サスライノキセキ

製作者:忍さん




1章 恋の悪夢

夕焼けの初春の空にそびえ立つ摩天楼。それは、人と自然のミスマッチと言えるかもしれない。その下に、一人の少女ーー13歳ほどだろうかーーと、ずいぶんみすぼらしい服を着た17歳ぐらいの男が10mほどの間隔を空けて向き合っていた。二人の腕にはデュエルディスクと呼ばれる銀色の物質があった。

「デュエル!」
少女の方が叫んだ。このデュエルはこの少女、天上恋(てんじょう れん)が挑んだものなのだ。
彼女は「デュエルの小天使」と呼ばれるほどのデュエル界でも有名なデュエリストだ。その彼女を、この男は「小鳥」と言い放ったのだ。それも、初対面のすれ違った時に。

ケンカ売ってるとしか思えないじゃない。恋は怒りを抑えきれなかった。
「私の先ーー」
男は手を突き出し、「待て」と思われるような仕草をした。恋はこのままカードを引こうしたが、思いとどまった。
これで、「勝手に先攻をとる小鳥」とでも言われたら、相手の思うつぼ、かもしれない。

「表か裏か?」
男はコインを取り出しながら言った。

「表」
「天使の絵の方だ」
男は不気味に笑い、そのあと言った。
「足下に落とす」
「えっーー」

男は親指でパチンとコインをはじいた。
コインはきれいな弧を描きながら、恋の足下に落ちた。

悪魔の絵ーー裏だ。

「裏よ」

返事もせずに、まるで当たり前とでもいうように、男はカードをドローした。

「名推理」
男が冷ややかに言った。

1キルデッキーー恋の脳裏にさまざまな「名推理」ではじまるデッキが思い浮かんだ。推理ゲート?マジカルエクスプロージョン?クライスターボ?ウリア?とりあえずーー

「緑光の宣告者を発動、閃光の追放者とこのカードを捨て、名推理を無効!」

「名推理」が破壊された。恋のデッキはパーミッション。魔法カードをただで発動させないーー

「名推理」
男が言った。ついさっきと全く表情を変えずに。

恋の手札にはもう、緑光の宣告者はなかった。紫光の宣告者ならあるのだが。

「どうぞ」
パーミッション(許可)することになってしまった。
まだまだ、これからだって。

「推理しろよ『さえずる小鳥』」
「その呼び方ーー8よ!」
「混沌の黒魔術師」よきっと。

男はデッキからカードをめくり、読み上げだした。
「一枚目、太陽の書、二枚目、月の書、三枚目、ソロモンの立法書、四枚目、隠された魔導書、五枚目、儀式降臨封印の書、六枚目、義賊の極意書、七枚目、義賊の入門書、八枚目、秘術の書ーー」

ウソでしょ?恋は信じる事が出来なかった。でも……たしかに、恋はディエル前にあの男のデッキをシャッフルした。そういえば、わざわざあの男がシャッフルしろって言ったけ……そんなーー

「ーーの呪文書、魔導書整理、謙虚な壺、貪欲な壺ーー」

そういえば、あの男のデッキはずいぶん厚かったーー
男はもはや、ドローする前にカード名を言っていた。

「ーーウイジャ盤、死のメッセージE、A、T、H、強者の苦痛ーー」
「強者の苦痛」のところで、男は手を止めた。
意味ありげにイラストを見せつけ、恋にもその意味が分かった。

「小鳥ーー」
恋は呟いた。強者の苦痛のイラストには小鳥が描かれているーー完全にバカにされてる!

「ーー獲装置、所有者の刻印、精神操作ーー」

今の恋は「精神操作」されているみたいだ。
こんなことあっていいの?

「ーーシステム・ダウン、ポルターガイスト、ジェノサイドウォー、運命の火時計、魔力枯渇ーー」

そんな……そんな……
恋には、ところどころしか、男の声が聞こえなかった。

「ーー未熟な探偵」男は「未熟」を強調した。

「ーー成仏」しろってこと?ーー

「ーー弱体化の仮面」十分、弱体化してるようなーー

「ーーロスト」希望のロスト(失う)とか?ーー

「ーー魂の氷結」だって、こんなデュエルーー

「ーーおくびょうかぜ」なんで?心が読まれてるの?

「ーー催眠術」もうだめーー

「ーー闇の訪れ、悪夢再び、終焉のカウントダウン」

「もういいよ!」恋は我慢できなくなって叫んだ。

男は何も言わずに恋をにらんだ。
「カオス・エンド」
「あと一枚だ」

男は最後の一枚を手に取った。

「推理は8だったな」
「ええ」

男はニヤリと笑った。
「推理失敗だ」

恋はどんなモンスターが現れるのかと、覚悟を決めた。
あのデッキはもうなくなった。このままなら、次のターンで終わりだ。

「運命のろうそく」
「えっーー?」

人の手がろうそくを持ったような形の、モンスターが現れた。

「効果はーー」
「ない。レベル2。攻守600」

もうダメ。バカにされてるとかの比じゃない。

「カードを三枚セット。エンド」

長い1ターンが終わった。

一体何が目的?
相手は場に役立たずのモンスタと、三枚の伏せカード。手札一枚。
と、いうことは「マジカルエクスプロージョン」はないか。あのカード手札があるとき使えないもの。

「私のターン、ドロー」

手札は紫光の宣告者、光神テテュス、天罰、大嵐。

「スタンバイフェイズ、罠カード、マインドクラッシュ。紫光の宣告者を宣言」男が言った。

恋は手札を見せ、紫光の宣告者を捨てたーー勝てないかもーーそんな不安がよぎる。

このままエンド宣言をすれば、相手はドローできなくなり、私の勝ちだ。でも、そんな簡単に勝てるのだろうか?

恋は手札の魔法カードに手をかけた。
「魔法カード、大嵐!魔法・罠カードを全て破壊!」

男は残念そうにため息をついた。そしてゆっくりと、罠の発動を宣言した。
「手札を一枚捨て、封魔の呪印を発動。大嵐を無効」
男は続けた。
「執念の剣の効果。このカードをデッキの一番上へ置く」

あっーーこれで相手のデッキ切れはなくなった。
でもーーどうしよう?
もしかして、私が何もしなかったら、相手はデッキ切れだったの?
なら、これ以上何もしない方がーー

「カードを一枚伏せ、ターンエンドよ」

「エンドフェイズ、マジカルエクスプロージョン発動」
「あっーー」
伏せてあるのは天罰。これで終わりだーーさっきのマインドクラッシュが無ければーー
「ーー7000ダメージ」
えっ?恋は驚いて男を見た。平然としている。
そのまま男のターンになる。
男は何も言わずにカードを引いた。

「執念の剣を発動。運命のろうそくに装備」
奇妙な絵だーー運命のろうそくが執念の剣を持ってる試合なんて夢にも思わなかったけど。

「運命のろうそくで攻撃」


デュエルには負けたーーでもなんて変な試合だろう。
ーー完璧な侮辱なのだが、恋には疑問ばかりが残っていた。

「ねえ、なんでマジカルエクスプロージョンで終わりにしなかったの?なんで執念の剣を伏せて手札を0枚にしなかったの?私がなにもしなかったら、あなた負けてたのに!」
男が歩き出そうとした時、恋は聞かずにはいられなかった。

「チャンスだよ」
「えっ?」
「一方的に終わるデュエルなんて、面白くないだろ?」

恋はなんと言ったらよいのか分からなかった。
でもーーもう少し話がしたい、デュエルがしたい、そう思った。

「名前は?」
「ない」
なんて人ーーでもーー

「今考えた!どう?」
「勝手にしな」
「風来 奇跡って書いて、タダヨイ キセキどう?」
恋の趣味の小説を書く事。そう、これはその主人公の名前ーー
「勝手にしな、プチテンシ」
「小鳥からはレベルアップしたのね。異次元の生還者さん」
「奇跡」の服装は異次元の生還者そのものだった。





2章 ×3

男はある少女にこの公園に来るようにと言われていた。その少女「デュエルの小天使」こと、天上恋であり、男を風来奇跡と呼んだ。

「風来奇跡」なかなかいい名前だ、そう思い、男はその名前を使う事にした。

奇跡は「異次元の生還者」の姿でこの公園に来ていた。
集合時間の5時間前に、である。
奇跡はベンチで一眠りした。


奇跡が目を覚ますと、辺りは明るくなり、辺りでデュエルをしている人も多かった。
隣でデュエルが始まった。

「アンティだ!いいな?」
奇跡から近い方にいた、黒い服の太り気味の男の方が言った。

「バカにしてるの?いいよ!」
元気のいい女の子ーー天上恋が言いかえす。

奇跡からは男の手札が見えた。

封印されし者の右足
手札断殺
成金ゴブリン
打ち出の小槌
封印されし者の左足

「俺の先攻、ドロー」
引いたカードは「封印されし者の右足」

「成金ゴブリン発動!」
「封印されし者の右腕」を男は引いた。

「打ち出の小槌発動!」
「封印されし者の右足」と「手札断殺」を入れ替え、「無謀な欲張り」を2枚引いた。

「カードを2枚伏せ、ターンエンド」

「私のターン、ドロー!」
「リバースカード、無謀な欲張り !」
恋はチェーンしない。
「続けて、無謀な欲張り!」
合計4枚のカードをドローする。

「エクゾディア!」
男が叫ぶ。ディエル終了だ。

「アンティだったな!」
男はショックを受けた恋の横に行き、デッキを奪い取った。
と、こうしてもいられない。

「あんたよ、納得いかないな!」奇跡が言う。
恋は顔を上げ、奇跡を見た。すぐさ奇跡のもとへやってくる。
「うるさいね。関係ないだろ?アンティに同意したんだぜ」
男は怒った口調で言った。
「でもな、制限を守らないのはダメだな。『封印されし』5パーツは制限カード。ずいぶん古い型のディスクを使ってまで制限を無視しているんだからな」
「なんだ?制限だと?それは『デスメテオ』とかだろ?」
「何をとぼけている?まあいい、やろうじゃないか。俺のカード全部かけてやるよ。コイントス、表か裏か?」

「裏だ」

コインは男の足下に落ち、天使の絵が微笑んだ。

「ドロー。モンスター1枚を伏せーー」
「ーーカードを4枚伏せ、手札から太陽の書」
奇跡は伏せたモンスターを表にした。
「メタモルポット、リバース。お互いにドロー。カードを伏せ、エンド」

恋は奇跡からものすごい気迫を感じた。「怒り」なのだろうか。
それにしてもこの時点で手札4枚、伏せカード5枚、モンスター1枚ってーーなにこれ。
恋は奇跡の手札を見ようと、そばに寄った。

「俺のターン、ドロー!」
男は笑顔でーー明らかに「エクゾディア」がうまくそろっているのだと分かるようなーー
「スタンバイフェイズ、リバース」
奇跡は一番右端のカードを表にした。
「チェーンは?」
「そんなものねぇよ」
ーー予想できたけど。
「チェーン、チェーン、チェーン、チェーン」
次々とカードを表にしていく。と、その時、恋は奇跡の手札を見て、言葉を失った。
「逆処理」
奇跡はにっこりと笑って言った。
「非常食、5枚墓地へ。5000ライフ回復」
ーーライフ13000。
「無謀な欲張り、2枚ドロー」
ーー手札6枚。
「ゴブリンのやりくり上手、4枚ドロー、1枚デッキボトムへ」
ーー手札9枚。
「ゴブリンのやりくり上手、4枚ドロー、1枚デッキボトムへ」
ーー手札12枚。
「ゴブリンのやりくり上手、4枚ドロー、1枚デッキボトムへ」
ーー手札15枚

「エクゾディア」
手札5枚を取り出して言う。
恋も男も驚きを隠せない。
「エクゾディア」
さらに、手札5枚を取り出して言う。
男は状況を理解できないようだ。
「エクゾディア」
男は手札を取り落とし、恋のデッキも放り投げ、恐怖の声を上げながら走り去った。

「ありがと。家に呼ぼうと思ったんだ。ついてきて」
恋はデッキを拾いながら言った。





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