金の亡者とそばかす少女

製作者:黒崎さん




 この小説には、アニメオリジナルの少女キャラクターが登場します。

 僕は特別そのキャラが大好きと言うわけではないのですが、たがみかおりさんという声優さんが演じられている特徴的な声が好きです。

 もしよろしければ、そのキャラの声を思い出しながら、彼女の部分のセリフを読んでいただけたら幸いです。
 
 全く強制ではないので、ご自由に。(知らない、思い出せないと言う方は動画サイトなどでちょこっと聞いていただければと思います)







「"KCグランプリ"――最強決闘者(デュエリスト)決定トーナメント―― 決闘王(デュエルキング)は……武藤遊戯(むとう ゆうぎ)!」

 ――上下黒のスーツに、黒いサングラスをした体格のいい男――海馬兄弟の側近であり、この決闘の審判を務めた磯野(いその)が高らかに宣言すると、会場中は割れんばかりの大歓声に包まれた。

 世界中の数多くの人々を魅了し、多くの決闘者たちが誇りを懸けて挑んだ大会、KCグランプリは、ここに終結したのだった。




「あーやっと日本に帰れるぜっ!」

 ――ツノのように前髪が尖がった金髪の決闘者――城之内克也(じょうのうち かつや)が、両腕をぐーっと横に広げ、懐かしい母国を思い浮かべながら叫んだ。

 ここアメリカの地で"秘密結社ドーマ"との長い戦いを終え、そしてKCグランプリでの激戦を終え、武藤遊戯とその一行は日本へ帰国するところだった。

「帰ったら和食が食いてぇ!」

「ちょっと二人とも、そんな大きな声出さないでよ」

 ――角刈り頭の青年――本田(ほんだ)ヒロトも、城之内に続いて大きな声で叫んだ。

 ――ショートカットの茶髪がよく似合う、パッチリとした瞳の可愛らしい少女――真崎杏子(まざき あんず)は、周りの目を気にしながらそんな二人を注意する。

 空港という大勢の人がいる場所ということを考えると、彼女の注意は正当なものだった。

「ああ、悪い悪い」と城之内。

「あれ? そういや、双六(すごろく)じーさんは?」

 遊戯の祖父であり、マスク・ザ・ロックと名乗ってKCグランプリに出場した武藤双六の姿が見当たらないことに気付き、城之内は杏子に尋ねる。

「私たちと違って、「まだアメリカに来たばかりだから」って、しばらくホプキンス教授のところにお世話になって残るらしいわよ」

 そんな城之内たちと少しだけ離れた場所に、――赤色、黄色、黒色の三色が混ざった派手なトンガリ頭の決闘者――武藤遊戯はいた。

 年齢よりも幼いその表情は、主人格の遊戯だった。

「……? どうしたの、"レベッカ"。何だか元気がないみたいだけど」

 心配そうに声をかけた遊戯の視線の先には、一人の少女がいた。 
 
 ――ショートカットの金髪を二つに分けた、短い耳のウサギのような髪型。パッチリとした瞳とそばかすが特徴的な愛らしい顔に、レンズが下半分だけの赤渕の眼鏡をかけている――彼女の名はレベッカ・ホプキンス。

 遊戯の祖父、双六の友人であるアーサー・ホプキンスの孫娘で、十二歳ながらデュエルモンスターズのアメリカチャンピオンになった天才少女である。

 彼女もまた、遊戯たちと共にドーマと戦い、KCグランプリに出場し、そして今、彼らを見送りに来ていたのだ。

 だがレベッカの表情は明らかに沈んでおり、ハイテンションではしゃいでいた大会中とは真逆の状態だった。 

「ううん、何でもないわユウギ。今回はダメだったけど、いつか私とまた決闘しましょ」  

 レベッカは首を振り、そして笑顔で、握手を求めて遊戯に手を差し出した。

「うん、僕も楽しみにしてるよ」

 遊戯はそれに応え、レベッカと握手を交わした。

 だが遊戯は、そしてその様子を離れて見ていた杏子も、やはりどこかおかしいと感じた。
 
 レベッカは主人格の遊戯に好意を抱いており、アメリカ人流のスキンシップで彼に抱きつくのは、このアメリカで行動を共にしている間は日常茶飯事であった。

 もう一人の遊戯のことを意識している杏子は、それに対して度々怒りを感じていたものだった。

 だが今、握手を終えると、レベッカはすぐに遊戯に背を向けてまた沈んでしまった。

 その様子は落ち込んでいるというよりも、何か別のことを強く考えているようだった。

 そんな一行の元に、黒髪の長髪を揺らしながら一人の少年が駆けてきた。 海馬瀬人(かいば せと)の弟、海馬モクバだ。

「おーい何やってんだよ! せっかく飛行機を用意してやったのに乗らないつもりか?」

 ドーマとの戦いを終えた遊戯たち一行だが、日本に帰る手段がなかったため、ここアメリカで開催されるKCグランプリに出場することを条件に、海馬コーポレーションの飛行機で日本まで送り届けてもらうことになっていた。

 約束通りに飛行機を用意して待っているにもかかわらず、一向にやって来ない彼らに業を煮やしてモクバがやってきたのだった。

「そう急かしてやるな、モクバ。 飛行機は貸切だ。別段急ぐ必要もない」

 モクバの後をゆっくりと歩いてきた、――坊ちゃん刈りの茶髪、鋭い眼をした背の高い決闘者――海馬瀬人(かいば せと)が、普段の彼からは考えられないような寛大な物言いでモクバをたしなめた。

「へー、海馬にしちゃぁずいぶん優しい言い方じゃねぇか」

 と、城之内は茶化したが、彼がそう言うのも無理もないような海馬の態度だった。

 ドーマの陰謀により、一時的とはいえ海馬コーポレーションは乗っ取られ、消滅の危機を迎えた。

 だがそれも何とか無事に終わり、KCグランプリを開催することで失いかけた会社の信用を取り戻すこともできた。

 大会に出場し、盛り上げてくれた遊戯たちに海馬は感謝の気持ちを持っており、その影響で、普段は見せない彼の大らかな部分を垣間見せることになっていたのだ。 

「用事を済ませたら13番ゲートに向かえ。それまで飛行機は待機させておいてやる」

 城之内の茶化しには応えず、海馬はそう言い残してその場を去ろうと背を向けた。

「ちょっと待って、カイバ社長」

 だが自分を呼ぶ声に止められ、振り返った。   

 海馬を呼び止めたのは、先程まで考え事をしていた様子だったレベッカだった。彼女は海馬の方へ歩み寄る。

「どうしてKCグランプリに彼を……"アサクラミツキ"を呼ばなかったの?」

 レベッカは真剣な眼差しで海馬を見上げた。その口調には明らかに不満が含まれていた。

「……確かにヤツの実力はKCグランプリ出場には十分すぎるものだった。だが、大会にはすでに三人の日本人(城之内、武藤双六(マスク・ザ・ロック)は選手として、遊戯は優勝者とのエキシビジョンマッチの対戦相手として)の出場が決まっていた。
 同じ国籍の人間はこれ以上必要ないと判断しただけだ」

 レベッカに対して特に上から目線で言うことなく、海馬は坦々と説明した。 

 世界中から集まったたった十六名の決闘者の中に同じ国籍の人間が大勢居すぎてはバランスが悪い。主催者側としては正当な判断と言えるだろう。

「朝倉光樹(あさくら みつき)……あの人か」

 遊戯は一人の決闘者の姿を脳裏に思い浮かべた。

「なあ遊戯。誰だよ、その朝倉って」

 レベッカと海馬が一体誰のことを話しているのかさっぱりわからず、城之内は遊戯に尋ねた。  

 城之内と同じ気持ちであろう杏子と本田もまた、遊戯に視線を向けている。

「うん、朝倉光樹っていうのは……――」

 遊戯はゆっくりと話し始めた。


 バトルシティが終わったあの日、もう一人の遊戯が城之内との誓いの決闘を果たそうと待ち合わせに向かっている途中で、一人の決闘者に決闘を申し込まれたこと。

 その決闘者、朝倉光樹がどのような決闘者なのか。どのような人間なのか。何のために戦っているのか。

 そして遊戯に敗れた朝倉がその後、海馬とも決闘をしたことを。


「なるほど……そんなことがあったのかよ」

「遊戯と海馬くんをそこまで追い詰めた決闘者がいたなんて……」

 なるほど、と本田はうなずき、杏子は驚いた様子で呟いた。

「へへっ、一度会ってみたいな、その朝倉ってヤツに」

 城之内は、会ったこともない決闘者の姿を思い浮かべながら、どこか嬉しそうに笑っていた。

 彼自身、決闘王国では妹の静香(しずか)のために賞金を求めて戦った経験があるだけに、他人のようには思えなかったのだろう。 

(そういえば、朝倉くんはレベッカに勝ったって言っていた……)

 遊戯は、自分の前に現れた朝倉が最初に言っていたことを思い出していた。(金のために決闘! 第一章参照)
 
(そうか……! レベッカは今回の大会で彼に会えると思っていたんだ。そしてそこでもう一度戦うつもりだったんだ……)
  
 大会が終わった今になって不満が溢れてきたのだろう。遊戯はそう解釈した。

 人選をした主催者側の海馬の意見に不当な点はなかった。だがレベッカ納得できなかった。 

 そして彼女は、一つの強い決断をした。

「なら……私もその飛行機に乗せて! 今から私も日本に行くわ!」 

 レベッカは強い口調で叫んだ。 

 大驚きする遊戯たちとは対照的に、海馬は冷静に言い放った。

「いまさら乗客が一人増えたところで構わん。運賃はいらん。 好きにしろ」


 
 ――金の亡者とそばかす少女――





 第一章 亡者で結構!

  「やっと着いたわ。 それにしても、古ぼけた建物ね……」

 額の汗を拭いながら、レベッカはふーっと息を吐いた。

 日本に到着して一夜明けた今日。まだ完全に時差ぼけが解消されていない状態にもかかわらず、彼女は海馬に聞いた住所を頼りに、この孤児院にやってきた。

 昨日はビジネスホテルに一泊した。 
 
 遊戯の家に泊めてもらうということも考えたが、自重した。好意を寄せる相手に対して節操のないまねをしてはいけないと、レベッカは思っていた。 

 そして、行きは遊戯たちと共に海馬コーポレーションの飛行機の世話になり、運賃はかからなかったが、帰りはさすがに自己負担になる。

 経済的に、決して人並み以上に余裕があるわけでない。そう長く日本に滞在することもできず、彼女はすぐに朝倉の元を訪れなければならなかったのだ。

「さあ……決闘よ、アサクラミツキ」

 レベッカは闘志を高めるように小さく呟き、そしてゆっくりと孤児院の門をくぐった。

 塀に囲まれた狭い庭で、十人ほどの子供たちがボロボロの遊具で楽しそうに遊んでいた。どの子供も元気で頬がつやつやしている。  

 辺りを見渡しながらレベッカが孤児院の中を歩いていると、彼女に気付いた数人の子供たちが近づいてきた。

 レベッカは、自分よりやや背の低い子供たちに対して、少し前屈みになって尋ねた。 

「ねえ君たち。ここにアサクラミツキって人、いるでしょ?」

「お姉ちゃん、誰……?」

 男の子が警戒の眼差しでレベッカを見た。

「あ、私は……」

 見知らぬ外国人がいきなり尋ねてきたら、いかに子供といえど警戒するのは当然だろう。レベッカはまず自己紹介をしようとしたが、それよりも先に女の子が「あ!」と言葉を遮った。

「わかった! お姉ちゃん、光樹兄ちゃんの彼女だ!」

 女の子は眼を輝かせながら言った。小さな女の子とはいえ、男女のそういう関係には興味津々と言ったところだろうか。  

「なっ……! そんなわけないでしょ! 私には心に誓ったたった一人のダーリン(遊戯)がいるんだから!」

 レベッカは大声でそれを否定したが、子供たちは光樹の彼女だと思い込んでおり、聞いてはいなかった。

 もっとも、子供の言うことなのだから間に受けずに流しておけばいいようなことなのだが、それができないあたり、まだまだレベッカも幼いということだろうか。

「なーに? 今の大声は? 何かあったの?」

 子供たちが騒いでいるのとレベッカの大声に反応し、孤児院奥の部屋から一人の女性が庭に出てきた。

 ――地味なグレーのトレーナーとスカートという服装の、四十歳代くらいの黒髪長髪の女性――孤児院の院長の春野美雪(はるの みゆき)だ。

「あら、あなたは?」

 レベッカを見るなり、院長は不思議そうな顔をした。

「私はレベッカ・ホプキンスといいます。この孤児院にいるアサクラミツキ……さんに用があって来ました」

「あら、光樹のお友達? そう……よく来てくれたわね」

 院長は嬉しそうに微笑んだ。それを見たレベッカが「何て温かい表情なの」と思うほどの笑顔だった。

「あの子なら今、買い物に行ってもらってるところなの。もうすぐ戻ると思うから、どうぞ中で待っててください」

 院長がレベッカを部屋に招こうとしたそのとき、門が開き、彼女が待ちわびた人物がやって来た。

 ――パーカーにジーンズというラフな格好をした、背の高い、ボサボサ頭の黒髪の青年――朝倉光樹だった。

「ただいまー。買ってきたよ、院長先生。一パック268円のトイレットペーパー」

 朝倉は、近所のスーパーで買ってきた安売りのトイレットペーパーと、お釣りの小銭を院長に手渡した。

「ご苦労様。 光樹、お友達が来てるわよ」

「……友達ぃ?」

 院長に言われてから、朝倉は自分に向けられている強い視線に気付いた。

「久しぶりね、アサクラミツキ」

 レベッカは強い笑みを浮かべる。

 朝倉はそんな彼女の顔をじーっと見てから、軽く首を傾げた。 

「いや……え……? 誰……? お前」 

 笑みは消え、レベッカは眉を顰め、その表情は怒りへと変わっていく。

「忘れたなんて言わせないわよ! 私はレベッカ! レベッカ・ホプキンスよ!」

「レベッ……カ?」

 そう言われても知らないものは知らないのに。朝倉は困惑の表情を浮かべる。

(オリックスの助っ人外国人が確かそんな名前だったか……? いや……微妙に違うな。 ほんとに誰だこいつ……?) 

 頭の中で必死に記憶を紐解くが全く思い出せない。


 結局、レベッカの必死の説明を聞き、朝倉が彼女のことを思い出したのは、一時間以上が経過してからだった……。


「あー! だいぶ前の、賞金が懸かったアメリカの大会で、俺に負けた全米チャンプのレベッカか」

 朝倉は説明口調で言い、ぽんと手を叩いた。

「そうよ! 思い出した?!」

 一方のレベッカは、腕組をし、明らかに不機嫌な態度だった。

 自分が負けたということを、自分に勝った相手に必死に思い出させるというのはかなり屈辱的な作業だったのだ。

「さあ私と決闘よ! アサクラミツキ! リターンマッチ、受けてもらうわ!」 

 レベッカは決闘盤(デュエルディスク)が装着されている左腕を突き出し、改めて朝倉に決闘を申し込んだ。

 だが闘志剥き出しの彼女とは対照的に、どこか冷めた様子で朝倉は 

「んー遠慮するわ」

 と、一言言い、レベッカの申し出を断わった。 

「な……っ! どうしてよ! わざわざこうして決闘を申し込みに来てるのに、断わることないでしょ!」  

 まさかそんなあっさりと拒否されるとは思ってもいなかったレベッカは、納得できず、必死に喰らい付く。

「俺は、金にならない決闘をするつもりはない。それだけだ」

 さらっと言い、朝倉はレベッカに背を向ける。そして「用がそれだけならもう帰りな」とばかりに軽く手を振った。

「信じられない……! あなた、本当にお金のためだけに決闘をしてるっていうの!? それじゃただの金の亡者じゃない!」 

 レベッカは朝倉を罵倒し、叫んだ。

 さすがに朝倉もそれを無視できず、振り返って彼女を睨んだ。

「亡者で結構! 俺はこの孤児院を守るために金を集めてるんだ。お前の言う通り、金のために決闘してるんだよ」

「……!」

 臆することなく言い切った朝倉から強い意思を感じ、レベッカは思った。

(……一言にお金のためと言っても、私利私欲のためじゃないってわけね)

 この朝倉光樹という決闘者は、自分の知識の中にある意地汚い賞金稼ぎたちとは違った、強い信念を持った決闘者なのだと。

「なるほど。だから勝ってもお金を得ることのできない決闘をするつもりはないってことね?」

「そういうことだ」

 ――この信念だけは譲れない。

 遊戯との決闘で朝倉は、"カードと共に、めいっぱい楽しみながら決闘しなければならない"のだと、気付くことができた。

 海馬との決闘では、"決闘者と同じように、モンスターもまた、誇りと魂を懸けて戦っている。だからそんなモンスターの誇りや魂を汚すことは許されない"と教えられた。

 そのいずれも、しっかりと彼の心に秘められていた。

 だが、自分は金のために戦い続ける。その本分を見失い、挑まれた決闘を何でもかんでも受けるというわけにもいかなかったのだ。

 レベッカは、そんな朝倉の信念がある程度理解できていた。だからこれ以上朝倉にとってメリットのない決闘を申し込んでも無駄だと確信した。

 ――ならば現金ではないしても、"賞品"を用意すればいい。

「それなら、もしあなたが私に勝ったら、あとで私が"いいこと"してあげるわ」

 レベッカは片手を腰に当て、少し頬を赤らめながら、色っぽく(?)、アイドルっぽいウインクしてみせた。

 こういう場合の"いいこと"というのは清い意味ではなく、いやらしい意味の"いいこと"なのだろう。

 レベッカの考えは理解できたが、朝倉は特に何も感じなかったのだろう。見るからに低いテンションで、呆れたようにため息を吐いた。

「子供にんなこと言われてもな……俺はロリコンじゃねぇんだよ。いいからもう帰んな」

 孤児院の子供をなだめるときと同じように、朝倉はレベッカの頭を軽く撫でてやった。

「何よっ! 子供扱いしないでよっ! 私は立派な大人よ!」

 朝倉の手を乱暴に払い、レベッカは怒鳴った。

 だが、低い身長、未発達な体、愛らしくも、やはり幼い顔立ち。誰がどう見ても子供であることは間違いなかった。

「いやいや、どっからどう見ても子供だって。 まあどっちにしても、女の体を目当てに決闘するほど俺は落ちぶれちゃいねぇよ」

「……わかったわよ、今は持ち合わせはないけど……。もしあなたが勝ったら、アメリカに帰ってから株を現金に換えてあなたの口座に振り込むわ。これでどう?」

 レベッカは渋々という様子で唇を尖らせる。

 お金を賭けて決闘するのは明らかな違法行為だが、この場合は仕方ないと、自分に言い聞かせた。

「おぉ……まあ、それならいいか。わざわざアメリカから尋ねてきてくれたわけだしな。いいぜ、決闘しよう」

 金が懸かった途端、朝倉は手のひらを返したように素直にレベッカとの決闘を承諾した。

 女としてのプライドを傷つけられる前に最初からこうしておけばよかった……。と、レベッカは少し悔やんだ。




 第二章 レベッカVS朝倉

 孤児院の子供たち、そして院長に見守られながら、朝倉とレベッカの二人は向かい合った。

「あなたに勝って、失われた全米チャンプのプライドを取り戻させてもらうわ!」

 レベッカが強く言うと、朝倉も負けじと言い返す。

「上等だ! だが俺が勝ったら、株を現金に換えて俺の口座に振り込んでもらうぜ」

 互いに求めるものを懸けた決闘が、今始まる。

「「決闘!!」

 レベッカの独特な高い声と、朝倉の力強い声が庭に響き渡る、二人は同時にデッキから五枚のカードをドローした。互いの決闘盤のライフカウンターが4000にセットされる。

「私の先攻! ドロー!」

 レベッカは素早くデッキから一枚のカードをドローし、それを手札に加える。

 そして六枚となった手札から一枚のカードを選択し、決闘盤のモンスターカードゾーンに置いた。

「――『ルビードラゴン』を攻撃表示で召喚!」

 レベッカのフィールド上に、ルビーの名の如く赤々と輝くの立体映像(ソリットビジョン)のドラゴンが出現した。


 ルビードラゴン (風)

 ☆☆☆☆ (ドラゴン族)

 攻1600 守1500

 
 普段は見る機会のない立体映像のモンスターを前に、子供たちは口々に驚きの声を上げる。

「私はさらにリバースカードを一枚セットして、ターンエンドを終了するわ!」

 レベッカが伏せカードを決闘盤の魔法、罠(マジック、トラップ)カードゾーンに差し込むようにしてセットしすると、フィールド上に巨大なカードの立体映像が映される。

 それに対してまた子供たちがいろいろと反応し、声を出し、そしてそれを楽しそうに眺めている。

(そういや、チビたちが決闘盤での決闘を生で見るのは初めてだもんな……これなら孤児院で決闘するってのも悪くねぇな)

 自分がこの子供たちの笑顔を守るために戦っているんだと改めて自覚しながら、朝倉はカードをドローする。

「俺のターン!」

 そして六枚の手札をじっくりと確認した。

(さて、召喚可能なモンスターは『機動砦のギア・ゴーレム』と『闇魔界の戦士 ダークソード』か。 とりあえずは……)

 朝倉は一枚のカードを選び、決闘盤に置いた。

「機動砦のギア・ゴーレムを守備表示で召喚!」

 見るからに頑丈な、鋼のボティを備えた機械(マシーン)モンスターが朝倉のフィールド上に召喚された。


 機動砦のギア・ゴーレム (地)

 ☆☆☆☆ (機械族)

 800ライフポイントを払う。このターン、このカードは相手プレイヤーに直接攻撃することができる。

 攻800 守2200


「さらにリバースカードを一枚セットして、ターンエンドだ」

「あら、最初のターンから逃げの姿勢だなんて、あなたの戦術ってそんなだったかしら」

「うるせぇな、様子見だよ」

 朝倉の言葉は決して嘘ではなかった。

 レベッカの存在は思い出したものの、前回のレベッカとの決闘の内容はほとんど思い出せていなかった。

 リターンマッチというくらいだ。相手は恐らくこちらの戦術を研究しているだろう。だがこちらは全く知らない状況だ。

 闇魔界の戦士 ダークソードはルビードラゴンより攻撃力は上だが、いきなり攻撃を仕掛けるよりも様子を見ようという判断だった。


 レベッカのLP4000

 手札四枚 

 場 ルビードラゴン 伏せカード一枚


 朝倉のLP4000

 手札四枚

 場 機動砦のギア・ゴーレム 伏せカード一枚


「私のターン、ドロー!」

 ドローカードを確認したレベッカはよし! とばかりに笑みを浮かべた。

(見せてあげるわ、あのときとは違う私の力を!)

 アメリカの大会で朝倉に負けたときのことを思い出しながら、レベッカはドローしたカードを決闘盤にセットした。

「魔法カード『天使の施し』を発動!」


 天使の施し (魔法カード)

 デッキからカードを三枚ドローし、その後手札からカードを二枚捨てる。


「デッキから三枚のカードをドローし、その後手札から二枚捨てる」

 レベッカは素早い動作でデッキの上から三枚のカードをドローし、手札に加えた。

「私が捨てるカードは、この二枚よ」

 そしてその中から二枚のカードを右手に持ち替え、朝倉に絵柄が見えるように突き出し、それからそのカードを決闘盤の墓地(セメタリー)カードゾーンへ送った。


 『堕天使マリー』『トークン収穫祭』 


 朝倉は二枚のカードをしっかりと確認していた。

(堕天使マリー……墓地にある限り、プレイヤーのライフポイントを回復するカードか)
 
 朝倉が注目したのは、堕天使の名の通り、顔と翼が真っ黒な、とても天使には見えないモンスターカードだった。 
 

 堕天使マリー (闇)

 ☆☆☆☆☆ (悪魔族)

 このカードが墓地に存在する限り、自分のスタンバイフェイズごとに自分は200ライフポイントを回復する。

 攻1700 守1200


「そして『ビックバンガール』を攻撃表示で召喚!」

 さらにレベッカがカードを決闘盤に置くと、赤いローブを纏い、樫の杖を手にした女魔術師が、ルビードラゴンの隣に現れた。


 ビックバンガール (炎)

 ☆☆☆☆ (炎族)

 自分のライフポイントが回復する度に、相手ライフに500ポイントのダメージを与える。

 攻1300 守1500

 
「ビックバンガールか……なるほど、堕天使マリーの効果で自分のライフポイントを回復し、ビックバンガールの効果で俺にダメージを与える戦術……ってわけか」

 モンスターの効果を上手く生かした戦術だなと、朝倉は感心したように二度三度うなずいた。

「ふふ、半分正解ね。 でも、そんな保守的な戦術だけであなたを倒せるとは思っていないわ」

 得意げに言うと、レベッカはさらに手札のカードを決闘盤にセットする。

「さらに魔法カード――『守備封じ』を発動!」

 するとフィールド上に、盾を構えている戦士に対して×印が記されたカードが出現する。
 
 
 『守備』封じ (魔法カード)

 相手フィールド上の守備表示モンスターを一体選択し、攻撃表示にする。


「このカードの効果で、あなたのフィールド上の機動砦のギア・ゴーレムは攻撃表示になる!」

「げ……」

 守備封じの魔法効果により、ギア・ゴーレムは、強制的に攻撃態勢を取らされ、体内に備えられた砲台をレベッカのフィールド上に向けた。

「ギア・ゴーレムの攻撃力はたかだか800。目じゃないわ! ルビードラゴンの攻撃!」

 レベッカの攻撃命令を受け、ルビードラゴンはギア・ゴーレムを攻撃対象に捉えた。 

「――ルビー・バースト!」

 ルビードラゴンの口から、ギア・ゴーレムを目掛けて赤々と輝く光線が放たれた。

「させないぜ! 罠カード発動! 『聖なるバリア−ミラーフォース』――!」

 その言葉を合図に、朝倉のフィールド上に伏せられていたカードが表になる。それは、多くの決闘者が見慣れたメジャーな罠カードだった。


 聖なるバリア‐ミラーフォース (罠カード)

 相手がモンスターで攻撃した時、相手の攻撃表示モンスターを全て破壊する。


「ルビードラゴンの攻撃はバリアによって跳ね返される!」

 朝倉は勝ち誇ったように叫んだが、レベッカはお構いなしに、今度は決闘盤にセットしてあるカードを表向きにセットし直す。

「そうはさせないわ! リバースカード、オープン! カウンター罠! ――『トラップ・ジャマー』!」

「何っ!?」

 
 トラップ・ジャマー (カウンター罠カード)

 バトルフェイズ中のみ発動する事ができる。相手が発動した罠カードの発動を無効にし、破壊する。


 朝倉のフィールド上に、トラップ・ジャマーのカードの絵柄に描かれているのと同じ魔方陣が出現し、それによって聖なるバリアは破壊され、消滅してしまった。 

「これでルビードラゴンの攻撃は止まらないわ!」

「くそっ……!」

 ルビードラゴンが放った光線の直撃を受けたギア・ゴーレムは、バラバラの鉄くずとなって消滅した。


 朝倉LP4000→3200


「さらに、ビックバンガールでプレイヤーに直接攻撃(ダイレクトアタック)!」

 攻撃命令を受けたビックバンガールが杖をかざすと、杖先から幾つもの炎の塊が放たれる。

「――フィアフル・フレア!」

「うああぁぁっ!」

 無数の炎が朝倉を直撃した。 立体映像ながらまるで熱さを感じているかのように、朝倉は炎を払う仕草をする。

 立体映像とはいえその光景は迫力があり、見ている子供たちも激しく驚いた。


 朝倉LP3200→1900

 
「リバースカードを一枚セットして、ターンエンド!」


 レベッカのLP4000

 手札二枚 

 場 ルビードラゴン ビックバンガール 伏せカード一枚


 朝倉のLP1900

 手札四枚

 場 なし


「やるな、レベッカ! リターンマッチを挑むだけのことはあるぜ」

 朝倉からの称賛に、レベッカは「当然よ」とばかりに無い胸を張った。

「あなたに負けてから、私は自分の戦術を一から練り直したわ。全ては、あなたを倒すためにね!」


 KCグランプリ出場者の中に朝倉がいないと知ったとき、レベッカはひどく落胆した。

 だが、「ダーリン」と呼ぶほどに好意を寄せている遊戯の前で他の男の話を切り出すことに気が引けて、その場では何も言わなかった。

 結果、そのままKCグランプリは終わった。レベッカ自身、心に不満を残したまま、不完全燃焼な結果で。

 だがこれで大会が終わってしまったのかと思うと、一人の決闘者としてよりいっそう朝倉にリベンジしたいという気持ちが強くなり、遊戯の前だろうがなりふり構わず海馬に詰め寄った。

 そして今、ここで、望んだ相手と決闘をしている。ここまでの自分の戦術に手応えも感じることができていた。    


(言うだけあって、こいつ、ほんとに強い……! 気合入れねぇと一瞬で潰されるな)

 一方の朝倉は、油断したわけではなかったが、レベッカの攻撃を読みきれなかったことを悔やみ、そして全米チャンプである彼女の力を理解し、改めて気合を入れ直していた。  

「俺のターン! ドローカード!」

 朝倉はドローしたカードを含めた手札を確認し、そして一枚のカードを決闘盤に置いた。

「闇魔界の戦士 ダークソードを召喚! 攻撃表示!」

 朝倉のフィールド上に、漆黒の鎧とマントに身を包み、二本の剣を手にした戦士が出現した。


 闇魔界の戦士 ダークソード (闇)

 ☆☆☆☆ (戦士族)

 攻1800 守1500 


(このまま相手を調子付かせるわけにはいかない。ここは、一撃で流れを引き寄せるぜ!)

 前のターンの攻防で、決闘の流れは明らかにレベッカに傾きつつあった。そうはさせまいと朝倉は強く決意した。

「闇魔界の戦士 ダークソードで、ビックバンガールを攻撃!」

 ダークソードは二本の剣を構え、攻撃態勢を整える。

(攻撃力、1800。決闘の流れを変えるには十分な高数値ね。でも――!)

 攻撃宣言に反応し、レベッカは場の伏せカードを発動させる。

「そうはいかないわ! リバースカードオープン! 永続罠、『グラヴィティ・バインド−超重力の網−』――!」


 グラヴィティ・バインド−超重力の網− (永続罠カード)
     
 フィールド上に存在する全てのレベル4以上のモンスターは攻撃をする事ができない。


「このカードがフィールド上に存在する限り、レベル4以上のモンスターは攻撃できないわ!」

 グラヴィティ・バインドの効果によってフィールド上に、目には見えない超重力が発生し、モンスターたちに圧し掛かった。

 攻撃を仕掛けようとしたダークソードもその重さに耐え切れず、苦しそうにその場に膝を付いた。

「ビックバンガールを破壊してその特殊効果を封じようとしたんでしょうけど、残念だったわね」

「くっ……! ターンエンドだ」

 ダークソードの攻撃で決闘の流れを変えようとした朝倉だったが、レベッカの戦術はそれを上回り、逆に勢いを止められる結果となってしまったのだった。


 レベッカのLP4000

 手札二枚 

 場 ルビードラゴン ビックバンガール (グラヴィティ・バインド−超重力の網−)


 朝倉のLP1900


 手札四枚

 場 闇魔界の戦士 ダークソード







 レベッカ・ホプキンスは、プライドの高い決闘者だった。

 決闘に興味を持ち、腕を磨き、ある程度の大きな大会に出場し始めた頃、幼い年齢や、性別が女ということで周りの反応は冷たかった。

 だが気の強い彼女はそんな周囲を黙らせるべく、とにかく結果を残そうと思った。

 完全実力主義のアメリカという国で、レベッカは勝ち続け、気がつけばデュエルモンスターズの全米チャンプになっていた。

 ――天才少女―― メディアでもそう取り上げられ、彼女は優越感を感じていた。

 だがそんなレベッカの前に、一人の日本人決闘者が現れ、そして……彼女は敗れた。

 世界レベルでは全くの無名決闘者に負けたことで、周りの反応はまた冷たいものとなった。 

 アメリカチャンプとしてのプライドを失ってしまったレベッカは誓った。次は必ず勝って、失ったものを取り戻す! と。


 第三章 楽しむんだ!

 果敢に攻め、そして朝倉に攻撃をさせず、レベッカは決闘の流れをつかみつつあった。

(いける、勝てるわ! 必ず勝ってみせる。そして全米チャンプの"プライド"を取り戻す!)


 レベッカのLP4000

 手札二枚 

 場 ルビードラゴン ビックバンガール (グラヴィティ・バインド−超重力の網−)


 朝倉のLP1900

 手札四枚

 場 闇魔界の戦士 ダークソード


「私のターン、ドロー! そしてこの瞬間、墓地の堕天使マリーの特殊効果発動!」

 レベッカの決闘盤の墓地カードゾーンが淡く輝き、発せられた光が彼女を包む。

「このカードが墓地に存在する限り、自分のスタンバイフェイズにライフポイントを200回復する」


 レベッカLP4000→4200


「さらに、ビックバンガールの特殊能力発動! 自分のライフポイントが回復する度に、相手にプレイヤーに500ポイントのダメージを与える!」

 レベッカのフィールド上のビックバンガールは自らの特殊能力を発動するべく、朝倉に向けてその手をかざした。

「ビックバン――アタック!」

 目には見えない波動のようなものが放たれ、それによって朝倉の決闘盤のライフカウンターの数字が変化した。

「くそっ……!」
 

 朝倉LP1900→1400


「ふふ、ターンエンドよ」

(グラヴィティ・バインドの効果でレベッカのモンスターも攻撃はできない。だが、自分が攻撃しなくても堕天使マリーとビックバンガールの効果で自動的に俺のライフを削る事ができる……。 凄いコンボだぜ)

 アメリカの大会でのレベッカとの決闘の内容は覚えてはいなかったが、少なくともこのような戦術を使っていなかったことだけは確かだった。

 なぜなら、朝倉はこのようなコンボを使う決闘者と戦ったことなどなかったからだ。

 遊戯や海馬とはまた違うレベッカの戦術に、朝倉は脅威すら感じていた。
 
「私がリベンジを誓った決闘者の力はこの程度だったのかしら。だったら買い被りすぎてたみたいね。 さあ、あなたのターンよ」

 小さく笑みを浮かべたレベッカの態度から、朝倉は小さな隙を感じた。

 それは、油断という名の小さな綻び。その一瞬の隙を逃さなければ、流れを変えることができる。彼はそう思った。

(この引きで、形勢を逆転させてやるぜ!)

 逆に、このままズルズルと相手のペースに飲み込まれてしまうようなら勝機はないだろうとも思っていた。

「俺のターン! ドロー!」

 ドローカードを確認するなり、朝倉は迷うことなく決闘盤に置いた。

「――『魔導戦士 ブレイカー』召喚!」

 朝倉のフィールド上に、魔法の鎧に身を包み、細身の剣と盾を手にした戦士が召喚された。


 魔導戦士 ブレイカー (闇)

 ☆☆☆☆ (魔法使い族)

 このカードが召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを一つ置く。このカードに乗っている魔力カウンター一つにつき、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。

 このカードに乗っている魔力カウンターを一つ取り除く事で、フィールド上に存在する魔法・罠カード一枚を破壊する。

 攻1600 守備1000


「魔導戦士 ブレイカー……!」

 四つ星のモンスターながら、そのカードに秘められた強力な力は誰もが知るものであり、レベッカは脅威を感じ、声を漏らす。


 魔導戦士 ブレイカー (魔力カウンターが置かれ攻撃力アップ) 攻撃力1600→1900
 

「そして、魔導戦士 ブレイカーの特殊能力発動! 魔力カウンターを取り除くことで、フィールド上に存在する魔法・罠カード一枚を破壊することができる! 対象となるのは当然、グラヴィティ・バインド!」

 魔導戦士 ブレイカーが高らかと剣をかざすと、剣に魔力が終結され、刃が輝いた。

「いけぇっ! ――マナ・ブレイク!」

 剣から魔力の塊が放たれ、レベッカのフィールド上のグラヴィティ・バインドのカードを直撃し、破壊した。

 それによって、モンスターの行動を制限していた超重力もなくなった。

 
 魔導戦士 ブレイカー 攻撃力1900→1600


「特殊能力を使ったブレイカーの攻撃力は300ポイントダウンするが、グラヴィティ・バインドはなくなった。これで心置きなく攻撃する事ができる!」

 朝倉の威勢のいい言葉を合図に、闇魔界の戦士ダークソードと魔導戦士ブレイカー。二体の戦士が剣を構える。

「いくぜ! 二体のモンスターで攻撃!」

 レベッカのフィールド上のモンスター目掛けて、朝倉のフィールド上の二体の戦士は駆けた。

 闇魔界の戦士 ダークソードは、ルビードラゴンの迎撃の光線を避けながら二本の剣を振るい、胴体と首を切り裂いた。

 魔導戦士 ブレイカーは、ビックバンガールの杖をその剣で切り落とし、返す刀でさらなる斬撃を仕掛けた。

 レベッカのモンスターは同時に消滅し、あっという間にフィールドはがら空きとなってしまった。


 レベッカLP4200→3700


(一瞬で私のモンスターを全て破壊し、流れを変えた……やっぱりその実力は本物のようね)

「ターンエンドだ!」


 レベッカのLP3700

 手札三枚 

 場 なし


 朝倉のLP1400

 手札四枚

 場 闇魔界の戦士 ダークソード 魔導戦士 ブレイカー


「でも、それでこそ倒す価値があるわ! 私のターン、ドロー!」

 朝倉の力を確認しても、レベッカの戦意は全く失われはしなかった。むしろ気持ちは高ぶっていた。


 (堕天使マリーの効果) レベッカLP3700→3900 


「手札から魔法カード――『コストダウン』を発動!」

 
 コストダウン (魔法カード)

 手札を一枚捨てる。自分の手札にある全てのモンスターカードのレベルを、発動ターンのエンドフェイズまで二つ下げる。


「コストダウンは、手札を一枚捨てることで、手札のモンスターのレベルを二つ下げる!」

 レベッカは素早い動作で手札を一枚墓地カードゾーンに送り、さらに一枚のモンスターカードを決闘盤に置いた。 

「これで、六つ星モンスターも生贄なしで召喚できるわ! 私は、『エメラルド・ドラゴン』を召喚する!」

 翠色に輝く美しく巨大なドラゴンが、レベッカのフィールド上に召喚された。
 
「エメラルド・ドラゴン、攻撃力2400の上級ドラゴン族モンスターか……!」

 自分のデッキにも入っている強力なモンスターを前に、朝倉は身構えた。


 エメラルドドラゴン(風)

 ☆☆☆☆☆☆ (ドラゴン族)

 攻2400 守1400


「いくわよ! エメラルド・ドラゴンで、魔導戦士 ブレイカーを攻撃!」

 攻撃命令を受けたエメラルド・ドラゴンは、唸り声を上げ、それから大きく口を開いた。

「エメラルド・バースト――!」

 その口から怪光線が放たれ、一直線に魔導戦士 ブレイカーを襲った。朝倉にこの攻撃を防ぐ手段はなく、直撃を受けたブレイカーはあっさりと消滅した。

 
 朝倉LP1400→600

 
「どう? これでまた戦況は私が有利になったわ」

 レベッカの表情は自信に満ちていた。

 場のモンスターの攻撃力やライフポイントの差を考えると、彼女の言うように戦況はまた大きく変化していた。

「確かにな、でもまだまだこれからだぜ」

 だが朝倉は追い詰められているという感じではなく、むしろ楽しそうに笑っていた。

「あら、ずいぶん余裕じゃない。何か秘策でもあるのかしら」

 朝倉の笑顔がレベッカには不気味だった。何か仕掛けてくるのか? 平静を装いながらも警戒していた。

「秘策? さあ? それは俺じゃなくてカードたち次第だろ。 でも勝ち負けは別として、俺は今この決闘を楽しんでるのさ」

「楽しむ?」

「ああ。余裕なんか全然ないんだぜ。 でもな、周りで決闘を見てるチビたちの顔、見てみろよ」

 朝倉に言われ、レベッカは自分たちを囲み、決闘を観戦している子供たちを見渡した。

 どの子供も目を輝かせ、笑顔だった。次はどんなモンスターが出てくるのか? どんな魔法や罠を使うのか? 興味津々と言った様子だった。

「俺はこいつらの笑顔のために、戦い続けている。だから俺自身も笑顔で、決闘を楽しまなきゃだめなんだ。 いや……楽しむんだ。楽しむんだ!」

 さらなる笑顔で堂々と言い切った朝倉に、レベッカは以前にアメリカで戦ったときとの違いを感じていた。

 周りを見ようなどとはせず、ただ賞金のためだけに大会を勝ち上がり、そして自分を負かした賞金稼ぎ、朝倉光樹との違いを。


 ただ賞金だけを求めて野獣の如く決闘をしていたから、朝倉は対戦相手であったレベッカのことを覚えていなかったのだろう。

 だが帰国後、武藤遊戯と決闘をしたことで、彼は大きく変わったのだ。 ――自分はたった一人で戦っていたわけではなかったのだと知った。そして、決闘は楽しむべきものだと。


 朝倉の変化に彼女は気付いていた。そしてその影響で、朝倉が以前よりも決闘者としてさらにレベルアップしていることにも。

(決闘を楽しむ……か、まるでユウギのようなことを言うのね)

 朝倉が変わったのは裏人格の遊戯の影響なのだが、レベッカは主人格の遊戯に近いものを、対峙している朝倉から感じていた。

「いいわ、越えるべき壁は高い方がいい! 私も決闘を楽しませてもらうわ。そして勝ってみせる!」

「おう! だが、俺も負けないぜ!」

 朝倉は自分と同じように、レベッカが決闘を楽しむと言ってくれた事が嬉しかった。

 そして遊戯と決闘したとき、遊戯に気付かされ、自分が「決闘を楽しむ!」と言ったときに彼もまた、今の自分と同じような気持ちだったのだろうと思った。

(さあ、盛り上がってきたところだ。そろそろ来てくれよ――!)

 朝倉は未だデッキの中に眠る大切なパートナーに心で呼びかけ、そしてデッキの一番上のカードに指をかけた。

「俺のターン、ドロー!」

 ドローしたカードには、長剣を手にした勇者の姿が描かれていた。

「俺は手札から儀式魔法カード――『勇者降臨』を発動!」

(来るっ……!)

 朝倉がカードを決闘盤にセットすると、レベッカの心はぐっ! と引き締まった。

 以前に戦った、朝倉のデッキ最強のモンスターの姿を思い描きながら。


 勇者降臨 (儀式魔法カード)

 勇者の降臨に必要。フィールドか手札から、レベルが8以上になるようカードを生贄に捧げなければならない。


「場の、闇魔界の戦士 ダークソードと、手札の『バードマン』を生贄に捧げ――『ソーディアン・ブレイブ』を召喚っ!」

 朝倉は手札の中の一枚のカードと、決闘盤上のダークソードのカードを墓地カードゾーンに送り、そしてこのターンドローした"相棒"を勢いよく決闘盤に叩き付けた。  

 朝倉のフィールド上に、――銀色の鎧と長剣を装備し、赤いマントを纏った、金色の長髪が特徴的な――、勇者、ソーディアン・ブレイブが「待たせたな」とばかりに颯爽と現れた。


 ソーディアン・ブレイブ (炎)

 ☆☆☆☆☆☆☆☆ (戦士族 儀式) 

「勇者降臨」により降臨。フィールドか手札から、レベルが8以上になるようカードを生贄に捧げなければならない。

 このカードは罠の効果を受けない。

 このカードが相手モンスターを戦闘によって破壊した時、相手ライフに400ポイントのダメージを与える。

 攻2900 守2800







 レベッカのLP3900

 手札一枚 

 場 エメラルド・ドラゴン


 朝倉のLP600

 手札二枚

 場 ソーディアン・ブレイブ


「ついに出たわね……!」

 鋭い眼から強烈な威圧感を放つソーディアン・ブレイブを前にして、アメリカの大会の決勝戦で止めをさせられた瞬間を思い出し、レベッカは拳を握り締めた。

「あーー! そーでぃあんぶれーぶだ!」

「先生、あのカードだよ! ほらぁ! あのときのカードだよ!」

 自分たちが朝倉に渡したカードが立体映像化されたことに、周りで決闘を観戦している子供たちは大はしゃぎだった。 

 そんな子供たちに「あら、ほんとね」と軽く微笑みながら、院長――春野美雪は、賞金を稼ぐために朝倉が孤児院を旅立った日のことを懐かしく思い出していた。

(光樹……あなたはあれからずっと、そのカードと共に戦い続けてきたのね。 "親"もいない境遇の中、誰にも甘えることなく……)

 孤児院を出た。と言っても、デュエルモンスターズの大会に出場しているとき以外で東京にいるときは、朝倉はちょくちょく孤児院には帰ってきていた。

 一つの戦いを終えて朝倉が帰ってくるたびに、院長は彼の成長した姿を見て喜んでいた。

 だが同時に、たった一人で、厳しい世界でお金を稼がせていることに罪悪感も感じていた。

(光樹は、何一つ親らしいことをしてあげられなかったはずの私を母親と言ってくれた……。私は院にいる全ての子供たちを愛している。光樹も……。
 でも、やっぱり私は孤児院の院長であって、あの子の"本当の親"じゃない……。 せめて、せめて厳しい戦いの中にありながら、本当の親の愛を感じさせてあげられたら……) 
 
 彼女は、カードを手にして決闘している朝倉の姿を見つめながら、ある遠い日の事を思い出していた。


 第四章 金にがめつい主人公

「いくぞぉっ! ソーディアン・ブレイブの攻撃! ――魔神剣!」

 ソーディアン・ブレイブが長剣を一閃すると、目にも見えない斬撃がエメラルド・ドラゴンを襲った。

 魔神の息吹の如く斬撃を放ち、離れた位置にいる相手を斬る、秘儀・魔神剣だ。

 エメラルド・ドラゴンは胴体を一刀両断され、倒れた。


 レベッカLP3900→3400→(ソーディアン・ブレイブの効果で)3000


「ターン、エンドだ」


 レベッカのLP3000

 手札一枚 

 場 なし


 朝倉のLP600

 手札二枚

 場 ソーディアン・ブレイブ


(いける。この決闘、俺の勝ちだ)

 エンド宣言をした朝倉は、自分を守るようにその前に立ちふさがるソーディアン・ブレイブの背中を見つめながら、勝利を確信していた。

 通常、八つ星モンスターの召喚には二体の生贄が必要である。

 だが同じ八つ星でありながら、儀式モンスターであるソーディアン・ブレイブの召喚に場のモンスターの数は関係ない。

 それは儀式モンスターの"強み"であり、この戦況でもやはりその強みが効いていた。 もしソーディアン・ブレイブが通常の八つ星モンスターならば、召喚することは叶わなかったのだから。

(ソーディアン・ブレイブ……さすがに驚異的な力ね)

 レベッカもまたその強みを理解しており、それによって自分が敗北へと追い詰められていることも感じていた。

「でも、負けないわ! 私はソーディアン・ブレイブを倒す! そのためにここまで来たんだから!」

 しかし、彼女の戦意は全く失われていなかった。 

 前に戦ったときはソーディアン・ブレイブの力に圧倒され、敗れてしまった。

 だが今は違う。その力を超えるためにこの決闘に挑んだ。 

「そうだな……おお、全力で来いレベッカ! 俺もソーディアン・ブレイブも、真正面から受けてたつぜ!」

「ええ、そのつもりよ!」

 そして朝倉と同様に、レベッカもこの決闘を楽しんでいる。決闘を楽しんでいる限り、戦況や勝敗はどうあれ、諦めることなどありえなかった。

「私のターン、ドロー!」

 負けない! 最後のターンにしてたまるか! と、レベッカは勢いよくカードを引いた。(堕天使マリーで効果でライフポイントが200回復)

 ドローカードを確認したレベッカはよし! とうなずいた。

「魔法カード――『強欲な壺』を発動! その効果により、デッキからカードを二枚ドローするわ!」


 強欲な壷 (魔法カード)

 自分のデッキからカードを二枚ドローする。


 強欲な壺の効果でデッキからカードをドローする前に、レベッカはたった一枚である手札のカードを見た。
 

 金剛剣(こんごうけん)の復活 (速攻魔法カード)

 ドラゴン族モンスターが墓地から特殊召喚された時に発動する事ができる。

 特殊召喚されたドラゴン族モンスター一体を生け贄に捧げ、デッキから「ダイヤモンド・ヘッド・ドラゴン」一体を特殊召喚する


(この局面を打破するには、ダイヤモンド・ヘッド・ドラゴンを召喚するしかないわ)

 お願い、来て――! 願いを込め、レベッカはデッキから二枚のカードをドローする。

 カードを確認すると目を見張り、そしてそのうちの一枚を素早く決闘盤にセットした。

「魔法カード『死者蘇生』――!」

 
 死者蘇生 (魔法カード)

 自分または相手の墓地からモンスターを一体選択して発動する。選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。
 

「その効果により、私は墓地からエメラルド・ドラゴンを蘇らせるわ!」

 レベッカは墓地カードゾーンから一枚のカードを選び、そしてモンスターカードゾーンに置いた。

 するとフィールド上に、再びエメラルド・ドラゴンが召喚された。
 

 エメラルドドラゴン(風)

 ☆☆☆☆☆☆ (ドラゴン族)

 攻2400 守1400


(だが、エメラルド・ドラゴンではソーディアン・ブレイブは倒せない。 何を仕掛けてくる?)

「さらに速攻魔法発動――『金剛剣の復活』! 特殊召喚したドラゴン族モンスター一体を生贄にして――」

 レベッカは決闘盤からデッキを外し、そしてその中から一枚のカードを選び、

「ダイヤモンド・ヘッド・ドラゴンを、デッキから特殊召喚!」

 朝倉に見えるように突き出してから決闘盤に置いた。

 レベッカのフィールド上からエメラルド・ドラゴンは消え、そして、巨大な唸り声を上げながら、新たなドラゴンが出現した。

 それは、ブルーアイズやレッドアイズ以上に巨大なドラゴンだった。

 エメラルド・ドラゴンと似た翠色の体、そしてその名の通り、額の角や翼の先、尻尾など、いたるところにダイヤモンドが光り輝いている。
 
 ドーマとの戦い、そしてKCグランプリでも使用された、レベッカのデッキ最強のモンスターだった。
 

 ダイヤモンド・ヘッド・ドラゴン (光) 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆ (ドラゴン族)

 「金剛剣の復活」の効果でのみ特殊召喚する事ができる。

 このカードの攻撃力は、生け贄に捧げたドラゴン族モンスターの攻撃力を1000ポイントアップさせた数値になる。

 攻??? 守 0


「ダイヤモンドヘッドドラゴンの攻撃力は、生贄にしたモンスターの攻撃力に、1000ポイント加算した数値となるわ」

「つまり、エメラルド・ドラゴンの攻撃力2400に1000足すから……えっと、3400、ってことか」

 ダイヤモンド・ヘッド・ドラゴンの攻撃力数値を導き出し、そしてソーディアン・ブレイブが倒されることを確信し、朝倉は軽く舌打ちをした。

「ダイヤモンド・ヘッド・ドラゴンで、ソーディアン・ブレイブを攻撃!」

 レベッカが力強く指示すると、ダイヤモンド・ヘッド・ドラゴンの額のダイヤモンドの角が光輝き、そこから膨大な量のエネルギー波が放たれ、ソーディアン・ブレイブを襲った。

 巨大な一撃をその身に浴び、ソーディアン・ブレイブは消滅した。


 朝倉LP600→100


「くっそ……!」

「どう?」

 思い描いた通りのシナリオでソーディアン・ブレイブを葬り、勝利への手応えを感じているレベッカ。

 だが残りライフポイントを100まで削られてしまったものの、朝倉に追い詰められているという感覚はなかった。

 その根拠は、手札のカードにあった。


 朝倉の手札 『死者蘇生』『ネクロマンシー』


(ソーディアン・ブレイブが倒されたのは計算外だったが、俺の手札にも死者蘇生のカードがある。 次のターンに装備魔法カードを引ければ、ダイヤモンド・ヘッド・ドラゴンを倒す事はできる!)

 過去二度の遊戯、そして海馬との決闘でも、『業炎の剣』、『光の剣』、『竜殺しの剣』などの装備カードでソーディアン・ブレイブを強化してきた。

 レベッカと同様、朝倉にもまた、勝利へのシナリオがあったのだ。

(追い詰められているのは俺じゃないってことを教えてやるぜ!)

 朝倉はあくまで強気だった。

 だがそんな彼の心の叫びに応えるかのように、レベッカはさらなるカードを繰り出した。

「さらに私は、手札から魔法カード――『墓堀グール』を発動するわ!」

 そのカードには、鎌を持った不気味なゾンビの姿が映されていた。


 墓堀グール (魔法カード)

 相手の墓地から二枚までのモンスターカードを取り除くことができる。

 
「な……あぁっ……!」

 手札にある死者蘇生の天敵となるカードの発動に、朝倉は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で驚いてしまう。

 対するレベッカは、「可愛い私には似合わないカードだけどね」とウインクしてみせる。

「このカードは、相手の墓地のモンスターカードを二枚除外する。私が選ぶのは、ソーディアン・ブレイブと機動砦のギア・ゴーレムよ!」

 朝倉は墓地カードゾーンから指定された二枚のカードを取り出し、恨めしそうにパーカーの内ポケットにしまった。

「あなたが何度も何度もソーディアン・ブレイブを蘇らせる戦術を取ることは計算済みよ。でも、除外してしまえばソーディアン・ブレイブは使えないわ!」

 ――まさかここまで対策を練られているなんて。朝倉は反論できなかった。

 遊戯、そして海馬との決闘でも有効であり、二人からも認められた戦術がこの状況で使えなくなってしまい、完全に追い詰められてしまったのだ。

(どうすればいい……どうすれば――!)

「ターンエンドよ」


 レベッカのLP3200

 手札なし 

 場 ダイヤモンド・ヘッド・ドラゴン 


 朝倉のLP100

 手札二枚

 場 なし


 残りライフポイントは100。場にカードはなし。そして相手は攻撃力3400のダイヤモンド・ヘッド・ドラゴン。

 しかもソーディアン・ブレイブはゲームから除外され、手札の死者蘇生を使って蘇らせることもできない。

 絶体絶命に追い詰められたこの状況で、朝倉の動きが止まった。自分のターンに移っているのにカードをドローしようともしない。

 だが、決闘が膠着した状態に嫌気がさしたレベッカが口を開くよりも先に、二人の周りで決闘を見守っている子供たちが口々に叫びだした。

「光樹兄ちゃん! どうしたのー!?」

「光樹兄ちゃん、がんばれー! 負けるなー!」

「またそーでぃあんぶれーぶを出して見せてー!」 

「光樹兄ちゃん! それから金髪のお姉ちゃんもがんばれー!」

 決闘をしている彼ら以上にその世界に入り込み、熱中し、魅せられている子供たちが精一杯朝倉を、そしてレベッカを応援した。

「お前ら……」

 周りを見回し、そんな子供たちの顔を見て、朝倉は心の奥底から何かが湧き上がってくるのを感じた。言い知れぬ力が宿ったような気がしていた。

(そうだよな……お前らが見守ってくれてるんだ。負けるはずないよな)

 ふっと笑い、朝倉はまっすぐと目の前の決闘者を見据えた。

「待たせたな、レベッカ! このターンでそのでっかいドラゴン、ぶっ倒してやるぜ!」

「ソーディアン・ブレイブを使えないあなたに、それができるかしら?」

「やってやるさ! だいたい、ここで負けたら三作品連続で負けたことになるんだぜ? 俺。 さすがにそう何度も負けてられねぇよ」

 朝倉が自虐的に笑うと、つられてレベッカもぷっと吹き出して笑った。

「何それ。 でも、漫画とかだと悲劇の主人公っていうのも結構多いみたいよ?」

「そんなもん読者受けを狙ってるだけのことだろ。そんな主人公、俺は御免被るぜ」

「って……あなた、自分が主人公って呼べる人間だと思ってるの? 金にがめつい主人公なんて聞いたことないわよ」

「へっ、余計なお世話だよ」

 どこまでが冗談でどこまでが本気かわからないような二人のやり取りだが、子供のような無邪気な笑顔で話すその様子は、互いに心から決闘を楽しんでいることの証明であった。

「俺のターン! ドロー!」

 朝倉は力強くカードをドローした。

(……! このカードは!)

 そしてドローカードと、手札の二枚のカードを何度も見直した。

(いける……! いける!)
 
 考えて、そして、頭の中に勝利へのシナリオを導き出した。

「魔法カード死者蘇生を発動! 俺の墓地の、闇魔界の戦士 ダークソードを特殊召喚!」

 朝倉のフィールド上に、二本の剣を手にした漆黒の戦士、ダークソードが蘇った。 


 闇魔界の戦士 ダークソード (闇)

 ☆☆☆☆ (戦士族)

 攻1800 守1500 


(やはり持っていたわね、死者蘇生を。墓堀グールのカードを引けていてよかったわ)

 レベッカは内心ほっとしていた。
 
「ダークソードの攻撃力は1800。ダイヤモンド・ヘッド・ドラゴンには遠く及ばないわ」

 最後の足掻きだろう。と、レベッカは余裕の態度だったが、朝倉はさらに勢いよく一枚のカードを突き出した。

「さらに魔法カード、ネクロマンシーを発動!」

 そのカードには、闇夜の月を背景に、墓場から死者たちが蘇る様が描かれていた。

「ネクロマンシー……?」

 あまり聞き覚えのないカードなのだろう。レベッカはやや首を傾げる。

 バトルシティトーナメント準決勝で、遊戯と海馬の神のカード同士の戦いで遊戯が使用したカードなのだが、知名度はそれほどでもないカードだった。


 ネクロマンシー (魔法カード)

 相手の墓地のモンスターをランダムに四体、表側守備表示で相手フィールド上に特殊召喚する。

 この効果で特殊召喚されたモンスターが墓地に送られる度に、残りの相手フィールド上に存在するモンスターの攻撃力は600ポイントダウンする。


「このカードの効果は、相手の墓地のモンスター四体をランダムに、相手フィールドに守備表示で特殊召喚する!」

 ネクロマンシーの効果が発動し、レベッカのフィールド上に、ビックバンガール、堕天使マリー、ルビードラゴン、エメラルドドラゴンの四体が次々に召喚された。いずれのモンスターも守備体勢を取っている。

「それらのモンスターが破壊されるたびに、ダイヤモンド・ヘッド・ドラゴンの攻撃力を600ポイントダウンさせる!」

「わからないわね。私のフィールド上に四体ものモンスターを復活させて、どうするつもりなのかしら?」

「確かに、ネクロマンシーの効果は相手へのメリットが大きいカードかもしれない。 だが、カードを生かすも殺すも、使い方次第だぜ」

 朝倉は得意気に言い、そして残された一枚の手札のカードを前に突き出した。

「このカードでネクロマンシーの効果を活かして、俺は勝つ――!」


 レベッカのLP3200

 手札なし

 場 ダイヤモンド・ヘッド・ドラゴン (以下、ネクロマンシーの効果によって特殊召喚された) ビックバンガール 堕天使マリー ルビードラゴン エメラルドドラゴン

 朝倉のLP100

 手札一枚

 場 闇魔界の戦士 ダークソード




 第五章 そして決着

 レベッカのLP3200

 手札なし

 場 ダイヤモンド・ヘッド・ドラゴン (以下、ネクロマンシーの効果によって特殊召喚された) ビックバンガール 堕天使マリー ルビードラゴン エメラルドドラゴン

 朝倉のLP100

 手札一枚

 場 闇魔界の戦士 ダークソード


「俺は勝つ、ですって? いいわ、見せてもらおうじゃないの。あなたの戦術を」

 圧倒的にレベッカが有利のこの状況で強く出た朝倉に対し、彼女は挑発気味な口調で言った。

「ああ! ネクロマンシーの効果は、このカードによって最大限に活かされる!」

 朝倉は残された最後の手札。このターンにドローしたそのカードを、決闘盤に叩き付けた。

「いでよ――『阿修羅(アスラ)』っ!」

「阿修羅……!?」

 朝倉のフィールド上に、三つの顔に六つの腕を持つ鬼神、――仏教の守護神として有名な――阿修羅が召喚された。


 阿修羅 (光)

 ☆☆☆☆ (天使族)【スピリット】

 このカードは特殊召喚できない。召喚・リバースしたターンのエンドフェイズ時に持ち主の手札に戻る。

 相手フィールド上の全てのモンスターに一回ずつ攻撃をする事ができる。

 攻1700 守1200


「俺にはちょっと似合わねぇモンスターだが、その効果は超強力! 相手のモンスター全てに攻撃することができる!」 

(そうか……これが狙いだったのね!)

 ネクロマンシーで四体のモンスターを復活させ、その全てを阿修羅で倒し、ダイヤモンド・ヘッド・ドラゴンの攻撃力を大幅にダウンさせる。

 朝倉の戦術に気付き、愕然とするレベッカだったが、それに対しても何もすることはできなかった。 

「阿修羅の攻撃! 地獄の千寿剣(じごくのせんじゅけん)――!」

 阿修羅の六つの手にそれぞれ剣が握られ、それらの剣がレベッカのフィールド上のモンスターを襲った。

 その身に剣を突き刺されたビックバンガール、堕天使マリーは苦しそうにうずくまり、ルビードラゴン、エメラルドドラゴンは狂ったように雄たけびを上げ、順に消滅していった。

「ネクロマンシーによって特殊召喚されたモンスターが破壊されたことで、ダイヤモンド・ヘッド・ドラゴンの攻撃力はダウンする!」


 ダイヤモンド・ヘッド・ドラゴン 攻撃力3400→1000


「さらに阿修羅の攻撃! 超念力(サイコ・バーン)――!」

 阿修羅が六つの腕でそれぞれ印を結ぶと、超念力が発せられ、ダイヤモンド・ヘッド・ドラゴンを襲う。

 攻撃力が大幅にダウンしたダイヤモンド・ヘッド・ドラゴンに、もはやそれに耐えるだけの力は残されていなかった。


 レベッカLP3200→2500


「そんな……ダイヤモンド・ヘッド・ドラゴンが……」

 ソーディアン・ブレイブをも葬った、絶対的な切り札であり、自分に勝利を呼び込むはずだったダイヤモンド・ヘッド・ドラゴンを破壊され、レベッカはガックリと肩を落とした。

「さらに、ダークソードでプレイヤーに直接攻撃(ダイレクトアタック)――!」

 闇魔界の戦士はレベッカに向かって大きく跳躍し、二本の剣を振りかざした。

「魔界剣、ニ連斬――!」

「きゃあぁっ!」

 二つの斬撃をその身に浴び、大幅にライフポイントを失い、レベッカはその場に膝を付いた。

 
 レベッカLP2500→700


「ターンエンドだ」

 朝倉は満足そうにエンド宣言を行った。

 エンドフェイズを迎えたことで、スピリットモンスターである阿修羅のカードは手札に戻され、フィールド上から姿を消した。


 レベッカのLP700

 手札なし

 場 なし


 朝倉のLP100

 手札一枚(阿修羅)

 場 闇魔界の戦士 ダークソード


「見事よ、アサクラミツキ……。どうやら私が越えようと思っていた壁は、想像以上に高くなっていたようね」

 レベッカは感心したようにため息を吐いた。

 ここまで素直に褒められるのに慣れていなかったのだろうか、朝倉は頬を赤らめ照れる。

「な、何だよ……んな褒められるほどのことじゃねぇよ」

 ネクロマンシー、阿修羅といったカードは、遊戯、海馬との決闘の後にデッキに組み込まれたカードだった。

 朝倉は謙遜したが、二人との決闘を経て彼の決闘戦術(デュエルタクティクス)は確実に進歩していた。

「でも、ここまで来たら最後まで戦うわ! 私は諦めない!」

 ライフポイントが0になるまで、最後まで絶対に諦めない! レベッカは強く想い、決闘盤を構えた。

「私のターン、ドロー! 『慈悲深き修道女』を守備表示で召喚!」

 ライフポイント700、残りの手札も場のカードもない。そんなレベッカを守るため、一人の修道女が彼女の前に立ちふさがった。

 
 慈悲深き修道女 (光)

 ☆☆☆☆ (天使族)
 
 表側表示のこのカードを生け贄に捧げる。このターン戦闘によって破壊され自分の墓地に送られたモンスター一体を手札に戻す。

 攻850 守2000 


(守備力2000のこのカードならダークソードと阿修羅の攻撃を防げる。何とか時間を稼いで反撃できれば、まだ勝機はあるわ!)

 レベッカは、可能な限りの逆転勝利のパターンを頭に思い浮かべ、勝利への気持ちを持ち続けた。

「ターン終了よ」

「俺のターン、ドロー!」

 だが、残りのライフポイントが100とはいえ、見事なコンボで相手の切り札を打ち破ったことで、決闘の流れも勢いも、完全に朝倉がつかんでいた。 

「レベッカ!」

 呼びかけに応え、レベッカは朝倉の顔を見た。

 その目は、勝利を確信していた。

「お前の戦術、決闘を楽しもうと思う心、そして勝利への気持ち、見事だったぜ。 だが――勝つのは俺だ!」

 そして堂々と言い切った。

「闇魔界の戦士 ダークソードを生贄に捧げ――蒼黒(そうこく)のソーディアン・ナイトを召喚!」

 すると朝倉のフィールド上に、一人の戦士が出現した。 

 つややかな黒髪に小柄で華奢な体格。その手にはフェンシングで使うもののような、細身の剣が握られている。
 
  
 蒼黒のソーディアン・ナイト (闇)

 ☆☆☆☆☆☆ (戦士族)

 手札のモンスターカード一枚を墓地に捨てる度に、このターンの間、このカードの攻撃力は1000ポイントアップする。

 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、このカードの攻撃力が守備表示モンスターの守備力を越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 攻2000 守1000


「ソーディアン……ナイト!?」

 そんなカードの存在は知らなかった。レベッカは驚き、目を見張った。

「ソーディアンを操る戦士は一人じゃなってことさ。 そして、このカードは手札のモンスターカードを一枚捨てることで攻撃力がアップする。俺は手札の阿修羅のカードを墓地へ送るぜ!」

 朝倉がただ一枚の手札であるカードを墓地カードゾーンへ送ると、ソーディアン・ナイトの剣が禍禍しい闇に包まれる。


 蒼黒のソーディアン・ナイト 攻撃力2000→3000


「蒼黒のソーディアン・ナイトで、慈悲深き修道女を攻撃だ!」

 ソーディアン・ナイトは腰を落とし、剣を構えた。剣を覆う闇はさらにその大きさを増す。

「――魔神滅殺剣(まじんめっさつけん)!」

 そして剣を一閃すると、闇のオーラが放出され、慈悲深き修道女を襲った。

 闇に包まれた修道女は、苦しむ間もなく消失した。

「ソーディアン・ナイトが相手守備モンスターを攻撃したとき、その守備力を攻撃力が上回っていた分だけ相手にダメージを与える。 俺の勝ちだ、レベッカ」

 
 レベッカLP700→0


(まさかまだそんな切り札を持っていたなんて……完全に私の負けね)

 負けを認めながらもレベッカの気持ちも表情も明るかった。

 ――最後まで諦めず、そして楽しんで戦ったんだから、後悔はない。そんな決闘者の顔だった。





「決闘が終わったばっかだってのに、もう帰んのか?」

 門の前で朝倉、そして子供たちに見送られながら、レベッカは「ええ」とうなずいた。

「私が日本に来たのはあなたと決闘するため。その目的を果たしたんだから、これ以上長居する理由はないわ。 手持ちのお金もそんなに残ってないしね」

「そっか、せっかく楽しく決闘できたのにすぐにお別れなんて、なんか寂しいな」

「え……? そ、そうね」

 レベッカは少しだけ微笑んだ。その小さな笑みの中に大きな喜びが隠されていることに、誰も気付かなかった。

「まあ、またいつでも来いよ」

「ええ。そのときはまた決闘しましょうね」

 朝倉はレベッカを見下げ、レベッカは朝倉を見上げ、身長差のある二人はがっちりと握手を交わした。

「でも次会ったときもまた、私のことを忘れたなんて言ったら許さないわよ?」

 強い口調で言い、顔を引きつらせると、レベッカは握手の手に力を込めた。

「いてててて……いてーって! わかってるよ、もう二度と忘れねぇよ。お前のこと」

 朝倉が本気で痛がってるのを見て、レベッカはいたずらっぽい笑みを浮かべ、手を離した。

「約束よ? じゃ、またね」

「ああ、またな!」

 二人の決闘者は絆を深め、再戦を誓って別れた。






「ただいま、院長先生。買ってきたよー牛乳」

 レベッカとの決闘を終えた翌朝。朝倉は、子供たちの朝食のための牛乳を買って帰ってきた。

「ご苦労様、光樹。いつも悪いわね」

 院長の春野美雪は笑顔で朝倉を迎え、牛乳を受け取った。

「いいよ全然。朝の散歩のついでだし。 それに大会がなくてここにいるときくらいは親孝行させてくれよ」

 ――親孝行。

 朝倉は、生まれてまもなくしてこの孤児院の前に捨てられていた自分を育ててくれた院長のことを、血はつながっていなくとも、本当の親だと思っている。

 そういう意味を含めて軽い感じで言った言葉だったが、"親"というその言葉は今、院長の心に強く響いていた。

「さて、そろそろチビたち起さねぇとな」

 壁にかけられた時計で時刻を確認し、自分の前を通り過ぎようとした朝倉を院長は呼び止めた。

「……光樹、あなたに話しておきたい事があるの。 院長室に来てくれる?」


 第六章 新たなるプロローグのような、でもエピローグ

「何だよ? 院長先生。 改まって」

 テーブルを挟んでイスに腰掛け、朝倉と院長は向かい合った。

「光樹。私は昨日、あの女の子と決闘しているあなたを見て、カードゲームという厳しい勝負の世界であなた一人を戦わせて本当に申し訳ないと改めて思ったわ」

 院長は悲しげな瞳で光樹を見つめた。

「おいおい何言ってんだよ。チビたちのために、そして院長先生。あんたのために、俺は金を稼ぐって誓ったんだ。 今更そんなこと言うなよ」

 朝倉は困ったように苦笑いした。

「ええ、そうね。 一年前のあの日、あなたの覚悟は受け取ったわ。そしてあなたに孤児院の命運を託した……」

 朝倉が孤児院を旅立っていった当時を思い出しながら、院長は天井を見上げた。

「でも昨日、あの女の子と決闘しているあなたを見て思ったの。 厳しい戦いの中にありながら、せめてあなたに"本当の親"の愛だけでも感じさせてあげられたら……って」 

「院長先生……」

 そんなつもりで孤児院内で決闘したわけじゃなかったんだけど……と、朝倉は少し申し訳ない気持ちになった。

「だけど、それはできないことなのよね……私がどれだけあなたを愛していても、血のつながった本当の親ではないのだから……」

 あまりに寂しげな院長の口調と重苦しい空気に耐えかね、朝倉は立ち上がった。

「やめてくれよそんな話。 俺に血のつながった家族がいないのはわかってるよ。でも院長先生、俺はあんたを本当の親だと――」

「わかってるわ、光樹。あなたのその気持ちは本当に、とても嬉しいわ。でも、それに甘え過ぎていてはいけないの。 私はあなたに本当のことを話さなければならない。今日のあなたの決闘する姿を見て、そう思ったわ……」

 今まで見たことのない院長の険しい表情を見て、朝倉は驚いた。

「本当のこと……って?」

 彼の問いに、院長はゆっくりと目を閉じ、そして口を開いた。

「あなたが孤児院の前に捨てられていたというのは、嘘なの」

「……!?」 

「私は、生まれて間もない赤ん坊だったあなたを、あなたの親から預かったの」

 何が何だかわからないと言ったような表情で固まってしまった朝倉の様子を気にしながらも、院長はさらに話を続けた。

 遠い遠い、十七年前の雨の日の事を思い出しながら。




 露(つゆ)の時期は去ったというのに、その日は豪雨と呼べるほどに大雨が降っていた。

 外の遊具で遊べずに不満そうな子供たちの相手をしていた院長は、ふと窓の外に目をやった。

「あら……?」

 この大雨の中、傘も差さずに門の前に誰かが立っていた。

(何かしら、あの人……?)

 何をするでもなくただ雨に濡れながら門の前に立っているその人間をやや不気味に思いながら、院長はさらにじっと見つめた。

 すると、遠目ではっきりと確認はできなかったが、どうも赤ん坊らしきものをその手に抱いているように見えた。

 そんなバカな! 院長は部屋に置いてある折り畳み傘を手に、慌てて門のほうへと駆けた。

「ちょっとあなた! 傘も差さずにそんなところで何をしてるの!?」 

 間近でその人物を見ると、背は高く、黒いローブで全身を覆っている。顔ははっきりと確認できなかったが、口元の髭で男だとわかった。

 そしてその両手に抱えられているのは、やはり小さな赤ん坊だった。雨に濡れ、力ない様子でぐったりとしている。

「何考えてるの!? そんな赤ちゃんを雨に晒して! 死んでしまうわよ!」

 院長の怒鳴り声にも、男は何も答なかった。 

 院長は自分が濡れるのも構わず、赤ん坊に向けて傘を差し出した。

 すると、男の口元が動き、にやりと笑みを浮かべた。

(……!?)

 その笑みに、そして男から発せられた雰囲気に何か不気味なものを感じ、院長は一歩後退った。

 だが男は、大きく一歩踏み出して院長の目の前に迫ると、その手の中の赤ん坊を差し出した。

「え? 何を……?」

 何が何だかわからない院長だったが、男に強引に押し切られ、その手に赤ん坊を預かった。

「ここは孤児院だな。なら、"それ"を育てろ」

 男から発せられた声はとても低く、とても重いものだった。

「何を言ってるの? あなた、この子の父親なんでしょう?」 

 院長の問いに、男は「そうだ」と軽く頷いた。

「それなのに……一体、どういうつもりなの!?」

 この男が何を考えているのかわからず、院長はやや混乱気味になりながらも怒鳴りつけた。

「それはいずれ"極上"の決闘者になる。それまで黙って育てろ」

「デュエ……リスト?」

「感じるのだよ。まだ微弱だが、やがて大きくなるであろう波動を。 十年か二十年後か、そのときにまた私は迎えに来る。それまでそれを育てておけ」

 言いたい事だけを言い残し、男は背を向け歩き出した。

 追いかけて問い詰めて、赤ん坊を返すべきだと思ったが、院長は動けなかった。

 まるで何か不思議な力に縛られたかのように、足は一歩も前に踏み出せず、少しも動く事ができなかった。




「そして私は、その赤ん坊を朝倉光樹と名付け、他の子達と同じようにこの孤児院で育て始めた……」

 当時を思い出しながら神妙な口調で話す院長を前に、朝倉は唖然とした様子で立ち尽くしていた。

「あれ以来、あの人がここを訪れることはなかったわ。何者なのかもわからない。 ただ、あの人は」

「俺の父親……か」

 言うと、少しだけ落ち着いた様子で朝倉はふーっと息を吐いた。

「あなたが物心をついてからにでもこのことをすぐに話せばよかったのだけど、あの日のこと……あの人のことを思い出すと気味が悪くなって、結局話せなかったわ」

 思い出すだけでも気味が悪くなる。男から発せられていたそんな不気味な雰囲気を思い出し、院長は肩を震わせた。

「そしてこの孤児院の経営が危なくなると、あなたは決闘者として賞金を稼ぐと言ってくれた。 私はあの人が言ったことの意味を理解し、運命を感じたわ……でも、こんな不気味な運命をあなたに知らせる必要はないと思ったの」

 不気味な"運命"。院長の表現は概ね正しく、そしてそれは逃れられぬものとなって彼らを巻き込むことになるのだが、それはまだ少し先のことだった。

「ごめんなさい……でも目の前であなたが戦う姿を見て、あなたに賞金稼ぎという辛い使命を背負わせてしまった私は、たとえどんな人であっても……愛を感じることができないとしても、あなたに血のつながった家族がいることを知らせる義務がある。そう思ったの」

「院長先生……」

 しばらく場の空気が沈黙した。

 真実を明かした者と、真実を知った者。それぞれ言葉には出さずに頭の中で、そして心の中で、さまざまな想いをめぐらせた。

 沈黙を破ったのは院長だった。「さあ」と口を開き、先程までと違ったいつもの明るい表情で立ち上がった。

「話はこれだけ。さあ……朝ご飯の用意をしなくちゃね」

 返事をせず、じっと立ち尽くす朝倉の横を彼女はゆっくりと通り抜けた。

「院長先生」

 だが背中から聞こえたその声に立ち止まり、振り返る。

「ありがとう。それになんか悪かったな、いろいろ気ぃ使わせちまって」

 朝倉はばつが悪そうに頭を掻いた。

「でもさ、はっきり言って、どうでもいいよ。そんな話」

 どうでもいい? それは怒りを通り越した自棄になった言葉なのだろうか? 

 院長は恐る恐る朝倉の表情を覗いた。

 そこには、彼女が思っていたのとは真逆な、頼もしく、力強く、しかし明るい、彼独特の笑顔があった。

「生まれたばっかのガキを捨てるような親父なんか、たとえ血がつながってたとしても、そんなのは家族とは思えない。 やっぱり家族ってさ、血のつながった人間だけのことを言うんじゃないと思う。 ……心のつながりってのがあってもいいと思うぜ。 
 だから俺にとっての家族はチビたちと……院長先生。あんただよ」   

「そう……ね。 ありがとう、光樹」

 どうやら光樹は、私の思っている以上に大きく、強く、たくましく成長したようだ。

 そう思えた瞬間、彼女は自分の心を覆っていた闇が消えたように感じた。

 
 だがこのとき、院長も、朝倉も、誰も気付いていなかった。 

 闇は決して消えてなどなく、少しずつ少しずつ、運命と共に近づいてきているということに。





 金の亡者とそばかす少女 END







あとがき

 金の亡者とそばかす少女。やや短めの内容ではありましたが、今回も無事に終えることができました。

 元々金のためにシリーズの一作目で、「朝倉がレベッカと決闘をした」という設定を出したときに、レベッカとの再戦は書いてみたいなぁと思っていました。

 なので、今回はソーディアン・ブレイブ以外のオリカは登場させないでおこうと決めたので(特に理由はありません)坦々とした決闘になっていたかもしれませんが、レベッカを書けたという点で、少しだけ満足しています。

 そして今回は、慣れない作業ではありましたが、次回作への伏線というか、なんかそんな感じのものも書かせていただきました。

 構想は頭にあるものの、文章で上手く表現できるかはわからないのですが、何とか書いてみたいと思っています。  

 そして最後になりますが、いつもながら、最後まで読んでいただいた読者の方々、そして管理人さん。本当にありがとうございました。

 またお会いしましょう!





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