レジェンズ メモリアル

製作者:ハーピィ・ダンディさん




この物語は原作のバトルシティから14年経った童実野町が舞台です。とは言うものの、作者はGXを見たことが無いので色々と設定が食い違う部分があるかもしれません。そのあたりはご了承ください。(おそらく『カードの精霊』の存在などがこの物語ではおかしいと思います。)ルールは完全にOCG準拠です。モンスターの攻撃名のセンスには目をつむってください。



登場人物

破月 響(はづき きょう)
右目にかかった長い黒髪が特徴の主人公。17歳。ポーカーフェイスで口数が多くないため、冷めた人間と思われがちだが、割と天然な部分があり憎めないタイプ。長身で容姿がいいため、結構女子から人気があるがあまり異性に興味を示さない。両親を8年前に無くしている。デュエルの腕はかなりのもので、魔術師をメインにしたトリッキーなビートダウンを戦術とする。また、彼も『カードの精霊』を見ることができる。

瑞刃 玲二(みずは れいじ)
赤いバンダナ、茶髪ロンゲが特徴的な響の幼なじみ。17歳。見た目は軟派だが以外と柔軟性のある人付き合いをする。デュエルの腕は響に劣らない。戦士によるパワフルなビートダウンを好む。

伊吹 有紗 (いぶき ありさ)
第二章で登場するこの物語のメインヒロイン。16歳。北欧系のハーフで少し癖のついたショートの金髪と、クランベリーを連想させる淡紅色の瞳が特徴の美少女。ある事情で再び童実野町に戻ってきた。穏和な性格で自己主張が少ないが、デュエルのプレイングはかなり上手い。『天空の聖域』をメインにした天使族で相手を圧倒する。

神馬 麗奈 (じんば れな)
転校してきたばかりの有紗と真っ先に友達となった少女。17歳。響や玲二と絡むことも多い。赤みがかったロングヘアーが印象的でけっこう可愛い顔をしているが、はっきりと自分の意見を言うため、気弱な男子からは敬遠されがちである。デッキは風属性の鳥獣族を使う。粗は目立つがプレイングはなかなかのもの。

『魔導戦士 ブレイカー』 (まどうせんし ぶれいかー)
響の主力モンスターであり、『カードの精霊』。かなり前から響の相棒として共にデュエルを制してきた。響の良き理解者であったりもする。その出会いにはある秘密が・・・

井野場 (いのば)
第一章に登場する使い捨てキャラ。特徴といった特徴が無いのが特徴。響の引き立て役になるために出現する。デッキ構築、プレイングともに下の下。運が良ければまた登場する・・・・かも・・。



第一章 【開闢】

「・・・『ブレイカー』、ダイレクトアタック。」
ダゴッ!!
「どわああっ!!」
心地よい晴れ空の下、昼休みのグラウンドに短い爆音と悲痛な悲鳴が響きわたる。
「うぉう・・ま・・・負けた・・・」
悲鳴の主は地に伏せ、その相手は悲鳴の主に歩みよる。

「・・・じゃあな。」

そう言うと、向きも変えずにそのまま去っていった。



バトルシティ終了後、決闘者に憧れ、彼らと同じ道を志す者が後を絶たなかった。その結果、『M&W』は全国的な社会現象となり、全国に多くの決闘者を生み出した。それと同時にデュエルアカデミアを筆頭に多くの決闘者育成機関も生み出すこととなる。
そして・・・



バトルシティから14年たった今も決闘者たちの熱は冷めることは無かった――。




童実野町。かつてバトルシティが行われたこの町にこの学校はあった。
『童実野高校』
至って普通の高校であるこの学校は全くと言っていいほど他と変わらない。生徒は普通に勉学に努め、普通に学園生活を過ごしている。――そして他校と変わらぬように決闘盤を身に付け決闘(デュエル)に勤しむのだ。
・・・今や決闘は文化の一つとして扱われるようになった。言い換えれば決闘は『百人一首』の位置づけに近い。授業の科目として扱われるほどにその存在は大きくなっていた。実際、授業時間以外は生徒のほとんどが決闘する。そう、ついさっきグラウンドでも・・・


「おーいっ、響っ!」
悲鳴の主の相手は赤いバンダナを付けた軟派そうな少年に玄関の靴だなで声をかけられた。悲鳴の主の相手・・・破月響(はづききょう)は声をかけた少年のほうに振り返る。
「・・玲二。」
瑞刃玲二(みずはれいじ)。軟派赤バンダナの名前である。
「見てたぜさっきのデュエル・・・ノーダメージクリアとはすげぇじゃねーか。」
気さくに話しかける玲二。2人は幼なじみである。この2人、タイプはかなり違うが仲がいいことで有名だ
「大したこと無い。あいつは単純すぎだ。」
そう言って響は右目にかかっている黒く長い前髪を少し横へ流した。その下からは黒とは対照的な白く端正な顔をのぞかせる。
「まぁ確かにな。あいつお前のリバースに4回はかかってたし・・・ってゆーかもう昼休み終わるぜ。次デュエル理論のテストだったよな?」
「そうだ・・・。『ドラゴン・ウォリアーの融合素材は?』」
「『戦士ダイ・グレファー+スピリット・ドラゴン』だっけか?」
「・・・正解。行くか。」

・・・これがバトルシティから14年たった彼らの日常である。

「ふぃ〜・・やっとおわったぜ〜。」
放課後。2時間連続のデュエル理論テストが終わり、玲二は大きく欠伸をした。と、すぐに響の元へ行き、戦況の確認をする。
「どーよ戦況は?オレはほとんど埋まったぜ。」
「難しい問題は無かったからな。」
得意げに話したことに玲二は少し後悔した。
「・・そーですよねぇ!響くんの得意科目ですものねぇ!こんちくしょうめ!」
「まぁな。」
嫌みを言ってもこの始末。
「ちぇー・・まぁいいや。早く帰ろうぜ。『GONAMI』にも寄ってきたいし。」
「・・『GONAMI』か・・。いいな。」
「OK。いこうぜ。」
そう言って教室を出る。すると

「いたっ!見つけたぞ!!」

響の目の前にいきなり何者かが立ちふさがった。特徴といった特徴が見あたらないなんとも印象の薄い少年である。
「・・・どうした少年A。」
印象の薄さを形容し、響はそう彼を呼んだ。
「違う!井野場(いのば)だ!」
井野場というのは、少年Aの苗字である。名はまだ無い。(というかこれから先もずっと無い予定)この少年、昼休みに響とデュエルしてコテンパンにされた悲鳴の主である。
「おいお前!もう一回俺とデュエルしろ!」
いきり立って井野場という名の悲鳴の主は決闘盤を腕に取り付ける。
「・・・もう勝負はついたはずだ。」
そう言って響は軽く溜息をついた。
「あんなの偶然だ!お前の引きが良すぎて俺の引きが悪かったんだ!そうでもなけりゃパーフェクト負けなんてするはずがないだろ!」
どうやらパーフェクト負けがよほど悔しかったようだ。玲二が響に耳打ちする。
「(おい・・・どうすんだよ・・?)」
「(説得するより闘ったほうが早い。)・・わかった。場所を移すぞ。」

そうして響たちはまたグラウンドに移動した。グラウンドには何人かデュエルしている生徒が見られた。
「・・・言っておくが、『アレ』はもう無いぞ?」
「ふん、関係ないね。今回は俺のプライドのためにデュエルするんだからな。」
「・・・・やれやれだな・・少年A。」
「少年Aって呼ぶな!いくぞ!デュエル!!」

響  :8000
井野場:8000

「俺の先攻!ドロー!」
先攻は井野場からだ。
「『レッド・サイクロプス』攻撃表示!ターン終了だ!」
井野場の前になんとも屈強な赤い悪魔が出現する。目を血走らせ、本物だったらいつ襲ってきてもおかしくないくらいに興奮している。


『レッド・サイクロプス』 
闇 悪魔族 レベル4 ATK/1800 DEF/1700
効果なし


「俺のターン。ドロー。」
ドローカードを確認し、カードを決闘盤にセットしていく。
「モンスターセット。さらにリバースカードを一枚セット。ターン終了。」
赤い悪魔の目の前に現れたのは横になったカードの壁であった。裏側表示なのでなにが伏せてあるのかは分からない。
「ドロー!
俺はさらに場にモンスターを増やす!『ギル・ガース』召喚!」


『ギル・ガース』
闇 悪魔族 レベル4 ATK/1800 DEF/1200 
効果なし


「いくぞ!『レッド・サイクロプス』でセットカードに攻撃!」
痺れを切らしたかのようにすさまじい勢いで『レッド・サイクロプス』はセットカードに突進する。
「・・・・・・。」
セットされたモンスターの表示が表になり、正体が明かされた。その瞬間、カードの絵柄が立体幻像化される。
ドゴンッ!
鈍い音を立て吹っ飛んだのは、勢いよく突っ込んだはずの『レッド・サイクロプス』だった。
「こっ・・これは・・」
響のモンスターは・・・いや、コレはモンスターと呼べるのだろうか?モンスターと言うよりは巨壁という形容のほうがしっくりくるだろう。
「・・・『王立魔法図書館』。」


『王立魔法図書館』
光 魔法使い族 レベル4 ATK/   0 DEF/2000 
自分または相手が魔法を発動する度に、このカードに魔力カウンターを1個乗せる(最大3個まで)。このカードの魔力カウンターを3個取り除く事で、デッキからカードを1枚ドローする。


『レッド・サイクロプス』がぶつかったものは、大きな大きな本棚だった。
「反射ダメージだ。」
すると井野場の上に本棚から大量の本が滝のように流れ落ちる。
どさどさどさどさ・・・・・・
「おうっ・・!」
井野場:8000→7800
本の山に埋もれる井野場。学校の図書館で本当に起こりそうなシチュエーションで滑稽でありながら結構コワイ。
「くっ・・くそっ・・ターン終了だ・・・。」
井野場の侵攻は本棚という壁に阻まれ終了した。
「ドロー。
 ・・・『熟練の黒魔術師』を手札から召喚する。」
黒衣に身を包んだ魔導師がフィールドに召喚される。見た目は地味だがかなり能力値が高いモンスターである。


『熟練の黒魔術師』
闇 魔法使い族 レベル4 ATK/1900 DEF/1700
自分または相手が魔法を発動する度に、このカードに魔力カウンターを1個乗せる(最大3個まで)。魔力カウンターが3個乗っている状態のこのカードを生け贄に捧げる事で、自分の手札・デッキ・墓地から『ブラック・マジシャン』を1体特殊召喚する。


「なっ、何!?」
いきなりのハイステータスモンスターに井野場は動揺した。初心者丸出しである。
「『黒魔術師』の攻撃、同時にリバースカード『マジシャンズ・サークル』を発動する。」


『マジシャンズ・サークル』
通常罠
魔法使い族モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。お互いに自分のデッキから攻撃力2000以下の魔法使い族モンスター1体を選択し、それぞれ自分のフィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する。


「俺はこの効果でもう1枚『黒魔術師』を特殊召喚する。」
魔法陣が出現し、そこから黒衣の魔導師がもう1体召喚される。
「お前もモンスターを特殊召喚しなければならない。」
「うっ・・・・。」
井野場は『魔法使い族』をデッキから探した。
「うまくやれば、この状況をひっくり返せるだろうな。・・・・尤も、お前が出せるカードは『聖なる魔術師』しかないと思うが。」
「・・・・・!!」


『聖なる魔術師(セイント・マジシャン)』
光 魔法使い族 レベル1 ATK/ 300 DEF/ 400
リバース:自分の墓地から魔法カードを一枚選択する。選択したカードを自分の手札に加える。


響の言う通り、いくら探しても出せるカードは『聖なる魔術師』以外見つからない。井野場のフィールドにも魔法陣が出現し、その貧弱な魔術師は強制的に召喚された。しかも無防備な攻撃表示である。
「(し、しまった・・・!さっきのデュエルでデッキを把握されてる!でも・・・こいつとはまだ1回しか・・・・!)」
井野場はすでにパニックを起こし始めていた。
「『黒魔術師』2体でモンスターにアタック。」

――魔導波!

「うおおおっ!」
井野場:7800→7700→6100
『黒魔術師』の魔法攻撃により、『聖なる魔術師』と『ギル・ガース』は跡形も無く消し飛んだ。
「俺はカードをセットし、ターン終了だ。」
「・・くうっ・・。」
井野場の手札には逆転の一手となるカードはない。手札は5枚もあるのだが、『幻惑の巻物』『レアゴールド・アーマー』『本陣強襲』『ダーク・ネクロフィア』『悪夢の鉄檻』・・・・・。少しデッキ構築を見直したほうがいいという気がしないでもない。
「ど・・・ドロー!・・・・っ!!」
井野場の表情が大きく変化する。
「(『カオスポッド』!俺はまだツイてるぞ!)」


『カオスポッド』
地 岩石族   レベル3 ATK/ 800 DEF/ 700
リバース:お互いにフィールド上モンスターカードを持ち主のデッキに加えてシャッフルする。その後デッキに加えた数と同数のモンスターカードが出るまでお互いデッキの一番上からカードをめくり、レベル4以下のモンスターを裏側守備表示でフィールド上に特殊召喚する。それ以外のカードは全て墓地に捨てる。


純正ビートダウンである彼のデッキコンセプトとはあまりあっていないが、確かに逆転の可能性が高いリセットカードである。
「俺はモンスターをセット、『レッド・サイクロプス』を守備表示にし、さらに手札から『悪夢の鉄檻』発動!!」


『悪夢の鉄檻』
通常魔法
全てのモンスターは(相手ターンで数えて)2ターンの間攻撃できない。2ターン後このカードを破壊する。


響とそのモンスターは漆黒の檻に囚われる。
「(ヤツがモンスターを増やし始めたらコイツをリバースしてフィールドもデッキもメチャクチャにしてやる!)ターン終了だ!」
「・・・俺のターン。」
鉄檻に囚われても、響の表情は全く変わらない。普段からポーカーフェイスな彼はどんな状況にあっても滅多に表情を変えないことで有名なのだ。しかし・・・。
「ドロー・・・・・・・・・・・」
短い沈黙。
・・・・・・・・・ふぁさっ・・・・。
「(おっ・・・・響の勝ちだなこりゃ・・・。)」
2人のデュエルを見ていた玲二は、響の『右目にかかった髪をかき上げる仕草』を見逃さなかった。
「・・・『魔導戦士 ブレイカー』を召喚。」
沈黙を破りフィールドに現れたのは紅き鎧の戦士。
「な・・・『ブレイカー』だと!?」


『魔導戦士 ブレイカー』
闇 魔法使い族 レベル4 ATK/1600 DEF/1000
このカードが召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを1個乗せる(最大1個まで)。このカードに乗っている魔力カウンター1個につき、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。また、その魔力カウンターを1個取り除く事で、フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊する。


グラウンドでこのモンスターにフィニッシュされた井野場にとっては、悪夢の再来以外の何物でも無かった。
「『ブレイカー』効果発動。」
その言葉に呼応し、深紅の魔法剣士は高々と剣を掲げる。その剣の先にあるのは、漆黒の檻であった。剣が眩いばかりの光を放つ。そして

――マナ・ブレイク!

鋭い光線が剣から放たれ、堅牢な鉄檻を一瞬にして切り裂いた。魔力により、檻は砂塵と化す。
「て・・・鉄檻が消えた・・。」
「さらにリバースカードオープン、『ディメンション・マジック』発動。」
響のフィールドに奇妙な棺が出現する。


『ディメンション・マジック』
速攻魔法
自分フィールド上に魔法使い族モンスターが表側表示で存在する場合に発動する事ができる。自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げ、手札から魔法使い族モンスター1体を特殊召喚する。その後、フィールド上のモンスター1体を破壊する事ができる。


「『王立魔法図書館』を生け贄に捧げる。」
棺の扉が開き、巨大な本棚は質量を無視して人一人ほどしかないそれに勢いよく吸い込まれた。
「モンスター特殊召喚。『サイバネティック・マジシャン』。」
再び棺の扉が開き、本棚の代わりに現れたのは全身白ずくめの魔法使いだった。その端正な容貌は女性受けが良さそうである。


『サイバネティック・マジシャン』
光 魔法使い族 レベル6 ATK/2400 DEF/1000
手札を1枚捨てる。このターンのエンドフェイズ時まで、フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力は2000になる。


「最後に『ディメンション・マジック』の効果でセットカードを破壊する。」
「なっ・・・・・!」
『サイバネティック・マジシャン』の杖から光球が放たれ、セットされた『カオスポッド』に直撃する。『カオスポッド』は表になることなく舞台から退場した。
「そんな・・・こ・・・こんな事って・・・」
完全に抵抗手段を潰された井野場の顔にはもう敗色しか浮かんでいなかった。だが、響はお構いなしに絶望の淵へと追い込んでいく。
「手札から『魔法の操り人形』を捨て、『サイバネティック・マジシャン』の効果発動。『ブレイカー』の攻撃力を2000にする。」
『サイバネティック・マジシャン』が奇妙な呪文を唱え始める。すると、『ブレイカー』が光球に包まれた。

――サイバネティック・コンバート!

光球が破裂し、中から『ブレイカー』が姿を現す。見た目に変化は無かったが、確かにパワーアップしていた。

『魔導戦士 ブレイカー』ATK/1600→ATK/2000

井野場はもう絶句するしかなかった。
「『黒魔術師』、『レッド・サイクロプス』にアタック。」
紅い一つ目の魔人は魔術師の呪文の前に呆気なく崩れ去る。

グオオオオオオオオオオッ!!

魔人の断末魔は、井野場の敗北宣告でもあった。
「あ・・あわ・・・」
「『黒魔術師』『サイバネティック・マジシャン』、プレイヤーにダイレクトアタック。」

――魔導波!
――サイバネティック・イリミネイション!

「おわっだあああっ!!」
井野場:6100→4200→1800
響は静かに呟く。
「・・・ゲームセットだ。」


「(あ・・・あれ・・・このシチュエーション・・どこかで・・・・)」
切ない記憶が井野場の頭にフラッシュバックする。


「・・・『ブレイカー』、ダイレクトアタック。」


「(そうだ・・・昼休みの・・・グラウンドだったっけ・・・・今日の・・・・)」


――ソウル・ブレイカー!


「(・・・ははっ・・・わかってたんだよ・・・俺がこういうキャラだってのは・・・・)」


ダゴッ!!


「どわああっ!!」


――――歴史は再び繰り返された。


「(もし・・・次に出番があったら・・・・少しくらい・・・・活躍したい・・・・)」


井野場:1800→0

井野場の切なる願いは叶えられる日がくるのだろうか・・・?いや、多分こないだろう。




「いや〜・・圧勝だったな。」
放課後の帰り道、玲二が言う。
「・・・少年Aは分かりやすすぎる。あれでは顔にカードイラストが映っているのと同じだ。」
ポーカーフェイスは戦いの基本。響はそう言いたいようだった。
「ハハッ、確かにな。・・・つーかさ・・・思ったんだけど、なんであいつと昼休みにデュエルしたんだ?」
玲二にはそれが不思議だった。響と井野場はクラスが違うだけでなく、実はそれまでお互いの顔もしらなかったからだ。
「・・・あいつと『DXフルーツ生クリームパン』の取り合いになったんだ。」

『DXフルーツ生クリームパン』。
購買部で毎週木曜日に販売される個数限定パンのことで、フルーツと生クリームの絶妙なハーモニーとダブルビッグ○ックもびっくりなボリュームが女子から大人気の名物パンである。響はこう見えてもかなりの甘党で、本来女子しか買うことのないこのパンを買う数少ない男子として購買部から知られているのだ。


事の経緯はこうだ。

「(まずいな・・・2分も授業が長引くとは・・・・。)」
ポーカーフェイス破月響は、ポーカーフェイスで焦っていた。4時間目の授業が長引いてしまったのだ。
購買に到着すると、ブツの周りには既に何十と人が集っていた。しかも前述のとおり、ほとんどが女子である。
「(くっ・・・もう戦いは始まっているのか・・・。)」
いつもは戦いの始まる前にはブツを入手している響にとって、この事態は不覚であった。
「(・・・だが・・こんなところで負ける訳にはいかん!!)」
響は女の海へと突入した。その勢い猛虎の如く、である。
――きゃあっ!
――ちょっ、押さないでよっ!
女子の非難にも全くひるむことなく、響は確実にブツへと歩を進める。
「(4・・3・・・まずい・・・2・・・・・)」
響はついに目的地に到達した。
「(ラスト1・・・・・そこだっ!!)」
響は最後のソレに手を伸ばす。

ガッ、ガシッ!

「(・・・・むっ・・!)」
確かに響は最後のパンを掴んでいる。が、掴んでいる手はもう一つある。その掴んでいる手を辿っていくと、特徴といった特徴が見あたらないなんとも印象の薄い少年が響をにらんでいた。井野場登場である。
「・・・・少年A、俺が先にこのパンを掴んだはずだ。」
「なんだと!?俺のほうが早いぜ!」
2人とも一歩も引くことはない。パンが無くなったので周りに人はいなくなっていた。
「なら、俺とデュエルだ!勝ったほうがパンをゲット、それでどうだ?」
井野場は言った。
「・・・・・いいだろう。」
「よーし、じゃあグラウンドまでついてこい!」

どんどん一人で歩いていく井野場。
その後ろで響が勝利の笑みを浮かべてるのには気がつかなかった。


「・・・というワケだ。」
「お前・・・あんまイメージと違う事すんなよ・・。」
玲二は多少げんなりした。
「・・・・ま、お前らしいっちゃお前らしいな。イメージと実際は違うってことで。」
「そういうことだ。さて、『GONAMI』にいくぞ。」
「おっす。いこうぜー。」



――こうして彼らの一日は終わっていく。代わり映えのない日常が過ぎていく。

しかし、そんな彼らの生活にも変化が起ころうとしていた――。

第一章 complete





「・・・ここ、昔と全然変わってないね・・。」


童実野高校校門前。早朝。


「・・あ・・・そっか。ここに来るの初めてだっけ・・・。」


童実野高校の制服を着た少女が一人立っている。まだ予鈴が鳴るのにも早すぎる時間帯だ。


「・・なんか・・・・・緊張するな・・。」


彼女はまだこの学校の生徒ではない。これからここの生徒となる少女なのだ。


「・・えっ・・・?・・うん・・そうだよね・・。」


辺りに人がいたら彼女に不審、あるいは好奇の目を向ける事だろう。前述の通り、彼女は一人で校門前に立っているのだ。


「・・・ありがと・・うん・・・大丈夫だよ・・・。」


周りには誰一人いない。少女は一人で話し続ける。


「・・・・ちょっと早すぎたね。コンビニにでも行こうかな・・。」


少女は校門に背を向け、そこから立ち去る。それでも彼女は話すのをやめなかった。




その少女の手の中には、一枚のカードが有るだけである――――。




第二章  【独り言】

「響くん、玲二!ニュースニュース!!」

AM8:10。
「おっ、どーしたよ麗奈。朝っぱらからハイテンションじゃん。」
少女は気さくに2人に話しかける。彼女は2人と高校入学以来のつき合いなのだ。
「ふふん・・・・今日なんと!我が2−Dに転校生が来るのですよ!」
ロングの赤毛が印象的な少女、神馬麗奈(じんばれな)は言う。その目には星が映っているようだった。
「へぇー、マジで?」
「・・・・お約束な展開だな。」
彼女の予想に反し、響はともかく玲二にまで軽い反応をされたことが麗奈には少し不愉快だった。
「・・ちょっとぉー、なによその冷めたリアクションは!だいたい『お約束』ってどうゆう意味!?」
「作者の構想力を疑わざるを得ないということだ。」
「???」
響には全てお見通しのようだ。作者は反省している。
「麗奈、俺にとって転校生が来るかどうかは問題じゃねー。・・・・問題なのはそれが『ムサい野郎かキュートな女の子か』ってことだろ?」
思春期真っ只中の玲二にとってはソレが最優先事項なのだ。
「それはアンタだけでしょ。まったく・・・アンタみたいに余裕の無い男は一生彼女できないわよ?」
麗奈の言葉が無防備な玲二のハートにダイレクトアタックした。


玲二ハート:8000→1400


「・・・・・・結構ダメージでかいぜ・・・・・・・・・・。」

このダメージでは立ち直るのは難しいだろう。



そんな2人を後目に響は一人、物思いにふけっていた。




コーンキーンカーンコーン・・・・。


しばらく雑談していると、HR開始のチャイムが鳴る。それに少し遅れて若くてガタイのいい男が教壇についた。白のタンクトップが眩しい。
「よーし日直、朝の挨拶だ。」
彼の号令により、日直は一番始めの仕事を済ます。彼の名は小徒間紅蓮(おずまぐれん)。
元自衛隊出身の体育教師、兼2−Dの担任である。

「(グレファーのやつ、今日もタンクトップだよ・・。)」
「(まだ5月だぜ・・・よくやるよな・・・。)」

クラスの誰かが呟く。
『グレファー』とは小徒間の愛称である。体格、顔、髪型、さらには着ている服まで『戦士 ダイ・グレファー』にそっくりなため、生徒はもちろん、教師の間でもこの愛称で呼ばれている。よって、『小徒間紅蓮』の名がこの学校で使われることはほとんど無い。(というわけで、彼の表記はこれから『グレファー』とする。)
「さて・・突然だが俺らのクラスに転校生が来ることになった。」
「(来たーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!)」
予想通りの展開にニヤけまくる麗奈。
「男子は喜べ・・・転校生は女子だ!」

おおおっ!

教室中の男子の歓声があがる。
「おい響、女の子だぜ!ガール!!期待しないで待ってた甲斐があったってもんだ!」
響の左隣に座っている玲二の態度も180度変わる。
「・・・喜ぶのはまだ早いだろう・・・?」
「バーカ、女の子で転校生っつったらカワイイってきまってるんだよ!」
誰が決めたかは分からないが少なくとも玲二の中ではそうなっているらしい。響は適当に玲二の話に合わせていたが、実際のところ、転校生にはほとんど興味を持っていなかった。

「静まれー!ウルサイと転校生が入ってこれないぞ!」

グレファーの一喝で教室は静寂を取り戻す。このクラス、統制はばっちりとれているようだ。

「・・・それじゃあ入ってくれ。」

教室のドアに視線が集中する。

からららららっ・・・

遠慮がちに扉が開く。その瞬間、男子中心にどよめきが起こった。




「おぃ、パツキンだぜ!?」

「欧米か!?」

「つーかかわいくね?」

「俺、運命を感じる・・・・。」




少し癖のついたショートの金髪、透き通るような白い肌、整った目鼻立ち。彼女は『美少女』と形容するには十分すぎる存在であった。瞳の色もクランベリーを連想させるような淡紅色のため、他国の血が混ざっていることは容易に想像がつく。
「静かにしろ!自己紹介できなくて困ってるだろうが!!」
グレファーの一喝により、再び場は静まりかえる。まさに『覇者の一括(決して一喝ではない)』というところだろう。
「・・・じゃ、自己紹介してくれ。」
「は、はい。」
少女は小綺麗な字で自分の名前を黒板に書いた。
「いっ『伊吹有紗(いぶきありさ)』といいます。えと・・・よろしくお願いします。」
「彼女は家庭の都合でアメリカから日本に来ている。でも育ちは日本だから帰国子女ってことになるな。お前ら、仲良くしてやれよ?」
『帰国子女』。その単語に再び教室は色めき立つ。
「さて、伊吹の席はどうするかな・・・・。」
クラス中の男子が臨戦態勢に入る。あいつもこいつもあの席をただ一つねらっているのである。このクラスで一番の美人の隣を。
・・・・ただ一人を除いては、だが。


「・・・・破月の隣でいいか。空いてるし。」




ええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇーーっ!!



「ぅおう・・・・。」
割れんばかりの大ブーイングで、今まで自分の世界に入っていた響は元の世界に戻ってくる。


「伊吹はまだ教科書を持ってないからしばらくお前が見せてやれ。いいな?」
「・・・・・はあ・・・・わかりました。」
有紗は響の右隣の席に座る。響は周りから殺気を感じていたものの、なぜ自分が殺気を受けているのかはわかっていなかった。


「あ、あの・・・・よろしくね。」
小声で響に挨拶する有紗。
「・・・・・・・・・・・ああ。」
「あ・・うん・・・ねぇ、名前教えて?」
「・・・・・・・破月響だ・・・。」
「そ、そうなんだ・・・じゃあ『響くん』って呼んでいいかな?」
「・・・好きにするといい。」
「あ・・・う・・・・うん・・。」
転校初日でこんなヤツの隣になってしまった日には泣き寝入りしたくなるだろう。実際、有紗はかなり戸惑っていた。見かねた玲二が助け船を出す。
「あー、こいつ初対面の女の子にはいつもこうなんだ。ホントは結構おもしろいヤツなんだぜ?」
「そ・・そうなの?」
響は自分がおもしろいつもりはなかった。
「そうそう。
あっ俺、玲二!瑞刃玲二ね!困った時はコイツより役に立つんでヨロシク!」
ついでに玲二はアプローチをかける。
「あっ・・ありがとう・・。」
(この状況から抜け出せて)嬉しかったらしい。有紗は玲二に微笑みかけた。

ニコッ



「(うっわああああああああああああっ!やべぇ、カワイイ!!)」




チュドーーーーーーーーーーーーーーーーーン・・・・・・・。





玲二ハート:8000→0




「(・・・ああ・・・今死んだら・・笑って死ねるだろうな・・・・・)」



そんな事を思いながら、1ターンキルされた玲二は悶絶するのだった。







PM5:20
「・・・・・・ふう・・。」
ここは響の自宅。そのリビングルームのソファに彼は座っていた。
「(・・・・・・・デッキ調整でもするか・・・・。)」
響はカバンから決闘盤を取り出す。ホルダーからデッキをはずし、一枚一枚丁寧に確認していく。響にとってはこの時間がとても大事な時間なのだ。

その作業中、彼はあまり開くことのない口を開いた。


「・・ああ・・・・問題ない・・・いつも通りだった・・・」


彼はこの中流住宅に一人で住んでいる。


「・・・いや・・・・そういえば転校生が来たな・・・・・。」


8年前、両親を事故で亡くしたのだ。だから、この家には今彼しかいない。


「・・ふっ・・・まあそういうことだ・・。」


この家には今彼しかいない。


「・・・わかってる・・もう少しうまくやってみるさ・・・。」


一人で話し続ける響。まるで誰かと話しているかのようだ。それが30分近く続く。


「・・・・・明日は数学の小テストがあるんだ・・・ああ・・またな・・・。」


そう言うと、響はホルダーにデッキを戻す。



そして彼は決闘とはまた違う戦いに備え、数式を頭にたたき込むのだった。

第二章 complete





AM11:50
4時間目。クラスの空気は張りつめていた。
口を開く者は誰もいない。
ただペンの滑る音だけがこの空間を支配している。


この時間、2−Dでは数学の小テストが行われていた。


カリカリカリカリと机を引っ掻く音があちこちから聞こえてくる。みんな真剣だ。
小テストといっても規模はそれほど小さくなく、これでしくじると評定に小さくないダメージを食らうことになる。普段デュエルにだけ没頭している者はここで教師から吊し上げられてしまうのだ。
彼らの学園生活は決してデュエルだけで成り立っている訳ではない。学業という立派な本分を忘れてはならないのである。

「(・・・・ゲームセット・・・か・・・。)」

一夜漬けが功を奏したか、響はほとんどの問題をクリアしていた。二次方程式と式の証明の応用は解いていないが、元々解くつもりはなかったため、そこでペンをおく。
これだけ解いていれば7割くらいはいくだろう――そう判断したためでもある。要するに妥協だ。彼は基本的にものぐさなのである。

「(・・・・・・・・暇だ・・・・・・・・・・・・・・・・。)」

まだテスト終了まで20分近くある。退屈になった響は周りの状況を確認することにした。

「(・・左の様子は・・・・・・)」

左を向くと、玲二がこの世の終わりを見るような顔をして答案を見つめていた。ペンはピクリとも動いていない。おそらく今の彼の心境は手札がないときに『八汰烏』の攻撃を受けてしまったときのものと変わらないだろう。

「(・・・ご愁傷様だな・・・・とりあえず勉強しろよ・・・さて、右は・・・・・)」

「・・・・・・・・・・・すぅ・・・・・・・・・・・すぅ・・・・・・・」


そこにはすやすやと熟睡している有紗がいた。堂々と寝息を立てて眠っている有紗をみて、若干面食らう響。そういえば、テスト開始10分後にはすでに隣からは物音一つしていなかった気がする。

「(・・・見た目ほど頭は良くないのか・・・?)」

そう思い、響は寝ている有紗の答案を点検する響。

「(・・・・・・・!・・・こ、これは・・・・・・・)」

予想外の光景に自分の目を疑った。
この短時間のうちに全ての問題が完璧に解かれているのだ。見たこともないような記号や数式がびっしりと余白を埋めている。ソレはすでに√やθの次元を遙かに越えていた。
もはや、響には答案に書かれてるソレを解読することすらかなわなかった。

「(・・・こいつ・・・・エーリアンか・・・・・?)」

有紗の能力が地球で培われたものか疑いながら、響は再びペンを取った。







――ちなみに、有紗のテストの点数は満点だったらしい。
同時に、もう一人満点を取った者がいたらしいが………詳しくは不明である。







第三章 【熾天使】
PM1:20
童実野高校のグラウンドの外れには、体育館とはまた違った建物がある。

『デュエルホール』。

その名の通り、デュエルを行うための特別施設である。

この時間、2−Dの生徒は実技デュエルの授業を行うため、ここを訪れていた。

「さーて、楽しい楽しい実技デュエルの時間だ。」

『先生 ダイ・グレファー』が言う。体育教師は実技デュエルも兼任しているのだ。

「今日もいつも通り好きな者同士組んでデュエルしてくれ。」

この授業の内容は至って単純、グレファーが言った通り『好きな者同士が適当に組んでデュエルをする』か、『そのデュエルを見学する』かどちらかである。
教師は基本的にデュエルに介入してこないので、サボろうと思えば簡単にサボれる授業なのだが、サボろうとする生徒はまずいない。これで生徒たちがいかにこのカードゲームに熱を上げているかがわかるだろう。
開始宣言から10秒も経たないうちに、生徒のほとんどがペアを作り、デュエルを始めていた。


「ううん・・・どうしよう・・いきなり出遅れちゃった・・・。」


その中で、伊吹有紗はなかなか対戦相手を見つけられないでいた。

当然といえば当然だ。気の知れた仲間がいるのならばその人と組めばいいのだろうが、転校生である彼女にはそんな相手はいないのだ。
うろうろと辺りを徘徊する有紗。かれこれ5分くらいそうしているような気がするが、それでもやっぱり相手は見つからない。
仕方がないので今回は見学しようと決心した、そのときだった。

「あっ、いたいた!おーい!ありさっ!」

自分を呼ぶ軽快な声。
有紗がその声がした方を向くと、そこには赤みがかったロングヘアーの少女――神馬麗奈が遠くから手を振っていた。

「あっ、麗奈ちゃん。」

「どお、有紗。相手見つかった?」

有紗に歩み寄りながら、麗奈はそう聞いた。

「ううん…まだ…。」

有紗は若干落ち込んだ様子でそう言うと、麗奈は「ふぅん」と小さく言った。

「まぁ転校してきたばっかだもんねぇ……じゃあさ、わたしとデュエルしない?」

「えっ……?いいの?」

「とーぜんっ!ってゆーか、もう約束の相手ともデュエル終わっちゃって、この後わたしも相手いないのよね〜。やっぱ実技デュエルの授業なんだし、デュエルしないで見学とかつまんないじゃん?」

そういいながら、ディスクのオートシャッフル機能を起動させる麗奈。ホルダーの中でシャカシャカとカードが複雑に混ざり合う音が響く。

「それに、有紗がどんなデュエルするのか気になるしさ。いいでしょ?」

「うっ、うん……!」

首を縦に振り、喜びの表情をあらわにする有紗。

「フフン、じゃ、キマリ!あっ、あっちのスペース空いてるっぽいね。いこいこー!」

有紗の手を引いて、麗奈は空きスペースへ走る。


その後ろで、有紗はとても嬉しそうな、救われたような顔をしていた――――。



――――――。

―――――――――。

――――――――――――。



「有紗、準備OK?」

デュエルフィールドの上、有紗の向こう側で麗奈が言った。

「うん、大丈夫……ごめんね、待たせちゃって。」

「いーのいーの。てゆーかわたしが早く準備してただけだしさ。」

シャッフルも万全、デッキも問題なし。お互いにスタンバイは完了した。

「じゃ、始めるわよ〜……」


後はデュエルの開始宣言をするのみ………だったのだが――――


「ちょ……ちょっと待てえぇぇーーーーーーーーーーいっ!!」


「ひゃっ!」「わっっ!!」

唐突に飛んできたでかい声が開始宣言を中断させた。
声がした方を向く2人。そこには筋肉魔神ダイ・グレファー先生がいた。

「な、なんですかグレファー先生、そんなでかい声だして!マジでビビるじゃないですか!」

声の主、『先生 ダイ・グレファー』を怒る麗奈。「すまんすまん」とグレファーは頭をかきながら2人に謝った。

「いや、実はな、伊吹のデュエリストレベルの測定をまだしてなかったんだ。」

「えっ・・測定・・・?」

「あ、そっか。有紗、まだ転校してきたばっかだもんね。」

月に一度、デュエルの能力の指標となるデュエリストレベルが測定されるのだ。

「・・・でもそれだったら別に相手はわたしでもよくないですか?」

「いや・・・・もう一人測定を受けてない奴がいてな・・・。」

グレファーの表情が曇った。それを見て麗奈は何かを悟る。

「えっ・・・まさか『あいつ』とやらせるんですか!?」

「ああ・・・・転校早々いきなり『あいつ』の相手をさせるのは忍びないんだが。」

「冗談じゃないですよ!転校早々あんなやつとデュエルしたら登校拒否になっちゃいますよ!!」

麗奈が声を荒げる。正体不明の『あいつ』の存在に恐怖を感じる有紗。


「おうコラぁ・・・『あんなやつ』たぁ随分なご挨拶じゃねぇか?麗奈さんよぉ・・・。」


どこからともなく図太い声が聞こえてくる。麗奈ははっとしてその声がする方を向いた。


そこに立っていたのは有紗のふたまわりは大きいであろう大男だった。角刈りの頭を真っ赤に染め、鼻、耳、口、まぶたにピアスを付けたいかにも危険な男である。


「・・・黒澤・・・。」

麗奈がその声の主をにらみ付ける。

「グレファーよぉ、転校生が相手っつってたが・・コイツか?」

ずい、と大男は有紗の顔に自分の顔を近づける。有紗は思わず小さい悲鳴を上げて後ずさりした。

「そうだ。その娘がお前の相手だ。」

「ほおぉ・・いいのかい?もう二度とデュエルする気が起きなくなるかもしれねえぜぇ?」

大男のふざけた態度に麗奈は激昂した。

「ちょっとアンタ!ふざけるのもいい加減に・・・・・」


激昂する麗奈をグレファーが制止する。


「先生っ・・・!」

「大丈夫だ。」

「!?」

唐突なグレファーの言葉に麗奈は言葉を失った。

「伊吹、問題ないな?」
グレファーの問いかけに有紗は少し躊躇する。が、その答えはすぐに返ってきた。

「・・はい。大丈夫、できます。」

「よし・・・じゃあはじめるぞ!位置に着け!」



――――――。

―――――――――。

――――――――――――。




「(グレファー先生が言ってた・・・・『大丈夫』ってどういう事なの・・・?)」

麗奈には不可解だった。

この男・・・黒澤邦一(くろさわくにかず)の傍若無人っぷりをよく理解しているからだ。

たまに実技デュエルの時間に学校に現れては自分よりも弱い相手を叩きのめし、負けた相手からは容赦なくカードを没収する。それでありながらデュエルの腕も立つので彼に泣かされた者は数知れない。そんな相手に転校してきたばかりの少女を相手させるグレファーの神経を麗奈は疑わずにはいられなかった。

「あの筋肉バカグレファー……有紗になにかあったらどうするつもりなのよ……。」



――――――。

―――――――――。

――――――――――――。



一方その頃・・・・・・。

「・・・俺の相手は・・・やっぱり玲二か・・・」

「とーぜんだろ〜?オマエと言ったら俺、俺と言ったらオマエだからな!」

「・・・なんだそりゃ・・・。」

有紗たちと離れた位置では響と玲二のデュエルが行われていた。お互いにシャッフルを終え、準備は完了。

「前回は負けちまったけど、今回は俺が勝つぜ。なんてったって前々回と前々々々々回は俺が勝ってんだからな。」

「・・・・そのパターンだと今回は俺の勝ちになるんじゃないか・・・?」

「アレ・・?・・・そうだな・・・・」

脳内でパターンの確認をする玲二。



――――うん、確かに響の言うとおり………



「・・・・ってダメじゃん俺!と、とにかく、とにかくだ!今回勝つのは俺なんだっつーの!わかったか!」

「・・・お前、なんか言ってることがメチャクチャだぞ・・・・意気込むのはいいけど、俺は負けてやる気はないからな・・・・。」

「へっ、言ってろい!さっきのテストじゃモロに不覚をとったけどな・・・デュエルじゃそうはいかないぜ!俺の先攻、ドロー!」


響  :4000
玲二 :4000


「いっくぜー!俺は『盲信するゴブリン』を攻撃表示で召喚!さらにカードを1枚セットしてターン終了だ!」

玲二のフィールドに褐色の肌をしたゴブリン戦士が出現する。



『盲信するゴブリン』
地 戦士族 レベル4 ATK/1800 DEF/1500
このカードは表側表示でフィールド上に存在する限り、コントロールを変更する事はできない。



「(・・・・工事現場の親父みたいだな・・・・・。)」

これは、『盲信するゴブリン』の顔を見た響の感想である。お世辞にも美形とはいえないその武骨な(悪く言えば親父くさい)容貌は、周りで観戦している女生徒の失笑を買っていた。
とはいえ、『盲信』の名のごとくコントロールを奪取されることがない事、下級モンスターにしては高めの攻撃力から、なかなか堅実なモンスターと言えるだろう。


「・・俺のターン、ドロー・・・。」

しかし、響の手札にはそれよりもさらに攻撃力の高いモンスター、『熟練の黒魔術師』が存在していた。



『熟練の黒魔術師』
闇 魔法使い族 レベル4 ATK/1900 DEF/1700
自分または相手が魔法を発動する度に、このカードに魔力カウンターを1個乗せる(最大3個まで)。魔力カウンターが3個乗っている状態のこのカードを生け贄に捧げる事で、自分の手札・デッキ・墓地から『ブラック・マジシャン』を1体特殊召喚する。



「・・・・・・俺は手札から『熟練の黒魔術師』を召喚する・・・『黒魔術師』で『盲信するゴブリン』に攻撃だ・・・。」

召喚されるや否や、自らの杖を『ゴブリン』に向ける『黒魔術師』。ここで玲二のモンスターを破壊することができれば、確実に痛手を負わせることができる。

しかし、相手はこのクラスの上位デュエリストの玲二だ。そう簡単に攻撃は通らなかった。

「へへっ、残念だったな!ダメージステップに罠カード発動っ!『鎖付き爆弾』!!」



『鎖付き爆弾(鎖付きダイナマイト)』
通常罠
このカードは攻撃力500ポイントアップの装備カードとなり、自分フィールド上のモンスターに装備する。装備カードとなったこのカードが他のカードの効果で破壊された場合、
全フィールド上からカード1枚を選択し破壊する。



「こいつを『盲信するゴブリン』に装備するぜ!」


『盲信するゴブリン』ATK/1800→2300


刹那、『ゴブリン』に爆弾(ダイナマイト)を先端に括り付けた奇妙な鎖が装備される。攻撃力増強の装備罠カード、一瞬にして優劣が逆転した。

「・・・・っ・・!」

『黒魔術師』の詠唱よりも速く、『ゴブリン』の手元から鎖が放たれる。
鎖は『黒魔術師』の身体を絡め取り、その動きを完全に封じた。

「いっけぇっ!返り討ちだっ!」

こうなってしまってはもはや『まな板の上の鯉』である。
『ゴブリン』は猛然と相手との距離を詰め、手にした剣を勢いよく振り下ろす。


――信・忠・殺!


「・・く・・・・・・」

響 :4000→3600

剛直な剣の一閃は魔術師の身体をいともたやすく両断する。表情に乏しい響の顔に冷や汗が浮かんだ。

「おいおーい、どーしたよ?いきなりこんなトラップにかかっちまうなんて、らしくねーじゃん?」

「・・・・・・お前のリバースカードを発動させるためにわざと罠にかかってやったんだ・・・まだ俺のターンは終わっていない・・・手札を1枚捨て、手札から『THE トリッキー』を守備表示で特殊召喚する・・・・。」



『THE トリッキー』
風 魔法使い族 レベル5 ATK/2000 DEF/1200
手札を1枚捨てることで、このカードを手札から特殊召喚する。



響のフィールドに胡散臭い手品師のような風貌の魔法使いが特殊召喚された。手札1枚を代価にすることで手札から特殊召喚することができるという、見た目通り風変わりな効果を持ったモンスターだ。
恐らく、『聖なるバリア―ミラーフォース―』等の全体除去の保険としてとっておいたのだろう。

「・・・さらにリバースカードを2枚セット・・・ターン終了だ・・・。」

「へへっ、俺のターンだな・・・ドロー!」

勢いよくデッキからカードをドローする玲二。そして、ドローしたカードを確認すると、そのままディスクにたたきつけた。

「『強欲な壺』を発動するぜ!デッキからカードを2枚ドローだ!」



『強欲な壺』
通常魔法
自分のデッキからカードを2枚ドローする。



「・・・・っ・・・・ここで『強欲な壺』か・・・」

「さらに手札からモンスター、『ゴブリン突撃部隊』を召喚だぜ!」



『ゴブリン突撃部隊』
地 戦士族 レベル4 ATK/2300 DEF/   0
このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になる。次の自分のターン終了時までこのカードは表示形式を変更できない。



玲二のフィールドに武装したゴブリンの一部隊が姿を現す。
筋骨隆々のゴブリン達で埋め尽くされ、漢臭ただよう玲二のフィールド。

「・・・凄まじいな・・・。」

響はボソリと呟いた。

「よーっし・・・まずは・・・『盲信するゴブリン』で『トリッキー』に攻撃するぜ!」

玲二の攻撃宣言とともに、突進するゴブリン戦士。守備体勢をとる『トリッキー』にゴブリンの刃が迫る。

しかし、ゴブリンが対象に斬りかかるべく刃を振り上げたその瞬間――目標は姿を消した。


―――いや、正確には『隠れて見えなくなった』と言うべきか。


「なっ、何!?・・・・ってなんだこりゃあ!?」

突然の事態に驚く玲二。
玲二の眼前には魔術師の姿ではなく―――珍妙かつ巨大な手品帽が3つ鎮座していた。

「・・・・リバースカード、『マジカルシルクハット』を発動させてもらった・・・。」



『マジカルシルクハット』
通常罠
デッキからモンスター以外のカード2枚とフィールド上の自分のモンスターを1体選択し、デッキをシャッフルする。選択したカードをシャッフルし、フィールド上に裏側守備表示でセットする。デッキから選択した2枚のカードはモンスター扱い(攻・守0)となりバトルフェイズ終了時に破壊される。この効果は相手バトルフェイズにしか使えない。



「・・・この3つのシルクハットのうち、どれか1つに『THE トリッキー』が隠されている・・・『トリッキー』を倒したければ、こいつが隠れているシルクハットに攻撃してみろ・・・。」

「むうぅ・・・」

『ゴブリン突撃部隊』で攻撃し、撃破の確率を上げることもできるが、その場合『ゴブリン突撃部隊』は守備表示になってしまう。その上、『ゴブリン突撃部隊』の守備力は0。このターン限りの壁を崩すために自分の戦力を削るのはあまりに勿体ない。
実質の確率は3分の1だ。


「(右か・・・?それとも左か・・・?間をとって真ん中って事もあるよなぁ・・・って、まんまじゃねぇか俺・・・。)」

頭を抱えて悩む玲二。しかし、決断に至るまではさほど時間はかからなかった。

「・・・・よし!決めたぜ!」

ギラリと玲二の目が光る。

「俺から見て『右』だ!間違いねぇ、俺のカンがそう言ってるぜ!」

へぇ、と響は小さく呟いた。

――――当たっている。

玲二の言うとおり、『トリッキー』は右のシルクハットに隠されている。

「(・・・・『野生のカン』ってやつか・・・。)」

「よしっ、今度こそいくぜ!『右』のシルクハットに攻撃だ!『盲信するゴブリン』!!」

『アタリ』のシルクハットに再び猛進し、剣を振り上げるゴブリン戦士。

「・・・悪いな玲二・・・そのシルクハットは『アタリ』だが・・・お前に選択権は無いよ・・・。」

「なにいっ!?どういうことだ!?」

「・・・こういうことさ。リバースカードオープン・・・『つり天井』発動・・・。」



『つり天井』
全フィールド上にモンスターが4体以上存在する場合に発動する事ができる。表側表示のモンスターを全て破壊する。



ガチンッ!



響が新たなリバースカードを発動させた瞬間――天から金具の外れる音がした。


ガラララララララララッ!!


今度は車輪と鎖が擦れ合う音が・・・。


そして――――


ズウウウウウウウウウウウウウウンッ!!!


膨大な物理エネルギーが地面と衝突する音――――それが『最期』だった。

玲二のフィールドのゴブリン戦士たちは重量感溢れる天井に押しつぶされ、全滅してしまった。


「ま、マジかよっ・・!!」

真っ新になった自分のフィールドを見て、玲二は愕然とした。

『マジカルシルクハット』が発動した時点で玲二のモンスターの運命は決まっていたのだ。

『マジカルシルクハット』で『つり天井』の発動条件を無理矢理満たし、自分のモンスターだけ裏側表示にして破壊を回避した――――。

観戦していたギャラリーは響のプレイングに思わず感嘆の声を上げた。

「(モンスターは召喚しちまった・・・新しいモンスターはもう出せねえ・・・。)」

かと言って、玲二の手札に身を守る罠カードは1枚も無かった。
『ブラフ』として今一番不要な通常魔法を伏せ、ターン終了する。それが今の玲二にとって最善の策だった。

同時にシルクハットが全て消滅し、生き残った『トリッキー』がその姿を現した。

「・・・俺のターン・・・・ドロー・・。」

静かにドローし、引いたカードを確認する。

「・・・いくぞ、玲二・・・・『THE トリッキー』を生け贄に捧げ――『闇紅の魔導師』を生け贄召喚する・・・。」

『トリッキー』の身体が虚空へと消え、新たな魔術師が現れる。



『闇紅の魔導師(ダークレッド・エンチャンター)』
闇 魔法使い族 レベル6 ATK/1700 DEF/2200
このカードが召喚に成功したとき、このカードに魔力カウンターを2個乗せる。自分または相手が魔法カードを発動する度に、このカードに魔力カウンターを1個乗せる。このカードに乗っている魔力カウンター1個につき、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。また、このカードに乗っている魔力カウンターを2個取り除くことで、相手の手札をランダムに1枚捨てる。この効果は1ターンに1度しか使用できない。



赤黒い―――乾ききった血液を連想させる装束を纏った魔導師だった。
華奢な身体に端正な容貌。しかしそれとは裏腹に、その存在は強烈な威圧感と力を玲二、そしてギャラリーに感じさせていた。

「・・・『闇紅の魔導師』、効果発動・・・生け贄召喚時に自らに魔力カウンターを2個乗せ、攻撃力を600ポイントアップする・・。」


『闇紅の魔導師』Mカウンター×0→Mカウンター×2
        ATK/1700→ATK/2300


三日月の形をした杖の先端が輝く。その名の通り、闇紅(ダークレッド)に。

「・・・・・行くぞ・・・。
・・・『闇紅の魔導師』で玲二にダイレクトアタック・・・。」


――闇紅衝撃波導(ダークレッド・ショック・ウェイブ)!


「どわああっ!!!」

玲二 :4000→1700

杖から放たれた赤黒く、鋭い閃光が玲二の身体を貫通する。立体映像とはいえ、なかなか衝撃的な光景だ。

「・・・カードを1枚セットし、ターン終了だ・・・。」

「や・・やっべえ・・・俺のターン!ドロー!!」

ライフポイントを一気に半分以上削られ、焦燥する玲二。
しかし、ドローカードを見た玲二はほっと一息つくと、そのままそれをディスクに置いた。

「よしっ、『光の護封剣』を発動するぜ!」



『光の護封剣』
通常魔法
相手のフィールド上に存在する全てのモンスターを表側表示にする。このカードは発動後(相手のターンで数えて)3ターンの間フィールド上に残り続ける。このカードがフィールド上に存在する限り、相手フィールド上モンスターは攻撃宣言を行うことができない。



響のフィールドに光の剣が降り注ぎ、『闇紅の魔導師』が拘束される。3ターンもの間、相手モンスターの攻撃のみを抑制する、強力な魔法カードだ。それはまさに、土壇場での『反撃の刃』となりうる。

「・・・・っ・・『光の護封剣』か・・・・だがこの瞬間、『闇紅の魔導師』の効果が発動する・・・。」



『闇紅の魔導師』Mカウンター×2→Mカウンター×3
        ATK/2300→ATK/2600



「こ、攻撃力が上がった!?」

「・・・・『闇紅の魔導師』は魔法カードが発動する度に魔力カウンターが1個乗る・・・つまり、魔法を発動する度に攻撃力が300ポイントアップする・・・魔法の乱発はお前の首を絞めることになるぞ・・・・。」

「そうなのかよ・・・でも、動けないことに変わりはないぜ!手札からモンスター『ミスティック・ソードマン LV2』を召喚!」



『ミスティック・ソードマン LV2』
地 戦士族 レベル2 ATK/ 900 DEF/   0
裏側守備表示のモンスターを攻撃した場合、ダメージ計算を行わず裏側守備表示のままそのモンスターを破壊する。このカードがモンスターを戦闘によって破壊したターンのエンドフェイズ時、このカードを墓地に送ることで『ミスティック・ソードマン LV4』1体を手札またはデッキから特殊召喚する。



玲二のフィールドに召喚されたのは小さな体躯の少年剣士だった。青白く輝く刀、そして平安貴族の烏帽子(えぼし)を連想させる高帽子。さらに独特なフォルムの白いスーツ。『神秘(ミスティック)』と言うだけあって、風貌は名前負けしていない。
本来、セットモンスターを一撃で刈り取る能力を持つモンスターなのだが、パラメータの低さやフィールドの状況から今はその本業を果たすことは不可能だろう。生け贄要員、あるいは攻撃をしのぐ壁といったところか。

「ターンエンドっ、と。オマエのターンだぜ。」

「・・・ああ・・・・・・。」

デッキからカードを引く。が、それは『光の護封剣』を突破できるカードではなかった。

「・・・・・なら・・・・『闇紅の魔導師』のもう1つの効果を発動する・・・。」

響が宣言すると、『闇紅の魔導師』の杖の先端に赤黒い光が集中する。

「なっ、なんだぁ!?攻撃は出来ないはず――――」

狼狽する玲二に、『闇紅の魔導師』は容赦なく閃光を放つ。
閃光は光の剣をかいくぐり――――玲二の手札に直撃する。

「うわっっちぃ!!」

玲二の手札にあったカードが1枚、焼き尽くされ、墓地へと落ちた。

「・・・・・『闇紅の魔導師』の魔力カウンターを2個取り除く事で、相手の手札を1枚墓地に送ることが出来る・・・尤も、攻撃力は600下がってしまうけどな・・・。」


『闇紅の魔導師』Mカウンター×3→Mカウンター×1
        ATK/2600→ATK/2000


「うおぉ・・・マジかよぉ〜・・つーかビビったっつーの・・。」


墓地に落としたのは『早すぎた埋葬』という装備魔法カードだった。800ライフポイント払う必要があるが、墓地のモンスターを蘇生させることが出来る、強力な魔法カードだ。攻撃力を600ポイント下げるだけの価値があるカードといえるだろう。

尤も、響は手札を1枚墓地に落とすことだけが目的だった訳ではない。

響のフィールドに伏せられている罠カード。それを発動させることが響の本当の目的だった。



『魔法の筒』
通常罠
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手プレイヤーに与える。



『魔法の筒』。
相手の攻撃宣言をトリガーに発動することが出来る罠の一種である。相手攻撃モンスターの攻撃をそのまま相手のライフに直撃させるという、強力無比なカードだ。
そして、攻撃力の下がった『闇紅の魔導師』の攻撃力は2000。少し強いモンスターなら撃破できるレベルの攻撃力だ。玲二がもし『闇紅の魔導師』を撃破すべく攻撃を仕掛けたら最後――――玲二は2000ポイント以上のダメージを受け、敗北することになる。

響はエンド宣言をし、ターンを玲二に移す。
後は全て玲二次第だ。

「よ・・よ〜し、俺のターン!手札からモンスター『コマンド・ナイト』を召喚するぜ!」



『コマンド・ナイト』
炎 戦士族 レベル4 ATK/1200 DEF/1900
自分フィールド上に他のモンスターが存在する限り、相手はこのカードを攻撃対象に選択できない。また、このカードがフィールド上に存在する限り、自分の戦士族モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。



燃えるような朱の鎧を着込んだ女性騎士が玲二のフィールドに姿を現す。
彼女の装備している鎧も盾もなかなかの重量感があり、それを着こなしているところを見ると女性ながらもかなりの鍛錬を積んでいることを伺わせる。

「こいつがいる限り、俺のフィールドの戦士族モンスターの攻撃力は400ポイントアップする!」


『ミスティック・ソードマン LV2』ATK/ 900→ATK/1300

『コマンド・ナイト』ATK/1200→ATK/1600


攻撃力増強。400と言う上昇量はなかなか馬鹿にならない数字だ。
彼女の本来の能力は戦闘をすることではない。味方を支援、指揮し、戦闘を有利にすることこそが本領なのである。
とはいえその攻撃力は攻撃力の下がった『闇紅の魔導師』にも及ばない。玲二は他にすることがないのか、そのままターンを終了した。

「・・・・俺のターン・・・・ドロー・・・・。」

ドローカードを見て、響は小さくため息をついた。また『光の護封剣』を突破できるカードではなかったからだ。

「・・・・ターン終了・・・・・。」

とりあえずこのターンもなんとかしのぎ、再び一息つく玲二。と、いうものの、次のターンで『光の護封剣』の効果継続時間が終了する。ここで逆転できないと時間稼ぎをした意味が無くなってしまう。

「俺のターン、ドロー!」

ドローしたカードを確認する。
刹那、玲二はニヤリとその顔に笑みを浮かべた。

「へへ・・・やっと逆転だ・・・行くぜ、響!!手札から魔法カード、『ハリケーン』発動っ!!」

玲二がカードを発動すると、フィールドに暴風が吹き荒れる。
同時に玲二の『光の護封剣』とセットしていた『ブラフ』、響の『魔法の筒』が吹き飛ばされた。



『ハリケーン』
通常魔法
フィールド上の魔法・罠カードを全て持ち主の手札に戻す。



「(・・・・っ・・・『魔法の筒』が手札に・・・)だが、この瞬間・・・『闇紅の魔導師』の効果が発動する・・・」


『闇紅の魔導師』Mカウンター×1→Mカウンター×2
        ATK/2000→ATK/2300


「まだ行くぜ〜!手札から魔法カード『レベルアップ!』を発動!」


『レベルアップ!』
通常魔法
フィールド上に表側表示で存在する『LV』を持つモンスター1体を墓地へ送り発動する。そのカードに記されているモンスターを、召喚条件を無視して手札またはデッキから特殊召喚する。


「『ミスティック・ソードマン』進化!!デッキから『ミスティック・ソードマン LV4』特殊召喚だ!」



『ミスティック・ソードマン LV4』
地 戦士族 レベル4 ATK/1900 DEF/1600
このカードを通常召喚する場合、裏側守備表示でしか出せない。裏側守備表示のモンスターを攻撃した場合、ダメージ計算を行わず裏側守備表示のままそのモンスターを破壊する。このカードがモンスターを戦闘によって破壊したターンのエンドフェイズ時、このカードを墓地に送ることで『ミスティック・ソードマン LV6』1体を手札またはデッキから特殊召喚する。



小さな少年剣士が、見る見るうちに成長し、凛々しい青年剣士へと姿を変える。
まさに『神秘的』といえる光景だった。攻撃力も格段に上昇し、成長前のと格の違いが如実に現れている。


――――しかし。



「(・・・・『レベルアップ!』を発動したことで『闇紅の魔導師』の攻撃力はさらに上昇する・・・・。)」


『闇紅の魔導師』Mカウンター×2→Mカウンター×3
        ATK/2300→ATK/2600


玲二の不可解な行動にギャラリーがざわめき出す。進化したとはいえ、『ミスティック・ソードマン』の攻撃力は『闇紅の魔導師』の攻撃力には及ばない。それも玲二の発動した魔法によって『闇紅の魔導師』の攻撃力が上昇してしまったためである。

しかし、響は胸騒ぎを感じていた。
『ハリケーン』を発動した意味・・・それが『このターンで攻勢に出る』という玲二の意思表示だと、理解できたためだ。

「その様子だと、オマエも解ってるみてーだな?・・・いくぜ!装備魔法『融合武器ムラサメブレード』を発動っ!『ミスティック・ソードマン LV4』をパワーアップだ!!」

「・・・・っ・・・!!」

『ミスティック・ソードマン』の右腕が妖気を放った奇妙な日本刀へと変貌する。



『融合武器ムラサメブレード』
装備魔法
戦士族のみ装備可能。攻撃力が800ポイントアップする。このカードは魔法カードを破壊する効果では破壊されない。



『ミスティック・ソードマン LV4』ATK/2300→ATK/3100


「(・・・この瞬間、魔法カードが発動されたことによって『闇紅の魔導師』の攻撃力が上がる・・・だが――――!)」


『闇紅の魔導師』Mカウンター×3→Mカウンター×4
        ATK/2600→ATK/2900


足りない。『ミスティック・ソードマン』の攻撃力の上昇量に『闇紅の魔導師』の攻撃力が追いつかない。

「へへっ、攻撃力が上がるんだったらそれ以上の攻撃力で叩けばいいだけだぜ!リバースカードも『ハリケーン』で吹っ飛ばした・・・『闇紅の魔導師』に逃げ場はねぇ!」

「・・・・・・・・・!」

「いっけぇっ『ミスティック・ソードマン』っ!!『闇紅の魔導師』に攻撃だっ!!!」

右腕の『ムラサメブレード』から放たれる異様なオーラに包まれる『ミスティック・ソードマン』。玲二の号令に応え、猛然と駆け出す。その速力は、もはや人知を超えていた。

一瞬で『闇紅の魔導師』と距離を詰め、両腕に携えたそれぞれの刀を勢いよくその華奢な体躯に突き立てる。


『ハリケーン』の効果で響に対抗する手段など無い――――。

『闇紅の魔導師』を撃破した――――。


玲二も、ギャラリーもそう思った。



――――しかし。






ガキイィィィィィィィイインッ!!!






「なっ・・・なんだ・・・?」

鳴り響く、強烈な金属音。

そして、驚愕の表情をその顔に浮かべる玲二。

その目に映っていたのは、『闇紅の魔導師』の杖に剣を完全に受け止められている『ミスティック・ソードマン』の姿だった。

「なにぃ!?どーなってんだ、コレ!?」

鍔迫り合いのような形のまま、『闇紅の魔導師』が何やら呪文を唱え始める。すると、杖がダークレッドの光を纏い、その形状を変化させていく。



――――それは闇紅の大剣だった。



杖が使用者の身の丈ほどある闇紅の光の剣に変わっていたのだ。

身の危機を感じ、相手との距離を離す『ミスティック・ソードマン』。
仮面の下のその表情には狼狽の様子を隠せないようだった。
それは玲二も同じである。

「・・・反撃だ・・・行け、『闇紅の魔導師』・・・・。」

響が静かに命令を下す。それに応え、魔導師は疾走する。
『ミスティック・ソードマン』を両断すべく、闇紅の剣と化した杖を振るう。
白の剣士もその剣に合わせ、蒼白の剣をぶつけ返す。


バチイィッ!!バチッ!!バヂヂッ!!


蒼白の光と闇紅の光が何度も何度もぶつかり合い、その度に火花を散らす。

もはや、玲二にも、ギャラリーにも、今の状況を理解できなかった。

本来、魔導師であるはずの『闇紅の魔導師』が本職の剣士と刃を交えている。

いや、それ以前に、こんな戦闘が起こるはずがないのだ。
『闇紅の魔導師』の攻撃力は、確かに『ミスティック・ソードマン』よりも低かった。
さらに、リバースカードはお互いに『ハリケーン』によって手札に戻されている。



そう。



『闇紅の魔導師』は『ミスティック・ソードマン』に切り崩され、もうこの場に存在しないはずなのだ。

「な、なんなんだっつーの!オマエの方が強いハズなんだ!がんばれっ!『ミスティック・ソードマン』!!」

剣戟が止み、両者共に距離をとる。
そして、互いに気を練り、自らの武具に力を注ぐ。
増幅していく、2つの光。



この一撃で全てが決まる――――。



瞬間、2つの光がぶつかり合う。




――神秘之村雨剣(ミスティカル・ムラサメブレード)!!


――闇紅鋭刃斬(ダークレッド・シャープ・スラスト)!!




ズバンッ!!




「な・・・・う、ウソだろ・・・!!」

物質が焼き切れる音。
直後、ドサリ、と崩れ落ちる白の身体。
その場に立っていたのは、紅き魔導師の方だった。

「『ミスティック・ソードマン』が・・・破壊された!?」


玲二 :1700→1600


反撃は不可能だったはず。こんな事が起こるはずがない。

そう思い、玲二は丹念にディスクモニターで状況を確認する。その瞬間、とんでもないものが玲二の目に飛びこんできた。



『闇紅の魔導師』Mカウンター×5
        ATK/3200



「攻撃力が・・・・上がってるだとおぉぉぉっ!?!?」

『闇紅の魔導師』の攻撃力が、いつの間にか『ミスティック・ソードマン』の攻撃力を超えていたのだ。
ギャラリーがざわめく。リバースカードも無く攻撃力が上がるなど聞いたこともない。

「・・・・さて、種明かしの時間だな・・・・玲二、俺の『除外カードゾーン』を確認してみろ・・・・。」

「除外カードゾーン・・!?」

言われるままに響の除外カードゾーンをディスクモニターで確認する玲二。そこにはたった1枚だけ、緑色のカードが存在していた。

「な、なんだ?魔法カードが1枚除外されてるぜ??」

「・・・そうだ・・・装備魔法カード、『朱月の環(リング・オブ・クリムゾンルナ)』・・・そのカードが『闇紅の魔導師』に力を与えてくれたんだ・・・・・。」



『朱月の環(リング・オブ・クリムゾンルナ)』
装備魔法
魔法使い族のみ装備可能。装備モンスターの攻撃力は500ポイントアップする。また、自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、自分フィールド上の『魔力カウンターを乗せることができるカード』全てに魔力カウンターを1個乗せる。この効果は相手ターンでも発動することができる。



「・・・つまり、『ミスティック・ソードマン』の攻撃宣言に合わせて、墓地のこのカードの効果を発動し、『闇紅の魔導師』に魔力カウンターを乗せたんだ・・・よって、『闇紅の魔導師』の攻撃力は300ポイントアップし、『ミスティック・ソードマン』は返り討ちにあった・・・・。」

「お、おいおい、ちょっと待てよ。オマエこんなカード1回も発動させてねぇじゃんか。いったいいつ墓地に――――」

言いかけてハッとする玲二。
2度ほどあったのだ。この珍妙な魔法カードを墓地に送る機会が。
1つは『THE トリッキー』の特殊召喚のコストとして送られていた可能性。
そしてもう1つは――――

「『マジカルシルクハット』・・!あの時シルクハットの素材になっていたのはこのカードだったのか・・・・!!」

「・・・・そういうことだ・・尤も、お前のモンスターの攻撃力がもう少し上がっていれば、カバーしきれなかったんだけどな・・・。」

思わず嘆息する。たった1枚のカードをここまで有効活用できるものなのか、と。

「へっ、へへ・・・さすがだぜ、響・・・・だがな、まだ勝負は決まったわけじゃねーぞっ!
手札から、『光の護封剣』をもう1度発動!」

再び、光の剣にその身を拘束される『闇紅の魔導師』。


『闇紅の魔導師』Mカウンター×5→Mカウンター×6
        ATK/3200→ATK/3500


「くっ・・・・『ハリケーン』によって手札に戻したことにより・・・『光の護封剣』のターンカウントはリセットされている・・・。」

「そーゆー事だ。3ターンあれば逆転だってできる。『コマンド・ナイト』を守備表示にして、ターン終了だぜ。」

ここからまた3ターン拘束される。響は歯がみした。
玲二の言うとおり、3ターンあれば逆転の可能性は十二分にある。いつ『闇紅の魔導師』を撃破し、攻め込んでくるとも限らない。さっきの『ミスティック・ソードマン』がいい例だ。

「・・・俺のターン――――」

カードを引くべく、デッキに手を触れる。




ドクン――――




「・・・・!・・・・そうか・・・・・」



触れた瞬間、響は感じた。



あのカードが来てくれた、と。



響はデッキに触れたまま口を開いた。

「・・・・悪いな、玲二・・・・ゲームセットだ・・・・。」

「なっ・・・なにいっ!?」

突然の勝利宣言。
そして、引き抜いたカードを確認することなく、響はそのままステージへと運んだ。


「・・・・・『魔導戦士 ブレイカー』召喚・・・・。」


それは響が最も信頼する、最高のカード。


紅の鎧の魔法剣士、『魔導戦士 ブレイカー』だった。


「ま、『魔導戦士 ブレイカー』だとぉ!?このタイミングで・・・!!」



『魔導戦士 ブレイカー』
闇 魔法使い族 レベル4 ATK/1600 DEF/1000
このカードが召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを1個乗せる(最大1個まで)。このカードに乗っている魔力カウンター1個につき、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。また、その魔力カウンターを1個取り除く事で、フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊する。



「・・・・お前はこのカードを何回も見てるだろうから効果の説明は必要ないな・・・・召喚時に乗った魔力カウンターを取り除き・・・・『光の護封剣』を破壊する・・・。」


魔力によって煌めく剣を金属張りの地面に突き立てる。
その瞬間、剣に宿った魔力が地面と衝突し、炸裂した。


――マナ・ブレイク!


それは衝撃波となり、響のフィールドを拘束していた『光の護封剣』を跡形もなく消滅させる。

「・・邪魔するものは無くなったな・・・いけ、『闇紅の魔導師』、『コマンド・ナイト』に攻撃だ・・・・。」

魔力が杖に収束し、閃光が放たれる。自らの胴体を覆うほどの大盾を構える『コマンド・ナイト』。しかし、圧倒的な魔力の前には、大盾など一片の紙に等しかった。盾は一瞬にして融解し、その身体に風穴を空ける。

「・・・・いくぞ・・。
『魔導戦士 ブレイカー』、玲二にダイレクトアタック・・・・」

前髪を軽く払い攻撃宣言をする響。それに応え、魔剣士は疾走し――――


――ソウル・ブレイカー!


「うおああああああっ!!」

玲二 :1600→0

玲二にトドメの一撃を加えた。


――――――。

―――――――――。

――――――――――――。


「か〜〜!負けたぁ〜〜!パターン脱出ならずだぜ〜〜!!」

バンダナを外し、玲二は悔しそうに頭を掻いた。

「やっぱつええな〜、オマエは。」

「・・・今回は引きが良かったからな・・・あの後ブレイカーが手札にこなかったら・・・どうなっていたか解らない・・・。」

「へへっ、まぁいーや。どっちにしたって次は俺の勝ちだ。覚悟しとけよな?」

「・・・・次は俺がパターンを崩してやるさ・・・・。」

「上等だぜ・・・さーて、俺は他のヤツともう1デュエルしてくっかな〜。負けて終わったんじゃ後味わりぃしな。」

バンダナを巻き直し、その場を去ろうとする玲二。

と、その時だった。




わああああああああああーーーーーーーーー!!!!!!




割れんばかりの歓声がホールにこだまする。

「な、なんだぁ!?」

「・・・・歓声だろ・・・・」

「んなことわかってるっつーの!!ってか、マジでなにが起こったんだ?」

「あーっ!こんなトコにいた!響くーん!玲二〜!」

歓声の中でもハッキリと聞こえる声。2人が声がした方を向くと、麗奈が手を振りながらこっちに走ってくるのが見えた。

「おっ、麗奈・・・・?つーかコレは何事?」

「い、今ね、有紗があっちでデュエルしてるんだけど――――」

「マージで!?有紗ちゃんデュエルしてんの!?そーいうコトは早く言えよな〜!!」

麗奈の言葉にテンション急上昇の玲二。

「こうしちゃいられねーぜ!現場へきゅーこーだっ!!」


ハヤテのごとく走り去る。
一瞬にして玲二の姿は麗奈と響の視界から消えた。


「・・・・なにアイツ。べつにいいけど〜・・。」

やり切れない目で玲二がいたであろう場所を見つめる麗奈。

「・・・・で、有紗のデュエルがどうかしたのか・・・?」

「そうそう!それよ!」

響の質問に麗奈は嬉しそうな顔をした。『待ってました』と言わんばかりだ。

「今、有紗がデュエルしてるんだけど、相手があの黒澤なのよ!」

「・・・・へぇ・・・・」

「うっわ、リアクション薄っ・・・・なんなのよ『・・・・へぇ・・・・』って。もっと感嘆符のついたセリフとか出てこないワケ?」

「・・・・悪い・・・・」

無表情で適当に謝る響。
響にとって麗奈の話の内容がそれほど興味をそそるものでなかったから仕方ない。

「・・・しかし、転校早々、しかも初デュエルがあいつとは・・・・ついてないな・・・。」

と、いうものの、少なからず同情もした。少なくともあいつに関わってロクな目にあったヤツはいないのだから。

「わたしもそう思ったわ。あいつ、どうしようもないヤツだけど、デュエルだけは異様に強いし・・・・でも――――」

「・・・・・・?」

「とにかく来てよ!スゴいコトになってるから!」



――――――。

―――――――――。

――――――――――――。



「く・・・クソがっ・・こんな・・こんなことがあぁぁ・・・・!」

焦燥する黒澤。
誰の目から見てもその闘いは一方的だった。


「あたしのターン、ドロー!
『力の代行者 マーズ』で『冥界の魔王 ハ・デス』に攻撃!」

「ぐぼおおおおおおおおおお!」

4000の初期ライフで始まったはずのデュエル。
それにも関わらず有紗のライフポイントは7000を超えていた。


「有紗ちゃんスッゲぇ・・・!あのブタゴリラ相手にあそこまでライフ差つけるなんてな・・・!」

現場に到着し、有紗のデュエルを観戦していた玲二が感嘆の声を上げた。

「・・・玲二、あいつのフィールド魔法カード・・・・アレは『天空の聖域』だ・・・。」

隣で響が言う。
有紗のフィールドに展開される巨大な神殿。それが響の言う『天空の聖域』だ。
それは有紗を守るようにフィールドに鎮座し、神々しい光を惜しげもなく放っている。

「・・・・『天空の聖域』は天使族モンスターが受けるダメージを全て無効化する・・・同時に、『天空の聖域』と関連するカードの多くは使用者のライフポイントが大きくなればなるほど強力な力を持つ・・・だから、『天空の聖域』を主軸に戦うデッキはライフポイントを確保することが一番大事なんだ・・・・。」

そう、玲二に説明した。
有紗が従えているモンスターの1体、『力の代行者 マーズ』はそれを代表するカードだ。

「・・・あいつのライフがあそこまで回復してても不思議じゃない・・・・・だが――――」

そこまで言いかけて、言葉が止まる。
確かにライフを回復することは別段難しい事じゃない。適当にライフ回復のカードを発動すれば、ライフは普通に回復する。しかし、その回復したライフポイントを確保するというのはとても難しい事なのだ。ライフを回復すれば相手だってそれを削ろうと本気でかかってくる。それをなんとかいなし、ライフ回復することに気を取られているうちに、攻撃がおろそかになり、敗北することだって少なくない。


「あの子強いよ。黒澤が何回攻撃しても、全然ライフ減らないもん。それどころか、ターンが過ぎるたびにドンドンライフが増えてくし・・・・」

「・・・そうだな・・・並の実力じゃ、あのデッキは使いこなせない・・・」

正直、『天空の聖域』を軸にしたビートダウンは、響も噂でしか聞いたことがなかった。実物を見る事が出来るとはなかなか興味深い。麗奈に連れられてきたのも労力の無駄にはならなかったと、響は思った。

「(・・・だが・・・あのモンスターはなんだ・・・・?)」

響は有紗のフィールドに存在する1体のモンスターに目をやった。

「(・・・いや・・・・そもそもあれは・・・本当にモンスターなのか・・?)」

それは六枚三対の翼を持つ天使だった。

銀糸のようにしなやかで優美な銀髪。

芸術品のように洗練された美しい顔立ち。

聖域の光を反射して神秘的な光を放つ白銀の鎧。

それは、モンスターと呼ぶには『異質』な存在だった。あまりに美しすぎたのだ。
隣の『マーズ』と比べてもそれは明らかだ。

圧倒的な存在感。

周りの生徒の視線は、有紗と、その天使以外に注がれることはなかった。

「こ、この俺様が・・・ここまでやられるはずがぁっ・・・!!」

リバースカードもなく、壁となるモンスターもなく。
黒澤はただ呻くことしかできなかった。

「これで・・・終わり・・!『熾天使 プリザーヴ』、ダイレクトアタック!」

有紗の攻撃宣言。
畳まれていた『熾天使』の紅き翼が大きく広がり、その身体は天へと飛翔する。

手にした細身の剣が炎に包まれ、輝く。

――――そして。

限界まで剣に溜められた炎は『天からの裁き』として、黒澤に降り注ぐ――――。


――セラフィック・ブレイズ!


「いぎああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

黒澤 :→0


その闘いが終わった後も、しばらくホールのざわめきが消えることはなかった――。

第三章 complete





あのデュエルから日曜日を挟んだ二日後の月曜日。
強者である黒澤を一方的に打ち倒した有紗の名は瞬く間に広まっていた。


「2−Dに『伊吹有紗』という強くて可愛い女の子がいる。」



・・・そんな単純な噂が学年中に流れただけだったのだが、
実際彼女に会ってみると絵に描いたような美少女だったわけで――――。

「なっ・・なにこれ・・・・?」

その日の昼休み。
一目その姿を拝もうと、あわよくばそのデュエルの相手をしてもらおうと他のクラスから多くの男子生徒が有紗に会いに来ていた。



「伊吹さん!俺とデュエルしてください!」
「いや、有紗ちゃんとデュエルするのはオイラなのだ!」
「キミタチ!優先権はこの僕にこそあると思いますがね!」
「違うな・・この私こそが彼女との闘いを飾るにふさわしい人間だろう?そうだろう?」


――が、驚くべきはその数である。
それは『スカラベの大群』すら軽く凌駕するほどの大軍隊となっていたのだった。

当然、有紗も驚かないはずがない。

「え・・な、なに、なんなんですか!・・ちょっとっ、わあぁっ!!」

有紗は廊下でその人海に取り込まれてしまう。
その様子はミドリムシを補食するアメーバのようであった。
その凄まじいまでの漢熱気と漢圧迫感が有紗を襲う。

「(く・・・・苦しいっ・・・)」

あまりの漢っぽさに有紗は生命の危機を感じていた。

「(つ・・潰される・・・人肉に潰される・・・・!)」

そのときだった。

ぐしっ!

誰かが有紗の腕を掴んだ。
「(ひいっ!だ・・誰っ!?)」
慌ててその腕を見る。すると
「(あ・・あれ・・?ピンクの制服・・・?)」
それは男子の紺色の学ランではなく、桃色の女子制服だった。その腕の主が有紗に耳打ちする。

「(有紗!わたし!)」
「(!!・・・麗奈ちゃん!?)」
「(こっち!しっかりつかまってて!)」
麗奈の導くまま、2人は人海からの脱出を試みる。

「(あううっ、胸がつかえる・・・・)」
「(もうちょいよ、ファイトっ!)」

そしてついに2人は人海から抜け出すことに成功した。
そのアメーバはまだ身体からミドリムシがいなくなったことに気づいていない。

「や・・・やった!抜けたっ!ありがとう麗奈ちゃん!」
「喜ぶのはまだ早いわ!ヤツらに気づかれないうちに遠くに逃げないと!」
「う、うん!」

こうして『スーパーヒーロー』ならぬ『スーパーヒロイン神馬麗奈』に見事救出された有紗は彼女との出会いにこれ以上無いほど感謝するのだった。




ちなみに――
後にこの事件は『伊吹有紗圧殺未遂事件』と呼ばれ、童実野高校の伝説として後世まで語り継がれたという。




第四章 【精霊 前編】

「はあああぁぁぁぁぁ〜・・・なんだかなぁ・・・。」
『伊吹有紗圧殺未遂事件』からさらに二日後。
保体の時間に玲二は深い溜息をついていた。
「有紗ちゃん・・・黒澤の野郎とデュエルしてから一気に遠い存在になっちまったなぁ・・・・」
さすがに人一人を亡き者にするほど人が集まることはなくなったが、それでも有紗の人気は今だに上がり続けていた。噂では密かにファンクラブが結成されているらしい。
「・・・元々お前に近い存在ではなかっただろう・・。」
突っ込んでいるのはもちろん響である。
「そーだけどさー、これからお近づきになろうとしてたんだよ、俺は。それなのにあんなに野郎が近づくんじゃなぁ・・・。」
そういうとバスケットボールをゴールにシュートする。

シュッ         ガンッ

ボールはリングに当たってはじけ飛んだ。

「・・・だったらお前もファンクラブに入ればいいんじゃないか・・?」

シュッ         スバンッ

響のシュートはダイレクトにリングの内側を捉える。

「バーカ、取り巻きがアイドルのハートをゲットできると思うか?女ってのはなぁ、熱く男らしい漢の背中に惚れるもんなんだよ。」

玲二は再びシュートフォームをとる。


「・・・お前の背中を見ている女子はいったいどれだけいるんだろうな・・・。」


ぐっさーーーーーーーーー
玲二ハート:8000→3200


響の不意打ちを受けた玲二のボールは軌道を大きく変えてあらぬ方向へと飛んでいく。
そして・・・

ゴスッ
「いっでえ!!」

その『メテオ・ストライク』は見事、教科担任のグレファーの頭に命中した。

「・・・・やっべえ・・・!!」
場の空気が凍る。
「・・・・・・きさまあああああぁあぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
ボールが頭に当たったぐらいでマジ切れするグレファー。
その姿は『漆黒の魔王』そのものだった。
「ヒィィィィィィィィ〜!!来る来る来る来る!!!」


・・・この後玲二がとんでもないことになった事は言うまでもない。






その日の放課後。
響は教室でデッキ整理をしていた。
「(・・『ディメンション・マジック』の三枚積みは重いな・・・二枚で十分か・・。)」
最近手札事故が多くなってきたため今回の調整には力を入れているようだ。
「(代わりに何を入れようか・・・・・『魔草 マンドラゴラ』?・・ないない・・・。)」
響は自問自答を繰り返していた。

ふと周りを見渡してみる。
「おーし、場外にぶっ放してやるぜー!」
玲二とその他何人かが箒でバッティングしていた。他には響と同じようにデッキ調整をしている者もいる。
放課後は学生の真の自由時間ということだ。

「・・・・・・ん・・?」
響は教室のドアの辺りに有紗がいるのを見つけた。金色の髪が目立つため、捜していなくても目に付くのだ。
しかし、なにやら様子がおかしい。
「(・・・なんだ?・・・随分と挙動不審だな・・・・。)」
きょろきょろと周りを見渡しては何度も深い溜息をついている。その顔は少し青ざめているようだ。
「(・・・・・・・生○か・・・・?)」
彼は至って真剣であるが、口に出したら女子にぶん殴られることだろう。
少しすると有紗はそのままどこかへ行ってしまった。
響は特に気にとめず、そのままデッキ調整を再開する。
その時だった。

「うわっ響、危ねえっ!」

突然、玲二がバッティングした軟球が響に向かって飛んできた。
「!!!」
顔に向かってきたボールを抜群の動体視力で響は避ける。
が――

バッシイッ!

ボールは響の手に持っていたカードに命中する。カードは宙を舞いそして――

「・・何っ・・・・!」

そのまま窓の外へ・・・・・・。

「な・・・・なんてことだ・・・・・・!」

響はどんな時でもポーカーフェイス。だが、このときは開いた口が塞がらなかった。
当然、玲二がただで済むはずがない。
「玲二・・・・・貴様・・・・・・・・・・・!!」
鬼のようなポーカーフェイスでブチギレる響。そこにいた者でこの場が『ダークゾーン』になったことに気がつかない者はいなかった。


「ヒ・・ヒ・・ヒィィィィィィィィ〜!!」


・・・この後玲二がとんでもないことに(以下略)







この日は風の強い一日だった。
制服の女生徒にとってはいやな天気である。
何度も風にスカートをとられるからだ。
こんな日は一秒たりとも外になんか出たくない。本心からそう思う事だろう。

それは有紗も例外ではない。

彼女も今朝、何回か風のいたずらに遭い、その都度道行く男を喜ばせるはめになってしまった。本当ならそんな恥ずかしい思いをしないためにとっとと帰路に着いているはずだった。

しかし、彼女が訪れたのは学校のプールサイド。当然、趣味でこんなところに来ている訳ではない。
ここに、ある男から呼び出しがあったのだ。

「・・・・・・・・・・・・・。」
有紗はわかっていた。
これから起こることが『告白』とかそんな甘いものではないことを。
そして、自分の大切なものを守るための闘いになることも――

その男は有紗が来る前からプールサイドに待機していた。
「ぐへへへぇ・・・・遅かったじゃねぇか、有紗ちゃんよぉ・・・・。」
聞き覚えのある太く図太い声。有紗は二度とこの声を聞きたくないと思っていた。生理的嫌悪感のあるこの男の声に有紗は鳥肌がたつ。
「・・・・・・・・・」
再び有紗の前に現れた黒澤に嫌悪の表情を隠せない。
「おっとぉ、そんな顔すんなよ・・・こいつを探しに来たんじゃねぇのかぁ?」
そう言うと、制服の内ポケットから一枚のカードを取り出した。
「!!・・プリザーヴっ・・・・!」
それは、美しい三対の翼を持つ天使が描かれているカード。
有紗が所有する『熾天使 プリザーヴ』だった。
「・・・どうやってあなたがそれを・・・!」
「ぐへへ・・てめぇらが保体をしてる間に女子更衣室に忍び込んでやったのよぉ!」
有紗は自分の記憶を巻き戻す。
「(・・・そうだ・・・保体の後にプリザーヴはいなくなってた・・どこを探しても見つからなくて・・・・でも、それはこの人が・・・・)」

「(それにしても・・・女子更衣室に忍び込むなんて・・・・)」

有紗はこれ以上ないほど黒澤を侮蔑した。
「大体よぉ・・実力もねぇくせにコレの力で勝ったからって調子にのってんじゃねぇ・・このカードさえなけりゃてめぇなんざ俺様の足元にもおよばねぇんだよ!」
有紗はこの男がなんのためにこんな事をしているのか、その真意がやっとわかってきた。「・・返して・・大事なカードなの!」
有紗はついに声を荒げる。あのカードはこんな男に奪われていいものではないのだ。
「そうはいかねぇなぁ・・・返してほしけりゃ力ずくで奪い返すか・・それともこのカード無しで俺様にデュエルで勝ってみなぁ!」
「くう・・・・・っ!」
有紗の華奢な身体でこんな『ジャイアント・オーク』に敵うはずがない。
当然、そうなると有紗に残された選択肢は一つ。
「・・・・・・・・。」
有紗は無言でディスクを構える。そしてディスクを起動しようとした。
しかし――
「(・・・!?・・・起動しない・・なんで・・・!?)」
予想外の事態に有紗は驚きを隠せない。だが、ディスクの表示を見て有紗はとんでもないことに気がついた。
「(・・デッキ枚数・・39枚!?・・そうだ・・プリザーヴがデッキから抜けてるから・・・・!)」
決闘盤はデッキに不都合がある場合、起動できないように作られている。40枚ジャストである有紗のデッキから一枚カードが抜けてしまっているため、ディスクを起動させることができないのだ。
その時・・・

ビュウウッ!

一陣の風が吹き抜ける。
「ひあっ・・!!」
あわててスカートを押さえる有紗。対応が早かったため、朝の二の舞にはならずにすんだ。
が、決して今の状況が変わった訳ではない。
「ちっ・・惜しいぜぇ・・・もうちょいだったのによ・・・・
おい、やるなら早くしなぁ!ビビってんじゃねぇぞぉ!
・・まぁ、しっぽを巻いて逃げるんならそれでもいいけどなぁ・・!ゲハハハハハっ!!」
「(そ・・・そんな・・今、替えのカードなんて持ってない・・・!)」
有紗は絶望した。二つ目の選択肢まで潰れてしまったのだから。

「(・・ごめんなさい・・あなたを・・・助けられないかもしれない・・・。)」

もう自分には何もすることができない。
全てを諦めかけそっと目を閉じた。



『・・・・・・・・を貸そう。』



「・・・えっ・・?」
突然、有紗の耳に聞き覚えのない声が聞こえた。もう一度、よく耳を澄ましてみる。

『・・・・・私の力を貸そう。』

空耳ではない。確かに聞こえた。
有紗はその声がした足元に目を落とす。

そこにはさっきの突風に乗ってきたらしい、一枚のカードが落ちていた。有紗はそのカードを手に取る。

「(あたしを・・・助けてくれるの・・・?)」
カードは有紗の呼びかけにに応えてくれているようだった。
「(・・ありがとう・・!)」
有紗はそのカードを自分のデッキにまぜ、ディスクを起動させた。
ディスクはなんの問題もなく正常に起動する。


「(プリザーヴ・・待ってて・・・今助けてあげるから!!)」


有紗の顔は闘志でみなぎっていた。

第四章 complete





「てかさぁ、アンタバカじゃないの?」
有紗が大変な事になっている間、彼らも大変なことになっていた。
「野球部でもないくせにそんなくだらないことしてるからこんな事になんのよ。」


彼らは飛んでいった響のカードを捜索しているのだ。探している途中、いいタイミングで麗奈を見つけたため、彼女にも手伝ってもらっているのだが・・・


「ンなこと言ったってよ・・・ものにはつき合いってモンが――」
「つべこべ言ってないでとっとと探せ。
・・・もし見つからなかったらお前とは絶交だ・・・。」
「・・・うわーん、俺が悪かったよぉぉぅ・・・・・。」


グラウンド、校門前、体育館裏・・・どこを探しても見つからないのだ。


飛んでいったカードはとんでもなくレアリティの高いものであった。なんといっても、あのカードを所有しているのはこの学校で彼だけなのである。
それほど貴重な品が風に乗ってどこかへ行ってしまったのだから、普通の人間であれば焦らないはずはない。


しかし、響にとってはレアリティとかそういうものは問題ではなかった。もっと大切なものが失われることを彼は恐れていたのだ。


「・・・ここにはないみたいね・・・・あと探してない所ってどこ?」
「そういやプールの方はまだ見てなかったかも・・・・」
「・・・プールに浮かんでるようなことがあったら・・・・お前も一緒に浮かべてやるからな・・・・。」
「そ、そんな殺生なっ!」

第五章 【精霊 中編】

「・・ぐへへ・・どうやらやる気らしいなぁ・・。」
気味の悪い顔で迫ってくる大男を、有紗はただにらみ返す。
「まぁ・・・主力がなくなったてめぇがデッキを完璧に調整したこの俺様に勝てるとは思えねぇがな!ゲハハハハハハハっ!」
そのとき、有紗の中で何かが溢れ出した。
「・・・・・あたしは負けない・・・」
「・・あン?」
「あなたに負けたりしない!あなたを倒して・・プリザーヴを取り戻す!」
突然の有紗の変化に、黒澤は少しひるむ。
「へ・・へへっ・・・なんだてめえ・・勝てる気でいんのかよ・・あ?
調子にのってんじゃねぇ!てめぇのその自信も全部粉々にしてやるぜぇ!」

有紗 :8000
黒澤 :8000

「俺様のターン!ドロー!
『ジャイアント・オーク』攻撃表示だぁ!」


『ジャイアント・オーク』
闇 悪魔族 レベル4 ATK/2200 DEF/   0
このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になる。次の自分ターン終了時までこのカードは表示形式を変更できない。


大男のフィールドに現れたのは巨大な体躯をもつ魔人だ。攻撃力2200もあるため、そう簡単には手は出せるものではない。

それにしてもこのモンスター、使用者とよく似ている。

「・・っ・・あたしのターン!」
大男が増えてしまったことに不快感を感じる有紗。
「ドロー!
・・『デュナミス・ヴァルキリア』を召喚!」
一方、有紗のフィールドに現れたのは、黒澤のそれとは対照的な美しい光の天使である。


『デュナミス・ヴァルキリア』
光 天使族 レベル4 ATK/1800 DEF/1050
効果無し。


「さらに『ダグラの剣』を装備!」


『ダグラの剣』
装備魔法
天使族のみ装備可能。装備モンスター1体の攻撃力は500ポイントアップする。
装備モンスターが戦闘によって相手プレイヤーにダメージを与えた時、その数値分、自分のライフポイントを回復する。


装備魔法の効果で攻撃力が『ジャイアント・オーク』を上回る。

『デュナミス・ヴァルキリア』ATK/1800→2300

「よし、そのまま『ジャイアント・オーク』に攻撃!」

――ヴァルハラ・アロー!

黄金の曲刀を携えた天使は幾筋もの光の矢を放ち、魔人の身体に大量の風穴を空けた。

「ちいっ、ウザッてえっ!」
黒澤 :8000→7900       有紗:8000→8100

「(・・・あ・・なんかいい気分・・・・)
・・・ターン終了!」

「くそったれがぁ・・・ドロー!
『ミストデーモン』召喚!」

『ミストデーモン』
闇 悪魔族 レベル5 ATK/2400 DEF/   0
このカードは生け贄なしで召喚する事ができる。この方法で召喚した場合、このカードはエンドフェイズ時に破壊され、自分は1000ポイントダメージを受ける。

突然、霧状の悪魔がフィールドに現れる。生け贄を捧げていないせいか、実体が作ることができないらしい。だが、いきなりの上級召喚はなかなかの脅威であった。

「(!・・・・いきなりビックサイズなモンスターが・・!!)」

「いけぇ『ミストデーモン』!そのザコに攻撃だぁぁっ!!」

霧の悪魔は『デュナミス・ヴァルキリア』を包み込み、そのままその身体を引き裂く。

「あっ・・・!」
有紗 :8100→8000

「ゲハハッ!さらに俺様はカードを一枚セットぉ!
ターン終了だぁ!」

ターン終了と同時に、『ミストデーモン』の身体は薄くなり見えなくなった。さらに黒澤のライフも1000消える。
黒澤 :7900→6900

「(っ・・でもフィールドが空いた!)
ドロー!
『シャインエンジェル』召喚!」


『シャインエンジェル』
光 天使族 レベル4 ATK/1400 DEF/ 800 
このカードが戦闘によって墓地へ送られた時、デッキから攻撃力1500以下の光属性モンスター1体を自分のフィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
その後デッキをシャッフルする。


「おっとぉ、罠カード『威嚇する咆哮』発動ぉ!」


『威嚇する咆哮』
通常罠
このターン相手は攻撃宣言をする事ができない。


表になったカードから汚れたプール水を震わせるほどのの凄まじい雄叫びが響く。『シャインエンジェル』の身体もその咆哮で硬直してしまった。

「・・っ・・・手札から『天空の聖域』発動!ターン終了!」


『天空の聖域』
フィールド魔法
天使族モンスターの戦闘によって発生する天使族モンスターのコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。


フィールドが光に包まれ、その光の中から神々しい光を放つ建造物が出現する。
「ま・・またコレかよ!」
有紗の後方に現れた聖なる神殿に黒澤はひるんだ。この間の闘いでもこのカードが場に出てから彼は全く侵攻することができなくなったからだ。

「ちっ、ドロー!
『デーモン・ソルジャー』召喚!」


『デーモン・ソルジャー』
闇 悪魔族 レベル4 ATK/1900 DEF/1500
効果無し。


「そのザコを蹴散らせぇ!攻撃だぁ!!」

悪魔の戦士の一閃は『シャインエンジェル』を肩から腰へと切り裂く。その輝く翼が聖域の光を反射しながら宙を舞った。

「(くそっ、『天空の聖域』のせいでダメージを与えられねぇ・・!!)」
攻撃表示の天使が倒されても、『天空の聖域』が有紗を守っている。
有紗 :8000→8000

「『シャインエンジェル』効果発動!」
『シャインエンジェル』の翼がプールサイドに落ちる。その翼が一つになり別の形へと変化した。
「『融合呪印生物−光』を特殊召喚!」


『融合呪印生物−光』
光 岩石族 レベル3 ATK/1000 DEF/1600
このカードを融合素材モンスター1体の代わりにする事ができる。その際、他の融合素材モンスターは正規のものでなければならない。フィールド上のこのカードを含む融合素材モンスターを生け贄に捧げる事で、光属性の融合モンスター1体を特殊召喚する。


「な、なにぃ?」
このモンスターは有紗お得意の天使族ではない。予想外のカードに黒澤の思考がこんがらがる。
「(な・・・なんだ?なにが出るんだ?わかんねぇ・・・。)
くそっ!カードを一枚セットしてターン終了だ!」

「あたしのターン!ドロー!
『慈悲深き修道女』を召喚!」


『慈悲深き修道女』
光 天使族 レベル4 ATK/ 850 DEF/2000
表側表示のこのカードを生け贄に捧げる。このターン戦闘によって破壊され自分の墓地に送られたモンスター1体を手札に戻す。


「そして『融合呪印生物−光』の効果を発動!」
『融合呪印生物』は召喚されたばかりの『修道女』にとりつき、その身体に吸い込まれた。

すると、『修道女』は自らのローブを空高く放り投げる。



ばっさあっ・・・・



「『聖女ジャンヌ』特殊召喚!」



『聖女ジャンヌ』
光 天使族 レベル7 ATK/2800 DEF/2000
「慈悲深き修道女」+「堕天使マリー」


ローブの下から、純白の鎧を身につけた美しい女性が現れた。その神聖な雰囲気はまさに『聖女』の名にふさわしいものである。
「な・・なんだとぉ!」
突然のATK/2500オーバーのモンスターに黒澤はぶったまげる。
「『ジャンヌ』、がんばって!『デーモン・ソルジャー』に攻撃!」
『ジャンヌ』は悪魔の戦士の胸板にその剣を突き立てた。

――聖なる粛正(セイクリッド・パージ)!

悪魔の傷口から光があふれ、その光が悪しき者を完全に浄化させる。

「ぬおおおおっ!」
黒澤 :6900→6000
「やった・・・あたしはターン終了!」

「く・・くくく・・・ドロー!
・・・・・俺様はモンスターをセットしターン終了だ!」

「(相手の場にはモンスターが一体・・・大丈夫・・いける!)
ドロー!
『ケルベク』を召喚!セットカードに攻撃!」


『ケルベク』
地 天使族 レベル4 ATK/1500 DEF/1800
このカードを攻撃したモンスターは持ち主の手札に戻る。ダメージ計算は適用する。


異形の天使の爪がセットカードを切り裂く。

ばじゅうううううう・・・・・

その瞬間、フィールドが黒い靄で満たされ、有紗を襲った。
「ううっ!こ、これは・・!」
有紗 :8000→7500
「ゲハハッ!どうだぁ、『ジャイアントウィルス』の味はぁ!さらにウイルス増殖だあ!!」


ジャイアントウィルス
闇 悪魔族 レベル2 ATK/1000 DE/ 100
このカードが戦闘によって墓地へ送られた時、相手に500ポイントのダメージを与える。
さらにデッキから「ジャイアントウィルス」をフィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。その後デッキをシャッフルする。


フィールドの黒い靄が集まり、二体の『ジャイアントウイルス』が形成される。

「・・でも『ジャイアントウイルス』は攻撃表示だよ!『ジャンヌ』、お願い!」

『聖女』の剣が『ウイルス』を切り裂いた。そして再び黒い靄が発生し、有紗を襲う。

「むげえっ・・・!」       「うあっ・・・」
黒澤 :6000→4200
有紗 :7500→7000

「う・・・ターン終了・・・!」

有紗のフィールドには『聖女ジャンヌ』と『ケルベク』、一方黒澤は弱小『ウイルス』が一体とセットカード一枚。
明らかに有紗の方が有利だ。黒澤も焦りの表情を隠せない。

「く・・くそがっ!ドロー!
・・!!」
その時、黒澤の頬が一気につりあがる。
笑っているようだが、そのあまりに気味の悪い顔に有紗は思わず顔を覆ってしまう。
「ゲハハハハハハハハッ!!どうやら『勝利の女神サマ』とやらは俺様を応援しているようだぜぇ!」
「・・・・!?」
「手始めに『死者への手向け』を発動っ!手札を一枚捨てて『ケルベク』をぶっ壊す!」


『死者への手向け』
通常魔法
自分の手札を1枚捨てる。フィールド上のモンスターを1体選択し、そのモンスターを破壊する。


『ケルベク』は魔法の効力でバラバラになりフィールドから消える。
「(・・!・・『ケルベク』が・・・
でも・・・何で『ケルベク』を・・・・)」
「さらにぃ!
『リビングデッドの呼び声』を発動だああっ!!」


『リビングデッドの呼び声』
永続罠
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。


「来いやぁ!!『暗黒の侵略者』!!」
「!!」
その墓場の描かれたカードから黒いフードを被った魔人が現れる。
いや、『魔神』と言った方が正しいかもしれない。
その体躯は想像以上に大きく、放つオーラはこれまで以上に禍々しいものだったのだ。


『暗黒の侵略者』
闇 悪魔族 レベル8 ATK/2900 DEF/2500
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
相手は速攻魔法カードを発動する事ができない。


「(・・!・・こんな大きいモンスターを捨て蘇生させるなんて・・・!)」
「まだだぜえっ!残った『ジャイアントウイルス』を生け贄に捧げ、『地獄将軍・メフィスト』召喚だぁ!!」


『地獄将軍(ヘルジェネラル)・メフィスト』
闇 悪魔族 レベル5 ATK/1800 DEF/1700
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。相手に戦闘ダメージを与えた時、相手の手札からカードを1枚ランダムに捨てる。


「『暗黒の侵略者』!『聖女ジャンヌ』をぶち殺せぇ!!」

――ダークパニッシュメント!

『侵略者』の掌から放たれる凄まじい光線に『聖女ジャンヌ』は遙か後方まで吹き飛ばされる。

「ああっ、『ジャンヌ』!」
「ぐへへ・・・ついにてめえに一発かませるときがきたぜぇ・・
いけぇ『メフィスト』!!ダイレクトアタックだぁ!!」

――地獄送りの戦斧!

地獄の馬に乗った悪魔騎士の大斧が無防備な有紗の身体に振り下ろされた。

「うあああっ!!」
有紗 :7000→5200

「さらにぃ!!手札破壊だああ!」
有紗の手札が『メフィスト』の効果により一枚墓地に送られてしまう。
「(・・・『マシュマロン』が・・・・・!!)」
墓地に落ちたカードは鉄壁の防御能力を誇る『マシュマロン』。
有紗の顔からは血の気が引いていた。
この状況を挽回できるカードは、今有紗の手元にはない。
「どおぅだあああ!!恐れ入ったかああ!!!!てめぇの実力なんざ所詮はその程度なんだよぉ!!!!
楽には死なせねえ、今までさんざん俺様をコケにしてくれた分かわいがってやるぜええええ!!!!ゲハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!!!」

プールサイドに大男の下品な笑いが響きわたった。

黒澤のフィールドには『暗黒の侵略者』、『地獄将軍・メフィスト』の上級モンスターが二体。
一方、有紗のフィールドには『天空の聖域』が展開されているだけでモンスターもいなければ罠カードもない。さっきとはまるで正反対の状況である。
その上有紗の手札は二枚。『シャインエンジェル』と『光神化』しかない。

「・・ど・・ドロー・・!」
引いたカードを見て有紗はさらに落胆した。
「(・・さ・・『サイクロン』・・・なんでこんなときに・・・!)」
確かに『サイクロン』で『リビングデッドの呼び声』を破壊すれば『暗黒の侵略者』を破壊できる。だが、『暗黒の侵略者』は速攻魔法を封じるため、『サイクロン』が発動できないのだ。
「(・・・・『シャインエンジェル』をセットするしかない・・・。)」
有紗は『シャインエンジェル』をセットしターンを終了を宣言する。
「ゲハハハッ!!ドロー!!
『メフィスト』で攻撃ぃぃ!!」
『地獄将軍』の斧が『シャインエンジェル』の翼を舞わせる。
有紗 :5200→5200
『天空の聖域』があるため、『地獄将軍』の貫通効果が発生しない。
「・・しゃ、『シャインエンジェル』の効果発動・・!『シャインエンジェル』特殊召喚・・!」
『シャインエンジェル』の翼が、再び『シャインエンジェル』を形成する。
「しゃらくせえぇ!!消えろぉぉ!!!」
「・・・・・!!」
有紗 :5200→5200
「(・・デッキにもう『シャインエンジェル』は残ってない・・。このカードを出すしか・・・・・)
・・・・『力の代行者 マーズ』を特殊召喚・・!」

『シャインエンジェル』の後続として現れる体色の紅い天使。ライフ差が攻撃力になる特殊なモンスターだ。
しかし有紗と黒澤のライフ差は1000。
つまり『マーズ』の攻撃力は1000にしかならない。
その身体は半透明で存在がいつ消えてしまってもおかしくないくらいだ。


『力の代行者 マーズ』
光 天使族 レベル3 ATK/   0 DEF/   0
このカードは魔法の効果を受けない。
自分フィールド上に「天空の聖域」が存在し、自分のライフポイントが相手のライフポイントを越えている場合、その数値だけこのカードの攻撃力・守備力がアップする。



その希薄な存在に黒澤は大笑いする。
「ゲハハハハハッ!そんなモンスター出してどうするつもりだぁぁ!?まあいい、じわじわいたぶってやる!ターン終了ぉ!!」

「(くう・・・っ・・ここまで来て・・・・・)」
次のカードを引くべく、デッキに手を掛ける。その手は少し震えているようだ。
「(ここで・・いいカードが引けなかったら・・・・)」
そのまま有紗の手がデッキの上で止まってしまった。
ライフにまだ余裕があるし、状況もまだ絶望的というほどでもない。
だが有紗の決定的な弱点が出てしまっていたのである。
劣性になると消極的な思考が自らを支配してしまうのだ。
事実、有紗の頭の中には”敗北”の二文字が浮かび始めていた。

「(・・・・・このままじゃ・・・・やられる・・・)」
そう有紗は心の中で呟く。


その時だった。



『弱気になっては駄目だ――』



「・・・・・・・!?」
デッキの中からまたあの声が聞こえた。あのカードが有紗に話しかけているのだ。

『勝利は勝つ意志を持った者にしか得られない。君は・・・この闘いで負ける訳にはいかないんだろう?』

その言葉に有紗はハッとする。

「・・そうだった・・・あたしは・・負けられないんだ・・・プリザーヴを取り戻すために・・・・・」

『・・それでいいんだ。私たちを信じてくれ。
君が望むのであればできる限りの力になろう。
さあ、その手でカードを引いてくれ。この闘いの勝者となるために――』

カードからの言葉が途切れる。

「(・・ごめんね・・あたし・・どうかしてた・・
・・こんなところで・・負けられないんだよね!)」

もう有紗の顔には迷いはない。その目には光が戻っていた。

「ドロー!!」

力強くカードをドローする。
「『天使の施し』発動!三枚ドローして、手札から『サイクロン』と『光神化』を捨てる!」


『天使の施し』
通常魔法
デッキからカードを3枚ドローし、その後手札からカードを2枚捨てる。


「お願い・・・あたしに力を貸して!
『魔導戦士 ブレイカー』を召喚!!」

有紗のフィールドに召喚される者。
それは紅き鎧の魔剣士、響の所有する『魔導戦士 ブレイカー』だった。


『魔導戦士 ブレイカー』
闇 魔法使い族 レベル4 ATK/1600 DEF/1000
このカードが召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを1個乗せる(最大1個まで)。このカードに乗っている魔力カウンター1個につき、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。また、その魔力カウンターを1個取り除く事で、フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊する。


「な・・・なにいいい!?なぜだぁ!そのカードはこの学校では破月響しか持ってないはずだぁぁぁ!!」
イレギュラー出現に黒澤は驚愕する。
が、それは有紗も同じだった。
「(・・・・えっ・・・じゃあ・・響くんのカード・・・?なんでこんな所に・・・)」
「てんめえぇ!窃盗かぁ!?
決闘者の風上にもおけねぇやつだぜぇ!!この盗人野郎がぁぁぁぁ!!」
わめく大男を完全にスルーして、有紗はバトルフェイズに入る。
「・・『ブレイカー』、『地獄将軍』に攻撃!」
『ブレイカー』は魔力カウンターが乗っているため、攻撃力が300上がっている。
『魔導戦士 ブレイカー』ATK/1600→ATK/1900

――ソウル・ブレイカー!

『ブレイカー』の煌めく剣が介馬の首を切り落とし、そのまま『地獄将軍』の胴を裂く。
「ぐっ・・!ぬおお!」
黒澤 :4200→4100
「そして『ブレイカー』の効果発動、『リビングデッド』を破壊!」

――マナ・ブレイク!

光に貫かれた『リビングデッド』は砂塵と化す。と、同時にその効力を受けられなくなった『暗黒の侵略者』も同じように塵となって消滅した。

「さらにカードを二枚セットしてターン終了!」

「・・こっ・・この野郎ぉ・・!図にのりやがってぇぇ!ぶち殺してやるぅぅ!!
ドロー!
二枚目の『デーモン・ソルジャー』を召喚!」

『デーモン・ソルジャー』の攻撃力は1900。一方、魔力カウンターを失った『ブレイカー』の攻撃力は1600に戻っている。戦闘になれば『ブレイカー』に勝ち目はない。

「いけえ!『ブレイカー』を潰せぇぇ!!」

「罠カード発動!『ドレインシールド』!」


『ドレインシールド』
通常罠
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、そのモンスターの攻撃力分の数値だけ自分のライフポイントを回復する。


「なっ・・なんだとぉ!!」
『デーモン・ソルジャー』の斬撃を『ブレイカー』は新しい円盾で受け止めた。その衝撃の分、有紗のライフが回復する。
有紗 :5200→7100

そこで黒澤は有紗のフィールドにモンスターがもう一体いることを思い出す。
「・・げえっ!そ、そいつは・・・!」
そのモンスター、『力の代行者 マーズ』の存在はさっきまでとはうって変わってはっきりと存在を現していた。
「そう・・ライフに差がついたから『マーズ』の攻撃力もアップするよ!」

『力の代行者 マーズ』ATK/1100→ATK/3000

「さらに罠カード『女神の加護』を発動!」


『女神の加護』
永続罠
自分は3000ライフポイント回復する。
自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードがフィールド上から離れた時、自分は3000ポイントダメージを受ける。


有紗 :7100→10100
「『マーズ』の攻撃力はさらに3000アップする!」

『力の代行者 マーズ』ATK/3000→6000

「な・・なななななななななななんだとおおおおおおおおおおおお!!!!!」
「『マーズ』、これで終わらせて!
『デーモン・ソルジャー』に攻撃!!」

『力の代行者』は神殿の上空に飛翔し、その杖に聖域の光を集めていった。
始めは小さい光だったが、その光は時が経つごとに強いものになっていく。
気がつけばその光はプールの上空を埋め尽くすほど巨大なものになっていた。
まるで太陽が地球に近づいているようである。


そして、悪しき者への神罰はついに下された。


――贖罪の暁光!

光の巨弾が悪魔の戦士の存在を元々なかったかのように抹消する。

「ひ・・・そ、そんな・・・」

後ろにいた『ジャイアント・オーク』もその裁きからは逃れることはできない。
大男はその身体を巨大な光に容赦なく飲み込まれていった。


「アゲラダバゲアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」


黒澤 :4100→0

第五章 complete





「うおおっ!?な、なんだなんだ!?」

それはデュエルの決着が付く少し前のこと。
彼らはプールの異変を前に立ちつくしていた。

「な、なんなのよアレ!?」

「(・・・・まるで・・元○玉のようだ・・・・)」


日暮れ時に昇った第二の太陽のように、巨大な光の巨球がプール上空で夕暮れの校舎を明るく照らしている。


当然、ソレは有紗のモンスターの攻撃なのだが、そんなことを三人は知るよしもない。


しばらくソレは上空に止まっていた・・・
と思ったら、突然地面に向かって急降下してきた。


「ちょっとぉ!!落ちて来るじゃないのよ!!」
「ま、マジか!?ってマジだ!!うわあああ!!」
「叫んでないで何とかしなさいよ!!男でしょ!?」
「そんなぁ!俺に人類の危機が救えると思ってんのかよ!!」
「いやああああ!!落ちる落ちる落ちてくるぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」

テンパりまくる玲二と麗奈。


「・・うーむ・・エーリアンの襲来・・はたまた小惑星の急接近か・・?それとも・・・」

そして状況分析中の響くん。


そんなこんなで着弾。




どおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおん・・・・・・




「うわああああああああああああああ!!」

「きゃああああああああああああああ!!」

「・・・・・・うーーむ・・・・・・・・」

「アゲラダバゲアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」

凄まじい光が広がり、爆音と響以外の三人の悲鳴が周囲に響き渡った。







「あ・・・あら・・?なんともないみたい・・・。」

麗奈が第一に沈黙を破る。

「ひえええ・・・って・・・マジだ・・なんともねぇ・・・・なんだったんだ・・アレ・・・?」

そこで響の状況分析の結果が出た。

「・・そうか・・・あれはソリッドビジョンだな・・・。」

「え・・じゃ、じゃあ誰かこんなとこでデュエルしてたってことか?」

「ってゆーか・・なんか変な動物の鳴き声しなかった・・・・?」

「・・とりあえず・・行ってみるぞ。」

「そ・・そうね・・響くんのカードもあるかもしれないし。」

二人はプールサイドへ向かった。



「ちょ、ちょい待って・・腰が抜けて・・
あっ、おーい!待ってーーー!!
俺を置いてかないでーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

第六章 【精霊 後編】


「ふあ・・・か・・・勝った・・・・よかったぁ・・・・・。」

勝利の安心から有紗は全身の力が抜けるのを感じていた。
その向こうでは『ジャイアント・オーク』が仰向けに伸びている。

「・・・ありがとう・・・キミのおかげだよ。」

軽く会釈をして礼を言う有紗。
その先にはソリッドビジョン化している『魔導戦士 ブレイカー』がいた。

『いや・・勝てたのは君の実力だ。私は君の期待に応えただけさ。』

『ブレイカー』が応える。
よくよく考えればこの状況はかなり異質なものなのだが、有紗はこのシチュエーションは初めてではないようだ。

「ううん。この短い時間で何回も助けてもらっちゃったし・・・本当にありがとう。」

有紗はもう一度、彼に礼を言った。

『あ・・いや・・・た、たいしたことはないよ・・ははは・・』

二度目の礼に『ブレイカー』は少し照れたような仕草をする。
見た目と違い、意外とシャイなキャラらしい。

『それで・・・一つ頼みがあるんだが・・・・』

『ブレイカー』が少し申し訳なさそうに話を切りだした。

『・・あの男が言ったとおり、私のマスターは破月響という男なんだ・・・。
訳があって彼とはぐれてしまって・・・・。
よければ私を彼の元へ返してくれないだろうか・・・?』

とても不安そうに話す『ブレイカー』。
その様子はなんだか迷子になった子供のようだ。
なんとなく微笑ましい気分になってしまう。

「あはっ・・・大丈夫。響くんのことは知ってるし、ちゃんと返してあげるよ。」

『そ・・そうか!それでは・・頼む――』

その言葉を最後に『ブレイカー』のビジョンが消える。
その瞬間の彼の嬉しそうな口元がとても印象深かった。



「あ・・有紗!?」



不意に後ろから有紗にとって聞き慣れた声が聞こえた。

「麗奈・・ちゃん?・・・それに響くんも・・。」

ついに響と麗奈が現場に到着した。案の定、玲二の姿はない。

「なにやってんのよ、こんなとこで・・・
ってそこに転がってるの黒澤じゃん!!マジで何があったワケ!?」

「そ、それは・・その・・・・かくかくじかじかこういう事で――――」

有紗は自分の今まであったことを詳しく説明した。

「そんなことが・・・
こいつ、ホントにクソヤローね!一回シメなきゃ気が済まないわ!!」

麗奈は怒り心頭だ。彼女にとって有紗の事は他人事ではないということだろう。


「ク・・カカカカカカ・・・なんだぁ・・てめぇら・・・来てやがったのか・・・。」


奇妙な笑い声が聞こえる
と思ったら、突然黒澤がダウンから復帰した。

「ちょっとアンタ!!キモい笑いしてないで有紗から奪ったカード返しなさいよ!!」

「カードぉ?これかぁ?」

黒澤は乱暴に内ポケットからカードを取り出す。

「・・ゲハッ、ゲハーッハハハハハハハァァー!!!
おい、愉快だなぁ!!てめぇら、この俺様が約束守って
『負けました、ハイ、カードです』って返すとでも思ってんのかぁ!?」

「えっ・・・そんな・・!!何を――」

黒澤の言葉に有紗の顔から一気に血の気が引いた。

「調子にのった罰だ・・・
こんなものぉぉ・・・こおぅだぁぁぁ!!!!」

黒澤は持っていたカードを思い切り放り投げた。
その先には汚れで緑色になったプールの水がある。

「あああっ!!だめっ!!!」

有紗はそれを追い、プールサイドを走る。
そしてカードを助けるべく、汚れた水が貯まったプールの上を跳んだ。
しかし・・・

「(・・そんな・・っ・・届かない・・・!!)」

有紗の腕とカードの距離はどんどん開いていく。








『・・・りさ・・・』







「・・・!!」


スダッ・・・ン・・

プールサイドを蹴る音と共に、もう一つ、汚れたプールの上を『何か』が跳んだ。


ドンッ!!
「・・っあ゛っ!!」


それは有紗の身体をプールサイドまではね飛ばし、さらに遠くへと距離をのばす。

そのとき、有紗はその『何か』の正体を知った。



「きょ・・・響くん!?」



そう・・・未確認飛行物体は他でもない『破月響 17歳』だったのだ。
響は無表情のまま、人間離れした運動能力でぐんぐん距離をのばす。
そしてプールの真ん中まで飛んだカードをその手に収めていた。

「なにぃぃ!!ばかなぁっ!!」

黒澤も驚きの表情を隠せない。

・・と、そこへ


「ふええっ・・・やっと腰が治ったぜ・・・・。」


腰が元の位置にもどった玲二がプールサイドにやってくる。

「・・玲二っ・・!」

「ハイッ?」

滅多に聞くことがないであろう、ボリュームの高い響の声が響く。
玲二はその声がしたほうを向いた。

「・・・受け取れ・・・っ!!」

響の手から有紗のカードが放たれる。

ざぶうおおん・・・・・・

そのまま響は汚水の中へと沈んだ。



シュバアアアアアアアアアア・・・・・・・



響の手から放たれたカードは高い音を立てて風を切り空を飛ぶ。
それは弾丸のごとく、鏑矢のごとく、真っ直ぐに玲二の元へと飛んでいく。
そして――――



ザクッ



「・・・・・『ザクッ』・・・・?」

普通ならこの状況で聞こえることのないであろうその音に誰もが耳を疑った。

「・・・・ま・・まさか・・そんな・・・」

恐る恐る玲二はその音がしたところをその手で探ってみる。
ちょうど・・玲二の頭の辺りを・・・

「・・・・・・・・あ・・・・・・・・」

・・・刺さってた。
・・・・カードが。
・・・・・玲二くんのおでこに。




「・・・・・・ギャアアアアアアアアアアアア・・・・・・!!!!」




玲二の赤いバンダナが今度は赤黒い色に染まる。

「た、大変!!」

麗奈が玲二のもとへ駆け寄った。そしてその額からカードを抜き取る。

ぶちゅんっ・・・

「・・・・・有紗ー!大丈夫、カードは無事よー!
ちょっと血ぃついちゃってるけどー!!」

「えええええええええ!?俺はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「よ・・・よかった・・。」

「いや、俺が良くないでしょ!!
なんだよこのお約束な展開!?なんだよこの最悪な扱い!?
覚えてろよハーピィ・ダンディ!!!」


・・・ごめん。


「それはそれとして・・・

黒澤・・アンタはホントに終わってるわね。
相手の弱み握ってなきゃまともにデュエルもできないワケ?
とんだ臆病もんだわ。所詮、でかいのは図体だけってコトね。
女子更衣室に忍び込むとかマジでキモ過ぎなんだけど。」

「な・・なにぃ・・!?」

「しかもここまでやっておきながらデュエルで負けちゃってるし。
もうアンタは惨めな『負け犬』以外の何物でもないじゃない。
・・・『負け犬』は『負け犬』らしく『強者』の足元に這い蹲ってなさいよ。
アンタにはそれがお似合いだわ。」

麗奈の凄まじい暴言のラッシュが黒澤に炸裂した。気の弱い人間がコレを喰らうと半年は立ち直れなくなるだろう。

「・・てっ・・・てんめぇぇぇぇぇぇ!!!
ちょっ・・調子に乗りやがってぇ!!」

顔を真っ赤にして『ジャイアント・オーク』が攻撃表示になる。

「殺す・・!!ぶっ殺してくれるぅぅぅぅ!!!!」

怒り狂いながら大男が凄まじい勢いで麗奈に迫ってきた。


そのときだ。




ザパッッン・・・・・・




水を切る音と共にプールから未確認生命体がプールサイドへ飛び出した。

「うおおっ!?なっなんだぁ!?」

見るもおぞましいその生き物に誰もが言葉を失った。

体中に苔や虫の死骸をまとわりつかせ、長い前髪で顔が全く見えていない。その上彼が歩くたびにぎゅちゃぎゅちゃと嫌悪感のある音がする。アマゾンの半魚人も真っ青なその姿はまるでB級ホラーの主役である。

当然、未確認生命体=破月響なのだが、数秒の間はソレが人間であるとさえ気づける者はいなかった。

「な・・なんだ・・てめぇ・・」

ほろぐらい水の底から現れたその怪物はぐちゃ、ぐちゃと音を立てながらゆっくりと『ジャイアント・オーク』に近づいてくる。

「・・・貴様・・許さん・・・・」

その場にいた者は誰もその言葉の意味を理解することができない。

「・・・この制服・・・おとといクリーニングに出したばかりなんだぞ・・・・
一体・・・・どうしてくれる・・・・。」

彼は制服が汚れてしまった事にご立腹だった。
それもそのはず、一人暮らしで常に金欠と闘っている彼にとっては二度のクリーニングの出費など許されないことなのだ。
そして、彼が着ているモノはもはや制服かどうかも疑わしい状態である。

「ヒ・・な・・なにを・・」

その恐ろしさ、迫力は『ジャイアント・オーク』を再び守備表示にしていた。

「・・・許さん・・許さんぞ・・・」

擬音を立てながらゆらゆらと歩く彼にもはや主人公の面影は残っていない。

「響くん、危な――」
「わわっ、ダメだ有紗ちゃん!」

響の身を案じた有紗は彼に近づこうとしたが、玲二はあわてて女子二人を遠ざける。

「ちょっ・・なんなのよ玲二!」

「おまえ、あいつの背中から出ている禍々しくてドス黒いオーラが見えんのか!」

「そ・・そういえば・・この『ダークゾーン』のような息苦しさは・・まさか・・」

二人は玲二の言葉で響の周りの見えないはずの黒い空気に気づいてしまった。





【破月響がキレたら『開闢の使者』ですら泣いて逃げることだろう――――。】
                       ――――後日談   by瑞刃玲二





「あいつ・・・・死んだな。」

玲二が言うまでもなく、無情にも黒澤への死刑宣告は下されたのだった。




「・・・・・・消えろ・・・・・・。」







「アゲラダバゲアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」




――――――。

―――――――――。

――――――――――――。


「・・・そうか・・あんたが『ブレイカー』を・・・」

響は得意の30連コンボで黒澤をプールに浮かべた後、有紗から『ブレイカー』を受け取った。

「悪いな・・・礼を言う・・。あのまま風に乗っていったら・・もうコイツは見つからなかったかもしれないな・・・。あんたはカードの恩人だ・・。」

「あ・・いや・・そんなこと・・」

少し顔を赤くして照れる有紗。さっきの『ブレイカー』とほとんど同じ反応である。

「あ・・あたしも・・キミにがいなかったら『プリザーヴ』がどうなってたかわからないよ・・・。」

「・・・まさかあんたがディスクをつけたままプールの上を跳ぶとは思わなかったが・・・・。」

「あっ・・・そういえば・・」

ハッとする有紗。響がプールサイドに押し返してくれなければ、有紗はカード1枚どころかデッキもディスクもダメにするところだった。

「・・・まぁ・・・あんたにとってそれは・・特別なカード・・・いや・・・特別な『存在』なんだろうな・・・・。」

「えっ・・・や、やっぱりキミも――」

「なになに?特別な『存在』って?」

有紗が何かを言いかけた時、麗奈が口を挟んだ。

「う・・ううん。なんでもないよ。」

「え〜?気になるじゃん。教えなさいよぉ〜。」

「あはは、なんでもないってば。」

ねだるようにいう麗奈を有紗は笑ってごまかした。



「・・・・・えくしっ・・」

「・・?・・響くん?」

「・・・・っえっくしゅ・・・」

「お、おい響、大丈夫か?唇青いぞ?」

クシャミをしだす響。玲二の言うとおり唇が青紫になり、よく見ると小刻みにその身体は震えている。

「・・ふえっ・・・くしゅんっ・・・
・・・・ぅう・・・・・先に帰るぞ・・・妙に・・寒くなってきた・・・・。」

そう言って響はクシャミをしながらプールサイドを後にした。

「響くん大丈夫かな?風邪引かなきゃいいけど。」

「・・・あ、あたしのせいで・・なんか・・悪いコトしちゃった・・・。」

「いや、元はといえば俺のせいだって。
・・ていうかあのカッコのまま歩いて職務質問とかされなきゃいいけどな・・・。」

「・・・・・・・・・」

響の身体はまだ『沼地の魔神王』な状態だった。

「・・・・・わたしたちも帰んない?ここ寒いわよ。まだ5月だし。」

「そだな。あ、有紗ちゃんも一緒に帰んねぇ?」

「え・・いいの・・・?ありがとう・・。」


その帰り道、玲二はあることに気づいた。


「(・・?おお!この状況ってよく考えたら両手に花じゃん!最後の最後でついてるぜ!)」

右手に麗奈ちゃんを左手に有紗ちゃんを。

女運のほとんどない玲二にとってはもう二度とないであろうシチュエーションである。


・・・まあ彼には今回色々苦労をかけたし、少しサービスだ。
次の章からも彼には災難にあってもらおう。








――ちなみに

黒澤は夜にプールの巡回にきた警備員によって汚水に浮かんだ所を発見されましたとさ。

                                 ちゃんちゃん♪











綺羅星のごとくあるカード・・・
その中のほんの一握りのカードには・・・
精霊が宿るという・・・・・・

破月響

彼の持つ『魔導戦士 ブレイカー』も
そんな不思議なカードの一枚・・・

彼らは共に様々な
デュエリストと
闘っていく



そして「ふあっっっっ・・・・・くしんっ・・・!・・・うう・・・・」



「(・・漫画版GX二話の冒頭をそのまま使うとは・・・・
ハーピィ・ダンディもたかが知れてるな・・・・。)」


『大丈夫か?響。』


「ずずっ・・・いや・・・大丈夫だ・・・・。」


所変わって響の家。

『それにしても・・窓から飛ばされた時はいったいどうなるかと思ったよ。』

「・・あれは・・・俺は悪くない・・・バカ玲二がやったことだ・・・。」

響はカード『魔導戦士 ブレイカー』を手に取り、ソファに寝そべりながらに話しかける。

何も知らない人間がその様子を見れば明らかに不自然だ。頭のおかしい人間と思われるかも知れない。
だが、彼は別に独り言を言っている訳でも妄想の住人となっている訳でもない。
本当にカードと話しているのだ。


――――響はカードの精霊と呼ばれるモノが宿るカードと話すことができる。


カードの精霊。
彼らは人間のように意思を持ち、一部のデュエリストをその心を通わすことができる。
彼の持つ『魔導戦士 ブレイカー』もソレが宿っているらしい。
数年前に出会った頃から彼らは心を通わせる事ができた。
響も始めはそのことを疑問に思うことがあったが、共に闘い続けるうちにそんな疑問などどうでも良くなっていった。

そして彼らは今現在に至る。



「・・まぁ・・・お前が飛んでいった時はさすがに焦ったが・・・」

『貴重じゃないか。君が焦るところ・・・いや、感情を表に出すところなんて滅多に見られないからな。』

「・・・・・・人を冷血人間のように言うな・・・・・。」

二人(?)はいつもこんなかんじだ。

「それはそれとして・・・だ・・。
有紗・・あいつは・・お前のことが見えていたんじゃないか?」

『ありさ?
ああ、彼女のことか。金色の髪をした少女のことだろう?
・・・確かに彼女は私の呼びかけに応えてくれた。』

「・・そうか・・・やはりな・・・。」

黒澤がプールに有紗のカードを投げ入れようとした時、カードから有紗を呼ぶ声が響には聞こえたのだ。

「(あのカードにも・・精霊が宿っている・・。)」

『彼女は純朴でいい子だったよ。私たちのことも道具として扱ったりはしなかった。
彼女と共に闘うのも悪くなかったな。』

「・・・・なら、あいつに使ってもらうか・・・?」

『・・・冗談だ。(ということにしておこう)』

少しヤキモチをやいてみる響。

「・・・・・まあいい。俺はもう寝る。今日は色々あって疲れた・・・・。」

『そうか。お疲れさま。』

「ああ。」

毛布を持ってきてソファの上に横たわる。

「・・・・・・・。」

今日一日のことを思い返しながら彼はそのまま深い眠りに落ちていった。






「ぶあっ・・・・・く・・・・しょんっ・・・
ずずずずずっ・・・・・うう・・・・・・・・」





第六章 complete





「・・あい・・・・ずずっ・・・ぞうびぶばげで・・・ずっ・・・今日ば・・・休まぜでぼらいばず・・・・ずすずっ・・・ばい・・・・・・・・。」


ピッ。



「・・ふっ・・はっ・・・ぶあっ・・・・ぐじゅんっ・・・・。」



響は結局、身体を冷やして風邪をひいてしまっていた。
風邪のひき始めだというのにソファなんかで寝てしまったためである。

「ずずっ・・・うっ・・・・・(ふ・・不覚だ・・・)。」

歩くたびにポーカーフェイスでよろけてしまう。少し前に熱を計ったら三十八度もあった。さすがに外を出歩くのには無理がある。

「・・・・ずずずっ・・・ぐじゅっ・・・(寝る・・・寝てやるぞ・・・・)。」

こういう日はおとなしく寝ているに限る。

いそいそとベットに入る響。さっきまでソファで寝てたので中はひんやりと冷たい。

「(・・病原体め・・・・俺の体内に侵入した事を後悔させてくれる・・・・。)」

響は体内防衛システムをフル作動させ、夢の中で病原菌の撃滅に勤しむ事にした。

「(・・・そういえば・・今日は実技デュエルだったな・・・・
・・・・なんてタイミングの悪い・・・・。)」

第七章【カゼ】

「へへっ、麗奈とデュエルすんのもなんか久しぶりだな。」

AM10:50

デュエルホール。
実技デュエル。

玲二は麗奈にデュエルの相手をしてもらっていた。いつもなら響に相手をしてもらうのだが、あいにく彼はおうちで療養中である。
一方の麗奈も有紗が他の挑戦者の相手にしており、ちょうどいい相手を探していたためありがたい事であったのだが。

「そうね〜、アンタいっつも響くんとしかやんないから。」

「まぁな。あいつとやるのが一番身になるっつうか・・やってて楽しいんだよなぁ。」

玲二はこう見えても、(こんな扱いでも)2−Dの中ではかなり上位の実力を誇る。
破月響と瑞刃玲二で『2−Dの双璧』と他のクラスでは呼ばれ、恐れられているとかいないとか・・・・。
(井野場くんはどうやらソレを知らなかったらしい。
・・・『井野場ってダレ?』とか言うな。)

「わたしが響くんの代わりってのもアレだけど・・・・
まっ、アンタに負ける気はないけどね!わたしの力、存分に見せてやるわ!」

対する麗奈もそれに引けをとらない実力者だ。
二人の測定されているデュエリストレベルもかなりの僅差。
今回の勝負はどちらが勝ってもおかしくはない。

「OKOK、そうでなくっちゃな!本気でいくぜ!」

「いつでも来なさい!」

「「デュエルっ!!」」

玲二 :4000
麗奈 :4000

「俺が先攻だ!ドロー!
・・・モンスターをセット、さらにリバースカードを1枚セット!
ターン終了!!」

「わたしのターンね・・・ドロー!」

玲二の場にはモンスターとリバースカードが1枚ずつ。どちらも罠の可能性が高い。

「(・・・うーん・・アレ、罠かしら・・?
・・・まぁ・・なんとかなるっしょ!)」

麗奈は意外と楽観的な性格をしている。リバースカードの1枚や2枚で怯えたりすることは滅多にない。
悪く言えば警戒心が足りないということなのだが。

「いくわ!『強襲するガストファルコン』召喚!」

蒼鉛色の巨鳥が麗奈のフィールドに召喚される。


『強襲するガストファルコン』
風 鳥獣族 レベル4 ATK/1500 DEF/ 300
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、フィールド上の守備表示モンスター1体を表側攻撃表示にする。


「『ガストファルコン』の効果でそのモンスターを攻撃表示にする!」

「げっ!マジかよ!?」

『ガストファルコン』はその翼から大きなつむじ風を起こし、横向きになっていたカードの向きを無理矢理変える。
カードの正体は『ミドル・シールド・ガードナー』。


『ミドル・シールド・ガードナー』
地 戦士族 レベル4 ATK/ 100 DEF/1800
このカードは1ターンに1度だけ裏側守備表示にする事ができる。裏側表示のこのモンスター1体を対象とする魔法カードの発動を無効にする。その時、このカードは表側守備表示になる。


「フフン、こりゃカモだったわね・・。
『ガストファルコン』、攻撃!!」

巨鳥はその大きな翼で無防備な盾男を殴り倒した。

「うわっち・・な、なんてこったい・・・!」
玲二 :4000→2600

「リバースカードを1枚セット。ターン終了よ!」

「へっ、まだまだこれからよ!ドロー!」

玲二は力強くホルダーからカードを抜き取った。

「目にモノ見せてやるぜ!リバースカードオープン、『ヴァリアント・ギャザリング』
発動っ!!」


『ヴァリアント・ギャザリング』
通常罠
自分のメインフェイズにのみ発動することができる。手札からレベル4以下の戦士族モンスターを任意の枚数特殊召喚する。このカードを発動したターンは通常召喚をすることができない。


「『盲信するゴブリン』、『敢闘する熱血歩兵』、『異次元の戦士』!
3体同時展開だ!!」


『盲信するゴブリン』
地 戦士族 レベル4 ATK/1800 DEF/1500
このカードは表側表示でフィールド上に存在する限り、コントロールを変更する事はできない。


『敢闘する熱血歩兵』
地 戦士族 レベル4 ATK/1750 DEF/1700
このカードは表側表示でフィールド上に存在する限り、コントロールを変更する事はできない。このカードに装備されている装備カードは破壊する事ができない。(この効果は装備カード扱いのユニオンモンスターには適用できない。)


『異次元の戦士』
地 戦士族 レベル4 ATK/1200 DEF/1000
このカードがモンスターと戦闘を行った時、そのモンスターとこのカードをゲームから除外する。


玲二のフィールドに3体もの戦士たちが特殊召喚された。麗奈もその展開数に驚きを隠せない。

「うっそぉ!こ、こんなに出て来ちゃったの!?」

「へっへー!どうだ、この展開力!
さらに『連合軍』発動だ!」


『連合軍』
永続魔法
自分フィールド上に表側表示で存在する戦士族・魔法使い族モンスター1体につき、自分フィールド上の全ての戦士族モンスターの攻撃力は200ポイントアップする。


玲二のフィールド上のモンスターは全て戦士族。3体いるので600ポイントずつ攻撃力が上がる。

『盲信するゴブリン』ATK/1800→ATK/2400

『敢闘する熱血歩兵』ATK/1750→ATK/2350

『異次元の戦士』 ATK/1200→ATK/1800

「コレが通れば俺の勝ちだぜ!
いけっ、総攻撃だ!!」

玲二同盟連合軍は凄まじい勢いで麗奈の領域へと突入する。しかし、当然この攻撃が通ったりする事はない

「まだまだっ!『和睦の使者』発動!」


『和睦の使者』
通常罠
このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージを0にする。このターン自分モンスターは戦闘によっては破壊されない。


連合軍の進撃はその効果でピタリと止まってしまった。

「おおう・・止められちまったか・・・。
まぁいいや、お前相手に通ると思わなかったし。
1枚カードを伏せてターン終了だ。」

「うーん・・・わたしのターンね。
ドロー!」

玲二のフィールドは戦士族モンスターが3体、しかも1枚のリバースカードが存在している。一方、麗奈の場には『ガストファルコン』1体のみだ。

「コレでどう?
『ハルピュイア−イクセス』召喚!」

麗奈の場に召喚されたのは褐色の羽毛に身を包んだ鳥人である。
おそらく『ハーピィ・レディ』に近い種族なのだろうが、彼女たちよりも攻撃的な雰囲気が漂うモンスターだ。


『ハルピュイア−イクセス』
風 鳥獣族 レベル4 ATK/1500 DEF/ 700
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、手札からレベル4以下の鳥獣族モンスターを1体特殊召喚できる。


「質には質、数には数で勝負!
『ハルピュイア−イクセス』の効果で手札から『ハンター・アウル』を特殊召喚!」


『ハンター・アウル』
風 鳥獣族 レベル4 ATK/1000 DEF/ 900
自分フィールド上に表側表示で存在する風属性モンスター1体につき、このカードの攻撃力は500ポイントアップする。自分フィールドにこのカード以外の風属性モンスターが存在する場合、このカードを攻撃対象に選択できない。


この梟の狩人は風属性モンスター1体につき攻撃力が500ポイント上がる。麗奈のフィールドには
『強襲するガストファルコン』
『ハルピュイア−イクセス』
『ハンター・アウル』の3体。

「わたしのフィールドのモンスターは全部風属性。自身も含めるから『ハンター・アウル』攻撃力は1500アップするわ!この攻撃力なら玲二のモンスターには負けない!」

『ハンター・アウル』ATK/1000→ATK/2500

「や・・・やるじゃん。」

「いっくわよー!『ハンター・アウル』で『熱血歩兵』に攻撃!!」

「でもな・・俺の方が一枚上手だぜ!!『鎖付き爆弾』発動!コイツを『熱血歩兵』に装備だ!!」

「えっ・・・!?」


『鎖付き爆弾(鎖付きダイナマイト)』
通常罠
このカードは攻撃力500ポイントアップの装備カードとなり、自分フィールド上のモンスターに装備する。装備カードとなったこのカードが他のカードの効果で破壊された場合、
全フィールド上からカード1枚を選択し破壊する。


『敢闘する熱血歩兵』ATK/2350→ATK/2850

突撃した『ハンター・アウル』に『熱血歩兵』は凄まじく大げさなモーションで爆弾のついた鎖を投げつけ、それを捕らえた。


――『うおああああああああああああああああ!!!!!!』


そのまま猛々しい雄叫びをあげながら手にした槍で『ハンター・アウル』に反撃する。


――熱き血潮の槍連撃!


『闘気炎斬剣』なんか目じゃない勢いで『ハンター・アウル』は破壊されてしまった。

「くうっ・・なんか色んな意味でくやしいっ・・!」

麗奈 :4000→3750

思わず地団駄を踏んでしまう麗奈。しかし主力の『ハンター・アウル』を失ってしまった麗奈は状況的には圧倒的に不利だ。

「むう・・『ガストファルコン』を守備表示にしてリバースカードを1枚セット。
ターン終了・・。」



「わあっ・・・なんだかすごい勝負だね。」



不意に聞こえた柔らかい声。

「あれっ、有紗?」

その声の主は伊吹有紗その人であった。

「あ!り!さ!ちゃーん!!いつからそこに!?」

「えと・・『連合軍』が出たあたりかな?」

『連合軍』・・・?
2人は自分の記憶を巻き戻してみた。
それほど前ではない。時間軸的にはけっこう今に近いところだ。

「―――って先攻2ターン目じゃない!アンタどんだけ早いのよ!?」

「あはは、ちょっと引きが良かったんだ。
2人のデュエルってまだ見た事無かったから見てみたいなぁ〜って思ってたの。」

その言葉に玲二は大きく反応した。

「(有紗ちゃんが・・・俺(と麗奈)のデュエル見てみたいってよ!!
ここでかっちょいい所を有紗ちゃんに見せれば俺の評価は間違いなく急☆上☆昇!)」

玲二の目には炎が宿る。
周知の事実だが、男というものはステキな女性の前だと普段の1.5倍の力を出せるのだ。

「(よっしゃああ!!萌えて・・じゃなかった、燃えてきたぜっ!!)」

「俺のターンだっ!ドロー!
『鉄の騎士 ギア・フリード』召喚!」


『鉄の騎士 ギア・フリード』
地 戦士族 レベル4 ATK/1800 DEF/1600
このカードに装備カードが装備された時、その装備カードを破壊する。


「今度こそ終わりだぜ、麗奈!
全軍、突撃!!」

向かってくる軍団の前に、麗奈は苦し紛れにリバースカードを発動させた。

「ごっ、『ゴッドバードアタック』!『ハルピュイア−イクセス』を生け贄に『熱血歩兵』と・・・『異次元の戦士』を破壊する・・!」


『ゴッドバードアタック』
通常罠
自分フィールド上の鳥獣族モンスター1体を生け贄に捧げる。フィールド上のカード2枚を破壊する。


『ハルピュイア−イクセス』の身体が金色に輝き、神速の速さで2人の戦士の身体を貫く。
それと同時に鳥人の身体も四散してしまった。
その褐色の羽根が宙を舞う花びらのように辺り一面に飛び散る。

しかし生き残った戦士の攻撃は止まらない。


――信・忠・殺!
――鋼鉄の手刀!


一つの刃は守備表示の『ガストファルコン』を真っ二つに切り裂き、もう一つの刃は麗奈の身体に勢いよく振り下ろされた。

「わあああっ!」
麗奈 :3750→1550

「へへっ・・ターン終了!」

「(く・・この状況はヤバイわ・・・しかもまさかのモンスター切れ・・・・)」

玲二のフィールドには『連合軍』が展開されている。ここでさらにモンスターを増やされでもしたら麗奈の勝機はかなり薄くなる。
『コマンド・ナイト』のようなモンスターが出てきたりすればなおさらだ。
その上麗奈の手札にはモンスターカードがない。全て魔法カードだ。

「(ここでなんか来てよね・・デスティニー・ドロー!!)」

麗奈は勢いよくカードをドローする。
そして恐る恐る引いたカードを確認すると麗奈は思わず歓喜の声を上げてしまった。

「や、やったわ!」

「うえっ?な、何が・・・?」

「とりあえず、『早すぎた埋葬』を発動!『ハンター・アウル』を墓地から特殊召喚!」


『早すぎた埋葬』
装備魔法
800ライフポイントを払う。自分の墓地からモンスターカードを1体選択して攻撃表示でフィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。このカードが破壊された時、装備モンスターを破壊する。


麗奈 :1550→750

「いくわよ!
『早すぎた埋葬』の効果をトリガーに『地獄の暴走召喚』発動っ!!」


『地獄の暴走召喚』
速攻魔法
相手フィールド上に表側表示モンスターが存在し、自分フィールド上に攻撃力1500以下のモンスター1体の特殊召喚に成功した時に発動する事ができる。その特殊召喚したモンスターと同名カードを自分の手札・デッキ・墓地から全て攻撃表示で特殊召喚する。相手は相手フィールド上のモンスター1体を選択し、そのモンスターと同名カードを相手自身の手札・デッキ・墓地から全て特殊召喚する。


「デッキから『ハンター・アウル』2体を特殊召喚!」

麗奈のフィールドの地面がメキメキ音を立てて割れる。
その亀裂から2体の『ハンター・アウル』がうぞうぞと這い出てきた。

「『ハンター・アウル』がフィールドに3体存在する。それによって全ての『ハンター・アウル』の攻撃力は2500にアップするわ!」

『ハンター・アウル』×3 ATK/1000→2500

「(う、うそだろ?1ターンで攻撃力2500のモンスターが3体も並ぶなんて・・・!)」

「で、でも俺のデッキにはもう1枚『ギア・フリード』が入ってる・・
『ギア・フリード』を1体特殊召喚だ・・!」

忘れがちだが『地獄の暴走召喚』の効果は相手にも及ぶ。
よって、『ギア・フリード』がもう1体デッキから特殊召喚され、玲二のフィールドのモンスターも3体になった。
が、『連合軍』の効果を受けているとはいえその攻撃力はギリギリ『ハンター・アウル』の群れには及ばない。

『盲信するゴブリン』 ATK/2400
『鉄の騎士 ギア・フリード』×2 ATK/2400

「フフン、形勢逆転ってヤツね。
でも、さらに追いつめるわよ!魔法カード『風の便り』発動!」


『風の便り』
通常魔法
自分の墓地に存在する攻撃力1500以下の風属性モンスター2体を手札に加える。


「この効果で『強襲するガストファルコン』と『ハルピュイア−イクセス』を手札に加える!」

玲二はもう自分の死期がすぐそこまで近づいている事を悟った。
麗奈はまだ通常召喚を行っていない。

「『ハルピュイア−イクセス』召喚!
その効果で『ガストファルコン』も手札から特殊召喚よ!」

麗奈のフィールドが5体の鳥で埋め尽くされる。
そして召喚された2体の鳥もやはり風属性。
『ハンター・アウル』はさらに攻撃力を上げる。

『ハンター・アウル』×3 ATK/2500→ATK/3500

「うっそーん・・・。」

玲二の口は開いたまま塞がらなかった。
この鳥の群の前にはもう為すすべ無しである。

「わたしの勝ちよ!『ハンター・アウル』たちで玲二のモンスターに攻撃!!!」


――梟流狩戦術!


梟の狩人は玲二の場の戦士たちに凄まじい波状攻撃を仕掛ける。

「のあああっ!?」

1体、また1体と玲二のモンスターは撃破されていく。
そして最後の1体が撃破された時、玲二のライフは0になっていた。


玲二 :2600→1500→300→0




               OVERKILL!!




「ま・・また負けちまった・・・」

「ふいー、惜しかったわね玲二。わたしの方が一枚上手だったみたい。」

自分のセリフを麗奈にそのまま返されてしまい、玲二は苦い顔をする。

「すごいなぁ、2人とも強いんだね。」

ずっと2人のデュエルを見ていた有紗が率直な感想を述べる。なんだか嬉しそうだ。

「フフン、わたしたちこう見えてもけっこうデキるのよ。ねっ、玲二?」

「・・・・うん・・・。」

すっかりしおれてしまった玲二。最後の最後でかっこわるい所を見せてしまった。

「玲二くん?どうしたの?」

「・・俺・・このまま小説終わるまでずっと勝てないんじゃないかと思って・・・」

「はぁ?アンタ何いってんの?」


――――大丈夫、キミ一応主要キャラだから。そのうち勝たせてあげますよ。


多分。


「よく解らないけど・・さっきの玲二くんすごかったよ?」

「・・ほ・・ホントに?本気で言ってるんデスカ?」

一気に玲二の表情が変わる。

「本気だよ・・?下級モンスターの展開力もすごいと思ったし・・
うん、かっこよかったと思う。」

有紗は何気なくそう言い放った。
当然、その言葉に深い意味など無い。
が、玲二にとってそれは雷に打たれる以上に大きな衝撃だった。


「・・・・・カッコヨカッタ・・・・?」


その言葉を聞いたことがないわけではない。何度も何度も聞いた事くらいある。
しかし、それは自分以外の誰かに向けられた言葉であって、自分とは無縁のものだった。
でも、今回は違う。
今までずっと憧れていたその言葉をついに彼は受ける事が出来たのだ。
生まれて初めての刺激。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


普通の人なら『わぁ、嬉しいな』くらいの刺激だろう。
だが、彼にとってその刺激はあまりにも強すぎたようだ。


「れ、玲二くん・・・?」


そして・・・・




「―――イイイリリリリリィィィヤッハーーーーーーーーーーーーーーイ!!!!」





リミッターが外れてしまったかのように辺りを駆けめぐる玲二。
その様子は火の付いたネズミ花火のようだ。
辺りの生徒も彼の異変に気づき、デュエルを中断してしまった

「え・・アイツ・・・どうしちゃったの・・・?」

「わ、わかんない・・・。」

玲二の豹変にドン引きする麗奈。有紗もぽかんとしながらその様子を眺めていた。



「―――ヒイイリリリリリィィィアッホーーーーーーーーーーーーーーウ!!!!」



ガッシャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!



彼は狂喜乱舞したままホールの窓ガラスを突き破って外へ飛んでいってしまった。


「・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・。」


しばし沈黙する2人。彼女たちはまだ今の状況を把握することが出来なかった。
ここまで女性に免疫の無い男も珍しいかも知れない。



「・・・・・・おもしろい人だね。」

「・・有紗・・・その反応もどうかと思うわよ・・・・。」




ホールには散乱した窓ガラスとそれに伴って発生したであろう『赤い液体』が残されていた――――。

その日、玲二の姿を見た者は誰もいなかったらしい・・・。









『響、身体の調子はもういいのか?』

ブレイカーが言う。

「・・ああ、大したことはなかったらしい・・。」

PM2:00
所変わって響の家。

三十八度あった響の熱はすっかりひいていた。
半日しか経っていないというのに、驚異的な免疫力である。

『ところで君は何をしているんだ?』

「・・これか?・・今、封筒を作っているんだ・・・。」

元気になった響は机の上にある茶色い紙を器用に折って封筒を作っていた。
既に机の上には出来上がった封筒の山がいくつか出来ている。

『君は手紙を書く趣味があったのか?』

「・・・俺が手紙を書くように見えるのか・・?」

『いや、まさか。そんな訳ないじゃないか。』

「・・・・・・・・そうだろうな・・・・・確かに書かないが・・・・。」

即答されてしまったことに少し落胆する響。それでも表情には決して出さない。

「・・・・これを売っていくらか生活の足しにするんだ・・・。」

響は生活費確保のために封筒作りの内職をしているのだ。数日前に始めたばかりなのだがすでに要領は掴んできている。内職する高校生と聞くと何とも感慨深いものがあるが、バイト禁止のこの高校で彼が生活費を確保するにはこういう細かいところで稼いでいかなければならないのだ。

『なるほど・・・君も大変だな。
しかし、病み上がりなんだから無理をしては駄目だぞ。風邪は万病の元といって、様々な病に変化するらしいからな。『ブラックダスト』にでもなったら大変だ。』

彼は決して冗談を言っている訳ではない。

「・・・・風邪は『ブラックダスト』にはならないから安心しろ・・・。」

『そうなのか?ならばいいんだ。ちなみに『びたみんC』というものが風邪にはよく効くらしいぞ・・・私には何の事かさっぱり解らないが。』

決して冗談を言っている訳ではない。これが現実社会とカード社会の格差なのである。


「(・・・『ラキュラス』か・・・あいつ、また変な事をブレイカーに吹き込んだな・・)」


ブレイカーと談話をしながら響は黙々と封筒の山を作っていく。

『とにかく、無理だけはしないでくれ。君に何かあって困るのは私たちなのだからな・・・。』


その言葉に響の手が一瞬止まる。が、またすぐに紙を折りながらこう言った。


「・・・わかってるさ・・・。」

ふと、自分の作った紙束に目をやってみる。

気づけば封筒の山は部屋の低い天井に届くまで成長していた。

「・・さて、もう一息だな・・・・。」

響は封筒作りのピッチを上げる。
その速度はどんな量産機械よりも速かった。

第七章 complete





PM8:05
通学路。

割と遅刻寸前なこの時間帯は童実野高校へ登校する生徒が多い。
辺りには紺色や桃色の制服を着た少年少女が歩いている。
その様子は友人と一緒だったり、カップルだったり、イヤホンマンだったりと多種多様だ。

その中でもひときわ周りの注目を集めている少年がいた。
破月響その人である。


「・・・・・・寒いな・・・・・・。」


なぜ彼が周りの目を引きつけているのか?
なぜ彼が『寒い』と言っているのか?

その理由は単純明快、彼の着ているモノは夏服だからである。

今月制服をクリーニングに出すほどの余裕が無かった響は、来月になるまで半袖ワイシャツというスタイルを余儀なくされてしまったのだ。

紺色桃色の中で白という色はイヤでも目立ってしまう。
その上5月の朝風というものは意外なほど冷たい。
この格好は彼にとってかなりの苦痛であった。


「(・・・俺には・・・あんな格好をしているグレファーの気持ちがわからん・・・。)」


心の底からそう思った。

「おっ、おーいっ、響ー!」

不意に聞き慣れた声が聞こえた。

「ん・・・玲二か・・・。」

その声の主が誰かはよく解っていたため反射的に響は振り向く。

しかし、響の知っている『彼』は残念ながらそこにはいなかった。

「・・・・・うおぅ・・・。」

響は思わず驚きの声(?)を上げてしまった。それでもポーカーフェイスは貫き通す。

「・・・・あんた・・・誰だ・・?」

そこにいたのは顔中白い包帯でぐるぐる巻きにした奇妙な男だった。
彼の顔のパーツは左目しか確認する事が出来ない。
赤バンダナの彼は一体どこへ行ってしまったのか・・・・・

「お・・俺だよ!玲二だよ!」

すぐそこにいた。
最初から解ってはいたことなのだがどうしても確認を取らずにはいられなかった。

「・・・なんだそれは・・・ヘリオスの真似か・・・?」

「・・・・・・ヘリオスは顔に包帯巻いてねぇだろうがよ・・・。」

響の妙な突っ込みに、玲二も妙な応答をしてしまった。
どちらかというと今の彼は『さまようミイラ』という表現が一番合っている。

「・・・で、それはどういうつもりだ・・?」

「・・俺もよくわかんねぇんだよ・・。
なんか俺、公園の砂場の上に倒れてたらしいんだよな。血まみれで。
で、夕方に血まみれの俺をみた近所のおばちゃんが救急車呼んでこうなったんだとさ。
俺、どうしちまったんだろうな・・・。」

「(・・・それはこっちのセリフだ・・・・・・・。)」

玲二は昨日自分がどれだけの醜態をさらしたかこれっぽっちも覚えていないようだ。

「しかーしっ、俺その間にすげぇイイ夢見たんだよなー!あれはパラダイス・・いや、極楽浄土だったぜー!
・・・ン?その内容が知りたい?知りたいだろー?お前そーいうカオしてるもんなー!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

どうせコイツがこの後ロクなことを言う訳がない。響には解っていた。

「しょーがねーなー、教えてやりまショー!
いいか、1回しか言わねぇからよく聞けよ?
―――夕暮れ時のデュエルホールに俺と有紗ちゃんが二人っきりなんだ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「――――そんでな、有紗ちゃんが俺のカオじっと見てこう言うんだよ・・・。
『・・・玲二くんって・・かっこいいよね・・・。』って!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「――――でな、そのあとちょい間を置いて・・・
『・・キミの事・・好きかも知れない・・あたしでよければ・・つきあって下さい・・。』
って言うんだよー!!!うっひょー!!!
カオ真っ赤にして言うところがなんともいじらしいというかさー!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「――――するとどうだろう!?
有紗ちゃんが俺のカオにそっと手を添えて俺のカオを自分のカオの近くに引き寄せるんだ・・・。
そしてそのまま2人の唇が近づいていき・・・そしてっ!!!
・・って・・・アレ・・?響??
オーイ!どこいったんだよー!?これからがイイトコロなのにーー!!」




思春期少年 瑞刃玲二の煩悩の日々は続く・・・。




第八章 【追跡】

コーンキーンカーンコーン・・・。

PM3:45
放課後。

『ゴメン、有紗!ちょっと先に帰っててくれない?世界史の補習受けなくちゃいけなくてさぁ。』

『あ・・そうなんだ・・・。
・・・うん、わかった。がんばってね。』

『ゴメンねー。じゃ、バイバイ。』



――――――。

―――――――――。

――――――――――――。



「ふぅ・・・・なんか1人で帰るのも久しぶりだなぁ・・・。」



自分の靴だなに上履きを入れながら有紗は独り言を言う。
学校を出て、周りを見回してみるが有紗の知っている生徒は数えるくらいしかいない。

「(いっつも麗奈ちゃんが一緒にいてくれたからかな・・・?
1人で歩くのってこんなに寂しかったっけ・・・?)」

思わず親友がいる事のありがたさを実感してしまう。
人というのはいなくなってからそのありがたみがわかるというものだ。




――――スゴオオォォォォォッ!!!!




「・・・・!?!?!?」

不意に背筋に悪寒が走るのをを感じた。5月の風のせいではない。
何者かの強力な眼力を感じたからだ。それもこの気配の量は尋常じゃない。
3人・・・いや4人だろうか・・・?もしかしたらもっといるかも知れない。

「(・・・・・なんでだろう・・・・周りに知ってる人なんかいないのに・・・・。)」

首をキョロキョロと動かしその位置を探る。
しかし、その途端にフッと気配は消えてしまった。

「(・・・気のせい・・かな・・?・・・・そうだよね・・・自意識過剰だよ・・・。)」

そう自分に言い聞かせるものの、何となく視線が怖くなったので急ぎ足で校門を出る。


その時だった。


「・・・・あっ・・・。」


有紗の目に見慣れない制服が映る。

季節はずれの透き通るような白い半袖のワイシャツ姿だ。

そんな人物は現在彼しかいるはずがない。


「(響くん・・・だ・・・。)」


――――彼は有紗にとっては未知の存在だった。


隣の席でいつも近い位置にいるというのに滅多に口を利く事はなく、話しかけても20字以上の返答が返ってくる事すら希なのだ。今日だってそうだった。
必死にコミュニケーションを取ろうとするのだが、彼の黒いオーラが意識的に『話しかけるな』という暗示を掛けてくるような気さえしてしまう。
(コレは有紗の思いこみに過ぎないのだが。)
あの事件から少しは彼と仲良くなれたと思っていた有紗だったが、実際のところはこれっぽっちも彼との関係は変わっていなかった。


――――しかしそれと同時に彼は有紗にとって興味の対象でもあった。


日本に来て初めて出会った”精霊”『ブレイカー』の存在。
その所有者で自分と同じように”精霊”を見る素質がある人物。
彼女がそんな彼の存在そのものに関心をもっていたのは紛れもない事実だった。
そして、プリザーヴを助けた時に彼が言った台詞・・・




――――『いや・・・特別な『存在』なんだろうな・・・・。』




あの台詞が未だに有紗の頭にこびりついていた。




「(・・・響くんにとって・・・『精霊』ってどんな『存在』なんだろう・・・・。)」




ふと、彼の存在を確認する。
この数秒のうちに20メートルくらい距離を離されていた。

「(あっ・・・行っちゃう・・・!)」

有紗は無意識に駆け足になっていた。



彼のことが知りたいという気持ちが、自然に身体を動かしていたのだ。



スタッ、スタッ、スタッ、スタッ――――

てってってってってってってって――――


有紗は響を見失わないようにその後ろにぴったりと付いていった。


スタッ、スタッ、スタッ、スタッ――――

てってってってってってってって――――


ところが2人の距離は次第に離れていく。
歩幅が違いすぎるのだ。

「(は・・速いよ・・・。)」

響の身長は約180センチ。有紗は約160センチである。
響が4歩歩く間に有紗は8歩歩く必要があった。
別に有紗の脚が短いわけではないのだが(むしろ長い。)、モデル体型の響には及ばない。
500メートルも歩けば有紗の息も切れ始めていた。

「はあっ、はあっ・・・うっ・・・あ・・・・ふうっ・・・・。」

もうすでにグロッキーである。
有紗は日頃の運動不足をこれほど悔やんだ事はなかった。
それでも必死に彼についていく。



「・・なぁ・・なんでついてくるんだ・・・・?」



そこからさらに200メートルほど歩いたとき、突然、響が背中越しに言った。
有紗の荒い息に気づいたのだろうか。

「ふえっ・・・・!?」

一瞬、誰に言ったのか解らなかった。思わず情けない声をだしてしまう。

「あ・・そ・・その・・・えっとぉ・・・。」

よくよく考えてみれば今まで自分がしていたのは『ストーキング』そのものだ。
急に自分のしていた事に恥ずかしさを感じてしまう。

「あ、あたしの家も・・・こっち・・・だから・・・。」

思わずホラを吹いてしまった有紗。実際、彼女の住処は今まで歩いてきたところと正反対だ。
しかし、『ストーキング』していたという事実は何とか隠したかったのである。

「・・・・・そうか・・・。」

一言そういうと響はさっきまでと同じ歩幅で歩き出した。

「ちょ、ちょっと待って・・!」

これ以上あの歩幅で歩かれたら二度と追いつけなくなる。
そう思った有紗は無意識のうちに彼を呼び止めていた。

「・・・?」

「・・・あ・・・・えっと・・・その・・・」

呼び止めたものの、どう切り出せばいいか解らない。

「・・・なんだ?」

「・・・・・あ・・う・・・」

金魚のように口をぱくぱくさせるが言いたい言葉はいっこうに出てこない。
というよりも、彼女はなぜ自分が彼の事を追いかけていたのかすら解っちゃいなかった。

「(ど、どうしようどうしよう!こんな時なんて言ったらいいの!?
あああ〜もう〜誰か助けて〜〜!!!)」

有紗の脳内は大フィーバーだ。

「・・・・・・・・・・・。」



スタッ、スタッ、スタッ、スタッ――――



「あああっ、待って待って!!」

「・・・・・・・ふうっ・・・・・・。」

「(た・・ため息つかれた・・・)」

もうこれ以上長引かせるわけにはいかない。
とりあえず頭に浮かんだ言葉をそのまま口に出す事にした。

「そっ、その!!話っ、話がしたくてっ!!」

「・・・・・・話・・・・?」

とっさに口から出てしまった言葉に有紗は後悔した。
本心ではあるもののあまりにもストレートだ。

「(・・・・なに言ってるんだろう・・・あたしは・・・。)」

顔の皮膚に血が集まるのを感じた。

「・・・わかった・・。」

「ふえっ・・・・!?」

予想外の反応に有紗は再び情けない声を出してしまった。

「・・・すぐそこに公園がある・・・行くぞ・・・。」

「えっ・・あ、あの・・・」

「・・話があるんだろ・・・立ち話はあまりしたくない・・・。」

そう言うと有紗を置いてすぐそこに見える公園へ歩いていってしまう。

「(な・・なんて自由な人なんだろう・・・。)」

有紗はそれを追う事しかできなかった。









「・・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・。」

公園には誰もいなかった。
元々小さな公園で人が入る事も滅多に無いものだからかなり寂れてしまっている。
その寂れた公園の錆び付いた小さなベンチに2人は並んで座っていた。

「・・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・。」

沈黙。ただただ沈黙が続く。
大して長い時間は経っていないが尋常でない時間ベンチに座っているような気がする。

「・・・・・・・・・・話は・・?」

「!!」

その沈黙を破ったのは意外にも響であった。
想定外の事態に有紗の頭に整理されていた原稿が『ハリケーン』のようなもので全部吹っ飛んでしまった。

「え・・えっと・・そうだ・・!玲二くん・・玲二くんは一緒じゃないの?」

テンパった有紗は自分でも予想していなかった質問をしてしまった。

「玲二・・?・・あいつはグレファーに連れられていった・・・。
備品破損だかなんだか言ってたような気がするが・・・・。」

「あっ・・昨日の・・・」

有紗は昨日の玲二の不祥事を思い出した。恐らくガラスのことやら授業をサボったことでこってり絞られているのだろう。
最もその原因は自分のせいであるとは微塵も思っていないのだが。

「・・・・・それだけか・・?」

響が言った。その言葉で本来の目的を思い出す。

「(そ、そうだった!こんな事が聞きたいんじゃ無かったのに・・・!)」

深呼吸して自分の気を静める。
そして、自分が本当に言いたかった事をついに口にした。

「あのさ・・響くんって・・・・『見える人』だよね・・?」

「・・『見える人』・・・・・」

響はその返答に少し間を置く。なにか考えているようだ。

「・・・・・幽霊か・・・?」

「へっ・・・??」

逆に真顔で質問されてしまった。
一瞬なにが起きたか解らなくなるが、すぐに彼が的はずれな事を言っている事に気付く。

「・・・そ、そうじゃなくて、カードの・・!」

「・・カードの・・・幽霊・・・?」

「『幽』だけ変えて〜!」

「・・・・・亡霊・・・・?」

「ちがう〜!!」


――――――。

―――――――――。

――――――――――――。


「なるほど・・・精霊の事か・・・・。」

この間5分。なかなかの好タイムだ。

「(・・なんで亡き者から離れようとしなかったんだろう・・・。)」

やはり有紗にとって彼は未知の存在であった。改めて再確認する。

「一応・・・・それらしいモノは見えてはいると思う・・・
それがよく本とかで話題になっている精霊と同じものかどうかは解らないけどな・・。」

「や、やっぱり・・。そうなんだ。」

「・・・あんたもそうなんだろ・・。
・・・・ブレイカーがそう言っていた・・・。」

「・・う、うん。
あたしね、自分と同じくらいの歳の人で見える人がいなかったから・・・。
その、嬉くて・・・。」

「・・・そうか・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・えーっと・・・・・・。」

また会話が途切れる。

「(う〜ん・・・・なんで上手く話せないんだろう・・。
玲二くんとか麗奈ちゃんは響くんとあんなに仲良く話せるのに・・・・。)」

有紗は必死に話題を探す。するとある事が記憶の中から蘇ってきた。

「あっ!そうそう、プリザーヴがね、響くんと話がしたいって言ってたんだ!」

そして、ごそごそとカバンからディスクを取り出しその中から1枚のカードを抜き取る。

「・・・・俺と・・・・?」

有紗の手にあったカード『熾天使 プリザーヴ』が響の元へ渡った。

響は改めてそのカードを目にするが、信じがたいほどに美しい天使の姿が描かれているソレに思わず息を呑んでしまう。その美しさは手にした炎の剣や身につけている白銀の鎧だけでなく、その背景にすら魅力を感じてしまうほどだ。

詳細を読みとろうとするが、そのカード表記はアルファベットでテキストだったため響には読みとる事が出来なかった。
カード名は『Preserve The Seraph』となっている。
直訳すると『熾天使 プリザーヴ』になるのだろう。

「(・・まさか・・・・英語でしゃべったりしないだろうな・・・。)」

『話したい』と言われてもその内容が理解できなければ話にならない。
極端に英語が苦手な響はそれが不安だった。
しかし、その不安は次の瞬間には消えることとなる。


『こんにちは、響さん。こうして面と向かって話をするのは初めてですね』


凛と澄んだ声が響の頭の中に届く。当然、響の理解できる言語だ。
なんというか、大人っぽい声だ。

『この間は助けていただいて有り難う御座いました。
本当に感謝しています。
私が今こうしていられるのも全て貴方の御陰なんですよ。』

「あ・・・ああ・・それはどうも・・。」

『貴方の事は有紗から聞いていますよ。いつもお世話になっているようで・・・。』

「いや・・・別に・・・。」

見かけに寄らず、かなり饒舌だ。殆ど喋ったりしないものだと響は思いこんでいた。

「(・・・なんで俺はカード相手にこんなに腰を低くしているんだ・・・?)」

柄にもなくしどろもどろになってしまう響。
その様子を見ていた有紗は思わず吹いてしまった。

『うふふ、そんなに固くならないで下さい。
私はただ、貴方のことが知りたいだけですから。』

「・・・俺の・・こと・・?」

予想外だった。
まさかカードに自分のことを知りたいなんて言われるとはだれも思わないだろう。
しかも他人のカードである。

『ええ。手始めに貴方の趣味や好きなもの、生年月日、その他諸々を教えてくださればありがたいんですけど。』

「・・・???」

ますます意味が解らなかった。
カードがそんな事を聞いて一体どうしようというのだろうか。

「・・・ちょっと待ってくれ・・・そんな事を聞いて一体どうするつもりなんだ・・?」

響は思った事をそのまま口にする。
しかし、彼女から返ってきた答えはあまりに手応えのないものだった。


『どうもしませんよ。
・・・ただ、貴方がどんな人なのか気になるだけです。』


「・・・・・・気になる・・俺が・・・?」


彼女が話すたびに響の思考の糸はこんがらがっていく。
そして次の彼女の言葉がその糸をブツリとねじ切ってしまった。


『そう。
・・・私も・・・・・・・・・有紗もね。』


「・・・・・・・・????」


「!!!ちょ、ちょっとっ・・!!」


有紗が声を上げた、その瞬間、響の視界からプリザーヴが消える。
隣を見るとソレは有紗の手の中に強制転移していた。

――――顔が真っ赤だ。遠目から見たってわかるだろう。

「あ、いや、変な意味はないんだよ?その、なんていうか、ほら、あの・・・・」

ばたばたと手を動かして必死に何かを弁解しようとする有紗。
まるで鳥もちにかかった鳥が一生懸命空を飛ぼうとしているかのようだ。

「あっ!!そ、そうだ、用事思い出しちゃった!もう帰らないと!
ばいばい響くん、また明日!!今日はありがとね!!」

「?????・・・・あ、ああ・・・・・・・。」

有紗はそう言うとあっという間に響の見えないところへと消えてしまった。

「・・・何だったんだ・・?結局・・・・」

公園にはベンチに座っている響だけがポツンと残される。




ひゅうう〜〜〜・・・・。




彼はそのとき、朝風だけでなく5月の夕風も冷たい事に初めて気が付いた。
やはりこの季節に半袖ワイシャツはキツイ。


「・・・変なヤツ・・・。」


そう呟くとゆっくりとベンチから立ち上がる。
そして、彼も誰もいない公園をそのまま後にすることにした。










『どうしたの、有紗?急に走ったりして・・・。』

走り疲れ、有紗がビルの壁にもたれかかっている時、プリザーヴが不思議そうに言う。

「だ・・だってプリザーヴがいきなりあんな事言うから・・。」

『彼の事、知りたかったんでしょう?
もう少しで彼の事がいろいろ解りそうだったのに、もったいない。』

「そ、それは・・・・そうだけど・・・」

有紗は言葉を詰まらせる。
彼女の言うとおりだ。結局聞きたい事の一つも聞く事が出来なかった。
しかし、有紗は彼女に文句を言わずにはいられなかった。

「でもっ・・あれじゃあたしがプリザーヴに響くんの事を聞き出すように仕向けたみたいじゃない・・・響くんに変に思われちゃうよ・・・。」

『そうかしら?』

「そうだよ・・・。」

有紗はそう言うと、少しむくれたまま歩き出した。
走ったせいかどうかは解らないが彼女の顔はまだ赤い。

『ふう・・悪かったわよ。まったく、年頃の女の子は難しいわね。』


とりあえず謝ってはいるものの彼女の台詞からはとても反省してるようには思えない。


『でもね・・・私が彼の事を知りたいって言ったのは嘘じゃないわ。』


「えっ・・・?」


不意にプリザーヴが言ったその言葉に、有紗は少し意外そうな顔をする。


『貴方の身の回りの事は、出来る限り知っておきたいもの。』


「・・あっ・・・・。」


彼女の一言に、胸が詰まるような・・・そんな感じがした。


『・・・それに――――』


さらに付け足すようにして少し長い間を置き、彼女はこう言った。


『貴方以外の人と話すのも久しぶりだったから・・・・ね。』


「・・・・・そっか・・。」


彼女のその言葉が、有紗には妙に重く感じられた。



「(・・そうだ・・プリザーヴはいつだって――――)」



『ふふっ、ごめんなさいね。なんだか柄にもなくしんみりしちゃったみたい。』


プリザーヴが謝る。空気の重さに気付いたのだろう。


「ううん、そんなことないよ・・・。」


有紗も重い空気を払いのけようと精一杯に微笑んだ。


「・・・コンビニ行こうかなっ、夕ご飯買わないと。
あのコンビニのおにぎりけっこうおいしいんだよ。」


『あら、それはカードの私に対する当てつけかしら?』


「あははっ、ごめんごめん。」


少し皮肉っぽい冗談を言うプリザーヴに有紗の顔から思わず笑みがこぼれる。
いつの間にか、雰囲気は元に戻っていた。
そのまま有紗は彼女と談話をしながらコンビニへと向かうことにする。


その途中、辺りの通行人がカードに向かって楽しそうに話しかける有紗に奇異の目を向けるが、彼女にとってそんなことはもはやどうでもいい事だった。

第八章 complete





コーンキーンカーンコーン・・・


PM3:35
某日の放課後。


「おわった〜!!なんか長かったな〜!!」


HR終わりのチャイムが鳴ると同時にいつもの赤いバンダナをつけた玲二が声を上げる。
2−Dの定番だ。


「響、つきあえよ。新パックの発売日だったろ。」


そのまま隣にいる響に声を掛ける。
これも2−Dの定番だ。


「・・『GONAMI』か・・・わかった。」


新パック発売の事は響も知っていたので玲二が今声を掛ける事をなんとなく予想していた。響はのそりと立ち上がると妙に重そうなカバンを肩に掛ける。

「あっ、2人とも!『GONAMI』行くの〜?」

教室を出ようと響がドアに手を掛けた時、麗奈が後ろから2人に声を掛けた。

「おっ、麗奈・・・と有紗ちゃーん!!」

麗奈の隣にいた有紗の姿を見るなり、玲二のテンションが大きく跳ね上がる。

「ちょっと、ずいぶん対応が違うじゃないのよ・・・。」

「あはは・・・・。」

そんな玲二の態度に少しムッとする麗奈。隣で有紗が苦笑いしている。

「・・まあいいわ。
わたしたちも『GONAMI』行くんだけど、よかったら一緒に行かない?」

「マ〜ジで!?全っ然OK!!・・・だよな?」

一応、響に確認を取る。

「・・ああ・・・。」

「・・・・・・・・・。」

つれない返事だ。
一応、彼は普通に返事をしたつもりなのだが他人が聞いたらそうは聞こえないだろう。
そんな響の様子に麗奈の後ろで有紗が不安そうな顔をする。

「そうつれなくすんなよ〜!男二人で行くよりだったら絶対こっちの方がいいって!」

「・・・・そう・・だな・・。」

「フフン、じゃっ、キマリね!行こーか!」

麗奈がそう言うと、ぐいぐいと教室から男子2人の背中を押し出した。

「・・・・っと・・・・。」

「おいおい、押すなって!」




と、その時だった。




「いたっ!見つけたぞ!!」

響たちの目の前にいきなり何者かが立ちふさがった。

「(?・・なんだ・・このシチュエーション・・・・どこかで・・・。)」

なんだか懐かしいシチュエーションと共に現れる印象の薄い少年。
だが、記憶が曖昧すぎてなぜ懐かしさを感じているのか響には解らなかった。

「・・あの・・知り合い・・?」

有紗が思い切って響に聞く。麗奈も、あろうことか玲二も同じ事を響に聞きたそうにしている。

「・・・・知らん・・。」

「オイッ!!バカヤロー、オレだ!井野場だ!!」

響の台詞に目の前の少年がキレる。懐かしい気はするがやっぱり思い出せない。

「・・・井野場・・・?」

とりあえず、少年の名前らしいその単語を脳内で検索してみる。
しかし、そんな単語は彼の脳味噌には記載されていなかった。

「くそっ、しかたない・・・。」

どうしても響が思い出せそうにないと悟った彼は思い切ってこう叫んだ。

「オレの名はっ!!『少年A』だっ!!」

「!・・・『少年A』・・だと・・・・!」




ピロリロリロリロリロリロリロリロ・・・・・・・・




チーン!!!




『少年A』
名詞
井野場少年のこと。または井野場。
基本的に影の薄い少年も指す。また、その人。
用例「・・・またお前か・・少年A・・・」
「少年Aのような影の薄い人」
「貴様は所詮、ポッと出の少年Aに過ぎない」




「・・・まさか・・・お前なのか少年A・・。」

彼の再登場は響にとって予想外だった。
それもそのはず、キャラクター紹介で彼ははっきりと『使い捨てキャラ』と書かれているのだ。そんな彼が再登場するとは誰も思わないだろう。

「ぐっ・・やっと思い出したな・・・・おい!オレと勝負しろ!!」

いきり立って井野場という名の少年は決闘盤を腕に取り付ける。
これもまたどこかで見たシチュエーションだ。

「・・・唐突だな少年A・・・。」

「い、いきなり出てきてなんなのコイツ・・・。」

「(なんだでだろう・・台詞のインパクトは強いのに・・
・・・この人の印象が薄すぎて・・・・。)」

女性陣は印象薄いけどインパクトの強い彼に困惑気味だ。

「あー・・わりぃけどさ、俺らこれから『GONAMI』に――――」

「・・・いや、待て・・。」

そう言いかけた玲二を響が制止した。

「・・・いいだろう・・グラウンドでいいな・・?」

「お・・オイオイ、いいのかよ!?」

響の意外な反応に、玲二が焦る。しかし、響は表情を全く変えずにこう言った。

「・・・・大丈夫だ・・・。」


――――パクパク・・・・・。


「・・・・・ン?なんだ?」

響が唇だけ動かし、玲二に何かを伝えている。読唇術だ。

「・・・・あ、そーなん?OKOK。」

玲二に何かを伝えると、響はスタスタとグラウンドへ行ってしまった。
井野場少年もその後ろに付いていく。



「・・・・玲二、響くんなんて言ったの?」

「『すぐ終わる』ってさ・・それにしても、アイツどこかで見た事あるんだよなー・・・」

「だ・・大丈夫かな・・・・・。」


残された3人はこの状況に今ひとつ付いていけなかったが、とりあえずグラウンドに向かった彼らを追う事にした。


第九章 【少年エース】

グラウンド。



――――――。

―――――――――。

――――――――――――。




「・・・『ブレイカー』、ダイレクトアタック。」

ダゴッ!!

「どわああっ!!」



――――人と言うモノは歴史を繰り返す生き物なのだろうか・・・?



「うぉう・・ま・・・負けた・・・」


響  :8000
井野場:0


「弱っ!!」

「弱ええ!!」

「よ・・あっ、いけないいけない・・・。」


2人のデュエルを見ていた3人がそのあまりに呆気ない闘いの感想を述べた。響が言った通り、時間も全くとっていない。
(ちなみに上から麗奈、玲二、有紗の順番である。なにげに有紗の台詞が一番傷つくかもしれない。)



「(や・・やっぱり強い・・・コイツに頼めば・・・)」



「・・・じゃあな。」



そう言うと、向きも変えずにそのまま去っていった――――




・・・と、本来なら使い回しの上の文で『GONAMI』のシーンに移るハズだった。




――――しかし。



「ま、待てっ!!いや、待ってくれ!!」

「?」

井野場少年が立ち去ろうとした響を呼び止めた。
新しい歴史が生まれようとしているのだろうか?これは今までに無かった展開だ。

「お前の強さを見込んで・・・頼みがあるんだ・・!」

「・・・・頼み・・・?」

少年Aに頼み事をされるとは・・・とりあえず響は彼の話を聞く事にした。

「3日後・・オレらのクラスでデュエリストレベルの測定があって――――」



彼の頼みというのはこうだ。

井野場少年の属する2−Aでは3日後にデュエリストレベルの測定がある。しかし自分は好成績をとれるだけの実力が無い。それで彼はいい成績を取るため響に自分を助けてほしい――――。

という至ってシンプルなものだった。



「・・・・めんどくさい・・・・」

「そ、そういうなよ!!頼む、このとーりだ!!
今度の測定で失敗したら単位落としちまうかもしれないんだって!!」

「・・・・・・・・・・。」

井野場少年は自分の顔の前で手を合わせる。しかし、響の態度が変わる様子はない。

「くっ・・し、仕方ない・・・
次の測定でオレがいい結果が出せたらコレやるから!!」

そう言って彼は苦し紛れに制服の内ポケットから一枚の紙切れを取り出した。

ソレを見て響の様子が一変する。

「・・・!!そ・・それは・・・!!!」

表情は一切変わっていないのだが、『!』の数でどれだけ響が驚いているかが解る。


それはここらへんでかなり有名な高級製菓店の商品引換券だった。


「ば・・馬鹿な・・なぜお前がそれを・・」

「欲しくないか?これが・・。
言っとくけど、これがあれば『DXフルーツ生クリームパン』よりずっとレベルの高いもんが食えるぜ?本当ならオレが使う予定だったんだけど・・・。」

響の目の前で井野場少年がその引換券をひらひら揺らす。



「・・くっ・・・。」



彼はかなりの甘党である事を井野場少年に見抜かれてしまっていた。



あの店の洋菓子はかなり旨いが尋常でないほど高いというので有名だ。
確かに甘いものに目が無い彼はそこに足を運ぼうと何度も血迷った事がある。
しかし、貧乏人の彼がそんなモノに手が出せるはずがないのだ。

――――これはそんな彼に舞い降りたたった一つのチャンス。

今の響にとってあの紙切れは『ラーの翼神竜』すら越える神のカードそのものだったのだ。





「・・・・・・・・・・・。」





もう、彼の頭の中に『冷静な破月響』はどこにもいない。
今の彼に『なぜ井野場少年がそんなモノを持っているのか』という疑問など浮かんですらこなかった。





――――――。

―――――――――。

――――――――――――。




PM4:00
2−A教室

案の定・・・と言うべきだろうか。結局、彼は誘惑に勝つ事が出来なかった。

「――――で?なんで俺たちもなんだよ?」

玲二が響に文句を言った。
何も関係無いというのに、彼らは成り行きで響の手伝いをする事になってしまったのである。まったく、人のいい面々だ。


「・・・引換券のためだ・・・そう思えば悪くはないだろ・・。」

「ソレ響くんだけじゃん!
まさか響くんがあんな紙切れごときに買収されるとは思わなかったわよ!」

「ホントだぜ・・今日はおニューのカードが俺の元に舞い降りる予定だったんだけどなぁ・・。」

「・・・・・・・・・・・。」

麗奈と玲二が響を非難するが、当の本人には全く効果がない。
どこ吹く風といわんばかりに聞き流している。

「ま、まあまあ・・
『GONAMI』にはいつでも行けるんだし、たまにはこういうのも良いんじゃないかな?ホラ、『情けは人のためならず』って言うし、自分の力を磨くって意味ではアリだと思うよ。」

有紗が響をフォローした。

「そりゃ・・そうだけどね・・。」

「有紗ちゃんにそう言われちゃどうしようもないぜ・・・。」

彼女の意外な発言に玲二と麗奈は顔を見合わせる。



「・・・こういう前向きな姿勢は大事だな・・・・・。」

「「オマエが言うな!!」」

「うおぅ・・・・。」






そんな中、全く輪に入っていけない人物が1人。

「(・・・ア・・アレ〜?おかしいな・・
オレ、今回主役のハズなのに・・・・。)」

彼らが当事者の存在に気が付いたのはそれから5分後の事だった。


――――――。

―――――――――。

――――――――――――。


「・・・これがお前のデッキか・・・?」

「ああ。」

とりあえず、4人は井野場少年のデッキ診断をすることにした。まず、どんなデッキを使っているのか解らなければ話にならない。

「なんかみょーにデカいデッキね・・。」

普通のデッキの1.5倍はある。4人はゴクリと息を呑んだ。

「すでにキケンなニオイがプンプンしてるぜ・・。」

「とりあえず・・見てみようよ・・。」

そのデッキを机の上にバラし、それを囲って確認する。
その様子を井野場少年は隣の席でじっと見ていた。


しかし――――

ソレの出来具合は別の意味で彼らの予想を遥かに上回るものだった。




「(・・・・・『青色1号(ライフが400回復するアレ)』が・・・・2枚・・・・。)」


「(うわっ・・!『闇の芸術家』はデッキに入るカードじゃねぇだろ・・・!)」


「(『正々堂々』・・・・別にこんなとこで決意表明しなくたっていいじゃん・・。)」


「(・・『カードを狩る死神』って観賞用じゃなかったんだ・・・・。)」




デッキを奥まで見ていくほどに、彼らの顔は暗くなっていく――――。




そして10分後・・・。



「・・な・・なんなんだよ・・その顔は・・・」


デッキ診断終了。
彼らの目は既に死んでいた。この世のモノでないモノを見た後の顔をしている。


「・・・・・こんなもの・・・デッキじゃない・・・・。」


「・・お前・・・・これで何がしたいんだよ・・・・・。」


「・・・・・色んな意味で・・・終わってるわ・・・・。」


「・・・・・キミは・・・・可哀想な人だね・・・・・。」


彼のデッキを見た率直な評価をそれぞれがお構いなしに述べる。
その度に少年の無垢な心に鋭い矢がブスブスとささった。


「・・・・・・あんまりじゃない・・・?」


涙目になる彼をフォローする余裕など誰1人として残ってなかった。







診断結果:『もっとがんばりましょう。』







「・・・とりあえず・・・コンセプトを決めなければ・・・・。」

「お・・・おう・・・・。」

気を取り直して彼らはデッキ構築に取り組む事に。
正直、デッキがデッキと呼べるモノでは無かったので一から作り直す事になる。

「でも、どうすんの?一から作るったってこの人がどんなデッキにしたいかわかんないと作りようがないじゃん。」

「そうだよね・・・・Aくんはどうしたいの?」

「エ、Aくんて・・・・。」

有紗が少年Aくんに聞く。

「そ、そうだな・・・なんていうか・・
そうだ!オレらしいデッキがいいな!オレの特徴を掴んだデッキというか――――」


「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・ムリ言ってごめんなさい・・・・・・。」



響たちはガサガサと井野場少年のカバンの二軍カードをかき回し、それを確認した。

「(・・・・・酷いな・・・まともなカードが揃っていない・・・。)」

それをみた彼らは唖然とする。
大凡、三世代前と言われるような時代遅れのカードしか彼のカバンには入っていない。
とくに効果モンスターの質は目も当てられないようなものばかりだ。
除去カードも劣化しているものが多く、とても実戦に耐えうるものではない。


「・・・・・・。」


いきなり作業がどん詰まりしてしまった。

教室はしーんと静まりかえっている。

部屋に5人もいるというのに部屋がこんなに静かだとかなり気持ち悪い。


まともなデッキを作るのは無理なのか――――?


誰もがそう感じた・・その時だった。


「・・・!!
そうだ・・!!あったよ、彼の特徴を掴んだデッキ!!」


長かった沈黙が明るい声で破られる。
沈黙を破ったのは・・・なんと有紗だった。
出口がないはずの迷宮で出口を見つけてしまった時のような開放感に溢れた顔だ。

「ホラ、これ!これならなんとかなるよ!」

そう言って井野場少年のカバンのカードから3枚のカードを抜き取る。

「・・・・・おお・・・・・」

「さっすが有紗ちゃーん!!」

「スゴーイ!そっかぁ、こんなのあったのね〜!」

彼らも迷宮の出口を見つけたようだ。その顔に開放感が溢れていく。


「エッ?なになに、オレの特徴を掴んだデッキって――――」


自分に特徴があったことに喜ぶ少年を置いといて、デッキ構築が開始した。

凄まじい勢いで少年のカードが選出されていく。
幸い、そのタイプのデッキを作るカードだけは充実していたため、選ぶ分にはあまり困らなかった。


「――――なるべく質のいいモンスターを集めなければ・・・・・・」


「――――『血の代償』とかよくね?ドーンと大量展開みたいな!」


「――――意外と『マジック・ガードナー』とか。役に立つんじゃない?」


「――――このタイプだったら『最終戦争』入れてもあまり無理がないよね?」



シュバババババババババババババババババババババババババ――――


カードの空を切る音が教室中に響く。


「・・・・・あの〜・・・・。」


もの凄い集中力だ。少年Aの言葉などまるで耳に入っちゃいない。
(というか完全無視。)



「ブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツ――――」

「ブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツ――――」

「ブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツ――――」

「ブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツ――――」




かなりヤバイ状態だ。
もうみんな目がイきはじめてしまっている。
これはデュエリストであるが故の宿命なのか。




「(こ・・こえええ〜〜〜〜〜!!)」


井野場少年はその時、何かの間違いで黒ミサに参加してしまった一般人の気分が解ったような気がした。





――――――。

―――――――――。

――――――――――――。





PM9:45

「・・・・・・・ゲームセット・・・・だな・・・。」

デッキ構築終了。

気付けば時計の針がもう10時をまわろうとしている。
廊下の明かりも完全に消えてしまっていた。
どうやら彼らは完全に時間を忘れてしまっていたようだ。


「もうこんな時間だぜ・・・よく頑張ったよなー・・・。」

「えっ!うっそ〜!今日見たいドラマあったのに〜・・。」

「やっぱり、こうしてる時って時間忘れちゃうよね。」


愚痴りながらも、彼らの顔には達成感が見え隠れしていた。


「・・とりあえずさっきよりはずっとまともなデッキだ・・・。
・・・受け取れ・・・。」

「あ・・・・ありがとうっ!助かった!!」


響は少年に構築したばかりのデッキを渡す。
少年は嬉しそうにそのデッキを受け取るが、次の瞬間にはその表情は消えてしまっていた。

「・・って・・これって・・・お前・・・!」

デッキを確認した井野場少年が声を上げた。
その声を無視して響は言う。

「・・・俺たちはデッキを作っただけだ・・・
・・・明日からはそのデッキを使いこなす特訓をするぞ・・・。」

「エッ・・特訓って・・・」

「・・・・放課後グラウンドに来い・・・・。
・・わかったな・・・・?」

「いや、でも――――」

「わかったな・・・・?」

響の無表情な目からは真っ黒な光が溢れ出ている。
その言葉のトーンも異様に低くてかなり怖い。

「わ、わかりました・・・。」

「・・・それでいい・・・。」

井野場少年が怯えながらそういうと、響はそのまま1人で教室を出ていった。






「・・・・・・引換券のためだ・・・・・。」






教室を出ていく間際、彼がそう言ったような気がした。

第九章 complete





AM10:50
デュエルホール。

「(ヤバイ・・・緊張してきた・・・・。)」

井野場少年はホールのデュエルフィールドに立っていた。
その周りをたくさんの2−Aの生徒が取り囲んでいる。


そう。

この日は2−Aのデュエリストレベルの測定日である。


落ち着き無くゆらゆらと身体を揺らす井野場少年。
運悪く測定の順番が一番になってしまった彼は心の準備の済む前に戦場に立つ事となってしまったのだ。



「(落ち着けー・・・落ち着くんだオレー・・・こう言う時にはー・・・深呼吸ー・・・)」



緊張を紛らわすためにとりあえず深呼吸をする。



「すうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅううううううう・・・・・・・
はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ・・・・・・・
すうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅううう゛っっげっ!!
げふんっ!げふっ!ごほほっ!」



吸い込みが深すぎたのか、気道に空気が詰まり盛大にむせてしまった。

その様子を見ていたギャラリーから嘲笑が起こる。


「ダッセー、何やってんだアイツ。」

「いいなぁ、凡人の相手。勝ち決定じゃん。」

「緊張しなくたって結果はわかってるての。」



「・・・・!」


その言葉は、本人の耳にもきっちり届いていた。
しかし、そんな言葉に彼は耳を傾けないようにする。

――――いつもの事だ。

そう自分に言い聞かせた。


「(・・・・見てろ・・今回のオレは一味違うんだ・・・。)」


むしろその言葉が焦っている自分を冷静にしてくれたことに彼は感謝していた。


「(そうだ・・・オレはアイツらにあんなに鍛えてもらったじゃないか・・・・。
このデッキだって・・最初は気に入らなかったけど、かなり使いやすかった・・。)」

彼はこの3日間の事を何度も何度も頭の中で反復させた。
そうするほどに、頭にこびり付いていた”負け”という文字がスポンジで擦り取られるように消えていくのが解ったのだ。

「(よしっ・・なんかもう負ける気がしないぞ!)」

自分でも目に力が宿ったのを感じた。
今ならどんな相手でも絶対に勝てる。
本当にそう思った。

少しすると井野場少年の相手がフィールドにあがってきた。

第十章 【凡骨】

「オイオイ、凡人が相手かよ!こりゃあ楽勝だな!」

「お前は・・・俗之田・・。」

フィールドにあがってくるなり、俗之田(ぞくのだ)と呼ばれた見るからに影の薄そうな少年が、井野場をバカにした。

「お前が相手とは、俺もツいてるぜ。ただカードを出してればイイだけだもんなぁ。」

「・・・・・・・・」

この男は2−Aでは中の上くらいの実力を持っている。
自分より強い相手には態度が小さいが、自分より弱い相手は徹底的に蔑む、典型的な『イヤなヤツ』だ。

「まあ、せいぜい3ターンくらいは耐えてくれよ?
そうじゃないと俺が何もしないで測定をパスしたと思われるからな・・・!
ハハハハハハハッ!!」

よほど自身があるのだろう。勝利を確信した彼は見下したように高笑いする。
俗之田は井野場少年と同じくらい印象が薄いが、デュエルの戦績やレベルは井野場少年よりも遥かに上を行く。
周りの生徒たちから見ても、始まる前から勝負の行方は目に見えていた。



「・・・・それはこっちのセリフだぜ!」

「・・あ・・?」



俗之田と周りのギャラリーはその言葉に耳を疑った。
井野場少年の口からそんな自身に満ちた発言が出てくるとは思ってもいなかったからだ。



「オレは今までのオレとは違うんだ!この日のためにデッキも変えて特訓もしてきた!
生まれ変わったオレの力、お前らに見せてやる!!」



辺りが静まりかえる。皆、呆気にとられて何が起こったか分からずにいたのだ。
しかし、その静けさは次の瞬間、哄笑へと変わる。

「ハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!
なんだコイツ、特訓だってよー!『青色1号』の枚数でも増やしたのかー!?」

「・・・・・・・・。」

そう言いながら俗之田はディスクを起動させた。

「『生まれ変わった力』とやらが見せられればいいな!せいぜい頑張れよ?
・・・・デュエル!!」


井野場:4000
俗之田:4000


「俺からの先攻!ドロー!」

先攻は俗之田だ。デッキからカードを引く。

「・・・・・・・・・。」

カードを場に出すことなく、俗之田は黙りこくっている。

「(・・な、なんだ?随分間が長いな・・。)」

そして――――

「・・・・リバースカードを1枚セット。ターン終了。」

俗之田の魔法・罠カードゾーンに1枚だけカードのビジョンが出現する。
モンスターカードゾーンには何もカードが存在していない。

「(・・・モンスターを出さない・・・?
そうか!!事故ったんだな!コレはチャンスだ!!)」

「いくぜ!『ギル・ガース』召喚!!」



『ギル・ガース』
闇 悪魔族 レベル4 ATK/1800 DEF/1200 
効果なし



「事故ったからって容赦はしない!!ダイレクトアタック!!」


――惨殺処刑刃!


「ハハハハッ、バーカ!!罠カード『ホーリージャベリン』発動!!」



『ホーリージャベリン』
通常罠
相手の攻撃モンスター1体の攻撃力分のライフポイントを回復する。



『ギル・ガース』の攻撃は確実に俗之田を捉えるが、『ホーリージャベリン』の効果によってそのままライフは元の数値に戻ってしまった。

俗之田:4000→5800→4000

「くっ・・・ライフ変動は無しか・・・!!」

「ハハハーーッ!!それだけじゃないぜ!
フィールドが空になった状態でダメージを受けた瞬間!!
このカードが降臨する!!
出でよ!!『冥府の使者ゴーズ』!!」



『冥府の使者ゴーズ』
闇 悪魔族 レベル7 ATK/2700 DEF/2500
自分フィールド上にカードが存在しない場合、相手がコントロールするカードによってダメージを受けた時、このカードを手札から特殊召喚することができる。
この方法で特殊召喚に成功した時、受けたダメージの種類により以下の効果を発動する。
●戦闘ダメージの場合、自分フィールド上に『冥府の使者カイエントークン』(天使族・光・星7・攻/守?)を1体特殊召喚する。このトークンの攻撃力・守備力は、この時受けた戦闘ダメージと同じ数値になる。
●カードの効果によるダメージの場合、受けたダメージと同じダメージを相手ライフに与える。



突如として俗之田のフィールドが歪み、その歪みから魔族が2体現れる。
人の姿をしているため何となく親近感のようなものがわくが、かなり迫力があり、見るからに強そうだ。

「な・・なんだそのカッコ良くて強そうなモンスターは!?」

異世界から現れたそのカッコ良くて強そうなモンスターに井野場少年は驚きを隠せない。
なんと言っても相当特殊な召喚条件を持つモンスターなので、彼がこんなカードを知っているはずもなかったのだ。

「クククッ・・!凡人には解らないだろうなぁ・・!さらに戦闘ダメージを受けた事によりATK/1800の『冥府の使者カイエントークン』が特殊召喚される!!」



『冥府の使者カイエントークン』
ATK/1800 DEF/1800



「(事故ってたんじゃ・・・なかったのか!!)
くそっ!カードを1枚セット、さらに『絶対魔法禁止区域』を発動!」



『絶対魔法禁止区域』
永続魔法
フィールド上に表側表示で存在する全ての効果モンスター以外のモンスターは魔法の効果を受けない。



「そして・・・『凡骨の意地』を発動する!!
ターン終了だ!」



『凡骨の意地』
永続魔法
ドローフェイズにドローしたカードが通常モンスターだった場合、そのカードを相手に見せる事で、自分はカードをもう1枚ドローする事ができる。



「ブッ・・・ハハハハハハハハハハッ!!!
なんだコイツはー!!
『凡人』が『凡骨の意地』だってよー!!
マジでウケるぜー!!」

馬鹿笑いする俗之田。周りからもそれと同じように大きな笑いがおきる。
嘲るようなその笑いは、周りから見ていても決して心地がよいものではないだろう。

「(バカにするなよ・・これはオレの、勝利のキーカードだ!)」



――――――――――――。

―――――――――。

――――――。



『なぁ・・このデッキって本当に強いのか?』

2日前のグラウンド。

井野場少年は作ってもらったデッキを見ながら響に言った。

『効果モンスターがほとんど入ってないじゃないか。『聖なる魔術師』と『ムカムカ』。それ以外のモンスターは全部通常モンスターだ。』

彼の言うとおり、デッキは半分近くが通常モンスターで占められている。妙にデッキが黄色っぽい。

『・・・そのデッキに効果モンスターを入れると『凡骨の意地』の効率がかなり悪くなるからな・・・・できるだけ効果モンスターは入れていない・・・。』

『『凡骨の意地』・・・かぁ・・。
あの金髪女が言ってた『オレらしい』ってこういう事だったのね・・。
オレの事をいったい何だと思ってるんだ・・・。』

『・・・凡人・・。』

『そんな真顔でひどいこと言うのヤメテ。』


響たちが組み上げたデッキ。
それは、大量の通常モンスターを『凡骨の意地』で大量にドローし、圧倒的なアドバンテージを得て一気に殴り倒す・・・といったコンセプトを持っていた。
井野場少年が所持している効果モンスターの半数はかなり質が悪く(例:『竜殺者』『闇の芸術家』)、とてもじゃないがデッキに入れて闘えるようなものじゃなかった。そこで彼らは『ならば効果モンスターは極力使わず、通常モンスターで固めてしまおう』という結論に至ったのだ。いわば逆転の発想である。
(尤も、有紗たちが井野場らしいデッキを組んだ結果、このデッキが出来たとも言えるが。)


『・・・幸い、バニラ(通常モンスター)だけは何とか闘えるモンスターがあったからな・・・俺たちのカードもいくらかは入れてある・・。
・・・まだまだ改良の必要はあるが、迷走していた前のデッキよりは闘いやすいはずだ。』

『うーん・・・そうなのかな・・?』

『・・・論より証拠だ・・準備をしろ・・・・。』

『わ、わかった――――って、ええっ!?』

――――スゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・

『・・・手を抜いたりはしない・・。
今回ばかりはなにがなんでもお前には良い成績を取ってもらわないといけないからな・・・・。』

『ひいい・・!目から黒い光が出てますけど!』



――――――。

―――――――――。

――――――――――――。



「フン・・まぁどんなカードが出ていようと関係ないね。
お前の負けは確定しているんだからな!
ドロー!
『イグザリオン・ユニバース』召喚!」



『イグザリオン・ユニバース』
闇 獣戦士族 レベル4 ATK/1800 DEF/1900
自分ターンのバトルステップ時に発動する事ができる。このカードの攻撃力を400ポイントダウンして守備表示モンスターを攻撃した時にその守備力を攻撃力が越えていれば、
その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。この効果は発動ターンのエンドフェイズまで続く。



「・・・!またモンスターを・・!!」

「ハハハハハハッ!『ゴーズ』でそのザコモンスターに攻撃だああ!!」

『冥府の使者』の剣は鋼鉄で出来ている『ギル・ガース』の身体を豆腐でも切るかのようにやすやすと両断してしまった。

「ぐうっ・・・!」

井野場:4000→3100

「クククッ、やっぱり3ターンも持たなかったな・・!
トドメだ!ダイレクトアタァァァック!!」

「・・まだだっ!!『血の代償』を発動!!」



『血の代償』
永続罠
500ライフポイントを払う事で、モンスター1体を通常召喚する。
この効果は自分のターンのメインフェイズ及び相手ターンのバトルフェイズのみ発動する事ができる。



「500ライフ払い、手札のモンスターをセットする!」

井野場:3100→2600

「チッ、ザコが!!
『イグザリオン・ユニバース』でそのセットカードに攻撃!!」

武装した魔獣人が井野場のセットモンスターに突撃、そのまま手にした矛を勢いよく突き立てる。

しかし――――


矛の衝撃で井野場のモンスターが四散し、その一部が俗之田を襲った。

「うぐっ・・!!」



『魂虎』
地 獣族 レベル4 ATK/   0 DEF/2100
効果無し。



モンスターの正体は『魂虎』。
俗之田のモンスターよりも守備力が高かったため、戦闘ダメージが発生したのだ。

俗之田:4000→3700

「残念だったな!このターンの攻撃は止めたぜ!」

「・・まさか・・こんなヤツからダメージを喰らうとは・・・!」

俗之田の額に深いしわが刻まれる。
まさか井野場に攻撃を止められた上に戦闘ダメージまで喰らうとは思っても見なかったからだ。

「(俺の手札には『地砕き』があるが『絶対魔法禁止区域』があるせいで通常モンスターであるヤツのモンスターには効果を成さない・・!次のターンに『ゴーズ』で攻撃するしかないのか・・!)
クソッ、運が良かったな・・2枚カードをセットしてターン終了だ・・!」


「(よしっ、このターンは凌いだ・・!)
オレのターン!ドロー!」

井野場少年はドローカードを見て微笑すると、そのカードを俗之田に向ける。

「ドローカードは『暗黒の海竜兵』!ドローフェイズに通常モンスターをドローした事により『凡骨の意地』の効果でもう1枚ドロー!」

「な・・『暗黒の海竜兵』だと・・?」

「さらに『大くしゃみのカバザウルス』をドローした事でオレはもう1枚ドローする事が出来る!」



『暗黒の海竜兵』
水 海竜族 レベル4 ATK/1800 DEF/1500
効果無し。


『大くしゃみのカバザウルス』
水 恐竜族 レベル4 ATK/1700 DEF/1500
効果無し。



「・・・・ク・・ハハハハハハッ!
そんなモンスターで俺に勝てると思ってるのか!?だいたいいくら通常モンスターを引いたところでこの状況はひっくり返せないだろ!?」

確かに俗之田の言うとおりだ。
『凡骨の意地』でドローできるカードは何も特殊な能力を持たないモンスター、つまり特別な除去能力もなければ攻撃を抑制させる能力も持っていない。
その名の通り『凡骨』なのだ。

「(だけど、『血の代償』で出すだけの壁は揃った。まだこのターンは凌げる・・・。
そして、最後に引いたこのカード・・・・!)」

井野場少年は魔法・罠カードゾーンに1枚のカードを置く。

「2枚目の『凡骨の意地』を発動!そしてモンスターをセットし、ターン終了する!」

俗之田のターンが始まる。

「ちっ・・もうめんどくせえ!こんなデュエルとっとと終わらせてやる!
ドロー!
『冥府の使者カイエントークン』を生け贄にして『バイトロン』を召喚!」



『バイトロン』
水 爬虫類族 レベル6 ATK/2400 DEF/1000
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。



「さらに『冥府の使者ゴーズ』に『ビッグバン・シュート』を装備!」



『ビッグバン・シュート』
装備魔法
装備モンスター1体の攻撃力は400ポイントアップする。
守備表示モンスターを攻撃した時にその守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。このカードがフィールドから離れた場合、装備モンスターをゲームから除外する。


『冥府の使者ゴーズ』ATK/2700→ATK/3100


「な・・貫通能力・・・!!」

「そうさ・・!
何を狙ってるかはわからねぇが、壁が壁の役目を果たさないんだったら意味はないよな!?」

「ぐううっ・・!!」

「いけええ!!『バイトロン』で『魂虎』を、『ゴーズ』でそのザコカードに攻撃だああ!!」

井野場少年のフィールドに存在する2体のモンスターは壁の役割を果たす事が出来ない。
『魂虎』とセットカード『暗黒の海竜兵』はいともたやすく破壊され、その余剰エネルギーが容赦なく井野場少年を襲う。

「うわああああっ・・・・!!」
井野場:2600→2300→700

「ハハハハー!!
『イグザリオン・ユニバース』で攻撃ーっ!」

「・くっ・まだだ・・『血の代償』発動!モンスターをセット・・!」

井野場:700→200

「ムダだああああ!消えろおおおお!!」

新しくセットした『大くしゃみのカバザウルス』も魔獣の矛に貫かれ呆気なく消滅してしまう。

「ククククククッ、
ハーッハッハッハッハッハッハッー!!その程度なのか『凡骨の意地』ってのは!?
大したことは無いなぁ?『凡人』くん?」

「くっ、くそお・・・。」

もう『血の代償』の効果でモンスターを召喚するだけのライフも残っていない。
もし出来たとしても、貫通されてしまってはライフが0になってしまう。
今の井野場少年の手札にはこの状況を打開できるカードもないのだ。

「いや・・『負け犬』とでも言った方がいいのかな?その方がお前には似合ってるぜ!」

「!!」


                  『負け犬』。

                  『負け犬』。

                  『負け犬』。


その言葉が、彼の脳内を暴れ牛のように駆けめぐる。


「・・・『負け犬』・・・・・・・・・」


そして次の瞬間・・・
井野場少年の顔が見る見るうちに凶悪なモノへと変化していくのが誰の目からもわかった。
まるで『クワガタ・アルファ』のような顔になってしまっている。
(分かる人はいるのだろうか?いや、いない。)



「『負け犬』・・『負け犬』だとおおおおおおおお!?!?!?!?」



―――その言葉が彼の闘争本能を呼び覚ます呪文であった事など誰が予想しただろうか。


「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおゆうううううううううるううううううううううううさああああああああああああああああああああんんんんんんんんんんん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


雄叫びと共に負のオーラが彼の周りに集まっていく。
そして、少年のその姿は憤怒の化身『魔神 ダーク・イノバー』へと変貌を遂げていた。



『魔神 ダーク・イノバー』
神 幻神獣族 レベル13 ATK/8000 DEF/8000
凡人は歌う。大いなる力、すべての負け犬を司らん。
その命、その魂、そしてその馬の骨でさえも。



「負け犬だとおおおおお!この世でオレが一番嫌いな言葉をおおおおおおおおおおっ!!
ゆるさんんんんんんんんっ!!生きては返さないぞおおおおおおおおおおおおっ!!」



凄まじい重圧。周りを覆う濃厚な負のエネルギー。
そのおぞましさはさっきまで『凡人』と呼ばれていた人間の物とは到底思えない。

「か・・『神』だ・・いや、『邪神』が降臨したんだ・・!」

生徒の誰かが呟いた。
あながちソレは・・・・・嘘でもなかったのかも知れない。

「な・・なんなんだ・・・コイツはっ・・!」

俗之田の足がその恐ろしい重圧にがくがくと音を立てて震える。
ギャラリーの誰もがその場に立っている俗之田を哀れだと思い、同情した。

「ぬうううおおおおお!!ドロオオオオオオオ!!!」

凄まじくドスの効いた声と共に『魔神』がデッキからカードを引き抜く。
すでに『井野場少年』の姿はフィールドに残っていない。

「フハハハハハッ!!『アックス・レイダー』をドロオしたあああああっ!!2枚の『凡骨の意地』の効果によりデッキから2枚ドロオオオオオオオオオ!!」


ドローカード
1枚目:『マジック・ガードナー』(魔法)
2枚目:『シャイン・アビス』(通常モンスター)


「2枚目のカードは『シャイン・アビス』だあああああああああ!!よってデッキからさらに2枚ドロオオオオオオオオオ!!」


ドローカード
1枚目:『タイムカプセル』(魔法)
2枚目:『サイバティック・ワイバーン』(通常モンスター)


「なっ、コイツっ・・凡人のくせにっ・・!」

「まだまだああああああああ!!!
ドロオ!モンスターカード!ドロオ!モンスターカード!ドロオ!モンスターカード!ドロオ!モンス――――」

どこかの誰かさんのように狂ったかの如く『彼』はデッキからカードを引きまくる。
見る見るうちに手札が膨らんでいく。

そして――――

「クククッ・・・見ろ!!オレの手札はコレで19枚だああああ!!」

「そ・・それがどうしたってんだ・・!弱小モンスターが手札にたまったところで俺のモンスターには敵わねぇ・・その上お前のライフは残り200・・『血の代償』だって使えないだろ・・!!」

そう言いながら俗之田の足はガクガク音を立てている。その台詞が強がりだというのは誰も目から見ても明らかだった。

「それはどうかなあああ!!魔法カード『命の代価』発動おおお!!」



『命の代価』
速攻魔法
手札を任意の枚数捨てる。捨てた枚数×1000ライフポイント回復する。



「手札を4枚捨て、ライフを4000回復ぅぅぅぅぅ!!」

井野場:200→4200

「そして手札のモンスターを5体・・・!通常召喚と『血の代償』の効果でオレのフィールドに召喚だああああああ!!出でよおお!『魔法剣士ネオ』!『シャイン・アビス』!『アックス・レイダー』!『レッド・サイクロプス』!『バードマン』!」



『魔法剣士ネオ』
光 魔法使い族 レベル4 ATK/1700 DEF/1000
効果無し。


『シャイン・アビス』
光 天使族 レベル4 ATK/1600 DEF/1800
効果無し。


『アックス・レイダー』
地 戦士族 レベル4 ATK/1700 DEF/1150
効果無し。


『レッド・サイクロプス』
闇 悪魔族 レベル4 ATK/1800 DEF/1700
効果無し。


『音速(ソニック)ダック』
風 鳥獣族 レベル3 ATK/1700 DEF/ 700
効果無し。



井野場:4100→3600→3100→2600→2100


『彼』のフィールドに効果のないモンスターが一気に5体並ぶ。

「ば・・ばかな!そんなザコで一体何を・・!」

「さらに『マジック・ガードナー』を発動おおおおおおおお!!」



『マジック・ガードナー』
通常魔法
自分のフィールド上に表側表示で存在する魔法カード1枚を選択し、カウンターを1個乗せる。
選択したカードが破壊される場合、代わりにカウンターを1個取り除く。



「手札を5枚捨て・・・コイツで終わりだぁぁぁぁぁ!!
吹き飛べえええええええええええええええええ!!
『最終戦争』おおおおおおおおおおお!!!」



『最終戦争』
通常魔法
手札を5枚捨てる。フィールド上の全てのカードを破壊する。



ディスクにカードをが叩き付けられる音と同時に、空から野球ボールの落下音のような高い音が鳴った。空気を裂いて『黒い球体』がフィールドに落下してくる。


ヒューーーーーーーーーーーーーーーー・・・・・・・・


「な・・そんなコトしたらお前のモンスターだって―――!!」


それを言い終わる直前、天空よりのデストロイヤーは空中で炸裂した。




ピカアッ!!

ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!




それはそれは凄まじいニュークリアーエクスプロージョンだった。



卒倒しそうになるほどの轟音。
目も開けていられないほどの強烈な光。
そして立ち上る巨大なキノコ雲。
その光景に誰もが目を瞑り、耳を覆っていた。



――――――――――――。

―――――――――。

――――――。


ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!


『・・・・・っ・・・・・そんなところで『最終戦争』を使ってどうする・・・。
手札が無くなったら後がないだろ・・?』

『あっ!本当だ・・・!』

『・・・それがお前の一番まともな除去カードというのが問題だな・・。
そのデッキは1ターンのうちにかなりの手札をためる事が出来るが・・。
最低でも8枚は手札が無いと厳しいぞ・・・おまけにフィールドの『凡骨の意地』まで破壊してしまうからな・・。』

『なんか難しいカードだなぁ・・。』

『・・・とにかく、それは気安く使えるカードじゃない・・使えば間違いなく自分が損をするカードだ・・。
それでも使わなければならない時は・・・自分で判断しろ・・。』

『うーん・・たとえば?どういう時使えばいいんだ?』

『・・・やれやれだな・・・少しは自分で考えてみろ・・・続けるぞ・・。』



――――――。

―――――――――。

――――――――――――。


・・・時間が経つに連れて、音と光が次第に弱まっていく。
それを感じた俗之田は恐る恐る目を開ける。

「・・・・!!!」

俗之田はその目で『最終戦争』によりまっさらになったフィールドを見ているはずだった。
案の定『ゴーズ』や『バイトロン』、セットしていた罠も全て跡形もなく消えている。

しかし自分の相手のフィールドを見て、俗之田は驚愕した。

「なんで・・・なんでお前のモンスターは消えていない・・・!!」

『彼』のフィールドには5体のモンスターがしっかりと存在していた。
まるで何事もなかったかのようにピンピンしている。

「コレが見えないのか・・?『絶対魔法禁止区域』だ・・!
コレがある限りオレの通常モンスターは魔法の効果を受けないんだよおお・・!!」

「それがおかしいだろ!?『最終戦争』は全てのカードを破壊する!『絶対魔法禁止区域』は破壊されてお前のモンスターも残らないはず――――ま・・まさか・・・!!」

少し前の1フレーズが、俗之田の脳裏に蘇った。





――――『さらに『マジック・ガードナー』を発動おおおおおおおお!!』





「ま・・まさか『マジック・ガードナー』で守っていたのは『絶対魔法禁止区域』・・!!」

「そのとおりいいい・・!!」

顔面蒼白になりながら俗之田は自分の場を改めて見渡してみる。立ち向かうモンスターも迎え撃つための罠も彼には残っていない。

「お、俺の・・負け・・」

見えない重圧に耐えられなくなった俗之田の足はがくりと崩れ落ちた。もう既に彼から戦意を感じることはできない。

しかし――――

「さらにいいい、オレは手札から『サイクロン』発動おおおおおおおっ!!『絶対魔法禁止区域』を破壊し……最後の手札、『団結の力』を『レッド・サイクロプス』に装備だあああ!!オレのフィールドにはモンスターが5体!よって攻撃力は4000アップする!!」



『サイクロン』
速攻魔法
フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。



『団結の力』
装備魔法
自分のコントロールする表側表示モンスター1体につき、装備モンスターの攻撃力と守備力を800ポイントアップする。



『レッド・サイクロプス』ATK/1800→5800

「オレに対して『負け犬』と言った事・・後悔させてやるぞおおお!!」

「ひ、ひいいいいい!!」

「『魔法剣士ネオ』!『シャイン・アビス』!『アックス・レイダー』!ダイレクトアタックだああああ!!」

凡骨モンスターたちは憎き俗之田に総攻撃を仕掛ける。



バキッ!ズカゴスドカザシュッ!バコバコバコッ!ゴンッ!ゴバスッ――――



「うぎゃああああああああああ!!」

俗之田:3700→2000→300→0

なぜか必要以上に殴りまくるモンスターたち。
ライフポイントは完全に消失した。しかし『ダーク・イノバー』の暴走は止まる事を知らない。



「クックックッ・・・・『音速ダック』、攻撃いいいいいい!!」



そう。


ムダに多くモンスターを召喚したのも、使う必要もない『団結の力』を発動したのも、全てはこのときのためだったのだ。




「げああああああああああああ!!」

俗之田:Caution→Danger


「これでわかったかああ!!オレは『凡人』であって・・・『負け犬』じゃねええええ!!」

そう公言する禍々しい彼の姿に、その場にいた者は身震いする事すら出来ないほどの恐怖を感じていた。


そして誰もがその時こう思った。



――――『この男はもはや凡人ですらない』と・・・。



「屋根まで飛んで壊れて消えろおおお!!!
『レッド・サイクロプス』でダイレクトアタアアアアアアアアアアアアック!!!!」


『団結の力』の効果で盛り上がった筋肉の固まりと化した赤い悪魔は、世にも恐ろしい形相のまま、可哀想な少年に猛進する。



「井野場あああああっ!!もうやめてええええええええええっ!!!!」



ギャラリーの中の誰かがそう叫んだ。

しかし、その声は彼に届くはずもない。

そんな名前の少年は今、この場にはいないのだから。



ズガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!



「あぎゃあああああああああああああああああああああ!!!!!」



俗之田:Danger→Lost



俗之田はその攻撃でフィールドの外まで吹っ飛び、仰向けのまま白目をむいて倒れた。


「ハハハハハハハハッ!!ハーーーッハハハハハハハハハハハッ!!!
どーーーーだああ、これこそが本当のオレの力・・・!!
もう誰もこのオレを止める事は出来ないのだあああああああああっ!!!
アーーーーーーーーハッハッハッハッハッ!!!
アーーーーーーーーーーーーハッハッハッハッハッ!!!!」


魔神の高笑いが、ホールに響き渡る。
その姿に、ギャラリーは恐れおののき、固まるだけだった。


「アーーーーーーーーーーーーーーーーハッハッ・・はっ・・・はっ・・・・はぁ・・・
はっ・・・・・は・・あ・・・あ・・・・・・・あ――――」



バタンッ



「・・・・お・・・おいっ・・倒れたぞアイツ!!」


「た・・・タンカだ!2人分!!急げっ!!」




――――――。

―――――――――。

――――――――――――。



「おめでとうAくん!勝ったんだね!」

「うん!ありがとな、お前らのおかげだよ!」


PM3:35
2−D教室。


井野場少年は勝利の報告とそのお礼をしに2−Dの教室に訪れていた。
そこにいるのはいつもと変わらない影の薄い少年である。魔神の影などどこにも見あたらない。

「まっ、当然よね〜。だってわたしがドラマを犠牲にしてまで作ったデッキだもん。」

「あはは、そうだね。
それに、響くんの放課後レッスンも効果があったんだよ、きっと。」

有紗がそういうと、響は「・・当たり前だ。」と呟くように言った。
他人事なのに、有紗は自分の事のように喜んでいる。

「でさ、どんなふうに勝ったんだ?武勇伝、教えてくれよ〜。」

玲二がそう言うと、井野場少年は困ったような顔をした。

「え?えっと・・実はあの時の事よく覚えてないんだ・・。」

「はぁ?なんだそりゃ?」

「いや、なんか・・途中で意識が遠くなったというか・・気付いたら勝ったことになってたんだよ。うん・・。」

その言葉に有紗は素っ頓狂な声をあげた。

「わぁ、Aくんすごいね〜!無意識のうちに勝ってたんだ・・!」

「エッ・・!?いや、まあ・・ね・・気付いたところは保健室だったんだけど・・・ハハハハハハハ・・・・。」


――――2−Dの面々はあの惨劇を知るよしもない。


「・・・とりあえず、よくやったな・・・それじゃあ――――」

響が井野場少年の目の前に右手を差し出す。

「・・・約束の物を渡してもらおうか・・。」

「『約束の物』・・?あ・・ああ!アレか・・。」

『アレ』とは当然引換券の事だ。
響はコレを心底楽しみにしていたのだろう。差し出した手の中指が踊っているように動いている。

しかし、井野場少年はまたしても困った顔をした。

「あー・・そのー・・じ・・実はさ・・・あの引換券・・引換期限がおとといまでで・・・。」


その瞬間、響の中指の動きが止まった。


「・・・・・・どういう・・・・・・・事だ・・・・・・・・・・?
・・・・・意味が・・・・・・・・よく解らない・・・・・」

「・・・・昨日気付いたんだけど・・・アレ、おとといで期限が切れてて・・・もう使えないんだよね・・・ゴ、ゴメンな・・・ハ・・ハハハ・・・・
か・・代わりと言っちゃなんだけど、この駄菓子屋の300円割引券じゃ・・だ・・ダメ?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」





次の瞬間、この世界はその動きを止めることとなる――――。





ブチンッ!!




「えっ・・?な、何?今のビニールひもが切れるような音――――」


ガタッ、スゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!


「うわっ、わっ!!地震だ!!尋常じゃねえぞコレッ!!」


ピシャーーーーン!!ゴロゴロゴロ・・・・


「ちょっ・・!天井に・・・真っ黒な雷雲が・・!!ここ室内でしょー!?」





――――この日2人目の魔神が現世に降臨した瞬間だった。





その凄まじい邪念波により教室中の机がガタガタと音を立てて揺れ、2−Dの天井には漆黒の雲が立ちこめ、紫色の雷が嵐のように教室の机や生徒に落ちている。
そんな非現実的な光景が彼らの目の前には広がっていた。


そしてその闇の領域(ダークゾーン)の主・・・破月響。


彼はすでに人間としての姿をこの世に留めてはいなかった。



『天魔神 キョーレラス』
神 幻神獣族 レベル20 ATK/80000 DEF/80000
その者、光臨せしむれば、紫電の雷鳴大地に吹き荒び、
生きとし生ける者すべて屍とならん。



「・・・少年A・・俺を怒らせたからにはこの世から消える覚悟は出来ているんだろうな・・?」

その無表情な顔からは真っ黒な闇が無尽蔵に生まれている。その闇が教室中を黒く黒く埋め尽くす。

「あわ・・あわわわわわ・・・・・」

少年Aはもう逃げる事さえ出来なかった。いや、『逃げる』という行為自体、彼の前では意味を持たないのかもしれない。

「あ・・ああっ・・!!Aくん、逃げてーーーーーー!!!!」

有紗が叫ぶ。
その言葉に意味がないと知りつつ、少年Aの事を思うと叫ばずにはいられなかったのだ。




「・・・・お前には・・・地獄の切符も渡す訳にはいかない・・
・・次の章から二度と現れる事がないように・・・ここで完全に消してやる・・・・・。」





そして裁きの時は来た。
哀れな子羊は魔の者に屠られる運命にある事・・・。
彼らはその摂理をこの場で学ぶ事となる。




――天界蹂躙拳・極!!




「う・・・うわあああああああああああああああああ!!!!!」




ゴキョッ




「ピギョアッ!!」




メキッ、バキボキゴキッ、グチャブジュッ――――



ゴリッ、ゴリッ、ゴリッ――――





「いやああああああっ!!だれかっ・・だれか響くんを止めてえええええええっ!!!」





教室に残されたのはあまりにリアルな破壊音と悲痛な有紗の叫びだけだった――――





――――――。

―――――――――。

――――――――――――。






残酷な天使のように




少年よ




神話になれ――――





第十章 complete





PM4:15
某日の放課後。

「へぇ〜、おっきいなぁ〜・・。」

カード専門店『GONAMI』。

この日、2−Dのメインメンバーは4人でこのカードショップに訪れていた。

「あたしこんなに大きいカードショップに来たの初めてかも。人もたくさんいるね〜・・。」

有紗が目を輝かせて辺りを見渡している。
彼女が言うとおり、店内はかなり広い。
4人で並んで歩いても通路にはまだスペースがあるくらいだ。
とにかく広い。品揃え豊富。二酸化炭素濃度が高い。
それがカードショップ『GONAMI』である。

「あ〜、そういえば有紗って昔ここら辺に住んでたのよね。
確かに『GONAMI』って2年前くらいにできた店だし・・知らないのもムリないか。」

「うん。あたしが日本にいた頃はまだこの店なかったから・・。」

すこし恥ずかしそうに頬をかく有紗。

その時、玲二の頭の中にはある野心が芽生えていた。

「(フィーバーチャーーンスッ!
ココで店の事を知らん有紗ちゃんを俺がやさしくエスコートすれば――――

二人っきりになる→俺のジェントルな心に打たれる→『玲二くんステキ(はぁと)』

・・・フッフッフ・・・完璧だ・・・我ながら完璧な流れだぜっ!)」

超が付くほどの下策を脳内で完成させた玲二。
目をギラギラさせながら実行に移ろうとした、その瞬間・・・

「じゃあわたしが店の中案内してあげるわ!迷子になったら大変だしね!」

麗奈が先に作戦を実行してしまった。突然の伏兵に玲二は焦りまくる。

「!? イヤイヤちょっと待て、それは俺が――――」

「ついてきて、あっちにシングルの置き場があるの!」

「あっ・・うん!ありがとう!」

麗奈は玲二を完全に無視して有紗を店の奥の方へ連れて行ってしまった。
『軍師 神馬麗奈』に見事策を破られた『敗将 瑞刃玲二』はあり得ないくらい惨めな顔でうなだれる。

「ちくしょー!!麗奈め、俺の大事な仕事を奪っていきやがったーー!!
二人っきりになる一世一代のチャンスだったのにーーー!!!」

そんな玲二の後ろから冷めた視線を送る響。

「(・・麗奈・・あいつ確信犯だな・・・。)」

「結局男2人かよ〜・・・どうしてこう・・うまくいかんのかねぇ・・・。」

「・・・当分は俺で我慢しておけ・・・売り場に行くぞ・・・。」

「とほほ・・まぁこうなるっちゃわかってたけどさぁ・・・・。」

うなだれる玲二を連れて響はパックの売り場へと向かう事にした。




入り口から30秒ほど歩くとパック売り場に到着する。

「相変わらず広い店だよな〜。平日だってのにこんなに混んでやがる。」

「まあな・・・いつもの事だろ・・・。」



『GONAMI』のようなカード専門店は今や人足が絶えない人気店なのだ。
店内には平日でも常に数十人は客がいるくらいである。多い時にはこの広い店内にギュウギュウになるくらい人が集まる事があるのだ。専門店なのにもかかわらず・・・だ。

しかしそれも当然というモノだろう。
なんといっても全国のデュエリスト人口は全体の80%を超えているというのがいまの日本の現状なのである。解りやすくいえば人混みの中で石を投げると9割近い確率でデュエリストに当たるということだ。
幼稚園児からご隠居まで幅広い層から愛されている―――それが『M&W』改め『デュエルモンスターズ』なのだ。もはやこのカードゲームが出来なければ恥ずかしい、という特異な時代が訪れたのである。



「あ〜あ〜・・やっぱし新パックは売り切れちまってる・・・。」

新パックがあったであろう棚をみて玲二が言った。

「・・当然だな・・新パックは発売日に買わなければ売りきれるのはお約束だ・・・。」

「ちょっと待てコラ!ナニ他人事みたいにいってんだよ!
大体、オマエがアイツに付き合わなければこんな事にはなんなかったんだぜ!あんとき足早に『GONAMI』に行ってたらなあ――――」

「・・・お前は何を言うんだ・・・俺も被害者なんだぞ・・・。」

「・・・おっ・・・。」

玲二はその言葉に妙な罪悪感に襲われた。
あの日の帰り道、響があの300円の割引券を使って大量に5円チョコを購入していたのを思い出したのだ。ソレを3箱持って会計に並んでいた時の響の姿がかなり痛々しかったのを玲二は覚えている。

「・・・あの引換券さえ・・・あの引換券の期限さえ切れてなければ・・・・。」

「・・・・・いや・・・・・なんか・・・・ゴメン・・・・。」


ほんの少し、響に同情してしまう。心なしか玲二には響の周りに青白く弱々しいオーラが漂っているように見えた。
(少年Aについては・・・いうまでもないか。)



「・・それにしても、『バトルシティ』の頃のデュエルディスクって今でも売ってんだな。」

ふと、パックの隣に山積みにされている決闘盤を見て玲二が言った。

「昔の人は大したモンだよなー。だいたい『バトルシティ』って一日中アレつけてデュエルしまくるんだろ?
あんなでかい板きれ一日中腕につけてりゃ気付かないうちにマッチョマンだぜ。」

「・・・初期のディスクだからな・・今のディスクに比べれば比較にならないさ・・。
・・・つけた事はないけど、アレはアレで意外と軽いらしいぞ・・・。」

「へぇ〜、そうなん?」

そう玲二に説明すると、響は旧式――いわば『バトルシティ』世代の決闘盤の隣に積まれている新世代型決闘盤を手に取る。

決闘盤はこの14年の間にどんどん進化していった。『海馬コーポレーション』はこのハードのバージョンアップを何度も何度も繰り返し、ビジョンの解像度向上、軽量化、コストダウンを進めていった結果、現在のこの形に至ったのだ。

「(・・武藤遊戯だってディスクがこんな形になるとは思ってもみなかっただろうな・・。)」


そう思いながら片手でぽんぽんと跳ねさせる。

今のディスクというのはデッキより一回り大きいくらいの大きさで、キューブ状の塊のような形をしている。
お手玉が出来そうなくらいコンパクトで軽い。正直、このままだと盤(ディスク)というのにはムリがある形体だ。しかし、起動前はだれでもどこでも持ち運べるようにこのフォルムにまとまり、起動後はこれが大きく展開して板状になる・・というしくみなのである。

つまり、普段はデッキホルダーだけの状態でまとまり、起動後にはホルダーに格納されているセッティングステージがジャキーンと出てきてパラパラと広がるのだ。
これなら学校に持って行くにもカバンのスペースは取らないし、重くもないので使い勝手はかなり良好である。昔のディスクならこうはいかない。

今はデュエリストの殆どがこの決闘盤を使用している。
除外ゾーンも完備しており、あのころと比べると機能もかなり充実したようだ。


「・・・いい時代になったな・・・」

響は時代の流れと『海馬コーポレーション』の偉大さを改めて実感した。

「なんか・・らしくねーな、そのセリフ。」

「・・・・・なんとでも言え・・・・・。」

そう言うと、響は持っていたディスクを元の場所に戻した。


第十一章 【白き深淵 前編】


「おまたせー。やっぱここ広いわー・・一周するのにもけっこうかかっちゃった。」

店内を一周してきた麗奈と有紗がパック売り場の響たちと合流した。

「・・・なにか買ったのか・・・?」

「うん。シングルのほうもけっこういいカード入ってたわよ。ホラ、『風帝ライザー』。コレほしかったのよね〜。」

「あたしは『天空勇士ネオパーシアス』、あと『突然変異』。ここホントにすごいなぁ。
どのタイプのデッキでもドンと来いって感じ。」

どうやら2人は満足のいく買い物が出来たようだ。

「よーっし、それじゃーみんな揃った事だし、パック購入タイムといこうぜ!」

「あれ・・?2人とも買わないで待っててくれたの?」

「そりゃーそうさ!有紗ちゃん置いて先に買ったりするワケないじゃーん!。」

調子よくそう言う玲二を麗奈はジト目でにらみ付ける。

「・・・ちょっと、”わたし”は?」

「オマエはダメさ。俺の事リストラしたから。」

「はぁ?なによそれ・・・意味不明だし。」

さもあきれたという感じで麗奈は大きなため息をついた。そんなやりとりを有紗はやっぱり苦笑いしてみている事しかできなかった。

「・・・・とりあえず・・・俺はコレだ・・・。」

響は真っ先に棚に置かれている数十種類はあるパックから、残りが少なくなっているパックを全て手に取った。その後ろで玲二が叫ぶ。

「ぬあーっ!!ちょっと待てよ、ソレ俺が買おうとしてたヤツだぜ!!」

「・・・こういうのは早い者勝ちだ・・・。」

そう言いながら手にしたパックを持って会計へ歩いていく。

「ダーメーだー!!ジャンケンぐらいしやがれー!!」


シュバッ!!


響の持っているパックに後ろから素早く手をのばす玲二。

しかし――――


サッ!


「・・ふっ・・甘いな・・・まるでコ○ケヤのミルクチョコレートだ・・・」

ソレを華麗にかわす響。

「やるじゃねーか・・・ならコレでどうだっ!!界○拳!!」

その瞬間、玲二の腕の動きが人並みを外れた。
残像が見えるほど速い動きで玲二の腕が響のパックを襲う。
だが、響の身体はソレよりもさらに一段階速く動き、彼の攻撃は触れる事すらない。

そのままパック争奪戦へと移行する。


シュッ!シュッ!シュッ!シュッ!

サッ! サッ! サッ! サッ! 


その闘いは近くにいた客やら店員やらが見とれてしまうほど熱いものだった。
彼らの動きは人間離れしていると言っていいほど速く、さながらサイヤ人が空中戦をしているようにも見える。



「・・・あの2人、いつ見ても仲いいよね。」

2人の闘いっぷりをみて有紗が言った。

「ああ、アイツら幼なじみなのよ。なんでも小学校に入る前から一緒だったとか。
相当つき合い長いんだって。」

「へぇ〜・・・そうなんだ・・でも、玲二くんってすごいなぁ。
響くんとあんな風に絡める人って他にいないよね。」

「ん〜、確かにね。響くんって基本ぶっきらぼうだから。」

「・・・ふーん・・そっか・・・・・いいなぁ・・・・。」

有紗が言った最後の言葉はあまりにも小さな声だったため、麗奈には聞こえていなかった。




シュッ!シュッ!シュッ!シュッ!シュッ!シュッ!

サッ! サッ! サッ! サッ! サッ! サッ! 




「はっ、はあっ・・・くっ・・・くっそおおっ!!こうなったら・・・界○拳30倍だあああっ!!!」

「・・ふっ・・ふうっ・・ま、まだまだだっ・・・来いっ・・・・。」

「くっ、喰らえええええええええええええええっ!!」





「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!!!!!」


スバババババババババババババババババババババババババババババババッ!!


「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄・・・・・・・」


ササササササササササササササササササササササササササササササササッ!!






「・・・本当に長いね。いつまでやるんだろう。」

「ていうか、アイツらゼッタイ最初の目的忘れてるって。まったく、2人してどこにノーミソ置いてきたんだか。」







――――――。

―――――――――。

――――――――――――。





それぞれ違うパックを3つ買って、彼らは店の隅の方に移動する。
そこではパックを買った客が入手したカードのトレードをしていた。
『GONAMI』のような大型カードショップにはカードトレードやデッキ構築をするスペースが設けられているものなのだ。
彼らはそこにあるテーブルのイスに腰を下ろし、買ったばかりのパックを開ける事にした。


「うおお・・全部銀字だー・・・。」

相変わらず運がない玲二。銀字のカードたちを前にテーブルに突っ伏す。

「相変わらずねぇ、シルバーマン。」

麗奈が玲二の惨敗ぶりをからかう。このメンバーでパックを買いに来ると毎回見る事が出来る光景だ。

「う、うるへー!オマエだってシルバーウーマンじゃねぇか!!」

「フフン、ざーんねんでしたー。ハイ、スーパーレア〜。」

「・・・・ぎゃふん。」

敢闘むなしく、玲二は麗奈の反撃に見事撃沈した。
元々勝てる勝負だとは思っていなかったが。

「あっ、有紗はかなりイイ感じじゃない?」

「えへへ、今回はちょっとついてたのかな。」

銀字1枚、スーパーレア1枚、金字1枚。
有紗のほうはかなりの好戦績だったようだ。さすがはメインヒロインである。

「・・・さすがだなー有紗ちゃん・・まぁ、有紗ちゃんがパック運悪いワケないよな。
・・・響、オマエどうだった?」

「・・・なかなかだ・・悪くない・・。」

そういって響はテーブルの上に当たったカードを広げる。

「わっ・・すごーい・・・。」

有紗が思わず声を上げる。

アルティメット1枚、パラレル1枚、シークレット1枚。
響の買った3パック全てに金字以上のレアカードが入っていたのだ。

しかし、その神秘に驚いていたのは有紗だけで、玲二と麗奈の反応はあまり大きくなかった。

「響くんってば相変わらずね〜。」

「・・おおお・・俺がそのパック買う予定だったのにぃ・・。」

「えっ?えっ??相変わらず・・って?」

有紗が聞く。『相変わらず』の意味が今ひとつ上手く取る事が出来なかったのだ。

「響くんはウルトラレアよりもレア度の低いカードが入ったパックはほとんど当てないのよ。」

「ええっ!?そ・・それって・・!」

『レアカードの生産枚数無視してるよ!』と有紗が続けようとした、その時だった。



「・・・玲二、その銀字とこのアルティメットを交換してくれ・・・。」

「おおっ、OKOKっ!」



響が玲二の当てた割とどこにでもありそうな銀字のカードと、レリーフ加工されている明らかに希少価値が高そうなカードを交換したのだ。
嬉しそうに喜ぶ玲二と無表情でカードを受け取る響。
有紗はその状況に違和感を感じずにはいられなかった。


「ちょい悪ぃ、便所行って来るわ。響、行こうぜ。」

「・・ん・・1人で行けないのか・・?」

「そんなんじゃねーっての!連れションだよ!ったく・・・。
・・それじゃーいってきまーす!」


玲二は半ば無理矢理響をトイレへ連れて行った。

テーブルには有紗と麗奈が残される。


「・・響くんレリーフと銀字を普通に交換してたよね・・。」

『あの時違和感を感じたのは自分だけじゃない。』
そう思いたかった有紗はその同意を麗奈に求めようとした。

「ああ、いつものコトよ。響くんってレア度とか全然気にしてないもん。『使えるカードだったらノーマルだろうが金字だろうが関係ない』・・・って前に言ってたわ。」

「そう・・なんだ・・・大物だなぁ・・・・。」

口から勝手に本音がこぼれる。
やはりあの人はただ者じゃない。有紗はそう思った。

「『それでも金がないからレアが当たるのはなかなか便利』なんだってさ。
でも、ああやってポンポンレアカード手放してちゃ本末転倒よねー。あれは将来ゼッタイ損するタイプだわ。
まっ、そう言いながらわたしもカレのおこぼれをいただいてるワケなんだけどね。」

「・・・・・・・・・・・。」



――――しかし、それよりも、響が麗奈にそんな話をしていたという事実の方が有紗の心の中に大きく残っていた。



「そんでもって、銀字とスーパーレアが全然集まらないのが悩みなんだって。
あきれるわよね〜。こっちはソレしかあたらなくて困ってるってのに――――」

「・・・・・・・・・・・。」

麗奈はそこまでいうと有紗がぼんやりと上を向いている事に気が付いた。
何か考え事をしているんだろうか。心ここにあらず、という感じだ。

「? 有紗?ありさー?」

「・・へっ?・・あっ、ああ・・」

驚いたように自分の世界から帰ってくる有紗。

「どーしたのよ?ボーッとしちゃって・・」

麗奈は少し心配になってきた。
何かがおかしい。有紗は普段からぽやぽやしているが今は本当にボーッとしている。

「うん・・その・・麗奈ちゃんも玲二くんも・・響くんとホントに仲がいいんだなぁ〜って思ったの・・・。」

「?」



「・・・2人が羨ましいなぁ。
あたしも・・玲二くんみたいに色々話したりしたいし、麗奈ちゃんみたいに色々響くんの事知りたいけど・・・
でも、話そうとしてもどうしてもうまくいかなくて・・・・。
・・・響くん、もしかしたらあたしと仲良くなりたくないんじゃないかなぁ・・・
・・・なんて・・・。」

そう言うと、有紗は綺麗な顔に寂しそうな笑顔を浮かべた。

なぜ自分がこんな事を口走っているのか、有紗にはよく解らなかった。正直、他人にこんな事を言うのもどこか情けないと思ったし、恥ずかしいとも・・言ってから少し思った。

ただ、今まで不安だったのかもしれない。


響と彼らとの間にある関係と、響と自分との間にある関係は何かが違うから――――。


もし、玲二や麗奈のような関係を作れないとしたら自分は一体彼のなんなのだろう。


そう思うと誰かに言わずにはいられなかったのだ。

「ちょっ・・やっだ〜、そんなワケないじゃない!アンタみたいなイイ子をキライになるワケないでしょ〜!そーんなネガなカオしないでよ〜!!」

ケラケラと笑いながらその考えを否定する麗奈。
暗くなりかけていた雰囲気が一気に吹っ飛んだ。

「そう・・かな・・?」

「そーよぉ!
・・そりゃまぁ有紗の気持ちはわからんでもないけどねぇ。
30秒以上会話続かないし、声異様に低いし、カオ固定されてるし、マジで『こんな陰気なヤツと仲良くなれるか〜!』ってなるのが一般的な見解ってモンよ。」

「え?いや・・・その・・」

「でもね〜、ソレは第一印象に過ぎないわ。あの人ってほんっとにギャップだらけなのよ。
意外なほどバカだし、意外なほどマヌケだし、意外なほど天然だし――――。
つるんでるうちにわたしの中の響くんの人間像がどんどん変わっちゃってさ、今じゃもう全っ然二枚目キャラじゃないの!ビックリしちゃった!」


さっきから麗奈は笑いながら響のことをボロクソ言っている。
『この人、本当は彼のことが嫌いなんだろうか。』
有紗は心の奥でそう思わずにはいられなかった。
しかし、有紗のその考えは次の瞬間には破棄される事となる。
麗奈が少し真剣な顔になっていたのだ。


「・・・それにさ、孤高の人間じゃないのよね、カレ。
めちゃくちゃ人間らしいっていうかなんていうか・・・そりゃ人間なんだけどさ・・・
・・・アレでけっこう他人の事考えてたりすんのよ。
相手を傷つけるような事も言ったりしないし、気まぐれで人助けしたりするしさ。」

「・・・・・・あっ・・・・・。」



気付けば有紗はまたあのプールサイドの事を思い出していた。

彼がプリザーヴを助けた時の事を・・だ。





なぜ彼はあんなことをしたんだろう。

自分の事を犠牲にしてまで・・・・





ただの気まぐれ・・?

精霊の宿ったカードのため・・?

それとも――――





いくら考えたって答えは出てこなかった。
でもたった今、彼女に気付かされた事が一つだけ有る。


それは少なからず彼が自分の事を考えていてくれたという事。


今はそれだけ解れば十分だった。
その瞬間、心にくくりつけられた鉄の重りのような物がボトリと剥がれ落ちたような気がした。


「・・・まっ、結局何が言いたいかっていうと、響くんは有紗のこともちゃんと考えてるってコト。何考えてるかはよくわかんないけど、けっこう周りの人には優しいし。
・・有紗が響くんと仲良くなりたいって思えば絶対それに応えてくれるはずよ。
だいじょうぶ、アンタはわたしが自慢できる立派な親友なんだからさ。」

有紗は麗奈が自分の事をここまで思い、そしてここまで親身になってくれた事が素直に嬉しかった。

「・・・・ありがとう・・やっぱり・・・麗奈ちゃんはすごいよ。麗奈ちゃんと話してると今まで悩んでた事がバカみたいに思えてきちゃう。」

「そお?わたしで役に立ったならこっちとしちゃあ万々歳よ。」

麗奈はニッと笑うと、赤く長い後ろ髪をさらりと流す。
そして少し間を置くと、今度はニヤニヤと悪い感じの笑みを浮かべていた。

「・・・・でさ〜・・
やっぱり有紗って響くんのコト好きだったりしちゃうワケ〜?」

その言葉に今までの感謝の念がパッと掻き消え、有紗の思考回路が3秒ほど停止する。

「・・・・えっ!?ええっ!?いやいやいやそんなことないよっ!!」

そして回路が復帰した次の瞬間、有紗の脳味噌はオーバーヒートを起こしていた。
皮膚という皮膚を真っ赤にして意味不明な動きをしながら必死に否定する有紗。

「え〜?ウソだぁ〜。そんなに真っ赤になっちゃって、説得力ないぞぉ〜。
だいたい響くんのコトそんなに気になるって・・・ねぇ〜?」

「ちがっ、ちがうってば!!そんなつもりで言ったんじゃないもん!!」

「フフン、照れるな照れるな〜!
そうと決まれば出来るだけ準備と協力はしなくっちゃね〜♪」

「も、もうっ!!麗奈ちゃんっ!!」



――――――。

―――――――――。

――――――――――――。



PM5:05

その日の帰り道、破月響は上機嫌だった。

「(・・・・・今日は素晴らしい一日だった・・・・。)」

顔はちっとも笑っちゃいないが、心の中で響はにやけまくっている。

なぜ彼はこんなにも機嫌がいいのか?

それは今から30分ほど前、響と玲二がトイレから帰ってきたときのこと――――



――――――――――――。

―――――――――。

――――――。



『響くんさ〜・・有紗が当てたカードで欲しいやつとかないの〜?』


『・・・ん・・欲しいカード・・?』


『ちょ、ちょっと・・麗奈ちゃんっ・・!』


『・・・・そういえば俺は有紗とはまだトレードしてなかったな・・・。』


『あ・・・う・・・・うん。』


『おおっ、俺も俺もー!』


『玲二はちょいシャラップしてなさい。』


『なんでやねん!?つーかまた放置プレイかよ!?』


『(ううっ・・麗奈ちゃん絶対楽しんでるよ・・・・。)』


『・・・ん・・あんた・・そのカード・・・』


『えっ?こっ、これ?』


『・・・いや、その金字の隣だ・・そのカード・・・凄く欲しい・・・』


『これ!?で、でもこれノーマルだよ?しかも儀式魔法だし・・・』


※『・・いい・・そんなのは問題じゃない・・
 俺はこのカードを・・・このカードだけをずっと探していた・・・。』


※このセリフの『このカード』の部分を、『お前』または『君』に変えて読んでみよう!
 ちょっとだけロマンチックな気分に・・・なれるはずがない。


『・・・・俺のこのカードと交換してくれ・・・頼む・・。』


『きょ、響くんそれ・・!『戦乙女(ヴァルキリア)シリーズ』!?
しかも・・シークレットの・・!!滅多に手に入らないのに――――!』


『・・・ああ・・。』


『えっ・・ええっ・・で、でも・・・いいの・・?(す、すごく欲しいけど・・。)』


『・・・このカードは俺には使えない・・・使えるヤツが持ってた方がいいだろ・・・。
それとも・・・これだけじゃ不満か?・・・・だったらこっちのパラレルもつけ―――』


『いっ、いえいえいえっ!けっこうですっ!充分ですっ!本当にっ!』


『・・・ん・・そうか・・・とにかくあんたには大感謝だ・・・ありがとう。』


『あっ、その・・・こちらこそ・・・。』



――――――。

―――――――――。

――――――――――――。



・・・と、まぁこういう事だ。簡単に言うと、この男は相当なレアカードを渡してありふれたコモンカードを手に入れたことを喜んでいるのだ。
事実上かなり損な取引をしているのだが、響はこの上ない喜びを噛みしめている。

「・・・有紗がいてよかったな・・・。」

独り言を言う響。その足取りは羽根のように軽かった。
そのポーカーフェイスから幸せオーラが出ていて若干不気味だったりする。

もし彼があの仏頂面のままスキップでもしようものなら周りの人は軽く引くかもしれない。


しかし、人というものは幸せな事が有れば必ず苦難が訪れるもの。


この後イタいものを見る事になるなど、幸せ絶頂の彼には予想すら出来なかった。

第十一章 complete





「・・・今日もいいお天気でしたね・・・。」


夕焼け空の下、アスファルトの上。


おっとりした口調で、その少女は独り言を言った。


「このような天気が一年中続けばよいのですけれど・・・・うまくはいかないものですね。」

過去の天気を振り返りながら、スッ、スッと姿勢良くアスファルトの上を歩く。
とても温かい、春の陽気が心地よい一日だった。この日は夕方になってもその気候は続いていた。

「それにしても・・・温かくて・・・・気持ちがいいです・・・・・・・・なんだか少し眠くなってきました・・・・・このまま眠ってしまいそう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

少女は少し目を瞑る。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・すぅぅ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ひゅぅぅ・・・・・・・・・・・・・・」

そのままゆっくり、しっかりアスファルトの上を歩いていく。



――――しかし。



ガツンッ!!



「!!!・・・・・・
あ・・・あら、いけない・・・本当に少し眠ってしまいました・・・・・・・」


道ばたの石につまずき、ビックリして目を覚ます。

正直、今のはかなり間抜けな絵だった。周りにいる通行人が彼女を見ている。


しかし、通行人が彼女を見ているのは、決して彼女を笑うためではない。


――――見とれてしまったのだ。彼女があまりに『優雅』だったから。


歩く姿から目を瞑る様子、さらには石につまずく動作まで、彼女は動くたびに異常なまでの気品をその身から放っているのだ。

『優雅』という言葉はまさに彼女のために有るような言葉なのだろう。

ただ歩いているだけだというのに、近くの通行人の視線は彼女一点に注がれている。



見たところ、彼女は童実野高校の生徒らしい。桃色の特徴的な制服からそのことが伺われる。
しかし、膝丈まである長いスカート、おしとやかな立ち振る舞い、育ちの良さそうな整った容姿が彼女を『どこにでもいる今時の女子高生』から遠ざけていた。
中流家庭の育ちではないのだろう。それだけは言える。


そしてなによりも彼女を『一般人』から遠ざけているモノがあった。



彼女の左目にある、汚れ1つないほど真っ白で、頬に少しかかるほどに大きな眼帯。



不幸な病か、はたまた不慮の事故か。それは彼女の整った美しい顔の3割を覆い隠している。


『あの布きれさえなければ―――』


彼女と正対する通行人は誰もがそう思った。
『優雅』な彼女にとって、それの存在はあまりに不適当な物だった。



「いけーっ!『スチームロイド』でこうげきだーっ!!」

「うわぁっ!やられたぁ〜〜・・!」



ふと、どこからか明るい、無邪気な声が聞こえた。彼女はその声に耳を傾けると、近くの公園からその声は聞こえてくるのがわかった。
そちらの方に目をやると、公園でデュエルをしている小学生が何人かいるのに気が付いた。


「じゃーこんどはぼくのばんだよ!」

「えーっ!わたしがさきにやるぅーっ!」

「よーし、じゃあつぎはおまえらなっ!そのつぎはおれのばんだからなっ!」

「「デュエルっ!!」」


楽しそうにデュエルに勤しむ小学生たち。
周りの空気が変わってしまうほど、穏やかな空間だった。
彼らの無邪気な笑いを見ているうちに彼女の顔からも自然と優しい微笑みがこぼれていた。

「(うふふ、可愛らしいですね、本当に・・・。)」

しかし、その聖女を思わせるような優しい微笑みは次の瞬間、微かな憂いを帯びる。

「(・・・・ここにはこんなにも幸せが溢れているというのに、平和とは言えないなんて・・・哀しい事です・・・。)」

首筋にかかっている髪に少しだけ触れる。
艶やかな彼女の髪が夕日を反射して、赤い陽光が当たっているというのにうなじのあたりで揃えられたその黒髪は深い青色に見えた。

「(だからこそわたくしたちは闘わなければならないのですね・・・彼らを守るためにも・・・)」

そのまま彼女は公園を後にする。

「(今は戦力を揃えなければ・・・あら?・・・あれは・・・・)」

ふと、彼女の目に映った真っ白なワイシャツ・・・を着ている背の高い少年。
履いているズボンは童実野高校のものだ。彼も童実野高校の生徒なのだろう。

しかし、彼の格好を見て、少女は少し首を傾げた。

本当なら、まだ衣替えには少し早いはずなのだ。

それなのに彼は学ランを着ないで、ワイシャツを着ている。しかも半袖の。

少し間を置くと、少女は「ああ」と声を漏らす。


「(彼はたしか・・・2年D組の破月響さん・・候補者の1人だった・・・
でも・・なんでしょう?・・童実野高校の生徒に絡まれているようですが・・・何か厄介事でしょうか・・・)」



第十二章 【白き深淵 後編】

PM5:15


「ニョヒョヒョヒョヒョ・・・待っていたのだ、破月響・・・!」

「・・・・・・・・・・・。」


それは『GONAMI』の帰り道の事。


響は謎の男に道を遮られていた。


いつもどおりの道で帰っていると、T字路のあたりで突然この怪しい男に絡まれたのである。


「ここであったが百年目!覚悟するのだ、破月響!!」


道をふさいでいるのは、漫画で出てくるような丸い渦巻きメガネを掛けた三段腹の、横幅だけが異様に大きい男だった。脂汗をあごの辺りに滴らせながらずいずいと響に迫ってくる。
響にとってはまるで見覚えのない男だ。

「・・・・・違う意味で暑苦しい新キャラだな・・・・・
・・・何者だ?・・・あんたは・・・」


この男から放たれるツーンと強烈な異臭から逃れるため、後ずさりしながら響は聞いた。


「ニュククククク・・・よくぞ聞いてくれましたなのだ!!
ある時は2−Bのトップデュエリスト、またある時は童実野町最高のグルメデブッ!!」

「・・・・・・・・」

「しかしてその実体は――――!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「『伊吹有紗ファンクラブ』会員No.01、および『伊吹有紗ファンクラブ』会長!!
愛の戦士、『相田 恋太郎(あいだ れんたろう)』なのだーーーーーーーーーーッ!!」


ピキャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!







「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」







ひゅうう〜〜〜〜〜〜・・・・・・






いつもより特別に冷たい夕風が、響のさらされた二の腕に深く深く突き刺さる。



「(・・・・もうすぐ6月なのに・・・風はまだ冷たいな・・・・・・・・・・・・・。)」





呆気に取られる破月響 17歳。




なぜこんな唐突に『伊吹有紗』の名前が出てくるのか?

なぜこの男は○ューテ○ーハ○ー風な自己紹介をしているのか?

なぜ語尾が『なのだ』なのか?

なぜ自ら『グルメデブ』と宣言してしまっているのか?

なぜ名前が狙ったように『相田恋太郎』なのか?

なぜさっきまで温かかったのに突然こんなに寒気を感じているのか?




初っぱなから突っ込みどころが多すぎて響は突っ込む気力すら起こらなかった。
(そもそもボケキャラの彼に突っ込みをやらせること自体にムリがある。)

とりあえず突っ込む事を諦めて、この男が何者なのか頭の中で整理する。

そもそも、この男が言う『伊吹有紗ファンクラブ』―――通称『IAFC』とは、その名の通り2年D組伊吹有紗を崇めるための非公式団体の事だ。
彼女が転校してわずか1週間後という異常な早さでに発足した、童実野高校では『獏良了』以来のファンクラブである。
男子から(なぜか一部の女子からも)絶大な人気を誇る彼女は学年を問わず学校中にファンを作り、『現在全校生徒の10分の1が彼女のファンとしてこの団体に所属している』という噂まで立っている。
今もなおファンの数は増えつつあるらしいが、『いつの間にか知らない友達が出来ていて怖い』と、当の本人は困惑気味。当然の如く、彼女はこの団体の存在を認めてはいない――――。






・・・・・と、上記が『伊吹有紗ファンクラブ』の詳細である。


「ニョヒヒヒヒ!!驚いて声も出ないだろうなのだ!!
さァあ、破月響!!おとなしく引導を渡すのだァ!!」



それはともかく、問題は目の前にいるこの男だ。そもそもなんで『IAFC』の会長がなぜ自分に絡んでいるのか、響にはその理由が解らなかった。

「・・・なのだなのだうるさい奴だな・・・・『とっ○こハ○太○』か、あんたは・・・・・・大体、俺はあんたらとはなんの関係もないはずだろ・・・・。」

ウンザリしながら響は言う。

「なァにを言うのだー!知っているぞ、チミは我らがアイドル『有紗タソ』を自分の物にしようと企んでいるじゃないかなのだ!」

「な・・・なに・・?」

(響にとって)予想もしなかった言葉に、困惑する。

「・・・・『有紗タソ』って・・・あんたはいったい何を言っているんだ・・・?」

突っ込み所がおかしいのはご愛敬。

「ニュロロロロロ!シラを切ってもムダなのだ!コレを見るのだァ!!」



そう言って相田会長は制服の内ポケットから10枚か紙切れを取り出す。


目の前に突き出された紙切れに目をやる響。

・・・よく見るとそれは写真だった。
画質が良く、かなり綺麗に撮れている。よほど性能のいいカメラで撮られた写真なのだろう。

が、その被写体を見て響は若干引いた。
いや、決してその写真におぞましいモノが写っている訳ではない。

その写真には有紗が写っている。

むしろ被写体としては好ましいといえる人物だ。

ならばなぜ引くのか?

――――答えはその写真が俗に言う『盗撮写真』だったからだ。


ディスクを構えデュエルをする有紗、麗奈と一緒に廊下を歩いている有紗、昼休みにコンビニおむすびをほおばる有紗―――。

1枚の漏れもなく全ての写真に伊吹有紗の日常がソレには映し出されていた。

中にはいつ撮ったかわからない授業中の有紗の寝顔や、今日の『GONAMI』でシングルのカードを選んでいる有紗の写真、さらにはローアングル、更衣室での着替えなど『らしい』写真もちらほら見受けられる。





明らかにこの写真を撮るのに本人の承諾など取っていない。




「ああっ、有紗タソ!あなたの全てが萌えまくりなのだ!!
ちょっと『ドリアード』に似たそのお顔も!眩いばかりのその金髪も!天使のようなその微笑みもッ!!オイラのハートはもうキュンキュンしまくり大暴走なのだーーー!!」

相田会長は自分が出した有紗の盗撮写真を見て勝手に興奮している。
ぶっちゃけ、キモい。キモすぎる。ハァハァ言ってる分キモさが倍増だ。
無意識に2メートルほど距離を取る響。

「・・・・・・・付き合いきれないな・・・・・。
・・・・・俺はもう帰るぞ・・・・帰って封筒を15万枚作らないといけないん――――――――」

「そおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおはいかないのだーーーーーーッ!!!!」

「うおぅ・・・・・・。」

響がその場を通り過ぎようとすると、三段腹とは思えない凄まじいスピードで響の目の前に回り込む。

「破月響!!この写真を見るのだ!!チミの悪行がコレにハッキリと写っているのだー!!」

そう言うと相田会長はその写真の中の5枚ほどピックアップし、それを響の目の前に突きつける。

「・・・・これは・・・・」

その写真には有紗・・・・・と響のツーショットが写っていた。
いつだったかの公園でベンチに2人で座っている写真や、『GONAMI』にてカードを交換している写真―――。
「近くにいたのに全然気が付かなかった」と、驚きを通り越してこの男のストーキング術に感心してしまう響(←なぜ?)。

「有紗タソは今世紀最大のッ!それも1000年に一度いるかどうかの奇跡のアイドルなのだッ!!そんな・・・・・そんな大切なオイラたちのアイドルをたぶらかして独り占めにするだなんて・・・・・『『老化の呪い』で『BMG』の攻撃力を下げる』くらい許されない大罪なのだ!!」

要するに、有紗に近づく人間は彼らにとって許されない存在・・・・・という事らしい。

「よって『第二次IAFC緊急集会』の討議の結果、チミは第一粛清対象になったのだッ!覚悟するのだ、破月響!!」

そう言って、相田会長は腹をボヨボヨ揺らしながらディスクを取り出す。

「・・・・・デュエルで俺を倒すことが・・・・粛清・・・なのか・・・・?」

「そのとーりなのだー!チミに肉弾戦で挑んだりしたらこの場に10人前の『特製メガネハンバーグ』がいっちょ上がりなのだー!」

「(・・・・・・そんなものが出来たとしても誰も食ったりしないだろうけどな・・・。)」

突然『DXフルーツ生クリームパン』を食べたくなる響。

「そこで!!
チミをデュエルでメッタメタのケチョンケチョンにして『破月響はザコ助』だと言うことをオイラが証明してやるのだ!!そうすればチミの評判はガッタガタ!有紗タソはチミに見向きもしなくなるのだーー!!
さァ!!とっとと構えるのだ!!」

「(・・・・・よくわからないが・・・・やるしかないみたいだな・・・・・。
・・・・・・・・有紗・・・・・あいつ、本当にトラブルメーカーだ・・・・。)」

とりあえず、響もディスクを取り出し、腕に取り付ける。
ジャキーン、パラパラと音を立て、響のディスクも板状に展開した。

「ニュフフフフ・・・どうやらやる気になったみたいなのだ・・・。
それでわ!覚悟するのだ破月響!!有紗タソの純潔、オイラがお守りするのだ!!
デュッエーーーーーーーッルッ!!!!」


響  :8000
相田 :8000



先攻は相田恋太郎会長(キモヲタ)からだ。

「いくのだァ!ドロー!
・・・・オイラは『憑依装着−アウス』タソを召喚なのだ!!」



『憑依装着−アウス』
地 魔法使い族 レベル4 ATK/1850 DEF/1500
自分フィールド上の『地霊使いアウス』1体と他の地属性モンスター1体を墓地に送る事で、手札またはデッキから特殊召喚する事ができる。この方法で特殊召喚に成功した場合、以下の効果を得る。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。



相田のフィールドに現れる魔法使いの少女。強化された『デーモン・ビーバー』の使い魔を従えており、攻撃力も1850となかなか高い。
しかし・・・

「(・・・なんだ・・?・・この妙に薄ら寒い感覚は・・・・・・)」

このモンスターは知る人ぞ知る『霊使い』の1体である。
茶髪メガネにスパッツ・・そして大きなお友達の心をくすぐるロ○フェ○ス。
あいにく、響にその趣味はないため、自分の相手はイタい男だと容赦なく感じ取る。

「さらにカードを3枚セット!ターン終了なのだ!!」

「・・・俺のターン・・ドロー・・。」

それはともかく、相手の布陣はなかなか固い。
セットカードは3枚、そして攻撃力1850のモンスター。
『大嵐』があればぶちかましたいところだが、生憎、響の手札にソレはない。

「(とりあえず・・・攻め込む・・・)」

響は手札からモンスターを選び、ディスクに置いた。

「・・俺は手札から『シ・ミラー』召喚・・・。」

響のフィールドにギラギラと銀色に輝く人型のモンスターが召喚された。
まるで銀で出来た彫像のようだ。その鏡のように研かれた身体に、対峙している『アウス』がくっきりと映っている。



『シ・ミラー』
闇 魔法使い族 レベル3 ATK/1200 DEF/1000
このカードは自分フィールド上の表側表示の『シ・ミラー』1体につき攻撃力が300ポイントアップする。このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地に送った時、自分のデッキから『シ・ミラー』1体を特殊召喚することができる。



「・・このモンスターはフィールド上の『シ・ミラー』1体につき、攻撃力を300上げる・・自身も含めるから今の攻撃力は1500だ・・・。」


『シ・ミラー』ATK/1200→ATK/1500


「・・そのままあんたの『憑依装着』に攻撃する・・・。」

『シ・ミラー』の腕が水銀のようにぐにゃりと鋭利な刃物のような形に変異し、そのまま魔法使いの少女に突撃する。

「ニュニュ・・!?チミは数字の大小もわからないのか!?」

「・・生憎、俺にも小学生だった時期は有るんでな・・・・
・・・ダメージステップ、手札から『突進』を発動・・・。」



『突進』
速攻魔法
表側表示モンスター1体の攻撃力を、ターン終了時まで700ポイントアップする。



「・・これで『シ・ミラー』の攻撃力は2200まで上がる・・・。」


『シ・ミラー』ATK/1500→ATK/2200


「ギョニョオ!?な、なんだとなのだーー!!」

速力を上げた銀色の彫像の攻撃に、『アウス』は容赦なく切り崩されてしまった。

相田  :8000→7650

「ニョアアアアアアアッ!?おっ・・・オイラのアウスタソがあああああ!?!?!?
チミは鬼か!?悪魔か!?それとも性犯罪者かーーーッ!?!?」

アウスが倒され怒り狂う相田会長。どうやら大事なモンスターだったようだ。
響に非難の嵐を浴びせかける。

「(・・・性犯罪者はグレファー1人で充分だ・・・・)」

響はかなりウンザリしながら、なんとか脳内で突っ込みを決め、デュエルを続行する。

「・・・・俺のバトルフェイズはまだ終わっていない・・・戦闘破壊を行ったことで『シ・ミラー』はもう1つの能力を発動できる・・・。
・・・デッキからもう1体『シ・ミラー』を特殊召喚だ・・・。」

『シ・ミラー』の身体が頭の中心から真っ二つに割れ、2体に分裂した。
同時に同名モンスターが増えたことで2体の『シ・ミラー』の攻撃力がさらにアップする。

『シ・ミラー』×2 ATK/1500→ATK/1800

「・・・特殊召喚した『シ・ミラー』で追撃する・・。」


ザクウッ!!


「ニョハアアアッ!」

相田 :7650→5850


「ウ・・・ニュググググ・・・!アウスタソに暴行をはたらいた罪はその身で償ってもらうのだ!ドロー!!
・・・・モンスターをセット、そしてリバースカードをオープンッ!!
『DNA移植手術』発動なのだ!!」



『DNA移植手術』
永続罠
発動時に1種類の属性を宣言する。
このカードがフィールド上に存在する限り、フィールド上の全ての表側表示モンスターは自分が宣言した属性になる。



「属性宣言は・・・『水』なのだッ!さらにリバースカード、『砂漠の光』を発動!
今セットしたモンスターを表側表示にするのだ!」



『砂漠の光』
通常罠
自分フィールド上に存在するモンスターを全て表側守備表示にする。



強烈な光が空から降り注ぎ、セットされたばかりのモンスターがリバースする。
リバースカードの正体は――――




『水霊使いエリア』
水 魔法使い族 レベル3 ATK/ 500 DEF/1500
リバース:このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手フィールド上の水属性モンスター1体のコントロールを得る。




・・・このカードもまた、『霊使い』の1体である。
青髪ロングにミニスカ・・そして大きなお友達の心をくすぐる○リ○ェイス。

だが、今回ばかりはそんな冗談は言っていられない。

「ニュハハッ!!『DNA移植手術』の効果でチミのモンスターも全て『水属性』なのだ!
エリアタソの効果でそのモンスターのコントロールを得るのだァ!」

『エリア』が手にした蒼い杖を掲げると、響の場の『シ・ミラー』1体が水泡と化し、相田会長のフィールドに移動した。

それと同時に、響の場に残った『シ・ミラー』の攻撃力もダウンする。


『シ・ミラー』ATK/1800→ATK/1500


「・・・・・・・っ・・!」

「さらにィ!チミから奪ったこのモンスターとエリアタソを墓地に送り・・・エリアタソは成長するのだ!出でよ!デッキから『憑依装着−エリア』タソを特殊召喚!!」

水泡と化していた『シ・ミラー』と『エリア』の持ち霊『ギゴバイト』が融合し、大きく成長する。



『憑依装着−エリア』
水 魔法使い族 レベル4 ATK/1850 DEF/1500
自分フィールド上の『水霊使いエリア』1体と他の水属性モンスター1体を墓地に送る事で、手札またはデッキから特殊召喚する事ができる。この方法で特殊召喚に成功した場合、以下の効果を得る。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。



それと同時に『エリア』自身も少しだけ成長した。
攻撃力1850。変化前よりもずっと攻撃力が高い。

「いくのだァッ!破月響のモンスターに攻撃ィ!」


――水霊術−『葵』!


「・・・・うっ・・・・・・。」

響  :8000→7650

攻撃力の下がった『シ・ミラー』はいとも簡単に破壊されてしまった。

「ニォフフフ!ターン終了なのだ!」

思わぬ反撃に心の中だけで苦いカオをする響。とりあえず、今は自分のターンだ。
カードをドローする。

「・・俺のターン・・ドロー・・・・『熟練の黒魔術師』を召喚・・・。」



『熟練の黒魔術師』
闇 魔法使い族 レベル4 ATK/1900 DEF/1700
自分または相手が魔法を発動する度に、このカードに魔力カウンターを1個乗せる(最大3個まで)。魔力カウンターが3個乗っている状態のこのカードを生け贄に捧げる事で、自分の手札・デッキ・墓地から『ブラック・マジシャン』を1体特殊召喚する。



「・・そのまま・・『憑依装着』に攻撃・・。」

響のフィールドの黒魔術師は自らの杖を目標に向ける。

「ニュヒョヒョヒョ!!甘すぎるのだァ、破月響!!
リバースカード、『大人の階段』発動なのだあッ!!」



『大人の階段』
通常罠
次の効果から1つを選択して発動する。
●手札を1枚捨て、自分フィールド上の『憑依装着』と名のついたモンスターを生け贄に捧げる。デッキ、または手札から生け贄に捧げたモンスターと同じ属性の『絶対憑依』と名のついたモンスターを特殊召喚する。
●相手フィールド上に『大友トークン(獣族・闇・星5・攻/守1000)』を1体守備表示で特殊召喚する(生け贄召喚のための生け贄にはできない)。



「手札から『風霊使いウィン』タソを捨て、さらに『憑依装着−エリア』タソを生け贄に捧げるのだ!・・・デッキから『絶対憑依−エリア』タソを特殊召喚!!」



大人の階段の〜ぼる〜君はまだ〜シンデレラさ〜♪



会長の罠がリバースした瞬間、BGM(BMGにあらず)とともにフィールドの『エリア』の身体に異変が起こる。


それは穏やかな曲調とは裏腹に、凄惨な光景だった。


「おっ・・おおっ・・・・」

響の口から思わず声が漏れる。

あの幼くあどけない『エリア』の身体が見る見るうちに大人のソレになっていくのだ。

顔は当然の如く劇画チックに――――

まさに『サイレント・ソードマン』のレベルアップの如し、である。
(服が破ける演出とかはナシで)

「ニョハハハハハハハッ!オイラの捕球範囲を甘く見てもらっては困るのだァァ!
これが・・これこそが『霊使い』の最終形態なのだァ!!」



『絶対憑依−エリア』
水 魔法使い族 レベル5 ATK/2450 DEF/1500
このカードは通常召喚できない。『大人の階段』の効果でのみ特殊召喚する事ができる。このモンスターと戦闘を行った水属性モンスターは、ダメージ計算時に攻撃力と守備力が0になる。このモンスターが水属性の守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていた場合その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。



ロ○フェイ○などとんでもない。今、響と対峙しているのは凛々しい大人の女性である。
お供の『ガガギゴ』までしっかり筋肉魔神へと成長している。
もはや大きなお友達には見向きもされないルックスだ。既にタソ付けで呼べる存在ではない。
(『逆巻くエリア』というカードを知っている人は、それの『憑依装着』ver.だと思ってもらえれば解りやすい。ていうかエリアファンの人、申し訳ない。コレでもクソ作者はエリア萌え。)

「(・・・・・これが・・・・・・・噂の『エネミー・オブ・ジャスティス』か・・・!)」

その変貌ぶりにあの響ですら息を呑んでしまった。
しかし、その能力をディスクモニターで見てさらに深く息を呑む。

『相手の水属性モンスターの攻撃力と守備力を0にする。』

これの指すところは、水属性モンスターと戦闘する場合のみ、どんな攻撃力のモンスターでもたちどころに破壊され、ダイレクトアタックと同じダメージがプレイヤーを襲うということだ。守備表示にしても貫通効果が発生し、壁の役割すら果たせない。その上、フィールド上のモンスターは『DNA移植手術』の効果で全て水属性になってしまっている。


「・・っ・・・・攻撃中断、カードを1枚セット、ターン終了・・。」

「ニュフフフフ・・・・・セットカードォ?ムダ!ムダ!ムダなのだァ!!!オイラのターン!!手札から『サイクロン』を発動!チミのセットカードを破壊するのだ!」



『サイクロン』
速攻魔法
フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。



巨大な竜巻が響のセットカードを粉微塵に切り裂く。
そのままセットされた『魔法の筒』は消え去った。

「・・・・・・・・・!」

「さらに手札から『憑依装着−ヒータ』タソを召喚なのだ!」



『憑依装着−ヒータ』
炎 魔法使い族 レベル4 ATK/1850 DEF/1500
自分フィールド上の『火霊使いヒータ』1体と他の炎属性モンスター1体を墓地に送る事で、手札またはデッキから特殊召喚する事ができる。この方法で特殊召喚に成功した場合、以下の効果を得る。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。



「覚悟するのだァ!破月響!!『絶対憑依−エリア』タソで『熟練の黒魔術師』に攻撃いいいい!!」


――真・水霊術−『葵』!


『大人エリア』は巨大な円筒形の水流を自在に操り、それを黒衣の魔導士に勢いよく放つ。その瞬間、『水』の属性に変化している『黒魔術師』の攻撃力は0になってしまった。


『熟練の黒魔術師』ATK1900→ATK/   0


その水流がふれた瞬間、黒魔術師の身体が水泡と化し、四散。
勢いを全く弱めることなくその後ろにいた響に直撃する。

「うっ・・・ぐ・・・!」

予想以上の衝撃に思わず半歩後ずさりする。とても『霊使い』の攻撃とは思えない凄まじい威力だ。

響  :7650→5200


「ニョヒャヒャヒャヒャーーッ!!さらに『憑依装着−ヒータ』タソで追撃なのだあァ!」

「・・・・・・っ・・!」


響  :5200→3350


響のライフポイントはこのターンで大きく削られてしまった。アタッカーのダイレクトが2回、当然半端じゃないダメージだ。

「(・・こいつ・・ただのヲタじゃない・・・・かなり慣れている・・・・・。)」

体制を整えながら響はそう思った。2−Bトップというのはどうやらウソじゃないらしい。
成長前には全く感じなかった『大人エリア』から伝わる妙な圧迫感が響の胸の辺りを締め付ける。

「ニョヒョヒョヒョヒョッ!チミは2−Dのトップらしいが所詮はこの程度なのだァ!!オイラが勝ったら学校でチミの事を『ザコ助』だと触れ回ってやるのだーーーーーーーーーーッ!!ニョーーーーーヒョッヒョッヒョッヒョッ!!」

かなりカンに障る笑いだ。
無表情のまま額に亀裂を作る響。

「(・・・こんな奴に・・・・・負けるか・・・・絶対に・・・俺は勝つ・・・・。)」

指先に気を込め、デッキからカードを引く。

「・・・・・俺は手札から『強欲な壷』を発動する・・。」



『強欲な壺』
通常魔法
自分のデッキからカードを2枚ドローする。





『大丈夫か?どうやら苦戦しているようだが――――』





唐突に、響だけに聞こえる声。

それは聞き慣れた『彼』の声だった。

「・・・・お前・・・・来てくれたのか・・・・。」

『強欲な壷』の効果でブレイカーが響の手札にやって来たのだ。
手札にやって来るなり、ブレイカーは響の危機を敏感に察したようだ。

『響、ここは私が出よう。今なら少なからず私の力は役に立つはずだ。』

ブレイカーが自分を召喚するよう、響に促す。今の状況なら彼の力で『ヒータ』を撃破し、『移植手術』を破壊する事ができる。
しかし、響は彼を召喚する気にはなれなかった。ここで彼を召喚することは、そのまま彼を犠牲にする事と同意なのである。
そうしたとしてもブレイカー自身は怒ったりしないだろう。それでも響は彼を犠牲にするのは嫌だった。

「(・・・・・・・ん・・・・・これは・・・・・・・。)」

ふと、響はブレイカーと共に手札に加わったカードに目を移す。

「・・・・・・もう少し、手札で待っていてくれ・・・・試してみたい事がある・・・・。」

そうブレイカーにだけ聞こえるように言うと、そのカードを裏側表示でモンスターカードゾーンにセットする。

「・・・・・俺はこのまま・・・・ターン終了だ・・・」

「ニュヒヒヒヒヒ!そんな壁をいくら出したところでオイラの『エリア』タソの前ではムダなのだーー!エリアタソには超超超強力な貫通能力があるのだーーー!!忘れてもらっちゃこまるぞなのだーーー!!
エリアタソ!破月響のセットモンスターに攻撃なのだーーーーーーーッ!!」

攻撃宣言と共に『エリア』から放たれる極太の水流・・・・・いや、もはや水龍と化した膨大な量の水が響のセットカードに迫る。



しかし―――



バシィンッ!!



「ニョアッ!?一体・・・・何が起きたのだーーーーー!?!?」

カードを押し流すはずの水流はセットカードにふれた瞬間、強烈な炸裂音と共にその向きを反転させ響のフィールドから離れていく。

「・・・単純な罠(トラップ)さ・・・『マジック・ランプ』、効果発動・・・・。」



『マジック・ランプ』
風 魔法使い族 レベル3 ATK/ 900 DEF/1400
裏側守備表示で相手モンスターからの攻撃を受けた時、その攻撃を他の相手モンスター1体にかわりに受けさせる事ができる。
このカードがフィールド上に存在する場合、『ランプの魔精・ラ・ジーン』1体を手札から特殊召喚する事ができる。



金色の大きなランプが、水流を完全に受け止め、それを跳ね返している。響の身体には水滴1つ届かない。

「・・こいつの効果であんたの『絶対憑依』の攻撃を、隣にいる『憑依装着−ヒータ』に受け流させてもらった・・・。」

「ニョッ、ニョニョーーーッ!?」

『マジック・ランプ』に完全に跳ね返された水流は、そのままの勢いで『ヒータ』に直進する。

「・・それだけじゃない・・『DNA移植手術』の効果であんたの『憑依装着−ヒータ』は『水属性』だ・・・『絶対憑依−エリア』の効果が発動し、『憑依装着−ヒータ』の攻撃力は0になる・・・。」


『憑依装着−ヒータ』ATK/1850→ATK/   0


ズドオオオオオオオオオオオオッ!!!


「ムギョニャアアアアアアアアア!?!?」

巨大な水流は『ヒータ』を容赦なく押し流し、そのまま相田会長に直撃した。
凄まじい反射攻撃に、アニメ声を上げながらごろごろとダルマのように転がっていく。

相田 :5850→3400

「ニョゲゲゲゲ・・オイラの・・・オイラの『霊使い』にレ○○レイをさせるとは・・タダで済むと思うななのだ!!カードを1枚セットし、ターン終了なのだ!!」

大事な霊使いを2人も破壊され、怒り心頭の相田会長。
一方、響はというとこの大打撃を手放しに喜んではいなかった。

「(・・・・このターンを凌いだはいいが・・この後はどうする?・・・・・ブレイカーを召喚するとして、『DNA移植手術』を破壊したとしても、その後の対応をどうするか・・・正直厳しいな・・・)」

むしろ響は今の自分の状況に悩んでいた。

『マジック・ランプ』の効果は1回きり、つまり使い捨てだ。次のターンには役に立たない。

その上、響の手札にはエリアを除去できるカードも無い。

待機中のブレイカーを召喚して『移植手術』を破壊しても、返しのターンでブレイカーがあの『エネミー・オブ・ジャスティス』に殴り倒されてしまう。

どん詰まりだ。

額に手を当て、打開策を考えるが、今の響にはどうしても『ブレイカーに犠牲になってもらう』という非人道的な策しか思いつかなかった。


ふと、響は手札にある1枚の魔法カードに目を移す。


デュエル開始時からずっと手札に温存しておいた、『儀式魔法』。


この日『GONAMI』で、この騒動の元凶でもある『伊吹有紗』から譲ってもらったあのカードだ。



「(・・・もし・・・・これが発動できれば・・・・・。)」



――――状況は変わるかも知れない。



そう思うが、それが机上の空論に過ぎないということは響自身がよく知っていた。

響の手札には肝心の『彼女』がいない。
儀式魔法だけではなんの意味もない、ただの紙切れに過ぎないのだ。



「(・・・・・もうこれしか手はないのか・・・・)」



そう思い、響は手札のブレイカーに目配せをし、小さく溜息を吐く。





――――と、その時だった。





『何を考えているかは解りかねますが、悩む前にカードをドローしてはいかがですか?』





不意に女性の声が響の耳に届く。
それは少女とも大人の女性ともとれる、感情のこもっていないどこか冷めた感じがする声だった。
これは目の前の『大人エリア』の声でもなければ、ブレイカーが声色を変えて喋っている訳でもない。デッキから、それもデッキトップからその声は聞こえてくる。
響にとって、この声は聞き慣れた声でもあった。


「・・・お前・・そこにいたのか・・・・。」

『ええ。貴方にターンがまわってから8秒の間、ここでご主人様がドローしてくれるのを待っていました。貴方が私をドローしないままメインフェイズに入ってしまうのではないかと、気が気でありませんでしたよ。』


淡々とその声は続ける。
そういえば、言われるまでカードをドローすることをわすれていた。
デッキからカードを引く―――案の定、響がドローしたのは『彼女』だった。


『どうやら下準備は出来ているようですね。私の力を使ってください。長い間ファイルに収まっていた所為(せい)か、身体が鈍ってしかたがありません。』

響の手札を確認し、『彼女』は言う。

「・・・・リスクはあるけど他に方法がある訳でもない・・・・か・・・・・・
・・・・・わかった・・・・頼むぞ・・・。」

『天才である私にお任せ下さい。』

相変わらずだ。この様子なら大丈夫だろう。
淡泊ながら自信に満ちている彼女の声を聴いて響はそう思った。
そして響はデュエル開始時からずっと手札にあった魔法カード――有紗から譲ったもらったあのカードを手札から発動する。




「・・・俺のターンだ・・・手札から・・・『皓白の待降節』を発動する・・。」




『皓白の待降節(ホワイト・アドヴェント)』
儀式魔法
『白き深淵のラキュラス』の降臨に必要。フィールドか手札からレベルが4以上になるようにカードを生け贄に捧げなければならない。





ボゴォッ!!





響がステージにカードを置いた瞬間、そのフィールドの一部が陥没し、盛大な音を立てて大きな穴が空いた。
深い、深い淵(ふち)―――覗き込んだら吸い込まれてしまいそうだ。

「ニョニョ!?儀式魔法―――」

「・・そうだ・・フィールドの『マジック・ランプ(レベル3)』、そして手札の『聖なる魔術師(レベル1)』・・・それらを生け贄に捧げる・・。」

『マジック・ランプ』、そして手札の『聖なる魔術師』が光の塊となってぽっかりと空いた大穴に吸い込まれる。

「・・・初仕事だ・・・
行くぞ、『白き深淵のラキュラス』、降臨・・・・!」



カアァァァァッ!!



響の宣言と共に眩いばかりの白い光が深い淵から溢れ出す。



「ニョーーー!?こ、これはいったいなんなのだーーー!?」





円筒状に天へと昇る一筋の光。その光の中に黒い人影が生まれる。
光をはき出していた大穴は時間と共に徐々に埋まっていき、白い光も次第に弱まっていく。
それと同時に、今まで光に隠れて見えなかった影の正体も時間が経つにつれて鮮明に現れてくる。


「そ・・そのモンスターは・・!」


白い光が完全に消え、隠されていた影の正体が露わになる。


響のフィールドに立っていたのは、美しい、白き装束の年若い魔女だった。


腰の辺りに揃えられた短いマントと自身の踵(かかと)まである雪のように白く長い髪をたなびかせ、伏し目がちな眼で敵陣を見据える。


その感情の乏しい、冷たく美しい顔がダイヤのような印象を与えていた。


少し間を置き、少女にも大人にも見えるその顔をゆっくりと天に向ける。


同時に、しなやかな両腕を天にかざすと辺り一面の光が収束し、その背丈よりも長く鋭いガラスのような杖がその手の中に創り出された。


「ニョギョギョ・・・!!!ちょ・・・・『無表情属性』・・・!?
お、オイラのセンサーが・・・・ビンビンに反応しているのだ・・・・・!!
し・・・・しかーーーしっ!!いくらソレがチミのアイドルカードといえど、オイラのエリアタソには勝てないのだ!!」

「・・・・・そんな属性はないと思うぞ・・・・・・。
・・・まあいい・・・・・俺はこいつの効果を発動させてもらう・・・・。」

「ニョニョニョ!?効果!?」

「・・・・・そうだ。『ラキュラス』が儀式召喚された時、デッキからカードを3枚ドローし、引いたカードのうち、魔法・罠カードだけ手札に加えることができる・・・・・。」



『白き深淵のラキュラス』(儀式モンスター)
光 魔法使い族 レベル4 ATK/1800 DEF/1200
『皓白の待降節』により降臨。『皓白の待降節』の効果でこのモンスターの儀式召喚に成功した時、カードを3枚ドローする。ドローしたカードをお互いに確認し、その中にモンスターカードがあった場合、そのモンスターカードを全て墓地に送る。自分または相手が魔法を発動する度に、このカードに魔力カウンターを2個乗せる。このカードの魔力カウンターを他の『魔力カウンターを乗せる事ができるカード』に1個移す事ができる。



響はデッキからカードを3枚、上から順々にめくっていく。

「(なるほど・・・さすがは『天才』だな・・・・)」

そう心の中で呟きながら、引いたカードをそのまま相田会長に向ける。



ドローカード:『早すぎた埋葬』(魔法)
:『サイバネティック・マジシャン』(モンスター)
:『マジック・キャプチャー』(罠)



「『サイバネティック・マジシャン』はモンスター・・・・よって手札に加えることができず墓地に送られる・・・・・だが、俺は今手札に加えた『早すぎた埋葬』を発動・・・
800ライフ払い、『サイバネティック・マジシャン』を特殊召喚・・・・。」


響  :3350→2550



『早すぎた埋葬』
装備魔法
800ライフポイントを払う。自分の墓地からモンスターカードを1体選択して攻撃表示でフィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。このカードが破壊された時、装備モンスターを破壊する。



『サイバネティック・マジシャン』
光 魔法使い族 レベル6 ATK/2400 DEF/1000
手札を1枚捨てる。このターンのエンドフェイズ時まで、フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力は2000になる。



「・・さらに手札を1枚捨て、『サイバネティック・マジシャン』の効果を発動する・・・・・『絶対憑依−エリア』の攻撃力はこれで2000だ・・・。」



――サイバネティック・コンバート!



『絶対憑依−エリア』ATK/2450→ATK/2000


光球が『エリア』を包み込み、攻撃力を2000に固定する。

「ニョーーッ!!ムダムダァ!ムダなのだ!!エリアタソの攻撃力を下げたところでチミのモンスターが『水属性』である限り、エリアタソに勝つ事は出来ないのだーッ!!」

「・・・その通りだな・・・でも、それは俺のモンスターが『水属性』であれば―――の話だ・・・・。」

そう言うと、響はずっと手札で待たせていた『彼』をそっとステージの上に置いた。

「・・・・手札から『魔導戦士 ブレイカー』を召喚・・・・・」



『魔導戦士 ブレイカー』
闇 魔法使い族 レベル4 ATK/1600 DEF/1000
このカードが召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを1個乗せる(最大1個まで)。このカードに乗っている魔力カウンター1個につき、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。また、その魔力カウンターを1個取り除く事で、フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊する。



「・・・魔力カウンターを取り除き、『DNA移植手術』を破壊する・・・。」


――マナ・ブレイク!


ブレイカーの剣から放たれた閃光が表になっている『DNA移植手術』のど真ん中をぶち抜いた。粉微塵になり、『大人エリア』の力の源がフィールドから排除される。

「ニョニョーー!?!?」

高いアニメ声を上げながらぶったまげる相田会長。

「(でも・・まだなのだ!オイラのフィールドにはもう1枚セットカードがあるのだ!)」

相田会長のフィールドに残されている1枚のセットカード。それは会長にとって残された最後のライフラインだ。

「・・・あんたのそのセットカードが有る限り・・・・俺には勝ち目がない・・・そんなところか・・・?」

「・・・ギョニョ・・!!な・・なんと・・!?」

心の内を読まれ、動揺する相田会長。

「・・・あんたの顔がそう言っているからな・・・・・・・
言っておくが『ラキュラス』にはもう1つ能力がある・・・悪いが今からそれを発動させてもらうぞ・・・・。」

「ニョニョーー!?ま、まだ何か効果があるのかなのだーーーー!?」

その言葉に、相田会長は慌てて響のフィールドの白い魔女に目を移す。
見ると儀式召喚されたときはガラスのように透明だった彼女の杖が、真っ白な光を帯びている。
柔らかいが強い、神秘的な光だ。

「・・こいつは魔法カードが発動される度に魔力カウンターが2つ乗る・・・・さっき発動した『早すぎた埋葬』により『ラキュラス』は今、2個の魔力カウンターが乗っている・・。」


『白き深淵のラキュラス』Mカウンター×2


「・・・その魔力カウンターを、他のカードに移すことができる・・『ラキュラス』の魔力カウンターを『ブレイカー』に移動する・・。」


『ラキュラス』は踊るように光が宿った杖を振るうと、辺り一面に白い光の粒が散らばる。その光の粒がブレイカーの剣に集まり、見る見るうちに吸収されていく。



『白き深淵のラキュラス』Mカウンター×2→Mカウンター×1

『魔導戦士 ブレイカー』Mカウンター×0→Mカウンター×1
ATK/1600→ATK/1900



次の瞬間、輝きを失ったブレイカーの剣は再び強い煌めきを取り戻していた。


「・・・何をするつもりか、言わなくても解るだろ・・?
『ブレイカー』の魔力カウンターを取り除き、あんたのセットカードを破壊する・・。」


ズブジャッ!!


セットされていた2枚目の『DNA移植手術』は数秒前と同じように破壊された。


「ニョホーーーーーーッ!!そっ、そんなバカななのだーーーーーッ!!!」

「・・・・ゲームセットだな・・『サイバネティック・マジシャン』、『絶対憑依−エリア』に攻撃・・。」



――サイバネティック・イリミネイション!



ドオオオオオオオオオンッ!!


攻撃力の下げられた『エネミー・オブ・ジャスティス』は『サイバネティック・マジシャン』の放った光に飲み込まれ、そのまま消え去った。

相田 :3400→3000

「ニョッ・・ニョニョッ・・!え・・エリアタソが・・オイラの・・オイラの最強の霊使いがァァ!!」

光に消し飛ばされる『淑女』を見送り、愕然とする相田会長。
響は前髪を少し流す。このキモヲタに、もう勝機は無い。

「・・・・・『正義の敵』は必ず滅びる・・・・その辺をよく覚えておくんだな・・・・
『ブレイカー』、『ラキュラス』、ダイレクトアタック・・。」


――ソウル・ブレイカー!

――ブリーチアウト・バニッシュ!


剣からの一閃、杖からの白い閃光。
華麗な連撃が的のようにまん丸い相田会長のみぞおちに叩き込まれた。

「ニョギョアアアアアアア!!あ、有紗タソ・・・バンジャーーーーーーイっ!!!」

相田 :3000→1400→0



――――――。

―――――――――。

――――――――――――。



「ニュウウウウウウウウウウウウウ・・・・め・・・・メッタメタの・・・・・ケチョンケチョンにされてしまったのだ・・・・・。」

ソリッドビジョンの衝撃と負けたショックで路上に転がるデブ、相田恋太郎。

「お・・・・おにょれえええい・・・・!破月響!!今回は『魔法少女ピケルたんACE』の再放送の時間になってしまったからこの辺で見逃してやるのだ!!
しかーーーーっしぃっ!オイラたち『IAFC』が存在する限り、チミの思い通りにはさせないのだ!!覚悟しておくのだァ!!」

そう言ってのそりと立ち上がると、相田会長は向きを180度反転させて猛ダッシュする。



「有紗タソーーーッ!!オイラは・・・オイラたちは一生あなたに付いていきますなのだーーー!!!」



町中にイタいセリフを響かせ、三段腹をボンボン揺らしながらキモヲタは響の視界から見えなくなった。
得体の知れない胸の痛みにさいなまれながら、響は有紗の苦労が少しだけ解った気がした。


『・・・お疲れさまだったな、響。』


ドタドタという重量感溢れる足音が聞こえなくなると、ソリッドビジョン化しているブレイカーが響に振り向き、声をかけた。

「・・ああ・・正直危なかった・・・お前にはまた助けてもらってしまったな・・・。」

『ん?・・・珍しいな、君の口から労(ねぎら)いの言葉が出てくるなんて。もしかして、気にしているのか?』

「・・・・・まぁな・・・・俺はあいつを最初(はな)から侮ってかかっていた・・・・それでこの体たらくだ・・・見かけに騙されるなんて、まだまだ俺も未熟だな・・・・。」

『たまにはこんな日もあるよ。気にすることはない。彼の実力が確かだった――――ただそれだけの事さ。これからもっと精進すればいいじゃないか。』

「・・・・・・・・ああ・・・・・・。」

そう言って響を諭すと、ブレイカーは自分の後ろにいる女性に目を移した。
その目線の先に立っている白く長い髪を揺らし、夕焼けの中にたたずむ白装束の少女。

『・・・それにしても、今回のラキュラスの活躍は素晴らしかったじゃないか。初陣だというのにあの立ち回り―――さすがは『天才』と言ったところだ。』



『白き深淵のラキュラス』――――。



今回の闘いの功労者であり、彼女もまたブレイカーと同じ、『カードの精霊』である。

『私の初陣は『落とし穴』で呆気なく終わってしまったからな。あんな活躍が出来るとは羨ましい限りだよ。』

『あの程度の活躍は当然です。私、天才ですから。』

今までブレイカーの後ろでたたずんでいたラキュラスが口を開く。

「・・・・・初仕事・・・ご苦労だったな・・・・5ヶ月ファイルに収まっていた鬱憤は晴れたか・・?」

響は口を開いた彼女の方を向き、声をかけた。

彼女は5ヶ月前、響の買ったブースターパックに封入されていた『シークレットレア』カードだ。
響が実戦で使うのは初めてである。彼女は今まで響のカードファイルに収まっており、デッキには入っていなかったのだ。
むしろ、『今の今までデッキに入れることが出来なかった。』と言ったほうが正しい。
なぜなら儀式召喚モンスターである彼女の降臨に必要な『儀式魔法』を今の今まで手に入れる事が出来なかったのだ。残念ながら『シークレットレア』を当てることは出来ても『ノーマル』のカードを的確に当てる能力は響に備わっていなかったのである。

『ええ。やはりこの優れた才能を存分に発揮できる戦場(いくさば)こそが本来私があるべき場所だと改めて実感しました。大体、私ほどの能力が使われないまま終わってしまうなど宝の持ち腐れと言うものでしょう。』

「・・・相変わらず凄い自信だな・・・・・・。」

『間違っていることは言っていないはずですが。』

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

淡々とした口調からは想像も出来ないほど自信満々なセリフがその口から放たれる。
・・・本当に相変わらずだ――――。
響はそう思わずにはいられなかった。

『まぁ、今貴方がすべき事は新たなる強大な戦力を素直に喜ぶ事だと思いますが。私の優秀な能力はこれからも貴方を助けていくことになるでしょうから。』


『・・・ふふっ、相変わらず頼もしいじゃないか、彼女は。』


ずっと様子を見ていたブレイカーが軽く笑いながら言う。
彼は純粋に響の新戦力を心から喜んでいるようだ。


「・・・・それもそうだな・・・・・今回、期待通りの働きもしてくれたことだし・・・・・これからもよろしく頼む・・・。」

『お任せ下さい、ご主人様。』


とりあえず、響も改めて新しい戦力を素直に喜んでおくことにした。

ディスクの電源を落とし、カバンにしまう。

「(・・・・・あんなのに絡まれるのはさすがに勘弁だが・・とりあえず・・・・有紗には感謝しておくか・・・・・・・。
・・・・・あいつが夜中まで催促してくることもこれでなくなるだろうからな・・・。)」

今夜は久々によく寝られそうだ。
そう思いながら足取り速く、響も帰路に着くのだった。


第十二章 complete



【序編 エピローグ】


「なるほど・・・・・・これが2年D組25番、破月響・・・か。」


「―――はい。」


「ふむ・・・・・個人戦績1538戦1419勝116敗3分――――他の生徒から抜きん出ている・・・・・・・相当の手練だな。」


「・・・・・・・・・・・・。」


「デッキタイプは・・・・『魔法使い族』・・・・それも『魔力カウンター』を多用する戦術をとっている・・・・・変わってはいるが、それ故に対抗者が対処し難い部分を突くのにも長ける――――そう私は見た。お前はどう思う?」


「ええ・・・・わたくしも、彼はかなりの実力者だと思います。彼の打開力もさることながら、彼自身の精神も非常に安定していて・・・・デュエリストに必要なここ一番の運にも恵まれているようです。恐らく・・・・わたくし以上の戦力として期待が出来ると思います。」


「・・・・・そうか。
・・・・・・・・この男のIDを作成しておくよう、開発部に申請しておく。」


「では、やはり彼を―――」


「ああ。この男の力は貴重だ。早いうちに引き入れておくに越したことはない。」


「・・・・でも・・・彼は受け入れてくれるでしょうか?」


「そんなことは問題ではない。奴には必ず受け入れてもらう――――これは前提だ。」


「・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・ここ数日、『ミショナリー』による被害が急激に増えている。原因は今だに不明だ。
・・・・だが、何かが起ころうとしているのは間違いない。
・・・・・お前にも解るだろう?」


「・・・・・・はい。」


「悔しいが・・・・こうなってしまっては私たちの力だけではどうにもならないのだ。
力も・・・時間も・・・・足りないものが多すぎる。
彼らの力を借りるしか私たちに道はない。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・はい。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


「・・・・・・・・・・・・・・・結梨(ゆうり)。」


「・・・・・?」


「明日、『伊吹有紗』とデュエルをしてきて欲しい。」


「・・・・それは・・・・・・・彼女の力を測る・・・ということですね?」


「その通りだ。私はその間に、破月響の力をこの手で確かめておく。」


「?・・・彼の力も測るのですか・・・・?」


「いや・・・・私はただ、破月と1戦交えてみたいだけだ。少し、この男に興味が湧いた。」


「・・・・あっ・・・・なるほど、あなたらしいですね。
・・・・・わかりました。伊吹さんの事は、わたくしに任せてください。」


「・・・・・・すまないな・・・お前には・・・いつも苦労をかけてしまう・・・。」


「うふふ・・・・良いんですよ。薺(なずな)の力になれる事は、わたくしにとっての幸せなのですから。」


「なっ・・・お前はなにを言っている・・・・・今日はもう遅い、先に部屋に戻っていろ。」


「はい。・・・薺も・・・あまり無理をなさらないで下さいね。」


「・・・・・・・・解っている。」




レジェンズ メモリアル 序編  FIN









あとがき

・・・・えーっと・・・
『レジェンズ メモリアル』、序編がかなり唐突に終了いたしました。
(↑ていうか序編だったのかよ!?)
という訳で次章から本編がスタートします。
おそらくオリカのオンパレードになると思われ(←クソ作者)
それと、今までこんな駄文に付き合ってくれた方々、本当にありがとうございました。
本編も読んでくれる人がいることを祈り、ひとまず終了です。





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