遊☆戯☆王
〜三幻魔胎動篇〜

製作者:表さん




※本作は以下の6作品が既読であることを前提としています。
・『やさしい死神』『逆襲の城之内』『心の在り処』『心のゆくえ』『第三回バトル・シティ大会』『B.C.3 AFTER』



プロローグ(前編): 1年後の世界

 第三回バトル・シティ大会――4月、日本において開催されたそれは、世界的に有名なカードゲーム“M&W(マジック・アンド・ウィザーズ)”によるゲーム大会だ。
 海外の国内王者(ナショナルチャンピオン)も複数参加したそれは、世界中のカードプレイヤーの関心を集め、大盛況の中で行われていた。しかしそれは最終的に、より大きな関心を集めることとなった――“ある事件”により、不本意な形として。

 予定した大会最終日、“ガオス・ランバート”を名乗る男らの介入により、大会は中断。数千人の観衆を昏倒させ、死者こそ出なかったものの、数名の重症者あり、そして少なからぬ者たちに心理的外傷を与えた。
 犯人は一人として捕まらず、その不可解な手口から、未曽有のテロ事件として周知され、M&W産業に深い爪痕を残すこととなった。

 後日、決勝大会は厳戒態勢のもとで行われたものの、主催者であるKC(海馬コーポレーション)は以降、大規模なゲーム大会の開催を自粛。少なくとも“バトル・シティ”の名を冠する大会は二度と実施されまい――そう噂されている。

 しかし人間とは、忘却する生き物なのだ。
 それが大きな事件でも、時間とともに忘れてゆく。痛みは薄れ、和らいでゆく。
 ただ一部の者たちの、心を除いて。





 そして暦は巡り――2月の下旬、冬の終わり。
 かの事件より、もうじき一年が過ぎようとする頃。
 空に薄雲の掛かった、とある寒い日のこと。
 その渦中にあった青年――武藤遊戯は、“ある戦場”に身を置いていた。

 舞台は童実野大学、そのキャンパスの教室。
 高校とは規模の異なる、階段状の大教室――彼はその一席に座り、受験生として臨んでいた。
 ピリピリとした空気の中、大勢の受験生が最後の足掻きとばかりに参考書を読み返している一方で、彼は深呼吸し、心を落ち着かせていた。
(大丈夫……いつも通りにやれば)
 この一年間、彼は未だかつてなく、勉学に励んできた。
 将来の夢――その明確なビジョンを得た彼は、驚くべき速度で学力を上げ、この場に臨んでいる。
 模試の結果も良かった、自信はある。
 そして何より、この教室の誰よりも“勝負慣れ”した彼は――理想的な精神状態で、試験に挑もうとしていた。

 試験官の指示を受け、皆が参考書をカバンにしまう。
 試験用紙が裏側で配られ、時計の針が定刻を示す。

「――では、試験を始めてください」

 紙のめくられる音が重なり、次いで筆記音が響き渡る。
 試験は三科目、朝から午後にかけて行われる。
 その長い闘いの火蓋が、いま切って落とされたのだ。





 ――時計の針が午後3時を指そうとする頃、キャンパスからは大勢の受験生が湧出していた。
 疲弊、落胆、会心、皆めいめいの表情を浮かべながら、会場を後にしてゆく。
 そんな中で、当の遊戯はある人物と会話をしながら歩いていた。
 友達の獏良了、彼は遊戯とともに、この童実野大学文学部を受験していた。
「――漢文やる時間がなくなっちゃってさー、最後は全部ヤマ勘だったよ。遊戯くんはどうだった?」
 獏良の質問に対し、遊戯は苦笑を返す。
 獏良に悪意はないだろう、けれど気には留めてしまう。

 直感に頼った回答――そんなことをすれば、遊戯は百パーセント正解してしまう。
 一年前の事件を経て、武藤遊戯とは今や“そういう存在”になってしまったのだ。
 だから遊戯はそれを嫌い、より一層に勉強した。
 特異な能力に頼ることなく、自身の学力で合格できるように。

(でも……分からない問題は空欄にしとくの、絶対不利なんだよなあ。選択問題とか)
 とはいえ、それも過ぎたことだ。
 受験は今日が最後だし、滑り止めに合格しているので、浪人する心配もない。
 彼の受験生としての日々は、本日をもって完遂されたのだ。

「獏良くんも今日で終わりでしょ? ハンバーガーでも食べてかない?」
 肩の荷が下りた気分で、遊戯は気安く提案する。
 しかし獏良は視線を逸らし、言葉を濁した。
「えーっと……ごめん。この後ちょっと用事があって」
 遊戯の瞳が収縮する。
 獏良はいま嘘を吐いた――遊戯にはそれが分かる、分かってしまう。
「……そっか。それじゃあ仕方ないね。また今度にしよう」
 遊戯はそれを指摘しない。
 たとえ嘘と分かっても、あえて騙されたフリをする。“人間”として振る舞うために。
(でも……何でそんな嘘つくんだろ? 試験の出来が悪くて、そういう気分じゃないとか?)
 遊戯にそれは分からない。
 物事の真偽は判ろうとも、人間の心までは。
(このまま帰るには早いけど……どうしようかな。浩一さんの所には明日行くし)
 この後の行動を思案しながら、遊戯は獏良と並び歩く。
 しかしふと、校門の隅に立つ、一人の少女の姿が目に留まった。

 童実野高校のブレザーと薄茶色のダッフルコートに身を包んだ、遊戯よりも小柄な少女。
 腰まである長い黒髪を、うなじの辺りで一つにまとめている。
 特徴的な黄色のリボンで、彼女が誰なのかすぐに判った。

 彼女は熱心な様子で、手袋を着けた左手のひらに何かを書き、飲み込むような動作をしていた。
 遊戯は小首を傾げながら、小走りで彼女に駆け寄る。
「――絵空さん。どうしたの、こんなところで?」
「ひゃいっ!? ゆ、ゆゆ、遊戯くん!?」
 声を裏返らせ、彼女――月村絵空は、大いに狼狽を見せた。
 鼻の頭が赤い、恐らくは長い間、この寒空の下にいたのだろう。
 二学年下の高校一年生である彼女が、何故この場に立っているのか――遊戯には皆目見当もつかない。
「エート……それじゃ、ボクはこれで。がんばってね、月村さん」
 後ろから、獏良がそう告げる。
 絵空が助けを求めて口を開くが、しかしこらえて口を噤んだ。
 何故なら獏良にこの状況を頼んだのは、他ならぬ絵空なのだから。
 未練がましく獏良の背を視線で追う絵空に対し、遊戯は再び首を傾げた。
「絵空さん、顔赤いよ? 寒いんじゃない? どこか店入ろっか」
「へ、店!? いや、そのパターンは練習してなくて――」
 そう言いかけて、彼女は両手で口を抑える。
 たしかに寒いが、寒くはない。むしろオーバーヒート寸前だ。
 絵空はいったん背を向け、深呼吸をして気持ちを静めた。
 周囲の受験生は減ってきている。けれどここで始めるわけにもいかない。
「……あのね……遊戯くん」
 絵空は足元のカバンを持ち上げると、改めて遊戯に向き直った。
「あなたに――話したいことがあるの」
 胸に一大決心を秘め、確かな口調でそう告げた。




プロローグ(中編): その寒空の下で

 遊戯と絵空、2人は並んで歩きながら、帰途についていた。
 大学から離れると、すでに人通りも疎(まば)らだ。
 不自然な沈黙が続く中、「そういえば」と枕詞を付け、遊戯は絵空に問いかける。
「学校はどうしたの? 今日って普通に授業あるよね?」
「あー……それはその。自主休講、みたいな?」
 絵空は視線を泳がせて応える。仮病を理由とした早退、要するにサボリだ。
 ちなみにこれは、彼女の人生で2度目の自主休講である。一度目は昨年の夏、クラスメートの太倉深冬に唆(そそのか)され、非電脳ゲーム部部員4人で海へ行ったときのこと。
「……話しづらいことなの? もしかして、何か大変なことが――」
「――へっ!? いや大変じゃなくて! いやでも、大変なことなんだけど……」
 絵空の声のトーンが落ちる。
 このままでは埒(らち)が明かない。彼に余計な不安を与えるばかりだ。
 絵空が立ち止まると、隣の遊戯も足を止める。
 少女は呼吸を整えると、胸に手を当て、小さく呟く。
 いくよ、と。
「――遊戯くんはさ……わたしとの初めての出会い、いつだったか覚えてる?」
 遊戯は目をぱちくりさせ、そして答える。
「うん、もちろん。一昨年の秋に病院で会ったのが初めて、だよね」
 絵空は応える。
 ちがうよ、と。
「初めては教室。“死神”の力で童実野高校に編入して……そして“私”は、あなたと出会った」
 今の絵空は“月村天恵”の記憶を継承している。
 神里絵空ではなく、月村天恵でもない。“月村絵空”として、その想いを紡ぎ出す。
「同じクラスの隣の座席。今のクラスも楽しいけど……あの時間が続いていたらって、時々考えるの」

 ――あなたの隣で、同じものを見て
 ――何気ない会話をして、同じ時間を過ごして
 ――同じ道を歩んでいけたら

「……けれどそれは、仮初めの時間で。あなたを傷つけるために“私”は近づいた。それなのに」

 ――あなたはやさしくて
 ――そのやさしさが辛くて
 ――そして、どれほど救われたことか

「……ありがとう。あなたのおかげで、わたしがいる。“わたしたち”は、一緒にいられた」
 一瞬、彼の表情が陰ったように見えた。
 それはきっと“私”を想ってのことだろう――絵空はそれに気づいて微笑み、努めて明るい口調で続けた。
「――“わたし”ね、遊戯君と会ったばかりの頃、実はちょっと不思議だったんだ。だって何だか、すごく普通の男の子で……“デュエルキング”だなんて、嘘みたいって思ってた」
 ごめんね、と絵空は苦笑を漏らす。
「でも1年前……“あの事件”を通して、よく分かった。あなたは“そういう人”なんだって。強くて、やさしくて、カッコいい……“私”が言っていた通りの人」
 止めていた足で小走りに駆け、絵空は遊戯の前に出る。
 振り返り、向かい合う。正面から彼を見つめる。
「――だからこれは、“私”だけじゃなくて……わたしの、“わたしたち”の気持ち。あなたはわたしの恩人で、憧れで、そして……“特別”な人。だからね、だからわたしは、あなたを――」
 カバンを掴んだ両手を握る。
 胸の鼓動が、どんどん早くなっていく。
 逸る心を抑えることなく、勇気を振り絞って――絵空はその全てを、その言葉にのせた。

「――好きです」

「――わたしは、あなたの“特別”になりたい。世界中の誰よりも……あなたがわたしの“特別”であるように」

 言い切った。
 出し切った。
 途中から、彼の顔色を窺う様子など全くなかった。
 ほう、と白い息を吐いて、絵空は視線を足元に逸らす。
 彼の顔が、もう見られない。その反応を待つ時間が、あまりにも長く思えた。
(わ、分かりづらかった……? “付き合ってください”とかのが、ストレートで良かった??)
 何度も練り直したセリフだが、正解かどうかなどまるで分からない。
 ただ今日、彼の受験が終わるこの時まで待つと決めていた。これ以上待たないと決めていた。
 彼が高校を卒業し、新たな環境へと離れてしまう前に――どうしても、この想いを明かしたかった。

「――ありがとう……絵空さん」

 彼の声が、凍った時間を溶かし出す。
 絵空ははっと顔を上げた。
 謝辞から始まる彼の言葉に、彼女の心は大いに躍った。

 けれど
 それなのに

「――でも……ごめん。ボクは……」

 困ったような彼の様子に、その表情は凍り付く。
 期待していたものとは異なる、彼の返事に――過熱した絵空の頭は、みるみるうちに冷えていった。





 数十分後――絵空は付近の公園のベンチに、ひとり呆けて座っていた。
 遊戯には先に帰ってもらった。
 冴えない空をぼんやりと仰ぎながら、自販機で買ったココアをあおる。
「……早まったかなあ……わたし」
 すでに冷めてしまったそれを胃に流しながら、先程のやり取りを反芻する。

 彼は「ごめん」と言った。
 そしてその後、こう言ったのだ――「少し時間がほしい」と。

(困らせちゃったかな……? 断られてないから、脈はあるのかな。けど)
 やさしすぎる彼は、最終的に「イエス」と答えるのかも知れない――絵空を傷つけないために。けれど、それだけは嫌だった。
 彼と距離の近い女の子は、絵空の知る限り、自分を入れても2人だけ。
 そして先ほど、告白を受けた彼の脳裏に、果たして誰がよぎっていたのか――絵空には分かってしまった。

「――遊戯くんは今でも……杏子さんのこと、好きなんだよね」

 一昨年の秋から、知っていたこと。
 初めて出会った頃から、ちゃんと分かっていた――彼のその心が、誰に向いているのか。
(杏子さんはどうなんだろ……? 一昨年は、別の人が好きって言ってたけど)
 そして言っていた。
 その人はもう、この世にはいない人なのだと。
(杏子さんがその人を諦めて……遊戯くんを好きになったら。そしたら)

 ――2人は晴れて、両想い
 ――わたしが入る余地なんてない

「いいなあ、幼馴染み……。遊戯くんはいつから好きだったんだろ」
 ため息混じりにぼやく。
 そして同時に、自身に強く言い聞かせた。
(たとえ、この想いが届かなくても……わたしのすることは変わらない)

 ――彼を守る
 ――世界を救った代償として、“人間”の領域から外れてしまった彼を
 ――“千年聖書(ミレニアム・バイブル)”の継承者として

「……せめて、友達ではいられるよね……。“恋人”になれなくても」
 遊戯と杏子、並んで歩く2人を後ろから見守る自分――そんなネガティブな想像図に悶々としながら、冷たいココアを飲み干す。
 そのときふと、鼻の頭に冷たい感触を覚えた。
「わ……雪? 天気予報は曇りだったのに」
 大したことのない細雪。
 けれど、これから本降りになるかも知れない――辺りが暗くなり始めていることにも気付き、絵空は立ち上がった。
「ひどくなる前に帰ろう……積もるかもだし」
 空き缶をゴミ箱に入れ、カバンを掴む。
 そして、その場を立ち去ろうとした、その次の瞬間――

「――失礼……君が月村絵空さんかな?」

 突然に呼び止められ、絵空は振り返る。
 そこにいたのは、サングラスを掛けた長身痩躯の男性。
 全身真っ黒なライダースーツに身を包んだその姿は、絵空に否応なく、異様な印象を与えた。
「えー……っと、あなたは……?」
 変質者かと警戒し、一歩後ずさる。
 しかし、なぜ名前を知っているのだろう――彼女のその疑問に答えるように、男は二の句を継げた。
「それともこう呼ぶべきかね――“終焉の翼”ティルスと」

 ――ドクンッ!!!

 少女は、大きく跳び退いた。
 およそ常人には考え難い跳躍力で、その男との距離をとる。彼女の運動能力ではなく、魔術的な力によって。
(この人……敵!? そんな、一体どうして!?)
 絵空が虚空を見上げると、黒い本が姿を現す。
 一年前の事件により彼女のものとなった魔術書“千年聖書”――膨大な魔力量を誇るそれは、主人に向けられた害意を漏れなく察知し、絵空に伝える。
 しかし今、この男の接近にまるで反応していない。対峙しているこの状況においても。
(“千年聖書”の力が……届いていない? そんな、一体どうして!?)
 あり得ない、いや、あり得るとすれば――心当たりが、ひとつだけある。
 一年前、雫とともに囚われた“暗闇”の中で、“千年聖書”は機能不全を起こしていた。
 おそらく“彼ら”は、万能たる“聖書”を封じる、特殊な手段を有しているのだ――かつて“聖書”を所持した男“ガオス・ランバート”を通して。
「……あなたはまさか……“ルーラー”の……!?」
 絵空が口にしたその疑念に、男は肩を竦めてみせた。
「――当たらずとも遠からず、といったところか。私の“オリジナル”は、その組織の首領であったと聞く」
 “オリジナル”――その単語に、絵空は思い当たる。
 およそ半年前、彼女の前に姿を見せた2人の敵、“無瀬アキラ”と“カール・ランバート”。彼らが果たして何を望み、何をしようとしていたか――その内容を踏まえれば、眼前の男の正体は推し量れる。
「まさか……人造人間(ホムンクルス)!? そんなことって……!?」
 その疑念を肯定するかのように、彼はほくそ笑んだ。
「私は二十番目の実験個体――識別コード“T”」
 自身の胸に手を当てると、小さく辞儀をし、敬意を示す。
「初めまして、我が同胞――“終わりのホムンクルス”ティルスよ」
 驚愕する彼女の姿に、彼は余裕の笑みで応えた。




プロローグ(後編): 真実を語る者

 月村絵空は呆気にとられ、改めて男を観察する。
 短い黒髪に痩身、年齢も若く見える。対してガオス・ランバートは、銀の長髪に筋肉質な巨漢であった。
 あまりにも雰囲気が違う。違い過ぎる。
(ガオス・ランバートの復活……それが目的のはず。外見は重視していない? それとも、研究が上手くいっていない……?)
 そもそもホムンクルス技術を用いた“人間の蘇生”など、前人未到の荒業だろう。
 いやしかし今、真に気にすべきはそこではない。
「ホムンクルス……“T”。あなたは何故ここに? 何の目的でわたしの所へ?」
 彼女のその質問に対し、男は何やら考えてから、その口を開いた。
「なるほど、このままでは呼び辛いか。何か……名前を考えておくとしよう。この私に相応しい呼び名を」
 男は飄々と語る。
 絵空が眉をしかめると、彼は肩を竦め、改めてその疑問に答える。
「私自身、君に興味はあったが……言ってしまえばつまらぬ理由。“生みの親”に命じられた、それだけのことだ」
「生みの親……カール・ランバートが? それとも――」
「――後者、とだけ言っておこうか。子は親を選べない、お互い苦労するものだな。さて……」
 彼は左腕をかざす。するとそれは隆起し、コウモリのような翼が生える。
 恐らくは決闘盤(デュエルディスク)の代替、彼の意図を理解して、絵空は身構える。
「会話もいささか飽きた。ここからは“これ”で語るとしよう。君も容易く帰れるとは思っていまい?」
 周囲を闇が覆ってゆく。
 これは“闇のゲーム”――互いの大切な何かを賭けた、命がけのゲーム。
「君が勝てば私は消える。私が勝てば、君の“存在”をいただく。分かりやすかろう?」
 絵空はコートのボタンを外す。
 男の動きを警戒しながら、それを脱ぎ、カバンとともに足元に置いた。
(一年前のときと違って……“千年聖書”も完全に停止してるわけじゃない。これなら)
 勝機はある――彼女はそう判断し、左腕をかざす。
 “千年聖書”のウジャト眼が輝くと、そこに決闘盤が現れ、装着された。
 そしてどちらからともなく、同時に叫ぶ。

「「――決闘(デュエル)!!!」」


<月村絵空>
LP:8000
場:
手札:5枚
<ホムンクルス“T”>
LP:8000
場:
手札:5枚


「私の先攻だ。まずは永続魔法『未来融合−フューチャー・フュージョン』を発動!」


未来融合−フューチャー・フュージョン
(永続魔法カード)
自分のデッキから融合モンスターによって決められたモンスターを
墓地へ送り、融合モンスター1体を宣言する。発動後2回目の自分の
スタンバイフェイズ時に宣言した融合モンスターを自分フィールド上に
特殊召喚する(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。


「デッキから5体のドラゴンを墓地に送り、これを素材とする融合モンスターを、2ターン後の未来に融合召喚する。私が未来に融合召喚するのは――『F・G・D(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)』!」


F・G・D  /闇
★★★★★★★★★★★★
【ドラゴン族・融合】
このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
ドラゴン族モンスター5体を融合素材として融合召喚する。
このカードは地・水・炎・風・闇属性のモンスターとの戦闘によっては破壊されない。
(ダメージ計算は適用する)
攻5000  守5000


「さらに『ダーク・アーキタイプ』を攻撃表示で召喚。カードを1枚伏せ、ターン終了」


ダーク・アーキタイプ  /闇
★★★★
【魔法使い族】
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
その戦闘で自分が受けた戦闘ダメージの数値以下の攻撃力を持つ
モンスター1体をデッキから特殊召喚する事ができる。
攻1400  守400


<月村絵空>
LP:8000
場:
手札:5枚
<ホムンクルス“T”>
LP:8000
場:ダーク・アーキタイプ,未来融合−フューチャー・フュージョン,伏せカード1枚
手札:3枚


(ファイブ・ゴッド・ドラゴン……たしか攻守ともにブルーアイズも凌ぐ、最強レベルのドラゴン! 召喚を許すわけにはいかない……早めに何とかしないと)
 絵空は男のフィールドを睨みながらカードを引く。
 そして改めて手札を確認し、顔をしかめた。
(それでも……やるしかない! この手札なら!)
「――相手フィールドにのみモンスターが存在するとき、このモンスターは特殊召喚できる! 来て、『サイバー・ドラゴン』!!」


サイバー・ドラゴン  /光
★★★★★
【機械族】
相手フィールド上にモンスターが存在し、
自分フィールド上にモンスターが存在していない場合、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
攻2100  守1600


(『ダーク・アーキタイプ』……見たことのないモンスターだけど、攻撃力は1400。ここは一気に攻める!)
「さらに! 私は『サイバー・ドラゴン』を生け贄に捧げて……『偉大(グレート)魔獣 ガーゼット』召喚!!」


偉大魔獣 ガーゼット  /闇
★★★★★★
【悪魔族】
このカードの攻撃力は、生け贄召喚時に
生け贄に捧げたモンスター1体の元々の
攻撃力を倍にした数値になる。
攻 0  守 0


「ほう……『偉大魔獣 ガーゼット』、君のエースモンスターか。この条件なら攻撃力4200、かなりの攻撃力だ。中々やるじゃないか」
「……!?」
 彼の物言いに、絵空は違和感を抱く。
(デッキを知られている……? 去年の大会の映像でも観たの? 何らかの対策を練られている……?)
 彼の伏せカードは1枚、その正体が気になる。
 だがしかし、ここで尻込むわけにはいかない。勇気を出して攻勢に出る。
「バトル! “ガーゼット”で『ダーク・アーキタイプ』を攻撃!!」
 その攻撃に対し、彼は案の定、伏せカードを開く。
 しかしその正体は、あまりに意外なものだった。
「トラップ発動『ゼロ・ゲイザー』! モンスターが攻撃されたとき、そのモンスターの攻撃力をゼロにし、デッキからカードをドローする」


ゼロ・ゲイザー
(罠カード)
自分フィールド上に攻撃表示で存在するモンスターが
攻撃対象になった時に発動できる。
そのモンスター1体の攻撃力を0にする。
その後、自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 ――ズガァァァァァッッッ!!!!!!

<ホムンクルス“T”>
LP:8000→3800

 “ガーゼット”の拳打を受け、『ダーク・アーキタイプ』は砕け散る。
 ダメージは4200ポイント。痛恨のダメージを受け、男は吹き飛び、倒れ込んだ。
「じ、自分からダメージを増やした……!? 何のつもり?」
 驚愕する絵空を前に、彼はゆらりと立ち上がる。
 そして、小さくほくそ笑んだ。
「……この瞬間、『ダーク・アーキタイプ』の特殊能力が発動する。私の受けたダメージ以下の攻撃力を持つモンスターを、デッキから特殊召喚できる」
 彼のことばに、絵空はたじろぐ。
 つまりは攻撃力4200以下のモンスターが特殊召喚可能――ありとあらゆるモンスターが喚び出せるだろう。
(最上級モンスターを特殊召喚して……戦況を覆すつもり?)
 しかし彼女の懸念とは異なり、彼は意外なモンスターをデッキから選び出した。
「私が特殊召喚するのは――これだ。『ダブルコストン』!」


ダブルコストン  /闇
★★★★
【アンデット族】
闇属性モンスターを生け贄召喚する場合、
このモンスター1体で2体分の生け贄とする事ができる。
攻1700  守1650


 現れたのはレベル4、攻撃力1700のモンスター。
 彼が何を考えているのか、絵空には理解できない。
(『ゼロ・ゲイザー』の発動は、あくまで手札増強……こちらの速攻は想定外だった?)
 ならば、と気を取り直し、手札から2枚を選び取る。
「わたしはカードを2枚セットし、ターンエンド!」


<月村絵空>
LP:8000
場:偉大魔獣 ガーゼット(攻4200),伏せカード2枚
手札:2枚
<ホムンクルス“T”>
LP:3800
場:ダブルコストン,未来融合−フューチャー・フュージョン
手札:4枚


「……では、私のターン。まずは露払いといこう――手札を1枚捨て、『ツインツイスター』発動!」


ツインツイスター
(速攻魔法カード)
手札を1枚捨て、フィールドの魔法・罠カードを2枚まで対象として発動できる。
そのカードを破壊する。


「対象は君の伏せカード2枚だ……さあどうする?」
「……っ」
 絵空は一瞬悩むが、選ばれたうちの1枚を翻す。
「リバースマジック『スケープ・ゴート』! “羊トークン”4体を、守備表示で特殊召喚!」
 4体の“身代わり羊”が現れ、次いで、暴風が彼女のフィールドを強襲する。
 『スケープ・ゴート』とともに伏せられていた罠カード『ドレインシールド』は粉々に砕け散った。
「壁を増やしたか……だが無駄だな。私は『ダブルコストン』を2体分の生け贄として捧げ、『ダークネス・デストロイヤー』を召喚する!」


ダークネス・デストロイヤー  /闇
★★★★★★★
【悪魔族】
このカードは特殊召喚できない。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。
攻2300  守1800


「このモンスターは特殊召喚不可能なモンスターなのでね……少々回りくどい手段をとらせてもらった。さらに装備カード『デーモンの斧』! これにより攻撃力は3300まで上昇する」


デーモンの斧
(装備カード)
装備したモンスターの攻撃力は1000ポイントアップ!
このカードがフィールドから墓地に送られた時、
モンスター1体を生け贄に捧げればデッキの一番上に戻る。


「でも……攻撃力はまだ“ガーゼット”の方が上……!」
 男の手札は残り1枚、その1枚を用いて超えてくるというのか――絵空はそう危惧したが、それは違う。
「強化するばかりでは芸ではないな。相手の弱点を狙い撃つ、そういった搦め手も必要だ――『月の書』発動!」


月の書
(速攻魔法カード)
フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。
そのモンスターを裏側守備表示にする。


「“ガーゼット”は攻撃特化のモンスター……しかし鋭すぎる刃は、得てして脆いものだ。“裏側守備表示”にすることで、その攻撃力は0に戻り……そして守備力もまた、0ポイント」
 膝を折り、守備体勢を強いられた“ガーゼット”を前に、絵空は立ち尽くす。
 『ツインツイスター』により伏せカードも失い、彼女に打てる手は何もない。
「ではバトルだ! 『ダークネス・デストロイヤー』で“ガーゼット”を攻撃!!」

 ――ズバァァァッッ!!!!

 禍々しき姿の“破壊者”が、動けぬ“ガーゼット”を斬殺する。
 同時に、彼女の身を強い衝撃が襲った。守備モンスターが破壊されただけとは思えないそれに、彼女は呻きうずくまる。
「……!? これって、まさか」
 絵空が決闘盤に視線を落とすと、表示されたライフが大幅に減少していた。

<月村絵空>
LP:8000→4700

「そのまさかだ。『ダークネス・デストロイヤー』が守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。さらに1度のバトルフェイズ中に2回の攻撃が可能――この意味が分かるだろう?」
「!! な……っっ」
 絵空は戦慄する。
 彼女のフィールドにはまだ4体の“羊トークン”が残されている――しかしその特殊能力の前には、意味を成さない。いやむしろ、格好の標的となり得る。

 ――ズバァァァッッ!!!!

 二度目の斬撃が“羊”を斬り伏せる。
 同時に襲う衝撃に、絵空は尻餅をついた。しかしダメージ量の割に、苦痛は少ない。
 そういう“闇のゲーム”なのだろう――彼女はそう理解し、立ち上がる。
 しかしそのダメージが、致命傷には違いない。

<月村絵空>
LP:4700→1400

(一気に6600ものダメージ……!! マズイ)
 少女の表情に焦燥が浮かぶ。
 手札に起死回生のカードもない。このままでは次ターンには敗北してしまう。


<月村絵空>
LP:1400
場:羊トークン(守0)×3
手札:2枚
<ホムンクルス“T”>
LP:3800
場:ダークネス・デストロイヤー(攻3300),デーモンの斧,未来融合−フューチャー・フュージョン
手札:0枚


(貫通能力に連続攻撃……“ガーゼット”とは違う意味での攻撃特化型モンスター。それに次のターンには『F・G・D』も出てくる。このターンで何とかしないと……!!)
 手札は『カードガンナー』と『シールドクラッシュ』。この2枚ではどうしようもない。
 早々に訪れた、死活を分ける運命のドローフェイズを前に、絵空は決断を迫られていた。
(“このデッキ”じゃ勝てない……? 今からでも“翼”を出す? でも、それは……)
 宙空の“千年聖書”を見上げる。
 彼女が“全力”を出すためには――すなわち“自分だけのデッキ”を使うためには、“聖書”の強い魔力が必要となる。
 しかしそれは難しい。武藤遊戯に及ぶ影響を考えれば、安易に選ぶことはできない。

 約半年前、無瀬アキラとのデュエル以来、彼女は一度も“翼”を出していない。
 遊戯の“邪神化”を食い止めるため、“聖書”はより大きな魔力を、彼のために注いできた。
 彼女が全力で闘うためには、その供給を一時でも止める必要がある。

(遊戯くんの状態は安定してる……ちょっとくらいは大丈夫かも知れない。でも)
 少女は彼を想い、瞳を閉じる。
 大丈夫、まだいける――そう言い聞かせて、デッキに指を当てる。
「わたしのターン――ドローッ!!」
 想いをのせて、カードを引き抜く。
 そして引き当てたカードは、まさしく運命の1枚。
 今のデッキに唯一存在する“世界に1枚だけ”のカード。彼女のために生み出された、彼女のためだけの切札。
「わたしは『カードガンナー』を召喚し、効果発動! デッキの上から3枚を墓地へ送る!」


カードガンナー  /地
★★★
【機械族】
@:1ターンに1度、自分のデッキの上からカードを3枚まで
墓地へ送って発動できる。このカードの攻撃力はターン終了時まで、
この効果を発動するために墓地へ送ったカードの数×500ポイントアップする。
A:自分フィールドのこのカードが破壊され墓地へ送られた場合に発動する。
自分のデッキからカードを1枚ドローする。
攻 400  守 400


 彼女がめくった3枚は『キラー・トマト』『大嵐』『ネクロ・ガードナー』。
 悪くないその落ち方に、彼女の瞳はより強く輝く。
「――わたしは! 墓地の『サイバー・ドラゴン』と『キラー・トマト』をゲームから除外し……特殊召喚!!」
 彼女のフィールドに、2本の光柱が現れる。
 黄金と漆黒、2本は混ざり合い、ひとつとなる。
 柱は漆黒に染まり、その中から――巨大なるドラゴンが姿を現した。
「――『混沌帝龍(カオス・エンペラー・ドラゴン)−終焉の使者−』!!」


混沌帝龍 −終焉の使者−  /闇
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを
1体ずつゲームから除外して特殊召喚する。
1000ライフポイントを払う事で、お互いの手札とフィールド上に存在する
全てのカードを墓地に送る。この効果で墓地に送ったカード1枚につき
相手ライフに300ポイントダメージを与える。
攻3000  守2500


「おお……これがか。ホムンクルス“ティルス”に宿る、神にも届きしモンスター」
 これほどの存在を前にして、男はなおも笑ってみせる。
 絵空は一抹の不安を抱くが、しかしそれを振り払う。
「わたしはライフを1000支払い……『混沌帝龍 −終焉の使者−』の特殊能力発動!!」

<月村絵空>
LP:1400→400

 龍が双翼を広げ、“闇”を滾らせる。
 そして彼女の宣言とともに、その全てを解き放った。
「――“破滅の終焉(デストロイド・エンド)”!!」

 ――ズギュゥゥゥゥゥゥッッ!!!!!!!!!

 “闇”は無数の帯となり、男のフィールドに降り注ぐ。
 彼のフィールドのカード、その全てを滅ぼし、そして最後に爆発を起こした。

 ――ズガァァァァァァンッッ!!!!!!

<ホムンクルス“T”>
LP:3800→2000

 吹き飛ばされた彼は、天を仰ぐ。
 そして倒れた姿勢のまま、高笑いを始めた。
「ハハハ、何というパワーカードだ! 私の敷いた布陣全てを崩壊させるとは! しかし、これほどの威力……君にもリスクはあるようだな」
 “混沌帝龍”の能力は、互いの全てを墓地に送る。
 この効果が通った今、絵空の手元にも一切のカードも残されていない。
(お互いのライフは残りわずか……先にモンスターを引けた方が有利)
 すなわち、ここからは“ドロー勝負”――互いの“運”こそが勝敗を分かつ。


<月村絵空>
LP:400
場:
手札:0枚
<ホムンクルス“T”>
LP:2000
場:
手札:0枚


「フフ……面白い。では私のターンだ!」
 男は立ち上がり、カードを引く。
 そして引き当てたそれを、すぐに翻してみせた。
「天は我に味方せり……私が引き当てたのはモンスターカードだ。『黒き森のウィッチ』!」


黒き森のウィッチ  /闇
★★★★
【魔法使い族】
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分のデッキから守備力1500以下のモンスター
1体を手札に加える。
攻1100  守1200


「さて……これで決着かな? 『黒き森のウィッチ』でダイレクトアタック!!」
「……っ! 墓地から『ネクロ・ガードナー』を除外し、効果発動! その攻撃を無効にする!」


ネクロ・ガードナー  /闇
★★★
【戦士族】
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。
攻 600  守1300


 ウィッチの放った魔力弾が弾かれる。
 決着となり得た一撃を防がれ、しかし男は涼しい様子だ。
「……流石だな。しかし私の場にモンスターは残る。絶体絶命に違いないぞ?」
 彼の挑発を受け、絵空は息を詰まらせる。
 しかし弱気にならず、デッキに指を伸ばす。
(大丈夫……このくらいなら。デッキを信じれば、きっと応えてくれる!)
 たとえ、魔力により創られた“特別なカード”ではなくても――その1枚1枚が、彼女の手により選ばれたもの。彼女自身が築き束ねた、彼女だけのオリジナルデッキ。
「わたしのターン――ドロー!!!」
 カードを引く、力強く。
 引き当てたのは魔法カード。しかしこの上ない、待ち望んだ1枚。
 今の彼女に許された“最強のモンスター”を喚び出せる。
「魔法カード発動! 『禁忌の合成』!!」


禁忌の合成
(魔法カード)
自分の場または墓地にそれぞれ存在する「ガーゼット」と名の付く
モンスターと他のモンスター1体をゲームから除外し、融合させる。
この効果で融合召喚したモンスターが場を離れたとき、
そのモンスターの元々の攻撃力分のダメージをプレイヤーは受ける。


「わたしは墓地の『偉大魔獣 ガーゼット』と『混沌帝龍 −終焉の使者−』をゲームから除外! この2体のモンスターで、融合召喚を行う!!」
 フェイバリットモンスター“ガーゼット”と、魂のモンスター“終焉の使者”。
 何より特別な2体を掛け合わせる。故にそこから生み出されるのは、何にも勝る“最後の切札”。
「融合召喚――『終焉魔龍 ガーゼット』!!!」


終焉魔龍 ガーゼット  /闇
★★★★★★★★★★
【ドラゴン族】
「偉大魔獣 ガーゼット」+「混沌帝龍−終焉の使者−」
このモンスターは「禁忌の合成」による正規の融合召喚でしか特殊召喚できない。
●1ターンに1度、相手モンスターとの戦闘時、ライフを半分支払うことで、
このカードの攻撃力はエンドフェイズまで、ゲームから除外された
自分の闇属性モンスターの数×1000ポイントアップする。
この効果を使用したターン、このカードが相手に与える戦闘ダメージは0になる。
●このカードが相手モンスターを破壊したとき、自分の手札または墓地から
闇属性モンスター1体をゲームから除外できる。
攻3000  守2500


「バトル!! 『終焉魔龍 ガーゼット』の攻撃――“エンディング・パンチ”!!」

 ――ズガァァァァッ!!!!

 新たな“ガーゼット”の右拳が、ウィッチを一瞬で撃破する。
 同時に、両者の攻撃力差分のダメージが、男のライフを削り落とす。

<ホムンクルス“T”>
LP:2000→100

「ク……だがこの瞬間、『黒き森のウィッチ』の効果発動! デッキから守備力1500以下のモンスター1体を手札に加える。私は――」
 彼はデッキを右手に掴み、その中から1枚を選び出す。
「――デッキから守備力0の、このモンスターを手札に加えよう」
 そのカードを絵空に明かした上で、左手に持ち替える。
 絵空はそれを意に介さず、“次”へと思考を移していた。


<月村絵空>
LP:400
場:終焉魔龍 ガーゼット
手札:0枚
<ホムンクルス“T”>
LP:100
場:
手札:1枚


(このデュエル……勝てる、この“ガーゼット”がいれば!)
 確信に近い勝算。絵空にはすでに、自身の勝利への道筋が見えていた。
(特殊能力を使えば攻撃力は7000……戦闘では破壊できないはず。万一、カード効果での除去を狙ってくるなら……“翼”を出して“神化”させればいい)
 必要最低限であれば、“翼”を出すこともやむを得まい――遊戯への影響も最小限で済むはず、絵空はそう理解する。
 『混沌帝龍 −終焉の使者−』を融合素材とした“ガーゼット”は、少しの間なら“神化”させることが可能。そうすれば、ほとんどのカード効果を防ぐことができる。

「……私のターン、ドロー」
 そんな絵空の様子を観察しながら、男は平然とカードを引く。
 追い詰められた様子などなく、ドローカードを確認し、ほくそ笑んだ。
「私は魔法カード『龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)』発動! 墓地のドラゴン5体をゲームから除外し、融合召喚を行う!!」


龍の鏡
(魔法カード)
自分のフィールド上または墓地から、
決められたモンスターをゲームから除外し、
ドラゴン族の融合モンスター1体を特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


「現れろ――『F・G・D』!!」


F・G・D  /闇
★★★★★★★★★★★★
【ドラゴン族・融合】
このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
ドラゴン族モンスター5体を融合素材として融合召喚する。
このカードは地・水・炎・風・闇属性のモンスターとの戦闘によっては破壊されない。
(ダメージ計算は適用する)
攻5000  守5000


 降臨せし五首の巨大龍に、絵空は尻込みしそうになる。
 しかし気を持ち直し、改めてそれと対峙する。
(多分これが相手の切札……! 攻撃力5000、たしかに強力だけど……これで相手の手札は0枚。このフィールドなら対処できる!)
 “終焉魔龍”の特殊能力を発動すれば、攻撃力は7000まで上がる。
 さらに『F・G・D』は闇属性モンスターとの戦闘では破壊されないが、“終焉魔龍”を“神化”させればそれも無意味。戦闘破壊は可能だ。
(『F・G・D』を倒した後、隙を見てダメージを与えられれば、わたしの――)
 と、そこで絵空は気づき、驚く。
 相手の手元にはまだ、1枚の手札が残されている――その事実に、呆気にとられる。
(そうか……あれは『黒き森のウィッチ』の効果で手札に加えたカード。でも、それって)
 絵空は俯き、頭を抱える。
 おかしい――おかしすぎる。
 『黒き森のウィッチ』でサーチするカードには公開義務がある――実際、彼はそれを示した。絵空に向けて開示し、その上で手札に加えている。
(あの人が手札に加えたのは、守備力1500以下のモンスター。それは……)
 思い、出せない。
 記憶に靄が掛かったように、彼がこちらに向けたカード、その正体が浮かばない。
「……!? あなたは一体、なにを――」
 目眩を覚えながら、絵空は顔を上げ、男を見る――いや、見ようとした。
 しかし、

『――何もしていないわ。“私”は何もしていない……あなたが認めたくなかった、それだけのことよ』

 男の声音が変わる。
 いや声だけではない、その姿までもが。
「わた……し? どういう……」
 そこにいたのは、自分と同じ容姿の少女。
 しかし異なる表情で、絵空の疑問に応える。
『――違うわ……私は“私”。久し振りね、絵空』
「!!? おねえちゃ……っ?」
 思わず呼び掛け、しかし思い留まる。
 違う、そんなはずはない。
 何故なら“彼女”はすでに――いや、月村絵空の中に在る。
「……揺さぶりのつもり? そんなのでわたしが騙せるとでも?」
 目の前の少女は間違いなく、ホムンクルス“T”が化けた偽物だ。
 絵空は動揺した心を静め、デュエルに意識を戻そうとする。
『ああ……そうね、違ったわね。あなたはもう“絵空”じゃない……かつての私と同じ、“ティルス”という名のバケモノ』
 かつての絵空の魂は“ティルス”に取り込まれ、一つとなった――それもまた事実。
 けれど月村絵空は怯むことなく、偽者のことばに反論する。
「違うよ……わたしはわたし、月村絵空。たとえ“ティルス”であろうとも、それは変わらない」
 それはすでに知っている。
 教えてもらったから、“ある人”に。
『――そう……そうだったわね。“自分の名は自分で決める”……私は“死神”アクナディンから、それを学んだ。けれどそれを、何故あなたが知っているの?』
 絵空は眉をひそめた。
 ホムンクルス“T”が何をしようとしているのか、まるで理解できない。
「“天恵”の記憶はわたしの中に在る。わたしは絵空であり、天恵でもある……だからあなたは偽者! こんな茶番、いつまで続けるつもり?」
 絵空の口調に苛立ちが混ざる。
 “彼女”はそれを見逃さず、口元を三日月に歪めた。
『違うわ……あなたは“私”じゃない。あなたは“私”の記憶を持ち、その影響を受けている……けれどそれだけ。あなたの名前は“絵空”なのだから』
 絵空の脳裏で火花が散る。
 何が分かるというのか、何も知らないくせに――逆鱗に触れられ、語気が荒くなってゆく。
「違うわ!! “私”はわたしの中に在る! “私”は今ここにいる……それが事実よ! いい加減にしなさい!!」
 月村絵空は“天恵”として、そう言い放つ。
 けれど“彼女”は消えることなく、尚も続ける。
『何故……そんなフリをするの?』
「……? 何を、言っているの? だから“私”は――」
『――“私”のフリをした“絵空”。“私”の記憶を持ち、その真似をする“絵空”……だって“私”の人格は、あなたに殺されたのだから』
 絵空の動きが、一瞬止まる。
 絵空が応えるより早く、“彼女”はさらに畳み掛ける。
『“私”はあなたに殺された……殺されることを望んだ。あなたはそれを知っている。そうでしょう、絵空?』
 知っている。
 月村天恵は、神里絵空に殺されることを望んだ――絵空に殺され、絵空として生きる道を。
『絵空であり、天恵でもある……? そんな言葉はまやかしだわ。あなたは1人。2人ではない。あなたは絵空なのよ……2人にはなれない、だからあなたが生きた。“天恵”を殺して、“絵空”が生きた。これが“真実”』
 絵空は口を開き、しかし閉じる。
 心の中で何かを噛み締め、改めて言葉を紡ぐ。
「そうだね……そうかも知れない。“私”はわたしのために、その全てを捧げてくれた。だから――」
『――でもそれは、“私”の本当の望みじゃなかった。“私”は聖女じゃないわ……あなたを愛し、けれど憎み、恨み、妬みもした。“逆だったら良かったのに”――私は何度もそう思った』
 それも――知っている。
 絵空は天恵の記憶、その全てを継承したから。
 愛している――綺麗なその言葉の陰に隠れていた、薄汚れた気持ちさえも。
『ねえ絵空……? あなたはどうして“絵空”なの? “天恵”じゃいけなかったの? あなたがいるから“私”はいない。あなたが死ねば――“私”は生きられたのに』
 絵空は力なく、首を横に振る。
 違う――こんなのは違う、偽りだ。
 “月村天恵”が、こんなことを言うはずがない。
 けれど、
(考えたことは……ある。“私”は“わたし”に対して、そういうことを)
 月村天恵は、そういう人間だったのだ。
 人を思いやり、それ故にこそ溜め込んだ。
 責任感が強く、真面目で、他人に迷惑をかけることを嫌う――そんな人間だったからこそ、“闇”に堕ちかけた。
 けれど、
「――やっぱり……違うよ。あなたは“天恵”じゃない。たとえ考えたとしても……そんな道は選ばない」
 弱々しく、けれど確かにそう告げる。
 月村天恵が、そういう人間であったことを。
『そうね……きっとそう。どちらかしか生きられない、どちらかしか選べない……だったら“私”は、あなたを選ぶ。“私”はそういう人間――けれどその選択は、本当に正しかったのかしら……?』
 ここにきてようやく、“彼女”は左手の手札を右手に持ち替える。
 そしてそれを翻し、絵空に見せる。
 その正体を目の当たりにして、絵空の表情は驚愕に染まった。
『驚くことじゃないでしょ……? だってこれは元々、“私”のカードだったのだから』
 フィールドの巨大龍を一瞥してから、“彼女”はその手札を高らかに掲げてみせた。
『私は『F・G・D』を生け贄に捧げて――『偉大魔獣 ガーゼット』召喚!!』


偉大魔獣 ガーゼット  /闇
★★★★★★
【悪魔族】
このカードの攻撃力は、生け贄召喚時に
生け贄に捧げたモンスター1体の元々の
攻撃力を倍にした数値になる。
攻 0  守 0


 これこそが『黒き森のウィッチ』の効果で手札に加わったカードの正体――絵空と天恵にとって、何より特別なカード。
 『偉大魔獣 ガーゼット』は、決して無二のカードではない。
 しかし、それを相手が使うなど決してあってはならない。それ故に意識から外れた1枚。


<月村絵空>
LP:400
場:終焉魔龍 ガーゼット
手札:0枚
<ホムンクルス“T”>
LP:100
場:偉大魔獣 ガーゼット(攻10000)
手札:0枚


「……攻撃力……1万……!!?」
 追い打ちをかけるような事態に、絵空の全身はわなわなと震える。
 自身のフェイバリットカードが、より正しく巧みに使われる――デュエリストとして、これ以上のダメージがあろうものか。
『――“ガーゼット”……以前、ヴァルドーが言っていたわ。まるで“私”のようだと』
 大きな犠牲を捧げるほどに、より大きな力を得られる――生け贄なしには生きられないモンスター。
『犠牲なしには生きられない……けれどそれは哀しいこと。誰かが、他の誰かの犠牲になってはならない……そうは思わない、絵空?』
 選んではいけなかった。
 選ばなければ良かった。
『あなたも“私”も選べない。選ぶべきではなかった――だから本当は、こうすれば良かった』
 “偉大魔獣”が“終焉魔龍”に迫る。
 しかし絵空に打てる手はない。
 絵空はただ受け容れるしかない。デュエルの行方も、“彼女”のことばも。
『『偉大魔獣 ガーゼット』の攻撃――“グレート・パンチ”!!』

 ――ズガァァァァァッッッ!!!!!!!!!!!

 “偉大魔獣”の拳打を受け、“終焉魔龍”は砕け散る。
 “ガーゼット”と“終焉の使者”、絵空と天恵の特別なモンスター同士を融合した、特別な融合モンスター。
 それが破壊されるということは、果たして――いかなる意味を持つのか。

<月村絵空>
LP:400→0

 強烈なる衝撃を受け、絵空は吹き飛び、倒れ込む。
 悲鳴を上げる気力もない。
 敗北という現実とともに、“彼女”のことばが絵空を蝕む。

『2人とも死ねば良かったのよ――そうすれば2人とも、傷つかずに済んだ』

 “闇のゲーム”の終着。
 少しずつ消えてゆく、絵空の全てが。
 肉体の消滅とともに、その記憶も、想いさえも。
(……わたしは……わたし、は……)
 朦朧とする意識の中で、すがるように、想いを吐き出す。
「――ゆう……ぎ、くん……」
 その言葉はもう、届かない。
 塵ひとつ残さず、少女は消える。
 近くに置かれたカバンとコート、それさえも同時に消え失せた。

「――やはり脆いものだな……“人間”とは」

 “彼女”の姿は再び変わり、長身痩躯の男となる。
 周囲を覆った“闇”は晴れ、彼は口元に笑みをたたえる。
「人造人間(ホムンクルス)とて所詮は人間。その例外ではないか――この私を除いて」
 彼は人間全てを見下す。
 この世界の全ての人間を――生みの親たる“2人”でさえも。

 その日――童実野町に降った雪は、積もることなく、人知れず止んだ。
 翌朝には全て溶け、その痕跡すら残らない。

 一人の少女の、存在のように――




第一章 なごり雪をさがして

 童実野大学入学試験の翌日――武藤遊戯はT2社日本支社を訪れていた。
 彼は昨年の夏休み以来、幾度となくこの場所を訪れていた。夏休み中はインターンシップとして、そしてその後しばらくも“ある計画(プロジェクト)”への協力者として。

「――久し振りだね……会うのは大体2ヶ月ぶりかな。まずは受験終了おめでとう。春からは晴れて大学生か」
 同社M&W部門・企画部部長――月村浩一は、遊戯に労いの言葉を掛けた。
 2人は会社ビルの上層階にある個室で、机を介して相対していた。遊戯は感謝の言葉を返してから、紙コップに入ったブラックコーヒーを一啜りした。
「高校もあと卒業式だけだろう? 童実野大学の結果発表後で構わないから……君さえ良ければ、またここに通ってほしいな。部下たちも是非にと言っている。もちろん4月からは正式に“こちら側”としてね」
 浩一から幾つかの書類を渡され、遊戯は軽く目を通した。
 それはアルバイト雇用に関するもので、仕事内容のみならず、給与等にも触れられている。
「童実野高校はアルバイト禁止だったからね。今までボランティア扱いで心苦しかったよ。これでようやく正式に、君に“対価”を支払えるというわけだ」
 遊戯は軽く苦笑する。
 たしかにその通りなのだが、浩一にはこれまでも相当の便宜を図ってもらっていた。
 そもそも浩一の存在がなければ、I2社の業務にここまで関与することは許されなかったはずだ――遊戯はそう思い、改めて感謝の言葉を紡いだ。
「――それで例のプロジェクト、どうなりましたか? 秋にここを離れてから、ずっと気になってて」
 遊戯の質問に、浩一は軽く頷く。
 そして1枚のカードを取り出し、遊戯に手渡した。


救世竜 セイヴァー・ドラゴン  /光

【ドラゴン族・チューナー】
世界の黄昏に現れし救世竜。
その輝きは、世界を新たなステージへ導く。
攻0  守0


「――本社上層部もいたく興味を示してね。まだまだ一般流通には程遠いが……これが試作第一号、というわけさ」
 遊戯はまじまじとそのカードを見つめる。
 自身のアイデアに端を発した存在。その1枚に、深い感慨を覚える。
「……とはいえ、慎重論も出ていてね。実のところは賛否両論さ。カードカテゴリーを1つ増やすのとは訳が違う……これはルールの“改変”だ。吉と出るか凶と出るか……その最終判断には、まだまだ期間を要するだろう」
 浩一は遊戯の顔色を伺うと、改めて言葉を続けた。
「だがどうか誇ってほしい。新規召喚システムの試験導入……君の協力がなければ、ここには至れなかった。このゲームの未来のために必要な“革新”であると、私は信じているよ」
 このゲームの未来を託された者として――浩一は心中でそう呟きながら、しかし言葉を呑み込む。
 一年前に消えた男、その最後の姿が脳裏をよぎり、わずかに目を細めた。
「――ありがとうございます。そこまで言ってもらえて、本当に嬉しいです」
 遊戯は心からの感謝を告げる。
 そしてカードを返そうと差し出すが、しかし浩一は首を横に振った。
「それは君の分だよ。5枚限定の試作カード、そのうちの1枚さ。あまり外部に漏らすべきものではないが……君なら問題ないだろう?」
 信頼と感謝の証――浩一はそうした意図で、そのカードを遊戯に渡した。
 遊戯もそれを察する。しかし喜びを抑え、表情を曇らせた。
「あの……でも、ボクはもうデュエルは――」
「――分かっているさ。私も1年前の事件の当事者だ……君の話を疑っているわけじゃない」
 一年前の事件を契機とし――武藤遊戯は、デュエリストとしての道を断たれた。
 二度とデュエルはできない。
 もしも行えば、それは大きな危険をはらむこととなる――T2社で働くに際し、遊戯はその事情を浩一に伝えていた。
「……テストデュエルをしてほしいというわけじゃない。直接デュエルをしなくても、気づけることは沢山あるはずだ。それはあくまで、そのための“資料”に過ぎないよ」
 そう諭しながら、浩一は少し笑ってしまった。
 相変わらず生真面目な男だ――そう思いながら、話題を変えることにする。
「……しかし、君の大学受験が上手くいきそうで、本当に良かったよ。大事な受験生を、秋まで付き合わせてしまったからね。浪人させてしまっていたら、親御さんに何と説明するべきやら」
 コーヒーに口をつけてから、何気ない調子で浩一は言った。
「受験生の親というのは、気が気じゃないのだろうね――私には子どもがいないから、想像しかできないが」
 違和感。
 浩一は今、おかしなことを言った――遊戯はそれに気づき、目を瞬かせる。
「え……っと。絵空さんは……?」
 何かの言い間違いだろう、遊戯はそう思った。
 義理の娘であれ、蔑ろにするはずはない――月村浩一が、そういう人物であることを知っている。
「……? エソラ?」
 浩一は紙コップを置き、首を傾げた。

「――誰のことだい? それは」

 それは紛れもない、心からの疑問。
 浩一は嘘を吐いていない。遊戯にはそれが判る、視えてしまう。
 故に遊戯の顔から血の気が引き――その事態の重大さに、戦慄が走った。





 ――浩一との会話を早々に切り上げ、遊戯はオフィスビルを飛び出していた。
 月村浩一は、絵空の存在を覚えていない――それどころか、一度も子どもがいたことはないと言う。
 このことは果たして、何を物語っているのか。

 公衆電話を探し、まず杏子に電話を掛けた。
 けれど彼女も同じだ。
 分からないというのだ――“絵空”という名の少女など。

 武藤遊戯は街を駆けた。
 童実野町に戻り、様々な人間に訊いて回った。
 本田や獏良、彼女の部活仲間やクラスメート。
 けれど皆、口を揃えて言うのだ――「そんな少女は知らない」と。


 第三回バトル・シティ大会には、彼女は参加していないことになっていた。
 実際にデュエルをしたはずの、神無雫さえも覚えていない。
 突然の欠場者により、本戦は15名で執り行われたというのだ。

 絵空とともに“非電脳ゲーム部”を発足したはずの2人――太倉深冬と岩槻瞳子も覚えていない。
 5人ではなく、4人で創部したことになっていた。
 それどころか、職員室で確認すると、彼女の学籍すら存在しなかった。


 武藤遊戯は途方に暮れながら、ふらふらと街をさまよっていた。
 誰一人として覚えていない。自分だけが知っている。
 まるで自分だけが、別世界へ来てしまったかのような疎外感――世界は確かに回っている、“絵空”の存在なくして。
 果たして“絵空”とは、自分の中だけの、空想の少女だったのではなかろうか――そんな気にさえなってくる。
 気が狂いそうだった。
(そうだ……あの人なら!)
 不意に思い立ち、遊戯は再び駆けだした。
 目的地は彼女の家。バスを待つことももどかしく、走ってその場所へ向かった。





 そろそろ日も暮れ始めようかという頃、遊戯は月村家の前に立ち、逡巡していた。
 そこは一年前まで「神里」の表札が出されていた家だ。
 絵空の母・美咲と浩一が再婚した際、彼がこの家に引っ越す形で新生活を始めたのだと聞いている。
(絵空さんのお母さん……再婚して仕事を減らしたらしいから、家にいる可能性は高いはず。でも……)
 遊戯が美咲と顔見知りになったのは、絵空が入院していた頃、お見舞いに通ったのがキッカケだ。
 絵空の記憶が消えているのだとすれば、果たして自分を知っているのか――そうした懸念も抱きながら、おそるおそるインターホンを押した。
 扉が開き、姿を見せる。
 美咲は一瞬戸惑いを見せ、しかし思い出した様子で、微笑みを見せた。
「たしか……武藤くんよね。主人の仕事を手伝ってくれている……あの人はまだ仕事だけど、何か用かしら?」
 彼女のその反応に、遊戯は落胆を禁じ得なかった。
 思い返してみれば二回ほど、仕事が長引いた夜、浩一に招かれ夕食をご馳走になったことがある。
 そのときは絵空も含め、4人で食事をしたのだが――今の彼女の発言から察するに、覚えているとは考え難かった。
「……あの……おかしな質問だったら、申し訳ないんですけど」
 それでも祈るように、本日もう何度目かも分からない問いを、彼女に投げかけた。
「“絵空”という人の名前に……聞き覚えはありませんか?」
「……!! え……っ?」
 驚いたような反応。
 他の皆とは違う様子に、遊戯は思わず顔を上げた。
「あ……ええと、ごめんなさいね。そういう名前の人には心当たりがないわ。ただ」
 彼女の表情に懐旧の色が混ざり、顧みるように言葉を紡ぐ。
「前の夫とね……話したことがあるの。“もしも子どもが生まれたら”って。あの人、昔は美術サークルに入っていてね……空の絵を描くのが、とても好きで。私と親しくなったのも、それがキッカケだったの」
 そしてどこか淋しげに、彼女は言った。
「――だから“絵空”。もしも子どもが生まれたら……名前は“絵空”にしようって。結局その前に、あの人は他界して……その夢は果たせなかったけれど」
 胸が、張り裂けそうだった。
 それ以上聞くことができず、逃げるように飛び出した。
 遊戯は無我夢中で走り続け、自宅へと向かった。



「――おお遊戯や、遅かったの。今お前にもお客さんが――」
 祖父・双六に目もくれず、帰宅した遊戯は階段を駆けあがり、自室に飛び込んだ。
 息を整える間も惜しみ、先日まで受験勉強に使っていた世界地図を、床に乱暴に広げる。
 そして、一度両眼を閉じて集中し――大きく、双眸を見開いた。

 ――カッ!!!

 彼の両眼が不自然に、黄金に輝く。
 視界がひどく、目まぐるしく変化してゆく。
 けれど遊戯は構うことなく、睨むように凝視を続ける。
(近くにはいない……この国にはいない? 海外か!?)
 瞳孔をギョロリと動かし、各大陸を走査する。
 人間にはまずあり得ない“視力”で、ひとつひとつを確かめてゆく。
 北アメリカ、南アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、アジア、オーストリア、南極――そのどれも違う。どこにもいない。
(どこにもいない……!? そんなわけない! だったら!!)
 より強く、より深く、世界全体を俯瞰する。
 たった2つの瞳に、この星の全てのモノを映し取ろうとする――しかし、

 ――ブチィィィッッ!!!!

「――!!! うあ……ッッッ!!」
 刹那、右眼に激痛が走り、身悶える。
 抑えた右手を何かが伝い、世界地図に赤い斑点が出来た。
 酷使し過ぎたのだ――超常的な能力の行使に、人間の肉体が耐えられなかった。
 利き目がまず耐えきれず、痛みを伴い出血した。
 左眼もひどく消耗し、激しい頭痛がする。
 それでも、
(まだ……左眼が、ある)
 見つかるまでは何度でも――たとえ両眼が、二度と見えなくなっても。
(いるんだ……彼女は絶対、どこかにいる! だから!!)
 歯を食いしばり、左拳を握りしめる。
 そして再び、世界を視界に収めようとし――しかしその肩に、誰かの手が触れた。

「――大丈夫か遊戯!! 何があった!?」

 遊戯ははっとし、顔を上げる。
 あまりに集中し過ぎていて、その“2人”の入室に気づかなかった。
「マリク……リシド? どうして……」
 マリク・イシュタールとリシド・イシュタール。
 遠い異国にいるはずの彼らの姿に――遊戯は毒気を抜かれたように、目を丸くした。




第二章 旅立ちの前に

「――これはあくまで応急処置だ。原因もよく分からない……早めに医者に診てもらってくれ」
 リシドはそう言いながら、遊戯の右眼にガーゼを貼った。
 「ありがとう」と、遊戯はリシドに感謝を伝える。
 一方でマリクは悩ましげな様子で、腕組みをしていた。
「しかし君の話……悪いが、にわかには信じられないな。“エソラ”という名の少女の消失……それが真実なら、とんでもないことだよ」
 マリクには“墓守の一族”として、魔術の知識がある。だからこそ分かる。
 遊戯の話が本当なら、あまりに多くの人間の記憶が、一斉に改ざんされていることになる。
(もしも出来たとしたら、相当な大魔術だ……そんなことが可能とは思えない)
 現実的に考えるとすれば、むしろ逆――遊戯の記憶を疑う方が自然だろう。“エソラ”という名の少女など、最初から存在しないのだと。
 しかし思うところはある。故にマリクは思考を切り替え、先の遊戯の疑問に答えることにした。
「大変なときにすまない……しかし少し時間をくれ。どうか聞いてほしい、ボクたちの話を」
 何から話をしたものか――マリクは少し考えてから、改めて口を開く。
「昨年……“第三回バトル・シティ大会”が終わった後、ボクたちはエジプトに帰った。その数ヶ月後、T2社からコンタクトがあったんだ……『M&Wのために働く気はあるか?』とね」

 彼らからのその提案は、かつての契約――“M&W界からの永久追放”、それを覆すものだった。
 それは月村浩一の、ひいては城之内克也からの嘆願にも起因するものだ。
 かつてカード犯罪組織“グールズ”を率いていた2人への、その罪を贖う新たなる提案。

「“第三回バトル・シティ大会”における超常事件……その詳細は、公表こそされなかったが、知るべき人間には知られてしまった。M&Wというゲームに秘められた可能性……そして、その危険性までもが」

 もとより事件の起こった会場には何台ものカメラが備えられ、映像記録が残されている。
 当事者たる遊戯もまた、警察の人間に対し、多くの情報提供をした。
 それでも世間に公表されていないのは、混乱を避けるための措置であろう。

「I2本社はあの事件を重く捉え、ある決定をした。今後、同種のトラブルが発生した際に、対処可能な人員を確保すること……そしてボクたちのもとに、白羽の矢が立った」

 選定理由は幾つかあるだろう。
 “グールズ”であったが故に、M&Wの裏社会に明るいこと。
 デュエルの腕が立ち、なおかつ魔術的知識も有していること。
 そして、何より――この危険な任務において、2人の安否に対し、会社として一切の責任を負わずに済むこと。

「普段はエジプトで生活しているんだけどね。この半年の間にI2社の依頼を受け、ボクらは2回動いた……アメリカで1回、ヨーロッパで1回。詳細は説明できないけど、まあ昨年の事件に比べれば些細なものさ。そして今回が三度目……その内容が、ちょっと厄介なんだよ」
 ため息まじりにそう言うと、マリクはリシドに目配せする。
 リシドはそれに頷くと、懐から1枚の地図を取り出した。
 それは日本近海の、太平洋の地図だ。そして何の島もない位置に、印が付けられている。
「昨日……I2社より新たな依頼があった。その依頼内容は、“ルーラー”の残党狩り――件の事件を起こした彼らが、この場所に潜伏し、何かを企てているというんだ。地図にも載っていない島でね」
 “ルーラー”――その名に、遊戯は反応する。
 かつてガオス・ランバートが率いた、“グールズ”の前身たる組織。
 一年前の事件の折、姿を消した彼らは、一人として捕まっていない。
 あの場に現れた人間は7人。その中で、遊戯の印象に残っている人物は2人――ガオス・ランバートと、カール・ストリンガー。
(カール君……そういえば、去年のイギリスチャンピオンシップには出場していなかったな)
 事件時の映像記録から素性が割れている以上、当然のことではあるのだが――遊戯は淋しげに目を伏せる。
 遊戯は大会予選中にデュエルをし、彼とは心を通わせたと思えていた。だからそれだけに、やりきれない思いもある。
「……でも、昨日の今日でなんて……すごく急じゃない。2人とも大丈夫なの?」
 遊戯は気持ちを切り替え、2人を案じる。
 マリクは軽く苦笑し、それに応えた。
「今回はI2社からの注文が多くてね。文句を言える立場じゃないが……ここに寄らせてもらったのも、それが理由なんだ」
 マリクの表情から笑みが消える。
 そして姿勢を正し、改めて遊戯を見据えた。
「ボクたちは明朝……日の出前に、童実野埠頭を発つ。危険な任務だ、命の保証もできない。だがどうか……君の協力を仰ぐことはできないだろうか?」
 予想外の質問に、遊戯は思わず目を見張った。
 無論、協力したい気持ちはある――けれど、それは無理な相談だ。
(マリクたちには話すタイミングがなかったからな……ボクがもうデュエルできないこと)
 “ルーラー”と対峙すれば、必然的にM&Wを用いた“闇のゲーム”に臨むこととなるだろう。しかし今の遊戯には、もはや闘うすべがない。同行したとしても、何の戦力にもなれない。
 協力したい気持ちはある。しかし断らねばならない――だが遊戯が開口するより先に、マリクは言葉を続けた。
「……ところで遊戯。さっき話していた少女の件、もしかしてなんだけど――」
 マリクは少し迷ってから、躊躇いがちに問いを投げた。
「――小柄で肌は色白。長い黒髪で……黄色いリボンを付けていたりするかい?」
 遊戯の左眼が大きく開く。
 考えるよりも早く、衝動的に、遊戯はマリクの両肩を掴んだ。
「――どうしてそれを!? マリクは彼女のことを……!?」
 マリクは遊戯をなだめてから、「やはりそうか」と続ける。
「実はI2社からの指令内容に含まれていてね。“監禁されている少女を救出するように”――と。名前は聞いていないけど、そういう特徴の人物らしいんだ」
 遊戯は自身の中で、ふつふつと湧き上がるものを感じた。
 何をしても見つからなかった彼女の手がかり、不意に現れたそれに、興奮を禁じ得ない。
(でも……何でI2社が? 絵空さんの存在を知っている……!?)
 I2本社と絵空の間に、何らかの繋がりがあったというのか。
 いやしかし、だとしても、あまりにも出来過ぎてはいまいか。
(絵空さんとは昨日の夕方近くまで一緒にいた……つまり、何かあったとすればその後。そして、マリクたちに依頼があったのも昨日……対応があまりにも早すぎる)
 あり得ない。
 こんなことは、まず不可能なはずだ――こうなることが、事前に分かってでもいない限りは。
「……正直に言えば、ここに寄ったのもI2社からの指令でね。『武藤遊戯を必ず同行させるように』……と、そういう話なんだ」
「……!!」
 遊戯は眉をひそめた。
 もしかすれば、これは“罠”だ。
 何者かの思惑により、手のひらの上で踊らされようとしている――しかし、彼女に繋がる手がかりが他にないことも事実。
「……遊戯。本来無関係のはずの君に、こんな話をするべきでないことは分かっている。君の言う少女と、I2社の言う少女が同一である保証もない。だが……君ほどのデュエリストが共にいれば、ボクたちはどれほど心強いだろうか」
 一年前の事件を思えば、彼らの危険性はあまりにも大きい。
 問題はM&Wにとどまらないだろう。次はいかなる事件を起こすか分からない。
 この任務に失敗は許されない――そのために、マリクとしても最大限の戦力で臨みたい。

「――どうか力を貸してほしい。この世界の未来のために」

 マリクは深く頭を下げた。
 隣ではリシドも同じように、深々と頭を垂れている。
 遊戯は両の拳を握った。
 彼らの期待に応える力が、今の自分には残されていない――けれどそれでも、彼らの成功を祈り、ただ待つことなど自分にはできない。
「行くよ……行かせてほしい! ボクも、キミたちと一緒に」
 マリクとリシドは顔を見合わせ、もう一度深く頭を下げた。
 そして改めて、その作戦内容を伝えることにする。
「……ありがとう! さっきも言ったが、明日早朝に童実野埠頭を発つ……そこで、他の協力者と落ち合う予定なんだ」
 それは遊戯にしてみれば予想外の、しかし歓迎すべき情報だ。
「I2社の方で、すでに話を通してくれていてね。君も一人は知っていると思うが……フランスチャンピオンシップ二連覇を果たした“天才少年”エマルフ・アダン。それから、昨年度のイタリアチャンピオンシップを制した“ラッキースター”アルベルト・レオ。彼らの協力を得られることになっている」
 前者は遊戯も知っている――第三回バトル・シティ大会、本戦にも出場した実力者だ。
 後者は名前しか知らないが、ともに一国を制したほどのデュエリスト。それも、デュエル先進国として名高いヨーロッパ二国の覇者とあれば、その実力は間違いないだろう。
「……君を入れて、これで5人。正直に言えば、それでも心許なくてね……実はここに来る前に、もう一人掛け合ってみたんだが」
 苦笑交じりにマリクは語る。
 その者の名は海馬瀬人――武藤遊戯と並んで名高い、世界最高峰のデュエリストだ。
「……しかし、海馬には断られてしまってね。外せない先約があるとかで……直接話すこともできなかったよ」
 彼が社長を務めるKC(海馬コーポレーション)は、I2社にも劣らぬ大企業だ。
 そのトップたる彼が、このように急な話に応じられないのは無理もない。一時的とはいえI2社の一員として働いた遊戯には、なおさらそう思えた。
「どれほどの危険が待つか分からない以上……むやみに人数を増やすのも愚策だろう。しかし君たちのような実力者なら話は別だ。海馬が参加できない以上、できればもう1人か2人、助力を願いたいのだが……」
 言葉を濁すマリクに代わり、リシドが遊戯に問いかけた。
「……遊戯。城之内はまだ、この街には……?」
 遊戯は表情を曇らせ、首を横に振った。
 彼が童実野町を発ってから、もうすぐ一年が経つ。その間、彼からの連絡は一度もなく、いつ戻るのかも分からない。
(舞さんが一緒のはずだから、心配は要らないと思うけど……)
 それでも案じずにはいられない。
 彼は今どこで何をしているのか――親友たる彼がここにいれば、どれほど勇気づけられたろう。
「――無い物ねだりしても仕方ないさ。もし連絡がとれたとしても、海外だとすれば、合流も難しいだろう。無理を承知で聞くが……他に、心当たりはいないかい?」
 童実野町で強いデュエリスト――最初に祖父・双六が思い浮かぶが、すぐに除外した。持病の腰痛もあるし、参戦できる年齢とは思えない。
 となれば、次点は獏良になるだろうか。彼は第三回バトル・シティ大会ベスト16、国内では指折りのデュエリストだ。
 しかしマリクたちは、彼の名を敢えて口に出さなかった。つまりはそういうことだ。
 作戦参加はあくまで精鋭。彼ほどの実力者であろうとも、本作戦では足手まといとなり得る。
(他に腕の立つデュエリストっていうと……あとは)
 遊戯は1人、その存在に思い当たった。
 月村浩一 ――現役デュエリストではないものの、一年前の事件の折、ガオス・ランバートと闘った人物。
 遊戯の考えが正しければ、彼はおそらく各国デュエルキングにも引けをとらない実力者だろう。ブランクこそあれど、十分に戦力として期待できる。
 けれどしかし、彼をこの戦いに巻き込む気にはなれなかった。
(もしも浩一さんまで……絵空さんと同じことになってしまったら、あの人は)
 少し前に会った、美咲のことが脳裏をよぎる。
 もしも浩一の存在までもが、この世界から消えてしまえば――彼女は2人の家族を失う。この世界にただ独り、取り残されてしまう。
「……いないか……まあ仕方ないな。無理を言ってすまない」
 黙り込んだ遊戯に対し、マリクは一度目を閉じ、気持ちを入れ直した。
「この一年でボクたち2人も腕を磨いたつもりだ。さらに各国デュエルキングが3人――戦力としては十分だろう。明日はこの5人で埠頭を発つ。時間は――」

「――ちょっと待ったぁぁぁぁっ!!!!」

 突然に、ドアが勢いよく開け放たれる。
 あまりにも堂々たる乱入。
 意外なる闖入者の登場に、3人は一様に固まった。
「話は聞かせてもらった……水臭いじゃねぇか。俺も行くぜ!」
「……!!」
 その人物の到来に、遊戯は目を見張る。
 彼は親指を立てて自分を指し、自信ありげに大見得を切った。

「――双六師匠のご令孫の危機……当然参戦させてもらおう。この! ティモー・ホーリーが!!」

「…………」
「…………」
 見たこともない男の登場に、マリクとリシドは言葉を失う。


 ティモー・ホーリーってこんなキャラだったっけ――誰かが、そう呟いた気がした。




第三章 彼の想い、彼女の心

(そういえばティモーさん、元ドイツチャンピオンだっけ……完全に忘れてた)
 3人が部屋を去ってから、遊戯はひとり思い返す。
 遊戯がティモーと面識を持つようになったのは、昨年の夏のことだ。
 アニメ『魔法少女ピケルたん』をキッカケとして双六と親しくなったらしい彼は、武藤家に何泊かしたこともある。
 8月と12月に1回ずつ、そして今回が3回目だ。
 ドイツチャンピオンであることは当初聞いていたのだが、双六とあまりに意気投合し、ディープなアニメトークをする彼の様子に、そんな印象はすっかり消えてしまっていたのだ。
(たしか明日帰る予定だったはずだけど……いいのかなあ。デュエルの腕もよく分からないし)
 遊戯の事情を伝えていないにも関わらず、一度もデュエルを挑まれたことがない。
 しかも昨年のドイツチャンピオンシップは棄権したと聞く――月村浩一ほどではないにせよ、実戦から離れたブランクがあるのではなかろうか。
(……それはボクも同じか。去年のバトル・シティが最後だし)
 第三回バトル・シティ大会決勝戦――絵空との一戦を最後に、遊戯は一度たりともデュエルをしていない。

 ともあれ、マリク・リシドとは、明日早朝に落ち合うことになっている。
 出立の準備を済ませるべく、遊戯は机からあるものを取り出していた。
(“闇のゲーム”を挑まれる可能性が高い以上……持って行かないわけにはいかない)
 それは40枚のカードの束、M&Wにおけるデッキだ。
 デュエリストを辞めた身でありながら、遊戯はデッキを保持し、少なからずその調整を続けていた。
 デュエルをする機会がなくとも、それはデュエリストとしての性と言うほかないであろう。
(テストデュエルしてないから、少し心許ないけど……大丈夫なハズ)
 およそ一年ぶりに、左腕に決闘盤を装着してみる。そしてデッキをセットし、5枚のカードを引き抜いた。
 デュエル開始時の、初期手札のテスト。
 今の遊戯に許されるのは、ここまでのこと――これ以上先には、踏み込めない。


――このままデュエルを続ければ、アナタの“呪い”は侵食し、その魂を際限なく昇華してゆく。その果てに、アナタは……次なる“邪神”の火種となる。かつての闇の大神官、アクナディンと同じように


 一年前の絵空の言葉。
 デュエルという行為は、今の遊戯を否応なく蝕み、穢すだろう――先ほど右眼を傷めたときと、同じように。
(一回くらいなら何とか……そう思いたいけど)
 それも相手次第だ。
 余程の強敵が相手ならば、一戦すらも完遂できまい。
(“三幻神”は絵空さんに預けたままだ……つまり“神のカード”に頼ることもできない)
 『オシリスの天空竜』『オベリスクの巨神兵』『ラーの翼神竜』――その3枚は、絵空の持つ“千年聖書”に封印されたままだ。
 遊戯は念のため“もう1枚”を取り出してみた。
 世間一般には知られていない、武藤遊戯が所持する“4枚目の神のカード”を。


DEATH -MASTER OF LIFE AND DEATH-  /DIVINE
★★★★★★★★★★
【DIVINE-BEAST】
ATK/0  DEF/0


(やっぱり力を感じない……まだ早すぎる、か)
 一年前、“闇(ゾーク)の使徒”との闘いの中で、そのカードは“神威”を失った。
 いずれは回復するだろうが、それには相応の年月を要するだろう。今このカードを使おうとしても、召喚することすら望めまい。
(やるしかない……! もう一度、デュエリストとして闘うしか)
 胸がひどくざわめく。
 時計の時刻を一瞥してから、右眼に――それを覆い隠すガーゼに触れた。
(まだ病院は開いてる……診てもらった方がいいって言ってた、けど)
 行かなくても分かる。
 この右眼はもう――二度と“戻る”ことはないだろうと。
(帰れるだろうか……絵空さんを助けて、ボクはもう一度、この場所に)
 直感が警鐘を鳴らしている。
 おそらく無傷では帰れまい――恐れるべきは敵ではなく、己自身だ。


 ――……セ
 ――殺セ

 ――王ナル者ヨ
 ――神ヲ殺セ



 意識を向ければ今もなお聞こえる、内なる声。
 王の呪い、神殺しの呪詛。
 一年前に箱舟“エンディング・アーク”の泥を浴びて以来、それはより根深いものとなった。
 この闘いが終わって尚、自分は自分でいられるかどうか――それを考えると怖い、恐ろしい。
(でも……それでも、ボクは)
 他には誰も覚えていない。
 けれど自分だけは、瞼を閉じれば鮮明に蘇る――この世界を生きていた、彼女のことを。


――好きです

――わたしは、あなたの“特別”になりたい。世界中の誰よりも……あなたがわたしの“特別”であるように


 昨日の彼女のことば、それを思い出し、遊戯は立ち上がる。
 思い立ったように部屋を出て、階段を降りる。
 階下の電話で、ある人に連絡するために。





 しばらくして――遊戯は、近所の公園のベンチに、ひとり腰掛けていた。
 日はすでに落ち、薄暗くなり始めている。人の気配がない周囲を眺めながら、遊戯は白い息を吐いた。
(昔はもっと暗かったよな……街灯少なかったし)
 左眼を細めると、当時の光景が蘇る。

 ――昔、まだランドセルを背負っていた頃。
 意地悪な同級生がいて、ここでよく囲まれてた。
 けれどそんなとき、“彼女”が飛び込んできて――彼らは、一目散に逃げていくんだ。

「――ごめんね。待った、遊戯?」
 赤いランドセルを背負った少女が、明るい笑顔を向けてくる。
 けれどそれは幻だ。
 遊戯は首を横に振り、微笑み返す――大きくなった彼女、真崎杏子に。

 遊戯から電話連絡を受けた彼女は、アルバイト終了後、この場所で会う約束をしていた。
「って……どうしたのよ遊戯、その目は? 怪我でもしたの?」
 覗き込んでくる杏子に、遊戯は「大丈夫」と軽く誤魔化す。
 「本当に?」と、杏子は訝しげに遊戯を観察してから、その隣に腰掛けた。
「それで話って……昼間の件? たしか“エソラ”って子がどうとか……すごく慌ててたけど、何があったの?」
 杏子には詳細を話していない。
 絵空の存在を全く覚えていない彼女に、それを教えることは酷だろう――だから遊戯は、言葉を濁す。
「一体何があったのか……それはボクにも分からない。だから取り戻してくるよ、この手で」

 ――たとえボクが、ボクでなくなったとしても
 ――だからその前に……この気持ちを

 話が見えず、困惑した様子の杏子に対し、遊戯は静かに立ち上がった。
「杏子はさ……覚えてる? 昔のこと。昔、ここでよく……杏子はボクを助けてくれた」
 話題がすり替わり、杏子は眼を瞬かせる。
 けれど敢えて追求せず、くすりと笑みを零した。
「……あの頃の遊戯、よくいじめられてたからね。気弱で、自信なくて、情けなくて……放っておけなかったのよ」
 からかうような彼女の口調に、遊戯はたまらず苦笑した。
 苦い記憶のはずなのに、けれどそれさえも愛おしくて。
「――でも……嫌じゃなかったわよ。アンタの面倒見るのはさ……まるで、弟ができたみたいで」

 “弟”――それは、今でもそうだろうか?

 杏子は最近、思うことがある。
 あの頃とは違う、日々たくましくなってゆく遊戯に。
 やさしいままに、強くなってゆく姿に――まるで、“彼”のように。

 杏子には好きな人がいた。
 一年半も前に消えた“彼”は、今もなお、彼女の心の中心にいる。
 けれど時とは残酷だ。
 “二度と会えない”という事実は、彼女の中から僅かでも、少しずつ、その想いを色褪せさせてゆくのだ――“思い出”として。
 決して叶わぬ恋であると。

(私はもうすぐ日本を発つ……そしたらもう、当分は戻ってこれない)
 杏子は横目で、遊戯を見上げる。
 “彼”に日に日に近づいてゆく、その横顔を。

「――あの頃のボクにとって……杏子は恩人で、憧れで、そして一番近くの“特別な女の子”だったんだ。杏子がいたからボクは、ここまで来ることができた」
 彼は数歩、歩み出す。そしてことばを紡ぎ出す。

 いつにない雰囲気に、杏子は息を詰まらせ、その後ろ姿を見つめる。
 頬がわずかに熱を帯びた。
 彼のことばのその先を、少なからず期待する。

 けれど気が付いた。
 彼が視線を向ける先、そこに自分がいないことに。

「――好きだった」

 背中を向けたままで、彼はその想いを吐露する。

「――ボクは君が好きだった……ずっと、ずっと、子どもの頃から」

 好き――“だった”。
 杏子はしばし呼吸を忘れ、その言葉の意味を受け容れる。
 顔を上げて、まだ明るい夜空を、弱々しい星々の輝きを仰ぎ見る。
 そして小さく、「そっか」と相槌を打った。

「急にごめん……でも、ありがとう杏子。これでボクはようやく、前に進むことができる」
 遊戯は振り返り、微笑みかける。
 最後まで届くことのなかった、かつての想い人へ。
「……こちらこそ。ありがとう、私を好きでいてくれて」
 杏子の声が、かすかに掠れた。
 “代わり”を求めてはいけない――それは、自分でも分かっていたことだ。

 杏子もまた立ち上がり、2人はしばし見つめ合う。
 もはや叶うことはない、その想いに決別するために。
「――“取り戻す”って……もしかしてさっきの、“エソラ”って子?」
「うん」
「……そっか。じゃあちゃんと紹介してよね。どんな子か気になるし」
「……うん。きっと」
 せめて約束を。
 叶えられるかどうか、分からない――けれどせめて、それを目指すために。



 家まで送るという申し出を断り、杏子はそこで遊戯と別れた。
 ふと振り返り、その背中を眺める。
 遠ざかる背中、その背中が不意に、あの日の“彼”と重なって見えた。
 それは彼女の心に、一抹の不安を芽生えさせる――けれど首を横に振り、否定した。
(遊戯は……アナタじゃない。そんなの、当たり前のことなのにね)
 届かぬ人へ想いを馳せ、自嘲気味に失笑する。

 ――“彼”の面影を、誰より色濃く残す遊戯
 ――けれどもしも、もしかしたら
 ――私が“彼”と出逢わなかったら
 ――私は今の遊戯を……どんなふうに見ていたのだろう?

 それは果たして、未練だろうか。
 あり得たかもしれない未来、けれど杏子は、それを振り払う。

「……行ってこい、遊戯」

 杏子は小さく語りかける。
 “彼”と同じ、その背中に。

 ――遠く、もっと遠くへ
 ――私の手が届かないくらい……ずっと高いところまで

 それは、ひとつの恋の終わり。
 彼女もまた踵を返し、新たな一歩を踏み出した。





 一方――日本近海に浮かぶ、さる孤島にて。
 そこにある洞窟、その再奥に“彼ら”はいた。
 外の陽光が届かぬにも関わらず、不自然に明るい空間。
 地面には赤絨毯が一面に敷かれ、中央には巨大な魔法陣が描かれている。その所々には、黒ずんだ大量の血痕も滲んでいた。

「――余計な真似をしてくれたな……“光(ホルス)の使徒”よ」

 そのおよそ中心に立つは、漆黒のローブに全身を包んだ青年。
 彼の名は“カール・ランバート”。一年前に打破された“闇の破滅神”、その残滓に取り込まれし男。
「……だってさー、暇すぎて。毎週楽しみだったマンガも最終回で終わっちゃったし……ちょうどいいかなって」
 壁に背を預けて座り込んだまま、もう一人がヘラヘラと笑う。童実野高校の学ランを着込んだ、素朴な外見の小柄な少年。脇に積み上げた漫画雑誌に頬杖までつき、厳かな風体のカールとは、ひどく対照的な軽薄さだ。
 彼の名は“無瀬アキラ”。およそ二年前、この世界に降り注いだ“破滅の光”――その力を取り込みし少年。
「……大体さー、いつになったら終わるわけ? 僕のための“ラスボス”の復活……せっかく僕の力も貸してやってるのに、全然ダメみたいだし」
「…………」
 カールは不快げに眉をひそめる。
 “ホムンクルス”の生成には、“光(ホルス)”と“闇(ゾーク)”、双方の強力な“魂(バー)”を必要とする。
 故にカールはアキラを、ぞんざいに扱うことができない。彼の協力なくして、カールの敬愛せし父“ガオス・ランバート”の復活はあり得ないのだから。
「それに“アレ”の所有権は僕にもあるわけでー……どれくらい使えるのか、ちょっと試しときたかったんだよね。あーでも、最後はキミに譲るよ。“正義の味方”っぽくないし?」
 アキラは軽く言い捨てる。
 “アレ”――ホムンクルス研究の副産物として生まれたそれは、現在のカールにとって重要な“駒”だ。故に軽々しく扱うアキラに、カールは苛立ちを禁じ得ない。
(まあいい……いずれは回収する予定だったのだ。計画が少し早まった、それだけのこと)
 カールはアキラから視線を外し、横目に睨む。
 そこには少女が一人いた。
 童実野高校の薄汚れたブレザーに身を包んだ、小柄な体躯の少女。長い黒髪は無造作に広がり、その足下には、引き裂かれた黄色の布地が散らばっている。
 座り込んだ彼女の様子は実にみすぼらしく、その四肢には鉄枷を嵌められ、そこから伸びた鎖は岩壁に杭で打ち付けられていた。
 見るも無惨に拘束された彼女は、顔をうつむけたままぐったりとし、動かない。
(問題は“千年聖書”……アレはどこへ消えた? 主たる者を見捨てるはずはない……必ず戻るはずだ)
 この少女が島に連れ込まれた時点で、すでに“千年聖書”は影も形もなかった。
 しかしあれは元々、ガオス・ランバートが所有していたものだ。彼が復活するその時までには、必ず用意し、献上したい。
(……誰ぞに助けを求めたか? あり得るとすれば、ユウギ・ムトウか……あるいは)
 いずれにせよ、このままでは済むまい――程なくこの島には、“招かれざる客”が現れるはずだ。その出迎えが必要だろう。
(ユウギ・ムトウ……我らが希望を打ち砕いた、忌々しき背神者よ。ちょうどいい。愚かな貴様の首を、聖書とともに、あの御方に捧げよう)
 カール・ランバートは邪悪に嗤う。
 アキラはため息を一つ吐き、ヤレヤレと肩を竦めた。
「……キミはホントに情緒不安定だね。病院行ったら? いいお薬出してくれるよ?」
 軽い調子で言いながら、彼は立ち上がり、歩み寄る。
 カールではなく――囚われた少女に。
「そもそもそんな怖い顔で、この子を睨まないでくれる? 彼女は僕の“ヒロイン”なんだから――大切な大切な、ね」
 アキラは少女の正面で、膝を折る。
 彼女に微動だにする様子はない。
 彼は心底愛おしげな様子で、その頬を撫でた。
「かわいそうな絵空……でも大丈夫。僕がきっと助け出してあげるよ……“救世主”として」
 彼女を捕えるよう指示したのはアキラだ。
 けれどそんなことは意にも介さず、彼は味方面をする。
「もう少し待ってね……その時が来たら、ちゃあんと入れてあげるから。僕の理想の“ヒロイン像”を」
 少女の顎に手をかけ、持ち上げる。
 アキラに向けられた彼女の顔――そこにはすでに、何らの感情も残されていない。

 彼女は月村絵空――“だったモノ”。
 魂はある、けれど“抜け殻”。
 表情豊かだった彼女の面影は、もはや見る影もない。

「――僕のかわいい絵空……キレイに消してあげたから、安心してね。“二度と戻らないように”」

 新しく“設定”するためには邪魔になる。
 だから消しておいたのだ。
 白く、白く、真っ白に。

 絵空の記憶も、人格も、
 きれいさっぱり消し去った。
 魂は侵し、穢し尽くした。
 二度と戻せないように。

 開いたままの瞳には、もはや何物も映されていない。
 一縷の光すらも、何もかも――彼女には何一つ、残されてはいなかった。




第四章 上陸

 翌日――太陽が頂点に達する頃、6人はさる孤島に上陸していた。
 武藤遊戯、マリク・イシュタール、リシド・イシュタール、ティモー・ホーリー、エマルフ・アダン、そしてアルベルト・レオ。
 岩陰に隠した小型船舶から降り立った彼らは、2人の偵察役を除き、簡単な昼食を摂っていた。
 菓子パンをペットボトルのお茶で流し込みながら、遊戯はふと振り返る。
 まだ暗い早朝、童実野埠頭で彼らと顔合わせしたときのことを。





 マリクに先導され、武藤家を出立した遊戯とティモーは、童実野埠頭にたどり着いた。
 そこで彼らは合流した。カード犯罪集団“ルーラー”、それと闘うべくして集まった仲間として。

「――初めまして……の方がいいでしょうか。遊戯さんとは昨年の大会で顔合わせしていますが」
 船に乗り込んだ後、彼らは改めて挨拶を交わした。
 まず手を差し出したのは、遊戯と同じくらいの身長の、あどけない顔つきの少年。彼の名はエマルフ・アダン――弱冠13歳にして、フランス二連覇を果たした“天才少年”。世界最年少の国内王者として、その名声は日本にも届いている。
「話すタイミングはなかったもんね。こちらこそよろしく、エマルフくん」
 遊戯も右手を差し出し、握手を交わす。
 そしてその瞬間――2人はお互いに反応し、顔を見合わせた。
「……!? エマルフくん、きみは」
「遊戯さん、あなたは――」
 しかしそんな2人の間に、1人の男が割って入った。
「――2人とも、そこまでにしておけ。俺たちは共に闘う“仲間”だ……それ以上でも以下でもない。そうだろう?」
 遊戯ははっとして、その声の主を確かめる。
 背の高い、長い茶髪の青年が腕組みをしていた。
 消去法で考えるに、彼がアルベルト・レオ――元イタリア王者にして、“ラッキースター”の異名を持つデュエリスト。
「で……でも、遊戯さん、今のあなたは――」
「――馴れ合いはするなと言っている。武藤遊戯、君も相応の覚悟でこの船に乗っているのだろう? 俺達も同じだ……命を落とすかもしれない、それほどの危険がある。それを承知の上で、この場に集っている」
 アルベルトに睨まれ、エマルフは言葉を呑み込む。
 “光の子”たるエマルフが遊戯から感じ取った危惧――それは恐らく、遊戯自身も承知の上でのことだ。
(一年前にこの国で起こった事件……あれを解決したのは、たぶん遊戯さんだ。それなら)
 一年前、第三回バトル・シティ大会会場にて――エマルフはすでに遊戯に対し、同様のものを感じ取っていた。
 なれば、ここで遊戯を制止することは正しくないのかも知れない――エマルフはそう理解し、迷いながらも口を閉ざす。

(……エマルフくんのこの感じ。そうだ、一年前の……!)
 一方で、遊戯はエマルフから得た感覚に思い当たる。
 しかし口に出すつもりはなく――代わりに後ろから、さらなる男が割って入った。
「――俺はティモー・ホーリーだ! エマルフ・アダンにアルベルト・レオ、2人とも名前はよく聞いている。同じヨーロッパ出身のよしみだ、仲良くやろうぜ!」
 気安いティモーの挨拶に、エマルフは愛想よく応じ、アルベルトは淡泊に応えた。
 アルベルトの反応に、ティモーはややムッとするも、気持ちを切り替え、エマルフに続ける。
「ところでエマルフ、君はまだ若いが……アニメはよく見るかい?」
「えっ? ええ、まあそれなりに……」
 友人“ジャン”に勧められて以来、エマルフは“あるアニメ”だけは欠かさず観るようになっていた。
「やっぱりそうか! じゃあ“魔法少女ピケルたん”シリーズは? フランスでも放送しているだろう?」
「は、はい。フランスでもかなりの人気ですよ」
 水を得た魚のように、ティモーの口が回り出す。
 エマルフも満更でもない様子で、何やら“ピケルたん”トークが始まってしまった。
(“天才少年”って言っても子どもだもんなあ……ボクも観てるケド)
 遊戯は微笑ましげに眺める。
 というか、M&Wユーザーの大半は視聴しているであろう。主要スポンサーがI2社だから、M&W関係の最新CMとかも流れるし。
 実はその原案者が月村浩一、というのは世間的に知られていない事実である――遊戯はすでに知っているけど。
(じいちゃんとティモーさんには教えない方がいいよなあ……面倒なことになりそうだし)
 こっそりそう思いながら、談義する2人を横目に、もう1人に向き直る。
「えっと……改めて、よろしくお願いします。アルベルトさん」
 遊戯はそう語りかけるが、アルベルトはドライに聞き流す。
 遊戯は愛想笑いを浮かべ、彼の前から立ち去ろうとする――しかしその背に、声が浴びせられた。
「……馴れ合いはしない。だが勘違いするな、俺達は“仲間”だ……同じ目的を持つ者同士。少なくとも今は、な」
「……? あ、はい」
 遊戯は振り返り、小首を傾げる。
 しかしアルベルトにそれ以上語るつもりはないらしく、そっぽを向いてしまった。
(嘘は言っていない……かな。でも何だろう? この人も、どこかで……?)
 遊戯は思わず、右手で眼帯に触れる。

 あるいはこの右眼を開けば、何かが判るのかも知れない――そんな気がした。





 その後、島にたどり着いた一行は、慎重に様子を伺った上で、行動を決める方針となった。
 偵察役を買って出たのは2名――リシド・イシュタールと、アルベルト・レオ。
 残る4名は身を隠し、その帰りを待っているところだ。

「――えっと……すまないが、その話はそろそろ終わりにしてもらっていいかな。敵がどこにいるかも分からないし」
 マリクからの遠慮がちな申し出を受け、ティモーは悪びれない様子で肩をすくめた。
「ん……ああ、そうか。残念だが、続きは帰りの船の中でだな、エマルフ」
 昼食中も延々と続いていたピケルトークがようやく打ち切られる。
 やや満足げなティモーに対し、海上から長時間に渡って付き合わされていたエマルフは、流石にやや辟易したご様子だ。
 静寂が訪れる。
 少しくらいなら良いだろう――遊戯はそう思い、それを破った。
「――エマルフ君はどうして……この島に来ようと思ったの? I2社から直接頼まれた、って聞いてるけど」
 マリクから頼まれた遊戯とは、異なる経緯。
 そもそも何故I2社は、遠い異国の彼に声を掛けたのか?
「……2日前……I2社の使者という人が、僕のところへ来ました。引き受けた理由は……何でしょう、上手く言えないんですが。ただ“僕は行かなければならない”――そんな気がしたんです」
 嘘は吐いていない、遊戯はそう判断する。
 普通の人間には考えがたい動機――しかしエマルフ・アダンならばあり得る。
 エマルフ・アダンが――――であることを踏まえれば、むしろ当然の帰結と言えよう。
(でも……だったら、アルベルトさんは?)
 アルベルト・レオ――普通の人間であるはずの彼は、何故なのか。
 彼は何を求め、何を抱いてこの島に来たのか?


 しばらくして、リシドとアルベルトが帰還する。
 彼らも軽い昼食を摂りながら、偵察の成果を共有した。
「――短時間の調査ではありますが……人間の姿は見えませんね。人為的な痕跡はなく、誰かが生活していた気配も見つけられませんでした」
 リシドからの報告に、マリクは眉をひそめる。
 そこまで大きな島でもない。そもそもI2社からの事前情報をどこまで信用するべきか、この後どのように動くべきか――その方針を思案する。
「……気になる場所ならあったぜ。あの山の下に、大きな空洞があった……かなり奥までありそうだった。そういう場所に潜んでる可能性もあるんじゃないか?」
 指さしながらそう言うと、アルベルトはパンを口で毟る。
 マリクは小さく溜め息を漏らし、不確かなその情報を採用した。
「……オーケイ。君たちの休憩が終わったら、全員で移動してみよう。もちろん、周囲には十分警戒しながらね」
 6人は小さく頷き合い、全員の意思を統一する。


 アルベルトが言う洞窟には、30分と掛からずに到着できた。
 道中にはやはり、人間の気配はなし。代わりに、野生動物を少し見かけた程度のものだった。
(静かすぎるな……本当にこの島で合っているのか? そもそも一体何人がこの島にいるのか……?)
 周囲を見回しながら、マリクは疑念を抱く。
 “ルーラーの残党”、それ以上の情報はI2社から与えられていない。
 しかし推測はできる――“ルーラー”は魔術儀式に精通した集団だ。それを執り行うためには、人里離れたこの場所はうってつけとも思える。
「――この洞窟か……確かに広そうだな。中に入ってみる必要があるか」
 数人程度なら並んで入れる、大きな洞穴。懐中電灯の光を向けるが、奥の構造は良く分からない。
 魔術儀式の中には、こうした外界の光が届かぬ場所を必要とするものもある。そう考えればこの洞窟は、最も調査すべき箇所とも言えた。
 マリクは腰に手を伸ばし、護身用の拳銃を確かめる。マリクとリシドが一丁ずつ用意したそれ――しかし、それが役に立つことは恐らくないだろう。“ルーラー”との闘いは、“闇のゲーム”により行われることとなるはずだ。そのときは、全員が左腕に装着した決闘盤こそ有用に機能する。
(……それでも、相手の人数が多ければ必要になるかも知れない。状況によっては、一時撤退も考えなければ)
 4人の協力者の命を預かっている――その事実を再認識する。
 その上でマリクは声を掛け、彼らを先導した。
「ボクとリシドが前を行く。皆、ついて来てほしい……繰り返しになるが、十分警戒してくれ」
 洞窟内に光はなく、マリクとリシドが持つ懐中電灯が頼りだ。
 歪な足下にも注意しながら、6人は奥へと歩み進む。
 しかし五分も歩いたところで、その歩みは止まる。
 手元の光源を揺らしながら、マリクは悩ましげな声を上げた。
「……分岐か。さて、どうするか」
 一本道と思われた洞窟は、二手に道が分かれていた。
(戦力の分散は避けたいが……時間を掛けるのも得策じゃない)
 そもそも、ここが本当に敵地なのかも判らない。
 やむを得ないものと割り切り、マリクは5人へ振り返る。
「――班を2つに分けよう。ボクとリシドは別として、3人ずつ……そうだな」
 マリクは少し考えてから、その編成を決めた。
「遊戯とアルベルト……2人はボクと一緒に、左の道へ。リシド、ティモー、エマルフは右を探ってくれ」
 マリクはリシドに視線を向け、頷き合う。
 声の響く洞窟内で、多くの言葉は発するべきでない。互いの健闘を祈り合い、彼らは二つに分かれてゆく。


(――リシドは腕の立つデュエリストだ……各国デュエルキングと比べても、決して遜色ないだろう)
 遊戯とアルベルトを引き連れながら、マリクはひとり考える。
 劣る者がいるとすれば、それは自分――“神”を手放した自分にはもう、そこまでの力は残されていない。マリクはそう自覚していた。
(……だとしても、ボクには誰よりも責任がある……“グールズ”を率いた者として。だから!)
 自身の決意を再認識し、マリクは前方を光で照らす。
 ――程なくして、広い空間に出た。
 とはいえ、周囲は暗黒のままだ。故に彼らは道を失い、一時立ち止まる。
(壁沿いに歩くべきか……? それにしてもこの洞窟、一体どこまで――ッ!?)
 彼の思考は妨げられる。

 ――唐突に、視界が開けた。
 白い光が周囲の全てを照らす。蛍光灯でも蝋燭の灯でもない、“魔術”により発生した不自然な光源によるものだ。
 不意に生じたそれにより、マリクは目が眩み、小さくうめく。
 徐々に目を慣らし、顔を上げる――そして、その先に立つ男を視界に捉えた。
「――お前は……カール・ストリンガー……!?」
 視線の先に立つのは、全身黒のローブ姿の青年。
 かつてイギリス三連覇を成した強豪。彼が“ルーラー”の一員であったという事実は、事前情報として知っていた。
「――違うな。我が名は“カール・ランバート”……偉大なるガオス・ランバート、その唯一の息子だ」
 カールは厳かに口を開く。
 マリク・イシュタールは身構えるとともに、その発言に疑念を抱いた。
(ガオス・ランバートの一人息子……? なら、シン・ランバートは?)
 それこそはカールの妄執。彼が邪神“ゾーク・デリュジファガス”の残滓に取り込まれた、根源たる因子。
 冷ややかに見下すカールに対し、マリクは負けじと睨み返す。
 そんな2人の間に、武藤遊戯が割って入った。
「カール君……どうか教えてほしい。この場所に絵空さんは……彼女は、ここにいるの?」
 カールの瞳に、かすかに邪悪の色が混じる。
 遊戯を視界に入れながら、口元を三日月に歪めた。
「……だとしたら……何だ? 闘って奪い返すか?」
 つまりは“イエス”ということか――遊戯はそう理解し、表情を険しくする。
「何故こんなことを……! 君たち“ルーラー”は――ガオス・ランバートは、今度は何をするつもりなんだ!?」
 遊戯のその問いに、カールの瞳がわずかに開く。そして、忌々しげに歯を噛んだ。
「知らなかったのか……? それもまた罪だな。“あの御方”はいない……戻らないままだ、1年前のあの日から!!」
 “あの日”――あの場にいた人間は、遊戯ただ一人を除き、新世界“楽園(エデン)”に導かれた。
 その後、“ゾーク・デリュジファガス”の消滅とともに、彼らは現世に帰還した。カールもまた、その中の一人だ。
 しかしその中に、ガオス・ランバートの姿はなかった――彼だけは、現世に戻ることができなかった。5年前、シャーディーにより肉体が破壊されていた彼には、もとよりそれが許されなかったのだ。
「貴様が殺したんだ……!! 貴様が、貴様らが“楽園”を拒まなければ、“あの御方”は生きていられた! “楽園”の中で、永劫に生き続けた!!」
 双眸に憎悪を湛え、カールは語気を荒くする。
 客観的に見れば、ガオスのそれは自業自得とも言えよう――しかし、予想外の話を聞かされ、遊戯はやや気後れした。
 一年前、分かってはいたことだ。“楽園”を拒むことにより、決して報われぬ者がいると――彼もまたその一人だった、それだけのこと。
「……だが……それもじき終わる。“あの御方”は再び蘇る、この私の手によって」
 呼吸を整えながら、カールは語る。
 そこに疑念の余地などなく、ただただ確信をもって。
「蘇る……だって? ガオス・ランバートの蘇生……それが、今の“ルーラー”の目的?」
 疑問が口をついて出る。
 そんなことが可能なのか、それは遊戯には分からない。
「――それも違うな。貴様らは誤解しているようだ……これは“ルーラー”ではなく、私の望み。現に、この島にいる“ルーラー”は私1人……いや、“2人”と言うべきか。余計なのが奥にもう1人いるがね……わずか5人で上陸した君たちには、朗報というべき情報だろう?」
 マリクはその言葉に反応する。
 恐らく嘘ではない、貴重な情報――“敵”は多くとも3人。だとすれば、とるべき戦略は決まってくる。
(ボクたち5人より少なかったとは……しかも聞く限り、この男がトップか? それなら!)
 一方で遊戯もまた、カールの言葉に反応した――マリクとは別の意味で。
(わずか“5人”……だって?)
 それは、果たしていつからだったのか――遊戯の背筋を悪寒が走る。
 背後を見回すが、やはりいない。最後尾を歩いていたはずの男――アルベルト・レオが、忽然と姿を消していた。
「……何だ……怖じ気づいたか? ユウギ・ムトウ……神の導きを阻む、罪深き者よ。この私自らの手で始末してやる……“闇のゲーム”で。“あの御方”への供物としてな」
 カール・ランバートは左腕を、そこに装着された決闘盤を構える。
 彼の敵意に満ちた視線は、真っ直ぐ遊戯を捉えている――しかしその前に、マリク・イシュタールが立ちはだかった。
「遊戯……ここはボクがいく! 君は切札だ……勝手を言うようですまないが、どうか頼む。ボクとヤツの闘いを、よく見ておいてくれ」
 マリクは一歩踏み出し、決闘盤を構える。
 “闇のゲーム”を操る者に、拳銃など通じるとは思えない――ならばここはデュエルに応じる。その方が勝算は高いと見た。
(こちらには遊戯がいる……! たとえイギリス王者が相手でも、互角以上に闘えるハズ。そのためにもボクが、できる限り手の内を暴く!)
 まさしく捨て石の覚悟。
 マリク・イシュタールはその身を賭して、勝利への道を拓かんとする。
「マリク……! 待って、ここは」
 彼の無茶を止めようとし、しかし遊戯はその手を止める。
 ならば自分が闘うのか――いや、それも出来ない。
 この場にいるのは遊戯とマリクの2人だけ。
 遊戯自身が闘えない以上、ここはマリクに任せるしかない。
(アルベルトさんはどこに……? マリクも気づいていないのか?)
 おかしい。
 これではまるで絵空と同じ――彼の存在も同じように、この世界から消え失せたというのか。

「――マリク・イシュタール……かつて“グールズ”を率いた男。“ルーラー”を一度は潰した人物」
 やや落胆の色を見せながらも、カールは冷ややかにマリクを見据える。
(過去にあの男を……シン・ランバートを下したデュエリスト、か)
 殺すべき価値を見つけ、カール・ランバートはほくそ笑む。
「……いいだろう。肩慣らしにはちょうどいい……貴様も血祭りに上げ、その首を共に捧げるとしよう」
 カールの全身から、穢れた“闇”が迸る。
 それは2人の周囲を漂い、“闇のゲーム”の舞台を整える。
 重々しい空気、研ぎ澄まされた緊張の中――2人は、同時に叫んだ。

「「――デュエル!!!」」


<マリク・イシュタール>
LP:8000
場:
手札:5枚
<カール・ランバート>
LP:8000
場:
手札:5枚





 一方その頃――リシドたち3人も、同様の局面に遭遇していた。
 不自然に明るい広間に、立ち塞がる人物。
 全身真っ黒なライダースーツにサングラスまで付けている、長身痩躯の男。
「――私の“実験場”へようこそ……歓迎するよ、デュエリスト諸君」
 黒い男は両手を広げ、不敵に笑う。
 その異様な風体と振る舞いに、3人は否応なく警戒を強めた。
「貴様は何者だ……? “ルーラー”の者か?」
 低い声で、リシドが問う。
 想定通りのその問いに、男は得意げに名乗った。
「私はトゥルーマン……“真実を語る者”。さしずめ“ミスターT”とでも呼んでもらおうか」
 男――“ミスターT”は、さらに言葉を続ける。
「二つ目の問いには……まあ、イエスと答えるべきだろう。私はどちらでも構わないがね……私自身の望みを叶えることができれば」
 不気味極まりないその様子に、リシドは念のため、腰の武器に手を伸ばす。
「無粋な真似はやめたまえ。そんなものは通じない……分かっているだろう? 我々の闘いは“これ”でなくては」
 ミスターTは左腕をかざす。するとそこから、コウモリの翼のような決闘盤が生えてきた。
「ようやく出番か……待ちわびたぜ。ここは任せな、リシドのおっさん!」
 誰がおっさんだ――などという反論は無視し、ティモーが一歩前へ出る。
 左腕の決闘盤を構え、応戦の意思を示した。
「いや……残念ながら、君だけではない。3人とも、手練れのデュエリスト……全員とお相手願いたい」
 ミスターTのその言葉に、エマルフは眉を顰める。
「アナタ1人でボクたち3人を……1対3のデュエルをすると?」
 彼はニィッと笑みをみせ、その回答を示してみせた。

「――いや」
「――闘うのは私ではなく」
「――“私達”だ」

 次の瞬間の光景に、3人は言葉を失った。
 増えたのだ――ミスターTの背後から、2人が姿を現す。
 全く同じ声、同じ容姿の男――2人目と3人目の“ミスターT”が。

「……三つ子……とかじゃないよな? 俺は夢でも見てんのか?」
 やっとのことで冗談を吐き、ティモーは顔を引きつらせる。
 リシドとエマルフに返す言葉はなく、代わりに決闘盤を構えた。
「……普通の人間ではなさそうだ。2人とも、十分に警戒してくれ」
「分かれて闘いましょう。その方が無難ですよ」
 タッグデュエルは危険――そう判断し、2人は左右に分かれ、小走りで距離をとる。
 ミスターTもそれに応じる様子で、それぞれに移動し、対峙した。

「――どうしたティモー・ホーリー……顔色が悪いな。大人しくサレンダーするかね?」
 ミスターTの挑発を受け、ティモーは決闘盤を構え直した。
「俺達のことはリサーチ済みか……? いいさ。かかってこいよ、ビックリ人間!」


「「「「「「――デュエル!!!!」」」」」」


 ティモー、エマルフ、リシド、そして“3人のミスターT”――3局のデュエルの火蓋が、一斉に切って落とされた。




第五章 ティモー・ホーリーの聖戦

「――先攻はいただこう。私のターン!」
 ミスターTはカードを抜き放つ。
 それと同時に、ミスターTとティモー、2人の周囲を黒霧が覆い始めた。
「“闇のゲーム”については聞いているかね? 私が勝てば、君の“存在”をいただく……覚悟はできているかな?」
「…………!!」
 ティモーは息苦しさを覚え、額の汗を拭う。
(これが“闇のゲーム”……昨日聞いてはいたが、なるほど普通じゃないな)
 しかしそれでも、デュエルはデュエル。
 いかなる盤外戦術を仕掛けられようと、負ける気など毛頭ない――かつて一国を制した者として。
「御託はいい。続けろよ、グラサン野郎」
「――“ミスターT”だ。思ったよりも口が悪いな……いや、なるほど。君はそういう人間か」
 口元に薄ら笑いを湛え、ミスターTは悠々と語る。
「……強い言葉で虚勢を張る。退路を断って自身を追い込む……その実、君の本質はとても繊細だ。自尊心が高く、臆病で、劣等感が強く、打たれ弱い……まったく滑稽だな。君のような“王”も存在するとは」
 彼の言葉はティモーの不快を買う。
 “真実を語る者”――図星とも思えるその語り口は、彼の心の深淵を揺らした。
「知ったような口を……! 早くカードを出せ! デュエルを進めろ!!」
 ティモーの叫びに応じるように、ミスターTは3枚のカードを選び出す。
「私はカードを2枚セットし――『ダーク・アーキタイプ』を攻撃表示で召喚! ターンエンドだ」


<ミスターT>
LP:8000
場:ダーク・アーキタイプ(攻1400),伏せカード2枚
手札:3枚


「――俺のターンだ! ドロー!!」
 ティモーは強い語気で宣言し、カードを引く。
 そして6枚の手札を視界に収め、気持ちを鎮めた。
(低攻撃力モンスターの攻撃表示に、伏せカードが2枚……なるほどな。ならば!)
「俺もカードを2枚セットし――そして!」
 ティモーはカードを高らかと掲げる。
「見せてやろう、ミスターT。今の俺のフェイバリットカード……俺のデッキで最高の“エースカード”を!」
「!? 何……っ?」
 ミスターTは表情を強張らせる。
 生け贄モンスターもいない最初のターンに、果たして何を喚び出すというのか――その正体に刮目する。
「来てくれ――『風霊使いウィン』ちゃん! 守備表示!」
 その瞬間、ミスターTの全身は凍り付いた。


風霊使いウィン  /風
★★★
【魔法使い族】
リバース:このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
相手フィールド上の風属性モンスター1体のコントロールを得る。
攻 500  守1500


 あどけない容姿の、緑髪の少女が現れる。使い魔“プチリュウ”は彼女に従い、その隣に鎮座した。
(……『風霊使いウィン』……“ちゃん”だと!?)
 意味が分からなかった。
 ミスターTはポカンと口を開く。
 ティモーはそのまま、特段の行動は見せずにターンを終了。
 ミスターTがそれに気が付くのに、十数秒の時間を要した。


<ティモー・ホーリー>
LP:8000
場:風霊使いウィン(守1500),伏せカード2枚
手札:3枚


「……フッ……ククッ、ハハハハッ! なるほどこれは参った。先ほどの私の挑発への意趣返し……といったところかな?」
 ウィンちゃんがわずかに頬を膨らます。
 ミスターTは微塵も信じない。よもや“そんなカード”が、ティモーのエースだなどとは。
(モンスターを残し、生け贄召喚へつなげるか……? そのためのリバース2枚体制だろうが。だが)
 ミスターTはほくそ笑み、デッキからカードを抜き放つ。
「私のターン! 来ないならこちらから行かせてもらう……永続トラップオープン『悪魔の憑代』!」


悪魔の憑代
(永続罠カード)
@:このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、
自分はレベル5以上の悪魔族モンスターを召喚する
場合に必要な生け贄をなくす事ができる。
この効果は1ターンに1度しか適用できない。
A:通常召喚したレベル5以上の悪魔族モンスター1体のみが
破壊される場合、代わりにこのカードを墓地へ送る事ができる。


「このカードがある限り、私は上級悪魔族モンスターを生け贄なしで召喚することが可能。よって現れよ、『ダークネス・デストロイヤー』!!」


ダークネス・デストロイヤー  /闇
★★★★★★★
【悪魔族】
このカードは特殊召喚できない。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。
攻2300  守1800


 ミスターTの伏せカードのうち1枚は、攻勢に入るための仕込みだった。
 ならばもう1枚は、防御系のカードか――そう思うのが普通だろう。
 しかし、
「さらにもう1枚――リバースマジック発動『マジック・プランター』!」


マジック・プランター
(魔法カード)
自分フィールドの表側表示の
永続罠カード1枚を墓地へ送って発動できる。
自分はデッキから2枚ドローする。


 発動したばかりの『悪魔の憑代』を早々に墓地へ送り、彼は手札を5枚に戻す。
 だがそれだけではない。彼の最初の戦術は、初期手札から定まっていた。
「これで私のフィールドに、魔法・罠カードはない……。何の憂慮もなく発動できるわけだ」
 相手の伏せカード2枚を眺めながら、彼はカードを振りかざす。
「魔法カード発動! 『大嵐』!!」


大嵐
(魔法カード)
フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。


 フィールドに巨大な暴風が発生し、互いのフィールドを襲う。
 本来であれば“痛み分け”のカード。しかしこの状況であれば、ミスターTに損害はない。
(これで1枚……そして『ダークネス・デストロイヤー』の攻撃で、さらにもう1枚)
 彼がカウントするもの――それは“カード・アドバンテージ”。
 M&Wにおいて、手札・フィールドに有するカード枚数は、概して互いの優劣を示す。

 ミスターTは開始ターン、2枚の伏せカードを見せることで、ティモーの油断を誘い、同数のカードをフィールドに伏せさせた。
 その上で『大嵐』を発動し、ティモーのカード2枚を破壊。
 そして相手の防御策を一掃したフィールドで、壁モンスターを破壊し、さらに1枚の優位性(アドバンテージ)を稼ぐ――それこそがミスターTの描いた戦術。

 しかし、
「――リバースカード、ダブルオープン! 『霊術の芽生え』『霊使いの絆』!!」
「!! フリーチェーンカード……2枚ともだと!?」
 予期せぬカード発動に、彼はたまらず動揺を示した。


霊術の芽生え
(罠カード)
自分フィールド上の裏側守備表示モンスター1体を公開して発動。
公開したモンスターが「霊使い」モンスターであれば、
お互いのフィールドのモンスターを全て表側表示にする。
その後、この効果でリバースした自分の「霊使い」モンスター
1種類につき1枚デッキからカードをドローする。

霊使いの絆
(速攻魔法カード)
自分フィールド上の裏側守備表示モンスター1体を公開して発動。
公開したモンスターが「霊使い」モンスターであれば、
そのモンスターと異なる「霊使い」モンスター1体を
手札またはデッキから裏側守備表示でセットする。
この効果でモンスターをセットしたターン、自分の「霊使い」
モンスターは破壊されない。


「――“逆順処理”だ! まずは『霊使いの絆』の効果……デッキから新たな“霊使い”を喚び出す。俺が喚ぶのは……『水霊使いエリア』ちゃん!!」


水霊使いエリア  /水
★★★
【魔法使い族】
リバース:このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
相手フィールド上の水属性モンスター1体のコントロールを得る。
攻 500  守1500


 『大嵐』の暴風に対し、一生懸命スカートを押さえるウィンちゃんの隣に、青髪の魔法少女エリアちゃんが現れる。
 2人の“霊使い”は顔を合わせると、仲よさげにハイタッチを交わした。
「さらに『霊術の芽生え』の効果だ! 2人を表側表示に変更し……デッキからカードを2枚ドロー!」
 そして『大嵐』の効果が終了、暴風が止む。
 ミスターTは目を見張った。彼の期待を大きく裏切る結果に。


<ティモー・ホーリー>
LP:8000
場:風霊使いウィン,水霊使いエリア
手札:5枚
<ミスターT>
LP:8000
場:ダークネス・デストロイヤー,ダーク・アーキタイプ
手札:4枚


「……防御系カードには、相手の攻撃宣言を待たねば発動できないカードが多い。少なくとも1枚は無力化できると考えていたが……」
 ミスターTはそう呟く。
 対するティモーはふっと、得意げに笑みを零した。
「ブラフなのが見え見えだったぞ? ミスターTよ」
 彼のその言葉に、ミスターTは認識を改める。
(なるほど、これがティモー・ホーリー……ドイツの決闘王(デュエルキング)。“一国を制する”ということ)
 ミスターTの口元が、三日月に歪む。

 面白い、これで良いのだ――これでこそ“実験”は成立する。
 ここはホムンクルス“T”の実験場。
 この強者が相手ならば、存分に試すことができよう――未知なる自分を。ホムンクルス“T”という存在を。

「カードを削ることには失敗したが……このままでは終わらんよ。装備カード『デーモンの斧』! 『ダークネス・デストロイヤー』に装備し、攻撃力は3300まで上昇する!」


デーモンの斧
(装備カード)
装備したモンスターの攻撃力は1000ポイントアップ!
このカードがフィールドから墓地に送られた時、
モンスター1体を生け贄に捧げればデッキの一番上に戻る。


「……? “霊使い”たちはこのターン、破壊されない。もはや攻撃する意味は――」
「――意味ならあるさ。このモンスターの攻撃は、守備モンスター相手でも貫通ダメージを与える。やれ、『ダークネス・デストロイヤー』!!」

 ――ズババァァァッッ!!!!

 巨大な斧が、2人の少女を強襲する。
 2人は杖を構えて“結界”を張り、その衝撃に耐える――『霊使いの絆』の効果により、破壊されることはない。しかし、その衝撃は確かに伝わる。

<ティモー・ホーリー>
LP:8000→6200→4400

「――!! ぐう……っ」
 強い衝撃に襲われ、ティモーは呻く。
 一気に半分近いライフを失い、形勢は一見するに不利。
 “カード・アドバンテージ”と引き換えに、ミスターTは別の優位性を掴んだのだ――“ライフ・アドバンテージ”という名の。
「さらに――私はエンド前に、このカードを発動する。永続魔法『未来融合−フューチャー・フュージョン』!!」


未来融合−フューチャー・フュージョン
(永続魔法カード)
自分のデッキから融合モンスターによって決められたモンスターを
墓地へ送り、融合モンスター1体を宣言する。発動後2回目の自分の
スタンバイフェイズ時に宣言した融合モンスターを自分フィールド上に
特殊召喚する(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。


「デッキから5体のドラゴンを墓地に送り……これを素材とする融合モンスターを、2ターン後の未来に融合召喚する。私が未来に融合召喚するのは――『F・G・D(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)』!!」


F・G・D  /闇
★★★★★★★★★★★★
【ドラゴン族・融合】
このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
ドラゴン族モンスター5体を融合素材として融合召喚する。
このカードは地・水・炎・風・闇属性のモンスターとの戦闘によっては破壊されない。
(ダメージ計算は適用する)
攻5000  守5000


<ティモー・ホーリー>
LP:4400
場:風霊使いウィン,水霊使いエリア
手札:5枚
<ミスターT>
LP:8000
場:ダークネス・デストロイヤー(攻3300),デーモンの斧,ダーク・アーキタイプ,未来融合−フューチャー・フュージョン
手札:2枚


 “ライフ・アドバンテージ”と“ボード・アドバンテージ”、2つの優位性で迫り、ミスターTはティモーを試す。
 そして彼を通し、自分自身をも。
「――君が得意とする上級モンスターは、生け贄召喚時に着実にアドバンテージを稼ぐ、堅実なカードだ。今のターンは手札を稼ぎ、選択肢を増やしたようだが……ここから先、私の猛攻を捌ききれるかな?」
「………………」
 ティモーは無言でカードを引く。
 そして、不敵に笑ってみせた。
「言われずとも見せてやるさ……俺の“エース”の真の力を」
 ティモーはカードを掲げる。それを見たミスターTは「やはり」とほくそ笑んだ。


風帝ライザー  /風
★★★★★★
【鳥獣族】
このカードの生け贄召喚に成功した時、
フィールド上のカード1枚を持ち主のデッキの一番上に戻す。
攻2400  守1000


 ドイツ王者、ティモー・ホーリーの異名は“皇帝”。その由来たるモンスターの一角は、まさしく想定の範疇。
 “霊使い”1体を生け贄とし、上級召喚するのだろう――当然、そのように予想した。
 しかし、
「見せてやる――少女たちの“新たな力”を! 手札から『風帝ライザー』を墓地に送り、“憑依融合”!!」
「!! 何……っ!?」
 ウィンちゃんの杖が浮かび上がる。
 その杖先が、緑色の輝きを放つ。“風帝”の魂を宿し、疾風を纏う。
 降りてきたそれを掴むと、ウィンちゃんはバトンの如く、クルクルと振り回す――そして最後に、決めポーズをとった。“魔法少女”らしく。
「これこそが! “霊使い”たちの新たな力――『風帝霊使(ふうていれいし)ウィン』ちゃん!!」


風帝霊使ウィン  /風
★★★★★★★
【魔法使い族・融合】
「風霊使いウィン」+「風帝ライザー」
このカードは自分フィールドの「風霊使いウィン」をデッキに戻し、
手札の「風帝ライザー」を墓地に送った場合にのみ、
エクストラデッキから特殊召喚できる(「融合」は必要としない)。
@:1ターンに1度、自分メインフェイズにフィールドのカード1枚を
対象として発動できる。そのカードを持ち主のデッキの一番上に戻す。
A:このカードは場を離れたとき、EXデッキに戻る。その後、
デッキから攻撃力500以下の魔法使い族モンスター1体を手札に加える。
B:このカードは自分のフィールド上に1枚しか存在できない。
攻2400  守1500


 少女の外見は変わらない。
 しかし携える杖から迸る魔力、発せられるプレッシャー ――それは紛れもなく、最上級モンスターに匹敵する。
「――ミスターT、お前はアニメを見るか?」
「!? アニメ……だと?」
 質問の意図が全く見えない。
 愕然とするミスターTに向け、ティモーはさらに言葉を紡ぐ。
「日本のアニメーション制作プロダクション“ぎゃろっぶ”が、M&Wカードを原作として生み出した、世界に誇れる魔法少女アニメ。『魔法少女ピケルたん』、『魔法少女ピケルたんACE(エース)』、『魔法少女ピケルたんMP(マジカル・プリンセス)』、そしてスピンオフアニメ『魔法少女ウィンちゃん』。その大人気に伴い、I2社は幾つかの関連カードを生み出した。この少女もまたそのうちの一人――“精霊界”での厳しい修行により誕生した、奇跡の魔法少女だ!!」
 意味が分からなかった。
 解析不能な言動と展開に、ミスターTはフリーズする。
 ティモーは構わず、それに畳み掛けた。
「“帝霊使”の真価を見よ……! 『風帝霊使ウィン』ちゃんの特殊魔法発動! “ウィンディ・ゲール”!!」

 ――カッ!!!!!

 緑髪の少女が力いっぱい杖を振るい、それにより、強烈な突風が放たれる。
 それは攻撃力3300の『ダークネス・デストロイヤー』を直撃し、抗う余地なく吹き飛ばした。
(これは……『風帝ライザー』の特殊能力をそのまま習得しているのか!? いや!)
 そうではない。
 生け贄召喚時のみの“誘発効果”として発動する“帝”に対し、“帝霊使”は毎ターン“機動効果”として発動する。継続的に発動できるという意味では“上位互換”とも呼べよう。
 『ダークネス・デストロイヤー』をデッキトップに戻され、ミスターTの陣形は薄くなる。
 しかしまだだ、まだ終わらない。
「続けて『氷帝メビウス』を墓地に送り――再び“憑依融合”! 『氷帝霊使エリア』ちゃん!!」


氷帝霊使エリア  /水
★★★★★★★
【魔法使い族・融合】
「水霊使いエリア」+「氷帝メビウス」
このカードは自分フィールドの「水霊使いエリア」をデッキに戻し、
手札の「氷帝メビウス」を墓地に送った場合にのみ、
エクストラデッキから特殊召喚できる(「融合」は必要としない)。
@:1ターンに1度、自分メインフェイズにフィールドの魔法・
罠カードを2枚まで対象として発動できる。そのカードを破壊する。
A:このカードは場を離れたとき、EXデッキに戻る。その後、
デッキから攻撃力500以下の魔法使い族モンスター1体を手札に加える。
B:このカードは自分のフィールド上に1枚しか存在できない。
攻2400  守1500


 氷雪を纏った杖を振るい、エリアちゃんも決めポーズをとる。
 ここから先の展開は、ミスターTにも想像できた。
「『氷帝霊使エリア』ちゃんの特殊魔法発動――“フリーズ・ヘイル”!!」

 ――カッ!!!!!

 青く輝く杖から、無数の雹が弾丸となり、放たれる。
 それはミスターTの永続魔法“未来融合”を粉砕する。
 これにより“ボード・アドバンテージ”は大きく覆された。


<ティモー・ホーリー>
LP:4400
場:風帝霊使ウィン,氷帝霊使エリア
手札:4枚
<ミスターT>
LP:8000
場:ダーク・アーキタイプ
手札:2枚


(モンスターが残ったか……攻撃力1400で攻撃表示。何かあるな、だが!)
「ここは攻める――ウィンちゃんの攻撃! “風・魔・法(ウィンド・チャーム)”!!」

 ――ズバババァァァッッ!!!

 放たれた風の刃が、『ダーク・アーキタイプ』を切り裂く。
 これにより、ミスターTは少なからぬダメージを負う――しかし、それは彼の狙い通りだ。

<ミスターT>
LP:8000→7000

「この瞬間、『ダーク・アーキタイプ』の効果発動! 私の受けたダメージ以下の攻撃力を持つモンスターを、デッキから特殊召喚できる!!」
 彼が負ったダメージは1000――選択肢としては多くない。
 しかし彼は迷うことなく、1体のモンスターを守備表示で喚び出した。


暗黒界の斥候 スカー  /闇
★★
【悪魔族】
このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、
自分のデッキから「暗黒界」と名のついたレベル4以下の
モンスター1体を手札に加える。
攻 500  守 500


「追撃だ! エリアちゃんの攻撃――“水・魔・法(ウォーター・チャーム)”!!」

 ――ズドォォォォッ!!!

 放たれた水流が、斥候“スカー”を打ち砕く。
 ミスターTはほくそ笑み、再びデッキに手を伸ばす。
「続けて“スカー”の効果発動。デッキから更なるモンスター『暗黒界の導師 セルリ』を手札に加える」
 これでミスターTのフィールドはガラ空きだ。
 エースモンスターを無事披露したことも含め、ティモーが主導権を奪ったことは明白――しかし相手の不気味な動きに、ティモーは眉間の皺を深めた。


<ティモー・ホーリー>
LP:4400
場:風帝霊使ウィン,氷帝霊使エリア
手札:4枚
<ミスターT>
LP:7000
場:
手札:3枚


 ミスターTは“コンボ”を狙っている――この盤面を覆せる、強力なコンボを。
 ティモーはそう推測した。そしてそれは正しい。
「――私のターン! フフ、では反撃といこうか……魔法カード『暗黒界の取引』! 互いに1枚ドローし、1枚を墓地に捨てる」


暗黒界の取引
(魔法カード)
お互いのプレイヤーはデッキから1枚ドローする。
その後、お互いのプレイヤーは手札を1枚選んで捨てる。


 一見するに、ただの手札交換――しかしそうではない。
 彼が先のターンで手札に加えた“暗黒界”には、手札から捨てられることで発動する、特殊能力がある。
「墓地に捨てられたことで――『暗黒界の導師 セルリ』の効果発動! 君のフィールドに特殊召喚される!」


暗黒界の導師 セルリ  /闇

【悪魔族】
このカードがカードの効果によって手札から墓地へ捨てられた場合、
このカードを相手フィールド上に表側守備表示で特殊召喚する。
このカードが「暗黒界」と名のついたカードの効果によって
特殊召喚に成功した時、相手は手札を1枚選択して捨てる。
攻 100  守 300


 魔法少女達のフィールドに、場違いな小悪魔が姿を現す。
 “導師”たる彼は呪文を唱え、その杖をミスターTへと向けた。
「そしてこの瞬間、“セルリ”の強制効果が発動! 私は手札を1枚選び捨てる! 私が捨てるのはこれだ――『暗黒界の魔神 レイン』!!」


暗黒界の魔神 レイン  /闇
★★★★★★★
【悪魔族】
このカードが相手のカードの効果によって手札から墓地へ捨てられた場合、
このカードを墓地から特殊召喚する。この効果で特殊召喚に成功した時、
相手フィールド上の全てのモンスターまたは全ての魔法・罠カードを破壊する。
攻2500  守1800


「そして“レイン”の効果発動――場に特殊召喚され、さらに君の場のモンスターを全て破壊する!!」
 場に現れた“魔神”、その胸の宝玉が七色に輝き出す。
 この一撃が決まれば、ティモーのフィールドは全滅、形勢は一気に覆る。
「なかなか面白いエースモンスターだったが……ご退場いただこう。喰らえ、“抹殺虹閃ヘルズレイ”!!」

 ――カッ!!!!!

 “レイン”から放たれた閃光が、ティモーのフィールドを強襲する。
 彼の場に伏せカードはない。この効果発動により、2体の“帝霊使”は確実に破壊されるだろう――そう思われた。しかし、
「――2人を護れ、“使い魔”たちよ!!」
「!?」
 ティモーの叫びとともに、“帝霊使”たちの使い魔――“プチリュウ”と“ギゴバイト”が前へ出る。
 彼らはその身を盾とし、主たる少女たちを護る。しかし犠牲になるわけではない。
 彼らの全身は強く光り輝き、“魔神”の閃光を弾く――“帝霊使”たちには、傷ひとつ付けさせない。
 そして閃光が消え――結果として破壊されたのは、ミスターTが送り込んだ“セルリ”のみ。
 ウィンちゃん、エリアちゃんはそれぞれ“使い魔”の頭を撫で、彼らは気持ちよさそうに笑っている。
「……一応、種明かしをしておこうか。俺は“レイン”の効果発動に対し、このカードを墓地に送ったんだ――『霊術の使い魔』を!」


霊術の使い魔
(魔法カード)
@:このカードを手札から墓地へ捨てて発動する。
このターン、フィールドの「霊使い」「憑依装着」
「帝霊使」モンスターは破壊されない。
この効果は相手ターンでも発動できる。
A:墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
デッキから「霊使い」モンスター1体を手札に加える。


「……専用の防御カードか、厄介だな。ならばせめて、少しでもダメージを与えておくとしよう――“レイン”の攻撃!!」

 ――バシィィィィッ!!!

 “レイン”が放った闇の波動を、“プチリュウ”の光が弾き消す。
 しかしその衝撃は、完全には防ぎ切れない――ティモーのライフをわずかに削った。

<ティモー・ホーリー>
LP:4400→4300

(……この程度、削られても何の問題もない。俺の考えすぎだったか?)
 ティモーは相手を訝しむ。
 着実に追い詰めている、それは恐らく間違いないのに――ミスターTにはまだ、明らかに余裕がある。
「私はカードを1枚セットし――ターンエンドだ」


<ティモー・ホーリー>
LP:4300
場:風帝霊使ウィン,氷帝霊使エリア
手札:3枚
<ミスターT>
LP:7000
場:暗黒界の魔神 レイン,伏せカード1枚
手札:1枚


「……俺のターン、ドロー!」
 ティモーは慎重にカードを引く。
 仕掛けるべき手順を脳内で組み立て、そして右手をかざした。
「まずはウィンちゃんの特殊魔法を発動! 対象は『暗黒界の魔神 レイン』だ――“ウィンディ・ゲール”!!」

 ――カッ!!!!!

 振るわれた杖先が、強く輝く。
 発せられた突風が、魔神“レイン”を強襲する――対して、ミスターTは当然の如くリバースを開いた。
「リバースマジックオープン! 速攻魔法『強者の証』!!」


強者の証
(速攻魔法カード)
場のモンスター1体を指定して発動。
以下の効果から1つを選択して、そのモンスターに与える。
●このモンスターよりレベルが低いモンスターの効果を受けない。
●このモンスターより攻撃力が低いモンスターの効果を受けない。


「このカードの効果により、“レイン”は攻撃力2500未満のモンスター効果を受け付けない!!」

 ――バシィィィィッ!!!

 “レイン”の纏う強者のオーラが、ウィンちゃんの放った風を弾く。
「君の操る“帝霊使”……恐らくは全て“攻撃力2400”と見た。『強者の証』は永続効果だ……君の戦術に、なかなか刺さるのではないかね?」
「…………!!」
 ミスターTの指摘は正しい。
 詰まるところ、ティモー・ホーリーの基本戦術は、昨年までのそれと概ね変わりないのだ――上級モンスター効果による着実な侵略、それこそが“皇帝”の由来。
(偶然……いや、メタカードか? やはり事前研究されているか。だが!)
 この程度の逆境は、決して珍しいことではない。
 ドイツチャンピオンシップ二連覇、その称号は決して伊達ではない――対策カードを打たれたことなど、腐るほどある。
「……俺は墓地の『霊術の使い魔』を除外し――第2の効果発動! デッキから『火霊使いヒータ』ちゃんを手札に加え、召喚する!」


火霊使いヒータ  /火
★★★
【魔法使い族】
リバース:このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
相手フィールド上の火属性モンスター1体のコントロールを得る。
攻 500  守1500


「三度いくぞ! 『炎帝テスタロス』を墓地に送り――“憑依融合”! 『炎帝霊使ヒータ』ちゃん!!」


炎帝霊使ヒータ  /火
★★★★★★★
【魔法使い族・融合】
「火霊使いヒータ」+「炎帝テスタロス」
このカードは自分フィールドの「火霊使いヒータ」をデッキに戻し、
手札の「炎帝テスタロス」を墓地に送った場合にのみ、
エクストラデッキから特殊召喚できる(「融合」は必要としない)。
@:1ターンに1度、自分メインフェイズに相手の手札をランダムに
1枚選んで捨てることができる。捨てたカードがモンスターカードだった
場合、そのモンスターのレベル×100ダメージを相手に与える。
A:このカードは場を離れたとき、EXデッキに戻る。その後、
デッキから攻撃力500以下の魔法使い族モンスター1体を手札に加える。
B:このカードは自分のフィールド上に1枚しか存在できない。
攻2400  守1500


「ヒータちゃんの特殊魔法発動――“ファイアリィ・ブレイズ”! お前の手札を破壊させてもらう!!」
 ヒータちゃんが杖を振るい、同時に、ミスターTの手札が発火した。
 彼女が破壊したのは、レベル4モンスター『ダブルコストン』。よって、そのレベルに応じたダメージをミスターTは受ける。

<ミスターT>
LP:7000→6600

「……私が“暗黒界”の使い手と知りながら、ノータイムで発動か。大したものだな。しかしその“帝霊使”のステータスも、他のモンスターと同等。ここからどう切り返す?」
 問われるまでもない。
 ティモーは残った3枚の手札、そのうちの1枚を発動した。
「フィールド魔法発動『魔法樹の奇跡』!」


魔法樹の奇跡
(フィールド魔法カード)
「霊使い」「憑依装着」「帝霊使」モンスターは「精霊界」モンスターとして扱う。
@:「精霊界」モンスターは、このカードを除く相手のカード効果を受けない。
A:フィールドの「精霊界」モンスターの攻撃力はバトルフェイズ中、
フィールドの「精霊界」モンスターの数×200ポイントアップする。
B:フィールドに「精霊界」モンスターが存在する限りこのカードは破壊されない。


「“魔法樹”の輝きにより……全ての“精霊界”モンスターの攻撃力が上がる。よって3人の攻撃力は、全員3000までアップ!!」
 攻撃力3000――まさしく最強レベルのステータスが立ち並ぶ。
 『暗黒界の魔神 レイン』の攻撃力をゆうに超え、一気に攻め立てる。
「バトルだ! ヒータちゃんの攻撃――“火・魔・法(ファイア・チャーム)”!!」

 ――ズドォォォォッッ!!!!

 業火が“レイン”を包み、その存在を消滅させる。
 同時に超過ダメージが、ミスターTのライフを削る――そして、それだけでは終わらない。

<ミスターT>
LP:6600→6100

「ウィンちゃんとエリアちゃんの――ダイレクトアタック!!」

 ――ズドォォォォォッッッ!!!!!!

 風と水、2つの魔法がミスターTを襲う。
 そのあまりの威力に、砂煙が巻き上がる。
 数値にして6000ポイント――この攻撃により、彼のライフは風前の灯火だ。

<ミスターT>
LP:6100→3100→100

(……削りきれなかったか。だが次のターン、確実に勝てる!)
 確信に近い勝算。ティモーにはすでに、自身の勝利への道筋が見えていた。
 ミスターTのフィールドにカードはなく、手札すらも残っていない。ライフポイント差も歴然だ。
 ここからの逆転など、到底あり得ぬことだろう――“常識”で考えるならば。


<ティモー・ホーリー>
LP:4300
場:風帝霊使ウィン,氷帝霊使エリア,炎帝霊使ヒータ,魔法樹の奇跡
手札:2枚
<ミスターT>
LP:100
場:
手札:0枚


『――そうだ……それでこそ“僕”だ、ティモー・ホーリー』

 煙の中から突如発された声、その声色にティモーは驚く。
 ミスターTのものとは違う、少年の声――そしてその声に、聞き覚えがある気がした。
 煙が晴れ、ティモーは愕然とする。
 そこに立っていたのは、少年――眼鏡をかけた、昏い眼をした子ども。
 見覚えがある、などという話ではない。誰よりもよく知る子ども。
 そう、彼は――“かつてのティモー・ホーリー”。
『君が未来の僕……そうか。学者にはなれなかったんだね、僕は』
「……!!?」
 失望した少年の瞳。
 何が起こっているのか分からない――混乱を極めた彼の脳裏に、過去の記憶がフラッシュバックする。


 ティモー・ホーリー ――ドイツの田舎町に生まれた彼は、十歳で親元を離れ、都会の進学校へ進んだ。
 人付き合いが苦手で、人の輪に入れなかった彼は、勉学で身を立てようとした。国内でも一、二を争う教育機関へ――自身の価値を証明するために。

 しかし彼は、そこで身の程を知り、絶望した。
 寝食を惜しみ、全てをなげうち、勉強した。それでも彼は、一番になることができなかった。
 過労で脱落した彼は、再起することができなかった。
 誰にも頼ることができず、孤独を深め、そして彼は――自殺を謀った。


「…………ッ」
 身体が震える。全身がひどく冷たい。
 左手首がたまらなく疼く――普段はリストバンドで隠した秘密、いくつもの“ためらい傷”が。

『――そんな顔をするな。だって“俺”は叶えたじゃないか……本当の望みを』

 声色がまたも変わる。
 ティモーは顔を上げ、またも驚愕する――そこにいたのは、成長した自分。
 他人を見下す、高圧的な瞳。
 数年前の自分の姿。


 地元の病院に入院した彼は、そこで初めての“友達”を得た。
 彼の名はデニス。彼に誘われ、ティモーはそこで初めて出逢った――M&Wに。
 そして彼の人生は、目まぐるしく変化していった。

 M&Wに打ち込み、たくさんの人達と触れ合った。
 彼は心の底から楽しみ、今までにない幸福を感じた――しかしそこでも彼は、“競う”ことから逃れられなかった。
 ドイツチャンピオンシップでの敗北。そこから勝ち上がり、“認められたい”という渇望。

 彼は再び変わってしまった。いやそれこそが、彼の心根だったのだろう。
 他人を蹴落とし、見下すこと。他人から見上げられ、価値を認められること。
 学者じゃなくても良かった。
 ただ他人に認められれば、自身の価値を証明できれば――何だって良かったんだ。


『――そうだ……そのためには勝たなくては。負けることなど許されない。それなのにお前は、何故そんなカードを使っている……?』
 かつての“ティモー・ホーリー”が指さす、3体の“帝霊使”を。
 “帝霊使”は確かに強力なカードだ。しかしコンボ性が強く、安定性で劣る。効率的に運用するには、フィールドに維持すべく、防御カードも積まねばならない。
 “帝”を直接召喚した方が、はるかに安定するだろう――毎ターンで使い捨てた方が。
 ただ勝利するためだけなら。
「ち……違う! 違うんだ! 俺は見つけたんだ、“勝つよりも大切なこと”を! だから――」
『――違わないな。だったら何故お前は、ソイツらに“力”を与えた……? 欲しいんだろう? “勝利”が! 他人を見下すために!!』
 “力”の象徴――ドイツ制覇の礎となった“帝”カード。
 か弱い彼女らに“それ”を纏わせることは、果たして何を意味するのか。
『中途半端だな……それでは駄目だ、いずれは負ける。情など捨てろ、勝利だけを追い求めろ! そうでなくては――お前はまた、ひとりぼっちだ』
 “真実”を突きつけながら、“ティモー・ホーリー”はカードを引く。
 未来の自分を導くために。絶対なる“皇帝”として。
『俺は墓地から! 5属性のモンスターを除外し――特殊召喚!!』
「!!? な……っ」
 ミスターTはこれまで、闇属性以外のモンスターを召喚していない。
 あり得るとすれば『未来融合−フューチャー・フュージョン』――あのカードにより墓地送りとなった、5体のドラゴン族。
 光・風・水・炎・地、5種類の属性モンスターを必要とする、唯一無二の特殊召喚。
「現れろ――『精霊界の女王−ドリアード−』!!」


精霊界の女王−ドリアード−  /光
★★★★★★★★★
【魔法使い族】
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の光・風・水・炎・地属性モンスターを
1体ずつゲームから除外した場合のみ特殊召喚できる。
このカードの属性は「風」「水」「炎」「地」としても扱う。
このカードがフィールドに存在する限り、
相手の同属性モンスターの効果は無効化される。
また、このカードは同属性モンスターとの戦闘では破壊されない。
攻3000  守3000


「バッ……バカな! そのカードは……!?」
 ティモーは瞳を、わなわなと震わせる。
 それはまさしくティモー・ホーリーのカード。
 かつてデニスから譲り受けた1枚――彼との友情の証とも言える、特別なカード。
『友情の証……? 馬鹿を言え。お前がコレを残したのは、そんな理由じゃなかっただろう?』
 思考を読んだかのように、“ティモー・ホーリー”は問う。

 1年前、デニスが譲ってくれた沢山のカードの中で、唯一残った1枚。
 これ以外は全て焼き払ってしまった。
 ただ“使える”から、それだけの理由でキープした1枚――果たしてそれが“友情”などと呼べるのか。

『教えてやる……今のお前の惰弱さを。そして思い出せ、お前の“真実”を!』
 精霊界の女王たる、美しき“ドリアード”――清廉たるはずの彼女は、しかし邪悪に嗤った。
 使い手たる“ティモー・ホーリー”の意志を受け、その魂は闇に穢れる。主たる彼に“勝利”をもたらすために。
『バトルだ!! 『精霊界の女王−ドリアード−』で――『風帝霊使ウィン』を攻撃!!』
 先のターン、“ウィン”の攻撃力は3000だった。
 一見するに同等――しかしフィールド魔法『魔法樹の奇跡』は、全ての“精霊界”モンスターに適用される。すなわち“ドリアード”にも。
 よって、フィールドの全モンスターの攻撃力は800ポイント上昇――元々の攻撃力差は覆らない。
 攻撃力3800の一撃を、“ウィン”に対して解き放つ。
『破壊しろ――“クロス・エレメント・シュート”!!』

 ――ズドドドドドッッ!!!!!

 放たれた5色の光弾が、緑髪の少女を強襲する。
 ティモーに打てる手立てはない。
 彼の目の前で、少女は散る――“ウィン”は倒れ、その存在は砕け散った。

<ティモー・ホーリー>
LP:4300→3700

「……!! く……っ」
 その衝撃を受け、ティモーはうずくまる。
 たった600ポイントのダメージが、重い――こんなにも、あまりにも。
『――そう言えば……“あのジジイ”はサレンダーしていたな、お前と違って』
 ティモーの身体が震える。
 1年前のバトル・シティ大会予選、ティモーの“ドリアード”の攻撃に対し、武藤双六は“降参”を示した。
 愛する“ピケル”を守るため、ただそれだけの理由で。
『――それでいいんだ。お前はあの“負け犬”とは違う……勝つために尽くせ。あらゆるものを踏み台にしろ』
 残された“エリア”と“ヒータ”、2体が不安げに振り返る。
 主たるティモーは両膝を折り、俯いたまま、立ち上がれない。
(変わっていない……? 俺はあの頃から、何も――)
 視界が定まらず、瞳を閉ざす。
 暗闇が訪れる――かつてのあの頃と、同じように。


『――どうして?』

 ティモーの世界に、光が差した。

『――どうして……お兄さんは、そう思っちゃうの?』

 聞き覚えのある、白い声。
 かつて彼が聞いた、少女の声――夢でも幻でもない、“真実”の言葉。

『――手を伸ばせばいいんだよ、すごく簡単なことなの。そして手を繋ぐの……それだけで、きっと分かり合えるから』


 彼の右手に、誰かが触れた。
 デニスの結婚相手の連れ子である“ヴェラ”。その母である“サンドラ”、そして親友デニス。
 彼らだけではない――たくさんの人がいた。
 人間は一人では生きていけない。それは感傷ではなく、真理だ。

 ――繋がっている
 ――たくさんの人たちと繋がっている
 ――だから

(俺は……ひとりなんかじゃない。最初から)
 ゆっくりと、ティモーは立ち上がる。
 左手首の傷痕は消えない。
 絶望は消えず、乗り越えても、心に根ざす――だとしても、未来を目指すことはできる。
 世界の輪郭を決めるのは、自分自身なのだから。
「……お前のターンは終わりか? なら、俺のターンだ」
 かつての“ティモー・ホーリー”を真っ直ぐに見据え、ティモーはデッキへと指を伸ばす。


<ティモー・ホーリー>
LP:3700
場:氷帝霊使エリア,炎帝霊使ヒータ,魔法樹の奇跡
手札:3枚
<ミスターT>
LP:100
場:精霊界の女王−ドリアード−
手札:0枚


「……ドロー! 俺は……っ」
 4枚の手札を視界に入れ、彼はカードを選び出す。
 その動きはよどみなく、心には一片の迷いすらない。
「俺は『地霊使いアウス』ちゃんを召喚! 手札の『地帝グランマーグ』を墓地に送り、“憑依融合”――『地帝霊使アウス』ちゃん!!」
 茶髪の少女がフィールドに降り立ち、輝く杖を振り下ろす。


地帝霊使アウス  /地
★★★★★★★
【魔法使い族・融合】
「地霊使いアウス」+「地帝グランマ―グ」
このカードは自分フィールドの「地霊使いアウス」をデッキに戻し、
手札の「地帝グランマ―グ」を墓地に送った場合にのみ、
エクストラデッキから特殊召喚できる(「融合」は必要としない)。
@:1ターンに1度、自分メインフェイズに、フィールドに
セットされたカード1枚を対象として発動できる。
セットされたそのカードを破壊する。
A:このカードは場を離れたとき、EXデッキに戻る。その後、
デッキから攻撃力500以下の魔法使い族モンスター1体を手札に加える。
B:このカードは自分のフィールド上に1枚しか存在できない。
攻2400  守1500


『またそれか……だからどうした? そんな雑魚に何ができる?』
 “ドリアード”には特殊能力がある――それは光・風・水・炎・地属性モンスターを全て封殺する能力。
 すなわち突破するためには、闇属性モンスターでなければならない。
 これはティモーのデッキにとって、致命的なメタカードと言える――“ドリアード”を破壊できる闇属性モンスターなど、彼のデッキには入っていない。
「雑魚なんかじゃない……! 彼女たちは生きている! こことは違う世界で」
『はぁ!? 気でも触れたか、お前?』
 “帝霊使”たちは振り返り、ティモーと頷き合う。
 彼らは知っているのだ――この状況で何をすべきか、その答えを。
「バトルだ! エリアちゃん、ヒータちゃん、アウスちゃん――『精霊界の女王−ドリアード−』を攻撃!!」
『!!? 何だとっ!?』
 3人の少女は魔力を溜め、“ドリアード”へと跳び掛かる。
 ティモーにはまだ手札が2枚ある。それを使い、何とかするのか――そう思われたが、しかし違った。
 邪悪に染まった“ドリアード”の魔力弾を受け、彼女たちは倒れてゆく。
 結果、全滅――その戦闘が終わったとき、ティモーのフィールドには1枚のカードすら残されなかった。

<ティモー・ホーリー>
LP:3700→3100→2500→1900

「……遊びは終わりだ。そろそろ姿を戻せ、ミスターTよ」
 冷静な声で、ティモーは告げる。
 驚いた表情をしていた“ティモー”は形を崩し、元の姿へ。
 サングラスをかけた長身の男、“ミスターT”へと戻った。
「――フム……これは驚いた。この状況で、私の正体を看破したこともそうだが……自棄になって投了かね? もう少し続けたかったのだが」
 彼が正体を晒したのは、勝利を確信したからだ。
 人間とはやはり、かくも脆いものだ――そう嘲り笑う。
 しかし、
「いや……もう終わりにしよう。このターンで決着はついた――お前の敗北でな」
 ミスターTの嘲笑がやむ。
 ティモーは右手を挙げ、高らかに宣言した。
「3人の“帝霊使”の特殊能力発動! 彼女らがフィールドを離れたとき……デッキから“攻撃力500以下の魔法使い族モンスター”を手札に加える!!」
 ティモーはデッキを取り外し、その中から3枚を探し、手札に加える。
(……“霊使い”3枚を手札に……? だから何だというのだ?)
 ミスターTにその真意は理解できない。
 そういえば――『風帝霊使ウィン』が破壊されたときにも、ティモーはこの効果を発動していたはず。
 ならば手札に“霊使い”は4枚。しかし、だから何だというのか。
「……『魔法少女ピケルたんMP』試練20……『封印の解放』」
「……!?」
 自棄になったわけではない。ましてや、彼女らを使い捨てたわけでも。
 そう、これは再現だ――アニメの再現。
 邪悪なる意思に操られたドリアード女王を救うべく、“霊使い”たちは闘った。
 そして彼女らの切なる想いは、“精霊界”の封印を解き放ったのだ――そこに眠る“守護神”、その魂を。


封印されしエクゾディア  /闇
★★★★★★★
【魔法使い族】
但し神の四肢たるカード4枚を加え5体を復活させし者
あらゆる敵を一瞬に葬り去る
攻1000  守1000
封印されし者の右腕  /闇
★★
【魔法使い族】
攻200  守300
封印されし者の左腕  /闇
★★
【魔法使い族】
攻200  守300
封印されし者の右足  /闇
★★
【魔法使い族】
攻200  守300
封印されし者の左足  /闇
★★
【魔法使い族】
攻200  守300


「バ……バカな。“エクゾディア”……!??」
 あり得ない。
 そんな素振りなど、どこにもなかったではないか――少なくとも、このデュエル中には。
「……お前は弱くなかった。だがしかし、敗因があるとすれば、それは――“アニメ”を見なかったことだ」
 5枚の手札を決闘盤にセットする。
 そのうち2枚は、師・双六から譲り受けたものだ――彼の協力なくして、このデッキは完成しなかった。
 “召喚神エクゾディア”はその神々しさで、フィールドの全てを制圧する。
 
召喚神エクゾディア:攻∞

 その輝きを受け、“ドリアード”は浄化されてゆく。
 まさしくアニメ通り。
 いや、フィクションなどではあり得ない――少なくとも、“白い声”に救われたティモーはそう思う。
 ここではないどこか、確かに存在する“彼女たちの真実(リアル)”。
「終わりだ――“召喚神エクゾディア”の攻撃!!」
 “精霊界”の守護神である彼が“ドリアード”を攻撃することはない。
 その攻撃はプレイヤーを、すなわちミスターTを、直接狙い撃つ。
「――“怒りの業火 エクゾード・フレイム”!!!」

 ――ドゴォォォォォォッッ!!!!!!

 轟音と、そして断末魔が響く。
 かの砲撃は彼を焼き払い――その存在を、跡形もなく消し飛ばした。

<ミスターT>
LP:100→0


<ティモー・ホーリー>
LP:1900
場:召喚神エクゾディア(攻∞)
手札:0枚
<ミスターT>
LP:0
場:精霊界の女王−ドリアード−
手札:0枚




第六章 見えるけど、見えない

 ――ボクが彼女の好意に気づいたのは、一体いつのことだったろう。
 それは多分去年、バトル・シティ大会決勝戦後の一幕。
 頬への口づけ、その後の彼女の表情。
 ボクがどんなに鈍くても、気がつかないわけがない。

 ボクは彼女のことを、とても大切に思っていた。
 けれどそれは、彼女のそれとは違って。
 ボクはただ彼女に――“彼女たち”に、幸せになってほしかった。

 恋ではなくて、愛でもない。

 彼女は“もうひとりのボク”だったから。
 2人で1人、二心同体。
 “もうひとりの自分”を、誰よりも大切に想う少女。

 ボクは彼女たちが、いつまでも一緒にいられたら良い――そう思っていた。
 ボクと“彼”の分も、いつまでも、いつまでも一緒に。
 まるで自分のことのように、その幸せを願ってきた。
 それなのに

 ボクは護れなくて
 何もできなくて
 またひとりにさせてしまった
 ボクの力が足りなかったから

 だからボクは彼女に、本当に幸せになってほしかった
 広い世界を知り、“2人の幸せ”をもう一度
 その隣に立つ人間は、ボクじゃなくて良かった

 きみの気持ちを知りながら
 気づかないふりをして
 何も知らない顔をして

 ボクは本当は怖かったんだ
 きみをまた護れないことが
 この手が届かないことが

 恋と呼ぶには穏やかで、愛と呼ぶにはきっと幼い
 だとしても
 ボクのこの想いが、きみの想いと違っていても

 ボクは今度こそ、きみを……――





 ティモー・ホーリーVSミスターT――そのデュエルの決着により、周囲を覆う闇は晴れた。
 敗北したミスターTは、塵一つ残さず消滅した。
 これが“闇のゲーム”か――ティモーはそれを目の当たりにし、薄ら寒い思いがした。
(死んだ……? いや、違うな。明らかに常人じゃなかった)
 芽生えかけた罪悪感を振り払い、気持ちを強く持つ。
 そういえば、他の2人のデュエルはどうなったのか――彼はそこに思い至り、左を向いた。


ホルスの黒炎竜 LV12  /炎
★★★★★★★★★★
【ドラゴン族】
このカードは通常召喚・特殊召喚できない。
このカードが自分フィールド上に存在する限り、
カードの発動と効果を無効にし破壊する事ができる。
また、このカードは自分フィールド上に存在する限り、
任意のカードの効果を受けない。
攻4400  守2200


 視線の先に鎮座するは、巨大にして荘厳なる黄金竜。
 迸る“神威”は万物を圧倒し、それはティモーも例外ではない。
 彼はそれを見上げながら、息を呑む。
 しかしそれも数瞬のことだ――その存在は姿を消し、代わりに小柄な少年が姿を現した。
「あ……ティモーさん。勝ったんですね、良かった」
 ほぼ同時に勝利したらしいエマルフが、けろりとした表情で駆け寄る。
 ティモーと違い、さして消耗した気配もない――敵じゃなくて良かったと、心の中で密かに思う。
(さすがは“天才少年”……いや、俺のデッキはまだ調整中だしな。ウン)
 何やら言い訳をしてから、ティモーは振り返る。
 残る1人、リシド・イシュタールはまだデュエル中らしい。
 彼らを覆う闇が深く、その形勢は窺い知れない。
 ならば先へ進むべきか――そんな考えも頭に浮かぶが、しかしその前に、目の前の闇が晴れた。
 リシド・イシュタールVSミスターT、そのデュエルの結末が、2人の前に晒される。


<リシド・イシュタール>
LP:0
場:
手札:2枚
<ミスターT>
LP:100
場:人造人間−サイコ・ロード
手札:0枚


「――まさしく紙一重……いや、危なかったよ。終盤の君のミスがなければ、確実に負けていた」
 膝を折るリシドを見下ろしながら、ミスターTはほくそ笑む。
 対するリシドは俯き、顔を上げることさえできない。
(なぜ私は負けた……!? なぜ私は、こんな!!)
 リシド自身が混乱していた。
 ミスターTとのデュエルにおいて、リシドは互角以上の闘いを演じていた――得意の“トラップ戦術”を駆使し、デュエルをコントロールしてきた。
 しかし終盤、彼に“何か”が起こった。
 プレイングに精彩を欠き、ミスを犯した。
 その隙を見逃さず、ミスターTは切札を召喚。一気呵成にリシドのライフを0にしたのだ。
(負けるわけにはいかなかった……! かつてグールズを率いた者として、その罪を贖うために! 私は!!)
「……申し訳ありません……イシズ様」
 リシドは呟く、この世界に残された“唯一の家族”の名前を。
 全身から力が抜け、意識が朦朧としてゆく。
「――オイ! しっかりしろ、リシドのおっさん!!」
 ティモーとエマルフが駆け寄り、呼び掛ける。
 対して、リシドは最後の力を振り絞り、彼らに託した。
「……すまない。あとは、たのむ――」
 そこで彼は事切れる。
 彼の身体は消え失せる、ティモーとエマルフの目の前で。
 そして――ティモー・ホーリーは伸ばした右手に、疑問を抱いた。
(何だ……? 俺は今、何に手を伸ばしたんだ?)
 果たして何を失ったのか、ティモーにはもう分からない。
 リシド・イシュタールの存在は失われたのだ――ティモーの記憶の中だけでなく、“世界”から。
「……? と、とにかく! 残念だったなミスターT! 俺もエマルフも勝利した! 残るはテメー1人だけだ!」
 ティモーは右手をミスターTへ向け、指さしながら宣言する。
 胸を張り、誇らしげに。何故なら全勝――“誰も負けなかった”のだから。
「フフ……大したものだな。私も一人くらいは倒せると思っていたが、まさか全敗とは」
 ミスターTは余裕げに笑い、見下す。
 ティモーはそれを強がりだと思うが、そうではない。
 全てが、ミスターTの掌の上で動いている――少なくとも、彼はそう自覚している。
 しかし、
「――何をしたんだ……?」
 唐突に、エマルフはらしくもない、怒気の籠った声で叫んだ。
「あなたは僕達に――いったい何をしたんだ! ミスターT!!」
 ティモーは驚き、振り返る。
 エマルフは頭を押さえながら、ミスターTを強く睨んでいた。
「……ほう、これは驚いた。では問おう、エマルフ・アダン……君達は“何人”でこの島に上陸した?」
 当然“3人”だ――ティモーはそう思う。
 しかしエマルフの答えは違った。
「ふざけるな……! 僕達は“4人”でこの島に来た! リシドさんの指揮のもと、この洞窟へ――」
 そこまで言い、エマルフは口を閉ざす。

 “4人”――本当にそうだったろうか?
 ここに至る前の分岐点で、自分たちは二手に分かれた。
 “4人”を二手に、“1人”と“3人”に――そんなことがあるだろうか?

(遊戯さんの申し出で、1対3に分かれた……? いいや違う! あと1人か2人、仲間がいたんだ!!)
 エマルフはそう推理する。しかし思い出せない、その人物のことが。
「――なるほど、エマルフ・アダン……興味深いな。完璧ではないにせよ、我が“改変”に抗うか。流石は“光の子”。我が“生みの親”と対をなす者だ」
 エマルフ・アダンは生まれながらにして“正しき光(ホルス)”を授かりし人間。
 光の創造神“ホルアクティ”の加護を、正しく賜った子ども。
 その正しさ故に、力は劣る。
 しかし紛れもなく、穢れた“光(ホルス)”を取り込んだ無瀬アキラ――彼とは対をなす存在だ。
(もっと興味を示すかと思ったが……さて。あの男、何を考えているのか)
 この場に姿を現さない“片親”に思いを馳せる。
 しかし“親”といっても、感謝も敬愛もない。
 ミスターTはただ、自身がなすべきことを果たすだけだ――自分が生まれた目的、その存在理由を。
「……そろそろいいかね? では、第二ラウンドといこうか」
 次の瞬間、ティモーはぎょっとする。
 目の前のミスターTが、またも増えた――今度は2人に。
「君達の最新の戦術……確かに学習させてもらった。では、次はタッグデュエルといこう。色々試してみたいのでね」
 ミスターTは、揃って決闘盤を構える。
 それを合図とし、再び黒霧が立ち込める――今度は4人をまとめて包み込んだ。
「何だかよく分からんが……やるしかねーな。おい、エマルフ!」
「……!!」
 エマルフを気を持ち直し、決闘盤を構える。
 とにかく、負けるわけにはいかない――負ければ恐らく、リシド・イシュタールの二の舞だ。
(とはいえこのデュエル……勝てば、今度こそ終わるのか?)
 エマルフ・アダンの懸念。

 ミスターTは明らかに人間ではない。
 彼には全く危機感が見えない。
 消滅しては現れる、そういう存在なのだとしたら。
 何度でも何度でも、勝つまで繰り返すつもりなのだとしたら――万に一つも勝機はない。

(この男から感じる、邪悪な気配……その根本を絶たないと!)
 そしてそのためには、この場の闘いでは解決しない。
 彼を倒す、その勝利への鍵は――“もう一局の闘い”が握っていた。





 時は少しさかのぼる。
 同じ洞窟内で行われていた“もう一局の闘い”――マリク・イシュタールVSカール・ランバート、そのデュエルは決着の時を迎えようとしていた。
「――『ダークネス・バブーン』……ダイレクトアタック」

 ――ズドォォォォッ!!!

「――うわぁぁぁぁぁっっ!!!」
 モンスターの棍棒による強烈な一撃を浴び、マリク・イシュタールは吹き飛ぶ。
 これにより決着――カールは冷ややかに、倒れ伏すマリクを見下した。


<マリク・イシュタール>
LP:0
場:
手札:0枚
<カール・ランバート>
LP:8000
場:ダークネス・ベヒーモス,ダークネス・バブーン,伏せカード2枚
手札:5枚


「――マリク!! しっかりして! 大丈夫!?」
 遊戯はマリクに駆け寄る。
 彼を抱き起しながら、顧みる――先ほどまでのデュエルを。
(マリクが弱いわけじゃない……カール君、一年前とは桁違いの強さだ! いや、それどころか――)
 そんな次元の話ではない。
 この強さはもはや異常だ――“人間”のそれとは思えない。
(この力……この気配。一年前の“アイツ”に匹敵するかも知れない)
 遊戯の直感はまさしく正しい。
 闇の破滅神たる“ダークネス”の残滓に取り込まれたカールは、今や人間の領域にはいない。
 闇の神の断片たる“闇(ゾーク)アテム”――その力にも比肩する。

 かつて武藤遊戯が“人間”を棄て、“王”となることで勝利した相手。
 海馬瀬人ですら歯牙にもかけなかった存在。
 ともに上陸した仲間の中に、彼に勝てる者はいない――“人間”のままでは。

「う……すまない、遊戯……」
 遊戯の腕の中で、マリクの身体は消える。いや、“存在”が消え失せる。
 その意味を悟り、遊戯は拳を握りしめた。月村絵空と同じだ――彼は“世界”から失われたのだと。
「……なるほど、これは驚いたな。貴様はまだ覚えているのか、その男のことを」
 遊戯は顔を上げ、カールを睨む。
 一方のカールは涼しい顔で、周囲の様子を伺った。
(“千年聖書(ミレニアム・バイブル)”の気配はない……ユウギ・ムトウは何故覚えている? この島への上陸は、“聖書”の導きによるものではない……?)
 カール・ランバートは知らないのだ。
 武藤遊戯は今や“人間”ではない――この世界の理から、外れた存在であることを。
「カール君……いや、カール・ランバート。絵空さんもマリクも、この世界から消えた……何故こんなことを。こんな残酷なことを、平然とできるんだ?」
 遊戯は膝を折ったまま、努めて冷静に問いかける。
 闘うわけにはいかない。故に妥協点を探る。
「貴様のせいだよ……ユウギ・ムトウ。ガオス様の復活は第一目的……その後、我々は“聖戦”を再開する。全人類を、この世界から排除せねばならない」
 遊戯は眉をひそめる。
 闇の創造神“ゾーク・アクヴァデス”の意志による“聖戦”は、確かに全人類を“この世界”から一掃することだった。その上で新世界“楽園(エデン)”へ導き、全ての人間を救済するというもの。
「絵空さんとマリクは“楽園”に……? まさか、そんなことが」
 “楽園”は“闇(ゾーク)の世界”に築かれたものだ。
 彼らの魂がそこへ導かれたというなら、それはまさしく“聖戦”の再開。“ゾーク・アクヴァデス”は諦めていなかったということになる。
「……さあ、知らないな。消えた人間のことなど、何を案じることがある?」
 カールは無関心に答える。
 そもそも破滅神“ゾーク・デリュジファガス”の役割は、全人類を消し去ることだ。壊すことしか知らない、そういう存在なのだから。
「消えた人間のことは、誰も覚えていない……そこに何の問題がある? 誰も悲しまず、苦しまず……1人ずつ消えてゆく。それはとても幸せなことだ――そうは思わないか?」
 ――人間はいずれ死に、残された者は“絶望”する。
 それはあるいは、自身への問いか。ガオスを失い、“絶望”したカールへの。
 しかし遊戯には、それを慮る余裕などない。
 心の中に“熱”が生じた。それは弾けたように広がり、彼の精神を蝕み始める。
「幸せなこと……? 本気で言っているのか!? 残された人達が、何も感じないとでも!?」
 遊戯の語気が荒くなっていく。
 絵空の父も母も、彼女のことを知らないと言った。
 けれど2人とも、どこか淋しげだった――いたはずの娘を失くし、彼女がこの世界に存在しないことを。


受験生の親というのは、気が気じゃないのだろうね――私には子どもがいないから、想像しかできないが

――だから“絵空”。もしも子どもが生まれたら……名前は“絵空”にしようって。結局その前に、あの人は他界して……その夢は果たせなかったけれど


 許せないと思った。
 決して許してはならないと感じた。
「――それは貴様の主観だ。貴様が消えればそれで終わり……誰一人として嘆かない」
 カールは決闘盤を突き出す。
 遊戯はそれに応じることなく、代わりに奥歯を噛みしめる。
「どうした……何故闘わない? 貴様が躊躇する間に……さらに“もう1人”消えたぞ?」
「……!!」
 消えたのはリシド・イシュタール。
 左眼を見開く遊戯に対し、カールはさらに挑発する。
「貴様を除けば、残り2人……生け贄がまだ足りないか? 貴様を最後に残すのも、それはそれで一興だろう」
「……ッッ!!」
 衝動的に、遊戯は立ち上がる。
 そして彼は、右側の眼帯に左手を掛ける。
 それを勢いよく剥がし、その眼を見開く――“黄金”の右眼が、カール・ランバートを捉えた。

 ――ドクンッ!!!

 刹那――カールの全身は硬直する。
 得体の知れない“何か”、その視線に射抜かれて。
(何だ……あの眼は? 人間のものではない……!!?)
 再生した右眼。呼ぶなればそれは“王の眼”。
 彼が人ならぬ身へと、さらに歩を進めたことの証。
「……これで最後だ。絵空さんとマリクと……みんなを元に戻せ。そうすれば――」
「――愚問だな。私がそれに応じるとでも?」
 思わない。けれど、願ってはいた。
 遊戯もまた、決闘盤を構える。
 闘わなければ取り戻せない。だから闘うしかない。

 武藤遊戯VSカール・ランバート――その勝敗は、火を見るよりも明らかだ。
 カール・ランバートは死ぬ、遊戯の手によって。
 そして遊戯は、もう戻れない――邪悪の化身たるカールを殺し、一柱の“邪神”として完成する。

 遊戯にはもう、カールを許すことができない。
 内なる声に導かれ、怒りと憎悪が込み上げる。
 魂は穢れ、堕ちてゆく。
(返事……できなかったな、絵空さんに)
 かすかに残った理性で、そう思う。
 遊戯にはすでに、自身の未来さえ視えていた。

 自分にはもう救えない。
 可能性があるとすれば“彼”――全ての者の目を欺き、身を隠すことに成功した“彼”。
 そのためにもここで、カール・ランバートは倒さねばならない。

 およそ一年ぶりのデュエル。
 そこに懐旧はなく、喜びもない。
 ただ深い“絶望”だけが、彼の心を苛んでゆく。


――“見えるけど見えないもの”。それって何だと思う?


「!? え……っ?」
 しかし不意に掛けられた問いに、遊戯は毒気を抜かれた。
 カール・ランバートには聴こえない、頭の中に響く声。
 それは自分の声だ。いつぞや自分で考えた、謎解きめいた質問。


――それは“友情”さ! オレとお前は互いに見えっけどよ……友情ってやつは見えねーだろ!


 遊戯は驚き、振り返る。
 いるはずのない人の答え。もう一年近くも聞いていない、懐かしい声。
 そしてそこに在ったものに、遊戯は再び驚かされた――宙に浮かぶ“それ”は、彼の胸に飛び込み、その腕に収まる。
「……ミレニアム・バイブル……!? どうして」
 その存在を視認し、カール・ランバートも反応する。
 所在不明であった“千年聖書”――月村絵空が所持していた、膨大な魔力を有する黒い本。
 “ルーラー”の象徴でもあったそれは、カールにとって極めて重要な標的の一つだ。
「……今の声は……きみが? ボクを落ち着かせるために?」
 遊戯の問いに応えるように、“聖書”の表紙のウジャト眼が瞬く。
(……いるわけがない……か)
 遊戯は淋しげに笑い、「ありがとう」と呟く。


「――なーに暗い顔してんだよ、遊戯」


 時が止まった気がした。
 その声の主は呼吸を整えながら、遊戯のもとへと歩み寄る。
「ったく……その本、急に飛び出していきやがって。追いかけるのに必死だったぜ」
 遊戯はゆっくりと顔を上げる。
 視界が霞んでよく見えない。
 けれど夢でも、幻でもない。
 彼は確かに、そこにいた――いるはずのない人が。

「――助けにきたぜ……遊戯。お前の“友達”としてな」

 いるはずのない人、誰よりもいてほしい人。
 この絶望的な局面で、彼は――城之内克也は、頼もしげに笑いかけた。




第七章 王の帰還

 城之内克也が武藤遊戯と再会を果たしていた頃――この島では、二局の“闇のゲーム”が繰り広げられていた。
 一方は洞窟内、エマルフとティモーによるタッグデュエル。
 そしてもう一方は、洞窟外――その洞窟の入口付近で行われていた。


<孔雀舞>
LP:8000
場:ハーピィ・クィーン,伏せカード1枚
手札:4枚
<ミスターT>
LP:8000
場:ダーク・アーキタイプ,伏せカード2枚
手札:3枚


「――アタシのターン!! 手札から『融合』発動! フィールドと手札の、3体の“ハーピィ”を融合……現れなさい、『ハーピィ・エンプレス』!!」


ハーピィ・エンプレス  /風
★★★★★★★★
【鳥獣族・融合】
「ハーピィ」鳥獣族モンスター×3
このカードは墓地からの特殊召喚はできない。
「ハーピィ・エンプレス」の@Aの効果は1ターンに1度、
いずれか1つしか使用できない。
@:相手フィールドの全てのモンスターを破壊する。
A:相手フィールドの全ての魔法・罠カードを破壊する。
攻2700  守2100


 金髪の女性――孔雀舞がカードを振るい、モンスターを召喚する。
 喚び出したのは、彼女が愛用する“ハーピィ”の“女帝”たる存在。彼女は鞭で地面を叩き、相手プレイヤーを牽制する。
「さらに手札から魔法カード――『ハーピィの神風』!!」


ハーピィの神風
(魔法カード)
自分の場・墓地に存在する「ハーピィ・レディ」の数まで
相手フィールド上の魔法・罠カードを破壊する。


 一陣の“神風”が、ミスターTの伏せカード2枚を吹き飛ばす。
 彼は一度顔をしかめるが、すぐに余裕の笑みを浮かべた。
「フフ、やってくれるな。これで私にトラップはない。攻撃するかね?」
 分かりやすい挑発に、舞は眼を細くする。
 相手フィールドの『ダーク・アーキタイプ』は見たこともないモンスターだ。
 攻撃力は1400、大した数値ではないが、特殊能力があるだろう。
 だが、
「舐められたものね……アタシは『ハーピィ・エンプレス』の特殊能力発動! 相手フィールドのモンスターを全て破壊する!!」
「!! 何だと!?」
 “女帝”の身体が炎を纏う。
 彼女は“鳳凰”の化身となり、相手フィールドを強襲した。
「いきなさい――“鳳凰の舞”!!」

 ――ズドォォォォッ!!!!

 “鳳凰”の突進により、『ダーク・アーキタイプ』は焼失する。
 “女帝”が纏う炎は消え、再び鞭を構えた。
「ク……やってくれる。これで私のフィールドはガラ空き。大ダメージは避けられないというわけか」
 そう言いながらも、ミスターTにはまだ余裕が窺えた。
 彼の手札には、この戦況を覆せるカードが温存されているのだろう――舞はそう予想し、鼻で笑った。
「なに勘違いしてるの……? デュエルはここでお終いよ」
 舞がパチリと指を鳴らすと、伏せカードはゆっくりと立ち上がった。


ヒステリック・パーティー
(永続罠カード)
手札を1枚捨てる。
自分の墓地に存在する「ハーピィ・レディ」を可能な限り特殊召喚する。
このカードがフィールド上から離れた時、
このカードの効果で特殊召喚したモンスターを全て破壊する。


 舞のフィールドに新たに、3体もの“ハーピィ”が出現する。
 全ての“ハーピィ”の総攻撃力は、なんと8800ポイント――ミスターTの初期ライフをゆうに上回った。


ハーピィ・クィーン  /風
★★★★
【鳥獣族】
このカードを手札から墓地に捨てる。
デッキから「ハーピィの狩場」1枚を手札に加える。
このカードのカード名は、フィールド上または墓地に
存在する限り「ハーピィ・レディ」として扱う。
攻1900  守1200

ハーピィ・ハーピスト  /風
★★★★
【鳥獣族】
「ハーピィ・ハーピスト」のABの効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。
@:このカードのカード名は、
フィールド・墓地に存在する限り「ハーピィ・レディ」として扱う。
A:このカードが召喚に成功した時、
このカード以外の自分フィールドの鳥獣族モンスター1体と
相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。
そのモンスターを持ち主の手札に戻す。
B:このカードが墓地へ送られたターンのエンドフェイズに発動できる。
デッキから攻撃力1500以下の鳥獣族・レベル4モンスター1体を手札に加える。
攻1700  守 600

ハーピィ・レディ1  /風
★★★★
【鳥獣族】
このカードのカード名は「ハーピィ・レディ」として扱う。
このカードがフィールド上に存在する限り、
風属性モンスターの攻撃力は300ポイントアップする。
攻1300  守1400


(バカな……これが孔雀舞だと……!?)
 ミスターTは言葉を失う。
 リサーチした1年前とは格が違う。
 洞窟内の“王”達すら凌駕する、驚異的な速攻。
 デュエル開始から、わずか3ターンでの“詰み”――これでは、“精神攻撃”を仕掛ける隙すらない。
「――地獄のハーレムを体感なさい……舞え、“ハーピィ・レディース”!!」

 ――ズババババァァァッ!!!!!!!!

<ミスターT>
LP:8000→6400→4400→2200→0

 “ハーピィ”の総攻撃を受け、彼のライフは0となる。
 同時に彼は倒れ、その身体は塵となって消滅した。

「――流石じゃな、孔雀舞。今のオレでも分かる……アンタ、相当腕を上げたぜよ」

 舞はその声の主に振り返る。
 彼は今やデュエリストではない。
 しかし城之内と舞をこの島へ連れてきてくれた、紛れもない“仲間”だ。
「嫌な感じがしたからね……仕掛けられる前に、仕掛けただけさ。それに、アイツの後も追わなきゃだし」
 真っ暗な洞窟内を覗き込み、舞はぼやく。
 自分がこの場を引き受け、先に行かせた男――城之内克也を思いながら。
「悪いけど、アンタは船に戻ってちょうだい。思ったよりもヤバそうだわ……アンタが消えちまったら、島から出られなくなっちゃうし」
 さしもの孔雀舞も、“漁船”を運転した経験などない。
 男から懐中電灯を受け取ると、舞は独りで洞窟内へと駆けてゆく。
 それを見届けると、彼は踵を返す。
 しかし立ち止まり、振り返りながら呟いた。
「――負けんじゃねーぞ、城之内……このオレが認めたデュエリストなら」
 彼――梶木漁太は、どこか誇らしげに笑みをこぼした。





 そして再び洞窟内――城之内克也は無事、遊戯のもとへたどり着いていた。
 途中の分岐で迷うこともなく、“千年聖書”の導きのままに。
「城之内くん……どうしてここに? 一体どうやって……!?」
 嬉し涙を拭いながら、遊戯は改めて質問する。
 城之内は遊戯を、いや彼の抱える“千年聖書”を指さしながら、澄まし顔で応えた。
「ソイツが教えてくれたんだ。一昨日の朝……こっちだと夕方だっけか? まあとにかく、お前が危ないってよ。いきなり現れて、頭に声が響いたっつーか……で、舞と一緒に帰ってきたんだ。オレにしか聞こえないみたいで、舞は半信半疑だったけどな。あ、梶木のやつも一緒なんだぜ。港で偶然会えてよ、乗せてきてもらったんだ」
 要領を得ない説明だが、状況はおおよそ把握できた。
 遊戯が“聖書”に感謝を伝える一方で、カール・ランバートは顔をしかめる。
(“千年聖書”がこの男を……カツヤ・ジョウノウチを連れてきた、だと?)
 武藤遊戯ではなく、“あの男”でもない。
 なぜ城之内克也などという“俗物”を導いてきたのか――カールには全く理解できない。


――カツヤ・ジョウノウチ……見事な男だ。これほど才能あるデュエリストを、儂は見たことが無い


 一年前のガオス・ランバートの言葉。
 それが脳裏をよぎり、カールの瞳に“嫉妬”の色が混ざった。
「――それで? 貴様ごとき“俗物”が、何をしにこの場に現れた……カツヤ・ジョウノウチ?」
 カールの問いに反応し、城之内は不敵に笑う。
「その顔……覚えてるぜ。去年のバトル・シティでも少し話したよな、“臆病者(シープキッド)”?」
 彼の挑発的な返しに、カールは表情で不快を示す。
 それはカールのかつての“異名”であり、大衆に認められる以前の蔑称だ。
「……冗談だよ。今じゃてめえをそう呼ぶヤツなんざいねえ。イギリスを旅してるとき、色んなヤツから名前を聞いたぜ。“英国最強の男”カール・ストリンガー。去年の事件が明るみになった今でも、その評価は覆ってねえ。英国三連覇を果たしたてめえは、間違いなく“最強のデュエリスト”だってな」
 挑戦的な瞳で、城之内はカールを見据える。
 しかしカールはそれに応じず、吐き捨てるように言った。
「――“カール・ランバート”だ。私は“あの御方”の意志を継ぐ者……かつての称号など、何の興味もない」
 カールは改めて遊戯を睨む。
 しかしその間に、城之内が割って入った。
「つれねぇな、カール・ストリンガー。オレはてめえと闘いたくてうずうずしてんだぜ? 遊戯と闘いたきゃ、まずはオレを倒すこった」
 カールは溜め息を吐く。
 そして尚も彼を無視し、武藤遊戯に問いかけた。
「ユウギ・ムトウ……貴様がそれを望むなら良かろう。だが同じ愚を繰り返すか否か……よく考えることだ」
「……!!」
 遊戯の脳裏に、マリクの敗北が蘇る。
 そうだ、状況は変わっていない――それを理解し、遊戯は奥歯を噛み締める。
「……城之内くん……ありがとう。君が来てくれて、本当に嬉しかった」
「? 遊戯?」
 遊戯は城之内の前に歩み出る。
 そしてカールと再び対峙し、決闘盤を構える。
「でも……ここはボクが闘う! 彼は……カール・ランバートはもう“普通”じゃない。ボクが闘うしかないんだ」
 先程までより穏やかな気持ちで、遊戯はカールを見据える。
 黄金の右眼は強く輝き、その運命を構築する。
「……大丈夫、負けないよ。彼にも、自分自身にも……君が見ていてくれれば、ボクはきっと負けない! だから――」
 遊戯は晴れやかな気持ちで、城之内に振り返ろうとした――しかし、
「だから――オレがやるって言ってんだろ、遊戯」
 襟首を掴まれる感覚。
 遊戯は力いっぱい後ろに引っ張られ、城之内の後ろで尻餅をついた。
「……じょ、城之内くん……?」
 唖然とする遊戯に対し、城之内は微笑んでみせた。
「信じろよ……約束したろ? オレはもう、誰にも負けねぇって」
 遊戯に背を向け、彼は決闘盤を構える。

 信じたい――言われるまでもなく、それは遊戯の本音だ。
 けれど、それはできない。
 武藤遊戯の黄金の右眼は、より深く“真理”を見通す。

 城之内克也はこの一年間で、確かに成長し、強くなったのだろう。
 しかしそれだけだ。
 彼は“人間”として、真っ当に強くなった――それだけでは駄目なのだ。

(無理だ……勝てっこない! カール・ランバートは城之内くんより、ずっと強い!)
 “人間”のままでは勝てない。
 このまま眼前で、城之内克也までも喪うことになれば、遊戯はもう自身を抑えることができない。
 “邪神”として覚醒し、世界の新たな脅威となろう。
「城之内くん!! 気持ちは嬉しいけど、今は――」

 ――キィィィィィィィィン!!!!!

 唐突に、甲高い金属音が鳴り響き、遊戯の言葉を遮る。
 耳を塞ぎたくなるようなそれは、遊戯の腕の中から発せられた。
 すなわち彼が抱える“千年聖書”、そのウジャト眼から。
(信じろっていうの……!? どうして)
 そもそも“千年聖書”は何故、城之内をこの場所へ導いたのか。
 遊戯ではなく彼を。
 城之内克也というデュエリストを。

「――くだらぬ馴れ合いだな。身の程を知れ……カツヤ・ジョウノウチ。貴様は“王”ではない。この場に立つにはあまりに場違いだ」
 カール・ランバートは城之内を見下す。
 しかし城之内はそれを、鼻で笑ってやった。
「たしかに、てめぇはオレより強ぇのかも知れねえが……それだけだ。オレが負ける理由にゃならねえ。何でか分かるか?」
 返答を待つまでもなく、城之内はカールに告げた。
「デュエルってのは、強い方が勝つんじゃねえ――勝ったヤツが強くなるんだぜ」
「……? 理解不能だな。闘いは強者が勝つ……至極当然の道理だ」
 遊戯は尻餅をついたまま、まだ立ち上がる気配がない。迷っているのだろう。
 ならば、とカールは城之内を睨む。

 “ルーラー”において、ゲームの勝敗は絶対の掟。
 しかし、それでもガオス・ランバートは城之内を評価した。
 武藤遊戯よりも、海馬瀬人よりも。

(カツヤ・ジョウノウチ……“あの御方”が認めたデュエリスト)
 カールの視線に殺気が混ざる。
 城之内はそれに怯むことなく、デッキに指を掛けた。

「「――デュエル!!!!」」


<城之内克也>
LP:8000
場:
手札:5枚
<カール・ランバート>
LP:8000
場:
手札:5枚


 お互いの掛け声とともに、カールの全身から“闇”が噴き出す。
 それは不可視のものとなり、2人を覆う“檻”となる。
 “闇のゲーム”――ここから無事出られるのは1人、勝者のみだ。
 事ここに及んでは、遊戯にも中断させることはできない。
 仕方なく彼は立ち上がり、“聖書”を片手に距離をとる。
(本当に良かったのか……? これで)
 遊戯にはなお信じられない。
 遊戯の右眼には視えないのだ――城之内がカールに勝つ、そのビジョンが。

「――いくぜ! 先攻はもらう、オレのターン!!」
 城之内は勢いごんでカードを引き抜く。
 揃った手札に目を通し、得意げに笑った。
「まずは魔法カード『レッドアイズ・インサイト』を発動! デッキから“レッドアイズモンスター”を墓地に送り……レッドアイズ専用の魔法カードを手札に加える!」


レッドアイズ・インサイト
(魔法カード)
「レッドアイズ・インサイト」は1ターンに1枚しか発動できない。
@:手札・デッキから「レッドアイズ」モンスター1体を墓地へ
送って発動できる。デッキから「レッドアイズ・インサイト」以外の
「レッドアイズ」魔法・罠カード1枚を手札に加える。


 城之内はデッキから、レベル4モンスター『真紅眼の魔封剣士(レッドアイズ・フォビッド)』を墓地に送り――手札に加えたカードを、すぐに発動した。
「出し惜しみはしねえ、全力でいくぜ! 魔法カード『真紅眼融合(レッドアイズ・フュージョン)』!!」


真紅眼融合
(魔法カード)
このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できず、
このカードを発動するターン、
自分はこのカードの効果以外ではモンスターを召喚・特殊召喚できない。
@:自分の手札・デッキ・フィールドから、
融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、
「レッドアイズ」モンスターを融合素材とするその融合モンスター1体を
EXデッキから融合召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターのカード名は「真紅眼の黒竜」として扱う。


「こいつはデッキのモンスターでも素材にできる、レッドアイズ専用の融合カードだ! オレはデッキから『真紅眼の黒炎竜(レッドアイズ・ブラックフレアドラゴン)』と『真紅眼(レッドアイズ)の凶星竜−メテオ・ドラゴン』を墓地に送り――“真紅眼融合”!!」


真紅眼の黒炎竜  /闇
★★★★★★★
【ドラゴン族・デュアル】
@:このカードはフィールド・墓地に存在する限り、通常モンスターとして扱う。
A:フィールドの通常モンスター扱いのこのカードを通常召喚としてもう1度召喚できる。
その場合このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。
●このカードが戦闘を行ったバトルフェイズ終了時に発動できる。
このカードの元々の攻撃力分のダメージを相手に与える。
「真紅眼の黒炎竜」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。
攻2400  守2000

真紅眼の凶星竜−メテオ・ドラゴン  /闇
★★★★★★
【ドラゴン族・デュアル】
@:このカードはフィールド・墓地に存在する限り、通常モンスターとして扱う。
A:フィールドの通常モンスター扱いのこのカードを通常召喚としてもう1度召喚できる。その場合このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。
●このカードがモンスターゾーンに存在する限り、このカード以外の
自分フィールドの「レッドアイズ」モンスターは戦闘・効果では破壊されない。
攻1800  守2000


「現れよ――『流星竜メテオ・ブラック・ドラゴン』!!」
 全身を真っ赤に燃やす黒竜が、上空より降り立つ。
 その“流星竜”の攻撃力は3500ポイント。城之内の宣言に偽りはなく、召喚できる中で最も攻撃力の高いモンスターだ。
「先攻1ターン目は攻撃できない……だが、攻めることはできる! “メテオ・ブラック・ドラゴン”の効果発動! デッキから『真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)』を墓地に送り――その攻撃力の半分、1200ダメージを与える!!」


流星竜メテオ・ブラック・ドラゴン  /闇
★★★★★★★★
【ドラゴン族・融合】
レベル7「レッドアイズ」モンスター+レベル6ドラゴン族モンスター
@:このカードが融合召喚に成功した場合に発動できる。
手札・デッキから「レッドアイズ」モンスター1体を墓地へ送り、
そのモンスターの元々の攻撃力の半分のダメージを相手に与える。
A:このカードがモンスターゾーンから墓地へ送られた場合、
自分の墓地の通常モンスター1体を対象として発動できる。
そのモンスターを特殊召喚する。
攻3500  守2000


「先制攻撃を喰らえ――“バーニング・ダーク・メテオ”!!」

 ――ズドォォォォッ!!

<カール・ランバート>
LP:8000→6800

 黒の火炎弾が直撃し、カールのライフを削る。
 しかし彼は身じろぎせず、表情は何ら変わらない。
(余裕ってことか……? 舐めやがって)
 城之内は警戒を強めながら、2枚のカードに指を掛ける。
「オレはカードを2枚セットし――ターンエンドだ!!」


<城之内克也>
LP:8000
場:流星竜メテオ・ブラック・ドラゴン,伏せカード2枚
手札:3枚
<カール・ランバート>
LP:6800
場:
手札:5枚


 フィールドには最上級融合モンスター、そしてとっておきのリバースカードが2枚。
 城之内にしてみれば、抜かりない布陣を整えたつもりだ。自信もある。
 だというのに――カールは厳かにカードを引く。自信ではなく、確信をもって。
「――私のターン。手札から魔法カード発動……『魔獣の懐柔』」


魔獣の懐柔
(速攻魔法カード)
@:自分フィールドにモンスターが存在しない場合に発動できる。
カード名が異なるレベル2以下の獣族の
効果モンスター3体をデッキから特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化され、
エンドフェイズに破壊される。
このカードの発動後、ターン終了時まで
自分は獣族以外のモンスターを特殊召喚できない。


「この効果により私は、デッキから獣族モンスター3体を特殊召喚する――現れよ『ダーク・モモンガ』、『ダーク・キャシー』、『ダーク・コアラッコ』!!」
 カールのフィールドに、漆黒の小獣たちが立ち並ぶ。
 いずれもレベル2以下のモンスター、攻撃力は“流星竜”の足元にも及ばない。
 しかし6つの瞳は赤く輝き、その凶暴性を表す。
「――まずは『ダーク・キャシー』をゲームから除外し……効果発動! 場の伏せカード1枚を破壊する!」
「!? 何……っ」


ダーク・キャシー  /闇

【獣族】
このカード以外の闇属性・獣族モンスターが自分フィールド上に存在する場合、
自分フィールド上のこのカードをゲームから除外して発動。
フィールド上に裏側表示で存在するカード1枚を選択して破壊する。
攻 800  守 600


 黒猫が姿を消し、同時に、城之内の伏せカード1枚にヒビが入る。
 狙われたのは『墓荒らし』。相手墓地のカードを利用できる強力なカードだが、いま墓地に存在するのは『魔獣の懐柔』だけだ。
 城之内に発動することはできず、なすすべなく砕け散る。
「次に手札から『ダークネス・バブーン』の効果発動――ライフを1000支払い、『ダーク・モモンガ』を除外することで特殊召喚する!」

<カール・ランバート>
LP:6800→5800


ダークネス・バブーン  /闇
★★★★★★★
【獣族】
このカードは通常召喚できない。
@:このカードが手札・墓地に存在するとき、
自分フィールドの表側表示の闇属性・獣族モンスター1体を
ゲームから除外し、1000LPを払って発動できる。
このカードを特殊召喚する。
攻2600  守1800


 フィールドの“モモンガ”を喰らい、漆黒の“バブーン”が出現する。
 仲間想いだったかつての面影はなく、その口からは“モモンガ”の緑色の血が滴る。
 最上級モンスターだが、その攻撃力は2600どまり――“流星竜”にはまだ届かない。
「……続いて『ダーク・モモンガ』の効果発動。デッキから同名モンスター2体を守備表示で特殊召喚」


ダーク・モモンガ  /闇
★★
【獣族】
戦闘によって破壊されたこのカードはゲームから除外される。
このカードが除外されたとき、以下の効果から1つを選択して発動する。
●デッキから「ダーク・モモンガ」をフィールド上に守備表示で特殊召喚する。
●自分のライフを1000ポイント回復する。
●場のモンスター1体の守備力を1000ポイント上げる。
攻1000  守 100


「さらに手札から『ダークネス・ベヒーモス』の特殊能力! 『ダーク・モモンガ』2体を除外することで、手札から特殊召喚する!」
 フィールドが目まぐるしく変化してゆく。
 2体の“モモンガ”を代償とし、暗黒の“百獣王”が姿を現す。
「この瞬間、『ダーク・モモンガ』2体の第2の効果が発動。私のライフを2000回復する」

<カール・ランバート>
LP:5800→7800

「そして『ダークネス・ベヒーモス』の効果発動! フィールドの『ダーク・コアラッコ』を除外することで、貴様のカード1枚を破壊する!」


ダークネス・ベヒーモス  /闇
★★★★★★★
【獣族】
自分フィールドの表側表示の闇属性・獣族モンスター2体を
ゲームから除外することで、特殊召喚できる。
@:1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。
自分フィールドに存在する他の闇属性・獣族モンスター1体を
ゲームから除外することで、フィールドのカードを
1枚まで選んで破壊する。
攻2700  守1500


(“メテオ・ブラック・ドラゴン”を効果破壊……? させっかよ!)
 城之内は決闘盤に手を伸ばす。
 しかしカールの次の言葉に、その動きは停止した。
「対象はリバースカードだ――やれ、“ベヒーモス”」

 ――ズガァァァァッ!!!

 放たれた咆哮が、城之内の伏せカード『串刺しの落とし穴』を破砕する。


串刺しの落とし穴
(罠カード)
@:このターンに召喚・特殊召喚された相手モンスターの
攻撃宣言時に発動できる。その攻撃モンスターを破壊し、
そのモンスターの元々の攻撃力の半分のダメージを相手に与える。


(モンスターを残した……!? どうして)
 城之内のその疑問はすぐに氷解した。
「……最後に『ダーク・コアラッコ』の効果発動。その呪いにより、貴様のドラゴンの攻撃力を0にする」


ダーク・コアラッコ  /闇
★★
【獣族】
このカードがゲームから除外されたとき発動。
自分フィールド上に闇属性・獣族モンスターが存在していれば
相手フィールド上のモンスター1体を選択し、
ターン終了時まで攻撃力を0にする。
攻 100  守1600


<城之内克也>
LP:8000
場:流星竜メテオ・ブラック・ドラゴン(攻撃力0)
手札:3枚
<カール・ランバート>
LP:7800
場:ダークネス・ベヒーモス,ダークネス・バブーン
手札:3枚


 “流星竜”が膝を折り、城之内は立ち尽くす。
 魔法カード『魔獣の懐柔』を皮切りとした一連のコンボにより、彼のフィールドはすでに壊滅状態だ。
「格の違いを知れ……バトル! 『ダークネス・ベヒーモス』の攻撃“百獣魔爪”!!」

 ――ズシャァァァァッッ!!!!

 “ベヒーモス”の両爪が、“流星竜”を豪快に引き裂く。
 “流星竜”の攻撃力は0。故に発生するダメージは、直接攻撃に匹敵する。

<城之内克也>
LP:8000→5300

 その衝撃に耐えきれず、城之内は片膝を折る。
 しかし悲鳴をあげることはなく、代わりに下唇を噛んだ。
「ぐっ……だが! “メテオ・ブラック・ドラゴン”第2の能力を発動! 墓地の『真紅眼の黒炎竜』を、守備表示で蘇らせる!!」
 “黒炎竜”の攻撃力は2400、カールの『ダークネス・バブーン』に劣る。
 故に守備表示にするしかないが、追加ダメージを防ぐことはできる。
「『ダークネス・バブーン』の攻撃――“ハンマークラブ・デス”!!」

 ――ドズゥゥゥゥンッ!!!!

 カールは構わず攻撃する。
 “バブーン”の棍棒が、“黒炎竜”を叩き砕く。
 しかしこの瞬間、城之内の右手が動いた。
「まだだぜ、カール――オレは手札から、コイツの効果を発動させる! 『真紅眼の遡刻竜(レッドアイズ・トレーサードラゴン)』!!」


真紅眼の遡刻竜  /闇
★★★★
【ドラゴン族】
@:自分フィールドのレベル7以下の「レッドアイズ」モンスターが
相手モンスターの攻撃または相手の効果で破壊され自分の墓地へ
送られた場合に発動できる。このカードを手札から守備表示で特殊召喚し、
可能な限りその破壊されたモンスターを破壊された時と同じ表示形式で特殊召喚する。
A:このカードを生け贄に捧げて発動できる。このターン、自分は通常召喚に加えて
1度だけ、自分メインフェイズに「レッドアイズ」モンスター1体を召喚できる。
攻1700  守1600


「“トレーサードラゴン”を特殊召喚することで、破壊された“ブラック・フレア・ドラゴン”は甦る! これで戦線は維持できるぜ!!」
 城之内のフィールドに黒竜2体が並ぶ。しかしともに守備表示、カールのモンスターには及ばない。
 攻勢ではなく守勢。城之内の劣勢に変わりはない。
「……私はカードを1枚セットし、ターンエンドだ」
 カールは意に介した様子もなく、冷淡にターンを進める。


<城之内克也>
LP:5300
場:真紅眼の黒炎竜,真紅眼の遡刻竜
手札:2枚
<カール・ランバート>
LP:7800
場:ダークネス・ベヒーモス,ダークネス・バブーン,伏せカード1枚
手札:2枚


「やってくれるぜ……だが、デュエルはまだまだこれからだ! オレのターン!!」

 ドローカード:真紅眼の凶雷皇−エビル・デーモン

「来た……コイツがオレの逆転の一手! オレは『真紅眼の黒炎竜』を生け贄に捧げ、召喚する! 『真紅眼の凶雷皇(レッドアイズ・ライトニング・ロード)−エビル・デーモン』!!」


真紅眼の凶雷皇−エビル・デーモン  /闇
★★★★★★
【悪魔族・デュアル】
@:このカードはフィールド・墓地に存在する限り、通常モンスターとして扱う。
A:フィールドの通常モンスター扱いのこのカードを通常召喚としてもう1度召喚できる。
その場合このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。
●1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。
このカードの攻撃力より低い守備力を持つ、
相手フィールドの表側表示モンスターを全て破壊する。
攻2500  守1200


「!! あのモンスターは……!」
 見覚えのあるモンスターに、遊戯は反応する。
 いや、正確には初見のカードなのだが、その姿は彼のカード『デーモンの召喚』に酷似している。
 恐らくは亜種のモンスター。
 “エビル・デーモン”は真紅の両眼を輝かせ、全身に迅雷を纏う。

 城之内はレベル7モンスターを生け贄とし、レベル6のそのモンスターを召喚した。
 一見するに違和感のある戦術。
 なぜレベル4の“遡刻竜”を生け贄としなかったのか――そこには確たる戦術が隠されていた。
「“トレーサードラゴン”第2の効果を発動するぜ! コイツを生け贄に捧げることで――オレは“レッドアイズモンスター”を、もう一度だけ召喚できる!!」
 “遡刻竜”が渦に包まれ、その姿を消す。
 モンスター1体を減らしてまで、城之内がさらに召喚するモンスター ――それは、
「これによりオレは――フィールドの“エビル・デーモン”を、“もう一度召喚”するぜ!!」
「! “デュアルモンスター”か」
 カールがわずかに反応する。
 “デュアルモンスター”――フィールドに召喚後、“もう一度召喚”することで効果を得る、特異なモンスター群だ。
「『真紅眼の凶雷皇−エビル・デーモン』の効果発動だ! 攻撃力2500未満の相手モンスターを全て破壊する!!」
 カールの最上級モンスター2体の守備力は、ともに2500を下回る。
「いけ、“エビル・デーモン”――“魔降雷”!!」

 ――ズガァァァァンッ!!!!!

 雷鳴が轟く。
 この戦術が通れば、カールのフィールドは全滅。形勢は一気に覆る。
 だが、
「……想定内の動きだ。カウンタートラップ発動『漆黒の反射鏡』」


漆黒の反射鏡
(カウンター罠カード)
自分フィールド上に闇属性モンスターが存在するとき発動。
相手から受けるカードの効果を掌握し、跳ね返す。
その後、手札からカードを一枚捨てる。


 カールのフィールドに、巨大な鏡が出現する。
 放たれた雷撃は、鏡の中に吸収される。
 そして解放される――“エビル・デーモン”目掛けて。

 ――ズガァァァァンッ!!!!!

 “エビル・デーモン”の守備力はわずか1200ポイント。
 よって、自身の雷撃により焼き尽くされる。
 これで、城之内のフィールドは再びガラ空き――彼の戦術は、悉く封殺されてゆく。
(クソ……死角がねえ。何なんだコイツは!?)
 城之内の頬を汗が伝う。
 戦術で劣っている――いや、そういうレベルの話ではない。
 糠に釘を打つかのように、彼の狙いは空回る。
 “運命”がカールを後押ししている。

 この手応えのなさに、城之内は覚えがあった。
 一年前の第三回バトル・シティ大会準決勝戦、遊戯とのラストデュエル。
 ギャンブルカードは悉く外れ、一矢を報いることすら叶わなかった。

「クッ……オレはカードを1枚セットし、ターンエンド!!」

 強き“魂(バー)”は運命を掴み、世界を歪め、狂わせる。
 “邪神化”しつつあるカールと城之内では、そもそも勝負の土台が違う。
 対等なデュエルなど望むべくもないのだ。


<城之内克也>
LP:5300
場:伏せカード1枚
手札:1枚
<カール・ランバート>
LP:7800
場:ダークネス・ベヒーモス,ダークネス・バブーン
手札:1枚


「……私のターン、ドロー。私は――」
 カール・ランバートはフィールドを睨む。
 人ならぬ彼の瞳は、伏せカードの正体など容易に見抜く。
 故に迷うことなどなく、次のプレイに移行する。
「バトル! “ベヒーモス”、“バブーン”の攻撃――」
 カールの場の総攻撃力は5300ポイント。城之内の残りライフと一致する。
 このバトルを許せば、城之内の敗北――故に彼は反射に近い動作で、そのカードを開いた。
「リバーストラップオープン! 『真紅の閃き』!!」


真紅の閃き
(罠カード)
自分の場または墓地に存在する、
「真紅眼の黒竜」と他のモンスター1体を
ゲームから除外し、融合させる。


 城之内のフィールドの、空間が歪む。
 決闘盤の墓地スペースから、2枚のカードが弾き出される。
 『真紅眼の黒竜』と『真紅眼の凶雷皇−エビル・デーモン』――ドラゴンと悪魔、2種類のモンスターを素材とした、“流星竜”に次ぐ切札。
「融合召喚――『悪魔竜ブラック・デーモンズ・ドラゴン』!!」


悪魔竜ブラック・デーモンズ・ドラゴン  /闇
★★★★★★★★★
【ドラゴン族・融合】
レベル6「デーモン」通常モンスター+「レッドアイズ」通常モンスター
自分は「悪魔竜ブラック・デーモンズ・ドラゴン」を1ターンに1度しか特殊召喚できない。
@:このカードが戦闘を行う場合、
相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠・モンスターの効果を発動できない。
A:融合召喚したこのカードが戦闘を行ったバトルフェイズ終了時、
自分の墓地の「レッドアイズ」通常モンスター1体を対象として発動できる。
墓地のそのモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手に与える。
その後、そのモンスターをデッキに戻す。
攻3200  守2500


 “悪魔竜”は咆哮し、フィールドを制圧する。
 攻撃力3200、その威力を前に、“ベヒーモス”と“バブーン”の動きは止まる。
 対してカール・ランバートは眉ひとつ動かすことなく――冷ややかにフィールドを見据えていた。


<城之内克也>
LP:5300
場:悪魔竜ブラック・デーモンズ・ドラゴン
手札:1枚
<カール・ランバート>
LP:7800
場:ダークネス・ベヒーモス,ダークネス・バブーン
手札:2枚




第八章 彼の一年

「――“ブラック・デーモンズ・ドラゴン”……! あれは、あのときの!!」
 またも見覚えあるモンスターに、遊戯は大きく反応する。
 かつて“決闘者の王国(デュエリスト・キングダム)”で行われた、城之内と“彼”のタッグデュエル。その中で生み出された、2人の絆のモンスター。

 その融合召喚に成功し、城之内は否応なく高揚する。
 逆襲の糸口を掴み、カールを指差し、強気に叫ぶ。
「見たか、カール・ストリンガー! 勝ったと思っただろうが……こっから反撃開始だぜ!!」
「……バトルフェイズを終了。私は手札の闇属性獣族モンスターを除外し、“ベヒーモス”の効果発動――」
 挑発には応じず、カールは淡々と対処する。
 『ダークネス・ベヒーモス』はコストを払うことで、フィールドのカード1枚を破壊できる。最上級モンスターたる“ブラック・デーモンズ・ドラゴン”もその例外ではなく、これを許せば城之内に勝機はない。
「させねえよ! 墓地の『真紅眼の魔封剣士(レッドアイズ・フォビッド)』をゲームから除外し――特殊能力発動!!」


真紅眼の魔封剣士  /闇
★★★★
【戦士族】
このカードの@の効果はお互いのメインフェイズにのみ発動できる。
@:1000LPを払い、墓地のこのカードをゲームから除外して発動できる。
このターン、下記のモンスターは相手のカードの効果で破壊されない。
●「レッドアイズ」モンスター
●「レッドアイズ」モンスターを融合素材とした融合モンスター
攻1400  守1700


「ライフを1000支払うことで……このターン、“ブラック・デーモンズ・ドラゴン”は効果破壊されなくなる! てめーの狙いは無効だぜ!!」

<城之内克也>
LP:5300→4300

 フィールドに“魔封の剣”が現れ、城之内のフィールドに突き刺さる。
 それは自分フィールドに“結界”を成し、モンスターを守護する。“ベヒーモス”の能力も通しはしない。
「……除外した『デス・オポッサム』の効果。同名カードを手札に加える」


デス・オポッサム  /闇
★★
【獣族】
このカードがゲームから除外されたとき発動できる。
デッキから同名カード1枚を手札に加える。
攻 800  守 600


「カードを1枚セットし、ターンエンド」
 カール・ランバートは動じない。この結果など、最初から見えていたかのように。
 カールのエンド宣言と同時に、“魔封の剣”は崩れ、塵となった。


<城之内克也>
LP:4300
場:悪魔竜ブラック・デーモンズ・ドラゴン
手札:1枚
<カール・ランバート>
LP:7800
場:ダークネス・ベヒーモス,ダークネス・バブーン,伏せカード1枚
手札:1枚(デス・オポッサム)


「オレのターン、ドロー!! オレは――」
 ドローカードを視界に入れ、城之内は即座に判断する。
 ここが正念場だ。開始から劣勢を強いられてきた展開、それを覆す絶好の好機。
 このチャンスを活かせれば、流れは変わる。逆に失敗すれば、そのまま敗北しかねない。
(頼むぜ……“ブラック・デーモンズ”!!)
 『悪魔竜ブラック・デーモンズ・ドラゴン』の戦闘時、相手はカード効果を発動することができない。つまり「攻撃」宣言さえ済ませれば、カールはそれを妨害できない。
「バトルだ!! オレは“ブラック・デーモンズ・ドラゴン”で、『ダークネス・ベヒーモス』を攻――」
「――永続トラップオープン『ビーストライザー』」
 しかし、城之内の想いを嘲笑うかのように、カールの場の伏せカードは開かれた。


ビーストライザー
(永続罠カード)
@:1ターンに1度、自分フィールドの表側表示の獣族・獣戦士族モンスター1体を除外し、
自分フィールドの獣族・獣戦士族モンスター1体を対象として発動できる。
その自分の獣族・獣戦士族モンスターの攻撃力は、
この効果を発動するために除外したモンスターの元々の攻撃力分アップする。


「『ダークネス・バブーン』を除外することで――その攻撃力を、『ダークネス・ベヒーモス』に加える」

ダークネス・ベヒーモス
攻2700→攻5300

 『ダークネス・ベヒーモス』は強大化し、咆哮が大気を震わせる。
 攻撃力を倍加させ、その数値は“ブラック・デーモンズ・ドラゴン”を優に超える。しかもこれは永続効果だ。このままでは攻撃力5300、しかも強力な特殊能力を持つバケモノが、フィールドに残り続けることとなる。
「……っ。オレは……っ」
 両の拳を握る。
 このままターンを譲るわけにはいかない――故に、とるべき選択肢は一つだ。
「オレは――このままバトルだ! “ブラック・デーモンズ・ドラゴン”の攻撃!!」
 主の宣言に従い、“悪魔竜”は黒の火球を練り上げる。
 相手モンスターとの攻撃力差は2100ポイント、これでは返り討ちが必定だ。
 しかし“悪魔竜”は躊躇わない。主たる城之内を信じ、火球を撃ち放つ。
「――“メテオ・フレア”!!!」

 ――ズドォォォォォッッ!!!!

 そしてそれと同時に、城之内の手が動く。
「この瞬間、速攻魔法発動――『真紅眼の槍(レッドアイズ・ランス)』!!」


真紅眼の槍(レッドアイズ・ランス)
(速攻魔法カード)
フィールド上のモンスター1体を選択し、自分の墓地の
「レッドアイズ」モンスター1体をゲームから除外して発動する。
選択したモンスターの攻撃力は相手ターン終了時まで、
この効果で除外したモンスターの攻撃力分アップする。
このカードの発動後、ターン終了時まで相手はダメージを受けない。


「墓地から『真紅眼の黒炎竜』を除外し――“ブラック・デーモンズ・ドラゴン”の攻撃力アップッ!!」

ブラック・デーモンズ・ドラゴン
攻3200→攻5600

 ――ズガァァァァァァンッッッ!!!!!!

 威力を増した“メテオ・フレア”が、“ベヒーモス”を直撃し、焼き尽くす。
「っしゃあ! これでてめえのモンスターは全滅! 形勢逆転だぜ!!
「…………」
 フィールドのモンスターを失い、しかしカール・ランバートは応えない。
 ただ静かに、冷淡にフィールドを見つめる。
(ライフポイントじゃまだ負けてるが……いけるぜ。こっから覆せる!)
 欲を言えば“ブラック・デーモンズ・ドラゴン”第2の能力を使い、カールに大ダメージを与えたかった。しかし『真紅眼の槍』を発動したことで、このターンはダメージを与えられない。
 だが十分だ。これでカールのフィールドにモンスターはなく、彼は次のドローに賭けるしかない。
 そうだ、十分だ。十分のはず――それなのに、
「オレはカードを1枚セットし、ターンエンド!」
 勢いづく城之内に比して、カールには動きがない。
 ポーカーフェイス――ではない。彼は感情を隠しているわけではない。
 勝利への確信。そもそも城之内克也など、彼にとって“敵”ですらないのだ。


<城之内克也>
LP:4300
場:悪魔竜ブラック・デーモンズ・ドラゴン,伏せカード1枚
手札:0枚
<カール・ランバート>
LP:7800
場:ビーストライザー
手札:1枚(デス・オポッサム)


「――“計算通り”だ。貴様はマリク・イシュタールよりも強い……だから試させてもらう、“あのカード”を」
 カールは揺るぎなくカードを引く。ドローカード次第では、一気に守勢に回ることになる。
 しかし、そんな運命などあり得ない。
 彼はカール・ランバート――人の身を棄てた獣。かつてこの世界を滅ぼしかけた“ゾーク・デリュジファガス”、その残滓に取り込まれし存在。
「私が引いたカードは――『闇の誘惑』! カードを2枚ドローし、手札から1枚を除外する」


闇の誘惑
(魔法カード)
自分はデッキから2枚ドローし、手札の闇属性モンスター1体を除外する。
手札に闇属性モンスターが無い場合、手札を全て墓地へ送る。


「そして除外した『デス・オポッサム』の効果……デッキから3枚目を手札に加える」
 これで彼の手札は3枚、内1枚は低級モンスター。
 手札は増えたものの、最上級モンスターを相手にするには些か頼りない枚数だろう。
 しかしカールにはすでに、このデュエルの終幕までが見えている。
 それほどの力を秘めた1枚が、彼の手の内に収まった。
「……私は墓地の『ダーク・ユニフォリア』をゲームから除外することで――『ダーク・ガリス』を特殊召喚する!」


ダーク・ガリス  /闇
★★★
【獣族】
自分の墓地から闇属性モンスター1体を除外することで特殊召喚できる。
このとき除外したモンスターが獣族だった場合、
以下の効果から1つを選択して発動する。
●除外したモンスターのレベル×200ポイント、自分のライフを回復する。
●除外したモンスターのレベル×200ポイント、このカードの攻撃力をアップする。
攻 800  守 800


「『ダーク・ガリス』の効果により、私のライフを200回復……。さらにこの瞬間、除外された『ダーク・ユニフォリア』の効果発動!」

<カール・ランバート>
LP:7800→8000

ダーク・ユニフォリア  /闇

【獣族】
このカードがゲームから除外されたとき発動。
ゲームから除外された闇属性・獣族モンスター1体を
特殊召喚する。
攻 700  守 500


 『ダーク・ユニフォリア』――このカードは、『漆黒の反射鏡』の効果で手札から墓地へ送られていた。
 その魔力を受け、『ダークネス・バブーン』が復活する。それを目の当たりにし、城之内は顔をしかめた。
(やられた……! 『ビーストライザー』を使われれば、攻撃力3400。次のターンには“ブラック・デーモンズ”が破壊されちまう!)
 いいや違う、そうではない。
 事態はもはや、そんなレベルの話ではない。
「さらに『デス・オポッサム』を通常召喚――これで私のフィールドに、モンスターが3体」
「……!!?」


<城之内克也>
LP:4300
場:悪魔竜ブラック・デーモンズ・ドラゴン,伏せカード1枚
手札:0枚
<カール・ランバート>
LP:8000
場:ダークネス・バブーン,ダーク・ガリス,デス・オポッサム,ビーストライザー
手札:1枚


 遊戯は目を見張った。
 そんな彼の様子を見て、カール・ランバートはほくそ笑む。
「私は闇属性・獣族モンスター3体を含む、フィールドの全てのカードを除外し――降臨せよ!!」
 残された手札を、高らかに掲げる。
 そして告げる。
 このデュエルの幕を引く、絶対なるその名を。
「――『邪神獣 ゾーク・ガディルバトス』!!!」

 ――ズガァァァァァァァンッッッッ!!!!!!!!!!

 洞窟内に突如、轟音が響き渡る。
 それは超強力モンスターの召喚に伴う、ソリッドビジョンシステムによる演出――ではない。
 眼前で起きた光景に、城之内は自失する。

 稲妻が落ちたのだ――本物の雷が。
 大きな振動とともに、天井を突き破り、落雷した。
 そしてカールのフィールドには、それを一身に受け止める“黒馬”が1体。
 いや、それは馬ではない。頭に長い一本角を生やした、伝説上の生物“一角獣(ユニコーン)”。
 かつてカール・ストリンガーの魂に宿りし“光の精霊”。しかし“ゾーク・デリュジファガス”の闇に穢された、その“成れの果て”の姿だ。


邪神獣 ゾーク・ガディルバトス  /闇
★★★★★★★★★★★★
【獣族】
このカードは通常召喚できない。
闇属性・獣族モンスター3体を含む、自分フィールドの全ての
カードをゲームから除外することでのみ特殊召喚できる。
@:???
A:???
攻3000  守2000


「……“ガディルバトス”……まさか、あれが……!??」
 認めがたいその姿に、武藤遊戯は唖然とする。
 かつて“第三回バトル・シティ大会”予選において対峙した『神獣 ガディルバトス』。
 美しく気品ある、純白のユニコーンであったそれは、もはや見る影もない。
 筋骨隆々たる肉体に、双眸は紅蓮の如く輝く。
 一本角は“黒雷”を纏い、激しく火花を散らし続ける。

「……まだだ! 我が“魂”を喰らい、覚醒せよ――“ゾーク・ガディルバトス”!!!」

 ――ドクンッ!!!!!!


邪神獣 ゾーク・ガディルバトス  /
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
幻神獣族
このカードは通常召喚できない。
闇属性・獣族モンスター3体を含む、自分フィールドの全ての
カードをゲームから除外することでのみ特殊召喚できる。
@:???
A:???
攻3000  守2000


 “ガディルバトス”の嘶きが、甲高く響き渡る。
 放たれるは“神威”に非ず“殺意”。その“邪神”の圧倒的プレッシャーが、フィールド全体を震撼させる。
(嘘だろ……!? まさか、ここまで!!)
 城之内は気圧され、身じろぎできない。
 かつて対峙した『ラーの翼神竜』や『エンディング・アーク』、それすらも遥かに凌駕する威圧感。彼がこれまで闘ってきた、あらゆるカードを超越している。
「バトルだ!! “ゾーク・ガディルバトス”よ、“ブラック・デーモンズ・ドラゴン”を攻撃!!」
 漆黒のユニコーン“ガディルバトス”は一本角を突き出し、突進してくる。
 その攻撃力値は3000、“ブラック・デーモンズ・ドラゴン”には及ばない。ましてや『真紅眼の槍』の効果が残っている現状では、両者の攻撃力差は2倍近いのだ。
「クッ……反撃だ! “ブラック・デーモンズ”!!」
 城之内はやっとのことで叫び、“悪魔竜”は“黒炎”を練り出す。
 攻撃力値5600にも達する一撃を、“ガディルバトス”へと撃ち放った。
「――“メテオ・フレア”!!」

 ――ズドォォォォォッッ!!!!!!

 迫る“黒炎”に反応し、一本角が邪悪に輝く。
 圧倒的威力を誇る火炎に対し、ユニコーンは怯まず、一本角を突き立てた。
「……『邪神獣 ゾーク・ガディルバトス』の特殊能力発動――“ダークネス・ホーン”!!」

 ――ズキュゥゥゥゥゥッッ!!!!!!

 次の瞬間、城之内は目を疑う。
 “黒炎”が消え失せたのだ――いや実際には、一本角に吸い尽くされた。
 強烈な熱量を取り込み、一本角の“黒雷”は勢いを増す。

邪神獣 ゾーク・ガディルバトス
攻3000→攻8600
守2000→守4500

「!!? なっ、まさか……!?」
「――そうだ。“ゾーク・ガディルバトス”は1ターンに一度、戦闘する相手モンスターのステータスを、自身のそれに加えることができる。戦闘では決して敗れることのないモンスター……いや、“邪神”だ」


邪神獣 ゾーク・ガディルバトス  /
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
幻神獣族
このカードは通常召喚できない。
闇属性・獣族モンスター3体を含む、自分フィールドの全ての
カードをゲームから除外することでのみ特殊召喚できる。
@:1ターンに1度、このモンスターの戦闘時に発動できる。
このモンスターの攻撃力・守備力はそれぞれ、戦闘を行う
相手モンスターの攻撃力・守備力分アップする。
A:守備表示モンスター攻撃時、その守備力を攻撃力が
越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
攻3000  守2000


「……攻撃を続行。貫け、“ゾーク・ガディルバトス”――“ゾーク・ペネトレイション”!!」

 ――ズドォォォォォンッッッ!!!!!!!!!!

 鋭利な角が、“悪魔竜”に突き刺さる。
 さらに“黒雷”が、その胴を貫通し、城之内に迫る――これを回避する術など、彼にはない。

 ――バヂヂヂヂヂヂヂィィィッッッ!!!!

「――ぐあああああああッッ!!!!」

<城之内克也>
LP:4300→1300

 ソリッドビジョンのそれとは違う。
 城之内は実際に感電し、悲鳴を上げ、両膝を折る。
 “悪魔竜”はとうに消し炭と化し、支えるものは何もない。


<城之内克也>
LP:1300
場:伏せカード1枚
手札:0枚
<カール・ランバート>
LP:8000
場:邪神獣 ゾーク・ガディルバトス(攻8600)
手札:0枚


「――!! 城之内くんっ!!!」
 遊戯は思わず叫んでいた。
 城之内は両手を地につき、倒れまいと歯を食い縛る――しかし肉体へのダメージは甚大だ。デュエルが続行可能とは思えない。

「……こんなものか。思ったよりも手に馴染む。“試し”など不要だったか」
 這いつくばる城之内から視線を外し、カールは手元の“邪神獣”を見つめる。
 カールにとっての城之内など、その程度の価値しかない。これが“決闘”だなどとは、微塵も認識していない。

 思えばここまでのデュエル展開、その全てがカールの掌の上だったのだろう。
 初期ライフと一致する、8000というライフポイント。“忌み数”である“13”を相手ライフに残したことさえ、恐らくは意図的。
 カール・ランバートはここまでのデュエルを、完璧にコントロールしてきた。

「私はこれでターンエンド……さあ立て、カツヤ・ジョウノウチ。貴様のラストターンだ――“生涯”のな」

 立てない。立ち上がれない。
 すぐにターンを進めるには、彼のダメージは深すぎる。

「……っ!! 城之内くん!!」
 遊戯はもう見ていられなかった。
 この“右眼”をもってすれば、“闇のゲーム”に割り込むことも可能かも知れない。しかしそれは、彼の“呪い”を否応なく進行させるだろう。
 だがそれでも、親友の命には代えられない。
 カール・ランバートと闘うべく、遊戯は一歩踏み出す――その肩に、誰かの手が置かれた。

「――待ちな、遊戯。アンタ……どうするつもりだい?」

 遊戯は驚き、振り返る。
 その手の主は、孔雀舞―― 一体いつからそこにいたのか、デュエルに気を取られ、全く気づけなかった。
「着いたのはさっきよ。途中の分かれ道で迷ったけど……アタシの勘も捨てたモンじゃないわね」
 舞は遊戯に目配せし、改めてデュエルを見据える。
「遊戯……アンタさ。一年前のアイツとの約束、ちゃんと覚えてるかい?」
 “約束”――それは先ほど、城之内も言っていたこと。
 一年前の、彼とのラストデュエル。その後、彼が口にした“誓い”。


『――これが最後だ。誓うよ……オレはもう、誰にも負けねぇ。誰よりも強いデュエリストになる』

『世界一強くなってさ……そんでよ、言ってやるんだ。“最強はオレじゃねぇ”って』



「もちろん……でも、そんなこと!!」
 信じたところで変わらない。誓ったところで覆らない。
「――アンタは信じな。この一年、アイツは……アンタとの約束を、片時も忘れなかったハズさ」
 城之内の背を見つめ、彼女は語る。“彼の一年”を。
「アンタ達と別れて一年……アタシ達は、色んな国を渡り歩いた。大小問わず大会に出て、色んなヤツと闘った。その数千、数万ものデュエルの中で……アイツが、本当に無敗だったと思うかい?」
 どれほど強いデュエリストでも、“勝率100%”などあり得ない。
 ましてや国ごとに傾向は違い、“その国にしかないカード”などというものも存在する。
「アイツは……負けたよ。何回も負けた。でも、どんなヤツが相手でも……一度だって負け越さなかった」
 1回負ければ、2回勝つまで。
 2回負ければ、3回勝つまで。

 元よりそれこそが、孔雀舞の狙いだったのだ――勝利よりも敗北の方が、得られるものはずっと多い。
 城之内に多くの“黒星”を得させ、経験し、克服させること。
 それこそが、彼を何より成長させると確信していた。

「ダメだ……ダメなんだ、それじゃあ! 一度負けたら終わりなんだ!!」
 遊戯は声を荒げる。
 負けても再戦すればいい――そんな常識は通じない。
 これは“闇のゲーム”なのだから。
「だから――負けないよ、アイツは!!」
 舞は苛立ち混じりに叫ぶ。
 なぜ信じられないのか――彼女にはそれが理解できない。
「アイツは負けない……アンタの前では! そのための“一年”だったんだ!!」
 孔雀舞は誰よりも近くで、“彼の一年”を見てきた。
 その苦悩を、痛みを、ときに寄り添い、見守り続けた。

 一年前の事件において、彼は何もできなかった。
 結果として親友たる遊戯は、一生ものの傷を負った。
 その事実は彼を苛み、どれほど悩み苦しんだか。

(……見せてやりな、克也……アンタの“一年”を!!)
 舞はその背を信じ、見据える。
 確信とは違う、祈りにも似た信頼。
 彼女の想いに応えるかのように、彼はゆっくりと立ち上がる。


「――っ。ぐぅ……っ」
 城之内はよろけながらも、カール・ランバートを見据える。
 その眼に怯みは微塵もなく、確かな強さを輝き放つ。
「……不可解だな。まだ逆転できるつもりか? 彼我の力量差が分からないのか?」
 カールは冷ややかに言い放つ。
 対して、城之内は笑みを零した。さらに理解不能なそれに、カールは眉間に皺を寄せる。
「……何が可笑しい。気でも触れたか?」
「いいや、楽しいのさ。カール、お前は強ぇ……オレが今まで闘った中で、“2番目”に強いデュエリストだ」
 “1番目は武藤遊戯”――その含みに苛立ちながら、カールは改めて問う。
「恐怖はないのか? 憎しみは? “闇のゲーム”は生死を分かつ……楽しいなどと、正気の沙汰とは思えん。一体何を考えている?」
 城之内は当然の如く答える。
「“闇のゲーム”ったって……ゲームはゲームだ。そして、ゲームは楽しむもんだ――そうだろう、カール・ストリンガー?」
 少なくとも、城之内克也はそう学んだ。
 武藤遊戯から、双六から、そして数多のデュエリスト達から――城之内克也というデュエリストを生み出した、確かな軌跡として。
(……? 何だ?)
 カールの身体が、わずかに揺らぐ。
 思考にノイズが走った。それが如何なる要因によるものなのか、カール本人には分からない

『――ゲームはいい。ゲームをしているときは、何もかも忘れることができる。立場も、使命も、運命も……全てを忘れ、興じることができる』

 それは果たして誰の言葉だったか。
 そもそも“カール・ストリンガー”とは、如何なる軌跡により生まれたデュエリストだったか――現在の彼は覚えていない。忘れてしまった。

「いくぜ――オレのターン! ドロー!!」
 城之内は果敢にカードを引く。
 希望を求め、手にした1枚――しかしそれは、希望などではなく“絶望”。

 ドローカード:スケープ・ゴート

 魔法カード『スケープ・ゴート』は本来、劣勢を立て直すための“時間稼ぎ”のカードだ。
 しかし“貫通能力”を持つ“ゾーク・ガディルバトス”を前には意味をなさない。格好の標的が並ぶだけだ。
(いや……まだだ! まだ手はある!!)
 城之内のフィールドにはまだ、カードが1枚伏せられている。
「見せてやるぜ、カール! これがオレの勝利への賭け――リバースカードオープン! 『ラスト・ギャンブル!』!!」


ラスト・ギャンブル!
(罠カード)
5ターン目以降の自分のメインフェイズに、
自分のライフポイントを100にして手札を1枚捨てて発動できる。
サイコロを振り、出た目だけカードをドローする。
「ラスト・ギャンブル!」はデュエル中に1度しか発動できない。


 『スケープ・ゴート』を墓地に送り、さらにライフを削る。
 残り少ないその命を、限界ギリギリのところまで。その名の通り“最後の賭け(ラスト・ギャンブル)”。

<城之内克也>
LP:1300→100

(馬鹿が……これで終わりだ)
 カール・ランバートは笑い捨てる。
 人ならぬ彼を前に“ギャンブルカード”など命取りだ。
 かつての遊戯とのデュエルと同じ。何千、何万、何億のサイコロを振り続けたところで、“1”以外の目が出ることは決して無い――カール・ランバートは今や、“そういう存在”なのだ。


 まさしくカールの未来視通り。
 サイコロの出目は当然“1”、そしてドローカードは最上級モンスター『ギルフォード・ザ・ライトニング』。
 城之内克也は壁モンスターさえ出すこともできず、次のターンに直接攻撃で消え去るのだ――これは予定調和であり、“人間”には覆せない。


 カールを除く全員が固唾を呑む中、ソリッドビジョンであるサイコロが放られる。
 その瞬間、“千年聖書”のウジャト眼は輝く――武藤遊戯の腕の中で。


 話を少し戻そう――“千年聖書”は何故、城之内克也をこの場所へ導いたのか。
 もともと“千年聖書”には、“意志”と呼ぶべきものはなかった。
 しかし“ノア”のやさしさに触れ、絶望を受け、“心”を持つに至った。
 すなわち“千年聖書”の“心”とは、彼を始めとする歴代の所持者から影響を受け、形成されたものなのだ。

 絵空ではなく、遊戯でもない。
 城之内をここへ導いたのは、別の者の意志だ――“聖書”は“彼”の遺志を汲み、城之内克也を選んだ。

 “彼”は一年前、城之内克也を誰よりも高く評価した――武藤遊戯よりも、海馬瀬人よりも。
 それは単純な力量ではなく、“王”たる資質の話。
 故に“彼”は、城之内克也をこの場所へと導いたのだ――“もうひとりの息子”のために。


 “神”と“人間”ならば、確かにそうだ――運命は覆らない。“神”に勝てるはずもない。
 しかし“王”ならば、どうか?
 “人間”の上に立つべき“王”ならば、“神”にも抗する“奇跡”を起こそう。
 一年前の、武藤遊戯のように。


「――馬鹿な……っ!?」
 カール・ランバートが両眼を見開く。
 対照的に、城之内はほくそ笑んだ。
 サイコロが出した目は――“5”。最上ではないが、希望を繋ぐには十分だ。
「よっしゃあ! オレはデッキから5枚ドローするぜ!!」
 5枚を一度に抜き放つ。
 その全てを視界に入れ、戦術を組む。
 モンスターが2枚、魔法が1枚、罠が2枚。
 その5枚は、この窮地を脱するに十分な手札――ではない。
 圧倒的破壊力を有する邪神“ゾーク・ガディルバトス”を相手にするには、そもそもデッキパワーが足りない。
(オレが逆転するためには、ヤツの“ミス”が必須条件……! でも、だとしても!!)
 ここまで完璧なデュエルを続けてきた彼が、そのような愚を犯すとは思えない――あまりにも不確かな一縷の糸。
 だとしても、
「見せてやるぜ、カール……! これがオレの、勝利へのラストアタック!!」
 城之内は強い瞳で、手札から3枚を選び取る。
「オレはカードを2枚セットし――コイツを召喚するぜ! 『真紅眼の黒豹戦士(レッドアイズ・パンサー・ウォリアー)』!!」


真紅眼の黒豹戦士  /闇
★★★★
【獣戦士族】
@:自分フィールドまたは自分の墓地に
他の「レッドアイズ」モンスターが存在しなければ
このカードは攻撃できない。
A:このカードを生け贄に捧げて発動できる。
ゲームから除外されている自分の
「レッドアイズ」モンスター1体を特殊召喚する。
攻2000  守1600


「――特殊能力を発動! 自身を生け贄に捧げることで、除外された“レッドアイズ”1体を特殊召喚する!!」
 “黒豹戦士”は剣を掲げ、咆哮する。
 自身は姿を消し、仲間へと託す――城之内は1枚のカードを、勢いよく振りかざした。
「待たせたな、相棒――現れよ『真紅眼の黒竜』!!!」

 ――カッ!!!

 閃光ともに姿を現す。
 『真紅眼の黒竜』――それは城之内克也にとって、何より特別なカードだ。デュエリストとして共に生きてきた、証たる1枚。
 “黒竜”は雄々しく咆え、対峙する――攻撃力8600を誇る邪神“ゾーク・ガディルバトス”に。
「いくぜ、レッドアイズ……! 『融合』発動! 手札の『ギルフォード・ザ・ライトニング』と融合させる!!」
 城之内のデッキの二大最上級モンスター『ギルフォード・ザ・ライトニング』と『真紅眼の黒竜』の融合――この展開に、カールは覚えがあった。
「『究極竜戦士−ダーク・ライトニング・ソルジャー』……『エンディング・アーク』を倒したモンスター、か」


究極竜戦士−ダーク・ライトニング・ソルジャー  /闇
★★★★★★★★
【戦士族】
「ギルフォード・ザ・ライトニング」+「真紅眼の黒竜」
上記のカードでこのカードを融合召喚した場合、
相手フィールド上のモンスターをすべて破壊する。
攻3500  守2300 


 昨年の“第三回バトル・シティ大会”二回戦――シン・ランバートとのデュエルにおいて、勝利をもぎ取った奇跡のモンスター。
 なるほど、その強力な破壊効果により、戦闘を介さずに“ゾーク・ガディルバトス”を撃破するつもりなのだろう――その考えは理解できる。
 だが、
「試してみろ……すぐに答えは出る」
 カール・ランバートは余裕の構えだ。
 そもそもあの時の魔神“エンディング・アーク”は、あくまで“劣化コピー”に過ぎなかったのだ――“ゾーク・ガディルバトス”は違う。正真正銘の“神”であり、その“階級(ランク)”は2倍を示す。
 “神”は下位モンスターの特殊能力など受け付けない。レベル8如きの“究極竜戦士”の能力が、レベル20の“ゾーク・ガディルバトス”に届くはずがない――たとえ“奇跡”が起ころうとも。
「へっ……ソイツはどうかな?」
 城之内は天を仰ぐ。
 カール・ランバートは大きな思い違いをしている。これから融合召喚されるモンスターは“究極竜戦士”ではない。

 ――ズガァァァァァァンッッ!!!!!!

 カールは目を見張った。
 稲妻が落ちたのだ――城之内のフィールドにも。
 “ゾーク・ガディルバトス”召還時に空いた穴から、一閃の雷。しかし今度は本物ではなく、所詮はソリッドビジョンだ。
 稲妻は『真紅眼の黒竜』めがけて落ちた―― 一見するに自爆。だがそうではないことを、城之内は知っている。
 その稲妻は、言うなれば『ギルフォード・ザ・ライトニング』の魂。その雷光を纏い、“黒竜”は覚醒する。
「咆哮せよ――『真紅眼の雷光竜(レッドアイズ・ライトニングドラゴン)』!!!」


真紅眼の雷光竜(レッドアイズ・ライトニングドラゴン)  /光
★★★★★★★★★
【ドラゴン族・融合】
「真紅眼の黒竜」+「ギルフォード・ザ・ライトニング」
???
攻3200  守2600 


 稲妻の熱量を取り込み、“雷光竜”は猛り咆える。その全身は火花を散らし、強烈な電撃を纏っている。
 “ゾーク・ガディルバトス”と酷似する登場を見せたドラゴン。これこそが、城之内のデッキが誇る最強モンスター ――ではない。“ゾーク・ガディルバトス”には圧倒的に劣る、しかし一縷の糸を垂らす“可能性の竜”。
 この竜こそは“彼の一年”を体現する。
 “彼の一年”を証明する、そのためにも――“雷光竜”は咆哮し、“ガディルバトス”を強く睨んだ。


<城之内克也>
LP:100
場:真紅眼の雷光竜,伏せカード2枚
手札:0枚
<カール・ランバート>
LP:8000
場:邪神獣 ゾーク・ガディルバトス(攻8600)
手札:0枚




第九章 不撓不屈(ふとうふくつ)

 ――これは、カール・ストリンガーの軌跡。
 スラムの捨て子であった彼は、今より15年ほど昔、ガオス・ランバートに拾われた。
 その後、魔術師としての才を見出され、ルーラーの“神官”として教育を受ける。
 一方でカールは、命の恩人であるガオスに心酔し、理想の父親像を重ねていた。

 カールは彼を慕い、そして否応なく知ってしまった。
 かつて自分と同じ境遇で拾われた少女、マリア。
 そして彼女との間に、実の息子がいたということを。

 カールは2人に対し、強い嫉妬を抱いた。
 彼の“家族”となること、彼の誰より近しい“1番”になること――それが彼の希望であり、そして絶望であった。

 彼に近づきたくて、カールはM&Wを始めた。
 ルーラーの神官として求められるのは、“精霊”や“魔物”を召喚する魔術であり、デュエルの腕ではない。
 しかし誰に教わるでもなく習熟し、カールは6人の神官団の中で唯一のデュエリストとなった。
 結果として、カールはガオスの“お気に入り”となり、デュエルの相手を務めるようにもなる。

 カールにとって、M&Wとは絆だったのだ。
 たとえそれが、身代わりでも。
 彼が本当に見ているのが、自分ではなかったとしても。

 ただカールは、ついぞ知らなかったのだ――彼の本当の想いを。
 彼がカールに何を期待していたか。
 今なお“父親”に囚われ続けるカールに、彼が何を思うか――カールはそれを知らない、まだ。





<城之内克也>
LP:100
場:真紅眼の雷光竜,伏せカード2枚
手札:0枚
<カール・ランバート>
LP:8000
場:邪神獣 ゾーク・ガディルバトス(攻8600)
手札:0枚


「オレはこれでターンエンド――さあ、てめえのターンだぜ、カール!」
「……!!」
 城之内のフィールドに現れた“雷光竜”、それを眺めながら、カール・ランバートは振り返る。
 先のターン、城之内はギャンブルカードによるサイコロで“5”を出した。
 今や“神”に等しいカールを相手に、“運命”を引き寄せた――これは果たして何を意味するのか。
(カツヤ・ジョウノウチの場に伏せカードは2枚……何だ、何を伏せた?)
 カールはその2枚を凝視する。
 ここまでデュエルを完璧にコントロールしてきた彼が見せる、初めての動揺。
 常に看破し続けた相手の戦術が、今はもう見えない――城之内の狙いが、そして自身のとるべき策が。
 何故なら今は、予期せぬターン。あり得るはずのなかった未来が、彼の前には広がっている。
「どうしたカール……何を恐れてやがる?」
「……!?」
 城之内は不敵に笑い、それはカールの神経を逆撫でする。
 そもそも、何を恐れる必要があろうか。
 『邪神獣 ゾーク・ガディルバトス』には、トラップの効果など通用しない。たかだかレベル9の融合モンスターに、果たして何ができるというのか。
「くだらない……終わらせてやる。私のターン!」
 カールの自信には根拠がある。
 客観的に見て、ここから城之内が逆転する芽などない。圧倒的ライフポイント差も、それを物語っている。
 だというのに――カールの表情は険しくなる。
 この絶対的窮地に際し、尚もデュエルに真っ直ぐ向かい合う城之内の姿に、カールの心は乱れ始める。
(“似ている”というのか……? 馬鹿な、そんなこと!!)
 “ルーラー”において、ゲームの勝敗は絶対の掟。
 だというのに“彼”は、時折それを否定する言動を見せた――それこそが、“彼”の本心だったのではあるまいか。
(“あの御方”は……ガオス・ランバート様は! 本当は!!)

 ――“彼”は本当に“楽園”など望んでいたのだろうか?
 ――誰よりも“人間”を愛した“彼”が、本当に望んだことは
 ――“息子”である自分が、本当に応えるべき想いは……

「……ッ。私は……っ」
 カールは頭を抱える。
 一方で、彼の決闘盤上のカード“ゾーク・ガディルバトス”は穢れを発する――それは彼の精神を侵し、“破滅”へと縛り付ける。
 これを打ち砕かぬ限り、彼が目醒めることはない。“彼”の本当の想い、それに気づくことなど。
「手札から魔法発動――『野生解放』!!」
 雑念を振り払わんとばかりに、カールはドローカードを決闘盤に叩きつけた。


野性解放
(魔法カード)
フィールド上の獣族・獣戦士族モンスター1体を選択して発動できる。
選択した獣族・獣戦士族モンスターの攻撃力は、
そのモンスターの守備力分アップする。
この効果を受けたモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。


「“ゾーク・ガディルバトス”の守備力は4500……その数値分だけ、攻撃力アップ!!」

邪神獣 ゾーク・ガディルバトス
攻8600→攻13100

 漆黒のユニコーンは猛り狂い、もはや手の付けようがない。
 最後の砦である『真紅眼の雷光竜』との攻撃力差は、約1万ポイント――初期ライフ8000すら消し飛ぶ数値だ。
「いいぜ……来いよ、カール・ストリンガー」
 だというのに、城之内の声は震えない。
 前代未聞の脅威を前に、一歩たりとも下がらない。
「お前が何に苦しんでるのか……オレにはそれが分からねえ。だからぶつけてこいよ、全部受け止めてやる!!」
 彼は堂々と呼びかける。

 英国を旅した頃、幾度となく聞いたカールの噂――その全ては賞賛で、淀みないものばかりだった。
 単純な強さだけなら、こうはいくまい。
 それは当時の彼が、紛れもなく“真のデュエリスト”として認められた証だ――だから闘いたいと思った。
 立場も、使命も、運命も――全てを忘れ、ただのデュエリストとして。

 カールは呼吸を乱しながら、城之内を睨む。
 ずっと見下してきた彼が、目の前のいる――同じ高さで、応えんとしている。
「――目障りだ……消えろ!! 『邪神獣 ゾーク・ガディルバトス』の攻撃!!」
 カールの叫びに反応し、一本角の“黒雷”は勢いを増す。
 それを前面に突き出し、漆黒のユニコーンは駆けだした。
「……!! 頼むぜ“レッドアイズ”! “ゾーク・ガディルバトス”に反撃!!」
 攻撃力差に怖じることなく、城之内も叫ぶ。
 全身の電気が火花を散らし、“雷光竜”の口先に、雷と炎が収束される。
「撃ち放て――“黒・雷・炎・弾(ダーク・ライトニング・フレア)”!!」

 ――ズドォォォォォッ!!!!

 まるで、先のターンの焼き直しだ。
 放たれた“雷炎”の攻撃力値は3200ポイント、先の“ブラック・デーモンズ・ドラゴン”のそれよりも低い。
 そもそも、どれほどの威力を持とうとも無意味なのだ――“ゾーク・ガディルバトス”にはいかなるモンスターも超越する、特殊能力がある。
「特殊能力発動――“ダークネス・ホーン”!!」

 ――ズキュゥゥゥゥゥゥッッッ!!!!!!

 城之内は両眼を見開く。
 此度の“雷炎”もまた、一本角に吸い尽くされる――これで両者の攻撃力差は、5倍にも及ぶ。

邪神獣 ゾーク・ガディルバトス
攻13100→16300
守 4500→7100

「トドメだ――“ゾーク・ペネトレイション”!!!」

 ――ズギャァァァァァァァッッッッ!!!!!!!!!!

 一本角が“雷光竜”に突き立てられ、爆発を起こす。
 同時に、“黒雷”が城之内を襲う――そのダメージ量は何と“13100ポイント”。

 ――バヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂィィィッッッッ!!!!!!!!!!!

 あまりの激痛に、もはや声にもならない。
 “黒雷”は確実に城之内を焼き、衝撃をもたらす。
 わずか100ポイントしかない城之内のライフを、着実に減少させる――“敗北”ではなく、“死”へと。

<城之内克也>
LP:100→ 

 遊戯は息を呑んだ。
 舞は目を逸らすことなく、その爆煙を見つめる。

(終わった……これで、次は――……?)
 カール・ランバートは凍り付く。
 煙が晴れるその先に――驚くべき光景があった。
 “ガディルバトス”の一本角が、“雷光竜”に刺さっていない。“黒雷”を浴びて傷つきながらも、弱りながらも倒れない。
「……『真紅眼の雷光竜』の……特殊能力、だ。コイツは1ターン1度、破壊されない……たとえ相手が、“神”でも」
 息も絶え絶えに、城之内は告げる。
 “雷光竜”の纏う電気は、いわば“鎧”なのだ。『ギルフォード・ザ・ライトニング』の魂を纏い、“雷光竜”は尚も立つ。
“究極竜戦士”が雷撃を攻撃に用いるのに対し、“雷光竜”は守備寄りの能力を持つ。
「だが……ダメージ計算は適用されるはず! 1万以上のダメージを受け、貴様はなぜ立っている!?」
 城之内の口元が、わずかに綻ぶ。
 彼のフィールドでは1枚、罠カードが翻されていた。
「……オレはライフが0になる前に、このカードを発動していた――トラップカード『根性!』!!」


根性!
(罠カード)
自分がダメージを受ける場合、そのダメージ計算時に発動できる。
発動ターン中、1度だけ自分のライフポイントは1未満にならない。


<城之内克也>
LP:100→1

 まさしく常識破り。
 ほとんどのデュエリストが見たこともないような数値で、彼は死線を潜り抜けた。


<城之内克也>
LP:1
場:真紅眼の雷光竜,伏せカード1枚
手札:0枚
<カール・ランバート>
LP:8000
場:邪神獣 ゾーク・ガディルバトス(攻16300)
手札:0枚


 だが違う。カールが驚いているのは、そんなことではないのだ。
「ダメージを無効にしたわけではない……貴様は確かに“神”の攻撃を受けた。1万以上の、そのダメージを受け――何故、どうして立っていられる?!」
 城之内の身体がふらつく。
 カールの考える通り、彼は確かにダメージを受けた――通常なら意識が消し飛ぶ衝撃を受け、それでも倒れない。“人間”にはあり得ない精神力。
「……冗談じゃねえ。ライフが残ってるのに倒れるなんて……あんなのは二度とごめんだ」
 思い出すのは“第一回バトル・シティ大会”準決勝戦、闇マリクとのデュエル。
 『ラーの翼神竜』の特殊能力を受け、彼は倒れた――勝てるはずのデュエルを逃した。
「……倒れねえ! ライフが1ポイントでも残ってる限り……絶対に諦めねえ!!」
 両足に力を込め、踏ん張る。
 まさしく“不撓不屈”。
 その名の通り“根性”で、彼は意識を保っている。
「……諦めないだと? 貴様のそれはその場凌ぎだ……どこに可能性がある?」
 城之内は鼻で笑った。
 カール・ランバートは今、致命的なミスを犯したのだ――故に繋がる、一縷の希望が。
「――それは……どうかな」
「……!!?」
 城之内の瞳が、鋭く輝く。
 フィールドの“雷光竜”を見据え、高らかに宣言した。
「――この瞬間、『真紅眼の雷光竜』の特殊能力発動!! オレが受けた戦闘ダメージ分だけ、攻撃力がアップする!! “ライトニング・チャージ”!!!」


真紅眼の雷光竜(レッドアイズ・ライトニングドラゴン)  /光
★★★★★★★★★
【ドラゴン族・融合】
「真紅眼の黒竜」+「ギルフォード・ザ・ライトニング」
上記のカードでこのカードを融合召喚した場合、
このカードは以下の効果を得る。
@:1ターンに1度、このカードは破壊されない。
A:このカードは、相手のカードの効果の対象にならない。
B:このカードの戦闘により自分が戦闘ダメージを受けたとき、
このカードの攻撃力は、そのダメージの数値分だけアップする。
攻3200  守2600 


 『真紅眼の雷光竜』もまた、城之内と同様に傷ついている。
 しかしダメージを糧とし、“雷光竜”は甲高く咆える。その凄まじい威力に圧され、“ガディルバトス”は跳び退いた。
 この竜もまた“不撓不屈”――まるで“彼の一年”のように。

真紅眼の雷光竜
攻3200→攻16300

「攻撃力16300……“ゾーク・ガディルバトス”に並んだ、だと?」
 神ならぬ竜が、神に比肩した力を得る。
 劣っても折れず、敗れても倒れない。
 弱くとも、強者に立ち向かい、強くなる――それが“城之内克也”というデュエリストだ。
「無駄だ……どれほど高い攻撃力も、無意味! 次のターン、“ガディルバトス”の餌食になってもらう!!」
 攻撃力が高いほどに、“ゾーク・ガディルバトス”は強化される。
 カールの言う通り、高攻撃力モンスターは格好の餌食なのだ――しかし、
「ああ……“次のターン”なら、な」
 城之内はフィールドの、最後の伏せカードに指を掛けた。
「リバーストラップオープン! 『逆襲の狼煙』!!」


逆襲の狼煙
(罠カード)
相手のバトルフェイズ中、自分フィールドの
攻撃表示モンスター1体を選択して発動。
そのモンスターの攻撃力を100アップし、
相手モンスター1体に1度だけ攻撃する。


 相手ターン中の攻撃、これはルールに干渉する特殊カードだ。
「“ゾーク・ガディルバトス”の特殊能力は1ターンに1度……そうだろう?」
「……!!!」
 このターン、カール・ランバートは致命的なミスを犯した。
 攻撃力で圧倒しながらも、さらにその差を拡げるべく、特殊能力を発動した。
 “神”たるカール・ランバートにはあり得ない失態。その一瞬の隙こそが、城之内の勝機となる。

真紅眼の雷光竜
攻16300→攻16400

「言っただろ……強い方が勝つんじゃねえ。勝った方が強くなるんだ!!」
 “雷光竜”の両眼が、真紅に輝く。
 全身から電気を、体内から黒炎を集め、凝縮し、巨大なエネルギー体を生み出す。
 先ほどの反撃とは比べものにならない、強烈なる一撃を――咆哮とともに撃ち放った。
「焼き尽くせ――“黒・雷・炎・弾(ダーク・ライトニング・フレア)”!!!」

 ――ズドォォォォォォンッッッッ!!!!!!!!!!

 “雷炎”が、“ガディルバトス”を直撃する。
 その圧倒的熱量で、穢れたユニコーンを浄化する。
 カール・ストリンガーの精霊『神獣 ガディルバトス』、それに深く根付いていた邪神“ゾーク・デリュジファガス”の穢れが――“雷炎”に焼かれ、崩れ去ってゆく。
 その最中、カールは不思議な感覚に包まれた――邪神“ゾーク・デリュジファガス”の核となった“ダークネス”は、ガオス・ランバートの精霊たる存在だった。
 浄化され、剥がれ落ちてゆく“ダークネス”の思念は、カールの心に何かを残す。
 “彼”が何を願い、何を抱いて現世を去ったか――その真なる想いを。

<カール・ストリンガー>
LP:8000→7900

 周囲の“闇”が、晴れ渡る。
 決着によってしか終わらぬはずの“闇のゲーム”が、その根幹たる邪悪を失ったことで、必然的に終局を迎えた。
「感謝するぜ、カール……お前のおかげでオレは、またひとつ強くなれた」
 城之内はカードを引く。
 立ち尽くし、自失するカール・ランバート――いや、カール・ストリンガーを見据え、このデュエルに幕を下ろす。
「『真紅眼の雷光竜』の直接攻撃――“黒・雷・炎・弾(ダーク・ライトニング・フレア)”!!!」

 ――ズドォォォォォォォッ!!!!!!!!

<カール・ストリンガー>
LP:7900→0

 カール・ストリンガーは倒れ、天を仰ぎ見る。
 しかし“闇のゲーム”ではなくなった今、それが彼の命を奪うことはない。その一撃を、浴びるように受け止めた。
 遊戯と舞が駆け寄る中、彼は――城之内は右拳を突き上げ、確かなガッツポーズをとった。


<城之内克也>
LP:1
場:真紅眼の雷光竜(攻16400)
手札:1枚
<カール・ストリンガー>
LP:0
場:
手札:0枚





 一方、その頃――“彼”は、洞窟の最奥にたどり着いていた。
 その男――“アルベルト・レオ”は、遊戯たちの前から消えて以来、慎重に洞窟内を進んできた。
 カール・ランバートの認識からも外れ、ホムンクルス“T”の警戒網すら抜けて。
 その“存在”を限りなく消去し、一度も闘うことなく、ここまで来た。
 洞窟の最奥に広がるのは、赤絨毯が一面に敷かれた、不自然に明るい広間。中央に描かれた巨大な魔法陣、そして所々に見られる黒ずんだ血痕が、その場の異常性を際立たせている。
(“ヤツ”の気配はない……“エサ”に上手く食いついたか? ならば!)
 アルベルトは周囲を警戒した上で、一点に視線を向ける。
 そこにいるのは少女だ――童実野高校のブレザーを着た、小柄な少女。
 岩壁際に鉄枷と鎖で四肢を拘束され、顔をうつむけたまま動かない。衣服や、枷の嵌められた素足は泥で汚れ、長い黒髪は掻き乱れ、見るも無惨な様子だ。
 アルベルトは彼女に向け、駆け寄る――誰よりも因縁深い、その少女に。


 ――1年前を振り返るに、“アルベルト・レオ”と“絵空”には面識がある。
 第三回バトル・シティ大会予選終盤、アルベルト・レオは絵空と――正確には“もうひとりの絵空”と闘った。
 本戦出場最後の1枠を争うそのデュエルで、彼はイカサマを連発した。
 それは結果として、彼女の“覚醒”を促し、彼は大敗を喫した。
 本選出場は当然叶わず、それどころか死の恐怖を味わった。
 深いトラウマを刻みつけられた彼は、以来、M&Wに関わらない人生を送っている。
 すなわちアルベルト・レオは、彼女に対して恨みこそあれ、危険を冒してまで救出すべき動機など持たない。


 アルベルトは口元に笑みを湛え、彼女に手を伸ばす――しかし、その動きが静止した。

「汚い手で触るなよ――僕の大切な“ヒロイン”に」

 突如かけられた声に、顔を向ける。
 向けた視線の先に、その声の主はいない――代わりに、驚くべきモノが視界を満たす。
 巨大なる“蒼の拳”が、凄まじい勢いで衝突した。

 ――ドォォォォンッッ!!!!

 まるで大型車に轢かれたかのような衝撃音とともに、アルベルトの身体は宙を舞う。
 常人ならば、すでに絶命しているだろう。
 しかし彼は、空中で一回転し、華麗に着地した。
 口元の吐血を左手で拭い、その犯人を改めて睨む。
 すでに“蒼の拳”はなく、代わりに小柄な少年が現れていた。
「へー、すごいすごい。やっぱこれだけじゃ死なないかぁ」
 少年はニコニコと、気安い調子で拍手する。
 彼は、ホムンクルス“T”に命令して彼女をさらった主犯――“無瀬アキラ”。
 童実野高校の学ランを着た彼は、一見するに純朴な印象だ。その瞳に悪意はなく、故にこそ狂気に満ちている。
「やっぱ“ソレ”だけはカッコいいなー。“裏切者”のくせにさ。よく僕の前に出てこれたね?」
 アキラが言う“ソレ”とは――アルベルトが右手に握るものだ。
 それは黄金に輝く“光の剣”。彼の“魂”と“魔力”により生み出された、異形なる力。
 彼はそれを盾にして、先ほどの一撃を受け流したのだ。
「てゆーか、それって誰の姿? 全然知らないんだけど……もしかして、有名人だったりする?」
 アルベルトは失笑した。
 もはや隠す意味などない。彼がそう認識すると、その外見がブレ始める。

 今回の救出作戦――元を正せば全て、彼が仕組んだものだったのだ。
 I2社の上層部に働きかけ、マリクとリシドは先導役として。武藤遊戯はカール・ランバートに、そしてエマルフ・アダンは無瀬アキラに対する“撒き餌”として。ティモー・ホーリーの参戦は想定外だったが、むしろプラス要因だ。
 そして、全ての者の認識から“存在”を抹消し、闘わずして彼女を救い出すこと。それこそが彼の目論見だった。
 実際には武藤遊戯と、そして無瀬アキラには通用しなかったわけだが。

「“汚い手で触るな”……? それは“私”の台詞ですよ」
 アルベルトの声色が変わる――いやそもそも、彼はアルベルト・レオではない。本物のアルベルトはすでに、M&Wとの縁を断っている。
 自身の存在を隠すため、“彼”はアルベルト・レオに“変化”していたに過ぎない――自己に掛けた魔術を解き、彼はその正体を晒す。
「アナタこそ、早く離れていただきたいものだ――私の大切な“妹”から」
 姿を現したのは、純白のローブに身を包んだ青年。
 中性的で整った容貌に、白く美しい肌。背中まである黒髪は、白いゴムで一本に束ねられている。
 “青年”――いや、外見上はそうだが、実際には誤りだ。彼はすでに“四千年”を生きる、常人ならざる存在。

 不世出の天才魔術師“シャイ”により、この世界に初めて生み出された――始まりのホムンクルス。“開闢の剣”ヴァルドー。

「我が姫を穢した罪……贖っていただきますよ。“アナタの命で”」

 彼は右手の“剣”を振るうと、眼前の敵――無瀬アキラに対し、冷ややかに微笑みかけた。




第十章 最強の男

 舞台は変わり、洞窟内――エマルフ・アダンとティモー・ホーリーは、2人のミスターTを相手に、タッグデュエルの真っ最中であった。
「俺のターン! 俺は『風帝霊使ウィン』ちゃんの特殊魔法を発――」
 ティモーの口が止まる。
 対戦相手であるミスターTが突然、2人揃って消え去ったからだ――その姿は霧散し、消失した。何の前触れもなく。
 これによりデュエルは強制終了し、フィールド上の全カードのソリッドビジョンが消滅する。
「なんだなんだ!? おいエマルフ、こいつは一体……?」
 ティモーに問われたエマルフも、驚きを隠せない。
(不利だから逃げた……いや違う。遊戯さんたちが何かしたのか?)
 エマルフはそう思い、そして思い出す。
 遊戯と行動を共にしたのは、マリク・イシュタールだ――そもそも今回の作戦、リーダーは彼だったのだ。
「……リシド? おい、リシドのおっさん! 無事か!?」
 続いて、ティモーの言葉にハッとし、振り返る。
 消え去ったはずのリシド・イシュタールが、そこには倒れていた――ティモーは突然現れた彼に、動揺しながらも駆け寄る。
「消えた人の記憶が……“存在”が戻った? これって」
 恐らく遊戯が、あるいは他の者の手により、ミスターTの根源たる力が断たれたのだろう――エマルフはそう理解する。
(それにしても、ミスターT……一体何者だったんだ? 倒した相手の“存在”を消す、そんなことが可能だなんて)
 デュエルを介する必要があるとはいえ、その力量は各国デュエルキングさえ苦戦させるものだった。その上、“分裂”までするのだから、始末に負えない。
 ともすれば、この世界から全人類を消すことすら可能だろう――想像するだに恐ろしい。
(完全に消え去ったのか……? それとも)
 周囲を見回してから、エマルフも彼らに駆け寄る。

 彼の危惧は正しい――彼らはこの日、世界に大きな禍根を残すことになる。
 “カール・ランバート”という拠り所を失ったことで、ミスターTはその存在を隠した。
 無瀬アキラでは駄目なのだ。彼はたしかに“片親”だが、力の性質も目的も、根本的に合わない。
 製造過程に“破滅の光”を用いながらも、その性質はあくまで“闇”。
 破滅神“ゾーク・デリュジファガス”の核たる“ダークネス”を母体とし、ホムンクルス“T”は誕生した。
 その根源的目的は、“ゾーク・デリュジファガス”と同じ――全人類を、この世界から抹消すること。それはノアの時代、かつて引き起こされた“大洪水”のように。

 ミスターTは姿を消し、時機をうかがう。
 自身が依るべき新たな“器”を求め、そしてそれを贄とし、“真なる姿”を顕現する日まで――“真実を語る者”として。





 一方、洞窟内別ルート――仰向けに倒れたカールを見つめながら、城之内は独りごちた。
「ったく……紙一重だったな。まだまだ修行が足んねーぜ」
 安堵のため息を漏らすと、不意に両足から力が脱ける。
 バランスを崩しかけるが、すぐに持ち直した。
 後ろから抱き支える、遊戯の手によって。
「……すごかった! 城之内くん!!」
 涙ぐみながら、遊戯は真っ直ぐに見上げる。
 城之内はぽかんと口を開くと、思い出したように失笑する。
 そしてその低い頭に、左手の平をのせた。
「だから約束したろ? オレはもう誰にも負けねぇって」
 当然のように言いながら、しかし心が洗われる思いだった。
 この日のために、闘ってきた。
 自分の1年間は無駄ではなかった――今なら、心からそう思える。
「まったく……冷や冷やさせてくれるわ。そこまで言うなら、もう少し余裕もって闘いなさいよね、克也?」
 舞は歩み寄りながら、肩を竦めてみせる。
 城之内と視線を絡め、笑い合う。
 一方で遊戯は、舞のその発言に違和感を覚えた。
「え……“克也”?」
 遊戯は目をぱちくりさせ、舞はハッとした顔をする。
「あー、そういや遊戯は知らねぇか。オレ達、最近付き――」
「――そ、そんなことより!! 遊戯、まずは説明して頂戴! アンタが何でこんな島にいるのか……アタシら、ほとんど知らされてないのよ!!」
 城之内の言葉を遮り、舞はまくし立てるように問う。
 彼女の顔がなぜ赤いのか、遊戯には理由が分からない。
 ともあれ、突然現れた“千年聖書”に導かれ、彼女らはこの島にやって来たのだ。「遊戯の危機」、それ以上の情報は何もない状態で。
「相手は例の“ルーラー”みたいだけど……なんだってこんな島に? アンタ一人でここまで来たのかい? それとも――」
 不意に舞の口が止まり、視線が遊戯から外れる。視界に入った、ある人物へと。
「え……マリク? どうして」
 遊戯は驚き、舞の視線を追う。
 そこには消え去ったはずの、マリク・イシュタールが倒れていた。
 まず舞が駆け寄り、遊戯と城之内がそれに続く。
「気を失ってるだけ……みたいね。でもどうして? マリクは最初から、この場所にいた……?」
 全く気づかなかった、そう言わんばかりに、舞と城之内は顔を見合わせる。
(マリクの“存在”が戻った……!? カール君に勝ったから? それじゃあ、もしかして――)
 遊戯は衝動的に、問いを発する。
「2人とも! 絵空さんを――月村絵空さんのこと、覚えてる!?」
 2人は再び顔を見合わせ、そして小首を傾げた。
「月村……? “神里”じゃなくてか?」
「右に同じね。絵空ちゃんなら分かるけど」
 2人は絵空の母が再婚したことを知らないのだ。しかし、重要なのはそんなことではない。
(戻った……戻ったんだ! 絵空さんの“存在”が!!)
 童実野町で、誰に訊いても「知らない」と言われた少女。
 彼女はやはりいたのだ、この世界に。
 遊戯の中だけの「空想の少女」などではなかった――その事実に、強く感情が込み上げる。

 しかしすぐに、事態が急を要することに気付いた。
 全員の記憶に絵空が戻ったならば、その混乱はどれほどのものか。
 そして何より、絵空の両親――その2人の心情を思うに、いてもたってもいられない。

「2人ともゴメン……事情は後で話すよ。今は行かなくちゃ、絵空さんを助けに!!」
 武藤遊戯は先を見据える。
 この洞窟の奥に、彼女がいるはず――それを確かめるべく、もうひとりの男へ駆け寄る。

「――武藤遊戯……君は、良い友を持ったな」

 その男――カール・ストリンガーは倒れたまま、そう告げる。
 憑きものが落ちたような、曇りのない瞳で。
「目が覚めた気分だよ……僕は、“邪神”に取り憑かれていたのか。“あの人”がいない……その“心の闇”に付け込まれて」
 カールにとって、ガオス・ランバートは全てだったのだ。
 彼との絆を守ること、それだけが彼の希望であり、救いだった。
「“あの人”は消えた……けれどそれは君の、君たちのせいじゃない。“あの人”は戦い抜いたんだ……全ての人間を救う、その大義のために」
 ガオス・ランバートは正しかった――その思いはカールの中で、今も変わらない。
 けれどならばこそ、今の自分を肯定できない。
 “楽園(エデン)”という新世界なき今、この世界を滅ぼすことに正義などない――ガオス・ランバートの遺志に反することだ。
(“あの人”は人間を……“この世界”を、本当は愛していた。だから)

 敬愛するガオス・ランバート、その遺志を穢さぬためには、
 その遺志を正しく受け継ぎ、自分が成すべきことは――

「……カール君、悪いけど急いでるんだ。もう一度確認させてほしい……絵空さんはこの先にいる、そうなんだね?」
 遊戯の問いに、カールは首肯する。
「だが気をつけてくれ……“もう一人”いる。神里、いや月村絵空のもとに“もう一人”……彼の名は無瀬アキラ。君たちが最も警戒すべき男だ」
 神妙な面持ちで語るカールに、城之内は眉根を寄せる。
「オイオイ……その無瀬ってやつは、お前より強いってのかよ?」
 腰に手を当て、青空を見上げながら苦笑する。
 “ゾーク・ガディルバトス”の召還時に出来た大穴は、無論そのままだ。
 デュエルの腕もそうだが、これ以上強力なモンスターを使われるなど、考えたくもない――というか、この洞窟がもつか疑わしい。
 状況に反し、穴から除く爽やかな空模様が、何だか癪に障った。
「どうかな……正確には分からない。ただひとつ、アドバイスできるとすれば……あの男を、中途半端に追い詰めるな。倒せるときに倒せ、どんな隙も見逃さずに」
 無瀬アキラ――あの存在は“異常”だ。
 カールとは違い、“心の闇”に付け込まれたわけではない。
 彼は望んで“穢れ”を受け容れ、“邪神”へとシフトしたのだ――異能を持たぬ人間であったにも関わらず、誰よりも強く“穢れ”に馴染んだ。
「彼は僕たちと違う……生粋のデュエリストじゃない。魔術師としても未熟。けれど、だからこそ伸びしろがある。アレは“進化する邪神”だ……成長の機会を与えてはいけない。“ゾーク・デリュジファガス”すら超える邪神となる、そういう可能性を秘めている」
 1年前を思い出し、遊戯は顔をしかめる。
 あれ以上の脅威など、この世界に存在してはならない。
 そのとき、まさしく世界は終わる。誰にも止めることはできない。
「……すまない。本当なら僕も行きたいが……まだ、身体が上手く動かないんだ」
 カールは上体を起こそうとするが、しかしそれも叶わない。邪神に取り憑かれていた代償だろうか。
「2人をこのまま、ってわけにはいかないだろうし……いいよ、ここはアタシが残る。アンタはもちろん行くんだろう?」
 舞の質問に、城之内は迷わず頷く。
「城之内くん……でも、さっきのデュエルのダメージが――」
「――心配いらねーよ。ここまで移動続きで、身体が鈍ってたんだ。あと百戦だって軽いぜ」
 明らかに強がりだ、遊戯はそう思う。
 “闇のゲーム”、とりわけ“ゾーク・ガディルバトス”から受けたダメージは相当深刻なはずだ。
(城之内くんは限界だ……エマルフ君たちもいない。だったら、あと闘えるのは――)
 左腕の決闘盤に視線を落とす。
 しかしそれを、城之内が遮った。
「だから、心配すんなって。お前が闘わなきゃならねぇヤツは、全部オレが倒す……そのためにオレは来たんだ」
 彼は嘘を吐いていない。
 遊戯の腕の中で、“千年聖書”も呼応する。
 両者からの説得を受け、遊戯は冴えない表情で頷いた。
「よっしゃ! それじゃあ行ってくる……ここは頼んだぜ、舞!」
「ああ。2人とも、絶対無事に戻ってくるんだよ」
 舞の激励を受け、遊戯と城之内は先へと駆け出す。
 城之内の足取りは、思いのほか確かだ――それでも遊戯は、“もうひとつの可能性”に思考を巡らせる。
(姿を消したアルベルトさん……ボクの予想が正しければ、彼は――)
 その答えを確かめるためにも、遊戯は洞窟の最奥を目指した。





 そして、彼らの目的地において――今まさに、2人の男が対峙している。
 無瀬アキラ、そしてヴァルドー。
 冷たい笑みを浮かべるヴァルドーに対し、アキラは気安くヘラヘラと笑った。
「あーそっか、彼女は君の妹なんだっけ? じゃー挨拶しといた方が良かった? 妹さんを僕に下さい的な?」
 ヴァルドーの眉がピクリと動き、しかしそのまま微笑を取り繕う。
「要らぬ気遣いですよ。どんな菓子折を持参されても、認める気はありませんので。そんなことより……興味はなかったのですか? エマルフ・アダン――我々とは違い、ホルアクティの加護を正しく受けた少年に」
 アキラの笑顔が一瞬固まり、露骨に首を傾ける。
「何を言ってるんだい……? そんなこと、あるわけないじゃないか」
 アキラは微塵も疑わない。
 自分こそが、彼女にとって“一番の存在”であることを。
「エマルフ君もがんばってるとは思うけどねー。なんていうかさ、オーラが足りないっていうの? 器じゃないっていうかさー」
「なるほど。あなたはそう思うのですね……“あなたは”」
 アキラの笑顔が再び固まり、しかしすぐに破顔する。
「他人のことよりさー、自分の心配したら? よく僕の前に来られたよね……ホルアクティの意思を無視し、使命を拒んだ“裏切者”のくせに」
 アキラとヴァルドー、2人はともに同じ力“光の波動”を受け容れた。
 しかし、偶発的なアキラと違い、ヴァルドーは計画的に。
 自分の力を向上させる、ただそれだけの目的で。
「とても罪深いことだよ……君は神を愚弄したんだ。だから僕は君を罰そう。偉大なるホルアクティに代わり“神罰”を下すよ」
 アキラは左腕の決闘盤を構え、デッキの上から3枚をめくる。
「このあと“彼”が来るだろうし……ちょうどいいから君で試すよ。僕の新たな“三幻魔”をね」
 見せつけられたその3枚に、ヴァルドーは目を見張った。


ライトレイ・ウリア  /光
★★★★★★★★★★
【炎族】
???
攻 0  守 0

ライトレイ・ハモン  /光
★★★★★★★★★★
【雷族】
???
攻4000  守4000

ライトレイ・ラビエル  /光
★★★★★★★★★★
【悪魔族】
???
攻4000  守4000


(半年前と違う……“三幻神”を起源としない、新たな“三神”だと!? 何と厄介な……!)
 これはつまり、半年前の情報は役に立たないということ。
 “三幻神”でも“三魔神”でもない、新たなる神“三幻魔”――その存在は着実に、完成へと近づいている。
「なるほど、それがあなたの半年間の成果……。それはさておき、“彼”とは誰のことです? エマルフ・アダンではないとすると、まさか――」
「――もちろん武藤遊戯さ。彼もこの島に来てるんだろう?」
 その返答を、ヴァルドーは不審に思った。
 全てを知った上での推測か、それとも何も知らないのか。
「……武藤遊戯はカール・ランバートと対峙している……それでも彼は、ここまで辿り着くと?」
「ウン、そうだよ。だって彼には、それくらいの力はあるだろう?」
 アキラはあっけらかんと答える。そして続けた。
「考えたんだよねー……カール君とかガオ何たらとか、ラスボスにしてはショボくない? その点、彼は適任だと思うんだ。“前作の主人公”みたいなポジションだし?」
 アキラはニコニコと、饒舌に語る。
「カール・ランバートを倒せば、彼は彼ではなくなる……そうなんでしょ? 1度は世界を救ったけれど、そのせいで邪悪に取り込まれる“元・英雄”……かわいそうだよねー。でも大丈夫、僕がちゃあんと退治してあげるから。だって僕は“救世主”だからね」
 アキラの言うことは正しい。
 武藤遊戯とカール・ランバート、“邪神化”しつつある両者が闘えば、勝者は確実に“人間”ではなくなる。しかし武藤遊戯がこの場に現れることはない――ヴァルドーはそう予見していた。
(勝者は十中八九、武藤遊戯……しかし、“邪神”へとシフトする彼が選ぶべきは“救出”ではない。正気を失うより前に、彼が選ぶべきは――)
 武藤遊戯ならば“それ”を選ぶと、ヴァルドーは信じた。
 彼がそれを選ぶように、ここまで“手がかり”を与えた。
 船で“仲間”であると告げ、彼の前から分かりやすく姿を消した。
 彼が“アルベルト・レオ”の正体に気付くように。
 その上で、“彼女”をヴァルドーに託し――“自身に始末をつける”ように。
(他者の幸福のために、自身の傷を厭わない……彼が“そういう人間”であるうちに、選ばせるべきだ。彼が守ったこの世界を、彼自身の手で壊させぬためにも)

 ヴァルドーはそもそも、武藤遊戯という人間が嫌いなわけではない。
 無論、現在の“彼女”が慕う男という意味では、いけ好かなくもある。
 しかし、似ていると感じるのだ――その強く、純粋すぎた意志は、今は亡き“友”と同じもの。

(もとより、今のカールを倒せる者など、武藤遊戯の他になし……他に選択肢はありませんでしたが)
 ヴァルドーは後方に意識を向ける。
 2人は今なお闘っているのか、それともすでに決着したのか――この状況では、ヴァルドーにもそれは確認できない。

 武藤遊戯とカール・ランバートは、実質的に相討ち。そして最後に無瀬アキラを討てば、当面の脅威は根絶される――ここまでがヴァルドーの計画。彼の描く青写真だ。

「――ま、それはそれとして……そろそろ始めよっか? まさか逃げようとか思ってないよね? 逃がさないけど」
 3枚のカードをデッキに戻し、アキラは詰め寄る。
 対してヴァルドーは、不敵に微笑んだ。
「逃げる……私が? 面白い冗談ですね。私が何の勝算もなく、この場に現れたとお思いですか?」
 ヴァルドーのその言葉を、アキラは鼻で笑った。
「あっそ。じゃー見せてあげよっかな。選ばれし者の輝き、ってやつを」
 自信満々のアキラに対し、ヴァルドーは右手を突き出した。
 “待った”ではない。人差し指と親指、2本の指だけを立てている。
「……認めましょう、無瀬アキラ。あなたは私よりも強い……“魂”も“魔力”も、そして使用するデッキのカードも。しかしそんな私が、あなたより確実に勝る点が“2つ”ある……何だと思いますか?」
 アキラはポカンと口を開く。
 意味不明な負け惜しみと彼は思うが、そうではない。
「1つは“魔術の知識”……四千年をかけ研究したそれは、この地上で誰にも勝るものと自負しています。たとえ“魔力”で劣るとしてもね」
 左手に持ったままだった“光の剣”を、まっすぐ地面に突き立てる。
 それは見た目通り“武器”として使用することも可能だが、数多の魔術の“触媒”としても利用できる。
「もう1つは“狡猾さ”……人間、長生きすると狡賢くなるものです。ましてや四千年ともなれば尚更ね。正々堂々の勝負など、何の興味もありませんよ」
 これより行うは“闇のゲーム”に準ずるもの――故に不正は許されない。一切のルール違反は隠されず、反した瞬間に敗北する。相応の“罰”を伴って。
 しかし、それだけの話――要は、ルールの範囲内であれば良いのだ。
「――さて質問です。これから行うM&Wにおける“召喚”という行為……あなたはどこまで理解していますか?」
「? はあ……何の話?」
 半ば呆れ気味なアキラに対し、ヴァルドーは魔術を披露する。
 “剣”の先から光の線が伸び、地面に図形を描き出す――それは“五芒星”の魔法陣。
「カードを媒介とし、契約した“しもべ”を喚び出す……これは何も、ゲームに限った話ではありません。今回は特製の魔法陣を用いますが、魔術としては中級レベル、といったところでしょうか。しかしこれが扱える魔術師は、紛れもなく一人前と呼べるでしょうね」
 地面の魔法陣が光り、輝き出す。
 そう、これは“召喚”の魔術――ヴァルドーはこれより、この場所に“ある人物”を喚び出す。
「私ではあなたに勝てない……よって、“代役”を立てます。召喚するのは、私が契約した“最強の男”――“人類最強のデュエリスト”」
「……!??」
 魔法陣の中に、人影が現れる。
 召喚されたその男は、両眼を見開き――左腕の決闘盤を構える。

「――オレの敵は誰だ……?」

 その男――“海馬瀬人”の鋭い眼光が、無瀬アキラの姿を捉えた。




第十一章 三幻魔胎動

 昨日――KC(海馬コーポレーション)本社、社長室にて。
 デスクに腰掛けた海馬瀬人は、パソコンのモニターと向かい合い、難しい顔をしていた。

「――何か……悩み事ですか、瀬人様?」

 澄んだ女性の声とともに、彼の前にコーヒーカップが置かれる。
 視線を上げると、両手でお盆を抱えたスーツ姿の女性が立っている。
 背中までまっすぐに伸びた、淡く美しい金髪。整った顔立ちの深く青い瞳が、彼の顔を覗き込む。
 彼女は微笑みながら、自身の眉間を二度ほど、右手人差し指で叩いてみせた。
 からかうようなその調子に、彼は眉間の皺をより深くさせる。
 彼女の名前はサラ・イマノ――海馬瀬人にとって、誰より関係深い女だ。
 少年時代、ともに施設で生活した人物であり、昨年の“第三回バトル・シティ大会”で再会を果たした。

 1年前――“かの事件”の最中、彼女は彼を庇い、深い外傷を負った。
 彼女は意識不明の重体となり、半月ほど意識を失ったままだった。
 しかし数ヶ月の入院生活の後、彼女は退院し、社会復帰を果たした――それ以前とは異なる形で。

 8年程前、親戚に引き取られて施設を去った彼女は、以来、アメリカで生活してきた。
 コンピュータ関係の専門学校を卒業した彼女は、プログラマーとしてKCアメリカ支社に入社し、ソリッドビジョンシステムに関わる業務を1年程こなしてきた。
 来日しての大会参加は、あくまで有給休暇を利用してのものだったのだが――事件以来、彼女は日本で生活をしていた。

 社長である海馬瀬人の一存により、彼女は日本の本社に異動、社長秘書となった。
 “かの事件”をかぎ回る、タチの悪いメディア対策の措置でもある。
 しかしそれ以前に、彼は――彼女をもう、目の届かぬ場所に置きたくなかった。
 それが理由だ。

「――来月はしばらく社を空けるからな……先の業務を消化しているだけだ。問題が起きたわけではない」
 彼女から視線を外し、海馬はモニターに向き直る。
 そんな彼を見つめながら、彼女はちいさく溜め息を吐いた。
「そんなに無理をしなくても……“旅行”は後でも構いませんし。年度末は忙しいでしょう? “式”の日程はずらせないかも知れませんが、それ以外は――」
「――無理などしていない。この程度、日常茶飯のことだ」
 彼女の言葉に被せるように、海馬は素っ気なく応える。
 淹れられたコーヒーにも手を付けず、今度は机上の資料に目を通す。
 視線すら合わせようとしない彼に、彼女は――表情を曇らせ、声のトーンを落とした。
「……何か……焦っていませんか? 瀬人様はまだ18です。この先、色々な出逢いもあるでしょう。ですから……」
 海馬は動きを止める。
 サラは自身の胸に手を当てた。服の下に隠れた、深く大きな傷痕――肩から胸の下まで続くそれは、1年前、彼を庇った際に負ったものだ。
 一生消えることはないだろう――そう言われている。だから彼女は、身に着ける衣服には気を遣うし、傷痕を見るたびに“事件”を思い出してしまう。
「責任を感じることはありません……私が勝手にやったことです。こんな4つも年上の“キズモノ”よりも、瀬人様には他に――」
「――やめろサラ。貴様……」
 海馬瀬人は顔を上げる。
 ため息を漏らし、半ば呆れ顔で。
「……わざとやっているな? その小芝居、一体何度目だと思っている?」
 彼と視線が合うと、サラはクスリと顔を綻ばせる。
「――大切な言葉は何度でも聞きたいものですよ。瀬人様は特に口下手ですし」
「馬鹿を言え。このオレほど弁が立つ者はそうおるまい」
 そう言いながら、海馬はコーヒーを口にする。
 そういう意味ではないのだけれど……と、サラは心の中だけで苦笑いした。
「……けれど、何かはあったのでしょう? 昨夜になって急に、明日丸一日のスケジュールをキャンセルだなんて……貴方には考えられないことです」
 サラは、彼の瞳を見つめる。
 その青い眼で、彼の心中を見極めんとする――しかし彼は逃げるように、再び視線を逸らした。
「……極秘の案件が入った。秘書の貴様にも話すことはできない。オレだけが知るべき秘匿事項だ」
「……副社長のモクバくんにも、ですか?」
 そうだ、と海馬は淀みなく応える。
 彼はそれ以上語らない。
 暫しの沈黙ののち、根負けしたサラが大きなため息を漏らす。
「……承知いたしました、瀬人様。明日は一日、何があろうと誰一人、許可なくこの部屋には踏み入らない。瀬人様からの場合を除き、一切の通信も遮断する……それでよろしいのですね?」
 そうだ、と海馬は素っ気なく応える。
 サラは不満げに口を尖らせながら、しぶしぶ彼の前から退く。
「それから、念のための確認ですが……今晩の件はどうされますか? お忙しいようなら、またの機会に――」
「――それはいい。アイツも今は忙しい身だ。次がいつになるか分からん」
 アイツ――とは、彼の弟“海馬モクバ”のことだ。
 昨年、中学生になった彼は、自らの意志により留学。今まで兄の後を追うばかりだった彼は、KC副社長としての力量を身につけるべく、単身アメリカで生活している。
 今日は、そんな彼が一時帰国する日であり、“3人”でディナーをとる約束をしていた。
「……明日はお前が相手をしてやってくれ。オレも予定が済み次第、合流する。夜には片付くだろう」
 承知しました、とサラは微笑む。
 昔と変わらない、弟想いの彼に。
「ああ……それから、サラ。先ほどの件だが――」
 海馬はしばし言い澱み、しかし告げた。
「責任は感じている……だが、それだけではない。“他”などいない。お前だけだ」
 サラは両眼を瞬かせ、軽く噴き出してしまった。
 彼らしい、言葉足らずな物言い。
 モニター越しで、彼の顔は見えない。けれどそれだけで十分だった。
「ええ……知っています。この傷痕も、私にとっては勲章です。あなたを守ることができたのですから」
 知っている、海馬もぶっきらぼうにそう応える。
 サラが上機嫌で退出すると、海馬は大きなため息を吐いた。
 そして、

『――いやはや微笑ましい……羨ましい限りですね、海馬瀬人』

 海馬一人になったはずの社長室に、唐突に、別の男の声が響く。
『想い人と通じ合い、共に生き、共に老い、共に死ぬ……とても素晴らしいことだ。その当たり前の幸せ、もっとよく噛み締めるべきですよ』
 海馬は驚きもせず、ギロリと一点を睨む。すると空間が歪み、一人の男の姿が出現する。
「フフ……そのご様子、気付かれていましたか。いや流石です。人の身でありながら、なかなか人離れしておられる」
 その男――ヴァルドーは、からかい調に言う。
 海馬は不機嫌そうに睨み、デスクを指で叩いた。
「貴様に言われたくはないな……昨日の今日で、何の用だ? “追加注文”でもしに来たか?」
 ヴァルドーは肩を竦め、首を横に振ってみせた。
「他の手はずが整ったので、まあ念押しですよ。アナタは私の“切札”ですから。しかし、もう少しくらいは好意を示していただきたいものです……私はアナタの“恩人”なのですから。いや、彼女の恩人かな?」

 それは一年前のこと。
 第三回バトル・シティ大会を終え、それでもサラは目を醒まさなかった――そんなある日、ヴァルドーは海馬の前に現れた。
 そしてヴァルドーは、ある“契約”を持ち掛けた。
 海馬がそれに応じたことで、サラは目を醒ましたのだ――ヴァルドーの行使する、特異な魔術の力によって。

「――再確認いたしましょうか。アナタが一年前に呑んだ条件……一度、ただ一度だけ、アナタが私の代わりにカードを振るうこと。それがいつ如何なるときでも、どのような条件のデュエルであろうとも……ね」
 一年前の時点から、ヴァルドーはこのような日が来ることを予見していた。
 故に海馬と交渉し、この“契約”を取り交わしたのだ。来たるべき闘いに向け、“最高のカード”を用意しておくために。
「昨夜……二日も前に予告してあげたのですから、良心的でしょう? ただし臨んでいただくのは、十中八九“闇のゲーム”に準ずるもの……敗れれば命の保証はない。ああ、契約破棄も一応可能ですよ。ただしその報いはアナタではなく、彼女に受けていただきますが」
 海馬の眼光に殺気が混じる。
 しかしヴァルドーは涼しい様子で、整った微笑は崩れない。
「下らぬ牽制はよせ……時間の無駄だ。このオレが、強者を前に臆するとでも?」
 海馬はデスクの引き出しからデッキを取り出し、その上に置いてみせる。
「昨年の大会で、貴様の実力は把握している……映像記録を見ただけだがな。一回戦で敗れはしたが、貴様はあの大会において五指には入る実力者だった。にもかかわらず、このように間怠い手段をとる理由……相手はどれほどの強敵だ? 貴様が足下にも及ばぬ程か?」
 ヴァルドーは少し考えてから、彼の問いに応える。
「正確には分かりませんが――半年前の時点で言えば、アナタが倒したバクラ、いえ“ゾーク・ネクロファデス”と同等程度……といったところでしょうか。しかしアレは、明らかな成長過程。果たしてどこまで伸びているやら」
 ヴァルドーは海馬を見つめ、試すように続けた。
「あるいはあの“闇(ゾーク)アテム”と同等……それ以上もあり得る、かも知れませんね」
 海馬の両眼がわずかに開く。
 “闇アテム”とは一年前、彼が為す術なく敗れ、自信を打ち砕かれた相手だ。
 その名を耳にし、如何なる反応を示すか――ヴァルドーはそれに注目する。
「……“あの男”と同等以上……か」
 ヴァルドーは目を見張った。
 海馬瀬人は笑ったのだ――自信に満ちた、傲慢の笑みを。
「面白い……俄然興味が沸いたぞ。このオレの“一年”を試すには、申し分ない話だ!」
 それはあまりに無謀な話。
 “闇アテム”という存在は、人間が敵うべき領域にない存在だった――それを倒せる人間がいるとは思えない。
(カール・ランバートには武藤遊戯をぶつける他ない……だが無瀬アキラならば、可能性はある)
 無瀬アキラの成長が想定内ならば、海馬瀬人にも勝機はある――それがヴァルドーの見立てだ。
 “ゾーク・ネクロファデス”を相手に“神殺し”を成した、その実績を持つ彼ならばと。
「……頼もしいことですね。では、私はこれで失礼します。明日一日は人払いの徹底をお勧めしますよ。“魔法陣”での喚び出しを見られては、大騒ぎになるでしょうから」
 ヴァルドーの足下が輝き出す。
 その光は彼を包み、その姿が薄れてゆく。
「仕事も結構ですが――くれぐれも闘いの準備を怠らぬよう願いますよ。今宵のデイナーが“最後の晩餐”とならぬようにね」
 ヴァルドーの姿が消え、海馬はフンと鼻を鳴らす。
 手元のデッキを手に取り、軽くシャッフルし、5枚を引き抜く――その手札を確認し、口角を吊り上げた。





 そして現在――海馬瀬人はヴァルドーの前に立ち、無瀬アキラと対峙している。
 眼前のアキラを値踏みするように、訝しげに観察する。
「……これが貴様の言う“敵”か? さしたる実力者にも見えんが」
 背後のヴァルドーを一瞥し、そう問う。
 無瀬アキラという少年は、一見するに背の低い、凡庸な印象の外見だ。
 しかし無論、海馬はその程度の表面的な話をしているわけではない。
(デュエリスト特有の殺気は感じない……だが確かに、妙な気配はする。常人にはあり得ない、悍ましい“何か”)
 一方で、アキラは首を傾けながら海馬を観察し――ポンと手を叩いた。
「あー思い出した! キミってあれでしょ? 1年前のあのとき“カマセ犬”だった人!」
 海馬の眉がピクリと動く。
 アキラは彼を指差しながら、得意げに続けた。
「あれだよねー。敵ボスに自信満々で挑んで、返り討ちになっちゃった人! まーでもしょーがないよね、キミは主人公タイプじゃないし。貴様を倒すのはオレだ〜とか言って、いつまでも闘わないライバルキャラみたいな?」
 挑発――ではない。
 彼は思うがままの言葉を吐露しているに過ぎない。
「今回も“カマセ”役ってこと? あはは、大変だね。でもさー、キミってソイツより強いの? あんまそーゆーイメージないんだけど?」
 その問いに応えるかのように、海馬は一歩前へ踏み出し、決闘盤を構える。
「口数の多いガキだ……言葉ではなく“これ”で確かめたらどうだ?」
 海馬は鋭く睨むが、アキラはどこ吹く風で、顎に人差し指を当てた。
「そーだなー。売られた勝負を買わないのも主人公っぽくないし……いいよ、やろっか。あーそれとも、何なら2人がかりでくるかい?」
 アキラは呑気に提案するが、ヴァルドーは首を横に振った。
「謹んで辞退いたしますよ。足手まといになりかねませんので」
 半分は本音、しかし別の意図もある。
(勝てるならばそれで良し……しかしそれが叶わぬならば、そのときは)
 アキラの背後で微動だにしない少女を一瞥しつつ、ヴァルドーは数歩後ずさる。
「ふーん……まいっか。後がつかえてるし、さっさと……あー、キミの名前なんだっけ?」
「覚えなくて結構だ。オレも貴様の名に興味はない」
 アキラは苦笑いしながら、同じように決闘盤を構えた。

「「――デュエル!!!」」


<海馬瀬人>
LP:8000
場:
手札:5枚
<無瀬アキラ>
LP:8000
場:
手札:5枚


「じゃー先攻はもらうね。さっそく披露してあげるよ、僕の“新たな力”を」
 アキラは手札から3枚のカードを選び、海馬に見せつける。
 『ライトレイ グレファー』『ライトレイ ソーサラー』『ライトレイ マドール』――3種類の光属性モンスターカード。その全てを手放し、彼は宣言する。
「“手札”の光属性モンスター3体を生け贄として除外することで――僕は“幻魔”を召喚する!!」
「!? 手札からだと?」
 刮目する海馬に対し、アキラは当然の如く振る舞う。
「いちいちフィールドに揃えるとか、面倒くさいだろう? だから改良したんだ、僕が扱いやすいように」
 残った手札から1枚を掴み、彼は勢いよく振りかざす。
「降臨せよ! “三幻魔”が一柱――『ライトレイ・ハモン』!!!」

 ――バヂィィィィッッ!!!!


ライトレイ・ハモン  /光
★★★★★★★★★★
【雷族】
このカードは通常召喚できない。
自分の手札の光属性モンスター3体をゲームから除外した場合に特殊召喚できる。
@:このカードがモンスターゾーンに守備表示で存在する限り、
相手は他のモンスターを攻撃対象に選択できない。
A:このカードが戦闘で相手モンスターを破壊し墓地へ送った場合に発動する。
相手に1000ダメージを与える。
B:このカードを特殊召喚したターン、自分の他のモンスターは攻撃できない。
攻4000  守4000


 現れたるは、雷を纏う怪物。
 全身黄色の、骨だらけの巨躯。しかし背には、全身を覆うほど巨大な双翼を負い、それは激しい雷電を帯びる。
 体色と雰囲気から察するに、恐らくは“三幻神”最高位『ラーの翼神龍』をモチーフとしたモンスター ――いや、
「おっと、驚くにはまだ早いよ――覚醒せよ、『ライトレイ・ハモン』!!!」

 ――カッ!!!!!

 それは鋭く、白き光を解き放つ。
 そう、モンスターではなく“神”――選ばれし者、無瀬アキラの手の内でのみ、そのカードは真価を示す。
 畏怖すべき“神威”を解き放ち、纏う雷電が激しく火花を散らす。


ライトレイ・ハモン  /
★★★★★★★★★★★★
幻神獣族
このカードは通常召喚できない。
自分の手札の光属性モンスター3体をゲームから除外した場合に特殊召喚できる。
@:このカードがモンスターゾーンに守備表示で存在する限り、
相手は他のモンスターを攻撃対象に選択できない。
A:このカードが戦闘で相手モンスターを破壊し墓地へ送った場合に発動する。
相手に1000ダメージを与える。
B:このカードを特殊召喚したターン、自分の他のモンスターは攻撃できない。
攻4000  守4000


「あっははは! すっごいだろぉ!? 炎じゃなくて雷にしてみたんだ! だって黄色だし、この方がイメージ通りじゃない?」
 洞窟全体が震撼する。
 その圧倒的存在の“神”は、このような閉鎖空間で喚び出すには、あまりに場違いと言えるだろう。
「あはは。このままじゃ洞窟がもたないかもだし……いちおう使っとくよ。フィールド魔法発動『破光の楽園(ライトレイ・エデン)』!!」


破光の楽園
(フィールド魔法カード)
「破光の楽園」の@の効果は1ターンに1度しか使用できない。
@:自分のモンスターゾーンにレベル10以上の「ライトレイ」モンスターが
存在する場合に発動できる。
ゲームから除外された自分の光属性モンスターカード2枚を手札に加える。
A:「ライトレイ」モンスターが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
自分は破壊したモンスターの元々の攻撃力分のライフポイントを回復する。


 洞窟内の岩壁、そして地面までが、白色の光に覆われる。
 同時に震動は収まり、代わりに“ハモン”の纏う電撃音が静かに響き渡った。
「これで大丈夫かな。おっと、もちろんこれだけじゃないよ――『破光の楽園』には2つの効果がある。その第1の効果を発動! 除外されたモンスター2枚を手札に戻す」
 これでアキラの手札は3枚。
 “次”を出すには1枚足りず、故に彼は小首を傾げる。
「ま、最初はこんなもんかな。ターンエンドっと」
 最初から常識外れのフィールドを築きながら、平然と、さも当然のことのように、彼は振る舞い続ける。


<無瀬アキラ>
LP:8000
場:ライトレイ・ハモン,破光の楽園
手札:3枚


「………………」
「んーどったの? もしかしてビビっちゃった? まーキミに恨みとかないし、やめたげてもいーけど?」
 無言で“ハモン”を見上げる海馬に対し、アキラはヘラヘラと笑う。
 しかし、彼の言葉が耳に入っていないかのように、海馬はゆっくりとカードを引く。
「オレのターン……ドロー! オレは――」
 6枚の手札のうち1枚を、アキラに対して見せつけた。


青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)  /光
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
攻3000  守2500


「……えっと、何? もしかしてそのカードくれるから、代わりに見逃してくれとか――」
「――手札の『青眼の白龍』を相手に見せることで、このモンスターは特殊召喚できる」
 アキラの言動など意に介さず、海馬は新たに1枚のカードを振りかざす。
「現れよ――『青眼の亜白龍(ブルーアイズ・オルタナティブ・ホワイト・ドラゴン)』!!」


青眼の亜白龍  /光
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
このカードは通常召喚できない。
手札の「青眼の白龍」1体を相手に見せた場合に特殊召喚できる。
この方法による「青眼の亜白龍」の特殊召喚は1ターンに1度しかできない。
@:このカードのカード名は、フィールド・墓地に存在する限り「青眼の白龍」として扱う。
A:1ターンに1度、相手フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。
そのモンスターを破壊する。この効果を発動するターン、このカードは攻撃できない。
攻3000  守2500


「へー……カッコいいじゃん! 僕の“ハモン”の次くらいかな?」
 巨大な双つの白翼を広げ、白き龍は高く嘶く。
 しかしアキラはやはり動じず、飄々としている。
「いくぞ、“ブルーアイズ・オルタナティブ・ホワイト・ドラゴン”の特殊能力発動! このターンの攻撃を放棄することで、相手モンスター1体を破壊する!!」
 海馬の宣言を受け、“亜白龍”は口内に“光”を溜める。
 アキラは口をぽかんと開き、そしてすぐに噴き出した。
「あーそっか! キミは使ったことないから知らないんだねぇ!! いいよ、教えてあげる。偉大なる“神”に対し、そんな下級モンスターの特殊能力は――」
「――“オルタナティブ・バースト”」

 ――ズギャァァァァァァンッ!!!!!

「……はへ?」
 アキラは両目が点になる。
 “亜白龍”の咆哮とともに放たれた砲撃は、“ハモン”の中心を直撃する。
 その絶大なる衝撃と熱量は、“ハモン”の全身を砕き、焼き払う。
 甲高い断末魔とともに、“ハモン”は消滅し――そして、静寂が訪れた。


<海馬瀬人>
LP:8000
場:青眼の亜白龍,伏せカード1枚
手札:4枚
<無瀬アキラ>
LP:8000
場:破光の楽園
手札:3枚


「……何が……“下級モンスター”だって?」
 海馬はカードを1枚セットし、ターン終了――デュエルを淡々と進行する。
「口の減らないガキだ……これで少しは集中できるか? この程度ではあるまい――見せてみろ、貴様の力を!」
「………………」
 “ハモン”の消えた虚空を見上げ、アキラは暫し動かない。
 そしてゆっくりと、首を不自然に傾け、両眼を見開き――ギョロリと、海馬瀬人を睨んだ。




第十二章 歪む神像

(これは驚きましたね……あの“神”を相手に、こうも容易く撃破するとは)
 海馬の後方からデュエルを眺め、ヴァルドーは考察する。
(“ゾーク・ネクロファデス”を撃破したときとは違う……“神”とは異なる力。“ブルーアイズ”特有の能力? “光(ホルス)”とも“闇(ゾーク)”とも遠い特性……だとすれば、これは一体?)
 ともあれこれは嬉しい誤算だ。
 無瀬アキラは、ヴァルドーの予想を超える成長をしていた――しかし海馬瀬人が、この一年間でそれ以上の成長を遂げているとすれば、恐らく。


「………………」
 一方で、海馬を睨んでいたアキラは瞳を閉じ、傾いていた首を正す。
 そして何事もなかったかのように、再び軽薄な笑みを湛えた。
「いやーすごいねキミ! まさかこんなに簡単に、僕の新しい“幻魔”がやられるなんて……ウン、ちょっとワクワクしてきたよ!」
 海馬は眉一つ動かさず、彼の様子を観察する。
 虚勢、ではない――無瀬アキラは自身が“劣勢”だなどと、微塵も感じていない。
「少しは強い敵がいないと盛り上がらないもんね! 追い詰められる主人公、そして覚醒する新たな力……英雄譚はそうでなくっちゃ!」
 ターン開始の宣言もせず、アキラはカードを1枚引く。
 これで彼の手札は4枚。
「じゃあ次はどうかな? 僕の手札の光属性モンスター3体を生け贄として除外し――“第2の幻魔”を召喚する! 降臨せよ、『ライトレイ・ウリア』!!」


ライトレイ・ウリア  /光
★★★★★★★★★★
【炎族】
このカードは通常召喚できない。
自分の手札の光属性モンスター3体をゲームから除外した場合に特殊召喚できる。
@:このカードの特殊召喚成功時、このカードの攻撃力は、
ゲームから除外された自分の光属性モンスターの種類×1000アップする。
A:1ターンに1度、相手フィールドにセットされた魔法・罠カード1枚を
対象として発動できる。セットされたそのカードを破壊する。
この効果の発動に対して魔法・罠カードは発動できない。
B:このカードを特殊召喚したターン、自分の他のモンスターは攻撃できない。
攻 0  守 0


 『ライトレイ グレファー』『ライトレイ ソーサラー』『ライトレイ ディアボロス』――この3体を生け贄に、それは喚び出された。
 巨大な火柱が立ち上り、その中から、紅の竜が飛び立つ。
 長い尾はトグロを巻き、鋭い形相が全てを見下ろす。
 察するにこれは、三幻神『オシリスの天空竜』をモチーフとしたドラゴン。
 そして、
「さあ、覚醒せよ――『ライトレイ・ウリア』!!!」

 ――カッ!!!!!

 白き光とともに、紅蓮の竜は“神威”を解き放つ。
 雷ではなく、炎の化身として。その身に膨大な熱量を宿す。


ライトレイ・ウリア  /
★★★★★★★★★★★★
幻神獣族
このカードは通常召喚できない。
自分の手札の光属性モンスター3体をゲームから除外した場合に特殊召喚できる。
@:このカードの特殊召喚成功時、このカードの攻撃力は、
ゲームから除外された自分の光属性モンスターの種類×1000アップする。
A:1ターンに1度、相手フィールドにセットされた魔法・罠カード1枚を
対象として発動できる。セットされたそのカードを破壊する。
この効果の発動に対して魔法・罠カードは発動できない。
B:このカードを特殊召喚したターン、自分の他のモンスターは攻撃できない。
攻 0  守 0


「おっと、忘れてた。『ライトレイ・ウリア』の攻撃力は、特殊召喚時に除外されてる光属性モンスターの種類×1000ポイントになるよ。よって、攻撃力4000ポイントだ!!」

ライトレイ・ウリア
攻0→攻4000

「ホントは除外の枚数と常に連動した攻撃力……ってしたかったんだけどね。それだと色々面倒そうだったからさー。うっかり弱くなっちゃうと面倒だし?」
 気安く裏話を明かしながら、アキラはフィールドを再確認する。
 海馬のフィールドには『青眼の亜白龍』、そして伏せカードが1枚。
「あは、おあつらえ向きだね。僕は『ライトレイ・ウリア』の特殊能力発動! キミの伏せカード1枚を破壊する! そしてこの効果に対し……キミは魔法・罠カードを発動できない!!」
 フフン、とアキラは鼻を鳴らす。
 “ウリア”はアギトを開き、その中に炎を溜め始める。
「つまり確実に封殺できるってわけさ――いけ、“トラップデストラクション”!!」

 ――ズドォォォンッ!!!

 『青眼の亜白龍』を無視し、放たれた火球が伏せカードを焼く。
 当然のことではあるが、これに対し、対象のカードが翻ることはなかった――しかし、
「……それはどうかな。破壊されることで発動するカードもある――トラップカード『破壊の筒(デストラクション・シリンダー)』!!」


破壊の筒(デストラクション・シリンダー)
(罠カード)
@:相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
その攻撃モンスターを破壊し、そのモンスターの
元々の攻撃力の半分のダメージを相手に与える。
A:フィールドのこのカードが相手によって破壊され
墓地へ送られた場合に発動する。
相手に1000ダメージを与える。


「このトラップが貴様に破壊され、墓地に送られたとき……1000ダメージを与える」
「!? へ……っ?」

 ――ズドォォンッ!!

 突如、アキラの足下が爆発する。
 これにより、彼のライフは減少――ダメージレースにおいて、まずは海馬が先手をとった。

<無瀬アキラ>
LP:8000→7000

「……ハッ、ハハハッ。いやーホントにやるねキミ。実はけっこう強キャラじゃない?」
 爆風を振り払い、アキラは笑みを崩さない。
 しかし心なしか、その表情は引きつっているようにも見える。
「でもこれでキミのトラップはゼロ……今度こそいくよ。『ライトレイ・ウリア』の攻撃!!」
 “ウリア”は再び炎を溜める。
 先ほどとは比べものにならない熱量を練り上げ、白龍めがけて放射した。
「――“ハイパー・ブレイズ”!!」

 ――ズギャァァァァァッッッ!!!!!!!

 さしもの海馬も、この一撃は防げない。
 『青眼の亜白龍』は焼き払われ、彼のライフも削られる。
 その際、“神”の一撃はプレイヤーに甚大な精神ダメージを与えるはずだが、しかし彼は倒れない。顔を上げ、萎えない闘志で“ウリア”を睨む。

<海馬瀬人>
LP:8000→7000

「これでライフは互角……とか思ってる? 甘いなー。『破光の楽園』第2の効果を発動! 破壊したモンスターの攻撃力分のライフを回復する……つまり、3000回復だ!!」
 アキラの全身を白い光が包み、彼の負った傷をそれ以上に癒やす。

<無瀬アキラ>
LP:7000→10000

「ハハッ、これでライフも逆転だね! 僕はこれでターンエン……」

 ――ドクンッ!!!

 アキラがエンド宣言を済ませる寸前、周囲が不穏に脈動する。
 彼は目をパチクリさせ、自身の決闘盤を確認する――そして、ポンと手を叩いた。
「あーそうそう、忘れるとこだった。『破光の楽園』第1の効果発動! 光属性モンスター2体を手札に戻して……今度こそターンエンドね」
 アキラは何も考えることなく、『ライトレイ ソーサラー』『ライトレイ ディアボロス』の2枚を手札に加える。
 しかし『破光の楽園』第1の効果は、強制発動する類のものではない――まるでカードが意志を有し、彼を導いたかのようだ。
 デュエリストとして半人前の彼を補佐するために。


<海馬瀬人>
LP:7000
場:
手札:4枚
<無瀬アキラ>
LP:10000
場:ライトレイ・ウリア,破光の楽園
手札:2枚


「……茶番だな」
「? え……チャバン? 何だっけソレ?」
 使い慣れない単語にアキラは首を傾げ、海馬は大きく溜め息を吐く。
「何かと思えばこの程度……貴様の操るカードは確かに強力だ。しかし貴様の実力は未熟……身の丈に合わぬ袈裟だ」
 アキラはぽかんと口を開く。
 一方、海馬のその意見については、ヴァルドーも同意であった。
(半年前の“彼女”とのデュエルでも感じたが……デュエルの戦術はやはり甘い。この半年間で上達してくるかと思ったが……)
 無瀬アキラの戦術レベルは、むしろ劣化しているようにさえ思えた。
 “三幻魔”の召喚条件を大幅に緩和し、闇雲にそれを振り回すばかり。
 まるで新しい玩具を見せびらかすばかりの、分別のない子どものようだ。
 それでも、

「――油断は禁物ですよ、海馬瀬人! 彼の異能は本物だ……アナタもお分かりでしょう?」

 後方のヴァルドーから忠告が飛び、海馬は彼を一瞥する。
 確かに気を抜くべきではない――総合的に見れば、この相手は間違いなく強者に当たるだろう。しかし、
(鍛錬を積んだ、純粋なデュエリストとしての力量ではない……少々期待外れだな)
 瞳に侮蔑の色を混ぜながら、海馬はデッキに指を伸ばす。
「オレのターン! オレは手札を1枚捨て、魔法カード発動『ドラゴン・目覚めの旋律』!!」


ドラゴン・目覚めの旋律
(魔法カード)
@:手札を1枚捨てて発動できる。
攻撃力3000以上で守備力2500以下のドラゴン族モンスターを
2体までデッキから手札に加える。


「デッキからドラゴン2体を手札に……! さらに儀式魔法『カオス・フォーム』!!」


カオス・フォーム
(儀式魔法カード)
「カオス」儀式モンスターの降臨に必要。
@:レベルの合計が儀式召喚するモンスターと同じになるように、
自分の手札・フィールドのモンスターをリリース、
またはリリースの代わりに自分の墓地から
「青眼の白龍」または「ブラック・マジシャン」を除外し、
手札から「カオス」儀式モンスター1体を儀式召喚する。


「墓地の『青眼の白龍』を除外し……儀式召喚!! 降臨せよ、『青眼の混沌龍(ブルーアイズ・カオス・ドラゴン)』!!!」


青眼の混沌龍  /闇
★★★★★★★★
【ドラゴン族・儀式】
「カオス・フォーム」により降臨。
このカードは儀式召喚でしか特殊召喚できない。
@:このカードは相手の効果の対象にならず、相手の効果では破壊されない。
A:「青眼の白龍」を使用して儀式召喚したこのカードの攻撃宣言時に発動できる。
相手フィールドの全てのモンスターの表示形式を変更する。
この効果で表示形式を変更したモンスターの攻撃力・守備力は0になる。
このターン、このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、
その守備力を攻撃力が超えた分だけ戦闘ダメージを与える。
攻3000  守 0


 降臨せしは、闇の力を取り込みし新たな“ブルーアイズ”。
 それ故か白き巨躯は青くくすみ、しかし瞳はより深く、青く輝く。
「大型モンスターに頼るばかりの単調な戦術……その脆さを示してやろう! “ブルーアイズ・カオス・ドラゴン”の攻撃!!」
 “混沌龍”は甲高く嘶く。
 全身には、青く輝く“宝石”が散りばめられている――その全てが輝き、そこから“白い帯”が発せられる。
 それらは“ウリア”の全身に絡みつき、自由を奪い、地へと豪快に引きずり落とした。

 ――ドズゥゥゥゥン!!!

「!!? え、ウリア……!?」
 アキラの眼前で、“ウリア”は無様に倒れ伏す。
 体勢を完全に崩され、とても戦闘を行えるような状態ではない。

ライトレイ・ウリア
攻4000→攻0

「『青眼の混沌龍』の特殊能力だ! このドラゴンの攻撃宣言時、相手モンスター全ての表示形式を変更、さらに攻撃力・守備力を0にする!!」
 先ほどの『青眼の亜白龍』に続き、またしても“ブルーアイズ”の特殊能力が“神”に通用した――これは、アキラの“三幻魔”が不完全なためではない。
 これは『青眼の白龍』というカードが有していた、そもそもの真価。“神威”すらも強引に突き破る、絶対なる“神殺し”。
「撃て、“カオス・ドラゴン”――“滅びのカオス・ストリーム”!!」

 ――ズギャァァァァァァァッッ!!!!

 “混沌龍”の砲撃は、倒れたままの“ウリア”を容赦なく打ち砕いた。
 さらにこの攻撃は“貫通能力”を有する――“ウリア”を葬ったのち、さらにアキラを直撃した。

<無瀬アキラ>
LP:10000→7000

「…………僕の名前は無瀬アキラ。ねえ、キミの名前は?」
 足元をふらつかせ、顔を俯けながら、アキラは問う。
「――海馬瀬人だ。記憶に刻み込んでおけ、“馬の骨”」
 海馬はカードを1枚セットし、ターン終了――彼を、冷徹に見下しながら。


<海馬瀬人>
LP:7000
場:青眼の混沌龍,伏せカード1枚
手札:2枚
<無瀬アキラ>
LP:7000
場:破光の楽園
手札:2枚


 アキラはしばし沈黙し、動かない。
 ここまで飄々たる態度を貫いてきた彼も、流石に別の表情を見せるのか――そう思われたが、しかし、
「――瀬人くんかー。いいね、本気で気に入ったよ。キミなら相応しいかも知れない……僕の“ライバルキャラ”に」
 アキラの余裕顔は崩れない。
 むしろ先ほどまでよりも、親しみを込めて語りかける。
「……好敵手だと? オレと貴様が? 笑えん世迷言だな」
 海馬にとって、好敵手と呼ぶべき男は1人――いや、2人しかいない。
「ツンデレだなー。まあいいよ、すぐに分からせてあげるから」
 アキラはターンを開始し、デッキからカードを1枚引く。
「どんなに頑張ってもキミは勝てない――だって僕は救世主、この世界の“主人公”なんだから」
 そして引き当てたそのカードを、堂々と見せつけた。


ライトレイ・ラビエル  /光
★★★★★★★★★★
【悪魔族】
このカードは通常召喚できない。
自分の手札の光属性モンスター3体をゲームから除外した場合に特殊召喚できる。
@:1ターンに1度、このカード以外の自分フィールドのモンスター1体を
ゲームから除外して発動できる。このカードの攻撃力はターン終了時まで、
除外したモンスターの元々の攻撃力分アップする。
A:相手がモンスターの召喚に成功した場合に発動する。自分フィールドに
「ライトレイトークン」(悪魔族・光・星1・攻/守1000)1体を特殊召喚する。
このトークンは攻撃宣言できない。
B:このカードを特殊召喚したターン、自分の他のモンスターは攻撃できない。
攻4000  守4000


「“三幻魔”はその名の通り3体……そしてこれこそが、その頂点に君臨する! “ハモン”が最強とか思っちゃった? 黄色より青色が好きなんだよ、僕」
 アキラはしたり顔で、そのカードを見せびらかす。
 一方、海馬は呆れ顔で、ため息まじりに指摘した。
「……それで……一体どうやって召喚するつもりだ?」
「……は?」
 両手に持った“3枚”の手札、アキラはそれをまじまじと見直す。


ライトレイ・ラビエル  /光
★★★★★★★★★★
【悪魔族】
このカードは通常召喚できない。
自分の手札の光属性モンスター3体をゲームから除外した場合に特殊召喚できる。
@:1ターンに1度、このカード以外の自分フィールドのモンスター1体を
ゲームから除外して発動できる。このカードの攻撃力はターン終了時まで、
除外したモンスターの元々の攻撃力分アップする。
A:相手がモンスターの召喚に成功した場合に発動する。自分フィールドに
「ライトレイトークン」(悪魔族・光・星1・攻/守1000)1体を特殊召喚する。
このトークンは攻撃宣言できない。
B:このカードを特殊召喚したターン、自分の他のモンスターは攻撃できない。
攻4000  守4000

ライトレイ ソーサラー  /光
★★★★★★
【魔法使い族】
このカードは通常召喚できない。
ゲームから除外されている自分の光属性モンスターが3体以上の場合のみ
特殊召喚できる。
1ターンに1度、ゲームから除外されている自分の光属性モンスター1体を
選択してデッキに戻し、フィールド上に存在するモンスター1体を選択して
ゲームから除外できる。この効果を発動するターン、このカードは攻撃できない。
攻2300  守2000

ライトレイ ディアボロス  /光
★★★★★★★
【ドラゴン族】
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の光属性モンスターが5種類以上の場合に特殊召喚できる。
1ターンに1度、自分の墓地の光属性モンスター1体をゲームから除外して発動できる。
相手フィールド上にセットされたカード1枚を選択して確認し、
持ち主のデッキの一番上または一番下に戻す。
攻2800  守1000


「あれ……手札、1枚足りない……?」
 危機感のない様子で、アキラは目を瞬かせる。
 あり得ない程の迂闊さ。
 今現在、彼の除外された光属性モンスターは2体。よって、“ラビエル”以外のモンスターも召喚できない。
(“神”はそもそも、3体もの生け贄を要する超重量モンスター……考えなしに召喚すれば、当然こうなる)
 かつて“神”を所持していた海馬には、当然既知のこと。
 フィールド魔法によるサポートがあったとはいえ、簡易な召喚方法に甘んじ、アキラは手札を浪費しすぎたのだ。

 もっともそれは、そもそも闘う相手が海馬瀬人であったことに起因するわけだが。
 他の相手であれば、“神”を連続召喚する必要性もなかっただろう。
 こうも容易く“神”を屠る、彼だけに可能な攻略法とも言える。

(フィールドも手札も、除外されたカードも……全て把握できている。ヤツがこのターンにとれる行動はない――次のオレのターン、ヤツは完全に無防備になる。この隙を逃す手はない)
 このデュエルに得るものはない、海馬はそう判断し、決めにかかる。
 アキラのライフはまだ7000も残っている。しかし1ターンあれば、削りきるには十分――海馬瀬人ならば、それも容易い。
「………………」
 アキラは手札を見つめながら、首を傾けた。
 角度を変えて、世界を見直す。
 そして彼は笑う―― 一点の曇りもない、勝ち誇った笑みを湛える。
「それはどうかな? 僕は“手札”から『破光の結晶体(ライトレイ・クリスタル)』を除外し――効果発動!!」
「!!? 何だと!?」
 海馬はこのデュエルにおいて初めて、大きな動揺を見せた。


破光の結晶体  /光
★★
【岩石族】
@:手札のこのカードをゲームから除外して発動できる。
デッキから「破光の結晶体」を2体まで手札に加える。
Aこのカードが破壊されたとき
自分は800ポイントのダメージを受ける。
攻 100  守 100


 海馬は咄嗟に顧みる。
 先のターン、アキラが『破光の楽園』の効果により手札に戻したカードは――『ライトレイ ソーサラー』と『破光の結晶体』。
 なるほど、彼がこの場面でその効果を発動するのは必定と言えよう。
 しかし、
(なぜ読み落とした……!? この展開が、なぜ予見できなかった!!?)
 海馬は困惑を禁じ得ない。そしてヴァルドーもまた、同じことを考えていた。
 一方のアキラは余裕顔で、3枚だった手札を4枚に増やす。
「さあいくよ! 僕は光属性モンスター3体を生け贄として除外し――降臨せよ、最強の幻魔『ライトレイ・ラビエル』!!!」
 『ライトレイ ソーサラー』と『破光の結晶体』2体、この3体を生け贄とし、最後の手札を振りかざす。
 現れるのは、筋骨隆々たる蒼き悪魔。
 巨大な翼を広げ、大地を揺らす。
 十中八九これは、三幻神『オベリスクの巨神兵』をモチーフとした、パワータイプの“破壊神”。
「おっと、もちろんこれもだよ――覚醒せよ、『ライトレイ・ラビエル』!!!」

 ――カッ!!!!!

 白き光とともに、蒼の悪魔は“神威”を解き放つ。
 暴虐と破滅をもたらすべく、双眸は鋭く、深紅に輝く。


ライトレイ・ラビエル  /
★★★★★★★★★★★★
幻神獣族
このカードは通常召喚できない。
自分の手札の光属性モンスター3体をゲームから除外した場合に特殊召喚できる。
@:1ターンに1度、このカード以外の自分フィールドのモンスター1体を
ゲームから除外して発動できる。このカードの攻撃力はターン終了時まで、
除外したモンスターの元々の攻撃力分アップする。
A:相手がモンスターの召喚に成功した場合に発動する。自分フィールドに
「ライトレイトークン」(悪魔族・光・星1・攻/守1000)1体を特殊召喚する。
このトークンは攻撃宣言できない。
B:このカードを特殊召喚したターン、自分の他のモンスターは攻撃できない。
攻4000  守4000


(さて、“ラビエル”の攻撃力は4000……このままでもあのドラゴンは倒せる、けど)
 アキラは口元を三日月に歪める。
「それじゃあつまんないから――僕はいま除外した『ライトレイ・サーヴァント』の効果発動!!」


ライトレイ・サーヴァント  /光
★★★★
【悪魔族】
このカードは通常召喚できない。
「ライトレイ・サーヴァント」の@の効果は
1ターンに1度しか使用できない。
@:自分のデッキ・手札のこのカードがゲームから
除外されたとき自分フィールド上に特殊召喚できる。
攻2000  守2000


 それは『ライトレイ・ラビエル』の特殊召喚時、『破光の結晶体』2体とともに除外されていたカード。
 海馬は大きく目を見開くが、アキラは全くお構いなしだ。
「ハハ、見せてあげるよ。『ライトレイ・ラビエル』の特殊能力! 『ライトレイ・サーヴァント』を除外することで、攻撃力2000アップだ!!」
 喚び出されたばかりの白光の戦士を、“ラビエル”は躊躇なく巨大な右手で掴み、握り潰す。
 同時に、その拳は強い白光に包まれ、“ラビエル”は雄叫びを上げた。

ライトレイ・ラビエル
攻4000→攻6000

「バトルだ!! 『ライトレイ・ラビエル』の攻撃!!!」
 右拳を振りかぶる“ラビエル”に対し、海馬は咄嗟に伏せカードを開く。
 自分の身に今、何が起こっているのか分からない――しかしこの程度ならまだ、対抗策はある。
「リバースマジックオープン! 『青き眼の威光』!!」


青き眼の威光
(速攻魔法カード)
「青き眼の威光」は1ターンに1枚しか発動できない。
@:手札・デッキから「ブルーアイズ」モンスター1体を墓地へ送り、
フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。
そのモンスターはフィールドに表側表示で存在する限り、攻撃できない。


「デッキから『青眼の白龍』を墓地へ送り……『ライトレイ・ラビエル』の攻撃を封じる!!」

 ――カッ!!!!

 海馬のカードが強く閃き、“ラビエル”の動きがピタリと止まる。
 まるで石にでもなったかのように、攻撃態勢のまま微動だにしない。
「“神”への魔法効果は1ターンのみ有効……本来ならば永続効果だがな。いずれにせよこのターン、貴様がそのデカブツで攻撃することは不可能だ」
 これでこのターン、『青眼の混沌龍』が除去されることはない。
 次のターン、再び『青眼の混沌龍』の特殊能力を駆使し、『ライトレイ・ラビエル』を撃破。“三幻魔”全てを駆逐し、海馬が絶対的優位を確立する――わけがない。
「――いやいや、ここで邪魔しちゃダメでしょ。僕は“ラビエル”のー……あーいや、『破光の楽園』でいっかな。“第3の効果”発動! 僕の“ライトレイ”モンスターは魔法・罠カードの効果対象にならない……とかでいいかな?」


破光の楽園
(フィールド魔法カード)
「破光の楽園」の@の効果は1ターンに1度しか使用できない。
@:自分のモンスターゾーンにレベル10以上の「ライトレイ」モンスターが
存在する場合に発動できる。
ゲームから除外された自分の光属性モンスターカード2枚を手札に加える。
A:「ライトレイ」モンスターが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
自分は破壊したモンスターの元々の攻撃力分のライフポイントを回復する。
B:自分のモンスターゾーンの「ライトレイ」モンスターは
相手の魔法・罠カードの効果の対象にならない。



 バカな――海馬はすぐに顧みる。
 アキラは『破光の楽園』発動時、たしかに“3つの効果がある”と明言していた。
 にも関わらず、この展開を予期できぬなど――上級デュエリストにあるまじき愚鈍さ。
 海馬瀬人は、自分自身が信じられない。
「いやー残念、惜しかったね。てなわけで、バトルは続行――いけ、“ラビエル”! “天界蹂躙拳”!!!」

 ――ドォォォォォンッッ!!!!!!!

 “蒼の拳”が、“混沌龍”を粉砕する。
 それはこのデュエル開始前に、ヴァルドーを襲ったものと同じものだ――しかし威力は格段に上。
 攻撃力は6000、よって3000ポイントもの超過ダメージを受け、海馬はたまらず片膝を折る。

<海馬瀬人>
LP:7000→4000

「さらに『破光の楽園』第2の効果! 僕のライフは3000回復だね」

<無瀬アキラ>
LP:7000→10000

 倍以上のライフ差をつけ、アキラは余裕綽々だ。
 わずか1ターンのうちに、形勢は完全に覆った。
(でも……これだけじゃ物足りないなあ)
 アキラは“ラビエル”を見上げ、思索する。
 せっかく“三幻魔”全てを披露できたのだ。この程度では張り合いがない――彼はそう考え、そして閃く。
「……これで終わりじゃないよ? 僕はバトル終了後、『破光の楽園』第1の効果で『破光の結晶体』2体を手札に戻す。そして――」
 それはまさしく悪魔の発想。
 しかし彼は平然と、当然の如く宣言する。
「――墓地の『ライトレイ・ハモン』、『ライトレイ・ウリア』“第4の効果”発動! フィールドに“幻魔”が存在するとき、手札の光属性モンスター1体を墓地に送ることで、復活することができる!!」
「!!? な……ッッ!!」
 あり得ない。
 そんなことはあり得てはいけない。

 フィールド効果に守られた洞窟が、再び軋む。
 地の底から湧き上がる轟音。
 火柱が上り、雷が落ちる――まさしく地獄絵図だ。
 中央に“ラビエル”が仁王立ち、その右に“ハモン”が構え、左には“ウリア”が飛翔する。
 “三幻魔”全てが立ち並び、その強大な“神威”をもって、海馬を見下ろし、圧倒した。


ライトレイ・ハモン  /
★★★★★★★★★★★★
幻神獣族
このカードは通常召喚できない。
自分の手札の光属性モンスター3体をゲームから除外した場合に特殊召喚できる。
@:このカードがモンスターゾーンに守備表示で存在する限り、
相手は他のモンスターを攻撃対象に選択できない。
A:このカードが戦闘で相手モンスターを破壊し墓地へ送った場合に発動する。
相手に1000ダメージを与える。
B:このカードを特殊召喚したターン、自分の他のモンスターは攻撃できない。
C:自分フィールド上に「ライトレイ・ハモン」以外のレベル10の
「ライトレイ」モンスターが存在するとき、手札の光属性モンスター1体を
墓地に送ることで、墓地からこのカードを特殊召喚できる。

攻4000  守4000

ライトレイ・ラビエル  /
★★★★★★★★★★★★
幻神獣族
このカードは通常召喚できない。
自分の手札の光属性モンスター3体をゲームから除外した場合に特殊召喚できる。
@:1ターンに1度、このカード以外の自分フィールドのモンスター1体を
ゲームから除外して発動できる。このカードの攻撃力はターン終了時まで、
除外したモンスターの元々の攻撃力分アップする。
A:相手がモンスターの召喚に成功した場合に発動する。自分フィールドに
「ライトレイトークン」(悪魔族・光・星1・攻/守1000)1体を特殊召喚する。
このトークンは攻撃宣言できない。
B:このカードを特殊召喚したターン、自分の他のモンスターは攻撃できない。
C:自分フィールド上に「ライトレイ・ラビエル」以外のレベル10の
「ライトレイ」モンスターが存在するとき、手札の光属性モンスター1体を
墓地に送ることで、墓地からこのカードを特殊召喚できる。

攻4000  守4000

ライトレイ・ウリア  /
★★★★★★★★★★★★
幻神獣族
このカードは通常召喚できない。
自分の手札の光属性モンスター3体をゲームから除外した場合に特殊召喚できる。
@:このカードの特殊召喚成功時、このカードの攻撃力は、
ゲームから除外された自分の光属性モンスターの種類×1000アップする。
A:1ターンに1度、相手フィールドにセットされた魔法・罠カード1枚を
対象として発動できる。セットされたそのカードを破壊する。
この効果の発動に対して魔法・罠カードは発動できない。
B:このカードを特殊召喚したターン、自分の他のモンスターは攻撃できない。
C:自分フィールド上に「ライトレイ・ウリア」以外のレベル10の
「ライトレイ」モンスターが存在するとき、手札の光属性モンスター1体を
墓地に送ることで、墓地からこのカードを特殊召喚できる。

攻 0  守 0

ライトレイ・ウリア
攻0→攻4000

「あはは! 最っ高だね!! どうどう? 僕が創った“三幻魔”――カッコいいでしょ!!?」
 アキラは両腕を広げ、 恍惚の笑みを湛える。
 攻撃力4000の“神”3体が立ち並ぶ――これ以上の絶望的状況があるだろうか。
「いやー壮観だね! じゃー見せ場も作れたし……もう十分かな。キミ、そろそろ負けていいよ? えーっと……海馬瀬人クン?」
 かくして悪夢の1ターンを終え、手番は海馬へと移る。
 彼の顔からは余裕が消え、その表情は険しい。しかしその瞳の奥は、尚も強く輝いていた。


<海馬瀬人>
LP:4000
場:
手札:2枚
<無瀬アキラ>
LP:10000
場:ライトレイ・ラビエルライトレイ・ハモンライトレイ・ウリア,破光の楽園
手札:0枚


(何らかの手段でオレの思考を乱している……? 一体いつ、どのタイミングで仕掛けられた?)
 海馬は現状分析を試みる。
 しかし、果たして何が起きているのか、その謎を解くことは不可能だろう――海馬にもヴァルドーにも、そもそも“この世界”の人間には。

「――“決めなさい”!! 海馬瀬人!!」

 背後からヴァルドーが叫んだ。
 海馬は彼を一瞥し、小さく頷く。
 元より、すでにその結論には至っていた――相手の“仕掛け”が分からぬ以上、長期戦は不利だ。
 海馬はデッキに指を伸ばしながら、デュエル状況を再確認した。

 アキラの圧倒的フィールドに対し、海馬の手札はわずか2枚。フィールドには1枚のカードもない。
 さらにアキラのライフは1万ポイント。初期ライフをゆうに上回る。

 まさに絶望しかないこの状況で――海馬は力強くカードを掴む。
「オレのターン――ドロー!!」
 カードを引き抜き、視界に入れる。
 まずは第一条件をクリア――そしてここからだ。
 彼の脳内にはすでに、勝利への道筋が描かれていた。

 ドローカード:トレード・イン

「オレは魔法カード『トレード・イン』を発動! 手札から『青眼の白龍』を墓地に送り、新たに2枚ドローする!!」


トレード・イン
(魔法カード)
@:手札からレベル8モンスター1体を捨てて発動できる。
自分はデッキから2枚ドローする。


 この種の手札交換カードは、元来、彼が好むものではない。
 彼が手札交換を行うのは、望むカードを引く確率を上げるためではない――そんな消極的思考を、海馬瀬人は抱かない。
 故に真意は“捨てる”ことだ。
 2枚の手札を使い、2枚をドローする――手札が増えるわけでもなく、彼の手札は依然、わずか3枚。
 しかし十分だ。3枚ものカードがあれば、むしろ彼なら釣りが来る。
「……これでオレの墓地に……『青眼の白龍』が、3体」
「……は?」
 新たに引いた2枚のカード、そのうちの1枚を決闘盤に叩きつけた。
「魔法カード発動『龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)』!!」


龍の鏡
(魔法カード)
自分のフィールド上または墓地から、
決められたモンスターをゲームから除外し、
ドラゴン族の融合モンスター1体を特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


 フィールドに巨大な鏡が現れ、3体の“ブルーアイズ”を映す。
 その鏡面が光り、空間が大きく歪み始める――映した3つの魂を、1つに束ねる。
「進化した最強ドラゴンの姿! その目に焼き付けるがいい――融合召喚!! 今こそ現れよ、『真青眼の究極竜(ネオ・ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)』!!!」


真青眼の究極竜  /光
★★★★★★★★★★★★
【ドラゴン族・融合】
「青眼の白龍」+「青眼の白龍」+「青眼の白龍」
「真青眼の究極竜」の@の効果は1ターンに2度まで使用できる。
@:融合召喚したこのカードが攻撃したダメージステップ終了時、
自分フィールドの表側表示のカードがこのカードのみの場合、
エクストラデッキから「ブルーアイズ」融合モンスター1体を
墓地へ送って発動できる。このカードは続けて攻撃できる。
A:自分フィールドの「ブルーアイズ」モンスターを対象とする
魔法・罠・モンスターの効果が発動した時、墓地のこのカードを
除外して発動できる。その発動を無効にし破壊する。
攻4500  守3800


 三つ首の巨竜が、フィールドに降り立つ。
 “三幻魔”に劣らぬ巨躯。白銀の身体を煌めかせ、咆哮を放つ。
 その美しい姿に、アキラは思わず感嘆した。
「へー……攻撃力4500、僕の“三幻魔”を上回る攻撃力か。すごいねぇ」
 アキラの余裕は崩れない。
 “三幻魔”も怯むことなく、そのドラゴンと対峙している。
「……その薄ら笑い、すぐに掻き消してやろう。貴様の“神”は、1体でも残せば容易に復活可能……さらに“ラビエル”の効果を使われれば、ひとたまりもない。だが! 『真青眼の究極竜』は三回攻撃が可能だ!!」
 すなわち“三幻魔”全てを、同時に撃破できる――これならば、“三幻魔”の自己蘇生効果は発動できない。
「そして追撃のマジックカード――『青き眼の嚇灼(かくしゃく)』!!」


青き眼の嚇灼
(魔法カード)
@:フィールド上の「ブルーアイズ」モンスター1体を選択して発動。
相手ターン終了時まで、選択したモンスターは以下の効果を得る。
●攻撃力が3000ポイントアップする。
●自分の他のモンスターは攻撃できない。
●このモンスターは直接攻撃できない。


 “究極竜”の6つの瞳が、強く煌々と輝き始める。
「これにより『真青眼の究極竜』の攻撃力は3000アップ――7500まで上昇する!!」

真青眼の究極竜
攻4500→攻7500

「……?! えーっと、ちょっと待ってね。三回攻撃が可能で、攻撃力7500? ってことはー……」
 アキラの顔から笑みが消える。
 すなわち海馬のフィールドの総攻撃力は、実質22500ポイント――アキラの総攻撃力12000を、1万以上も上回る。
「覚悟はいいか……? バトルだ!! 『真青眼の究極竜』の攻撃!!!」
 三つ首の頭がそれぞれにアギトを開き、巨大な光球を練り出す。
 左右の首が、同時にそれを撃ち放つ――それぞれに強烈な光の奔流となり、“ハモン”と“ウリア”を直撃した。

 ――ズギャギャァァァァァァンッッ!!!!!!!!!!

<無瀬アキラ>
LP:10000→6500→3000

「……ッッ!! がは……っ」
 無瀬アキラは言葉もない。
 “ハモン”と“ウリア”は跡形もなく砕け散り、あと一撃でライフも尽きる。
 あれほどの圧倒的フィールドを築き、ライフ10000も保持していた――あの状況から追いつめられるなど、果たして誰に予想できよう。
 助言したヴァルドーですら、これほどとは想像だにしなかった。
「せめて“ハモン”を守備表示にすれば、貴様が敗れることはなかった……その驕りこそが、貴様の敗因だ」
 海馬は右手の二本指で“ラビエル”を指差す。
 最後に残った“究極竜”の中央の頭が、“ラビエル”へと照準を合わせた。
「トドメだ――“ネオ・アルティメット・バースト”!!!」

 ――ズギャァァァァァンッ!!!!!!!!!

「――うわあああああああっ!!!」
 砲撃が“ラビエル”を粉砕し、爆煙を巻き起こす。
 海馬とヴァルドーはその瞬間、同時に勝利を確信した。
(今度こそ対抗策はなかった……! 手札はなく、フィールドにも墓地にも除外カードにも! 確実に打つ手はなかった!!)
 アキラの悲鳴が何よりの証拠。
 そうだ勝った、勝ったはずだ――だというのに、海馬の脳裏を嫌な予感がよぎる。
 そしてそれに応えるかのように、アキラは煙の中からその姿を現した。

<無瀬アキラ>
LP:3000→1

「いやー危なかった! 紙一重だったね! 僕じゃなきゃ絶対負けてたよ!!」
 アキラはそう喚きながら、しかしその実、けろりとしている。
 わずか1ポイントのライフを残し、彼は辛うじて生き延びた――そこには如何なるカラクリがあったというのか。
「貴様! 一体なぜ……!? どうやって今の攻撃を凌いだ!!?」
「え? どうやってって……そうだなあ」
 興奮した海馬の質問に対し、アキラはマイペースに考える。
「“ラビエル”の効果……は、5つ目になっちゃうし、やめとこっか。無難に『破光の楽園』第4の効果? あーいや、除外されたモンスターの特殊能力ってことでいいかな。『ライトレイ・ガードナー』とか、それっぽい名前じゃない?」
 あまりにもふざけた回答。
 しかし海馬もヴァルドーも、それで納得してしまう。
(まただ……またヤツの除外カードを見落とした! オレに何が起こっているのだ!!?)
 海馬は混乱の坩堝に落ちる。
 海馬もヴァルドーも、おかしくなってしまったのか――いやそうではない。2人におかしなところなどない。


 おかしくなったのは“世界”だ――そしてこれこそが、無瀬アキラの異能。
 彼は自身の望むがままに、この世界を歪め、“再創造”する。
 “支配者(ルーラー)”ではなく、“再創造者(リクリエイター)”として――この世界に、文字通りの変革をもたらす。

 ヴァルドーの見通しは甘すぎたのだ。
 無瀬アキラの、この半年間での成長は――もはや“成長”と呼ぶもおこがましい。
 “創造者”たるホルアクティが放った“光の波動”。穢れたその力と彼との相性は、まさしく最高にして最悪だった。

 カール・ランバートも、闇アテムすらも、ものともすまい――無論、武藤遊戯も彼には勝てないだろう。
 誰も、何者であっても彼には届かない。届いてはいけない。
 何故ならこれは“無瀬アキラの世界”。
 世界は彼のためにあり、彼のために世界は回る。

 デュエリストとしての矜恃を持たない彼は、ルールなど平然とねじ曲げる。
 デュエルを冒涜し、愚弄し、蹂躙する。
 “三幻魔”とて、自身を格好つける“飾り”でしかない。
 過去も、現在も、未来も――気に入らないものは全て歪め、“創り直す”だけだ。


「残りライフ1かー。絶体絶命、大ピンチだね! ここから逆転なんてできるのか……まさしく絶望的状況だ!」
 棒読み気味に、アキラは窮地を演出する。
 彼の手札は0枚、客観的に見れば確かにそうだ――しかし彼が敗れることなど、天地がひっくり返ってもあり得ない。
「ク……オレはカードを1枚伏せ、ターンエンド!」
 海馬は尚も抗い続ける。
 圧倒的有利なはずのこの状況で―― 一縷の勝機すらない闘いに。


<海馬瀬人>
LP:4000
場:真青眼の究極竜(攻7500),伏せカード1枚
手札:0枚
<無瀬アキラ>
LP:1
場:破光の楽園
手札:0枚


(“三幻魔”勢揃いもやられちゃったし……次は当然“アレ”かなー。今回は出さないつもりだったけど)
 もはや演技をする気もなく、アキラはデッキに指を当てる。
 強き“魂”は運命を掴む――しかし、彼はそうではない。
 彼の歪んだ魂は、ドローカードを“創り直す”。
「僕のターン――ドローッ!!」
 そして脳裏に描いたカードが、当然彼のもとへと舞い込む。

 ドローカード:ライトレイ・ファントム

「そうそうコレコレ! 僕は『ライトレイ・ファントム』を召喚! 攻撃表示!!」
 アキラのフィールドに黄金の発光体が出現する。それは半年前の絵空とのデュエルで生み出された、特殊モンスターだ。
 攻撃力・守備力ともに0。戦闘能力は持たないが、強力な効果を備えている――のだが、
「そしてもちろん『ライトレイ・ファントム』の特殊能力を――って、アレ?」
 自身の過ちに気付き、アキラはプレイを中断した。


ライトレイ・ファントム  /光
★★★★
【悪魔族】
1000ライフポイントを払い、
このカードをゲームから除外して発動する。
自分の手札・墓地から「ライトレイ」と名の付く
モンスターを3体まで召喚条件を無視して特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターは攻撃できず、
ターン終了時にゲームから除外される。
攻 0  守 0


「あーそっか、ライフコスト付けたんだった。半年前は無駄にライフ残ってたもんな。失敗したなー」
 一見するに、致命的なプレイングミス。
 通常であれば次のターン、海馬からの攻撃で終わりだろう――しかしそうは思えない。
 海馬瀬人の表情は依然、険しいままだ。
「うーんそうだなー。ライフコストをなくすのは簡単だけど、それだけじゃ味気ないし。せっかくだから――」

 ――ドクンッ!!!

「せっかくだから――また新しいカードに、創り直してみよっか」
 海馬の目の前で“それ”は行われてゆく。
 ソリッドビジョンシステムにより映し出されたカードが、白く、まっさらに書き換えられてゆく。
 そしてその上で、新しい色合いが上塗りされる。カード名も効果テキストも、全く新しいものへと“再創造”されてゆく。
 海馬瀬人もヴァルドーも、この現象を目視しながら、認知できない。

 これは“不正”ではない、
 カードに限らず今後、この世界で繰り返されるであろう当然の現象だ。
 物も人も、そしてその心さえも――彼の思うがままに、創り直されてゆく。
 全ては無瀬アキラのために。


次元融合殺
(魔法カード)
@:自分のフィールド・墓地・除外ゾーンから
「アーミタイル」融合モンスターカードによって
決められた融合素材モンスターを裏側表示で除外し
その融合モンスター1体を召喚条件を無視して
エクストラデッキから融合召喚する。
このカードの発動と効果は無効化されない。



「ありがとう海馬瀬人……キミのおかげで僕は、新たなステージに上ることができた」
「……!!!」
 海馬瀬人は刮目する。
 アキラの発動した魔法カードが、大きく空間を歪め始めた。





「――オイ! どうしたんだ遊戯!?」
 一方その頃、その場所へ向かっていた城之内が足を止める。
 暗い通路の中、懐中電灯を片手に先行していた彼だが、遊戯が立ち止まったことに気付き、振り返る。
(何だ……!? いま、何かが!!)
 黄金の右眼が何かに感応し、遊戯の背筋を悪寒が走る。
 彼が抱える“千年聖書”もまた、不穏な脈動を示す――その中に封印された“三幻神”と“三魔神”が。
「……何でもない! ごめん、急ごう城之内くん!!」
 生じた懸念を振り払い、遊戯は再び駆け出す。

 この道の果てに、彼にとって――どれほど残酷な結末が待ち受けるとも知らずに。




第十三章 始原の光

 ――カシャンッ!

「――! あ……っ」

 同時刻――KC本社最上階、給湯室にて。
 サラ・イマノは、床に落ちたコーヒーカップを前に、声を上げていた。
「どうしたのサラねえちゃん。大丈夫?」
 後ろからモクバが覗いてくる。
 昨年中学生になった彼は、すでに声変わりを済ませ、身長も伸びてきていた。
 それでも170cm程あるサラの方が上だし、まだまだ“可愛い弟分”の認識は崩れないのだが。
「ええ、ごめんなさいね。手を滑らせてしまって」
 サラは軽く応えながら、割れたそれを片付け始める。
 2人で視察を兼ねて海馬ランドに行き、そこから帰った矢先のことだった。
(これ……瀬人くんのコーヒーカップだわ)
 特に何の変哲もないコーヒーカップ。
 これが一つ割れたところで、彼は気にも留めないだろう。
 けれど、
(何故かしら……嫌な予感がする。あの人に何か良くないことが)
 彼は朝から社長室に籠りきりだ。そんな彼に、果たしてどんな危険があるというのか――普通に考えればあり得ない。
 しかし彼女は直感していた。理性では否定しながらも、感覚的にそれを察する。
 彼はきっと、部屋にはいない――ここから離れたどこかで、闘っている。彼女の“片割れ”とともに。
「……守ってね……ブルーアイズ」
 口をついたように、無意識に呟く。
 その言葉の意味を、彼女は知らない。知らなくていい。
 彼女は人間なのだから――少なくとも、現在(いま)は。





<海馬瀬人>
LP:4000
場:真青眼の究極竜(攻7500),伏せカード1枚
手札:0枚
<無瀬アキラ>
LP:1
場:次元融合殺,破光の楽園
手札:0枚


「――神に選ばれし救世主“無瀬アキラ”の名のもとに……3体の神を、ひとつに束ねん!!」
 無瀬アキラは声高に宣言し、フィールドは大きく歪曲する。
 彼が発動した魔法カード『次元融合殺』の効果により、“三幻魔”は一つに収束する。
 『ライトレイ・ウリア』『ライトレイ・ハモン』『ライトレイ・ラビエル』――この3体融合により生み出されるのは、彼の“破滅の光”の権化。
「顕現せよ!! 我が母なる女神――『ライトレイ・ホルアクティ』!!!」

 ――カッ!!!!!!!!

 フィールドが強く、光り輝く。
 海馬はそれを直視できず、腕で視界を覆う。
 そして恐る恐る、それを視認する――およそ“女神”と呼べるはずもない、巨大な“バケモノ”の姿を。


ライトレイ・アーミタイル  /光
★★★★★★★★★★★★
【悪魔族・融合】
「ライトレイ・ウリア」+「ライトレイ・ハモン」+「ライトレイ・ラビエル」
自分フィールドの上記カードを除外した場合のみ、
EXデッキから特殊召喚できる(「融合」は必要としない)。
@:このカードの攻撃力は戦闘時のみ10000アップする。
攻0  守0


 現れたのは『ライトレイ・ラビエル』をベースとした巨大な悪魔。
 右腕に“ハモン”の鉤爪を纏い、左腕は“ウリア”の首と頭になった。
 背には“ハモン”の巨大な双翼を背負い、下半身は“ウリア”のものとなりトグロを巻く。
 相容れぬ3体を、強引に合体させたかのような融合――その歪な融合形態に対し、海馬は表情に不快を浮かべる。
 一方でアキラは小首を傾げ、気安い調子で頭を掻いた。
「あれー失敗したかー。“アーミタイル”……? 何だコイツ?」
 アキラは首を傾けたまま、それをまじまじと観察する。
「前回は一発だったんだけどなー……“オシリス”“オベリスク”“ラー”の組み合わせだったからかな? “融合”って意外とデリケートなんだね。なるほどなるほど」
 彼はブツブツと呟くと、やがて納得した様子で首を戻す。
「まっ、これはこれでカッコいいかな。ロボットアニメっぽい感じ? 気に入ったよ」
 アキラは右腕を高らかと挙げ、命じる。
「さあ! この僕“無瀬アキラ”の名の下に――覚醒せよ、『ライトレイ・アーミタイル』!!!」

 ――カッ!!!!!!!!!!!!

 “アーミタイル”の全身から、白光と“神威”が迸る。
 “三幻魔”とも一線を画す、その圧倒的なプレッシャーは、海馬瀬人を貫き、凍り付かせる。
 “三幻神”よりも、“ゾーク・ネクロファデス”よりも――彼が今まで対峙してきたあらゆる“神”とも、次元が違う。
 その強烈な“神威”はもはや“創造神”にも届き得る。決して人間が争ってはならない“大災厄”だ。


ライトレイ・アーミタイル  /
★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★
幻神獣族・融合】
「ライトレイ・ウリア」+「ライトレイ・ハモン」+「ライトレイ・ラビエル」
自分フィールドの上記カードを除外した場合のみ、
EXデッキから特殊召喚できる(「融合」は必要としない)。
@:このカードの攻撃力は戦闘時のみ10000アップする。
攻0  守0


「能力がちょっと寂しいけど……まーそこは今後に期待ってことで。まだ最初だしね」
 そう、この“アーミタイル”はまだまだ未完成なのだ――闘いの中で研磨され、アキラの手により“調整”されてゆく。
 海馬瀬人という人間は、そのための“試金石”なのだ。
「そんじゃまあさっそく……バトルだ! 『ライトレイ・アーミタイル』の攻撃!!」
「……!!!」
 海馬は自身に鞭打ち、身構える。
 『青き眼の嚇灼』の効果はこのターンまで続くため、『真青眼の究極竜』の攻撃力は7500ある――さらに海馬のライフは4000残っている。
 これならば“アーミタイル”の攻撃力が1万に届こうと、彼のライフが尽きることはない。“通常であれば”。
「1万じゃ物足りないなー……『ライトレイ・アーミタイル』の攻撃力は戦闘時“10万ポイント”アップする!!!」

ライトレイ・アーミタイル
攻0→攻100000

 真に恐れるべきは“神”ではなく、無瀬アキラだ。
 彼の荒唐無稽な思考回路は、世界を際限なく歪めてゆく。“神”でさえも、さらなる進化を強いられる。
 “アーミタイル”は両腕を広げ、“光”を抱いた。文字通り桁違い、人知を超えた威力を秘めるエネルギー体を。

 海馬瀬人はかつて三幻神『オベリスクの巨神兵』を所持していた。
 その特殊能力を駆使すれば、“オベリスク”の攻撃力は「無限」にも届いた――しかしそれは、“アーミタイル”が“オベリスク”に劣ることを意味しない。
 かつてその能力が『ラーの翼神竜』に届かなかったときのように。
 神同士の激突は、攻撃力以前に“階級(ランク)”で決するのだから。

「いけ――“全土滅殺 転生波”!!!」

 ――ズォォォォォッ……!!!!!!!!!!

 強大なる光のエネルギー体が、海馬のフィールドへ放たれる。
 巨大なるそれはゆっくりと、空間を抉りながら“究極竜”へと迫る――攻撃力差はなんと、92500ポイント。
 あまりにも絶望的な攻撃力差。しかし海馬は腐ることなく、場の伏せカードで懸命に足掻く。
「く……リバースマジックオープン! 『銀龍の加護』!!」


銀龍の加護
(速攻魔法カード)
このターン、自分フィールドのドラゴン族モンスターは
破壊されず、そのモンスターの戦闘により発生する
自分へのダメージは0になる。


「この効果により“アルティメットドラゴン”は破壊されず……発生するダメージを0にする!!」

 ――ヴァジィィィィィィィッッッ!!!!!!!!

 “究極竜”を不可視の膜が覆い、エネルギー体と激突する。
 カード効果の処理上、この攻撃は防がれるはずだ――しかし尋常ならぬこの威力に対し、もはや常識などアテにならない。
「――ッ! ウ……ッ」
 竜を守る“加護”は軋み、漏れ出た光が海馬を穢す。
 ライフは削られずとも、これで彼は終わりだろう。
 そもそもアキラがその気になれば、こんな魔法カードなど無効化できる。
 こんなデュエル、いつでも幕を下ろせるのだ――確実に、無瀬アキラの勝利で。
 しかしアキラは何やら思案し、指をパチリと鳴らした。

「――いいよ、もう少し遊ぼっか。海馬瀬人クン?」

 彼の合図と同時に、エネルギー体は消失する。
 もはや“神”など意味はない。“再創造者”たる彼こそが全てであり、それ以外は彼を彩る“エトセトラ”でしかないのだ。

真青眼の究極竜
攻7500→攻4500

「いやーこれも防がれちゃったか! さすがは海馬瀬人! 僕の宿命のライバルだ!」
 芝居がかった口調で、アキラは告げる。
 あまりにも白々しい、しかしそれが真実なのだ。
 彼により“再創造”された世界、それこそが無二の真理となる。
 しかし一方で、海馬瀬人は両膝を折り、俯いた。
 圧倒的な力を振るう無瀬アキラを前に、心が折れた――わけではない。
 先ほどの一撃、“アーミタイル”の強烈な光に照らされ、彼の意識は朦朧としていた。
「あれー? ダメだよ海馬瀬人……もうちょっと頑張らなくちゃ」
 アキラの全身から、白い光が溢れ出す。
 それは数多の触手となり、海馬に向かって伸び進む。
「キミとの闘いは、僕を高めてくれる……もっと僕を導いてよ。そして行こう、更なるステージへ!!」
 この“アーミタイル”には、更に上の“形態”がある――アキラはそれを、感覚的に理解していた。
 そしてそれを解放するには、新たな“強敵”との対峙が不可欠であると。

 白き触手は海馬の肢体に絡みつき、その心を侵す。
 無瀬アキラの“人形”として、創り直すために――彼の内側を、白く塗り潰し始める。

 これにより海馬瀬人は、全てを喪うこととなる――感情も記憶も、そして人格も。
 しかしこれは彼にとって、果たして本当に不幸なことなのだろうか。





 思えば彼の人生は、あまりに多くの悲劇にまみれていた。

 幼少期に実の親を失い、大人達の悪意に穢され、施設に放り出された。
 夢を叶えるべく引き取られた先で、極限まで追い詰められ、人格を歪められた。
 義理の父を殺し、その罪に耐えられず、心を壊した。

 彼の人生は血に汚れ、数多の呪いをはらんでいる。
 あるいはそれを消し去ることは、彼にとって、幸福なことではあるまいか。
 たとえそれが、他者の手のひらの上でも、
 もとより彼の人生は、多くの人間の悪意により、狂わされ続けてきたのだから。

『――セト様』

 何もない真っ白な空間で、顔のない誰かが囁いた。
 その儚い閃きは、はるか遠い前世の記憶。
 かつて彼を導いたそれも、今回ばかりは届かない――白く、白く、塗り潰されてゆく。

『――セト様』

 届かない。
 分からない。
 自分は果たして、何者だったのか。

 最後の肉親たる弟も、前世よりの宿敵も、彼の中から消えてゆく――新たな人生を得るために。
 血と罪に穢れ、憎しみと怒りを刻みつけられた人生の終着点。
 “力”を求め続けてきた。
 その辛く険しい道の果てに、彼は――

――瀬人様

 声が、響いた。
 その強い閃きは、彼の確かな現世の記憶。
 何度塗り潰しても消えない、温かな熱。

 その温もりは、彼の内側をやさしく照らす――塗り重ねられた“白”は溶け、心から剥がれ落ちてゆく。
 それはかつて、義父の死とともに彼がなくした感情。
 取り戻したわけではない。
 “彼女”と再会し、過ごす日々の中で――新たに芽吹き、育んだもの。

 憎しみを束ねたものではない。
 怒りを伴うものとも違う。
 それが何より強い“力”だなどと、かつての彼は決して認めないだろう――けれど、だとしても、

――大切な言葉は何度でも聞きたいものですよ。瀬人様は特に口下手ですし

 海馬瀬人は口を開く。
 それは一度、ただ一度だけ伝えた言葉。
 プライドの高い彼が、一度だけ彼女に告げた、彼らしからぬ言葉。
 青い瞳が宝石のように輝き、彼女は微笑みながら頷いたのだ。

 与えられたものではない。
 多くの不幸に遭い、数多の悲劇を抱えた道の果てに――彼自身が生み出した、その力を
 人はそれを――“愛”と呼ぶのだ。





「――はぁ……っ?」
 アキラは目を丸くする。
 海馬に絡みついていた触手が、静かに――塵となって消えてゆく。
 彼はゆっくりと立ち上がり、アキラを見据えた。
「貴様のターンは終わりか……? ならば、オレのターンだ」
 海馬は落ち着きを取り戻し、デッキに指を伸ばす。
 対するアキラも動揺は見せず、後頭部を掻いた。
「半年前もそうだったけど……人間は意外と難しいな〜。やっぱり勝ってからじゃないとムリかぁ」
 半年前、月村絵空相手に試したときも同じ結果だった。
 しかしこれは、彼の“再創造”が人間相手に通じないことを意味するわけではない――デュエルで負かし、弱らせた後なら通用する。その“前例”たる少女はすでに、彼の後ろにいるのだから。
(そろそろ“次”が来ちゃいそうだし……ちょっと間に合わないかな? まあ別にいいけど)
 焦る必要など全くない。
 海馬瀬人を創り直すことなど、いつでも出来るのだから――武藤遊戯を倒した後でも。


<海馬瀬人>
LP:4000
場:真青眼の究極竜
手札:0枚
<無瀬アキラ>
LP:1
場:ライトレイ・アーミタイル,破光の楽園
手札:0枚


(オレの手札はゼロ……場には攻撃力が圧倒的に劣る“究極竜”のみ。まさに絶望的状況だな)
 海馬は現状を分析する。
 そして何より厄介なのが、アキラの異能――彼が“再創造”を続ける限り、万が一にも勝機はあるまい。
(先ほどから続く、戦術の乱れ……恐らくオレだけの力では、ヤツには勝てん。だが!!)
 この状況においてなお、海馬瀬人には信ずるものがある。
 彼の中にある“青き閃光”――その輝きを信じ、カードを掴む。

「いくぞ!! オレのターン――ドロォォォォォッッ!!!!」

 力いっぱい、カードを引き抜く。
 彼の強き魂は、運命を引き寄せる――アキラが歪めたこの世界でなお、望んだカードを掴み取る。
「これがオレのラストターンだ――来い、『青き眼の神官』!!」


青き眼の神官  /光

【魔法使い族】
「青き眼の神官」の効果は1ターンに1度しか使用できない。
@:このカードの召喚時、自分フィールドのレベル8以上の
「ブルーアイズ」モンスターとこのカードを生け贄に捧げて発動できる。
ゲームから除外された自分の「ブルーアイズ」モンスターを全て
墓地に戻し、自分のデッキ・墓地から「龍の鏡」1枚を手札に加える。
攻 0  守 0


 現れたのは、黄金の杖を携えた、黒き肌の神官。
 海馬にどこか似た面影を持つ彼は、すぐに呪文を唱え始める。
「召喚時、効果発動! “神官”自身とともに『真青眼の究極竜』を――生け贄に捧げる!!」
 その意外な行動に、アキラは目を瞬かせた。
 ここにきて、レベル12の切札モンスターを切り捨てるなど、自殺行為にしか見えない。

 生け贄の渦に包まれ、2体のモンスターは消え去り――海馬のフィールドはガラ空きだ。
 しかし無論、策はある。その眼に確かな希望を灯す。
「これにより、除外された“ブルーアイズ”は全て墓地に戻る……さらに墓地から! 『龍の鏡』を手札に戻す!!」
 彼のもとに残されたのは、その1枚のみ。
 しかしこれでいい。ただ1枚あれば、それで事足りる。
「……これでオレの墓地に……『青眼の白龍』が、4体」
「……へっ?」
 アキラは耳を疑った。
 M&Wにおいて、デッキ投入できる同名カードは3枚まで――素人上がりの彼でも分かる、このゲームにおける常識だ。
「『青眼の亜白龍』はフィールド・墓地に存在する限り『青眼の白龍』として扱う……いくぞ!! “ドラゴンズ・ミラー”!!!」
 『龍の鏡』2度目の発動。
 フィールドに巨大な鏡が現れ、4体の“ブルーアイズ”を映す。
 その鏡面が光り、空間を大きく歪め始める――だが、そこにヒビが入った。
 強大すぎるその力に、魔法の鏡は悲鳴を上げる。
 しかし海馬は構うことなく、高らかに宣言した。

「――伝説を束ねし白き龍よ……“究極”を超え、さらに先へ! 無窮の時を遡り、“始原の光”を解き放て!!」

 『龍の鏡』が砕け散る。
 しかしその役目は果たした――映した4つの魂を束ね、“伝説”は“究極”を超え、“絶対”へと至る。

「融合召喚――現界せよ、『青眼の絶対白龍(ブルーアイズ・ホワイテスト・ドラゴン)』!!!!」


青眼の絶対白龍  /光
★★★★★★★★★★★★
【ドラゴン族・融合】
「青眼の白龍」×4
元々のカード名に「ブルーアイズ」を含むモンスターのみを
融合素材にした融合召喚でのみ特殊召喚できる。
「青眼の絶対白龍」はデュエル中1度しか特殊召喚できない。
@:このカードを融合召喚するとき、他の全てのカードの効果は無効化される。
この効果は、このカードがフィールドに存在する限り適用される。
A:このカードがフィールドに存在する限り、このカードを除く
全てのモンスターの攻撃力・守備力は0になる。
B:ターン終了時、このカードをエクストラデッキに戻し、
自分の墓地の「青眼の白龍」1体を自分フィールド上に特殊召喚する。
攻3000  守2500


 現れたのはなんと『青眼の白龍』と全く同じ姿形をしたドラゴン。
 しかし白い――あまりにも白い。
 瞳を除くその身体には、一片の曇りすらない。
 その美しき純白は、見る者全ての視線を掴み、心を捉える。
 利己愛の塊たる無瀬アキラですら、自己を忘れて見惚れ続けた。
「『青眼の絶対白龍』の効果適用――このドラゴンがフィールドに存在する限り、他の全てのカード効果は無効となり、さらにモンスターの攻撃力・守備力は0となる!!」
 まさしく全てを撃ち破る、“絶対”なる能力。
 海馬のその言葉に反応し、アキラは正気を取り戻す。
「へっ……へえ〜? 結構スゴイの持ってるじゃん? 流石は僕のライバル、見直したよ」
 わずかに震えた声で言いながら、しかし視線は逸らせない。

 欲しい、欲しい、欲しい――“あの龍が欲しい”。
 何が何でも欲しい。何を代価にしてでも。

 アキラの眼は血走り、動悸がひどく速まる。
 それは彼にとって、初めて抱く感情だ。
 “破滅の光”を受け、“ホルアクティ”を敬愛したときとも違う――自身を何より“特別”と考える彼が、自分以上の“特別”を認めた。
(何だ……!? こんなドラゴンが、一体どうして……――)
 アキラは凝視し、そして識る。

 その純白龍の先に――“青き眼の女性”を見た。
 この時代の者ではない。真っ白な肌に、青みがかった長い白髪の女性。
 どこか幸薄げな雰囲気の彼女は、アキラの目には、誰よりも魅力的な乙女に映った。

 “ヒロイン”に据えると決めていた、月村絵空に対しては抱かなかった感情。
 設定変更だ――彼女しかいない、彼女だけが相応しい。
 そして同時に、彼女を我が物としている海馬瀬人が、ひどく妬ましく思えた。

「キミには過ぎた龍だな……“彼女”は僕にこそ相応しい。このデュエルに勝って、僕がもらい受けるよ」
 欲しいものは奪い取る、そうだ、それで構わない。
 この世界の“再創造者”として、遍く全てが彼のために存在するのだから。
「過ぎた龍か……確かにそうだな。だが」
 海馬の瞳は揺るがない。確固たる意志をもって、彼は応える。
「穢れたこの手が釣り合わずとも……オレはコイツと共に歩む。共に闘い、勝利を掴む!!」
 彼の想いに応えるように、純白龍は嘶く。
 それがアキラには、ひどく癪に障った。
「勝つだって……? バカが!! 身の程を知れよエトセトラぁ!!!」
 感情を沸騰させ、言葉を荒げて彼は叫ぶ。
 それは、彼がここまで見せてきた中で、最も人間らしい反応と呼べるかも知れない。
「『ライトレイ・アーミタイル』の第2の効果――コイツの特殊能力は、絶対無効化されない!! さらに! 攻撃力は“100万ポイント”アップだ!!!」
 攻撃力をさらに上乗せし、アキラは勝利を誇示する。
 しかし、

ライトレイ・アーミタイル
攻0

 “アーミタイル”の様子が、おかしい。
 “絶対白龍”が特殊召喚されて以降、その巨躯はピクリとも動かないのだ。
 まるで先ほどまでの無瀬アキラのように――石のように凍り付いた。
「何やってる……? 攻撃だ! 攻撃しろよ、“アーミタイル”ッッ!!」
 アキラは狼狽えながら叫くが、もはや無駄だ。
 “始原の光”に晒されたそれは、“神威”さえも剥がれ落ち、ただのモンスターに成り下がる。


ライトレイ・アーミタイル  /光
★★★★★★★★★★★★
【悪魔族・融合】
「ライトレイ・ウリア」+「ライトレイ・ハモン」+「ライトレイ・ラビエル」
自分フィールドの上記カードを除外した場合のみ、
EXデッキから特殊召喚できる(「融合」は必要としない)。
攻0  守0


 そしてすでに――アキラが保有する破滅的異能は、その力を失いつつあった。
 彼が世界に対し、あれほど強烈な影響力を持っていた理由。それは彼の破綻した精神構造に起因していたのだ。
 一見するに“無敵”とも思える能力、しかしその実は、あまりにも危うい綱渡りの上に成立していたのである。

 名も知らぬ“彼女”。アキラはその女性に対し、初めて“恋”とも呼ぶべき感情を抱いた――その瞬間、彼は“再創造者”ではなくなった。
 芽生えた真っ当な感情は、彼を“人間”に貶めた。
 これにより“破滅の光”との奇跡的親和性は崩れ、世界は正常に流れ始める。

「――戯れ言は終わりか……? ならば、バトルだ!!」
 海馬の宣言に応じ、純白龍は双翼を広げる。


 ――ここでひとつ、仮定の話をしよう。
 そもそもの話、アキラの異能が有効なままだったとして、その一撃は防げたのだろうか。
 “光の三幻神”ではなく、ましてや“闇の三魔神”でもない。人間の心の闇が生み出す“邪神”とも異なる。
 にもかかわらず、これほどの力を示す“青眼の白龍”とは――果たして如何様な存在なのか。

 この世界の“始原”とは、果たしてどのようなものだったか。
 光と闇、二柱の“創造神”が在る。しかし彼女らこそが、この世界の“始原”というわけではない。
 この世界は、ある“一つの存在”から始まったのだ――それは唯一ゆえに、“絶対”なるものだった。
 “彼”は“彼女”を望み、故に2つに分かれ、そして世界は始まった。
 たとえばもしもその前に、“何か”があったとすれば。
 たとえば“彼”が孤独ゆえに、一粒の“涙”をこぼし、世界に落としていたとしたら――無窮の時を超えし現在、“それ”は果たして、如何様な形を成しているだろうか。


青眼の絶対白龍  /光
★★★★★★★★★★★★
【ドラゴン族・融合】
「青眼の白龍」×4
元々のカード名に「ブルーアイズ」を含むモンスターのみを
融合素材にした融合召喚でのみ特殊召喚できる。
「青眼の絶対白龍」はデュエル中1度しか特殊召喚できない。
@:このカードを融合召喚するとき、他の全てのカードの効果は無効化される。
この効果は、このカードがフィールドに存在する限り適用される。
A:このカードがフィールドに存在する限り、このカードを除く
全てのモンスターの攻撃力・守備力は0になる。
B:ターン終了時、このカードをエクストラデッキに戻し、
自分の墓地の「青眼の白龍」1体を自分フィールド上に特殊召喚する。
攻3000  守2500


「『青眼の絶対白龍』の攻撃――“ジ・アブソリュート”」

 ――カッ!!!!!!!!!!

 純白龍の全身が、刹那に輝く。
 照らされた“アーミタイル”は、“色”を失う。
 断末魔すらもなく、灰色の石塊となり――そして崩れてゆく。その全身を塵と化し、跡形も残さず消えてゆく。
 そしてそれは、主たる無瀬アキラも同じであった。

<無瀬アキラ>
LP:1→0

 決闘盤が音を立てて、地面に転がる。
 プレイヤーたる彼までもが、跡形も残らず消失した――最後の言葉も何もなく。
 さしもの海馬瀬人も、その光景に立ち尽くした。
 勝者は当然、海馬瀬人だ――役目を果たした純白龍も、彼を残して消滅する。
 フィールドには彼一人を残し、一転して静寂が訪れた。


<海馬瀬人>
LP:4000
場:
手札:0枚


「――気に病むことはありませんよ……彼は元から死んでいた。アナタは彼の魂を、在るべき場所へ還した。それだけのことなのです」
 後ろではなく前から、ヴァルドーの声が海馬を諭す。
 背後にいたはずのヴァルドーは、いつの間にか、最奥に囚われた少女の所まで移動していた。
「彼は約2年前、自らの手で己の命を断っている……そして魔力で肉体を創り、現世に留まっていたのです。より特別な力を得るためにね」
 海馬は気を持ち直し、ヴァルドーをジロリと睨んだ。
「フン。一方、貴様はオレが負けると判断し、オレを囮にして動いた……というわけか。抜け目ないことだ」
 まさしく図星を指され、ヴァルドーは失笑を漏らした。
 よもや海馬瀬人が、これほどの力を示すとは――全くの予想外だったのだ。
 さらに、

「――ここが一番奥か!? さっきの光は一体……って、海馬ぁ!? 何でテメーがここにいやがる!!?」

 新たに2人がこの場に現れ、そのうちの1人――城之内克也が声を上げる。
 彼は海馬を指差すが、しかし海馬はそれを無視し、もう1人の方へ視線を向けた。
「……!! 遊戯……貴様も関わっていたのか」
 ヴァルドーからは聞かされておらず、海馬は不満げに眉をひそめる。
 遊戯も彼の存在に驚くが、しかしその奥に視線を向けた。
 そこにいるのはヴァルドーと、もう1人――遊戯がずっと探し求めてきた、1人の少女。
 鉄枷と鎖で拘束され、地面に座り込んだまま動かない。しかしその姿は紛れもなく、月村絵空のものだった。

 その2人の登場に、ヴァルドーは大いに驚いた。
 カール・ランバートと闘えば、武藤遊戯はこの場に辿り着けないはずだった――しかし彼は到達した。その腕に“千年聖書”を抱え、さらには城之内克也まで引き連れて。
(なぜ彼がここに……“千年聖書”が導いたのか? 武藤遊戯を守るために?)
 ヴァルドーが海馬を選ぶ一方で、“千年聖書”は城之内を選んだ。
 ここに現れたということは、彼がカールを破ったということだろう――そんなことが可能だなどと、ヴァルドーは露ほども考えなかった。
(海馬瀬人に、城之内克也……たった1年のうちに、これほどまで成長するとは)
 四千年の時を生きたヴァルドーが、心の底から感服する。
 あるいはこれこそが“人間の可能性”――彼の友、ガオス・ランバートが捨てきれなかった“未来へのまなざし”。

「――ヴァルドー……アルベルト・レオは、やっぱりあなたが」
 遊戯の言葉に反応し、ヴァルドーは微笑む。
 武藤遊戯、城之内克也、海馬瀬人、そしてヴァルドー ――4人は全ての“敵”をしりぞけ、ここまで辿り着いた。
「見事……実に見事! 武藤遊戯、この戦いは――“私達”の勝ちだ!!」
 ヴァルドーが右手をかざすと、“光の剣”が現れる。
 そして少女に向き直り、それを振り下ろす――無論傷つけるためではなく、解放するために。
 そのたった一振りで、彼女の四肢の鉄枷は砕け散った。

 これにより、少女は拘束から解き放たれた。しかし彼女に動きはない。
 顔を俯かせたまま、反応しない――気絶しているように見えるが、それだけではないと、ヴァルドーは理解していた。
(無瀬アキラに消されたか……恐らくは記憶と人格、その両方を)
 そして恐らく、それらが戻ることはないだろう――彼女がここに囚われてから、すでにかなりの時間が経過している。
 “千年聖書”とヴァルドーの魔術を用いれば、ある程度までの“再現”は可能なはずだ。しかしそれはあくまで“再現”。これまで17年余りを生きてきた“絵空”なる少女は、もはや完全には戻らない。
(私にとってはそれでも十分……私にとっての“彼女”は魂であり、記憶や人格ではない)
 これまで四千年もの間、幾度となく繰り返してきたことだ。
 魂さえ無事ならば、彼女は何度でも生まれ変わる――故に、“月村絵空”という1人への執着はない。
 けれど、

『……どうかそのときは、また闘わずに済むことを願うわね――“お兄ちゃん”?』

 無論、思うところはある。“今回の彼女”が特別であったという認識は、彼の中でも拭えない。
 しかし真に嘆くべきは自分ではなかろう――彼はそう思い、目を伏せた。
 そして、

「――……邪魔」

「!? え……っ」
 その瞬間、ヴァルドーは何が起きたのか分からなかった。

 ――バサァァァァァァァッッッ!!!!!!

 翼が、大きく羽ばたいた。
 座ったままの少女の背中に、翼が生える――大きく骨張った、黒く歪な“獣の翼”が。
 同時に、彼の身体は宙を舞い、後方へと吹き飛ぶ。
 駆け寄ろうとしていた遊戯と城之内の間を抜け――彼の身体は後方へ、岩壁に打ち付けられた。
「……がは……っ!!」
 痛みに呻きながら、彼は見る。
 “翼”を生やした彼女は、ゆっくりと立ち上がった。長い黒髪を振り乱し、瞳には一縷の光すらない。

 無瀬アキラが消え去った今、彼女の魂は“破滅の光”から解放されたはず――ヴァルドーはそう考えた。
 しかし現実は異なる。
 アキラの魂とともに力を蓄えた“それ”は、彼が海馬瀬人に敗れる前に、そのもとから離れたのだ――この世界を滅ぼすため、“より相応しい器”を求めて。

「――私は……“ティルス”」

 少女は一歩、歩み出す。
 足元の黄色い布きれを踏みにじるが、それが何だったのか、彼女にはもう分からない。
 黒い翼の少女は、その昏い瞳で――この場にいる4人を睨み据えた。

「終わりのホムンクルス……“終焉の翼”ティルス」

 抑揚のない声で、遙か昔、“かつての名”を口にする。
 救うべき少女は今、“最後の敵”として――4人に対し、牙を剥かんとしていた。




第十四章 たとえ世界を壊しても

 今より四千年の昔、不世出の天才魔術師“シャイ”が世に残した“三大魔術遺産”――それは魔術に関わる者の中でも、ごく一部しか知らないものだ。

 “王の遺産”――愚劣なる王の欲望に端を発した、魂を加速する秘術。歴代エジプト王に継承されてきたそれは、今なお武藤遊戯の中にある。
 “神殺し”を目的としながらも、その実は“王殺し”。多くの“王”の命を縮め、死に至らしめた“王の呪い”だ。

 “開闢の剣”ヴァルドー ――王殺しの罪を問われ、家族を処刑されたシャイが復讐心より生み出した、人類最古の“人造人間(ホムンクルス)”。
 不老不死に近い彼は、以来、四千年の時を生きている。あらゆる魔術に精通した彼は、紛れもなく世界最高位の魔術師と呼べるだろう。

 そして、“終焉の翼”ティルス――ヴァルドーの失敗を踏まえ、造り出された第2の“人造人間”。有り余る力を制御できず、生みの親であるシャイを殺し、自らも絶命した。
 しかし摂理を外れて生まれた彼女の魂が、冥界に旅立つことはない。現世をさ迷い、幾度となく転生してきた。既存の人間の魂を取り込み、その者に成り代わって。
 冥界にて“死の穢れ”を浄められない彼女は、あまりに多くの死を受け容れてきた。“絵空”という少女は、彼女にとって実に“千番目の器”に当たる。
 今でこそ“千年聖書”により穢れを浄められたものの、その魂には“999の死”が刻まれている。故に彼女の魂こそ、“邪神”の器として最も馴染む。
 カール・ランバートよりも、無瀬アキラよりも――“邪神”の真価を引き出し得るのだ。





 そして現在――事態は急変していた。
 救わんとしていた少女の変貌、そして吹き飛ばされたヴァルドー。
 理解が追いつかず、一同は押し黙る。しかしまず、城之内が沈黙を破った。
「何だ……!? 神里、お前一体どうし――」
 遊戯は腕で城之内を遮る。
 不用意に近づいてはいけない――遊戯の“黄金の右眼”が、警鐘を鳴らしている。
(何かに操られてる……? でも“ティルス”って、たしか)
 聞き覚えのある名前。
 以前、絵空の口から打ち明けられた“終わりの人造人間”――四千年前に死んだ、彼女の魂の起源たる前世。
「……まさか、戻ってる……? 四千年前の記憶が?」
 だとしたら今の、“月村絵空”としての人格はどうなったのか。
 遊戯の脳裏に危惧が浮かび、薄ら寒い思いをする。
「――いいえ、武藤遊戯。“あれ”は違う。ティルスはすでに死んだのです……四千年前、かつて私の目の前で」
 背後からヴァルドーが告げる。
 彼は体勢を整え、改めて彼女を観察した。

 ――あのとき、救えなかった少女
 ――守りたかった人

 彼女はもういないのだ――“再現”は可能であったとしても、“蘇生”だけはあり得ない。

「“あれ”は恐らく、“破滅の光”により植え付けられた、全く新しい別人格です。“ティルス”とは即ち、彼女が四千年の間に経験してきた“死の穢れ”、それを象徴する名前だ。それを記号として名乗らせたに過ぎません」
 とはいえ、似てはいる。

 あどけない容貌に似合わない、光のない瞳。
 巨大な翼に不似合いな短身痩躯、いや“彼女”はもっと痩せ細っていた。
 黄色のリボンを失い、無造作に伸びた長い髪。絵空のそれは黒だが、“彼女”のそれは真っ白だった。

 記憶の中の少女と重なり、ヴァルドーは懸命に首を振る。
 彼のそれは恋ではなく、あるいはもはや愛ですらない。
 心に取り憑いた妄執。気が狂うような悠久の時、それでも自我を壊さぬための、最後の標(しるべ)のようなものだ。

 一方、彼らが遠巻きに見守る中で、少女は不意に動きを見せた。
 左腕を真っ直ぐ、前に伸ばす。
 するとその先にある、地面に転がった決闘盤が――無瀬アキラの身に着けていた決闘盤が、反応を見せた。
 宙に浮かび、彼女に向かって飛び――その腕に嵌まる。残されたデッキは感応し、“彼女のためのもの”となる。
 同時に、まるで人形のようだった彼女の瞳に、敵意が混ざった。
 決闘盤を装着し、この場の4人を睨み回す。全身からは穢れが滲む。
 彼女は“闇のゲーム”を望んでいる――その中で力を高め、世界を破滅へ導くために。

「――フン……気に入らんな。その小娘には一年前の借りもある。ここはオレが相手をしてやろう」
 ヴァルドーを一瞥してから、海馬は少女の前へ歩み出る。
「――ちょっと待て海馬! 神里はオレたちの仲間だ! 何だかよく分からねぇが……ここはオレが闘うぜ!!」
 遊戯の腕を避け、城之内も名乗りを上げる。
 両者ともに、強敵とのデュエルで消耗している――しかし、闘志は十分だ。
 海馬と城之内、立ち並ぶ2人の姿を見据え、そして少女は呟いた。

「――……邪魔」

 ――ドクンッ!!!!!

 突如、2人の身体が揺らぐ。
 海馬は片膝を折り、城之内は尻餅をついた。
(!!? 何だ……っ?)
 2人とも、少女の殺気に気圧された――わけではない。
 呼吸が急に苦しくなる。全身に力が入らず、立ち上がることすらできない。

「――いけませんね……これは」
 ヴァルドーは前方へ、大きく跳躍する。
 そして2人の前に着地すると、“光の剣”を勢いよく地面に突き立てた。
 これにより、呼吸の苦しさが和らぐ。
 しかし身体は依然として重く、自由に動くことはできない。
(中和しきれない……! 一年前の比ではないか。このままでは)
 彼女の“翼”から拡散する“闇”、それは四千年間で蓄積された“死の穢れ”だ。
 一年前、ヴァルドーとの試合でもバラ撒かれたもの。万人にとっての毒であり、呪い。
 “破滅の光”により増幅され、暴走するそれは、この場の人間を着実に死へと誘うだろう。
「ここは……一旦退きましょう。態勢を立て直さねば」
 ヴァルドーは口惜しげに告げる。
 カール・ランバートと無瀬アキラ、両者を倒せば彼女を救える算段だった。
 これが狂った以上、彼に次の策はない。作戦を練り直さねばならない。
(恐らく彼女に取り憑いたのは、無瀬アキラを糧に成長した“破滅の光”……! 引き剥がすには十中八九、“闇のゲーム”しかない)
 しかし頼みの海馬瀬人も、そして城之内克也も、これでは闘えない。
 不死に近い存在であるヴァルドーならば、闘うことはできるだろう。しかし勝てるとは思えない。世界で十指には入るであろうデュエリストのヴァルドーですら、この場においては一段劣る。
 アキラの“三幻魔”を手にした彼女は、彼以上にそれを使いこなすはずだ。

「――ヴァルドー……2人のこと、頼めるかい?」

 そんな3人の前に、武藤遊戯は歩み出た。
 彼女の瘴気を浴びながら、しかし彼は平然としている。
 右腕に“千年聖書”を抱えたまま、左腕の決闘盤を構えた。
「おっ……おい。何やってんだよ、遊戯?」
 震えた声で、城之内は問う。
 しかし遊戯は振り返らない。
 ごめん、と小さく呟いた。
「ふざけんなよ……! オレはまだやれる!! 言っただろ!? お前が闘わなきゃならねぇヤツは、全部オレが倒すって!!!」
 必死に叫び、全身に力を入れる。
 唇を噛み締めて、拳を血が出るまで握りしめて、
 それなのに――立ち上がれない。自身の無力が、あまりにも憎い。
「――武藤遊戯……気持ちは分かりますがね。ここは一度退くべきだ、まだ焦るときではありません」
 ヴァルドーは遊戯に忠告した。
 彼の見立てでは、彼女がすぐに大きな行動に出ることはない。
 ここは退き、再戦を図るべきだ――彼のその考えは、戦略として間違いなく正しいだろう。
 けれど、
「できないよ……ボクにはできない。絵空さんを置いて、ここを離れることなんて」
 瞼の裏に焼き付いた、彼女の笑顔。
 思えば彼女は、よく笑う少女だった。
 そんな彼女が今、虚ろな瞳で、無表情にこちらを見据えている。その事実が許せない。

――わたしは、あなたの“特別”になりたい。世界中の誰よりも……あなたがわたしの“特別”であるように

 今なら分かる、その“特別”の意味が。
 彼女に“答え”を告げるために、彼は再び剣をとる。
「退かないよ……ボクは! 彼女を救うために、ここまで来たんだ!!」
 それは確固たる想い。
 それに応えるかのように、“聖書”も静かに瞬く。

「――たとえそのために……この世界が滅びたとしても、ですか?」
「……!!」

 遊戯は息を呑む。
 ヴァルドーは、遊戯の敗北を懸念しているわけではない。
 案ずるべきは、その先――彼がどこまでの代償を払い、世界がどれほどのリスクを負うか。

 逡巡の末に、彼は無言で頷いた。
 一年前、彼は破滅神“ゾーク・デリュジファガス”を破ることで、この世界を護った。
 自身の命を天秤に掛け、未来の一つを閉ざしてまで。
 それでも、

 ヴァルドーは彼を諫めるべく開口し、しかし閉口した。
 これは遊戯とヴァルドー、両者の目的の相違にもよる判断違いだ。
 ヴァルドーは“ティルス”を救うためならば、“絵空”が死ぬことも厭わない。魂を“破滅の光”から解放できれば、彼女は再び転生する。しかし遊戯が救いたいのは、“ティルス”ではなく“絵空”なのだ。
(人間とは、本当に大切なもののために闘うとき、一番の力が出せるもの……私もかつてはそうだった)

 ――彼女を“死の輪廻”から解放すべく、あらゆる魔術を研究した
 ――彼女と通じ合い、共に生き、共に老い、共に死ぬため
 ――しかしそれは叶わず、四千年のうち、いつしか諦めてしまった

 武藤遊戯の背中に、ヴァルドーはかつての自分を見た。
 “絶望”する以前の自分。それは果たして、どれほど昔のことだったか。
「……いいでしょう。貴方が救った世界だ、貴方の好きにすればいい」
 ヴァルドーはため息まじりに、そう吐き捨てた。
 “剣”を地面から引き抜き、背後の2人に振り返る。
 海馬は不服げに眉をひそめている程度だが、城之内はなお承服していなかった。
「……約束だ!! 神里と一緒に、絶対無事で戻ってこい!! じゃねぇと絶対許さねぇぞ!!!」
 遊戯は少女に背を向ける。
 海を越え、ここまで助けに来てくれた“親友”に、穏やかな微笑で応えた。
「わかった……約束だ。必ず戻るよ、キミのもとに」
 武藤遊戯は言い聞かせる。城之内克也と、自分自身に。
「――フン……覚えておけ、遊戯。オレはこの一年で、飛躍的に強くなった……貴様に預けた“王”の座、返してもらうまでは敗北など許さん」
 海馬がぶっきらぼうに告げる。
 その不器用な激励に、遊戯は苦笑しながら頷いた。
 そして再び、ヴァルドーを見る。
 彼は小さく頷くと、“剣”を再び地面に突き刺す。
 するとその先から光の線が伸び、地面に“五芒星”の魔法陣を描き出した。
「――どうかご武運を……武藤遊戯。自身の限界を見誤らぬよう、くれぐれも」
 陣が輝き、そして消える――遊戯以外の3人とともに。

 遊戯は気を入れ直すと、改めて少女に向き直った。
 遊戯とティルス、この場には2人だけが残り、互いに見据え合う。
 彼女は3人が離脱した際も、さしたる反応は示さなかった。去る者は追わず、他者に対して敵意はあれど、明確な害意はない。
 ヴァルドーは彼女について、“破滅の光”により植え付けられた「別人格」と称していた――恐らくはそれがまだ、正常に機能していないのだろう。
(“破滅の光”……! 絵空さんから引き剥がす、そのためには!!)
 遊戯は右手の“千年聖書”を、上空へ放った。
 それは宙を舞い、回転を始める――そして表紙の装飾、黄金のウジャト眼が輝く。
 これにより、2人の周囲を薄闇が覆う。特殊なデュエル、“闇のゲーム”の舞台が整う。
 それに反応し、ティルスは決闘盤を構えた。
 遊戯もまた、それに倣う。決闘盤にセットされた“41枚”のデッキ、そこに指を伸ばす。
 そして一度、両眼を閉じた。
(彼女を救う……絶対に! たとえボクが、ボクでなくなったとしても!!)
 二色の眼を強く見開き、彼は声高に叫んだ。

「――デュエル!!!!」


<武藤遊戯>
LP:8000
場:
手札:5枚
<ティルス>
LP:8000
場:
手札:5枚


「ボクの先攻だよ! ボクはカードを1枚セットし、『マシュマカロン』を守備表示で召喚! ターンエンドだ!!」
 およそ一年ぶりのデュエル。彼は手堅い陣を敷き、早々にターンを彼女へ譲る。


マシュマカロン  /光

【天使族】
「マシュマカロン」の効果は1ターンに1度しか使用できない。
@:このカードが戦闘・効果で破壊された場合に発動できる。
自分の手札・デッキ・墓地から
このカード以外の「マシュマカロン」を2体まで選んで特殊召喚する。
攻 200  守 200


「……私のターン……ドロー」
 対する少女はゆっくりと、デッキのカードを引き抜いた。


幻魔ノ核  /闇

【悪魔族】
???
攻 0  守 0


 ここでひとつ――“予告”をしよう。
 このデュエル、勝利するのは武藤遊戯だ。彼が敗北することなど、何があってもあり得ない。
 そしてその勝利の果てに、彼は“かけがえのないもの”を失う。
 その残酷な結末に、彼は真に絶望するのだ。

 彼の穢れた“聖櫃”は、そのときにこそ完成する。
 闘うべきではなかった。
 一年前のあの日――光の女神が言うように、彼はこの世界を去るべきだったのだ。

 この世界を終わらせる、史上最悪の“邪神”が誕生する――その瞬間まで、もはや幾許の猶予も残されていなかった。




第十五章 邪神二柱

「――私はカードを1枚セットし……そして発動。永続トラップ『神炎ノ核(ウリア・コア)』」


神炎ノ核
(永続罠カード)
「神炎ノ核」の@の効果は1ターンに1度だけ発動できる。
このカードはセットしたターンに発動できる。
@:ライフを1000払って発動できる。
自分の手札・デッキ・墓地から同名カード2枚を発動する。
A:自分の墓地に「神炎ノ核」が3枚存在するとき、フィールド上の
「ウリア」モンスターの攻撃力・守備力は1000アップする。


「ライフを1000払い……デッキから、同名カード2枚を発動」

<ティルス>
LP:8000→7000

 ティルスのフィールドに、紅の火の玉が3つ並ぶ。
 フィールドにカードが、“3枚”――遊戯の脳裏を危惧がよぎり、そしてそれは的中する。
「私はフィールドの“ウリア・コア”3枚を生け贄に捧げ――特殊召喚」
 ティルスはその1枚のカードを、高らかに掲げた。
「――『神炎皇ウリア“混沌(カオス)”』」


神炎皇ウリア“混沌”  /炎
★★★★★★★★★★
【炎族】
このカードは通常召喚できない。
自分フィールドの永続罠カード3枚を墓地へ送った場合に特殊召喚できる。
@:このカードの攻撃力は、自分の墓地の永続罠カードの数×1000アップする。
A:1ターンに1度、相手フィールドにセットされた魔法・罠カード1枚を
対象として発動できる。セットされたそのカードを破壊する。
この効果の発動に対して魔法・罠カードは発動できない。
B:自分のメインフェイズ時、手札の永続罠カードを墓地に送ることで、
墓地のこのカードを守備表示で特殊召喚できる。
攻 0  守 0


 燃え盛る火柱の中から、竜が飛び立つ。
 『オシリスの天空竜』に似た真紅の竜が、遊戯のフィールドを鋭く見下ろす。
「“ウリア・カオス”の特殊能力発動――あなたのリバースカードを破壊。“トラップデストラクション”」

 ――ズドォォォンッ!!!

 竜の放った火球が、遊戯のフィールドを焼く。
 その熱量に気圧されながらも、遊戯は負けじと宣言する。
「破壊された『運命の発掘』の効果発動! デッキから1枚ドローするよ!」


運命の発掘
(罠カード)
@:自分が戦闘ダメージを受けた時に発動できる。
自分はデッキから1枚ドローする。
A:フィールドのこのカードが相手の効果で破壊された場合に発動できる。
自分の墓地の「運命の発掘」の枚数分だけ、自分のデッキからドローする。


 遊戯の手札が1枚増え、しかしティルスは構わず続ける。
「永続魔法『降雷ノ核(ハモン・コア)』発動。ライフを1000払い、デッキから同名カード2枚を発動する」


降雷ノ核
(永続魔法カード)
「降雷ノ核」の@の効果は1ターンに1度だけ発動できる。
@:ライフを1000払って発動できる。
自分の手札・デッキ・墓地から同名カード2枚を発動する。
A:自分の墓地に「降雷ノ核」が3枚存在するとき、フィールド上の
「ハモン」モンスターの攻撃力・守備力は1000アップする


<ティルス>
LP:7000→6000

「今度は永続魔法が3枚……!? まさか、このカードも」
 並んだ3つの電気の塊。そして彼女は、4枚目の手札を振るう。
「私はフィールドの“ハモン・コア”3枚を生け贄に捧げ――特殊召喚」
 遊戯が刮目するその前で、一閃の稲妻が落ちた。
「――『降雷皇ハモン“混沌”』」


降雷皇ハモン“混沌”  /光
★★★★★★★★★★
【雷族】
このカードは通常召喚できない。
自分フィールドの永続魔法カード3枚を墓地へ送った場合に特殊召喚できる。
@:このカードがモンスターゾーンに守備表示で存在する限り、
相手は他のモンスターを攻撃対象に選択できない。
A:このカードが戦闘で相手モンスターを破壊し墓地へ送った場合に発動する。
相手に1000ダメージを与える。
B:自分のメインフェイズ時、手札の永続魔法カードを墓地に送ることで、
墓地のこのカードを守備表示で特殊召喚できる。
攻4000  守4000


 現れたのは、『ラーの翼神竜』の面影を持つ、雷の化身。
 骨だらけの黄色の巨躯を動かし、右腕の鉤爪を遊戯に向ける。
「……最後に、通常召喚――『幻魔ノ核(ラビエル・コア)』」


幻魔ノ核  /闇

【悪魔族】
「幻魔ノ核」の@の効果は1ターンに1度だけ発動できる。
@:ライフを1000払って発動できる。
自分の手札・デッキ・墓地から同名モンスター2体を特殊召喚する。
A:自分の墓地に「幻魔ノ核」が3枚存在するとき、フィールド上の
「ラビエル」モンスターの攻撃力・守備力は1000アップする
攻 0  守 0


「ライフを1000払い、効果発動。デッキから同名モンスター2体を特殊召喚する」

<ティルス>
LP:6000→5000

 蒼色の霊魂が3体、ティルスのフィールドに並ぶ。
 そう、またもや“3枚”――そして彼女にはまだ、最後の手札が残されている。
「私はフィールドの“ラビエル・コア”3体を生け贄に捧げ――特殊召喚」
 残された3体目の“幻魔”を、速やかにフィールドへ喚び出す。
「――『幻魔皇ラビエル“混沌”』」


幻魔皇ラビエル“混沌”  /闇
★★★★★★★★★★
【悪魔族】
このカードは通常召喚できない。
自分フィールドの悪魔族モンスターカード3枚を墓地へ送った場合に特殊召喚できる。
@:1ターンに1度、このカード以外の自分フィールドのモンスター1体を
生け贄に捧げて発動できる。このカードの攻撃力はターン終了時まで、
生け贄にしたモンスターの元々の攻撃力分アップする。
A:相手がモンスターの召喚に成功した場合に発動する。
自分フィールドに「幻魔トークン」(悪魔族・闇・星1・攻/守1000)
1体を特殊召喚する。このトークンは攻撃宣言できない。
B:自分のメインフェイズ時、手札の悪魔族モンスターカードを墓地に送ることで、
墓地のこのカードを守備表示で特殊召喚できる。
攻4000  守4000


 『オベリスクの巨神兵』を彷彿とさせる、蒼の悪魔が降臨する。
 ここに“ウリア”“ハモン”“ラビエル”――わずか1ターン目にして、3体が揃ってしまった。
 さらに、
「……我が魂の穢れを纏い、覚醒せよ――“三幻魔”」

 ――ドクンッ!!!!!!


神炎皇ウリア“混沌”  /
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
幻神獣族
このカードは通常召喚できない。
自分フィールドの永続罠カード3枚を墓地へ送った場合に特殊召喚できる。
@:このカードの攻撃力は、自分の墓地の永続罠カードの数×1000アップする。
A:1ターンに1度、相手フィールドにセットされた魔法・罠カード1枚を
対象として発動できる。セットされたそのカードを破壊する。
この効果の発動に対して魔法・罠カードは発動できない。
B:自分のメインフェイズ時、手札の永続罠カードを墓地に送ることで、
墓地のこのカードを守備表示で特殊召喚できる。
攻 0  守 0


降雷皇ハモン“混沌”  /
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
幻神獣族
このカードは通常召喚できない。
自分フィールドの永続魔法カード3枚を墓地へ送った場合に特殊召喚できる。
@:このカードがモンスターゾーンに守備表示で存在する限り、
相手は他のモンスターを攻撃対象に選択できない。
A:このカードが戦闘で相手モンスターを破壊し墓地へ送った場合に発動する。
相手に1000ダメージを与える。
B:自分のメインフェイズ時、手札の永続魔法カードを墓地に送ることで、
墓地のこのカードを守備表示で特殊召喚できる。
攻4000  守4000


幻魔皇ラビエル“混沌”  /
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
幻神獣族
このカードは通常召喚できない。
自分フィールドの悪魔族モンスターカード3枚を墓地へ送った場合に特殊召喚できる。
@:1ターンに1度、このカード以外の自分フィールドのモンスター1体を
生け贄に捧げて発動できる。このカードの攻撃力はターン終了時まで、
生け贄にしたモンスターの元々の攻撃力分アップする。
A:相手がモンスターの召喚に成功した場合に発動する。
自分フィールドに「幻魔トークン」(悪魔族・闇・星1・攻/守1000)
1体を特殊召喚する。このトークンは攻撃宣言できない。
B:自分のメインフェイズ時、手札の悪魔族モンスターカードを墓地に送ることで、
墓地のこのカードを守備表示で特殊召喚できる。
攻4000  守4000


 三柱の神から“神威”が迸る。それは大気を貫き、条理を捻じ曲げ始める。
 対して、“千年聖書”のウジャトが輝き――周囲の闇を色濃くした。
 長期戦ともなれば、“闇のゲーム”を維持することさえ難しい。それほどの威圧だ。
 一方で遊戯は、この圧倒的プレッシャーを前に、思うところがあった。
(この感じ……覚えがある! “ゾーク・デリュジファガス”の……!?)
 ヴァルドーは彼女の変貌を“破滅の光”によるものだと言っていた。しかしそれは正確ではない。
 カール・ランバートを経由した“破滅の闇”、これもまた彼女の最奥を穢している。
 光と闇、呼ぶなればこれは“破滅の混沌”――常人には受け入れ得ないほどの深い呪いが、彼女の魂に取り憑いている。


<武藤遊戯>
LP:8000
場:マシュマカロン(守200)
手札:5枚
<ティルス>
LP:5000
場:幻魔皇ラビエル“混沌”(攻5000)降雷皇ハモン“混沌”(攻5000)神炎皇ウリア“混沌”(攻4000)
手札:0枚


「――バトル……“ハモン・カオス”の攻撃」
 遊戯の戸惑いなど意に介さず、ティルスは攻撃に移る。
 “ハモン”は口から電撃を吐き出し、それは稲妻となって、遊戯のフィールドに降り注いだ。
「――“失楽の霹靂”」

 ――ズガァァァンッッ!!!!!

 雷が『マシュマカロン』を焼き尽くす。
 しかしこれは、遊戯の想定内の動きだ。
「でもこの瞬間……破壊された『マシュマカロン』は、分裂復活できる!!」
 壁モンスターが2体に増える。
 ステータスは貧弱なれど、これで残り2体の“幻魔”の攻撃も防ぐことができる。
 だが、
「……“ハモン・カオス”の効果発動。相手モンスターを破壊したとき、1000ダメージを与える――“地獄の贖罪”」
「――!!」

 ――ガァァァァンッッ!!!!!!!

 2体の『マシュマカロン』を無視し、雷撃が遊戯を直撃する。
 予想外のダメージを受け、遊戯はたまらず片膝をついた。

<武藤遊戯>
LP:8000→7000

(たった1000のダメージで、この衝撃……!? なんて威力だ!)
 “千年聖書”により開始した“闇のゲーム”は、お互いに苦痛を与える類のものではない。つまりこれは純粋な“神威”のみによるダメージ。
「バトルを続行……“ウリア・カオス”、“ラビエル・カオス”の攻撃」
「……っ! 『マシュマカロン』!」

 ――ズギャァァァァァッッッ!!!!!!!

 ――ドォォォォォンッッ!!!!!!!

 “ウリア”の火炎と“ラビエル”の拳、それぞれに対し『マシュマカロン』が身を挺し、直撃を防ぐ。
 しかしこれで遊戯のフィールドはガラ空き。“三幻魔”に対し、丸裸となってしまった。
(このプレッシャー……! 1体1体が、一年前の“魔神”と同等レベルだ!)
 遊戯は思わず眉根を寄せる。
 正確には、“闇アテム”が使役した『魔神 カーカス・カーズ』『魔神 ブラッド・ディバウア』と同等程度――と言うべきだろう。『魔神 エンディング・アーク』だけは別格だ。

 すでに倒したレベルの相手。しかしそれが同時に3体、攻略難度ははるかに高い。
 加えて今の遊戯のデッキには、頼るべき“三幻神”も、“死神”のカードも入っていない。
 今現在、“千年聖書”には“三幻神”のみならず“三魔神”、合計6枚もの“神”が封印されている――遊戯がその気になりさえすれば、その全てをデッキ投入することも可能だったのだ。しかし遊戯は、それを選ばなかった。

 理由は大きく2つある。
 1つには、“神”としての危険性。先ほどの“幻魔”の一撃のように、発生したダメージは月村絵空に致命的な損傷を与えかねない。
 そして何より、2つ目の理由――その6枚の魔力まで用い、“千年聖書”は彼の“邪神化”を食い止めているのだ。これをデュエルに使用する余裕などない。ましてや、闘っているのが遊戯本人ともなれば、なおさらに。

(戦況は圧倒的に不利……でも! だとしても!!)
 遊戯は瞳に光を宿し、デッキのカードへ指を掛ける。


<武藤遊戯>
LP:7000
場:
手札:5枚
<ティルス>
LP:5000
場:幻魔皇ラビエル“混沌”(攻5000)降雷皇ハモン“混沌”(攻5000)神炎皇ウリア“混沌”(攻4000)
手札:0枚


「ボクのターンだ! ドロー!!」
 遊戯は引き当てたカードを見やり、すぐに戦術を組み立てた。
「カードを1枚セットし……手札から『手札抹殺』を発動!」
 残った4枚の手札を捨て、デッキから4枚を引き直す。一方のティルスに手札はないため、彼の手札交換のみで終わる。
 一見するに、彼が手札事故を起こしたように思えるだろう。しかし決してそうではない。
「ボクは『チョコ・マジシャン・ガール』を召喚し、効果発動! 手札のマジシャンを捨て、1枚ドローする!」


チョコ・マジシャン・ガール  /水
★★★★
【魔法使い族】
@:1ターンに1度、手札から魔法使い族モンスター1体を
捨てて発動できる。自分はデッキから1枚ドローする。
A:1ターンに1度、このカードが攻撃対象に選択された場合、
「チョコ・マジシャン・ガール」以外の自分の墓地の
魔法使い族モンスター1体を対象として発動できる。
そのモンスターを特殊召喚する。
その後、攻撃対象をそのモンスターに移し替え、
攻撃モンスターの攻撃力を半分にする。
攻1600  守1000


 またしても手札交換。
 しかし、彼はキーカードを求めているわけではない――それはすでに、彼のフィールドに伏せられている。
「いくよ……これがボクの切札! リバースマジックオープン! 『円融魔術(マジカライズ・フュージョン)』!!」


円融魔術
(魔法カード)
このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できない。
@:自分のフィールド・墓地から、魔法使い族の
融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを除外し、
その融合モンスター1体をEXデッキから融合召喚する。


 フィールドに大きな鏡が現れ、その中から黒魔術師が飛び出す。
 そして遊戯のフィールドから『チョコ・マジシャン・ガール』が消え、さらに墓地から『アップル・マジシャン・ガール』、『レモン・マジシャン・ガール』、『サイレント・マジシャン』、『マジシャンズ・ロッド』の4枚が弾き出された。

「――黒き幻想の魔術師よ! 異なる五つの魔術を重ね、ここに永遠(とわ)の魂を奏でよ!!」

 五つの魔法陣が現れ、黒魔術師の周囲を巡る。
 魔術師が杖を振り上げると、その指揮に従い、それらは一斉に輝きを放った。

「融合召喚――再生せよ、『クインテット・マジシャン』!!!」


クインテット・マジシャン  /闇
★★★★★★★★★★★★
【魔法使い族・融合】
魔法使い族モンスター×5
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
@:魔法使い族モンスター5種類を素材として
このカードが融合召喚に成功した場合に発動できる。
相手フィールドのカードを全て破壊する。
A:このカードはモンスターゾーンに存在する限り、
生け贄にできず、融合素材にできず、効果では破壊されない。
攻4500  守4500


 5体の魔術師の魔力を取り込み、幻想の魔術師は覚醒する。
 遊戯の切札として知られる『ブラック・マジシャン』、その究極進化とも呼べる姿。
 今の遊戯に出せる最強の融合モンスターで、彼女の“三幻魔”に対峙する。
「融合召喚成功時――特殊能力発動! 相手フィールドのカードを全て破壊する!!」
 五つの魔法陣を操りながら、黒魔術師は杖を構える。
 カードの種類を問わない、最強レベルの破壊能力。
 これならば、
「『クインテット・マジシャン』の特殊魔法攻撃――“レジェンダリー・バースト”!!!」

 ――ズギュァァァァァァァッ!!!!!!!!!!

 放たれた魔力弾が、中央の“ラビエル”を始点とし、爆発を起こす。
 それは“ハモン”と“ウリア”も巻き込み、空間を巨大な球状に抉る。
「……ッ! う……っ」
 ティルスは背中の“翼”を盾とし、その衝撃から身を護る。
 爆発音と閃光が、2人の五感を激しく侵す――そしてそれが晴れたのち、彼女のフィールドには何も残されていなかった。


<武藤遊戯>
LP:7000
場:クインテット・マジシャン
手札:3枚
<ティルス>
LP:5000
場:
手札:0枚


 圧倒的“神威”を纏う“三幻魔”の殲滅。
 これは紛れもなく『クインテット・マジシャン』の効果によるものだが、それ単体の功績ではない。
「……っ! ぐ……っっ」
 遊戯の身体がフラつく。優位に立ったはずの彼の方が、苦悶の表情を浮かべる。
 そもそもの話、極限まで“神威”を高めた“三幻魔”には本来、モンスター効果など通用しないのだ。
 神には神を。そして特殊能力を通すには、同等以上の“階級(ランク)”が要る。そうでなければ“神威”の鎧は貫けない。
 つまりは――そういうことなのだ。


クインテット・マジシャン  /
★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★
幻神獣族・融合】
魔法使い族モンスター×5
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
@:魔法使い族モンスター5種類を素材として
このカードが融合召喚に成功した場合に発動できる。
相手フィールドのカードを全て破壊する。
A:このカードはモンスターゾーンに存在する限り、
生け贄にできず、融合素材にできず、効果では破壊されない。
攻4500  守4500


 武藤遊戯の力により、黒魔術師は“神化”した。
 “幻魔”を超える神威を纏い、魔術師は君臨する。しかし一方で、遊戯の様子がおかしい。
(頭に声が響く……何だこれ!? たくさんの人の、呪い……!?)
 一年前、闇アテムとの死闘の末、彼は辿り着いた――“人間(ひと)にあらざる領域”に。
 “時の加速”とは異なる、“一滴の魂”を輝かせる力。これにより最早、彼が自身の命をむやみに縮めることはない。故にこれは、別の要因による弊害だ。
 彼はそのデュエルの中で、“箱舟”の泥に穢された――それがいけなかった。
 “箱舟”の泥、それは遥か昔、数多の人間を浄めんとし、それ故に腐った“聖水”。
 それを浴びてしまった彼は、その魂の深淵に、根深い毒気を刻まれてしまったのだ。人間の怒り、悲しみ、憎しみ――あらゆる負の感情を。
(このままじゃダメだ……“神”のままで攻撃したら、絵空さんは無事じゃすまない)
 内なる声に翻弄されつつも、それを鎮める。
 荒く呼吸を乱しながら、正気を保つ。大丈夫、まだ大丈夫――自身にそう言い聞かせる。


クインテット・マジシャン  /闇
★★★★★★★★★★★★
【魔法使い族・融合】
魔法使い族モンスター×5
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
@:魔法使い族モンスター5種類を素材として
このカードが融合召喚に成功した場合に発動できる。
相手フィールドのカードを全て破壊する。
A:このカードはモンスターゾーンに存在する限り、
生け贄にできず、融合素材にできず、効果では破壊されない。
攻4500  守4500


「……ボクはきみを……救う。取り戻すんだ、きみを」
 彼の言葉は届かない。今の彼女に反応はなく、ただ闘うためだけに在る――けれど、だとしても、
「――バトルだ!! 『クインテット・マジシャン』の攻撃、“黒・魔・導(ブラック・マジック)”!!」

 ――ズガァァァァァァッ!!!!!

<ティルス>
LP:5000→500

 黒魔術師の一撃を受け、ティルスはしかし平然としている。
 “神威”を纏わぬその攻撃に、彼女を害する威力はない。しかしこれで、彼女のライフは残りわずかだ。あと少しで“闇のゲーム”に勝利し、彼女を“破滅の混沌”から解放できる――そのはずなのだ。
「ボクはカードを2枚セットし――ターンエンド!!」


<武藤遊戯>
LP:7000
場:クインテット・マジシャン,伏せカード2枚
手札:1枚
<ティルス>
LP:500
場:
手札:0枚


 戦況は一気に覆り、遊戯の圧倒的優位となる。
 加えてティルスには、1枚のカードも残されていない。次のドロー次第で、すぐに決着する――しかし彼女に動揺はなく、無感情にカードを引く。
「……私のターン、ドロー」

 ドローカード:混幻ノ核

「……私は手札の悪魔族モンスターを墓地に送り、効果発動……墓地の“ラビエル・カオス”を、守備表示で復活させる」
 手札1枚からの蘇生という、驚くべき能力。地面が震え、彼女のフィールドが光り出す。
 『幻魔ノ核』の効果により、“ラビエル”の攻撃力・守備力はともに5000。『クインテット・マジシャン』を上回ってしまう。
 この蘇生召喚を許せば、遊戯は再び窮地に立たされることになろう――しかし、
「させないよ! 永続トラップ『冥界の扉』!」


冥界の扉
(永続罠カード)
@:このカードがフィールド上に存在する限り、
お互いのプレイヤーは墓地のモンスターを特殊召喚できない。
A:フィールド上に表側表示で存在するこのカードは
カードの効果で破壊されない。
B:フィールド上に表側表示で存在するこのカードが
墓地へ送られたターンのエンドフェイズに発動できる。
デッキから「死者蘇生」1枚を手札に加える。


 遊戯の背後に“扉”が建つ。
 そこに刻まれた“ウジャト眼”が輝き、フィールドの光は収まる。死者は蘇ってはならない――その摂理(ルール)を、厳格に明示する。
(これで彼女の手札は0枚……ボクの勝ちだ!!)
 遊戯の戦術は確実に、ティルスのそれの上をゆくものだ。
 そもそも今の彼女に、戦術と呼べるものはない。ただカードが導くままに、それを振り下ろしているに過ぎない――だがそれ故に、脅威となる。

 そもそも“三幻魔”という存在は、本当に無瀬アキラが創り出したものなのだろうか。
 彼が“ホルアクティ”を敬愛しながら、その従属神たる“三幻神”を求めなかったのは何故なのか。なぜ独自の神など創らんとしたのか。
 あるいは彼もまた、今のティルスと同じだったのかも知れない――“三幻魔”という邪神、それを世に生み出すための操り人形。
 “穢れ”という大いなる意志のもと、それはここに結実する。

「――墓地に送られた『混幻ノ核(アーミタイル・コア)』の効果発動……“ウリア”“ハモン”“ラビエル”を除外し、『次元融合殺』を手札に加える」


混幻ノ核  /闇

【悪魔族】
@:このカードが墓地に送られたとき発動する。
自分のフィールド・墓地の「ウリア」「ハモン」「ラビエル」モンスターを
1体ずつゲームから除外し、デッキから「融合次元殺」1枚を手札に加える。
A:墓地のこのカードをゲームから除外することで
「幻魔ノ核」「降雷ノ核」「神炎ノ核」のうち1枚をデッキ・墓地から手札に加える。
攻 0  守 0


「次元……融合殺……!!?」
 聞いたこともないカードの名前に、遊戯の右眼は不穏に瞬く。
 それは先のデュエルにおいて、無瀬アキラが創出したカード。
 これを生み出した瞬間にこそ、彼は全ての役目を終えたとも言える――大いなる意志のもとに。


次元融合殺
(魔法カード)
@:自分のフィールド・墓地・除外ゾーンから
「アーミタイル」融合モンスターカードによって
決められた融合素材モンスターを裏側表示で除外し
その融合モンスター1体を召喚条件を無視して
エクストラデッキから融合召喚する。
このカードの発動と効果は無効化されない。


「『次元融合殺』を発動――除外した“ウリア”“ハモン”“ラビエル”を素材とし、“アーミタイル”を喚び出す」
 空間が大きく歪曲する。
 それは“三幻魔”全てを収束し、歪なる合成獣(キメラ)を現出する。

「――三柱の皇のもと、禁忌の扉は破られた。十二次元に生ける者……あまねく全てに終焉をもたらせ」

 フィールドが強く輝く。
 現れしは“破滅の混沌”――その権化。
 全身から穢れを垂れ流し、獰猛なる咆哮を上げた。

「融合召喚――破滅せよ、『混沌終焉幻魔アーミタイル・エンド』」


混沌終焉幻魔アーミタイル・エンド  /闇
★★★★★★★★★★★★
【悪魔族・融合】
「神炎皇ウリア“混沌”」+「降雷皇ハモン“混沌”」+「幻魔皇ラビエル“混沌”」
「次元融合殺」の効果でのみ特殊召喚できる。
@:???
A:???
B:???
C:???
攻 0  守 0


「――!! 何だ……このモンスターは!?」
 遊戯の全身が総毛立つ。
 その外見は、海馬瀬人が闘った“ライトレイ・アーミタイル”と同じ――相容れぬ3体の“幻魔”を、無理やり結合させたかのような姿。しかし遊戯が戦慄するのは、そんな外見上の理由ではない。

 “神威”ではなく、“殺気”でもない。
 これは“呪い”だ。存在から感じ取れるおぞましさは、『魔神 エンディング・アーク』にこそ極めて近い。
 これぞまさしく“邪神”――“ゾーク・デリュジファガス”に次ぐ、人類を破滅へ導くモノ。光と闇の狭間で生まれし、新たな“破滅の大邪神”。

「――バトル……“アーミタイル・エンド”の攻撃」
「……ッッ!!」
 遊戯は正気に戻り、フィールドを確認する。
 伏せカードが1枚。しかしそれは、このバトルで有効に機能するものではない。
「“アーミタイル・エンド”第1の効果適用――私のターンの間、攻撃力が1万アップする」

混沌終焉幻魔アーミタイル・エンド
攻0→攻10000

 対する『クインテット・マジシャン』の攻撃力は4500ポイント。これでも最高レベルの数値なのだが、なんと2倍以上の開きがある。
 さらにこのタイミングで、“アーミタイル”は“神威”を取り込む――ティルスの力を吸い上げ、己が身を“神化”させる。
 “破滅の混沌”と混ざり合い、おぞましさは更に深まる。狂気と破滅を振り撒きながら、武藤遊戯を見下ろした。


混沌終焉幻魔アーミタイル・エンド  /
★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★
幻神獣族・融合】
「神炎皇ウリア“混沌”」+「降雷皇ハモン“混沌”」+「幻魔皇ラビエル“混沌”」
「次元融合殺」の効果でのみ特殊召喚できる。
@:このカードの攻撃力は自分ターンの間10000アップする。
A:???
B:???
C:???
攻 0  守 0


――見ツケタ……

 ――ドクンッ!!!

(――!? 何だ!?)
 “アーミタイル”の視線に、遊戯は違和感を抱く。
 しかしその正体が分からぬうちに、そのバケモノは攻撃へ移る。
 光と闇、双方を混ぜた巨大なエネルギー体を生み出し、それを解き放った。
「――“全土滅殺 転生波”」

 ――ズォォォォォッ……!!!!!!!!!!

 放たれたそれはゆっくりと、空間を抉りながら黒魔術師に迫る。
 彼ならば、回避することも可能だろう――しかしそれでは、主たる遊戯に当たる。それは許されない。
 黒魔術師が杖を振るうと、前面に五つの魔法陣が重なった。
 それを盾とし、身を守る。全ての魔力を防御に回し、衝撃に備える。

 ――ズギャァァァァァァァッッッ!!!!!

 勝敗はあまりにも明白だ。
 しかし彼の犠牲により、破壊力は半減される。
 黒魔術師は消滅し、両者の攻撃力差――すなわち5500ポイント分のダメージが、遊戯の身を襲った。

<武藤遊戯>
LP:7000→1500

「――!! くぅ……っっ」
 最上位の“神”から受ける大ダメージ、それは常人ならば、命を失いかねないほどの衝撃だ。
 しかし遊戯はそれを堪える。膝を折ることもなく、その身で全てを受け止める。
(……? 何だろう……さっきと比べて、何かが)
 遊戯は小さな疑念を抱く。
 先ほど“ハモン”の能力で1000ダメージを受けたときと比べ、大差ない威力に感じた――それは『クインテット・マジシャン』の働きによるところもあるが、しかしそれだけではない。

 ――武藤遊戯はすでに“覚醒”を始めているのだ。
 デュエルの中で彼は、彼の中の“それ”は、否応なく進行する。
 “千年聖書”のウジャトはより強く輝くが、それでも足りない――彼の存在は着実に、“人の理”から外れてゆく。


<武藤遊戯>
LP:1500
場:冥界の扉,伏せカード1枚
手札:1枚
<ティルス>
LP:500
場:混沌終焉幻魔アーミタイル・エンド
手札:0枚


「ボクのターン――ドロー!!」
 そんな中でも彼は、迷いなくカードを引き抜く。
 そして場の伏せカードを、躊躇いなく翻した。
「トラップカードオープン『マジシャンズ・ナビゲート』! 手札から『ブラック・マジシャン』を……さらにデッキから、新たなマジシャンを喚び出す!!」


マジシャンズ・ナビゲート
(罠カード)
@:手札から「ブラック・マジシャン」1体を特殊召喚する。
その後、デッキからレベル7以下の魔法使い族・闇属性モンスター
1体を特殊召喚する。
A:自分フィールドに「ブラック・マジシャン」が存在する場合、
墓地のこのカードを除外し、相手フィールドの表側表示の
魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。
そのカードの効果をターン終了時まで無効にする。
この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できない。


「来て……『ブラック・マジシャン』! 『ブラック・マジシャン・ガール』!!」
 黒魔術師の師弟が並ぶ。2人は視線を交わすと杖を重ね、ともに“アーミタイル”を見上げた。
(“アーミタイル”の攻撃力は0……でも正面から攻撃するのは、あまりにも危険すぎる)
 ブラック・マジシャン師弟は紛れもなく、遊戯を長らく支えてきたエースモンスターだ。
 しかし切札『クインテット・マジシャン』が破られた今、その攻撃が通るとは思えない。そもそもマジシャン専用のコンボカードがあってこそ真価を発揮するのだが、遊戯の手札は残り1枚。この局面では、十全に動けない。
(守備表示にして様子を見る……? でもここを超えれば、勝利が見える!!)
 何より、自分にはもう時間がない――ここを勝負所と見定め、最後の手札を右手に掴む。
「ボクはブラック・マジシャン2体を生け贄に捧げ――ここに、召喚する!!」
 遊戯はカードを振りかざす。
 2体のマジシャンの魂は、その1枚に託される――全てを砕く力を持つ、まがまがしきドラゴンに。

「――黒金の暴竜よ!  現世の狭間を閉ざす鎖錠を破り、我が敵に滅びをもたらせ!!」

 黒金の竜が降り立ち、大地が震える。
 それは甲高い咆哮を上げ、全身に散りばめられた宝玉が輝く――鮮血の如き、灼然たる赤に。

「現れろ――『破滅竜ガンドラX(クロス)』!!」


破滅竜ガンドラX  /闇
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
@:このカードが手札からの召喚・特殊召喚に成功した時に発動できる。
このカード以外のフィールドのモンスターを全て破壊し、
破壊したモンスターの内、攻撃力が一番高いモンスターの
攻撃力分のダメージを相手に与える。
このカードの攻撃力は、この効果で相手に与えたダメージと同じ数値になる。
A:自分エンドフェイズに発動する。自分のLPを半分にする。
攻 0  守 0


 “ガンドラ”――このモンスターは『ブラック・マジシャン』に並ぶ、遊戯のエースモンスターとして知られている。たしかにそれは正しいが、しかしそれぞれが持つ意味は全く異なる。

 『ブラック・マジシャン』は元々、“もうひとりの遊戯”がエースとして使役したモンスターだ。すなわちこの魔術師は、“彼”との絆を象徴する、“2人”のエースカード。
 ならば“ガンドラ”はどうか。これは“彼”との決別のため、遊戯が独自に使役したモンスターだ。遊戯らしからぬ、まがまがしき暴竜――遊戯は何を思い抱き、このモンスターを選んだのか。

 あるいはこの竜こそが――彼の“本質”なのだとしたら。
 武藤遊戯は何故に、常人を遥かに凌駕する“魂”を有したのか。
 遥か遠い前世、彼の魂の根源に刻まれた“呪い”が、冥界においても浄めきれぬとしたら。

 この竜は、ただのモンスターではない。
 これこそは遙か昔、“聖櫃”を穢し、人類を滅ぼした“呪い”の結晶――“神威”を剥がれて尚、失われぬ狂気。
 数多の人間の絶望、その成れの果ての姿。


<武藤遊戯>
LP:1500
場:破滅竜ガンドラX,冥界の扉
手札:0枚
<ティルス>
LP:500
場:混沌終焉幻魔アーミタイル・エンド
手札:0枚


 “ガンドラ”と“アーミタイル”――両者は対峙し、睨み合う。
 二柱の“邪神”の激突の果てに、この世界は最悪の道を辿るのだということを――今はまだ誰も、知る由もなかった。




第十六章 ひとつの世界の終わり

 これは半年ほど前――夏休み半ば頃の話。
 インターンシップとしてI2社に通っていた遊戯は、その晩、浩一の誘いで月村家を訪れていた。
 一ヶ月ほど前まで「神里」の表札が掛けられていたその家は、現在では「月村」家となっている。
 その日は4人でテーブルを囲い、一緒に夕食をとった。

 その後、絵空はめいっぱいの勇気を振り絞って、彼を自室に誘ったのだ。
 宿題を見てほしい――などと理由をつけたが、当然ウソだ。
 両親が微笑ましげな笑顔を向けてきたが、それを振り払い、階段を上がった。

「――1年生の範囲なら分かると思いたいけど……去年まで全然勉強してなかったからなー。それで、教科は?」
「へっ!? すす、数学……カナー?」

 絵空は上擦った声で、視線を逸らしながら誤魔化す。
 もっとも今の遊戯には、言葉の真偽などバレバレなのだが。
「ゴメン、冗談だよ。何か話があるんでしょ? もしかして、何かあったの?」
 部屋に入ったタイミングで、遊戯が改めて問い掛ける。
 何かあったと言えば、あった――夏休み前に現れた“無瀬アキラ”、そして“カール・ランバート”。
 しかしその話を遊戯にするつもりはない。今の彼をこれ以上、戦いに巻き込むつもりはないのだから。
「うーん……そういう話じゃなくてね。ちょっとお喋りしたいなって、そう思ったの」
 ドアを閉じて、麦茶のグラスを2つ置く。遊戯にはベッドに座ってもらって、絵空は机の椅子に座った。
「もう結構お父さんのところに通ってるでしょ? どうなのかなって思って。あ、もちろん話しちゃいけないこととかはナシでね」
 そのあと絵空は遊戯から、色々な話を聞いた。
 会社の雰囲気、お世話になっている人達の人柄、会議の空気やカード開発の様子など。
 愚痴のようなものはなく、遊戯は充実した口調で、そんな話をしてくれた。
「――たぶん普通は、学生にそんな所まで見せないんだろうけど……月村さんが良くしてくれてるんだと思う。本当にありがたいよ」
 遊戯はそこで一息吐いて、グラスに口をつける。
 たしかにそれはあるだろうが、それも遊戯が、世界最高レベルのデュエリストとしての実績を持つためだろう。
 絵空は短く相槌を打ち、そして微笑をこぼした。
「良かった……楽しそうで。遊戯くんが選んだ道は、やっぱり正しかったんだね」
 思い出すのは4ヶ月前、第三回バトル・シティ大会決勝戦。
 彼は言った――犠牲にはならない、新しい道を見つけたのだと。

 闘いの果てに失った、“プロデュエリスト”という未来。
 けれど彼に悔いはなく、むしろ感謝すらしている。

「今更だけど、本当は思ってたんだ……“向いていないのかも知れない”って。ボクにとってのゲームは勝ち負けよりも、まずは楽しむためのものだったから」

 それは彼の祖父、武藤双六の教えでもある。
 無論、勝利を目指すことを否定するわけではない。ゲームとはそういうものなのだから。
 けれどそれ以上に、“勝つよりも大切なこと”もある。遊戯はそう信じている。

「もちろん、デュエルができなくなったのは淋しいけど……だからこそ気づけたんだ。プレイヤーではなく、“こちら側”で。ボクが大好きなゲームの楽しさを、たくさんの人に知って欲しいって」
 目を輝かせ、彼は語る。
 それはまるで子どものようで、今の彼が抱える境遇など、微塵も感じさせない。
「変わらないね……遊戯くんは。出会った頃からずっと……いつだって、誰かのために闘ってる」

 ――自分ではなく、他人のために
 ――他人が幸せになることで、自分も幸せになれる人
 ――そんなやさしいあなただから……世界もきっと応えてくれる

「ウーン、そうかな? ただボクがそうしたいだけなんだけど……でも、ありがとう。神里……じゃなくて、月村さん」
 遊戯は照れくさそうに苦笑する。
 そんな彼に対し、絵空はもういちど勇気を出した。
「あー……えっとね、さっきも思ったんだけどさ。お父さんも“月村”だから、呼びづらくない……?」
 顔が熱くなってきた。
 けれど後にも退けず、絵空は続きを口にする。
「……下の名前で呼んだら? 杏子さんもそうだし、わたしは気にしないよ」
 真っ赤な顔で、冷たい麦茶を啜る。熱を冷ましたいのだが、焼け石に水だ。
 遊戯はキョトンとした様子で、けれどすぐに頷いた。
「分かった。じゃあ……“絵空さん”ね」
 少しも動じない彼の様子に、絵空は少しだけ不服を抱く。
(……“さん”は要らないんだけどなぁ)
 杏子に少し嫉妬して、口を密かに尖らせた。

 ――これは2人の、ちいさな思い出。
 穏やかで安らかな、幸せな記憶――のちに待ち受ける“悲劇”など、微塵も知らぬ頃の。





<武藤遊戯>
LP:1500
場:破滅竜ガンドラX,冥界の扉
手札:0枚
<ティルス>
LP:500
場:混沌終焉幻魔アーミタイル・エンド
手札:0枚


 遊戯は改めてフィールドを見据える。
 『破滅竜ガンドラX』には、効果破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを与え、さらにその攻撃力を得る特殊能力がある。
 しかし“アーミタイル”の攻撃力は現在0。“ガンドラX”の能力を十分に活かせる状況とは言い難い。
(攻撃力0の“ガンドラ”を攻撃表示で残すことになる……でも多分、その心配は要らない。この“アーミタイル”を倒せば、それで終わりだ!)
 根拠のない直感、しかし遊戯は確信を抱いている。
 “アーミタイル”を倒せばもはや、彼女のライフを0にする必要はない。“破滅の混沌”は剥がれ落ち、彼女は解放されるだろう。すなわちこのバケモノこそが、彼女の穢れの根源にして正体。

 しかしそれを実現するには、大きな問題が立ちはだかる。
 『破滅竜ガンドラX』のレベル8に対し、『混沌終焉幻魔アーミタイル・エンド』のレベルは24だ。このまま“神化”させたとしても、あまりに大きな階級(ランク)差が生じる。

(これが最後だ……! ありったけの力を、この一撃に!!)
 余力を残す必要はない。
 遊戯はカードに右手の平を重ね、そして両眼を閉じる。
 そこを起点とし、彼の全身は黄金に輝く――フィールドの“ガンドラ”もまた、同様の現象を見せた。
「覚醒せよ――『破滅竜ガンドラX』!!」

 ――カッ!!!!!!


破滅竜ガンドラX  /
★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★

幻神獣族
@:このカードが手札からの召喚・特殊召喚に成功した時に発動できる。
このカード以外のフィールドのモンスターを全て破壊し、
破壊したモンスターの内、攻撃力が一番高いモンスターの
攻撃力分のダメージを相手に与える。
このカードの攻撃力は、この効果で相手に与えたダメージと同じ数値になる。
A:自分エンドフェイズに発動する。自分のLPを半分にする。
攻 0  守 0


 “神化”したモンスターのレベルが3倍に――これは1年前、闇アテムですら成し得なかったことだ。
 “神の断片”ですら到達できない領域。それはすなわち、武藤遊戯という存在の危険性も示唆する。
 彼はゆっくりと、双眸を見開く。その右眼は強く“黄金”に輝き――左眼は明滅を始めていた。

「……『破滅竜ガンドラX』の――特殊効果発動!!」

 黄金のオーラを纏う黒竜、その全身の宝玉が、より強く赤に輝く。
 危険と怒りを彷彿とさせる赤――幾条にも及ぶ赤光が、“アーミタイル”に向け解き放たれた。

「――“デストロイ・ギガ・レイズ”!!!」

 ――ズガガガガガガガガァァァッッッ!!!!!!!!!!

 鮮血の如き“破壊の雨”、その全てが“アーミタイル”を直撃する。
 防御も回避も許さず、その巨躯を見る間に砕いてゆく。
 砕けた断片は焼かれ、灰燼と化す。まさしく微塵に破壊する。
 轟音が止んだ、その果てに――彼女のフィールドには、何一つ残されなかった。


<武藤遊戯>
LP:1500
場:破滅竜ガンドラX,冥界の扉
手札:0枚
<ティルス>
LP:500
場:
手札:0枚


(……!? 何だ……っ?)
 勝利を確信すべき状況で、しかし遊戯は危惧を抱く。
 あまりにも容易すぎる――同レベルの“神威”を纏いながら、一切の抵抗も見られなかった。
 まるで破壊されることさえも、想定内であるかのような――
「――この瞬間、『混沌終焉幻魔アーミタイル・エンド』の特殊効果発動……」
 熱のない瞳で、彼女は無慈悲に宣言する。
「――“破滅の終焉(デストロイド・エンド)”」

 ――ズギュゥゥゥゥゥゥッッ!!!!!!!!!

 彼女のフィールド、その地面から“闇”が噴き出す。
 遊戯が驚き刮目する前で、それは不意打ち気味に“ガンドラ”を呑み込む。さらには『冥界の扉』を呑み込み、遊戯に肉薄する――そして、爆発を起こした。

 ――ズガァァァァッッ!!!!

<武藤遊戯>
LP:1500→900

「ク……これは、“終焉の使者”の能力……!?」
 遊戯はよろけながらも分析する。
 発動条件こそ違えど、これは絵空の切札『混沌帝龍−終焉の使者−』の特殊効果に近い。
(能力を取り込んだのか……? でもいずれにせよ、“アーミタイル”は倒した! これで――)
 次の瞬間、遊戯の背筋を悪寒が走る。
 終わってはいない、まだ――絵空の魂はなおも“破滅の混沌”に囚われたままだ。
「……!? ボクは、このままエンドフェイズに移行。墓地に送られた『冥界の扉』の効果で、デッキから『死者蘇生』を手札に加える。そしてターンを――」

 ――ズズズ……ッ

 ティルスのフィールドに異変が起こる。
 彼女のフィールドに、“闇”が結集してゆく――それは巨大なモヤとなり、“何か”を覆い隠す。
「“アーミタイル・エンド”の効果発動……私のフィールドを離れたターン終了時、特殊召喚される。“狂想輪廻(きょうそうりんね)”」
「――!!?」


混沌終焉幻魔アーミタイル・エンド  /
★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★

幻神獣族・融合】
「神炎皇ウリア“混沌”」+「降雷皇ハモン“混沌”」+「幻魔皇ラビエル“混沌”」
「次元融合殺」の効果でのみ特殊召喚できる。
@:このカードの攻撃力は自分ターンの間10000アップする。
A:このカードはお互いのバトルフェイズ中に墓地に送ることができる。
B:このカードが場を離れたとき、フィールドの全てのカードを墓地に送る。
その後、この効果で墓地へ送ったカードの数×300ダメージを相手に与える。
C:このカードが自分フィールドを離れたターンの終了時、このカードを特殊召喚する。
この効果の発動と効果は無効化されない。
攻 0  守 0


 “闇”がはじけ飛び、再び姿を現す――“アーミタイル”が。
 “不死”とは違う。死しては再び蘇る神。
 何度でも死に、何度でも蘇る。冥界に旅立つことはなく、現世を去ることができない――まるで、ティルスのように。


<武藤遊戯>
LP:900
場:
手札:1枚
<ティルス>
LP:500
場:混沌終焉幻魔アーミタイル・エンド
手札:0枚


 圧倒的制圧力を誇る神“アーミタイル”を前に、遊戯のフィールドはガラ空き状態だ。
 一見するに絶対的窮地、しかし彼の表情はなお、逆転への道を模索している。
「……私のターン、ドロー。墓地の『混幻ノ核』を除外し、効果発動――『降雷ノ核』を手札に加える。そしてカードを2枚セットし……バトル」
「……!?」
 遊戯は彼女の戦術に違和感を抱く。
 しかし迷う猶予はなく、すぐに対抗策を示した。
「墓地の『光の護封霊剣』を除外し、効果発動! このターンの直接攻撃を封じる!!」


光の護封霊剣
(永続罠カード)
@:相手モンスターの攻撃宣言時に1度、1000LPを
払ってこの効果を発動できる。その攻撃を無効にする。
A:相手ターンに墓地のこのカードを除外して発動できる。
このターン、相手モンスターは直接攻撃できない。


 光り輝く3本の剣が、遊戯を守護する“結界”を成す。
 さしもの“神”といえど、これは突破できない。このターンのバトルは封じた。
 だが、
「……“アーミタイル・エンド”の特殊効果発動――“千変万死(せんぺんばんし)”」

 ――ズドォォォォンッッ!!!!!

 予期せぬ光景に、遊戯は両眼を見開いた。
 彼女の宣言と同時に、“アーミタイル”は爆散したのだ――すなわちこれは“自壊”効果。
 そしてこれに連動し、“アーミタイル”は再び能力を発動できる。
「――“デストロイド・エンド”」

 ――ズギュゥゥゥゥゥッ!!!!!!

 彼女の伏せカード2枚を呑み込み、“闇”は再び遊戯を襲う。
 この能力は、巻き込んだカードの枚数により威力を増す――このターン、『混幻ノ核』によりカードを増やしたのはそのためだったのだ。
 “闇”が遊戯に迫り、爆発する。その威力は前のターンと同じ、600ポイント。

 ――ズガァァァァッッ!!!!

<武藤遊戯>
LP:900→300

 遊戯の身体が大きく揺らぐ。
 残りライフ300、もう一度いまの能力が発動すれば、今度こそ終わりだ――遊戯の命はそれで尽きる。
「……ターン終了時、“アーミタイル・エンド”は復活する……“狂想輪廻”」

 ――ズズズ……ッ

 バケモノは再度蘇り、遊戯を鋭く睨み下ろした。


<武藤遊戯>
LP:300
場:
手札:1枚
<ティルス>
LP:500
場:混沌終焉幻魔アーミタイル・エンド
手札:0枚


(このターンで何とかしないと……次のターン、確実に負ける)
 負ける、負ける、負ける――その危惧は遊戯に、異質なモノをもたらす。
 心に広がる黒い感情。デュエリストとしての本能が、彼の呪いを後押しする。
 半ば己を見失いながら、彼はデッキトップに指を当てる――その瞬間、流れ込むものがあった。

 分かる――次のドローカードは、彼がデッキに入れた“41枚目”のカード。
 彼自身により発案された、生まれたばかりの試作カード。
 これはひとつの賭けだ。正常に作動するかも分からないその1枚を、遊戯は直感的にデッキ投入した。
(この状況……普通のカードじゃ打開できない。でも、このカードなら!!)
 心に希望を灯し、それを掴む。
 他のカードとは一線を画す、自らの分身とも呼べるその1枚を――力強く引き抜いた。
「ボクのターン――ドローッ!!」

 ドローカード:救世竜 セイヴァー・ドラゴン

「このターンで決める……いくよ! 魔法カード『死者蘇生』! 墓地から蘇れ、『破滅竜ガンドラX』!!」
 黒金の竜が、再びフィールドに降り立つ。
 先ほどの逆襲をせんと、“ガンドラ”は“アーミタイル”に咆える。しかし墓地からの特殊召喚では、特殊能力を発動できない。
 そもそも“アーミタイル”を破壊しても、それに連動する能力で、遊戯のカードは破壊されるのだ。そしてダメージが発生し、遊戯のライフは尽きてしまう――このままでは。
「そしてこれが、ボクの最後の切札! “チューナーモンスター”――『救世竜 セイヴァー・ドラゴン』を召喚!!」


救世竜 セイヴァー・ドラゴン  /光

【ドラゴン族・チューナー】
世界の黄昏に現れし救世竜。
その輝きは、世界を新たなステージへ導く。
攻 0  守 0


 現れたるは薄紅色の、透き通った小型の竜。
 ティルスの瞳が、わずかに揺れたように見えた。
 “チューナーモンスター”――これは未だかつて存在したことのない、新たなるカード。
 一見するに、攻守も効果も持たない弱小モンスター。
 しかし未知なるこの1枚は、この世界を“新たなステージ”へと導いてゆく。
(“ガンドラ”のレベルは8……“セイヴァー・ドラゴン”のレベルは1!)
 緊張した面持ちで、遊戯は唾を飲み込む。
 これから行うのは正真正銘、人類初の試み。
 M&Wというゲームに“革新”を起こす――その最初の一歩を、武藤遊戯が踏み出す。

「ボクはレベル8『破滅竜ガンドラX』に――レベル1『救世竜 セイヴァー・ドラゴン』を、“チューニング”!!」

 遊戯が右腕を掲げると、“救世竜”はひとつの“星”となる。
 そしてそれは、“ガンドラ”の周囲を回転する――速く、速く駆け巡る。

「――我が魂の聖櫃よ! 穢れし者の心を……」

 ――ドクンッ!!!

「――!? うぁ……ッッ!!」
 様子が、おかしい。
 遊戯は頭に激痛を覚え、苦悶する。
 一方で、チューナーの“星”はさらに速く回転する――速く、速く、いや速すぎる。
 “千年聖書”が繰り返し金属音を鳴らし、警告する。
 加速し過ぎた回転(モーメント)は、世界と摩擦し、穢れてゆく。邪なる力を“ガンドラ”にもたらす。
 遊戯は痛む頭を抱え、懸命にプレイを続けた。
 これから生み出さんとしているものは、本当に己が望んだものなのか――それを判断する余裕すら、今の遊戯にはない。

「――世界を覆う黒い霧よ……我が聖櫃のもと一つとなり、穢れし者へ“神罰”を下せ!!」

 回転の運動エネルギーごと“星”を取り込み、“ガンドラ”は生まれ変わる。
 黒金の肌はまがまがしく、より深き黒に染まる。膨大なる穢れを取り込み、その全身から噴出する。

「シンクロ召喚――根絶せよ、『破滅神竜ガンドラZ(ゾーク)』!!!」


破滅神竜ガンドラZ  /闇
★★★★★★★★★
【ドラゴン族・シンクロ】
チューナー+「ガンドラ」モンスター
このカードはシンクロ召喚でしか特殊召喚できない。
このカードのカード名はルール上「エンディング・アーク」としても扱う。
@:1ターンに1度、このカードを除くフィールド上の全てのカードを破壊できる。
この効果で破壊されたカードの効果は無効化される。
A:@の効果でモンスターを破壊したターンに発動できる。
破壊したモンスターのうち1体を選び、このカードに装備する(1体のみ装備可能)。
B:このカードはAの効果で装備したモンスターと同じ
元々のカード名・属性・種族・攻撃力・守備力・効果を得る。
攻 0  守 0


 ここに誕生するは、世界初の“シンクロモンスター”。
 “チューナー”によりモンスターを同調(チューニング)し、新たなモンスターとして転生させる――新規召喚システム。
 これにより生み出されるのは、このデュエルに“救い”をもたらす奇跡の“シンクロモンスター”――の、はずだった。
(何だこのモンスター……ガンドラ、ゾーク?)
 全身を冷や汗で濡らしながら、遊戯はそれを凝視する。
 視界の左側が霞む。明滅する左眼は、その機能を正常に働かせてくれない。
 “ガンドラ”は改めて“アーミタイル”と対峙し、甲高く猛り咆える――そして、異変が起こった。

 ――ドクンッ!!!!

「――!!! が……アアアアッ!!?」
 遊戯は絶叫し、両膝を折る。
 全身から“力”が吸い出されてゆく――それに伴う激痛に、たまらず身悶える。
 “ガンドラ”はプレイヤーの意志によらず、強制的に“力”を搾取する。
 穢れと“神威”を練り混ぜ、闇をより深くする――邪悪の権化として、自身の“同類”を根絶やしにするために。


破滅神竜ガンドラZ  /
★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★★

幻神獣族・シンクロ】
チューナー+「ガンドラ」モンスター
このカードはシンクロ召喚でしか特殊召喚できない。
このカードのカード名はルール上「エンディング・アーク」としても扱う。
@:1ターンに1度、このカードを除くフィールド上の全てのカードを破壊できる。
この効果で破壊されたカードの効果は無効化される。
A:@の効果でモンスターを破壊したターンに発動できる。
破壊したモンスターのうち1体を選び、このカードに装備する(1体のみ装備可能)。
B:このカードはAの効果で装備したモンスターと同じ
カード名・属性・種族・攻撃力・守備力・効果を得る。
攻 0  守 0


 “千年聖書”はなおも警鐘を鳴らしている。
 “ガンドラ”と“アーミタイル”はともに咆え、牽制し、威嚇し合う――衝突する邪悪は大地を砕き、空間に亀裂を走らせる。
「――ボクは……っ」
 もはや、押さえ込むことはできない。
 “ガンドラ”から逆流(フィードバック)される呪いは、遊戯の精神を着実に侵し始めている。これを一刻も早く、解き放たなければ――この苦しみから解放されるべく、遊戯は精一杯叫んだ。

「“ガンドラ・ゾーク”の特殊魔法攻撃――“浄化の洪水(セイクリッド・デリュージ)”!!!」

 ――ドパァァァァァッッ!!!!!!!!

 “ガンドラ”の全身から、再び放たれる“破壊の雨”。
 それはプレイヤーのコントロールによらず、全方位に及ぶ。無数の赤い光条は交錯し、まず周囲を覆う“闇”に突き刺さった。

 ――バギィィィィィィィンッッッッ!!!!!!!!

 巨大な破砕音が響く。同時に、彼らを囲った薄闇が晴れる。
 暴走した“ガンドラ”の一撃は、“闇のゲーム”の舞台まで破壊してしまったのだ。その甚大なダメージは“千年聖書”に及び、機能を停止し、落下する。
 一方で、赤光は“アーミタイル”にも突き刺さる。幾条もの光に貫かれ、断末魔とともに爆散する。
 これにより、彼女のフィールドは壊滅――しかし“ガンドラ”はなお収まらず、凶暴な雄叫びを上げる。烈火のごとき双眸で、少女を鋭く見下ろした。


<武藤遊戯>
LP:300
場:破滅神竜ガンドラZ
手札:0枚
<ティルス>
LP:500
場:
手札:0枚


(“アーミタイル”を、倒した……! 今度こそ、これで――)

 ――ドクンッ!!!!!

 疲弊しきった遊戯に伝わる、確かな鼓動。
 “ガンドラ・ゾーク”の特殊効果により破壊されたカードは、その効果を無効化される――現に“アーミタイル”の破壊効果“破滅の終焉”は発動していない。
 しかし蘇生効果“狂想輪廻”は別だ。この効果だけは無効にできない。
 このままターンを終了すれば、“アーミタイル”は復活し、今度こそ遊戯のライフは尽きるだろう。
(絵空さんの様子は変わらない……“邪神”から引き剥がすためには、まだ……!)
 ならば、遊戯に打てる手はひとつ。
 そしてそれこそが、“最悪の結末”への最後の分岐点であったことを――彼は知らなかったのだ。
「“ガンドラ・ゾーク”の更なる効果発動……! 破壊したモンスターの“魂”を、“ガンドラ・ゾーク”に取り込む! 対象は“アーミタイル・エンド”だ――“聖櫃ノ末路(エンド・オブ・アーク)”!!」
 “ガンドラ”が邪悪なオーラを纏う。“アーミタイル”の能力を得て、攻撃力値が急上昇する。
 これはある意味で、はるか昔の歴史の再現――悪しき者の心を洗い、故に聖水は穢れ腐った。

破滅神竜ガンドラZ
攻0→攻10000

 これをもってしてもなお、“アーミタイル・エンド”復活の道は断たれない。
 現在は“ガンドラ・ゾーク”の装備カード扱いとなっているが、それでもなお、ターン終了時には彼女のフィールドへ還るだろう。
 これもまた歴史の再現。何度死しても蘇る、安らぎなき魂。それが“ティルス”という存在だ。
 しかし今、遊戯の目の前で――予想だにしない“奇跡”が起きた。

「――……? へ……あれっ? ここって?」

 少女の様子に変化が起きた。
 背中の“終焉の翼”が霧散し、消滅する。
 瞳に光が宿り、声色に感情が戻る。
 ティルス、ではない――彼女は紛れもなく月村絵空だ。無瀬アキラの“破滅の光”により消されたはずの人格が、奇跡的に蘇る。

 奇跡的に――いや、本当にそうだろうか?

 ここまでの全てが“織り込み済み”なのだとしたら。
 カール・ランバートの敗北も、無瀬アキラの消滅も、そして武藤遊戯がここに至ることも――全て“思惑通り”なのだとしたら。

「……絵空さん! 良かった、意識が戻ったん――」
「……遊戯くん!? これって一体――」

 2人の言葉が、同時に止まる。
 互いに駆け寄ろうとした足が、地面に張り付いて動かない。

 “闇のゲーム”が終わった以上、このデュエルに強制力はないはずだ。
 月村絵空を取り戻した今、もはや闘う意味などない。ならばこれは、何者の意図によるものなのか。

『――殺セ……』

 ――ドクンッ!!!!

『――王ナル者ヨ……“神”ヲ殺セ』

 遊戯の頭に、声が響く。
 それは四千年の昔、“王の遺産”に取り込まれた“愚劣なる王”の呪詛――しかし唱えるは、それとは異なるモノ。
 “ガンドラ・ゾーク”に取り込まれた“アーミタイル”、その邪悪なる意志が、遊戯の中へと逆流する。

「ぐあ……ガ、アアアアッ!!?」

 遊戯は頭を抱え、悶絶しかける。
 “ガンドラ・ゾーク”に取り込まれたことで、“アーミタイル”は武藤遊戯との繋がりを得た――そしてこれこそが、真の狙い。

 邪神“三幻魔”は最初から、“最上の器”を求めていたのだ。
 無瀬アキラではなく、月村絵空でもない。
 武藤遊戯という、世界最強のデュエリスト――彼を手に入れるためだけに、全ての“駒”を動かしてきた。

「ぐ……っ、くぅぅっ……!!」

 武藤遊戯は必死に抗う。
 たしかに彼ならば、“アーミタイル”の支配を拒むことは可能だろう。
 “彼の中の神”が在る限り、彼を完全に“邪神化”することは難しい――それはすなわち正義であり、彼の信念。
 彼を武藤遊戯たらしめる、精神の根幹。

『――変わらないね……遊戯くんは。出会った頃からずっと……いつだって、誰かのために闘ってる』

 それは果たして誰の、いつの日の言葉だったか。
 遊戯の両眼は完全に“黄金”に染まり――強く、激しく燃え輝く。
「ゆ……遊戯、くん……?」
 少女の言葉は届かない。
 “アーミタイル”に完全に乗っ取られた“ガンドラ・ゾーク”が、憤怒の形相で彼女を睨む。
 その意志は逆流し、武藤遊戯を一時的に操る――その口が開き、たどたどしく宣言する。

「……『破滅神竜ガンドラZ』の、攻撃――」

 ――ズォォォォォッ……!!!!!!!!!!

 “ガンドラ・ゾーク”が、巨大な闇のエネルギー体を抱く。
 絵空はそれを見上げ、瞳を震わせた。しかし足は動かない。
 彼女は“生け贄”なのだ――これより誕生する“史上最悪の邪神”、そのために捧げられる“磔の少女”。

「――“全土滅殺 転生波”」
「――!!!」

 放たれたそれは空間を抉り、戦慄する絵空へと迫る。
 “神”の攻撃による余波が洞窟を揺らし、天井から幾つもの岩が崩落する。
 そして遊戯は、意識を失う――デュエルの結末を見届けることなく、うつ伏せに倒れ込んだ。







 ――どれほどの時が過ぎたのだろうか。
 意識を取り戻した遊戯が、上体を起こす。被っていた瓦礫が落ち、乾いた音を立てた。
 半壊した洞窟で、彼がその被害をほとんど受けなかったのは幸運と呼ぶべきだろうか――いややはり、“運命”と呼ぶべきだろう。
(ここは……ボクは一体、何を……?)
 すでにデュエルは終了している。
 朦朧とした意識で、記憶を辿る。
 その途中で不意に、右手に掴んだ3枚のカードに気が付いた。


神炎皇ウリア  /炎
★★★★★★★★★★
【炎族】
このカードは通常召喚できない。
自分フィールドの表側表示の罠カード3枚を墓地へ送った場合のみ特殊召喚できる。
@:このカードの攻撃力は、自分の墓地の永続罠カードの数×1000アップする。
A:1ターンに1度、相手フィールドにセットされた魔法・罠カード1枚を
対象として発動できる。セットされたそのカードを破壊する。
この効果の発動に対して魔法・罠カードは発動できない。
攻 0  守 0

降雷皇ハモン  /光
★★★★★★★★★★
【雷族】
このカードは通常召喚できない。
自分フィールドの表側表示の永続魔法カード3枚を墓地へ送った場合のみ特殊召喚できる。
@:このカードがモンスターゾーンに守備表示で存在する限り、
相手は他のモンスターを攻撃対象に選択できない。
A:このカードが戦闘で相手モンスターを破壊し墓地へ送った場合に発動する。
相手に1000ダメージを与える。
攻4000  守4000

幻魔皇ラビエル  /闇
★★★★★★★★★★
【悪魔族】
このカードは通常召喚できない。
自分フィールドの悪魔族モンスター3体をリリースした場合のみ特殊召喚できる。
@:1ターンに1度、このカード以外の自分フィールドのモンスター1体を
生け贄に捧げて発動できる。このカードの攻撃力はターン終了時まで、
リリースしたモンスターの元々の攻撃力分アップする。
A:相手がモンスターの召喚に成功した場合に発動する。
自分フィールドに「幻魔トークン」(悪魔族・闇・星1・攻/守1000)1体を
特殊召喚する。このトークンは攻撃宣言できない。
攻4000  守4000


 これは素体だ。
 無瀬アキラのもとで“ライトレイ”、ティルスのもとで“カオス”と化したように――再び形を変えるだろう。武藤遊戯のもとで、彼に最も馴染む“邪神”として。
「……? そうだ……絵空さん、を」
 遊戯が視線を上げる、その先に――あり得てはいけない光景があった。

 遊戯の黄金の両眼に映るもの――それは瓦礫に埋もれかけた、傷だらけの少女。
 遊戯は衝動的に駆け出し、岩をどけ、彼女を抱き起こす。
 ひどく軽い身体。血まみれで、そして冷たい――月村絵空、だったもの。
 側に転がる壊れた決闘盤が、彼女の状態を如実に表していた。

<月村絵空>
LP:0

 死した月村絵空の魂は、すでにそこにはない。
 壊れた肉体を捨て、新たな“器”を求め、現世を彷徨うのだ――呪われし魂“ティルス”として、これまでと同じように。

 地面に放り出された3枚のカード“三幻魔”が怪しげな光を発した。
 この事態を引き起こしたのは、紛れもなく“三幻魔”だ。しかしその引き金を引いたのは誰か。
 人間の心の闇から生み出される神――“邪神”には、皮肉にも人心の機微が手に取るように分かる。
 故にこの状況こそが、彼を何より追い詰めると知っていたのだ。

「――ア……アア、ア……」

 人ならぬ彼の眼からは、もはや一粒の涙も湧かない。
 抱える腕は震え、しかし彼女は二度と動かない。
 これが彼の罪のカタチ。

 ――罪は、人の心に“恐れ”を生む
 ――そして“恐れ”は、人を果てしなき闇に誘う

 武藤遊戯は絵空を殺した。
 彼の信念は打ち砕かれ、もはや支えるものはない。
 “千年聖書”も力を失い、地に落ちたままだ――彼を止めることなどできない。

「アア……アアア、アアアア――アアアアアアアアア!!!!!!」

 少女の亡骸を抱き、獣のごとく吠える。
 ここに完成するは、一柱の“邪神”。
 “人間”に戻るすべはなく、後はただただ堕ちるだけだ。

 ――かつて神官アクナディンが、クル・エルナ村の人々を虐殺したように
 ――賢者“ノア”が、数多の人間を殺し尽くしたように
 ――そして“始まりの人”が……愛する人を殺したように

 その深い絶望は、彼を決して許さない。
 歴史を紐解けば、数多くの英雄が悲惨な末路を辿ったように。
 歴史は繰り返す。一年前に世界を救った彼もまた、その例外ではない。

 ――この物語は、悲劇で終わる。

 かつて世界を救った彼は、世界を害するモノとなった。
 新たなる相棒“三幻魔”とともに。
 そして、のちに自ら選ぶ“次代の王”、その者が倒すべき“史上最悪の邪神”として――彼はこれより在り続け、最期に、滅びることとなるのだ。




第十七章 私から、わたしへ

 ――武藤遊戯は、“闇”の中にいた。
 深く遠い絶望の底、彼に近づく足音がある。
 漆黒の装束を着込み、フードを深く被った“死神”――その者は立ち止まると、彼にこう告げた。

『――“闇(ゾーク)”と契約せし者よ。汝の願い、ただ一つだけ叶えましょう……』

 聞き覚えのある、少女の声。
 遊戯は驚き、顔を上げる。
 彼女は小さく微笑むと、フードを外して、顔を見せた。

「……なーんて。驚きましたか、遊戯さん?」

 凜とした、けれどやさしい、やわらかな声。
 明かされた顔は、絵空と同じ――けれど少し違う、大人びた微笑み。
「――絵空さん!? いや……きみは」
 遊戯の黄金の双眸は、真実を見通す。
 彼女は“月村絵空”ではない。“ゾーク・アクヴァデス”による擬態とも異なる。
「……もうひとりの……神里さん?」
 一年前の戦いで、遊戯が守れなかった少女。
 彼女は絵空と同化し、一つになったのだ――故に人格は消えた、そう思われていた。
「……神里、ですか。今はあの子が月村で、私が神里……変な感じですね」
 彼女――“月村天恵”は、クスリと笑う。
 けれどすぐに、その表情から笑みが消えた。
「何があったか……覚えていますか? 邪神“三幻魔”に操られ、あなたがその手で何をしたか」

 ――覚えている
 ――自身が犯した罪のカタチを

「何もできなかった……ボクは。彼女のために、何も」
 喉から嗚咽が込み上げる。
 俯いた顔は重く、彼女を見ることができない。
「――できますよ……あなたなら。だってあなたは、誰よりもやさしい人だから」
 歩み寄り、彼の右手を掴む。
 彼女はそれに両手を重ね、やさしく包み、祈るように額へ当てた。
「覚えてくれていますか? この先、どんなことがあろうとも……私はあなたの“味方”であると」
「……!!」
 遊戯は顔を上げる。
 彼女はそのまま、呪文のように言葉を続けた。
「……あなたは、人を愛せる人。たとえ自分が傷つこうとも、みなを庇える、やさしい人。だから――」

 ――剣は所詮“傷つけるもの”
 ――けれど、あなたなら
 ――あなたのそのやさしい手が、救いたいと願うなら

 ――あなたの剣は、何のためにありますか?
 ――あなたの願う、望むべき未来は
 ――その剣で斬り拓く、望むべき結末を

「――信じています……あなたを。私が世界で、2番目に愛するあなたを」
 右手の甲に、温かなものが触れた。
 それは彼女の口づけ。
 その熱は、彼にひとつの“魔法”を掛ける――かつての“あの人”と同じように。
「それから……伝えてあげてください。私が誰より愛しい、“もうひとりの私”に」
 彼女はそっと、手を放す。
 遊戯から少し離れ、両手を身体の後ろで組んで、そして続ける。
「……これは契約。私はあなたを必ず護る。たとえあなたが、私を忘れたとしても」

 ――あなたと出逢えて、私は本当に幸せだった
 ――あなたと過ごした日々は、宝石のようで
 ――だからどうか、背負わないで

 ――話し合うことも、笑い合うこともできない
 ――けれど私はここにいる
 ――月村絵空の魂(こころ)の中で、いつでもあなたの側にいる
 ――あなたの一番近い場所で

「あなたの幸せが、私の幸せ……。だから笑って? あなたが笑えば私も笑う。あなたの笑顔が何よりも、私は大好きだから」

 彼女はやさしく微笑んで、そして消えてゆく。
 遊戯は手を伸ばしかけ、けれどそれを抑える。
 代わりに心からの言葉を、彼女に届けた。
「ありがとう……月村、天恵さん」
 世界は白み、そして戻る――彼があるべき場所へと。

 巻き戻る。





<武藤遊戯>
LP:300
場:
手札:1枚
<ティルス>
LP:500
場:混沌終焉幻魔アーミタイル・エンド
手札:0枚


 果たして何が起きたのか、それを知る者は、遊戯をおいて他にはいない。
 “闇のゲーム”は続いている。
 ティルスは何事もなかったかのように、彼を見据え佇んでいる。彼女のフィールドには不滅の神“アーミタイル・エンド”、対する遊戯のフィールドにカードはなく、手札は『死者蘇生』1枚のみだ。
(次のドローカードは……! 次のターン、ボクが“運命”を変えるためには――)
 ふと、右手の感触に気が付く。
 それを包む温もりは、“彼女”のものか――その手には、黄色い布地が巻かれていた。
 絵空が日々身に着けていた、大切なリボン。
 彼女の足元で引き裂かれていたはずのそれは、復元され、遊戯の手のうちにある。“2人の絆”の証として。

 そうだ――このデュエルは最初から、遊戯一人で闘っていたわけではない。
 遊戯と絵空、そして“彼女”。
 “2人の絆”を紡ぐために、遊戯は再びカードを掴む。

「いくよ――ボクのターン!!」

 デッキトップに眠るは『救世竜 セイヴァー・ドラゴン』。
 次に打つべき手は、このカードを用いた“シンクロ召喚”――しかしそれでは駄目だ。届かない。

『――できますよ……あなたなら。だってあなたは、誰よりもやさしい人だから』

 彼女の言葉が脳裏をよぎり、遊戯はそっと瞳を閉じる。
 彼の全身がかすかに、黄金に輝き始める――それは彼の想い、“やさしさの輝き”。

『――お前は弱くなんかない……。ずっと誰にも負けない強さを持っていたじゃないか』

 それは別れの日、“彼”がくれたことば。

『「優しさ」って強さを……オレはお前から教わったんだぜ、相棒』

 光は収束してゆく――彼のデッキトップ、その1枚に。
 彼は両眼を開き、改めてそのカードを掴む――光り輝くその1枚、“やさしさの剣”を抜き放つ。

「ボクのターン――ドロー!!!」

 ドローカード:救世竜 セイヴァー・ドラゴン

 引き当てたのはやはり“セイヴァー・ドラゴン”。
 しかし確かに違う、何かが。
「……魔法カード『死者蘇生』発動! 墓地から蘇れ、『破滅竜ガンドラX』!!」
 黒金の竜が、再びフィールドに降り立つ。
 先ほどの逆襲をせんと、“ガンドラ”は“アーミタイル”に咆える。
「そしてボクは! このモンスターを召喚する――『救世竜 セイヴァー・ドラゴン』!!」


救世竜 セイヴァー・ドラゴン  /光

【ドラゴン族・チューナー】
このカードをシンクロ素材とする場合、
「セイヴァー」と名のついたモンスターの
シンクロ召喚にしか使用できない。
攻 0  守 0


 現れたるは薄紅色の、透き通った小型の竜。
 ティルスの瞳が、わずかに揺れたように見えた。
 “チューナーモンスター”――これは未だかつて存在したことのない、新たなるカード。
 一見するに、攻守を持たない弱小モンスター。
 しかし未知なるこの1枚は、この世界を“新たなステージ”へと導いてゆく。
(“ガンドラ”のレベルは8……“セイヴァー・ドラゴン”のレベルは1!)
 緊張した面持ちで、遊戯は唾を飲み込む。
 これから行うのは正真正銘、人類初の試み。
 M&Wというゲームに“革新”を起こす――その最初の一歩を、武藤遊戯が踏み出す。

「ボクはレベル8『破滅竜ガンドラX』に――レベル1『救世竜 セイヴァー・ドラゴン』を、“チューニング”!!」

 遊戯が右腕を掲げると、“救世竜”は飛翔する。
 そして巨大化し、“ガンドラ”を体内へと取り込む――そしてひとつの“星”が、“ガンドラ”の周囲を駆け巡る。

「――我が魂の聖櫃よ! 穢れし者の心を浄め、救いへ導く“箱舟”となれ!!」

 “救世竜”の体内で、“ガンドラ”の穢れは浄化されてゆく。
 “星”が摩擦することはなく、穢れなく、どこまでも速く回転する――その存在を、高次なものへと転生させる。

「シンクロ召喚――光来せよ、『救世神竜ガンドラA(アーク)』!!!」


救世神竜ガンドラA  /光
★★★★★★★★★
【ドラゴン族・シンクロ】
「セイヴァー」チューナー+「ガンドラ」モンスター
このカードはシンクロ召喚でしか特殊召喚できない。
このカードのカード名はルール上「セイヴァー・アーク」としても扱う。
@:???
A:???
B:???
C:???
攻0  守0


 ここに誕生するは、世界初の“シンクロモンスター”。
 “チューナー”によりモンスターを同調(チューニング)し、新たなモンスターとして転生させる――新規召喚システム。

 転生した“ガンドラ”は、明らかに雰囲気が異なる――白く透き通った、美麗なるドラゴン。
 凶暴性は失われながらも、しかし勇猛さは湛えている。
 全身に散りばめられた宝玉は碧く、清涼たる輝きを示す。
 そして残された、唯一の赤――燃え輝く双眸で、“アーミタイル”を強く見据える。

 “ガンドラ・アーク”と“アーミタイル・エンド”――2体は改めて睨み合った。
 元々の“ガンドラ”には、召喚時に発生する破壊能力がある。
 ならばこの“ガンドラ・アーク”にも、同種の能力があるのだろう――そう推察される。
 しかし、
「――ボクは“ガンドラ・アーク”を攻撃表示のまま……ターンエンドだ!!」
「……!?」
 遊戯の意外な宣言に、ティルスは両眼を見開いた。


<武藤遊戯>
LP:300
場:救世神竜ガンドラA
手札:0枚
<ティルス>
LP:500
場:混沌終焉幻魔アーミタイル・エンド
手札:0枚


 “アーミタイル”を排除することなく、ターン終了―― 一見するにこれは、遊戯の敗北宣言と同義に近い。
 “ガンドラ・アーク”の攻撃力は0、これで何ができるというのか。
「……私のターン、ドロー。カードを1枚セットし、バトル――」
 大いなる“呪い”を充溢させる“アーミタイル・エンド”に対し、“ガンドラ・アーク”はあまりにも無防備だ。かすかな“神威”すら纏っていない。
 しかし遊戯に恐れはない。黄金の双眸は確たる眼差しで、ティルスを――いや、月村絵空を見据えている。
「――“全土滅殺 転生波”」

 ――ズォォォォォッ……!!!!!!!!!!

 光と闇、双方を混ぜた巨大なエネルギー体が、“ガンドラ・アーク”へと放たれる。
 攻撃力値にして1万。それは空間ごと抉り、対象を跡形なく消滅させるものだ。
 衝突し、“ガンドラ・アーク”の全身が砕かれる――ように思われた。
 しかし、

 エネルギー体は一切の抵抗なく、“ガンドラ・アーク”を透過する。
 そして遊戯の身体をも通り抜け、周囲の薄闇へと消えていった。
「無駄だよ……“ガンドラ・アーク”の特殊効果だ! 3ターンの間、全ての戦闘は無効となる……たとえそれが“神”だとしても!!」
 命中の瞬間だけ、“ガンドラ・アーク”と遊戯は“霊体”と化したのだ。
 バトルの完全無効――ターン制限こそあれ、これは一年前の“箱舟”と同種の能力だ。
「……! ならば“アーミタイル・エンド”の特殊効果発動――“千変万死”」

 ――ズドォォォォンッッ!!!!!

 “アーミタイル・エンド”が自爆する。
 これで、このデュエルにおいて“3回目”の死――そしてこれに連動し、発動する能力がある。
「――“破滅の終焉(デストロイド・エンド)”」

 ――ズギュゥゥゥゥゥゥッッ!!!!!!!!!

 地の底から“闇”が噴き出す。
 先ほどセットしたばかりのカード1枚を呑み込み、遊戯を強襲する――しかしまたも、その攻撃は遊戯を透過した。
「それも無駄だ……3ターンの間は、あらゆるダメージも無効となる。いかなる攻撃も届かない!!」


救世神竜ガンドラA  /光
★★★★★★★★★
【ドラゴン族・シンクロ】
「セイヴァー」チューナー+「ガンドラ」モンスター
このカードはシンクロ召喚でしか特殊召喚できない。
このカードのカード名はルール上「セイヴァー・アーク」としても扱う。
@:このカードがフィールドに存在する限り、戦闘は行われず、
お互いのプレイヤーへのダメージは0になる。
この効果は相手ターンで数えて3ターン後の相手エンドフェイズに無効化される。
A:1ターンに1度、このカードを除くフィールド上の全てのカードを
ゲームから除外できる。この効果で除外されたカードの効果は全て無効化される。
B:Aの効果でモンスターを除外したターンに発動できる。
除外したモンスターのうち1体を選び、このカードに装備する(1体のみ装備可能)。
その後、@の効果は無効となる。
C:このカードはBの効果で装備したモンスターと同じ
元々のカード名・属性・種族・攻撃力・守備力・効果を得る。
攻 0  守 0


「……!! このターン終了時、“アーミタイル・エンド”は復活する……“狂想輪廻”」
 “闇”が集約し、“アーミタイル・エンド”は更に蘇る。
 一見するに、形勢は五分――しかし、それもターン制限付きだ。この膠着は長続きしない。
 ならば遊戯の真意は、一体どこにあるのか――彼女の魂から“アーミタイル”を引き剥がす、その手段とは。


<武藤遊戯>
LP:300
場:救世神竜ガンドラA
手札:0枚
<ティルス>
LP:500
場:混沌終焉幻魔アーミタイル・エンド
手札:0枚


「ボクのターン――ドロー!!」
 武藤遊戯はカードを引き抜く。
 それを右手に掴んだまま、彼は声高に告げる――このターンで終わらせるために。
「――ありったけの全てを……! ボクの力の全てを賭けて――覚醒せよ、『救世神竜ガンドラA』!!」

 ――カッ!!!!!!


救世神竜ガンドラA  /
★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★★

幻神獣族・シンクロ】
「セイヴァー」チューナー+「ガンドラ」モンスター
このカードはシンクロ召喚でしか特殊召喚できない。
このカードのカード名はルール上「セイヴァー・アーク」としても扱う。
@:このカードがフィールドに存在する限り、戦闘は行われず、
お互いのプレイヤーへのダメージは0になる。
この効果は相手ターンで数えて3ターン後の相手エンドフェイズに無効化される。
A:1ターンに1度、このカードを除くフィールド上の全てのカードを
ゲームから除外できる。この効果で除外されたカードの効果は全て無効化される。
B:Aの効果でモンスターを除外したターンに発動できる。
除外したモンスターのうち1体を選び、このカードに装備する(1体のみ装備可能)。
その後、@の効果は無効となる。
C:このカードはBの効果で装備したモンスターと同じ
元々のカード名・属性・種族・攻撃力・守備力・効果を得る。
攻 0  守 0


 “ガンドラ・アーク”の全身が、光り輝く。
 武藤遊戯の力を得て、高貴なる“神威”を解き放つ――このデュエル中“3回目”となる、モンスターの“神化”。
 そのたび、彼に大きな負担を強いてきた奇跡だが、今回ばかりは何かが違った。
「……!? え……っ?」
 自身に訪れた変化に、彼は大きく戸惑う。

 視界が違う――1年前の闘い以来、彼の眼は、あまりにも多くのものを映すようになっていた。
 拡張されてしまった五感、昇華し過ぎた“魂”は、彼を人ならぬモノへと変えた。
 それは、彼が世界を救うため支払った代償であり、彼が背負った“罰”のカタチ

 それが今――“戻った”のだ。
 “ガンドラ・アーク”の輝きは、彼の“罰”すら浄化する。“人ならぬモノ”から“人間(ひと)”へと戻す。
 このデュエル中のみならず、全ての者に“救い”をもたらす――それは、創造者たる彼も例外ではない。
 彼のやさしい心の化身、奇跡のシンクロモンスター。

「……!! “ガンドラ・アーク”、きみは――」
 武藤遊戯は竜を見上げ、そして微笑む。
 そのやさしき竜が、彼に振り返ることはない――その眼はすでに捉えている。
 次に救うべき少女、月村絵空の姿を。

「うん……いこう、ガンドラ! ボクは『救世神竜ガンドラA』の――特殊効果発動!!」

 “ガンドラ”の全身の碧玉が、美しく輝く。
 これより放たれるは、真なる“救いの光”――邪なる全てを浄化する、神聖なる輝き。

「――“浄化の洪水(セイクリッド・デリュージ)”!!!」

 ――ドパァァァァァッッ!!!!!!!!

 破壊とは違う、“浄化の雨”――無数の碧き光条が、“アーミタイル”を狙い撃つ。
 打ち砕くのではなく、浄化してゆく――幾条もの光に貫かれた“アーミタイル”は、断末魔すらなく、消滅していった。


<武藤遊戯>
LP:300
場:救世神竜ガンドラA
手札:1枚
<ティルス>
LP:500
場:
手札:0枚


 遊戯は改めて絵空と向き合う。
 彼女は今もなお“アーミタイル”の支配下にある――“ガンドラ・アーク”の力をもってしても、それを完全に浄化することは叶わなかったのだ。
 このままターンを終了すれば、“アーミタイル”は再度復活する。
 そこで、彼が選んだのは――驚くべき道だった。

「“ガンドラ・アーク”の更なる効果発動……! 除外したモンスターの“魂”を、“ガンドラ・アーク”に取り込む! 対象は“アーミタイル・エンド”だ――“聖櫃ノ末路(エンド・オブ・アーク)”!!」

 透き通った“ガンドラ・アーク”の体内に、“穢れ”が混ざった。
 それは浄められることなく、内側から穢してゆく――徐々に、黒へと染めてゆく。

「――……? へ……あれっ? ここって?」

 一方で、少女の様子に変化が起きた。
 背中の“終焉の翼”が霧散し、消滅する。
 瞳に光が宿り、声色に感情が戻る。
 ティルス、ではない――彼女は紛れもなく月村絵空だ。無瀬アキラの“破滅の光”により消されたはずの人格が、この状況で蘇る。
「……遊戯くん!? これって一体――」
 彼女の言葉が止まる。
 遊戯のもとへ駆け寄ろうとした足が、地面に張り付いて動かない。

『――王ナル者ヨ……“神”ヲ殺セ』

 遊戯の頭に、声が響く。
 “ガンドラ・アーク”に取り込まれた“アーミタイル”、その邪悪なる意志が、遊戯の中へと逆流を始める。

「――大丈夫。終わらせるよ……このカードで」

 しかし遊戯は穏やかに、絵空に告げた。
 このターンでドローした、最後のパズルの一片(ピース)――右手に掴んだその1枚を、確かな手つきで嵌め込む。
「魔法カード発動――『封印の黄金櫃』!!」


封印の黄金櫃
(魔法カード)
黄金櫃にカードを1枚封印する。
そのカードはあらゆる魔法効果を受けず
そのカードは相手プレイヤーも使用する事ができない。


 それはかつて遊戯と“彼”、2人の道を分けたカード。
 しかし今回は違う。遊戯と絵空、2人を繋ぐ“架け橋”となる。
「ボクは自分フィールドの“アーミタイル・エンド”を選択――その魂を、黄金櫃に封印する!!」
 黄金の聖櫃が出現し、その蓋が開く。
 “ガンドラ・アーク”の体内の“穢れ”は、その中に吸い込まれてゆく――微塵の欠片も残さず。

『――オノレ……オノレオノレ!! 武藤遊戯ィィ!!!』

 邪悪の声が響き渡る。
 それは邪神“アーミタイル”、最期の叫び。

『――憶エテオケ……我ハ必ズ復活スル!! 十二次元全テヲ滅ボス、ソノ日マデ――首ヲ洗ッテ待ッテイロ!!!』

 ――ガコンッ!!!

 聖櫃の蓋が閉じる。
 これにより“アーミタイル”は完全封印され、二度と蘇ることはない――少なくとも、このデュエル中には。


<武藤遊戯>
LP:300
場:救世神竜ガンドラA,封印の黄金櫃
手札:0枚
<月村絵空>
LP:500
場:
手札:0枚


 周囲を覆う“闇”が晴れる。
 両足が動くようになり、絵空は確かめるように、土を踏み直す。
 状況が全く理解できず、戸惑うばかりの彼女のもとへ――遊戯は足早に駆け寄り、そして強く抱き留めた。

「――へっ!? ゆゆ、遊戯くん……?」

 ――世界に1人の、特別な人。
 誰より大切な人を、二度と離さないように――その体温を感じながら、強く、強く抱き締めた。




エピローグ その物語の結末に

 そして――その後の話。
 マリクとリシド、そしてカール・ストリンガーの3人は、しばらくこの島に留まることになった。
 一時的に力を失った“三幻魔”を、このまま魔術的手段により封印する――島外に持ち出すことは危険との判断から、そのような結論に至ったのだ。
 元より封印術に長けた墓守の一族、加えて“ルーラー”の秀でた魔術知識を要するための人選だ。
 カールの処遇はその後の問題となるだろうが、マリク達の前例を踏まえるに、I2社が事を荒立てるとも考えづらい。彼本人がルーラー解体の意志を示している以上、恐らくそこで手打ちとなるであろう。

 ヴァルドーはいつの間にか姿を消していたため、それ以外のメンバー全員が、梶木の漁船に同乗し、帰還する形となる。
 船上の片隅で、エマルフがティモーのピケル談義に捕まっている一方――海馬は孔雀舞に、ある封書を渡していた。
「――って! ちょっと待て海馬ぁ! テメー、人の女に何渡してやがる!?」
 城之内が狂犬のごとく噛みつく。
 海馬が冷ややかに聞き流す一方で、舞はわずかに赤面しながら、その中身を確かめた。
「……! これ……招待状じゃない、結婚式の」
 聞き慣れない単語を耳にし、城之内は眉根を寄せる。
「ケッコンシキ〜? 何じゃそりゃ。磯野のオッサンか誰かか?」
「……オレだ」
「はっ?」
「オレの結婚式だ」
「…………」
 真顔の海馬に対し、城之内は目が点になる。
 理解の許容量を超え、城之内は舞へ視線を泳がす。彼女は手紙を翻し、「海馬瀬人、サラ・イマノ」両名の並びを見せつけた。
「……アタシは一応知ってたわよ。ネットニュースに出てたし」
「…………お、おう」
 城之内は言葉を失う。
 日取りは3月末日、彼の高校卒業と同時に――ということらしい。
 ちなみに遊戯や絵空達にも、すでに招待状は送られている。
「…………って、ちょっと待て海馬ぁ! 美味いモンいっぱい出るんだろ!? 何でオレを呼ばねぇ!?」
「……馬鹿め。ドブネズミに混ざられては敵わん。貴様、ドレスコードも知らんだろう」
「ドレスコー……何だって? 何のカードだ?」
 2人のやり取りを聞きながら、舞は大きくため息を吐いた。
(……要するに、アタシの方で“おもり”しろってことね)
 彼女の手元にはすでに“2通”の招待状がある。
「学生は制服でいいとして……アンタは退学済みだから、スーツでも買おうかしらねぇ」
 なおも海馬に食って掛かる城之内を見やりながら、舞はそう独り言ちた。


 そして船尾では――遊戯と絵空、2人が肩を並べて座っていた。
 絵空は遊戯のコートを羽織り、その膝には“千年聖書”が置かれている。
 彼からこれまでの経緯を聞き、白い息をひとつ吐いた。
「なんか……ごめんね、遊戯くん。いろいろ迷惑かけちゃって」
 絵空は良かれと思い、無瀬アキラやカール・ランバートの話を伏せていた。
 けれどこんなことなら、最初から相談しておくべきだった――そう反省する。一人で背負い込むべきではなかったと。
 遊戯は首を横に振る。そして黄色のリボンを差し出し、彼女にやさしく告げた。

「――きみに伝えたいことがあるんだ……“彼女”と、そしてボクから」

 それは契りと、そして答え。
 広い広い海の上、その寒空の下で――2人は寄り添いながら、“これから”の話をするのだった。




  Fin






オリジナルカードパック『THE BEST OF DUELISTS Volume. EX』

BODX-001《救世神竜ガンドラA》Gold-Secret
BODX-002《破滅神竜ガンドラZ》Gold
BODX-003《救世竜 セイヴァー・ドラゴン》I2
BODX-004《冥界の扉》Rare
BODX-005《青眼の絶対白龍》Collectors
BODX-006《青き眼の神官》KC
BODX-007《青き眼の嚇灼》Rare
BODX-008《銀龍の加護》
BODX-009《破壊の筒》
BODX-010《真紅眼の雷光竜》Ex-Secret
BODX-011《真紅眼の黒豹戦士》
BODX-012《真紅眼の魔封剣士》
BODX-013《真紅眼の槍》
BODX-014《逆襲の狼煙》
BODX-015《根性!》N-Rare
BODX-016《ラスト・ギャンブル!》Rare
BODX-017《ハーピィ・エンプレス》Super
BODX-018《ホルスの黒炎竜 LV12》Super
BODX-019《風帝霊使ウィン》Rare
BODX-020《氷帝霊使エリア》Rare
BODX-021《炎帝霊使ヒータ》Rare
BODX-022《地帝霊使アウス》Rare
BODX-023《魔法樹の奇跡》
BODX-024《霊術の使い魔》
BODX-025《霊使いの絆》
BODX-026《霊術の芽生え》
BODX-027《混沌終焉幻魔アーミタイル・エンド》Holographic
BODX-028《幻魔皇ラビエル“混沌”》Ultra
BODX-029《降雷皇ハモン“混沌”》Ultra
BODX-030《神炎皇ウリア“混沌”》Ultra
BODX-031《混幻ノ核》
BODX-032《幻魔ノ核》
BODX-033《降雷ノ核》
BODX-034《神炎ノ核》
BODX-035《次元融合殺》Rare
BODX-036《ライトレイ・アーミタイル》Ultimate
BODX-037《ライトレイ・ラビエル》Super
BODX-038《ライトレイ・ハモン》Super
BODX-039《ライトレイ・ウリア》Super
BODX-040《ライトレイ・サーヴァント》
BODX-041《破光の結晶体》
BODX-042《破光の楽園》
BODX-043《邪神獣 ゾーク・ガディルバトス》Ul-Secret
BODX-044《ダークネス・ベヒーモス》
BODX-045《ダークネス・バブーン》
BODX-046《ダーク・ガリス》
BODX-047《ダーク・キャシー》
BODX-048《デス・オポッサム》
BODX-049《ダーク・ユニフォリア》
BODX-050《ダーク・コアラッコ》
BODX-051《ダーク・アーキタイプ》
BODX-052《ゼロ・ゲイザー》


 それは、救うための闘い――。

・『遊☆戯☆王〜三幻魔胎動篇〜』に登場した新カードを全て収録!
・パッケージ絵は「救世神竜ガンドラA」と「混沌終焉幻魔アーミタイル・エンド」








戻る ホーム