闇を裁く者

製作者:造反戦士さん




 本作は「the judgment ruler」の外伝です。
 本編の約1年前、まだ瑠衣が地下研究所に囚われていた頃のある日の話になります。




 その日、永瀬瑠衣はいつもと同じように目を覚ました。
 いつものように何度か寝返りを打ち、いつものように夢ではないことを実感する。

「はぁ……」
 そして、いつものようにため息をつく。
 ここに連れてこられてから、どれだけの時間がたったのかは考えるだけ無駄だ。
 換気扇と鍵のかかったドアを除けば、文字通り何も残らない壁に四方から圧迫された狭い部屋。今の状態でさえ、日に日に部屋が狭くなっていくような錯覚が生じている。これで直前の実験で使われたカードの持込も禁止されたら、本当に気が狂ってしまうだろう。
 しかし通常は気を落ち着けるのに一役買ってくれるM&Wも、今日ばかりは別だ。

 ――――そう。今日は実験の日だ。

 またコピーの『ラーの翼神竜』が召喚され、対戦相手とは名ばかりの実験材料は再起不能に陥るだろう。今日こそ反抗しなくてはならないと強くこの場では思うが、結局実行できないことはもう分かってしまっている。意味のない罪悪感に苛まれることも。
 最初は人が倒れる方が怖かった。しかし、最近はどうも違う気がする。倒れたとき、何も出来なかった自分を責めることこそ、最も嫌いな行為になりつつあった。その変化を自ら悟ってしまうことまでも、自己嫌悪を加速させている。
 神との対話は、まだ挨拶すら出来ていない。最初の1ターンさえ終えれば少しの間の安全は保障されることに流され、呼びかけすら怠るようになってきた。

 それでも、もう拒否する気力は残っていない。緩慢な動作で着替え、研究員の一人と思わせるための白衣を羽織る。
 催促が来ないところを見ると、意外と早く目覚めていたようだ。
 今日使うデッキを受け取るため、部屋を出てカード保管庫へ――――

(…………?)
 違和感。まだ少しはっきりしない頭でそれを形にする。

「人が――――いない!?」
 その異常性を認識し、弾かれたように声を上げる。
 しかし、どこからも返答はない。
 最前線の兵士詰め所の如くごった返していた廊下が、空っぽになっている。
 そんな馬鹿なことがあるだろうか?
 いや、あり得ない。彼らの生活は不規則だ。それ故に、あの小さな部屋以外ではほぼ絶え間なく、あらゆる所に研究員の目があった。

(逃げ……られる?)
 まず、単純にそう思った。だが瑠衣は正常な判断力をこの段階で少し失っていたが、自分が運動音痴だということだけは忘れていなかった。もし一人でも見つかってしまったら、その時点でアウトだ。

「一応、他の部屋も確認しようかな。カード保管庫に行って、それでいなかったら……」








 結果として、カード保管庫に人はいた。
 入ってすぐ、目の前にその存在はあって、廊下まで大きく飛び退いた。
 望みを捨てかけたが、瑠衣はその男がサングラス越しに自分を直視しているにもかかわらず全くの無反応であることが気にかかってしまった。

「あ、あの……」
「……何だね?」
 男は瑠衣の存在に初めて気付いたかのように用件を聞き返してきた。
 背の高い男だ。真っ黒な、肩の辺りにいくつか棘があるボディスーツ。肌も日本人としては浅黒い。
 そして――瑠衣は自分の中の何かが、目の前の存在を明確に拒絶しているのを感じた。
 この男は何者でもない。直感的にそうも感じたが、それが意味するところは理解していなかった。
 正直、全力でこの場から立ち去りたいのは山々だが、しかし今はこの人だけが手がかりだ。

「あの、ここにいた人たちは、どこに行ったんですか?」
 この場所を引き払った。それはそれで絶望しそうだが、とにかくそんな、いなくなった類の言葉を瑠衣は予想し、また求めていた。
 だが、男の返答は完全に期待を裏切るものだった。

「彼らは、“ここ”にいる」
「えっ……?」
 慌てて辺りを見回すが、他の者がいる気配はない。

「どこを見ている?私は彼らであり、彼らは私だ」
「な、何を言って……」
 そこでとうとう、瑠衣は気がついた。
 男の背後、カード保管庫の床に大量のカードがばら撒かれていることに。

「あ、あれ……は?」
「皆、私とのデュエルでダークネスの素晴らしさを理解したのだ」
「ダークネス?」
「そう、ダークネスを知ることで人は苦しみから解放される。君もここから出たいだろう?私なら今すぐその願いを叶えてやれる」
 魅力的な提案ではあった。しかし瑠衣の中の潜在的な嫌悪感は、男を無条件に受け入れさせない。

「どうして、私がここから出たいと分かったんです?」
「私がこの世界の真実を語る者、ミスターTだからと名乗ってみれば、君は信じるかね?」
「いいえ……!」
 即座の強烈な否定。しかしこの拒絶は、決して直感めいた拒否感だけによるものではない。

「あなたは“真実を語る者”なんかじゃない――!世界どころか、わたしの本当の望みにすら辿り着けてない!わたしは……わたしの苦しみは、ここから出られないことじゃなくて……」
 本当は口にしたくなかった。言えば、それは自分自身の存在を否定することに他ならないのだから。
 だがミスターTと名乗る男への嫌悪は、あらゆるものに――自己嫌悪にすら勝る。

「自分が生き延びてしまうこと。それだけだから――!」
 瑠衣は男の語る“真実”について、明らかな錯誤を抱いていた。しかしそれは同時に、誘惑に負けない強固な意思の原動力にもなった。
 ミスターTはそこまで聞いても表情を変えない。ただ一言

「そうか」
 とだけ呟き――――デュエルディスクをスーツの左腕から生やした(・・・・)

「っ…………!」
 比喩表現ではない。あれだけの質量のものを格納できるようなスペースもなかった。
 文字通り、腕のラインに沿ったボディスーツから同色の枠で縁取られたディスクが生えた。
 それだけではない。
 デュエルディスクから、生物が蠢くような感覚を捉えてしまったのだ。まるでスーツからではなく、男の身体から生えたかのような――――。
 血の気が引き、ようやく逃げ出すことを再度頭に思い浮かべたが、その時にはもう何もかもが手遅れに思えた。
 背中を見せたが最後、何をされるか分からない。
 ならばこの場を切り抜ける、思いつく限りたった一つの手段を実行に移すしかない。

「あ、あの……!」
 必死に声を振り絞る。

「……何だね?」
「わたしとデュエルをするつもりのようですけど……わたし、デッキを持ってないんです。けど、その部屋はカード保管庫ですから……」
 これは賭けだ。
 瑠衣は今デッキを持っている。しかし瑠衣の主観では、それはただの40枚のカードの束に過ぎない。もしデッキの所持を指摘され、強引にデュエルを始められればとても勝てる気はしなかった。

(でも、あの部屋のカードを使えるなら――!)
 瑠衣の祈りは、何とか無事に通じた。

「持っていないなら仕方あるまい。手早く済ませるのだ」
「……はい、分かっています」
 入り口から退いたミスターTの横を通り過ぎ、あからさまな不信感を込めて小さく睨む。
 

 30分後、瑠衣は特に妨害を受けることもなく無事にデッキを完成させ、落ちているデュエルディスクの一つを手に取り、左腕に装着した。
 欲を言えばテストプレイをしたいが、そんな贅沢は言ってられないだろう。

「準備……出来ました」
「ふむ、ならば始めようか。この世界の真理を、君に理解して貰うための戦いを」

「「デュエル!!」」


瑠衣    LP4000
ミスターT LP4000


「わたしの先攻です、ドロー!」
 完全に同じデッキにはできなかった。『竜の騎士』も、『竜の将軍』も見つけることは出来なかった。しかし代わりに、汎用性の高いカードを投入するスペースが空いた。

「わたしは、モンスターを裏守備表示で召喚します!これでターンエンドです」
 瑠衣の前に、横向きに伏せられた裏側のカードが出現した。

「ならば私のターン。『ダーク・アーキタイプ』を召喚!」
 四足の、目玉が大きい亀のような悪魔が男の場に現れる。



ATK1400



「『ダーク・アーキタイプ』でモンスターを攻撃」




 ――ブラックネイル!!




 悪魔は意外と俊敏な動きで飛び跳ね、瑠衣のカードを爪で引き裂いた。
 しかしその動きは途中で止められる。

「『ボウ・ドラゴニュート』の守備力は1900。そのモンスターの攻撃力との差分、ダメージを受けて貰います」
「な……ぬぁああっ!」
 先程までの態度から比べると、随分と大袈裟に叫ぶ。
 たかだかソリッドヴィジョンのダメージ程度で。




ボウ・ドラゴニュート 効果モンスター
星4/闇属性/ドラゴン族/攻900/守1900
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃できる。
この時相手に与えるダメージは、このカードの元々の攻撃力となる。
「ボウ・ドラゴニュート」以外がこの効果を使用する時、相手に与えるダメージはこのカードの元々の攻撃力の半分となる。

 ミスターT LP4000→3500 




「くっ、カードを1枚伏せてターンエンドだ」





瑠衣 LP4000
   手札5枚
   場 ボウ・ドラゴニュート

磯野 LP3500
   手札4枚
   場 ダーク・アーキタイプ、伏せ1枚





「わたしのターン!」
 だがダメージは与えられたものの、瑠衣は相手が使うモンスターを全く知らない。
 どんな効果が隠されているのか、想像もつかない。

(とりあえず、『ボウ・ドラゴニュート』は直接攻撃ができるけど――その攻撃力は相手のモンスターには及ばない。『レゾナンス』は来ていないし、ここは……)

「『ボウ・ドラゴニュート』を生贄に、『マテリアルドラゴン』を召喚します!」
 黄金の、どちらかといえば馬にも見える竜。
 これは先刻のデッキ調整時に初めて見たカードだ。おそらく攫われた後に流通したのだろうが上級モンスターとして及第点の攻撃力、バーンと破壊効果の無力化は頼りになると判断して投入した。




マテリアルドラゴン
星6/光属性/ドラゴン族/攻2400/守2000
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
ライフポイントにダメージを与える効果は、ライフポイントを回復する効果になる。
また、「フィールド上のモンスターを破壊する効果」を持つ
魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、
手札を1枚墓地へ送る事でその発動を無効にし破壊する。




「『マテリアルドラゴン』の攻撃!」




 ――マテリアルブレス!!





「ぐぁああああっ……!」
 また、ソリッドヴィジョンのダメージとしては大きい叫び声。
 まるで本当にダメージを受けているかのようだ。




ミスターT LP3500→2500




 これはもしかすると母から聞いた、『闇のデュエル』かもしれない。
 そんな風にも少しだけ思ったが、自分でそれは否定する。

(でもあの人は、金色の目玉が付いたようなものは何も持ってないし……)
 覚えている限りでは、そういう類の『闇のアイテム』がないと『闇のデュエル』は引き起こせないらしい。
 あとは、黒い霧に包まれるとかいう話も聞いたような気がする。
 尤もミスターTの風貌は、闇のデュエリストと言って差し支えないが。

「私は、『ダーク・アーキタイプ』の効果を発動する。このカードが戦闘で破壊された時、受けた戦闘ダメージ以下の攻撃力を持つモンスターを特殊召喚できる。デッキから攻撃力1000のモンスター『クリッター』を特殊召喚!」
 現れたのは三つ目の悪魔。
 これは瑠衣も何度となく見てきた。ミスターTの伏せカードが『死のデッキ破壊ウイルス』ではないかと、即座に考えてしまうほどに。
 ただ瑠衣は『マテリアルドラゴン』を従えているため、現状そこまで問題はないのだが。




ダーク・アーキタイプ
星4/闇属性/魔法使い族/攻1400/守600
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
その戦闘で自分が受けた戦闘ダメージの数値以下の攻撃力を持つ
モンスター1体をデッキから特殊召喚する事ができる。

クリッター
効果モンスター
星3/闇属性/悪魔族/攻1000/守 600
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分のデッキから攻撃力1500以下のモンスター1体を手札に加える。


「これでわたしのターンは終了です」
 それと同時にミスターTが動いた。

「このエンドフェイズに、私は『死霊ゾーマ』を発動させる」
 これも瑠衣は知っている。
 戦闘で破壊すればかなりのダメージを受けてしまうが、やはり『マテリアルドラゴン』との相性は最悪。『クリッター』と共に生贄にする気だろう。




死霊ゾーマ
永続罠
このカードは発動後モンスターカード(アンデット族・闇・星4・攻1800/守500)となり、
自分のモンスターカードゾーンに守備表示で特殊召喚する。
このカードが戦闘によって破壊された時、
このカードを破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。
(このカードは罠カードとしても扱う)




「私のターン、2体のモンスターを生贄に――」
「なっ……これって――!?」
 男が召喚したモンスター、その姿を見たことはあった。それどころか自分で使った経験すらある。しかし瑠衣の知る“ソレ”は、通常召喚はできなかった筈だ。
 混乱している中で、瑠衣は現れたモンスターの“色”が決定的に違うことに気付いた。

「黒い……ホルスの黒炎竜?」


 ATK3000



「『ダーク・ホルス・ドラゴン』を召喚!さらに『クリッター』の効果で、『終末の騎士』を手札に加える」
 その容姿とステータスは『LV8』と同じ。
 あるいは特殊能力までも同じかも……しれない。

「『ダーク・ホルス・ドラゴン』で『マテリアルドラゴン』を攻撃!」




 ――ブラック・ギガフレイム!!

 瑠衣 LP4000→3400




「くっ……」
 削られたライフはそう大きくはない。しかしあの黒いホルスが持つ特殊能力が、オリジナルと同じなら――まずいことになる。
 だがダメージを受けたことで、瑠衣はようやく懸念の一つを取り除いた。
 やはりこのデュエルは『闇のデュエル』ではないと。自分が受けたダメージが、ソリッドヴィジョンの枠を超えなかったことこそが何よりの証拠だと考えたのだ。
 それは他の人間ならば何よりも確実に、文字通り痛感できる検証方法だった。しかし永瀬瑠衣に限れば見当違いであることを、瑠衣もミスターTも、いや、今この世界にいる誰一人として知る者はいなかった――――。




瑠衣 LP3400
   手札5枚
   場 なし

ミスターT LP2500
      手札5枚
      場 ダーク・ホルス・ドラゴン





「わたしのターン!」

 ドローカード 天使の施し

 運がない。いや、そこまではいかなくとも現在瑠衣の手札には、役に立たない魔法カードばかりだ。
 そういう点では手札交換ができる『天使の施し』はむしろ良い引きなのだが、魔法無効の効果を持っているかもしれないモンスターに居座られているとなれば話は別である。
 召喚制限がないため、その効果は本家『ホルスの黒炎竜LV8』には劣っている可能性が高いが、仮に回数制限があったとしても致命的であることに変わりはない。
 しかし迷っていても仕方がない。どのみち使ってみないことには逆転は望めないのだ。

「わたしは……『天使の施し』を発動します!」
 止められるのではないかと緊張していたが、しばらく経っても反応はない。

「あ……じゃあ、カードを3枚ドローし――――2枚を墓地に送ります」
 逆転の手は来なかったが、防御に使えるカードはそれなりに揃った。それらをどのように遣り繰りするか考え始めた時だった。




天使の施し 通常魔法
デッキからカードを3枚ドローし、
その後手札からカードを2枚捨てる。




「『ダーク・ホルス・ドラゴン』の特殊能力を発動する!」
 特に深い意味はないが、反射的に身構える。

「相手のメインフェイズに魔法が発動された時、レベル4の闇属性モンスターを墓地より特殊召喚できる。私は『ダーク・アーキタイプ』を特殊召喚する」




ダーク・ホルス・ドラゴン
効果モンスター
星8/闇属性/ドラゴン族/攻3000/守1800
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
相手のメインフェイズ時に魔法カードが発動された場合、
自分の墓地からレベル4の闇属性モンスター1体を特殊召喚する事ができる。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。




 『ダーク・アーキタイプ』の効果は一度見ている。リクルート能力を持つ厄介なモンスターだが、『キラートマト』と比べて脅威は劣る。
 特殊召喚時の表示形式が自由な点では『キラートマト』より上だが、なにぶん召喚できるモンスターの幅が相手の、つまり瑠衣のカードに大きく左右される。そして瑠衣のデッキのモンスターは、安定性を重視して下級モンスターを中心に構築している。
 例えば攻撃力が1600のモンスターで戦闘破壊した時、『キラートマト』なら同名モンスターを召喚することもできる。対して『ダーク・アーキタイプ』では、『魂を削る死霊』すら喚べない。同名モンスターを召喚しようとするだけで、必要なダメージは跳ね上がる。
 ミスターTが『ダーク・アーキタイプ』から低攻撃力のモンスターしか召喚できないのは、瑠衣がデッキを構築した段階でほとんど必然なのだ。
 

「わたしは手札から『光の護封剣』を発動します!」
 ミスターTの場に3本の光の剣が降り注ぎ、2体の闇の怪物を囲う様に空中で停止した。
 この魔法の発動も、やはり通った。どうやら蘇生だけで、魔法を無効にする効果までは持ち合わせていないらしい。




光の護封剣
通常魔法
相手フィールド上に存在するモンスターを全て表側表示にする。
このカードは発動後、相手のターンで数えて3ターンの間フィールド上に残り続ける。
このカードがフィールド上に存在する限り、
相手フィールド上に存在するモンスターは攻撃宣言をする事ができない。




「さらにカードを一枚伏せ、ターン終了です」
 とはいえ、護封剣一つでは物足りなく感じる。魔法を事後的に、自分のターン内で破壊するタイプの可能性もあるし、まだまだ油断はできない。

 ミスターTが無言でカードをドローした。そして手札から1枚のカードを抜き取り、デュエルディスクに差し込む。

「『魔法効果の矢』、発動」
 光の剣に込められた魔力が、矢の中ほどにある魔力球に吸収されていく。やがて完全に魔力が失われた剣は消え、矢が瑠衣に向かって放たれた。




魔法効果の矢
速攻魔法
相手フィールド上に表側表示で存在する魔法カードを全て破壊する。
破壊した魔法カード1枚につき、相手ライフに500ポイントダメージを与える。

瑠衣 LP3400→2900




「くっ……!」
 矢は脇腹を貫いたが肉体的なダメージはないし、出血する様子もない。やはり闇のデュエルではないと、瑠衣は再び考える。

「『ダーク・アーキタイプ』を守備表示に変更し――」
 そう、そしてもう一つ『ダーク・アーキタイプ』が『キラートマト』に劣る点、それは守備表示では基本的に効果を発動できないのだ。
 
「『ダーク・ホルス・ドラゴン』でダイレクトアタック」
 瑠衣のライフは2900。『ダーク・ホルス・ドラゴン』を下回っている。
 この攻撃を受ければ、負ける。
 しかし、瑠衣には伏せカードがあった。強力な罠が。

「手札から『クリボー』を捨て、受けるダメージを0にします!」
 だからこそ、まだ使わない。使うべき時ではない。
 小型の悪魔が無数に瑠衣の前に現れ、黒いドラゴンの炎を阻む。




クリボー
効果モンスター
星1/闇属性/悪魔族/攻 300/守 200
相手ターンの戦闘ダメージ計算時、このカードを手札から捨てて発動する。
その戦闘によって発生するコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。




「私のターンは終了だ」




瑠衣 LP2900
   手札2枚
   場 伏せ1枚

ミスターT LP2500
      手札5枚
      場 ダーク・ホルス・ドラゴン、ダーク・アーキタイプ




「わたしのターン、ドロー!」
 引いたカードは、戦闘をこなせるモンスター。

「わたしは『スピアドラゴン』を召喚します!」
 その効果は貫通。守備表示の『ダーク・アーキタイプ』を戦闘破壊した時でも効果の使用を許してしまう、唯一の例外。




スピアドラゴン
効果モンスター
星4/風属性/ドラゴン族/攻1900/守 0
守備表示モンスターを攻撃した時にその守備力を攻撃力が越えていれば、
その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
このカードは攻撃した場合、ダメージステップ終了時に守備表示になる。




「『スピアドラゴン』で『ダーク・アーキタイプ』を攻撃です!」
 長い口から放たれた竜巻が、四足の悪魔に大きな穴を穿った。




 ――スピアトルネード!!

 ミスターT LP2500→1000




「ぬぅううっ……!」
 また、大袈裟な叫び。
 しかし瑠衣は思う。これが闇のデュエルでなくて良かったと。
 何故なら自身の直感は明確にミスターTを敵と定めているが、闇のデュエルとなれば相手を実際に傷つけていることに抵抗感が生じる。そしてその呵責を無視して“強き者”との戦いを全力で楽しんでしまうことが分かっていたからだ。
 いま目の前にいる男は瑠衣にとって、ただ倒したいデュエリストであるに過ぎない。

 一方ミスターTの側からすれば、『闇のデュエル』であること自体に意味はない。だが必要な役割が何もないわけではなかった。本来デュエルで発生する筈のない身体的な苦痛、それは『闇のデュエル』を知らない者にとっての主観――カードの戦いで肉体的な衝撃を受けるわけがない――を崩壊させることに繋がる。自分は間違っていた、知らない世界がある、そう思わせることこそ刷り込みの第一歩。
 いわば『闇のデュエル』は触媒だ。対戦相手に見せるトラウマ、ひいてはダークネスをより深く刻みつけるための下地。更に精神、肉体の双方から追い詰められたデュエリストは、プレイングミスの確率も増す。
 しかし瑠衣に対してはそれが出来ない。『ホルス』を召喚した時も、精神的に揺らぎはしたが、身体的なダメージを受けないがためにそれ以上の段階へ進まないのだ。

「『ダーク・アーキタイプ』の効果により『終末の騎士』を特殊召喚!さらに『終末の騎士』は召喚、特殊召喚時にデッキから闇属性モンスター1体を墓地に送る。私は『ダーク・パーシアス』を墓地に!」




終末の騎士
効果モンスター
星4/闇属性/戦士族/攻1400/守1200
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
自分のデッキから闇属性モンスター1体を選択して墓地に送る事ができる。




「くっ……『スピアドラゴン』は、ダメージステップ後に守備表示になります」
 竜が羽のない翼を折り畳むが、守備力0の数値が示す通り隙の塊としか言いようがない。

「わたしはカードを伏せてターンエンド!」
 前のターンに伏せカードは使わなかったため、瑠衣の場には2枚の裏側のカードが具現化されている。

「ならば私のターン。『終末の騎士』で『スピアドラゴン』に攻撃する」
 今度は2体とも攻撃表示だ。だからこそ、伏せられている強力な罠を使うことで、それに見合う利益を得られる。

「フフフッ、あなたは“何故前のターンに『ダーク・アーキタイプ』を守備表示にしたか”忘れているようですね」
「何……?」
「リバースカードオープン!『聖なるバリア−ミラーフォース−』!」
 ホルスが吐いた黒い炎は、瑠衣が従える竜を守るバリアに跳ね返され、ミスターTのフィールドを蹂躙した。




聖なるバリア−ミラーフォース−
通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。




 この時、瑠衣は確実にデュエルの主導権を握ったと、そう思った。
 だがこれが『ミラーフォース』を誘うための攻撃とは、まるで予測していなかった。

「こちらのターンはまだ終わっていない。私の墓地には5体の闇属性モンスターがいる。よって手札より『ダーク・クリエイター』を守備表示で特殊召喚する!」


 DEF 3000


「なっ……そんな!?」
 聞いたことのない召喚条件。そして、高いステータス。しかし男の行動はまだ終わらない。

「墓地より『終末の騎士』をゲームから除外し『ダーク・クリエイター』の効果発動。『ダーク・ホルス・ドラゴン』を攻撃表示で特殊召喚!」
「――――――!」
 努力が無に帰したどころではない。状況は前より悪くなっている。
 細かい読みを打ち破る圧倒的なカードの力。
 だがむしろこういう敵をプレイングで打ち破ってこそ、瑠衣の充足感は満たされる。




ダーク・クリエイター
効果モンスター
星8/闇属性/雷族/攻2300/守3000
このカードは通常召喚できない。自分の墓地に闇属性モンスターが5体以上存在し、
自分フィールド上にモンスターが存在していない場合に特殊召喚することができる。
自分の墓地の闇属性モンスター1体をゲームから除外する事で、
自分の墓地の闇属性モンスター1体を特殊召喚する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。




「カードを1枚伏せターンエンドだ」
 まだ瑠衣の瞳は死んでいない。何故なら――




瑠衣 LP2900
   手札1枚
   場 スピアドラゴン、伏せカード1枚

ミスターT LP1000
      手札3枚
      場 ダーク・クリエイター、ダーク・ホルス・ドラゴン




「私のターン!」
 既に勝利を目指す逆転の一手は決まっていたからだ。そして前のターンの時点でそのための鍵は揃っている。

「リバースカードを発動します!魔法カード『収縮』!対象は『ダーク・ホルス・ドラゴン』です!」




収縮
速攻魔法
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択する。
そのモンスターの元々の攻撃力はエンドフェイズ時まで半分になる。

ダーク・ホルス・ドラゴン ATK3000→1500




「ならば、君が魔法を使ったことにより――」
 ミスターTの右腕が動いた。左腕のデュエルディスク、その墓地スペースへ手を伸ばした。
 そこからカードを取り出そうとして――――ぴた、と止まる。

「――――――!?」
 顔には出ていない筈だ。
 出していない自信はある。
 となれば…………気付かれた?
 そうとしか考えられない。こちらの狙いが、『ダーク・ホルス・ドラゴン』の攻撃力を下げることではなく、『ダーク・ホルス・ドラゴン』の“効果を発動させる”ことにあったと、読まれた。

「君のターンだ。続けたまえ」
 やはり効果は使わないようだ。

「わ、わたしは……『スタンピング・クラッシュ』を発動します!」
 ミスターTの伏せカードは前のターンに瑠衣が使ったものと同じ、『聖なるバリア−ミラーフォース−』。
 通常なら、これを破壊できると嬉しいものだが、今の瑠衣はそうは思えない。
 確かに気付かれてしまう手がかりは、与えざるを得なかった。
 『収縮』は干渉を受けにくいダメージステップ時に発動するのが基本。
 しかし『ダーク・ホルス・ドラゴン』が効果を使えるメインフェイズに発動した、たったそれだけのヒント。
 それを単なるミスではなく、意図的なプレイングだったと捉えた。

(強い……!)
 そう思わざるを得ない。
 尤も、まだ瑠衣は負けたわけではない。ライフもモンスターも手札も残っている。
 サレンダーなど愚の骨頂だ。

「『スタンピング・クラッシュ』の効果で、500のダメージを与えます」
 伏せカードの破片が飛び散り、男のライフがさらに減った。




スタンピング・クラッシュ
通常魔法
自分フィールド上に表側表示のドラゴン族モンスターが
存在する時のみ発動する事ができる。
フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊し、
そのコントローラーに500ポイントダメージを与える。

ミスターT LP1000→500




「『スピアドラゴン』を攻撃表示に変更。『ダーク・ホルス・ドラゴン』に攻撃です!」
 竜巻が、『収縮』の影響で極小サイズに変化した黒い竜を呑み込む。

「ぐっ……!」



 ――スピアトルネード!!

 ミスターT LP500→100




 ミスターTが『ダーク・ホルス・ドラゴン』の効果を使い、『ダーク・アーキタイプ』を蘇生していたなら、それと『スピアドラゴン』との攻撃力差は500。『スタンピング・クラッシュ』使用後の残りライフと一致していた。

(ダメ!終わった仮定は忘れないと!この人には……負けたくない――!)
 何度か頭を振って、実現に至らなかった思考を追い出す。

「『スピアドラゴン』は効果により守備表示に。カードを一枚セットし、ターンエンド!」
 竜の背後に裏向けのカードが出現する。
 次のターンをやり過ごすための、頼みの綱だ。

「私のターン、ドロー。手札より『闇の誘惑』を発動。デッキからカードを2枚引き、その後手札の闇属性モンスター1体をゲームから除外する。除外することが出来なければ手札全てを墓地に送るが――」
 あの男の手札には『終末の騎士』があった。そして数秒後、提示されたカードは『終末の騎士』。




闇の誘惑
通常魔法
自分のデッキからカードを2枚ドローし、
その後手札の闇属性モンスター1体をゲームから除外する。
手札に闇属性モンスターがない場合、手札を全て墓地へ送る。




「このカードを除外。そして私は手札を一枚捨て――」
 ミスターTが突如手札のカードを墓地に送った。おそらくはコストだろう。

「『ダーク・グレファー』を特殊召喚する」
「ダ、『ダーク・グレファー』!?」
 怖気が走る単語が混じっていたようで思わず復唱し、間違いではないことを実感する。
 大剣を手にした邪悪そのものの戦士は、装備品の色を黒に一新していた。




ダーク・グレファー
効果モンスター
星4/闇属性/戦士族/攻1700/守1600
このカードは手札からレベル5以上の闇属性モンスター1体を捨てて、
手札から特殊召喚する事ができる。
1ターンに1度、手札から闇属性モンスター1体を捨てる事で
自分のデッキから闇属性モンスター1体を選択して墓地へ送る。




「『ダーク・グレファー』は手札のレベル5以上の闇属性モンスターを墓地に捨てることで、特殊召喚ができる」
「…………」
「さらに『ダーク・クリエイター』の効果、『ダーク・パーシアス』を除外し『ダーク・ネフティス』を特殊召喚!」
 今までそのようなカードは墓地に送られてはいなかった。おそらく『ダーク・グレファー』を特殊召喚する際のコストにそれを使ったのだろう。

「そして『ダーク・ネフティス』は特殊召喚に成功した時、フィールドの魔法又は罠カードを1枚破壊する」
「な…………!?」
 今、場にある魔法、罠は瑠衣の場にある伏せカードのみ。

「くっ……『和睦の使者』を発動します!」




ダーク・ネフティス
効果モンスター
星8/闇属性/鳥獣族/攻2400/守1600
自分の墓地に闇属性モンスターが3体以上存在する場合、
その内2体をゲームから除外する事でこのカードを手札から墓地に送る事ができる。
この効果で墓地に送られた場合、次の自分のスタンバイフェイズ時に
このカードを墓地から特殊召喚する。
このカードの特殊召喚に成功した時、
フィールド上に存在する魔法または罠カード1枚を破壊する。

和睦の使者
通常罠
このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける
全ての戦闘ダメージは0になる。
このターン自分モンスターは戦闘によっては破壊されない。




 おそらく、耐え切った。このまま瑠衣のターンに移れば、『スピアドラゴン』で『ダーク・グレファー』を倒して勝てる。
 そんな淡い期待は、次にミスターTが取った行動によって粉々に打ち砕かれた。

「このターン、私はまだ通常召喚をしていない。3体のモンスターを生贄に捧げ――――」
 3体のモンスターを生贄にして召喚するカード。瑠衣が最初に思い浮かべたのは、当然の如く『ラーの翼神竜』。多くの人間を『裁き』によって再起不能に陥らせた、大嫌いな神。

「え…………?」

 ――あり得ない。

 ――信じられない。

 ――信じたくもない。
 
 ミスターTが、意味不明な呪文を唱えているなど。
 だが意味は分からなくても、何をする際にその呪文が唱えられるかは知っていた。




(『ラー』を起動するための……呪文……)





「『ラーの翼神竜』、召喚!!」
「っ…………!」
 目と耳を塞ぎ、しゃがみ込んだ。
 いつもは『裁き』の前でもそんなことはしない。これはあの男が、おそらく『ラー』を自在に操れると気が付いてしまったことによる萎縮の表れだった。
 あるいは、『裁き』さえも意図的に起こせるのではないか、と思ってしまった。
 



 ――何も、ない。



 裁きの光が降り注ぐ音もしない。
 ゆっくりと、恐る恐る目を開く。

「あ…………」
 瑠衣を見下ろす太陽の神は敵意に満ちていた。
 闇のアイテムと同質の、黄金の皮膚。
 神が放ったのだろう、逃げ場を封じる灼熱。
 かつてエジプトを、世界を守る力となった炎が、闇に従属しただ一人の少女を焼き尽くすためだけに、踊る。
 
 裁きを与え、人の精神を壊す神。
 瑠衣は裁きに耐え続け、ついにそれぞれの神が持つ固有の、そして究極の戦術――『ラー』ならば全てを燃やし尽くすまで消えることなき“炎”――の標的となった。
 いつか本当に戦う機会が来るのではないかと恐れ、しかしデュエリストとしての本能は密かに期待もしていた。
 その時は、唐突に訪れた。明確な拒絶感を与える敵のモンスターとして召喚されたためか、全力で叩き潰せることに、笑みすらこぼれる。
 怖いのは『裁き』であって、『ラー』そのものではない。
 強者と出会えた時の、血が滾るような高揚感を制御しようともせず、神を倒す方法の思索に耽る。
 自分の存在などなくてもいい。あの男に闇に引きずり込まれようとも構わない。
 しかしデュエルに負けてもいいとだけは、絶対に思えない。

(神を、倒したい――――!)
 何故この男が『ラー』を所持しているのか、そんなことはどうでもいい。カードゲームとしてのルールに沿って攻めて来るなら、自分もまたそれに応えて勝利を目指そう。

 研究員を殴り飛ばせない腕よりも、どこへ逃げても追いつかれそうな足よりも、罪で穢れた命よりも、その思いの方が何倍も大切だった。
 そして瑠衣の意思はあまりにも強く、また常人とかけ離れていたがために、自我を否定するダークネスの思想と期せずして対極の位置にあった。
 まだ自覚していない『闇の力』の無力化も含めて、永瀬瑠衣という個人を規定するあらゆる事柄が、ミスターTを、ダークネスを退けるのに有利に働いていた。
 
「『ラーの翼神竜』の攻撃力、守備力は生贄にした3体のモンスターの数値を合計したものとなる」




ラーの翼神竜
星10/神属性/幻神獣族/攻????/守????
精霊は歌う。大いなる力、すべての万物を司らん。
その生命、その魂、そしてその骸でさえも。

ラーの翼神竜 ATK6400 DEF6200




「私はカードを伏せ、ターン終了だ」
 『和睦の使者』は神の力であろうと貫くことは出来ない。
 神の傍らに裏向きのカードを置いて、ミスターTはターンを終えた。




瑠衣 LP2900
   手札0枚
   場 スピアドラゴン

ミスターT LP100
      手札1枚
      場 ラーの翼神竜、伏せカード1枚



「わたしのターン……!」
 引いたカードに視線を遣り、即座にデュエルディスクに差し込む。

「カードをセットし、ターン終了です!」
 仮にも神に挑むには頼りなさ過ぎる布陣。ライフポイントでは瑠衣が大幅に上回っているものの、神の攻撃力6400の前ではまともに意味を為さない数値だ。

「私のターン、手札より『大嵐』を発動する」
 フィールド上の全ての魔法、罠を破壊する、制限カードとして扱われるほど強力な魔法。
 だがそれをすり抜け、神を無力化するための切り札は、既に瑠衣の場に伏せられていた。


「『ラーの翼神竜』……。その翼、もぎ取るっ!!リバースカード『スキルドレイン』!!」


 瑠衣がこれを投入したのは必然の流れだ。
 自分のデッキを紙に書き出すだけなら10分とかからない瑠衣が、30分も時間をかけてデッキを構築した理由。それはカード保管庫から『スキルドレイン』を3枚探していたからに他ならない。
 最初に『マテリアルドラゴン』を見つけた時、瑠衣は気が付いたのだ。
 自分は「知識」という名の情報アドバンテージで既に大差をつけられている、と。
 それをフォローするにはどうするべきか。
 ――簡単だ。全ての効果を無効化し、数字だけの勝負に持ち込めばいい。
 魔法や罠も出来れば止めたいが、そちらは発動時にすぐに効果を知ることが出来る可能性が高い。むしろ戦闘力を目当てに召喚されたモンスターに、思わぬ所で隠された効果を使われることの方が脅威になると判断したのだ。
 

 瑠衣 LP2900→1900


「あなたのミスは、わたしのトラウマを引き立てるため……だと思いますが、三幻神獣の中から『ラーの翼神竜』を選択したことです!元々の数値が高い『オベリスク』、永続効果によって攻撃力が上昇する『オシリス』とは違い、『ラー』の攻撃力が上昇するのは召喚した瞬間のたった一度だけですから!」
 『スキルドレイン』の効果処理は『大嵐』より早い。すぐに破壊されるとしても、その僅かな間だけ『ラー』の効果を止めることが出来れば役割は果たせる。

(これで……いける……?)
 しかしその思いは長く続かなかった。

「リバースカード『神秘の中華なべ』!『ラー』を生贄に、その攻撃力6400を私のライフに加える!」
「あっ……!」
 当然考えておくべき選択肢だった。『ラーの翼神竜』の第2の効果、特殊召喚時にライフを1だけ残し残る全てを攻撃力に変換する1ターンキルの力。だが、万一攻撃が止められた時、神が莫大な数値を道連れにして墓地へ戻る前に処理するための手段。
 『スキルドレイン』で力を失う前に、神は姿を消した。




ミスターT LP100→6500

大嵐
通常魔法
フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て破壊する。

スキルドレイン
永続罠
1000ライフポイントを払う。このカードがフィールド上に存在する限り、
フィールド上に表側表示で存在する効果モンスターは全て効果が無効化される。

神秘の中華なべ
速攻魔法
自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる。
生け贄に捧げたモンスターの攻撃力か守備力を選択し、
その数値だけ自分のライフポイントを回復する。



「カードをセットし、ターンを終了する」
「く……」
 単純に『スピアドラゴン』で直接攻撃を仕掛けたとしても、4回通さなければならない。
 罠で妨害される可能性もあるだろうし、『スピアドラゴン』の守備力は0。戦闘破壊される危険はもっと高い。



瑠衣 LP1900
   手札0枚
   場 スピアドラゴン

ミスターT LP6500
      手札0枚
      場 伏せカード1枚



「わたしのターン!『スピアドラゴン』を攻撃表示に変更、ダイレクトアタックです!」
 


 ――スピアトルネード!!

 ミスターT LP6500→4600



「ぐうっ……」
 瑠衣は、相変わらずミスターTの呻きを無視する。
 そもそも闇のデュエルであることなど瑠衣は知らないし、今はデュエルに勝つために、“そんなこと”に反応している余裕もなかった。
 
(あの人のライフは豊富にある……。一回ぐらい通しても問題はなさそうだけど……)
 しかし瑠衣の手札はドローした一枚のみ。そう何度も都合良くモンスターや防御系のカードが来ないことは、このターンの自分の引きが如実に証明していた。
 だからこそ、それは相手も同じ。男の場に伏せられたカードが、気になる。
 攻撃反応型の罠だったとして、わざわざ隠しておく必要性が薄いことも、しかし隠したい心理も両方理解できる。
 かくして攻撃し、通ってしまったがために余計に迷いは募る。

「ダメージステップ終了時に『スピアドラゴン』を守備表示に変更。そしてカードをセット。ターンエンドです……」
 このターンに引いたカードは、一応は罠だ。伏せないことには、必要な時に使えない。

「私のターン、手札より『死者蘇生』を発動する」
 抑揚なく、聞き流しそうになるほど自然に、ミスターTは瑠衣より先に戦局を変えるカードの発動を宣言した。




死者蘇生
通常魔法
自分または相手の墓地からモンスターを1体選択して発動する。
選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。




「墓地より、『ラーの翼神竜』を特殊召喚する」
「―――――――!」
 プレイングに影響しない範囲とはいえ、フラッシュバックの一つもないわけではない。また一瞬頭が真っ白になり、発生しないと分かっていても『裁き』に身構えてしまう。
 啖呵を切って『スキルドレイン』を使いはしたが、気後れしないための虚勢に過ぎない。
 それ故に、突然生じた違和感の正体に気付いたのは完全に太陽の神が降臨し、ミスターTが先ほどとは別の呪文を唱え始めてからだった。

「あ…………!」
 ミスターTのライフポイントが急速に減り始めた。3600を過ぎても減少が止まることはなく、やがて3000、2000をも下回る。
 これが意味するところは、一つしかない。
 プレイヤーのライフを攻撃力に変換する特殊能力。




 ミスターT LP4600→1

 ラーの翼神竜 ATK0→4599




 ライフが1になることは、普通にデュエルしていてもまず見られない。しかし普通ではあり得ない行動を起こせるカードだからこそ、“他とは違う”と思い知らされる。
 『オベリスク』のソウルエナジーマックス、『オシリス』の招雷弾。これらもまた然り。
 ライフを1にするためには、何度『神の宣告』を発動させればいいのだろう。『蝶の短剣』抜きに、攻撃力を無限大になど出来るのだろうか。
 その豪快さが、実際には効率の悪い効果であっても、神としての畏怖を与える。
 ただし中には、別の理由で恐れてはいたが、それらの効果をただ“在る”ものとして、つまり他のカードの効果と同様に実性能優先で見ることの出来る少女もいた。

(あれ?でも、わたしのモンスターは……)
 “守備表示”の『スピアドラゴン』。どれだけ攻撃力を高めようと、戦闘ダメージは与えられない。

「『ラーの翼神竜』、『スピアドラゴン』を攻撃――――」
 特殊召喚した三幻神獣は、そのターンのエンドフェイズに墓地に送られる。この攻撃で瑠衣のライフが残ればまだチャンスはあるが……。

(プレイングミス?ううん、違う――!)

「攻撃時にリバースカード『メテオレイン』を発動する!」




メテオレイン
通常罠
このターン自分のモンスターが守備表示モンスターを攻撃した時に
その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。




(貫通効果を与えるカード……!しかも対象は取らないため、神にも有効……!)
 瑠衣は、冷静だった。少なくとも、状況を分析できるぐらいには。
 


 ――ゴッドブレイズキャノン!!



 『スピアドラゴン』が炎に包まれた。そして全く勢いを殺さず、炎の余波が瑠衣に迫る。
 ――凄まじい力だ。そう思わずにはいられない。ソリッドヴィジョンの衝撃だけで、まともに立てなくなりそうだ。
 強者と対峙している時の、真剣な表情に、少しだけ悟りの要素が入った。
 
(ごめんね……)
 誰に向けられた謝罪だったのだろうか。
 そして――――







































 その相手はすぐに判明する。

(ごめんね……『ラーの翼神竜』!あなたの全力は受け取りました。でもわたしは……こんな所で負けられない!)
 ソリッドヴィジョンの炎が『スピアドラゴン』を破壊した後、“横を通り過ぎた”だけであれほどの衝撃を受けるのだ。ダメージを受けていたら、本当に立っていられたか怪しい。

「『トラップスタン』!これで『メテオレイン』の効果は無効になります!!」




トラップスタン
通常罠
このターンこのカード以外のフィールド上の罠カードの効果を無効にする。




「あなたは、恐ろしかった……!」
 神は攻撃を終え、1ターン前はライフポイントだった攻撃力ごと墓地に戻った。耐え切れたことを信じられず、震えを鎮めながら瑠衣は言った。

「わたしを精神的に追い込もうとする謀略、その一つ一つに、わたしは苦しめられた……!でも……それをプレイングに反映していては、わたしには勝てないっ――!」
 積もり積もった拒否感と恐怖と絶望を、その他諸々のミスターTに植えつけられた心のしこりを、吐き出すように叫んだ。そうせざるを得ないほどに、追い詰められていた。





瑠衣 LP1900
   手札0枚
   場 なし

ミスターT LP1
      手札0枚
      場 なし




「わたしのターン、魔法カード『死者蘇生』を発動し――――」
 一瞬だけ『ラー』を召喚しようかと思った。
 しかしミスターTが、いや、ダークネスが仕掛けた最後の誘惑を、瑠衣は断ち切る。
 どうせ神を喚んでも、操れはしない。

「『ダーク・ホルス・ドラゴン』を特殊召喚しますっ!」
 黒い、ホルスの黒炎竜。これの色違いには随分とお世話になった。
 ミスターTがたじろぎ、瑠衣は攻撃宣言を行うべく、右腕を胸の高さに持ち上げる。
 
「バト……」


 ――ピシッ

 
「え……?」
 突然の異音。それは目の前の『ホルス』から生じた。


 ――ピシピシピシピシッ


 もう一度、音がした。何が起こったのかよく見ると――――ひびが入っていた。
 ひびは瞬く間に竜の全身に広がると、まるで卵の殻が割れるかのように『ホルス』を覆っていた闇の衣が剥れ落ちた。
 中から姿を現したのは、瑠衣がよく知る『ホルス』。




ホルスの黒炎竜LV8
効果モンスター
星8/炎属性/ドラゴン族/攻3000/守1800
このカードは通常召喚できない。
「ホルスの黒炎竜 LV6」の効果でのみ特殊召喚できる。
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
魔法の発動と効果を無効にし破壊する事ができる。




 閉じ込められていた所から解放されたかのように、そして閉じ込めた犯人がミスターTであり、その恨みを晴らそうとするかのように『ホルス』は咆哮を上げた。

「ど、どういうこと……?」
 瑠衣は目の前の竜をどう扱うべきか迷っていたが、ミスターTの混乱はそれ以上だった。

「何が……起こっている?むしろ――貴様は、何者だ?」
「あ…………」

 ――貴様は、何者だ?

 ――キサマハ、ナニモノダ?


 神の裁きを最初に耐えた日、研究員の誰かにそう言われた。
 意図してか、そうでないかは分からない。だが敗北が確定してなお、この男は後ろ暗い記憶を掘り起こさせる。
 もう、これ以上一言たりとも、その声を聞きたくなかった。

「くっ……わたしは、『ホルス』でプレイヤーにダイレクトアタック!」


 ――ブラック・メガフレイム!

 ミスターT LP1→0



「ぬぁあああああああああああっ!!」
 男はどう考えても断末魔としか思えない悲鳴を上げ、その身体は無数の両面が黒で染められたカードに分解され、室内では考えられない強風に巻き上げられた。瑠衣は強風に耐えられずに目を瞑り、次に目を開けた時には男の痕跡は何一つ残っていなかった。
 瑠衣はこれが闇のデュエルだったのだと、この瞬間に初めて気付いた。
 対戦相手を“消した”後に。自分が肉体的なダメージを受けていないという主観を信じる精神的余裕は、残されていなかった。

「そ、そんなっ……!」
 永瀬瑠衣はミスターTに、ダークネスにデュエルで勝利した。多少の読み違いはあったものの、闇の力に影響されることなくいつも通りのプレイングをして、いつものように勝った。
 しかし、瑠衣が得たものはといえば、絶望のみ。ダークネスを否定するために自分の生をも否定した、すなわち瑠衣の勝利とは自らの死を肯定しただけだった。挙句に『闇のデュエル』で人を殺したと思い込んでしまった。
 勝利してしまったがために、ダークネスの世界で遊城十代の希望の叫びを聞くこともなく、深く根ざした罪悪感に苦しめられることとなる。原因の分からない、罪悪感に。


 いつの間にか意識を失い、次に目を覚ました時、瑠衣はダークネスとの戦いを何一つ覚えていなかった。いつも通りベッドの上で目覚め、何かを忘れている気がして両手を見つめる。
 そして――――突如瑠衣は自分の腕を切り刻みたい衝動に襲われた。手が血で塗れている、それが殺人者のあるべき姿だと思った。人殺しはその証を見せなければならない。さらにそうすることで痛みを、罰を受けることが出来る。

(あれ……?)
 少しだけ疑問が生じた。

 自分は、誰を殺した?

 黒い影が思い浮かんだが、何故か焦点が合わない。必死に頭の中でピントを結ぶと、影の代わりに次々と『裁き』で犠牲になった者の最期が過った。若い男が多かったが、時には瑠衣とそう年の変わらない子どももいた。おそらくは瑠衣と同じように誘拐されたのだろう。
 ――そうだ。わたしは彼らを見殺しにした。
 研究員に逆らえば、あの中の一人ぐらいは救えたかもしれないのに。それが今更、自分が殺人者であることに疑問を抱くなど、どうかしている。彼らへの冒涜だ。
 最早いかなる歯止めも効かず、どのように自分を傷つけるか考え始めた時、

 ドンドン!

 突然の乱暴なノック音によって、瑠衣は一瞬思考停止に陥り、次にはっと我に返り、自分が考えていたことの恐ろしさを噛み締めた。このノックの意味が催促であることも、瑠衣から自傷を遠ざけた。
 感謝などしない。たとえダークネスとの闘争を覚えていたとしても、彼らは誘拐犯。そもそもあんな実験を繰り返していることこそ根本的な原因なのだ。礼を言う価値などない。しかし評価を覆すには足りなくとも、これより後、ほんの僅かばかり瑠衣への待遇が改善したのは気のせいではないだろう。
 手早く着替えて白衣を羽織り、何度か深呼吸して覚悟を決め、瑠衣はゆっくりと『裁き』への扉を開いた。
 瑠衣が真に“闇”に打ち勝つのは、もう少し先の話――――。
 








 ―――――――――――――――――――――――――









  同時刻
 次元の狭間 ドーマの城


 そして――――


「そう、あの子が異世界に……。ありがとう、イオレ」
 永瀬瑠衣の能力を知る唯一の存在、永瀬沙里亜はダークネスの脅威が迫る第一次元を離れていた。
 沙理亜はドーマの本拠地であるこの城に、最初は迷い込んだだけだったが、数か月が経った今では第一次元、第十二次元の双方に睨みを利かせる重要な拠点となっていた。
 それは、現『オレイカルコスの神』の代弁者であるイオレが次元融合未遂事件を利用し、第一次元と第十二次元をつなぐ「穴」のほとんどを掌握したことによる。つまりは中継点。
 そうして出会った2人は党首討論の末、お互いに滅ぼすべき敵であり、また当面は利用できる相手だと認識した。
 目下、両者とも短期的目標は第十二次元に戦争を起こさせることだった。そして戦端を開かせる国が悪魔族の国家、『ガリウス帝国』という点までも一致していた。

 まず沙理亜は、単純に言えばガリウスを滅ぼすために動いていた。それもガリウスを悪役に仕立て上げて、である。
 元々彼女は第一次元にガリウスを侵攻させ、“デュエリスト”に迎え撃たせる計画を立てていた。しかし出来るものなら第十二次元内で似たようなことをさせたいとも考えていた。滅ぼすのに必要なこととはいえ、一応は故郷の次元を踏み荒らされたくはない。それにガリウスが第一次元に着いたら、拠点の確保と並行して真っ先に「永瀬瑠衣の捜索」を始めると推測していたからだ。報告では、瑠衣はまだ能力を自由に制御することは出来ていないらしい。
 だが城に迷い込む数日前に、第十二次元内で事を済ませる計画が、あるいは実行可能になるかもしれない事態が発生した。異世界から現れた別の悪魔がガリウス皇帝『暗黒の侵略者』を殺害し、自らがその地位に座ったのである。

 それまで第十二次元では7つの国家全てが一つの同盟下に置かれ、別次元からの侵略――例えば9年前のドーマの侵攻がそれに当たる――に備えていた。しかしそう何度も侵略者が訪れるわけでもなく、形骸化した同盟と化していた。そんな中、ガリウス皇帝『暗黒の侵略者』は第一次元を危険な勢力と判断し、独断で自国の兵を何度も偵察に遣わせていたのだが、あくまでその名目は忘れなかった。第十二次元の他国家に危険視される行動は第一次元の“デュエリスト”の拉致だけで、これは巧妙に隠蔽されていたが、それ以外に敢えて敵を増やそうとする行いはほぼなかった。ただその偽善者じみたやり方が、沙理亜の他にも連れて来られた第一次元の“デュエリスト”の神経を逆撫でしたともいえるが。

 『暗黒の侵略者』を殺害した次代の皇帝『幻魔皇ラビエル』は、より苛烈に第一次元の危険性を訴えた。『ラビエル』はどうやら第一次元で生まれた数少ないモンスターだが、幾度も人間の私欲に利用され、その度に別の者に封印され、最後にはどことも知らない次元に捨てられたらしい。
 しかしそれを理解させる方法は先代とは似つかぬ、力で全てを捩じ伏せ、逆らう者を次々と処刑するものだった。『ラビエル』率いるガリウスは国際的な信用を失い、早々に同盟から脱退し、あっという間に自らが紛争の原因との烙印を押されていた。
 そしてそれは沙理亜にとっては、願ってもやまない状況だった。ガリウスに捕らわれていた頃に作っておいた内通者は、クーデターを無事に生き延び、新体制の下ではかなりの要職にまで上り詰めていた。すぐさま沙理亜は連絡を取り合い、ガリウスが第十二次元の各国家へ侵略し、敗北させる策を実行に移すことを確認した。ただ、開戦を決断させるための後一押しが足りない状況にあったのだった。

 一方、イオレ率いるドーマは、第十二次元で戦争を起こすこと自体が目的だった。戦争が起きれば、人々の心は荒む。略奪や殺戮が横行し、多くの民が命を落とし、残された者は少なからず後ろ暗い感情を抱くだろう。
 いわゆる暗黒時代が到来すれば尚良い。第十二次元全体が、際限なく心の闇を生み出し続ける栽培場になる。加えて第十二次元の同盟軍は第一次元が危機に晒されると援軍を送るため、第十二次元の戦力の低下はそのまま第一次元の防衛線が削がれることを意味する。とりわけ『伝説の三騎士』は確実に仕留めておきたい。
 沙理亜とは違い、たまたまそれらの条件を満たすのが、いかにも圧政を敷きそうなガリウス帝国だったに過ぎないが、目的が同じで、そのために足りない要素を補い合っているとなれば協調は必然だった。

 今のドーマは第十二次元の2、3国を相手に立ち回れる程度の戦力を有していたが、9年前に第十二次元にも侵攻したことが祟り、たとえその際には一兵も出さなかったガリウスと言えど、協力を仰ぐのは難しかった。形式的には7国全てが同盟国であり、ガリウス内部に融和路線の提唱者がいないわけではない。その成果かは分からないが、実際に一線を越える行いはほとんどなく、接触すらままならなかったのだ。
 そこへ沙理亜よりもたらされた現在のガリウスの内情こそ、イオレが待ち望んでいたものだった。対して侵攻決断の決め手が欠けていた沙理亜も、強大な同盟戦力という格好の餌を手に入れる形となった。
 そして、しばらくはお互いに直接潰し合わない契約を交わし、この安全で高みの見物を決め込める城で、ガリウスと第十二次元を思い通りに操るための知謀を張り巡らし合っていた。

 かくして、開戦予定日まであと一週間に迫った頃、沙理亜が第一次元からある少女を第十二次元に送ると言い出したのだ。それをスパイの派遣か何かだと思ったイオレは、初めての次元間跳躍だったのだろう、意識を失った少女の顔をしっかりと覚えてから第十二次元の、沙理亜が指定した国に跳ばした。
 その礼が、先ほどの言葉。

「貴女に感謝されると、気持ち悪いですね……」
「それはどうも。でもあんなに簡単に送ってくれるとは思わなかったから」
 おそらくイオレは少女の“用途”を勘違いしている。そうでなければ絶対に拒否する筈だ。

「あの娘の顔を見る機会なんて、これからいくらでもあるのに」
「……どういうことです?」
 答えるまでに数秒の間が空いた。やはりくだらない思い込みがある。

「頼まれてから、彼女のことは少し調べました。ガリウスの“デュエルモンスター”に両親を殺され、自宅も全焼。どうやら貴女が助けたという話があるのは気がかりですが……進みそうな道は復讐者。確かに『闇の力』でコーティングされた刀とそれなりの腕はあるようですが、まだ年端も行かない少女にその役割は無理があるのでは?」
 それを聞く沙理亜はクスクスと笑っていた。ただしそこには、呆れの要素が強い。

「何がおかしいのです?」
「フフフ、見た目に騙され過ぎていることよ。私があの娘を最前線で戦わせるつもりだと思っているようだけど、しばらく第一次元を離れて頭が鈍ったのではない?それとも、あの娘もまた第一次元の“デュエリスト”であると、忘れているのかしら?」
「!  そういう……ことですか。やってくれましたね……」
「それも間違いよ。お前はあの娘に負けた。あの娘が持つ怜悧な殺気は、確かに剣士のものだわ。しかしあれは、ガリウスを倒すためならば“指揮官”でもやり抜く覚悟の強さ、と受け取るべきだった」
 イオレの分析は完全な誤りではない。確かに少女は異世界に行き、その手を悪魔の血で染める事を望んでいる。
 だがこの場においては、少女の意思よりも沙理亜が少女に求めている役割の方を見定めるべきだったと言わざるを得ない。沙理亜が導いたことを知っているなら尚更。
 少女が持つ刀はなまくらではない。だからこそ、それを生かした何かをさせるのだと思わせた。M&Wを扱う者なら大抵が出来る“能力の数値化”が霞む様に仕向けた。デュエルディスクも次元の穴を通る前に破棄させた。
 
「お前も代弁者の活動を自らの意思でしているなら、あるいは気付いたかもしれないけれど。植えつけられた思いでは、やはり真なる決意には勝てないわよ」
 そう言って、第一次元に戻るため、沙理亜は城の一室から立ち去った――。





 沙理亜が第一次元に戻った時、全ては終わっていた。
 ある者は瑠衣と同じように無意識の内に忘れ、またある者は夢か何かだと判断した。
 記憶の欠落と混乱に敢えて触れようとする者はおらず、大多数は僅かばかりではあるが希望を得て歩みだした不可思議な事件。
 瑠衣が一生思い出すことはなく、沙理亜はいつまでも知ることのない戦い。
 それが瑠衣の心に変化を与え、沙理亜の読みを良い意味でも悪い意味でも狂わせていたことも、知られることはない――――。



the judgment ruler 外伝 〜闇を裁く者〜  終







『the judgement ruler 資料集』

1.組織解説

・Legend card研究所
 海馬コーポレーションとI2社の共同で作られたM&Wの研究組織。ただし海馬コーポレーションは資金提供をしたのみだが。本編での登場はほぼないが、例えばヨハンの宝玉獣を生んだのはこの組織の成果である。名前が適当なのは気にしない。また、それ以外にも……?

・グールズ
 9年前に崩壊したレアカード強奪組織。残党の逃げ足は速い。
 沙理亜が永久に滅ぼすべき組織の一つとして挙げ、本編中ではその最初の犠牲となった。

・ドーマ
 第一次元で興された、オレイカルコスを奉じ、歴史の初期化を狙う組織。グールズと同じく9年前に壊滅し、第一次元を追われた。
 その後、次元の狭間に潜伏し『オレイカルコスの神』を回復させようと各次元で暗躍していたが、偶然の成り行きによって沙理亜に発見され、“世界の敵”に認定されてしまう。
 現在は第十二次元を中心に活動しているが……。

・カードプリベンター
 I2社直属のM&W治安維持組織。前身はカードプロフェッサーギルド。
 プロ制度の導入によって行き場を失った彼らだが、その時点で既にランキングの頂点に立っていた北森玲子の発案により、ペガサスミニオンのコネクションを使い、M&W界の役に立つ組織とすることを条件に、保護を受けることに成功する。
 玲子は今もこの組織のリーダーであり、プロフェッサー時代からの荒くれ者たちをよくまとめている。CPという頭文字を変えたくなかったがために、このような名前になった。

・闇狩り
 海馬コーポレーションが契約している民間のオカルト対策チーム。しかしこの集団は公には存在しないため、実質的に専属である。これは組織の存在を明かせば、非ィ科学的な事件の実在をも認めることになってしまうからだろう。
 その目的も、基本は海馬瀬人の“耳に入る前に”解決するものである。
 組織の長は獏良了であり、独自の理念を以て闇のアイテムの回収、封印を行っている。




2.『十二次元解説書』 D○○chi ○is○wa著

・第一次元
 十二次元世界で唯一『闇の力』が大気中に存在しない次元。その力を生み出すために古代から多くの研究が行われてきている。
 成功例としては『千年魔術書』、『アムナエルの書』が存在する。『闇の力』をこの次元で行使するには強い精神力が必要であり、特に『千年魔術書』製で最高レベルの『闇のアイテム』には、心の弱い者が触れるとその者を殺害する試練プログラムが自動的に組み込まれる。
 しかし精神力が強ければその正邪は問われないため、選ばれた者であると己を過信し邪な道に足を踏み入れる者も多い。そういった人間に対抗し得る人材や知識が少ない分、むしろ最も滅びに近い次元と言える。
 また狭義の“デュエリスト”が娯楽としてデュエルを行う、現存する唯一の次元であり、モンスターも幻の存在である。それらとの共存を考えずに人間は文明を発達させてきた。度重なる戦争、そして生活水準の高まりと引き換えに自然は大きく傷付いている。
 現代では人工的にモンスターを開発する研究までも行われているようだが……。

・第二次元
 通称冥界。または死者の次元とも呼ばれる。これは基本的に入る一歩通行で、自力で出る方法が存在しないためである。
 肉体まで完全に他次元に移動した例は、三千年前に大邪神ゾーク・ネクロファデスが第一次元へ向かった一つのみだが、これも第一次元側からの働きかけがなければ起こらなかったであろう。しかしそれ以来悪しき心を持つモンスターたちは、この次元から出ようと様々な方法を試みているようだ。
 
・第三次元
 比較的低レベルのモンスターが集団で生活している次元。次元融合未遂事件の影響で飛ばされてきた鳥人によって圧政を敷かれかかったが、同じく異世界からやって来た人間によって倒された。以後はまた平和な日々が戻っている。

・第四次元
 広大な砂漠に覆われた次元。数年前、第一次元のデュエルアカデミア本校とそこで学んでいた数名の学生はこの世界に転移した。
 次元融合未遂事件の影響によるものと推測されているが、時期が少しずれているため別の原因か、あるいは次元融合の実験に使われたとの見方もある。
 鳥獣、岩石、昆虫族モンスターの生息が確認されている。
 M&Wを使うモンスターとそうでないモンスターの両方がいるが、M&Wの遣い手には何らかの改造が施されているようだ。

・第五次元
 エクゾディアが封印されていた次元。過去形が示す通り、近年封印が解かれている。術者は現在に至るまで行方不明。
 砂漠や谷があることから第四、六次元とのリンクが考えられているが、次元融合未遂事件によるものとも考えられている。

 近年の研究により、この次元は第一次元と時の流れが異なることが判明した。
 この次元に渡った少女の話では、第一次元での1日はこの次元での1年に相当するとのことである。
 当時はドラゴン族モンスターによってほぼ統一された王制国家が成立していたようだが、今もそうとは限らない。
 あなたが本書を手に取ってくれているこの瞬間も、世界は刻々と変化し続けているのだ。

・第六次元
 通称墓守の里。どこまでも広がる谷を守るかのような巨大な砦に、民のほとんどが住んでいる。また、谷には少数だが岩石族モンスターも生息している。太陽が3つ存在するが、その影響は人が生活出来る程度ものである。
 第十二次元、第一次元とのリンクは深く、迷い込む者も後を絶たない。近年、第十二次元のある国家に征服されたとの噂もある。

・第七次元
 M&Wを使いながら、その魂の一部すらも他次元にカードとして現れない人間、狭義の“デュエリスト”が住んでいた次元。第一次元以外でその存在が確認されたのは、この次元のみである。一族は既に滅び、彼らが過ごしていたとされる城だけが残っている。また、モンスターの多くもM&Wを扱う。
 城はこの次元のほぼ中心に位置し、そこから東西南北に進むとそれぞれ異なった風景とモンスター分布が見られる。現在確認されているのは18種族で、これは第十二次元と並び2番目に多い。
 城には各属性の代表者が集まって暮らしており、穏やかに世界を見守っている。しかし、近年別次元からの来訪者が代表者らを殺害し、代表者の証をも奪ったそうだ。転移は次元融合未遂の名残によるものとの見方が強いが、同時期にこの次元で捕捉された三幻神獣クラスのエネルギー反応の持ち主が、何らかの形で関与している可能性もある。

・第八次元
 十二次元世界の中で、最も多くの種族が生息する世界。モンスターがM&Wを操る次元で『闇の力』も存在するが、敗者が死に至らない謎に包まれた次元である。
 草原、砂漠、火山、荒野、暗黒界、聖域等、様々な領域が存在し、領域ごとに守護者が存在する。
 ちなみにこの次元の暗黒界は第九次元とは別物であり、第八次元内で宇宙に通じる唯一の地帯である。
 
・第九次元
 通称暗黒界。邪悪なモンスター(種族、属性に関係はない)の中から最強の者が選ばれ、覇王として統治している世界である。覇王軍は各地へ侵略し、無用な殺戮や略奪を繰り返しているため、その評判はすこぶる悪い。圧制に抵抗する解放軍まで結成されており、ある一人の覇王が倒されて以後は、解放軍が優勢になっている。
 度重なる戦争の中で既に自然は破壊し尽くされており、空は常に暗雲に覆われている。
 モンスターがM&Wを操る次元であり、デュエルの敗者は死に至る。

・第十次元
 文明レベルはやや低めの、のどかな世界。循環型の生態系が成立しており、第十一次元の平和提唱を受ける前からほとんど争いのない稀有な次元である。しかし過去には大きな戦渦に見舞われたこともあり、その名残なのか、街から離れた荒野には竜と思われるモンスターが封印されている。
 獣族、魔法使い族、天使族の生息が確認されており、第十一次元出身でない天使が住んでいるのはこの次元のみである。
 冥界の猿に狙われているという話もあるが……。

・第十一次元
 通称天界。天使族モンスターが生息しており、小さな諍いは存在するものの、基本的に平和が実現されている次元である。他の各次元にも人員を派遣し、動向を視察、争いを鎮めようと奮闘している。
 それぞれの次元で彼らの見方は異なっており、例えば第十二次元では中立国家を形成しているのに対し、第一次元では伝説上の生物で存在自体が信じられていないため、平和提唱の効果は全く出ていない。
 しかし最近、第十二次元に派遣した天使と連絡が途絶えているとの話もある。第十二次元を支配し、第十一次元への反逆を目論んでいるとか。
 文明レベルは高いが、生活水準はそれと比べるとやや低めになるようにコントロールされている。
 M&Wは存在しない、モンスター自身の力によって戦う次元である。

・第十二次元
 十二次元世界の中で、二番目に多くの種族が生息している次元。唯一の大陸では主に種族によって分けられた7つの国家、周辺の海域などを含めると、18もの種族が確認されている。
 人間は住んでいるが「デュエリスト」は存在せず、M&W上では戦士、あるいは魔法使い族モンスターとして扱われている。また他種族の国家でも「デュエリスト」の不在は同様。
 第一次元とのリンクは深く、第十二次元の『伝説の三騎士』は、第一次元のオレイカルコスを破壊できる、数少ない存在である。
 悪魔族の国家「ガリウス帝国」が、戦士族の国家「フォルオード王国」に侵略を開始したことによって勃発した戦争は、復活したドーマの介入もあり、大陸規模に発展しながら現在に至るまで続いている。


・次元融合未遂事件
 第一次元の宇宙で生まれた「破滅の光」をその身に受け、残虐性とM気質を得たモンスターが引き起こした事件。ある次元の物や人が別の次元に突然移動するというのが主な影響。第三次元での一時期の支配や、第九次元で覇王軍の他勢力への抑圧が強まり、直後急速に力を失ったのはこれによるものと見られている。
 全ての次元を一つにまとめる計画だったようだが、首謀者に不要とされた地がそこに住む者ごと次元の渦に呑まれて消滅してしまう危険性を秘めていた。最終的には首謀者の私怨?が晴れ、親友(愛する人との見方もある)との仲を取り戻したことにより事件は終わった。
 だが、十二次元が不安定になったことは確かで、各次元に稀に存在する「次元の穴」の行き先が変わってしまったり、新たな「穴」が生まれた可能性もあるため、今後の動向には注意が必要である。



・参考文献
 ???ネオス著『ディスティニーブレイカー』遊☆戯☆王カード原作HP 2007年10月
 村瀬薫著『光は鼓動する 〜幻想避行編〜』遊☆戯☆王カード原作HP 2010年5月
 Elvira著『The Bravery Girl and Amusing Dragons』




3.簡易プロフィール

 名前 永瀬瑠衣
 年齢 15歳
 生年月日 12月23日
 身長 151cm
 体重 あの、デュエルしませんか?
 デュエリストレベル 5(実質7)
 使用デッキ ドラゴン族
 魂のカード 竜の騎士
 体質 巻き込まれ
 戦闘力 皆無
 固有能力 『闇の力』の無力化、精霊との会話(消滅?)、狂化


 名前 永瀬巧
 年齢 17歳
 生年月日 4月6日
 身長 173cm
 体重 56kg
 デュエリストレベル 6
 使用デッキ 炎属性
 魂のカード バルログ
 幸運 最低
 固有能力 特になし 
 戦闘力 低い
 

 名前 桐沢健(偽名)
 年齢 不明(推定20歳)
 生年月日 不明
 身長 177cm
 体重 62kg
 デュエリストレベル 6
 使用デッキ 暗黒騎士ガイア
 魂のカード 暗黒騎士ガイア
 特性 普通の人(凡人という意味ではない)
 戦闘力 暗殺者としては優秀
 所属 海馬コーポレーション 
 

 名前 不明(1章〜3章の謎の少女)
 年齢 不明(推定18歳)
 生年月日 不明
 身長 不明
 体重 不明
 デュエリストレベル 不明(推定6)
 使用デッキ 電池メン?
 魂のカード 不明
 幸運 低い
 所属 カードプリベンター
 戦闘力 高い




戻る ホーム