番外プロジェクト 〜鷹野麗子の事件簿〜

製作者:あっぷるぱいさん




 この作品は、プロジェクトシリーズの番外編です。
 この作品を読む前に、以下の作品を読んでおくと、より楽しむことができます。

 ○プロジェクトシリーズ1作目(プロジェクトVD)〜5作目(ぷろじぇくとSV) ※必須
 ○プロジェクトシリーズ6作目(プロジェクトBF)〜14作目(プロジェクトHW 〜2日間のあがき〜) ※推奨






<目次>
 プロローグ
 1章 凡ミス
 2章 おい、デュエルしろよ
 3章 邪悪×2
 4章 インチキ効果
 5章 背負ってます
 6章 流行りには乗っておけ
 7章 イライラの行方
 エピローグ




プロローグ

 9月23日、月曜日、午前9時3分――。

「もしもし真田(さなだ)さん。おはよう、鷹野(たかの)だけど」
「おー、たかのッティーおはよ。どした?」
「ちょっと訊きたいんだけど、真田さんってドラマの録画とかしてる?」
「ドラマの録画? いや、ドラマは見てるけど録画まではしてないね。それがどうかした?」
「いや、いいのよ。ありがとう。それじゃあね」

 電話を切る。
 ああ、もうっ! 真田さんはダメか! なら次!

「もしもし川原(かわはら)さん。おはよう、鷹野だけど」
「あ、おはよう鷹野さん。どうかした?」
「ちょっと訊きたいんだけど、川原さんってドラマの録画とかしてる?」
「ドラマの録画? いや……ドラマの録画はしないなぁ。映画の録画ならするんだけど。ドラマの録画がどうかしたの?」
「いや、いいのよ。ありがとう。それじゃあね」

 電話を切る。
 くそっ! 川原さんもダメか! じゃあ、次!

「もしもし代々木(よよぎ)くん。おはよう、鷹野だけど」
「おう、おはよう鷹野。何か用か?」
「ちょっと訊きたいんだけど、代々木くんってドラマの録画とかしてる?」
「ドラマの録画? ああ、たまにしてるけど」
「ホントっ? じゃあ、昨日のドラマは録画した?」
「いや……昨日は全然録画してないな」
「そ、そう……。分かった、ありがとう。それじゃあね」

 電話を切る。
 ああああ〜〜! もうもうっ! 代々木くんもダメか! 次よ、次!

「もしもしパラコン。鷹野だけど、私の質問に簡潔明瞭に答えなさい」
「た、鷹野さん。いきなりなんだよ。ていうか、僕の名前はパラコンじゃ――」
「パラコンあなた、昨日のドラマの録画とかしてる?」
「聞けよ! それはそうと、ドラマの録画? いや、してないけど、それが何?」
「この役立たずのパラコンボーイ略してヤボーイ! あんたなんか、サソリにでも刺されちゃいなさいよ!」
「んだとチキショオ!」

 電話を切る。
 ああああ〜〜くそ〜〜! なんなのよどいつもこいつも! 次だ、次!

 その後、私は昨日放送された、あのドラマを録画していそうな知人全員に電話をかけた。
 しかし、誰一人として、あのドラマを録画した者はいなかった。
 その事実に、私は打ちのめされ、絶望し、しまいには憎しみさえ覚えるのだった。
 なんでっ! なんで誰もあのドラマを録画していないのよぉぉぉぉぉぉ!




1章 凡ミス

 ここ最近、私はある連続ドラマにハマっていた。
 そのドラマは、毎週日曜日の夜9時から放送されていたドラマで、放送される度に高視聴率を叩き出す大人気のドラマだった。
 私がそのドラマの視聴を始めたきっかけは、クラスメイトがそのドラマについて「面白い」と噂していたのを耳にしたことだった。頻繁に噂を耳にするので、だんだん気になってきて、じゃあ私も見てみようか、という気になったのである。
 実際に見てみると、なるほど、たしかに面白かった。これはいいドラマを見つけたと思った私は、翌週以降そのドラマを欠かさずに視聴してきた。
 そして、昨日――9月22日、日曜日。大人気のそのドラマは、ついに最終回を迎えた。25分拡大スペシャルだった。私は当然のごとく、それをリアルタイムで視聴するつもりでいた。見逃すつもりなど毛頭なかった。
 ところが、ちょっとした事情から、私は昨日の夜6時ごろ、急にお母さんと出掛けなければならなくなった。何時ごろに家に戻って来られるかとお母さんに聞いたところ、早くても11時ごろになる、という答えが返ってきた。
 9時までには家に戻れそうにない。そのことが分かった私は、自分の部屋の録画機器を使い、例のドラマを録画しておくことにした。素晴らしいドラマの最終回をリアルタイムで見られないのがもどかしかったが仕方なかった。私は録画がきちんと行われるよう設定されているかどうか、念入りに確認してから家を出た。
 ところが――!
 家に帰ってきた私を出迎えたのは、「録画失敗」という忌まわしい現実だった。
 念入りに確認したというのに、どういうわけか、ドラマの録画が上手くできていなかったのだ。私は連続ドラマの最終回を見ることができないという現実に強く打ちのめされた。久々にマジ泣きした。枕に顔をうずめてマジ泣きした。泣いているうちに腹が立ってきて、枕を真っ二つに引き裂いた。それでも怒りが収まらず、壁に思い切りパンチした。壁にデカい穴が開いた。
 頭と胃にぴりぴりとした痛みを感じながら、録画が失敗した原因を探った。1時間ほど探った結果、原因が判明した。実に単純な話。出掛ける際、自分の部屋のテレビや録画機器等のコードを引っこ抜いてしまったのが原因だった。
 私は出掛ける際、必ず部屋のコード類を全部引っこ抜くようにしている。その習慣が働いてしまい、無意識下でコードを引っこ抜いてしまったのだ! コードが抜かれていては、録画が上手く行くはずがない!
 コードの抜き差しは普段から無意識下で行っているため、この単純な答えに辿り着くのにえらく時間がかかった。答えが分かったとき、私は部屋にあるコードで自分の首を絞めたくなった。
 私の馬鹿っ! なんて凡ミスをしてくれたの! おかげでドラマの最終回が見られないじゃないの!
 全てを知った私は、今度は布団に顔をうずめてマジ泣きした。先ほどよりも激しくマジ泣きした。そして、泣いているうちにまたもや腹が立ってきて、布団を八つ裂きにした。それでも怒りが収まらず、ドアに思い切りキックした。ドアが丸ごと吹き飛んだ。
 その後、私は部屋のあちこちを破壊しまくった。しかし、そんなことをしたところで見逃したドラマを見られるわけではない。どうなるわけでもないのだ。私はだんだん虚しくなってきて、しまいには疲れて眠ってしまった。


 ★


 そして、今日――9月23日、月曜日。
 目が覚めたときには、朝の8時を過ぎていた。私は床に寝そべっていた。
 ゆっくり体を起こし、部屋をざっと見回してみた。ひどい有様だった。まるで部屋の中を嵐が通り過ぎていったような状態だった。昨晩、私がどれだけ部屋の中で激しく暴れ回ったのかがよく分かった。さすがにやりすぎたと反省した。
 また、私はそのときになって、自分の服までもがひどい有様になっていることに気づいた。暴走しているうちにボロボロになってしまったらしかった。
 昨日、私はブラウスにスカートという格好だったが、どちらも悲惨なことになっていた。上はブラウスがブラジャーもろとも大きく引き裂けており、高い攻撃力を誇る胸がほとんどさらけ出された形になっていた。下はスカートがどこかへ消えており、超セクシーなパンツが丸見えだった。
 なんというか、すっごい淫らな格好だった。こんな格好で眠ってしまったのか、と急に恥ずかしくなった。
 ここで私は、部屋のドアが吹き飛んでいることを思い出した。今、私の部屋の中は廊下から丸見えだ。廊下を通れば、淫らな格好の私を簡単に見ることができる。今日ほど私は、家に男の人がいなくてよかったと思ったことはない(私にはお父さんとお兄ちゃんがいるが、どちらとも別居しており、この家にはお母さんと2人で暮らしている)。
 とりあえず、この格好をなんとかしようと思った私は、クローゼットの中をのぞいた。普段はきちんと揃えられている衣類が、あちこちに散乱していた。しかし、衣類までは破壊しなかったらしく、どれも問題なく着られる状態だった。適当なものを手に取り、部屋を出た。
 まずはお風呂に入ろう、と思った。昨日、お風呂に入らずに寝てしまったからだ。今日は月曜日だったが、祝日(秋分の日)なので学校はお休みだ。だから、あわてる必要はなかった。
 階段を下りると、お母さんと出くわした。相も変わらず、金色の髪の毛をド派手な形にセットしていた。お母さんは私の姿を見て目を丸くした。
麗子(れいこ)、なんだその恰好は! 胸は見えてるし、パンツは丸見えだしで、すっごい淫らだぜ! 何があったんだ!」
「まあ、色々とね」
「色々ってなんだ! 気になるぜ!」
「別に大したことじゃないわよ。頼むから詮索しないで」
 ドラマの録画に失敗してイライラして暴れ回ったせいでこうなった、なんて口が裂けても言えない。
「くっ! まったく思春期の女の子はワケ分からないぜ!」
「分からないなら、お母さんの中学時代を思い出せばいいのよ」
「そんなのもう忘れたぜ!」
「ああそう。それより、お風呂入りたいんだけど、お湯沸いてる?」
「フッ! そう言うかと思って、俺は風呂の追い焚きシステムを発動していた! よって、風呂は温かい状態! さらに、お湯の量も追加しておいた! このコンボにより、麗子はすぐに、温かいお湯がたっぷり入った浴槽にザブンとつかることができるぜ!」
「ありがとう。早速入ることにするわ」
 さすがお母さん。私の考えてることはお見通しだった。
 私はお風呂場に向かいながら、ボロボロのブラウスとブラジャーを脱いだ。芸術的な魅力を持った上半身が完全に露わになった。


 ★


 私は浴槽につかりながら、これからどうするかを考えた。
 楽しみにしていた連続ドラマの最終回を視聴できなかったのは、あまりにも痛ましい。ものすごく続きが気になっていたのにそれが見られないなんて、ある意味拷問だ。なんとしてでも、この地獄のような状況から抜け出したい。私は頭を捻り、その方法を模索した。
 そういえば、例のドラマは、クラスメイトの中にも視聴している人がたくさんいたっけ――そのことを思い出したとき、私の頭の中に一つのアイデアが浮かんだ。
 そうだ。クラスメイトの中に、昨日のドラマを録画した人がいるかもしれない。その人に、録画したドラマを見せてもらえばいい!
 これだ! と思った私は勢いよく立ち上がった。浴室の鏡に私の裸体が映り込んだ。神秘的な美しさを放つ裸体だった。我ながらパーフェクトだと思った。
 お風呂から上がった私は、朝食を済ませると、自分の部屋でスマートフォンを操作し、例のドラマを視聴しているクラスメイトたちに連絡を取った。そこに一縷の望みを託して――。


 ★


 まあ、結果は散々なものだったんだけどね。
 例のドラマを視聴しているクラスメイトには、手当たり次第に連絡を取ってみた。しかし、誰一人として、例のドラマを録画している者はいなかった。あきらめられなかった私は、クラスメイト以外の知人にも連絡を取ってみた。けれど、結果はダメだった。
 私はひどく絶望した。それはやがて憎しみへと姿を変えた。なんだかまた暴れたくなってきた。
 まずいわ。これ以上暴れ回ったら、既にボロボロな私の部屋が余計ボロボロになり、使いものにならなくなる。それに、また服がボロボロになるのも好ましくない。大体、暴れ回ってどうにかなるものではない。虚しくなるだけだ。
 落ち着くのよ、私。物に当たり散らすなんて、エレガントな私らしくない。冷静になるのよ、冷静に。
 私は二度三度深呼吸すると、自分に言い聞かせるように心の中で唱えた。
 過ぎ去ったことを悔やんでも仕方ない。ドラマを見逃したことはきれいさっぱり忘れよう。大丈夫、そのうちきっと再放送されたりDVD化されたりするはずだから、そのときに見ればいい。希望が消えたわけじゃない。だから、昨日の悲劇はもう忘れよう。
 自分に言い聞かせていると、だんだん気分が落ち着いてきた。よし、いい感じだ。
 この調子でちょっと気分転換でもしようと、私は運良く破壊を免れたテレビを点けた。何か面白い番組やってないかしら。
 チャンネルを回しているうちに、ある番組が目に留まった。その番組では、若手のお笑い芸人と思われる男性が何かトークをしていた。彼は大きな声を出してこう言った。
「ついこないだのことなんスけどね、その日は仕事が入ってなかったんスけど、ちょっと出掛ける用事があったわけッスよ。で、ちょうどその時間ね、僕は見たいドラマがあったんスよ」
「へえ、出掛ける時間とドラマの放送時間が被っちゃったと。それで?」司会と思われる男性――たしか、ベテランのお笑い芸人だったはず――が返す。
「で、そういうときは普通アレでしょ。ドラマを録画しておけば済む話でしょ? 僕も当然、出掛ける前にドラマを録画しておいたわけですよ」
 若手芸人が言うと、司会者がすかさず返した。
「ああ、つまり、ドラマを録画したつもりが、上手く行っていなかったと。で、その原因は、テレビのコードをうっかり引っこ抜いてしまったことだったと、そういうわけですね?」
「ちょっ! なんで僕が喋るとき、いつもオチを先に言ってしまうんスか!」
 若手芸人はあわてた口調でツッコんだ。テレビの向こうが笑いの渦に包まれた。
 しかし、私はちっとも笑えなかった。今のトークを聞いたせいで、せっかく忘れようとしていた昨日の悲劇が思い出されてしまったからだ。
 なんでよりにもよって、ドラマの録画の失敗談なんか話してるのよ! 私に対する嫌がらせなの!?
 頭にきた私は、テレビの画面に向かってストレートパンチを放った。拳が画面を勢いよく貫通し、テレビは何も映さなくなった。
 ああっ! 気分が悪い!




2章 おい、デュエルしろよ

 10時24分――。
 テレビのトーク番組によって、暴れたい気持ちが蘇ってきた私は、とりあえず外に出ることにした。あのまま部屋の中にいると、また暴れ回ってしまいそうで危ないと思ったためだ。
 とにかく今は、このイライラした気持ちをどうにかする必要がある。外出すれば、少しは気分転換になるだろう。それに、いくらイラついていても、さすがに家の外で暴れようという気にはなれない。そういった意味でも、今は外にいるほうが安全だ。
 で、外に出たわけだけど、これからどうしようかしら。当てもなくブラブラしているのもなんだし……。
 よし、駅の近くのカードショップへ行こう。最近カード買ってなかったから、たまにはカードを買って、デッキ調整でもしよう。そうすれば、このイライラも消え去るだろう。
 そうと決めた私は、自転車を走らせ、童実野町駅近くのカードショップへと向かった。


 ★


 10時32分――。
 カードショップに辿り着いた私は、駐輪場に自転車を止め、店内へと足を踏み入れた。それとほぼ同時に、店内のデュエルスペースから大きな声が響いてきた。
「はぁっ? なんだその雑魚カードはよぉ! おい、見ろよこれ!」
「ははは! 今時これかよ! いくらなんでもあり得ねえだろ!」
「そんなカードデッキに入れてるとか! オメー、M&W(マジックアンドウィザーズ)をナメてんだろ!」
 3人の男の下卑た大声だった。それこそ、店内に思い切り響くほどの大声だ。私は不愉快になり顔をしかめた。すごくイライラしてきた。イライラを解消するためにここへ来たというのに、なんてざまなの。
 馬鹿みたいに叫んでるのはどこのクソガキよ、と思ってデュエルスペースのほうを見た。この店のデュエルスペースには、デュエル用のテーブルが6台設置されているが、現在使われているのは1台だけだった。そこには4人の人間がいた。大学生と思われる男が3人と、小学生と思われる男の子が1人だ。そして、今デュエルしているのは、3人の大学生の中の1人と小学生の男の子だった。残る2人の大学生は近くのデュエルテーブルに尻を乗せて観戦している。
「ほら、これでお前のカードは破壊だ。とっとと墓地へ送れよ」
「早くしろよノロマ!」
「モタモタすんなよ。あー、うざってえ」
 大学生の男3人が威圧するような口調で言う。それを受け、小学生の男の子は完全に怯えた状態で苦しげに手を動かしている。どうやら、先ほどの下卑た大声は大学生の男3人のものだったらしい。おそらく、小学生の使っているカードを嘲る言葉だったのだろう。
 私は頭が痛くなった。クソガキの仕業かと思ったら、大学生の仕業だとは……。いい歳した男どもが小学生相手に何をしてるのよ。
 言うまでもなく、デュエルの際、対戦相手を馬鹿にしたり威圧したりするような行為はマナー違反だ。普通、カードショップのデュエルスペースでそういったことをする連中がいれば、店員が注意したりするはずなのだけど……この店にいる4人の店員は、誰一人として、そういった行動には移らなかった。彼らが気づいていないとは思えない。さっきの馬鹿みたいな大声を聞けば気づくはずだ。つまり、彼らは気づいていないふりをしているのだ。
 大学生たちの態度もそうだが、店員の無責任な態度も不愉快だった。ますます私はイライラした。もうっ! なんでこう、不愉快な連中ばっかりいるのよ!
 思わず店内で暴れ回りそうになったが、どうにか抑え込む。冷静になれ私! こんなところで暴れたら、もはや犯罪者よ! 自分の部屋で暴れるのとはわけが違う! 馬鹿な気を起こしちゃダメ!
「こいつでダイレクトアタック。これでお前のライフは0だ。はい終了〜。あー、つまんね。お前弱すぎ」
「おいおい、もう終わりかよ」
「お前、根性ねえなあ。ははは」
 私が深呼吸して自分を落ち着かせているうちに、デュエルは終わったようだ。大学生の男が勝ったらしい。大学生3人がげらげらと品のない笑い声を上げている。
 と、ここで私は、近くで中学生くらいの男子が、デュエルスペースを見ながら忌々しそうな顔をしているのに気づいた。よく見たら、知っている顔だった。この店の常連客である一乗寺(いちじょうじ)くんだ。彼とは同い年で、この店で何度か顔を合わせたことがある。彼はここから少し離れたところに住んでいて、私とは別の中学校に通っている。
「こんにちは」
 私が挨拶すると、一乗寺くんはこちらを向き、小さく右手を上げた。
 私はデュエルスペースのほうを指差した。
「一乗寺くん、あの大学生っぽい3人組のこと、何か知ってる?」
 たずねると、一乗寺くんは苦々しい顔をしてうなずいた。
「知らないはずないさ。俺はあいつらと顔を合わせるのが嫌で、この店を利用するようになったんだからな」
「どういうこと?」
 一乗寺くんは憎々しげにデュエルスペースを睨みつけた。
「俺が以前、こことは別の、自宅近くにあるカード屋を利用してたって話はしたよな?」
「ええ、聞いたわ。たしか、嫌な奴らがカード屋に顔を出すようになったから、こっちの店を利用するようになったって」
「その嫌な奴らってのが、あの3人組さ」
 彼は顎でデュエルスペースにいる大学生3人組を指した。
「見ての通り、あいつらの素行はひどいもんだ」
「たしかにひどいわ」
「ああやって、対戦相手を罵倒したり威圧したり、対戦相手のカードを乱雑に扱ったり、対戦相手のデッキ構築や使っているカードを貶めるのは当たり前。ひどいときは、負かした相手からレアカードを奪い取ることもある。その他にも、カードの価値をよく知らない者に対して詐欺まがいのトレードを持ちかけたりだとか……。とにかく、あいつらが色々と好き勝手してたのを、俺は何度も見たことがある」
「とんでもない奴らね……」
 あの3人組は、想像以上に悪質なプレイヤーらしい。私はますます不愉快になり、イラついてきた。
「そんなに勝手なことしてる奴らがいたのに、前にあなたが通っていた店の店員は、何も対応してくれなかったの?」
「してくれなかったな」
「どうして?」
「あいつらは素行の悪い連中だが、カード屋に来ると、高額な商品をとにかくたくさん買うんだよ。つまり、あいつらが店に来ると、店側は大きく儲かるわけだ。となると、店側としては、あいつらには何度も店に通ってもらいたいということになる」
「なるほどね。だから、店の中で好き勝手されても、注意とかできないわけか」
「そうさ。注意なんかして、あいつらが気分を害して店に来なくなったら、儲けが少なくなるからな。店側にとっちゃ、あいつらは『お得意様』だ。機嫌を損ねるわけにはいかない」
 彼らは高額商品を買うという形で、店側に賄賂を贈ってたわけか。私の中のイライラ度がさらに増した。
「それだけじゃない。あいつら……いや正確には、あの男。今小学生の子とデュエルしていたあの男」
 一乗寺くんは、デュエルスペースにいる男の1人を指差した。
「あいつ……名前はアクモトっていうんだが……」
 アクモトは悪本と書くらしい。
「悪本は数々のM&Wの大会で優勝しているほどの実力者だ。M&Wに精通した人間なら、悪本の名を知らない者はいない。そのくらいの有名人さ」
「悪本……。そういえば、聞いたことあるわね。そうか、あの男が悪本なのか……」
「そう。性格はクズだが、腕は本物の男さ。さすがに、デュエルキングの武藤遊戯や、そのライバルである海馬瀬人には敵わないだろうが、それでもかなり強いデュエリストであることは間違いない」
「じゃあ、悪本以外の2人の男は? 彼らも実力者?」
「いや、あの2人は悪本の取り巻きだ。ただの小物だよ。あいつらは大して問題じゃない。問題なのは悪本さ」
 それでだな、と言いながら一乗寺くんはこちらを見た。
「要するに、悪本のヤローはM&Wをやってる人間にとっちゃ有名人ってわけだ。で、そんな有名人がカードショップに通うようになったらどうなるか」
「ああ、なるほど。悪本はショップ側にとっては一種の広告塔になるわけね」
「そうだ。大会優勝者が通う店ともなれば、一気に知名度も人気も上昇する。店にとっては大きなメリットだ。そういうこともあるから、店側は悪本の機嫌を損ねないよう行動する。こうして、悪本とその取り巻きは、店で好き勝手な行動ができるわけだ」
 そこまで言うと、一乗寺くんは大きくため息をついた。私のほうはというと、イライラ度がそろそろ最高潮に達しそうだった。暴れたいという感情を抑えながら私は言った。
「悪本って男と店の人間、完全に癒着してるじゃない」
「ああ、その通りだ。前に俺が通ってた店は、悪本が来てから悲惨なことになったよ。それまでは仲間たちとデュエルを楽しめる場所だったのにさ、あいつが来てから何もかも悪い方向に変わっちまった。仲間もみんなバラバラになっちまったよ」
「バラバラになった、というと?」
「悪本と顔を合わせないよう店に顔を出さなくなったり、馬鹿馬鹿しくなってデュエルそのものをやめてしまったり、レアカードで買収されて悪本の傘下に入ったり……。まあ、色々だ」
「本当にひどいわね」
「ああ、まったくだ。俺、悔しかったから、何度か悪本にデュエルを挑んだんだよ。俺がテメーに勝ったら、二度とこの店に来るなって言ってな。けど、ダメだった。俺の実力じゃ、悪本には歯が立たなかった。俺だけじゃない。誰も悪本には勝てなかった。だから、悪本は余計増長した」
 そのときのことを思い出したのか、一乗寺くんは顔に悔しさを滲ませた。私は危うく、商品棚にパンチをしそうになった。
「まあ、そんなことがあったから、俺は前の店に行くのをやめて、こっちの店に来るようになったんだ。ここに来ている連中の中には、俺に似たようなのが結構いるよ。けど……2週間くらい前からだったかな。とうとうこの店にも悪本が来るようになっちまった。で、今ではこのざまだ。もうここもダメみたいだな」
 一乗寺くんは完全にあきらめたような口調だった。悪本に抵抗する気は起きないらしい。
「あなた、これからどうするの? この店にはもう来ないの?」
「いずれはそうなるだろうな。あんな奴の顔なんか見たくないし」
「何か、悪本の横暴を止める方法はないのかしら」
 ぽつりとつぶやくと、一乗寺くんが頭をゆらゆら振った。
「言っとくが、悪本を説得しようとしても無駄だぜ。あいつ、他人の話には耳を傾けないからな。最悪、説得した側が店員に注意されたりするし。実際俺は、根気強く悪本を説得しようとした人間が、店から追い出されたのを見たことがある」
 なんで説得した人間が店から追い出されるの――と訊こうとしたが、私は呑み込んだ。悪本は店の人間と癒着している。つまり、店員は悪本にとって都合のいいように動くのだ。悪本を説得した人間が追い出されたのはそのためだ。
「悪本を説得しようとすれば、あいつは店員に『変な奴に難癖をつけられた』とでも言って、説得した人間を罰しようとするだろうよ。だから、あいつを説得するのは不可能だ」
「じゃあ、悪本を止める方法はないってわけ?」
「……一つ方法があるとすれば、奴にデュエルで勝つことだろう。それなら、さすがの悪本も負けを認めざるを得ないはずだ。まあ、それができれば苦労しないんだが」
 デュエルで勝てば、悪本を止められる、か。
 私が考えていることを察したのだろう、一乗寺くんが「やめておけ」と口にした。
「悔しい話だが、悪本の実力は本物だ。デュエルで奴を倒そうなんて考えないほうがいい。今あんた、悪本にデュエルを挑もうって考えてたろ?」
 図星だったので、私はだまり込んだ。一乗寺くんは私の目を見て言った。
「デュエルを挑めば、痛い目を見るのはあんたのほうだ。最悪、レアカードを奪われる恐れもある」
「私じゃ悪本には勝てないと?」
「ああ、そうだ」
 一乗寺くんは即答した。あまりにも迷わずに返してきたので、私はちょっと複雑な気持ちになった。
「鷹野が強いことは俺だって知ってる。けどな、悪本の強さはあんたよりも上だ。俺は何度も悪本とデュエルしたからよく分かるんだ。いくらあんたでも悪本には勝てない。悔しいが、どうにもできないんだ。だから、奴には関わらないほうがいい。そのほうが身のためだ」
 強い口調で言ってくる一乗寺くん。ここまで言うということは、それほどまでに悪本は強いということなのだろう。彼なりに私のことを思って警告してくれているのだ。その警告に従い、悪本には関わらないのが上策なのかもしれない。
 けれど――と私は思う。
 一乗寺くんから悪本に関する話を聞いて、私の中のイライラ度がかなりヤバいところまできてしまった。このことも事実だ。このままだと本当にここで暴れ回ってしまうかもしれない。店の中を破壊し、店員や客を殴り飛ばし、服がボロボロになって淫らな格好になり、しまいには警察に連行されるかもしれない。そうなる前に、とにかく鬱憤を晴らしたい。その方法として、悪本をデュエルで叩き潰すことは、かなり効果的なものだと思う。そもそも、イライラ度を増大させる原因となったのは悪本なのだから、彼を思う存分叩き潰せば、イライラが少しは消えるはずだ。
 そう思いながら、私は悪本とその取り巻きのほうを見た。悪本は先ほど対戦した小学生のデッキを乱雑に扱いながら、汚い言葉を吐き散らしていた。
「こんなカスカード入れてんのかよぉ。抜いとけこんなもん。ああ、これもいらねぇ。これもいらねぇ。おいおい、いらねぇカードばっかじゃん。こんなクソデッキでデュエルするとかナメてんですかぁ?」
 見たところ、悪本が小学生のデッキ構築にケチをつけてるらしい。悪本の取り巻きがせせら笑っている。
「でも、それぼくの好きなカードだから……」小学生は泣きそうな顔をしながら、小さな声で反論する。
「おい、テメー! 悪本さんのアドバイスにケチつける気かよ!」
「弱いくせに生意気言ってんじゃねーよ! 悪本さんに謝れ!」
 悪本の取り巻き2人に恫喝するような口調で言われ、小学生はうつむいてだまり込んでしまった。
「ん? おっ、なんだなんだお前。カスカードしか持ってないと思ってたが、ちょっとはいいカード持ってるじゃんか。ほら、見てみろ」
 悪本が、小学生のデッキの中から何かいいカードを見つけたらしく、取り巻き2人に見せる。取り巻き2人の目が光った。
「おっ、結構なレア物じゃないですか!」
「スゲー! こいつぁ、儲けもんですよ!」
 悪本はそのカードを自分の胸のポケットに収めてしまった。
「よし。こいつは俺がもらっておく」
「えっ、なんで……」
 小学生が顔を上げ、目を見開く。悪本は威圧する口調で返した。
「なんで、じゃねえよ、ボクちゃん。トレーディングカードゲームってのは本来、勝ったほうが負けたほうのカードを1枚もらえるルールがあるんだよぉ。俺はそのルールに則ったたけだ。あ、まさか何か文句あるのか? ん? あるなら言ってみろ」
 小学生は何も言わない。それを見て、悪本は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、胸ポケットを軽く叩いた。
「どうせ、このカードはお前が持っていても役に立たないさ。弱い奴には使いこなせないカードだからなぁ。つまり、お前が持ってたって仕方ない。それなら、上手く使いこなせる奴が持ってたほうがカードにとって幸せだろ?」
「そうだぞオメー。悪本さんならきっちり使いこなせるぞ。オメーと違ってな」
「感謝しろよ小僧」
 3人の男どもがげらげら笑う。小学生はまたうつむいてしまった。
 悪本は小学生のデッキ構築に再びケチをつけ始めた。
「これもダメ、これもダメ……。ふん、残りは全部クズカードか。つまんねえの。お前、こんなのデッキじゃなくて紙束だぞ。ダメだダメ、全然ダメぇ。全部作り直せ」
 悪本は嘲るように言うと、デッキを小学生のほうへ向けて放った。
「こんなデッキ……つーか紙束を組むとか、お前馬鹿だろ。少しは考えてデッキを組めよ。ホント馬鹿じゃねえの。どのくらい馬鹿かっていうと……そうだな……」
 少し考えた後、悪本は二度三度うなずいて続けた。
「アレだ。どのくらい馬鹿かっていうと、ドラマを録画したつもりが、うっかりテレビのコード引っこ抜いたせいで録画に失敗した奴くらい馬鹿だよ、お前」
「ははは、言えてますね、それ!」
「さすが悪本さん、たとえが上手いです!」
 3人の男どもが馬鹿みたいに笑った。それに対して私は、ちっとも笑えなかった。悪本の発言を聞いたせいで、忌まわしい記憶が蘇ってしまったからだ。
 ドラマを録画したつもりが、うっかりテレビのコード引っこ抜いたせいで録画に失敗した奴くらい馬鹿だよ――ですって!? あのクズヤロー! なんでよりにもよって、そんなたとえ方するのよ! おかげで、忘れようと思っていた記憶が蘇って来ちゃったじゃない! ケンカ売ってんのか!?
 悪本とかいう馬鹿男のせいで、とうとう私のイライラ度はピークに達した! もうダメだ! もう我慢の限界! ほんっっっとうに腹が立ってきた!
 いい加減、ここらで鬱憤を晴らさないと、取り返しのつかないことになる。一刻も早く、私の中に溜まったこのどす黒い負のエネルギーを発散させないといけない。もう四の五の言ってられない。
 よし……決めた! あのクズヤローを潰すっ! 完膚なきまでに潰すっっ!
 私はバッグからデッキを取り出すと、デュエルスペースに向けて足を踏み出した。ところが、そんな私の腕をつかんだ者がいた。一乗寺くんだ。私は彼を睨みつけた。彼は一瞬だけ気圧されたような顔をしたが、すぐに言った。
「鷹野まさか、悪本にデュエルを挑む気じゃないだろうな?」
「そうよ。それが何?」
「やめておけ。いくらお前でも悪本には勝てない。レアカードを取られるのがオチだ」
 一乗寺くんは早口で訴えてきた。しかし、私はそれを聞く気はなかった。彼の腕を素早く振り払う。
「私ね、今日はずっとイライラしてるのよ。それで、イライラを消すためにここに来たの。なのに、悪本ってクズヤローのせいで、かえってイライラが増しちゃったわ。冗談じゃない。もう我慢の限界よ。このままだと私は爆発するわ。私の爆発の威力は凄まじいわよ。たとえるなら、カオス・エンペラー・ドラゴンの効果ね。場のカードと手札を全部墓地送りにして、効果ダメージまで与えるわ。一乗寺くんはそれでもいいわけ?」
「い……いや、それは……困るな」
「でしょ。ならだまって見てて。私は必ず、悪本をデュエルで八つ裂きにしてやるわ。それでこのイライラを解消する。止めないで、一乗寺くん」
 私は一乗寺くんに背を向け、デュエルスペースへと歩いた。デュエルスペースでは相変わらず、悪本と取り巻き2人が小学生をいびっている。
 待ってなさいよ、悪本。今あなたの首を取ってやる。
 デュエルスペースに入った私は、すぐさま悪本に向けて言い放った。

「悪本。私とデュエルしなさい」


 ゲームをしようぜ!
 (魔法カード)
 あらゆるトラブルを、ゲーム1つで片付ける。




3章 邪悪×2

 突然入り込んできた私のほうへ、悪本と取り巻き2人と小学生の男の子が一斉に目を向ける。悪本はさっと目を上下に動かし、値踏みするように私のほうを見た。取り巻き2人はじろじろと私の全身を見ている。小学生は困惑した表情だ。
 私は小学生の男の子に一声かけ、席を譲ってもらった。デュエルテーブルを挟み、私と悪本が向かい合う。悪本はかなり大柄な男で、彼の頭は私のそれよりも高い位置にあった。そのため、私は彼に見下ろされる形になっている。威圧するような鋭い目がこちらを見ている。
「なんだお前は?」
 悪本がたずねてくる。私は迷わず答えた。
「私の先攻ドロー!」
「おいっ! 勝手にデュエル始めんな! こっちの質問に答えろ! なんなんだお前は!」
 悪本がツッコんできた。まったく、何モタモタしてんのよ、このクズヤローが。
「私は鷹野麗子。悪本、あなたにデュエルを申込むわ。というわけで私の先攻ドロー!」
「おい待て! 勝手にデュエル始めんなっつってんだろ!」
「ちっ」
 このトンマが。早くデュエルの準備しなさいよ、イライラするわね。
 悪本はカードをまとめながら訊いてきた。
「鷹野といったな。この俺とデュエルがしたいのか」
「だから、そう言ってるじゃない! ほら、さっさと準備して! モタモタしない!」
「おい女! 悪本さんに向かってその生意気な態度はなんだ!」
「悪本さんは、大会で何度も優勝を収めたほどの実力者なんだぞ! 態度を慎め!」
 取り巻き2人が喚き散らす。私は2人を睨みつけた。
「うっさいわね! 雑魚キャラはだまってなさい!」
 そう言うと、取り巻き2人は顔を真っ赤にした。悪本は大声で笑った。
「ぎゃははは! ずいぶんと威勢のいいガキじゃんか。いいだろう。相手になってやる」
「悪本さん! こんな生意気なガキ、すぐに潰しちまいましょう!」
「言われなくても、そうするつもりさ」
 悪本は自分のデッキを一まとめにすると、それを二つの山に分けて両手に持ち、各々の山からカードを1枚ずつ弾いて、二つの山のカードを交互に重ねていった。ショットガンシャッフルと呼ばれるシャッフルだ。
「ショットガンシャッフルは、カードを痛めるわよ」
「知るかそんなこと。俺はこのやり方が慣れてんだよ。ほら、カットしな」
 シャッフルを終えると、悪本はデッキを私の前に置いた。私もデッキをシャッフルし、悪本の前に置いた。互いに相手のデッキをカットする。これでデッキシャッフルは完了だ。
「悪本。デュエルの前に約束してほしいことがあるわ」
 私が言うと、すかさず取り巻きの1人が噛みついてきた。
「おいお前! 悪本さんを呼び捨てにするな! 何様のつも――」
「雑魚キャラはだまってろって言ったでしょ! 何度も言わせないで!」
 私は取り巻きが言い終える前に言い放った。彼は憎々しげに私を睨んできた。それを無視して私は悪本を睨んだ。
「約束の内容は、『このデュエルで負けた者は、勝った者の奴隷になる』という超単純なものよ。私が勝ったら、あなたは私の奴隷にならなければならない」
「ほう。なら、俺が勝ったら、お前を俺の奴隷にできるのか」
「ええ、そうよ。どう? 約束できる?」
 悪本が底意地の悪い笑みを顔に貼り付けた。
「この俺に対して、そんなルールを持ちかけてくるとはなぁ。その度胸だけはほめてやるよ。ああ、いいぜ。そのルールでデュエルしてやる。俺が負けたときには、お前の操り人形になってやるよ。ま、そんなことは起こり得ないだろうが」
「その言葉、忘れるんじゃないわよ」
「ああ、忘れねえよ。お前こそ、覚悟できてんのか? お前に残された自由時間はもうあとわずかなんだぜ? あと数十分もすれば、お前はもう自分の意思で人生送れなくなるんだ。そのこと、分かってるか?」
 余裕な口ぶりの悪本。取り巻き2人がニヤニヤとする。
 私はふんと鼻を鳴らした。
「その言葉、そっくりそのまま返してやるわよ。さ、そろそろ始めましょ」
「ああ、いいぜ。とっとと終わらせようや」
 私と悪本は互いに睨み合った。辺りが沈黙に包まれ、ぴりぴりとした空気で満たされる。
 数秒後、2人同時に叫んだ。

「「デュエル!」」

 デュエル、開始よ!


 ★


 ジャンケンの結果、私が先攻を取ることになった。
「私の先攻ドロー!」
「お前のデュエルがどれほどのものか、俺が評価してやるよ」
「あなたの評価なんていらないわよ」
 吐き捨てると、6枚になった手札をさっと見た。……正直、あまりいい手札じゃない。できれば1ターンキルでもして一気にイライラを解消したかったのだが、それは無理そうだ。
 ふと気づくと、周囲に人が集まってきていた。みんな私たちのデュエルを見ている。そこには一乗寺くんの姿もあった。彼は心配そうな眼差しを向けてきている。
 悪い意味で有名人である悪本とのデュエル。それも、「負けたほうが勝ったほうの奴隷になる」という過酷なルールでのデュエルだ。みんな気になって観戦しているのだろう。中には、スマートフォン略してスマホを使って撮影している者までいる。撮影者の顔は他の人間の体に隠れて見えなかった。
 私は自分の手札へと視線を戻した。あまりよくない手札だけど、一応入れ替え手段がある。この手で行こう。
「私は《エア・サーキュレーター》を守備表示で召喚! そして、《エア・サーキュレーター》のモンスター効果発動! このカードが召喚に成功したとき、手札2枚をデッキに戻し、新たにカードを2枚ドローする!」
「おいおい、初っ端からそんなカードかよぉ! 手札事故か?」
 悪本の発言に、取り巻き2人が笑いを浮かべる。また、観戦者の中の数人もニヤニヤとしている。彼らも悪本の取り巻きなのかもしれない。
 私は《エア・サーキュレーター》の効果で手札2枚を入れ替えた。……うーん、入れ替えたけど、あまりよくならない。
「私はカードを1枚伏せて、ターンエンド」


【私】 LP:4000 手札:4枚
 モンスター:《エア・サーキュレーター》守600
  魔法・罠:伏せ×1

【悪本】 LP:4000 手札:5枚
 モンスター:なし
  魔法・罠:なし


 悪本は私のフィールドを見て、せせら笑った。
「デカい口叩いてたくせに、ずいぶんと大人しい動きじゃないか。えぇ? 威勢がいいのは口だけかぁ?」
「さあね」
「ふん。俺のターン、ドロー!」
 悪本のターンが始まる。彼はどんな戦術を使ってくるだろうか。
 悪本はドローしてすぐさま動きを見せた。
「俺を相手に、そんなヤワな布陣を組んだことを後悔させてやるよ。俺はまず、手札の《マリスボラス・フォーク》の効果発動! こいつは手札から悪魔族モンスター1体を墓地へ送り、特殊召喚することができる! 俺は悪魔族の《マリスボラス・スプーン》をコストとして、《マリスボラス・フォーク》を特殊召喚する!
 さらに俺は、《マリスボラス・ナイフ》を通常召喚! そして《マリスボラス・ナイフ》のモンスター効果! こいつが召喚に成功したとき、墓地に存在するマリスボラスモンスター1体を特殊召喚する! この効果で、今さっき墓地へ送られた《マリスボラス・スプーン》を特殊召喚する!」
 一気に悪本のフィールドに3体のマリスボラスモンスター――《マリスボラス・ナイフ》、《マリスボラス・フォーク》、《マリスボラス・スプーン》が揃った。とはいえ、マリスボラスモンスターはどれもこれも攻撃力が1000にも満たない弱小モンスターだ。そんなモンスターを広げてどうするつもりなのか。
「さあて、準備は整った! お前に俺のデッキのエースを見せてやる! こいつがお前の自由を奪い去ることになるだろう! 見るがいい! 俺は3体のマリスボラスモンスターを生贄に捧げる!」
 なっ! 弱小モンスターを並べたのは、エースモンスター召喚の生贄に利用するためだったのか!
 3体ものモンスターを生贄として召喚されるモンスターだ。それ相応の力を持っているはずだ。私は思わず身構えた。
「フィールドの闇属性・悪魔族モンスター3体を生贄に、降臨せよ! 《邪悪眼の邪悪竜(マリシャスアイズ・マリシャス・ドラゴン)》!」
「まっ……マリシャスアイズ・マリシャス・ドラゴンですって!」
 聞き覚えのないカード名だった。おそらく、大会の優勝賞品として配布されたカード、つまりは一般に流通していないカードだろう。悪本は大会で何度も優勝を収めた男だから、そういったレアカードを持っていても不思議ではない。
「「「「「出た! 悪本さんのエースモンスターだ!」」」」」
 周囲で、悪本の取り巻き2人を含む5人がタイミングを見計らったかのように同時に叫んだ。私はそれをスルーして、悪本の出した《邪悪眼の邪悪竜》のカードを見た。
 カードには、実に悪そうなツラをした黒いドラゴンが描かれていた。見るからに邪悪なドラゴンで、いかにも悪党の使うカードといった感じだ。それもそのはずだろう。何しろ、カード名が《邪悪眼の邪悪竜》……「邪悪」って単語が2回出てくるくらいなのだ。
 ともあれ、マリシャスアイズ……一体、どんな能力を備えたドラゴンなのか。
「マリシャスアイズは、自分フィールド上の闇属性・悪魔族モンスター3体を生贄に捧げることで特殊召喚できるモンスター。その攻撃力は3000ポイント! あの《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》と同等だ!」


 邪悪眼の邪悪竜
 星8/闇属性/ドラゴン族/攻3000/守2500
 自分フィールド上の闇属性・悪魔族モンスター3体を生贄に捧げて発動できる。
 このカードを手札???から特殊召喚する。
 ???
 ???
 ???


 攻撃力3000! さすが、3体も生贄を要求するだけあって、攻撃力は申し分ないってわけね。でも、私のフィールドには壁モンスターがいるから、とりあえず、このターンはダメージを受けずに済むはず。
「バトルだ! マリシャスアイズで《エア・サーキュレーター》を攻撃! 『殺戮のマリシャス・ストリーム』! ほらほら、何かトラップは使うかぁ? 使わないかぁ? どっちなんだ、さっさと答えろぉ!」
「急かさないでくれるかしら」
 言いながら、私は自分フィールド上の伏せカードをちらりと見た。これは敵の攻撃を妨害する類のカードじゃない。今は発動できない。
「トラップは何もないんだろぉ? なら、とっととそいつは墓地へ送れ! トロトロしてんじゃねえよ!」
 威圧するように言うと、悪本は勝手に私の《エア・サーキュレーター》のカードをつかんで墓地のほうへ叩きつけた。乱暴な扱い方だった。その様子を見て、取り巻き2人がニヤニヤとする。
 普通なら、店員に言いつけて、悪本を注意してもらうところだ。けど、今やここの店員は悪本の言いなりだから、私が訴えたところでどうにもならない。店員は悪本の気分を損ねるような真似はしないだろう。あ〜、イラつく。
 私は悪本を殴りたい気持ちを必死に抑えながら、《エア・サーキュレーター》の効果を処理した。
「《エア・サーキュレーター》の特殊効果。フィールド上のこのカードが破壊されたとき、デッキから1枚カードをドローする」
 カードを引き、手札を1枚増やす。うーん、どうも上手くデッキが回ってくれない……。
「これでお前のフィールドに壁モンスターはいなくなったな」
「でも、あなたのフィールドのモンスターはマリシャスアイズ1体だけ。そしてマリシャスアイズの攻撃はもう終わった。このターン、私は無傷よ」
 私が主張すると、悪本はげらげらと汚い笑い声を上げた。
「おい、お前ら聞いたか? この女、このターンは無傷だとかほざいてるぜ」
「ははは! 傑作ですね悪本さん!」
「笑えてくるぜ! ひゃっはは!」
 取り巻き2人も笑い出す。ああ、こいつらホントムカつく。
「鷹野。お前、馬鹿かぁ? ホントにこのターン、無傷で済むとか思っちゃってるわけ?」
 小馬鹿にするような口調で悪本が言う。私はだまって彼を睨みつけた。
「分かってないようだから教えてやるよ。俺のエースモンスターであるマリシャスアイズはな、敵モンスターを戦闘破壊した場合、もう1度だけ続けて攻撃することができるんだよぉ!」
「なっ! 攻撃力3000のくせに2回の攻撃が可能ですって!?」
 まずい! これは予想してなかった! まさか、連続攻撃能力を持ったモンスターだったとは!


 邪悪眼の邪悪竜
 星8/闇属性/ドラゴン族/攻3000/守2500
 自分フィールド上の闇属性・悪魔族モンスター3体を生贄に捧げて発動できる。
 このカードを手札???から特殊召喚する。
 ???
 ???
 このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、もう1度だけ続けて攻撃できる。


「これが何を意味するか分かるよなぁ? ほら、答えてみろ」
「……《エア・サーキュレーター》を戦闘破壊したことで、マリシャスアイズはもう1度攻撃できる」
「正解だ。それじゃあ、行くぜ! マリシャスアイズでダイレクトアタック! 『殺戮のマリシャス・ストリーム』!」
 邪悪なドラゴンが、壁モンスターを失った私にダイレクトアタックを仕掛ける! けれど、私にそれを防ぐ手段はない!


 《邪悪眼の邪悪竜》(攻3000)

 私 LP:4000 → 1000


 くっ! いきなりライフが残り1000に!
「ぎゃはははっ! カウンターなしかよ! その伏せカードは飾りかぁ!? まったく、威勢のいい奴だから、少しは腕があるのかと思ったが……とんだ期待外れだったな! これじゃあ、さっきデュエルしたそこのガキと大して変わりねえよ!」
 悪本は、近くにいた小学生の男の子を指差して笑った。小学生は不安そうな顔でこちらを見ている。
 私は手札を見た。この手札は正直、かなりヤバい。次のターンのドロー次第では、何もできずに負けてしまうかもしれない。


<私の手札>
 《神炎皇ウリア》、《降雷皇ハモン》、《幻魔皇ラビエル》、《Sin(シン) レインボー・ドラゴン》、《デストラクト・ポーション》


 《神炎皇ウリア》、《降雷皇ハモン》、《幻魔皇ラビエル》は、いずれも今は召喚できないモンスターなので使えない。《Sin レインボー・ドラゴン》は召喚こそできるものの、フィールド魔法がないと即座に破壊されてしまう弱点があるため、やっぱり使えない。《デストラクト・ポーション》は、自分フィールド上のモンスター1体を破壊することで効果を発揮するトラップカードなので、こいつも使えない。このように、今私の手札にある5枚のカードは、どれも現在は使うことのできないカードだった。これは……ヤバい。
 次のターンのドローで私の運命が決まってしまう。このまま何もできずに負けるか、もう少し粘るか。まさかこんなに早く、ドローカードに運命を託すことになるとは……。
「ったく、つまんねえデュエルだ。俺は永続魔法《強欲なカケラ》を発動してターンエンド。ほら、お前のターンだ。とっととしろよ雑魚女」


【私】 LP:1000 手札:5枚
 モンスター:なし
  魔法・罠:伏せ×1

【悪本】 LP:4000 手札:1枚
 モンスター:《邪悪眼の邪悪竜》攻3000
  魔法・罠:《強欲なカケラ》永続魔法・強欲カウンター×0


「私の……ターン……」
 このまま負けることなんてできない。こんなクズ男に、雑魚だの馬鹿だの言われておきながら、何もできずに負けるなんて……そんなの冗談じゃない! 絶対に、こんな奴には負けられない!
 お願い私のデッキ! 私の想いに答えて!
「ドロー!」
 ごくりとツバを飲み込み、意を決してドローカードを見る。
 カードを確認した私は――思わずニヤリとした。
「来たわ! 私はフィールド魔法《うずまき》を発動!」
「《うずまき》……だと?」
 引き当てたのは、私のフェイバリットフィールド魔法! このカードに運命を託す!


 うずまき
 (フィールド魔法カード)
 フィールドは「うずまき」となり、全ての常識は覆る。


「フィールドが《うずまき》となったことで、全ての常識が覆るわ! これにより、デュエルのルールは原作ルール(スーパーエキスパートルール)からOCGルール(マスタールール2)に切り替わる! カードのテキストも特殊能力も、全てOCG準拠になるわ!」
 デュエルのルール及びカードテキストをOCG準拠のものにする。それが《うずまき》の持つ特殊能力! これで盛り返してやるわ!
「なるほど。それで少しは持ちこたえられるってわけか」
「そう。デュエルのルールがOCGルールになったことで、互いのライフポイントが4000ポイント上昇する。OCGルールは原作ルールと違って、初期ライフが8000あるからね」


 私 LP:1000 → 5000
 悪本 LP:4000 → 8000


 よし! 《うずまき》の効果でライフを増やした! これでまだ戦える!
 それだけじゃない! フィールド魔法を出したことで、このカードを使うこともできる!
「まだよ! 私はデッキから《究極宝玉神 レインボー・ドラゴン》を除外し、《Sin レインボー・ドラゴン》を手札から特殊召喚! このカードの攻撃力は4000ポイント! マリシャスアイズの攻撃力を上回っているわ!」
 悪本のエースの攻撃力を超えるモンスターの登場に、観戦者たちがどよめいた。
「ほう、Sinモンスターなんか持ってたのか。どうやら、すぐに負けるつもりはないらしいな」
 一方で、悪本は余裕を崩さない。その態度が非常に気に食わない。どうにかして、あの余裕を崩してやりたいところね。
「バトル! 《Sin レインボー・ドラゴン》でマリシャスアイズを攻撃!」
「はいはい、うわー、やられたー」
 私の攻撃宣言に対し、悪本は棒読みで応じながら、マリシャスアイズのカードを墓地へ放った。ホントにムカつくわね、こいつ。


 《Sin レインボー・ドラゴン》(攻4000)
 《邪悪眼の邪悪竜》(攻3000):破壊

 悪本 LP:8000 → 7000


 とりあえず、悪本のエースモンスター、マリシャスアイズを破壊できた。意外とあっけなかったわね。
「で、他にはどうするわけ? もう終わりか? どうなんだ?」
 エースを倒されたというのに、悪本は余裕を崩さぬまま急かしてくる。気に食わない。
「うるさいわね。カードを1枚セットしてエンドよ」
 《デストラクト・ポーション》のカードをセットして、私はターンを終えた。


【私】 LP:5000 手札:3枚
 モンスター:《Sin レインボー・ドラゴン》攻4000
  魔法・罠:《うずまき》フィールド魔法、伏せ×2

【悪本】 LP:7000 手札:1枚
 モンスター:なし
  魔法・罠:《強欲なカケラ》永続魔法・強欲カウンター×0




4章 インチキ効果

 悪本にターンが移る。
 エースモンスターを失った彼だが、動揺している様子はまるで見られない。
「ふん。あっさり俺が勝つかと思ったが、もう少し長引くみたいだな。俺のターン、ドロー! この瞬間、俺のフィールドの《強欲なカケラ》に強欲カウンターが一つ乗る! こいつは、俺がドローフェイズ時に通常のドローを行う度に、強欲カウンターが一つ乗る」


 《強欲なカケラ》 強欲カウンター:0 → 1


「メインフェイズに入るぜ。俺は《E−HERO(イービルヒーロー) ヘル・ブラット》を特殊召喚! こいつは、自分フィールド上にモンスターがいない場合、攻撃表示で特殊召喚できる!
 さらに、《魔界発現世行きデスガイド》を通常召喚! そして、デスガイドのモンスター効果発動! こいつが召喚に成功したとき、手札またはデッキからレベル3の悪魔族モンスター1体を特殊召喚できる! この効果で俺は、デッキから《暗黒界の狩人 ブラウ》を特殊召喚!」
 悪本はあっという間に3体のモンスターをフィールドに揃えた。といっても、どのモンスターも私の《Sin レインボー・ドラゴン》には勝てない――。
「俺のフィールドにいる3体のモンスターは、どれも闇属性・悪魔族! つまり、闇属性・悪魔族のモンスターが3体揃ったわけだ! さあて、再び呼び出すとするか! 俺は《E−HERO ヘル・ブラット》、《魔界発現世行きデスガイド》、《暗黒界の狩人 ブラウ》を生けに……リリース! 墓地より蘇れ! 《邪悪眼の邪悪竜》ッ!」
 …………は?
 いや、何言ってるのよ。蘇れってどういうこと?
「悪本、どういう意味? 説明しなさいよ」
「おおっと、悪い悪い。お前程度の平凡デュエリストじゃ知らないだろうなぁ。説明してやるよ」
 圧倒的な上から目線で悪本は言った。私は、デュエルが終わる前にうっかりこの男を殴ったりしてしまわないかどうか心配になった。
「マリシャスアイズは、自分フィールドの闇属性・悪魔族モンスター3体をリリースすれば、たとえ墓地からであろうと特殊召喚できる、不死のモンスターなのさ」
「墓地からでも特殊召喚できるって……!」
 3体の生贄……もとい、リリース素材がフィールドに揃えば、何度でも蘇るってわけか。どうりで悪本が余裕を崩さないわけだ。これは……面倒ね!


 邪悪眼の邪悪竜
 星8/闇属性/ドラゴン族/攻3000/守2500
 自分フィールド上の闇属性・悪魔族モンスター3体をリリースして発動できる。
 このカードを手札または墓地から特殊召喚する。
 ???
 ???
 このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、もう1度だけ続けて攻撃できる。


「でも、マリシャスアイズの攻撃力じゃ、《Sin レインボー・ドラゴン》は倒せないわよ」
 私が指摘すると、やはりというかなんというか、悪本は嘲笑を浮かべた。取り巻きも同じだった。
「おい、聞いたか今の。マリシャスアイズじゃ、《Sin レインボー・ドラゴン》は倒せないんだとさ」
「ははは! 悪本さん、このガキ何も分かってないですよ!」
「こいつの頭の中、お花畑以外の何物でもないですね! 平和で結構! ひゃはは!」
 あー……うぜぇ……。こいつら、マジでぶっ飛ばしたい。
 私が必死に怒りを抑えこんでいると、悪本が嫌らしく笑いながら言った。
「俺が何も考えずにマリシャスアイズを蘇らせたとでも思ったのかよ。馬鹿かお前? マリシャスアイズにはな、まだまだ強烈な能力が備わっているんだよぉ! それを今からお前に教えてやる!」
 悪本は墓地から《E−HERO ヘル・ブラット》のカードを取り除いた。
「マリシャスアイズのさらなる効果! 1ターンに1度、自分の墓地の闇属性・悪魔族モンスター1体を除外することで、敵モンスター1体の攻撃力と守備力を0にし、モンスター効果を無効にする!」
「っ! 攻守を0にして、効果まで打ち消す能力だなんて……!」
 こ、これじゃあ、いくら攻撃力があったところで意味がない! 《Sin レインボー・ドラゴン》は倒されてしまう!
 マリシャスアイズ! その名に恥じない、邪悪な力を持ったドラゴンだわ!


 邪悪眼の邪悪竜
 星8/闇属性/ドラゴン族/攻3000/守2500
 自分フィールド上の闇属性・悪魔族モンスター3体をリリースして発動できる。
 このカードを手札または墓地から特殊召喚する。
 ???
 1ターンに1度、自分の墓地の闇属性・悪魔族モンスター1体をゲームから除外し、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動できる。
 選択したモンスターの攻撃力・守備力を0にし、その効果を無効にする。
 このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、もう1度だけ続けて攻撃できる。


「俺は墓地の《E−HERO ヘル・ブラット》をコストに、マリシャスアイズの効果発動! 『マリシャス・カース』! 《Sin レインボー・ドラゴン》の攻撃力と効果を封じる!」
 このままマリシャスアイズの効果を通せば、《Sin レインボー・ドラゴン》の攻撃力は0になる。そうなれば、攻撃力0のモンスターを攻撃表示で晒すことになり、マリシャスアイズの攻撃で大ダメージを食らってしまう。
 どうせ攻撃力を打ち消されるのなら、その前に自分で食らってやる!
「なら、私はその効果にチェーンし、トラップ発動! 《デストラクト・ポーション》! 自分フィールド上のモンスター1体を破壊し、その攻撃力分のライフを回復する! 私は《Sin レインボー・ドラゴン》を破壊し、その攻撃力4000を私のライフに加算するわ!」


 《Sin レインボー・ドラゴン》:破壊

 私 LP:5000 → 9000


 私のライフが大幅に回復したのを見ると、悪本は面倒くさそうにため息をついた。
「ふん。自らモンスターを破壊してライフを増やしたか。くだらない手だ。大人しくやられとけばいいものを」
「そう簡単にやられるつもりなんてないわよ」
「ああそうかい。ま、いいや。お前のフィールドのモンスターは消え去ったしな。思う存分殴らせてもらうぜ」
「お好きにどうぞ」
「んじゃあ、バトル! マリシャスアイズでダイレクトアタックだ! 『殺戮のマリシャス・ストリーム』!」


 《邪悪眼の邪悪竜》(攻3000)

 私 LP:9000 → 6000


 私のライフが大きく減った。とはいえ、あらかじめ《デストラクト・ポーション》を使っておいたので、まだライフはたくさん残っている。
 けれど、フィールドや手札の状況は非常に悪い。今の持ち札のままでは、悪本に勝つことはできない。何か……キーカードを引き当てないと。
「俺はこれでターンエンド」


【鷹野】 LP:6000 手札:3枚
 モンスター:なし
  魔法・罠:《うずまき》フィールド魔法、伏せ×1

【悪本】 LP:7000 手札:0枚
 モンスター:《邪悪眼の邪悪竜》攻3000
  魔法・罠:《強欲なカケラ》永続魔法・強欲カウンター×1


 私にターンが回る。
 今、私の手札は《神炎皇ウリア》、《降雷皇ハモン》、《幻魔皇ラビエル》の3枚。どれも今は召喚不能なモンスターだ。このままでは戦えない。このターンのドローにかかっている。
 お願い、私のデッキ! 私の想いに応えて!
「私のターン、ドロー!」
 ゆっくりと、ドローしたカードを確認する。引き当てたのは魔法カードだった。
 ……よし、このカードなら! まだチャンスはある!
「魔法カード《リロード》を発動! このカードの効果で私は手札を全てデッキに戻してシャッフルし、戻した枚数分のカードをドローする!」
「はっ! また手札入れ替えかよ! よっぽど手札が悪いんだな。お前、ちゃんと考えてデッキ組んでるのかぁ?」
 悪本の言葉をスルーし、私は3枚の手札をデッキに戻した。これで私は、3枚のカードをドローすることができる。この3枚ドローに全てを賭ける!
「3枚ドロー!」
 引き当てたのは、モンスターカードが1枚と、トラップカードが2枚。悪くないカードたちだ。これらのカードで、悪本のマリシャスアイズに対抗するには……。
 私は気持ちを落ち着かせ、マリシャスアイズの攻略法を考える。今、この3枚のカードをどう利用すべきか。
 考えていると、前方から衝撃音が響いてきた。見ると、悪本がデュエルテーブルを手でバンバンと叩いていた。
「おいおい、何モタモタしてんだよぉ。カードを出すなら出す! 出さないならエンド宣言する! どっちかにしろ! 遅延行為とみなされたいのか! あぁ!?」
 テーブルを叩きながら急かしてくる。明らかに相手を威圧する行為だ。けど、この場でそれを指摘してもなんにもならない。
 私は気分を害しながら、3枚の手札を全てフィールドに伏せた。
「モンスターを1体裏守備でセット。そして、リバース・カードを2枚セット。これで終わりよ」
「防御を固めただけかよ。つまんねえ。じゃあ、俺のターンだ」


【鷹野】 LP:6000 手札:0枚
 モンスター:裏守備×1
  魔法・罠:《うずまき》フィールド魔法、伏せ×3

【悪本】 LP:7000 手札:0枚
 モンスター:《邪悪眼の邪悪竜》攻3000
  魔法・罠:《強欲なカケラ》永続魔法・強欲カウンター×1


「俺のターン、ドロー! この瞬間、《強欲なカケラ》に強欲カウンターが一つ乗る!」


 《強欲なカケラ》 強欲カウンター:1 → 2


「そしてメインフェイズ! 《強欲なカケラ》の効果発動! 強欲カウンターが二つ乗ったこのカードを墓地へ送ることで、デッキからカードを2枚ドローする!」
 悪本は《強欲なカケラ》のカードを墓地に置くと、新たに2枚のカードを引いた。これで悪本の手札は3枚まで増強された。
「いいカードを引いた。俺は装備魔法《メテオ・ストライク》をマリシャスアイズに装備する! 《メテオ・ストライク》の効果は知っているな?」
「……装備モンスターが守備モンスターを攻撃したとき、装備モンスターの攻撃力が守備モンスターの守備力を上回っていれば、その数値分の戦闘ダメージを与える」
 私は顔をしかめて言った。貫通能力を付与する装備魔法だなんて……また厄介なカードを出してきたわね。
「そう、その通りさ。これでお前は、モンスターを守備表示にしてダメージを回避することができなくなったってわけだ。それじゃ、バトルと行くぜぇ! マリシャスアイズでお前の伏せモンスターを攻撃! 『殺戮のマリシャス・ストリーム』! ほら、とっととその雑魚を墓地へ送れぇ!」
 悪本は迷わずに攻撃してきた。そんな簡単に通ると思わないでよ!
 私は、前のターンに伏せた1枚を表にした。
「そうはさせないわ! マリシャスアイズを対象に、永続トラップ《拷問車輪》を発動! このカードの効果を受けたモンスターは、攻撃と表示形式の変更ができない! さらに、私のスタンバイフェイズ毎に、あなたに500ポイントのダメージを与えるわ! これでマリシャスアイズの動きを封じる!」
 私のトラップの発動に、悪本は――嘲笑を浮かべていた。……今度は何よ。
「バーカ。そんなトラップが通用するか! マリシャスアイズはトラップの効果を一切受け付けないモンスターなんだよ!」
「はあぁっ!?」
 攻撃力3000のくせにトラップが通用しないって! インチキ効果もいい加減にしなさいよ!


 邪悪眼の邪悪竜
 星8/闇属性/ドラゴン族/攻3000/守2500
 自分フィールド上の闇属性・悪魔族モンスター3体をリリースして発動できる。
 このカードを手札または墓地から特殊召喚する。
 このカードは罠カードの効果を受けない。
 1ターンに1度、自分の墓地の闇属性・悪魔族モンスター1体をゲームから除外し、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動できる。
 選択したモンスターの攻撃力・守備力を0にし、その効果を無効にする。
 このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、もう1度だけ続けて攻撃できる。


「《拷問車輪》じゃマリシャスアイズの攻撃は止まらないぜぇ! ほら、とっととモンスターを墓地へ送れぇ!」
 悪本は私の伏せモンスターを指でカツカツとつついてきた。このクズヤロー、汚い手で私のカードに触れるんじゃないわよ!
「伏せていたモンスターは《水晶の占い師》。守備力100だから破壊されるわ」
「はっ! やっぱり雑魚モンスターが伏せられてたか! おっと、《メテオ・ストライク》の効果を忘れるなよ! 貫通ダメージを食らえ!」


 《邪悪眼の邪悪竜》(攻3000)
 《水晶の占い師》(守100):破壊

 私 LP:6000 → 3100


 貫通ダメージを食らったことで、私のライフが大きく削られた。くっ、一気にライフが3000ポイント台まで減ってしまったわね。
 でも、まだ……!
「《水晶の占い師》が攻撃を受けて表向きになったことで、そのモンスター効果が発動するわ! デッキの上からカードを2枚めくり、その内の1枚を手札に加え、残りの1枚をデッキの一番下に戻す!」
「はいはい、転んでもただでは起きないってわけね。好きにしろ」
 私はデッキの上から2枚をめくった。めくったのは《火霊使いヒータ》と《Sin トゥルース・ドラゴン》の2枚。私は《火霊使いヒータ》を手札に加え、《Sin トゥルース・ドラゴン》をデッキの一番下に戻した。
「これでお前のモンスターは再びいなくなった! そして、マリシャスアイズは敵モンスターを戦闘破壊したとき、もう1度だけ続けて攻撃できる! ダイレクトアタックを食らうがいい! 『殺戮のマリシャス・ストリーム』!」
 マリシャスアイズが2回目の攻撃をしてくる。この攻撃を受けたら、私のライフは残りわずか100になってしまう。
 そう簡単に削らせてたまるかっての! 私は伏せカードに手を伸ばした。
「永続トラップ発動!」
「無駄だ! マリシャスアイズにトラップは通用しない!」
「勘違いしないで! これはマリシャスアイズにかけるトラップじゃないわ! 永続トラップ《メタル・リフレクト・スライム》! このカードは発動後、守備力3000のモンスターカードとなり、私のフィールドに特殊召喚される!」
 私は《メタル・リフレクト・スライム》のカードを、モンスターゾーンに横向きにして置いた。これで私のフィールドには、守備力3000の壁モンスターが召喚された。
「ちっ、トラップモンスターか」
「そうよ。しかも守備力は3000。マリシャスアイズじゃ突破できないわ」
「めんどくせえな。まあいいや。攻撃は中断して、メインフェイズ2に入る」
 《メタル・リフレクト・スライム》を発動したおかげで、どうにかダイレクトアタックを回避することができた。けど、安心してもいられない。
「マリシャスアイズのモンスター効果発動! 『マリシャス・カース』! 1ターンに1度、自分の墓地の闇属性・悪魔族モンスター1体を除外することで、敵モンスター1体の攻撃力・守備力を0にし、効果を無効にする! 俺は墓地の《マリスボラス・ナイフ》を除外して、《メタル・リフレクト・スライム》の守備力を0にする!」


 《メタル・リフレクト・スライム》 守:3000 → 0


 マリシャスアイズの特殊能力により、《メタル・リフレクト・スライム》の守備力が0になってしまった(攻撃力は元から0なので変化はない)。次の悪本のターン、《メタル・リフレクト・スライム》はマリシャスアイズによって容易に破壊されてしまう。
「さらに、こいつを使っておこう。魔法カード《強欲で謙虚な壺》! デッキの上から3枚めくり、その中から1枚を選んで手札に加え、残りはデッキに戻す!」
 悪本は《強欲で謙虚な壺》の効果に従い、デッキの上から3枚をめくった。めくられたカードは、《幻銃士》、《ダーク・バースト》、《邪悪輪(マリシャス・リング)》の3枚。
「くくく。俺は《邪悪輪》のカードを手札に加えよう。残りはデッキに戻すぜ」
 《邪悪輪》……これもまた聞き覚えのないカードだった。マリシャスアイズと同じく、大会の優勝賞品か何かで、一般には流通していないカードだろう。
 マリシャスアイズのときみたいに、テキストを知らなくて馬鹿にされるのは不愉快なので、私は目を凝らして《邪悪輪》のテキストを見た。ほんの数秒しか見られなかったが、テキストは全て把握できた。次のようなものだ。


 邪悪輪
 (通常罠)
 自分フィールド上に「邪悪眼の邪悪竜」が存在する場合、相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
 その攻撃モンスター1体を破壊し、そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。


 《邪悪輪》は、マリシャスアイズがいるときのみ発動できるトラップ。攻撃してきた敵モンスター1体を破壊し、その攻撃力分のダメージを相手に与えるという極悪カードだ。ふざけてる!
「俺はカードを2枚伏せて、ターンエンドだ」
 悪本は手札2枚をフィールドに伏せ、ターンを終えた。当然のごとく、あの伏せカードの中には《邪悪輪》が含まれている。これで私の攻撃は封じられたってわけか……。


【私】 LP:3100 手札:1枚
 モンスター:《メタル・リフレクト・スライム》守0・効果無効
  魔法・罠:《うずまき》フィールド魔法、《拷問車輪》永続罠・対象:《邪悪眼の邪悪竜》、《メタル・リフレクト・スライム》永続罠、伏せ×1

【悪本】 LP:7000 手札:0枚
 モンスター:《邪悪眼の邪悪竜》攻3000
  魔法・罠:《メテオ・ストライク》装備魔法・対象:《邪悪眼の邪悪竜》、伏せ×2


「私のターン、ドロー! スタンバイフェイズ時、《拷問車輪》の効果で、あなたには500ポイントのダメージを食らってもらうわ」
「ふん。マリシャスアイズはトラップを受け付けないが、プレイヤーである俺のほうは別ってわけか。まあいいだろう」


 悪本 LP:7000 → 6500


 さて、どうしたものか。今、私の手札は2枚あるけど、どちらもマリシャスアイズを倒せるようなカードじゃない。ここは耐えるしかないか……。
「私はモンスターを裏守備でセットし、カードを1枚セット。ターンエンドよ」
 防戦一方だ。けど、今は守るしか道がない。守る中で、逆転の糸口をつかむしかない。


【私】 LP:3100 手札:0枚
 モンスター:《メタル・リフレクト・スライム》守0・効果無効、裏守備×1
  魔法・罠:《うずまき》フィールド魔法、《拷問車輪》永続罠・対象:《邪悪眼の邪悪竜》、《メタル・リフレクト・スライム》永続罠、伏せ×2

【悪本】 LP:6500 手札:0枚
 モンスター:《邪悪眼の邪悪竜》攻3000
  魔法・罠:《メテオ・ストライク》装備魔法・対象:《邪悪眼の邪悪竜》、伏せ×2


「おいおい、どうしたぁ? ずいぶんと大人しいじゃないか。俺を奴隷にするんじゃなかったのかよ? えぇ?」
「さっさとデュエルを進めなさいよ」
「相変わらず、威勢だけはいいな。ま、そんな生意気な態度を取れるのもあとわずかだ。悔いのないよう、思う存分そういう態度を取っておくがいいさ。俺のターン、ドロー!」
 悪本は余裕の表情でカードを引いた。そして、すぐさま伏せカードを開いた。
「トラップカード《無謀な欲張り》を発動! デッキからカードをドローし、その後、自分のドローフェイズを2回スキップする! ドローフェイズを2回先取りするってわけだな」
 悪本はカードを2枚引くと、すぐさま次の動きに移った。
「さて、このターンお前は凌ぎ切れるかな? バトルだ! マリシャスアイズで《メタル・リフレクト・スライム》を攻撃! 『殺戮のマリシャス・ストリーム』!」
 マリシャスアイズが攻撃してくる。《メタル・リフレクト・スライム》は守備力を0にされているから、あっさり破壊されてしまう。そうはいかないわよ!
「トラップ発動!」
「何度も言わせるな! マリシャスアイズにトラップは通用しない!」
「これはマリシャスアイズにかけるトラップじゃないわ! トラップカード《和睦の使者》! このターン、私のフィールド上のモンスターは戦闘では破壊されず、私が受ける戦闘ダメージは0になる!」
 《和睦の使者》の効果により、このターン、私と私のモンスターの安全が確保される。悪本はゆらゆらと頭を振った。
「ずいぶんとしぶといじゃないか。一時はとんだ雑魚デュエリストかと思ったが、どうやらそうじゃなかったらしい。少なくとも、さっき戦ったガキよりはマシだよ」
 そう言って、嫌らしく口の端を吊り上げてみせた。見ていて腹の立つ顔だ。
 私は、悪本の言葉には反応せず、先を促した。
「もうおしまい? なら、私のターンに入るけど」
「待ちな。俺はモンスターを1体セットし、カードを1枚セットする。これで終わりだ」


【私】 LP:3100 手札:0枚
 モンスター:《メタル・リフレクト・スライム》守0・効果無効、裏守備×1
  魔法・罠:《うずまき》フィールド魔法、《拷問車輪》永続罠・対象:《邪悪眼の邪悪竜》、《メタル・リフレクト・スライム》永続罠、伏せ×1

【悪本】 LP:6500 手札:1枚
 モンスター:《邪悪眼の邪悪竜》攻3000、裏守備×1
  魔法・罠:《メテオ・ストライク》装備魔法・対象:《邪悪眼の邪悪竜》、伏せ×2


「私のターン、ドロー! スタンバイフェイズ時、《拷問車輪》の効果であなたに500ダメージを与える!」
「はいはい、すごいすごい」


 悪本 LP:6500 → 6000


 《拷問車輪》がフィールドに残っていれば、私のターンが来る度に、悪本のライフを500削ることができる。けど、この効果で悪本のライフを削りきる前に、私のライフが0にされるだろう。
 それを踏まえた上で、私は今引いた魔法カードをどう使うべきか考えた。ところが、それを邪魔するかのように、悪本がまたテーブルを叩いて急かしてきた。
「モタモタしてんじゃねえよ! 何かするのか!? しないのか!? とっとと決めろ!」
 威嚇する口調で急かす悪本は、底意地の悪い笑みを浮かべていた。こうやって対戦相手を恐れさせることを心底楽しんでいる表情だった。ホント、腐ってるわね。
 イライラしながら、私は手札の魔法カードを出した。
「魔法カード《マジック・プランター》を発動! このカードは、自分フィールド上の永続トラップ1枚を墓地へ送ることで、カードを2枚ドローする! 私は……《メタル・リフレクト・スライム》を墓地へ送るわ!」
 トラップモンスター《メタル・リフレクト・スライム》は、モンスターであると同時に永続トラップでもある。よって、《マジック・プランター》の発動コストにできる。私は《メタル・リフレクト・スライム》をコストにして2枚のカードを引いた。
 引いた2枚のカードの中には……またもや《マジック・プランター》のカードがあった。ここはこのカードを使うしかない。
「2枚目の《マジック・プランター》を発動! 《拷問車輪》のカードを墓地へ送り、さらに2枚のカードを引く!」
 《拷問車輪》をコストに、もう1度カードを2枚ドローする。これで私の手札は3枚まで増えた。
 よし! この手札なら!
「私は、自分フィールドの伏せモンスターをリリースし、《雷帝ザボルグ》をアドバンス召喚!」
「ほう、上級モンスターを出してきたか」
 裏守備表示でセットしておいた《火霊使いヒータ》がリリースされ、上級モンスター《雷帝ザボルグ》が姿を現す。このカードでマリシャスアイズを粉砕する!
「《雷帝ザボルグ》のモンスター効果! このカードがアドバンス召喚に成功したとき、フィールド上のモンスター1体を破壊する! 効果対象は当然! あなたのマリシャスアイズよ!」
 そう宣言したとき、周囲で「おぉー」と声が上がった。
「さあ、そのドラゴンには退場願おうかしら!」
「モンスター除去効果か。まあいいだろう」
 悪本は眉をぴくりと動かしただけで、特に驚いた様子は見せなかった。マリシャスアイズは再生能力を持っているから、墓地へ送られた程度では何も感じないのだろうか。
 ともあれ、これでマリシャスアイズは消えた。そろそろこっちからも攻めさせてもらうわ!
「バトル! 《雷帝ザボルグ》であなたの伏せモンスターを攻撃!」
 伏せカードには構わずに攻撃を宣言する。悪本は伏せカードを開くことなく、モンスターを墓地へ送った。
「お前の《雷帝ザボルグ》が撃破したのは《暗黒のミミック LV3》だ。こいつが戦闘破壊されたとき、俺はカードを1枚ドローできる。手札を補充させてもらうぜ」
 悪本はカードを1枚ドローした。ドロー効果を持つモンスターを伏せていたか。
「で、次はどうするわけ? まだバトルフェイズを続けるか?」
「……私はカードを1枚セットして、ターンエンドよ」


【私】 LP:3100 手札:1枚
 モンスター:《雷帝ザボルグ》攻2400
  魔法・罠:《うずまき》フィールド魔法、伏せ×2

【悪本】 LP:6000 手札:2枚
 モンスター:なし
  魔法・罠:伏せ×2




5章 背負ってます

 マリシャスアイズを倒したことで、フィールドの状況は、私が有利になった……ように見える。とはいえ、油断してはいけない。
「俺のターン。《無謀な欲張り》の効果により、ドローフェイズはなしだ。だが、この2枚の手札があれば充分だな」
 悪本は魔法カードを1枚出した。
「まずはこいつだ。魔法カード《ダーク・バースト》! このカードの効果で、俺は自分の墓地から攻撃力1500以下の闇属性モンスター1体を手札に戻すことができる! 俺が手札に戻すのはこいつだ! 攻撃力1000の《魔界発現世行きデスガイド》!」
 《ダーク・バースト》の効果で、悪本の手札にデスガイドが舞い戻る。……嫌な予感がしてきた。
「俺は、手札に戻したデスガイドをすぐに召喚! そして、デスガイドのモンスター効果を発動! こいつが召喚に成功したとき、手札またはデッキからレベル3の悪魔族モンスター1体を特殊召喚できる! この効果でデッキから《メタボ・サッカー》を特殊召喚だ!」
 一気に悪本のフィールドに闇属性・悪魔族モンスターが2体揃う。
「さらに! 永続トラップ《闇次元の解放》を発動! このカードは、ゲームから除外された自分の闇属性モンスター1体をフィールドに呼び戻すことができる! この効果で、除外されている《マリスボラス・ナイフ》を呼び戻す!」
 《闇次元の解放》の効果により、《マリスボラス・ナイフ》がフィールドに帰還する。……あっ、闇属性・悪魔族モンスターが3体揃っちゃった。
「ぎゃはははっ! せっかく破壊したのに残念だったなぁ! お前はまたも俺のエースを拝むことになるようだぜ! 俺は《魔界発現世行きデスガイド》、《メタボ・サッカー》、《マリスボラス・ナイフ》をリリースし、墓地からマリシャスアイズを特殊召喚する! 蘇れぇっ! マリシャスアイズ!」
 3体のモンスターがリリースされ、前のターンに破壊された邪悪な竜があっさり復活した。なんなのよ、これ! まさか、こうも簡単にマリシャスアイズの召喚条件を満たすなんて!
「マリシャスアイズのモンスター効果発動! 『マリシャス・カース』! 1ターンに1度、自分の墓地の闇属性・悪魔族モンスター1体を除外することで、敵モンスター1体の攻撃力・守備力を0にし、効果を無効にする! 俺は《メタボ・サッカー》をゲームから除外し、《雷帝ザボルグ》の攻撃力を0にする! 」


 《雷帝ザボルグ》 攻:2400 → 0 / 守:1000 → 0


 マリシャスアイズの効果で、私の《雷帝ザボルグ》の攻撃力が0になってしまった! くっ! せっかく出した上級モンスターが無力化された!
「さて……俺もお前と同じ手を使わせてもらう。魔法カード《マジック・プランター》! 自分フィールド上の永続トラップ1枚をコストに、カードを2枚ドローする! 俺のフィールドには、無意味なカードとして残り続けている《闇次元の解放》がある! こいつをコストにするぜ!」
 永続トラップ《闇次元の解放》は、自身の効果で除外ゾーンから呼び戻したモンスターが破壊されたとき、道連れとなって破壊される。しかし、呼び戻したモンスターが破壊以外の方法でフィールドから離れた場合、《闇次元の解放》のカードは無意味なカードとしてフィールドに残り続ける。今、《闇次元の解放》の効果で帰還させた《マリスボラス・ナイフ》は、リリースされることでフィールドから離れた。だから、《闇次元の解放》のカードは無意味なカードとなってフィールドに残り続けたわけだ。
 悪本は《闇次元の解放》のカードを墓地へ送り、カードを2枚ドローした。そして、その内の1枚をフィールドに出した。
「もう必要ないかもしれないが、念のためだ。こいつをマリシャスアイズに装備しておく。2枚目の《メテオ・ストライク》だ! こいつでマリシャスアイズに貫通能力を付加する!」
 またもやマリシャスアイズが貫通能力を獲得する。まったく、面倒なことを!
「このターンで終わりにしてやるよ。バトル! マリシャスアイズで《雷帝ザボルグ》に攻撃だ! 『殺戮のマリシャス・ストリーム』!」
 攻撃力0のザボルグに対し、マリシャスアイズが攻撃を仕掛ける。忌々しいけど、私のフィールドに、攻撃を妨害するトラップはない。けど、ダメージを回避することはできる!
「トラップ発動!」
「何度言えば分かる! マリシャスアイズにトラップは通――」
「これはマリシャスアイズにかけるトラップじゃない! トラップカード《ガード・ブロック》! 戦闘ダメージを1度だけ0にして、カードを1枚ドローする! ザボルグは破壊されるけど、私へのダメージは0よ!」
 悪本の言葉を遮りつつ、私はトラップの効果を適用した。これで戦闘ダメージは回避できる!


 《邪悪眼の邪悪竜》(攻3000)
 《雷帝ザボルグ》(攻0):破壊


「《ガード・ブロック》によって戦闘ダメージは0! そして私はカードを1枚ドロー!」
「悪あがきを! ならマリシャスアイズの効果! こいつが相手モンスターを戦闘破壊した場合、もう1度だけ続けて攻撃できる! もう1度攻撃だ、マリシャスアイズ! 『殺戮のマリシャス・ストリーム』!」
 壁モンスターを失った私に向かって、マリシャスアイズが攻撃してくる。私は手札からモンスターカードを1枚墓地へ捨てた。
「手札から《クリボー》のカードを捨てて、その効果を発動! 戦闘ダメージを1度だけ0にする!」
 《クリボー》に妨害され、マリシャスアイズの攻撃によるダメージは私には届かなかった。よし! このターンは凌いだ!
 悪本は面倒くさそうにため息をついた。
「まったく、しぶといガキだ。どこまで悪あがきするつもりだよ」
「あなたを潰すまでは悪あがきする予定よ」
「ほう、そうかい。だが、そう上手く予定通りに進むかねぇ? いい加減そろそろ、ネタが尽きてくるころじゃないか? 今、お前の手札は残り1枚。フィールドには《うずまき》のカードと伏せカードの計2枚……。そして、フィールドの伏せカードは1ターン目からずっと伏せられたまま発動する様子がない。つまり、ブラフの可能性が高い。そいつで俺の攻撃をかわすのは不可能だろう。違うか?」
 ニヤニヤしながら悪本は指摘してきた。
 彼の指摘は正しかった。私のフィールドに伏せてあるカードでは、敵モンスターの攻撃は防げない。ダメージも防げない。
 私がだまり込んでいるのを見て、自分の読みが正しいと確信したのか、悪本は満足げにうなずいた。
「となると、お前にとって希望となるのは、手札に残された1枚となるが……それでどこまで凌げるか」
 私は手札に残された1枚を見た。このカードは《E・HERO(エレメンタルヒーロー) バブルマン》。自身を特殊召喚する能力とドロー効果を持つE・HEROだ。ただし、ドロー効果のほうは、自分の手札・フィールド上にこのカード以外のカードが存在しない場合しか使えない。《うずまき》と伏せカードがフィールドに存在する今、ドロー効果を使用することはできない。
 一方、自身を特殊召喚する能力は、手札が《E・HERO バブルマン》1枚のときに使用できるので、使おうと思えば使えないこともない。
 とはいえ、今バブルマンを出したところでどうにもならない。守備表示で出して壁にしたところでその守備力は1200。マリシャスアイズの効果を使われれば0だ。《メテオ・ストライク》を装備したマリシャスアイズに攻撃されたら、貫通ダメージが私を襲ってくる。
 はっきり言えるのは、今の私の持ち札では、悪本に勝つことはできないということだ。ならば、逆転のチャンスをつかむときまで、どうにか生き延びるしかない――。
 ところが、その考えを打ち砕くように、悪本が言った。
「言っておくがな、もうお前は時間稼ぎをすることはできないぜ。何故なら、次の俺のターンでお前は負けるからだ」
 そう言って、彼は1枚のカードをフィールドに置いた。
「魔法カード《マリシャス・サンクチュアリ》を発動!」
「《マリシャス・サンクチュアリ》……?」
 またもや聞き覚えのないカードだ。このカードも大会優勝賞品だろう。今度は何よ……。
「《マリシャス・サンクチュアリ》は、自分フィールド上にマリシャスアイズがいるときのみ発動できる魔法カードだ! こいつの効果により、俺のフィールドのマリシャスアイズは、次の俺のターンのエンドフェイズ時まで、お前の魔法及びモンスターの効果を受け付けなくなる!」
「マリシャスアイズに、敵の魔法とモンスターの効果への耐性を付加するカード……ってわけね」
「そうさ! さらに言えば、マリシャスアイズは自身の効果でトラップの効果を受け付けない! よって、マリシャスアイズは敵のあらゆるカード効果に対して耐性ができたってわけだ!」
 くっ! ただでさえ攻撃力3000もあるマリシャスアイズが、一時的とはいえ、カード効果で処理することもできなくなってしまった! ずいぶんとまた面倒なカードを出してきたわね!
「しかしな、それだけじゃあねえんだよ。《マリシャス・サンクリュアリ》にはもう一つ効果がある。俺の狙いはむしろそっちなんだよなぁ」
 もう一つ効果があるって……一体何なのよ。
「もったいぶらずに言いなさいよ」
「くくっ、言ってやるとも。《マリシャス・サンクチュアリ》のもう一つの効果。それは、次の俺のターンのメインフェイズ1の開始時、俺のフィールドにマリシャスアイズが存在していれば、互いの手札とフィールド上のカードを全て墓地送りにできるという効果だ!」
 ……っ!
 なんですって……。互いの手札とフィールドのカードを全滅させる効果って……何よ、それ!


 マリシャス・サンクチュアリ
 (通常魔法)
 自分フィールド上に「邪悪眼の邪悪竜」が存在する場合に発動できる。
 自分フィールド上の「邪悪眼の邪悪竜」は、次の自分のターンのエンドフェイズ時まで相手の魔法・効果モンスターの効果を受けない。
 また、次の自分のターンのメインフェイズ1の開始時、自分フィールド上に「邪悪眼の邪悪竜」が存在する場合、お互いの手札・フィールド上のカードを全て墓地へ送る事ができる。


「要するにだなぁ、このまま俺のフィールドにマリシャスアイズが存在する限り、次の俺のターンのメインフェイズ1が始まった途端、互いの手札とフィールドのカードは消え去る運命にあるのさ! そして鷹野! このことはお前にとって、命に関わる問題となるはずだぜぇ!」
 悪本の言うとおりだった。今、私のフィールドには《うずまき》のカードがある。このカードがフィールドから離れてしまえば、《うずまき》の効果が消滅し、デュエルのルールは原作ルールに戻る。そうなれば、《うずまき》の効果によって4000ポイント上昇していた互いのライフが、今度は4000ポイント減少することになる。
 今、私のライフは残り3100。悪本は6000。この状況で《うずまき》の効果が切れれば、私だけライフが0になり、敗北してしまう!
「まさか、《うずまき》の性質を逆手にとって私を倒そうとしてくるなんて……」
「ぎゃはははっ! 俺を誰だと思ってんだ? 俺にとってこの程度のことは造作もねえことなんだよ!」
 悪本は勝利を確信した笑みを浮かべた。認めたくないけど……この男、デュエルの腕だけは本物だ。正直なところ、思っていた以上に手強い。
「《マリシャス・サンクチュアリ》は1度発動に成功してしまえば、効果を打ち消すことはできない。さあて、この状況でどんなあがきを見せてくれるのかねぇ。俺はこれでターンエンドだ」


【私】 LP:3100 手札:1枚(《E・HERO バブルマン》)
 モンスター:なし
  魔法・罠:《うずまき》フィールド魔法、伏せ×1

【悪本】 LP:6000 手札:0枚
 モンスター:《邪悪眼の邪悪竜》攻3000
  魔法・罠:《メテオ・ストライク》装備魔法・対象:《邪悪眼の邪悪竜》、伏せ×1


「「「「「出た! 悪本さんのマジックコンボだ!」」」」」
 周囲で、悪本の取り巻き2人を含む5人がタイミングを見計らったかのように同時に叫んだ。私はスルーして、現状を打開する方法を考えた。
 このまま何もできなければ、次の悪本のターン、《マリシャス・サンクチュアリ》の第2効果によって《うずまき》が消滅し、私のライフが0になる。それを防ぐにはどうすべきか。
 まず、マリシャスアイズを悪本のフィールドから消し去るという方法がある。それか、マリシャスアイズを裏側表示にするか。《マリシャス・サンクチュアリ》の第2効果は、悪本のフィールドにマリシャスアイズが表側表示で存在しなければ起動できない。マリシャスアイズが表側表示で存在してさえいなければ、《マリシャス・サンクチュアリ》の第2効果を恐れる必要はない。
 けど、それを実現するのは少し難しい。何しろ今のマリシャスアイズは、自身の効果と《マリシャス・サンクチュアリ》の第1効果によって、私のカード効果を受けないのだ。つまり、マリシャスアイズをどうにかする方法はかなり限られている。その限られた方法のどれかを実現しなければならない。
 敗北を回避する他の方法としては、ライフを調整するという方法がある。具体的には、私のライフを4001以上にするか、悪本のライフを4000以下にするのだ。私のライフを4001以上にすれば、《うずまき》が消えても負けることはない。そして、悪本のライフを4000以下にすれば、悪本は《マリシャス・サンクチュアリ》の第2効果を使うのをやめるだろう。ライフ調整さえ上手くできれば、敗北を回避することは可能だ。
 さらに別な方法を挙げるなら、次の私のターンで私が勝利するという方法がある。悪本のターンが来る前に私が勝ってしまえば、《マリシャス・サンクチュアリ》の第2効果など関係ない。まあ、これは非常に難しいだろうが。
 この他の方法は……まあ、あるにはあるかもしれないが、とりあえず、今私が思いつく方法はこの三つだけである。ともかく、どうにかして《マリシャス・サンクチュアリ》の第2効果適用 → 《うずまき》消滅 → 私だけ敗北、という流れを回避しなければならない。
 私は現在の戦況をよく確認してみた。今、私のライフは3100。フィールド上にはフィールド魔法《うずまき》と伏せカードが1枚。手札は《E・HERO バブルマン》1枚のみ。対する悪本のライフは6000。フィールド上には、私のカードの効果を受けない《邪悪眼の邪悪竜》と、そいつに装備された《メテオ・ストライク》に、伏せカードが1枚。手札は0だ。
 次の悪本のターンのメインフェイズ1開始時、もしも悪本のフィールドにマリシャスアイズが表側表示で存在していたら、悪本は《マリシャス・サンクチュアリ》の第2効果を使うことによって、フィールドと手札のカードを全滅させる。その際、私のライフが4000以下なら、《うずまき》の効果切れによってライフが0になる。
 この状況下で……私は次のターン、なんのカードを引き、どのように戦うべきなのか。
「おい、何してんだぁ? とっととカードを引けよぉ! 遅延行為のつもりかぁ? くだらねえ真似してんじゃねえよ!」
 悪本がテーブルを叩いて急かしてくる。衝撃音がデュエルスペースに響く。そこにせせら笑う声が混じる。取り巻きどもの声だろう。私は構わずに思考を続けた。ここで集中力を乱せば、悪本の思う壺だ。
「もう負けを認めたんなら、早くサレンダーしろよ。そのくらいは認めてやる。で、とっとと俺の奴隷になれよ。負けたら奴隷になる――そういう約束だよな」
「そうだ雑魚女! 大人しく負けを認めろ!」
「時間稼ぎなんかしてんじゃねえよ! クソデュエリスト!」
 悪本たちの汚らしい罵り言葉を受け流し、私はなんとはなしに周囲の観戦者を見た。ほんの数人、ニヤニヤしている者がいたが、大多数の者は深刻そうな顔をしていた。おそらく、悪本のせいで不愉快な思いをしてきた人たちなのだろう。そこには一乗寺くんや、さっき悪本とデュエルしていた小学生の男の子の姿もあった。一乗寺くんは悔しげに顔を歪ませている。小学生の子は辛そうな顔をしている。
 彼らのためにも、私は勝たなければならない、負けるわけにはいかない――私は今ごろになってそんな風に思った。よくよく考えてみれば、今の私って、悪本に傷つけられてきた人たちの無念な気持ちを背負って戦ってる形になってるのよね。今さら気づいたわ。これまではずっと自分のイライラを解消するために戦ってきたもんだから、気づかなかった。
 そうだ。私はみんなの想いを背負ってるんだ。だから、絶対負けてはならない――!
「私のターン、ドロー!」
 お願い、私のデッキ! 私の……みんなの想いに応えて!
 迷うことなく、ドローカードに目をやる。よし! いいカードだ!
「私はカードを1枚セット! そして、《E・HERO バブルマン》を守備表示で特殊召喚! バブルマンは手札がこのカード1枚のとき、特殊召喚できる!」
「はっ! 今さらそんなカードを出したところで何ができる!」
「こういうことができるのよ! リバース・カード、オープン! 魔法カード《命削りの宝札》! このカードの効果で、手札が5枚になるようにデッキからカードをドローする! 私の手札は0! よって5枚のカードをドローする!」
 悪本は面白くなさそうに顔を歪めた。
「なるほど。《命削りの宝札》のドロー枚数を増やすため、先にバブルマンを召喚したわけか」
「そういうことよ。さあ、5枚ドローさせてもらうわよ!」
「ここに来て5枚ドローとはな。ホントにしつこい女だ」
 私はデッキに指を当てた。この5枚ドローにかかっている。このドローに、私の、そしてみんなの想いを託す!
「ドロー!」
 私の手に5枚のカードが舞い込んだ。
 それらに目を通し、頭を回転させる。これらのカードを使い、現状を打開するにはどうするか。あわててはいけない。ゆっくり慎重に考えるのよ。
 考えていると、やはりというべきか、悪本がテーブルを叩いて急かしてきた。
「また遅延かよ。早くしろっての。どうせ何もできないんだからよぉ。適当になんか伏せてエンドしちまえよ。めんどくせぇ」
 悪本の声を聞き流して、私は手札5枚をじっと見た。モンスターが3枚、魔法が1枚、トラップが1枚の計5枚。これらのカードを使って現状を打開するには――。
 瞼を閉じ、考えを集中させる。今の持ち札で行えることを全て頭の中でシミュレートする。そうしていくうちに、フィールドと手札のカードが1本の線でつながっていく。そうか……あれを……こうして……こうすれば……――!
 ぱっと目を見開くと、私は観戦者のほうを見た。一乗寺くんと目が合う。私は彼に向かってうなずきかけた。彼は「まさか」とでも言いたそうに口を半開きにした。
 そして私は、近くで見ていた小学生の男の子のほうも見た。彼と目が合う。辛そうな顔をしたままだ。私は男の子に向けて、「大丈夫よ」という意味を込めてウィンクした。男の子は驚いたような顔をすると、次の瞬間には顔をぱっと赤く染めた。照れているのかしら。ふふっ、可愛い。
 さて、デュエルに戻ろう。考えはまとまった。あとはそれを実行に移すだけだ。
「おい、まだかよ! 何もしないならしないで、さっさとエンド宣言しろよ!」
 悪本が叫んだ。私は小さく息を吐いて答えた。
「そうあわてないで。もうやることは決まったから」
 さあ、逆転開始だ。




6章 流行りには乗っておけ

「私はこのカードをフィールドに出すわ」
 私はフィールドにいるバブルマンを墓地へ送り、手札のカードを1枚フィールドに出した。
「《E・HERO バブルマン》をリリースし、《聖導騎士(セイントナイト)イシュザーク》をアドバンス召喚!」
 上級モンスターを召喚したのを見ると、悪本は鼻を鳴らした。
「何を出すのかと思えば、たかが攻撃力2300のモンスターかよ! そんなカードで何ができるんだ?」
「あわてないでって言ってるでしょ。だまって見てなさい。私はさらに装備魔法《悪魔のくちづけ》を《聖導騎士イシュザーク》に装備! 《悪魔のくちづけ》は装備モンスターの攻撃力を700上昇させるわ!」


 《聖導騎士イシュザーク》 攻:2300 → 3000


 悪本は小さく首を曲げた。
「なるほど。攻撃力が足りないなら、魔法効果で上げちまえってわけか。古典的なマジックコンボだな」
「これで私のイシュザークの攻撃力は、あなたのマリシャスアイズと同等になったわ。今のマリシャスアイズは、カード効果によっては除去できなくなってるけど、戦闘破壊なら問題なく行える」
「相打ち狙いってわけか」
 悪本の余裕は崩れない。この程度じゃ驚かないか。
「相打ち狙いっていうのもあるけど、それだけじゃないわ。《聖導騎士イシュザーク》には特殊能力がある!」
「特殊能力? ああ、そういや、OCG効果のイシュザークには能力があったな。原作……というかRでは通常モンスターだったが」
「そう。OCG効果のイシュザークは、戦闘で相手モンスターを破壊したとき、そのモンスターをゲームから除外する」


 聖導騎士イシュザーク
 効果モンスター
 星6/光属性/戦士族/攻2300/守1800
 このカードが戦闘によってモンスターを破壊した時、そのモンスターをゲームから除外する。


「この効果はたとえ相打ちになっても発動するわ。つまり、あなたのマリシャスアイズは、このターンのバトルでゲームから除外されることになる。そうなったら、もう再生することはできないわ」
 それを聞くと、悪本は忌々しげにこちらを睨みつけた。
「ちっ。除外効果かよ。めんどくせえな……」
「今マリシャスアイズは、《マリシャス・サンクチュアリ》の効果によって、私のモンスターの効果を受けなくなっているけど、それはあくまでフィールドにいるときのみ有効なもの。イシュザークの効果は戦闘破壊した後に発揮される効果だから、問題なく適用されるわ。そうよね?」
「ああ、そうだ」


 マリシャス・サンクチュアリ
 (通常魔法)
 自分フィールド上に「邪悪眼の邪悪竜」が存在する場合に発動できる。
 自分フィールド上の「邪悪眼の邪悪竜」は、次の自分のターンのエンドフェイズ時まで相手の魔法・効果モンスターの効果を受けない。
 また、次の自分のターンのメインフェイズ1の開始時、自分フィールド上に「邪悪眼の邪悪竜」が存在する場合、お互いの手札・フィールド上のカードを全て墓地へ送る事ができる。


「このターン、イシュザークとマリシャスアイズで相打ちすれば、あなたのフィールドにモンスターはいなくなる。マリシャスアイズがいなくなれば、《マリシャス・サンクチュアリ》の第2効果も使用できないわね」
 悪本は面白くなさそうな顔つきをした。私は続けた。
「しかも、あなたは手札0枚な上、次のターンは《無謀な欲張り》のデメリット効果によってカードドローができない。よって、あなたはモンスターを一切出せずに、私にターンを回すことになる。私の手札にはモンスターカードがあるから、先に新たなモンスターを召喚するのは、私ということになるわね」
 私は自分の手札を悪本のほうにかざしながら言った。悪本は何も言わず、こちらを睨みつけている。
「それじゃあ、バトルと行こうかしらね。《聖導騎士イシュザーク》でマリシャスアイズを攻撃! これであなたのエースの息の根を止めてやる!」
 私は意気揚々と攻撃宣言した。それを聞いた悪本は――笑った。
「ぎゃはははははっ! おい、お前ら聞いたか! このガキ、俺のエースの息の根を止めるだとよ!」
「くははっ! こりゃ傑作ですよ悪本さん! この女馬鹿すぎる!」
「うひゃひゃ! あー、ホントにもう、笑い堪えるの大変でしたよ! まったく傑作だぜ!」
 悪本と取り巻き2人が馬鹿笑いする。非常に耳障りな声だった。
「何がおかしいのよ」
「何がおかしいだぁ? お前、その質問はないだろぉ! ぎゃはははっ! なんでおかしいのか、まさか本気で分かんねえのかぁ? だとしたら鈍すぎだぜ!」
 悪本はげらげら笑いながら、自分の伏せカードをコツコツと指で叩いた。
「お前、俺の伏せカードの正体忘れちまったのか? こいつの正体を、お前は知ってるはずなんだがな」
「伏せカードの正体を知ってる……?」
「忘れちまったのかよ! 俺が《強欲で謙虚な壺》を使って、あるトラップを手札に入れていたことをよ!」
「……あっ!」
 たしかに悪本の言うとおり、彼は《強欲で謙虚な壺》の効果でトラップカードを手札に加えていた。とても強力なトラップカードを……。
「その伏せカードは……《強欲で謙虚な壺》で手札に入れたトラップカード……!」
「やっと思い出したか! 馬鹿すぎだろお前! そうさ! この伏せカードの正体は、あのとき《強欲で謙虚な壺》で手札に入れたトラップカードだよ!」
 悪本は伏せカードをひっくり返した。
「トラップカード《邪悪輪(マリシャス・リング)》っ! 自分フィールド上にマリシャスアイズがいる場合、相手攻撃モンスター1体を破壊! さらにぃ! そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与えるっ!」


 邪悪輪
 (通常罠)
 自分フィールド上に「邪悪眼の邪悪竜」が存在する場合、相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
 その攻撃モンスター1体を破壊し、そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。


「《邪悪輪》の効果でイシュザークは破壊! その攻撃力3000ポイント分のダメージを食らってもらうぜ!」
 《邪悪輪》の効果を防ぐ手段はない。大人しくその効果を受け入れるしかない……。


 《聖導騎士イシュザーク》:破壊

 私 LP:3100 → 100


 イシュザークが破壊され、私のライフが残りわずかとなった。その様を見て、悪本が大声で笑う。
「ぎゃはははっ! まさかとは思ったが、本気で《邪悪輪》のことを忘れていたとはなぁ! いやぁ、マリシャスアイズを消せると確信したお前の顔、最高に笑えたぜ! 何が『あなたのエースの息の根を止めてやる』だよ! ぎゃはははっ!」
 悪本の笑い声に合わせて、取り巻きどもの笑い声も響く。デュエルスペースが下卑た笑い声に包まれた。悪本と取り巻きたちが嘲る眼でこちらを見ていた。
 私はだまってそれを見ていたが、やがて大声を上げた。

「オ――――――――――ッホッホッホッホ!」

 悪本たちの馬鹿声をかき消す勢いで、私は高笑いを上げた。突然私が笑い出したので、反対に悪本たちはシンと静まり返ってしまった。
「……なんだ、急に笑い出して。とうとう気でも狂ったか?」
 悪本が低い声でたずねてくる。私は鼻を鳴らした。
「狂った? まさか! ただ面白くて笑っただけよ」
「面白い、だと?」
「そうよ。デュエルが思い通りに進むってのは、面白いものでしょ?」
 私の言葉に、周囲がざわつき始めた。悪本は眉をひそめている。
「思い通りだと? どういうことだ」
「そのままの意味よ! 何もかも全て、私の思い通りに進んだわ!」
 私はビシッと悪本を指差した。
「全ての準備は整った! 悪本! このデュエル、あなたの負けよっ!」
 はっきりと宣言する。周囲のざわつきが激しくなった。悪本は目を見張っている。
「なんだと……。何を言ってやがる……。準備が整ったって……どういうことだ?」
「あら、分からないの? 意外と鈍いわね、あなた」
 私は悪本が先ほど発動した《邪悪輪》のカードを指差した。
「それのおかげで、全ての準備が整ったのよ」
「《邪悪輪》のカードのおかげだと……?」
 悪本はわけが分からないという風な顔をしている。私はわざとらしくため息をついた。
「これだけ言っても分からないの? ホント鈍いわね」
 一拍置いてから、私は悪本の目を睨みつけて続けた。
「あなた、本当に私が《邪悪輪》のことを忘れて攻撃したと思ってるの?」
 それを聞いた途端、悪本の顔色が変わった。
「まさかお前……《邪悪輪》が伏せてあることを知っていて、わざと攻撃を……」
「その通り。あなたのフィールドに《邪悪輪》が伏せてあることは分かってたわ。忘れるわけないじゃない。だから私は、そのカードを利用させてもらうことにしたってわけ」
「利用だと……!」
 悪本はハッとして、私のフィールドを見た。そこには、伏せカードが1枚置いてある。1ターン目から発動できずに伏せられたままになっているカードだ。
「その……伏せカード……!」
「そう! 《邪悪輪》の効果を食らったことで、この伏せカードの発動条件を満たしたわ! 私の狙いは、これを発動させることだったのよ!」
「一体、なんなんだ、その伏せカードは! お前は何をするつもりだ!」
「今、それを見せてやるわ! 覚悟しなさい、悪本!」
 さあ、いよいよ出番よ! これこそ、今日の最強カード!
 私は、とっておきの伏せカードを勢いよく発動した!

「永続トラップ発動! 《倍返し》!」

「ばっ……《倍返し》だとぉっ!?」
 悪本が驚きの表情を浮かべた。取り巻きたちも互いに顔を見合わせている。観戦者たちも大きくざわめく。
「ふふっ! 永続トラップ《倍返し》は、相手のカード効果で1000ポイント以上のダメージを受けたときに発動できるカード! 《邪悪輪》の効果で3000ものダメージを受けたことで、その発動条件を満たしたわ!」
「お前……そいつを発動させるために、わざと俺に《邪悪輪》を発動させたのか!」
「そういうことよ!」
 くくく! 悪本が《邪悪輪》を発動したときは、笑いを堪えるので大変だったわよ!
「《倍返し》は、発動トリガーとなったダメージ1000ポイントにつき一つ、倍々カウンターが置かれる! 発動トリガーとなったダメージは3000ポイントだから、倍々カウンターは三つ置かれるわ! そして!」
 私は悪本をまた指差した。
「次のあなたのターンのエンドフェイズ時にこのカードを破壊し、そのときこのカードに乗っていた倍々カウンターの数×2000ポイントのダメージをあなたに与える! これがどういう意味か分かる!?」
「《倍返し》に乗った倍々カウンターは三つだから、その2000倍……6000ポイントのダメージを俺は食らうことになる!」
「正解! あなたのライフも6000ポイントだから、《倍返し》の効果によってあなたのライフは0になる! つまり、あなたの負けよ!」


 倍返し
 (永続罠)
 相手のカードの効果によって自分が1000ポイント以上のダメージを受けた時に発動できる。
 その時に受けたダメージ1000ポイントにつき、このカードに倍々カウンターを1つ置く。
 次の相手ターンのエンドフェイズ時、このカードを破壊してこのカードに乗っていた倍々カウンターの数×2000ポイントダメージを相手ライフに与える。


 私が食らった3000ポイントの倍=6000ポイントのダメージを与える。まさに《倍返し》だ。さあ、追いつめたわよ、悪本!
 ところが、悪本は不敵な笑みを浮かべていた。
「はっ! なんだよ。何が伏せてあるかと思えばそんなカードかよ! 驚いて損したぜ! お前ら見たかよ? 《倍返し》だってさ!」
「ホント拍子抜けですね悪本さん! こりゃ単なる悪あがきですよ!」
「こんなの時間の無駄以外の何物でもないですよ! まったく、見苦しいガキだぜ!」
 悪本と取り巻き連中が冷ややかに笑う。私も笑って返す。
「ずいぶん余裕じゃない。次のターンの終わりには負けるっていうのに」
「負ける? 俺が? ぎゃはははっ! お前、馬鹿か? 俺が前のターンに発動した《マリシャス・サンクチュアリ》のことが頭から抜け落ちてるぜ?」
 悪本は余裕の表情で続けた。
「《マリシャス・サンクチュアリ》の第2効果。次の俺のターンのメインフェイズ1開始時、俺のフィールドにマリシャスアイズがいれば、フィールドと手札のカードを全て墓地送りにできる。分かるか? 今のままだと、次の俺のメインフェイズが始まった途端、フィールドと手札のカードは全部墓地へ送られるんだよ。当然、今お前が発動した《倍返し》のカードもな」
 悪本は《倍返し》のカードを指差した。
「《倍返し》のダメージ効果が発揮されるのはエンドフェイズだ。けどその頃にはもう、《倍返し》のカードは墓地へ送られてる。ダメージ効果が適用されることはない。俺のライフは0にならない。0になるのは鷹野、お前のライフだ。お前が発動した《うずまき》の効果切れによってな。いいか鷹野、よく覚えとけ! エンドフェイズってのはなぁ、メインフェイズ1よりも後にやってくるフェイズなんだよぉ! ぎゃはははっ! 何が《倍返し》だ! 倍返す前にお前死ぬだろうが! 馬鹿じゃねえの!?」
 そう言って悪本はげらげら笑った。
 悪本の言っていることは正しい。このままでは、《倍返し》が適用される前に《マリシャス・サンクチュアリ》の効果が適用され、フィールドと手札のカードは全て墓地へ行く。それに伴い、《うずまき》の効果が切れ、互いのライフが4000減少。私の敗北となる。
 そう。このままでは私が負ける。そんなことは百も承知だ。その上で私は《倍返し》を発動したのだ。
「私はメインフェイズ2に入るわ」
「ほう、まだ続けるか。もしや、メイン2でマリシャスアイズを除去するか裏側表示にする気か? お前のカード効果は一切受け付けないマリシャスアイズをよ。それができれば、お前の勝機も見えてくるが」
 悪本は余裕を崩さない。マリシャスアイズは攻略されないと確信している顔つきだ。
 実際、私の持ち札の中に、マリシャスアイズを除去したり裏側表示にしたりする手段はない。また、ライフポイントを調整するカードもない。このまま何もしなければ、《マリシャス・サンクチュアリ》の第2効果からの敗北を回避することはできない。
 だから、こうするのだ。
「カードを1枚セットして、ターンエンド」
「おっ、今ターンエンドって言ったな。言ったよな? 俺の聞き間違いじゃないよなぁ?」
 冷やかし口調で言ってくる悪本。私は「あなたのターンよ」と言い放った。悪本はニヤリとした。
「結局なんにもなしかよ。ぎゃはははっ!」


【私】 LP:100 手札:2枚
 モンスター:なし
  魔法・罠:《うずまき》フィールド魔法、《倍返し》永続罠・倍々カウンター×3、伏せ×1

【悪本】 LP:6000 手札:0枚
 モンスター:《邪悪眼の邪悪竜》攻3000
  魔法・罠:《メテオ・ストライク》装備魔法・対象:《邪悪眼の邪悪竜》


「どうやら、お前の《倍返し》は不発に終わりそうだな! 俺のターン! 《無謀な欲張り》の効果でドローフェイズはスキップだ!」
 悪本のターンが始まる。このまま彼のメインフェイズ1に入り、《マリシャス・サンクチュアリ》の第2効果を適用されれば私は負ける。
 私は伏せカードに手をかけた。
「メインフェイズ1! 俺のフィールドにはこの通り! マリシャスアイズがきっちり存在しているぜぇ! よって《マリシャス・サンクチュアリ》の第2効果が適用される! さあ鷹野! カードを全部墓地へ送れぇ! ぎゃはははっ!」
 悪本が大声で笑う。取り巻きも笑った。観戦者には、がっかりしたような声を上げる者もいれば、ため息をつく者もいた。
「鷹野。お前はまあ、悪くないデュエリストだったよ。それなりに楽しませてもらった。けどまあ、しょせんここまでだ。これからは俺の奴隷として、しっかり働いてくれよ。ぎゃはははっ! 俺の勝ちだ!」
 勝利宣言する悪本。私はそんな彼に向かって、冷ややかに告げた。

「メインフェイズ1? 何勘違いしているの? もうあなたのターンは終了してるわよ」

 デュエルスペースが静まり返った。沈黙は数秒ほど続いた。
 やがて、周囲がどよめき始める。一体何が起きたのかとさわいでいる。
 悪本は眉をひそめた。
「お前……何馬鹿なこと言ってるんだ? 俺のターンが終了してるって、どういうことだ?」
 どういうことか分かっていない悪本を見て、私は口の端を吊り上げた。
「分からない? ならフィールドをよく見てみなさいよ」
 私に言われ、悪本がフィールドを見る。彼が顔色を変えるまで時間はかからなかった。


【私】 LP:100 手札:0枚
 モンスター:なし
  魔法・罠:《うずまき》フィールド魔法、《倍返し》永続罠・倍々カウンター×3、《暗黒の瘴気》永続罠

【悪本】 LP:6000 手札:0枚
 モンスター:《邪悪眼の邪悪竜》攻3000、《暗黒界の導師 セルリ》守300
  魔法・罠:《メテオ・ストライク》装備魔法・対象:《邪悪眼の邪悪竜》


「《暗黒の瘴気》に……《暗黒界の導師 セルリ》だと……。お前……まさか……」
「そう。私はあなたがメインフェイズ1に入る前――スタンバイフェイズの終了前に、永続トラップ《暗黒の瘴気》を発動した。このカードは1ターンに1度、手札の悪魔族モンスター1体を捨て、相手墓地のモンスター1体を除外することができる。この効果で私は、手札の悪魔族モンスター《暗黒界の導師 セルリ》を捨て、あなたの墓地から《魔界発現世行きデスガイド》を除外したのよ」
 そして、と言って、私は悪本のフィールドにいる《暗黒界の導師 セルリ》を指差した。
「《暗黒界の導師 セルリ》は、手札から墓地へ捨てられた際、相手フィールド上に守備表示で特殊召喚されるモンスター。だからこうして、あなたのフィールドにセルリが守備表示で存在してるわけ。さらに――」
 私は空になった左手を悪本に向かってかざし、開閉した。
「セルリが特殊召喚されたとき、モンスター効果が発動する。その効果により、相手は相手自身の手札から1枚を選択して捨てなければならない。セルリが特殊召喚されたのはあなたのフィールドだから、あなたから見た相手、すなわち私が私自身の手札から1枚を捨てることになる。私の手札はセルリが特殊召喚された時点で1枚だけ残っていたから、それが捨てさせられたことで今は手札が0枚になっているわ」


 暗黒界の導師セルリ
 効果モンスター
 星1/闇属性/悪魔族/攻 100/守 300
 このカードがカードの効果によって手札から墓地へ捨てられた場合、このカードを相手フィールド上に表側守備表示で特殊召喚する。
 このカードが「暗黒界」と名のついたカードの効果によって特殊召喚に成功した時、相手は手札を1枚選択して捨てる。


 私はそこで一呼吸おいてから、テーブルに手を置き、さて、と続けた。
「ここまで話せば、私が何を言いたいのか、あなたなら分かるでしょ?」
 悪本の目を睨んで問う。彼は真っ青な顔をしてぼそぼそと言った。
「お前……セルリの効果で……あのカードを……」
 分かってるじゃない、と言いながら、私は墓地から1枚のモンスターを手に取り、悪本に提示した。
「そう。私がセルリの効果で手札から捨てたのはこのカードよ」


 ネコマネキング
 効果モンスター
 星1/地属性/獣族/攻 0/守 0
 相手ターン中にこのカードが相手の魔法・罠・モンスターの効果によって墓地に送られた時、相手ターンを終了する。


「《ネコマネキング》。このカードは、相手ターン中に相手のカード効果によって墓地へ送られたときに効果を発揮するわ。私から見た相手、すなわちあなたのカードである《暗黒界の導師 セルリ》の効果で手札から墓地へ送られたことで、その効果が発動したわけね。
 《ネコマネキング》の効果は、即座に相手ターンを終了する効果。これは厳密に言えば、相手ターンのエンドフェイズまでスキップする効果よ。つまり、今はあなたのターンのエンドフェイズ。メインフェイズ1なんかじゃないわ。あなたはこのターン、メインフェイズを迎えることなくエンドフェイズを迎えたの。当然、《マリシャス・サンクチュアリ》の第2効果も適用されないわよ」
「っ……! フェイズスキップで《マリシャス・サンクチュアリ》の効果をかわすとは……! お前、ここまで想定して動いていたのか……!?」
 私は、勝ち誇った笑みを浮かべてみせた。そうよ、悪本。前のターンの私の動きは、ここまで考えた上で行われたものなのよ。
「さて。《ネコマネキング》の効果でエンドフェイズになったということは……どういうことになるかしら。……分かるわよね?」
「……ぁ!」
 真っ青だった悪本の顔面が、今度は真っ白になる。目をあわただしくきょろきょろさせ、口はパクパクさせている。今の状況が受け入れられないといった様子だ。
「うそ、だ……。そんな……はずは……」
 悪本の口から、呻くような声が漏れる。彼の体が小刻みに震え出す。
 私はテーブルを両手で思い切り叩いた。激しい衝撃音が響き、テーブル上のカードが揺れる。悪本はびくりと肩を震わせた。そんな彼の目を、私は思い切り睨みつけた。
「エンドフェイズになったということは、どういうことになるかしら、って訊いてんのよ。答えなさいよ、ほら」
「あ……ぁ……」
 悪本は口をパクパクさせるだけで、何も答えなかった。予想外の状況に混乱して、何かを言える状態じゃないらしい。こんな展開になるとは、露ほども思っていなかったのだろう。
 だから、私が代わりに答えた。
「今はあなたのエンドフェイズ。ということはつまり、私のフィールドの永続トラップ《倍返し》が効果を発揮することになるわ。《倍返し》のカードを破壊し、このカードに乗っていた倍々カウンターの数×2000ポイントのダメージをあなたに与える、という効果をね。今、《倍返し》に乗っている倍々カウンターの数は三つ。よって、6000ポイントのダメージがあなたを襲う。残りライフ6000のあなたは、このダメージで敗北することになるわ。分かる?」
「お……俺の……負け……? 俺が……負ける……?」
「そう。あなたの負け。あなたに、私の《倍返し》を防ぐ手段はないわ。もうこのデュエルは終わったのよ。あなたの負けでね」
 私はニヤリとすると、《倍返し》のカードを墓地へ送った。
「終わりよ、悪本。《倍返し》……発動!」
「ば……ばっ馬鹿な! そんな馬鹿なっ! 俺が……俺が負けるだとおおおおおおおおおっ!?」


 悪本 LP:6000 → 0


「ぐわああああああああああああああああああああっっっ!」
 デュエルスペースに、ライフを失った悪本の絶叫が響いた。




7章 イライラの行方

「おおぉぉーっ!」
 私の勝利に、観戦者たちが歓声を上げた。多くの人が喜びを露わにしている。拳を振り上げる人、仲間とハイタッチする人、口笛を吹く人、拍手をする人……色々な人が見られる。よっぽど悪本が倒されることを望んでいたのだろう。その中には、一乗寺くんや小学生の男の子も含まれていた。2人とも笑顔を浮かべている。私は、一乗寺くんに対してはガッツポーズで応じた。一乗寺くんはサムズアップで返してきた。また、小学生の男の子に対しては投げキッスで応じた。男の子は照れたように顔を真っ赤にした。可愛いわね。
 一方で、悪本の取り巻きどもは、信じられないといった感情と、居心地が悪いといった感情が同居したような、しまらない顔つきをしていた。
 そして、悪本は――。
「くそぉっっっ!」
 怒りをぶつけるかのように、テーブルに何度も拳を振り下ろし、しまいには、テーブル上に広げてあった自分のカードを乱暴につかんで床に叩きつけ始めた。うわっ、この男、カードに八つ当たりし始めたわ。なんて醜い……。
 私は自分のカードが被害に遭うのを防ぐため、素早くカードを片付けてしまうと、高笑いをした。
「オーッホッホッホ! 悪本! あなたは私に負けた! よって約束通り、あなたはこれから私の奴隷となってもらうわ! 顎でこき使ってやるから覚悟しなさい!」
 そう。「このデュエルに負けた者は、勝った者の奴隷となる」というのが、デュエル前に決めたルールだ。デュエリストである以上、デュエルに関する約束は絶対に守らなければならない。よって、悪本は私の奴隷にならなければならない。
「こっ、この俺が……奴隷だとぉ……」
「そうよ、あなたは私の奴隷! さあ、まずは最初の仕事として、私の靴を舐めなさい!」
 私は立ち上がると、右足を悪本のほうへ突き出した。悪本は私を恨めしそうに睨みつけてくる。
「あら、生意気な目つきをするじゃない、奴隷の分際で。どうやら調教が必要なようね」
 私は足元に置いておいたバッグを開け、中から鞭を取り出した。観戦者たちの中から「なんでそんなもん持ってんだよ……」というツッコミが聞こえてきた。
「この鞭で叩かれたくないのなら、今すぐ私の靴を舐めなさい! ほら、早く!」
 右足を悪本へ向けて突き出す。その一方で、右手に持った鞭で軽く左手を叩く。その姿勢を維持して悪本を睨みつける。
 だが、事態は思わぬ方向へ動いた。
「く……くくく……くっくっく! はっはっはっはっは! ぎゃーっはっはっはっは!」
 先ほどまで怒りの形相だった悪本が、突然笑い出した。椅子にふんぞり返り、首をかしげてみせる。
「お、俺がお前の奴隷だって? はぁっ! さっきからなんの話をしてるんだぁ? さっぱり意味が分からないんだがなぁ!」
 …………は?
 さっぱり意味が分からないって……いや、何言ってんのよこいつ。
「とぼけないで。デュエル前に約束したじゃない。『負けたほうは勝ったほうの奴隷になる』って」
「はぁっ!? 約束ぅ!? そんなの知らねえなぁ! おい、お前らぁっ! なんのことだか分かるかっ!」
 悪本が取り巻き2人に問いかける。いきなり振られた取り巻き2人はびっくりしたような表情を浮かべると、お互いに顔を見合わせ、それから答えた。
「いえ、なんのことだかさっぱり」
「俺も分かんないです……」
 取り巻き2人の答えを聞くと、悪本は満足げに笑い声を上げた。
「ぎゃははは! おい、聞いたかよぉ! 俺の仲間たちも、お前が何言ってるのか、さっぱりわからないんだとさぁ! お前一体何を言ってるんだぁ?」
 私は悪本の考えを察した。
 この男、デュエル前にかわした約束をなかったことにするつもりだ! なんて卑怯な男なの! せっかく消えかけていたイライラがまた戻ってきたわ!
「そんなこと言っても無駄よ悪本。約束は約束。ちゃんと果たしてもらうわ」
「ぎゃはははっ! バァーカ! だから、約束ってなんなんだよぉ!? そんなもん交わした覚えは、あ・り・ま・せ・ん・よぉ! 俺の仲間たちだってそう言ってんじゃねえか! ふざけたことぬかすなよガキがぁ!」
 悪本はツバを吐き散らしながら叫び、私を指差した。
「それとも何かぁ!? 俺とお前がデュエル前に約束を交わしたって証明する物でも持ってんか、おお? たとえば、俺のサインが入った契約書とかさぁ!」
 私はだまり込んだ。まさか、こんな悪あがきをされるとは思っていなかった。
 言うまでもなく、契約書などといったものは用意していない。約束は口頭で行われただけだ。証明する物は何もない。デュエルに関する約束は口頭で成り立つものだと思っていたから、そういったものを用意しなかったのだ。それが仇となるとは!
「ぎゃははは! どうなんだ、おう? お前の話が嘘ではないっていう証拠はあるかなぁー!?」
「……っ!」
「まさかないのか!? ないのか!? ないのなら、一言謝罪でもしてもらおうかねぇっ! 妙なことを言って、この俺を騙そうとしたんだからなぁ! 土下座でもして謝罪すりゃ許してやるぜぇ! ぎゃはははっ!」
 挙句の果てに、悪本は私に謝罪させようとしてきた。ほんっと卑怯な奴ね! 頭に来るわ!
 と、ここで観戦者たちの中から声が上がった。
「おい悪本、待てよ! 証拠ならあるぜ!」
 見ると、一乗寺くんがこちらに歩いてきていた。悪本は眉をひそめた。
「あぁん? お前……たしか、前に別の店で会ったな。たしか、一乗寺とかいう雑魚デュエリストだったっけかぁ?」
「覚えていてくれて光栄だね」
 一乗寺くんはむっとした顔で言った。悪本は醜く顔を歪めて笑った。
「ぎゃはははっ! で、一乗寺よぉ。証拠ってなんだ? 今すぐ見せてみろよ、おい!」
「証拠は俺だよ」一乗寺くんは親指で自分を指した。「俺ははっきりと見ていたし、聞いていた。お前と鷹野がデュエル前に、『負けたほうが勝ったほうの奴隷になる』っていう約束を交わしていたのをな。間違いない。鷹野の言ってることは本当だ」
 一乗寺くんが宣言すると、それに触発されたかのように、他の観戦者の中の数人が声を上げた。
「俺も見てたぞ! その女の子の言ってることは嘘じゃない!」
「僕も見てた! たしかにデュエル前に約束してた!」
「俺も見た! 悪本テメー、ちゃんと約束守りやがれ!」
 どうやら、私と悪本が約束を交わす場面を、何人かが目撃していたようだ。
 しかし、悪本は汚い声で爆笑した後で吐き捨てた。
「馬鹿ですかお前らはぁ! 『見た』『聞いた』じゃ証拠にはなんねえんだよ! デタラメをぬかすのはやめなぁ!」
「何がデタラメだ! 悪あがきはよせよ、悪本!」一乗寺くんが悪本を睨む。
「悪あがきだぁ!? 俺は当然の主張をしてるんだぜぇ! お前ら、そのチンケな頭で考えてみろや。お前らが嘘をついていないってどうして言い切れるんだぁ? お前らが俺を貶めるために嘘をついている可能性は充分にあるじゃねえか! あぁ? そうだろぉ?」
 どこまでも悪本は卑劣な男だった。明確な証拠がないのをいいことに、どんどん自分の都合のいいように話を進めている。
 何も言えなくなった私たちを見て、悪本は勝ち誇ったような顔をした。
「はっ! まったく、ふざけた連中だぜぇ! こういう悪〜い連中には、店員サマに注意をしてもらわなきゃいけねえな。店員さーん!」
 悪本は指を数回鳴らし、店員を呼んだ。すぐに店員の1人が急ぎ足でデュエルテーブルまでやってきた。若い男の店員だった。
「はい、どうかしましたか?」
「この女のガキがですねぇ! 私が勝ったんだから奴隷になれ! なんて滅茶苦茶なことを言ってくるんですよぉ! そんな約束をした覚えもないのに、ですよぉ! もう俺、困っちゃって困っちゃって! どうにかしてくれませんかねぇ?」
 嫌らしい顔をしながら、悪本は店員に言った。店員は冷たい表情で私のほうを見て言った。
「お客様、申し訳ありませんが、そういう乱暴な振る舞いは控えていただかないと……」
「店員さん! 悪本は嘘をついてますよ!」
 一乗寺くんがすかさず叫ぶが、それにかぶせるように悪本が言った。
「そこの一乗寺って奴を含めて、俺を貶めようと嘘をついてる人間が数人いますよぉ! ホントに困ったものですぅ! 彼らもどうにかしてもらえませんかぁ!?」
 店員は一乗寺くんのほうを見ると、「お客様、嘘はいけませんよ」と冷静に告げた。
 その様子を面白そうに見ながら悪本が言い放った。
「俺を貶めようと嘘をつく連中は、全員名前をブラックリストに乗っけて、店から追い出したほうがいいですよぉ! そうだ、そうしたほうが絶対にいいっ! 悪い連中は店に入れないようにしないといけませんよぉ! ぎゃはははっ!」
 悪本……本当にどうしようもないクズヤローね! 悪い連中はどっからどう見てもあなたのほうでしょ!
 しかし、ここの店員は悪本の言いなりだ。私や一乗寺くんたちがいくら意見を言ったところで、聞き入れてはくれないだろう。このままじゃ、店から追い出されるのは私たちのほうだ。
 まったく! せっかくデュエルに勝ったってのに、これじゃあ、なんの意味もないじゃない! ほんっとイライラする!
「悪本! あなたそれでもデュエリストなの!?」
 私が叫ぶと、悪本はふんぞり返って答えた。
「デュエリストだよぉ! 正真正銘のねぇ! ぎゃはははっ!」
 勝利を確信したように大笑いする悪本。
 ここまでか――そう思いかけた。まさにそのときだった。

「待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!」

 観戦者たちの中から叫び声がした。そちらのほうへ目を向けると、何者かが観戦者の体をかき分け、姿を現すのが見えた。
 姿を現したのは少年だった。変わった髪型を持つ少年は、肩で息をしている。彼を見て、私は目を見張った。見覚えのある顔だったのだ。
 私は少年のほうを指差して言った。

「あなたは……パラコンボーイ!」

 私の顔を見て、少年――パラコンボーイは、さわやかなのかキザなのかよく分からない笑みを浮かべてみせた。
「フッ! そうさ! 僕の名前はパラコンボーイ……って違う! 僕の名前はパラコンボーイなんかじゃない!」
 パラコンボーイ略してパラコンは、私のほうを指差してノリツッコミしてきた。相変わらずパラコンはパラコンだった。
 カイゼル髭みたいな髪形をしたこの男は私のクラスメイトで、《ゴキボール》を主力モンスターとして扱うデュエリストだ。彼は一方的に私のことをライバル視しているらしく、これまでに何度も私にデュエルを挑んできたことがある。ちなみに、私と彼のデュエルの戦績は現在、私の全戦全勝である。
「パラコン、どうしてあなたがここに? たしかあなた、死んだはずじゃ……」
「おい、勝手に殺すな! 僕は死んでなんかいないぞ!」
 すかさずパラコンがツッコミを入れる。ふっ、こいつの前でボケると、何かしら反応が返ってくるから面白いわよね。
「僕がここにいる理由は単純明快。カードを買いにやって来たんだよ。そしたら、鷹野さんが悪本とデュエルを始めたものだから、気になってずっと観戦してたんだ」
 パラコン、さっきのデュエルを観戦してたのか。姿が見えなかったから気づかなかった。
「で、なんの用よ、パラコン。今いそがしいから、要件は手短にね」
 今はパラコンと遊んでる暇などない。悪本をどうにかしないといけないのだ。
 パラコンは私の言葉を聞くと、ニヤリとした。
「おいおい、鷹野さん。そんな言い方していいのかな? 僕は鷹野さんのほしい物を持ってるってのに」
「えっ?」
 見ると、パラコンは手にスマホを持っていた。私のほしい物って……まさか?
「パラコン、もしかしてあなた……」
「察しがいいね、鷹野さん。そうだよ。僕は――」
「あなた、昨日のドラマを録画したDVDを持ってるの!?」
 私が言うと、パラコンは超高速回転してズッコケた。なかなか派手なズッコケ方だった。
 むくりと起き上がると、パラコンは大声でツッコんだ。
「違うよ! ドラマを録画したDVDなんて持ってないよ! つーか、ドラマの録画はしてないって、今朝の君からの電話で答えたじゃないか! もう忘れたのかよ!」
「いや、アレよアレ。あなたの知り合いがたまたまドラマを録画していて、それを私のためにわざわざ持ってきてくれたのかなと思って」
「悪いけどそうじゃないよ!」
「なあんだ、残念。じゃあ、もうあなたに用はないわ。そこでくたばってなさい」
「おいっ! 僕の話を最後まで聞け!」
 パラコンのツッコミスキルは素晴らしかった。面白いので、もう少しボケを連発してみるかな、と思ったそのとき、悪本がテーブルをバンバン叩いた。
「おいおいっ! お前ら一体なんの話をしてるんだぁ! そんなとこで夫婦漫才なんかしてんじゃねえよクソが!」
「「なっ! 夫婦漫才っ!?」」
 悪本の発言に、私とパラコンが同時に反応した。そして、2人で同時に悪本に食らいついた。
「「冗談じゃないっ! 夫婦漫才ですって(だって)!? なんで私(僕)がこんな男(女)と夫婦なのよ(なんだよ)! 馬鹿言わないでちょうだい(くれ)!」」
 見事に私とパラコンのツッコミが重なった。それを受けた悪本は面倒くさそうに両掌をこちらに向けた。
「お前らが仲いいのはよく分かったから、そんな近づくんじゃねえ、暑苦しい! それよりも……お前、パラコンとかいったな」
 悪本がパラコンを指差す。パラコンは「僕の名前はパラコンじゃ……いや、もういいや」と言ってからうなずいた。
「一体なんの用なんだぁ? わざわざあのタイミングで出てきたってことは、何か言いたいことがあるんだろぉ? ん? なんなんだ言ってみろや」
 パラコンは「待ってました」と言わんばかりに胸を張って答えた。
「さっきも言ったけど、僕は鷹野さんがほしい物を持ってるんだよ。悪本」
「おい、微妙な髪形のガキ! 悪本さんを呼び捨てにするな!」
「そうだ微妙な髪形のガキ! 口の利き方に気をつけろ!」
 取り巻き2人がパラコンに突っかかる。パラコンは「髪型は関係ないだろ!」とツッコんでから続けた。
「悪本。あんた言ってたよね。デュエル前に鷹野さんと約束を交わした覚えなんかないって。『負けたほうは勝ったほうの奴隷になる』なんて約束など交わしてないって」
「ああ、そうさ! そんな約束俺は知らないなぁ! 仲間たちだってそう言ってるぜぇ!? 要するにだなぁ、俺を貶めたい奴らがデタラメを言ってるのさ!」
 悪本が大声で笑う。パラコンは小さくため息をついた。
「それは違うよ、悪本。あんたは鷹野さんとデュエル前に約束を交わしてる。これは事実だ。嘘なんかじゃない」
「ほうっ! なら、嘘じゃないっていう証拠があるかぁ!? 『見た』『聞いた』じゃダメだぜぇ!? 誰が見ても納得できる証拠でなけりゃゴミカス同然だぁ! そんな証拠、お前は持ってるのかぁ!? あるなら出してみろやぁ!」
 悪本がテーブルを思い切り叩く。それに対し、パラコンは自信満々に笑みを浮かべると、スマホを操作した。
 そして、何気ない口調で告げた。

「実はね、さっきのデュエル、僕はこのスマホを使って動画撮影していたんだよ。正確に言うと、鷹野さんがデュエルスペースに入って、あんたにデュエルを吹っかけたあたりから撮影してた。もしも、あんたが鷹野さんと約束を交わすシーンがここに録画されていたら、立派な証拠になるよね?」

「……ぁ……」
 悪本の顔が凍りついた。
 同時に、どこからともなく、「おぉー」とどよめきが上がった。
 パラコン、デュエルを動画撮影してたのか。そういえば、観戦者の中にスマホを使ってデュエルを撮影してた人がいたっけ……。あれ、顔が確認できなかったけど、実はパラコンだったのね。
 もし、パラコンの撮影した動画の中に、私と悪本がデュエル前に約束を交わすシーンが存在していれば、たしかに立派な証拠になる。まさにそれは、私がほしい物に他ならない。
「うん。よく撮れてる。実にはっきり映っているよ。ほら」
 パラコンは二度三度とうなずくと、スマホの画面をこちらに向けた。
 そこには、デュエル前の私と悪本と取り巻きのやり取りが映し出されていた。

『悪本。デュエルの前に約束してほしいことがあるわ』
『おいお前! 悪本さんを呼び捨てにするな! 何様のつも――』
『雑魚キャラはだまってろって言ったでしょ! 何度も言わせないで! 約束の内容は、「このデュエルで負けた者は、勝った者の奴隷になる」という超単純なものよ。私が勝ったら、あなたは私の奴隷にならなければならない』
『ほう。なら、俺が勝ったら、お前を俺の奴隷にできるのか』
『ええ、そうよ。どう? 約束できる?』
『この俺に対して、そんなルールを持ちかけてくるとはなぁ。その度胸だけはほめてやるよ。ああ、いいぜ。そのルールでデュエルしてやる。俺が負けたときには、お前の操り人形になってやるよ。ま、そんなことは起こり得ないだろうが』
『その言葉、忘れるんじゃないわよ』
『ああ、忘れねえよ。お前こそ、覚悟できてんのか? お前に残された自由時間はもうあとわずかなんだぜ? あと数十分もすれば、お前はもう自分の意思で人生送れなくなるんだ。そのこと、分かってるか?』
『その言葉、そっくりそのまま返してやるわよ。さ、そろそろ始めましょ』
『ああ、いいぜ。とっとと終わらせようや』

 見事に、私と悪本が約束を交わすシーンが録画されていた。これはもう、言い逃れできないだろう。誰もが納得できる証拠だ!
 パラコン、あなたたまにはやるじゃない! お手柄よ! あとで《増殖するG》3枚セットをプレゼントしてやるわ!
「悪本! あんた、鷹野さんの持ちかけた約束に対し、はっきり言ってるよね!? 『そのルールでデュエルしてやる。俺が負けたときには、お前の操り人形になってやるよ』ってさ! これでもまだ、約束なんて知らないと言い張るかい!? それとも、この動画が編集されたものだとでも主張する!? もしそのつもりなら、いくらでもこの動画を調べてくれて構わないよ! ちなみに、この動画を力尽くで取り上げても無駄だよ! つい今さっき、メールに添付して自分の家のパソコンに送っちゃったからね! さあ、どうするっ! 答えろ! 答えてみろ、悪本!」
 パラコンがスマホを構えて勝ち誇ったような顔をした。絶対、彼は脳内で「決まったぜ!」とか思ってるはずだ。ま、今回はそれでもいい。彼もおそらく、悪本に不愉快な思いをさせられたことがあるのだろうし。
「パラコン、見事だぜ!」
 一乗寺くんがパラコンを見てサムズアップをする。パラコンも同じポーズを取って応じた。
「……っ……ぅ……あ……そんな……馬鹿な……」
 悪本は顔を真っ青にして、目をきょろきょろとさせ、口をパクパクとさせていた。その様子を見るに、言い逃れしたくてもできないらしい。
 私はテーブルを鞭で思い切り叩いて悪本を睨みつけた。悪本はびくりとしてこちらを見た。
「証拠は見せたわ。何か反論はある? 反論がないのなら、『負けたら奴隷になる』という約束、果たしてもらうわよ」
「……っ……くっ……ぐぅっ……! くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁあああああっ!」
 悪本は観念したように顔を歪めると、音を立てて椅子から崩れ落ち、地面に倒れ伏した。
 私は鞭を持ち、悪本の近くまで歩いた。私の気配を感じたか、悪本が顔を上げて私を見てくる。私が彼を見下ろす形になった。
「もう、あなたは私の奴隷よ。私の言うとおりに動いてもらうわ」
 鞭を構えて宣告する。悪本は何も言わず、歪んだ青白い顔で私を見ただけだった。完全に敗北者の目だ。惨めな姿だった。
 その姿を見ながら、私はようやく心の中のイライラが消えたことを自覚した。




エピローグ

 1週間後――。
 あれから悪本は、どこのカードショップにも姿を現さなくなったという。
 悪本がどこかの中学生の女の子(私のことだ)に無様に負け、しかも奴隷にされたという事実は、あっという間に様々なデュエリストの耳に入ってしまった。そのため、どこのカードショップへ行っても、彼は恥ずかしい思いをしなければならなくなったのだ。それでは、彼がカードショップに行かなくなるのも無理はない。
 また、無様な敗北を喫したことで、悪本の権力は地に落ちた。当然、彼はこれまでのように好き勝手な振る舞いはできなくなり、彼に媚びへつらうような者も消えた。悪本と癒着するような店員も姿を消した。
 ちなみに、私が悪本を奴隷にしたのは、あのデュエル終了後のほんの一時期だけだ。一生奴隷にしようなんて気はさすがになかった。なので、一定期間こき使ってやった後で、「これまで色々な人から奪い取ったカードを全て持ち主に返却する」という条件付きで解放してやったのだ。だから、もう悪本とは顔を合わせていない。

 一乗寺くんはこれまで通り、童実野町駅近くのカードショップにちょくちょく顔を出している。それとともに、かつて自分が通っていたカードショップにも再び顔を出すようになったらしい。
「悪本が好き勝手しなくなったおかげで、前に俺が行ってたカードショップが、少しずつ楽しい場所に戻ってきてるんだよ。これもあんたのおかげだ。感謝するぜ」
 一乗寺くんはそう言って、感謝の気持ちを示した。私はなんだか照れくさくなり、「私はただ、自分のイライラを解消したかっただけよ」と返しておいた。

 小学生の男の子もこれまで通り、駅近くのカードショップに来ている。店で顔を合わせると、元気よく「麗子さん、デュエルしよう!」と言ってデュエルを挑んでくる。すっかり懐かれてしまった。どうやら、私は彼の目標になったらしく、
「ぼく、いつか麗子さんみたいな強いデュエリストになるよ」
 面と向かって彼からそう言われたことがある。私はなんだか照れくさくなり、とりあえず、彼のおでこをちょんとつついて応じた。彼も照れたのか、顔を赤く染めた。こんな風に、彼は私の仕草にドキリとして顔を赤く染めることがよくある。それがなんだか可愛くて癒されるので、私は時々あの手この手で彼を赤面させようと試みることがある。彼のほうもまんざらではなさそうだった。
 話は変わるけど、あの男の子には感謝しなければならない。実は、あの子のおかげで、私は例の、録画に失敗して見逃したドラマの最終回を視聴することができたのだ。
 あるとき、私はあの子に何気なく、例のドラマの最終回が見られなかったことを話した。すると彼は、「ぼくの母さんが同じドラマを見ていて、毎週録画している」と言ったのだ。これはチャンスかもしれないと思った私は、「録画したそのドラマを見ることはできるかしら」と彼に訊いてみたのだ。すると彼は後日、録画したドラマを移したDVDを持ってきてくれたのだ。
「麗子さんがドラマの最終回を見たがってた、って母さんに言ったら、これを持っていくようにって」
 彼は母親に私のことを話していたらしい。私のお願いだと知ると、彼の母親はすぐに、録画したドラマをDVDに移してくれたという。それを知った瞬間、私にはあの男の子に後光が差しているように見えた。感謝してもしきれないと思った。私はお礼の言葉を述べると、ありったけの感謝の気持ちを込めて、彼の前で色々な仕草を見せてあげた。一種のサービスだ。彼は私の仕草を見てドキドキしたようで、顔を真っ赤にした。とても可愛かった。私は調子に乗ってさらなるサービスをした。彼の顔はさらに赤みを増し、最終的には鼻血を出してしまった。さすがにやり過ぎたなと反省した。けどまあ、あの子は喜んでいたみたいだからよしとしよう。
 なんにしても、あの子のおかげで例のドラマの最終回を見ることができた。彼には感謝しなければならない。またいつか、彼にはサービスしてあげよう。鼻血を出さない程度に。

 さて、最後に。
 悪本撃退に一役買ったあの男、パラコンボーイはというと――。

「鷹野さん! 突然だけど、僕とデュエルしてもらうよ!」
 教室内。昼休みに入ったところで、パラコンがデュエルを挑んできた。
 よくもまあ、飽きもせずに私に挑んでくるものだ。そう思いながらも、私は自分のデッキを取り出す。
「しょうがないわね。相手になってやるわ」
 悪本撃退後、私はパラコンに《増殖するG》3枚セットをプレゼントするつもりだった。何しろ、私と悪本のやり取りの様子を、パラコンがスマホで録画していなければ、悪本を完全に倒すことができなかったのだ。ちょっとくらい、感謝の気持ちを示してやるのもいいだろう。そう思ってのことだ。ところが、《増殖するG》のカードのシングル価格が思っていた以上に高かったため、予定を変更して《アリの増殖》3枚セットをプレゼントした。なに、Gがアリに変わっただけだ。似たようなものよ。
 私はデッキをシャッフルして机に置くと、素早くカードを引いた。
「じゃあ、私の先攻ドロー!」
「おい! 勝手に先攻取るな!」
「遅いのよパラコン! 私は《速攻の吸血蛆》を召喚!」
 パラコンの叫びを無視して、モンスターカードを出す。彼はあきらめたようにため息をついた。
「《速攻の吸血蛆》といえば、攻撃力わずか500だが、先攻1ターン目から攻撃を仕掛けられるチートカードだったね。これでこのターン、僕が500ダメージを受けることは確定してしまった……」
 パラコンは苦々しい顔をして言った。500ダメージ、ねえ。そんなもので済むと本気で思ってるのかしら。
「まだよパラコン! 私は魔法カード《増殖》を発動! このカードは、フィールドにいる攻撃力500以下のモンスターを無限に分裂させる! この効果で、攻撃力500の《速攻の吸血蛆》を8体に増殖させるわ!」
「うえぇぇっ!? いや、ちょっ……!」
「バトル! 8体に増殖した《速攻の吸血蛆》でダイレクトアタ――――ック!」
「ちょっと待てぇぇ! なんだそのインチキコンボはぁぁぁぁぁっ!?」


 パラコン LP:4000 → 3500 → 3000 → 2500 → 2000 → 1500 → 1000 → 500 → 0


 8体に増殖した《速攻の吸血蛆》が攻撃を仕掛け、パラコンのライフを500×8=4000ポイント削り取り、私の勝利が確定した。

 まあ、なんというか……パラコンは相変わらずパラコンだった。この男は変わらない。
 もっと頑張りなさいよ、あなた。

 その後、パラコンが「誰も1回勝負だなんて言ってない!」と叫び、もう1度デュエルを挑んできたのは言うまでもない。





〜Fin〜








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