解放されし記憶

製作者:ラギさん




 ※この作品は同作者の「Slash&Crush」「ミオちゃんはじめてのデュエル大会」既読推奨です。
 未読の場合、よくわからない部分があると思います。ご了承を。




エピソード?:彼女は微笑みながら、その問いに答えた。


 男はぼんやりと佇んでいた。
 意識がはっきりしない。雨が容赦なく降り注ぎ、自分の体を冷やしていく。
 だが、冷たさは感じない。感覚が、ない。
「どうしたんだぁ……俺はー……?」
 疑問符は増えていくばかり。
 感覚がないのはなぜか。ここはいったいどこなのか。そもそも……自分は誰なのか?
「あなたは、選ばれたのよ」
 不意に、声がした。
 鈴の音が鳴るような、それでいて優しげな声が雨音を飛び越え、男の耳に届いた。
 気がつくと、目の前に一人の少女が立っていた。
 全身を真っ黒な服に身を包み、雨のなかに佇むその人物は、闇に溶け込んでしまいそうな自然さと、この風景を包む闇そのもののような存在感が混在している。ただ、その銀色の髪だけが、異様な光沢を放っていた。
 少女が近づいてくる。その輪郭がはっきりとした形を帯びていった。
 顔つきからして東洋人のようだった。淡い笑みを浮かべ、男に向けて言葉を続ける。
「あなたは今、とても貴重な存在になったのよ。前の自分のことを忘れているようだけど……それは、ささいなことだと思わない?」
 彼女は微笑んだ。その笑顔はとても綺麗だったのに……男はなぜか、畏れを感じた。
「ささいな……こと……?」
「そうよ。今のあなたはとても貴重。それがすべてよ。」
 彼女の言葉には魔的な響きがあった。現に男は自分が何者かなど、どうでも良くなっていた。
「俺は貴重……そうか……そうかー」
 男はへらへらと笑った。それに答えるように女も微笑んだ。
「私たちの仲間にならない? もっともっと面白いことがあるわよ?」
 それは勧誘のようでいて、既に決定事項だった。だから男は間髪要れずうなずいたのだった。
「うん。それじゃあ、あなたは……今からキムラヌート。『物質主義』のキムラヌートと名乗るといいわ」
 それは自分の身分証明でもあるんだけどね、と女は付け加えた。
 男――キムラヌートはそれを快く受け入れた。
 ふと気になって、キムラヌートは目の前の少女に、一つ問うた。
「そういや、あんたはー?」
 彼女は微笑みながら、その問いに答えた。


● ● ● ● ●


 笹来十護は彷徨っていた。
 愛する妻と娘を失い、失意のまま夜の街にいた。
 場末のバーの一角を陣取り、酒を飲み干す。
 心は沈む一方。こうして夜遅くまで飲み歩いていれば。
 心配した妻から電話がかかってくるんじゃないか。
 そんな、ありもしない事を心のどこかで望みながら。
「待っているだけじゃ、だめよ」
 不意に女性の声がした。
 驚いて十護が顔を上げる。いつの間にか、自分の目の前に一人の少女が座っていた。
「待っているだけじゃ、だめ。自分から会いにいかないと」
 自分の心を読まれたような語り掛けに驚く十護。
 だが、そんな驚きはほんの一瞬だけ。なんの違和感もなく、その少女の言葉に答えていた。
 目の前の――大人の女性になりきれていない少女――といった印象の彼女には、なにか抗いがたい、惹きつけるものがあった。
「……だけど……尚樹は……神菜は……」
「大丈夫」
 少女は微笑むと、一冊の本を取り出す。古びた表紙は、白く光る靄がかかっているように判然としない。
「これに再会のための方法が書いてあるわ。あなたの望む物が戻ってくる……あなたなら、できるのよ」
 異様なほどの柔らかさを伴ったその声は、十護の心に染み渡った。彼女の提案に間違いはないと、確信できた。
 改めて、十護は目の前の少女を見る。目の前の彼女は、喪服を思わせる黒いドレスを身に纏っていた。さらにその上から、艶やかな銀髪が、流れるように彼女の体を包んでいる。
 見目麗しい彼女の、白と黒のコントラストを見て――十護は一瞬、死神を連想した。
 少女の差し出した本を震える手で受け取りながら、十護は一つ問うた。
「君は……何者……?」
 彼女は微笑みながら、その問いに答えた。


● ● ● ● ●


 息も絶え絶えに、喘ぎながら、彼は彼女に呼び掛けた。
「……君、は?」
 彼女は微笑みながら、その問いに答えた。
「“あまね”―― 獏良 天音よ」
 闇に響くその声は、さながら神託のようだった。






注!:ここから先はプロたんさん作のレアハンターシリーズを未読の場合、よくわからないと思います。
ぜひ、ご一読を!






エピソード1:次元を越えた恐怖



 私の名はレアハンター。
 召喚神エクゾディアを使いこなす、素敵無敵なデュエリストである。
 容姿は上々、人気も上々。
 そんな私だが、過去の経歴には影がある。
 フッ、二枚目キャラの宿命ともいえるだろう。
 私はかつて、裏ゲーム界で名をはせた闇の組織――グールズの一員だったのだ。
 だが、グールズは6年前のバトルシティで、ボスのマリク様が敗北したのをきっかけに壊滅。現在ほとんどのメンバーは、その罪の清算として『隠された知識』(笑)なる中二病臭がぷんぷんする組織で働かされている。そして私もその一例に漏れない形だ。
 まったく、憤懣やるかたないとはこのことである。
 よく考えてみてほしい。私はあの伝説のレアカード、召喚神エクゾディアを使いこなす最強クラスのデュエリストである。きっと前世はアクナムカノン王とかエジソンとか偉い人だったに違いない。扱いとすれば「社長デュエリスト」とか「神(しん)のデュエリスト」が妥当なところだろう。
 しかし、この小説では『隠された知識(笑)』の単なる構成員、普通の会社で言えば平社員の扱いなのだ。
 厨二病組織の構成員……。ポケ○ンで例えるなら、ロ○ット団のム○シとかコジ○ウみたいなものなのだ。これはひどい。白い明日なんぞ待っていない。
 やはり、このストーリーがアニメベースなのがいけなかったのだ。なんせ、磁石の戦士βとデーモンの召喚の合体攻撃で攻撃力アップ、という訳わからん理屈でこの私が遊戯に敗北してしまう世界観なのだからな。
「おい、早く行くぞ」
「は、はい、ただいま。ヒィィ!」
 くっ、思考に没頭していたら、仕事のパートナーに呼びつけられてしまった。
 『隠された知識(笑)』に所属している元グールズメンバーは、そうでない別のメンバーとツーマンセルを組まされることがほとんどだ。おそらく監視の意味も含めているのだろう。
 ちなみに私の現在のパートナーは、でかくてマッチョ、りっぱな「レ」の揉み上げを持つ男である。威圧感があり、正直ちょっと怖いです。
 名前は……えーと、忘れた。いや、ここまで出かかっているのだが、もうちょっとのところで出てこない。まあ、いいや。とりあえず「レ」で。


 「レ」を伴って到着したのは、まるでどこかの宮殿ではなかろうか、と錯覚するほど立派な外観をした図書館。すごく……大きいです……。
 まあ、それはともかく、今回の目的の場所についたのだ。
「はい、何か御用ですか」
 早速図書館のカウンターに向かう。しかし、受付の女性、あの巨体の持ち主である「レ」を目の前にしてあまり動じた様子を見せない。
 彼女はよほど器が大きい人なのか、もしくは超絶なる私の美貌で、「レ」の威圧感が相殺されているかのどちらかだろう。可能性としては後者のほうが確率は高いだろうが。
「すみません。私たちはこういうものです。……用件は、これです」
 「レ」が名刺と共に、数枚の書類となにかカードのようなものを受付嬢に手渡す。彼女はそれを見ると、一瞬顔をしかめた後「少し、お待ちください」と断りを入れてから奥に引っ込んでいった。
 ……しかし、私今まで何もしてないな。こういう手続き類をちっとも任せてもらえない。
 いや、私ぐらい偉大だと、こういうのは下々のものに任せてるほうが当たり前なのか。
 ククク!
「おい、何をしている。いくぞ」
「は、はい、ただいま。ヒィィ!」
 クッ、いい気分でいたら突如「レ」に冷水を浴びせられた。おっと、気がつけば先ほどの受付嬢が戻ってきているではないか。
「こちらです」
 彼女の案内に従って、窓から気持ちの良い日が差す通路を歩いて行く。
 だが、進むにつれてなんだか薄暗い、少々不気味な雰囲気になってきた。
 廊下をいくらか曲がり、日の当らない場所になってきたせいか、周りの空気が冷えてきたような……。
「ここです」
 と、彼女が止まった。私たちの目の前には濃い茶色の重々しい扉。
「……部屋の書物はすべて禁書目録として登録されているもの。くれぐれも持ち出しは控えてください」
 扉の鍵をガチャガチャいわせながら、受付嬢が注意を促す。その言葉が終わると同時に、ガチ、と一際大きな音が鳴った。どうやら鍵が開いたらしい。
「では……申請どおり5時間のみ開放します」
 ギイイ、と軋む音を立てて扉が開く。その部屋の中から――くぐもった空気が流れだしてきたような気がした。



「それでは珍札、調べ物を頼むぞ」
「なん……だと……」
 「レ」にとんでもないことを言われた。と、同時に数枚の書類を渡される。
 書類に書かれているのは、本部から指定された書物の名簿。それを調べ必要な部分をまとめる。それがこの任務の内容だ。
 この膨大な資料の中を……私一人でやれと?
 冗談極まりない! こんな大変な作業を私一人に任せるとは……これもゆとり教育の負の遺産なのか。
「くっ……! ならば、その間お前は何を……」
「本部での説明を聞いてなかったのか? 私は禁書目録を貸し出してもらえないか、交渉を続ける。そちらはお前に任せる」
 ぬ。「レ」のほうは交渉任務があるのか、私としたことが聞き逃していたか。
 しかし、交渉任務ならば私の方が適任だろう。私の完璧な話術にかかれば……。
「では、頼んだぞ」
 バタン、と扉を閉めて「レ」は行ってしまった。まったく、ゆとりがなくて困る。
 あ、そうそう。「レ」が言ってた「珍札」とは、私のコードネームである。厨二病組織には付きもののあれである。
 ちなみにフルネームで「珍札狩郎」。すごく……ハイセンスです……。



「……エリゴール、ルリム・シャイコース、シモン・オーン、以上が魔女狩りから逃れたとされる……」
 静かだ。とても静かだ。
 カリカリと私がペンを走らせる音以外は、何も聞こえない。
「……」
 いや、わかっているのだ。ここは禁書目録館。特別な許可がないと入れない場所であり、くる人はめったにいない。それこそ、今いるのは私だけだ。
「…………」
 しかし、ここは薄暗いな。手入れも行き届いていないのか埃っぽいし。……心なしか空気もヒンヤリとしている。
「……「レ」のほうの調子はどうかな……」
 少しだけ「レ」の様子を見に行くことにした。……いや、けっして怖くなったからではない。純粋に、「レ」が気になっただけなのだ。断じて、怖くなったからではないのだ。ないんだってば! ヒィィ!!
「ふむ、そうときまれば善は急げだ」
 調べていた本を棚に戻すと、私は「レ」の元に向かうべく部屋の出口に向かった。
――コッ、コッ、コッ
 ……あれ? なんだかもう一つ足音が聞こえる。
「……「レ」か……?」
 いや、この部屋の中から聞こえる。交渉のためにここにいないのだから、それはおかしい。
「それとも……先ほどの受付嬢……?」
 だが、それも考えにくい。ここに入ったのは私一人。そもそも、私以外の人間がいるはずがない。
――コッ、コッ、コッ
 足跡は私のほうに近づいてくる。正体不明の足音が。
「ヒィ……!」
 私は悪寒に襲われた。この足跡の主は危険だ。そう本能が告げている気がした。
――コッ、コッ、コッ、コッ
 だが、同時に単なる臆病風のような気もした。そうだ、只でさえ不気味なシチュエーションなのだ。こんなことでビビるなど神(しん)のデュエリストにあるまじきこと……!
――コッ、コッ、コッ、コッ
「……!」
 だが、いやな予感が止まらない。体が震えだす。悪寒が止まらない。ヒィ……来る……来る来る……助けて……。
――コッ、コッ、――――コッ
 足音はもはや、私の近く……いや、おそらくは真後ろにまで近づいていた。だが、体が凍った様にまともに動かせない。
 だが、意を決し……ぎょろり、と視線を無理やり後ろに向け……足跡の主を確認した。
 そこにいたのは――――
「ヒ、ヒヒヒ、ヒィィイァアアーーーー!!」
 私の理性は一瞬で崩壊した。次元を超えた恐怖がそこにあった。
「ヒィィィィィィィィ〜〜! ヒ……助けて……来る来る来る助けて……来るああああ!」
 足から力が抜け、その場にへたり込んでしまう私。逃げなければ、逃げなければならぬのに力が入らないヒィィイイイ!
「来る……来る……来る……来る……ダイ・グレファーが……」
 ここで私の精神は限界に達した。意識は崩れ、目の前が霞んでいく。

 私を恐怖のどん底に叩き落したその存在は、


 間違いなく、戦士ダイ・グレファーだった。





エピソード2:不協和音



「!? 何事だ!?」
 『隠された知識』のエージェントである巨躯の男と図書館責任者が交渉を続けていた最中、禁書目録室のほうから、異様な叫び声が聞こえてた。
「今の叫び声……珍札か?!」
 交渉していた巨躯の男は慌てて駆け出し、それに受付嬢と、交渉の相手をしていた初老の図書館責任者が付き従う。三人は連れだって、禁書目録室に急いだ。
 目的の場所に付くやいなや、巨躯の男はすぐさまドアノブに手をかける。
 が。
「……!? 扉があかない?」
 力をこめてがちゃがちゃと扉を引くが、扉はまるで岩のようにビクとも動かなかった。
「そんな、鍵はかけてないはずです!」
 動揺は瞬く間にその場にいた2人に伝わった。受付嬢は慌てた声で叫び、初老の責任者も顔をしかめる。
 異変はそれだけではない。ドアノブを掴んだ巨躯の男は、部屋の中から異様な雰囲気を感じとっていた。
「(部屋の中からする気配……精霊……か……?)」
 自身が所有する『精霊』の宿りしカード。それに似て非なる気配を彼は感じ取ったのである。
 この部屋にいる『精霊』に似た『何か』からは、何か不快な……そう、『闇』の力の匂いがした。かつて自らも手を染めた危険な力が……。
 『隠された知識』の男は、自身の記憶から部屋の中にいる『何か』を敵性とみなし、すぐさま対処に移ることにした。
「……二人とも、下がっていてください。それから、この部屋に誰も近付けないようにしてもらえますか?」
 真剣な調子で、初老の男と受付嬢に一声かける。だが、何の説明もないままそう言われ二人は戸惑い顔を見合わせた。
「早くしてください!」
 巨躯の男は声を張り上げる。説明しても長くなるだけで時間を浪費するだけ、しかも同僚が閉じ込められていることもあり、一刻も早く行動に移らなければならない。
 その声に触発されたのか、図書館の二人にも余裕のない事態だと伝わったようだ。初老の男が受付嬢に軽く指示を出し、二人は目録室を背に、走りだした。
 二人が離れていくのを見送り、巨躯の男は改めて目録室の扉に目線を戻す。
「(精霊の力によるものなら……同じ精霊の力は有用に働くはず。頼むぞ、エアトス!)」
「うおおおおお!!」
 自身の持つ精霊のカードに意思を集中し、そのままドアに体当たりを仕掛ける。
 瞬間、ガラスを割ったような感触を感じた後。
 巨躯の男は、ドアを突き破り、部屋の中に転がり込んだ。



「……この感覚は……」
 部屋の中に入った巨躯の男が感じたのは、不快感と既視感。
 自らがドーマにいたころに味わっていたあの感覚。
「(やはり……“闇”の力に関する使い手がいる……)」
 とにかく部屋にいるはずの珍札を探す。はたして、それはすぐに見つかった。
 珍札は部屋の入り口近くに倒れていた。だが、その側にいるはずのない、黒いローブを着込んだ人影を見つけた。
「(!? なんだ……奴は?)」
 警戒し、本棚の陰から様子を窺う。だが、不意にローブを着込んだ男が、ゆっくりと振り返った。
「……ほう、結界が破られたと思ったら……“力”の使い手がいたのか」
「(! く、見つかっていたか!)」
 歯噛みし、ローブの男を見やる。
 その顔を見て、巨躯の男は思わず驚きを口にした。
「戦士……ダイ・グレファー……!?」
 ローブの男は『デュエルモンスターズ』のモンスターカードの一枚《戦士ダイ・グレファー》に瓜二つだったのだ。
「(精霊か……いや、どこかおかしい……なんだ、この異様な気配は……!?)……お前、その男になにをした……?」
 警戒しながら本棚から身をさらし、黒ローブの男に対峙する。
 対する――ダイ・グレファーにそっくりなその男は「ん?」と珍札を一瞥した後、なんでもない調子で答えを返した。
「私にもよくわからない。私を見た途端、奇声をあげて失神してしまってね」
 それよりも、と黒ローブの男は、微笑みながら言葉を続けた。
「君は見たところ、精霊と共にあるデュエリストだな……。ふふ、流石は『隠された知識』。いいデュエリストを有している!」
「! 貴様、我々を知って……!?」
「む? 先代ケムダーとキムラヌートを倒したのは君たちの仲間だったはずだが……。まあいい」
 パチン、と黒ローブの男は指を鳴らす。同時に辺りは闇に包まれた。
「これは……まさか、闇のゲーム!?」
「ふふ……こうして会えたのも、何かの運命。共に戦いを楽しもうじゃないか!」
 いつの間にか、巨躯の男の腕にデュエルディスクが装着される。
 強制的にゲームに駆り立てる、闇のゲーム。その拘束性はかなりのものだ。
「貴様……何者だ。ダイ・グレファーの精霊なのか?」
「その指摘は、当たらずとも遠からず……といったところ。それ以上は、カードで聞いたらどうかな?」
 ガシャリ、とデュエルディスクを構え、臨戦態勢に入るグレファー。これはもう、逃げるわけにもいかないようだ。覚悟を決め、巨躯の男もディスクを構える。
「……いいだろう、受けて立つ」 
「良い返事だな、好意を抱くよ! では、名乗りを上げさせてもらおう! 私はケムダー。『クリフォト』の8、『貪欲』のケムダー!」
 高らかに名乗りを上げる黒ローブの男――ケムダー。対照的に、巨躯の男は低い声で名乗った。
「……『隠された知識』のエージェント、ラフェールだ」
「ふふ、ラフェールか! よき名だ! では、デュエルを楽しもう!」

「「デュエル!」」


ケムダー:LP4000
ラフェール:LP4000


「私の先功だな。ドロー!」
 ダイ・グレファーに瓜二つの男、ケムダーの先攻でデュエルは始まった。
「ふふ……、このカードが来るとは、なかなかに幸先がいい。私は《戦士ダイ・グレファー》を攻撃表示で召喚しよう!」

《戦士 ダイ・グレファー》
地/☆4/戦士族 ATK1700 DEF1600
ドラゴン族を操る才能を秘めた戦士。
過去は謎に包まれている。

 同じ顔をした男が二人並ぶ。
 一人は青い色のレザータイプの鎧を身に付けた戦士。もう一人は黒いローブを着込んでいるという違いがあるが。
「私はこれで、ターン終了とする!」
「……私のターン、ドロー」
 ドローカードを確認してから、ラフェールは相手フィールド上に目を戻す。
 まずは構えの一手。ラフェールは、防御の構えをとることにした。
「私はモンスターを守備でセット。ターンを終了する」


ケムダー:LP4000
モンスター:《戦士ダイ・グレファー》(功1700)
魔法・罠:なし
手札:5枚
ラフェール:LP4000
モンスター:守備モンスター×1
魔法・罠:なし
手札:5枚

 再び、ケムダーのターンに移る。
 自分のターンが来るのが待ち切れなかったかのように、ケムダーは勢いよくカードを引いた。
「ふふ、私のターン、ドロー! まずは……来い! 《融合呪印生物―地》!」
 最初にゲームを動かしたのは、ケムダーの方だった。
 ケムダーが新たなカードを出すと同時に、フィールド上に血管の走ったフジツボを固めた様な、気持ちの悪い物体が現れる。

《融合呪印生物―地》
地/☆3/岩石族・効果 ATK1000 DEF1600
このカードを融合素材モンスター1体の代わりにすることが出来る。
その際、他の融合素材モンスターは正規のものでなければならない。
このカードを含む融合素材モンスターを生け贄に捧げることで、
地属性の融合モンスター1体を特殊召喚する。

「そして、ダイ・グレファーと共に、生け贄に捧げる!」
 フジツボの塊がうぞうぞと動き出し、青の戦士に絡みついた。まるで食らいつくかの様にダイ・グレファーを呑みこんでいく。
 おぞましい光景が繰り広げられながら、2体のモンスターが1つの塊になっていく。やがてそれは、竜を象った紫の鎧の戦士の姿へと変貌した。
「ぬふぅ! 特殊召喚! 《ドラゴン・ウォリアー》!」

《ドラゴン・ウォリアー》
地/☆6/戦士族・効果/融合 ATK2000 DEF1200
「戦士ダイ・グレファー」+「スピリット・ドラゴン」
このモンスターの融合召喚は上記のカードでしか行えない。
このカードがフィールド上に存在する限り、1000ライフを払うことで通常罠の発動を無効化する。
また、このカードを対象とする魔法カードの効果を無効化する。

「コイツこそが、《ドラゴン・ウォリアー》! 一部だが魔法、罠を無効にできる、優れた戦士だ! いくぞ! その守備モンスターを攻撃する!」
 《ドラゴン・ウォリアー》は剣を抜くと一直線に守備モンスター目掛けて突撃してきた。
「斬り裂け――刀竜断!」
 ハイテンションなケムダーの士気そのままに、《ドラゴン・ウォリアー》はラフェールの守備モンスターを斬りつける。
 しかし。
「なに!?」
 正体を現せたラフェールの守備モンスターは、素手にもかかわらず、見事に紫の戦士の剣を受け止めていた。
「残念だったな。《バック・アップ・ガードナー》の守備力は2200。生半可な攻撃力では突破出来ない!」

《バック・アップ・ガードナー》
闇/☆4/戦士族・効果 ATK500 DEF2200
このカードは召喚・特殊召喚された場合、守備表示になる。
1ターンに1度このカードに装備された装備カードを、他の正しい対象に移すことができる。

ケムダー:LP4000 → LP3800

「ほう……これは中々身持ちが固そうだ! ここは、ターンを終了しよう!」
 高いテンションのまま、ケムダーはターンを終えた。


ケムダー:LP3800
モンスター:《ドラゴン・ウォリアー》
魔法・罠:なし
手札:5枚
ラフェール:LP4000
モンスター:《バック・アップ・ガードナー》(守2200)
魔法・罠:なし
手札:5枚

「私のターン。ドロー! まずは、《守護神の宝札》を発動!」

《守護神の宝札》 永続魔法
手札を5枚捨てて発動する。この後、デッキからカードを2枚ドローする。
次のターンのドローフェイズから、カードを2枚ドローする。

 手札を墓地に送ると、すぐさまカードを2枚引くラフェール。その2枚を見やると同時に、一瞬ラフェールは薄い笑みを浮かべた。
「来てくれたか……! 私は《バック・アップ・ガードナー》に《重力の斧‐グラール》を装備させる!」
 ラフェールの発動したカードにより、《バック・アップ・ガードナー》手元に、重力の力を持つ黒鉄の斧が現れた。

《重力の斧‐グラール》 装備魔法
装備モンスターの攻撃力は500ポイントアップする。
このカードがフィールド上に存在する限り、
相手フィールド上のモンスターは表示形式を変更できない。

「これで、私の手札はこのカード1枚となった。よって召喚条件が整ったこのカード……ガーディアン・グラールを特殊召喚する!」
 ラフェールの場に、獣人の姿をした巨大な守護者が現れた。目を見開き、力強い視線を倒すべき相手へと向ける。

《ガーディアン・グラール》
地/☆5/恐竜族・効果 ATK2500 DEF1000
「重力の斧‐グラール」が自分フィールド上に存在するときのみ、
このカードは召喚・反転召喚・特殊召喚することが出来る。
手札にこのカード1枚しかない場合、
手札からこのカードを特殊召喚することができる。

「さらに《バック・アップ・ガードナー》の効果! 自身の装備している《重力の斧‐グラール》を《ガーディアン・グラール》に移行!」
 ラフェールの声に応え、《バック・アップ・ガードナーが斧を掲げた。
 すると、それは光の粒子となって《バック・アップ・ガードナー》の手元から《ガーディアン・グラール》の右こぶしに移動し、再び斧の形となった。

《重力の斧‐グラール》効果適用!
ガーディアン・グラール:ATK2500 → ATK3000

 自らの名を冠する斧を手に取ったグラールの頼もしい様子を見やりながら、ラフェールは力強く宣言する。
「いくぞ! 《ガーディアン・グラール》で、《ドラゴン・ウォリアー》を攻撃! ――英断の斬撃!」
 巨獣の守護者が、斧を振り上げ《ドラゴン・ウォリアー》に斬りかかる。瞬時に紫の竜戦士も迎撃に入るが、グラールはそれをものともせず、真正面から力任せに斧を打ちおろした。
 パワーの違いに圧倒され、ケムダーの戦士はたまらず膝を折る。そのまま、力任せに斧を振り落とされ《ドラゴン・ウォリアー》は、その紫の鎧ごと斬り倒された。
「くっ……!」

ケムダー:LP3800 → LP2800

「これでターン終了する!」


ケムダー:LP2800
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:5枚
ラフェール:LP4000
モンスター:《ガーディアン・グラール》(功3000)、《バック・アップ・ガードナー》(守2200)
魔法・罠:《重力の斧‐グラール》《守護神の宝札》
手札:0枚

 《ドラゴン・ウォリアー》を倒されたケムダーだが、気落ちする様子はない。むしろ、気分は高揚しているようだった。
「やるな! 私のターン、ドロー! 行くぞ、まずは《漆黒の魔王(ダーク・ルシアス)LV4》を召喚!」

漆黒の魔王(ダーク・ルシアス)LV4》
地/☆4/悪魔族・効果 ATK1000 DEF300
このカードが戦闘によって破壊された相手モンスターの効果は無効化される。
このカードがモンスターを破壊した次のターンの自分ターンのスタンバイフェイズに
このカードを墓地に送る事で「漆黒の魔王LV6」1体を手札またはデッキから特殊召喚する。

 現れた黒の人型モンスターは、魔王の名を冠するにしてはさほど強くない、弱小モンスターだった。
「そんなカードで何を……」
 ラフェールの疑問に、フフッ、と笑いながらケムダーが応じる。
「こうするのさ! 魔法カード《守備封じ》! これで《バック・アップ・ガードナー》を口説き落とす!」
「――!!」

《守備封じ》 通常魔法
相手フィールド上の守備表示モンスターを1体選択し、表側攻撃表示にする。

バック・アップ・ガードナー:表示形式変更!
DEF2200 → ATK500

 《バック・アップ・ガードナー》が、魔力にかどわかされ立ちあがる。
 こと守りには強い《バック・アップ・ガードナー》だが、攻撃に関しての心得はほとんどない。たった500ポイントの攻撃力をさらしてしまう。
「さて、後は押すのみ! 《漆黒の魔王LV4》で、《バック・アップ・ガードナー》を攻撃! ――邪揚の剣LV4!」
 剣を構え、《バック・アップ・ガードナー》目掛けて走り出す漆黒の魔王。無防備となった青の戦士を、黒の魔王はやすやすと斬り倒した。
「くっ……!」

ラフェール:LP4000 → LP3500

「よし! これでキミのモンスターを倒す事ができた! これにより、我が魔王は次のターンさらなる力を得る! 楽しみが増えたな、ラフェールよ! カードを2枚伏せ、ターン終了!」


ケムダー:LP2800
モンスター:《漆黒の魔王LV4》(功1000)
魔法・罠:伏せカード×2
手札:2枚
ラフェール:LP3500
モンスター:《ガーディアン・グラール》(功3000)
魔法・罠:《重力の斧‐グラール》《守護神の宝札》
手札:0枚

「……私のターン!」
 ラフェールは《守護神の宝札》の効果で2枚カードを引き、相手の漆黒の魔王に視線を向ける。
 今はまだ大したことはない攻撃力だが、相手はレベルアップモンスター。先ほどケムダーが言った通り、《バック・アップ・ガードナー》を倒したことで進化条件をみたしてしまった。
 このまま放っておけば厄介なことになる――ならば、やるべきことはひとつ。
「《ガーディアン・グラール》で、漆黒の魔王を攻撃!」
 引いたカードの中に、レベルアップに対処できるものはなかった。
 ケムダーの伏せた2枚カードは間違いなく、こちらの攻撃から今はまだ貧弱な《漆黒の魔王》を守るカードだろう。
 とはいえ、それを排除する手段もない以上、こちらからの攻撃で疲弊させていく他ない――ラフェールはそう考えた。
 ラフェールの宣言を聞き、突撃するグラール。しかし、いや、やはりと言うべきか、ケムダーは不敵な笑みを浮かべ、伏せカードを開いた。
「やはり魔王を討つ気か! だがそうはさせない! 速攻魔法発動《魔王恍惚》!」

《魔王恍惚》 速攻魔法
自分フィールド上の「漆黒の魔王」と名の付くモンスター1体を選択し、発動する。
選択したモンスターは、発動ターンのエンドフェイズまで戦闘またはカードの効果によって
破壊、及び除外されず生け贄することもできない。
また、そのモンスターの戦闘によって発生する戦闘ダメージは半分になる。

ケムダー:LP2800 → 1800

 突如としてトランス状態になる漆黒の魔王。《ガーディアン・グラール》の斬撃をまともに食らうが、倒れる様子はない。
「このカード効果により、漆黒の魔王は破壊されず、また発生する戦闘ダメージも半分になる!」
 自慢げに言うケムダー。一方のラフェールは攻撃を失敗しはしたものの、少しばかり安堵していた。
 相手に補助カードを1枚使わせた上で、自らの《ガーディアン・グラール》は無事で澄んだのだ。
 ……それは、ゲームの進行上における有利、不利以上にラフェールの心に安心感を齎していた。
「……カードを1枚伏せる。これでターン終了だ」
 ラフェールは、静かにターン終了を宣言した。


ケムダー:LP1800
モンスター:《漆黒の魔王LV4》(功1000)
魔法・罠:伏せカード×1
手札:2枚
ラフェール:LP3500
モンスター:《ガーディアン・グラール》(功3000)
魔法・罠:《重力の斧‐グラール》、《守護神の宝札》、伏せカード×1
手札:1枚

「ふ……私のターン! ドロー!」
 それに相対するかのような、ハイテンションなケムダーの声。
 それが響いた瞬間、ケムダーの場の漆黒の魔王が、頭を抱えてうなり声をあげ始めた。
「スタンバイフェイズに移行……この瞬間、漆黒の魔王はLV6にレベルアップする!」
 自分の自慢のモンスターの成長がよほど嬉しいのだろうか、ケムダーは嬉々としてカード処理を行う
「《漆黒の魔王LV4》を墓地に送り……さあ、その姿をあらわせ! 《漆黒の魔王LV6》!」
 漆黒の魔王の硬質化した上皮が、変化を始めた。肩付近は飾り鎧のように形を変え、背中の角はさらに伸び、漆黒の魔王の人外じみた様子をさらに深めることになった。

漆黒の魔王(ダーク・ルシアス)LV6》
地/☆4/悪魔族・効果 ATK1700 DEF600
「漆黒の魔王LV4」相手モンスターの効果で特殊召喚された場合、
このカードが破壊した相手モンスターの効果は無効化される。
この効果で相手モンスターの効果を無効化した次のターンのスタンバイフェイズ時、
このカードを墓地に送る事で「漆黒の魔王LV8」1体を手札またはデッキから特殊召喚する。

「だが、せっかくパワーアップしても、グラールの攻撃力には及ばない」
 ラフェールが冷静な声で言う。その言葉通り、LV6になった漆黒の魔王の攻撃力は1700。現在、攻撃力3000に至ったグラールには届かない。
「そうだな……私の魔王では、グラールを倒すことはできそうにない。ならば! キミのグラールを生け贄にする!」
「……なに!」
 突如、グラールの足元に暗い闇の塊が現れた。そしてそのまま暴れるグラールを包み込んでいく。
 戸惑うラフェールをよそに、ケムダーはその黒の塊の正体の名を叫んだ。
「現れろ……、《ゲンガードール》!」

《ゲンカード―ル》
闇/☆4/悪魔族・効果 ATK? DEF?
このカードは通常召喚できない。相手フィールド上の
表側表示モンスター1体を生け贄にして、相手フィールド上に特殊召喚する。
このカードの攻撃力、守備力は生け贄にしたモンスターの元々の数値の半分になる。
このカードが戦闘で破壊され墓地に送られた時、お互いにカードを1枚ドローする。
 

ゲンガードール:ガーディアン・グラールベース
ATK? → ATK1250/DEF? → DEF500

「これは……!?」
 グラールがいた場所に現れたのは、その姿そっくりの黒い像だった。
「《ゲンガードール》は相手モンスターを生け贄に相手フィールド上に特殊召喚される。そのステータスは生け贄となったモンスターの半分の数値だ! さらに、《地獄戦士》を攻撃表示で召喚!」

地獄戦士(ヘルソルジャー)
闇/☆4/戦士族・効果 ATK1200 DEF1400
このカードが相手モンスターの攻撃によって破壊され墓地に送られた時、
この戦闘によって自分が受けた戦闘ダメージを相手にも与える。

 続けて、ケムダーは黒光りする鎧を着込んだ下級戦士を呼び出した。
 高攻撃力を持つグラールを切り崩したのを好機と見たのか、戦線を強化しラフェールの陣地に攻め込む準備を整えた。
「さあて、お楽しみのバトルフェイズに突入だ! 《漆黒の魔王LV6》で、ゲンガードール(≒ガーディアン・グラール)を攻撃! 邪揚の剣LV6!」
「させん! 伏せカード発動! 《攻撃の無力化》!」

《攻撃の無力化》 カウンター罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる。

 ラフェールが、全ての攻撃を受け止めるカウンター罠を発動させた。
 先のターンの少々無謀ともいえる漆黒の魔王への攻撃も、このカードを引いていたからこそ行ったのだ。
 加えて、漆黒の魔王は戦闘を成立させる事でレベルアップ条件を満たすタイプのカード。
 このカードで相手の攻撃の手を止め、戦線を立て直す――ラフェールはそう考えた。
 だが、そんな思惑をあざ笑うかのように、ケムダーはもう一枚の伏せカードを開く。
「おっと、そんな手で逃れようともそうはいかない! カウンター罠《盗賊の七つ道具》! 1000ライフを支払い《攻撃の無力化》は無効だ!」
「な……!」

《盗賊の七つ道具》 カウンター罠
1000ライフポイント支払う。
罠カードの発動を無効化し、それを破壊する。

ケムダー:LP1800 → 800

「ぐうう……、この程度の痛み、戦いを楽しむためなら必要経費だ!」
 闇のゲームの影響により、コストとしてライフが減った場合でもプレイヤーに身体的ダメージが発生する。
 ゲームを仕掛けたケムダーとて例外ではなく、ずしりと重石を乗せられたように、体に負荷がかけられる。
 それでもなお、彼は戦いに向ける情熱をむき出しにし、たぎるマグマの様に、ラフェールに向かって叫びを上げた。
 予想外のカウンター罠の発動、そしてその異常なほどの情熱に、ラフェールは呆気にとられていた。
「(まさか、罠カウンター罠を仕掛けているとは……いや、よく考えてみれば、アレも《漆黒の魔王》の……いや、奴のプレイスタイルそのもののサポートカードとしてなら、妥当だ……!)」
 《漆黒の魔王》が戦闘を行う事で進化を果たすならば、戦闘妨害効果の多い罠カード対策が入っていても不思議ではない。
 加えてケムダー自身が……対峙するラフェールだからこそ余計に分かる、彼の戦いへの執着。互いに殴り合うかのようなプレイスタイルを好む性格。
 それを体現したようなカード選択と言える。
 そこまで至った思考を中断するように、攻撃無力化の渦を越え、黒の魔王がグラールの姿を象った影の塊をなぎ倒していった。

ラフェール:LP3500 → 3050

「く……!」
 攻撃の余波に顔を覆うラフェールに向かい、ケムダーは少々上ずった声で語りかけてきた。
「そうだ、説明を忘れていた。《ゲンガードール》が戦闘で破壊された場合、互いにカードを1枚ドローできる。だが……」
 漆黒の魔王に斬り倒された影の像は、一瞬の揺らめきすら見せないうちに消え去ってしまった。
「《漆黒の魔王LV6》の効果で、そのドロー効果は無効化される。……これがどういう意味かわかるかな?」
 得意げに問いかけるケムダー。ラフェールは厳しい顔をしたまま、その問いに答えた。
「……《漆黒の魔王LV6》の効果が適用された次のターン、さらに進化を遂げる……」
「ふふ! ご明察。どうやらキミに漆黒の魔王の真の姿を見せてあげることができそうだ。さて、続きといこうか! 地獄戦士の直接攻撃!」
 ガラ空きとなったフィールドを駆け抜け、地獄戦士がラフェールを手にする剣で斬りつけた。
「くお……!」

ラフェール:LP3050 → LP1850

「さらにカードを1枚伏せる! さあ、私のターンは終了だ!」


ケムダー:LP800
モンスター:《漆黒の魔王LV6》(功1700)・《地獄戦士》(功1200)
魔法・罠:伏せカード×1
手札:0枚
ラフェール:LP1850
モンスター:なし
魔法・罠:《守護神の宝札》
手札:1枚

 ラフェールのターン。漆黒の魔王をにらみつけながら、カードを引く。
「く……私のターン! ドロー!」
 ラフェールがカードを2枚引く。1枚は攻撃を防ぐことのできる罠カード。もう1枚は自分の信頼する、ガーディアン・モンスターの一体。
「(だめだ……漆黒の魔王を倒すことは出来ない……ここは、賭けるしかない!)私はカードを1枚伏せ、モンスターを守備でセット! これでターン終了とする!」
「ふふふ……攻撃しなくていいのか? 私のターン!」
 ケムダーのターンに移ったと同時に、漆黒の魔王が吠える。メキメキと軋むような音を立てながら、その体はさらに禍々しく変化していった。
「さあ、とくと見るがいい! 我が漆黒の魔王の最終進化を! デッキより《漆黒の魔王LV8》特殊召喚!」

漆黒の魔王(ダーク・ルシアス)LV8》
地/☆8/悪魔族・効果 ATK2800 DEF900
「漆黒の魔王LV6」の効果で特殊召喚した場合、
このカードが戦闘によって破壊した相手モンスターの効果を無効にし、ゲームから除外する。

 最高位レベルに到達した漆黒の魔王の体は、魔王と名乗るにふさわしい威圧感ある物となった。
 牙によって彩られた飾り鎧を思わせる上皮、背中から生えていた角は六枚の翼に変化した。
 赤い瞳と牙をむき出した口を備えたその顔が、戦いを求め、高揚した笑みに染まっていく。
「さて、手札も心伴くなってきた所で、手札補充といこうか! 魔法カード《貪欲な壷》! 墓地より《戦士ダイ・グレファー》《ドラゴン・ウォリアー》《ゲンガードール》《漆黒の魔王LV4》《漆黒の魔王LV6》の5体をデッキに戻し、2枚ドロー!」

《貪欲な壺》 通常魔法
自分の墓地からモンスターカードを5枚選択し、デッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする

カードを引いたケムダーは、それを見て満足げに笑みを浮かべる。
「ほう、これはなかなか……。《地獄戦士》を生け贄に、《地獄将軍・メフィスト》召喚!」

地獄将軍(ヘルジェネラル)・メフィスト》
地/☆5/悪魔族・効果 ATK1800 DEF1700
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が越えていればその数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
相手に戦闘ダメージを与えた時、相手の手札をランダムに1枚捨てる。

 ケムダーは攻撃の手を緩めない。地獄戦士に代わって、漆黒の馬に跨り黒く豪華な鎧に身を包んだ悪魔騎士を呼び出し、自身の戦線を強化する。
「ではまず、メフィストで守備モンスターを攻撃しよう!」
 ケムダーの声に応えメフィストは馬を駆り、ラフェールの守備モンスター目掛けて突撃を仕掛ける。
「メフィストは貫通攻撃能力に加え、ダメージを与えればランダムの手札破壊効果も発動する! 受け止めきれるか、ラフェールよ! ――ダウン・ブラストル!」
 メフィストが手にする黒の斧槍で守備モンスターを貫かんと、槍を引いた瞬間――ラフェールは眼を見開き、守備モンスターに向けて激励を飛ばした。
「頼む! ケースト!」
 ラフェールの声に応えるように、守備モンスターが姿を現す。
 それは、淡い緑色の髪を持つ、美しい人魚のモンスターだった。彼女がメフィストの攻撃に対し両手を掲げると、薄い青の光が障壁となって現れ、斧槍の一撃を跳ね返した。

《ガーディアン・ケースト》
水/☆4/海竜族・効果 ATK1000 DEF1800
「静寂の杖‐ケースト」が自分フィールド上に存在するときのみ、
このカードは召喚・反転召喚・特殊召喚することができる。
このカードは魔法の効果を受けない。また相手モンスターから攻撃対象にされない。

「む……、メフィストの攻撃力と同じ守備力を持つモンスターだったか……。しかし、そのガーディアンモンスター、専用の装備魔法がフィールド上になければ召喚出来ないはずでは……」
 顔をしかめるケムダー。その疑問にラフェールは静かに答える。
「確かに専用装備がなければ、召喚のみならず、反転召喚、特殊召喚できないが……守備表示でセットすることは可能だ」
「なるほどな。しかし、ケーストは表側表示になったことでその効果が発揮される。攻撃対象にされなくなるという効果が」
 ケムダーの言葉通り、ケーストの体はゆらゆら揺らめく蜃気楼めいていて、触れることが出来そうにない。
「つまりこの場合! ラフェール、キミへの直接攻撃が可能となったわけだ! 《漆黒の魔王LV8》で、ダイレクトアタックを仕掛ける! ――邪揚の剣LV8!」
 笑いを含むケムダーの宣言が響く。極限まで力を高められた漆黒の魔王はガーディアン・ケーストを素通りし、手にする大剣でラフェールの勢いよく斬りかかった。
 この攻撃が決まれば、ラフェールのライフは0。
「まだだ! リバースカード、オープン! 《ガード・ブロック》で戦闘ダメージを0にし、カードを1枚ドロー!」

《ガード・ブロック》 通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動することができる。
その戦闘によって発生する自分の戦闘ダメージは0になり、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 淡い光のバリアがラフェールを包み、漆黒の魔王の攻撃を弾く。攻撃が通用しない事を悟ったのか、漆黒の魔王はすぐさまその場から引いた。
「ふ! やはりそう簡単にはいかないか……。カードを1枚伏せる。これでターン終了!」


ケムダー:LP800
モンスター:《漆黒の魔王LV8》(功2800)
魔法・罠:伏せカード×2
手札:0枚
ラフェール:LP1850
モンスター:《ガーディアン・ケースト》(守1800)
魔法・罠:《守護神の宝札》
手札:2枚


「……私のターン!」
 緊張した面持ちでデッキに指を伸ばすラフェール。
 未だライフでは優っているとはいえ、ケムダーの気迫、それから来る猛攻にじわじわと押されている実感があった。
 相手の勢いを少しでも削がなければ、このまま押し負けてしまう可能性が高い。
「(ケムダー……“闇”の戦いに陶酔する戦士か……だが!)」
 ラフェールは知っている。人の心は“闇”を克服する事ができる。
 例えそれが、一時の安らぎであったとしても、一筋の光を見失わなければ、やり直す事ができるのだと。
 目の前の敵は……それがない。
 自らを“闇”に、戦いに陶酔し、周りに刃を振り下ろすだけの存在。ラフェールにはそう感じられた。 
「(負けられない……私の見つけ出した光を失わないためにも……頼む、デッキよ……私に力を!)ドロー!」

――ドクン!

 カードを引いた瞬間、ラフェールの全身に戦慄が走った。だが、それは決して悪い感覚ではない。
 一人きりになってしまった過去、この存在にどれほど心救われたか。どれほど力付けられたか。
「(……来てくれたか!)私は手札より魔法カード《魂の解放》を発動!」

《魂の解放》 通常魔法
お互いの墓地から合計5枚までのカードを選択し、そのカードをゲームから除外する。

「これにより、私の墓地に存在する《バック・アップ・ガードナー》、《ガーディアン・グラール》、そして守護神の宝札のコストにより墓地に送られていた《ウェポンサモナー》の3枚、そしてお前の墓地の《守備封じ》、《魔王恍惚》の2枚をゲームから除外する!」
 ラフェールの墓地に眠る、モンスターたちの魂は戦いの場から解放された。
 よくやってくれたな、と語りかけるかのように、ラフェールは3枚のモンスターカードを丁寧な手つきで懐にしまった。
「(いっせいに墓地のカードを除外した……これは……何か仕掛けてくるな、ラフェールよ!)」
 その様子を見ながら、ケムダーは危機感半分、期待半分といった気持ちで、ラフェールの次の一手を待つ。
「これにより、私の墓地にモンスターカードは無くなった……。よって、召喚条件を満たしたこのカードを特殊召喚する!」
 ラフェールが最も信頼するカードに指をかける。
 瞬間、重苦しい闇を祓うかのように、涼やかな一陣の風が、駆け抜けた。
「共に闘ってくれ! 《ガーディアン・エアトス》!」

《ガーディアン・エアトス》
風/☆8/天使族・効果 ATK2500 DEF2000
自分の墓地にモンスターが存在しない場合、このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
このカードに装備された装備魔法カード1枚を墓地に送ることで、
相手の墓地に存在するモンスターを3体まで選択し、ゲームから除外する。
この効果でゲームから除外したモンスター1体につき、
エンドフェイズ時までこのカードの攻撃力は500ポイントアップする。

 純白の翼をその背に、《ガーディアン・エアトス》が現れた。
 鳥を模したケープを被り、頬に朱の化粧が施されたその姿は、野性的でありながら、荘厳な美しさを湛えている。
「おお……、これは……!」
 ケムダーはエアトスを前にして、思わずその輝かしい様相に観惚れた。
 しかし、それも一瞬。続けてカードを手に取るラフェールを見て再び闘争を意識し、その顔に不敵な笑みが戻る。
「ケーストを攻撃表示に変更し……《静寂の杖‐ケースト‐》をエアトスに装備!」

《静寂の杖‐ケースト‐》 装備魔法
装備モンスターの守備力は500ポイントアップする。
装備モンスターを対象にする魔法カードの効果を無効にし破壊する。

 ラフェールが追撃に魔法カードを発動した。それを見てケムダーは思わず呟く。
「守備力上昇に魔法耐性……。攻め手の効果ではない……、ということは!」
「《静寂の杖‐ケースト‐》をコストに、エアトスの効果発動する!」
 エアトスは手にした蒼の杖を天に掲げる。すると、それは激しい光に包まれた。
 杖は光の中で徐々に形を崩していき、それは巨大な光の槍へと姿を変えていった。
「《ガーディアン・エアトス》の効果! お前の墓地のモンスターを3体までを除外し、そのカード1枚につき、攻撃力を500ポイントアップさせる!」
 その言葉と同時に、ケムダーの墓地から《地獄戦士》《融合呪印生物―地》の魂が飛翔し、エアトスの手にする光の槍に吸い込まれていった。

ガーディアン・エアトス:効果適用!
ATK2500 → ATK3500

「おおお! あの、青眼の攻撃力を越えるか!」
 ケムダーが驚嘆、そして感嘆の声を上げる。ラフェールはその相手に向かい、エアトスに攻撃宣言を下した。
「いくぞ、エアトス! 《地獄将軍−メフィスト》を攻撃!」
 ガーディアン・エアトスが手を振りかざし、光の槍を投擲しようとする。
 その時。
 今まさに放たれんとする強大な攻撃を前にして、ケムダーは――笑った。
「ははは…………ははははははっははははははは!!」
 笑ったのだ。酷く、嬉しそうに。
「ははははははははは! 素晴らしい! 素晴らしいぞラフェール、そしてエアトス! キミは……キミたちは! 強い! その力、その絆……私はもっと味わいたい! キミたちと、もっと戦いたい! だから、ここで負けるわけにはぁ! リバースカードオープン、カオス・バーストォオオ!」

《カオス・バースト》 通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げることで、
その攻撃モンスター1体を破壊する。
その後、相手ライフに1000ポイントダメージを与える。

「メフィストを生け贄にし、エアトスには一時ご退場願おう!」
 ケムダーを罠の効果によりメフィストが眩い赤光の帯と化した。光の帯はエアトスを捕えんと、蛇のごとき動きで、光の槍を構えたエアトスに向かって来る。
「このままではエアトスが……! ならば、速攻魔法発動! 《我が身を盾に》!」

《我が身を盾に》 速攻魔法
相手が「フィールド上のモンスターを破壊する効果」を持つカードを発動した時、
1500ライフを支払うことでその発動を無効にし破壊する。

ラフェール:LP1850 → LP350

「く……! 1500ライフを支払い……《カオス・バースト》を無効化!」
 闇のゲームの影響で、ライフが減ると同時にラフェールの体に気だるさが走る。
「なんと! 身を呈してエアトスを守るとは!」
 苦しげなラフェールの様子に、エアトスは戸惑いと気遣いの視線を送る。
 ラフェールは大丈夫だ、ばかりに無言でエアトスに微笑みかける。
 そして――今、倒すべき相手に、エアトスの視線を促した。
「……エアトス! 攻撃目標を漆黒の魔王に変更!」
 攻撃目標としていたメフィストが罠の効果で消えてしまったため巻き戻しが発生、ラフェールは疲れのにじむ体に鞭打ち、エアトスに指令を下す。それを聞いたエアトスは頷き、再び戦いの顔に戻った。
「――精霊のオペラ!」
 エアトスが腕をふるい、光槍は魔王に向かい進撃する。
「迎え撃て! 我が魔王よ!」
 果敢に向かう漆黒の魔王だが、いくら最高位に達したといえど力の差は歴然。強大な光に呑みこまれ、漆黒の魔王は灰燼と化した。

ケムダー:LP800 → LP100

「ぐおおおおおおお!! なんという……力だ!」
 衝撃に耐えながらも、称賛を贈るケムダー。
 対するラフェールは間髪いれず、次の指示を飛ばした。
「これで終わりだ……ケースト、ダイレクトアタック!」
 淡い緑の髪をたなびかせ、ガーディアン・ケーストが最後の攻撃を仕掛ける。
 残るライフはわずか。これで勝負が決まる! ――ラフェールがそう思った矢先に。
 満身創痍のケムダーは、心底残念そうに呟いた。
「実に残念だ……ここで終わりか……仕方がない! 勝負はお預けとしよう! リバースカードオープン! 《バーン・カウンター》!」

《バーン・カウンター》 通常罠
相手モンスターが直接攻撃を行った場合に発動可能。
その攻撃を無効にし、そのモンスターを破壊する。
その後、お互いにこのカードの効果で破壊した
モンスターのレベル×300ポイントのダメージを受ける。

「なんだと! ケースト!」
 その言葉と同時に突如巨大な爆発が起こった。攻撃を仕掛けたガーディアン・ケーストは逃れる暇もなく、その爆風に呑みこまれる。そしてその余波は、ラフェール、ケムダーの両者をも吹き飛ばした。

ケムダー:LP100 → LP0
ラフェール:LP350 → LP0

「ぐわ!!」
 爆風で飛ばされ、本棚に叩きつけられたラフェール。軋む体を抱え、何とか起き上がろうとする。
「くっ……、だめだ……存外ダメージが大きい……。すぐには動けそうにない……」
 痛む肩を抱え、爆発が起こった場所を見やるラフェール。
「(奴は……ケムダーは、どうなった?)」
 煙がはれ、見えてきたのはグレファーに似た男、ケムダーともう一人。
 同じように黒いローブを着込んだ、白い肌の無表情な男が佇んでいた。
「! な……もう一人だと……いつの間に?」
 驚くラフェールをよそに、黒ローブの二人は会話をはじめる。
「……何か言うことはあるか、ケムダー」
「……いや、すまない。アディシェス」
 無表情な男――アディシェスは表情を変えず、平坦な声で話しを続ける。
「そもそも“ゲーム”を仕掛ける必要などなかったと言うのに。貴様の決闘中毒(デュエルジャンキー)にも困ったものだ」
 満足に動く事の出来ないケムダーに向かい、氷の様に冷たい視線を向けるアディシェス。
「まあいい……目的は果たした。引き上げるぞ、ケムダー」
「……わかった。従おう」
 ふらふらと立ちあがりながら、ケムダーはアディシェスにつき従う。
「く……待て! 貴様ら……」
 体の痛みと周囲を覆う闇の息苦しさに悶えながらも、ラフェールは黒装束の二人に果敢に叫んだ。
 それにアディシェスは表情のない声で、ケムダーは高揚した声で答える。
「『隠された知識』の男。今はまだその時ではない。時が来れば我々と再び会うだろう」
「ふふ……今回は水入りとなったが……次に会うときはぜひとも決着をつけたいものだ。また会える日を楽しみにしているぞ、ラフェール!」
 ふいに辺りの闇が、黒衣の男二人を中心に、まるでつむじ風のように集まっていく。
 やがて、二人は闇に包まれ見えなくなり――そのまま闇の塊は徐々に小さくなり、跡形もなく消え去った。
「……なんなんだ、奴らは……」
 湧き上がる疲労感に体を囚われながら、ラフェールはそう呟いた。





「……アディシェス、これがそうなのか」
 どことも知れない闇の中。二人の黒ローブの男が、つい先ほど図書館から持ち出した“書物”について話していた。
「そうだ。この本に我らの悲願に至るための道程が記されている。……“神”に至る道が」
「ふうん……ま、私としては、そこはどうでもいいのだがね。それまでせいぜい“闇のゲーム”楽しませてもらおう!」
「……まあいい。おそらく、これからは貴様好みの展開になるだろうからな」
「ふふ、それは楽しみだ! 願わくばラフェール、彼ともう一度戦いたいものだな!」
 深い深い闇の中、抑揚のない声と高揚した声、二つの声が奇妙な不協和音を奏でていた。





エピソード3:軋みの始まり



「そうか……『ヴォイニッチ草稿』は手に入れられなかったか……」
「はい……気がつけば、図書館のどこにもなかったようです。おそらく、先ほど話した黒ローブの二人組が持ち去ったのではないかと……」
『隠された知識』の本部に戻ったラフェールは先の任務の報告を行っていた。
「……『クリフォト』……『アディシェス』……『ケムダー』……『キムラヌート』か。……わかった。ご苦労だったね、ラフェール。次の任務までゆっくり休んでくれ」
「……了承しました」
 軽く一礼して、ラフェールは部屋から出ていった。
「……確か……、3年前の“あの”事件にも『キムラヌート』の名前が出てきていたな。……ちょっと、確認してみるか」
 椅子から立ち上がり、マリク・イシュタールは自分の仕事部屋を後にした。


 かつて、グールズというカード犯罪組織の総帥だったマリク・イシュタール。
 現在は司法取引の末、I2社が設立した神秘科学体系に関する研究、事件に対処するための組織『隠された知識』
――hidden intelligence――通称『ダアト』に所属し、罪の清算のために働いている。
 マリクはその中でも、幹部的な役職に就かされていた。
 下手に下っ端にするよりは、監視しやすい、というのが主な理由だろう。事実、幹部の中でもマリクの地位は一番低い。
「……失礼するよ」
 資料室に入るマリク。と、同時に部屋の中から一人、青年が出てきた。
「あ、どうもマリクさん。なにかご用で? ヘルガさんから頼まれてる仕事の続きですか?」
「ああ、そんなところだよ、セスタ。ここ、使っても大丈夫かな?」
「ええ、大丈夫だと思いますよ。あ、でもモニター1つ、珍札さんが使っていますが……」
「それなら問題ないな」
「そうですか、ではこれで」
 軽く挨拶して、職員の一人――セスタは去っていった。
「さて、っと……」
 セスタを軽く見送り、マリクは資料室の中に入っていった。




 私の名はレアハンター。
 リアルダイ・グレファーに遭遇して気絶した男である。
 いや、マジ怖いから。「言うほど大したことねーってwwwwww」とか言う奴は、グレファーのホントの恐ろしさを知らぬから、そんな事が言えるのだ。
 きっと、あれが有名な『ジャパニーズ・アベサン』と言うヤツだ。ヒィィ!
 はてさて、今私は『隠された知識』――略称『ダアト』の資料室で、とあるデュエルの試合を録画したDVDを観ている。
 しかしそれには、通常の試合映像と違い、特殊な計器の観測結果が別ブラウザにグラフという形で写されていた。
 試合の進行試合によって棒が上下して折れ線グラフを形成している。

***************************


『《レジェンド・デビル》で《暗黒界の狂王ブロン》を攻撃! 撃破!』

ヘルガ:LP3100 → LP2700

『ブロンの破壊をトリガーに罠カード発動。《ヘル・ブラスト》だ。これでお前のフィールド上の《レクンガ》は破壊される』

《ヘル・ブラスト》通常罠
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターが破壊され
墓地に送られた時に発動する事ができる。
フィールド上の攻撃力が一番低い表側表示モンスター1体を破壊し、
お互いにその攻撃力の半分のダメージを受ける。

ヘルガ:LP3400 → LP2550
マリク:LP2900 → LP2050

『追撃は出来ませんね……。ターン終了です』


ヘルガ:LP2550
モンスター:なし
魔法・罠:なし
手札:3枚
マリク:LP2050
モンスター:《レジェンド・デビル》(功2200)
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:2枚

 試合を行っている二人、一人は我らがマリク様。
 対するのは『ダアト』の幹部の一人、『死を越える魔女』の異名を持つヘルガ・C・エリゴール女史。
 この試合は彼女が所有する、とあるカードについての実験が目的なのだ。
『オレのターンだな。ドロー』
 おっと、確かこのターンだったかな。彼女があのカードを出すのは。
『手札抹殺を発動。お互いに手札をすべて捨て、同じ枚数分ドローする』

《手札抹殺》 通常魔法
お互いの手札をすべて捨て、それぞれ自分のデッキから捨てた枚数分のドローをする。

『この効果により、暗黒界の尖兵ページ2体が手札から墓地に捨てられた……よって、自身の効果によりオレのフィールドに帰還する』

《暗黒界の尖兵 ページ》
闇/☆4/悪魔族・効果 ATK1600 DEF1300
このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に捨てられた場合、
このカードを自分フィールド上に特殊召喚する。

 ヘルガ女史のフィールド上に、槍を構えた悪魔兵が2体出現した。
 彼女の使用する暗黒界デッキは、その展開力が持ち味だからな。
 そのまま、数で押し切るもよし……さらなる上級モンスターを呼び出す布石にもなる。
『さらに手札から、《暗黒界の策士グリン》を通常召喚しよう』

《暗黒界の策士 グリン》
闇/☆2/悪魔族・効果 ATK300 DEF500
このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に捨てられた場合、
フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。

 続けて、緑のマントを身に付けた細身の悪魔が現れた。
 場に3体の悪魔族モンスター……この意味がわかるかな?
『いくぞ、マリク。場の三体の悪魔族モンスターを生け贄に……《幻魔皇ラビエル》、特殊召喚!』

《幻魔皇ラビエル》
闇/☆10/悪魔族・効果 ATK4000 DEF4000
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上に存在する悪魔族モンスター3枚を
生け贄に捧げた場合のみ特殊召喚することができる。
相手がモンスターを召喚する度に、自分フィールド上に
「幻魔トークン」(悪魔族・闇・星1・功/守1000)を1体特殊召喚する。
このトークンは攻撃宣言を行う事はできない。
1ターンに1度だけ、自分フィールド上のモンスター1体を
生け贄に捧げることで、このターンのエンドフェイズ時まで
このカードの攻撃力は生け贄に捧げたモンスターの元々の攻撃力分アップする。

 来た。ヘルガ女史が現在所有している、三幻魔の一体――《幻魔皇ラビエル》。
 見た目は、神のカードの一枚――《オベリスクの巨神兵》に似た、蒼い体の巨人である。
 だが、「魔」というだけあって、ラビエルの方が若干凶悪そうな外見だな。
 ちなみにこれ、オリジナルではない。今から3年前の、とある事件で作られたコピーカードである。
 本物の三幻魔は確かどっかの孤島に安置されているはずだ。
『幻魔皇ラビエルで、レジェンド・デビルを攻撃!』
 ラビエルがその巨大な拳を振るい、レジェンド・デビルを殴りつける。
『ぐわ……!』

マリク:LP2050 → LP250


***************************

 画面内のマリク様が、明らかにソリッドビジョンだけではない、本当のダメージを受けたようによろけた。
 ふと、グラフに目をやるとラビエルが召喚されてから攻撃する際にかけて、その表示が激しく上下に揺れていた。
 と、ここで私は一端DVD再生を停止させた。
 手元のマウスを操作し、別の実験試合での観測データとの比較を始める。
「えーと……グラフの相違点は……」
「お疲れ様、珍札」
「ひい! マ、マリク様……」
 後ろからマリク様本人にいきなり声をかけられ、思わず変な声が出てしまった。
 いかん、ここはクールに、KOOLになるんだ。
「ああ、あの時の実験試合のやつか……どうだい? 進んでいるかい」
「正直なところ、あまり……。やはり、アムナエル氏がどこぞに去ってしまったのは痛いです。オリジナル三幻魔の研究は、彼に頼っていたところが大きいですから」
「そうか……」
 オリジナル三幻魔の研究を主に担当していたのは、アムナエルという名の自称錬金術師だった。
 だが、彼は研究がひと段落したころに、すでに行方を眩ましていたと聞いている。
 しかし、仮にも元犯罪者の私たちを働かせている組織から抜け出すやつを作ってしまうとは、この『隠された知識』(笑)のセキュリティは大丈夫なのだろうか。
「ヘルガさんも錬金術はそんなに詳しくないと言っていたからね。まあ、アムナエルの研究資料が残っていたし、そのおかげで彼女も異変に気がついたようだけど」
 そう、元々この実験試合を申請したのはヘルガ女史だ。
 アムナエルの研究資料と照らし合わせた結果、コピー三幻魔とオリジナル三幻魔には、何か決定的な違いがあるらしい。
 本人も感覚的なことでハッキリ説明がつかないから、こうやって実験試合を通して調べているのだ。
「それに、デュエルエナジー……デュエルの際に発生する極めて特殊な“力”……それを観測する機械まで開発できたのは、大きな助けだね。きちんと数値化できるのとできないのでは、結果のまとめやすさが段違いだから」
 と言いながら、マリク様はモニターに表示されている折れ線グラフに目をやった。
 ……私もこうやって“デュエルエナジー”の観測データを扱っているわけだが、その全貌はよくわからない。というか、この機械を開発したチームでも未だによくわかってないらしい。
 元はドイツの――えーと、ツバイン博士? とやらが発表した理論に基づくとかなんとかだった気がするが……。
「おっと、邪魔したね……。じゃ、僕も調べ物があるから」
「いえ、めっそうもありません。ヒィィ!」
 と、傍目に見ても実に和やかな会話を交わしていたところに、珍客が現れた。
「た、大変です! マリクさん!」
ドアを蹴破るようにして、職員の一人、セスタが資料室に慌てて入ってきた。
「ど、どうしたんだい、セスタ?」
「はあ……はあ……リ、リシドさんが……!!」
 その言葉を聞いた瞬間、マリク様は血相を変えてドアの方に駆け出した。



「リシド!」
 大きな声を張り上げ、マリクはガラス張りの部屋にいるリシドに呼びかける。
 だが、口元に呼吸器を、腕から点滴のチューブを差し込まれたリシドは、その呼びかけに応えることなく、静かに横たわっていた。
「リシドさんが持っていた緊急連絡用の小型チップから通信が入って、救出要員が駆けつけた時には、もうこの状態だったそうです」
 リシドが搬送された病院(『ダアト』の息のかかった場所であり、融通がきく)にマリクに同行したセスタが、連絡事項を報告する。
 しかし、マリクには落ち着いてそれを聞いていられるだけの余裕はなかった。
「リシドはなぜ目覚めない? いったいなにがあったというんだ!?」
「そ、それは……」
 強い語気でセスタを問い詰めるマリク。その様子に、セスタはただうろたえることしかできない。
「目立った外傷はない……それで目覚めない……これでは……まるで……!!」
「“闇のゲーム”における“罰ゲーム”の症例に酷似している……かね?」
 低く地を這う蛇のような声に驚き、マリクとセスタは思わず声のする方に顔を向ける。
 声の主は、黒い外套を羽織った壮年の男だった。
 皺の刻まれた堀の深い顔、鋭い三白眼と特徴的な鉤鼻が、威圧的な雰囲気を醸し出している。
「マリク……仮にも幹部の一人である君が、取り乱し、騒ぎ立てるのは関心せんな? ましてここは病院……静かに、心を落ち着かせることだ」
 正直なところ、自分の大切な身内が倒れ冷静でいることは難しいマリク。
 もっと言ってしまえば、目の前の鉤鼻の男に食ってかかりたい衝動に囚われた。
 だが、そんなことをしても事態が好転するわけではない。
 マリクは一つ深呼吸をし、努めて冷静に鉤鼻の男に応えた。
「……はい、申し訳ありませんでした。ヘイシーン」
 鉤鼻の男、『隠された知識』の幹部の一人 ―― ヘイシーン・ラ・メフォラシュはそれを聞くと、満足げに小さく頷いた。
「よろしい。さて、マリク。リシドの症例の検証に移るぞ。ぐずぐずしている暇はない。……“闇のゲーム”に加担したことのある、君なりの意見を聞こう」
「……分かりました」




 数時間後。
 マリクは『隠された知識』の本部、その自分のオフィスに戻っていた。心身共に疲労し、ぐったりと椅子にもたれかかり、額に手を当てる。
『リシドが昏睡状態に陥った原因は“闇のゲーム”による可能性大』との結果は、魔術、呪術に通ずるヘイシーン、“闇のゲーム”を執り行ったことのあるマリク両者の共通見解だった。
 かといってマリクには事態を好転させるだけの力はなかった。
 かつてマリクが特別な力を得ていたのは、今はこの世にない千年アイテムの一つ――千年ロッドによるところが大きい。
 マリクにとって何重にも忌まわしい力だったが、リシドを襲った闇の力――それを祓える可能性の一つだったと思えてしまうのも皮肉なものだった。
 しかし、ないものねだりをしても仕方がない。ヘイシーンも“闇のゲーム”による呪いを解くことは難しい、一番可能性があるのは、このゲームを執り行った術者を倒すことだろう、との結論をだした。
 無論、マリクもそれは見当がついた。“闇のゲーム”の解消にはそれが一番の近道だとマリク自身、かつてゲームを執り行ったものとして、十分考えられることだった。
「(問題はその術者が誰で……どこにいるかだが……)」
 加えて、もう一つ疑問があった。何故、リシドは“闇のゲーム”によって襲われたのか? ということである。
 可能性の一つとして、リシドが所有するコピー幻魔――《神炎皇ウリア》を狙った、とも考えた。
 確かに“闇のゲーム”による拘束力、ゲーム終了時の“罰ゲーム”の絶対性を考えるなら、単純に暴力に頼るよりも確実に奪えるかもしれない。
 しかしながら、リシドが所有していたウリアは奪われることなく、健在だった。この可能性は低いとも思える。
「(そもそも、コピー幻魔のことは、『ダアト』の中でも全員が知っている訳ではない……。コピー幻魔のことは関係ないのか? ……そう言えば“闇のゲーム”には儀式的な側面もあるはずだが……)」
 関係あるかどうかも分からない考えが、マリクの頭の中で浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。
「……だめだ。まったく考えが纏まらない……」
 自分の大切な家族が倒されたという事実が、マリクの思考を知らず知らずのうちに焦燥へと追い立てる。それをマリク自身分かっているのだが、その思いを鎮められずにいた。
 まともに機能しない自分の頭脳に苛立ちを感じながらも何もできず、只椅子に座っていたところ、デスクに設置されたパソコンの画面に、マリク宛ての連絡メッセージが届いていることに気がついた。
「……なんだ? ……『イシズ・イシュタールより通常回線で連絡あり』……姉さんから……連絡か……」
 そういえば、イシズにリシドが倒れたことに関して連絡を入れていなかった、とマリクは今更ながら気づいた。
 とはいえ、『ダアト』のエジプト支部で“協力者”として働いているイシズにも、たぶん別口で報告は入っているとは思うのだが。
 とにかく、連絡を入れようと電話の子機を手に取る。
「マリクです。通常回線……USO800番で、エジプト支部に繋いでください」



――この『隠された知識』での、一連の事件が起こる数日前、日本の童実野町にて――



 朝早くから、獏良了は手紙を書いていた。今は亡き妹――獏良天音に向けて。
 彼女は交通事故に巻き込まれて死んだ。タンクローリーとバスの衝突事故。
 ガソリンに引火し、大爆発が起こった、酷く被害の大きな事故だった。
 そのせいか、犠牲者のほとんどは、遺体すらまともに残らなかった。それは、天音にもあてはまった。
 だからだろうか、獏良には未だに天音がこの世にいないという実感が今一つ欠けていた。
 自分のあずかり知らぬどこかで、妹は生きているのではないか。
 そんな思いが、彼に妹への語りかけを続けさせていた。
「……ふう。さて、そろそろ出ないと、遅れるかな……」
 部屋の隅に置かれたバックを抱え、立ち上がる。
 そして獏良は、勤め先である童実野美術館に向かったのだった。



 大学在学中に学芸員の資格を取った獏良は、現在童実野町美術館の職員の一人になっていた。
 倍率はかなり高かったが、何とか滑り込めたのである。……自分の父親が美術館の責任者だったため、コネの側面もあったかもしれないが。
 ともかく彼は、ここで新社会人として忙しい日々を送っていた。
「(本田くんや城之内くんとも、ほとんど会えなくなっちゃったもんなあ……)」
「おーい、獏良くん! 先方、そろそろ着くころだと連絡が入ったからな。資料をまとめて、準備していてくれよ?」
「はい! わかりました」
 昔を懐かしんでいた獏良に、冷や水が浴びせられる。
 獏良は、机の上に積まれていた資料をファイルに挟みこみ、他の作業を進めるために席をたった。



 現在童実野町美術館では、以前開かれた際に好評を博した「古代エジプト展」を再び開こうと準備が進められている。
 その際、デュエルモンスターズの生みの親、ペガサス・J・クロフォードが古代エジプトの石板からインスピレーションを得て、そのゲームが生み出された、という逸話を元に「デュエルモンスターズ」のイベントも合わせて行おう、という計画が進んでいるのだ。
 獏良もその下準備に追われており、I2社との連絡役を任されていた。
 そして今日はI2社側から出向してくる社員との打ち合わせ初日であった。
「えーと……今回必要なのは……っと……」
 資料室から必要なものを取り出して、打ち合わせのための談話室に向かう。
 その途中、上司から呼び止められた。
「ああ、獏良くん。ちょうど先方が到着した。荷物を置いたら、君も一緒に挨拶にいこう」
「はい」
 なかなかバタバタするなあ、と軽く溜息をつく獏良。
 残りの準備を終わらせて、美術館の入り口に急いだ。
「いやいや、このたびははるばると……」
 入口に着くと、すでに上司とI2社社員と思われる男性が挨拶を交わしていた。
 上司が獏良に気付くと、そっと早くこちらに来るように促した。
「すみません……。どうも、獏良了と申します」
 お辞儀をし、改めてその男性と対峙する。
 背は高く、痩せ形の体系のその人は、どことなく渋い雰囲気を醸し出していた。
 少し長い髪は自然に、それでいて不潔な感じがしない程度にまとめられている。
 細められた目と合わせ、どこか物憂げな印象を与える容姿をしていた。
 緊張する獏良に、男は名刺を取り出し、軽く微笑みながら挨拶をした。
「I2社より出向して参りました、笹来九郎と申します。どうぞ、よろしくお願いします」






エピソード4:闇に響くその声は


「よーし、それじゃあボクは……墓地の悪魔族モンスター3体をゲームから除外して《ダーク・ネクロフィア》特殊召喚!」

《ダーク・ネクロフィア》
闇/☆8/悪魔族・効果 ATK2200 DEF2800
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地に存在する悪魔族モンスター3体を
ゲームから除外した場合に特殊召喚する事ができる。
このカードが相手によって破壊され墓地へ送られた場合、
そのターンのエンドフェイズ時に装備カード扱いとして
相手モンスター1体に装備する。
この効果で装備カード扱いになっている場合のみ、
装備モンスターのコントロールを得る。

「待った。特殊召喚に対応し、手札を1枚捨て……《ドラゴン・アイス》を守備表示で特殊召喚する」

《ドラゴン・アイス》
水/☆5/ドラゴン族・効果 ATK1800 DEF2200
相手がモンスターの特殊召喚に成功した時、
自分の手札を1枚捨てる事で、このカードを手札または墓地から特殊召喚する。
「ドラゴン・アイス」はフィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。

「守備力2200……ネクロフィアでは倒せないな……しょうがない、ターンエンドです」


獏良:LP3700
モンスター:《ダーク・ネクロフィア》(功2200)
魔法・罠:なし
手札:3枚
九郎:LP300
モンスター:《ドラゴン・アイス》(守2200)
魔法・罠:《カードトレーダー》、伏せカード1枚
手札:2枚


 とある休日。獏良了と笹来九郎はデュエルに興じていた。
 仕事帰りの酒の席で、二人に共通の趣味があったことが発覚し、親交を持つようになったのだ。
「それでは、私のターンだね。ドロー……よし、《ドラゴン・アイス》を生け贄にして、《グラビ・クラッシュドラゴン》を召喚する!」

《グラビ・クラッシュドラゴン》
闇/☆6/ドラゴン族・効果 ATK2400 DEF1200
自分フィールド上に存在する表側表示の永続魔法カード1枚を墓地に送る。
相手フィールド上のモンスター1体を破壊する。

 九郎の愛用カードの1枚。筋骨隆々の巨体を揺らし、黒の巨竜、グラビ・クラッシュドラゴンが現れた。
「それでは、《カードトレーダー》をコストに《グラビ・クラッシュドラゴン》の効果発動!  ネクロフィアを破壊する!」
「……!」
 グラビ・クラッシュドラゴンが拳を振るい、ダーク・ネクロフィアを砕いた。
「続けて、バトルフェイズに突入。《グラビ・クラッシュドラゴン》でダイレクトアタック」

獏良:LP3700 → LP1300

「く……一気にライフが……!(でも、ネクロフィアには憑依効果がある! エンドフェイズに《グラビ・クラッシュドラゴン》へ装備させて、コントロールを奪えば……)」
「メインフェイズ2で伏せカード、《転生の予言》を発動。君の墓地のネクロフィアと私の墓地の龍脈をデッキに戻そう。これでターンエンド」

《転生の予言》 通常罠
墓地に存在するカードを2枚選択し、持ち主のデッキに加えてシャッフルする。

「……うわお……ネクロフィアの効果を封じられちゃったか……」 
 《転生の予言》の効果により、墓地のネクロフィアがデッキに戻されてしまい、頼みの憑依効果は使えなくなってしまった獏良。
 苦笑いを浮かべながら、カードを引く。
「えーと……ボクのターン、ドロー。……モンスターを守備で出して……カードを1枚伏せます。これでターン終了です」


獏良:LP1300
モンスター:守備モンスター1体
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:2枚
九郎:LP300
モンスター:《グラビ・クラッシュドラゴン》(功2400)
魔法・罠:なし
手札:2枚


「では、私のターンだね。ドロー。うーん、そうだな……よし、《仮面竜》を召喚し、バトルフェイズに移行する。まずは守備モンスターを《グラビ・クラッシュドラゴン》で攻撃!」
「うわ」
 獏良の守備モンスターは《地縛霊(アース・バウンド・スピリット)》。守備力2000を持つ硬い守りのモンスターだが、攻撃力2400の上級ドラゴンの攻撃を受け切ることはかなわず、その丸太のごとき太い腕に押しつぶされた。

地縛霊(アース・バウンド・スピリット)
地/☆4/悪魔族 ATK500 DEF2000
闘いに敗れた兵士たちの魂が一つになった怨霊。
この地に足を踏み入れた者を地中に引きずり込もうとする。

「そして、……《仮面竜》で直接攻撃!」
「うわ」
 守備モンスターを倒され、獏良のフィールドに残されたのは1枚の伏せカードのみ。
 《仮面竜》の攻撃力は1400ポイント。これが直撃すれば獏良のライフは0となる。
 当然、伏せカードで迎撃……することなく、《仮面竜》の吐いた炎が獏良を直撃した。

獏良:LP1300 → LP0

「うわー、負けちゃったか……強いですね。流石、I2社社員」
「はは、ありがとう。……その伏せカード、怪しいなとは思ったんだけど、攻め時だと思ったからね。一気に行かせてもらったよ」
「伏せたのは《地縛霊の誘い》……。ま、ブラフです。通じなかったけど」

《地縛霊の誘い》 通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手モンスターの攻撃対象はこのカードのコントローラーが選択する。

「いや、獏良くんも中々やるよ。私もライフを一気に300まで削られた時にはヒヤリとしたしね。返しのターンで反撃できてなかったら押し切られていたよ」
 そういって、カードを片付け出す九郎。続けて獏良もカードを手元に集める。
 二人はデッキをそれぞれの鞄にしまいこむと、デュエルスペースを後にして店内のびっちりと商品の陳列された棚に向かった。
「しかし、この店はいいですねえ……。ちょっと古めのTRPGとかも置いてあって……」
「すごいだろう? ちょっとした掘り出し物もある老舗の店だよ。尤も、私が通っていた頃よりもカードゲームの方に力が入っているけどね」
 流石デュエルモンスターズ、といって獏良は笑った。



 酒の席で発覚した二人の共通の趣味、一つはデュエルモンスターズ、もう一つはTRPGだった。
 その話が出た時、九郎は出身の地である童実野町の隣町、そこのとあるゲーム屋に行くことを提案した。
 そこはTRPGをいち早く取り扱った店で、今でも方針が変わっていなければ、結構な品ぞろえがある、と話すと獏良はそれに迷いなく食いついたのだ。
 はたしてそこに行ってみると、九郎がかつて通っていたころと変わらず、その店はあった。
 揃えられた品物は、様々なジャンルのTRPGはもちろんのこと、最新のTVゲームからレトロなボードゲームまであり、少々カオスな事になっているのも、相変わらずであった。
 世界的に有名になったデュエルモンスターズはここでも有力な商品なのか、それなりの販売スペースが設けられ、デュエルスペースも造られていたりと、若干の違いはあったが。
「(それでも、雰囲気はあの頃と一緒だ……十護と……尚樹と一緒に通っていた頃と……)」
「? 九郎さん……どうかしたんですか?」
 目を細め、どこか遠くを見ているような九郎の様子に、獏良は怪訝な顔をする。
「いや……ここは、昔よく通っていた場所だからね。ちょっと昔を思い出していたのさ」
「へえ……思い出の店なんですね。あっ、あれは『MTG』の第1版! もう絶版になってたと思ってたのに!」
 中々見つからない、レア物TRPGのキットを見つけ目を輝かせる獏良。あの頃の自分も、あんな顔をしていたのかな、と九郎は薄く笑いながらその様子を見ていた。



「いやー大漁、大漁! ありがとうございます、いいお店、教えてもらって!」
「ああ……しかし……少し買いすぎじゃないか?」
 日が沈みかけの夕方、帰路に着いた九郎は獏良の買い物量に若干引きながら聞いた。
 持ち帰ることがかなわず、店に頼んで後ほど宅急便で送ってもらうほど獏良はいろんな物を買い込んだのだ。店側としてはウハウハだろう。
「いいんですよ……めったにお金使うことないし……それに、レア物があったなら買わずに後悔するより、買って後悔するべきなんです!」
「そ、そうか」
 意外に好きなモノには金に糸目をつけないタイプなのかな、と九郎は思った。
「ま、私もこれてよかったよ……もう来ることは、ないと思ってたしね」
「あ……そうか。九郎さん、短期の出張でこっちにきてるんでしたよね。エジプト展のことが終わったら、アメリカに戻るんでしたっけ」
「ん……まあ、それもあるんだけどね」
 少しだけ目を伏せて言う九郎。物理的な距離の問題だけでなく、色々あった九郎の過去、心理的な問題でもこの思い出の地に来るのは、少しためらわれたのだ。
 だが、思ったよりも大きな動揺はなかった。何らかのケジメは、すでに九郎の心の中で付いていたのだろう。
 その一因は、きっと彼女のおかげだ。――道をたがえた、弟の、忘れ形見の。
「さて……、じゃあここで別れよう。ここからバスに乗った方が、私の寮には近いから」
「そーですか。それじゃあ、ここで。また明日から、仕事頑張りましょう!」
「ああ、それじゃあ、また明日」
 軽く手を振り、獏良と九郎はそれぞれの帰路に着いた。



「いやーしかし、これはいい店を教えてもらっちゃったなー。また暇が出来たら行こうかな……」
 レア物を手に入れ、満足気な表情を浮かべ駅に向かう獏良。ふう、と溜息が思わずもれる。今日はだめだったけど、もし都合が合えば、本田くんや城之内くんを誘ってみよう。そう思いながら歩いていると、わりと早く駅に着いた。
 童実野町行きの電車までは、時間が結構余っていた。
「どーしよっかな……。せっかくだし、軽く何か食べて時間を潰そうか……」
 適当な飲食店を探し、キョロキョロと辺りを見渡す獏良。
 その視界の中に。
 輝きを湛えた、銀髪を見つけた。
「え……」
 最初は、特に感想は抱かなかった。
 やけに目立つな、と少し思ったくらい。
 その銀髪の持ち主が、こちらを見ている。
 頬笑みを携えて、こちらを見ている。
「あの娘……」
 次に抱いた感想は、どこかで見た顔だな、というもの。
 それは、そのはずだったのだ。
 それは、どこか自分に似ていて。
 それは、どこか、もういるはずのない彼女に似ていて。
「まさか……」
 その彼女が、急に踵を返した。
 そして、獏良とは逆方向に歩を進める。
 そのまま、雑踏に紛れてしまいそうになる。
「! ま、待って!」
 獏良は、瞬時に彼女の後を追った。
――もしかしたら。
 その思いに、突き動かされて。


「!っと。すみません!」
 人ごみにぶつかりながら、銀髪の彼女を追う獏良。
 幸い彼女は、銀髪に漆黒のドレスと結構目立つ格好だったため、そう見失う事はなかった。
 駅からは結構離れた。人通りも少なくなってきた。これなら追いつけ――
「! っと、うわ!」
 誰かの足に引っ掛けたのか、獏良は転んでしまった。
「いてて……すみません。急いでいたもので……」
 振り返り、足を引っ掛けてしまったであろう人に軽く謝り、再び目線を前に向ける。
 と、彼女がいない。
「! あれ、どこに?」
 しばし辺りを見渡すと、公園の端に彼女の後ろ姿を見つけた。
 いつの間にか、随分と先に進んでいる様だ。
「ま、待って!」
 獏良は、走って彼女を再び追いかけ始めた。



「はあ……はあ……」
 彼女の背中がだいぶ大きく見えてきた頃。
 日はほとんど沈み、辺りには暗がりが広がりはじめていた。人気のない公園のはずれに来たためか、何だか人寂しく、冷気すら漂ってくるようだ。
 だが、獏良にはそんな気配は些細なことだった。走り続けたせいで、体温は上昇している。疲労を荒い息で吐き出しながら、彼女に追いすがる。
――もしかしたら。
 その思いは、彼女を追いかけているうちにどんどん大きくなっていた。もはや、それを馬鹿げた考えだ、などと顧みる思考は、獏良の中から消えていた。
 なぜだか、確信めいた思いだけが、獏良の心を支配していた。
「! っと」
 不意に、彼女が立ち止まる。
 そして、獏良の方に、向き直った。
「……はあ……はあ……ふう……」
 獏良も立ち止まり、銀髪の彼女と対峙する。
 辺りの暗がりにとけるような、漆黒のドレス。辺りの暗がりに鋭さを添える、流れる銀髪。
 その持ち主である彼女は、こちらを見て、淡く微笑んでいる。
 獏良は、その顔を知っている。
 それは、自分に近しい人で。
 もう、会えないと思っていた人のもの。
 その確信を持ちながらも、あえて。
 息も絶え絶えに、喘ぎながら、彼は彼女に呼び掛けた。
「……君、は?」
 彼女は微笑みながら、その問いに答えた。
「“あまね”―― 獏良 天音よ」
 闇に響くその声は、さながら神託のようだった。





エピソード5:滲む想い


 バスで帰路に着いた九郎は、童実野町のはずれにあるアパートに向かっていた。
 I2社の用意してくれた社宅である。
 バス停から寮までの道すがら、九郎は携帯電話を手に語りかけていた。
「どうだ、そっちは変わりないか…………はは、そうか……うん、こっちは大丈夫だ…………ああ、後2週間だな……ああ、お土産楽しみにしておいてくれ……ん、じゃあな、ミオ」
 会話を終え、携帯電話を懐にしまう九郎。そこに、不意に声を掛けられた。
「よう、九郎。同じ職場の美青年とのデートの後は、美少女にラブコールか? 妬けるねえ」
「何をいってるんだ、ヘルガ」
 I2社お抱えの組織『隠された知識』のエージェントである、ヘルガ・C・エリゴールが笑みを浮かべながら寮の入り口に立っていた。
 無造作に伸ばされた長い赤髪が、建物の内から洩れる光に照らされ、炎めいた揺らめきを見せる。
「そちらは今日も仕事だったようだな……お疲れ様」
 彼女は、2年前の事件によりその身に《降雷皇ハモン》という強大な精霊を宿すことになった九郎を、その魔道の知識においてサポートしてくれている。
 九郎と共に日本に赴いたのも、九郎の監視、という名目が強いと聞いている。とはいえ、それ以外にも仕事があるらしく、ヘルガは今日もどこかに出かけていた。
「ん〜、そう思ってくれるなら……一つ労ってくれないか?」
「…………?」
 どうすれば? と思いしばし無言でいる九郎。
 と、ヘルガは若干苦笑しながら言葉を続ける。
「いや、なんか今日は飲みたい気分でな。どこか、酒の飲めるとこはないかな、と……」
 なるほど、と思い九郎はとある一軒の店を思い浮かべた。
「それなら、心当たりがある。気に入るかどうかは分からないが……どうだろう?」
「お、そうか。では、御厄介になろう」
 二人はネオンの付き始めた夜の街に向かい歩き始めた。



「ほお……なかなか、趣のある店じゃないか」
「こっちに来てしばらくしてから偶然見つけたんだ。カクテル系も結構充実しているぞ」
 シックな内装、ジャズのBGMの似合うバー『メメント・モリ』。
 この店の雰囲気が気に入った九郎は、時々ここに足を運んでいた。
 いつもは一人だったが、今回は目を引く美女を連れ立っての来店。他の客が、例外なくヘルガを一瞥する。
 二人は、隣り合いカウンターに座る。口髭を湛えた初老の男性――この店のバーテンダーが、2人の元に注文を取りに来る。
「いらっしゃい。ご注文は……」
「そうだな……。では、スタンダードに……マティーニを貰えるか?」
「いきなりカクテルの王様か……私はいつものを」
「かしこまりました」
 無口らしいバーテンダーは、必要最低限の会話の後、早速ミキシンググラスを手に取りカクテルの生成に取り掛かった。
「……もしかして、バーテンダーが無口な所も気に入ってるんじゃないか?」
「ん……まあ、そうかな」
「やはりね。あまり煩そうなのは、あんた嫌いそうだからな」
 何気ない会話を交わしているうちに、カクテルが出来上がったようだ。バーテンダーがグラスを2人の前に並べる。
「おまたせしました。では、ごゆっくり……」
 ヘルガが白の酒が注がれたグラスをとる。
「ん……いいね。オリーブの香りも、決して殺されていない。それじゃあ、クロウ。乾杯といこうか」
「ああ」
 クロウも遅れて、グラスをとる。
「では、乾杯だ」
 キン、と響く音を鳴らし、二つの杯がキスを交わした。



「しかし、こうやって二人して酒を飲む機会って、そうそうなかったな」
「ああ……そういえばそうだな」
 静かな宴のなか、2人は何気ない会話を摘みに酒を飲みほしてゆく。
「ま、クロウは子持ちだし、なおのことか……ってそういえば、ミオちゃんはいいのか? ほったらかしで出張してしまって……」
「そう言われると耳が痛いが……もともと、2か月の短期出張だ。ハウスキーパーのマーサさんも信用できる人だし、ここは任せておくことにしたんだ」
「ふうん……ミオちゃんは、ゴネたりしなかったのか?」
「そこまで露骨にダダをこねたりはしなかったけど……あまり、いい顔をしなかったよ……そういえば……」
 出張を告げた時のミオとの会話を九郎は思い出す。


● ● ● ● ●


「出張?」
「ああ、二か月だけだが、日本の支社に行くことになった。すまないが、その間留守番を頼みたい」
「ふうん……お仕事、忙しいんだね……」
 ミオの声のトーンは沈んでいる。明らかに残念そうだ。
「悪いな、ミオ」
「いいよ……でも、九郎。あまり無理はしないでね」
「大丈夫さ。いざというときのために、ヘルガさんもバックアップに来てくれるそうだ」
「…………」
「? ミオ、どうした?」
「ヘルガさんと二人で、日本に行くの?」
「ん? ああ、そうなるな」
「……二人っきりで……」
「…………?」
「……九郎の、えっち」
「なんでだ」



● ● ● ● ●


「……と、謎の非難を食らった」
「おま……それは……」
 九郎の話すエピソードを苦笑しながら聞くヘルガ。
「なんだか、ものすごく機嫌を悪くしてな……。なんとか、カードの事についての話に逸らしたんだが……」
 その時プレゼントしたカードで、ミオは機嫌を少し直した。九郎も愛用しているカードで、汎用性こそ高いものの、彼女の愛用デッキとはあまり相性は良くないのだがそれでも喜んでくれた。
「九郎と、おそろいだね」と微笑みながら言うミオは愛らしかった。思い出すと自然に頬が緩む。それを見て「顔がだらしないぞ」と、ヘルガはツッコミを入れた。
「ま、引き取ってから3年……今は9歳か。かわいい盛りだろうがな。しかし、ミオちゃんには、そう思われていたのか……。まったくそういうんじゃ、ないんだけどな」
 苦笑するヘルガ。その横で九郎は顔をしかめたまま、ミオの言葉を反芻していた。
「……しかしなあ……『そういうこと』の知識を持っていたとは……クラスの中で話題が出たりするのだろうか……というか、どこまで知っているのだろう……」
「……なんだ。気になってるのはそっちか。と言うか、そんなに気になっているのに、本人からどうして知っているのかとか、どこまで知ってるのかとか、聞かなかったのか?」
「……会話の流れを逸らしてしまったから、聞き出すのは不自然だったし……それに、その…………デリケートな話題だし」
 少し拗ねたような口調。
十にも満たない少女に対して、繊細過ぎる九郎を見てヘルガは一言、こう思った。
「(へタレだ……)」
「な、なんだ、その顔は?」
 ヘルガから向けられる、生ぬるい視線に戸惑う九郎。
 その空気を跳ねのけるためか、九郎は手前のグラスを飲みほし、次の酒に挑む。
「お、いくねえ」
 それに続き、ヘルガも酒の追加注文をいれた。
 宴は、ふけていく。



「……う〜、っく」
「……大丈夫か?」
 数十分後。バーカウンターにて、頭を抱える人物が一人。
 ヘルガが、普段の颯爽とした様子からは想像も出来ないほど、弱り切った表情をさらしていた。
「いかん……そっちのペースに釣られて、少し飲みすぎたみたいだ……というか……クロウ、そんなに酒に強かったんだな……」
「昔から、あまり酔わない方でな……っと、ホントに、大丈夫か?」
「まあ……吐くことはない……と思う。多分」
 肌は朱色に染まり、目もどこか焦点が定まっていない。完全に酔ってしまっている。
「いかんな……今日は、ここまでにしよう。ほら、立てるか?」
「それくらい大丈夫……でも、ないみたいだ。すまん、手を貸してくれ……」
 ふらふらと、九郎の肩に手を回すヘルガ。足取りがおぼつかず、体勢を維持するのも難しいのか、九郎に密着し体重を預ける形になった。
 上気した肌の色に違わず、彼女の体は熱かった。酒と香水の混じった匂いが、九郎の鼻腔をくすぐる。
「……これは歩いて帰るのは難しそうだな。タクシーを呼ぼう。ヘルガ、君の泊っている場所の住所は?」
 努めて冷静に言う九郎。ヘルガは寝ぼけた様な口調でそれに応える。
「ん……と、な……」



「ほら、着いたぞ、ヘルガ」
「ん……、すまない」
 タクシーから降り、ヘルガが現在寝泊まりしているマンションの一室を目指す2人。時間をおいて酔いが回ってしまったのか、ヘルガの足取りは先ほどよりも危なかった。
 それでも、意識だけは割とはっきりしている分、送り届けるのには助かったと言える。
「2……3……4っと、ここか」
「ん……すまないな、クロウ」
 ポケットから鍵を取り出し、がちゃがちゃと鍵穴を回すヘルガ。
「……やばい、手元まで狂って来ている」
「落ち着け、ほら……」
 九郎が手を添え、鍵穴に導く。ようやく、扉が開いた。
「くそ……オレとしたことが……らしくない……つい……思い出すことがあったから……」
 ぶつぶつと独り言を漏らすヘルガ。
「ここまでくれば、大丈夫だな……って、ヘルガ」
「……う……ん……いかん、本格的に……動けん……」
 よろり、とヘルガは体勢を崩し、床にへたり込む。さらに酔いが回ってきたらしい。
「……すまないが、部屋に入らせてもらうぞ。とりあえず、ベッドまで運ぶ。ヘルガ、いいな?」
「ははは、強引だな、おい、クロウ」
「……いくぞ」
 乾いた笑いを浮かべるヘルガを抱きかかえ、九郎は部屋の中に入った。



「……水、飲むか?」
「ん、貰う」
 ベットに腰をおろし、九郎の差し出した水を飲むヘルガ。
 ヘルガの部屋は簡素なものだった。家具らしい家具もほとんどない。短期の出張だっから、あまりモノがないというのも、その印象に拍車をかけているようだ。
「じゃあ、早く寝ろよ。とりあえず……オートロックだから鍵の心配はないか」
 そういって、立ち上がり踵を返す九郎。そこにヘルガの笑い混じりの声が聞こえてきた。
「くはは……いかんな……男を、寝床に入れてしまうような真似をして……はは……いかんな……こりゃ……らしくない……」
「……おい、ヘルガ。あまりそういうことを……」
 酔いながらもからかわれているのか、と思いヘルガを見る九郎。
 彼女はすでにベットに横たわっていた。上気した頬、閉じられた目、その口には笑みの形が作られている。
「いかんな……こりゃ……はは……ヨシュアに……ミハエルに……怒られてしまう……」
「……ヘルガ?」
 そこで、九郎は気付いた。その閉じられた目に、涙が浮かんでいることに。
「ごめんな……ヨシュア……ごめんな……ミハエル…………ごめんな……」
 その呟きを最後に、ヘルガは眠りに落ちたようだ。大きな胸が、呼吸に合わせて規則正しく上下する。
「……じゃあな、ヘルガ」
 九郎は、寝付いた彼女を起こさないよう静かに部屋を後にした。



「……」
 九郎は自分のアパートに向かっていた。
 その道中、あの颯爽とした女性の思わぬ弱い面を、否応なく思い出してしまう。
「ヨシュア……ミハエル……」
 ヘルガが呟いた名前。彼らが、ヘルガとどのような関係だったのか、九郎には知る由もない。
 しかし、その呟きの中には、ある感情が込められていたように思えた。
 おそらくは、彼らは、ヘルガにとって大切な人物であること。
 そして、もう一つは……。
「後悔……いや、未練か……」
 かつて、自分が囚われていた感情。それに似た思いが、言葉から滲んでいる様な気がしたのだ。
 そもそも酒を飲むか、などと誘いをかけてきたのも普段の彼女らしからぬ提案だった。そういった想いを不意に思い出す事があり、それを紛らわせたかったのかもしれない。
「力になれるなら、なりたいが……」
 とはいえ、九郎はまったく事情を知らない。下手に踏み込むのは憚られた。
 しかし、いずれ機会はあるだろう。九郎はそう思うことにした。
「とりあえずは、目下の仕事を片付けないとな」
 明日も獏良と共に、イベントの準備がある。九郎は気を引き締めなおし、まずは明日に備えてしっかり休むことにした。



 だが、翌日獏良は仕事場に現れなかった。
 ドミノ町の隣町、九郎と別れた町の公園のはずれで、彼は昏睡状態となって発見されたのである。






エピソード6:闇の来訪者


「そうですか……特に変わった様子はなかったと……」
「ええ……むしろ元気そうでした。まさかこんなことになるとは……」
 九郎は病院に獏良の見舞いに来ていた。ちょうどそこで、医師から彼が倒れる前に会っていたことを話し、症状についての確認をとっている。
「原因は……わからないのですか」
「ええ、脳波などにも異常なし。正直お手上げです。とはいえ、最善は尽くしますが……」
「よろしくおねがいします」
 一礼し、病室を後にする九郎。そのまま、廊下を歩いていると曲がり角で誰かとぶつかった。
「うわ! っと、すまない、大丈夫か?」
「ってて……。いや、こっちこそ急いでたもんで……」
 ぶつかったのは、金髪の青年だった。その後ろから、角刈りの青年が金髪の青年をたしなめる。
「おい、走るなよ、城之内!」
「うるせー! 居てもたってもいられねえんだよ……! 病室はこっちだったな。はやくいこーぜ!」
「ああ……遊戯にも、連絡がつけばよかったんだが……」
 急いだ様子で、2人は獏良の病室に向かっていく。
「(今の青年、城之内……確か、デュエリストキングダム、バトルシティなどの大会で上位入賞していたデュエリスト……そういえば、獏良くんが友人だといっていたな……)」
「クロウ」
 不意に声を掛けられ、振り替える九郎。
 壁にもたれかかり、腕組みをしたヘルガが真剣な顔つきで九郎を呼ぶ。
「……少し話がある。ついてきてくれ」



「! 闇のゲームによる……影響!?」
 病院内にある休憩所を兼ねた喫茶店。そこのテーブルの一つを、顔をしかめる九郎に、厳しい顔つきのヘルガが陣取って言葉を交わしていた。
「ああ……あの青年、獏良了がああなったのは、何らかの超常的な力……おそらくは“闇の力”に関する影響を受けた可能性が高い」
「そんな……一体なぜ……」
「事情はわからん……ひとつ、気になる点と言えば、獏良了は『千年アイテム』の所持者だったかということぐらいか」
「千年……アイテム?」
「聞いたことはないか? I2社主催のビッグイベント……『決闘者の王国』。それから海馬コーポレーション主催の『第一回バトルシティ』……この二つに古代エジプトから伝わるという謎のオーパーツ……七つの千年アイテムが関わっていた、という話を」
「ああ、それなら聞いた事がある。確か、ペガサス会長も千年アイテムの所持者で、その力のおかげで、人の心が読めるようになったと」
「ちなみに、それは事実だ」
「……もう、驚かないよ。超常的な体験なら、3年前に嫌というほど味わっている」
 嘆息し、九郎は呟く。ヘルガはそのまま言葉を続けた。
「まあ、現在千年アイテムはこの世に存在しない事が確認されている。この件は関係あるかどうか、正直わからない。……それから、もう一つ『隠された知識』から悪い報告があった。リシドが“闇のゲーム”に敗北し、昏睡状態に陥っているらしい」
「! そんな、リシドまで……」
 知人の凶報を聞き、九郎の表情はさらに曇る。
 だがその直後、九郎はとある考えが頭をよぎった。
「……ちょっとまて。なんだか、状況が似てないか……?」
 九郎が呟く。それにヘルガは小首をかしげた。
「似ているとは……獏良と、リシドの事か?」
「ああ、なんとなくだが……2人とも“闇のゲーム”によって倒され……“千年アイテム”に関わりがある……のでは?」
「うーん……流石に考え隙の様な気もするが……獏良はともかく、リシドは“所有者”ではなかったしな。……それはそれとして、“闇”の力の使い手がこの近辺にいる可能性は高い。注意するに越したことはないだろう。特に、お前はその身に強大な精霊――“ハモン”のコピー体を有しているのだからな」
 そう言うと、ヘルガは立ち上がった。
「とにかく、オレと連絡を取りやすくはしておいてくれ、気をつけるに越したことはないからな」
 


「闇の……力か……」
 アパートに戻った九郎、簡素な机の前に座り込んだ彼の表情は重い。
 自分が関わった闇の力。自らの弟が歪んでしまった一因であり、自分が弟と道をたがえることとなった一因。
 それがまたしても、自らの前に現れた。
「逃げられない……と、いうことかな、十護……」
 自嘲気味に呟く九郎。
 ふと、パソコンの画面に目をやると、メールが届いているメッセージが表示されていた。
「? 仕事関係の……」
 マウスを操作し、メールボックスを開く。
 が、その送り主を見て、九郎は我が目を疑った。
「! バカな!」
 それは今、昏睡状態であるはずの獏良のアドレスから送られてきたメールだったのだ。
「いったい、どういう……」
 そこで、はたとヘルガの言葉を思い出す。
――『“闇”の力の使い手がこの近辺にいる可能性は高い。注意するに越したことはないだろう。特に、お前はその身に強大な精霊――“ハモン”のコピー体を有しているのだからな』
「……これは……ほぼ間違いなく、獏良くんを倒した奴からの……!」
 メールのアドレス自体はパスワードを入手すれば、誰でも観る事が出来る。
 しかし、こんなまどろっこしい手を使ってメッセージを送ってくるとなると、どうやら自分も標的になっているようだ。  目の前のチカチカと光るパソコンの液晶モニタを見ながら、九郎は一つ苦笑を洩らした。
「まったく……まるで三文小説の演出だ……」
 短く溜息を吐き出すと、九郎は――その得体のしれないメールを、開いた。



「……」
 九郎は深夜の公園に来ていた。周りに人影はない。深夜なのだから当たり前、とも思えるが、静かすぎるように九郎は思った。
 人が通るどころか、虫の羽音すら聞こえない。まるで、他の生き物が消えてしまったかのような、過剰なまでの静寂。
「お待たせいたしました、笹来九郎様」
 その静寂を破り、ねっとりとした声色の挨拶。
 その主――暗がりから、黒スーツの男が現れた。
「…………」
 九郎は睨むように、その男に視線を向ける。
「おや……あまり機嫌のよろしくないご様子……これは失れ」
「ごたくはいい」
 ピシャリ、と男の言葉を遮るように、九郎は言う。
「わざわざ、獏良くんのメールアドレスを使ってまで呼び出したんだ……私が狙いなのだろう? さっさと用件を言え」
「ふむ……了承しました。それならば、話は早い。私どもと一緒に、来ていただきます」
「……用件を言え、とはいったがな。せめて私からの質問にも答えてもらえないか?」
「それも、来ればわかりますよ。貴方が知りたがっていること、全てをね」
「そうか……、なら、とりあえずお前が知っていることだけでも聞くとしよう」
「なにを……ぐっ!?」
 突如、男が苦しみ出し、地面にへたり込む。
 それと同時に、物陰から凄味のあるハスキーボイスが響いた。
「気付かなかったろう? この公園の入り口からここに来るまでに、微細な仕掛けを施しておいた……。一種の刷り込みによる催眠術だが、効果はその通り、侮れんぞ?」
 赤毛の長髪の女性、ヘルガが蹲った黒スーツの男の前に現れる。
「ぐ……一人でいらっしゃるよう……申し上げたのに……」
「わざわざ罠と分かっていて、突っ込んでは来ない」
 九郎は低い声で言いながら、男に詰め寄る。
 そのまま男の襟元を乱暴に掴み、顔を強引に自分の方に引きよせた。
「いいか? 質問は3つだ。まず1つ、お前らは『高天原』の一員で間違いないのか、ということ。2つは何故、獏良くんを、そして俺を狙う必要があるのか、ということ。そして……もう一つは……」
 より一層低く、冷たい声で九郎は言葉を続ける。
「……メールに書いてあったこと……高天原尚樹の死……そして、笹来十護の変貌に、お前ら『高天原』が関わっているのか、ということだ」
「ぐ……ぅ……」
 襟元を閉められ、苦しげに呻く黒スーツの男。後ろからヘルガが冷静に、その中に若干懸念を含んだ声で、九郎を諭す。
「……おい、九郎。わかっているとは思うが……」
「大丈夫だ。俺は落ち着いている」
「……どこが落ち着いているんだ……」
 顔をしかめ、溜息をつくヘルガ。
 その一瞬。ヘルガが目をそらした瞬間。
「くっ……はあ!」
「!」
 黒スーツの男は手元から何かを投げた。
 それは1枚のカードだった。まっすぐに飛ぶカード――それが不意に空中でピタリ、と止まった。暗がりの中の何者かが、見事にそれを受け止めたのだ。
「あらあら……出番ですのね……《光の護封剣》!」
 カードを受け取った人物がそれを掲げた途端、九郎達の周囲に光る剣が降り注ぐ。

《光の護封剣》 通常魔法
相手フィールド上に存在するモンスターを全て表側表示にする。
このカードは発動後、相手のターンで数えて3ターンの間フィールド上に残り続ける。
このカードがフィールド上に存在する限り、
相手フィールド上に存在するモンスターは攻撃宣言をする事ができない。

「くっ! これは……!!」
「カードエフェクトの実体化だと!? いかん! 九郎!」
 光の剣に分断された九郎とヘルガ。
 慌てる二人を尻目に《光の護封剣》を放った人物――年若い女が、もう一枚カードを取り出し、九郎に向ける。
「《しびれ薬》」
「! ぐ……体が……しび……れて……!?」

《しびれ薬》 装備魔法
機械族以外のモンスターのみ装備可能。
装備モンスターは攻撃宣言をする事ができない。

 もんどりうって倒れた九郎を見て、薄く笑う女。
「さあ、早くその殿方をご案内して差し上げて……ああ、そのままではつらいでしょうから……《ゴブリンの秘薬》」

《ゴブリンの秘薬》 通常魔法
自分は600ライフポイント回復する。

 途端、淡い光が一瞬黒スーツの男を包む。
 すると、蹲りとても立てない様子だった黒スーツの男が、先ほどの様子からは考えられないほどしっかりした足取りで立ち上がった。
「ありがとうございます……この場は……頼みますよ」
 どう見ても、女の翳すカードの効果が現実に作用しているとしか思えない。
《しびれ薬》の対象の行動を制限する効果、《ゴブリンの秘薬》のライフを回復する効果――そして、《光の護封剣》の妨害効果が、ゲームの作用に留まらず、現実に侵攻してきているのだ。
「(馬鹿な……こんなことが……!!)ちぃ……!!」
 呆けている場合ではない――ヘルガは瞬時、目の前に刺さっている《光の護封剣》の立体映像ではない、現実感を伴ったそれを掴んだ。
「!」
 それは熱を伴っていた。それも尋常ではない温度。手に焼けつく痛みが走り、思わずヘルガは顔をしかめる。
「ぐぅ……このぉおお!!」
 だがヘルガは怯まない。そのまま腕に力を込め、自らを遮る光る剣を崩し倒した。
「あらあら……、魔力を込めた腕で《光の護封剣》を壊したのですか。“魔女”というよりは“格闘家”みたいな姿ですわね。しかし、【光の護封剣】は3ターンしか持たない効果……もうしばらく待てば、自然に消えましたのに……」
 ウフフ、と淑女めいた笑いを洩らしながら言う、カードを掲げた女。
 事実、先ほどヘルガが砕いた《光の護封剣》の破片は散り散りに消えて行っていた。
「……一刻を争う事態だったのでな。しかし、まんまと逃げられてしまった。やってくれる……」
 チッ、と短く舌打ちし、ヘルガは改めて、暗がりのカードを掲げた女と対峙する。
 その女が、しっかりとした足取りでヘルガに近づいてきた。
 暗がりから姿を曝したのは、妙齢の女性。
 顔を覆っていたフードをかきあげ、栗色の髪をさらりと流し、素顔をさらす。
「さて……改めてご挨拶いたしましょう。はじめまして“死を越える魔女”――Ms.ヘルガ・C・エリゴール。わたくしは『クリフォト』の7、『色欲』のツァーカムと申します」
「『クリフォト』……マリクからの報告にあった“闇”の使い手……それにその姿……《魅惑の女王》……か?」
「あら、存じていてくれていたのですね。光栄ですわ」
 カラカラと軽快に笑うツァーカム。その顔つきは、確かにデュエルモンスターズのカードイラストとよく似た――《魅惑の女王LV7》のそれだった。
「貴様……その姿はなんなんだ……精霊……とも違うようだが……」
 何とも不思議な気配がする存在。ヘルガはその女を睨みながら問いかける。
 それを聞いて、ツァーカムは顎に手をやり、考え込む仕草を見せた。
「そうですわね……。かつての“わたし”の記憶はもう、かなり薄れているのですが……」
「(かつての……“わたし”……?)」
 どこか妙な言い回しが、ヘルガは気にかかった。それを知ってか知らずか、ツァーカムは思案しながら言葉を選び出す。
「元々、カードエフェクトの実体化は、かつての“わたし”にも出来た……様ですわ。ただし、今とは比べ物にならないくらい、弱い力だった様ですが。しかし……」
 にい、と口の両側を釣りあげながら、ツァーカムはとても邪悪な、歓喜の表情を作り出した。
「今はこんなにも強い力が使えるのですわ……カードの実体化に留まらず、こんな力もねえ!!」
 途端、2人の周辺に、重い“闇”が立ち込める。
 同時に、2人の手元にデュエルディスクが現れ、展開された。
「これは、“闇”のゲームだと……! 補助の魔道具もなしで、こんな……!」
 驚くヘルガに、ツァーカムは軽快に応える。
「あっははははは! 素晴らしいでしょう、Ms.ヘルガ! 今のわたくしはこんなに強い!これも、貴方のご同朋……もうひとりの“死を越える魔女”――ルリム・シャイコース様のお陰ですわ!」
「……ルリム・シャイコース!」
 その名前を聞いた途端、ヘルガの顔が一気に強張った。
 そして――その表情のまま、低く強い口調でツァーカムに対峙する。
「……そうか、貴様らは奴の研究成果という訳か。どうやら、オレもお前らに用事ができた。通してもらおうか」
「ところがどっこい! そうはいきませんわ! わたくしの役目は、貴方とのデュエルなのですから! わたくしが存分に力を振るえる相手! それが貴方だと聞きました! このような好機、絶対に逃すわけにはまいりませんわ!」
「……そうか。ならお望み通り……オレのカードで粉砕してくれる!」
 軽快なツァーカムの声と、ヘルガの怒気を孕んだ声が、夜の闇に響いた。

「「決闘!」」

ヘルガ:LP4000
ツァーカム:LP4000

「オレのターン、ドロー!」
 先攻はヘルガ。素早くカードを引き、手札から2枚のカードを選び出す。
「オレはモンスターを守備表示でセット、さらにカードを1枚伏せターン終了」
「(まずは手堅い一手……ですのね)」
 デュエルモンスターズにおける基本的な布陣を敷き、ヘルガはターンを終了させた。
“ルリム・シャイコース”の名を聞き、少しは冷静さを欠いているかと思ったが、そうでもなさそうだ――ツァーカムは、気を引き締め直してカードを引く。
「わたくしのターンですね。ドロー!」
 引いたカードを見て、ツァーカムは笑みを浮かべる。自分のデッキと、存在の根底をなす――いや、自分自身ともいえるカードが手札に揃ったからだ。
「わたくしは《魅惑の女王Lv3》を攻撃表示で召喚しますわ!」

《魅惑の女王Lv3》
闇/☆3/魔法使い族・効果 ATK500 DEF500
1ターンに1度だけ自分のメインフェイズ時に
相手フィールド上のレベル3以下のモンスター1体を選択し、
装備カード扱いとしてこのカードに装備する事ができる
(この効果で装備できる装備カードは1枚まで)。
このカードが戦闘によって破壊される場合、
代わりに装備したモンスターを破壊する。
自分ターンのスタンバイフェイズ時、
この効果で装備カードを装備したこのカードを墓地に送る事で、
「魅惑の女王LV5」1体を手札またはデッキから特殊召喚する。

「……《魅惑の女王》! やはりというか、早速来たか……」
 彼女が精霊とのなんらかの関わりを持っている以上、姿形の似たそれが来ることは予想していた。
 しかし、《魅惑の女王》自体は攻撃力、守備力共に低く能力もまともに使えるものではない。
 だが、ツァーカムは知っているのだ。女王自身が強くなければならない言われはない。女王は権威を振りかざし、他の者を扱うことでその力をしめすのだと。
「さらに、手札から永続魔法《女王の威光》を発動します!」

《女王の威光》 永続魔法
自分フィールド上に「魅惑の女王」と名の付くモンスターが
表側表示で存在する場合、以下の効果が適用される。
●1ターンに1度、相手フィールド上の裏側表示モンスターを
全て表側表示にすることができる(リバース効果は発動しない)。
●相手フィールド上の全ての表側表示モンスターのレベルは1下がる。
●自分フィールド上の表側攻撃表示の「魅惑の女王」は
カードの効果によって破壊されない。

「それでは早速、第1効果を発動! これにより、貴方の裏守備モンスターは表側表示に変更されます! さあ、女王であるわたくしに全てを曝し出しなさい!」
「くっ……! オレの守備モンスターは《リグラス・リーパー》だ……!」

《リグラス・リーパー》
炎/☆3/植物族・効果 ATK1600 DEF100
リバース:お互いのプレイヤーは手札からカードを1枚選択して捨てる。
このカードを戦闘で破壊したモンスターは
攻撃力・守備力がそれぞれ500ポイントダウンする。

 光に照らされ、裏側守備モンスターの表示が明らかになる。木目調の体に、炎の宿った大鎌を手にした不気味なモンスターが、その姿を現した。
「《女王の威光》の効果により、リバース効果は無効になります。更に第2効果の影響で、レベルが1ダウンしますわ!」

《女王の威光》効果適用!
リグラス・リーパー:☆3 → ☆2

「元々レベルを下げる効果は必要なかったようですが……まあ、いいですわ! 魅惑の女王Lv3の効果により、相手の場のレベル3以下のモンスター、この場合は貴方の《リグラス・リーパー》を装備させていただきますわ! さあ、わたくしに服従なさい――リック・トゥーズ!」
 《魅惑の女王Lv3》が片手を上げ、ゆっくりとした動きで《リグラス・リーパー》に向けて手を伸ばす。
 すると、《リグラス・リーパー》は蜜の匂いに誘われる虫のように、ふらりと小さな女王の傍らに向かい、その側に跪いた。

《魅惑の女王Lv3》効果適用!
リグラス・リーパー装備!

「では、いきますわよ! 《魅惑の女王Lv3》による直接攻撃――ニール・ダウンLV3!」
「ちっ……!」

ヘルガ:LP4000 → LP3500

「わたくしはカードを2枚伏せ、ターン終了しますわ!」
 クスクスと薄く、挑発的な笑みを浮かべ、ツァーカムは自分のターンを終えた。


ヘルガ:LP3500
モンスター:なし
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:4枚
ツァーカム:LP4000
モンスター:《魅惑の女王Lv3》(功500)
魔法・罠:《リグラス・リーパー》(装備状態)
《女王の威光》、伏せカード×2
手札:2枚





エピソード7:そして“わたし”は、じょおうさまになった。


 “わたし”はよわいおんなのこ。
 おとうさまもおかあさまも、わたしがよわいから、がっかりしてる。
 “わたし”はよわいおんなのこ。
 とくべつなちからがあるのに、それはなんのやくにもたたない。
 ほめてもらえない。あいてにされない。
 かなしくて、かなしくて、かなしくて。
 そうやって、ないていた“わたし”のまえに、おんなのひとがあらわれた。
 まっくろなどれすに、かがやくぎんいろのかみ。
 ほほえむかおは、とってもきれい。
「あなたは……てんしさま?」
 そうきいた“わたし”にそのひとは、わらいかけながら、こたえてくれた。
「いいえ、いいえ……わたしは、まじょよ」


● ● ● ● ●


 深夜の薄暗い闇の中で繰り広げられる、2人の美女による“闇”のデュエル。
 その片割れ、赤毛の女性、ヘルガがカードを引く。
「オレのターン! ドロー!」
「と、ここでわたくしは伏せカードを発動しますわ! 罠カード《女王親衛隊召集!》 この効果により、デッキから女王親衛隊を攻撃表示で特殊召喚します!」

《女王親衛隊召集!》 通常罠
自分フィールド上に「魅惑の女王」と名の付く
表側表示モンスターが存在する場合、発動可能。
自分のデッキ・手札・墓地から「女王親衛隊」1体を特殊召喚する。

 ツァーカムの《魅惑の女王》が、笑みを浮かべながらパチッ、っと指を鳴らす。
 するとどこからともなく、ワインレッドのスーツに身を包み、目元を隠す飾り面を付けた戦士の集団が現れた。
 「彼らは、《魅惑の女王》の親衛隊! その身を掛けて女王を守る、鉄壁の集団ですわ!」

《女王親衛隊》
地/☆4/戦士族・効果 ATK1700 DEF1200
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
自分フィールド上に存在する「魅惑の女王」と名のついたモンスターを
攻撃対象に選択できない。

「ほう、女王を攻撃から守る部隊か。なかなか厄介そうだな。ならば、……伏せカードを発動! 《奈落の落とし穴》だ!」

《奈落の落とし穴》 通常罠
相手が攻撃力1500以下のモンスターを
召喚・反転召喚・特殊召喚した時、
そのモンスターを破壊しゲームから除外する。

 ツァーカムの展開に対応して、ヘルガは瞬時に伏せカードを発動させる。
 女王を守ることはかなわず、親衛隊は全て、亡霊が犇めく暗い穴の中に落ちていった。
「あらあら……落されてしまいましたわね」
 残念そうに、唇を尖らせるツァーカム。対するヘルガは、すぐさま次なる一手に移った。
「さて、身代わり効果の親衛隊を排除したところで、攻撃に移させてもらうぞ! 魔法カード、《手札抹殺》! 互いのプレイヤーは手札を全て墓地に捨て、同じ枚数を引きなおす!」

《手札抹殺》 通常魔法
お互いの手札を全て捨て、それぞれ自分のデッキから
捨てた枚数分のカードをドローする。

「そのカードは……!」
 眉を引きつらせるツァーカムに、ヘルガは不敵な笑みを浮かべながら語りかける。
「その様子だと、オレのデッキの特性は知っているな? 墓地にカード効果で捨てられた事により、こいつらのカード効果が発動する! 来い! 軍神シルバ、武神ゴルド!」

《暗黒界の軍神 シルバ》 
闇/☆5/悪魔族・効果 ATK2300 DEF1400
このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に捨てられた場合、
このカードを自分フィールド上に特殊召喚する。
相手のカード効果によって捨てられた場合、
さらに相手は手札2枚を選択し、好きな順番でデッキの一番下に戻す。

《暗黒界の武神 ゴルド》 
闇/☆5/悪魔族・効果 ATK2300 DEF1400
このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に捨てられた場合、
このカードを自分フィールド上に特殊召喚する。
相手のカード効果によって捨てられた場合、
さらにフィールド上に存在するカードを2枚まで選択して破壊することができる。

 一気に2体の上級モンスターが、ヘルガのフィールド上に並んだ。
 ヘルガの暗黒界デッキの中核を担う2体の悪魔――軍神シルバと武神ゴルドが、闇の女王に戦意を向ける。
「いくぞ! 《暗黒界の武神ゴルド》で、魅惑の女王を攻撃!」
 ヘルガの宣言の宣言と共に、ゴルドが手にする金の大斧を構え、未だ幼い容姿の《魅惑の女王》に容赦なく斬りかかる。
 その攻撃が命中する――その瞬間。
 女王の足元から、巨大な光輝く壁が立ち上る。
 《魅惑の女王》の全身を隠す光のカーテンに、ゴルドの進行は阻まれた。
「なに!」
「伏せカードを発動させていただきましたわ。《光の護封壁》!」

《光の護封壁》 永続罠
発動時1000の倍数のライフを払う。
払った数値以下の攻撃力を持つ相手モンスターは攻撃できない。

ツァーカム:LP4000 → LP1000

「この効果により、わたくしは3000ポイントのライフを支払いました。よって貴方の攻撃力3000以下のモンスターは攻撃できませんわ!」
 思い切った罠の発動。だが、その効果は十分にあった。
 これで、ヘルガは攻撃力3000以下――実質、ほとんどのモンスターでの攻撃を封じられたのだ。
「く……カードを1枚伏せて、ターン終了だ」


ヘルガ:LP3500
モンスター:《暗黒界の軍神 シルバ》(功2300)、《暗黒界の武神 ゴルド》(功2300)
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:3枚
ツァーカム:LP1000
モンスター:《魅惑の女王Lv3》(功500)
魔法・罠:《リグラス・リーパー》(装備状態)
《女王の威光》、《光の護封壁》
手札:2枚

「では、わたくしのターンですね、ドロー! スタンバイフェイズに移行し、魅惑の女王はレベルアップしますわ! 《魅惑の女王Lv3》と装備した《リグラス・リーパー》を墓地に送り、デッキより《魅惑の女王Lv5》を特殊召喚します!」

魅惑の女王(アリュール・クイーン)LV5》
闇/☆5/魔法使い族・効果 ATK1000 DEF1000
「魅惑の女王 LV3」の効果で特殊召喚した場合、
1ターンに1度だけ自分のメインフェイズ時に
相手フィールド上のレベル5以下のモンスター1体を選択し、
装備カード扱いとしてこのカードに装備する事ができる
(この効果で装備できる装備カードは1枚まで)。
このカードが戦闘によって破壊される場合、
代わりに装備したモンスターを破壊する。
自分ターンのスタンバイフェイズ時、
この効果で装備カードを装備したこのカードを墓地に送る事で、
「魅惑の女王 LV7」1体を手札またはデッキから特殊召喚する。

 ツァーカムの場の《魅惑の女王》が光に包まれる。  やがて光が収まり、少しばかり成長した《魅惑の女王LV5》が姿をあらわした。  LV3と同じくワインレッド基調のドレスを着込んでいたが、少しばかり肌の露出度が上がっている。 「さて、《魅惑の女王LV5》の効果! 相手フィールド上のレベル5以下のモンスター……武神ゴルドを装備させていただきますわ!」
「ちぃ……!」
 舌打ちするヘルガをよそに、武神ゴルドはかどわかされ、成長した魅惑の女王の傍らに跪く。
「だが、魅惑の女王はモンスターを装備したところで、攻撃力が上がるわけではない……残ったシルバは倒せんぞ?」
 忌々しげに魅惑の女王を睨みながらのヘルガの指摘を、ツァーカムは笑って返した。
「わかっていますわ! 手札より装備魔法《エナジーウィップ・サディズム》発動! 魅惑の女王に装備させます!」

《エナジーウィップ・サディズム》 装備魔法
「魅惑の女王」と名の付いたモンスターにのみ装備可能。
装備モンスターは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。
また、このカードを装備したモンスターのレベルが5以上の場合、
1ターンに一度だけ相手フィールド上の魔法・罠カードを
1枚選択し破壊する事ができる。
???

「直接攻撃を可能にする装備魔法か……!」
「さらに、《エナジーウィップ・サディズム》には追加効果があります! 装備したモンスターのレベルが5以上の場合、相手の魔法・罠カードを1枚破壊できますわ! その伏せカードを破壊!」
 魅惑の女王は手にした輝く鞭を巧みに操り、ヘルガの伏せカードに向けて、攻撃を仕掛ける。
「ならば、破壊対象となったカードをチェーン発動、《暗黒界に続く結界通路》! この効果で《手札抹殺》により墓地に送られていた《暗黒界の斥候 スカー》を守備表示で特殊召喚する!」

《暗黒界に続く結界通路》 速攻魔法
このカードを発動する場合、
自分は発動ターン内に召喚・反転召喚・特殊召喚できない。
自分の墓地から「暗黒界」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する。

《暗黒界の斥候 スカー》
闇/☆2/悪魔族・効果 ATK500 DEF500
このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、
自分のデッキから「暗黒界」と名のついた
レベル4以下のモンスター1体を手札に加える。

「あら、効果までは無効に出来ないですからね……ですが! 壁モンスターを増やしたところで、直接攻撃能力を得た魅惑の女王は止められませんわ! ダイレクトアタックですわよ! ――ニール・ダウン・サディスティックLv5!」
「ぐっ……!」

ヘルガ:LP3500 → LP2500

「カードを1枚伏せ、ターン終了ですわ!」


ヘルガ:LP2500
モンスター:《暗黒界の軍神 シルバ》(功2300)、《暗黒界の斥候 スカー》(守500)
魔法・罠:なし
手札:3枚
ツァーカム:LP1000
モンスター:《魅惑の女王LV5》(功1000)
魔法・罠:《暗黒界の武神 ゴルド》(装備状態)《エナジーウィップ・サディズム》
《女王の威光》、《光の護封壁》、伏せカード1枚
手札:1枚

「く……オレのターン、ドロー! まずは、《暗黒界の取引》を発動する、こいつで互いに手札交換だ」

《暗黒界の取引》 通常魔法
お互いのプレイヤーはデッキからカードを1枚ドローし、
その後手札からカードを1枚捨てる。

「さらに、オレが捨てた《暗黒界の狩人ブラウ》の効果を発動! デッキからカードを1枚ドローさせてもらうぞ」

《暗黒界の狩人ブラウ》
闇/☆3/悪魔族・効果 ATK1400 DEF800
このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に捨てられた場合、
デッキからカードを1枚ドローする。
相手のカードの効果によって捨てられた場合、
さらにもう1枚ドローする。

「あらあら……連続ドローとは、ずいぶんと必死ですのね」
 どこか小馬鹿にしたように言うツァーカム。
 実際、ターン開始時点でのヘルガの手札内容では、現状を打破するだけの手を打つことは出来なかった。
 だが、ドローとは決闘者の可能性。見事にヘルガは対抗手段を引き当てた。
「よし、いい引きだ! まずは《大嵐》を発動! フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する!」
「させませんわ! 《魔宮の賄賂》を発動し《大嵐》を無効化します!」

《魔宮の賄賂》 カウンター罠
相手の魔法・罠カードの発動を無効にし破壊する。
相手はデッキからカードを1枚ドローする。

 ツァーカムが魔法・罠の両方に対抗可能な、万能カウンター罠を発動させる。
「あらあら、残念ですわね、ヘルガ。貴方の反撃の狼煙は無駄になりましたわ!」
 カラカラと笑うツァーカム。だが、ヘルガは怯まない。
 連続ドローで手にした可能性は、1つではないからだ。
「だが、これで伏せカードはなくなった……。いくぞ、800ライフを支払い《洗脳―ブレインコントロール》を発動! 魅惑の女王のコントロールをもらう!」

《洗脳−ブレインコントロール》 通常魔法
800ライフポイントを払い、
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
このターンのエンドフェイズ時まで、選択したモンスターのコントロールを得る。

ヘルガ:LP2500 → LP1700

「(オレの手札には《暗黒界の魔神レイン》が来ている。今はその効果を使う事ができないが……オレのフィールドに残ったスカーと、コントロールを奪った魅惑の女王を生け贄に召喚してくれる!)」
 ヘルガの反撃の思惑を悟ったか、ツァーカムはすぐさま対抗手段を打つ。
「まだですわ! 手札より《女王の忠犬》を捨て、その効果を無効化しますわよ!」
「何……!? 手札からの発動だと!?」

《女王の忠犬》
地/☆4/戦士族・効果 ATK1200 DEF1700
自分フィールド上の「魅惑の女王」と名の付くカードが
カードの効果の対象に選択された場合、このカードを
手札から捨てることでその効果を無効にし、破壊する事ができる。

 手札からの奇襲。ヘルガの放った洗脳の魔術は瞬く間にかき消された。
「く……ライフの払い損か……。カードを1枚伏せ、ターン終了」


ヘルガ:LP1700
モンスター:《暗黒界の軍神 シルバ》(功2300)、《暗黒界の斥候 スカー》(守500)
魔法・罠:伏せカード1枚
手札:2枚
ツァーカム:LP1000
モンスター:《魅惑の女王LV5》(功1000)
魔法・罠:《暗黒界の武神 ゴルド》(装備状態)
《エナジーウィップ・サディズム》、《女王の威光》、《光の護封壁》
手札:0枚

「さて、私のターンですわね。……スタンバイフェイズに移行! ついに、ついに! 最高の女王の降臨ですわ! 《魅惑の女王(アリュール・クイーン)LV5》と装備モンスターを墓地に送り、デッキから《魅惑の女王(アリュール・クイーン)LV7》特殊召喚!」

魅惑の女王(アリュール・クイーン)LV7》
闇/☆7/魔法使い族・効果 ATK1500 DEF1500
「魅惑の女王 LV5」の効果で特殊召喚した場合、
1ターンに1度だけ自分のメインフェイズ時に
相手フィールド上のモンスター1体を選択し、
装備カード扱いとしてこのカードに装備する事ができる
(この効果で装備できる装備カードは1枚まで)。
このカードが戦闘によって破壊される場合、
代わりに装備したモンスターを破壊する。

 魅惑の女王が最後の成長を遂げる
。  その姿は名に違わない、艶めかしくも妖しい魅力に満ちた、妙齢の女性となった。
 宝石のはめ込まれたサークレットにネックレス、銀造りの鎖と精巧な小型時計――様々な装飾で彩られた、露出度の高いワインレッドのドレスを着込む優美なる女王。
 彼女の周囲には鬼火の様な火の玉が、彼女自身の魔力と魅力に、惑わされるかのように漂っている。
「それでは効果を発動! 軍神シルバを装備させていただきますわ!」
「くっ……!」
 軍神シルバがフィールドを離れ《魅惑の女王LV7》の装飾品になり下がったことで、ヘルガのフィールドは守備表示の《暗黒界の斥候スカー》と伏せカード1枚のみとなった。
 それを見やってから、ツァーカムはヘルガにゆっくりと語りかける。
「……ヘルガ。このターン、まだ自分のライフは0にならない。そうおもってるのではありませんこと?」
 顔に笑みを湛えたまま、ツァーカムは残った手札に指を掛ける。
「……確かに、今残っているわたくしの手札では、守備表示のスカーを排除することも、その伏せカードを除去することはできません。……そこで」
 ニタリ。より一層笑みを強め、ツァーカムは魔法カードを発動した。
「さらにカードを引かせてもらいますわ! 手札より《酒池肉林》発動!」

《酒池肉林》 通常魔法
自分フィールド上の相手モンスターカードを装備した
「魅惑の女王」1体を選択し、その装備カードとなっている
モンスターカードを墓地に送って発動する。
選択した「魅惑の女王」のLVに応じて、下記の効果を発動する。
●LV3:カードを2枚ドローする。●LV5:カードを3枚ドローする。
●LV7:カードを4枚ドローする。

「装備した暗黒界の軍神シルバをコストに効果発動! Lv7の効果が適用され、わたくしはデッキからカードを4枚ドローします!」
 軍神シルバが、魅惑の女王の傍らから掻き消える。
 消えたシルバは4枚の宝札となって、ツァーカムの手札を満たした。
 ツァーカムは、引いたカードをじっくり眺めた後……ゆっくりと、微笑んだ。
「……まずは装備魔法、《悪魔のくちづけ》を発動。魅惑の女王の攻撃力を700ポイントアップしますわ」

《悪魔のくちづけ》 装備魔法
装備モンスターの攻撃力は700ポイントアップする。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
500ライフポイント払う事でデッキの一番上に戻す。

《悪魔のくちづけ》効果適用!
魅惑の女王:ATK1500 → ATK2200

「続いて、手札1枚をコストに《エナジーウィップ・サディズム》を墓地から引き上げ、《魅惑の女王LV7》に装備させます!」

《エナジーウィップ・サディズム》 装備魔法
「魅惑の女王」と名の付いたモンスターにのみ装備可能。
装備モンスターは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。
また、このカードを装備したモンスターのレベルが5以上の場合、
1ターンに一度だけ相手フィールド上の魔法・罠カードを
1枚選択し破壊する事ができる。
このカードが墓地に存在する場合、自分フィールド上の表側表示の
「魅惑の女王」と名の付くモンスター1体を選択する。
手札を1枚捨てることで、選択したモンスターにこのカードを装備する。

 ツァーカムが手札を捨てると同時に、《魅惑の女王Lv7》の手元に、光る粒子が集まり出す。その輪郭がはっきりとした形を帯び、光を放つ鞭が、再び魅惑の女王の手に戻った。
「驚いたかしら、ヘルガ! このカードは手札コストさえあれば、何度でも女王の元に戻ってくるのですわ! さらに、装備した魅惑の女王はレベル7……当然、追加効果である魔法・罠破壊も使用可能ですわ! さあ、ヘルガ……貴方に残された最後の希望! 刈り取らせてもらいますわ! その伏せカードを破壊!」
「……!」
 ツァーカムの宣言により、光る鞭がヘルガの伏せカードを打ち砕いた。
 それに対して、ヘルガがチェーン発動する様子は……ない。
 勝てる! ――ツァーカムは、勝利を確信し、魅惑の女王に宣告を下す。
「うふふ……あははははは! これで貴方の対抗手段は全て潰しました! 終わりですわね……《魅惑の女王Lv7》の直接攻撃! ――ニール・ダウン・サディスティックLv7!」
 魅惑の女王が、光る鞭を手に踊り掛かる。攻撃力2200の攻撃が、守りの体勢を取るスカーを素通りし、ヘルガに直撃……するはずだった。
 《魅惑の女王LV7》の攻撃がヘルガに届く寸前。
 彼女は薄い光のバリアに包まれ、女王の攻撃は無効化された。
「! な、なにが起こりましたの!?」
 驚くツァーカム。それに、ヘルガが静かに応える。
「お前が破壊したカード……よく見てみな」
「! そ、それは……!」
 ズズズ……と、低く響く音を立て、先ほどツァーカムが破壊した罠カードが墓地からその力を発揮していた。
「罠カード《クロス・カウンター・トラップ》。こいつの効果で手札から罠カード《ガード・ブロック》の効果を使用させてもらった。戦闘ダメージを0し……カードを1枚ドローする」

《クロス・カウンター・トラップ》 通常罠
このカードが相手の効果によって墓地に送られたターンに、
1枚まで手札から罠カードを発動できる。

《ガード・ブロック》 通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動することができる。
その戦闘によって発生する自分の戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

「く……魔法・罠破壊能力を持つ《エナジーウィップ・サディズム》の再利用効果を見こしていたのですわね……!」
 ツァーカムは、おもいきり顔をしかめた。
 せっかくのチャンスだったと言うのに、ヘルガを倒しきることができなかった――ツァーカムは、悔しさのあまり歯噛みする。
「(わたくしのデッキはコンボ頼り……あまり長期戦には向いていないというのに……残されたカードで使えそうなのは《宮廷のしきたり》……とりあえずは《光の護封壁》を守ることは出来ますわ! なんとか凌いで、次のターンで確実にしとめます!)」

《宮廷のしきたり》 永続罠
フィールド上に表側表示で存在する
「宮廷のしきたり」以外の永続罠カードを破壊する事はできない。
「宮廷のしきたり」は、自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。

「カードを1枚伏せます。わたくしは、これでターン終了ですわ!」
 倒しきれなかったものは仕方がない。
 次に賭ける――半ば祈るような気持ちで、ターンを終えた。


ヘルガ:LP1700
モンスター:《暗黒界の斥候 スカー》(守500)
魔法・罠:なし
手札:2枚
ツァーカム:LP1000
モンスター:《魅惑の女王LV7》(功1000)
魔法・罠:《エナジーウィップ・サディズム》、《悪魔のくちずけ》
《女王の威光》、《光の護封壁》、伏せカード1枚
手札:0枚

「オレのターン……ドロー」  ヘルガが静かにカードを引く。  「まずは《貪欲な壷》を発動! 墓地のシルバ・ゴルド・ブラウ・リグラス・リーパー・さらに《手札抹殺》の効果で墓地に送られていた《D・D・クロウ》をデッキに戻し、デッキからカードを2枚ドローする」
 ヘルガが一気に手札を満たす。そして、引いたカードを見て……静かに、目を細めた。
「きたか……手札の《暗黒界の魔神レイン》を選択して魔法発動、《暗黒界の進軍》!」

《暗黒界の進軍》 通常魔法
手札の「暗黒界」と名の付くモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターの攻撃力1000毎に1体「暗黒界の兵士トークン
(星3・闇・悪魔族・攻・守1000)」を自分フィールド上に特殊召喚する。
その後、選択したモンスターを墓地に捨てる。

「レインの攻撃力は2500……よって、2体の暗黒界の兵士トークンが特殊召喚される」
 ヘルガの場に、剣を持った細身の悪魔が2体出現した。
「2体の弱小悪魔など……そんなもの、わたくしの敵では……」
 そこまで言ってから、ツァーカムは気付いた。確か、今のヘルガの手には……あのカードが……!

――はたして、女王の察知したその悪夢は、現実の物となる。

「場のスカー及び兵士トークン2体、合計悪魔族3体を生け贄とし……」
 ヘルガの場の3体の悪魔が闇に沈む。
 その闇が巨大な人の形を成し……翼を広げ、大いなる幻魔の皇が、その姿を現した。
「……特殊召喚。《幻魔皇ラビエル》!」

《幻魔皇ラビエル》
闇/☆10/悪魔族・効果 ATK4000 DEF4000
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上に存在する悪魔族モンスター3枚を
生け贄に捧げた場合のみ特殊召喚することができる。
相手がモンスターを召喚する度に、自分フィールド上に
「幻魔トークン」(悪魔族・闇・星1・功/守1000)を1体特殊召喚する。
このトークンは攻撃宣言を行う事はできない。
1ターンに1度だけ、自分フィールド上のモンスター1体を
生け贄に捧げることで、このターンのエンドフェイズ時まで
このカードの攻撃力は生け贄に捧げたモンスターの元々の攻撃力分アップする。

「あ……ああ……!!」
 ツァーカムは震えた。幻魔皇のあまりの迫力に、顔から完全に笑みが消える。
「そんな……この……わたくしが……!! そ、そうですわ! わ、わたくしにはまだ、《光の護封壁》が! は、早く! 護封壁よ! 早く出てきてわたくしを守りなさい!」
「無駄だ」
 ヘルガの冷たい声が響く。
「《光の護封壁》は発動時に支払ったライフ、それ以下の数値の攻撃力を持つモンスターの攻撃しか防げない……貴様が払ったライフは3000、対してラビエルの攻撃力は4000……止められるはずがない。分かっているだろう!」
「あああああああああ! うるさいですわ! わたくしは女王! 全てのしもべ(カード)は、わたくしのために、働かなければならないのです! こんな……こんなことが……!」
 もはや威厳の欠片もなくわめき散らすツァーカムに、カード達は応えない。
 かくして、城壁は失われ、女王の宮殿は、巨大な悪魔の侵入を許した。
 陥落寸前となった城塞で行われる事など只一つ――それは、一方的な、虐殺。
「終わりだ! ラビエルで魅惑の女王を攻撃――天界蹂躙拳!!」
 幻魔皇は、凄まじい勢いで拳を振るう。表情も動きも固まった魅惑の女王は、身じろぎも出来ぬまま幻魔皇の拳の餌食となった。
「きゃああああああああああああああ!!!!!!」

ツァーカム:LP1000 → LP0


● ● ● ● ●


 そして、“わたし”は……わたくしは、じょおうさまになった。
 もう、わたくしはよわくない。
 わたくしはつよい。わたくしはつよい。わたくしはつよい。
 だからもう、がっかりされることも……あれ?
 わたくしは……だれかにがっかりされていた?
 おもいだせない。おもいだせない。おもいだせない。
 なんだか、とてもだいじなことだったきがするのに。


● ● ● ● ●


「っ! その体……おい、ルリムのことを知っているようだな。答えろ、奴はどこにいる!!」
 ツァーカムが目をあける。目の前には赤髪の女性――ヘルガ。
 そして思い出した。自分は彼女との決闘に負けた。幻魔皇の拳に、自らの“核霊”を砕かれて。
「ああ……“核霊”を倒されて敗北したから……わたくしは消滅しかけているのですね……」
 ツァーカムが右手を上げる。……掌の先が崩れ、ボロボロの炭のようになっていた。
「見えませんが……、わたくしの下半身も……もう、まともな形をしていないのでしょうね……」
 諦めたように微笑むツァーカム。そして、徐にヘルガに向けて言葉を続ける。
「わたくしに勝ったご褒美に……Ms.ヘルガ。わたくしの知っている事を話しましょう……」
 ツァーカムは眼を閉じたまま喋りはじめた。
「わたくしが知っているのは、わたくしたちをこのような体にしたのは、彼女だということ……“核霊”と呼ばれる、“精霊”を補助として組み上げられた、魔道の力を秘める、仮初の肉体……あの魔女は、わたくしたちのような状態の存在を“闇の徒(シュラウド)”と呼んでいました」
「“闇の徒(シュラウド)”……わたくしたち、と言ったな。やはり、仲間がいるのか」
「ええ、……わたくしを入れて、全部で十人。古い伝承になぞらえて、あの魔女はわたくしたちを『クリフォト』と名付けたのですわ」
 ふう、ふう、と荒い息を吐きながらも、言葉を続けるツァーカム。
「……とはいえ、今は穴あき状態ですわ。3、『拒絶』のシェリダーの消滅を皮切りに……つい3年前には、貴方がたとの戦いで、10『物質主義』のキムラヌート、8『貪欲』のケムダーが倒されましたしね」
「待て……今現在、オレの仲間からケムダーとの交戦、という報告が入っていたが……」
「それは、2代目ですわね……現在のケムダーは、わたくしと同じコンセプトの実験体です……補助のための“核霊”の影響が強すぎて……“精霊”の姿に侵食されてしまっているのですわ……」
「なるほどな……しかし、実験体ということは……」
「ええ……『クリフォト』のメンバーは、大なり小なり、あの魔女の目的のための駒であり、実験動物でもあるのですわ……わたくしが知っているのは……これくらいかしらね……」
 ここで、ツァーカムは言葉を切り、大きく息を吐きだした。
 その体は、胸元辺りまで消えかかっている。もう、長くは持たないだろう。
「……何故、奴に従っているんだ……オレが言うことではないかもしれないが……こんな様になって……」
「うふふ……何故だったかしら……もう、忘れてしまいましたわ……でも、あの魔女が“わたし”の持っていた何か、大切なモノを持っていったことは思い出しました。……あの魔女は……たぶん、いろんな人達の、大切なモノを、奪っている……そんな、気がします……」
 それを、思い出したから……ツァーカムは、敵だった筈の女性に、自分の知る限りの情報を流した。
 それは、彼女が、単にルリムに敵対する立場の者だから、と言う理由からだけではない。
「ヘルガ……貴方も……あの魔女に、大切なモノを奪われたのではなくて……?」
 ヘルガが、息を飲む。
「お前、知って!? ……そうか、そういえば、決闘を始める前に……オレとルリムの関係を知っている様な事を……」
「うふふ……残念ながら、詳しくは知らないのですけどね……」
 ゴホッ、と大きくせき込むツァーカム。もはや残っているのは、ほとんど首から上だけだ。
「最後に……先代ケムダー……彼が人間だった頃の名前は“笹来十護”……あの殿方の弟君で間違いありません……彼もあの魔女にそそのかされて……彼女の研究に知らず知らずのうちに、加担させられていたのです……今の魔女が拠り所にしているのは……高天原……お屋敷…………ああ……もう、持たない……………」
 ボロボロと、残ったツァーカムの体が、崩れ去っていく。
「ああ……そ……だ…………思い出し……お、とう……さま……お……かあ……さ……」
 ボゴン――。
 最後に一際大きな崩壊音をたて……ツァーカムは消滅した。
 ヘルガは、その最期を見届けたのち、しばし目を瞑る。
「どうやら……オイタが過ぎるようだな……ルリム・シャイコース……!」
 目を見開き、立ち上がるヘルガ。
 倒すべき敵、助け出す人物。自分が向かうべき場所が定まった。
 向かう先は――魔窟“高天原”。




つづく……






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