、この状況での応援は、逆効果になってしまう気がしてならない。
 12枚のサイドデッキで優劣が逆転してしまって、負けたらチームとしての敗北も決まってしまう今の状況。そんなところに飛び込んできた、遊戯くんのデュエルが見たいがための「負けないでくれよ野坂さん!」と言う声援。
 勝たなくてはいけない。負けたら全てが終わってしまう。
 クラスメイトの応援であっても、それ以外の応援であっても、そんな風に野坂さんを追い詰めてしまうのではないだろうか。プレッシャーばかり増幅させて、焦りを生んでしまうのではないか。
 数十人の声援の中、野坂さんは、目線を下に落としたままゆっくりと右手を動かす。
 3枚の手札から、1枚のカードを抜き出し、デュエルディスクの魔法&罠カードゾーンへと差し込む。
「わたしは……カードを1枚伏せて、ターンを終了します……」
 そうして、彼女はターン終了を宣言する。
 その時の彼女の言葉は、小さくて途切れ途切れになっていて。
 それは、今の声援が彼女のためになっていないことを、切実に示していた。
 ぼくは応援の言葉をかけることができないまま、試合を見ていることしかできなくなっていた。

「ボクのターンだ」
 獏良くんのターンになる。
 野坂さんばかりに声援が飛んでいる今の状況……。
 獏良くんは何を思っているのだろう。戸惑っているのだろうか、落ち込んでいるのだろうか、それとも、特に何も思っていないのだろうか。
 やはり彼は、さっきまでのターンと同じくほほえみを浮かべたままで、その考えを読み解くことはできそうにない。貼り付けられたほほえみは、前のターンまでよりも不自然に強調されていた。
「ドロー」
 このターン、獏良くんはデッキからカードをドローすると、モンスターを召喚することなく、
「バトルフェイズだよ」
 と、バトル開始を宣言してきた。
 どうやら、このターンでは追加でモンスターを召喚してこないようだ。手札のモンスターカードが尽きたのかもしれない。
「さあ、『ゾンビ・マスター』でプレイヤーに直接攻撃だ!」

獏良
LP 6200
伏せカード

伏せカード

サイバー・ドラゴン
攻撃表示
攻撃力2100
守備力1600
ゾンビ・マスター
攻撃表示
攻撃力1800
守備力0


(モンスターカードなし)
伏せカード

伏せカード

伏せカード

伏せカード

野坂
LP 5500

 『ゾンビ・マスター』は、そのモンスター効果を使うことなく、攻撃を仕掛けてくる。
 攻撃力1800の闇の塊が、野坂さんに襲い掛かる。
「…………」
 4枚の伏せカードがあるにもかかわらず、野坂さんは闇の塊をまともに受けてしまう。
 1800ダメージ。
 ソリッドビジョンのライフポイント表示は、5500から3700へ。4000ライフを下回ってしまった。
 観客からため息が聞こえてくる。
「次、行くよ!」
 獏良くんがそう宣言しても、野坂さんは下を向いたまま動かない。
「『サイバー・ドラゴン』で直接攻撃だ!」
 今度は、攻撃力2100の『サイバー・ドラゴン』の攻撃が、野坂さんに襲い掛かる。
 この攻撃をまともに受けてしまったら、野坂さんは2100ダメージを受けてしまう!
 観客から、「このままやられてしまうのかよ!」「何とかしてくれぇ!」と言った声が飛んでくる。ぼくも喉元まで声が出かかったけど、それができずに口をつぐんでしまう。
 野坂さんは、うつむいたまま、すっと右手を動かす。デュエルディスクにあるボタンに、右手の人差し指が触れる。
「攻撃宣言時にトラップカード発動です。『くず鉄のかかし』です。この効果で『サイバー・ドラゴン』の攻撃は無効になります……」

くず鉄のかかし
(罠カード)
相相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
発動後このカードは墓地に送らず、そのままセットする。

 野坂さんの前に鉄くずが集まっていき、即席のかかしが組みあがっていく。『サイバー・ドラゴン』の放ったレーザー光線は、くず鉄のかかしだけを吹き飛ばす。
 その結果、野坂さんへのダメージは0。
 メインデッキに残った少ない防御カードを引き当て、『サイバー・ドラゴン』の攻撃を防ぐことに成功したのだ。ほっと胸をなでおろす。
「その後、『くず鉄のかかし』は墓地には送らずに、もう一度場にセットします」

獏良
LP 6200
伏せカード

伏せカード

サイバー・ドラゴン
攻撃表示
攻撃力2100
守備力1600
ゾンビ・マスター
攻撃表示
攻撃力1800
守備力0


(モンスターカードなし)
伏せカード

伏せカード

伏せカード

伏せカード
(くず鉄のかかし)
野坂
LP 3700

 発動したばかりの『くず鉄のかかし』はフィールド上に戻る。
 ここで野坂さんが使った『くず鉄のかかし』の罠カードは、効果使用後に再びセットされるため、何度でも相手モンスターの攻撃を防ぐことができる性質を持っている。
 ただし、「罠カードはセットした次のターンにならないと発動できない」という基本ルールがあるため、実際には「1ターンに1度までなら何度でも攻撃を防げる」と言ったほうが正しいだろう。1ターンに1度しか使えないから、攻撃力1800の『ゾンビ・マスター』の攻撃はあえて通し、攻撃力2100の『サイバー・ドラゴン』の攻撃を無効化したのだ。
 ともあれ、『くず鉄のかかし』によって、攻撃力2100の直接攻撃を防ぎ、次のターン以降でも1体分だけは攻撃を防げるようになった……。
 まだまだ不利な状況を脱したわけではないけど、少しだけ立て直すことはできた。
「よかったーっ!」
「リボンちゃんよくやった! よくやったよ!」
 クラスメイトの女子たちが声援を送る。
「反撃行けぇぇ野坂ぁぁ! 小手先だけのパワーなんて押し返せぇぇ!」
 騒象寺くんが大声を張り上げる。
「踏ん張れ! ここが踏ん張りどころだ!」
「今度は反撃してくれ!」
 それ以外にも、会場のあちこちから、野坂さんへの言葉が飛んでくる。
 野坂さんはうつむけていた顔を上げて前を向く。彼女の瞳に光が戻ったような、そんな気がする。黄色のリボンがぽんと揺れている。
 『くず鉄のかかし』で、わずかに持ち直したからだろうか。みんなの応援が、野坂さんのためになったからだろうか。
 少しだけかもしれないけど、彼女に元気が戻っているように感じる。
 今なら大丈夫かもしれない。
 今なら応援の言葉をかけても、プレッシャーになることなく、彼女をもっと元気づけられるかもしれない。
 ぼくの胸からこみ上げてくるものがある。
 ……よし、決めた!
 次に野坂さんが好プレーをした時には、「いいよ! この調子だよ!」と声をかけてあげよう。プレッシャーになることなく、彼女をもっと元気にして、いつもの調子で精一杯闘ってもらうんだ!
 対戦相手の獏良くんは、その表情をいくらか柔らかくして、
「ターンエンドだよ」
 とターン終了を宣言した。

「わたしのターンです。まずはドローします」
 野坂さんのターンになる。
 彼女は、デュエルディスクのデッキゾーンに目をやって、そこで、少しためらう。
 おそらく野坂さんの手札には、戦闘要員となるモンスターカードはない。このドローフェイズでモンスターカードを引き当てないと、次の獏良くんのターンに大きなダメージを受けてしまう。
 ぼくはここで声をかけようか悩む。けれどもそれには及ばず、彼女の右手はゆっくりだけどデッキへと伸びて、一番上のカードを引く。
 引いたカードをゆっくりと目の前まで持って行き、その内容を確認する。
「……!」
 そうするなり、彼女はパチっと目を見開いた。ドローしたカードをすぐにデュエルディスクへと出す。
「『ライオウ』を召喚です」

獏良
LP 6200
伏せカード

伏せカード

サイバー・ドラゴン
攻撃表示
攻撃力2100
守備力1600
ゾンビ・マスター
攻撃表示
攻撃力1800
守備力0


ライオウ
攻撃表示
攻撃力1900
守備力800
伏せカード

伏せカード

伏せカード

伏せカード
(くず鉄のかかし)
野坂
LP 3700

「よし! モンスターカードだ!」
「いいぞ!」
 観客から歓声が飛んでくる。モンスターカードを引き当てることに成功したのだ!
「いいよ! この調子だよ!」
 ぼくも、観客たちに続くように声援を送る。
 ようやく、声をかけることができた。このデュエルが始まって、初めてまともに応援の言葉を送ることができた。
 これで野坂さんがもっと元気になってくれれば言うことなしだ!
「バトルフェイズに入ります」
 すかさず野坂さんはバトル開始を宣言する。
「『ライオウ』で、『サイバー・ドラゴン』へと攻撃します。ダメージ計算時に、手札にある『オネスト』を使います。『ライオウ』の攻撃力は4000となり、攻撃力2100の『サイバー・ドラゴン』は破壊されます」
 『オネスト』の光を受け攻撃力4000となった『ライオウ』は、『サイバー・ドラゴン』を消滅させる。
 1900ダメージが発生し、獏良くんのライフポイントは6200から4300になる。

獏良
LP 4300
伏せカード

伏せカード

ゾンビ・マスター
攻撃表示
攻撃力1800
守備力0


ライオウ
攻撃表示
攻撃力4000
守備力800
(攻撃力はターン終了時に戻る)
伏せカード

伏せカード

伏せカード

伏せカード
(くず鉄のかかし)
野坂
LP 3700

「『サイバー・ドラゴン』を倒したぞ!」
「ライフもほぼ並んだ! いいぞ!」
 歓声が飛び交っている。野坂さんは、『ライオウ』と『オネスト』を使って、戦況を建て直すことに成功。ほぼ互角の状態まで持ってきたのだ。
 ぼくは、さっきと同じように声援を送ろうとして、しかし、それをためらってしまった。

オネスト 光 ★★★★
【天使族・効果】
自分のメインフェイズ時に、フィールド上に表側表示で
存在するこのカードを手札に戻す事ができる。
また、自分フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスターが
戦闘を行うダメージステップ時にこのカードを手札から墓地へ送る事で、
エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、
戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。
攻撃力1100/守備力1900

 ぼくの頭の中に、一つの疑問が浮かぶ。
 相手ターンでも発動できる『オネスト』の効果を、野坂さんは自分のターンに発動してきた。
 どうしてわざわざ自分のターンに発動したのだろう? 今の状況では、『オネスト』は相手のターンに使ったほうが適切ではないだろうか?
 たとえば、このターンは普通に戦闘を行って『ゾンビ・マスター』を破壊し、次のターンで『オネスト』を使って『サイバー・ドラゴン』を返り討ちにすれば、2体のモンスターを破壊できる。もし、次のターンで『サイバー・ドラゴン』より攻撃力の高いモンスターを出されても、『オネスト』で攻撃力を上げれば返り討ちにすることができる。今の獏良くんはカードの効果をまともに使えないため、カードの効果で『ライオウ』が直接除去される可能性は考えなくてもいい。
 いろいろな可能性を考えてみればみるほど、このターンで『オネスト』は使うべきじゃなかったと思えてくる。
 何かぼくが考え付かない戦術が隠されていると言う可能性もあるかもしれない。けど野坂さんは、思考時間ほとんどゼロで『ライオウ』を出し、攻撃宣言をし、『オネスト』を使ってきた。これが考えた末の行動なのか疑問に思ってしまう。
 プレイングミス。
 その単語が、ぼくの脳裏に浮かんでくる。
 野坂さんに限って、こんなところでミスをしてしまうなんて考えたくない。
 けれど、負けたらチームとして敗北する状況で、サイドデッキをふんだんに使って追い込まれて、彼女は、一刻も早く逆境から脱出しなくてはいけないと思ってしまった。
 その上、知らない観客から「負けないでくれ」と声援を受け、知っているクラスメイトからも「がんばれ」と声援を受け、ぼくからも「いいよ! この調子だよ!」と声援を受けて、彼女は、みんなの期待に応えなくてはいけないと思ってしまった。
 その気持ちが――焦りとも言えるその気持ちが、プレイングに出てしまったのではないだろうか。
 「がんばってくれ」「勝ってくれ」――声援に後押しされるがまま、一呼吸置くこともできずに『オネスト』の効果を使ってしまったのではないだろうか。
「これでターンを終了させていただきます」
 『サイバー・ドラゴン』を倒せたためか、ターン終了を宣言する声が少し明るいものになっている。彼女の目線もまっすぐ前を向いている。
 彼女は、本当にプレイングミスをしてしまったのだろうか? もしプレイングミスをしていたとしたら、彼女はそのことに気付いているのだろうか?
 彼女の凛々しい表情が、ひと突きで壊れてしまうガラス細工のように、もろく感じられてしまう。
 ぼくの体をどろっとした後悔が駆け巡っていく。
 ……やっぱり、声をかけるべきではなかった。
 「いいよ! この調子だよ!」なんて応援の言葉を送るべきではなかった。
 結局彼女にプレッシャーをかけているだけだった……! こんな風にプレイングミスをしてしまうのなら、完全に逆効果だよ!

「ボクのターンだ、ドロー」
 ぼくが後悔している間にも、獏良くんのターンはやってくる。
「ボクはモンスター1体を裏側守備表示でセットし、ターンを終了するよ」
 幸いにもと言うべきなのだろう。獏良くんは、裏守備モンスターを1体出しただけで、すぐにターン終了を宣言した。

獏良
LP 4300
伏せカード

伏せカード

ゾンビ・マスター
攻撃表示
攻撃力1800
守備力0
正体不明のモンスター
裏側守備表示




ライオウ
攻撃表示
攻撃力1900
守備力800
伏せカード

伏せカード

伏せカード

伏せカード
(くず鉄のかかし)
野坂
LP 3700

「わたしのターンです」
 すぐさまやってきた野坂さんのターン。
「ドローフェイズです。カードをドローします。えい」
 彼女は機械的に掛け声を出し、デッキからカード1枚を引く。
 さっとドローカードに目を通すなり、彼女はそのカードをデュエルディスクへと持っていく。
「メインフェイズ1です。わたしは、『豊穣のアルテミス』を召喚します」

獏良
LP 4300
伏せカード

伏せカード

ゾンビ・マスター
攻撃表示
攻撃力1800
守備力0
正体不明のモンスター
裏側守備表示




ライオウ
攻撃表示
攻撃力1900
守備力800
豊穣のアルテミス
攻撃表示
攻撃力1600
守備力1700
伏せカード

伏せカード

伏せカード

伏せカード
(くず鉄のかかし)
野坂
LP 3700

 数ターン前にも使った『豊穣のアルテミス』が、フィールド上に現れる。
 『ライオウ』、『豊穣のアルテミス』――これで野坂さんの場に2体のモンスターが現れたことになる。
 このターンでも、彼女はモンスターカードをドローできたのだ。今の状況ではいい引きだったと言えるんじゃないだろうか。
 ナイスドローだよ! ――ぼくは心の中だけで、彼女にそう言った。
 本当は口に出して声援として彼女に届けたかったけれど、その言葉がプレッシャーとなってしまうかもしれない。プレイングミスに繋がってしまうかもしれない。そうなってしまっては、せっかくの引きも台無しだ。ぼくはぐっとこらえたのだ。
 けれども、ぼく以外の人は、そんなことは考えない。
「よし! モンスターカードを引けたぞ!」
「獏良のモンスターなんか蹴散らせ!」
「リボンちゃんがんばってー!」
 観客やクラスメイト達の声援が、野坂さんに向けられる。
 自分達の応援が、野坂さんの足を引っ張ってしまうかもしれない。そんなことを想像することすらなく……。
「バトルフェイズに入ります。まずは、『ライオウ』で『ゾンビ・マスター』へと攻撃します」
 声援に後押しされるように、野坂さんは戦闘開始を宣言する。
 『ライオウ』の放った雷撃が、バチバチと音を立てて『ゾンビ・マスター』に襲い掛かる。
 『ゾンビ・マスター』は一方的に破壊され、獏良くんは100ポイントの戦闘ダメージを受ける。
「よっしゃあああ!!」
 騒象寺くんが歓声を上げる。会場からも喜びの声が飛び交う。
「引き続き、『豊穣のアルテミス』で裏側守備表示のモンスターへと攻撃します」
 会場の声にぐいぐいと押されるようにして、野坂さんは次の攻撃宣言を行う。
 いや、野坂さんの意思で攻撃宣言を「した」と言うよりは、会場の雰囲気に攻撃宣言を「させられた」と言ったほうが正しいかもしれない。
 野坂さんの『豊穣のアルテミス』は、正体不明の裏守備モンスターへと光の弾を飛ばして攻撃する。
 ……彼女は、ちゃんと裏守備モンスターの正体について考えてから攻撃をしているのだろうか?
 正体不明の裏守備モンスターは、『ニードルワーム』や『メタモルポット』のように、デッキ破壊戦術の名残のモンスターなのか。『魂を削る死霊』や『マシュマロン』のように、戦闘への耐性のあるモンスターなのか。それとも、もっと他の効果を持ったモンスターなのか。
 そう言ったことをしっかりと考え、さらに今の伏せカードやその他の状況を見て、本当に攻撃をしてもいいのかもう一度考える――そう言ったことがちゃんとできているのだろうか?

「ごめんね……」
 獏良くんが、少しうつむいてからそう言った。

「あ……」
 何かに気付いたかのように、野坂さんは目を見開いて短い声をあげる。
 時間が止められたかのように、彼女の瞳は見開かれ、その口は半開きになっている。
 何が「ごめんね」なのだろう? 何に気付いたと言うのだろう?
 カチッと地雷を踏んでしまったような、嫌な感覚が一瞬でぼくを支配する。
 『豊穣のアルテミス』の放った光弾は、裏守備モンスターへと命中する。攻撃を受けた裏守備モンスターは、その正体をソリッドビジョン上に現していく……。

獏良
LP 4300
伏せカード

伏せカード

紅蓮魔獣 ダ・イーザ
守備表示
攻撃力4400
守備力4400


ライオウ
攻撃表示
攻撃力1900
守備力800
豊穣のアルテミス
攻撃表示
攻撃力1600
守備力1700
伏せカード

伏せカード

伏せカード

伏せカード
(くず鉄のかかし)
野坂
LP 3700

 その姿を見た時、獏良くんが「ごめんね」といった理由も、野坂さんが時間が止まったかのように固まった理由も、すべて分かった。
 『紅蓮魔獣 ダ・イーザ』。
 ゲームからカードが除外されればされるほど、攻撃力と守備力を飛躍的に上げていくモンスターが現れたのだから!

紅蓮魔獣 ダ・イーザ 炎 ★★★
【悪魔族・効果】
このカードの攻撃力と守備力は、
ゲームから除外されている自分のカードの数×400ポイントになる。
攻撃力?/守備力?

 先攻1ターン目で『ネクロフェイス』の効果を2度発動したことにより、獏良くんのカードは合計11枚除外されている。除外されているカード1枚あたり400ポイントの攻守となるから、『紅蓮魔獣 ダ・イーザ』の攻撃力と守備力は、実に4400ポイント。
 攻撃力1600の『豊穣のアルテミス』が、守備力4400の『紅蓮魔獣 ダ・イーザ』へと攻撃を行ってしまった。『紅蓮魔獣 ダ・イーザ』の効果は、「発動」行為を伴わないため、『天罰』のようなカウンター罠では防ぐことはできない。
 4400−1600=2800。
 この戦闘で、野坂さんに2800ポイントもの戦闘ダメージが発生することになる……!
 『紅蓮魔獣 ダ・イーザ』にぶつけられた光の弾は、弾き飛ばされて野坂さんに返ってくる。
 2800ダメージの光の弾をまともに受けて、ソリッドビジョンのライフポイント表示が、3700からどんどん減っていく。
 まずは、3000ポイントを下回り、
 次に、2000ポイントを下回り、
 そして、1000ポイントまでも下回る。
 野坂さんのライフポイントは、残りわずか900ポイントになってしまった。
「うわぁっ!」
「『ダ・イーザ』かよ!」
 会場から悲鳴のような声が飛んでいる。
 野坂さんに遅れること10秒。ぼくや騒象寺くんも、目を見開いて口を半開きにしてしまっていた。クラスメイトのみんなも、似たような感じになっていることだろう。
 守備力4400の『紅蓮魔獣 ダ・イーザ』が現れた事実は、少なからずぼく達に衝撃を与えていた。
 そうして衝撃が体を通り抜けると、ぼく達を待っているのは絶望だった。
 獏良くんの場に攻撃力4400守備力4400のモンスターが現れた。せっかく『オネスト』を使って『サイバー・ドラゴン』を倒したのに、こんなに早く強力なモンスターを出されてしまうなんて……。
 しかも2800ダメージを受けて、残りライフはわずか900。もう一撃もらったらおそらく敗北が決まってしまう。チームとしての敗北もすぐそこまで迫ってきている……。
 そして、何よりも。
 あの野坂さんが、自分から攻撃を仕掛けてしまった……。ほぼすべてのモンスターが突破できない強固な壁に、自分から突っ込んでしまった……!
 いくら裏側守備表示で、正体が分からないモンスターだったとは言え、彼女なら『紅蓮魔獣 ダ・イーザ』が出てくることは予想できたんじゃないだろうか。
 サイドデッキ12枚を使ってパワー型のデッキにチェンジしてきたとは言っても、残り28枚のカードは『ネクロフェイス』を用いたデッキ破壊のまま。そこまでヒントが出ているのなら、『紅蓮魔獣 ダ・イーザ』に気をつけよう――そんな風に考えることもできたんじゃないだろうか。
 デュエルモンスターズの豊富な知識を持ち、相手の考えを想像することができる野坂さんが、守備力4400の『紅蓮魔獣 ダ・イーザ』に自分から攻撃を仕掛けてしまった。自分から2800ダメージを受けに行ってしまった。
 彼女にしては痛恨のプレイングミス。その事実が、ぼく達の絶望をより濃いものにしていた。
「どんまい! リボンちゃん!」
「まだまだいける。いけるよー!」
 クラスメイトの女子たちの声が、野坂さんへと届けられる。
 でも、その声はどこかぎこちなさが感じられてしまって。
「ターン……エンドです……」
 野坂さんは、消え去りそうなほど小さな声でターン終了を宣言したのだった。

 ぼくはどうすればいいのか分からなくなっていた。
 絶望の底に叩き落された野坂さんを元気づけるために、応援をしたほうがいいのだろうか?
 それとも、プレッシャーを与えて焦りを生んでしまうくらいなら、応援はしないほうがいいのだろうか? クラスメイトの人たちに応援は控えてとお願いしてでも、応援をやめたほうがいいのだろうか?
 ぼくには分からなかった……。

 気付けば獏良くんのターンになっていた。
「『カオス・ソーサラー』を特殊召喚するよ」
 彼は、墓地にある2体のモンスターを除外して、攻撃力2300の『カオス・ソーサラー』の特殊召喚を狙う。
「あ……え……ああ……」
 野坂さんは虚ろな表情で、言葉にならない声を出す。
 その様子があまりにも痛々しくて、目を背けたくなる。
 そして、何度も言葉を詰まらせてから、
「『ライオウ』の効果を発動します……」
 と言って、『ライオウ』を生け贄にして、『カオス・ソーサラー』の特殊召喚を無効化することに成功した。
「でもこれで2体のモンスターを除外したから、『紅蓮魔獣 ダ・イーザ』の攻撃力は5200までアップする……」

獏良
LP 4300
伏せカード

伏せカード

紅蓮魔獣 ダ・イーザ
守備表示
攻撃力5200
守備力5200


豊穣のアルテミス
攻撃表示
攻撃力1600
守備力1700
伏せカード

伏せカード

伏せカード

伏せカード
(くず鉄のかかし)
野坂
LP 900

 獏良くんの『紅蓮魔獣 ダ・イーザ』の攻撃力は5200。青眼の究極竜にも勝てるほどのパワーを身につけてしまった。
 彼は、無効化されるのを見越した上で『カオス・ソーサラー』の特殊召喚を狙ってきたのだろう。『ライオウ』を除去し、さらに『紅蓮魔獣 ダ・イーザ』の攻撃力を上げるために……。
 幸いにも、野坂さんには、1ターンに1度だけ攻撃を無効化できる『くず鉄のかかし』がある。このターン、『紅蓮魔獣 ダ・イーザ』は攻撃しても意味がない。
「ターンエンドだよ」
 獏良くんはバトルフェイズを行うことなくターン終了を宣言した。

「わたしのターン……」
 野坂さんは消え入りそうな声でターン開始を宣言し、それから、何も言わずにデッキからカードをドローする。
 いつもの「えいっ」の掛け声が、完全になくなっていた。
「まだまだいけるよ!」
「元気出して! がんばってー!」
 さっきからずっと騒象寺くんやクラスメイト達が、声援を送っている。
 だけど野坂さんはうつむいたまま。地面を向いているせいで、黄色のリボンが不自然に天を向いてしまっている。明るい色のリボンとは裏腹に、準決勝の時よりも深い絶望の色が彼女を支配していた。
 ここまで彼女を追い詰めてしまったのは、デュエルの状況だけじゃない。
 むしろデュエルの状況だけなら、準決勝の時のほうが追い詰められていた。最後のドローカードにわずかな望みを託さなくちゃいけないほど、ピンチになってしまっていた。
 でもあの時には、ここまでのプレッシャーはかかっていなかった。チームの勝敗を左右する大事な場面だったけど、クラスメイト以外の人から「負けないでくれよ野坂さん!」なんて声が掛かることはなかった。プレッシャーに負けて、プレイングミスをしてしまうなんてこともなかった。
 この中堅戦――デュエルの状況も、デュエル以外の状況も、連鎖反応するかのように悪い方向へ悪い方向へと働いてしまったのだ。
「ターンエンドです……」
 いいカードが引けなかったのだろう、このターン、彼女は何もせずにターンを終了した。
 その瞳は地面だけに向けられていて、人形のように生気が感じられなかった。
 彼女の後悔は、いくらしても足りないほど大きくて。
 会場から浴びせられる視線は、剣で突き刺されたかのように痛くて。
 みんなが何を考えているか「想像」できてしまう分だけ、ぼくの想像なんかよりずっとずっと痛くて……!
 押し潰されてそうになってしまって、とても辛いと思う。
 逃げ出したくなっても、おかしくないと思う。
 だから……。
 だからこそ……! 何か声をかけてあげたい! 元気づけてあげたい! ぼくは、心からそう思う。
 それなのに、ぼくは、何をしたらいいのか分からなかった。
 声援を送ったところで彼女は元気になってくれるのだろうか? ますます彼女を追い込んでしまうだけなんじゃないのか? ――そんな不安がぼくにつきまとう。
 応援したいけど、応援していいものかどうか分からない。
 ぼくは、どうすればいいのだろう? 何をすればいいのだろう? 分からない……分からないよ……!

「……おい! 花咲ぃ!」
 どんと背中を叩かれた。

「え……?」
 見上げると、騒象寺くんがぼくの顔を覗きこんでいた。
「花咲、お前何ぼうっとしているんだ!? 応援はどうしたんだ!?」
「それは……あの……」
「んん?」
「応援してもいいのかどうか……分からなくなっちゃって……」
「は? なんじゃそりゃ。じゃあ応援すればいいだろ」
 何を当然と言った感じで、騒象寺くんは言い捨てた。
「……プレッシャーになるかもしれないんです。さっきのプレイングミスもきっとそれが原因で……」
「あ? そうか? ワシにはそんな風には見えなかったぞ」
「クラスメイトのみなさんが応援して……知らない人も応援して……ここで勝たなくちゃすべてが終わりで……そんなふうに考えて焦ってしまって、ミスに繋がってしまったかもしれない……」
 知らず知らずのうちに、ぼく自身も追い込まれていたのかもしれない。
 いつもは心の中だけにしまっている想いが、どんどんこぼれていく。溜まりに溜まっていた気持ちが、言葉になって口からあふれていく。
「だから! できることなら励ましてあげたいです! 元気になってもらいたいです! いつもの野坂さんでいてほしいです! でもそれが逆効果になってしまうかもしれない! だからぼくは、応援すべきかどうか分からないんです!」
「ああ? そんなの知るか!」
 こぼれ落ちたぼくの気持ちは、騒象寺くんに一蹴される。
「応援したけりゃすればいいんだよ! 応援するほうが難しいことを考えてどうするんだよ!」
「でも……!」
「でもじゃねえよ! 応援しろよ! 応援したいなら思う存分しろよ! その後のことは、後から考えればいいだろ!」
「それで失敗したら……」
「ああもうしつこい! しつこいぞ花咲ぃぃ! そんなに心配なのか? だったら! 聞けばいいだろ! 応援してもいいか、本人に聞けばいいだろ!」
 ぼくの煮え切らない態度は、騒象寺くんの怒りに火をつけてしまった。
「そんなことできるわけ……」
 そう言いながら、ぼくはちらりと野坂さんの様子をうかがう。
「あ……」
 ちらりとだけ見たはずなのに、なぜか、彼女もぼくのことを見ていた。自然と彼女と目が合ってしまう。
 そうして、気付く。
 あれ? 見られてた……? 今のやり取り、見られてた……?
 ぼくはきょろきょろと視線を動かす。
 野坂さんだけじゃない。獏良くんも、その奥にいる遊戯くんや真崎さんも、ぼくのほうを向いていた。嫌な予感がして後ろを振り返ると、クラスメイト達もぼくへと視線を向けていた。
「ハハ! 聞く必要なんかなかったな!」
 騒象寺くんが思いっきり笑い飛ばした。
 見られた……! 聞かれた……! 聞かれちゃった……!
 応援するかしないかで騒象寺くんと言い合っているうちに、どんどん声が大きくなっていって……!
 肝心の野坂さんに、今の会話を聞かれてしまった! ぼくの気持ちを聞かれてしまった! しかも「何事か」と周りの人までぼく達に注目させてしまった!
 さあっと血の気が引いていくのが分かる。
 ど、どどどど……どうしよう?
 こういう時は、どうすれば、いいんだ……!?
 さっきまでとは別の意味での「どうしよう」。ぼくは、頭の中が真っ白になっておろおろしてしまった。
 その時……。
 ごちゃごちゃになった頭の中に、ひとつの声が聞こえた。

「ありがとう……ございます……」

 その声は、彼女の声だけど、いつもの彼女の声ではなかった。
 その声を聞くのは、いつかの図書室以来で。
 震えているような、鼻にかかったような、そんな印象を受ける声で。
「そんな風に……思っていただいて……ありがとうございます」
 そう言った野坂さんの瞳はちょっと赤くなっていて、光るものが見えた。
 彼女は、泣いていた。
 でも、笑ってもいた。
 彼女の表情と声が、図書室で初めてデュエルした時を思い起こさせる。ぼくは、何も言えないまま、彼女の言葉に耳を傾け続ける。
「わたし、分かっていたんです……。花咲さんならこんな風に考えるだろうなって言うこと。こんな風にわたしを心配してくれるんだろうなって……。それはとても嬉しいことで、胸がいっぱいになるくらい嬉しいことで……」
 スイッチが入ったかのように、野坂さんから涙と言葉があふれている。
「でも、わたしは臆病でした。花咲さんが心配してくれていることは分かっていたはずなのに、想像できていたはずなのに……。それは想像でしかないって思ってしまって……勝手に不安になってしまって……。だから花咲さんの言葉を耳にした時、それがとても嬉しくて。想像通りだったことなのにとてもとても嬉しくて。……情けないですよね、わたし。あれだけ『負けません』『勝ちましょう』って、偉そうなことばかり言っておいて、こんなことで落ち込んじゃったり喜んじゃったりしてるんですから」
 野坂さんは周囲を気にすることなく、言葉をはきだしていく。
 相変わらずぼくは突っ立っているだけだったけど、その胸にはどくんどくんと熱い気持ちがこみ上げてきていた。
「でも今度こそもう大丈夫です。ありがとうございます。心配かけちゃってごめんなさい」
 最後ににっこりと微笑んで、野坂さんは一礼をする。
 そうして、デュエルへと戻ろうとする。
「野坂さん!」
 そんな彼女を、ぼくは呼び止めた。
 声をかけずにはいられなかった。胸に溜まった気持ちをこのままにしておくことなんて、できそうになかった。

「ぼく、応援がしたい! 野坂さんさえ良ければ応援したいです!」

 ぼくの言葉を聞いて、彼女ははっとしたようにぼくの顔を見る。
 それから涙を浮かべたまま、ゆっくりと微笑んでいく。
「はい。お願いします」
 溜まった涙が目尻からこぼれ落ちて、ひとしずくの筋となる。そこにこれ以上ないくらいの笑顔が重なり、太陽の光を反射したリボンが軽やかに揺れて、きらめきの色を添えた。
 その美しさに、ぼくは比喩じゃなく心を奪われてしまった。ホーリー・エルフの祝福が300ライフ回復するとしたら、3000……いや10000ライフは回復できるんじゃないかと思った。本気で思った。

「すみません、見苦しいところをお見せしてしまって……」
 野坂さんは、獏良くんに向けて一礼する。
 獏良くんには、ずいぶん恥ずかしいところを見せてしまった上に、迷惑までかけてしまった。「ぼくからもごめんなさい」と心の中で謝る。
 獏良くんは、首を小さく振って、
「そんなことはない……。そんなことはないよ!」
 と語気を強めて言った。
 その表情はとても真剣で、さっきまで見せていたほほえみなんて微塵も感じられなかった。
「ボクだって何もできなかった……。本当は動揺ばかりしていたのに、作り笑顔を必死でキープしていることしかできなかったんだ……」
 獏良くんが呟くように言った。
「気づいていると思うけど、ボクのデッキコンセプトは相手の裏をかくこと。そのためには、対戦相手に戦術を読まれないことが重要なんだ。だから、こんな風に笑顔を作って、自分の考えが相手にばれないようにしていたんだ……」
 そう言って、獏良くんは少しの間だけ、にっこりと笑顔になる。
 それは、先ほどまで見せていた、不気味なくらい考えが読めないほほえみだった。
「本当は、この笑顔には嫌な思い出しかないんだ。ボクがボクだけじゃなかった頃の、偽りの姿を表現するための手段だから。あの時は、自分の意思で笑顔になっているのか、もう一つの意思で笑顔にさせられているのか、そんなことすら分からなくなっていた」
 獏良くんは、独白のように自分のことを話していく。
 ぼくは遊戯くんを通して、一部ではあるけど獏良くんの事情を聞いている。
 それによると、ついこの間まで、千年リングに宿った邪悪な意思が獏良くんの中にいたらしい。にわかには信じがたい話だけど、そう言う出来事があったらしいのだ。
 さすがに事情をまったく知らない野坂さんは、獏良くんが何を言っているのか分からないと思う。だけど、彼女はその話に呆れたりすることなく、真剣に聞き入っていた。
「この作り笑顔は、ボクにとっては消し去りたい過去だ。だけど、相手に戦術を悟られないという意味では、とても効果的だった。だって、こうやってずっとニコニコ笑っておけば、ボクが何を考えているかみるみる分からなくなってしまうから。決勝トーナメントでデッキ破壊に切り替えてきたこと、決勝戦でパワー型のカードを使ったこと――この作り笑顔があったから、ここまでうまく行ったんだよ」
 そこまで言って、声のトーンが落ちる。
「だけど、予想外のことが起こってしまった。想像以上の声援を受けて、野坂さん――キミにプレッシャーがかかってしまったんだ」
 自分の名前が出てきて、野坂さんは少しだけ顔をこわばらせた。
「それをきっかけに、キミはどんどん落ち込んでいって、ミスまでしてしまって……。ボクの作戦が、こんな風に追い詰めることになってしまって……!」
 獏良くんはそこで言葉に詰まる。
 ああ、そうか……。
 獏良くんも、ぼく達と同じように苦しんでいたんだ……。
 獏良くん、遊戯くん、真崎さん――彼らのチームは、デッキ構築の時点で大胆緻密な作戦を立ててくるほど、この大会に力を入れてきている。だから、獏良くんは獏良くんで、負けるわけにはいかない。
 そんな時、対戦相手の野坂さんは、プレッシャーに押し潰されそうになっていた。ここで獏良くんが本気で勝ちを狙うなら、野坂さんを気遣うことなんかせず、ひたすら作り笑顔をキープしていくのが最良の策だ。そうすれば、野坂さんをもっともっと追い詰めることができる。
 獏良くんはそれをやろうとして、たぶん、できていなかった。
 野坂さんが落ち込めば落ち込むほど、獏良くんの作り笑顔が不自然に浮いていったことを思い出す。
 『紅蓮魔獣 ダ・イーザ』が表側表示になった時、うつむいて「ごめんね」といったことを思い出す。
 獏良くんは、本当はとても優しい人だ。
 たとえ、倒すべき相手であっても、落ち込んでいたら一緒に落ち込んでくれる人だ。

「……辛いだけのデュエルは、ここで終わりにしましょう?」

 野坂さんがそう言った。
 獏良くんは、ふっと笑って頷いた。
「そうだね。もう、無理に笑顔を作っても意味はないよね。どうしても感情が顔に出ちゃうし、何より、今の野坂さんにならそれも看破されそうだ」
 今度の獏良くんのほほえみには、貼り付けられたような不自然さはなかった。
「じゃあ、仕切り直しですね」
「うん。そうだね。そうしよう!」
「はい。でも、わたし負けませんから。こんな状況ですけど、負けませんから。……ここで勝って花咲さんに繋げます。必ず、繋げます」
「ふふ……。ボクも、負けるつもりはないよ! ここでやめるのは作り笑顔だけ。それ以外は作戦通りしっかりとやらせてもらうよ。……たとえ次のターンで勝利が決まることになっても、遠慮なんかしない」
 野坂さんと獏良くんが、お互いにほほえみ合う。
 それは、やさしい空気の中で、バチバチと火花を散らしているような、そんな印象を受けるほほえみだった。
「ええと、わたしのターンでしたね……」
 野坂さんが自分に言い聞かせるように言った。
 中断されていたデュエルが、ようやく再開されようとしている。空気を読んでくれたのか、審判の人たちは、長い間中断してしまったことについて注意してこなかった。
「メインフェイズ1で、『豊穣のアルテミス』を守備表示に変更し、カードを追加で1枚セットします」

獏良
LP 4300
伏せカード

伏せカード

伏せカード

紅蓮魔獣 ダ・イーザ
守備表示
攻撃力5200
守備力5200


豊穣のアルテミス
守備表示
攻撃力1600
守備力1700
伏せカード

伏せカード

伏せカード

伏せカード
(くず鉄のかかし)
伏せカード

野坂
LP 900

 このターン、野坂さんは伏せカードを1枚増やしたけど、よく見ると、獏良くんの場に伏せてあるカードも1枚増えていた。
 どうやら、ぼくと騒象寺くんが言い争いをしている間に、獏良くんのターンが終わっていたらしい。そこで伏せカードが1枚増えたのだろう。
「わたしはこのままターンを終了します」
 そうして野坂さんは、ターン終了宣言を行う。
 今の彼女は、デュエルが始まった時よりもきりっと前を向いていて、ぼくにはとても凛々しく映った。

『わたし負けませんから。こんな状況ですけど、負けませんから。……ここで勝って花咲さんに繋げます。必ず、繋げます』

 ふと、さっき言っていた彼女の言葉を思い出す。
 野坂さんの言葉と態度――そのいずれからも、負けないという意思がひしひし伝わってくる。ここまで追い詰められていても、あきらめることなんてしない。
 そんな彼女を見ていると、衝動を抑えていられなくなる。何もせずに突っ立っているだけなんて、できなくなってくる。
 もう遠慮することなんてない! 意味のない心配をすることなんてない! ぼくの胸を駆け上がっていく気持ちを、そのまま言葉に出してしまえばいい! 大丈夫。彼女にはきちんと伝わるはずだから!
 ぼくはためらうことなく、大きく息を吸い込んだ。
「がんばれー! がんばれーっ! 野坂さん!」
 そして、大きな声を出して、応援の言葉を送る。
 ぼくの声援を聞いたせいなのか、
「よーし! ぶっ飛ばせ!」
「がんばれリボンちゃんっ!」
「ファイトー!」
 ぼくに続くようにして、騒象寺くんやクラスメイトのみんなも声援を送ってくれる。
 野坂さんはこちらを向いて軽く一礼する。彼女の黄色のリボンが軽やかにはためいた。

「ボクのターン!」
 そうして獏良くんのターンになる。
「ドロー!」
 獏良くんは威勢よく宣言して、デッキからカードをドローした。
 彼はドローしたカードを確認すると、デュエルディスクに目を向けて少しだけ考える素振りを見せ、それから、
「それじゃあメインフェイズだ」
 と宣言する。
 しかし、われらが野坂さんは、その隙すら逃さない!
「ごめんなさい。ちょっと待ってください。わたしは、スタンバイフェイズに伏せカードを使います」
 そう言って野坂さんはデュエルディスクの魔法&罠ゾーンにあるボタンを押す。1枚の伏せカードがオープンになっていく。

マインドクラッシュ
(罠カード)
カード名を1つ宣言する。相手は手札に宣言したカードを
持っていた場合、そのカードを全て墓地へ捨てる。
持っていなかった場合、自分はランダムに手札を1枚捨てる。

 来た来た来た! 『マインドクラッシュ』!
 準決勝で『冥府の使者ゴーズ』を狙い撃ちにした手札破壊カードが来た!
 この『マインドクラッシュ』は相手の手札を捨てさせる効果を持っている。しかしそのためには、相手の手札にあるカード名をピタリと言い当てなければならない。
 獏良くんの手札はこのデュエルで一度も公開されてはいない。しかも、本来のデッキ破壊から、作戦をチェンジしてきている。
 ……普通の人なら言い当てることなんて芸当はできない。
 そう、普通の人ならば……!
「わたしが宣言するカードは、『ダーク・アームド・ドラゴン』です。もし、そのカードが手札にある場合、墓地へ捨ててください」
 野坂さんは、小さいけれどきっぱりとした声で、そう宣言した。
 獏良くんが引きつった表情になる。「まさか……」と呟く声が聞こえてもおかしくなかった。
 獏良くんが、3枚の手札の中から1枚――手札からドローしたばかりの1枚、それを選んでくるりとこちらに見せてくる。

ダーク・アームド・ドラゴン 闇 ★★★★★★★
【ドラゴン族・効果】
このカードは通常召喚できない。自分の墓地に存在する闇属性モンスターが
3体の場合のみ、このカードを特殊召喚する事ができる。
自分のメインフェイズ時に自分の墓地に存在する闇属性モンスター1体を
ゲームから除外する事で、フィールド上に存在するカード1枚を選択して破壊する。
攻撃力2800/守備力1000

 それは間違いなく『ダーク・アームド・ドラゴン』のカードだった。
「え? マジで……」
「ほとんどノーヒントだったじゃないか。どうして分かるんだ……!」
「すごい……」
 周囲から感嘆の声が聞こえてくる。
 ここで『ダーク・アームド・ドラゴン』を捨てさせなければ、獏良くんの場に攻撃力2800のモンスターが追加で現れて、野坂さんはますますピンチになっていた。
 それを、ほとんど手がかりのない状態から、こうも見事に打ち落としてしまうなんて……!
 ぼくの胸が、どくんどくんと高鳴っていく。
「さすがだ! さすがだよ! 野坂さん!」
 ぼくは今の思いを迷うことなく言葉にした。
 クラスメイトからも声援が飛んでいる。会場はざわめきと歓声に包まれていく。
「この『ダーク・アームド・ドラゴン』は、今引き当てたばかりのカードなのに……。それを言い当ててくるなんて……! どうして……どうして分かったの!?」
 獏良くんが興奮した様子で息を荒げている。せっかくの切り札級モンスターを失ったのに、どこか嬉しそうにも見えるのは気のせいだろうか。
「闇属性モンスター中心のデッキ構成、パワー型戦術への切り替え、カード効果にも頼らない戦術、遊戯さんの知恵も借りた隙のないデッキ構築。これらの要素から、闇属性モンスターや『ネクロフェイス』との相性が良く、他のデュエルにも活用できて、攻撃力も高い『ダーク・アームド・ドラゴン』――それがあることは、ほぼ間違いないと思っていました」
「それは、そうかも……」
 あんぐりと口をあけたまま、獏良くんは頷く。
 野坂さんはさらに説明を続ける。
「そして何より、ドローした後の獏良さんの仕草です。獏良さん、先ほどデュエルディスクを見てちょっと考え込みましたよね? その時、墓地の闇属性モンスターの数を思い出していませんでしたか?」
 野坂さんにそう言われて、獏良くんはハッとなった。
「そ、そうだ……! 確かにボクは墓地の闇属性モンスターを思い出していた……!」
「……はい。単に攻撃力だけが高いモンスターが来ていたなら、そのまま召喚すればいいだけですから考え込む必要はありません。考え込む必要があるのは、墓地の闇属性モンスターが3枚ちょうどでなければ特殊召喚できない『ダーク・アームド・ドラゴン』のためであることが有力……」
「ああ、そうだよ……。その時ボクは、ほとんど無意識のうちにデュエルディスクの墓地ゾーンに目を向けてしまっていた。それがますます『ダーク・アームド・ドラゴン』だと悟られる要因にもなったのか……!」
 納得したように、獏良くんはうんうんと頷いた。
「すごい……! やっぱりキミはすごいよ! こんな風に考えることができるなんて!」
 獏良くんは、すごいすごいと野坂さんのことを誉めている。
 その時の表情は、このデュエルの中で一番生き生きとしていた。相手にやり込められているのに嬉しそうにしているなんて。……まあ、そうなる気持ちも、分かる気はするけど。
「さて、続きだね……」
 ひと区切り打つように言って、獏良くんはフィールドや手札をざっと見渡す。
 野坂さんの場に『くず鉄のかかし』がセットしてある以上、このターン、獏良くんにできることは残されていないはず……。
「ぼくはこのままターンエンドをするよ」
 予想通り、獏良くんは何もせずターンを終了させた。
 とうとう野坂さんの反撃の狼煙が上がったのだ!

「わたしのターンです」
 野坂さんのターンになる。
「ドローフェイズでドローします。えいっ」
 彼女はいつも通りの掛け声でデッキからカードをドローし、そのカードを魔法&罠カードゾーンに差し込む。
「『地砕き』発動です!」

地砕き
(魔法カード)
相手フィールド上に表側表示で存在する
守備力が一番高いモンスター1体を破壊する。

「よし!」
 ぼくは思わず声に出していた。
「『地砕き』の効果により、獏良さんの『紅蓮魔獣 ダ・イーザ』は破壊されます」
 魔法カード『地砕き』が発動。地盤が砕けるエフェクトに『紅蓮魔獣 ダ・イーザ』が巻き込まれていく。
 『紅蓮魔獣 ダ・イーザ』は攻撃力5200を誇ってはいるけど、魔法カードに対する耐性を持っているわけではない。『地砕き』によってあっさりと破壊されていく。
「やられちゃったかぁ……」
 獏良くんが苦笑いをする。
「『豊穣のアルテミス』を攻撃表示に変更して、バトルフェイズに入ります」

獏良
LP 4300
伏せカード

伏せカード

伏せカード

(モンスターカードなし)


豊穣のアルテミス
攻撃表示
攻撃力1600
守備力1700
伏せカード

伏せカード

伏せカード
(くず鉄のかかし)
伏せカード

野坂
LP 900

 獏良くんの『紅蓮魔獣 ダ・イーザ』が倒されたことによって、彼の場にモンスターはいなくなった。これは直接攻撃の大チャンスだ!
「よし! いいぞ!」
「いっちゃえリボンちゃん!」
 ぼくやクラスメイト、他の観客たちが声援を送る。
 野坂さんは、きりっとした表情で言う。
「『豊穣のアルテミス』で直接攻撃をさせていただきます。1600ダメージです」
 野坂さんの『豊穣のアルテミス』は、光の弾を作って獏良くんへ飛ばす。獏良くんの場には3枚の伏せカードがあるけど、今回も発動されることはなかった。光の弾が獏良くんに命中する。
「き、きついな……」
 獏良くんのライフポイントは、4300から2700へ。
 『ダーク・アームド・ドラゴン』に続いて、『紅蓮魔獣 ダ・イーザ』を倒した上、ライフも残り3分の1のところまで減らすことができた。野坂さんの反撃が次々に決まっていく……!
 興奮した気持ちのまま、ぼくは「いいぞ! この調子だよ!」と声に出す。周りの歓声も、少しずつ大きくなっていく。
「ターンエンドです」
 野坂さんはキッパリとした声でターンを終了させた。

「ボクのターンだ、ドロー」
 続く獏良くんのターン。
 彼はデッキからカードをドローすると、そのカードをちらっと見ただけで、そのままデュエルディスクへと持っていった。
「モンスターを1体裏側守備表示でセットするよ」

獏良
LP 2700
伏せカード

伏せカード

伏せカード

正体不明のモンスター
裏側守備表示




豊穣のアルテミス
攻撃表示
攻撃力1600
守備力1700
伏せカード

伏せカード

伏せカード
(くず鉄のかかし)
伏せカード

野坂
LP 900

 裏側守備表示のモンスター、もとい、正体不明のモンスターが獏良くんのフィールドに現れる。
 正体不明のモンスター……。
 それを見ていると、どうしても『紅蓮魔獣 ダ・イーザ』を連想してしまう。守備力4400の『紅蓮魔獣 ダ・イーザ』に攻撃してしまったシーンが、ぼくの頭の中に思い浮かんで、ぶるっと震えてしまう。
 もし、獏良くんが伏せたモンスターが本当に『紅蓮魔獣 ダ・イーザ』で、野坂さんが攻撃を仕掛けてしまったら、今度こそ野坂さんのライフポイントは0になってしまう……!

「わたしのターンです」
 野坂さんは怯んではいないのだろうか。
 彼女はさっきのターンと同じ調子で「えいっ」と掛け声を出して、カードをドローし、そして――
「バトルフェイズに入ります」
 まったく悩むこともなく、バトルフェイズに突入してきた!
 ぼくの頭の中に、『紅蓮魔獣 ダ・イーザ』のイメージが浮かぶ。それは、振り払いたくても、頭の中にこびりついて離れない強烈なイメージだった。
 ここで本当に攻撃をしてしまうのだろうか? 攻撃をしても良いのだろうか? もし裏守備モンスターが『紅蓮魔獣 ダ・イーザ』だったら、取り返しのつかないことになってしまうのに……。
 野坂さんは、まっすぐに前を向いている。その視線は、ソリッドビジョンに表示されているモンスターを飛び越えて、獏良くんに向けられている。
 その姿が、「大丈夫です」と告げている気がして、ぼくは、
「がんばれぇっ!」
 と精一杯声援を送る。野坂さんがこくりと小さく頷く。
「『豊穣のアルテミス』で、裏側守備モンスターへ攻撃をさせていただきます」
 とうとう野坂さんは攻撃宣言をする。
 『豊穣のアルテミス』はさっきのターンと同じように光弾を作って飛ばす。光弾は裏守備モンスターに命中して、その正体がソリッドビジョン上に現れていく……。
 そこに表示された守備モンスターは、『紅蓮魔獣 ダ・イーザ』――ではなかった。
 攻撃力1500守備力800のアンデット族モンスター。『酒呑童子』。
 『豊穣のアルテミス』にすら勝てないモンスターが、一時しのぎのために出されたに過ぎなかったのだ。
 光弾を受けた『酒呑童子』は、一方的に破壊される。

獏良
LP 2700
伏せカード

伏せカード

伏せカード

(モンスターカードなし)


豊穣のアルテミス
攻撃表示
攻撃力1600
守備力1700
伏せカード

伏せカード

伏せカード
(くず鉄のかかし)
伏せカード

野坂
LP 900

「はは……やっぱり通用しなかったかぁ……。『紅蓮魔獣 ダ・イーザ』を警戒して攻撃をためらってくれると期待したんだけど……」
 獏良くんが苦笑いをしながら言った。
「……『紅蓮魔獣 ダ・イーザ』の可能性はもちろん考えました。でも、ドローしたカードをすぐにセットしたことが引っかかりました。まるで『紅蓮魔獣 ダ・イーザ』じゃないことを、わたしに悟られまいとしているように見えたんです。『紅蓮魔獣 ダ・イーザ』はデッキに1枚しか入っていない――もう打ち止めだと言うようにも見えました」
「さ、さすがだなぁ……。まるですべてを見通されているみたいだ……」
「いいえ、想像です。あくまでわたしの想像です。うまくいっているのは、運が良かっただけです。追い詰められて危険な橋を渡らざるを得なくなったから、びくびくしながら渡っているんです」
「びくびくしながら……? そんなふうにはボクには見えないよ……」
 獏良くんがそう問うと、野坂さんはこちらをちらっと見た。
「それは、仲間がいてくれるからです。応援してくれる人がいてくれるからです。気弱で何もできないわたしに力をくれる人がいてくれるから、わたしは頑張れるんです」
 ゆっくりとかみしめるように野坂さんは言った。
 ああ、もう野坂さん……!
 そんなこと言われたら、もっと……もっと応援したくなるじゃないですか!
「がんばれぇっ! がんばれ野坂さん!」
「負けるなよ!」
「ありがとうリボンちゃん! ファイトーっ!」
 クラスメイト達も同じ気持ちになったようだった。
 ぼくの応援に重なるようにして、クラスメイト達の声が聞こえてくる。
「みなさんありがとうございます」
 野坂さんはぼく達に一礼をして、
「さて、わたしはカードを1枚伏せてから、ターンを終了します」
 それからターン終了を宣言した。
 逆転の女神が微笑んでくれているような、そんな気がしてならなかった。

「ボクのターン……」
 獏良くんがターン開始を宣言し、
「ドロー」
 デッキからカードをドローした直後。
「ここでカウンター罠を発動させていただきます」
 野坂さんは伏せたばかりのカードを表側表示にしてきた!

強烈なはたき落とし
(カウンター罠カード)
相手がデッキからカードを手札に加えた時に発動する事ができる。
相手は手札に加えたカード1枚をそのまま墓地に捨てる。

「『強烈なはたき落とし』です。ドローしたカードをそのまま墓地に捨ててください」
 反撃が決まった後に、容赦ない追い討ちが炸裂!
 獏良くんはドローしたーカード――レベル4攻撃力1900の『闇竜の黒騎士』を、名残惜しそうに墓地ゾーンへと送る。
「さらに『豊穣のアルテミス』の効果が適用されます。わたしはデッキからカードを1枚ドローします」

豊穣のアルテミス 光 ★★★★
【天使族・効果】
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
カウンター罠が発動される度に自分のデッキからカードを1枚ドローする。
攻撃力1600/守備力1700

 その上、カウンター罠と『豊穣のアルテミス』とのコンボも炸裂!
 獏良くんはドローしたカードを捨てさせられ、野坂さんは追加でドローをしてしまう。
「これはきつい……」
 獏良くんの顔色もぐっと険しいものに変わる。
「ターンエンド……」
 ドローカードを失った獏良くんは、静かにターン終了を宣言するほかなかった。

獏良
LP 2700
伏せカード

伏せカード

伏せカード

(モンスターカードなし)


豊穣のアルテミス
攻撃表示
攻撃力1600
守備力1700
伏せカード

伏せカード

伏せカード
(くず鉄のかかし)
伏せカード

野坂
LP 900

 もう獏良くんに余裕はない。
 モンスターも出せないまま、『豊穣のアルテミス』の直接攻撃を受けるしかない。
 『マインドクラッシュ』による強力モンスターの除去、裏側守備表示モンスターの粉砕、『強烈なはたき落とし』による手札破壊、『豊穣のアルテミス』による手札強化。
 快進撃といえるほどの反撃が次から次へと決まっていき、とうとう獏良くんを追い詰めることができたのだ!

「わたしのターンです。ドローします。えいっ」
 野坂さんのターン。
 彼女はカードをドローすると、口元をほころばせた。ぼくの心臓がドクンと跳ねる。
「『霊滅術師 カイクウ』を召喚します」

獏良
LP 2700
伏せカード

伏せカード

伏せカード

(モンスターカードなし)


豊穣のアルテミス
攻撃表示
攻撃力1600
守備力1700
霊滅術師 カイクウ
攻撃表示
攻撃力1800
守備力700
伏せカード

伏せカード

伏せカード
(くず鉄のかかし)
伏せカード

野坂
LP 900

 来た……来た……!
 獏良くんを追い詰めているこの状況で、追加モンスターが来た!
 彼女のフィールド上には、攻撃力1600のモンスターと、攻撃力1800のモンスターがいる。
 獏良くんのライフポイントは2700だから、この2体の攻撃が成功すれば、彼のライフを0にすることができる!
 積み重なった反撃が道を作り、勝利と言うゴールを映し出していく……!
「バトルフェイズに入ります」
 野坂さんはきっぱりと宣言する。
 このバトルフェイズで、勝負が決まるか……!? ぼくは、ごくりとつばを飲み込む。
「もう限界だ……。このままじゃあ、ボクは負けてしまう……!」
 獏良くんが、絞り出すように言った。
「カウンター罠を警戒するために、ここまでボクはカード効果を封印していた……。その代わりパワーモンスターをたくさん用意して、パワーで押し切ろうとした……。なのにそれをも破ってしまうなんて、とんでもない実力だ……! すごいよ……!」
 獏良くんは、まっすぐに野坂さんを見る。
「だから、効果を封印するのはここまでだ……! ぼくはこのターン、伏せカードを存分に使わせてもらう! キミの場にカウンター罠があることは分かっている。取り返しのつかないことになるかもしれない。だけど、何もしなければ敗北が確定してしまうところまで追い詰められてしまった以上、賭けに出るしかないんだ!」
「はい。分かりました……」
 獏良くんの宣言に、彼女はゆっくりと頷く。
 獏良くんの場には3枚の伏せカード……。
 野坂さんの場には4枚の伏せカード……。
「わたしも、この勝負、受けて立ちます! 予定通り『豊穣のアルテミス』で、獏良さんに直接攻撃します」
 野坂さんは、ひるむことなく攻撃宣言を行った!
 『豊穣のアルテミス』は、胸の辺りで光弾を作って獏良くんに向かって飛ばす。
「まずはこのトラップカードを発動する! 『聖なるバリア−ミラーフォース−』!」

聖なるバリア−ミラーフォース−
(罠カード)
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。

 獏良くんの伏せカード『聖なるバリア−ミラーフォース−』が、ここでオープンになる。
 『豊穣のアルテミス』の放った光弾は、獏良くんの前に現れた光り輝く球体によって弾き飛ばされる。弾き飛ばされた光弾は拡散し、波状攻撃になって野坂さんのモンスター達に襲い掛かる。
 このままでは、野坂さんのモンスターは全滅してしまう……。
 けれども、相手は野坂さんだ!
 カードの効果を使ったら、カウンター罠が待ち構えているに決まっている!
「ごめんなさい。『魔宮の賄賂』発動です。『聖なるバリア−ミラーフォース−』の発動を無効化させていただきます」

魔宮の賄賂
(カウンター罠カード)
相手の魔法・罠カードの発動を無効にし破壊する。
相手はデッキからカードを1枚ドローする。

 カウンター罠『魔宮の賄賂』が炸裂!
 獏良くんに1枚のドローを許す代わりに、『聖なるバリア−ミラーフォース−』の効果が無効化されていく。
 しかも、それだけじゃない!
「カウンター罠が発動したので、『豊穣のアルテミス』の効果でデッキからカードを1枚ドローします。さらに、カウンター罠で罠カードを無効化したので、『冥王竜ヴァンダルギオン』が特殊召喚されます」

獏良
LP 2700
伏せカード

伏せカード

(モンスターカードなし)


豊穣のアルテミス
攻撃表示
攻撃力1600
守備力1700
霊滅術師 カイクウ
攻撃表示
攻撃力1800
守備力700
冥王竜ヴァンダルギオン
攻撃表示
攻撃力2800
守備力2500
伏せカード

伏せカード
(くず鉄のかかし)
伏せカード

野坂
LP 900

冥王竜ヴァンダルギオン 闇 ★★★★★★★★
【ドラゴン族・効果】
相手がコントロールするカードの発動をカウンター罠で無効にした場合、
このカードを手札から特殊召喚する事ができる。この方法で特殊召喚に成功した時、
無効にしたカードの種類により以下の効果を発動する。
●魔法:相手ライフに1500ポイントダメージを与える。
●罠:相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。
●効果モンスター:自分の墓地からモンスター1体を選択して
自分フィールド上に特殊召喚する。
攻撃力2800/守備力2500

「続いて『冥王竜ヴァンダルギオン』のモンスター効果が発動されます。獏良さんから見て左側の伏せカードを破壊させていただきます」
 ここまで獏良くんがカードの効果を封印していたのも、よく分かる。
 カードの発動が無効化されるだけじゃなくて、デッキからカードをドローされて、攻撃力2800の『冥王竜ヴァンダルギオン』を出されて、その効果で伏せカードを破壊されてしまう。
 こんな目に遭うと分かっているところに、足を踏み入れたくなんかない。
 追い詰められた獏良くんは、仕方がないとはいえ、自分から泥沼にはまっていく……!
「ここで『激流葬』をチェーン発動だ!」
 いや、でも、分かっていて飛び込むのと、知らず知らずはまってしまうのとでは、勝手が違う!
 獏良くんは、『冥王竜ヴァンダルギオン』によって破壊されようとしている伏せカード――それを使って反撃をしてきた!

激流葬
(罠カード)
モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚された時に発動する事ができる。
フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。

 『冥王竜ヴァンダルギオン』の特殊召喚に反応して、『激流葬』が発動。ダムの放水でも始まったかのように、大量の水が勢いよくフィールドに流れ込んでいく。
 せっかくの『冥王竜ヴァンダルギオン』が仇になって、野坂さんのモンスターが全て破壊されようとしている! 獏良くんにとって、『冥王竜ヴァンダルギオン』が出されることは想定通りの出来事だったのだ!
 けれども――
「ごめんなさい」
 『冥王竜ヴァンダルギオン』の出現を読まれることすら、野坂さんは想定していた!
「こちらもカウンター罠カードを発動させていただきます。『神の宣告』です」
「くっ……」
 獏良くんの表情が少し堅くなった。
 野坂さんの2枚目の伏せカードがオープンされていく。

神の宣告
(カウンター罠カード)
ライフポイントを半分払って発動する。
魔法・罠カードの発動、モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚の
どれか1つを無効にし破壊する。

「ライフを半分支払うことで、『激流葬』の発動を無効化させていただきます」
 あたりがパッと光ったかと思うと、大量の水のエフェクトは嘘だったかのように消え去っていく。『激流葬』の効果が無効化されたのだ!
「また、カウンター罠が発動されたので、わたしはデッキからカードを1枚ドローします」
 そして野坂さんは一方的に手札を強化。そして――
「バトルフェイズの続きです。先ほど攻撃宣言をした『豊穣のアルテミス』で攻撃続行です。1600ダメージです」
「うっ……」
 『豊穣のアルテミス』の放った光弾は、今度こそ獏良くんに命中する。
 とうとう1600ポイントのダメージを与えることに成功したのだ!

獏良
LP 1100
伏せカード

(モンスターカードなし)


豊穣のアルテミス
攻撃表示
攻撃力1600
守備力1700
霊滅術師 カイクウ
攻撃表示
攻撃力1800
守備力700
冥王竜ヴァンダルギオン
攻撃表示
攻撃力2800
守備力2500
伏せカード

伏せカード
(くず鉄のかかし)
野坂
LP 450

 これで獏良くんのライフは残り1100。
 野坂さんのフィールドには、まだ攻撃を行っていない『霊滅術師 カイクウ』や『冥王竜ヴァンダルギオン』が残っている! 大きなチャンスが続いている!
「いいぞー! この調子だ! がんばれぇー!」
 ぼくは野坂さんに声援を送る。
 騒象寺くんもクラスメイトのみんなも他の観客たちも、野坂さんに声援を送っている。
 あれだけ落ち込んでいた状況から、立て直して、立て直して、あと一歩のところまでやってきた。ゴール直前までやってきた。
 あと1回だ……。あと1回の攻撃で、このデュエルに決着がつく!
「引き続き、『霊滅術師 カイクウ』で攻撃します」
 野坂さんは、最後になるかもしれない攻撃宣言をする。
 『霊滅術師 カイクウ』は、数珠を構えてハッと威勢のいい掛け声を出す。
 攻撃力1800の直接攻撃が、獏良くんへと向けられる。
 だけど、獏良くんの瞳はまだ死んでいない!
「まだまだ行けるよ! ボクはここで『バトルフェーダー』の効果を発動!」

バトルフェーダー 闇 ★
【悪魔族・効果】
相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動する事ができる。
このカードを手札から特殊召喚し、バトルフェイズを終了する。
この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールド上から
離れた場合ゲームから除外される。
攻撃力0/守備力0

「手札にある『バトルフェーダー』の効果によって、このバトルフェイズを強制的に終了させる!」
 先鋒戦で騒象寺くんを苦しめた『バトルフェーダー』のカード……。手札から不意打ちで現れ、バトルフェイズを強制終了してしまう誘発即時効果を持ったモンスターカード……。そのカードが、獏良くんの手札にもあったのか!
 鐘状のモンスターがソリッドビジョン上に現れ、その鐘を鳴らす。
 あと一歩のところで、獏良くんに踏みとどまられてしまった……!
「ごめんなさい。その効果は使わせません」
 野坂さんが、きっぱりとした声でそう言った。
「わたしはカウンター罠『天罰』を発動します」

天罰
(カウンター罠カード)
手札を1枚捨てて発動する。
効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する。

 カウンター罠の応酬が止まらない!
 鐘を鳴らす『バトルフェーダー』に、雷が降り注ぐ!
「『天罰』によって、『バトルフェーダー』の効果は無効になり、破壊されます」

獏良
LP 1100
伏せカード

(モンスターカードなし)


豊穣のアルテミス
攻撃表示
攻撃力1600
守備力1700
霊滅術師 カイクウ
攻撃表示
攻撃力1800
守備力700
冥王竜ヴァンダルギオン
攻撃表示
攻撃力2800
守備力2500
伏せカード
(くず鉄のかかし)
野坂
LP 450

 『バトルフェーダー』は効果が発揮されないまま、手札から墓地へと送られた。
 野坂さんが『豊穣のアルテミス』の効果でデッキからカードをドローすると、それを合図にしたかのように、一時停止していた『霊滅術師 カイクウ』が再び動き出す。気合いとともに「滅」の文字が放たれ、それが一直線に獏良くんに向かっていく。
 ライフポイント1100の獏良くんに、攻撃力1800の『霊滅術師 カイクウ』の攻撃。
 攻撃宣言のタイミングは通過した。これ以上『バトルフェーダー』を持っていたって使えない。『次元幽閉』などが伏せてあっても使えない。
 行ける……! 行ける! 行けるぞーーっ!
「行けぇぇーーーっ!!」
 ぼくは力の限り叫ぶ。
「よっしゃああ!!」
「勝てる! 勝てるよ!」
「決まった!」
 クラスメイト達の声援、観客たちの歓声も重なって、勢いを増していく。
 今度こそ! 今度こそ勝てるか……!?

「……ボクの勝ちだ」
 獏良くんが、言った。

 その一言が、世界をひっくり返した。

「……っ」
 野坂さんの顔が、みるみる青ざめていくのが分かった。
 スローモーションのように、獏良くんの右手がデュエルディスクへと伸びていく。
「罠カード――『D.D.ダイナマイト』発動」

D.D.ダイナマイト
(罠カード)
相手が除外しているカードの数×300ポイントダメージを相手ライフに与える。

 相手が除外しているカードの数×300ポイントダメージを相手ライフに与える。
 獏良くんが発動したカード――それは、まさに爆弾だった。
「あ……ああ……っ」
 野坂さんが言葉にならない声を漏らす。

「キミが除外しているカードは10枚。『D.D.ダイナマイト』によって、3000ダメージを受けてもらうよ……」

 獏良くんが少し辛そうにして、そう言った。
 野坂さんの場には、伏せカードが1枚だけ残っている。だけどその1枚は、相手モンスターの攻撃を防ぐ『くず鉄のかかし』であることは、この場にいる誰もが分かっている。
 彼女の手札は、数こそは潤沢だけど、手札から罠を無効化できる『紫光の宣告者』や、手札からダメージ効果を無効化できる『ライフ・コーディネイター』のようなカードはない。そもそも、そういったカードは彼女のデッキには入っていない。
 場にも手札にも、『D.D.ダイナマイト』を防ぐ術は、存在しない。
 彼女には、この爆弾を止めることは、できない。
 野坂さんを中心に、ドンと音が鳴って爆発のエフェクトが表示される。
 しばらくするとまたドンと爆発音が鳴り、連鎖するようにドンドンドンと爆発のエフェクトが広がっていく。
 ソリッドビジョンに、野坂さんのライフポイントが表示される。
 残りわずか450ポイントのライフは、400、300、200、100と減っていき――

 そして、0ポイントになった。

獏良
LP 1100
D.D.ダイナマイト

(モンスターカードなし)


豊穣のアルテミス
攻撃表示
攻撃力1600
守備力1700
霊滅術師 カイクウ
攻撃表示
攻撃力1800
守備力700
冥王竜ヴァンダルギオン
攻撃表示
攻撃力2800
守備力2500
伏せカード
(くず鉄のかかし)
野坂
LP 0

 騒がしくなっていた歓声が、ぷっつりと途絶えた。
 爆発から発せられた砂ぼこりのエフェクトが、しつこいくらい長く続いていた。
 ぼくの周りだけ、時が止まってしまったんじゃないかと思った。
 誰かが時を止める魔法カードでも発動したんじゃないかと思った。
 でも――

「中堅戦の決着がつきました。勝者は獏良了選手です」

 砂ぼこりのエフェクトが残っていても、歓声が聞こえなくなっていても、マイク越しの副会長さんの声は聞こえてきた。
 時が止まったんじゃないか――そう思ったのも、ただの錯覚だった。
 長く続いていたように感じた砂ぼこりは、嘘のようにすうっと消え去っていく。
 そこに二人の姿が見える。
 それは、勝ったのにどこか辛そうな獏良くんと、がっくりとうなだれた野坂さんだった。
 ぼくは口を半開きにしたまま、二人から目が離せなくなる。
 しばらくの間、野坂さんは真下の地面に視線を落としていた。だけど、何かを思い出したかのように、機械的に顔を上げた。
「…………ありがとうございました……」
 それは、デュエル終了のあいさつだった。
 デュエルが終わった時にもあいさつをするのが、デュエルモンスターズでのマナーなのだ。
「あ、ありがとうございました……」
 獏良くんは驚いた様子であいさつを返す。
「あっ……」
 それから短く声を出して何かを言おうとして、そのまま黙ってしまった。
 その代わり、獏良くんは、ぼく達のいるほうに向き直って、両手を合わせて軽く頭を下げてきた。
 後は頼むよ――そう言っているような気がした。
 だから、ぼくは獏良くんに向かって、ゆっくりと頷いた。
 それを見た獏良くんはきびすを返し、遊戯くんと真崎さんが待っているところへと戻っていく。

「野坂さんっ!」

 呪縛が解けたかのように、ぼくは走り出していた。
 誰よりも早く、ぼくは彼女へと駆け寄った。
 ほんの数メートルほどの距離を、これ以上ないくらい全力で走った。
 彼女はうなだれていた。黄色のリボンが、また、不自然に天を向いていた。
「……っ」
 そして、またしても、瞳に涙を浮かべていた。
 いつこぼれてもおかしくないくらい、涙が溜まっていた。
 ぼくは何か気の利いた言葉をかけようとしたけど、口下手なぼくにはそんなものはうまく出てこない。
 だから、今の気持ちをひたすらに言葉に置き換えていく。
「がんばったよ! すごくがんばったよ! あんなデュエルができるなんて、やっぱり野坂さんはすごかったよ!」
「……ぁ」
 ぼくの言葉に反応して、野坂さんが顔を上げる。
 けれども。

「これで決勝戦の勝敗が決まりました。決勝戦の勝利チームは、2年B組第3チームです! おめでとうございます!」

 そこに突きつけられたのは、無常なる勝利宣言だった。
 0勝2敗。
 野坂さんが負けたことで、チームとしての敗北が決まってしまった。童実野高校デュエルモンスターズ大会が終わってしまった。
 残酷な事実が言葉となって、彼女に突き刺さる。
 彼女の瞳に浮かんでいた涙は、とうとう限界を超えてしまった。
「ああぁ……ぁぁ……っ」
 ひとしずく、ふたしずく……。一度流れ出た涙は、もう止まらない。
 図書室で見せた涙とも、デュエルの途中で見せた涙とも違う。悲しみ、悔しさ――そういったもので染められた涙が、次から次へとあふれ出てきた。
「ごめんなさい……。……うぅっ…………。ごめんなさい……ごめんなさいっ!」
 涙声で顔をくしゃくしゃにしながら、野坂さんはくり返し謝ってくる。
「こんなに……こんなに大事な試合だったのにっ! わたし……っ! 台無しにしちゃって……っ! うっ……ううっ」
 涙と一緒に、感情までもがあふれ出ていくようだった。
 野坂さんの声は、これまでにないくらい大きくて、そして、これまでにないくらい切なかった。
「勝てる勝負だったのにっ! それなのに、臆病になって、読み誤って、自滅してっ! ……ひどい試合だったよね? 見ていられない試合だったよね? ……ごめんなさい。ごめんなさい……っ! 負けちゃいけない大事な試合だったのに、負けちゃいけないって分かっていたのに、取り返しのつかないことたくさんしちゃった……。最後の最後で裏切るような真似しちゃったよぉぉっ!」
 ぶんぶんと顔を振りながら、きらきらと涙を散らす彼女……。
 黄色のリボンとさらさらの髪が、これ以上ないくらい乱暴に揺れて、ぼくの胸を締め付けていく……!
「そんなことはないよっ!!」
 気付けば、ぼくは野坂さんの肩を掴んでいた。
「野坂さんじゃなかったら、ぼく達はここまで来れなかった! ぼくも騒象寺くんも弱いまま、とっくに負けていたんだよ!」
「でもっ! でもっっ! それも、わたしひとりじゃできなかった……っ! 臆病なわたしじゃ大会どころかデュエルすらできなかった! 花咲さんにたくさんの勇気をもらえたから、だからっ!」
「そんなの! ぼくだって同じだよ! ぼくだって、野坂さんにたくさんの勇気をもらっていた! 『がんばりましょう』、『わたし負けません』――その言葉を聞くたびに、ぼくもがんばろうって思ってこれた! 劣勢でもあきらめずに自信を見せて、とてもすごいなって思った! 今のデュエルだって、『D.D.ダイナマイト』があるかもしれないって、気付いていたんだよね? でも攻撃のチャンスを失わないために、怯える様子なんて見せずに勇気を出したんだよね?」
「ううん……勇気なんかじゃないよ……。強がり……ただの強がりだよ……。花咲さんみたいになれたらいいなって、強がっていただけなんだよぉぉっ!」
 頭がかぁっと熱くなって、ちゃんとした思考ができる気がしない。
 それなのに彼女の一言一言は、漏れることなく、ぼくの胸に、頭に、刻み込まれていく。
「だから、勝ちたかったっ! こんなわたしのために、勇気を出してがんばってくれた花咲さんに、恩返しがしたかった! 絶対に大将戦に繋げたかった……っ! なのに……なのに!」
 目の前がぼやけて見えると思ったら、もらい泣きをしてしまったらしい。
 涙だらけの彼女の顔、後悔の気持ちだらけの彼女の言葉……。それらはぼくの中でひとつの答えを作り出していく。
 大丈夫……!
「大丈夫だよ! 野坂さん!」
 そう言って、ぼくは彼女の肩に置いた手を離した。
「え……?」
 彼女は、真っ赤に腫れた瞳をぼくのほうへ向ける。
 ぼくは、周囲を見渡して、副会長さんの姿を見つけると、彼のもとに駆け寄った。

「どうかお願いします! ぼくに大将戦をやらせてください! デュエルするだけで良いんです! これで終わりにしないください! これで童実野高校デュエルモンスターズ大会を終わりにしないでください! どうか……どうかっ!」

 必死になって頭を下げた。
 彼女はぼくのために強がって……いや、勇気を出してくれてくれた! ぼくに最後のバトンを渡すために、こんなにも本気になってくれた!
 だったら、その想いに応えなくちゃいけない! 彼女の想いを無下にしちゃいけない!
 きょとんとなる副会長さんを前に、ぼくは、頭を下げ続ける。
 どうか……! どうか、野坂さんのバトンを受け取らせてください! 彼女の想いを受け取らせてください!
 今のぼくには、こんなことしか、できないから! 彼女のためにできることは、こんなことしかないから!
「お願いします! お願いします! どうかお願いします!」
 お願いしますだけをくり返して、馬鹿の一つ覚えみたいにぼくは頭を下げ続ける。

「ワシからも頼む!」

 背後から低い声が聞こえてきた。
 その声の主は、ずかずかとこちらに歩いてぼくの隣に立つ。ひとつの影がぼくを覆った。
 それは、騒象寺くんだった。
 スター衣装でハチマキでリーゼントで、でも、サングラスだけは外して……。歯を食いしばっているように見えるほど、引き締まった顔でまっすぐに前を向いていた。
「この花咲に大将戦をさせてやってくれ! ワシが負けたばかりに、闘うことも許されないなんて、そんなことにはしないでくれ! 頼む! 頭ならいくらでも下げる。必要なら土下座だってする。だから、花咲に大将戦をさせてやってくれよぉぉ!」
 そう言って、騒象寺くんは本当に頭を下げた。
 信じられないくらい深く、深く深く頭を下げた。
 ぼくは、彼の言動にだらしなく口をぽかんと開けてしまったけど、驚いてる場合じゃないと自分に言い聞かせて「お願いします!」と再び頭を下げる。心強い仲間と一緒に、頭を下げる。
「え……でも……」
 副会長さんは、どうしたらいいものかとおろおろとしていた。

「あたし達からもお願いします! 花咲くんに大将戦をやらせてください!」
「リボンちゃんの気持ちを見捨てないであげてください!」

 さらに、声が聞こえてくる。
 それは、クラスメイトのみんなの声だった。
 女子の声には、涙の混じったものもあって、みんなとてもとても真剣だった。

「デュエル1回分くらい、やってくれたっていいだろ! 誰も困るわけじゃないだろ!」
「野坂さんを泣かせて終わりなんてあんまりじゃない? 泣かせるなら花咲くんにしよう! そうしようよ!」

 根津見くんと孤蔵乃くんも、ちょっと乱暴で意地悪だけど、ぼく達のために動いてくれていることがよく分かる。たくさん伝わってくる。
 たくさんの仲間たちが、ぼくや野坂さんのために頭を下げてくれている。一緒に泣いてくれている。
 ぼくは、胸が熱くなって、目頭も熱くなって、
「お願いします! お願いします!」
 何度も何度もお願いし続ける。受け入れられるまで何度も何度も、頭を下げ続ける。
 仲間がいてくれるおかげか、1時間だって2時間だって10時間だって、これを続ける自信があった。

「ボクからもお願いするよ!」

 今度は真正面から声が聞こえた。
 その声は、大将戦で闘うはずだった遊戯くんのものだった。
「これは、同情とかそういう気持ちじゃない。ただ、ボクは闘いたい……! 今の花咲くんと思いっきり闘いたいんだ! この日のために用意したデッキで、この日のために練習したプレイングで、花咲くんと、いや、花咲くんのチームと、もっと全力でぶつかってみたいんだ!」
 遊戯くんがまっすぐはっきりとした声でそう言うと、
「うん! 私も賛成! 大賛成っ! こんなに素晴らしいチームだから……うらやましいくらい仲間想いのチームだから……もっともっと見れたらいいって思う! もっと見ていたいの!」
 真崎さんもうんうんと頷いてくれて、
「ボクも大将戦をやってほしいです! こうなっちゃったのはボクのせいだけど、こんな辛いだけの終わりなんてやっぱり嫌だよ! 泣いてもいい。泣いてもいいけど、それ以上に笑って終わりたい!」
 獏良くんもそう言って深々と頭を下げてくれる。
 やがて、その様子を見ていた観客席の人から、「大将戦やってやれよ!」「泣かせるなよ!」と声が飛んでくる。
 その声は、少しずつ広がっていって、
「大将戦!」
「大将戦! 大将戦!」
「大将戦! 大将戦! 大将戦!」
 と、またたく間に大将戦コールができあがっていく。
 ぼくの隣には、頭を下げてくれている騒象寺くんがいる。
 ぼくの後ろにも、頭を下げてくれているクラスメイト達がいる。
 遊戯くんや獏良くんも真崎さんも、ぼく達を支持してくれた。
 観客たちからもたくさんの声が聞こえる。ちょっと離れたところで、城之内くんや御伽くんや本田くんが声を出してくれているのが見える。
 マイクがプチッと接続された音が聞こえる。

「ククク……! まさか茶番劇が始まるとはな! ククク……これは傑作だ! ワハハハハ! ワハハハハハーーーーーッ!」

 それは、海馬くんの声だった。
 彼は、容赦なく会場じゅうを笑い飛ばしていた。
「誰が大将戦をやらないと言った!? 観客が勘違いをしていたせいか? 副会長が誤解のある言い方をしたせいか? くだらん! その程度のことで振り回されるとは、まだまだデュエリストとしては凡骨! 城之内レベルだ!」
「なぜオレを引き合いに出すんだ海馬ぁぁ!」
 城之内くんが、むなしく叫んだ。
 海馬くんは無視して続ける。
「覚えておけ! デュエリストが対峙する時そこは戦場となる! そのデュエルを止めることなど、このオレにさえできぬことだ! 大将戦を行わない理由など微塵も存在しない!」
 そこで、会場にどおおおっと大きな歓声が沸く。
「遊戯、花咲。貴様らがここまで友情ごっこで勝ちあがってきたと言うのなら、その力を最大限引き出してみせよ! 貴様らの友情ごっこが、どこまでの可能性を引き出せるか、ここで見せてもらうぞ!」
 やたら上から目線で海馬くんは言う。
 まさかと思って上を見上げてみると、校舎の屋上に大げさなジェスチャーをしている人の姿が見えた。海馬くんは、言葉通り上から見下ろしていた……。
「大将戦は10分後に行う! その間に情けない泣き顔でも拭いておくんだな!」
 最後にそう言い捨てて、マイクのスイッチが切れる音がした。
 騒象寺くんが「よっしゃあ」と、おかしなガッツポーズをとった。
 根津見くんが小さな笑みを作って、孤蔵乃くんがヒヒヒと不気味に笑った。
 クラスメイトの女子たちが、涙を見せながら手を取り合って喜んでいる。
 遊戯くんは、こちらに向かってウィンクをしてくれる。
 そして、中野さんに支えられるようにして、野坂さんがぼくのことを見ている。
 彼女の瞳にはまた涙が溜まっていたけど、そこにあるのは、悔しさや悲しみだけじゃなかった。
 ぼくは、精一杯笑顔を作って言った。
「野坂さん! キミが渡してくれたバトンは、確かに、ぼくが受け取りましたよ!」
 それを聞くなり、野坂さんは涙を流しながら、でも――
「はいっ!」
 ――これまでにないくらい、魅力的な笑顔になったのだった。




第十五章 童実野高校デュエルモンスターズ大会 決勝戦・大将戦

 騒象寺くんは、不利な状況の中でもあきらめずに闘って、会場をとんでもなく盛り上げて、あと一歩で勝てるところまで持ち直して……でも、負けてしまった。
 野坂さんも、意外な戦術と声援に苦しめられながらも懸命に闘って、途中で涙を見せてしまっても、目を見張るプレイングでもう少しのところまで追い詰めて……でも、負けてしまった。
 0勝2敗。
 童実野高校デュエルモンスターズ大会決勝戦は、大将戦を迎えることなく、敗退が確定してしまった。
 それでも――

『だから、勝ちたかったっ! こんなわたしのために、勇気を出してがんばってくれた花咲さんに、恩返しがしたかった! 絶対に大将戦に繋げたかった……っ!』

 野坂さんは、チームのために涙を見せてくれた。
 普段のおとなしい彼女からは考えられないくらい大きな声を出して、その気持ちをぼくにぶつけてくれた。
 それは、彼女がこの大会に、とても本気になってくれたことの証だった。

『この花咲に大将戦をさせてやってくれ! ワシが負けたばかりに、闘うことも許されないなんて、そんなことにはしないでくれ! 頼む! 頭ならいくらでも下げる。必要なら土下座だってする。だから、花咲に大将戦をさせてやってくれよぉぉ!』

 騒象寺くんは、チームのために頭を下げてくれた。
 普段の傲慢な彼からは考えられないくらい深く深く頭を下げて、その気持ちをみんなにぶつけてくれた。
 それもまた、彼がこの大会に、とても本気になってくれたことの証だった。

 童実野高校デュエルモンスターズ大会。
 なんとかチームを組んで出場して、ギリギリで予選トーナメントを勝ち上がって、準々決勝どころか準決勝まで勝つことができた。今までのぼくでは考えられないくらいの快進撃。それだけでも、飛び上がってしまうくらいに嬉しいことだった。
 それでも、一人でいることに慣れすぎたためだろうか。二人がチームのためにこんなにも本気になってくれたことが、それ以上に嬉しかった。二人がいることを考えるだけで、体の中から温かいものが広がっていて、目頭が熱くなってしまうほどだった。
 しかも――

『あたし達からもお願いします! 花咲くんに大将戦をやらせてください!』
『デュエル1回分くらい、やってくれたっていいだろ! 誰も困るわけじゃないだろ!』

 ぼくにはクラスメイトのみんなもついてくれている。
 ぼく達のためにわざわざ日曜日にも学校に来てくれて、ぼく達のために練習につきあってくれて、ぼく達のために精一杯応援してくれる――そんな仲間が、チームメンバー以外にも16人もいてくれる。
 そのこともまた、ちょっと照れくさいけど、とても温かくて嬉しいことだった。
「時間になりましたので、大将戦を始めたいと思います」
 ざわめく会場の中、副会長さんが、ぼくと遊戯くんを交互に見ながらアナウンスした。
 ぼくの側には、騒象寺くんがいる。野坂さんがいる。二人の後ろには、クラスメイトのみんながいる。
 みんながいてくれなかったら、ぼくは大会に出られなかった。大会に出れたとしても、弱いデッキのまま予選トーナメントで負けていた。決勝トーナメントに出れたとしても、準決勝でぼくが負けた時点でチームとしても負けてしまっていた。準決勝を勝てたとしても、この大将戦を迎えることなく閉会式が始まってしまっていた。
 今、このデュエルを迎えることができたのは、みんなががんばってくれたおかげなんだ……!
 ありがとう、みんな! ここまで本気になってくれて、本当にありがとう!
 だから、見ていてください。
 この大将戦で、ぼくは必ず勝ちます! 最後の最後で遊戯くんに勝って、最高の恩返しをしてみせます!
 あたたかい気持ちは、次第に熱い気持ちに変わっていく。
「それじゃあみなさん、行ってきます!」
 ぼくはそう言って、みんなに背を向ける。
「おう! 負けんなよ! 遊戯の野郎なんてぶっ飛ばせ!」
 騒象寺くんの乱暴な声が、ぼくの背中をどんっと押してくれる。
「花咲、がんばれよ!」
「一矢報いてくれぇっ」
「応援してるぞー!」
 松澤くん、竹下くん、梅田くんのエールが、踏み出した足に力を与えてくれる。
「ここで負けたらかっこ悪いよなぁ花咲くぅん」
「ま、まあ、せいぜい頑張れよ……」
 孤蔵乃くんや根津見くんのぶっきらぼうな言葉が、ぼくの表情を明るいものにしてくれる。
「花咲くーん! がんばってっ!」
「リボンちゃんのためにも、負けないでーっ!」
 クラスの女子たちの言葉が、ぼくの疲労をすうっと取り払ってくれる。
「花咲さん、がんばってください……!」
 そして、野坂さんの小さな声が、ヒーローに劣らないくらいの勇気を届けてくれる。
 みんなの声援を受けながら、ぼくは一歩一歩前に進んでいく。
 0勝2敗。
 童実野高校デュエルモンスターズ大会決勝戦、敗退確定。
 だけど――いや、だからこそ、この最後の大将戦で負けるわけにはいかない。ここまで本気になってくれたみんなに、最高の勝ち星を届ける――それがぼくの最後の役目だと思うから!
 1000人規模の観客に囲まれたデュエルフィールドの中心。そこに、遊戯くんは立っていた。
 いつも通りの学生服に、いつも通りのデュエルディスク。彼は、ぼくと目が合うと、わずかに表情を緩めた。
 童実野高校デュエルモンスターズ大会、最後のデュエルが、始まろうとしていた……。

 磯野さんの指示に従い、デッキをカットアンドシャッフルし、先攻後攻を決め、デッキから5枚のカードを手札へと加える。
「デュエル、始まるね……」
 遊戯くんがぼそりと話しかけてきた。
「はい」
 ぼくは静かに頷いた。
 友達同士のはずなのに、息を呑むことも難しいくらい、ピリピリとした緊張感が走っていた。
「……花咲くん。こんなことを言うのは野暮だとは思うけど、一応、言っておくよ」
 遊戯くんが静かな声でそう告げた。
 彼が何を言おうとしているのか、なんとなく想像がついた。

「このデュエル、手加減なんてしない。全力で闘わせてもらうよ」

 まっすぐこちらに向けられた視線が、ぼくに突き刺さる。
 それは想像通りの言葉だったけれど、その威圧感だけはぼくの想像をひとまわり上回っていた。
「ボク達2年B組第3チームの優勝は、もう覆ることはない。ここで花咲くんに勝ちを譲ってあげたい――そんな気持ちがないわけじゃない。でも、ボクの仲間が苦労して手に入れた勝ち星を、こんな風に使うなんてことはできない」
 遊戯くんはデュエルディスクに視線を落とす。
「それに、ライフポイント1のハンデ……決勝戦のために用意したデッキにプレイング……。なにより、たくさんの仲間に支えられ、とても強くなった今の花咲くん……。こんなにも……こんなにもワクワクするデュエルが……! 準決勝で闘えた城之内くんがうらやましいって思えるくらいのデュエルが……! 今、ボクの目の前にあるんだよ!」
 遊戯くんは、ぱあっと笑顔になる。
 ただゲームを楽しみたい――そんな純真無垢な少年になっていた。
「だから、手加減なんてしない……いや、できない! ボクは全力でキミと闘いたいんだ!」
 遊戯くんの言葉に、ぼくはしっかりと頷いた。
「望むところです遊戯くん! このデュエル、ぼくはヒーロー達の力で必ず勝ちます! 全力でぶつかってきた遊戯くんに勝って、ヒーローは最後の最後で勝つことを見せてあげます!」
「ふふ……。もちろんボクだって、全力で闘ったって負ける気はないよ! ライフ1のハンデがあっても、負けるイメージがまるでわいて来ないほどに!」
 ぼく達の声は、デュエルディスクの拡声機能を経て、グラウンドじゅうに広がっていく。
 ぼく達に向けられる歓声が大きくなっていく。四方八方から観客たちのパワーが注ぎ込まれていく。
「それでは準備はよろしいですか?」
 会話の切れ目を見つけ、磯野さんが確認してくる。
「はい」
「うん、大丈夫」
 ぼくと遊戯くんはほぼ同時に返事をする。
 磯野さんの右手が伸びていく。

「決勝トーナメント決勝戦、大将戦――『花咲友也』対『武藤遊戯』。試合開始ィィィーーーー!」

遊戯
LP 1
(魔法・罠カードなし)
(モンスターカードなし)


(モンスターカードなし)
(魔法・罠カードなし)
花咲
LP 8000

 どおおっと歓声が巻き起こり、会場を駆け巡っていく。
「よし行け! 花咲!」
「花咲くんがんばってーーっ」
 クラスメイトからの声援も、しっかりとぼくの元へ届いてくる。
 胸が熱くなっている。ぼくの頭の中は、遊戯くんに勝つことで一杯だ。こんなにたくさんの観客に囲まれて、しかも決勝戦最後の試合だと言うのに、緊張して震えていることなんか全く考えられなかった。
「先攻はぼくからですね」
 そう言って、ぼくはデュエルディスクに手をかけた。遊戯くんが不敵に笑みを作る。
 さあ最後のデュエル! 行きますよ! 遊戯くん!

「ぼくのターン!」
 ぼくの先攻1ターン目。
「ドロー!」
 デッキからカードをドローし、すぐさま6枚になった初期手札を確認する。

ダーク・ヒーロー ゾンバイア 闇 ★★★★
【戦士族・効果】
このカードはプレイヤーに直接攻撃する事ができない。
このカードが戦闘でモンスターを1体破壊する度に、
このカードの攻撃力は200ポイントダウンする。
攻撃力2100/守備力500

オネスト 光 ★★★★
【天使族・効果】
自分のメインフェイズ時に、フィールド上に表側表示で
存在するこのカードを手札に戻す事ができる。
また、自分フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスターが
戦闘を行うダメージステップ時にこのカードを手札から墓地へ送る事で、
エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、
戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。
攻撃力1100/守備力1900

ミラクル・フュージョン
(魔法カード)
自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカードによって
決められたモンスターをゲームから除外し、「E・HERO」という
名のついた融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

ミラクル・フュージョン
(魔法カード)
自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカードによって
決められたモンスターをゲームから除外し、「E・HERO」という
名のついた融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

リビングデッドの呼び声
(永続罠カード)
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

スキルドレイン
(永続罠カード)
1000ライフポイントを払って発動する。
このカードがフィールド上に存在する限り、フィールド上に
表側表示で存在する効果モンスターの効果は無効化される。

 6枚のカードを左から順番に見ていって、顔を上げる。
 モンスターカードが少ないのがちょっと気になるけど、いい手札だ。
 『ミラクル・フュージョン』や『オネスト』など、切り札となるカードがたくさんあるのも嬉しいけど、『スキルドレイン』があることがなにより嬉しい。
 遊戯くんは、ガジェットモンスターを中心としたガジェットデッキだ。彼の使うガジェットモンスターは、攻撃力は低いものの、手札に他のガジェットモンスターを補充する厄介な効果を持っている。
 しかし、この『スキルドレイン』は、場の全てのモンスター効果を無効化してしまう永続罠。ガジェットモンスターの厄介な効果を無効化し、攻撃力が低いだけの弱小モンスターにすることができてしまうのだ。
 しかも、今回はそれだけじゃない。
 ぼくの手札にあるモンスターカード『ダーク・ヒーロー ゾンバイア』。このモンスターカードは、レベル4攻撃力2100を誇る代わりに、プレイヤーに直接攻撃できないなどのマイナス効果を持っている。ここで『スキルドレイン』を使えば、そのマイナス効果を無効化し、レベル4攻撃力2100モンスターとしてふんだんに活躍させることができる。
 遊戯くんのモンスターを弱体化し、ぼくのモンスターを強化する……。
 大きなチャンスが、いきなりやってきた……!
「ぼくは『ダーク・ヒーロー ゾンバイア』を攻撃表示で召喚します!」
 ソリッドビジョンに、ドクロの仮面をかぶった筋肉質のヒーローが現れ、右手のこぶしをぐっと握って決めポーズを作った。
 ああ、やっぱりいつ見てもかっこいい!
「さらにカードを2枚伏せますっ」
 ぼくは鼻息を荒くしたまま、2枚の伏せカードをセットする。

遊戯
LP 1
(魔法・罠カードなし)
(モンスターカードなし)


ダーク・ヒーロー ゾンバイア
攻撃表示
攻撃力2100
守備力500
伏せカード
(リビングデッドの呼び声)
伏せカード
(スキルドレイン)
花咲
LP 8000

 『スキルドレイン』を引き当てられたのはものすごく心強いし、『ダーク・ヒーロー ゾンバイア』はものすごぉぉぉくカッコいいけど、それに気をとられて油断するわけにはいけない。
 遊戯くんは、ライフこそはわずか1ポイントだけど、この大会では海馬くん以外には全勝している。ライフポイント1vsライフポイント8000――これだけのハンデを何度もひっくり返している。
 しかも――

『ボクは、サイドデッキを『準決勝』のために使っていない。『決勝戦』のためだけに用意してきたんだ!』

 遊戯くんのサイドデッキは、この決勝戦のためだけに用意されている。
 ぼく以外の対戦相手と当たった時のことも考慮されているはずだから、15枚全てのカードが入れ替わってはいないだろう。それでも、かなりの枚数のカードが、決勝戦向けにカスタマイズされているはずだ。
 ガジェットモンスターに対抗できる『スキルドレイン』を引けたからといって、それだけで勝てるほど甘い相手なんかじゃない。
 『スキルドレイン』を出すことを先読みして、『砂塵の大竜巻』のような魔法・罠を破壊できるカードをたくさん用意してきているかもしれない。獏良くんの時みたいにデッキタイプをがらりと変えて、ガジェットモンスター自体を使ってこなくなるかもしれない。
 ライフポイント1の遊戯くんが、とても高い壁に見えてくる。
 最後の最後、ここで勝利するためには、ぼくはこの壁を乗り越えなければいけないんだ!
「ターンエンドです!」
 強い調子でぼくは1ターン目先攻のターン終了を宣言する。
 さあ、どう来る!? 遊戯くん!

「ボクのターンだよ!」
 1ターン目後攻、遊戯くんのターン。
「ドロー!」
 彼は6枚になった手札をざっと見て、
「『イエロー・ガジェット』を攻撃表示で召喚だ!」
 と、ガジェットモンスターの召喚を行ってきた。

イエロー・ガジェット 地 ★★★★
【機械族・効果】
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
デッキから「グリーン・ガジェット」1体を手札に加える事ができる。
攻撃力1200/守備力1200

「召喚成功時に『イエロー・ガジェット』のモンスター効果を発動。デッキから『グリーン・ガジェット』を手札に加えることができる」
 遊戯くんがガジェットモンスターの効果発動を宣言する。
 良かった……! ガジェットモンスターを使ってきた!
 ちょっとだけ安心して、ぼくはデュエルディスクのボタンに手をかける。
「『イエロー・ガジェット』の効果にチェーンして、永続罠『スキルドレイン』を発動します!」

スキルドレイン
(永続罠カード)
1000ライフポイントを払って発動する。
このカードがフィールド上に存在する限り、フィールド上に
表側表示で存在する効果モンスターの効果は無効化される。

「1000ライフポイントを支払い、『イエロー・ガジェット』を含む全てのモンスター効果を無効化させていただきます!」
 ぼくの『スキルドレイン』が発動されると、遊戯くんは小さな笑みを作った。
「『スキルドレイン』……やっぱりそのカードを使ってきたね……」
 「やっぱり」――遊戯くんはそう言った。
 彼にとっては、ぼくが『スキルドレイン』を使ってくることは想定通りの出来事だったのだ。
「…………」
 『スキルドレイン』を使った側のぼくが、思わず顔をしかめてしまう。『サイクロン』でもチェーン発動されて、『スキルドレイン』が破壊されてしまうのだろうか?
「大丈夫。『サイクロン』とか、そう言ったカードは使わないよ。『イエロー・ガジェット』の効果は、ちゃんと無効化される」
「そ、そう……ですか……」
 ぼくの考えていることなんてお見通しと言わんばかりに、遊戯くんは強気の笑みを崩さない。
 彼は、手札からカード1枚をデュエルディスクの魔法&罠カードゾーンへとセットした。
「ボクはカードを1枚伏せて、ターンを終了するよ」

遊戯
LP 1
伏せカード

イエロー・ガジェット
攻撃表示
攻撃力1200
守備力1200


ダーク・ヒーロー ゾンバイア
攻撃表示
攻撃力2100
守備力500
伏せカード
(リビングデッドの呼び声)
スキルドレイン
永続罠
花咲
LP 7000

「ぼくのターン……」
 遊戯くんのライフは1ポイントしかないのに……、『スキルドレイン』も妨害されることなく発動できたのに……、ぼくのほうが不利になっている気がしてならない。
 根拠のない話だし、気のせいに違いない。それは分かっているのだけど、どうしても不安がつきまとってしまう。弱気になってしまう。遊戯くんの態度ひとつで、ここまで臆病になってしまうなんて情けない……。
「『スキルドレイン』来た! いいぞーっ!」
「このまま押し切れー!」
 松澤くんや中野さん――クラスメイト達の声援が聞こえてくる。
 あちこちを飛び交っている歓声の中に、ぼくに向けられた応援がきちんとあるのだと再認識させられる。
 ……うん! こんなところで弱気になっている場合じゃない! チームのみんなのためにも、クラスのみんなのためにも、無様な試合なんてできない!
 ぼくの中に現れていたもやもやとした不安が、風に流されるようにすうっと消え去っていく。
 さあ行きますよ! 遊戯くん! このターンで、1ダメージを与えてあげます!
「ドロー!」
 ぼくは勢いよくデッキからカードを引いた。
 そのカードをゆっくりと手元へと持ってくる。
 それは、『E・HERO アナザー・ネオス』――レベル4攻撃力1900の頼りあるモンスターカードだ。
 ここで『E・HERO アナザー・ネオス』を召喚すれば、『ダーク・ヒーロー ゾンバイア』と『E・HERO アナザー・ネオス』の2体で攻撃を仕掛けることができるだろう。
 でも、ここまでに積み上げた知識と経験が、「『E・HERO アナザー・ネオス』を召喚してはいけない」と言っている。
 遊戯くんの場には1枚の伏せカードがある。『聖なるバリア−ミラーフォース−』や『激流葬』など、全体除去を行う罠カードが待ち構えている危険は、決して小さくない。
 ぼくの手札にはモンスターカードが少ない……。遊戯くんの手札や場のカードはまだまだ潤沢……。なにより、小さな体に余裕たっぷりの笑顔が、強い自信を雄弁に物語っている……。
 ここは、慌てる場面なんかじゃない。
 だから、『E・HERO アナザー・ネオス』は召喚せず温存しよう! 罠カードの被害を最小限で食い止め、さっきのターンに伏せた『リビングデッドの呼び声』で追撃を仕掛けるんだ!
 ぼくは手札から目を離し、遊戯くんを見据える。
「メインフェイズ1でカードを使うことなく、バトルフェイズに入ります!」
 胸を張って、バトル開始を宣言する。
「『ダーク・ヒーロー ゾンバイア』で、『イエロー・ガジェット』へ攻撃します!」
 ぼくの攻撃宣言によって、憧れのヒーロー『ゾンバイア』が、颯爽と飛び上がり空中から蹴りを繰り出す。
 『ダーク・ヒーロー ゾンバイア』の攻撃力は2100。『イエロー・ガジェット』の攻撃力は1200。この攻撃が成功すれば、遊戯くんは900ダメージを受け、その時点でデュエルは終了する。
 けど、ぼくや遊戯くんはもちろん、この会場にいる誰もが、そんな結果になるなんて思っていない!
 遊戯くんは、デュエルディスクのボタンに手をかける。
「トラップカード発動! 『聖なるバリア−ミラーフォース−』!」

聖なるバリア−ミラーフォース−
(罠カード)
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。

 その罠カードが発動した時、ぼくは思わず笑みをこぼしてしまった。
 予想が当たった……! ぼくのプレイングは適切だった……!
 ぼくの『ダーク・ヒーロー ゾンバイア』は、光り輝くバリアに突っ込んで、消滅してしまう。
「けれどもその直後! 罠カードを発動させます!」
 今度はぼくがデュエルディスクのボタンに手をかける。
「『リビングデッドの呼び声』発動です!」

リビングデッドの呼び声
(永続罠カード)
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

「『リビングデッドの呼び声』によって、破壊されたばかりの『ダーク・ヒーロー ゾンバイア』が、即座に復活するのです!」
 会場がどよめいた。
「おおっ!」
「来た来た来た! 来たよ!」
「遊戯の場にもう伏せカードはない……いけるぞ花咲!」
 仲間たちの声もぼくへと届いてくる。

遊戯
LP 1
(魔法・罠カードなし)
イエロー・ガジェット
攻撃表示
攻撃力1200
守備力1200


ダーク・ヒーロー ゾンバイア
攻撃表示
攻撃力2100
守備力500
リビングデッドの呼び声
永続罠
スキルドレイン
永続罠
花咲
LP 7000

「復活した『ダーク・ヒーロー ゾンバイア』は、このバトルフェイズに攻撃できます! 『ゾンバイア』で、『イエロー・ガジェット』を攻撃します!」
 2度目の攻撃宣言。
 この攻撃が成功すれば、遊戯くんに900ダメージを与えることができる。わずか1のライフポイントを0にすることができる。
 今度は、遊戯くんの場には伏せカードはない。『聖なるバリア−ミラーフォース−』のようなカードを使われる心配はない。
 2ターン目先攻にして、最大のチャンスがやってきた!
 ぼくの攻撃宣言をきっかけに、『ダーク・ヒーロー ゾンバイア』は高く飛び上がり、『イエロー・ガジェット』に飛び蹴りをヒットさせる。それをまともに受けた『イエロー・ガジェット』は、ガシャアンと音を立てて破壊される。
 それから『ゾンバイア』は右足だけで着地し、そのまま体を回転させて左足で回し蹴りをを繰り出した! それは900ポイントの戦闘ダメージとなって、遊戯くんに襲い掛かる!
「ふふ……」
 しかし、遊戯くんは笑っていた。
 その笑みは、あきらめから来るものでは、決してなかった。
 遊戯くんは、手札のカード1枚をすっと墓地ゾーンへと送る。
「ボクは手札から『クリボー』のモンスター効果を発動!」

クリボー 闇 ★
【悪魔族・効果】
相手ターンの戦闘ダメージ計算時、このカードを手札から捨てて発動する。
その戦闘によって発生するコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。
攻撃力300/守備力200

 その瞬間、ポンッと『クリボー』が出現した。
 『ゾンバイア』の回し蹴りは『クリボー』に阻まれる。ポンポンポンと『クリボー』は爆発していき、『ゾンバイア』の攻撃が遊戯くんまで届くことはなかった。

遊戯
LP 1
(魔法・罠カードなし)
(モンスターカードなし)


ダーク・ヒーロー ゾンバイア
攻撃表示
攻撃力2100
守備力500
リビングデッドの呼び声
永続罠
スキルドレイン
永続罠
花咲
LP 7000

「ああぁぁ〜〜」
「いけると思ったのに……」
 いくつものため息が聞こえてくる。
 『ダーク・ヒーロー ゾンバイア』の2度目の攻撃は、『イエロー・ガジェット』こそは破壊できたものの、遊戯くんにダメージを与えることはできなかったのだ。
「……こんなに早く『クリボー』のカードを使わされちゃうなんてね」
 遊戯くんは笑顔を崩さずに言う。
 たった1ポイントなのに、その壁は、とても険しくてとても高い。
 それでも、届かない壁じゃない。
 『スキルドレイン』でガジェットの効果を無効化できた。『聖なるバリア−ミラーフォース−』の効果を最小限に食い止めた。切り札とも言える『クリボー』を使わせることができた。
 手札をたくさん確保する戦術だった遊戯くん。それなのに、今の手札は3枚だけ、しかもフィールドのカードは完全に空っぽ。
 ここまで積み上げてきた経験が、確実に生きている。
 目の前の壁が、思ったよりずっと低く見える。
 この調子だ……!
 この調子で、慌てず一歩一歩着実に進もう! そうすれば、必ずこの壁を乗り越えられる!
「ターンエンドです」
 ぼくはすうっと深呼吸をしてから、ターン終了を告げた。

「ボクのターン……」
 遊戯くんのターン。
 彼はすっとデッキからカードを引いて、それから、
「カードを伏せていくよ」
 そう言って、手札のカードを魔法&罠ゾーンに差し込んでいく。
 1枚伏せて、2枚伏せて、3枚伏せて、4枚伏せる……!

遊戯
LP 1
伏せカード

伏せカード

伏せカード

伏せカード

(モンスターカードなし)


ダーク・ヒーロー ゾンバイア
攻撃表示
攻撃力2100
守備力500
リビングデッドの呼び声
永続罠
スキルドレイン
永続罠
花咲
LP 7000

「……!」
 ぼくは目を見開いてしまう。
 遊戯くんは、4枚すべての手札を魔法&罠カードゾーンにセットしてしまったのだ!
 何を狙っていると言うのだろう? ただの苦し紛れなのだろうか? ぼくを強力な罠に陥れるつもりなのだろうか? それとも……!?
「ターンエンドだよ」
 遊戯くんはターンを終了する。
 ライフポイント1の壁が、また険しくなった気がした……。

「ぼくのターン……」
 ぼくは少しだけ弱気になって、ターン開始を宣言する。
 遊戯くんが4枚のカードを伏せた――それだけで、遊戯くんの猛反撃が始まる気がして、不安になってしまう。
「ひるむなぁぁ花咲ぃぃ!」
 騒象寺くんの声が耳に届いてくる。ぼくの不安はみるみるうちに霧散していく。臆病になっている場合じゃあない!
「ドローです!」
 ぼくは気を取り直し、デッキからカードを1枚ドローする。
 このターンに引き当てたカードは、『O−オーバーソウル』。通常モンスターのエレメンタルヒーローを墓地から特殊召喚できる魔法カードだった。
 この『O−オーバーソウル』を使えば、手札にある『E・HERO アナザー・ネオス』が墓地に送られても、それを復活させることができるだろう。
 だけど、遊戯くんの場には4枚もの伏せカードがある。『E・HERO アナザー・ネオス』を召喚しても、『奈落の落とし穴』でゲームから除外されてしまうかもしれない。それどころか、『激流葬』で『ダークヒーロー ゾンバイア』ごと倒されてしまうかもしれない。
 決して臆病ではいけない……。でも無謀であってもいけない……。
 応援してくれるみんなのために、精一杯のプレイングで応えるのがぼくの使命なんだ!
「このままバトルフェイズに入ります!」

遊戯
LP 1
伏せカード

伏せカード

伏せカード

伏せカード

(モンスターカードなし)


ダーク・ヒーロー ゾンバイア
攻撃表示
攻撃力2100
守備力500
リビングデッドの呼び声
永続罠
スキルドレイン
永続罠
花咲
LP 7000

 『スキルドレイン』があるおかげで、『ダーク・ヒーロー ゾンバイア』は相手プレイヤーに直接攻撃することができる。
「『ダーク・ヒーロー ゾンバイア』でプレイヤーに直接攻撃です!」
 ぼくは、追加でモンスターを召喚することなく、『ゾンバイア』だけで攻撃を仕掛ける。
 この攻撃で遊戯くんにダメージを与えられれば……! わずかな望みを抱いて、バトルの行方を見守る。
 『ゾンバイア』は、かっこいいポーズをキメて、遊戯くんに向かってダッシュする。
「罠カード発動!」
 けれども、わずかな望みは、はかなく砕け散る。

次元幽閉
(罠カード)
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
その攻撃モンスター1体をゲームから除外する。

 『次元幽閉』――攻撃宣言したモンスターをゲームから除外する罠カード。その罠カードが発動されてしまったのだ。攻撃宣言した『ゾンバイア』は除外されてしまう。
 やっぱり、この手の罠カードを伏せていた……!
 気落ちしたところに、遊戯くんの声がかかる。

「花咲くん、ここでクイックエフェクトを使うかい?」

 クイックエフェクト……?
 ああそうか、速攻魔法や罠を使うかどうか聞いているのか……。
「使わないけど……」
 反射的に答えてから、疑問に思う。
 遊戯くんは、このタイミングで優先権の確認をしてきた。それはどういう意図からだろうか?
 1枚のカードがぼくの脳裏をよぎる。まさか……!
「『非常食』でも使うんじゃ……」
 ぼくは呟くように言った。
 遊戯くんは「ふふっ」と含み笑いをした。
「半分はずれで半分あたり」
「え……?」
「じゃあ伏せカードをオープンさせるよ! ぼくは『次元幽閉』にチェーンして、『ゴブリンのやりくり上手』を発動する!」

ゴブリンのやりくり上手
(罠カード)
自分の墓地に存在する「ゴブリンのやりくり上手」の枚数+1枚を
自分のデッキからドローし、自分の手札を1枚選択してデッキの一番下に戻す。

「『ゴブリンのやりくり上手』……! そうか! 『非常食』とのコンボで、手札を入れ替えつつ、ライフポイントを回復するつもりだったんだ……」
 ぼくがそう言うと、遊戯くんはもう一度含み笑いをした。
「それも、半分はずれで半分あたり……」
「え……?」
「ボクは、もう1枚『ゴブリンのやりくり上手』を発動する!」

ゴブリンのやりくり上手
(罠カード)
自分の墓地に存在する「ゴブリンのやりくり上手」の枚数+1枚を
自分のデッキからドローし、自分の手札を1枚選択してデッキの一番下に戻す。

 2枚目の『ゴブリンのやりくり上手』……!
「それから、これら3枚の罠カードを墓地に送って、『非常食』をチェーン発動だ!」

非常食
(速攻魔法カード)
このカード以外の自分フィールド上に存在する魔法・罠カードを
任意の枚数墓地へ送って発動する。墓地へ送ったカード1枚につき、
自分は1000ライフポイント回復する。

 『次元幽閉』にチェーンして、『ゴブリンのやりくり上手』が発動されて。
 『ゴブリンのやりくり上手』にチェーンして、もう1枚の『ゴブリンのやりくり上手』が発動されて。
 『ゴブリンのやりくり上手』にチェーンして、『非常食』が発動されて!
 なんと言うことだろう!
 4枚の伏せカードすべてが、このターンに使われてしまった!
 ぼくがぽかんと口を開けている間にも、4枚のカード効果が処理されていく。後からチェーン発動されたカードから順番に、その効果が適用されていく。
 まずは、3枚の罠カードを墓地に送って発動した『非常食』によって、遊戯くんのライフポイントが3000ポイント回復。
 この時点で墓地に『ゴブリンのやりくり上手』が2枚ある状態になったため、『ゴブリンのやりくり上手』でドローできるカードは3枚。
 『ゴブリンのやりくり上手』の効果で、遊戯くんは3枚のカードをドローして、1枚をデッキの一番下に戻す。
 さらに、もう1枚の『ゴブリンのやりくり上手』の効果で、さらに3枚のカードをドローして、1枚をデッキの一番下に戻す……!
 そして、最後に、『次元幽閉』の効果が炸裂。ぼくの『ダーク・ヒーロー ゾンバイア』が次元の狭間に飛びこんで、ゲームから除外されてしまった!

遊戯
LP 3001
(魔法・罠カードなし)
(モンスターカードなし)


(モンスターカードなし)
リビングデッドの呼び声
永続罠
スキルドレイン
永続罠
花咲
LP 7000

 4枚の伏せカードは、連鎖反応を起こすように、コンボを成立させながら次々に効果を発動していき、ぼくのモンスターを除外するばかりか、ライフを3001ポイントまで回復して、ついでに手札まで増強してしまった。
 今の遊戯くんの手札は4枚。4枚分の伏せカードを使ったら、「当たりが出たのでもう一本」と言わんばかりに、手札の枚数が回復していた。
「ちょっと運が良すぎたかな」
 遊戯くんが嬉しそうに首をひねる。
 ライフ1の壁はライフ3001の壁になって――3001倍高く険しくなってぼくの前に立ちはだかる。
 弱気になってしまいそうになる。自信がなくなってしまいそうになる。このまま引き下がってしまいたくなる。
 それでも、みんなが届けてくれたこの大将戦。そんな無様な姿をみんなに見せるわけにはいかない。最後まで精一杯闘わなくちゃいけない。
「大丈夫です……」
 ぼくは伏せかけた顔を上げて、遊戯くんの目を見る。
「大丈夫です遊戯くん! 元々遊戯くんにはハンデがあったんです! これくらいでちょうどいいです!」
 そしてちょっと強がったことを言う。
 クラスメイトのみんなを中心に、歓声が聞こえてくる。その声がぼくを支えてくれる。まだまだいけると実感する。
「ぼくは『E・HERO アナザー・ネオス』を召喚して、ターンエンドです!」
 それから、メインフェイズ2でモンスターを補充して、ターン終了を宣言した。

遊戯
LP 3001
(魔法・罠カードなし)
(モンスターカードなし)


E・HERO アナザー・ネオス
攻撃表示
攻撃力1900
守備力1300
リビングデッドの呼び声
永続罠
スキルドレイン
永続罠
花咲
LP 7000

「ボクのターンだよ! ドロー!」
 遊戯くんのターン。
 彼はカードをドローすると、5枚になった手札の1枚をデュエルディスクに出してくる。
「まずは『大嵐』を発動!」

大嵐
(魔法カード)
フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て破壊する。

 カード名の通り、大嵐のエフェクトが巻き起こり、ぼくの罠カードを破壊していく。
「キミの『スキルドレイン』は破壊された。これで、無効化されていたモンスターカードの効果が使えるようになる!」
 その言葉の意味するところを、ぼくはきっと正確にとらえていた。
 ガジェットモンスターを出し、モンスター除去魔法を使い、がら空きになったところにガジェットモンスターで攻撃してくる――遊戯くんの反撃が始まろうとしているのだ!
 遊戯くんは手札のカードをデュエルディスクへと出していく。
「『グリーン・ガジェット』を召喚! その効果によって『レッド・ガジェット』を手札に加える!」
「さらに、魔法カード『ハンマー・シュート』発動! 花咲くんの『E・HERO アナザー・ネオス』を破壊する!」
「そして、バトルフェイズ!」

遊戯
LP 3001
(魔法・罠カードなし)
グリーン・ガジェット
攻撃表示
攻撃力1400
守備力600


(モンスターカードなし)
(魔法・罠カードなし)
花咲
LP 7000

「『グリーン・ガジェット』で花咲くんに直接攻撃するよ!」
 本当にガジェットモンスターが出され、本当にぼくのモンスターが破壊され、本当に遊戯くんの『グリーン・ガジェット』がぼくに襲い掛かる!
 フィールドに何のカードも出されていないぼくは、成す術なくその攻撃を受けてしまう。ぼくのライフポイントは7000から5600へ。少しずつ遊戯くんとのライフ差が縮まっていく。
「カードを1枚伏せてターンエンドだよ!」
 遊戯くんはターン終了を宣言する。

「ぼくのターン……」
 再び弱気になりそうな自分を振り払うかのようにして、
「ドロー!」
 カードをドローする。

E−エマージェンシーコール
(魔法カード)
自分のデッキから「E・HERO」と名のついたモンスター1体を
手札に加える。

 ここでドローしたカードは、『E−エマージェンシーコール』。
 自分のデッキから「E・HERO」と名のついたモンスター1体を手札に加える――そんなシンプルな効果が、ぼくに勇気と知恵を与えてくれる。
 『E・HERO エアーマン』のカードが、ぼくの頭の中に浮かんでくる。このカードを使えばもしや……!
 もう一度、手札、場、墓地のカードを見直してみる。
 ぼくの墓地には『E・HERO アナザー・ネオス』がある。ぼくの手札には『O−オーバーソウル』がある。『オネスト』がある。いざと言う時の保険に『ミラクル・フュージョン』も使える。それに対して、遊戯くんの伏せカードは1枚、遊戯くんの手札は2枚……。
 これは行けるんじゃないのか? 行くべきじゃないのか? そんな自信が沸いてくる。
 その自信を抑え込むように、本当に行っていいのか? 何か見逃している点があるんじゃないのか? そんな風に理性が働いている。
 行くべきか――? それとも待つべきか――? あらゆるケースを考えた上で、ぼくなりに結論を導き出していく。
 ぼくは顔を上げる。
「……来るかい?」
 ぼくの雰囲気を察知したのか、遊戯くんが聞いてくる。
「はい! 行かせてもらいます!」
 行くべきだ。ここは勝負を仕掛けるべきだ――そう判断したぼくは、大きく頷いてみせた。
 それから、手札の魔法カードをデュエルディスクへと出していく。
「『O−オーバーソウル』発動! 墓地にある『E・HERO アナザー・ネオス』を特殊召喚します! 攻撃表示です!」

遊戯
LP 3001
伏せカード

グリーン・ガジェット
攻撃表示
攻撃力1400
守備力600


E・HERO アナザー・ネオス
攻撃表示
攻撃力1900
守備力1300
(魔法・罠カードなし)
花咲
LP 5600

 まずは、倒されたばかりの『E・HERO アナザー・ネオス』を復活。
 『アナザー・ネオス』は、ぼくと同じくらい小さな体にもかかわらず、腰に手を当てて、堂々としている。
「続いて『E−エマージェンシーコール』発動! デッキから『E・HERO エアーマン』を手札に加え、すぐに召喚します!」

遊戯
LP 3001
伏せカード

グリーン・ガジェット
攻撃表示
攻撃力1400
守備力600


E・HERO アナザー・ネオス
攻撃表示
攻撃力1900
守備力1300
E・HERO エアーマン
攻撃表示
攻撃力1800
守備力200
(魔法・罠カードなし)
花咲
LP 5600

 次に場に出したのは、『E・HERO エアーマン』。『E−エマージェンシーコール』を使い、デッキからサーチした上で通常召喚したのだ。
 今、ぼくのフィールド上にいるモンスターは、攻撃力1900の『アナザー・ネオス』と、攻撃力1800の『エアーマン』の計2体。ここで手札にある『オネスト』の効果を組み合わせれば、このターンで遊戯くんに3700ポイントのダメージを与えることができる。
 しかも……!
「『E・HERO エアーマン』には効果があります!」

E・HERO エアーマン 風 ★★★★
【戦士族・効果】
このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、次の効果から1つを選択して
発動する事ができる。
●自分フィールド上に存在するこのカード以外の「HERO」と名のついた
モンスターの数まで、フィールド上に存在する魔法または罠カードを破壊
する事ができる。
●自分のデッキから「HERO」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
攻撃力1800/守備力300

「召喚成功時に、このカード以外のHEROの数だけ、魔法・罠カードを破壊することができます!」
 遊戯くんの場には、1枚の伏せカードがある。
「遊戯くん! その伏せカードを破壊させていただきます!」
 『E・HERO エアーマン』は風を巻き起こして、遊戯くんの伏せカードを破壊していく。
 突風と同時に歓声も巻き起こる。
「これはチャンスだよ!」
「行けるぞ! 行けるぞ花咲!」
 遊戯くんの伏せカード――これが何事もなく破壊できれば、これとない好機が訪れる。今度こそ遊戯くんのライフを0にすることができる、大チャンスが……!
 ぼくの視線は遊戯くんの右手に向けられる。
 どくんどくんと、ぼくの心音が高まっていく。
 ここで、伏せカードをチェーン発動しないでくれれば……! 遊戯くんの右手が動かないでくれれば……!
 『E・HERO エアーマン』が巻き起こした風の中、スローモーションの映像のように、遊戯くんの右手が…………動きだす……!

「伏せカードをオープンにさせてもらうよ」
 遊戯くんは、あたかも当然のことのように宣言した。

 ぼくの期待をよそに、遊戯くんの伏せカードはチェーン発動可能なものだった。破壊する前にその効果を使われてしまうのだ……。
「ボクは手札を1枚捨てて、伏せカードをチェーン発動する」
 遊戯くんは、2枚しか残っていない手札のうち、1枚を墓地ゾーンへと送る。
 彼が発動した伏せカードは、発動コストとして手札を1枚捨てなければならないのだ。
 ぼくの心音が、嫌な方向にどくんどくんと高鳴っていく。
 手札を1枚捨てて発動するカード……。『あのカード』のイラストがぼくの頭に思い浮かぶ。
 それはとても頼りあるカードなのに、とても恐ろしいカードで……!
 遊戯くんは、『そのカード』をサイドデッキから投入してきているのだろうか!? しかもこのタイミングで引き当てているのだろうか!?
 伏せカードの名前が告げられる。
「『超融合』発動!」

超融合
(速攻魔法カード)
手札を1枚捨てる。自分または相手フィールド上から
融合モンスターカードによって決められたモンスターを墓地へ送り、
その融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
このカードの発動に対して、魔法・罠・効果モンスターの効果を
発動する事はできない。(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

「……っ!」
 嫌な予想が、当たってしまった!
 遊戯くんの伏せカードは1枚、遊戯くんの手札は2枚――あらゆる想定の中で、最悪とも言っていいケースが現実のものになってしまった!
 これほど敵に使われたくないカードが、ぼくの前に姿を現してしまった!
「『E・HERO エアーマン』と、『E・HERO アナザー・ネオス』を融合して――」
 『超融合』。
 相手の場のモンスターを融合素材にして、自分の場に融合モンスターを特殊召喚できる速攻魔法カード。
 この『超融合』によって、ぼくのフィールドに存在している『E・HERO エアーマン』と『E・HERO アナザー・ネオス』はいなくなり、代わりに、遊戯くんの場に強力な融合モンスターが現れる……!
「ボクの場に『E・HERO The シャイニング』を融合召喚!」

遊戯
LP 3001
(魔法・罠カードなし)
グリーン・ガジェット
攻撃表示
攻撃力1400
守備力600
E・HERO The シャイニング
攻撃表示
攻撃力2600
守備力2100


(モンスターカードなし)
(魔法・罠カードなし)
花咲
LP 5600

 ぼくの場からモンスターカードが消え、その上、強力な味方だったはずの『E・HERO The シャイニング』がぼくの前に立ちはだかる。
 『E・HERO The シャイニング』は、「E・HERO」と名のついたモンスターと、光属性モンスターとを素材とする融合モンスター。その融合素材の柔軟さゆえに、『超融合』との相性が高い点が特徴だ。
 でも、『超融合』との相性の良さは、ぼくが使う場合に限ったことじゃない。対戦相手が『超融合』を使う場合だって、同じことが言えてしまう。
 『超融合』は、ヒーローデッキにとって頼りあるカードであると同時に、ヒーローデッキへの対策としても強力なパワーを発揮してしまうカードなのだ!
 会場がどよめきと歓声に包まれる。

『ボクは、サイドデッキを『準決勝』のために使っていない。『決勝戦』のためだけに用意してきたんだ!』

 遊戯くんの言葉が、現実のものとなってぼくに襲い掛かる。
 通常の大会では、対戦相手への対策のために『超融合』を使うことなんて滅多にない。なぜなら、『超融合』はヒーローデッキ以外には対策カードとして役に立たず、15枚のサイドデッキのスペースを無駄にとってしまうからだ。普通ならば、『スキルドレイン』や『D.D.クロウ』など、幅広いデッキに対策できるカードを用意してくるものなのだ。
 でも、ここは童実野高校デュエルモンスターズ大会。決勝トーナメントで対戦相手が予想できてしまうからこそ、ピンポイントで『超融合』を入れてくるなんて芸当ができるのだ!
「…………」
 頭では分かっていたのに、実際にやられてしまうと相当きつい。
 味方のはずの『E・HERO The シャイニング』が相手の場に現れたことも相まって、精神的にもクリーンヒットしてしまう。
「花咲くん! 負けないで! まだまだいけるよ!」
「ファイトッ! ファイトッ!」
 クラスメイトの女子たちの声が聞こえてくる。
 ええ、大丈夫……まだ大丈夫ですよ、みなさん……!
 野坂さんのおかげで、『超融合』が使われる可能性があることは、分かっていました。
 悪いケースではあるけれども、想定していなかったわけじゃありません。こんな状況になっても、打つ手はキッチリと用意してあるんです!
 ぼくは残り3枚の手札を見る。
 『オネスト』、『ミラクル・フュージョン』、『ミラクル・フュージョン』。
 『超融合』によって、ぼくの『E・HERO エアーマン』と『E・HERO アナザー・ネオス』は、融合素材となってぼくの墓地へと送られてしまった。
 だったら、墓地からの融合を行える『ミラクル・フュージョン』を使えばいい!

ミラクル・フュージョン
(魔法カード)
自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカードによって
決められたモンスターをゲームから除外し、「E・HERO」という
名のついた融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

 この『ミラクル・フュージョン』を使えば、ぼくだって『E・HERO The シャイニング』を融合召喚することができる!
 しかも、『ミラクル・フュージョン』では融合素材モンスターを「除外」するため、『E・HERO The シャイニング』のモンスター効果の恩恵を受けることもできる。

E・HERO The シャイニング 光 ★★★★★★★★
【戦士族・効果】
「E・HERO」と名のついたモンスター+光属性モンスター
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードの攻撃力は、ゲームから除外されている
自分の「E・HERO」と名のついたモンスターの数×300ポイントアップする。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
ゲームから除外されている自分の「E・HERO」と名のついた
モンスターを2体まで選択し、手札に加える事ができる。
攻撃力2600/守備力2100

 『E・HERO The シャイニング』のモンスター効果のひとつは、自分のエレメンタルヒーローが除外されればされるほど、その攻撃力をアップさせると言うもの。
 『ミラクル・フュージョン』を使うことによって、ぼくの『E・HERO The シャイニング』は、攻撃力アップ効果の恩恵を受けて、攻撃力3200となるだろう。遊戯くんの『E・HERO The シャイニング』の攻撃力2600を上回ることができるのだ。
 その上、ぼくの手札には、光属性モンスターの攻撃力を大幅にアップさせる『オネスト』のカードがある。これによって、このターンのうちに遊戯くんに3200ポイントの戦闘ダメージを与えることだってできる。
 『超融合』を使った今、遊戯くんの場には伏せカードはなく、手札も1枚しかない。
 遊戯くんに『超融合』を使われた状況からでも、『ミラクル・フュージョン』で十分に取り返せる……。後ろ盾があるからこそ、ぼくは、このターンで攻めるべきだと判断したのだ!
「行きますよ遊戯くん! まだぼくの攻め手は終わっていません!」
 ぼくは力強く宣言する。観客やクラスメイトから「おおっ」と言う声がいくつか聞こえてくる。
「『ミラクル・フュージョン』発動! 墓地のモンスター同士を融合します!」
 『ミラクル・フュージョン』――そのカード名を聞いて、歓声がひときわ大きなものになっていく。
「来たんじゃね? 来たんじゃね!? 来たよね!?」
「ああ……分かったから揺らすな揺らすな!」
 興奮した孤蔵乃くんと根津見くんのやり取りが、ぼくの耳に心地よく届いてくる。
 ぼくの墓地ゾーンが光る演出がなされ、『ミラクル・フュージョン』の効果が発動しようとしている、その時――
「こっちのカードを残しておいて正解だったよ……」
 遊戯くんはニヤっと笑った。
 まるで、この展開を待ち望んでいたかのように、不敵に笑みを作ってくる。
 遊戯くんの場には伏せカードはない。手札は1枚しかない。この状態から何ができると言うのだろうか?
 いや、違う……! 残っているじゃないか! 『手札が1枚』! 残っているじゃないか!
「遊戯くん、その1枚の手札って……」
「『レッド・ガジェット』じゃないよ。『レッド・ガジェット』は『超融合』のコストとして墓地に捨ててしまったからね……」
 『超融合』を発動してきた時、遊戯くんは2枚あった手札から、1枚を捨て、もう1枚を手元に残した。
 ガジェットモンスターが主軸のデッキなのに、遊戯くんはガジェットモンスターを捨ててしまった。そうしてまで、『もう1枚の手札』を残してきた。
 『もう1枚の手札』の正体が、ぼくの頭の中に浮かんでくる。もやもやとした嫌な予感が、再び形になっていく。
「ボクは『ミラクル・フュージョン』の発動にチェーンし、手札から『D.D.クロウ』を発動!」
「……うっ!」

D.D.クロウ 闇 ★
【鳥獣族・効果】
このカードを手札から墓地に捨てる。
相手の墓地に存在するカード1枚をゲームから除外する。
この効果は相手ターンでも発動する事ができる。
攻撃力100/守備力100

 1枚だけ残っていた遊戯くんの手札が、ぼくに絶望を与えた。
 遊戯くんはぼくの切り札『ミラクル・フュージョン』を先読みし、ガジェットモンスターを切らすこと覚悟で、その切り札を封じに来たのだ!
「『E・HERO アナザー・ネオス』を除外させてもらうよ!」
 『D.D.クロウ』は手札から墓地に捨てることで、罠カードのようなタイミングで発動することができる、誘発即時効果を持っている。
 その効果によって、ぼくの墓地にいた『E・HERO アナザー・ネオス』は除外。
 これで、ぼくの墓地に残っているモンスターは、『E・HERO エアーマン』だけになってしまった。モンスター1体だけの状態では、融合召喚なんて成立できっこない。
 ぼくの『ミラクル・フュージョン』は、不発に終わってしまったのだ……。

遊戯
LP 3001
(魔法・罠カードなし)
グリーン・ガジェット
攻撃表示
攻撃力1400
守備力600
E・HERO The シャイニング
攻撃表示
攻撃力2600
守備力2100


(モンスターカードなし)
(魔法・罠カードなし)
花咲
LP 5600

 『超融合』だけじゃなかった。『D.D.クロウ』まで待ち構えていた。
 一撃をもらうことは覚悟していたのに、もう一撃までもらってしまって、踏みとどまっていたはずの崖から転がり落ちてしまった。
 今のぼくの手札は、『オネスト』と、もう1枚の『ミラクル・フュージョン』だけ。
 『オネスト』は、攻撃力アップする対象がおらず、その効果を使うことはできない。このターンでの通常召喚は終わってしまったため、壁モンスターとして出すこともできない。
 もう1枚の『ミラクル・フュージョン』も同様に、墓地に『E・HERO エアーマン』1体しか存在しないため、発動することはできない。
 このターンにできることは、もう何もない……。
「ターンエンド……」
 ぼくはターン終了を宣言せざるを得なかった。

「ボクのターンだ!」
 遊戯くんの場には、攻撃力1400の『グリーン・ガジェット』と、攻撃力2600の『E・HERO The シャイニング』がいる。
 ぼくの場に何のカードも出されていない以上、この2体のモンスターの直接攻撃で合計4000ポイントのダメージを受けてしまうことは、どうしても避けられそうにない。
 それどころか、追加でモンスターを召喚されてしまえば、さらにダメージが増えてしまう。5600ポイント残っているぼくのライフポイントが、0になってしまうかもしれない。
 ぼくの敗北は、遊戯くんの射程圏内に入ってしまった。
 不幸中の幸いなのは、現在、遊戯くんの手札が0枚であること。このドローフェイズにドローするカードが、モンスターカード「以外」であれば、追加でモンスターが召喚されることはなく、ぼくのライフが0になることもない。
 遊戯くんの右手がデッキの一番上のカードに触れる。
「ドロー!」
 そのカードが遊戯くんの手札へと加えられる。
 1枚の手札――それがモンスターカードだったら、ぼくは敗北してしまうかもしれない……!
 遊戯くんは、小さく笑みを作る。
「…………!」
 ぼくの心臓がドクンと跳ね上がる。
「バトルフェイズ!」
 けれど、その直後、遊戯くんはバトル開始を宣言した。
 どうやら、遊戯くんがドローしたカードは、モンスターカードではなかったらしい。ぼくは遊戯くんの笑みに、過剰に反応してしまっただけだったのだ。

遊戯
LP 3001
(魔法・罠カードなし)
グリーン・ガジェット
攻撃表示
攻撃力1400
守備力600
E・HERO The シャイニング
攻撃表示
攻撃力2600
守備力2100


(モンスターカードなし)
(魔法・罠カードなし)
花咲
LP 5600

 何とか命をつなぎとめた状況……。
 でも、今の危機的状況が良くなったわけじゃない。
「『グリーン・ガジェット』で直接攻撃!」
 モンスターカードを失ったぼくは、遊戯くんの攻撃を裸一貫で受け止めなければならない。
 遊戯くんの攻撃宣言を受けて、『グリーン・ガジェット』が歯車を回しながらぼくへ体当たりしてくる。その攻撃をもろに受けてしまい、ぼくのライフポイントは、5600から4200へと減ってしまう。
「続いて『E・HERO The シャイニング』で直接攻撃!」
 『E・HERO The シャイニング』は両腕を広げ、まばゆいばかりの光のエフェクトを発した。それがぼくへと向かってくる。
 攻撃力2600の直接攻撃。ぼくは、光の攻撃が迫ってくるのを見ていることしかできない。ぼくのライフポイントは、4200から1600へ……。
「おいっ! 逆転したぞっ!」
「遊戯のライフが、花咲のライフを上回った!」
「おおっ! すごい……!」
 会場から感嘆の声が聞こえてくる。
 遊戯くんのライフポイントは3001。ぼくのライフポイントは1600。
 あれだけのハンデキャップがあったのに、じわりじわりと差をつけられていき、とうとう逆転を許してしまった!
 ライフポイント1vsライフポイント8000――これだけのハンデを何度もひっくり返してきた遊戯くん。運がいいだけじゃない。デッキ構築からプレイングまで、あらゆる面でぼくを上回っていている!
 もはやぼくにアドバンテージなんかない。ぼくは遊戯くんに抜かれてしまった。
 ぼくがこのデュエルに勝つためには、この状態から遊戯くんを抜き返さなければならないのだ……。
「ターンエンドだよ!」
 遊戯くんのターンが終了する。

「ぼくのターン……」
 1ポイントの壁は3001ポイントの壁に姿を変え、さらにぼくは後方の崖から転落してしまった。
 遊戯くんは、この試合のためにバッチリ対策を行っていて、デュエルキングのプレイングスキルまで兼ね備えている。
 もう無理なんじゃないか? ここから逆転なんかできないんじゃないか? そんな不安が次から次へと押し寄せてくる。
「花咲! がんばれっ!」
「まだ行けるって! あきらめないで!」
 でも、クラスメイト達の声が、ぼくの背中を支えてくれる。くじけそうで、ひざを着いてしまいそうな、そんなぼくに手を差し伸べてくれる。
 そうだ……まだだ……。まだ、負けたわけじゃない!
 今のぼくの手札は、『オネスト』と『ミラクル・フュージョン』の2枚。
 このままでは静かに敗北を待つことしかできないけれども、ドローフェイズはまだ終わっていない! このターンのドローカードによっては、逆転はできるはずなんだ!
 ぼくはデッキに手をかける。
「ドロー!」
 勢いよく宣言して、勢いよくカードを手元へと持ってくる。
 このドローカードが、きっと今の状況を打ち破ってくれる。そう信じて……!

デュアルスパーク
(速攻魔法カード)
自分フィールド上に表側表示で存在する
レベル4のデュアルモンスター1体をリリースし、
フィールド上に存在するカード1枚を選択して発動する。
選択したカードを破壊し、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 そのドローカードを見た時、ぼくは愕然とした。
 『E・HERO アナザー・ネオス』が必要な『デュアルスパーク』を引いてしまった……! 場にも手札にも『E・HERO アナザー・ネオス』がいないのに、『E・HERO アナザー・ネオス』が必要な『デュアルスパーク』を引いてしまった! 今の状況では、この『デュアルスパーク』は発動すらできない!
 そ、そんな……そんなことは……!
 すがるような思いで、3枚の手札をもう一度見直す。
 『オネスト』は、対象となるモンスターがいないため効果を使えない。『ミラクル・フュージョン』は、墓地に融合素材モンスターが揃っていないため使えない。『デュアルスパーク』は、『E・HERO アナザー・ネオス』がいないため使えない。
 そして、ぼくのフィールドには、1枚のカードも出ていない。
 今度こそ、絶望がぼくを包み込む。
 頼みのドローカードは、ぼくを救ってはくれなかった……!
 この状況を逆転する術はない。今のぼくにできることと言ったら、『オネスト』を裏側守備表示で出して、1ターンでも長く生き延びることくらいしかない。しかもその場合でも、遊戯くんが追加でモンスターを出してしまえば、その時点でぼくの敗北が決してしまう。
 転落した崖――その上から、巨大な岩が転がり落ちてくる。ぼくは成す術なく、転がり落ちる岩を見ていることしかできない。
 敗北が目の前にまで迫ってきていた。今度こそ、本当にひざを着いてしまいそうになる。くじけてしまいそうになる。

「花咲ぃぃぃ!!」
 一段と大きな声が聞こえた。

 声の大きさに驚いて、ぼくはその方向を見る。
 周囲の人たちも驚いて、その声の主を見る。
 何人かの視線が集まった先には、スター衣装でハチマキでリーゼントの、騒象寺くんが立っていた。
「花咲! 負けんじゃねえよ! たとえ負けそうでも負けんじゃねえよ! お前、このワシを差し置いて大将やってるんだろ! だったらこのワシより堂々として見せろよ花咲ぃぃぃ!!」
 声量を落とすことなく、騒象寺くんはぼくへと言葉をぶつけてくる。
 その声がぼくの闘志を何とかつなぎとめてくれる。
 相変わらず乱暴で、相変わらず無茶苦茶なことを言っているのに、胸が熱くなっていく。力が溢れてくる。
 騒象寺くんは、どんなに追い詰められても、それどころか敗北が決定しても、強気の態度を崩さなかった。
 先鋒の騒象寺くんがそうだったんだから、大将のぼくが落ち込んでいるわけにはいかない!
 倒れかけたぼくの心を力強く支えてくれる。
 ぼくは親指をぐっと立てて、遊戯くんに向き直る。そして、
「フフフ……」
 と、わざとらしく笑ってみせた。
 不思議だ……。
 たったこれだけのことで、本当に自信が湧いてくる……。ぼくに向けられた歓声がとても心地よく感じる……。
 穏やかな気持ちで、もう一度手札を見る。

オネスト 光 ★★★★
【天使族・効果】
自分のメインフェイズ時に、フィールド上に表側表示で
存在するこのカードを手札に戻す事ができる。
また、自分フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスターが
戦闘を行うダメージステップ時にこのカードを手札から墓地へ送る事で、
エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、
戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。
攻撃力1100/守備力1900

ミラクル・フュージョン
(魔法カード)
自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカードによって
決められたモンスターをゲームから除外し、「E・HERO」という
名のついた融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

デュアルスパーク
(速攻魔法カード)
自分フィールド上に表側表示で存在する
レベル4のデュアルモンスター1体をリリースし、
フィールド上に存在するカード1枚を選択して発動する。
選択したカードを破壊し、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 絶望の底に、大きな希望がきらりと光っているのを見つけた。
 『オネスト』を守備表示で出して、なんとか生き延びようとする道……。
 それ以外の道は、すべて敗北に繋がっているように見えたけれども、実際はそうじゃなかった。それ以外にも、もうひとつの道があったのだ!
 ぼくは『オネスト』のカードに手をかける。
「『オネスト』を召喚します! 攻撃表示です!」

遊戯
LP 3001
(魔法・罠カードなし)
グリーン・ガジェット
攻撃表示
攻撃力1400
守備力600
E・HERO The シャイニング
攻撃表示
攻撃力2600
守備力2100


オネスト
攻撃表示
攻撃力1100
守備力1900
(魔法・罠カードなし)
花咲
LP 1600

 守備表示で場に出すはずだった『オネスト』は、攻撃表示となって場に現れる。
 そもそも守備表示で出す必要なんかなかったんだ。なぜなら、ぼくには『ミラクル・フュージョン』があるのだから!
「今度こそ行きますよ! 『ミラクル・フュージョン』発動! ぼくは、フィールドにいる『オネスト』と、墓地にある『E・HERO エアーマン』をゲームから除外します!」

ミラクル・フュージョン
(魔法カード)
自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカードによって
決められたモンスターをゲームから除外し、「E・HERO」という
名のついた融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

 『ミラクル・フュージョン』は、墓地のモンスターを融合素材とすることができる。けれど、フィールドのモンスターだって融合素材にすることができる!
 ぼくはその性質を利用して、フィールドにいる『オネスト』と、墓地にある『E・HERO エアーマン』を融合素材としたのだ!
「そして、ぼくが融合召喚するモンスターは、『E・HERO The シャイニング』!」
「『ミラクル・フュージョン』……!」
 遊戯くんは少し驚いた顔になってそう呟いた。
 今度こそ遊戯くんに妨害されることなく、ぼくのフィールドに『E・HERO The シャイニング』が姿を現す……!

遊戯
LP 3001
(魔法・罠カードなし)
グリーン・ガジェット
攻撃表示
攻撃力1400
守備力600
E・HERO The シャイニング
攻撃表示
攻撃力2600
守備力2100


E・HERO The シャイニング
攻撃表示
攻撃力3200
守備力2100
(魔法・罠カードなし)
花咲
LP 1600

 会場が歓声で包まれる。
「うおおおぉぉっ!!」
「『The シャイニング』来たぁぁ!」
 ぼくに向けられた声援が、ぼくの自信を強固なものにしていく。
「バトルフェイズです!」
 ぼくは力いっぱい宣言する。
 ぼくの『E・HERO The シャイニング』は、攻撃力3200。
 遊戯くんの『E・HERO The シャイニング』は、攻撃力2600。
 このカードの攻撃力は、ゲームから除外されている自分の「E・HERO」と名のついたモンスターの数×300ポイントアップする――ぼくの『E・HERO The シャイニング』は、その効果で攻撃力をアップしていたのだ!
 『オネスト』を融合素材としてしまったため、さらなる攻撃力アップこそはできないものの、これだけでも遊戯くんの『E・HERO The シャイニング』を倒すことはできる!
「ぼくの『E・HERO The シャイニング』で、遊戯くんの『E・HERO The シャイニング』へ攻撃です!」
 歓声と声援が飛びかう中、ぼくはそれに負けないくらいの大声で攻撃宣言を行う。
 ぼくの『The シャイニング』は、さっきと同じように光の攻撃を繰り出す。
 遊戯くんの『The シャイニング』も、同じように光を作り出して応戦する。
 二つの光が激しくぶつかり合っている。次第に、遊戯くんの光が根負けするかのように後ろに下がっていく。終いには遊戯くんの『The シャイニング』を巻き込んでいく……!
 大きな光が周囲を包み込む!

遊戯
LP 2401
(魔法・罠カードなし)
グリーン・ガジェット
攻撃表示
攻撃力1400
守備力600


E・HERO The シャイニング
攻撃表示
攻撃力3200
守備力2100
(魔法・罠カードなし)
花咲
LP 1600

 しばらくするとまばゆいばかりの光は薄れ、視力は回復していく。
 遊戯くんの『E・HERO The シャイニング』はいなくなり、遊戯くんのライフポイントは3001ポイントから2401ポイントへと減っていた。
 反撃成功……! ここにきて大きな一歩を踏み出すことができたのだ!
 ここで『ミラクル・フュージョン』を使えたのも、ここまで積み重ねてきた経験と、何より騒象寺くんが応援してくれたおかげだ。
 乱暴で滅茶苦茶な応援だけど、ぼくに自信を与えてくれた。
 だから、冷静になることができた。ドローカードに愕然として、『オネスト』を壁にするしかないと思いこんでいたところに、『ミラクル・フュージョン』に気付くきっかけをくれた。
 ありがとう騒象寺くん……! ありがとう!
 まだまだ厳しい状況には変わりないけど、最後まで見ていてください! 必ず勝ちますからね!
「ターンエンドです!」

「ぼくのターン……!」
 遊戯くんのターンになる。
 ぼくのフィールドには、『E・HERO The シャイニング』以外のカードは1枚たりとも出されていない。『地砕き』などで『The シャイニング』が破壊されれば、それだけで敗北の危機が迫ってしまう。
 遊戯くんに反撃を行えたとは言え、敗北と隣り合わせの状況はまったく変わっていないのだ……。
「ドロー!」
 遊戯くんは、ドローしたカードをそのままデュエルディスクへと近づけていく。
 もし、それが『地砕き』だったら? もし、それが『地割れ』だったら? そんなことを考えて、ぶるっと震えてしまう……!
「『貪欲な壺』発動!」

貪欲な壺
(魔法カード)
自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、
デッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 『貪欲な壺』――手札を強化する魔法カードだった。『地砕き』でなくて思わずホッとしてしまう。けれども、状況は全然良くなんかなっていない!
「ぼくの墓地にはちょうど5枚のモンスターカードがある。これらをデッキに戻した後、2枚のカードをドローさせてもらうよ!」
 遊戯くんは慣れた様子で墓地のモンスターをデッキに戻していく。その後、これもまた手慣れた様子でデッキをシャッフルした。それに続いて、ぼくも彼のデッキを軽くカットする。
「それじゃあ2枚のカードをドロー」
 遊戯くんはデッキの上から2枚のカードを手札へと加えていく。
 これで、彼は、ドローチャンスが2度も3度も巡ってきたことになる。
 このドローで今度こそ『地砕き』などの除去カードが来てしまうかもしれない。ぼくの敗北が決まってしまうかもしれない。
 恐怖や不安や弱気がぼくにつきまとう。
 それでも、自信だけは失わないように、小さな体でも胸だけはいっぱいに張って、みんなに「大丈夫だよ」とアピールする。
 遊戯くんは、2枚のカードをドローしたことで、その手札は3枚となった。
 彼は、表情を変えないまま、それらをデュエルディスクにセットしていく。
 1枚……。2枚……。3枚……!
「カードを3枚伏せ、さらに『グリーン・ガジェット』を守備表示に変更する……」

遊戯
LP 2401
伏せカード

伏せカード

伏せカード

グリーン・ガジェット
守備表示
攻撃力1400
守備力600


E・HERO The シャイニング
攻撃表示
攻撃力3200
守備力2100
(魔法・罠カードなし)
花咲
LP 1600

 『地砕き』のようなカードが使われることはなかった。
 でも、その代わりに、遊戯くんの場に3枚の伏せカードが出されてしまった。
 数ターン前に使われた『ゴブリンのやりくり上手』と『非常食』のコンボが、ぼくの頭の中でよみがえる。
「ターンエンドだよ」
 一歩踏み出したはずなのに、遊戯くんはさらに一歩前に進んでしまった――そんな気がしてならない。

「ぼくのターン!」
 それでも、ぼくにはみんながいる。チームのみんながいる。クラスのみんながいる。
 たとえ、遊戯くんが再び『ゴブリンのやりくり上手』と『非常食』のコンボを狙っているのだとしても、その時点で敗北が決まるわけじゃない。
「ドロー!」
 勢いよくカードをドローする。
 このターンでのドローカードは、2枚目の『デュアルスパーク』。
 これでぼくの手札は、『デュアルスパーク』が2枚だけとなってしまった。『E・HERO アナザー・ネオス』がいないため、これら『デュアルスパーク』を発動することはできない……。
 けれども、ぼくのフィールドには、『E・HERO The シャイニング』が残っている。

E・HERO The シャイニング 光 ★★★★★★★★
【戦士族・効果】
「E・HERO」と名のついたモンスター+光属性モンスター
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードの攻撃力は、ゲームから除外されている
自分の「E・HERO」と名のついたモンスターの数×300ポイントアップする。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
ゲームから除外されている自分の「E・HERO」と名のついた
モンスターを2体まで選択し、手札に加える事ができる。
攻撃力2600/守備力2100

 『E・HERO The シャイニング』は、高い攻撃力を誇るだけじゃない。
 墓地に送られた時に、除外されているE・HEROを2枚まで手札に戻すことができる効果を持っている。ここで『The シャイニング』が破壊されてしまっても、手札に『E・HERO アナザー・ネオス』と『E・HERO エアーマン』を戻すことはできる。まだ、踏ん張ることはできる!
 遊戯くんの場には、3枚の伏せカードがどっしりと待ち構えている。
 『次元幽閉』、『月の書』、『ゴブリンのやりくり上手』、『非常食』――様々な可能性がぼくの頭に浮かんでくる。
 みんなの応援がぼくの耳に届いている。その声に支えてもらいながら、ぼくなりにしっかりと考え、このターンですべきことを決めていく。
「バトルフェイズです!」
 そして、ぼくはきっぱりとした声で宣言をする。
「『E・HERO The シャイニング』で『グリーン・ガジェット』に攻撃します!」
 遊戯くんの場に伏せカードがあることは分かっている。それでも、伏せカードが使われること覚悟で攻撃し、遅れを取り戻すべきだと判断したのだ。
 ぼくの攻撃宣言をトリガーに、『The シャイニング』の周囲に光が集まっていき、それはみるみる大きくなっていく。『The シャイニング』は掛け声を出して、光の塊を『グリーン・ガジェット』へと飛ばす。
 攻撃力や守備力だけなら、攻撃力3200の『E・HERO The シャイニング』の圧勝。守備力600の『グリーン・ガジェット』を一方的に倒すことができる。
 遊戯くんの場にある伏せカード3枚が、守り神のように鎮座している。
 遊戯くんはデュエルディスクに手をかける。
「罠カード発動!」
 ソリッドビジョン上で、遊戯くんの伏せカードがオープンになっていく。
 オープンになったカードは――

ドレインシールド
(罠カード)
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、
そのモンスターの攻撃力分の数値だけ自分のライフポイントを回復する。

「『ドレインシールド』……!」
 ぼくは思わず口に出してしまっていた。
 ここで罠カードを発動してくることは、3枚も伏せカードがあるのだから仕方がない。予想通りと言うより、予定通りと言ってもいい。でも、それが『ドレインシールド』だなんて……。『ドレインシールド』が来るなんて、まったく予想できていなかった……!
 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、そのモンスターの攻撃力分の数値だけ自分のライフポイントを回復する――そんな効果を持つ『ドレインシールド』。
 それほど使用率が高くないカードなだけに、その存在をすっかり忘れていた……! ライフ1からスタートする遊戯くんにとっては、『ドレインシールド』はとても頼りがいのあるカードじゃないか!
 これじゃあ、『E・HERO The シャイニング』の攻撃が無効化されるばかりか、その攻撃力の数値――3200ポイントが、遊戯くんのライフポイントに加算されてしまう!

「花咲くん、ここでクイックエフェクトを使うかい?」

 その時、数ターン前に聞いた台詞が繰り返された。
 自信が回復していたはずのぼくの表情が、ピシッと固まってしまう。せっかく騒象寺くんに激を飛ばしてもらったのに、それがパラパラとはがれ落ちていってしまう……!
「つ……使わないけど……」
 つっかえながらぼくは答える。今の顔を鏡で見たら、とても険しくて、とてもおかしな顔をしていることだろう。
「じゃあ、ボクはさらに伏せカードを発動するよ!」
 遊戯くんの2枚目の伏せカードがオープンになっていく……。
「『ゴブリンのやりくり上手』を発動だ!」

ゴブリンのやりくり上手
(罠カード)
自分の墓地に存在する「ゴブリンのやりくり上手」の枚数+1枚を
自分のデッキからドローし、自分の手札を1枚選択してデッキの一番下に戻す。

 数ターン前と同じように、手札を強化する『ゴブリンのやりくり上手』の罠カードが姿を現す。
 そして、わざわざこのタイミングで『ゴブリンのやりくり上手』を使ったと言うことは、最後の1枚の伏せカードは……!
「これら2枚の罠カードを墓地に送って、『非常食』をチェーン発動させてもらうよ!」

非常食
(速攻魔法カード)
このカード以外の自分フィールド上に存在する魔法・罠カードを
任意の枚数墓地へ送って発動する。墓地へ送ったカード1枚につき、
自分は1000ライフポイント回復する。

 数ターン前の光景が繰り返されていく。
 まずは、3番目に発動した『非常食』の効果が適用され、遊戯くんのライフが2000ポイント回復。
 次に、2番目に発動した『ゴブリンのやりくり上手』の効果が適用され、遊戯くんは4枚ものカードをドローした後1枚だけをデッキに戻す。
 最後に、ぼくの『E・HERO The シャイニング』の攻撃を無効にした上で、遊戯くんのライフが3200ポイントも回復。
「おいおい……!」
「また『ゴブリンのやりくり上手』かよ!」
「すげえ、遊戯すげえ……!」
「鬼引き過ぎるだろ遊戯!」
「また突き放された……」
「嘘だろこれ……」
 驚愕と興奮と絶望の声が交じり合って、不協和音のようにぼくの耳に届いてくる。

遊戯
LP 7601
(魔法・罠カードなし)
グリーン・ガジェット
守備表示
攻撃力1400
守備力600


E・HERO The シャイニング
攻撃表示
攻撃力3200
守備力2100
(魔法・罠カードなし)
花咲
LP 1600

 ぼくの『E・HERO The シャイニング』は、幸いにも無事だった。
 だけど、遊戯くんのライフポイントは7601。ライフポイント1のハンデを背負っているとは思えないほどの数値まで回復していた。
 その上、遊戯くんの手札はぼくよりも多い3枚。
 逆転どころじゃない。
 突き放されていく。一度抜かれたら、もう抜き返せないところまで突き放されていく。ぼくでは到達できない高みまで上っていく!
 すがるように、自分の手札を見直す。
 『デュアルスパーク』、『デュアルスパーク』――何度見ても手札は以上の2枚だけだった。
 『デュアルスパーク』は、『E・HERO アナザー・ネオス』がいなければ発動すらできない。そんなカードしか持ち合わせていない状況で、次のターンを生き残れるのだろうか? 遊戯くんが、除去カードとモンスターカードを1枚ずつ持っているだけで、ぼくの負けは決まってしまう!
 こんな状況なら、ターンエンドを宣言したくない。
 今ぼくにできることなんて何もないけど、この先に足を踏み入れたくない。
「花咲ぃぃ! まだ行けるだろぉぉ!」
「『The シャイニング』は、まだ元気だよ!」
「がんばれーーーっ!」
 それでも、ぼくには仲間たちがいる。
 そのおかげで、なんとかターンエンドくらいは宣言できそうだ。
「ターンエンド」
 さっきまでの自信は消えかかってしまったけれども、ギリギリで闘志だけは残すことができた。ターン終了を宣言することはできたのだ……。

「ぼくのターン……。ドロー!」
 そして、最後になるかもしれない、遊戯くんのターン……。
 ドローフェイズで4枚になった手札をざっと見て、それから、遊戯くんは複雑な表情になった。それは、笑っているのだけど、ちょっと困ったような表情だった。
「花咲くんなら絶対にここまで上がって来れる……」
 自分自身に言い聞かせるように遊戯くんが言った。マイクがその声を拾い上げてしまったため、ぼくの耳まで届いてきてしまったのだ。
 花咲くんなら絶対にここまで上がって来れる――どういうことなのだろう? 遊戯くんは何を思っているのだろう?
 少し顔を伏せていた遊戯くんは、その顔を上げ、きりっとぼくの目を見た。
「花咲くん、はじめに言っておくよ。このターン、ぼくはキミのライフポイントを0にすることはできない。思った以上に手札が偏ってしまっている……」
 遊戯くんはそう告げた。彼のことだから、勝つためとは言えウソをつくことはないだろう。このターンでぼくが負けることはない――その事実だけでぼくは胸をなでおろした。
「でも、キミにはとても厳しい結果が待っていると思う」
 次に放たれた遊戯くんの言葉が、ぼくの表情を凍りつかせる。
 厳しい結果……? それってどういうことなの……?
「これからボクはキミのずっと先へ行く。今よりももっと先まで駆けていく。もし、キミが……いや、キミ達が、まだがんばれると言うなら、ボクのところまで追いついてほしい!」
 ぼくはぽかんと口を開けてしまう。
 遊戯くんは一体何を考えているのだろう? ぼくの頭の中はハテナマークで一杯になる。
「さあ! 行くよ!」
 遊戯くんは、彼にしては大きな声を出して、1枚のカードをデュエルディスクへと出していく。
「このターンで、ボクは『サイファー・スカウター』を召喚する!」

遊戯
LP 7601
(魔法・罠カードなし)
グリーン・ガジェット
守備表示
攻撃力1400
守備力600
サイファー・スカウター
攻撃表示
攻撃力1350
守備力1800


E・HERO The シャイニング
攻撃表示
攻撃力3200
守備力2100
(魔法・罠カードなし)
花咲
LP 1600

 機械でできた人型のモンスターが遊戯くんのフィールドに現れる。
 『サイファー・スカウター』――何度か見たことはあるのだけど、それほどメジャーなモンスターではないから、すぐにはその効果を思い出すことができない。
 攻撃力1350守備力1800。戦士族のように見えるけど機械族で……! あ……!

サイファー・スカウター 地 ★★★
【機械族・効果】
戦士族と戦闘を行う場合、ダメージ計算時に
攻撃力・守備力がそれぞれ2000ポイントアップする。
攻撃力1350/守備力1800

 戦士族と戦闘を行う場合に限りその攻撃力と守備力を2000ポイントアップする。
 思い出した。
 思い出すと同時に、心臓がドクンと高鳴ったのが分かった。
 このカードは……このカードは……! 最悪の戦士キラーじゃないか!!
 ぼくのヒーロー達はそのほとんどが戦士族。戦士キラー『サイファー・スカウター』の格好の餌食なのだ!
 すなわち、ぼくのデッキにとって、『サイファー・スカウター』は攻撃力3350に等しいモンスター……。そのモンスターを何のコストも条件もなく、ポンと召喚されてしまったのだ!

『ボクは、サイドデッキを『準決勝』のために使っていない。『決勝戦』のためだけに用意してきたんだ!』

 これもまたピンポイントの対策カードなんだ!
 ぼくは戦慄する。言葉がまったく出てこない。手が震えてしまう。
「行くよ! ぼくは『グリーン・ガジェット』を攻撃表示にしてから、バトルフェイズに突入する!」
 その間にも、遊戯くんはバトルフェイズ開始を宣言する。
「『サイファー・スカウター』で、『E・HERO The シャイニング』へ攻撃!」
 間髪いれず『サイファー・スカウター』の殺人ビームが、ぼくの『E・HERO The シャイニング』をなぎ払う。
 攻撃力3350になっている『サイファー・スカウター』の前には、攻撃力3200の『E・HERO The シャイニング』では勝つことができない。『The シャイニング』はその場に踏みとどまろうと粘るが、それも限界がやってくる。静かに崩れ落ちていく……。
「……『E・HERO The シャイニング』の効果発動。除外されている『E・HERO』2体を手札に加えます」
 ぼくは絞り出すように告げて、『E・HERO アナザー・ネオス』と『E・HERO エアーマン』のカードを手札に戻す。

遊戯
LP 7601
(魔法・罠カードなし)
グリーン・ガジェット
攻撃表示
攻撃力1400
守備力600
サイファー・スカウター
攻撃表示
攻撃力1350
守備力1800


(モンスターカードなし)
(魔法・罠カードなし)
花咲
LP 1450

 無常にもバトルフェイズは続く。
「『グリーン・ガジェット』で、プレイヤーに直接攻撃!」
 続けて待ち受けるのは、『グリーン・ガジェット』による直接攻撃。
 ぼくの場にはモンスターも魔法も罠もない。このタイミングで手札や墓地から発動できる効果もない。
 『グリーン・ガジェット』の体当たりがぼくに炸裂し、ぼくのライフポイントが削られていく。
 ソリッドビジョンで表示されているライフポイントが、ピピピと音を立てながら値を減らしていく。
 1400ポイント……1200ポイント……1000ポイント……800ポイント……600ポイント……400ポイント……。
 やがて、ライフポイントの表示が止まる。
「……っ!」
 その数字を見て、ぼくは頭を押さえつけてしまう。
 遊戯くんが言っていた通り、ぼくのライフポイントは0にならなかった……。
 ならなかった……でも!

遊戯
LP 7601
(魔法・罠カードなし)
グリーン・ガジェット
攻撃表示
攻撃力1400
守備力600
サイファー・スカウター
攻撃表示
攻撃力1350
守備力1800


(モンスターカードなし)
(魔法・罠カードなし)
花咲
LP 50

 50ポイントしか残っていないじゃないか!
 ぼくのライフは、たったの50ポイントしか残っていないじゃないか!
 しかも、遊戯くんのライフポイントは7601。手の届かない数値になってしまっている……!
 なんだ……これ……。
 なんだよ……これ……っ!
 デュエルが始まった時には、ぼくのライフは8000ポイントだった! 遊戯くんのライフは1ポイントだった!
 それが今や、ぼくのライフは50ポイントで、遊戯くんのライフは7601ポイント……。
 ライフポイントが並ばれたどころの話じゃない。
 抜き去られて、その上、きれいにひっくり返されてしまった。
 「8000vs1」が、「50vs7601」に変わってしまった。
 本当に遊戯くんはハンデを背負っていたんだよね!? ライフ1のハンデを背負っていたんだよね!?
 これじゃあ……これじゃあ! どっちがハンデをもらっているのか分からないよ!
 なんだよ……これ……っ!
 なんだよっ! これっ!
 なんだよっっ! これっっっ!

『これからボクはキミのずっと先へ行く。今よりももっと先まで駆けていく。もし、キミが……いや、キミ達が、まだがんばれると言うなら、ボクのところまで追いついてほしい!』

 ターン始めの遊戯くんの言葉が、頭の中で繰り返される。
 その意味が、ぼくの目の前に突きつけられる。
 ライフポイント50vsライフポイント7601。
 遊戯くんが遠くにかすんで見える。
 越えなければならない壁は、それが壁だと分からないくらいに高く、そして遠くなってしまった。
 デュエルキングだからこその、ライフポイント1のハンデキャップ。それと同じハンデを、ぼくが背負うことになってしまった。デュエルキングには程遠いこんなぼくに……!
 これほどのハンデキャップを背負って、しかも、このデュエルのためだけにサイドデッキを構築されてしまって、デュエルキングと呼ばれる遊戯くんに、勝つことなんて……!
 そんなこと……無理だよ! 無理だ! 無理に決まっているよ!!
「負けるな! 負けるな花咲!」
「がんばって! 花咲くん!」
 クラスメイト達の応援がぼくに届いている。
 ここまでみんなの声援に支えてもらってきた。そのおかげで、不安や弱気が表に出ることをなんとか抑えられた。
 でも、ごめん……。ごめん、みんな……。
 これ以上は……もう……無理だよ……!
 サレンダーするつもりはない。デュエルを投げるつもりもない。勝負自体をあきらめる真似はしない。
 だけど、これ以上強気の態度を続けることなんかできない。これ以上自信満々でプレイなんかできない。
 不安になってしまう。弱気になってしまう。自信をなくしてしまう。落ち込んでしまう。絶望してしまう。
 そんな負の感情や表情を表に出して、かわいそうに思えてくるくらい、惨めに負けてしまう……。
 チームメイトの期待に応えられず、クラスメイトの期待にも応えられず、そして、目の前の遊戯くんの期待にも応えられず、むなしく敗北してしまう……。海馬くんや観客からは、「こんなデュエルならやらないほうがよかった」なんて言われてしまうかもしれない……。
 これから起こるであろう光景が、ぼくの頭の中に作られていく。
 ごめん……みんなごめん……!
 こんな終わり方なんてぼくも嫌だし、みんなも嫌だと思うけど……。でも、ぼくは、一週間前まで友達を大会に誘うことすら満足にできなかった……。こんなぼくじゃあ、このあたりが限界みたいだよ……。
 それでも、サレンダーだけはしないから……。かっこ悪いけど、最後までは続けるから……。それで許して……っ。
 目の前がじんわりと、にじんでくる。
 ああ……情けないな! ぼくは……!
 みんなが見ているって言うのに、それなのに……泣き出しそうになっているよ!
 もう! 情けないよ本当に!
 こんなことで泣いているようじゃ、ヒーローなんて夢のまた夢だよ……!

「気合いが足りんぞぉぉおぉっ!!」

 ひとつの声が聞こえた。
 それは、騒象寺くんの声だった。
 ごめん……騒象寺くん……。
 ここまでたくさん応援してもらったのに、たくさん支えてもらったのに、ぼくはもう立ち上がれそうにない。期待に応えられなくて、本当にごめん……。

「お前らぁぁ! そんな応援でいいと思っているのかぁ!? もっと気合いをいれんかぁあぁぁ!!」

 ……え?
 その後に続いた騒象寺くんの言葉に、ぼくは目を見開いてしまう。
 騒象寺くんは、何を言っているのだろう? 騒象寺くんは、誰に言っているのだろう?
 ゆっくりと顔を上げて、彼のほうを見る。
 騒象寺くんは、ぼくに背中を向けていた。
 彼は、ぼくではなく、クラスメイトのみんなに向かって叫んでいたのだ。
「今こそ花咲を支えてやる番だろ!? 今こそ花咲に恩を返す番だろ!? だったらもっと声を出せるはずだろ!!」
 騒象寺くんの必死な声が、会場じゅうに響き渡る。
 みんなに呼びかけてくれている……。騒象寺くんは、もっとたくさんの声援をくれるように呼びかけてくれている……。
 それは、ぼくのため……。
 こんなぼくを、支えてくれるため……。
 その時、クラスメイトの一人が、がくっとひざを着いた。
 その反動で、黄色のリボンがふわりと跳ね上がる。
 野坂さんだった。
 隣についていた中野さんが驚いて、「だいじょうぶ? リボンちゃん」と、そっと彼女の体を支える。
 けれども野坂さんは、ゆっくりと首を振って、再び立ち上がる。
 その瞳からは、ひとすじの涙が流れていた。それなのに、顔はまっすぐにこちらを向いていて、目はパッチリと開いていて、唇がきゅっと閉じていて、決意のようなものが伝わってくる。
 彼女がすうっと大きく息を吸い込んだのが、分かった。

「がんばってぇっっ!! がんばってぇぇっっ!! がんばってぇぇっっ!!!」

 いつもは小さいはずの野坂さんの声が、とても大きく聞こえてきた。
 マイクを通した声じゃない。それなのに、マイクを通したものよりも大きく強い声がぼくへと届いてくる。
「わたしっ! こんなことしかできないからっ! 花咲さんのために、こんなことしかできないからっっ!!」
 野坂さんが涙声になって言葉を贈ってくれる。
「精一杯応援するからっっ!! 蚊の鳴くような声じゃなくて! せいいっぱいっ! 応援するからっっ! だから! 届いてよっ! 元気出してよぉっっ! がんばってよぉぉっっ!!」
 彼女の言葉が、ぼくの心に直接ぶつかってくる。
 なんで……。
 なんで、ふたりともここまで本気になってくれるんだよ……!
 ぼくが負けたって……ぼくが勝ったって……結果は変わらないのに……!
 それなのに! 情けないぼくのために、こんなにも本気になってくれるんだよっ!?

「ヒーローだからだよっ! 花咲さんはみんなのヒーローだからだよっっ!!」

 ぼくの心を読んだかのように、野坂さんが大声で答えてくる。
「勇気を出してメンバーを集めてくれたっ! クラスメイトのみんなに声をかけてくれたっ! 独りになっていたわたしのこと、本気で心配してくれたっ! 意固地になっていた騒象寺さんのこと、本気で心配してくれたっ! デュエルだってあきらめずにがんばって、みんなに勇気を届けてくれたっ!」
 涙を流しながら、リボンを揺らしながら、それでも、その思いが伝わってくる。
「わたしや騒象寺さんが、がんばろうって……っ! たくさんがんばろうって! そう思えたのは、花咲さんのおかげなんだよっ! 勇気をたくさんくれた花咲さんのおかげなんだよぉっっ!!」
 彼女の一言一言が、折れかけたぼくの心に届いてくる。
「みんな、ヒーローにたくさん憧れてっ! 感謝してっ! そして――大好きなんだよぉっっ! ヒーローが困っていたら、何かしてあげたいよっ! ヒーローが落ち込んでいたら、支えてあげたいよっっ!」
 倒れてしまいそうなぼくの心が、ぐっと持ち上げられたような気がする。
 目の前は相変わらずにじんだまま、ぼくは涙を流し続けていて、とってもかっこ悪いけど。
 今なら、胸を張って闘えそうな、そんな気がするよ……!
「花咲くん! ヒーローはね! ヒロインを泣かしちゃあ……ダメなんだよっ! これ以上リボンちゃんを泣かせるんじゃないよっっ!」
 野坂さんに続き、中野さんが感情をあらわにして、ぼくに言葉をぶつけてくれる。
「がんばれよ花咲っ!! ボクだってっ! 根津見のヤツだってっ! お前が勝つところを見たいんだよっっ!」
 孤蔵乃くんが、あやしげな黒マントからは想像できないくらい大きな声をぼくに向けてくれる。
「行けるだろ花咲っ! お前の力はこんなものじゃないだろ! まだまだ行けるだろっっ!! まだまだ立てるだろっっ!!」
 根津見くんが、なりふりかまわず本音でエールを送ってくれる。
 みんな……! みんな、ありがとう……っ! ありがとうっ!
 ぼくのことをこんなに応援してくれて、ありがとうっ!!
 みんながぼくを支えてくれている。
 ボロボロでもう立てないって思っても、これ以上応援されてももう無理だと思っても、もっと強く温かい力でぼくを立ち上がらせてくれる。
 会場の空気が変わっていくのが、肌で感じられる。
「よぉおしっっ! お前らァ! 今から花咲コールだ! 全力で花咲を応援してみせろぉぉ!! おっし! いくっちゃあぁあぁぁっっ!!」
 騒象寺くんが、震え上がるほど大きな声で、もう一度みんなに呼びかける。
「はーなさきっ! はーなさきっ! はーなさきっ!」
「はーなさきっ! はーなさきっ! はーなさきっ!」
 騒象寺くんの呼びかけに答えて、クラスメイト達から花咲コールが発せられる。
 騒象寺くん本人はもちろん、野坂さん、中野さん、南さん、北村さん、伊東さん、小西さん、菊池さん、川島さん、滝沢さん、水谷さん、松澤くん、梅田くん、竹下くん、孤蔵乃くん、根津見くん――その一人一人が、ぼくのために全力で声を出してくれているのが分かる。
 そして、その声は――
「はーなさきっ! はーなさきっ! はーなさきっ!」
「はーなさきっ! はーなさきっ! はーなさきっ!」
 どんどん広がって――
「はーなさきぃっ! はーなさきぃっ! はーなさきぃっ!」
「はーなさきぃっ! はーなさきぃっ! はーなさきぃっ!」
 どんどん大きくなっていく――!
「はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ!」
「はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ!」
 1分も経たないうちに、会場は花咲コールに包まれる。
 右からも左からも前からも後ろからも、たくさんの花咲コールがぼくの元へと伝わってくる。
 クラスメイトだけじゃない。それ以外の観客からも、たくさんの声援が届いている。
 体が震え上がるほどの花咲コールがぼくに向けられている。
 これじゃあ、まるで先鋒戦のようじゃないか。スター衣装でハチマキでリーゼントでとても強気で攻めた騒象寺くんが、とても多くのファンを作って、たくさんの声援を浴びていた、あの先鋒戦の試合じゃないか……!
 ああ、そうか……! クラスメイト以外の人まで巻き込んでしまったのは、その騒象寺くんが呼びかけてくれたおかげなんだ! 騒象寺くんがここまでたくさん盛り上げたからこそ、それに応えてこんなにも大きな声援が作られたんだ!
「はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ!」
「はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ!」
「はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ!」
 ぼくは、右腕で涙をぬぐう。
 もう視界はぼやけていない。
 不安になることもない。弱気になることもない。自信をなくすこともない。落ち込んでしまうこともない。絶望してしまうことなんてありえない。
 そんな負の感情は、みんながかき消してくれる! 支えてくれる!
 ぼくは、ただ、目の前のことだけを考えていればいい!
 ぼくはみんなに向けて、右腕をぐっと精一杯上げてみせる。
 もう大丈夫、ありがとう――その気持ちを伝えるために。
 歓声がひときわ大きくなって、それもまたぼくの力になっていく。
 ぼくは、ゆっくりと遊戯くんに向き直る。
 遊戯くんは、満足そうに笑っていた。
「すごい……! キミ達はやっぱりすごいよ!」
 興奮した様子を隠すことなく、遊戯くんが喋る。
 それから遊戯くんは、右手をぐっと前に出してくる。
「ほら見て……! この手、震えが止まらないんだ……! 今の花咲くんと闘えることが、嬉しくて、でも恐くて、こんなになっているんだよ!」
 右手を引っ込めて、それを左手の手札にもっていく。
「さあ! デュエルの再開だ! 残り50ライフ……ぼくは挑戦者になった気持ちで、全力で戦わせてもらう! カードを1枚伏せてターンエンドだ!」
 遊戯くんの場に1枚の伏せカードが現れ、彼のターンは終了した。

「ぼくのターン!」
 ぼくは、ターン開始を力強く宣言する。
「花咲逆転しろぉおぉおぉっっ!!」
「がんばってぇぇっ!」
「はーなさきぃっ! はーなさきぃっ! はーなさきぃっ!」
「はーなさきぃぃっ! はーなさきいぃっ! はーなさきぃぃっ!」
 騒象寺くん、野坂さん、クラスメイトのみんな、それ以外にも応援してくれる人たち――とてもたくさんの声援が、ぼくに向けられている。
 それらは、とても心地よく、ぼくの心を包んでくれる。
 ライフポイント50vsライフポイント7601。
 これだけのライフ差があって、ぼくのフィールドは空っぽで、その上、遊戯くんはデュエルキングで、サイドデッキをこのデュエルのために作ってきている。
 一見絶望的に見える今の状況だけど、冷静になれた今だからこそ分かる。
 ドローフェイズ前のぼくの手札は4枚。それらをざっと見回す。

デュアルスパーク
(速攻魔法カード)
自分フィールド上に表側表示で存在する
レベル4のデュアルモンスター1体をリリースし、
フィールド上に存在するカード1枚を選択して発動する。
選択したカードを破壊し、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

デュアルスパーク
(速攻魔法カード)
自分フィールド上に表側表示で存在する
レベル4のデュアルモンスター1体をリリースし、
フィールド上に存在するカード1枚を選択して発動する。
選択したカードを破壊し、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

E・HERO アナザー・ネオス 光 ★★★★
【戦士族・デュアル】
このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、
通常モンスターとして扱う。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いとして
再度召喚する事で、このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。
●このカードはフィールド上に表側表示で存在する限り、
カード名を「E・HERO ネオス」として扱う。
攻撃力1900/守備力1300

E・HERO エアーマン 風 ★★★★
【戦士族・効果】
このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、次の効果から1つを選択して
発動する事ができる。
●自分フィールド上に存在するこのカード以外の「HERO」と名のついた
モンスターの数まで、フィールド上に存在する魔法または罠カードを破壊
する事ができる。
●自分のデッキから「HERO」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
攻撃力1800/守備力300

 『E・HERO The シャイニング』の効果によって、ぼくの手札に『E・HERO アナザー・ネオス』と『E・HERO エアーマン』が戻ってきた。そのおかげで、手札が4枚にまで回復していた。
 さっきのターンまで発動すらできないと嘆いていた『デュアルスパーク』……。『E・HERO アナザー・ネオス』がある今なら、その発動条件を満たすことができる。
 ヒーローデッキは特殊召喚を得意とするデッキだ。条件さえ揃えば、一気に遊戯くんのライフを削り取ることだってできる。
 とても不利な状況には違いないけど、希望の芽が全て摘み取られたわけじゃない。
 とても厳しいとは思うけど、逆転ができないわけじゃない。
 ぼくは左腕のデュエルディスクに目をやる。
 まだぼくのターンは始まったばかり。ドローフェイズもまだこれから。
「ドロー!」
 ぼくはデュエルディスクにセットされたデッキから、カードを1枚引く。

未来融合−フューチャー・フュージョン
(永続魔法カード)
自分のデッキから融合モンスターカードによって決められたモンスターを
墓地へ送り、融合デッキから融合モンスター1体を選択する。
発動後2回目の自分のスタンバイフェイズ時に選択した融合モンスターを
自分フィールド上に特殊召喚する(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

 ドローカードは、『未来融合−フューチャー・フュージョン』。デッキ同士のモンスターを融合することができる、切り札になる強力なカードだった……!
 枯れ果てた荒野の中心に、希望の芽が芽吹いているのが分かる。
 この芽を育てることができれば、ぼくはこのデュエルに逆転勝利することができる。
 遊戯くんのライフポイントは7601。芽は高く力強く育てなくては、彼まで届かない。
 ぼくのライフポイントは50。わずかな刺激を受けただけでも、芽は枯れてしまう。
「負けるなよぉぉっ!」
「ぶっちぎっちまえっ! 花咲ぃぃっ!!」
 孤蔵乃くんの声も聞こえてくる。根津見くんの声だって聞こえてくる。
「はーなさきぃっ! はーなさきぃぃっ! はーなさきぃっ!」
「はーなさきいぃっ! はーなさきぃっ! はーなさきいぃっ!」
 とても多くの声援が、ぼくを支えてくれている。ぼくの不安を埋めてくれている。
 ありがとう、みんな!
 おかげでぼくは、大丈夫だよ! 精一杯、自分の力を出しきることができそうだよ!
「行きますよ! 遊戯くん!」
 ぼくはきっぱりと宣言する。
「うん! さあ来いっ!」
 遊戯くんが笑顔で、大きく頷く。
 それに応えるように、ぼくは手札のカードを1枚、デュエルディスクへと出す。
「『E・HERO アナザー・ネオス』を召喚し、バトルフェイズ! 『グリーン・ガジェット』へ攻撃します!」

遊戯
LP 7601
伏せカード

グリーン・ガジェット
攻撃表示
攻撃力1400
守備力600
サイファー・スカウター
攻撃表示
攻撃力1350
守備力1800


E・HERO アナザー・ネオス
攻撃表示
攻撃力1900
守備力1300
(魔法・罠カードなし)
花咲
LP 50

 小さいけれども強くてかっこいい『E・HERO アナザー・ネオス』が現れ、遊戯くんの『グリーン・ガジェット』へと攻撃を仕掛ける。
 ぼくの『E・HERO アナザー・ネオス』は攻撃力1900。遊戯くんの『グリーン・ガジェット』は攻撃力1400。
 遊戯くんの場には、1枚の伏せカードがある。ぼくの手札には、『デュアルスパーク』がある。遊戯くんの伏せカードに、「ある程度まで」は、対応することができる。
 遊戯くんの右手が、動く。
「させないよ! トラップカード発動! 『次元幽閉』!」

次元幽閉
(罠カード)
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
その攻撃モンスター1体をゲームから除外する。

「やっぱり伏せカードを使ってきた……!」
「この『次元幽閉』によって、『E・HERO アナザー・ネオス』はゲームから除外され、この戦闘は不成立となるよ!」
 会場から、悲鳴のような声が少しだけど聞こえてくる。
 でも、この状況を想定していなかったわけじゃない。ぼくは手札のカードをデュエルディスクの魔法&罠カードゾーンへ挿入する。
「まだまだいけます! 速攻魔法『デュアルスパーク』をチェーン発動です!」

デュアルスパーク
(速攻魔法カード)
自分フィールド上に表側表示で存在する
レベル4のデュアルモンスター1体をリリースし、
フィールド上に存在するカード1枚を選択して発動する。
選択したカードを破壊し、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

「『E・HERO アナザー・ネオス』を生け贄に、遊戯くんの『サイファー・スカウター』を破壊します!」
 『デュアルスパーク』によって、『アナザー・ネオス』はその身を犠牲にして強烈な火花を散らし、『サイファー・スカウター』に向けて飛ばす。ぼくのデッキの天敵とも言える『サイファー・スカウター』は、その火花によって破壊されていく。
「さらに、『デュアルスパーク』のもうひとつの効果によって、ぼくはデッキからカードを1枚ドローします!」
 そう言って、ぼくは、迷うことなくデッキに手をかける。

遊戯
LP 7601
次元幽閉

グリーン・ガジェット
攻撃表示
攻撃力1400
守備力600


(モンスターカードなし)
デュアルスパーク
速攻魔法
花咲
LP 50

 ぼくの場にはモンスターは残っていない。
 ここで、モンスターをすぐに特殊召喚できる魔法カードや、戦闘から身を守れる罠カードをドローできなければ、『グリーン・ガジェット』の攻撃を防ぐことができずにぼくの敗北が決定してしまう。
 敗北と隣り合わせの、とてもギリギリの状況。プレッシャーに押し潰されて、くじけてしまってもおかしくない状況……。
「花咲くんっ! がんばりなさいよぉぉーっ! リボンちゃんのために、がんばりなさいよおぉぉっっ!!」
「やっちゃってよ! いいカードをドローしちゃってよっ! 花咲くんっっ!」
「はーなさきぃっ! はーなさきぃぃっ! はーなさきいぃっ!」
 中野さんの声が聞こえる。南さんの声も聞こえる。
 みんなが、ぼくのことを力強く支えてくれている。
 押し潰されることなんてない。くじけることなんてない。ぼくの右手はまっすぐにデッキへと伸びていく。
「ドロー!」

ヒーロー・ブラスト
(罠カード)
自分の墓地に存在する「E・HERO」と名のついた
通常モンスター1体を選択し手札に加える。
そのモンスターの攻撃力以下の相手フィールド上
表側表示モンスター1体を破壊する。

 ドローしたカードは、『ヒーロー・ブラスト』。
 それは、ぼくが望んでいた、戦闘から身を守れる罠カードだった……!
 ここで『ヒーロー・ブラスト』を引き当てることができたのも、きっと、みんなが応援してくれたおかげだ。みんなの応援でドローカードが変わるなんてことは現実にはありえないけど、そんな、ありえないことが起こっても不思議ではないと思えた。
 4枚の手札を見回す。
 ぼくの手札には、身を守ることができる『ヒーロー・ブラスト』がある。
 2ターン後に希望を繋げることができる『未来融合−フューチャー・フュージョン』もある!
「ぼくはカードを1枚伏せ、『未来融合−フューチャー・フュージョン』発動! デッキから『E・HERO ネオス』と『E・HERO オーシャン』を墓地に送り、2回後のぼくのスタンバイフェイズで『E・HERO アブソルートZero』を融合召喚します!」

遊戯
LP 7601
(魔法・罠カードなし)
グリーン・ガジェット
攻撃表示
攻撃力1400
守備力600


(モンスターカードなし)
伏せカード
(ヒーロー・ブラスト)
フューチャー・フュージョン
永続魔法
花咲
LP 50

 ぼくが『フューチャー・フュージョン』を発動したことで、会場の歓声がまた一段と大きくなる。
「『フューチャー・フュージョン』来たぁ! いいぞぉぉっ!!」
「がんばれぇぇっ! 花咲ぃっ! はーなさきぃっ! はーなさきぃぃっ! はーなさきいぃっ!」
「はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ!」
 松澤くん、竹下くん、梅田くんの声が、ぼくの中を駆け巡り、ぼくの自信を膨れ上がらせていく。
 ライフポイント50vs7601。
 とても絶望的な状況だったけど、みんなのおかげで立ち上がることができた。一縷の希望を紡ぐことができた。
 だから、ぼくは、この希望の芽を育てよう。とても厳しい環境の中でも、がんばって育ててみせよう。
 みんなが驚くくらい高く高く育てて、高すぎて届かないはずの壁すら越えてみせよう。
 そうしたら、そこに立派な花を咲かせて、みんなをとびっきりの笑顔にしてみせるんだ!
 そのためにも、なんとしてでも生き延びなくてはいけない。目標は、『未来融合−フューチャー・フュージョン』で融合モンスターが現れる――2ターン後。その時まで、やられるわけにいかない!
「ターンエンドです!」

「ぼくのターン……」
 遊戯くんのターンになる。
 遊戯くんはデッキからカードをドローする前に、ぼくに話しかけてくる。
「させないよ……! その『フューチャー・フュージョン』は、易々と発動させるわけには行かない……!」
 遊戯くんが力強く言う。
 ぼくの『フューチャー・フュージョン』は、2ターン後に融合召喚を行うことができる。言い換えれば、「ぼくはこれから2ターン後に融合召喚を行います」と、対戦相手にばらしていることになる。
 ぼくが全力で希望の芽を育てると言うのなら、遊戯くんはそれを全力で阻止してくる。これは、当然のことなのだ。
「でも負けませんよ遊戯くん! この『フューチャー・フュージョン』は未来へと続く希望の芽……。絶対に実を結ばせてみせます!」
 みんなの声援を支えにして、自信一杯にぼくは言い返す。
「ふふ……それじゃあぼくのドローフェイズ行くよ! ドロー!」
 遊戯くんは声を弾ませて、デッキからカードをドローする。これで遊戯くんの手札は3枚。
「…………」
 もし、その3枚の手札に『サイクロン』があったら、ぼくの『フューチャー・フュージョン』は破壊されて、融合召喚は失敗してしまう。
 もし、その3枚の手札にモンスターカードがあって、召喚されて、攻撃されたら……。ぼくの場にある『ヒーロー・ブラスト』1枚だけでは攻撃を防ぎきることができず、確実にぼくは敗北してしまう。
 たくさんの障害が、ぼくの前に立ちはだかっている。それらをすべて乗り越えなければ、『フューチャー・フュージョン』の効果を発揮することはできない。希望の芽を育てきることはできない。
 だけど、いや、だからこそ、弱気になってはいけない。不安になってはいけない。
 遊戯くんがモンスターカードを持っていても、「ぼくの伏せカードは『激流葬』だよ、だからモンスターを召喚しないほうがいいよ」――そう思わせるくらいに、ぼくは自信満々でいる必要があるのだから!
「花咲くんっ! 踏ん張ってよっっ!!」
「ファイトッ! ファイトーーッ!! ファイトーーーッッ!!」
「はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ!」
 クラスメイト達からのエールが、ぼくの自信の糧となる。
 ぼくは、自然と笑みになっていく。
 一歩後ろが崖でも、獰猛な野獣が目の前にいても、みんなの応援があるからこそ、自然に笑うことができる! こんなにギリギリの場面でも、自信を保つことができる!
 さあ! 遊戯くん! かかってきなさい!
 遊戯くんは3枚の手札を重ねるように持ち直し、
「バトルフェイズだよ!」
 と宣言してきた。
 遊戯くんは手札を使うことなく、バトルフェイズ開始を宣言――モンスターが追加召喚されることはなかったのだ!

遊戯
LP 7601
(魔法・罠カードなし)
グリーン・ガジェット
攻撃表示
攻撃力1400
守備力600


(モンスターカードなし)
伏せカード
(ヒーロー・ブラスト)
フューチャー・フュージョン
永続魔法
花咲
LP 50

「『グリーン・ガジェット』でプレイヤーに直接攻撃だよ!」
 遊戯くんが、さっきまでより険しい表情で攻撃宣言を行う。
 ぼくはもちろん、デュエルディスクに手をかけ、伏せカードを発動させる!
「罠カード発動! 『ヒーロー・ブラスト』!」

ヒーロー・ブラスト
(罠カード)
自分の墓地に存在する「E・HERO」と名のついた
通常モンスター1体を選択し手札に加える。
そのモンスターの攻撃力以下の相手フィールド上
表側表示モンスター1体を破壊する。

「この罠カードによって、墓地にある『E・HERO アナザー・ネオス』を手札に加え、さらに遊戯くんの『グリーン・ガジェット』を破壊します!」
 デュエルディスクの墓地ゾーンから光のエフェクトが発され、遊戯くんの場にいる『グリーン・ガジェット』を巻き込んでいく。
「『グリーン・ガジェット』は破壊される……」
 遊戯くんが険しい表情のまま、呟くようにぼそっと言った。
「よっしゃあああっっ!! 花咲ぃぃ!!」
「行けるぞぉっ! 行けるぞぉぉっっ!!」
「はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃぃっ!!」
 クラスメイト達から歓声が届いてくる。それらがぼくの自信をますます強固なものにしていく。
「カードを1枚伏せて、ターンエンド……」
 そして、遊戯くんは、ターン終了を宣言する。
 このターン、遊戯くんは、『未来融合−フューチャー・フュージョン』を破壊することも、ぼくのライフを0にすることもできなかったのだ!

「ぼくのターンです! ドロー!」
 ターンが切り替わる。ぼくはためらうことなくデッキからカードをドローする。何か予感めいたものを感じて、ドローしたカードをばっと手元に持ってくる。

超融合
(速攻魔法カード)
手札を1枚捨てる。自分または相手フィールド上から
融合モンスターカードによって決められたモンスターを墓地へ送り、
その融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
このカードの発動に対して、魔法・罠・効果モンスターの効果を
発動する事はできない。(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

 そのカードもまた、ぼくに希望を与えるものだった。
 それは、『超融合』……! 相手モンスターとの融合を行える強力なカード!
 ぼくの今の手札には、『E・HERO エアーマン』がある。『E・HERO アナザー・ネオス』がある。『デュアルスパーク』がある。『超融合』がある。
 さらに場には、『未来融合−フューチャー・フュージョン』がある。
 希望の芽が、順調に育ってきている。すくすくと高く成長していっている。
 よし! このターンも、臆病になることなく、しかし無謀になることなく攻めていこう!
「行きますよ遊戯くん! 『E・HERO アナザー・ネオス』を召喚し、バトルフェイズに入ります!」
 前のターンと同じように、手札に『デュアルスパーク』を持ったまま、『E・HERO アナザー・ネオス』で攻めていく。
「『アナザー・ネオス』で直接攻撃です!」

遊戯
LP 7601
伏せカード

(モンスターカードなし)


E・HERO アナザー・ネオス
攻撃表示
攻撃力1900
守備力1300
フューチャー・フュージョン
永続魔法
花咲
LP 50

 遊戯くんの場には伏せカードがある。
 今回もそれが発動されて、攻撃が妨害されるんじゃないかと思っていたけど……
「……この伏せカードは発動しないよ」
 予想に反して、伏せカードが発動されることはなかった。
 そのおかげで、『E・HERO アナザー・ネオス』の攻撃は成功し、1900ポイントのダメージが発生。
 7601ポイントだった遊戯くんのライフは、ついに切り崩され、5701ポイントになった。
 会場からどっと歓声が沸く。
「ダイレクトアタックッ! 成功っっ!!」
「いいよ花咲くんっ! このままファイトだよーーーっ!!」
「はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ!」
「はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ!」
 クラスメイトからの歓声が、力が入りすぎた肩をぐっと支えてくれる。しびれてきた腕を支えてくれる。ふらふらする背中を支えてくれる。じくじくする足を支えてくれる。
 不安をみんなに支えてもらって、そのおかげで、ぼくは安心して次の行動を考えることができる。
 遊戯くんの伏せカード。遊戯くんの手札。あらゆる可能性がぼくの中に浮かんでいき、交差しあって一つの道を作り出す。
「カードを2枚伏せてターンエンドです」
 ぼくは『デュアルスパーク』と『超融合』のカードを伏せて、ターン終了を宣言した。
 『未来融合−フューチャー・フュージョン』による融合召喚が行われるのは、次のぼくのターン。その時になんとしてでも融合召喚を成功させるんだ!

「ぼくのターン……ドロー!」
 次の遊戯くんのターン。
 彼は、ドローしたカードをそのままデュエルディスクへと持っていく。
「ぼくはモンスター1体を裏側守備表示で通常召喚……」

遊戯
LP 5701
伏せカード

正体不明のモンスター
裏側守備表示




E・HERO アナザー・ネオス
攻撃表示
攻撃力1900
守備力1300
フューチャー・フュージョン
永続魔法
伏せカード
(デュアルスパーク)
伏せカード
(超融合)
花咲
LP 50

 その後、それ以上カードを出したり使ったりすることなく、
「ターンエンドだよ」
 と早々にターン終了を宣言する。
 遊戯くんのターンが、あっさりと終了しようとしている。
 次のぼくのターンが、やってこようとしている。
 『未来融合−フューチャー・フュージョン』によって、ぼくの場に強力な融合モンスターが現れる――そんな大きなチャンスが、やってこようとしている……!
 ……でも!
 ぼくの対戦相手は遊戯くんだ。そんな簡単に事が運ぶのだろうか? そんな易々と逆転を許してしまうのだろうか?
 遊戯くんの場には、裏側守備表示モンスター1体と、1枚の伏せカードがある。
 ぼくの場には、『E・HERO アナザー・ネオス』と『デュアルスパーク』がある。
 声援に包まれた中で、気持ちを落ち着けてしっかりと考える。
 遊戯くんの裏守備モンスターの正体……。遊戯くんの伏せカードの正体……。
 たくさんの可能性が、次から次へと頭の中を駆け巡っていく。
 前のターンで『E・HERO アナザー・ネオス』の召喚と直接攻撃に成功して……。ぼくの手札に『E・HERO エアーマン』があることを、遊戯くんは知っていて……。次のターンで融合召喚することも、遊戯くんは把握している……。
 そうだとすれば――
 ぼくの『未来融合−フューチャー・フュージョン』に備えて、強力な伏せカードを準備している可能性が高いんじゃないだろうか?
 前のターンで『E・HERO アナザー・ネオス』の直接攻撃に成功したのは、伏せカードを温存していたからじゃないだろうか?
 次のターンで『E・HERO エアーマン』を使って伏せカードを破壊しても、手遅れになるんじゃないだろうか?
 『激流葬』、『超融合』――これらのカードが、ぼくの頭に思い浮かぶ。
「遊戯くん、ちょっと待ってください」
 ぼくは、彼のターンエンド宣言にストップをかける。
 ここで遊戯くんのターンを終えるわけにはいかない。今このタイミングで伏せカードを破壊しておかないと、せっかくのチャンスが潰されてしまう!
 遊戯くんの目が、少しだけだけど見開いた気がする。
「ぼくは、遊戯くんのエンドフェイズに伏せカードを発動します。『デュアルスパーク』です!」

デュアルスパーク
(速攻魔法カード)
自分フィールド上に表側表示で存在する
レベル4のデュアルモンスター1体をリリースし、
フィールド上に存在するカード1枚を選択して発動する。
選択したカードを破壊し、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

「ぼくは『E・HERO アナザー・ネオス』を生け贄に、遊戯くんの伏せカードを破壊させていただきます!」
 このタイミングで攻撃力1900『アナザー・ネオス』を墓地に送ってしまうのは惜しいけれども、ここで勇気を出して伏せカードを破壊しておかなければ、取り返しのつかない事態になってしまいかねない……!
「うっ……」
 歯を食いしばるように、遊戯くんが声を出した。
 遊戯くんの伏せカードにバチバチと火花が散って、そのカードはソリッドビジョンにその正体を現しながら、フィールドから消え去っていく。
 伏せカードの正体――――それは、『超融合』だった。
 ぼくは思わず小さくガッツポーズを作っていた。
 このカードを次のターンまで持ち越されていたら、確実にぼくはやられていた。
 ぼくの読みはピタリと命中――ここで『デュアルスパーク』を発動できたことに大きな意味を見出せたのだ!
「やりやがったぜぇっ! 花咲ぃぃっっ!!」
 騒象寺くんが歓喜の叫びをあげる。
「花咲さんっ! いいよ! その調子だよっ!」
 野坂さんも「叫ぶ」と言うほどじゃないけど、とても大きな声をぼくに届けてくれる。
「はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ!」
「はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ!」
 ぼくの周りから円状にひときわ大きな歓声が広がっていく。花咲コールもそれに比例して大きくなる。
 みんなの声がぼくの耳に心地よく響いてくる。四方八方から聞こえてくる声援が、ぼくの力になってくれている。
 遊戯くんの伏せカード――『超融合』が破壊された後に、『デュアルスパーク』のドロー効果が適用される。
「ドロー!」
 ぼくはデッキの一番上から、カードを1枚手札へと加える。
 そのカードは――

ミラクル・フュージョン
(魔法カード)
自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカードによって
決められたモンスターをゲームから除外し、「E・HERO」という
名のついた融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

 『ミラクル・フュージョン』――またしても切り札と呼べるカードが来た!
 ぼくは場や手札のカードを見る。
 場には『未来融合−フューチャー・フュージョン』がある!
 場には『超融合』がある!
 手札には『ミラクル・フュージョン』がある!
 3種類の融合カードが全て揃っている!
「ターンエンド……」
 遊戯くんはもう一度ターン終了を宣言する。

遊戯
LP 5701
(魔法・罠カードなし)
正体不明のモンスター
裏側守備表示




(モンスターカードなし)
フューチャー・フュージョン
永続魔法
伏せカード
(超融合)
花咲
LP 50

 遊戯くんの場に、魔法・罠カードはない。
 あるのは、裏側守備表示のモンスター1体と、2枚の手札だけ……。
「ぼくのターン……! ドロー!」
 このターンのドローカードは、『E・HERO ネオス』。生け贄が必要な上級モンスターであるため、このターンで活躍させることはできない。
 それでも、ぼくの手元には『未来融合−フューチャー・フュージョン』がある。『超融合』がある。『ミラクル・フュージョン』がある。十分な戦力が集まっている。
 希望の芽が、大きく大きく成長したのを感じる。
 天空までそびえ立つ険しい壁を目指し、ぐんぐんと伸びていって、とうとうその壁の高さまで届こうとしている。
「…………」
 そんなぼくのことを、遊戯くんはじっと見ている。
 ただ、まっすぐに、射抜くように見ている。
 その表情は、伏せカードが破壊されて落ち込んでいる――そんな風には見えない。『未来融合−フューチャー・フュージョン』1枚だけだと油断している――そんな風にも見えない。
 遊戯くんは、ぼくの反撃が来ることをしっかりと理解している。その上で、ぼくの総攻撃を防ぎきってみせようと全力を尽くしている。
 彼の強固な意思が、後ずさりさせられそうなほどの圧力を伴って、ぼくに向けられている。とても強いパワーがぼくの前に展開されている。
 遊戯くんの場には、裏側守備表示のモンスター1体がいる。
 遊戯くんの手札には、2枚のカードがある。
 その裏側守備表示のモンスターが、戦士キラーの『サイファー・スカウター』だったら? その手札が、戦闘ダメージを0にできる『クリボー』だったら?
 この状態からでも、ぼくは遊戯くんに1ダメージも与えられないかもしれない。逆にダメージを受けて、ライフを0にされてしまうかもしれない。大きなプレッシャーがぼくに圧し掛かる。
「がんばってぇぇっ! がんばってぇぇっ!」
「今だ! 『フューチャー・フュージョン』行けぇぇっ!!」
 でも、みんなの声が聞こえる。背中をぐっと押さえてくれて、後ろに下がってしまいそうになるのを止めてくれる。
 だからぼくは、思い切って遊戯くんを指差し、
「さあ遊戯くん! 勝負です!」
 と自信満々に言う。
 遊戯くんはゆっくりと頷いて、
「うん……!」
 と答える。たったそれだけの言葉なのに、遊戯くんの体から重圧がにじみ出てくる。
 仲間の声援に背中を支えてもらいながら、ぼくは、右手を勢いよく引っ込めて、
「スタンバイフェイズです!」
 と大きな声を出して宣言する。

未来融合−フューチャー・フュージョン
(永続魔法カード)
自分のデッキから融合モンスターカードによって決められたモンスターを
墓地へ送り、融合デッキから融合モンスター1体を選択する。
発動後2回目の自分のスタンバイフェイズ時に選択した融合モンスターを
自分フィールド上に特殊召喚する(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

「分かっていると思いますけど、このターンで『フューチャー・フュージョン』が場に出てから2回目のスタンバイフェイズを迎えました。『E・HERO アブソルートZero』を融合召喚します!」
 希望の芽が未来への架け橋を渡って、ぼく達の前に姿を現そうとしている。
「来た来た来たぁぁーーーーーっっ!!」
「いいぞ花咲! 花咲っ!」
「はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ!」
 みんなの声援に歓迎されながら、氷の融合体エレメンタルヒーロー『E・HERO アブソルートZero』が姿を現していく。
 まずは、1体目……!

遊戯
LP 5701
(魔法・罠カードなし)
正体不明のモンスター
裏側守備表示




E・HERO
アブソルートZero

攻撃表示
攻撃力2500
守備力2000
フューチャー・フュージョン
永続魔法
伏せカード
(超融合)
花咲
LP 50

「さらに手札から『E・HERO エアーマン』を召喚。その効果で、デッキから『E・HERO アナザー・ネオス』を手札に加えます」
 風を操る『E・HERO エアーマン』が、風のエフェクトとともに颯爽とフィールドへと現れていく。
 これで2体目……!

遊戯
LP 5701
(魔法・罠カードなし)
正体不明のモンスター
裏側守備表示




E・HERO
アブソルートZero

攻撃表示
攻撃力2500
守備力2000
E・HERO
エアーマン

攻撃表示
攻撃力1800
守備力300
フューチャー・フュージョン
永続魔法
伏せカード
(超融合)
花咲
LP 50

 2体のヒーローが現れ、ぼくに向けられる声援のエネルギーがさらに増している。
 今の時点でさえ、とても大きなエネルギーなのに、これ以上大きくなったらどうなるんだろう? そんなことを考えながら、手札の『ミラクル・フュージョン』を見やる。
「まだまだ終わりませんよ! 遊戯くん!」
 ぼくの言葉に、遊戯くんの眉が動く。
「そのカード……『ミラクル・フュージョン』……?」
「はい! ぼくは手札から『ミラクル・フュージョン』を発動します!」

ミラクル・フュージョン
(魔法カード)
自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカードによって
決められたモンスターをゲームから除外し、「E・HERO」という
名のついた融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

「墓地の『E・HERO アナザー・ネオス』と『E・HERO オーシャン』を除外して、『E・HERO The シャイニング』を融合召喚です!」
 これで……3体目!

遊戯
LP 5701
(魔法・罠カードなし)
正体不明のモンスター
裏側守備表示




E・HERO
アブソルートZero

攻撃表示
攻撃力2500
守備力2000
E・HERO
エアーマン

攻撃表示
攻撃力1800
守備力300
E・HERO
The シャイニング

攻撃表示
攻撃力3200
守備力2100
フューチャー・フュージョン
永続魔法
伏せカード
(超融合)
花咲
LP 50

 モンスターが召喚、融合召喚されていくたびに歓声は大きくなっていき、その歓声は今、最高潮を迎えた。
「うおぉおぉおぉおおおぉおおっっ!」
「花咲来たぁぁああぁ!!」
 攻撃力2500!
 攻撃力1800!
 攻撃力3200!
 その上、ぼくの場には、速攻魔法『超融合』が伏せてある! 遊戯くんの妨害が入らなければ、このターンで遊戯くんのライフポイントを0にすることができる!
「はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ!」
「はーなさきいぃっ! はーなさきいぃっ! はーなさきいぃっ!」
「はーなさきぃぃっ! はーなさきいぃっ! はーなさきぃぃっ!」
 会場を声援が包み込んでいる。
 攻撃力の低いモンスターなら、そこにいるだけで吹き飛ばされてしまいそうなほどのエネルギーが、グラウンドに渦巻いている。
「バトルフェイズです!」
 ぼくは、今大会最後になるかもしれないバトルフェイズの開始を宣言する。
 この開始宣言だけで、大きな音の波がいくつも発生して、重なり合っていく。騒象寺くんのデュエルに匹敵するほどの声援が、出来上がっていく。
「はーなさきいぃっ! はーなさきぃぃっ! はーなさきいぃっ!」
「はーなさきいぃっ! はーなさきいぃっ! はーなさきぃぃっ!」
「はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ!」

 でも、騒象寺くんの時とは、ひとつだけ決定的な違いがあった。

「遊戯ぃぃーーーっ!! 負けんじゃないぞぉぉーーーっ!!」
「踏ん張りやぁーがぁぁーーーれぇぇーーーーっっ!」
「負けないでぇーーーーっっ! 遊戯ーーーっ!!」
「遊戯くーーーんっ! 遊戯くーーーんっっ!」
「遊戯ぃーーーっ! 頑張れよーーーーーっっ!!」

 城之内くんの声。本田くんの声。真崎さんの声。獏良くんの声。御伽くんの声。そして、2年B組の声。
 先鋒戦では、遊戯くんチームへの声援は、騒象寺くんへの応援に打ち負けて、デュエルの最後にはほとんど聞こえなくなっていた。
 それが、今回はそうはならなかったのだ。
「もっと大きな声を出すぞぉーーっ!」
「オレ達が負けちゃいかんだろぉぉーーーっ!」
 城之内くんや本田くんが、みんなに呼びかけている。
 その呼びかけに答えて、2年B組の生徒たちも全力で声を出す。
 ぼく達がデュエルをしている間に、会場にいる2年B組の生徒が一箇所に集まっていき(さすがに海馬くんはいないようだけど)、そこから騒象寺くん達に負けないエネルギーが放たれていた。
 2年B組の声援を受けてか、会場からぽつぽつと聞こえていただけだった遊戯くんへの声援が、どんどん膨れ上がっていく。
「遊戯! 遊戯! 遊戯!」
「遊戯! 遊戯! 遊戯!」
「遊戯っ! 遊戯っ! 遊戯っ!」
「遊戯っ! 遊戯っ! 遊戯っ!」
「ゆうぅぎぃっ! ゆうぅぎぃっ! ゆうぅぎぃっ!」
「ゆうぅぎぃっ! ゆうぅぎぃっ! ゆうぅぎぃっ!」
「ゆうぅぎぃっっ!! ゆうぅぎぃっっ!! ゆうぅぎぃっっ!!」
「ゆうぅぎぃっっ!! ゆうぅぎぃっっ!! ゆうぅぎぃっっ!!」
 耳を澄まさなくても、遊戯コールが聞こえてくる。
 騒象寺くんのおかげでまだまだぼくへの応援のほうが大きいけど、それでも、ほとんど10対0になっていたのが、8対2……7対3くらいにまで取り戻されてしまう。
 この応援に、遊戯くんはとても満足そうな表情になって、
「さあ! キミのバトルフェイズだよ! 掛かってきなよ!」
 そうやってぼくのことを挑発してくる。

遊戯
LP 5701
(魔法・罠カードなし)
正体不明のモンスター
裏側守備表示




E・HERO
アブソルートZero

攻撃表示
攻撃力2500
守備力2000
E・HERO
エアーマン

攻撃表示
攻撃力1800
守備力300
E・HERO
The シャイニング

攻撃表示
攻撃力3200
守備力2100
フューチャー・フュージョン
永続魔法
伏せカード
(超融合)
花咲
LP 50

 たったそれだけの挑発で、ぼくはぶるっと震え上がってしまう。
 遊戯くんの場にいる裏側守備表示のモンスターが、とても強敵なんじゃないかと思えてしまう。
 正体不明の裏側守備表示モンスター。それは『サイファー・スカウター』なんじゃないか? 守備力3800になって、ぼくに大ダメージを与えてくるんじゃないか?
 正体不明の裏側守備表示モンスター。それは『マシュマロン』なんじゃないか? 攻撃された時に効果が発動して、ぼくに1000ダメージを与えてくるんじゃないか?
 みるみるうちに不安と弱気がぼくに入り込んでくる。
 だから、ぼくはぎゅっと目をつぶる。
「花咲ぃぃぃーーーーっっ!! 花咲ぃぃぃーーーーっっ!!!」
 騒象寺くんの声が聞こえてくる。10人分以上の声量が、周囲を震え上がらせるくらい強力なパワーを放っている。
「頑張ってぇぇーーーーっっ! 頑張ってよぉぉーーーーっっ!」
 野坂さんの声が聞こえてくる。声が時々裏返ってしまっていて、全力で声を出してくれているのだとよく伝わってくる。
「負けるなぁぁぁぁっっ!! 花咲ぃーーーーっ!!」
「あと少しだよっ!! あと少しだよっっ!!」
「勝ってみせろよぉぉぉーーーーっっ!!」
 たくさんの声が、ぼくに向けられているのが分かる。
 本気の応援が、ぼくに向けられているのが、涙が出てきそうなくらいよく分かる。
 10対0が、7対3になったからどうしたというのだろう? ぼくに向けられている応援が減ったわけじゃないんだよ!?
 ぼくの不安は取り除かれ、弱気になりかけた心を強い自信で染めてくれる。
 このチャンスを逃すわけにはいかない。
 遊戯くんの裏守備モンスターが『サイファー・スカウター』である確率は、低いはずなんだ。攻撃をためらって次のターンでダメージを受ける確率のほうが、一段と高いはずなんだ。
 攻め込むって決めていた。既に3体のモンスターを出した。バトルフェイズも始まっている。ここで相手の挑発に戸惑っている場合じゃない!
「はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ!」
「はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ!」
 みんなの声が、恐怖を払ってくれる。ぼくの道を照らしてくれる。
 だから、
「『E・HERO エアーマン』で、裏側守備表示のモンスターへ攻撃です!」
 ぼくは攻撃宣言を行う。
 歓声が大きすぎて、ぼくの攻撃宣言は、マイクを通しても周囲にほとんど聞こえなくなっていた。
 ソリッドビジョン上の『E・HERO エアーマン』が、動き出したことで、初めて歓声が広がっていく。ぼく達に近い内側から順番に、歓声の波が広がっていく。
 ぼくの『エアーマン』は、渦巻きを作り出して、遊戯くんの裏守備モンスターへ攻撃する。
 裏側守備表示のモンスターが、その正体を現していく……。

D.D.クロウ 闇 ★
【鳥獣族・効果】
このカードを手札から墓地に捨てる。
相手の墓地に存在するカード1枚をゲームから除外する。
この効果は相手ターンでも発動する事ができる。
攻撃力100/守備力100

 『D.D.クロウ』。
 手札から発動できる効果を持っているけど、フィールドに出たらただの攻撃力100守備力100の弱小モンスター……。
「…………」
 遊戯くんは、無言でその様子を見守っている。
 単なる、ブラフ(こけおどし)……。
 または、戦闘ダメージを減らすためだけの、壁……。
 遊戯くんの裏守備モンスターは、『E・HERO エアーマン』の風に巻き込まれてあっさりと破壊されていく……。

遊戯
LP 5701
(魔法・罠カードなし)
(モンスターカードなし)


E・HERO
アブソルートZero

攻撃表示
攻撃力2500
守備力2000
E・HERO
エアーマン

攻撃表示
攻撃力1800
守備力300
E・HERO
The シャイニング

攻撃表示
攻撃力3200
守備力2100
フューチャー・フュージョン
永続魔法
伏せカード
(超融合)
花咲
LP 50

 道は開けた。
 遊戯くんの場からカードが完全に消え去った。
 ぼくのフィールドには、まだ攻撃を行っていないモンスターが2体も残っている。場には『超融合』も伏せてある。
 歓声が、とても気持ちいい。
「行きますよっ! 遊戯くんっ! 『アブソルートZero』でっ! 直接攻撃っ!」
 ぼくは歓声に負けないように、一語一句ハッキリと大きな声を出す。
 その声が届き、『E・HERO アブソルートZero』が遊戯くんに向かって氷の道を作り出す。
 氷の道が遊戯くんに襲い掛かる。
「……っ」
 遊戯くんは無抵抗のまま、その攻撃を受ける。
 ソリッドビジョンにライフポイントが表示される。
 5701。
 その数値が減っていく。5500、5000、4500、4000、3500…………そして、3201。
 遊戯くんの手が動く。口が動く。
「手札の……………………動っ! ……………………召喚っ! ……………………っ! ……………………………………召喚だっ! ………………守備表示だっ!」
 遊戯くんの声は、周囲の歓声にかき消され、ぼくのところまでしっかりとは届かない。
 少し遅れるようにして、ソリッドビジョンに、2体のモンスターが表示されていく。

遊戯
LP 3201
(魔法・罠カードなし)
冥府の使者ゴーズ
守備表示
攻撃力2700
守備力2500
冥府の使者カイエントークン
守備表示
攻撃力2500
守備力2500


E・HERO
アブソルートZero

攻撃表示
攻撃力2500
守備力2000
E・HERO
エアーマン

攻撃表示
攻撃力1800
守備力300
E・HERO
The シャイニング

攻撃表示
攻撃力3200
守備力2100
フューチャー・フュージョン
永続魔法
伏せカード
(超融合)
花咲
LP 50

 『冥府の使者ゴーズ』。
 『冥府の使者カイエントークン』。

冥府の使者ゴーズ 闇 ★★★★★★★
【悪魔族・効果】
自分フィールド上にカードが存在しない場合、相手がコントロールするカードによって
ダメージを受けた時、このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
この方法で特殊召喚に成功した時、受けたダメージの種類により以下の効果を発動する。
●戦闘ダメージの場合、自分フィールド上に「冥府の使者カイエントークン」
(天使族・光・星7・攻/守?)を1体特殊召喚する。このトークンの攻撃力・守備力は、
この時受けた戦闘ダメージと同じ数値になる。
●カードの効果によるダメージの場合、受けたダメージと同じダメージを相手ライフに与える。
攻撃力2700/守備力2500

 遊戯くんが持っていた2枚の手札のうちの1枚。
 それは、ダメージを受けた時に特殊召喚できる『冥府の使者ゴーズ』だった。
 遊戯くんの場には、攻撃力2700守備力2500の『冥府の使者ゴーズ』と、攻撃力2500守備力2500の『カイエントークン』の2体の上級モンスターが出されてしまった。
 元々ライフポイント1でダメージを受けたらその時点で負けてしまうはずなのに、ダメージを受けること前提の『冥府の使者ゴーズ』を使ってくるなんて……!
「………………たせはしないよ!」
 遊戯くんが険しい表情で、そう言った。
 その声はちゃんと聞き取れなかったけれども、おそらく、遊戯くんは「勝たせはしないよ」と言ったのだろう。
 遊戯くんは、『冥府の使者ゴーズ』や『カイエントークン』でダメージを逃れ、次のターンで、ぼくの『E・HERO エアーマン』へ攻撃を仕掛けてダメージを与えるつもりなのだ。
「よっしゃああぁーーーーーっっ!!」
「いいぞぉーーーーっ! 遊戯ぃぃーーーーっ!!」
「ゆうぅぎっ! ゆうぅぎっっ! ゆうぅぎっ!」
「ゆうぅぎぃっっ!! ゆうぅぎぃっっ!! ゆうぅぎぃっっ!!」
 遊戯くんへの声援がぐんと大きくなる。
 7対3くらいだった声援が、6対4となり、5対5となり、ぐいぐいと押されていってしまう。ぼくへ向けられた声援と、遊戯くんに向けられた声援が、半々くらいになっていく。
 でも、みなさん安心してください!
 ぼくは、大丈夫です!
 まだ、切り札が残っています!
 ぼくはデュエルディスクのボタンに手をかける。
「伏せカードを! オープンします! 手札を1枚捨てて、速攻魔法! 『超融合』を発動!」

超融合
(速攻魔法カード)
手札を1枚捨てる。自分または相手フィールド上から
融合モンスターカードによって決められたモンスターを墓地へ送り、
その融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
このカードの発動に対して、魔法・罠・効果モンスターの効果を
発動する事はできない。(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

 ソリッドビジョンに光の渦のエフェクトが現れる。
 それが超融合だと気づいた観客から、再び歓声が巻き起こる。
「『超融合』来たぞぉぉおぉーーーーーっっ!!」
「花咲ぃぃーーーっ! がんばれぇーーーっ! がんばれぇえーーーっ!!」
「はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ!」
「はぁぁなさきぃぃっっ!! はぁぁなさきぃぃっっ!! はぁぁなさきぃぃっっ!!」
 仲間たちの歓喜の声が、心地よく響き渡る。
「遊戯くんの『カイエントークン』は! 光属性! です! 遊戯くんの『カイエントークン』と! ぼくの『E・HERO アブソルートZero』とを! 融合素材にします! 『E・HERO The シャイニング』を! 融合召喚!」

遊戯
LP 3201
(魔法・罠カードなし)
冥府の使者ゴーズ
守備表示
攻撃力2700
守備力2500


E・HERO
エアーマン

攻撃表示
攻撃力1800
守備力300
E・HERO
The シャイニング

攻撃表示
攻撃力3200
守備力2100
E・HERO
The シャイニング

攻撃表示
攻撃力3200
守備力2100
フューチャー・フュージョン
永続魔法
花咲
LP 50

 光の渦は、強力な光のヒーローを呼び出す。
 攻撃力3200の『E・HERO The シャイニング』が、もう1体、ぼくのフィールドへと現れる。
 『超融合』の融合素材にすることで、遊戯くんの『カイエントークン』を除去することができたばかりか、ぼくのフィールドに、攻撃可能な融合モンスターを出すことができたのだ!
 しかも……!
「しかも! それだけじゃありません! ぼくの『E・HERO アブソルートZero』には、効果が! あります!」

E・HERO アブソルートZero 水 ★★★★★★★
【戦士族・効果】
「HERO」と名のついたモンスター+水属性モンスター
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードの攻撃力は、フィールド上に表側表示で存在する
「E・HERO アブソルートZero」以外の
水属性モンスターの数×500ポイントアップする。
このカードがフィールド上から離れた時、
相手フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。
攻撃力2500/守備力2000

 このカードがフィールド上から離れた時、相手フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。
 『超融合』の融合素材にした『E・HERO アブソルートZero』には、相手モンスターを破壊できる効果がある!
「『E・HERO アブソルートZero』がフィールドから離れたことにより! 遊戯くんのモンスターを! すべて! 破壊します!」
 凍結のエフェクトが遊戯くんの場に広がっていく。
 遊戯くんの『冥府の使者ゴーズ』は、全身がピシッと凍り付いて、フィールドから姿を消していく。
 『カイエントークン』は、『超融合』の光の渦に飲まれて倒された。
 『冥府の使者ゴーズ』は、『E・HERO アブソルートZero』の絶対零度効果によって倒された。

遊戯
LP 3201
(魔法・罠カードなし)
(モンスターカードなし)


E・HERO
エアーマン

攻撃表示
攻撃力1800
守備力300
E・HERO
The シャイニング

攻撃表示
攻撃力3200
守備力2100
E・HERO
The シャイニング

攻撃表示
攻撃力3200
守備力2100
フューチャー・フュージョン
永続魔法
花咲
LP 50

 これで、遊戯くんの場から、モンスターがいなくなった……!
 しかも、ぼくの『超融合』に利用される形で、場から消え去った……!
「やったよぉぉーーーっ! やったよぉぉーーーーっっ!!」
「行けっっ! 花咲行けぇぇっっ!!」
「はーなさきぃぃっ! はーなさきぃぃっ! はーなさきいいぃぃっっ!!」
 ぼくへの歓声が大きくなっていく。5対5になっていたのが、6対4となり、7対3となり、8対2となり……。ぼくへ向けられた声が、再び膨れ上がっていく。
 ぼくの場に残っているモンスターのうち、攻撃を行っていないのは、攻撃力3200の『E・HERO The シャイニング』と、もう1体の、『E・HERO The シャイニング』。
「行きますよ! 遊戯くん!」
 ぼくがそう言うと、その声は聞こえたのだろうか、遊戯くんが深く頷いた。
「『E・HERO The シャイニング』で! 直接攻撃!」
 ぼくは大声で攻撃宣言する。
 1体目の『E・HERO The シャイニング』は、まばゆいほどの光を放って、遊戯くんへと攻撃を行う。
「…………」
 遊戯くんは無抵抗のまま、その攻撃を受ける。
 光が消えると、ソリッドビジョンにライフポイントが表示される。
 3201から、3000……2500……2000……1000……500……。
 そして、ライフポイント……1へ。

遊戯
LP 1
(魔法・罠カードなし)
(モンスターカードなし)


E・HERO
エアーマン

攻撃表示
攻撃力1800
守備力300
E・HERO
The シャイニング

攻撃表示
攻撃力3200
守備力2100
E・HERO
The シャイニング

攻撃表示
攻撃力3200
守備力2100
フューチャー・フュージョン
永続魔法
花咲
LP 50

 とうとうここまでやってきた。
 ライフポイント50vsライフポイント7601。
 絶望的な状況から、みんなの力強い声援に支えられながら、希望の芽を守って、育てて育てて……。
 ライフポイント50vsライフポイント1。
 とうとう、遊戯くんに追いついた。少しだけ、前に出ることができた。
「はーなさきぃっ! はーなさきぃっ! はーなさきぃっ!」
「はーなさきぃぃっ!! はーなさきぃぃっ!! はーなさきぃぃっ!!」
「はぁーなさきぃぃっっ!! はぁーなさきぃぃっっ!! はぁーなさきぃぃっっ!!」
 遊戯くんの場には、モンスターカードも魔法カードも罠カードも出ていない。
 遊戯くんの手札は、1枚。
 遊戯くんのライフポイントは、1。
 そんな状況で、ぼくのバトルフェイズはまだ続いている! 2体目の『E・HERO The シャイニング』は、これから攻撃を行うことができる!
 ぼくは、びしっと人差し指を遊戯くんに向ける。
「『E・HERO The シャイニング』で! 直接攻撃! です!」
 もう1体の『E・HERO The シャイニング』が、まばゆい光を作り出す。
 ライフポイント1の遊戯くんに、攻撃力3200の直接攻撃。
 光が放たれる。
 1、2秒の間だけ、目の前が真っ白になる。
 そのせいで、たくさんの歓声が、ぼくの耳で、頭で、響いている。
「…………リボー発動!」
 その中に、遊戯くんの言葉が聞こえた。
 『クリボー』……?
 視界が元に戻る。
 遊戯くんの場には、小さな爆発のエフェクトが残っていた。

クリボー 闇 ★
【悪魔族・効果】
相手ターンの戦闘ダメージ計算時、このカードを手札から捨てて発動する。
その戦闘によって発生するコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。
攻撃力300/守備力200

 『クリボー』。
 最後の手札は、『クリボー』……。
 遊戯くんに残された、最後の1枚の手札は、『クリボー』だった……!
 『クリボー』は、手札から発動され、戦闘ダメージを一度だけ0にする効果を持っている。
 遊戯くんは、『クリボー』の効果で、ぼくの『E・HERO The シャイニング』からの戦闘ダメージを0にしてきたのだ!

遊戯
LP 1
(魔法・罠カードなし)
(モンスターカードなし)


E・HERO
エアーマン

攻撃表示
攻撃力1800
守備力300
E・HERO
The シャイニング

攻撃表示
攻撃力3200
守備力2100
E・HERO
The シャイニング

攻撃表示
攻撃力3200
守備力2100
フューチャー・フュージョン
永続魔法
花咲
LP 50

 ぼくのフィールドにいるモンスターは、これで全て攻撃が終わってしまった。
 遊戯くんのライフポイントは、1。
 その1ポイントで、踏みとどまられてしまった。
 最後に残った、たったの1ポイントのライフが、とても大きな障害に見えてしまう。
 今のぼくの手札には、魔法や罠カードは存在しない。このターン、これ以上行えることは何もない。
「ターンエンド……」
 ぼくは呟くように言って、手のひらを返すジェスチャーで、ターン終了を遊戯くんに告げた。

 遊戯くんのライフポイントは1。
 遊戯くんの場のカードは0枚。
 遊戯くんの手札も0枚。
 届かないと思っていた壁に、ぼくは追いつくことができた。希望の芽はぐんぐんと成長して、つぼみをつけ、花が開きかけるところまで成長した。
 それでも、ぼくのライフは50。
 少しの衝撃だけでも、茎が折れ、花は枯れてしまう。
「………………ン! ……ロー!」
 遊戯くんのターン。
 遊戯くんが、ターン開始を宣言して、ドローのためにデッキに手を伸ばす。
 ライフポイント50vsライフポイント1。
 少しでもダメージを受けた時点で負けてしまう今の状況で、先に攻撃する機会を与えられたのは、遊戯くんだ。
 ぼくの場には、攻撃力1800の『E・HERO エアーマン』が、攻撃表示のまま場に残っている。
 だから、遊戯くんは、攻撃力1850以上のモンスターを出せば、ぼくのライフを0にすることができる。
 遊戯くんの手札は0枚。
 もし、遊戯くんのドローカードが攻撃力1900になれる『魔導戦士 ブレイカー』だったら、ぼくの敗北が決定してしまう。
 もし、遊戯くんのドローカードが攻撃力2100である『サイバー・ドラゴン』だったら、ぼくの敗北が決定してしまう。
 もし、遊戯くんのドローカードが攻撃力3350になれる『サイファー・スカウター』だったら、ぼくの敗北が決定してしまう。
 遊戯くんの右手が、デッキの一番上のカードに触れる。
 遊戯くんの心は、折れることはない。
 ぼく以上に追い詰められているはずなのに、表情に迷いはなく、態度は堂々としていて、とても強い心がぼくに伝わってくる。
 このドローカードで逆転の一枚を引けると確信している――そんな雰囲気がオーラのように生み出されている。
 どくんと、ぼくの心臓が音を立てた。
 飛び交う歓声が、無音になってしまったかのような錯覚を覚える。
 ぼくの前には、3本の剣。
 遊戯くんの前には、1本の剣。
 ぼくの前にある剣は、丈夫で切れ味も鋭い名刀だけど、ぼくはすぐには体を動かすことができない。遊戯くんが、自分の剣を手に取る。
 遊戯くんの動きが、とてもゆっくりに見える。
「…………」
 遊戯くんは、デッキからドローしたカードを90度回転させて、確認する。
 彼は少しだけ笑みを浮かべて、そのカードをデュエルディスクへ、セット、する。

遊戯
LP 1
(魔法・罠カードなし)
正体不明のモンスター
裏側守備表示




E・HERO
エアーマン

攻撃表示
攻撃力1800
守備力300
E・HERO
The シャイニング

攻撃表示
攻撃力3200
守備力2100
E・HERO
The シャイニング

攻撃表示
攻撃力3200
守備力2100
フューチャー・フュージョン
永続魔法
花咲
LP 50

 遊戯くんの場には、裏側守備表示のモンスターが、1体だけ出された。
 それはつまり、『魔導戦士 ブレイカー』を引けなかったと言うことであり、『サイバー・ドラゴン』を引けなかったと言うことでもあり、『サイファー・スカウター』を引けなかったと言うことでもある。
「はーなさきぃっ! はーなさきぃっ! はーなさきぃっ!」
「はーなさきぃぃっ! はーなさきぃっ! はーなさきぃぃっ!」
「はーなさきぃぃっ!! はーなさきいぃっ!! はーなさきいぃっ!!」
「はぁーなさきいぃっ!! はぁーなさきぃぃっ!! はぁーなさきぃぃっ!!」
 飛び交う歓声が、もう一度、ぼくの耳に届いてくる。
 遊戯くんが手に取った剣は、守りに使うことしかできなかった。水平に構えて、敵襲に備えることしかできなかった。彼は、最後のチャンスを逃してしまったのだ。
「…………ン終了」
 遊戯くんの声が部分的に聞こえてくる。
 遊戯くんは、ぼくと同じように、手のひらを返してターンエンドの合図をしてくれる。

 心臓がばくばくと高鳴っている。
 勝てる。遊戯くんに勝てる。
 とうとう、勝てる。
「ぼくのターン! ドロー」
 このターンでのドローカードは、『E・HERO プリズマー』。
 遊戯くんの場には、裏側守備表示モンスターが1体だけ出されている。それ以外のカードは、手札を含めてまったく存在していない。
 遊戯くんの、その1体だけの裏守備モンスターが、今度こそ、本当に最後の壁。
 その壁を乗り越えれば、ぱああっと希望の花が咲いてくれる。
「はーなさきぃぃっ! はーなさきぃっ! はーなさきぃぃっ!」
「はーなさきぃぃっ!! はーなさきいぃっ!! はーなさきいぃっ!!」
 とても多くの声援に身を任せながら、ぼくは最後の思考を始める。
 あの裏守備モンスターは、『サイファー・スカウター』じゃないのか? いや、そうだとしたら、さっきのターンに攻撃表示で出さなかったのは不自然だ。
 あの裏守備モンスターは、『マシュマロン』かもしれないよ? いや、そもそも『マシュマロン』は、ガジェットデッキと相性がよかったっけ?
「うおおぉぉぉーーーーっっ!! 行けるぞぉぉ花咲ぃぃーーーっ!! ぶっとばせぇぇーーーーーっっ!!」
 騒象寺くんの声が聞こえる。
「あと少しだよぉーーーーっ!! あと少しだよぉぉーーーーっ!! あと少しだよぉおぉぉーーーーっっ!!」
 野坂さんの声が聞こえる。
「行けぇぇーーーっ! 花咲ぃぃーーーっ! 行けえぇぇーーーっっ!!」
「勝ってくれぇぇーーーっ! 花咲いぃぃーーーーっっ!!」
 根津見くんの声が聞こえる。孤蔵乃くんの声が聞こえる。
「はーなさきぃぃっ! はーなさきぃっ! はーなさきぃぃっ!」
「はーなさきぃぃっ!! はーなさきいぃっ!! はーなさきいぃっ!!」
「はーなさきぃぃっっ!! はーなさきいぃっっ!! はーなさきぃぃっっ!!」
 みんなの声が聞こえる。
 ぼくは、右手の手札を左手へと持ち替え、右手で小さく握りこぶしを作る。
 大丈夫、行ける。
 この勝負、勝てる。
 ぼくは、遊戯くんの目を見る。
 そして、
「最後の、バトルフェイズです」
 かみしめるように、自分に言い聞かせるように、そう言った。
 その時の声は、決して大きなものじゃなかったのに、遊戯くんにはしっかりと届いたようだった。遊戯くんが、小さく頷く。
「『E・HERO The シャイニング』で! 裏守備モンスターへ! 攻撃!」
 『The シャイニング』は、再びまばゆい光を作り出して、遊戯くんのモンスターへと攻撃する。
 強い光のエフェクトのせいで、裏守備モンスターの正体は、すぐには分からない。
 遊戯くんは、デュエルディスクにセットしてあるカードを手にとって、くるりと、ぼくへと見せてくれる。
 光のエフェクトが薄れていくと、そのカードのイラストが目に飛び込んでくる。
 それは、『サイファー・スカウター』でも『マシュマロン』でもなく――

イエロー・ガジェット 地 ★★★★
【機械族・効果】
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
デッキから「グリーン・ガジェット」1体を手札に加える事ができる。
攻撃力1200/守備力1200

 『イエロー・ガジェット』。
 何のことはない。ブラフ(こけおどし)で出しただけのカードだ。
 遊戯くんは、ふっと笑っていた。
 遊戯くんの『イエロー・ガジェット』は、ガシャンと音を立てて破壊されていく。

遊戯
LP 1
(魔法・罠カードなし)
(モンスターカードなし)


E・HERO
エアーマン

攻撃表示
攻撃力1800
守備力300
E・HERO
The シャイニング

攻撃表示
攻撃力3200
守備力2100
E・HERO
The シャイニング

攻撃表示
攻撃力3200
守備力2100
フューチャー・フュージョン
永続魔法
花咲
LP 50

 今度こそ、遊戯くんには何もない。
 彼のフィールドには、モンスターは出ていない、魔法も出ていない、罠も出ていない。彼の手札は1枚たりとも存在していないし、墓地から発動するカードもない。
 遊戯くんのライフポイントは、1。
 次の攻撃で、すべてが、終わる。
 この大将戦が、終わる。
 この決勝戦が、終わる。
 この決勝トーナメントが……、終わる。
 この童実野高校デュエルモンスターズ大会が…………、終わる……。
 この1週間、色々なことがあった。挙げても挙げても尽きないくらいに、たくさんの出来事があった。
 嬉しかったこと、楽しかったこと、喜んだこと、落ち込んだこと、悔しかったこと……。
 そのすべてが、ここで終わるんだ……。
「最後の! 攻撃ですっ!」
 ぼくは感情のままに声を出す。
「『E・HERO The シャイニング』でっ! 直接攻撃ですっ!」
 最後の攻撃宣言は、ちょっと涙声になっていたかもしれない。
 そんなぼくの声を拾い上げて、『E・HERO The シャイニング』が動き出す。
 『The シャイニング』は、光を作り出して、遊戯くんに攻撃を行う。
 ぼく達の周囲は、再び光に包まれる。
 ソリッドビジョンにライフポイントの表示が現れたのが、うっすらと見えた。
 たった1ポイントのライフが、ようやく……ようやく、0になっていく……。

遊戯
LP 0
(魔法・罠カードなし)
(モンスターカードなし)


E・HERO
エアーマン

攻撃表示
攻撃力1800
守備力300
E・HERO
The シャイニング

攻撃表示
攻撃力3200
守備力2100
E・HERO
The シャイニング

攻撃表示
攻撃力3200
守備力2100
フューチャー・フュージョン
永続魔法
花咲
LP 50

 遊戯くんのライフポイントの表示が0になっている。
 その数字が、じんわりと少しずつ、ぼくの体の中に染みこんでいく。
 高い高い壁を目指してぐんぐんと成長した希望の芽は、壁を乗り越えて、とうとうその花を咲かせた。
 ソリッドビジョンで表示されていたモンスターやカードが、すうっと消えていく。
 歓声はまだまだ収まる気配を見せていない。そんな中、遊戯くんがぼくの近くまで歩いてくる。

「おめでとう花咲くん。キミの勝ちだよ」

 かなり近づいていたおかげで、遊戯くんの声が、ぼくの耳までちゃんと聞こえてくる。
「とても……楽しかった! 花咲くん、騒象寺くん、リボンちゃん、それにクラスメイト……みんなが本気でぶつかってきてくれて、たくさんワクワクして、たくさんドキドキした! デュエルがこんなにも楽しいんだって、心の底から思えた! デュエルがもっともっと好きになれた!」
 遊戯くんは、今までに見たことがないくらい嬉しそうな笑顔になって、
「だから、ありがとう……。花咲くん!」
 ぼくに右手を差し出してくる。
 ぼくは、ちょっとだけ涙が溜まっていたけど、なんだか嬉しくなって、頬が緩んでしまう。
 きっと変な笑顔になっているのだろうな……。ぼくはそう思いながら、
「こちらこそ、ありがとう遊戯くん」
 と言って、遊戯くんの右手をとって握手をする。
 最後にデュエルを受けてくれて、ありがとう。ちょっと辛い場面もあったけど、全力で闘ってくれてありがとう――そんな意味をこめて……。
「遊戯くんとデュエルできて、本当によかった……。ぼくも、そう思います」
 ぼく達は握手していた右手を離す。
 ぼくは「へへへ」と不気味に笑い、遊戯くんは「ふふふ」と満たされたように笑う。
 遊戯くん達との距離も、近づいた気がする。胸の中からほうっと温かくなっていく。

「オラ! 遊戯どけや!」

 しかし、そんな空気をぶち壊すクラスメイトが現れた。
 もちろん、騒象寺くんだった。
 騒象寺くんは再びサングラスを装着して、ぼく達にどしどしと歩み寄ってくる。
「やりやがったぜぇ! 花咲よぉぉっ!」
 そして、いつも以上の力をこめてバシンッと肩を叩いてくる。痛いです。痛いです騒象寺くん。
「花咲ぃーーっ!」
「花咲くーーんっ!」
 そんな騒象寺くんに続いて、我先にと、クラスメイト達が笑顔で駆けてくる。
「おめでとう花咲くん!」
「あそこから逆転するなんて凄すぎるよ! マジで!」
「俺思ったんだけど、8000ライフ同士でも勝ってたんじゃない?」
 まずは、松澤くん、竹下くん、梅田くんが、次々に祝福の言葉をかけてくれる。その言葉を聞いていると、本当に勝てたんだなぁと実感がこみ上げてくる。
「ほらほら花咲くん、見てみてよ! 根津見のヤツ、泣き出してるぞ」
 孤蔵乃くんがニヤニヤした顔で、隣にいる根津見くんを指差す。
「泣いてない! 泣いてないって! こっち見んな!」
 根津見くんは顔を伏せたまま、顔を振って否定する。なんだかおかしくて、ぼくはニヤニヤと笑みがとまらなくなる。
「花咲くん、やったね! がんばったよ!」
「さっすが花咲くん! これって本当にヒーローだよね!」
「そりゃあね、ゆっち……。花咲くんは、リボンちゃんのヒーローだからねっ!」
 北村さん、南さん、小西さんをはじめ、クラスメイトの女子たちも、ちょっとからかいながらだけど祝福してくれる。ぼくは照れてしまって、さらに顔がにやけてしまう。
 少し離れたところから、二人の女子生徒がこちらへと歩いてきていた。
 それは、野坂さんと中野さんだった。中野さんが「大丈夫?」と声をかけながら、野坂さんのことを支えていた。
 野坂さんは、目を真っ赤にして、涙を流し続けていた。
「ありがとう……。ありがとう……っ! 花咲さん……っ!」
 でも、そんな涙の中でも、とびっきりの笑顔を見せてくれて、ぼくは不意にどきりとしてしまう。
 10000ライフは回復してしまうこの笑顔は、制限カードどころか禁止カードだよなぁ、なんて思ってしまう。
「おおい、花咲ぃぃ」
 背後から騒象寺くんの声が聞こえてくる。
 ぼくはくるりと振り向く。
「花咲、デュエルディスクを外せ」
「デュエルディスクを?」
「そうだ。早く外せ」
 騒象寺くんが、ぼくのことを急かしている。
「え? あ、は、はい……」
 ぼくは言われるがままデュエルディスクを外し、手札と一緒に騒象寺くんに渡す。騒象寺くんは、それらを近くにいた遊戯くんに押し付けてしまった。
 それから、不敵にニヤリと笑みになる。
 な、何……?
 騒象寺くんは、何をする気なの?
 ぼくがよく分からずにおろおろとしていると、騒象寺くんは、両手に握りこぶしを作って、空に向かって叫んだ。

「胴上げじゃああああぁああぁぁぁっっ!!」

 デュエルディスクを外し、カードを預け、手ぶらになったぼくに、騒象寺くんの手が伸びてくる。
 両足の感覚がすっと消えて、視界が90度回転し、一面の青空が見える。
 あれ? 担ぎ上げられた?
 背中だけを支えられているため、その背中がじくじくと痛む。
 でもすぐに、みんなの手がぼくの体へと伸びてくる。右足を支えられ、左足を支えられ、右肩を支えられ、左肩を支えられ、頭を支えられる。そのおかげで、背中の痛みは消えていく。
「よし胴上げ行くぞぉぉっ! 落とすなよぉぉっ!」
「おおっ!」
「支えててよ!」
 背中の下から、互いに呼びかける声が聞こえる。
「せーの……」
「せーの……」
「せーの……」
 それから、みんなの息を合わせる声がして、体が浮き上がる。
「はーなさきぃぃっ! はーなさきぃっ! はーなさきぃぃっ!」
「はーなさきぃぃっ! はーなさきぃっ! はーなさきぃぃっ!」
「はーなさきぃぃっ! はーなさきぃっ! はーなさきぃぃっ!」
 花咲コールと、不思議な浮遊感が、ぼくを包み込む。
 その不思議で心地よい浮遊感に浸りながら、ぼくは、みんなで掴み取ることができた「1勝」に心酔することにしたのだった。

 みんな……ありがとうっ!!









 胴上げが終わるなり、胴上げは危ないからやめなさいと、先生たちに怒られた。
 とても疲れているはずなのに、それを忘れてしまうくらい興奮していて、しばらくの間、夢中でクラスメイト達とお喋りを続けていた。
 騒象寺くんが、あり余るパワーで笑いとばし、涙を見せていた野坂さんが、笑顔一色で染まっていた。とても楽しかった。
 ぼく達2年C組はもちろん、遊戯くん達2年B組も、それ以外のクラスの人達も、観戦に来た人達も、それぞれが思い思いにお喋りをして笑顔になっていた。
 先鋒戦以上に静まることのない会場に、副会長さんが困り果てていた。
 大将戦の勝利宣言がされることなく、30分が経過した。
 ようやく静かになって、多少だけど観客の人数も減ったグラウンドに、マイク越しの副会長さんの声が響く。

「それでは、今から童実野高校デュエルモンスターズ大会――――閉会式を行います」



第十六章 童実野高校デュエルモンスターズ大会 閉会式

「成績発表と表彰を行います。これから8位以内のチームを順に呼び出しますので、呼び出されたチームの大将の人は、朝礼台のところまで出てきてください」
 副会長さんが、おそらく台本どおりに、閉会式を進行させている。
 ぼくは、朝礼台から10メートルくらい離れたところから、その様子を見ていた。
「まずは、8位入賞――。1年G組第4チーム、大将・上西沙代選手。前に出てきてください」
 名前を呼ばれるなり、右の方向から甲高い歓声が聞こえてくる。一人の女子生徒が、人ごみをかき分けて朝礼台まで歩いていき、軽快な足取りで朝礼台に取り付けられた階段を上っていく。
 朝礼台の上には、生徒会長さんと、書記の姿があった。書記の人は手持ちの賞状のうち、一番上にある賞状を会長さんに手渡す。
 会長さんは両手で賞状を持ち、それを読み上げていく。
「Bブロック代表、1年G組第4チーム。大将・上西沙代、中堅・小林泰子、先鋒・水野桜。成績――8位入賞。あなた方は童実野高校デュエルモンスターズ大会において、頭書の通り優秀な成績を収められましたのでこれを賞します。おめでとうございます」
 会長さんの持っている賞状が、女子生徒の手に渡っていく。
 会場から拍手が送られる。もちろんぼくも拍手を忘れない。
 女子生徒はちょっと照れながらも、軽快な足取りで朝礼台から降りていく。
「同じく8位入賞――。2年A組第2チーム、大将・鯨田大洋選手。前に出てきてください」
 副会長さんが、次のチームの名前を告げた。それは、準々決勝でぼく達と戦った、鯨田くんのチームだった。
 平均的な男子から見ればだいぶ横に大きな鯨田くんが、人ごみに苦戦しながら前へと歩いていく。彼が朝礼台に上った時には、マイク越しに息切れしている声が聞こえてきた。
 会長さんは、鯨田くんの息が整うのを待ってから、同じように賞状を読み上げていく。
「Cブロック代表、2年A組第2チーム。大将・鯨田大洋、中堅・島田彰人、先鋒・坂田秀明。成績――8位入賞。あなた方は童実野高校デュエルモンスターズ大会において、頭書の通り優秀な成績を収められましたのでこれを賞します。おめでとうございます」
 先生たちとは違って、「以下同文」で省略することなく丁寧に読み上げていく。
 再び拍手が送られる。ぼくはさっきよりも少し力を入れて拍手をする。
「同じく8位入賞――。3年A組第2チーム、大将・松本三郎選手。前に出てきてください」
 鯨田くんが朝礼台から降りると、副会長さんは次のチームを呼び出す。
 背の高い男子生徒がすっすっと朝礼台のところまで歩いていく。
「Fブロック代表、3年A組第2チーム。大将・松本三郎、中堅・島崎駿一、先鋒・神田修二。成績――8位入賞。あなた方は童実野高校デュエルモンスターズ大会において、頭書の通り優秀な成績を収められましたのでこれを賞します。おめでとうございます」
 会長さんが、彼よりもひと回り背の高い男子生徒に賞状を手渡す。
 男子生徒は、くるりとこちらを向くと、頭のあたりまで腕を上げてガッツポーズを作ってみせる。拍手といくつかの歓声が聞こえてくる。
「同じく8位入賞――。2年F組第3チーム、大将・古河昭選手。前に出てきてください」
 拍手と歓声が収まる頃に、副会長さんはさらに次のチームの名前を告げる。
 F組の古河くんがほんの数歩だけ歩いて、朝礼台の上へと現れる。彼はだいぶ前のほうに陣取っていたようだった。
「Gブロック代表、2年F組第3チーム。大将・古河昭、中堅・安田直人、先鋒・野間祐介。成績――8位入賞。あなた方は童実野高校デュエルモンスターズ大会において、頭書の通り優秀な成績を収められましたのでこれを賞します。おめでとうございます」
 古河くんは礼儀正しくお辞儀をして、朝礼台を降りていく。
 少しの間があってから、再び副会長さんの声が聞こえてくる。
「それでは、ここからは4位入賞となります。2年B組第2チーム、大将・城之内克也選手。前に出てきてください」
 副会長さんがそう言った直後、
「待ってましたーーーっ!」
 と大きな声が聞こえた。
 もちろん城之内くん本人だった。
 城之内くんは凱旋したかのように、「いやぁーいやぁー」と両手を振りながら朝礼台まで歩いていく。またたく間に笑い声とブーイングが巻き起こる。
「Aブロック代表、2年B組第2チーム。大将・城之内克也、中堅・御伽龍児、先鋒・本田ヒロト。成績――4位入賞。あなた方は童実野高校デュエルモンスターズ大会において、頭書の通り優秀な成績を収められましたのでこれを賞します。おめでとうございます」
 会長さんが賞状を渡した後も、拍手3割ブーイング7割で、相変わらずの城之内くんっぷりを見せていた。
 城之内くんが朝礼台を降りると、副会長さんがマイクを口に近づける。
「続いて、同じく4位入賞――。2年B組第1チーム、大将・海馬瀬人選手。前に出てきてください」
 緊張感のこもった声で、副会長さんが、海馬くんを呼び出す。
 朝礼台の後ろで腕を組んでいた海馬くんは、カンカンカンと大きな音を立てて朝礼台に上る。あからさまに不満そうだった。
 賞状を持っている生徒会長さんが、少しためらっている。会長さんと海馬くんは同じチームだったこともあって、ちょっぴり複雑な気分なのだろうか。
「えっと、Hブロック代表、2年B組第1チーム……。大将・海馬瀬――」
 会長さんが賞状を読み上げると、海馬くんは手を伸ばして、それを奪い取ってしまった。そのままカンカンカンと朝礼台を降りてしまう。
 あっけにとられたように、会場が静まり返る。しばらくしてから、思い出したかのように、少しずつ拍手が起こっていく。
 ぼくもみんなにあわせて拍手をしながらも、自分の鼓動が高まっていくのを感じていた。
 拍手の音が小さくなっていくと、副会長さんが再びマイクを口へと近づけていく。

「続いて、準優勝のチームの表彰です。2年C組第7チーム、大将・花咲友也選手。前に出てきてください」

 ぼくのチーム名を呼ぶ声が聞こえる。
 ぼくの名前を呼ぶ声が聞こえる。
 右にいる騒象寺くんが、「行ってこい!」とぼくの肩を相変わらず強い力で叩く。
 左にいる野坂さんが、微笑をたたえた表情で小さくゆっくりと頷く。黄色のリボンがふんわりと揺れる。
 ぼくは一歩を踏み出す。
 人ごみがじゃまをして、足取りは自然とゆっくりとしたものになる。
 10メートルほどの距離を30秒近くかけて歩く。
 朝礼台の前までやってくると、ぼくはぐっと顔を上げて、たん、たん、たんと、その階段を上っていく。
 わずか三段の階段を上ると、生徒会長さんと目が合う。
 会長さんは、穏やかな表情のまま、両手に持っている賞状に視線を落とす。
「Dブロック代表、2年C組第7チーム」
 マイク越しとは少し印象が違う声が、ぼくの耳に届く。
「大将・花咲友也、中堅・野坂ミホ、先鋒・騒象寺剛。成績――準優勝」
 自分や仲間たちの名前が呼ばれているのが、なんだか照れくさい。ぼくは少しドキドキしてしまう。
「あなた方は童実野高校デュエルモンスターズ大会において、頭書の通り優秀な成績を収められましたのでこれを賞します。おめでとうございます」
 そして、生徒会長さんは、顔を上げ、ぼくに賞状を手渡してくれる。
 ぼくは、それを両手でしっかりと受け取る。
 その直後、パチパチと拍手の音が聞こえてきた。
 それは、時間とともに大きくなっていき、会場じゅうに響き渡る。
 ぼくはその拍手に送られるように、きびすを返し、朝礼台を降りていく。
 たん、たん、たん、と階段が金属音を立てる。
「花咲ぃーーーっ! カッコ良かったよーーーっ!!」
 ひとつの声が聞こえた。
「おめでとう!」
「勇気をもらったよーーーっ!」
「すごかった! すごかったっ!」
 それに呼応するように、もっとたくさんの声が聞こえてきた。
 拍手の音が、ぐんっと大きくなった。
 それはまたたく間に会場じゅうに駆け巡っていく。
 時間とともに拍手の音は、どんどんと大きくなっていく。
 ここまで表彰された誰よりも大きな拍手が、ぼく達のチームに向けられていた。
 全校集会ですら聞くことのできないくらい大きな拍手が、ぼくのことを包み込んでいた。
「ありがとうーーーっ!」
「花咲くんはヒーローだよっ!」
「花咲ぃっ! 花咲ぃっ! 花咲ぃっ!」
「はーなさきぃっ! はーなさきぃっ! はーなさきぃっ!」
 ぼくに向けられた言葉が、歓声のように大きくなっていく。
 たくさんの拍手と、たくさんの言葉が、ぼく達に向けられている。
 とてもたくさんの人が、ぼく達のことを見てくれている。ぼく達のことを祝福してくれている。
 そんな声を聞いて、そんな音に包まれて……。
 ぼくは、心の底からよかったと思った。
 ……この1週間、悔しかったことは、たくさんあった。
 ……負けそうになったことも、たくさんあった。
 ……あきらめようと思ったことだって、それらと同じくらいにたくさんあった。
 でも、そこであきらめなくて、よかった。
 負けずにがんばることができて、本当によかった……!
 勇気を出してクラスメイトのみんなを大会に誘って、本当によかった……!
 あきらめずに最後の一人まで大会に誘って、本当によかった……!
 寂しそうな野坂さんに思い切って声をかけて、本当によかった……!
 怖かった騒象寺くんに勇気を振り絞って、本当によかった……!
 クラスメイトのみんなを練習に誘って、本当によかった……!
 終焉のカウントダウンに追い詰められた時でもあきらめないで、本当によかった……!
 落ち込んでいる騒象寺くんを四苦八苦しながらも励まして、本当によかった……!
 準決勝で燃え尽きるまで精一杯デュエルをして、本当によかった……!
 騒象寺くんや野坂さんのことを力いっぱい応援して、本当によかった……!
 生徒会副会長さんに必死で頭を下げて、本当によかった……!
 決勝戦でみんなの力を借りながら全力を出すことができて、本当によかった……!
 最後まであきらめなかったから、今の自分にたどり着くことができた。
 そのおかげで、もっとうれしいことが、数え切れないくらい、たくさん生まれた。
 もっと楽しいことが、これまでの比じゃないくらい、たくさんやってきた。
 一週間前には考えられないくらい、たくさんの仲間に、囲まれるようになった。
 だから、ここまでがんばってきて……本当に、よかった……っ!!

「最後に、優勝チームの表彰です。2年B組第3チーム、大将・武藤遊戯選手。前に出てきてください」
 多少は落ち着いた拍手と歓声の中で、朝礼台に遊戯くんが上っていく。
「Eブロック代表、2年B組第3チーム。大将・武藤遊戯、中堅・獏良了、先鋒・真崎杏子。成績――優勝。あなた方は童実野高校デュエルモンスターズ大会において、頭書の通り優秀な成績を収められましたのでこれを賞します。おめでとうございます」
 遊戯くんがすっと手を伸ばして、賞状を受け取る。
 再び拍手と歓声が、会場を包み込む。
 グラウンドが、わああっと活気づいていく。その拍手と歓声は、ぼく達の時と同じくらい大きくなっていく。
 それでも、拍手が永遠に続くなんてことはない。歓声が永遠に続くなんてこともない。
 徐々に拍手は収まり、しだいに歓声も聞こえなくなっていく。
 その様子を確認した副会長さんは、ゆっくりとマイクを持ち上げて、口元へと近づけた。

「それでは閉会式を終了します。みなさんお疲れ様でした。気をつけて帰ってください」

 そうして、特にあいさつもなく、童実野高校デュエルモンスターズ大会の幕引きが告げられる。
 グラウンドが、がやがやと騒がしくなっていく。周りにいた人たちが、思い思いに散っていく。童実野高校のグラウンドから、人が減っていく。
 これで……、すべてが……。
 本当に、すべてが……、終わってしまった……。
 この童実野高校デュエルモンスターズ大会の、1から100まで……。すべてが……、終わってしまった。
 唐突に中空に投げ出されたかのような……、ぷっつりと途切れた線路の先に来てしまったかのような……、そんな錯覚がする。
 あれほどたくさんの出来事があった童実野高校デュエルモンスターズ大会。それが、拍子抜けするくらいあっさりと、終わりを迎えてしまった。
 ぼくの頭の中に、この1週間の出来事がよみがえっていく。
 それは、おもちゃ箱をひっくり返したみたいに、次から次へと、とめどなく転がり出ていく。

 まずは、海馬くんによる大会の告知があった。
 平凡な日々を変えたくて大会に出ようと決めた。
 勇気を出してクラスメイトに声をかけた。
 チームが作れずにトイレで悔し泣きしてしまった。
 野坂さんの持っていたカードを見てしまった。
 野坂さんが気になって昼ご飯に乱入した。
 野坂さんと図書室で初めてのデュエルをした。
 納得してくれない騒象寺くんとデュエルの約束をした。
 野坂さんのカウンター罠デッキにコテンパンにされた。
 携帯電話越しに野坂さんにデッキを作ってもらった。
 大会出場をかけて騒象寺くんとデュエルをした。
 図書室で野坂さんと練習しているところを先生に見られた。
 楽しげな喧騒に包まれて開会式が行われた。
 名蜘蛛くんに足を思いっきり蹴られてしまった。
 根津見くんや孤蔵乃くんやクラスメイト達とたくさん楽しく練習した。
 井守くんにあと1ターンのところで勝つことができた。
 頭を下げた鶴岡先生のカツラが落ちてしまった。
 落ち込んでいた騒象寺くんをカラオケに誘った。
 カラオケでは歌うことなく遅くまでたくさん練習をした。
 鯨田くんとエレメンタルヒーロー同士で対決した。
 ピクニックシートを広げてみんなで作戦会議を開いた。
 城之内くんと白熱したデュエルを繰り広げた。
 仲間たちのおかげで準決勝を勝つことができた。
 チームとして全力で臨んできた遊戯くんに戦慄した。
 そんな遊戯くん達に勝つためにまた作戦会議を開いた。
 騒象寺くんがライブ会場のような競演を見せてくれた。
 自分の応援がプレッシャーになるんじゃないかと悩んだ。
 野坂さんがチームのために涙を見せてくれた。
 大将戦のためにみんなで副会長さんに頭を下げた。
 ハンデがひっくり返されるほど遊戯くんに追い詰められてしまった。
 声も聞こえなくなるくらい全力で応援してもらった。
 生まれて初めて胴上げをしてもらった。
 そして、拍手と歓声に包まれて閉会式が終わっていった。

 …………とても。
 とても……とても、たくさんのことがあった。
 数え切れないくらいたくさんの出来事があって、その度に嬉しくなったり、落ち込んだり、喜んだり、泣いてしまったり、笑ったりした。二度と忘れられない思い出ができた。
 そんな童実野高校デュエルモンスターズ大会が、すべて、終わってしまった。これ以上続くことなく、終わってしまった。
 寂しさが、ぼくの全身を包み込む。
 脱力感が、ぼくの筋肉を緩ませる。
 目の筋肉まで緩んでしまって、思わず涙が出そうになる。
 でも……。
 ぼくの瞳から涙がこぼれ落ちることは、なかった。
 寂しさに包まれていたのは、ほんの少しの間だけだった。
 騒象寺くんが、「今日こそカラオケにいくぞ。今日こそ歌うぞ」なんて言い出した。
 野坂さんが、にっこりと笑顔になって「わたしも行きます」と、意外にノリノリになっていた。
 そんな彼女を見て、女子たちも「リボンちゃんはあたし達が守るからね」と次々に参加を表明してきた。
 松澤くんたちも「今日の晩御飯いらないって言っておかなくちゃ」と参加する気満々だった。
 根津見くんが、うれしそうに嫌な顔をして「仕方ないなぁ」などと言っていた。
 孤蔵乃くんが、そんな根津見くんの頬をつんつん突付いて、からかっていた。
 そんな彼らを見ていたら、寂しさなんて一瞬で吹き飛んだ。
「花咲さん、行きましょう」
 野坂さんが、やさしく声をかけてくれる。
「行くぞオラ花咲ぃぃ」
 騒象寺くんも、乱暴だけど声をかけてくれる。
 寂しさなんて感じる必要なんかない。
 なぜなら、ぼくには、仲間たちがいるから!
 この大会で手に入れることができた、とても多くの心強い仲間たちがいるから!
 カラオケのことを考えると心が躍る……!
 来週の学校のことを考えると胸がわくわくする……!
 明日のことを考えるのが、明後日のことを考えるのが、とてもとても楽しい!
 ぼくは、そんなかけがえのない仲間たちを見て、
「はいっ!」
 と返事をしたのだった。










 童実野高校デュエルモンスターズ大会 完








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