休息する星達

製作者:クローバーさん




 とても日差しが強い日だった。

 つい先日、今年度最高気温を記録した夏もまだまだ終わらないという感じで、真上に輝いている太陽はジリジリと地面
を焼いている。下に広がるアスファルトに触れれば、すぐにでも焼けてしまうのではないかと思う。テレビでは夏バテ予
防の対策が放映されているが、効果があるようには感じられない。
 近くの公園では、夏バテなんて言葉すら知らないであろう子供達がはしゃいでいる。
 噴水から噴き上がる水を浴びながら、楽しそうに遊んでいる子供達。
 そんな子供達を見ながら、世間話をしている親達。
 それはどこにでもありそうな、普通の光景。

「平和だなぁ……」

 そんな呑気な言葉を発しながら、薫(かおる)は町中を歩いていた。
 闇の組織『ダーク』との戦いが終わってから一週間後。休暇をもらったスターはたいした仕事もないので、とりあえず
それぞれが好きなように過ごすことになっていた。世界が滅ぶか否かまでに及んだ戦いに勝利した褒美にしては、短い休
みだと思った。
 期間は残り10日間ほど。さらに分かりやすく言えば、8月31日までの残りの夏が休暇の期間である。
 もちろん、完全な休暇なんて甘い話はあるはずもなく、本社からこの休暇中に今までに調べた闇の組織についての資料
の整理とその内容の報告を命じられている。
 今まで調べてきた闇の組織について調べられたことは似た内容が多いのだが、量があまりにも膨大だった。
 改めて整理するべき資料を確認すると、残りの休暇全てを費やさないと、整理できないぐらいまでになっていた。
「せっかくの休みなのに、資料の整理なんて……」
 はしゃぐ子供達を見ながら、薫は溜息をついた。
 それは決して、自分に対して吐いた言葉ではない。
 資料の整理を任せた部下達。その人達へ向けて呟いた言葉であった。
 こんなに天気のいい日なのに、外にも出ないで黙々と資料の整理をする人の気が知れない。
 資料の整理を命じられた時、薫は自ら率先してやると言ったのだが、幹部の二人が「リーダーが資料整理というのは格
好がつかない」と言って、他の部下達に仕事を命じたのだ。
 部下の人達も喜んで了承してくれたため、薫はしぶしぶ仕事を任せることになった。
《薫さんはスターのリーダーなんですから安心して休暇を過ごして下さい》と言われて、せっせと作業をする部下の人達
の姿が浮かんだ。
 今頃、資料の10分の1が整理できたところだろうか。
「もう……伊月君に佐助さんは……」
 今頃他の二人は自分達の好きに過ごしているに違いない。
 部下の人達の働きがあるから、こうして平和な景色を見ることができるんだ。
 そう思いながら、薫は心の中で部下の人達に感謝する。


「さてと……」
 薫はバッグから大きな封筒を取り出した。
 様々な項目が書かれた紙が10枚入っている。
 実はこれも本社から命じられた仕事の一つだった。
 この仕事だけは他の人に任せたくなかったので、幹部の二人にも話さずに隠し持っていたのだ。
 仕事の内容は実に簡単なもの。
 闇の組織『ダーク』によって仲間にさせられた一般人のその後に、変化がないかどうかの確認。
 闇の力によって引き起こされる副作用や後遺症はないかどうか。
 身体の調子、精神の状態。記憶の有無。それらを確認するための調査である。
 紙の一枚一枚に個人の住所が記録されているから直接訪問してくれ、とのことであった。
 薫が担当されたのは計10人。これまで9人の被害者の調査を行ってきた。次で最後の1人。薫は住所を見ながら最後
の一人の家を探していた。
 だが、相変わらずの方向音痴ぶりで、駅から徒歩20分とまで明記されているのに、現在1時間近く歩いてしまってい
る。
 地図を逆さにしたり、裏返してみるのだが、さっぱり分からない。
「どうして本社はこんなに分かりづらい地図しか出さないのかなぁ………」

 あくまで、自分が方向音痴だということは絶対に認めない。
 






 そうして歩くことさらに10分。
 なんとか目的の場所にたどり着くことができた。
 夏の暑さにやられかけていたところだったので、少し安心した。
「や、やっと着いた……」
 安堵の息を吐く。
 目の前にあるのは、見た感じ、普通の一軒家。
 ここに、最後の一人がいる。
「よし」
 流れる汗をぬぐって、インターホンを押した。
《はい、どなたですか?》
 むこうから澄んだ声が尋ねてきた。
 声から判断する限り、元気そうだ。
「電話した薫というものですけれど……」
《……薫さん?》
「うん、遅れてごめんね」
《あ、いえ、今、開けますね》
 玄関のドアが開く。
 そこから出てきた凛とした顔立ち。細い体の線に、低い身長。 
「お久しぶりです」
 その澄んだ声が、涼しい風のように薫に届いた。
 薫は笑みを浮かべて、言った。

「久しぶり。真奈美(まなみ)ちゃん」

 どこかで、風鈴の音が鳴った気がした。




























「こんなところにわざわざ、ご苦労様です」
 真奈美の母親がテーブルにお茶の入ったコップを出しながら言った。
「あ、どうも」
 薫はお礼を言って、頭を軽く下げる。
「ありがとう、お母さん」
「どういたしまして」
 真奈美の母親は、丁寧にお辞儀しながら言った。
「あの、お母さん、少しお話があるんですけど、いいですか?」
「私にですか? 分かりました。じゃあ真奈美。悪いけどちょっと席を外してくれる? 終わったらすぐに呼ぶからね」
「うん」
 真奈美が部屋を出て行った。
 母親は出て行ったのを確認すると、薫の向かい側の席に座った。
「わざわざすいません」
 薫は軽く頭を下げて、真奈美の母親に向き合った。
「こんな時間で、迷惑でしたか?」
「いいえ、大丈夫です。ちょうど買い物から帰ってきたところですから」
「そうですか。それで真奈美ちゃんとの生活の方はどうですか?」
「はい。本当に、今まで通りで……あなた方には本当に感謝しているんです。本当に、行方不明になった娘を、見つけて
くれて……」
 言葉を発するうちに真奈美の母親は涙ぐんでいた。
 彼女はすいませんと言って、ハンカチで涙をぬぐう。
「あ、お母さん、落ち着いて下さい」
「ですが、本当に、娘が無事で……本当に、よかった……」
「私も、そう思います」
 闇の組織に強制的に仲間にされた真奈美は社会の中で行方不明者として扱われていた。他の犠牲者も同様に、行方不明
として扱われていた。親たちは警察などに捜索届けを出していたのだが、見つかるはずもない。みんな闇の組織の一員と
して働かされていたか、闇の神の生け贄にされていたからである。
 でも先日の戦いで、犠牲者は全員戻ってくることが出来た。
 もちろん真奈美もその一人。
「真奈美が、急に帰ってきた日は……本当に、驚いて、嬉しくて……」
「はい。他のご家族の方も、お子さんが無事に帰ってきて良かったと言ってます」
「本当に、ありがとうございます。なんとお礼をしたらいいか……」
「いいんです。お礼なんて。私達はたいしたことをしていませんから」
 被害者の家族には、詳しい事情を話していない。余計な不安を与えないためにと、本社が決定したことだった。
 被害者達は、あるカードゲーム会社の事業のために連れ去られてしまい、家族と連絡がとれない場所で生活させられて
いた。本社がそこの会社を突き止めて検挙し、被害者達を救い出した。
 それが、本社が家族に伝えるように決定した内容だ。
 本人達にも了承してもらって、詳しい事情は出来る限り話さずに、失踪していた間のことはよく覚えていないというこ
とにしてもらっている。当然、親達から詳細を知りたいとの電話が何通も本社にかかってきたが、被害者達は酷いことを
させられてもいないし、してもいない。他の情報は仕事に関わることなので話せない。という回答をしたようだ。
 それで納得してくれたのかどうかは分からないが、それ以降電話はかかってきていない。
「でも、あなたが真奈美を助けてくれたから……こうして私は、真奈美と一緒に暮らせるんです。本当に、ありがとうご
ざいました」
「はい」








 そのあと、軽い世間話や最近の生活の様子を聞き、真奈美を呼んで貰うことにした。
 母親は真奈美を呼びに行って、すぐに彼女を連れて戻ってきた。
「じゃあ向こうの部屋にいるから、何かあったら呼んでね」
「うん」
 真奈美の母親は、リビングから出て行った。
 テーブルに向かい合う形で、薫と真奈美は座る。
 窓から涼しい風が、部屋を通り抜けた。
「髪、結んでいるんだね。眼鏡もしてるし」
 真奈美の長かった黒髪は短くなっていて、後ろを紐で結んであった。しかも眼鏡が掛けられていたため、以前あった時
よりも、受ける印象がはるかに違った。
「元々、私の髪は短かったんです。でも闇の組織に入ってから、美容室にも行かされていなかったんだと思います」
「そうだったんだ……」
 美容室にも行かせてもらえなくても、髪の手入れはできるはずだ。
 それすらさせて貰えなかったということは、一体、どれだけ無理な労働を強いられてきたのだろう。
「でも、食事はあったから、なんとか大丈夫でした」
「そっか……それで……何か変わった様子とかない?」
「はい。ありません」
 真奈美は笑顔で答えた。
「よかった♪ 他の9人も同じだったから、真奈美ちゃんも心配はいらないなぁと思っていたんだ」
「……えっと……薫さんはたしか、スターのリーダーですよね。それなのに、こんなことをしているんですか?」
「えへへ、他の人にも似たようなことを言われたよ。でも、この仕事だけは私がやりたいなぁって……ううん、私がやら
なくちゃいけないなって思ったから、引き受けたんだよ」
「…………」
 真奈美は一瞬、視線をそらした。
 薫は出されたお茶を一口飲んで、その様子に気づく。
「どうしたの?」
「……いいえ、何でもないです。ただ……薫さん、優しいなぁって……」
 少し口ごもりながら、真奈美は言う。
「優しいかな?」
「はい、とっても、優しいです。普通、こんなことまでしません」
 真奈美は笑いながら言った。
 薫はその様子を見ながら、本当に元気そうだと思い、安心する。
「じゃあ真奈美ちゃん。いくつか質問するけどいいかな? あ、別に真剣に答えるものじゃないからね。ただの軽いアン
ケートみたいなやつだよ」
「はい」
 薫は封筒から紙を取り出して、テーブルに置いた。
 真奈美は反対側から覗き込んで、質問の内容をざっと確認する。
「じゃあいくよ。最近、体調に違和感はありませんか?」
「……ありません」
「ある一定の期間の記憶がないなど、記憶喪失のように感じる時はありませんか?」
「…………あるといえば、あります」
「詳しく教えてくれる? あ、思い出すのが辛いなら、無理しなくても良いよ」
「いえ、大丈夫です。あの……私がダークに入れられてから、薫さんとの決闘を受けるまでの間に、記憶がところどころ
飛んでいるんです。決闘する直前までは明確に意識があるんですけど、決闘が始まった途端に意識が……なんていうか、
心の奥に閉じこめられるような感じがあって……その……上手く表現できないんですけど……伝わりますか?」
「大丈夫。他の人も似た感じだから。上手く記録しておくね」
 薫は用紙に鉛筆を走らせながら答えた。
 闇の力によって強制的に仲間に引き入れられた人は、基本的に自我を失って操り人形のようになってしまう。でも時々
自我が残っていて、本来の自分と闇の力に支配された自分という二つの人格ができる例があった。どういう理由でそうな
ってしまうかはまだ解明できていない。
 とりあえず、上手く記録しておく。
「次の質問にいくね。遊戯王は今でも続けていますか?」
「あ、はい。とりあえず、続けています」
「そっか」
 薫は心の中で「よかった」と思った。
 闇の組織と関わったことで、遊戯王カードを見ると嫌な記憶が呼び起こされてしまって、決闘できなくなってしまった
人が3人いたからだ。今や世界共通のカードゲームになっている遊戯王を出来なくなってしまうのは、かわいそうだと思
った。でも、自分にはどうしようもない。できることは、そんな人ができるだけ少ないことを祈るだけだった。
 だから目の前にいる少女が、決闘できることが本当によかった。
「じゃあ次ね。あなたの失踪していた時間はどれくらいですか?」
「………多分、4ヶ月くらいだと思います」
「じゃあ、高校に入学する直前………くらいだったのかな?」
「はい。受験に受かって、やっと高校生活がスタートだと思ったら、変な人に襲われて………それで……」
 暗く沈んでいく真奈美の表情に、薫は急いで静止をかける。
「もういいよ。無理しないで」
「はい……」
 真奈美の様子から判断して、これ以上長引かせるのはいけないだろう。
 他の簡単な質問や、外見から判断できる質問を飛ばして、最後の項目を見る。
「じゃあ、最後の質問。闇の組織について、何か覚えていることはありませんか?」
「え……」
 それは、一番したくない質問だった。 
 闇の組織は、何も『ダーク』だけではない。大小は様々だけど、そういう組織はたくさんある。本社としては、犠牲に
なった一般人からでも情報を絞り出そうと思っているのだろう。でも被害者から考えれば、闇の組織に関わった記憶はな
んとしても消したい記憶のはずだ。そこをわざわざ振り返らせるような真似はさせたくなかった。
「無理に思い出さなくてもいいよ。早く、忘れなくちゃいけないもんね」
「はい………あの、薫さん」
「ん?」
「私と……決闘してくれませんか?」
「え?」
 それは、突然の申し出だった。
「ど、どうしたの急に?」
 真奈美は数秒黙ったあと、言った。
「……さっき、まだ遊戯王をしていますかって聞きましたよね?」
「うん」
「実は……私まだ、他人と決闘をしていないんです」
「えっ、それって……」
「もしかしたら私、決闘が出来なくなってしまったかもしれないんです。これから、学校にも通う事になるし、ちゃんと
決闘できるかどうか確かめたいんです。それに決闘すれば、闇の組織について何か思い出せるかも知れません」
 真奈美は席を立ちながら言った。
 コップが揺れて、中身がわずかにこぼれる。
「でも……」
「お願いします! 周りにあまり決闘できる相手がいないんです。薫さんぐらいしか、いないんです。お願いします!」
 真奈美は深々と頭を下げた。
「うぅ」
 ここまでお願いされると、断れないのが薫だった。
 ちょうどデッキもデュエルディスクも持ってきている。やろうと思えば、いつでもできる。
 だが薫は悩んだ。
 これから、目の前にいる少女は新しい生活を始める。
 なにもカードゲームだけが高校生活ではない。部活に友達に恋愛。他にも様々なことが高校では待っている。遊戯王が
出来ないからといって、生活に支障がでるわけではない。
 もしここで無理に決闘して、辛い記憶を呼び起こしてしまったら……。
 それこそ今後の生活に支障が出てしまう危険がある。
「お願いします! 薫さん!」
 真奈美はまっすぐに、薫を見つめる。
 その目には半分の不安と、半分の決意が宿っている。
 どっちに転んでも構わないと思っている。
 そんな少女の願いを、聞き入れないわけにはいかなかった。
「……分かったよ。でも私が無理だって判断したら、すぐに終了させるからね」
「ありがとうございます」
「じゃあ、外に出よっか」
「はい」
 














 家の前で、薫と真奈美は向き合った。
 10メートルほどの距離をとって、デュエルディスクを構える。
 思えば、普通の決闘をするのはずいぶんと久しぶりだ。
「無理しないでね」
「はい。分かりました。あの、薫さん、もう一つお願いして良いですか?」
「なに?」
「本気でやって下さい。私も、ちゃんと決闘できることが分かれば、全力でやりたいんです」
「……………うん、分かったよ」






「「決闘!!」」






 真奈美:8000LP   薫:8000LP





 先攻は真奈美からだ。
 勢いよくカードを引き、手札を見つめる。
 今のところ、心は何も感じていない。
 これなら、大丈夫かも。
「私は手札から――――!」
 モンスターを召喚しようとした瞬間―――


《いやぁ!!》
《ぐあああああああ!!》
 少年や少女の悲鳴。
 闇に飲み込まれていく姿。
 ダメージを受ける度に倒れていく人々。
 闇の組織で働いていたときの記憶が、蘇ってきた。

《助けて!!》
《助けてくれよ!!》
 何度も、助けを求められてきた。
 でも闇に染まった『私』は、その声を聞くのが何よりも心地いいと感じていた。
《嫌だ!》
《やめてぇ!!》
 ダメージを受けて、現実ではありえない感覚を体験したときの人間の表情が、あの『私』の何よりの楽しみだった。 
 だから、よりその声を聞くために、もっと強く、もっと痛みが増幅するように決闘したこともあった。
《うわあああああ!!!》
《きゃああああ!!!!》
 苦痛の声が、頭の中で反響する。
 この声を、あの時の『私』は一体、どれくらい無視してきたの?
 いったいどれくらい、他人を犠牲にしてきたの? いったい……。


 

「……!!」
 真奈美は頭を抱えて、その場にうずくまった。
 目を閉じても、耳を塞いでも、何度もあの声が聞こえる。
 聞こえるはずのない声が、聞こえてきてしまう。
「いや、やめて……お願い…………」

《ぎゃあああ!》
《いやぁ!!》
《やめろぉぉぉ!!》

 そうは言っても、声が消えることはない。
「いや…! もう……やめて……!」















「真奈美ちゃん!!!」


 薫の声だった。
 耳を塞いでいたのにも関わらず、なぜかその声だけは、真奈美に届いた。
「しっかりして! もう、その人達はみんな元に戻ったんだよ!! もう、苦しまなくていいんだよ!!」
「薫……さん……」
「決闘が好きなんでしょ? だったらやろうよ。私と楽しい決闘しようよ!」
 真奈美の視線の先には、やさしい笑みを向けている薫がいた。
 心から尊敬できる女性がいた。 
「……………………私は………」
 真奈美は微かに震えながら、ゆっくりと立ち上がる。
 頭の中で反響していた声が、消えていく。
「せっかくの決闘なんだから楽しもうよ。ね?」
「薫さん……」
 震える体を押さえて、真奈美は息を整える。

 そうだ。これからやるのは今までの危険な決闘じゃない。
 お互いが楽しむことの出来る。本当の決闘なんだ。
 怖がる必要なんてない。
 ううん、違う。
 怖がっていたら、せっかくの薫さんとの決闘が勿体ない。
 怖がらないで、素直に、楽しんで決闘すればいい!

「薫さん……ありがとうございます」
 体の震えが、止まった。
 あの声達は、聞こえなくなった。
「――私は"熟練の黒魔術師"を召喚します!!」
 真奈美の場に、魔力の修行をする魔術師が現れる。
 久しぶりの戦いに、自らの力を試そうと杖を振る。


 熟練の黒魔術師 闇属性/星4/攻1900/守1700
 【魔法使い族・効果】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 自分または相手が魔法カードを発動する度に、
 このカードに魔力カウンターを1つ置く(最大3つまで)。
 魔力カウンターが3つ乗っているこのカードをリリースする事で、
 自分の手札・デッキ・墓地から「ブラック・マジシャン」1体を特殊召喚する。


「真奈美ちゃん……」
 薫は静かに笑みを浮かべた。
 目の前の少女の目には、確かな力が宿っている。
 これなら、きっと楽しい決闘に出来る。心から、そう思った。
「いきます! 手札から"魔法吸収"を発動。さらに"魔力掌握"を続けて発動します!」
 

 魔法吸収
 【永続魔法】
 魔法カードが発動する度に、このカードのコントローラーは
 500ライフポイント回復する。


 魔力掌握
 【通常魔法】
 フィールド上に表側表示で存在する魔力カウンターを
 置く事ができるカード1枚に魔力カウンターを1つ置く。
 その後、自分のデッキから「魔力掌握」1枚を手札に加える事ができる。
 「魔力掌握」は1ターンに1枚しか発動できない。


「これで、"熟練の黒魔術師"に魔力カウンターが3つ溜まりました。そして"魔力掌握"の効果で"魔力掌握"を手札に加え
ます!」
 黒魔術師の杖にある三つの玉が、一気に眩い光を発する。
 さらに真奈美の場にある魔力の塊が、暖かな光で主人を癒した。

 熟練の黒魔術師 魔力カウンター×3
 真奈美:8000→8500LP

「魔力カウンターが3つたまった"熟練の黒魔術師"をリリースして、私はデッキから"ブラック・マジシャン"を特殊召喚
します!!」
 黒魔術師が呪文を唱える。
 その体が光に包まれて、戦いの場に新たな魔術師が姿を現した。


 ブラック・マジシャン 闇属性/星7/攻2500/守2100
 【魔法使い族】
 魔法使いとしては、攻撃力・守備力ともに最高クラス。


「お願い。ブラック・マジシャン!」
 真奈美が呼びかけると、黒き魔術師は小さく頷いた。
 その顔には、久しぶりに主人と戦えるという喜びが含まれているように見えた。
「さっそく、エースの登場だね」
「はい。薫さんも、全力で来て下さい」
「分かってるよ」
「……私はカードを1枚伏せて、ターン終了です」

-------------------------------------------------
   真奈美:8500LP

   場:ブラック・マジシャン(攻撃)
     魔法吸収(永続魔法)
     伏せカード1枚

   手札3枚(そのうち1枚は"魔力掌握")
-------------------------------------------------
   薫:8000LP

   場:なし

   手札5枚
-------------------------------------------------

「私のターンだね」
 薫はカードを引いて、すぐにカードをデュエルディスクに置いた。


 レスキューキャット 地属性/星4/攻300/守100
 【獣族・効果】
 自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを墓地に送る事で、
 デッキからレベル3以下の獣族モンスター2体をフィールド上に特殊召喚する。
 この方法で特殊召喚されたモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。


 可愛い白い子猫が場に現れる。
 戦いの場にはあまりに似合わないモンスターに、相手の魔術師も若干困惑しているようだ。
「さっそくですね」
「うん」
 真奈美は身構える。
 たしかにあの子猫自体には戦う力はない。けれどそれよりも強力な力が備わっている。
 だから、油断はしない。
「いくよ。"レスキュー・キャット"をリリースして、デッキから2体のモンスターを特殊召喚するよ!!」
 子猫が笛を大きく吹き鳴らした。
 その姿が消えて、新たな2体のモンスターが姿を現す。


 X−セイバー エアベルン 地属性/星3/攻1600/守200
 【獣族・チューナー】
 このカードが直接攻撃によって相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
 相手の手札をランダムに1枚捨てる。


 デス・コアラ 闇属性/星3/攻1100/守1800
 【獣族・効果】
 リバース:相手の手札1枚につき400ポイントダメージを相手ライフに与える。


「やっぱり……」
 真奈美は小さく呟いた。
 モンスターが2体。その片方はチューナー。だったら、もうやることは決まっている。
「いきなりですね」
「うん。全力でいくからね! レベル3の"デス・コアラ"にレベル3の"X−セイバー エアベルン"をチューニング!」
 薫の場にいるモンスター達の体を無数の光の輪が囲む。
 互いの体が同調し、重なり合い、新たな力を呼び起こす。
「シンクロ召喚!! 来て、"ゴヨウ・ガーディアン"!」
 薫の場に派手な格好をしたモンスターが現れた。


 ゴヨウ・ガーディアン 地属性/星6/攻2800/守2000
 【戦士族・シンクロ/効果】
 チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、
 そのモンスターを自分フィールド上に表側守備表示で特殊召喚する事ができる。


「攻撃力2800……!!」
 魔術師よりも高い攻撃力を持ったモンスターの登場に、真奈美はわずかに顔をしかめた。
「じゃあいくよ! バトル!!」
 薫のモンスターが、魔術師に向かって突撃する。
「伏せカード発動です!」
 真奈美は、すぐさま伏せカードを開いた。


 魔法の筒
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、
 そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。


 魔術師が杖を振りかざした。
 突撃してくるモンスターの前に、大きな筒が現れる。
 モンスターは突撃の勢いを止められずに、その筒に入ってしまった。
「"魔法の筒"で攻撃を跳ね返します!!」
 薫の目の前に、先程モンスターを吸い込んだものと同じ筒が現れる。
 その中から、吸い込まれたモンスターが出てきて、薫にぶつかった。
「きゃ……!」

 薫:8000→5200LP

「また引っかかっちゃいましたね」
「えへへ、そうだね」
 薫は笑顔で言った。
 だが、本当は伏せカードの正体を見抜いていた。
 普段はぬけている所があるといっても、薫はスターのリーダーである。その決闘に対するセンスは組織の誰よりも優れ
ていて当然だ。事実、今までの決闘だって、同じ相手に同じミスを繰り返したことがない。
 伏せカードを見抜いていた以上、下手に攻撃を仕掛けない方が賢明な判断だったことは違いない。
 なのになぜ攻撃したか。

 真奈美が人にちゃんとダメージを与えられるかどうか、確かめたかったからだ。

 決闘が出来ても、ダメージを与えられなきゃ意味がない。
 今まで散々、ダークで仕事をさせられてきたせいで、人にダメージを与えることが怖くなってしまっているかもしれな
い。もし、怖く感じているなら、伏せカードは発動しなかったはずだ。だから発動ができたということは、ちゃんとダメ
ージが与えられるという意味だろう。
 薫が見た限り、伏せカードを発動するときにわずかの躊躇も感じられなかった。
 これなら目の前の少女は、きっと大丈夫。
 ちゃんとした決闘ができるはずだ。
「私はカードを2枚伏せてターンエンドだよ」

-------------------------------------------------
   真奈美:8500LP

   場:ブラック・マジシャン(攻撃)
     魔法吸収(永続魔法)

   手札3枚(そのうち1枚は"魔力掌握")
-------------------------------------------------
   薫:5200LP

   場:ゴヨウ・ガーディアン(攻撃)
     伏せカード2枚

   手札3枚
-------------------------------------------------

「私のターンですね」
 真奈美は新たにカードを引いて、薫の場を見つめた。
 相手の場には攻撃力2800のシンクロモンスターが1体と伏せカードが2枚ある。
 何の伏せカードなのか、全然分からない。
「どうしたの?」
「……いえ、なんでもありません。私は手札から"ジュミナイエルフ"を召喚します!」
 薫の場に、双子の魔法使いが姿を現す。
 魔術師の隣に並び、倒すべきモンスターを睨み付けた。


 ヂェミナイ・エルフ 地属性/星4/攻1900/守900
 【魔法使い族】
 交互に攻撃を仕掛けてくる、エルフの双子姉妹。


「さらに私は"魔法族の結界"を発動して、さらに前のターン手札に加えた"魔力掌握"を発動して魔力カウンターを溜めま
す!」
 地面に魔法陣が描かれ、そこへ魔力が注入されていく。
 さらに上空に存在している魔力の塊が、真奈美へ優しい光を降り注がせる。 
 現れた不思議な結界に、薫は身構えた。


 魔法族の結界
 【永続魔法】
 フィールド上に存在する魔法使い族モンスターが破壊される度に、
 このカードに魔力カウンターを1つ置く(最大4つまで)。
 自分フィールド上に表側表示で存在する魔法使い族モンスター1体と
 このカードを墓地へ送る事で、このカードに乗っている
 魔力カウンターの数だけ自分のデッキからカードをドローする。


 魔力掌握
 【通常魔法】
 フィールド上に表側表示で存在する魔力カウンターを
 置く事ができるカード1枚に魔力カウンターを1つ置く。
 その後、自分のデッキから「魔力掌握」1枚を手札に加える事ができる。
 「魔力掌握」は1ターンに1枚しか発動できない。


 魔法族の結界 魔力カウンター×1
 真奈美:8500→9000→9500LP

「ドロー強化だね」
「まだです。手札から"秘術の古文書"を"ブラック・マジシャン"に装備します!」
 

 秘術の古文書
 【装備魔法】
 魔法使い族のみ装備可能。
 装備モンスター1体の攻撃力と守備力は300ポイントアップする。
 装備モンスターは同じ攻撃力のモンスターとの戦闘では破壊されない。
 また、装備されたこのカードを墓地に送ることで、
 デッキから同名カードを手札に加えることができる。


 ブラック・マジシャン 攻撃力2500→2800
             守備力2100→2400
 真奈美:9500→10000LP

 魔術師の前に、古い魔法の書が現れる。
 そこから古の魔力が溢れ出し、魔術師に新たな力を与えた。
「このカードが装備されたモンスターは、同じ攻撃力のモンスターとの戦闘で破壊されません! 薫さんの場に存在して
いる"ゴヨウ・ガーディアン"の攻撃力は2800! "ブラック・マジシャン"と同じです!」
「……!!」
「バトルです!」
 真奈美の宣言で、魔術師が杖に魔力を溜め始めた。
「いけ、ブラック・マジシャン!!」

 ――黒・魔・導!!――

 膨大な黒い魔力が、薫のモンスターに向けて放たれた。
「させないよ!」
 薫が伏せカードを開く。
 突如、薫のモンスターの前にボロボロになったかかしが現れた。
 放たれた魔力はそのかかしに直撃する。かかしは体の一部が欠けただけで、すぐに姿を消してしまった。


 くず鉄のかかし
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
 発動後このカードは墓地に送らず、そのままセットする。


「これで真奈美ちゃんの攻撃を無効にしたよ」
「………私はこれでターンエンドです」

-------------------------------------------------
   真奈美:10000LP

   場:ブラック・マジシャン(攻撃)
     ヂェミナイ・エルフ(攻撃)
     魔法吸収(永続魔法)
     魔法族の結界(永続魔法)魔力カウンター×1。
     秘術の古文書(装備魔法)

   手札1枚(そのうち1枚は"魔力掌握")
-------------------------------------------------
   薫:5200LP

   場:ゴヨウ・ガーディアン(攻撃)
     伏せカード2枚(そのうち1枚は"くず鉄のかかし")

   手札3枚
-------------------------------------------------

「私のターンだね」
 薫はカードをドローして、笑みを浮かべた。
「何かいいカードを引いたんですか?」
 真奈美がその様子を見て、尋ねる。
「うん。いくよ! 見せてあげるね、私の全力を!!」
 そう言って、薫はカードを叩きつけた。
 フィールドに小さな光が現れ、そのあと真奈美に癒しの光が降り注いだ。


 ワン・フォー・ワン
 【通常魔法】
 手札からモンスター1体を墓地へ送って発動する。
 手札またはデッキからレベル1モンスター1体を
 自分フィールド上に特殊召喚する。


 真奈美:10000→10500LP

「手札の"レベル・スティーラー"を捨てて、デッキから"チューニング・サポーター"を特殊召喚するよ。さらに手札から
"ジャンク・シンクロン"を召喚して、その効果で"レベル・スティーラー"を特殊召喚!!」
 

 チューニング・サポーター 光属性/星1/攻100/守300
 【機械族・効果】
 このカードをシンクロ召喚に使用する場合、
 このカードはレベル2モンスターとして扱う事ができる。
 このカードがシンクロモンスターのシンクロ召喚に使用され墓地へ送られた場合、
 自分はデッキからカードを1枚ドローする。


 ジャンク・シンクロン 闇属性/星3/攻1300/守500
 【戦士族・チューナー】
 このカードが召喚に成功した時、自分の墓地に存在する
 レベル2以下のモンスター1体を表側守備表示で特殊召喚する事ができる。
 この効果で特殊召喚した効果モンスターの効果は無効化される。


 レベル・スティーラー 闇属性/星1/攻600/守0
 【昆虫族・効果】
 このカードが墓地に存在する場合、自分フィールド上に表側表示で存在する
 レベル5以上のモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターのレベルを1つ下げ、このカードを墓地から特殊召喚する。
 このカードはアドバンス召喚以外のためにはリリースできない。


 レベル・スティーラー→効果無効
 
「そして私は効果が無効になった"レベル・スティーラー"をリリースして"エネミーコントローラー"を発動するよ!!」
 薫の場にいるテントウムシのようなモンスターが光に包まれて、巨大なゲームのコントローラーが現れる。


 エネミーコントローラー
 【速攻魔法】
 次の効果から1つを選択して発動する。
 ●相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の表示形式を変更する。
 ●自分フィールド上に存在するモンスター1体をリリースして発動する。
 このターンのエンドフェイズ時まで、相手フィールド上に表側表示で存在する
 モンスター1体のコントロールを得る。


 真奈美:10500→11000LP

「この効果で真奈美ちゃんの場にいる"ジュミナイエルフ"のコントロールを得るよ!!」
 コントローラーからコードが伸びて、エルフに装着される。
 エルフは正気を失ったように、ふらふらと薫の場に移動した。
「これって……!」
「もちろんシンクロ召喚だよ!」
 次の瞬間、薫の場にいる3体のモンスターの体が薄くなりだした。
「行くよ。レベル4の"ジュミナイエルフ"、自身の効果でレベル2になった"チューニング・サポーター"に、レベル3の
"ジャンク・シンクロン"をチューニング!!」
 再び現れる光の輪。
 3体のモンスターが同調し、辺りに霧が満ちてくる。
「シンクロ召喚! 現れて! "ミスト・ウォーム"!!」


 ミスト・ウォーム 風属性/星9/攻2500/守1500
 【雷族・シンクロ/効果】
 チューナー+チューナー以外のモンスター2体以上
 このカードのシンクロ召喚に成功した時、
 相手フィールド上に存在するカードを3枚まで持ち主の手札に戻す。


「……!」
「"ミスト・ウォーム"の効果で、相手の場のカードを3枚戻すよ。私は真奈美ちゃんの場にいる"ブラック・マジシャン"
と"魔法吸収"、"魔法族の結界"を手札に戻すよ!!」
 霧を吹き出すモンスターが、大きく膨張した。
 そして、一気に霧を吹き出して真奈美の場にいる魔術師を襲った。
 魔術師は悔しそうに、主人の手札に戻ってしまった。

 ブラック・マジシャン→手札
 魔法吸収→手札
 魔法族の結界→手札
 秘術の古文書→破壊

「ブラック・マジシャン!!」
「ごめんね真奈美ちゃん。"チューニング・サポーター"の効果で1枚ドロー。さらに"ミスト・ウォーム"のレベルを1下
げて、墓地にいる"レベル・スティーラー"を特殊召喚するよ!」

 ミスト・ウォーム レベル9→8
 レベル・スティーラー→特殊召喚(攻撃)

 薫は場にいるモンスターを増やし、攻撃態勢を整える。
 真奈美は歯を食いしばって、身構えた。
「バトル!! みんなで一斉攻撃だよ!!」
 薫の場にいるモンスターが、息を合わせたように一斉に突撃した。
 派手な格好をしたモンスターが縄を投げつけて、霧を吹き出すモンスターとテントウムシのようなモンスターが突撃し
た。
「うぁ……あぁ…!!」

 真奈美:11000→10400→7900→5100LP

「うぅ……」
 真奈美は体を押さえつけて、その場に留まった。
「大丈夫だよね。真奈美ちゃん」
「……はい」
 真奈美は嬉しかった。
 モンスターの攻撃を受けても、痛くない。苦しくない。
 それが普通の感覚だったはずなのに、こんなにも安心できることだったということを初めて知った。
 そして、こうして尊敬する人と本気の決闘が出来ていることが嬉しくて仕方がなかった。
 これが本来の楽しい決闘。もっと、もっと楽しみたい。
 さっきまで10000を超えていたライフポイントが一気に半分近く削られてしまった。そしてこの圧倒的なボードア
ドバンテージの差。
 もし、ここから逆転できたら、目の前の女性はどんな表情をしてくれるだろう。悔しがってくれるかな?
 勝負の最中なのに、そんなことを考えてしまった。
「どうしたの真奈美ちゃん、にやけてるよ?」
「えっ、は、はい。すいません」
「私はこれでターンエンドね」

-------------------------------------------------
   真奈美:5100LP

   場:なし

   手札4枚(そのうち1枚は"魔力掌握")
-------------------------------------------------
   薫:5200LP

   場:ゴヨウ・ガーディアン(攻撃)
     ミストウォーム(攻撃)(レベル8)
     レベル・スティーラー(攻撃)
     伏せカード2枚(そのうち1枚は"くず鉄のかかし")

   手札1枚
-------------------------------------------------

「私のターンです」
 真奈美が引いたカードは"手札抹殺"。


 手札抹殺
 【通常魔法】
 お互いの手札を全て捨て、それぞれ自分のデッキから
 捨てた枚数分のカードをドローする。


 今の手札では、この状況を逆転することなんて不可能だ。
 だったら、やるしかない。
「私は"手札抹殺"を発動して、手札を入れ替えます!」
「じゃあ私も交換だね」
 二人は手札を捨てて、捨てた枚数分カードをドローした。
 真奈美は恐る恐るカードを引いて、確認する。
「あっ……」
 思わず声が出てしまった。

 ――これ以上にないほどの手札だった――。

「薫さん、私も全力でいきますよ!」
「うん!」
「手札から"古のルール"を発動します。来て! "ブラック・マジシャン"!!」
 真奈美の場に現れた最上級の魔術師。
 強大な敵を目の前に、杖を構えた。
「さらに私は"黒・魔・導"を発動して、薫さんの場にある魔法・罠をすべて破壊します!!」
 魔術師の杖に膨大な魔力が溜まった。
 そして一気にそれは放たれて、薫の場に伏せられたカードをすべて吹き飛ばした。

 くず鉄のかかし→破壊
 貪欲な壺→破壊


 古のルール
 【通常魔法】
 自分の手札からレベル5以上の通常モンスター1体を特殊召喚する。

 
 黒・魔・導
 【通常魔法】
 自分フィールド上に「ブラック・マジシャン」が
 表側表示で存在する時のみ発動する事ができる。
 相手フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。


 くず鉄のかかし
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
 発動後このカードは墓地に送らず、そのままセットする。


 貪欲な壺
 【通常魔法】
 自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、
 デッキに加えてシャッフルする。
 その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。


「うぅ……破壊されちゃった」
「まだですよ!! "弟子の魔法支援"を発動します!!」


 魔術師の魔法支援
 【通常魔法】
 「ブラック・マジシャン」が場にいるときに発動できる。
 自分フィールド上の「ブラック・マジシャン」1体をリリースすることで、
 デッキからレベル6以下の魔法使い族モンスター1体を特殊召喚する。
 この効果で特殊召喚したモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで300ポイント
 アップし、相手モンスター全てに攻撃することが出来る。
 

 上空に、奇術で使うような大きなマントが現れる。
 その中に黒魔術師が入り込んで、全身をマントで身を包んだ。
「この効果で、私は"ブラック・マジシャン"をリリースして"ブラック・マジシャン・ガール"を特殊召喚します!!
墓地には"ブラック・マジシャン"が2体いるので、攻撃力は600ポイントアップします! さらに、魔法カードの
効果で、エンドフェイズ時まで攻撃力上昇と連続攻撃の効果を持ちます!!」
 マントが開き、中からかわいらしい魔術師が姿を現した。
 その魔術師を纏う魔力が、戦場を去った師の力によってさらに上がる。


 ブラック・マジシャン・ガール 闇属性/星6/攻2000/守1700
 【魔法使い族・効果】
 お互いの墓地に存在する「ブラック・マジシャン」
 「マジシャン・オブ・ブラックカオス」1体につき、
 このカードの攻撃力は300ポイントアップする。


 ブラック・マジシャンガール 攻撃力2000→2600→2900

「攻撃力が……!」
「バトルフェイズ中の特殊召喚なので、攻撃続行です!」
 魔術師がその杖に強まった魔力を溜める。
 狙いを定めて、薫の場にいるモンスター達へ向けて放った。

 レベル・スティーラー→破壊
 ゴヨウ・ガーディアン→破壊
 ミスト・ウォーム→破壊
 薫:5200→2900→2800→2400LP

「うぅ…!!」
 先程まで場を制圧していたモンスター達が、一斉に姿を消してしまった。
「これで私はターンエンドです!!」
 真奈美の宣言と共に、強大な魔力を放った魔術師の力が減少した。
 
 ブラック・マジシャン・ガール 攻撃力2900→2600

-------------------------------------------------
   真奈美:5100LP

   場:ブラック・マジシャンガール(攻撃)

   手札0枚
-------------------------------------------------
   薫:2400LP

   場:なし

   手札1枚
-------------------------------------------------

「私のターンだね……」
 薫はカードを引くと、真奈美へ向けて笑顔を見せた。
「まさか1ターンで逆転されちゃうなんて思わなかったよ」
「そ、そうですか?」
「真奈美ちゃん、すごいね」
「あ、ありがとうございます」
 真奈美は若干照れながら、下を向く。
 尊敬する女性に褒められたことが、嬉しかった。
「でも、私だって負けないよ」
 薫の雰囲気が変わった。
 今までの優しい感じが一変して、勝負の表情になる。
 真奈美は身構えて、目の前の女性が本気になったことを理解した。
「魔法カードを発動するよ」
 そう言って薫は手札からカードを発動した。


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。


「これで"レスキュー・キャット"を特殊召喚して効果発動だよ」 
 子猫が大きく笛を吹き鳴らして、仲間の獣を呼び出す。
 新たなモンスターの登場に、真奈美は身構えた。


 X−セイバー エアベルン 地属性/星3/攻1600/守200
 【獣族・チューナー】
 このカードが直接攻撃によって相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
 相手の手札をランダムに1枚捨てる。


 コアラッコ 地属性/星2/攻100/守1600
 【獣族・効果】
 このカード以外の獣族モンスターが自分フィールド上に表側表示で存在する場合、
 相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力を
 エンドフェイズ時まで0にする事ができる。
 この効果は1ターンに1度しか使用できない。


「"コアラッコ"の効果で、"ブラック・マジシャンガール"の攻撃力を0にするよ!!」
 薫の場にいるラッコのようなモンスターが、手に持った貝を叩いた。
 そのときに発せられた不思議な音で、魔術師の体から力が抜ける。

 ブラック・マジシャンガール 攻撃力2600→0

「レベル2の"コアラッコ"にレベル3の"X−セイバー エアベルン"をチューニング!」
 2体のモンスターの体が重なり合い、自然の力を宿した獣が姿を現す。
 そのモンスターは真奈美を睨み付けて、大きく咆吼を上げた。


 ナチュル・ビースト 地属性/星5/攻2200/守1700
 【獣族・シンクロ/効果】
 地属性チューナー+チューナー以外の地属性モンスター1体以上
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
 自分のデッキの上からカードを2枚墓地に送る事で、
 魔法カードの発動を無効にし破壊する。


「このモンスターって……!!」
「バトルだよ!」
 その宣言で、薫の場にいるモンスターが魔術師の体が引き裂いた。

 ブラック・マジシャンガール→破壊
 真奈美:5100→2900LP

「ブラック・マジシャン・ガールまで……」
「"ナチュル・ビースト"がいる限り、真奈美ちゃんは魔法カードを使えないよ。ターンエンド」

-------------------------------------------------
   真奈美:2900LP

   場:なし

   手札0枚
-------------------------------------------------
   薫:2400LP

   場:ナチュル・ビースト(攻撃)

   手札1枚
-------------------------------------------------

「……私の……ターン……」
 真奈美はデッキの上を見つめたまま、動かない。
 相手の場には攻撃力2200の半上級モンスター。しかもその効果で、自分は魔法カードを使うことが出来ない。だけ
ど相手のあのカードを除去しない限り、勝つ事なんて出来ない。
 でも、そんなカードを引けるのだろうか。
 そんな考えが頭をよぎる。
 真奈美のデッキは半分近くが魔法カードで占められている。単純に考えて、魔法カードを引いてしまう確率は50%。
その数値はつまり、自分の敗北の確率でもある。何十枚とあるデッキの中から、逆転のカードを引く確率はあまりにも低
い。
「どうしよう……」
 小さく、呟く。
 負けるのが、とても怖い。
 これは闇の決闘じゃない。それは分かっている。
 でも、体が恐怖してしまっている。
 またあの深い闇に飲み込まれてしまうんじゃないだろうか。
 またあの暗い世界に戻らなくてはならないんだろうか。
 そんな恐怖が、真奈美の心を蝕み始める。


「……………」
 薫は何も言わず、黙って様子を見守った。
 なんとなくだが、真奈美がこうなるんじゃないかと予想していた。
 今ここで自分が声を掛ければ、彼女は我に返ってくれるだろう。だが薫はあえてそうしなかった。
 さっき真奈美との会話の中でも考えたが、自分にはカウンセリングができるような力はない。それに、どんな治療を受
けたって、最終的に恐怖を乗り越えられるのは本人の心しかない。
 ここで乗り越えられなければ、残念ながら彼女はそこまでだったってことである。
 辛くて危険な賭けなのは分かっている。でも、彼女には本当に立ち直って欲しい。そう思うからこそ、薫は言葉を押し
殺した。
(頑張れ、真奈美ちゃん)
 そう心の中で、祈った。


「どうしよう……どうしよう……」
 頭が混乱している。
 このまま勝てなかったら、どうしよう。また、負けてしまう。あんな暗い世界に戻りたくない。
 助けて欲しい。たった一言でいい。「大丈夫だよ」と言って欲しい。そうすればきっと、落ち着ける。
 けれど、目の前にいる女性は、何も声を掛けてくれない。
 ただ黙って、自分を見つめている。
 呼吸が荒くなる。
 鼓動が早くなる。
 体が震える。
 このまま、サレンダーをしてみようか? その方が、どれだけ気が楽だろう。
 決闘って、こんなに怖いものだった? こんなに辛いものだった?
 どうして私は、怖がっているの? 何を怖がっているの?
 聞こえるはずのない声に恐怖して、なくなったはずの闇を怖がって、どうするの?
 
 本当の決闘は………。

 私は………。

 真奈美は目を閉じて、大きく深呼吸する。

「大丈夫……大丈夫だよ……」

 発したのは、自分自身への言葉。

 胸の前で拳を作り、心を落ち着かせる。
 鼓動がゆっくりになっていく。
 体の震えも、もう消えている。
 負けてもいいわけじゃない。
 ただ、負けを恐れる必要なんてどこにもない。
 もうあの闇は戻ってこない。もう、飲み込まれることなんてない。
 今しているのは、あの辛い時間の間、ずっと……ずっと望んでいた本当の決闘なんだ。楽しい決闘なんだ。
 大丈夫。大丈夫。私は、自分のデッキを信じればいい。
 怖くない。
 もう、怖がらない。
 楽しもう。今この瞬間を。この決闘を。

「すいません薫さん」
「………」
「もう、大丈夫です」
「うん!」
 薫は笑みを浮かべて、頷いた。
「私の……ターンです!!」
 真奈美はデッキの上に手を掛けて、勢いよく、引いた。













 ――手に入ったのは、逆転への切り札――。











「手札から魔法カードを発動します!!
「えっ!?」
 薫はわずかに動揺する。
 信じられない言葉だった。"ナチュル・ビースト"がいる状況では、魔法カードを発動しても意味がない。
 発動しても、無効にされてしまうからだ。
 もしかしたら、無効にされないことを祈って発動したのかも知れない。
 でも、これは勝負。手を抜くつもりなんかない。
「私は"ナチュル・ビースト"の効果で――――」
「この魔法カードは、無効に出来ません!!」
「……!!」
 フィールドに光の柱がたった。
 その光は、戦場を去ってしまった師弟が発した最後の魔力によって作られたもの。
 それは、まさしく奇跡の光。
 

 師弟の奇跡(マジシャンズ・ミラクル)
 【速攻魔法】
 このカードは無効にされない。
 墓地に「ブラック・マジシャン」と「ブラック・マジシャンガール」がいる時、発動できる。
 デッキ、手札または墓地から魔法使い族モンスター1体を攻撃表示で特殊召喚する。
 エンドフェイズ時に、自分はこの効果で特殊召喚したモンスターの攻撃力分のダメージを受ける。


「これが、最後です!!」
 真奈美は叫び、デッキから1枚のカードを選び出した。
 そのカードを数秒見つめ、勢いよく、叩きつける。
「"エターナル・マジシャンを特殊召喚!!!"」
 光の柱から、白いローブに身を包んだ美しい魔法使いが現れる。
 槍を思わせる杖に、全てを見抜くかのような青い瞳。洗練された体が舞を思わせる動きを見せる。
 だがそこから感じられる力は、先程まで存在していた魔術師よりも、遥かに高い。


 エターナル・マジシャン 闇属性/星10/攻3000/守2500
 【魔法使い族・効果・デッキワン】
 魔法使い族モンスターがデッキに15枚以上入っているデッキにのみ入れることが出来る。
 このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
 破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。
 ???
 ???


「デッキワンカード……!!」
 目の前の魔法使いの威圧感に、薫は身構える。
 この局面で、攻撃力3000のモンスターは脅威だ。しかも、ただの攻撃力3000のモンスターではない。デッキに
1枚だけ入ることを許された、強力なカードだ。
 目の前の少女の様子から、これが彼女の真の切り札だということを認識した。
「バトル!!」
 薫は手札からカードを墓地に送る。
 白き魔法使いが、その杖に莫大な魔力を込めた。
 その杖の先端に込められた魔力の塊が変化して、鋭い槍のような形状になる。
 薫のモンスターも負けじと、大きな咆吼を上げて飛びかかった。爪で引き裂こうとするが、魔法使いは華麗な動きでそ
の攻撃をかわす。そして獣へ向けて、杖を突き立てた。
 腹部を完全に貫かれて、獣はその場に倒れた。

 ナチュル・ビースト→破壊
 薫:2800→2000LP

「"エターナル・マジシャン"の効果で、戦闘破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを与えます!!
「……!!」
「薫さん! 私の勝ちです!!」
 魔法使いが薫に杖を向ける。
 杖の先には、凝縮された青い魔力が込められていた。






 ――――その先端から一筋の光が放たれて、








 ――――光が薫を飲み込み、










 ――――決闘は、終了した。











































「……楽しい決闘だったね」
 デュエルディスクをバッグにしまいながら、薫は言った。
「はい」
 真奈美もデッキを外しながら答える。
「これなら、大丈夫そうだね」
「はい、薫さんのおかげです。ありがとうございます」
「いいよいいよ。私だって途中から夢中になっちゃっていたからさ♪」
 本当にいい決闘だったと思った。
 こんな平和で、お互いが楽しいと感じることができた決闘はずいぶん久しぶりな気がする。
 改めて、今ここにある平和を実感した。
「じゃあそろそろ私は帰ろうかな。結構長い時間いたみたいだし」
 腕時計を見ながら、薫は言う。
「あ、薫さん……」
「なに?」
「私……思い出したことがあるんです。私は闇の組織では下っ端として扱われていたんだと思います。それで時々、地下
にある闇の力の研究資料の整理をしていました。資料の内容は……思い出せないです。でも私、少し不思議に思ったんで
す。闇の組織って、一体どこから研究費を手に入れていたんですか?」
「…………………」
 薫はあごに手を当てて考える。
 真奈美の言うとおりだ。闇の組織という存在は世間一般に広まっていない。なぜなら闇の組織自体が、隠れて研究を行
っているからだ。だが、どんな研究をするにしろ、莫大な費用がかかる。どこかの銀行とかからお金を借りていたという
線もあったけれど、本社の調査でその記録はないことが分かっている。
 個人個人から徴収したにしても、たかが知れている。じゃあ、そのお金は一体どこから出てきたの?
「薫さん……?」
「え、あぁ! そうだね。大丈夫だよ。そこら辺もちゃんと調べがついているからさ。真奈美ちゃんは安心して学校生活
を送ってくれればいいよ」
 嘘をついた。
 もう、目の前の少女は闇の組織に関わってはいけない。
 今までたくさん、辛い目に遭ってきたんだ。こんな危険な世界に足を踏み入れることなんてない。
 私が、いや、私達が守っていくこの世界に生きていってくれればいいんだ。
 危険な世界に踏み込むのは、自分たちだけでいい。嘘をつくのは好きじゃないけれど、他人を守るための嘘なら仕方が
ないと思った。
「そうですよね。すいません、余計なことを言ってしまったみたいで」
「大丈夫大丈夫。そういえば、真奈美ちゃんはこれからどこの高校に通うの?」
「あ、はい。あの……『ほしはな高校』ってところに通うんです」
「ほしはな……聞いたことない高校だね。まぁ、頑張ってね。また会えたら、その時は決闘だよ!」
「はい! 私、負けません!」
 真奈美は胸の前で拳を作り、薫を見送った。





「ありがとう」
 何度も言ったはずの言葉を繰り返す。
 本当にどうしようもないと思っていた。もう、元には戻れないと思っていた。
 その暗い世界を、闇を、あの人は切り裂いてくれた。
 感謝したくてもしきれない。
 あの人みたいに、他人を助けられる人になりたい。
 なれるかどうかは分からないけれど、目指さなきゃ、なれない。

 そして、もしあの人が困っていたら、その時は…………。

「真奈美ー、そろそろご飯だよー」
 母親の声を聞いて、真奈美は静かに笑みを浮かべる。
「分かったぁー」
 自分のデッキを数秒見つめる。
「これからも、よろしくね」
 丁寧に、デッキケースにしまった。
 真奈美は家の中に戻っていった。





























































「ふぅ……危なかったなぁ……」
 帰り道、薫は1枚のカードを見つめながら呟いた。
 そこに描かれていたのは、羽が生えたワタのようなモンスター。


 ハネワタ 光属性/星1/攻200/守300
 【天使族・チューナー】
 このカードを手札から捨てて発動する。
 このターン自分が受ける効果ダメージを0にする。
 この効果は相手ターンでも発動する事ができる。


 さっきの決闘、結果は薫の勝利だった。
 相手の攻撃宣言時に手札からこのカードを捨てておいたため、効果ダメージを受けずにすんだ。
 真奈美はエンドフェイズ時に"師弟の奇跡"の効果で"エターナル・マジシャン"の攻撃力分のダメージを受けて敗北。
 ギリギリの結果だった。
 どっちが勝っても、おかしくない決闘だった。
「でも、楽しかったなぁ……」
 自然と笑みが浮かんでしまう。
 あんな楽しい決闘は、久しぶりだった。
 いつかまた、彼女と決闘する日が楽しみになる。
 そのとき、彼女はもっと強くなっているだろう。それに負けないように、自分ももっと、強くならなければいけない。
そしてそれ以上に、彼女のような犠牲者を出さないためにも、この平和を壊そうとしている人達を止めるためにも、もっ
ともっと、強くなろう。
 私は一人じゃない。信頼する仲間がいる。たくさんの仲間がいる。だから、大丈夫。
「よーし! 頑張るよ!!」
 薫は大きく、空に向かって宣言した。









 空は赤く染まり、夕日が地平線に浮かんでいた。












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「快適ですねぇ……」
 
 外で、蝉の鳴き声が聞こえる。
 クーラーの効く教室の中で、伊月は爽やかな笑みを浮かべて呟いた。
 今いる場所は、とある大学の講義室。
 隣では1人の女性がペンを片手にレポートを書き込んでいる。
「そんなこと言いに来たなら、手伝ってくれない?」
 爽やかな笑みを浮かべる伊月を見ながら、麗花は溜息をついた。
 課題のレポートを必死にやっている中、伊月から久しぶりに会いたいとのメールが来たのだ。
 実際、会うのは久しぶりではなかったのだが、麗花は了承してしまった。
 レポートを手伝って貰おうと思っていたのに、伊月は平然と拒否して、こうして自分がレポートを書き終わるのを待っ
ている。という状況である。
「あとどれくらいかかりますか?」
「うーん、あと少し……」
 麗花は必死にペンを走らせながら、レポートをまとめる。
 今は夏休みの期間なのだが、麗花はある理由のため、こうしてわざわざ大学に出向いている。
 強い日差しの中、登校するというのはかなり重労働なわけで、女性としても肌の日焼けとかが気になるわけであって、
とにかく色々と困ることがあるのだ。クーラーが効いている部屋にいられるということが幸いだが、他の学生達が休んで
いるのに自分のみがこうしていることが、何とも悔しかった。
「何か飲み物を買ってきましょうか?」
 伊月が言う。
「んー、じゃあ冷たいコーラで」
 そういえば何も口にしていなかったことを思い出した麗花は、ささやかな優しさに甘えることにした。
「その言い方だと、まるで温かいコーラがあるみたいですよ?」
「揚げ足とらないで行くならさっさと買ってきて」
「おやおや、手厳しいですねぇ」
 伊月は席を立って、教室を出て行った。
 麗花はふぅと溜息をついて、残りわずかのレポートに取りかかった。
 期限まではあと3日あり、本来ならこうして急ぐ必要もなかったのだが、伊月が用もないのにわざわざ来るとは考えに
くかった。おそらく、何か調べて欲しいことや、相談したいことでもあるのだろうと麗花は勝手に予想していた。

 ガララ。

 教室のドアが開き、伊月が帰ってきた。
「……はやくない?」
 いくら足が速い人間でも、教室を出てから自販機がある場所までは3分かかる。
 どう考えても、伊月が戻ってくる時間は早すぎた。

「自販機の場所が分かりませんでした」

 麗花はもう一度、溜息をついた。
 ペンを置いて、背伸びをする。
「…………もういいよ。レポートもちょうど終わったし。それで、どうして急に私の所に来たの?」
「ええ、実はそれといって用事があるわけではないんですよ」
「なにそれ? じゃあレポートを急いでまとめた私が馬鹿みたいじゃん」
「別に僕はレポートを急いでまとめてくれとは言っていませんが?」
「むぅ……」
 麗花は頬をふくらませて、伊月を睨み付けた。
 伊月は困った表情を浮かべ、小さく息を吐く。
「どうでしょうか? 記者にはなれそうですか?」
 話題を持ち出して話をそらせてみた。
「簡単に言わないでよ。仮にも3年間行方不明になっていたんだから、遅れた分の知識を取り戻すには結構時間がかかる
んだよ」
「……………」
 そういえばそうだった、と伊月は思った。
 彼女が闇の組織に襲われてから、もう3年という長い年月が経ってしまったのだ。
 今思えば、あっという間だった気がする。
 だが彼女からすれば、その月日は辛い記憶ばかりだろう。闇の組織の幹部として悪事に働き、他人を闇の力で襲ってい
たのだから。
 その間、自分はスターに入って必死に闇の組織についての情報を集めていた。そしてその中に、微かでも彼女の情報が
混じっていないか、手がかりがないかを調べた。だが3年間、手がかりは見つかることはなかった。
 何度も諦めようかと思った。何度もくじけそうになった。
 だから彼女と再会したときは心の底から嬉しかった。それがたとえ、敵同士という関係だとしても。
 互いの認識の違いから、すれ違いはあった。ダメージが現実のものになる危険な闇の決闘までしてしまった。だがその
決闘のおかげで、誤解はとけている。
 そして今、こうしてお互い気軽に会えるようになったことだけで、十分な幸せだった。
 だがそれでも、彼女にとって見れば3年という月日は長すぎる。
 そんな月日を取り戻すために、彼女は今、必死に勉強している。
 その姿を見てしまうと、逆にこっちが元気づけられてしまいそうだった。
「どうしたの? 弘伸?」
「いえ……なんでもありませんよ」
「あっそ。記者になるには、やっぱり知識が必要だよねぇ」
「あなたは行動力だけはあるんですがね……」
 麗花の行動力は、誰もが認めるほど素晴らしいものがあった。
 他の人では決して知り得ない情報も、いつの間にか手がかりを手に入れていたり、調査を終わらせていたりする。そこ
には謎の情報網が関わっている場面もあるが、半分は麗花自身の体を張る行動力があったからだ。
 ある事件の調査をするために夜の大学に忍び込んであちこちを散策したり、中庭に張り込んで決定的瞬間を写真に収め
るためにカメラを片手に待ち伏せていたり、事件の資料を探すために部屋の中を探し回ったり…………。
 他にも様々な行動力の凄さを見せてくれたことが何度もあった。
 それだけの力があれば、記者になどすぐになれそうなものである。
 だがそう簡単にいかないのが、現実の厳しいところなのかも知れない。
「……大変ですね……」
「まぁね。でも自分がなりたいって決めたことだから、へこたれないよ。……あ、そうそう、弘伸はどうなの?」
 突然、麗花が思いついたように言った。
「何がでしょうか?」
「仕事だよ仕事。スターは休暇をもらったって薫ちゃんが言ってたけど、なんかしてるの?」
「特に何もしていませんね。とりあえず目立った闇の組織の動きもありませんし……」
「そっか。まぁ私の情報網でも変な噂は出てきてないから本当みたいだね」
 麗花が人には決して明かさない謎の情報網。
 学生には知り得ないはずの情報が、なぜか麗花だけに伝わっている。
 いったい彼女の裏にはどんな組織がいるのだろうか。
 少しだけ、不安になった。
「……かなり以前から気になっていたんですが、麗花は一体どこから情報を仕入れているんでしょうか?」
「ふふふ、乙女には聞いちゃいけないこともあるの」 
「そうですか」
 どうやら彼女の情報網の正体を掴むのは、まだまだ先になりそうである。
「それでさ弘伸。私、気になっていたことがあるんだ」
「……なんでしょうか?」
 麗花がいつになく真剣な表情をした。
 伊月は椅子に深く腰掛けて、話を聞く体勢に入った。
「ほら、私、一応ダークの一員だったわけじゃん。それで、色々と話を聞いてきたわけじゃん?」
「そうでしたね」
 伊月は一呼吸置いて答えた。
 一般人の被害者の中で、麗花は唯一、完璧に自我が残っている被害者だった。
 どうやらその頃、闇の力で仲間にするという方法は完璧になっているわけではなかったらしい。考えてみれば、ダーク
の活動が本格的になったのは2年ほど前の不発弾の事件がきっかけだった。それ以前のダークはたいした力を持っていな
かったと言えるだろう。不完全な闇の力で仲間にされた麗花に自我が残っていても、不思議ではなかった。
 だからこそ、麗花は戦いが終わったあとに唯一事情聴取を受けた人物だった。
 闇の組織の情報を散々問いただされたようだが、たいした情報は得られなかったと本社は言っていた。
 もちろん、余計な事を言えばさらに事情聴取が長引くだろうと考えた麗花があえて何も言わなかったということも考え
られるのだが……。
「それがどうかしたんですか?」
 伊月は尋ねた。
 麗花は髪をかき上げた。
「ダークはさ、闇の力を『闇の世界』ってカードにして使っていた。でも、それだけじゃなかったんだ」
「……どういうことでしょうか?」
「私もよく思い出せないんだけど……とにかく、ダークが闇の力を扱うために作り上げたカードは、何もフィールド魔法
だけじゃないってこと。モンスターに魔法、罠、色々なカードで実験をしていた。でも使いこなすには強力すぎて、ボス
のダーク以外使うことはできなかった。ダークがどうしてボスだったのかは、そこらへんに理由があると思うんだ」
「…………」
 一理あるかも知れない。
 ダークの強さは確かに異常だった。二人がかりで決闘を挑んでも、そのアドバンテージの差を感じさせない決闘だった
と聞いている。何より、あの二人に対してまともにやり合えることがありえないことだった。
 あの二人のデッキは、完全な対極に位置している。タッグデュエルなら対応しようがあるが、2対1の変則決闘では、
普通のデッキなら対応しようがないはずだった。
 それだけの異常な強さを持っていたのは、やはりそれだけ強力なカードを使っていたということだろう。
 本部の調べでは、ダークで独自に作られたカードには若干の闇の力が含まれていたことが報告されている。特別なカー
ドには、やはり特別な力が宿ってしまうらしい。
「それでね」
「?」
「ここからは推測の話なんだけど、多分誰でも使いこなせるカードにするにはフィールド魔法が一番だった。だから『闇
の世界』なんてカードが作られたんだと思う。でも逆に、使いこなせる人さえいれば、フィールド魔法以外でも作ること
は可能だった。ダークが他の組織にも通じていたとして、闇に力を扱う研究のデータが渡っていたとしたら………どうな
っちゃうんだろうね」
「…………」
 もし、渡っていたとしたら……。
 考えたくもなかった。ダーク以外にも闇の組織はある。もちろん、それぞれの組織によって違いはあるが、ダークには
考えられなかった闇の力の使い方が発見されてしまうかも知れない。いや、それだけではない。もし、闇の力の研究が進
んで、ダークよりも強大な決闘者が生まれてしまったら……もし、そいつがよからぬことを考えたとしたら……。
 その時、自分はそいつを止めることができるのだろうか?
「……なーんてね。そんなことあるわけないか」
「調べておきましょう。まぁ、ないとは思いますが……」
 伊月はいつもの笑みを浮かべながら、考える。
「弘伸……?」
 麗花は伊月の顔を覗き込み、尋ねる。
「なんでしょうか?」

「無茶しないでね」

 その表情から、本当に心配しているということを理解する。
「……僕が負けるとお思いですか?」
 冗談交じりに、言ってみる。
「闇の力は本当に危ないと思う。色んなものを消しちゃう力がある。建物を壊したり、記憶とかも消したりできちゃう。
そんな力に勝てたのは、運がよかっただけなんだよ?」
「おやおや、だとしたら僕があなたに勝てたのが偶然だと言っているように聞こえますが?」
「こっちは真剣に言ってるの。第一、あの決闘は引き分けだったでしょ。しかもギリギリで」
「返す言葉もありませんね…………大丈夫ですよ。僕は無茶はしません。そんなことをする勇気はありませんから」
 伊月は爽やかな笑みを浮かべて、答えた。
 もちろん、彼女を心配させないためだった。
「約束だよ」
「ええ、約束しましょう」
 













---------------------------------------------------------------------------------------------------


















『ねぇ佐助、もうどれくらい待ってるの?』
「さぁな」
 大きなビルの中の待合室で、佐助とコロンは話していた。
 エアコンが適度に効いている部屋で飲むコーヒーは、なぜか一段と美味く感じる。
 環境だけじゃない。使われている豆もまた佐助好みのものだった。
「気が利いてるな」
 一人、呟く。
 今いる場所は、ここらへんの会社の中で最も有名な会社。

 名前は『ソリッド・ビジョンシステム 開発株式会社』だ。

 遊戯王界で使われているデュエルディスクや、システムの開発。最近では、カードショップに出回っている『KT』。
通称『決闘(けっとう)ターミナル』という中型の機械の開発を行っている。この会社に入社するためには、実技、勉学
他にも様々な試験を受けて、それをクリアしなければならない。
 企業秘密を守るためなのか、一般見学は出来ず、他の会社の社員ですら厳重なチェックが行われてから交渉に来る。
 そのため一般人には知られざる場所として認識されている。


 それでは、どうして佐助とコロンはこんな場所にいるのか。
 簡単に言えば、仕事が休暇になっていてすることがないと困っていたところに、あの男から電話がかかってきたのだ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 プルルルル……



 電話が鳴った。

 

 コーヒーを飲みながらパソコンをいじっていた佐助は深いため息をついて、電話をとった。
「もしもし」
《やぁ佐助。暇かい?》
「………………」
 言葉が出なかった。
 こんな休みの日に一体誰が電話してきたのかと思ったが、まさかこいつだとは露にも思っていなかったからだ。
「お前か……なんだ?」
《おぉ、その無愛想な対応。間違いなく佐助だな》
「御託は良い。なんだ?」
《なんだよ。せっかく俺が気を利かせて遊戯王本社に捕まらなくて済むようにしてやったのに……》
「頼んだ覚えはないぞ」
 佐助はスターの仕事の中で、ハッキングという法を犯す行為を何度もしてきた。
 今まではバレないように工作してきたのだが、ある目的のためにどうしてもそれができない場面があった。しかもその
時に行ったのが、カード情報の改変という大罪だった。本来なら2、3年は刑務所に入らなければいけないはずだったの
だが、電話の相手が遊戯王本社の社長と関わりを持っていて、少し刑を軽くしてくれないかと頼んだそうだ。
 とりあえず、佐助は3日間拘留されることになり、事情を色々聞かれた。
 何の目的でこんな事をしたのか、あいつとはどんな関係だ、などと質問されて、正直に答えた。
 それで納得してくれたのか何なのか、本社は無罪放免で佐助を裁かなかった、というわけである。
《もう少し、俺に感謝してほしいね》
「……この際だから言っておくが、お前の活躍だけで俺が捕まらなかった訳じゃないぞ」
《へぇ、どういうことだい?》
「簡単な話だ。俺が法を犯したのは、仕事のためだったからだ」
 確かに、電話相手のおかげもあるだろう。
 だが元々、佐助はスターの一員として仕事をしていた。その目的は闇の組織『ダーク』の壊滅だった。仕事を依頼した
本部としては、その仕事の過程の犯罪には目を瞑るつもりだったらしい。若干おかしいと思う部分があるが、暴走する車
をつかまえる警察や、消火を急ぐために信号を無視できる消防車と同じようなものだろう。
 それに、裁かれるにしろそうでないにしろ、自分が犯した罪が消えるわけではない。
 すべてを背負って、これからを生きていくことを決めているのだ。だから特に感謝の感情も浮かばなかった。
「とにかく、用件を言え」
《いや、実はね。相談したいことがあるんだ。まぁ正確に言えば、手伝って欲しいことがある》
「だから、それはなんだ?」
《それはこっちに来てから話すさ。とりあえず来てくれ》

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「まったく………」
 佐助は溜息をついて、冷房の効いた部屋で待っていた。
 呼ばれたのにもかかわらず、なぜか受付は簡単に通してくれなかった。本当に社長とアポをとっていますか? などと
疑いを持った目で見られる上に、警備員に追い出されそうにまでなった。
 幸い、あいつが出てきたため疑いは無くなったのだが、今度はこの待合室で待っていてくれと言われて、かれこれもう
1時間は経とうとしているところだった。
『ねぇ、本当にあの人、親友なの?』
 コロンが宙を舞いながら尋ねる。
「あぁ、少なくとも俺はそう思っている。それと、あまり姿を見せるな」
『どうして?』
「妖精が現実にいるなんて誰も思っていない。そんな奴らがお前を見たら、間違いなく悲鳴を上げて出て行くだろ」
『失礼だね。これでも私、生きているんだよ?』
「分かっている。だが、それを受け止める奴ばかりじゃないって事だ。いいからカードに戻れ」
『はーい』
 ポンッという音がして、コロンはカードに戻った。
 心の中で溜息を吐きつつ、佐助はカードをケースに入れる。










「誰と話していたんだい?」


 あいつの声が聞こえた。
 佐助は入り口の方を見る。
 美形な顔が、腕を組みながら立っていた。

「久しぶりだな。倉田」

 佐助は無愛想な表情でそう言った。

「お前が呼ぶなんて、どうかしたのか」
「まぁな。とにかくこれを見てくれないか?」
 倉田は持っていたボタンを押した。
 部屋の電気が消えて、部屋の端にスクリーンが現れる。
 そして床から光が出て、スクリーンに映像を映し出した。
「これは……?」
 佐助は映し出されたものを見ながら尋ねた。
「俺が開発している。新しいデュエルディスクだよ。今は制作段階でほぼ完成状態なんだが、どうも最後のプログラムが
上手くいかなくてね。そこで、お前に手伝ってもらいに来たって訳さ」
「俺なんかよりももっと技術のある奴らはいるだろう」
「あいにく、佐助ほど技術がある奴はいないんでね。まったく、情けない話だ」
「俺が関わって大丈夫なのか」
「あぁ、俺は社長だぜ? 社員じゃない奴が関わっても、なんとでもなる」
「……そうか」
 佐助はスクリーン全体を見渡して、なんとなく倉田がやろうとしていることを理解した。
 もしこのデュエルディスクが完成すれば、きっととんでもない利益を生むだろう。
 まったく、いったいこいつはどこまですごくなるんだ………。
「……おい倉田」
「なんだい?」
「これは、このシステムはなんだ」
 佐助はスクリーンを指さしながら言った。
 デュエルディスクの構造は、いつぞや何かのきっかけで見たことがある。だがこのスクリーンに映し出されていたのは
以前見たものとはまったく違う点があったのだ。
「気づいたかい?」
 倉田は笑みを浮かべて、得意気な顔をする。
「実はね、デュエルディスクの新システムさ」
「新システム?」
「ああ、まさしく、今の遊戯王界に革命……いや、言い過ぎた。旋風ぐらいは起こすんじゃないかな。なんたって新たな
ルールを追加するものだからね」
「追加ルールか。本社は何て言ってる?」
 別に自分がやるわけではないのでどうでもいいのだが、新しいルールとなると本社からの批判があるだろう。
 つい最近になってマスタールールに変更したばかりなのに、再び新しいルールとなるとユーザーも混乱してしまうから
だ。倉田としては、より遊戯王界を面白おかしくしたいつもりなのだろうが、本社が同意してくれるとも限らない。
「どうなんだ?」
「ふふふ……面白そうだからオーケーだとさ」
「なんか軽いな……まぁいい。協力してやる」
 佐助はそう言って、ケースからカードを取り出した。
「なんだい?」
「いいから見てろ。コロン。出てこい」


 ポンッ!


 佐助の持っていたカードが輝き、コロンへと姿を変えた。
『どうしたの? 佐助?』
「………」
 突然の生物の登場に、倉田は驚きを隠せない。
 佐助はしてやったりの笑みを浮かべる。
「驚いただろ? コロンっていうんだ。かなり仕事ができる。こいつがいれば、すぐに仕事は終わる」
「……………」
 開いた口が塞がらないようで、倉田は呆然としている。
「どうした?」
「佐助、お前………」
「?」


「そういう趣味があったのか?」


「……………………………………………………………………………………………………………」
 なんとも気まずい空気が流れた。
 佐助は痛くなってきた頭を抱えて、溜息をつく。
 驚かせるつもりで紹介したのに、まさかそんなことを思われるとは考えていなかったからだ。
『どうしたの?』
 この空気を感じ取れないのか、コロンが尋ねてきた。
「なんでもない」
『そう。ねぇ、この人が倉田って人? 初めまして。コロンって言います。会ったばかりで失礼なんだけど、何か食べ物
はありませんか?』
 この空気にもかかわらず、コロンは自分の話を進めていく。
 佐助も倉田も、ただただ、溜息をついていた。
「……本当に大丈夫なのかい?」
「あぁ、それは心配ない。こいつがいたから、ムゲンを削除することが出来たんだ」
「へぇ……なるほどね。色々とこの子について聞きたいことがあるけれど、あいにくオカルトには興味が無くてね」
「だろうな」
 大学の頃から、倉田は全くと言っていいほどオカルト系の話に興味がなかった。
 夜、大学の廊下に現れる女性の影。誰もいないはずの部屋に点く明かり。真っ暗な庭に光る物体。他にも様々なオカル
ト話が大学に広まったことがあった。
 みんなが興味をひかれる中、倉田だけはつまらなそうな顔をしていたのを覚えている。
 非科学的な話は、嫌いらしい。
「なぁ佐助……ひとつ気になることがあるんだが?」 
「なんだ?」

「ムゲンは、本当に削除されたんだよな?」

「不安にさせるようなことを言うな。間違いなく、削除はした。だが……」
「だが……?」
「あのプログラムは、様々なネットワークに侵入していた。そのはずみで、その……お前の嫌いなオカルト系の情報が流
れてしまった危険があることが最近になって分かった」
「………そうかい。まぁ、そこらへんは俺が知るところじゃないからいいだろ?」
「まぁな。それに、何かあったらその時はまた止めればいい」
「さすが。頼りにしてるぜ」
 二人は拳をあわせて、視線を交わした。
 そして、すぐさま作業に移ることになった。























---------------------------------------------------------------------------------------------------
















「……あぁ……もう……だめっ……!」
「ちょっと待て。まだ始めてから少ししか経ってないぞ……」
 エアコンの効いた部屋に、二人の男女がいた。
 つい先程、あることを始めたばかりである。
 その中で少女は、あまりに早い自身の限界を感じ、少年に訴えた。
 少年は溜息をついて、作業を続ける。
「お前から誘ってきたんだ。ちゃんと最後までやれよ」
「だって……もう……限界よ……! だから……早く、終わらせて……」
「無茶言うな。始めたばかりだろ? それに、これがすぐに終わると思うか?」
「そうだけど……」
 少女が潤んだ瞳で少年を見つめたあと、天井を見上げる。
 エアコンが効いているはずなのに、頭が熱かった。
「だけど……なんだよ?」
「今、何時……?」
「午後3時だろ」
「母さんが、帰って来るわ!」
「……何か問題でもあるのか?」
「だ、だって、こんな所見られたら、母さんがなんて言うか……」
「知るかよ。それに、俺はやめてもいいんだぞ」
 少年は一旦作業を中止して、少女を見つめた。
「ちょ、ちょっと……途中でしょ……!」
「……どうせならこのまま終わらせた方が、お前のためになるんじゃないか?」
「あんた、こんな状態の私を放っておくって、どんな神経してるのよ!!」
「個人的には普通の神経を持っているつもりなんだが……」
 少なくとも、他人を呼んでこんなことをさせる少女よりは一般的な神経があるはずだ。
「さ、最後までしなさいよ……」
「じゃあお前も寝てないで起きろよ」
「うぅ………」


「あぁもう! なんなのよ!!!」
 香奈の怒鳴り声が、部屋に響き渡った。
「そんなこというなよ……」
 溜息をつきながら答える。

 机の上には、夏休み課題が山積みになっていた。

 今のところ達成率は5パーセントというところだろう。
 世界を巻き込んだ戦いが終了して1週間後、俺は香奈に呼ばれて家にあがりこんだ。一体何の用事かと思って来てみれ
ば、この夏休みの拷問とも言える課題を手伝って欲しいとのことだった。
 俺の課題は、ちょくちょく手をつけていたおかげで残り約1週間の間に確実に終わる量になっていたのだが、香奈はそ
っちの方にまったく意識がいっていなかったらしく、誰かに手伝って貰わないと絶対に終わらないところまできてしまっ
たらしい。
 残りの夏休みぐらい自由に過ごしたいと思っていたので、香奈の頼みを断るという選択肢もあったのだが、後々に何か
と面倒な事になりそうなので手伝うことにした。
 香奈の母親、早由利さんは仕事で出掛けているらしく、家には香奈一人しかいない。つまり、自然と二人きりになって
しまったのだが、よからぬ考えは一瞬たりとも浮かんでこなかった。おそらく、小さな頃から何度も上がり込んでいるの
が原因だろう。
 語弊を生むかもしれないので付け加えておくが、俺は女子の部屋に上がり込んで変なことをしようとかは絶対に思わな
い。ちゃんとそこらへんの常識や理性は持っているからだ。
 とにかく部屋に入って、残った課題の量の多さに驚きつつ、問題を片づけようと取り組み始めたのだ。 
 ところが、始めて5分というところで香奈は音を上げて寝ころんでしまった。しまいには嘘泣きをしてまで、俺一人に
課題を押しつけようとする始末。嘘泣きは香奈が本当に困ったときにする最後の手段だ。瞳まで潤ませて、演技も完璧。
まぁ長年一緒にいるおかげで、本当に泣いているのかそうでないかの区別はつけられる。今こいつが流している涙は、同
情を誘うためだけのものだろう。人を家に呼んでおいて、自分の課題を押しつけようとする。香奈らしいといえば香奈ら
しいのだが……………。
「はぁ……」
 溜息が出ない方がおかしい。
「さっさとやらないと、お前の母さんが帰ってくるんだろ?」
「うぅ……バレたら絶対に雷が落ちるわ……」
「今までやっていなかったお前が悪いんだろ」
「何よ。ちょっと勉強が出来るからって調子になっているんじゃないわよ!!」
「いいからやれよ」
 俺はシャーペンを片手に問題を解く。
 なになに? 2点A,Bから等距離にあるX軸上の点Cの座標を求めろ? AとBの座標は分かっているから……簡単
だな。
「…………」
「……なんだ?」
 香奈の視線に気づいて、顔を向ける。
「その、手伝ってくれて……ありがと」
 少し照れながら礼を言う香奈は、とても可愛かった。
 ……まずい。これ以上まともに見たら、とんでもない行動にでてしまいかねない。
「気にするなよ。俺だって復習になるからちょうどいい」
 素っ気なく返事をする。
 まともに向き合ったら、こんな返事はできなかっただろう。

「ねぇ、大助……」
 突然、香奈が近くに寄ってきた。髪の甘いにおいが、漂ってくる。
 ……ってちょっと待て。急にどうしたんだ? いくらまともな理性と常識を持っていたって、俺も健全な男子な訳だ。
幼なじみとはいえクラスで1,2を争う容姿を持っている女子に、こんなに近づかれたら落ち着かないだろ。
「な、なんだよ」
「何か聞こえない?」
「はい?」
 耳を澄ます。
 たしかに下の階の方でガチャガチャと音がしている。
「お前の母さんが帰って来たんじゃないか?」
「そ、そんな!! は、早く隠れて!!」
「え、なんで?」
「なんでじゃないわよ!! 課題をやっていない上に大助を使って手伝わせていることが分かったら、間違いなく雷が落
ちるに決まってるでしょ!! あんたは知らないだろうけど、母さんそういうところは怖いのよ!!」
「だったら最初からやってろよ………」
 
 ガチャリ

 鍵が開いた音がした。
「香奈ー! いるのー?」
 早由利さんの声だ。玄関からここまで来るのに、約20秒といったところだろう。
「早く隠れなさいよ!!」
「どこに?」
「どこでもいいわよ! 早く隠れて!!」
 香奈が無理矢理に俺を立たせる。
「えーと……えーと…!」
 だがこいつ自身もどこに隠れる場所があるのか分からないようだ。
 この部屋の中に隠れる場所があるとすれば、クローゼットの中ぐらいだろう。だが異性のクローゼットに入るというの
もなかなか勇気がいる。いや、それ以前の問題か。
「諦めろ。隠れる場所なんかねぇよ」
「な、なんでよ!?」
「いや、俺は困らないし……」
 正直な話、この状況が見つかっても何の問題もない。
 困るのは香奈だけのはずだ。それに、香奈が怒られているところを少し見てみたい気もする。
「何をボケっとしてんのよ!! いいから隠れて!!」
「ちょっ……待っ……!!」
 香奈の力押しに不意を食らい、机につまずく。
「えっ?! きゃ!」
 香奈も突然のことで対応できなかったのか、俺の上に倒れ込んできた。


「失礼しまーす」


 早由利さんが、部屋に入ってきた。
「「「あっ」」」
 三人の声が、見事にシンクロした。
 早由利さんの目が捉えたのは、机の上にある大量の課題ではなく、床に倒れ込んでいる俺と香奈だった。

「……………………………………………………………………………………………………」

 痛いほどの静寂が辺りを包む。
 早由利さんの目にはおそらく、仰向けで倒れている俺に香奈が全身でのしかかっている光景しか映っていないだろう。
一つの部屋の中で若い男女がこれ以上にないくらい密着している。何の事情も知らない人がこの状況を見たら、間違いな
く勘違いしてしまうだろう。
 いや、何より不覚だったのは、俺達がすぐに離れなかったことだ。
 見つかってすぐに離れれば、少しの言い訳も出来たかも知れない。だが早由利さんに最悪のタイミングを見られてしま
ったことで、俺も香奈も思考回路が停止してしまっていた。
「………………………………」
 沈黙が続いて30秒ほど経ったであろうか。
 香奈がようやく我に返って、体を離した。
「か、母さん、こ、これは、その、違うのよ」
「……はぁ……」
 大きな溜息を吐かれてしまった。
 俺も体を起こして、なんとか弁解するために思考を巡らせる。
「あの、全然、そんなことはないですから」
「……そんなことって……?」
「いや、だから、早由利さんは勘違いしているんです。俺と香奈は早由利さんが想像しているようなことをしようとして
いたとかそんなことはないんです」
「へぇ……」
 明らかに、疑っているのが分かった。
 そりゃそうだ。誰だってあんな状況を見てしまったら……。
「か、母さん。じ、実はね。大助と一緒に課題をしようと思って来て貰ったのよ」
「……ふーん………………それで、なーんか良い雰囲気になっちゃった……ってわけ?」
「ち、違うわよ! 全然そんなことはなくて、むしろ逆って言うか、その……とにかく、変なことは何もしていないんだ
から!」
「ふーん……」
 香奈は必死で訴えているが、早由利さんの様子を見る限り、まったく心に届いていない。
 むしろ一層に俺達のことを疑っているようだ。
「あの、早由利さん……俺は―――」
「大助君。ちょっといいかしら?」
「は、はい………」
 早由利さんが腰を下ろした。
 俺も香奈も、その場に正座する。
「あのね、二人とも仲が良いのは大いに結構なことよ? でもね、そういうことはもう少し大人になってからするものな
のよ?」
「いや、分かってます。ですから――――」
「とにかく、そういうことはしちゃいけないのよ? 分かった?」
「は、はい……」
 だ、駄目だ。完全に勘違いされている。
「それと香奈。状況から見て、無理矢理に大助君を押し倒しちゃったみたいだけど――――」
「ち、違うわよ!! 絶対にそんなことしてないから!!」
「ほら最近、肉食系? っていうのが流行っているみたいだけど、大概にしておかないと大助君に嫌われるわよ?」
「いや、あの、ですから……」
 とにかく、この会話を出来るだけ早く終わらせることしか、抵抗手段が残っていなかった。
 早由利さんはまったくといっていいほど俺達の話を聞いてくれないし、誤解を解くには骨が折れそうだ。
「だからね。母さん、私と大助はそんなことしてないって」
「じゃあどこまでしちゃったの? A? B? C?」

 この人、自分の娘に向かって何を言ってるんだ……。

「…………大助、どういう意味?」
「知らない方が幸せな生活を送れると思うぞ」
 やれやれ。どうにかしてこの話を終わらせる方法はないのか?
 このままじゃ、俺の親まで呼ばれてしまいそうだ。
「二人が恋人同士なら、母さんもAまでは許せるわ。でも――――」

「―――それなら大丈夫よ。私と大助は、もう付きあってるから」

「え?」
 頭が痛くなってきた。
 とんでもないことを明言してしまっていることに、香奈はまったく気づいていないだろう。
「大助君と香奈は……恋人なの?」
「まぁ、一応……」
「一応って何よ。この際だからはっきり言っておいた方がいいわよ」
 早由利さんが大きく息を吐いた。
 はぁ、余計に話がややこしくなる……。


「そういうことなら、最初からそう言いなさいよ」



 …………え?



「さすが母さん! 話が早いわね!」
「なによ香奈ったら、なんだかんだですごいじゃないの!」
「あたりまえでしょ! 母さんの娘だもの」
「やっぱりね。母さんも実は………」
 さっきまでの話はどこへ行ったのか、香奈と早由利さんは楽しそうにお喋りしている。
 完全に俺のことなど忘れてしまっているだろう。
 前々から思っていたことだったが、この親子はどうも落ち着きがない。情緒不安定というべきか……切り替えが早いと
いうべきか……。
「はぁ……」
 何度も吐いた溜息を、もう一度つく。
 まぁ、血統なんだろうな。多分。 
「あの、早由利さん……」
「なに大助君?」
 さっきまでの表情とはうってかわって、早由利さんはいつもの笑みを浮かべている。
「はっきりさせておきますけど、俺と香奈はBもCもしてないですから」 
「本当なの?」
「本当です」
「分かったわ。じゃあ、Aまではしたってことね?」
「……………………」
 本当に頭が痛くなってきた。
「頭抱えてるけど、大丈夫?」
「大助、どうしたのよ。具合悪いなら病院に行きなさいよ」
「………はぁ………」
「なんで溜息ついてるのよ。誤解がとけたんだからいいじゃない」 
「………」
 香奈は誤解がとけたように思っているらしい。
 たしかに早由利さんの様子を見る限り、とりあえずさっきまでの誤解はとけているように感じた。
 まぁ、BCをしていないことを分かって貰えればそれでいい。
「大助、具合悪いなら帰りなさいよ」
「いや、大丈夫だ。それに――――」
「いいから! 帰りなさいよ。大助が具合悪いと……その……困るし……」
「あらあら、優しいのね。香奈♪」
「……………」
 嘘だ。香奈のこの目は、明らかに別の所に目的がある。
 いったい何が目的かは、思考を巡らせればすぐに分かることだった。
 おそらく香奈はこのドタバタに乗じて課題をやっていなかったことを有耶無耶にするつもりなのだろう。本当に心配し
てくれているのかもしれないが、思考の八割は誤魔化しのために向かっている。このまま俺を帰らせて、課題をなんとか
終わらせる。そんな計画だろう。
 せっかくの夏休みに来て、課題を手伝わされ、変な誤解までされかけたあげく、帰れと言うのか。
 やれやれ、自分勝手にもほどがあるぞ……。
「ほら、帰りなさいよ」
「……分かったよ」
 ただな香奈。
 一つだけ忠告しておく。
 そういうことは、俺じゃなくて雲井とかにするべきだ。作戦っていうのは、相手に悟られないからこそ成功するもの。
悟られれば、一瞬でその計画は崩れ去るんだぞ。
「じゃあ、俺はこれで……」
 ドアに手を掛ける。
 一瞬、自分がやろうとしていることに罪悪感を感じた。
 ただ、安心しきった香奈の表情を見てしまったのがよくなかった。たまには、仕返し的なことをしても構わないだろう
と思ってしまった。
「悪いな。香奈」
「え?」
 一応、謝っておく。
 ドアを開いて、体の半分を部屋の外にだして、俺は二人に聞こえるように言った。

「膨大に残っている課題はしっかりやっておけよ」
  
「……!?!?!?」
 香奈の表情が一瞬で変化したのを確認して、俺は部屋を出てドアを閉めた。
 閉めた瞬間、内側から鍵が掛けられた。
「香奈……どういうこと……?」
 耳を澄ますと、早由利さんの不気味な声が聞こえた。
「え、いや、その、これは……」
「香奈、そこに正座しなさい」
「う……」
 やれやれ。ご愁傷様。







 香奈の家を出た。
 さっきまでいた部屋にはカーテンが掛かっていて、中の様子は見ることができない。
 おそらく、説教でもされているのだろう。
 一応、携帯の電源を切っておく。あとで電話越しに怒鳴られるのは嫌だからな。
 
 頭の中に、竹刀を持った早由利さんが机で必死に課題をこなす香奈を怒鳴っている状況が浮かぶ。
 あんなに強い香奈が、そうなっているのを考えてみるとなんだか可笑しかった。
 
 さて、じゃあ俺も残り少ない課題を消化しておこう。
 自宅に電話がかかってきたら、その時は今度こそ助けてやるか。

「頑張れよ……」
 半分の皮肉と、半分の激励の意味を込めて、呟く。
 きっとこの場に本人がいたら、間違いなく殴られるだろう。
「やれやれ……」
 これからも、色々と香奈に振り回されるかもしれない。
 ただ、それでも香奈が大切な人であることに変わりはない。
 だから、たとえ何があっても、俺は――――

 ――カッ――

「!?」
 一瞬、デッキのカードが光った気がした。
「………まさか……な」
 デッキを取り出して確認する。
 変わった様子は見られない。
「気のせい……か……?」
 とりあえず、そういうことにしておこう。
 ただ、なぜだろう。心のどこかに、嫌な予感がまとわりついてきた。
 


 なんとなく、空を見る。



 向こう側に、微かだが黒い雲が見える。



 太陽も不安を感じるのか、日差しが少しだけ弱くなったように感じた。
 































































 こうして、平和な夏は過ぎていく。


 だがその水面下で、ある組織が動き出していることを、まだ誰も知らない。


 ずっと空が快晴であることは、ありえない。


 今は戦いの疲れを癒す星も――――


 再び、闇が立ちこめるとき――――





 星は再び、輝き出す。








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