プロジェクトBFボーイフレンド

製作者:あっぷるぱいさん




 「ぷろじぇくとSV」が未読の方は、まずそちらからお読み下さい。


 モニター前の皆さん、おはようございます。またはこんにちは。もしくはこんばんは。僕のことを覚えているだろうか。
 そう……僕の名は……公式的にはない。このシリーズでは何故かパラコンボーイと呼ばれているけどね。
 果たして僕の本当の名が明かされる時は来るのだろうか? このまま名前が明かされないまま終わる……なんてことはないよね……?
 あ……諦めてはいけない! 牛尾さんの例を考えてみるんだ! あの人だって、原作の1話で登場した頃は、下の名前が明かされていなかった! しかし! ファイブディーズの放送に伴い、彼の下の名は明らかになったじゃないか!
 そう……。人間諦めなければ希望が出てくるものなのだ。大丈夫。僕の名が明かされる日は必ず来るはずだ! その日が来るのを楽しみに待つとしよう……。


 さて、前置きはこのくらいにして……。
 今日は2月14日。この「2月14日」という日は、全国の男子諸君の笑顔と怒りと悲しみが入り乱れるイベントが執り行われる日だ。
 イベントって何かって? 野暮なこと聞くなよ。今日はバレンタインデーだよ。
 あぁ、思い出すなぁ。去年の今頃は、チョコがもらえるものだと思って期待してたっけ。何しろ、バレンタインデーという日のために、日頃からコツコツとクラスの女子から人気を稼いでいたからな。……まあ、結果としては、チョコじゃなくて『ゴキボール』のカードが手に入ったけど。チキショオ!
 だ……だが! 僕は1度失敗したくらいじゃへこたれない! 僕は今日、この日のために、それまでに稼いでおいた女子からの人気を維持&増大させることに力を入れていた! だから、自分で言うのもなんだが、女子からの人気は去年よりも高い! いや、マジで!
 聞いて驚くなかれ。今の僕は、同学年の女子全員(1人を除く)と仲がいいのだ! これまでに積み重ねた経験もあり、今の僕には、どういう風に接することで女子が喜ぶのかが手に取るように分かる。それを活かして、とうとう同学年の女子全員(1人を除く)と仲良くなるに至ったというわけさ。
 こういうことから見ても、僕が女子に人気のある男だということが分かるだろう。だから今年こそ、チョコがもらえるはずなんだよ! 同学年の女子全員(1人を除く)から! ……とまでは行かないが、まあ、せいぜい10人くらいからはもらえるはず!


 というわけで、期待に胸を膨らませながら、僕は中学校に向かっていつもの通学路を歩いている。さあ、チョコはいつ来るかな〜? 僕はいつでもいいぞ〜!
 待ちきれない気持ちはあるが、間違っても、僕の方から「チョコちょうだい」なんて催促するような真似をしてはいけない。それは僕のプライドに反するからね。

催促
(罠カード)
これをした場合、敗北が決定する。

 男は落ち着いて構えていればいいんだ。大丈夫、チョコは逃げない。待っていれば自然に向こうからやってくるはずだ。
「パラコン君、おはよう〜」
 お、後ろから僕を呼ぶ女子の声が! 振り返ると、そこには同じクラスの女子の1人、真田杏奈さんが立っていた。
 覚えてるかな? 真田さんのこと。これまでにも何度か登場した人なんだけど。
「おはよう、真田さん」
 僕は爽やかさMAXの表情で、真田さんに挨拶を返した。うん。今日は一段と爽やかに挨拶できたな。読者の皆さんにも見せてあげたいぐらいの爽やかさだ。
「新しいカード手に入れた?」
 僕が挨拶を返すと、真田さんも爽やかな表情で尋ねてくる。そうそう、真田さんはM&Wを嗜む女の子なんだよね。彼女のデッキは、カウンター罠を主体にしたスタイルとなっている。
 新しいカードか。去年の今日も同じことを聞かれたような覚えがあるな。……ならば、これしかあるまい!

カードあげるぜ!
(魔法カード)
相手が欲するカードを自分があげる事により、
相手の自分に対する好感度が20ポイントアップする。

「うん。昨日、カード屋のクジ引きで一等が出てね。こんなカードが手に入ったよ」
 僕は胸ポケットの中から1枚のカードを取り出し、真田さんに見せた。僕が見せたのは『魔宮の賄賂』というカード。このカードは、相手にカードを1枚引かせる代わりに、相手の魔法・罠カードの発動を無効にして破壊するカウンター罠だ。
 実はこのカード、結構なレアカードで、手に入れるのはちょいと難しいカードだったりする。だからこそ、真田さんは目を光らせ、『魔宮の賄賂』のカードを見つめている。
「す……すごい! 『魔宮の賄賂』じゃん! いいなぁ〜! パラコン君ってツイてるんだねぇ〜」
 心底羨ましそうに言う真田さん。そりゃそうだ。入手困難なレアカードを、クジ引きで入手できたって言われちゃあね。しかもカウンター罠だし……。
 まあ、ホントのことを言えば、クジ引きで当てたってわけじゃなく、単にカードショップで大金叩いてゲットしただけなんだけどね。だが、それだとあんましカッコよくないから、「運を味方につけた」ということにしておく。
 え? 何でわざわざ大金叩いてカードをゲットしたかって? そんなの決まってるじゃないか。真田さんに渡すためだよ。
「あぁ……でも、このカードは僕のデッキには入りそうにないから、真田さんにあげるよ。真田さんのデッキなら合うんじゃないかな?」
 僕は『魔宮の賄賂』のカードを真田さんに手渡した。そう……。今日はバレンタインデー。だから特別さ。
 こういう地道な努力によって、僕は女子からの好感度を上げてきた。多少の出費なんて痛くもかゆくもない!
「ホント!? ありがと〜! 大事にするね!」
 真田さんは喜んでカードを受け取った。見よ! この満面の笑みを! これで、真田さんの、僕へ対する好感度はさらに上昇! チョコをもらえる可能性もグンと上がったわけだ!
 いやあ、大金を叩いた甲斐があったってものだよ。じゃあ、そろそろチョコの方を―――

「おはよう、真田さん」

 …………。
 曲がり角に差し掛かった時、僕と真田さんの前に、あの忌々しき男が出現した。
 あぁ〜……何でこのタイミングで出てくるかなぁ……。
「あ、おはよう。代々木君♪」
 僕らの前に現れたのは、男子の中では、学年一の優等生である代々木祐二。こいつは『プロジェクトVD』にちょっとだけ登場してたっけ。まあ、読者の皆さんはもう覚えてないだろうね(つーか、覚えなくていいけど)。
 一応説明しておくと、代々木はドラ○もんに出てくる出○杉君みたいな男、すなわち、勉強もスポーツもできるし、周囲からの人望も厚いし、カッコよくて女にモテるという、この上なく忌々しい男だ。
 こんな奴は人類の敵だと僕は毎日のように思っている。けど、女子の方はそうは思わないようだ。事実、僕が楽しそうに女子と話してても、こいつが話に入ってくるだけで、女子は皆、僕を無視してこいつの方しか見なくなってしまう。
 今もそうだ。真田さんは明らかに、僕に会った時とは様子が変わっている。何しろ、音符付きで挨拶を返してるくらいだしなぁ……。
「代々木君、昨日の話の続き聞かせてよ〜」
「あぁ、そうだった。昨日は鈴木さんが出てきた辺りまで話したんだっけ?」
「そうそう! で、あのあと鈴木さんはどうやってピンチを切り抜けたの?」
 真田さんは早速、僕のことをほったらかしにして、代々木と会話をし始めた。あぁ〜面白くない。実に面白くない。代々木とかマジでアメミット(コミックス2巻参照)に喰われればいいのに。
 代々木と話し始めた真田さんは、もはや僕のことは眼中にない。居たたまれなくなった僕は、こっそりとその場を離れ、彼女たちとは別の道を通って学校に向かうことにした。覚えてろよチキショオ!!


 ◆


 あれから数分後、僕は学校に着き、下駄箱の前にいた。
 普段は何の変哲もない下駄箱。だが、バレンタインデーと来れば話は別だ。ついつい、下駄箱を開けたらチョコとご対面……という展開に期待してしまう。まあ、去年は1個も入ってなかったけど。
 でも今年こそは……! 下駄箱を開けたら、雪崩のようにチョコが! ……とまでは行かなくても、せめて2,3個は出てくるはず! 
 深呼吸を1回して、緊張を解きほぐした僕は、ゆっくりと下駄箱を開けてみた。どれどれ……?

 …………。


 …………ん!?

 下駄箱を開けた瞬間、僕の目に飛び込んできたもの。それは、ハートの形をした箱だった。そして、その箱には “パラコン君へ”と綺麗な字で書かれた手紙が添えられている。
 お……おいおい……。これは……まさか!? チョコ来たのか!? マジで!? 僕の時代到来!?
 僕は箱と手紙を取り出し、よく観察してみた。ハート形のそれは、淡いピンク色の包装紙により、綺麗にラッピングされている。これは……どう見たってチョコが入ってるだろ!? 来たーーーーーーー!!! でも、一体誰が!?
 あぁ、そうだ。手紙の方も確認してみよう。この手紙を読めば、送り主が誰なのか分かるはず!
 チョコをもらえたという達成感と、誰がくれたのかというドキドキ感が渦巻く中、僕はチョコに添えられていた手紙に目を通した。なになに……?


 パラコン君へ
 申し訳ありませんが、
 このチョコレート、代々木君の下駄箱に入れておいてください!
 お願いします!
                               川原静江



 …………。

このチョコレート、○○君に渡してください!
(極悪罠カード)
自分は心身ともに10000ポイントのダメージを受ける。

 キ……キ……キィィィィィィィィ!! 僕の時代を返せぇぇぇぇええええ!!!!!
 何だよコレ!! 僕にくれたわけじゃないのかよ!? 結局アレか!? 僕を経由して、代々木のヤローのチョコを渡すっていう筋書きなの!?
 川原静江さんと言えば、去年の今日、屋上で↑の罠カードを発動させた女の子だ。まさか今年も同じ手を使ってくるとは……。
 つーか、「代々木の下駄箱に入れておけ」って言うけどさ、僕の下駄箱にチョコ入れて、わざわざ手紙まで書くくらいなら、初めから代々木の下駄箱に直接入れた方が早くない? 同じクラスなんだから、代々木の下駄箱の位置だって分かるだろうに。ひょっとして、ワザとやってるのか……?
 とりあえず、心身ともに10000ポイントのダメージを受けた僕は、ふらつきながら、川原さんのチョコを代々木の下駄箱に入れておいた。あぁ……川原さんって、普段はいい子なのに、何でバレンタインデーに限ってこんな凶悪なトラップを……。
 僕は念のため、もう一度自分の下駄箱を確認してみた。しかし、チョコらしきものは見当たらない。くそっ! 結局入ってたのは、川原さんのチョコ(代々木宛て)だけかよ!!
 チョコを入手できなかった僕は、とっとと教室へ向かうことにした。あぁ、すっごく虚しい気分だ……。


 ◆


 教室に入った僕は、自分の席に着くと、机の引き出しに目を向けた。
 普段なら、教科書を入れておくためにある引き出し。だが、バレンタインデーと来れば話は別だ。引き出しに手を入れたらチョコとご対面……という展開に期待してしまう。まあ、去年は1個も入ってなかったけど。
 でも、いい加減そろそろチョコが手に入ってもいいはずだ。引き出しの中からチョコがあふれ出てきた! ……とまでは行かなくても、せめて2,3個は出てくるはず!
 心臓が高鳴る中、僕はゆっくりと引き出しの中に手を入れた。

 …………。


 …………ん!?

 引き出しの中に手を入れた僕は、普段とは違う感触があることに気付く。この手触りは……教科書じゃないな。この形からして……箱……!?
 もしや……と思い、僕は普段とは違う感触がした「それ」を取り出した。出てきたのは、円柱の形をした、スチール製の小さな箱……というより缶だった。そう。いかにもチョコが入っていそうな感じの缶だ……!
 一瞬、これは来たか!? ……と思ったが、缶に貼られていた紙を見た時点で、その考えは棄却された。
 缶に貼られていた紙――そこにはこのように書かれていたのだ。


 パラコンへ
 この缶、要らないからあげるわ。
 適当に処分しといて。
                 鷹野麗子



 ……紙を見た僕は、缶のフタを開け、中身を確認してみた。中身は……空だった。つまり……空き缶。
 あの女ぁぁぁぁあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!! ワザとだろ!? これ絶対ワザとだろ!? ついうっかり期待しちゃったじゃねーか!!
 何なんですかこれは!? 僕は何!? 空き缶処理係ですか!? ふざけんじゃねぇ!! ぬか喜びさせやがって!! つーか、いくらなんでも空き缶はないだろ!! これだったら『ゴキボール』くれた方がマシだよ!!
 頭に来た僕は、その缶をカード入れとしてきっちり役立ててやることを決意した。そして、いずれ鷹野さんに「バレンタインデーに空き缶くれてありがとう! あの缶はちゃんと役立ててるよ!」と言ってやれば、彼女は悔しがること間違いなしだ! 覚えとけよ〜〜!!
 僕は鷹野さんが入れやがった空き缶を鞄の中に放り込み、女子からチョコをもらえるその時をじっと待つことにした。大丈夫。バレンタインデーは始まったばかりだ。焦る必要はない。こうして待っていれば、自然に向こうから―――
「おはよう、パラコン君」
 おっ! 早速僕を呼ぶ声が! ……と思いきや、何だ、パロか。
 覚えてるかな? パロのこと。まあ、別に覚えてなくてもいいけど。
 念の為に説明しておくと、パロは僕の親友で、去年のバレンタインデーにあの鷹野さんからチョコをもらいやがった男だ。「パロ」というのはあだ名で、これは彼がエス“パ”ー“絽”場の弟であることから来ているとか何とか。
「やあ、パロ。どう? チョコはもらえた?」
 少し気になるので訊いてみる。まあ、さすがに、今年も鷹野さんからチョコをもらった! ……なんてことはないだろう。いくらなんでも、2年連続でもらうってのは有り得な―――
「うん。もらったよ。鷹野さんから」
 …………。

知らぬが仏
(罠カード)
世の中、知らない方が幸せなこともある。

 パロは特に躊躇うことなく、割とハッキリと答えた。どうやら、チョコはもらえたらしい。しかも鷹野さんから。
 ……ていうか、躊躇わずにハッキリと言ってくるところがムカつく。しかも、「もらえたか、もらえなかったか」を訊いただけなのにもかかわらず、「鷹野さんがくれた」ことをわざわざ告げてくるあたり、悪意を感じる。間違いない。こいつは今、僕のことを見下している!
 うぜぇ……。こいつマジでアメミットに喰われろよ。けど、ここで嫌そうな顔をすれば、それこそこいつの思う壺だろう。屈辱的だが、ここは彼がチョコをもらえたことを賞賛するふりをしておこう。
「スゲーじゃん! 確か去年も鷹野さんからチョコをもらってたよな。2年連続かよ?」
「うん。まさか今年ももらえるとは思ってなかったからビックリしたよ。あぁ、ホワイトデーに何を返すか考えなくちゃね。どうしようかな……」
 うぜぇぇぇええ! こいつホントにぶっ飛ばしたいんだけど! 何その「あ、1個もチョコをもらえない君には関係のない悩みだよね。はっはっは!」と言いたげなセリフは! 絶対こいつ僕のことコケにしてるよ!!
 パロはここ最近、性格が少し変わった気がする。前は単なるダメダメ少年だったのに、段々と僕を見下すような発言をするようになったのだ。
 これは多分、去年パロが鷹野さんにチョコをもらったことが起因していると思う。あれがパロにとって大きなアドバンテージとなり、僕とパロの勢力構成が逆転してしまったんだろう。“僕>パロ”から“僕<パロ”へと……。
 くそっ! 鷹野さんを味方につけた途端、強気になりやがって! だが見ていろ! どうせお前は、鷹野さんに利用されるだけ利用されて捨てられる運命なのさ! その運命から逃れることはできない!
「そう言えば、パラコン君はチョコもらったの?」
 パロが尋ねてきた。……こいつ、それを訊いてくるか。まあ、そりゃそうだよな。
 さて、どう答えるか。僕はパロがチョコをもらってないと踏んでたから、「パロ、チョコはもらった?」→「ううん。もらってないや。パラコン君は?」→「僕もまだだよ」……みたいな展開になることを予想してたんだが……。まさか、パロがチョコをもらっていたとは……。おかげで答えづらくなってしまった。
 ここで、「まだもらってない」と答えるのは最大の屈辱だ。しかし、だからと言って「もうもらった」と嘘を言うのも屈辱だな……。……くそっ! どっちにしろ、味わうのは屈辱かよ!?
 じ……じゃあ、思い切って「ふふ、それは秘密さ!」と答えるのは……駄目だ! そんなことしたら、「あぁ、『答えたくない』=『まだもらってない』んだね。はっはっは!」と思われて終わる! これじゃあ、パロを有利にするだけじゃないか!
 やばいよ……どうする? 何を言おうが、待ち構えるのは屈辱感だけ……。なんてこった! 自分から仕掛けた質問で自分の首を絞めることになるとは……!
 まずい……! 今日最大のピンチかも知れない! いや、むしろこれまでの人生の中で最大のピンチじゃね!? どうする!?
「パラコン君、どうしたの?」
 パロが人畜無害な顔をして尋ねてくる。僕が答えるのを渋っているから不審に思ったのだろう。いや、内心では、「こいつはチョコもらってないんだな。ケッケッケ!」と既に僕を見下しているかも知れない! あああああぁぁああ! チキショオォォォオオ!
 もう駄目だ……! どうせ何を言っても屈辱感を味わうなら、本当のことを言おう! これ以上、引き伸ばすわけには行かない!
 ……と、僕が覚悟を決めたその時だった。

 ――キーンキーンキーンキーン……

「あ、チャイム鳴った。じゃあ、また後でね、パラコン君」
 非常にいいタイミングで始業のチャイムが鳴り、パロは自分の席へと歩いていった。あ……危なかった! もう少しで「チョコもらってない」と認めるところだったよ……。
 パロのことだ。1分も経てば、今の会話の内容はさっぱり忘れていることだろう。ふ〜……どうにか救われたよ。
 あ、念のために入っておくと、↑の効果音はチャイムだから。


 ◆


 あれから数時間、僕はずっと、女子からチョコをもらえるのを持っていたが、結局誰からももらえることなく、とうとう放課後になってしまった。周囲の人たちは皆、帰り支度を始めている。くそっ……去年と同じじゃないか!
 何でだ? 僕の何がいけないと言うんだ? 代々木ほどではないとは言え、僕だってそれなりに成績は優秀だし、スポーツもできるし、性格だって優しいし、顔だってイケてるし……。足りない部分なんてあるか?

思い込み
(罠カード)
激しすぎると危険。

 いや、僕に落ち度はないはずだ! でも、だったら何故、誰もチョコをくれないんだ!? こんだけ待ってれば、誰かが1個くらいくれてもいいはずなのに! 何故!? あぁぁああああ!!! これは一体全体どういうことなんだぁ〜〜!!??
 ……と、僕が頭を悩ませていると、後ろの方から女子数人の会話が耳に入ってきた。
「鷹野さんは誰かにチョコあげた?」
「ん……まあね」
「静江〜! たかのっティーはアレだよ。カレシにチョコあげたに決まってんじゃん!」
「え? 鷹野さんってカレシいるの!?」

えぇ。いるわよ

 …………。
 …………は? カレシ……? 彼氏?
 僕は体を180度回転させ、今の会話をしていた女子数人に目を向けた。視線の先では、真田さん、川原さん、そして鷹野さんが楽しそうに会話をしていた。
「うっそー……!? 知らなかったよ〜! え? 誰と付き合ってるの!?」
「それがさー、誰と付き合ってるかは教えてくれないんだよねぇ〜。たかのっティーってホント、誰と付き合ってるの? いい加減教えてよ〜」
「それは絶対に秘密。超完全密封真空パック状態の永久保存版よ。ご想像にお任せするわ」
「え〜? やっぱり代々木君?」
「さあ……どうかしらね」
 ちょっと待ってくれ。今の会話を聞くとさ、鷹野さんが彼氏持ちってことになるんだが……。え? マジで?

急・展・開
(罠カード)
読者は脈拍数が1上昇する。

 いや……そりゃまあ……、鷹野さんなら彼氏がいたとしてもおかしくはない……けどさ、まさかここで明らかになるなんて……。しかし……一体いつから?
「鷹野さんにカレシかぁ……。でも、いつから?」
「去年の暮れあたりから……かしらね? まだそんなに経ってはいないわ」
「へぇ〜。結構最近なんだね……」
 どうやら、彼氏ができたのは最近のようだ。へぇ〜。あの人に彼氏ねぇ〜。あの消火器女が……。
 でも鷹野さんは、彼氏が誰なのかは明かしてないらしい。……何か気になるな。そうやって隠されると。
 このクラスの奴かな? ひょっとして代々木? まあ、一番可能性が高いのはあいつだよな。けど、別のクラスの奴って可能性もあるし……。下手すると、別の学年だとか、別の学校だとか、そういう可能性もあるよな……。
 極めて低い可能性として、先生と付き合ってるという考えもなくはない。

禁断の恋
(罠カード)
愛さえあれば、何も怖くありまセ〜ン!

「ねぇねぇ、たかのっティ〜〜! 誰と付き合ってるの〜? 誰にも言わないから教えてよ〜! ねぇ? 静江」
「うんうん。誰にも言わないよ。だからこっそり教えて」
「……そうねぇ」
 真田さんと川原さんにせがまれ、鷹野さんが考え込む。……どうなる? ここで打ち明けるのか? それとも、隠し通すのか?
 その後、約1分に渡る問答の末、鷹野さんが結論を出した。
「じゃあ、こうしましょう。真田さんか川原さん、どっちでもいいから、私に決闘で勝てば、彼氏が誰なのか教えてあげるわ。ただし、チャンスは1人1回ね」
「「!!」」
 おっ!? 鷹野さんがまさかの決闘宣言! どうやら彼女は、『遊戯王』の二次創作らしく、ゲームでケリを付けることにしたようだ。

ゲームをしようぜ!
(魔法カード)
あらゆるトラブルを、ゲーム1つで片付ける。

 真田さんと川原さんは、各々が一度だけ鷹野さんに決闘を挑むことができ、どちらか一方でも鷹野さんに勝つことができれば、鷹野さんの彼氏が明かされる、というわけだな。
「おっ! その気になったか、たかのっティー! いいよ〜! あたしのデッキでボッコボコにしてやるから!」
「でゅ……決闘かぁ……。大丈夫かなぁ……。私そんなに強くないんだけど……」
 鷹野さんの決闘宣言に対し、ノリノリの真田さんと、対照的に不安げな川原さん。そう言えば、川原さんもM&Wをやってるんだっけな。デッキスタイルは……何だっけ?
「よーし! じゃあ、あたしから挑むよ! 悪いね静江! あんたに出番は回らないかも!」
「んぐっ!? ……ま……まあ、私はそれでもいいよ! うん」
 鷹野さんに勝つ気満々の真田さん。川原さんは全面的に真田さん任せにするようだ。
「決まりね。じゃあ、そこの机で」
 適当な席に向かい合うように座り、互いにシャッフルしたデッキを机に置いた鷹野さんと真田さん。川原さんはそれを見物する形だ。
 何だか面白いことになってきたな。僕もここから観戦させてもらうとしよう。
「まずはジャンケンで先攻後攻を決めましょう」
「おーし! 先攻取るぞ〜!」
 今回の決闘は、ちゃんとジャンケンをして先攻・後攻を決めるようだ。まあ、そうだよな。ちゃんとジャンケンで決めた方が公平だよな、うん。
 鷹野さんと真田さんは、ほんの数秒の睨み合いの後、運命のジャンケンフェイズを開始した! さあ! 先攻・後攻の選択権はどちらの手に!?

「「せっせっせーのよいよいよい! お寺の和尚さんが かぼちゃの種をまきました 芽が出てふくらんで 花が咲いたら枯れちゃって 忍法使って空飛んで 東京タワーにぶつかって ぐるりと回ってじゃんけんぽん!」」

鷹野さん:グー  真田さん:チョキ

「ふっ……私の勝ちね。先攻をもらうわ」
「くそぉっ! 負けたぁ……!!」
 手の込んだジャンケンの結果、鷹野さんが先攻・後攻の選択権を獲得し、容赦なく先攻を取った。これで準備は完了。さて、鷹野さんと真田さん、どちらがこの決闘を制すのかな?

「「決闘―――!!」」

鷹野さん LP:4000
真田さん LP:4000

「私の先攻ドロー! ……私は『俊足のギラザウルス』を特殊召喚!」
「うっ!? いきなり特殊召喚!?」
 鷹野さんはまず、手札からモンスターを1体特殊召喚した。『俊足のギラザウルス』は特殊召喚扱いで場に出せる効果がある。ただし、この効果を使用した場合、相手は相手墓地からモンスター1体を特殊召喚することが許される。
 けど、今は先攻1ターン目。真田さんの墓地には1枚もカードはない。よって、真田さんがモンスターを特殊召喚することはできない。
 そして、鷹野さんはこのターン、まだ通常召喚を行っていない。
「さらに私は『幻銃士』を召喚! このカードが召喚に成功した時、私の場のモンスターの数まで『銃士トークン』を特殊召喚できる!」
「げっ! 初っ端から飛ばしまくりじゃん!」
 『幻銃士』……。攻撃力は1100だが、召喚に成功すれば、攻撃力500の『銃士トークン』を生み出すことのできるモンスターだ。鷹野さんの場のモンスターは『ギラザウルス』と『幻銃士』の2体だから、『銃士トークン』は2体まで生み出せる……。
「『幻銃士』の効果により、『銃士トークン』を2体特殊召喚!」
「うぅ〜。これでたかのっティーの場には、モンスターが4体……」
 あっと言う間に、鷹野さんの場には、『ギラザウルス』と『幻銃士』、2体の『銃士トークン』が展開された。ずいぶんと手早く展開したものだなぁ。
「そして、『幻銃士』と『銃士トークン』2体を生贄に捧げ、『幻魔皇ラビエル』を特殊召喚するわ!」
「なっ!? 『幻魔皇ラビエル』ぅぅ〜〜〜!!!??」
 どわっ!? そうだった……! 鷹野さんは『三幻魔』のカードを持ってたんだっけ!? まさか先攻1ターン目で『ラビエル』を召喚するとは……! そう言えば、『幻銃士』も『銃士トークン』も悪魔族モンスターだっけな……。
 『ラビエル』は、悪魔族モンスター3体を生贄に捧げて特殊召喚されるモンスターで、その攻撃力は4000ポイントにも達する。初期ライフ4000の原作ルールでそんな攻撃をまともに喰らったら、即死確定だ!
「さすがはたかのっティー、容赦ないなぁ。でも、先攻は攻撃できないから、まだまだ分からないよ〜!」
 真田さんの言うように、今は先攻1ターン目だ。先攻はバトルフェイズを行えない。つまり、攻撃を行うことはできない。もしこれが先攻1ターン目でなければ、真田さんの敗北が確定していただろう。
 まあ、僕の座っている位置からは真田さんの手札が見えるが、彼女の手札には強力なカウンター罠が揃っている。だから、『ラビエル』を迎え撃つことは容易―――
「次のターンはないわ。魔法カード『時の飛躍(ターン・ジャンプ)』を発動! このカードの効果により、3ターン後のバトルフェイズにジャンプする!」
「……!? うええええええええっ!!!?」
 おおおおおおおおおい!!?? 『時の飛躍』!!? ちょ……そんなやり方アリなの!? 3ターン後のバトルフェイズにジャンプするってことは……えーと……。
「『時の飛躍』の効果で、3ターン後のバトルフェイズにジャンプ! バトルフェイズになったことで、『ラビエル』の攻撃が可能になったわ! 『ラビエル』でプレイヤーにダイレクトアタック!!」
「ぎゃああああああああ!!!!!」

真田さん LP:4000→0

「私の勝ちね。残念だけど、彼氏が誰なのかは教えられないわ」
 ひっでぇ〜〜!! 1ターンキルかよ!? 先攻1ターン目で攻撃するのってアリなの!? まあ、厳密には3ターン経過したんだけどさ!
「ふえ〜ん……負けたよぉ〜……。静江〜あとは頼んだぁ〜〜〜……」
「うぅ……私に勝てるかなぁ……」
 こうして、真田さんは何もせずに敗北し、川原さんに全てを託した。うーん。まさか1ターンで相手を葬り去るとは、やはり鷹野さんは強敵だな。ここはひとつ、川原さんに頑張ってもらわないと。
「静江! 絶対に先攻取らなきゃ駄目だよ! でないと1キルされるから!」
「う……うん!」
「じゃあ、ジャンケン行くわよ」
 1キルを防ぐため、先攻を取ることにした川原さん。さあ、どうなるか。ジャンケンフェイズスタート!!

「「せっせっせーのよいよいよい! お寺の和尚さんが かぼちゃの種をまきました 芽が出てふくらんで 花が咲いたら枯れちゃって 忍法使って空飛んで 東京タワーにぶつかって ぐるりと回ってじゃんけんぽん!」」

鷹野さん:パー  川原さん:グー

「うっ……! 私の負けだ……」
 か……川原さんの負けか! じゃあ、先攻・後攻の選択権は鷹野さんが得ることになるな。
「あぁぁぁああ!! 負けちゃ駄目だよ静江〜〜! たかのっティー、先攻? それとも後攻?」
「もちろん先攻で」
 当然の如く、先攻を選んだ鷹野さん。まさか、また先攻1キルをするつもりじゃないだろうな……? いや、それは今さっきやったネタだ。二度同じネタを使うなんてオチはないはず……だよな?
 とりあえず、先攻1ターン目で決闘が終わらないことを祈りつつ、2人の決闘を観戦することにしよう。

「「決闘―――!!」」

鷹野さん LP:4000
川原さん LP:4000

「私の先攻ドロー! 私はカードを2枚伏せ、『地縛霊(アース・バウンド・スピリット)』を守備表示で召喚! ターンエンドよ」
「お、1キルじゃない! 良かったね静江〜! これなら、まだチャンスはあるよ!」
「う……うん!」
 鷹野さんは、モンスター、魔法、罠を1枚ずつ出しただけでターンを終えた。さすがに2回連続で1キルはしなかったか。まあ、そうだよな……。
 鷹野さんの場には、守備力2000を誇る『地縛霊』がおり、さらに伏せカードが2枚置かれている。結構攻めづらい布陣だが、川原さんはどう攻めていくのか……。
「私のターンだね。ドロー。……んーと……」
 川原さんは、ゆっくりとした手付きでカードを引くと、6枚の手札をじっと見つめた。じっくりと戦略を立てているようだ。
 まあ、相手はあの鷹野さんだ。ここは慎重に行った方がいいだろうね。
「……よし。私は―――」
 数秒間の思考の末、川原さんは行動を開始した。うーん……川原さんはどんな戦術を使うんだっけ……?
 と、川原さんが動き出したその時、鷹野さんが声を発した。
「待って。メインフェイズに入る前に、私は伏せておいた罠カード『攪乱作戦』を発動するわ」
「……っ!?」
 な……! 何か鷹野さんが仕掛けてきた! 『攪乱作戦』といえば、相手プレイヤーの手札を全てデッキに戻してシャッフルし、デッキに戻した枚数分、相手にカードをドローさせる罠カードだったな。
 つまり、相手の手札を入れ替えるカード。まさに“攪乱”だ。
「うぅ〜……手札を入れ替えなきゃいけないなんて……」
 よほど手札が良かったのか、川原さんは悲痛な声を上げた。まあ、あくまでも手札の入れ替えだから、川原さんのカードが減ることはない。そこまで大きな問題でもないだろう。
 ……と思ってたら、鷹野さんがさらなる動きを見せた。
「まだよ。『攪乱作戦』に対し、リバースマジック『クロス・シフト』を発動。このカードの効果により、自分の場のモンスター1体を手札に戻し、代わりに手札から4ツ星モンスター1体を場に出せる」
「!? モンスター交換のカード……!」
 鷹野さんは、『攪乱作戦』に対して(OCG風に言えば、チェーンする形で)『クロス・シフト』を発動した。よって、『クロス・シフト』の効果が先に適用される。
 彼女の場にいるモンスターは『地縛霊』が1体。よって、『地縛霊』が手札に戻り、新たなモンスターが場に出されることになる。一体、何のモンスターを……?
「『クロス・シフト』の効果により、私は『地縛霊』を手札に戻す……。そして……このカードを守備表示で出すわ。4ツ星モンスター『神殿を守る者』!」
「えっ!?」
 …………は?
 し……『神殿を守る者』だって!? あれって確か―――。
 『神殿を守る者』は守備力1900のモンスターで、このモンスターが存在する限り、対戦相手はドローフェイズ以外でカードをドローできなくなる。つ……つまり……。
「続いて、『攪乱作戦』の効果を処理。川原さんは、手札を全てデッキに戻してシャッフル。そして、デッキに戻した枚数分だけカードをドローする……はずなんだけどね……」
「……! あっ……! 『神殿を守る者』の効果で、私はドローフェイズ以外でカードをドローできない。つまり、手札を全てデッキに戻すだけ……!」
 て……手札完全消去! これで川原さんは、開始早々、手札を全て失うことになってしまった! ひでぇぇえぇえええ!!!!

 さて、本来なら、『神殿を守る者』が場に出ている限り、「“『神殿を守る者』の持ち主から見た相手プレイヤー”がドローフェイズ以外でカードをドローする効果」を持つカードは発動できない。つまり、『神殿を守る者』が場にいる時に『攪乱作戦』を発動することはできないのだ。
 しかし、今の場合は別だ。今の場合、鷹野さんが『攪乱作戦』を発動した時点では、『神殿を守る者』はまだ場にいなかった。よって、『攪乱作戦』の効果は問題なく処理されたわけだ。

 そんなこんなで、川原さんの手札はいきなり0になった。当然、場にもカードはない。ついでに言えば、墓地にもカードがない。
 要するに、もう何もできないということだ。
「た……ターン……エンド……!」
 こうなってしまうと、川原さんはエンド宣言をするしかない。鷹野さん……鬼だ……。


鷹野さん
LP:4000
モンスター:神殿を守る者
魔法・罠:なし
手札:3枚

川原さん
LP:4000
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:0枚


 初っ端から、相手の動きを完全に封じた鷹野さん。おいおい、これじゃあ、川原さんの戦術が分からないじゃないか!
「私のターン、ドロー。……私は魔法カード『二重召喚(デュアルサモン)』を発動! その効果で、私はこのターン、通常召喚を2回行えるわ」
「っ……! 『二重召喚』……!」
 対抗できない川原さんに対し、まるで容赦をしない鷹野さん。……酷い。
「私は、手札から再び『地縛霊』を攻撃表示で召喚。そして、もう1体……『クリボー』を攻撃表示で召喚」
 鷹野さんは早速、通常召喚を2回行う。先ほど手札に戻した『地縛霊』に、『クリボー』のカード。『クリボー』と言えば、攻撃力300の弱小モンスターだ。でも、機雷化の能力を持ってたりするから侮れない。
 さて、これで鷹野さんの場のモンスターは3体。しかし、どのモンスターもあまり攻撃要員には向いてないような気がする。
 『地縛霊』の攻撃力は500。『クリボー』は300。そして、『神殿を守る者』は1100。総攻撃をしても、ライフの半分も削れないが……。
「これで準備は整ったわ。場の3体の悪魔族モンスターを生贄に捧げ――『幻魔皇ラビエル』を特殊召喚!」
「……!? ええええええええ!!? 『ラビエル』〜〜〜!?」
 うぉぉぉおいいい!! またかよ!!? そういや、『地縛霊』、『クリボー』、『神殿を守る者』は全て悪魔族! 『ラビエル』を呼ぶために、悪魔族のモンスターを場に揃えたわけか!
 ……え? ちょっと待てよ? 『ラビエル』の攻撃力は4000で、川原さんの場はがら空きだから……え〜と……―――
「バトル! 『幻魔皇ラビエル』でプレイヤーにダイレクトアタック!」
「そ……そんなぁ〜〜〜!!」

川原さん LP:4000→0

「私の勝ちよ。ということで、彼氏が誰なのかは教えられないわ」
 結局、川原さんに何もさせないまま、鷹野さんは勝利した。くっ……! こんなワンサイドゲームってアリか!? 駆け引きもヘッタクレもないじゃないか!
「うぅぅ……ゴメンね杏奈ちゃん……。私、勝てなかったよ……」
「オーケーオーケー! 大丈夫だよ静江! あんたはよく頑張った! ナイスファイト!」
 敗北した川原さんを真田さんが励ましている。まあ……よく頑張ったよ川原さん。……1枚もカード出してなかったけど。
 しかし、鷹野さんは強いな(色んな意味で)。彼女が強敵であることを改めて思い知らされたよ(色んな意味で)。
「う〜ん……。結局、カレシが誰なのかは秘密かぁ〜。気になるなぁ〜」
 あぁ、そうか。真田さんたちが負けたから、鷹野さんの彼氏は分からずじまいか。結局のところ、誰なんだろう? ……やっぱり、代々木かな? 多分そうだとは思うけど……いや、待てよ……!?
 僕の脳裏に、突如として、あの忌々しいセリフが過ぎった。そう……。今朝、あのクソヤローが放っていたセリフ……。


 ◆


「うん。まさか今年ももらえるとは思ってなかったからビックリしたよ。あぁ、ホワイトデーに何を返すか考えなくちゃね。どうしようかな……」


 ◆


 パロ……。あいつは確か、2年連続で鷹野さんからチョコをもらったんだよな。よくよく考えてみれば、これってもしかして……?
 ひょっとしたら、鷹野さんの彼氏ってパロなんじゃないか? クラスのダメダメ君とマドンナのカップル……というのは一見有り得なさそうな展開だが、実はそうじゃなかった! ということは充分に有り得る!
 だ……だが、どう考えたって、あの2人じゃ不釣合いだ。かたやクラスのマドンナ、かたやクラスのダメダメ君。そんなことって……いや、分からないぞ……。もしかしたら……もしかするかも。
 だってそうだろ? ここで鷹野さんの彼氏がモテモテの代々木だったとしても何の意外性もないが、鷹野さんの彼氏がダメダメのパロだとしたら、これは意外性抜群だ! 少なくとも、展開としてはそっちの方が面白い!
 く……っ! 間違いない! 鷹野さんの彼氏はパロだ! 最近パロの性格が変化したのは、クラスのマドンナである鷹野さんと彼氏・彼女の関係になったからだ! このことは奴にとって強大なアドバンテージとなる! 当然、奴と僕の勢力構成も逆転するわけだ!
 うわぁ〜! ムカつく! 実に面白くない! パロとかいって、ホント頼むからアメミットに喰われてくださいお願いします。くっそ〜何だよあいつ! 鷹野さんと付き合ってるなら、親友である僕には教えてくれたっていいだろうに!! 抜け駆けか? 抜け駆けって奴なのか!? チキショオ!!
 ……と、僕はここまで考えたところで、これらは全て僕の推測に過ぎないということを思い出した。そうだ、まだそうと決まったわけじゃないんだ。いけないいけない、僕としたことが冷静さを欠いてしまった。とりあえず落ち着こう。深呼吸、深呼吸……。
 スー……ハー……。よし、落ち着いた。まあ、何にしても、本人に直接訊いてみるのが確実だろう。だが、普通に訊いたところで、鷹野さんは口を割らないだろう……。口を割らせるには……彼女を決闘で倒すしか……ない!

ゲームをしようぜ!
(魔法カード)
あらゆるトラブルを、ゲーム1つで片付ける。

 そう。いくら鷹野さんでも、決闘に負ければ観念するはず。それに、僕はいい加減、彼女に引導を渡さなければならない。僕の連敗記録と、彼女の連勝記録。その両方に今日、歯止めをかけてやる!
 そう思った僕は、早速、鷹野さんに勝負を挑むことにした。フッ……僕が真田さんと川原さんの無念を晴らしてやるぜ!
 ……と、今気付いたが、もう真田さんと川原さんは教室から去っており、この教室に残っているのは、僕と鷹野さんだけになっていた。その鷹野さんも、身支度を整え、すぐにでも帰れる状態にある。
 おっと、ここで逃がすわけには行かない。君には僕と決闘してもらわなければならないのだからな!
「鷹野さん! 突然だけど、決闘を申し込むよ!」
 教室から出ようとした鷹野さんを、僕は呼び止めた。すると、鷹野さんはこちらに顔を向け、返答した。
「これからデートの約束があるのに、何言っちゃってんのこの男は! アメミットに喰われればいいのに!! ……と思ったけど、私も決闘者。あなたの挑戦受けて立つわ。まだ時間もあるしね」
 鷹野さんは僕の挑戦を受け入れた。内心ではアメミットに喰われろとか思われたようだが、決闘者にとっては何の関係もない。
 というか、鷹野さんはこれからデートの約束があるらしい。まあ、バレンタインデーだしな……。


 ◆


 僕と鷹野さんは、適当な席に向かい合うように座った。ようし……今日こそは彼女に勝ってみせる!
 そうそう、決闘の前にこれは言っておかないと。
「鷹野さん、この決闘で僕が勝ったら、鷹野さんの彼氏が誰なのか、教えてくれない?」
「……! まあ、いいわ。私に勝てたら教えてあげる」
 一瞬、鷹野さんは嫌そうな顔をしたが、すぐに了承した。物分りが良くて助かるよ鷹野さん。おかげでストーリーが円滑に進む。

ご都合主義
(魔法カード)
都合のいい展開でストーリーを進行させる。

「でも、その代わり、私が勝ったら、その時はあなたに罰ゲームを与えるから、覚悟しときなさいよ」
「!?」
 な……!? 鷹野さんの方からも条件を突きつけてきた!? う……う〜む。まあ、こっちだって条件を突きつけたし、ここで断ったら不公平だよな……。応じておくか……。
「罰ゲームか……。うん。いいよ」
 罰ゲームが何なのか気になるが……なに、勝ってしまえば問題ない。じゃあ、気合い入れていこう! 今日こそは勝つぞ!
「じゃあ、まずは互いのデッキをシャッフ―――」
 いつものように、僕がデッキシャッフルを提案した瞬間―――。鷹野さんは思わぬ発言をした。
「待って。毎回M&Wで勝負するのじゃ飽きてくるわ。たまにはM&W以外のゲームで勝負しない?」
 …………。
 ……何だと?
 M&W以外のゲームだって? いや、ちょっと待ってほしい。できることなら、M&Wであんたに勝ちたいところなんだが……。仮にスゴロクであんたに勝ったとしても、それはスゴロクであんたに勝ったわけであって、決して、M&Wであんたに勝ったということにはならな―――
「じゃあ、今日はバレンタインデーだから、何かバレンタインデーに相応しいゲームにしましょう。何がいいかしら?」
 僕の気持ちなどお構いなしに、鷹野さんは勝手に話を進めだした! 待てよオイ! そりゃ単にゲームするだけならM&Wでなくてもいいけどさ……、僕の場合はM&Wで君を倒すことが最終目標なのであって――― 
「じゃあ、ここはアレで勝負しましょう。アレよアレ。『D・D・D』!」
 ちょ……聞けよ! 勝手に話を進めるな! つーか、D・D・D!?
 『D・D・D』とは、『ドラゴン・ダイス・&ダンジョンズ』の略で、天才的な高校生――御伽龍児が生み出したゲームのことだ。分からない人は、原作のコミックス16巻と17巻を見てみるといい。あるいは、『DDM(ダンジョン・ダイス・モンスターズ)』と言われれば分かるだろうか?
 要はアレだよ。3つのダイス(サイコロ)を振ってダイスを展開してクリーチャー出してあれやこれやで敵のライフを0にすれば勝ちなんだよ、うん。まあ、どこら辺がバレンタインデーに関係しているかがさっぱり分からないが。
「決まりね。じゃあ、早速始めましょうか」
 いや、決まりね、って……僕の意見も聞けよ! D・D・Dであんたに勝ったところで、僕のミッションは果せないから! 意味ないから!
 くそ……仕方ない! この手を使おう!
「鷹野さん。僕、D・D・Dのやり方知らないんだけど」
 ホントは知ってるんだが、M&Wの勝負に持ち込むため、知らないふりをすることにした。これなら、M&Wで勝負せざるを得ないだろう!
 ところが、鷹野さんにそのような常識は通用しなかった。
「コミックスを見てみなさい。武藤遊戯はD・D・Dのルールをほとんど知らないのにもかかわらず、御伽龍児に勝ってるじゃない。原作キャラである以上、『ルール知らないから別のゲームにしようぜ』なんて理屈は無効よ」
 …………!
 この女……ふざけんな……と一瞬僕は思ったが、僕も原作キャラだ。ならば、原作キャラの誇りを胸に、D・D・Dに挑むべきだよな……?

原作キャラの誇り
(装備カード)
このカードを装備したプレイヤーは、
どんなゲームにも立ち向かわなければならない。

 よし、分かった。D・D・Dに挑んでやろうじゃないか! けど鷹野さん。生憎だが、僕はD・D・Dの腕には結構自信あるよ? クックック……。
「分かったよ鷹野さん。D・D・Dで勝負しよう」
「そう来なくちゃ。ゲームはこのフィールドを使うわよ」
 鷹野さんは、4台の机をくっつけると、鞄の中から折りたたまれた1枚の紙を取り出し、くっつけた机の上に広げた。紙は1平方メートルくらいの広さとなり、そこにはたくさんのマス目が書かれている。これがフィールドということになるんだろうな。机を4台も使うとは、なかなか大掛かりなフィールドじゃないか。
 彼女はさらに、鞄の中からプラスチック製のケースを取り出した。ケースをよく見ると、中にたくさんのダイスが入っているのが分かる。多分、100個くらい入っているんじゃないか? よく集めたなぁ……。というか、そのフィールドとかダイスとかは毎日持ち歩いてるんですか? 鷹野さん。
「このケースの中から、12個のダイスを選択してちょうだい。私のダイスはすでに決まってるから、あなたはそのケースの中から好きなものを選んでいいわ」
 あぁ、そうそう。プレイヤーの持てるダイスは12個だっけな。じゃあ、選ばせていただくとしよう。
 僕はダイスを一通り確認し、使えると感じた12個のダイスを選抜した。フッ! 残念だが鷹野さん! 100%僕の負けはないよ!
「選んだよ」
「じゃあ、お互いにダイスをよくシャッフルし、ゲームスタート!」
 こうして、僕と鷹野さんの戦いが幕を開けた! せめて、D・D・Dでは勝利を収めてみせる!

僕 LP:3
鷹野さん LP:3

 お互いのライフポイントは3点。厳密に言えば、互いのフィールドにはそれぞれ、ダンジョン・マスターというのがいて、そいつが3回攻撃を受けるとアウトなんだ。
「私の先攻! プレイヤーは自分のターンに3つのダイスを投げる! ダイス・ロール!」
 鷹野さんが勝手に先攻を取り、勢いよくダイスを振った! くそ! 勝手に先攻取るな!
 お……落ち着け僕。……そう。D・D・Dとは、こうやって自分のターンにダイスを振り、出た目によって、クリーチャーを召喚したり、進行させたりして戦うゲームだ。

鷹野さん ダイスの目:☆☆↑

召喚クレスト(☆)が2つ出たことにより、私はクリーチャーを召喚できるわ。出でよ! 『ゴッドオーガス LV3』! さらに、進行クレスト(↑)が1つ出たので、『ゴッドオーガス』を1マス進行させるわ」
 鷹野さんはなかなかいい出だしだ。やるじゃないか……。さて、次は僕のターンだな。
「僕のターン! ダイス・ロール!」
 僕も3つのダイスを投げた! さあ、出た目は!?

僕 ダイスの目:☆☆☆

 おぉ! これはいい目だ!
「召喚の紋章が3つ……トリプル・クレストだ! 『速攻のブラック・ニンジャ LV3』を召喚! さらに、トリプル・クレストで召喚されたクリーチャーは、レベルが1段階アップする!」
「なっ!?」
 はっはっは! 開始早々レベルアップだ! これで、『速攻のブラック・ニンジャ』のレベルは、3から4へ上がる!

速攻のブラック・ニンジャ LV3→4

 僕もいい出だしだな。これはいい勝負になりそうだ。


:鷹野さんのダイス・ダンジョン
:鷹野さんのダンジョン・マスター
ゴ:ゴッドオーガス LV3
:僕のダイス・ダンジョン
:僕のダンジョン・マスター
速:速攻のブラック・ニンジャ LV4
LP:3
LP:3


「私のターン……」
 鷹野さんにターンが移る。さて、次はどんな手を繰り出してくるか……。
「……パラコンボーイ。面白いものを見せてあげるわ」
 ん? 鷹野さんが何か言ってきた。面白いもの? 何のことだ?
 ふと気が付くと、鷹野さんの手元に砂時計が1つ置かれていた。いつの間に……? ていうか、何に使うんだそれは?
 そんな僕の疑問に答えるかのように、鷹野さんは砂時計をひっくり返し、僕の度肝を抜く発言をした。
今! ゾーク第3の能力を発動する!! “カタストロフ(天災地変)”!!
 …………は?
 ぞ……ゾーク!? 何を言ってるんだこの女は!? 第3の能力って何!?
「てやんでぇ!」
 次の瞬間、鷹野さんはそう叫ぶと、フィールドに置かれたダイスを手で払い飛ばし、マス目の書かれた紙を破り捨ててしまった! な……何やってんだこの人は!! ちゃんとゲームをプレイしろよ!!
「ゾーク第3の能力! それは、フィールドを破壊する効果! コミックス37巻を見たらそんな感じだった!」
 ば……馬鹿かこの人!! 確かに37巻では、ゾークの能力で闇のRPGの世界が陥没し始めたけど!
 しかし、どうする気なんだこの人は。このままじゃゲームは続行できないよ。
「鷹野さん……どうしてこんな真似を?」
 とりあえず、僕は尋ねてみた。すると彼女は答えた。
「……やっぱりM&Wで勝負しない?」
 …………。

路線変更
(魔法カード)
話の設定を都合のいい形に変更する。

 ◆


「要は、読者がD・D・Dをどこまで覚えてるか曖昧だし、この小説書いてる奴もルールを把握してないし、それ故にゲーム展開これ以上考えるの不可能だし、そもそも途中経過説明するの大変だし。途中経過説明するだけであんなにHTMLタグを使わなきゃならないなんて面倒この上なくてクドクドクドクド……」
 あれから鷹野さんが、床に散らばったダイスを拾い集めながら言い訳を続けている。ほら見ろ、思い付きでこんなことするから、あとでつっかえるんだよ。大人しくM&Wで話を進めれば良かったんだ。
「早い話、作者が挫折したのよ」
 あ、真相が明かされた。まったく。計画性のない作者だな……。
「とにかく、M&Wで勝負することにしましょう。私の先攻ドロー!!」
 油断してたら、いきなり鷹野さんがカードをドローした! くそっ!! やられた!! まさかこんな方法で先攻を奪いにくるとは……ッ!!
 おのれぇ……! 見てろよ鷹野麗子! 今日こそ吠え面かかせてやる! とりあえず手札を5枚引こう。

〜僕の手札〜
ゴキボール,ガジェット・ソルジャー,神秘の中華なべ,サンダー・ボルト,破壊輪

 ふっ……。なかなかいい手札だ。『ゴキボール』はもはや説明不要として、『ガジェット・ソルジャー』は、攻撃力1800、守備力2000の4ツ星モンスター。攻撃も守備も行える万能モンスターだ。
 続いて『神秘の中華なべ』は、自分の場のモンスター1体を生贄に捧げ、そのモンスターの攻撃力か守備力の数値分、自分のライフを回復する魔法カードだ。これで、多少ライフが危うくなっても持ち直すことができるだろう。
 そして『サンダー・ボルト』は、言わずと知れた超強力なモンスター抹殺の魔法カード! このカードを使えば、相手の場のモンスター全てを無条件で消し去ることができるのだ! 禁止カードだろ!? とかいうツッコミは受け付けない!
 『破壊輪』は、相手の攻撃モンスター1体を破壊し、破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与えるという極悪罠! 決して「場の表側表示モンスター1体を破壊し、互いにそのモンスターの攻撃力分のダメージを受ける」という効果ではない。嘘だと思うなら、原作コミックスを読み直すといい。
 というわけで、僕の初期手札は実に素晴らしいということがお分かりいただけたと思う。じゃあ、決闘を開始するとしようか。鷹野さんはどう出てくるか……。
「私は『神獣王バルバロス』を召喚!」
 鷹野さんが出したのは、攻撃力3000の8ツ星モンスター。しかし、このカードは生贄なしで召喚することもできる。ただ、その場合は攻撃力が1900に下がってしまうけどね。

神獣王バルバロス 攻3000→1900

「さらに、魔法カード『折れ竹光』を『神獣王バルバロス』に装備!」
 続けて鷹野さんは、1枚の魔法カードを発動させた……ってちょっと待て!
 お……『折れ竹光』!? それって確か……↓みたいな効果だったよな……!?

折れ竹光
(装備カード)
装備モンスターの攻撃力は0ポイントアップする。

 そう。『折れ竹光』は、装備モンスターの攻撃力を0ポイントアップさせる魔法カード! すなわち、単体では意味を成さないカードだ! な……何でこんなカードをデッキに入れてるんだこの人は!!

神獣王バルバロス 攻1900→1900

 『折れ竹光』を装備したことで、『神獣王バルバロス』の攻撃力が0ポイントアップした。当然、攻撃力は変化なしだ。
 た……鷹野さん! こんなことして一体何にな―――
「さらに、『折れ竹光』を装備した『神獣王バルバロス』を生贄に捧げ――『伝説の折れ竹光使い』を特殊召喚!」
 …………は?
 で……『伝説の折れ竹光使い』だと!? そ……そんなカードあったっけ!? 聞いたことのないカード名なんだけど……。
「聞き覚えがなくて当然。『伝説の折れ竹光使い』はオリカよ」
 僕の心を見透かしたように、鷹野さんは言葉を発した……ってオリカかよ!? い……一体どんなオリカなんだ……?
 とりあえず僕は、鷹野さんが出した『伝説の折れ竹光使い』の能力を確かめるべく、テキストをよく見てみた。どれどれ……?

伝説の折れ竹光使い
★0/闇属性/戦士族
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上に存在する「折れ竹光」を装備したモンスター1体を
生贄に捧げた場合のみ特殊召喚する事ができる。
このカードが特殊召喚に成功した時、相手のライフポイントは0になる。
攻0  守0

 …………!!? 何だこのカードは!! ゲームバランス無視しすぎだろうが!!
 特殊召喚に成功した瞬間、勝利が確定するモンスターって……『エクゾディア』じゃあるまいし! ふざけてるのか!?
 まずい……! 彼女が場に出した『伝説の折れ竹光使い』は、間違いなく、ゲームバランスを崩壊させる力を秘めたモンスターだ! くっそ……作者め! いくらなんでもこれはないだろ! オリカを作るセンス0じゃん!
「『伝説の折れ竹光使い』の効果発動! 相手のライフを0にする!」
 ちょ……待て鷹野さん!! そんなカード使っちゃ駄目だ!! 君にも決闘者としてのプライドがあるのな―――――

僕 LP:4000→0

「私の勝ちね、パラコン。敗者には罰ゲームよ! オホホホホ!!」

 ―――シュウウウウッ

 僕の気持ちなどそっちのけで、鷹野さんは高笑いしながら、僕に向かって消火器をぶちまけてきた! うぁぁあああ目がぁぁっ!! くっそぉぉおおおおお!! またこれかよぉぉぉおおおお!! つーか、何だよその笑い方は!!
 と……とにかく! 今の勝負はいくらなんでも納得できない! おそらく読者も同じことを思っているはずだ! きちんと訴えなければ!
「げふんごふん! 鷹野……さん! 君は……そんなカードを使ってまで勝利を収めて……少しも心が痛まな―――――」
「じゃあ、冗談はこれくらいにして、そろそろ本気で決闘しましょうか」
 聞けよクソッタレがぁぁあああ!!! 今カッコイイ台詞で決めようとしてたんだからさぁ!! あぁぁあああもうムカつく女だ!! つーか、冗談だったんなら、罰ゲームいらないだろうが!! 何で消火器ぶちまけたんだよ!?
「まずはお互いのデッキをカット&シャッフルね」
 相も変わらずマイペースな鷹野さん。チキショオ! 覚えとけこの女! ここで貴様を完膚なきまでに叩き潰し、敗北した貴様に3枚の『ゴキボール』をプレゼントしてくれるわ!
 シャッフルが完了した僕らは、高らかに決闘開始の宣言をした。

「「決闘―――!!」」

僕 LP:4000
鷹野さん LP:4000

 紙相撲の結果、僕が先攻を取ることになった。よし……。今度こそ……、今度こそは、この人に勝ってやる!
「僕のターン、ドロー!」
 カードを引き、手札を確認する。……なかなかいい手札だ。じゃあ、まずはこのカードだな。
「僕は、魔法カード『天使の施し』発動! カードを3枚引き、その後で手札を2枚捨てる!」
「……! 手札の入れ替え……」
 『天使の施し』――言わずと知れた、強力な手札入れ替えカードだ。僕は……この2枚を手札から捨てよう。……ククク。
「さらに、『ガジェット・ソルジャー』を守備表示で召喚し、カードを1枚伏せてターンエンド!」
 先攻は攻撃を行なえないので、『ガジェット・ソルジャー』と伏せカードを出したところでターンを終える。よし。滑り出しは順調だな。
 さて、鷹野さんのターンだ。
「私のターン、ドロー! モンスターを裏側守備表示でセット! さらに、カードを2枚伏せ、ターンエンド!」
 鷹野さんは、裏側守備表示でモンスターを1体出し、カードを2枚伏せてターンを終えた。正体不明のモンスターか……。迂闊に攻め込むのは危険かな。
 え? 原作ルールで裏側守備表示ができるのかって? 大丈夫、おそらく問題ない。コミックス18巻を見てみなよ。守備モンスターは『カードを裏にして横位置で表示』って書いてあるから(遊闘153参照)。
「僕のターン、ドロー!」
 さて……。このターン、攻撃を仕掛けるべきか? 敵モンスターの正体は不明だ。下手に攻め込むと痛い目に……? いや、ここで立ち止まっていても仕方ないか。
「『ガジェット・ソルジャー』を攻撃表示に変更し、守備モンスターを攻撃!」
 僕は臆せずに攻撃を仕掛けた! 『ガジェット・ソルジャー』は攻撃力1800! 大抵の4ツ星モンスターなら倒せるはずだ!
 ――と思っていたら、鷹野さんが不敵な笑みを浮かべた。あ、やばい!
「罠カード発動! 『和睦の使者』! 私のモンスターはこのターン、戦闘では破壊されないわ」
 く……! 『和睦の使者』は、プレイヤーとモンスターが受ける戦闘ダメージを0にする! よってこのターン、鷹野さんのモンスターが戦闘で破壊されることはない……。
 けど、裏守備モンスターが攻撃を受けることに変わりはない。そして、裏守備モンスターは攻撃を受けると表側表示になる! 果たしてその正体は!?
「私が伏せていたモンスターは『火霊使いヒータ』! 守備力は1500だけど、このターンは戦闘で破壊されないわ!」
 鷹野さんの場のモンスターが正体を現す。その正体は、炎を操る魔法少女だった! くっ……またそいつか! あのカードには嫌な思い出しかない……。

トラウマ
(罠カード)
自分は1850ポイントの精神的ダメージを受ける。

 『火霊使いヒータ』は、場にいる炎属性モンスターと自身を墓地に送ることで、『憑依装着−ヒータ』に進化する。でも、鷹野さんの場には、『ヒータ』以外の炎属性モンスターはいない。まだ進化はできないはず……。
「『ヒータ』が表側表示になった時、その効果が発動する! 『ヒータ』が表側表示で存在する限り、相手の場の炎属性モンスター1体のコントロールを得るわ!」
 えっ……!? 『ヒータ』ってそんな効果あったの!? 炎属性モンスターをコントロールする効果……。僕の場にいるのは……―――
「この効果で、あなたの場にいる『ガジェット・ソルジャー』のコントロールを奪うわ」
 ……し……しまった! 『ガジェット・ソルジャー』は炎属性だ! なんてこった! コントロールを奪われる! そうか……。この効果を発動するために、『和睦の使者』を使って『ヒータ』を生き残らせたのか……。
 『ヒータ』の効果で、僕の場にいた『ガジェット・ソルジャー』は鷹野さんの場に移動した。まずい……『ヒータ』はいつでも進化可能な状態だ……!
「僕は……『ビッグ・シールド・ガードナー』を守備表示で召喚!」
 とりあえず、次のターンに直接攻撃されないようにしなくては。『ビッグ・シールド・ガードナー』は守備力2600。そう簡単には超えられまい。
 あとは……この2枚のカードを場に出しておこう。
「さらにカードを2枚伏せ、ターン……エンドだ」



LP:4000
モンスター:ビッグ・シールド・ガードナー
魔法・罠:伏せカード3枚
手札:2枚

鷹野さん
LP:4000
モンスター:火霊使いヒータ,ガジェット・ソルジャー
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:3枚


 僕の場には伏せカードが3枚あるが、どれも攻撃を防ぐためのカードではない。まあ、大丈夫だ。守備力の高い『ビッグ・シールド・ガードナー』がいるし。
「私のターン、ドロー! 私は、魔法カード『シールドクラッシュ』を発動! 場の守備表示モンスター1体を破壊する!」
 鷹野さんはカードを引くと、すぐに手札から魔法カードを発動した……ってちょっと待て!? 『シールドクラッシュ』だと!!?
「このカードで、『ビッグ・シールド・ガードナー』を破壊するわ」
 くそ……! あっさりと壁モンスターを除去したか! まずいな……。鷹野さんはおそらく、伏せカードには臆せずに攻撃して来るだろう。これじゃあ、直接攻撃を喰らってしまう……! 
「『火霊使いヒータ』を攻撃表示に変更。そしてバトルフェイズ! 『ガジェット・ソルジャー』でプレイヤーに攻撃!」
 予想通り、鷹野さんはまるで躊躇せずに攻撃を仕掛けてきた。僕に打つ手はなく、『ガジェット・ソルジャー』の攻撃力である1800ポイント分、ライフが減少する。

僕 LP:4000→2200

「さらに『火霊使いヒータ』で攻撃!」
 続いて『ヒータ』の攻撃が炸裂し、その攻撃力である500ポイント分、僕のライフがさらに減少する。

僕 LP:2200→1700

 バトルフェイズが終了すると、鷹野さんは『ヒータ』と『ガジェット・ソルジャー』のカードを墓地に置いた。……く……来るか!? 『憑依装着』……!
「『火霊使いヒータ』に炎属性モンスター『ガジェット・ソルジャー』を憑依装着! 煌めく炎が悪を滅する光となる! デッキより特殊召喚! 燃え上がれ! 『憑依装着−ヒータ』!!」
 くそくそくそ!! やっぱり来たか!! 『憑依装着−ヒータ』は攻撃力1850。そして、この方法で特殊召喚された『憑依装着−ヒータ』は、守備モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えている分、戦闘ダメージを与えられる! 面倒だ……。
 鷹野さんが、バトルフェイズの後で『憑依装着−ヒータ』に進化させたのは、『憑依装着−ヒータ』で直接攻撃するよりも、『火霊使いヒータ』と『ガジェット・ソルジャー』で直接攻撃した方が、ダメージが大きくなるからだろう。抜け目のない人だ……。
「カードを1枚伏せ、ターンエンドよ」
 鷹野さんは伏せカードを出してエンド宣言。……よし。僕はこのタイミングで、罠カードを使わせてもらうぞ!
「ターン終了前に、罠カード『砂塵の大竜巻』を発動! 鷹野さんが今伏せたカードを破壊するよ」
「……!」
 『砂塵の大竜巻』の効果により、彼女が伏せた『削りゆく命』が破壊される。罠カード『砂塵の大竜巻』は、相手の魔法・罠カード1枚を破壊し、その後、僕の手札から魔法カードか罠カードを1枚場にセットできる。
 僕は『融合』の魔法カードを場に伏せておいた。フフ……次のターン、目にもの見せてやるぞ……!



LP:4000
モンスター:なし
魔法・罠:伏せカード3枚
手札:1枚

鷹野さん
LP:4000
モンスター:憑依装着−ヒータ
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:2枚


「僕のターン、ドロー!」
 今、僕の場には伏せカードが3枚だけ。モンスターはいない。対する鷹野さんの場には2体のモンスターに、伏せカードが1枚。
 今のままでは僕が不利だ。けど、僕の必殺コンボにより、この状況は逆転する!
「僕は、伏せておいた永続罠『正統なる血統』を発動! 自分の墓地から通常モンスター1体を攻撃表示で特殊召喚する!」
「通常モンスターを蘇生……? なるほど。『天使の施し』で捨てておいたのね」
 察しがいいね、鷹野さん。永続罠『正統なる血統』の効果により、僕は通常モンスター1体を墓地から復活させる。そう……あらかじめ『天使の施し』で墓地に送っておいたこのモンスターを!
「墓地から――『ゴキボール』を攻撃表示で召喚!」
「…………」
 ははははは! ついに出たぞ! 君との因縁に終止符を打つモンスターが! だが、僕のコンボはこれからだ! 見るがいい!
「さらに、『ゴキボール』の特殊召喚に成功したことで、僕の場の伏せカードが発動する! 魔法カード『地獄の暴走召喚』!」
「……なっ!? 『地獄の暴走召喚』!?」
 『地獄の暴走召喚』は、相手の場に表側表示モンスターが存在し、自分の場に攻撃力1500以下のモンスターが特殊召喚された時に発動できる魔法カードだ。その効力により、僕は特殊召喚されたモンスターと同名のカードを、手札・デッキ・墓地から全て攻撃表示で特殊召喚できる。
 早い話が、僕は『ゴキボール』をあと2体、場に出せるってことだ。
「僕はこのカードの効果によって、手札とデッキから『ゴキボール』を特殊召喚!」
「『ゴキボール』が……3体!」
 僕の手札とデッキから、『ゴキボール』が1体ずつ暴走召喚された! ははは! これで僕の場にはゴキボールが3体! これこそ、僕の究極の布陣だ!
 だが、『地獄の暴走召喚』には弱点もある。相手プレイヤーもまた、相手の場の表側表示モンスター1体を選択し、そのモンスターと同名のカードを、相手自身の手札・デッキ・墓地から全て特殊召喚しなければならないのだ。
「鷹野さんも、モンスターを特殊召喚しなきゃいけないんだけど……」
「私のデッキに『憑依装着−ヒータ』は1枚しか入ってない。特殊召喚はできないわ」
 どうやら、鷹野さんは特殊召喚を行なえないようだ。それは好都合……。
 さて、僕の場にはまだ伏せカードが1枚残されている! そう……『融合』のカードがね!
「行くよ、鷹野さん。伏せカード発動! 『融合』! 『ゴキボール』3体を融合させる!」
「……! 『マスター・オブ・ゴキボール』!?」
 その通り! ゴキブリモンスター最強のカードさ!!

マスター・オブ・ゴキボール
★12/地属性/昆虫族
「ゴキボール」+「ゴキボール」+「ゴキボール」
このモンスターの融合召喚は上記のカードでしか行えない。
また、このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが破壊された時、空いている自分のモンスターゾーン全てに
「ゴキボールトークン」(昆虫族・地・星4・攻1200・守1400)を特殊召喚する。
「ゴキボールトークン」はルール上、カード名を「ゴキボール」として扱う。
攻5000  守5000

 僕は、場の3体の『ゴキボール』を融合させ、『マスター・オブ・ゴキボール』を召喚した! これこそ、僕の切り札『マスター・オブ・ゴキボール』! このカードがあれば、もう怖いものなどない!
「く……! けど、融合モンスターは融合したターンには攻撃できないわ」
 鷹野さんが指摘してくる。あぁ、確かにそうだ。原作ルール……つまり、スーパーエキスパートルールでは、融合したモンスターは1ターン待たなければ攻撃に移れない。
 でもね……、僕はそのこともちゃんと計算に入れて行動していたのさ!
「なら……僕は手札からこのカードを発動! 魔法カード『速攻』! このカードの効果で、融合モンスターは融合したターンに攻撃できる!」
「……っ!?」
 ははははは! これでこのターン、『マスター・オブ・ゴキボール』は攻撃が可能になった! 攻撃力5000の『マスター・オブ・ゴキボール』で攻撃力1850の『憑依装着−ヒータ』を攻撃すれば、鷹野さんに大ダメージだ!
「バトルフェイズ! 『マスター・オブ・ゴキボール』で『憑依装着−ヒータ』を攻撃!」
「!!」
 僕は迷わずに攻撃を宣言した。この攻撃で、忌まわしき『ヒータ』を葬ってやる! 消え失せろ! 目障りな小娘が!!









そいつはどうかな?
(王様カード)
対戦相手及び読者はビックリする。









「パラコンボーイ。憎しみを束ねても、それは……脆い!! 伏せカードオープン! 『融合解除』!!」

 …………。

 …………。

 …………は?
 た……鷹野さんが何か発動したぞ? ……『融合解除』? 何それ? ぼくそんなかーどしらないよ。
「魔法カード『融合解除』の効果により、『マスター・オブ・ゴキボール』を分裂させ、このターンの攻撃を無効化する!!」
 ええええええええええ!!???????
 何だよソレ!? そんなカードありかよ!! ふざけんな!!!!
 『融合解除』の効果により、『マスター・オブ・ゴキボール』は3体の『ゴキボール』に分裂し、このターンの攻撃が無効化された。
 な……なんてこった……! せっかく手札を全部使って召喚したのに……破られてしまうとは……!!
 くそ……! 考えてみれば、鷹野さんが今発動した『融合解除』は、彼女が後攻1ターン目に伏せていたカードだ。まさか鷹野さんは、僕が『マスター・オブ・ゴキボール』の融合を行なうことを予測していたのか……?
「た……ターン……エンド……!」



LP:1700
モンスター:ゴキボール,ゴキボール,ゴキボール
魔法・罠:正統なる血統
手札:0枚

鷹野さん
LP:4000
モンスター:憑依装着−ヒータ
魔法・罠:なし
手札:2枚


 原作ルールなので、『融合モンスターカード』は存在しない。そのため、融合素材となったモンスターは墓地へは行かず、フィールドに置かれたままとなる。
 それ故に、僕の場には『地獄の暴走召喚』で特殊召喚された『ゴキボール』2体と、『正統なる血統』で特殊召喚された『ゴキボール』1体が、全て攻撃表示のまま残っている。
「さて、私のターンね……。パラコンボーイ、このターンで終わりにしましょう……」
「!?」
 何だと!? このターンで終わりにする!? そんなことできるわけが……。まだ僕のライフは1700ポイントも残ってるし、『ゴキボール』だっている! 確かに、『憑依装着−ヒータ』は『ゴキボール』よりも強いが、いくらなんでも、このターンで終わりにするなど―――
「手札から魔法カード発動! 『拡散する波動』! 私のライフ1000ポイントと引き換えに、魔術師の攻撃を相手フィールド全体に拡散させる!!」 
 うぉぉぉおおおおお!!???? ちょ……待てよお前!! 『拡散する波動』!? マジで!??
「『憑依装着−ヒータ』は魔法使い族。『拡散する波動』の効果で、このターン、相手モンスター全てに一度ずつ攻撃が可能になるわ!」
 げ……原作の『拡散する波動』は、OCGと違って「レベル7以上の魔法使い族しか使えません」なんてことがない! つまり……このターン、『憑依装着−ヒータ』の攻撃は、僕の『ゴキボール』3体にヒットすることに……!

鷹野さん LP:4000→3000

「パラコンボーイ! 貴様の闇を切り裂く!! 『憑依装着−ヒータ』の攻撃! “炎の拡散スマッシュ”!!」
 『拡散する波動』の効果により、『ヒータ』は僕の場の『ゴキボール』全てに攻撃をヒットさせ、全滅させた! キィィィ! 僕の『ゴキボール』がぜん……めつめつめつ……!!
 え……えぇ〜と……。攻撃表示の『ゴキボール』(攻1200)3体が撃破されたから……僕のライフは―――

僕 LP:1700→0

 ―――0だ! ああああああああああ!!!! また負けたぁぁあああ!!!!? 何でだぁぁぁぁあああああ!!?!?!???
「私の勝ちね、パラコン。よって、私の彼氏が誰なのかは教えられないわ。残念でした」
 く……っ! まさか、「プロジェクトVD」から1年経った今でも、鷹野さんに勝てずじまいだとは……! こんなことってあるのか!?
「オホホホホ!! 敗者には罰ゲームよ! 喰らうがいいわ!」
 勝利を収めた鷹野さんは、高笑いしながら、墨の付いた筆で僕の右目を丸く囲った! 冷たッ!! くそ〜〜! これは羽根つきの罰ゲームだろうが!! ふざけんなよ! これじゃ皆の笑いの的じゃないか!
「ふふ……よく似合ってるわよ」
 うるせーよチキショオが! 何がよく似合ってるだよ!? 完全な嫌がらせじゃないか! バラエティ番組じゃないんだよコレは!!
「ちなみに、あなたの墨を使わせてもらったわ。はい。コレ返すわね」
 鷹野さんは、極めて落ち着いた様子で、墨汁の入ったボトルを僕に差し出してきた。墨汁は、ボトルの約1/3程度しか残っていない……って、僕の墨使ったのかよこの人!! ちょ……マジ勘弁してよ!! この墨汁、こないだ買ったばかりなんだぞ! あぁぁああ、こんなに使っちゃって……! つーか、何をどうすればこんなに減るんだよ!?
「それじゃあねパラコン。良い夢を」
 悪びれる風もなく、鷹野さんは教室から立ち去った。くそっ! 何が「良い夢を」だよ!! ふざけたことぬかしてんじゃねぇよ、バーカバーカ!! お前なんかアメミットに喰われてしまえ!!


 ◆


 あの後、僕は水道場で、右目を丸く囲う墨と格闘を繰り広げた。その結果、墨は完全には落ち切らなかったが、目立たない程度までは落とすことができた。
 はぁ……。必死に擦りまくったから、顔がヒリヒリするよ……。ったく、あの女……ホントに覚えとけよ……。いつか、お前の左目をピンク色の油性ペンで囲ってやるからな!
 僕は非常に苛立ちながら帰路についた。いつも通っている道をいつも通りに歩き、自宅へ向かって足を進める。そう言えば、今年ももらえなかったな……チョコレート。
 去年は『ゴキボール』のカードを手に入れたが、今年は何も手に入れられなかった。むしろ、どちらかと言えば、失ったものが多い。あの墨汁、いくらすると思ってるんだよ……。
 あぁ、今頃鷹野さんは、彼氏とのデートを楽しんでいるのだろうか? ていうか、結局のところ、あの人の彼氏って誰なんだろう? ……まあ、あんな自分勝手な女の相手するくらいだから、すごく寛容な人間であることは間違いない。……と、なると、やはり彼氏はパロか? あいつはめったなことでは文句言わないし……。
 ……うーん。やっぱり、鷹野さんの彼氏はパロ……なのかな? 代々木という可能性もあるが……。あるいは、パロでも代々木でもない、全く別の男……?
 考えたところで答えは出ない。やっぱり、鷹野さんから直接訊き出すしか……。けど、決闘で負けた以上、彼女から訊き出すことはできない。ならばこの際、思い切って鷹野さんの彼氏はパロだと目星をつけて、パロに訊いてみるか?
 そんなことを考えていたら、僕の前方数メートルの地点に、帰宅中と思われるパロの姿があった。何という都合のいい展開! よし! パロに訊いてみよう! 奴と鷹野さんの関係をここで明らかにしてみせる!

ご都合主義
(魔法カード)
都合のいい展開でストーリーを進行させる。

「おーい、パロ!」
 僕はパロに呼びかけた。それを聞いたパロは足を止め、振り返ってこちらの方を見た。
「あ、パラコン君」
 僕の姿に気付いたパロは、僕の方に向かって歩いてくる。僕もパロに向かって歩きつつ、本題の方へ入らせてもらうことにした。
「なあ、パロ。この後予定ある?」
 直接、「お前と鷹野さんって付き合ってるの?」と訊いても良かったのだが、それだと、こいつは「そんなことないよ」とか言って、答えをはぐらかすかも知れない。だからここは、あえて遠回しな訊き方をしてみた。
 鷹野さんはさっき、「これからデートの約束がある」と言っていた。つまり、もしパロが鷹野さんと付き合っているとしたら、この質問に対する答えは当然、「予定あり」になるはずだ。逆に、「予定なし」と答えた場合は、もうひとつの質問をぶつけてみる。
「この後? ううん。別に予定はないけど」
 予定なし……か。本当に予定がないのか、あるいは、予定はあるけど、ここではそれを隠したいのか。それは、次の質問をぶつけてみれば分かる。
「お、そうか。じゃあ、あとでカード屋に行かないか?」
「カード屋?」
 フッ! この質問の答えで、パロが鷹野さんと付き合っているかどうかが判明する! もし、パロが鷹野さんと付き合っていれば、僕の誘いを断らざるを得ない。でないと、パロは僕とカード屋に行くことになり、鷹野さんとのデートに行けなくなってしまうからな。
 まあ、「単に気が進まない」といった理由で断る可能性もあるが、パロの性格からして、それはあまり考えられない。こいつは、そういう理由で他人の誘いを断れるような人間じゃないし。
 さあ、パロよ、どう答えてくる!? それにより、お前と鷹野さんの関係は明らかになるぜ!!
「うん、いいよ。どこのカード屋にする?」
 ……あれ? 普通に了承しちゃった。……ということは……パロは鷹野さんの彼氏ではない……ってことになる……か?
 何だよ……。パロは鷹野さんの彼氏じゃないのかよ。え? じゃあ、あの人の彼氏って、結局は誰なの? こうなってくると、やっぱり代々木か!?
「……? パラコン君、どうしたの?」
 ん? あぁ、そういや、こいつにカード屋行こうって誘ったんだったな。まあ、あれはあくまで、こいつと鷹野さんの関係を暴くための質問で、こいつとカード屋に行く気なんて全くなかったんだけどね。
 しかし……、嘘とは言え、誘ったのは僕だ。なのに、それをうやむやにしたら、いい加減な男だと思われかねない。仕方ない……ここはパロとカード屋に行くことにしよう。面倒だけど。


 ◆


 あれから僕らは一度別れ、私服に着替えた後で、童実野駅前で落ち合った。とりあえず、この近くのカード屋に行くことにしたのだ。
 カード屋に向けて歩を進めながら、僕は密かにため息をついた。バレンタインデーの放課後だってのに、何でこいつと2人でカード屋に行かなきゃならないんだよ。くそっ……せめて女子がいればなぁ……。
「パラコン君は何のパック買うの? やっぱり、最新弾のパック?」
「ん? あぁ、そうだね」
 パロが何か言ってたが、僕の耳にはまるで入ってこなかったので、適当に返事をしておいた。つまらねぇ……! 心の底からつまらねぇ……! こんなことになるんだったら、もう少しよく考えて質問すべきだった。
 4,5分歩くと、目的地であるカード屋が見えてきた。せっかく来たんだ。もうこの際、欲しいカードを可能な限り買っていくことにしよう。買うのは当然、最新弾のパックだ!
「あ! あれって鷹野さんじゃない?」
 と、ここでパロが聞き捨てならない言葉を放った。ちょ……待て!? 鷹野さんだって!?
「えっ!? どこどこ?」
「ほら! 今、カード屋から出てきた人!」
 パロはカード屋の入り口あたりを指差している。僕はパロが指差す方向に目を向けてみた。視線の先では、さっき僕の右目を墨で丸く囲った女――鷹野麗子が確かにいた――。

 ――男と一緒に。

 ……誰だ、あの男は? ちょ……ちょっと待ってくれ。鷹野さんはさっき、デートの約束があるって言ってたよね? これは……ひょっとして……ひょっとするのか? 今、鷹野さんと一緒にいる男が……あの人の彼氏……!?
 鷹野さんは、一緒にいる男と仲睦まじく笑いあっていた。耳を澄ますと、彼女たちの会話が聞こえてくる。

「ねぇ、ダーリン。私のこと……好き?」

「もちろんだよハニー。俺は世界で一番君を愛してるよ」

「嬉しい! 私もダーリンのこと、世界で一番愛してるよ!」

 …………。
 ……間違いない。あの男が鷹野さんの彼氏だ! あのラブラブっぷりを見たら、どう考えたって、そういう結論に辿り着いてしまう!
 何という運命のいたずら! 偶然やってきたカード屋で、あの人のデート現場を目撃してしまうとは! クク……こいつはいい! あの人が隠し通してきた事実が、まさかこんな所で明かされるとは! 人生とは何が起こるか分からないものだな、鷹野さんよ!
 じゃあ、鷹野さんの彼氏を拝見させてもらうとしようか。果たして、ウチの学校の人間か、それとも他校の人間か。ここで明らかにしてくれる!
 僕はじっくりと、鷹野さんの彼氏の姿を確認した。鷹野さんの彼氏――簡単にその容姿を述べるならば、眼鏡をかけたオカッパ頭の少年だった。











 ……眼鏡をかけたオカッパ頭。











 …………。



 ちょっと待て。目をこすってみよう。どうやら、目にゴミが入ったらしい。……よし! 気を取り直してもう一度見てみよう。
 僕は鷹野さんたちの方に目を向け、鷹野さんの彼氏をもう一度よく見てみることにした。見間違えないように、よ〜く見なければ!
 鷹野さんは、相変わらず彼氏と仲睦まじく笑いあっている。鷹野さんの彼氏――目を凝らして、その姿をじっくりと観察した結果、彼は眼鏡をかけたオカッパ頭の少年であることがよく分かった。











 ……眼鏡をかけたオカッパ頭。











 …………。



 ちょ……! ちょちょちょっと待って!! 目……目をこすって……!! ついでに鼻もこすって、よく……よ〜く!! よ〜く見て確認してやろうじゃないの!! 大丈夫落ち着け! 人間誰しも、見間違いというものが―――――


「ヒョ〜ッヒョッヒョッヒョ!! 我が愛しのハニー! 次は映画館に行ってみようか〜! ヒョヒョヒョ!!」


 鷹野さんの彼氏の声が聞こえた……あぁぁぁああ違う!!! これは幻聴だ!! だって有り得ないだろ!? あいつが鷹野さんの彼氏だなんてことがあるわけ―――
「あっ! あれってインセクター羽蛾だよね!? 何で鷹野さんと一緒にいるんだろう?」
 突然、隣でパロが声を上げた。トドメさすんじゃねぇよこの豚野郎! せっかく現実逃避してたのにさあ!! あぁ〜もう分かったよ!! 認めてやるよ!!
 そう……。鷹野さんの彼氏――眼鏡をかけたオカッパ頭の少年――は、あのインセクター羽蛾だったのだ! この僕をレアカードで釣り、城之内のデッキに『寄生虫パラサイド』を仕込ませたアイツだ!
 何で……何でアイツが彼氏なんだ!? 他にもっといい男がいるはずだろ!? 何やってんだよ鷹野さん!!
「うーん。もしかして、鷹野さんって、インセクター羽蛾と仲が良いのかな?」
 パロが何か言っている。お前、さっきの彼女たちのセリフを聞いてなかったのか!? “ダーリン”、“ハニー”と呼び合ってんだぞ! どう考えたって彼氏・彼女の仲だろうが!
 それにしても……。まさか、鷹野さんの彼氏がインセクター羽蛾だとは……。人の好みってのは分からないものだな。見てみろよ、あの鷹野さんの笑顔。実に楽しそうだ。それこそ、うっかり純粋な美少女だと勘違いさせられるほどに。
 ……あ、羽蛾と目が合った。羽蛾は僕の目を見たまま動かない。な……何だよ。何見てんだよ。
「ん? どうしたのダーリン」
「う〜ん。あいつ、どっかで見たことあるんだがなぁ〜。誰だっけかなぁ〜?」
 羽蛾は僕の方を見たまま考え込んでいる……って、お前僕のこと忘れたのかよ!? ふざけんなよ!? 僕の顔に殺虫剤ぶちまけたのは、どこのどいつだよこの蟲野郎!!
「え? あぁ、アレは通りすがりのパラコンボーイよ。気にしなくていいわ」
 羽蛾の疑問に答えた鷹野さん。いや、通りすがりのパラコンボーイって何だよ!?
「ヒョヒョヒョ! そうか! 通りすがりのパラコンボーイか! ならスルーの方向で行くピョー!」
 スルーって……! あいつら……2人して僕のことをぞんざいにしやがって! くっそぉ〜! もう我慢ならねぇ!!
 頭に来た僕は、こいつらのデートを妨害することに決めた。妨害方法はもちろん決闘! だが、鷹野さんに決闘を挑むのは上策ではないだろう。何しろ、さっき負けたばっかりだし。
 ならば、羽蛾に決闘を挑むまで! ここで羽蛾を叩きのめし、鷹野さんの前で恥をかかせてやる! うっひゃっひゃ!!
「この蟲野郎! 僕と決闘しろ!」
 羽蛾の方に向かって、僕は意気揚々と叫んだ。すると、羽蛾は鷹野さんと少し顔を見合わせた後、意地悪い笑顔を浮かべながら、僕の方に近づいてきた。
「ヒョヒョヒョ! 誰かと思えば、通りすがりのパラコンボーイじゃないか! 俺と決闘したいだって? お前は自分の立場が分かってい―――」
「うるさい! とっとと決闘の準備をしろ!」
 羽蛾の言葉を最後まで聞かず、僕はシャッフルしたデッキを羽蛾に突きつけた。こいつにデッキシャッフルさせるためだ。
「ヒョヒョヒョ! まあ、落ち着けって! ほら、俺のデッキだ! それと、決闘はこのカード屋の決闘スペースで行うぜ!」
 羽蛾はカード屋を指差しながら言った。決闘スペースか。カード屋だから、当然、用意されているだろう。なら、さっさと行くぜ!
 こうして僕らは、カード屋の決闘スペースへ移動することになった。


 ◆


 カード屋――決闘スペース。
 そこには、カードゲームを行えるように、テーブルが何台か置いてある。僕と羽蛾はその内の1台に向かい合うように着き、デッキを手元に置いた。鷹野さんとパロは、それを観戦する形だ。
「ダーリン! 頑張ってね!」
「ヒョヒョ! 任せとけハニー!」
 鷹野さんが羽蛾に声援を送り、羽蛾が笑顔で返した。おのれぇ……羨ましい奴め! 今に見てろよ!
「ヒョ〜ッヒョッヒョッヒョ! お前なんか3ターン以内に潰してやるピョー!」
 羽蛾が余裕ぶっこいて「予告KO宣言」をしてきた! ムカつく奴だ! せいぜい、今のうちにほざいてろこの蟲野郎が!

「「決闘―――!!」」

僕 LP:4000
羽蛾 LP:4000

 尻相撲の結果、羽蛾が先攻を取ることになった。
「俺の先攻、ドロー! まずはこいつだ! 『速攻の吸血蛆』を攻撃表示で召喚!」
 何!? 『速攻の吸血蛆』だと!? 『速攻の吸血蛆』は、攻撃力は500と低いが、先攻1ターン目の攻撃を可能とする、厄介なモンスターだ。さらに、このカードが相手プレイヤーに攻撃したターン、手札を1枚捨てれば守備表示にすることもできる。
「こいつでプレイヤーにダイレクトアタックだ! ヒャ〜ッヒャッヒャッヒャ!!」
 チキショオ! 先攻1ターン目からの攻撃なんて反則だろ!! 覚えとけよ蟲野郎!!

僕 LP:4000→3500

 く……! まあいい。『吸血蛆』は所詮、弱小モンスターだ。次のターン、僕の手札にある『ガジェット・ソルジャー』で容赦なくぶっ飛ばし―――
「ヒョヒョヒョ! まだ俺のバトルフェイズは終了してないピョー! 魔法カード発動! 『狂戦士の魂(バーサーカー・ソウル)』!!」

 …………。

 …………は?
 『狂戦士の魂』? 何それ? ぼくそんなかーどしらないよ。
「手札を全て捨て、効果発動! こいつはモンスター以外のカードが出るまで、何枚でもカードをドローし、墓地に捨てるカード! そしてその数だけ、攻撃力1500以下のモンスターは追加攻撃できる!」
 攻撃力1500以下のモンスターに、追加攻撃の権利を与える魔法カードだと!? あっ、そうか! 羽蛾の場には、攻撃力500の『吸血蛆』がいるんだっけ!? 
 で……でも、追加攻撃を行わせるためには、モンスターカードをドローしなければならない。そう都合よく引き当てられるわけが―――
「ヒャ〜ッヒャッヒャッヒャ! 残念だったなパラコン! 俺のデッキは、『狂戦士の魂』以外のカードは全てモンスターカードなのさ!」
 …………。
 ええええええええええええええ!!!??? 何だその無茶苦茶なデッキ構成!! そ……それじゃあ、確実にモンスターカードをドローできるってことじゃないか! ふざけ―――
「さあ行くピョー! ドロー! モンスターカード! ドロー! モンスターカード! ドロー! モンスターカード! ドロー! モンスターカード! ドロー! モンスターカード! ドロー! モンスターカード! ドロー! モンスターカード! ドロー! モンスターカード! ドロー! モンスターカード……」

僕 LP:3500→3000→2500→2000→1500→1000→500→0

 ぎゃああああああああああ!!!! 僕のライフが一気に0にぃぃぃいい!! 待てよオイ! こんなやり方アリなの!? これじゃ1ターンキルじゃないか! ふざけんなよこの蟲野郎ォォォォ!!! 
「ヒョヒョヒョヒョ! 俺に楯突くとこういうことになるんだ! よ〜く覚えとくんだピョー!」
 愛する彼女の声援があったからか、羽蛾は滅茶苦茶強かった。くそっ! 愛の力には勝てないというのか!?
「やったねダーリン! ダーリンが勝つって信じてたよ!」
「サンキュー、ハニー! ハニーの応援があったから、俺は勝つことができたピョー!」
 敗北した僕の前で、互いの愛を確かめ合う、羽蛾と鷹野さん。くっ……! すごいラブラブっぷりだ。やはり、愛の力こそが最強なんだろうか……?
「俺たちはまだデートの途中なんだ! 通りすがりのパラコンボーイはとっとと消え失せな! ヒャ〜ッヒャッヒャッヒャ!」
 羽蛾は嫌らしい笑いを浮かべながら、僕を見下してきた。……悔しいが、今回は僕の完全な敗北だ。仕方がない。ここは大人しく引き下がろう。
「ねぇ、ダーリン。あのぅ……」
「ヒョ? なんだい? ハニー」
 僕がその場を立ち去ろうとしたその時、鷹野さんが羽蛾に声をかけた。気のせいだろうか、鷹野さんが頬を赤く染めているように見えるが……?
「ダーリン。私ね……あの……その……」
「……? どうしたんだいハニー! 遠慮せずに言ってごらん?」
 鷹野さんは、頬を赤く染めたまま、俯いてしまう。……彼女のこの仕草、前に一度見たような……?
「えぇと……その……、どうしても今日、話したいことが……」
「話したいこと? 一体何なのさハニー!」
 どうやら、彼女は羽蛾に話したいことがあるらしい。……何? もしかして、「将来結婚しようね」とか、「今日、私の家、誰もいないから泊まりに来ない?」とか、「##検閲により削除##」とか、「##検閲により削除##」とか、「##検閲により削除##」とか、「##検閲により削除##」とか、そういうことが言いたいのか!? そうなのか!?
「……うぅ……えぇと……ね……」
「大丈夫だよ、ハニー! 迷わずに話してみるんだピョー!」
 俯いたまま、か細い声を発するものの、なかなか切り出せない鷹野さん。どうした? 何が言いたいんだ? まさか、マジでこのHPじゃ掲載を拒否られるような内容なのか!?
 ……様々な憶測が生まれる中、鷹野さんは真っ赤になりながらも、ようやく胸の内を明かしてくれた。そしてそれは、僕の想像を遥かに超えた、尋常ならざるものだった。それこそ、掲載が拒否られるんじゃないかと思われるくらいに。





「……もう私たち、別れましょう」





「ひょ?」
 一瞬、何が何だか分からなかった。……え? 何? ゴメン。もう1回言ってくんない?
「ひょ……ヒョヒョ……。は……ハニー。よく聞こえなかった……もう1回言ってくれないか……」
「別れましょう」
「…………」
 ……えーっと。これは……どう対応したらいいんでしょうか? ちょっと待ってください。まだ、羽蛾が鷹野さんの彼氏だって分かってから、そんなに経ってないような気がするんですが……?
「ど……どうして! どうして別れようなんて言うんだ!? 何故!?」
「ごめんなさい。頑張ってみたけど、どうしても、あなたを彼氏として見ることはできなかったの」
「げぶはっ!!」

羽蛾 LP:4000→1600

 羽蛾のライフが大幅に削られた! 彼氏として見ることができないって……。
「あと、笑い方が……何か駄目」
「ほぐぁっ!!」

羽蛾 LP:1600→0

「それと……昆虫族のカードが嫌い……」
「がぶほっ!!」
「それから、髪型が怖い……」
「あぐぼっ!!」
「寝言が苦手」
「でがひっ!!」
「目つきが高圧的」
「きでちっ!!」
「身長が中途半端」
「がぢふっ!!」
 もうやめて!! とっくに羽蛾のライフは0よ!!
 言いたい放題じゃないか鷹野さん!! どんだけ羽蛾に不満があったんだよ!? しかも、最初の理由以外は割とショボイ理由だし! むしろ、意味がよく分からない!
「と、いうわけで。もう私たちはここで終わりにしましょう。さよなら」
 そう言って勝手に話を締めくくると、鷹野さんは胸のつっかえが取れたかのように、安堵のため息をつき、この場を後にした。そして、完全に蚊帳の外となり、暇そうに店内のカードを眺めていたパロに声をかけた。
「パロ君。この後空いてる?」
「え? うん。空いてるけど」
 パロの予定を尋ねる鷹野さん……ってパロ貴様!! 僕がお前を誘ったのに、予定が空いてるってのはおかしいだろが! これからお前は、僕とカードを購入するんじゃないのか!?
「じゃあさ、これから映画でも見に行かない?」
「映画? うん、いいね。行こうか!」
 パロに予定がないと知るや、鷹野さんはパロを映画鑑賞に誘った。しかも、パロはそれに応じちゃったし! ああああ! 何か話がとんとん拍子で進んでいく! おのれパロめ! お前は親友よりも女を取るのか! あ〜そうかい! よく分かったよ! それが貴様の本性なんだな!
 こうして、パロは鷹野さんと映画を見に行った。うわぁ、うぜぇ。あの2人はアレだな。いつか必ずアメミットに喰われるな。間違いない。
 何だかんだで、あの2人、実は特別な関係にあるのかも知れない。少なくとも、仲が良いことは確実だろう。何しろ、パロは鷹野さんから2年連続でチョコをもらったほどだからな。あぁああああぁあああ〜〜〜ムカつくぅぅぅうううう!!!
 1人残された僕は、何もせずに帰るわけには行かないので、しっかりカードを購入してから帰ることにした。見てろよパロ……レアカード当てて自慢してやるからな!
 と、カード購入を開始しようとした僕の目に、先ほど鷹野さんにフラれた羽蛾の姿が映った。その姿はまるで、魂を抜かれてしまったかのようだ。あぁ、あれは辛かっただろうな。何だか羽蛾が可哀想になってきた。
 放っておくのは気の毒なので、僕は羽蛾に声をかけてみた。
「羽蛾。大丈夫かい?」
「…………」
 返事がない。ただの屍のようだ。
「元気出せよ。これからもっといい恋をすればいいじゃないか」
「……お……俺の青春が……ピョ〜……」
 壊れた機械のように、声を発する羽蛾。あ〜……これはかなり重症だな。
「まだまだ青春は始まったばかりさ。これからだよこれから!」
 とりあえず、僕は羽蛾を励まし続けてみた。すると……。
「……お……」
「?」

 ――ボゴッ!!

「痛ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
 羽蛾は何を血迷ったのか、僕の顔面にパンチを打ち込んできた! い……痛いじゃないかこの蟲野郎! 何のつもりだ!!
「お前に俺の気持ちが分かってたまるかぁぁぁああ!!」
 何か知らないけど羽蛾がキレた! ふ……ふざけるな! せっかく励ましてやってるのに、そんな言い方ないだろうが!
 くそったれ! こうなったらお返しだ! これでも喰らえ!
「あぁ、分からねぇ! つーか、分かりたくもねぇぇぇえ!!」

 ――ドゴッ!!

「ごはぁぁあああ!!」
 僕は負けじと、羽蛾の顔面にキックをぶちかましてやった。はっはっは! 今のは効いただろう! 参ったか羽蛾!
「くっそ〜! パラコンボーイの分際で俺に楯突くとは生意気な! こうなりゃトコトンやってやるぜ! 喰らえ! “スペシャル・インセクター・パンチ”!」

 ――ドカドカドカ!!

「げふぅぅぅっ!!」
 マジギレした羽蛾が、僕の顔面に連続パンチを打ち込んできた! くっ……やるじゃないか! だが、その程度では僕は倒せないぞ!!
「お前の攻撃はその程度か蟲野郎! 喰らえ! “ウルトラ・パラコンボーイ・キック”!」

 ――ヒュー、ドガッ!!

「ほぐぁぁぁああっ!!」
 僕の跳び蹴りが羽蛾の顔面にヒットした! ははは! どうだ! これで観念したろ! 僕の人生の中で最大級の力を込めてやったぜ!
「ヒョ……ヒョヒョ! まさか、その程度の蹴りで勝ったつもりか!? 笑わせるピョー!」
「何!?」
 羽蛾め……あの蹴りを受けても、なお立ち上がるか!? しぶとい奴だ!!
「言っとくがなぁ、俺はまだ20%の力しか出してないぜ! お前なんかとはレベルが違うんだよレベルが! ヒャ〜ッヒャッヒャッヒャ!!」
「に……20%だと!?」
 こ……こいつ! 相変わらずムカつく奴だ! だが、そっちがそのつもりなら……!
「へっ! 20%!? 何言ってんの!? 僕はまだ10%の力しか出してないし! お前なんかよりも遥かにレベルは高いんだよ!」
「な……何をぅ!! 生意気抜かしやがって! これでも喰らえ! “インセクター流奥義・蟲蟲滅殺拳(むしむしめっさつけん)”!!」
「ならそっちも喰らえ! “パラコン流奥義・派羅派羅獄殺蹴(ぱらぱらごくさつしゅう)”!!」
 その後、約30分に渡り、僕と羽蛾はリアルファイトを繰り広げた(カード屋の店内で)。


 ◆


 カード屋の店内で暴力沙汰を起こした僕と羽蛾は、当然ただで済むはずもなく、店員から厳重注意を受けた。他の人間を巻き込まなかったことが幸いしたのか、警察を呼ばれるまでには至らなかった くそっ! 羽蛾のせいで、とんでもない災難に遭ったよ!
 カード屋を出た僕らは、夕方の童実野町を、特に当てもなく歩いていた。何故、僕と羽蛾が一緒に歩いているかというと、まだ僕らのバトルが終結していないためだ。
「お前のせいだぞ羽蛾! お前がいきなり殴ってくるから!」
 早速、僕は羽蛾に対して、文句を言ってやった。すると、羽蛾が反論してくる。
「うるさい! お前が余計なこと言ってくるから悪いんだ! ぶっちゃけ、あのまま放っておいてくれた方が楽だったのによ!」
 何!? 僕がわざわざ励ましてやったのに、その言い方はないだろ!?
「余計なこととは何だ! 僕が何か悪いこと言ったか!? 僕はお前を励ましてたんだぞ! 悪口を言ってたわけじゃない!」
「励ましてた、だって!? あの状況じゃ、冷やかしにしか聞こえないんだよアホたれが!」
 くっ……なんてムカつく男だ! 同情した僕が馬鹿だったよ! こんな奴は放置して、さっさとカード買って帰れば良かった!
 これ以上戦っても無駄だ! 羽蛾のことは忘れて、もう家に帰ろう!
「この蟲野郎が! お前なんか、さっさとアメミットに喰われちまえ!」
 僕は、それだけ言うと、羽蛾に背を向け、その場を後にした。すると羽蛾が、僕の背に向けて言い返してくる。
「お前こそ、さっさと『魔導戦士 ブレイカー』に滅多斬りにされろ! ヒャ〜ッヒャッヒャッヒャ!!」
 あぁぁああああああ〜ムカつくぅぅううう!! だが、振り返っては駄目だ! ここで奴に突っかかったらキリがない! 男なら耐えろ!
 僕はどうにか奴に反論したい気持ちを抑え、決して後ろを振り向くことなく、前進し続けた。くそっ……羽蛾め……! 相変わらずムカつく野郎だったな! フラれちゃって、ざまあ見ろってんだ! ケッケッケ!
 あぁ……。結局、羽蛾に関わったせいで、カードを買うこともできなかったな……。せめてカード購入だけはきちんとして、パロのクソヤローにレアカードを自慢してやろうと思ったのに……。
 というか、何だかんだで今年もチョコはもらえなかった。何でなんだ? ……う〜ん、僕のやり方が悪かったのかな? いや、僕に落ち度はなかったはずだ。じゃあ、何で?
 ……駄目だ。今はいくら考えても、答えが出ないや。今日はもういいや。また後日考えることにしよう。はぁ〜……。分からないなぁ……女心って。
 しばらく歩いていると、夕日がちょうど僕の前方に見えてきた。それは美しく、そして、力強く輝き、この童実野町を照らしている。……今はそれが、何故かすごく癪に障った。何でだろう?
 ムシャクシャした僕は、夕日に向けて、力いっぱい捨て台詞を放ってやった。



「太陽なんて、アメミットに喰われちまえ!!」




〜Fin〜












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