闇の中の小さな光  製作者:ショウさん


※この小説は「神の名を受け継ぎし者達」の続編です。
前作を読んでいない方でも分かるよう、努力はしたつもりですが、それでもやはり、限界がありました。――そのため、前作(及び番外編)にも目を通していただけると、とても嬉しいです。





 【現在――。】

 【それは、前後に存在する時間――過去と未来があることで、成り立っている・・・。】

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 20代後半の2人の男が、全てを失った荒野でお互いを見ながら立っていた。1人は黒髪、もう1人は赤茶色の髪をしていた。また、黒髪の男の目の前には、自身の腕で壁を作ろうとしているフードを被った魔法使いの姿が、もう1人の赤茶色の髪をした男の目の前には、5つの頭を持った巨大な機械龍が、その全ての口で雄叫びを上げていた――。

「これで・・・、終わりだぁあああああああああああああああああっ!!!!」

 その雄叫びが途絶えた刹那、赤茶色の髪の男が涙混じりの声で叫んだ。その叫びに反応して、機械龍は5つの内、1つ目の頭の口を開けた。その口の中で、全てを吹き飛ばす力を秘めたエネルギーが徐々に凝縮されていき、やがてそれは放たれた。それに続いて、2つ目、3つ目、4つ目、5つ目と他の口からも同様のエネルギーが放たれていった。
 それらのエネルギーを弱々しい魔法使い1体が防げるわけもなく、魔法使いはそのエネルギーに貫かれ、その背後に立っていた黒髪の男もまた、腹部を貫かれてしまった。
 そんな黒髪の男の姿と、男が手に持っていた「1枚のカード」を見て、赤茶色の髪の男はその場を立ち去った・・・。

「――父ちゃん・・・! 父ちゃんっ!!」
 赤茶色の髪の男がその場を立ち去ってから少しして、黒髪の男の息子と思われる子供が1人、大粒の涙を流しながら、黒髪の男に駆け寄った。だが、男の命の灯火は既に消えかけており、後少し体を動かしたら、後少し口を動かしたら、それは完全に消えてしまうだろう・・・。
 だが、それを知ってなお、やらなければならないことがある、と考え、男は自分のデッキケースに残された、「未完成の3枚のカード」を取り出し、自分の息子に渡した。
「何・・・、これ・・・?」
 息子は突然手渡されたカードに、ただただ困惑するばかりであったが、そんな息子の困惑を他所に、灯火が消えかけてきた男は、ゆっくりと口を開いた。
ファイガ・・・。 お前は・・・お兄ちゃんだ・・・。 だから・・・、アンナのことは・・・任せた、ぞ・・・」
「“ボク”・・・、頑張るよ・・・!」
 男の声は途切れ途切れで、聞き取りづらいものではあった。だが、ファイガと呼ばれた息子は、それをしっかりと聞き、何度も頷いた。そんな頷きを見て、男は小さく笑うと、「最後の言葉」をファイガに伝えた。
「そして・・・、――るんだ・・・。 邪神を・・・、邪神を・・・!!」

 その瞬間、男の意識は途絶え、男の体を「死」が支配した――。

「“邪神”・・・?」
 絶望とも感じ取れる悲しみの中で、ファイガは父の言葉を繰り返すように呟くと、もう一度、受け取った3枚のカードを見つめた。

 それが全ての発端であるとも知らずに・・・。

 3枚のカードから放たれるは、世界に向けられる「崩壊の力」と「再生の力」。そして、それを可能にする「闇の力」――。
 やがて、ファイガの全身はそれで覆い尽くされ、彼の中に「何か」が誕生した――。

「分かったよ、“父さん”。 ――邪神を蘇らせる。 それが、父さんの願いなんだよね? でも、“オレ”はそれだけじゃあ、止まれないんだ・・・。 父さんを殺したシン・シャインローズ――。 貴様だけは・・・、貴様だけは絶対に・・・ッッ!!!」
 その直後、ファイガはその場をすぐに立ち去った――。

 3枚のカードには、「何も描かれてはいなかった」。
 だが確かに、3枚のカード全てが「笑った」かのように見えた――。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 【過去は現在へ続いていく“道”となり――、】

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 どこかの城の内部で、赤茶色の髪をした少年と黒髪の青年が、ある戦いを繰り広げていた。――戦いの理由、それは15年に渡って続けられてきた全ての戦いに「終止符」を打つため。
 少年の勝利――それは、異次元空間(アナザー・ワールド)の平和、延いては現実世界(リアル・ワールド)の平和を約束し、青年の勝利――それは、アナザー・ワールドとリアル・ワールドの「崩壊」と新たな「再生(スタート)」を約束していた。

 戦い――それは「デュエル」。
 互いが信じるカード40枚に、それぞれの全てを込めて、少年と青年は戦い(デュエルし)続けていた――。

「分かったか、クリア。 ――単なる人間の存在価値を・・・」
 戦いの中で、青年は少年に問いかけた。
 状況は「絶望」――。戦士達の「結束の力」と最強の戦士に託された「光の翼」によって、2体の「邪神」は倒せた。だが、青年は何事も無かったかのように、最後の邪神を召喚した。それによって、少年の仲間は2人の少女を残して倒れてしまい、少年の希望――カードも残り少なくなっていた・・・。
 そんな絶望もあってか、少年は青年の問いかけを聞くしか出来なかった・・・。
「そうだ! お前も“こっち”に来い。 それが嫌なら・・・、アンナマイも“こっち”に来い! それなら、お前の仲間もいることになる・・・。 悪い話じゃないだろう? ――少なくとも・・・、そんなちっぽけな奴等を守るよりかは、な」
 青年の頭上に聳える漆黒の太陽が、青年の言葉に応じるかのように、巨大なドクンドクン――という、通常では考えられないほどの、黒くて深い心臓の鼓動を出し続けた。
 その鼓動のせいもあって、青年の言葉が、「甘い誘惑」に変わろうとしていた。
 誘惑を振り払おうと、2人の少女――アンナとマイが必死で、少年に向かって叫んだ。だが、少年は何も言わず、俯き続けていた。
「チッ・・・。 分からん奴だなぁ! もう1度言ってやろうか? ――そんな奴等の何処に守る価値があるっ!!?
 だが、青年の最後の言葉が出た瞬間、少年は自分よりも遥か高い目線に位置する青年を、その何重もの瞳で睨み、叫んだ。

「――ちっぽけだから、守らなくちゃいけないんだろッッ!!!」

 その叫びは、アンナとマイを勇気付ける一言であった。そして、その叫びに納得しないファイガを苛立たせる一言でもあった。
「何・・・だと・・・っ!?」
「人は変われる・・・! ――変わることが出来るんだッ!!」
 ファイガの苛立ちに気づきながらも、少年――翔は叫び続けた。自分の主張を全て――。ここで躊躇っては何も変わらない。漆黒の太陽を倒すことも、ファイガを「救う」ことも出来ない・・・。だから、躊躇うことなく彼は叫んだ。
「上等だ・・・ッ! なら・・・、やってみろォッ!!」
「やってやるさ・・・! そして・・・、勝ってやる!! ――オレのターンッッ!!
 ファイガの挑発を受け、翔は自分のデッキに手を伸ばし、その一番上のカードに指を掛けた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 【未来は現在から歩を進める“道標”となる――。】

 【そして、そんな2つの時間に挟まれた現在――。】

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 6人の少年少女達の目の前には、それぞれの思いが受け継がれ、その思いによって目覚めた最強のモンスター達がいた。だが、そんなモンスター達を嘲笑いながら、黒髪の青年は、「全てを恐怖で支配する」邪な神――邪神を携えた。
「最初もクソも無ぇ。 ――消えるのは、お前等全員だ」
 そんな中で、黒髪の青年はその冷徹な言葉を、6人の少年少女達に投げつけた。

 その直後、邪神の巨大な拳が、振り続ける雨のようになって、無数の流星のようになって、全てを打ち砕いていく――。

 赤茶色の髪をした少年の、止めろ、という叫びを聞きながらも、邪神はその拳を振り下ろし続け、少年の仲間達を1人ずつ、確実に薙ぎ払っていった。彼等の中に宿っていた「希望」と共に――。
 当然、残りの5人を薙ぎ払った後は、叫び続ける少年をも薙ぎ払った・・・。

(待・・・て・・・! ――今・・・ここで・・・、決着を・・・!)
 少年は倒れながらも、何とか起き上がろうとしながら、必死で叫ぼうとした。去り行く青年を呼び止めるために。
 だが、邪神から受けたダメージのせいで、うまく叫ぶことが出来なかった。それどころか、意識が次第に薄れていった。――やがて、少年の意識は途絶えた。

「さぁ・・・、ゲームの始まりだ・・・!」

 そして、少年少女達は1ヶ月という長いようで短い期間を与えられた・・・。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 【現在は加速を始め、“道標”に沿って進み続ける――。】

 【――だが、辿り着く先が、現在示されている“道標”かどうかは分からない・・・。】










 【なぜなら、時は常に変動を繰り返すものだから――。】










 【変わり続けていく人間が、その時を進み続けるから――。】










人類というものは寂しいものではない。楽天的なものだ。生命は進歩するものだから。
by 魯迅













闇の中の小さな光

製作者:ショウさん




prologue(序章) 永遠の城(エンドレス・キャッスル)へと――それぞれの決意

 異次元空間(アナザー・ワールド)――。
 そこは、邪神によって2つになってしまった現実世界(リアル・ワールド)の片割れ。
 リアル・ワールドとは違い、デュエルやモンスターに特化された世界となっており、実体化したモンスターは全て、コントローラーの感情を汲み取り攻撃を行う。――つまり、コントローラーの感情が相手に対する憎しみの場合、その憎しみを「殺意」に変えて、モンスターが敵を襲う、ということだ。

 そんな世界に邪神復活の鍵(キー)として、邪神によって飛ばされた6人の少年少女――「神の名を受け継ぎし者達」がいた。15年前の戦いで、邪神復活を企んでいたガイア・ドラゴニルクを倒し、リアル・ワールドへと行方をくらませたシン・シャインローズの力を受け継ぐ者達だ。
 彼等は、ガイア・ドラゴニルクの息子ファイガ・ドラゴニルクをリーダーとするデストロイドを倒し、邪神復活を阻止すべく戦うことを決意した。

 それから、約1ヶ月が過ぎようとしていた――。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 中学生3人に、これは豪華すぎるのでは、と思わせるほどの大きなベッドが3つ置かれた寝室。その内の右端に置かれたベッドで、赤茶色のボサボサな髪をした少年が眠っていた。
「うっ・・・うぅうッ・・・!!」
 脂汗を流し、もがき苦しむ少年のその姿は、まるで悪夢でも見ているかのようであった。そして、苦しみに苦しみを重ねた次の瞬間、その苦しみに耐えかねて、少年は目を覚まし、ガバッ――と起き上がった。

 この少年の名は神崎 翔(かんざき かける)――。本人はまだ知らないが、15年前に邪神復活を阻止した神崎 克(かんざき まさる)――シン・シャインローズの息子である(本名はクリア・シャインローズ)。

 翔は起き上がり、外が明るいことを確認すると、ベッドから降り、残り2つのベッドを確認した。一番奥のベッドには、1ヶ月という長い月日のせいですっかり髪が伸び、短髪とは呼べなくなった少年が、寝言を言いながら眠っていた。そのすぐ隣のベッドには誰もおらず、おそらく翔が起きる前に起きたのだろう。
 それらの確認を終えると、翔は黒色の学ランを、ボタンを1つもかけずに羽織ると、洗面台のある場所へと向かった(若干どうでもいいことかも知れないが、翔達の服装は実は制服だったのだ!当然、第1部から。 byショウ)。
 そこに辿り着くと、翔は水が流れぬよう洗面台に栓をすると、蛇口を回して一気に大量の水を出した。静かなその場所に、水の流れるジャーッ――という音が響き渡る。
 ある程度水が溜まるのを確認すると、翔は蛇口を閉めた。そして、溜まった水の中に両手を突っ込むと、両手で水を掬い上げ、バシャンッ――と顔に当てた。それを何度か繰り返し、翔は自分の眠気を覚ました。
 そしてふと顔を上げ、水に濡れた自分の顔を、目の前にある鏡で見つめた。その顔は、何かに恐怖したかのような怯えた表情をつくっていた。そんな表情を見て、そっとそれを映す鏡に手を伸ばそうとするも、その手は激しく震えていた。
「――どうしたの、翔」
 すると、後ろから1人の少女の声が聞こえてきた。

 この少女の名は神吹 有里(かんぶき ゆうり)――。生まれる前に、彼女の兄――神吹 啓太(かんぶき けいた)を失うが、この世界(アナザー・ワールド)にて、敵と味方、という形で再会した。

「・・・別に――」
 だが、翔は有里の言葉に素っ気無く返事をすると、栓を外し、溜めていた水を流し始めた。
「“別に”って・・・、どう見ても大丈夫そうには見えないけど?」
 虚をつかれたような有里の言葉に、翔はピクッ――と反応してしまった。
「ハァ〜・・・。 どうしたの? 話くらいなら聞いてあげるけど」
 有里は、翔の反応を見て小さくため息をつくと、再び口を開いてそう言った。ちなみに彼女は今、この世界の住人の1人であるアンナからもらったマントに近いものを羽織っている。
 有里の言葉を聞いて、翔は無言のまま振り返り、彼女の方を向いた。そして、少しずつ彼女に向かって歩き、目の前に辿り着くと、何も言わぬまま翔は、彼女を抱き締めた。
「――ッ!? ちょっと何すんの!!?」
 有里は思わず手を伸ばし、翔をどかそうとするが、自分を抱き締める翔の手が、通常では考えられないくらいに震えているのを感じ取った。
「・・・翔・・・?」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 時間は少し遡って、翔が起きる前のこと。
 レジスタンスのアジトである洞窟の外――。早朝すぎるためか、まだ空は薄暗かった。
 1人の少年と1人の少女は、そんな空を見上げながら、体育座りをしていた。

 少年の方の名を高山 神童(たかやま しんどう)、少女の方の名を明神 真利(みょうじん まり)と言う。

 2人とも既に着替えを済ませており、制服を着ていた。真利の方は、ブレザーをきっちりと着こなしているが、神童は、苦しいから、という理由で学ランの第1ボタンを外していた。
「――今日なんだよね?」
「・・・うん・・・」
 突然の神童の言葉を聞いて、真利は空を見上げるのを止め、自分の足下を見て、つぶやくようにそう言った。そんな状態で真利は、自分の目の前で、崩れ落ちるように消えてしまった赤き魔獣のことを思い出していた。――自分に「次元」の力を与えてくれた魔獣のことを・・・。
「――怖い?」
 魔獣のことを思い出しながら、真利は神童にそう聞いた。その質問を聞いて、神童もまた空を見上げるのを止めた。
「ちょっとね・・・。 でも、やらない訳じゃない。 ――“ネオス”と戦って、彼はその身を犠牲にしてまで、ボクに戦う力をくれた・・・。 だからこそ、やらない訳にはいかないよ」
 神童もまた、真利の思う魔獣とは違うものの、魔獣と同じ、「8大精霊」の内の1体である戦士のことを思い浮かべていた。――自分に「戦士」の力を与えてくれた戦士のことを・・・。
「そうだよね。 ――“ダ・イーザ”は私に、戦う力をくれた・・・。 だから、私も・・・ッ!!」
 自分を奮い起こそうとする真利ではあったが、いざ戦おうと決意した瞬間、体が震え始める。「恐怖」が、真利の体全てを支配しようとしていたのだ・・・。
 だが、そんな恐怖はすぐに彼女の中から消え失せた。――神童が、真利の肩を自分の方へと抱き寄せたからだ。
 そんな状態で、彼は口を開いた。
「――ボクが守る・・・」
「・・・え?」
 真利は、突然の神童の言動に一度は戸惑うものの、悪い気分ではないと判断してか、彼を拒絶しようとはせず、その状態を受け入れた。
「“戦士”の力に懸けて、翔からもらった“融合”に懸けて、何があっても真利ちゃんを守ってみせる。 だから・・・、怖がらなくても大丈夫だよ」
 そう言って、神童は左手で真利を抱き寄せたまま、右手でデッキケースから「融合」と「ネオス」のカードを取り出し、空に掲げた。そして、そのカードを通して、明るくなり始めた空を見た。そんな神童の姿を見て、真利も同様に、空を見上げる。
「・・・うん」
 真利は少しだけ涙を流しながら、小さく頷いた。
「よし、みんなの所へ行こっか! ――みんなももう起き始めてるだろうし」
 少し恥ずかしくなったのか、神童は2枚のカードを片付け、真利の肩から手をバッ――と離すと、素早く立ち上がり、彼女の方へ手を伸ばした。伸ばされた手を見て、真利は神童に気づかれぬよう、さっと涙を拭くと、その手を取った。
「うん!」
 真利は笑顔で、もう1度頷いた――。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 時間は少しだけ進んで、翔も神童も起きた後のこと。
 1人の少年だけが取り残されてしまった寝室――。
「おい! 早く起きろ!!」
 気持ちよく熟睡していた1人の少年の耳に、1人の少女の聞き慣れた声が入ってきた。当然、その声のせいで少年は目を覚ましてしまった。目はまだ半開きで、辺りはよく見えないものの、その声の主が誰なのかを少年はすぐ理解し、上半身だけを起き上がらせ、声の主がいるであろう方を向いた。
「人が気持ち良く寝てたっていうのに・・・。 ちったぁ睡眠時間を奪われた人の気持ちを考えてみろ、加奈!!」
「うっさいわねぇ! 辺りを見てみなさいよ!! 翔も神童も、もうみんな起きてどっかに行っちゃったのよ!!? それ分かって言ってる? ――神也!!」

 先程まで眠っていた少年の名を橋本 神也(はしもと しんや)、眠っていた神也を起こそうとしていた少女の名を晃神 加奈(こうがみ かな)と言う。

 神也の叫びを聞くも、加奈はすぐにそれ以上の声量で叫び、彼の意見を否定した。寝起きのせいもあってか、神也は加奈の大きな声に耐え切れず、耳を塞いだ。やがて彼女の叫びが終わると、両手で目を軽くこすり、パチッ――と開かせた。
 その瞬間、
「んなァッ!!?」
と神也は驚いて、視線を加奈からバッ――と逸らし、後ろを向いた。その時の彼の頬は、何故だか真っ赤になっていた。
「どっ、どうしたのよ急に・・・。 ――ん?」
 加奈は神也の突然の行動に、一度は首を傾げてしまう。だが、すぐに彼が何故そんな行動に至ったのかを、彼女は把握した。その時の彼女の視線は、今自分が着ている服にあった。その服は、胸元が大きめに開いており、着ている者の胸を強調させるかのような仕上がりになっていたのだ(ちなみに、これも元はアンナのもの)。
 加奈は「なるほどね」とつぶやくように言うと、ニヤリ――と不気味に笑った。
「ねぇ、神也・・・」
「な、何だよ・・・?」
 突然、加奈の声が色っぽいものになったので、神也は不思議に思った。
 その時加奈は、隙アリ、と思うと、神也の顔を両手でガッ――と掴んだ。そして、彼女は無理矢理、神也の視線が自分の胸元に来るように、彼の顔を自分の方へと回した。
 より一層、神也の顔が真っ赤になっていく。そんな姿を見て、加奈は再び笑った。
「どう? 神也ぁ〜v」
「うぐぐぐっ・・・!!」
 神也は顔を真っ赤にしながらも、何とか力を込め、自分の顔を掴んでいた加奈の両手を払った。
「クッソォッ、恥ずかしくないのかお前は! ――そんな服着てっ!!」
 加奈の両手を払った勢いをそのままに、神也は先程まで愛用していた枕を右手で持ち、彼女に向けて力いっぱい投げた。だが、彼女はそれをいとも簡単に避けてみせた。
「どんだけガキなのよ、あんたは!!」
「うるせぇうるせぇッ!!」
 神也は、加奈の笑いながら自分の投げた枕を避ける姿を見て、更に怒りをあらわにし、布団やら毛布やらと、手の届くものをひたすら投げ続けた。しかし、彼女もまた、それを避け続ける。
 そんなやりとりがしばらく続くと、2人は疲れを見せ始め、息を荒くしていた。そこでふと、加奈は口を開いた。
「・・・今日・・・、なんだよね? ファイガが言っていた、“永遠の城(エンドレス・キャッスル)”へ行くのって――」
 真剣な表情になった加奈を見て、神也もまた、真剣な表情になった。
「――あぁ・・・、そうだな」
 そして、加奈の質問に小さな声で答えた。
「私達・・・、勝てるのかな? 確かに・・・、私達は“8大精霊”の内の6体から力をもらって、強くなったよ? ――でも・・・、“あの時のデュエル”で思い知らされた。 圧倒的な力の差を・・・」
 そう言って、加奈はグッ――と歯を食いしばった。拳もギュッ――と強く握り締めた。その動作はまさに、自分の力不足を感じ取ってのものであった・・・。
 だが、神也はそんな彼女の姿を見て、プッ――と吹いてしまった。
「何よ!? 突然笑い出して!! 私、何かおかしいこと言った!!?」
「言った言った!! ――だって・・・、“勝てるのかな?”じゃない・・・、“勝たなくちゃいけない”んだからな。 ――オレ達は」
 加奈の頬を真っ赤にしての問いに、神也は笑いながら答え始めるが、すぐに表情を真剣なものに戻した。彼の言葉を聞いて、一度は納得する加奈であったが、すぐにそれを撤回した。そして彼女はゆっくりと、「絶望」という深い海の中に溺れようとした。
「ハァ〜・・・」
 神也はため息をつくと、ゆっくりと立ち上がり、側に置いてあった学ランを、翔と同じようにボタンをかけずにバサッ――と羽織った。
「安心しろ。 オレもお前も・・・、それにみんなも・・・、絶対に負けない。 ――絶対にな」
「何で? ――何でそう言い切れるワケ?」
 神也の次の言葉に、加奈は真っ向から否定しようとした。すると、神也は加奈の目の前まで歩くと、彼女の左手首を掴み、そこに着けられた腕輪(ブレスレット)に触れた。自分の腰に巻かれた、金色のベルトの重みを感じ取りながら・・・。
「言い切れるさ・・・。 だってオレ達には、お前の言った通り・・・、精霊達の力があるんだから」
「そ、そうだけど・・・!」
 再び否定の言葉を発しようとした加奈の口を、神也はそっと塞いだ。
「デュエルをするとなると・・・、相手は1人だ。 まぁ、多少の例外はあったけどな。 ――んじゃあその時、オレ等は何人だ?」
「1対1でしょ? だったら・・・、1人かな」
「違う。 ――オレ達の中にはいつだって、精霊の力が宿ってる。 だから、1人じゃない。 応援してくれる仲間達がいれば、もっと多くの数になれる」
 神也の言葉は、加奈を「絶望」から救おうとしていた。
「それに――、応援してくれる仲間達がいなくとも、お前は違う。 精霊を含めた2人でも無い。 お前には・・・、いやお前のデッキには・・・、“Bloo-D”から受け取った“オレの力”が宿ってる。 だから、3人。 ・・・そうだろ? ――加奈!」
「・・・うん・・・」
「よし!!」
 加奈がうなずいたのを確認すると、神也は加奈の頭にポン――と手を置いた。
「さてと、顔でも洗いに行くかな。 ――お前も来るか?」
「うん!」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 そして時間は戻る。
 そこには、突然の翔の行動に戸惑う有里と、体を震わせながら有里を抱き締める翔の2つの姿があった――。
「・・・翔・・・?」
 有里は、多少戸惑うものの、翔の体の震えを感じ取り、彼をどかそうとせずに、ゆっくりと彼の名を呼んだ。翔はギュッ――と目を閉じ、何らかの「現実」から逃げようと、背こうとして、藁(わら)にも縋(すが)る思いで有里を抱き締め続けていた。
「怖いんだ・・・」
 ようやく意を決したのか、翔はゆっくりと口を開いた。
 だが、翔の言っている言葉の意味を、有里はまだ理解出来ていない。
「――何で?」
「みんなを守れるかどうかが・・・、分からなくて――」
 有里の優しい問いかけに、翔は答えた。
「1ヶ月前のファイガとの戦いで、みんなが次々と倒れていく時・・・、オレは初めて、デュエルに“恐怖”を感じた・・・。 オレ達のデッキ強化や、ファイガから受けた精神面での傷を癒すために、1ヶ月くらいここにいた。 ――でも、その“恐怖”だけはまだ、消えてくれないんだ・・・」
 そう言って、翔は有里を抱き締めていた手を解き、有里から一歩離れた。そして、先程まで有里を抱き締めていたその手を、彼女に見せた。
「たまに、3体の邪神が、オレ以外のみんなを・・・、その後にオレを・・・、飲み込んでいく夢を見るんだ。 それを見ていると、オレの体は“こんなの”に・・・」
 翔の手は止まることなく震え続けていた。そして、彼の顔が少しずつ青ざめていくのを、有里は見て理解した。
「そんな夢を見るたびに、オレは邪神に勝てない気がしてくる・・・。 他のみんなだったとしても・・・、絶対に“希望”は持てない・・・。 ――だからこそ、余計に怖いんだ。 いざ、邪神と戦うことになった時、デストロイドと戦うことになった時、みんなを守れるかどうかが・・・、分からなくて――」
 その時、バシンッ――という、渇いた音がその場に鳴り響いた。
 有里が、喋っていた翔に近づき、彼の頬を叩いたのだ。翔は叩かれた頬を手で押さえ、有里の方を見た。その時の彼女の目には、涙が溜まっていた・・・。
「有里・・・?」
「バッカじゃないの!? 勝てるかどうかなんて、やってみないと分からないじゃない! それに、私達は強くなった!! アンタは“闇”の力、私は“光”の力、神也は“勇気”の力、神童は“戦士”の力、真利は“次元”の力、加奈は“混沌”の力を・・・、それぞれの精霊からもらったじゃないっ!!」
「でもっ!! 1ヶ月前は、それでも勝てなかった・・・! ――勝てなかっただろッ!!」
 有里の必死な叫びを聞くも、翔は後ろ向きな思考を持って、それを否定した。

 その時一瞬だけ、沈黙が生まれた――。

 そして、その沈黙を有里が破った。
「なら・・・、約束をしようよ」
「・・・え?」
 そう言って有里は、後ろ向きな思考を持つ翔の両手を、自分の両手でギュッ――と、優しく握り締めた。
「アンタ、昔自分で言ってたでしょ? “オレは仲間との約束だけは、何があっても絶対に破らない”って・・・」
「あ、あぁ・・・」
「だから、約束。 それだったら、アンタは必ず破らないで、守ってくれるから。 ――どんな障害があったとしても、必ずね・・・」
 有里は翔の両手を握っていた手を離すと、右手の小指をスッ――と翔に向けた。翔は少し躊躇うものの、何かを決意したのか、小指を出し、有里の小指と絡めた。
「約束よ・・・。 ――邪神を倒して、“リアル・ワールド”に戻って、またデュエルしよ。 いつもみたいにさ」
「――おう」
 有里の言葉を受け、翔は短くではあったが、返事をした。
 自然と、翔の体の震えは止まっていた・・・。

「――その約束、オレ達も混ぜてくれよ」
 その時、翔と有里の隣から、1人の少年の声が聞こえてきた。彼等はバッ――と横を見てみると、そこには神也、加奈、神童、真利の4人の姿があった。
「・・・お前等・・・!」
「みんな・・・!」
 その4人の姿に、翔と有里の2人は、思わず声を発してしまった。
「抜け駆けなんて良くないよ?」
「そうそう! 私達は仲間なんでしょ? だったら・・・」
「その約束はボク達を含めて、だよね?」
 真利、加奈、神童の順で、翔と有里にそう聞いた。どうやら、最初に2人に声をかけたのは、神也のようだ。
 4人の姿を見て、翔は、些細なことで悩んでいた自分がバカみたいに思えてきて、思わず涙を流してしまった。その涙を学ランの袖ですぐに拭うと、大きく笑った。
「もちろん! 当ったり前じゃねぇか!!」


 翔の中に眠っている「能力(アビリティ)」――「答え(アンサー)」が、かすかに脈動していた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 その後、残りの2人(有里と加奈)もささっと着替えを済ませ、ゼオウのいる場所へと彼等は向かった。
 その場所には、ゼオウだけでなく、1ヶ月前の戦いでボロボロになった鎧を身に纏った兵士やアンナが、そして昨夜に翔が出会ったマイがいた。
「王様――。 いよいよ今日だ・・・!」
 そんな中で、翔は他の5人よりも一歩前に出て、先程とはうってかわって、強い意志を持ってそう言った。そんな彼の言葉を受けて、ゼオウもまた「うむ」と小さくうなずいた。
「スマンのう・・・。 本当なら、ワシもついて行きたかったんじゃが・・・」
「大丈夫だよ、王様! ――オレ等6人だけで、何とかなるって!」
 ゼオウの落ち込んだような言葉を受けても、神也は笑いながらそう言った。
 ただ、ゼオウが翔達6人について行けないのは、事実であった。

 1ヶ月前の戦いにおいて、ゼオウは大勢の傷ついた兵士を庇って、翔達が到着するまでの間、数百人もの敵と戦い続けていた。その疲労が老体には厳しかったらしく、1ヶ月経った今も、完全回復、とまではいっていないのだ。
 また、他の兵士達も、ゼオウに庇われていたとはいえ、前線の者達は戦い続けていたせいで傷つき、後方の者達もまた、彼等の回復のため、この場に残り続けなければならなかった。

「違うわ。 私も入れて7人よ――」
 神也の言葉を受けて、アンナが一歩前に出て、そう言った。
「そ、そうだったな・・・」
 神也は、多少動揺しながら、アンナの言葉に答えた。

 ―――後に神也は語る。「その時のアンナの目は、まるで“殺意の塊”であった」と。これを語った後、彼がアンナに殴られたことは、言うまでもあるまい。

「よし! じゃあそろそろ行くわ・・・」
「ちょっと待ってくれぬか!!?」
「ぇええええっ!?」
 気を取り直して、有里が右手をグッ――と上に挙げ、勢いよくアジトから外に出ようとした時、突然ゼオウに止められたせいで、有里は頭を地面にガツンッ――とぶつけてしまった。
 そんな中で、ゼオウは懐から、1枚のカードを取り出した。
「翔くん・・・」
「ん? オレ?」
「そうじゃ。 君に、このカードを――」
 ゼオウに呼ばれた翔は、多少驚きを交えながらも返事をし、ゼオウの下まで歩いた。そして、ゼオウから渡された1枚のカードを、翔はじぃーっと見つめた。ついでに、「何のカード?」と興味を持った残りの5人も、翔の下まで走り、そのカードを見つめた。



 そこには――――、










何も描かれてはいなかった。










「・・・このカードは?」
 翔は思わず、渡されたカードの絵をゼオウに見せるようにして掲げ、彼に聞いた。
「そのカードには、過去に邪神を封印した“最強の天使”の核(コア)が封印されておるのじゃ」
「このカードに・・・、“最強の天使”が!!?」
 ゼオウの言葉を聞いて、一番早く驚きの声を発したのは、神童であった。
「そう・・・。 じゃが、封印されているせいで、誰がどういう手段を用いても、そのカードの効果は発揮されなかった・・・」
「じゃあ、何でオレに?」
「翔くん――君には、“答え(アンサー)”と言う、他の者達とは違う特別な力を持っておる。 じゃから、君にそのカードを託してみようと思うのじゃ。 邪神を倒す“キーカード”になるかも知れんしのう」
「でもそれは、ゼオ・・・、いや王様も持っているんじゃ!!?」
 ゼオウの言葉に一瞬納得しようとした翔ではあったが、不可解な点が浮かんだために、その点をゼオウに切り出した。だが、ゼオウはその翔の不可解な点を聞くと、小さく笑ってみせた。
「ワシの力はな・・・、年をとるにつれて、少しずつ弱っているのじゃ・・・。 そのせいもあって、そのカードを使う分の力はもう・・・」
「・・・そうか・・・。 ――ありがとよ!! どうなるかは分からないけど、試してみるよ!!」
 ゼオウの暗い表情を見て、翔はすぐに明るく振る舞った。そして、自分のデッキケースを開けると、その中に入っているデッキに、何の躊躇いも無くゼオウから渡されたカードを入れた。

「――無事を・・・、祈っておるよ・・・」
 その時のゼオウの表情は、少しだけ暗かった。

 ・・・翔――いやクリアに、また1つ嘘をついたからだ。
 本来、「最強の天使」のカードを使う者は、決して能力(アビリティ)を持っていなければならない、という制約は無い。――正確に言うと、別の制約があるのだ。
 その制約とは、「シャインローズ」――王の血を受け継いでいなければならない、というもの。
 つまり、ゼオウが戦えず、克――シンがリアル・ワールドにいる今、その最強の天使を使えるのは、翔だけだったのだ。

「じゃ、気を取り直して・・・、行くわ――」
「ちょっと待って!!」
 ゼオウの暗い表情が気になりながらも、先程の有里に続くように、加奈が右手を上に挙げ、大きく叫ぼうとするも、その叫びは1人の少女――マイによって阻まれてしまった。
 マイはそう叫ぶと、すぐにタタタッ――と移動して、翔の目の前に立った。その時の彼女の頬は、少しだけ赤くなっていた。
「翔・・・。 あの・・・、その・・・」
「――どうした、マイ?」
 おどおどするマイの気持ちを微塵も汲み取らず、翔はそう聞いた。そんな彼の言葉で少し自棄(やけ)になると、おどおどとした言葉ではなく、はっきりとした言葉で彼に言った。
「待ってて・・・! 準備が出来たら、すぐに追いつくから・・・!!」
「お、おう・・・? ・・・準備・・・?」
 翔は、マイの言葉の一部に疑問を持ち、首を傾げるも、彼女がすたこらさっさと自分の元いた場所に戻ってしまったので、その一部について、質問することが出来なかった。
 そんな翔の気持ちを余所に、1人の少女が彼の肩を尋常ではないほどの力で叩いた。
「痛ってぇなぁ・・・! も・・・う・・・?」
 その少女の表情を見て、翔の怒った言葉は少しずつ途切れていった。
「・・・あの子、誰・・・?」
「え・・・? あの・・・、あいつは・・・マイって言ってね、昨日の夜に風呂場で会ったっていうか・・・。 ――っとぉっ!!」
 有里の表情に恐れながら、翔は言葉を続けようとするが、「ある単語」が出た段階で、素早く自分の口を塞いだ。だが、それは時既に遅かった・・・。



〜ボ・コ・ボ・コ・タ・イ・ム♪〜



「よっしゃー。 みんなぁ、行っくぞー」
 翔はそう言ったが、その言葉は明らかに棒読みであった。それの理由も明らかではあるが。――彼の言葉に、「はーい!」と元気良く返事をした人です。


 そんなこんなで出発し始めた彼等であった。


「翔・・・、ちょっといい?」
「あぁ、別にいいぜ」
 他の5人がまるで遠足にでも行くかのように騒ぎ(騒いでいる内容の主は、マイが翔の何なのか、について)ながら、永遠の城(エンドレス・キャッスル)へと行こうとしている時、アンナは翔を呼び止めた。翔もまた、不思議に思いながらも、アンナの言われた通りにした。
「あなただけに・・・、話しておきたいことがあるのよ・・・」
「・・・?」
 その時のアンナの表情は、先程のゼオウの表情よりも遥かに暗く、そして重かった・・・。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「どうしたの、翔くん?」
 後ろから自分達を追いかけるように走ってきた翔を見て、真利は彼に話しかけた。多少、息を荒くしてはいるものの、翔は「アンナとちょっと喋ってただけだよ」と、何事も無かったかのように答えた。
「何? 告られたの? 3人から告られるなんて流石だな〜」
「バッ! 違ぇよ!!」
 神也にからかわれるものの、これまた翔は、何事も無かったかのように答えた・・・。

 だが、翔の中には確かに、巨大な「絶望」が出現していた。有里に励まされる時まで持っていた、邪神に対する絶望とは桁違いに違う、更に大きな絶望が――。

 その絶望はたとえ、邪神を倒したとしても消えることはないだろう・・・。
 絶対に・・・、決して・・・、100%・・・、消えることはない。



 邪神復活まで残り24時間――。



 そんなカウントダウンと同時に、翔の中でも、彼等との別れという名のカウントダウンが始まっていた――。



 アンナの目に、涙が溜まっていた――。
 そんなアンナの姿を見て、翔は誰にも気づかれぬよう、自分の胸に手をそっと置いた。そして、視線をアンナから、有里に移した。何も知らない有里と仲間達は、笑いながら会話を続けていた。

(ゴメンな、有里――。 お前との約束・・・、守れそうにないかも知れない)






「――おい、あれか・・・?」
「えぇ・・・、あれよ・・・!」
 翔が目の前に聳える巨大な「何か」を見て、隣に立っていたアンナに話しかけた。当のアンナは、これから迫り来る脅威を予測してか、冷や汗を流しながら、小さく頷きそう言った。

 そう、目の前に聳える巨大な「何か」。――それは、城。

 彼等は約4時間程掛けて、「永遠の城(エンドレス・キャッスル)」に辿り着いたのだ。

 そんな城の形状は少し独特で、砂時計のようになっていた。つまり、最上階と1階の横幅は広いのにも関わらず、そこから中央に向かうにつれて、部屋の部分は細くなっていた。また、城から放射線状に伸びた触手のようなものが5本あり、それぞれの先端は、肉眼では把握できないくらい離れていた。

「――やっぱり開かないわよね・・・」
 城に辿り着いた、ということで、すぐさま城の目の前にまで移動すると、彼等を代表して、(くじで負けた)加奈が、城の扉をガチャガチャと開けようとした。だがやはり、それには鍵が掛かっているらしく、開けることが出来なかった。
 そんな彼女の姿を見ながら、神也が城の最上階までを確認した上で、アンナに質問した。
「・・・なぁ、何でこの城、こんな変な形になってるんだ? ――砂時計っぽいっていうかさ」
「さぁ? でも、邪神を封印しておくために“最強の天使”が作った城だから・・・、何らかの意図があったのは確かよ」
「真ん中の狭い部分なら、デカイ奴は動きにくそうだね」
 アンナの、神也の問いに対する答えを聞いて、神童が城の中心部を見ながら、つぶやくようにそう言った。そんな会話を聞きながらも、扉を開けようと努力し続ける加奈を見て、アンナは笑顔で口を開いた。
「――あ、もういいわよ。 そこが開かないことは分かってるし、その開け方ももう分かってるから」
「――えっ・・・!? じゃ・・・、じゃあ何でやらせたのよっ!!」
 アンナの言葉と笑み、それらから感じ取れる腹黒さを見て、加奈は怒りながら扉から離れ、仲間達の下に合流した。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「――それじゃ、教えてくれる? “ここ”の開け方を」
 少しの時間を掛けて加奈を宥め終えると、有里がアンナに向かって口を開いた。アンナは有里の言葉を聞いて、小さく頷いた。
「まず、“永遠の城(エンドレス・キャッスル)”に入るための扉は、加奈がさっき開けようとしてたあそこしか無いわ。 厳重なセキュリティが施されていて、開けることは出来ないけど・・・。 それに、周りの壁も含めて、扉は特殊な力のせいで、破壊は出来ない。 ――つまりこのままでは、城の中に入ることは出来ないわ」
「――ま、当然だよな。 今は敵が使っているにしても、元は邪神を封印しておくための城なんだから」
 アンナの言葉に、神也はどこか悟ったような口調でそうつぶやいた。
「そんなセキュリティ・・・、本当に開けられるの?」
 神也の言葉に続くように、真利がアンナにそう言った。だがアンナは、「可能よ」と彼女の疑問に答え、再び言葉を続けた。
「城から5本の触手みたいなもの――“軸”が伸びてるでしょ? その先端にある“鍵”を破壊すればいいのよ。 ・・・あ、“破壊”って言っても、要するに、何か硬いもので殴れば、十分よ。 壁のように、特殊な力があるわけじゃ無いから」
「“鍵”・・・ねぇ・・・。 でも、何で外にあるんだ? 普通、“鍵”って言ったら外からの侵入を防ぐためのものなんだから、中にあるはずだろ。 ――それに、力が無い、っていうのも変だしなぁ〜」
 続けられたアンナの言葉を否定するように、翔が口を開いた。だが、アンナはそんな彼の言葉を聞いて、ため息を一度ついた。
「何回も言ってるように、ここは邪神を封印するためのもの。 中に“鍵”があったら、マズイでしょうが」
「――あ、なるほどなるほど」
「・・・それと、“鍵”に力が無いのは、多分だけど、城から離れていて、邪神の影響を受けない、って考えたからじゃない?」
「あぁ〜、そういうコトね」
 アンナのため息を見て、代わりに答えたのは有里だ。そんな彼女の言葉を聞くと、軽い言葉で翔は返事した。
「でも・・・、ここで問題が1つ――」
「“鍵”を守る存在――だろ?」
 神也の言葉を聞いて、アンナは頷いた。
「ゼオウ様の説明であった・・・“第1部隊”。 ――そいつ等がその“鍵”を守っているわ」
 アンナの説明はそれで終わった――。
 その瞬間、翔とアンナを除いた5人が、誰かが何を言うわけでもなく、咄嗟に立ち上がった。
「――じゃ、行くのはボク達だね」
 自分以外の4人全員が立ち上がったのを確認して、神童が笑顔でそう言った。神童の言葉に、4人は反応して頷いた。
 だが、それに納得のいかない翔はすぐに立ち上がって、反論しようとした。
「おいおい、ちょっと待てよ! 何でお前達なんだ!?」
 翔が反論する中、アンナもまた、彼と同様、納得がいかなかったのか立ち上がった。そんな2人の姿を見て、神也は一度ため息をついてから、口を開いた。
「アンナは、兄であるファイガの下へ行かなくちゃいけない。 お前も、“天使のカード”持ってんだから、いち早く邪神のトコに行かねぇとダメだろ? ――なら、オレ達だ」
 神也の、それが当然だ、と言わんばかりの口調に、未だ翔は納得のいかない表情を取り続けていた。
「それでも、有里はどうなる? 有里だって――」
 納得のいかない表情の中で発した翔の言葉を、有里はすぐに止めた。そして彼女は、首を横に振ると、優しい口調で口を開いた。
「“この世界”の優先順位を考えたら、ファイガと邪神を倒すのが先でしょ? それに、どうせ2人しか行けないんだったら、私はみんなと一緒に戦いたい――」
「それじゃあ、これで決まりね!」
 有里の言葉に反論出来なくなった翔の姿を見て、加奈が笑顔でそう言った。
 反論出来なくなった翔だが・・・、依然、納得のいかない表情は、彼の中から無くなることはなかった。
「みんな・・・、また後でね!」
 真利の言葉を最後に、他の者達は、翔とアンナを残して、それぞれが「行くべき場所」へと向かっていった。





 ――目指すは、5つの鍵の破壊。





 「軸」の先端があるのは、見えなくなるくらい遠く離れた場所――とは言っても、30分も掛からずに、5人は「軸」の先端、つまり「鍵」のある場所に辿り着いた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 1つ目の「鍵」――。

 そこに姿を現したのは神童だ。彼は「軸」の先端がある部分に辿り着くと、目の前にいる女性に気づいた。
「あらぁ〜? ボウヤがワタシの相手かな?v」
 女性もまた、神童に気づいたらしく、神童のことをバカにするような口調で口を開きながら、彼の近くにまでやって来た。
「うん、そうだよ。 ボクの名前は高山 神童――。 悪いけど・・・、負けないよ?」
 だが神童は、女性のそんな口調に腹を立てることなく、そう言った。
 その声は、自分の実力を過大評価したものではなく、相手の実力を過小評価したものでも無かった。敢えて言うなれば、その声に宿ったものは確かな「意志」――。
 その「意志」に反応して、神童の首に掛かった首輪(ネックレス)がキラリと輝いた。そんなネックレスの輝きに気づいた女性は、笑顔で再び口を開いた。
「フフッ・・・。 強気なボウヤは嫌いじゃないわ。 ――ワタシの名前は“色欲”のアスモデウス。 ヨロシクねv」
「――決闘準備(スタンバイ)!!」
 女性――アスモデウスの自己紹介が終わった刹那、神童は戦いの準備となる言葉を叫び、自分のネックレスを空色のデュエルディスクに変化させた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 2つ目の「鍵」――。

「さて、ここかな? “鍵”のある場所は――」
 そこに辿り着いたのは神也だ。
 神也は辺りを見回し、「軸」の先端に来たことを確認しながら、そうつぶやいた。
「・・・私(わたくし)は運がいい・・・!」
 その時、神也は「鍵」の目の前で仁王立ちしている存在――黒いマントで体と顔を覆った、おそらくは男性であろう人物の声を聞いた。そして、神也は驚いた。見た目だけでは判断出来なかったが、その声は確かに、彼が聞いたことのある声だったから――。
「なっ・・・!? ――お前は・・・、まさか・・・っ!!」
 神也の驚きを感じ、クックック――と小さく笑うと、黒ずくめの者は、自分を覆うマントをバサッ――と脱ぎ捨てた。
「なんたって・・・、こいつと再び戦えるんだからなっ!!」
「やっぱり・・・! 何でお前が・・・!? ――オレが以前、倒した筈だろっ!!?」
 マントの下に隠されていた顔――それは、神也が異次元空間(アナザー・ワールド)に来てすぐに倒した黒ずくめの者であった。
「神也・・・と呼ばれていたな? 改めて自己紹介をしようか、神也! ――私の名は“憤怒”のサタン!! さぁ・・・、デュエルだッ!!」
「チッ・・・! 四の五の言ってる暇は無ぇみてぇだな! ――決闘準備(スタンバイ)ッ!!」
 黒ずくめの者――サタンの言葉を聞いて、神也はバッ――と後ろに下がり、デュエルが出来る十分な距離を作り出した。そして、自分の腰にある金色のベルトを、同じく金色のデュエルディスクに変化させた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 3つ目の「鍵」――。

 そこに辿り着いた加奈は既に、敵である人物と遭遇していた。
「ヒッヒッヒッ・・・。 オレは運がいいな・・・! こんな“極上な奴”とデュエル出来るんだから・・・!!」
 その人物は加奈の体を、髪の毛から爪先まで、嘗め回すように見ながらそう言った。更には、加奈の体を見ただけで興奮してしまったのか、彼の口からは、涎(よだれ)がダラダラと流れていた。
「気持ち悪ッ・・・!!」
 そんな彼の姿を見て、加奈は思わずそう言った。だが、相手はそんな彼女の言葉を、むしろプラスに受け止め、その興奮を増幅させていった。
「いいねぇ・・・。 Sの女は大好きだ。 ――そいつを服従させた瞬間・・・、そして、その服従の名の下に、自身の体をオレに差し出す姿を見る瞬間が、特にな・・・!!」
 止め処なく流れ続ける涎を拭いながら、その人物はそう言った。
「――絶対に負けられない・・・! ・・・っていうか、私自身のためにも、負けちゃいけない気がする!!」
 加奈の自分を拒絶する姿を見て、その人物の興奮は更に増していく――。
「ヘッヘッ・・・、強がるなよ。 ――オレの名は“強欲”のマモン。 よろしくな・・・!」
「アンタには名前も教えないわよ・・・! ――決闘準備(スタンバイ)ッ!!」
 加奈の叫びを受けて、彼女の左腕に着けられた腕輪(ブレスレット)が、自身と同色である漆黒のデュエルディスクに変化した。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 4つ目の「鍵」――。

 「軸」の先端に辿り着き、「鍵」のある場所を探していた真利が、そこにはいた。彼女は、辺りを見回していた時に、1人の男性を見つけた。だがその男性は、「鍵」の真正面で胡坐(あぐら)をかき、自分の周りに置かれていた食べ物を次々と食らっていた。
(あれが・・・、“第1部隊”の1人――?)
 真利はその男性に怯え、一歩後退りした。だが、その時に鳴った彼女の足と地面が擦れる音に男性は気づき、真利の方を見た。
「ホォ・・・。 てめぇがオレの相手か・・・!?」
 男性は真利を見てそう言った。そんな言葉と共に取った凛々しい表情とは裏腹に、彼の食事は止まることを知らなかった。
「・・・食事・・・、止めないんですか?」
 咄嗟に真利はそう言ってしまった。その後真利は、何故そんなことを言ってしまったのか、と自分自身に驚きながら、自分の口を塞いだ。そんな彼女を見た男性は大笑いし、右手でがっしりと掴んでいた食べ物をパッ――と放し、立ち上がった。
「ガッハッハ! スマンスマン!! ――この行為は、例え相手が、雑魚でも小娘でも失礼だったかな・・・?」
 その直後に発せられた男性の言葉は、真利の癇に障った。
「私は雑魚でも・・・、ましてや小娘でもないっ! ――私の名前は明神 真利ッ!!」
 そして、真利は発した。その怒りと共に、自分の名を――。
 その言葉を聞いた瞬間、男性の表情がフッ――と変わった。再び、凛々しい表情へと――。
「真利――と言ったな? ――ならば、デュエルだ! もしもオレに勝てたならば、先程の発言は撤回してやろう!!」
 そう言って、男性は食べ物の中に埋もれていたデュエルディスクを取り出し、左腕に装着した。
「――決闘準備(スタンバイ)・・・ッ!」
 赤き指輪(リング)が真利の言葉を受けて、瞬く間に赤きデュエルディスクへと変化した。
「オレの名は、“暴食”のベルゼブブ! さぁ・・・、始まりだ・・・!」
 ベルゼブブはそう言って、再び小さく笑った。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 5つの目の「鍵」――。

 突然吹いた風に、自分の髪を靡かせながら、有里は「軸」の先端――「鍵」の目の前にいる1人の女性を見つめていた。だが、女性はデュエルをしようとせず、先程まで眠っていたのか、背伸びをするばかりであった。
「ぅんっ・・・。 ――で・・・、あなた誰?」
 背伸びをし終え、ふと有里に気づくと、女性はそう聞いた。だが、その女性の言葉に、有里は苛立ちを覚え、思わず大声で答えた。
「私の名前は神吹 有里――! って・・・、さっきも言ったわよね!!?」
 だが、有里の答えを聞くや否や、女性は再び横になり、眠ろうとしていた。
「あ〜も〜・・・! 寝ないでよッ!!」
「――へ? ・・・あれ? あんた、誰だったっけ・・・?」
 有里の嘆きに近い言葉を聞いて、再びそう言った女性を見て、有里はこいつは絶対に殴る、と決意した。そして、殴る前にと、嫌味ったらしい笑みを浮かべて、彼女は口を開いた。
「もういいわよ。 ――それにしてもアンタ、もしかして私とデュエルするのが怖いの?」
 有里の言葉に、女性がピクッ――と、少しだけ反応した。
「だったらいいのよ。 すぐにそこをどいてくれるだけで。 ねぇ〜、この・・・ノロマ
 有里の言葉が終わった刹那、女性は力強く起き上がり、側に置いてあったデュエルディスクをすぐさま取り付けた。
「今・・・、私のコト・・・、ノロマって言った?」
「えぇ。 言ったわよ・・・。 ――ノロマ・・・ってね!」
 プチンッ――と、女性の中の何かが切れる音がした。
「――いい度胸ね・・・!? ボッコボコにしてあげるわよ・・・!!」
 女性の怒った言葉に反応したのか、女性の左腕に装着されたデュエルディスクが、ガチャンッ――と展開した。当然そこには、女性のデッキが既にセットされていた。
「やっと起きた・・・v」
 有里はしめた、と言わんばかりの笑みを浮かべた。
「私の名前は“怠惰”のベルフェ・・・。 あんたは・・・、潰す!」
「――決闘準備(スタンバイ)v」
 ベルフェの言葉が終わると同時に、有里はそう言って、左耳に着いていた耳飾(イヤリング)を、同色である漆黒のデュエルディスクに変化させた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 永遠の城(エンドレス・キャッスル)、入り口――。

 そこには、仲間達が「鍵」を壊してくれるのを待つ、翔とアンナの姿があった。
 ただ突っ立っているだけが嫌な翔は、アンナに色々と話しかけようとするが、アンナは何も答えることなく、地面に座って、瞑想を行っていた。
 そんな時ふと、翔は何かに気づき、口を開いた。
「なぁ、アンナ・・・」
「――しつこい・・・!」
 アンナは何度も自分に話しかける翔に苛立ちを覚え、そう言った。だが、今までとは違う翔の声質に、片目だけをパチッ――と開け、彼の方を見た。
「“第1部隊”って・・・、オレの記憶が間違ってなければ7人だったよな?」
「えぇ、それがどうしたの?」
「ってコトはだな・・・。 ――やっぱりオレ等も、デュエルしなくちゃいけないんじゃねぇの・・・?
 そう言って、翔は自分の正面を指差した。その方向には、2人の男性が仁王立ちで、翔とアンナの2人を睨み続けていた。
「――どうやら、そのようね・・・!」
 アンナの頬に、少しの冷や汗が流れた。
「おい、お前等・・・。 名前を言えよ」
 そんなアンナの状態を余所に、翔は何気ない口調でそう言った。すると、1人の男性が少し怒った口調で口を開いた。
「名前を名乗るには、まず自分から――では?」
「ま、そうだな・・・!」
 男性の言葉を受けて、翔とアンナはスッ――と同時に立ち上がった。そして、翔がまず始めに口を開いた。
「オレの名前は神崎 翔――」
「・・・アンナ・ドラゴニルクよ――」
 その次にアンナが口を開いた。
 彼女の言葉を聞いた時、もう1人の男性が目を見開かせ、驚きを表に出した。
「“ドラゴニルク”・・・? そうか・・・! こいつがファイガ様の言っていたか――!!」
「そのようだな。 それに、神崎 翔・・・。 彼もVIP客だ。 ――丁重にもてなさなければ・・・!!」
 そう言って、2人は同時にデュエルディスクを装着し、展開させた。
「「決闘準備(スタンバイ)ッ!!」」
 そんな2人を見て、翔とアンナもまた、同時にそれぞれの何かをそれぞれのデュエルディスクに変化させた。翔は左腕に装着された籠手(ガントレット)を、まだ覚醒していない白き翼のデュエルディスクに。アンナは自分の周りに吹き続ける風を、鳳凰の翼の形状をしたデュエルディスクに。
「オレの名前は、“嫉妬”のレヴィアタン
「そして私が・・・、“傲慢”のルシファーだ――」
 翔とアンナのデュエルディスク出現を見て、2人の男性は自分の名をそれぞれ言った。
「“嫉妬”に“傲慢”・・・?」
「えぇ。 “第1部隊”の7人には、それぞれの性格にあった“7つの大罪”の悪魔の名がつけられるの・・・」
「へぇ〜」
 翔の些細な疑問に、アンナが答えた。そんな彼女の答えを聞いて、翔がアンナから少しだけ離れ、互いにデュエルがしやすい状況を作り出そうとした時、ルシファーがその行動に待ったをかけた。
「何をする?」
「は? 何をって、デュエルなんだったら、オレとアンナが、それにお前等も、近かったらやりにくいだろうが」
 翔の言葉にルシファーはため息をついた。そんな彼に代わって、隣にいたレヴィアタンが口を開いた。
「オレ達が今からするのは、2対2のタッグデュエルだ!!」
 レヴィアタンの言葉に、翔とアンナの目が点になった――。

「ちょっ・・・」
「えっ・・・?」


「「えぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!?」」



第1章 5つの鍵――開幕・それぞれの戦い

 ――こうして、開幕した。

 それぞれのデュエルが、今この瞬間から――。
 邪神復活まで残り19時間――。




第2章 第1の刺客――蛇は王を呼ぶ

 場所は戻り、1つ目の「鍵」――。
 そこで対峙しているのは、空色のデュエルディスクを携えた神童と、「色欲」の名を貰い受けたアスモデウスの2人――。
 2人は相手のデッキを受け取り、軽くシャッフルすると、それを相手に返し、受け取った自分のデッキをそれぞれのデュエルディスクにセットした。その後、彼等はデッキの上から5枚のカードを引いた。
「――じゃ、ワタシのターンからで行くわよ。 ドロー」
 先攻はアスモデウス。
 彼女はデッキの上からピッ――とカードを1枚引くと、既に決めてあったのか、すぐさま2枚のカードを手札から抜き取り、それぞれ場に出した。
「ワタシはモンスターを1体セットして、“太陽の書”を発動。 セットしたモンスターをリバースするわ」
 姿を現した裏側となっているモンスターが、太陽の如き輝きを持った書物の力を受けて、瞬時に面を上げた。

太陽の書
通常魔法
裏側表示でフィールド上に存在するモンスター1体を表側攻撃表示にする。

 面を上げたそのモンスターは、宇宙から来た生物で、2つの頭を持ち、2本の細長い腕と、4本の触覚に近い足で体を支えていた。また、背からは鋭い角が2本生えていた。
「――“ワーム・リンクス”v」
「“ワーム”・・・?」
 アスモデウスの言ったモンスターの名に、神童は今ひとつピンと来ていなかった。つまり、今、アスモデウスが場に出したモンスターは、現実世界(リアル・ワールド)に存在していない部類のモンスターである、ということだ。
「あ、これはボウヤ達の世界にはいないモンスターだったわね〜。 でも、気にしなくていいわよ。 ――ワタシのデッキは爬虫類族中心のデッキであって、ワームデッキではないからv」
 そう言って、アスモデウスはウィンクした。
「――余裕・・・みたいだね」
 アスモデウスの言動に、神童は表情を変えることなくそう言った。その言葉に対して、彼女は「えぇ」と素っ気なく答えた。
「さてと、ワタシはカードを1枚伏せてターンエンド・・・、といきたいところだけど、“ワーム・リンクス”の効果でカードを1枚ドローするわ」

ワーム・リンクス
効果モンスター
星2/光属性/爬虫類族/攻 300/守1000
リバース:このカードがエンドフェイズ時に表側表示で存在する場合、
自分はデッキからカードを1枚ドローする。

 アスモデウスの言葉が途絶えたと同時に、彼女の目の前にいたモンスターは、自身の口から、糸を絡めた繭状のものを吐き出した。
 それは、彼女の掌の上に止まると、1枚のカードに変化した。
(ドロー強化の効果・・・ッ!?)
 神童はアスモデウスの場に出現しているモンスターに焦りを感じていた。
 半永続的に行われるドロー強化――それが、後のハンド・アドバンテージに大きな影響を与えるからだ。
 そんな風に焦る神童を見て、アスモデウスはゾクゾク・・・と「悦」を感じ、自分の指を舌で舐めた。

アスモデウス LP:4000
       手札:4枚
        場:ワーム・リンクス(攻撃)、リバース1枚

「ボクのターン・・・!」
 神童は焦りを感じながら、カードを1枚引き、スッ――と手札に加えた。そして、目の前に広げた手札を見つめながら、この後の展開を考え始めた。
(ここはやっぱり・・・、あのモンスターを破壊しないと・・・!)
 この後どうするべきかを考え、神童は手札のカードの内、1枚を手に取ると、場に出した。
「ボクは・・・、“宝玉獣 コバルト・イーグル”を攻撃表示で召喚するッ!!」
「ボウヤのデッキは宝玉獣デッキか〜・・・」

宝玉獣 コバルト・イーグル
効果モンスター
星4/風属性/鳥獣族/攻1400/守 800
自分フィールド上に表側表示で存在する 「宝玉獣」と名のついた
カード1枚をデッキの一番上に戻すことができる。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
このカードがモンスターカードゾーン上で破壊された場合、
墓地へ送らずに永続魔法カード扱いとして
自分の魔法&罠カードゾーンに表側表示で置く事ができる。

 神童の目の前に、「コバルト」を体内に宿らせた鷲(イーグル)が姿を現した。鷲は姿を現した直後、空高く舞い上がり、彼の思いを察知し、アスモデウスのモンスターに攻撃を仕掛けた。
 だが、そんな単調な攻撃、アスモデウスにはお見通しであった。
「――でも、攻撃はダメよ。 リバースカード――“くず鉄のか・か・し”v」
 彼女の目の前に、くず鉄で作られたかかしが地面から出現した。
 攻撃を仕掛けようとしていた鷲は、それを攻撃対象と判断し、それに体当たりしてしまった。体当たりを受けたかかしは、ググッ――と倒れるも、破壊されることは無く、発動する前の状態に戻ってしまった。
「またセットされた・・・?」
「えぇ、その通りよ。 “くず鉄のかかし”は、発動しても墓地には行かない・・・。 再びセットされるだけ」

くず鉄のかかし
通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
発動後このカードは墓地に送らず、そのままセットする。

 破壊されなかったかかしを見て、神童が驚くも、驚きの原因の理由を、アスモデウスはすぐに話した。
(破壊出来なかったのは痛いな・・・。 それに・・・、“コバルト・イーグル”を守るためのカードが、今のボクの手札には・・・)
 彼の手札に残されたのは、数枚の魔法カードと、鷲よりも攻撃力の低いモンスターカードのみ。それも、彼の今の状況では使えないカードばかりである。
 そのため、神童は少し落ち込んだ表情で、ターンエンドを宣言した。

神童 LP:4000
   手札:5枚
    場:宝玉獣 コバルト・イーグル(攻撃)

「さてと、ボウヤのエンド時に、“ワーム・リンクス”の効果で1枚ドロー。 そして、ワタシのターンで、更に1枚ドローね」
 落ち込んだ神童を余所に、アスモデウスは着々と手札を増やしていた。
(フフッ・・・。 そろそろ、ね――)
 そしてアスモデウスは、小さく笑みを浮かべた。
 彼女はその後、モンスターを1体セットし、カードを1枚伏せただけでターンエンドを宣言した。――既存のモンスターを守備にすることも、攻撃を仕掛けることも、神童のモンスターを破壊することもしなかった。
 当然、彼女はエンドフェイズ時に、新たに1枚、カードをドローした。

アスモデウス LP:4000
       手札:5枚
        場:ワーム・リンクス(攻撃)、裏守備1枚、リバース2枚

 再びやって来た神童のターン。
 神童は、ゆっくりとカードを1枚引いた。
「よし! ボクは“E・HERO エアーマン”を攻撃表示で召喚する!!」
 彼は引いたカードを見て笑みを浮かべると、そのカードを場に出した。それによって出現したモンスターは、風を司る「ヒーロー」であった。そのヒーローは場に出ると、自分の背後に立つ神童に、「仲間」を託した。
「“E・HERO”・・・ッ!!?」
「――そうだよ。 それに、“エアーマン”の第2の効果によって、ボクは“E・HERO プリズマー”を手札に加える!」

E・HERO エアーマン
効果モンスター
星4/風属性/戦士族/攻1800/守 300
このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、
次の効果から1つを選択して発動する事ができる。
●自分フィールド上に存在するこのカードを除く
「HERO」と名のついたモンスターの数まで、
フィールド上の魔法または罠カードを破壊する事ができる。
●自分のデッキから「HERO」と名のついた
モンスター1体を選択して手札に加える。

 神童は、自分の中で湧き上がり始めている確かな「力」を感じ取っていた。
 そして、それを感じ取っていたからこそ、彼は自分が手札に加えた新たなヒーローのカードを、少し自慢げにアスモデウスに見せることが出来た。
 彼の中で湧き上がる確かな「力」――それは、彼に力を与えた「戦士」の存在が影響していた。
 ヒーローのカード1枚1枚から感じ取れる「戦士」の力、魂を、神童は自然と自分の確かな「力」に変換していたのだ。

 その「力」を、アスモデウスもまた、自分の周りを覆う空気の変化で感じ取っていた。
(“E・HERO”がデッキに入っているのには驚いたわ。 ――でも・・・、もっと・・・、もっとよ・・・! ボウヤ――あなたの力が完全に目覚め、それをワタシが打ち砕く・・・。 そうすれば、ワタシの“快感”はきっと・・・!!)
 だが彼女は、神童のそれを悲観的に捉えず、むしろ楽観的に捉え、再び笑みを浮かべ、打ち震える自分の体には、感動すら覚えていた。
 その頃、神童は互いのフィールドを見つめて、どうするべきかを再度考えていた。
(どうしようかな・・・? この手札なら、“くず鉄のかかし”を破壊して、最低でも“ワーム・リンクス”だけは破壊出来る。 ――でも・・・!)

 神童の考える理由――それは、アスモデウスが先程のターンで、新たに伏せたカードが原因となっていた。
 このターン、神童は新たなモンスター召喚に成功し、次に続く新たなモンスターも手札に加えることが出来た。だがもしも、彼女が先程伏せたカードが、全体除去カードだったら?――次に続くモンスターが手札にあっても、彼が次のターンにダメージを受けることは確実であった。

 少しの沈黙を置いて、神童は結論を出した。
「ボクは・・・、攻撃する! 手札枚数に差がある以上・・・、“流れ”を掴むためには、“ワーム・リンクス”を破壊するしかない!!」
 そう言って、神童は手をバッ――と前に出し、2体のモンスターに攻撃宣言を出した。
 まず始めに、鷲が上空へと舞い上がり、そこから急降下して、アスモデウスの手札を増やすモンスターに攻撃を仕掛けた。その攻撃を確認してすかさず、彼女は新たに伏せていたカードを発動させた。
「フフッ・・・、リバースカード――“ガード・ブロック”v」
 だが、彼女が発動したカードの効力は、すぐには発揮されなかった。そのせいもあって、鷲は標的としていたモンスターの撃破に成功した。
 そしてその直後、アスモデウスに襲い掛かるダメージが、彼女が発動したカードの効力によって防がれた。
「・・・っ!? 君の発動したカード・・・、戦闘ダメージを0にする効果があるの・・・?」
「正解よ。 でも、それだけじゃないわ。 戦闘ダメージを0にした後、カードを1枚ドローする」
 アスモデウスは、ピッ――とカードを1枚引いた。

ガード・ブロック
通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 その時、アスモデウスの表情が微かに変わった。
(やっと来た・・・v)
 その間、風を司るヒーローの攻撃が、彼女の目の前で伏せられているモンスターに襲い掛かろうとしていた。本来ならば、伏せられたかかしが出る状況の中、彼女は伏せておいたカードを発動させようとはしなかった。――いや、出来なかった。
 何故なら、神童がそれを「破壊した」から・・・。
 神童とアスモデウスを覆うのは、台風のように強い「サイクロン」――。
「“くず鉄のかかし”が・・・、破壊された・・・!?」
 風を司るヒーローが、自分の方へと向かってくる中、アスモデウスは驚き、自分を覆うサイクロンを見つめていた。そしてすぐに、神童がそのサイクロンを引き起こしたのだと気づいた。
「もしかして・・・!」
「そう・・・。 手札から“サイクロン”を、攻撃宣言前に発動したんだ」

サイクロン
速攻魔法
フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。

 神童は小さく笑い、「やった」という、喜びを感じ取っていた。だが、その喜びは一瞬で掻き消される。
「――ま、もう必要ないのよね・・・v」
「えっ・・・!?」

ガキィンッ!!

 アスモデウスが、カードを破壊されてなお、笑みを浮かべた理由は簡単だった。なぜなら、伏せられたモンスターの守備力が、風を司るヒーローよりも高かったから。
 ただ、それだけ――。

神童 LP:4000→3800

「だって・・・、ワタシの守備モンスターは“ナーガ”なんだから・・・v」

ナーガ
効果モンスター
星4/水属性/爬虫類族/攻1400/守2000
表側表示のこのカードがフィールド上からデッキに戻った場合、
レベル3以下のモンスター1体をデッキから選択し自分フィールド上に特殊召喚する。
その後デッキをシャッフルする。

「守備力・・・2000・・・ッ!」
 2体のモンスターが攻撃を終え、自分の場に戻ってくるのを見つめながら、神童は片方の攻撃失敗を悔やんでいた。
「ボクはこのままターンエンドだ――」
 だが、その悔しさは悔しさのままで終わった。
 彼の手札には、もう出すことの出来ないモンスターと、数枚の魔法カードしか無かったから・・・。

神童 LP:3800
   手札:5枚
    場:宝玉獣 コバルト・イーグル(攻撃)、E・HERO エアーマン(攻撃)

「ワタシのターン――。 フフッ・・・、またいいカードを引いちゃったv」
 アスモデウスは、現在の自分の手札と、悔しさによって歪んだ神童の表情、という2つの理由で大きな笑みを浮かべながら、今引いたカードを場に出した。
「――“ガガギゴ”召喚!」
 アスモデウスの目の前に、正義の心を宿したトカゲのようなモンスターが姿を現した。

ガガギゴ
通常モンスター
星4/水属性/爬虫類族/攻1850/守1000
かつて邪悪な心を持っていたが、
ある人物に会う事で正義の心に目覚めた悪魔の若者。

 その姿を確認すると、アスモデウスは神童の目の前にいるヒーローを指差し、攻撃を宣言した。それにより、トカゲのようなモンスターは空高く飛び上がり、ヒーローの目の前へ行くと、そのヒーローを破壊した。
「くっ・・・! “エアーマン”が・・・っ!!」

神童 LP:3800→3750

 ヒーローが破壊されたときに生じた衝撃が、神童を吹き飛ばそうとする。それに必死で耐えようとする彼の姿を見つめながら、アスモデウスは、先程引いたキーカードと思しきカードを場に伏せた。
「ワタシはこれで、ターンエンドよ――」

アスモデウス LP:4000
       手札:5枚
        場:ガガギゴ(攻撃)、ナーガ(守備)、リバース1枚

 彼女のその言葉を聞いて、神童はデッキの上のカード1枚に指を掛けた。
 手札が悪くても、次に引くカードが何であっても、負けられない――その思いが、神童を突き動かすから。
「ボクのターン・・・、ドローッ!!」
 神童の引いたカードは相手の攻撃を1度だけ止める罠カード――。
 だが、彼は前を見続ける。この状況を打開するカードはもう既に、彼の手札の中にあるのだから。
「ボクは・・・、手札から“E・HERO プリズマー”を攻撃表示で召喚ッ!!」
 神童が場に出したのは、プリズムで体を覆うことで、「全ての姿を映し出すこと」を可能にしたヒーローだ。そして彼は、新たなヒーローを場に出すと同時に、その効果を発動させた。
「そして、“プリズマー”の効果発動! ――エクストラデッキの融合モンスター1体を見せることで、その融合素材を墓地に落とす!!」
「フ〜ン・・・」
 神童がヒーローの効果を発動させる中、アスモデウスは悠々とした態度で、彼を見つめていた。――彼の足掻く姿を・・・。
「――ボクが見せるのは“レインボー・ネオス”! これにより、ボクはデッキから“E・HERO ネオス”を墓地に送るッ!!」
 アスモデウスの視線を多少気にしながらも、神童はヒーローの効果発動を続けた。
 彼女に見せたモンスターから発せられる輝きの中で、神童は、デッキから精霊の力を持つカードを墓地に送った。それにより、ヒーローのプリズムに、その精霊の姿が浮かび上がった。

E・HERO プリズマー
効果モンスター
星4/光属性/戦士族/攻1700/守1100
自分のエクストラデッキに存在する融合モンスター1体を相手に見せ、
そのモンスターにカード名が記されている融合素材モンスター1体を
自分のデッキから墓地へ送って発動する。
このカードはエンドフェイズ時まで墓地へ送ったモンスターと同名カードとして扱う。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 神童は、プリズムに浮かび上がる精霊の姿を見て、自分の中の「思い」を確認すると、この状況を打開する魔法カードを手に取った。
(ゴメンよ、“プリズマー”――。 でもきっと、君の効果が本当に役立つ時が来るから・・・!!)
 その魔法カードを一度確認し、そう思うと、神童は手に取ったカードを発動させた。
 そのカードの効果によって、プリズムのヒーローの姿は光の粒子となって消え、その光は鷲に力を与えた――。
「この・・・カードは・・・!?」
「魔法カード――“受け継がれる力”ッ!!」

受け継がれる力
通常魔法
自分フィールド上のモンスター1体を墓地に送る。
自分フィールド上のモンスター1体を選択する。
選択したモンスター1体の攻撃力は、
発動ターンのエンドフェイズまで墓地に送った
モンスターカードの攻撃力分アップする。

宝玉獣 コバルト・イーグル 攻:1400→3100

 ヒーローの光――力を感じ取り、鷲は自身の翼を大きく羽ばたかせた。与えられた力を感じて、喜びを表すかのように・・・。
「よしっ! 行け!! ――“コバルト・イーグル”ッッ!!!」
 そして、神童の叫びと同時に、鷲は自身が出せるマックスのスピードで、アスモデウスが携えているトカゲのようなモンスターに接近していった。トカゲのようなモンスターは、自身に向かって来る鷲を振り払おうとするも、そのスピードの前では為す術も無く、破壊されてしまった。それによって発生するダメージを、アスモデウスは受けてしまった。

アスモデウス LP:4000→2750

「――やった・・・!!」
 初めて相手に与えたダメージに、神童は思わずガッツポーズを取った。
 だが、そんな喜びは一瞬で途絶えた――。


「――ありがとう・・・v」


 彼女のこの一言によって――。

 彼女はその一言を言いながら、これから発動するカードのコストとして、手札のカード1枚を墓地に送った。コストとなったカードの鼓動を受けて、それは開かれた。
「“ダメージ・コンデンサー”――」

ダメージ・コンデンサー
通常罠
自分が戦闘ダメージを受けた時、手札を1枚捨てて発動する事ができる。
その時に受けたダメージの数値以下の攻撃力を持つモンスター1体を
デッキから攻撃表示で特殊召喚する。

 カードが開かれたことで姿を現したコンデンサーは、アスモデウスが受けたダメージを感じ取り、それを自身の身にも宿した。そして、そのダメージを「呼び出しの力」に変え、1体のモンスターを呼び出した――。



 ――それは、墓地に眠る「蛇」達の怨念を、自身の力に変換する・・・。



「教えてアゲル――。 蛇はね・・・、“王”を呼ぶのよv
 呼び出されるモンスターにうっとりとしながら、アスモデウスは神童にそう言った。だが、神童の耳にその言葉は届いていない。
 彼は、目の前で姿を現していくモンスターに、恐怖を感じていたから・・・。




 やがて「王」は、全ての支配を始める――。










「“毒蛇王ヴェノミノン”――ッッ!!!」









 アスモデウスの、自身の名を呼ぶ声をきっかけとして――。




第3章 毒蛇王VS宝玉獣――宝玉は龍を呼ぶ

神童 LP:3750
   手札:4枚
    場:宝玉獣 コバルト・イーグル(攻撃)

アスモデウス LP:2750
       手札:4枚
        場:???(攻撃)、ナーガ(守備)

「降臨――、“毒蛇王ヴェノミノン”・・・ッ!!」

 アスモデウスのその言葉が、辺り一面に響き渡る中、その「王」は姿を現した。
 直後、王は目の前に立つ敵――神童を睨んだ。その睨みを受けて、神童は恐怖を覚え、体を震わせていた。
「“毒蛇・・・王”・・・?」
「そう・・・。 墓地に眠る蛇達の怨念を力に変える王よ――」
 神童の恐怖と共に出た言葉に、アスモデウスは優しく答えた。

毒蛇王ヴェノミノン 攻:0→1000

 彼女のそんな優しさに、神童は当然の如く不気味さを感じた。だが、恐怖を覚えるだけでは、不気味さを感じるだけでは、戦うことは出来ない。神童はそれらを全て振り払い、手札を見つめた。
 彼の手札に残されたのは、2枚のモンスターカードと、1枚の魔法カード、そして1枚の罠カード。そんな状況で、彼のすることは既に決まっていた。
「ボクは・・・、カードを1枚伏せてターンエンド――」

神童 LP:3750
   手札:3枚
    場:宝玉獣 コバルト・イーグル(攻撃)、リバース1枚

 神童はそう言うと、目の前にいる王を見つめ、ゆっくりと頭を落ち着かせようとしていた。
(墓地の爬虫類族の数だけ攻撃力を500ポイント上げる“王”――か・・・。 でも、その効果もあって、攻撃力はまだたったの1000! 今は破壊できないけど・・・、次のターンになったらすぐにでも・・・ッ!!)
 神童が、自分の頭を落ち着かせるために考えたことは、自分が勝つ、という希望を見るための「自信」であった。

 だが、その希望は・・・、「自信」は・・・、見るも無残に打ち砕かれる。

「ワタシのターン――、ドローv」
 王の召喚に成功したためか、アスモデウスは笑顔でカードを引き、スッ――と手札に加えた。
 だが、彼女の笑顔はすぐに消え失せた。――残ったのは、漆黒の笑みのみ。
「ねぇ・・・」
「・・・何?」
 アスモデウスは、残ってしまった漆黒の笑みを隠すように、手札を自分の唇にそっと当てると、神童に声をかけた。
「この“王”の攻撃力を上げるために・・・、ワタシはこれから、何をすると思う?」
 突然の彼女の質問に、神童は一度首を傾げた。だが、これには何かある、と考えた彼は、すぐに気持ちを引き締め、少しだけ怯えながら口を開いた。
「――君のデッキには、多分、かなりの量のドローカードが入ってる・・・。 だから・・・、手札を底上げした上で、“手札抹殺”みたいなカードを使って、爬虫類族のモンスターを墓地に落とす・・・かな?」
 神童の回答を聞くと、アスモデウスは唇に当てていた手札をスッ――とどかした。
 何故なら、もうその必要がないから。
 これから始まる、彼にとっての惨劇によって、彼女の表情は「快感」の笑みで一杯になるから――。
「――半分正解よv」
「・・・ッ!!?」
 アスモデウスの言葉と同時に、神童は彼女の表情の変化に気づいた。そしてそれが、次に繰り出される「何か」の合図になる、ということにも気づいた。

 だが、遅かった――。

「手札1枚をリリースし、“スネーク・レイン”発動!!」
 アスモデウスがそのカードをデュエルディスクに差し込んだ瞬間、紫色の光が、彼女と神童の2人を飲み込んでいった。その光の中で、彼女のデッキの中に入っていたであろう、蛇達が遥か上空から落ちていく。
「この効果によって、ワタシは“ギガ・ガガギゴ”、“ゴギガ・ガガギゴ”、“デスグレムリン”、“ヴェノム・コブラ”を墓地に落とすわ!!」

スネーク・レイン
通常魔法
手札を1枚捨てる。
自分のデッキから爬虫類族モンスター4体を選択し墓地に送る。

「なっ・・・!? 4体も墓地に・・・ッ!!?」
 神童は、地面へと落下している蛇達を見て、驚きの声を発した。だが、その驚きの声でさえ、アスモデウスにとっては、とてつもなく遅かった。
「これによって、ワタシの墓地の爬虫類族モンスターは6体ッ!! ――よって、“ヴェノミノン”の攻撃力は・・・」

毒蛇王ヴェノミノン 攻:1000→3000

「一瞬で攻撃力3000にっ!!?」
 神童のワンテンポ遅い驚きを余所に、アスモデウスは攻撃を行うべく、バトルフェイズに入ろうとしていた。
「ワタシは“ナーガ”を攻撃表示に変更して――、バトルフェイズッッ!!!」
 彼女の叫びの直後、王は尻尾となっている下半身を振り上げ、神童の目の前にいる鷲に向けて、それを振り下ろした。
 ドッ――という、巨大な衝撃音と共に、鷲は見るも無残に砕け散り、宝玉――「コバルト」に姿を変えた。
「ぐぅっ・・・!!」

神童 LP:3750→2150

「――“ナーガ”でダイレクトアタック!!」
 神童が王から受けた衝撃に耐えている中で、アスモデウスは更なる追撃を試みた。だが、神童は衝撃の中で目を見開き、ギリギリのところで伏せていたカードを発動させた。
「まだ・・・だぁあっ!! ――リバースカード“虹の行方”発動ッ!!!」
 次の瞬間、神童の目の前にあった「コバルト」が消え失せ、それと同色の藍色の光が、辺り一面、全てを包み込んだ。それによって、攻撃対象を見失ったアスモデウスのモンスターが、彼女の下に戻ってきた。
「くっ・・・。 攻撃無効の罠ね・・・?」
 自分の目の前に戻ってきたモンスターを見つめながら、アスモデウスは、ギリッ――と自分の下唇を強く噛んだ。
「そうだよ。 ――そして、“虹の行方”のもう1つの効果。 “究極宝玉神 レインボー・ドラゴン”を手札に加える・・・」
 神童の言葉が途絶えると、全てを包み込んでいた藍色の光が消え、彼の手札のカードが、1枚増えていた。

虹の行方
通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に、自分の魔法&罠カードゾーンに存在する
「宝玉獣」と名のついたカード1枚を選択して墓地へ送り発動する。
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、自分のデッキから
「究極宝玉神」と名のついたカード1枚を選択して手札に加える事ができる。

 神童の手札が1枚増えていることを確認すると、アスモデウスはカードを1枚伏せて、ターンエンドを宣言した。
(“このカード”が発動された時が・・・、ボウヤ――あなたの最後よ・・・v)

アスモデウス LP:2750
       手札:2枚
        場:毒蛇王ヴェノミノン(攻撃)、ナーガ(攻撃)、リバース1枚

「ボクのターン・・・!」
 神童はカードを引き、それを手札に加えた。だが、神童は、たったそれだけのことを、普通の人が行う時にかける時間の倍以上の時間をかけた。
 それだけ、彼が王に対して「恐怖」という感情を持ち、それを振り払い切れていない、ということであろうか――。
 だが、それと相反する「負けられない」「倒さなければならない」という感情が、彼の中を駆け巡っているのもまた事実であった――。
 そんな時に引いたカードを見て、神童は驚いた。
(“手札・・・断殺”・・・ッ!?)
 そのカードは、神童の手札にあるモンスター――宝玉獣2体を、墓地に落とすことが出来るカードであった。
 そのカードを使えば、神童は残りの手札の魔法カードを使うことが可能となる。
 だが、そのカードを使う、ということは、アスモデウスの手札をも墓地に落とし、最悪、王の攻撃力が上がってしまう、ということでもあった。
 だからこそ、神童は驚き、そして悩んだ。使うべきか否かを・・・。

 その結論はすぐに出た――。


(使おう・・・!!)


 神童の「負けられない」「倒さなければならない」という感情が、「恐怖」を支配した瞬間であった。

「手札から“手札断殺”を発動っ! 互いのプレイヤーは手札のカード2枚を墓地に送り、その後2枚ドローするッ!!」
「――ッ!!?」
 神童が発動したカードを見て、アスモデウスは驚いた。
「バカじゃないの、ボウヤ!? それをすれば、ワタシの“ヴェノミノン”の攻撃力が上がるっていうコト・・・、分からないの!!?」
「分かってるよ――。 でも・・・、いや、だからこそ使うんだ・・・!!」

 神童とアスモデウスの2人は、手札2枚を墓地に送ると、デッキの上から2枚のカードをドローした。

手札断殺
速攻魔法
お互いのプレイヤーは手札を2枚墓地へ送り、デッキからカードを2枚ドローする。

 アスモデウスが墓地に送った内の1枚が爬虫類族モンスターだったため、王の攻撃力は更に上昇した。

毒蛇王ヴェノミノン 攻:3000→3500

 だが、そんなことお構いなしに、神童は手札にある3枚の魔法カードを同時に掴み、次々とデュエルディスクに差し込んでいった。
「魔法カード――“宝玉の恵み”! この効果で、今墓地に送った2体の宝玉――“ルビー”と“アメジスト”を場に出すっ!!」
 神童が発動した1枚目の魔法カード――それは、彼に2つの宝玉――赤色に輝く「ルビー」と、紫色に輝く「アメジスト」を齎(もたら)した。

宝玉の恵み
通常魔法
自分の墓地に存在する「宝玉獣」と名のついたモンスターを2体まで選択し、
永続魔法カード扱いとして自分の魔法&罠カードゾーンに表側表示で置く。

「そして、“宝玉の導き”っ!! ――デッキから“サファイア・ペガサス”を攻撃表示で特殊召喚! 更に、効果で“アンバー”を場に出す!!」
 神童が発動した2枚目の魔法カード――それは、彼の目の前に、体内に「サファイア」を宿したペガサスを出現させた。
 ペガサスは、その姿を現すと同時に、自身の力を用いて、神童の目の前に3つ目の宝玉――橙色に輝く「アンバー」をもたらした。

宝玉の導き
通常魔法
自分の魔法&罠カードゾーンに「宝玉獣」と名のついたカードが2枚以上存在する場合、
デッキから「宝玉獣」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する。

宝玉獣 サファイア・ペガサス
効果モンスター
星4/風属性/獣族/攻1800/守1200
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
自分の手札・デッキ・墓地から「宝玉獣」と名のついたモンスター1体を
永続魔法カード扱いとして自分の魔法&罠カードゾーンに表側表示で置く事ができる。
このカードがモンスターカードゾーン上で破壊された場合、
墓地へ送らずに永続魔法カード扱いとして
自分の魔法&罠カードゾーンに表側表示で置く事ができる。

「最後に、“宝玉の契約”!! 場の“アンバー”を宝玉から、“獣(マンモス)”の姿へと解き放つ!!」
 神童が発動したこのターン最後の、3枚目の魔法カード――それは、橙色に輝く「アンバー」を、獣――マンモスの姿へと変化させた。
 マンモスは、その姿を現すと同時に、その巨体を縮め、守りの態勢に入った。

宝玉の契約
通常魔法
自分の魔法&罠カードゾーンに存在する「宝玉獣」と名のついたカードを
1枚選択して特殊召喚する。

「――“アンバー・マンモス”を場に出した・・・? “ルビー・カーバンクル”を場に出せるのに・・・? ・・・ナメてるの・・・!?」
 神童が最後に発動させた魔法カードを見て、アスモデウスは苛立っていた。だが、彼はそんな彼女を見て、小さく笑うと、口を開いた。
「いや、違うよ――。 確かに、“ルビー・カーバンクル”の効果を使えば、今場にある宝玉獣達を特殊召喚出来る・・・。 でも、それじゃあ的が大きくなっただけで、この状況の解決にはならない。 ――だから、“ルビー”は出さなかった」
「そんなちっぽけな盾2つで・・・、ワタシの攻撃を防げると思うの?」
 アスモデウスの更なる質問に、神童は再び笑って答えた。
「防げるよ。 ――だって、ボクの“覚悟”は固まったから!」
 神童の言葉が途絶えた直後、彼の目の前にいたペガサスは、地面を力強く蹴って、目の前にいる倒すべき相手――王の側にいた爬虫類を、自身の額にある角で貫いた。
「ぐっ・・・!」
 爬虫類が倒されたことで、アスモデウスに衝撃が発生した。

アスモデウス LP:2750→2350

 アスモデウスは、衝撃により受けたダメージによって痛みを感じ、胸辺りをギュッ――と掴んだ。だが、そんな痛みとはまた別に、彼女は驚きの感情を抱いていた。
(――“ヴェノミノン”の攻撃力が上がるのに・・・、躊躇しなかった・・・!?)

毒蛇王ヴェノミノン 攻:3500→4000

 よろめきながら、驚きの感情を抱えているアスモデウスを見て、神童は彼女のその感情に気づき、それに答えるかのように口を開いた。
「これが・・・、ボクの“覚悟”だ! 少しでもいいから・・・、相手にダメージを与える!! ――それが例え、相手の切り札の攻撃力を上げることになっても!!」

神童 LP:2150
   手札:1枚
    場:宝玉獣 サファイア・ペガサス(攻撃)、宝玉獣 アンバー・マンモス(守備)、宝玉獣 ルビー・カーバンクル(宝玉)、宝玉獣 アメジスト・キャット(宝玉)

「そう・・・」
 神童の覚悟を聞き、彼のターンエンド宣言も聞くと、アスモデウスはゆっくりとカードを1枚引いた。
「凄いわ、ボウヤ――。 目の前に、こんなに巨大なモンスターがいるにも関わらず、それだけ強気な発言が出来るんだから!v」
 彼女は引いたカードを手札に加えると、満面の笑みで、目の前の神童を褒め称えた。
「――でもね・・・」
「――ッ!?」
 だがその直後、彼女の表情から「満面の笑み」は消え、静かな「絶望を呼び寄せる笑み」へと変わった。



「――それは“愚か”とも言うのよ」



 アスモデウスのその言葉が途絶えた刹那、王の数多の蛇によって構成された拳が、神童の目の前にいるペガサスに襲い掛かった。







――――“ヴェノム・ブロー”ッッ!!!







ドッ――!!



 王の拳が「何か」に激突し、巨大な音を立てた。それと同時に、神童を含む、彼の周辺一帯が砂煙に覆われた――。
 だが、そんな激突が目の前で繰り広げられる中、砂煙が自分を覆い尽くす中、神童は怯むことも、倒れることもせず、立ち続けていた。

「“愚か”でも構わない・・・!! ――だって・・・、それが・・・、」

 砂煙が晴れ、王が何を破壊したのかが明らかになった。
 アスモデウスの予想ではペガサスを――だが、結果は違った。破壊され、宝玉となったのは、ペガサスを守ったマンモスであった。



「――ボクの決めた道だからッ!!」



宝玉獣 アンバー・マンモス
効果モンスター
星4/地属性/獣族/攻1700/守1600
自分フィールド上に表側表示で存在する
「宝玉獣」と名のついたモンスターが攻撃対象に選択された時、
このカードに攻撃対象を変更する事ができる。
このカードがモンスターカードゾーン上で破壊された場合、
墓地へ送らずに永続魔法カード扱いとして
自分の魔法&罠カードゾーンに表側表示で置く事ができる。



「――それが間違っていても・・・、それでいい・・・! ――でも・・・、他人に道案内される、それだけは絶対に嫌だッッ!!!
 神童の決意の眼差しが、アスモデウスに向けられた。
 その眼差しのせいで、アスモデウスは思わず、自分でも気づかないくらい少しだけ怯んでしまった。

 結局、このターンの神童へのダメージは0。
 アスモデウスは、モンスターを1体セットするだけでこのターンを終えた。

アスモデウス LP:2350
       手札:2枚
        場:毒蛇王ヴェノミノン(攻撃)、裏守備1枚、リバース1枚

「ボクのターンッ!!」
 決意の固まった神童が恐れるものは、もう何も無かった。力強くカードを1枚引くと、その引いたカードをすぐさま発動させた。
「魔法カード――“レア・ヴァリュー”ッ!!」

レア・ヴァリュー
通常魔法
自分の魔法&罠カードゾーンに「宝玉獣」と名のついたカードが
2枚以上存在する時に発動する事ができる。
自分の魔法&罠カードゾーンに表側表示で存在する
「宝玉獣」と名のついたカード1枚を相手が選択して墓地へ送り、
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 神童のカード発動、そしてアスモデウスの宣言によって、彼の目の前に置かれていた「ルビー」が消えてしまうも、その「ルビー」は神童に2枚の手札を齎した。
「――よしっ! ボクは手札から“宝玉の恵み”を発動して、“ルビー”と“コバルト”を場に出す!」
 神童は齎された2枚のカードのうち、1枚のカードをすぐさま発動した。それの効果によって、つい先ほど消滅した「ルビー」と数ターン前まで活躍していた「コバルト」が出現した。
「これでイケるッ! 現れろ、宝玉獣達の安息の地!! ――“虹の古代都市−レインボー・ルイン”ッッ!!!」
 神童に齎されたカードの2枚目――それは、宝玉獣達が安らぐことの出来る、虹が浮かび上がった巨大な古代都市であった。
「そして、“レインボー・ルイン”の4つ目の効果を発動し、カードを1枚ドローする!」
 神童の言葉に反応して、彼の上空に浮かび上がっていた虹から1枚の煌めくカードが、彼の手にまで落ちてきた。そして、落ちてきたそのカードを確認すると、彼はそれをすぐに場に出した。
「行くよ、“宝玉獣 トパーズ・タイガー”ッ!!」
 それによって姿を現したのは、「トパーズ」を体内に宿した虎(タイガー)であった。

宝玉獣 トパーズ・タイガー
効果モンスター
星4/地属性/獣族/攻1600/守1000
このカードは相手モンスターに攻撃する場合、
ダメージステップの間攻撃力が400ポイントアップする。
このカードがモンスターカードゾーン上で破壊された場合、
墓地へ送らずに永続魔法カード扱いとして
自分の魔法&罠カードゾーンに表側表示で置く事ができる。

「それじゃあ、“トパーズ・タイガー”で裏守備モンスターに攻撃ッ!! ――“トパーズ・バイト”ッッ!!
 姿を現した虎は、神童のその言葉に反応すると、4本の足に力を込めて、アスモデウスのすぐ側にまで移動した。そして、彼女の目の前にいた伏せられているモンスターを、その鋭い牙で噛み砕いた。
 だが、彼女はそれを見て、計算通り、と言わんばかりの笑みを浮かべた。
「リバース効果・・・発・動v」
 虎の攻撃によって面を上げたのは、体を何かでコーティングされた、宇宙から来た生物であった。
「リバース効果――?」
「そう・・・。 このカードが、相手の攻撃でリバースされた時、カードを1枚ドロー。 そして、フィールド上から墓地に送られたとき、手札1枚を墓地に送る――」

ワーム・ホープ
効果モンスター
星1/光属性/爬虫類族/攻 800/守1500
リバース:相手モンスターの攻撃によってリバースした場合、
自分はデッキからカードを1枚ドローする。
また、このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、自分は手札を1枚墓地に送る。

 アスモデウスはそう言うと、自分で言った通りにカードを1枚ドローし、その後別のカード1枚を墓地に送った。
 これにより、王の攻撃力が更に上がった――。

毒蛇王ヴェノミノン 攻:4000→5000

「ボクは・・・、“サファイア・ペガサス”を守備表示にして、ターンエンドだ――」
 桁違いな攻撃力になりつつある王の前に、既に策の尽きかけていた神童は、成す術も無く、ゆっくりとターンエンド宣言をした。
(まだ・・・強い目をし続けるのね・・・)
 神童のその姿を、その瞳を見て、アスモデウスの中に、「特別な感情」が生まれようとしていた。そしてその感情は、「誰か」と神童をダブらせた――。

神童 LP:2150
   手札:1枚
    場:宝玉獣 サファイア・ペガサス(守備)、宝玉獣 トパーズ・タイガー(攻撃)、宝玉獣 アメジスト・キャット(宝玉)、宝玉獣 アンバー・マンモス(宝玉)、宝玉獣 ルビー・カーバンクル(宝玉)、宝玉獣 コバルト・イーグル(宝玉)、虹の古代都市−レインボー・ルイン

 だが、自分の中に生まれつつある「感情」に、未だ気づいていないアスモデウスは、カードを1枚引くと、神童の強き瞳が消えていくのを見たい、という「快感」を得るためだけのプレイングを始める。
「ワタシは手札を1枚捨てて・・・、2枚目の“スネーク・レイン”を発動ッ!!」
 彼女が発動したカード――それは、爬虫類族モンスターを大量に墓地に送り、それによって王の攻撃力を高める、というものであった。これによって、数ターン前、王の攻撃力は2000ポイントも上昇した。そして、今回も――





・・・・・・?





 いや・・・、今回は違うようだ。





「どっ・・・、どういうこと!? 発動・・・されない・・・!? なっ・・・、何――」
「“レインボー・ルイン”の第3の効果――」
 自分のカードが発動されないことで、驚きを露にするアスモデウスの言葉を遮って、神童は口を開いた。
「――・・・!?」
「場の“宝玉獣”と名のつくモンスター1体を墓地に送ることで魔法・罠カードの発動を無効にし、破壊する――
 神童の説明を聞くと、アスモデウスはハッ――と我に返って、彼のフィールドを見た。そこには、先程自分のモンスターを破壊した虎の姿が無かった。
「気づいた? ――“トパーズ・タイガー”を墓地に送って、“スネーク・レイン”の発動を無効にしたんだよ」
「そっ・・・、それでも別にいいわ! 攻撃力5000で十分よッ!!」
 アスモデウスは頬を赤くしながらも、必死で神童に抵抗の意志を見せ、王で攻撃を仕掛けた。その攻撃によって、神童の目の前にいた、守備態勢をとっていたペガサスが宝玉となった――。

アスモデウス LP:2350
       手札:1枚
        場:毒蛇王ヴェノミノン(攻撃)、リバース1枚

 ペガサスが宝玉――「サファイア」となっていく姿を見て、神童は悲しむ表情を一瞬だけ見せるが、すぐに元の表情に戻して口を開いた。
「ボクもそれで別にいいよ――。 君のお陰で、ボクは“レインボー・ドラゴン”を召喚出来るんだから――」
「・・・え・・・?」
 神童の言葉に、アスモデウスの目が点になった。
「ボクのターン! 通常のドローに加えて、“レインボー・ルイン”第4の効果でカードを1枚ドロー! ――その後、第5の効果を発動する!!」
 神童はドローフェイズでのドローと、古代都市によるドローの2つを行うと、古代都市の更なる効果を発動させた。それによって、彼の目の前に置かれていた宝玉の内、「アンバー」が同色の橙色に輝き、その輝きの中で獣の姿へと変わった。
「えっ・・・!?」
 「アンバー」が獣の姿――マンモスに変わっていく中、その光景を見て、目が点になっていたアスモデウスが、改めて驚いた。
「これが第5の効果――。 宝玉になった“宝玉獣”の、本来の力を解き放つ!!」

虹の古代都市−レインボー・ルイン
フィールド魔法 
自分の魔法&罠カードゾーンに存在する
「宝玉獣」と名のついたカードの数により以下の効果を得る。
●1枚以上:このカードはカードの効果によっては破壊されない。
●2枚以上:1ターンに1度だけプレイヤーが受ける
戦闘ダメージを半分にする事ができる。
●3枚以上:自分フィールド上の「宝玉獣」と名のついた
モンスター1体を墓地へ送る事で、魔法・罠カードの発動を無効にし破壊する。
●4枚以上:1ターンに1度だけ自分のメインフェイズ時に
自分のデッキからカードを1枚ドローする事ができる。
●5枚:1ターンに1度だけ自分のメインフェイズ時に
魔法&罠カードゾーンに存在する「宝玉獣」と名のついた
カード1枚を特殊召喚する事ができる。

「――そして、“宝玉の契約”発動・・・! “サファイア・ペガサス”を特殊召喚して、“ペガサス”の効果発動だよ・・・!!」
「――ッ!?」
 神童のプレイングを見つめながら、アスモデウスは、自分のしてしまった「失敗」を見つけ、後悔した。

 「失敗」――それは、ペガサスを宝玉にし、神童の場の宝玉を5つにしてしまったこと。それによって神童は、現在の状況を作り出すことに成功した。

 ペガサスは自身の体を輝かせ、仲間を呼び寄せる目印となった。その目印に導かれ、最後の宝玉――「エメラルド」が置かれた。

 7つの宝玉が場と墓地に揃う、という状況を――。

「これで出せるっ!!」

 神童の手札にある1枚のカードに、7つの宝玉から発せられ、束ねられた虹色の光が集まっていく。その虹色の光は、「何か」を束縛していた鎖を溶かし、その「何か」の力を解き放たせる――。
 そんな中で、神童はゆっくりと口を開いた。

「君が分かりやすいように、教えてあげるよ――。 宝玉はね・・・、龍を呼ぶんだよ! ――降・臨・・・ッッ!!!」





 「何か」――それは龍(ドラゴン)。















―――――“究極宝玉神 レインボー・ドラゴン”ッッ!!!















 龍は姿を現したと同時に、大きな雄叫びを上げた。
 神童のために戦う、そう誓うかのように――。




第4章 王は神を呼ぶ――龍は戦士を呼ぶ

神童 LP:2150
   手札:1枚
    場:???(攻撃)、宝玉獣 アンバー・マンモス(守備)、宝玉獣 サファイア・ペガサス(守備)、宝玉獣 アメジスト・キャット(宝玉)、宝玉獣 ルビー・カーバンクル(宝玉)、宝玉獣 コバルト・イーグル(宝玉)、宝玉獣 エメラルド・タートル(宝玉)、虹の古代都市−レインボー・ルイン

アスモデウス LP:2350
       手札:1枚
        場:毒蛇王ヴェノミノン(攻撃)、リバース1枚

「降・臨ッ! ―――“究極宝玉神 レインボー・ドラゴン”ッッ!!!」

 7つの宝玉から発せられた虹色の光によって、神童の目の前に、彼の切り札である虹色の龍が降臨した。いや、切り札「だった」、か――。
 神童は、虹色の龍召喚に成功したことで、一度は笑みを浮かべるも、すぐに冷静な表情を取り戻し、残った1枚の手札を発動させた。
「そしてボクは、“レア・ヴァリュー”を発動する!」
 アスモデウスの選択した「ルビー」が、神童の目の前から姿を消すと同時に、彼はデッキの上からカードを2枚ドローし、手札に加えた。その後、手札に加えた2枚のカードをじっと見つめた。
(ドローしたカードは・・・。 ――この手札じゃあ、もうこのターンは何も出来そうに無いかな)
 そして、1つの結論を出すと、神童は前を向き、自分とアスモデウスのフィールドを見つめた。
(――でも・・・、大丈夫。 このターン、“レインボー・ドラゴン”の攻撃力は4000のまま・・・。 だけど、次のアスモデウスのターンからは、効果で攻撃力を2000ポイント上げて、“ヴェノミノン”を倒すことが出来る・・・っ!)
 そんな自信によって、神童は自分でも気づかぬうちに、勝った気になって、満足気な笑顔を取っていた。その表情を見て、アスモデウスはクスッ――と笑うと、口を開いた。
「あら・・・? もう勝ったつもり・・・?」
「えっ・・・?」
「――確かにワタシのミスで、“レインボー・ドラゴン”が出てきたのは驚いたけど、それ自体は然程脅威じゃないわ・・・」
 アスモデウスの余裕な発言に、神童はほんの少しだけ冷や汗をかいた。だが、「覚悟」を決めた彼は、後退りだけはしなかった。
「じゃあ・・・、攻撃してみる?」
 冷や汗をかきながらも、彼は挑発的な言葉を言った。その言葉を聞いて、アスモデウスは再び笑い、答えた。
「遠慮しておくわ。 ――だって、攻撃したら効果で攻撃力を上げて、迎撃されるからね〜」
「やっぱり・・・、“レインボー・ドラゴン”の効果は知ってるんだね・・・」
「えぇ――」
「そう・・・。 ――ボクはカードを1枚伏せて・・・、ターンエンドだよ」

究極宝玉神 レインボー・ドラゴン
効果モンスター
星10/光属性/ドラゴン族/攻4000/守 0
このカードは通常召喚できない。
自分のフィールド上及び墓地に「宝玉獣」と名のついたカードが
合計7種類存在する場合のみ特殊召喚する事ができる。
このカードは特殊召喚されたターンには以下の効果を発動できない。
●自分フィールド上の「宝玉獣」と名のついたモンスターを全て墓地に送る。
墓地へ送ったカード1枚につき、このカードの攻撃力は1000ポイントアップする。
この効果は相手ターンでも発動する事ができる。
●自分の墓地に存在する「宝玉獣」と名のついたモンスターを全てゲームから
除外する事で、フィールド上に存在するカードを全て持ち主のデッキに戻す。

神童 LP:2150
   手札:1枚
    場::究極宝玉神 レインボー・ドラゴン(攻撃)、宝玉獣 アンバー・マンモス(守備)、宝玉獣 サファイア・ペガサス(守備)、宝玉獣 アメジスト・キャット(宝玉)、宝玉獣 コバルト・イーグル(宝玉)、宝玉獣 エメラルド・タートル(宝玉)、虹の古代都市−レインボー・ルイン、リバース1枚

 神童のターンエンドを聞き、アスモデウスはカードを1枚引き、そのカードを見つめた。その瞬間、彼女の表情は一瞬だけ、だが確実に「勝利への笑み」になった。
(来た・・・v)
 そして、アスモデウスはそのカードを場に伏せると、ゆっくりとターンエンドを宣言した。

アスモデウス LP:2350
       手札:1枚
        場:毒蛇王ヴェノミノン(攻撃)、リバース2枚

(・・・? “ヴェノミノン”を守備表示にしない・・・?)
 アスモデウスのターンエンドを聞きながら、神童は彼女のプレイングに疑問を持っていた。そんな中でも、自分のターンであることに気づくと、デッキの上からカードを1枚引き、手札に加え、再び考え始めた――。
(どうする・・・? もしかして、“レインボー・ドラゴン”の攻撃を誘っている・・・? それなら攻撃しない方が・・・。 ――でも・・・!)
「あら〜? “覚悟”――、固まったんじゃなかったの?v」
 神童の長考を見て、アスモデウスは彼をバカにするようにそう言った。
 だが、その言葉によって、神童の気持ちはゆっくりと固まっていった・・・。
(そうだ・・・。 ボクは・・・っ!!)
 自分の中の気持ちが固まっていく中、神童は自分の胸に手を当て、目を閉じた――。
 そして、瞼の裏に、「映像」を浮かび上がらせた。――「戦士」と戦い、彼が消えていく時の「映像」を――。

(決めたんだ・・・、あの時に・・・。 “戦う”って・・・! ――決めたんだ・・・、ここへの旅立ちの時に・・・。 ―――“守る”って!!)

 戦士との「映像」が消えると同時に、彼の脳裏を過ぎったのは、「1人の少女」。守ると決めた・・・、神童にとって、本当に大切な人――。


 神童は今、自分の戦う理由の原点を取り戻した――。


 そして、目を見開かせ、前を向いた。
「行くよ・・・、“レインボー・ドラゴン”ッッ!!! ――“レインボー・オーバー・ドライブ”!!
 前を向き、神童は叫んだ。
 その叫びを、彼の「戦う理由」を理解した虹色の龍は、自分の側にいたペガサスとマンモスの力を吸収し、自身の力とした。

究極宝玉神 レインボー・ドラゴン 攻:4000→6000

 自身の力を、ペガサスとマンモスのそれによって高めた龍は、自身の口をゆっくりと開き、既にそこに溜めていた七色のエネルギーを、一気に放出した。





――――“オーバー・ザ・レインボー”ッ!!!





 放出された七色のエネルギーは、一瞬でアスモデウスの前にいた王を消滅させてしまった。

アスモデウス LP:2350→1350

「――ッ! “ヴェノミノン”・・・、効果発動ッッ!!
「えっ・・・!?」
 王が消滅した直後に、アスモデウスが発した言葉。――それを聞き、神童は耳を疑い、驚きの意味で目を見開かせた。
 その瞬間、地面の奥底から、王が再び姿を現した――。
「蘇生・・・能力・・・ッ!?」
「そう・・・。 “ヴェノミノン”の効果はもう1つある――。 墓地の爬虫類族モンスター1体を喰らうコトで、王は復活出来るのよ――v」

毒蛇王ヴェノミノン
効果モンスター
星8/闇属性/爬虫類族/攻 0/守 0
このカード以外の効果モンスターの効果によって、
このカードは特殊召喚できない。
このカードは「ヴェノム・スワンプ」の効果を受けない。
このカードの攻撃力は、自分の墓地の爬虫類族モンスター1枚につき
500ポイントアップする。
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
自分の墓地のこのカード以外の爬虫類族モンスター1体を
ゲームから除外する事でこのカードを特殊召喚する。

毒蛇王ヴェノミノン 攻:0→4500

 アスモデウスはそう言って、笑みを浮かべた。だが、その笑みを見た神童もまた、笑みを浮かべ、口を開いた。
「蘇生には驚いたけど・・・、それのせいで、“ヴェノミノン”の攻撃力は下がった・・・! “レインボー・ドラゴン”の攻撃力を高めながら何度も叩けば、いずれは・・・っ!!」
 神童は笑みを浮かべた状態で、口を開き、喋り続けていた。
 だが、突如として、彼の言葉は途切れた――。

 彼は見てしまったから・・・。アスモデウスの目の前で開かれた、1枚のカードを――。

「――ワタシが何の考えも無く、“ヴェノミノン”を攻撃表示のままにして、わざわざ倒させたと思う・・・?v」
「その・・・カードは・・・ッ!」
「ワタシが“ヴェノミノン”を攻撃表示のままにして、わざと倒させたのは、ボウヤの場の宝玉獣を全て墓地に送らせるため。 そうしないと、魔法カードも罠カードも、満足に使えないからねv」
 神童が驚きを露にしていく中、アスモデウスは、それを何事も無かったかのように見つめながら、言葉を続けた。
 やがて、彼女の言葉が終わり、一瞬の沈黙が現れたかと思うと、彼女は、自分が発動させたカードの効果を説明するために、再び口を開いた。
「――さて、ワタシの発動したカードは・・・、“毒蛇の供物”v これの効果は・・・、分かるわよね?」
「自分の場の爬虫類族モンスター1体を破壊して、ボクの場のカード2枚を破壊する・・・」
「正解――v」

 神童とアスモデウスの会話が終了したと同時に、彼女の目の前にいた王が、ガラスが砕け散るかのように、バリィンッ――という音を立てて、消滅した。すると、消滅した際に出たと思われる「毒」によって、神童の目の前にいた虹色の龍と、1つの宝玉――「コバルト」が消え去った――。

毒蛇の供物
通常罠
自分フィールド上に存在する爬虫類族モンスター1体を破壊する。
相手フィールド上のカード2枚を破壊する。

「“毒蛇の供物”を使うために、“ヴェノミノン”を攻撃表示のままに・・・?」
 神童は冷や汗をかきながら、アスモデウスにそう聞いた。

 ――彼の中の「覚悟」は今、着実に「消えつつあった」・・・。

「だから言ったでしょ? ワタシは、ボウヤの場の宝玉獣を全て消すために、“ヴェノミノン”を攻撃表示のままにしておいたって――。 あ、でも――、これにはちょっと語弊があるわねv」
「え・・・?」
 次の瞬間、アスモデウスの場の、もう1枚のリバースカードが面を上げた。
「リバースカード――“蛇神降臨”・・・」

蛇神降臨
通常罠
自分フィールド上に表側表示で存在する「毒蛇王ヴェノミノン」が破壊された時に
発動する事ができる。
自分の手札またはデッキから「毒蛇神ヴェノミナーガ」1体を特殊召喚する。

 面を上げたカードの効果によって、アスモデウスの目の前に、彼女の「真の切り札」が姿を現した――。

 「王」を超越した・・・、「神」が――。

 神童は、自分の目の前に聳える「神」の姿を見て、無意識の内に両膝を地面につけ、絶望した。

 ――彼の中の「覚悟」は今、「消えた」・・・。

「残念ね、ボウヤ――。 蛇は“王”を呼べる・・・。 そして、王は“神”を呼べるのよv ――“毒蛇神ヴェノミナーガ”ッッ!!!

 ――「神」という名の、「絶望」によって・・・。

 アスモデウスは、高らかに笑い始めた。――神童を見下ろす神の姿を見て。――神に見下ろされ、全ての「覚悟」を打ち砕かれた神童を見て。
「――さ、まだボウヤのターンよ? どうするの・・・?」
 そして、彼女は不気味に、そして囁くように、神童にそう言った。
 彼はその言葉を聞いて、光を失った目で、残された2枚の手札を見つめていた。
(ボクは・・・、やっぱり弱いままなのかな・・・? “戦う”って、“守る”って決めたのに・・・。 固まった“覚悟”も、すぐに崩れて・・・。 こんなところで・・・、負け・・・――)
 その瞬間、神童の考えが途切れた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 何処かも分からない、漆黒の――闇が覆う世界・・・。
 そこに、神童はいた。
『こっ・・・、ここは・・・?』
 彼は、辺りを見回しても何も見えないこの世界で、「恐怖」を覚え始めていた。
 そんな時、彼の目の前に小さな光が現れ、その光はやがて、「戦士」の姿に変わった。
『久しぶりだな――』
『ネ・・・、“ネオス”ッ!? ――どうして、ここに・・・っ!!?』
 突然の戦士の出現に、神童は一度は驚いた。だが、その驚きはすぐに喜びに変わった。そして彼は、先程まで絶望したとは思えないほどの笑みを浮かべた。
『いや・・・、どうでもいいや! やっと・・・、また会えた・・・!』
『――それは違うな・・・』
『――ッ!?』
 神童の笑みは、戦士の一言によって掻き消されてしまった。
 戦士の言葉の表す意味――それは、戦士が再び消滅しようとしている、ということであった。
 その意味の通り、戦士の姿は、足下からゆっくりと無くなってきていた。
『なっ・・・、何で・・・!?』
『オレの“これ”は・・・、そうだな・・・。 “君の力の幻影”、という言うべきかな』
『ど、どういうコト?』
『君が持っている“ネオス”のカードに眠る“オレの力”と、君の中に眠る“戦士の力”が交わったコトで、一時的に起きている現象、というコトだ――』
 戦士の言葉が続く中、刻一刻と戦士の姿は無くなっていき、既に戦士の体は上半身しかなかった。
 戦士の言葉、戦士の状況を見た神童は、「時間が無い」ということを改めて悟り、ゆっくりと口を開いた。
『ボク・・・、どうすればいいのかな・・・?』
『――ん?』
『ボクは・・・、弱いままなんだ・・・。 ――だから、誰も“守れない”し、誰にも“勝てない”・・・。 ボクは・・・、どうすればいいのっ!?』
 神童は自分の胸に手を当て、自分の無力さに「絶望」を覚えていた。その「絶望」に涙していた。だが、戦士はそんな彼の姿を見て、プッ――と小さく笑った。
『なっ・・・!? 何で笑うの!!?』
ただ強いだけで、みんなを守れると思っているのか?
『で・・・、でも――!!』
『キツい言い方になるが・・・、お前は精霊達と仲間達との戦いの中で、何を見てきた? 何を心で感じてきた? ――単純な強さだけではダメなんだ・・・!』
 戦士の言葉を聞き、神童は再び深く落ち込んでしまった。そして、流れている涙の量が増していった。
 彼のそんな姿を見て、戦士は自分の頭を数回掻くと、再び口を開いた。
『考えるんだ・・・。 そして、受け止めるんだ。 このデュエルの中で見つめ直した、“戦いの原点”を――。 “それ”がお前の、“真の強さ”だから――。 大切な人を守る力だから――』
 既に、戦士の姿は無くなり、彼の顔だけとなっていた。
 それに気づいた神童は、涙をすぐに拭うと、大きく口を開いて叫んだ。
『“ネオス”ッッ!!』

『――それと・・・、お前は弱くないよ・・・。 お前と戦ったオレが言うんだ――』


 戦士は笑った。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

(ありがとう、“ネオス”――)
 神童は目を閉じ、涙を流しながら、「戦士」にそう伝えた。
 伝え終えると、ゆっくりと目を開き、取り戻した決意の眼差しで、アスモデウスと、彼女の切り札である神を見つめた。
 そんな眼差しを見て、彼女は一度は驚くも、すぐに元の自信を取り戻し、口を開いた。
「――さ、まだボウヤのターンよ? どうするの・・・?」
 彼女の言葉を聞き、神童は自分の場と手札を見つめた。
(今の手札には、この状況を打開するカードは無い・・・。 ――でも、前のターンに伏せた“あのカード”なら!)
「――ボクは、“死者蘇生”を発動し、“アンバー・マンモス”を守備表示で復活させる! ――これで、ターンエンドだ!」

死者蘇生
通常魔法
自分または相手の墓地からモンスターを1体選択して発動する。
選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。

神童 LP:2150
   手札:1枚
    場:宝玉獣 アンバー・マンモス(守備)、宝玉獣 アメジスト・キャット(宝玉)、宝玉獣 エメラルド・タートル(宝玉)、虹の古代都市−レインボー・ルイン、リバース1枚

 神童の目の前に、虹色の龍の力となっていたマンモスが、再び姿を現した。
 そんな獣を見ながら、アスモデウスはゆっくりとカード1枚を引き、視線をそのカードに映した。そのカードを見るとすぐに、彼女は笑みを浮かべ、手札1枚をコストとして墓地に送ると、そのカードを発動した。
「ワタシが引いたカードは――、“カード・フリッパー”! これにより、ボウヤの場の“アンバー・マンモス”は、攻撃表示になる!!」
「なっ・・・!?」

カード・フリッパー
通常魔法
手札を1枚墓地へ送って発動する。
相手フィールド上に存在する全てのモンスターの表示形式を変更する。

 アスモデウスの言葉が終わった刹那、彼女が場に出したカードから、無数の紐が出現し、それらはマンモスを束縛した。そして、それらの力によって、マンモスの守備態勢は解かれてしまった。
「“ヴェノミナーガ”の攻撃力は、“ヴェノミノン”同様、墓地の爬虫類族モンスターの数×500! よって、攻撃力は――5000ッッ!!」

毒蛇神ヴェノミナーガ 攻:0→5000

 アスモデウスはそう叫び、右手を空へと掲げた。その動作が合図となり、神は口の中に「毒」を溜め始めた。やがて、大量に集まり、凝縮されたそれは、彼女の右手を前に突き出す、という合図によって解き放たれた。
 「毒」が、空間を溶かしながら、マンモスを襲い掛かる。
「――くっ・・・! “レインボー・ルイン”第2の効果ッッ!!」
 マンモスに「毒」が届くか届かないかの瀬戸際で、神童は叫び、両腕を前に出した。彼の叫びによって、彼を覆う防護壁が、宝玉獣達の都市から出現した。だが、防護壁に守られていないマンモスは、「毒」によって消滅した。更には、威力が留まることを知らない「毒」は一瞬で、彼を覆っていた防護壁を溶かし、彼にダメージを与えた。
「ァアアア・・・ァアアッ・・・ア・・・!!」

神童 LP:2150→500

「フ〜ン・・・、“レインボー・ルイン”に、まだそんな効果が残ってたなんてね・・・。 ――でも、こっちにもまだ効果はあるわよv」
「――え・・・?」


ズッ・・・!


 アスモデウスの言葉が示すもの――それは、「毒霧」。
 神の体から、大量の毒霧が出現し、一瞬で神童の周辺を覆い尽くしていった。
「こ・・・、これは・・・!?」
「――“ハイパーヴェノムカウンター”・・・。 もたらすものは、“毒”v」
「“毒”・・・?」
「この毒霧は、“ヴェノミナーガ”の攻撃が成功、ダメージを与えるたびに増えていく・・・。 そして、その霧が3度増え、あなたを飲み込んだ時――」
 彼女は言葉をそこで一旦途切らせると、人差し指で、神童をビシッ――と指した。
あなたは死ぬ――」
「・・・ッ!!?」
 彼女のその言葉に、神童は一度驚くが、その「恐怖」を振り払い、すぐに瞳を元に戻し、それを彼女に向けた。
 その時、彼女は彼のその瞳を見て、ゆっくりと口を開けた。

「強い目ね――」
「――?」
「ワタシはその目を持っている人を、もう1人だけ知ってるわ――」
「それって・・・?」
「――でも、あなたの方が素敵よv」
 アスモデウスの突然の発言に、神童は頬を真っ赤にしてしまった。そんな彼の表情を見て、彼女はフフッ――と小さく笑った。
「ウブなのねv」
「・・・放っといてよ――」
 彼女の更なる発言に、神童はどうすることでも出来ず、視線を逸らすようにして、地面を向いた。そんな彼を見ても尚、アスモデウスは言葉を続けた。
「“彼”の目は今、闇に染まっているわ――。 でも、ワタシはそんな彼を愛した・・・。 絶対に実らない恋だって、知っていながら、ね――」
 アスモデウスはそう言うと、ふと遠くに見える永遠の城(エンドレス・キャッスル)の最上階を見つめた――。
 そんな彼女の視線に、神童は気づき、口を開いた。
「もしかして・・・、その“彼”って・・・!」
「あなたなら――、“彼”を救える・・・! その・・・光のような目で――、きっと・・・!」
 だが、神童のその言葉を、アスモデウスは遮った。
 「彼」という存在の正体を、神童に悟られるのが嫌だったから・・・。

 神童もまた、アスモデウスのその感情に気づき、詮索を打ち切ると、別の言葉を続けた。
「・・・誰かは聞かないよ・・・。 ――でも、その“彼”を、ボクは救えない・・・」
「――ッ!?」
「だって・・・、ボクには1人が限界なんだ。 ――その1人にしか、ボクは全力で向き合えない・・・」
「そう・・・。 ――じゃあいいわ・・・。 あなたを倒す・・・。 ――全力でね
 神童の言葉に、酷く絶望したアスモデウスは、怒りや憎しみといった「負の感情」が込められた瞳で、神童を睨んだ。

(そう・・・、ボクじゃあ出来ない・・・。 でも・・・、翔なら・・・!)

 アスモデウスの瞳に気づきながらも、神童は頭の中で、「1人の少年」を思い浮かべた。そして、その少年に全てを託す、という意味も込めて、神童はもう一度、「負けられない」――そう決意した。

「君のエンドフェイズ時に・・・、リバースカード――“虹の引力”発動ッ!! ――蘇れ、“レインボー・ドラゴン”ッッ!!!
 そんな彼の決意と共に、虹色の龍がボロボロになりながらも、再び空を舞い上がった。

虹の引力
通常罠
自分フィールド上及び墓地に「宝玉獣」と名のついた
カードが合計7種類存在する場合のみ発動する事ができる。
自分のデッキまたは墓地に存在する「究極宝玉神」と名のついた
モンスターカード1体を召喚条件を無視して特殊召喚する。

アスモデウス LP:1350
       手札:0枚
        場:毒蛇神ヴェノミナーガ(攻撃)

 空を舞い上がる龍は、その虹色の輝きを神童に向けて放った。彼はその輝きを浴びることで、強い意志を更に固めることが出来た。
「“レインボー・ドラゴン”の復活・・・。 狙いは、第2の効果によって、“ヴェノミナーガ”をデッキに戻す、ってトコかしら?」
「うん――。 そうすれば、自分のターンのドローで手札を増やせて、ライフポイントも多いボクの方が有利になれる!」
 神童は自信満々にそう言った。だが、彼のそんな姿を見て、おかしく思ったアスモデウスは吹き出してしまった。
「なっ・・・、何がおかしいの!?」
「やっぱり、あなたはボウヤね。 ――“ヴェノミナーガ”の更なる効果に気づいてない・・・」
「更なる・・・効果・・・?」
 アスモデウスの言葉に、神童は冷や汗をかいていた。
 そんな彼が発した質問に、彼女は「えぇ」と頷くと、言葉を続けた。
「“ヴェノミナーガ”の効果は全部で4つ――。 1つ目は、“ヴェノミノン”同様の攻撃力アップ。 2つ目は、これまた“ヴェノミノン”と同様の、蘇生能力――」
「・・・ッ!? “ヴェノミナーガ”にも、蘇生能力が――!?」
「――3つ目が、先程発動した“ハイパーヴェノムカウンター”――。 そして、4つ目が――」
 アスモデウスの言葉を聞いて、神童は知らず知らずのうちに、ゴクッ――と唾を飲み込んでいた。





「―――全モンスター中、最強の耐性効果よ」





「耐性・・・効果・・・?」
 彼女の言葉を、神童は繰り返して言った。
「そ――。 つまり、“ヴェノミナーガ”には、モンスター・魔法・罠の効果は効かないわ」
「そっ・・・、そんなのって・・・!」
 アスモデウスが発したのは、「絶望」と言う名の言葉――。

 神童が狙っていた、虹色の龍のもう1つの効果によるモンスターの除去が、完全に防がれてしまったのだ――。

「さぁ、ボウヤのターンよv」
 何気なくアスモデウスはそう言った。

 だが、その言葉は彼女が思っている以上に、神童にとっては重い言葉であった。

 神童はゆっくりと、右手をデッキの上にある1枚のカードに伸ばした。その手は震えており、うまくカードを掴めない状態であった。
(ボクは・・・、勝てるのかな・・・? こんな状態で・・・。 ――それも・・・、どうやって・・・?)
 神童は、カードを引く前から、どうすればアスモデウスに勝てるか、を考えていた。震える左手が握る、1枚のカードを見つめて――。
 そのカードによって、その答えはすぐに出た。
(――いや、ある! ・・・でも・・・、ボクはこのターンのこのドローで、“あのカード”を引かなきゃいけない・・・)
 だが、その答えはまさしく、「運」によって左右されるものであった。
 答えがありながらも、その答えに辿り着けるか分からないこの状況――。神童の手の震えはやはり、まだ止まらなかった。
(引けるのかな・・・?)
 彼の頭の中で、「不安」が何度も過ぎる。
(ボク・・・ハ・・・??)



―――お前は弱くないよ・・・。 お前と戦ったオレが言うんだ――




ドクン・・・ッッ!!

 その時、神童の頭の中で、先程の戦士の声が再生された――。
(“戦いの・・・原点”・・・!)
 再生された戦士の声を元に、彼はもう1度、自分が何をしなければならないのかを確認した。



 ―――大切な人を守る・・・。



 少女――真利の笑う姿が、神童の頭の中で再生された――。


「ボクのターン――、ドロー」
 そして、神童はカードを引いた。
 そのカードは、彼の望んでいたカードそのものであった。
「――“O-オーバーソウル”ッッ!!」
「“オーバーソウル”・・・ッ!?」

O-オーバーソウル
通常魔法
自分の墓地から「E・HERO」と名のついた通常モンスター1体を選択し、
自分フィールド上に特殊召喚する。

「何でそんなカードを・・・!? ボウヤの墓地に通常モンスターなんて無・・・い・・・ッ!!?」
 アスモデウスは一度、神童の発動したカードに違和感を覚えた。だが、その違和感はすぐに消え、彼女の中に残ったものは、「負けた」という事実と、悔しさだけとなった――。
「そう――。 蘇るのは“プリズマー”の効果で墓地に送った――“E・HERO ネオス”ッ!!」
 神童の目の前に、精霊と全く同じ姿形をしたヒーローが、墓場から姿を現した。
 その出現と同時に、神童は残された1枚のカードを手に取り、デュエルディスクにガチャッ――と差し込んだ。

 その瞬間、彼の空色のデュエルディスクが、虹色に輝いた――。

「魔法カード――“融合”・・・ッッ!!!」

E・HERO ネオス
通常モンスター
星7/光属性/戦士族/攻2500/守2000
ネオスペースからやってきた新たなるE・HERO。
ネオスペーシアンとコンタクト融合することで、未知なる力を発揮する!

融合
通常魔法
手札またはフィールド上から、融合モンスターカードによって決められた
モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。

 神童の目の前にいた虹色の龍とヒーローの姿が、渦を描くようにして混ざり始めた。その渦の中でヒーローは、虹色の龍が持つ「7つの宝玉の力」を取り込み、自身の力を「虹色の力」に変えた。















―――――“レインボー・ネオス”ッッ!!!















 そして、虹色の力を装甲に変えたヒーローが、彼の頭上に姿を現した。そのヒーローは、目の前に聳えていた神を見下ろした。

 アスモデウスは、虹色のヒーローと、ヒーローが放つ虹色の光を受ける神童の姿を見て、小さく笑った。
「ボウヤ――・・・。 あなたの勝ちよ・・・
 彼女は、神童が聞き取ることの出来ないくらい小さな声で、そう言った。

「“レインボー・ネオス”の効果発動ッ! デッキの1番上のカードを墓地に送り、相手の墓地のカード全てをデッキに戻すッッ!!」

レインボー・ネオス
融合・効果モンスター
星10/光属性/戦士族/攻4500/守3000
「E・HERO ネオス」+「究極宝玉神」と名のついたモンスター1体
このモンスターの融合召喚は、上記のカードでしか行えず、
融合召喚でしか特殊召喚できない。
1ターンに1度だけ以下の効果から1つを発動できる。
●自分フィールド上のモンスター1体を墓地に送る事で、
相手フィールド上モンスターを全てデッキに戻す。
●自分フィールド上の魔法または罠カード1枚を墓地に送る事で、
相手フィールド上の魔法・罠カードを全てデッキに戻す。
●自分のデッキの一番上のカード1枚を墓地に送る事で、
相手の墓地のカードを全てデッキに戻す。

 神童はそう叫ぶと、デッキの1番上のカードをピッ――と抜き取り、デュエルディスクの墓地ゾーンに入れた。
 その瞬間、アスモデウスのデュエルディスクの墓地ゾーンに入っていたカード全てが光に覆われると、パシュッ――という音を立て、デッキに戻っていった。
 それによって、彼女の墓地の爬虫類族モンスターは0体となり、当然、神の攻撃もまた、「無」となった――。

毒蛇神ヴェノミナーガ 攻:5000→0

「ボクの・・・勝ちだ・・・ッ!!」



――――“レインボー・フレア・ストリーム”ッッ!!!



 辺り一面が、ヒーローの放つ、虹色の光に覆われていった――。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「・・・丈夫・・・? ――大丈夫?」
 「誰か」の声を聞いて、アスモデウスは目を覚まし、起き上がった。
 そこには、先程の「ボウヤ」とは思えないほど、格好良く見える神童の姿があった。
「えぇ・・・、大丈夫よ・・・。 ――でも、何でワタシは生きてるの・・・?」
 起き上がった彼女は、そんな疑問をつぶやきながら、自分の手を見ていた。

 彼女の疑問――それは、「現実干渉能力」を持つ精霊を糧にして生み出されたモンスターの攻撃ならば、その「能力」の効果に乗っ取って、自分の体にもかなりのダメージがあるのではないか、というものであった。――それも、「死ぬ」程の・・・。

 だが、そんな彼女の疑問を、神童は笑いながら返した。
「あの時の“レインボー・ネオス”の召喚で、ボクの勝ちは決まってた。 ――だからボクは、“レインボー・ネオス”の攻撃を、あれに当てたんだ」
 そして、神童は「あれ」を指差した。
 その指差す先には、ヒーローの攻撃を受けたことで、完全に破壊されている「鍵」があった。
「・・・プッ・・・、アハハハハハハハハッ!!」
「――えっ!? な・・・、何がおかしいの!?」
 壊れた「鍵」を見て、それを得意げに話す神童を見て、そんな彼の優しさに救われた自分の体を見て、アスモデウスはデュエル時に見せなかった「本当の笑み」を神童に見せた。その笑みに、彼は頬を真っ赤にして戸惑うばかりであった。



 その時突然、アスモデウスは神童の額にキスをした。



「・・・ッ!!?」
 それによって、神童は全く別の理由で、再び頬を真っ赤にした。
「自分勝手、って思われるかも知れないけど・・・」
「――?」
「“1人しか救えない”、“1人しか守れない”なんて言わないで――」
「どうして・・・?」
 突然のアスモデウスの言葉に、神童は少し動揺しながら聞き返した。
 彼の質問に、彼女はゆっくりと口を開いた。


「あなたに・・・、“限界”なんて無いわ。 それこそ・・・、そんな目をしてるんだからv」
 アスモデウスはそう言って、もう一度大きく笑った。
 そんな笑みを見て、神童もまた、大きく笑った。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 アスモデウスの会話の後、彼女はまだデュエルの疲労で動けなかったので、神童だけが翔達の下に戻るべく、走り続けていた。
(早く・・・翔達の下に戻らないと・・・)
 走り続けながらふと、神童は自分の額に手を当てた。


――――あなたに・・・、“限界”なんて無いわ――――



 そして神童は、再び小さく笑った。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 神童が走って行ってしまった中、アスモデウスは再び地面に倒れこんで、空を見上げていた。
「負けちゃったわね、ワタシ――。 ――でも・・・、今までのデュエルと違って、嫌な気分じゃないわ
 空を見上げながら、アスモデウスは独り言でそうつぶやき、笑みを浮かべた。

 神童とのデュエルによって、アスモデウスは少なからず「変わった」――。
 そして、その変化が彼女に、デュエルの後ならば、どんなデュエリストでも感じることの出来る清々しさを与えていた――。

 その清々しさは、彼女にとってのまた新たな「快感」となりつつあった。

 「幸せ」――確かに彼女は今、そう思えていた。

 ――だが、その幸せは今・・・、










ドスッ・・・!










 ――消えた・・・。





ファイ・・・ガ・・・





 涙を流しながら、愛する「彼」を思いながら、彼女の意識は「消えた」――。



 ―――愛する彼の手によって・・・。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「えっ・・・?」
 丁度その瞬間、神童は走っていた足を止め、後ろを振り返った。
 だが、神童は再び走り出した――。

 アスモデウスの「それ」に、気づかぬまま・・・。




・・・第1の鍵、破壊完了――。




第4.5話 謝罪と今後

 かなりお久しぶりです。ショウです。
 長い間、連絡をせずに更新を停滞してしまい、どうもすいませんでした。

 理由と言うか、言い訳をさせてもらいますと、完全に高校生活を甘く見ていました。高2になって、学校側からの圧力もあってか、勉強ばかりの生活になっていました(空いた時間とかも、その他の都合で潰れていきました)。・・・ちなみに、の割には、全く成績伸びてませんww むしろ、落胆の糸を辿っていますwww
 と言うわけで、何とかこの冬休みを機に、少しでも挽回していこうと思い、キーボードを叩いている訳なんですが、いかんせん冬休みが終わってしまい、そろそろ勉強地獄の始まりです(受験まで後1年らしいのでww)。それに、高3にもなれば、勉強地獄のレベルは更なる高みへと登り、更に更新は難しくなっていきます。

 そこで、楽しみにしてくれている方々(おそらく数人はいる筈!)には申し訳ないと思ってはいますが、デュエル描写も含め、かなり端折って小説を書いていきます。
 例えば、この次(第5話)からは、再び第1部隊と翔達との戦いが続いていく筈だったのですが、ダイジェストに近い形で、本来ならば残り15話(デュエル5回×3話)かかる所を、3話(デュエル2回&2回&1回)でまとめさせていただきました(しかも、毎週更新ではなく、不定期です)。本ッ当にスミマセン。これ以降のデュエルはなるべく書いていく予定ですので・・・。
 何とか高3の初期までに完結させたいという気持ちから、こうなってしまいました。
 本当は、どれだけ長期になってでも、全てを書き終えるのがプロ(というか当たり前)なんだと思いますが、こんな形を取らせて頂きました。本当にスミマセン。
 ちなみに、文章力もかなり低下していますww

 それでは、こんな形になってでも、読み続けてくれる方々がいると信じて、頑張っていきたいと思います。




第5話 VS第1部隊――第2の鍵と第3の鍵

 神童とアスモデウスのデュエルが始まった頃、他の場所でも、デュエルが行われていた。先(ファイガ)を目指して、その扉を開けるためのデュエルが――。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 神也VSサタン――。

 神也とサタン、両プレイヤーが初期手札5枚を引き終えた段階で、まず始めにサタンが口を開いた。
「待ったぞ、この時を・・・! 我等を倒した憎き者達を倒せるこの時を・・・っ!」
 サタンは小さく笑みを浮かべ、字の如く「憤怒」をそれに含ませながら、今にも神也に襲い掛かるような勢いでそうつぶやいた。そんな彼の姿に、神也は1つの違和感を覚えていた。
「おい、お前! 何でここにいるんだ!? お前は・・・、いやお前達は、オレと神童、それに翔とで倒した筈だ!」

 この世界(アナザー・ワールド)に着いてすぐの出来事。
 神の名を受け継ぎし者達となる6人を襲ってきた3人の黒ずくめ。彼等の内の1人が、今、神也と対峙しているこのサタンなのだが、彼等は3人共、翔、神也、神童の3人によって倒されているのだ。
 それも、怒りによって感情の高ぶった、精神を崩壊させるほどの一撃によって。

 つまり、単純に考えれば、今ここにサタンがいるコトはおかしいのだ。

「そう――単純に考えればそうなる・・・。 ――だが、オレ達は後に来た第3部隊の数人によって助けられた!」
「・・・“あいつ等”のコトか・・・?」

 黒ずくめ3人を、翔達が倒した後にやって来た数百人にも及ぶ第3部隊の者達。デュエルを行った3人はボロボロで、それ以上のデュエルは無理な状態ではあったが、アンナが来てくれたお陰で、翔達は無事に助かったのだ。
 そのやって来た数百人の内の何人かに、サタン達3人は助けられたのだ。

「・・・だが、意識を取り戻したのはオレだけ・・・。 他の2人が眼を開けるコトは無かった・・・」
「それで、オレ達を倒す執念だけで、第1部隊っていう地位にまで上り詰めたって訳か・・・」
 神也は自分の左手に握られた5枚のカードを見つめながら、冷たく言った。
「まさに“憤怒”だな」
「そう! この執念で、勝ち取った称号は“憤怒”ッ!! さぁ、この“憤怒”の力! とくと味わうがいいッ!!」
 サタンの中の、怒りのボルテージが急上昇していく。そして、彼の叫びと共に、その勢いで少しだけ捲りあがったマントの奥、彼の身体には、痛々しい生傷が数多く残っていた。おそらく、最初の神也とのデュエルで出来た傷がその多くだろう。



――――――デュエルッッ!!



●     ●     ●     ●     ●     ●

「“氷結界の龍 グングニール”の効果発動! ――手札2枚を捨て、お前の場の“ライトエンド・ドラゴン”とリバースカード1枚を破壊する!!」
 サタンはそう叫ぶと、自分に残された2枚の手札を取り、デュエルディスクの墓地ゾーンへと入れた。次の瞬間、4本足の龍は氷の翼を羽ばたかせ、そこから放つ無数の氷の槍で、神也を守っていた光の龍と、1枚の伏せカードを貫いた。
「しまっ・・・!?」
 神也が突然の光景に驚いている間に、目の前の龍はその槍を、彼自身にも放った。

神也 LP:3000→500

「お前のライフも後僅かだな、神也ぁ〜・・・! オレはターンエンドだ」
 サタンの笑みは、龍の雄叫びは、確実に神也の心を覆う「全て」を削ぎ落としていく。

サタン LP:2000
    手札:0枚
     場:氷結界の龍 グングニール(攻撃)

氷結界の龍 グングニール
シンクロ・効果モンスター
星7/水属性/ドラゴン族/攻2500/守1700
チューナー+チューナー以外の水属性モンスター1体以上
手札を2枚まで墓地へ捨て、捨てた数だけ相手フィールド上に存在する
カードを選択して発動する。選択したカードを破壊する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

ライトエンド・ドラゴン
シンクロ・効果モンスター
星8/光属性/ドラゴン族/攻2600/守2100
チューナー+チューナー以外の光属性モンスター1体以上
このカードが戦闘を行う場合、
モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
このカードの攻撃力・守備力は500ポイントダウンし、
このカードと戦闘を行う相手モンスターの攻撃力・守備力は
エンドフェイズ時まで1500ポイントダウンする。

(くっ・・・! 場のカードは全滅。 手札はもう使えそうに無い“ライトニング・ボルテックス”1枚だけ。 それに、墓地には“D-HERO ディアボリックガイ”があるけど・・・! 次のドロー――これに、全てが掛かっているのか・・・)

ライトニング・ボルテックス
通常魔法
手札を1枚捨てて発動する。
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターを全て破壊する。

D-HERO ディアボリックガイ
効果モンスター
星6/闇属性/戦士族/攻 800/守 800
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
自分のデッキから「D-HERO ディアボリックガイ」1体を
自分フィールド上に特殊召喚する。

 神也は、次のターンで勝負がつくという、危機的状況に陥っているにも関わらず、冷静な目で、自分が勝つためのカード幾枚を頭の中で検索していた。
そんな中で彼はふと、別のコトが気になってしまった。ボロボロになりながらも、彼は両足で地面を踏み、歯を喰いしばり、ゆっくりと口を開いた。
「なぁ。 万に1つもあり得ないけど・・・、もしオレを倒したとして、その後お前は・・・、何をするんだ?」
 突如出てきた神也の質問に、サタンは首を傾げた。
「何故そんな質問をする? 負けるのが嫌で、命乞いでも始めるのか!? ――まぁいい・・・。 決まっているだろう! オレの仲間である2人を倒した、神崎 翔と高山 神童を倒すんだよ!!」
「・・・それで? その2人を倒したらどうするんだ?」
「他のお前の仲間3人も倒す!!」
「それが終わったら?」
「くっ・・・!! お前は何が言いたいんだッ!!」
 神也の質問攻めに、サタンは痺れを切らせて怒鳴った。
 その怒鳴りを聞いて尚、神也は彼に臆することなく、言葉を続けた。
「また誰かに“憤怒”を抱いて倒すのか? それでまた倒して倒して倒して・・・。 自分の戦いたいという思い(飢え)を、“憤怒”を理由に満たしていくんだろ?」
「その通りだ! それの何が悪い・・・ッ!!」
 サタンは、神也の言葉に対し、怒り以上の感情を以って、彼にぶつけようとする。だが、神也はそれを遥かに上回る何かで、彼に伝えようとする。自分の中の「思い」を――。
「悪くは無いさ・・・。 ――ただ、“空しい”だけだ・・・・・・」
「・・・お前に何が分かる!!? この“憤怒”はもう!! 誰にも止めるコトは出来ない!! ――オレ自身の意思でもッ!!」
 憤怒の末に待っていたのは、己の破滅・・・。
 サタンの精神は、1ヶ月前の神也とのデュエルを最後に、確実に崩壊の一途を辿っていたのだ。そして彼は、その崩壊を憤怒という感情で、誤魔化そうとしていたのだ。
 だが結果として、彼の精神は崩壊を続け、既に憤怒以外の感情を見つけるコトは困難となっていた。

「――分かるさ・・・。 昔のオレも、“天才”っていう言葉を盾にして、常に満たされたくて、ただただ訳も分からないまま、何かを追っていた・・・。 あいつがいなかったら、その“何か”にさえも届かなかった・・・」
 神也の脳裏に、1人の少年の姿が横切った。その少年は、孤独だった自分に「仲間」をくれた。「天才」という盾を壊して、自分自身と接してくれた。満たしてくれた。
彼は、自分の中で込み上げてくる思いを感じ取り、小さく右手で拳を作った。

 そう・・・、人は1人じゃ何も出来ない・・・。


自分自身を止めるコトさえも・・・、導く「誰か」がいなければいけない・・・。



 ――だ か ら・・・



「止めてやるよ、オレが――っ!!」



 そして神也は、力強くカードを引いた。
 引いたカード――それは・・・、「おろかな埋葬」――。

 神也の勝利が確定した瞬間だった。

●     ●     ●     ●     ●     ●

「シンクロ召喚ッ!! ――“ダークエンド・ドラゴン”ッッ!!!
 神也の思いを受けて降臨した闇の龍は、その重々しい翼を広げ、地下深くより大空へと舞い上がった。闇の龍は、自分の身を削って、サタンの「盾」となっていた氷の龍を打ち砕き、自分に眠る闇そのもので、サタンを覆い尽くした。

 深い深い闇の中――、全てを受け入れるかのように、サタンはスッ――と目を閉じた。

サタン LP:2000→0

ダークエンド・ドラゴン
シンクロ・効果モンスター
星8/闇属性/ドラゴン族/攻2600/守2100
チューナー+チューナー以外の闇属性モンスター1体以上
1ターンに1度、このカードの攻撃力・守備力を500ポイントダウンし、
相手フィールド上に存在するモンスター1体を墓地へ送る事が出来る。

 サタンが目を開けた時、目の前に広がっていた光景は、広大な大地と大きな笑みを浮かべ、自分を救おうとしてくれた少年の姿だった。
「・・・オレの負けだ、神也――」
 デュエルにおいても、心においても――。サタンは、完全に自分の敗北を悟った。彼の中の感情が1つ増え、崩壊が止まった瞬間だった。
「勝ち負けなんて関係無ぇよ。 ――またデュエルしようぜ!! こんな対立した関係じゃなくて、友達としてな!」
「オレを・・・、許してくれるのか・・・?」
「許す? 何それ、おいしいの? ――そもそも、許す許されるみたいなコト、お前はしてねぇよ」
神也はそんな彼を、その大きな笑みで、心で、包み込もうとした。

 だが・・・、現実とは非情な物で・・・、





ドッ・・・





神也の目の前で、サタンが血を吐き、崩れるように地面に倒れこんだ。彼の腹部は、おそらくモンスターの尻尾のような鋭い何かで貫かれていた。

「なっ・・・!?」
 そして、その鋭い何かは、城の最上階から放たれていた。
 突然の出来事に動揺を隠せない神也ではあったが、すぐに倒れこんだサタンの下へ駆け寄り、彼を抱きかかえた。
「お、おい! だ・・・、大丈夫か!!?」
 神也はサタンを揺さ振って、彼を起こそうと試みるも、彼が目を開けるコトは、もう2度と無かった。
「何だよ、これ・・・っ!! 何なんだよぉおおおおおおおおおおっ!!!」
 神也の叫びが「空しく」、空を切った。

・・・第2の鍵、破壊完了――。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 加奈VSマモン――。

 2人のデュエルは既に始まっていた。どんな局面においても、マモンは加奈の体を嘗め回すように見ては笑い、それに加奈が寒気を感じる、そんなやり取りが繰り返されていた。
 だが、今現在、加奈が自分の身に感じている寒気は、マモンの視線からのものではなかった。彼の目の前に存在する漆黒の姿を見せぬものを拒絶する鳥からのものであった。

加奈  LP:1000
    手札:0枚
     場:ブラック・マジシャン・ガール(守備)、リバース1枚

マモン LP:2500
    手札:1枚
     場:ダーク・シムルグ(守備)、魔封じの芳香、宮廷のしきたり

ブラック・マジシャン・ガール
効果モンスター
星6/闇属性/魔法使い族/攻2000/守1700
お互いの墓地に存在する「ブラック・マジシャン」
「マジシャン・オブ・カオス」1体につき、
このカードの攻撃力は300ポイントアップする。

ダーク・シムルグ
効果モンスター
星6/闇属性/鳥獣族/攻2700/守1000
このカードの属性は「風」としても扱う。
自分の墓地の闇属性モンスター1体と風属性モンスター1体を
ゲームから除外する事で、このカードを手札から特殊召喚する。
手札の闇属性モンスター1体と風属性モンスター1体をゲームから除外する事で、
このカードを自分の墓地から特殊召喚する。
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
相手はフィールド上にカードをセットする事ができない。

魔封じの芳香
永続罠
このカードがフィールド上にある限り、
魔法カードは1度フィールドにセットし、
次の自分のターンが来るまで使用できない。

宮廷のしきたり
永続罠
フィールド上に表側表示で存在する
「宮廷のしきたり」以外の永続罠カードを破壊する事はできない。
「宮廷のしきたり」は、自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。

 そして、今は加奈のターン――ドローフェイズだ。
「私のターン――!」
 加奈は、デッキの上に手を置き、カードを1枚引こうとしながら、マモンのデッキを確認しようとしていた。
(あいつのデッキは、“闇属性”と“風属性”の“ダーク・シムルグ”デッキ――! リバースカードは、1ターン目に伏せてたから、何とか残ってるけど・・・。 この状況じゃ使えないカードだし・・・)
 そう思いながら、彼女はカード1枚を引き終わり、そのカードを確認しようとしていた。そんな時、マモンが気味の悪い笑みを見せ、口を開いた。
「ヒッヒッヒッ・・・! オレの“ダーク・シムルグ”デッキはパーフェクトだ! 誰にも負けない・・・、負けてはいけない・・・最強のデッキだッ!!」
「最強・・・? デュエルに最強なんてない!!」
 マモンの言葉に、痺れを切らしたのか、加奈はそう叫んだ。だが、それを負け犬の遠吠えにでも感じたのか、マモンは笑みを浮かべ続けた。
「あるさ・・・! 何故ならオレは“強欲”! 富も! 名声も! 女も! そして、力も! この世に生み出された全ての物がオレの物になるのさっ!!」
 そして、その笑みは叫びに変わり、マモンは空を見上げ、唾を吐き散らしながら、そう言い切った。その姿はまさに、「強欲」に溺れた者の末路、と言った所だろうか・・・。
「―――そして・・・」
 ふと、マモンは笑みも叫びも止め、静かになった。
 それを加奈が不思議に思った瞬間、彼はバッ――と彼女の方を睨み、再び口を開いた。
「お前も! ・・・オレの物になるんだよ・・・ッ!!」
 その睨みに、笑みを浮かべるために開いた口に、加奈は再び悪寒を走らせる。身を縮め、マモンに対し、出来る限りの「拒絶」をしようとした。

「・・・気持ち悪い・・・っ!!」

 何度もマモンに向けて放った加奈のこの言葉――、何度も言われていたにも関わらず、この瞬間だけ、マモンの動きがぴたりと止まった。何度も言われたせいで、遂に彼の堪忍袋の緒が切れたのか、それとも、彼女のその言葉で、自分が拒絶されているコトに気づいたのか・・・、あるいは、初めて自分の目の前で彼女がとった完全な「拒絶」の態度に呆れてしまったのか・・・。とにもかくにも、彼の態度は一変する。
「・・・“その目”・・・!」
「――!?」
 まず始めに変わったのは、声のトーン。今までは甲高いものであったが、この言葉はとても低く、どこか冷え切ったものとなっていた。
「唇に当てている“その指”・・・! 小刻みに震える“その体”・・・!!」
 加奈の体を隅から隅まで確認しながら、マモンの中で、ゆっくりと怒りが爆発しようとしていた。
「・・・今までの言葉は、友達に挨拶代わりで言うような、“本気”の無い冗談交じりのものだった――。 ・・・だが、今の言葉は違う・・・! あの時の――、あの女(アマ)と同じ言葉! 同じ姿だっ!!」
「・・・誰のコトを言っているの・・・?」
「うるせぇッ!!」
 加奈の純粋な疑問を、マモンはその言葉で一喝した。
「どうせ気味悪がられるんだろ!? なら・・・、とことん気味悪がられてやるよッッ!!」
 そう言うと、彼はいきなり、自分の顔の皮膚を力強く握った。すると、その皮膚――否、作り物の皮膚はくしゃくしゃになった。そしてそのまま、それを自分の顔から引き剥がした。
「さぁ・・・! 見ろォオオオオオオオオオオッ!!!」

ビリィッ!!

 作り物の皮膚で隠されていたマモンの顔は、焼け爛れて、見るに耐えないものとなっていた。左目は、周りの皮膚が焼け爛れすぎたせいで、今にも飛び出そうになっており、唇もほとんど無く、歯茎が剥き出しになっていた。また、その歯茎から生える歯もほとんどが欠けており、歯並びも悪くなっていた。
「――ッ!!?」
 思わず、加奈は両手で口を塞いだ。それと同時に、自分の中から湧き上がってくる「1つの感情」に気づいた。
「さぁ! さぁっ!! 気味悪がれよッ!! 思い切りなぁっ!! さぁ、早く・・・!」
 マモンの目からは涙が流れていた。誇ったかのような言動とは対照的なそれから、加奈は不思議と、彼の中に眠る「悲しみ」に気づくコトが出来た。
「何で・・・、そんなコトに・・・!!?」
 加奈の言葉に、マモンは再び静かになると、少しの時間を置いて、口を開き始める。


「・・・オレがまだ・・・ガキだった頃だ――」


●     ●     ●     ●     ●     ●

 マモンの両親は稼ぎが悪く、生活するには苦しい状態であったが、息子のコトを本当に可愛がっていた。一人っ子、というコトもあってか、自分達が教えるコトの出来る全てを、彼に教えようとしていた――。

 数々の両親からの教えの内、その時のマモンの心に深く残っていたのは、「神様はいる。 信じれば必ず、奇跡(プレゼント)がある」という言葉だった――。

 マモンもまた、その愛に、教えに応えるべく、アナザー・ワールドの上位階級になろうとしていた。そのため、子供ながらも汗水流して働き、少しのお金をもらい、そのお金をカードに注ぎ込み、少しでも強くなろうとしていた。
 その進歩は凄まじいもので、9歳の頃には、いつの間にか、両親よりも強く、そこら辺のデュエリストならば、簡単に倒せるほどになっていた。
 そう――。後少しだった。アナザー・ワールドの上位階級には、10歳からなるコトが可能。つまり、後1年――。

 本当に本当に、後少しだった・・・。

 後1時間で、彼が10歳になろうとしたその時、「事件」が起きた。







 残り1時間――、彼に届いた誕生日プレゼントは、両親の死と、自分の帰るべき場所の焼失であった・・・。







 突然、彼の家に強盗がやって来たのだ。
 両親の必死の抵抗で、マモンは隠れ、強盗の魔の手から逃れるコトは出来たが、両親はマモンを庇って死亡。強盗は最後に、彼の家を焼き払って姿を晦ませた。未だに、その強盗は捕まっていない・・・。

 彼の努力は、この日を境に、何の意味も持たなくなってしまった――。




「神様はいる。 信じれば必ず、奇跡(プレゼント)がある」――




●     ●     ●     ●     ●     ●


「強盗が家を焼き払った時、オレはまだ家の中にいた――。 何とか、家から出るコトは出来たが、全身は大火傷・・・。 生き残ったコトが奇跡に近いんだと・・・」
 マモンの涙は、既に止まっていた。止まった、というよりは、今までの人生の中で何度も流し続けていたせいか、枯れ果ててしまっていた。彼は全てを語り終えると、拳を強く握り締め、少ない歯で喰いしばり、再び怒りを露にし始める。
「周りの皆が言ったよ・・・! 奇跡だ――神様からのプレゼントだ、ってな・・・! ・・・じゃあ、“神様”って何だ!? 両親を殺すのが“神様”なのか!? オレの帰る場所を焼き払うのが“神様”なのか!!? ――だったら・・・、そんな“神様”イラナイ!!」
 枯れ果てた涙は、血の涙に変わって、再びマモンの左目から流れ始めた。

“神様”の所有物であるこの世全てを欲する――!! ――それがオレの・・・“強欲”だッッ!!!」

 全てを言い終え、息を切らすマモンだったが、突然その息を止め、驚いたように目を見開いた。・・・彼の目の前には、彼の話を聞き、涙を流していた加奈の姿があった。
「何故だ・・・! 何故ダ・・・ッ!! 何故、涙を流すコトが出来るッ!! オレを好きだと言った女がいた――、だがそいつも、オレの素顔を見た途端、逃げ出したッ!! さっきのお前のように、見開いた目で、唇を覆う指で、震える体で、オレを拒絶した!! なのに、何で・・・ッッ!!?」

 マモンの心が揺らいだ。
 今までに出会ったコトの無い反応を見せる女性が、自分の目の前にいたから――。

「私だって! 泣きたくて泣いてる訳じゃないのっ! でも・・・、止まらないっ! 涙が――!!」
 加奈は何度も目を擦って、涙を無くそうとした。だが、涙は流れ続けた。
「“気持ち悪い”なんて・・・言えないよ・・・!!」
「なっ・・・!!?」
「確かに、アンタの言動は・・・、気持ち悪かったよ・・・! でも・・・、その顔は違う! なりたくてなったんじゃない・・・! そんなんで、気味悪がるなんて・・・、そいつが間違ってるッッ!!」
 加奈の涙はかなりの時間を労して止まった。だが、加奈の目の周りや、鼻の周りは赤くなっていた。涙を流し続けたせいだろう・・・。
「それで・・・、アンタも・・・! アンタも間違ってるっ!!」
 突然の指名。マモンは怒り狂い、加奈の言葉を否定する。
「どういうコトだ・・・っ!! オレの何が間違っているッ!!」
「上手く言えないけど・・・、悪いのはその強盗で、“神様”じゃないッ!!」
 加奈の発言――。
 最もではあるが、受け入れるコトの出来ないマモンは、それを否定しようと、首を何度も横に振る。――まるで子供のように・・・。

 彼の中の時間は、両親が死に、家が焼き払われた時から、既に止まっていたのだ――。

「違う・・・違う・・・ッ!! 」
 マモンの言動の大幅な変化に、加奈は彼に対して、「気持ち悪い」とは別の感情を抱こうとしていた。

 それは、「愛情」――。

 ただ、人が誰かを好きになる愛情とは違い、両親が自身に授けられた子供を可愛がるような、そう言った「愛情」――。
「私が・・・、救ってみせる・・・!」
 首を振り続け、両手で耳を塞いだマモンに、彼女の言葉は届いていない。だが、彼女は言葉を続ける。自身の決意を固めるためにも――。
「“あなた”が言っていた――助けるために傷つける・・・! それを今ここで、やってみせる!!」
 加奈は自分の右手でしっかりと握っていた、先程ドローしたカードを見た。1ヶ月前に戦った、老魔術師の姿を思い出しながら――。

●     ●     ●     ●     ●     ●

 加奈の目の前には、白き衣装を身に纏い、杖を携えた魔術師(マジシャン)の姿があった。そのマジシャンは既に、自身の魔力を全て消費しており、少し疲れた、と言ったような表情をしていた。
「流石は“神の名を受け継ぎし者”と言ったところか・・・。 “宮廷のしきたり”と“魔封じの芳香”を破壊するとは・・・!」
 いつの間にか元に戻っていたマモンは、冷静にそうつぶやいた。
「これが、私が神也から貰い受けた力! ――“アーカナイト・マジシャン”ッッ!!」

アーカナイト・マジシャン
シンクロ・効果モンスター
星7/光属性/魔法使い族/攻 400/守1800
チューナー+チューナー以外の魔法使い族モンスター1体以上
このカードがシンクロ召喚に成功した時、
このカードに魔力カウンターを2つ置く。
このカードに乗っている魔力カウンター1つにつき、
このカードの攻撃力は1000ポイントアップする。
また、自分フィールド上に存在する魔力カウンターを1つ取り除く事で、
相手フィールド上に存在するカード1枚を破壊する。

アーカナイト・マジシャン 攻:400→2400→400

 加奈が引いたカード――それは、「サニー・ピクシー」だった。彼女は、それを用いるコトで、神也から貰った力――シンクロモンスターを召喚するコトに成功したのだ。

サニー・ピクシー
チューナー
星1/光属性/魔法使い族/攻 300/守 400
このカードが光属性シンクロモンスターの
シンクロ召喚に使用され墓地へ送られた場合、
自分は1000ライフポイント回復する。

加奈 LP:1000→2000

 彼女は、小さく笑った。遂に、マモンが仕掛けていた魔法カードのロックを破壊するコトに成功したのだから。だが、彼もまた同様に笑みを浮かべていた。
「――だが、甘いな・・・! “アーカナイト・マジシャン”の魔力カウンターを使い切ったコトで、肝心の“ダーク・シムルグ”を破壊するコトは出来ない! それに、攻撃力もたった400・・・! オレの勝ちは揺るがないッッ!!」
 マモンの笑みは、自分の勝ちを悟ったコトから来るものであった。
 だが、加奈の笑みは、ただロックを破壊するコトに成功したコトから来るものだけではなかった。・・・マモン同様、勝ちを悟ったコトからも来ていた。
「甘いのは、マモン――アンタの方よ・・・!」
「何――ッ!?」
 その加奈の言葉を切り口に、マモンは遂に、彼女の隠された切り札に気づいた。
 それは、1ターン目から伏せられていた1枚のリバースカード――。
「そのリバースカード・・・! それは一体・・・ッ!!?」
「私と神也――2つの力が合わさったコトで生まれた“副産物”・・・ってトコかな・・・! 悪いけどこのカード、実際に試すのは始めてだから、何が起こるか分からないわよ・・・っ!!」
 そして彼女は、伏せていたカードを発動させた。





――――“バスター・モード”ッ!!!





 発動されたカードから放たれたのは、「光」――。

 精霊との戦いで新たに出来上がった加奈のデッキは、「混沌」がモチーフとなっている。「闇」は今まで通り、「ブラック・マジシャン」や、それを軸としたサポートカードのコト。そして「光」は、まさしく「これ」を指している――。

 辺り一面を輝かせた「光」は、その役目を終えたのか、ゆっくりと姿を消していった。それが無くなり、加奈の目の前に残っていたのは、先程のマジシャン――いや、先程のマジシャンとは少し違う姿となったマジシャンだ。先程までの白い衣装は、色を変え、硬度を変え、より強い魔力を制御できるようになっていた。携えていた杖も、よりシャープになって、扱いやすい形状になっていた。


「――“アーカナイト・マジシャン/バスター”ッッ!!!」


「“バスター・モード”・・・? “/(スラッシュ)バスター”・・・?」
 見たことも無いカードに、モンスターの姿に、マモンはただただ困惑するコトしか出来なかった。そんな彼の姿を見て、加奈は小さく笑った。
(・・・取り敢えず笑っておくしか無いわね・・・! 使い方分かんないけど・・・!)
 そんな時、突然彼女の目の前にいたマジシャンが、持っていた杖を器用に振り回し始める。やがて、マジシャンの目の前に、おそらく彼の魔力全てが注ぎ込まれた巨大なエネルギーの塊が姿を見せ始めた。
「え・・・? 何・・・これ・・・!?」
 そして、マジシャンのムンッ――という掛け声と共に、その巨大なエネルギーの塊は、マモンの頭上目掛けて猛スピードで動き出した。
「ヘッ! 不発か? なら、オレの勝ちは更に決まっ・・・!?」
 マモンの言葉を遮らせたもの、それこそまさに、彼の頭上で停止した巨大なエネルギーの塊であった。その塊は突然、彼の頭上で爆ぜ、無数のエネルギーの槍となって、彼のモンスターを襲い始めた。
 おそらくは1発で十分なのだろうが、エネルギーの槍はマモンの目の前にいる漆黒の鳥を貫いていき、結果、突き刺さった槍で鳥の姿が見えなくなるほどになってしまった。

 そして槍は――、マモンへと標準を変えた――。

 それに気づいた加奈は、咄嗟に叫ぶ。
「・・・ッ!! ダメッ!!
 彼女の叫びと同時に、槍は一斉に落下し、マモンの周辺一帯の地面に突き刺さった。

バスター・モード
通常罠
自分フィールド上に存在する
シンクロモンスター1体をリリースして発動する。
リリースしたシンクロモンスターのカード名が含まれる
「/バスター」と名のついたモンスター1体を
自分のデッキから攻撃表示で特殊召喚する。

アーカナイト・マジシャン/バスター
効果モンスター
星9/光属性/魔法使い族/攻 900/守2300
このカードは通常召喚できない。
「バスター・モード」の効果でのみ特殊召喚する事ができる。
このカードが特殊召喚に成功した時、
このカードに魔力カウンターを2つ置く。
このカードに乗っている魔力カウンター1つにつき、
このカードの攻撃力は1000ポイントアップする。
このカードに乗っている魔力カウンターを2つ取り除く事で、
相手フィールド上に存在するカードを全て破壊する。
また、フィールド上に存在するこのカードが破壊された時、
自分の墓地に存在する「アーカナイト・マジシャン」1体を特殊召喚する事ができる。

 自分の周りにある地面に突き刺さった槍を見て、マモンは苦笑いを浮かべ、加奈は槍が彼に突き刺さっていないのを確認すると、安堵感で両膝を地面につけてしまった。
「良かったぁ〜・・・!」
「・・・・・・っ!」
 加奈の安堵から来た言葉に、マモンの心は再び揺らいだ。
(何故だ、何故こいつはオレを・・・、オレをそこまで心配してくれる・・・?)
 彼の心の揺れは、1つの決意を彼に与えた。その決意に乗っ取り、彼は、自分の手をゆっくりとデュエルディスクに近づけていった・・・。

●     ●     ●     ●     ●     ●

 結局、デュエルは加奈の勝利、マモンのサレンダーによる敗北で終わった。
「本当にゴメンなさい!」
 デュエル終了直後、加奈は頭を深々と下げ、マモンに謝った。マモンは両手を振り、「頭を上げてくれ」と加奈に頼み込むが、彼女もまた、首を横に振ってそれを拒んだ。
「あのカードが、あんな力を持っているなんて知らなくてさ・・・っ!」
「良いんだ。 それに、精霊のカードを持っているアンタ等とのデュエルは、“死”を覚悟して挑んでいるからな・・・」


ドッ――


「どう・・・したの・・・?」
 突然、マモンの言葉が途切れたのに疑問を感じ、加奈は少しだけ顔を上げてそう聞いた。だが、マモンは余裕綽々な表情で「何も」と答えた。
「ありがとう――。 何故かは分からないが、今は心がスーッとしている・・・。 それに、君のあの一撃のお陰で目が覚めた・・・。 “強欲”では、オレが本当に欲しいものは手に入らない、ってコトが・・・、分かった気がするよ・・・」
「本・・・当・・・?」
「あぁ。 だから、顔を上げてくれ。 それに、早く先に行かないと。 鍵は、さっきの一撃の衝撃で壊れたみたいだから」
 マモンのデュエル開始時と今現在の言葉遣いのギャップに驚きを感じながらも、その感情を隠し、加奈は再び頭を下げた。そして、走り出した。

 仲間の下へと――。

「チッ・・・。 最後に、自分でも情けないコトをしちまったな・・・! ――でも、気分は悪くない・・・。 お前と戦えて良かったよ、あ・・・、名前・・・聞いて無ぇな――」
 その言葉を最後に、マモンは地面に倒れこんでしまった。彼の背には、刃物のような物が突き刺さっていた。

・・・第3の鍵、破壊完了――。






 真利VSベルゼブブ――。

「勝利への“飢え”が消えないんだよ……! だから“暴食”を名乗ったんだ! 自分の飢えを、称号に上げるコトで、オレは……!」
「……消える必要なんて無いよ? だってデュエルは、勝って負けてを繰り返して、それを楽しむゲームなんだから」
 ベルゼブブの苦悩を聞き、真利は彼に笑いかけた。その笑みは、確かに彼の心に届き、癒し、気付かせた。デュエルによってもたらされる、本当に大切なモノが何かを。
「そう……。 本当は、こんなのただのゲームでしか無かったのに……」
 ベルゼブブが何かを感じ取っている時、真利は悲しげな表情で、デュエルディスクを見つめた。そこに置かれた数枚のカードも、左手で握っているカードも、ディスクの中で束ねられた幾枚ものカードも、本当は「楽しむ」ための物。ベルゼブブもまた、彼女のその表情に気付いた時、自身も同じ考えでこのゲームを始め、いつの間にか考えを変えて、今に至ったコトを思い返していた。
「ただのゲームだからこそ、そこには終わりがあるものだ――。 お前にはエンディングが、オレには……“ゲームオーバー”かな」
 そう言って、彼は勝利を諦め、静かに手を下ろした。その先には、自身のデッキが――。

 彼と真利のデュエルは、彼の降参(サレンダー)によって幕を閉じた。





「――私ね……、デュエルのお陰で、友達が出来たんだよ……。 加奈と2人で始めたこのカード1枚1枚が、私を友達の下に導いてくれた。 そんなデュエルをこの世界にもたらすために、私は戦っていきたい……。 今初めて、そう思うコトが出来たよ」





 真利が入口の下へと走っていく中、ベルゼブブはデュエルの中で彼女が発した言葉を思い返していた。そして思い返しながら、彼はゆっくりと立ち上がり、彼女が壊そうとしていたであろう「鍵」を自分の手で破壊した。それが、彼女へのせめてもの謝罪と感謝の気持ちだった。
「ありがとう……、オレの“飢え”を称号で無く、当たり前のコトとして受け入れてくれて……。 そしてスマナイ…。 どうやら、君との再デュエルは出来そうに、ない……」
 「鍵」を壊し終えると、彼はその場で崩れるように倒れた。

 彼を葬った力を放ったモンスターは、塔の上空で不気味な鳴き声を上げながら、翼を羽ばたかせていた。

 …第4の鍵、破壊完了――。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 有里VSベルフェ――。

「――だから、全部消すんだ! 無にするんだ! ……もう何も……、いらないから……」
 ベルフェは悲痛な面持ちでそう言った。そんな彼女の目の前に広がる場は、彼女が出した終焉の王1体を除いて、全てのカードが消滅していた。
「やっとね」
「……?」
「やっと、言ってくれた。 怠惰じゃないアナタの言葉を、やっと聞けた」
 有里はそう言って、小さく笑った。だが、彼女の笑みを余所に、終焉の王の斧が彼女を切り裂いた。その痛みは当然、ベルフェの悲しみが詰まっている分、これまで彼女から受けてきたダメージの中で一番大きなモノだった。そんな痛みを受けながらも、有里はむしろ、それを喜んでいるようだった。
 怠惰である彼女は、これまでのデュエルにおいて、感情を込めず攻撃し続けた。それがようやく、痛みのある攻撃になったのだ。つまり、感情を込めた、感情をぶつけたというコトだ。紛れもなく、彼女の怠惰が消えた瞬間だった。
「これが痛いってコトは、あなたの感情が本物ってコト。 異次元空間(アナザー・ワールド)で良かったって、初めて思えそう」
 デュエルにおいて、感情がモンスターの攻撃を通して伝わるのは、この世界のルール。それを感じ、有里は再び笑った。
「どうして笑える……! どうして……!」
「さぁ、アナタにはまだ分からないかもね。 でもいずれ、分かる時がきっと来る。 ――その時がアナタの……」
 有里のターン、彼女は冥王竜を墓地から蘇生させ、終焉の王を破壊した。冥王竜の一撃がきっと、自分の想いをベルフェに伝えると信じて……。




「私の……、何なんだよ……!」
 有里のいなくなった場所で、ベルフェは仰向けに寝転がり、小さな声で唸っていた。その目線の先には、少し曇りがかりながらも、澄んだ青が見え隠れする空が広がっていた。その空を見ているだけで、ベルフェの心はゆっくりと穏やかになっていった。理由は分からない。ただ、悪い気分では無かった。
「……今は分からないけど……、いつかきっと分かってやる! 有里、あなたを倒してねっ!!」
 彼女はそう意気込むと、小さく笑った。拳を握りながらも、有里に対する怒りは無かった。
 悪い気分ではない、心地良い気分が、彼女を笑わせたのだろう。


 刹那、「何か」が彼女を貫いた。


 握られた拳は、ゆっくりと解けていった。

 ……第5の鍵、破壊完了――。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 翔&アンナVSレヴィアタン&ルシファー――。

 不慣れなタッグデュエルというコトもあってか、翔もアンナも、思ったようなデュエルが出来ず、レヴィアタンとルシファーの息の合ったコンビプレイに、苦しめられていた。
 翔とアンナの場には、互いの切り札である「アルカナ ナイトジョーカー」と「ネフティスの鳳凰神」、そして翔が伏せた1枚のカードがあるものの、敵の場には、それら2体を超越した攻撃力を持つ2体の龍が君臨していた。一方は、レヴィアタンの召喚した「紅き闇の龍」、もう一方は、ルシファーの召喚した「青き光の龍」だ。

 今は、アンナのターン。このターンに何も出来なければ、ルシファーのターンとなり、龍の総攻撃を受け、敗北が決まってしまう。

「……ダメッ! やっぱり、私には無理だったんだ…! 誰かを信頼して、デュエルするなんて……!」
「アンナ……」
「今まで1人でデュエルしてきたんだから……。 どんな時でも……、どんな場所でも……」
 敗北を感じ取った彼女の体が、小刻みに震えていた。
「仲間割れ、かな……? どうせお前達の負けは決まってるんだ。 早くターンエンドを宣言してく――」
「黙ってろっ!!」
 呆れたルシファーの言葉を、怒りを身にまとった翔が制止させた。その直後、彼は一度深呼吸すると、小刻みに震えるアンナの両肩をつかんだ。
「オレだって同じだ」
「えっ……?」
「オレだって、昔は誰かを信頼してデュエルなんて、したコト無かった。 そもそも、オレのコトを信頼してくれる奴がいなかったからな」
 翔はそこで一度言葉を止めた。彼の体もまた、小刻みに震えているようだった。
 アンナはすぐにそのコトに気付き、震えている原因が、自分とは違うコトにもすぐに気付けた。
「……でも、今は違う。 オレを信頼してくれる奴を1人見つけて、そいつのお陰で、オレは変わった。 ――変わるコトが出来たんだ!」
「私も……、私も、変われる、かな……?」
 アンナは頬を赤らめて、照れながらそう言った。そんな彼女の表情に、翔は歯を見せて大きく笑った。
「変わろう……! オレも、手伝ってやるから」
「ありがとう」
 2人の震えは止まっていた。

「――1つだけアドバイスだ! 信頼なんてモノは、すぐには出来ない。 だから……、あるコトをして、それを高めるんだ」
 2人は距離を置き、目の前にいる2人の敵を見つめた。先程まで恐れさえ感じていたアンナの瞳には、確かな勝利への光が見えていた。
「それって何?」
 口調も既に力強くなっており、いつもの彼女に戻っていた。
「“約束”さ。 お互いに信頼するためにも、約束をして、それを守るんだ! ――オレは、あいつらの信頼を裏切らないためにも、それを守り続けてきた!!」
 翔の言葉に反応するかのように、アンナはカードを1枚引いた。そのカードは、勝利への確かな1枚であった。彼女は、そのカードを場に伏せると、翔が伏せたカードを発動させた。彼女が発動させた彼のカードは、今の彼等にはぴったりの、絆を示す魔法カードであった。

「約束をしよう! オレ達は――、“勝つ”!!」

 彼等の約束に応えるように、戦士の力を合わせた鳳凰は、敵の「紅き闇の龍」を打ち砕いた。その攻撃におけるダメージは無い。けれども、彼等の絆を真の物にするには、ふさわしい攻撃であった。

「まだだっ!! まだ私の切り札による一撃が残っているぞッ!!!」
 ルシファーの怒りが、「青き光の龍」の力を高め、それを咆哮にして、戦士に向かって放った。
 だが、そんな攻撃を受けるであろう戦士の瞳にも、敗北の色は見えなかった。
「発動していいよ、翔。 これが私からアナタへの、信頼の証だから!」
「おう! リバースカードオープン――“援護射撃”ッッ!!!」

 鳳凰の炎を纏った剣士の剣が、「青き光の龍」を見事に切り裂いた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 翔とアンナがデュエルを終え、一息ついていた頃、彼等の下に、次々と仲間達が集まって来ていた。
「おっ、戻って来たな!」
 1人、また1人と戻って来る度に、翔は安堵の笑みを浮かべた。
 有里は戻って来てすぐに、アンナの下へ駆け寄り、冗談交じりで「翔に何かされなかった?」と聞き続けていた。それに対し、アンナは至って冷静に「何も」と返事している。真利は、自分の後に戻って来た加奈と、どんなデュエルだったかを語っているようだ。神童も、翔の下へ駆け寄り、自分がどんなデュエルをしたかを話していた。

 戦いの後の、短い休息。
 だが、神也だけが、楽しげな表情を浮かべていなかった。

 それにいち早く気付いたのは、神童だった。
「どうしたの、神也?」
「えっ? いや、別に……」
 神童が顔を覗き込んできたのに対し、神也は顔を背け、それに応えようとしなかった。
 そんな彼らの一連の流れを見て、徐々に楽しげなムードも無くなっていき、各々がいつもと様子の違う神也に注目した。
「いつもと何か変だよぉ? もしかして、負けたの?」
「バッ……、オレが負ける訳無いだろ!」
 加奈の嫌味ったらしい質問に、神也は焦ったように答えた。
「どうしたんだよ、神也。 らしくないぞ?」
 やはり、いつもと様子が違う。そう思って、翔も彼の側に行くと、肩をポンッと叩いてそう聞いた。
「いや、その……」
 神也がゆっくりと答えようとした時、永遠の城(エンドレス・キャッスル)の扉が、重低音を出しながらゆっくりと開き出した。
 どうやら、今このタイミングで、5つの鍵が破壊されたのを認証したようだ。

「お前達も、戦ったんだよな? “第1部隊”と――」
 扉がゆっくりと開いていく中、神也は意を決して口を開いた。
「戦ったよ。 最初に会った時は、悪い人だって思ってたのに、戦ってみると、良い人だったけど……」
 彼の言葉に答えたのは、真利だった。真利の言葉に合わせるように、皆が小さくうなずいた。
「お前達は見てないっぽいけど……、オレ、見たんだ……。 その、オレが戦った奴は、サタンって言って、“強欲”を持ってた奴なんだけど……」
「それで、何を見たんだ?」
 翔が聞いた。
 神也は、深呼吸で息を整えると、もう一度口を開けた。
「そいつが……、殺されるのを……」
「……ッ!?」
 全員の口が閉ざされた。
 ほとんどの者達が第1部隊の面々と意気投合していたのもあってか、神也の言葉による衝撃は、とても大きかった。
「……オレ、何も出来なくて……! いや、違う。 ただ、無力で……」
 神也の言葉や悔しさに共鳴するように、翔とアンナを除く他の者達も、その悔しさを感じていた。
 暗い表情になっていく仲間達を見て、アンナはどうすれば良いかと動揺している中、翔だけが開いていく扉を、そしてその先にいるであろう1人の人物を睨んでいた。



「ファイガ……ッ!!」



 暗闇の中で、邪神の胎動を感じていた1人の人物が、小さく笑った。
「さぁ来い……! “絶望”はもうすぐだ……っ!!」
 ファイガの言葉が暗闇に響き渡り、漆黒に染まったモンスター達も、雄叫びを上げ始めた。



第6話 扉は開かれた――ようこそ絶望よ



「行こう……!」
 そう言って、翔は足下に置いてあった自分のリュックを左肩にかけた。彼のその言葉が、行動が、悔しさで地面を見ていた者達の背中を、そっと押した。
「そうね、ここで立ち止まっていても、何も始まらない。 始めるためにも、“無力”だとしても、前に進まないと」
 翔の横に立って、アンナがそう言った。
 翔とアンナの言葉を受け、涙を流していた者はそれを拭い、勇気を失った者はそれを手にし、下を向いていた者は前を向いた。

 城の扉は開き切った。

 彼等は一歩ずつ確実に前に進み、そして城の中へと入った。

「何……これ……?」
 城の中で最初に声を出したのは、有里だった。だがその声は、驚きのせいで途切れ途切れになっていた。
 それもそのはず。目の前には、数え切れない程の人々が、デュエルディスクとカードを広げ、城の奥へと進ませないように待機していたのだから。
「そうか、こいつ等がまだ……!」
「この人達ってもしかして、王様が言ってた――」
「そう。 まだ倒していない部隊――“第2部隊”よ」
 神童とアンナが会話している間に、目の前にいる全部で100人ものデュエリスト達は、こぞって手札からモンスターを1体召喚した。100人のデュエリスト達によって召喚された100体のモンスター達は、息を荒くし、今にも飛びかからんとする勢いだった。
「――こいつ等全部倒さないと、前に進めないってコトかよ……!」
 そう言って、翔はデュエルディスクを展開すべく、左手の籠手(ガントレット)を前に突き出そうとした。
 だが、それを制止したのは、すぐ隣にいた神也だった。
「お前、何を……っ!?」
「“何を”はこっちのセリフだ。 ここに着いた時に言った筈だ。 同じコト言わせんな」
 そう言うと、神也は小さく「決闘準備(スタンバイ)」と言い、自分のベルトをデュエルディスクへと変化させた。
 それに続いて、神童が、真利が、加奈が、各々のアクセサリーをデュエルディスクへと変化させた。
「早く行って終わらせて来てよ、翔」
「有里ちゃん、お兄さんを何とかしないとね」
「アンナ、あのバカ兄貴を殴ってでも止めなさい!」
 神童、真利、加奈の順でそう言うと、4人はデッキの上からカードを5枚引き、自らの手札とした。

「しょうがねぇから今だけ、お前達を華やかに着飾ってやるよ」

 神也のその言葉と同時に、100体のモンスターが彼等4人に向かって、攻撃を仕掛けてきた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「クソッ!!」
 塔の奥、頂上を目指すために、翔、有里、アンナの3人は階段を走っていた。
 どうやら、階段は城の中でもまた別の空間にあるのか、神也達4人が戦っている声は、階段を上っている間、彼等3人に届くコトは無かった。だからこそ、彼等が心配で仕方がない。その気持ちが、翔の足を止め、彼の拳を壁に叩きつけた。
 そんな彼の拳を、有里はそっと手に取った。
「先に進もう。 皆が頑張ってるんだから……」
「あ、あぁ……」
 有里の優しい微笑みに、荒みかけていた翔は小さく返事をし、再び前に進み出した。
 そんな2人の姿を、アンナは後ろで静かに見つめていた。

 翔の拳は怒りに震えていた。そして、その拳に添えた有里の手も、微かにだが震えていた。

(……分かってるんだ、有里は)


 階段を上っていると、急に辺りの空間が歪み、そして姿を変えた。
 1階よりも狭くなったその2階は、どうやら砂時計の形状をした城の、凹んだ部分なのだろう。そんな2階の中央に、漆黒の仮面を被り、表情を隠した1人の青年が立っていた。仮面からはみ出た髪は、仮面と同じ黒色で、また有里と同じ黒色だった。

(……自分の兄と、戦わなくちゃいけないコトが――)

「私と戦うのは誰だ?」
 仮面からかろうじて見える口が開かれた。
 青年――デリーターの言葉を聞くよりも早く、有里が一歩前に出た。
「私が戦う」
「お前か――。 確か、私のコトを兄と言っていたか」
「そうだよ。 アナタがここに来たであろう時には、私はまだ生まれてなかったけど、アナタは私の――」
「それはオカシイな。 私は生まれた時からここにいて、ファイガ様に仕えているんだからな」
 デリーター――いや、啓太の言葉に、翔と有里は目を見開いた。おそらくは、有里のデッキの中で眠っている冥王竜もまた、驚いているだろう。
 その時、仮面の奥にある彼の瞳が、微かに見えた。

 漆黒――。

 彼の瞳は光を失くしていた。
「あの……目……!」
 アンナが口を開けた。
 翔も、有里も、その瞳を見て、確信が持てていた。
「有里…!」
「分かってる。 洗脳か、何かの筈――! だから、私が私のデッキ(ヴァンダルギオン)で、目を覚まさせるっ!!」
 有里の決意と共に、彼女のイヤリングが、漆黒のデュエルディスクに変化した。





――――デュエルッ!!





有里 LP:4000
   手札:5枚
    場:無し

デリーター LP:4000
      手札:5枚
       場:無し

「私のターン、ドローッ! “豊穣のアルテミス”を攻撃表示で召喚し、カードを3枚伏せて、ターンエンド!」
 有里は、あらかじめ決めておいたのであろう、カード4枚をすぐに場に出した。
 彼女が出したその天使は、背中の翼を大きく広げ、そのマントを靡かせた。

有里 LP:4000
   手札:2枚
    場:豊穣のアルテミス(攻撃)、リバース3枚

豊穣のアルテミス
効果モンスター
星4/光属性/天使族/攻1600/守1700
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
カウンター罠が発動される度に自分のデッキからカードを1枚ドローする。

「【パーミッション】か……? まぁいい、私のターンだな」
 そう言って、デリーターはカードを1枚引いた。すると、引いたカード1枚を残して、5枚全てを次々とデュエルディスクに差し込んでいった。
「なっ……!?」
 その動作に、真っ先に驚いたのは翔であった。
「カードを5枚伏せた。 そして、“インフェルニティ・リローダー”を召喚」
 そんな彼を横目に、デリーターは残った1枚のカードを場に出した。彼の目の前に現れたそれは、胴を2つの銃口と回転式の弾倉にした、どうみても機械仕掛けのモンスターであった。
「効果発動。 デッキの上からカードを1枚ドローして確認、モンスターカードならそのレベル×200ポイントのダメージを相手に与える」
 そう言いながら、デリーターが引き、有里に見せたカードはモンスターカード「ファイヤー・トルーパー」であった。レベルは3。
 直後、デリーターの持つそのモンスターカードに描かれた星が、2つの銃口を持ったモンスターに吸収されると、その数――つまり3発分が、モンスターの銃口から有里目掛けて放たれた。

有里 LP:4000→3400

 有里はその弾丸を受けながらも、倒れるコト無く、デリーター――いや、その「中」にいるであろう啓太を見続けていた。

インフェルニティ・リローダー
効果モンスター
星1/闇属性/戦士族/攻 900/守 0
自分の手札が0枚の場合、
1ターンに1度、自分のデッキからカードを1枚ドローする事ができる。
この効果でドローしたカードをお互いに確認し、
モンスターカードだった場合、
そのモンスターのレベル×200ポイントダメージを相手ライフに与える。
魔法・罠カードだった場合、自分は500ポイントダメージを受ける。

「――ターンエンド」

デリーター LP:4000
      手札:0枚
       場:インフェルニティ・リローダー(攻撃)、リバース5枚

 デリーターの言葉を聞き、有里はデッキの上からカードを1枚引いた。
「よしっ! 私は手札から“テラ・フォーミング”を発動する!」
「チェーンしてリバースカード“仕込みマシンガン”を発動っ!」
「――えっ?」
 有里が手札からカードを発動したのに反応し、デリーターもまたデュエルディスクに差し込まれたカードを発動させた。
 そのカードによって、彼の周囲の地面が盛り上がると、そこから無数のマシンガンが姿を現した。その数は全部で7丁。有里の手札と場にあるカードの合計枚数分だ。
「リバースカード――“魔宮の賄賂”ッ!」
 7丁のマシンガンから弾が放たれたと同時に、有里は場のカードを発動させた。直後出現した彼女を守る盾は、7発の弾全てを防いでくれた。やがてその盾は、役目を終えたせいもあってか、デリーターの手元へと向かい、彼の1枚の手札となった。
「“アルテミス”の効果で1枚ドロー。 更に“テラ・フォーミング”の効果で、“天空の聖域”を加えるわ」

テラ・フォーミング
通常魔法
自分のデッキからフィールド魔法カード1枚を手札に加える。

仕込みマシンガン
通常罠
相手フィールド上のカードと相手の手札を合計した数
×200ポイントダメージを相手ライフに与える。

魔宮の賄賂
カウンター罠
相手の魔法・罠カードの発動を無効にし破壊する。
相手はデッキからカードを1枚ドローする。

 デリーターの手札が増える中、有里は迷うコト無く、新しく加わったカードを発動させた。
「フィールド魔法“天空の聖域”発動!」
「チェーンしてリバースカード“サイクロン”発動」
 有里の上空から神々しい光が降り注ぐ中、それを穿とうとする暴風がデリーターの上空から放たれた。
「させない! リバースカード“神の宣告”ッ!!」
「チェーンしてリバースカード――“虚無を呼ぶ呪文(ヴァニティー・コール)”!」
 有里の目の前に現れたのは、暴風を打ち消そうとする神だった。
 だが、その神をも「無かったコト(オールフィクション)」にするコトの出来る呪文が詠唱されると、その神は静かに消滅していった。

有里 LP:3400→1700

デリーター LP:4000→2000

「よって、全て消滅する――」
 彼の言葉と同時に、神が消滅したように、暴風も光放つ聖域も、ゆっくりと消滅していった。

サイクロン
速攻魔法
フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚を選択して破壊する。

神の宣告
カウンター罠
ライフポイントを半分払って発動する。
魔法・罠カードの発動、モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚のどれか1つを無効にし破壊する。

虚無を呼ぶ呪文(ヴァニティー・コール)
カウンター罠
チェーン4以降に発動する事ができる。
ライフポイントを半分払う。
同一チェーン上のカードの発動と効果を無効にし、
それらのカードを全て破壊する。

 聖域が消えるのを悔しそうに見つめながら、有里は何も言わず、天使の効果で更に1枚カードを引いた。そしてそのカードを見て、小さく笑った。

 聖域はまだ、消えていない――。

「手札の“天空の使者 ゼラディアス”の効果発動! 手札からリリースするコトで、デッキの“天空の聖域”を手札に加える!」
「その効果にチェーンして――」
 有里が手札のカードを墓地に送った時、デリーターは手札に手をかけた。
 これまで何度も、自分のカード効果にチェーンされてきた有里は、思わず身構えてしまう。
「手札から“D.D.クロウ”をリリースして、効果を発動する」
「へっ? “D.D.クロウ”……?」
 身構えた状態で、有里は目を点にした。自分のモンスターカードの効果が無効化される、もしくは自分へのダメージカードだと思っていたからだ。そのせいもあってか、有里は胸に手を当て、一息つこうとした。

天空の使者 ゼラディアス
効果モンスター
星4/光属性/天使族/攻2100/守 800
このカードを手札から墓地へ捨てて発動する。
自分のデッキから「天空の聖域」1枚を手札に加える。
フィールド上に「天空の聖域」が表側表示で存在しない場合
このカードを破壊する。

D.D.クロウ
効果モンスター
星1/闇属性/鳥獣族/攻 100/守 100
このカードを手札から墓地へ捨てて発動する。
相手の墓地に存在するカード1枚を選択し、ゲームから除外する。
この効果は相手ターンでも発動する事ができる。

「何やってんだ、有里っ! ――ンな意味分からんタイミングでそれを使うってコトは、“あのカード”使うに決まってるだろうがっ!!」
 デリーターの使うであろうカードに気付き、一息ついた彼女に活を入れたのは、翔であった。
 彼の叫びに、有里が気付いた時、デリーターは既にリバースカードを発動させていた。
「チェーンしてリバースカード――“連鎖爆撃(チェーン・ストライク)”」
 デリーターが発動したそのカードから、何本もの鎖が放たれた。1本の鎖は有里が手札から墓地に送ったカードを貫き、1本の鎖はデリーターが手札から墓地に送ったカードを貫き、1本の鎖はそれを生み出したカードを貫き、鎖は計3本となって有里に襲いかかった。
 だが、有里は翔の言葉で前を見据えていたのもあってか、すぐにそれを防ぐためのカードを手札から発動させた。
「手札から天使族モンスター1体とこのカードを墓地に送って、効果発動! ――“緑光の宣告者(グリーン・デクレアラー)”! そのカードの発動を無効にし、破壊する!」
「――なら、それにチェーンして“積み上げる幸福”を発動しよう」
 有里が、自分に襲いかかって来た鎖達を防いでいる間に、デリーターは静かにカードを2枚引いていた。その後、デリーターの使ったカード効果によって、有里は墓地から「天空の使者 ゼラディアス」を取り出し、ポケットに入れた。

連鎖爆撃(チェーン・ストライク)
速攻魔法
このカードの発動時に積まれているチェーン数
×400ポイントダメージを相手ライフに与える。
同一チェーン上に複数回同名カードの効果が発動されている場合、
このカードは発動できない。

緑光の宣告者(グリーン・デクレアラー)
効果モンスター
星2/光属性/天使族/攻 300/守 500
自分の手札からこのカードと天使族モンスター1体を墓地に送って発動する。
相手の魔法カードの発動を無効にし、そのカードを破壊する。
この効果は相手ターンでも発動する事ができる。

積み上げる幸福
通常罠
チェーン4以降に発動する事ができる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。
同一チェーン上に複数回同名カードの効果が発動されている場合、
このカードは発動できない。

「手札に加えた“天空の聖域”を、私は発動させる」
 そう言って、有里は改めて手札に加えたカードを発動させた。
 彼女の上空から光が差し込まれ、それを合図に、聖域が姿を現した。

天空の聖域
フィールド魔法
このカードがフィールド上に存在する限り、
天使族モンスターの戦闘によって発生する天使族モンスターの
コントローラーへの戦闘ダメージは0になる。

「これで場に、アナタを守る伏せカードは無くなった! 手札から“突進”を発動し、“豊穣のアルテミス”で“インフェルニティ・リローダー”に攻撃っ!!」
 有里の掛け声と同時に、天使は遥か高くに上昇、その後勢いをつけて、2つの銃口を持ったモンスターに体当たりを決めた。天使の体当たりを耐えようとするモンスターではあったが、大した耐久力も無かったのか、そのモンスターは、見るも無残に分解されてしまった。

デリーター LP:2000→600

 その攻撃を最後に、有里は自身のターンを終えた。

突進
速効魔法
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力は
エンドフェイズ時まで700ポイントアップする。

有里 LP:1700
   手札:0枚
    場:豊穣のアルテミス(攻撃)、天空の聖域、リバース1枚

「オレのターン、ドロー」
 そう言って、デリーターは静かにカードを1枚引いた。
(お兄ちゃんの手札は全部で4枚――。 内1枚は“ファイヤー・トルーパー”として、後の3枚が何なのか……。 このリバースカード1枚で、耐えられるかどうか……)
 彼が4枚の手札を静かに眺めている間、有里もまた、彼の裏側の手札をじっと見つめていた。やがて彼女の視線は、自分のデッキへと向けられた。
 未だに引くコトの出来ない、「冥王竜」のカード。彼女は静かに、そのカードを願っていたのだろう。
「――手札から“ハリケーン”を発動する。 場の魔法・罠カード、全てを手札へ!」
「……ッ!?」
 デリーターの出したそのカードは、有里にとって、一番来て欲しく無かったカードの1枚だったのだろう。
 思わず、彼女は目を見開いてしまった。

ハリケーン
通常魔法
フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て持ち主の手札に戻す。

 先程の暴風よりも激しい風が、フィールド全体を飲み込もうとしていた。
 有里の上空の聖域には、暗雲がかかっていた。
(でもこのカード――、ここで使うしか……っ!)
 どうしようもなくなった彼女は、仕方なくと言った表情で、伏せていた最後のカードを発動させた。
「リバースカード“神罰”。 このカードで、“ハリケーン”を無効にして破壊する!」

神罰
カウンター罠
フィールド上に「天空の聖域」が表側表示で存在する場合に発動する事ができる。
効果モンスターの効果・魔法・罠カードの発動を無効にし破壊する。

 激しい風が、聖域から放たれた巨大な稲妻によって、その動きを止め、ゆっくりと消滅していった。
 聖域にかかっていた暗雲は消え、再び神々しい光が、有里を包んでくれた。だが、その光とは正反対の感情を、有里は抱いていた。
 そんな中で有里は、天使から希望のカードを受け取った。


 やっと来てくれたのだ……。


「やっと来た!」
 有里は聖域から来る光に応えるように、大きな笑みを浮かべた。
「カウンター罠の処理終了後、私はこのカードを特殊召喚するっ!!」


 ――その瞳は、哀しみに染まっていた


 有里はそう言って、力強くその最後のカードを場に出した。


 ――その体は、哀しみで色褪せていた


「――“冥王竜ヴァンダルギオン”ッッ!!!」


 ――その翼は、哀しみを乗り越える


 姿を現したその冥王竜は、愛する友を救うために、その牙を、デリーター――啓太に向けた。
「これで有里の勝ちだっ!!」
 翔は大きくガッツポーズをし、笑みを浮かべた。
 その隣にいるアンナもまた、照れながらも、友の勝利を喜んでいた。





 だが絶望は、その扉を閉ざしてはいなかった。





 誘いの扉を――。





冥王竜ヴァンダルギオン
効果モンスター
星8/闇属性/ドラゴン族/攻2800/守2500
相手がコントロールするカードの発動をカウンター罠で無効にした場合、
このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
この方法で特殊召喚に成功した時、
無効にしたカードの種類により以下の効果を発動する。
●魔法:相手ライフに1500ポイントダメージを与える。
●罠:相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。
●効果モンスター:自分の墓地からモンスター1体を選択して
自分フィールド上に特殊召喚する。






 冥王竜は、その大きな咆哮と共に、デリーターにその牙を向けた。
 そんな姿を見て、有里は笑みを浮かべた。元は啓太のカードであったこの冥王竜の一撃ならば、デリーターとなってしまった彼を、元に戻せると信じたからだ。
 そんな姿を見て、翔はガッツポーズをした。有里と同様のコトを考え、彼女がそれを達成したと信じたからだ。
 そんな姿を見て、アンナも照れながら小さく笑った。喜んでいる翔と有里を見て、また一歩、自分達が前に進めると信じたからだ。

 だが、それを打ち消す絶望が、後「3つ」残っていた。

 デリーターの手札の数――。

「“ヴァンダルギオン”の効果にチェーンして、“ご隠居の猛毒薬”を発動する」
「えっ……?」
 デリーターが発動したカードに、有里の笑みが引きつった。
「更にチェーンして、“非常食”を発動。 今発動した“ご隠居の猛毒薬”を墓地に送り、ライフを回復――」
「なっ……!?」
 翔のガッツポーズで振り上げた拳が、ゆっくりと下ろされていった。

デリーター LP:600→1600

 ヴァンダルギオンの牙が、デリーターを貫くのと同時に、彼が放った猛毒が、有里の体を蝕んでいった。
「そんな……!」
 アンナはその光景を見て、静かに言葉を失った。

有里 LP:1700→900

デリーター LP:1600→100

ご隠居の猛毒薬
速攻魔法
次の効果から1つを選択して発動する。
●自分は1200ライフポイント回復する。
●相手ライフに800ポイントダメージを与える。

非常食
速攻魔法
このカード以外の自分フィールド上に存在する
魔法・罠カードを任意の枚数墓地へ送って発動する。
墓地へ送ったカード1枚につき、自分は1000ライフポイント回復する。

 本来ならば、有里の出した冥王竜の一撃で、決着がつくはずだった。デリーターのライフは風前の灯火と言っても、過言では無かったからだ。
 だが結局、デリーターのライフは、そんな風前の灯火が更に小さくなった位の火を残し、有里のライフが風前の灯火となっていた。

 有里はただただ、茫然と立ち尽くしていた。

「オレは手札から“ファイヤー・トルーパー”を召喚する」
 デリーターの目の前に、炎の騎兵が姿を現した。やがて、その騎兵は自らの体を炎の塊にした。
「“ファイヤー・トルーパー”の効果発動――。 墓地に送るコトで、相手に1000のダメージを与える」
 炎の塊は、デリーターの言葉を合図に、有里目掛けて飛んでいった。そして、何の抵抗もしようとしなかった彼女を貫いた。

ファイヤー・トルーパー
効果モンスター
星3/炎属性/戦士族/攻1000/守1000
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
このカードを墓地に送る事で、相手ライフに1000ポイントダメージを与える。

有里 LP:900→0

 炎を受けた衝撃で、有里は吹き飛ばされ、彼女の全てのカードが辺り一面に散らばった。何の力も入れていなかった彼女は、紐の切れた人形のように動かぬまま、壁に激突しそうになった。
「くっ…!」
 それを翔は何とか受け止め、そのまま彼女をそっと横にした。
「おい、大丈夫か……?」
 翔の言葉に反応して、有里は涙を流し始めた。ぐしゃぐしゃの顔のまま、ただただ泣き続けた。そんな彼女を、翔は静かに抱き締めた。
「私……、勝てなかった……」
 翔の腕にしがみついて、有里はそう言った。悔しさでいっぱいの言葉を、翔にぶつけた。
「“守りの力”を、もらったのに……!」
 そんな言葉を聞きながら、アンナは、辺りに散らばった有里のカードを、1枚1枚拾い集めていた。
「“約束”……したのに……!」
 アンナは最後に、彼女のすぐ側に落ちていた「冥王竜ヴァンダルギオン」のカードを手に取った。
 そして彼女は、拾い上げたカード40枚の束を、そっと翔に託した。受け取った彼は、そんなカードの束を静かに見つめ、視線を有里に移した。
「頑張ったじゃないか……」
 そう言うコトしか出来なかった自分が、翔は憎くてたまらなかった。
「頑張るだけじゃ、ダメなのに……」
 アンナもまた、言葉を失ったままだ。掛ける言葉すら思い浮かばない自分に、苛立ちを覚えながら――。
 そんな中、翔はふと思いついた言葉を口にした。

「――じゃあ、せめて立ち上がろう」

「え……?」
 翔の突然の言葉に、有里は目を丸くした。
「頑張るだけじゃあダメだったかも知れない……。 多分、それは変えようが無い。 だからって、下ばっかり見てるのか? 諦めたままでいるのか?」
 翔の言葉に、有里は言葉を失い、口を閉ざした。
 だが、そんな彼女を見つめ、彼は言葉を続ける。
「それじゃダメなんだ。 たとえ、どんなに辛くても、どんなに苦しくても、どんなに悲しくても……」
 そう言って、翔はアンナから受け取った有里のデッキを、彼女に渡した。有里は震えながらも、それをゆっくりと受け取った。
「だから、せめて自分の足で立ち上がってくれ。 下を向いたままでもいいから。 諦めたままでもいいから」
「でもそれじゃあ……!」
「大丈夫。 立ち上がってくれれば、オレが支えてやるから」
 そう言って、彼は大きく笑った。
 そんな彼の言葉に、表情に、有里は少しだけ嬉しくなって、彼女も小さく笑った。
「――助けて、くれるの……?」
「あぁ。 ――お前がしてくれたように、な」
 有里に、翔の最後の言葉は届かなかった。いや、届かせないように、彼がわざと小さな声でそれを言ったのだ。
 彼女は、少しだけ首を傾けたが、すぐに前を――デリーターの方を向き、自分のデッキをしっかりと握り締めながら、翔の肩を借りて、ゆっくりと立ち上がった。

「終わったのか……?」
 デリーターが小さく、つぶやくように言った。
「あぁ」
 翔は、その言葉に、トゲを含ませたような声色で答えた。
 そんな時、翔はふとデリーターの仮面に注目した。
(あれは……?)
 デリーターの仮面に、小さな罅が入っていたのだ。誰の目にも止まらないような、本当に小さな罅が。そんな罅を見て、彼はすぐに気付いた。
「――どうやらお前の“力”、届いていたようだぞ」
 そして、彼は立ち上がった有里の方を見て、そう言った。その言葉に、有里は再び首を傾けた。

「さぁ、次は誰が私と戦う?」
 デリーターは再びそう口を開いた。
 彼の言葉に、有里を見て小さく笑っていた翔が、彼を睨むように見つめた。
「オレが戦う。 ――決闘準備(スタンバイ)
 翔はそう言って、自分の左手の籠手(ガントレット)を、デュエルディスクに変化させた。
 だがその時、彼のその行動に納得のいかなかった者が、声を上げた。
「ちょっと待って! 私が戦う!」
「……アンナ?」
 翔が振り返ると、苛立ちを覚えたような表情の彼女が、そこにはいた。
「私だって、有里をこんな風にしたデリーターを許せない。 だから私が――」
「違うな、間違っているぞアンナ!」
 アンナの言葉を遮るように、翔はそう言い放った。だが、手を前に突き出し、「何かの物真似」をしているような彼に、アンナは更なる苛立ちを覚えた。
「翔……、私をバカにしてるの?」
「ちょっとだけ……?」
「こんの、バカァアアアアアアアアアア!!」
 翔のその言葉に、アンナは大声で怒り、頬を膨らませた。大声を出し、息切れしかけたせいか、彼女の頬は、少しだけ紅くなっていた。
「スマンスマン。 ――でも、オレにやらせてくれよ」
「………」
 翔の言葉を聞くも、アンナは返事をしない。翔に背を向け、頬は膨らませ、むっとした表情のままだ。
 そんな彼女の姿に、翔は苦笑いを浮かべた。
「ハハッ……。 そんな顔しても、オレがデュエルするからな?」
「……好きにすれば」
 アンナは顔を少しだけ翔の方に向けると、つぶやくようにそう言って、再び彼に背を向けた。そんな彼女の表情を見て、彼は申し訳無さそうな表情をしながらも、小さくため息をついた。
 その時彼は、有里が自身の袖を引っ張っているのを感じ取った。
「有里、どうかしたか?」
「このカードを、受け取って欲しいんだけど――」
 そう言って、有里は自分のデッキの一番上に置いてあった「冥王竜ヴァンダルギオン」のカードを、翔に提示した。
「……良ければ、だよ? 使いたくなかったら、使わなくていいし……。 デッキのバランスとかもあるから」
「使わせてもらうよ。 ――というより、使わせて下さい、かな?」
 提示されたカードを受け取って、翔は小さく笑った。
「どうして?」
「多分だけど、このカードがあれば、出来る気がするんだ……。 有里とお前の兄貴の“魂のカード”なら、な……」
 翔はデュエルディスクに差し込んであったデッキの真ん中位に、「冥王竜ヴァンダルギオン」を入れると、デリーターの方に向き直った。そしてもう一度、彼はデリーターの仮面に入った小さな罅を見つめた。

 この城で初めてデリーターに会った時、仮面にそんな罅は無かった。デュエルをしている最中だって、はっきりとその罅を認識するコトは無かった。
 だが、今はこうして、はっきりと認識するコトが出来る。――あくまで翔だけであって、有里もアンナも、それに気付いてはいないが。

 デュエルをしている最中では無い、とすれば、その罅がついた時はいつか――。

 デュエルの終盤……、有里の勝利と信じて喜び、注意力が散漫になっていた時だ。そう、冥王竜の一撃が決まる、もしくは決まった時――。

 冥王竜の一撃が突破口になる筈、そう信じながら、翔はデリーターと同様に、自分のデッキをシャッフルしていた。
「先攻は私からだ……!」
「来い……ッ!」
 こうして、デリーターとの第2戦が始まった。


第7話 One More Chance――(カード)をアナタに



「私のターン、“英知の代行者 マーキュリー”を召喚。 カードを5枚伏せて、ターンエンドだ」
 デリーターは、カードを引くやいなや、全てのカードをデュエルディスクに出した。
 そして、彼の目の前に、英知の象徴である本を携えた天使が姿を現した。

英知の代行者 マーキュリー
効果モンスター
星4/光属性/天使族/攻 0/守1700
相手のエンドフェイズ時に、このカードが自分フィールド上に表側表示で存在し、
自分の手札が0枚だった場合、次の自分のスタンバイフェイズ時に発動する。
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

デリーター LP:4000
      手札:0枚
       場:英知の代行者 マーキュリー(攻撃)、リバース5枚

「なるほどな。 確かにそのデッキなら、“マーキュリー”はピッタリだな」
 そう言いながら、翔はデッキからカードを1枚引いた。
「さて、ならオレも、オレのデッキにピッタリなカードを召喚するぜ!」
 そして、彼は今引いたカードを、そのまま場に出した。
「――“クィーンズ・ナイト”ッッ!!」
 彼の目の前に、紅き鎧を身にまとった女戦士が姿を現した。彼女は地面に降り立つと、すかさず携えていた剣を抜き、目の前の天使に構え、鋭い切っ先、鋭い目つきで、天使を静かに睨みつけていた。おそらく、翔の心の奥底にある1つの感情が、モンスターにも宿ったのだろう。

クィーンズ・ナイト
通常モンスター
星4/光属性/戦士族/攻1500/守1600
しなやかな動きで敵を翻弄し、
相手のスキを突いて素早い攻撃を繰り出す。

「……さて、アンナを止めておいてアレだが……、オレだって、少しばかりはムカついてるんだ……!」
 翔はトゲのついた言い方で、次第にその心に宿っている感情を、表に出し始めていく。その感情を押し殺そうとしているのもあるのか、彼はカードを持っていない右手を強く握りしめ、口から吐き出そうになっているそれを、ギュッと噛み締めていた。
 だが……、彼はどうやら、我慢の限界のようだった。
「……まずは一発! 行けっ、“クィーンズ・ナイト”!!」
 彼は、握りしめていた拳を突き出し、そう叫んだ。
 彼の叫びに応えるように、女戦士は小さく頷くと、天使に向かって飛びかかっていった。
「リバースカード――“重力解除”」
 デリーターはゆっくりと、その女戦士の行く手を阻むように、その伏せたカードを発動させた。
「“重力解除”? あぁしまった、これで攻撃は無効に――」
「更にチェーンしてリバースカード――“ファイアーダーツ”」
「なっ……!」
「チェーンしてリバースカード――“おジャマトリオ”。 チェーンしてリバースカード――“非常食”。 そして最後に、リバースカード――“連鎖爆撃(チェーン・ストライク)”」
 翔の驚きの言葉をも阻むように、彼は伏せてあったカード全てを発動させてしまった。
 まず初めに、デリーターが発動させたカード5枚全てを飲み込む鎖が姿を現し、翔の体をいともたやすく貫いた。

翔 LP:4000→2000

連鎖爆撃(チェーン・ストライク)
速攻魔法
このカードの発動時に積まれているチェーン数
×400ポイントダメージを相手ライフに与える。
同一チェーン上に複数回同名カードの効果が発動されている場合、
このカードは発動できない。

 次に、デリーターの場のカードが、天使を除いて全て無くなると、癒しの光が彼を覆い尽くした。

デリーター LP:4000→7000

非常食
速攻魔法
このカード以外の自分フィールド上に存在する
魔法・罠カードを任意の枚数墓地へ送って発動する。
墓地へ送ったカード1枚につき、自分は1000ライフポイント回復する。

 やがて、翔の場に、下品な顔をした気味の悪い獣達が姿を現した。息を荒くし、舐めまわすような目で女戦士を隅々まで見ようとするその獣達に、女戦士は少しだけ嫌そうな顔をした(翔主観)。

おジャマトリオ
通常罠
相手フィールド上に「おジャマトークン」(獣族・光・星2・攻0/守1000)を
3体守備表示で特殊召喚する(生け贄召喚のための生け贄にはできない)。
「おジャマトークン」が破壊された時、このトークンのコントローラーは
1体につき300ポイントダメージを受ける。

 そして、デリーターの目の前に、黒と白の2枚の羽を携えた髑髏が3つ姿を現した。それと同時に、3つの数字がその髑髏の上空に浮かびあがった。その数字は、「3」と「4」と「6」。翔が数字を確認している間に、髑髏を覆うような火の輪が出現すると、そこから3つの数字を合計した数――13本の火の槍が放たれ、翔を次々と貫いていった。

翔 LP:2000→700

ファイアーダーツ
通常罠
自分の手札が0枚の時に発動する事ができる。サイコロを3回振る。
その合計の数×100ポイントダメージを相手ライフに与える。

「ガッ……アァ……!」
 鎖、火の槍と、連続で体を貫かれた翔は、その場で膝をつき、苦しみに顔を歪ませていた。
「翔っ!!」
 咄嗟に、有里が声を出した。明らかに、自分が受けた以上の痛みを翔は受けている、そう考えた上でのその声だった。
 その隣ではアンナが、彼に対して怒りを持っていたコトも忘れて、彼を心配するような表情をしていた。
 その間にも、女戦士と天使は守備の態勢を取っており、気味の悪い獣達は興奮しながら、攻撃する気満々になっていた。

重力解除
通常罠
自分と相手フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターの表示形式を変更する。

「……オレは……、カードを1枚伏せて、ターンエンドだ……」
 何とか1枚のカードを場に出すと、翔は静かにターンを終え、ゆっくりと立ち上がった。だがその顔に、余裕の表情は無く、痛みに耐えているような表情だった。

翔 LP:700
  手札:4枚
   場:クィーンズ・ナイト(守備)、おジャマトークン(攻撃)×3、リバース1枚

 彼の苦しみの表情に毛ほどの興味も持つコト無く、デリーターはデッキの上からカードを1枚引き、目の前にいる天使の呪文詠唱を確認すると、もう1枚カードを引いた。
「カードを2枚伏せて、ターンエンド」

デリーター LP:7000
      手札:0枚
       場:英知の代行者 マーキュリー(守備)、リバース2枚

 デリーターのターンを終える言葉を聞くと、やっとの思いで翔はカードを1枚引いた。
「オレは手札から、“増援”を発動――、“キングス・ナイト”を手札に加える……」
 そのまま彼は、即座に引いたカードをデュエルディスクに差し込み、そのカードの効果に則って、デッキからカードを1枚抜き取った。

増援
通常魔法
自分のデッキからレベル4以下の戦士族モンスター1体を手札に加える。

 手にしたカードを静かに見つめ、翔はゆっくりと息を整えていた。瞳を閉じ、先程新しくデッキから手に取ったカードから感じる小さな暖かさを感じ取ると、彼はその瞳を開いた。
「……よし。 オレは“アタック・ゲイナー”を攻撃表示で召喚する!」
 息を整え終えた彼は、そう言って、手札からまた別のカードを場に出した。
 それによって出現した彼は、小柄ながらも力を秘めた戦士だった。
「……チューナー、か……」
「あぁ。 お前がくれたこの気味悪い奴ら、貸してもらうぜ!」
 デリーターの頬がぴくっと動いたのを確認して、翔は小さく笑った。
 その直後、翔の叫びと共に、興奮していた獣達3体は光の粒子となり、その粒子は小柄な戦士をゆっくりと覆い尽くしていった。

アタック・ゲイナー
チューナー(効果モンスター)
星1/地属性/戦士族/攻 0/守 0
このカードがシンクロ召喚の素材として墓地へ送られた場合、
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の
攻撃力はエンドフェイズ時まで1000ポイントダウンする。

「シンクロ召喚! ――“セブン・ソード・ウォリアー”ッ!!」
 光の粒子で覆われた小柄な戦士はやがて、無数の剣を携え、金色の鎧で自身を覆った戦士へと変化を遂げた。
「バーンはお前だけの十八番じゃないんだよ! オレは、手札から“神剣−フェニックスブレード”を発動し、“セブン・ソード・ウォリアー”に装備!」
 金色の戦士の目の前に、柄から鍔までが不死鳥を象っている剣が出現した。その剣を金色の戦士が両手で握りしめた瞬間、そこから強大な衝撃波が発せられ、デリーターの体を吹き飛ばそうとした。
 デリーターがその衝撃波に耐えている間に、金色の戦士は、握りしめた剣を正面の天使に向けて投げ、突き刺した。天使は、その剣を引き抜こうとするも、突き刺さった箇所から来る痛みに苦しみ、その剣を自身の体から抜いた頃には、天使の姿は消滅していた。引き抜かれた剣もまた、地面に落ちた直後、光の粒子となって消滅した。
「“セブン・ソード・ウォリアー”の効果によって、お前に800のダメージを与え、“マーキュリー”を破壊した」

デリーター LP:7000→6200

セブン・ソード・ウォリアー
シンクロ・効果モンスター
星7/地属性/戦士族/攻2300/守1800
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
1ターンに1度、このカードに装備カードが装備された時、
相手ライフに800ポイントダメージを与える。
また、1ターンに1度、このカードに装備された
装備カード1枚を墓地へ送る事ができる。
このカードに装備された装備カードが墓地へ送られた時、
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を
選択して破壊する事ができる。

 そう言って、翔は再び小さく笑った。
 デリーターは、その彼の笑みを見て、少しだけ怒りを見せていた。

 明らかに、有里とのデュエルでは見せなかった表情だ――。

(やっぱりだ……。 感情がほんの少しだけだが、露わになりつつある……)
 翔は笑みを浮かべながらも、その観察眼で、デリーターの表情の変化を見逃していなかった。
 デリーターの仮面の罅が、少しだけ増えたように見えた。
「“クィーンズ・ナイト”を攻撃表示に変更する」
 デリーターの変化を確認しながら、翔は場の女戦士のカードを縦にした。
 それに応じて、女戦士はゆっくりと立ち上がり、再び剣をデリーターに向けた。
「ここは攻める! “クィーンズ・ナイト”と“セブン・ソード・ウォリアー”でダイレクトアタックッ!!」
 翔の掛け声とともに、女戦士と金色の戦士は同時に飛びあがり、手に握った剣を振り下ろした。

デリーター LP:6200→4700→2400

 2つの刃から放たれた斬撃を受け、デリーターは少しだけ苦しみを感じた。だが、すぐに何事も無かったように表情を元に戻し、スッと翔を見つめた。
「何ともないって感じだな……」
 そう言って、翔は頭を少しだけかいた。

 デリーターには確かに変化がある。
 それは、表情の些細な変化――感情をむき出しにしようとした点で、感じるコトが出来た。

(やっぱり、何とかして出さなきゃいけないみたいだな……)
 彼は、デュエルディスクに差し込まれたデッキに視線を移した。その中にあるであろう「冥王竜」のカードを見つめた。
 やがて、彼は静かにターンを終えた。

翔 LP:700
  手札:3枚
   場:クィーンズ・ナイト(攻撃)、セブン・ソード・ウォリアー(攻撃)、リバース1枚

「私のターン、ドロー――」
 彼の言葉を聞いて、デリーターは素早くカードを引いた。引いたカードを見つめると、彼は舌打ちしそうになってしまった。だが、すぐにその動作が「間違っている」と判断し、それ以上表情を変化させようとはしなかった。

 何かがおかしい――。

 彼は確かに、そう感じ取っていた。
 自分の中で、これまで持ったコトが無いであろう様々な感情が行き交っているのだ。

 何故だ……?

 あの冥王竜の一撃が、自分の中の「何か」に触れようとしていたからか……?
 あの少女の一声が、自分の中の「何か」を溶かそうとしていたからか……?

 デリーターは引いたカードから視線を離し、デュエルする翔を見守っていた有里に目を配った。

 「何か」――。そもそもこれは何だ?

 分かるのか……?

 目の前にいるこの少年を倒せば……。
 少女が託した冥王竜を倒せば……。

 デリーターは再び引いたカードを見つめた。
「私は、手札から“成金ゴブリン”を発動させる」
「へっ……?」
 思わぬデリーターのカードに、翔は首を少しだけ傾けた。

成金ゴブリン
通常魔法
デッキからカードを1枚ドローする。
相手は1000ライフポイント回復する。

翔 LP:700→1700

 デリーターは静かにカードを1枚引いた。
「私はリバースカード――“ゴブリンのやりくり上手”を発動する。 更にそれにチェーンして“非常食”を発動」
 そして彼は、手元にあった全てのカードを発動させた。

デリーター LP:2400→4400

ゴブリンのやりくり上手
通常罠
自分の墓地に存在する「ゴブリンのやりくり上手」の枚数+1枚を
自分のデッキからドローし、自分の手札を1枚選択してデッキの一番下に戻す。

 翔が首を傾けている間に、デリーターは減りに減った手札を、一気に4枚にまで戻した。
「カードを4枚セットし、ターンエンドだ」

デリーター LP:4400
      手札:0枚
       場:リバース4枚

 何かがおかしい――。

 翔もまた、ポンっと浮かんだ疑問を頭の中で思い描いていた。

 デリーターのプレイングは、いつものプレイングの筈だ。
 ダメージを受けながらも、瞬く間にライフを初期値以上にまで戻しつつ、場には【チェーンバーン】に相応しく、4枚も魔法・罠カードが伏せてある。

 だが、この疑問は何なのだろうか……?

 デリーターの手札からすれば、これは十分なプレイングの筈だ。
 それなのにどうして、デリーターが守勢に回っている様に感じ取れるのだろうか……?

 翔は、そんな疑問を頭の中で留めながら、デッキの上からカードを1枚引いた。
「オレは“キングス・ナイト”を召喚する!」
 そして、留まった疑問を薙ぎ払うかのように、彼は手札のカードを場に出した。
 彼の目の前に現れたのは、年老いながらも、隆々とした筋肉でその剣と盾を握る戦士であった。
「この瞬間、“キングス・ナイト”の効果により、“ジャックス・ナイト”を特殊召喚ッ!!」
 翔の言葉に応じるように、女戦士と老戦士は互いの顔を見ると、握っていた剣を掲げた。掲げられた剣は、彼等の頭上でクロスし、そこには小さくではあったが光が宿った。その光は徐々に大きくなっていき、やがて青という色を持ち、人型となった。

キングス・ナイト
効果モンスター
星4/光属性/戦士族/攻1600/守1400
自分フィールド上に「クィーンズ・ナイト」が存在する場合に
このカードが召喚に成功した時、デッキから「ジャックス・ナイト」
1体を特殊召喚する事ができる。

ジャックス・ナイト
通常モンスター
星5/光属性/戦士族/攻1900/守1000
あらゆる剣術に精通した戦士。
とても正義感が強く、弱き者を守るために闘っている。

 光は、人型になると同時に弾け、そこに1人の戦士を残した。
 だが、その戦士達の存在を良しとしないデリーターは、その直後、伏せていたカードを発動させた。
「リバースカード――“激流葬”!」
「何……ッ!?」
「更にチェーンしてリバースカード――“威嚇する咆哮”!」
 翔の驚きを余所に、デリーターは自分の場に伏せておいたカードを次々と発動させていく。
「リバースカード――“仕込みマシンガン”! リバースカード――“積み上げる幸福”!」
 生まれた幾つもの鎖が、デリーターの手元に集まり、2枚のカードを生み出した。

積み上げる幸福
通常罠
チェーン4以降に発動する事ができる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。
同一チェーン上に複数回同名カードの効果が発動されている場合、
このカードは発動できない。

 翔の場と手札のカードを合わせた数に見合うように、デリーターの周囲に8丁のマシンガンが出現した。出現と同時にそのマシンガンから弾が放たれ、全ての弾が翔の腹部を貫いていった。

翔 LP:1700→100

仕込みマシンガン
通常罠
相手フィールド上のカードと相手の手札を合計した数
×200ポイントダメージを相手ライフに与える。

 痛みから片膝をついた翔に追撃するように、辺り一面を覆うほどの野獣の咆哮が木霊した。
 その野獣の咆哮を、デュエルを観戦していた有里とアンナも辛く感じ、彼女達は両手で耳を塞いでいた。

威嚇する咆哮
通常罠
このターン相手は攻撃宣言をする事ができない。

 最後に、巨大な水の流れが翔の場を飲み込み、彼のモンスターを全滅させた。

激流葬
通常罠
モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚された時に発動する事ができる。
フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。

「翔の場が……!」
 翔の場を見て、思わず有里が口を開いた。
「――さぁ……、やってみろ……!」
 そんな時、有里の言葉を遮るようにして、デリーターがそう言った。
「手札は3枚もあるんだ……。 君なら簡単だろう……? ここからの逆転位……っ!」
 デリーターのその言葉に、翔は再び疑問を抱いていた。

 突然のデリーターの挑発的な言葉――。

 口調もどこか鋭く、先程までの態度とは間逆と言っても良かった。
「翔……」
 デリーターの言葉を聞きながら、アンナは翔を見つめていた。
「手札3枚で逆転、か……」
 再び疑問をそっと横に置き、翔は小さく笑った。その笑みは、どこか自嘲のようなモノが含まれていた。
「――オレは、墓地の“神剣−フェニックスブレード”の効果発動。 墓地の“アタック・ゲイナー”、“セブン・ソード・ウォリアー”をゲームから除外し、“フェニックスブレード”を手札に加える」
 彼は自嘲のような笑みを浮かべながら、その効果を発動させた。
 デュエルディスクの墓地ゾーンから出てきたカード2枚を、自分のポケットに入れると、彼は再び出てきた1枚のカードを手札に加えた。

神剣−フェニックスブレード
装備魔法
戦士族モンスターにのみ装備可能。
装備モンスターの攻撃力は300ポイントアップする。
自分のメインフェイズ時、自分の墓地に存在する
戦士族モンスター2体をゲームから除外する事で、
このカードを自分の墓地から手札に加える。

「そして、カードを1枚伏せる」
 そう言って、彼は出てきたカードとはまた別の、このターンの最初に引いたカードを場に出した。
 すると突然、彼は手に持っていた残りの3枚のカードを重ね合わせた。
「オレはもう、この手札は使わない。 ……いや、使えないが正しいかな?」
 翔の突然の言葉に、デリーターの仮面の奥に潜む漆黒の瞳が、微かに揺らいだ。そして、その揺らぎに、翔は真っ先に気付いた。

 やっぱり……、アイツは望んでいるんだ……。

 翔はデュエルディスクに差し込まれたデッキを静かに見つめた。


 だったら……、ここで折れる訳にはいかないよな……?


 デッキの中に眠る「彼」に言うように、翔はそう思った。
「だからこそ、このリバースカードを発動させる!」
 翔は自嘲気味だった笑顔を、いつもの笑顔に変えて、デュエルディスクに差し込まれた1枚のカードに手をかけた。




第8話 愛とナイフ――繋げるモノと引き裂くモノ

「リバースカード――“光の召集”発動ッ!!」
 そう叫んで、翔は自分の場のカードを開いた。
 その直後、彼の頭上から光が降り注ぎ、光は彼の手札全てを消滅させる代わりに、その枚数分、新たなカードを彼に与えた。
「“光の召集”……!?」
 翔が新たなカード3枚を手札に加えている間に、デリーターはその驚きを口にしていた。そして、その驚きを感じている自分にまた、驚きを感じ取った。

光の召集
通常罠
自分の手札を全て墓地へ捨てる。
その後、捨てた枚数分だけ自分の墓地に存在する
光属性モンスターを手札に加える。

「これで、オレの手札に“絵札の三銃士”が再び揃った!」
 翔は笑顔でそう言うと共に、先程伏せたカードも開いた。
「そして、“融合”を発動させる! ――現れろッ! “アルカナ ナイトジョーカー”!!」
 開かれたそのカードに導かれ、翔の手札は光り輝き、やがて1つにまとまっていった。1つにまとまったその光は、その輝きで人を形成し、その場に天位の騎士を降臨させた。

融合
通常魔法
手札・自分フィールド上から、融合モンスターカードによって決められた
融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体を
エクストラデッキから特殊召喚する。

アルカナ ナイトジョーカー
融合・効果モンスター
星9/光属性/戦士族/攻3800/守2500
「クィーンズ・ナイト」+「ジャックス・ナイト」+「キングス・ナイト」
このカードの融合召喚は上記のカードでしか行えない。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードが、
魔法カードの対象になった場合は魔法カードを、
罠カードの対象になった場合は罠カードを、
効果モンスターの効果の対象になった場合はモンスターカードを、
手札から1枚捨てる事でその効果を無効にする。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 天位の騎士は、右手に握るその剣をスッ――と、流れるように構えるものの、そこに攻撃をしようとする意志は無かった。
「どうした……? どうして、攻撃を仕掛けない……?」
 その時、その意志を持っている者が騎士ではなく、翔であるコトに気付いたデリーターが、彼にそう聞いた。
 だが、翔はその言葉に答えるコト無く、自分のターンを終えた。

翔 LP:100
  手札:0枚
   場:アルカナ ナイトジョーカー(攻撃)

 翔のターンエンド宣言を聞き、デリーターはその怒りを心の奥底から、引き出そうとしていた。

 ふざけるな……。

 その言葉だけが、彼の体をくまなく巡り、その言葉に付き纏う怒りのままに、彼はデッキの上からカードを引いた。だが、まるでその怒りにデッキが応えたくないと言っているかのように、彼の手札にはバーンカードが1枚も無かった。
「グッ……、魔法カード――“無の煉獄”発動ッ!!」

無の煉獄
通常魔法
自分の手札が3枚以上の場合に発動する事ができる。
自分のデッキからカードを1枚ドローし、
このターンのエンドフェイズ時に自分の手札を全て捨てる。

 そして、彼は怒りのままに再びカードを引いた。
「私はカードを1枚伏せ、ターンエンドだ!」

デリーター LP:4400
      手札:0枚
       場:リバース1枚

 引いたカードを伏せると同時に、彼はそう言い、自分の手札全てを墓地に送った。
 そんな姿を見て、翔はカードを1枚引くと同時に、ゆっくりと口を開いた。
「なぁ……、そんなデュエル、楽しいのか?」
「どういう意味だ……?」
「どうせ、欲しいカードが何も来なかったんだろ? まぁ、今の“無の煉獄”で何かしらのカードは引いたみたいだけど」
「なっ、何故それが……!」
 突然、自分の状態を言い当てられたデリーターは、思わず声を漏らしてしまった。
「来る訳無いだろ……。 そんなデュエルをしていて。 そんなデッキを使っていて」
「それと先の質問に、何の繋がりがある……?」
 何とか取り繕おうと考えたのか、デリーターは一度自分を落ち着かせると、翔の言葉に合わせてそう聞いた。
「あぁ、大アリだな……!」
 翔のその言葉に反応するように、有里は自分の両手をギュッ――と握り締めた。何かを祈るように、何かを託すように――。
「“魂”の抜けたデッキを使って……、そんなデッキで、自分の望むカードなんて来る訳無いのに、欲しいカードを祈る……?」
 翔はカードを持っていた左手に、思わず力を込めてしまった。カードを曲げてしまう程の力では無かったモノの、彼は自分の怒りをカードに伝えるかのように、力を込め続けていた。
「それで欲しいカードが来ないからって、イラついて……。 ――ふざけるなッ!!」
 彼は叫んだ。
「そんなデュエル認めない! オレが否定し続けてやる!!」
 有里もアンナも、その叫びに勇気づけられるように、小さく笑った。だが、それと相反するように、デリーターは自分の意志とは別に、一歩ずつ後退りし、彼のその叫ぶ姿に怯えを感じ始めていた。
「否定、か……。 上等じゃないか……! その切り札で見せてくれるのか? 君の認めるデュエルを!!」
 後退りしながらも、デリーターは声を荒げ続けた。自分の姿が滑稽であるという自覚を持ちながらも、受け入れたくない翔の言葉に、抗おうとしていたのだ。そんなデリーターの言葉を聞くと、翔は決心を固めるように、ゆっくりと目を閉じた。
「……今のオレの切り札は、“こいつ”じゃない……! ――だからッ!!」
 デリーターの言葉を否定すると同時に、翔の目の前にいた天位の騎士が光の粒子になって、ゆっくりと消滅していった。
「手札から“アドバンスドロー”を発動させた! これにより、“アルカナ ナイトジョーカー”をリリースし、カードを2枚ドローする!」
 光の粒子を見守るべく、彼はゆっくりと目を開け、それに導かれるように、デッキの上からカードを2枚引いた。

アドバンスドロー
通常魔法
自分フィールド上に表側表示で存在する
レベル8以上のモンスター1体をリリースして発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 更にその後、先程のカードのコストで墓地に送られた「神剣−フェニックスブレード」を、それ自身の効果で再び手札に加えると、引いたカード2枚の内の1枚を場に伏せた。
「――オレはこれで、ターンエンドだ」

神剣−フェニックスブレード
装備魔法
戦士族モンスターにのみ装備可能。
装備モンスターの攻撃力は300ポイントアップする。
自分のメインフェイズ時、自分の墓地に存在する
戦士族モンスター2体をゲームから除外する事で、
このカードを自分の墓地から手札に加える。

翔 LP:100
  手札:2枚
   場:リバース1枚

 翔のこのターンでの行動を、デリーターは理解するコトが出来なかった。そのために彼は、後退りは止めていたものの、不可解な彼の行動を頭の中で何度も反芻していた。
(どういうコトだ……? どうして、最上級モンスターをリリース出来る……!? そのまま攻撃していれば、この“ディメンション・ウォール”の効果で、私が勝っていたのに……)

ディメンション・ウォール
通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
この戦闘によって自分が受ける戦闘ダメージは、
かわりに相手が受ける。

 自分の伏せられたカードを見つめ、そして、翔の伏せたカードを見つめ、デリーターは悩みに悩んでいた。同時に、目の前にいる彼を拒絶したくて仕方がなかった。

 彼の言動が、自分の中の「何か」を壊そうとしている。自分の中の「何か」を壊し、その奥にある本当の「それ」を掴もうとしている。

 好奇心で戦いを望んでいた先程までとは裏腹に、デリーターは今、少しでも早く翔とのデュエルを終わらせようとしていた。
 そんな思いのままに、彼はカードを1枚引いた。その引いたカードを見つめ、彼はニヤリと不敵に笑った。
「来た……! ――これで、君の負けだッッ!!」
 そう言って、彼は最高潮に達した笑みのまま、そのカードをデュエルディスクに差し込んだ。
「――“ご隠居の猛毒薬”っ!!」

ご隠居の猛毒薬
速攻魔法
以下の効果から1つを選択して発動する。
●自分は1200ライフポイント回復する。
●相手ライフに800ポイントダメージを与える。

「当然発動する効果は……!」
 その瞬間、彼の言葉は止まった。笑顔であったそのの表情も、何処か引きつったモノになっていた。彼をそんな状態へと導いたモノは、翔の目の前で発動されていた。
「“どうして攻撃を仕掛けない?” アンタはそう聞いたよな……」
 そう言いながら、翔は発動したカードのコストとして、手札に加えた剣のカードを墓地に送った。それと同時に、彼の目の前に巨大な「印」が出現した。その「印」から放たれた煙は、瞬く間にデリーターが発動させたカードを飲み込んでいった。

封魔の呪印
カウンター罠
手札から魔法カードを1枚捨てる。
魔法カードの発動と効果を無効にし、それを破壊する。
相手はこのデュエル中、この効果で破壊された魔法カード及び
同名カードを発動する事ができない。

「なっ……、あっ……!?」
 消滅していく自分のカードを追うように、デリーターは手を伸ばし、何も無くなった空間を触ろうとした。だが、彼の自身の手で空を切るその姿は余りにも情けなく、そんな姿を見つめる有里は、涙を流し始めていた。再び倒れようとする彼女を、隣にいたアンナはしっかりと支え、祈るように翔を見つめていた。
「その“答え”を今、教えてやるよ……!」
 残った1枚の手札を手に取り、彼は歯をギリッと喰いしばった。余りにも滑稽な、道具を失い、観客をも失った道化師(ピエロ)のような彼の姿を見て、そんな姿へと変えたであろう者に怒りを覚えながら――。


 ファイガ……ッ!!!


「――“冥王竜ヴァンダルギオン”ッッ!!!」
 そんな怒りと共に、彼の目の前に黒き竜が現れた。先のデュエルで現れた時から少しも姿を変えていない、哀しみに包まれた冥王竜が――。

冥王竜ヴァンダルギオン
効果モンスター
星8/闇属性/ドラゴン族/攻2800/守2500
相手がコントロールするカードの発動をカウンター罠で無効にした場合、
このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
この方法で特殊召喚に成功した時、
無効にしたカードの種類により以下の効果を発動する。
●魔法:相手ライフに1500ポイントダメージを与える。
●罠:相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。
●効果モンスター:自分の墓地からモンスター1体を選択して
自分フィールド上に特殊召喚する。

 冥王竜は、そんな哀しみの中で口を大きく開き、自身の咆哮をデリーターにぶつけた。
 受け身を取るコトさえ出来なかったデリーターは、勢いよく吹き飛ばされ、後ろの壁に激しく激突してしまった。力の入っていない彼は、壁に激突した後、ズルズルと崩れ落ち、その場で倒れ込んでしまった。

デリーター LP:4400→2900

 そんな彼の姿を見つめながら、翔は怒りを湧き上がらせるばかりであった。
(感情が定まってない……。 動じない時は全く動じないのに、少しでもグラつけば、全部が崩れる……。 洗脳は、こんな風に人を変えてしまうのか……!? そして、こんなに変えても……、お前は何も感じないのか……ッ!?)
 歯を喰いしばるだけでなく、彼は拳も握り締めていた。彼の感情は、最初に感じていた怒りではなく、今は、デリーター――啓太への同情と、敵であるファイガへの怒りしかなかった。
 そんな彼の感情に応えるように、冥王竜は再び雄叫びを上げた。デリーターに向けてではなく、その先にいるファイガに向けて。


 仮面の罅が、少しだけ大きくなった――。


「さぁ……、立て……!」
 怒りを押し殺すような声で、翔はそう言った。だが、デリーターにその言葉は届かず、彼は倒れたまま、立ち上がろうともしなかった。
「立てよッ!!」
 もう一度大きな声で、翔は言った。デリーターは未だ立ち上がらない。

 やがて、時間の経過と共に、強制的に翔のターンへと移行した。
「オレのターン……」
 震えるような声で、彼はカードを1枚引いた。
「オレは、手札から“サイクロン”を発動…。 リバースカードを破壊する……」

サイクロン
速攻魔法
フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚を選択して破壊する。

 強大な風と共に、デリーターの場のカードが、ガラスが割れるような音を立てて砕け散った。それでも尚、デリーターは立ち上がろうとしない。
「くっ……、何で顔を上げない……? 何で前を見ない……? 何で、崩れたままなんだよ……?」
 翔の震えた声が、次々と繰り出されていく。それにはおそらく、彼だけでなく、有里の想いも込められているのだろう。そんな声を聞いて、デリーターは少しだけ体を動かした。
「何で立ち上がろうとしない……? 何で……、この“哀しみ”を受け止めようとしない……!? 何で――」
「言いたいコトはそれだけか……?」
「えっ……?」
 突然素に戻ったデリーターの声が、翔の言葉を遮った。
「“哀しみ”――、何だそれは?」
「この“ヴァンダルギオン”が抱える……お前のその姿に対する感情だ……」
 デリーターの質問に、翔はゆっくりと答えた。だが、その答えにデリーターは首を横に振った。
「それが分からない……。 どうしてその竜は、私にそんな感情を抱く……」
「アンタがこの竜の持ち主だからだ……」
 そして、翔は初めて「その事実」をデリーターに伝えた。デリーターは、一度はピクリと反応するも、すぐに元の表情に戻って、言葉を続け始めた。
「違うな……。 そんな訳が無い……」
「――違わない」
「私は……、昔から、ファイガ様に、仕えて、いた……」
 デリーターの言葉が、途切れ途切れになってきていた。彼の頭で、彼が追ってきた「何か」が、ノイズとして駆け回っているからだ。
「――そんな訳無い!」
「そもそも私、は――」

 目の前にいる竜を見ているだけで、少しずつ自分の中の「何か」が癒されていくのを、彼は感じ取っていた。だが、やはりこれも、彼は受け入れたくなかった。

「こんな竜……――」
 受け入れたくない思いのまま、彼は言葉を続けた。

●     ●     ●     ●     ●     ●

 いつの日のコトだろう――。

 少年は、数少ない硬貨を握り締めて、毎日かかさず行くカードショップに辿り着いた。
 少年は、その数少ない硬貨を店員に渡し、手元に置かれたカードパック1つを、慎重に選んで手に取った。
 少年は、様々な感情を巡らせながら、手に取ったカードパックを開き、中に入ったカード1枚1枚を丁寧に眺めていった。

 そして少年は、「その1枚」に出会った――。



「“冥王竜”……“ヴァンダルギオン”……?」



 この時はまだ、そのカードの効果の意味を完全には理解出来ていなかったかも知れない。
 それでも、キラキラ光るその輝きに魅かれて、迫力あるその姿に魅かれて、少年は、そのカードを大事にするコトを誓った。

●     ●     ●     ●     ●     ●

 彼の言葉に反するように、彼の瞳から涙が零れ始めた。「何か」を包み隠した漆黒の仮面を通り抜けて、彼の本当の「それ」がその涙からは見てとれた。
「――覚えて……、いな――」
 その涙のせいで彼の体は震え始めていたが、その涙も震えも受け入れずに、彼はそう言おうとした。


「――違う!!」


 否定する翔の言葉に、デリーターの途切れ途切れな言葉が、完全に途切れた。
「忘れられる訳が無い……!」
 彼の握り締められた拳に、更なる力が入っていく。
 涙を止めた有里が、アンナの支えを離れ、自分の足で立って、倒れたままのデリーター――その中にいるであろう啓太を見つめていた。





「覚えてるんだよ! どんなに忘れようとしたって、こいつはアンタの“(カード)”なんだからッ!!」





 その言葉を最後に、翔は握り締めた拳を力強く突き出した。
「“冥王竜ヴァンダルギオン”の攻撃ッ!!」
 冥王竜は、突き出された拳を見て、自身の口にエネルギーを蓄えていった。

 全てを終わらせるために――。


 全てを砕くために――。



 全てを解き放つために――。




「――冥王葬送ッッ!!!」





 放たれたその力は、啓太をデリーターへと仕立て上げたその仮面を破壊した。

啓太 LP:2900→100

 デリーターのでは無い「自分」を取り戻した啓太が、ボロボロな状態でゆっくりと立ち上がった。
「“冥王竜”……“ヴァンダルギオン”……」
 ボロボロな状態のまま、彼はゆっくりとそう口にした。
 その言葉を聞いて、翔の目の前にいた冥王竜は、先程までの哀しみを纏ったモノとは違い、喜びを纏った雄叫びを上げた。
「どうして、お前がこんな所に……?」
 小さく首を傾けて、彼は言葉を続けた。
「私が……!」
 そんな彼の姿を見て、有里が素早く手を挙げた。
「私が……、全部話します……!」
 一歩ずつ啓太に近づいていく有里を見て、翔は大きく笑った。
「……いや、ちょっとだけ待っててくれないかな……」
 そんな2人の姿を見ながらも、啓太は視線を翔に移して、そう言い切った。
 突然の彼の意外な発言に、有里は進んでいた歩みを止め、翔はその笑みを引きつらせた。
「これ、デュエル中なんだろ? どんな状態で、どんな状況かも分からないけど……、デュエルを投げ出すのは嫌なんだ」
 啓太は照れ笑いを浮かべて、そんな言葉を発した。その言葉を聞いて、翔は再びその笑みを取り戻した。
「そうだな! ――という訳で、有里はちょっとだけ待ってろ!」
 そして、翔は有里に向かってそう言い放った。そんな彼の言葉に、彼女は脹れっ面になったけれど、自分の兄の「本当のデュエル」が今から始まると思い、内心は楽しみで仕方がなかった。彼女の後ろに立っていたアンナは、やれやれと溜息をつきながらも、奥底にある感情は、有里と同様だった。
「……さて、次がオレのターン、ってコトで良いのかな?」
「おう! ――あ、オレ、神崎 翔!」
「よろしく。 オレは……、神吹 啓太だ」

翔 LP:100
  手札:0枚
   場:冥王竜ヴァンダルギオン(攻撃)

 互いの自己紹介を終わらせると、啓太はデッキの上からカードを1枚引いた。それから少しの間、自分の墓地ゾーンや相手のフィールドを改めて確認すると、意を決したように引いたカードを場に出した。
「オレは、“金華猫”を召喚! 効果で、墓地の“ミスティック・パイパー”を特殊召喚する!」
 場に出されたカードから、白い小さな化け猫が姿を現した。そして、その猫に導かれるように新たに、笛を携えた笛吹き人が姿を現した。
「“ミスティック・パイパー”?」
「どうやら、いつの間にか墓地に行ってたみたいだな」
 翔の驚いた表情に、啓太は小さく笑ってそう答えた。

金華猫
スピリットモンスター
星1/闇属性/獣族/攻 400/守 200
このカードは特殊召喚できない。
召喚・リバースしたターンのエンドフェイズ時に持ち主の手札に戻る。
このカードが召喚・リバースした時、
自分の墓地に存在するレベル1のモンスター1体を
自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
このカードがフィールド上から離れた時、
この効果で特殊召喚したモンスターをゲームから除外する。

「そして、“ミスティック・パイパー”の効果発動! リリースするコトで、カードを1枚ドローする!」
 その啓太の言葉を受けて、先程姿を現した笛吹き人は、自らの笛を奏でながら、その姿を光の粒子へと変えた。その粒子に導かれて、啓太はカードを1枚引き、そのカードを翔にも見せた。
「引いたカードは、“バトルフェーダー”! よって、更にカードを1枚ドローする!」
 翔に見せた後、再び彼はカードを引いた。

ミスティック・パイパー
効果モンスター
星1/光属性/魔法使い族/攻 0/守 0
このカードをリリースして発動する。
自分のデッキからカードを1枚ドローする。
この効果でドローしたカードをお互いに確認し、
レベル1モンスターだった場合、自分はカードをもう1枚ドローする。
「ミスティック・パイパー」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 そして、引いたカードを翔に見せる必要も無いと判断したのか、そのままそのカードをデュエルディスクに差し込んだ。
「発動させるから、確認の必要は無いな! ――“エネミーコントローラー”ッ!!」
 差し込まれたカードを受けて、啓太の目の前に巨大なコントローラーが姿を現した。そのコントローラーから伸びたケーブルは、一瞬の内に翔の目の前にいた冥王竜を捉え、啓太の場の猫の消滅と同時に、その冥王竜を操り始めた。
「“エネミーコントローラー”の効果で、“冥王竜ヴァンダルギオン”のコントロールを得た」
 そう言いながら、自分の場に君臨し続ける冥王竜を、啓太は静かに眺めていた。
 おかえり、とでも言いたげなその瞳は、先程のデリーターであった時の瞳と、似ても似つかない位に澄んでいた。

エネミーコントローラー
速攻魔法
次の効果から1つを選択して発動する。
●相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の表示形式を変更する。
●自分フィールド上に存在するモンスター1体をリリースして発動する。
このターンのエンドフェイズ時まで、相手フィールド上に表側表示で存在する
モンスター1体のコントロールを得る。

「これで終わりだ! ――“冥王竜ヴァンダルギオン”の攻撃っっ!!」
 その瞳を保ったまま、啓太は自身の右手を大きく広げて前に突き出した。
 冥王竜は、その攻撃宣言を待ち侘びていたかのように、大きな咆哮を上げると、自身の口から溜めたエネルギーを放出した。
「甘いッ! 墓地の“ネクロ・ガードナー”の効果により、このカードをゲームから除外するコトで、相手の攻撃を無効にする!」
 だが、そのエネルギーを受け止めるべく、翔の目の前に、頑丈な鎧で身を包んだ戦士が半透明な姿で現れた。そして、冥王竜から放たれたエネルギーを完全に受け止めきると、その姿は瞬く間に消えていった。

ネクロ・ガードナー
効果モンスター
星3/闇属性/戦士族/攻 600/守1300
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。

「まだまだ! こんなトコで、待ちに待った“ホントのデュエル”を終わらせてたまるか!!」
 翔は笑顔のまま、そう叫んでみせた。
 その叫びに応えるように、啓太は小さく笑って、自分のターンを終えた。

啓太 LP:100
   手札:1枚
    場:無し

 彼の宣言と共に、コントローラーとそれから伸びるケーブルが消滅し、冥王竜は翔の場に戻って行った。そんな竜の姿を、彼は少しだけ哀しげな表情をしながら見送っていた。
「良かった……」
「何がだ?」
「――いや、こっちの話だ」
 そう言って、翔はデッキの上からカードを1枚引いた。
「それにしても、さっきの“ネクロ・ガードナー”、いつ墓地に送ったんだい?」
 カードを手札に加えた翔の姿に、首を傾けて啓太はそう聞いた。

 どうやら、デリーターとしてデュエルしてきた時の記憶は、無くなっているようだった。

 それに気付いた翔は、小さく笑った。
「――どうやら、いつの間にか墓地に行ってたみたいだ」
「そうか……」
 翔の言葉に、彼がそう言った理由を理解した啓太は、フッ――と笑ってそう答えた。
「オレは、手札のカードをセットし、“冥王竜ヴァンダルギオン”で攻撃だ!」
 啓太の答えを聞くと同時に、翔は手札のカードを場に出し、攻撃宣言を唱えた。
「悪いな。 オレもだが、このデュエル……、何故だか終わらせたくないんだ!」
 翔の攻撃宣言をかき消すように、啓太はそう言って、自分の手札のカードを場に出した。当然翔もまた、そのカードが何なのかを理解していた。
「“バトルフェーダー”! このカードの効果で、このターンのバトルフェイズを終了させる」

バトルフェーダー
効果モンスター
星1/闇属性/悪魔族/攻 0/守 0
相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動する事ができる。
このカードを手札から特殊召喚し、バトルフェイズを終了する。
この効果で特殊召喚したこのカードは、
フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。

 啓太の場に出たモンスターは、振り子のような形をしていた。振り子のようなそのモンスターは、その形通り、振り子時計のように時を告げる鐘を鳴らし、翔のバトルフェイズ終了を示した。
「オレはこれで、ターンエンドだな」

翔 LP:100
  手札:0枚
   場:冥王竜ヴァンダルギオン(攻撃)、リバース1枚

 翔のターンエンドを聞き、啓太がカードを引いている中、有里とアンナは、彼等のデュエルをじっと見つめていた。
「凄い……。 お互いにライフは100しかないのに、一歩も譲り合わない……!」
 彼等のデュエルを見ながら、アンナは思わず言葉を発していた。
「……良かった」
 アンナの言葉を聞いて、有里は小さな声でそう言った。
「何が?」
「――ううん、こっちの話」
 そう言って、彼女はアンナに対して小さく笑った。その笑みの意味をアンナは理解出来ず、首を傾けるだけであった。

「オレは、手札から“サイバー・ヴァリー”を召喚! 効果でこのカードと“バトルフェーダー”をゲームから除外し、カードを2枚ドローする!」
 有里とアンナの会話を余所に、啓太は、新たに出した小さな機械龍と、振り子のモンスターが描かれたカードを除外すると、デッキの上から更にカードを2枚引いた。
「そして、手札から“ブラック・ホール”発動!」
 やがて放たれた光をも閉ざした重力の塊は、翔の場にいた冥王竜を飲み込み、破壊してしまった。

ブラック・ホール
通常魔法
フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。

 冥王竜の砕け散っていく姿に、「哀しみ」さえ見せる啓太ではあったが、すぐさま竜を救うべく、手札のカードをデュエルディスクに差し込んだ。
「その後、“死者蘇生”のカードで、“冥王竜ヴァンダルギオン”を復活させる!」

死者蘇生
通常魔法
自分または相手の墓地に存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。

 発動した十字架の輝きに導かれて、啓太の背後で冥王竜が復活すると、冥王竜はその存在感を存分に発揮し、翔を威圧した。
 その竜の放つ威圧感を受けて、彼は思わず苦笑いを浮かべた。有里とのデュエルで見たモノとも違い、ましてや、自分が先程出した時のモノとも違ったその威圧感は、まさしく「本物」が繰り出す「本物の“魂”」だと実感出来た。
「……久しぶりだな、“ヴァンダルギオン”……」
 そんな翔の感情とは別に、啓太は懐かしさを感じながら、背後の冥王竜に声をかけた。その声に応えるように、冥王竜は小さく雄叫びを上げた。
「さぁ、行くぞ! “冥王竜ヴァンダルギオン”の攻撃ッ!!」

 そして、「本物」が放たれた――。



「――冥王葬送ッッ!!!」



 放たれたその一撃に対し、翔は怯えながらも、その怯えを超越した楽しさを感じ取っていた。
「リバースカード――“ガード・ブロック”!!」

ガード・ブロック
通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 冥王竜の一撃によって辺りが爆発する中、翔の周りだけがその防御壁によって守られていた。
「このカードの効果で、オレはカードを1枚ドローする」
 その防御壁の消滅と共に、彼はカードを1枚引いた。

「す、凄い……!」
 冥王竜の一撃をすぐそばで見つめていた有里が、思わずそう言った。自分の今まで見てきたそれよりも、遥かに重く強大なそれは、彼女の心を掴んで離さなかった。

「オレはこれで、ターンエンドだな」
 未だ止めを刺すことの出来ない状況に、啓太は溜息を1つついて、そう言った。

啓太 LP:100
   手札:0枚
    場:冥王竜ヴァンダルギオン(攻撃)

 彼の言葉を受けて、自分のターンとなった翔が、カードを1枚引き手に取った。
「そろそろ決着をつけよう」
「…あぁ、そうだな……」
 引いたカードから視線を離し、啓太を見つめて、翔はそう言った。啓太もまた、彼の言葉に応じるように、小さく笑った。
「オレは、カードを2枚伏せてターンエンドだ――」

翔 LP:100
  手札:0枚
   場:リバース2枚

 翔の場に、2枚の伏せられたカードが出現した。
 それらのカードを見つめながら、啓太はカードを1枚引いた。
「それじゃあ、ラストと行こうか! ――“ヴァンダルギオン”で攻撃だッ!!」
 引いたカードを見つめて、再び小さく笑うと、彼は右手を前に突き出した。その動作に応えるように、冥王竜はその巨大な翼を羽ばたかせ、ゆっくりと上空へと舞い上がっていった。そして、遥か高みから翔を見下ろすようにしながら、その一撃を竜は放った。
「オレは、“リビングデッドの呼び声”を発動させる! 蘇れ! ――“アルカナ ナイトジョーカー”ッ!!」
 放たれた竜の一撃に動じるコト無く、彼は自分が伏せた1枚目のカードを起動させた。そのカードの効力を受け、彼の目の前に、先程光の粒子となって消滅した天位の騎士が再び姿を現した。

リビングデッドの呼び声
永続罠
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

 姿を現した天位の騎士がその剣を構えても尚、冥王竜はその一撃を止めようとはしなかった。自身の主の勝利の為に、自身の喜びをこの場にいる全ての者達に見せつける為に――。
「一緒に勝とう、“ヴァンダルギオン”! ――手札から“収縮”を発動する!!」
 冥王竜の攻撃を後押しするべく、啓太は手札の最後の1枚をデュエルディスクに差し込んだ。
 そのカードの効果を受けて、翔の目の前にいた天位の騎士が半分位の大きさにまで縮んでしまった。

収縮
速攻魔法
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターの元々の攻撃力はエンドフェイズ時まで半分になる。

「これで、オレの――」
「あぁ、オレの勝ちだ! それにチェーンしてリバースカード――“収縮”発動ッ!!」
 啓太の言葉を遮って、翔もまた、啓太の発動したカードと全く同じカードを発動させた。
 そのカードの効果を受けて、啓太の目の前にいた冥王竜が半分位の大きさにまで縮んでしまった。

 縮みながらも、彼等の切り札である2体のモンスターは、その攻撃を止めるコトは無かった。
 冥王竜から放たれたエネルギーを、天位の騎士は、自身の剣で真っ向からかき消すと、遥か上空にまで飛び上がり、そこで佇んでいた冥王竜を切り裂いた。切り裂かれた冥王竜が、上空から落下していく中、天位の騎士は元の大きさに戻りながら、翔の目の前に颯爽と降り立った。

啓太 LP:100→0

「ありがとう。 良いデュエルだった」
 啓太が言った翔と冥王竜への感謝の言葉を最後に、翔と啓太のデュエルの幕が閉じた――。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 その後、状況を理解していなかった啓太に、有里は全てを話した。だが彼女は、全てを理解してもらえるとは初めから思っていなかった。それでも、彼女は話を止めなかった。やがて、自分が啓太の妹であるコトを伝えた。
「……へ? 妹?」
「あの、その……、一応……そうです……」
 突然の有里の発言で、思わず目を点にしてしまった啓太に対して、彼女は多少の照れを交えながら、小さく頷いた。
「そうか、妹か。 ……悪いな。 多分、すぐには受け入れられないかも知れない」
「あ、はい、それは……分かってます。 だから……、大丈夫、です……」
 啓太の言葉に、有里は肩を竦めた。そんな彼女の姿を見ていた啓太は、彼女の頭に自分の手を乗せた。優しく、彼女を慰めるように……。
「まぁ、何とかなるだろ。 すぐには無理だけど、弟とか妹とか欲しいって思ってたから」
 そして、彼は満面の笑みを有里に見せた。彼女はそれを嬉しく感じ、乗せられた彼の手に、絶対の安心感を覚えた。
 そんな2人の姿に、翔は嬉しくなって、意識していないのに笑みを浮かべてしまった。だが、すぐに何かを思い出したかのように、表情を真剣なモノへと変えた。
「……よし、それじゃあアンナ、オレ達は先に」
「えぇ、そうね。 もう時間が無い……」
 声を最小限にして、翔とアンナは時間を確認すると、最上階へと向かおうとした。
「……ファイガだけは……、絶対に許せない……!」
 怒りの言葉を放った翔に気付き、啓太が突然、彼の袖を掴み、彼とアンナの歩みを止めた。
「ファイガ……? 今、ファイガと言ったのか……!?」
「あぁ。 アイツだけは……、アイツだけはもう絶対に許せない!!」
 啓太の疑問に答えた翔は、その言葉を行ったコトで、更なる怒りを滾らせていた。だが、そんな彼の感情とは全く別の感情を啓太は抱き、彼は頭を深々と下げた。
「頼む! アイツを……、ファイガを助けてやってくれ!」
「へ……?」
「それ、どういう意味だ?」
 深々と下げられた啓太の頭を見て、隣にいた有里は頭にクエスチョンマークを浮かべ、翔もまた驚きを隠せずにいた。
「違うんだ……! アイツが悪いんじゃないんだ……! 悪いのは全部――」
 頭を下げたまま、啓太は話し続けた。

 だが、彼の言葉を遮るように、彼等の背後から誰かの足音が1つだけ聞こえた――。

「オイオイ、何“そっち側”についてるんだよ」
 邪悪な笑みが、彼等に語りかけてきた。
 その刹那、邪悪な笑みの背後から「闇の龍」が姿を現し、その龍は、体中に生えた鋭く尖った刃状の物の内の1つを放った。放たれたそれの軌道線上にいたのは、邪悪な笑みに一歩遅れて気付いた有里だった。当然、遅れて気付いたのも重なって、彼女はそれを避けられるだけの状態では無かった。
「「有里ッ!!」」
 翔とアンナが同時に叫び、同時に彼女の下へと向かうものの、「闇の龍」の攻撃より一歩遅れた2人の言動であった。


 2人が間に会う前に、龍の刃が刺さり、赤黒い液体が辺り一面に飛び散った。やがて、その液体から来る独特な鉄のような臭いが、この階層全体を包み込んでいった。


「ガッ……ァアッ……」
 龍の一撃を受けて、その痛みに耐えられなくなった「彼」は、零れるような声を出した。
「えっ……?」
 そんな声を聞いて、自分がその攻撃を受けていないコトに有里は気付いた。その後、自分にかかったその液体を感じ取り、ゆっくりと顔を上げると、そこには……。
「良かっ…た……。 お前が、無事で……」
「おにっ……、えっ……!?」
 彼女が状況を理解するのに、一瞬の間があった。その状況を離れて見ていた翔もアンナも、同じくらいの間があったコトだろう。


 そこには、立つのも辛くなり、膝を地面につけた「啓太」がいた。


「デリーターに当たったか……。 ここで1人くらい消しておければ良かったんだがな……」
 邪悪な笑み――ファイガの表情が、何も感じるコトの無い冷たいモノに変わった。
「ファイ……ガァ……!」
 刺さったその箇所を両手で押さえながら、啓太はその言葉だけを発して倒れてしまった。
 痛みで歪んだ彼の苦しむ表情を見ながらも、ファイガの表情が変化するコトは無かった。
「お前にはもう用は無い――」
 その言葉だけを残して、ファイガは彼に背を向けた。





「ファイガァアアアアアアアアアアアッ!!!」





 啓太へのファイガの態度に、完全に怒りを爆発させた翔が、そんな叫びを上げた。そのままファイガに喰ってかかろうとする彼ではあったが、そんな彼を、ギリギリの所で意識を保ったままでいた啓太が止めた。
「もう時間が無いぞ……? 来るなら早く来いよ、クリア――」
 最後の言葉を翔は聞き取るコトが出来なかった。だが、ファイガは翔の怒りを楽しむようにしながら、再びその姿を消した。
 そんな中、有里は啓太を支え、ドロドロのそれが流れ続ける箇所を押さえ続けていた。だが、一向にそれが止まる気配は無く、彼女の服はもう赤で染まっていた。
「翔……、って言ったよな……?」
「ダメだよ、喋ったら!」
「……そうだ……」
 有里の言葉を無視して、翔の袖を掴んで離そうとしない啓太は、そう言って言葉を続け始めた。翔も、そんな彼の姿にどうしていいか分からないまま、彼の言葉に返事をした。
「ファイガを……、止めてくれ……! アイツは、あんな奴じゃなかったんだ……。 ここに流れ着いて困っていたオレを、アイツは助けてくれたんだ……。 だから……、アイツを……」
 話し続ける啓太を、有里は何度も止めようとするものの、彼を何と呼んで良いのか分からず、止めるコトが出来ないでいた。
「あぁ、分かった……」
 止めるコトの出来ない有里を見つめながら、翔は再び啓太の言葉に返事をした。そんな彼の返事に、啓太は苦しみながらも笑って見せた。そして、何かを思い出したように、彼は自分のデュエルディスクに置かれていたカード1枚を手に取った。
「そうだ、これ……。 このカードをお前に……。 オレの“魂”だ……。 大切に使ってくれよ……」
 そう言って、彼は手に取ったカード――「冥王竜ヴァンダルギオン」を、自分の傷口を押さえてくれていた有里に提示した。
 だが、彼女は首を横に振ってそれを受け取ろうとはしなかった。そんなコトよりも、彼女は彼を助けるのを優先し、傷口を押さえ続けていたのだ。そんな彼女の姿を見て、彼はその竜のカードを彼女の胸ポケットにそっと入れた。
「オレの“魂”を……、お前に託す……!」
「どうして私なんかに……?」
 啓太の力強い言葉に、彼女は震える声でそう聞いた。
 彼女の瞳から流れる涙が、啓太の顔にぽたりと落ち、彼の傷口から流れるそれとゆっくりと混ざった。
「オレの妹なんだろ? それ以上に…、理由は必要無い筈だぞ……。 有里――」
 やがて、啓太の言葉と意識が途切れた……。
「ぅ……あぁ……、お兄ちゃんッ!!
 有里はやっと、啓太を呼ぶコトが出来た。だが、もう遅かった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 涙を流し続け、啓太を抱いて離そうとしない有里を置いて、翔とアンナは最上階への階段をゆっくりと登っていた。
「なぁ、アンナ……」
「何……?」
 そんな中、怒りを消し去れない翔の言葉が、その静けさをかき消した。
「お前は、“あの龍”を知っているのか?」
「……それ、どういう意味?」
「……気になったのは、神也との会話からだ」
 怒りの中、何故だか頭が冴えていくのを疑問に思いながら、彼は言葉を続けた。
「アイツは第1部隊の1人が死ぬのを見たと言っていた。 だからおそらく、他の奴等も同じ目に遭ったし、それをやったのはファイガだろう。 ……でもそこで、1つの疑問が生まれるんだ」
 その言葉と共に、彼はゆっくりと目を閉じ、記憶に残ったある人物との会話を思い返していた。
「どうやってアイツは、そんなコトが出来たんだ?」
「……」
 彼のその疑問に、アンナは何も発言しようとしなかった。
「デュエルの結果でならそれは分かる。 感情でダメージが決まるこの世界だ。 アイツのあのイカれた感情なら、多分殺すコトも可能だろうな。 だけど、どう考えても、神也の見た光景はデュエルでも何でもない筈だ」
「そうかもね」
 アンナはやっと発言するも、何処かこの話題を流そうとするような印象を翔は感じた。
「つまり、デュエル以外での現実への干渉ってコトになる。 それって……、精霊の持ってる“現実干渉能力”なんじゃないか?」
「……ッ!」
 怒りのぶつけ場所が変わろうとするのを感じながら、翔はその歩みを止めた。そして、自分の後ろについて来ていたアンナの方を見た。
「アイツは、“邪神”には“現実干渉能力”は無いと言っていた。 確かに、それが嘘の可能性もある。 ――でも、アイツが出したあの龍からは、“邪神”の威圧感は感じられなったんだ……」
「……それで?」
 アンナは翔と視線を合わせようとしなかった。
「もしかして、精霊は6体じゃ無いんじゃないか? そして、あの闇に染まった龍が“7体目の精霊”――」
 翔の言葉は終わった。だが、アンナの言葉は始まろうとはしなかった。
「何か隠しているのか、アンナ?」
「……私は……」
「オレはお前を、信じて良いんだよな?」
 翔のその瞳を、アンナはゆっくりと見つめた。その彼女の表情には、何かを決意したモノが感じ取れた。
「精霊に関しては、いずれ話す時が来ると思うから、その時まではまだ……。 ――でも……、これだけは言える」
 そう言って、アンナは言葉を続けた。
 その言葉を、翔は目を閉じて静かに受け止めると、ゆっくりと目を開け、先を急いだ。





「ようこそ、“永遠の城(エンドレス・キャッスル)”最上階へ――」





 禍々しい形状をした椅子に座ったファイガが、最上階へと辿り着いた翔とアンナに、その邪悪な笑みを再び浮かべた。




続く...




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