リアルタイムデュエル大会

製作者:プロたん






 御伽 龍児 様

 おめでとうございます!
 あなたはリアルタイムデュエルのモニターに選ばれました!

 同封されているデュエルディスクを装着して「リアルタイムデュエル大会」にご参加ください!
 大会優勝者には素敵なプレゼントをご用意しております!





第1章 5月18日(金)午前9時00分

「あ、御伽くん、おはよう……って、あれ? その腕のデュエルディスク……」
 5月18日午前8時25分。教室に現れた僕の姿を見つけて、遊戯が駆け寄ってくる。
 遊戯の視線の先は僕の左腕。そこにはデュエルディスクが装着されていた。
「何だそのディスク……? なんだか古くさい形してンな……」
 いつの間にか近づいてきた城之内が僕のデュエルディスクをまじまじと見つめる。
 僕は左腕のデュエルディスクに目をやった。
 城之内の言う通り、このデュエルディスクは海馬コーポレーションから市販されているものではない。世の中にはデュエルディスクの類似品もあるが、僕の知っている類似品のいずれとも異なる形状をしていた。
 このデュエルディスクは、一言で言えば「陶器」。土をこね、焼いて出来上がるあの「陶器」なのだ。その分だけ少々重みもあり、左腕を構え続けると少し腕が疲れてくる。
「どうしたの御伽くん、このデュエルディスク……」
「まさかお前ンとこの店で売り出すつもりじゃねえだろうな?」
 このデュエルディスクは、もちろん売り物ではない。
「実は先週、この手紙と共に家に届いたんだ……」
 僕は、カバンからデュエルディスクに同封されていた手紙を取り出した。

 御伽 龍児 様

 おめでとうございます!
 あなたはリアルタイムデュエルのモニターに選ばれました!

 同封されているデュエルディスクを装着して「リアルタイムデュエル大会」にご参加ください!
 大会優勝者には素敵なプレゼントをご用意しております!

「リアルタイムデュエル大会? 何だそりゃ」
 城之内が眉間にしわを寄せながら首を傾げる。
「ちょっと怪しいけど、面白そうだね」
 そう言いながら、遊戯は僕の手元にある手紙を覗き込もうとした。手紙の続きが気になっているようだ。
 手紙には続きがある。その続きには大会のルールが書かれているのだ。

 本大会で適用されるルールは、普及しているスーパーエキスパートルールとは異なります。
 その名も「リアルタイムデュエル」。
 このルールは、リアルタイムでバトルが繰り広げられる緊張感溢れるデュエルなのです!

 別紙の「大会のルール」をよくお読みください。

「リアルタイムデュエル大会のルールか……。それは気になるなぁ」
「早く続き! 続き見せろって!」
「あわてるなって! ほら!」
 僕は、リアルタイムデュエル大会のルールの詳細が書かれている紙を遊戯達に渡した。
 その紙には20の項目に分かれ、事細かにルールが書き込まれていた。
 それらのルールを少しずつだが、紹介していこう。

[ルール04]
 デュエルはリアルタイムデュエルで行われる。ターンの概念がなくなり攻守が入り混じる。

 リアルタイムデュエルでは、デュエルに「時間」の概念が加わる。
 一般的なスーパーエキスパートルールでも「1ターンの思考時間」という形で時間の概念は存在するが、リアルタイムデュエルはそれが「1秒単位」で効いてくるのだ。
 リアルタイムデュエルは、カードゲームの名を冠した実戦のようなものかもしれない。ゆっくり戦略を考えていたらその間にやられてしまう。素早く的確な判断力が求められるのだ。

[ルール10]
 バトルフィールドは童実野町全域。この中で対戦相手合計8人を見つけてデュエルを行う。

[ルール12]
 ライフが0になったデュエリストは敗北。最後まで残ったデュエリストが優勝する。

 大会は、バトルロワイアル形式で行われる。いや、サバイバル形式と言った方がいいだろうか。童実野町内で対戦相手を見つけて勝ち残っていくのだ。
 プレイヤーの位置は衛星によって把握されており、童実野町から出ると即座に失格になるらしい。
 しかし、それよりも気になるのは――
「なあ御伽、『対戦相手8人』って誰なんだろうな?」
「いや、それが分からないんだよ」
 対戦相手8人。僕には参加者が誰か知らされていないのだ。
 僕が分かっているのは、8人の参加者の1人が自分であることだけだ。

[ルール11]
 他の大会参加者が半径20メートル以内にいる場合はデュエルディスクが反応する。ただし、その参加者の位置や正体は取得できない。

 デュエルディスクのデッキを格納するスペースの隣には、小さなガラス玉が埋め込まれている。そのガラス玉が光ると、他の大会参加者が半径20メートル以内にいることを示すらしい。
 そして――
「あれ? そのガラス玉光ってる? まさか……!」
 実は、校舎に入って教室に近づいたところから、ずっとガラス玉は光り続けている。
「ああ。どうやらこの学校内に僕以外の大会参加者がいるらしい」
 一体誰が対戦相手なのか?
 大会中、その大会参加者はデュエルディスクをつけている必要がある。そのため、参加者が誰かは一目見れば分かる。少なくともこの教室には他の参加者はいない。
 近くの教室に参加者はいるはずだ。今すぐに探しにいこう――と思うのだが、そういうわけにもいかないようだった。
「朝の連絡を行うぞ。ほら! 席に着け!」
 時刻は8時35分。おとなしく自分の席で座っていなければならない時刻になっていたからだ。

「ええと、今日の欠席者は海馬瀬人……。それと今日は金曜日だが週末だからって気を抜くなよ! 以上!」
 担任の連絡が終わると同時に1時間目の教師が教室に入ってくる。
 次第に僕の緊張が高まっていた。
 もちろん、授業を受けるのに緊張してるわけではない。

[ルール20]
 5月18日(金)午前9時から大会開始。

 もうすぐリアルタイムデュエル大会が始まるからだ。
 奇妙な手紙とデュエルディスクから始まるこの大会。正直、怪しいことは否定できない。だが、僕はそれ以上にリアルタイムデュエルが見せるバトルに期待を寄せていたのだ。
 1時間目の授業が始まり、時刻は間もなく午前9時。僕は教室の時計に釘付けだった。その秒針すらも追っていく。

 そして、時計の長針と短針でつくる角度がちょうど90度になった。
 5月18日金曜日午前9時00分。リアルタイムデュエル大会の幕が静かに切って下ろされた。



第2章 混沌を制す者

 9時になって僕はすぐにデッキからカードを5枚引いた。

【初期手札】
 ギガンテス
 カオス・ネクロマンサー
 混沌帝龍 −終焉の使者−
 風魔手裏剣
 カオス・グリード

 手札には3枚のモンスターカードと2枚の魔法カードがあった。
 悪くない手札だ。なぜなら、最強クラスのカード言われる「混沌帝龍(カオスエンペラードラゴン)」があるからだ。その代わり、発動すらままならない「カオス・グリード」があるのは問題だが……。
 さて、このリアルタイムデュエル大会は、デッキの構築にも特殊なルールが適用されている。

[ルール01]
 デッキの持ち込み不可。

 まず、自分のデッキを持ち込むことができない。

[ルール02]
 デッキは既存のOCGパックに収録されているカードからランダムで100枚選出したものを使用する。

 そして、大会で使うデッキは、あらかじめ選択したOCGパックからランダムに選出されたカードによって構築されることになる。
 例えば、「黒魔導の覇者」パックを選んだデュエリストは、同族感染ウイルス、カオス・マジシャン、ビックバン・シュートなどのカードから成るデッキとなる。この時、他のパックのカードは一切使えない。さらにパックのカードを自分で選んでデッキを作ることもできない。一つのデッキに強いカードから弱いカードまで混在することになるのだ。
 僕は、大会が始まる今日より前に、一つのパックを選択していた。そのパックのカードから成るデッキセットが届いたのが一昨日だった。
 手札のカードを見る。ギガンテス、カオス・ネクロマンサー、混沌帝龍 −終焉の使者−、風魔手裏剣、カオス・グリード――これらのカードが収録されているパックは「混沌を制す者」。OCG第3期6番目のパックで、禁止カードになった開闢終焉が封入されたことで有名なパックだ。
 ちなみに――

[ルール03]
 禁止・制限・準制限カードは無視してよい。

 デッキはパックのカードからランダムで構築されるので、禁止カードなどのデッキ構築ルールは無視してよいことになっている。
 サンダー・ボルトやブラック・ホールが収録された「青眼の白龍伝説」パックを選んでも、それらの禁止カードを使うこともできる。ただ、「青眼の白龍伝説」パックは、ワイトに代表されるザコカードが多く、パック全体の戦力としては心許ない。
 それに対し、「混沌を制す者」パックは混沌帝龍(カオスエンペラードラゴン)をはじめとする強力カードだけでなく、他のカードの戦力も一定の水準を保っている。そのため、僕は「混沌を制す者」パックを選んだのだ。

 さて、今の僕の手札は5枚。
 デュエルしている対戦相手がいるわけではないのに、まるで対戦相手がいる時のようにデッキからカードを引いている。
 リアルタイムデュエル大会は、いつデュエルが始まっていつデュエルが終わるか明瞭になっていないのだ。

[ルール13]
 ライフポイントは4000。デュエルが中断・終了しても回復しない。

[ルール15]
 デュエルで使用したモンスター、魔法・罠は、デュエル終了後も場に残る。

 これらのルールに記されているように、ライフポイントや場のカードは、デュエル毎にリセットされず維持されていく。
 手札、デッキ、墓地のカードもこれに同様。デュエルを行っていなくとも、ライフポイントやカードは存在し、維持されているのだ。
 最初に言ったかもしれないが、リアルタイムデュエル大会はカードゲームの名を冠した「実戦」である。デュエルごとにライフやカードがリセットされるという考え方のほうがおかしいのだ。

「それでは今日はここまで。各自しっかり復習しておくように。テストは近いんですからね」
 気付けば、1時間目の授業が終わっていた。机の上で開かれたノートは真っ白。リアルタイムデュエル大会のことばかり考えていて、授業なんてまるで聞いていなかった。
「おう! 御伽! 早速探してみようぜ!」
 授業が終わると同時に城之内がやってきた。
「探すって何を……?」
 僕はそう言いながら、彼が探そうとしているモノが何かを悟った。
「そうか、対戦相手……」
 僕の左腕に装着され続けているデュエルディスク。そこに埋め込まれたガラス玉は光っている。それは、半径20メートル以内に対戦相手がいることを示していた。
 そうだ。せっかく休み時間になったのだから、このガラス玉が光っている原因となっている対戦相手を探しておきたい。
 僕はデュエルディスクを構え、席を立った。

 2時間目開始のチャイムが鳴った。
 結論から言えば、対戦相手は見つからなかった。
 対戦相手は半径20メートル以内にいる。両隣のクラスを探せば見つかるはずなのだが、そのどちらにもいなかったのだ。
 学校内にいるその対戦相手は隠れているのだろうか。例えば、手札の状態が悪く、デュエルしても負けてしまう状況だとか……。
「あ……」
 そこまで考えて気付いた。僕の手札も悪くはないが、今すぐ戦える状態とは言えなかったのだ。
 今の手札は、ギガンテス、カオス・ネクロマンサー、混沌帝龍 −終焉の使者−、風魔手裏剣、カオス・グリードの5枚。
 3枚のモンスターカードのうち、ギガンテスと混沌帝龍(カオスエンペラードラゴン)の2枚は召喚条件を満たしていないため場に出せない。残り1枚は、墓地のモンスターの数に応じて攻撃力を上げるカオス・ネクロマンサー。墓地にカードがない今の状態では、攻撃力0のザコモンスターに過ぎない。
 2枚の魔法カード――風魔手裏剣、カオス・グリードも条件を満たさなければ発動すらままならない。
 すなわち、今の状態でデュエルしたら、攻撃力0のカオス・ネクロマンサーしか使えないという悲惨な状況になってしまうのだ。
 これでは対戦相手を見つけてもすぐに負けてしまいかねない。しばらくは目立つ行動は控えるべきだろう。
 それまではなんとしても手札を増強したい。

[ルール18]
 デッキからカードをドローできるのは、1時間毎のドロータイムのみ。

 リアルタイムデュエル大会におけるドローは、特別なカード効果以外では1時間に1回だけである。
 ちょうど時計の長針が12の文字盤を指す00分。その時間がデッキからカードを1枚ドローできるドロータイムとなる。
 今、2時間目が始まって13分が経過した9時58分。間もなく午前10時になろうとしていた。僕は再び教室の壁掛け時計の秒針を追っていた。



第3章 リアルタイムデュエル

 10時になり、僕はデッキからカードを1枚手札に加えた。
 デッキから引いたカードは、鬼ゴブリン。
 攻撃力1200守備力1500で、そのモンスター効果は今の手札では全く役に立たない。いわゆる低級モンスターカードであった。少し肩を落とす。
 しかし、今の手札を見ると――

【現在の手札】
 鬼ゴブリン
 ギガンテス(召喚不可)
 カオス・ネクロマンサー(攻撃力0守備力0)
 混沌帝龍 −終焉の使者−(召喚不可)
 風魔手裏剣(発動不可)
 カオス・グリード(発動不可)

 今の手札は、召喚条件や発動条件を満たしていないカードばかりである。鬼ゴブリンが一番マシという状況だ。
 仕方がない。あまり気乗りはしないが、鬼ゴブリンを場に出しておこう。
 僕は手札から鬼ゴブリンを裏側守備表示でデュエルディスクにセットした。

[ルール16]
 デュエル中以外でもカードを場に出すことができる。

 リアルタイムデュエルでは、デュエル中以外でもライフやカードが維持される。そのためか、デュエルしていなくともカードを場に出すことは許される。
 デュエルが始まった時に備え、場にカードを出しておくのは基本戦術となるだろう。

[ルール17]
 デュエル中以外においては、モンスターはフィールドに1体のみ、魔法・罠も1枚だけしか出せない。これを超える分はデュエル終了3分以内に墓地に送らなければならない。

 とは言っても、デュエル以外では場に出せるカードの数に制限がある。
 この制限がなかったら、最初に場に出しておいたカードだけでほぼ勝敗が決まってしまう。ゲームバランスを取るためには必要なルールなのだろう。

 そして、時間は経過していく。
 授業中にはリアルタイムデュエル大会のことばかり考え、休み時間には自分から対戦相手を探しにいくようなことはせず、おとなしく教室で待機。
 午前11時、正午12時のドロータイムでは、それぞれ連鎖除外、重力解除のカードをドローした。これら2枚のうち、重力解除は、フィールド全てのモンスターの表示形式を変える効果を持つ優良な罠カード。相手モンスターの攻撃に備えて場にセットしておくことにした。
 場には鬼ゴブリンと重力解除。正直なところ、あまり良くはない。もっとも、パックからランダムに選ばれたカードから成るデッキでは、戦力が不安定になって当たり前なのだが……。

 午後12時38分。午前中の授業が終わり、昼休みになっていた。
 僕は、遊戯達と一緒に校庭で食べることになった。
 左腕には陶器製のデュエルディスク。校舎から出て一瞬だけガラス玉の光が消えたが、しばらくしたら再び輝き始めた。
「それにしても、厄介なデュエルに巻き込まれたもんだな」
「大会は9時からずっと続いてるんでしょ? なんだかずっと大会のこと考えちゃうよね」
「うん。そうだね……」
 僕は遊戯達の話に返事をしながら、周囲の様子をうかがっていた。
 今僕のいる校庭には、僕達の他にポツポツと生徒の姿が見られる。だが、どの生徒も僕から半径20メートル以上離れているように見える。それでは、今光っているこのガラス玉の説明がつかない。ガラス玉が光っていれば、近くに対戦相手がいるはずではないのか……?
「……!」
 がさりと背後の植え込みから音がした。
「ヒョヒョ……見つけた……」
 そして、どこかで聞いたことのある声。
「セイバー・ビートル! 攻撃しろ!」
 僕が振り返ると、そこには僕と同じデュエルディスクを構えた少年の姿があった。
「インセクター羽蛾!」
 そしてその後ろには、実体化されたセイバー・ビートルの姿があった。
 セイバー・ビートルは、光り輝く鋭利なツノをまっすぐに振り下ろしてくる。
 突然の出来事に、事態が把握しきれない……!

[ルール04]
 デュエルはリアルタイムデュエルで行われる。ターンの概念がなくなり攻守が入り混じる。

 リアルタイムデュエル!
 午前9時を過ぎたらデュエルはいつ始まってもおかしくない。これはカードゲームの名を冠した実戦!
 そして、今……。僕は、攻撃されている!
「ならば迎え撃つ!」
 僕はデュエルディスクを構えた。守備表示の鬼ゴブリンが僕の前に現れる。
 だが、結果は見えていた。
 セイバー・ビートルの攻撃力は2400。
 それに対し、守備表示の鬼ゴブリンの守備力はわずか1500。
 セイバー・ビートルのツノが鬼ゴブリンをなぎ払う。鬼ゴブリンは吹っ飛ばされ、そのまま消滅した。
「ヒョヒョヒョ! どうだぁ! オレ様のセイバー・ビートルの攻撃は!」
 インセクター羽蛾が僕を見下して笑った。
「くっ……。だが、元より鬼ゴブリンは一時しのぎに過ぎない。1回分の攻撃を受けただけでもよしとするさ」
「ヒョヒョヒョ……忘れているのかな? セイバー・ビートルの特殊能力を!」
「……!」

セイバー・ビートル 地 ★★★★★★
【昆虫族・効果】
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
攻撃力2400 守備力600

 しまった! セイバー・ビートルには貫通ダメージ能力が備わっている!
 通常は守備表示モンスターを倒されてもダメージは受けないが、貫通ダメージ能力を持った敵は別。セイバー・ビートルの攻撃力2400から鬼ゴブリンの守備力1500をマイナスした数値だけ、僕はダメージを受けてしまう。すなわち――
「ヒョヒョヒョ! 早くも900ライフ失ったな! 御伽くぅん?」
 そう、僕のライフは3100。ライフの4分の1が失われてしまった!
「御伽!」
「御伽くん!」
「おいコラ卑怯だぞ! 奇襲戦法なんて!」
 事態を飲み込んだ遊戯達が僕の周囲に集まる。
「奇襲戦法が卑怯ォ? これも立派な作戦さ!」
「なんだとぉ!」
 そして、なぜか城之内と羽蛾が睨み合っている。
 奇襲戦法は確かに卑怯くさいがルール違反ではない。今のは、背後の植え込みを見落としていた僕が悪いのだ。
 そうだ。落ち着け。落ち着いて今の状況を把握するんだ。僕は耳のダイス型イヤリングに手をやった。いつもの手触りが返って来る。
 相手の場には、攻撃力2400のセイバー・ビートルが1体。
 僕の場には伏せトラップの重力解除が1枚。
 僕の手札には、ギガンテス、カオス・ネクロマンサー、混沌帝龍 −終焉の使者−、風魔手裏剣、カオス・グリード、連鎖除外の6枚のカードがある。
 さらにルールを確認する。

[ルール05]
 モンスターのバトル中は、メインフェイズで行う処理(速攻魔法以外の魔法カードの使用、モンスターの通常召喚や表示形式の変更、カードのセットなど)が行えない。

[ルール06]
 攻撃を仕掛けたモンスターは、攻撃終了後1分間は攻撃を仕掛けられない。

[ルール07]
 通常召喚は1分に1度しか行えない。

[ルール08]
 罠は場に伏せてから30秒経過後に発動可能。

[ルール09]
 カード効果はOCGに準ずるが、カードによってはリアルタイムデュエルに対応する処理に変更される場合がある。

 ならば、今、取るべき戦術はただ一つ!
「僕は墓地の鬼ゴブリンをゲームから除外し、ギガンテスを守備表示で特殊召喚する!」
「ヒョ?」

ギガンテス 地 ★★★★
【岩石族・効果】
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の地属性モンスター1体をゲームから除外して特殊召喚する。このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。
攻撃力1900 守備力1300

「なーんだ! ただのザコモンスターじゃないか! しかも守備表示! またしてもセイバー・ビートルのエジキ!」
 インセクター羽蛾は笑う。
「さて、オレのセイバー・ビートルの攻撃から1分が経過した。これによりセイバー・ビートルは次の攻撃を仕掛けることができる」

[ルール06]
 攻撃を仕掛けたモンスターは、攻撃終了後1分間は攻撃を仕掛けられない。

「さあ! サイバー・ビートルの次の攻撃を喰らえ!」
 そして、セイバー・ビートルはそのツノをギガンテスに向けて突き刺そうと突進してきた。
 ……かかったな!
「エジキになるのはキミだよ! インセクター羽蛾!」
「……ヒョ?」
「トラップカード発動! 重力解除!」

重力解除
(通常罠カード)
自分と相手フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターの表示形式を変更する。

「表示形式変更トラップ……?」
「そう。このトラップカードにより、キミのセイバー・ビートルは守備表示になり、僕のギガンテスは攻撃表示になる。ギガンテスの攻撃力は1900、対してセイバー・ビートルの守備力はわずか600……」
 攻撃を仕掛けたセイバー・ビートルの動きが止まる。
「そして! 攻撃表示となったギガンテスの攻撃! セイバー・ビートルを打ち倒せ!」
 僕はそう宣言し、すかさず攻撃を仕掛けた。
「セイバー・ビートル! 表示形式の変更……変更! 攻撃表示になれ!」
「もう遅い! バトルは始まった!」

[ルール05]
 モンスターのバトル中は、メインフェイズで行う処理(速攻魔法以外の魔法カードの使用、モンスターの通常召喚や表示形式の変更、カードのセットなど)が行えない。

 表示形式の変更させる暇など与えてはいけない。
 この戦術で重要なのは「時間」だ。重力解除とギガンテスで反撃することくらいは、ある程度デュエルに精通した人ならば想像はつく。
 だが、リアルタイムデュエルでは、重力解除を使った後、相手に表示形式を変更する隙が生まれる。この隙を潰すためには一刻も早くバトルを行うことが大事。間髪いれずギガンテスで攻撃を仕掛けることにより、表示形式を変更させる隙を与えないようにするのだ。
 守備表示のセイバー・ビートルにギガンテスの攻撃は受けきれない。セイバー・ビートルは撃破された。
「オ……オレのセイバー・ビートルがぁぁぁぁ!!」
「よ、よっしゃあ!!」
「さすが御伽くん!」
 羽蛾の叫びと遊戯達の歓喜の声が聞こえる。
 今、羽蛾の場にはモンスターはいない。次のモンスターを出せないのならば、このままギガンテスで押し切る!
「ヒョ……ヒョ……ヒョ……」
 羽蛾はぶつぶつと呟いて、そして、笑った。
「今のオレの手札には、生け贄なしで召喚できるモンスターはいない。役に立つ魔法や罠もない……」
 後ずさりしながら、羽蛾は言い放った。
「そんな俺ができることと言ったら……」
 徐々に羽蛾と僕との距離が離れていく。
 その時、僕の頭に一つの文が浮かんだ。

[ルール14]
 不利になったデュエリストは逃げることも可能。

「にっげるが勝ちさー!!」
 羽蛾は身を翻して全速力で走り出した。
「ま、待て!」
 気付いた僕は追いかけようとするが既に時遅し。
 インセクター羽蛾は僕たちとの距離をとって、しっかりと退路を残していたのだ。
「やられた……!」
 リアルタイムデュエル。羽蛾の奇襲によって、僕はその特殊な戦い方を痛感したのだった。



第4章 分析

 いつも通っているはずの道路が新鮮に見える。
 5月18日午後13時35分。僕は学校を早退し、自宅への道を歩いていた。
 早退の理由は、今日の昼休みにあった。あのインセクター羽蛾の襲撃だ。
 昼休み、僕はインセクター羽蛾に襲撃された。ライフを失いながらも戦況を逆転させ、羽蛾を追い詰めたはずだった。
 しかし、羽蛾は「逃げる」という選択肢を選んだ。闘いを放棄して僕から逃げ出した。その結果、ライフを失った分だけ僕が不利になってしまったのだった。
 羽蛾の襲撃で、僕は失態を見せてしまった。
 正直に言えば、僕はこのリアルタイムデュエル大会を甘く見ていた。特殊なルールの裏側に隠された戦術を見抜こうともせず、受け身で挑んでいた。
 しかし、このまま受け身で望んでいたのでは、いずれ負けてしまう。僕は、城之内のような熱血タイプではないが、やられっぱなしで納得できるような淡白な性格でもない。
 やるからには、本気でやる! 僕はそう誓ったのだ。

 自宅――ブラッククラウンに到着した。僕は階段を駆け上がり自室に入った。
「今必要なことは、リアルタイムデュエル大会における戦術を本気で考えることだ」
 僕は自分にそう言い聞かせ、僕の元に送られてきた手紙を広げた。そこにはリアルタイムデュエル大会のルール20項目が書かれていた。

[ルール01]
 デッキの持ち込み不可。

[ルール02]
 デッキは既存のOCGパックに収録されているカードからランダムで100枚選出したものを使用する。

[ルール03]
 禁止・制限・準制限カードは無視してよい。

[ルール04]
 デュエルはリアルタイムデュエルで行われる。ターンの概念がなくなり攻守が入り混じる。

[ルール05]
 モンスターのバトル中は、メインフェイズで行う処理(速攻魔法以外の魔法カードの使用、モンスターの通常召喚や表示形式の変更、カードのセットなど)が行えない。

[ルール06]
 攻撃を仕掛けたモンスターは、攻撃終了後1分間は攻撃を仕掛けられない。

[ルール07]
 通常召喚は1分に1度しか行えない。

[ルール08]
 罠は場に伏せてから30秒経過後に発動可能。

[ルール09]
 カード効果はOCGに準ずるが、カードによってはリアルタイムデュエルに対応する処理に変更される場合がある。

[ルール10]
 バトルフィールドは童実野町全域。この中で対戦相手合計8人を見つけてデュエルを行う。

[ルール11]
 他の大会参加者が半径20メートル以内にいる場合はデュエルディスクが反応する。ただし、その参加者の位置や正体は取得できない。

[ルール12]
 ライフが0になったデュエリストは敗北。最後まで残ったデュエリストが優勝する。

[ルール13]
 ライフポイントは4000。デュエルが中断・終了しても回復しない。

[ルール14]
 不利になったデュエリストは逃げることも可能。

[ルール15]
 デュエルで使用したモンスター、魔法・罠は、デュエル終了後も場に残る。

[ルール16]
 デュエル中以外でもカードを場に出すことができる。

[ルール17]
 デュエル中以外においては、モンスターはフィールドに1体のみ、魔法・罠も1枚だけしか出せない。これを超える分はデュエル終了3分以内に墓地に送らなければならない。

[ルール18]
 デッキからカードをドローできるのは、1時間毎のドロータイムのみ。

[ルール19]
 ドロータイム時、手札が7枚以上の場合にはドローできない。ドロータイムまでに手札が6枚以下になるように捨てる必要がある。

[ルール20]
 5月18日(金)午前9時から大会開始。



 もちろん、これらのルールは把握しているつもりだ。
 だが、ルールを覚えるだけでは、大会では勝ち残れない。ルールの裏にある戦術を見つけてこそ、一人前のデュエリストとして闘えるようになるのだ。
 例えば、デッキに関するルール02。

[ルール02]
 デッキは既存のOCGパックに収録されているカードからランダムで100枚選出したものを使用する。

 当然のことだが、これは対戦相手にも適用されるルールである。
 そのため、対戦相手の使っているカードを見れば、その相手が選択したパックも分かる。そうすれば、相手のデッキも分かり、その結果、相手の戦術もある程度見当がつく。
 インセクター羽蛾は、セイバー・ビートルのカードを使っていた。
 セイバー・ビートルのカードは、"SHADOW OF INFINITY" に収録されている。すなわち、インセクター羽蛾の選択したパックは"SHADOW OF INFINITY"。羽蛾のデッキは "SHADOW OF INFINITY" のカードからランダムに構築されていることになる。
 "SHADOW OF INFINITY" のパックには、幻魔皇ラビエルを筆頭に、終焉の王デミス、デビルドーザー、オオアリクイクイアリ、ジェネレーション・チェンジなどが入っている。今後、羽蛾はそれらのカードを使う可能性があるということになる。
 このように、対戦相手の戦術に見当をつけ、今後のデュエルを有利に進めていくのだ。
 僕はしばらくの間、ルールとにらめっこをしながら、リアルタイムデュエル大会特有の戦術を模索していった。

 5月18日午後16時00分。
 本来ならば学校の下校時刻を迎え、皆と一緒に帰っている時間である。僕は、自室でデッキから静かにカードを1枚ドローした。
 昼休みが終わってから、13時、14時、15時、16時の4回のドロータイムを迎えている。僕はその間に、サンダー・クラッシュ、赤い忍者、ドリラゴ、連鎖除外をドローした。
 そして、風魔手裏剣を場にセットし、カオス・グリードを手札から捨てた。
 ここでカオス・グリードを手札から捨てたのは、手札の枚数が7枚以上になったからだ。

[ルール19]
 ドロータイム時、手札が7枚以上の場合にはドローできない。ドロータイムまでに手札が6枚以下になるように捨てる必要がある。

 午後16時を過ぎ、今の手札には7枚、場には2枚のカードがある。

【現在の手札】
 赤い忍者
 カオス・ネクロマンサー
 ドリラゴ
 混沌帝龍 −終焉の使者−
 サンダー・クラッシュ
 連鎖除外
 連鎖除外

【現在の自分の場】
 ギガンテス(攻撃表示/攻撃力1900)
 風魔手裏剣(伏せ状態)

 大会開始時から時間も経過し、手札や場のカードも随分洗練されてきた。
 手離しで喜べるような強さではないものの、そこそこ闘える程度の強さにはなっているはずだ。
「よし!」
 さあ、こうしていても始まらない。
 僕は家から出て、外を出歩くことにした。

 午後16時21分。
 僕は童実野町の中心とも言える時計塔広場に来ていた。
 この時計塔広場は、デュエリストにとっては特別な場所。大会参加者がいれば、誰か一人はここに来ている可能性が高い。
「あ……!」
 案の定、僕の読みは当たった。
 デュエルディスクに埋め込まれたガラス玉が光り出し、時計塔広場には僕と同じデュエルディスクを身につけたデュエリストが立っていたのだ。
「あれ? 御伽……? あんた、リアルタイムデュエル大会の参加者だよね……?」
 そこにいたのは――孔雀舞。
 僕と同じ陶器製のデュエルディスクを左腕に装着し、モンスターを召喚した状態で僕の前に現れたのだった。
「ああ、その通りだよ。そして、ここで出会ったからには……!」
「フフフ……デュエルね!」
 舞は不適に笑う。
 僕も笑い返す。
「……行くぞ! 孔雀舞!」
「覚悟しなさいよ!」
 僕と舞はデュエルディスクを構え、
「デュエル!」
「デュエル!」
 リアルタイムデュエルが始まったのだった!



第5章 時計塔広場の決闘

 まずは状況整理だ。
 孔雀舞とのリアルタイムデュエルが始まり、僕はすぐに舞のライフと、舞の場に出ているカードを確認した。
 対戦相手のライフはソリッドビジョンを通じて知ることができる。舞のライフは4000。1ポイントも失われていない状態だ。
 そして、舞の場には、ハーピィ・クイーンが召喚されていた。

ハーピィ・クイーン 風 ★★★★
【鳥獣族・効果】
このカードを手札から墓地に捨てる。デッキから「ハーピィの狩場」1枚を手札に加える。このカードのカード名は、フィールド上または墓地に存在する限り「ハーピィ・レディ」として扱う。
攻撃力1900 守備力1200

 おそらく、このリアルタイムデュエルではハーピィ・クイーンのモンスター効果は役に立たないだろう。
 それよりも、注意すべきは攻撃力が1900もある点だ。
 僕の場に出ているギガンテス。このギガンテスもまた攻撃力1900。このままハーピィ・クイーンとギガンテスがバトルを行えば相打ちになってしまう。
 僕は一瞬で決断した。
 リアルタイムデュエルは時間が重要なのだ。悩むくらいなら行動を起こせ!
「召喚だ! ドリラゴ!」
 僕は手札にあるドリラゴのカードを召喚した。相打ちになるのなら、もう1体のモンスターを召喚した方が有利……!
 しかし、孔雀舞は一筋縄で済む相手ではない。舞もまた僕と同じことを考えていた。
「あたしは、宝玉獣トパーズ・タイガーを召喚!」
 孔雀舞もまたモンスターを召喚した。
 そして、舞が召喚したのは宝玉獣。舞の選択したパックは "FORCE OF THE BREAKER"。宝玉獣モンスターやそのサポートが充実した第5期4番目のパックだ。
 "FORCE OF THE BREAKER" の恐ろしいところは、そのバランスの良さだ。宝玉獣関連カードはどれも強力で、単体でもコンボでも活躍できる。その上、宝玉獣関連カードは、"FORCE OF THE BREAKER" にまとめて収録されている。これに加え、宝玉獣以外においても、単体で役立つカードが多い。
 そう……孔雀舞の選択した "FORCE OF THE BREAKER" は、無駄が少ないパック。少しの手札入れ替えで弱いカードはあっという間に淘汰される。
 場の状態を振り返る。
 僕の場には2体のモンスターと1枚の伏せカードがある。

ギガンテス 地 ★★★★
【岩石族・効果】
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の地属性モンスター1体をゲームから除外して特殊召喚する。このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。
攻撃力1900 守備力1300

ドリラゴ 闇 ★★★★
【機械族・効果】
相手フィールド上に攻撃力1600以上の表側表示のモンスターしか存在しない場合、このモンスターは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。
攻撃力1600 守備力1200

風魔手裏剣
(装備魔法カード)
「忍者」という名のついたモンスターのみ装備可能。装備モンスターは攻撃力が700ポイントアップする。このカードがフィールド上から墓地に送られた時、相手ライフに700ポイントダメージを与える。

 そして、舞の場には2体のモンスターカード……。

ハーピィ・クイーン 風 ★★★★
【鳥獣族・効果】
このカードを手札から墓地に捨てる。デッキから「ハーピィの狩場」1枚を手札に加える。このカードのカード名は、フィールド上または墓地に存在する限り「ハーピィ・レディ」として扱う。
攻撃力1900 守備力1200

宝玉獣 トパーズ・タイガー 地 ★★★★
【獣族・効果】
このカードは相手モンスターに攻撃する場合、ダメージステップの間攻撃力が400ポイントアップする。このカードがモンスターカードゾーン上で破壊された場合、墓地へ送らずに永続魔法カード扱いとして自分の魔法&罠カードゾーンに表側表示で置く事ができる。
攻撃力1600 守備力1000

 お互いの場に出ているモンスターの攻撃力は互角。
 だが、それぞれモンスター効果が異なる。この効果も含め、僕の行うべきことを瞬時に決めなければならない。
 これから僕が行うこと――僕は瞬時にシュミレートし、最善の行動のために一石を投じることにした。
「ドリラゴ! モンスター効果でプレイヤーにダイレクトアタック!」
「宝玉獣トパーズ・タイガー! 御伽のギガンテスに攻撃を仕掛けなさい!」
 二人の声が同時に放たれる。舞もまた攻撃を仕掛けようとしていたのだ。
 そして、バトルが始まった。
 ドリラゴは地面に潜って孔雀舞の元へ攻め込む。トパーズ・タイガーはその牙をギガンテスに向け、ギガンテスはその攻撃に迎え撃とうと構える。
 孔雀舞の足元からドリラゴのドリルが顔を出し、舞を襲う!
「くっ……! ハーピィ・クイーン! このドリラゴを足蹴にしなさい!」
 孔雀舞のライフは1600ポイント失われ、2400ポイント。だが、僕のドリラゴは、ハーピィ・クイーンにより破壊されようとしていた。
 そして、ギガンテスも……。
 バトルの結果は見えた。もはやバトルの様子を見届ける必要はない。次に僕ができることは一つ。

[ルール14]
 不利になったデュエリストは逃げることも可能。

「宝玉獣トパーズ・タイガーのモンスター効果により、トパーズ・タイガーの攻撃力は2000! あんたのギガンテスは撃破したよ!」
 ギガンテスとドリラゴ――僕の2体のモンスターは、孔雀舞によって破壊されてしまった。
 僕は、じりじりと舞との距離を広げながら、1枚のカードを舞に見せた。
「ギガンテスが戦闘で破壊されたことにより、そのモンスター効果が発動! 場の魔法・罠カードを全て破壊する!」
 砕かれたギガンテスの破片が空を舞い、僕の場に伏せてある風魔手裏剣に無数の穴を開けていく。
「僕の場に伏せてあった風魔手裏剣は破壊される。だが、破壊され墓地に送られたことによりその効果が発動! 孔雀舞のライフに700ポイントのダメージを与える!」
「な! ギガンテスの効果をそんな風に使うなんて……!」
 ……風魔手裏剣ですら、ただのオトリ。
 僕は孔雀舞との距離を十分に取ることに成功していた。
 僕の場には何のカードも出ていない。それに対し、孔雀舞の場にはハーピィ・クイーンと宝玉獣トパーズ・タイガーの2枚のカードが出ている。
 場の状況では僕の圧倒的不利。この状況ならば、逃げて戦況を立て直すのが最適なのだ。
 幸いにも現在の孔雀舞のライフは1700。僕はモンスターこそ失ってしまったが、大きなダメージを与えることに成功した。これで舞から逃げ切れば、僕は勝ち逃げすることができる。
「何だかインセクター羽蛾とやっていることが同じだな……」
 僕は自虐的に呟いて、そして、舞に背を向けた。
「まさか……御伽……!」
 舞は、僕の目論見に気付いた。
 だがもう遅い。僕は最初から退路を意識していたし、今、舞との距離も十分にとった。
「悪いな、舞! 僕は逃げる!」
 言いながら、僕は全速力で走り出した。
「ま、待ちなさいよ! 待て!」
 孔雀舞が慌てて追いかけてくる。
 だが、僕は振り返りもせず、走り続ける。そして、万が一追いつかれた事態に備え、手札から赤い忍者を裏側守備表示で場にセットしておく。
「この! 待て! 御伽ぃー! 逃げるなんてズルイ……きゃああああああ!!」
 舞の声色が変わった。悲鳴のような声があがる。
 何か起こったのか。それとも、この声すら演技だというのだろうか。
 僕は逃げ足は止めずに、一瞬だけ振り返った。
「ワハハーー! 敵に背を向けるとは、お前もまだまだド素人やな!」
 状況は大きく変わっていた。その状況の変わりように、僕は足を止めてしまった。
 振り返った先、僕を追いかけていたはずの孔雀舞は、膝をついて僕に背を向けている。そして、舞を見下すように、「もう一人のデュエリスト」が立っていた。
「竜崎! ヒキョウなマネを……!」
 そこに立っていたのは、元全国2位のダイナソー竜崎。左腕には陶器製のデュエルディスクがあった。
「お前が御伽に気を取られてるからいかんのや! 油断は、即、死に繋がる! これがリアルタイムデュエルの基本や!」
 どうやら、ダイナソー竜崎は、僕を追ってきた孔雀舞に奇襲攻撃を仕掛けたらしい。孔雀舞のモンスターは、ダイナソー竜崎のアームド・ドラゴンLV5によって全滅させられていた。
 片膝をついた孔雀舞が僕のほうをキッと見据える。
「御伽! 約束するわ! 今日は手を出さない! だから、ここはあたしと手を組んでくれ!」
 舞は叫ぶように僕に懇願する。
「タッグを組む……だって?」
 突然の提案に、僕は不意を打たれてしまう。舞の提案に乗るかどうか――あらゆる要素を検討してそれを決めなければ……。
「時間がない! 時間がないのよ!」
「時間……?」

[ルール06]
 攻撃を仕掛けたモンスターは、攻撃終了後1分間は攻撃を仕掛けられない。

 そうか。このまま放っておけば、ダイナソー竜崎のアームド・ドラゴンLV5が再び攻撃し、孔雀舞のライフを0にしてしまう。その前に手を打たなければ、舞の敗北は決定してしまうのだ。
 いやいや、このリアルタイムデュエル大会において、孔雀舞は僕の敵。タッグを組むことなどしなければ、孔雀舞は勝手にライフ0になる。ここで手を組むメリットはほとんどない。
「……仕方がない。手伝ってあげるよ!」
 しかし、僕は舞の提案に乗った。
 どうやら、僕は、遊戯達に毒されてしまったらしい。この状況で孔雀舞を見捨てる選択肢を選べなかった。
「感謝するわよ、御伽! 後でイイコトしてあ・げ・る!」
「おいおい、そんな冗談言ってる暇があるのかよ! もうすぐ1分が経過し、アームド・ドラゴンLV5は攻撃を仕掛けてくるぞ!」
「フフフ……分かってるわよ!」
 僕と孔雀舞は、ダイナソー竜崎に向かってデュエルディスクを構えた。
「なるほど、死にかけの二人が手を組んだってワケか! しかし、まとめて始末してやるで! 覚悟せいや! このド素人どもが!」
 ダイナソー竜崎は不敵に笑った。



第6章 停戦協定

 僕と孔雀舞は手を組んでデュエルをすることになった。だが、ハッキリ言って、僕も孔雀舞も相当不利である。
 ダイナソー竜崎の場には、攻撃力2400のアームド・ドラゴンLV5と伏せカード1枚がある。

アームド・ドラゴン LV5 風 ★★★★★
【ドラゴン族・効果】
手札のモンスターカード1枚を墓地に送る事で、そのモンスターの攻撃力以下の相手フィールド上表側表示モンスター1体を破壊する。このカードがモンスターを戦闘によって破壊して30秒が経過した時、このカードを墓地に送る事で「アームド・ドラゴンLV7」1体を手札またはデッキから特殊召喚する。
攻撃力2400 守備力1700

 それに対し、僕と孔雀舞の場は悲惨だ。
 僕の場には、かろうじて赤い忍者が裏側守備表示で出されているが、このモンスターは攻撃力・守備力ともに300しかなく、アームド・ドラゴンの前では無力である。
 そして、孔雀舞が先ほどまで場に出していたハーピィ・クイーンと宝玉獣トパーズ・タイガーは、アームド・ドラゴンLV5のモンスター効果と攻撃によって葬られていた。現在、舞の場には永続魔法扱いとなった宝玉獣トパーズ・タイガーのみ。永続魔法状態になった宝玉獣トパーズ・タイガーはそのままでは何の役にも立たない。戦力にはならない。
 以上をまとめると、僕と孔雀舞の場には「守備力300の守備モンスター1体」しかいないことに等しい。タッグを組んだとは言え、場の状況では僕達は圧倒的に不利なのだ。
 いや、ライフポイントの面でも僕達は不利だ。
 ダイナソー竜崎のライフは4000全て残っているのに対し、僕のライフは2700、孔雀舞のライフは1200しかない。
 僕と孔雀舞は、先ほどのデュエルで、ライフもカードも消耗しすぎていたのだ。
「この勝負、勝てるわ」
 突然、孔雀舞が呟いた。
「……!」
 僕は、小さく眉を動かした。
「御伽、あんたの裏守備モンスターさえこちらに渡れば……勝てる!」
 そうか。孔雀舞が狙うのは生け贄召喚……!
 舞の選択した "FORCE OF THE BREAKER" のパック。このパックに収録されているレベル5、6モンスターは、ヴォルカニック・ハンマー、風帝ライザー、マグナ・スラッシュドラゴン、グラビ・クラッシュドラゴン……。攻撃力も効果も強力なモンスターばかり。
「分かった。僕のモンスターは使っていい。でも、その前に――」
 僕は裏側守備表示の赤い忍者のカードを裏返した。
「反転召喚させてもらう!」

赤い忍者 地 ★
【戦士族・効果】
リバース:フィールド上の罠カードを1枚破壊する。選択したカードがセットされている場合、そのカードをめくって確認し、罠カードなら破壊する。魔法カードの場合は元に戻す。
攻撃力300 守備力300

「赤い忍者が裏側守備表示から表側攻撃表示になったことで効果が発動! 竜崎の罠カードを破壊する!」
「そして、すかさず! あたしは、御伽の赤い忍者を生け贄に捧げ、グラビ・クラッシュドラゴンを召喚する!」
 僕と舞は続けざまに行動を起こす。
「な……なんやて!?」
 ダイナソー竜崎は、このスピード展開についていけずに目を点にしている。
 孔雀舞は「時間」の重要性を理解している。相手に考える暇を与えさせず一気に行動を起こせば、自分の戦術の隙を埋めることができる。これがリアルタイムデュエル……!
 そうして、孔雀舞の場にはグラビ・クラッシュドラゴンが召喚された。

グラビ・クラッシュドラゴン 闇 ★★★★★★
【ドラゴン族・効果】
自分フィールド上に存在する表側表示の永続魔法カード1枚を墓地に送る。相手フィールド上のモンスター1体を破壊する。
攻撃力2400 守備力1200

 竜崎の場に出されているアームド・ドラゴンLV5と攻撃力は互角。
「召喚されたグラビ・クラッシュドラゴンは即座に効果を使用する! あたしの場に永続魔法扱いで存在する宝玉獣トパーズ・タイガーを墓地に送り、竜崎のアームド・ドラゴンLV5を破壊する!」
 グラビ・クラッシュドラゴンの重力攻撃が炸裂し、アームド・ドラゴンLV5は重力に押し潰され撃破された。
「な……! ワイの……ワイのアームド・ドラゴンが……アームド・ドラゴンがァァ……!!」
 この攻防の結果、僕達は逆転した。
 竜崎の場には何のカードもなくなり、こちらの場には攻撃力2400のグラビ・クラッシュドラゴン1体が場に残った。
 ダイナソー竜崎にもチャンスはあった。アームド・ドラゴンLV5のモンスター効果を使ってアームド・ドラゴンLV7に進化させ、舞のグラビ・クラッシュドラゴンが召喚された直後にすかさず攻撃すれば、僕達を完全に追い詰めることができたはずだったのだ。
 ダイナソー竜崎は舞に奇襲を掛けたことで油断し、さらに僕と舞の立て続けの行動についていけなくなり、その結果、逆転されてしまったのだ。
「さて、グラビ・クラッシュドラゴンはまだ攻撃していない。グラビ・クラッシュドラゴン! 竜崎に直接攻撃よ!」
 舞の攻撃宣言が放たれる。
 そこでようやくダイナソー竜崎は動いた。

[ルール14]
 不利になったデュエリストは逃げることも可能。

 そう、逃げるつもりなのだ。
 だが、同じ手は二度は食わない。僕はすかさずダイナソー竜崎の背後へ回り込んだ。
 僕、孔雀舞、ダイナソー竜崎は、時計塔広場の出入り口となる歩道にいる。ダイナソー竜崎の前方には舞がいて、背後には僕がいる。ダイナソー竜崎は、僕と舞に挟み撃ちにされている状態なのだ。
 そして、グラビ・クラッシュドラゴンはその攻撃の矛先をダイナソー竜崎に向けた。
「甘いで御伽!」
 ダイナソー竜崎がニヤリと笑った。
「逃げる気かい? そうはいかない!」
「……お前らの思い通りに倒されてたまるかーーー!」
 挟み撃ちにされているはずの竜崎に逃げ道はない。歩道の両脇もビルの壁になっており、逃げる場所などどこにも……。
 僕は周囲を見渡した。ダイナソー竜崎から一、二歩程度のところに、一台の原付が停まっていた。
「まさか……!」
 ダイナソー竜崎は原付に飛び乗り、既に挿してあったキーを回してエンジンをかける。そして、急速に加速し、僕の脇を通り過ぎようとする。
「逃がしてなるものか!」
「竜崎! あんた!」
 僕と舞は、ダイナソー竜崎を追いかけた。
 幸いにも、グラビ・クラッシュドラゴンの攻撃は竜崎の肩を掠め、そのライフを2400ポイント削ることができた。
 だが、追撃はそこまでだった。
 僕は手を伸ばし、ダイナソー竜崎を原付から引きずり出そうとしたが、既に加速してしまった原付を止めることはできなかった。
 原付は僕の脇を通り過ぎて、時計塔広場を離れていったのだった。
「逃げられた……」
「あのヤロー……!」
 僕と舞はただ呟くことしかできなかった。
 不利になったダイナソー竜崎が逃げること自体は予想できたが、まさか原付を持ち出してくるとは思わなかった。
「まあいいわ……」
 孔雀舞は、僕に向き直る。
「あたしの場にはグラビ・クラッシュドラゴン。あんたの場には何のカードもない」
 舞の脇にはグラビ・クラッシュドラゴンが召喚された状態で佇んでいた。
「でも、助けてくれた約束は守る。だから、このままあたしは立ち去る。OK?」
 孔雀舞は約束を守るデュエリストだ。
「ああ。でも次に会ったときは再び敵同士だ」
「その時こそ決着よ!」
 午後16時27分。僕達は一時の停戦協定を結んで、時計塔広場を離れることになったのだった。

【現在の参加者一覧】

参加者1:御伽 龍児(残りライフ2700/"混沌を制す者"パック選択)
参加者2:インセクター羽蛾(残りライフ4000/"SHADOW OF INFINITY"パック選択)
参加者3:孔雀 舞(残りライフ1200/"FORCE OF THE BREAKER"パック選択)
参加者4:ダイナソー竜崎(残りライフ1600/"SOUL OF THE DUELIST"パック選択)
参加者5:不明
参加者6:不明
参加者7:不明
参加者8:不明



第7章 休息の時間

 自宅の店は閉店し、従業員の多くもまた自宅へと帰っていく。
 現在時刻、夜の22時03分。
 時計塔広場での戦いが終わってから、僕は自宅へと戻ってきていた。舞や竜崎との戦いで、僕の手札から戦えるモンスターがいなくなってしまった。攻撃力が低かったり召喚条件を満たしていなかったりと言ったモンスターだけになってしまったのだ。
 そのため、帰宅してから僕は、今後の作戦を立てながらも、1時間ごとに訪れるドロータイムをひたすら待っていたのだった。
 そして、今、22時を少し回ったところである。自宅に戻ってきてから22時まで、合計6回のドロータイムを迎えていた。
 これら6回のドロータイムで、カオス・ソーサラー、ボーガニアン、リサイクル、大盤振舞侍、エナジー・ドレイン、インフェルノのカードをドローした。また、ボーガニアン、連鎖除外を場に出し、リサイクル、大盤振舞侍のカードを捨てた。

【現在の手札】
 カオス・ネクロマンサー
 インフェルノ
 カオス・ソーサラー
 混沌帝龍 −終焉の使者−
 サンダー・クラッシュ
 連鎖除外
 エナジー・ドレイン

【現在の自分の場】
 ボーガニアン
 連鎖除外

【現在のライフポイント:2700】

 手札は淘汰され、場にもモンスターと罠カードが補充された。ライフポイントもそこそこには残っている。再び戦える状況になったと言えるだろう。
 とは言え、今はもう夜の22時過ぎ。さすがにこの時刻に外を出歩いてデュエルを仕掛けるわけにはいかない。今日はおとなしく休んでおいたほうが良さそうだ。
 しかし……
「光っている……!」
 休息の時間が訪れるのはまだ先のことになりそうだった。
 左腕に装着し続けているデュエルディスク。そのディスクに埋め込まれたガラス玉が光りだしたのだ。
 それはすなわち、僕の半径20メートル以内に対戦相手となるデュエリストが現れたことを示している。
「こんな夜遅くに誰が……」
 呟いて、見当がついた。
 今日、僕が出会ったデュエリストは3人。インセクター羽蛾、孔雀舞、ダイナソー竜崎。そのうち、夜遅くだろうが構わずに戦いを仕掛けてきそうなヤツは、インセクター羽蛾またはダイナソー竜崎。この二人は僕にウラミもあるし、夜遅くに卑怯くさい奇襲を仕掛けてきてもおかしくない。
 僕は静かに窓を開けて、外の様子をうかがった。
 僕の予想は当たった。
「しかも二人揃って……」
 僕の部屋は3階に位置している。そこから下を見下ろすと、店から少し離れた街灯の下に特徴のある髪型が二つ。彼らは例のデュエルディスクも身に付けていた。
 その二人は、間違いなくインセクター羽蛾とダイナソー竜崎。二人揃って僕に奇襲を仕掛けようとしているのだ。
 だが、僕の目は羽蛾と竜崎の姿と共に、「ありえない光景」もとらえていた。
 インセクター羽蛾とダイナソー竜崎には決定的におかしいところがあったのだ。

[ルール16]
 デュエル中以外でもカードを場に出すことができる。

 既に知っているように、リアルタイムデュエル大会ではデュエル以外でもモンスターを出しておくことができる。
 そして、それらのモンスターは、常にソリッドビジョン化された状態になる。場のモンスターは立体映像として映し出され続けるのだ。現に、僕の場に出してあるボーガニアンもその立体映像が表示され続けている。
 もちろん羽蛾や竜崎が召喚しているモンスターもソリッドビジョン化されている。だから僕は羽蛾と竜崎が場に出しているモンスターが分かっている。
 だが、そのモンスターが「ありえない」のだ。
 具体的に言おう。羽蛾と竜崎の場には合わせてモンスターが4体いる。デビルドーザー、降雷皇ハモン、忍者マスターSASUKE、ホルスの黒炎竜LV8――この4体がいるのだ。

[ルール17]
 デュエル中以外においては、モンスターはフィールドに1体のみ、魔法・罠も1枚だけしか出せない。これを超える分はデュエル終了3分以内に墓地に送らなければならない。

 当然だが、今はデュエルは行われていない。それなのに、羽蛾と竜崎の場にはモンスターが合計4体も場に出されていることになる。
 しかも、それらのモンスターの多くは強力な高レベルモンスター。ホルスの黒炎竜LV8は攻撃力3000を誇り、降雷皇ハモンに至っては攻撃力4000。これらの高レベルモンスターは召喚すらままならないはず……!
 どれもこれも、ありえない。
 おそらく彼らはルール違反をしているわけではない。デュエルディスクのシステムがルールをしっかりと監視しているからだ。
「それならば、どうして……」
 そこには何か理由があるはずだ。デュエル中以外では場に出せるモンスターの数に制限があるのに、それを無視したように強力なモンスターを何体も場に出している理由が……。
 僕は落ち着いて考え直してみた。筋道を立てて考えれば、そこに答えはあるはずだ。
 まず、ルール17には、デュエル中でもなければモンスターは1体しか出せないと書いてある。
 それを無視されているということは、彼らにとって今はどのような状態にあるのか? それは簡単だ。彼らは今は「デュエル中」、または「デュエル終了直後」ということになる。
「そうか……分かったぞ!」
 答えが分かった。
 強力なモンスターを何体も場に出す方法はあるのだ。
 それは、ルールの穴を突くような卑怯くさい方法。しかしある意味羽蛾や竜崎にピッタリな方法だった。



 気が向いた方は、この先を読む前に以下のQ1、Q2を考えてみてくださいね。

 Q1:羽蛾と竜崎の「強力なモンスターを何体も場に出す方法」とは?
 Q2:強力なモンスター4体を引き連れた羽蛾と竜崎に立ち向かう方法とは?



第8章 ルール

 羽蛾と竜崎の場には強力なモンスターを含みモンスター4体が場に出ている。
 これは一見、「デュエル中以外ではモンスターは1体しか出せない」というルールに反しているかのように見える。
 しかし、そのルールの抜け道を通る方法があった。
 その方法――結論から言えば、「羽蛾と竜崎はデュエルをしているからモンスターを2体以上場に出せる」ということになる。
 もちろん、羽蛾と竜崎は本気になって戦ってはいない。二人は手を組んで「デュエルしている状態をキープ」しているだけなのだ。対戦しているフリをして、モンスターだけを出し続けていたのだ。
 リアルタイムデュエルではない普通のデュエルでも、対戦相手さえ協力すれば、モンスターを場に5体出したり、究極完全態・グレート・モスを出すことすら容易である。
 今、羽蛾と竜崎がやっているのはそれと同じこと。お互いに不要な攻撃を仕掛けず、強力なモンスターをたくさん出せるように手を組んでいたのだ。
 そして、ルール17。

[ルール17]
 デュエル中以外においては、モンスターはフィールドに1体のみ、魔法・罠も1枚だけしか出せない。これを超える分はデュエル終了3分以内に墓地に送らなければならない。

 現在、羽蛾と竜崎はデュエル中扱いである。デュエル中であるから、モンスターは2体でも3体でも場に出すことができる。そういうことなのだ。
 言うまでもなく卑怯くさい戦術である。だが、ルールにはのっとっている。まさにルールの穴を突いた戦術だった。

「……となれば、あとは羽蛾と竜崎を倒すだけだな」
 僕はそう呟いて、再び窓の外に目を向けた。地面を見下ろすまでもなく、巨大な降雷皇ハモンの姿が見えた。それは、羽蛾や竜崎が僕の部屋の真下までやってきたこと示していた。
 僕は警備がそれなりに厳しいブラッククラウンの3階にいる。3階の僕の部屋までやってくるには、店のシャッターか強化ガラスをぶち破り警備員を振り切る必要がある。常人では不可能だろう。
 しかし、窓の外には降雷皇ハモンの姿が見える。視界の片隅には、ホルスの黒炎竜LV8とデビルドーザーも映っている。
 すなわち、羽蛾や竜崎のモンスターは3階にも匹敵するほどの巨大なモンスター。それほどの大きさのモンスターであれば、窓を突き破って(実際には立体映像がすり抜けるだけだろうが)僕に攻撃を仕掛けることすら難しくない。
 このままでは文字通り本当に奇襲を受けてしまう。

【現在の手札】
 カオス・ネクロマンサー
 インフェルノ
 カオス・ソーサラー
 混沌帝龍 −終焉の使者−
 サンダー・クラッシュ
 連鎖除外
 エナジー・ドレイン

【現在の自分の場】
 ボーガニアン
 連鎖除外

【現在のライフポイント:2700】

 僕は、手札の中から1枚のカードを選出した。
 ――ついに「あのカード」の出番がやってきたのだ。

 窓の下では、羽蛾と竜崎の話し声が聞こえる。
「御伽め……どの部屋にいるんだ? 建物が大きくてよく分からないじゃないか……!」
「どの部屋にいるかなんて大した問題やない。適当な部屋に攻撃を仕掛けるんや! そのうち御伽の部屋にビンゴするはずや!」
「なるほど……ヒョヒョ……」
 僕は自分の部屋の窓を勢い良く全開にした。
「インセクター羽蛾! ダイナソー竜崎!」
 そして、外にいる羽蛾と竜崎に向かって叫んだ。
「あ、あそこや!」
「ヒョヒョヒョ……見つけたぞ……!」
 僕の部屋を見つけ、羽蛾と竜崎は即座にモンスターをけしかけようとする。
「降雷皇ハモン様の攻撃ィィ!」
「ホルスの黒炎竜LV8の攻撃や!」
 攻撃力4000と攻撃力3000。まともに喰らえば、ひとたまりもない攻撃。
 しかし、今の僕には通用しなかった。

混沌帝龍 −終焉の使者− 闇 ★★★★★★★★
【ドラゴン族・効果】
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを1体ずつゲームから除外して特殊召喚する。1000ライフポイントを払う事で、お互いの手札とフィールド上に存在する全てのカードを墓地に送る。この効果で墓地に送ったカード1枚につき相手ライフに300ポイントダメージを与える。
攻撃力3000 守備力2500

 僕は窓を開け放つ前に、墓地の大盤振舞侍とドリラゴをゲームから除外し、この混沌帝龍(カオスエンペラードラゴン)を特殊召喚していた。
 今の僕の場にはボーガニアンが出ているため、混沌帝龍(カオスエンペラードラゴン)を出せば、場のモンスターは2体目。そのため、「デュエル中以外、モンスターはフィールドに1体のみしか出せない」というルールに引っかかるかのように見える。
 だが、これはリアルタイムデュエル大会。インセクター羽蛾やダイナソー竜崎が奇襲攻撃を仕掛けられたように、片方のデュエリストにデュエルする気があれば、それはデュエル中扱いになるのだ。
 したがって、今の僕には、モンスターを場に1体しか出せないルールは適用されない。2体目の混沌帝龍(カオスエンペラードラゴン)を問題なく出すことができたのだ。
 そして、混沌帝龍(カオスエンペラードラゴン)は、デュエル界を震撼させたほどのチカラを持ち、今となっては禁止カード扱いとなっている超強力なモンスターである。
「な……なんや! 宙にヘンな闇が現れたで!」
「こ、この映像は……まさか……!」
 攻撃を仕掛けたはずの降雷皇ハモンとホルスの黒炎竜LV8は、闇とも光とも取れない空間に飲み込まれ始める。
「残念だったね、羽蛾! 竜崎! 僕の混沌帝龍(カオスエンペラードラゴン)の効果は既に発動させておいた!」
 僕は地面の二人を見下ろしながら言った。
「カオスエンペラー……ドラゴン……!」
 カオスエンペラードラゴンの効果は、「終焉の使者」を名乗るにふさわしい効果である。
 僕のライフを1000ポイント払えば、全てのモンスター、全ての魔法、全ての罠、全ての手札――何もかもを墓地に送ってしまうのだ。
 インセクター羽蛾が場に出した攻撃力4000の降雷皇ハモン、ダイナソー竜崎が場に出した攻撃力3000のホルスの黒炎竜LV8。それら攻撃力が幻だったかのように、混沌帝龍(カオスエンペラードラゴン)の混沌の空間が飲み込んでいく。
「デビルドーザーがぁぁぁ! 降雷皇ハモン様があああ!!」
「SASUKEとホルスの黒炎竜が一気にやられたやとぉぉ!!」
 混沌帝龍(カオスエンペラードラゴン)のモンスター効果はそれだけではない。墓地に送った全てのカード1枚につき300ポイントダメージを対戦相手に与える効果も発生する。
 混沌帝龍(カオスエンペラードラゴン)によって3人分の場と手札のカードが墓地に送られた。墓地に送られたカード枚数はゆうに20枚を越えている。
 すなわち、インセクター羽蛾とダイナソー竜崎は6000ポイント以上のダメージを受けることになる。
 まさに、禁止カードに恥じぬ超強力な効果。
 羽蛾と竜崎は成す術もなく大ダメージを受け、そして――倒れた。
 降雷皇ハモン、ホルスの黒炎竜は消え、そしてカオスエンペラードラゴンすら自身の効果で消え去った。再び夜の静寂が訪れていた。
 ――いや、
 訪れていたように、見えた。
 見えただけ、だった。
「おい! この男の子たち、デュエルしてから倒れたままだぞ!」
 近くで僕達のデュエルの様子を見ていたスーツ姿の男が羽蛾と竜崎の下に駆け寄ってそう言った。
「倒れたまま……」
 このリアルタイムデュエル大会は、遊戯達が体験してきたような命懸けの闇のゲームなどではない。負けたからとは言え、倒れるなんてことは起こらないはず。
 僕は、羽蛾と竜崎の様子を確認するため、3階の自室から抜け出して外へと出ようとした。
 自室を出ようとドアノブに手をかけたとき、机の上に置いた手紙が目に入った。

 御伽 龍児 様

 おめでとうございます!
 あなたはリアルタイムデュエルのモニターに選ばれました!

 同封されているデュエルディスクを装着して「リアルタイムデュエル大会」にご参加ください!
 大会優勝者には素敵なプレゼントをご用意しております!

 僕をこの大会に誘うことになった手紙。
 その手紙の隣には20個のルールが書かれた紙があった。目に穴が開くほど見返したはずの紙。その紙の一番下、見慣れぬ文が書かれていた。

[ルール21]
 敗北者は「心」を封印される。

 救急車の音が聞こえる。先ほどのスーツの男が呼んだのだろうか。
 ブラッククラウンの自室の中、僕は動けないでいた。羽蛾と竜崎のもとに駆け寄ることもできなかった。
 闇の中、得体の知れぬモノが僕を狙っている。僕の「心」を奪うべく狙っている。
 リアルタイムデュエル大会――それは、「心」を賭けた命懸けのデュエル大会だったのだ。





 リアルタイムデュエル大会 2日目に続く...





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