金のために決闘!

製作者:黒崎さん




 作者は、遊戯王という作品はほとんどアニメ版しか見たことがありません。

 そしてこの小説は、アニメオリジナルのカードが多数登場し、過去に起こった出来事もアニメ中心になっています。、


 また小説を書くのはこれが初めてなので、稚拙な文章もあると思いますが、どうかご了承ください。

 では、どうぞ読んでくださいませ。





[一章] 対決

 ツンツンに尖がり、赤色、黄色、黒色の三色が混ざった派手な髪形をした少年が、自室のイスに腰掛けていた。

「いよいよだね……もう一人の僕」

 少年、武藤遊戯(むとうゆうぎ)は小さく呟いた。 

 傍から見れば独り言のように聞こえるが、そうではない。彼の中にはもう一つの人格があり、その人格に話しかけたのだ。

 正確には彼の中ではなく、彼が首から提げている、逆三角形で黄金色の手のひらサイズのペンダント。"千年パズル"の中に、である。

『ああ、そうだな相棒。いよいよだ……』

 千年パズルの中にあるもう一つの人格。もう一人の武藤遊戯が静かに答えた。

『俺の失われた記憶を取り戻すための戦いは、最初の関門を終えた。ここからは、もう一つの別の戦いが待っている』

「うん! 城之内くんとの誓いを果たすための戦いがね」


 つい先ほど終幕を迎えたバトルシティトーナメント大会。もう一人の遊戯にとっては、三千年前の、王(ファラオ)としての失われた記憶を取り戻すための戦いだった。

 海馬瀬人(かいば せと)、マリク・イシュタール……それらそうそうたる決闘者(デュエリスト)に勝利し、彼は失われた記憶を取り戻すための鍵である"三枚のカード"を手中にした。

 そして、決闘王(デュエルキング)の称号をも得た。

 だがその長い戦いの中で彼はたった一つ、望んだ決闘(デュエル)を行うことができなかった。

 それは、親友である城之内克也(じょうのうち かつや)との誓いの決闘。


 −−−−−−−−

「遊戯。俺が大会を勝ち進んで、自分を真の決闘者と認められるときが来たら……そのときは、もう一度俺と戦ってくれ」

「……わかった。またそのときは戦おう! 城之内くん!」


 −−−−−−−−


 決闘王国(デュエリストキングダム)以来の再戦。互いにそれを誓っていたが、バトルシティトーナメントの中でその機会は訪れなかった。

 そしてバトルシティでの戦いを終えた今、遊戯は友との誓いを果たすための決闘に挑もうとしていた。


『さあ、交代してくれ。相棒』

「うん!」

 その言葉を合図に、千年パズルが激しく輝いた。これによって彼らは人格の交代をすることができるのだ。

 人格交代を終えると、年齢よりも幼い遊戯の表情が一変し、顔付きが鋭くなった。

「よし、いくぜっ!」

 遊戯と入れ替わったもう一人の遊戯は、左手に装着された決闘盤(デュエルディスク)に勢いよくカードデッキをセットした。

 家を出て、空を見上げれば、そこはもう真っ暗だった。


 遊戯は、城之内との待ち合わせ場所に向かってゆっくりと歩いていた。

 時刻は真夜中ということもあり、人の気配はほとんど無い。 風が静かに吹いている。

 だが、遊戯は寒さなど全く感じなかった。

 彼は逆に、自分の心の底に沸々と熱いものを感じていた。


 バトルシティは、遊戯にとっては肉体的にも精神的にも辛い決闘の連続だった。

 自分の命を狙ってくる、レアカード強奪集団−グールズとの戦いはどれも命懸けであった。

 さらに、目の前では大切な友が次々に傷ついていった。

 だが、これから行う決闘は誰も傷つくことのない決闘。ただ純粋に友との誓いを果たすための決闘だ。

 遊戯の心は高揚感でみなぎっていた。

  
 やがて、ドミノ商店街に足を踏み入れた。ここを抜ければ城之内との待ち合わせの場所に着く。そう思うと遊戯の歩調は自然と早くなった。

 商店街の全ての店のシャッターは閉まっており、全くと言っていいほど人の気配は無かった。

 だがそんな中、しばらく歩いていると、遊戯は目の前に一人の人間の姿を確認した。

「武藤遊戯……だな?」

「誰だ、お前は?」

 遊戯はじっと相手を見据えた。

 相手は背の高い男で、ボサボサ頭の黒髪。黒のトレーナーにジーンズを履いた、どこにでもいる普通の青年だった。年の頃は遊戯と変わらないように見えた。

 だが腕に装着された決闘盤が決闘者であることを証明し、そして藍色の鋭い眼から放たれる強い殺気が、相当の手練れだと示していた。


「俺は朝倉光樹(あさくら みつき)。決闘王……武藤遊戯。今ここで、お前に決闘を申し込む!」

 朝倉光樹と名乗った青年は、ビシッと遊戯を指差した。

「俺と決闘だと……? 目的は何だ?」

 グールズは、それを束ねていたマリクを倒したことでもう存在しない。ならば自分の命を狙う者はもういないはず。

 ならば、こいつの目的は何だ? 

 遊戯は警戒心を高めながら問うた。

「目的……って、決闘王のお前に決闘を申し込んでるんだぞ? 決闘王の称号が目的に決まってるだろ」

 朝倉の口調は決して穏やかではなく、好感の持てる雰囲気ではなかったが、言ってることに偽りは感じられなかった。

(こいつはグールズじゃない。それに、千年アイテムの所持者の雰囲気も感じられない。なら、普通の決闘者ということか)

 千年アイテムに関わりのない普通の決闘者ならば、決闘王である遊戯に決闘を申し込むのは決しておかしなことではない。

 そう理解し、遊戯は警戒を解いた。

「俺さ、こないだまで賞金の懸かったデュエルモンスターズの大会に出てたんだよ。アメリカの。 レベッ……なんとかって女の子に勝って賞金をゲットしたのはよかったんだが、帰国してみたらバトルシティなんて面白そうな大会がやってたんだよな」

「レベッ……カ。か? ――レベッカ・ホプキンス。彼女に勝ったのか」 

 遊戯は少しだけ驚いた表情を見せた。

 レベッカ・ホプキンス。遊戯の祖父、双六の友人であるアーサー・ホプキンスの孫娘で、わずか十二歳でデュエルモンスターズのアメリカチャンピオンになった天才少女である。

 主人格の遊戯と互角に決闘したこともあり、その実力は折紙付きだった。

「でも受付はもう終わってて参加できず。そこで、大会が終わるのを待って、ここでお前を待ち伏せさせてもらったってわけさ」

 朝倉は自嘲気味に笑みを浮かべた。

「まあ、海馬コーポレーション主催のわりには賞金が出ないってのは寂しい限りだが、決闘王の称号ってのは興味がある」

「つまり、お前は賞金稼ぎ……ということか。だがなぜ決闘王の称号をも欲しがる?」

 デュエルモンスターズの大会は日本にとどまらず、世界中で行われており、賞金の懸かった大会も数多い。

 その賞金額は大会によってさまざまだが、カードゲームに興味のない人間が聞けば仰天するような額が賞金となっている大会もある。

 そんな大会に賞金目当てで参加する決闘者もおり、彼らは"賞金稼ぎ"と称される。 かつて決闘王国でしのぎを削ったキース・ハワードもそうだった。

 そんな決闘者の多くは賞金のみが目当てであり、称号などというものにはおよそ興味を持つ人種ではないはずだった。

 だがこの朝倉という青年は、決闘王の称号を目当てに遊戯に決闘を申し込んでいた。それが遊戯には不思議でならなかった。

「簡単なことだ。あの海馬コーポレーション主催の大会でトップに立ったとなれば、高額の懸かったデュエルモンスターズの大会にあちこちから招待されるだろう。 楽に賞金を稼げるってわけだ」

 なるほど。遊戯は納得し、頷いた。

 しかしなんと計算高く、なんという賞金への執念だ。遊戯は、少しだけこの朝倉に興味が沸いていた。   

「なぜそこまで賞金にこだわる? そんなに金が必要なんだ?」

 その問いに、朝倉は鋭い目付きをより鋭くさせ、遊戯を睨んだ。

「"なんで金が必要なんだ?" だと? お前らみたいな温室で育った人間にはわからないだろうがな、俺みたいな人間が生きていくには金が必要なんだよ!」 

 叫び声は静まり返った商店街に響き、こだました。

 朝倉、そして遊戯も口を閉ざした。 そのとき、遊戯の脳裏に主人格の遊戯の声が届いた。

『もう一人の僕。もうすぐ城之内くんとの決闘の時間だ。こんなところで無駄な時間を過ごしている暇はないよ』

「相棒。確かにお前の言う通りかもしれない……だが」

 遊戯はじっと、目の前の青年。朝倉の眼を見た。

「俺は少しだけこいつに興味が沸いた。こいつのことを知りたくなった。 だから、決闘者としてこいつの挑戦を正面から受け止めようと思う」

「何ぶつぶつ言ってんだよ! 決闘るのか決闘らないのか!」

 遊戯の中にある二つの人格のことを知らない朝倉にとっては、それはただの独り言に聞こえたのだろう。イライラした様子で叫んだ。

 そして待ちきれずに決闘盤を構え、決闘体勢を取る。

『……わかったよ、もう一人の僕。決闘者は、どんなときでも相手に背を向けるものじゃないもんね!』

「ありがとう、相棒」

 二人の遊戯の想いは一致した。
 
「いいぜ、その決闘受けてやる! 朝倉光樹、俺に勝てば決闘王の称号を持っていけばいい!」

 遊戯もまた同じように決闘盤を構えた。 

 朝倉の強い想いが、遊戯の決闘者としての心を僅かに刺激した。

 そして遊戯は一人の決闘者として、朝倉光樹という決闘者のことを知りたくなったのだ。


 ただ、海馬コーポレーションから頂いた称号を勝手に決闘の賭けにするのは、いかがなものかと思われるが……。



「「決闘!」」

 遊戯、そして朝倉。二人は同時に叫び、五枚のカードをドローした。ライフポイントはバトルシティと同様に4000。

「いくぜ! 俺の先攻、ドロー!」

 先攻は遊戯。デッキからカードをドローする。

 六枚の手札を見、そしてその中の一枚を決闘盤のモンスターカードゾーンに置いた。

「俺は『磁石の戦士 γ(マグネットウォーリアー ガンマ)』を守備表示で召喚するぜ!」

 背中のウイングが特徴的な磁石戦士の立体映像(ソリッドビジョン)が、遊戯のフィールド上に映し出された。


 磁石の戦士γ(マグネットウォーリアー ガンマ) (地)

 ☆☆☆☆ (岩石族)

 攻1500 守1800

 
 遊戯はさらに手札のカード一枚を、決闘盤の魔法、罠(マジック、トラップ)カードゾーンに差し込むようにしてセットした。 

「さらにリバースカードを一枚伏せて――」

 すると遊戯のフィールド上に、巨大化したカードが立体映像で映し出された。

 この立体映像こそが、海馬コーポレーションの開発した決闘盤によって可能とされるとてつもない技術である。

 これによって決闘の臨場感は増し、今やデュエルモンスターズはただの卓上カードゲームではなくなっていた。

「ターンエンドだ!」

「俺のターン、ドローカード!」

 今度は朝倉のターン。勢いよくカードをドローした。

「――『闇魔界の戦士 ダークソード』を攻撃表示で召喚!」

 朝倉が決闘盤にカードを叩きつけると、漆黒の鎧とマントに身を包み、二本の剣を手にした戦士が姿を現した。


 闇魔界の戦士 ダークソード (闇)

 ☆☆☆☆ (戦士族)

 攻1800 守1500


「さらにリバースカードをセットして、ターン終了だ!」


 遊戯のLP4000

 手札四枚

 場 磁石の戦士 γ 伏せカード一枚


 朝倉のLP4000

 手札四枚

 場 闇魔界の戦士 ダークソード 伏せカード一枚


「俺のターン、ドロー!」

 ドローカードを含め、手札は五枚。遊戯は自分の手札とフィールド上をじっくりと見た。

(闇魔界の戦士 ダークソードは攻撃力1800の強力なモンスター。だがそれ以上に厄介なのは、"ユニオン能力"を持った他のモンスターカードと合体されて強化されることだ)

 ユニオン能力とは、闇魔界の戦士 ダークソードのようなモンスターが、特定のモンスターカードを装備カードとして装備して、強化される能力である。

 遊戯の場の磁石の戦士や、バトルシティトーナメント準決勝で宿命の好敵手(ライバル)海馬瀬人が使ったXYZモンスターもそれに近い合体能力を持ったモンスターであり、その強力な力を遊戯は身をもって体験していた。

(強化される前に一気に潰すのがベストだ……よし!)

 遊戯は手札から一枚のカードを選んだ。

「俺は磁石の戦士 γを生贄に捧げ――」

 遊戯は、生贄に捧げるために磁石の戦士 γのカードを決闘盤から外して、墓地(セメタリー)カードゾーンに送る。

 ATMに吸い込まれるキャッシュカードのように、磁石の戦士のカードは吸い込まれた。

 そして新たなカードを決闘盤に置いた。
 
「――『バフォメット』を召喚する!」

 巨大な両翼と鋭い爪を生やし、山羊の頭を持った悪魔、バフォメットが遊戯のフィールド上に召喚された。


 バフォメット (闇)

 ☆☆☆☆☆ (悪魔族)

 このカードが召喚(反転召喚)に成功した時、「幻獣王ガゼル」をデッキから一枚手札に加えることができる。

攻1400 守1800


「バフォメットの効果により、俺はデッキから『幻獣王ガゼル』のカードを手札に加えるぜ!」

 遊戯は決闘盤からデッキを外し、その中から一枚のカードを手札に加え、そして再びデッキを決闘盤にセットした。

 それは慣れた手付きであり、一連の動作は素早かった。

「そして場に伏せてある魔法カードを発動する!」

 遊戯は決闘盤に裏側で差し込んでいた伏せカードを表側にセットした。

 それによって、フィールド上で同じように裏側でセットされていた立体映像のカードが表向きになる。

「魔法カードだと?」

「そのカードは、『融合』――!」

 表になったカードには、二体のモンスターが一つに交わる様が描かれていた。

 
 融合 (魔法カード)

 決められたモンスター二体以上を融合させる。


 遊戯は手札の幻獣王ガゼル、そして場のバフォメットのカードを墓地カードゾーンに送り、融合デッキから新たなカードを決闘盤に置いた。
  
 遊戯のフィールド上に、黒い毛に覆われ、鋭いツノを生やした獣。幻獣王ガゼルが現れ、隣にいるバフォメットとその身を重ねて一つに交わった。

「いでよ、融合モンスター『有翼幻獣 キマイラ』――!」

 融合素材となったガゼルとバフォメットの二つの顔を持ち、そして白い翼を生やした四足歩行の幻獣が遊戯のフィールド上に現れた。  
 

 有翼幻獣 キマイラ (風)

 ☆☆☆☆☆☆ (獣族 融合) 

 このカードが破壊された時、墓地にある「バフォメット」か「幻獣王ガゼル」のどちらか一枚を、フィールド上に特殊召喚する事ができる。

 攻2100 守1800


 その身の巨大さと響き渡る唸り声は、六つ星、攻撃力2100にふさわしい迫力だった。

「いくぜ! キマイラで、闇魔界の戦士 ダークソードを攻撃!」

 遊戯の攻撃命令を受けたキマイラが、凄まじい勢いでダークソードに迫った。

「見事なコンボだな武藤遊戯。だが……」

「――幻獣衝撃粉砕(キマイラ・インパクト ダッシュ)!」

「俺には通じない!」

 キマイラの一撃が炸裂しようかという、まさにその瞬間。朝倉は決闘盤にセットされている伏せカードを表側にした。

「リバースカードオープン! 『融合体駆除装置』――!」

 同時に、朝倉のフィールド上に、巨大な機械の球体が出現した。


 融合体駆除装置 (罠カード)

 フィールド上に表側表示で存在する融合モンスター一体を破壊する。


「融合体……駆除装置だと!?」

 遊戯は驚きを隠せなかった。

 キマイラの攻撃は、伏せカードがあるのを理解した上でのことだった。罠カードの発動もある程度は予想していた。

 だが朝倉が発動させたカードは、遊戯の予想していたどのカードとも明らかに違う効果のものだったのだ。

「このカードの効果で、融合モンスターであるキマイラは破壊される!」

 朝倉がキマイラを指差すと、機械の球体から電磁波が発せられ、それを受けた立体映像のキマイラは派手な音を立てて砕け散った。

(融合体駆除装置……つまり、こちらの戦略は読まれていたということか)

 融合体駆除装置は発動タイミングを問わず、コストもないため、それなりに使える罠カードではある。

 とはいえ、融合モンスターに対する専用カードであるため、やはり相手が融合モンスターを召喚することを読んでいなければ使いにくいカードである。

 つまり、遊戯のキマイラの召喚は朝倉に読まれていたのだ。

 致命的なダメージを追ったわけではないが、このターンに限っては自分の戦略が完璧に読まれていたのだから、遊戯にとっては決して気分のいい出来事ではなかった。 

 そんな遊戯の心情を読み取ってか、朝倉は得意げな笑みを浮かべた。

「俺はお前が今まで戦ってきた程度のやつらとは違う。相手の戦術に合わせて、臨機応変な戦術を取ることができる決闘者だ。お前のデッキはバトルシティトーナメントのネット中継で、じっくり見させてもらったぜ」 

 そんな朝倉に対抗するように、遊戯も笑みを浮かべ、目を閉じた。

「ハッ! 確かに今の戦術を読んでいたのは見事だが、その程度で俺に勝てると思っているなら甘すぎるぜ!」

 そして、かっ! と目を見開き、遊戯は墓地カードゾーンから一枚のカードを取り出し、決闘盤に置いた。

「キマイラの効果により、俺は墓地からバフォメットを守備表示で特殊召喚して、ターンエンドだ!」 

 遊戯のフィールド上に、再びバフォメットが現れた。
 

 遊戯のLP4000

 手札四枚

 場 バフォメット 


 朝倉のLP4000

 手札四枚

 場 闇魔界の戦士 ダークソード 





[二章] みえるけどみえないもの

 遊戯のLP4000

 手札四枚

 場 バフォメット 


 朝倉のLP4000

 手札四枚

 場 闇魔界の戦士 ダークソード 


「俺のターン、ドロー!」

 流れに乗って、朝倉はカードをドローする。

「確かに、今の罠だけで調子に乗るのは早すぎるな。ただお前の攻撃を防いだだけだ。 なら……」

 そして手札から一枚のカードを選び、それを手にした。

「今度は俺の攻撃を見せてやるぜ! 闇魔界の戦士 ダークソードを生贄に――」

「何っ?」

 遊戯にとって、それは意外な行動だった。てっきりユニオン効果を持ったモンスターを召喚し、ダークソードとのコンボで一気に攻めてくると思っていたからだ。

「――『ファイヤー・ウイング・ペガサス』を召喚!」

 朝倉が新たなカードを決闘盤に置くとフィールド上の闇魔界の戦士は消え去った。

 そして新たに、色鮮やかな炎の翼を羽ばたかせた天馬が現れた。

 赤々と燃える炎は、薄暗い辺りを明るく照らしていた。


 ファイヤー・ウイング・ペガサス (炎)

 ☆☆☆☆☆☆ (獣族)

 攻2250 守1800


「ファイヤー・ウイング・ペガサスだと!?」

「こいつは、俺が少し前の大会で商品として手に入れた強力なレアカードだ!」

 朝倉は誇らしげに、そして実に楽しそうに笑った。

「いくぜ! ファイヤー・ウイング・ペガサスで、バフォメットを攻撃!」

 攻撃命令を受けたペガサスは、馬のようでありながら、しかし力強い鳴き声を上げ、炎の翼を激しく羽ばたかせた。

「フレア・トーネーーード――!」

 その翼から、炎が竜巻のようにうねりながら放出され、バフォメットを飲み込んだ。 

 そして遊戯のフィールド上からバフォメットは消え去った。

「くっ……!」

 守備表示だったためライフポイントに影響はないが、遊戯のフィールド上にはカードがなくなり、戦況的には朝倉が押している状況となった。

「俺はさらにカードを一枚伏せて、ターンエンドだ」


 遊戯のLP4000

 手札四枚

 場 なし 


 朝倉のLP4000

 手札三枚

 場 ファイヤー・ウイング・ペガサス 伏せカード一枚


「俺のターン――ドロー!」

 遊戯はカードをドローし、すぐに手札を確認した。

(俺の手札に攻撃力2250のファイヤー・ウイング・ペガサスを倒せるカードはない……)

 そして手札のモンスターカードを選び、決闘盤に置いた。

「俺は『ビッグ・シールド・ガードナー』を守備表示で召喚する!」

 体全体を覆い隠そうかという巨大な盾に身を隠した黒髪の男が、遊戯のフィールド上に召喚された。

 この場合は巨大な盾が現れたという表現の方が正しいかもしれない。それほどに盾は大きかった。

 
 ビッグ・シールド・ガードナー (地)

 ☆☆☆☆ (戦士族)

 攻100 守2600

 このカードは、攻撃を受けるとダメージステップ終了時に攻撃表示になる。


 四つ星ながら守備力は最高レベルに近い2600を誇る守備要因モンスターで、バトルシティ大会でも幾度となく遊戯を守ったモンスターカードである。

(防御策しか取れないのはもどかしいが、それほどにヤツの攻撃は強力だ。ここは耐えるしかない……だが、"どうして"だ……?)

 遊戯のデッキは神のカードを別とすれば、それほど攻撃力が高めのデッキではない。どちらかというと、モンスター効果と魔法カードのコンビネーションで戦うタイプのデッキだ。

 だが今の時点では朝倉の戦術、攻撃に圧倒されており、その力を発揮できずにいた。

 まだ決闘開始から数ターンとはいえ朝倉の戦術は強力であり、それは遊戯も認めざるを得なかった。


「俺のターン、ドロー!」

 朝倉はドローカードを見て軽く舌打ちをした。

(……ビッグ・シールド・ガードナーの効果を利用して一気に叩きたいところだったが、この手札じゃ無理だな)

 やむを得ず、朝倉は手札にある唯一の召喚可能なモンスターカードを選び、決闘盤に置いた。

「俺は『魂虎(ソウル・タイガー)』を守備表示で召喚する!」

 そのフィールド上に、巨大な虎の霊体が出現した。 青白いその体は、まるで煙のような状態だった。


 魂虎(ソウル・タイガー)(地)

 ☆☆☆☆ (獣族)

 攻0 守2100


 それは遊戯のビッグ・シールド・ガードナーと同様、朝倉のデッキの守備要因モンスターカードだった。

 ビッグ・シールド・ガードナーは攻撃を受けると守備表示から攻撃表示に、強制的に変更される効果を持っている。

 朝倉としては少しのダメージを覚悟でファイヤー・ウイング・ペガサスで攻撃し、ビッグ・シールド・ガードナーを攻撃表示にさせてから別のモンスターで攻撃して、遊戯のライフを削りたかったのだが、攻撃力0の魂虎ではどうしようもなかった。

「ターンエンドだ」

 
遊戯のLP4000

 手札四枚

 場 ビッグ・シールド・ガードナー


 朝倉のLP4000

 手札三枚

 場 ファイヤー・ウイング・ペガサス 魂虎 

   伏せカード一枚


「俺のターン、ドロー!」

 遊戯はドローしたカードを確認して、手札に加えた。

 だがすぐに次の動作には移らず、すっと右手を下げた。

「……? どうした?」

「楽しいぜ、この決闘」

「何……?」

 意外な言葉に、朝倉は眉をひそめた。

「俺はこの決闘が楽しいと言ったんだ。 不遜でも自惚れでもないが、海馬や城之内くん以外にも俺とここまで戦える決闘者がいたことが、嬉しくてたまらないぜ!」

 遊戯は笑みを浮かべていた。それは強者と戦うことに喜びを感じた決闘者の笑みだった。 

 決闘王国やバトルシティで、卑怯な戦術や闇のゲーム以外の決闘で遊戯と互角以上に戦えた決闘者は、数えるほどしかいない。

 その中のどの決闘者と戦ったときよりも、遊戯はこの朝倉との決闘に手応えを感じていたのだ。

「お前はどうなんだ? 朝倉」

 遊戯の問いに、朝倉はすぐには答えない。

 しばらく沈黙してから、ゆっくりと口を開いた。 

「……俺には、関係ないことだ。お前が楽しみたければ勝手に楽しめばいい。 だが俺の決闘はそうじゃない。勝つことだ! いや、ただ勝つだけじゃない。勝って金を手に入れる! これが俺の決闘の全てだ!」

 朝倉の叫びに、遊戯もまた同じように少し沈黙してから、ゆっくりと口を開いた。

「本当にそうなのか?」
「そうだ!」

 それに対する朝倉の答えは即答だった。だがそれは、意地になっているようにも見えた。 

「海馬瀬人はお前との決闘で"勝つことが全て"みたいなことを言っていたが、俺から言わせりゃあいつも甘ちゃんだ! あいつは大会社の社長。金は腐るほどある。そもそも決闘で勝とうが負けようが関係ないはずだ。だが俺は違う! 俺には金が必要だ! デュエルモンスターズは、その金を手に入れるための手段に過ぎないんだ!」

(みえるけど……みえないもの……)

 遊戯は心の中で呟いた。今の朝倉の姿をそのように感じていたのだ。

 金が必要だと言うその姿は嘘には見えない。だが、それが朝倉の全てだとは思えなかった。

「朝倉よ、俺は今までいろんな決闘者を見てきた。賞金稼ぎを名乗る決闘者も見たことがある」

 遊戯は、決闘王国で見たキース・ハワードを思い出していた。

 卑怯な手段で勝ち上がり、卑怯な手段で城之内を追い詰め、そして敗れたあわれな賞金稼ぎの姿を。

 それなりの腕がありながら、彼にはカードは所詮金儲けの手段の一つだったのだろう。

「だがお前はそんな決闘者とは違う! 決闘中のお前の笑顔を見たとき、俺は同じ決闘者だと感じた!」

「くっ……」

 遊戯の言葉に、朝倉は決闘盤で顔を隠すような仕草をした。 

 決闘の腕だけではない。決闘を楽しんでいるその姿は、明らかにキース・ハワードのような決闘者とは違っていた。

 "デュエルモンスターズは金を手に入れるための手段に過ぎない"。遊戯には、その言葉が彼の本心とは到底思えなかった。

「御託はいい! お前のターンだ、さっさとしろっ!」

 自分のターンは五分以内に進行しなければならない。これはバトルシティルールであり、実際の決闘のルールではない。

 だがこれ以上自分のターン中に言葉を交わし続けて時間を使うのはフェアではないと思い、遊戯は決闘を続行した。

「俺は、手札から魔法カードを発動させる!――」

(決闘が楽しい……か。確かに、最初は俺もそんなこと言ってたっけかな……)

 朝倉の脳裏に、彼にとって懐かしい場所が浮かび上がっていた……。





[三章] 孤児院

「あーまた負けたぁ。光樹兄ちゃんは強いなぁ」

 小さな部屋の床で決闘をしていた小学生くらいの男の子が悔しそうに、手にしていたカードを軽く放り投げた。

「そりゃそうだよ、光樹兄ちゃんは一度も負けたことがないんだぜ!」

「光樹兄ちゃんは、世界一のでゅえりすとになるんだもんな!」 

 周りで決闘を見ていた子供たちが口々に言い出すその光景は、実に微笑ましいものだった。

 子供たちと向かい合っている青年。朝倉光樹も自然と笑みを浮かべていた。

「ははっ、まあそう簡単にはなれないだろうけど、いつかなってみせるさ」

 その笑顔は実に無邪気で、優しいお兄ちゃんの姿そのものだった。


―――何も知らなかったこのときが、一番幸せだった……のかもな。 


「それじゃお前たち、カードを片付けといてくれ。院長さんにおやつもらってきてやるからな」

 子供たちにそう言い残して部屋を出た朝倉は、ふと廊下で立ち止まり、じっと外の風景を見渡した。

 狭いグラウンドに、数えるほどしか置かれていない遊具はどれも壊れかけてボロボロだ。真上を見上げれば屋根も穴だらけ。 

 院長室を含めて部屋が三つしかないこの建物が、彼が幼い頃から育った"孤児院"だった。

「しっかし、ボロッちくなったもんだな。ここも」

 朝倉は苦笑を浮かべた。

 今はすっかり寂れてしまい、入所者の数も少なくなってしまっていた。

 それでも彼にとっては大切な場所であり、ここで毎日平凡に過ごせる。それだけで十分幸せだった。


「院長さー――」

 院長室のドアノブに手をかけたところで、朝倉は手を止めた。中から何やら話し声が聞こえてきたのだ。 

「はい……はい……一生懸命……してます……」

 中から、途切れ途切れだが女性の声が聞こえた。それは聞き慣れた院長の声だった。だが相手の声は聞こえない。

(……電話か? 何を話してるんだ?)

 微かに聞こえたその声にただならぬ気配を感じた朝倉は、そっとドアに耳を当て、中の様子を伺った。

「はい、はい……! 申し訳ありません……期日までには何とかお支払いいたします……。 はい……失礼いたします」

(期日までに、支払う? どういうことだ?)

 その真意を確かめるべく、朝倉はドアを開けた。

「光樹……!」

 中にいたおっとりとした雰囲気の四十歳代くらいの女性――孤児院の院長の春野美雪(はるのみゆき)は、コードレスの電話を手にしたまま驚きの表情で彼を見た。

「どういうことなんだ、院長さん? 今の電話は……」

 朝倉の問いに、院長は顔をそらした。

「何でもないの。あなたには関係のないことよ……」

 その声は明らかに動揺していた。何でもないという様子ではなかった。

「教えてくれ、院長さん。金が……必要なのか?」

 朝倉はさらに食い付き、質問を続けた。

 ごまかしはきかないと感じたのか、院長は観念した様子でふーっと息を吐いた。

「そうね……あなたももう十六歳。こういう話は理解できるでしょうし、隠し通すのも無理のようね……」


「地上げ屋……?」

 椅子に腰掛け、間にテーブルを挟んで、朝倉と院長は向かい合った。

「こちらが悪いのよ、町から借りたお金の返済が滞っているのだから……」  

 朝倉は両手をテーブルに置き、目を伏せた。

「知らなかった……そんなことになってたなんて……!」

「あなたが責任を感じることじゃないのよ、光樹」

 朝倉の様子を気遣い、院長は優しく声をかけたが、彼にはそれが逆に辛かった。

「いや、俺が悪い……そうとは知らずに毎日のん気に過ごしてた。 でも、知ったからにはじっとしてられない! 明日からでも働くぜ、バイトでも何でもしてお金を稼いで、この孤児院を守ってやる!」

 強く決意した朝倉は勢いよく立ち上がった。その反動で椅子が倒れる。

「あなたならそう言うと思ったわ……だから黙ってたの。でも、あなた一人が働いてどうにかなる問題じゃないの……」

「……!」

 俯き加減に言った院長の言葉に、朝倉は愕然となった。

 覚ったのだ。この孤児院の借金は、簡単には返せない相当な額なのだと。

「だったら……だったらどうするんだよ! このままじゃこの孤児院は取り壊されるんだろ! 黙ってそれを待てってのか?」

「……」

 院長は無言だった。すでに覚悟しているのだろう。この孤児院が取り壊されるという現実を。

「そんなこと……させるかよ……!」

 朝倉は強く拳を握り締めた。

「この孤児院にはチビたちの幸せが詰まってるんだ! あいつらが今も、これから先も、ずっと"笑顔でいられるために"この孤児院は必要なんだよ! 他所になんか行かせない、バラバラになんかさせない!」

「光樹……」

 院長の目には涙が光っていた。

「……この孤児院の玄関に、生まれて間もない俺は捨てられた。そんな俺を今まで育ててくれたのはあんただ。俺はまだその恩を返していない」

 捨てられ、親がいない。天涯孤独な自分。

 そんな辛い境遇の中でも朝倉が明るく生きられたのは、この孤児院のおかげだった。

 そして同じような境遇の子供たちのためにも、孤児院が無くなることなど、彼にとっては絶対にあってはならないことだった。

「待っててくれ、院長さん。金なら俺が何とかする。俺がこの孤児院を……守るっ――!」



 遊戯のLP4000

 手札五枚

 場 ビッグ・シールド・ガードナー


 朝倉のLP4000

 手札三枚

 場 ファイヤー・ウイング・ペガサス 魂虎 

   伏せカード一枚



(それからすぐに、俺はデュエルモンスターズの大会で賞金を稼いでいる決闘者がいることを知り、俺もそうなろうと思った。 孤児院のために賞金を稼ぐんだと誓った……)

 朝倉は、孤児院を取り壊されないために、必死に賞金を稼ぎながら決闘をしていた自分の姿を懐かしく思い出していた。 

(あれから……一年。それなりに賞金を稼ぎ、何とか孤児院は取り壊されずにすんでいるが……まだ足りない。まだまだ金が必要なんだ。 だから……これからも高額な賞金の懸かった大会に出場するためにも、俺は遊戯を倒さなきゃならないんだ!)

(ヤツの様子が変わった……か? 今の一瞬で何があった?)

 遊戯は朝倉の様子の違いに気づいたものの、朝倉自身は何も口にしていなかったためその事情を知るすべもなく、決闘を続行した。

「俺は手札から速攻魔法『手札断殺』を発動する!」


 手札断殺 (魔法カード)

 お互いのプレイヤーは手札を二枚墓地へ送り、デッキからカードを二枚ドローする。


「このカードの効果により、互いのプレイヤーは手札を二枚墓地へ送り、デッキから新たにカードを二枚ドローする!」

 遊戯と朝倉はそれぞれ手札から二枚のカードを選んで墓地カードゾーンに送り、デッキの上から二枚のカードをドローした。

「お前が何も言ってくれないのなら、今はそれでもいい。だが俺は、お前の中にある"みえるけどみえないもの"を必ず知ってみせるぜ!」

「うるせぇよ!」

 朝倉は取り合う様子もなく、遊戯の言葉を一蹴した。

「俺はビッグ・シールド・ガードナーを生贄に捧げ――」

 遊戯は決闘盤のビッグ・シールド・ガードナーのカードを取り外し、そこに新たなカードを置いた。

「――『ブラック・マジシャン・ガール』を召喚する!」

 ピンクと水色の派手な魔術師衣装に身を包み、スティックを手にした少女が、遊戯のフィールド上に現れた。

 金髪の長い髪、パッチリした空色の眼に愛くるしい顔立ち、大胆に開かれた胸元にミニスカート。

 その少女は、もしも立体映像でなければ、数多くの男性を魅了できるであろう魅力を持っていた。

 まさに、デュエルモンスターズ界最高の美少女と呼ぶにふさわしい容姿だった。 

 
 ブラック・マジシャン・ガール(闇)

 ☆☆☆☆☆☆ (魔法使い族)

 自分と相手の墓地にある「ブラック・マジシャン」と「マジシャン・オブ・ブラックカオス」一体につき、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。

攻2000 守1700


(出たな、ブラック・マジシャン・ガール!)

 朝倉は一気に警戒心を高めた。

 奇術師パンドラとの決闘はネット中継されていなかったが、バトルシティ決勝戦の戦いはテレビ中継されていた。

 そのため、対マリク戦でのブラック・マジシャン・ガールの活躍を彼ははっきりと記憶していた。

「ブラック・マジシャン・ガールの攻撃力は2000。俺の場のファイヤー・ウイング・ペガサスの攻撃力には及ばない」 

 その言葉に、遊戯は得意げに笑みを浮かべた。だが遊戯が言葉を返すよりも先に、朝倉がさらに言葉を続けた。

「……と言いたいところだが、ブラック・マジシャン・ガールは墓地に『ブラック・マジシャン』いるときに、攻撃力をアップさせる能力を持っている。 この決闘でブラック・マジシャンは召喚されていないが、恐らくお前が手札断殺の効果で墓地に送ったのがブラック・マジシャンだ。つまり、ブラック・マジシャン・ガールの攻撃力は300ポイントアップする……ってことだろうな」


 ブラック・マジシャン・ガール
 
 攻撃力2000→2300


(一瞬で的確に読んでくる……こいつ、やはり並の決闘者じゃないな)

 ブラック・マジシャン使いを自称したグールズのパンドラでさえ、その存在、そして効果を知らずに無様にうろたえていた。

 朝倉の読み、そしてその速さに、遊戯は改めて驚かされていた。

「お前の読みの鋭さは認めるぜ、だがこの攻撃を防げるか! ブラック・マジシャン・ガールで、ファイヤー・ウイング・ペガサスを攻撃するぜ!」

 攻撃指示を受けたブラック・マジシャン・ガールは、両手に握った杖を掲げ、魔力を集中した。

「黒・魔・導 爆・裂・波(ブラック・バーニング)――!」

 杖の先から放出された巨大な魔力の塊はファイヤー・ウイング・ペガサスを直撃し、攻撃を受けたペガサスはそのまま消滅した。

「ぐっ!」


 朝倉 LP4000→3950


「俺はさらにリバースカードを二枚セットして、ターンを終了する!」

 
 遊戯のLP4000

 手札一枚

 場 ブラック・マジシャン・ガール 伏せカード二枚


 朝倉のLP3950

 手札三枚

 場 魂虎 

   伏せカード一枚


 この決闘で、始めてLPが変動した。

 僅かに50ポイントとはいえ朝倉のライフは削られ、決闘の流れは遊戯に大きく傾こうとしていた。

「やっぱ強ぇな……武藤遊戯! さすがだぜ。今まで戦ったどんな決闘者たちよりもお前は強い!」

「お前もだ、朝倉光樹!」   

 朝倉は笑顔で堂々と言い切り、遊戯もまた同じように堂々と言った。互いに力を認め合った決闘者同士の清々しいまでのやり取りだった。

「だが、俺は負けられない! お前が何と言おうと、どう思おうと、俺には金が必要だ。これから先も……俺はたった一人で金のために戦い続けなきゃならないんだ!」

「……」

 さらに強い言葉で朝倉は言い切った。だが遊戯には、その言葉はまるで彼が自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。  

(俺の手札にブラック・マジシャン・ガールを倒せるカードはない……なら、ここで引き当てるまでだ!)

 自分の手札を見て、朝倉は強く決意した。

 ここでブラック・マジシャン・ガールを倒さなければさらに決闘の流れは傾き、遊戯は勢いをつける。遊戯ほどの決闘者なら、その勢いで一気に決闘を終わらせることもできるだろう。 

 ならば、どうしてもここでブラック・マジシャン・ガールを倒せるカードを引く必要があった。

「俺のターン、ドロー!」

 朝倉は勢いよくデッキからカードをドローした。 

(よしっ、こいつなら!)

 ドローしたカードは、この戦況を打破できるものだったのだ。

「俺は魂虎を生贄に捧げ、新たにモンスターを召喚するぜ!」

 朝倉は決闘盤の魂虎のカードを外し、今ドローしたばかりのカードを置いた。

「そのカードは、『エメラルド・ドラゴン』だ!」

 その名の通り、翠色に輝く美しい色をした巨大なドラゴンが、朝倉のフィールド上に召喚された。

 その輝きはあまりに美しく、遊戯のフィールド上のブラック・マジシャン・ガールはじっと見惚れていた。それは、宝石を眺める女の子そのものだった。


 エメラルドドラゴン(風)

 ☆☆☆☆☆☆ (ドラゴン族)

 攻2400 守1400


「エメラルドドラゴンだと……高い攻撃力を誇る、強力なドラゴン族モンスター!」

「このカードも、俺が大会でゲットしたレアカードだ! 俺のデッキのカード一枚一枚が、俺が一人で戦ってきたその証なんだ!」

 朝倉は誇らしげに言い放った。

 その様子は、やはり汚い手段を使う賞金稼ぎのそれとは全く違うものだった。

「いくぜ遊戯! エメラルド・ドラゴンで、ブラック・マジシャン・ガールを攻撃!」

 攻撃命令を受けたエメラルド・ドラゴンは、大きく口を開いた。

(こんな攻撃が簡単に通るとは思っていない。遊戯のフィールドの伏せカードは二枚……攻撃に対する罠カードだろう。発動させるがいいぜ!)

「リバースカード、オープン!」

 朝倉の思惑通り、遊戯は場の伏せカードを発動させた。

 遊戯のフィールド上で裏側にセットされていたカードが表側になる。そこには、光り輝くバリアが攻撃を跳ね返す様が描かれていた。

「――『聖なるバリア‐ミラーフォース』!」 


 聖なるバリア‐ミラーフォース (罠カード)

 相手がモンスターで攻撃した時、相手の攻撃表示モンスターを全て破壊する。


「このカードの効果により、お前のエメラルドドラゴンは破壊されるぜ!」

 遊戯は得意げに、口元に笑みを浮かべた。

 だが朝倉も同じだった。
 
「甘いな、遊戯! 俺はフィールド上のリバースカードを発動させる!」

「何だと!?」
  
 その言葉を合図に、今度は朝倉のフィールド上で裏側にセットされていたカードが表側になった。

「罠カード『サイレンス』だ!」

 赤色で大きな×印が描かれたカードがあらわになった。


 サイレンス (カウンター罠)(オリジナルカード)

 相手が罠カードを発動した時、その効果を無効にして破壊する。

 またこのカードが発動されたターン、相手は罠カードを発動することができない。 


「サイレンスの効果で、ミラーフォースは破壊される!」
 
 遊戯のフィールド上で表になった聖なるバリア‐ミラーフォースのカードは消滅した。

「攻撃続行だ! ――エメラルド・バースト!」

 エメラルド・ドラゴンの口から怪光線が放たれ、一直線にブラック・マジシャン・ガールを襲う。

 ブラック・マジシャン・ガールは杖を構えて迎撃体勢を取るが、明らかに怯えていた。

「やるな朝倉。だが俺は、場に伏せてあるもう一枚のカードを発動させるぜ!」

「無駄だ、サイレンスが発動されたターンは罠カードは使えない!」

「罠じゃないさ、リバースカード発動!」

 遊戯のフィールド上にセットされていたもう一枚の伏せカードが表向きになった。

「速攻魔法、『魔法の教科書』――!」


 魔法の教科書 (速攻魔法)(アニメオリジナルカード)

 手札を全て捨ててデッキからカードを一枚ドローする。ドローしたカードが魔法カードだった場合、その場で発動を可能にする。


「魔法の教科書!? あれは、海馬瀬人との決闘で使ったカードか。なぜこのタイミングで?」

 朝倉は、遊戯と海馬のバトルシティ準決勝の決闘を思い出していた。

 遊戯はその効果でデッキから『天よりの宝札』のカードを引き当て、その場で発動させて神のカード『オシリスの天空竜』の攻撃力アップに利用した。

 だがフィールド上のモンスターはオシリスの天空竜ではない。同じプレイングをしてもこの攻撃は防げないはず。朝倉には遊戯の考えが読みきれなかった。

「俺はその効果により手札を墓地に送り、デッキの一番上のカードをドローするぜ!」

 遊戯は素早い動作で一枚の手札を墓地カードゾーンに送り、デッキの上のカードをドローした。そのカードが魔法カードでなければ発動することはできない。

「俺がドローしたカードは……」

 ドローしたカードを確認すると、遊戯はそのカードを発動させるべく、決闘盤にセットした。魔法カードだったのだ。

「――『魔術の呪文書』!」


 魔術の呪文書 (魔法カード) 

 魔術師(マジシャン)の攻撃力を500ポイント上げる。


 両手で抱えなければならないほどの分厚い呪文書がブラック・マジシャン・ガールの手元に現れた。

「このカードは、魔術師の攻撃力をアップさせる!」

 エメラルド・ドラゴンの放った光線は目の前まで迫っていた。ブラック・マジシャン・ガールは大慌てで書物を読んだ。

 
 ブラック・マジシャン・ガール 
 
 攻撃力2300→2800

 
「攻撃力2800……!」

 呪文書を読み終えたブラック・マジシャン・ガールは、軽い身のこなしで、自身を目掛けて放たれた光線をかわした。

 そしてエメラルド・ドラゴンを見据え、杖に魔力を集中する。

「いけぇっ、ブラック・マジシャン・ガール! 迎撃の、黒魔導 爆裂波(ブラック・バーニング)!」

 先ほどよりも一回り巨大な魔力の塊が杖先から放出され、エメラルド・ドラゴンを直撃する。

 攻撃を受けたエメラルド・ドラゴンはそのまま消滅した。
 
「エメラルド・ドラゴン撃破っ!」

「エメラルド・ドラゴンが……」 

 朝倉LP3950→3550

 呆然と立ち尽くす朝倉。そんな彼を尻目に、遊戯のフィールド上のブラックマジシャンガールは得意げに杖を構えていた。

 その姿は勇ましく、しかし愛らしかった。

(俺は遊戯の伏せカードを罠だと決め付けていた……そして罠を防ぐカード、サイレンスがあることで安心してエメラルド・ドラゴンで攻撃を仕掛けた。 だが……遊戯はそんな俺の読みを遥かに上回る戦術を用意していた……)

 完全に遊戯の戦術は読みきったつもりだった。だが遊戯にその上をいかれた。

「ふっ……」

 悔しいはずだった。だが、朝倉の口元には笑みが浮かんでいた。

 その笑みは無意識だったのか、自分が笑っていることに気づいた朝倉は、はっ! と口元に手をやった。

(俺は……笑った? 明らかに戦況が不利なこの状況で笑ったのか? バカな! そんな余裕なんてないはずだ、俺は勝たなきゃならないんだ……くそっ!)

 朝倉は、不利になったこの状況でなぜ自分が笑うのか、理解できなかった。 ……いや、理解できないふりをしていたのだ。 

 遊戯がこの決闘を楽しいと言ったように、彼もまたこの決闘を楽しいと感じ始めていたのだ。

 それは、強者と戦うことに対する決闘者の喜びだった。

 だが彼には使命があった。孤児院を守るためにもっと金を稼がなければならない。そのための足掛かりとするために、決闘王の称号を得るために、遊戯に勝たなければならない。


 ――楽しむ暇なんてない。そんな必要はない!

 朝倉は自分にそう言い聞かせた。

「俺は場にカードを一枚伏せて、ターンを終了する!」





[四章] 勇者

 遊戯のLP4000

 手札0枚

 場 ブラック・マジシャン・ガール 


 朝倉のLP3550

 手札二枚

 場 伏せカード一枚


「俺のターン、ドロー!」

 遊戯はデッキからカードをドローした。

 朝倉の強力モンスターを撃破したとはいえ、魔法の教科書の効果で遊戯の手札は0枚。

 このドローカードは、ここから先の決闘の流れを左右しかねない。場合によってはこのターンで勝利することも可能となる重要なものだった。遊戯はゆっくりとそのカードを確認する。


 ドローカード:強欲な壷


(強欲な壷……か)


 強欲な壷 (魔法カード)

 自分のデッキからカードを二枚ドローする。


 それは、遊戯にとって願ってもないカードだった。『強欲な壷』は強力なドロー効果を持つカードであり、この状況にはまさに最適だった。
 
「魔法カード、強欲な壷を発動! デッキから新たにカードを二枚ドローする!」

 遊戯は素早く二枚のカードをドローし、そして朝倉を見た。

(戦況は俺が有利……だが、ヤツの戦意は全く削がれてはいない)

 遊戯は向かい合って決闘している朝倉から今も尚、凄まじい闘気をその身に感じていた。

(相手フィールド上にモンスターはいない。このターン、ブラック・マジシャン・ガールの直接攻撃(ダイレクトアタック)が通れば決定的なダメージを与えることができる……。 だが、気になるのはあの伏せカード)

 上級者との決闘の場合。相手の場に伏せカードがあるとき、簡単に直接攻撃は通らない。それは遊戯も今まで体験してきたことであり、今も理解していた。

(だが、ヤツは強い。そうそうこんなチャンスは訪れないだろう。ここで攻撃しなければ、ヤツを立ち直らせてしまう可能性がある。 ならばここは……一気に攻めるぜ!)

 ――迷ったときは攻撃。これは遊戯の決闘の中で多く見られる場面である。

 遊戯にしてはやや単純な戦術とも思われるが、常に冷静なだけでなく――常に強気。これが彼の強さの秘訣でもあった。

「そして、ブラック・マジシャン・ガールで、プレイヤーに直接――」
  
「この瞬間、場の伏せカードを発動させる!」

 遊戯がブラック・マジシャン・ガールに攻撃命令を送ろうとしたその瞬間、朝倉は場の伏せカードを発動させた。

「速攻魔法カード、『コマンド・サイレンサー』だ!」

 朝倉のフィールド上に、巨大な"トーテムポール"のような物体が出現した。その彫刻の両翼部分にはスピーカーが取り付けられている。


 コマンド・サイレンサー (速攻魔法カード)(アニメオリジナルカード)

 相手の攻撃宣言時に発動。相手の攻撃を無効にして、自分はデッキからカードを一枚ドローする。


 するとスピーカーから超音波のような、頭の芯にまで響く快音が発せられる。

「ぐっ……!」

 その音に、遊戯は表情を歪め、ブラック・マジシャン・ガールは必死に耳をふさいでいた。その様子も、やはりどこか愛らしかった。

「これでブラック・マジシャン・ガールにお前の攻撃命令は届かず、バトルフェイズは終了される。そして、俺はデッキからカードを一枚ドローする!」

(コマンド・サイレンサー……海馬が使ったカードか、それをヤツもデッキに入れていたとはな。 それもいいタイミングで使ってくる)

 遊戯は感心したが、それでもこのターン攻撃を仕掛けたのは間違いではなかったと、自分の戦術にも手応えを感じていた。

「俺はリバースカードを一枚セットし、ターンを終了するぜ!」

 
 遊戯のLP4000

 手札一枚

 場 ブラック・マジシャン・ガール 伏せカード一枚


 朝倉のLP3550

 手札三枚

 場 なし


「俺のターン!」

 高々と叫んだ朝倉は、カードをドローする前に自分の手札を確認する。


 朝倉の手札:『デーモン・ソルジャー』 『機動砦のギア・ゴーレム』 『勇者降臨』


(コマンド・サイレンサーで何とか直接攻撃は防げたが、今の手札じゃこれ以上ブラック・マジシャン・ガールの攻撃には耐えられない……。 だが、この状況を打破できるカードが一枚だけ俺のデッキには眠っている……)

 引くしかない……! 朝倉は覚悟を決め、

「――ドロー!」

 そして力強くカードをドローした。

(よしっ――!)

 そのカードを見て、彼は心の中で叫んだ。

「俺は手札から、儀式魔法カード――勇者降臨を発動させる!」

「勇者……降臨!?」

 初見のカードに、遊戯は警戒を覚えた。儀式カードを発動するからには、強力な儀式モンスターが召喚されるのだろうと。


 勇者降臨 (儀式魔法カード)(オリジナルカード)

 勇者の降臨に必要。フィールドか手札から、レベルが8以上になるようカードを生贄に捧げなければならない。

 
「俺は手札のデーモン・ソルジャーとギア・ゴーレムのカードを生贄に捧げ――」

 朝倉は慣れた手付きで手札の二枚のカードを墓地カードゾーンに送った。

「このカードを降臨させる!」

 そして残された一枚のカードを高々と掲げ、決闘盤に叩き付けた。

「来いっ! 『ソーディアン・ブレイブ』――!」

 瞬間、辺りに静寂が訪れた。
 
 そして、一陣の風が吹き抜ける。

 それと同時に、フィールド上に何処からともなく一人の戦士が舞い降りた。

 伸びきった金色の長髪が特徴的で、上下に簡易的な銀色の鎧を装備し、赤いマントを身に纏っている。その手には鋭い長剣が握られていた。
  

 ソーディアン・ブレイブ (炎)(オリジナルカード)

 ☆☆☆☆☆☆☆☆ (戦士族 儀式) 

「勇者降臨」により降臨。フィールドか手札から、レベルが8以上になるようカードを生贄に捧げなければならない。

 このカードは罠の効果を受けない。

 このカードが相手モンスターを戦闘によって破壊した時、相手ライフに400ポイントのダメージを与える。

 攻2900 守2800


「これが俺の切り札。俺のデッキ最強のカードだっ!」

 朝倉は強く言い放った。もはやこの決闘の勝利を確信している。そう思えるほどに実に堂々としていた。

(ソーディアン・ブレイブ……俺がヤツから感じていた威圧感の正体は、こいつだったのか!)

 朝倉のフィールド上に召喚された長身の戦士の鋭い眼差しから、遊戯は凄まじい威圧感を感じていた。

 かつて対峙した数多くの強力なモンスター。そのどれにも引けを取らない強烈な威圧感を。


 遊戯のLP4000

 手札一枚

 場 ブラック・マジシャン・ガール 伏せカード一枚


 朝倉のLP3550

 手札0枚

 場 ソーディアン・ブレイブ


 
「今までお世話になりました。院長さん」

 辺りが静まり返った夜。孤児院の出入り口で、朝倉は院長に軽く頭を下げた。

「本当に行くのね? 光樹……」

 そんな彼を、彼女は心配そうに見つめていた。

「ああ。一週間、考え抜いた結果だ。これから俺は、賞金の懸かったデュエルモンスターズの大会に出場しまくる。最初はそんなに稼げないかもしれないけど、勝ち続ければ大きな大会にも出場できて、さらに稼げるようになるはずだ。 その金をここに送金するよ」

 その言葉を聞いた院長は俯き、口元を押さえる。

「あなたには……いつまでも、ここで子供たちを相手に、楽しそうにしていてほしかった……それなのに、重いものを背負わせてしまって……」

 声は振るえ、瞳は涙ぐんでいた。

「チビたちのために、この孤児院は必要なんだ。俺が守って見せるよ、絶対っ!」

 院長は顔を上げ、涙を拭いて朝倉の顔を見た。その強い眼差しから覚悟を感じ、止めても無駄だと確信した。

 そして、そっと封筒を差し出す。

「……これを持っていって。少ないけど、私からのせんべつよ」

 それを見た朝倉は激しく驚いた。

「な、何言ってんだよ! 俺は孤児院のために金を稼ぎに行くんだぜ? それなのに金なんかもらえるわけないだろ!」 

 朝倉は手を突き出してそれを拒否した。言ってることはもっともだった。

 だが院長はそんな彼の手に、無理やり封筒を握らせた。

「いいのよ光樹。私はあなたの親代わりのつもりだった。でも……結局何一つ親らしいことをしてあげられず、今あなたに辛い想いをさせようとしている。 これは私のせめてもの気持ちよ、受け取って」

 院長はさらに強く朝倉の手を握った。

 孤児院を守るという自分の決意が強いように、院長の意思も強いのだと、朝倉は感じた。

「そんなことないよ、あんたは俺の親だ……ありがとう」

 そして、断わっても無駄だと思い、素直にせんべつを受け取った。

「……行ってらっしゃい。体に気をつけてね……」

「ああ、行ってきます」



 孤児院からしばらく歩き、町外れに出たところで、朝倉はジーンズのポケットから封筒を取り出した。

「せんべつ……か」

 そして封を切り、中を見た。中には一万円札が二枚入っていた。

「ったく、金なんかないくせに無理して……でも、助かった」

 お札を取り出し、朝倉は小さく呟いた。

 この二万円は院長の精一杯の気持ちだったのだろう。それが彼にはありがたかった。院長の気持ち以上に、"現金"という存在が。

 これからまずは、賞金の懸かった日本中のデュエルモンスターズの大会を調べ、可能な限り参加するつもりだ。

 だがそのためには旅費が必要だった。手持ちの金は少なく、どうしようかと考えていただけに、ありがたかった。

「ありがとう院長……――ん?」

 お札を戻そうとすると、朝倉は封筒の中にまだ何かが入っているのに気付いた。

 一枚の便箋と、そして二枚のカードだった。

 朝倉はまずカードを取り出し、それを確認した。

「これはっ……!」


『英雄降臨』『ソーディアン・ブレイブ』


「儀式魔法カードに、八つ星の儀式モンスター! なんでこんな強力なカードが!?」

 驚いた朝倉は、恐らくその真意が書いてあるであろう手紙を取り出し、読み始めた。


 ―――光樹へ。

    そのお金は、私のせめてもの気持ち。

    そしてそのカードは、子供たちの気持ちよ。


「チビたちの……? どういうことだ?」

 さらに文章は続いていた。


     ついこの間、子供たちが孤児院の前に落ちていた福引券を見つけたの。

     どうしても福引がしたいと言うので、私が一緒に商店街へ行って、そして福引でデュエルモンスターズのパックを当てたの。そのカードはそのパックに入っていたものよ。

     子供たちが、あなたに内緒にしておいて欲しいと言うのであなたには黙っていたの。

     でも、あなたが私に旅立つと告げた日の夜。子供たちが院長室へやって来て、このカードをあなたに渡して欲しいと言ってきたわ。


「チビたちが……俺に?」

 
     きっと……あなたがここを出ることに気付いたんでしょうね。もちろん私は何も話していないわ。
 
     でも、子供は素直で正直で、ときには大人以上に物事に対して敏感だと言われているわ。恐らく自分たちで感じ、気付いたのでしょうね。

     子供たちはただあなたにカードを渡してほしいと言い、それ以上は何も言わなかった。

     そのカードには、あなたに対する子供たちの気持ちが込められているわ。大切にしてあげてね。


「あいつら……っ……!」

 朝倉の顔は涙でボロボロになり、その場に膝をついた。肩は震え、その手でカードと手紙を強く握り締めた。

「ありがとう……院長……っ! ありがとう……チビたちっ……!」



 遊戯のLP4000

 手札一枚

 場 ブラック・マジシャン・ガール 伏せカード一枚


 朝倉のLP3550

 手札0枚

 場 ソーディアン・ブレイブ
  

(賞金を得るには、大会で最低でも準優勝しなければならない。そのためには俺のデッキは明らかにパワー不足だった。 だがソーディアン・ブレイブがデッキの切り札となり、俺は幾多の大会で勝利し、賞金を手にすることができた)

 朝倉はソーディアン・ブレイブを中心に戦った今までの大会を思い出し、そして改めて孤児院の院長と子供たちに感謝していた。 

「いくぜっ! ソーディアン・ブレイブでブラック・マジシャン・ガールを攻撃っ!」

 攻撃命令を受け、ソーディアン・ブレイブは俊敏な動きでブラック・マジシャン・ガールに接近した。

(遊戯の伏せカードは気になるが、こいつは罠の効果を受けない。この攻撃は防げないぜっ!)

 ソーディアン・ブレイブの特殊効果のおかげで、朝倉は堂々と攻撃を行うことができていた。

 攻撃力2900に加えてこの効果はかなり強力だった。

「――魔神剣っ!」

 魔人の息吹のごとく、至近距離から放たれた斬撃は、ブラック・マジシャン・ガールを襲った。

 何とかかわそうとしたブラック・マジシャン・ガールだったが遥かに遅く、その斬撃をまともに受け、無残にも消滅した。

「ぐっ! ブラック・マジシャン・ガール……!」

「ブラック・マジシャン・ガールの攻撃力は2800。その差100ポイントがお前のライフから削られるぜ!」


 遊戯LP4000→3900


「さらに、ソーディアン・ブレイブがモンスターを破壊した時、400ポイントのダメージを相手に与える!」


 遊戯LP3900→3500


(よし、これで決闘の流れは俺に傾いた。このままいける!)

 今の攻防で、朝倉はこの決闘に勝利への手応えを感じていた。

 だが遊戯は一歩も引く様子はなかった。

「やるな朝倉……だがこの瞬間、俺は場の罠カードを発動させる! リバースカードオープン! 『魂の綱』――!」

 フィールド上に伏せられていたカードが表側表示になる。

 そこには、朽ち果てた戦士の魂が、新たな戦士に受け継がれる様が映されていた。

「あれは……バトルシティートーナメントで使っていたカードか!」


 魂の綱 (罠カード)

 自分のフィールド上のモンスターが破壊され墓地へ送られた時に発動することができる。

 1000ライフポイントを払うことで、自分のデッキからレベル4モンスターを一体特殊召喚することができる。


「俺は1000ライフを支払い、デッキから四つ星モンスターを一体特殊召喚する!」

 遊戯は決闘盤からデッキを外し、その中から一枚のカードを選んで決闘盤に置いた。

 
 遊戯LP3500→2500

 
 そのコストにより、遊戯のライフはさらに減ることとなった。

「俺が選んだモンスターは、『クイーンズ・ナイト』――!」

 赤い鎧を身に纏い、剣と盾を手にした金髪の女戦士が、遊戯のフィールド上に特殊召喚された。

 破壊されたブラック・マジシャン・ガールの魂を受け継いで現れたそのモンスターは、彼女に負けず劣らず美しい容姿をしていたが、その美しさの中に大人びた雰囲気も持っていた。


 クイーンズ・ナイト (光)

 ☆☆☆☆ (戦士族)
 
 攻1500 守1600


「クイーンズ・ナイト……絵札の三銃士の一人か」

 思わず朝倉は唇を噛んだ。

 バトルシティトーナメントの海馬戦、そしてマリク戦はテレビ中継されており、クイーンとキングの効果によりジャックのカードを呼び出し、神のカードを降臨させた遊戯の見事なコンボはかなりの数の決闘者が確認していた。

 この朝倉もその一人だった。

 神のカードの降臨を警戒したが、手札が0枚の朝倉にはこれ以上何もできなかった。

「……ターン終了だ!」


 遊戯のLP2500

 手札一枚

 場 クイーンズ・ナイト


 朝倉のLP3550

 手札0枚

 場 ソーディアン・ブレイブ
 

(俺の場にはクイーンズ・ナイトが一体。残りライフは2900……ヤツの場のソーディアン・ブレイブを破壊しなければ、このまま決められてしまう……)

 魂の綱でクイーンズ・ナイトを特殊召喚し、場にモンスターがいなくなるという事態は避けたものの、それは起死回生の手段というわけではなかった。

 相手の場に上級モンスターが召喚され、圧倒的に不利なこの状況に、遊戯は僅かながら焦りを感じていた。何とかしなければと。 

(俺の手札は一枚。この状況を打破するには、あのカードを引くしかない……!)

 遊戯は、自分のデッキに眠る一枚のカードを思い浮かべた。そのカードを引ければソーディアン・ブレイブを倒せると。

 その確立は低いものかもしれない。だが、今までこんな追い詰められた状況を彼はいくつも切り抜けてきた。

 同じように追い詰められた状況で、その状況を切り抜けるたった一枚のカードを引き当てることで。

(信じるしかない、カードを――!)

 臆することなく、遊戯はその指でカードに触れた。

「俺のターン、ドローカード!」

 カードを確認した遊戯は、それをそのまま決闘盤に置いた。

「――『キングス・ナイト』を攻撃表示で召喚!」

 クイーンズ・ナイトの隣に、見るからに頑丈な金色の鎧に身を包み、青いマントを羽織った老練な戦士が召喚された。その手には剣が握られている。

 絵札の三銃士の一人、キングス・ナイトだ。


 キングス・ナイト (光)

 ☆☆☆☆ (戦士族)

 自分のフィールド上に「クイーンズ・ナイト」が存在する時に、このカードが召喚に成功した場合、デッキから「ジャックスナイト」を一体特殊召喚することができる。
 
 攻1600 守1400

 
「キングス・ナイト……ッ!」

「場にクイーンとキングの二体が揃ったとき、デッキからジャックが召喚される!」

 遊戯は再び決闘盤からデッキを外し、その中から一枚のカードを選んで決闘盤に置いた。

「来いっ! 『ジャックス・ナイト』――!」

 青と銀の二色で装飾された鋼の鎧をその身に纏い、十字の描かれた盾と鋭い剣を手にした、正義感溢れる清閑な顔立ちの戦士が現れた。

 ジャックス・ナイトは、クイーンとキングを守るようにしてその前に立ちふさがった。


 ジャックス・ナイト (光)

 ☆☆☆☆☆ (戦士族)
 
 攻1900 守1000


「いくぜ朝倉! 絵札の三銃士が、お前の切り札を粉砕する!」


 遊戯のLP2500

 手札一枚

 場 クイーンズ・ナイト キングス・ナイト ジャックス・ナイト


 朝倉のLP3550

 手札0枚
 場 ソーディアン・ブレイブ





 [五章] 仲間

「絵札の三銃士か、見事なコンボだ。目の前で決められるとそれがよくわかるぜ」

 朝倉は感心した様子で言った。

 確かに外から見ているよりも実際に決闘したほうが、そのコンボの力ははっきりと理解できることだろう。決闘とはそういうものだ。

「そいつが『神』を呼ぶコンボであることはわかっている。だがこのターン、お前はすでにキングス・ナイトを通常召喚している。今、その三体を生贄に神を降臨させることはできないぜ!」

 それは当たり前のことだったが、朝倉は自分で言って内心ほっとしていた。

 遊戯の手札に神のカードがある。そう思うだけでもかなりのプレッシャーだったのだ。

 だがそれに対する遊戯の答えは、朝倉にとっては意外なものだった。

「ふっ、朝倉。その読みははずれだぜ。俺の手札……いや、デッキには神のカードは入っていない!」

「な……何だと!?」

 神のカード――『オシリスの天空竜』『オベリスクの巨神兵』『ラーの翼神竜』
 
 これらのカードは、召喚すればそれだけで勝利を手にすることができるほどに強力な、まさに神と呼ぶにふさわしいカードだ。

 バトルシティトーナメントを観戦した決闘者たちは、その力に驚愕し、実際に決闘しているわけではないのに多くの者が恐怖すら感じた。

 その三枚全てを手にしておきながら、そのカードをデッキに入れていない。朝倉にはそれが信じられなかった。

「神は……あまりに強力すぎるカードだ。デュエルモンスターズに定められたルール。その"バランスを壊しかねない"ほどにな」

 遊戯の口調はどこか切なげだった。そのバランスを壊しかねないカードを、自分はバトルシティの戦いで使っていた。使わざるを得なかったのだ。

 己の失われた記憶を取り戻すために。傷ついた仲間を救うため、マリクを倒すために。

 だが、これから行われるはずだった城之内克也との決闘にそのカードは不要だった。

 それは誓いの決闘。バランスを壊すほどのカードを使ってまで、必ず勝たなければならない決闘ではなかったからだ。

「だが、神のカードがなければ、俺のソーディアン・ブレイブを倒すことはできないぜ!」

 朝倉は自信を持って言った。

 ソーディアン・ブレイブの攻撃力は2900。神のカードでないとしても、『青眼の白龍』(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)級のカードでなければ倒せない攻撃力だ。

「いや、倒せるぜ! このカードでな!」

 遊戯は唯一の手札である一枚のカードを、決闘盤にセットした。

「魔法カード、『ブレイブ・アタック』――!」

 遊戯のフィールド上に表示された魔法カードには、三枚のカードの力を一つの剣に結集する様が描かれていた。 

 
 ブレイブ・アタック (魔法カード)(アニメオリジナルカード)

 自分のフィールド上の攻撃表示のモンスターを二体以上を選択する。

 選択したモンスターの攻撃力分で相手モンスターと戦闘を行う事ができる。バトルフェイズ終了時に選択したモンスターを全て破壊する。


「ブレイブ……アタック?」

 それは、遊戯がバトルシティの戦いでは使ったことのないカードだった。

 初見のカードを見て、眉をひそめる朝倉。自分の場のソーディアン・ブレイブと名前の一部がかぶっていることもその理由だった。

「このカードの効果で、四つ星の低攻撃力のモンスターでも、力を合わせて上級モンスターと戦えるのさ!」

「……そういうことかっ!」

「いけっ! クイーンズ・ナイト、キングス・ナイト! その二本の剣で、ソーディアン・ブレイブを攻撃しろ!」

 
 クイーンズ・ナイト 攻撃力 1500

 キングス・ナイト  攻撃力 1600

   合計      攻撃力 [3100]


 クイーンズ・ナイトとキングス・ナイトはそれぞれ左右に分かれ、ソーディアン・ブレイブを目掛けて同時に斬撃を仕掛けた。
 
「クロス・ブレード――!」

 ソーディアン・ブレイブはその長剣で左右からの斬撃を受け止めたが、その攻撃力に耐え切れず、その身にニ撃の斬撃を受けた。

 銀色の鎧は砕かれ、勇者はその顔に苦しみを浮かべながら、消滅した。

「ソーディアン……ブレイブが……!」


 朝倉LP3550→3350


 孤児院の子供たちから託された大切なカードを破壊された朝倉のショックは大きかった。

 だがそんな彼に、さらなる一撃が襲い掛かる。

「さらにジャックス・ナイトで、プレイヤーに直接攻撃!」

 ジャックス・ナイトは朝倉に迫り、その目の前で剣を掲げる。

「正義の斬撃(ジャスティス・ブレイド)――!」

 鋭い斬撃が、朝倉を襲った。立体映像とはいえ、思わず目を背けたくなる光景だった。

「ぐあっ……!」


 朝倉LP3350→1450

 
 遊戯のバトルフェイズが終了すると同時に、ブレイブアタックの効果で持ち得る以上の力を発揮したクイーンズ・ナイトとキングス・ナイトは、その反動で消滅した。

「すまない、クイーンズ・ナイト。キングス・ナイト……。 これで、俺のターンは終了だ」


 遊戯のLP2500

 手札0枚

 場 ジャックス・ナイト


 朝倉のLP1450

 手札0枚

 場 なし


「強いな、本当に……本当に強い。さすがは決闘王 武藤遊戯だ。まさか俺のデッキ最強のカードが一ターンで攻略されるとは思わなかったぜ」
 
 その口調には嫌味は感じられず、心の底から遊戯の力を認め、感服している様子だった。

「だが……だが俺は負けない! どんなに不利な状況だろうが関係ない! 必ず勝つ! 俺は今までも勝ち続けてきたんだ。金のために、たった一人で戦い続けてきたんだ!」

 叫び、朝倉はぐっ! と拳を突き出した。

 朝倉の残りライフは1450。手札は無く、場にも一枚のカードも無い。

 次のターンでジャックス・ナイトの攻撃を防げなければ敗北する。

 決闘の終わりは近づいているように見えた。だが、彼の戦意は全く削がれてはいなかった。

 そんな朝倉に対し、遊戯はふっと口元に笑みを浮かべた。

「ふっ、凄まじい闘気だ。見事だぜ。 だが、それだけに残念だ」

「何だと……?」

 自分が遊戯の力を認めたように、遊戯も自分の力を認めている。遊戯の口調に嫌味はなく、朝倉はそう思った。

 それだけに、"残念"というのは意外な言葉だった。

「お前の言う通り、俺には金のことはよくわからない。戦う動機は人それぞれだ。それは構わない。 だが……お前が"たった一人で戦ってきた"と言い切ってしまうことが、残念で仕方ないぜ!」

 遊戯の叫びには怒気が含まれていた。

「俺はバトルシティートーナメントで優勝することができた。だがその間、一人で戦ってきたなんて思ったことは一度もない!」

「……"仲間"……ってことか」

 朝倉は、遊戯が訴えようとしていることの意味を理解したかのように呟いた。

「武藤遊戯。お前にとって、仲間の存在が大きかったことはわかってるよ。 バトルシティの決勝戦で、城之内克也やその他大勢の人間があんたの周りにはいた。あの海馬瀬人さえも、あんたにカードを渡したんだろ?」

 バトルシティートーナメントは準決勝からテレビ中継されていた。戦う遊戯の周りで多くの仲間が見守っていたことを、朝倉はテレビ画面で確認していた。

「だが、生憎俺にはそんな仲間はいない。共に戦い、励ましてくれるような仲間はな……」

 朝倉にとって仲間と呼べる存在がいるとすれば、それは孤児院の院長と子供たちだ。それは彼にとって守るべき存在であり、大切な人たちである。

 だが遊戯の仲間たちのように、戦う自分のそばにいて見守ってくれているわけではない。

 決闘しているときの自分は一人だ。遊戯とは違う。そう感じていた。

「いない……? いるだろう。すぐそばに」

「え……?」

「気付いてないとは言わせないぜ、朝倉! お前の仲間は"ここ"にいるはずだっ!」

 叫び、遊戯は左腕に装着された決闘盤を朝倉に向けて突き出した。

「確かに俺にとって城之内くんやみんな……それに相棒の存在は大きいものだ。だがそれだけじゃない! 俺がバトルシティを勝ち抜けたのは、共に戦ってくれるモンスターたちがいたからだ!」
 
(――――ッ!)

 朝倉は、はっ! となって目を見開いた。

「お前にもいるはずだ! 共に戦い抜いてきた、掛け替えのないモンスターたちが!」

(そうだ、俺は……)

 朝倉はそっと、自分の左腕に装着されている決闘盤に視線を落とした。

(……何を思い上がっていたんだ……。 俺は孤児院のために、金を稼ぐために戦ってきた。でも、そんな俺を支えてくれたカードがあったからこそ戦えたんだ。なのに……俺は……)

 遊戯の言葉で、朝倉は気付くことができたのだ。自分は一人で戦ってきたのではなかったのだと。


 この世に一人で戦っている、戦える決闘者など一人も存在しない。

 決闘者はカードと共にあり、カードもまた決闘者と共にあるのだから。


「……お前の言う通りだ! 武藤遊戯!」

「ふっ、決闘を続けるぜ、朝倉!」

 遊戯の口元に、また笑みが浮かんでいた。

 だがそれは先ほどとは違い、朝倉が大切なことに気付いてくれたことに対する喜びの笑みだった。

「俺のターン、ドロー!」

 このドローカードがそれなりのカードでなければ負けるだろう。

 だが朝倉はそんなことなどまるで感じていないように、あっさりとカードをドローし、そしてその目で確認した。

「俺は魔法カード――『死者蘇生』を発動する!」

 朝倉のフィールド上に魔法カードが現れた。それは、多くの決闘者が最も見慣れた魔法カードの一枚であろう、死者蘇生だった。


 死者蘇生 (魔法カード)

 自分または相手の墓地のモンスターカード一体を選択して発動する。

 選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。


 ノーコストで墓地からモンスター特殊召喚できる超強力な魔法カード。朝倉は起死回生の魔法カードをここで引き当てたのだ。 

「墓地より復活しろ……ソーディアン・ブレイブ――!」

 眩い輝きが朝倉のフィールド上を照らした。
 
 その光の中から、長剣を携えた勇者が現れた。


 ソーディアン・ブレイブ (炎)

 ☆☆☆☆☆☆☆☆ (戦士族 儀式) 

「勇者降臨」により降臨。フィールドか手札から、レベルが8以上になるようカードを生贄に捧げなければならない。

 このカードは罠の効果を受けない。

 相手モンスターを戦闘によって破壊した時、相手ライフに400ポイントのダメージを与える。

 攻2900 守2800


「俺はチビたちが託してくれたこのカードのおかげで、今までいろんな大会で勝ち続けることができた。そんな当たり前のことを忘れるなんて……どうかしてた。 お前のおかげでそれに気付くことができた。感謝するぜ」
 
 朝倉は遊戯に対して軽く頭を下げた。それは、普通の決闘中にはあまり見られない光景だった。

「そして、この決闘の最初にお前が言ったこと……それもやっぱり正しいと思う」


 ――――楽しいぜ、この決闘
 ――――お前はどうなんだ? 朝倉光樹
 ――――お前はそんな決闘者とは違う! 決闘中のお前の笑顔を見たとき、俺は同じ決闘者だと感じた!


 朝倉はゆっくり頭を上げた。その表情はとびっきりの笑顔で満ちていた。

「俺もこの決闘、楽しくて仕方がない!」

「朝倉……!」

 自分は一人で戦ってはいなかった。それに気付けたことで、朝倉は自分の中にある大切な気持ちにも気付くことができたのだ。

(俺が決闘をする、その原点は孤児院のチビたちとの"暖かい時間"だ。そして俺は、あいつらがあの孤児院でずっと笑顔でいられるためにと戦ってきた。今までも、これから先も……)

 彼の脳裏に孤児院の子供たちの笑顔が、そしてその子供たちと共に笑顔する自分の姿が映っていた。

「あいつらの笑顔のために戦う俺は、ずっと決闘を楽しんで、笑顔でいなきゃならないはずだっ! そうだよな、武藤遊戯!」

「……ああ、その通りだ!」

 朝倉の口から漏れた言葉。

 ――チビたちが託してくれたこのカード 

 ――あいつらの笑顔のために戦う

 それらを聞いた遊戯は、なんとなくだが、朝倉が金を求めて戦うその理由がわかったような気がしていた。

「俺のターンのバトルフェイズ! ソーディアン・ブレイブで、ジャックス・ナイトを攻撃!」

 両手でしっかりと柄を握り、ソーディアン・ブレイブは剣を掲げた。

「――烈・魔神剣っ!」

 振り切られた剣から放たれた斬撃は、嵐となって地を駆け、ジャックス・ナイトを襲った。

 ジャックス・ナイトの剣ではその巨大な一撃はとても受けきれず、その身に斬撃を受け、消滅した。 

「ソーディアン・ブレイブとジャックス・ナイトの攻撃力の差は1000ポイント。さらにソーディアン・ブレイブの効果で400ポイント。合計1400ポイントがお前のライフから削られる!」

「くっ……」


 遊戯LP2500→1500→1100


 遊戯の勝利は目前だった。だがその土壇場で勝負は大きく動き、ライフポイントは逆転し、今度は朝倉の勝利が目前となっていた。

「俺はターンを終了するぜ!」


 遊戯のLP1100

 手札0枚

 場 なし


 朝倉のLP1450

 手札0枚

 場 ソーディアン・ブレイブ


「俺のターン!」

 遊戯の残りライフは1100。手札は無く、場にも一枚のカードも無い。

 次のターンのソーディアン・ブレイブの攻撃を防げなければ敗北する。

 前のターンの朝倉と状況はあまりに類似していた。

 そんな状況で朝倉は起死回生のカード「死者蘇生」を引き当て、流れを呼び込んだ。

 ならばこのターン、今度は遊戯の決闘者としての"引きの強さ"が問われることになる。

「ドロー!」

 遊戯は力強くカードをドローし、そのカードを左手に持ち替え、たった一枚の手札とした。

「朝倉! お前は自分がモンスターと共に戦っていることに気付き、そしてそのモンスターがお前のデッキの支えであることを示した!」

「お前のおかげだ、武藤遊戯」

「ならば俺も示そう。共に戦い、俺のデッキを支えてくれたモンスターの力を!」

 遊戯の眼は勝機に満ちていた。それは、ドローしたカードが起死回生のカードであることを証明していた。

「魔法カード発動! 『天よりの宝札』――!」

 遊戯のフィールド上に現れたカードには、二人の男が天から降り注ぐ金貨に歓喜している光景が描かれていた。

 
 天よりの宝札 (魔法カード)

 互いのプレイヤーは手札が六枚になるようにカードをドローする。


 天よりの宝札。それはノーリスクで、互いのプレイヤーが手札を最大枚数まで補充することができる強力な手札増強カードである。

 手札0枚の遊戯にとってはその名の通り、天からの宝のような効果を秘めたカードだった。

「俺とお前の手札は0! 互いに六枚のカードをドローする!」

 二人は素早い動作で、互いにデッキから六枚のカードをドローした。
 
 遊戯はドローしたカードを確認すると、すぐにその中の一枚を決闘盤に置いた。

「そして俺は――『ワタポン』を特殊召喚する!」

 小さくて真っ白でまん丸な、"ケサランパサラン"にも似たモンスターが、遊戯のフィールド上に現れた。

「ワタ……ポン?」

 緊迫した決闘状況の中にはやや場違いとも思えるモンスターの出現に、朝倉は首を傾げた。


 ワタポン (光)

 ☆ (天使族)

 攻200 守300

 このカードが魔法、罠、モンスターの効果によって自分のデッキから手札に加わった場合、このカードを自分フィールド上に特殊召喚することができる。


 だがその非常に愛くるしいワタポンに秘められた、発動タイミングが他のカードとは異なった特殊能力は、決闘の行方を左右しかねない強力な効果だった。

「なるほど……通常ドロー以外でドローされたとき、場に特殊召喚されるモンスターか……」

「そして俺は、手札から魔法カード――『マジカル・リバイバル』を発動する!」


 マジカル・リバイバル (魔法カード)(オリジナルカード)

 自分のフィールド上のモンスター一体を生贄に捧げ、自分の墓地の魔法使い族モンスター一体を特殊召喚する。

 この効果で特殊召喚されたモンスターの攻撃力は500ポイントアップする。

 このカードを発動するターン、自分は通常召喚をする事はできない。
   
 
「マジカル・リバイバル!?」

 バトルシティトーナメントでの遊戯の決闘は可能な限りチェック済みで、それに対抗するカードはある程度は朝倉のデッキに組み込まれていた。

 だがブレイブ・アタックやワタポンに続いて、本来遊戯のデッキに入っていなかったはずのカードが発動されたことで、朝倉は動揺を隠せなかった。

「ワタポンを生贄に捧げ……――蘇れ! ブラックマジシャン!」

 遊戯のフィールド上からワタポンが消滅した。

 それと同時に、マジカル・リバイバルのカードに描かれた光景と同じように、空間に亀裂が走り、そこから黒き法衣に身を包んだ長身の魔術師が颯爽と現れた。


 ブラック・マジシャン (闇)

 ☆☆☆☆☆☆☆ (魔法使い族)

 攻2500 守2100


(ブラック・マジシャン。遊戯のデッキの中で最強の攻撃力を誇るカードか……。 手札断殺の効果で墓地に置いたとき、マジカル・リバイバルで蘇らせることまで計算済みだったってわけか)

 ブラック・マジシャンが長きに渡って遊戯のデッキを支え、そして勝利を演出してきたことは決闘者の間では有名なことであり、もちろん朝倉も知っていた。

 見事なコンボで一瞬にしてそのブラック・マジシャンを召喚した遊戯の戦術に、朝倉は改めて感心させられていた。

「マジカル・リバイバルの効果で、ブラック・マジシャンの攻撃力は500ポイントアップする!」

 
 ブラック・マジシャン攻撃力2500→3000


「攻撃力3000……!」

「いけっ! ブラック・マジシャン! ソーディアン・ブレイブを攻撃!」

 遊戯の攻撃指示を受け、ブラック・マジシャンは手にした杖に魔力を集中し、掲げた。

「黒・魔・導(ブラック・マジック)――!」

 杖先から放たれた、黒く、巨大な魔道波がソーディアン・ブレイブを直撃し、葬り去った。


 朝倉のLP1450→1350


「くそっ! ソーディアン・ブレイブ……ッ!」

 孤児院の子供たちから渡された切り札のカードを二度も破壊されたとあって、朝倉はその表情に悔しさを滲ませる。

「俺のターンは終了だ」


 遊戯のLP1100

 手札四枚

 場 ブラック・マジシャン


 朝倉のLP1350

 手札六枚
 場 なし





[六章] 騎士

「俺のターン、ドローカード!」

 切り札であるソーディアン・ブレイブは破壊された。

 だが、遊戯が発動した天よりの宝札の効果で手札が最大枚数まで補充された現状は、それほど悪くはない。

 ――勝負はここからだ! 自らを奮い立たせるように、朝倉は心の中でそう叫んだ。

「遊戯! お前のデッキを支えるブラック・マジシャンの力、見せてもらった。だが俺のソーディアン・ブレイブの力はそれを上回る! 俺はそう確信しているぜ!」

 遊戯のフィールド上のブラック・マジシャンを力強く指差し、そして朝倉は手札から一枚のカードを決闘盤にセットした。

「魔法カード――『魔法再生』発動っ!」

「魔法再生!?」


 魔法再生 (魔法カード)

 手札の魔法カードを二枚墓地に送る。

 自分の墓地から魔法カードを一枚選択し、手札に加える。


 朝倉は手札の二枚のカードを墓地カードゾーンに送り、さらにそこから一枚のカードを選んで手札に加えた。

「俺は手札から『我が身を盾に』と『防御輪』を墓地に送り、墓地から死者蘇生のカードを手札に加える。 ――そして発動! 死者蘇生!」

 
 死者蘇生 (魔法カード)

 自分または相手の墓地のモンスターカード一体を選択して発動する。

 選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。
  

「再び復活しろ! ソーディアン・ブレイブ!」 

 先ほどと同じように、眩い輝きが朝倉のフィールド上を照らし、その光の中から長剣を携えた勇者が現れた。


 ソーディアン・ブレイブ (炎)

 ☆☆☆☆☆☆☆☆ (戦士族 儀式) 

「勇者降臨」により降臨。フィールドか手札から、レベルが8以上になるようカードを生贄に捧げなければならない。

 このカードは罠の効果を受けない。

 相手モンスターを戦闘によって破壊した時、相手ライフに400ポイントのダメージを与える。

 攻2900 守2800


「どうあってもそのカードと共に戦うというわけか、見事だぜ朝倉!」

 二度ならず三度までも切り札のカードを召喚した朝倉の戦術、そしてその心を、遊戯は称えた。

「だがソーディアン・ブレイブの攻撃力は2900。マジカル・リバイバルのの効果で強化されたブラック・マジシャンの攻撃力3000には及ばないぜ!」

「言ったはずだぜ、ソーディアン・ブレイブの力はそれを上回ると!」

 遊戯は得意げに言ったが、朝倉は勝ち誇った口調で言葉を返した。

「さらに俺は手札から、魔法カード『ウエポンズ・セレクト』を発動する!」

 
 ウエポンズセレクト (魔法カード)(オリジナルカード)

 デッキから装備魔法カードを一枚選び、自分のフィールド上のモンスターに装備する。


「その効果でデッキから一枚装備カードを選び、ソーディアン・ブレイブに装備するぜ!」 

 朝倉は決闘盤からデッキを外し、その中から一枚のカードを選んでそのまま決闘盤にセットした。

「俺が選んだカードは――『業炎(ごうえん)の剣』――! こいつは、選ばれた者のみが使いこなせる剣だ!」
 
 灼熱の炎に覆われ、赤々と輝く剣が朝倉のフィールド上に現れた。

 ソーディアン・ブレイブが手にすると、剣を覆う炎はさらに大きくなり、激しさを増した。 


 業炎の剣 (装備魔法カード)(オリジナルカード)

 戦士族のみ装備可能。装備モンスターの攻撃力は300アップする。

 レベル8以上の戦士族モンスターが装備した場合、さらに攻撃力が300ポイントアップする。

 このカードを装備したレベル8以上の戦士族モンスターが戦闘によって相手モンスターを破壊した時、相手プレイヤーの手札を一枚ランダムに捨てる。
 

 ソーディアン・ブレイブ 攻撃力2900→3500 


「攻撃力……3500だと……!?」

 遊戯の額から汗が流れていた。 もちろん炎は立体映像であり、実際に熱は発生していない。

 だが、炎の剣を手にしたソーディアン・ブレイブから発せられる熱い気迫を、遊戯は感じていたのだ。

「ソーディアン・ブレイブで、ブラックマジシャンを攻撃! ――業炎剣!」

 ソーディアン・ブレイブが炎を纏った剣を一閃すると、ブラック・マジシャンは炎によって切り裂かれ、消失した。


 遊戯LP1100→600→200


「ぐうっ……っ!」

 ソーディアン・ブレイブの一撃、そしてその効果で、遊戯のライフポイントは残り200にまで減らされた。

 さらに業炎の剣の効果で手札一枚(磁石の戦士 β)を失い、まさに絶体絶命の状況に追い詰められてしまった。

「さらにリバースカードをセットして、俺のターン終了はだ!」


 遊戯のLP200

 手札三枚

 場 なし


 朝倉のLP1350

 手札二枚

 場 ソーディアン・ブレイブ(装備・業炎の剣) 伏せカード一枚

 
(業炎の剣を装備したソーディアン・ブレイブの攻撃力は3500。通常の攻撃では、簡単には倒せない……)

 3500もの攻撃力を誇るソーディアンブレイブを、遊戯は特別な方法でなければ倒すことはできないと判断した。

 確かに神のカードをデッキに入れていない遊戯では、強化されたソーディアン・ブレイブを攻撃力で上回るのは難しかった。

 もっとも、神を引いたとしても場に召喚するのは難しい状況ではあるが。

 遊戯は三枚の手札を左から順番に確認する。そして一番右端のカードをじっと見た。

 それは、失った魂を取り戻した戦士の姿が描かれたカードだった。

(だが――『レイズ・デッド』。まだこのカードがある……諦めるような状況じゃない!)

 
 レイズ・デッド (魔法カード)(オリジナルカード)

 自分の墓地の一番上にある通常モンスターを特殊召喚する。


 手札にある一枚のキーカード。その存在が、遊戯の戦意を支えていた。

「俺のターン、ドロー!」

 ――よし! ドローカードを確認した遊戯はそう口にした。

「俺は手札から魔法カード、レイズ・デッドを発動!」

「レイズ・デッド……!?」

「お前が自分のデッキを支えるカード、ソーディアン・ブレイブの力を信じたように、俺も、俺自身のデッキを支えてくれるカードの力を信じるぜ! ――蘇れ、ブラック・マジシャン!」

 遊戯が手をかざすと、フィールド上に光が差し込み、そこへブラック・マジシャンが現れた。


 ブラック・マジシャン (闇)

 ☆☆☆☆☆☆☆ (魔法使い族)

 攻2500 守2100


 その光景を見た朝倉は、感心したように笑ってみせた。

「お互い、自分の魂とも呼べるカードは墓地に置けないな。 だが遊戯、業炎の剣を装備したソーディアン・ブレイブは、ブラック・マジシャンでは倒せないぜ!」

 朝倉は絶対的な自信を持っていた。だからこそ堂々と言い張った。

「確かに、今のブラック・マジシャンでは倒せない。だが、このカードがブラック・マジシャンの真の力を引き出す!」

 遊戯もまた自信を持って言い返した。そして、このターンにドローしたカードを突き出した。

 そのカードには盾が描かれていた。枠は金色で表面は青い盾。そこには二本の剣と『B』というマークが刻まれている。

「魔法カード――『騎士の称号』――!」


 騎士の称号 (魔法カード)

 自分フィールド上に存在する「ブラックマジシャン」を生贄に捧げて発動する。

 自分の手札、デッキ、墓地から、「ブラック・マジシャンズ・ナイト」を一体特殊召喚する。


「騎士の、称号……!」

 朝倉は目を見開き、驚いた。

 ブラック・マジシャン専用の魔法カードである騎士の称号の存在は知っていた。

 だが遊戯のバトルシティの戦いを見た中で、そのカードを使ったという記憶はなかった。騎士の称号のカードを使われるなど予想もしていなかったのだ。

「騎士の称号を得て、その真の姿を現せ! ブラックマジシャン――ッ!」

 遊戯は力強く拳を突き出した。

 すると、ブラック・マジシャンは淡い紫色の、不思議な光に包まれてその姿を隠した。


 やがて光は消え、姿を現したブラック・マジシャンは、もはや誰もが知るブラック・マジシャンではなくなっていた。

 黒い法衣は、薄紫色の鎧とマントに変わり、その手には杖ではなく、魔力を帯びた剣が握られている。

「これが真の力を解放した――『ブラック・マジシャンズ・ナイト』だっ!」

 
 ブラック・マジシャンズ・ナイト (闇)

 ☆☆☆☆☆☆☆ (戦士族)

 このカードは通常召喚できない。このカードは「騎士の称号」の効果でのみ特殊召喚することができる。

 このカードの通常召喚に成功した場合、フィールド上のカードを一枚選択して破壊する。

 攻2500 守2100

 
「ブラック・マジシャンズ・ナイトとなっても攻撃力は変わらない。だが――」

「場のカードを一枚破壊する効果を持つ……くっ!」

 遊戯が言うよりも先に言い、朝倉は表情を歪めた。

 その効果でソーディアン・ブレイブが破壊されるのを知ったが、どうすることもできないもどかしさを感じていた。

「その通りだ! ブラック・マジシャンズ・ナイトよ! その力で、ソーディアン・ブレイブを破壊しろ!」

 ブラック・マジシャンズ・ナイトは剣を掲げた。

 剣から魔力が発せられ、それを受けたソーディアン・ブレイブは押し潰されるように、抵抗することもできずに消滅した。

 これが、ブラック・マジシャンズ・ナイトの魔力を帯びた剣の力だった。

(ソーディアン・ブレイブ……ッ! くそぉっ!)

 孤児院の子供たちから託され、今、自分の魂のカードと証したソーディアン・ブレイブを三度までも破壊された。

 朝倉の心には、悔しさを通り越し、怒りが芽生えていた。

 ソーディアン・ブレイブを守れなかった自分への怒りという感情が。

「これでお前の場にはモンスターがいなくなった! ブラック・マジシャンズ・ナイト、プレイヤーへ直接攻撃だ!」

 ブラック・マジシャンズ・ナイトは剣を両手で握り締め、朝倉に接近した。

(この攻撃が通れば俺の勝ちだ――!)

 相手の場に伏せカードがある場合、単純な直接攻撃は通じない。

 強者相手のセオリーだが、それは決闘の序盤から中盤にかけての話で、互いにかなりの戦力を使い切った終盤には当てはまらない場合が多い。

 伏せカードはブラフの可能性も高い。直接攻撃が通るか否か、遊戯の中では五分五分という考えだった。

「まだ終わらせない! リバースカードオープン――『ニューメラル・バリア』」

 
 ニューメラル・バリア (罠カード)(オリジナルカード)

 サイコロを振り、出た目をXとする。

 このカードを発動したターン、プレイヤーが受けるダメージは1/Xとなる。(十の位は切り捨てる)

 いかなる場合も、このカードの発動は無効化されない。


 ブラック・マジシャンズ・ナイトの剣が炸裂する前に、朝倉のフィールド上に、サッカーボールと同じくらいの大きさのサイコロが宙に浮かんで出現した。

 サイコロは自動的に落下し、地面に落ちて跳ねる。

 出た目が一以外なら朝倉のライフは0にはならない。比較的安心なギャンブルだが、それでも二人は出る目に注目した。

 サイコロの動きが止まる。出た目は――三!

「俺が受けるダメージは、1/3になる!」

 朝倉の体は淡い光に包まれた。そこへ、ブラック・マジシャンズ・ナイトの剣が襲い掛かる。

「魔法剣一閃――――!」

 ブラック・マジシャンズ・ナイトの攻撃力が落ちるわけではなく、その攻撃は凄まじい力だった。

「……ぐっ!」

 だがバリアに守られた朝倉の受けるダメージは、少しで済むこととなった。


 ダメージ2500÷3=833.3333……(十の位は切捨て)=800

 朝倉LP1350→550


「ターンエンドだ!」


 遊戯のLP200

 手札二枚

 場 ブラック・マジシャンズ・ナイト


 朝倉のLP550

 手札二枚
 場 なし





[七章] 鼓動

(決闘王……か……)

 遊戯のターンは終わり、朝倉のターンへと移った。

 だが朝倉は行動しようとはせずその場に立ち尽くした。

(決闘王……それは力のある決闘者の称号。俺はそう思っていた。 だからこそ、その称号を利用してさらに高額な賞金の懸かった大会へ参加しようとした……)

 だが、そうでないことに彼は気付いたのだ。遊戯との決闘の中で。

(どんな相手と戦うときでも、自分が正しいと信じたことを貫き通す勇気、そして覚悟。 決闘王ってのは、それらを持ち合わせた真の決闘者が名乗るべき称号なんだな……金儲けに利用するべきものじゃない)

 朝倉は笑顔で、遊戯の顔をまっすぐと見据えた。

「武藤遊戯! お前は口先だけの決闘者とは違う。自分の信じるものを貫き通し、実践してみせた。そして、俺を大切なことに気付かせてくれた! お前こそが決闘王にふさわしいぜ!」

「朝倉……」

「この決闘の負けを認めたわけじゃない! 俺が勝っても、決闘王の称号をもらうつもりはなくなっただけだ。お前が名乗り続ければいい。 だが……俺は負けない!」

 そもそも海馬コーポレーション主催の大会で得た称号を、許可なく賭けの対称にすること自体間違っているのだが……それはまた別の話。

 朝倉は実感したのだ。遊戯こそがただ一人、決闘王の称号にふさわしい決闘者なのだと。

「俺のターン! ドロー!」 
 
 だが戦意は僅かも失っていなかった。ドローしたカードを、力強く前に差し出した。

「魔法カード発動! 『反魂(はんこん)の術』――!」


 反魂の術 (魔法カード)(オリジナルカード)

 戦闘によって破壊されたモンスター一体を、自分の墓地から特殊召喚することができる。

 この効果によって特殊召喚されたモンスターの効果は無効化され、攻撃力が300ポイントダウンする。


「何度でも蘇らせてみせる! 俺の決闘者としての魂は、こいつと共にあるんだ!」

 朝倉が高々と宣言すると、フィールド上に不気味な雰囲気を帯びた小さな炎がいくつも出現した。

 やがて炎は一つになり、その中からソーディアン・ブレイブが現れ、またしても朝倉のフィールド上に召喚された。


 ソーディアン・ブレイブ (炎)

 ☆☆☆☆☆☆☆☆ (戦士族 儀式) 

「勇者降臨」により降臨。フィールドか手札から、レベルが8以上になるようカードを生贄に捧げなければならない。

 このカードは罠の効果を受けない。

 相手モンスターを戦闘によって破壊した時、相手ライフに400ポイントのダメージを与える。

 攻2900 守2800


 だがソーディアン・ブレイブはすでに疲労した様子で、表情は険しく、肩で息をしていた。

 むろん立体映像なのだが、見ているほうが疲れてしまうような状態だった。

「反魂の術では死者を完全に蘇らせることはできない。攻撃力はダウンし、効果も失われる……」


 ソーディアン・ブレイブ 攻撃力2900→2600


「だがそれでも、ブラック・マジシャンズ・ナイトを倒すには十分すぎる力だ! いくぜ、ソーディアン・ブレイブ!」

 朝倉の攻撃命令を受けた途端、ソーディアン・ブレイブの表情から苦しみや疲労は消え去った。

 まさに決闘者とモンスターの心……魂が通じ合った瞬間だった。
 
「ブラック・マジシャンズ・ナイトを攻撃! 魔神剣――改――!」

 ソーディアン・ブレイブは長剣を振るい、斬撃を放った。

 繰り出された斬撃は少し弱々しかったが、それでも勢いは失われておらず、ブラック・マジシャンズ・ナイトを斬り、消滅させた。

「ブラック・マジシャンズ・ナイト……!」

 遊戯にとってデッキの支えであるブラック・マジシャン。騎士の力を発揮しながら、またしても破壊されてしまった。

 ソーディアン・ブレイブを倒されたときの朝倉と同様、遊戯の心中も決して穏やかではなかった。


 遊戯LP200→100


「反魂の術で蘇った影響で、ソーディアン・ブレイブの『相手モンスターを戦闘によって破壊した時、相手ライフに400ポイントのダメージを与える』効果は発動されない。僅かなライフで、首の皮一枚残ったって感じだな、武藤遊戯!」

「ふっ、それはお互い様だぜ!」
 
 何度互いの切り札を破壊しても、互いに一歩も引かないこの決闘。まさに終わりの見えない戦いとなっていた。

「俺のターンはこれで終了だ!」


 遊戯のLP100

 手札二枚

 場 なし


 朝倉のLP550

 手札二枚

 場 ソーディアン・ブレイブ


(俺の手札には『クリボー』がある。『増殖』のカードを引ければまだ耐えられる。引くしかない……ここで)

 朝倉のフィールド上のソーディアン・ブレイブは特殊効果を失っているため、ある程度のカードを引ければ倒せる状態だった。

 だが遊戯の残りライフは100。まず防御を固めなければならない。 そのため、遊戯はこれまで何度も自分を守ってくれた、クリボーと増殖のコンボを狙っていた。

「俺のターン……ドロー!」

 そして、願いを込めてカードをドローした。

(これは……!)

 ドローしたカードは増殖ではなかった。そこには、闇を切り裂く、光り輝く三本の剣が描かれていた。

「俺は魔法カード――『光の護封剣』を発動する!」

 遊戯は迷うことなくそのカードを決闘盤にセットした。

 朝倉のフィールド上に三本の光り輝く剣が降り注ぎ、その動きを封じるように立ちはだかった。


 光の護封剣 (魔法カード)

 このカードは発動後、(相手ターンで数えて)三ターンの間フィールド上に残り続ける。

 このカードが存在する限り、相手モンスターは攻撃する事ができない。 

 
 光の護封剣は、これまで何度も遊戯の窮地を救ってきた強力な魔法カードである。
 
 増殖を引くことはできなかったものの、この状況ではそれに等しい価値のあるカードだった。

(この状況でまだ光の護封剣を引き当てるとは……さすがだな)

 三ターンの間攻撃を封じられることになったにも関わらず、朝倉はそれを嫌がっている様子はなかった。

 互いに死力を尽くし合うこの決闘を楽しんでいるのだ。

「さらに俺はクリボーを守備表示で召喚し――」

 遊戯が決闘盤にカードを置くと、フィールド上に手のひらサイズのマスコットのような、黒く、まん丸なモンスターが召喚された。 

 その愛らしい容姿で、デュエルモンスターズの中でも人気の高いモンスター。クリボーだった。


 クリボー (闇)

 ☆ (悪魔族)

 相手ターンの戦闘ダメージ計算時、このカードを手札から捨てて発動する。

 その戦闘によって発生するコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。
 
 攻300 守200


「ターン終了だ!」



「おっせぇなぁ、遊戯のヤツ……何してんだ?」
 
 遊戯と朝倉の決闘が終盤に突入した頃、二人が決闘しているドミノ商店街を抜けた町外れで、一人の男が待ちくたびれた様子で呟いた。

 ツノのように前髪が尖がった金髪に、ラフな服装をした青年だった。その左腕には決闘者の証、決闘盤が装着されている。

 バトルシティトーナメントベスト4に輝いた決闘者、城之内克也だった。

 残念ながらバトルシティの中では行うことのできなかった、親友である武藤遊戯との誓いを果たすために、城之内はここで彼を待っていた。

「もうとっくに時間過ぎてるよな? いったいどうしたんだ?」

 言いながら、城之内はジーパンのポケットから取り出したデジタル時計で時間を確認した。

 すでに日付は変わり、時刻は0時を過ぎていた。


 アルカトラズでのバトルシティトーナメント決勝戦を終え、ドミノ町に帰ってきたのは二十二時過ぎ。

 彼らは互いにデッキ調整をする時間を設けるため、決闘の時間を約一時間後の二十三時半に決めてから別れた。

 普段は時間にルーズな城之内には珍しく、時間ぴったりにこの待ち合わせ場所に来てから、かれこれ三十分遊戯を待っていた。

 遊戯は自分と違って普段から時間にはきっちりしている方だ。なのにまだこの場に現れないのは明らかにおかしい……。

 城之内の心に嫌な予感がよぎる。 

「まさか……何かあったのか!? ――――遊戯っ!」

 彼は焦り、早足でこの場を去った。



「俺はリバースカードを一枚セットし、ターン終了だ! これでようやく光の護封剣の効果はなくなるぜ!」

  
 遊戯のLP100

 手札二枚

 場 クリボー 岩石の巨兵


 朝倉のLP550

 手札四枚

 場 ソーディアン・ブレイブ  伏せカード一枚


 朝倉は魔法除去系のカードを引くことはできず、光の護封剣の効果で攻撃を封じられ続けた。

 だが三ターンが経過し、その効果もようやくなくなったところだった。

 一方の遊戯も、場に『岩石の巨兵』を召喚するだけにとどまり、形勢を逆転させるはいたっていないように見えた。だが……。

(俺の場には二体のモンスターが揃った……。 あとは、デッキからあのカードを呼び込めれば、俺に勝機はある!)

 これは計算通りだった。場に生贄となるモンスターを揃え、上級モンスターを召喚するつもりだったのだ。

(来てくれ……そして"もう一度"俺に力を貸してくれ――!)

 遊戯はそっと目を閉じ、デッキの一番上のカードに指をかけた。

「俺のターン……ドロー!」

(目を閉じたままドローした!?)

 遊戯は目を閉じたまま、ドローしたカードを確認はしなかった。

 だが、遊戯は口元に笑みを浮かべた。

 指先に感じたのだ。強い"鼓動"を。カードから。


 バトルシティトーナメント決勝戦。   

 海馬から託されたカード『デビルズ・サンクチュアリ』をドローしたときと同じだった。

 目を閉じて引いたカード。だが、カードから"魂の鼓動"を感じた遊戯は、確認せずともそのカードがデビルズ・サンクチュアリだと確信することができたのだった。


「俺はクリボーと岩石の巨兵を生贄に捧げ――このカードを召喚する!」

 遊戯はドローしたカードを決闘盤に叩きつけ、そしてゆっくりと目を開いた。

 決闘盤に置かれたカードには、遊戯が確信した姿が描かれていた。

「いでよ! ――『真紅眼の黒竜』(レッドアイズ・ブラックドラゴン)――!」

 フィールド上に、神々しいまでの威圧感を放つ、真紅の眼を持つ巨大な黒竜が召喚された。


 真紅眼の黒竜 (闇)

 ☆☆☆☆☆☆☆ (ドラゴン族)

 攻2400 守2000


「レッドアイズ、ブラックドラゴン……ッ!」  
 
「俺の友の魂が宿されたカードだ! この決闘……勝機は俺の手の中にある!」


 遊戯のLP100

 手札二枚

 場 真紅眼の黒竜


 朝倉のLP550

 手札四枚
 場 ソーディアン・ブレイブ  伏せカード一枚





[八章] ずっと一緒に

「――――――!!!!!!」


遊戯のフィールド上に召喚されたレッドアイズは、溢れんばかりの闘志を表すように、凄まじい咆哮を上げた。

「ぐっ……これが、レッドアイズか。青眼の白龍にも劣らない力を持つ、幻のレアカード……!」

 朝倉の体は震えていた。

 立体映像のレッドアイズの姿に恐怖しているわけではない。それほどまでに圧倒的な迫力を感じていたのだ。

(レッドアイズよ……また、俺に力を貸してくれ)

 遊戯は心の中で、レッドアイズに向けて言った。

 マリクに洗脳された城之内との危険な決闘。
 バトルシティトーナメント、海馬との準決勝の決闘。

 二度に渡り、遊戯はこのレッドアイズに窮地を助けられた。

 そして今、もう一度レッドアイズの力を必要としていた。

「――――――!!!!!!」

 それに答えるように、レッドアイズはさらなる咆哮を上げた。


 バトルシティトーナメント開始直後。遊戯はレアカード強奪集団グールズのレアハンターから、このカードを奪い返した。

 親友、城之内克也の魂のカードである、レッドアイズのカードを。

 だが彼はそれを受け取らなかった。

 自分が、再びレッドアイズを手にするのに相応しい真の決闘者になるまでは受け取れないと。

 そして城之内は誓ったのだ。再びレッドアイズを手にするまで、誰にも負けるわけにはいかないと。

 だから遊戯も、再び城之内の手にこのレッドアイズを返すまではどんな決闘にも負けるわけにはいかないと、心に誓っていた。  


「この状況でレッドアイズを召喚してくるとは、思ってもみなかったぜ。 だが、レッドアイズの攻撃力では俺のソーディアン・ブレイブは倒せないぜ!」

 レッドアイズの攻撃力は2400。朝倉の場のソーディアン・ブレイブは、反魂の術によって蘇生した影響でパワーダウンしているとはいえ、攻撃力は2600。僅かに及ばない。

 だがそれはもちろん遊戯もわかっていることだった。

「言ったはずだぜ、勝機は俺の手の中にあると! 俺は手札から、装備魔法カード――『一角獣のホーン』を発動する!」

 遊戯はさらに手札から一枚のカードを決闘盤にセットした。  


 一角獣のホーン(装備魔法カード)
 
 装備したモンスターの攻撃力と守備力は700ポイントアップする。

 このカードがフィールドから墓地に送られた時、デッキの一番上に戻る。
 

「このカードで、レッドアイズの攻撃力は700ポイントアップする!」

 レッドアイズの額に、雷を帯びた鋭く長い角が装備された。

 
 レッドアイズ 攻撃力2400→3100


「くっ、攻撃力3100……!」

「いくぜっ! レッドアイズでソーディアン・ブレイブを攻撃!」

 遊戯の攻撃命令を受けたレッドアイズは、唸り声を上げて大きく口を開いた。

「雷黒炎弾(サンダー・ブラックフレア)――――!」

 その口から、黒い炎の塊が凄まじい勢いで放出される。一角獣のホーンの効果も加わり、そこには雷も加わっていた。

 ソーディアン・ブレイブは直撃を受け、消滅した。

「ぐっ……あぁっ!」

 
 朝倉LP 550→50 


 朝倉は唇をかみ締め、表情を歪める。

 デッキの切り札であり、魂のカードとも呼べるソーディアン・ブレイブはついに四度も破壊されてしまった。

 これまでどんな決闘でも、そう何度もソーディアン・ブレイブを破壊されたことなどなかった。しかも今、ライフポイントも僅か50ポイントにまで減らされてしまった。

 それは彼にとって、まさに未知の体験だった。

 ここまで追い詰められれば、悔しさや自分への怒りなど、もはや感じることはなかった。

「見事だぜ、武藤遊戯……だが、俺は負けない!」

 遊戯はやはり強い。この状況にきてさらにそれを認めさせられる結果となっていた。

 だが、負けられない――! 朝倉の心は一つだった。 

「レッドアイズによってダメージを受けたこの瞬間。俺は場の罠カードを発動させる! リバース罠! ――『クローン・スキル』!」 

 表になった朝倉のフィールド上のカードには、研究室で、数人の科学者たちがモンスターを製造している場面が映されていた。


 クローン・スキル (罠カード)(オリジナルカード)

 相手モンスターにより戦闘ダメージを受けた時、発動することができる。

 そのモンスターの元々の属性・種族・レベル・攻撃力・守備力を持つ「クローンモンスタートークン」一体を特殊召喚する。

 また、クローンモンスタートークンは、そのモンスターと同名カードとして扱う。


「この効果で、レッドアイズのクローンを俺のフィールド上に特殊召喚するっ!」 

 朝倉が力強く宣言すると、フィールド上に巨大な粘土状の物体が出現した。

 それは生き物のように不気味に蠢き、一回りも二回りも大きくなり、形を成していった。

 尻尾が生え、翼が生え、手足が生え、やがてそれは、真紅の眼を持つ巨大な黒竜の姿となった。

「レッドアイズの……コピーモンスターか」

 さすがに予想外だったのか、遊戯は苦笑いを浮かべる。だが、コピーモンスターに脅威を感じてはいなかった。

 コピーモンスタートークンは対象モンスターの元々の攻撃力をコピーするため、遊戯のレッドアイズの強化された3100の攻撃力をコピーすることはできない。

 そのためその攻撃力は2400ポイントとなり、オリジナルのレッドアイズを倒すことはできないのだ。

 しかし、コピーモンスターであるレッドアイズの放つ威圧感、そして激しい咆哮は、オリジナルと見分けがつかないほどだった。 
 
 たいしたコピー技術だと感心しつつ、遊戯は手札のカードを決闘盤にセットした。

「俺はリバースカードを一枚セットして、ターン終了だ!」


 遊戯のLP100

 手札0枚

 場 真紅眼の黒竜(一角獣のホーン) 伏せカード一枚

 
 朝倉のLP50

 手札四枚

 場 真紅眼の黒竜(コピーモンスタートークン)


「コピーモンスターで、オリジナルのレッドアイズを倒せるとは思っていない。"だが、俺は負けない"!」

 朝倉は無意識に、先ほど言ったことと全く同じことを言った。

 それは緊張からだったのか、それほどに決闘状況は緊迫していた。  

(まだだ……まだ終わらせないっ!)

 声には出さず、朝倉はデッキから静かにカードをドローした。

 そしてドローしたカードを確認し、声を出した。よし――! と。

「これが、俺に残された最後の勝機だ! 魔法カード――『聖女の奇跡』を発動!」

  
 聖女の奇跡 (魔法カード)(オリジナルカード)

 自分の手札を任意の枚数墓地に送ることで以下の効果を発動することができる。
 
 一枚 自分のライフポイントを2000回復する。

 二枚 自分の墓地のモンスターを一体特殊召喚する。

 
 魔法カードの効果により、朝倉のフィールド上に、白い司祭服を纏った一人の女性が現れた。

 それはまるで、稀代の芸術家が彫り上げた彫刻がそのまま人になったような、まさに聖女と呼ぶにふさわしい美しい女性だった。

「俺は手札から『コストダウン』と『サイバー・ドラゴン』の二枚のカードを墓地に送り、その効果を発動するっ!」

 朝倉は四枚の手札の中から二枚を選び、決闘盤の墓地カードゾーンに送った。

「聖女よ! その力で奇跡を起こし、我がしもべ……いや、俺の仲間を蘇らせてくれ!」

 朝倉が強く願うように叫ぶと、彼女は天に向かって両手を掲げた。

 すると朝倉のフィールド上に光が差し込み、そこにはいつの間にか、ソーディアン・ブレイブの姿があった。

 蘇ったというよりは、まるで最初からそこにいたかのように。それは蘇生ではなく、まさに奇跡の力だった。

 それを確認した聖女はにっこりと微笑み、そして姿を消した。


 ソーディアン・ブレイブ (炎)

 ☆☆☆☆☆☆☆☆ (戦士族 儀式) 

「勇者降臨」により降臨。フィールドか手札から、レベルが8以上になるようカードを生贄に捧げなければならない。

 このカードは罠の効果を受けない。

 相手モンスターを戦闘によって破壊した時、相手ライフに400ポイントのダメージを与える。

 攻2900 守2800


「五度目、か……」

 遊戯が呟いた。それは、ソーディアン・ブレイブが場に召喚された回数を指していた。

「あきれたか?」

 朝倉は皮肉っぽく尋ねたが、遊戯は首を振った。

「感心している……いや、素晴らしいと思っているぜ。お前にとってのソーディアン・ブレイブは、それだけ特別なカードなんだな」

「まあ……な」

 朝倉はふっと笑みを浮かべ、決闘盤に置かれたソーディアン・ブレイブのカードをじっと見た。

(このカードがチビたちに託されたカードだから……ってのもあるが、やっぱ孤児院のために賞金を稼ぐって決めた最初の大会から、ずっと俺と共にあるカードだからな……)

 一年前に孤児院を出た朝倉が、賞金を狙って始めて参加したのは兵庫県で行われた大会だった。

 当時はまだそれほど有名ではなかったものの、それなりの決闘者だった"ダイナソー竜崎"の『暗黒(ダーク)ドリケラトプス』を破壊し、朝倉に勝利をもたらしたのはソーディアン・ブレイブだった。

 それから朝倉は数多くの大会で賞金を稼ぎ、その中の大半を孤児院に送りながら、残った金でカードを買い、デッキを強化していった。

 様々なカードを入れ替えながらデッキを構築していったが、その中でも一度もデッキを外れず、最初の大会から朝倉と共にある唯一のカードがソーディアン・ブレイブだった。

 "孤児院の子供たちから託された"という理由以上に、彼にとってはずっと一緒に戦ってきた、やはり特別なカードなのだ。
 
「だが朝倉、いかにソーディアン・ブレイブが蘇ろうと、俺のレッドアイズを倒すことはできないぜ!」

 朝倉の場には、コピーレッドアイズとソーディアン・ブレイブが召喚されている。

 どちらも強力なカードだが、それでも一角獣のホーンによって強化された遊戯のレッドアイズには及ばない。

「確かにな……だが二つの力を合わせれば、どうなるかな?」

 朝倉は不敵な笑みを浮かべ、遊戯に向けて一枚のカードを差し出した。

「何っ!?」

 そのカードを見た遊戯は、眼を見張って驚いた。


 融合 (魔法カード)

 決められたモンスター二体以上を融合させる


「融合だと!?」

「伝説の勇者、ソーディアン・ブレイブ。そして紅き眼を持つドラゴン、レッドアイズ。その二つの力を一つに束ねる! 融合――!」

 ソーディアン・ブレイブは大きく跳躍し、レッドアイズの背中に跨った。

 それによって新たな力を得、別のモンスターとなった。

「――『黒竜の勇者 ブラックドラゴン・ブレイブ』――! こいつがこの決闘を終わらせる!」

 
 黒竜の勇者 ブラック・ドラゴン・ブレイブ (闇)

 ☆☆☆☆☆☆☆☆ (戦士族) 

 【融合】(ソーディアン・ブレイブ+レベル7以上で闇属性のドラゴン族モンスター)

 このモンスターの融合召喚は、上記のカードでしか行えない。

 このカードは罠の効果を受けない。

 相手モンスターを戦闘によって破壊した時、相手ライフに800ポイントのダメージを与える。

 手札を一枚捨てることで、このターンこのカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。
 攻3000 守3000





 [九章] 金のために!

 遊戯のLP100

 手札0枚

 場 真紅眼の黒竜(一角獣のホーン) 攻撃力3100 伏せカード一枚

 
 朝倉のLP50

 手札一枚

 場 黒竜の勇者 ブラック・ドラゴン・ブレイブ 攻撃力3000


(まさかレッドアイズを融合素材に使われるとは……)  

 バトルシティでの戦い。そしてこの決闘。

 少ない回数とはいえ、遊戯は城之内から預かったレッドアイズと共に戦い、そしてその力を十分に引き出したつもりだった。

 だが朝倉は、彼自身の魂とも呼べるソーディアンブレイブと融合させるという、遊戯には思いつかなかった戦術でレッドアイズの力を引き出したのだ。

 遊戯は感心し、そして驚かされていた。

「ブラック・ドラゴン・ブレイブでは、強化されたレッドアイズの攻撃力には僅かに及ばない。だがこいつは、手札を一枚捨てることで相手プレイヤーに直接攻撃ができる!」

 朝倉は残された最後の手札を墓地カードゾーンに送った。

 すると、その背に勇者を乗せたレッドアイズはさらなる高さに飛翔し、遊戯のフィールド上のレッドアイズの上をいった。その高度は、商店街の天井すれすれだ。

「これが俺の最後の攻撃だ! ブラック・ドラゴン・ブレイブでプレイヤーに直接攻撃!」

 その背に跨った勇者が剣をかざすと、レッドアイズも大きく口を開いた。

(ブラック・ドラゴン・ブレイブは罠の効果は受けない! この攻撃は防げない! 俺の勝ちだ――!) 

 ソーディアン・ブレイブの罠を受け付けない効果は引き継がれており、遊戯のフィールド上の伏せカードを恐れず、朝倉は攻撃宣言をした。

 そして、目の前に迫った勝利を確信していた。

「いけぇっ! 魔神――黒炎弾――!」 

 勇者が剣を振り切り、レッドアイズが火炎弾を放とうとした……その瞬間

「リバースカードオープン!」

 遊戯が叫んだ。

「――『融合解除』!」

 同時に、遊戯のフィールド上のカードが表になった。

 二体のモンスターが分裂する様子が描かれたそのカードは、魔法カードだった。


 融合解除(速攻魔法カード)

 フィールド上の融合モンスター一体を分離させる。


(しまっ……たっ……!!)

 そのカードを見た朝倉は、目を見開き、唖然とした。

 そのカードによって起こりうる事態を瞬時に理解したのだ。 
   
「融合解除の効果によって、黒竜の勇者は強制的に分離される!」

 遊戯が高らかに宣言すると、レッドアイズに跨った勇者は魔法効果によって強制的に降ろされ、地面に落下した。融合が解除されたのだ。

(最後の最後で読み誤った……遊戯のデッキに融合解除があるのはわかっていたはずなのに……!)

 朝倉は心底悔しがった。それが表情に表れていた。

 遊戯のデッキに融合解除があり、海馬瀬人との決闘ではあの『青眼の究極竜』をも無効化したのははっきりと記憶していた。

 だがこの曲面で、僅かな油断が生じた。

 ――罠は効かない。そしてこの場面で攻撃を防げる魔法もないだろう。大丈夫だ。 と。

 なぜ、最後の最後まできちんと読もうとしなかった。油断などしてしまった。そんな自分の甘さが悔しくて仕方なかった。

 とはいえ、このターンの朝倉に攻撃力3100となった遊戯のレッドアイズを倒す手段はなく、見事なコンボで黒竜の勇者を融合召喚し、遊戯への直接攻撃を狙った彼の攻めは間違いと言えるものではなかった。

「だが、まだ負けたわけじゃない……! 俺はフィールド上のモンスターを守備表示にして、ターンを終了する!」


 遊戯のLP100

 手札0枚

 場 真紅眼の黒竜(一角獣のホーン) 

 
 朝倉のLP50

 手札0枚

 場 ソーディアン・ブレイブ 真紅眼の黒竜(コピーモンスタートークン)


「俺のターンだ! ――最後のな!」

 遊戯はカードをドローする前に力強く言った。最後――と。

 そしてデッキからカードをドローし、素早い動作でそれを決闘盤にセットした。

「装備魔法――『メテオ・ストライク』!」 


 メテオ・ストライク(装備魔法カード) 

 装備モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


「メテオ・ストライク……!」

 遊戯のフィールド上に現れた、赤い光を放ちながら隕石が落下する風景が描かれたカードを見て、朝倉は肩を落とした。

「このカードの効果で、レッドアイズはさらなる力を得るぜ! 守備表示モンスターを破壊し、相手に貫通ダメージを与えることができる!」

 レッドアイズの黒き体は、赤々と輝く光に包まれた。それによって力を得たレッドアイズは凄まじい咆哮を上げる。

「レッドアイズの攻撃! 流星 雷炎弾!(りゅうせい らいえんだん)――!」

 レッドアイズの口から、雷を帯びた黒炎弾が流星のごとく放たれ、朝倉のレッドアイズ(コピーモンスタートークン)に直撃した。

 凄まじい爆発と共に、朝倉のフィールド上のレッドアイズは消滅した。


 レッドアイズ(一角獣のホーン+メテオ・ストライク) 攻撃力3100

 レッドアイズ(コピーモンスタートークン)      守備力2000

                          その差1000ポイントのダメージ  

「うっ……!」


 朝倉LP50→0


 レッドアイズの攻撃により、朝倉のライフは0となった。フィールド上に、ソーディアン・ブレイブを残したまま。
 
「……ありがとう、武藤遊戯」

 朝倉は、小さく呟いた。

 このターン、どちらのモンスターを攻撃しても遊戯は勝利していた。

 だが朝倉の魂と呼べるカード、ソーディアン・ブレイブをあえて攻撃しなかった。

 それは、遊戯の思いやりだったのだろう。朝倉はそう解釈した。


 決闘が終了したことにより、決闘盤のシステムが自動的に終了され、互いのフィールド上の立体映像も消えた。
 
 消える直前、フィールド上のソーディアンブレイブが申し訳なさそうな表情で振り返った……ように朝倉は感じた。 

(……気にするな。いい決闘だったさ)

 朝倉の表情は晴れやかだった。それは、勝敗を通り越した、素晴らしい決闘を終えたことに対する満足感からだった。
 
 そんな朝倉の元に、遊戯がゆっくりと歩み寄ってくる。

「聞かせてくれないか? お前が金を求めて戦う理由を」 

 遊戯の表情も、同じように晴れやかだった。

 

「そうか……そういう事情だったのか」

 決闘中の会話で、朝倉が私利私欲のために金を求めているわけではないというのはわかっていた。誰かのために金を得ようとしているのだと。

 だが、取り壊される孤児院を守るために、子供たちを守るために大金を求めていることまでは知らなかった。

 ――そんなに重いものを背負っていたのか……。 それを知った遊戯は、朝倉に対して同情心が沸いていた。

「そんな暗い顔するなよ。まあ、確かにこれからも大変だけど、何とかやっていくさ」 

 心配するな。そんな意味も込めて、朝倉は遊戯の肩をぽんと叩いた。

「俺はこの決闘でいろんなことを学べたんだ。お前には感謝してる
 俺はこれからも決闘し続けるぜ。カードを信じて、カードと共に、めいっぱい楽しみながらな。 ……金のために!」

 堂々と言い切った朝倉を見て、遊戯は安心したように笑みを浮かべた。

「そうか、がんばれよ朝倉……金のために!」

「ああ!」 
 
 力強く言い、朝倉は遊戯の前から去って行った。

(俺の方こそ、お前には感謝するぜ朝倉。この決闘で得た勢いそのままに、城之内くんとの決闘に挑ませてもらう!)

 バトルシティでの戦い。それによって発生したストレスを少なからず抱えたまま、遊戯は城之内との決闘に向かわなければならなかった。

 自分自身の失われた記憶を取り戻すための戦い。それはそれほどに過酷な戦いだったのだ。

 だが朝倉との決闘は、何も得ることも失うこともない。互いの決闘者としての魂と魂のぶつかり合いの決闘だった。

 本能のままに戦った決闘。それによって、遊戯は抱えていたストレスを消し去ることができていたのだ。  

 
 遊戯と朝倉。二人の記憶には残っても、記録には残らない決闘。

 それが、この後に行われる遊戯と城之内。同じく記録には残らない決闘へのきっかけとなったことは、彼らしか……知らない。







 おしまい


 ――後日
「海馬か、頼みがある」







あとがき

 金のために決闘。無事に最後まで書ききることができました。

 こういう場を与えていただいた管理人さんには本当に感謝です。

 そして最後まで読んでいただいた方々、本当にありがとうございます。

 アニメ遊戯王デュエルモンスターズの最終回を見た辺りで遊戯王カードから離れていましたが、たまたま弟が友達と遊戯王カードで遊んでいるのを見て懐かしく思い、ネットで調べてるうちにこのサイトにたどり着いた……というのが今回の小説を書くきっかけとなりました。

 全てというわけではないですが、このサイトに掲載されている小説をいくつか読ませていただき、凄く楽しませてもらいました。

 そして刺激され、自分でも書いてみたいと思い、今回の小説を書くこととなりました。

 こうして終えてみると、やはり他の作者の方たちの小説と比べると至らないところばかりだったと痛感していますが、最後まで書ききれたことには満足しています。

 次回作への意欲を秘めながら、ここで一旦終わらせていただきます。 

 本当に、ありがとうございました!







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