霊使い喫茶のバイト

製作者:クローバーさん




目次

 1日目
 2日目
 最終日
 ――エピローグ――


 
1日目

 秋休み初日、朝山(あさやま)香奈(かな)は喫茶店のテーブル席で待ち合わせをしていた。
 あいにくデートではない。親友である雨宮(あまみや)雫(しずく)から誘われてここにいるのだ。

「まったく、せっかくの休みなのに……」
 ジュースを少し飲みながら溜息をつく。
 それにしても、雫が相談なんて珍しいわよね。
「す、すいません……! 遅くなっちゃって……!」
 入口の方から、真奈美(まなみ)ちゃんがやってきた。
 息が乱れているところを見ると、走ってきたみたいね。
「別にいいわよ。私も少ししか待ってないし」
「ほ、ホントですか?」
「当たり前じゃない。それより、真奈美ちゃんも雫に呼ばれてきたの?」
「あ、はい。お昼ごろに電話がかかってきて、お願いがあるから来てほしいって………朝山さんもですか?」
「ええ。まったく、呼んだ本人が一番遅れているってどういうことよ……」
「そうですね……あ、もしかして事故とかあったんでしょうか!?」
「だ、大丈夫よ」
 真奈美ちゃんって本当に心配性よね。
 まぁ、待ち合わせ時間に30分も遅れているんから気持ちがわからないでもないけど……。


「いやぁ、遅れてごめん!!」


 入口の方から元気な声が飛んできた。
 目で確認しなくても、すぐに雫だと分かってしまった。
「おっ、香奈も真奈美も一緒だね。ちょうど良かった♪」
「ちょうど良かったじゃないわよ。待ち合わせに30分も遅れてるわよ?」
「だからごめんって♪ ほら、このとおり!!」
 両手を合わせて謝る雫。
 なぜか分からないけど、これをやられると怒る気が無くなっちゃうのよね……。
「それで、相談ってなんなんですか?」
「うん。まぁとりあえず座ろうよ」
「あ、はい」
 真奈美ちゃんが私の隣に座って、向かい側の席に雫が座る。
 店員の人が水を持ってきてくれて、雫はそれを一気に飲み干した。
「実は……さ……」
「な、なによ」
 いつになく神妙な面持ちで語り始める雫。
 私も真奈美ちゃんも、つい真剣に聞く態勢になってしまった。


 けど雫の口から語られたのは、そんなに真面目な話じゃなかった。


「……バイト?」
「うんそう! 従業員が風邪になっちゃって大変なの」
「それで、私達が従業員の代わりになって欲しいってことですか?」
「そういうこと。お願い!! 3日間だけでいいから店に来て! ちゃんと給料も払うから!」
 また両手を合わせてお願いする雫。
 急にそんなこと言われても困るんだけど……。
「どんなバイトなんですか?」
「喫茶店だよ喫茶店。お姉ちゃんが経営しているところで、結構人気なんだよ?」
「そうなんですか……」
「お願い! 親友の私の顔に免じて、バイトやろうよ!」
 なぜか満面の笑みで頼み込む雫。
 まったく、急に呼び出してバイトの誘いなんて……ホント、雫らしいわよね。
「分かったわ。じゃあやりましょう」
「ホント!? ありがとぉ香奈♪ だーいすき♪」
 机越しに雫が抱きしめてきた。
 周りの客の目が集中して、恥ずかしい。
「ちょっ、誤解を招くようなこと言わないでよ!!」
「またまたぁ。香奈とあたしの間柄なのにぃ♪」
「と、とりあえず席に戻りなさい」
「はいはーい♪」
 嬉しそうに笑いながら、雫は席に戻った。
 周りの客がこっちを見ながら、クスクス笑っているような気がした。
「真奈美ぃ、真奈美も一緒にバイトやろうよぉ」
「え、でも私、接客とか、得意じゃなくて……」
 目を泳がせながら、真奈美ちゃんは下を向いた。
「だいじょーぶだいじょーぶ。私がちゃーんとレクチャーしてあげるから心配ないって♪」
「で、ですけど………」
「お願いだよ! 友達の縁ってことで、ここは一つお願いします!」
「う……わ、分かりました」
「いやったー! うわっほーい!」
 両手を高々と上げて、雫は大声を上げた。
 また周りの視線が集中してしまって、早くここから離れたかった。



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「それで? その喫茶店ってどこにあるのよ?」
「もちろんこれから案内するよ。実は待ち合わせの喫茶店から近い場所にあるんだよ♪」
「あ、もしかして待ち合わせに遅れたのも……?」
「うん。お昼時で混んでさ。なかなか手が離せなかったってわけさ」
 そんなに混むなんて、人気なのは本当みたいね。
 でもそんな人気店にバイト未経験者の私達が行って、迷惑にならないのかしら?
「よし、ついた! 到着!!」
 そう言って雫が指し示す先にあったもの。
 さまざまなデコレーションが施されていて、周りの店とは明らかに異質な雰囲気を放っている。
 店の前に堂々と掲げられていた看板には―――


 『霊使い喫茶へようこそ♪』と書いてあった。


「「……………」」
 私と真奈美ちゃんは自然と目が合い、同時にため息をついた。
 たぶん、思っていたのは同じこと。

 ……こなきゃよかった……。

「おやおやぁ? さっきまでの元気はどこに行ったの?」
「あ、雨宮さん……本当に、ここでバイトするんですか……?」
「モチロン♪ まっ、さっさと中に入ろうよ♪」
 私と真奈美ちゃんの手を引いて、雫は店の裏に回り込んだ。
 裏口から店の中に入り、どんどん中へと進んでいく。
「お姉ちゃん。友達連れてきたよ〜♪」
「ん? お〜、連れてきたかぁ〜」
 店の奥から、雫に似た背の高い女性が現れた。
 どこか落ち着いた様子で、子供っぽい雫とは逆の大人っぽい女性だった。
 遊戯王で例えるなら、雫は"光霊使いライナ"で、この女性は"久遠の魔術師ミラ"に似ている。
「初めまして。いつも妹が世話になってるね♪ あたしは雨宮明菜(あきな)。よろしくね♪」
「あ、はい。こちらこそ……」
「うーん……それにしても雫、あんた最高の逸材を連れてきたな♪」
「でしょでしょ? さっそく衣装を着てもらって、バイトしてもらおうよ♪」
「オッケー! じゃあとりあえず……」
 明菜さんの腕が伸びて、私の胸を鷲掴みにした。
「……ふぇ?」
「お〜、雫が言ってたとおり、小さいねぇ」
「#$&*$&SFQ?!?」
 急いで明菜さんの手を払いのけた。
 なんか前にもこんなことあったけど、どうしていつもこうなるのよ……!
「な、なにしてんのよ!?」
「ん? サイズ測っているんだけど?」
 さも当たり前のように明菜さんは言う。
 視線は私に向けながら、今度はその腕が真奈美ちゃんの胸に伸びた。
「ん〜♪ こっちはなかなかのサイズだね〜♪」
「ひゃ、ひゃああ!!?!?」
 悲鳴を上げて払いのける真奈美ちゃん。
 明菜さんは満足気な笑みを浮かべて、雫に向き直った。
「あんた最高だよ♪ こんな最高の逸材を見つけ出して連れてきてくれたなんて♪」
「でしょでしょ? じゃあ早速はじめようよ♪」
「おっけ、じゃあ衣装持ってきて♪ AマイナスとCプラスだからね♪」
「あいあいさー」
 雫が駆け足で店の奥で駆け込んでいった。
 真奈美ちゃんが胸を抑えながら、半べそになりながらこっちにきた。
「ふぇぇん、朝山さん……私……もうお嫁にいけませんよぉ〜」
「だ、大丈夫よ。きっと……」
「なははは、大丈夫大丈夫。なんだったらあたしがお嫁にもらってあげてもいいぞ♪」
「そ、そういう問題じゃないでしょ!?」
 外見だけで判断したせいで油断してた。
 落ち着いてちゃんとした人だと思っていたけど、下手したら雫よりタチが悪い。
 あの妹にしてこの姉あり……いや、その逆ね。
「なんだったら、あたしの胸さわってもいいけど?」
「結構です!!」
 本当に、こなきゃ良かった……。
「はぁ……」
 ため息が出てしまった。
 でも雫の頼みを承諾してしまった以上、途中でやめるわけにもいかないわよね。


「はいはーい、衣装持ってきたよ」


 雫が両手に衣装を持ってきた。
「これが香奈のやつで、こっちが真奈美ちゃんね」
「え……これって……」
「香奈が"火霊使いヒータ"で真奈美が"風霊使いウィン"だからね♪」
「「えぇぇぇぇぇ」」
 渡された衣装はかなり凝っていて、カードに描かれているイラストとほとんど同じだった。
 マニアとかが見たら、興奮しすぎて発狂するんじゃないかしら……。
「はい。カツラもあるからちゃんと付けてね♪」
「「……はい……」」
 雫と明菜さんに言われた通り、私と真奈美ちゃんは霊使いのコスプレをする。
 それにしても恥ずかしい。
 イラストを見れば分かるけど、ヒータの衣装は胸が妙に強調されている。ただでさえ胸の小ささがコンプレックスなの
に、ここまで無い胸を強調されてしまうなんて……本当に不幸としかいいようがない……。しかも微妙にお腹も露出して
るし……本当に恥ずかしい……。
「うぅ……この格好、スカートが短くないですか……?」
 真奈美ちゃんが顔を真っ赤にして言う。
 たしかにウィンの格好はスカートが短い。どうして遊戯王本社はこんなイラストにしたのよ。男性ユーザーを狙っての
ことなんだろうけど、女性ユーザーのことも考えなさいよ。
「いやぁ。二人ともよく似合ってるよ」
「で、でも……やっぱり恥ずかしいです……」
「なははは、まぁ慣れだって。じゃあ適当に接客のノウハウを教えるから覚えてね♪」
「「は、はい……」」
 二人に接客のノウハウを教えてもらい、さっそく私達は現場に入ることになった。
 ちゃんと胸に『新人』と書かれたバッヂを付けて、お客さんにも新人だということを認識してもらうようにした。
 やる仕事はいたって単純。お客さんに呼ばれたらメニューを聞いて、それをキッチンにいるスタッフに伝える。そして
出来上がったメニューを対応したお客さんに届ける。ということだ。
「すいませ〜ん。ヒータちゃ〜ん」
「あ、はい」
 急いで呼ばれた席へ向かう。
 この店のお客さんは、意外にも女性が多いらしい。だからセクハラとかの問題も滅多にないそうだ。
 男があんまり来ない店なら、少しは恥ずかしく無くなるような気がするわね。
「Aランチと、Bランチください」
 女性二人組の人が微笑みながら注文する。
 うぅ、実際にやってみると緊張するわね……。
「あ、はい。AランチとBランチですね。ほ、他にご注文は?」
「新人さんなんですか?」
「え、あ、はい」
「そんな緊張しないで、気軽にやってくださいね」
「あ、ありがとうございます。えっと、じゃあ、注文は以上でよろしいですか?」
「はい。よろしくね」
 一礼して、その席をあとにする。
 ああいう優しいお客さんもいるんだ。なんか、少しやる気が出てきたわね。
「おかえり香奈ちゃん。注文は?」
「はい。2番席にAランチとBランチです」
「了解」
 明菜さんが笑顔で答えて、キッチンの方へと行ってしまった。
 やるべき仕事が始まると真剣に取り組むところは、雫と同じなのよね。
「あ、朝山さん……」
「真奈美ちゃん。どうしたの?」
「な、なんか、やっぱり、恥ずかしいですぅ……」
 必死で露出した足を隠しながら、顔を赤くする真奈美ちゃん。
 店の中は暖房が利いているから寒くないんだけど、やっぱり恥ずかしいみたいね。
「大丈夫よ。すごく似合ってるわよ?」
「あ、朝山さんは、恥ずかしさとか、ないんですか?」
「うーん……たしかに最初は恥ずかしかったけど、なんか慣れちゃったわ」
「さ、さすがですね……私はまだ慣れなくて……」
「でも注文とかちゃんと取れてるからいいじゃない。もう正式にバイトに入っちゃったら?」
「う……ちょっと、考えておきます……」
 そこは冗談のつもりだったんだけど……本人がその気なら何も言わないでおこう。

「香奈ちゃん。5番テーブルの人が呼んでいるから行ってくれる?」

「あ、はい。じゃあ真奈美ちゃん。あとでね」
「はい」
 真奈美ちゃんと一旦別れて、5番テーブルの方へ行く。
 少しはバイトの雰囲気にも慣れてきたし、このままどんどん仕事しないとね。
「お待たせしました」



「あっ、香奈おねぇちゃんだ!!」



「………!」
 目を疑ってしまった。
 そこにいたのは、琴葉ちゃんに咲音さん。そして吉野の3人だった。
「あら、朝山香奈さん。またお会いしましたね」
「え、な、ナンノコトデスカー? 人違いだと、オモイマスヨ?」
「えへへ、香奈おねぇちゃん♪」
 琴葉ちゃんが抱き付いてくる。
 その頭を優しく撫でながら、自分の不覚を後悔した。

 しまった〜〜〜〜〜〜〜。いくら男性客が少ないっていっても、女性客はたくさん来るじゃない。
 しかも外見が明らかに異質な店に、琴葉ちゃんと咲音さんが興味をもたないわけがない。

「あ、朝山香奈様……そ、その格好は……」
 吉野が動揺しながら私の格好を見つめる。
 ちゃんと赤い髪のカツラをつけて、ちゃんとコスプレして、一目じゃ絶対に分からないようにしていたのに……。
「い、いえ、心配しないでください。あなたにどのような趣味があっても、私は気にしませんから」
「違うから!! 断じて違うから!!」
「ほ、本当に私は何も見てませんから! そのヒータの格好も似あってますから!!」
「お願い!! お願いだから話を聞いて!?」

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 かくかくしかじかで吉野に経緯を説明する。
 落ち着きを取り戻した吉野は、少し乱れたスーツを整えて席に深く腰掛けた。
「なるほど。つまりご友人に頼まれて、その格好で働いているというわけですか」
「そうよ。別にコスプレが趣味とかじゃないから、そこんとこ勘違いしないでよね」
「し、心外ですね朝山香奈。私は最初からそのようなことは見抜いていました」

 吉野……目が泳いでいるわよ。

「ねぇママ」
「なに?」
「香奈おねぇちゃんは、お仕事してるの?」
「そうね。友達のお手伝いをしているみたい」
 優雅な笑みで、咲音さんは笑いかける。
 琴葉ちゃんは頬を少し膨らませて、がっかりとした表情を見せた。
「じゃあ、遊べないね……」
「あらあら、香奈おねぇちゃんとはまた遊べるよ。だから、我慢しましょうね?」
「うん……おねぇちゃん頑張ってね♪」
「あ、ええ。ありがとう」
「……では朝山香奈様。ご注文してもよろしいですか?」
「はい。どうぞ」






 琴葉ちゃんたちの注文を取った後、スタッフエリアの方へ戻った。
 なんか、知り合いに会っただけのなのにかなり疲れたわね……。
「おやおやぁ? 香奈、どうかした?」
 光霊使い−ライナの格好をした雫が、椅子でくつろぎながら尋ねてきた。
 どうやら休憩時間に入ったらしい。そろそろ私も休憩したいわね。
「あぁ、5番テーブルに琴葉ちゃんたちが来たのよ。一発でバレちゃったわ」

 ガタッ!

 雫が突然立ち上がり、スタッフエリアから出て行った。
「……??」
 いったいどうしたのかしら?
 なんか、嫌の予感がするけど……。
「雨宮さん、どうかしたんですか?」
「あ、真奈美ちゃん。私にも分からないわ」
「そうですか。あっ、明菜さんが、私と朝山さんは30分間、休憩していいって言ってました」
「ホント!? じゃあ休憩しましょう」
「はい」
 私達はスタッフ用のドリンクバーから好きな飲み物を選んでカップに入れて、席に着いた。
 初めてのバイトは、やっぱり疲れる。この休憩時間がとても至福に思えた。
「やっと、この格好にも慣れてきました……」
「よかったじゃない」
「はい。そういえば、さっき琴葉ちゃんとか咲音さんを見かけた気がしたんですけど……」
「ええ。お客で来てたのよ。ちゃんとコスプレしてたのに一瞬でバレちゃったわ」
「そうなんですか……。たしかに咲音さんも琴葉ちゃんも、妙に勘がいいですよね」
 たしかに、あの二人の前に隠し事は出来ないような気がする。
 吉野も吉野でカンが鋭いし……あの3人組にバイトをしているのがバレたのはなんだか嫌ね……。

「たっだいま〜♪」

 なぜか雫が上機嫌で戻ってきた。
 鼻歌を歌いながら、席について笑みを浮かべている。
「雨宮さん、どうかしたんですか?」
「ん? 別に?」
「凄く嬉しそうだったわよ?」
「まぁ明日のお楽しみってことさ。それよりさぁ、せっかくの休憩なんだし、そろそろ本題行きますか」
 なにやら意味深げな笑みを浮かべながら、こっちに顔を近づけてきた。
「中岸との関係はどこまで発展したの?」
「なっ、な、なんでそんな話題になるのよ!!」
「もういい加減、素直になりなよぉ。さすがに手はとっくに繋いでるとして……キスは済ませたの?」
「な、ななな、キスって、そんな……!!」
「はっ! まさか熱い一夜をすでに過ごしてしまっているとか!?」
「断じてないわよ!!」
 雫は動揺する私を見ながら、クククと笑っている。
 どうしていつもこうやってからかわれるのよ……。
「でも、朝山さんって中岸君のことになると、本当に面白いですよね」
「ま、真奈美ちゃんまで……」
「でさでさ、本当はどうなのよ? いい加減に教えてよぉ」
 私の顔を覗き込む雫。
 なんだかんだで今まで誤魔化してきたけれど、そろそろ限界なのかもしれない。
「はぁ……」
 少しだけため息をつきつつ、深く椅子に腰かける。
 机に肘をつき、手の上に顔をのせながらニヤニヤする雫を見て、もう1度溜息をついた。


「……付き合ってるわよ……」


 ボソリと言ってみた。
 なぜか辺りを静寂が包み込んだ。
「……へ?」
「だ、だから、その、私と大助は、付き合ってるって言ったのよ………」
 雫が目をパチクリとさせて、固まってしまった。
 真奈美ちゃんも呆気にとられたように目を見開いている。

 ………あれ? 私、何か変なこと言った?

うっひょおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
ええええええええええええええええええええ!!!???

 休憩場全体に響き渡るほどの叫び声。
 思わず耳をふさいでしまった。

「え? うそうそ!? ホントに!? ホントに!!??」
「あ、朝山さん、そ、そんな急に、発表しちゃうなんて……!!」
 興奮して顔を赤くする雫と、突然のカミングアウトに戸惑っている真奈美ちゃん。
 なんか……二人があまりにも対照的すぎてどうしたらいいか分からない。
「それでそれで!? マジで付き合ってるの!?」
「だ、だからそう言ってるじゃない。いいから落ち着きなさいよ」
 まさかここまで騒がれるなんて思ってもみなかった。
 いつもからかってくるくせに、発表したら発表したで大騒ぎするなんて……。
「まさか香奈がこんな突然にカミングアウトするなんてねぇ〜」
「な、なによ。正直に言ったんだからいいじゃない」
「まぁねぇ〜。いやぁ、さすが香奈。私の知らない間に……まったくスミに置けないねぇ〜。まっ、香奈が中岸以外の男
と付き合うはずないと思ってたけどねぇ」
「私も、お似合いだと思います」
「あ、ありがとう……」
 なんか真正面からそう言われると、なんだか恥ずかしい。
 大助とは、私達の関係は秘密にしておこうって約束だったけど……この二人になら言ってもいいわよね?
「それで二人は上手くいってんの?」
「まぁ……普通だと思うけど……」
「またまたぁ〜。命がけで助けに来てくれるほどの関係で、上手くいっていないわけないじゃん♪」
「なっ、牙炎の事件は別よ!! あれは恋人だから助けに来てくれたとか、そういうのじゃないわよ」
「そんなもんなの?」
「そうよ。大助はそういうやつなの。いつもは鈍感なくせに、いざって時だけ鋭くなって……他人の事ばっかりで、自分
の心配なんか全然しないのよ。ダークの事件や牙炎の事件だって、いつもボロボロになって……」
 脳裏に浮かぶ、大助が傷つき倒れる姿。
 他人の事を心配したり、大切な何かを守るためだったり、大助が本気で行動する理由は様々だ。
 けど本気になったあいつは自分のことはまるで考えない。どれだけ傷ついても、心が折れそうな状況でも、絶対に諦め
ない。そうやっていつも戦い抜いて、いつもボロボロになっている。
「あぁ、なんかそれ分かるかも。中岸って時々、無茶しそうなイメージがあるもん」
「そうなのよ。結局、無事だからいいんだけど……周りの心配も考えなさいっての」
「うんうん。夫への心配事は尽きないねぇ〜」
「お、夫って……! べ、別にそんな……!!」
「冗談冗談。まぁ香奈。中岸が無茶しちゃうって言うなら、ちゃんと注意してあげな? 私達が言うより、香奈が直接言
った方が聞いてくれると思うよ?」
「そうかしら?」
「そうだって。私が言うんだから間違いない!!」
 親指を立てて明るく笑う雫。隣では真奈美ちゃんも、うんうんと頷いていた。
 ちゃんと言えば……か……。聞いてくれるかな……大助……。


「雫〜、そろそろ休憩終了だよ〜」


 キッチンの方から明菜さんの声が聞こえた。
 雫が席を立ちあがり「はいは〜い」と返事をした。
「じゃあ、あたしは仕事に戻るから、二人は休憩続けてていいからね」
「あ、はい」
「分かったわ」
 雫はスタッフエリアを出て行ってしまった。
 残された私と真奈美ちゃんは、互いに笑みを交わして一息つく。
「雨宮さん、なんだか嬉しそうでしたね」
「そうかしら?」
「はい。なんか、そんな感じがしました」
「そっか……」
 勝手に言いふらさないか心配だけどね。
「それより朝山さん。中岸君の事ですけど……」
「え、ああ。大助がどうしたの?」
「さっきの話って、やっぱりこの前の事件の話ですか?」
 この前の事件というと、やっぱり牙炎の事件の事よね。
 真奈美ちゃんはダークの事件を知らないから、当然と言えば当然だけど。
「中岸君って……本当に無茶しようとするときがありますよね。その……頼もしい時もあるんですけど、なんか危なっか
しいっていうか……」
「仕方ないのよ。それが、大助だから」
「え?」
「大助って、昔からそうなのよ。やらないまま諦めるのが嫌で、1度決めたらとことんやるの。自分のことを全然考えな
いで、無茶しちゃうのよ」
「そうなんですか……」
「うん」
 雫は、私の口から伝えれば大助は聞いてくれるって言ってくれた。
 でもなんとなく経験から分かる。仮に私が言ったところで、そういう事態が発生したら、きっと大助は無茶をする。そ
の行動を止められないのなら、せめて一緒に戦いたい。そして傍で支えてあげたい。
 牙炎の事件は解決したけど、きっとまだ闇の力に関する事件は終わっていない。
 真奈美ちゃんから聞いたアダムという子供の話。
 正体はよく分からなかったって話だけど、圧倒的な闇の力と決闘のセンスを持っていたのは確からしい。
 もし戦うことになったら、きっとかなりの苦戦を強いられることになる。だから、もっと強くならなくちゃいけないと
思った。
 もう大助を失うようなことにならないように……大切な友達も、仲間も、失わないためにも、強くならなくちゃ。
「ねぇ真奈美ちゃん……デッキの相談なんだけどさ」
「あ、はい。なんですか?」
「私のデッキ、もっと強くしようと思ってるんだけど、なかなか良いカードがないのよね」
「はい……朝山さんはどう強化したいんですか?」


「なんていうか、相手のカード効果と、召喚とかダメージも全部無効に出来るようなデッキかしら」


「そ、それは無理ですよ。そんなこと出来たら、遊戯王のゲーム自体が成立しなくなっちゃいますよ」
「そうよね。やっぱり無理かぁ……」
「じゃ、じゃあ、逆を考えてみませんか?」
「逆?」
「はい。朝山さんのデッキの特性上、相手に1度でも行動を許してしまったら厳しくなってしまいますよね。ですから、
そこをカバーできればいいんじゃないでしょうか?」
「なるほど……」
 その発想は無かったわね。たしかにどの戦いでも、相手の行動を制限しきれるわけじゃない。強い相手になればなるほ
ど制限が難しくなる。パーミッションを補助するモンスターの効果は強力だけど、攻撃力が全体的に低い。そこをカバー
することが出来れば、たしかに戦力強化に繋がるわね。
「ありがとう真奈美ちゃん。参考にさせてもらうわ」
「は、はい!」


「香奈ちゃん、真奈美ちゃん、悪いけど手伝ってくれないかしら? ちょっと混んできちゃってね」


 明菜さんが申し訳なさそうに顔を出した。
「あ、はい。大丈夫です」
「ええ。すぐに行くわ」
 私達は席を立って、すぐに仕事場へ戻った。



 こうして、私達のバイト初日は、無事に終了した。




 
2日目

 バイト2日目。
 今日は開店の午前9時からの仕事だ。一応、お昼過ぎの午後3時までのシフトみたい。
「さぁて、じゃあ今日もしっかり働いていきましょうか!」
「「「「「はい!」」」」」
 他の従業員と息を合わせて返事をする。
 明菜さんは優しい笑みを浮かべて、みんなに「張り切っていこうね!」と改めて声をかけた。

「あ、そうそう。今日1日だけなんだけど、助っ人が来てくれたからね」

「助っ人ですか?」
「そうだよ。じゃあ2人とも、自己紹介よろしく!」
 明菜さんが手招きすると、開いたドアから見覚えのある二人がスタッフエリアに入ってきた。


「は、はじめまして。鳳蓮寺琴葉です。よろしくお願いします!」
「私は執事の吉野と申します。たった1日ですが、みなさまのご迷惑にならないようにしますので、よろしくお願いしま
す」


「「っ!?」」
 私も真奈美ちゃんも、同時に驚いてしまった。
「ど、どうして琴葉ちゃんと吉野さんがいるんですか!?」
「分からないわよ。それに、助っ人って……」
 ひそひそと話す私達へ、明菜さんがゴホンと咳をした。
 すぐに姿勢を正して、自己紹介する二人に向き直る。
「二人とも、ちゃんとホール担当として働いてもらうつもりだから、みんなフォローよろしくね」
「「「「「はい!!」」」」」
「じゃあ改めて、今日も1日みんなで楽しく頑張りましょう」







「な、なんであんたたちがここにいるのよ!?」
「すいません朝山香奈様。本城真奈美様。驚かせてしまったようですね」
「お、驚いたって言うか、その、なんていうんでしょうか……」
 吉野が軽く頭を下げたあと、いったいどうしてこうなったのかの説明を始めた。
 話は昨日に遡るらしく、私が注文を取って離れた後、雫がにこにこした笑顔でやってきたらしい。


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「お久しぶりです。咲音さん。吉野さん。琴葉ちゃん」
「あら、雨宮さんもいらしたんですか?」
「もちろんですよ。ここ、あたしのお姉ちゃんの店ですから」
「ふふっ、どうやらそうみたいですね」
 咲音は優雅に笑い、琴葉も嬉しそうな笑みを浮かべた。
 対して吉野は、なぜか警戒心を抱いていた。
「それで、何か用でしょうか?」
「話が早くて助かります。3人とも、明日、一緒に働きませんか?」
「……すいません、話がよく見えないのですが?」
「明日って、予約がたくさん入っていて大変なんです。香奈と真奈美も助っ人に呼んだけど、もう少し人手が欲しくてで
すね。吉野さんならこれ以上に無い戦力ですし、咲音さんも琴葉さんもコスプレが似合―――こほん。手伝ってくれたら
とても助かります」
 危うく言いかけた本音を隠しつつ、雫は交渉を始める。
 咲音は雫の本音を見抜きながらも静かに笑みを浮かべながら様子を見ることにした。
「あいにくですが、こちらも色々と用事があるのです。私だけならまだしも、咲音や琴葉お嬢様まで仕事など……」
「そんなこと言わずに、楽しいですから、一緒にやりましょうよ」
「そういう問題ではありません。少なくとも客商売なのですから、初心者が接客しては何かとご迷惑が掛かってしまいま
す。売り上げが下がったとしても、責任を取ることまではできません」
「吉野さんなら、他の二人もカバーしてもお釣りが来ますよ」
「ですから、先程も申しあげましたがこちらも予定があるのです。それに私は鳳蓮寺家の執事です。主人の命令でもない
限り、そういった手伝いはしないと心に決めているんです」
 凛とした態度で応対する吉野に、雫は口をとがらせる。
 なんとしても手伝わせたい。3人ともコスプレすれば、間違いなく似合うに決まってる。
 店の手伝いうんぬんよりも、そのコスプレ姿が見たい。とにかく見てみたい。
 他人はくだらない理由と言うかもしれないが、本人にとってはこれ以上の交渉理由はない。
「ねぇ琴葉ちゃん、お姉ちゃんと一緒にお仕事しない?」
「え、でも……」
「香奈おねぇちゃんもいるし、職場体験だと思ってさ」
「……?? ねぇ吉野、ショクバタイケンってなぁに?」
「実際にお仕事をやってみて、その大変さや楽しさを理解することですね」
 その説明を受けて、琴葉は目を輝かせた。
 その様子を見て吉野は、自身の不覚さを後悔した。
「やってみたい! ショクバタイケン!」
「しかしですねお嬢様、お仕事というのは本当に大変なんですよ? 家でやっているお手伝いとは勝手が違います」
「え〜〜〜〜、お願いだよ。ママも、いいでしょ?」
「咲音。甘やかさないでください。とてもではありませんが無謀すぎます」
 目を輝かせる琴葉と厳しい視線を向ける吉野。
 二人の視線にさらされて、咲音は小さく笑った。
「仕方ないわね。琴葉、みなさんの迷惑にならないようにね?」
「っ! 咲音!」
「吉野、琴葉の事はお願いします」
「くっ………分かりました。咲音も、明日の手続きはしっかりお願いしますよ?」
「もちろん。ちゃんと薫さんにもついてきていただくので、心配はいりません」



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「……というわけです」
「雫ってば……本当に油断も隙もあったもんじゃないわね」
 昨日、突然スタッフエリアを出て行って帰ってきたらニコニコしていたのは、こういう訳だったのね。
 あとできちんと叱っておかないと……。
「手続きって、何かあるんですか?」
「ええ。お嬢様の入学手続きです」
「学校って、小学校!?」
「それ以外にありますか? 今日の手続きが正式に受理されれば、週明けには学校に通えることになります」
「週明けって言うと、ちょうど私達の秋休みが終わるくらいね。ちゃんと約束守ってるじゃない」
「もちろん。きちんと約束は果たしましたよ朝山香奈」
 どこか嬉しそうな笑みを浮かべて、吉野は言った。
 約束だって言いながらも、琴葉ちゃんを学校に通わせたかったのは吉野も同じだったみたい。
「ではそろそろ仕事を始めましょうか」
「そうね」
「そうですね」


「うわぁぁぁぁぁん、香奈〜〜どうしよう〜〜〜♪」


 突然、雫が飛びついてきた。
「どうしたのよ?」
「やばい。やばいよぉ。可愛いよぉ♪」
「はい?」
 頬を赤らめて興奮した様子の雫が指差す先には、カードエクスクルーダーのコスプレをした琴葉ちゃんが立っていた。
 きちんと魔法使いの帽子をかぶって、本当に可愛らしい。
「ど、どどどどうしよう香奈。あたしこのままじゃ琴葉ちゃんを襲っちゃいそう。児童なんたら法にひっかかっちゃうか
なぁ?」
「し、雫……それはいろいろまずいわよ……」
 百万ドルの夜景並みに目を輝かせている雫をなだめながら、吉野へ視線を向ける。
 吉野は頭を押さえながら、やれやれとため息をついていた。

「雨宮雫。あとで話があります」

「ほえ?」
「………」
 まぁなんていうか、ご愁傷様。

「おねぇちゃん。どうかなぁ? わたし、似合ってるかなぁ?」
「うへへへへ、うん。すっごく似合ってるよ。可愛すぎるよ。お願い、琴葉ちゃん。ギュってさせてギュって!」
「うん、いいよ♪」
 琴葉ちゃんと戯れる雫。なんだかとても幸せそうだ。
 隣で吉野が怖い表情をしているけど、気にしないでおこう。
「雨宮さん……なんていうか……凄いですね……」
「え、ええ……まぁ筋金入りのコスプレ好きだから……」
 あとで吉野にどういう仕打ちを受けるか心配だけど……幸せそうな顔をしているし、雫には何も言わないでおこう。
 けど、本当にほどほどにさせておかないとそのうち捕まっちゃうんじゃないかしら。
「あれ? そういえば吉野さん、コスプレは?」
「っ……! あ、あれは、サイズが合わなかったので、着られませんでした!!」
「ん〜? おっかしいなぁ……まぁいっか。じゃあ普通のメイド服で代用してもらえますか?」
「め、メイド服……ですか!?」
 吉野が急にうろたえた。
 なんとなく彼女のメイド姿を想像してみた。
「くすっ」
 思わず笑ってしまった。
 隣では真奈美ちゃんも笑いをこらえている。
「わ、笑わないでください!!」
 恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、吉野は叫ぶ。
 見てみたいような、見てみたくないような……どちらともいえない気持ちだ。
「琴葉ちゃんも、吉野さんのメイド姿見たいと思わない?」
「え〜、ダメだよ雫おねぇちゃん。吉野はメイド服が似合わないもん。やっぱり吉野は、スーツが一番似合ってるもん」
「お、お嬢様……!!」
 思わぬ救いの手を差し伸べられた吉野の表情が明るくなる。
 雫は少しつまらなそうな顔をして、頬を膨らませた。
「むぅ、じゃあ仕方ない。吉野さんはいつも通りスーツ姿でお願いします」
「かしこまりました」
 
 ・
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 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・

「3番テーブルのお客様に、明太子パスタとカルボナーラを1つずつお願いします。あと5番のお客様がそろそろ食事を
終えそうなのでサービスコーヒーの準備を。ついでに8番テーブルのナプキンが少し汚れていたので洗っておいてくださ
い」
 吉野の的確すぎる指示にみんなが驚いていた。
 働いてから数時間しか経っていないのに、立ち振る舞いや注文の取り方など、何から何までベテランの動きだった。
「いやぁ、まさかここまでとは思わなかったなぁ」
「本当にすごいですね吉野さん」
 雫も真奈美ちゃんも感心してその様子を見ている。
 私自身も、吉野の姿に感心していた。誰かの仕事をしている姿をあまり見たことがなかったから当然なのかもしれない
けど、こんなに仕事の覚えが早くて手際の良い人がいるなんて考えたこともなかった。
 仕事が出来る人っていうのは、きっと吉野みたいな人のことを言うんだと思う。
「ねぇねぇ吉野。何か持っていくものある?」
「そうですね。お嬢様は5番テーブルのお客様にコーヒーを持って行ってくださいますか? 熱いので気を付けてくださ
いね」
「うん!」
 トレイに乗せられたサービスコーヒーを真剣に運ぶ琴葉ちゃん。
 まだまだ慣れていないようだけど、一生懸命なのがよく分かった。
「朝山香奈、ボーっとしないでください」
「え、はい」
 吉野の前だと、気が抜けないわね。
 でもおかげで仕事がすごくスムーズに進むからいいけど。










 お昼時のピークも過ぎて、私と吉野、琴葉ちゃんは休憩室で休んでいた。
 思っていたよりも疲れたのか、琴葉ちゃんが机に突っ伏して眠っている。
「お嬢様、よく頑張りましたね」
 スタッフエリアにあった毛布を掛けて、吉野は眠っている幼い子の頭を撫でる。
 その表情は、本当の母親のように優しい。
「まるで本当のお母さんみたいね」
「……そう言っていただけるのは嬉しいですが、お嬢様の母親は咲音です。所詮、私はお嬢様のお世話をする執事でしか
ありえません」
「別にそんな真面目に答えなくてもいいじゃない」
「分かっています。ですが、母親は咲音です。私が必要以上にお世話しても、迷惑になるだけでしょう」
 吉野は神妙な面持ちでそう言った。
 なんか、言っちゃいけないことを言っちゃったのかしら?
「……おっと、話題を変えましょうか。あれから何か異変は起こったりしていませんか?」
「え?」
「その、私や牙炎は、あなたに酷いことをしてしまいました。後遺症などが残っていないのか心配だったんです」
「ああ、それなら大丈夫よ。普通に生活できるし、決闘も出来るわ」
「そうですか、それなら何よりです」
 そっと胸をなでおろす吉野。
 本当に律儀な人よね。事件からそこそこ経っているのに、まだ心配してくれるなんて。
「あっ、そうだ。ちょっと聞いていいかしら?」
「はい。なんでしょうか?」
「アダムって名前に聞き覚えある? なんか、牙炎の事件に関わっていたみたいなんだけど」
「……残念ながらありませんね。薫たちがその名前をだして話しているのを少し聞いただけです」
「そっか……」
 何か情報がつかめればよかったんだけど、そう上手くもいかないわよね。
 まっ、情報を掴んだところで何か出来たわけでもないけど。
「朝山香奈。忠告しておきますが、薫はあなたたちを巻き込むのをあまり快く思っていません。危険な事件は、スターに
任せるのが正しい選択です」
「わ、分かってるわよ」
 別に自分から関わろうとは思ってないけど、やっぱり気になってしまう。
 真奈美ちゃんや雲井に接触したんだから、そのうち私達にも接触してきかねないから。
「そういえば、咲音さんは大丈夫なの?」
「大丈夫であると信じたいですね……まぁ薫も一緒に行ってくれているので、なんとかなるでしょう」
「そう。それなら安心ね」
「ええ。咲音は、今まで世間というものを知らずに生きてきましたから……これからも一緒に過ごしていかないといけま
せん」
「……でも、なんで世間知らずで育っちゃったの? やっぱり箱入り娘みたいなやつ?」
「…………それは………あなたにお話しすることではありません………」
「?? そ、そうね」
「すいません。では、そろそろ仕事に戻らせていただきます。お嬢様はそのまま寝かせてさしあげてください」
 逃げるように、吉野は休憩所を出て行ってしまった。
 もしかしたら聞いちゃいけないことだったのかもしれない。



「う、うぅん……」
 唸り声をあげて、琴葉ちゃんが目を覚ました。
「あ、起きちゃった?」
「香奈おねぇちゃん……? あれ、わたし、寝ちゃってた……?」
「きっと疲れたのよ。今日はこれくらいにして、ゆっくり休んだら?」
「ううん……吉野も香奈おねぇちゃんも頑張ってるもん。わたしも頑張るもん」
「そっか。じゃあもう少しだけ休憩したら、お仕事に戻ろっか」
「うん!」
 寝起きの目をこすりながら、大きく頷く琴葉ちゃん。
 その頭を撫でて、席を立ちあがる。紙コップにオレンジジュースを入れて、琴葉ちゃんに差し出した。
「はい、どうぞ」
「ありがとう香奈おねぇちゃん」
「どういたしまして。そういえば、学校に通えるようになったらしいじゃない」
「うん! ママと吉野がね、学校に通ってもいいって!! 薫ちゃんも伊月さんも、佐助さんも協力してくれたの♪ 学校
にはね、ユーギオウの授業もあるんだって♪」
「そっか。じゃあとっても楽しみね」
 遊戯王の授業があるということは、私立の学校みたいね。
 まぁこの時期に入学できるとしたら、私立に限られてくるんだろうけど。
「たくさん友達出来るかな?」
「琴葉ちゃんなら、きっとすぐに友達ができるわよ」
「ホント!?」
「ええ。私が言うんだから間違いないわ!」
「そっか! あ〜あ、早く行ってみたいなぁ♪」
 学校への期待に胸を膨らませる琴葉ちゃん。
 私も小さいころは、こんな感じだったのかしら。
「ねぇねぇ、香奈おねぇちゃんが小さいころって、どんな感じだったの?」
「うーん……あんまり覚えてないわね」
「そっかぁ……あっ、じゃあねじゃあね、ユーギオウの授業ってどんなことするの?」
「別に難しいことはしないわよ。コンボとか覚えたり、クラスの人と決闘したりするだけ」
「決闘してもいいの!? わたし、吉野と武田とママとしか決闘したことないから、すごく楽しみ!」
「そうなんだ。琴葉ちゃんは、どんなデッキを使うの?」
「えーとね、えーとね、騎士さんとか、ドラゴンとか、魔法使いさんとか、あと色んな動物さんがいるデッキだよ♪」
「そ、そう」
 なんかハチャメチャなデッキに聞こえるけど、なんか引っかかるのよね。
 騎士にドラゴンに魔法使い、様々な動物が登場するデッキって………もしかして……?
「今度、香奈おねぇちゃんとも決闘したいなぁ」
「いいわよ。いつでも相手になってあげるわ」
「ホント!? じゃあ、指切りして?」
「ええ」
 お互いに小指を出して、重ねあわせる。

「「ゆーびきーりげーんまーん、嘘ついたら針千本のーます」」

「はい。約束ね」
「うん!」
 小さいながらも交わした約束。
 なんとなくだけど、いつか琴葉ちゃんと決闘できる日が楽しみだ。
「じゃあそろそろお仕事に戻ろうか?」
「うん! 一緒に頑張ろうね♪」





 こうして、バイト2日目は終了した。



 でもこの時、私は予想すらできていなかった。



 まさかバイト最終日に、あんな大変な出来事が起こるなんて……。




 
最終日

 ※※注意!!※※
 今回の話の中に限り、香奈のキャラが多少変わってしまいますが、番外編とコミカルのテンションのせいだと思って
ください。
 それでは、最終日のはじまりはじまり。




 バイト最終日。この日は午前11時からのシフトだ。
 予約もあんまり入っていないみたいで、従業員は昨日よりも少ない。
 だけど少し眠いわね。二日間の疲れが残っているのかしら。
「さて、香奈ちゃんも真奈美ちゃんも今日で助っ人最終日。最後までしっかりと頑張ってね」
「「はい」」
 なんだか、あっという間のバイトだった。
 最初は変なバイトだと思ったけど実際にやってみるとちゃんとした仕事だったのよね。
「いやぁ、本当に助かったよぉ香奈に真奈美。コスプレ姿も見れたし、あたしは大満足だよ♪」
「雫、それが本音でしょ」
「バレた?」
「バレない方がおかしいわよ」
「うへへへ、なんなら別のコスプレを着てもらうって手もあるんだけどなぁ♪」
「遠慮しておくわ」
 すっぱりと断って、仕事を始める。
 このヒータの衣装にも慣れてきたのか、あんまり恥ずかしくなくなった。
 お客さんも女性が多くて接客しやすいし、お金に困ったら本気でバイト先として考えようかしら。




 そうして仕事を始めて、正午になった。
 2日間の経験から、そろそろ混み始める時間帯よね。



「「「「「いらっしゃいませ♪ ご主人様♪」」」」」



 入口の方でスタッフの声が聞こえた。
「いらっしゃいま―――!」
 入ってきたお客に目を向けた瞬間、私は目を疑ってしまった。
「え、えぇ!?」
 私の視線の先にいたのは―――



 ―――大助と雲井の二人組だった。



 え? え? なんで大助たちがここにいるの!? え? 夢じゃないわよね? 嘘よね??
 ていうか、え? もしかして大助ってこういう趣味があったの?? いや、そんなはずないわよね。
 雲井の趣味よね、きっと。でも、なんで大助まで付いてきてるの? ていうかあの2人ってそんなに仲良かったの?
「おぉ、来た来た♪」
 "光霊使い−ライナ"の格好をした雫が2人のほうへ行く。
 慣れた様子で接客するライナが雫だということに気づく様子もなく、2人は席へと案内された。
「こちらがメニューとなっております。ご注文がお決まりになったらお呼びくださいご主人様♪」
 雫が笑顔で席を離れて、スタッフルームに入る。
 後を追うようにして、私もスタッフルームに乗り込んだ。


「ちょっと! どういうことよ!?」
「ん? 中岸と雲井でしょ? ここは喫茶店だから何の不思議もないと思うけど?」
「とぼけるんじゃないわよ! あんたが誘ったんでしょ!!」
「まぁまぁ、来ちゃったもんはしょうがないじゃん。こうなったら、バレないように頑張るしかないでしょ? 幸いにも
あたしがライナだってことには気づいてなかったみたいだし、なんとか乗り切るべきだって」
「うぅ……」
 まさかバイト最終日にこんなことがおきるなんて、予想外にもほどがあるわよ。
 で、でも、こんな格好してバイトしてたなんて大助に知られるわけにはいかない。絶対に知られたくない!

 ピンポーン!

 呼び出しボタンの音が聞こえた。
 スタッフルームに表示された番号は1番。大助たちがいる席の番号だ。
「香奈ちゃん、悪いけど行ってくれない?」
「え!? わ、私が行くんですか?」
「ごめんね、ちょうど人手がいないのよ。お願いね〜」
「は、はい……」
 よりによってなんで大助がいる席に行かないといけないのよ。
 雫はバレなかったみたいだけど、私がバレない保証はどこにもないじゃない。
 でも、注文を取らない訳にもいかないし……こうなったら運を天に任せるしかないわね。

 スタッフルームを出て、1番テーブルに向かう。
 大助と雲井が向かい合う形で座って待っていた。
「か、火霊使い−ヒータです。べ、別にあんたたちのために注文を取りに来たんじゃないんだからねっ! ほ、ほらっ、
さっさと注文しなさいよ!」
 って、何言ってるのよ私!?
 これじゃ絵にかいたようなツンデレ喫茶じゃない!! どんだけ緊張してんのよ!?
「AランチとCランチを1つずつ頼むぜ」
 雲井が注文した。
 よかった。あんまり気にされてないみたい。
「え、わ、分かったわよ。それで? 他に注文はないわけ?」
「俺はねぇぜ。中岸は何かあるのかよ?」
「………あ、あぁ……特には……ないな」
 大助が少し顔を赤くして、私から視線を逸らした。
 え? もしかしてバレた? い、いやいやいや、被害妄想にも程があるわよ私。き、きっとこのコスプレが気に入って
るだけよ。ぜ、全然、問題ないわよ。大助がこういう格好が好きなだけであって………って、それはそれで少しショック
かも。
「以上だぜ」
「わ、分かったわよ。少し待ってなさいよっ!」
 混乱した頭が落ち着く前に、急いでこの場を去ろうとした。
 どうしよう。きっと顔が赤くなってると思う。どうしようどうしよう。
「ちょっと待ってくれ!」
 雲井が呼びかけてきた。
「な、何よ?」
「このチケットってどうやって使えばいいんだ?」
 雲井の手に握られていたチケット。
 あれ? もしかしてこれって? 霊使い喫茶の……特別チケット!?
「そ、それ、どこで手に入れたのよ!?」
「え、いや、クラスメイトからだぜ……?」
「……………」
 雫ってば、本当に余計なことを……!!
 特別チケットの存在は明菜さんから聞かされていたけれど、数枚しかないから気にしなくていいって言われていた。
 でもまさか、雲井が持っているなんて……!!
「失礼しまーす♪」
 横から雫が現れて、私の両肩を掴んだ。
 私は雫を軽く睨み付ける。でも雫はその視線を無視して、大助たちに言った。
「そのチケットはメニューがご主人様に届いたときに適用されますので、大切に持っていてください♪」
「あ、ああ……」
「さぁ、さっさと行こうねヒータちゃん♪」
 雫に連れて行かれて、スタッフルームに戻る。
 キッチンに注文されたメニューを伝えて、私は雫に突っかかった。
「なんで雲井が特別チケット持ってんのよ!? あんたが渡したんでしょ!?」
「いやぁ、まさか中岸までついてくるとはカンガエテナカッタナー」
「なんで棒読み!? もう、どうするのよ! これ以上やったら絶対にバレるわ!!」
「大丈夫大丈夫。ちゃんとヒータを演じきれば、中岸だってまさか香奈だとは思わないって。それよりも今のうちに特別
チケットの特典の練習するよ?」
「と、特典?」
 それを聞いて、もう嫌な予感しかしない。
 というか、本気で諦めかけていた。もう、まともなことはさせてもらえそうにない。
「特別チケットを持ったお客さんには、霊使い達が特別サービスをしてあげるんだ。これがそのリストね」

 ・★美味しさ倍増、魔法の霊術★
 ・★食べさせてあげるね♪★
 ・★投げキッス★
 ・★霊術披露★

「……………」
 上の3つはなんとなくわかったけど、一番下の霊術披露ってなんなのよ。
 ていうか、この中のどれかを大助にしてあげなきゃいけないの?
「じゃあ一番上のやつね。これは手持ちの杖を振って、料理に対して呪文を唱えるだけ。いくよ?」
 そう言って雫は腰のポケットから杖を取り出して、軽やかに振りながら呪文を唱え始めた。

「美味しくなぁれ美味しくなぁれ♪ ミラクルマジカル魔法の呪文♪ 大好きなご主人様へのご奉仕です♪ 私の魔力を
愛情に変えて♪ ランチに愛を届けます♪ 霊使いの最高魔法、ミラクルハートストライク♪」

「……………」
 これは、キツすぎるわね。
 覚えられるかどうかよりも、恥ずかしさに耐えきれないような気がした。
「じゃあ、霊術披露ってのはなんなのよ?」
「それは香奈にはまだ早いかなぁ。もし頼まれたら丁重にお断りしてね」
「なによそれ」
 まぁ良い予感はしないし、やらないことに越したことはないんだけど……。
 でも、どうしよう。少なくとも大助に何かしてあげないといけないってことよね?
 最悪だ〜〜本当に恥ずかしい。出来ることなら真奈美ちゃんに代わって欲しいけど、真奈美ちゃんは今は休憩中だし、
今から逃げ出せる雰囲気でもないし。
 もう、こうなったら大助にバレないことを祈るしかないわ。



「はい。AランチとCランチ出来たわよ。1番テーブルに持って行ってね」
 いよいよ勝負の時間が来た。
 ああ、光の神でも何でもいいから、大助にだけはバラさないでください。

 雫がCランチ、私がAランチを持って1番テーブルに行く。
 大助と雲井は何やら白熱した会話をしていて、声がここまで聞こえた。
「てめぇ……真剣に考えろよ!」
「分かってる。けど――――」
「はーい、お待たせしました♪ AランチとCランチになりまーす♪」
 空気も読まずに雫がランチを届ける。
 大助と雲井は少し訝しげな顔をして、いったん会話を終了した。
「さてさて、それではチケットの効果を適用したいと思います♪ ほら、ヒータちゃん♪」
「は、はい………////」
 雫が雲井の隣に座って、私が大助の隣に座った。
 こんなに近くに座ったことなんて滅多にないのに……しかもよりによってコスプレ姿で……。
「め、メニューはこれよ。ど、どれにするのよ?」
「これから選べばいいのか?」
「そ、そうよ。さっさと決めなさいよ!」
 大助は頭を抱えながら、困ったように首を捻った。
 うぅ、早く決めなさいよぉ。
「じゃあ、食べさせてあげるね♪ で」
「え……」
「いや、無理ならいいんだが……」
「べ、別に、無理じゃないわよ! ほら、さっさと口を開きなさいよ!!」
「はい」
 大助が大きな口を開けた。Aランチはオムライスなので、スプーンで一口分をすくって大助の口まで運ぶ。
 なんでデートでもないのにこんなことしなくちゃ……って、デートだからOKって訳ないじゃない!!
「ほら、さっさと食べなさいよ」
「はい」
 大助が差し出されたスプーンの上に載っているオムライスを口に入れた。
「ど、どうなのよ?」
「……美味しいです。ありがとうございました」
 大助が顔を真っ赤にしてお辞儀をした。
 なんだろう。喜んでいいのかそうじゃないのかよく分からない。
「ヒータちゃん。ご主人様にちゃんとご奉仕した?」
「は、はい……」
「よろしい♪ じゃあご主人様たち、ごゆっくりどうぞ♪」
「ごゆっくり、どうぞ……////」
 急ぎ足でスタッフルームに直行する。
 隣で雫がクククと笑っているのがすごく気に入らなかった。


「はぁ、ホントに最悪よ……!」
「まぁまぁ、彼氏にアーンしてあげるのは恋人の特権だよ」
「そういう問題じゃないでしょ。ていうか、本当にバレてないわよね?」
「うーん、雲井は気づいてなかったっぽいけど中岸はどうだったろうかな」
 はああ……穴があったらすぐに入りたい……。
 どうしてこんなことになっちゃったのよ……本当に厄日よ……!!
「まぁまぁ、もしバレちゃっても、開き直ってコスプレ姿でデートしてあげればいいんじゃない? なんだったら衣装貸
すよ?」
「そうかしら……やっぱり大助ってコスプレ好きだったのかな……」
「まぁ男なんて大半がそういうもんだって。だから、香奈だから顔を赤くしてたって訳じゃないと思うよ?」
「そうよね、きっとそうよね!」
 大助がコスプレが好きだっていうことに気付いたのは少しショックだけど、バレてないならそれでいい。
 そうよ。恋人として付き合っていく以上、今まで知らなかったことを知るなんて結構あるに決まってるじゃない。
 きっとそうよ。そうに違いない。私がヒータだってバレてないなら、それでいい。
「じゃあ仕事続けようか。あ、裏の倉庫から物を持ってこなきゃいけないから、手伝ってくれる?」
「分かったわ」
 雫と一緒に倉庫から物を運ぶ。
 思っていたよりも量が多くて、10分くらいかかってしまった。
「ふぅ、思ったより疲れたわね」
「でも香奈のおかげで助かったよぉ。じゃあさっそく、次の仕事に―――」



 ……ピンポーンパーンポーン……



「ん?」
 スタッフルームに、聞いたことのない音が流れた。
 次の瞬間、スタッフルームのスピーカーから明菜さんの声が聞こえる。
「えっと、たった今、特別決闘の申し込みがありました。ご指名はヒータみたいなので、香奈ちゃんはお相手してあげて
くれる?」
「へ?」
 なにそれ。特別決闘なんて聞いてないわよ。
 そもそもデッキなんか持ってきてないし。
「うわぁ、まさかこのタイミングで決闘を申し込んでくる人がいるなんて思わなかったなぁ」
「雫、いったいどういうことよ?」
「ん? ああ言ってなかったね。この喫茶店は料金さえ払えば従業員と決闘できるんだよ。デュエルディスクも特別仕様
で、隠れ人気のメニューなんだよね」
「でも私、デッキ持ってきてないわよ?」
「ああそれも大丈夫。従業員側はあたしたちが用意した特製デッキを使用するから。全力全開で倒しちゃって大丈夫だと
思うよ」
「そ、そう……」
 そんなに強いデッキなら、負ける心配はなさそうだけど……なんか嫌な予感がするのはどうして??
「ほら、さっさと行こう」
「ええ」
 スタッフルームを出て、喫茶店のホールにある開けた場所に出る。
 そこには一人の女性が立っていて、私を見るや否や目をダイヤモンドのように輝かせた。
「きゃあ♪ 憧れのヒータちゃんと決闘できるなんてぇ♪ よろしくねヒータちゃぁん♪」
「よ、よろしく」
 妙にテンションが高い女性客ね。
 しかもなんか口調がおかしい気もする。
「じゃあ、さっそく始めましょう♪」
「え、ええ……」
「はいヒータちゃん。デュエルディスクとデッキね。ちゃんと勝ってね。負けたら罰ゲームがあるから」
「ば、罰ゲーム?」

「そう。従業員が負けたら、ネコ耳つけて勝者に15分間付きっきりでお世話してあげるってことになってるから」

「っ!?」
 なにそれ、そんなの聞いてないわよ! ネコ耳つけて付きっきりでお世話?
 え、このいかにも怪しい雰囲気の相手に、この私が??

「ど〜しよっかな〜♪ いろんなところをペロペロしてあげたいかもぉ。語尾にニャンを付けてもらって、きゃあ、想像
しただけで興奮しちゃう♪ さ、最後は合体とか……///」

 だ、ダメだこの人……! すでにネジが飛んでる……!!

 私はデュエルディスクにデッキをセットした。
 自動シャッフルが完了して、相手と向かい合う。すでに相手は準備が完了していて、すぐにでも決闘が開始できる状態
だ。
「よろしくねヒータちゃん。私の名前は……じゃあメリーって呼んでね」
「メリーさんね。いいわよ。全力でやらせてもらうわ!」

「そ、そんな……/// いきなり『やる』なんて……思ってたより強引……///」

「!?」
 背筋がぞっとした。暖房が利いているはずなのに。
 そうね、そういうことね。この人にまとまな会話は成立しないってことね。
 それならそれで簡単じゃない。速攻で決闘を終わらせて、さっさとお帰りいただくに限るわ!
「じゃあ、さっそく始めましょう?」
「分かったわ」
 デュエルディスクを構えて、私とメリーは同時に叫んだ。



「「決闘!!」」



 香奈:8000LP   メリー:8000LP




 決闘が、始まった。


 デュエルディスクの赤いランプが点灯する。
 よし、先攻は私ね。
「私のターン、ドロー!!」(手札5→6枚)
 引いたカードを加えた6枚の手札を確認する。
 さーて、いったいどんなデッキなのかし………ら……?
「…………」
 思わず体が硬直してしまう。
 それほどまでに壮絶な手札だった。

 ・火霊使いヒータ
 ・プチリュウ
 ・光霊使いライナ
 ・風霊使いウィン
 ・水霊術−「葵」
 ・きつね火

 えーと、これはいったい何のいやがらせ?
 ていうかもしかしてこれって……霊使いデッキ……!?
 実践ではまともに戦うことなんかできない、ある意味、究極のファンデッキ。私が使っているのって、まさにそれ?
 ていうかこれで勝てるの? どうやって勝つの??
 ……いや、とにかく今はこの手札で出来ることを考えないと……。
「私は……カードを1枚伏せて、モンスターをセットしてターンエンド」


「じゃあ私のターン、ドロォー!」(手札5→6枚)
 どこかいやらしくカードを引くメリー。
 その口に不気味な笑みが浮かんだ。
「手札から"サイクロン"を発動!」
「なっ」
 メリーの発動したカードから突風が発生して、私の場にある伏せカードをあっけなく破壊してしまった。


 サイクロン
 【速攻魔法】
 フィールド場の魔法または罠カード1枚を破壊する。


 水霊術−「葵」
 【通常罠】
 自分フィールド上に存在する水属性モンスター1体を生け贄に捧げる。
 相手の手札を確認し、カードを1枚選択して墓地に送る。


「さらに"シールドクラッシュ"を発動!!」
「えっ」
 続けて発動されたカードから閃光が放たれて、私の場にあるモンスターが飲み込まれてしまった。


 シールドクラッシュ
 【通常魔法】
 フィールド上に守備表示で存在するモンスター1体を選択して破壊する。


 火霊使いヒータ 炎属性/星3/攻500/守1500
 【魔法使い族・効果】
 リバース:このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 相手フィールド上の炎属性モンスター1体のコントロールを得る。


「きゃあ♪ セットモンスターはヒータちゃんだったのかぁ。残念、もっと遊んであげたかったのに……あ、でも、本物
のヒータちゃんと遊べば何の問題もない♪」
「……! い、いいからさっさと続けなさいよ!」
「照れないでヒータちゃん♪ お姉さんが優しく可愛がってあげるから。文字通り、お姉さんのト・リ・コにしてあげる
からね♪」
「っ!」
 背筋が凍りつくかと思った。
 もしメリーに負けたら、間違いなく私は大切なもの(貞操的な意味で)を失ってしまう。
 嫌! そんなの絶対に嫌!!
「じゃあ、お姉さんの本気を、見せてあ・げ・る♪ た〜くさん、感じていいからね〜♪」
「……!」
「"神の居城−ヴァルハラ"と"死皇帝の陵墓"を発動! 手札から"光神機−轟龍"を特殊召喚! さらにライフを1000
払って"光神機−桜火"を召喚!」



 神の居城−ヴァルハラ
 【永続魔法】
 自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
 手札から天使族モンスター1体を特殊召喚する事ができる。
 この効果は1ターンに1度しか使用できない。


 死皇帝の陵墓
 【フィールド魔法】
 お互いのプレイヤーは、アドバンス召喚に必要な
 モンスターの数×1000ライフポイントを払う事で、
 リリースなしでそのモンスターを通常召喚する事ができる。


 光神機−轟龍 光属性/星8/攻2900/守1800
 【天使族・効果】
 このカードは生け贄1体で召喚する事ができる。
 この方法で召喚した場合、このカードはエンドフェイズ時に墓地へ送られる。
 また、このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が越えていれば、
 その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


 光神機−桜火 光属性/星6/攻2400/守1400
 【天使族・効果】
 このカードは生け贄なしで召喚する事ができる。
 この方法で召喚した場合、このカードはエンドフェイズ時に墓地へ送られる。


 メリー:8000→7000LP("死皇帝の陵墓"のコスト)

 うわぁ、なぁにこれぇ。
 たった1ターンで上級モンスターが2体も並んじゃった。
「バトル!! さぁ、派手にいっちゃって〜♪」
 メリーの攻撃宣言で、2体の機械天使が攻撃してくる。
 私の場にカードはないため、黙ってそれを受け止めることしかなかった。

 香奈:8000→5600→2700LP

「っ……!」
 闇の決闘じゃないから痛みは無いけど、やっぱりソリッドビジョンで迫力がある。
 実際に攻撃されてしまったかのように感じてしまうわね。
「あぁ〜、その顔もすごく可愛い♪ はやく私のモノにしたいなぁ♪」
「誰があんたのモノになるもんですか!!」
「うんうん、みんな最初はそういう態度なんだよね♪ でもぉ、お姉さんの手にかかれば、みぃんな楽しい気持ちになっ
てくれるのよぉ♪」
「くっ……!」
 駄目だ。もうこいつに何を言っても無駄なのね。
 分かった分かった分かりましたよ。何が何でも勝ってあげるわよ。

 ……でも、この手札でいったい何をしろって言うの?
 攻撃力では完璧に負けてるし、戦闘をサポートできる魔法・罠もない。

「さぁ、私はこれでターンエンド」

-------------------------------------------------
 香奈:2700LP

 場:なし

 手札4枚
-------------------------------------------------
 メリー:7000LP

 場:死皇帝の陵墓(フィールド魔法)
   光神機−轟龍(攻撃:2900)
   光神機−桜火(攻撃:2400)
   神の居城−ヴァルハラ(永続魔法)

 手札0枚
-------------------------------------------------

「私の……ターン……!!」
 お願い! 何か逆転のカードを引かせて!
「ドロー!!」(手札4→5枚)
 願いを込めて引いたカード。
 恐る恐る、確認した。























 火霊使いヒータ 炎属性/星3/攻500/守1500
 【魔法使い族・効果】
 リバース:このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 相手フィールド上の炎属性モンスター1体のコントロールを得る。



 またお前かーーーーーーーーー!!!
 さっき出したばっかりなのにまた引くってどういうことよ!?
 え、なに? 私がヒータの格好してるから引いたってこと?
「…………」
 駄目だ。勝てない……。
 手札にあるのは全部モンスター。守備表示で出しても、轟龍の貫通効果でダメージを受けるから防ぎきれない。
 これで、終わりなの……? 私はメリーのモノになって、あんなことやこんなことをされてしまうの?
 いや、よく考えなさい私。何か……何か方法があるはずよ。
 でも……何があるの……??


「ヒータちゃん、勝ちたい?」


「え?」
 雫が真面目な顔をして尋ねてきた。
 ゆっくりと頷くと、雫は言葉を続ける。
「勝つ方法ならあるよ。デッキワンサーチを使ってみて。あの人が相手なら、絶対に勝てる」
「本当!?」
「ただし、それを使ったら、ヒータちゃんは大切なものを失うよ」
「大切な……もの……?」
 頭にいろんな人の顔が浮かんだ。
 大切なものなんて、ありすぎてどれが一番かなんて分からない。
 それに、もうほかに選択肢なんて無いじゃない。
 このまま続ければ、私は間違いなくメリーのモノになってしまう。カツラもコスプレも外されて、きっとあんなことや
こんなことをされて、絶対にまともな日常には戻れない。
 それだけは……絶対に嫌!!

「上等じゃない……!」

 心のどこかで、何かが外れる音がした。
 大切なものを失う? ははは、なにそれ。今の私には、この決闘をいかに乗り切るかだけが重要なのよ。
 迷う時間もない。こうなれば一か八か、賭けに出てやろうじゃない!!

 かっとびんぐよ!! わたしぃぃ!!

「私はデッキワンサーチシステムを発動する!!」
 デュエルディスクの青いボタンを押して、デッキからカードをサーチする。(手札5→6枚)
 メリーもルールによってカードをドローした。(手札0→1枚)
「……ふっふっふ、いいわよ。そんなに私に萌えたいなら、見せてあげるわよ……!」
「な、なんですか?」
「これが私の全力全開!! 発動よ!!」
 手にしたカードを高く掲げ、勢いよくデュエルディスクに叩き付けた。


「フィールド魔法!! "霊使いパラダイス"!!」






 霊使いパラダイス
 【フィールド魔法・デッキニャン】
 「霊使い」と名のついたカードが15枚以上入っているデッキにのみ入れることが出来る。
 このカードは効果を無効にされず、場から離れない。
 このカードが場に表側表示で存在する限り、ライフポイントは「萌えポイント」になる。
 (プレイヤーが萌えたとき、そのプレイヤーの持つ萌えポイントは消費される。また、萌えポイントが
 0になったとき、そのプレイヤーは決闘に敗北する)
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 香奈:2700LP→2700MP(萌えポイント)   メリー:7000LP→7000MP

 途端にあたりがメルヘンチックな世界へと変化する。
 綺麗なお花畑に、舞う蝶々たち。屋内にもかかわらず真っ青な空が見えた。
「新たにフィールド魔法が発動されたことで、"死皇帝の陵墓"は破壊されるわ!」
「しまった!」

 死皇帝の陵墓→破壊

「で、でもこの程度で―――!?」

 メリー:7000→6950→6900→6850MP→……… 

「そんな!? 私のMPが減少してる!?」
「ふふふ、気づかなかったの? あんたは常に私に萌えている状態なのよ! 当然、立ってるだけでMPが消費されるの
よ!」
「くっ! 私が萌えることを逆に利用するなんて、なんてカードなの!!」

「まだまだぁ!! 立ち上がれ私の分身! 召喚!! "火霊使いヒータ"!


 火霊使いヒータ 炎属性/星3/攻500/守1500
 【魔法使い族・効果】
 リバース:このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 相手フィールド上の炎属性モンスター1体のコントロールを得る。


「攻撃表示!?」
「そうよ! パラダイスの中では、霊使いは相手のMPに直接ダメージを与えることが出来るのよ!!」
「なっ!?」
 ヒータが手に持った杖を振る。
 その先端からハート形の炎が発射されて、メリーの体を打ちぬいた。
「あぁん♪」

 メリー:6600→6100MP→………

「な、なんて萌え――もとい、恐ろしいカードなの」
「これで私は、ターンエンドよ!!」

-------------------------------------------------
 香奈:2700MP

 場:霊使いパラダイス(フィールド魔法・デッキニャン)
   火霊使い−ヒータ(攻撃:500)

 手札4枚
-------------------------------------------------
 メリー:5950MP

 場:光神機−轟龍(攻撃:2900)
   光神機−桜火(攻撃:2400)
   神の居城−ヴァルハラ(永続魔法)

 手札1枚
-------------------------------------------------

「私のターン、ドロー!!」(手札1→2枚)
 こうしてターンを進めている間にも、メリーのライフは減り続けている。
 あはは、どんどん萌えればいいのよ。それでどんどんMPを消費し尽くしちゃえばいいのよ!!
「ふ、ふっ、ヒータちゃん、ちょっと悪戯がすぎたよ。大丈夫、優しいお姉ちゃんがきちんと調教―――もとい、教育し
てあげるからねぇ〜♪」
「やれるもんならやってみなさいよ!」
「うふふ、ヒータちゃんは肝心なことを忘れているわ。たしかに霊使いはMPにダメージを与えられるけど、私の場には
高い攻撃力を持ったモンスターがいる! 全員で攻撃すれば、あなたのライフはあっという間に0になるのよ!」
 勝利を確信したメリーが、モンスターへ攻撃宣言した。
 2体の機械天使が口から光線を放つ。
 あまりのスピードに、場にいるヒータは避けられない。
 光線同士が衝突し、大きな爆発を引き起こした。
「あははは! これで、いよいよお楽しみタイムだわぁ♪ はぁ〜〜、どんな子に仕上げてあげようかしらぁ♪」


「なに勘違いしてるのよ」


「え?」
「場をよく見てみなさい」
 メリーが粉塵舞うフィールドを凝視する。
「なっ!?」
 次の瞬間、驚愕の声を上げるメリー。
 なぜなら、私の場にいる火霊使い−ヒータは健在。
 しかも―――

 香奈:2700MP

「馬鹿な……!」
「残念だったわね。モンスターの攻撃はライフポイントにダメージを与えるのよ。でも今は萌えポイントに変換されてい
る。つまり!! ただの攻撃じゃ私のポイントは削れないってことよ!」
「し、しまった。迂闊だった……! でも、霊使いが破壊されていないのはなぜ!?」
「"霊使いパラダイス"の中では、霊使いは戦闘では破壊されない!!」



 霊使いパラダイス
 【フィールド魔法・デッキニャン】
 「霊使い」と名のついたカードが15枚以上入っているデッキにのみ入れることが出来る。
 このカードは効果を無効にされず、場から離れない。
 このカードが場に表側表示で存在する限り、ライフポイントは「萌えポイント」になる。
 (プレイヤーが萌えたとき、そのプレイヤーの持つ萌えポイントは消費される。また、萌えポイントが
 0になったとき、そのプレイヤーは決闘に敗北する)
 「霊使い」と名のついたモンスターが攻撃するとき、そのモンスターの攻撃力分の萌えポイントを
 相手から消費させることが出来る。
 また、「霊使い」と名のついたモンスターは戦闘で破壊されない。


「なんて強力なデッキワン……もとい、デッキニャンカードなの!」
「あはははは!! これが私のデッキの切り札よ!! さぁ萌えなさい! 萌え死んじゃいなさい!」
「くっ……カードを1枚伏せてターンエンド!!」

-------------------------------------------------
 香奈:2700MP

 場:霊使いパラダイス(フィールド魔法・デッキニャン)
   火霊使い−ヒータ(攻撃:500)

 手札4枚
-------------------------------------------------
 メリー:5650MP

 場:光神機−轟龍(攻撃:2900)
   光神機−桜火(攻撃:2400)
   神の居城−ヴァルハラ(永続魔法)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------

「私のターン、ドロー!!」(手札4→5枚)
 いける。いけるわ! このまま霊使いで攻撃していけば相手のMPを0にすることが出来る。
 この決闘に勝利することが出来る!
「"光霊使いライナ"を召喚するわ!」


 光霊使いライナ 光属性/星3/攻500/守1500
 【魔法使い族・効果】
 リバース:このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 相手フィールド上の光属性モンスター1体のコントロールを得る。


「バトルよ!! 2体で攻撃!!」
 ヒータとライナが力を合わせて、メリーへハート形の魔法を打ち出す。
 その魔法に胸を撃ち抜かれて、メリーは再び変な声を出した。
「きゃわん♪」

 メリー:5600→5100→4600MP

「カードを1枚伏せて、ターンエンドよ!!」



 そして、メリーへターンが移行した。



「………うふふ♪ 楽しい夢は見られたかしら?」
「な、なに?」
 メリーが不気味な笑みを浮かべて、こちらを見つめてくる。
 ど、どういうこと? 状況は圧倒的に相手の方が不利なはずなのに―――

 メリー:4600MP

「っ!? MPが、減少していない……!?」
「ふふ、そうよ。ようやくあなたの姿にも慣れたわ。これで常時、萌えることでMPが減ることは無くなった。そして
"霊使いパラダイス"の弱点も見つけたわ!!」
「えぇ!?」
「私のターン、ドロー!」(手札1→2枚)
 メリーは元気を取り戻して、カードを勢いよく引き抜いた。
 この完全無欠のフィールド魔法に弱点なんかあるわけない。きっとハッタリよ!
「手札から"強制転移"を発動!!」
「あ!」


 強制転移
 【通常魔法】
 お互いはそれぞれ自分フィールド上のモンスター1体を選び、
 そのモンスターのコントロールを入れ替える。
 そのモンスターはこのターン表示形式を変更できない。


「私は"光神機−轟龍"を選択する。さぁ、ヒータちゃんはどっちの霊使いを私にくれるのかなぁ?」
「くっ……!」
 そういうことね。パラダイスの効果は相手にも及ぶ。
 つまり私の霊使いを奪って攻撃すれば、同様の効果が相手も使えるということだ。
 まさかこんな攻略法があるなんて……油断してたわね。
「私は……ライナを選択するわ」
 場にいる霊使いと機械天使が場所を移動する。
 これで相手も私のMPを消費できるようになった。でも、なんで相手は轟龍を送りつけてきたの?
「ふふふ、まだまだ! 手札から"フォース"を発動する!」
「……!」


 フォース
 【通常魔法】
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター2体を選択して発動する。
 エンドフェイズ時まで、選択したモンスター1体の攻撃力を半分にし、
 その数値分もう1体のモンスターの攻撃力をアップする。


「これで轟龍の攻撃力を半分にして、ライナの攻撃力を1450ポイント上昇させるのよぉ♪」
 私の場にいる機械天使の体が収縮し、逆にメリーの場にいるライナの持つ杖が光輝いた。

 光神機−轟龍:攻撃力2900→1450
 光霊使いライナ:攻撃力500→1950

「そ、そんな……!」
「さぁバトル!! 桜火で轟龍を攻撃!」
 メリーの場の機械天使の突進で、私の場にいるモンスターは吹き飛ばされてしまった。
 霊使いパラダイスのおかげでMPに支障は無いけど、それでも……!!
「そしてライナの攻撃!! さらに攻撃宣言時に伏せカード"ストライクショット"を発動!!」
「っ!」


 ストライク・ショット
 【通常罠】
 自分フィールド上に存在するモンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 そのモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで700ポイントアップする。
 そのモンスターが守備表示モンスターを攻撃した場合、
 その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


 光霊使いライナ:攻撃力1950→2650

「きゃああああ!!」

 香奈:2700→50MP

「きゃあん♪ 今の表情、すごく可愛かったわぁ♪ 少しお姉さんのMPも減っちゃった♪」

 メリー:4600→4200MP

「うふふ♪ もう少しで、た〜のしい時間が始まるわぁ♪」
「うっ……」
「た〜っぷり、その体に教え込んであげるからねぇ〜。ヒータちゃんの体、見せてもらオウカしら。ターンエンド」
 メリーのエンド宣言とともに、ライナの上昇していた攻撃力は元に戻った。

 光霊使いライナ:攻撃力2650→500

-------------------------------------------------
 香奈:50MP

 場:霊使いパラダイス(フィールド魔法・デッキニャン)
   火霊使い−ヒータ(攻撃:500)
   伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------
 メリー:4200MP

 場:光霊使いライナ(攻撃:500)
   光神機−桜火(攻撃:2400)
   神の居城−ヴァルハラ(永続魔法)

 手札0枚
-------------------------------------------------

「…………」
 とんでもないことになってしまった。
 完全に勝っていたはずなのに、たった1ターンで逆転されてしまった。
 どうしよう。このままじゃ負けちゃう。
 負けたくない。負けたくない。負けたkunai。負けたくない!!
「ほらほら、ヒータちゃんのターンですよぉ?」
「……!」
 メリーは完全に勝ち誇っている。
 とにかく、このターンのドローでなんとかしないと!!
「私のターン、ドロー!!」(手札3→4枚)
 引いたカードを手札に加えて、改めて状況を確認する。
 こうなったら……やるしかない。
「はははは」
 笑いが込み上げてきた。
 完全にリミッターが外れたんだと思った。
 今なら、文字通り何でも出来そうな気がする。
 そうよ。今の私は朝山香奈じゃない。火霊使いヒータなのよ!!
「手札から"死者蘇生"を発動!!」


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


「この効果で、あんたの墓地にいる"光神機−轟龍"を特殊召喚する!!」
「!? いまさらそんなモンスターを呼び出して、いったい何を―――」
「そして伏せカード"受け継がれる力"を発動よ!!」
「……!!」


 受け継がれる力
 【通常魔法】
 自分フィールド上のモンスター1体を墓地に送る。
 自分フィールド上のモンスター1体を選択する。
 選択したモンスター1体の攻撃力は、発動ターンのエンドフェイズまで
 墓地に送ったモンスターカードの攻撃力分アップする。


 光神機−轟龍→墓地
 火霊使いヒータ:攻撃力500→3400

「さらに手札から"風霊使いウィン"を召喚!」


 風霊使いウィン 風属性/星3/攻500/守1500
 【魔法使い族・効果】
 リバース:このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 相手フィールド上の風属性モンスター1体のコントロールを得る。


「ふ、ふっ! 惜しかったわねヒータちゃん。その2体で攻撃しても合計は3900ポイント。私のMPは300残って
しまうのよ?」
「ええ。たしかに……これが普通の決闘だったら負けてたわよ。でもね、この"霊使いパラダイス"には裏ワザがあった」
「裏ワザ……!?」
「ええ。萌えポイントが、プレイヤーが萌えることで消費するというのなら、私があんたを萌えさせてしまえばいいって
ことよ!!」
「し、しま――――!」
「バトル!! ウィンとヒータで攻撃ぃぃ!!」
「きゃああああん♪」

 メリー:4200→3700→300MP

「そしてぇ!! 私のダイレクトアターーーック!!」
 床を蹴って、メリーへと向かう。
「く、くるな。くるなぁぁぁ!!」
 逃げようとする相手だったが、私の方が早かった。
 背を向けるメリーに抱き着いて、その耳元でそっと囁く。 

「メリーおねぇちゃん。だぁいすきぃ♪」

「……!! も、萌えぇぇ!!!!!」

 メリー:300→0MP






 メリーのMPが0になる。




 そして決闘は、終了した。









「うひひひ、ヒータちゃん、萌えぇぇ♪」
 想像以上に効いたのか、メリーは床に倒れたまま動かなかった。
 無駄っていうくらい幸せそうな表情なので、心配はいらないと思う。

「メリー。あんたの敗因は、たった1つ。たった1つのシンプルな答えよ」

 倒れるメリーに向かって、私は堂々と言い放った。



「あんたは私に萌えすぎた」



「さすがヒータちゃん! 他人が出来ないことを平然とやってのける! そこがシビれる! 憧れるぅ!!」
 雫がクククと笑いを押し殺しながらやってきた。
 決闘が終わったことで、急激に頭が冷えていく。
 あの妙なテンションも元に戻って、決闘中に自分がやってきたことがフラッシュバックしてきた。
「……!!」
 顔が沸騰しそうになった。
「い、いやぁ!!」
 ホールから逃げるように、私はスタッフエリアへ駆け込んだ。



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 休憩の終わった本城真奈美は、気持ちを引き締めてキッチンへと行った。
「朝山さんに雨宮さん……ホールかなぁ?」
 辺りを探していると、部屋の角に見覚えのある人影がしゃがみ込んでいた。
 なぜか辺りが暗い雰囲気に包まれているように見える。
「あ、朝山……さん……?」
「………………」
 呼びかけるが、香奈は答えない。
「真奈美、とりあえず今は、そうっとしておいてやろう」
 諭すように言う雫は、なぜか笑いを堪えていた。
 自分が休憩している間に、いったい何があったのだろうか。

 真奈美がそれを知ることになるのは、当分、先の話である。













 こうして、香奈と真奈美のバイト最終日は、無事(?)に終了した。




 
――エピローグ――

 バイトが終了してから2日後。秋休み最終日。
 香奈は大助を誘って、一緒にデパートに来ていた。
「急に誘ってきて、どうしたんだよ?」
「別に。ちょうどお小遣いが入ったから、ちょっと買い物に付き合ってもらおうと思っただけよ」
「そう……か?」
 少し戸惑っているような大助の表情を横目で見る。
 普段はこんな態度しているくせに、実はコスプレ好きだったのよね……。
 どうしよう。大助の趣味に文句をつけるつもりはないんだけど、やっぱり本当にコスプレ好きなのかどうか気になる。
ちょっとだけ、さりげなく聞くくらいなら……いいかしら。
「だ、大助!」
「なんだよ?」
「そ、その、大助は……えと……」
 まずいわ。いざ言おうと思うと、どうしても躊躇ってしまう。
 嫌われたりしないかしら。自分の趣味に文句付けるなって怒られたりしないかしら。
「俺が……どうしたんだ?」
「な、なんでもないわよ!! 大助のバカバカバカ!!」
「はぁ? 俺、なんかお前にしたか?」
「ふん! 知らないわよ!」
 躊躇いを誤魔化すために、怒ったふりをしてそっぽを向く。
 やっぱり聞けない。聞くタイミングがない。
 どうしよう。本当にどうしよう……。






「なんで怒ってるんだよ。別にバイトの邪魔はしなかっただろ?」





 …………………………え?

「何を……言ってるの……?」
「だから、喫茶店でバイトしているのを邪魔したわけじゃないだろ。そりゃ、ちょっと無茶な要求したかもしれないが、
あのメニューの中じゃあれが最善の選択だろ?」
「気づいて……たの?」
「まぁな。幼なじみを何年続けていると思っているんだよ。気づかない訳ないだろ?」
「……………」

 ……ふーん……そうですか……。
 つまり大助は、気づいていながらも私に「食べさせてあげるね♪」を選択したと……。

 はははは、よ〜く分かりましたよ。大助はコスプレ好きじゃないってことが。
 純粋に、私がコスプレしてバイトしていたから恥ずかしくなって目を逸らしていたってことね。

「それにしても、普通に似合ってたな。その、まぁ、なんていうか、可愛かった……って、香奈?」
「大助のぉ……!」
「え? あれ? な、なんで怒ってらっしゃるんですか? 香奈さん??」
「大助のぉぉぉ……!!」
「お、おい??」









「大助の、バカあああああああ!!!!」





「ぎゃああああああああ!!!??」




 香奈と大助の叫び声が、デパートの中に響き渡ったのは、言うまでもない。





 おわり




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