童実野高校デュエルモンスターズ大会
第6章〜
製作者:プロたん
【作者(と言うか管理人)からのお知らせ】
今回の小説では、より多くの環境で文章を読みやすくするため、デザインを少し変えています。問題のある方は、
管理人のブログを見てみてください。
第六章 童実野高校デュエルモンスターズ大会 1回戦
いつもの童実野高校行きのバスが新鮮だった。
休日に乗るバスにしては生徒が多くて、平日に乗るバスにしてはサラリーマンが少ない。生徒達は、その半分が制服を着ていて、もう半分が私服を着ていた。一人だけいるスーツ姿のサラリーマンが、不思議そうに生徒達の様子を見ている。
いつも通りのようで、いつも通りではない雰囲気がぼくを刺激する。合席なしで座れるほど空いているバスの車内で、ぼくは、あえてつり革につかまって高揚感に浸っていた。
やるぞー! 今日はやってやるぞー!
1回戦を勝って、2回戦はシードでスキップして、3回戦も勝って、4回戦も勝って! ベスト8になってやるんだ! 明日の決勝トーナメントにつなげるんだ!
こんな気分は何年ぶりだろうか。参加するのが嫌じゃなかった頃の運動会以来だろうか。
不意にバスが揺れる。ぼくはつり革をぎゅっと掴んで、その場に踏みとどまった。
今日は、11月21日土曜日。
童実野高校デュエルモンスターズ大会の当日だった。
バスを降りて歩いていると、校門のところに小さな人だかりができていた。
「大会参加者は、ここで冊子を受け取ってくださーい! 冊子を受け取った人は校庭に集合してくださーい! そこで開会式を行いまーす!」
どうやら、生徒会の人達が、B5サイズのプリントの束を配っているようだった。
それは、数枚程度のプリントをホッチキスでとめただけの簡易な冊子で、随所から手作りっぽさが感じられた。
「はい、どうぞ」
生徒会の人から、冊子を受け取る。
その表紙には、大きな文字で「童実野高校デュエルモンスターズ大会」と書いてあった。
ぼくは、いよいよ本番が来たんだなぁと改めて思いながら、その中身を開いていった。
【大会のルール】
・大会は1チーム3人の団体戦で行われます。それらの参加者は、全て同じクラスに所属している必要があります。
・チーム内で、先鋒、中堅、大将を決めてください。先鋒同士、中堅同士、大将同士でデュエルを行い、2勝したチームが勝利となります。
・大会で使用するのは『デュエルモンスターズ』のカードゲームです。『マジックアンドウィザーズ』のカードは使用できますが、そのカード効果などは『デュエルモンスターズ』のものに合わせられます。
・大会のルールは『新エキスパートルール』を採用します。
・大会は、シングルデュエルで進行していきますが、サイドデッキ15枚を用意することができます。試合と試合の間にサイドデッキとメインデッキ間でカードの入れ替えが可能です。
・武藤遊戯、海馬瀬人は、ハンデとしてライフポイントが1となります。
【作者からのお知らせ】
この作品におけるデュエルのルールについて補足しておきます。細かいところまで気にしないという方は、読み飛ばしていただいて構いません。
・この作品は、2009年11月中旬のOCG環境をベースにしています。つまり、2009年11月中旬までに発売したOCGが使えて、2009年11月中旬時点の禁止・制限カードが有効となります。
・禁止・制限カードについて具体的な例を挙げると、『大嵐』と『洗脳−ブレインコントロール』は使えますが、『ブラック・ホール』や『死者蘇生』は使えません、ということになります。
・「新エキスパートルール」なので、シンクロモンスターが一切使えません。
・『ラーニングエルフ』など、OCGにないオリジナルカードも少しですが登場します。
表紙をめくると、見慣れた文言が並んでいた。
1チーム3人の団体戦で、先鋒同士、中堅同士、大将同士でデュエルをして、デュエルモンスターズの新エキスパートルールで、サイドデッキも使用可能――と、月曜日に配られた大会要項と同じことが書いてあるようだった。
それでも丁寧に読み込んでいくと、いくつかの項目が追加されているようだった。
・デュエルは、先鋒同士、中堅同士、大将同士で行いますが、時間の都合上、決勝戦以外は、先鋒、中堅、大将のデュエルを同時に行います。
・大会はトーナメント形式で、準々決勝以降は日曜日に開催されます。土曜日と日曜日の間に限り、デッキ全体(サイドデッキ含む)を変更することができます。
・生徒会や海馬コーポレーションが中心となって、進行や審判を行います。『実行委員会』の腕章をしている人の指示に従うようにしてください。
・ルールとマナーを守って楽しくデュエルをしよう!
ルールと言うよりは、進行上のお願いと言うべきだろうか。
三人同時にデュエルすることや、日曜日にも開催されることは、参加人数が予定より増えたため設けられた措置だろう。
ルールやマナーについての記述は、なんと言うか、お約束と言うべき事項なのだろう。今回の大会は、学校で行われることに加え、海馬コーポレーションまで介入しているため、暴力沙汰は起こらないはずだ。
このページは、特には問題はないだろう。
ぼくは、ぺらりと紙をめくって、次のページを見てみることにした。
予選トーナメント表・Aブロック(会場:1年A組教室)
そこには、1ページ全部を使ってトーナメント表が書かれていた。
トーナメント表の一番に下には、「1年C組第4チーム」などのチーム名が書かれている。そこから枝分かれした線を下から上へと辿っていくと、「1回戦第1試合(9時30分開始予定)」「2回戦第1試合(13時10分開始予定)」「3回戦第1試合(15時00分開始予定)」などの記述とともに、次第に線は一本に収束していく。全ての線が集約された頂点には、「ベスト8進出!」と書かれていた。
ベスト8とは、つまり、日曜日に行われる『決勝トーナメント』へ勝ち抜けられることと同じ意味である。
決勝トーナメントまで勝ち残りたければ、この予選トーナメントで1位を取る必要があるのだろう。次のページをめくっていくと、Bブロックから、C、D、E、F、G、Hと、合計8つのブロックについて、同じようなトーナメント表が書かれていた。どのブロックにも、トーナメント表の頂点には、「ベスト8進出!」と書いてあった。
予選と言えども、1位を取ることが必須……。
ベスト8の重みがずしんと圧し掛かる。明日まで勝ち残ることの難しさが、身に染みるように分かる……。
いやいや、弱気になっちゃいけない。
ぼくは、首を軽く振って、トーナメント表から自分のチーム名を探すことにした。ページをぱらぱらとめくって、Aブロックから順番にトーナメント表の下端をなめていくと、
「あった……」
Dブロックトーナメント表のページに、「2年C組第7チーム」と書かれているのを見つけた。これがぼくの所属するチームだ。
そして、「2年C組第7チーム」と書かれた、その隣には「2年C組第1チーム」の記述があり、それが1回戦の対戦相手であることがはっきりと読み取れた。
昨日のやり取りを思い出す。
『そうさ! このオレが、2年C組第1チーム。第7チームであるお前と、初戦でぶち当たるお相手ってヤツよ!』
『ハッハッハッ! こりゃあもらったな1回戦! 地味だが大会で好成績を残している根津見と孤蔵乃。そして何よりバトルシティに出場したこのオレ! 2年C組の余り物チームなんかオレの敵じゃねえ! 余り物は余り物らしく、バーゲンセールにでも突っ込まれて来いよ!』
昨日名蜘蛛くん本人から聞いた通り、2年C組第1チームは、彼らのチームだった。
バトルシティに出場するほどの腕の持ち主である名蜘蛛コージくん。そんな彼らがいきなりぼく達の前に立ちはだかった。
スタート直後にそびえたつ巨大な壁。この壁を突破しなくては、それ以上先に進むことはできない。冊子を持つ手にぎゅっと力を込めた。
ざくっと、砂を踏みしめる感触がした。
冊子を読みながら歩いていたら、いつの間にか校庭へと到着していたようだった。
校庭には、200人程度の生徒が集まっていた。それは全校生徒の6分の1ほどの人数だったけど、全校朝会が始まる前よりも騒がしくて、体育祭が始まる前よりも熱気がすごかった。
確か生徒会の人達は、「校庭に集合してくださーい」と言っていた気がする。きっと、この付近で待っていれば良いのだろう。
今の時刻は8時42分。開会式が始まるまで、まだ20分近くも時間がある。
このまま一人でいるのもなんだし、誰か知っている人がいないかなぁ……。
きょろきょろと辺りを見渡すと、ちょっと離れたところで、黄色の大きなリボンが太陽の光を反射しているのを見つけた。
リボンでセーラー服の女子。後ろ姿だけど間違いない。野坂さんだ。
黄色のリボンの周りには、数人の女子生徒もいるようだった。今日の野坂さんは一人ではなく、クラスの女子と一緒のようだ。楽しそうにお喋りに興じている様子が、距離を置いていても伝わってくる。
うーん。ちょっと話しかけづらいかなぁ……。
ぼくがそう思った時、クラスの女子が野坂さんの肩を叩いて、ぼくに向けて指をさしてくる。
野坂さんはくるりとぼくの姿を確認すると、女子たちに軽く会釈をして、そのままぼくのほうへ小走りで駆けて来てくれた。
「野坂さん、おはよう」
「はい。おはようございます」
ぼくがあいさつをすると、野坂さんはにっこりと笑ってあいさつを返してくれる。それだけでなんだかパワーが湧き出てくる気がした。
あ、そうだ。せっかくだし、1回戦のことを確認しておこう。
「そういえば、野坂さんは1回戦の対戦相手、知ってる?」
「はい。2年C組第1チーム。クラスメイトの名蜘蛛さん、孤蔵乃さん、根津見さんのいるチームですよね。さっき、中野さんに教えてもらいました。それと、ええと……」
野坂さんは一呼吸置いて、こう続けた。
「頑張ってくださいね、花咲さん。おそらく、名蜘蛛さんとデュエルをするのは、花咲さんでしょうから」
さらりと新事実を口にする野坂さん。
名蜘蛛くんと闘うのがぼくだって?
大会ルールでは、先鋒同士、中堅同士、大将同士でデュエルを行うことになっている。仮に、名蜘蛛くんが大将だとしたら、彼と闘うのは、ぼくのチームの大将と言うことになる。
でも、ぼくのチームって、大将とか中堅とか先鋒とか、決めた覚えはないんだけど……。
「どういうこと?」
思わずぼくは聞き返していた。
「ええと、中野さんが言うには、名蜘蛛さんが大将だそうです。だから、彼とデュエルするのは花咲さんと言うことになります」
よく分からない。
と言うか、微妙に話がかみ合っていない気がする。どういうことだろう?
ぼくの表情の変化を機敏に読み取ってか、野坂さんが一言付け加えてくれる。
「わたし達のチーム、大将は花咲さんですよ?」
「え? そうなの? これから決めるものとばかり……」
「水曜日の話ですけど、花咲さん、大会の申し込み用紙に『花咲』『野坂』『騒象寺』の順番で名前を書いていたでしょう? あれは、上から順に大将、中堅、先鋒になるって意味があります。申し込み用紙の下のほうに記載されていました」
「そうだったんだ……」
見逃していた……。申し込み用紙に名前を書いていた時は、とにかく浮かれまくっていて、そんな注意事項にまで気が回らなかったんだ。
「ですから、先鋒は騒象寺さん、中堅はわたし、大将は花咲さんなんです」
「うーん……」
色々と問題がありそうな組み合わせのような気がする。ぼくが大将って言うのも何だか似合っていないし、それに騒象寺くんが怒りそうだった。「ワシが大将じゃなくて先鋒じゃとぉ!?」と怒鳴る声が今にも聞こえてきそうだ。
「でも、わたしは、このままがいいと思います……」
ぼくの心を読んだかのように、野坂さんがフォローをした。
「この2年C組第7チームは、花咲さんが頑張って作り上げたものですから、大将も花咲さんじゃないと……わたし……」
恥ずかしくなったのか、語尾のほうが校庭の騒がしさに負けて聞き取れなかった。
野坂さんはうつむき加減になって、唇にきゅっと力を込めていた。頬がほんのり赤くなっているようにも見えた。黄色のリボンでまとめられた髪が風にそよぐ。
野坂さん……。そういう仕草は制限カードです!
そんな恥ずかしそうにうつむかれちゃったら、後ろ向きになるわけにはいかないじゃないですか!
「大将はこのまま、ぼくがやるよ」
ぼくはそう言った。
「名蜘蛛くんにはちょっと借りもあるしね」
「借り、ですか?」
「うん。昨日、名蜘蛛くんにちょっとバカにされて……。ちょっと悔しいから、ぼくが直接デュエルで勝ちたいところだったんだ」
似合わないなぁと思いながらも、ぐっとこぶしを作ってみる。
「だから、ぼくは大将で、それで! 勝ちます!」
そう意気込んで言うと、野坂さんに笑顔が戻っていくのが分かった。
「相手がバトルシティ出場者だろうが、ぼくは勝つんだ! よおし! がんばるぞーっ!」
「はい」
「『はい』じゃなくて、『おーっ』ですよ、ここは」
「はい。おーっ」
そんな感じで意気込んだ(?)ぼく達は、もう一人のチームメンバーである騒象寺くんを探すことにした。
騒象寺くんは怖くて苦手だけど、チームの仲間であることには変わりない。あいさつくらいはすべきだと思ったのだ。
あれだけの巨体でしかもリーゼント頭だからすぐに見つかるだろう――その考えに反して、騒象寺くんを見つけることはできなかった。生徒会の人達が「時間になりましたので開会式を始めまーす。集まってくださーい」と号令を掛け始めた頃、学ランの騒象寺くんが校庭へ歩いてくる姿を見つけた。どうやら、少し遅れてやって来たようだった。そのせいもあって、あいさつをし損ねてしまった。
しかし、まあ、来てくれただけでも一安心だった。昨日のデュエルであれだけ一方的にやっつけられてしまって、怒ったままで来てくれないという可能性もゼロではなかったのだから。
さて、この開会式、生徒主体で開かれていることもあってか、ざわついたまま進行していった。
けれども、
「続いては、海馬コーポレーション社長、海馬社長からのお話です。海馬社長、お願いします」
海馬社長というキーワードが出てくるなり、会場はぴしゃりと静まり返った。
生徒会副会長さんの手から、海馬くんへマイクが手渡される。校庭は、ちょっとした緊張感に包まれていた。
「童実野高校の生徒諸君! デュエリスト諸君! ついにこの日がやってきた!」
大きな声が校庭じゅうに響き渡る。
「周知の事実だとは思うが、今回の大会には、118チームものエントリーがあった。賞品らしい賞品も用意されないこの大会で、これほどのエントリーがあるとは、このオレでさえも予測しきれてはいなかった」
海馬くんは、身振り手振りをさらに大きくして、声を一層張り上げる。
「そんな君達を突き動かすのは、一体何なのか!? 熱意だと言うのか? 誇りだと言うのか? 執念だと言うのか? それとも友情だとでも抜かすのか? この童実野高校デュエルモンスターズ大会――。当然! このオレも参加する! 武藤遊戯も参加する! 知っての通り、オレや遊戯には大きなハンデキャップがある。その上、今回はチーム戦。貴様らにこの意味が分かるか!?」
そこで一呼吸を置く。
「この童実野高校デュエルモンスターズ大会は、どこのチームが優勝してもおかしくないと言うことだ! 予定調和などない。不平等などない。その中で己の持つ全ての力を使い切り、新たな可能性すら発掘せよ! そして、その手に勝利の栄光を掴み取るのだ!!」
学校行事とは思えないほどの煽りが、全校生徒を刺激する。
熱意がさらに増幅していくのを感じる。ぼく自身はもちろん、周囲の生徒にも火をつけていく。童実野高校の校庭に、一つの巨大な熱源が現れたかのようだった。
「今ここに、童実野高校デュエルモンスターズ大会――開会を宣言する!!」
その開会宣言とともに、校庭の熱源は一層燃え上がる。
ワアアアアアッッ! という歓声が、童実野高校だけでなく、その外にも響き渡るほど広がっていったのだ。
9時22分。
開会式のテンションそのままに、1回戦のデュエルが始まろうとしていた。
今日のデュエルは、ブロック毎に決められた教室で行われることになっている。
例えば、Aブロックの試合は1年A組の教室、Bブロックの試合は2年B組の教室、Cブロックの試合は3年C組の教室で行われる。ぼく達Dブロックの試合が行われるのは、1年D組の教室だ。各教室にてデュエルを繰り返し、トーナメントを進行していくのだ。
開会式が終わると、ぼく達は、デュエルが行われる1年D組へと向かった。開かれっぱなしのドアをくぐって教室へと足を踏み入れる。
1年D組の教室は、いつもとだいぶ様変わりをしていた。
具体的には、まず、机がほとんど撤去されている。教室に置いてある机はわずか6台だけで、それらは教室の中央に、向かい合わされた格好で配置されていた。
これが、デュエルを行う席なのだろう。合計3組6台の机があるけど、それぞれ、大将同士のデュエルを行う席、中堅同士のデュエルを行う席、先鋒同士のデュエルを行う席、となるのだろう。
さらに、その机を囲うように、30脚以上の椅子が散りばめられていた。どの椅子も、教室の中央にある机を向くように置かれていた。
これらはいわゆる観客席なのだろう。どの椅子も机の裏側には来ないように配置されているけど、これは観客席から手札を覗き込まれないようにするための措置なのだと思う。今日のデュエルは、ソリッドビジョンシステムやモニターへの投影は行わないため、観客席であってもデュエルの様子が見づらいかもしれない。しっかりとデュエルが観戦できるのは、手前側にある椅子だけだろう。
そして、黒板。
そこには、「予選トーナメント・Dブロック会場」とでかでかと書かれ、その下に、Dブロックのトーナメント表が書かれていた。このトーナメント表は、冊子に印刷されたものと同じようだ。あえて異なる点を挙げるならば、横向きになっている点だろうか。
【予選トーナメント・Dブロック会場】
2年C組第7チーム──┐
├─────┐
2年C組第1チーム──┘ │
│
1年B組第3チーム──┐ ├──┐
├──┐ │ │
3年J組第1チーム──┘ │ │ │
├──┘ │
1年I組第3チーム──┐ │ │
├──┘ │
2年H組第5チーム──┘ │
│
3年B組第1チーム──┐ ├──ベスト8進出!
├──┐ │
2年D組第2チーム──┘ │ │
├──┐ │
1年B組第2チーム──┐ │ │ │
├──┘ │ │
1年A組第1チーム──┘ │ │
├──┘
2年F組第4チーム──┐ │
├──┐ │
2年A組第3チーム──┘ │ │
├──┘
3年D組第1チーム──┐ │
├──┘
1年G組第2チーム──┘
運が良いのか悪いのか、ぼく達2年C組第7チームのデュエルは、一番最初に行われることになっている。
「こちらの席に座ってください」
『童実野高校デュエルモンスターズ大会実行委員会』と書かれた腕章を身につけた、生徒会の人に案内され、ぼくはデュエルを行う席へと腰掛けた。それに続いて、野坂さんがぼくの隣に座り、さらに騒象寺くんがその隣に座った。
ぼく達の対面の席にはまだ誰も座っていないけれども、周囲に散りばめられた観戦用の椅子には数名の生徒が座っていた。
今の時刻は9時24分。デュエル開始まであと6分。
ああ……、なんだか緊張してきました……。
この気持ちをたとえるなら、定期テストが始まる頃の緊張感を一回り大きくしたような感じだろうか。ろくに大会に出てこなかったぼくにとっては、こんなことでも緊張してしまう。
隣の野坂さんを見ると、彼女は、机に置いたデッキをじいっと見ているだけで、微動だにしていなかった。まばたきの回数すら、心なしか少ない気がする。多分、ぼくと同じように緊張しているのだろう。彼女は大会初参加なのだから、緊張して当然だと思う。
それに反して、騒象寺くんは凄かった。彼は、ズンズンズンと音漏れのするヘッドフォンをつけたまま、どかんと椅子に座っているのだ。騒象寺くんの対戦相手って確か根津見くんだったよね……。これは相当な威圧感だろう。うーん、ご愁傷様……。
まもなく、見慣れたクラスメイト3人が教室に入ってくる。
根津見くん、孤蔵乃くん、名蜘蛛くん。2年C組第1チーム、ぼく達の対戦相手の登場だ。
先鋒は、根津見くん。
どことなく猫背の彼は、きょろきょろとせわしなく周囲を見渡しながら、机のほうへと近づいてくる。生徒会の人に案内された席が、騒象寺くんのまん前だと知ると「えっ? オレが騒象寺とやるのかよ」と声を漏らした。たまたま曲間だったのか、騒象寺くんはヘッドフォンを外すなり、ぎろりと根津見くんをにらみつけた。根津見くんはひぃぃと怯えあがってしまう。……ごめん、ぼくの不注意で、先鋒は騒象寺くんになっちゃったんだよ。ぼくは心の中で根津見くんに謝ってみた。
中堅は、孤蔵乃くん。
彼は、気まずそうな表情をしたまま、真ん中の席にちょこんと座った。孤蔵乃くんは、昨日の野坂さんのデュエルを見ている。彼女の圧倒的な強さの前で、どう闘ったら良いか分からずにいるのかもしれない。いや、もしかしたら、久々に女子と会話することになって、戸惑っているのだけなのかもしれないけど……。(孤蔵乃くんは、以前、ニセ占い事件を引き起こして以来、かわいそうなことに女子から避けられ続けているのだ)
そして、大将は、名蜘蛛くん。
黒地に赤い蜘蛛が描かれたTシャツを着ている彼は、ぼくの正面に座るなり、ニヤリと不敵な笑みを作った。
「花咲、準備運動くらいはさせてくれよ」
挑発的な口調でぼくを見下してくる名蜘蛛くん。その様子からは、絶対に負けはないという自信があふれ出ていた。
「ま、お前には感謝してるんだぜ花咲。このDブロックには遊戯や海馬みたいな優勝候補はいない。2回戦もスキップできる上、一番最初の相手が、お前ら余り物チームなんだからな!」
相変わらずの口の悪さが、ぼくをむかむかとさせる。生徒会の人が、困った顔でおろおろとしていた。
いくらバトルシティ出場者とは言っても! 凄腕のゲーマーとは言っても! こんな小悪党みたいな奴に負けたくはない!
この勝負! 絶対に勝ちます!
ぼく達がただの余り物チームじゃないってことを教えてあげます!!
「ええと、時間になりましたので、そろそろ始めたいと思います」
生徒会の人が恐る恐る取り仕切る。教室の掛け時計を見ると9時30分になっていた。
「Dブロックの担当を勤める小坂です。よろしくお願いします。それと、こちらは海馬コーポレーションの磯野さんです」
生徒会の小坂くんの後ろに、『実行委員会』の腕章を身につけた黒スーツの男の人が立っていた。
「私、海馬コーポレーションの磯野と申します。Dブロックの審判を勤めさせていただきます。よろしく御願い致します」
磯野と名乗った審判の人は、事務的だがどこか威圧感のある声で一礼をした。
「では、早速デュエルを開始しますが、その前に注意事項を二点申し上げておきます。
一つ目は、お配りした冊子にも書いてある通り、大将同士、中堅同士、先鋒同士が同時にデュエルを行います。しかし、チームメンバーの間における、相談、手札交換等は行えませんので気をつけてください。
二つ目は、このデュエルが終わった後、勝利チームのメンバーは、生徒会の方のところにメインデッキとサイドデッキを持っていってください。そこで、デッキの内容を控えさせていただきます。今日の大会の間は、メインデッキとサイドデッキの間でのカードの交換は自由ですが、それ以外のカードは使用禁止とさせていただいておりますのでご注意ください」
ひとしきり注意事項を述べると、審判の人は、右手をピッと挙げた。
「それでは、デュエルの準備を行ってください。デッキのシャッフルから、先攻後攻を決定し、デッキから5枚のカードを引くところまで準備をしてください」
そう言うと、審判の人は手を下ろして一歩下がった。
それを合図にしてか、ぼく達は動き出した。ポケットなどからデッキを取り出し、デッキをカットアンドシャッフルして、『デッキゾーン』と書かれた枠のところにセットする。ぼく達が座っている机には、紙製のデュエルフィールド(ストラクチャーデッキのセットに封入されているやつ)が置かれているのだ。
ひとしきりデッキの準備が終わると、ぼくは、「よろしくお願いします」と一応のあいさつをした。けれども、名蜘蛛くんは「ヘッ」と鼻で笑っただけだった。
「それじゃあ花咲、先攻後攻を決めるぜ。本来なら当然オレの先攻だがな、ルールは守ってやる。ジャンケンで公平に決めてやるぜ。公平にな!」
「はい。いいですよ」
「優しいオレはハンデをやろう。オレはグーを出すぜ。だからお前はパーを出せば勝てる。どうだ? 優しいだろう?」
「…………」
名蜘蛛くんは、あからさまに駆け引きを誘ってくる。
うーん。これってルール違反ではないにせよ、マナー違反だとは思うんだけど……。
ぼくは素直にパーを出すことにした。相手の裏の裏がかけると思ったわけじゃない。じゃんけんに負けるにしても、相手を疑って負けるより、相手を信じて負けるほうがかっこいいかなって思ったのだ。
案の定と言うべきか、名蜘蛛くんはチョキを出し、ぼくはジャンケンに負けてしまった。
「ククク……当然オレが先攻だな」
得意げな顔で先攻を取られてしまった。分かっていたこととは言え、やっぱりなんだか悔しい。
この借りはデュエルでキッチリとお返ししてあげます! ぼくはキッと名蜘蛛くんをにらんだ。
そして、最後にデッキから5枚のカードを引き、デュエルの準備は完了した。横を見ると、野坂さんや騒象寺くんも準備を終えているようだった。
「準備はよろしいでしょうか?」
審判の人が念を押してくる。ぼくは小さく頷いた。
隣の野坂さんもこくりと頷き、騒象寺くんは「おうよ」と答える。
観客席から聞こえていたざわめきが、ピタリと止んでいる。定期テストに勝る緊張感が教室中を支配している。
始まる……!
審判の人は、右腕をさっきよりもびしっと上げ、宣言した。
「では、Dブロック1回戦第1試合――『2年C組第7チーム』対『2年C組第1チーム』。試合開始ィィィ!」
こうして、童実野高校デュエルモンスターズ大会のデュエルが始まった!
「先攻はオレだ! ドロー!」
デュエル開始宣言から間を置くことなく、名蜘蛛くんはターン開始を宣言し、
「オレは、カードを1枚セットし、さらに、『サファイアドラゴン』を攻撃表示で召喚するぜ」
手馴れた様子で2枚のカードを場へと出した。
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サファイアドラゴン
攻撃表示
攻撃力1900
守備力1400
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名蜘蛛くんの場に出されたモンスターカードは、攻撃力1900の『サファイアドラゴン』。そのイラストは蛍光灯の光を反射して輝いていた。
「レベル4にして攻撃力1900のモンスター。マジックアンドウィザーズでは、なかなかのレアカードだぜ? てめえみたいな貧弱な奴にはこれで十分よ! ターンエンドだ!」
挑発的な調子のまま、名蜘蛛くんはターン終了を宣言した。
「ぼくの、ターンですね……」
隣の机からパシッとカードが出される音が聞こえる。すぐ近くの観客席からたくさんの視線を感じる。
大会、始まったんだよな……、などと改めてそんなことを考えてしまう。
「ドロー……」
ぼくは呟くように宣言してデッキの一番上に手を伸ばしたけど、その手はちょっと震えてしまっていた。
ああ、緊張している……。緊張しているよ……!
不慣れな大会出場。ちょっと特殊なチーム戦。怖くて強い対戦相手……。緊張してしまうのもしょうがないとは思う。
しかし、いつまでも緊張しっぱなしでいるわけにはいかない。そんなことでは、勝てる勝負も勝てなくなってしまう。
相手は、あのバトルシティ出場の名蜘蛛くんなのだ。緊張でガチガチになった状態で勝てるほど、甘い相手なんかじゃない……!
緊張なんて、吹き飛ばせ!
ぼくは、ドローしたカードを勢いよく手元に持ってきた。
集中! 集中!
今はデュエルに勝つことだけに集中しよう!
ぼくの左手には、6枚の手札が握られている。うん。まずは、手札をしっかりと把握しよう。そして落ち着こう。集中するんだ。
E・HERO オーシャン 水 ★★★★
【戦士族・効果】
1ターンに1度だけ自分のスタンバイフェイズ時に
発動する事ができる。自分のフィールド上または墓地から
「HERO」と名のついたモンスター1体を持ち主の手札に戻す。
攻撃力1500/守備力1200
|
オネスト 光 ★★★★
【天使族・効果】
自分のメインフェイズ時に、フィールド上に表側表示で
存在するこのカードを手札に戻す事ができる。
また、自分フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスターが
戦闘を行うダメージステップ時にこのカードを手札から墓地へ送る事で、
エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、
戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。
攻撃力1100/守備力1900
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E−エマージェンシーコール
(魔法カード)
自分のデッキから「E・HERO」と名のついたモンスター1体を
手札に加える。
|
O−オーバーソウル
(魔法カード)
自分の墓地から「E・HERO」と名のついた通常モンスター1体を選択し、
自分フィールド上に特殊召喚する。
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未来融合−フューチャー・フュージョン
(永続魔法カード)
自分のデッキから融合モンスターカードによって決められたモンスターを
墓地へ送り、融合デッキから融合モンスター1体を選択する。
発動後2回目の自分のスタンバイフェイズ時に選択した融合モンスターを
自分フィールド上に特殊召喚する(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。
|
洗脳−ブレインコントロール
(魔法カード)
800ライフポイントを払い、相手フィールド上に
表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
このターンのエンドフェイズ時まで、
選択したモンスターのコントロールを得る。
|
見慣れた手札を見ているうちに、幾分緊張感が和らいできた気がする。もう手が震えているようなことはない。
それどころか、頭の中をたくさんの思考が駆け巡っていく。
ぼくの手札の中で、もっとも攻撃力が高いモンスターは『E・HERO オーシャン』の攻撃力1500。だけど、『E−エマージェンシーコール』で別のモンスターを呼び出してもいいし、『未来融合−フューチャー・フュージョン』で融合を狙ってもいいし、『洗脳−ブレインコントロール』で敵モンスターを奪い取ってもいい。
そんな風に考えていると、今の手札は、バランスの良いカードが組み合わさった、結構良い手札であることに気付いた。
これなら、名蜘蛛くんにも勝てるんじゃないか? 勝てなくてもいい線まで行けるんじゃないか? ――そんな自信が湧いてくる。
隣の野坂さんが「ごめんなさい」と言って、カウンター罠カードを発動させている。ぼくも負けていられないよね?
よーし!
ぼくは心の中で気合いを入れて、改めて、名蜘蛛くんの場に出されている『サファイアドラゴン』のカードに目を向けた。
『サファイアドラゴン』。攻撃力1900。
一切の効果を持たない代わりに、レベル4のモンスターとしてはかなり高い攻撃力を誇っている。そのせいもあって、ぼくの手札にあるモンスターカードの攻撃力では倒すことができない。
けれども、『E−エマージェンシーコール』、『オネスト』、『未来融合−フューチャー・フュージョン』、『O−オーバーソウル』。このあたりの手札を組み合わせれば、さほど苦労せずに倒すことができる。
単体でダメなら複数。『サファイアドラゴン』を倒すことは全然難しくない。
あとはどのカードを使って倒すかを決めるだけだ。できるだけ先を見据えた行動をとって、目先だけじゃなくて数ターン先にも有利になれるような方法を選択しなくては……。
――『このカード』は、エレメンタルヒーローとは相性のいいカードです。強いモンスターを特殊召喚できることはもちろんですが、墓地にモンスターを送れる点が心強いです。中盤以降の布石になるので、できるだけ序盤に使っておきたいです。
ふと、野坂さんが送ってくれたメールの文面を思い出した。
今は序盤も序盤。今使うなら『このカード』しかない。ぼくは、手札の魔法カードを場へと繰り出した。
「『未来融合−フューチャー・フュージョン』を発動します!」
未来融合−フューチャー・フュージョン
(永続魔法カード)
自分のデッキから融合モンスターカードによって決められたモンスターを
墓地へ送り、融合デッキから融合モンスター1体を選択する。
発動後2回目の自分のスタンバイフェイズ時に選択した融合モンスターを
自分フィールド上に特殊召喚する(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。
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この『フューチャー・フュージョン』は、デッキに眠るモンスターカード同士を融合させる魔法カードだ。
「ぼくは融合モンスターとして『E・HERO ゴッド・ネオス』を選択します。よって、このターンでは『ゴッド・ネオス』の融合素材となるモンスター5体をデッキから墓地に送り、2回後のぼくのターンで『ゴッド・ネオス』を場に融合召喚します」
『未来融合−フューチャー・フュージョン』は、『未来』の名の通り、融合召喚までに時間がかかってしまう。『フューチャー・フュージョン』を発動したターンには、融合素材モンスターを墓地に送ることしかできないのだ。
ぼくは、デッキを手にとって、『ゴッド・ネオス』の融合素材となる5枚のモンスターカードを選び出した。『E・HERO ネオス』2枚、『N・グラン・モール』1枚、『E・HERO オーシャン』1枚、『E・HERO プリズマー』1枚――合計5枚のカードをデッキから墓地へと送った。
でも、これでいい。
デッキのモンスターをわざと墓地に送ることで、昨日の騒象寺くんと同じパターンを作り上げることができたのだから……。
ぼくはもう一枚魔法カードを出した。
「続いて、『O−オーバーソウル』を発動します!」
O−オーバーソウル
(魔法カード)
自分の墓地から「E・HERO」と名のついた通常モンスター1体を選択し、
自分フィールド上に特殊召喚する。
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「この魔法カードの効果で、先ほど墓地に送った『E・HERO ネオス』を特殊召喚します!」
攻撃力2500の『E・HERO ネオス』が場へと現れた。「チッ……」と名蜘蛛くんが舌打ちをしたのが聞こえた。
『未来融合−フューチャー・フュージョン』は、エレメンタルヒーローと相性の良い融合召喚を行うだけではない。融合素材モンスターを墓地へ送り、墓地を活用するカードとのコンボを成立させることもできるのだ。しかも、今回は、合計5枚のモンスターカードを墓地に送っているため、今後、墓地を利用するカードを引き当てた場合にも、この恩恵に預かることができる。
一石二鳥どころか、一石三鳥、一石四鳥。まさに、勝利のための布石。
1ターン目の後攻にて、勝利に繋がるファクターを散りばめられたのは、今後、かなり有利に働きそうだ。
うーん! やっぱり野坂さんのアドバイス通りに使っておいて良かった!
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サファイアドラゴン
攻撃表示
攻撃力1900
守備力1400
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E・HERO ネオス
攻撃表示
攻撃力2500
守備力2000
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さあ! このまま『サファイアドラゴン』を倒そう! 攻撃力2500の『ネオス』なら何なりと蹴散らせるはずだ!
そう意気込んでから、手札の『E・HERO オーシャン』、『E−エマージェンシーコール』のカードがちらりと見える。
あっ、通常召喚……。
すっかりと忘れてしまっていた。このターン、ぼくは通常召喚をしていないじゃないか。
今、『E・HERO ネオス』は「特殊召喚」によって場に出されたから、ぼくはもう1体モンスターカードを「通常召喚」できるのだ。
当然のことだけど、1体のモンスターで攻撃するより、2体のモンスターで攻撃するほうが、よりたくさんのダメージを与えることができる。
だったら、モンスターを召喚しよう。せっかく大ダメージを与えられるチャンスをふいにしてしまうのはもったいない。
そう思って手札に手をかけた時、名蜘蛛くんの場に伏せカードが置かれているのを見つけた。
あの伏せカード……。
もしかしたら、『激流葬』や『聖なるバリア−ミラーフォース』かもしれない。
もしそうだったら、ぼくのモンスターがまとめて破壊されてしまう。もう1体のモンスターの召喚行為が、裏目に出てしまう。じゃあ、やっぱり攻撃はやめたほうが……!
…………。
ああ、ダメだ……!
あれこれ考え込んでいるくせには、通常召喚を見逃しかけるわ、伏せカードを見逃しかけるわ、散々じゃないか!
やっぱり、まだまだ緊張して集中できていないのだろうか。それとも、『フューチャー・フュージョン』のコンボに気をとられて他のことまで気が回らなかったのだろうか。
「花咲! さっきからチンタラチンタラ遅えんだよ! 他にカードを出すのか? それとも攻撃するのか? ああん?」
ついに我慢できなくなったのか、名蜘蛛くんがイラついた口調で急かしてきた。
口こそは悪いけれども、名蜘蛛くんの言うことはもっともだった。あまりにも時間をかけたプレイングは、ルール違反に該当してしまう。
仕方がない。このターン、追加のモンスターを通常召喚することはあきらめよう。
「すみません。バトルフェイズに入ります。ぼくは『ネオス』で『サファイアドラゴン』を攻撃します」
ぼくは、『ネオス』だけで攻撃宣言をした。攻撃力2500の『ネオス』が、攻撃力1900の『サファイアドラゴン』へと攻撃する。
……名蜘蛛くんの表情が歪んだのが分かった。
「ハハハーーーッ! 残念だな! 『聖なるバリア−ミラーフォース』だ!」
聖なるバリア−ミラーフォース−
(罠カード)
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。
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イラストがプリズム状に光り輝く『聖なるバリア−ミラーフォース−』の罠カードが表向きになる。
「オレの罠カードにより、てめえの『ネオス』は木っ端微塵に破壊されるぜ! ハハハッ! ざまあねえな! せっかく『サファイアドラゴン』を倒せるところだったのによ!」
「…………」
ぼくは、言葉を発することなく、フィールド上の『ネオス』のカードを墓地ゾーンへと置いた。
伏せカードは『ミラーフォース』だったのか……。危なかった……。
トラップにかかりながらも、ぼくは少しほっとした気分になっていた。
そりゃあそうだ。さっき、追加でモンスターを通常召喚していたら、『ミラーフォース』の効力でそのモンスターごと破壊されてしまっていたからだ。
そうなれば、モンスターがら空きの状態で、名蜘蛛くんのターンに突入する羽目になっていた。
「メインフェイズ2に入ります。ぼくは、『E−エマージェンシーコール』を発動し、『E・HERO アナザー・ネオス』をデッキから手札に加えます。そして、この『E・HERO アナザー・ネオス』を攻撃表示で召喚します」
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サファイアドラゴン
攻撃表示
攻撃力1900
守備力1400
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E・HERO アナザー・ネオス
攻撃表示
攻撃力1900
守備力1300
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なんという皮肉だろう。
さっき通常召喚をしなかったおかげで、ぼくはモンスターを補充することができた。『E−エマージェンシーコール』を使い、『E・HERO アナザー・ネオス』をデッキから手札を経由させてフィールド上へと出すことができたのだ。
「ターンエンドです」
個人的には冷や冷やモノの展開だったけど、まあ、結果オーライということで……。
……いいのかな?
「オレのターン! ドロー!」
ともあれ、名蜘蛛くんのターンになる。
彼は、ドローカードを手札に加えるなり、さらに意地の悪い顔になった。
「ハハハ――! てめえの未来も短かったな、花咲!」
「え?」
「てめえの場にある『フューチャー・フュージョン』! このカードが2ターン後まで残っていれば、お前の場に『ゴッド・ネオス』が融合召喚される。だが! その前に破壊してしまえば、『ゴッド・ネオス』が場に出ることはなくなる!」
そう言うと、名蜘蛛くんは、一枚の魔法カードを場へと繰り出した。
大嵐
(魔法カード)
フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て破壊する。
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『大嵐』……。
「この『大嵐』により、てめえの『フューチャー・フュージョン』は破壊される! ざまねえな!」
ぼくは、場の『フューチャー・フュージョン』のカードを墓地へと送る。名蜘蛛くんの言った通り、これで『ゴッド・ネオス』は融合召喚できなくなってしまった。
「ハハハ――息をつく間など与えはしないぜ! さらにオレは、フィールド上の『サファイアドラゴン』を生け贄に捧げ、レベル6のモンスターを生け贄召喚する! 出でよ! 『偉大魔獣ガーゼット』!」
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偉大魔獣ガーゼット
攻撃表示
攻撃力3800
守備力0
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E・HERO アナザー・ネオス
攻撃表示
攻撃力1900
守備力1300
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「知っているとは思うが、『偉大魔獣ガーゼット』の攻撃力は、生け贄に捧げたモンスターの攻撃力の2倍になる。したがって、『偉大魔獣ガーゼット』の攻撃力は、『サファイアドラゴン』の攻撃力1900の2倍――3800なのさ!」
ぼくの場から『フューチャー・フュージョン』がなくなって、名蜘蛛くんの場に攻撃力3800の『偉大魔獣ガーゼット』が現れた。
名蜘蛛くんは「ハハハハ――!」と笑い飛ばして、ぼくをバカにしてきている。彼にとっては、今、すごく優勢になっている気分なのだろう。
でも、ぼくにとっては、そんなことはなかった。
騒象寺くんのデュエルの時と同じく、まだまだ余力は十分にあった。今破壊された『フューチャー・フュージョン』は、モンスターを墓地に送っただけでも役目を果たしているのだし、なにより、ぼくの手札には『オネスト』がある。
「『偉大魔獣ガーゼット』で攻撃! 破壊されろ! 『アナザー・ネオス』!」
「手札から『オネスト』のカードを使用します!」
オネスト 光 ★★★★
【天使族・効果】
自分のメインフェイズ時に、フィールド上に表側表示で
存在するこのカードを手札に戻す事ができる。
また、自分フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスターが
戦闘を行うダメージステップ時にこのカードを手札から墓地へ送る事で、
エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、
戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。
攻撃力1100/守備力1900
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「がっ!?」
名蜘蛛くんが変な声を出した。
頼りがいがありすぎる『オネスト』のカード。手札から罠のように使え、光属性モンスターの攻撃力を大幅に上昇させる『オネスト』のカード。
騒象寺くんに引き続いて、名蜘蛛くんにもクリーンヒットしてしまったのだ。
「『オネスト』の効果で『アナザー・ネオス』の攻撃力は、一時的に5700になります。したがって、『偉大魔獣ガーゼット』は破壊され、1900の戦闘ダメージが発生します」
「や……、やっ……、やってくれたなぁぁ! この野郎ぉぉお!!」
名蜘蛛くんが身を乗り出してくる。殴られるのではないかとびくっとしたが、
「くそっ! ターンエンド!」
吐き捨てるように言って、元の姿勢に戻った。
「ぼくの……ターン……」
2回目のぼくのターンがやって来た。
偶然にも、ここまでのデュエルの展開は、昨日の騒象寺くんとのデュエルとかなり似たものになっていた。
相手が攻撃力1900のモンスターを出してきて、ぼくが攻撃力2500の『ネオス』を場に出して、相手のモンスターの攻撃を『オネスト』で返り討ちにする――騒象寺くんとのデュエルと、名蜘蛛くんとのデュエルの間には、これだけの共通点があった。
そのことを踏まえると、なんやかんやでぼくの運が良かったことを差し引いても、名蜘蛛くんは本当に強いのだろうかと疑問を持ってしまう。
バトルシティに出場するくらいの腕があるのなら、攻撃力1900のモンスターを出した程度で自信満々にはならないだろうし、ぼくが『オネスト』を使う可能性があることくらいは想像できるはずだろう。
それなのに、名蜘蛛くんは、自信満々に攻撃力1900のモンスターを出し、ぼくが使った『オネスト』に驚いていた。
そのおかげで、あの名蜘蛛くんを相手にしながら、今のところぼくのほうが優勢になっているのだ。
もしかしたら、これも一つの演技なのかもしれない。ぼくを油断させて一気に潰しに掛かろうとしているのかもしれない。
野坂さんなら演技かどうかを見極められるかもしれないけど、残念ながらぼくにはそんなことはできそうにもなかった。
ぼくにできることは、デュエルに集中して全力で戦うことのみ。まだまだ油断は禁物だ!
「ドロー!」
このターンのドローフェイズで引き当てたカードは、『大嵐』の魔法カード。さっきのターンに名蜘蛛くんが使ったように、全ての魔法・罠カードを破壊すると言う、頼りがいのある効果を持っている。
続いて、フィールドの状況を見直す。
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E・HERO アナザー・ネオス
攻撃表示
攻撃力1900
守備力1300
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現在のフィールドはずいぶん閑散としたもので、ぼくの『アナザー・ネオス』1体が存在しているだけだった。
これもさっきの『オネスト』の返り討ちのおかげだろう。このまま『アナザー・ネオス』がプレイヤーへ直接攻撃を行えば、大ダメージを与えることができる。さっきのターンとは違い、名蜘蛛くんの場にも伏せカードはない。
はっきり言って、これはかなりのチャンスだ。
ぼくの場に出ている『アナザー・ネオス』が直接攻撃すれば、1900ダメージはほぼ確実。
手札にある『E・HERO オーシャン』を召喚してから攻撃すれば、さらに1500ダメージを追加することができる。
いつものぼくなら、間違いなく『E・HERO オーシャン』を召喚して攻め込むことだろう。
だけど、今のぼくはそれをためらっていた。
なぜなら、ここで『E・HERO オーシャン』を召喚してしまうと、ぼくの手札からモンスターカードが完全になくなってしまうからだ。
もし、名蜘蛛くんの手札に『ライトニング・ボルテックス』があったら、途端に危険な状態になってしまう。名蜘蛛くんの手札に、『冥府の使者ゴーズ』や『トラゴエディア』がある可能性だってある。
ぼくは悩んだ末、『E・HERO オーシャン』は召喚しないことに決めた。
目先のダメージにこだわって後から逆転されては元も子もないし、なにより、名蜘蛛くんの戦術や腕を見極めるためにも、余力は残しておくべきだと思ったからだ。
「『E・HERO アナザー・ネオス』で、プレイヤーへ直接攻撃をします!」
ぼくは『アナザー・ネオス』1体で名蜘蛛くんに攻撃を仕掛ける。
「くそっ!」
名蜘蛛くんのライフポイントは、さらに1900ポイント減少し、残り4200となった。
自分で決めたこととは言え、ここで『E・HERO オーシャン』で追加すれば良かったかもなぁと思ってしまう。
それでも、ずいぶんと頭が回るようになってきたし、緊張感もすっかりとなくなっていた。冷静に物事を見れるだけ良くなっているように思う。
うん。この調子で最後まで突き進もう!
「ターンエンドです!」
名蜘蛛くんのターン。彼は、乱暴にカードを引くと、
「……ククク」
途端に余裕を取り戻していった。よっぽどいいカードを引き当てたのだろうか。
「ヘッ! オレは『ジェネティック・ワーウルフ』を召喚! 攻撃表示!」
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ジェネティック・ワーウルフ
攻撃表示
攻撃力2000
守備力100
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E・HERO アナザー・ネオス
攻撃表示
攻撃力1900
守備力1300
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名蜘蛛くんの場に、またしてもイラストが輝いているモンスターカードが現れた。4本の腕を持つ白色の獣戦士のイラスト。その背景がきらびやかに光っている。
「ククク……。これぞ獣戦士族の中でも相当レアなカード! 生け贄なしデメリットなしで攻撃力2000もあるのは、この『ジェネティック・ワーウルフ』だけ! これぞ! オレとてめえの格の違いだ! 思い知れ! 『ジェネティック・ワーウルフ』で『アナザー・ネオス』を破壊しろ!」
攻撃力2000のモンスターには、攻撃力1900の『E・HERO アナザー・ネオス』では勝つことはできない。ぼくの『アナザー・ネオス』は破壊されてしまった。
「オレはさらに1枚のカードを伏せ、ターンエンドだ!」
「ぼくのターン……」
やっぱり、おかしい……。
名蜘蛛くんの『ジェネティック・ワーウルフ』は、確かにレアカードに分類されているし、その攻撃力もレベル4以下のモンスターの中では最高だと言っていい。
だけど、決してそれ以上のモンスターではない。
効果を一切持たないために、効果モンスターに一蹴されてしまうことだって珍しくない。もっと攻撃力の高いモンスターが相手になったら、一方的に倒されるしかない。
効果モンスターに乏しかった昔のデュエルモンスターズならいざ知らず、今のデュエルモンスターズではレベル4攻撃力2000と言うだけでは胸を張ることはできない。『ジェネティック・ワーウルフ』は、登場当時こそかなりの人気を誇っていたものの、今となっては下火となっているカードなのだ。
……なのに、名蜘蛛くんは、まだまだ自信満々の表情だった。
名蜘蛛くんはどういうつもりなのだろう?
本当にそのことを知らないのだろうか? それとも、知っていてわざと振舞っているのだろうか?
今、ぼくのフィールドや手札には、名蜘蛛くんの『ジェネティック・ワーウルフ』を倒せるカードは存在しない。
だけど、ぼくのデッキには、『ジェネティック・ワーウルフ』に対抗できるカードがたくさん眠っている。『ダーク・ヒーロー ゾンバイア』1枚、『ミラクル・フュージョン』3枚、『O−オーバーソウル』2枚、『ヒーロー・ブラスト』2枚……。これらに汎用性の高い魔法・罠カードを加えれば、間違いなく10枚は超えている。
1ターン目の『フューチャー・フュージョン』によるデッキ圧縮のおかげで、これらのカードを引き当てる確率も上がっている。おそらく50%ほどの確率で、ぼくは対抗可能なカードを引き当てることができるだろう。
今は、ぼくのターンのドローフェイズ。ぼくには、まだまだ余力もチャンスもある。
このターン、50%の確率で『ジェネティック・ワーウルフ』に対抗できるカードを引き当てられるし、もし、ダメだったとしても、『E・HERO オーシャン』を守備表示で出せば、少しは持ちこたえることができる。ライフポイントの面でも余力は十分にある。
名蜘蛛くん、このままじゃあ本当にぼくが勝っちゃいますよ! いいんですね?
ぼくは心の中でそう言ってから、
「ドロー!」
と、デッキからカードを引いた。
ドローしたカードは、『ミラクル・フュージョン』。墓地からの融合召喚を行うことができる魔法カードだった。
……当たりを引いた!
このカードなら名蜘蛛くんの『ジェネティック・ワーウルフ』を倒すことができる!
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ジェネティック・ワーウルフ
攻撃表示
攻撃力2000
守備力100
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E・HERO オーシャン 水 ★★★★
【戦士族・効果】
1ターンに1度だけ自分のスタンバイフェイズ時に
発動する事ができる。自分のフィールド上または墓地から
「HERO」と名のついたモンスター1体を持ち主の手札に戻す。
攻撃力1500/守備力1200
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洗脳−ブレインコントロール
(魔法カード)
800ライフポイントを払い、相手フィールド上に
表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
このターンのエンドフェイズ時まで、
選択したモンスターのコントロールを得る。
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大嵐
(魔法カード)
フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て破壊する。
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ミラクル・フュージョン
(魔法カード)
自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカードによって
決められたモンスターをゲームから除外し、「E・HERO」という
名のついた融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)
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いいや、『ジェネティック・ワーウルフ』を倒すどころじゃない!
『ミラクル・フュージョン』で攻撃力2200以上の融合モンスターを場へと出した後、『洗脳−ブレインコントロール』で名蜘蛛くんの『ジェネティック・ワーウルフ』のコントロールを奪い取る。
そうすれば、このターン名蜘蛛くんに4200以上の戦闘ダメージを与えることができる。今の彼のライフポイントは4200だから、4200以上の戦闘ダメージを与えれば、残りのライフポイントは……ゼロ。
勝てる……。
このターンのうちに勝てる……!
正直なところ素直に信じることができなかった。相手は仮にもバトルシティ出場者だぞ? こんなにあっさり勝てるというのだろうか? 勝ってもいいというのか?
いやいや、さすがに世の中そんなに甘くはない。
名蜘蛛くんの場には伏せカードも出されているのだ。その伏せカードが、今の状況をひっくり返すかもしれないじゃないか。
あ、でも……。
ぼくの手札には『大嵐』のカードがある。このカードを使えば、名蜘蛛くんの伏せカードを破壊することができる。
伏せカードが、『スケープ・ゴート』のように発動条件のないカードであれば、このターンでの勝利はできなくなるけど……。
「『大嵐』を発動します。これで、その伏せカードを破壊します……」
「くそがッ!」
ぼくが『大嵐』のカードを出すと、名蜘蛛くんは暴言を吐いて、伏せカードを墓地ゾーンへ置いた。
伏せカードの正体は、『次元幽閉』。発動条件がある罠カードであるため、その効力を発揮することなく破壊されたのだった。
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ジェネティック・ワーウルフ
攻撃表示
攻撃力2000
守備力100
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名蜘蛛くんのフィールドから、伏せカードが綺麗さっぱりなくなった。
彼の表情からは、余裕が消え始めていた。
手札の『ミラクル・フュージョン』と『洗脳−ブレインコントロール』のカードを見る。
本当に……行けるのか?
本当に、行ってもいいのか?
手が止まってしまう。次のカードが場に出せない。
相手はあのバトルシティ出場者。やはり何らかの作戦が残されているのだろうか? それとも本当にぼくが勝ってしまうのだろうか? ぼくなんかが勝ってもいいのだろうか? もし、ぼくが勝ったら名蜘蛛くんはどう思うだろうか? 怒るだろうか。……怒るだろうな。視線が気になる。名蜘蛛くんだけじゃない。生徒会の人、海馬コーポレーションの人、たくさんの観客達……。
さっきまでの集中力が途切れ、緊張感がぶり返してくる。手が震えだして、思い通りに動かせない。
消え去っていたと思ったプレッシャーが、ぼくへと圧しかかってきていた。バトルシティ出場者の強敵。怖い怖い名蜘蛛くん。ようやく出場できた大会。ベスト8の目標……。
その時だった。
左側から、ドン! と机を殴りつける音が聞こえた。
びくっとしてそちらを見ると、巨体の騒象寺くんが立ち上がっているところだった。
騒象寺くんの表情は10人中10人が分かるほど不機嫌なもので、対面の根津見くんは座ったままびくびくとしていた。
「せ、先鋒戦の決着がつきました。勝者は2年C組第1チーム、根津見くんです」
生徒会の人がおどおどしながらもアナウンスをする。
ああ、そうか。先鋒同士のデュエルが終わったんだ……。
先鋒戦、騒象寺くんvs根津見くんのデュエルは、騒象寺くんの負け。これで、ぼく達のチームは0勝1敗。
騒象寺くんの敗北によって、ぼくと野坂さんの両方が勝利しないと、チームとしての敗北が確定してしまう――そんな状況に追い込まれてしまったのだ。
だったら……!
だったら! こんなところで足を止めてはダメじゃないのか!?
慣れないプレッシャーに怯えて、せっかくのチャンスを逃してどうする花咲友也!
このデュエルでぼくが闘うべきなのは、バトルシティ出場の名蜘蛛くんだけじゃない。
『バトルシティ出場』という看板に怯え、名蜘蛛くんの格好や言動に怯え、慣れない大会で緊張して、明日まで勝ちあがろうという目標に押しつぶされそうになる――このぼく自身じゃないか!
ぼくが本当に勝つべきなのは、これらのプレッシャーなのだ!
すうっと大きく息を吸い込む。
なんだか目が覚めた気がする。
今は、デュエルに勝利できる大きなチャンス。
これほどのチャンスで足を止めるようでは、ヒーローだなんて名乗れない。
たとえ、今の名蜘蛛くんが何らかの戦術を隠し持っていたとしても、ここは行くべきなんだ! 行かなきゃダメなんだ!
ぼくは、手札の魔法カードを場へと出した。
「『ミラクル・フュージョン』を発動します! 墓地の『E・HERO オーシャン』と『E・HERO プリズマー』を除外し、『E・HERO アブソルートZero』を融合召喚します! それに引き続いて、800ライフを支払い、『洗脳−ブレインコントロール』を発動! 『ジェネティック・ワーウルフ』のコントロールを取得します」
「花咲、てめえ……! まさか!」
「はい! このデュエル、勝ちに行きます! まずは、名蜘蛛くん、コントロールの移った『ジェネティック・ワーウルフ』のカードを、ぼくのフィールドに移してください」
「くっ……! このっ……! このガキがぁぁああ!!」
同級生なのに思いっきりガキ呼ばわりして、名蜘蛛くんは『ジェネティック・ワーウルフ』のカードをこちらに叩きつけてきた。
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E・HERO アブソルートZero
攻撃表示
攻撃力2500
守備力2000
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ジェネティック・ワーウルフ
攻撃表示
攻撃力2000
守備力100
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勝つ。
ぼくはここで勝つ!
「では、バトルフェイズです!」
名蜘蛛くんが目をかっと見開き、口の端を吊り上げてぼくを睨んでくる。
怯んでしまいそうなほど怖かったけど、ぼくがすべきことが変わるわけではない。――さあ、行きますよ!
「ぼくは『アブソルートZero』でプレイヤーに直接攻撃です! 2500ダメージです!」
『アブソルートZero』の攻撃は成功し、名蜘蛛くんのライフポイントはこれで残り1700。あと一撃で勝負が決まる。
名蜘蛛くんはなおぼくをにらみ続けている。ぼくはそれにひるむことなく、
「さらに、『ジェネティック・ワーウルフ』で……」
と、最後の攻撃宣言を行おうとした。
けれども、その時――
とたんに名蜘蛛くんはニヤリと笑みを作った。
え? なんでここで笑うの?
ぼくは驚いて、攻撃宣言が一瞬止まってしまった。
「ん? どうした花咲?」
まるで追い討ちを掛けるかのように、声を掛けてくる名蜘蛛くん。似合わないほどニヤニヤしていて、ひどく不気味だった。
「あ、いや、ぼくは……。残った『ジェネティック・ワーウルフ』で攻撃を……」
名蜘蛛くんの思わぬ表情のせいで、ぼくはしどろもどろになっていた。
彼は何を考えていると言うのだろう? まるで勝機があるといわんばかりの表情をして。この状況から逆転だなんてまず不可能なはずなのに……。
名蜘蛛くんの口が開く。
「花咲さんよ! 今、なんて言ったのかなぁ? よく聞き取れなかったなぁ? 『ターン終了』って言ったのかなぁ? なるほど、次はオレのターンと言うことかぁ……」
「えっ?」
想像だにしなかった発言に、ぼくは、だらしなくぽかんと口を開いてしまった。
口を開いたまましばらく考えて、ようやく名蜘蛛くんの真意に気付いた。
「ぼくは『ジェネティック・ワーウルフ』で攻撃、って言ったんです! 攻撃です!」
「聞こえんなぁ? ああん?」
名蜘蛛くんは、表情こそはニヤニヤとしているが、その目が笑っていなかった。
間違いない。
名蜘蛛くんは、ぼくを威圧してきている。そうやって、臆病なぼくを脅して、ぼくの攻撃宣言を無理やりキャンセルさせる気なのだ。
なんてこった。最後の最後でこんな卑怯な手を使ってくるだなんて。マナー違反どころかルール違反じゃないか!
ああ、そうか……!
名蜘蛛くんが強い、って言うのはこういう意味だったのか! 相手を脅したり、暴力を振るったり、そういう反則技を使って、無理やり勝利をもぎ取っていたんだ!
おそらく、このデュエルで名蜘蛛くんが使ったレアカードの数々も、強引な手段を使って手に入れたものなのだろう。レアカードが強さに直結するマジックアンドウィザーズにおいては、さぞかし強力なデッキが作れたことだろう。
でも、今回の大会は、マジックアンドウィザーズではなくデュエルモンスターズ。レアカードが比較的入手しやすい上に、レアカードだからといって強いと約束されるわけでもない。
だから、ぼくでも名蜘蛛くんより優位に立てたんだ。ここまであっさりと追い詰めることができたんだ。
「名蜘蛛くん、ぼくはそんな脅しには負けませんよ!」
ぼくはきっぱりと言いきった。
一週間前のぼくなら脅しに屈していたかもしれないけど、今のぼくはそんな簡単には行きませんよ、名蜘蛛くん! 月曜日、火曜日、水曜日、木曜日、金曜日――この5日間でぼくはたくさん鍛えられたのですから!
「え? 脅し? 何のことかなぁ? オレがそんなことする訳ないじゃないか? なぁ? ああ?」
名蜘蛛くんは、とぼけた振りをして、周りの観客に同意を求めはじめた。
その時観客の一人に見せた表情はまさに獲物を狩る蜘蛛そのもので、その生徒は無理やり「はい」と頷かされてしまっていた。
「そういうわけだ花咲。オレは脅してなんかいない。それどころか、オレはひどく傷ついたぞ。言われもない嘘をつかれたんだからな。胸がずきずき痛むなぁ。ああ痛い痛い……」
名蜘蛛くんはわざと大げさに振る舞って、ニヤニヤとした表情で話している。
その様子を黙って見ながら、ぼくは、ちょっとした後悔をしていた。
ぼくはなんてバカだったんだろうと。
こんな相手に……。こんな本当に小悪党みたいな相手に、プレッシャーを感じていたというのだから。
「じゃあ、オレのターンだな」
ぼくが黙っているのを良いことに、名蜘蛛くんはそう言ってきた。
まだぼくのバトルフェイズは終わっていないというのに、脅しが有った無かったでうやむやにして勝手に自分のターンにしてきたのだ。
カードをドローするために、名蜘蛛くんの手がデッキへと伸びる。
もう、十分だ。
こんなデュエルは終わらせよう。
ぼくは右手をすっと挙げた。
ここはストリートデュエルなんかじゃない。審判がちゃんといる童実野高校でのデュエルだ。審判に一言言えば、名蜘蛛くんの行為を罰してくれる。最低でも前のバトルフェイズまでは巻き戻すことができるはずだ。
「すみません」
ぼくがそう呼びかけると、黒服を着た審判の人はぼくのほうを向いた。ぼくは名蜘蛛くんの不正を告げるべく、その口を開いた。
「あの、名蜘蛛くんが勝手に――がっっっ!!」
しかし、突如、右足のすねに激痛が走った。
顔が歪む。椅子から転げ落ちそうになる。まともに声が出せなくなる。今にも涙が出そうだ。
ぼくはたまらず、手札を机の上に置いて、両手で右足を押さえる。
痛みが引くのをじっとこらえながら、ぼくは名蜘蛛くんをにらみつける。
蹴ってきた……!
名蜘蛛くんは机の下から、ぼくのすねを蹴ってきたのだ!
ぼくが審判の人に告げ口させないがために、みんなにばれないよう机の下から暴力を働いてきたのだ!
何てことだ! 何てことをして来るんだ!
一刻も早く蹴られたことを言い出したかったけど、右足の痛みはそう簡単には引いてくれない。
ぼくは、喋ることもできずに、ただ右足を押さえていることしかできなかった。
そして、当の名蜘蛛くんは、ニヤニヤした表情のまま、
「審判さんよ! 花咲の奴、体調が悪いんだとよ」
そんなことを言い始めた!
「だいぶ顔色が悪いなこりゃ。これはもうデュエルなんかしている場合じゃないと思うぜ。早く保健室にでも連れて行ってやれよ」
名蜘蛛くんは、審判の人に向かって得意気に喋っている。
なんて奴だ。
審判の人まで利用して、ぼくを負けに追い込もうとしてくるだなんて!
ぼくは、ここに来てはじめて名蜘蛛くんの強さに直面していた。
まずはにらみつけて脅しつけ、それがダメならうやむやにして強引に進め、それでもダメなら暴力に訴え出て、最後には審判まで利用してしまう。
何重にも張り巡らされた『裏』のトラップ。それが名蜘蛛くんの強さの秘密だった!
まずい。非常にまずい……!
このままじゃ、本当に退場させられて、本当に負けてしまうかもしれない。
足の痛みは続いている。まだ声は出せない。
審判の人が一歩前に出る。
そして、大股でぼくの横を通り過ぎ――
「がっ! 腕が……!」
――名蜘蛛くんの左腕を掴んだ!
審判の人は、怖いくらい無表情で名蜘蛛くんを見下ろしている。名蜘蛛くんの表情から、すっと笑みが引いていく。
「オレじゃあねえよ! 花咲だよ! 花咲を保健室に連れて行きやがれ! くそがッ!」
「海馬コーポレーションを見くびってもらっては困る」
審判の人こと――海馬コーポレーションの磯野さんは、名蜘蛛くんを威圧するかのように低い声を出した。
「海馬コーポレーションが、この程度の不正を見逃すと思うか? 暴言、脅迫、暴力、虚偽の申告。全てルール違反だ」
「ああ? オレがいつそんなことをしたって言うんだよ! 百歩譲って口の悪いことは認めてやるけどな! 脅迫、暴力、虚偽の申告なんぞしてねえよ!」
「海馬コーポレーションの技術力は、世界有数のものである。今履いている上履きをこちらに渡してもらおう。その上履きと花咲友也の制服を調べれば、暴力を働いたかどうかなどすぐに分かる」
「な……!」
名蜘蛛くんの表情が一層険しくなった。
さすがは海馬コーポレーション。立場をあっさりとひっくり返し、名蜘蛛くんを追い詰めてしまったのだ。
「こ、この……! オレを……! オレを! このオレをなめんなあああ!!」
追い詰められた名蜘蛛くんは、とうとう実力行使へと出た!
椅子に座りながらも器用に右足を蹴り上げて磯野さんに襲い掛かったのだ!
「ふんっ」
しかし、磯野さんは、空いた左手でその攻撃を難なく弾く。
その反動で名蜘蛛くんはバランスを崩し、椅子から転げ落ちてしまった。その隙を見逃さんとばかりに磯野さんはすかさず身を乗り出し、名蜘蛛くんを床に押さえつけた。これら一連の動きは早業過ぎて、まるで映画版ゾンバイアを間近で見ているようだった。
「このオレを舐めやがって……! オレは……オレは、ゲームの腕でもケンカの腕でも一流なんだぞ! なのにこのオレを! このオレをここまで貶めやがって!」
全身をがっしり押さえられたまま、名蜘蛛くんは磯野さんをにらみつけている。
磯野さんは、そんな名蜘蛛くんの耳元へと近づき、ぼそぼそと口を開いた。
なんと言ったかは聞こえなかった。
だけど、それを聞くなり、名蜘蛛くんの表情がみるみる青ざめたものになっていくことだけは良く分かった。
磯野さんが名蜘蛛くんを解放する。
名蜘蛛くんはふらふらと机に戻ってきて、
「オレの……負けだ……」
そう言って、デッキを片付け始めた。
隣の野坂さんや孤蔵乃くんはぽかんとこちらを見ている。観客席に座った人達もぽかんとこちらを見ている。
そして、当のぼく自身もぽかんとその様子を見ている。
予想外の展開が起こってしまって、頭の整理が追いつかない。足の痛みも吹き飛んでしまった。
でも、一つだけ、はっきりとしたことがあるとすれば、
「あの……大将戦なんですけど……決着がつきました……。勝者は2年C組第7チーム、花咲くんです」
ぼくが名蜘蛛くんに勝ったということだけだった。
名蜘蛛くんは、デッキを片付けるなり教室を出て行った。
いつの間にか騒象寺くんもいなくなっていた。
残った中堅戦のデュエルが再開され、数分も経たないうちに決着がついた。
「中堅戦が終わりました。勝者は2年C組第7チーム、野坂さんです」
勝者は野坂さん。面白いようにカウンターコンボが決まって、対戦相手の孤蔵乃くんを圧倒したのだった。
「少々トラブルがありましたが、これにて、1回戦第1試合は終了です。2勝1敗で、2年C組第7チームの勝ちです。おめでとうございます」
生徒会の小坂くんはそう言うなり、ぱちぱちぱちと拍手を始めた。まばらではあるけれども、観客席からも拍手が起こる。
小さな拍手ではあるけれども、慣れていないこともあって、なんだか照れてしまう。数名の拍手の中、ぼくはどうしたら良いか分からずに立ち尽くしていた。
でも……。
ぼく達、勝ったんだよなぁ……。
強敵だと思っていた名蜘蛛くんにも勝利できて、野坂さんのおかげでチームとしても勝利できて、無事に1回戦を勝ち上がることができた。
トラブルが起こったせいで置き去りになっていた勝利の喜びが、どっと押し寄せてくる。
やった……。勝った……勝った……! 勝った! 勝ったんだぞーーーーーっ!!
童実野高校デュエルモンスターズ大会1回戦――勝利!
まだまだ先は長いけれども、初勝利はやっぱり嬉しいものだった。
第七章 童実野高校デュエルモンスターズ大会 2〜3回戦
「念のため待機しておいてくれとは言われたけど、まさか本当に保健室にやってくる生徒がいるとはねえ……」
呆れ半分、興味半分くらいの口調で、保健医の先生が言った。
童実野高校デュエルモンスターズ大会1回戦。ぼく達『2年C組第7チーム』は、名蜘蛛くん率いる『2年C組第1チーム』に勝利することができた。
しかし、その代償と言わんばかりに、右足のすねを思いっきり蹴られてしまった。
1回戦が終わりデッキの内容を控えてもらっている間も、蹴られた右足はじくじくと痛み続けていて、どうしたものだろうと思って制服をめくってみたら、なんだかやばそうな色になっていた。「これは大変だ」と生徒会の人に案内されるがまま、ぼくは保健室へと来ることになったのだった。
「ええと……大丈夫? わたしがもっと早くに気付いていたらよかったんだけど……」
保健室まで付き添ってくれた野坂さんが心配してくれる。
「うん、大丈夫。確かに内出血で見た目は結構ひどい感じになっているけど、あくまで見た目だけだよ。痛みは少しずつだけど引いているし、そんなに心配しなくてもいいと思うよ」
ぼくが小さくガッツポーズを作ってみせると、
「はい」
と、野坂さんは黄色いリボンを小さく揺らしてうなずいてくれた。その時の表情は、それはもうホーリー・エルフの祝福も顔負けの微笑みで、足の痛みなんか空の彼方まで吹き飛んでしまった。
女子とは縁がなかったはずのこのぼくが、女子に心配してもらって、女子と楽しくお話ができて、女子に笑ってもらえている……。
改めて自分の境遇に幸せを感じずにはいられなかった。ああ……幸せ……。
「鼻の下伸びてるぞ、花咲」
「う、うらやましい奴め」
横槍を刺すように、二人の男子生徒の声が聞こえた。
「……っ!」
びくりとして、声のしたほうを見てみる。
そこには、相変わらずどこか不機嫌そうな根津見くんと、怪しげなマントに身を包んだ孤蔵乃くんが立っていた。いつの間に保健室に入ってきていたようだった。
「ああ……びっくりした……」
思わず声に出してしまう。心臓がまだバクバクと鳴っているのが分かる。ぼくは、すーはーと深呼吸をして、なんとか落ち着きを取り戻した。
「……それで、どうしたの? ふたりとも」
改めて二人に聞いてみると、根津見くんがムッと顔にしわを作った。
「どうしたもこうしたもないだろ? オレのチーム、お前達に負けたんだぞ? しかも大会が始まって、わずか30分で敗北決定ハイさようなら、だなんて今日何しに来たのか分かんねーよ……。あーあ。せっかくオレは勝ったのにな」
根津見くんがやはり不機嫌そうに答える。なんだか悪いことをしちゃったかな、と思ってしまう。
「それでさ、孤蔵乃が『花咲が心配だ、様子を見に行こうぜ』とか言って保健室に向かって行ったから、それに着いてきたっつーわけ。暇になっちまったからな」
根津見くんがそう言うと、隣の孤蔵乃くんは不器用にウインクをした。
「花咲、ぼくたち友達だろ? 友達なら怪我とか心配するものだろ? な?」
「う、うん……」
「……とか言っているけど、孤蔵乃の本当の目的は野坂さんだぜ。『花咲が心配だ、様子を見に行こうぜ』とか言いつつ、スキップしながら保健室にやってきたからな」
根津見くんは冷ややかな目をして、孤蔵乃くんのわき腹をつついた。
「え? そうなの? 孤蔵乃くん」
「ち、ちちち違うよ! 違うって! 花咲の見舞いに行って野坂さんのイメージアップを図ろうだなんて、これっぽっちも考えていないよ!」
「そ、そう……」
孤蔵乃くんの本領(?)が発揮されつつあった。野坂さんはちょっとだけ苦笑いをしていて、保健の先生は笑いをこらえていた。
しばらくの間、ぼく達はお喋りに興じた。
「お前のデッキ、ヒーローデッキだったんだな」「うん。アメコミとか好きだから。あ、孤蔵乃くんや根津見くんって大会とか出てるの?」「結構出てる。ほとんど町内大会だけどな」「ボクは女の子が出場する大会になら必ず出るよ」「そ、そう……」
ぼく達が会話に夢中になっていると、いつの間に野坂さんは保健の先生とお喋りをしていた。意外と気が合うのか二人とも笑顔が絶えなかった。
大会の緊迫感が満ちている廊下や教室とは対照的に、保健室の空気は和やかなものになっていた。
ふと保健室に掛けられた時計を見ると、午前10時7分。
3回戦の開始時刻は午後3時だから、次の試合まで5時間近くもの時間が空いていることになる。1、2回戦は、試合数が多い分だけ時間が掛かるのだ。
5時間か……。
この時間をお喋りだけに費やすのももったいない。
さっきの名蜘蛛くんのデュエルでは、結果的に勝ったから良かったものの、プレイングがおぼつかないところがいくつかあった。そんなプレイングではこの先勝ち進むことは難しいだろう。
「あのさ、根津見くん、孤蔵乃くん」
「ん?」
「何だ?」
「暇だったらさ、デュエルしていかない?」
ぼくは、二人をデュエルに誘ってみた。自然と誘う言葉を出せたのは、この一週間のお陰なのかもしれない。
「デュエルか……悪くないな……。せっかくオレは勝ったのに、誰かさん達のせいで1回戦で負けちゃって、消化不良なんだよな。……せっかくオレは勝ったのに」
「そんなことより、野坂さんもデュエルしてくれるんだよね? ね? ……ぼくたち友達だろ? ね?」
自分の勝ちを主張し続ける根津見くんと、女子のことしか考えていない孤蔵乃くん。
……ま、まあ、いいか。
「あの、野坂さんもいい? こんな人達だけど相手してあげて……」
とまあ、そんなわけで。
保健室を借りて、ぼく、野坂さん、根津見くん、孤蔵乃くんの4人のデュエルが始まった。
ぼく達4人の間で、相手を入れ替えながらデュエルを進めていく。
根津見くんは、自分の名前にひそかな自信があるのか、ネズミモンスターを中心としたデッキだった。『巨大ネズミ』や『ネズミ算式召喚術』で次から次へとネズミモンスターを展開していき、最後に『ネズミキング−ネコフンジャッタ』などの大型モンスターで対戦相手を追い詰める戦法だった。
一方、孤蔵乃くんは、魔力カウンターを活用した魔法使い族デッキだった。『魔導戦士 ブレイカー』や『マジカル・コンダクター』の効果を生かすために、『見習い魔術師』や『魔力掌握』などのカードを上手く組み合わせているのが印象的だった。彼が言うには、女の子モンスターばかりのハーレムデッキもあるそうだけど、そちらの使用は丁重にお断りしておいた。
みんなとのデュエル中には、「今の行動はミスだったなぁ」と思う場面がいくつかあった。ぼくのプレイングには、まだまだ向上の余地があるということだろう。やっぱり練習しておいて良かった。
そんな感じで2戦ほど終えたところで、保健室に新しい客がやってきた。
2年C組の女子7人。
『2年C組第4チーム』のメンバーと、『2年C組第6チーム』のメンバーに、応援にやってきた中野さんを加えた合計7人の女子。彼女たちがやってきて、保健室はいっそう華やかになった。
「もうリボンちゃんのチームだけが頼りなんだからね! がんばってよね!」
どうやら、彼女たちのチームは、第4チーム、第6チームともに1回戦で負けてしまったらしい。
それでも2年C組最後の女子である野坂さんは勝って欲しい! ……と、わざわざ保健室にいるのを探してまで応援に来てくれたようだった。そんな理由もあって、ぼく達が練習デュエルをしていることを知るや、
「あたし達もリボンちゃんに協力しよう!」
と、快く練習相手に立候補してくれた。
人数もぐんと増えさすがに保健室では手狭になってきたので、今日の大会で使われていない2年C組の教室に場所を移す。
そこには、クラスメイトの梅田くん、竹下くん、松澤くんがいて、
「俺たちも練習させてくれよ」
と、彼らとも一緒に練習デュエルをすることになった。
2人が4人に、4人が11人に、11人が14人に。
2年C組の教室は、クラスメイト14人が一堂に会してデュエルの練習をする場所に早変わりしていた。
Bブロックの会場である2年B組から机が運び込まれていてちょっと狭かったけど、そんな中でなんとか机をくっつけて、かわるがわるデュエルを行っていく。
パシパシとカードを出す音や、攻撃宣言や効果発動などの声に、時折笑い声が混ざる。
どことなく、いつもの休み時間の雰囲気に似ている気がする。
休み時間はほとんど一人だったぼくにとって、クラスのみんなと一緒にいることは新鮮で嬉しいことだった。
もしかしたら、野坂さんもぼくと同じことを思っているのかもしれない。向こうの席に見える黄色のリボンが軽やかに揺れているのを見ていると、その想像もあながち外れてはいない気がした。
それから、11時が過ぎて――
「ごめんなさい、神の宣告でモンスターの召喚を無効にします」
「ひえー、やっぱりリボンちゃん強い」
「ご、ごめんなさい……」
「そこは胸を張るところだと思うんだけどなぁ。私だったら、神の宣告でモンスターの召喚を無効にしますざまあみろ、って言ってるところよ。リボンちゃんも言ってみて」
「神の宣告でモンスターの召喚を無効にします、ざ、ざ、ざま……み……む、無理です……」
「あはははっ!」
12時が過ぎて――
「そろそろお腹空いてきたよねー。買い出しに行くひとー」
「あ、ぼくはお弁当を持ってきてる」
「わたしも……」
「さすがリボンちゃんと花咲くん! 勝利チームは心構えが違うねー。……じゃあ根津見と孤蔵乃が買ってきて」
「何で!」
「喜んで!」
「喜ぶな!」
13時が過ぎて――
「俺たちのチーム負けちゃったよ……。結構いいところまで行ったんだけどな……」
「じゃあさ、せっかくだしさ、僕達も花咲くんのチームを応援しようか」
「ああ、そうだな。このまま帰るのも悔しいしな……」
「つーわけで応援してるぞ。頑張れよ! 花咲くん!」
「う、うん……」
14時が過ぎて――
「ここだけの話ね、あたしね、花咲くんには感謝してるんだよ」
「感謝……? ぼくに……?」
「そうだよ。リボンちゃんを引き込んでくれたでしょう? それに感謝してるの。……リボンちゃんってさ、いつも一人で本ばかり読んでいて、しかも最近寂しそうな顔を見せることもあったでしょ? でも、進級してからずいぶん経ってるし、なかなか声をかけづらくって。だからね、きっかけを作ってくれた花咲くんには密かに大感謝してるんだよ」
「そ、そんなつもりはなかったんだけど……」
「結果的にはそうなったんだからいいじゃない。とにかく、ありがとうってこと。それと、大会頑張ってね。リボンちゃんのためにも絶対勝ってよね!」
「う、うん……!」
14時50分を過ぎる。
「まもなく3回戦が始まります。対戦者は会場の教室へ集まってください。くり返します。まもなく3回戦が始まりますので、会場の教室へ集まってください」
ついに、ぼく達の試合が始まろうとしていた。
校内放送が流れるや否や、2年C組にいた14人全員が1年D組へと向かっていく。
たくさんの応援者を引き連れて、会場の教室へと入る。なんだか本格的っぽかった。
1年D組は、既に20人くらいの生徒が集まっていて、その中には騒象寺くんもいた。遅刻と言うわけじゃないけど、ぼくは慌てて所定の席へと座った。
まだ対面の椅子には誰も座っていない。ぼくは持ってきたデッキを机の上に置いた。
このデッキも、かなり体に馴染んできた気がする。今日は何回デュエルしただろう? 10回は超えていて、20回は行かないくらいかな。
ともかく、今までにないくらい、たくさんのデュエルをしたことには違いない。これだけデュエルをしておけば、今から行われる3回戦、そう簡単には負けないだろう。油断するつもりじゃないけれども、それくらいに自信があった。
黒板のトーナメント表を見る。
【予選トーナメント・Dブロック会場】
2年C組第7チーム──┐
├─────┐
──┘ │
│
1年B組第3チーム──┐ ├──┐
├──┐ │ │
──┘ │ │ │
├──┘ │
──┐ │ │
├──┘ │
──┘ │
│
──┐ ├──ベスト8進出!
├──┐ │
2年D組第2チーム──┘ │ │
├──┐ │
──┐ │ │ │
├──┘ │ │
──┘ │ │
├──┘
──┐ │
├──┐ │
──┘ │ │
├──┘
3年D組第1チーム──┐ │
├──┘
──┘
残り4チームになった、Dブロックの予選トーナメント表。
ぼく達『2年C組第7チーム』の対戦相手は、『1年B組第3チーム』だった。
下級生か……。1年生には知っている人がいないから、ちょっとだけ緊張してしまうかもしれないなぁ……。
「あ、『1年B組第3チーム』の方ですね? こちらへどうぞ」
教室の入り口のあたりから、生徒会の人の声が聞こえた。
ずいぶん人が増えた教室の間をぬって、三人の男子生徒がこちらへ向かってくる。1年B組第3チームの登場だ。
一人は騒象寺くんの前に座り、一人は野坂さんの前に座り、一人はぼくの前に座る。ぼく達『2年C組第7チーム』と、対戦相手の『1年B組第3チーム』が机を挟んで向かい合う。
あれ?
ぼくの前に座った男子生徒……。これって……?
「久しぶりだね、花咲くん。今日はよろしく」
その男子生徒は、ぼくに向かってあいさつをする。
彼はぼくのことを知っていて、ぼくもまた彼のことを知っていた。
井守(いもり)くん。
ぼく達に面識があるのは当然のことで、なぜなら彼は去年度のクラスメイトだった。でも、原因不明の病気によって長期入院し、出席日数が足りなくなって留年してしまったらしいのだ。
井守くんは、ぼくと同じくらい背が小さく、ぼくと同じくおとなしめの性格で、なんだか親近感が湧きそうな男子だった。けれども、肩にかかりそうなくらいの長髪や、目の下に作られたくまが、ちょっぴりダークな印象をぼくに与えてしまったのか、去年はあまり話をしたことがなかった。
この井守くんが、今日のぼくの対戦相手か……。
少なくとも名蜘蛛くんよりはプレッシャーを感じることはないだろうし、まったく知らない人よりも気軽にデュエルはできるはず……。
「うん。こちらこそ、よろしく」
ぼくは笑顔を作ってあいさつを返したのだった。
まもなく、時計の針は午後3時を指した。
生徒会の人や審判の人がひとしきり注意事項を述べた後、ぼく達にデュエルの準備を促してくる。
ぼくは自分のデッキをシャッフルした後、井守くんのものと交換して軽くカットする。デッキや融合デッキなどを所定の位置に置いて、ジャンケンで先攻後攻を決める。ぼくは後攻だ。そして、最後にデッキから5枚のカードを手元に持ってくる。
「それでは、準備はいいですね?」
審判の人がぼく達を見渡してそう言った。ぼくは小さくうなずく。
30人以上もの人が入っている教室が、しんと静まり返る。ピンと空気が張り詰めていく。
今日はたくさんデュエルしたし、対戦相手もぼくの見知った相手だけど、やっぱりちょっと緊張してしまう。それでも1回戦ほどの緊張感ではないし、今の緊張感はどこか心地よかった。
審判の人が右手を高く挙げる。
「では、Dブロック3回戦第1試合――『2年C組第7チーム』対『1年B組第3チーム』。試合開始ィィィ!」
審判の人が手を下ろすなり、井守くんは、
「ボクの先攻だね、ドロー」
と宣言して、デッキからカードを引いた。
井守くんはドローしたカードをちらっと見るなり、あらかじめ決められていた動作と言わんばかりに、そのカードを場へと繰り出してきた。
「『成金ゴブリン』を発動!」
成金ゴブリン
(魔法カード)
デッキからカードを1枚ドローする。
相手は1000ライフポイント回復する。
|
『成金ゴブリン』……!
そのカード名を聞いた瞬間、やばいと思った。
大事な宿題を家に忘れてきた時のように、ゾクリと嫌な予感が体じゅうを駆け巡る。
この『成金ゴブリン』は、デッキを1枚だけ圧縮して、デッキの回転をわずかに良くするだけのカード。その時に対戦相手のライフポイントを1000も回復させてしまうため、正直なところ使いにくいカードである。
ただし、デッキ破壊、エクゾディア――相手のライフポイントを0にする気がないデッキであれば話は別だ。対戦相手のライフポイントを回復させようが、そんなことはどこ吹く風。デッキを圧縮するメリットだけを受けることができる。
「さらに……」
一息つく間もなく、
「もう一枚『成金ゴブリン』を使う!」
井守くんの手札から、2枚目の『成金ゴブリン』が発動され――
「『リロード』を発動し手札を全て入れ替える。……さらに『打ち出の小槌』を発動し4枚の手札を入れ替える!」
続いて、井守くんの手札が次々に入れ替わっていく。
デュエル開始早々。しかも、ぼくのターンがやって来る前から、ぼくはピンチに追い込まれてしまった気がした。
家に置き忘れた宿題を取りに戻りたくても、もうバスに乗ってしまった。宿題を忘れたまま今日一日を乗り切らなければならない。そんな感じだろうか。さっきまでの自信はどこへ行ったのか、ぼくの中には焦りが生まれ始めていた。
「来た……」
手札を入れ替えた井守くんがポツリと漏らして、ニヤッと不気味な笑みを作った。
ドキッと心臓が跳ね上がる。
何かキーカードを引き当てたというのだろうか?
もし……。
もし、井守くんが先攻1ターンキル戦術を使ってくるのであれば、この井守くんのターンでぼくは負けてしまうかもしれない。
ああ、せめて宿題を回収するのは、授業が終わるまで待ってほしい。今すぐ宿題を回収することだけは勘弁してほしい。デュエルが開始して、まだ自分のターンにすらなっていないのに、焦りの気持ちでいっぱいになっていた。
井守くんは得意気な表情で、一枚の手札を場へと出した。
「ぼくは、2000ライフを支払い――『終焉のカウントダウン』を発動する!」
終焉のカウントダウン
(魔法カード)
2000ライフポイント払う。
発動ターンより20ターン後、自分はデュエルに勝利する。
|
『終焉のカウントダウン』か……!
正直、ちょっとだけほっとした。
『終焉のカウントダウン』は、発動してから20ターン後に、デュエルに勝利できるという魔法カード。
勝利が確定するのは20ターン先なので、1ターンキル戦術のように速攻で負けると言うことにはならないからだ。
でも、宿題自体が消えてなくなったわけじゃない。
今すぐに回収されなかったとは言え、この授業時間のうちに宿題をこなさなくてはならない。先生の目を盗んで宿題を終えなくてはならない。
とても、安心なんてできる状況ではないのだ。
今のぼくのライフポイントは10000。だけど、井守くんが『終焉のカウントダウン』を使ってきた以上、このデュエルにおいてぼくのライフポイントは単なるお飾りに成り下がったと言えるだろう。たとえ、ぼくのライフポイントが100万になったとしても、20ターンが経過すればぼくの敗北が確定してしまう。
20ターン以内に、井守くんのライフポイントを0にすればぼくの勝ち。それができなければ、井守くんの勝ち。
これからの20ターン。ぼくは井守くんのライフポイントを0にすることができるのだろうか?
「さらにモンスターを裏守備で伏せて、ターンエンド」
井守くんはターン終了を宣言する。
『終焉のカウントダウン』で負けるのは20ターン後ではあるけど、デュエルモンスターズでは、自分のターンと相手のターンのそれぞれでターンをカウントする。
このターン終了宣言によって、ぼくに残されたターン数は19になった。
「ぼくのターン……ドロー……」
1ターン目後攻。
『終焉のカウントダウン』によって、デュエルにタイムリミットが設けられてしまった。20ターンあれば余裕と見るべきなのか、20ターンでは足りないと見るべきなのか。
ぼくの手札にあるカードは、『E・HERO アナザー・ネオス』、『ミラクル・フュージョン』、『ミラクル・フュージョン』、『O−オーバーソウル』、『冥府の使者ゴーズ』、『オネスト』の6枚。
ここは『アナザー・ネオス』を召喚して攻撃を仕掛けよう。堅実に攻め込んで、20ターン経過する前に、井守くんのライフポイントを削り切ろう。
「ぼくは、『アナザー・ネオス』を召喚し、そのままバトルフェイズに移行します。『アナザー・ネオス』で裏側守備表示のモンスターに攻撃させていただきます!」
どこかもやもやした気持ちのまま、ぼくは攻撃宣言をした。攻撃力1900の『アナザー・ネオス』が、裏側守備モンスターに攻撃を仕掛ける。
この攻撃で守備モンスターを破壊できれば、いいのだけれど……。
だけど、井守くんは、その笑みを崩すことなく、攻撃を受けたモンスターカードを表側に返した。
「『魂を削る死霊』……」
やっぱり、そう来るよなぁ……。
ぼくの淡い期待は、あっけなく崩されてしまった。
魂を削る死霊 闇 ★★★
【アンデット族・効果】
このカードは戦闘では破壊されない。
このカードが魔法・罠・効果モンスターの
効果の対象になった時、このカードを破壊する。
このカードが直接攻撃によって相手ライフに戦闘ダメージを
与えた時、相手の手札をランダムに1枚捨てる。
攻撃力300/守備力200
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このカードは戦闘では破壊されない――その一文の効果が、『魂を削る死霊』最大の特徴。
攻撃力1900の『アナザー・ネオス』の攻撃をもろともせず、『魂を削る死霊』は場に生き残ってしまう。当然、お互いのライフポイントにはまったく変化はない。
そりゃそうだろう。
20ターン後に勝利する『終焉のカウントダウン』を使うのなら、タイムリミットまで身を守るのは至極当然の戦術。井守くんにとっては、20ターン後までライフポイントを死守する必要があるのだから、徹底的に守りを固めるに決まっている。
メインフェイズ2。ぼくは『魂を削る死霊』を何とかしたかったけど、残りの手札を見る限り、このターンでできることはもう残されていなかった。
「ターン……エンド……」
『終焉のカウントダウン』を使われてから1回目のぼくのターン、ぼくは井守くんにダメージを与えることはできなかった。
次の井守くんのターン、彼は、魔法・罠カードゾーンに1枚の伏せカードを出し、ターンを終えた。
彼はもう身を守るだけで良いのだから、バトルフェイズを行う必要もない。ものの15秒という短さでターン終了を宣言したのだった。
すぐさまぼくのターンが回ってくる。
ぼくは、このターンドローした『洗脳−ブレインコントロール』を使い、『魂を削る死霊』を自壊効果で破壊することに成功した。
しかし、モンスターの攻撃時に、『グラヴィティ・バインド−超重力の網−』の永続罠カードを使われてしまい、結果的に攻撃に失敗。
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E・HERO アナザー・ネオス
攻撃表示
攻撃力1900
守備力1300
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「ターンエンド……」
またしてもダメージを与えることなく、ぼくのターンが終了してしまった。
『終焉のカウントダウン』のターンカウントが一つ進む。
「ボクのターン、ドロー。ボクはモンスターを裏守備でセットしてターンエンド」
「ぼくのターン……。ぼくは、カードを1枚伏せて、オネストを攻撃表示で場に出します。……ターン終了です」
「ボクのターン。ドロー。このターンは何もせずにターンエンド」
「ぼくのターン……」
無常にもターンばかりが経過していく。1ターン1ターンが経過するのがとても早い。20ターンなんて長いようであっという間なんだと感じてしまう。
「ドロー……」
でも、このターン『サイクロン』を引き当てた。ぼくのフィールドには『ヒーロー・ブラスト』も伏せてある。
「このターン、『冥府の使者ゴーズ』を生け贄召喚します。さらに『サイクロン』を発動し、『グラヴィティ・バインド』を破壊します! そして、『冥府の使者ゴーズ』で攻撃です!」
「残念でした! モンスターは『マシュマロン』。戦闘では破壊されない!」
「伏せカードを発動! 『ヒーロー・ブラスト』! 生け贄召喚で使用した『アナザー・ネオス』を手札に戻して、『マシュマロン』を破壊します!」
ぼくは『冥府の使者ゴーズ』をあえて生け贄召喚し、『サイクロン』と『ヒーロー・ブラスト』を使って、井守くんの場のカードを全て破壊することに成功した。
「ターンエンド」
このターンにダメージを与えることはできなかったけど、ぼくなりに頭を精一杯ひねって、なんとか厄介なカードを破壊することができた。
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冥府の使者ゴーズ
攻撃表示
攻撃力2700
守備力2500
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井守くんのフィールドにあったカードは全て破壊されたと言う今の状況。
それなのに、当の井守くんの表情に変化はなかった。
「ボクのターン、ドロー」
まだまだ余裕さ――と言った感じの表情で、手札のカードを場へと出してきた。
「永続魔法『平和の使者』を発動。このカードがフィールド上に存在する限り、お互いに攻撃力1500以上のモンスターは攻撃できなくなる。さらに、モンスターを1体守備表示で伏せる。ターンエンドだ」
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冥府の使者ゴーズ
攻撃表示
攻撃力2700
守備力2500
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手札から2枚のカードを場に出され、すぐさま防衛線が張られてしまう。
前の井守くんのターンでは、何のカードも出してこなかったのに、このターンでは2枚の防御カードを出してきた。
つまり、井守くんは、ぼくが使ったカードの様子を見ながら、適切な数の防御カードを使っていることになる。手札にカードを温存させ、場のカードが除去された時のリスクに備えているのだ。
「ぼくのターン……ドロー……」
このターン、ぼくがドローしたカードは『聖なるバリア−ミラーフォース』。守り一辺倒の井守くん相手では、発動条件すら満たすことができないカードだった。
「『アナザー・ネオス』を召喚して……、ターン終了です」
ぼくは何もできず、ターンを終えるしかなかった。
このターン終了宣言によって、『終焉のカウントダウン』による敗北まで残り10ターンになってしまった。
何の進展もないまま、20ターンのうちの半分が過ぎてしまった。
まずい……。
これは本当にまずい……!
一般的に、こういうタイプのデッキと戦う時には、サイドデッキで対策を行うのが定石だ。
例えば、『聖なるバリア−ミラーフォース』のような、戦闘を有利にするカードを引っ込めて、『砂塵の大竜巻』や『神の宣告』のように、相手のカードを破壊・無効化するカードを投入する。
デュエルモンスターズの大会では、3回勝負のマッチ戦になることが多い。サイドデッキを使えない1回目のデュエルで負けてしまっても、相手への対策カードを盛り込んで、2、3回目のデュエルで勝ちに行けばいいのだ。
それに対して、この童実野高校デュエルモンスターズ大会では、3人が1回ずつデュエルをするため、そのようなサイドデッキの使い方はできない。
・大会は、シングルデュエルで進行していきますが、サイドデッキ15枚を用意することができます。試合と試合の間にサイドデッキとメインデッキ間でカードの入れ替えが可能です。
サイドデッキを使いたければ、1回戦が終わって、3回戦が始まるまでの間にカードを入れ替えておく必要があったのだ。
もし、井守くんのデュエルを観戦して、彼が『終焉のカウントダウン』を使うのだと知っていたら。もし、デュエルの練習をせずに、Dブロックのデュエルを観戦していたとしたら。きっと、サイドデッキから対策カードを盛り込むことができただろう。
なんと言う皮肉だろう。
せっかく、根津見くんや孤蔵乃くん、2年C組のみんなと練習デュエルをしたと言うのに、それをせずにデュエルを観戦していたほうが良かっただなんて……!
「どうやらその様子だと気付いたみたいだね……」
含みのある言い方で、井守くんが言った。
「シングルデュエルでは、強いけど弱点のあるデッキが有利になりやすいんだ。サイドデッキを使いこなせない人が多い今度の大会じゃ、ぼくのようなデッキタイプがぐんと有利になるのさ」
そう言って、井守くんはフフフと小さく笑った。
「……残念だったね、花咲くん。このデュエルはボクがもらったよ。さあボクのターン! このターンはドローと『平和の使者』のライフコスト100だけを支払い、ターンエンド!」
残り9ターン。
ぼくが、井守くんの防御カードを打ち破るカードを引き当てる頃には、井守くんは、新しい防御カードを引き当ててしまっている。
攻めるスピードと守るスピードが同じでは、いつまで経っても事態は好転しない。
だからどうにかしようと思っても、普通はサイドデッキで対処するべき内容。今のぼくにはどうしようもない。1枚でも多く、いいカードが引けることを祈るしかない。
『終焉のカウントダウン』のカウントばかりが進んでいく。
ぼくは着実に追い詰められていた。
「ぼくのターン。ドロー……。何もせずにターンエンドです……」
「ボクのターン、ドロー。当然『平和の使者』のライフコスト100を支払う。『打ち出の小槌』を使い手札を入れ替え……、伏せカード1枚をセットする」
「ぼくのターン、ドロー……。ぼくは、『E・HERO プリズマー』を召喚して、『プリズマー』の効果を使って、デッキの『ネオス』を墓地に送ります。ターン終了です……」
「ボクのターン、ドロー。『平和の使者』のコストを払う。ボクはモンスターを裏側守備表示でセットする」
「ぼくのターン……ドロー……。ぼくは裏側守備表示でモンスターを出します。そして、『プリズマー』の効果を使い、デッキから『ネオス』を墓地へと送ります。これでターン終了です」
「ボクのターン、ドロー。『平和の使者』のコストを支払って、そのままターンエンドだ」
「ぼくのターン……」
さらに数ターンが過ぎて、残り3ターン。
このターン、次の井守くんのターン、その次のぼくのターン――その3ターンの間に、井守くんのライフポイントを0にできなければ、ぼくの負けが決定してしまう。
幸いにも、ここまでの間に『デュアルスパーク』、『N・グラン・モール』――と、今の状況を好転させる力があるカードを引き当てることができた。特に『N・グラン・モール』は、さっきのターンに裏側守備表示で場へと出しておき、いつでも効果が使えるように備えておいた。
しかし、その間にも井守くんは守りを固めていき、ますます攻めにくい状況を作り出していた。
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正体不明のモンスター
裏側守備表示
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正体不明のモンスター
裏側守備表示
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E・HERO アナザー・ネオス
攻撃表示
攻撃力1900
守備力1300
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冥府の使者ゴーズ
攻撃表示
攻撃力2700
守備力2500
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E・HERO プリズマー
攻撃表示
攻撃力1700
守備力1100
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N・グラン・モール
裏側守備表示
攻撃力900
守備力300
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モンスターが2体と、魔法・罠カードが2枚。かなり厳しい状況と言わざるを得なかった。
でも、勝負をあきらめたわけじゃない。
もし、『大嵐』や『激流葬』のように、一度に2枚以上のカードを除去できる効果を持つカードを引き当てられれば、それだけで状況は好転する。
これらのカードはまだデッキに眠っているけど、そろそろ引き当ててもいい頃だ。そのためにも、ぼくは『E・HERO プリズマー』で少しでもデッキを圧縮しておいたのだから。
さあ、来い! 逆転のカードよ来てくれ!
「ドロー!」
ぼくは目をつぶりながら勢いよくカードを引いた。
このターンのドローフェイズ、引き当てたカードは……『E−エマージェンシーコール』。
E−エマージェンシーコール
(魔法カード)
自分のデッキから「E・HERO」と名のついたモンスター1体を
手札に加える。
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一瞬だけがっかりとしたけど、すぐに思い直す。
『E−エマージェンシーコール』。このカードは……当たりだ!
自分のデッキから「E・HERO」と名のついたモンスター1体を手札に加える――この魔法カードには、今の状況をひっくり返せるだけのパワーがある!
今の手札は6枚。
ミラクル・フュージョン
(魔法カード)
自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカードによって
決められたモンスターをゲームから除外し、「E・HERO」という
名のついた融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)
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ミラクル・フュージョン
(魔法カード)
自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカードによって
決められたモンスターをゲームから除外し、「E・HERO」という
名のついた融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)
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O−オーバーソウル
(魔法カード)
自分の墓地から「E・HERO」と名のついた通常モンスター1体を選択し、
自分フィールド上に特殊召喚する。
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聖なるバリア−ミラーフォース−
(罠カード)
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。
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デュアルスパーク
(速攻魔法カード)
自分フィールド上に表側表示で存在する
レベル4のデュアルモンスター1体をリリースし、
フィールド上に存在するカード1枚を選択して発動する。
選択したカードを破壊し、自分のデッキからカードを1枚ドローする。
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E−エマージェンシーコール
(魔法カード)
自分のデッキから「E・HERO」と名のついたモンスター1体を
手札に加える。
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それらの手札に一通り目を通していくと、曇りかけた希望に光が差していることが分かる。
これなら……! これなら行ける! 井守くんの場に出ているカードを全て破壊することができる!
「井守くん、行きますよ!」
ぼくは意気込んで、手札のカードを場へと出していく。
「まずは、『デュアルスパーク』を発動! ぼくの『アナザー・ネオス』を生け贄に捧げることで、ぼくから見て右側のモンスターを破壊し、さらにカードを1枚ドローします。さらに! 『O−オーバーソウル』を発動し、墓地から『E・HERO ネオス』を特殊召喚します! 続いて、『E−エマージェンシーコール』を発動し、デッキから『E・HERO エアーマン』を手札に加えます!」
ここぞとばかり、手札に溜め込んだカードを使っていく。
「そして、今手札に加えた『E・HERO エアーマン』を召喚!」
E・HERO エアーマン 風 ★★★★
【戦士族・効果】
このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、次の効果から1つを選択して
発動する事ができる。
●自分フィールド上に存在するこのカード以外の「HERO」と名のついた
モンスターの数まで、フィールド上に存在する魔法または罠カードを破壊
する事ができる。
●自分のデッキから「HERO」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
攻撃力1800/守備力300
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「『エアーマン』には効果があります。召喚成功時に、このカード以外のHEROの数だけ、魔法・罠カードを破壊することができるのです! フィールドに存在するヒーローのカードは、『エアーマン』を除いて2体です!」
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冥府の使者ゴーズ
攻撃表示
攻撃力2700
守備力2500
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E・HERO プリズマー
攻撃表示
攻撃力1700
守備力1100
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N・グラン・モール
裏側守備表示
攻撃力900
守備力300
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E・HERO ネオス
攻撃表示
攻撃力2500
守備力2000
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E・HERO エアーマン
攻撃表示
攻撃力1800
守備力300
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「だから、井守くんの魔法・罠カードを全て破壊できることになります!」
あとは、『N・グラン・モール』の攻撃をトリガーに効果を発動させ、相手の裏守備モンスターを手札に戻す。その後、ぼくのモンスターで総攻撃を仕掛ければ、井守くんのライフポイントは0になる!
「甘いよ!」
声を荒げて井守くんが言った。
「……っ!」
「ボクが伏せておいたカードは『威嚇する咆哮』。発動条件を持たないこのカードは、チェーン発動によって、破壊される前に効果を使用することができる!」
威嚇する咆哮
(罠カード)
このターン相手は攻撃宣言をする事ができない。
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「『威嚇する咆哮』によってお前の攻撃は行えなくなる! さあ、このターンはあきらめてエンド宣言をしろよ!」
軽く心が折られた気分だった。
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冥府の使者ゴーズ
攻撃表示
攻撃力2700
守備力2500
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E・HERO プリズマー
攻撃表示
攻撃力1700
守備力1100
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N・グラン・モール
裏側守備表示
攻撃力900
守備力300
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E・HERO ネオス
攻撃表示
攻撃力2500
守備力2000
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E・HERO エアーマン
攻撃表示
攻撃力1800
守備力300
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せっかく総攻撃のチャンスを作り出すことができたと思ったのに、肝心の攻撃を行えなくなってしまった。
これ以上攻め込むことができなくなってしまった。
井守くんの言う通り、このままターンを終えるしかないのだろうか。次のターンに期待するしかないのだろうか。
いや、落ち込んでばかりじゃダメだ。最後まで気を抜いてはダメだ。あきらめてはダメだ。
ぼくの手札には、『デュアルスパーク』によってドローした『リビングデッドの呼び声』の罠カードがある。ぼくの場には、効果を使っていない『E・HERO プリズマー』が残っている。これらのカードを放ったままこのターンを終えて良いわけがない。
ほんの少しでも勝利に近づける方法があるのなら、その方法を着実に選んでいく。今のぼくにできることをしっかりとこなしていこう!
「ぼくは、カードを1枚伏せる。さらに、『E・HERO プリズマー』の効果を使い、デッキから『E・HERO オーシャン』を墓地に送る。これでターンエンド……!」
ぼくがターンエンドを宣言すると、それと同時に、左側の席からガタンと立ち上がる音が聞こえた。
巨体の騒象寺くんが、またしても不機嫌な顔で立ち上がるところだった。
「先鋒戦の決着がつきました。勝者は1年B組第3チーム、斉藤くんです」
0勝1敗。
1回戦の時と同じように、ぼくが負けた時点でチームとしての負けが確定する状況になってしまった。
井守くんがニヤニヤしている。
「さあて、オレのターンだな! ドロー!」
そう言って井守くんは、キシシと歯を見せて、ますます自信に溢れた表情をした。
「さて、分かっていると思うが、次のお前のターンが終わった時点でオレの勝利が決定する。そこで、このターン。オレは、今まで温存していたカードを使っていくことにする……」
温存……していた……!?
「オレは『光の護封剣』を発動し、お前のモンスターの攻撃を封じる。さらに、『リロード』を発動し手札を入れ替え、新しく引いた手札を全て場に伏せる! ターンエンド!」
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冥府の使者ゴーズ
攻撃表示
攻撃力2700
守備力2500
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E・HERO プリズマー
攻撃表示
攻撃力1700
守備力1100
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N・グラン・モール
守備表示
攻撃力900
守備力300
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E・HERO ネオス
攻撃表示
攻撃力2500
守備力2000
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E・HERO エアーマン
攻撃表示
攻撃力1800
守備力300
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井守くんの宣言どおり、一気に3枚もの魔法・罠カードが場に出されてしまった。
『光の護封剣』の効力で攻撃を封じられ、たとえその『光の護封剣』を破壊できたとしても、残った2枚の伏せカードが攻撃を阻んでくる……。
改めて、自分が崖っぷちに立たされているのだと再認識する。
「さあ、最後のターンだ。最後のカードを引きな!」
どこか控えめな態度はどこへやら、井守くんは挑発的な口調でぼくを急かしてくる。
「ぼくの……ターン……」
それに気圧されるように、ギリギリ聞きとれるくらいの小声でぼくはターン開始を宣言する。
今のぼくの手札では、井守くんの防衛網を打ち破ることはできない。残り1ターン。ここでドローするカードで全てが決まる。
できれば『大嵐』。せめて『デュアルスパーク』が来てくれれば……。
「ドロー……」
超融合
(速攻魔法カード)
手札を1枚捨てる。自分または相手フィールド上から
融合モンスターカードによって決められたモンスターを墓地へ送り、
その融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
このカードの発動に対して、魔法・罠・効果モンスターの効果を
発動する事はできない。(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)
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ドローしたカードは、『超融合』……。
このカードは相手のモンスターを巻き込んだ融合召喚を行える魔法カード。しかし、相手のモンスターが裏側表示では、相手のモンスターを融合素材とすることはできない。
一応、自分のモンスター同士の融合を行うことはできるけど、どの融合モンスターを場に出したところで、井守くんの場にある『光の護封剣』を破壊することはできない。
つまり……この『超融合』では……逆転はできない……。
詰んだ。完全に詰んだ。
ぼくには、井守くんの場にある『光の護封剣』を打ち破る術はない……。
「どうしたんだい? 潔く負けを認めるのかい?」
あきらめたくはないけど、あきらめるしかない状況。最後のドローはもう終わってしまった。
これ以上新しいカードを引くことができない以上、もうどうしようもない。手持ちのカードじゃ、井守くんの防衛線を崩すことはできない……。
ぼくは、耐えられなくなって井守くんから顔を背けた。
そのせいで、この教室に座っている観客の様子が視界に入ってくる。根津見くん、孤蔵乃くん……ぼくのクラスメイトが、ぼく達のデュエルを見ていた。
5時間近くもデュエルの練習に付き合ってくれて、ぼく達のデュエルまで見に来てもらった。そんなクラスメイトの前で、ぼくは勝利をあきらめようとしている。
そんな風に考えると、なんだかものすごくカッコ悪いことをしている気がする。ヒーローにあるまじき行為のように思えてしまう。
クラスメイトのみんなが見ていると言う事実が、ぼくを後押しする。
本当に、あきらめることしかできないのだろうか?
本当に、逆転のチャンスは残っていないのだろうか?
例えば、ぼくの手札には4枚のカード、ぼくのフィールドには6枚のカードがある。10枚ものカードを扱える状況だと言うのに、本当に何もできないのだろうか?
いいや、そんなことはない……!
逆転のチャンスがないんじゃなくて、単に探そうとしていないだけだ……!
そう……そうだよ!
少なくともこのデュエルにおいて、突破口はドローカードに見つけてもらうものじゃない。自分自身の力で見つけ出さなくてはいけないんだ!
たとえるなら、今ぼくの目の前にあるのは、答えがあるかどうか分からない詰めデュエル……。
もしかしたら、本当にぼくは詰んでしまっているのかもしれない。でも、案外、詰んでいるのは井守くんのほうかもしれないじゃないか!
手札には4枚のカード、フィールドには6枚のカード。
さあ、考えろ。考えろ花咲友也。
考えて考え抜いて、この状況を切り抜ける方法を見つけ出すんだ!
ミラクル・フュージョン
(魔法カード)
自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカードによって
決められたモンスターをゲームから除外し、「E・HERO」という
名のついた融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)
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ミラクル・フュージョン
(魔法カード)
自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカードによって
決められたモンスターをゲームから除外し、「E・HERO」という
名のついた融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)
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聖なるバリア−ミラーフォース−
(罠カード)
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。
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超融合
(速攻魔法カード)
手札を1枚捨てる。自分または相手フィールド上から
融合モンスターカードによって決められたモンスターを墓地へ送り、
その融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
このカードの発動に対して、魔法・罠・効果モンスターの効果を
発動する事はできない。(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)
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冥府の使者ゴーズ
攻撃表示
攻撃力2700
守備力2500
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E・HERO プリズマー
攻撃表示
攻撃力1700
守備力1100
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N・グラン・モール
守備表示
攻撃力900
守備力300
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E・HERO ネオス
攻撃表示
攻撃力2500
守備力2000
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E・HERO エアーマン
攻撃表示
攻撃力1800
守備力300
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このターンのうちに井守くんのライフを0にするためには、『光の護封剣』を破壊することは避けて通れない。でも、問題なのは『光の護封剣』を破壊する術が見つからないこと。手札には魔法や罠を破壊できるカードはない。融合召喚を行っても魔法や罠を除去できるモンスターは出せない……。
――慌てず落ち着いて集中して今の状況を整理していく。
場には、さっき魔法・罠カードを破壊した『E・HERO エアーマン』がいるけど、その効果は召喚や特殊召喚を行った時にしか使えない。墓地には魔法・罠カードを破壊できる『サイクロン』があるけど、それを再利用できるカードはぼくのデッキには入っていない。
――どこかに勝利へと導く道があるはずなのだ。それを絶対に見つけ出すんだ。
ぼくの場には『リビングデッドの呼び声』が伏せてある。このカードを使えば、墓地のモンスターを特殊召喚して再び使うことができる。ってことは、『E・HERO エアーマン』を再利用すれば、魔法・罠を再び破壊できることになるんじゃないのか……!
――ひとつの道を見つけた。
『E・HERO エアーマン』は墓地じゃなくて場に存在する。このままじゃ『リビングデッドの呼び声』で再利用することはできない。『リビングデッドの呼び声』を使いたければ、一旦『エアーマン』を場から墓地に送らなければならない。墓地に送る方法……戦闘で破壊されることには期待できないから、自分から墓地に送られなくてはいけない。となれば、生け贄召喚? いや、今はそれはできない。できるとすれば、融合召喚……。
融合召喚……!
「あ……そうか……」
無意識に声に出してしまった。
今ドローした『超融合』。これを使って融合召喚を行えば、『E・HERO エアーマン』を墓地に送ることができる!
あとは、ヒーローカードをできるだけ多く並べて、『E・HERO エアーマン』で破壊できるカードの数を増やせれば……!
見つけた。勝利への道を見つけた……!
針の穴に糸を通すように細いけれども、勝利へとつながっている道が……!
「まだまだぼくは負けてません! ぼくだってカードを温存してきたんです!」
そう宣言してから、ぼくは怒とうのごとくカードの効果を使っていく。
「『E・HERO ネオス』と『N・グラン・モール』をコンタクト融合します。これらのモンスターをデッキに戻し、融合デッキから『E・HERO グラン・ネオス』を特殊召喚します。この『グラン・ネオス』の効果により、井守くんのモンスターを手札に戻します。……さらに! 『ミラクル・フュージョン』で、墓地の『E・HERO オーシャン』と『E・HERO ネオス』を除外して、『E・HERO アブソルートZero』を融合召喚! ……まだまだです! 『超融合』を発動! 場の『E・HERO プリズマー』と『E・HERO エアーマン』を融合して、『E・HERO The シャイニング』を融合召喚!」
フィールドに「HERO」と名のつくモンスターが並べば並ぶほど、『E・HERO エアーマン』で破壊できる魔法・罠カードの数が増える。
ぼくは、『E・HERO エアーマン』を墓地に送ったり、裏側守備モンスターを除去したりしながらも、振り絞れるだけの知恵を振り絞って、揃えられるだけのヒーローをフィールドに出したのだ。
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冥府の使者ゴーズ
攻撃表示
攻撃力2700
守備力2500
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E・HERO グラン・ネオス
攻撃表示
攻撃力2500
守備力2000
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E・HERO アブソルートZero
攻撃表示
攻撃力2500
守備力2000
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E・HERO The シャイニング
攻撃表示
攻撃力3200
守備力2100
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3体の融合体エレメンタルヒーローが、見事にぼくのフィールド上に揃っている。
このタイミングで『リビングデッドの呼び声』を使い、『E・HERO エアーマン』を特殊召喚すれば、井守くんの魔法・罠カードを全て破壊することができる。
ぼくがやろうとしていることに気付いたのだろうか、井守くんの笑顔が固まっている。
最後の最後。
ぼくは、答えに辿り着くことができた。答えがあるかどうかすら分からないこの詰めデュエルの、答えを見つけることができた。
もし、クラスのみんなとデュエルの練習をしていなかったら、この答えに気付くことができなかったかもしれない。クラスのみんなが応援に来てくれなければ、答えを探す前にあきらめてしまっていたかもしれない。
このデュエル、確かにサイドデッキで対策することはできなかったけど、ぼくは、今日一日でまた強くなることができた。
その結果を……井守くん! キミに見せてあげます!
「行きます! ぼくは『リビングデッドの呼び声』を発動し、『E・HERO エアーマン』を特殊召喚! 『エアーマン』の効果によって、井守くんの魔法・罠カードは全て破壊されます!」
ぼくは力強く宣言する。
井守くんは、固まったままの笑顔を崩して、
「あ……ああ……。あ、危ねえ……! 危なかった……!」
慌てた調子でそう言った。
危なかった……?
危なかった、ってどういうことなの!?
一瞬の疑問はすぐに氷解される。
「オレはチェーンして『スケープ・ゴート』を発動。オレのカードが破壊される前に、4体の羊トークンをフィールド上に展開する!」
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羊トークン
守備表示
攻撃力0
守備力0
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羊トークン
守備表示
攻撃力0
守備力0
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羊トークン
守備表示
攻撃力0
守備力0
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羊トークン
守備表示
攻撃力0
守備力0
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冥府の使者ゴーズ
攻撃表示
攻撃力2700
守備力2500
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E・HERO グラン・ネオス
攻撃表示
攻撃力2500
守備力2000
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E・HERO アブソルートZero
攻撃表示
攻撃力2500
守備力2000
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E・HERO The シャイニング
攻撃表示
攻撃力3200
守備力2100
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E・HERO エアーマン
攻撃表示
攻撃力1800
守備力300
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「そんな……」
井守くんの魔法・罠カードがなくなった代わりに、4体の羊トークンが現れてしまった。
羊トークン自体は、守備力0で効果も持たないため、倒すこと自体は非常に簡単だ。でも、モンスターは1ターンに1度しか攻撃できない。ぼくがこのターンでできることは、4体のモンスターで羊トークン4体を全て倒して、残り1体のモンスターで井守くんに一撃を与えることだけ……。
井守くんのライフポイントは5600。
一撃じゃ、倒せない……。
「ハハハハーーー! 危なかった! 危なかったぞ! 一瞬だけヒヤッとしてしまったじゃないか! さあ、攻撃して来いよ、花咲! 一発だけならダイレクトアタックができるぞ!」
ぼくは詰めデュエルの答えを見つけたんじゃなかったのか……?
勝利につながる道を見つけたんじゃなかったのか……!?
その時、
「中堅戦のデュエルが終わりました。中堅戦の勝者は、勝者は2年C組第7チーム、野坂さんです」
野坂さんの勝利宣言が告げられた。
1勝1敗。
ぼくが勝てばチームとして勝利できる。ぼくが負ければチームとしても敗北してしまう。
せっかく勝ってくれたのに、ごめん野坂さん。ぼくなりに頑張ってみたけど、この辺で限界みたいだ。本当にごめん……。
彼女のほうを向いていたせいもあって、ぼくは野坂さんと目が合ってしまう。
「…………」
「…………」
彼女は、何も言わなかったし、表情や仕草が変わることもなかった。
ただ、その目をそらすことなく、ぼくのことを見ていただけだった。
彼女がどう思っているかなんて分からない。本当は、ぼく越しにフィールドに置かれたカードを見ているだけかもしれない。
でも、ぼくには、その目が凛々しく映って、まるで「あきらめないで」と言っているように思えた。
――あきらめないでください。まだ勝機はあります。
彼女の声がぼくの頭の中で作られる。控えめで小さいけれど、どこか芯の通った力強い声が、ぼくの頭の中で再生される。
あきらめない……。まだまだ……あきらめない……。
ぼくの場には5体のモンスターカード……。ぼくの手札には1枚のカード……。
場にいるモンスターは、今すぐに効果を使用することはできない。このままバトルフェイズに入ってしまったら、どうやってもぼくは勝つことはできない……。
「ぼくは……」
だったら、この手札のカードを使ってみるしか方法はない。
ぼくは何かにとりつかれたかのように、最後の手札を場へと出した。
「『ミラクル・フュージョン』を発動」
ミラクル・フュージョン
(魔法カード)
自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカードによって
決められたモンスターをゲームから除外し、「E・HERO」という
名のついた融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)
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2枚目の『ミラクル・フュージョン』。
これによって、墓地のモンスター同士を融合させることができるようになる。
「ハハハー! 今さら何を融合するのかい? エレメンタルヒーローの融合はオレだって把握している。お前が融合できる組み合わせじゃ、この羊トークンを一掃することはできないぞ」
井守くんが笑っている。
ははは……。そんなこと、ぼくにだって分からないよ。
どのモンスターを融合して、どの融合モンスターを出すのか――それすらも決めずに、ぼくは『ミラクル・フュージョン』のカードを発動してしまったんだよ。ただ、このままバトルフェイズに入りたくない一心で使ってしまったんだよ。
「っていうか! お前のフィールド……5体のモンスターで埋まっているぞ。これじゃあ、『ミラクル・フュージョン』で融合すらできないよなぁ。ついに気が動転したかぁ?」
『スケープ・ゴート』で安心したのか、今までに見せたことがないくらい饒舌な口調で喋っている井守くん。
でも、そのおかげで、ぼくは気付いてしまった。
墓地がダメならフィールドのモンスターを使えばいい。そうすることで、効果が使えるようになるモンスターがいるじゃないか!
なんだ……。なんだ。
最初から答えは持っていたんだ。1ターン目から手札に2枚の『ミラクル・フュージョン』があった時点で、この可能性はいつでも思いつける状況にあったんだ。
「ぼくは、『ミラクル・フュージョン』でフィールドにある『E・HERO エアーマン』と『E・HERO アブソルートZero』を融合させ、『E・HERO アブソルートZero』を融合召喚する!」
ぼくの宣言に、井守くんはぽかんとした表情をする。
そりゃそうだろう。『E・HERO アブソルートZero』を素材にして、同種の『E・HERO アブソルートZero』を融合しているのだ。何を考えているんだこいつ、と思われてしまっても仕方がない。
でも、井守くんはぼくの真意に気付いたようだ。目を見開いたまま動かなくなる。
E・HERO アブソルートZero 水 ★★★★★★★
【戦士族・効果】
「HERO」と名のついたモンスター+水属性モンスター
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードの攻撃力は、フィールド上に表側表示で存在する
「E・HERO アブソルートZero」以外の
水属性モンスターの数×500ポイントアップする。
このカードがフィールド上から離れた時、
相手フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。
攻撃力2500/守備力2000
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『E・HERO アブソルートZero』には、フィールドから離れた時に、相手モンスターを全て破壊する効果がある。
モンスターを除去してこない井守くんが相手でも、自分から『アブソルートZero』を場から離れさせれば効果を使うことができる。その方法の一つに、『アブソルートZero』を素材にして『アブソルートZero』を融合すると言う方法があったのだ。
「素材となった『アブソルートZero』が場から離れたので、羊トークンは全て破壊されます!」
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冥府の使者ゴーズ
攻撃表示
攻撃力2700
守備力2500
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E・HERO グラン・ネオス
攻撃表示
攻撃力2500
守備力2000
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E・HERO The シャイニング
攻撃表示
攻撃力3800
守備力2100
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E・HERO アブソルートZero
攻撃表示
攻撃力2500
守備力2000
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「くっ……嘘だろ……ここで逆転だなんて……」
井守くんの場に1枚ものカードは残されていない。井守くんの手札に残っている1枚のカードも、さっきまで場に出していた壁モンスターだ。さすがにこれ以上身を守るカードを使うことはできないだろう。今度こそ、ぼくの勝ちだ……!
「バトルフェイズです!」
ぼくがそう宣言すると、井守くんは首を振って、
「もういい、オレの負けだ……」
と言った。
それがトリガーとなったかのように、疲れと喜びと安堵がどっと押し寄せてくる。
「は……ははは……勝った……ははは……」
自制する余裕もなく、思ったことが声に出てしまう。乾いた笑いが止まらない。
「大将戦終了です。勝者は2年C組第7チーム、花咲くんです」
けれども、そんなことはお構いなしとばかりに、生徒会の人がぼくへの勝利宣言をする。
「これにて、3回戦第1試合の決着がつきました。2勝1敗で、2年C組第7チームの勝利です。おめでとうございます」
そして、1回戦の時よりも大きな拍手が、Dブロックの会場を包みこんだ。
頭を使いすぎて、最後の最後まで追い詰められていて、もう頭の中が真っ白だ。
拍手の音を聞いても、それが自分に向けられているとは思えない。どこか遠くの誰かに向けられたもののように聞こえてしまう。そのせいで、せっかくの勝利だと言うのに、なんだか申し訳ないような気持ちになってしまった。
拍手が鳴り止むなり、クラスのみんながぼく達へのところに集まってくれた。
あんな勝ち方をしたのは初めてだったこともあって、ぼくは腰が抜けたかのようにしばらく席から動けなかった。
それでも、
「やったじゃないか、花咲くん! すごかったよ!」
「がんばった……! がんばったよ! なんだか感動しちゃった!」
「でも、最後はヤバイ目をしていたけどな。ゲームに出てくるゾンビみたいな……」
「うん。あれは写真に収めておくべきだった」
「根津見! 孤蔵乃! そんなこと言わないの!」
みんなが色々と声をかけてくれて(からかっている人もいたけど)、徐々にだけど頭の回転が戻ってくる。
左を見ると野坂さんも座ったままだった。彼女は、ぼくと目が合うとにっこりと笑って、
「ええと、おめでとう」
と言ってくれた。
その一言がぼくの体の中に染み渡るように伝わっていく。
勝ったんだよね……? 勝ったんだよ!
本当に勝ったんだよね……? 本当に勝ったんだよ!
そんな風に自問自答して、ようやく勝利したことの実感がわいてくる。
やった! やったぞーーー! 3回戦も勝てたぞーーーーーっ!!
疲れや安堵が抜けて、喜びだけが残る。それが表情には出ていたのか、
「ニヤニヤすんなよ花咲」
と根津見くんに突っ込まれてしまった。
勝利の余韻に浸るのもほどほどに、1年D組の教室では次の試合が始まろうとしていた。
予選トーナメント3回戦第2試合。
井守くんとのデュエルでサイドデッキが重要であることに気付かされたぼくは、野坂さんを誘ってこの試合を観戦することにした。この試合で勝ったチームがぼく達の対戦相手になるのだから、そのデッキや戦術をよく観察して、サイドデッキで対策を打っておこうと思ったのだ。
もちろん騒象寺くんも誘ってみようとはしたのだけれども、いつの間にか教室からいなくなっていて、声をかけることができなかった。
「そろそろ『2年D組第2チーム』と『3年D組第1チーム』の試合を始めます。選手のみなさんは、席に着いてください」
生徒会の人がアナウンスをする。
『2年D組第2チーム』の生徒3人は、既に所定の席に座っている。観客席のところから生徒2人と先生が立ち上がって、机に向かって歩いていく。彼らが『3年D組第1チーム』なのだろう。『2年D組第2チーム』の対面に腰掛けていく。
……って! ちょっと! 待って!
『3年D組第1チーム』の大将席!
そこに座っているのは先生じゃないですか! 生活指導の鶴岡先生じゃないですか!
まさか、鶴岡先生が『3年D組第1チーム』の大将だって言うんですか……!?
ああ、なにか信じられないものを見てしまった気がする。
でも、ルールには――
・大会は1チーム3人の団体戦で行われます。それらの参加者は、全て同じクラスに所属している必要があります。
――こんな風に書いてあった。
鶴岡先生は3年D組の担任の先生で、確かに3年D組に所属している。だから、3年D組の生徒とチームを作って大会に出ても、ルール上問題はない。
でも……、えーっ!? えーっ!? えーーーーーっ!?
理屈では分かっても、なかなかその事実を受け入れることができない。本当に先生ってアリなのーーーっ!?
不敵な笑みでカードをシャッフルする鶴岡先生。現環境最強ともいわれる『ライトロードデッキ』を扱い、相当こなれた手つきでカードを出し、無駄のないプレイングで対戦相手を圧倒していく。
3回戦第2試合の勝者は、鶴岡先生率いる『3年D組第1チーム』。3勝0敗、ストレート勝ちで対戦相手を制したのだ。
そして、この瞬間。
ぼくの4回戦の対戦相手が鶴岡先生に決定した……。
第八章 童実野高校デュエルモンスターズ大会 4回戦
「準備はよろしいですね? では、予選トーナメントDブロック決勝戦――『2年C組第7チーム』対『3年D組第1チーム』。試合開始ィィィ!」
16時になり、本日最後のデュエルの火蓋が切って落とされた。
童実野高校デュエルモンスターズ大会4回戦こと、予選トーナメントの決勝戦。この試合に勝利したチームが、明日の決勝トーナメントに進出することができる。
「ほら、先攻はお前だぞ花咲」
ぼくの目の前に座っているのは、3年D組第1チームの大将であり、3年D組の担任でもある鶴岡先生。休日だと言うのに高そうなスーツをびしっと着こなし、髪の毛もびしっとキッチリ真ん中で分けていた。
そんな鶴岡先生は、生活指導担当として数学担当として、かなり厳しい先生だ。その厳しさが遺憾なく発揮されまくっているせいで、ほとんどの生徒から嫌われているほどだった。
……と言うか、今も厳しい目つきが、ぼくにぐさぐさと突き刺さっている。高い位置からぼくのことを思いっきり見下している気がする(ってこれは身長差のせいか……)。
「あ、はい。すみません。ぼくのターンです。ドローさせていただきます」
そんな鶴岡先生の前では、丁寧語だけでは足りない。謙譲語を使わなければいけない。
ぼくはデッキからおそるおそるカードを引く。なんだか、1回戦の時とは別の緊張感で、ぼくの手が震えていた。
鶴岡先生には数学を教えてもらっているけど、今まで一対一になることなんてなかったから、どうしてもドキドキと緊張してしまう。そもそも、生活指導担当の鶴岡先生のまん前でカードゲームをしている時点で、今にも怒られそうな気がしてならない。怒っている鶴岡先生の姿が脳裏をかすめ、ぼくはびくっと怯えてしまう。
けれども、いつまでも萎縮してばかりじゃいられない。せっかくの「勝てる勝負」だと言うのに、それが台無しになってしまう。
ぼくは気を取り直して、6枚になった手札に目を通す。
『E・HERO エアーマン』、『デュアルスパーク』、『デュアルスパーク』、『ミラクル・フュージョン』、『ヒーロー・ブラスト』、『転生の予言』。見慣れたカードに混じって、『転生の予言』のカードがあった。
転生の予言
(罠カード)
墓地に存在するカードを2枚選択し、
持ち主のデッキに加えてシャッフルする。
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ぼくと野坂さんは、3回戦のデュエルを観戦して、鶴岡先生が『ライトロードデッキ』であることを確認した。そして、先生のデュエルが終わるや否や、ぼくは、野坂さんの知恵を借りてサイドデッキから対策カードを投入したのだった。
それら対策カードの一枚が、この『転生の予言』だった。
――ご存知かと思いますが、ライトロードデッキでは『裁きの龍』に警戒する必要があります。墓地に送られるライトロードのモンスターを常に見て、4種類を超えそうになったら『転生の予言』を使って墓地のライトロードの種類を減らすのも一つの対策です。優先権にはくれぐれも気をつけて、早めに使用してくださいね。
ほんの数分前に言われた野坂さんの言葉を思い出す。
『裁きの龍』。
墓地に存在する「ライトロード」と名のつくモンスターが4種類以上になった時に、生け贄なしで手札から特殊召喚される攻撃力3000のドラゴン。攻撃力はもちろんその効果も強力で、場に出された時点で相当ヤバくなってしまうことは有名だ。
ぼくの手札にある『転生の予言』は、『裁きの龍』への対策カードだ。墓地の「ライトロード」モンスターをデッキに戻すことで、墓地にある「ライトロード」を減らし、『裁きの龍』の出現をある程度遅らせることができるのだ。
今のぼくのデッキには、『転生の予言』をはじめとする、ライトロードへの対策カードが合計6枚入っている。野坂さんのアドバイスを聞いているうちに、これほどの対策カードがあれば負けることはない、と言う自信が湧いてくるほどのデッキに仕上がっていた。
だからこそ、ここで鶴岡先生に萎縮して負けるわけにはいかない。
せっかくの勝てるチャンスを不意にすることももちろんだけど、せっかく野坂さんが教えてくれたデッキと戦術。それを無駄にするわけにはいかないじゃないか。
……まあ、結局野坂さん頼りなのはちょっとカッコ悪いけど、今回の大会はチーム戦。これも立派な戦術なのだ! ……と思うようにしよう。
さて、今はぼくのメインフェイズ。
「『E・HERO エアーマン』を召喚し、その効果で『E・HERO アナザー・ネオス』を手札に加えさせていただきます」
ぼくはびくびくしないように宣言をしてデュエルを進行していく。
「続いてカードを1枚伏せて、ターンを終了させていただきます」
そう宣言してターンを終える。ここで場に伏せたカードは、もちろん『転生の予言』だ。
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E・HERO エアーマン
攻撃表示
攻撃力1800
守備力300
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次は、鶴岡先生のターンだ。
「私のターン……ドロー!」
先生は、てきぱきとした挙動でカードをドローし、思考時間ゼロで手札1枚をテーブルの上に出す。
「『ソーラー・エクスチェンジ』の魔法カードを発動させてもらおう」
『ソーラー・エクスチェンジ』によって、先生の手札から1枚のライトロードが墓地に捨てられ、デッキから2枚のカードがドローされ、デッキから2枚のカードが墓地へと送られる。結果的に、先生の手札は2枚入れ替わり、墓地のカードは3枚増えた。
「続いて『ライトロード・パラディン ジェイン』を召喚し、バトルフェイズに突入。『エアーマン』に攻撃を仕掛ける」
ライトロード・パラディン ジェイン 光 ★★★★
【戦士族・効果】
このカードは相手モンスターに攻撃する場合、
ダメージステップの間攻撃力が300ポイントアップする。
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
自分のエンドフェイズ毎に、自分のデッキの上からカードを2枚墓地に送る。
攻撃力1800/守備力1200
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先生の出した『ライトロード・パラディン ジェイン』。
この『ジェイン』には、モンスターに攻撃を仕掛けた場合に限り、攻撃力を300ポイントアップする効果を持っている。
攻撃力1800である『ライトロード・パラディン ジェイン』の攻撃力は、ぼくの『E・HERO エアーマン』の攻撃力を上回ってしまった。
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ライトロード・パラディン ジェイン
攻撃表示
攻撃力2100
守備力1200
(攻撃力は戦闘終了時に戻る)
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E・HERO エアーマン
攻撃表示
攻撃力1800
守備力300
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その結果、ぼくの『E・HERO エアーマン』は一方的に破壊されてしまう。
フィールド上からぼくのモンスターがいなくなり、残りのライフポイントが7700となった。
ぼくは自分の『エアーマン』のカードを墓地ゾーンへと置きながら、鶴岡先生の墓地をちらりと見る。
やっぱり、墓地のカードが気になる……。
『裁きの龍』の召喚条件である、ライトロード4種類。まだ1ターン目後攻であるため、普通なら墓地にモンスターが溜まることはないのだけど、相手がライトロードデッキとなれば話は別だ。ライトロード関連のカードには、自分のデッキからカードを墓地に送る効果が多数存在するため、墓地にモンスターが溜まりやすくなっているのだ。
「エンドフェイズ。私は『ジェイン』の効果により、デッキの上から2枚のカードを墓地に送る。ターンエンド」
早速、『ライトロード・パラディン ジェイン』の効果により、墓地のカードが2枚増えてしまった。
これで、鶴岡先生の墓地のカードは5枚。最初のターンとは思えない数のカードが、先生の墓地に溜まっていた。
しかも、運が悪いことに、その5枚のカードの中に、『ライトロード・ウォリアー ガロス』、『ライトロード・パラディン ジェイン』、『ライトロード・モンク エイリン』と、3種類の「ライトロード」が揃ってしまっていた。
残り1種類。
あと1種類の「ライトロード」が墓地に送られれば、『裁きの龍』の召喚条件を満たしてしまう。1ターン目後攻にしてそんな状況が出来上がってしまったのだ。
ぼくは対策カードを持っているにもかかわらず身震いしてしまった。
デッキのカードがどんどん墓地に送られることで、あっという間に『裁きの龍』の召喚条件を満たし、脅威の攻めを行う速攻型のデッキ。
デュエルが長引くとデッキ切れになる危険こそあれども、多くの場合にはデッキ切れより早く相手のライフポイントを0にしてしまう電光石火のデッキ。
実感する。これが、現環境最強クラスと言われるライトロードデッキなんだ……!
これで、ぼくがサイドデッキから対策カードを用意してこなければ、間違いなくコテンパンにのされてしまっていただろう。
「ぼくのターン……」
ともかく、今はぼくのターン。
幸いにも対策カードはキッチリ用意できたのだ。後は、対策カードを存分に使って勝つことだけ……!
「ぼくは、『E・HERO アナザー・ネオス』を召喚し、『ライトロード・パラディン ジェイン』に攻撃、破壊させていただきます」
「分かった……」
先生はうなずいて、『ライトロード・パラディン ジェイン』のカードを墓地ゾーンへ置く。先生の墓地には既に『ジェイン』のカードがある。『ジェイン』がある状態で『ジェイン』が墓地に送られたため、墓地にあるライドロードの「種類」は3種類のまま変わらない。
「さらに、2枚のカードをセットさせていただきます」
続いて、ぼくは手札から『デュアルスパーク』と『ヒーロー・ブラスト』のカードを場にセットする。
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E・HERO アナザー・ネオス
攻撃表示
攻撃力1900
守備力1300
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伏せカード
(転生の予言)
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伏せカード
(デュアルスパーク)
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伏せカード
(ヒーロー・ブラスト)
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これでぼくの場には魔法・罠カードが3枚出たことになる。一般的に、たくさんの魔法・罠カードを出すのは良くないと言われているけど、『デュアルスパーク』と『ヒーロー・ブラスト』は、『E・HERO アナザー・ネオス』とコンボが成立するカード。今場に出しておかないと死に札になってしまう恐れがある以上仕方がない。
「ターンを終了させていただきます」
ぼくはターンエンドを宣言する。鶴岡先生が怒ることなく進めてくれたこともあって、だいぶ緊張感は抜けていた。
「私のターンだな。ドロー……」
鶴岡先生は、そう言ってデッキから1枚のカードを手札に加えた。
ぼくは鶴岡先生の墓地にちらりと目をやる。『裁きの龍』の召喚条件を満たすまで、あと1種類……。
早すぎず遅すぎず、タイミングをキッチリと見極めて『裁きの龍』の特殊召喚を阻止しなくてはならない。
慣れないカードを使おうとしていることもあって、ぼくは細心の注意を払って鶴岡先生の言動を観察する。ミスは許されない……。
鶴岡先生は、十秒ほど手札をじっと見てから、一番右にあるカードに手をかけた。
「私はデッキから3枚のカードを墓地に送り、『光の援軍』を発動する」
光の援軍
(魔法カード)
自分のデッキの上からカードを3枚墓地へ送って発動する。
自分のデッキからレベル4以下の「ライトロード」と
名のついたモンスター1体を手札に加える。
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鶴岡先生の発動した『光の援軍』。その発動コストである3枚のカードが、デッキから墓地へと送られようとしている。
またしても、墓地のカードが増えようとしているのだ。「ライトロード」が4種類揃って、『裁きの龍』の発動条件を満たしてしまうかもしれない……!
頭の中で警鐘が鳴り響く。
集中だ。集中しよう。ぼくは目を凝らして、それらのカードを注意深く確認していく。
鶴岡先生は、デッキの上から順に1枚ずつ墓地へと送っていく。
1枚目は『ライオウ』。
2枚目は『奈落の落とし穴』。
3枚目は『ライトロード・エンジェル ケルビム』。
……『ケルビム』!!
墓地に送られた3枚目のカード。ぼくはそれを見逃さなかった。『ライトロード・エンジェル ケルビム』。このカードが墓地に送られたことにより、墓地に存在する「ライトロード」のモンスターは合計4種類。『裁きの龍』の召喚条件を満たしてしまったのだ!
今だ。今しかない。このタイミングこそ、『転生の予言』を発動する好機!
「すみません。『光の援軍』の発動にチェーンをして、『転生の予言』を発動させていただきます! 墓地にある『ケルビム』と『エイリン』をデッキに戻していただけますか?」
転生の予言
(罠カード)
墓地に存在するカードを2枚選択し、
持ち主のデッキに加えてシャッフルする。
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「…………。……いいだろう」
鶴岡先生は、ぼくの言った通りに墓地のライトロード2枚をデッキに戻し、デッキをシャッフルした。
その後で、
「『光の援軍』の効果が適用される。私は、デッキから『ライトロード・サモナー ルミナス』を手札に加えるぞ」
と言って、デッキのカード1枚を手札に加え、再度デッキをシャッフルした。
これで、鶴岡先生の墓地に存在する「ライトロード」は2種類。『裁きの龍』の召喚条件は、ひとまず満たさなくなった。
『転生の予言』による対策が成功したのだ。ぼくはほっと一息をつく。
いや、だけど、展開の速いライトロードデッキのことだ。しばらくすれば、また『裁きの龍』の召喚条件を満たしてしまうに違いない。まだまだ油断はできない。ぼくは顔を上げた。
「……感心だな」
突然、鶴岡先生はそんなことを言った。
あまりにも唐突な発言に、ぼくは戸惑ってしまった。
本当に先生が喋ったことなのか、先生が喋ったとしても本当にぼくに向けてのものなのか――そんな風に疑ってしまう。顔を上げたまま鶴岡先生の表情をうかがうと、その視線は間違いなくぼくへと向けられていた。
「私のデッキを見て『予習』してきたのだろう? 感心だ」
先生は手札を持ったまま器用に両腕を組み、小さくうなずく。
「花咲。確かお前の成績は、学年で38位だったな。問題行動も無く、授業態度も良好で、宿題提出率もほぼ100パーセント。そして、このデュエルでも予習は万端。中々好感が持てるじゃないか」
あれ? もしかしてぼくは褒められているのだろうか?
厳しいことで有名な鶴岡先生に褒められて、ぼくはどうしたものかと悩んでしまう。
そんなぼくに、先生は人差し指を突きつけてきた。
「だが、花咲。そんな緩んだ表情をしている場合ではないぞ? 私を倒すとなれば、学年38位程度では足りやしない。ちょっと予習をしてきた程度でも足りやしない。さあ、この私の理想へと追いついてみせろ! ここからが本番だ!」
本番……。
いつの間に鶴岡先生の表情が険しいものになっている。
先生は、手札からさっと1枚のカードを引き抜き、フィールドへと出してきた。
「私は『おろかな埋葬』を発動。その効果により、『ライトロード・ビースト ウォルフ』をデッキから墓地に送る。その瞬間、『ウォルフ』の効果が発動。『ウォルフ』はフィールドに特殊召喚される」
まだまだ甘いと言わんばかりに、攻撃力2100の『ライトロード・ビースト ウォルフ』がフィールド上へと現れる。
「……お前も知っているだろう。ライトロードの展開力はこんな程度ではない。私は『ライトロード・サモナー ルミナス』を通常召喚。その効果を使用し、『ライトロード・ウォリアー ガロス』を特殊召喚する!」
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ライトロード・ビースト ウォルフ
攻撃表示
攻撃力2100
守備力300
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ライトロード・サモナー ルミナス
攻撃表示
攻撃力1000
守備力1000
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ライトロード・ウォリアー ガロス
攻撃表示
攻撃力1850
守備力1300
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E・HERO アナザー・ネオス
攻撃表示
攻撃力1900
守備力1300
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伏せカード
(デュアルスパーク)
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伏せカード
(ヒーロー・ブラスト)
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さっきまで、鶴岡先生の場にはモンスターが1体も存在していなかった。それなのに、このターンだけで3体ものモンスターを場へと出されてしまった。
『裁きの龍』がいなくても、高い展開力で相手を圧倒する。やっぱりライトロードデッキは強い。
でも、それくらいでは劣勢に立たされるつもりはない。
『裁きの龍』を封じただけでもぼくはかなり有利になっているはずだし、何より、ぼくの場に伏せてある『デュアルスパーク』、『ヒーロー・ブラスト』。これらのカードを使えば、手札を確保しながらも、3体の「ライトロード」の攻撃をある程度まで防ぐことができる。
「さあ、私のバトルフェイズだ」
鶴岡先生がバトルの開始を宣言する。
……ええ! 勝負させていただきます!
「まずは、私の『ウォルフ』で、お前の『アナザー・ネオス』へ攻撃だ」
攻撃力2100の『ウォルフ』が、攻撃力1900の『アナザー・ネオス』へと攻撃を仕掛けてくる。
ここでは、速攻魔法『デュアルスパーク』を発動して返り討ちにする! ぼくは左側の伏せカードを表に返した。
「『デュアルスパーク』を発動!」
デュアルスパーク
(速攻魔法カード)
自分フィールド上に表側表示で存在する
レベル4のデュアルモンスター1体をリリースし、
フィールド上に存在するカード1枚を選択して発動する。
選択したカードを破壊し、自分のデッキからカードを1枚ドローする。
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速攻魔法は、伏せておけば相手のターンでも使うことができる。
「デュアルモンスターである『アナザー・ネオス』を生け贄に捧げることで、『ウォルフ』を破壊させていただきます。さらに、カードを1枚ドローします!」
『デュアルスパーク』によって、ぼくと鶴岡先生の場からモンスターが1体ずついなくなる。
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ライトロード・サモナー ルミナス
攻撃表示
攻撃力1000
守備力1000
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ライトロード・ウォリアー ガロス
攻撃表示
攻撃力1850
守備力1300
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「ならば、残った『ガロス』で花咲に直接攻撃!」
「ぼくは、『ヒーロー・ブラスト』を使わせていただきます!」
こっちだってまだまだ負けてはいませんよ! と主張するかのように、ぼくは『ヒーロー・ブラスト』の罠カードをオープンする。
ヒーロー・ブラスト
(罠カード)
自分の墓地に存在する「E・HERO」と名のついた
通常モンスター1体を選択し手札に加える。
そのモンスターの攻撃力以下の相手フィールド上
表側表示モンスター1体を破壊する。
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「この罠カードによって、『アナザー・ネオス』を手札に戻し、さらに『ガロス』を破壊させていただきます!」
ぼくが伏せておいた『デュアルスパーク』や『ヒーロー・ブラスト』は、手札を確保しつつ相手のカードを除去できる、縁の下の力持ちのようなカード。これらのカードのおかげで、実質的に、鶴岡先生のモンスターだけが一方的に倒されているような状況を作り出すことができるのだ。
用意してきた対策カードの分も含めれば、まだまだぼくのほうが優勢になっているはず……!
……と、そんな風に思っていたんだけど。
「甘い! 『ヒーロー・ブラスト』の発動にチェーンして、手札から『D.D.クロウ』を発動!」
「え?」
D.D.クロウ 闇 ★
【鳥獣族・効果】
このカードを手札から墓地に捨てる。
相手の墓地に存在するカード1枚をゲームから除外する。
この効果は相手ターンでも発動する事ができる。
攻撃力100/守備力100
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何の前触れもなく、『D.D.クロウ』のモンスターカードが手札から現れた。
「私の『D.D.クロウ』によって、墓地の『アナザー・ネオス』は除外される! 『アナザー・ネオス』が手札に戻れなくなったため、『ヒーロー・ブラスト』の効果は不発! その結果、私のモンスターは破壊されない!」
ぼくの『ヒーロー・ブラスト』のカードは、不発のまま墓地へと送られる。実質的に効果を無効化されてしまったのだ。
な、なんてことだ……!
『ヒーロー・ブラスト』の効果は成功して当たり前だと思っていた。ここで『ヒーロー・ブラスト』が止められるだなんて、まったく考えていなかった!
しかも……!
ここで鶴岡先生が使ってきたのは、『D.D.クロウ』のカード!
『D.D.クロウ』は、相手墓地のモンスターを除外することができる効果を持ち、墓地を多用するデッキへの「対策」として使われることが多いと言われているのだ。
現に、今のぼくのデッキにも、『D.D.クロウ』のカードが入っている。それは、墓地を活用するライトロードデッキに「対策」するために他ならなかった。
なんで……なんで、こんな簡単なことに気付かなかったのだろう?
ぼくのデッキは、『ヒーロー・ブラスト』『O−オーバーソウル』『ミラクル・フュージョン』など、何かにつけて墓地のモンスターカードを活用している、いわゆる「墓地を多用するデッキ」。
鶴岡先生は、それの対策を行う『D.D.クロウ』を使ってきた。
それが意味するものは、ただ一つしかないじゃないか……!
「花咲。まさか今まで気付いていなかったわけじゃないだろうな?」
ぼくの心を読んできたかのように、静かな声で先生が語りかけてくる。
「お前が私の『ライトロードデッキ』への対策を『予習』してきたように、私もお前の『エレメンタルヒーローデッキ』への対策を『予習』してきたのだぞ」
一つの事実が先生の口から告げられる。
やっぱり……やっぱり、そうだったのか……!
先生はぼくのデュエルを観戦し、ぼくのデッキが「ヒーローデッキ」と知るや否やサイドデッキから『D.D.クロウ』のカードを投入してきたんだ。ぼくのデッキの弱点を突くために……!
「予習をしてきたお前が有利になるのではない。予習をしてきたお前は、ようやく私と平等のステージに上がった、ただそれだけのことだ。……さあ、バトルフェイズの再開だ! 『ガロス』と『ルミナス』でがら空きの場に攻撃を仕掛ける!」
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ライトロード・サモナー ルミナス
攻撃表示
攻撃力1000
守備力1000
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ライトロード・ウォリアー ガロス
攻撃表示
攻撃力1850
守備力1300
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攻撃力1850の直接攻撃と、攻撃力1000の直接攻撃が、ぼくに襲い掛かる。
このバトルフェイズで、7700ポイントあったぼくのライフポイントが、残り4850ポイントになってしまった。
しかも、エンドフェイズ時、『ライトロード・サモナー ルミナス』によって3枚、『ライトロード・ウォリアー ガロス』によって2枚、デッキから墓地へとカードが送られてしまう。
運が良かったのだろう、合計5枚のモンスターカードが墓地に送られながらも、その中に「ライトロード」と名のつくモンスターは1枚も存在しなかった。そのおかげで、『裁きの龍』の召喚条件や、『ライトロード・ウォリアー ガロス』が持っているドロー効果の発動条件を満たすことはなかった。
けれども、その代わりと言わんばかりに、悩ましいカードが墓地へと送られていた。
ネクロ・ガードナー 闇 ★★★
【戦士族・効果】
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。
攻撃力600/守備力1300
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墓地に存在することで、攻撃を一度だけ無効化する効果を持った『ネクロ・ガードナー』のカード。
デッキから墓地へと送られたことで、手札を直接消耗することなく効果が使える状態になってしまったのだ。
ライトロードデッキの強さが改めて身に染みる。
墓地のモンスターを多用すると言う点では、ぼくのヒーローデッキに似ているけれども、そのパワーはぼくのデッキよりひと回り上回っている。そんな気がしてならない。
「ぼくのターンです……」
デュエルの流れは完全に、鶴岡先生のものになっていた。
ぼくは先生のデッキへの対策を用意してきたけど、先生もぼくのデッキへの対策を用意してきた。
お互いに同じ条件。
そうなれば、デッキ同士の純粋な衝突になる。ぼくのヒーローデッキは、現環境最強と呼ばれるライトロードデッキとぶつかって勝つことができるのだろうか? ひよっ子プレイングのぼくは、無駄の見えないプレイングの鶴岡先生に勝つことができるのだろうか?
「ドロー……」
それほど期待もせずにドローしたカード。
スキルドレイン
(永続罠カード)
1000ライフポイントを払って発動する。
このカードがフィールド上に存在する限り、フィールド上に
表側表示で存在する効果モンスターの効果は無効化される。
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それは、ぼくに希望を与えるカードだった!
この『スキルドレイン』は、フィールド上に存在する全てのモンスターの効果を無効化する永続罠カードだ。
ぼくも鶴岡先生も、ともに墓地を頻繁に活用するデッキ。
そんな中で存在する、ささいな差。
ぼくの扱うモンスターはフィールド上で活躍する効果が少なくて、鶴岡先生の扱うモンスターはフィールド上で活躍する効果が多い――その差。
その差を突くために、野坂さんは『スキルドレイン』の投入を薦めてきた。
『スキルドレイン』を使うことでぼくが10だけ不利になるとすれば、鶴岡先生は50不利になる。
これは、いける……。いけるぞ……!
気持ちが高ぶって、今すぐ『スキルドレイン』をセットしたくなったけど、それをぐっとこらえる。
『スキルドレイン』を伏せるのはいいけど、それ以外のプレイングもきちんとしなくては……!
ぼくは気を取り直して、手札を見直し、このターンですべきことを決めた。
「『E−エマージェンシーコール』を発動します」
まずは、『デュアルスパーク』によるドローで引き当てた『E−エマージェンシーコール』を発動し、手札に『E・HERO アナザー・ネオス』を呼び寄せる。
その後、
「『アナザー・ネオス』を攻撃表示で召喚させていただきます」
と即座に召喚した。
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ライトロード・サモナー ルミナス
攻撃表示
攻撃力1000
守備力1000
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ライトロード・ウォリアー ガロス
攻撃表示
攻撃力1850
守備力1300
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E・HERO アナザー・ネオス
攻撃表示
攻撃力1900
守備力1300
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ぼくの『E・HERO アナザー・ネオス』の攻撃力は1900。
鶴岡先生の『ライトロード・サモナー ルミナス』の攻撃力は1000。
「ぼくは『アナザー・ネオス』で、『ライトロード・サモナー ルミナス』に攻撃させていただきます」
ぼくの攻撃宣言に対し、先生はまったく動じることなく、墓地のカードへと手をかけた。
「墓地に存在する『ネクロ・ガードナー』を除外することで、『アナザー・ネオス』の攻撃を無効にさせてもらう」
ネクロ・ガードナー 闇 ★★★
【戦士族・効果】
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。
攻撃力600/守備力1300
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予想通り、墓地にあった『ネクロ・ガードナー』によって、攻撃を無効化されてしまった。
それでも、このタイミングで効果を使わせただけ良かったものだと思おう。墓地で発動する『ネクロ・ガードナー』の効果は、『スキルドレイン』では無効化できないのだし。
「それでは、カードを2枚セットさせていただきます」
続くメインフェイズ2にて、ぼくは、『デュアルスパーク』と『スキルドレイン』のカードをしっかりと伏せ、
「ターンエンドです」
と、ターン終了を宣言した。
顔を上げて鶴岡先生をまっすぐに見る。
さあ! 行きますよ鶴岡先生! この『スキルドレイン』のカードで、先生のライトロードを制圧してあげます……!
「私のターン、ドロー」
無駄のない動きでカードを引いた鶴岡先生は、早速ライトロードのモンスター効果を使ってきた。
「手札を1枚捨て、『ルミナス』のモンスター効果を発動。墓地から『ジェイン』を……」
……今だ!
「伏せカードを発動させていただきます! 『スキルドレイン』! これで『ルミナス』をはじめ、フィールド上モンスターの全ての効果が無効化されます!」
ぼくはすかさず『スキルドレイン』のカードを表に返した。
スキルドレイン
(永続罠カード)
1000ライフポイントを払って発動する。
このカードがフィールド上に存在する限り、フィールド上に
表側表示で存在する効果モンスターの効果は無効化される。
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ぼくはコストとして1000ポイントのライフを失ってしまうが、先生に与える影響はきっとそれ以上のものになるに違いない!
先生は、表になった『スキルドレイン』のカードを見るなり、二度うなずいた。
「……やるじゃないか、私にとって天敵とも言える『スキルドレイン』のカードを用意してくるとは。お前のデッキとの相性、私のデッキとの相性――見事なシナジーだ、素晴らしい。花咲、完璧な予習じゃないか」
口の端をいくらか吊り上げて褒めちぎってくる鶴岡先生。
うーん……。予習――もとい、対策カードを用意してくれたのは、野坂さんなんだけどなぁ……。
褒められることをしていないのに褒められてしまって、なんだかむずがゆくて、申し訳ないような気持ちになってしまう。
ぼくの気持ちを察した……わけではないだろうけど、鶴岡先生の表情がまた険しくなる。
「だが、分かっているな? 私を倒すにはまだまだパワー不足だということに。更なる高みまで上って来い花咲。行くぞ! 私のバトルフェイズだ!」
そう言って、鶴岡先生はバトルフェイズ開始の宣言をした。
あれ?
一瞬で、違和感を覚える。
ここでバトルフェイズ……?
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ライトロード・サモナー ルミナス
攻撃表示
攻撃力1000
守備力1000
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ライトロード・ウォリアー ガロス
攻撃表示
攻撃力1850
守備力1300
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E・HERO アナザー・ネオス
攻撃表示
攻撃力1900
守備力1300
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伏せカード
(デュアルスパーク)
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スキルドレイン
永続罠
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鶴岡先生のモンスターの攻撃力は、『ライトロード・ウォリアー ガロス』の攻撃力1850が最高値。
それに対して、ぼくの場には、それを上回る攻撃力1900の『E・HERO アナザー・ネオス』がいる。
当然ながら、『ライトロード・ウォリアー ガロス』には攻撃力を上げるような効果はない(たとえそんな効果があっても『スキルドレイン』で無効化されるけど)。
このまま戦闘を行ってしまえば、先生のモンスターが自滅してしまう。
「私は、『ライトロード・ウォリアー ガロス』で『E・HERO アナザー・ネオス』へと攻撃する」
それにもかかわらず、鶴岡先生は攻撃宣言を行ってきた。
攻撃力1850が、攻撃力1900へとバトルを仕掛ける。ミス……ではないはずだ。鶴岡先生は何か意味があって攻撃を仕掛けたのだ。
低い攻撃力のモンスターが戦闘に勝つ方法……。
この1週間で何度も使われ、何度も使ってきた「あのカード」の姿が頭に思い浮かぶ。
オネスト 光 ★★★★
【天使族・効果】
自分のメインフェイズ時に、フィールド上に表側表示で
存在するこのカードを手札に戻す事ができる。
また、自分フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスターが
戦闘を行うダメージステップ時にこのカードを手札から墓地へ送る事で、
エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、
戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。
攻撃力1100/守備力1900
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『オネスト』!
鶴岡先生の使う「ライトロード」のモンスターは、その名に恥じぬ光属性。『オネスト』の恩恵を受けて、攻撃力を大幅に上昇させることができる。
今は『スキルドレイン』の効果が適用されているけど、それによって無効化されるモンスター効果はフィールド上のモンスターのみ。手札から発動した効果には意味がない。
つまり、このバトルを成立させてはいけない! 危険だ!
ぼくは慌てて伏せカードに手をかけた。
「ぼくは伏せカードを発動させていただきます。『デュアルスパーク』! この効果で『アナザー・ネオス』を生け贄に捧げ、『ガロス』を破壊させていただきます。さらにカードを1枚ドローします」
「……いい反応だ」
満足そうな表情で『ガロス』のカードを墓地へと置く鶴岡先生。
「では、残った『ルミナス』で直接攻撃を仕掛けよう。1000ダメージだ」
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ライトロード・サモナー ルミナス
攻撃表示
攻撃力1000
守備力1000
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危なかった。
あのタイミングで『オネスト』を使われていたら、『デュアルスパーク』の発動タイミングを逃し、残りライフポイントもわずか1000となってしまっていた。
「ターンエンド」
鶴岡先生のターンが終わる。
この時、『スキルドレイン』のおかげで、ライトロードのモンスター効果は適用されず、デッキからカードが墓地に送られることはなかった。『スキルドレイン』のカードは、確実に効いているのだ……!
ぼくのライフポイントは2850。鶴岡先生のライフポイントは7900。
3倍近くものライフ差があってなお、ぼくは互角に戦えているように思えた。
「ぼくのターンです。ドロー」
このドローによって、ぼくの手札は4枚。
E・HERO プリズマー 光 ★★★★
【戦士族・効果】
自分の融合デッキに存在する融合モンスター1体を相手に見せ、
そのモンスターにカード名が記されている融合素材モンスター1体を
自分のデッキから墓地へ送って発動する。
このカードはエンドフェイズ時まで墓地へ送ったモンスターと
同名カードとして扱う。この効果は1ターンに1度しか使用できない。
攻撃力1700/守備力1100
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E・HERO オーシャン 水 ★★★★
【戦士族・効果】
1ターンに1度だけ自分のスタンバイフェイズ時に
発動する事ができる。自分のフィールド上または墓地から
「HERO」と名のついたモンスター1体を持ち主の手札に戻す。
攻撃力1500/守備力1200
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ミラクル・フュージョン
(魔法カード)
自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカードによって
決められたモンスターをゲームから除外し、「E・HERO」という
名のついた融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)
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超融合
(速攻魔法カード)
手札を1枚捨てる。自分または相手フィールド上から
融合モンスターカードによって決められたモンスターを墓地へ送り、
その融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
このカードの発動に対して、魔法・罠・効果モンスターの効果を
発動する事はできない。(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)
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このターンで引いた『超融合』のカードが、ぼくへと期待感を与えている。
『超融合』は相手のモンスターを巻き込んで融合を行える魔法カード。
このカードを使えば、鶴岡先生の場からモンスターを1体除去しつつ、強力な『E・HERO The シャイニング』の融合召喚ができてしまう。このデュエルにおいては非常に影響力が大きく、「ライトロード」への強力な対策カードと言っても良かった。
それほどのパワーを持つ『超融合』。それをこのターンに使うことは可能だけど、もうちょっとだけ温存しておいた方がよさそうだ。
そう判断したぼくは、
「『E・HERO オーシャン』を攻撃表示で召喚します」
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ライトロード・サモナー ルミナス
攻撃表示
攻撃力1000
守備力1000
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E・HERO オーシャン
攻撃表示
攻撃力1500
守備力1200
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モンスターを召喚して、鶴岡先生のフィールド上に存在する『ライトロード・サモナー ルミナス』へと攻撃を仕掛けることにした。
先生の手札には『オネスト』のカードがある可能性が高い。早いうちに使わせておくのが良いと思ったのだ。
『オネスト』を使われれば、ぼくの『E・HERO オーシャン』は破壊され、ぼくの場からモンスターがいなくなってしまう。だけど、墓地に送られた『E・HERO オーシャン』を融合素材とし、『ミラクル・フュージョン』から『E・HERO アブソルートZero』を融合召喚できるようになる。『超融合』は、次の『E・HERO プリズマー』に対して使っておけばいい。
何手も先まで、適切な答えをすらすらと導き出せている気がする。
クラスメイトとの練習デュエルがなければ、ここまでの考えには至らなかったかもしれない。クラスメイトのおかげで、ぼくは確実に強くなっていたのだ。
しかし、ぼくの『E・HERO オーシャン』の攻撃に対し、
「『ルミナス』は破壊……500ダメージか……」
と、鶴岡先生は『ライトロード・サモナー ルミナス』のカードを墓地へと置いてしまった。『オネスト』のカードを使ってこなかったのだ。
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E・HERO オーシャン
攻撃表示
攻撃力1500
守備力1200
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鶴岡先生が持っている2枚の手札を見る。先生は『オネスト』のカードを持っていないのだろうか?
……いや、それは違う。そうだったらさっきのターンの行動が説明できない。
おそらく温存。手札の『オネスト』を温存して、ここぞと言う機会に発動させようと目論んでいるんだ。
このターン、『ルミナス』が墓地に送られたことで、先生の墓地には、4種類の「ライトロード」が揃ってしまった。もし、先生の手札に『裁きの龍』があれば、次のターンで『裁きの龍』を特殊召喚してくるだろう。そして、温存した『オネスト』の効果を使ってぼくに大ダメージを与えてくるだろう。
本当のところ、先生が何を企んでいるのかは分からない。
ならば、せめて『超融合』のカードは伏せておこう。少なくともモンスターへの対策としては一級品の活躍を見せてくれるはずだから。
「ぼくは、カードを1枚伏せて、ターンを終了させていただきます!」
手札の『超融合』のカードを場へとセットし、ぼくはターンを終えた。
「私のターン、ドロー」
鶴岡先生のターン。先生は3枚になった手札を見て、挑発的な笑みを作った。
「さあ準備はいいか花咲? 応用問題だ。お前にこの問題が解けるか?」
そう言って、手札から1枚のモンスターカードを場へ出してきたのだ。
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裁きの龍
攻撃表示
攻撃力3000
守備力2600
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E・HERO オーシャン
攻撃表示
攻撃力1500
守備力1200
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ついに『裁きの龍』が来た!
モンスター効果が無効になっているとは言え、攻撃力3000の威圧感はハンパじゃなかった。と言うのも、背後に『オネスト』が潜んでいるからだろう。『オネスト』からの後光が、『裁きの龍』へと射しこんでいる錯覚すら覚える。
「バトルフェイズ。私は『裁きの龍』で『E・HERO オーシャン』を攻撃」
でも! この展開はぼくが望んだものでもあるのだ!
ぼくは、場に伏せておいた『超融合』のカードへと視線を向けた。
「ここで伏せカードを発動します。手札の『大嵐』を捨て、『超融合』を発動!」
超融合
(速攻魔法カード)
手札を1枚捨てる。自分または相手フィールド上から
融合モンスターカードによって決められたモンスターを墓地へ送り、
その融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
このカードの発動に対して、魔法・罠・効果モンスターの効果を
発動する事はできない。(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)
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「ぼくの『E・HERO オーシャン』と、先生の『裁きの龍』を融合させていただきます! 『E・HERO The シャイニング』を融合召喚!」
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E・HERO The シャイニング
攻撃表示
攻撃力2600
守備力2100
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『裁きの龍』が場に出ていたのは、ほんの少しの間だけだった。
場の状況は『超融合』によって、くるっとひっくり返る。最高のタイミングで、『超融合』の効果が発揮されたのだ!
一方、せっかくの切り札を即座に失い、強力なモンスターを出されてしまった鶴岡先生。
その本人は、非常に上機嫌な表情をしていた。
「素晴らしい。素晴らしいぞ花咲。この状況をひっくり返せるとは!」
興奮した様子で鶴岡先生は話している。
ぼくの『超融合』が先生に火をつけてしまったようだった。……ど、どうしよう?
「私はな、何のとりえもない落ちこぼれは嫌いだが、突出した能力を持つ優秀な生徒は好きだ。分野は問わない。運動でも勉強でも、ゲームだっていい。育て上げた生徒が光り輝き活躍していく姿を見るとゾクゾクするのだ! 花咲よ、お前はその素質を秘めている!」
一方的に喋りたてる鶴岡先生。
「あと少しだぞ花咲。あと少しで決着がつく。ここでお前の才能を証明して見せろ。私はターンエンドだ!」
先生はこれ以上カードを場に出すこともなく、ターン終了を宣言した。
「ぼくの……ターン……」
意外な言動を取ってくる鶴岡先生に動揺しながらも、ぼくは確実に勝利へと近づいてきていた。
「ドロー」
このターンにドローしたカードは、『D.D.クロウ』。鶴岡先生も使ってきた、墓地への対策ができるカードだ。
場を見渡す。
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E・HERO The シャイニング
攻撃表示
攻撃力2600
守備力2100
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先生の場には1体のモンスターも出されていない。
やろうと思えば、先生は『オネスト』を守備表示でセットして、このターンで受ける戦闘ダメージを減らすことができたはず……。
それなのに、それをしてこなかったと言うことは、またしても『オネスト』を温存してきているのだ。温存して再び使用する機会をうかがっているのだ。
先生は本当に『オネスト』を温存しているのか、確信を持つことはできない。でも、少なくとも、先生の場にモンスターがいないこのターンの間、『オネスト』の効果が使われることはない!
ならば、総攻撃を仕掛けるのみ!
「ぼくは『E・HERO プリズマー』を攻撃表示で召喚します。さらに『ミラクル・フュージョン』で『E・HERO アブソルートZero』を融合召喚します」
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E・HERO The シャイニング
攻撃表示
攻撃力2600
守備力2100
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E・HERO プリズマー
攻撃表示
攻撃力1700
守備力1100
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E・HERO アブソルートZero
攻撃表示
攻撃力2500
守備力2000
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頼れるヒーロー達のカードが、次々とフィールド上に現れる!
「バトルフェイズです! 『E・HERO プリズマー』で攻撃! 『E・HERO アブソルートZero』で攻撃! 『E・HERO The シャイニング』で攻撃!」
途中で『冥府の使者ゴーズ』などに妨害されることもなく、直接攻撃によるダメージが確実に入っていく。
1700ダメージ、2500ダメージ、2600ダメージ。
このバトルフェイズで、7400あった鶴岡先生のライフポイントは、わずか600になった。
逆転した……!
鶴岡先生は、満足そうに机の隅に置いてある用紙に「600」という数字を書き込む。
ぼくの手札は『D.D.クロウ』1枚。このターンでできることはこれ以上ない。
「ターンエンドです」
よし! この調子なら勝てる!
「私のターン、ドロー」
鶴岡先生のターン。
先生は、カードをドローするや、3枚になった手札から1枚のカードを場に出してくる。
「これが私の最後の切り札だ。これを封じることができればお前の勝ち。それができなかったらオレの勝ち」
最後の切り札……!
意味深な物言いに、ぼくはごくりとつばを飲み込む。
「『死者転生』を発動! 手札を1枚捨て、墓地にある『裁きの龍』を手札に加える!」
死者転生
(魔法カード)
手札を1枚捨てて発動する。
自分の墓地に存在するモンスター1体を手札に加える。
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『死者転生』による『裁きの龍』の復活か……!
先生の勝利の構図が、すぐに頭の中に思い描かれる。
この『死者転生』で『裁きの龍』を手札に加えた後、召喚条件を満たしている『裁きの龍』を即座に特殊召喚。『オネスト』の効果を組み合わせて、ぼくのライフポイントを0にするつもりなのだ!
ぼくのフィールドには、『スキルドレイン』以外の罠カード、速攻魔法カードは存在していない。『オネスト』によって攻撃力が上昇した『裁きの龍』に攻撃されてしまえば、確実に負けてしまう。
でも、「運良く」と言うべきか、「野坂さんの作戦通り」と言うべきか、ぼくの手札には『D.D.クロウ』のカードがあった。
D.D.クロウ 闇 ★
【鳥獣族・効果】
このカードを手札から墓地に捨てる。
相手の墓地に存在するカード1枚をゲームから除外する。
この効果は相手ターンでも発動する事ができる。
攻撃力100/守備力100
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「『死者転生』の発動にチェーンして、『D.D.クロウ』を発動! その『裁きの龍』を除外させていただきます」
ぼくは手札から『D.D.クロウ』のカードを墓地へと捨てる。『D.D.クロウ』は墓地で発動される効果であるため、『スキルドレイン』の影響は受けない。
その結果、『裁きの龍』は除外され、『死者転生』は不発に終わった。
『これが私の最後の切り札だ。これを封じることができればお前の勝ち。それができなかったらオレの勝ち』
鶴岡先生の切り札である『死者転生』は封じられた。先生の場にはモンスターも魔法も罠も出ておらず、唯一残っている1枚の手札は、ほぼ間違いなく『オネスト』。この状況では『オネスト』を活用することはできない。
先生は満足そうだった。
「私の負けだ……」
そうやって降参宣言をしてもなお、その満足そうな表情が崩れることはなかった。
「大将戦が終了しました。勝者は2年C組第7チーム、花咲くんです!」
生徒会の人がぼくの勝利宣言を行った。
それを合図にして、ぼくと先生は机の上のカードを片付け始めた。
「素晴らしいぞ花咲。お前がここまで優秀な素質を持ち合わせているとは思わなかった」
興奮冷めやらぬ様子で鶴岡先生はぼくのことを褒め続けている。
デュエル中はそんなことを考える余裕はほとんどなかったけど、ぼくのことばかり褒め続けるのはちょっと違う気がする。ぼくの心にはちょっとしたわだかまりが生まれていた。
これを言ってしまっては怒られてしまうかもしれない。けど、このまま何も言わずに勝利を独り占めすることはなんだか嫌だ。
席から立ち上がろうとした先生を止めるように、ぼくは口を開いた。
「あの、先生……。ぼくは、先生が思っているほど優秀じゃありません」
先生の表情が変わる。
「どういうことだ? 謙遜しているのか?」
「そうかもしれないですけど、そうじゃないんです」
「何が言いたいんだ花咲? このデュエルに勝ったのは運が良かったとでも言うつもりか? ライトロードへの予習、デュエル中の判断の積み重ね。運の要素を取っ払ったとしてもお前は優秀だったぞ?」
「そ、それについてなんですけど、ぼく一人じゃできなかったです。ライトロードへの予習は、チームメンバーの野坂さんが準備してくれたものですし、デュエル中のプレイングは、今日たくさん練習デュエルをしてくれたクラスメイトのみなさんのおかげで……。だからぼくが特別優秀ってわけじゃ……」
言い訳のようにしどろもどろになりながらも、ぼくは本当のことを言っていく。
野坂さん、2年C組のクラスメイト――どちらか片方でも欠けてしまっていたら、このデュエルに勝つことはできなかった。
それを隠したまま、一人だけの勝利にすることがぼくには耐えられなかったのだ。
先生は怒るだろうか。悪いことをしたわけではないけど、騙すような真似をしてしまった気がして、怒られても仕方がないように思えてしまう。
先生はしばらく考える素振りを見せて、
「なるほどな……。私が間違っていた。すまない」
そう言って、頭を下げてきた。
……え?
怒る怒らないとかそんな次元を超えて謝られてしまった。何がどうなって謝罪に至ったのかが分からない。
「聖職者であるこの私が見誤るとはな。お前の本当の素質は『そこ』にあったんだな」
頭を下げたままぼそぼそと口にする鶴岡先生。ぼくにはその意味がまるで分からなかった。
どういうことなんですか? ――ぼくはそう聞いてみようと思って、でも、聞くことができなかった。
なぜなら、
そこには、
もっと衝撃の光景が広がっていたからだ。
頭を上げた鶴岡先生。
その頭部からはごっそりと髪の毛がなくなっていた。
代わりに、机の上にその髪の毛がどっさりと置かれていた。
ありえないものをみた時の衝撃。
これって……? これって……?
「ヅラ……ヅラじゃねえか……」
騒象寺くんが呟いた。
そう、カツラ……。
鶴岡先生は頭を下げた時に、カツラを落としてしまったのだ。
しかも、幸か不幸か、当の鶴岡先生は、自分のカツラが落ちたことに気付いていない。
「花咲、私の誤りがあったとは言え、お前が優秀である事実には変わりはない。今まで見せていなかったこのチカラ。それを自分のものにしてみろ。そうすれば、光り輝く未来がお前を待っている。私はその時を楽しみにしているぞ」
午後4時17分。傾いてきた太陽の光が窓から差し込んで、鶴岡先生の頭部で輝いている。もう一つの太陽がそこにできたかのように、立派に輝いている。
まぶしい光が、ぼくの未来を照らしている。
鶴岡先生の頭頂部が、ぼくの未来を照らしている。
ああ……そうか……。
これが真のライトロードだったんだ。
『ライトロード・ティーチャー ツルオカ』。
鶴岡先生こそが真のライトロードだったんだ……!
先生が真面目に話している中で、ぼくはそんなくだらないことを思いついてしまって、笑いをこらえるので精一杯だった。
ぼくは心の中で謝った。
ごめんなさい、鶴岡先生。
その後、鶴岡先生はカツラを落としたことに気付いた。当然のことながら1年D組の教室はますます気まずい雰囲気になって、ぼくはどうしようかとうろたえてしまった。
先生は、30人近くの生徒に向かって「秘密だからな」とだけ言って、足早に教室を出て行ってしまった。先生のカツラが外れたのも間接的にはぼくのせいだ。なんだか先生に申し訳ないような気持ちになってきた。
先生が教室を出てからすぐに中堅戦と先鋒戦のデュエルが再開され、まもなく、
「中堅戦終了です。勝者は2年C組第7チーム、野坂さんです」
と、野坂さんの勝利宣言が告げられる。
これで2勝。この勝利によって、ぼく達2年C組第7チームの、チームとしての勝利が確定したのだ。これで、明日の決勝トーナメントに進出することができる。
決勝トーナメント出場――!
席に座ったまま、今すぐにでも飛び跳ねたいくらいの喜びが押し寄せてくる。
でも、まだ喜ぶわけにはいかない。先鋒戦のデュエルが終わっていないのだから、それを邪魔してはいけない。
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冥府の使者ゴーズ
攻撃表示
攻撃力2700
守備力2500
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冥府の使者カイエントークン
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1400
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マンジュ・ゴッド
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000
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「ここで『ゴーズ』かよ!」
お互いに手札もライフも少なくなってきた終盤。対戦相手の生徒は、『冥府の使者ゴーズ』の特殊召喚に成功し、ついに騒象寺くんを追い詰めてしまう。
騒象寺くんに残された手札や伏せカードは1枚もない。
「くそっ! オレの負けだ……!」
騒象寺くんはサレンダーをして、乱暴な手つきでカードを片付け始めたのだった……。
「Dブロック予選トーナメントの決着が着きました。2勝1敗で、2年C組第7チームの勝利です! おめでとうございます!」
クラスメイトや他の観客の生徒達から大きな拍手が巻き起こる。
2勝1敗。ぼく達2年C組第7チームは、見事3年D組第1チームを打ち破り、明日の決勝トーナメントへの進出を決めたのだ。
昨日の夜に立てた目標を思い出す。
――ぼく達は、明日の試合にすべて勝って、日曜日まで勝ち残るよ。だからさ、パパには『日曜日に見に来て』って伝えてよ。
有言実行。ぼく達は勝つことができた。ぼく達は本当に今日一日勝ち残ることができた。
拍手が収まると、クラスメイトのみんなが笑顔でぼく達へと駆け寄ってくれる。
「やったじゃないか! 花咲!」
「すごいすごい! あの鶴岡先生に勝っちゃうだなんて!」
「ついでに先生のヅラまで剥いじゃうだなんて!」
「リボンちゃんもすごかったですよ。あの神の宣告の発動タイミングはすごかった! まさに神の発動タイミング!」
十人以上のクラスメイトがぼく達を囲み、わいわいと喜びの声を飛び交わせている。
……ここは喜ぶべきところなんだと思う。
強敵と言える相手に勝利して、目標も達成して、クラスメイトにも祝福されて……。
確かに嬉しいし、その気持ちに嘘はまったくない。
それなのに、ぼくは素直に喜ぶことができなくなっていた。これでいいのかなって不安になってしまっていた。
教室の入り口に視線を移す。
そこには、巨体の騒象寺くんが一人で立っていた。
彼は喜びの声から目を背けて、彼にしては小さな歩幅で教室を出て行こうとしていた。
騒象寺くん……。
決勝トーナメント進出を決めた喜びの声の中で、不安になってしまったのは、そんな彼のことが気になったからだ。
騒象寺くんの今日の戦績は3戦0勝3敗。結果発表や拍手を受けている間、騒象寺くんだけは苦虫をかみ潰したような表情をしていた。
それは単純に不機嫌だったとかそういう時のものじゃない。今までの彼にはありえない、辛そうで、でもそれを我慢しているような表情だったのだ。
そんな顔をされれば、どうしても気になってしまう。こんなに嬉しいはずの中でも、素直に喜べなくなってしまう。
ぼくは騒象寺くんのことは苦手であまり好きじゃないけど、辛そうな彼を放って喜べるほど器用な人間じゃなかったみたいだ。決勝トーナメント進出を決めた喜びの声の中で、じわじわと不安な気持ちだけが膨れ上がっていく。
騒象寺くんの姿が教室からフェードアウトしていく。
これで……いいのだろうか……?
このまま騒象寺くんを帰してしまっていいのだろうか?
ぼくには騒象寺くんの面倒を見る義務なんてない。負けが続こうが、辛そうな表情を見せようが、ぼくが何かしなくちゃいけないわけじゃない。触らぬ神にたたりなし。わざわざいじめられに行く必要なんて……
一瞬だけそんな風に思って、ぼくは首を振る。
いやいや! 何を考えているんだぼくは!
騒象寺くんだって、ぼくや野坂さんと同じ2年C組第7チームのメンバーじゃないか!
そんな彼を放って、勝手にデュエルの練習をして、勝手にクラスメイトと仲良くなって、勝手にデュエルに勝利して、勝手に喜んでしまう。そんなことをして、本当にチームとして良いことをしたと言えるのだろうか?
確かに過去にはいじめられたこともあった。ひどいと思う時期もあった。だけど、今はぼく達の仲間。辛そうにしているなら、手を差し伸べてあげる――それが仲間ってものじゃないのだろうか? ヒーロー達だってそうやって支え合ってきたじゃないか!
じゃあせめて……、せめて、練習に誘おう。
今からでも一緒に練習をして、一緒に強くなって、一緒に明日のデュエルで勝とう! それぐらいならぼくにだってできるはずだ!
そう決めたら勝手に体が動いていた。
ぼくは、クラスメイトに「ごめんトイレ」と言って、廊下へと駆け出した。
ぼくが教室を出て行く様子を、どこか不安そうな表情で野坂さんが見ていた。
他の教室でも予選トーナメントが終わったのだろう。たくさんの生徒達が廊下を賑わせている。
ぼくは早歩きで生徒を避けて進み、下駄箱の辺りで騒象寺くんに追いついた。
「騒象寺くん!」
巨体の騒象寺くんの背中に向かって、ぼくは呼びかけた。
「ああ?」
振り向いた騒象寺くんからダミ声が降りてくる。その声にはいつものような迫力がないような気がした。
ぼくは彼を見上げて言った。
「あの……これからデュエルの練習とかしようと思うんだけど……。それで……あの……」
元気がないとは言え、ぼくをしどろもどろさせるくらいには騒象寺くんは威圧的だった。ぼくの声が廊下の騒がしさに打ち消されそうだった。
「だから?」
「それで、騒象寺くんも一緒に練習しようかなって……。あ、あの、ダメですか……?」
なんとかぼくがそう言い終えると、騒象寺くんは一層しかめっ面になる。
それからきょろきょろと視線を泳がせて、少しの間があって、
「勝手にやってろ。ワシは練習しない」
そう言って、下駄箱から大きな靴を取り出した。
「あ……」
騒象寺くんは、靴を履き替えてぼくに背を向ける。
本当に練習する気がなくて、本当に勝敗なんてどうでもいい――そんな風に考えているのなら、ぼくはここで引き下がると思う。このまま騒象寺くんを家に帰してしまうと思う。
でも、騒象寺くんは、ぼくが「練習しよう」と誘った後、きょろきょろして、ちょっと間を空けて、それからようやく断わってきた。
そんな態度をとられたら、このまま黙って見送るなんてことはできないですよ……!
騒象寺くんが校舎から出て行こうとしている。
ぼくは靴を履き替えて、彼を追いかけた。
「騒象寺くん」
「何だ花咲。まだ何か用事か?」
「あの……やっぱり練習しようって思って。せっかくここまで勝てたんだし、優勝とか目指したいですし……」
「だから練習はしないって言ってるだろ!? ワシを誰だと思ってるんだ花咲ぃ!? 泣く子も黙る騒象寺だぞ!! 今日負けたのだって、たまたま気分が乗らなかっただけだ! リズムが乗らなかっただけだ!」
「でも……あの……」
「うるさい!」
あの騒象寺くんに「うるさい」とまで言わせてしまった。
騒象寺くんはぼくに背を向ける。西日の太陽が騒象寺くんを照らしていて、それがなんだか哀しく見えた。
「それに……そんなみっともないマネができるか……」
後ろ向きの騒象寺くんから、ボソッと声が漏れた。それは、巨体から放たれたとは思えないほどの小さな声で、近くにいるぼくがかろうじて聞き取れるほどだった。
でも、今の一言に、彼の気持ちが詰まっている気がした。
やっぱり、騒象寺くんはぼく達と練習がしたいんだ……。練習して強くなって、明日こそデュエルに勝ちたいんだ……。
ぼくは人の心を想像することに長けているわけじゃないけど、その気持ちだけは間違いないように思えてならなかった。
練習して強くなりたいのに、それができない騒象寺くん。
それをジャマしているのは、意地とかプライドとか、そういうものなのだと思う。
巨体で硬派で強いはずの騒象寺くんにとっては、ひ弱そうなぼく達なんかと一緒に練習することに耐えられないのだろう。生徒達で賑わっているこの場所ではなおさらだ。
そんな騒象寺くんを見ていると、ひとりでご飯を食べていた野坂さんを見ていた、あの時の気持ちがぶり返してくる。
何とかしてあげよう……!
何とか練習に誘ってあげよう……!
今まで苦手でむしろ嫌いだった相手なのに、このまま放っておくなんて考えられなくなっていた。
背を向けて歩き出した騒象寺くんに向かって、ぼくは声をかけようとして、しかし、思い悩む。
ぼくは、なんて言えばいいのだろう?
さっきみたいに、「練習しよう」とばかり言っていても、きっと断られてしまう。それどころか、「騒象寺くんが弱いから練習しよう」って言っているようなもので、彼のプライドを傷つけるだけになってしまう。
騒象寺くんの背中がゆっくりと遠ざかっていく。
彼は、大きなヘッドフォンを取り出して、それを両耳に装着しようとしていた。
まずい! このままじゃ声が届かなくなる。
そう思ってから、ひらめいた。
これを言えば、騒象寺くんは一緒に来てくれる。絶対に一緒に来てくれる。
本当はちょっと……いや、だいぶ言いたくないことだったけど、今言わなかったら絶対後悔する。
……というかこれしか思いつかなかったのだからしょうがない。
「騒象寺くんっ!」
ぼくは絞り出すように大きな声を出した。
「……あん? しつこいな」
ぼくの声が騒象寺くんに届いた。
彼は不機嫌な様子で、こちらを振り向く。
「カラオケに行きましょう!」
「……は?」
「あの……今日はデュエルで疲れたからさ、カラオケに行こうかな……って。騒象寺くん、カラオケ好きだと思うし……」
ぼくがそう言うと、騒象寺くんは面食らった顔になって、
「ハハ……ハハハッ! ハハハハハハハッ!!」
笑いのツボにハマったかのように、大声で笑いだした。
「花咲ぃぃ。実はお前バカだろ! ワシとカラオケに行こうって言い出すなんてな!」
「は、はい……バカかもしれません……」
本当にそう思う……。
「いいぜ! 花咲! お前がそこまでカラオケに行きたいって言うのなら、このワシが付き合ってやるぜ? な!」
迫力満点、威圧感最高潮。いつも通りのダミ声を出して、騒象寺くんは、ぼくの肩をバシンと叩いてきた。……痛いです。
「ホラ! 花咲! さっそくカラオケに行くぞ!」
「あ……」
「どうした?」
「教室にデッキを置いてきてしまいました……。ごめんなさい」
「……まったく仕方ねえな。取りに行って来い。特別サービスだ、待っていてやる」
「は、はい。行って来ます!」
「あ、それと花咲……。チョットだけならいいぞ。明日の作戦会議とか練習とか、チョットだけなら付き合ってやってもいいぞ」
「へ? あ……」
「花咲ぃぃぃ! こっちを見てるんじゃねえ! 早くデッキを取りに行け!」
「はっ、はいぃぃっ!!」
騒象寺くんに怒鳴られて、ぼくはひーひーと走り出した。
それなのにぼくの表情は、ニタニタと不気味なほど緩んでいたことだろう。すれ違う生徒達が不審そうにぼくの顔を見ていた。
1年D組の教室に戻ると、クラスメイトのみんなと野坂さんが待っていた。
「遅かったな花咲。腹でも壊したか?」
「実は騒象寺くんとカラオケに行くことになったんだけど……。みんなもどうかな?」
ぼくがそう言うと、12人のクラスメイトはずずずっと引き下がった。
当然の反応だろう。普通の人は、「騒象寺くんとカラオケに行こう」だなんて思わない。脳裏をかすめすらしない。
うーん……やっぱり1対1で行くしかないかなぁ……。
いくらデュエルの練習をするかもしれないとは言え、さすがにみんなをカラオケに連れて行くわけにはいかないし……。
そう思っていると、
「あ、わたし行きます」
一人の女子生徒が控えめに右手を挙げた。
その反動で黄色のリボンがぴょこんと跳ねる。野坂さんだった。
「野坂さん……来てくれるの……? ぼくは別に脅されてるとかそう言うわけじゃないんだよ。無理して来なくても大丈夫だよ」
「騒象寺さん元気なかったですし、それにええと……た、大将命令ですから!」
え? たいしょうめいれい?
野坂さんの一言に、教室がどっと湧く。
それならばと、中野さんが手を上げる。
「じゃああたしも行く! 騒象寺のダミ声からリボンちゃんを守ってみせるからね!」
それを皮切りに、
「野坂さんが行くならボクも行く! 行くに決まっている!」
孤蔵乃くんも手を上げ――
「私もリボンちゃんを守る……! 歌いまくって、騒象寺にマイクなんて握らせないですよ!」
「あ、私も!」
「じゃあさみんな行く?」
「うん!」
残りの女子6人も手を上げ――
「俺達も行くか」
「え? マジで」
「こんだけいりゃ騒象寺の奴も少しはおとなしくなるだろ。ていうか、結構楽しくなりそうだしな」
松澤くん達3人も手を上げて――
「後はオレだけ? ……ああ、オレ今日死ぬかも知れないな」
そして、最後には、しぶしぶだけど根津見くんも手を上げてくれた。
騒象寺くんも加えて15人。
15人もの生徒が一堂に集まってカラオケに行くことになるなんて、提案したぼく自身もびっくりだよ。
ぼく達は本当にカラオケに行くことになった。
仲間が急に増えて、騒象寺くんは嬉しそうに「よくやった!」とぼくのことを褒めてくれた。
だけど、その騒象寺くんはカラオケでは1曲も歌わなかった。
「どう? 野坂さん?」
「ええと、『契約の履行』のカードがないです……。音楽家デッキなら絶対に必要……って言われているカードなんですけど」
「そ、そうだったのか……。知らなかっ……知ってたよ! ハンデだったんだよ! ハンデ!」
なぜなら、騒象寺くんは歌うつもりがなかったからだ。
大会のルールでは、今日と明日の間でデッキを自由に変更できることになっている。だから、騒象寺くんは、野坂さんのアドバイスを存分にもらい、足りないカードは明日までに持ち寄ることにして、デッキを強化したのだ。
それだけではない。デッキを強化してからも、カラオケを出るまでの3時間半の間、騒象寺くんはひたすら練習を繰り返していた。
デュエルの練習相手には、ぼくや野坂さんだけではなく、おそるおそるではあるけど他のみんなも加わってくれた。
最初のうちは負けが多かった騒象寺くんだけど、最後には4連勝してかなり強くなってきたように思えた。
あれだけ辛そうな顔をしていた騒象寺くんが、自信に満ち溢れた嬉しそうな顔になっている。
それを見たぼくは、ああ来てよかったなぁ、と素直に思ったのだった。
午後9時になり、ぼく達は解散して家路に着いた。
今日はすごく密度が濃い一日だった。
バトルシティ出場の名蜘蛛くんとデュエルをして足を思いっきり蹴られて、保健室へ行って2年C組の教室に行ってクラスメイトとこれでもかと言うくらい練習デュエルをして、終焉のカウントダウンデッキを使う井守くんにヒヤヒヤさせられて、まさかの鶴岡先生とデュエルをしてなぜか褒められまくってカツラが落ちて、最後に、騒象寺くん達とカラオケで練習をして……。
それだけのことがあって、ぼくの体には疲労が溜まってしまっていた。家に着くと、溜め込んでいた疲れが押し寄せてきて、ふらっと倒れそうになってしまう。ぼくはシャワーだけを浴びて、すぐにベッドに倒れこんだ。
眠気が急激に襲い掛かってくる。
ぼくは蛍光灯から伸びている紐を二回引っ張って電気を消す。そうすると、ベッド脇に置いた携帯電話がチカチカと点滅していることに気付いた。
今日も色々とありがとう。みんなの心が一緒になれた気がして嬉しかったです。明日も勝とうね。おやすみなさい。
それは、野坂さんからのメールだった。
その文面を見ているだけで、ぼくの胸の中が温かくなっていく。なんだか幸せそうな夢が見られそうだった。
ぼくは、『おやすみ』とだけメールを打って、布団をかぶった。
心地よい眠りがぼくを包み込んでいく。
布団に入ってからこんなに早く眠りにつけるのは久しぶりかもしれない。落ちゆく意識の中でぼくはそんなことを思った。
続く...
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