4章・ホラーハウス




(武藤遊戯 視点)



 城之内くんの顔が引きつっている。

「ハ…ハハハ…」

 恐怖のあまり笑い出している。

 まだ中に入ってもいないのに、もうすぐ気絶してしまいそうだ。



「ねぇ、遊戯――」

「杏子?」

「あのさ、ちょっとお願いがあるんだけど――」

 お願い……?

 心臓が少し高鳴った。

 ここはホラーハウス――そして、杏子からのお願い――

 …そういえば、前に本田くんが言っていた。

「お化け屋敷で、お願いって言ったら…アレしかないだろ〜?」

 ということは…もしかして――

 ボクは少し身構え、次の言葉を待つ。

 杏子の口が再び開く。

「ホラーハウスに入ったら、先に行くフリして、そのまま入口の近くに隠れて欲しいの。」

「え?」

 何でそんなお願いを…?

「それで、城之内だけホラーハウスに閉じ込めるのよ!」

 ………。

 どうやら、さっきのシューティングゲームのことをまだ根に持っているみたいだ。

 杏子は城之内くんに自分の獲物を奪われ続け、400点しか取れなかったと言っていた。

「でも、やっぱり…」

 ボクは悪い気がして、反対しようとした。しかし、その瞬間、杏子が睨みつけてくる。

 なぜか本田くんと御伽くんも睨んでくる。

 もしかして全員ぐるになって――?

「わ、わかったよ…」

 ……ボクは気押しされ、仕方なくうなずくことにした。



 ホラーハウスの外観はいかにもホラーといった作りになっている。

 3階建ての洋館で、入口の扉は古びた木でできている。

 さらに、この洋館の辺りだけ異様に暗い。

「おし! それじゃあ行くぞ!」

 本田くんが先頭を切って進んでいく。

 扉は自動的に開かれる。



 中は薄暗い。

 破れたカーテン、錆びた甲冑、電球の割れたライトなどが見られる。

 10段程度の階段を上った先に、次の部屋へと続く扉があるようだ。

 中に入るなり本田くんは駆け出した。

 まだ城之内くんは、入口のところで躊躇している。

 本田くんは目の前の階段を駆け上がり、その先の扉を大きな音を立てて開ける。

 扉を開けはしたものの、そのまま開けた扉の陰に隠れた。

 ボク達も、城之内くんが入ってくる前に各々隠れることにする。

 ボクはカーテンの後ろに隠れる。カーテンは破れてはいるが、この暗さだ。簡単には気付かれないだろう。

 杏子は暖炉の中、バクラくんは甲冑の陰、御伽くんは階段の下に身を潜める。

 ………。

 城之内くんが入ってくる。

「お、おい、もうみんな行っちまったのかよ…!?」

「か、勘弁してくれよ…」

 この暗さでは顔色は分からないけど、声色から相当震えているのが分かる。

「く、くそぉぉ!」

 城之内くんは一人叫んで、階段を上りそのまま扉の先へ駆けていく。

 ――どうやら上手くいったみたいだ。



 ボクは城之内くんの足音が聞こえなくなってから、カーテンの陰から姿を現した。

 そして、みんなの姿を確認しようとする。

「あれ?」

 しかし、そこには誰もいなかった。

 念のためみんなの隠れていた甲冑、暖炉、階段、扉の陰を捜す。

 けれども、誰の姿も見当たらなかった。

 おかしいなー…。

 カーテンの破れた隙間からこの部屋の様子は見てたから、みんなが先に行ったりはしていないはずなんだけど…。



 仕方なくボクは先に進むことにした。

 部屋が暗すぎて、みんなが先へ進んだところを見逃してしまったのだろう――そう思うことにして…。

 階段を上り、扉の先へ進もうとする。

 ――その瞬間。

「遊戯! 遊戯はどこ?」

 わずかに声が聞こえた。杏子の声だ。

 それも、階段下の暖炉の方から…。

 でも、そこには誰もいなかったはず…。

「ここ、ここだよ!」

 とにかくボクは返事をした。

「どこ? どこなの?」

 声は、間違いなく暖炉の前から聞こえている。

 しかし、暖炉の前には誰もいない。

 嫌な汗をかいていくのを感じた。

「ま、まさかね…」

 暖炉の前に近づいていく。

 …やはりそこには誰もいなかった。

 しかし、よく目を凝らすと、代わりにラジカセのようなものが置いてあった。

 ラジカセ…?

 もしかして、杏子の声はこれから?

 ――ということは、もしかして本当にハメられたのはボク?

「く、やられた!」

 一声漏らし、ボクは階段を駆けていった。



 階段の先にある扉の奥へ進む。

 そこは、下り階段があること以外、さっきと同じ雰囲気の部屋になっている。

 しかし、誰の姿も見えない。

 向かって左側に扉があった。扉は開けっ放しになっている。

 ボクは迷わず扉の先へ駆けていく。

 その先も、似たような部屋だった。そして開かれたままの扉。

 そのまま扉へまっすぐ進む。



 こうやって、さらに1つ部屋を抜けたところで奇妙な違和感を覚える。

 ボクの後ろ側に、誰かがいる気配がするのだ。

「く…」

 という唸り声が聞こえる。

 声はボクのすぐ真後ろから聞こえている。振り返ってみるが誰もいない。

 目を凝らしてみても、ラジカセも見当たらない。

 ど…どうなってるんだよ…?

 ボクはその声から逃げ出すべく、左手に見える階段を上り、その先にある扉の先へ向かった。



「ちょ…ちょっと……」

 部屋に入った直後、また声が聞こえた。

 この声は杏子の声だ。

 しかし、杏子の姿は相変わらず見えない。

 ボクは次の部屋への扉の方へ駆け出す。

 次の部屋でも、扉へ直行する。その次の部屋でも、扉へ直行する。



 こうして、さらに幾部屋も進んでいった。

 あれから、奇妙な声は聞こえなくなった。

 でも、行けども行けども似たような部屋ばかり…。

 ………!

 ふと、気付いた。

「もしかしてボクは同じ部屋をぐるぐると…!?」

 思わず声に出していた。

 その直後――

「遊戯? 遊戯なの?」

 部屋の隅の方から声が聞こえる。杏子の声だ。

 ボクはそちらの方へ目を向ける。

 ――誰もいない。

「あれ? やっぱりいない…」

 と聞こえたが、これはボクの声ではない。杏子の声だ。…でも、相変わらず誰の姿も見えない。

「遊戯?」

 杏子の声は近づいてきている。

 ボクは目をきょろきょろさせる。

 しかし、やはり誰もいない。

 声は徐々に近づいてくる。

 ボクは思わず一歩後ずさりしたが、後ろは壁だった。

――ガン!

 頭に衝撃が走る。

 しかし衝撃は後ろの壁からではなく、前から感じた。

「いたたた…」

 目の前から杏子の声が聞こえる。

 何もない空間から声だけが聞こえる。

 ――何もない?

 いや、もし目をつぶっていたら、そこに杏子がいないとは思わないだろう。それくらい現実味があった。

「あ、杏子…そこにいるの?」

 ボクは思わず何も見えない空間に話しかけていた。

「う、うん、遊戯もそこにいるの?」

 返事が返ってくる。

「うん。」

 ボクも返事を返した。杏子は確かにそこにいるんだ!



「あのさ――遊戯、自分の手…見てごらん。」

 杏子に言われるがまま、ボクは自分の右手を顔の前にかざしてみる。

 ――そこに、自分の手はなかった。

 見えるのは朽ちた床とそこに落ちているロウソクだけ。

 左手も右足も左足も、そして体も全部見えなかった。

「ど、ど、どうなってるんだよー?」

「うん。なんだかよく分からないけど、私達の体、消えちゃったみたい。」

「消えちゃった――?」

「そう。多分、このアトラクションの演出ね。ここでは自分の体が見えなくなっちゃうのよ。」

 そう杏子が言った直後、ボクの右手に温もりを感じた。

「え?」

「――だから、手…つないでいこ?」





「遅いぞ、遊戯! 何で最後に入ったオレが最初に出てくるんだよ。」

 城之内くんがホラーハウスの出口に立っている。

 周りを見渡すと城之内くん一人だけである。

「それに――何でお前たち手なんかつないでるんだ? そんなに怖かったかぁ?」

「そ、そうじゃないって!」

 そう言って、慌てて手を離す杏子。

 ――ちょっと残念な気がした。



「でもさぁ、ホラーハウスとか言いながら何もなかったよな。そのまま突っ切っていったらいきなり出口だぜ。」

 城之内くんはそう言う。

 そうか、本物の出口は2つ目の部屋の奥にあったんだ。だから、入口からまっすぐ進めばそのまま出られてしまう…。

 一人で突っ込んでいった城之内くんには、このホラーハウスの仕掛けも何も分からないんだ。

「ハメられたハズの本人が一番得してるなんて…」

 杏子はがっくりと肩を落とした。





微妙な後書き

今回の話は微妙に気に入っていたりしますね。
思いっきりラブコメだったりするわけですが、それなりに綺麗にまとまめられましたので…。




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