NEMESIS

製作者:あっぷるぱいさん




<目次>

プロローグ
1章 見えない殺意
2章 白と黒
3章 再会
4章 誘惑する女
5章 逆転劇
6章 切り札
7章 最後の1枚
8章 未来
エピローグ




プロローグ

 10月2日 PM11:12――アメリカ・ロサンゼルス

 とある一軒家のリビング。
 茶髪で長身の少年と、黒髪で小柄な少女が、向かい合うようにテーブルに着いている。彼らの手にはカードが何枚か握られ、卓上にもカードが置かれていた。
 2人が行なっていたのは、M&W(マジック・アンド・ウィザーズ)と呼ばれるカードゲームである。そして、少女は少年からM&Wについて教えてもらっているところだった。
 少女のデッキは、少年の持つ大量の『使わなくて余ったカード』から選び取り、つい先ほど完成させたものである。初めて組んだデッキなので、バランスなどはあまり考慮されず、気に入ったカードを適当に詰め込んだものとなっている。
「俺のターンは終了! さあ、零奈(れな)のターンだ!」
 零奈と呼ばれた少女は、ぎこちない手付きでデッキからカードを引く。引いたカードを手札に加え、それらを凝視する。
(アレンの場にいる『セイント・バード』に勝てそうなカードは……ないなぁ……)
 少年――アレンの場のカードを確認し、がっかりした様子を見せると、零奈は場に壁モンスターとなるカードを横向きに置く。『守備』を示す置き方だ。
「『さまよえる亡者』を守備表示で出して、ターン終了だよ」

【アレン】
 LP:2000
 モンスター:セイント・バード
 魔法・罠:山
 手札:3枚

【零奈】
 LP:900
 モンスター:さまよえる亡者
 魔法・罠:なし
 手札:2枚

「よし、俺のターンだな」
 アレンはデッキから勢いよくカードを1枚引き、手札に加えた。そして、迷うことなく1枚のカードを選び出す。
「手札から『『守備』封じ』を発動! こいつで、守備表示の『さまよえる亡者』を攻撃表示にするぜ!」
「……げっ」
 零奈は渋々、横向きに置かれていた『さまよえる亡者』を縦向きにした。守備表示で耐え抜くつもりだったのだが、それは不可能になった。
 アレンは手を抜いているのだが、素人な上にデッキ構築も適当な零奈が、玄人な上にデッキ構築も綿密なアレンに敵うはずがなかった。
 零奈は、このターンの戦闘で受けるダメージを計算してみた。
「『セイント・バード』の攻撃力は1500……。『さまよえる亡者』の攻撃力は800……。700ダメージだから、まだ200ライフ余るね」
 まだまだ、と思っていた零奈だが、アレンはフッと笑い、自分の場を指差した。
「そうでもないと思うぜ? 俺のフィールドを見てみな」
「え?」
 零奈はアレンの場のカードをよく見てみた。『セイント・バード』が1体いる。しかし、『セイント・バード』とは別に、もう1枚カードが置かれている。
「? ……あ、『山』フィールド……」
 フィールド魔法『山』が場にある限り、全てのドラゴン・鳥獣・雷族モンスターは、攻撃力と守備力が200ポイントアップする。そして―――
「『セイント・バード』は鳥獣族! 『山』フィールドによって、攻撃力が上昇する!」

 セイント・バード 攻撃力:1500→1700

「さ〜て。1700引く800は?」
「……900だ……」
 零奈の残りライフも丁度900ポイント。このターンで決闘(デュエル)終了である。
「『セイント・バード』で『さまよえる亡者』に攻撃! これで零奈のライフは0だ! ……とまあ、ざっとこんな感じのゲームよ!」
「うぅ……。何か複雑……」
 初めてM&Wというゲームをプレイした零奈だったが、途中、何度もルールを間違えそうになった。守備表示の状態で攻撃したり、1ターンの間にモンスターを2体通常召喚したり、罠カードを手札から発動したり……。ルールを覚えきるまで、まだまだ時間がかかりそうだった。
「さて……もう11時過ぎてんじゃん。そろそろレポートを書かないとヤバいな……」
 カードを片付け、席を立つアレン。零奈もそれに倣い、卓上のカードをまとめた。
「じゃあ、お休み〜」
 リビングを出、自分の部屋に向かおうとするアレン。その後ろ姿を見て、零奈は少し何かを考えると、立ち上がって彼に呼びかけた。
「……アレン」
「ん?」
 アレンが振り返る。零奈は何かを言おうとしたが、彼の顔を見て、喉まで来ていた言葉が、体の奥底に戻ってしまった。
「え……あ、何でもない……」
「? ……そうか」
 アレンは少し考える素振りを見せるが、深くは追求せずに、部屋に戻っていった。


「……はぁ」
 椅子に座り、小さくため息をつく零奈。前からアレンに言おうとしている言葉があるのだが、いざとなると言えなくなってしまうのだ。そして、毎日のように後悔している。
(やっぱ……私には無理だって……)
 後悔した上で、最後は諦める。それでも、明日になれば、また思い切って言ってみようという気持ちになるのだが。


 †


 7年前、零奈が10歳の時。母親の仕事の都合で、彼女は日本の童実野町からここ――アメリカのロサンゼルスに来た。そこで初めてできた友人が、1歳年上の彼――アレンである。学校でたまたま、零奈がアレンの世話になったことが、友人となったきっかけだった。
 いかにも熱血少年と言った感じの性格で、常に明るく、元気な調子を崩さないアレン。対して、どちらかと言えば大人しい性格で、口数が少ない零奈。性格こそ真逆だが、2人は自然と気が合い、親友と呼べる間柄になっていた。


 そして、零奈が今いるこの家は、アレンの家である。3年前、唯一の肉親である母親を失ってから、彼女はアレンの家に居候しているのだ。独りになってしまった零奈を支えたい、というアレンの意思により、実現したものである。
 アレンの家は、彼の兄が大企業の社長とだけあって、豪勢なものだった。暮らしているのは、アレンと兄の2人だけなので、部屋は有り余るほどあった。アレンもまた、両親がいないのだ。
 零奈についてアレンから聞いた兄は、すぐに零奈が住むことを承諾した。かくして、零奈はこの家の一員となる。


 †


 そのようなこともあって、零奈にとってアレンは、親友であるとともに、兄のような存在となっていた。しかし、最近になって零奈には、友情や兄妹愛とは別の、ある感情が芽生えていた。
(……アレンには、きっと付き合ってる人とかいるんだろうし……。私なんかじゃ……)
 零奈は、アレンに恋心を抱いていた。どうにかしてこの気持ちを伝えたいと考えていたが、いざとなると言えない。自分なんかでは駄目だと、勝手に自分の中で諦めてしまう。
(無理だ……)
 大きくため息をつき、先ほど自分が初めて組んだデッキを見る。
 零奈がM&Wを始めようと思ったのは、興味が出てきたから、という理由もある。しかしそれ以上に、M&Wができるようになれば、少しでもアレンに近付ける、と考えたことが一番の理由だ。その方が、想いも伝えやすくなるのではないか、と思っていた。
(私じゃ……相応しくないよね)
 いつもの通り、諦めるということで結論が出た時だった。
 リビングのドアを開け、誰かが入ってくる。
「零奈」
 入ってきたのはアレンだった。零奈は何故か混乱してしまう。
「え……あ、……な……何?」
「……まあ、アレだ。ちょいと話したいことが……」
 ドアを閉め、零奈に向かって歩くアレン。何だろう、と思いつつも、零奈はアレンの言葉に耳を傾ける。
「え〜とだ。まあ、その……何だ。今すぐってワケじゃないんだが……その……だな……」
「……? ……え?」
 アレンの言葉は、どうもはっきりとしない。アレンにしては珍しいことだった。
(どうしたんだろう……?)
 いつもと違うアレンの様子に、疑問を抱く零奈。
 しかし、アレンの次の言葉に、零奈は度肝を抜かれることになる。
「つまり……アレだよ! 俺と結婚してくれ!」
「…………へ?」
 零奈は一瞬、アレンが何を言ったのか、理解できなかった。頭の中がゴチャゴチャしている。これをひとまず整理して、アレンの言葉を反芻してみる。
 ……夢のようで、信じられない。
「い……今すぐってワケじゃない! 俺が自立した後の話であって……だな……。アレだよ! 今の内に言っておきたかっただけなんだよ! 前から言おうとは思ってたんだが……。駄目か?」
「…………あ、えと……」
 駄目……なはずがない。嘘のようだった。まさかアレンの方から告白してくるとは。しかも、『恋人』を通り越して『結婚』とは……。零奈はこっそり、自分の太ももをつねってみた。痛みを感じるので、とりあえず、夢ではないと判断する。
(ま……まさか……。で……で……でも……)
 この告白を断る理由などないのだが、それでも零奈は訊ねてしまう。
「わ……私なんかで……いいの?」
「当たり前だぜ! 俺には零奈しかいない!」
 先ほどとは違い、はっきりと答えるアレン。それを聞き、足が震えてくる零奈。もちろん彼女は、今すぐにでも了承したかった。が、自信が持てない彼女は、すぐに『はい』と答えることができない。
「……わた……私なんかじゃ……。私なんてその……面白いこと喋れないし……地味で可愛くないし……胸だってペシャンコだし……」
「何言ってんだよ! そんなことないぜ! 俺にはお前しかいないんだ! 俺は、心臓は弱いが……、お前を愛する気持ちは誰よりも強いぜ!」
 零奈の両肩を掴むアレン。零奈は思わず、アレンの顔を見る。目が合った。彼の目つきは真剣そのものだ。
「あ……あの……、わ……た……しで……よけ……れば……」
 ぎこちない口調で、零奈は了承した。アレンの目が輝く。
「ほ……ホントか? いいのか?」
「う……うん……。あの……、私も……アレンのこと……好きだったから……」
 俯きながら、か細い声で、今までの自分の気持ちを伝えた零奈。この事実に、アレンは驚きの色を見せる。
「!? ……あ、そうだったのか?」
「うん……。前から言おう言おうって思ってたんだけど……ね」
 アレンはどうやら、零奈の気持ちには気付いていなかったらしい。そういう素振りを見せただけだったのかも知れないが。
「よし! 必ず零奈に相応しい男になるからな! それまで待ってろよ!」
「あ……はい……」
 はっきりとした口調のアレンに対し、零奈は声が裏返っていた。
「……零奈」
「……アレン」
 2人は少しの間、見つめ合う。そして―――







 †


 端整な顔立ちをした若い男――カイルは、壁に寄りかかり、リビングのドアに目を向けていた。銜えていた煙草を右手に取ると、煙をゆっくりと吹き出す。
(アレン……。相変わらず声がデカいな)
 ついさっき、職場から帰宅したカイルが、玄関のドアを開けた瞬間だった。リビングの方から突然、“結婚してくれ”というアレンの台詞が耳に入った。リビングのドアは閉まっていたが、アレンの声は大きいのでよく聞こえた。耳を済ませてみると、零奈の声も聞き取ることができた。
 アレンと零奈が惹かれあっていたということを、カイルはたった今知った。彼らと一緒に暮らしてはいたものの、如何せんカイルは、こういうことに関しては疎いので、今の今まで気付くことはなかった。
(……恋……か。……俺にはさっぱりだ)
 “恋心”なんていう感情を抱いたことがないカイルには、2人の気持ちは理解できないものだった。
 閉まったドアを見てみる。先ほどと違い、部屋の中から2人の声が聞こえない。
(……邪魔しない方がいいのか?)
 本当は、リビングに置き忘れていた資料を取りに行きたいのだが、今は2人だけにしておこうと考え、カイルはとりあえず、そこを立ち退くことにした。


 自分の部屋に入り、椅子に座る。大きくため息をつくと、持っていたジュラルミンケースをテーブルに置き、中から帰り際に買ったM&Wのカードパックを2パック取り出した。今日発売されたばかりの、最新カードパックである。
 大企業の社長であり、名のある決闘者(デュエリスト)でもあるカイル。そんな彼は、一気に大量のカードを買い占めるのではなく、このように2〜3パックほどを、少しずつ買っていくことを好んでいた。
(何が出るか……)
 どんなカードが入っているか、期待の瞬間。2パックの内、1パックを手に取り、開封する。そして、封入されていたカードに目を通す。
(1枚目は……『ツインテール』……通常モンスターか。2枚目……『コトダマ』……テキスト長いな。3枚目……『キラー・トマト』……こいつはなかなか便利そうだな。4枚目は……『ガイアパワー』……地属性主体のデッキに最適だ……。最後は……レアカードだな。……『ダイヤモンド・ドラゴン』?)
 5枚のカードをよく見て、それらを最大限に生かせる戦術を、脳内で模索する。そうして、1枚1枚のカードが秘めた可能性を探索する――新しいカードを手に入れる度に、カイルが毎回行うことだ。
(もう1つのパックは……)
 5枚のカードをテーブルに置き、別のパックを手に取って開封する。カイルとしては、『キラー・トマト』のカードがもう1枚欲しいところだった。
(1枚目は……『ボアソルジャー』……取り扱いが難しいな。2枚目は……『巨大ネズミ』? ……『キラー・トマト』の地属性版か。3枚目は……『踊りによる誘発』……儀式カードか。4枚目……『ウォーターワールド』……『ガイアパワー』の水属性版か。……最後は……またレアカードが入ってるな。……これは……『ダイヤモンド・ドラゴン』? ダブったか……)
 カイルの期待に反し、2枚目の『ダイヤモンド・ドラゴン』が手に入った。ただ、2枚の『ダイヤモンド・ドラゴン』は、全く同じものというわけではなく、レア度がそれぞれ異なっている。
(さて、どんなデッキに使えるか……)
 これらのカードもテーブルに置き、あれこれと考えながら、カイルはジュラルミンケースからノートパソコンを出した。
(まあ、『キラー・トマト』と『巨大ネズミ』は実戦レベルとして……あとは……)
 パソコンを立ち上げ、表計算ソフトを起動すると、カイルが作った表が画面に表示される。そこには、彼が所持しているカードの情報がまとめられていた。
 その表に、今日入手した10枚のカードの情報――カード名、属性、種族、レベル、攻撃力、守備力、収録パック名など――を入力していく。これも、新しいカードを手に入れる度に、カイルが毎回行うことである。こうしておくと、自分の所持するカードを素早く検索できるのだ。
 カードの情報の入力が終わり、ファイルを保存すると、ひとまずカイルは10枚のカードをテーブルの脇に置き、今日やり残した仕事の続きに取り掛かった。
(次のゲームの設計を……いや、待て)
 カイルは1つ、重要なことを思い出す。
(あの資料がないと……設計ができないな)
 あの資料とは、リビングに置き忘れた資料のことだ。少し考えたが、それがないと作業はできそうにないので、取りに行くことにした。しかし―――
(……もう少し待ってから行くか)
 一応、アレンたちのことを気遣い、5分ほど待つことにした。


 †


 5分後。カイルは部屋を出て、階段を下りた。リビングに近付くと声が聞こえる。2人ともまだリビングにいるようだ。
「ほら、こいつとこいつでコンボになるだろ?」
「あ、……だからデッキに入れてるのね?」
「まあな。単体じゃ使えないが、組み合わせ次第ではこんなことも……」
「……へぇ〜……」
 どうやら、M&Wの会話で盛り上がっているらしい。これなら部屋に入っても問題ないと踏んだカイルは、リビングのドアを開けた。
 カイルが中に入ると、アレンと零奈の視線が彼の方へ向いた。
「あ、兄貴!」
「あ……お帰りなさい」
 2人はテーブルを挟むように座っていた。テーブルの上にはM&Wのカードが置かれている。どうやら、決闘中のようだ。その様子を見て、カイルは零奈がM&Wを始めたことに気が付いた。
 アレンがカイルに向かって、さらっと口にする。
「兄貴! 零奈は、なかなかM&Wの才能があると思うぜ!」
「……ほう」
 それは意外だ、と感じるカイル。カイルの中では何となく、零奈はこういう複雑なゲームが苦手そうなイメージがあったのだ。
「そ……そんなことないよ……。まだ私なんて……」
 謙遜する零奈。しかし、アレンは素直に褒める。
「え〜? 結構、零奈は覚えが早いと思うぜ?」
 カイルは少し気になり、2人の決闘を見物しようかとも思ったが、仕事が忙しいのでまた次の機会に見物することにした。資料を回収すると、カイルは零奈に言った。
「零奈、今度俺と決闘な」
「うえっ!?」
 突然、挑戦を叩きつけられた零奈は、声が裏返った。カイルはM&Wにおいて、アレンを凌ぐ実力を持っているのだ。アレンの話によれば、大会に出れば大抵優勝するらしい。
「おぉ〜! やったな零奈! 打倒兄貴に向けて頑張れ!」
「む……無理だよ……。瞬殺される……」
 部屋を出ようとするカイルに向かって、アレンは何かを思い出したように言った。
「そうだ、兄貴! 零奈もM&Wを始めたんだからさ、あれ見せてあげなよ! M&Wで最強のカード!」
「…………」
 アレンのその言葉を聞き、カイルは少し思案する。名のある決闘者であり、有名なカードコレクターでもある彼は、様々なレアカードを所持している。そして、並のコレクターでは絶対に入手できないような、まさにM&Wにおいて最強と言われるようなカードも、彼は所持していた。
「さ……最強のカード? そんなのあるの?」
 驚いた様子で、アレンに尋ねる零奈。それに対し、自慢げにアレンは答える。
「あるんだなぁ〜それが。兄貴、見せてあげなよ〜!」
「…………」
 カイルは本当のところ、レアカードを見せびらかしたりするのが嫌いだったのだが、アレンの頼みでは仕方がなかった。ため息を1つ吐き、カイルはアレンたちの方へ振り返った。
「ちょっと待ってろ」
 そう言って、カイルはリビングを出た。そして、地下室の方へ足を運ぶ。


「よし! 喜べ零奈! M&W最強のカードを拝見できるぜ!」
「どんなカードなんだろう……?」
 零奈はドキドキしながら、“最強のカード”が出てくるのを待った。アレンも久しぶりに拝見するらしく、少し興奮している。
 3分ほどして、カイルがリビングに戻ってきた。手には小さな箱が握られている。箱は、M&Wのカードを入れるには充分な大きさだった。
「……こ……こ……この中に?」
「入ってるんだよな! 兄貴!」
「……まあな」
 カイルが箱を開けると、“最強のカード”がその姿を現した。“最強”と言われるだけあって、カードには、かなり気品のあるドラゴンが描かれていた。
「ブルー、アイズ……?」
「『 BLUE EYES WHITE DRAGON (ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)』! これが、M&W最強のカードだ! あまりにも強すぎて、4枚しか生産されてないんだぜ!」
 驚愕の事実を零奈に教えるアレン。当然の如く、零奈は驚きを隠せなかった。
「え!? 4枚!? 嘘ぉ……」
 零奈は口をあんぐりと開けて、世界で4枚しか存在しないそのカード――『BLUE EYES WHITE DRAGON』の姿に見入っていた。イラストの美しさもさることながら、その攻撃力と守備力の数値は、尋常な強さではなかった。
「よ……4枚ってことは……あと3枚は……誰が……?」
「俺を除けば、ドイツ、香港、日本の人間が持っているらしい」
 冷静な口調で答えるカイル。零奈はさらに驚愕した。
「せ……世界中に散らばってるの……? 何か……すごい……」
「けど、英語テキストの『BLUE EYES WHITE DRAGON』は、これ1枚だけらしいぜ! 他の3枚は全部、日本語テキストらしいからな。だからこのカードは、4枚の中でも特に希少価値が高いんだ!」
 零奈はもう、何が何だか分からなくなっていた。少なくとも、自分には一生扱えないカードだと感じてしまう。カードが威圧感を放っており、彼女はカードに触れることすらできなかった。
「日本語だと……『青い眼の白い龍』……かぁ」
「日本語版のカード名は、『青眼の白龍(せいがんのはくりゅう)』と書いて、『ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン』とルビが振ってある」
 そう言ってカイルは、『BLUE EYES WHITE DRAGON』のカードが入った箱を閉じた。
「あ、兄貴。あと5分見せて」
「……もういいだろ?」
 アレンはもう少し見ていたかったようで、名残惜しそうな表情をした。一方、零奈は気になることがあったので、カイルに訊ねてみた。
「……カイルは……そのカードをデッキに入れてるの?」
 零奈は、『BLUE EYES WHITE DRAGON』のカードが、ずいぶん厳重に保管されているように感じていた。そのことから、もしかすると決闘には使っていないのでは、と考えたのだ。
「入れてない」
 短く答えるカイル。零奈が予想したとおり、カイルは『BLUE EYES WHITE DRAGON』のカードをデッキに入れてはいなかった。
 零奈は不思議な気持ちになった。せっかく『最強のカード』があるのに、使わないのは勿体ない気がしたからだ。
「……どうして使わないの?」
「…………」
 『BLUE EYES WHITE DRAGON』は、場に出せば確実に勝負を左右するカード。まさに、現環境では“最強のカード”と言えるそれを、カイルが使わない理由は、至極簡単だった。
「これを使えば、その時点で勝負が決してしまう。それではつまらない。だから使わない。それだけだ」
「…………?」
 零奈にはよく分からなかった。強いカードを使ったら面白くない、なんていう気持ちは、彼女には理解できなかった。むしろ逆なのでは、という気がしてならない。
「兄貴は、ワンサイドゲームが嫌いだからな。まあ、兄貴が『BLUE EYES WHITE DRAGON』のカードを使ったら、それこそ“オニニカナボウ”だ」
 アレンが笑いながら言った。それを聞いて、零奈は少し考え込んでしまう。もし、自分が『BLUE EYES WHITE DRAGON』を手に入れたら、真っ先にデッキに入れるだろうに。
(カイルって、フェアな勝負が好きなのかな……? だから、強すぎるカードは使わない……。何かそれも凄い……)
 零奈は、カイルという男の技量は計り知れないと、何となく悟った。そしてよくよく考えれば、先ほど自分はそれほどの男に決闘を挑まれた、ということが分かり、げんなりとしてしまった。
「お前ら、そろそろお開きにしたらどうだ……」
 カイルが壁にかけられた時計を見ながら言う。もう11時半を過ぎていた。
「あ〜、そうだ。そう言えば俺、レポート書くつもりだったんだよ……。つい、話し込んじまった……」
「…………」
 アレンの顔を少し見て、カイルは何気なく口にした。
「アレン。零奈と結婚するのか?」
「「!!!?」」
 アレンと零奈、2人が動揺したのをカイルは見逃さなかった。アレンは目が点になっており、零奈は顔が見る見るうちに赤くなっていく。
「……兄貴……ひょっとして聞いてた?」
「聞いてた、と言うよりも、聞こえてた。お前の声、デカいから」
 落ち着いた様子で、カイルは答えた。それがより一層、アレンと零奈が動揺していることを際立たせる。
「……参ったな。聞かれてたか。……そうだよ、兄貴。俺は……零奈と結婚する」
 アレンははっきりと認めた。零奈は顔が熱くなるのを感じていた。
「そうか。……で、子供は何人作るんだ?」
 真面目な顔をして訊くカイル。この男は面白半分で言っているのではなく、真剣な気持ちで訊いているようだ。零奈は一瞬、意識が飛びそうになった。さすがにこれには、アレンも驚いた。
「え……!? い……いや……それは2人で話し合っていく……ってことで」
「何人でも構わないが、必ずM&Wについて教えてやれよ」
 真面目な様子を崩さずにそう言うと、カイルはリビングを出ようとした。しかし立ち止まり、何かを考えると、アレンの方を向いて言った。
「アレン。零奈を幸せにしてやれ」
「!? ……あ……あぁ! 勿論だぜ!」
 一瞬驚いたが、アレンは堂々と答えた。カイルはそれを聞くと、今度は零奈の方を見る。
「零奈」
「うぁ!? はいぃ!!」
 何故かかしこまってしまう零奈。カイルは表情を変えないまま、零奈に言った。
「アレンと幸せに暮らせ」
「……は……はい……!」
 零奈は頭の中が、半分真っ白になっていた。足が震え、声が裏返る。しかし、どこか心が温まるのを感じていた。


(何を言ってるんだ、俺は……)
 部屋を出た後、カイルは微妙に後悔した。あんなこと言わなくても、当の本人たちはそのつもりだろうに。余計なお世話だろうが。何であんなことを言ったのだろうか……。
(……まあ、あいつらが幸せになれば、それで……)
 それでよかった。唯一の肉親――アレンが幸せになれば。そして、弟の愛する女――零奈が幸せになれば。カイルはそれで、満足だった。
 彼らの幸せが永久に続くよう、カイルは心の中で強く願った。


 †


 それからおよそ1年半後。
 カイルが所持していた『BLUE EYES WHITE DRAGON』は、日本の高校生――海馬瀬人の手に渡る。





NEMESIS



 これは原作終了後の海馬瀬人を描いた二次創作です。
 決闘のルールは原作に準拠、カード効果は基本的に、原作及びRに準拠しています。
 勝手に設定した部分が多々ありますが、ファンの1人が考えた「あり得たかも知れない展開」として読んでいただければ幸いです。
 なお、GXや5D’sとの繋がりは曖昧になっています。

 作者:あっぷるぱい







 海馬は周囲を見渡してみた。
 それは過去に、何度も見た光景だった。
 夜とは違う、薄気味悪い暗さで満たされたその空間。
 顔を上げると、不気味な赤黒い空が目に入る。
 ここに来るのは初めてではない。
 だが何度来ても、居るだけで息苦しく、吐き気がしてくる空間だった。


 海馬が立ち尽くしていると、目の前に1人の男が現れる。
 その男に、海馬は見覚えがあった。
 この空間に来る度に、必ず現れるその男。
 男の目は、海馬の目を直視していた。
 その目は何かを訴えるかのようだった。


 そして、男は白き龍を召喚する。
 男の操る白き龍は、滅びの威光を口腔より放つ。
 その光は海馬の周囲を覆い―――
 究極の痛みを彼に与え―――
 彼の存在を“無”に還した―――。



1章 見えない殺意

 12月18日 PM3:21――海馬コーポレーション本社・社長室

 海馬は周囲を見渡してみた。
 海馬が目を開けると、見慣れた光景が目に入る。いつも自分がいる社長室だ。いつものように自分は椅子に座り、机上にはノートパソコンが置かれ、その周囲には第2回バトル・シティ大会やら、世界海馬ランド計画やら、現在構想中の『決闘者を養成する施設』やらに関連する大量の資料が散らばっている。閑散とした社長室内には、パソコンと暖房器具の起動音だけが空しく響いていた。
「…………」
 海馬は今、自分がどのような状況にあるのか、ゆっくりと思い返してみた。その結果、1週間後に控えた第2回バトル・シティ大会に備え、日本に帰国したことや、帰国後もほとんど睡眠を取ることもなく膨大な量の仕事をこなし続けたことを思い出す。
 そのことから、おそらくは、こうして椅子に座って仕事をしながら、知らぬ間に眠りについてしまったのだろう、と彼は結論づけた。
「……ちっ」
 自然と舌打ちが出る海馬。中途半端に眠りについたせいか、あまり気分が良くない。
(……こんなことをしている場合ではない)
 目をしっかり開くと、海馬は机上の資料に手を伸ばした。とにかく、今は仕事が多い。眠っている時間などないのである。
 やや苛立った様子で、手元の資料とパソコンの画面を交互に睨みつけ、仕事を続ける海馬。その最中、机の隅に置かれていた電話が鳴る。海馬は受話器を取り、不機嫌な状態で応対した。
「何だ?」
 電話の相手は磯野だった。磯野は、海馬が不機嫌であることを悟ってか、若干畏縮する。
「は……はい。『黎川(くろかわ) 零奈(れな)』という女性が、海馬様にお会いしたいと……」
「そんな女は知らん。追い返せ。俺は今忙しい……」
 不機嫌な口調で即答する海馬。磯野はさらに畏縮する。
「そ……それが……、会えるまでは帰らないと言っておりまして……」
 海馬は眉間にしわを寄せ、声を低くする。
「聞こえなかったか? 俺は追い返せと言った……」
 怒りが爆発する数秒前の海馬。磯野は耐え切れず、
「し……失礼しましたぁ!」
 と叫び、電話を切った。海馬は乱暴に受話器を元の位置に戻した。受話器と電話本体の衝突音が部屋に響く。
「フン……」
 再びパソコンの画面に目を向ける海馬。仕事が山ほどある彼には、アポイントメントも取らないような人間に会っている暇などないのである。
 だが、そんな海馬の気持ちなどお構いなしに、1分も経たない内にまた電話は鳴った。海馬は、電話線を引っこ抜いてやろうかと一瞬思ったが、とりあえず、電話に出ておくことにした。
「……何だ?」
 電話の相手は、またもや磯野。先ほど以上に不機嫌な様子の海馬に対し、磯野は唾を飲み込む。
「さ……先ほどの女性ですが……」
 海馬はそれを聞き、電話を切ろうとした。しかし、どうにか堪えた。
「まだいたのか。さっさと追い返せと―――」
 怒りを抑えながら、磯野に指示する海馬。が、彼がこんな態度を取るのはこれで最後だった。
「いや、それが……、“自分は『カイル・ウォルラス』の関係者だ”などと言って引き下がらないんです。海馬様……お心当たりは……?」
「!?」
 一瞬、海馬は体を何かで貫かれたような錯覚に陥った。しばし沈黙する。
「……今、何と言った?」
「あ……お心当たりは?」
「その前だ!」
「その前……“『カイル・ウォルラス』の関係者だ”と言って引き下がらないんです!」
「…………」
 思わず立ち上がる海馬。彼の中で様々な感情が入り乱れ、混沌と化す。
 しばらくして、海馬は口を開き――
「応接室に案内しておけ」
 ――とだけ言うと、磯野の返事も聞かずに電話を切った。


 †


 PM3:45――海馬コーポレーション本社・応接室前

 海馬の正面にはドアがある。このドアを開ければ、応接室に入ることができる。そして、そこには『黎川零奈』が待っている。
(……時が来た……というわけか……)
 覚悟を決め、海馬は応接室の扉を開いた。
 中を見る。それなりの広さがある部屋に四角いテーブルが1台。そして、平均程度の身長の、痩躯の女――黎川零奈――が1人、椅子に座って待っていた。彼女の足元には、彼女のものであろうバッグが置かれている。白いセーターに白いスカートと、零奈は上から下まで、真っ白な服装で整えていた。
 海馬が入ってきたことに気付き、零奈は彼の方へ視線を向けた。その視線を感じつつ、海馬は応接室の中に入り、零奈の向かい側にある椅子に着くと、零奈の表情を窺った。だが、零奈の表情は、感情らしいものが込められていない――はっきり言ってしまえば、生気を感じさせないものであり、海馬をほんの僅かに困惑させた。
 背まで伸ばされたその黒い髪とは対照的に、彼女の顔はやや血色が悪く、青白い。そのため、彼女は見ようによっては病人にも見え、風に吹かれればそのまま飛ばされてしまいそうな、そんな儚さが感じられる。しかし――海馬だからこそ、このように感じることができたのだろうか――彼女のその生気を感じさせない表情は、実はどこか強い意志を感じさせる凛とした表情にも見えるため、儚さを感じさせる一方、理屈では言い表せないようなしたたかさを秘めた女にも感じられ、それがまた、海馬を困惑させる要因となった。
「黎川零奈……だな?」
「はい。はじめまして、海馬さん」
 海馬が問いかけると、零奈は感情の欠片も感じ取れない、低い声音で返した。穏やかではあるが、冷たいとも言える彼女の口調。こちら側には何の興味のない、といった風に取られかねない態度だが、そんなはずはない。海馬はそれが分かっているからこそ、彼女の一挙手一投足から目を背けることはできなかった。そんな彼が抱くのは、ある意味での警戒心であり、そして、覚悟だった。
 零奈はその目で海馬の顔をじっと捉え、先と変わらぬ口調で言葉を発する。
「カイルのこと、覚えていてくれて何よりです」
「……!」
 今の言葉に、零奈はどんな意味を込めたのか。おそらく、「自分が死なせた男の名前ぐらいは覚えているんですね」だろうか。そんな風に勘ぐりながらも、海馬は何も言わず、彼女の目を見ていた。
 零奈もまた、海馬の目を見ながら、ついに本題を切り出した。
「カイルのことを覚えているのなら、当然、あなたが『青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)』を手に入れるためにしてきたことも、覚えていますよね?」
「…………」


 †


 『青眼の白龍』。今でこそそれは、海馬の最も信頼するカードとして認識されてはいるが、そんな彼がかつて『青眼』を自分の手中に収めるために、卑劣な手段をも厭わなかったことは確かな事実である。
 それまで『青眼』は、日本人の『武藤双六』と、ドイツ、香港、アメリカのカードコレクターがそれぞれ1枚ずつ所持していた。海馬は自らの財力を使い、ドイツ、香港、アメリカのカードコレクターを破産に追い込み、挙句の果てにはマフィアまで動かし、ついに『青眼』を3枚入手することに成功する。
 そして、武藤双六の持つ最後の1枚は、今の海馬からは考えられないことだが、双六をM&Wの決闘で負かした海馬が、罰ゲームの名目で破り捨てた。これにより、世界で『青眼』を持つ人間は、事実上、海馬1人となったのだ。
 また、当時海馬は気にも留めなかったが、彼が3枚の『青眼』を手に入れる過程で、3人のコレクターの内1人が自殺に追いやられている。だが、時が経つ中で、海馬は“それ”を自分の記憶から除外した。何もなかったかのように、『青眼』を自分の最も信頼するしもべとした。
 過去を追い求める者に光はない。興味があるのは未来だけ。生きる上で重要視するべきなのは未来であり、過去ではない。過去など踏みつけるために存在する。それが彼の生きるスタンスであり、故に、彼が“それ”について悩むことなど、これまではなかった。
 しかし、あの戦いで“彼”に敗北し、その時の“彼”の言葉を聞いて以来、海馬の中で1つの変化が起きた。
 ――貴様が敗けたもの……。それは己の中に巣食う、憎しみという名の魔物(モンスター)
 ――心の中にある怒り……悲しみ……憎しみ……欲望……。敵は自分の中にも存在するんだ
 憎しみや怒りでゲームを制することはできない。“彼”に負けたことで、海馬はそれを思い知らされた。憎しみと怒りこそが、自分に力を与えてきた――そう考えていただけに、あの時の敗北は海馬にとって、ある種の人生の転機の1つとなった。
 あれ以来、彼は自分の過去を見つめるようになった。己を知ることにより、あの戦いの敗因も掴めるかも知れない。“彼”に勝つ方法を見つけられるかも知れない。そう考えたからだ。
 だが、自分の過去を見つめる際、『青眼』のカードを入手するために自分がしてきた数々の悪事から目を逸らすことはできなかった。当然、除外していた記憶――自分が1人のコレクターを死に追いやったという記憶からも。
 だからこそ、彼は悪夢にうなされる時がある。あの悪夢を見る度、海馬は自分が死に追いやった男の操る白き龍――『青眼』に焼き殺されている。長い間、彼の中に眠っていた“良心の呵責”という感情が、その悪夢を引き起こしたのかも知れない。
 そして。
 今、海馬の目の前にいる女――零奈が口にする『カイル』こそ、海馬が『青眼』を入手する過程で、自殺に追い込んだ男なのだ。


 †


「覚えている」
 海馬は躊躇うことなく答えた。『青眼』のカードを手に入れる過程で、カイルを死に追いやったことは、彼の中でくすぶり続けている。それ故に、忘れることのできない記憶である。
「では、カイルが自殺した原因についても、ご存知ですよね?」
「…………」
 カイルを死に追いやった張本人である海馬ならば、当然、カイルが自殺した原因も知っている。そしてそれは、海馬の中の、罪悪感といった類の感情を膨張させるのには充分すぎるものでもあった。
「知っている」
 白を切ったところで意味はない。海馬は肯定の意を示し、次はこちら側から問いかけた。
「カイルとはどんな関係だ?」
 海馬はまだ、目の前にいる女がカイルとどういう繋がりがあったのかを知らない。カイルの持つ『青眼』のカードを手に入れる際、彼についての調査は行ったものの、彼と接点のある人間についてまでは、それほど念入りな調査は行っていない。せいぜい、彼のたった1人の肉親である弟について調査した程度である。
 アメリカ人のカイルと、(おそらくは)日本人である零奈。この2人の接点は何か。それを確かめるべく、零奈の返答を待つ。
「あぁ、やはりご存じないんですね。私とカイルの関係は……そうですね……、家族のようなものです」
「家族?」
 言葉を選びつつ、零奈が発したのは、“家族”という単語だった。それだけではあるが、海馬は彼女とカイルが強い信頼関係にあったであろうことは推測できた。
 零奈は言葉を続け、“家族”という単語が出てきた理由を口にする。
「私の父は、私が8歳の時に殺されました。そして母は、私が14歳の時に病死。……両親を亡くし、独りになった私を支えてくれたのが、カイルと『アレン』です」
「……アレン」
 その名前に、海馬は聞き覚えがあった。カイルの弟であり、彼のたった1人の肉親でもある人物。そして、この件を語る上では決して外すことのできない、重要な人物でもある。
「つまり、カイルやアレンは、お前にとって家族同様ということか」
「はい。両親は亡くしましたけど、彼らのおかげで私は幸せでした」
 相変わらず、感情の篭っていない声色の零奈だが、今の彼女の言葉に、自らが抱く悲哀と、目の前の男に対する皮肉という二重の意味が込められていることを、海馬は確かに感じ取った。
「お前は幸せだった。しかし、俺がカイルを死に追いやった」
 海馬の言葉に、零奈はその通りと言わんばかりに頷いた。しばし沈黙が続き、重苦しい空気で応接室が満たされていく。
「…………」
「…………」
 しばらくして、零奈が沈黙を破った。
「自殺する前の日、カイルは初めて、自分の過去を私に話してくれました」
「……?」
 先ほどとは話の方向を変え、カイルの過去について語りだす零奈。海馬は何も言わず、黙って彼女の言葉に耳を傾けた。
「既にあなたはご存知だと思いますけど、カイルは、あまり自分の両親のことをよく思ってなかったそうです。父親は家族を置いて失踪し、母親はろくにカイルたちの面倒も見ず、毎日のように遊び歩いていた……。カイルはそんな両親を憎んでいました」
 カイルについて調査した海馬は、無論、そのことも知っていた。カイルは両親を憎んでいる。そして―――。
「そんなカイルにとっての唯一の家族は、弟のアレンのみ。どんなことをしても、弟だけは守る。弟の幸せこそが、自分の幸せ。そうカイルは考えていた」
 海馬は、零奈の言わんとしていることを、先に口にした。それを聞いた零奈は、海馬の言葉を肯定した。
「はい。その通りです」
 弟の幸せこそ、自分の幸せ。それがカイルにとって、生きる上での信条であり、破ることが許されない掟だった。だからこそカイルは、弟であるアレンを幸せにするため、努力を惜しまなかったという。それは、彼が若くして、一企業の社長にまで登りつめたほどの実力者であることからも窺い知ることができる。
 そんなカイルは海馬にとって、ある意味で印象の強い男でもある。自分が死に追いやった男だから、という理由もあるが、それだけではない。海馬は『青眼』を持つコレクター3人を破産に追い込んだが、カイルはそれによって唯一、屈することのなかった男なのだ。他の2人は、破産に追い込んだ時点で、海馬のやり方に屈し、『青眼』を手放したが、カイルは断固として、屈する様子が見られなかった。あの時、最も海馬を梃子摺らせた男――カイルは、そういった意味で、海馬の記憶に強く刻み付けられていた。
 だからこそ海馬は、カイルを屈服させるため、さらなる強硬手段に打って出たのだ。そして、それが取り返しのつかない悲劇を引き起こしてしまった。
「カイルにとっては、アレンの幸せこそ、自分の幸せでした。でも、それはカイルの最大の弱点にもなってしまったんですよね……。その弱点に、見事に付け入られたわけです。まさか、マフィアを使ってアレンを誘拐し、『青眼』との交換を要求してくるとは、カイルも想定外だったことでしょう」
「……!」
 頑なに『青眼』を渡すことを拒むカイル。そんな彼を屈服させるため、海馬はマフィアまでも動かした。その際、自分がマフィアに対して行った要求は、今でもよく覚えている。
 ――『青眼』のカードを手に入れてほしい。手段は問わない
 その要求を受けたマフィアたちは、最も手っ取り早く『青眼』を入手できる手段として、「カイルにとっての最大の弱点に付け入る」ことを選択した。
 アレンと『青眼』の交換。破産に追い込まれても屈しないほど、強い精神を持ったカイルだが、これには、さすがの彼も応じるしか道がなかった。
 カイルは知らなかった。あの頃の海馬が持っていた、人並み外れた尋常ならざる凶悪さを。もし、カイルがあの頃の海馬をよく知っていれば、この悲劇を避けることができたかも知れない。
「もちろん、アレンの命が最優先ですから、カイルは『青眼』を手放すことを決めました。そして、マフィアの幹部にカードを渡し、アレンは解放されましたが……、しかし、あのような結末が待っていようとは……」
 『青眼』はカイルの手を離れ、アレンはマフィアの手から離れる。そして、この悲劇が1つの結末を迎え、文字通りの「悲劇」として、当事者たちの記憶に刻まれたのだ。
 海馬は零奈に代わり、この悲劇の結末を口にした。
「アレンは……死んでいた」
「……ええ」
 アレンは生まれつき心臓を患っていた。マフィアに誘拐されたことで、極度の緊張状態に陥ったのが原因か、心臓発作を起こしたと思われる。アレンがカイルのもとに戻ってきた時には、既にアレンの心臓は動きを止めており、手遅れだった。
 そして、これがさらなる悲劇を引き起こし、この話の内容は「カイルの死」へと帰結する。
「カイルはその後、日に日に精神が乱れていきました。毎日、『アレンが死んだのは自分のせい』、『あんなカードさっさと手放せば、こうはならなかった』と悔やんで……、酷い有様でしたよ。でも、無理もないですよね。守るべき人を守れなかったわけですから。彼が頭を銃で撃ち抜いて自殺したのは、その数日後でしたね……」
「…………」
 海馬の行動が引き金となり、アレンの死を導いた。アレンの死が引き金となり、カイルの死を導いた。これらの悲劇が引き金となり、零奈を孤独に導いた。
 そして、その孤独な零奈は今、こうして全ての発端である海馬の目前にいる。ここから導き出される結論として、最も有力であるものは1つしかない。
「俺に復讐しに来たか?」
 復讐。それが現状、零奈が起こすであろう行動として相応しいものであり、彼女がこの場にいる理由としては充分すぎるものである。
 だとすれば、零奈が起こす可能性が最も高いのは、アレンやカイルを死に追いやった海馬を同じ目に遭わせること、すなわち、殺害することだ。復讐心を満足させる方法としては、それが最も手っ取り早く、最も有力である――少なくとも、海馬はそう考えていたため、確実に零奈は自分を殺害するつもりだろうと、磯野から電話を受けた時点で予測はできており、同時に覚悟もできていた。
 だが、これはあくまで1つの可能性に過ぎず、場合によっては、さらに過酷な状況に追い込まれることも、海馬は考慮していた。自分自身が殺されるのならまだいい。自業自得ということで納得できる。しかし、そうでないとしたら?
 カイルが自殺したのは、自分の持つカードが発端となり、アレンの死を招いてしまったことへの自責の念によるものだ。だが現実問題、アレンの死を招いたのは、海馬の行動が引き金となっている。つまり、アレンを死に追いやったのは海馬である。『青眼』の件には無関係であるカイルの弟――アレンを死に追いやり、カイルを苦しめた。弟を殺し、兄をも殺した。
 そうなってくると、零奈が起こす行動として、もう1つの可能性が浮かび上がる。それは、海馬の弟――モクバを殺害することだ。この件にモクバは無関係だが、アレンもまた、無関係なのにもかかわらず、死に追いやられた人間である。ならば、零奈がこの件に無関係のモクバを殺害し、兄である海馬を苦しめるという復讐も、充分に有り得る話であり、そしてそれは、海馬にとって、絶対に避けねばならないものである。言うまでもなく、モクバが死ぬ理由などないからだ。自分が犯した過ちで、何の罪もない弟を死なせるなど、話にならない。
 それを見越した海馬は、磯野から電話を受けた後、モクバの安否を確かめた。幸い、モクバは本社内でいつもの通り、海馬から任された仕事をこなしていた。しかし、何が起こるか分からないため、最も信頼できる部下である磯野にモクバを見張っておくように指示し、安全を確保しておいた。社員の中に零奈の手の者が紛れ込んでいるとも限らないが、磯野であれば、おそらくは問題ないだろう。
 モクバの安全は確保した。よって、零奈がモクバを付け狙うことは、まず有り得ない。となれば、狙われるのは自分だけ。覚悟はできている。そろそろ、何かしらの落とし前をつけるべきだと考えていたところだ。ならば、彼女の要求は、できる限り呑むべきだろう。
 と、それが海馬の出した結論ではあったが、しかし、零奈の返答は、海馬のその結論の大部分を否定するものだった。
「安心してください。別に私は、あなたや、あなたの弟さんを殺してやろう、なんて考えていませんから」
「!?」
 海馬の胸中を見透かしたように、打って変わらぬ無表情で、海馬及びモクバの殺害を否定した零奈。海馬にとっては、零奈の今の言葉はあまりにも「意外」だった。
 だが、自分やモクバの殺害による復讐が目的でないとしたら、彼女は何を求めてここに来たのか。まさか、過去の話を蒸し返すためだけに来たわけではあるまい。先ほどから海馬は思っていたが、何かこの女はよく分からない。何を思い、何を考えているのかが察しにくいのだ。
 海馬の心は今、安堵よりも疑念の感情が膨らんでいた。目の前にいる女――零奈が分からない、読み取れない。怒りを露にするわけでもなければ、悲哀に身を包むわけでもない。ただ、事実を冷静に、淡々と語る。挙句の果てには殺意の否定。もしや、この女は既に何かを仕掛けているのだろうか? その上で、自分を陥れようと? これは……罠?
 疑心が疑心を呼び、海馬に要らぬ勘繰りを行わせる。それを察したのか、零奈は海馬に問う。
「……疑ってます?」
 海馬が疑念の感情を抱いていることは、零奈にはお見通しだったようだ。
「疑っている」
 正直に答える海馬。それを聞くと、零奈はしばし思考した後、海馬の疑念を晴らすかのように、言葉を紡いだ。
「確かに、あなたを殺してやりたいと思ったことはあります。そして、弟さんを殺して、あなたを苦しめてやりたいと思ったことも」
「…………」
 海馬に対して殺意を抱いたことはあった、モクバを巻き込むことを考えたこともあった――零奈はそれを打ち明ける。だが、それは過去の話であり、今は違う――零奈の言葉には、そういったニュアンスが含まれていた。
 そして、次の瞬間、零奈は今一度、海馬の目をしっかりと捉え、彼に告げる。その時の零奈は無表情ながらも、これまで以上に強い意志を感じさせる表情をしていた。
「ですが、それでは意味がないんです。私にとっては」
「意味がない?」
「はい。無意味です」
 殺人による復讐を“無意味なもの”と零奈は言い切った。それは海馬からしてみれば、酷く腑に落ちない発言だった。一般的には、零奈の意見は間違ってはいないだろうが、その意見が、家族同然の人間の命を奪われた者が、家族同然の人間の命を奪った張本人に放った意見である、ということが、海馬が零奈の考えを理解することを妨げていた。
「あなたを殺したところで、私にとっては意味がありません。また、無関係の弟さんを巻き込むことなど論外です。だから本当に、あなたや、あなたの弟さんを殺すつもりはありません」
「…………?」
 殺すつもりはない――。一体どういう考えを経て、彼女はそういう結論に至ったのか。海馬は頭を働かせるが、どうにもこの零奈という女は、海馬とは波長が合わないようで、彼にとっては非常に理解しにくい人物だった。はっきりと分かるのは、彼女に海馬やモクバを殺すつもりはないこと。それだけだ。
 まあ、モクバを巻き込むつもりがないのなら、それに越したことはないので、ここはとりあえず、零奈の考えに納得しておくことにした海馬は、ならば零奈は、何を求めてここに来たのか、という疑問に舞い戻る。
「俺やモクバを殺すつもりはない……。ならば、お前の目的は何だ?」
 焦れた海馬は、率直に零奈に訊ねた。すると零奈は、躊躇うことなく、海馬の問いに答えた。
「目的ですか? もちろんありますよ。こうしてわざわざあなたに対談を持ちかけたくらいですから」
 やはり、零奈には目的がある。当然だ。目的もなしに、この場に現れるはずがない。海馬は零奈に続きを促した。
「なら、そろそろ話してもらおうか。お前の目的を」
「そうですね。いい加減、お話しましょう。私の目的は……、……目的は……ですね……」
 目的を打ち明け始める零奈。だが、それも束の間。彼女は何かを考え始め、言葉はすぐに途切れてしまう。上手く言葉で言い表せないような目的なのだろうか。
(……読めない女だ)
 思わず眉をひそめてしまう海馬。ますます、零奈について分からなくなったが、ひとまず彼女の言葉を待つことにした。
 ほんの数秒の思案の後、零奈は足元に置かれていたバッグに目を向けつつ、言葉を発した。
「目的……ですが、口で言ったところで上手く伝わる気がしません。どちらかと言えば……」
 そこまで言うと、零奈は足元のバッグを手に取り、その中から1台の機械を取り出して海馬に示した。それを見た海馬は、自然にその機械の名を口にする。
決闘盤(デュエル・ディスク)……?」
 零奈がバッグから取り出したのは紛れもなく、今や世界中で普及しているカードバトルマシーン――決闘盤だった。決闘盤には、彼女のものであろうデッキが既にセットされている。まさに、いつでも決闘ができる状態、である。
 そして、決闘盤にセットされたデッキを指差しながら、零奈は簡潔かつ明瞭に、己の意思を海馬に告げた。
決闘(こっち)の方が上手く伝わると思います。決闘、受けてくれますよね?」
「……! 決闘だと?」
 今日何回目だろうか。海馬はまた、零奈に不意を突かれた気分になった。大切な人を死に追い込んだ張本人を前に、感情の欠片も見せず、殺意も否定し、挙句の果てには、ゲームの方が自分の意思を伝えられるという。
「あなたには、『青眼』が3枚投入された、最強のデッキを使って、この決闘に臨んでもらいたい。そうすることで、私の目的はあなたに伝わります」
「……?」
 『青眼』を投入したデッキを使い、零奈と決闘する。それにより、彼女の目的は、海馬に伝わる。それが彼女の考えだった。無論、海馬は納得が行かない。何故、彼女はそのような結論を出したのか。
 ここで例えば、『青眼』を差し出せ、といった要求が出てくれば、納得することができただろう。だが、零奈の要求はあくまで『決闘』――M&Wのカードゲームだ。しかも、『青眼』が投入されたデッキを使えという。
 しかし。
「……いいだろう。この決闘、受けてやる」
 納得は行かないものの、決闘をすれば全てが伝わると零奈が言うのだ。自らが犯した過ちの落とし前として、せめて彼女の要望には応えるべきだと海馬は考え、決闘を受ける意思を示した。
 かくして、“海馬 対 零奈”の構図がここに完成する。


 †


 PM4:24――頂点の闘技場(エイペックス・アリーナ)
 
 顔を上げれば、朝から広がる曇天が今も変わらぬ調子で広がり、こちらを見下ろしている。周囲は既に薄暗く、昼間以上の寒さを痛感させる冷風が、時折身体に纏わりつく。そんな状況にある海馬コーポレーション本社ビルの頂点に出現した、1つの闘技場。そこに、決闘盤を腕に装着した2人の決闘者――海馬と零奈はいた。
 海馬と零奈は、デッキシャッフルのため、それぞれ自分のデッキを対戦相手に渡す。零奈のデッキをシャッフルしつつ、海馬は零奈の手元に目を向ける。そこでは、彼女の繊細な指により、海馬のデッキが切り混ぜられていた。
 海馬は決闘を受けたものの、零奈の考えについては、未だ納得の行かない状況にあった。零奈の要求どおり、彼のデッキには3枚の『青眼』が投入されている。それが彼の、零奈に対する理解を難航させる要因の1つである。
 零奈からすれば、海馬が『青眼』を使うことは気分のいいものではないはずだ。他人の命を蹂躙してまで強奪したカードを、強奪した張本人に使われるなど、普通は許すことができないはずなのだ。
 しかし、零奈は違った。彼女の考えは真逆だった。彼女は、海馬が『青眼』を使うことを要求した。普通ならば、考えにくい行動。逆に言えば、それには何か重要な意味が隠されていると推察することができる。決闘をすれば、全て伝わると零奈は言ったが、実はそれは、海馬に『青眼』を使わせることで、初めて成り立つものなのかも知れない。そんな考えが海馬の中で固まった。
 デッキシャッフルを終えると、海馬は零奈にデッキを渡しながら、ふと浮かんだ1つの疑問を零奈に投げかけることにした。
「決闘をすれば、お前の目的は伝わる、と言ったな」
「はい」
 海馬の言葉を肯定しつつ、デッキを受け取る零奈。彼女も、シャッフルした海馬のデッキを持ち主へと返す。デッキを手に取りつつ、海馬は零奈に問う。
「では、もし決闘を終えても、お前の言わんとすることが俺に伝わらなかったらどうする?」
「…………」
 決闘をすれば、全て伝わる。それが零奈の考えだが、あくまでも彼女の考えであって、必ずしも、それが正しいとは限らない。決闘を終えても、海馬に零奈の意向が伝わらない可能性もある。海馬が抱いたのは、そんな疑問だ。
 それを聞いた零奈は、考える素振りは少しも見せずに、海馬の問いに短く答えた。
「大丈夫です。伝わります。……あなたがまともな人間ならば」
「……? どういう意味だ?」
「さあ、決闘、始めましょう」
 まともな人間ならば伝わる――零奈のこの言葉が何を意味するのか、海馬には分からなかった。零奈の意思を確かめようとする海馬だが、彼女は海馬に答えることなく、決闘開始を促すと、彼に背を向け、ソリッドビジョンを投影するための距離を取り始めた。
(……この女……、何を考えている……?)
 零奈に対する疑問は膨らむ一方だが、今はとりあえず、決闘に集中するべきだろう。海馬もまた、零奈に背を向け、ソリッドビジョンの投影のための距離を確保する。
 ある程度の距離を確保したところで、2人の決闘者は決闘盤を構えた。暗さと寒さが強さを増し、冷たい風が吹き荒ぶ中、2人の決闘者が同時に叫ぶ。
「「決闘―――!」」

 海馬 LP:4000
 零奈 LP:4000




2章 白と黒

 互いにカードを5枚引く。先攻は零奈からだ。
「私から行きますね。ドロー」
 零奈は、慣れた手つきでカードを引いた。引いたカードを見た彼女の顔には、小さく笑みが零れている。これまでは比較的無表情だった彼女だが、感情を顔に全く出さないというわけではないらしい。

 ドローカード:アンデットワールド

「ふふ……。じゃあ、早速行かせてもらいますよ。フィールド魔法『アンデットワールド』を発動します」
「『アンデットワールド』だと?」
 零奈はドローしたカードを決闘盤にセットした。その瞬間、周囲の景色が変化を始める。
「私の戦場にご招待しましょう。海馬さん」
「……!」
 周囲の変化に気付き、辺りを見渡す海馬。一瞬の内に、2人の決闘者は、深い闇に包まれた。瞬く間に空は黒く淀み、2人の周囲は荒廃した光景で囲まれ、大地は大量の頭蓋骨で埋め尽くされる。ソリッドビジョンでありながら、そのフィールドは息苦しく、居心地の悪いものだった。
 零奈は、変わり果てたフィールドをゆっくりと眺めながら言葉を発する。真っ白な服で身を包んだ、どこか儚い彼女の姿は、この空間の雰囲気からは非常に浮いていた。そのコントラストが不気味な魅力を放っている。
「フィールドが『アンデットワールド』となっている限り、お互いの場と墓地のモンスターは、全てアンデット族として扱われます。私のしもべとあなたのしもべ。それは今も、そしてこれからも、永久に死ぬことのない、アンデットモンスターと化すわけです」
「種族を統一させるフィールド魔法か。しかも、このフィールドにおいては、アンデット族以外のモンスターを生け贄召喚することを禁じられる」
 表情を強張らせる海馬。場だけではなく、墓地のモンスターの種族も統一してしまう『アンデットワールド』は、様々な危険性を孕んでいるのだ。

アンデットワールド
(フィールド魔法カード)
このカードがフィールド上に存在する限り、
フィールド上及び墓地に存在する全てのモンスターをアンデット族として扱う。
また、このカードがフィールド上に存在する限り
アンデット族以外のモンスターの生け贄召喚をする事はできない。

「さらに私は、手札から『闇竜の黒騎士(ブラックナイト・オブ・ダークドラゴン)』を召喚。そして、カードを1枚伏せて、ターンエンドとします」
 零奈の場に、ドラゴンに跨った騎士と、伏せ状態のカードが1枚出現する。そこで零奈はターンを終えた。
 海馬のターンに移行する。
「俺のターン、ドロー!」
 引いたカードを手札に加えると、海馬は零奈が召喚したモンスター――『闇竜の黒騎士』に目を向けた。その姿は、ドラゴンを駆る黒騎士。黒騎士自身も、黒騎士が駆るドラゴンも、まるで死の淵から舞い戻ってきたかのような、そんな不気味さを漂わせている。

闇竜の黒騎士
★4/光属性/アンデット族
1ターンに1度、相手の墓地から戦闘によって破壊された
レベル4以下のアンデット族モンスター1体を
自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
攻1900  守1200

(『闇竜の黒騎士』……。あのモンスターは、1ターンに一度、俺の墓地から戦闘で破壊されたレベル4以下のアンデットモンスターを蘇生させる能力を持っている……)
 海馬は、今自分が立っているこのフィールド――『アンデットワールド』を一瞥する。このフィールドにおいては、墓地のモンスターは全てアンデット族として扱われる。つまり、『闇竜の黒騎士』はモンスターの種族が何であれ、戦闘で破壊されたレベル4以下のモンスターであれば、海馬の墓地から蘇生することが可能となる。
(ならば……)
 海馬は、手札の中から1枚カードを選び取り、決闘盤にセットした。
「俺は『闇・道化師のペーテン』を召喚! 守備表示!」
 海馬の場に道化師が現れ、守備体勢をとる。このモンスターは、たとえ墓地へ送られても、自身をゲームから取り除くことにより、手札かデッキから同名モンスターを呼び出すことができる。

闇・道化師のペーテン
★3/闇属性/魔法使い族
このカードが墓地へ送られた時、このカードを墓地から除外する事で
手札またはデッキから「闇・道化師のペーテン」1体を特殊召喚する。
攻 500  守1200

「俺はさらに、リバースカードを2枚セット! ターンを終了する!」
 このターンは攻めの姿勢を見せず、海馬はターンを終える。

【海馬】
 LP:4000
 モンスター:闇・道化師のペーテン
 魔法・罠:伏せカード2枚
 手札:3枚

【零奈】
 LP:4000
 モンスター:闇竜の黒騎士
 魔法・罠:アンデットワールド,伏せカード1枚
 手札:3枚

「まずは様子見……ですかね。私のターン、ドロー」
 カードを引くと、零奈は海馬の場を確認する。守備表示の『闇・道化師のペーテン』が1体に、伏せカードが2枚。
 『闇・道化師のペーテン』を見た零奈は、海馬の思惑を悟った。
(あのモンスターは墓地に送られた時、自身をゲームから取り除くことで、同名モンスターを1体場に出せる。これにより、海馬さんの場のモンスターは途切れず、しかも墓地のモンスターが増えないため、『闇竜の黒騎士』の効果を使われずに済む。……様子見としてはベストな一手ね)
 続いて零奈は、先ほど海馬が伏せた2枚のカードに視線を向ける。
(スーパーエキスパートルールでは、1ターンに手札から出せる魔法・罠カードはそれぞれ1枚。つまり、海馬さんの場に伏せられた2枚のカードは、魔法と罠が1枚ずつ……)
 そこまで確認すると、零奈は微笑を浮かべ、手札の中から1枚を選び取る。
「私はレベル6のモンスター『邪神機(ダークネスギア)−獄炎』を、生け贄なしで召喚します」
「……!」
 零奈の場に、邪気を帯びた、四足歩行のモンスターが出現する。『闇竜の黒騎士』と同じく、死の淵から蘇ったと思わせるその姿は、どこかこの世の者とは違う雰囲気を醸し出していた。

邪神機−獄炎
★6/光属性/アンデット族
このカードは生け贄なしで召喚する事ができる。
この方法で召喚したこのカードは、エンドフェイズ時に
フィールド上にこのカード以外のアンデット族モンスターが
存在しない場合、墓地へ送られる。この効果によって墓地へ送られた時、
自分はこのカードの攻撃力分のダメージを受ける。
攻2400  守1400

「……『獄炎』のレベルは6。だが、そいつは生け贄なしで召喚することも可能なモンスターだったな」
 海馬は、零奈が召喚したモンスターを見ながら、忌々しそうに口を開く。
「はい、その通りです。尤も、この方法で召喚された『獄炎』は、エンドフェイズ時にこのモンスター以外のアンデットモンスターが場にいなければ破壊され、その攻撃力が私のライフを直撃する、というデメリットを抱えることになってしまいますけどね」
「しかし、『アンデットワールド』により、場のモンスターは全てアンデット族と化す。『獄炎』のデメリットも軽減されるわけか……」
 いきなり攻撃力2400のモンスターを召喚し、零奈がやや優位に立つ。だが、海馬はそれを黙って見過ごすような男ではない。
「ならば、罠カード『クローン複製』を発動! お前が召喚した『獄炎』を複製し、俺の場に出現させる!」
「……!」
 海馬は、先のターンに伏せておいた『クローン複製』を発動させた。これにより、『邪神機−獄炎』のクローンが生み出される。

クローン複製
(罠カード)
相手のモンスターが召喚された時に発動!
そのモンスターを複製し場に召喚する

 『クローン複製』の効力によって、零奈の場にいる『邪神機−獄炎』と全く同じ容姿・攻撃力のモンスターが、海馬の場に召喚された。
「クローンモンスターですか。……まあ、いいでしょう。では、バトルフェイズに入ります。『闇竜の黒騎士』で『ペーテン』に攻撃です」
 動じることなく、零奈はバトルフェイズに入る。『闇竜の黒騎士』は邪気を纏った槍で、海馬の場の『ペーテン』を難なく貫き、葬り去った。
「ち……! だが『ペーテン』の特殊能力発動! 墓地に置かれた『ペーテン』をゲームから取り除き、デッキから新たな『ペーテン』を、守備表示で特殊召喚する!」
 海馬は墓地の『ペーテン』を取り除くと、デッキから同名カードを抜き出し、決闘盤にセットした。
「なら『獄炎』で、その『ペーテン』に攻撃します」
 『獄炎』が、口腔から黒色の光線を放つ。その攻撃を受け、海馬の場の道化師は一瞬で消滅する。
「く……っ! もう一度『ペーテン』の効果を発動! デッキから3体目の『ペーテン』を守備表示で出す!」
 再び墓地の『ペーテン』を取り除き、デッキから同名カードを特殊召喚する海馬。結局このターン、零奈は海馬にダメージを与えることができなかった。
(これで『ペーテン』は残り1体。これ以上『ペーテン』で守りを固めることはできない。むしろ厄介なのは、クローンモンスターの方……)
 海馬の場を見て、冷静に分析する零奈。手札を一瞥すると、カードを1枚抜き取り、決闘盤にセットした。
「リバースカードを1枚セット。そしてエンドフェイズ。場のアンデットモンスターは、『闇竜の黒騎士』、『獄炎』のクローン、『ペーテン』の3体。アンデットモンスターが存在するため、『獄炎』が破壊されることはありません。ターンエンドです」
 こうして零奈のターンが終了する。

【海馬】
 LP:4000
 モンスター:闇・道化師のペーテン,邪神機−獄炎(クローン)
 魔法・罠:伏せカード1枚
 手札:3枚

【零奈】
 LP:4000
 モンスター:闇竜の黒騎士,邪神機−獄炎
 魔法・罠:アンデットワールド,伏せカード2枚
 手札:2枚

 海馬は、零奈の場と自分の場を交互に見つめた。
(奴の場には2体のモンスターと伏せカード2枚。俺の場にはモンスターが2体に伏せカードが1枚。俺の場にいる『ペーテン』は、攻撃要員としては使えない。しかも、効果を使うことも不可能……)
 零奈の場から目を離し、自分の手札を一瞥する。そして、デッキのカードに指を当てた。
「俺のターン、ドロー!」
 海馬は素早くカードを引き抜き、引いたカードのイラストを目に入れた。

 ドローカード:青眼の白龍

(……! 『青眼』……)
 ドローカード――『青眼の白龍』を見て、逡巡する海馬。
 自分が最も信頼するしもべであり、他者の幸せを蹂躙してまで手に入れた『青眼』。それが今、彼の手に導かれた。
「…………」
 しばし、海馬は迷った。『青眼』を使うべきか、否かを。自分にこのカードを使う資格があるのか? 自らに問う。
 だが、海馬が決断を下すのに、時間はかからなかった。
(黎川は、俺が『青眼』を使うことを視野に入れているはず。奴の意向を知るには……)
「俺は『ロード・オブ・ドラゴン』を守備表示で召喚する!」
 海馬の場に、ドラゴン族を統べる魔術師が姿を現す。この魔術師が場にいる限り、海馬の操るドラゴンは、相手の魔法能力を受け付けない。

ロード・オブ・ドラゴン
★4/闇属性/魔法使い族
ドラゴン族を支配する力を持つ魔術師
攻1200  守1100

 『ロード・オブ・ドラゴン』を召喚した海馬は、零奈の場の『アンデットワールド』を見ながら、言葉を放つ。
「お前の場にある『アンデットワールド』は、場と墓地のモンスターをアンデット族に変化させる。だが、その効果は、手札のモンスターには影響を及ぼさない」
「……!」
 海馬の言葉を聞いた零奈は、彼が何を言わんとしているかを瞬時に悟った。
 確かに海馬の言うように、『アンデットワールド』は、手札やデッキには影響を及ぼさない。そして、海馬の場には『ロード・オブ・ドラゴン』。この状況から、零奈は1枚の魔法カードを思い浮かべる。
「……来ますか」
「お前の望みどおり、ここで召喚してやる。リバースマジック発動! 『ドラゴンを呼ぶ笛』!」
 海馬が伏せカードを開くと、『ロード・オブ・ドラゴン』の手に笛が握られた。彼が発動したカード。それはまさに、零奈が思い浮かべた魔法カードと同一のものだった。

ドラゴンを呼ぶ笛
(魔法カード)
ドラゴンの支配者がこの笛を吹く時、
手札の中のドラゴン族を全て場に出すことができる

「『ロード・オブ・ドラゴン』が笛を吹くことにより、互いのプレイヤーの手札にあるドラゴンを全て場に呼び出す! 出でよ! 『カイザー・グライダー』! そして――『青眼の白龍』!」
「……! 『青眼』!」
 魔術師が奏でる笛の音に導かれ、海馬の手札から2体の上級ドラゴンが召喚される。2体のドラゴンは、全身から放たれる光で暗いフィールドを強く照らした。

カイザー・グライダー
★6/光属性/ドラゴン族
攻2400  守2200

青眼の白龍
★8/光属性/ドラゴン族
攻3000  守2500

 海馬の場に召喚された最上級ドラゴン――『青眼の白龍』は、全身から威光を放ち、敵である零奈に向けて咆哮する。そんな白き龍の姿を、零奈は至って冷静な表情で見ていた。
(早速『青眼』を呼んできた……。さすがね、海馬さん。でも、おかげで私の戦術も活かせそうよ)
 手札を一瞥すると、零奈はうっすらと笑みを浮かべた。そんな彼女に構うことなく、海馬はターンを進める。
「このターン、お前の場のモンスターを全滅させる! バトルフェイ―――」
 バトルフェイズに移行しようとする海馬。その時、零奈が動いた。
「あ、ちょっと待ってください。バトルフェイズに入る前に、伏せカードを発動させてもらいますね」
「何!?」
 突如として、伏せカードを開く零奈。瞬間、獣の咆哮がフィールド全体に響き渡る。これでは、モンスターへ攻撃命令を下すことができない。
「罠カード『威嚇する咆哮』です。このカードが発動したターン、あなたは攻撃宣言が行えません」

威嚇する咆哮
(罠カード)
このターン相手は攻撃宣言をする事ができない。

「……! バトル回避の罠カードか」
 零奈の罠カードによって、このターンは戦闘を行なえなくなった。しかし、海馬のターンはまだ続いている。
「『ドラゴンを呼ぶ笛』が墓地に置かれたので、カードを1枚ドローさせてもらうぞ」
「どうぞ」
 海馬はデッキからカードを1枚引き、そのカードのイラストを目に入れる。すると彼は、僅かに眉根を寄せた。
「…………」
 しかし、すぐにそのカードを手札に加え、エンド宣言をした。
「俺はこれでターンエンドだ」
 先ほどまでは零奈が優位かと思われたが、海馬が5体ものモンスターを展開したことで、形勢が逆転した。

【海馬】
 LP:4000
 モンスター:闇・道化師のペーテン,邪神機−獄炎(クローン),ロード・オブ・ドラゴン,カイザー・グライダー,青眼の白龍
 魔法・罠:なし
 手札:2枚

【零奈】
 LP:4000
 モンスター:闇竜の黒騎士,邪神機−獄炎
 魔法・罠:アンデットワールド,伏せカード1枚
 手札:2枚

 じっと『青眼』を見つめる零奈。そんな彼女の表情には、焦りの感情など一欠けらも見られない。いや、むしろこの状況こそ、彼女の望んだものなのだ。『青眼』に向けていた目をデッキへと移し、零奈はカードを引いた。
「私のターン、ドロー。……やりますね、海馬さん。最上級モンスターである『青眼』をこうも簡単に出すとは……」
 零奈が言うと、皮肉にしか聞こえないが、海馬は動揺せず、言葉を返す。
「お前は『青眼』が投入されたデッキと戦うことを望んだ。つまり、この光景はまさに、お前が求めていた光景。違うか?」
 それを聞くと、零奈は微笑を浮かべた。そして、手札からカードを1枚取りながら、海馬の意見を肯定する。
「仰るとおりです。おかげで私も、本領を発揮できそうですね。手札から魔法カード『洗脳−ブレイン・コントロール』を発動します」
「!? 『洗脳』のカードだと……!」
 海馬の中に動揺が走る。零奈が発動したのは、1ターンの間、敵モンスターのコントロールを得られる魔法カードだった。

洗脳−ブレイン・コントロール
(魔法カード)
敵モンスター1体を洗脳し
1ターンだけ味方にし操ることができる

「このカードの効果により、あなたの場のモンスター1体を、1ターンだけ私のしもべにすることができます。そうですね……、『邪神機−獄炎』のクローンモンスターを洗脳することにします」
「……!」
 『洗脳−ブレイン・コントロール』の効果により、海馬の場にいたクローンモンスターは零奈の場に移動する。海馬は今の一手から、彼女の次の一手を予測する。
(『獄炎』のクローンを洗脳しただけでは、この状況を打開することはできないだろう。しかも、このターンが終われば、クローンモンスターのコントロールは俺の下に戻る。ならば、奴が狙うのは……)
 思考を巡らす海馬。その間にも、零奈は次の一手を投じる。
「ここからですよ。洗脳した『獄炎』のクローンを生け贄に捧げ―――」
「……やはり、生け贄に利用したか!」
 1ターンで敵の手に渡るなら、その前に生け贄に使ってしまう。海馬の予想通りだった。そして、彼女もまた、手札に眠る最上級モンスターを場に呼び出す。
「―――『真紅眼の不死竜(レッドアイズ・アンデットドラゴン)』を召喚します」
「何……! 『真紅眼』!?」
 漆黒に染まった天空より、『闇竜の黒騎士』や『邪神機−獄炎』と同様、邪気を帯びた黒竜が降り立つ。まるで、怨讐の念を内に秘め、冥界から現世へと戻ってきたかのような、そんな邪悪さを感じさせるその黒き竜は、真紅の眼光で、海馬と、彼の操る白き龍を射た。
「『真紅眼の不死竜』のレベルは7ですが、アンデット族モンスターを生け贄にして召喚する場合、生け贄を1体減らすことができます」
 自分を守るかのようにフィールドに降り立った黒竜を見ながら、零奈は淀みなく語る。それを聞いた海馬は顔を歪めた。
「生け贄を減らす能力か。このフィールドにおいては、充分にそのメリットを活かせるな……」

真紅眼の不死竜
★7/闇属性/アンデット族
このカードはアンデット族モンスター1体を生け贄に捧げて
表側攻撃表示で生け贄召喚する事ができる。
このカードが戦闘によってアンデット族モンスターを破壊し墓地へ送った時、
そのモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
攻2400  守2000

 『真紅眼』を召喚した零奈は、バトルフェイズに移行する。
「バトルです。まずは『邪神機−獄炎』で、『ロード・オブ・ドラゴン』を攻撃します」
「……! やはり『ロード・オブ・ドラゴン』を……」
 海馬の場に『ロード・オブ・ドラゴン』がいる限り、彼の場のドラゴンは、零奈の魔法能力を受け付けない。これは厄介だと踏んだ零奈は、『ロード・オブ・ドラゴン』の撃破を優先したのだ。
 『獄炎』の攻撃力は2400。守備力1100の『ロード・オブ・ドラゴン』は、あっけなく粉砕される。
 そして、まだ零奈の攻撃は終わらない。
「では、さらに『真紅眼の不死竜』で『青眼の白龍』を攻撃します」
「!? 攻撃力は『青眼』の方が上……それを承知の上でか!?」
 海馬は目を見開いた。彼の場の『青眼』は攻撃力3000。対する『真紅眼』は攻撃力2400。バトルが成立すれば、当然『真紅眼』は返り討ちになる。
「ち……! 迎撃しろ! 『青眼』!」
 零奈が何かを企んでいると思いつつ、とにかく反撃を試みる海馬。しかし―――
「ここで、リバースカードオープン。魔法カード『闇の呪縛』です」
「!」
 『青眼』が反撃しようとした刹那、零奈の場に伏せられていた1枚のカードが開かれた。それと同時に、闇の鎖が白き龍の動きを封じ、その力を弱体化させる。

闇の呪縛
(魔法カード)
闇の鎖は敵の身動きを奪い、攻撃力を700ダウンさせる

 青眼の白龍 攻撃力:3000→2300

「残念でしたね、海馬さん。『闇の呪縛』の効力により、『青眼』は反撃を封じられ、攻撃力が700ダウンします」
「くっ……! 『青眼』と『真紅眼』の力が逆転したか……!」
 攻撃力は僅かに、零奈の操る黒き竜が上回る。しかし、海馬には対抗のしようがなかった。
「これで攻撃力は『真紅眼』の方が上ですね。『真紅眼』よ、『青眼』を葬りなさい。“ダークネス・ギガ・トラジェディ”」
「……っ!」
 赤黒く染まった火球を、口腔より放つ『真紅眼』。その攻撃に対し、『青眼』は反撃することすらできずに、葬られてしまった。

 海馬 LP:4000→3900

(『青眼』が葬られるとは……!)
 たった1ターンで、『青眼』を退けた零奈。だが、彼女の猛攻は終わりを見せない。本当の悲劇はここからなのだ。
「さて……、ここからがお楽しみですよ。もうお分かりですね?」
「く……っ!」
 楽しげに、海馬に訊ねる零奈。海馬は既に分かっていた。零奈が呼び出した『真紅眼』には、特殊能力が備わっている。このフィールドだからこそ、真価を発揮する能力が。
 気付いた時には、零奈の場が重苦しい闇で満たされていた。その闇の中では、何かが蠢いている。そして、闇の中で、零奈が静かに言葉を放った。
「―――おいで、『青眼』」
 やがて闇が薄まると、零奈の場の状況が海馬の目に入る。そこには、新たなモンスターが召喚されていた。零奈の場に現れたモンスター、それは海馬もよく知る、否、彼が最も信頼するモンスターであり、彼の力を象徴するドラゴン。
「『青眼』……!」
 零奈の場に召喚されたモンスターは紛れもなく、『青眼の白龍』だった。つい先ほどまで海馬の場にいた『青眼』が、今は彼女を守護するかのように、海馬の前に立ち塞がっている。
「ふふ……。『真紅眼の不死竜』の特殊能力を発動しました。このカードが戦闘でアンデット族モンスターを葬った時、そのモンスターを私の場に特殊召喚することができます。そう。『青眼』のカードをね」
「……っ!」
 海馬はゆっくりと、零奈の場の『アンデットワールド』を睨みつけた。
 『アンデットワールド』によって、場と墓地のモンスターはアンデット族と化している。それ故に、アンデット族となった『青眼』は、『真紅眼の不死竜』の効果により、特殊召喚することが可能になったのだ。
(……互いの場と墓地のモンスターは全てアンデット族。つまり、『真紅眼の不死竜』は、如何なるモンスターでも、その能力によって味方に付けることができる……!)
 他人から奪ったカードとは言え、それでも『青眼』は、海馬の最も信頼するモンスターである。それを奪われるというのは、気分のいいものではなかった。
「『青眼』は今、私のしもべとなりました。その力、存分に使わせてもらいましょう。『青眼』で『カイザー・グライダー』を攻撃します。“滅びのバーストストリーム”」
「く……!」
 『青眼』を味方につけた零奈は、容赦なく『青眼』による攻撃を行なった。白き龍は口腔に青白いエネルギーを収束させると、海馬の場に向けてそれを放つ。攻撃対象となった『カイザー・グライダー』もまた、口腔からエネルギーを放ち、反撃する。
 しかし、『青眼』が放つ攻撃には、攻撃力2400の『カイザー・グライダー』では歯が立たず、葬られる。

 海馬 LP:3900→3300

 『カイザー・グライダー』が倒されたことにより、海馬の場に残るのは、守備表示の『闇・道化師のペーテン』のみとなる。
「まだ私のバトルフェイズは終了していませんよ。『闇竜の黒騎士』で『ペーテン』を攻撃です」
 止まらない零奈の猛攻。海馬の場に存在していたモンスターは、このターンの攻撃によって全滅する。
「……っ! 全滅だと……!?」
 5体ものモンスターが展開された布陣。それをたった1ターンで、しかも、『青眼』を奪われた上で崩され、海馬は顔をしかめた。
「私はこれでターンエンドです。さあ、あなたのターンですよ」
 零奈はターンを終え、海馬に決闘の続行を促す。しかし、海馬はカードを引かず、己の敵と化した『青眼』を、ただただ睨みつけていた。
 『青眼』もまた、己の敵と化したかつての主を、その青き瞳で睨みつける。
「…………」
「…………」
 ほんの僅かな沈黙。フィールドは、重苦しさを増大させていく。

【海馬】
 LP:3300
 モンスター:なし
 魔法・罠:なし
 手札:2枚

【零奈】
 LP:4000
 モンスター:闇竜の黒騎士,邪神機−獄炎,真紅眼の不死竜,青眼の白龍
 魔法・罠:アンデットワールド
 手札:1枚




3章 再会

 『青眼の白龍』――海馬の最も信頼するモンスターであり、彼の力の象徴。
 他人の幸せを蹂躙し、彼が手にした力。偽りの力。背徳の力。
 しかしそれでも、彼が『青眼』を信頼していたのは確かだ。そして、信頼していた“それ”は今、彼の手元を離れ、叛逆の狼煙を上げた。一言で言えば、屈辱である。
 零奈のしもべと化した『青眼』。それを睨みつけながら、海馬は思考を巡らした。
(次の奴のターン、俺への直接攻撃を許すわけには行かない。俺の手札はモンスターカードが2枚。場のカードは0。手札にあるモンスターは、召喚すること自体は可能だが……)
 海馬は、手札と場の状況を交互に確認する。次のターン、零奈の場のモンスターに攻撃を仕掛ける手段は、自分の手札に備わってはいた。しかし、攻撃が成功したとしても、それで勝負がつくわけではない。すなわち、反撃されることを視野に入れなければならない。持ち札が少ないこの状況で、下手にカードを消費すれば、自滅という結果を招くことになる。
(ならば……このドロー次第か)
 ひとまず、このターンに引くカードにより、戦略を立てることにした海馬。まずは、手札を増やすことが先決だろう。
「俺のターン、ドロー!」
 ドローカードを手札に加えると、海馬は零奈の決闘盤に視線を移す。彼女の決闘盤は既に、カードを置くスペースが全て埋まっている状態にあった。
(奴は次のターン、何らかの形で決闘盤のカードステージに空きを作らない限り、新たなカードを置くことはできない……)
 視線を自分の手札に移す。悪くない手札ではあるが、これだけでは少々心許ない。
(このターンは様子見か……)
 海馬はこのターンに引いたカードを手に取り、決闘盤にセットした。
「リバースカードを1枚セット! ターンを終了する!」

【海馬】
 LP:3300
 モンスター:なし
 魔法・罠:伏せカード1枚
 手札:2枚

【零奈】
 LP:4000
 モンスター:闇竜の黒騎士,邪神機−獄炎,真紅眼の不死竜,青眼の白龍
 魔法・罠:アンデットワールド
 手札:1枚

「私のターン、ドロー」
 カードを引くと、零奈は海馬の場の伏せカードを一瞥した。今、彼の場には、その伏せカード1枚だけが置かれている。それがブラフであれば、決闘はこのターンに終わる。しかし、相手はあの海馬瀬人。そう簡単には終わらせないだろう――そう零奈は踏んだ。
 とは言え。
(魔法か、罠か……。まあ、どちらでも構わないわ……)
 伏せカードがあろうがなかろうが、零奈は攻撃の手を休めるつもりはなかった。
(私の決闘盤のカードスペースは、全て埋まっている。よって私は新たなカードを出せない。海馬さんも当然、それを考慮しているはず。だからこのターンは、様子見に移った。……そんなところかしら)
 自分の決闘盤を見て、海馬の考えを察した零奈。しかしどの道、彼女が選ぶ道は1つだけである。
「このターンで終わってしまうかも知れませんね。バトルフェイズです。『青眼』の攻―――」
 零奈が『青眼』に攻撃命令を下す。刹那、海馬が言葉を発した。
「甘く見られたものだな。リバース・マジック! 『コマンドサイレンサー』!」
「!?」
 海馬が伏せカードを開くと同時に、フィールド全体に耳障りな高音が鳴り響く。その高音は、零奈の攻撃命令をかき消すのには充分なものだった。

コマンドサイレンサー
(魔法カード)
相手の攻撃宣言時に発動。
攻撃宣言を無効にし、バトルフェイズを終了させる。
その後、自分はカードを1枚引く。

「『コマンドサイレンサー』の効果により、お前の攻撃宣言は無効となり、バトルフェイズは終了となる。さらに、俺はカードを1枚ドローする」
 先ほどセットしたカードを使い、このターンの戦闘を回避した海馬は、そのカードの効力により、カードを1枚引く。引いたカードは、強力な罠カードだった。
「ふふ……。そう簡単には行かないようですね。ターンエンドです」
 これ以上は何もすることがない零奈は、微笑を浮かべながらエンド宣言をした。
 このターン、場の状況に大きな変化は起こらなかった。零奈の場には相変わらず4体のモンスターが存在し、海馬の場にはモンスターが1体も存在しない。海馬が不利であることに変わりはない。
 だが、海馬の闘志は消えない。迷うことなくカードを引く。
「俺のターン、ドロー!」
 そして、引き当てた魔法カードを見て、次なる一手が決定する。海馬は、手札からモンスターカードを1枚取り、場に召喚した。
「俺はこのモンスターを召喚する! 出でよ! 『正義の味方 カイバーマン』!」
「!? 『カイバーマン』……」
 海馬の場に、素顔を隠した戦士が現れる。その戦士の風貌は、どこか主である海馬に近いものがあった。

正義の味方 カイバーマン
★3/光属性/戦士族
このカードを生け贄に捧げる事で、
手札から「青眼の白龍」1体を特殊召喚する。
攻 200  守 700

「このカードは、自身を生け贄に捧げることで、手札の『青眼』1体を呼び出すことができる!」
「『青眼』を呼び出す能力……」
 あくまで、冷静さを保つ零奈。海馬瀬人という男を相手にする以上、『青眼』が速攻召喚されるであろうことは想定の範囲内である。他人から奪ったカードとは言え、彼が『青眼』を手足の如く使いこなしてきたことは確かな事実なのだから。
「『カイバーマン』の効果発動! 自身を生け贄に捧げ――手札より出でよ! 『青眼の白龍』!」
 海馬は『カイバーマン』の効果を発動させた。すると、『カイバーマン』の体は光の粒子となり、徐々に1体のドラゴンを形成する。やがて、光の粒子は完全にドラゴンの姿となり、海馬の場に、再び白き龍――彼が持つ2体目の『青眼』が降臨した。
 零奈の場に『青眼』。そして、海馬の場にも『青眼』。2体の『青眼』は、己の主の敵である白き龍に向け、雄々しく咆哮する。
「…………」
 『青眼』を召喚した海馬は、すぐにはバトルフェイズに移らず、零奈の場を見て数秒間思案する。
(奴の場にいるモンスターは……、『真紅眼』……、『獄炎』……、『闇竜の黒騎士』……)
 零奈の場のモンスターを再確認し、1つの結論を出すと、海馬はバトルフェイズに突入した。
「バトルだ! 『青眼』で『闇竜の黒騎士』を攻撃! “滅びのバーストストリーム”!」
「……!」
 海馬の場の『青眼』が威光を放ち、零奈の場にいた『闇竜の黒騎士』を一瞬で消し去る。『青眼』の攻撃による強烈な演出を前に、零奈は思わず、腕で顔を覆った。
 『青眼』の圧倒的な力により、零奈のライフは大きく削られる。

 零奈 LP:4000→2900

「俺はカードを2枚伏せ、ターンエンドだ!」
 バトルフェイズを終えると、海馬は手札2枚を決闘盤にセットし、エンド宣言をした。そして、零奈の場にいる『青眼』に目を向ける。
(黎川……お前が『青眼』を操るなら、俺もまた『青眼』で迎え撃つまでだ。勝負は次のターン……。俺の読みが正しければ、お前の次の一手は―――)

【海馬】
 LP:3300
 モンスター:青眼の白龍
 魔法・罠:伏せカード2枚
 手札:0枚

【零奈】
 LP:2900
 モンスター:邪神機−獄炎,真紅眼の不死竜,青眼の白龍
 魔法・罠:アンデットワールド
 手札:2枚

 零奈は動揺する様子を見せずに、海馬の場の『青眼』に目を向ける。
(2体目の『青眼』……。じゃあ、そのカードも掌握するまで……かな)
 海馬が『青眼』を出すことは、零奈にとっては都合のいいことだった。むしろ彼女が避けたいのは、海馬の『青眼』が彼のデッキの中で眠り続けること。それでは、零奈の戦術が機能しない。『青眼』がフィールド、あるいは墓地にいることでこそ、零奈の戦術は機能する。
「私のターン、ドロー。せっかく出てきたところ悪いですが、その『青眼』も私に降ってもらいますよ。『真紅眼の不死竜』であなたの場の『青眼』に攻撃です」
 カードを引いてすぐに、零奈はバトルフェイズに移行する。『真紅眼』で『青眼』を攻撃。これは、海馬も予想していたことだった。
「迎撃しろ! 『青眼』!」
 零奈は、魔法などで『青眼』を弱体化させて『真紅眼の不死竜』で葬り、その効果で味方に付けることを狙ってくる――そう予想していた海馬。
 そして彼の予想通り、零奈は『青眼』に対して仕掛けてきた。
「!? 『青眼』が……沈黙している……?」
 海馬の場の『青眼』は、迎撃する様子を見せず、ただ沈黙している。まるで眠りについてしまったかのように。
「やはり……!」
 顔をしかめながら、零奈の場に目を向ける海馬。零奈が魔法カードを発動していたのだ。
「『真紅眼』の攻撃時、魔法カード『催眠術』を発動しました。このカードによって、『青眼』を眠らせ、攻撃力を800ポイントダウンさせます」
「ち……っ! 『催眠術』のカードか!」
 零奈が発動した魔法カードにより、海馬の場の『青眼』は眠りにつき、弱体化してしまう。

催眠術
(魔法カード)
敵モンスターを眠らせ攻撃力を800ポイント減少させる

 青眼の白龍 攻撃力:3000→2200

「これで『真紅眼』の方が攻撃力は上です。『真紅眼』よ、『青眼』を私の手に。“ダークネス・ギガ・トラジェディ”」
 『真紅眼』の赤黒い火球が、海馬の『青眼』に向けて放たれる。しかし、眠りについた『青眼』は反撃する様子を見せない。この戦闘が成立すれば、海馬は2体目の『青眼』を失うことになる。
 だが、海馬は対策を講じていた。彼の場の伏せカードが開かれる。
「させるか! 罠カード『攻撃誘導アーマー』を発動! 呪われし鎧を装着したモンスターに、『真紅眼』の攻撃が誘導される!」
「!?」
 海馬が発動した罠カードの効果により、零奈の『邪神機−獄炎』に呪われし鎧が装着される。すると、『真紅眼』の攻撃が軌道を変えた。

攻撃誘導アーマー
(罠カード)
呪われし鎧を装着されたモンスターに攻撃が誘導される

「この罠の効果により、お前の場の『獄炎』に鎧を装着! 『真紅眼』の攻撃対象は『獄炎』に変更される!」
「……! 『獄炎』の攻撃力は2400……。『真紅眼』と互角……」
 零奈が気付いた時には、『真紅眼』が放った火球は、『獄炎』に向かって進んでいた。
「お前の場のモンスター同士で相討ちだ! 消え去れ!」
「く……」
 零奈に対抗手段はなく、『獄炎』は『真紅眼』の攻撃を受けてしまう。攻撃を受けた『獄炎』は、口腔から黒き光線を放ち、味方である『真紅眼』に命中させた。
 2体のモンスターの攻撃力はともに2400。結果は当然、相討ちとなる。今の戦闘により、零奈は2体の味方モンスターを失った。
(……さっきのターン、『闇竜の黒騎士』を攻撃したのは……、この相打ちを狙うためだったのね……)
 前のターン、海馬は『青眼』で、『真紅眼』や『獄炎』ではなく、『闇竜の黒騎士』を攻撃した。今思えばそれは、『攻撃誘導アーマー』の効果で『真紅眼』と『獄炎』を相討ちさせるための行動だった、と零奈は気付いた。
 海馬は、零奈が『真紅眼』で攻撃してくることを読んでいたのだ。零奈は必ず、2体目の『青眼』を奪いに来ると考え、そして、相打ちによって2体のモンスターを葬ることを思いついた……。
(したたかな男ね、海馬さん。でも、私の場には『青眼』が残っている。それに対して、あなたの場にいるのは、弱体化した『青眼』が1体。どの道、あなたの『青眼』はこのターンに葬られるわ)
 2体のモンスターを失ったとは言え、まだ零奈の場には『青眼』がいる。そしてこのターン、『青眼』は攻撃を行なっていない。
「さすがですね、海馬さん。けど、まだ『青眼』の攻撃が残っていますよ。しかも、あなたの場にいる『青眼』は、『催眠術』の効果で眠らされ、反撃することもできません」
「…………」
 終わらない、零奈のバトルフェイズ。海馬は、自分の場に残された1枚の伏せカードを一瞥した。
「では、『青眼』で攻撃です。“滅びのバーストストリーム”」
 零奈が攻撃宣言を行い、彼女の操る白き龍が、海馬の操る白き龍に向けて、滅びの威光を放つ。このままでは、海馬の『青眼』は葬られてしまう。
 しかし、海馬は当然、これも想定済みである。攻撃が命中する寸前、伏せカードを開く。
「無駄だ! 魔法カード『亜空間物質転送装置』を発動! 俺の場の『青眼』を亜空間に転送させる!」
「……!」
 突如、海馬の場に転送装置が出現する。同時に、その転送装置から海馬の場の『青眼』に向けて光線が放たれ、光線を受けた『青眼』は姿を消した。

亜空間物質転送装置
(魔法カード)
場のモンスター1体を別の場所に転送する。
それが相手の場でもかまわない。

 攻撃対象となった海馬の『青眼』が消えたことで、零奈の『青眼』の攻撃は、虚しく空を切る。
「このカードの効力により、俺の『青眼』は亜空間へ転送された! そして、お前の『青眼』の攻撃は、攻撃対象を失ったことで不発に終わる!」
「……全部かわされてしまうとは。やれやれ、お見事です」
 このターンの攻撃を、全て回避してしまった海馬。零奈は海馬の実力を賞賛したが、しかし、海馬にしてみれば、それは皮肉にしか聞こえない。事実、零奈は皮肉の意味を込めていた。
(奪ったカードでも、使いこなそうと思えば使いこなせるものなのね……)
 一方、海馬の場では『亜空間物質転送装置』が消滅し、亜空間に転送されていた『青眼』が帰還を果す。そこにいる『青眼』は、先ほどのように『催眠術』によって眠らされたものではなかった。
「俺の『青眼』は、一度フィールドから離れたため、お前の『催眠術』との関係が断ち切られる。よって攻撃力は3000ポイントに戻る」

 青眼の白龍 攻撃力:2200→3000

 亜空間に移動したことで、力を完全に取り戻した『青眼』。零奈は戦況を確認し、手札から1枚のモンスターカードを選び取った。
「まだ私のターンは終わっていません。私は『馬頭鬼』を守備表示で召喚します」
 零奈の場に、斧を携えたモンスターが出現した。そのモンスターの頭や蹄は、その名の通り、馬を彷彿とさせる。

馬頭鬼
★4/地属性/アンデット族
墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
自分の墓地からアンデット族モンスター1体を特殊召喚する。
攻1700  守 800

「これでターンエンドです」
 モンスターを1体増やし、零奈はターンを終えた。

【海馬】
 LP:3300
 モンスター:青眼の白龍
 魔法・罠:なし
 手札:0枚

【零奈】
 LP:2900
 モンスター:青眼の白龍,馬頭鬼
 魔法・罠:アンデットワールド
 手札:1枚

「俺のターン、ドロー!」
 カードを引くと、海馬はすぐさま、そのカードを決闘盤にセットした。それにより、海馬の場に醜悪な顔が彫りこまれた壺が出現する。
「魔法カード『強欲な壺』! その効果で、俺はさらにカードを2枚ドローする!」
「ドロー強化カードですか。運がいいですね」

強欲な壺
(魔法カード)
自分のデッキからカードを2枚ひく。
ひいた後で強欲な壺を破壊する。

 『強欲な壺』の効果で手札を増やすと、海馬は自分の手札と零奈の場を交互に見た。
(俺の手札に『青眼』の攻撃力を上げるカードはない。このターン、奴の『青眼』に攻撃しても相討ち……。しかしそれよりも、奴の場にいる『馬頭鬼』……。あのモンスターが墓地に存在する時、それをゲームから取り除けば、アンデット族モンスター1体を蘇生させることができる……)
 墓地のモンスターは現在、『アンデットワールド』の効果でアンデット族として扱われる。すなわち、『馬頭鬼』はいかなる種族のモンスターでも、蘇生させることが可能なのだ。
「…………」
 しばしの間、思考を巡らす海馬。思考の後、彼は零奈の『青眼』を睨みつけた。
「バトルだ! 俺の『青眼』でお前の『青眼』を攻撃する!」
「……! 『青眼』で『青眼』を攻撃……。ふふ……相討ち狙いですか?」
 零奈は微笑を浮かべ、迎撃の姿勢に出た。
「行くぞ! 『青眼の白龍』の攻撃!」
「迎撃です。『青眼の白龍』」
 両者の操る『青眼』が、口腔にエネルギーを集束させる。己の主を守るために。そして、己の敵を排除するために。
 2体の白き龍が、限界までエネルギーを溜めた時、海馬と零奈が同時に叫んだ―――――。


「「―――――“滅びのバーストストリーム”―――――!」」


 主の叫びとともに、2体の『青眼』が滅びの威光を放つ。2つの攻撃は場の中央でぶつかり、数秒間のせめぎ合いの後、巨大な爆発を起こした。
「ぐぁ……っ!」
「うぅ……っ」
 海馬と零奈は、共に腕で顔を覆った。何しろ、攻撃力3000同士の相打ちである。その演出は並大抵の威力ではない。激しい衝撃が2人の決闘者に喰いかかり、彼らは足に力を入れ、それに耐える。
「く……! 2体の『青眼』は相打ちによって、どちらも墓地に送られる……!」
 海馬は自分の決闘盤から『青眼』のカードを取ると、墓地スペースに置いた。
(私の場の『青眼』も墓地に……)
 零奈もまた『青眼』のカードを自分の決闘盤の墓地スペースに置く。スーパーエキスパートルールのため、零奈の場にいた『青眼』は、零奈の墓地に置かれるのだ。
「俺のターンはまだ終わってはいない。俺は『仮面竜(マスクド・ドラゴン)』を守備表示で出し、ターン終了だ!」
 『青眼』を失った海馬は、ターンをすぐには終えず、壁モンスターを1体召喚した。彼が召喚したドラゴンは、戦闘で破壊されても、新たなドラゴンをデッキから呼び出す力を持っている。

仮面竜
★3/炎属性/ドラゴン族
このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、
デッキから攻撃力1500以下のドラゴン族モンスター1体を
自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
その後デッキをシャッフルする。
攻1400  守1100

 零奈は、今の状況を冷静に分析していた。
 先のターンの戦闘により、互いの場にいた『青眼』は消滅し、今は守備モンスターが1体ずつ。
 そして、2体の『青眼』は、互いの墓地に1枚ずつ眠っている。
(2体の『青眼』は墓地送り……。けど……これでいいわ……)
 満足げに笑みを浮かべる零奈。そんな零奈の視線は、彼女の手札にあるモンスターカードに向けられていた。
「私のターンです。ドロー。……では、このカードで行きましょうか。チューナーモンスター『ゾンビキャリア』を召喚します」
「!? ……“チューナー”だと?」
 カードを引いてすぐに、零奈は手札のモンスターカードを決闘盤にセットした。それにより、零奈の場に大柄のゾンビが出現する。しかし、海馬が気になったのは、零奈が口にした“チューナー”という単語だった。

ゾンビキャリア
★2/闇属性/アンデット族・チューナー
手札を1枚デッキの一番上に戻して発動する。
墓地に存在するこのカードを自分フィールド上に特殊召喚する。
この効果で特殊召喚されたこのカードは、
フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。
攻 400  守 200

(チューナーモンスター……。“シンクロモンスター”を呼び出すために必要なモンスターか……!)
 シンクロモンスター――そのような単語が海馬の脳裏を過ぎった。
 シンクロモンスターとは、M&Wの世界において、つい最近考案された、融合召喚や合体召喚とは違う、全く新しい方法によって召喚されるモンスターのことである。その最大の特徴は、場にチューナーモンスター1体と他のモンスター1体以上が揃った時、『融合』魔法カードなどを使うことなく、瞬時に召喚できるということである(しばしば、“チューニング”と呼ばれる)。
 性質としては『マグネットモンスター』などに見られる“合体”に近いものがあるが、“合体”と違うのは、召喚されるシンクロモンスターが、素材となったモンスターのレベルの合計で決まる、ということにある。それはつまり、状況に応じて、召喚するシンクロモンスターを選択できるということに他ならない。
 それ故、シンクロというシステムは未だかつてないほどの汎用性と爆発力を秘めており、それを危険視したI2社は、チューナーモンスターの生産中止を決定。現在では、生産再開の目処は立っていないという。そのため、チューナーモンスターは出回っている数が極めて少なく、希少価値が非常に高い。
 このような背景もあり、ソリッドビジョンシステムでは、シンクロというシステムにはさほど大きなサポートはしていない。具体的には、出現するシンクロモンスターのパターンが極めて少ない。かつては、多数のパターンがあったが、ゲームバランスを維持するというI2社の意向の下、海馬はI2社が設けた一定の条件を満たすシンクロモンスターだけを、決闘盤でソリッドビジョン化できるようにしたのだ。今は全部で5つのパターンがソリッドビジョン化できるようになっている。
(あの時、I2社が設けた、ソリッドビジョン化できるシンクロモンスターの条件は、「シンクロ素材に指定がある」こと。そして、「モンスター効果を単体で使用するのがやや困難である」こと。この2つの条件を満たすシンクロモンスターだけが、決闘盤でソリッドビジョン化することが可能……)
 海馬は、ソリッドビジョン化可能なシンクロモンスターを思い返してみた。その中で、零奈が呼び出すシンクロモンスターはどれか。
 対する零奈は、自分の場にいるモンスター――『馬頭鬼』と『ゾンビキャリア』に目をやりながら、微笑を浮かべていた。
「さて……。チューナーモンスターが何なのか、あなたならばご存知ですよね?」
「……無論だ」
 零奈の問いに短く答えながら、海馬は零奈の場のモンスターを確認していた。
(『馬頭鬼』……レベル4。『ゾンビキャリア』……レベル2。レベルの合計は6……。奴は今、レベル6のシンクロモンスターを召喚できることになる……)
 出てくるシンクロモンスターはレベル6。レベル6でソリッドビジョン化可能なシンクロモンスターは何か。
(『ゾンビキャリア』……。レベル6……。そうなると……)
 思考を巡らす海馬を横目に、零奈は次の一手を投じる。
「では、早速行かせてもらいましょう。レベル4『馬頭鬼』にレベル2『ゾンビキャリア』をチューニング」
「……! 来るか……!」
 シンクロ召喚を行なうことを宣言した零奈。それにより、『ゾンビキャリア』の姿が緑色に輝く2つの光輪と化す。その光輪を『馬頭鬼』が潜り抜け、『馬頭鬼』は4つの光点へと姿を変えた。
「憎悪の炎を身に宿し、現世と来世の境界を越えよ。シンクロ召喚―――」
 2つの光輪と4つの光点は中空で交じり合い、その姿を次第に変化させていく。それはドラゴンのようにも見られた。
「―――君臨せよ、『デスカイザー・ドラゴン』」
 零奈の声と共に、交じり合った光から1体のドラゴンが姿を現す。光から生まれたとは考えづらい、見るからに邪悪で、禍々しい姿を持つそのドラゴンは、翼を広げ、海馬の場に向けて咆哮した。
「『デスカイザー・ドラゴン』……! やはり……こいつで来たか!」

デスカイザー・ドラゴン
★6/炎属性/アンデット族・シンクロ
「ゾンビキャリア」+チューナー以外のアンデット族モンスター1体以上
このカードが特殊召喚に成功した時、
相手の墓地に存在するアンデット族モンスター1体を選択し、
攻撃表示で自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時そのモンスターを破壊する。
攻2400  守1500

 現状、レベルが6であり、『ゾンビキャリア』をシンクロ素材にでき、なおかつソリッドビジョン化可能なシンクロモンスターは、『デスカイザー・ドラゴン』のみである。故に、零奈が今出せるシンクロモンスターは、必然的に『デスカイザー・ドラゴン』となるわけだ。
「……! これは……!?」
 『デスカイザー・ドラゴン』に目を向けていた海馬だが、ふと自分の決闘盤の墓地スペースが反応を起こしていることに気付く。そして、『デスカイザー・ドラゴン』の存在から、海馬は次に何が起こるのかが予測できた。
「ふふ……。『デスカイザー・ドラゴン』の効果発動です。このカードが特殊召喚に成功した時、相手墓地のアンデット族モンスター1体を、私の場に蘇生させることができます」
「……っ! そうか……。お前の狙いは……あくまでも……」
 今、墓地に存在するモンスターは、全てアンデット族。つまり、『デスカイザー・ドラゴン』は、あらゆるモンスターを蘇生させることが可能だ。この状態で零奈が蘇生させるのは当然―――。
「そう。私はあなたの墓地から、『青眼の白龍』を蘇生させます」
「……!」
 再び『青眼』を奪いに来た零奈。しかし、海馬に対抗策はない。『青眼』が彼女のしもべとなるところを、指を銜えて見ているしかない。
「―――おいで、『青眼』」
 『デスカイザー・ドラゴン』が、黒いオーラを纏い始める。現世と来世の境界をなくすドラゴンは、地に眠りし『青眼』を、今一度現世に召喚する。
 海馬の墓地に眠っていた白き龍は、零奈の場にその姿を現し、彼女のしもべと化した。これで、零奈の操るドラゴンは2体。2体のドラゴン――『青眼』と『デスカイザー・ドラゴン』は、海馬を強く睨みつける。
「『青眼』召喚。これで2体目ですね、海馬さん」
「ち……っ!」
 2体目。確かに零奈は、海馬の手から2体の『青眼』を奪った。1体は彼女の墓地に、1体は彼女の場に。残る1体の『青眼』は、まだ海馬のデッキに眠っている。
「じゃあ、バトルと行きましょうか。『青眼』で『仮面竜』に攻撃します。“滅びのバーストストリーム”」
 零奈の攻撃宣言により、『青眼』が攻撃を仕掛ける。攻撃を受けた『仮面竜』は、一瞬で粉砕されてしまう。その衝撃に耐えながら、海馬は『仮面竜』の能力を発動させる。
「『仮面竜』の効果発動! 『仮面竜』が戦闘で破壊された時、デッキから攻撃力1500以下のドラゴン族モンスターを1体、場に特殊召喚する! 俺は2体目の『仮面竜』を守備表示で特殊召喚!」
 海馬はデッキから2枚目の『仮面竜』のカードを取り、決闘盤にセットした。その様子を見ても、零奈は動じることなく、むしろ楽しげに、攻撃を続行する。
「なら、2体目の『仮面竜』は『デスカイザー・ドラゴン』で攻撃します。“エンドレス・ヘイト・ブレイズ”」
 今度は、『デスカイザー・ドラゴン』が口腔から炎を放ち、『仮面竜』を焼き払う。『仮面竜』が倒されたため、海馬は再び、デッキからドラゴン族モンスターを1体特殊召喚した。
「『仮面竜』の効果発動! 『神竜 ラグナロク』を守備表示で特殊召喚する!」
 神の使いと言われるドラゴンが、海馬の場に召喚される。しかし、その力は零奈の操るドラゴンには及ばない。

神竜 ラグナロク
★4/光属性/ドラゴン族
攻1500  守1000

「モンスターが途切れませんね……。まあ、いいでしょう。私はカードを1枚伏せ、ターンエンドです」
 『青眼』を従え、一気に優位となった零奈は、余裕の表情を浮かべている。海馬はただ、零奈の場の『青眼』、そして『デスカイザー・ドラゴン』を睨みつけていた。

【海馬】
 LP:3300
 モンスター:神竜ラグナロク
 魔法・罠:なし
 手札:1枚

【零奈】
 LP:2900
 モンスター:デスカイザー・ドラゴン(ゾンビキャリア,馬頭鬼),青眼の白龍
 魔法・罠:アンデットワールド,伏せカード1枚
 手札:0枚

「俺のターン、ドロー!」
 カードを引き、海馬は自分がどのような状況にあるかを再確認した。今、彼の手札は2枚。そして、場のカードは『神竜 ラグナロク』1体のみ。
 場と手札を確認すると、次は零奈の決闘盤に視線を移す。彼女の決闘盤は、再び全てのカードステージが埋まっている。
(シンクロ召喚の場合も、融合召喚と同じく、素材となったモンスターは決闘盤に置かれ続ける……。故に、奴の決闘盤には、先ほどシンクロ召喚に使用された『ゾンビキャリア』と『馬頭鬼』が置かれたまま……)
 『ゾンビキャリア』、『馬頭鬼』、『青眼の白龍』、『アンデットワールド』、そして伏せカード1枚。合計5枚のカードにより、彼女の決闘盤は新たなカードを置けない状態にある。
(新たなカードを置けないとは言え、俺が不利なのは明白。このままターンを流せば、次のターン、ほぼ確実に俺のライフは0にされるだろう……。このターンで、対策を講じる必要がある……)
 『青眼』と『デスカイザー・ドラゴン』。この2体にどう対処するか、海馬は思案する。思案する彼の視線は、零奈の場で邪悪なオーラを纏う『デスカイザー・ドラゴン』を射ていた。
(黎川の『青眼』は、『デスカイザー・ドラゴン』によって、その身を場に保つことができている。よって、『デスカイザー・ドラゴン』が場から離れてしまえば、『青眼』も墓地に眠る。優先して対処すべきなのは、『デスカイザー・ドラゴン』だろう)
 オーラを纏う『デスカイザー・ドラゴン』。それは、死者を現世に保つ術を使っていることを意味している。ならば、この『デスカイザー・ドラゴン』を場から退け、『青眼』を道連れにする――それが理想だろう。そこまで考えたところで、海馬は手札から魔法カードを発動した。
「魔法カード『白竜降臨』を発動! 場か手札からレベルが4以上になるようにモンスターを生け贄に捧げ、儀式モンスター『白竜の聖騎士(ナイト・オブ・ホワイトドラゴン)』を儀式召喚する!」
「『白竜降臨』……ですか。それは確か……」
 海馬が発動した『白竜降臨』。それは『青眼』を呼び出すための、足掛かりとも言えるカードだった。

白竜降臨
(魔法カード)
「白竜の聖騎士」の降臨に必要。フィールドか手札から、
レベルが4以上になるよう生け贄を捧げなければならない。

「『白竜の聖騎士』……『青眼』の力を宿した騎士でしたね」
 『白竜の聖騎士』。それは『青眼』を呼び出す能力を秘めたモンスター。つまり、海馬はここで、新たな『青眼』を召喚するつもりなのだ。
「俺は場の『神竜 ラグナロク』を儀式の生け贄とし、『白竜の聖騎士』を降臨させる!」
 レベル4の『神竜 ラグナロク』が儀式の生け贄となり、白いドラゴンに跨った騎士が、海馬の場に降臨した。その姿は、零奈が序盤に召喚した『闇竜の黒騎士』に酷似しているが、こちらは不気味さではなく、神々しさが漂うモンスターだった。

白竜の聖騎士
★4/光属性/ドラゴン族・儀式
「白竜降臨」により降臨。フィールドか手札から、
レベルが4以上になるようカードを生け贄に捧げなければならない。
このカードが裏側守備表示のモンスターを攻撃した場合、
ダメージ計算を行わず裏側守備表示のままそのモンスターを破壊する。
また、このカードを生け贄に捧げる事で手札またはデッキから
「青眼の白龍」1体を特殊召喚する事ができる。
(そのターン「青眼の白龍」は攻撃できない。)
攻1900  守1200

「『白竜の聖騎士』のモンスター効果! それは、自身を生け贄に捧げることで、手札またはデッキから『青眼』1体を呼び出す能力!」
「やはり……このターンに3体目の『青眼』を……」
 3体目。海馬の持つ、最後の『青眼』。それが今、この場に降臨する。
「『白竜の聖騎士』を生け贄に捧げ、効果発動! デッキより―――――」
 『白竜の聖騎士』の効果発動を宣言する海馬。それに呼応し、彼の場の『白竜の聖騎士』が眩い光を放ち始める。騎士の跨るドラゴンが、『青眼』へ進化しようとしているのだ。
 海馬はデッキから最後の白き龍を手に取り、それを決闘盤にセットした。そして、その龍の名を高らかに宣言する。


「降臨せよ―――――『 BLUE EYES WHITE DRAGON (ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)』―――――!」


 海馬の場に、最後の白き龍――『BLUE EYES WHITE DRAGON』が召喚された。
「3体目の……『青眼』……」
 またもや、たった1ターンで呼び出された白き龍。しかし、それも零奈にとっては想定内だ。海馬のデッキは『青眼』を容易に召喚できるように組まれている。それ故、1ターンで『青眼』を呼び出されるのは、そこまで驚くことではない。
 そう考えていた零奈だが、海馬が今呼び出した白き龍を目に入れると、その龍の放つ雰囲気に、何か違和感を覚えた。
「……? 何か……違う……」
 これまで対峙した『青眼』や、今自分の場にいる『青眼』とは違い、どこか悲しげに見える海馬の白き龍。同じモンスターであるはずなのに、どこか懐かしさを帯びたその白き龍。
 何故だろう? 何かが心に突き刺さる―――。
「……! あぁ、そうか……。その……カードは……」
 1つの結論に達した零奈。
 どこか悲しげで、どこか懐かしく思えても無理はない。
 それは、カイルが所持していた『青眼の白龍』なのだから。

BLUE EYES WHITE DRAGON
★8/LIGHT/DRAGON
ATK/3000  DEF/2500

 3体目の『青眼』にして、悲しげなその龍こそまさに、カイルが所持していた英語テキストの『青眼の白龍』だった。
 零奈は黙り込み、『BLUE EYES WHITE DRAGON』をただただ見つめていた。その時の彼女の表情は、これまでとは違い、どこか優しくて、それでいて、悲しげな表情へと変わっていた。
「…………」
「…………」
 再び2体の『青眼』が対峙する。しかし、2人の決闘者は、しばしの間沈黙していた。

【海馬】
 LP:3300
 モンスター:BLUE EYES WHITE DRAGON
 魔法・罠:なし
 手札:1枚

【零奈】
 LP:2900
 モンスター:デスカイザー・ドラゴン(ゾンビキャリア,馬頭鬼),青眼の白龍
 魔法・罠:アンデットワールド,伏せカード1枚
 手札:0枚




4章 誘惑する女

 M&Wには、攻略不可能な戦法など存在しない。どのような戦術にも何かしらの弱点があり、絶対無比と思われた戦況が、思わぬカードによって覆されることもあり得る。だからこそ、決闘は最後までやってみなければ分からない。一見勝負がついたように見える決闘でも、思わぬどんでん返しが待っていることもある。まさに、予測不可能な物語のように。
 M&Wには、決められた攻略法など存在しない。シャッフルされたデッキを用いて、互いのプレイヤーが織り成す決闘。今織り成される決闘は、常に最初で最後のものであり、二度と同じ決闘は織り成されない。過去にも未来にも、同一のものは存在しない。織り成される度に、決闘は変化する。だからこそ、攻略法が一意はでない。
 攻略不可能な戦法は皆無。そして、一意ではない攻略法。それが、M&Wのみならず、カードゲームの醍醐味であろう。


 †


 場に出ている『BLUE EYES WHITE DRAGON』を、海馬はどこか複雑な心境で見ていた。
 自分が持つ最後の白き龍。そして、零奈を孤独の闇に沈めるきっかけとなった龍。それを今、自分はこうして、場に召喚した。
 他者の命と引き換えに得た力。
 他者の幸せを蹂躙して得た力。
「…………」
 一方、零奈は海馬の場の『BLUE EYES WHITE DRAGON』に心を奪われていた。
 今、彼女の胸には、様々な感情が渦を巻いている。
 “彼ら”と再会したかのような懐かしさ。
 “彼ら”がいないことへの悲しさ。
 “彼ら”を奪われたことへの怒り。
 懐古、悲哀、憎悪――それらの感情が、『BLUE EYES WHITE DRAGON』を目の前にして膨張する。危うく爆発しそうになったこれらの感情を、零奈は瞑目し、『BLUE EYES WHITE DRAGON』を視界から一旦消すことによって抑え込む。
 今、彼女にとって成すべきことは、感情を爆発させることではないのだ。
(アレン……。カイル……)
 冷静さを取り戻し、彼女は目を開く。そして、海馬が召喚した白き龍を視界に入れる。
「海馬さん。確か、『白竜の聖騎士』の効果を使用したターンは、『青眼』による攻撃が不可能となるはずですが、どうする気ですか?」
 穏やかな口調で問いかける零奈。彼女の言うように、このターン海馬は、『BLUE EYES WHITE DRAGON』による攻撃が行なえない。そして、『BLUE EYES WHITE DRAGON』を除けば、彼に残されたカードは手札が1枚だけ。
「……俺はカードを1枚伏せ、ターンエンドだ」
 『BLUE EYES』を呼び出したものの、海馬は結局のところ、バトルを行なうことはなく、残された1枚のカードを場に伏せてターンを終えた。

【海馬】
 LP:3300
 モンスター:BLUE EYES WHITE DRAGON
 魔法・罠:伏せカード1枚
 手札:0枚

【零奈】
 LP:2900
 モンスター:デスカイザー・ドラゴン(ゾンビキャリア,馬頭鬼),青眼の白龍
 魔法・罠:アンデットワールド,伏せカード1枚
 手札:0枚

 互いの場に『青眼』が1体ずつ存在したまま、零奈にターンが移る。
「私のターン、ドロー」
 カードを引いた零奈は、自分の場を確認する。『デスカイザー・ドラゴン』、『青眼の白龍』、『アンデットワールド』、そして、伏せカードが1枚。
(私の場の『青眼』は、『デスカイザー・ドラゴン』の能力によって、その身を現世に保っている。故に、『デスカイザー・ドラゴン』が場から離れれば、『青眼』は再び墓地に眠る……)
 『真紅眼の不死竜』の効果とは異なり、『デスカイザー・ドラゴン』の効果で復活したモンスターは、『デスカイザー・ドラゴン』が場にいなければ、その身を現世に保てない。『デスカイザー・ドラゴン』が消えれば、復活したモンスターも消える。それを零奈は危惧していた。
(当然、海馬さんはそれに気付いているはず。このままターンを流せば、『デスカイザー・ドラゴン』を狙われることは確実……。まあ、そんなことはさせないけどね……)
 自分の場の状況を一通り確認し終えると、次は海馬の場に目を向ける。そこには、海馬の持つ最後の『青眼』、すなわち、カイルが所持していた『BLUE EYES』に、伏せカードが1枚。
 僅かな間を置いた後、零奈はバトルフェイズに突入した。
「バトルです。私の『青眼』で、あなたの『BLUE EYES』を攻撃します」
「相討ち狙いか……!?」
 互いの『青眼』の攻撃力は互角。このまま戦闘を行なえば、2体の『青眼』は相打ちにより消滅。海馬の場に壁となるモンスターはいなくなる。
「やはり、『BLUE EYES』を放置しておくわけには行きませんのでね。攻撃です。“滅びのバーストストリーム”」
「……!」
 零奈の操る『青眼』が威光を放つ。だが海馬は、黙ってこれを見過ごすつもりはない。彼女が相打ち狙いで攻撃をしてくることは、当然、読めていた。
「罠カード発動! 『タイラント・ウィング』!」
「……!?」
 海馬が伏せカードを開く。それと同時に、『BLUE EYES WHITE DRAGON』の翼が輝きだす。光り輝くその翼は、強大なる白き龍に、さらなる力を付与した。

タイラント・ウィング
(罠カード)
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
フィールド上のモンスター1体にこのカードを装備する。
装備モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。
装備モンスターは次の自分のバトルフェイズ中、2回攻撃する事ができる。

「『タイラント・ウィング』は発動後、場のモンスター1体の装備カードとなる! そして、装備モンスターの攻撃力を400ポイントアップさせる! 俺は『タイラント・ウィング』を『BLUE EYES』に装備!」
「く……。攻撃力を上げる罠ですか……」
 光の翼により、力を得た『BLUE EYES WHITE DRAGON』。その力は、零奈の操る白き龍の力を上回った。

 BLUE EYES WHITE DRAGON 攻撃力:3000→3400

「これで、俺の『BLUE EYES』の方が攻撃力は上だ! 押し返せ、『BLUE EYES』! “滅びのバーストストリーム”!」
「……!」
 零奈の『青眼』が放ってきた攻撃に対し、海馬の『BLUE EYES』が攻撃をぶつけた。2体の龍の力の差は歴然。せめぎ合うこともなく、零奈の『青眼』の攻撃は押し返される。このまま行けば、彼女の白き龍だけが、一方的に墓地送りとなる。
 しかし、零奈はそれを許さない。彼女もまた、場に伏せていたカードを開いた。
「さすが、と言いたいですが、私も易々とやられるつもりはないですよ。リバースマジック、『魂の交換−ソウル・バーター』を発動します」
「何!?」
 零奈がカードを発動した瞬間、彼女の場にいた『青眼』は姿を消した。反撃対象を見失ったことで、海馬の『BLUE EYES』の反撃は不発に終わる。また、零奈の場の『青眼』が消滅したことにより、『デスカイザー・ドラゴン』が纏うオーラも消える。
「ち……! 『ソウル・バーター』は、場のモンスター1体と墓地のモンスター1体の魂を交換する魔法カード……!」
「そう。あなたの『BLUE EYES』の攻撃が命中する寸前に、私の場の『青眼』は墓地に眠りました。よって反撃は不発。残念でしたね」

魂の交換−ソウル・バーター
(魔法カード)
自軍の場にいるモンスターと墓地のモンスターの魂を交換する

(モンスターの入れ替えによって、反撃対象をなくし、『BLUE EYES』の反撃を不発にする……。“リリーフ・エスケープ”か。この女、守りの方にも隙がない)
 零奈の場のモンスターを減らせるかと思いきや、そう簡単には行かなかった。『魂の交換−ソウル・バーター』によって『青眼』は消えるが、代わりに、零奈の墓地からは別のモンスターが蘇生される。結果的に、彼女の場のモンスターの数は変わらないのだ。
「さて、『ソウル・バーター』の効果で、墓地のモンスターを1体蘇生させます」
「…………」
 零奈の墓地に眠った白き龍。その龍と入れ替わりに、彼女の墓地からモンスターが蘇る。
「私は……そうですね……。墓地に眠っていた“もう1体”の『青眼』を守備表示で蘇生させます」
「……! 『青眼』……!」
 零奈の墓地から蘇ったモンスター。それは、またもや『青眼』だった。しかし、その『青眼』は攻撃態勢をとらず、零奈を敵から守護するかのように、守備体勢をとった。零奈が取った戦術に、海馬は顔をしかめる。
 先ほどまで零奈の場にいた『青眼』は、『デスカイザー・ドラゴン』が存在しなければ、場に留まることができないものだった。つまり、『デスカイザー・ドラゴン』を葬れば、『青眼』も道連れとなり、墓地に眠る。しかし、いま零奈の場にいる『青眼』は、『魂の交換−ソウル・バーター』の効果で特殊召喚されたものであり、『デスカイザー・ドラゴン』の効果とは無関係。よって、『デスカイザー・ドラゴン』を倒しても、『青眼』を道連れにすることはできない。個々に倒さなければならなくなったわけだ。
「そして、『デスカイザー・ドラゴン』を守備表示に変更。さらにカードを1枚伏せ、ターンエンドです」
 バトルフェイズを続行せず、零奈は『デスカイザー・ドラゴン』に守備体勢をとらせた。今のところ打つ手がないのか、守備を固め始めた零奈。付け入る隙を与える気はないようだ。

【海馬】
 LP:3300
 モンスター:BLUE EYES WHITE DRAGON
 魔法・罠:タイラント・ウィング(対象:BLUE EYES WHITE DRAGON)
 手札:0枚

【零奈】
 LP:2900
 モンスター:デスカイザー・ドラゴン(ゾンビキャリア,馬頭鬼),青眼の白龍
 魔法・罠:アンデットワールド,伏せカード1枚
 手札:0枚

「俺のターン、ドロー!」
 カードを引き、零奈の場に目を向ける海馬。今のところ、零奈は防戦に出ている。攻めるなら今であろう。さらに、先ほど海馬が発動した『タイラント・ウィング』には、強力な効果がある。
「バトルだ! 『タイラント・ウィング』を装備した『BLUE EYES』は、このターンのみ、2回攻撃を行うことができる!」
「……! 2回の攻撃……。そうでしたね……」
 零奈の場の守備モンスターは2体。どちらのモンスターの守備力も、『BLUE EYES』には及ばない。攻撃が成功すれば、零奈の場のモンスターは全滅する。
「『BLUE EYES』の攻撃! “滅びのバーストストリーム”!」
 光り輝く翼を広げ、『BLUE EYES』は咆哮すると、口腔にエネルギーを収束させ、それを零奈の場にいる『青眼』と『デスカイザー・ドラゴン』に向けて放った。攻撃を受けた2体のドラゴンは、最後まで零奈を守りきり、墓地に眠る。
「く……っ」
 凄まじき衝撃が零奈に喰いかかる。2体のモンスターが一気に破壊されたことで、ソリッドビジョンによる演出が威力を増しているのだ。
 このターンのバトルで、モンスターが消滅した零奈の場。それを見ても、海馬の気は緩まなかった。
(奴の場のモンスターは消えた……。だが、奴はおそらく、また『青眼』の召喚を狙うはず……)
 零奈の墓地には、『青眼』が2体眠っている。そして、海馬の場にも『BLUE EYES』が1体。場の白き龍を奪うか、あるいは、墓地の白き龍を蘇らすか。
 しかし海馬には、それらを防ぐ手立てがなかった。とりあえず、手札にある魔法カードを決闘盤にセットする。
「リバースカードを1枚セット! ターンを終了する!」

【海馬】
 LP:3300
 モンスター:BLUE EYES WHITE DRAGON
 魔法・罠:タイラント・ウィング(対象:BLUE EYES WHITE DRAGON),伏せカード1枚
 手札:0枚

【零奈】
 LP:2900
 モンスター:なし
 魔法・罠:アンデットワールド,伏せカード1枚
 手札:0枚

 互いの場に『青眼』が召喚され、そして消えていく。この決闘は、そんな破壊と再生の繰り返しによって紡がれているかのようだった。
「私のターン、ドロー」
 ドローカードを目にした零奈は、笑みを零した。引いたカードはまさに、彼女が今欲するカードだったのだ。
「良いカードを引きました。魔法カード『生者の書−禁断の呪術−』を発動。私の墓地からアンデット族モンスター1体を特殊召喚します」
「……! アンデット族専用の蘇生魔法か!」
 零奈が発動したのは、墓地に眠るアンデット族モンスターを復活させる魔法カード。それを見た海馬の中には動揺が走った。

生者の書−禁断の呪術−
(魔法カード)
自分の墓地にあるアンデット族モンスター1体をフィールド上に特殊召喚し、
相手の墓地にあるモンスター1体をゲームから除外する。

「蘇らせるモンスターは当然、『青眼の白龍』です」
「く……っ!」
 死者を復活させる禁忌の術によって、零奈の場に厳かな龍が再臨する。アンデット族と化しているため、『生者の書−禁断の呪術−』による蘇生も可能なのだ。
「『生者の書』には、もう1つ効果があります。それは、相手墓地のモンスター1体をゲームから取り除く効果。海馬さん、あなたの墓地から『カイザー・グライダー』を取り除いてください」
「……ちっ!」
 舌打ちをしながら、海馬は墓地から『カイザー・グライダー』のカードを取り除いた。
「さらに……、まだ終わりませんよ。私の墓地には、このモンスターがいます。知らないはずないですよね?」
「……! 『馬頭鬼』か……」
 墓地から『馬頭鬼』のカードを取り、楽しげな表情を浮かべながら、それを海馬に示す零奈。そう。墓地から『馬頭鬼』のカードを取り除けば、アンデット族モンスター1体を蘇生させることができるのだ。
「ここは容赦なく行きましょう。『馬頭鬼』の効果を発動。このカードをゲームから取り除き、私の墓地に眠るもう1体の『青眼』を蘇生させます」
「……っ!」
 零奈の墓地に眠っていた、もう1体の『青眼』が復活し、海馬に向けて咆哮する。これで3体の『青眼』が場に揃ったことになる。零奈の場には2体、海馬の場には1体。
 2体の『青眼』に睨みつけられ、圧倒されそうになる海馬だが、それでも屈せずに言葉を放つ。
「だが、俺の場の『BLUE EYES』は攻撃力3400! お前の場の『青眼』よりも攻撃力は上だ!」
 海馬の言うように、零奈の『青眼』では、彼の『BLUE EYES』には敵わない。数こそ零奈が勝っているものの、単体の強さでは海馬が上だ。
 そして、零奈は当然、そのことを考慮していた。だからこそ、1ターン前に準備を整えておいたのだ。笑みを浮かべて、零奈は伏せカードに手をかける。
「ふふ……残念でした。罠カード『罅割れゆく斧』を発動します。これであなたの『BLUE EYES』の攻撃力をダウンさせます」
「……!」
 零奈の場の伏せカードが開かれる。それと同時に、海馬の場の白き龍が弱体化を始めた。
「『罅割れゆく斧』……! リバースしたターン数だけ、対象モンスター1体の攻撃力を500下げる罠カード!」

罅割れゆく斧
(罠カード)
このカードがリバースされてから
経過したターン数×500ポイントを
対象のモンスターの攻撃力から引く

 罠カード『罅割れゆく斧』が伏せられたのは、前の零奈のターン。リバース状態で1ターン経過したことにより、『BLUE EYES』の攻撃力は、500ポイントダウンする。

 BLUE EYES WHITE DRAGON 攻撃力:3400→2900

「攻撃力……2900だと!?」
「これで僅かですが、私の『青眼』の攻撃力が上回りました。バトルです。私の『青眼』で、あなたの『BLUE EYES』を攻撃します」
 弱体化した『BLUE EYES』に対し、零奈は攻撃を仕掛ける。対する海馬は、敵わないと分かっていながらも、自分の操る白き龍に迎撃を命じる。
「迎撃しろ! 『青眼』!」
 海馬の『BLUE EYES』は、弱体化したとは言え、攻撃を行うことはできる。主の命令に従い、『BLUE EYES』が迎撃を行なう。
 2体の白き龍が、エネルギーを口腔に集束させ、撃ち出す。その瞬間に、2人の主が再び同時に叫ぶ。


「「―――――“滅びのバーストストリーム”―――――!」」


 2体の龍の攻撃が場の中央でぶつかった。しかし、両者の攻撃力には100ポイントの差がある。僅か100ポイント。だが、確実に存在する数値の壁。海馬の操る白き龍の攻撃は、長くは持たず、押し切られてしまう。
「く……! おのれ……っ……!」
 反撃も虚しく、海馬の『BLUE EYES』は姿を消した。これで、彼の場に壁となるモンスターは存在しなくなる。

 海馬 LP:3300→3200

「まだです……。まだもう1体の『青眼』の攻撃が残っています。もう1体の『青眼』で、プレイヤーに直接攻撃。“滅びのバーストストリーム”」
 息つく間もなく、零奈はさらなる攻撃を繰り出す。この攻撃を受ければ、海馬のライフは大幅に削られてしまう。海馬は伏せておいたカードを開いた。
「させんわ! 魔法カード『終焉の焔』を発動!」
「……!」
 突如、海馬の場に黒色のモンスターが2体出現する。そのモンスターの姿は、まさに“黒き焔”だった。

終焉の焔
(魔法カード)
このカードを発動する場合、
自分は発動ターン内に召喚・反転召喚・特殊召喚できない。
自分のフィールド上に「黒焔トークン」
(悪魔族・闇・星1・攻/守0)を2体守備表示で特殊召喚する。
(このトークンは闇属性モンスター以外の生け贄召喚のための生け贄にはできない)

「『終焉の焔』の効果により、俺の場に攻撃力・守備力が0の、『黒焔トークン』を2体、守備表示で出現させる! 『青眼』の攻撃は俺には届かん!」
「……!」
 『青眼』の攻撃は、海馬に届くことはなく、『黒焔トークン』に命中する。それでも零奈は悔しげな様子は見せず、やはり穏やかな口調で海馬に問う。
「やりますね……。でも、次のターンの攻撃を防ぎ切ることはできますか? あなたの場にはもう、弱小モンスターが1体だけ。しかも、手札は0。それとも、ドローカードで逆転を狙いますか?」
「く……」
 確かに零奈が言うように、海馬は手札を全て使い切っており、場には攻・守ともに0の『黒焔トークン』1体のみ。この状況下で2体の『青眼』に対抗するのは、至難の業である。
 圧倒的に海馬が不利な状況。頼みの綱は、次の自分のターンに引くカード1枚。
「さて、私はこれでターンエンドとします。さあ、あなたのターンですよ」

【海馬】
 LP:3200
 モンスター:黒焔トークン
 魔法・罠:なし
 手札:0枚

【零奈】
 LP:2900
 モンスター:青眼の白龍,青眼の白龍
 魔法・罠:アンデットワールド
 手札:0枚

 1ターン。たった1ターンで、2体の『青眼』を展開し、場を制圧した零奈。
 対する海馬は、圧倒的に不利な状況に陥っている。次のターン、何か対策ができなければ、彼は返しのターンに総攻撃を喰らってしまう。
「俺の……ターン、ドロー!」
 2体の『青眼』に圧倒されそうになりながらも、カードを引く。それを目に入れると、決闘盤にセットした。
「『スピア・ドラゴン』を守備表示で出し……ターン終了だ!」
 海馬が召喚したのは、攻撃力1900のドラゴン。当然の如く、このカードでは『青眼』に抗うことはできないため、守備表示にせざるを得ない。

スピア・ドラゴン
★4/風属性/ドラゴン族
守備表示モンスターを攻撃した時にその守備力を攻撃力が越えていれば、
その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
このカードは攻撃した場合、ダメージステップ終了時に守備表示になる。
攻1900  守 0

 『青眼』を奪われ、対抗することもできず、防戦に出た海馬。それを見て、零奈は笑みを零した。
「さすがの海馬さんでも、『青眼』を奪われると、辛いものがあるようですね。では、私のターンです。ドロー」
 挑発とも取れる言葉を発しながら、零奈は自分のターンを開始する。ドローカードを確認すると―――
「―――――。まずは、カードを1枚セットします」
 ―――それを決闘盤にセットした。
 零奈の手札は、このターンに引いたカード1枚のみ。それを場に伏せたため、彼女の手札は0となる。カードを伏せた零奈は、海馬の場を一瞥した。
(海馬さんの場には、2体の壁モンスターのみ。伏せカードはない)
 海馬の場を確認し終えると、零奈は迷わず、バトルフェイズに突入する。
「では、行きましょうか。バトルです。2体の『青眼』で、『黒焔トークン』と『スピア・ドラゴン』を攻撃します。“滅びのバーストストリーム”」
「く……!」
 2体の『青眼』が滅びの威光を放つ。凄まじき光の中で、海馬の場の壁モンスター――『黒焔トークン』と『スピア・ドラゴン』が消滅した。2体の『青眼』による攻撃。それにより、強烈な衝撃が海馬の体に喰いかかり、同時に辺りが光によって照らされる。
 海馬は全身に力を入れて衝撃に耐え、目を細めながら、モンスターが1体もいなくなった自分の場を見つめた。
「おのれ……! だが……このターンは……」
 零奈の場のモンスターは、2体の『青眼』のみ。そのどちらも攻撃を終了している。つまり、このターンは凌げたことになる―――










「―――リバースカード、オープン」










「!?」
 光の中で零奈の声が聞こえた。
 低く、冷たく、それでいて、嘲るような声。
 やがて光が消え、場の状況が明らかになった時、海馬は目を見開くしかなかった。零奈の場では、棺を背負った小さな悪魔が、1枚の巨大なカードを持ち、嘲笑を浮かべていたのだ。
 その小悪魔が持つカード。そこには、海馬もよく知る白き龍が描かれている。
「馬鹿な……? そのカードは……」

墓荒らし
(魔法・罠カード)
相手プレイヤーの墓地に置かれたカードを1枚奪いとる!!

「罠カード『墓荒らし』を発動しました。このカードは、相手の墓地からカードを1枚奪い取る罠。そう――『BLUE EYES WHITE DRAGON』のカードをね」
 『墓荒らし』の効果により、海馬の墓地から『BLUE EYES WHITE DRAGON』のカードが奪われる。そして、『墓荒らし』によって奪われたモンスターは、即座に召喚されてしまう。
 つまり、零奈の場に『BLUE EYES WHITE DRAGON』が召喚されるということだ。
(俺の場はがら空き……。この状況で『BLUE EYES』を出されれば……)
 最悪の展開だった。だが、海馬に抗う術はない。
「―――おいで、『BLUE EYES』」
 うっすらと、純粋で、儚くて、暗い笑みを浮かべながら、零奈は両手を広げて『BLUE EYES』を手招く。それに応じるかのように、彼女の場に白き龍――『BLUE EYES』が降り立った。
 この瞬間、零奈の場に、3体の『青眼』が揃った。
「3体の……『青眼』……!」
 自分が最も信頼する3体のしもべ。それら全てが今、最大最強の敵となって、海馬の前に立ち塞がり、彼を睨みつける。それは海馬を圧倒するのには充分なものだった。
 一方、零奈は場に出た『BLUE EYES』を見ながら、優しげな表情を浮かべていた。
(やっと……来てくれたね……。カイル……アレン……)
 自らの味方となった『BLUE EYES』のソリッドビジョンに、そっと手を触れる零奈。ソリッドビジョンではあるが、彼女は確かに、その『BLUE EYES』から、何か温かみのようなものを感じ取った。
 『墓荒らし』によって場に出た『BLUE EYES』は、攻撃することが可能である。対する海馬の場には、1枚もカードは残されていない。このターン、『BLUE EYES』の攻撃は、確実に海馬を捉えるだろう。
「まだ私のバトルフェイズは終了していません。『BLUE EYES WHITE DRAGON』の攻撃、受けてもらいますよ」
「…………!」
 凛とした口調で、彼女は『BLUE EYES』に攻撃命令を下す。
 “彼ら”が愛した龍が、“彼ら”を死に追いやった男に向け、零奈の“思い”をぶつける。


「“滅びのバーストストリーム”―――――!」


 白き龍は、滅びの威光で海馬を照らす。
 しかし、海馬を守るものは何もない。
 何も対処することはできず、海馬はその光を浴びてしまう。
「……っ……! ……!」

 海馬 LP:3200→200

 攻撃力3000。それをまともに体に受けた海馬。
 ライフポイントは大幅に削られ、思わず地面に膝をつく。
 ソリッドビジョンによる直接攻撃時の演出は、並大抵のものではない。しかし、海馬に膝を折らせたのは、それだけではなかった。
 今の一撃は、単なるモンスターの攻撃ではない。もっと深い意味が込められた、重たい一撃。
 愛する者を失った悲しみ。
 愛する者を奪われた怒り。
 零奈がこれまでに溜め込んできた、負の感情が全て込められた攻撃。
 それが今、海馬に重く圧し掛かり、彼に自分の犯した“罪”の重さを知らしめる。そして、海馬が立ち上がることを、頑なに拒んでいる。だから彼は立ち上がれない。
「私はこれで、ターンを終えます。……もう、終わりですか? 海馬さん」
 場に3体の『青眼』を並べ、圧倒的に優位となった零奈は、毅然とした口調で海馬に問う。

【海馬】
 LP:200
 モンスター:なし
 魔法・罠:なし
 手札:0枚

【零奈】
 LP:2900
 モンスター:青眼の白龍,青眼の白龍,BLUE EYES WHITE DRAGON
 魔法・罠:アンデットワールド
 手札:0枚

 3体の『青眼』を前にしながら、場にも手札にもカードがなく、しかも、残りライフは僅か200という、最悪の展開に陥った海馬。しかし、いま彼の中で渦巻くのは、決闘の展開が絶望的、どうすれば逆転できるか、どうすれば勝てるのだろうか、といった類の感情ではなかった。
 海馬の心を満たす感情。それは屈辱感。
 とにかく、屈辱だった。もはや怒りにも近い。
 だが、それが何に対する怒りなのか、彼には分からない。
 零奈か、自分自身か、『青眼』のカードか。
 いずれにせよ、怒りに近い屈辱感に、彼は支配されていた。
 歯を食い縛り、零奈の場の3体の『青眼』を睨みつける。
 ソリッドビジョンで表現される3体の白き龍。
 それらが場に揃った壮絶な光景。
 相手を威圧する、神に勝るとも劣らないその威厳。
 それがより一層、彼に圧し掛かる“重み”を増大させているかのようだった。
 そんな彼の心境を見抜いたかのように、零奈は海馬に問いかける。
「屈辱ですか? 海馬さん」
「……! 何……?」
 『青眼』に向けていた目を、零奈に向ける海馬。その時の彼の目には、凛としていながらも、どこか悲しげな零奈の表情がはっきりと映った。
「入手方法がどうであれ、『青眼』があなたの最も信頼するカードであることは間違いないでしょう。なら、それを奪われることは、やはり辛いものがあるはず」
「…………」
 最も信頼するカード。それを奪われる辛さ。そんな気持ちを零奈は説く。
 デッキとは、己の信頼したカードで組まれるものだ。その信頼したカードを、相手に奪われると言うのは、気分の良いものではない。自分の最も信頼するカードを奪われたとなれば尚更だろう。現に海馬は、大きな屈辱感を抱いている。
「“大切なもの”を奪われるのって、辛いことですよね。分かりますよ、その気持ち」
 零奈の言葉。それは、零奈が抱く“思い”であり、自分から“大切なもの”を奪った男への、精一杯の皮肉を込めた言葉だった。だからこそ、それは海馬の心に突き刺さる。
 零奈の言葉は続く。まるで、鋭利な刃物を用いて、じわりじわりと、海馬の心を傷つけるように、痛めつけるように、抉るように。しかし、何かを訴えかけるように。
「でもね、海馬さん。今、私の場にいる『青眼』は、あなたの最も信頼するカードであると同時に、あなたの“罪”の象徴でもある。そうは思いませんか?」
「……!」
 “奪われる辛さ”から一転、『青眼』を海馬の“罪”の象徴だと説き始める零奈。あくまで彼女なりの見方ではあるが、海馬が『青眼』を入手するまでの過程を考えてみれば、あながち間違いとは言えない。少なくとも、零奈が言うとなれば、説得力は充分にあった。それ故、海馬は何も反論することができない。
 そんな彼を見つめつつ、零奈は海馬の心に訴えかける。
「そう考えてみると、今の戦況はなかなか面白い見方ができますね。あなたが犯した“罪”の象徴が、今はあなた自身に牙を剥いている。つまり、あなたの“罪”が、あなたの前に立ち塞がっている。そして、あなたは今、己の“罪”に押し潰されそうになっている」
(何だと……)
 今、海馬の前に広がる光景を、彼自身の“罪”が、彼自身の前に立ち塞がるという構図に例える零奈。それを肯定するかのように、3体の『青眼』はその青き瞳に海馬の姿を捉え、まさに今、彼を喰らわんとしていた。
「あなたはこの決闘で、己の“罪”に押し潰され、敗北を喫することになる。何しろ、己の“罪”を前にして、あなたにはそれを打ち破る手段がありませんから」
「…………」
 全てを見通したかのように、淀みのない口調で、白き龍が支配するこのフィールドを見渡しながら、零奈は海馬の敗北を宣告する。しかし、海馬は何も言い返すことができなかった。彼女の言葉には、それだけの強さがあったのだ。
「自分自身の“罪”の重圧に耐え切れず、負ける。この決闘は、あなたのそんな未来を暗示しているかのようですね」
 3体の『青眼』により、潰される。その結末に、海馬の未来を見る零奈。「負ける」という言葉が、海馬の中を蠢く。
(己の“罪”に耐え切れず、負ける……。それが俺の未来だと……?)
 敗北――それは海馬が最も嫌うもの。だが、今のままでは、自分自身が犯した“罪”に負けたという事実が、これから先、永久に変わることのない“敗北”の歴史として、己の心に刻み込まれる――そんな考えが、彼の中に生まれ始めた。
 そして、「とどめ」とも、「追い討ち」とも、あるいは「最後の一押し」とも言える口調で、零奈は海馬に向かって、優しい口調で告げたのだ。
「そんなあなたにお似合いの生き方は、己自身の“罪”から目を背けること。逃げることです。逃げてしまえば、重圧に耐える必要はありません。苦しくないし、辛くない。面倒な過去など放り捨てて、忘れ去ってしまうこと。そうです、逃げてしまえばいい。背負うことなど考えなければいい。迫り来る“罪”の重圧から、いつまでもいつまでも、生を終えるその時まで、逃げ続ければいい。目を背け続ければいい。それが一番楽な生き方であり、あなたにお似合いの生き方ですよ」
「……!」
 零奈の言葉。それは、家族同然の人間を奪われた者が、家族同然の人間を奪った張本人に向けて放つ言葉とは思えない、甘くて邪な誘惑だった。それこそ、彼女はこの件に無関係な人間だと感じさせてしまうほどに。
 だが、零奈は紛れもなく、海馬に家族同然の人間を奪われた女なのだ。だからこそ、普通に考えれば、彼女の今の言葉はあまりにも不可解であり、彼女が何を考えているのか、より一層に分からなくさせてしまうところだ。
 が、しかし。
(この女……!)
 海馬は今の零奈の言葉から、彼女の考えを推察することができた。いや、海馬だからこそ、推察することができたのだろう。
 彼女の考え。一言で表すなら、それは“侮蔑”だ。
 彼女の言葉には、“侮蔑”の感情が含まれている。
 憎い男を完膚なきまでに叩きのめし、徹底的に見下してやり、「お前は敗者だ」と知らしめて、屈辱を与える――そんな意図が、彼女の言葉からは感じ取れた。
 海馬は「負けること」を嫌う人間だ。そんな彼に屈辱を与えたければ、彼に“敗北”を与えればいい。“負け”を突きつけてやればいい。彼が最も得意とする勝負であれば、その屈辱は何乗にも膨れ上がる。
 零奈はそれを知っていたからこそ、M&Wで海馬を負かすことを考えたのだろう。それも、単に負かすのではなく、あえて海馬に『青眼』を使わせることで、それらを全て奪取するという究極の“皮肉”を表現し、なおかつ、その『青眼』を海馬の“罪”の象徴と説くことで、彼が己の“罪”に押し潰される未来を暗示し、屈辱を増大させた上で負かす。これにより、海馬が己の“罪”の象徴によって決闘に敗北し、己の“罪”によって未来が閉ざされる構図が完成し、彼は見事なまでの“完全なる敗北”を突きつけられる。それが、零奈の考案した“復讐劇”。
 そう考えると、零奈のこれまでの行動はほぼ全て説明がつく。
 彼女は何故、海馬に決闘を挑む必要があったのか。
 彼女は何故、『青眼』が投入されたデッキを海馬に使わせる必要があったのか。
 決闘をすれば目的が伝わるとはどういうことなのか。
 謎めいた彼女の行動。しかし、これらは全て、意味を持っていたのだ。全ての行動が、この“復讐劇”を作り上げるための必要条件であり、欠けてはならないものだった。
 唯一、説明がつかないのは、「海馬を殺したところで意味がない」という零奈の発言だ。これだけは、今の状況から考えても説明がつかない。「屈辱を与えた後で殺さなければ意味がない」という考えなのかも知れないが、しかし、彼女は海馬に会った時点で、殺意を完全に否定している。つまりは、屈辱を与えるつもりはあっても、殺すつもりはないということになる。尤も、海馬には“敗北”=“死”というスタンスがあるため、もし零奈がそのことを知っているとしたら、ある意味、この復讐劇の最終目標は、「海馬の死」であると彼女が考えている可能性もあるのだが。
 何にしても、今のままでは零奈の思惑通り、海馬は“敗者”となる。決闘にも負け、己が“罪”にも負け、“完全なる敗北”を迎える。
(黎川零奈……。したたかな女だ……)
 一見、儚げに見える零奈。しかしその実、彼女の中では、海馬に対する憎悪の念が静かに燃え盛っていた。
 彼女が“報復”を目的としていることは確かだろう。その“報復”により、海馬は今、屈辱感で支配されている。
(これほど屈辱を感じるのは……“あの時”以来か……)
 海馬はかつて、M&Wの産みの親――ペガサス・J・クロフォードの手によってカードに魂を封印されたモクバを救うため、ペガサスとM&Wで決闘したことがある。しかし、海馬はその決闘で敗北を喫し、モクバを救い出すことができなかった上に、自らもペガサスの手によりカードに魂を封印されてしまったのだ。
 あの時、カードに魂が封印される最中、薄れゆく意識の中で彼が抱いていた屈辱感は、計り知れないものがあった。そして、彼が零奈によって植え付けられた屈辱感は、あの時の屈辱感に勝るとも劣らないものだった。
 零奈の抱く負の感情は、確実に海馬の心を蝕んでいる。このまま敗北の未来を迎え入れれば、少なくとも、“決闘者として”の海馬瀬人は殺されてしまうかも知れない。
 だが。
 海馬はそれをみすみす受け入れるような人間ではない。これほどまでに見下され、侮辱され、虚仮にされておきながら、黙っているような人間ではない。
 海馬の中の闘争本能が唸りを上げる。
 状況は過酷だ。しかし、だからこそ負けることはできない。決闘にも、己が“罪”にも。
「……!」
 零奈が僅かに反応する。『BLUE EYES』の攻撃を受けて以降、膝を折っていた海馬が立ち上がったためだ。立ち上がった海馬は、零奈の顔を見据えた。
「……黎川」
「……? はい」
 立ち上がった海馬を見ても、表情は変化させない零奈。対する海馬も、あくまで冷静さを保ち、彼女を見据えつつ、簡潔に言い放った。
「そういう台詞は、俺に勝った後で言え」
「…………」
 海馬の言葉。それは勝負を捨てた人間の放つ言葉ではない。彼はまだ、勝つ気でいる。零奈はそれを感じ取った。
「勝った後……ですか。しかし、いくらあなたでも、この状況を打開することは難しいのでは?」
 フィールドを見やりながら、零奈は言う。3体の『青眼』を敵に回しながら、海馬の場はがら空き。手札は0。ライフは200。普通に考えれば、匙を投げたくなる状況だ。
 それでも、彼の闘志は消えない。だから、彼は零奈に告げた。落ち着いた、しかし、力強い口調で。
「己の“罪”が立ち塞がるなら、それを背負って進むだけだ」
「!」
 海馬の答えはそれだけだった。彼はそれだけ言うと、零奈の方へ向けていた視線を自分の決闘盤へと移し、デッキに手をかけた。無論、サレンダーのためではない。カードを引くためだ。
「まだ手があるんですか?」
 あくまで決闘を続行する気でいる海馬に、冷静な口調で問う零奈。それに対する海馬の答えは、たった一言。
「ある」
 手はある。それが、海馬の答え。
 海馬の答えを聞いた零奈は、忌々しげな様子などは見せずに、小さく笑みを零した。
「ふふ……。なら、見せてもらいましょうか。あなたの逆転劇を」
 悪い気分ではなかったのか、あるいは余裕を見せているのか、零奈は嫌な顔ひとつしなかった。彼女は落ち着いた様子で、海馬の動きを待つ。
 この先の決闘を織り成すため、デッキのカードに指を触れる海馬。決闘はここで終幕を迎えるか、あるいは、新展開を迎えるか。それはここで引くカード次第だ。
 ほんの数秒、瞑目。そして、目を開くと同時に、彼は未来を手にした。
「―――ドロー!」
 未来を手にした彼は、それを己の目に焼き付ける。
「―――――」
 そして、一手を投じた。
「……カードを1枚セットし、ターンを終了する!」
 ドローカードを場にセットした海馬。このターンの彼の動きはそれだけだった。表情は変えずに、その伏せカードに目を向ける零奈。
「……伏せカード1枚。それに、あなたの運命が懸かっているというわけですか」
「そうなるな。さあ、お前のターンだ」
 海馬の命運を背負ったのは、1枚の伏せカード。そのカードは一体何なのか。
 魔法か、罠か。
 ブラフか、本命か。
 その伏せカードが切り開くのは、まだ見ぬ決闘の可能性か。
 それとも、何も切り開けずに、決闘が終幕を迎えるか。
 零奈の脳裏に様々な思いが浮かんでは消えていく。だが、彼女が選ぶ道はただ1つ。
「私のターン、ドロー。バトルです。3体の『青眼』でプレイヤーに攻撃―――――」
 躊躇うことなく、攻撃宣言。全てを見極めるため、零奈の操る白き龍が動く。


 †


 M&Wには、攻略不可能な戦法など存在しない。どんな戦術にも何かしらの弱点があり、絶対無比と思われた戦況が、思わぬカードによって覆されることもあり得る。だからこそ、決闘は最後までやってみなければ分からない。一見勝負がついたように見える決闘でも、思わぬどんでん返しが待っていることもある。まさに、予測不可能な物語のように。
 M&Wには、決められた攻略法など存在しない。シャッフルされたデッキを用いて、互いのプレイヤーが織り成す決闘。今織り成される決闘は、常に最初で最後のものであり、二度と同じ決闘は織り成されない。過去にも未来にも、同一のものは存在しない。織り成される度に、決闘は変化する。だからこそ、攻略法が一意はでない。
 攻略不可能な戦法は皆無。そして、一意ではない攻略法。それが、M&Wのみならず、カードゲームの醍醐味であろう。


 †

【海馬】
 LP:200
 モンスター:青眼の白龍,青眼の白龍,BLUE EYES WHITE DRAGON
 魔法・罠:洗脳解除
 手札:0枚

【零奈】
 LP:2900
 モンスター:なし
 魔法・罠:アンデットワールド
 手札:1枚




5章 逆転劇

「嘘……!?」
 これまで冷静沈着な態度を崩さなかった零奈ですら、今の状況には目を見開き、驚くしかなかった。
 3体の『青眼』を味方につけ、完全に彼女がゲームを支配していたあの状況。しかし、それはもはや過去の話となってしまった。
 今、3体の『青眼』は、海馬の場に君臨している。海馬のしもべとして、零奈の前に立ちはだかっている。先ほどまでの、零奈を守護する『青眼』はもういない。いるのは零奈の“敵”と化した『青眼』だけだ。
 きっかけは、たった1枚のカードだった。海馬が発動した、たった1枚のカードによって、零奈の絶対有利は覆されてしまった。
「永続罠『洗脳解除』を発動した! このカードが場にある限り、全てのモンスターのコントロールは元々の持ち主に戻る!」

洗脳解除
(永続罠カード)
このカードがフィールド上に存在する限り、自分と相手の
フィールド上に存在する全てのモンスターのコントロールは、
元々の持ち主に戻る。

 土壇場で海馬が引き当てた罠。それはまさに、零奈の組み上げた最強の布陣を打ち破ることのできるカードだった。零奈の場にいた3体の『青眼』は海馬から奪取したモンスターであるため、『洗脳解除』の効果で海馬のコントロールに戻ったのだ。
 海馬は見事、未来を手にした。敗北の未来ではなどではない、“逆転劇”という名の未来を。さすがの零奈も、苦々しい表情を浮かべてしまう。
(やられた……)
 自らが用いる戦術において脅威となるのが、『洗脳解除』等の「奪われたコントロールを奪還する」カード。それをこのタイミングで――あと一歩で勝負がつくというところで――引き当てられてしまったのだから、衝撃は並大抵のものではない。
 思わず、ため息を吐いてしまう零奈。冷静さを取り戻し、「お見事」とでも言いたげな口調で言葉を漏らす。
「『洗脳解除』……ですか。そうですね……。強力なモンスターを扱う以上、それを対戦相手に奪われることを考慮するのは当然ですよね……」
 強力なモンスターを使えば、決闘を有利に進めることができる。だが、それは裏を返せば、そのモンスターを相手に奪われれば自分が不利になるということだ。だからこそ、強力なモンスターを扱う場合は、相手によるコントロールの奪取に充分注意を払う必要がある。
 海馬はそのことを考慮し、『洗脳解除』をデッキに投入していた。それが功を奏し、零奈の戦術を無力化することができた。『洗脳解除』が存在する限り、『青眼』の奪取は望めない。何らかの形で『洗脳解除』を場から退け、再び『青眼』を奪取するか、あるいは、『青眼』の奪取を諦め、別の戦術を繰り出すか。今後の零奈の動きは、そのどちらかになるだろう。
「さて……困りましたね。私の場には壁モンスターがいません。このままでは直接攻撃を受けてしまいます……」
「…………」
 3体の『青眼』のコントロールが海馬に戻ったことで、零奈の場のモンスターは皆無となった。しかも、彼女の場には伏せカードもなく、あるのはフィールド魔法『アンデットワールド』のみ。このままターンを流せば、次のターン、『青眼』の攻撃から身を守ることはできない。
 一転して窮地に陥った零奈。だが、海馬には分かっていた。『青眼』を失ってもなお、彼女の戦意が失われていないことを。
(まだ……手があるようだ)
 そんな零奈の様子を警戒しつつ、海馬は彼女の手元に目を向けた。彼女の手にはカードが1枚握られている。そして、彼女の目はそのカードに向けられている。
「……では、カードを1枚セットして、ターンを終えましょう」
 手に握られていた1枚を決闘盤にセットし、エンド宣言をした零奈。これで、彼女の場には伏せカードが1枚。

【海馬】
 LP:200
 モンスター:青眼の白龍,青眼の白龍,BLUE EYES WHITE DRAGON
 魔法・罠:洗脳解除
 手札:0枚

【零奈】
 LP:2900
 モンスター:なし
 魔法・罠:アンデットワールド,伏せカード1枚
 手札:0枚

「俺のターン、ドロー!」
 海馬にターンが移る。このターン、『青眼』の攻撃が通れば、それで勝利が確定する。「通れば」の話だが。
 先のターンに零奈が伏せたカード。それが罠である場合、痛手を被る可能性もある。仮に『青眼』を失うようなことになれば、今度こそ海馬に勝ち目はない。伏せカードを除去できるカードがあれば良いのだが、海馬の手札はこのターンのドローカード1枚――現時点では使用不可能な魔法カード、『エネミーコントローラー』だけだった。

エネミーコントローラー
(魔法カード)
相手フィールド上のモンスターを
エネミーコントローラーによってコマンド入力で操作できる
ライフ1000+↑←↓→Aで爆破
ライフ1000+←→ABで生贄

 『エネミーコントローラー』は強力な魔法カードだが、発動するには1000ポイントのライフを払わなければならない。故に、残りライフが200しかない海馬には使用できないカードである。また、たとえ使用できたとしても、このカードでは伏せカードを除去できないため、状況は変わらない。
 伏せカードの除去はできない。ならば、できることは2つに1つ。攻撃するか、否か。海馬が決断を下すのに、時間は要らなかった。
「これで終わりにしてやる! 『青眼』でプレイヤーに直接攻撃! “滅びのバーストストリーム”!」
「!」
 海馬が下した結論は、“伏せカードに構わず攻撃”だった。主の攻撃宣言により、白き龍は零奈を目掛けて滅びの威光を放つ。これが通れば、海馬の勝利となる。
 が、無論、零奈はこれを通すつもりはなかった。
「そう簡単には行きませんよ。魔法カード『闇の護風壁』を発動。このターン、私は闇に身を隠し、攻撃を受け付けません」
「……!」
 海馬の攻撃宣言に対し、零奈は場の伏せカードを開く。それとともに、彼女の周囲に深き闇が発生し、彼女の姿を覆い隠してしまう。闇の衣を身に纏った零奈に、滅びの威光は届かない。

闇の護風壁
(魔法カード)
このターン プレイヤーは闇に姿を隠し
敵モンスターの攻撃を受けつけない

 『闇の護風壁』の効果により、このターン零奈はモンスターの攻撃を受け付けない。しかし、『闇の護風壁』は零奈にのみ効果の及ぶ魔法カードであり、海馬のライフや3体の『青眼』に影響することはない。よって、海馬の場に変化はなく、3体の『青眼』は健在のままだ。
 しかも、『闇の護風壁』は1度きりの魔法なので、もう零奈には防御手段は残っていない。伏せカードもなければ、壁モンスターもいない。この決闘、海馬が圧倒的に有利となった。
「……俺はこれでターンエンドだ」
 有利になりはしたが、海馬は油断せずに、零奈の動きを窺う。まだ彼女のライフは残っている。これを0にしない限り、気を抜くことは許されない。
「私のターン、ドロー」
 3体の『青眼』を目にしつつ、零奈はカードを引く。そんな彼女に動揺している様子は全く見られない。
(この状況で冷静さを保つとは……大した女だ)
 ソリッドビジョンとは言え、3体の『青眼』を前にした時の威圧感は尋常ではない。そのような状況で顔色1つ変えないというのは、実にしたたかな神経を持っていることの表れだろう。
 カードを引いた零奈は、すぐさまそれを決闘盤にセットした。同時に、醜悪な顔の壺が零奈の場に出現し、それを見た海馬は密かに舌を打つ。
「魔法カード『強欲な壺』です。その効果で、私はカードを2枚ドローします」
 『強欲な壺』の効果により、零奈はカードをさらに2枚ドローし、手札を2枚にした。その2枚の手札を一瞥すると、すぐに次の行動に移る。
「少し様子見しましょうか。『魂を削る死霊』を守備表示で召喚します」
「……! 『魂を削る死霊』……戦闘では破壊されないモンスターか」
 零奈の場に出現したのは、死霊の姿をしたモンスター。このモンスターは、攻撃力・守備力こそ低いが、死霊であるが故に実体を持たないため、戦闘では決して破壊されない。たとえ『青眼』であろうと、このモンスターを退けることはできないのだ。

魂を削る死霊
★3/闇属性/アンデット族
このカードは戦闘によっては破壊されない。
魔法・罠・効果モンスターの効果の対象になった時、このカードを破壊する。
このカードが相手プレイヤーへの直接攻撃に成功した場合、
相手はランダムに手札を1枚捨てる。
攻 300  守 200

 今の状況で『青眼』の攻撃から身を守るには、『魂を削る死霊』は打ってつけのカードと言えるだろう。『エネミーコントローラー』を使えば除去することも可能だが、今の海馬にそれはできない。
「さらにカードを1枚伏せ、ターンエンドです」
 残る手札を場に伏せ、零奈のターンは終わる。

【海馬】
 LP:200
 モンスター:青眼の白龍,青眼の白龍,BLUE EYES WHITE DRAGON
 魔法・罠:洗脳解除
 手札:1枚

【零奈】
 LP:2900
 モンスター:魂を削る死霊
 魔法・罠:アンデットワールド,伏せカード1枚
 手札:0枚

「俺のターン、ドロー!」
 カードを引き、零奈の場を一瞥する海馬。『青眼』を破る術がないのか、零奈は防御の姿勢を見せ始めている。攻めるなら今であろうが、しかし、零奈の場にいるモンスター――『魂を削る死霊』が厄介である。
 このターン、彼が引いたカードもまた、現状では使用できない罠カード。つまり、現在の彼の手札2枚では、『魂を削る死霊』に対処できない。
(……このターンは様子見か)
「ターンエンドだ!」
 『魂を削る死霊』を除去する手段がない海馬は、何もせずにターンを終える。彼らの決闘は先ほどまでの『青眼』のぶつかり合いから一転、互いに布陣を固めつつ、攻める好機を待つという、睨み合いの状態となる。
「私のターン、ドロー」
 零奈にターンが移る。彼女は場とドローカードを交互に見つつ、次の一手を模索する。
(このままターンを流し続けても、あの布陣を破るのは難しい……。なら、このカードで……)
 数秒ほど思案した後、彼女はドローカードを決闘盤にセットした。
「賭けてみましょう。魔法カード『モンスター回収』を発動。私の場にいるモンスターと手札をデッキに戻し、新たに5枚の手札を得ます」
「……っ! また手札増強カードか……!」
 睨み合いの状態を最初に破ったのは零奈だった。この状況での5枚ドロー。これは間違いなく、今後の展開に大きく影響するだろう。

モンスター回収
(魔法カード)
場に出ている全てのモンスターカード及び手札を山札に戻し
シャッフルの後あらためて手札を5枚引く

「私の手札は0。よって、場の『魂を削る死霊』だけをデッキに戻し、シャッフル。その後、カードを5枚引きます」
 一気に手札を5枚にまで膨れ上がらせた零奈。対する海馬は警戒心を高める。何しろ、5枚ものカードを引いたのだ。このターンで、彼女が一気に攻めてくる可能性は高い。しかも、海馬の場には伏せカードがない。よって、零奈が何かを仕掛けてきても、罠で迎え撃つようなことはできない。
 5枚に増えた手札と、自分の場を交互に確認し、零奈は戦略を組み立てる。今の場の状況、そして手札。これらで『青眼』に対抗するにはどうするか。
(……勝負は次のターン……かな)
 零奈の考えがまとまるのに、それほど時間は掛からなかった。手札の1枚を掴み取り、彼女の動きが再開する。
「私はカードを1枚セットし、さらに、先のターンに伏せておいた、この罠カードを発動させます」
「……!」
 零奈の場で伏せられていたカードが開くとともに、海馬の場に竜巻が発生する。竜巻が海馬の場を通過すると、彼の場にあったはずの『洗脳解除』のカードが消滅していた。
「ちっ……! 『砂塵の大竜巻』か」
「はい。相手の魔法・罠カード1枚を破壊できる罠です」

砂塵の大竜巻
(罠カード)
相手フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。
破壊した後、自分の手札から魔法または罠カード1枚をセットする事ができる。

 『砂塵の大竜巻』により、零奈にとっては厄介な存在である『洗脳解除』が場から取り除かれる。これで、零奈は再び『青眼』の奪取を行うことが可能になったわけだ。
(『洗脳解除』が破壊されても、『青眼』のコントロールが奴に戻ることはない。しかし、再び奪うことはできる……)
 海馬は顔をしかめた。もし、このターンに『青眼』を奪われてしまえば、状況が逆戻りしてしまう可能性もあるためだ。
 しかし、そんな海馬の予想に反し、零奈の動きは、極めて簡潔に終結する。
「『砂塵の大竜巻』の効果で、私は手札の魔法または罠カードを1枚セットできます。そうですね……、このカードを伏せておきましょう。これでターンエンドです」
「?」
 『砂塵の大竜巻』のテキストに従い、カードを1枚場に伏せたところで、零奈はターンを終えてしまう。手札を増やしておきながら、零奈の場にモンスターは召喚されず、伏せカードが2枚出されただけ。しかも、『魂を削る死霊』がデッキに戻ったため、零奈の場には壁となるモンスターがいない。
(誘っているのか……? それとも―――)
 罠か、ハッタリか。零奈の場に仕掛けられた伏せカードが、海馬の動きを鈍らせる。

【海馬】
 LP:200
 モンスター:青眼の白龍,青眼の白龍,BLUE EYES WHITE DRAGON
 魔法・罠:なし
 手札:2枚

【零奈】
 LP:2900
 モンスター:なし
 魔法・罠:アンデットワールド,伏せカード2枚
 手札:3枚

「俺のターン、ドロー!」
 零奈の場の伏せカードを睨みながら、海馬はカードを素早くドローする。そして、引いたカードを手札に加え、しばし思案する。
(奴の場にモンスターは存在せず、伏せカードは2枚。このターンの攻撃が通れば、それで終わる……が、奴は当然、対策を講じているはず)
 壁となるモンスターがいない以上、零奈は伏せてあるカードで対処するはずだ。攻撃することにより、罠に掛かる恐れもある。
 しかし、このターンにどうするか、それは既に決まっていた。
(……いいだろう。お前の罠に踏み込んでやるわ!)
 何もしなければ、付け入る隙を与えることになりかねない。そう考えた彼は、堂々と攻撃宣言を行なった。
「『青眼』でプレイヤーに攻撃! “滅びのバーストストリーム”!」
「!」
 迷わずに攻めてきた海馬。それを見た零奈は微笑を浮かべ、伏せカードに手をかけた。
「やはり来ましたか。でも残念……。罠カード『敵襲警報−イエローアラート−』を発動します」
「!?」
 『青眼』が攻撃を放つ寸前、零奈の場の伏せカードが開かれた。

敵襲警報−イエローアラート−
(罠カード)
相手プレイヤーが攻撃を宣言した時、発動。
手札よりモンスター1体を特殊召喚する
バトルフェイズ終了後に手札にもどる

「『敵襲警報』の効果により、私は手札のモンスター1体を特殊召喚することができます。まあ、バトルフェイズが終われば、手札に戻ってしまいますが……」
 効果を述べつつ、零奈は手札の1枚を決闘盤にセットした。すると、彼女の場で巨大な闇が蠢きだす。
「……! あれは……」
 闇は徐々に、モンスターの形状を作り出す。それは『青眼』の前に立ち塞がり、零奈への攻撃を阻止せんとしている。
「私はこのモンスターを召喚しました。『闇より出でし絶望』を」
 闇より姿を現した零奈のモンスター。それは、アンデット族モンスターの中でも、高い能力を誇るモンスターだった。

闇より出でし絶望
★8/闇属性/アンデット族
このカードが相手のカードの効果によって
手札またはデッキから墓地に送られた時、
このカードをフィールド上に特殊召喚する。
攻2800  守3000

「『闇より出でし絶望』……か。なるほどな……」
 『闇より出でし絶望』の守備力は3000。『青眼』の攻撃力と等しい。つまり、零奈はこのターン、『闇より出でし絶望』を守備表示で出しておけば、『青眼』の攻撃を防ぐことができる。零奈はそれを狙って『敵襲警報』を発動したと海馬は考え、零奈の行動に合点が行く。
 しかし、海馬のその読みを、零奈は覆した。
「『闇より出でし絶望』を守備……にすると思います? ……しませんね。ここはしません。『闇より出でし絶望』は攻撃表示で特殊召喚します」
「……!? 何だと!?」
 海馬は目を見開いた。『闇より出でし絶望』の攻撃力は2800。攻撃表示にしてしまえば、『青眼』の攻撃を防ぐことはできなくなる。守備表示にすれば耐え切れるところで、わざわざ攻撃表示にしてしまうなど、普通は考えられない。
 すなわち、零奈には別の狙いがあるということだ。海馬は零奈の場に残された、もう1枚の伏せカードに目をやる。
(あれが本命か……? もしや、『闇より出でし絶望』の攻撃力を上げるカードを……?)
 海馬の残りライフは200。何らかの形で、『闇より出でし絶望』の攻撃力が『青眼』よりも200以上高くなれば、彼のライフを0にすることは可能である。
 だが、海馬のそんな考えを見通していたかのように、零奈は言葉を発した。
「ハズレです」
「……!?」
 そして、零奈の言葉の通り、海馬の読みは外れることになる。『闇より出でし絶望』を攻撃表示で出しておきながら、零奈は伏せカードを開くことなどせず、『青眼』の攻撃を通してしまったのだ。
 当然、『闇より出でし絶望』は撃破され、零奈のライフが減少する。

 零奈 LP:2900→2700

(あなたの死、無駄にはしないわ……)
 心の中で言いながら、零奈は『闇より出でし絶望』のカードを墓地スペースに置いた。これで、彼女の場には再び壁モンスターが存在しなくなる。
「……さあ、私の場は再びがら空きです。攻撃すれば、勝てるかも知れませんよ?」
「…………」
 穏やかに笑みながら、誘いをかける零奈。攻撃を受ければ、敗北が決定してしまうこの状況においても、彼女には焦っている様子が全く見られない。それほどまでに、伏せカードに自信があるのだろうか?
(解せん……。先の戦闘、まるで奴は、俺にわざとしもべを倒させたように思える……)
 海馬は頭を働かせる。わざわざ自分のモンスターを相手に倒させ、自分の場を空けてしまう――これによって零奈が得られるメリットは何か。この状況で零奈に利益をもたらすカードとは何か。
(……! そうか……。奴の場の伏せカードは間違いなく―――)
 すぐに海馬はその答えに行き着いた。零奈の伏せカードの正体を見破った海馬は、手札の1枚を決闘盤にセットし、静かに言葉を放った。
「リバースカードを1枚セットし、ターンエンドだ」
「!」
 攻撃を躊躇した海馬。それを見た零奈は、ため息を吐いた。それは決して、攻撃を躊躇した彼を嘲るようなものではなかった。
「よく見破りましたね。もし攻撃していれば、あなたの負けでした」
「……!」
 海馬は瞬時に伏せカードの正体を読み、攻撃を止めたのだと、零奈は悟っていた。そして、彼の予想通り、零奈の場の伏せカードが開かれる。
「あなたの読み通り、私が伏せていたのはこのカード……。あなたのターンが終了する前に、リバースマジック『デーモンとの駆け引き』を発動します」
「やはり……!」
 『デーモンとの駆け引き』。まさに、海馬が予想した通りのカードだった。

デーモンとの駆け引き
(魔法カード)
レベル8以上の自分フィールド上のモンスターが
墓地へ送られたターンに発動する事ができる。
自分の手札またはデッキから
「バーサーク・デッド・ドラゴン」1体を特殊召喚する。

「この魔法カードは、レベル8以上の自軍モンスターが墓地に眠ったターンに発動可能なカード。このターン、レベル8の『闇より出でし絶望』が墓地に送られたことで、発動条件が満たされました」
「くっ……!」
 零奈は決闘盤からデッキを取り外すと、そこから1枚のカードを抜き出した。そして、それを決闘盤にセットする。
「その効果により、私はデッキから『バーサーク・デッド・ドラゴン』を特殊召喚します」
 カードがセットされることで、零奈の場に新たなモンスターが召喚される。アンデット族の中でもトップクラスの攻撃力を持つ暴竜が、翼を広げ、海馬の場を睨み、彼と、彼の操る白き龍を威圧する。
「『バーサーク・デッド・ドラゴン』……! 攻撃力は『青眼』をも超えるドラゴンか!」
 この状況下で現れた強力なモンスターに、海馬は身構える。『バーサーク・デッド・ドラゴン』の攻撃力は3500。これまで場を制していた『青眼』でさえ、このドラゴンの攻撃力には抗えない。

バーサーク・デッド・ドラゴン
★8/闇属性/アンデット族
このカードは「デーモンとの駆け引き」の効果でのみ特殊召喚が可能。
相手フィールド上の全てのモンスターに1回ずつ攻撃が可能。
自分のターンのエンドフェイズ毎にこのカードの攻撃力は500ポイントダウンする。
攻3500  守 0

「『青眼』で攻撃していれば、『バーサーク・デッド・ドラゴン』の攻撃で返り討ち。それであなたのライフは0になっていました。……命拾いしましたね」
「…………」
 零奈の言うように、あのまま攻撃を続けていれば『青眼』は返り討ちに遭い、海馬のライフにダメージを与えていただろう。しかし、実際のところ、海馬にはそれを回避する術があった。
 このターンに彼が場に伏せたカード。それは、戦闘を回避する能力を持つものだった。だが、ここでそれを使ったとしても、それは一時凌ぎに過ぎない。むしろ、カードを無駄に消費するだけで終わってしまう。
 それ故に、海馬はこのターンで攻めることを止め、次のターンに賭けることにしたのだ。
(俺の場の伏せカード、そして、『バーサーク・デッド・ドラゴン』の抱えるデメリット……。勝負は次のターン……!)

【海馬】
 LP:200
 モンスター:青眼の白龍,青眼の白龍,BLUE EYES WHITE DRAGON
 魔法・罠:伏せカード1枚
 手札:2枚

【零奈】
 LP:2700
 モンスター:バーサーク・デッド・ドラゴン
 魔法・罠:アンデットワールド
 手札:2枚

 零奈の持ち得る戦術は、何も『青眼』を“奪取”することだけではない。彼女には、『青眼』を“殲滅”するという戦術もあるのだ。“殲滅”という選択肢を取ったからこそ、彼女は『バーサーク・デッド・ドラゴン』を呼び出したのである。
「私のターン、ドロー。『バーサーク・デッド・ドラゴン』は、相手モンスター全てに1度ずつ攻撃することが可能です。このターンの攻撃で『青眼』は全滅……。あなたのライフも0ですね」
「ち……! 相手モンスターへの全体攻撃か……!」
 『青眼』を“殲滅”するため、零奈の操る暴竜が動き出す。暴竜は口腔にエネルギーを収束させると、それを火球状にし、海馬の場の『青眼』目掛けて撃ち出した。
「終わりです、海馬さん。『バーサーク・デッド・ドラゴン』で3体の『青眼』を攻撃。“ジェノサイド・カプリッチオ”」
 3体の『青眼』に向かって火球が飛ぶ。この攻撃が成功すれば、海馬の敗北が決定する。
 だが、海馬はそれを通さない。
「リバースマジック! 『攻撃の無力化』!」
「!?」
 海馬の場で伏せカードが開かれる。それと同時に、彼の場に時空の渦が出現する。『バーサーク・デッド・ドラゴン』が放った火球は、その時空の渦に飲み込まれ、無力化された。
「『攻撃の無力化』によって、『バーサーク・デッド・ドラゴン』の攻撃は無効となる!」

攻撃の無力化
(魔法カード)
すべての攻撃は時空の渦に吸収され無効となる

「……粘りますね」
 戦闘を回避された零奈は、仕方なしといった感じで、手札に目を向けた。
「このターンはもう攻められませんね。カードを2枚伏せて、終了です」
 新たに2枚のカードを出し、エンド宣言。それと同時に、『バーサーク・デッド・ドラゴン』に変化が生じる。

 バーサーク・デッド・ドラゴン 攻撃力:3500→3000

(『バーサーク・デッド・ドラゴン』は、奴のエンドフェイズ毎に攻撃力を500ポイントダウンさせる。今の攻撃力ならば、『青眼』で相打ちに持ち込むことも……)
 前のターン、海馬が攻めることを止めたのは、『バーサーク・デッド・ドラゴン』の攻撃力を落とすためでもあった。長期戦に持ち込めば、『バーサーク・デッド・ドラゴン』は力を落とし、倒すことも容易になる。それを狙っていたのだ。
 だが、零奈もそれは承知しているだろう。故に、何かしらの対応策が用意されているはずである。
「俺のターン、ドロー!」
 ドローカードを目に入れると、海馬は自分の場と零奈の場を交互に見やった。
 今、『青眼』で『バーサーク・デッド・ドラゴン』を攻撃すれば、相打ちに持ち込める。しかし、零奈の場には伏せカードが2枚ある。海馬の手札には、罠を回避する術はない。
 仮にこのターン、攻めることを諦めたとしても、次のターンに、『バーサーク・デッド・ドラゴン』の攻撃で『青眼』が全滅することは、普通に考えればあり得ない。一度でも『青眼』に攻撃すれば、相打ちに終わってしまうからだ。
 無論、零奈もそれは分かっているはず。彼女は相打ちに持ち込む気など、絶対にないだろう。攻めようが攻めまいが、同じことだ。
 ならば。
(許せ、『青眼』……!)
 思案の結果、海馬は攻撃することを選ぶ。零奈が何かを仕掛けたのなら、この攻撃で判明すると考えてのことだ。
「バトルだ! 『青眼』で『バーサーク・デッド・ドラゴン』を攻撃!」
 攻撃宣言。そしてその瞬間、海馬の予想通り、零奈が動いた。
「相討ち狙いですか。なら、リバースマジック発動」
「!」
 零奈が魔法カードを発動すると同時に、海馬の場に黒く輝く剣が無数に出現する。そしてその剣は、3体の『青眼』の動きを封じてしまう。
「これは……!」
 無数の剣で捕らえられる『青眼』。海馬はかつて、“彼”との決闘でそのような光景を見た覚えがある。彼の脳裏に1枚のカードが浮かんだ。
(……『光の護封剣』……か? いや……違う……)
 今、海馬の眼前に広がる光景には、あの時の光景とは決定的に異なる点があった。それは、『青眼』を捕らえた剣が黒く輝いているということだ。しかも、場を光で照らすはずの『光の護封剣』とは異なり、彼の場は闇で覆われ始めていた。
「……まさか……」
「そのまさかです。永続魔法『闇の護封剣』を発動しました。このカードが発動した瞬間、相手の場にいるモンスターを全て裏側守備表示にし、さらに、2回目の私のスタンバイフェイズ時まで、表示形式の変更を封じます。『青眼』の動きは封じさせてもらいますよ」

闇の護封剣
(永続魔法カード)
このカードの発動時に相手フィールド上に存在する
全てのモンスターを裏側守備表示にする。
また、このカードがフィールド上に存在する限り、
相手フィールド上モンスターは表示形式を変更する事ができない。
2回目の自分のスタンバイフェイズ時にこのカードを破壊する。

 『闇の護封剣』により、3体の『青眼』は動きを封じられ、攻撃を行なえなくなる。しかし、それだけではない。
(『青眼』の守備力は2500。対して、『バーサーク・デッド・ドラゴン』の攻撃力は3000。次のターン、『バーサーク・デッド・ドラゴン』の攻撃により、『青眼』は全滅する……)
 海馬の攻撃をかわしつつも、次のターンの自分の攻撃に繋げる。『闇の護封剣』の発動には、そのような意味が込められていた。
 あくまでも攻めることを重視する零奈。彼女の守りは、次なる攻めへの布石となる。
「さあ、どうしますか? 何か対抗手段は?」
 楽しげな口調で問いかける零奈。完全に余裕を見せている。海馬は苦い顔をしながら、このターンに引き当てたカードを決闘盤にセットした。
「カードを1枚伏せ、ターンを終了する……!」

【海馬】
 LP:200
 モンスター:裏守備モンスター×3(青眼の白龍,青眼の白龍,BLUE EYES WHITE DRAGON)
 魔法・罠:伏せカード1枚
 手札:2枚

【零奈】
 LP:2700
 モンスター:バーサーク・デッド・ドラゴン
 魔法・罠:アンデットワールド,闇の護封剣,伏せカード1枚
 手札:1枚

 『青眼』の動きが封じられたまま、零奈のターンに移行する。
「私のターン、ドロー。私は『魂を削る死霊』を攻撃表示で召喚します」
 零奈はドローしたカードを決闘盤にセットし、死霊モンスターを召喚する。再び現れた、戦闘では破壊されないそのモンスター。それを見た海馬は、表情を険しくした。
「……『魂を削る死霊』を攻撃表示……だと?」
「そう。攻撃表示です。これが何を意味するか、お分かりですね?」
 今、海馬の場には裏側守備表示の『青眼』が3体。これらは、『バーサーク・デッド・ドラゴン』の攻撃により全滅する。そうなれば、彼の場に壁となるモンスターはいなくなり、『魂を削る死霊』の直接攻撃を受けてしまう。
 そして、『魂を削る死霊』の攻撃力は300。残りライフ200の海馬に止めを刺すには充分である。零奈は容赦なく、このターンの攻撃で決闘を終結させるつもりなのだ。
「これで最後です。『バーサーク・デッド・ドラゴン』で『青眼』を攻撃。“ジェノサイド・カプリッチオ”」
「……!」
 零奈の操る暴竜が動く。だが、海馬の場の白き龍は、『闇の護封剣』の効力により、反撃することを許されない。
「く……っ!」
 闇に包まれた海馬の場に、『バーサーク・デッド・ドラゴン』の3連続攻撃が炸裂する。それにより、彼の場は炎に包まれた。
 闇により動きを封じられ、炎により裁かれる白き龍。終わった。何もかも。これで海馬の場にモンスターはいなくなり、『魂を削る死霊』の攻撃で、決闘は完結する。燃え盛る海馬の場を見て、零奈は勝利を確信した。
「『青眼』は消滅しました。これで終わ―――――」


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――!


「!?」
 一瞬の出来事だった。燃え盛る海馬の場から、強烈な光が発せられ、零奈の場を包み込んだ。
「うっ……」
 これまでに見たこともない、強大なる光。零奈は腕で顔を覆い隠した。

 零奈 LP:2700→1200

「……! ……私のライフが……何故……?」
 光の中で、零奈は自分の決闘盤のライフ表示が“減少”という形で変動したことに気付く。突然、減少したライフポイント。その原因を探るべく、零奈は自分の場に目をやった。
 そして彼女は、目を見開くことになる。
(『バーサーク・デッド・ドラゴン』が……消えた……?)
 先ほどまで零奈の場にいた暴竜は、姿を消していた。しかし、戦闘で破壊されることなどありえない。『青眼』は、『闇の護封剣』によって動きを封じられている。反撃することなど不可能である。
 仮に反撃できたとしても、『バーサーク・デッド・ドラゴン』と『青眼』の攻撃力は、ともに3000ポイント。戦闘を行なえば、相打ちに終わり、互いのプレイヤーにダメージはない。
 しかし、零奈のライフは減少している。これはおかしい。
「……まさか?」
 零奈は海馬の場に目を向けた。海馬の場には、伏せカードが1枚あった。それにより、状況を逆転したと考えるのが妥当だ。
 目を凝らしていると、徐々に炎が消えていき、海馬の場が見えてくる。
「……! あれは……」
 彼女の目線の先で、1体のドラゴンが翼を広げていた。
 しかし、『青眼の白龍』ではない。
 今、海馬の場にいるのは、三つ首のドラゴンだ。
 三つ首のドラゴンは、翼を広げ、零奈の場に向けて大きく咆哮する。
 その威圧感は、『青眼の白龍』の比ではない。
 あまりの威圧感に、零奈はたまらず身じろぎする。


 そして、彼女は静かに、そのドラゴンの名を口にした。





「―――『青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)』……」




6章 切り札

 『青眼の究極竜』。それこそが、海馬の持ち得る中で最強のモンスターであり、彼の決闘における最終形態。それが今、海馬の場に確かに君臨している。
 何も言えなくなる零奈に対し、海馬は静かに言葉を発した。
「『バーサーク・デッド・ドラゴン』が攻撃した瞬間、『融合』のカードを発動。それにより、場の『青眼』3体を融合させた」
「…………」
 『青眼の究極竜』の攻撃力は4500。攻撃力3000の『バーサーク・デッド・ドラゴン』では敵うはずもなく、返り討ちにされたのだ。零奈のライフが1500ポイント減少したのはそのためだ。
 あと一息。あと一息で勝てるという状況で、零奈はまたもや勝機を逃してしまう。海馬の“逆転劇”によって。
(ここで『究極竜』を呼ぶなんて……)
 3体の『青眼』を殲滅するために召喚した暴竜も、海馬の切り札によって葬られ、再び彼女は窮地に陥る。今、自分の場にいるモンスターは、攻撃力が僅か300の『魂を削る死霊』が1体だけ。しかも攻撃表示で佇んでいる。
 たとえ『究極竜』の攻撃をもってしても、『魂を削る死霊』を戦闘で破壊することはできない。『魂を削る死霊』は一切の戦闘ダメージを受けないためだ。しかし、あくまでも戦闘ダメージを受けないのは『魂を削る死霊』だけであって、零奈が受ける戦闘ダメージを回避することはできない。
 次のターン、『究極竜』が攻撃表示の『魂を削る死霊』を攻撃すれば、攻撃力の差分である4200ポイントが零奈のダメージとなり、勝負が決まる。零奈の場には伏せカードが1枚あるが、これはバトルを回避できるような効果を持つものではない。頼みの綱は、彼女の手札に残された1枚のカードのみ、である。
 それでも。
 『究極竜』を出され、窮地に陥ったこの状況でも、零奈の戦意が消えることはない。海馬が従える究極のモンスターを見据えつつ、零奈は残された手札を場に伏せる。
「……まだ私のターンは終わっていません。私は……このカードを場に伏せ、ターンエンドです」
「…………」

【海馬】
 LP:200
 モンスター:青眼の究極竜(青眼の白龍,青眼の白龍,BLUE EYES WHITE DRAGON)
 魔法・罠:なし
 手札:2枚

【零奈】
 LP:1200
 モンスター:魂を削る死霊
 魔法・罠:アンデットワールド,闇の護封剣,伏せカード2枚
 手札:0枚

「俺のターン、ドロー!」
 カードを引いた海馬は、自分の場に王者の如く君臨するドラゴンに目を向ける。
 己の“罪”によって手中に収まった3体の『青眼』。それらが束ねられたことによって、『究極竜』はこの場に具現化している。
 つまり、『究極竜』は、己の“罪”が生み出したモンスター。
 己の“罪”の象徴たち。それらが束ねられた悪徳の極致。
 それでも彼は、この力を使わなければならなかった。使わなければ、決闘に負ける。負けるわけには行かない。この決闘に負けるということは、己の“罪”にも負けるということだ。それは、彼のプライドが許さない。
 零奈の場に目を向ける海馬。攻撃表示の『魂を削る死霊』が目に入る。
(『究極竜』で『魂を削る死霊』を攻撃すれば、黎川のライフを0にできる。だが……)
 零奈の場には、伏せカードが2枚ある。当然、それらのカードを使い、『魂を削る死霊』への攻撃を阻止しようと彼女は考えるはずだ。
 おそらく、このターンの攻撃は成功しない。海馬はそう読んだ。
 しかし、戦闘で破壊されない『魂を削る死霊』を、場に残しておくのも厄介である。このまま放置すれば、上級モンスター召喚のための生け贄などに使用される可能性もある。
 そう考えた彼は、このターンに引き当てたカードを決闘盤にセットした。
「俺は手札より、魔法カード『収縮』を発動! 『魂を削る死霊』の攻撃力を半減させる!」
「!」
 魔法カード『収縮』により、『魂を削る死霊』の体は縮小し、攻撃力が低下する。だが、『魂を削る死霊』の場合、攻撃力が半減するだけでは済まされない。

収縮
(魔法カード)
場のモンスター1体の攻撃力を半分にする

 魂を削る死霊 攻撃力:300→150

 攻撃力が半減した『魂を削る死霊』は、場から消滅してしまう。それを見た零奈は僅かに顔を歪めた。
(『魂を削る死霊』は、カード効果の対象になると破壊されてしまう弱点がある……。それを狙って『収縮』を……)
 戦闘で破壊されない『魂を削る死霊』の弱点を突かれ、壁となるモンスターを失った零奈。彼女の頼みの綱は伏せカードのみ。
 勿論、自信はある。伏せカードの1枚――先のターンに伏せたカードはブラフではない。このカードによって、『究極竜』の攻撃を防ぐことは可能である。だからこそ、彼女は冷静さを崩さない。
 そして、海馬もそのことは分かっている。しかし、攻めの手を休めるわけには行かない。もはやこの決闘は、先に退いた方が負ける決闘だ。
「バトルだ! 『究極竜』で攻―――」
 迷わず攻撃を宣言する海馬。だがその瞬間、零奈が動く。
「罠カード発動。『闇よりの罠』」
「!」
 零奈の場で罠が発動する。やはり、彼女は罠を仕掛けていたのだ。自分の墓地を見ながら、零奈は淡々と語る。
「罠カード『闇よりの罠』は、1000ポイントのライフと引き換えに、墓地の罠カード1枚を発動することができます」
「墓地の罠だと……?」

闇よりの罠
(罠カード)
墓地にある罠カードを発動させる
ライフを1000ポイント支払う

 零奈 LP:1200→200

 『闇よりの罠』の発動コストとして、零奈は1000ポイントのライフを失い、残りライフが200ポイントまで減少する。これにより、海馬と零奈のライフが並んだ。
「では、このカードを発動させてもらいましょう」
 零奈の墓地に眠っていた罠が発動する。それとともに、フィールドに耳障りな高音が鳴り響く。これでは、海馬の攻撃宣言はかき消されてしまうだろう。
 顔をしかめつつ、零奈の場を睨む海馬。そんな彼の目には、1枚の魔法カードを持った小悪魔が笑いを浮かべている光景が映る。小悪魔の持つカードは、海馬にとって見覚えのある魔法カードだった。
「く……! 『墓荒らし』を発動したか……!」
「はい。『墓荒らし』は敵の墓地にあるカードを1枚奪い取る罠。その効果で、海馬さんの墓地にある魔法カード、『コマンドサイレンサー』を奪わせてもらいました。このカードによって、海馬さんの攻撃宣言は取り消され、バトルフェイズは終了となります」
 『闇よりの罠』の効果により、墓地に眠る『墓荒らし』のカードを発動。その効果で、海馬の墓地から『コマンドサイレンサー』を奪い、発動。流れるような動きで、零奈は見事にこのターンの戦闘を回避した。
 だが、これだけでは終わらない。『コマンドサイレンサー』にはもう1つの効果がある。
「さらに、『コマンドサイレンサー』の効果で、私はカードを1枚ドローします」
 攻撃を止めた上、カードをドローした零奈。1000ポイントものライフを失いながらも、彼女は1ターンの猶予と、1枚のカードを手にしたのである。
「ち……! 俺はカードを1枚伏せ、ターンエンドだ!」
 攻撃を止められた海馬は、カードを1枚伏せ、エンド宣言をする。ただし、ここで伏せたカードは現状では使用できないカード、つまりはブラフである。

【海馬】
 LP:200
 モンスター:青眼の究極竜(青眼の白龍,青眼の白龍,BLUE EYES WHITE DRAGON)
 魔法・罠:伏せカード1枚
 手札:1枚

【零奈】
 LP:200
 モンスター:なし
 魔法・罠:アンデットワールド,闇の護封剣,伏せカード1枚
 手札:1枚

 零奈は、手に握られた1枚のカードを見ながら、思考を巡らせる。
 このターン、彼女は1000ポイントのライフを失ったものの、『コマンドサイレンサー』の効果でカードを1枚ドローできた。そして、ドローしたカードは、彼女が求めるカードの内の1枚だった。
(あとは……アレを引き当てれば……)
 たった今引き当てたカード。そして、デッキに眠る“あのカード”。その2枚が組み合わさった時、決闘の流れは大きく変わる。あのコンボを成立させれば、海馬の切り札を崩しつつ、自らの切り札を召喚することができる。
 それを実現させるためにも、“あのカード”が必要。言い換えれば、“あのカード”を引き当てなければ、この状況を打開することはできない。
 デッキを見る零奈。一呼吸置き、カードを引き抜く。
「私のターン、ドロー」
 迷うことなくドローカードに目を通す。
「―――――」
 その瞬間、うっすらと笑みを浮かべる零奈がそこにいた。
 まさに、零奈のデッキが零奈に答えた瞬間だった。
 零奈は笑みを浮かべたまま、海馬の方へ目を向けた。
「海馬さん……。私の切り札を見せられそうです」
「……何?」
 突然、零奈の口から出た“切り札”という単語。それを聞いた海馬は眉をひそめる。
 この決闘、零奈はこれまで様々なモンスターを呼び出してきたが、しかし、今の零奈の言葉を裏返せば、ここまでの展開において、彼女はまだ切り札を出していないということになる。
 零奈の言う、“切り札”とは何か。海馬の中に警戒心が募る。
「さて、私のスタンバイフェイズ。このターンで『闇の護封剣』の効力は切れ、消滅します」
「…………」
 『闇の護封剣』が発動してから、2回目の零奈のスタンバイフェイズ。効力が切れた『闇の護封剣』は場から取り除かれ、海馬の場を覆っていた闇と、黒く輝く剣が消滅する。
「そして、私はカードを2枚伏せ、ターンを終えます」
「……?」
 切り札を見せられる、と言った零奈だが、彼女は残された手札2枚を場に伏せただけでターンを終える。モンスターの召喚は行っていないため、彼女の場には壁となるモンスターはいない。だが、伏せカードは3枚存在し、強固な布陣であることは確かだ。
 おそらくは、伏せてあるカードで切り札を呼び出すのだろう。そう睨みつつ、海馬はカードを引く。
「俺のターン、ドロー!」
 ドローしたのは強力な魔法カード。海馬は迷わずそのカードを発動させる。
「魔法カード『命削りの宝札』を発動! このカードの効果により、俺は手札が5枚になるまでカードを引き、5ターン後、全ての手札を捨て去る!」
「……! 手札増強カード……ですか」
 このタイミングでの『命削りの宝札』。その効果により、海馬の手札は5枚まで満たされる。

命削りの宝札
(魔法カード)
手札を5枚になるようにドローする。
5ターン後すべての手札を墓地に置く

「俺の手札は1枚! よって、カードを4枚ドローする!」
 単純に考えれば、『究極竜』の攻撃が通れば勝てるこの状況。それでも、海馬が手札増強カードを使用した理由は至極単純。まだこの決闘には先があると予測したからだ。そうでなくとも、最後の詰めを誤るわけにはいかない。油断は禁物。カードを多く持っておくことに越したことはない。
 一気に手札を増強した海馬。対する零奈は、自分の場の伏せカードに目を向ける。
(『命削りの宝札』……。まあ、いずれ使ってくると思ってたわ。ここまでは問題ない……)
 海馬は、増強させた手札と零奈の場を交互に見ながら、思考を巡らせる。『命削りの宝札』の効果で手札は増えたものの、伏せカードを除去できるようなカードや、罠を回避できるようなカードはない。それでも、零奈に逆転されてしまった場合でも対処できるような手札にはなっていた。
(奴の場にモンスターはいない。攻撃すれば、俺が勝利できる状況。だが、伏せカードは3枚……)
 零奈の場の伏せカード。そして、先のターンに零奈が発した“切り札”という単語。それが海馬の動きを鈍らせる。このターン、攻撃するか、否か。
(……切り札……か。面白い。その正体、見極めてやるわ!)
 零奈の切り札。その正体は分からないものの、海馬は攻めの一手を投じる。退くつもりなどない。
「『青眼の究極竜』の攻撃! “アルティメットバースト”!」
 海馬の攻撃宣言により、『究極竜』が3つの口腔に膨大なエネルギーを蓄え、攻撃準備に掛かる。
 そして、それに反応するかのように、零奈が動いた。
「やはり来ましたね。罠カード発動。『パワーバランス』」
「何……!?」
 零奈の場で、伏せカードの1枚が開かれる。それと同時に、零奈は左掌を海馬に向けた。
「『パワーバランス』は、私の手札が0枚の時に発動可能な罠カード。その効果で、あなたは手札の半分を捨てなければなりません。そして、私はあなたが捨てた枚数分のカードをドローします」
「……! 手札破壊と手札増強を同時に行なう罠……!」

パワーバランス
(罠カード)
自分の手札が0枚の時に発動可能。
相手は手札の半分(端数は切り捨て)を捨てて、
自分は相手が捨てた枚数分だけカードをドローする。

 零奈の左掌。そこに手札は握られていない。『パワーバランス』の発動条件は満たされている。
(奴め……、このために手札を0に……!)
 海馬の手札は5枚。端数切り捨てのため、2枚のカードを捨てなければならない。そして、零奈は2枚のカードをドローすることになる。
「ちっ……!」
 顔をしかめながら、海馬は発動できずにいた『エネミーコントローラー』、そして『洞窟に潜む竜』のカードを手札から墓地に送った。

洞窟に潜む竜
★4/風属性/ドラゴン族
攻1300  守2000

 対する零奈は、海馬がカードを捨てると同時に、2枚のカードをドローした。

 ドローカード:攻撃の無力化,闇より出でし絶望

「だが、『究極竜』の攻撃は止まらん!」
 『パワーバランス』が発動したところで、モンスターの攻撃が中断することはない。『究極竜』は、蓄えられていたエネルギーを零奈目掛けて打ち放った。極限まで高められたエネルギーが眩い光を放ち、零奈に“滅び”を宣告する―――





 ―――はずだった。





「!? 何だと……!?」
 自分の場に君臨するドラゴンを見て、海馬は驚愕に顔を染める。突如として、『究極竜』の体に異変が生じ始めたのだ。
 『究極竜』は、零奈に攻撃をぶつけることなく、その体が分裂を始める。そして、分裂した体は3体のドラゴン――『究極竜』の融合素材となったドラゴン――『青眼の白龍』へと姿を変えた。
「『究極竜』が……3体の『青眼』に分裂しただと……!? ……これは……」
 この光景、海馬は見覚えがあった。“彼”との最終決戦の終盤、海馬は同じ光景を目の当たりにしている。
 表情を険しくし、海馬は零奈の場に目を向ける。そこでは、1枚のカードが開かれていた。そして、それはやはり、“彼”が使用していたカードだった。
「ふふ……。『究極竜』の攻撃時、『融合解除』を発動させてもらいました。このカードにより、『究極竜』の融合は解除され、攻撃を無効化されます。残念でしたね」
「……! 『融合解除』……か……」

融合解除
(罠・魔法カード)
融合モンスター1体を分離させ
このターンの攻撃を無効化する

 『融合解除』の効力により、『究極竜』は3体の『青眼』に分裂し、攻撃を無効化された。これで海馬の場には、再び3体の『青眼』が揃う。
 融合を解除され、切り札である『究極竜』を失った海馬。しかし、彼の闘志は消えない。
(『究極竜』は消えたが、それでも俺の場には3体の『青眼』が残る。奴が不利なのは明白……)
 海馬の場には3体の『青眼』。どの道、今の状況では、零奈が明らかに不利である。そう。あくまでも、融合を解除しただけに過ぎない。海馬のモンスターを減らしたわけではないのだ。
 だが、海馬はすぐにその考えを棄却した。先の零奈の発言――“切り札”という単語が彼の脳裏を過ぎったためだ。
 海馬は、このターンの零奈の動きと、現在の場の状況から、彼女の思惑を推測する。
(『パワーバランス』……『融合解除』……。奴の場には伏せカードが1枚。手札は2枚……。……まさか!?)
 1つの結論に海馬は行き着く。が、もう遅かった。
「海馬さん。あなたが『青眼』を束ねるのなら、“私も”『青眼』を束ねて迎え撃つまでですよ」
「……!」
 にこやかな表情で、海馬の推測を肯定するかのように、零奈は言葉を紡いだ。彼女は仕掛けていたのだ。最強最悪の戦術を。
「目には目を。『究極竜』には『究極竜』を。覚悟してくださいね、海馬さん。リバースカードオープン―――」





 ―――『超融合』!





「……っ! 『超融合』……!」
 零奈の場に伏せられていた、最後の1枚が開かれる。この1枚に繋げること。それが零奈の狙いだったのだ。
「ふふ……。通常、融合モンスターは自分の場のモンスターを融合させて召喚するものですが、『超融合』を使用すれば、相手の場のモンスターも融合素材にして融合が行えます。ご存知ですよね?」

超融合
(魔法カード)
手札を1枚捨てて発動。
自分または相手の場のモンスター2体以上を融合させる。
このカードに対するカウンタースペルは禁じられる。

 敵の場にいるモンスターまでも融合素材にする。それが『超融合』の持つ、掟破りの能力である。
「俺の場の『青眼』を……融合素材にするつもりか……!?」
「はい。手札を1枚捨てるリスクを背負いますけどね」
 そう言うと、零奈は手札の1枚を墓地に送り、『超融合』の発動条件を満たした。暗いフィールドに、零奈の声が冷たく響く。
「あなたの場の『青眼』3体を融合させ……、―――おいで、『究極竜』」
 海馬の場にいた3体の『青眼』が、再び融合する。だが、融合した『青眼』は海馬の場には召喚されず、零奈の場に召喚される。
 3体の『青眼』が融合した究極のドラゴン――『青眼の究極竜』は今、海馬の前に、最大最強の“敵”となって立ちはだかった。
「『究極竜』……!」
 『青眼』を凌駕する威圧感が海馬の体を圧迫する。それが、『究極竜』が彼の“敵”であることを強く知らしめる。
 敵の切り札を崩しつつ、自らの切り札を召喚する。零奈のその戦術によって、海馬の切り札は完全に崩壊した。対する零奈の場には、まさに彼女の切り札に相応しいドラゴンが君臨している。
「今、『究極竜』は私のしもべとなりました。正真正銘、これが私の切り札です」
「く……っ……!」
 暗いフィールドで、満足げな笑みを浮かべる零奈。そして、そんな彼女の守護竜と化し、王者の如くフィールドに聳える『究極竜』。その青き瞳には、“敵”である海馬の姿が映し出されている。
(『究極竜』を奪いに来るとは……。だが……)
 切り札を奪取された海馬ではあったが、それでも、負けるつもりはなかった。たとえ『究極竜』が奪われようと、ここで退くつもりなど一切ない。
 幸い、手札は3枚ある。これで次のターンに備えることは可能だ。海馬は手札から素早くカードを取り、決闘盤にセットした。
「まだ俺のターンは終わっていない。俺は『サファイアドラゴン』を守備表示で召喚!」
 海馬の場に、宝石で体を覆われたドラゴンが出現する。高い攻撃力を備えたそのドラゴンだが、『究極竜』の力には遠く及ばないため、守備表示にならざるを得ない。

サファイアドラゴン
★4/風属性/ドラゴン族
攻1900  守1600

「さらに、リバースカードを1枚セットし、ターンを終了する!」
 『サファイアドラゴン』の後方に伏せカードが1枚置かれ、海馬のターンが終わる。

【海馬】
 LP:200
 モンスター:サファイアドラゴン
 魔法・罠:伏せカード2枚
 手札:1枚

【零奈】
 LP:200
 モンスター:青眼の究極竜(青眼の白龍,青眼の白龍,BLUE EYES WHITE DRAGON)
 魔法・罠:アンデットワールド
 手札:1枚

「私のターン、ドロー」
 零奈のターンに移る。『究極竜』を前にしても決闘を続けようとする海馬を見て、彼女はどこか嘲るような口調で言った。
「まだ諦めないんですね。でも、今のあなたに『究極竜』を倒す手段はあるんですか? デッキ枚数も残り少ないようですけど」
「…………」
 零奈の言葉を聞き、海馬は自分の決闘盤のデッキホルダーに目を向ける。そこにセットされた彼のデッキは、長期に渡る決闘によって、残り7枚にまで減少していた。
 対する零奈のデッキは、まだそれなりに枚数がある。このまま決闘が続けば、先にデッキが尽きるのは海馬だろう。
(このまま『究極竜』の攻撃を回避し続けても、敗北するのは俺の方か……)
 守っているだけでは、零奈に勝てない。本気で彼女に勝ちたければ、彼女のライフを0にするしかない。自分のデッキが尽きる前に。
 しかし、今の海馬の持ち札ではそれができそうにない。故に、今は『究極竜』の攻撃を回避することに専念するしかない。残りライフは僅か200。一撃を受けるだけで敗北する数値だ。
 そんな海馬に対し、零奈は一切の容赦をしない。手札の1枚を抜き取り、決闘盤にセットする。
「まずは、壁モンスターに退場願いましょう。魔法カード『シールドクラッシュ』を発動します」
「何!?」
 海馬は顔をしかめた。零奈が発動したのは、守備モンスターを無条件で破壊する、強力な魔法カードだったのだ。

シールドクラッシュ
(魔法カード)
フィールド上に守備表示で存在するモンスター1体を選択して破壊する。

 零奈が発動した『シールドクラッシュ』のソリッドビジョンから光線が放たれ、海馬の場で守備を固めていた『サファイアドラゴン』を粉砕する。これで、海馬の場に壁モンスターは存在しなくなった。
「さて、今度こそ、終わりにしましょう。『究極竜』でプレイヤーを攻撃。“アルティメットバースト”」
「くっ……!」
 零奈の場の『究極竜』が、3つの口腔にエネルギーを集束し、撃ち放つ。それは場の中央で重なり、一筋の光線となって海馬に襲い掛かった。
「させるか! リバースカードオープン! 『ソウル・シールド』!」
「!」
 攻撃が命中する寸前、海馬の場の伏せカードが開く。その瞬間、彼の場を見えない壁が覆い隠し、『究極竜』の攻撃を弾き返した。
「罠カード『ソウル・シールド』は、ライフを半分払うことにより、モンスターの攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる!」

ソウル・シールド
(罠カード)
ライフポイントの半分を払う。
モンスターの攻撃を無効にし、
バトルフェイズを終了させる。

 海馬 LP:200→100

 『ソウル・シールド』の発動コストとして、海馬のライフが半減する。だが、今の海馬にとっては、さほど大きなリスクではなかった。
 対する零奈は、全てを終わらせるはずだった一撃をかわされ、思わずため息を漏らす。これ以上することはないため、仕方なくエンド宣言をする。
「…そう簡単には行きませんか。ターンエンドです」
 このターンは凌いだ海馬。しかし、依然として、零奈の場には『究極竜』が存在している。『ソウル・シールド』も所詮は一時凌ぎ。次のターンには、また『究極竜』の攻撃が襲ってくる。海馬が不利であることに変わりはない。
 海馬と零奈のライフはほぼ互角だが、場の状況が違いすぎる。今の状況では、『究極竜』を従える零奈が圧倒的に有利である。
「……俺のターン」
 『究極竜』を前に、海馬は焦りを感じていた。何しろ、残りライフ100の状態で、攻撃力4500のモンスターを敵に回しているのだ。そのプレッシャーは並大抵のものではない。少しでも隙を見せれば、少しでもミスを犯せば、それが即、敗北に繋がる。そんなプレッシャーが、彼を支配せんとする。
 それを振り払うように、海馬は力強くカードを引いた。
「―――ドロー!」
 引いたカードを見ると、海馬の目つきが僅かに変わる。強力な罠カードを引いたのだ。
(これを発動させれば……)
 ドローカードを含めた手札2枚を見ると、海馬はすぐに行動に移す。
「俺は『エレメント・ドラゴン』を守備表示で召喚!」
 まずは壁となるモンスターを召喚する海馬。彼が召喚したのは、特定の属性を持つモンスターが場に存在する時、秘められた力を解放できるドラゴンである。

エレメント・ドラゴン
★4/光属性/ドラゴン族
このモンスターはフィールド上に特定の属性を持つ
モンスターが存在する場合、以下の効果を得る。
●炎属性:このカードの攻撃力は500ポイントアップする。
●風属性:このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
もう一度だけ続けて攻撃を行う事ができる。
攻1500  守1200

 海馬がこのターンに引いた罠。それを発動させれば、決闘は海馬の勝利で終わる。それほどまでに、彼のドローカードは強力な効果を備えたカードだった。しかし、罠が外されてしまうことも視野に入れ、彼は壁となるモンスターを召喚しておいた。
「さらにカードを1枚セットし、ターンエンドだ!」
 壁モンスターを召喚した海馬は、このターンに引き当てた罠カードを場にセットし、ターンを終えた。

【海馬】
 LP:100
 モンスター:エレメント・ドラゴン
 魔法・罠:伏せカード2枚
 手札:0枚

【零奈】
 LP:200
 モンスター:青眼の究極竜(青眼の白龍,青眼の白龍,BLUE EYES WHITE DRAGON)
 魔法・罠:アンデットワールド
 手札:1枚

「私のターン、ドロー」
 零奈のターンに移行する。ドローカードを見ると、零奈は僅かに眉根を寄せた。というのも、もし、このターンのドローカードを前のターンで引き当てていれば、彼女は間違いなく勝利していたからだ。
(……運がいいわね、海馬さん)
 だが、すぐにそのことは忘れ、現状に目を向ける。先のターンで、海馬の場には新たな壁モンスターが召喚され、伏せカードも追加された。防御力は先ほどと変わりない。
「私はカードを1枚場にセットし、バトルフェイズに移ります。『究極竜』で『エレメント・ドラゴン』を攻撃。“アルティメットバースト”」
 零奈は、このターンにドローしたカードを場にセットすると、躊躇う様子も見せずに、『究極竜』に攻撃命令を下す。それを聞いた海馬は、伏せカードに手をかける。
(…………。許せ……『青眼』……!)
 僅かな逡巡の後、彼は目の前の“敵”を睨みつけ、凶悪な罠を発動させた。
「罠カード発動! 『破壊輪』!」
「……!?」
 伏せカードの発動とともに、『究極竜』の中央の首に、複数の爆弾が付けられたリングが装着される。『破壊輪』――数ある罠カードの中でも、凶悪な効果を持つカードである。
「『破壊輪』は、敵の攻撃モンスター1体を破壊し、そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える!」

破壊輪
(罠カード)
相手の攻撃モンスターを1体破壊し
相手プレイヤーにその攻撃ポイント分のダメージを与える

 凶悪な罠の発動。『究極竜』といえども、この罠の効果に抗うことはできない。
「このカードの効力により、『究極竜』を破壊する!」
「……『破壊輪』……ですか」
 このまま、零奈が何のアクションも取らなければ、『究極竜』が破壊され、零奈は4500ポイントのダメージを受けて敗北する。まさに、海馬にとっての希望となる罠だった。
 だが。
「……残念でしたね。ライフを半分払い、カウンター罠『神の宣告』を発動。これで『破壊輪』は無効です」
「……っ!?」
 零奈の場で、伏せカードが開かれた。
 海馬にとって、希望となる罠の発動。しかし、神はそれを許さない。

神の宣告
(カウンター罠)
ライフポイントを半分払う。
魔法・罠の発動、モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚の
どれか1つを無効にし、それを破壊する。

 零奈 LP:200→100

 ライフ半分と引き換えに、零奈は神を味方につけた。『神の宣告』の効果によって、海馬が発動した『破壊輪』は発動を無効にされ、破壊される。そして、『究極竜』は何ら問題なく攻撃を成功させ、『エレメント・ドラゴン』を消滅させた。
 『究極竜』の攻撃による演出は、並大抵の迫力ではない。爆風が海馬の場を飛び交い、彼の体を圧迫する。彼は体勢を崩さぬよう、全身に力を込めた。
「かわされたか……!」
 ここで『神の宣告』。先ほどのターンで使わなかったことから、零奈はこのターンに『神の宣告』を引き当てたのだろうと海馬は即座に察した。
 結局、逆転することは叶わず、海馬の場に残されたのは、発動できないままセットされている伏せカードが1枚。手札は0。
 そして、零奈の場には『究極竜』が存在し続けている。残りライフは100。完全に追い詰められてしまった。
「危ないところでした……。惜しかったですね、海馬さん。『破壊輪』が決まっていれば勝てたところを」
「…………」
 穏やかに言う零奈。彼女は海馬の場、そして彼の手元を見ながら、言葉を続ける。
「このターンの攻撃で、あなたの場のモンスターはいなくなりました。しかも、あなたには手札もない。場に伏せてあるカードも、ずっと伏せられている割に発動する気配がないところを見ると、現時点では使いものにならないカード……」
 海馬は、自分の場に伏せてあるカードに目を向ける。確かに零奈の読みは当たっていた。このカードは、現時点では使うことのできないカード。故に、次のターンで逆転を可能とするカードを引き当てられなければ、それで終わりである。
「唯一の希望は、あなたが次のターンにドローするカード。それでどこまで粘れるでしょうかね? ターンエンドです」

【海馬】
 LP:100
 モンスター:なし
 魔法・罠:伏せカード1枚
 手札:0枚

【零奈】
 LP:100
 モンスター:青眼の究極竜(青眼の白龍,青眼の白龍,BLUE EYES WHITE DRAGON)
 魔法・罠:アンデットワールド
 手札:1枚

 絶望的な状況に追い込まれた海馬。『究極竜』を睨みつける彼の手には、冷や汗が握られていた。
「…………」
 海馬は自分のデッキに目を向ける。ここで引くカードに、全てが懸かっている。
 自分のデッキであるため、当然、デッキに残された6枚のカードが何なのかは分かるし、何のカードを引けばこの状況を打開できるかも分かる。
 そう。まだ手はある。“あのカード”を引き当てれば、まだチャンスはある。引き当てれば、の話だが。
(あのカードを引き当てれば……。あのカードを―――)
 しばしの逡巡の後、海馬はデッキのカードに指を当てる。
「俺のターン、ドロー!」

 ――――――――――。

「……俺は、カードを1枚伏せ、ターンエンドだ!」
「!」
 ドローカードを場に伏せただけで、海馬はターンを終えた。それを見た零奈は、小さく笑みを零す。
「今伏せたカードで迎え撃つ……というわけですか」
 伏せカードを見たところで、全く動揺することのない零奈。だが、海馬もまた、冷静な口調で返す。
「俺のライフが尽きるか、お前のライフが尽きるか……。お前が攻撃すれば、全てが分かる」
「…………」
 誘いをかける海馬。零奈は笑みを浮かべたまま、言葉を返す。
「……面白いですね。その誘い、乗ってあげましょう。私のターン、ドロー」
 あくまでも、攻めるつもりの零奈。カードを引き、それを一瞥した後、迷うことなくバトルフェイズに突入する。
「さあ、今度こそ、本当に最後にしましょうか。『究極竜』でプレイヤーに攻撃」
「……!」
 『究極竜』が攻撃態勢に入る。3つの口腔に強大なエネルギーが集約され、いつでも撃ち放てる状態になる。それを見た海馬は身構えた。
「チェックメイトです、海馬さん。“アルティメットバースト”―――――」
 零奈の宣言と同時に、『究極竜』の3つの口腔から滅びの威光が放たれる。3つの威光は1つに重なり、海馬に牙を剥く。これが通れば、零奈の勝利。零奈の切り札により、決闘に幕が下ろされる。





「リバースマジック―――――『デビルズ・サンクチュアリ』!」





「!?」
 突如、海馬の場に黒き魔法陣が出現する。
 魔法陣からは闇が発せられ、そこに“何か”が生み出される。
 生み出された“何か”を見た零奈は、目を見開いた。
「あれは……?」
 海馬の場に出現したのは、1人の女。
 その女は紛れもなく、零奈自身。
 いや、正確には、その身に彼女の姿を映した“何か”だった。
「魔法カード『デビルズ・サンクチュアリ』の効果により、相手プレイヤーの映し身となる『メタルデビル・トークン』が出現する!」
「『デビルズ・サンクチュアリ』……? 私の映し身……?」
 海馬の場に現れた“何か”。それは、零奈の映し身となった悪魔――『メタルデビル・トークン』だった。

デビルズ・サンクチュアリ
(魔法カード)
悪魔の聖域(デビルズ・サンクチュアリ)にメタルデビルを出現させる。
メタルデビルの維持コストを毎ターン1000ポイントとする。

「お前の映し身となった『メタルデビル』は、お前自身のライフを攻撃力に変換する! よってその攻撃力は100ポイント!」

 メタルデビル・トークン 攻撃力:100

「そして、『メタルデビル』はお前の“もう1人の存在”となり、攻撃モンスターの壁として立ちはだかる!」
「……! 私の映し身となった『メタルデビル』を攻撃すれば、ライフを失うのは私自身……」
 ハッとして、零奈は自分の場の『究極竜』に目を向ける。既に彼女は、『究極竜』への攻撃命令を完了している。『究極竜』の攻撃を止めることはできない。
(……この状況下で……あんなカードを……)
 このまま何もしなければ、『究極竜』の攻撃は『メタルデビル』に命中し、零奈自身がダメージを受ける。そうなれば、零奈のライフは尽きることになる。
 場と手札を睨みつけ、回避法を模索する零奈。対して、『メタルデビル』の出現により、勝利を確信する海馬。
「自らの映し身への攻撃で、お前の負けだ! 零奈!」
「く……っ」
 海馬のデッキに眠っていた切り札。それは、零奈の力を受け止める盾となり、彼女自身に牙を剥く剣となる。
 そして、『究極竜』の攻撃が、『メタルデビル』に命中し―――――




7章 最後の1枚

「……っ!? 何!?」
 『メタルデビル』に『究極竜』の攻撃が直撃し、零奈のライフが尽きる。そのような構図が確定されたこの状況。しかし、海馬は驚きを露にした。何故なら、『メタルデビル』に攻撃が直撃する寸前、場に巨大な渦が出現し、『究極竜』の攻撃を吸収してしまったからだ。
「……これは……一体……」
 何が起こったのか分からない海馬。だが、海馬の眼前で起こった現象は、彼にとっては見覚えのある光景――この決闘中、彼も作り上げたことのある光景だった。
 そして、零奈は安堵の息を吐きながら、1枚のカードを海馬に示した。
「……『メタルデビル』に攻撃が当たる直前、手札から『攻撃の無力化』を発動しました。これにより、『究極竜』の攻撃は無効になります」
「……!? 『攻撃の無力化』……だと……?」
 窮地に立たされたあの状況下で、零奈が咄嗟に起こしたアクション。それは、自分のモンスターの攻撃に対し、自ら『攻撃の無力化』を使うというものだった。
 海馬は未だかつて、そんな戦術を見たことがない。何しろ、『攻撃の無力化』のカードは普通、相手モンスターの攻撃に対して発動されるものだからだ。だからこそ、海馬の受けた衝撃は大きい。
 対する零奈は、落ち着き払いながら、言葉を続ける。
「『攻撃の無力化』のテキストには、“すべての攻撃は時空の渦に吸収され無効となる”と書かれています。……そう。“相手モンスターの攻撃”に限定された効果ではないんです。……危ないところでした。これに気付かなければ、私の負けでしたよ」
 零奈の言葉が意味することを察し、海馬は苦々しげに顔を歪める。
「自分のモンスターの攻撃に対して『攻撃の無力化』を発動し、『メタルデビル』への攻撃を無効化。それにより、ダメージを回避したわけか……」
 絶体絶命に追い込まれた零奈が見つけた一手。それは、敗北しかけた零奈を再び有利な状況へと戻し、勝利を掴みかけた海馬を再び窮地に陥れる。
「このターンの逆転劇は見事でしたよ、海馬さん。あと少し遅ければ、私は負けていたでしょうし。……けれど、『メタルデビル』は、毎ターン1000ライフを払わなければ維持することはできない。つまり、このターンが終われば『メタルデビル』は消滅。あなたの渾身の一手も、無駄に終わったようですね」
「…………」
 『デビルズ・サンクチュアリ』によって生み出された『メタルデビル』を維持するには、ターン毎に海馬が1000ポイントのライフを払う必要がある。しかし、彼のライフは残り100。つまり、『メタルデビル』の維持は不可能。よって、『メタルデビル』を壁として扱うことはできない。
 次のターンになれば、『メタルデビル』は場から消滅し、海馬は再びドローカードに望みを賭けるという状況に追い込まれる。結局、このターンの攻防も、零奈の絶対有利を崩すことはできなかった。傍目からすれば、せいぜい、敗北するのを1ターン先延ばしにした、というくらいにしか見えないだろう。
 だが。
「それはどうかな?」
「?」
 挑発的な口調で返す海馬。彼の闘志は、まだ死んではいなかった。
(まだ手はある。このカードに繋げられれば……。問題は奴の……)
 海馬の目は、自分の場にある伏せカード、そして、零奈の手元を捉えていた。しかし、零奈には海馬の意図は分からない。それでも、彼の闘志が死んでいないことは充分に感じ取れていた。
「……まだ終わるつもりはない……というわけですか。次は何を見せてくれるんでしょうかね? 私はカードを1枚伏せて、ターンエンドです」
 何かを目論む海馬を前にしても、零奈は動揺する様子を見せない。むしろ楽しげな様子で、手に握られた1枚を場に伏せ、ターンを終えた。これで彼女の手札は尽きたことになる。
 その瞬間だった。
「……残念だったな」
「!?」
 海馬の一声が、零奈を貫いた。それは、絶対有利な零奈に揺さぶりをかけるほどに、自信に満ち溢れた一声だった。
「このターンでの逆転は失敗した。だが、『デビルズ・サンクチュアリ』の発動は無駄にはならない」
「……? しかし、『メタルデビル』の維持はできないはず……」
 そう言いかけたところで、零奈は海馬の場の伏せカードに目を向ける。海馬が『収縮』を使用したターンから伏せられたままのカード。その正体を、零奈は知らない。もし、そこに『デビルズ・サンクチュアリ』とのコンボで威力を発揮するカードが仕掛けられていたとすれば……?
「確かに、俺の今のライフでは、『メタルデビル』を維持することはできない。だが、“次の一手”に繋げることはできる!」
「……次の一手……。まさか……?」
 零奈の脳裏に、ある罠カードの存在が過ぎる。同時に、海馬の場の伏せカードが正体を現した。
「このカードで次の一手に繋げる! リバースカード、オープン! 罠カード『闇霊術−「欲」』!」
「……!」
 海馬の場で発動した罠。それにより、彼の場で、闇が蠢きだす。勝利を求める欲望が、黒き霊術を発動させたのだ。

闇霊術−「欲」
(罠カード)
自分フィールド上に存在する闇属性モンスター1体を生け贄に捧げて発動する。
相手は手札から魔法カード1枚を見せる事でこの効果を無効にする事ができる。
見せなかった場合、自分はデッキからカードを2枚ドローする。

「この罠は、自軍の場の闇属性モンスター1体を生け贄に捧げることで発動する。俺は『メタルデビル』を生け贄に捧げる!」
「『メタルデビル』を……生け贄に……」
 この時、零奈は海馬の『デビルズ・サンクチュアリ』の発動に、2つの戦術が隠されていたことに気付いた。戦術の1つは、『メタルデビル』で『究極竜』の攻撃を受け止め、零奈のライフを奪う戦術。そしてもう1つは、『メタルデビル』を次の一手に繋げる戦術。
 『デビルズ・サンクチュアリ』。それは、“敵”を封じ、“次”を導くカード。それに気付いた時、零奈は思わず感嘆の息を漏らした。
「『闇霊術』の効果により、俺はデッキからカードを2枚ドローする! だが、お前は手札の魔法カードを1枚晒すことで、この効果を無効化することが可能だ!」
「…………」
 『闇霊術』は、闇属性モンスター1体と引き換えに、2枚のカードをドローさせる罠。しかし、相手の手札次第では、この効果は無効にされてしまうため、使いどころが難しい罠でもある。
 だが、今の零奈の手札は……。
「……私の手札は……ありません。無効化は不可能です」
 そう。零奈は、先のターンで手札が尽きた。よって、『闇霊術』の効果は無効化できない。海馬は問題なく、2枚のドローが行えるわけだ。
 『闇霊術』の効果に従い、海馬はデッキからカードを2枚引く。これで、彼の手札は2枚。彼のターンになれば、ドローフェイズのドローで3枚に増える。
 そして、『闇霊術』でドローした2枚のカードを見た時点で、海馬の次の一手は確定した。
(勝負は、次の奴のターン。これで決める……)

【海馬】
 LP:100
 モンスター:なし
 魔法・罠:なし
 手札:2枚

【零奈】
 LP:100
 モンスター:青眼の究極竜(青眼の白龍,青眼の白龍,BLUE EYES WHITE DRAGON)
 魔法・罠:アンデットワールド,伏せカード1枚
 手札:0枚

 ライフは互いに100ポイントと互角。しかし、零奈の場には、『究極竜』が1体に、伏せカードが1枚、そして、決闘開始時から発動中の『アンデットワールド』。対する海馬の場はがら空き。どちらが不利なのかは一目瞭然だ。
 にもかかわらず、零奈は『究極竜』の攻撃をことごとく海馬にかわされ、勝利を決めることができない。挙句の果てには、彼の手札を増やすことを許してしまう。場の状況こそ零奈の有利だが、実際には、海馬に決闘の流れが傾きつつあった。
「俺のターン、ドロー!」
 手札を3枚に増やした海馬。迷うことなく、先ほど『闇霊術』でドローした2枚のカードを場に伏せる。
「俺はリバースカードを2枚セット! ターンエンドだ!」
「…………」
 海馬が出したのは、2枚の伏せカードのみ。モンスターは召喚されていない。よって、彼の場には壁モンスターがいないことになる。
(あれで迎え撃とうってわけね……)
 2枚の伏せカード。明らかに何かが仕掛けてある。攻撃すれば、ほぼ間違いなく、罠に落ちるだろう。しかし、零奈は攻めの手を休めようとは思わなかった。
(海馬さん、次は何を見せてくれるのかしら?)
 退くつもりなど全くない。敵は何を仕掛けたのか。今度はどんな戦術を繰り出してくるのか。ただ、それを見極めるだけである。
「私のターン、ドロー。……では、今度こそ、決着を。『究極竜』の攻撃。“アルティメットバースト”」
 零奈の攻撃宣言。それに呼応し、『究極竜』が動く。闘いに終止符を打つために、滅びの威光で海馬を照らす。その威光から、海馬を守るモンスターはいない。
 光の中で、海馬の声が低く響く。
「俺も……お前と同じ手を使わせてもらう」
「!」
 そして、海馬は常識を超える。
「リバースカード、オープン! 『機械じかけのマジックミラー』! さらに、『融合解除』!」
「……っ!? 『融合解除』……あなたもそのカードを……」
 先ほども零奈が使用した、融合モンスター1体を分裂させ、攻撃を無効化してしまうカード。それを、今度は海馬が仕掛けていた。
 零奈の場にいた『究極竜』は、体を分裂させ、3体の『青眼の白龍』へと姿を変える。だが、それだけでは終わらない。
「そして、『機械じかけのマジックミラー』の効果発動! この罠は、敵の墓地にある魔法カードを瞬時に発動することができる!」

機械じかけのマジックミラー
(罠カード)
敵の攻撃宣言によって発動
敵の墓地にある魔法カードを瞬時に発動できる

 零奈の攻撃宣言が引き金となって発動した、『機械じかけのマジックミラー』。それにより、零奈の決闘盤の墓地スペースが反応を起こす。
「私の墓地の魔法カードを……。ということは……」
 もはや考えるまでもない。この場で海馬が発動させる魔法カードは1つしかない。まさに、零奈と同じ手段で、海馬は己の場に切り札を再臨させる。
「俺が発動させる魔法カードは……『超融合』のカード!」
「……! ……やはり……『超融合』を……」
 『超融合』。自らの手札1枚をコストに、場にいるモンスターを融合させる魔法カード。自分の場だけでなく、相手の場にいるモンスターまでも融合素材にしてしまう、常識を超えたカード。
「手札を1枚捨て、『超融合』を発動! その効果で、お前の場の『青眼』3体を融合させ、『究極竜』を召喚する!」
 海馬は、手札の『ミラージュ・ドラゴン』を墓地に送り、『超融合』を発動させる。今、3体の『青眼』は、再び常識を超えた融合を果たす。

ミラージュ・ドラゴン
★4/光属性/ドラゴン族
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
相手はバトルフェイズに罠カードを発動する事はできない。
攻1600  守 600

「出でよ、『青眼の究極竜』―――!」
 零奈の場にいた3体の『青眼』は姿を消し、代わりに、海馬の場に3体の『青眼』の融合体――『究極竜』が降臨した。2枚のカードのコンボにより、戦況は再び、海馬が有利となる。零奈の切り札は崩され、海馬の切り札が召喚されたのだ。
(まさか、私と同じ手を使ってくるなんて……。でも……)
 追い詰められた零奈。だが、彼女は笑みを浮かべた。『究極竜』を召喚されてしまった彼女だが、全く対応策を用意していなかったわけではない。
「まだですよ、海馬さん。あなたの場に融合モンスターが召喚されたことで、私の場の罠が発動します。リバーストラップ、『ジャンク・ディーラー』」
「何!?」
 一気に海馬が優位に、と思われたのも束の間、零奈の場に伏せられていたカードが開く。それは、海馬にとって見覚えのある罠だった。とある決闘にて、彼はこのカードを対戦相手に使用された経験がある。

ジャンク・ディーラー
(罠カード)
相手が融合モンスターを召喚した時に発動。
融合モンスターの素材となったモンスターを自軍の場に召喚する

「罠カード『ジャンク・ディーラー』は、相手の場に融合モンスターが召喚された時、そのモンスターの融合素材となったモンスターを、私の場に召喚する罠です。もうお分かりですね?」
「……『究極竜』の融合素材……! 3体の『青眼』か!」
 『究極竜』の融合素材は3体の『青眼』。よって、『ジャンク・ディーラー』の効果で、零奈の場に3体の『青眼』が召喚される。
 3体の『青眼』は、召喚されるとともに攻撃態勢を取り、海馬の場に向けて咆哮する。そして、それをかき消すかのように、海馬の場の『究極竜』がより強大な咆哮を上げた。
 海馬の場には『青眼の究極竜』。そして、零奈の場には3体の『青眼の白龍』。
 両者の操るドラゴンが牙を剥きあう壮絶な光景。それが、この場を満たすプレッシャーをより一層に重く、鋭いものに変えていく。
(奴は、俺が再び『究極竜』を召喚することも視野に入れていたか……)
 零奈が仕掛けていた『ジャンク・ディーラー』。それは明らかに、海馬の『究極竜』召喚に備えてのものだ。つまり彼女は、海馬が『究極竜』の召喚を狙うであろうことは予測していたということになる。
(油断も隙もない女だ……)
 改めて、零奈の強さを認識する海馬。しかし、敵が強ければ強いほど、倒し甲斐があるというものだ。だからこそ、海馬の闘争本能が消えることはない。
「見事です、海馬さん。まさか、私と同じ手で『究極竜』を呼び出してくるとは思いませんでした。けど、私も負けるつもりはありませんので」
 落ち着き払った様子で言うと、零奈はこのターンにドローしたカードを一瞥し、決闘盤にセットした。
「カードを1枚伏せ、ターンエンドです」

【海馬】
 LP:100
 モンスター:青眼の究極竜(青眼の白龍,青眼の白龍,BLUE EYES WHITE DRAGON)
 魔法・罠:なし
 手札:0枚

【零奈】
 LP:100
 モンスター:青眼の白龍,青眼の白龍,BLUE EYES WHITE DRAGON
 魔法・罠:アンデットワールド,伏せカード1枚
 手札:0枚

 3体の『青眼』と、それらの融合体である『究極竜』が睨み合う現状。両プレイヤーを貫く威圧感が増大する中、海馬は残り2枚となったデッキからカードを引く。
「俺のターン、ドロー!」
 このターンのドローで、海馬のデッキは残り1枚。しかし、その最後の1枚を海馬が使用することはできない。何故なら、先ほど彼が使用した魔法カード、『命削りの宝札』のリスクがあるためだ。
(『命削りの宝札』は、瞬時に手札を5枚まで満たせる一方で、発動してから5ターン後に手札を全て捨てるというリスクを背負わされる。既に、『命削りの宝札』の発動から4ターンが経過している。次の俺のターンになれば5ターン。俺は、次のカードを引いた直後、手札を全て捨てる。……つまり)
 つまり、海馬がドローできるカードは、事実上、このターンのドローカードが最後ということだ。次のターンのドローカードは引いた瞬間に墓地送り。そして、そのカードはデッキに残された最後の1枚。その最後の1枚が、海馬の手札になることはない。よって、このターンに引き当てたカードが、海馬にとっての最後の1枚、ということになる。
(このターンで決められるか……?)
 零奈の場に目を向ける海馬。彼女の場には、3体の『青眼』がいる。とは言え、それらの力は海馬の場の『究極竜』には及ばない。『究極竜』で攻撃すれば、問題なく葬ることができるだろう。
 だが、海馬には気になることがあった。それは、零奈の場の『青眼』が全て攻撃表示である、ということだ。
(『青眼』と『究極竜』の力の差は歴然。ならば、奴は何故、『ジャンク・ディーラー』の効果で『青眼』を召喚する際、攻撃表示で召喚したのか……)
 『究極竜』で攻撃表示の『青眼』を攻撃されれば、零奈は1500ポイントのダメージを受け、決闘に敗北する。しかし、『青眼』を守備表示で召喚しておけば、『究極竜』から身を守る“盾”にはなる。にもかかわらず、零奈がそうしなかった理由は何か。
(……やはり、伏せカードか)
 零奈は先のターン、カードを1枚場に伏せている。この状況から見て、それが『究極竜』を迎え撃つための布石であることは確実。万全に策を練った上で、零奈は海馬に攻撃を誘っている。
(今度は、俺が奴の罠に踏み込む番か。……いいだろう)
 攻撃するか、否か。それについては、もはや考えるまでもなかった。海馬は堂々と、零奈の仕掛けた布陣に足を踏み入れる。
「『究極竜』はその攻撃力で、敵フィールド上のモンスターを3体まで同時に葬る! このターンの攻撃で3体の『青眼』は全滅! それでお前のライフも0だ!」
「……そうですね。では、攻撃してみてください」
 冷静な口調で、攻撃を誘う零奈。そして、海馬が一点の迷いも見せずに、『究極竜』に攻撃宣言を下す。
「終わりだ! 『究極竜』で3体の『青眼』に攻撃―――――」
 主の命を受け、『究極竜』が動く。敵である3体の『青眼』を葬るため、3つの口腔に力を蓄える。神にも匹敵するその力は、光という形で具現化され、ここにいる者全てを照らした。





「―――リバースマジック、『融合』」





「!?」
 滅びの威光が撃ち放たれる寸前、零奈の場の伏せカードが正体を現す。それを見た海馬は目を見開いた。
「『融合』……だと……!?」
 零奈が仕掛けていたのは、『融合』のカード。このカードの効力で、零奈の場にいるモンスターを融合させることが可能だ。そして、零奈の場には3体の『青眼』。この状況が意味するのは……。
「ふふ……。言ったはずですよ。あなたが『青眼』を束ねるなら、私も『青眼』を束ねて迎え撃つと」
 穏やかな笑みを湛え、零奈は言葉を続けた。そして―――。
「私の場の3体の『青眼』を融合させ―――――出でよ、『青眼の究極竜』―――――」
 零奈の場の『青眼』が融合する。3つの強大なる力が1つとなり、零奈の持ち得る最強のしもべの姿――『究極竜』となって降臨する。
「奴の場にも……『究極竜』。そして、俺の場にも……」
 互いの場に、『究極竜』が1体ずつ。海馬は既に攻撃宣言を完了しているため、『究極竜』の攻撃を取り消すことはできない。対する零奈の『究極竜』は、敵の攻撃に対抗すべく、迎撃態勢に移る。
「これで、戦況は互角ですよ、海馬さん」
「……フン、面白い!」
 2体の『究極竜』は、互いに最大最強の敵を葬るため、己の持ち得る力の全てをもって、この場に臨む。全エネルギーが滅びの威光へと姿を変え、いつでも放てる状態となると、互いの主が同時に叫んだ。
「打ち破れ! 『究極竜』―――――!」
「迎え撃て! 『究極竜』―――――!」



「「―――――“アルティメットバースト” ―――――!!!!!」」


 主の叫びに呼応し、2体の『究極竜』が滅びの威光を撃ち放つ。
 2つの攻撃は場の中央でぶつかり合うと、凄まじき光で周囲を照らしつつ、せめぎ合いを起こす。
 海馬と零奈は目を細めつつ、2体のドラゴンの勝負の行く末を見守った。


 そして。


 ぶつかり合った2つの光は、やがて、1つの巨大な爆発を起こし、2人の決闘者を包み込んだ。


 全てを切り裂くかのように、爆風が襲い来る。


 全てを貫くかのように、威光が迫り来る。


 2人の決闘者は、全身に力を入れ、顔を腕で覆い隠し、『究極竜』同士の攻撃で生じた爆発から我が身を庇った。







 †


 ずいぶんと長い間、『究極竜』同士の闘いを見守っていたような、そんな錯覚に陥る2人。しかし実際、それはほんの僅かな間の出来事だった。
 やがて、爆風や周囲を照らしていた威光が力を弱めてくると、2人は全身に込めていた力を少しずつ緩め、顔を覆っていた腕を下ろし、場の状況を確認した。
 そんな彼らが見たのは、無人のフィールド。
 2体の『究極竜』が己の力を全て使い果たし、自らの命とともに敵を無に帰した後の、静寂のフィールド。
 既に2体の『究極竜』は場から姿を消していた。
 場に残されたのは、2人の決闘者。
 海馬瀬人。残りライフは100。場はがら空き。手札は1枚。
 黎川零奈。残りライフは100。場はフィールド魔法『アンデットワールド』のみ。手札は0。
「……互いの『究極竜』が消滅したか」
「……そのようです」
 場に目を向けつつ、2人は静かに言葉を発した。
 今、互いにモンスターも伏せカードもない状態。
 先にモンスターを召喚し、一撃を喰らわせた方が勝つだろう。
 海馬は、自分の決闘盤に置かれていた、『究極竜』の融合素材となったカード――3体の『青眼』のカードを取り外し、墓地に送った。
(これで、3体の『青眼』は俺の墓地に……)
 対する零奈は、特に墓地に送るようなカードはないため、動きは起こさない。元々、彼女の場の『究極竜』は、『ジャンク・ディーラー』の効果で召喚された、“カードとしては存在しない”『青眼』の融合体。それ故に、墓地に送られるようなカードがないのだ。
 かくして、互いの場と墓地を行き来した3体の『青眼』は、海馬の墓地で眠りにつくこととなる。
「このターン、『究極竜』は消えたが、まだエンド宣言はしていない」
 海馬のターンはまだ続いている。彼は手に握られた1枚のカードを見ながら、思考を巡らせる。
(俺のデッキは残り1枚。しかし、それは手札にはならない。最後の望みはこのカード……。俺のデッキが尽きるか、あるいは俺のライフが尽きるか、もしくは奴のライフが尽きるか。……奴の動き次第か)
 思考の末、海馬は残された最後の手札を決闘盤にセットした。
「俺はリバースカードを1枚出し、ターンを終了する!」
 最後の1枚。それが海馬の場に伏せられた。彼の運命を背負って。

【海馬】
 LP:100
 モンスター:なし
 魔法・罠:伏せカード1枚
 手札:0枚

【零奈】
 LP:100
 モンスター:なし
 魔法・罠:アンデットワールド
 手札:0枚

「私のターン―――」
 零奈のターンに移る。このターンの彼女の動きで、この決闘の結末が決まる。
「―――ドロー」
 零奈の手元に、導かれる。この決闘の未来が。
「……!」
 導かれた未来に、目を通す零奈。
 思考。しかし、それはものの数秒で終わる。
「……海馬さん」
 そして、寸分の躊躇いもなく、彼女は未来を宣告した。
「私の、勝ちです」

 ――蘇れ……





「―――『死者蘇生』、発動」





「!」
 零奈の場に、光り輝く十字架が描かれたカードがソリッドビジョン化される。
 敵・味方を問わず、死者の魂を現世へと呼び戻し、自らのしもべとして復活させる魔術。
 それは、彼女が抱く“願い”の具現化でもあった。

死者蘇生
(魔法カード)
敵・味方を問わずモンスターの魂を蘇生させ
味方にすることができる

(この状況で……『死者蘇生』だと……)
 『死者蘇生』。M&Wにおいて、古くから存在する強力なカード。それを零奈は、最後の最後で引き当て、発動した。
 そして、零奈の『死者蘇生』の発動とともに、海馬の決闘盤の墓地スペースが反応する。
(……! まさか、俺の墓地からモンスターを……!?)
 海馬は目を見開く。そんな彼を横目に、零奈は言葉を発する。
「蘇らせるモンスターは―――『BLUE EYES WHITE DRAGON』―――!」
 零奈が『死者蘇生』の対象にしたモンスター。それは、英語テキストの『青眼』――カイルが所持していた『BLUE EYES』のカード。彼女は、カイルの力を現世へと呼び戻し、その力で決闘に終止符を打つつもりなのだ。
(『BLUE EYES』……。奴はあくまで……『青眼』の力で俺に勝つつもりか……)
 『青眼』の力を使って勝利する。それが、零奈の選んだ勝利方法だった。
 彼女は、地に眠りし白き龍を呼ぶ。
 まるで、今は亡き“彼ら”を、この世界に呼び戻すかのように。
 『死者蘇生』。それは、彼女の抱く“願い”。
 “彼ら”に戻ってきてほしい。そんな一途な“願い”。
 “願い”を込めて、彼女は呼び覚ます。
 “彼ら”を象徴する白き龍を。
「―――おいで、『BLUE EYES』」
 彼女の“願い”。それが、この決闘の未来を決めた。





「―――リバースカード、オープン」





「……!?」
 海馬の場で、伏せカードが開かれた。
 それとともに、閃光がフィールド全体を貫き、零奈は思わず、目を瞑る。
 そして、零奈が目を開けた時、彼女は驚くべき光景を目の当たりにする。
「……あ……れは……」
 彼女が対峙する男の場では、1体のドラゴンが翼を広げていた。
 3つの首を持つそのドラゴンは、青き瞳で零奈を見据え、雄々しく咆哮を上げ、凄まじき威圧感で彼女を圧倒する。
 威圧感を放つそれを前に、零奈は静かに口を開く。
「……『究極竜』が……何故……?」
 海馬の場に現れたドラゴン。それは紛れもなく、『青眼の究極竜』。3体の『青眼』の融合体であるはずのそれが、彼の場に君臨している。
 何が起こったのか、零奈はすぐには読み込めなかった。が、しかし、海馬の場で開かれたカードの正体を見て、全てを悟る。
(……やられた)
 零奈の抱いた“願い”。
 それがこの決闘の未来を決めた。



 『海馬の勝利、零奈の敗北』という未来を。



「お前の『死者蘇生』の発動に対し、俺はこのカードを発動させた! 魔法カード『龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)』を!」
 『龍の鏡』。それこそが、海馬にとっての最後の1枚となったカード。

龍の鏡
(魔法カード)
自分のフィールド上または墓地から、
融合モンスターによって決められたモンスターをゲームから取り除き、
ドラゴン族の融合モンスター1体を融合召喚する。

「『龍の鏡』。それは、フィールドあるいは墓地にいるモンスターをゲームから解放し、それらを融合素材とするドラゴン族の融合モンスターを呼び出す魔法カード!」
「……っ! ……墓地に眠る『青眼』を融合させ、『究極竜』を……」
 死した『青眼』。その魂は、この長き闘いから解放され、永き眠りについた。
 そして、眠りについた『青眼』の魂を引き継ぎ、『究極竜』がここにいる。
 海馬の場に現れた『究極竜』。それは、『青眼』の意志を背負いしドラゴン。
「…………」
 零奈は何も言えず、立ち尽くしていた。
 そんな彼女の場には、『死者蘇生』のソリッドビジョンが浮かんでいる。
 『死者蘇生』。その効果の対象となったのは、『BLUE EYES WHITE DRAGON』。
 しかし、『龍の鏡』の効果で、『究極竜』の融合素材となったモンスター――海馬の墓地にあった3体の白き龍は、ゲームから取り除かれた。
 『BLUE EYES WHITE DRAGON』の亡骸はもう、この世にはない。故に、再生を望むことはできない。
 それはすなわち。
「お前の発動した『死者蘇生』は、対象を失い、不発となる……」
「……!」
 蘇生対象を失ったことで、『死者蘇生』のソリッドビジョンが消えていく。
 零奈の“願い”を具現化したそのカードが、何もできずに、ただ儚く散っていく。
 その様子を、零奈は黙って見つめていた。
(……私に……『究極竜』の攻撃を防ぐ手段は……ない……)
 『死者蘇生』が不発になったことで、零奈の場にはモンスターが存在しないままである。さらに、伏せカードもなく、手札も0。対する海馬の場には、攻撃力4500のドラゴンが1体。そして、そのドラゴンから身を守る術を、今の零奈は持ち合わせていない。
(……もし、『死者蘇生』を次のターンまで温存していたら……?)
 零奈はこのターンで止めを刺すべく、海馬の場の伏せカードには構わず、『死者蘇生』を即座に発動した。だが、もし彼女が海馬の伏せカードを警戒し、『死者蘇生』を温存する構えを見せていたらどうなったか。
 海馬はこのターンが終了する前に『龍の鏡』を発動し、『究極竜』を召喚。次のターン、『究極竜』で確実に直接攻撃を行っていただろう。『命削りの宝札』のリスクにより、手札を枯らした彼には、『究極竜』で攻撃する以外にできることはない。さらに、彼のデッキはその時点で既に尽きているので、そのターン中に勝負を決めなければ、デッキ切れで敗北してしまう。よって、彼は攻撃をしないわけには行かない。
 そしてこの時、零奈の場に『死者蘇生』のカードが伏せてあれば、『究極竜』の攻撃に対してそれを発動、適当なモンスターを守備表示で特殊召喚して壁にすることができる。そうなれば、海馬は零奈のライフを0にすることができなくなり、ターンを終えるしかなくなる。
 あとは、零奈がエンド宣言をし、海馬にターンを回せば、彼はカードドローができなくなり、敗北する。つまり、零奈はもう、攻める必要はなかったのだ。ただ守りに徹していれば、海馬をデッキ切れで敗北させることが可能だった。とは言え、所詮は結果論であるのだが。
 それでも、零奈がデッキ切れによる勝利を望んでいなかったことは確かだ。彼女はあくまで、海馬のライフを0にして勝利することを望んでいた。守って勝つのではなく、攻めて勝つ。それが、彼女の闘い方である。
 だからこそ、彼女はこのターンで勝ちに行った。そして、それが彼女の敗北を決定付けてしまった。
(私の……負けね……)
 敗北。しかし、零奈にとって、この決闘は決して無駄にはならない。
(……あとは……“見届ける”だけ……)
 零奈は海馬の目を見据え、告げた。
「もう、することはありません。ターンエンドです」
「!」
 ターンを終えた零奈。それは、自らの敗北を受け入れたことを意味する。次のターン、海馬が『究極竜』の攻撃を通せば、決闘は完結する。

【海馬】
 LP:100
 モンスター:青眼の究極竜
 魔法・罠:なし
 手札:0枚

【零奈】
 LP:100
 モンスター:なし
 魔法・罠:アンデットワールド
 手札:0枚

「俺のターン……」
 長きに渡る戦いに終止符を打つため、海馬がデッキに手をかける。普通ならば、デッキに残った最後の1枚が手に入る。しかし、彼の手元に、その1枚は収まらない。彼に残されたのは、場にいる『究極竜』だけだ。
 だが、ルール上、ターンを開始する際は、必ずカードを1枚ドローしなければならない。海馬はルールに則り、カードを引こうとする。
「……1つ、分からないことがある」
「?」
 カードを引く間際、不意に海馬が言葉を口にした。
 彼には、まだ分からないことがあった。己の中に残る疑問点を払拭するため、海馬は零奈に問う。
「俺を殺すことは無意味だと、お前は言った。……あれはどういう意味だ?」
「…………」
 残された謎。それは、零奈が復讐殺人を“無意味なもの”と言ったことだ。これに関しては、未だに説明がつかない。何故、彼女は復讐殺人が無意味だと言ったのか。それだけが、海馬にとって腑に落ちない点だった。
 零奈が単に、「殺すつもりはない」と言っただけならば、彼女が殺意を否定した理由は、「殺人は犯罪だから」といった理由で充分に成り立つ。だが、実際に零奈が言ったのは、「殺すことは意味がない」である。――意味がない。その言い方が、海馬は気に掛かっていた。何故、意味がないのか。何故、そのような考えに至ったのか。
 零奈の心理の奥底が、まだ見えてこない。だから、海馬は解せない気持ちでいる。それを察してか、零奈はゆっくりと口を開き始めた。
「……どういう意味……ですか。……そうですね……」
 口を開き始めてすぐに、零奈は瞑目し、沈黙する。何かを考え込んでいるのか、彼女はほんの数秒、その状態を維持した。それは、過去の記憶を手繰り寄せているかのようにも見られた。
「一言で言えば……」
 やがて、彼女は目を開くと、簡潔に、率直に、海馬の疑問に対する答えを口にした。
「私の父もまた、1人の人間を死に追いやった人間だから、です」




8章 未来

 12年前――よく晴れた日曜の午後。
 当時8歳だった私は、父親と手を繋ぎ、童実野町を散歩していた。
 休日は、父と一緒に散歩することが、私と父の恒例となっていた。
 だからその日も、いつもの休日のように、私たちは町を散歩していた。
 散歩していると、私と父の前に、突然1人の男が現れた。
 その男はいきなり刃物を取り出して、私の目の前で父を刺した。
 一瞬の出来事だった。
 父は腹を赤く染め、その場に倒れこんだ。
 何が起きたのか、私は最初分からなかった。
 父が苦しむ様子を見て、私は父が刺されたことを把握した。
 頭が混乱した。
「おとうさん! おとうさん!」
 父の身体を揺り動かしながら、私は父に向かって叫んだ。
 とにかく、叫ばずにはいられなかった。
 このまま何もしなければ、父が遠くに行ってしまうような気がして。
 私の叫びを聞くと、父は掠れた声で言った。「すまない」と。
 それが、父の最後の言葉だった。
 それっきり、父は私の声に答えてはくれなかった。
 私の叫びは、嗚咽と化していた。


 私の近くでは、父を刺した男が逃げることもせず、父を染めた赤と同じ色に染まった刃物を持ったまま、呆然とした様子で立っていた。
 20歳前後と思われる、長身の若い男だった。
 男を見た私は、男に対して、泣きながら尋ねた。
「なんで、こんなひどいことするの?」
 男は私の前に来ると、膝を曲げて私と目線を合わせ、静かに口にした。
「僕の父も、僕が君くらいの時に、こいつに殺されたんだよ」
 意味が分からなかった。
 今、私の父を殺した男。その男の父が、私の父に殺された?
「それなのにさ、自分は娘と楽しそうに過ごしているんだよ。……不公平だと思わないかい?」
 男は、恨めしそうに、動かなくなった父を睨みつけていた。


 その日の出来事は、忘れることのできない記憶として、私の心に刻み込まれた。
 あの時の父の最期の姿が、腹から血を噴き出し、もがき苦しむ父の姿が、忘れられない。
 あの時、父を殺した男が口にした言葉が、忘れられない。
 何もかもが、忘れられない。
 何故、父は殺されなければならなかったのか?
 当時の私は、まだ知らなかった。


 †


 父が亡くなってから3年。
 父が殺された理由を知りたくて、私は母に尋ねた。きっと、母なら何かを知っていると思ったから。
 やはり母は真相を知っていた。
 ただ、私に真相を明かすのは躊躇われたようで、それまでは黙っていたらしい。
 本当のことを知りたいと私が言うと、母は私に父の死の真相を明かしてくれた。
「お父さんはね、零奈が生まれる4年前までは医師だったの」
 最初に母は、父が以前は医師だったことを明かした。
 建設現場で働く父しか知らない私にとって、それは意外な事実だった。
 母はどこか苦しげに、続きを語った。
「でもね……、お父さんは医療ミスで患者さんを1人死なせちゃったの。きちんと手当てすれば助かるはずだったんだけどね……」
 父の医療ミスがきっかけで、1人の人間が亡くなったという事実。
 助かるはずだった命が、父の医療ミスで失われたという事実。
 私は気分が悪くなった。
 でも、ここで耳を塞ぐわけには行かなかった。
 ここで耳を塞いだら、何で父が殺されたのか、分からないままになってしまう。
 それは嫌だった。
「お父さんは医療ミスを全面的に認めて、ご遺族の方に多額の賠償金を払うことで和解したわ。……その時点ではね」
 賠償金によって和解。
 でも、お金で遺族の人たちの気持ちが救われるとは思えない。
 そう考えた時、私は父が殺された理由を察することができた。
「もしかして……お父さんを殺したのって……その時の……」
 私が言いかけると、母は頷いた。
「……そう。お父さんを殺したのは……過去にお父さんが死なせてしまった患者さんの、息子さんよ」
 父の死の真相。
 それは、遺族による復讐だった。
 父を刺した男。彼からすれば、私の父は、自分の父を死に追いやった人間。
 そんな人間が、娘と楽しげに歩く姿。
 それが、彼を復讐殺人に駆り立ててしまったのだろうか。
 何にせよ、その事実は私にとって、ショックなものだった。
 まさか、あの父が、過去に1人の人間を死に追いやっていたなんて。
 つまり、父が殺されたのは、当然の報いだったということ?
「お父さんは……殺されなければいけなかったの?」
 私は泣きたくなるのを我慢しながら、母に訊いた。訊かなければならなかった。
 私の父を殺した人にとっては、父は憎むべき人間なのだろう。
 でも、私にとっては、優しくて、頼りになる、大好きな父だった。
 だから、どうしても納得ができなかった。
 だから、母に訊かなければならなかった。
 父は殺されなければならなかったのだろうか?
「……分からないわ。でもね……」
 母は悲しげに言葉を続ける。
「お父さんが、自分の過ちに責任を感じていたことは確かよ。あの事件で、遺族に賠償金を支払った後、父はすぐに自ら医師を辞めたの。きっと、もう自分に医師を名乗る資格はないと感じたのね」
 医療ミスを犯してしまった父は、医師を辞めたらしい。
 私が生まれたのはその後だから、父が医師だったことを私が知らないのも当然だ。
「医師を辞めてからも、お父さんはずっと悩み続けていたわ。お母さんがお父さんに再会したのは、そんな最中だったのよ」
 前に聞いた話だが、父と母は高校時代の友人同士だったらしい。
 私が生まれる数年前に町でばったり再会したのがきっかけとなり、結婚にまで発展したとか。
「その時のお父さん、酷く思い詰めているようだったから、どうしたのかと思ったわ。何度か会う内に、お父さんはお母さんに真相を話してくれたわ。自分の医療ミスで、患者さんを死なせてしまったことをね。自殺することも考えていたらしいわ」
 自殺。
 父は、自らの命をもって、患者や遺族に償うことを考えていた。
 父は責任を感じていた。
 助けられるはずの命を助けられなかったことに。
 自らのミスで、1つの命を潰してしまったことに。
 決して、自分の過ちから目を逸らしていたわけではなかった。
 ずっとずっと、自分の過ちで苦しんでいた。
 それが、父の受けた“罰”だったのだろうか?
「お母さんは……お父さんの過去を知って……それからどうしたの?」
 父が1人の患者を死なせた事実。それを知った時、母はどんな行動を取ったのか。
 そんな疑問が頭を過ぎり、私は母に尋ねた。
 母は答えた。
 そして、それは私の記憶に、色あせることなく残る言葉だった。
「そんな大したことはできなかったわ。ただ……その時のお父さん、本当に自殺しそうだったから……。お母さんはお父さんに言ったの。『本当に悪いと思うのなら、その罪を背負って生きるべきだ』ってね」
 生きるべき。
 それが、母の言葉だった。
 “死”をもって償おうと考えていた父を、母はその言葉で止めたのだ。
 その言葉があったから、父は最後の瞬間まで生き続けたのだろう。
 亡くなった患者への、そして、深い傷を刻み付けられた遺族への償いの気持ちを忘れずに。
 一生かけて、己の“罪”を背負うことを覚悟して。
 償うために、父は生きていた。
 けど。
 そんな父の生が、あんな結末を迎えるなんて。
 涙で私の視界は歪んでいた。
「……最後まで……お父さんは……許してもらえなかったの?」
 泣きながら、私は母に問う。
「……許してもらえなかったでしょうね……。人の命だから……」
 母も目に涙を浮かべていた。
 あの時の母の顔は、今でも忘れられない。


 私は納得が行かなかった。
 確かに、父の過ちは許されることではないと思う。
 けれど、だからこそ、父は一生かけて償うことを決めたのだ。
 父は償いの気持ちを忘れることはなかっただろう。
 一瞬たりとも、罪悪感から逃れることはできなかったはずだ。
 しかし、父は逃げなかった。
 最後の瞬間まで、自分の生を投げ出すことはしなかった。
 それだけでは、駄目だったのだろうか?
 誰かを死に追いやった人間は、生きることを許されないのだろうか?
 誰かを死に追いやった人間は、命を差し出さなければ、償いにはならないのだろうか。
 生きている限り、許しを得ることはできないのだろうか?
 生きることでの償いなど、所詮は理想論なのだろうか?
 “死”を与えることこそが、絶対的な“罰”なのだろうか?

 私には分からなかった。
 “彼ら”を失う前までは。


 †


 それから8年後。
 アレン、そして、カイルが亡くなった。
 その時、私は父を殺した人の気持ちが、ほんの僅かに理解できた。
 父を殺した人と同じ境遇に立ったから、だろうか。
 私に残されたのは、悲しみと、憎しみと、殺意だけだった。
 私は無心になって、アレンとカイルの死を招いた人間が誰なのかを調べた。
 殺すために?
 復讐するために?
 いや、その時点ではあまり深くは考えていなかった。
 ただ、誰が元凶なのか、知りたかった。少なくともその時は。
 そして、見つけた。この悲劇の元凶を。
 海馬瀬人。
 彼こそが、カイルとアレンを死に追いやった男。
 彼が元凶だと知った私は、海馬瀬人という男に対する復讐心に駆られた。
 いかなる復讐をするのか。
 海馬瀬人を殺害し、カイルやアレンと同じ苦しみを与えるか。
 あるいは、彼の弟である海馬モクバを殺害し、私と同じ苦しみを与えるか。
 そんなことばかりを考えていた。
 でも、考える度に私は思い出すのだ。父が殺された時のことを。無念のまま生を奪われた、父の最期の姿を。
 父の最期の言葉が、私の脳裏を掠める。
 すまない――父はそう言っていた。
 あの言葉は、誰に対する言葉だったのか?
 私に対する言葉? 母に対する言葉? 自分が死なせた患者に対する言葉? 遺族に対する言葉?
 いずれにしても、父はあの言葉に、己の中の謝罪の気持ちを全て集約させたのだろう。
 最後まで、父は謝罪の気持ちを忘れずに、この世を去った。
 私にとって、あの時の出来事は悲劇でしかない。
 そして、今度は私が、あの悲劇を再現しようとしている……?


 もし、私が海馬瀬人を殺したら、海馬モクバは何を思うだろう?
 きっと、深い悲しみに堕ちるだろう。あの時の私のように。
 もし、私が海馬モクバを殺したら、海馬瀬人は何を思うだろう?
 きっと、自分を責め続けるだろう。あの時の父のように。


 あの悲劇の再現。
 それが一体、何を生む? どれほどの意味を持つ?
 誰かを殺したところで、“彼ら”が戻ってくるわけじゃないのに。


 私の中にあった殺意は、いつの間にか消えていた。


 †


「……それで、殺人による報復に意味を見出せなくなったわけか」
 零奈の父親の過去。そして、彼の死の真相。そのあらましを零奈から聞くことで、海馬は零奈の真意を知ることになった。
 海馬と同じように、1人の人間を死に追いやった零奈の父親。そんな彼は、遺族の手による復讐という形で、自らの命を絶たれることになった。それは、零奈にとって悲劇でしかなく、だからこそ彼女は、その悲劇を繰り返してはならないと考え、海馬やモクバを殺すことを思い留まったのだ。
(もし、黎川にあのような過去がなかったら……また違った結末になったか……)
 零奈が復讐殺人を思い留まったことには、彼女自身の過去が大きく影響している。ならば、彼女に「1人の人間を死なせた父が、遺族の復讐により死んだ」という過去がなかったとしたら、どうなっていたか。
(奴の父の存在がなければ、俺やモクバはとうに殺されていた……か……)
 過去が違えば、未来も変わる。今とは違う運命が零奈に訪れていたら、彼女は“死”による償いを求めていたかも知れない。そう考えると、ある意味では、零奈の父親の存在が、海馬やモクバの命を救ったと言える。
「私には、命を奪う形で復讐することはできません。だから、考えました。命を奪うことなく、いや、誰も傷付けることなく、私や“彼ら”の気持ちをあなたに訴える方法を。その結果が、この決闘です」
「……なるほどな」
 決闘で“復讐劇”を描くことにより、海馬に気持ちを訴えかける。それこそが、零奈なりに考え出した、命を奪わない、そして、誰も傷付けない形の復讐だった。誰も傷付けることなく、海馬という人間に、最も効果的に気持ちを訴える方法は何か。そう考えた結果、零奈は決闘という方法を見つけたのだ。
 そして、彼女の抱く悲しみ、憎しみ、怒り、理不尽な死を遂げた“彼ら”の無念。それらはこの決闘を通し、海馬に充分に伝わった。3体の『青眼』を奪取した上で、それらを彼の“罪”の象徴と説き、彼にこの上ない屈辱を与えることで、充分に。
 だが。
「お前の考えは充分に伝わったが、俺は己の“罪”に屈するつもりは毛頭ない。さっきも言ったように、己の“罪”が立ち塞がるなら、それを背負って進むだけだ」
「…………」
 零奈の気持ちは理解した。しかし、だからと言って、ここで屈するつもりなど、海馬にはない。彼はこの決闘でそれを充分に示した。零奈に勝利するという形で。
 あれほどまでに零奈から屈辱を受けながらも、海馬はここまで闘い抜いた。そして、勝利という結果を手にした。そこに、彼の覚悟の強さが表れていた。その結果、零奈は敗北する結果に終わった。次のターン、『究極竜』の攻撃を受ければ彼女の負け。そして、それを防ぐ手段は彼女にない。
「……そうですね。あなたはここで屈するような人間ではないようです。まさか、負けるとは思いませんでしたよ」
 海馬の場の『究極竜』を見ながら、零奈は自分の負けを素直に認めた。その時の彼女の表情は、無表情ながらも、どこか充足感に満ちていた。
 そして、そんな彼女の表情を目にした海馬の脳裏に、「ある考え」が浮かぶ。
(……この女……もしや……?)
 突如浮かんだ「それ」について思考を巡らせる海馬。零奈に問おうとも考えたが、しかし。
(……いや、どちらでもいい)
 今はあまり深く考えないことにした。はっきり言って、それほど重要なことでもなかったためだ。ひとまず、疑問が払拭できたので、今はこれでいい。
「海馬さん。私からも訊きたいことがあります」
「?」
 海馬の疑問を払拭した零奈。今度は彼女が海馬に問う。彼女もまた、海馬と同じように、1つの疑問を抱いていたのだ。
「あなたは、『青眼』のカードを手に入れるため、手段を一切選ばなかった。それこそ、人の命すらも犠牲にして。……何故、それほどまでに『青眼』のカードに固執したんですか? あなたにとって『青眼』とは、人の命を犠牲にしてでも手に入れるべきカードだったんですか?」
「…………」
 海馬は3枚の『青眼』を手中に収めるため、卑劣な手段をも厭わなかった。その結果、2人の人間の死を招くことになった。零奈は、海馬のその尋常ならざる『青眼』への執着心に疑問を抱いていたのだ。
 自分にとって大切な2人の男性。そんな彼らを犠牲にしてまで、海馬という男は『青眼』を手にした。それは何故なのか。零奈にとって、納得の行かない部分である。
「何故、『青眼』に固執したか……」
 海馬は自分の過去を思い返す。何故、自分は『青眼』に固執したのか。何故、人の命を犠牲にしてまで『青眼』を手に入れたかったのか。
 しばし考えた後、海馬は零奈の疑問にはっきりと答えた。
「人の命を犠牲にしてでも、『青眼』は手に入れなければならなかった。少なくとも、あの頃の俺にとってはな」
「!」
 彼の答え。それは実に、簡潔なものだった。人の命よりカードが大事。それだけである。それを聞いた零奈は、僅かに眉間にしわを寄せた。
「……何故、そのような考えに?」
 何故、海馬はそのような考えに至ったのかを問う零奈。冷静さは保たれているものの、声色が先ほどよりも低くなっている。
 零奈の問いに対し、海馬は自分の過去を思い返し続けながら、やはり簡潔に答えた。
「己の身を守るためだ」
「……?」
 海馬の言ったことの意味が理解できず、零奈は眉をひそめる。それを察してか、海馬は言葉を続けた。
「俺にとって、“敗北”とは“死”を意味する。生き抜きたければ、勝つしかない。勝つために必要なものは何か? “力”だ。“力”とは、己が生き抜くためにたった1つ信じられるもの。“力” とは、敵を叩き潰し、己の絶対領域を守るために与えられた武器。勝つためには“力”が必要だ。何をするにしても、勝ち続けたければ、勝ち続けることができるだけの、絶対的な“力”が必要。『青眼』はまさに、M&Wで勝ち続けるために、必要な“力”だった」
「…………」
 異常なまでに、“力”に、“勝利”に、固執する海馬。  過去に海馬のことを調べ上げた零奈は、彼が勝利にこだわる人間だということは既に知っていた。知っていたが、しかし、納得することはできなかった。
「……何故、“敗北”が“死”を意味するんですか? どうしてそんな考え方を?」
 “敗北”=“死”。零奈が最も理解に苦しむのはその部分だった。海馬のその考え方が、零奈には理解できない。
 そして、海馬自信も理解を得ようなどとは思っておらず、ただ単純に、こう答えるだけだった。
「“そういう世界”で生きてきたからだ」
「……!」
 海馬の脳裏に、一閃の光景が過ぎる。
 彼が最も憎む男が、自らの敗北を察し、自ら命を絶ったあの光景が。
 あの男を徹底的に叩き潰してやることが、かつての彼にとっての目標だった。
 しかし、あの男に勝手に死なれたために、彼は目標を失った。
 そして、あの男は死に際に、彼の心に大きな爪あとを残した。
『――“敗北”とは“死”を意味する』
 彼の精神は、あの時から大きく狂いだすことになる。
 憎しみだけが独り歩きし、誰かを倒さなければ己を保てなくなった。
 そして、勝利を重ね続けなければならなくなった。
 ――負けてはならない
 ――勝ち続けなければならない
 ――負けた人間は死ぬだけだ
 ――生きたければ勝つしかない
 ――生きるために、勝利を
 ――そのためには、何が必要か?
 ――“力”だ
 ――勝つためには、“力”が必要だ
 ――どんな手を使ってもいい
 ――己が身を守るために、生きるために、“力”を
 そして、彼のそんなプライドが、何の非もない2つの命を巻き込み、零奈を孤独の闇に沈めてしまったのだ。
「……“そういう世界”……ですか」
 海馬が何を思い、これまでの人生を過ごしてきたのか、零奈はその詳細まで知っているわけではない。しかし、海馬の一言から、彼の過ごしてきた人生がこの件に少なからず影響を及ぼしていることを、零奈はあるていど察することができた。とは言え、零奈が海馬の行動を許容することなど不可能なのだが。
「……あなたなりの理由はあったのかも知れません。……ですが―――」
 そこまで零奈が言いかけた所で、それを遮るかのように海馬が口を開いた。
「分かっている。己の過去を言い訳にするつもりはない」
「…………。……そう……ですか」
 どんな人生を過ごして来ようが、自分の起こした行動が過ちであったことは事実。海馬は己の過去を言い訳にする気はなかった。
「…………」
「…………」
 しばし、2人の間に沈黙が流れる。その間、零奈は、海馬の言葉が真意であるかどうかを探るかのように、海馬の目を見据えていた。対する海馬もまた、そんな零奈から目を逸らすことなく、零奈の目を見据えていた。
「…………。……海馬さん」
「?」
 やがて、この場を満たす沈黙を、零奈が先に破った。
 そして彼女は、海馬に言葉を贈った。
 精一杯の、憎しみと、悲しみと、“願い”を込めて。
「……あなたが死ぬその時まで、“彼ら”のことを、そして、己の“罪”を忘れずに、背負い、苦しみ、悩み、足掻き続けてください。それから―――」
「…………」
 数秒の間を置いてから、零奈は穏やかな、それでいて、悲しげな口調で告げた。
「―――カイルとアレンの分まで、生きてください」
「……! ……約束する」
 海馬が奪った、“彼ら”の未来。それが、海馬に背負わされた瞬間だった。
 その瞬間を、確かに感じ取った零奈は、場を一瞥した後、海馬にターンを促した。
「では、終わらせてください」
「……ああ」
 決闘はまだ続いている。そして、この決闘を終わりにするのは、海馬の役目である。

【海馬】
 LP:100
 モンスター:青眼の究極竜
 魔法・罠:なし
 手札:0枚

【零奈】
 LP:100
 モンスター:なし
 魔法・罠:アンデットワールド
 手札:0枚

「俺のターン、ドロー!」
 海馬にとって、そして、この決闘において、最後となるドローカード。だが、それを海馬が使うことは許されない。
 カードをドローした直後、ギロチンがソリッドビジョン化され、海馬のドローカードを切り裂いた。
「『命削りの宝札』の発動から5ターンが経過したため、俺は手札を全て捨て去る」
 海馬の手札はドローカード1枚のみ。よって、それが墓地に送られることになる。
 そして、海馬が最後に引き当て、すぐさま墓地に葬られるそのカードは、ある意味で、海馬に己の“罪”の重さを知らしめているかのようなカードだった。

 ドローカード:死者蘇生

「……!」
 『死者蘇生』。先のターンに零奈も使用した、死者の魂を現世に呼び戻すことのできる魔法カード。
 だが、そのカードは発動されることなく、墓地に葬られる。
 ――死者が生き返ることはない。
 そんな、決して破ることのできない、この世の理とも言えるそれを示すかのように。だからこそ、彼の“罪”は重いものであるということを示すかのように。
 『死者蘇生』のカードを葬った海馬は、決闘に終止符を打つべく、バトルフェイズに入った。

「『青眼の究極竜』のダイレクトアタック―――――!」

 攻撃態勢に入る『究極竜』。それを見ながら、零奈はこれからの未来に思いを馳せていた。

(アレン……カイル……)

 『究極竜』がアギトを開く。

(お父さん……お母さん……)

 そこに眩い光が収束する。

(これで、良かったのかしら……?)

 威光を前に、零奈は目を細める。

(良かった……んだよね……?)

 瞑目する零奈。





「―――――“アルティメットバースト”―――――!」





 そんな彼女を、光が優しく包み込み、





 零奈 LP:100→0





 長き闘いが、終わりを告げた。











 †


 闘いが終わったことにより、2人の決闘者を囲んでいた漆黒のフィールドが崩壊を始める。この場の支配者となった『究極竜』も、咆哮を1つ上げると、全身から放たれる光で不死なる世界の最後を照らしつつ、姿を消していく。
 消えゆく不死の世界、そして、白き龍を見つめながら、2人の決闘者は認識する。
(終わったのね……)
 一方は、“報復”という名の、長き闘いが決着を見せたことを。
(ここから……か……)
 一方は、“贖罪”という名の、長き闘いが始まりを告げたことを。
「……あなたの未来、見届けさせてもらいますよ」
「…………」
 静かでありながらも、強さを感じさせる口調で、零奈は海馬に告げる。対する海馬は何も言わず、零奈の目を見据えていた。
 零奈は、カードを一纏めにして、決闘盤のデッキゾーンに再セットすると、決闘盤を腕から外し、近くに置いておいたバッグの中に納めた。
 その間、海馬はコートの内ポケットから3枚のカード――先ほど『龍の鏡』の効果でゲームから解放された3枚の『青眼』――を取り出し、それらに目を向けていた。
(『青眼』……)
 3枚の『青眼』を見て、何かを思う海馬。そんな彼の瞳には、ある1つの決意が宿っていた。
「……黎川」
 突如、零奈に呼びかける海馬。零奈はバッグを肩に掛けながら、海馬の方へ目を向けた。
「何でしょう?」
「…………」
 海馬は、3枚の『青眼』を手に持ったまま、零奈の方へと歩を進めた。そして、彼女の前に来ると、1枚のカードを彼女に差し出した。
「これはお前のものだ」
「……?」
 差し出されたカードを見た零奈は、ほんの僅かに目を見開く。
「『BLUE EYES』……」
 海馬が零奈に差し出したのは、英語テキストの『青眼の白龍』。すなわち、カイルが所持していた『BLUE EYES WHITE DRAGON』のカードだった。
 そのカードを見た瞬間、零奈は海馬が何を意図しているのかを察することができた。しかし、確認のため、彼女は海馬に問う。
「……私のもの……とは、どういう意味ですか?」
 それを聞くと、海馬は簡潔に答えた。零奈が予想したとおりの答えを。
「これは元々、カイルのものだ。だが、カイルはもういない。だから、お前に返す」
 カイルの所持していた『BLUE EYES』を、零奈に「返す」。それが、海馬の答えである。そして、その答えが示すことは、1つしかない。
「……返す……ですか。ということは、つまり、残る2枚の『青眼』も、元の持ち主に返すということですか?」
「そうだ」
 海馬は零奈の言葉を肯定した。
「今の俺に、『青眼』を持つことはできない。元は強引に奪ったカード。ならば、あるべきところに戻るのが道理だ」
 彼の決意。それは、自分の最も信頼するしもべである3枚の『青眼』を、元の主の手へ帰還させること。それが、彼の“贖罪”における、最初の一手だった。
 無論、海馬に『青眼』を手放すことへの抵抗がなかったわけではない。入手手段に問題はあったものの、海馬が『青眼』を最も信頼するしもべとして扱ってきたのは事実だ。そのため、彼としても、『青眼』を手放すと言うのは苦しい決断だった。
 だが、奪った『青眼』をこのまま使い続けることが、果たして許されるのか。そう考えた時、彼は決断した。いや、決断しなければならなかった。『青眼』を帰還させることを。
 とは言え、カイルの持っていた『BLUE EYES』は、既に元の持ち主がこの世にいない。そこで海馬は、カイルの遺族、すなわち零奈に、『BLUE EYES』を渡すことにしたのだ。
「……そうですね。奪ったものは、ちゃんと返さなければいけません」
 『青眼』を返却するという海馬の決断。それに対し、零奈は当然と言わんばかりに短く返すと、彼から『BLUE EYES』のカードを受け取った。先の決闘とは違い、カードの効果などではなく、本当の意味で、零奈の手に『BLUE EYES』のカードが渡った瞬間だった。
(『BLUE EYES』……)
 自らの手元に渡ってきた『BLUE EYES』を見つめる零奈。そのカードには、気品のある白き龍が描かれている。カードの種類が増えた今でこそ、かつてのように「最強のカード」とは言えなくなったが、それでも、扱う者次第でこの上ない強さを発揮することは確かだ。
 零奈はふと、初めて『BLUE EYES』のカードを見た「あの日」のことを思い出す。あの時は、このカードの放つ威圧感に圧倒され、彼女はカードに触れることすらできなかった。決闘中はほとんど意識しなかったが、時がたった今でも、『BLUE EYES』の放つ威圧感は維持されている。少なくとも、彼女はそう感じていた。
(あの時は、アレンも、カイルも、そばにいた……)
 初めて『BLUE EYES』を見た時のこと。そこから、あの時の自分の生活を連想する零奈。そう。「あの時」は独りではなかった。家族と呼べる存在がいた。「あの時」は。
(でも、今はいないんだよね……)
 今はいない。カイルとアレンは、既にこの世を去った。その事実は、変わることはない。“彼ら”はもう、この世にはいない。
(戻ってきては……くれない……)
 “彼ら”は戻っては来ない。失われた命は、二度と戻らない。死者が現世に戻ってくることなどないのだから。
 大切な人の“死”、そして、自らの孤独を、『BLUE EYES』を手にすることで、零奈は改めて実感することとなった。
「……っ……」
 『BLUE EYES』から目を逸らす零奈。
 彼女はカードを直視できなくなった。
(……駄目……)
 カードを持つ手が震えている。
 目頭が熱い。
「……う……っ……」
 押さえ込んでいた感情が、外に漏れ出した。
「……っ……うぅ……っ……」
 堪え切れなくなり、零奈はその場にうずくまった。
 その様子を見て、海馬は目を見開いた。
「……!?」
 零奈は泣いていた。
 孤独であることを、大切な人の死を、改めて実感したことで。
 これまで抑えていた感情が、嗚咽となって、涙となって、溢れ出す。
 もう、止めることはできなかった。
「……アレン……っ……カイル…………」
 愛する者たちの名を口にしながら、零奈は涙を流した。
 押し込めていた感情を、露にして。
「…………」
 その様子を、何も言わずに見つめる海馬。
 これまで、あまり感情を面に出さなかった零奈が、今こうして涙を流し、泣いている。大切な人の死、そして、孤独という、この上ない悲哀に包まれて。
 最初は、急に泣き出した彼女を見て驚いた海馬ではあったが、しかし、よくよく考えてみれば、彼女の行動は、家族を奪われた人間としてはごく自然なものである。あくまで、それを彼女が今まで押し殺していたに過ぎなかったのだ。
 泣き崩れる零奈。そんな彼女から、海馬は思わず、目を逸らしたくなる衝動に駆られる。だが、それでも彼は、決して零奈から目を逸らすようなことはしなかった。
 自分は、“罪”を背負うと言ったはずだ。ならば、彼女の悲しみも受け止めなければならない。目を逸らすなど、もってのほか。
(死ぬまで、忘れてはならないわけか……。この姿を……)
 自らの手で生み出してしまった、零奈のこの姿。顔をしかめつつも、海馬はそれを見届け続けた。
 零奈の涙。海馬にとってそれは、憎しみが込められた言葉以上に、己の“罪”の重さを思い知らされるものだった。




エピローグ

 PM8:53――童実野町・とあるアパートの一室

 海馬との決闘を終えて帰宅した零奈は、部屋の電気も点けずに、ベッドの上に膝を立てて座っていた。
 立てた膝に顔を埋め、目を閉じ、今日の出来事を思い返す零奈。
 長きに渡る闘いは一応の決着を見せた。
 闘いの果てに、海馬は、己の“罪”を背負うことを零奈に誓った。
(これで……良かったのかしら……?)
 自分で考え、行動し、海馬に償う機会を与えた零奈ではあったが、それに対して、全くの不安がないわけではない。何しろ、海馬はあのように誓ってはいたが、それが必ずしも真実だとは限らないのだ。実は、あの場を凌ぐために言っただけ、という可能性は0ではない。
 その場合、彼女の“願い”の大部分は否定されることになる。所詮、“罪”を犯した人間は、更生できない。やはり、殺しておくべきだった。そんな結論が出てきてしまう。それが彼女の不安要素である。
(……でも……)
 でも。
 あの状況で、あのプライドの高い海馬が、嘘を言うとは思えない――それが零奈の考えだった。
 何にせよ、彼の決意が本物か否かは、彼の未来が指し示すだろう。
 今はただ、見届けるしかない。
 彼の未来を。彼の生き様を。
(あぁ……そうだ)
 何かを思い出した零奈は、膝に埋めていた顔を上げると、ベッドから降り、すぐ近くにある机に着いた。
 机上の電気スタンドを点け、引き出しの中から、1冊のノートを取り出す。ノートの表紙には、“Diary”とだけ書かれている。
 零奈は日記を付けていた。幼い頃から、ほぼ毎日付けている。
 毎夜、その日の出来事を、その日の内に、ノートに記録しておく。一言しか書かない時もあれば、数ページに渡って書き連ねる時もある。忙しい、気分が乗らない、といった理由で書けなかった時もあるが、それは非常に稀なことだった。
 日記を始めたきっかけは、幼い頃に母の真似をして、自分も日記を付け始めたことにある。そして、最初は真似事だったそれは、いつの間にか彼女の習慣となっていた。
 ノートのページを捲る。もう何冊目だろう。そろそろ新しい日記帳を買わなきゃ。残り僅かとなったページ数を見て、そんなことを思う零奈。昨日の日記が書かれたページを開くと、その隣のページに今日の出来事を記し始めた。
「……長くなりそう」
 という呟きとともに。


 †


 翌日――PM9:55

 その日は、よく晴れた冬の空が広がっていた。
 そんな空の下の童実野町を、1台のリムジンが、とある場所に向かって走っている。そのリムジンの後部座席に、海馬はいた。
 彼は携帯電話である人物と会話をしていた。そんな彼の口からは、流暢なドイツ語が紡がれている。
「……明後日か。……そうだな……」
 何かを考え込んだ後、彼は電話の向こうの相手に答える。
「時間の方は? ……分かった。明後日の2時だな」
 電話の相手と何かの約束を取り付けると、彼は電話を切り、いま話していた相手とは別の人間に電話を繋いだ。そして、今度は日本語で切り出した。
「鮫島か? 明後日の件だが、再来週の金曜に変更だ。時間は変わらん。……何? ……土曜なら空いている? ……フン、まあいいだろう」
 電話の相手との間にあった約束を変更した海馬。それだけ言うと、海馬は電話を切り、携帯電話をポケットに納めた。


 ――『青眼』を返すならば、直接会って返すべきだろう。
 そう考えた彼は昨日、零奈との決闘の後、すぐにドイツと香港のカードコレクター――海馬から『青眼』のカードを奪われたカードコレクター――に連絡を取った。彼らもまた、大企業で働く身であるため、そう易々と会えるわけではない。そのため、アポイントメントを取る必要があったのだ。
 海馬からの連絡に対し、両者とも最初は疑いの感情を持ち、時には怒号などが飛ぶこともあった。だが、最終的には、2人とも海馬に会うことを約束した。
 香港のカードコレクターとは、明日に会う約束を取り付けた。こちらは昨日連絡を取った際、すぐに約束を取り付けることができた。一方、ドイツのカードコレクターは、空いている日時を確保するのに手間取ったらしく、先ほどの電話でようやく、明後日に会う約束を取り付けた。
 元々、海馬は明後日に予定があったのだが、ドイツのカードコレクターは明後日しか予定を空けられないらしく、そのため、海馬の方が明後日にあった予定を変更する、という形になった。


 そのようなことを経て、ようやく2人のコレクターと会う約束を取り付けた海馬は、隣の座席に置いておいたジュラルミンケースを開き、その中に入っていた小箱を取り出した。
 小箱は、M&Wのカードを納めるには充分な大きさを持っている。箱を開けると、中にはやはり、M&Wのカードが納められていた。彼の最も信頼するカードであり、彼のデッキに納められていたこともあるカード。そして、これから元の主の下へ帰還するカードが。
 小箱の中に納められたカード。紛れもなくそれは、“3枚の”『青眼の白龍』だった。
 ドイツのカードコレクターが所持していた『青眼』。
 香港のカードコレクターが所持していた『青眼』。
 そして。
 アメリカのカードコレクター『カイル・ウォルラス』が所持していた、英語テキストの『青眼』――『BLUE EYES WHITE DRAGON』。
 それら3枚の『青眼』が、この小箱には納められていた。海馬は、『BLUE EYES』のカードを見ながら、昨日の出来事を想起した。


 †


 決闘終了後、『BLUE EYES』のカードを見て、泣き崩れた零奈。あれからしばらく経ち、気持ちが落ち着いたところで、零奈は海馬に問いかけた。
「ところで、『青眼』は元々4枚あり、その内の1枚……確か、武藤双六さんが持っていた『青眼』は、あなたが破り捨てたと聞きますが……、それに関してはどうするつもりですか?」
「……!」
 海馬は顔をしかめた。それに関しては、まだ解決策が見つかっていないのだ。
 かつて海馬は、4枚あった『青眼』の1枚――武藤双六の持っていた『青眼』――を破り捨てている。つまり、双六には『青眼』を返せないということになる。
 『青眼』を持ち主に返却すると決断した海馬ではあったが、既にこの世には存在しないカードまで返すことはできない。並のレアカードであれば、買って返すことも可能だろう。だが、彼が返すべきカードは『青眼』だ。そして、『青眼』はもう生産されていないカード。すなわち、新たに入手することは不可能なのだ。
 しかし、だからと言って、双六にだけは何も返さない、というのは無責任である。それ故に、海馬は頭を悩ませている。
「……それに関しては、俺がどうにかする」
 海馬のその答えを聞くと、零奈はすぐさま、海馬の考えていることを当ててみせた。
「I2社を説得するんですか?」
「そうなる」
 零奈の意見を肯定する海馬。実際、I2社に『青眼』を生産させるしか、新たな『青眼』を入手する方法はない。少なくとも、“本物の”『青眼』を返すには、それしかなかった。
 とは言え、いくら海馬とて、I2社をそう簡単に説得できるものではない。
(最も効果的なのは、『青眼』を生産することが、I2社にとって利益になることを立証することだ。……ならば、如何にして……)
 考えを巡らす海馬。一方の零奈も、手元の『BLUE EYES』を見ながら、考えを巡らせていた。
 ただし、海馬とは異なることを。
「…………。……海馬さん」
「?」
 1つの決断を下し、零奈は『BLUE EYES』に向けていた目を海馬に向けた。そして、手に持ったカードを海馬に差し出す。
「武藤双六さんには、この『BLUE EYES』を渡してください」
「……!」
 先ほど海馬が零奈に差し出した『BLUE EYES』のカード。それを今度は、零奈が海馬に差し出した。零奈の行動に、海馬は面食らった様子を見せる。
「このカードがあれば、問題は解決するでしょう。ですから、どうぞ」
 『BLUE EYES』を受け取るよう、促す零奈。確かに彼女が言うように、この『BLUE EYES』があれば問題は解決する。元々このカードは双六が所持していた『青眼』ではないが、何も返せないよりはずっと良い。
「だが―――」
 だが、それでは、カイルには何も返せない。他の3人の手には『青眼』が戻り、カイルの手には、いや、この場合は零奈の手には何も戻らない。だからこそ、海馬は零奈の提案を簡単に受け入れることができなかった。
 その考えを口にしようとした海馬だったが、それは零奈の言葉によって遮られた。
「『BLUE EYES』は元々、私のカードではありません。それなのに、武藤双六さんには何もないというのは変です。……私はかまいません。これを渡してください。……きっとカイルもそれを望むはずです」
「…………」
 カイルもそれを望むはず。
 それが、零奈の考えだった。
 カイルがいない以上、『BLUE EYES』は双六が持つべきだと考えたのか。または、『BLUE EYES』を見るたび、カイルやアレンのことを思い出し、自分が孤独であることを思い知らされてしまうからか。あるいは、その両方か。
 何にしても、カイルはもういない――そのことを実感した彼女だからこそ、そのような考えに至ったのだろう。それを裏付けるかのように、「カイルもそれを望むはず」と口にする零奈は、酷く悲しげに海馬の目に映った。
「…………」
 海馬は零奈の差し出した『BLUE EYES』をゆっくりと手に取った。しばし、それを見つめて考えた後、彼は短く答えた。
「そうさせてもらう」


 †


(カイルもそれを望む……か)
 零奈の意思により、『BLUE EYES』のカードは双六に渡すこととなった。
 カイルの持っていた『BLUE EYES』が、双六の『青眼』の代わりとなれるかどうか、それは海馬には分からない。しかしそれでも、自らが犯した過ちの落とし前として、『BLUE EYES』は彼に渡すべきだ、という結論は出ていた。
 3枚の『青眼』を見ながら、海馬は『青眼』なしで臨む第2回バトル・シティ大会に思いを馳せる。
 『青眼』を入手してから、彼は『青眼』をデッキに入れて闘ってきた。そして当然、第2回バトル・シティ大会も、『青眼』を使って闘うつもりでいた。
 しかし、『青眼』は手放すと決意した。
 もう後戻りはできない。
 こうなった以上、『青眼』なしで闘わなければならない。
 第2回バトル・シティ大会は6日後に行われる。それまでに、『青眼』を使わない全く新しいデッキを構築し、なおかつ、そのデッキのテストプレイと修正を繰り返し、最終的に大会で通用するような、否、頂点に立てるようなデッキを完成させなければならない。
 しかも、海馬は多忙な身である。すなわち、仕事と両立させながらデッキ構築を行わなければならない。状況は非常に過酷である。
 だが、彼はこのことを覚悟した上で、『青眼』を手放すことを決意したのだ。自分で決めたことなのだから、不満は一切ない。
 海馬は、3枚の『青眼』が納められた小箱をジュラルミンケースに入れ、ケースを閉じた。ケースは再び隣の座席に置き、そして何とはなしに、車窓から外の風景に目を向けた。
 見慣れた童実野町の風景が、後方へと流れていく。その流れを眺めながら、海馬はふと、昨日の零奈の行動を思い返す。
(黎川……零奈……)
 そして、思い返している内に、彼の脳裏を、「あの時」の零奈の表情が過ぎった。
 そう。あの時。
 ――そうですね。あなたはここで屈するような人間ではないようです。まさか、負けるとは思いませんでしたよ
 『究極竜』を見ながら、零奈が自分の負けを認めた時のこと。あの時に彼女が見せた、どこか充足感に満ちた表情を、海馬は思い出していた。
 あの時の零奈の表情を見てから、海馬の中に「ある考え」が浮かんでいる。とは言え、あくまでも推測の域を出ない考えなのだが。
(……やはり……あの女は……)
 思考を巡らす海馬。しかし、考えたところで答えが分かるわけではない。
(……まあ、どちらでもいい)
 海馬はすぐに、そのことについて考えるのは止めにして、新たなデッキの構築について考え始めた。
(ドラゴン族で統一するか……。あるいは、『マグネットモンスター』を主力にするか……)
 あれこれと考えてはみるが、考えるたびに、やはり『青眼』が抜けた穴は大きい、と改めて実感させられる海馬。どうにかして、失ったパワーを取り戻さなければならない。
 そうしてしばらく考えている内に、海馬の乗っていた車が止まり、運転手が車から降りた。どうやら、目的地に着いたらしい。
 車から降りた運転手が、後部座席のドアを開ける。海馬はジュラルミンケースを手に持つと、車を降り、目の前の風景を見据えた。
 海馬の目の前には、かつて彼が足を運んだこともあるゲーム屋があった。
 そして、そのゲーム屋は、彼が初めて実物の『青眼』を目の当たりにした場所でもある。
 すなわち、「亀のゲーム屋」――武藤双六の経営するゲーム屋である。
 海馬がここに来た理由。
 それは1つしかない。
 双六に『BLUE EYES』を渡すことだ。
 その目的を果たすため、彼はこの場所に来たのだ。
 ポケットから携帯電話を取り出し、現在の時刻を確認する。10時3分。もう「亀のゲーム屋」は開店しているだろう。
 携帯電話をポケットにしまい、「亀のゲーム屋」の入り口となるドアの前まで歩を進める。
 ドアの前で、一呼吸おく。
 そして。
(さらばだ、『青眼』―――)
 心の中だけでそう告げると、海馬は目の前のドアを開け、「亀のゲーム屋」に足を踏み入れた。


 †


12月18日

 今日、私は海馬さんと決闘をした。
 その決闘において、当初の計画通り、海馬さんにブルーアイズを使わせた上で、それらを全て奪い取る――という構図を完成させることができた。正直こればかりは、海馬さんのプレイングや、運の要素も絡んでくるため、実現させることは難しいと思っていたけど、上手く行ったので何より。
 ここまで上手く行けば、あとは海馬さんを挑発するなり、見下すなり、罵倒するなりして、彼に屈辱感を与えてやればいい。私は、ブルーアイズを彼の罪だと説いた上で、「自分の罪から逃げてしまえばいい」と彼に言ってやった。
 そうなった場合、海馬さんが取る行動は限られている。
 彼は、負けず嫌いな人間だ。そして、プライドの高い人間だ。
 そんな人間が、あのような状況に追い込まれたら、どんな行動を取るか。
 散々、見下され、侮蔑され、屈辱を与えられ、黙っていられるだろうか。
 黙ってはいられないだろう。彼ならば、絶対にあの状況を打開しようとするはずだ。
 そして、あの状況を打開する方法は1つだけ。
 そう。己の罪を背負うことだ。
 海馬さんはそう考えたからこそ、己の罪を背負う覚悟を決めたのだろう。
 あのまま逃げてしまえば、本当に敗者になってしまう。敗北を嫌う彼が、それを許すはずがない。
 海馬さんは気付いていたのだろうか。
 彼に罪を償わせることが、私の目的であることに。
 それとも、まだ気付いていないだろうか。まあ、今は気付かなくとも、いずれは気付く時が来るだろう。
 確かに今日の決闘、私はあの決闘で復讐を表現した。
 けど、それは何も、復讐心を満足させることが目的ではない。
 いや、それも目的ではあったけど、メインではない。あくまでもサブだ。
 メインとなる目的は、海馬さんに罪を償うと誓ってもらうこと。
 私が求めたのは、償いだ。
 それも、死による償いではない。生きることでの償いだ。
 死んで済まそうなどとは思わせない。最後まで生き抜いて、死ぬまで苦しんでもらわなければ意味がない。父がそうであったように。
 そして海馬さんには、私に言われて償うのではなく、自分で考え、自分で償うことを決意してほしかった。
 だから私は決闘という、遠回しな、しかし、効果的な方法で、海馬さんに気持ちを訴えかけた。彼自身に、私の気持ちを考えてほしかったから。彼自身に、罪を償うことを決意してほしかったから。
 最終的に、私の望みどおり、海馬さんは罪を背負うことを、自分で決意し、誓ってくれた。
「己の罪が立ち塞がるなら、それを背負って進むだけだ」
 それが、彼の決意だった。
 どこまで真意なのかは分からないけど、プライドの高い海馬さんが、あの状況で嘘を言うとは思えない。
 今はひとまず、彼の言葉を信じておくことにする。
 私に彼を許すことはできない。だが、殺すこともできない。私にできるのは、償う機会を与えることだけだ。
 彼が本当に罪を背負って生きてくれたら、アレンとカイルも浮かばれるだろう。
 そうなることを、切に願う。

 それにしても。
 あのタイミングで洗脳解除を引くとは。
 ブルーアイズを3体奪った時点で、私の勝ちは決定したと思ったのだが。
 せっかく奪ったブルーアイズも、これで海馬さんの場に逆戻り。
 その後はアルティメットを呼び出してくるし。
 私はどうにか、彼のアルティメットも奪うことはできた。
 それでも、彼には敵わなかった。
 最終的には、アルティメットの攻撃でとどめを刺される始末だ。
 やはり、海馬さんは強かった。
 それだけに、残念だ。
 もっと真っ当な方法でブルーアイズを手にしていれば、こんなことにはならなかったはずなのに。
 海馬さん。どうか、二度と同じ過ちを繰り返さないように。

 アレン。そして、カイル。
 あなたたちが今生きていたら、今日の私の行動を、どう思うだろうか?
 納得……してくれる? それとも、不満?
 じゃあ、私がもし、海馬さんを殺していたら、あなたたちはどう思う?
 そっちの方が納得する? それとも、逆?
 あなたたちが求めるのは、どちらなの?
 死による償い? それとも、生による償い?
 ……何書いてるんだろうね、私。
 こんな所で問いかけても、あなたたちが答えてくれるわけじゃないのに。
 何にしても、今日の決闘が、私なりに出した答え。
 だから、納得してくれる……かな。

 お父さん。
 あの時の悲劇を繰り返さないため、私は海馬さんの命を奪うようなことはしなかった。
 お父さんの死を無駄にはしなかったつもりだけど、どうかな? 
 考えてみれば、今の海馬さんは、あの時のお父さんと立場が似ている。
 そして、お父さんは最後の瞬間まで、自分の罪と向き合っていた。
 だから、海馬さんも、そういう気持ちで生きてくれるといいんだけど。

 お母さん。
 お母さんがお父さんに贈った言葉、今日は私が海馬さんに贈ってあげた。
 お母さんが生きていたら、きっと同じことを言うと思ったから。
 ただ、海馬さんがお父さんのように生きてくれるかどうか、それはまだ分からない。
 でも、これで良かったんだよね。
 お父さんが受けた悲劇は、繰り返さずに済んだのだから。

 日記のはずなのに、後半は何だか手紙のようになってしまった。
 もうこの際、手紙ということにしておこう。
 そう。これは手紙。
 私の大切な人たちへの手紙。
 大切な人たちへの、事後報告。

 お父さん、お母さん、カイル、アレン。
 またいつか、お会いできる日を、楽しみにしています。
 それでは、お元気で。

かしこ






〜完〜











あとがき(全て読み終わった後で見てください)














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