NEXUS ExtraStory −業火のヒーロー−

製作者:ネクサスさん






 12月。僧侶、つまり師までもが仕事で走り回るという事から、師走とも呼ばれている月である。
 社会は年内の作業のラストスパートと、来年に向けての準備の両方に追われる。
 学校に通う子供達も12月の終わりが近づくと、来たる年の瀬・年越しの為にその学校生活を一旦、全て終了させる。

 今日は12月の24日。クリスマス・イブの日。そしてここ、デュエルアカデミアが終業式を迎える日でもある。
 これから始まる物語は、その早朝のとあるワンシーンである。




















 ジジジジジジジジジ!

 けたたましく部屋に鳴り響く、目覚まし時計のアラーム機能。その針は、6時半を指している。
 外はまだ暗い。真っ暗というわけではないが、太陽がまだ出ていない空は、不気味な青で染められている。

「んんん・・・後5時間・・・」

 訳も分からぬ寝言を放つ、本来なら炎のように逆立っている筈のボサボサ髪、年齢不相応の身長が特徴の彼こそ、この物語の主人公、明石(あかし)栄一(えいいち)
 ちなみにご覧の通り、朝はあまり強くない。

『・・・栄一。起きろ。時間だぞ』

 そして、栄一の耳元に流れてくる囁き声。栄一は、声の持ち主をすぐに特定する。
 彼が持つカードの精霊、『E・HERO(エレメンタルヒーロー) バーニング・バスター』だ。

『5時間も寝ていたら、特訓どころか終業式にも、船の出る時間にも間に合わないぞ』

「そんな事言われても・・・。もっと寝てぇ」

 嫌々言いつつも、栄一はベッドから体を起こし、1回伸びをする。そして電気を付け、部屋を明るくする。
 本来ならもっと寝ていたいが、今日は週1度の早朝特訓の日である。起きる他無い。

 カードの精霊達を除けば、1人しかいないこの部屋。狭っ苦しい部屋とはいえ、やはり1人だと何とも言えぬ孤独を感じてしまう。
 3人まで収容する事ができるベッドがまた、それを助長している。そんな部屋だ。

「うぅぅ・・・寒い」

 痛い程冷たい水で顔を洗い、蛇口のレバーを水からお湯に切り替えて寝癖激しい髪を解かす。
 水気を良く切った後、ドライヤーで髪を乾かし、櫛を駆使して特徴的なバーニングヘッドを形成する。
 髪が整えば、次はパジャマを脱ぎ、オシリスレッドの紅い制服に着替える。脱いだパジャマがほったらかしなのは、今後直していかなければならない悪癖だろう。

 軽い身支度は整った。準備完了した栄一のその手は、机に置かれたデュエルディスクへと伸びる。

「あぁぁぁぁぁ。しばれるなぁ〜。何で冬なんて季節があるんだろう・・・」

 建て付けの悪いドアを開けると、12月の冷たい風が部屋の中まで入って来て、体の芯まで凍らせる。
 東の方の空を見ると、眩しく鋭い光が栄一の目を襲う。ようやく太陽が顔を出し始めた所だった。
 そしてレッド寮の前の広場に・・・左手のデュエルディスクを広げ、彼は立っていた。



 黒田(くろだ)真澄(ますみ)。栄一とは頭2つ分も違う程の長身。眼鏡といつも黒い服に包まれた、細い体が特徴的な、オシリスレッドの寮長である。
 担当は闇のデュエルの授業。何も無い所でこけ、階段を滑り落ち、どこでも簡単に迷い、授業でのミスも日常茶飯。まさに頼りない人間の典型のような存在だが、その実、デュエルの実力は高い。栄一も、初めてのデュエルで簡単に叩きのめされてしまっている。
 そんな実力もあり、現在、オシリスレッドの生徒の殆どと、アカデミア側には内緒で、「生徒と先生」という枠を超えた師弟関係を結んでいる。勿論、栄一もその1人だ。
 今日の早朝特訓というのも、この師弟関係から来る、黒田先生主導によるものである。

「もう、冬休みだね」

 階段を降りる栄一に向けて、黒田先生はそう声をかける。

「2週間程先生とも会えなくなるのか。そう考えたら、ちょっと寂しいな」

「そう思ってくれるのはありがたいね。・・・予習・復習はちゃんとするんだよ。勿論、筆記の方もね」

「・・・さすが先生。俺の嫌な所、的確に付いて来るぜ」

 階段を降り切り、黒田先生から程よく離れた場所に立ち、自らのデュエルディスクを展開して構える。その背には、レッド寮が(そび)え立っている。
 明日から冬休みに入り、栄一も自らの家へ帰省する。その為、このデュエルが、年内最後の特訓となるのだ。



「・・・そうだ。君に渡しておく物がある」

 そう言うと黒田先生は、ズボンに吊るしている自らのデッキケースから1枚のカードを取り出し・・・栄一へと投げつける。栄一はそれを、何とか受け取った。
 薄っぺらい1枚の紙が、空気抵抗にも負けず一直線に彼の手元まで届いた事には、特に疑問は覚えない。難しい事は良く分からないから。

「・・・これは?」

「クリスマスプレゼント・・・でいいのかな? ま、頑張っているご褒美と考えてくれたら良いよ」

「フーン・・・サンキュー、先生! 早速デッキに入れさせてもらうぜ!」

 カードの内容を確認した栄一は、果たしてこのカードが自らのデッキと相性が良いのか等は考えず、「折角貰ったものだし」とそのまま自らのデッキに加えてしまった。





「よし! いつでもいいぜ!」

 与えられたカードと共にシャッフルされたデッキが、栄一のデュエルディスクにセットされる。
 この頃になると、デュエルに集中している為か、栄一は先程まで感じていた寒さを忘れていた。
 デュエルはいつでも全力全開。そんな栄一のデュエルに対する集中力は、かなりのものを誇る。

「『自分にとって大切なもの』を『守る為のデュエル』。そしてそのデュエルに勝つ為の『力』と『勇気』。2ヶ月弱の間に、それがどれ程身に付いたか、この年の瀬に見せてもらおうか」

 栄一が改めて構えるのを見て、黒田先生も予め展開していたデュエルディスクを構える。
 寒風が吹き、日の出が眩しい早朝に・・・

「「デュエル!」」

 デュエルは始まった。

栄一:LP4000
黒田先生:LP4000

「俺の先攻、ドロー!」

 2ヶ月間、どれだけ闘っても、先生には勝てなかった。
 だがその間に栄一は、先生のプレイングスタイルの多くを目の当たりにしている。
 無論、それは逆に、黒田先生にも栄一の戦術の多くが筒抜けという事であるが。

「『E・HERO(エレメンタルヒーロー) クレイマン』を、守備表示で召喚!」

 粘土で作られた堅い体が自慢のヒーロー『クレイマン』が、フィールドに現れ守備の体勢を取る。

E・HERO(エレメンタルヒーロー) クレイマン ☆4
地 戦士族 通常 ATK800 DEF2000
粘土でできた頑丈な体を持つE・HERO。
体をはって、仲間のE・HEROを守り抜く。

「カードを1枚セットして、ターンエンドだ!」

 そしてリバースカードが1枚。無難な立ち上がりといえるだろう。

栄一LP4000
手札4枚
モンスターゾーンE・HERO クレイマン(守備表示:DEF2000)
魔法・罠ゾーンリバースカード1枚
黒田先生LP4000
手札5枚
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーンなし

「では、私のターンだね。ドロー」

 代わって、黒田先生のターンに入る。
 黒田先生のドローの瞬間は、いつもどこか不気味な感がある。
 何度デュエルをしても、栄一はその思いを変える事が無かった。

「永続魔法『魔法族の結界』を発動。さらに『見習い魔術師』を召喚する。その効果により、『魔法族の結界』に魔力カウンターを乗せる」

 黒田先生の足場に結界が現れ、さらに召喚された『見習い魔術師』が、その手に持つ杖から魔力を結界に向けて放つ。

魔法族(まほうぞく)結界(けっかい) 永続魔法
フィールド上に存在する魔法使い族モンスターが破壊される度に、
このカードに魔力カウンターを1つ置く(最大4つまで)。
自分フィールド上に表側表示で存在する魔法使い族モンスター1体と
このカードを墓地へ送る事で、このカードに乗っている
魔力カウンターの数だけ自分のデッキからカードをドローする。

見習(みなら)魔術師(まじゅつし) ☆2
闇 魔法使い族 効果 ATK400 DEF800
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、フィールド上に表側表示で
存在する魔力カウンターを置く事ができるカード1枚に魔力カウンターを1つ置く。
このカードが戦闘によって破壊された場合、自分のデッキからレベル2以下の
魔法使い族モンスター1体を自分フィールド上にセットする事ができる。

魔法族の結界の魔力カウンター:0つ→1つ

「魔法使い族が破壊される度に、ドローの可能性を増やしてしまう『魔法族の結界』・・・。厄介だな」

 条件を満たすと、一気にデッキの回転を加速させてしまう『魔法族の結界』。
 数ターンかけて、条件を整えていくのだろうと栄一は推測する。
 だが・・・。

「この程度で身構えていたら、まだまだだよ。私は魔法カード『ディメンション・マジック』を発動する」

 攻撃は速かった。発動されたのは、展開と制圧を同時に行う魔法使い族専用の上級魔法『ディメンション・マジック』。
 瞬間、フィールドに現れた、脱出ショーなどでよく見かける人1人分ぐらいが収納できそうな箱。その中に『見習い魔術師』が姿を消す。

「『見習い魔術師』をリリースして、『魔法の操り人形(マジカル・マリオネット)』を特殊召喚する」

 代わってその箱から現れたのは、不気味な操り人形と、その操り手。その人形の手足から伸びた紐を巧みに動かし、狙った敵は必ず仕留める殺し屋『魔法の操り人形(マジカル・マリオネット)』である。

ディメンション・マジック 速攻魔法
自分フィールド上に魔法使い族モンスターが
表側表示で存在する場合に発動する事ができる。
自分フィールド上に存在するモンスター1体をリリースし、
手札から魔法使い族モンスター1体を特殊召喚する。
その後、フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する事ができる。

魔法の操り人形(マジカル・マリオネット) ☆5
闇 魔法使い族 効果 ATK2000 DEF1000
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
自分または相手が魔法カードを発動する度に、
このカードに魔力カウンターを1つ置く。
このカードに乗っている魔力カウンター1つにつき、
このカードの攻撃力は200ポイントアップする。
また、このカードに乗っている魔力カウンターを2つ取り除く事で、
フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する。

「いきなり上級モンスターかよ!?」

 後攻1ターン目での強力モンスターの登場。
 そのスピードに、栄一は身を竦めるのだが・・・。

「忘れてもらっては困るよ。『ディメンション・マジック』のもう1つの効果を。『クレイマン』を破壊する!」

 『魔法の操り人形』から放たれる短剣。いや、『クレイマン』の体を簡単に真っ二つに出来る程のその大きさからすれば、短剣という表記はおかしいだろうか。

「くっ! リバースカード『ヒーローバリア』を発動! このターンの攻撃を、1度だけ無効にする!」

 『クレイマン』が葬り去られる。それでも、そのヒーローの闘志は不屈である。
 自らが息絶えようと、決して(あるじ)には攻撃を通さない。

ヒーローバリア 通常罠
自分フィールド上に「E・HERO」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。

「・・・ヒーローの魂、か。他に召喚できるモンスターは、今の私の手札には無い。カードを1枚セットして、ターンを終了しよう」

栄一LP4000
手札4枚
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーンなし
黒田先生LP4000
手札1枚
モンスターゾーン魔法の操り人形(攻撃表示:ATK2000)
魔法・罠ゾーンリバースカード1枚
魔法族の結界(魔力カウンター1つ)

「俺のターン、ドロー!」

 黒田先生は、序盤で早くも体制を固めて来た。だがそれでも、倒す策はある。
 伊達に2ヶ月、強豪(ひしめ)くデュエルアカデミアでデュエルを繰り返してきたわけではない。

「ライフを500ポイント払い、『二重融合(ダブルフュージョン)』を発動する!  これで俺はこのターン、融合召喚を2回行う事ができる!」

 栄一の十八番(おはこ)戦術、融合召喚。それが、1枚のカードで2度まで約束された。
 黒田先生のフィールドに佇む『魔法の操り人形』にも負けないヒーローが今、呼び出される。

二重融合(ダブルフュージョン) 通常魔法(アニメGXオリジナル)
500ライフポイントを払い発動する。
このターン、以下の効果を2回使う事ができる。
●自分の手札かフィールド上から融合モンスターカードによって
決められたモンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体を
融合召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。

栄一:LP4000→LP3500

「まず1度目だ! 手札の『フェザーマン』と『バーストレディ』を融合! 『フレイム・ウィングマン』を融合召喚する!」

 全身が羽毛によって覆われたヒーロー『フェザーマン』と、その手から炎を繰り出す姉御肌の女ヒーロー『バーストレディ』が融合の渦に飲み込まれ、代わって片翼の羽で空を舞い、赤き龍をかたどった右手で敵を撃つヒーロー『フレイム・ウィングマン』が現れる。

E・HERO(エレメンタルヒーロー) フレイム・ウィングマン ☆6
風 戦士族 融合・効果 ATK2100 DEF1200
「E・HERO フェザーマン」+「E・HERO バーストレディ」
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

E・HERO(エレメンタルヒーロー) フェザーマン ☆3
風 戦士族 通常 ATK1000 DEF1000
風を操り空を舞う翼を持ったE・HERO。
天空からの一撃、フェザーブレイクで悪を裁く。

E・HERO(エレメンタルヒーロー) バーストレディ ☆3
炎 戦士族 通常 ATK1200 DEF800
炎を操るE・HEROの紅一点。
紅蓮の炎、バーストファイヤーが悪を焼き尽くす。

「そして『エレメンタル・ターボ』を発動! 『フレイム・ウィングマン』の融合召喚に成功したから、俺はカードを2枚ドローする!」

 『二重融合』の効果で呼び出すヒーローは既に決めている。だが、戦術が一辺倒になるのはよくない。
 『エレメンタル・ターボ』を先に発動しておく事で、行動に柔軟性を広げる。

エレメンタル・ターボ 通常魔法(オリジナル)
「E・HERO」と名のついたモンスターの
融合召喚に成功したターンに発動する事ができる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

「・・・2度目の融合だ! フィールドの『フレイム・ウィングマン』と手札の『スパークマン』を融合!」

 『二重融合』の当初の予定は、変わる事無く進行するようである。
 再び現れた融合の渦。その中に、2体のヒーローが飲み込まれていき、さらなる融合が行われる。
 瞬間、フィールドを支配する、出たばかりの朝日にも負けない程の眩き光。

「来い! 『シャイニング・フレア・ウィングマン』!」

 その翼をゆっくり大きく広げ、全身を輝かせたヒーロー『シャイニング・フレア・ウィングマン』が、フィールドに現れた。

E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フレア・ウィングマン ☆8
光 戦士族 融合・効果 ATK2500 DEF2100
「E・HERO フレイム・ウィングマン」+「E・HERO スパークマン」
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードの攻撃力は、自分の墓地に存在する「E・HERO」
と名のついたカード1枚につき300ポイントアップする。
このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

E・HERO(エレメンタルヒーロー) スパークマン ☆4
光 戦士族 通常 ATK1600 DEF1400
様々な武器を使いこなす、光の戦士のE・HERO。
聖なる輝きスパークフラッシュが悪の退路を断つ。

「『シャイニング・フレア・ウィングマン』は、俺の墓地の『E・HERO』の数だけ攻撃力がアップする! そして攻撃だ! 『シャイニング・シュート』!」

「くっ! 迎撃だ、『魔法の操り人形(マジカル・マリオネット)』!」

 輝かしい白いエネルギーが放出され、短剣が空中を舞う。
 静かな夜明けが、激しい闘いの色で染め上げられる。

「俺の墓地の『E・HERO』は5体! よって『シャイニング・フレア・ウィングマン』の攻撃力は1500ポイントアップだ!」

E・HERO シャイニング・フレア・ウィングマン:ATK2500→ATK4000

「『魔法の操り人形(マジカル・マリオネット)』も、君が魔法カードを使った事によって攻撃力がアップしてるが・・・、この状況では焼け石に水か」

魔法の操り人形:魔力カウンター0つ→2つ ATK2000→ATK2400

 墓地のヒーロー達の力を受け、その力を上昇させた『シャイニング・フレア・ウィングマン』が、一気に決めにかかる。
 白いエネルギーが短剣を飲み込み、そのまま『魔法の操り人形』ごと消滅させる。
 だが、それだけではない。

黒田先生:LP4000→LP2400

「『シャイニング・フレア・ウィングマン』のモンスター効果! 『魔法の操り人形(マジカル・マリオネット)』の元々の攻撃力分だけ、先生にダメージだ!」

 『シャイニング・フレア・ウィングマン』が黒田先生の前に立ち、その体をさらに輝かせる。
 ヒーローの聖なる閃光が、黒田先生からさらにライフを奪った。

黒田先生:LP2400→LP400

「よっし! 先手を取ったぜ!」

 上級モンスターを倒した事以上の精神的優位性が、今の栄一にはあった。
 その筈、黒田先生にここまで纏まった大ダメージを与えたのは、この2ヶ月で初めてなのである。
 何度か黒田先生を追い詰めた事は確かに今までにもあったが、序盤で早くもリーチをかけた記憶は、栄一には無かった。

「んー、中々やるね。だが、『魔法族の結界』の効果を忘れてもらっては困る。『魔法の操り人形(マジカル・マリオネット)』が破壊された事で、魔力カウンターが1つ乗るよ」

魔法族の結界の魔力カウンター:1つ→2つ

「だが、一気にライフを奪えた事に変わりはない! カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

 勢い良くターンを終了させる栄一。大きく得たライフアドバンテージが、彼に余裕を生んでいた。

栄一LP3500
手札1枚
モンスターゾーンE・HERO シャイニング・フレア・ウィングマン(攻撃表示:ATK4000)
魔法・罠ゾーンリバースカード1枚
黒田先生LP400
手札1枚
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーンリバースカード1枚
魔法族の結界(魔力カウンター2つ)

「私のターン。カードをドローするよ」

 一瞬にして追い詰められた黒田先生。だが至って冷静。
 ドローしたカードを一瞥すると、行動を開始する。まるでそれらが、最初から決められていたかのように。

「リバースカードオープン。『リミット・リバース』だ。これにより、『見習い魔術師』を復活させる」

リミット・リバース 永続罠
自分の墓地から攻撃力1000以下のモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
そのモンスターが守備表示になった時、そのモンスターとこのカードを破壊する。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

 フィールドに復活する『見習い魔術師』。その手に持つ杖から発せられた魔力が、『魔法族の結界』に蓄えられる。

魔法族の結界の魔力カウンター:2つ→3つ

「『リミット・リバース』を墓地へ送り、『マジック・プランター』を発動。カードを2枚ドローする」

マジック・プランター 通常魔法
自分フィールド上に表側表示で存在する
永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 続けて発動されたのは、永続罠をコストにカードをドローする『マジック・プランター』。
 当然、支えを失った『見習い魔術師』は、フィールドから消滅する事となるのだが・・・

「『リミット・リバース』が無くなった事により、『見習い魔術師』が破壊され、『魔法族の結界』に魔力カウンターが乗る」

「・・・コストまでも、最大限に生かすかよ。さすが先生、やる事がえげつねぇ」

 転んでもただでは起きない。『魔法族の結界』が、消滅する『見習い魔術師』からしっかりと魔力を吸収していた。

魔法族の結界の魔力カウンター:3つ→4つ

 そして、魔力量が最大となった『魔法族の結界』。
 いよいよ、その本領が発揮する。

「『見習い呪術師』を、自身の効果により手札から特殊召喚する。そして『見習い呪術師』と『魔法族の結界』を墓地へ送り、その効果を発動。カードを4枚ドローさせてもらう」

 『見習い魔術師』に似た姿の、小柄な魔導師『見習い呪術師』。
 現れてすぐに、『魔法族の結界』と共にフィールドから姿を消してしまう。
 その身に蓄えられた魔力が、黒田先生の可能性となるのだ。

見習(みなら)呪術師(じゅじゅつし) ☆2(オリジナル)
闇 魔法使い族 効果 ATK400 DEF800
このカードは手札から表側守備表示で特殊召喚する事ができる。
「見習い呪術師」は自分フィールド上に1体しか表側表示で存在できない。
???

 一気に4枚ものカードを得た黒田先生。
 元よりあった2枚と合わせ6枚になった手札をパッと一瞥すると、早くも行動を再開する。

「『マジカル・コンダクター』を、攻撃表示で召喚」

マジカル・コンダクター ☆4
地 魔法使い族 効果 ATK1700 DEF1400
自分または相手が魔法カードを発動する度に、
このカードに魔力カウンターを2つ置く。
このカードに乗っている魔力カウンターを任意の個数取り除く事で、
取り除いた数と同じレベルの魔法使い族モンスター1体を、
手札または自分の墓地から特殊召喚する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 どこか神秘的な雰囲気を醸しだす女性魔導師『マジカル・コンダクター』。
 下級モンスターとしては高めのその攻撃力は、彼女のどこに秘められているのか。

「さらに手札から『ジェスター・コンフィ』を、自身の効果により特殊召喚。そして『ディメンション・マジック』を発動・・・」

「2枚目の『ディメンション・マジック』!?」

 太目の体つきの道化師『ジェスター・コンフィ』。フィールドに現れた脱出ボックスに姿を消す様は、道化師らしいといえば道化師らしいか。

ジェスター・コンフィ ☆1
闇 魔法使い族 効果 ATK0 DEF0
このカードは手札から表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
この方法で特殊召喚した場合、次の相手のエンドフェイズ時に
このカードと相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を手札に戻す。
「ジェスター・コンフィ」は自分フィールド上に1体しか表側表示で存在できない。

「『ジェスター・コンフィ』をリリースし、手札の『氷の女王』を特殊召喚!」

 雪・・・いや、雹だろうか。
 空から降り始めた艶やかな氷。偶然にも冬という季節が重なって、芸術性を高めている。
 そしてそれらと共に空から舞い降りるは、その体も、着ているドレスも、果てはその手に持つ杖までもが白で染められた女王陛下。
 『氷の女王』が、ここに降臨する。

(こおり)女王(じょおう) ☆8
水 魔法使い族 効果 ATK2900 DEF2100
このカードは墓地からの特殊召喚はできない。
自分フィールド上に表側表示で存在する
このカードが破壊され墓地へ送られた時、
自分の墓地に魔法使い族モンスターが3体以上存在する場合、
自分の墓地に存在する魔法カード1枚を手札に加える事ができる。

「『ディメンション・マジック』の効果はさらに続く。『シャイニング・フレア・ウィングマン』を破壊しようか。ついでにこの時、『マジカル・コンダクター』に魔力カウンターが乗るね」

 『氷の女王』がその手に持つ杖を鮮やかに構える。そして放たれる白き魔力もまた鮮やか。

「ふぇぇ・・・」

 一瞬、『シャイニング・フレア・ウィングマン』が破壊されてしまったショックを忘れてしまう程、栄一は『氷の女王』のその姿に見惚れてしまった。

マジカル・コンダクターの魔力カウンター:0つ→2つ

「・・・さて、『マジカル・コンダクター』の効果を発動しておこうか。墓地の『見習い魔術師』を特殊召喚」

 『マジカル・コンダクター』の呪文が、再び『見習い魔術師』を蘇らせる。
 復活した『見習い魔術師』は、その礼だろうか、自らを蘇らせた主・『マジカル・コンダクター』へと、その杖から魔力を分け与えた。

マジカル・コンダクターの魔力カウンター:2つ→0つ→1つ

「さて、大体の準備は完了したかな・・・おっと、空も彼女達の攻撃を待ち望んでいるようだ」

「えっ・・・あっ!」

 太陽が顔を出し、これから明るい朝を迎えたであろう筈の空に何時の間にか雲が掛かっており、白き小さな粒がフィールドを染め始めている。
 栄一のフィールドは殲滅。対する黒田先生のフィールドには、2体の女性魔導師が攻撃命令を待つ。
 そして彼女達を受け入れるかのように降り始めた雪。『氷の女王』が召喚された時に降ったソリッドビジョンでは無い。本物の雪である。

「へぇ、アカデミアって雪降るんだ」

「珍しい光景ではあるけどね。では、『マジカル・コンダクター』でダイレクトアタック」

 攻撃宣言。『マジカル・コンダクター』が、再び呪文を唱え始める。
 その瞬間であった。降り続ける雪が、まるで意思を持ったかのように栄一に襲い掛かったのだ。

「って『マジカル・コンダクター』はソリッドビジョンで雪は本物だろ!? なんでシンクロしてるみたいになってんだよ!?」

 だが、起こっている事は現実である。『マジカル・コンダクター』の攻撃と認められたその証拠を示すように、栄一のライフは減っている。

栄一:LP3500→LP1800

「・・・次、行こうか。『氷の女王』でダイレクトアタック」

 続けて『氷の女王』が構える。しなやかに振り上げたその杖から、吹雪が発生する。
 本物の雪と合わさって、栄一を執拗に攻めるのだが・・・

「・・・と言っても、これは当たらないかな」

 そう言うは、攻撃宣言した黒田先生本人。
 百戦練磨・・・というわけではないが、デュエルアカデミアの教師として確かな実力を備えた彼には、あらかじめ分かっていた。
 栄一は、この程度では墜ちない、という事を。

 吹雪が止む。まだ視界に入る白い物は、降り続けている本物の雪だけ。
 栄一のライフは、黒田先生の予想通り減っていない。

「『ガード・ブロック』。『氷の女王』からのダメージを0にし、カードを1枚ドロー!」

ガード・ブロック 通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

「・・・まぁ、当然の結果か。カードを2枚セットして、ターンエンド」

 落胆する事も無い。全てのプレイングを終えた黒田先生は、あっさりとターンを終了させた。

栄一LP1800
手札2枚
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーンなし
黒田先生LP400
手札0枚
モンスターゾーンマジカル・コンダクター(攻撃表示:ATK1700 魔力カウンター1つ)
氷の女王(攻撃表示:ATK2900)
見習い魔術師(守備表示:DEF800)
魔法・罠ゾーンリバースカード2枚

「俺のターン!」

 ライフにはまだ差がある。だが、フィールドの状況では大きくリードされてしまった。

「・・・魔法カード『エレメンタル・リレー』を発動! 手札の『ネクロシャドーマン』を墓地へ捨て、カードを2枚ドローする! そしてこの瞬間、『ネクロシャドーマン』の効果発動! 互いに、デッキの一番上のカードを墓地へ送る!」

 発動されたのは『E・HERO』専用の手札増強カード『エレメンタル・リレー』。現状を覆す為の希望のバトンだ。
 そしてコストとして墓地へ送られた『ネクロシャドーマン』が、冥土の土産にと互いのデッキからカードを奪う。

エレメンタル・リレー 通常魔法(オリジナル)
手札から「E・HERO」と名のついたモンスター1体を捨てて発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネクロシャドーマン ☆4(オリジナル)
闇 戦士族 効果 ATK1500 DEF0
相手の攻撃宣言時に自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
墓地に存在するこのカードを特殊召喚する事ができる。
このカードがフィールド上から離れた場合、ゲームから除外される。
このカードが墓地へ送られた時、お互いにデッキの上からカードを1枚墓地へ送る。

墓地へ送られたカード:
栄一『ネクロ・ガードナー』
黒田先生『アルマゲドン・マジシャン』

「(よしっ! 『ネクロ・ガードナー』が落ちた!)」

 手札の増強と墓地肥やしの同時進行。戦術的には悪く無い。

「だが、『ネクロシャドーマン』の効果は諸刃の剣も良い所だね。私の墓地も肥やすのだから。さらに、『マジカル・コンダクター』の効果も忘れちゃ困るよ」

マジカル・コンダクターの魔力カウンター:1つ→3つ

「・・・ターンエンドだ」

「・・・そうかい」

 上手く行くと思ったであろうプレイング。だが、逆転の芽は掴めなかったようだ。
 これには、さすがの黒田先生も拍子抜けするしかない。

栄一LP1800
手札3枚
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーンなし
黒田先生LP400
手札0枚
モンスターゾーンマジカル・コンダクター(攻撃表示:ATK1700 魔力カウンター3つ)
氷の女王(攻撃表示:ATK2900)
見習い魔術師(守備表示:DEF800)
魔法・罠ゾーンリバースカード2枚

「(・・・とは言っても、ちゃんと防御の策は整えているんだろうけどね)私のターンだ。・・・2枚目の『魔法族の結界』を発動しようか。勿論、『マジカル・コンダクター』に魔力カウンターが乗るよ」

 引いたカードが、そのまま発動される。再び先生の足下に張られる結界。
 降り続ける雪、先生が放つ威圧感、そして『魔法族の結界』そのもの。この三乗が、フィールドをさらに幻想的に仕上げる。

マジカル・コンダクターの魔力カウンター:3つ→5つ

「『マジカル・コンダクター』の効果を発動。魔力カウンターを5つ取り除く事で、墓地の『アルマゲドン・マジシャン』を特殊召喚する。そして『アルマゲドン・マジシャン』の効果だ。デッキの1番上のカードを捨て、カードをドローさせてもらうよ」

 さらなる上級魔導師が現れる。茶色いローブに身を包み、大きく力強そうな真新しい杖を手に持った、「終末」を名に持つ魔術師『アルマゲドン・マジシャン』だ。

アルマゲドン・マジシャン ☆5(オリジナル)
闇 魔法使い族 効果 ATK2200 DEF800
このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、
自分はデッキの一番上のカード1枚を墓地へ捨て、
さらにカードを1枚ドローする。

「強力マジシャン軍団完成・・・ってところかよ!」

「・・・まぁ、そう言った所かな。ではバトルフェイズだ。『氷の女王』で、ダイレクトアタック」

 栄一に引導を渡すべく、『氷の女王』の杖から再び猛吹雪が発生する。
 これが通れば栄一の負け。しかも栄一のフィールドには、攻撃を防ぐカードが無い。フィールド(・・・・・)には。

「墓地から『ネクロ・ガードナー』を除外し、その攻撃を無効にする!」

 そう。フィールドには何も無いが、墓地には眠っていたのだ。栄一の頼もしい守り手が。
 栄一の目の前に闇の守り手『ネクロ・ガードナー』の幻影が現れ、その厳しい吹雪の猛攻を、栄一に代わって全て受け止める。

ネクロ・ガードナー ☆3
闇 戦士族 効果 ATK600 DEF1300
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。

「なら、『アルマゲドン・マジシャン』で追撃!」

 まず第1陣は凌いだ。だが、黒田先生の攻撃はまだまだこれからである。
 『アルマゲドン・マジシャン』が、その杖より強烈な魔力のビームを放つ。

「墓地の『ネクロシャドーマン』の効果、相手の攻撃宣言時に俺のフィールドにモンスターがいない場合、このカードを特殊召喚する!」

 墓地からの推参は『ネクロ・ガードナー』の専売特許ではない。
 続いて影のヒーロー『ネクロシャドーマン』が現れ、『ネクロ・ガードナー』と同じようにその攻撃を体全体で受け止める。
 (あるじ)・栄一の立つ後ろにその一切をも洩らそうとはしない。

E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネクロシャドーマン ☆4(オリジナル)
闇 戦士族 効果 ATK1500 DEF0
相手の攻撃宣言時に自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
墓地に存在するこのカードを特殊召喚する事ができる。
このカードがフィールド上から離れた場合、ゲームから除外される。
このカードが墓地へ送られた時、お互いにデッキの上からカードを1枚墓地へ送る。

「・・・2度は受け止めれても、3度目は受け止められるかな?」

 黒田先生が言う。もう、栄一の墓地に彼を攻撃から守り抜くカードが存在しない事を分かっているから。

「『マジカル・コンダクター』で攻撃! この時、墓地の『見習い呪術師』をゲームから除外して、その効果を発動! 『マジカル・コンダクター』の攻撃力を500ポイントアップする!」

見習(みなら)呪術師(じゅじゅつし) ☆2(オリジナル)
闇 魔法使い族 効果 ATK400 DEF800
このカードは手札から表側守備表示で特殊召喚する事ができる。
「見習い呪術師」は自分フィールド上に1体しか表側表示で存在できない。
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
エンドフェイズ時まで自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の
攻撃力を500ポイントアップする。この効果は自分のターンのみ発動する事ができる。

マジカル・コンダクター:ATK1700→ATK2200

 墓地からの支援を受け、栄一を一撃で葬り去る事ができるまでにパワーアップした『マジカル・コンダクター』が、その手より魔力を放つ。
 幻影による防御は、栄一にはもうできない・・・

「・・・『クリボー』だ!」

 ・・・のなら、実体で防御すればいい・・・という訳ではないが。
 栄一のフィールドに、無数の可愛らしい悪魔が現れ、その機雷化能力で魔力を受け流す。
 先日埠頭で目の当たりにしたデュエルを参考に、試験的に投入したこの『クリボー』が、しっかりと結果を残す形となった。

クリボー ☆1
闇 悪魔族 効果 ATK300 DEF200
相手ターンの戦闘ダメージ計算時、このカードを手札から捨てて発動する。
その戦闘によって発生するコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。

「墓地が駄目なら手札から・・・か。カードを1枚セットして、ターンエンド」

 フィールドの制圧具合がさらに拡大する。
 攻撃を1ターンで3度も防がれながら、冷静でいられるのはそのせいなのか。
 それとも、これが黒田先生の素なのか・・・。

「(・・・不気味、と言えば不気味だな)」

 攻撃を防ぎ切った安堵感もどこへやら。改めて身構える栄一であった。

栄一LP1800
手札2枚
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーンなし
黒田先生LP400
手札0枚
モンスターゾーンマジカル・コンダクター(攻撃表示:ATK1700 魔力カウンター3つ)
氷の女王(攻撃表示:ATK2900)
見習い魔術師(守備表示:DEF800)
アルマゲドン・マジシャン(攻撃表示:ATK2200)
魔法・罠ゾーンリバースカード3枚
魔法族の結界

 だが、身構えているだけではいけない。また前へ進まなければ事は始まらない。
 しかし今の手札では、前進する事すらままならない。
 新たな可能性を信じて、栄一は・・・

「俺のターン、ドロー!」

 ・・・カードをドローした。

「・・・よし! 『闇の誘惑』を発動! デッキからカードを2枚ドロー!」

(やみ)誘惑(ゆうわく) 通常魔法
自分のデッキからカードを2枚ドローし、その後手札の闇属性モンスター1体をゲームから除外する。
手札に闇属性モンスターがない場合、手札を全て墓地へ送る。

「(『闇の誘惑』か。今の時点でそんな名を持つカードを使っていて、果たして今後の闘いを勝ち抜いていけるかな?)」

 何を思うか黒田先生。どういう事かその言葉の持つ意味は。
 だがいずれにしても、栄一には決して聞こえない事なのである。

「・・・『闇の誘惑』のもう1つの効果で俺は、手札の『ネクロダークマン』を除外する!」

E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネクロダークマン ☆5
闇 戦士族 効果 ATK1600 DEF1800
このカードが墓地に存在する限り1度だけ、
自分はレベル5以上の「E・HERO」と名のついた
モンスター1体をリリースなしで召喚する事ができる。

 墓地へ送られてこそ、その真価を発揮するのがこの闇のヒーロー『ネクロダークマン』である。
 だが、そんな『ネクロダークマン』を除外した理由は、何も手札に他の闇属性がいなかったからだけではない。

「いくぜ! 『平行世界融合(パラレル・ワールド・フュージョン)』発動!」

 そう。この為である。
 栄一の融合戦術が行われるのは、手札、フィールド、墓地だけではない。
 異次元の彼方へと消えたモンスター同士の融合。手札・フィールド・墓地に続く、第4の融合場所である。
 さらに今はまだ行われていないながら、その融合範囲はまだ存在する。まさに、縦横無尽の言葉が相応しい。

「『ネクロダークマン』と、『ネクロシャドーマン』を除外融合! 来い、『ネクロマスター』!」

 2体のネクロヒーローが異次元より帰還し、その融合の渦に飲み込まれる。
 闇のヒーロー同士の融合によって現れたのは、赤い筋肉が露出したような身体に骨組みのような鎧を纏い、白いマントを翻してその威厳さを強調する「死人達の主」。
 ヒーローとは相反する身分にありながら、その心は正義に満ち溢れている。
 闇の誇り高きヒーロー『ネクロマスター』の登場である。

E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネクロマスター ☆8(オリジナル)
闇 戦士族 融合・効果 ATK2300 DEF1800
「E・HERO ネクロダークマン」+「E・HERO ネクロシャドーマン」
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
???

平行世界融合(パラレル・ワールド・フュージョン) 通常魔法
ゲームから除外されている、融合モンスターカードによって決められた
自分の融合素材モンスターをデッキに戻し、「E・HERO」と名のついた
融合モンスター1体を融合召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。
このカードを発動するターン、自分はモンスターを特殊召喚する事はできない。

「そして『ネクロマスター』の融合召喚に成功した為、『エレメンタル・ターボ』を発動する!」

「2枚目の『エレメンタル・ターボ』、か・・・」

「あぁ、カードを2枚ドローするぜ!」

 さらなる手札補強により、準備は完了した。後は誇り高き一撃を敵に喰らわせ、勝利を掴むだけ。の筈なのだが。

「・・・行くぜ! 『スカイスクレイパー』を発動だ!」

 瞬間、雪化粧し始めた殺風景な大地に、高層ビルが聳え立つ。ヒーローの戦う舞台が形成される。
 そして、そのビルの頂点に立つ気高きヒーロー『ネクロマスター』。

摩天楼(まてんろう) −スカイスクレイパー− フィールド魔法
「E・HERO」と名のつくモンスターが攻撃する時、
攻撃モンスターの攻撃力が攻撃対象モンスターの攻撃力よりも低い場合、
攻撃モンスターの攻撃力はダメージ計算時のみ1000ポイントアップする。

「・・・ここで『スカイスクレイパー』」

 そう。客観的に考えれば、この場面で『スカイスクレイパー』を発動する意味は殆ど無い。既に『ネクロマスター』は、『マジカル・コンダクター』に攻撃するだけで黒田先生のライフを削り切る事のできる攻撃力を持っているからだ。
 だが、それでも栄一は『スカイスクレイパー』を発動させた。必要性の無い状況で、発動させた。という事は・・・。

「(彼自身の直感、か・・・)だが、君が4枚も魔法カードを発動してくれたお陰で、『マジカル・コンダクター』に大量に魔力カウンターが乗ったよ。これだけ魔法カードを発動してくれたのなら、『魔法の操り人形(マジカル・マリオネット)』でなく『アルマゲドン・マジシャン』を特殊召喚したのは、失敗だったかな?」

マジカル・コンダクターの魔力カウンター:0つ→2つ→4つ→6つ→8つ

「なんであろうと関係ない! 『ネクロマスター』で、『マジカル・コンダクター』を攻撃!」

 ジャンプ一番。『ネクロマスター』が宙に飛び上がり、『マジカル・コンダクター』向けて突進する。

「・・・ちょっと不味いかな、これは。では、リバースカードを発動させてもらうよ」

 接近する『ネクロマスター』を見て、黒田先生が不敵な笑みを浮かべる。
 瞬間、黒田先生のトリッキーなプレイが披露される。

「『デストラクト・ポーション』、そして『立ちはだかる強敵』を発動する。逆順処理で、まずは『立ちはだかる強敵』からだ。攻撃対象を『見習い魔術師』に変更する」

「なっ・・・えっ!?」

 『マジカル・コンダクター』の前に立つ『見習い魔術師』。
 先程蘇生してくれた感謝の念を示すように、彼女の前に跪き、防御の体勢を取る。
 複雑なカードの動きに、栄一の反応が若干鈍る。

()ちはだかる強敵(きょうてき) 通常罠
相手の攻撃宣言時に発動する事ができる。自分フィールド上の表側表示モンスター
1体を選択する。発動ターン相手は選択したモンスターしか攻撃対象にできず、
全ての表側攻撃表示モンスターで選択したモンスターを攻撃しなければならない。

「本来なら、『立ちはだかる強敵』を『氷の女王』に発動すれば良かっただけなんだけどね。意味の無いように見える『スカイスクレイパー』の発動が、君を助けたようだ」

「えっ・・・それだったのか。さっき俺が感じた不安は」

 何でもないような直感。それが、時に人を助ける要因となる事もある。その好例となった形だ。
 黒田先生の言う通り、栄一が『スカイスクレイパー』を発動せずにそのまま『ネクロマスター』で攻撃していれば、『立ちはだかる強敵』を『氷の女王』に発動する事で返り討ちにする事ができていたのだ。
 だが、栄一が『スカイスクレイパー』を発動した事により、『氷の女王』に攻撃対象を移した所で、『ネクロマスター』に戦闘破壊され、黒田先生は敗北してしまうのだ。
 『スカイスクレイパー』の存在が、栄一を助ける事になったのだ。

「そして『デストラクト・ポーション』の効果だ。『氷の女王』を破壊し、ライフを2900ポイント回復する。さらに、『氷の女王』の効果を発動。私の墓地には魔法使い族が3体以上いる。よって墓地の『ディメンション・マジック』を手札に」

「・・・そうか! 確か『デストラクト・ポーション』の破壊と回復は同時処理だから、『氷の女王』の任意効果も発動できるのか!」

デストラクト・ポーション 通常罠
自分フィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを破壊し、破壊したモンスターの
攻撃力分だけ自分のライフポイントを回復する。

黒田先生:LP400→LP3300

「さて、全ての処理が済んだ事で、戦闘再開か。『見習い魔術師』が、『ネクロマスター』に破壊されるんだったね」

 『ネクロマスター』の誇り高き一撃が、『見習い魔術師』に直撃する。
 空しく消滅する『見習い魔術師』。だが、後続が受ける恩恵は計り知れない。

「最後のリバースカードだ。『ブロークン・ブロッカー』。この効果により、デッキから『見習い魔術師』2体を特殊召喚する。さらに破壊された『見習い魔術師』の効果で、『執念深き老魔術師』をセットしようか」

ブロークン・ブロッカー 通常罠
自分フィールド上に存在する攻撃力より守備力の高い守備表示モンスターが、
戦闘によって破壊された場合に発動する事ができる。
そのモンスターと同名モンスターを2体まで
自分のデッキから表側守備表示で特殊召喚する。

執念深(しゅうねんぶか)老魔術師(ろうまじゅつし) ☆2
闇 魔法使い族 効果 ATK450 DEF600
リバース:相手フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する。

 破壊された筈の『見習い魔術師』が、その数を増やしてフィールドに戻って来る。
 さらに、敵を呪い殺す力を持った『執念の老魔術師』までも呼ばれてしまった。
 敵陣を崩す為の戦闘で、逆に戦力を拡大させる形となってしまったのだ。

「そして『魔法族の結界』の効果だ。『氷の女王』の効果破壊と『見習い魔術師』の戦闘破壊、特殊召喚された『見習い魔術師』2体の効果で、魔力カウンターが4つ乗るよ」

魔法族の結界の魔力カウンター:0つ→4つ

「だが『ネクロマスター』の効果も発動だ。俺はカードを1枚ドロー!」

E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネクロマスター ☆8(オリジナル)
闇 戦士族 融合・効果 ATK2300 DEF1800
「E・HERO ネクロダークマン」+「E・HERO ネクロシャドーマン」
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが相手モンスターを戦闘によって破壊した時、
自分はカードを1枚ドローする。???

「防御、ライフ回復、大量展開、後続への継承・・・。たった1度の戦闘で、そんだけやられちまったのか・・・。やっぱりスゲェぜ、黒田先生!」

「呑気な事を言っていていいのかい? 君は完璧に追い詰められているのだよ、このマジシャン軍団に」

「あぁ、分かっている。カードを3枚セットして、ターンエンドだ!」

栄一LP1800
手札0枚
モンスターゾーンE・HERO ネクロマスター(攻撃表示:ATK2300)
魔法・罠ゾーンリバースカード3枚
フィールド魔法摩天楼 −スカイスクレイパー−
黒田先生LP3300
手札1枚
モンスターゾーンマジカル・コンダクター(攻撃表示:ATK1700 魔力カウンター8つ)
アルマゲドン・マジシャン(攻撃表示:ATK2200)
見習い魔術師(守備表示:DEF800)
見習い魔術師(守備表示:DEF800)
裏側守備表示モンスター(執念深き老魔術師)
魔法・罠ゾーン魔法族の結界(魔力カウンター4つ)

 差をつけていたライフを逆転され、フィールドもマジシャン軍団に圧倒されている。
 だが、栄一の言葉から弱さを感じる事は無かった。彼はまだ諦めていない。その目は、しっかりと前を見据えている。

「・・・フフ。やりがいのある子だ。私のターン」

 微笑みを浮かべる黒田先生。その口から放たれた言葉は、教師冥利であるが故の言葉なのか。それとも、また別の意味合いがあるのか・・・。

「『魔法族の結界』の効果を発動。『見習い魔術師』1体とこのカードを墓地へ送り、カードを4枚ドロー」

 『魔法族の結界』の効果は計り知れない。再び黒田先生の手札を、潤沢にまで揃える。
 これで栄一は、フィールドとライフに加えて、手札まで黒田先生に圧倒される事になった。

「・・・さて。ではコイツから行こうか。『魔導戦士 ブレイカー』を召喚」

 現れたのは、剣と盾を持ち紅のローブを身に纏った、魔術師と戦士の両方の魂の持ち主『魔導戦士 ブレイカー』。
 その剣には、そこらの魔法や罠なら一瞬で消し去ってしまう魔力が秘められている。

魔導戦士(まどうせんし) ブレイカー ☆4
闇 魔法使い族 効果 ATK1600 DEF1000
このカードが召喚に成功した時、
このカードに魔力カウンターを1つ置く(最大1つまで)。
このカードに乗っている魔力カウンター1つにつき、
このカードの攻撃力は300ポイントアップする。
また、このカードに乗っている魔力カウンターを1つ取り除く事で、
フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚を破壊する。

「『ブレイカー』の効果。真ん中のリバースカードを破壊だ!」

 『魔導戦士 ブレイカー』が、その魔力が篭った剣で栄一のリバースカードを一刀両断する。
 だが、直前にその姿を見せたそのカードは、切られて尚、その役目を果たす。
 『ネクロマスター』の周りに、力強いオーラが発生する。

「『インビンシブル・ヒーロー』! これでこのターン、『ネクロマスター』は戦闘では無敵だ!」

無敵(むてき)英雄(えいゆう) インビンシブル・ヒーロー 通常罠(アニメGXオリジナル)
このカードの発動ターン、自分フィールド上の攻撃表示
モンスターは戦闘で破壊されない(ダメージ計算は適用する)。

「・・・なるほど。では次は、その『ネクロマスター』自身を取り除かせてもらおうか。『執念深き老魔術師』を反転召喚、リバース効果を発動だ!」

 不気味な笑いを連れて、フィールドに現れた『執念深き老魔術師』。
 『ネクロマスター』に向けて呪いの呪文をかけるその姿が、彼の不気味さを強める。
 だが、その不気味な呪文も、すぐさま途切れてしまう。

「『キックバック』! 『執念深き老魔術師』を手札に戻してもらうぜ、先生!」

「・・・やれやれ、だね」

キックバック カウンター罠
モンスターの召喚・反転召喚を無効にし、
そのモンスターを持ち主の手札に戻す。

「ならば、コイツならどうかな? 『マジカル・コンダクター』の効果を発動。墓地の『コスモクイーン』を特殊召喚しよう」

「なっ・・・! そうか、『アルマゲドン・マジシャン』の効果で墓地へ送られてたのか!?」

 全宇宙を統治する女王が、フィールドに降臨する。
 その周囲から発生するオーラは、全てを押し潰さん程に禍々しい。
 上級魔法使い『コスモクイーン』が、栄一にさらなるプレッシャーを与える。

コスモクイーン ☆8
闇 魔法使い族 通常 ATK2900 DEF2450
宇宙に存在する、全ての星を統治しているという女王。

「さて、ここで取っておきの『ディメンション・マジック』を発動しようか。『ブレイカー』をリリースして、『神聖魔導王 エンディミオン』を特殊召喚!」

「何!? さらに上級マジシャン!?」

 雪を降らせる雲が、一層どす黒いものとなる。
 『ブレイカー』がその姿を隠したボックスの中から現れたのは、威厳に満ちた黒の魔術師。
 その手に持つ杖を自在に振り回すその姿は圧巻。誇り高き様は『ネクロマスター』をも上回る。
 神聖なる力をその身に秘めた、魔導の王。『神聖魔導王 エンディミオン』である。

神聖魔導王(しんせいまどうおう) エンディミオン ☆7
闇 魔法使い族 効果 ATK2700 DEF1700
このカードは自分フィールド上に存在する「魔法都市エンディミオン」
に乗っている魔力カウンターを6つ取り除き、
自分の手札または墓地から特殊召喚する事ができる。
この方法で特殊召喚に成功した時、
自分の墓地に存在する魔法カード1枚を手札に加える。
1ターンに1度、手札から魔法カード1枚を捨てる事で、
フィールド上に存在するカード1枚を破壊する。

マジカル・コンダクターの魔力カウンター:0つ→2つ

「『ディメンション・マジック』の効果。『ネクロマスター』を破壊させてもらう」

 誇り高き魔導師『エンディミオン』が、誇り高き死人の主『ネクロマスター』へと、その杖を向ける。
 放たれるは、巨大な黒きエネルギー体。『ネクロマスター』も一溜まりではないだろう。
 栄一が苦労して守った『ネクロマスター』が、フィールドから消え去る瞬間であった。



 それでも、それでも、栄一は諦めない。

「まだだ! 『エレメンタル・ミラージュ』! 破壊された『ネクロマスター』を、フィールドに戻す!」

 『ネクロマスター』が、復活する。「死人の主」の名は伊達ではない。何があっても、その誇り高さは失わない。

エレメンタル・ミラージュ 通常罠(アニメGXオリジナル)
自分フィールド上の「E・HERO」と名のついたモンスターが
相手のカードの効果によって破壊され墓地へ送られた時に発動する事ができる。
このターンに破壊され墓地へ送られた「E・HERO」と名のついたモンスター
を全て、召喚条件を無視して、自分フィールド上に特殊召喚する。

「・・・このターンで決めたかったんだけどね。なら、ダメージと、『スカイスクレイパー』の破壊だけでもやっておくか。フィールド上の『アルマゲドン・マジシャン』を破壊し、『魔導騎士 ブレイザー』を特殊召喚する!」

「なっ! 自分のモンスターを破壊して特殊召喚するモンスターだと!?」

 その場で爆発、消滅する『アルマゲドン・マジシャン』。
 爆発によって発生した煙が晴れた時、その場に立っていたのは、燃える紅のローブを着た、破壊によって自らを輝かせる魔術を嗜んだ騎士、『魔導騎士 ブレイザー』であった。

魔導騎士(まどうきし) ブレイザー ☆6(オリジナル)
炎 魔法使い族 効果 ATK2500 DEF1200
このカードは通常召喚する事ができない。自分フィールド上に表側表示で
存在するモンスター1体を破壊する事でのみ特殊召喚する事ができる。
このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた場合、
相手フィールド上に存在する魔法または罠カード1枚を破壊する。

「じゃあ、攻撃に移ろうか。『ブレイザー』、『エンディミオン』、『コスモクイーン』で攻撃!」

 輝かしい爆発が、神聖なるエネルギーが、そして禍々しい瘴気が、『ネクロマスター』を同時に襲う。
 『インビンシブル・ヒーロー』の効果によって戦闘破壊される事は無いとはいえ、そのダメージは小さくない。
 栄一のライフも削られてしまったし、攻撃の止んだフィールドに佇んでいた『ネクロマスター』もまた、ボロボロの姿であった。
 さらに、ヒーローの闘う舞台『摩天楼』も崩れ去り、元の寂しい大地へとフィールドは姿を戻した。

栄一:LP1800→LP1600→LP1200→LP600

「『マジカル・コンダクター』を守備表示にして、ターンエンド。さぁ栄一君、君のターンだ」

栄一LP600
手札0枚
モンスターゾーンE・HERO ネクロマスター(攻撃表示:ATK2300)
魔法・罠ゾーンなし
黒田先生LP3300
手札3枚
モンスターゾーンマジカル・コンダクター(守備表示:DEF1400 魔力カウンター2つ)
見習い魔術師(守備表示:DEF800)
コスモクイーン(攻撃表示:ATK2900)
神聖魔導王 エンディミオン(攻撃表示:ATK2700)
魔導騎士 ブレイザー(攻撃表示:ATK2500)
魔法・罠ゾーンなし

「くぅぅ・・・」

 栄一にとって、いよいよ正念場のターンとなった。
 『ネクロマスター』にはまだもう1つの効果が残っている。だが、それだけでは黒田先生を倒すには足りない。
 決定的な何かが欲しい。

「さぁ、私を倒してみろ。さっきまでの威勢はどこへ行ったんだ?」

 その言葉は挑発か、それとも先生なりの教導なのか。追い詰められて初めて、栄一は明確に焦燥を感じる。
 『スカイスクレイパー』を破壊されたのが痛かった。先程のターン終了時に栄一がまだ前向きでいられたのは、『スカイスクレイパー』の存在が大きかった。『スカイスクレイパー』さえ残せれば、逆転の可能性は十分にあると栄一は踏んでいたのである。
 だが結果はこれである。『ネクロマスター』こそ守り切る事に成功したが、それを生かす決定的な物を失ってしまったのだ。

「今のような状況を逆転できなければ、いざという時、ここぞという場面でその力を発揮する事はできない。「後一歩で救えたのに」という後悔の念だけが君の心の中に残る。守りたい物を守る事もできないよ」

 先生の言葉が、さらに鋭く突き刺さる。その急かせる言葉に、栄一の思考が覚束なさを見せ始める。

「(分かってる! 特訓の時点でこれじゃあ、本番で力を100%出すなんて無理だ!)」

 自分の大切な物。そしてそれを守る力。まだ出会っても無いのに、そんな物が分かる筈が無い。
 だが栄一は、確かに感じ取っていた。自らの心の中で渦巻く欲望を。
 その欲望は、正義感から来る物なのか。それとも、ただの(よこしま)な自己満足で終わる物なのか。
 そんな事すら、今の栄一には分からない。思う事は、ただ1つ。

「(俺は欲しい。大切な物を守る力が! 俺は欲しい!)俺のターン、ドロー!」

 何でもいい。これから出会うであろう、大切な物を守らなければならないという極限に追い詰められた場面。その時に、自らの力を最大限に発揮し、全てを守り抜く力。そして、その力へと自らを導く希望。
 ちっぽけでも構わない。泥まみれでも構わない。大切な物を守れるのなら、何にだって縋る覚悟でいる。
 そんな感情が今、栄一の中で蠢いていた。

「『ホープ・オブ・フィフス』! 墓地の『E・HERO』5体をデッキに戻し、新たに2枚のカードをドローする!」

 引いたカードは、まさに「希望」を名に持つカードであった。
 墓地に眠る5体のヒーローが、背水の栄一にとっての希望となり、可能性となる。

ホープ・オブ・フィフス 通常魔法
自分の墓地に存在する「E・HERO」と名のついたカードを5枚選択し、
デッキに加えてシャッフルする。その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。
このカードの発動時に自分フィールド上及び手札に
他のカードが存在しない場合はカードを3枚ドローする。

デッキに戻った『E・HERO』:
『クレイマン』
『フェザーマン』
『バーストレディ』
『フレイム・ウィングマン』
『シャイニング・フレア・ウィングマン』

「(・・・このカードは!)」

「(・・・来たか)」

 ドローによって新たに得たカードの中に、「それ」はあった。デュエルの前に、黒田先生から与えられたカード。
 灼熱に身を投じたその様は、ヒーローとはかけ離れているかもしれない。
 だがそれでも、今の栄一にとっては逆転への「希望」であり、大切な物を守る「力」なのかもしれないのだ。

「(・・・これならイケる! イケるぜ!)『ネクロマスター』のモンスター効果発動! このカードをリリースする事で、デッキから『E・HERO』1体を特殊召喚する!」

 誇り高き死人の主『ネクロマスター』が、姿を消す。
 瞬間、フィールドのあちらこちらに現れる小さな炎。

「来い、『バーニング・バスター』!」

 炎は集い、1人の戦士の姿を形成する。誕生するは、紅色の鎧を纏った、灼熱のヒーロー。
 敵には恐怖を、味方には絶対の信頼を与える、栄一のエースであり、最高のパートナー。
 『バーニング・バスター』が、ここに現れた。

E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネクロマスター ☆8(オリジナル)
闇 戦士族 融合・効果 ATK2300 DEF1800
「E・HERO ネクロダークマン」+「E・HERO ネクロシャドーマン」
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが相手モンスターを戦闘によって破壊した時、
自分はカードを1枚ドローする。また、このカードをリリースする事で、
自分のデッキから「E・HERO」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する。

E・HERO(エレメンタルヒーロー) バーニング・バスター ☆7(オリジナル)
炎 戦士族 効果 ATK2800 DEF2400
自分フィールド上に存在する戦士族モンスターが
戦闘またはカードの効果によって破壊され墓地へ送られた時、
手札からこのカードを特殊召喚する事ができる。
このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

 黒田先生が一々『スカイスクレイパー』を破壊したのは、おそらく『ネクロマスター』のこの効果を知っていたからだろう。
 『スカイスクレイパー』がある状況で、『ネクロマスター』の効果で『バーニング・バスター』を呼び、そして『コスモクイーン』を攻撃すれば、『スカイスクレイパー』の効果で『バーニング・バスター』の攻撃力がアップし、『バーニング・バスター』自身の効果と重なって黒田先生にとっては致死量のダメージとなってしまうのだ。

「・・・『バスター』が召喚されたか。だが、どうやってマジシャン軍団に対抗するんだい?」

 そう。つまり逆に言えば、『スカイスクレイパー』が無ければ、『バーニング・バスター』のみで決着を着ける事など夢物語である。
 だが勿論、これだけで終わるわけがない。栄一の手札には、また別の「切り札」が眠っている。

「こうやって対抗するんだ! 見せてやるぜ先生! 先生がくれた「力」によって、『バスター』に新たな進化の道が築かれる!」

 瞬間、フィールドが異様な熱気で包まれる。雪は止み、雲は晴れ、再び朝の日差しが眩く光る。
 彼らを襲っていた寒波が一瞬にして吹き飛ぶどころか、軽く積もっていた雪まで溶け始めている。
 現実とソリッドビジョンの垣根など関係ない。今、全てが燃え盛る炎によって支配される。
 フィールドに佇むは灼熱。そして、栄一の手札に眠る新たな「力」もまた、灼熱なのだ。

「『融合』発動! フィールドの『バーニング・バスター』と、手札の『ヘルフレイムエンペラー』を融合する!」

 灼熱の二乗。それは、戦士に荒ぶる魂を与える。
 紅の鎧に炎が灯り、全てを燃やし尽くさんと燃え盛る。
 雪解けの大地が、代わって炎の紅で色塗られる。近くの森で本当に火事が起こりそうな程、その炎は物凄い速さで勢いを増して行く。



『・・・なんだ、この力は? なんだ、この炎は? ・・・ぐ、ぐわぁぁぁぁぁ!』

 精霊の声を聞く事ができる筈の栄一。だが、その栄一にも、今の声は聞こえなかった。

 地獄の炎に飲み込まれる『バーニング・バスター』が上げた、断末魔の叫びは。



「融合召喚! 燃えろ! 荒ぶる炎のヒーロー『バーニング・ソウル・バスター』!」

 『バーニング・バスター』は、敵に恐怖を、味方に信頼を与えるヒーローであった。
 だが今現れたヒーローは、その身に纏った地獄の炎によって、敵にも恐怖を、味方にも絶望を与える恐ろしい存在。「業火のヒーロー」という形容が一番相応しい。
 『バーニング・ソウル・バスター』とは、灼熱地獄が人の姿となりて、この世に舞い降りたも同然の存在なのである。


 しかし、その恐ろしきヒーローから放たれる恐怖のオーラすらも、栄一は一切感じ取っていなかった。
 寧ろ、新たなヒーローの誕生に興奮している程だ。

E・HERO(エレメンタルヒーロー) バーニング・ソウル・バスター ☆10(オリジナル)
炎 戦士族 融合・効果 ATK2800 DEF2400
「E・HERO バーニング・バスター」+レベル7以上の炎属性モンスター
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードの攻撃力は、このカードの融合素材とした「E・HERO バーニング・バスター」
以外のモンスターの攻撃力の半分の数値分アップする。
このカードは相手フィールド上の全てのモンスターに1回ずつ攻撃をする事ができる。
このカードが戦闘を行う場合、相手プレイヤーが受ける戦闘ダメージは0になる。
このカードが戦闘によってモンスターを破壊する度に相手に600ポイントのダメージを与える。

ヘルフレイムエンペラー ☆9
炎 炎族 効果 ATK2700 DEF1600
このカードは特殊召喚できない。このカードがアドバンス召喚に成功した時、
自分の墓地に存在する炎属性モンスターを5体までゲームから除外する事ができる。
この効果で除外したモンスターの数だけ、フィールド上に存在する魔法・罠カードを破壊する。

融合(ゆうごう) 通常魔法
手札・自分フィールド上から、融合モンスターカードによって
決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、
その融合モンスター1体をエクストラデッキから特殊召喚する。

「『バーニング・ソウル・バスター』は、融合素材にした『ヘルフレイムエンペラー』の攻撃力の半分の数値分、その攻撃力をアップする!」

E・HERO バーニング・ソウル・バスター:ATK2800→ATK4150

 業火が猛り、咆哮が響く。
 破壊の衝動が治まらない。それが、業火のヒーローの運命なのか。

「(なるほど・・・。『ヘルフレイムエンペラー』、そうやって使うか。君の中に眠りしその本性、地獄の炎を如何に操るか、見せてもらうよ!)」

 何を思うか黒田先生。
 そもそも、灼熱地獄の皇帝『ヘルフレイムエンペラー』を、何が故に栄一に与えたのか。
 栄一の中に眠る本性とは何なのか。
 全ては、先生のみぞ知る事なのである。

「『バーニング・ソウル・バスター』は、相手に戦闘ダメージこそ与えられないけど、相手フィールドの全てのモンスターに攻撃する事ができ、相手モンスターを戦闘破壊する度に相手に600ポイントのダメージを与える。いくぜ! 『バーニング・ソウル・バスター』!」





「『バーニング・ソウル・バースト』!」





 宙に舞った『バーニング・ソウル・バスター』の両手元に、灼熱の炎球が生成される。
 瞬間。放たれた炎球は、まるで燃え盛る隕石のように、怯えるマジシャン達に襲い掛かる。
 灼熱の雨が、全てを燃やし尽くし、破壊し尽くす。それを見た『バーニング・ソウル・バスター』は・・・





 嘲笑していた。確かに、残酷な笑みを浮かべていたのだ。
 だがそれすら、栄一は気付いていない。気付いたのは、逃げ纏うマジシャン達と・・・



 黒田先生だけであった。

黒田先生:LP3300→LP2700→LP2100→LP1500→LP900→LP300

「だが、破壊された『見習い魔術師』の効果がある!」

 そんな状況下でも、黒田先生は冷静を貫く。
 『バーニング・ソウル・バスター』を破壊する手足(てだ)れは、すぐにでも呼ぶ事ができるから。

「私はデッキから、2枚目の『執念深き老魔術師』を・・・・・・!?」

 ・・・いや、できる「筈」だった。
 だが、業火のヒーロー『バーニング・ソウル・バスター』が恐怖で全てを支配するフィールドでは、それは敵わない事なのだ。

「そうだぜ、先生。例え『執念深き老魔術師』を呼んだとしても、『バーニング・ソウル・バスター』が戦闘を再開し、『バーニング・ソウル・バスター』が破壊されると同時に『バーニング・ソウル・バスター』の効果で先生のライフは0になるんだ!」

 『バーニング・ソウル・バスター』のダメージ効果は、敵の戦闘破壊さえ成立すれば、フィールドにいなければ発動できない効果という訳ではない。
 この場合、『執念深き老魔術師』のリバース効果で攻撃して来た『バーニング・ソウル・バスター』を破壊しても、600ポイントの効果ダメージを避ける事はできないのだ。

「どうだ、先生! 俺の新たな力は!」

 『バーニング・ソウル・バスター』の真実を知らない栄一。純粋に、無邪気にガッツポーズを取る。
 だが、その栄一の言葉を聞いた黒田先生は・・・

「・・・・・・・・・フフ、フフフ!」

 不気味に、そして・・・

「ハハハ! ハッハッハッハッハ!!!」

 豪快に、おかしな程豪快に笑い始めた。




「・・・先生?」

 余りに突拍子もない先生の反応に、栄一は思わず後ずさりしてしまう。

「ハハハ! いやぁ、済まない。素晴らしいよ、栄一君。私に勘違いを起こさせてしまう程のその猛攻。本当に素晴らしい。今まで受けて来た攻撃の中でも群を抜いて最上級だ。君のその新たな「力」、本当に素晴らしいよ!」

「え、えぇ? なんだよ先生いきなり。恥ずかしいぜ・・・」

 続いて出たのは、これでもかという程に繰り返される賞賛の言葉。
 傍から見れば、お世辞ではないのかとまで思ってしまう程の賞賛の嵐に、栄一は照れ隠しもできない。










「・・・だが、それでも私には敵わない」

「・・・えっ!?」

 冷徹な言葉。それもまた、突然放たれた言葉であった。
 突然180度方向転換した黒田先生のその表情に、栄一は・・・・・・これまでとは比べ物にならない程の不気味さを感じた。

「・・・ターンエンドでいいかい? バトルフェイズも終わったし、もうやる事は無い筈だが」

「えっ、あ、あぁ。いいよ。俺はこれで、ターンエンドだ・・・」

 確かに、もうやる事は無いとはいえ、今の宣言は自らの意志で行ったものではない。黒田先生の不気味さに、思わず連られてしまったものだ。
 瞬間、『バーニング・ソウル・バスター』を抱えて得た栄一の安堵感は、黒田先生による新たな恐怖によって全て上書きされてしまった。

栄一LP600
手札0枚
モンスターゾーンE・HERO バーニング・ソウル・バスター(攻撃表示:ATK4150)
魔法・罠ゾーンなし
黒田先生LP300
手札3枚
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーンなし

 未だに燃え盛るフィールド。支配するは業火のヒーロー『バーニング・ソウル・バスター』。
 しかし、恐怖と絶望を目の当たりにしても、黒田先生は一切物怖じしていない。
 寧ろ、自らが発する威圧感で、逆に全てを支配してしまいそうな雰囲気すら醸しだしている。

「私のターンだ」

 ドローしたカードを一瞥し、黒田先生は動く。

「・・・来る!?」

 栄一も感づく。まだ姿を現していない黒田先生の切り札が、降臨するであろう事を。

「手札の『執念深き老魔術師』をコストに、『THE トリッキー』を特殊召喚。さらに、『ネフティスの導き手』を通常召喚するよ」

「・・・やっぱり!?」

THE() トリッキー ☆5
風 魔法使い族 効果 ATK2000 DEF1000
このカードは手札を1枚捨てて、手札から特殊召喚する事ができる。

ネフティスの(みちび)() ☆2
風 魔法使い族 効果 ATK600 DEF600
このカードと自分フィールド上に存在するモンスター1体をリリースして発動する。
自分の手札またはデッキから「ネフティスの鳳凰神」1体を特殊召喚する。

 不可思議な姿の魔術師『THE トリッキー』と、金色の装飾が神聖な雰囲気を醸しだす『ネフティスの導き手』。
 2体がフィールドに佇む姿はまさに幻想的。切り札が舞い降りるフィールドを、彼らの色で上塗りする。

「さて、では参ろうか。『ネフティスの導き手』の効果を発動。『導き手』と『トリッキー』をリリースする事で、デッキから降臨する。現れろ・・・」





『ネフティスの鳳凰神』





 炎をその翼に灯し、それは飛翔する。
 金色の身体が、灼熱地獄の中で艶やかさと神聖さを演出する。
 『ネフティスの鳳凰神』。黒田先生の最大の切り札が、ついにお出ましとなる。

ネフティスの鳳凰神(ほうおうしん) ☆8
炎 鳥獣族 効果 ATK2400 DEF1600
このモンスターがカードの効果によって破壊された墓地へ送られた場合、
次の自分のスタンバイフェイズ時にこのカードを墓地から特殊召喚する。
この効果で特殊召喚に成功した時、フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て破壊する。

「・・・でもどうやって、『バーニング・ソウル・バスター』の攻撃力を上回るつもりだ、先生?」

 栄一の言う通り、空を舞う『ネフティスの鳳凰神』の攻撃力は、不気味に嘲笑する『バーニング・ソウル・バスター』の半分をやや上回る程度。
 このままでは、『バーニング・ソウル・バスター』を倒す事はできない。

「焦っては駄目だよ、栄一君。私の手札には、このカードがある」

 瞬間、『バーニング・ソウル・バスター』の口元が初めて締まる。彼の目に映る『ネフティスの鳳凰神』の姿が、見る見る拡大していくからだ。
 自らが支配した筈のフィールドが、嘲笑の対象となっていたモンスターによって支配の上書きをされてしまう。
 翼を広げた『ネフティスの鳳凰神』が、フィールドで最大の畏敬の存在となった瞬間であった。

「『巨大化』。『ネフティス』の攻撃力は倍になった。『バーニング・ソウル・バスター』をも上回ったね」

巨大化(きょだいか) 装備魔法
自分のライフポイントが相手より下の場合、
装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を倍にした数値になる。
自分のライフポイントが相手より上の場合、
装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を半分にした数値になる。

ネフティスの鳳凰神:ATK2400→ATK4800

 力強い翼が、艶やかに舞い、全てを見下ろす。
 燃え盛る大地も。2人の決闘者も。そして「かつて」恐怖と絶望でフィールドを支配したヒーローをも。

「バトルフェイズ。『ネフティス』で、『バーニング・ソウル・バスター』を攻撃」





「『ブレイジング・セイクリッド・フレア』」





 『ネフティスの鳳凰神』から放たれる猛火が、フィールド全てを燃やし尽くす。
 恐怖と絶望を演出した業火が、神聖なる鮮やかな炎で上塗りされる。
 業火のヒーローが、断末魔の叫びを上げる。その身体が、崩れ去って行く。
 荒ぶる魂の灯火が消える。『バーニング・ソウル・バスター』の最後、そして、このデュエルの結末であった。

栄一:LP600→LP0





















『・・・! 何だったんだ、今のは。私は一体・・・』

 『バーニング・ソウル・バスター』が倒された事で、業火の呪縛を解かれ、正気を取り戻した『バーニング・バスター』。
 純粋な心を取り戻したヒーローの、その目に映るは・・・

「あー、ちくしょう! 結局また負けちまったー!」

 大の字に広げた体を、朝日を浴びる大地に預けている栄一の姿であった。

「後一歩の所だった。それは本当だよ。間違い無く、君は確実に強くなっている。日に日にね」

「つっても・・・まだ俺、先生に一度も勝ててないんだぜ? それでそんな事言われても、簡単に信じる事なんてできないよ・・・」

「そう思っているうちは、まだまだだ。もっと自分を信じる事も大切だ」

「なんだそりゃ・・・」



『・・・気付いていない? 栄一は、あの融合の瞬間の事も、異変にも、何も気付いていない?』

 呆然と立ち尽くす『バーニング・バスター』。
 だが、目の前で純粋無垢な笑いを見せる栄一は、『バーニング・バスター』のその深刻そうな表情にすら気付いていなかった。

『これは・・・一体・・・』










「・・・さて、そろそろ準備をしないと不味いかな」

「不味いって、何が?」

 スーツの胸ポケットから取り出した腕時計(デュエルの邪魔になるから仕舞っていたのであろう)を見て、黒田先生が唐突に言う。
 疑問に思った栄一も、すぐに言葉を返した。

「終業式。そろそろ朝御飯食べないと、私は不味い。教師だからね。栄一君も、準備が殆ど無いとはいえ、呑気にしていたらさすがに遅刻しちゃうよ?」

「あ、そうか。えーと、終業式何時からだったけ・・・ってうぇぇ、なんじゃこりゃ!?」

 いきなり立ち上がり、服に付いた砂埃を払い落と・・・そうとして、服の背中側が湿っている事に気付く栄一。
 無理も無い。雪が解けたばかりの地面は、炎が燃え盛った後とはいえ、水気をたっぷりと含んでいるのだから。

「やっべぇ! これ終業式までに乾くかなぁ・・・」

 今更な初歩的ミスに、嘆く栄一。
 そんな子供らしい栄一の姿を見て、黒田先生は口元を緩める。



「(・・・その心の奥に秘めた、自身の本来の姿。それが、君と私は良く似ている。私が与えたそのカード、それが、如何に君を動かしていくか。注目させてもらうよ)」

 自身と栄一を、心の中で重ね合わせた黒田先生。その言葉の持つ意味合いは、果たして何なのか。
 そして、この闘いの節々で、先生は何を思っていたのか。

「・・・さて、私は行くよ。君も早く寮に戻るといい。外は冷えるからね」

「あ、あぁ。そうするよ。なんか急に寒くなって来たし。こう言うのって、激しい運動をしている時は筋肉痛を感じないっていうのと似たようなものなのかな?」

 熱戦が終わったレッド寮前。再び寒風が吹き、2人の体を甚振り始めている。
 先生の言葉に、栄一もようやく寒さを感じ始めたようである。

「・・・では栄一君、また年明けに、アカデミアで会おう。まぁこの後、校舎とかで会うかもだけど・・・」










「・・・休みの間、暴漢や誘拐には気をつけろよ」

「え? あ、あぁ。ありがとう」





 ――ズルッ!

 去り際に、一言残していった黒田先生。寮への道のり、栄一が見守る中、デュエルの際に溶け切らなかった残雪に足を滑らせ、その場で大いにすっ転びました。










『栄一。さっき私を融合する時、何か感じなかったか?』

「ん? 何が? 何か変な事でもあったの?」

 黒田先生がお尻を摩りながら自分の部屋に姿を消した瞬間、唐突に『バーニング・バスター』が声をかけてきた。
 だが、『バーニング・バスター』の真剣な問いかけを不思議に覚えながらも、栄一はその意味を知る事はできない。
 本当に、栄一は何も感じていないのだから。

『・・・いや、何でも無い。気にしないでくれ』

 栄一の反応を見て、その言葉が嘘で無い事を感じ取った『バーニング・バスター』。
 障りの無い言葉をかけた後、その姿を栄一の前から消した。

『(・・・本当に、何だったんだ。融合が始まった瞬間に感じた、何というか、あの禍々しい力は。『ヘルフレイムエンペラー』。彼は、何者だって言うんだ)』

 栄一が新たに得た力『ヘルフレイムエンペラー』。
 融合する時に、彼から感じた力。それは(よこしま)といった言葉が最も相応しい。
 黒田先生が、栄一に『ヘルフレイムエンペラー』を与えたその真意とは、一体何なのか。
 そして当の栄一は、その邪な力にまだ気付いていない。

 『バーニング・バスター』が、『ヘルフレイムエンペラー』にコンタクトを取ろうとしても、反応が無い。
 精霊の力が宿っていないのか。否、あれだけの「力」を感じたカードに、精霊が宿っていない訳が無い。
 『バーニング・バスター』が感じた一抹の不安。それは何なのか。
 全ては、今はまだ知る由も無い事なのである。

「はぁぁぁ! にしても、もう冬休みか〜。3ヵ月なんて、あっという間だったなぁ。・・・本当に制服、乾くかなぁ」

 早く制服を乾かさないと、終業式で恰好がつかないし、湿った服は着てて気持ちが悪い。
 栄一はその場で1度伸びをした後、自らもまた終業式、そしてその後の帰宅の準備をする為に、急ぎ足でレッド寮の自分の部屋へと戻って行った。

「おっと、危ねぇ。俊介の奴、喜んでくれるかな〜。校長先生に必死に頼み込んで譲って貰った、このサプライズクリスマスプレゼント♪」

 部屋の隅に置かれた、持ち上げたら少々重そうな箱に躓きそうになるも何とか踏み留まらせる。

 ――バタン!

 そして、帰省する故郷に思いを馳せながら、栄一は部屋のドアを閉めた。














 この数時間後、栄一は生まれて初めて「守る為のデュエル」に出会う事となる。
 黒田先生の残した言葉。それは偶然だったのか、それとも必然だったのか。
 それすら分からないまま、栄一は極限の闘いに身を投じていく事となり、そして『バーニング・バスター』との絆を試される闘いを繰り返していく事となるのである。








『NEXUS ExtraStory −業火のヒーロー−』
Fin

『NEXUS』第16話へつづく







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