柊柚子のナイトメア・デュエル

製作者:あっぷるぱいさん




 遊☆戯☆王ARC-Vに登場するキャラクター『柊柚子』を主人公とした二次小説です。
 事前に遊☆戯☆王ARC-Vの53話までを視聴しておくことを推奨します。
 なお、作中オリジナルカードを除き、カード効果はOCG効果に準拠しています。






<目次>
 1章 夢の世界
 2章 悪夢と魔王
 3章 3対1のデュエル
 4章 情報収集 カード収集
 5章 町の支配者とのデュエル
 6章 魔王の城
 7章 魔王とのデュエル
 8章 ファイナルターン
 終章 悪夢の終わり





1章 夢の世界


「――今すぐ目を覚ますのデース、柚子ガール!」

 ……声、だった。
 ぼんやりとした頭の中に声が響いてくる。
 誰の声だろう?

「――さあ、早くウェイクアップするのデース、柚子ガール! おめめをオープンするのデース!」

 声はどうやら私に呼びかけてきているらしい。目を覚ませと言っている。
 誰? 誰なの……?

「――さあ、柚子ガール! 今すぐ起きるのデース! 起きないならば、ユーをこのカードに封印しちゃいマース!」

 声が響き続ける。今すぐ起きろと言っている。そして、起きなければ、私をカードに封印しちゃうと言っている。

 …………。
 ……って、えっ!? カードに封印!?

「ちょ……ちょっと待って!」
 私は叫びながら目を開いた。
 その目に飛び込んできたのは青い空。雲1つ見られない。快晴だ。
 それを見て、私は自分が地面に寝転がっていることに気づいた。
「オー! ようやく目を覚ましましたネー、柚子ガール!」 
 右のほうから声が聞こえる。さっきから私に呼びかけている声だ。すぐに体を起こし、声のするほうに目を向けた。
 そこには男が1人いた。銀色の長い髪を持つ男だ。年は20代前半くらい。どこか外人っぽい顔立ちをしている。彼は笑みを浮かべてこちらを見ている。
 私は警戒しながら訊ねた。
「あ……あなたは……誰? 私を……カードに封印する気なの?」
 カードに封印する――さっき彼はそう言っていた。それを聞いて真っ先に思い浮かべたのは、融合次元のアカデミアのデュエリストのことだ。奴らは人間をカードに封印してしまうのだ。
 私は銀髪の男を睨み付けた。
 この男もアカデミアの人間? もしそうなら、私はアカデミアの奴に捕まってしまった……ということ、なの?
 周囲を見渡してみる。澄んだ青空の下に荒れ果てた大地が広がっていて、それ以外のものは特に何も見当たらない。せいぜい、ここから遠く離れたところに、小さな町のようなものが見えるくらいだ。今ここにいる私と銀髪の男を除けば、人の姿は見られない。
 なんだか周りを見ていたら落ち着かなくなってきた。よく分からないけど、この場所は何かがおかしい気がする。何かが変だ。何かが……。その理由が上手くつかめなくて、焦りの気持ちが強くなっていく。
 一体、何がどうなってるのよ!
「こ……ここはどこなの!? 遊矢は……他の人たちはどこへ行ったの!? あなたは誰!? アカデミアの人間なの!? どうして私……こんなところにいるの!? 私は――」
「ストップ! 質問が多すぎマース! ちょっと落ち着くのデース!」
「あ……あなた……私をカードに封印するつもりなの!? さっきそう言って――」
「カードに封印? ああ、あれはただのジョーク。アメリカンジョークネー。気にしないでくだサーイ。ユーがなかなか起きないので、ちょっと脅かしただけデース。私はアカデミアの人間ではありまセーン。だから安心してくだサーイ」
「えっ? アカデミアの人間じゃない?」
 男の言葉を聞いて、熱くなっていた頭の中が少しだけ冷えた。
 気持ちを落ち着けてから、私は質問した。
「あなたは誰ですか?」
「オーケー、その質問から答えましょう。私の名はペガサス・J・クロフォード。ナイス・トゥ・ミー・チュー、柊柚子」
 ペガサス・J・クロフォード。それがこの男の名前らしい。
「ペガサス……さん。ここは一体どこなんですか?」
「グッドな質問デース! お答えしましょう!」
 ペガサスさんはコホンと咳払いを1つすると、少し間を置いてから答えた。





「ズバリ! ここはユーが見ている夢の中の世界なのデース!」





 …………。
 ……夢?
「夢って……あの夢ですか? 『将来○○になりたいなー』とか『将来××がやりたいなー』とかいう、あの夢……」
「ノー! その夢ではありまセーン!」
「じゃあ、寝てる時に見るっていう……」
「イエス! まさにその夢デース! ユーは今眠りについており、夢を見ていマース。その夢の世界こそが、今ユーや私がいるこの世界なのデース!」
 …………。
 ……そうか、夢か。夢なのか。
 言われてみると、すんなり納得できてしまう。なんというか、今私がいるこの場所は、どこか現実っぽくないのだ。こう……現実の世界から切り離された仮想世界、といった感じがする。だから、ここが夢の世界だと言われると、ものすごく納得できる。なるほど、さっき私がこの場所に対して抱いた違和感の正体はこれだったのね。
 けど、納得できない部分もある。
「あのー、ペガサスさん」
「ム? 何か不満そうなフェイスをしていますネー、柚子ガール」
「不満ってほどのことではないんですけど、その……ここが夢の世界だという点は納得したんですが……あの、それを明かすタイミングがちょっと早すぎる気が……」
「ワッツ? 早すぎる? どういう意味デース? 夢の世界であることを明かすタイミングに早いとか遅いとかあるんデスか?」
「いや、なんというか……そういうことってもうちょっと後になってから明かすのがセオリーなんじゃ……」
「んー? どういう意味デース? まるで意味が分かりまセーン。もうちょっと分かりやすく説明してくだサーイ」
「えーと、だからつまり……いや、もういいです」
 自分でも何を言ってるのかよく分からなくなってきたので、この話はもうやめることにした。
 とりあえず、大事なことが分かったからよしとしよう。
「要するに、ここは私が見ている夢の中の世界であって、現実世界ではないということですね?」
「イエス! その通りデース!」
「夢ってことは、いずれは目が覚めて、現実世界に戻るってことですよね?」
「…………」
 ……えっ!? なんでそこで黙り込むの!?
 もしかして、私の質問が聞き取れなかったのかしら? 
「あの、ここって私の夢の中なんですよね?」
「そうデース!」
「現実世界じゃないんですよね?」
「イエース!」
「ってことは、いずれは目が覚めて、現実世界に戻るってことですよね?」
「…………」
 ……いや、だからなんで黙り込むのよ!
 ここは夢の中なんでしょ? ってことは、いずれは目が覚めて現実世界に戻るってことよね? そうじゃないの?
 困惑していると、ペガサスさんは真剣な眼差しをこちらに向けてきた。
「柚子ガール。ユーには大事なことを話さねばなりまセーン」
「大事なこと?」
「ええ。私がこうしてユーの前に現れたのは、ユーに大事なことを伝えるためなのデース」
「何なんですか? 大事なことって」
 ペガサスさんは人差し指をピンと立てると、はっきりこう告げた。
「結論から言いましょう。『ある条件』を満たさない限り、ユーは夢の中から出ることができまセーン」
「え……っ? 夢の中から出られないって……どういう意味……?」
「そのままの意味デース。夢の中から出られない。すなわち、永遠に眠ったまま目を覚まさないという意味デース」
「そんな!」
 どうしてそうなるの!? これが夢なら、いつかは覚めるんじゃないの!? 出られないってどういうことよ!
 落ち着いてきた頭の中がまた熱くなってきた。私はペガサスさんを問い詰めようとした。
 その時だった。





「柊柚子。今から私とデュエルしてもらおう」





 突然、背後から低い声が聞こえてきた。男の声だ。ペガサスさんの声じゃない。
 振り向くと、そこには黒装束に身を包んだ男が立っていた。不気味な雰囲気が感じられる。
 この男は一体……? いつからここに……?
「あ……あなたは誰?」
 警戒しながら問うと、男は低く笑って答えた。
「私はグールズのレアハンター。貴様の持つレアカードを奪いに来た」
「グールズの……レアハンター……」
 グールズ、レアハンター。どちらも初めて聞く単語だ。
「あなた、いつからここにいたの?」
「つい先ほどだ。そこにある自転車に乗って来た」
 レアハンターと名乗る男は、左方向を指さした。そちらを見ると、たしかに自転車が置いてあった。ママチャリだった。
「ちなみのその自転車は、駅前の自転車置き場から盗んできた。カギが3つもかけられていたが、我らグールズの前にそんなものは無力。グールズにとって、自転車のカギを無効化することなど、レアカードを複製するよりも簡単なことなのだ!」
 爬虫類のような目を輝かせ、レアハンターは誇らしげに語った。
 ていうか、その自転車って窃盗品!? なんて卑劣なことをする男なの!
「さあ、柊柚子! 今すぐ私とデュエルしてもらうぞ! 私が勝ったら、貴様のデッキの中のレアカードを全ていただく!」
 レアハンターがデュエルディスクを構えた。こいつは私とデュエルするのが目的らしい。
 いきなりデュエルを挑まれて私は面食らった。このデュエル、受けるべきか、受けないべきか。
 迷っていると、ペガサスさんの声が聞こえてきた。
「柚子ガール。ユーはこのデュエルを拒否することはできまセーン。今すぐデュエルを受けるのデース。そして勝つのデース」
「え?」
 私はペガサスさんのほうへ顔を向けた。
「どうしてデュエルを受けなければならないんですか? というか、あの男は一体何者……?」
「彼はレアカード強奪団『グールズ』のメンバーの1人。どこかでユーの存在を嗅ぎ付け、ユーのレアカードを狩るために現れたのでしょう」
 レアカード強奪団……。いかにも悪の軍団って感じね。
「詳しいことは、デュエルが終わった後で説明しマース。とにかく今は、レアハンターとのデュエルに勝つことを最優先してくだサーイ。決して負けてはならないのデース」
「そんなこと急に言われても……」
「では、こう言い換えましょう。現実世界に戻りたければ、デュエルに勝つ以外に道はありまセーン。絶対このデュエルに勝つのデース」
「!」
 背筋に電流が走った。
 現実世界に戻りたければデュエルに勝つしかないって……どういうことなの? さっきペガサスさんは、「ある条件」を満たさない限り夢の中から出られないって言ってたけど、もしかして、「ある条件」というのは、レアハンターとのデュエルで勝つってことなの?
「レアハンターとのデュエルで勝てば、現実世界に戻れるってことですか?」
「そうではありまセーン。しかし、現実世界に戻る手掛かりをつかむことはできるでしょう」
「手掛かり……」
「イエス。レアハンターは手掛かりを持っていマース。現実世界に戻りたければ、まずは彼を倒し、手掛かりをつかむことデース」
 私は頭の中でペガサスさんの言葉を繰り返した。手掛かり、か。
「よく分からないけど、とにかくこのデュエルに勝てば、現実世界に1歩近づくってことですね?」
「その通りデース! ただし、気をつけてくだサーイ。デュエルに負ければ、その時点でゲームオーバー。ユーは2度と現実世界に戻ることができなくなりマース」
「うっ!」
 勝てば現実世界に1歩近づける。けれど、負けたらその時点でアウト。そういうわけね。
「さあ、今すぐデュエルを始めるのデース!」
 私は左腕に装着されたデュエルディスクを見た。
 このデュエルに勝てば、手掛かりをつかめる。だったら、勝つしかない!
「分かったわ! このデュエル、受けて立つ!」
 私はデュエルディスクを構え、レアハンターと向かい合った。レアハンターは、その爬虫類みたいな目で私の顔を捉え、薄気味悪い笑みを浮かべた。
「ククク! そう来なくてはな! だが忘れるなよ! 私が勝ったその時は、貴様のデッキの中のレアカードを全ていただく!」
「じゃあ、私が勝ったら、現実世界に戻るための手掛かりについて教えてもらうわよ!」
「現実世界の手掛かり? よく分からんが、私が持っている情報が欲しいと言うならくれてやろう。貴様が勝てばな。もっとも、貴様が私の最強デッキに勝てる確率など、デッキに1枚しか入れられないカード5種類が初期手札5枚に全部揃う確率よりも低いだろうがな! ハッハッハ!」
「なっ! なんですってぇ!?」
 こ……この爬虫類男! 私のこと完全にコケにしてるわ!
「あったま来た! あんたなんかボコボコにしてやるんだから!」
「フッ! 威勢がいいな小娘! だが、それだけではデュエルを制することはできない! それを教えてやる!」
 レアハンターは余裕の表情を浮かべている。私に負ける可能性など微塵も考えていないのだろう。見てなさいよ! 今すぐその余裕をぶち壊してやるわ!
 さあ、デュエルスタートよ!

「「デュエル!」」

 私とレアハンターが同時に叫ぶ。
 絶対に負けられない戦いが今、幕を開けた。


 ◆


<ターン1>
【レアハンター】 LP:4000 手札:5枚
     場:
     場:
【柊柚子】 LP:4000 手札:5枚
     場:
     場:

 じゃんけんの結果、私が先攻を取ることになった。
 先攻を取った私を見て、レアハンターはどこからともなくバラの花を取り出し、それを自分の顔の前に持ってきた。
「私はグールズの中でもトップクラスに紳士的な男だ。だから貴様に教えておいてやろう。先攻は最初のターン、通常のドローを行えないのだ!」
「そんなことくらい知ってるわよ! バカにしないで! ていうか、自転車泥棒なんてする奴のどこが紳士的なのよ、この百流デュエリスト!」
「ククク! 百流とは言ってくれるな小娘。しかし、そんなことがほざけるのも今のうちよ。このデュエルが終わるころには、私が超一流デュエリストであることを認めざるを得なくなるだろう」
「勝手に言ってなさいよ!」
 レアハンターの妄言を適当に聞き流して、初期手札を確認する。手札はこの5枚だ。

<私の手札>
 幻奏の音女アリア、光の召集、融合解除、幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト、奇跡の光臨

 どうやら今の私のデッキテーマは【幻奏】らしい。現実世界で私が使っているテーマと同じだ。それを確認してちょっと安心した。
 よし、まずはこのモンスターよ!
「私は《幻奏の音女アリア》を召喚!(手札:5→4)」
 攻撃力1600の幻奏の音女がフィールドに現れた。まずはこのカードで様子見ね。
「さらにカードを1枚セット! これでターンエンドよ!(手札:4→3)」

<ターン2>
【レアハンター】 LP:4000 手札:5枚
     場:
     場:
【柊柚子】 LP:4000 手札:3枚
     場:幻奏の音女アリア(ATK1600)
     場:伏せ×1

「クク……私のターンだな! ドロー!(手札:5→6)」
 レアハンターはバラの花を放り捨て、カードを引いた。6枚になった手札を、爬虫類のような目でギョロギョロと眺めている。
 少し考えた後、レアハンターは1枚のカードを出した。
「私は魔法カード《闇の誘惑》を発動! このカードの効果で、私はデッキからカードを2枚ドローする! そしてその後、手札の闇属性モンスター1体を除外する!(手札:6→5)」
 レアハンターが発動したのは、手札入れ替えの魔法カード。その効果に従い、彼はカードを2枚ドローし、手札の闇属性モンスター《キラー・トマト》を除外した。

 レアハンター 手札:5 → 7 → 6

 キラー・トマト:除外

「さらに私は……このカードを裏守備で出しておこう。これでターンエンドだ(手札:6→5)」
 レアハンターのフィールドに正体不明のモンスターが出されたところで、私にターンが回ってきた。

<ターン3>
【レアハンター】 LP:4000 手札:5枚
     場:
     場:裏守備×1
【柊柚子】 LP:4000 手札:3枚
     場:幻奏の音女アリア(ATK1600)
     場:伏せ×1

「私のターン、ドロー! 自分フィールドに『幻奏』モンスターがいる時、《幻奏の音女ソナタ》は特殊召喚できる! 出番よ、《幻奏の音女ソナタ》!(手札:3→4→3)」
 今引き当てた《幻奏の音女ソナタ》を自身の効果で特殊召喚する。このカードは特殊召喚することでモンスター効果を発揮できる。
「《幻奏の音女ソナタ》のモンスター効果! 特殊召喚されたこのカードが表側表示でいる限り、自分フィールドの天使族モンスターの攻撃力・守備力は500アップする!」
 「幻奏」モンスターはいずれも天使族! よって、ソナタの効果でパワーアップできる!

 幻奏の音女アリア (ATK1600・DEF1200) → (ATK2100・DEF1700)
 幻奏の音女ソナタ (ATK1200・DEF1000) → (ATK1700・DEF1500)

「バトルよ! 《幻奏の音女ソナタ》で裏守備モンスターに攻撃!」
 パワーアップしたソナタがレアハンターの裏守備モンスターに攻撃を仕掛ける。ソナタの攻撃を受けたことで、レアハンターの裏守備モンスターが表向きになった。その正体は……《暗黒のミミック LV(レベル)1》!

 (ATK1700)幻奏の音女ソナタ → 裏守備 → 暗黒のミミック LV1(DEF1000):破壊

「フッ! 《暗黒のミミック LV1》の効果発動! このカードがリバースしたことで、私はデッキから1枚ドローする! ありがたくカードを引かせていただくとしよう(手札:5→6)」
「……っ! 手札補充の効果を持つモンスターを伏せてたのね!」
 ミミックの効果でレアハンターの手札が6枚に戻ってしまった。けど、これで奴の場はがら空き!
「《幻奏の音女アリア》でダイレクトアタックよ! 『シャープネス・ヴォイス』!」
 今度はアリアが攻撃を仕掛ける。ところが、その攻撃は突然鳴り響いた鐘の音で妨害されてしまった。見ると、レアハンターのフィールドに鐘のような形のモンスターが出現している。
「ハハハ、残念だったな! 私は手札の《バトルフェーダー》の効果を使わせてもらった! このカードは敵モンスターの直接攻撃宣言時に手札から特殊召喚され、バトルフェイズを強制終了させるのだ! これでこのターンの貴様のバトルは終わりだ!(手札:6→5)」
「……っ! ターンエンドよ……」
 バトルを強制終了され、何もできなくなった私はエンド宣言した。結局、このターンは奴のライフを削ることができなかった。

<ターン4>
【レアハンター】 LP:4000 手札:5枚
     場:
     場:バトルフェーダー(DEF0)
【柊柚子】 LP:4000 手札:3枚
     場:幻奏の音女アリア(ATK2100)、幻奏の音女ソナタ(ATK1700)
     場:伏せ×1

「私のターン、ドロー!(手札:5→6)」
 カードを引いたレアハンターは、ニヤリと笑みを浮かべた。
「いいカードを引いた! 私は魔法カード《一時休戦》を発動! この効果で、互いにデッキからカードを1枚ドローする! さあ、貴様もカードを1枚引くがいい(手札:6→5→6)」
「え? 私もドローしていいの? じゃあ、ドロー!(手札:3→4)」
 《一時休戦》の効果で互いにカードを1枚ドローする。
「さらに! 《一時休戦》のもう1つの効果により、次の貴様のターンが終わるまで、互いが受ける全てのダメージは0となる! これで次のターン、貴様は私にダメージを与えることができなくなった!」
「あなただって私にダメージを与えられなくなったわよ」
「分かっているさ。……さて、まだ私のターンは続いている。私は魔法カード《成金ゴブリン》を発動! 相手ライフを1000回復させる代わりに、私はカードを1枚ドローする!(手札:6→5→6)」

 柊柚子 LP:4000 → 5000

 レアハンターの奴……またドローカードを。しかも、私のライフを1000回復させてまでドローするなんて、一体何を考えてるの?
「フフ……今日の私は引きがいい。私は《サイバー・ヴァリー》を召喚! このモンスターの効果で、私のフィールドの《バトルフェーダー》1体と、《サイバー・ヴァリー》自身を除外! それにより、カードをさらに2枚ドローする!(手札:6→5→7)」

 サイバー・ヴァリー:除外
 バトルフェーダー:除外

 またカードをドローした! しかも、自分フィールドのモンスターを犠牲にしてまで! 奴の狙いはなんなの?
「まだだ! 私はさらに魔法カード《打ち出の小槌》を発動! この効果で手札を任意の枚数デッキに戻し、同じ枚数分カードをドローする! そうだな……この3枚をデッキに戻して3枚ドローさせていただくとしよう(手札:7→6→3→6)」
 手札入れ替えの魔法カードにより、レアハンターの手札3枚が入れ替わる。彼、さっきからカードドローばっかりしてるわね。
「クク……まあ、こんなところだろう。私はこれでターンエンド!」
 ひたすらカードドローを繰り返しただけでレアハンターはターンを終えてしまった。
 レアハンターのフィールドはがら空きだ。でも、《一時休戦》の効果が適用されているから、次の私のターンでダメージを与えることはできない。

<ターン5>
【レアハンター】 LP:4000 手札:6枚
     場:
     場:
【柊柚子】 LP:5000 手札:4枚
     場:幻奏の音女アリア(ATK2100)、幻奏の音女ソナタ(ATK1700)
     場:伏せ×1

 私のターンになる。けど、私はカードを引かず、レアハンターの狙いについて考えた。彼は何を企んでいるのかしら。
 1つ思うのは、彼からは私を攻撃しようとする意思が感じられない、ということ。彼は攻撃によって私のライフを削るよりも、デッキからカードを引き寄せることにこだわっているように見える。何しろ、私のライフを回復したり、自らのモンスターを犠牲にしてまでカードドローを行っているくらいなのだ。
 ということは……彼は手札に何らかのカードを揃えようとしている、ってこと? 一体なんのカードを?
 なんだか……嫌な予感がするわね。
「私のターン、ドロー!(手札:4→5)」
 ドローしたカードは――《手札抹殺》のカード。
 このカードは、互いの手札を全て捨てさせ、同じ枚数分のカードをドローさせる魔法カード。これを使えば、互いの手札を総入れ替えできる。
 もしもレアハンターの狙いが、手札に何らかのカードを揃えることなら、《手札抹殺》でその狙いを妨害できるかもしれない。やってみる価値はあるわね。よし……!
「私は魔法カードを発動するわ! 《手札抹殺》!(手札:5→4)」
「な……何!? 《手札抹殺》のカードだと!」
 これまで落ち着いていたレアハンターの表情に、明らかに動揺の色が浮かんだ! 思った通り、手札に大事なカードを溜め込んでいたみたいね!
「《手札抹殺》の効果に従い、プレイヤーは手札を全て捨てなければならない! 当然、あなたもね!」
「くっ……! やってくれるな小娘!(手札:6→0→6)」
 レアハンターは苦虫を噛み潰したような顔をして、手札6枚を墓地へ捨てた。そして、新たにカードを6枚ドローする。
 私はデュエルディスクの機能を使い、レアハンターが捨てた6枚のカードを確かめた。その内容は――。

<レアハンターが捨てた手札>
 光の護封剣、バトルフェーダー、封印されしエクゾディア封印されし者の右腕封印されし者の左足封印されし者の右足

「エクゾディア!? そうか、エクゾディアだったのね!」
 レアハンターが捨て去った6枚のカードの中の4枚を見た私は、思わず叫んだ。
 やっとレアハンターの狙いが分かった! あいつの狙いは、エクゾディアのパーツカードを手札に揃えることだったんだわ!
 エクゾディアとは、5枚のパーツカード――《封印されしエクゾディア》、《封印されし者の右腕》、《封印されし者の右足》、《封印されし者の左腕》、《封印されし者の左足》――を手札に揃えることで、初めて力を発揮するモンスターのことだ。その力は強大で、5枚のパーツカードを手札に全て揃えれば、その瞬間持ち主の勝利を確定させてしまうという。まさに無敵のモンスターだ。
 その無敵のモンスターを呼び出すことこそが、レアハンターの狙い! 私への攻撃はせずに、ひたすらドローカードを連発してたのはこのためだったのね!
 私はレアハンターをビシッと指さして、堂々と宣言した。
「レアハンター! あなたの戦術は全て見通したわ!」
「そりゃ見通せるだろう! 私の捨て札を確認したんだから!」
「あなたにエクゾディアは召喚させない!」
「分かったから、さっさと手札を入れ替えろ!」
 おっと忘れてたわ。
 私は4枚の手札を全て捨てて、新たに4枚のカードをドローした。
「エクゾディアのパーツカードって、どれもデッキに1枚しか入れられない制限カードだったはずよね。ということは、今墓地へ送られた4枚のパーツカードを手札に戻さない限り、あなたがエクゾディアパーツを召喚することは永久に不可能ってわけね」
「くっ……たしかに、このままではエクゾディア召喚は不可能だ」
「じゃあ、もうあなたに勝つ手段は残されていないんじゃない?」
 私が問うと、レアハンターはムッとしたような顔を浮かべた。
「フン! いい気になるなよ小娘! 私のデッキには、墓地のエクゾディアパーツを回収する手段がちゃーんと用意されているのだ! 手札破壊を食らった程度で私の戦術が揺らぐことはない!」
 レアハンターの言葉を聞き、ああやっぱりな、と思った。
 デュエルモンスターズには、墓地のカードを再利用できるカードがごまんとある。それらを使えば、墓地のエクゾディアパーツを手札に呼び戻すことなど簡単にできるだろう。レアハンターも当然、その手の戦術を用意しているわけだ。まだこのデュエルは終わりそうにない。
 私は《手札抹殺》の効果で入れ替わった4枚の手札を見た。

<私の手札>
 融合、天空の宝札、ピアニッシモ、死者蘇生

 レアハンターはきっと、私の攻撃をかわしつつ、墓地のエクゾディアパーツを回収し、残る最後のパーツを手札に揃えることを考えているはず。5枚のエクゾディアパーツが揃ったら、その時点で私の負け。それだけは避けなきゃいけない。なんとしても、奴の手札にエクゾディアパーツが全部揃う前に、奴のライフを0にしなきゃ。
 けど、《一時休戦》の効果でこのターンはダメージを与えられない。だったら、次のターンが回ってくるまで手札を温存しておいたほうが……。
 うーん、どうしよう。このターンは流すか。でも、次のターンになれば、レアハンターの手札は7枚まで増える。その手札の中には、最後のエクゾディアパーツが含まれているかもしれない。さらには、墓地のエクゾディアパーツ4枚を回収するカードも含まれているかもしれない。もしそうなったら、レアハンターの手札に全てのエクゾディアパーツが揃ってしまう。そうならないなんて保証はどこにもない。
 それに、次の奴のターンでエクゾディアパーツが揃わなかったとしても、その次の私のターンで私が奴にダメージを与えられるとは限らない。エクゾディア使いのレアハンターのことだから、私の攻撃を妨害する手段をたくさん用意しているはずだし……。
 どうしたらいいの? 今、私は何をすればいいの? 何をするのが最善なの?
「どうした柊柚子! さっさとターンを進めたらどうなんだ!」
 レアハンターが急かしてくる。
 落ち着け……落ち着け、私。冷静に考えるのよ。
 要は、レアハンターにエクゾディアパーツを揃えさせなければいい。奴の勝ち手段は、エクゾディアパーツを揃えること。それはつまり、奴がエクゾディアパーツを揃えられなければ、私が負けることはないということだ。どうにかして、奴がエクゾディアパーツを揃えられないような状況を作り出せば、勝機が見えてくるはず。
 そのためにはどうすればいい? 残る最後のエクゾディアパーツも墓地送りにする? いや、墓地に送ったところで、それを回収されたらアウトだ。じゃあどうすれば? 墓地に置くのがダメっていうのなら、墓地以外の場所に置けばいいの? それって一体どこ――

 ――……ん?

 ちょっと待って。私、今何を考えた? 墓地以外の場所に置けばいい――そう考えた?
 墓地以外の場所……。エクゾディアパーツを……墓地以外の場所に置く……。墓地以外の場所へ……移動させる……?
「……あっ!」
 そうだ! この手があった!
 私は手札の1枚を選び取り、ディスクにセットした!
「私は魔法カード《融合》を発動! このカードで、フィールドの《幻奏の音女アリア》と《幻奏の音女ソナタ》を融合させる!(手札:4→3)」
「何! モンスターを融合させるだと!」
 魔法カード《融合》の効力により、2体の「幻奏」モンスターが今、1つとなる! 見せてあげるわ! これが私の融合召喚!
「響け歌声! 流れよ旋律! タクトの導きにより力重ねよ! 融合召喚! 今こそ舞台へ! 《幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト》!」
 アリアとソナタが融合し、新たな「幻奏」モンスターが舞い降りた! このカードでエクゾディアを打ち崩す!
「フン! 融合して攻撃力を上げてきたか! だが忘れてはいまいな? このターン、貴様は《一時休戦》の効果により、私にダメージを与えられない!」
「分かってるわ。だから、私はあなたには攻撃しない。私が攻撃するのは――」
 私は、レアハンターのデュエルディスクの墓地スペースを指さした。
「あなたの墓地のエクゾディアパーツよ! 《幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト》のモンスター効果発動! 『コーラス・ブレイク』!」
 私の宣言に従い、マイスタリン・シューベルトが特殊能力を発揮する。それにより、レアハンターの墓地から3枚のカード――《封印されしエクゾディア》、《封印されし者の右腕》、《封印されし者の右足》――がはじき出された!
「な……何ぃっ! 私の墓地から3枚のエクゾディアパーツが!?」
「これこそがマイスタリン・シューベルトのモンスター効果! このカードがフィールドにいる限り1度だけ、墓地のカードを3枚まで選択して除外できる! そして、除外したカード1枚につき、このカードの攻撃力を200アップする! この効果で、あなたの墓地のエクゾディアパーツ3枚を除外させてもらったわ!」

 封印されしエクゾディア:除外
 封印されし者の右腕:除外
 封印されし者の右足:除外

 幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト ATK:2400 → 3000

 前にお父さんが言っていた。
 デュエルモンスターズでは、墓地のカードを再利用する手段はたくさんある。けれど、除外されたカードを再利用する手段は限られている。だからこそ、除外というのは、単に墓地へ送るよりも強く作用することが多い!
「これであなたのエクゾディアパーツのうち3枚が除外されたわ! そいつらをどうにかして呼び戻さない限り、エクゾディアを召喚することは永久にできない!」
「バカなっ! エクゾディアパーツを除外だとっ!? そ……そんなバカっ……バカげたことがあって……たたたたまるかっ!」
 レアハンターの表情が歪んでいる。この様子から察するに、除外されたカードを復帰させる手段は用意してないみたいね。
「く……っ……ぬぅ……っ! こ……こんなことあり得ん! 墓地のカードを3枚も除外した上、攻撃力を上げるだなんて……そんなバカげたチート効果があってたまるか! こんなの絶対、何かの間違いだ!」
「はぁ? 何を間違ってるって言うのよ?」
「え? ……えーと、その……そう、アレだ! テキストの読み間違いだ! 貴様はマイスタリン・シューベルトの効果テキストを読み間違えているのだ!」
「バカにしないで! テキストの読み間違いなんてするわけないじゃない!」
「フン、どうだかねぇ? 融合モンスターをメインデッキに入れるというドジをやらかした貴様のことだ、テキストの読み間違いくらいしても不思議ではあるまい!」
「なっ! ななななんでそんなこと知ってるのよ!」
 昔のことをほじくり返されて、顔が熱くなった。そのことにはもう触れないでほしい。
「そうだ、そうに決まってる! 貴様はテキストの読み間違いをしているのだ! 何しろ貴様は未熟なデュエリストだからな! 融合モンスターをメインデッキに放り込んだ件がそれを証明している!」
「うぅぅぅうるさいうるさいうるさーい! そのことはもう言うな!」
「やーいやーいドジっ娘デュエリスト!」
「だああああああっ! ホント腹立ってきた! そんなに言うなら、マイスタリン・シューベルトのテキストを、その爬虫類みたいな目でじっくり確認してみなさいよ! それで全部はっきりするわ!」
 マイスタリン・シューベルトのカードのテキストは、次のようになっている!

幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト  [ 光 ]
★★★★★★
【天使族/融合/効果】
「幻奏」モンスター×2
(1):このカードがフィールドに表側表示で存在する限り1度だけ、
お互いの墓地のカードを合計3枚まで対象として発動できる。
そのカードを除外する。
このカードの攻撃力は、この効果で除外したカードの数×200アップする。
この効果は相手ターンでも発動できる。
ATK/2400  DEF/2000

 ほら見ろ! 私はテキストの読み間違いなんてしてないわ!
「バカなっ!? 一切の読み間違いがないだと!? こんな効果ありなのか!?」
 デュエルディスクの機能を使ってテキストを確認したのだろう、レアハンターが驚愕の表情を浮かべている。
「ち……違う! こんなはずはない! 墓地のカードをどれでも3枚除外した挙句、攻撃力まで上げるなんて……そんな……そんなチート効果があるはず……」
「見苦しいわよレアハンター! こうしてテキストに書いてある以上、受け入れなきゃいけないわ!」
「嘘だ! 違う! マイスタリン・シューベルトの効果はこんなんじゃなかったはずだ! たぶん本当は、『融合召喚に使用したカード一組を墓地から除外して、除外したカードの数×200ポイント攻撃力アップ』とかそんな効果だったはずだ! ……ハッ! 柊柚子、さては貴様、カードテキストを書き換えやがったな!?」
「はぁっ!? バッカじゃないの!? カードテキストを書き換えるだなんて、そんなことできるわけないじゃない!」
 こいつ、本当に往生際が悪いわね!
 私はレアハンターを指さし、怒鳴りつけた。
「いい加減観念しなさい! エクゾディアは抹殺されたわ! このデュエル、あなたの負けよ!」
「く……!」
 レアハンターが黙り込む。彼の表情から戦意が失われていく。さすがにもう、反論する気力はないらしい。
「私が……負けた……私の最強のデッキが……」
 レアハンターは両手で頭を抱えると、次の瞬間には錯乱したように叫んだ。
「ヒィィィィィィィィ〜! ヒ…助けて…来る来る来る助けて…来るああああ! 来る…来る……来る…来る…マリク様が……」
 そこまで叫んだところで、彼はばったりとその場に倒れ、動かなくなった。どうやら気を失ってしまったらしい。

柊柚子 WIN!

 気絶したレアハンターをデュエル続行不可能とみなしたのか、デュエルディスクが自動的に私を勝者だと認定した。
 私、勝ったんだ!





2章 悪夢と魔王


「ワオ! 柚子の勝ちデース! コングラチュレーション、柚子ガール!」
 ペガサスさんが拍手しながら近づいてきた。
 私はカードを片づけながら言った。
「ペガサスさん。このデュエルに勝てば、現実世界に戻るための手掛かりを得られるって言いましたよね?」
「イエース、たしかにそう言いました。レアハンターは必ず手掛かりを持っているはずデース。ちょっと問い詰めてみましょう」
 私とペガサスさんは、倒れているレアハンターに近づいて声をかけてみた。けど、反応はなかった。まだ意識が戻っていないらしい。
「オー……敗北のショックがビッグだったようデース。ま、少し待てば目を覚ますでしょう。それまで放っておくのデース。その間に大事な話を済ませてしまいましょう」
「大事な話……?」
 それを聞いて思い出した。
「そういえば、『ある条件』を満たさないと、この夢の世界から出られないって……! 一体どういうことなの!? なんで夢の世界から出られないの!? 『ある条件』って何!?」
「落ち着くのデース、柚子ガール! 今から説明しマース」
 あわてる私をなだめると、ペガサスさんは人差し指を立てた。
「すでに申し上げたとおり、今、我々がいるこの世界は、ユーが見ている夢の中の世界デース。しかし、夢とは言っても、それはただの夢ではない。『闇の力』によって見せられている悪夢なのデース」
「闇の力……?」
「イエス。闇の力によって見せられる夢は、特殊な性質を備えた危険な夢なのデース。まさしく悪夢、ナイトメアなのデース。だからこそ、普通の夢とは違い、簡単に目覚めることができないのデース。このまま何もしなければ、ユーは夢の中に閉じ込められ、2度と現実世界に戻ることができなくなってしまうのデース」
 今、私が見ている夢は、闇の力とかいう物によって見せられている悪夢らしい。なんだか不気味だわ。
「その……闇の力っていうのは、どこから来たものなんですか?」
「おそらく、次元と次元の狭間でしょう」
「次元と次元の狭間……?」
 どうにもピンと来ない。
 ペガサスさんは少し考えてから続けた。
「アンビリーバボーな話かもしれませんが、ひとまず聞いてくだサーイ。ユーはこの世界に来る直前、次元を飛び越えているのデース!」
「次元を……飛び越えた!?」
「そうデース。ユーが元々いたのは、スタンダード次元というところみたいですネー。しかし、ユーは今、スタンダード次元にはいまセーン。まったく別の次元にいるのデース」
「別の次元って……それって一体……」
 少し間を空けてから、ペガサスさんは答えた。
「シンクロ次元デース」
「シンクロ次元?」
「そうデース。今、ユーはシンクロ次元にいるのデース」
 ペガサスさんは私の右腕を指さした。
「覚えていませんか? この世界にやってくる直前、ユーに何が起きたのか。ユーのつけているそのブレスレット……それを見て、何か思い出しませんか?」
 私は、右腕につけているブレスレットに目を向けた。そして、考えてみた。ここに来る前、私は何をしていたか。
 考えてみると、色々なことが思い出された。舞網チャンピオンシップ、バトルロイヤル、アカデミア、黒咲隼、セレナ、遊矢そっくりの男たち――。
 私は舞網チャンピオンシップのジュニアユース選手権に出場していた。そして、そこで行われたバトルロイヤルの最中、私そっくりの顔をした少女、セレナと出会った。彼女を黒咲隼と接触させるため、彼女と服を交換して(今、私が着ている服はセレナのものだ)、アカデミアの連中の目を引き付けた。
 その時、遊矢そっくりの男が現れたんだわ。そいつもアカデミアからやってきたデュエリストで、私はそいつとデュエルをした。でも全然敵わなくて、もうダメかと思ったら、ブレスレットが光った。すると、その男は姿を消してしまい、それと入れ替わるように、バイクに乗った男が現れて、私に抱き付いてきて……彼もまた遊矢そっくりの男で……その後、またブレスレットが光って……――。
 そうだ! ブレスレットが光って、私は遊矢そっくりのバイク乗りと一緒にどこかへ飛ばされちゃったんだわ! まさか、あの時に次元を飛び越えちゃったっていうの!?
「どうやら、思い出したようですネー! その通りデース! あの時、ユーは次元を飛び越えちゃったのデース!」
「嘘……そんなことが……」
 私……次元を飛び越えちゃったんだ……。
「おそらくユーは、次元を飛び越える際、次元と次元の狭間で闇の力に取り憑かれてしまったのでしょう。そして、その闇の力により、ナイトメアを見せられているのデース」
「次元の狭間で闇の力に取り憑かれちゃうなんて……。次元を飛び越えるって、そんなに危険な行為なんだ……」
 私が言うと、ペガサスさんは「一応、言っておきマスが……」と返してきた。
「今ユーが置かれているような状況になるのは非常に稀なことで、めったに起きることではないのデスヨ」
「……え……あれ? そうなんですか?」
「イエス。今回のようなことが起こる確率は、60枚デッキを持つ2人のデュエリストが互いに100回連続で初期手札にエクゾディア全パーツを揃える確率よりもはるかに低いデース。ユーはとってもレアな体験をしているのデース」
 それを聞いて、私は衝撃を受け、次の瞬間には心が折れそうになった。
 そ……そんな稀なケースにぶち当たるなんて……私、運が無さすぎる……。
「……とりあえず、次元の狭間で闇の力に取り憑かれたせいで悪夢を見ているってことは分かりました。それと、このまま何もしなければ悪夢から覚めることはできないってことも。じゃあ、どうすればこの悪夢から覚めることができるんですか?」
「OK、それについて説明しましょう。こちらをご覧くだサーイ」
 ペガサスさんは、懐から1枚の写真を取り出し、私に差し出した。
 写真を受け取って見てみると、そこにはなんとも不気味な形をした城が写し出されていた。
「これは?」
「闇の力を総べる魔王がいる城。通称、『パラサイド・キャッスル』デース」
「パラサイド・キャッスル?」
「ええ。《寄生虫パラサイド》というモンスターがいるでしょう? あれによく似た形状の城なので、そう呼ばれているのデース」
 言われてみれば、この城の形は《寄生虫パラサイド》っぽい。
「この城に、闇の力を総べる魔王がいると……」
「そうデース。その魔王をデュエルで打ち負かせば、ユーに取り憑いた闇の力は浄化され、ナイトメアから覚めることができるのデース」
 魔王を倒して、悪夢に終止符を打つってわけね。なんだかRPGみたいになってきたわ。
「この城はどこにあるんですか?」
「それは分かりまセーン」
「分からない?」
「私は何もかも知っているわけではないのデース。私が知っているのは、その城に魔王がいて、その魔王をデュエルで倒せばユーのナイトメアが終わる、ということデース」
 そう言うと、ペガサスさんは、先ほどから気絶しっぱなしのレアハンターを指さした。
「魔王の城がどこにあるのか知りたければ、あのレアハンターから情報を引き出すのデース。レアハンターとして活動している彼ならば、魔王に関する情報を何かしらは持っているはずデース」
「なるほど、だから私に彼を倒すように言ったんですね」
「イエース。今後も、色々な人間から情報を得ていけば、いずれは必ず魔王のところへ辿り着けることでしょう。中には素直に情報を渡さない者もいるでしょうが、そういった相手も、デュエルで負ければ大抵は素直に情報を渡してくれマース」
「いざとなったら、デュエルで情報を勝ち取れってことですね」
「そうデース。ただしくれぐれも気をつけてくだサーイ。既に申し上げた通り、この世界でデュエルに負ければ、2度と現実世界には戻れまセーン。ユーは永遠に眠ったまま、ナイトメアの中で過ごすしかなくなるのデース。そうならないためにも、ユーに負けることは許されないのデース」
 負けたらその時点でアウトってわけね。なんだか緊張してきたわ……。
「さて、私から話せることは全て話しました。チュートリアルはこれにてジ・エンド。あとは柚子ガール、あなたの頑張り次第デース」
「私の頑張り次第……って、ちょっと!」
 ここで私は、ペガサスさんの体が少しずつ透明になっていっていることに気づいた。それはまるで、この世界から消えていっているみたいに見えた。
「ペガサスさん! 体が消えて――」
「ドントウォーリー。心配いりまセーン。私の役目は終わりました。役目を終えた駒は消える、それがこの世界のルールデース」
 役目を終えた駒って……どういうこと!?
 そんな風に困惑する私にはお構いなしに、ペガサスさんの体の透明度は増していく。
「ちょ……ちょっと待って!」
「残念ですが、ここでお別れデース。短い間でしたが、ユーと出会えて楽しかったデース」
 ペガサスさんの体はさらに透明度を増し、もうほとんど視認できなくなった。
「それでは柚子ガール! 魔王を倒し、このナイトメアから無事目覚めることを祈っていマース! グッドラックなのデース!」
 そう言って、ペガサスさんは完全に透明になり、この世界から消えてしまった。
「消え……ちゃった」
 つい今までペガサスさんがいた場所を、私は少しの間呆然と眺めていた。


 ◆


「ちょっと! いい加減目を覚ましなさいよ!」
 ペガサスさん消滅後、私は彼の言っていたことに従い、レアハンターから情報を引き出すことにした。
 レアハンターは未だに気絶している。さっきから何度も声をかけているけど、なかなか目を覚ましてくれない。負けたショックがそれほど大きかったってことか。けど、いくらなんでもショック受けすぎでしょう、これは。
「起〜〜き〜〜ろ〜〜っ!」
 耳元で思いっきり叫んでみる。けど、レアハンターは起きなかった。なんなのよこいつは……。
 仕方がない。こういうときはショック療法だ。
 私はハリセンを取り出し、レアハンターの顔面めがけて思い切り振り下ろした。

 ――パン☆

「ぐぬぉぉぉぉおおおっ!?」
 ハリセン攻撃により、やっとレアハンターが目を覚ました。はぁ、手間かけさせてくれたわね。
 レアハンターは爬虫類みたいな目で恨めしそうに睨み付けてきた。
「くっ……貴様は柊柚子! グールズの精鋭たる私の顔面を殴打するとは、何たる不届き者だ! この暴力女め!」
「うっさいわね! あなたが全然起きないから悪いんでしょうが! さっさとデュエル前の約束を果たしてもらうわよ!」
「デュエル前の約束……? ああ、そうか、たしか私は貴様とデュエルをしたんだったな」
「どうやら思い出したようね」
「で、そのデュエルで私はエクゾディアを華麗に召喚し、貴様を気の毒になるくらい無様に敗北させた。ところが、敗北した貴様はあろうことか逆上し、そのハリセンで私を殴って気絶させたのだ! なんて女だ柊柚子! 敗北して逆上した挙句、暴力を振るうとは、貴様はデュエリストの風上にも置け――」

 ――パン☆

 私はレアハンターの後頭部をハリセンで思い切り引っぱたいた!
「記憶を捏造するなぁぁぁぁっ! デュエルで勝ったのは私よ! 負けたのはあなたでしょうが!」
「お……おのれ貴様ぁ! 顔面だけでは飽き足らず、後頭部まで殴打するとは! 何たる愚か者よ!」
「うるさい! うだうだ言ってないで、私の質問に答えなさい! デュエルに負けたら、知ってる情報は全部渡すって約束よ!」
「だから、デュエルに勝ったのは私――」
「いい加減にしろっ! このっ!」
 私がハリセンを振り上げると、レアハンターは顔の前に両手の平を出し、「嘘ですごめんなさいすいませんもう言いません」と超高速で口にした。
 まったく、面倒かけさせないでよ!
「じゃあ、私の質問に答えてもらうわよ。私はね、魔王について知りたいの」
「何? 魔王だと? 魔王というと、パラサイド・キャッスルに住んでるとかいう魔王のことか?」
「ええ、そうよ」
「なんでまた、そんなことを知りたいんだ?」
「色々あってね、魔王を倒しに行かなきゃいけないのよ」
 レアハンターは腕を組み、不思議そうな顔をした。
「よく分からんが……とにかく、魔王について知りたいのだな?」
「そうよ。あなたなら、魔王について何か知ってるでしょ?」
「いや、私自身は魔王についてはほとんど何も知らないのだが……しかし、魔王の手掛かりをつかむ方法なら分からないこともない」
 レアハンターは少し考えた後、1つ頷いてから続けた。
「魔王について知りたければ、『マルコムタウン』に行くのがいいだろう」
「マルコムタウン……?」
「ここから少し離れた場所にある町だ。ほら、あそこに見えるだろう?」
 レアハンターは左のほうを指さした。そちらに目を向けると、たしかに小さな町のようなものが見える。
「あれがマルコムタウンだ。たぶん、30分も歩けば辿り着けるだろう。町に着いたら、『ダーガオ・レワレ・アダーゼ』という名の酒場に入るんだ」
「ダーガオ・レワレ・アダーゼ……? 英語……じゃないよね? どういう意味なの?」
「さあ、それは知らん。とりあえず、そういう名の酒場に入れ。酒場に入ったら、奥のほうにあるカウンター席に行け。そこには店員が1人いるはずだ。そいつから魔王の情報を聞き出せ」
「その店員が魔王について知ってるの?」
「ああ。奴はあの酒場の店員の中では1番の情報通だからな、魔王に関する情報も確実に持っているだろう。魔王に関して知りたければ、奴に話を聞くのが1番手っ取り早い」
「なるほど、酒場で情報収集ってことね」
 魔王退治に、酒場で情報収集……本当にRPGっぽくなってきたわ。
「私は過去に何度か、奴から有益な情報を得たことがある。信用できる奴だ。とにかく、奴から話を聞くことだ。それで道が開けるだろう」
「分かったわ」
「それから、これを持っていけ」
 レアハンターは黒装束の中から1枚のカードを取り出し、私に差し出した。
「これって……エクゾディアのカード?」
 レアハンターが差し出してきたのは《封印されしエクゾディア》のカードだった。しかも、アルティメットレア仕様だ。
 レアハンターはカードを指さして言った。
「店員に話を聞く際は、そのカードを見せて、私の紹介であることを告げろ」
「どうして?」
「そのほうがスムーズに話を聞き出せるからだ。私は奴に信頼されているから、私の紹介だと言えば素直に情報を渡してくれるだろう」
「要するに、信頼できる人間にしか情報は渡さないってわけ?」
「そういうことだ。奴は誰彼かまわず情報を渡すほどお人好しじゃない。だから当然、初めて店に来るような人間には情報を渡さない。その人間が町で見かけない余所者であればなおさらだ」
「あなたの紹介ってことでなければ、私がその店員から話を聞き出すのは無理ってことね」
「その通りだ。そのカードを見せれば、私の紹介であることが証明できる。間違っても紛失するんじゃないぞ」
 私はエクゾディアのカードを見た。
 これは無くさないようにしないといけないわね。
「大切に使わせてもらうわ」
 そう言って、私はエクゾディアのカードをポケットに入れた。
「さて、魔王に関して、私が与えられる情報は全て与えた。さっきも言ったが、私自身は魔王についてほとんど何も知らない。だから、魔王については何も答えられないぞ」
「ホントに何も知らないの? どんな小さなことでもいいんだけど」
「私が知っているのは、魔王が腕の立つデュエリストである、ということだけだ。他は何も知らん」
 どうやら、これ以上得られる情報はなさそうだ。
 とりあえず、重要な情報源については教えてもらった。ここから魔王に近づいていくしかない。
「まだ知りたいことはあるか? ないのなら、もうそろそろ私は帰らせてもらうが」
 レアハンターは自転車に向かいかけている。
 私は少し考えてから、レアハンターに答えた。
「うん、もういいわ。耳寄りな情報も得られたしね。色々と教えてくれてありがとう」
 私はレアハンターにお礼を言った。すると、彼は驚いたような顔をしてみせた。
「ほう、意外と礼儀正しいのだな、貴様。少し見直したぞ」
「い……意外って……失礼しちゃうわね」
「私はついさっきまで、貴様のことをガサツで身勝手な自己中暴力女と認識していたのだが、たった今の功績を考慮して、ガサツなストロング女という認識に改めてやろう」
「なっ!? ガサツなストロング女ですってぇ!? ふざけんじゃないわよっ! 『ガサツ』の部分がそのままじゃない!」
 私はレアハンターの頭目掛けてハリセンを思い切り振り下ろした!
 ところが、レアハンターは私の攻撃をスルリと回避して自転車に乗ってしまった!
「なっ!? よけられた!?」
「フッ! 貴様の動きはもう見切ったわ! 攻撃パターンが単純なのだよ! さらばだ、ガサツなストロング女、柊柚子よ! ハーッハッハッハ!」
 レアハンターは笑いながら、猛スピードで自転車を走らせて去ってしまった。
「まっ、待てこのやろ〜〜! この爬虫類男〜〜! 百流デュエリスト〜〜! ていうか、その自転車窃盗品でしょうが〜〜! ちゃんと持ち主に返しなさいよこのバカ〜〜! ドロボ〜〜!」
 走り去るレアハンターに向けて私は叫び続けた。けど、レアハンターが振り返ることはなかった。
 あいつ……ホント、頭に来る奴だわ!


 ◆


 レアハンターから情報を得た私は、ひとまず、ここから少し離れた場所にある町、マルコムタウンを目指すことにした。
 町に向かいながら、私はペガサスさんの言っていたことを思い出した。
 彼曰く、私は元いた次元を離れ、別の次元――シンクロ次元へと飛んでしまったらしい。その言葉が本当なら、現実世界の私は今、シンクロ次元にいることになる。当然、そこには遊矢やお父さんや遊勝塾のメンバーといった、私の知る人たちはいない。この夢が終わり、目を覚ました時、私の周りには、私の知る人たちはいないということだ。それを考えると、怖い気持ちと寂しい気持ちが同時に押し寄せてくる。
 ……今はこのことは考えないようにしておこう。とにかく今は、この悪夢の世界から出ることだけを考えるのよ。まずは魔王を退治して、悪夢から脱出する。それを果たさないと。
 私は、自分の中の暗い考えを振り切って、ひたすら歩き続けた。
 しばらく歩くと、地面に何か落ちているのが見えた。よく見てみると、それはデュエルモンスターズのカードだった。カードは全部で3枚ある。誰かが落としていったのかしら?
 私は落ちていたカードを拾って、内容を確認してみた。まずは1枚目――。

モリンフェン  [ 闇 ]
★★★★★
【悪魔族】
長い腕とかぎづめが特徴の奇妙な姿をした悪魔。
ATK/1550  DEF/1300

 カードを見て、思わず肩の力が抜けた。
 も……《モリンフェン》……。攻撃力・守備力がそんなに高くなく、特殊効果も持っていない。にもかかわらず、レベルが5なので召喚するためにはリリースが必要という、なんだか使いにくいカードだ。うーん、正直、あまり強くないカードね……。もしかして、そのせいで捨てられちゃったのかな?
 このカード、どうしようか。元あった場所に放置するってのもどうかと思うし……とりあえず、もらっておこう。
 私は《モリンフェン》のカードをポケットに入れ、2枚目のカードを確認した。えーと、2枚目は――。

折れ竹光
【装備魔法】
(1):装備モンスターの攻撃力は0アップする。

 カードを見て、またもや肩の力が抜けた。
 《折れ竹光》……装備モンスターの攻撃力を0アップするって……なんの意味もないじゃない。こんなカード、一体どうやって使えばいいの? もしかして、何かのカードとのコンボで使うのかしら? 私にはよく分からない。
 《折れ竹光》のカードもポケットに入れ、私は3枚目のカードに目を通した。3枚目のカードは――。

魔力の泉
【速攻魔法】
「魔力の泉」は1ターンに1枚しか発動できない。
(1):相手フィールドの表側表示の魔法・罠カードの数だけ
自分はデッキからドローする。
その後、自分フィールドの表側表示の魔法・罠カードの数だけ
自分の手札からカードを選んで捨てる。
このカードの発動後、次の相手ターンの終了時まで、
相手フィールドの魔法・罠カードは破壊されず、発動と効果を無効化されない。

 ……あ、これは……もしかしたら、使えるんじゃないかしら。
 《魔力の泉》。相手の魔法・罠カードに破壊・無効化に対する耐性を与える代わり、カードドローを行える魔法カード。これって、使うタイミング次第では、大量ドローを行うことが可能よね。デッキに入れておけば役に立つかもしれないわ。
 私は《魔力の泉》のカードをデッキに入れておいた。思わぬ収穫が得られたわね。


 ◆


 歩き始めてから30分くらいが経った頃、ようやく私はマルコムタウンに辿り着いた。その頃には、空が赤みを帯び始めていた。たぶん、もう夕方なのだろう。
 マルコムタウンは、現代の町のイメージからは大分離れたものだった。なんというか、西部劇にでも出てきそうな雰囲気の町だ。町の入口には、「WELCOME TO MALCOLM TOWN」と書かれた看板が立てられている。
 よし、と意気込んでから、私はマルコムタウンへと足を踏み入れた。その瞬間、何かピリピリとした殺気めいたものを感じた。
 町のあちこちに、ガラの悪そうな男たちの姿が見られる。彼らは皆、私の存在に気づくと、余所者を見る目つきでこちらをじろじろと眺めてきた。そして、何を考えたのか、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべた。
 なんだか……危なそうな町ね。あんまり長居しないほうが良さそうだわ。
 危険な気配を感じた私は、少し早歩きになりながら、レアハンターが言っていた酒場、ダーガオ・レワレ・アダーゼを探した。けど、なかなか目的の場所は見つからなかった。
 ダメだわ……どこにどんな店があるのか、さっぱり分からない。困ったわね……。
 誰かに訊いてみようかしら。そのほうが早いかもしれないし。……でも、なんか、この町にいる人って、みんな危険そうに見えるのよね。だから、なるべく話しかけたりしないほうがいいんじゃ……。

「ようようお嬢ちゃん! さっきから迷子の猫みたいにウロチョロして何やってんだぁ!」

 どうするべきか迷っていると、背後から男の声が響いた。そちらを見ると、おでこの広い男がニヤニヤしながら立っていた。その男の背後には、彼の手下なのか、さらに数人の男が立っている。
 どうやら、絡まれてしまったらしい。まいったわね。
「お嬢ちゃん、この辺りじゃ見ねえ顔だな。どうした? 迷っちまったのか?」
「え……えーと、酒場を探してるんですけど。ダーガオ・レワレ・アダーゼっていう……」
 黙ってるわけにもいかないので答えると、おでこの広い男は大笑いした。
「ハハハッ、何を探してるかと思いきや、酒場かよ! おいおい、お嬢ちゃんに酒はちょいと早すぎるだろう」
「いや、お酒が飲みたいんじゃなくて、酒場の店員に用があるんです」
「酒場の店員だぁ? ははーん、なるほど。酒場の店員から情報をもらおうって腹だな? 酒場を探してる余所者っつったら、大抵はそれが狙いだ」
 こちらの狙いはバレバレだった。
 バレてるなら、隠したって無駄よね。
「あー……はい、そうです。でも、店の場所が分からなくて。あの、ダーガオ・レワレ・アダーゼがどこにあるか、教えていただけませんか?」
「えー? どうするかねぇ?」
 おでこの広い男は少しの間考え込むと、やがてニヤリと不敵な笑みを浮かべて答えた。
「ククク……まあ、いいだろう。特別に教えてやる」
「本当!? ありがとうございます!」
 なんだ。危険な人しかいないような気がしてたけど、親切な人もいるじゃない。
 ……と、思ったのも束の間だった。
「ただし! 店の場所を教えてやる代わりに、今日からお前は俺様の女になってもらうぜ!」
「……? ……ええっ!? な、なんで!?」
「なんでってこたぁないだろ。まさか、タダで町案内してもらえるとでも思ったのかぁ? そりゃあ、虫が良すぎるって話だぜ」
 おでこの広い男はニヤニヤしながら、私の体を上から下に至るまでじろじろと眺め回し、うんうんと頷いた。
「見たところ、中学生ってとこか。ちょいと幼いが、まあいいだろう。たっぷり可愛がってやるぜ!」
「か……可愛がるって……何する気なの?」
「はあ? 何する気かって? 決まってんだろ! 嫌らしいことをするんだよ!」
「嫌らしいこと!?」
 身の危険を察知した私は、自分の体を抱きかかえるようにした。
「い……嫌らしいことって……何をするつもりなのよ!?」
「ほう、知りたいのか? なら教えてやる! 具体的に何をするかというと、まずは全身をロープで――」
「言わなくていい! 言わなくていい! 言うなっ!」
「質問してきたのはそっちなのに、そんな言い方はねえだろ」
 おでこの広い男は不満そうに口を尖らせた。
「くっ! あなたの女になるなんて冗談じゃないわ! もういい! 店は自分で探すから!」
 この男は危険だと判断した私は、男に背を向け、この場から離れようとした。
 ところが、振り返ってみると、そこには3人の男がいた。鋭い目をした男が1人、筋肉質な腕を晒している男が1人、そして、スキンヘッドの男が1人だ。彼らは私の行く手を阻むような形で立っている。
「おーっと、お嬢ちゃん! 逃げようったってそうは行かないぜ?」鋭い目の男が言った。
「せっかくのお頭の心遣いを無下にするってのはないだろぉ?」筋肉質な男が言った。
「大人しくお頭の女になりやがれってんだ!」スキンヘッドの男が言った。
 3人の男は、おでこの広い男の手下のようだ。私をここから逃がすまいとしている。
 まずいことになっちゃったわね……。
「ハハハ! お嬢ちゃんよぉ、俺様から逃げることはできねえぜ! さ、大人しく俺様の女になりな!」
 気がつくと、私の周りには何人もの男がいた。みんな、おでこの広い男の手下らしい。男たちは少しずつ私との距離を詰めてくる。
 どうしよう……これじゃあ、逃げられない。どうする……? 何か……何かこの状況を打開する術は――。
 ――そうだ! これがある!
「待ちなさい! 私とデュエルよ!」
 ペガサスさんが言っていた。情報はデュエルで勝ち取れって。今がまさにその時だ!
 私はデュエルディスクを構えると、おでこの広い男を指さした。
「今この場であなたにデュエルを挑むわ!」
「何ぃ? 俺様とデュエルだと?」
「もしもあなたが勝ったら、その時はあなたの女になってあげる。だけど、私が勝ったら、ダーガオ・レワレ・アダーゼの場所を教えてもらうわよ!」
 私は堂々と、おでこの広い男にデュエルを仕掛けた。すると、周りの男たちが一斉に騒ぎ出した。
「あの小娘、デュエルを挑んできやがったぜ!」鋭い目の男が言った。
「ずいぶんと威勢のいいお嬢ちゃんだ!」筋肉質な男が言った。
「えらいハリキリ☆ガールが来たもんだな!」スキンヘッドの男が言った。
 おでこの広い男は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにまた不敵な笑みを浮かべた。
「なるほど、デュエルで勝ったほうが欲しいものを得られるってわけか。おもしれえ! いいだろう、そのデュエル受けてやる!」
「決まりね」
「ただし、俺様は今、デッキを調整してる最中で、デュエルできる状態にない。そこで、俺様の代わりに、手下にデュエルさせるが、それで構わないか?」
 私は少し考えた。手下に代わりにデュエルさせる、か。まあ、デュエルするのに変わりはないし、構わないわよね。
「いいわ。それで構わない」
 私はおでこの広い男の提案を受け入れた。彼は「よし」と頷いた。
「じゃあ確認だ。俺様の手下がデュエルに勝ったら、お前は俺様の女になる!」
「私がデュエルに勝ったら、ダーガオ・レワレ・アダーゼの場所を教えてもらう!」
 デュエル前の約束について確認する。これで準備完了ね。
 このデュエルで勝って、必ず酒場に辿り着いてみせる!
「で、あなたの代わりに戦ってくれる手下は誰なの?」
「クク……それなら、もうとっくにお前の後ろで準備してるぜ」
 私は後ろを振り返った。そこには、先ほど逃げようとした私を通せん坊した3人の男――鋭い目の男、筋肉質な男、スキンヘッドの男――が、デュエルディスク構えて挑戦的な笑みを浮かべていた。3人ともデュエルの準備は万端といった感じだ。彼らが私と戦うのだろう。
 ……あれ? 3人?
「ね、ねえ……デュエルディスクを構えているのが3人いるけど、どの男が私と戦うの?」
 私が尋ねると、おでこの広い男は「何言ってるんだ?」と返してきた。
「お前とデュエルするのは、その3人全員だ! これからお前には、その3人全員と同時にデュエルしてもらう! つまり、3対1でデュエルしろってことだ!」
「えっ!? 3対1!? ちょっと待って!」
 私はあわてた。3対1でデュエルだなんて、こんなの聞いてない!
「3対1だなんておかしいわよ!」
「はあ? 何がおかしいんだ?」
「だって、普通は1対1でデュエルするものでしょ!?」
「普通は1対1〜? 知らねえなあ、そんなこと。文句があるなら、お前の不戦敗ってことにしてやってもいいんだぜ?」
 こいつ……! まさか初めからこれを狙って、手下にデュエルさせるだなんて言ったの!?
「ひ……卑怯よこんなの!」
「ハハハハ! 卑怯もラッキョウもあるか! この町では俺様がルールなんだよ! 余所者はおとなしく、俺様のルールに従いな!」
「何よそれ! そんな身勝手な――」
「身勝手? それは違うぜ。この町……マルコムタウンはな、その名の通り、この俺、マルコム様が支配する町なのよ! つまり、俺様こそがルール! 俺様こそが神なのさ!」
 おでこの広い男――マルコムは、自分を指さし、誇らしげに語った。
 くっ! まさか、この男が町の支配者だったなんて! とんでもない奴に絡まれちゃったわね!
「さて、どうする? 3対1のルールを受け入れられないのなら、お前の不戦敗扱いとするが、それでいいのか?」
「うぅぅ……っ!」 
 不戦敗にされたらかなわない。ここは3対1のルールを受け入れるしかない……。
「分かったわよ! 3対1のデュエル、受けてやるわ!」
「ハハッ! いい度胸だ! じゃあ、お前にはこれから3対1でデュエルしてもらうぜ! お前が俺様の手下3人を倒せば、お前の勝ち。その時は約束通り、酒場ダーガオ・レワレ・アダーゼの場所を教えてやる!」
「その言葉に嘘はないわよね?」
「俺もデュエリストだ。デュエルに関しては、嘘はつかねえ。その代わり、お前も約束は守ってもらうぜ。お前が敗北したその時には、俺の女になってもらう。いいな!」
「分かったわ」
 3対1のデュエル。私1人で、マルコムの手下3人を相手に戦わなきゃいけない。とても厳しい戦いになるわね。
 でも、私に負けることは許されない。もしも負けたら、私はマルコムの女となり、彼から嫌らしいことをされてしまう。それだけでなく、この悪夢の世界から出ることができなくなる。このデュエルで負ければ、私の人生は色々な意味で終わってしまうのだ。
 絶対に負けられない! このデュエル、なんとしても勝つ!


 ◆


 赤い夕陽の照らす町。その町の十字路の中心部で、私とマルコムの手下3人――鋭い目の男、筋肉質な男、スキンヘッドの男――は、デュエルディスクを構えて向かい合っていた。周囲はデュエルを見物に来た町の人々で囲まれている。たとえここから逃げようとしても取り押さえられるのがオチだろう。
 見物客の中には、マルコムの姿もあった。彼は手下たち3人の背後からこちらを見ている。自分の手下が負けるはずはないと思っているのか、余裕の表情だ。
 私は深呼吸を1つして、心の中を落ち着けた。冷静さを失ったらアウトだ。落ち着いてデュエルしないと。
「そういえば、まだお嬢ちゃんの名前を知らなかったな。デュエルの前に、名前を聞かせてもらおうか」
 マルコムが問いかけてきた。
 ちょっと迷ったけど、名前くらいなら教えてもいいかと思い、名乗ることにした。
「私は柚子。柊柚子よ」
「柊柚子か。よし、柚子! このデュエルが終わったら、たっぷり可愛がってやるぜ! 今夜はお楽しみだな、コノーッ!」
「そんなの絶対絶対ぜっっっったいお断りだわ! 私は負けない!」
 こんなところで立ち止まるわけにはいかない! 絶対に勝つ!
「さーて、デュエルの前にルールについての確認だ! 全てのプレイヤーは、最初のターンは通常ドローができず、攻撃もできない! そして、敗北したプレイヤーのカードは、それ以降のデュエルには一切影響しなくなる! このルールでいいな!?」
 私たちは全員頷いた。
「よーし、それじゃ、準備はいいか!? デュエルスタートだ!」

「「「「デュエル!」」」」

 ついに、3対1――私vsマルコムの手下3人(以下、鋭い目、筋肉質、スキンヘッドと呼ぶ)のデュエルが始まった。
 状況は圧倒的に私の不利。でも、私は絶対に勝つ!





3章 3対1のデュエル


<ターン1>
【鋭い目】 LP:4000 手札:5枚
     場:
     場:
【筋肉質】 LP:4000 手札:5枚
     場:
     場:
【スキンヘッド】 LP:4000 手札:5枚
     場:
     場:
【柊柚子】 LP:4000 手札:5枚
     場:
     場:

 早撃ち対決の結果、私→鋭い目→筋肉質→スキンヘッド→私→……という順でターンを進めていくことになった。
「私のターン!」
 勢い良く宣言して、5枚の初期手札を確認した。最初のターンはどのプレイヤーも通常ドローを行えないから、この5枚の手札からデュエルをスタートしなければならない。えーと、私の手札は――。

<私の手札>
 幻奏のイリュージョン、融合解除、幻奏の音姫ローリイット・フランソワ、奇跡の光臨、トランスターン

 ――この5枚ね。じゃあ、1枚ずつカードを確認しよう。
 まず1枚目、《幻奏のイリュージョン》は、「幻奏」モンスター1体に魔法・罠耐性と2回攻撃能力を付加する罠カード。今はまだ使えないわね。

幻奏のイリュージョン
【通常罠】
(1):自分フィールドの「幻奏」モンスター1体を対象として発動できる。
このターン、その自分のモンスターは相手の魔法・罠カードの効果を受けず、
1度のバトルフェイズ中に2回攻撃できる。

 2枚目、《融合解除》は、融合モンスター1体の融合を解除する速攻魔法。これもまだ使えないわ。

融合解除
【速攻魔法】
(1):フィールドの融合モンスター1体を対象として発動できる。
そのモンスターをエクストラデッキに戻す。
さらに、エクストラデッキに戻したそのモンスターの融合召喚に使用した
融合素材モンスター一組が自分の墓地に揃っていれば、
その一組を特殊召喚できる。

 3枚目、《幻奏の音姫ローリイット・フランソワ》は、レベル7モンスターで、1ターンに1度、自分の墓地の天使族・光属性モンスター1体を手札に戻す能力を持つ。レベル7モンスターは、モンスター2体をリリースしなければ召喚できないから、これもまだ使えない。

幻奏の音姫ローリイット・フランソワ  [ 光 ]
★★★★★★★
【天使族/効果】
このカードの効果を発動するターン、
自分は光属性以外のモンスターの効果を発動できない。
(1):1ターンに1度、自分の墓地の
天使族・光属性モンスター1体を対象として発動できる。
そのモンスターを手札に加える。
ATK/2300  DEF/1700

 4枚目、《奇跡の光臨》は、除外された自分の天使族モンスター1体を特殊召喚する永続罠ね。これも今は使えない。

奇跡の光臨
【永続罠】
(1):除外されている自分の天使族モンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。
そのモンスターを特殊召喚する。
このカードがフィールドから離れた時にそのモンスターは破壊される。
そのモンスターが破壊された時にこのカードは破壊される。

 最後に5枚目、《トランスターン》。これは、自分フィールドのモンスター1体を墓地へ送り、そのモンスターと同じ種族・属性でレベルが1つ高いモンスター1体をデッキから特殊召喚する魔法カード。私のフィールドにモンスターはいないから、今は使えない。

トランスターン
【通常魔法】
「トランスターン」は1ターンに1枚しか発動できない。
(1):自分フィールドの表側表示モンスター1体を墓地へ送って発動できる。
墓地へ送ったモンスターと種族・属性が同じで
レベルが1つ高いモンスター1体をデッキから特殊召喚する。

 以上の5枚が、私の初期手札だ。この手札を見て分かるのは、5枚のカードがいずれも今は使えないカードであるということだ。

 …………。
 ……えっ?

 私はもう1度、初期手札5枚を確認した。そして、背筋が凍りつくのを感じた。
 ちょ……ちょっと待って! 5枚の手札が全部、今は使えないカードって……どういうことなの!?
 ま……まずい……。これは……完璧に手札事故だわ……! どうしよう! ただでさえ3対1っていう不利な状況なのに、手札事故を起こすなんて……! ああ、どうしよう……頭の中がクラクラしてきたわ……これ、もうダメなんじゃ……?
 ……お……落ち着くのよ、私! あわてちゃダメ! まだデュエルは始まったばかりなんだから!
 私は心を落ち着けて考えた。バトルロイヤルルールでは、最初のターンは全員攻撃できない。つまり、次の私のターンが来るまで、敵モンスターが攻撃してくることはない。たとえ私が壁モンスターを出さずにターンエンドしても、1巡目が終わるまで私が直接攻撃を食らうことはない。手札事故を起こしてしまっているけど、まだ負けが決まったわけじゃない! 本当の勝負は、次の私のターンになってからだ! あきらめるのはまだ早い!
 私は手札の中から2枚を選び取った。
「私はカードを2枚セットして、ターンエンドよ!(手札:5→3)」
 私のフィールドに、2枚のカードが伏せられる。伏せたのは、《幻奏のイリュージョン》と《奇跡の光臨》のカードだ。
「おいおい、お嬢ちゃん! 壁モンスターが出てないぜ! 召喚できるモンスターを引き当てられなかったのかぁ!?」
 鋭い目が冷かしてきた。私は手札事故を悟られないよう、落ち着いた口調で「どうかしらね?」と返しておいた。

<ターン2>
【鋭い目】 LP:4000 手札:5枚
     場:
     場:
【筋肉質】 LP:4000 手札:5枚
     場:
     場:
【スキンヘッド】 LP:4000 手札:5枚
     場:
     場:
【柊柚子】 LP:4000 手札:3枚
     場:
     場:伏せ×2

「何か企んでやがるのか、手札事故なのか……まあ、どっちだっていい。このデュエルで勝つのはどうせ俺たちだろうからな! 行くぜ、俺のターン!」
 鋭い目のターン。彼は迷うことなく1枚のカードを出した。
「俺は魔法カード《銃士召集》を発動! このカードは、手札3枚をデッキに戻してシャッフル! そして、デッキから『銃士』と名のつくモンスターを3体まで手札に加える! この時、2体以上手札に加える場合は、全て同名モンスターでなければならない!(手札:5→4)」

銃士召集
【通常魔法】
(1):自分の手札を3枚デッキに戻し、
自分のデッキから「銃士」モンスターを3体まで手札に加える。
2体以上手札に加える場合は、全て同名モンスターでなければならない。

 《銃士召集》……「銃士」モンスターを手札に呼び込む魔法カード。ということは、鋭い目は【銃士】デッキ使いってことね。
「俺はこいつの効果で、手札3枚をデッキに戻す! そして、《火縄光線銃士》3体をデッキから手札に加える!(手札:4→1→4)」
 《銃士召集》の効果で、鋭い目の手札に3体のモンスターが舞い込む。彼はその中の1体をすぐにフィールドに出した。
「早速出させてもらうぜ! 手札に加えた《火縄光線銃士》を召喚!(手札:4→3)」
 鋭い目のフィールドに、銃を持ったモンスターが現れた。攻撃力は1600か。普通のルールだったら直接攻撃されちゃうとこだけど、バトルロイヤルルールだからまだ攻撃されない。
「まだだぜ! 俺はさらに、永続魔法《悪夢の拷問部屋》を発動! こいつがフィールドにある限り、《悪夢の拷問部屋》以外のカード効果で相手にダメージを与える度に、相手に300ポイントの追加ダメージを与える!(手札:3→2)」
 鋭い目が永続魔法を発動した。その際、筋肉質とスキンヘッドがニヤリとするのが目に入った。何か企んでるらしいわね。
「バトルロイヤルルールにより、最初のターンは攻撃できない! 俺はこれでターンエンドだ!」

<ターン3>
【鋭い目】 LP:4000 手札:2枚(火縄光線銃士×2)
     場:火縄光線銃士(ATK1600)
     場:悪夢の拷問部屋(永続魔法)
【筋肉質】 LP:4000 手札:5枚
     場:
     場:
【スキンヘッド】 LP:4000 手札:5枚
     場:
     場:
【柊柚子】 LP:4000 手札:3枚
     場:
     場:伏せ×2

 鋭い目のターンが終わり、次は筋肉質のターンだ。
「俺のターン! 俺もこいつを使わせてもらうぜ! 魔法カード《銃士召集》! 手札3枚をデッキに戻し、デッキから『銃士』と名のつくモンスターを3体まで手札に加える!(手札:5→4)」
「あなたもそのカードを!?」
 どうやら、筋肉質のデッキも【銃士】デッキらしいわね。
「俺は手札3枚をデッキに戻し……へっへっへ! こいつを手札に加えさせてもらうぜ! 3体の《火縄光線銃士》をな!(手札:4→1→4)」
「また《火縄光線銃士》!?」
「そして、手札に加えた《火縄光線銃士》を召喚!(手札:4→3)」
 筋肉質のフィールドに、鋭い目が召喚したものと全く同じモンスターが出現する。その時、鋭い目が動きを見せた。
「《火縄光線銃士》のモンスター効果発動! 『シューティング』!」
「えっ!?」
 鋭い目のフィールドの《火縄光線銃士》が、持っていた銃を私に向けて発砲! 私の体に衝撃が走った!
「ああああっ!?」

 柊柚子 LP:4000 → 3200

「な……私のライフが……どうして?」
「ハハハ! これが《火縄光線銃士》のモンスター効果! 《火縄光線銃士》が攻撃表示で存在する場合、他の《火縄光線銃士》が自分フィールドに召喚された時、相手に800ポイントのライフダメージを撃ち込む!」

火縄光線銃士  [ 地 ]
★★★★
【戦士族/効果】
(1):このカードがフィールドに表側攻撃表示で存在し、
自分フィールドにこのカード以外の「火縄光線銃士」が
召喚・反転召喚・特殊召喚された場合に発動する。
相手に800ダメージを与える。
ATK/1600  DEF/ 800

「チーム戦では、パートナーのフィールドも自分フィールドとして扱われる! だから《火縄光線銃士》の効果が発動したってわけだ!」
 くっ……! 今、鋭い目と筋肉質の手札には、それぞれ《火縄光線銃士》が2枚ずつあるから、今後、それらのモンスターが召喚され続ければ、私のライフはどんどん削られていっちゃう……!
「それだけじゃないぜ! 俺の場には永続魔法《悪夢の拷問部屋》がある! こいつは、効果ダメージを与える度、300の追加ダメージを撃ち込むカード! こいつの効果も受けてもらうぜ!」
 鋭い目が言うのと同時に、こちらに向かって火矢が飛んできた! 火矢は私の体を見事に貫通した!
「ううっ!」

 柊柚子 LP:3200 → 2900

 このターンだけで1100ポイントもライフが削られちゃったわ!
「おーっと、まだ俺のターンは終わっちゃいないぜ! 俺はさらに、永続魔法《怨霊の湿地帯》を発動!(手札:3→2)」
 追い打ちをかけるように、筋肉質が魔法カードを発動した。
「《怨霊の湿地帯》がある限り、召喚・反転召喚・特殊召喚されたモンスターは、そのターン攻撃できない! これで、次のお前のターン、お前が攻撃力の高いモンスターを出したとしても、すぐには攻撃できない!」
 また厄介なカードを出してきたわね……。これじゃあ、たとえ私がモンスターを出しても、すぐには《火縄光線銃士》を攻撃できない。
「俺はこれでターンエンド!」

<ターン4>
【鋭い目】 LP:4000 手札:2枚(火縄光線銃士×2)
     場:火縄光線銃士(ATK1600)
     場:悪夢の拷問部屋(永続魔法)
【筋肉質】 LP:4000 手札:2枚(火縄光線銃士×2)
     場:火縄光線銃士(ATK1600)
     場:怨霊の湿地帯(永続魔法)
【スキンヘッド】 LP:4000 手札:5枚
     場:
     場:
【柊柚子】 LP:2900 手札:3枚
     場:
     場:伏せ×2

 今度はスキンヘッドのターンだ。
「俺のターン! へへっ! 俺もこのカードを発動! 《銃士召集》! このカードで、手札3枚をデッキに戻し、デッキから『銃士』モンスター3体を手札に加える!(手札:5→4)」
「ま、またぁ!?」
 スキンヘッドも【銃士】デッキ! こいつら全員、同じテーマデッキを!?
「まさか、あなたもあのカードを!?」
「その通り! 俺が手札に呼び込むのは3体の《火縄光線銃士》! そして、手札に加えた《火縄光線銃士》を召喚!(手札:4→1→4→3)」
 当然のごとく、スキンヘッドは《火縄光線銃士》を手札に加え、召喚した。そして、それに反応し、鋭い目と筋肉質の《火縄光線銃士》が銃を構える!
「「『シューティング』!」」
 鋭い目と筋肉質の声に合わせ、2体の《火縄光線銃士》が発砲! 私の体にまたもや衝撃が走った!
「きゃあああっ!」

 柊柚子 LP:2900 → 2100 → 1300

 スキンヘッドが《火縄光線銃士》を召喚したことで、鋭い目と筋肉質の《火縄光線銃士》の効果がそれぞれ発動。800ダメージが2回発生し、1600ポイントもライフが削られてしまった。
「おっと! 《悪夢の拷問部屋》の効果も忘れるなよ! 効果ダメージが2回発生したことで、《悪夢の拷問部屋》の追加ダメージも2回発生する! よってお前には、300ダメージを2回食らってもらうぜ!」
 2本の火矢が私の体を射抜いた! またライフが削られる!

 柊柚子 LP:1300 → 1000 → 700

 あっという間に残りライフが1000以下に……! 1巡目は攻撃されないから、ライフは削られないだろうと思ってたのに、こんなのって!
「だーっはっはっは! もう瀕死状態じゃねえかハリキリ☆ガール! だが、これだけじゃ終わらねえぜ! 永続魔法《銃士の裁き》を発動! このカードは、各ターンのエンドフェイズに、場の『銃士』モンスターの数×100ダメージを与えるカード! こいつでさらに追い詰めてやるぜ!(手札:3→2)」

銃士の裁き
【永続魔法】
(1):エンドフェイズに発動する。
フィールドの「銃士」モンスターの数×100ダメージを相手に与える。

 スキンヘッドが、さらなるダメージを撃ち込むカードを発動した。こ……こんなのって……ないよ……!
「俺はこれでターンエンド! この時、《銃士の裁き》の効果発動! 場にいる『銃士』モンスターは3体! よって、300ポイントのダメージを受けてもらう!」
 フィールドにいる《火縄光線銃士》3体から、それぞれ光の矢が1本ずつ放たれ、私の体を貫いた。
「ああぅっ!」

 柊柚子 LP:700 → 400

 さらにライフを削られた! とうとうライフが500より下に……!
「効果ダメージが発生したことで、《悪夢の拷問部屋》の効果も発動! 300の追加ダメージを食らえ!」
 ああ、そうだった! 《悪夢の拷問部屋》の効果もあった!
 火矢に体を貫かれ、ライフが……削られる!
「……っ……!」

 柊柚子 LP:400 → 100

 ……ッ!
 の……残りライフ100! あ……危ない! どうにか持ちこたえたわ!
 けど、これでもう私には後がない。さすがにもう、これ以上はダメージを受けられない。今度ダメージを受ければ、きっと私のライフは0になっちゃう。
「ハハハハハーッ! 残りライフたったの100! もう完全に死にかけだな!」
「この勝負、もらったな! 次のターン、お前が強力モンスターを召喚しても、《怨霊の湿地帯》の効果により攻撃はできない!」
「そして、エンドフェイズになれば、《銃士の裁き》の効果でダメージが発生! お前のライフは尽きる!」
「仮に《銃士の裁き》によるダメージを回避したとしても、次の俺のターンになれば、新たな《火縄光線銃士》を召喚して、ライフダメージを撃ち込むまで! お前が負けることに変わりはない!」
 マルコムの手下3人の勝ち誇ったような声が聞こえてきた。
 彼らの言っていることに間違いはない。このままどうにもできなければ、私の敗北は避けられない。なんとかしなきゃいけない。
 敗北を避けるためには、次の私のターン中に勝つしかない。それも、エンドフェイズが来る前に。でも、私のフィールドと手札にある計5枚のカードは、どれも今は使えないカード。このままじゃどうにもならない。
 次の私のターンから、ドローフェイズに通常ドローができるようになる。だから、そのドローで何かこの状況を打開できる起死回生のカードを引き当てないといけない。もし、起死回生のカードを引けなければ、その時は私の負けだ。
 次のドローに……全てがかかっている……!

<ターン5>
【鋭い目】 LP:4000 手札:2枚(火縄光線銃士×2)
     場:火縄光線銃士(ATK1600)
     場:悪夢の拷問部屋(永続魔法)
【筋肉質】 LP:4000 手札:2枚(火縄光線銃士×2)
     場:火縄光線銃士(ATK1600)
     場:怨霊の湿地帯(永続魔法)
【スキンヘッド】 LP:4000 手札:2枚(火縄光線銃士×2)
     場:火縄光線銃士(ATK1600)
     場:銃士の裁き(永続魔法)
【柊柚子】 LP:100 手札:3枚
     場:
     場:伏せ×2

「私の……ターン……!」
 デッキのカードに指を当てる。その指は震えていた。
 このドローで、私の運命が決まる。勝てば先に進めるけど、負けたらこの悪夢の世界から出られない。そのことを考えると、すぐにカードを引けなかった。
 そんな私を冷やかすように、マルコムが言った。
「ハハハ! 柊柚子よぉ、これ以上やっても時間の無駄だぜ! お前の負けは確定した! 大人しくサレンダーしたらどうだ!?」
「負けが確定って……そんなの……まだ分からないじゃない」
「おいおい、まだ続けるのかよ! あきらめなって! 潔く負けを認めることも大切だぜ! だから、とっとと負けを認めて俺様の女になっちまいな! そしたら、たっぷり嫌らしいことしてやるぜ! グヘヘヘヘ!」
「い……嫌らしいこと……!」
「そうさ! 少なくとも、少年マンガには描けないレベルの嫌らしいことをしてやる! だから、早くサレンダーしちまいな! 正直、待ちくたびれてんだよ!」
「じょ……冗談じゃないわ! 嫌らしいことなんてされてたまるかってのよ!」
 そうだ。このデュエルで負けたら、悪夢の世界から出られないだけじゃない。色々な意味で大切なものを失ってしまうのだ! 絶対負けられない!
「この私のターンから、ドローができるようになるわ! 私のターン!」
 私はデッキを見て、心の中で訴えかけた。お願い、私のデッキ! 私の思いに応えて!
 意を決し、私はデッキからカードをドローした!
「ドロー!(手札:3→4)」
 引き当てたのは――魔法カード。これはさっき、この町に来る途中で拾ったカード! しかも、今の状況なら、大きな力となってくれるカードだ!
 このカードで、希望をつかんでみせるわ!
「魔法カード《魔力の泉》を発動! 相手フィールドの表側表示の魔法・罠カードの数だけデッキからカードをドローし、その後、自分フィールドの表側表示の魔法・罠カードの数だけ手札を選んで捨てる!(手札:4→3)」
「手札増強カードだと!?」

魔力の泉
【速攻魔法】
「魔力の泉」は1ターンに1枚しか発動できない。
(1):相手フィールドの表側表示の魔法・罠カードの数だけ
自分はデッキからドローする。
その後、自分フィールドの表側表示の魔法・罠カードの数だけ
自分の手札からカードを選んで捨てる。
このカードの発動後、次の相手ターンの終了時まで、
相手フィールドの魔法・罠カードは破壊されず、発動と効果を無効化されない。

 《魔力の泉》は、次の相手ターンの終わりまで、相手フィールドの魔法・罠カードを破壊から守り、発動と効果を無効化されなくする。その代わりに、私にカードドローの機会を与えてくれるのだ。
「今、あなた達のフィールドには3枚の永続魔法、《悪夢の拷問部屋》、《怨霊の湿地帯》、《銃士の裁き》がある! よって私はカードを3枚ドロー!(手札:3→6)」
「一気に3枚ドローだとぉ!?」
「なんてふざけた効果だ!」
「インチキカード使いやがって!」
 マルコムの手下3人が喚いたが、それを無視して、6枚になった手札にじっと目を通す。
 魔法カード《魔力の泉》は、カードドローをした後、自分フィールドの表側表示の魔法・罠カードの数だけ手札を捨てないといけない。今、私のフィールドにある表側表示の魔法・罠カードは、発動中の《魔力の泉》1枚だから、私は手札を1枚捨てる必要がある。どのカードを捨てればいいかしら。

<私の手札>
 融合解除、幻奏の音姫ローリイット・フランソワ、トランスターン、独奏の第1楽章、幻奏の音女ソナタ、幻奏の歌姫ソプラノ

 私の手札はこの6枚。《魔力の泉》の3枚ドローにより、《独奏の第1楽章》、《幻奏の音女ソナタ》、《幻奏の歌姫ソプラノ》が追加されている。
 追加されたカード1枚目、《独奏の第1楽章》は、自分フィールドにモンスターがいない時、手札・デッキからレベル4以下の「幻奏」と名のつくモンスター1体を特殊召喚できる魔法カード。ただし、このカードを発動するターン、私は「幻奏」モンスター以外のモンスターを特殊召喚できない。

独奏の第1楽章
【通常魔法】
「独奏の第1楽章」は1ターンに1枚しか発動できず、
このカードを発動するターン、自分は「幻奏」モンスターしか特殊召喚できない。
(1):自分フィールドにモンスターが存在しない場合に発動できる。
手札・デッキからレベル4以下の「幻奏」モンスター1体を特殊召喚する。

 追加されたカード2枚目、《幻奏の音女ソナタ》は、自分フィールドに「幻奏」モンスターがいる時、手札から特殊召喚できるモンスター。そして、特殊召喚されたこのカードがいる限り、自分フィールドの天使族モンスターの攻撃力・守備力を500アップする。

幻奏の音女ソナタ  [ 光 ]
★★★
【天使族/効果】
(1):自分フィールドに「幻奏」モンスターが存在する場合、
このカードは手札から特殊召喚できる。
(2):特殊召喚したこのカードがモンスターゾーンに存在する限り、
自分フィールドの天使族モンスターの攻撃力・守備力は500アップする。
ATK/1200  DEF/1000

 追加されたカード3枚目、《幻奏の歌姫ソプラノ》は、特殊召喚成功時に、自分の墓地の「幻奏」モンスター1体を手札に戻す効果と、《融合》を使わずに「幻奏」融合モンスターを融合召喚する効果を持つモンスター。

幻奏の歌姫ソプラノ  [ 光 ]
★★★★
【天使族/効果】
「幻奏の歌姫ソプラノ」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。
(1):このカードが特殊召喚に成功した時、「幻奏の歌姫ソプラノ」以外の
自分の墓地の「幻奏」モンスター1体を対象として発動できる。
そのモンスターを手札に加える。
(2):1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。
「幻奏」融合モンスターカードによって決められた、
このカードを含む融合素材モンスターを自分フィールドから墓地へ送り、
その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。
ATK/1400  DEF/1400

 これら3枚の追加カードと、前のターンから手札にある《融合解除》、《幻奏の音姫ローリイット・フランソワ》、《トランスターン》の3枚、計6枚が現在の私の手札だ。この中からカードを1枚選んで捨てなきゃいけない。何を捨てればいいか……。
 手札を見つつ、フィールドにも目を向ける。私のフィールドには《幻奏のイリュージョン》と《奇跡の光臨》が伏せてある。これらの伏せカードのこともちゃんと考慮したほうがいいわよね。
 焦る気持ちを抑え、慎重に、冷静に考える。このデュエルで私が生き延びるには、このターンのエンドフェイズが来る前に勝利を収めるしかない。エンドフェイズになれば、スキンヘッドの場の永続魔法《銃士の裁き》の効果で私のライフは0になり、負けが決まってしまう。その前に勝たないと。
 どのくらいの間、考えていただろう。ひたすら考え続けたことで、考えがまとまってきた。
 もしかしたら、行けるかもしれない……! いや、行ける!
 自分の中で固まった考えに誤りがないかどうか確認する。大丈夫、間違いはない。行けるわ!
「おい、いつまで考え込んでんだ! さっさとカードを出しやがれ! それができねえなら潔くサレンダーしろ!」
 マルコムが急かしてきた。待たされてイラついているみたい。
 私は深呼吸を1つしてから、彼に答えた。
「待たせたわね。考えがまとまったわ」
「けっ! ようやく負けを認める気になったか!」
「負けを認める? 冗談じゃないわ! このデュエル、私の勝ちよ!」
 私は堂々と宣言した。それを聞き、周囲の人間がざわめき出す。
 マルコムは嘲るような笑みを浮かべた。
「ハッ! 何をバカなことを! この状況をひっくり返すことなどできるはずがない!」
「それはどうかしら? デュエルは最後まで何が起こるか分からないものよ!」
「ハッタリを! そんなに言うなら、見せてもらおうじゃねーか! お前の逆転劇を!」
「言われなくても見せてあげるわ!」
 私は手札から《幻奏の音女ソナタ》のカードを墓地へ送った。
「《魔力の泉》の効果により、私は手札を1枚捨てる!(手札:6→5)」
 これで準備は終了! さあ、ショーの始まりよ!
「私は魔法カード《独奏の第1楽章》を発動! 自分フィールドにモンスターがいない場合、デッキからレベル4以下の『幻奏』モンスター1体を特殊召喚する! 出番よ! 《幻奏の音女セレナ》!(手札:5→4)」
 《独奏の第1楽章》の効果により、レベル4の《幻奏の音女セレナ》が呼び出された。
「《幻奏の音女セレナ》は、天使族モンスターをアドバンス召喚する場合、1体で2体分のリリースとすることができる! 私は《幻奏の音女セレナ》をリリースし、レベル7の《幻奏の音姫ローリイット・フランソワ》をアドバンス召喚!(手札:4→3)」
 《幻奏の音女セレナ》がフィールドから離れ、それと入れ替わるように《幻奏の音姫ローリイット・フランソワ》が召喚される。
「ほう。レベル7、攻撃力2300の上級モンスターを召喚したか」
「だが、《怨霊の湿地帯》の効果で、このターンはそいつで攻撃できないぜ!」
「そいつで攻撃したきゃ、次のお前のターンが来るまで待たなきゃいけねえぞ!」
 上級モンスターの召喚には成功したけど、マルコムの手下たちの余裕が崩れることはない。見てなさいよ、その余裕をすぐに崩してやるわ。
「《幻奏の音姫ローリイット・フランソワ》のモンスター効果! 1ターンに1度、自分の墓地の天使族・光属性モンスター1体を手札に加えることができる! この効果で、天使族・光属性の《幻奏の音女ソナタ》を手札に戻す!(手札:3→4)」
 《幻奏の音姫ローリイット・フランソワ》の効果で《幻奏の音女ソナタ》が手札に舞い戻る。
 よし、次はこのモンスターよ!
「さっきリリースした、《幻奏の音女セレナ》の効果! このカードが特殊召喚に成功したターン、私は通常召喚に加えて1度だけ、『幻奏』モンスター1体を召喚できる!」

幻奏の音女セレナ  [ 光 ]
★★★★
【天使族/効果】
(1):天使族モンスターをアドバンス召喚する場合、
このカードは2体分のリリースにできる。
(2):このカードが特殊召喚に成功したターン、
自分は通常召喚に加えて1度だけ、
自分メインフェイズに「幻奏」モンスター1体を召喚できる。
ATK/ 400  DEF/1900

「この効果を使って、手札の《幻奏の歌姫ソプラノ》を召喚するわ! さあ、あなたもステージへ!(手札:4→3)」
 《幻奏の音女セレナ》の効果で召喚権を増やし、《幻奏の歌姫ソプラノ》を追加召喚! これだけじゃ終わらないわよ!
「さっき手札に戻した《幻奏の音女ソナタ》は、自分フィールドに『幻奏』モンスターがいる場合、手札から特殊召喚できる! 来て! ソナタ!(手札:3→2)」
 ソプラノに続き、ソナタを特殊召喚! これで私のフィールドに、モンスターが一気に3体並んだ!
 でもまだまだ! 私のショーはここからさらに盛り上がるわよ!
「《幻奏の歌姫ソプラノ》のモンスター効果発動! このカードを含む自分フィールドのモンスターを素材として、『幻奏』と名のつく融合モンスターを《融合》なしで融合召喚できる!」
 《融合》を使わずに、「幻奏」融合モンスターを呼び出す! それがソプラノの特殊効果!
「何!? 《融合》を使わずに融合召喚するだと!? そんなのアリかよ!?」
「汚ねーぞそんなやり方! 融合召喚ってのは《融合》を使って行うものだろうが! こんなの反則だ!」
「ちゃんと《融合》を使ってやれよ! 《融合》ちゃんが泣いてるだろ!」
 マルコムの手下3人がなんか喚いているけど、私はそれをスルーして先に進めた。
「私はフィールドの、《幻奏の歌姫ソプラノ》と《幻奏の音女ソナタ》を融合! 響け歌声! 流れよ旋律! タクトの導きにより力重ねよ! 融合召喚! 今こそ舞台へ! 《幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト》!」
 ソプラノとソナタが1つとなり、《幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト》へと生まれ変わった! いよいよ主役のお出ましよ!
「ちっ! ここで融合召喚を繰り出してくるとはな! だが、融合モンスターを出してきたところで、このターンは攻撃できないぜ! そんなことしても無駄なことだ!」
「本当に無駄かどうか、その目で確かめてみるといいわ! 私は《幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト》の効果発動! フィールドにいる限り1度だけ、墓地のカードを3枚まで除外し、その数×200ポイント攻撃力をアップする! 『コーラス・ブレイク』!」

幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト  [ 光 ]
★★★★★★
【天使族/融合/効果】
「幻奏」モンスター×2
(1):このカードがフィールドに表側表示で存在する限り1度だけ、
お互いの墓地のカードを合計3枚まで対象として発動できる。
そのカードを除外する。
このカードの攻撃力は、この効果で除外したカードの数×200アップする。
この効果は相手ターンでも発動できる。
ATK/2400  DEF/2000

 私は自分の墓地から、先ほど融合素材として墓地へ送られた《幻奏の歌姫ソプラノ》を取り出した。
「私はこの効果で、私自身の墓地の《幻奏の歌姫ソプラノ》と、相手墓地の《銃士召集》2枚、合計3枚を除外する! さあ、あなたたちの墓地からカードを取り除きなさい!」
 私は鋭い目と筋肉質の2人を指さした。
「ふん! 攻撃力を上げたって、このターンは攻撃できないんだから意味ねえじゃねえか!」
「しかも、自分の墓地のカードまで除外しやがって、頭がおかしくなったか?」
 鋭い目と筋肉質は嘲るような笑みを浮かべながら、それぞれの墓地からカードを除外した。

 幻奏の歌姫ソプラノ:除外
 銃士召集:除外
 銃士召集:除外

 幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト ATK:2400 → 3000

 3枚のカードを除外したことで、マイスタリン・シューベルトの攻撃力が3000まで上昇した。
 さて、色々やったことで、私のフィールドの状況は結構変わった。ちょっと確認しておこう。

【柊柚子】 LP:100 手札:2枚
     場:幻奏の音姫ローリイット・フランソワ(ATK2300)、幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト(ATK3000)
     場:伏せ×2

 今、私のフィールドのモンスターは、《幻奏の音姫ローリイット・フランソワ》と《幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト》の2体。どちらの攻撃力も高めだけど、《怨霊の湿地帯》の効果でこのターンは攻撃できない。……このままならば。
 私は手札からカードを1枚発動した。
「魔法カード《トランスターン》を発動! 自分フィールドのモンスター1体を墓地へ送ることで、そのモンスターと同じ種族・属性で、レベルが1つ高いモンスター1体をデッキから特殊召喚する! 私はこのカードで、《幻奏の音姫ローリイット・フランソワ》を墓地へ送る!(手札:2→1)」
「モンスターを、1つレベルの高いモンスターに切り替える魔法カードか!」
 《幻奏の音姫ローリイット・フランソワ》は、天使族・光属性のレベル7モンスター。よって、天使族・光属性のレベル8モンスターをデッキから呼び出せる!
 さあ、あなたにも活躍してもらうわよ!
「天上に響く妙なる調べよ、眠れる天才を呼び覚ませ! 出でよ! レベル8! 《幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト》!」
 《トランスターン》の効果により、攻撃力2600のレベル8モンスター《幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト》が舞い降りた! このモンスターは、1ターンに1度、手札から天使族・光属性モンスター1体を特殊召喚できる効果を持つ!

幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト  [ 光 ]
★★★★★★★★
【天使族/効果】
このカードの効果を発動するターン、
自分は光属性以外のモンスターを特殊召喚できない。
(1):1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。
手札から天使族・光属性モンスター1体を特殊召喚する。
ATK/2600  DEF/2000

 ただ、私の手札に今あるのは、魔法カード《融合解除》1枚のみ。《幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト》の効果は使えない。けど、それなら手札にモンスターを呼び込むまで!
 私は伏せカードに手を伸ばした。いよいよ罠カードの出番だ。
「永続罠《奇跡の光臨》発動! このカードは、除外されている自分の天使族モンスター1体を特殊召喚できる! 私は、さっき《幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト》の効果で除外した《幻奏の歌姫ソプラノ》を特殊召喚させてもらうわ!」
「除外されたモンスターを帰還させる罠カード!? そうか、そのカードとのコンボを狙って、自分のモンスターを除外したのか!」
「その通り! さあ、舞い戻りなさい! 《幻奏の歌姫ソプラノ》!」
 《奇跡の光臨》の効果で《幻奏の歌姫ソプラノ》が舞い戻る。そして、それを引き金にして、ソプラノが効果を発動する。
「ソプラノの効果発動! このカードが特殊召喚に成功した時、自分の墓地の『幻奏』モンスター1体を手札に加えることができる! この効果で《幻奏の音姫ローリイット・フランソワ》を手札に戻させてもらうわ!(手札:1→2)」
 先ほど墓地へ送られた《幻奏の音姫ローリイット・フランソワ》が私の手札に戻って来た。これで手札に天使族・光属性モンスターが1体!
「さっき特殊召喚した《幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト》の効果発動! 1ターンに1度、手札の天使族・光属性モンスター1体を特殊召喚する! 再びステージへ! 《幻奏の音姫ローリイット・フランソワ》!(手札:2→1)」
 《幻奏の音姫ローリイット・フランソワ》がフィールドに再び姿を現す。当然、このカードの効果も使わせてもらうわ!
「《幻奏の音姫ローリイット・フランソワ》の効果発動! 1ターンに1度、自分の墓地の天使族・光属性モンスター1体を手札に加える! 天使族・光属性の《幻奏の音女ソナタ》を回収させてもらうわ!(手札:1→2)」
 《幻奏の音女ソナタ》が墓地から回収されるのはこれで2回目ね。もう1度ステージに上がってもらうわよ!
「《幻奏の音女ソナタ》は、自分フィールドに『幻奏』モンスターがいる時、手札から特殊召喚できる! 出でよ、《幻奏の音女ソナタ》! そして、特殊召喚された《幻奏の音女ソナタ》がフィールドにいる限り、私のフィールドの天使族モンスターの攻撃力・守備力は500アップする!(手札:2→1)」
 私のフィールドにいるモンスターは全部天使族! 《幻奏の音女ソナタ》の効果で全員パワーアップよ!

 幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト (ATK3000・DEF2000) → (ATK3500・DEF2500)
 幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト (ATK2600・DEF2000) → (ATK3100・DEF2500)
 幻奏の歌姫ソプラノ (ATK1400・DEF1400) → (ATK1900・DEF1900)
 幻奏の音姫ローリイット・フランソワ (ATK2300・DEF1700) → (ATK2800・DEF2200)
 幻奏の音女ソナタ (ATK1200・DEF1000) → (ATK1700・DEF1500)

【柊柚子】 LP:100 手札:1枚
     場:幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト(ATK3500)、幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト(ATK3100)、幻奏の歌姫ソプラノ(ATK1900)、幻奏の音姫ローリイット・フランソワ(ATK2800)、幻奏の音女ソナタ(ATK1700)
     場:奇跡の光臨(永続罠)、伏せ×1

「一気にモンスターを5体まで増やしただと!?」
 マルコムとその手下たちが驚きをあらわにした。実は、私自身も驚いている。まさか、あの完全に手札事故の状態から、一気にモンスターを5体も展開できるとは思わなかった。ホント、デュエルモンスターズって何が起こるか分からないゲームだわ……。
 それはそうと、まだ私のターンは終わってない。フィールドのモンスターの数は減るけど、この効果を使わせてもらう。
「《幻奏の歌姫ソプラノ》のモンスター効果発動! さっきも使った効果だけど、このカードは《融合》を使わずに『幻奏』融合モンスターを融合召喚できる! 私は《幻奏の歌姫ソプラノ》と《幻奏の音姫ローリイット・フランソワ》を融合させるわ!」
 ソプラノとローリイット・フランソワが1つとなり、2度目の融合召喚が行われる!
「妙なる調べよ! 咲き誇る花とともに、新たなるハーモニーを奏でよ! 融合召喚! 今こそ舞台へ! 2体目の《幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト》!」
「何ぃ!? もう1体出してきただとぉ!?」
 私のフィールドに、2体目の《幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト》が現れた!
「《幻奏の音女ソナタ》の効果により、今召喚した《幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト》の攻撃力・守備力は500アップするわ!」

 幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト (ATK2400・DEF2000) → (ATK2900・DEF2500)

「そして、2体目の《幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト》の効果発動! 『コーラス・ブレイク』! フィールドにいる限り1度だけ、墓地のカードを3枚まで除外し、その数×200ポイント攻撃力をアップする! この効果で、私の墓地の《独奏の第1楽章》と《トランスターン》、そして、あなたの《銃士召集》を除外する!」
 私はスキンヘッドを指さした。スキンヘッドは忌々しそうに《銃士召集》を除外した。私も《独奏の第1楽章》と《トランスターン》を除外する。
 これで、2体目のマイスタリン・シューベルトの攻撃力は600アップだ。

 独奏の第1楽章:除外
 トランスターン:除外
 銃士召集:除外

 幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト ATK:2900 → 3500

「ちっ! いくら攻撃力を上げようが、モンスターを増やそうが、お前の場のモンスターは全部このターンに出されたモンスター! よって、《怨霊の湿地帯》の効果で攻撃はできないぜ!」
 筋肉質が指摘してきた。
 分かってる。たしかにこのままじゃ、攻撃はできない。だから、こうするのよ!
「最後の伏せカードを使うわ! 罠カード《幻奏のイリュージョン》! このカードを、《幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト》に対して発動する!」
「何!? そのカードは……!」
「《幻奏のイリュージョン》の効果を受けた『幻奏』モンスターは、このターン相手の魔法・罠カードの効果を受けなくなり、2回攻撃が可能になる! つまり、《怨霊の湿地帯》の効果を受けずに攻撃することができる!」
「し……しまった! そんな手を隠してやがったのか!」
 このターンの初めに発動した《魔力の泉》の効果により、相手の魔法・罠カードは効果を無効化されない。けど、相手の魔法・罠カードの効果を受けなくすることはできる! これでマイスタリン・シューベルトは攻撃可能になったわ!

<ターン5>
【鋭い目】 LP:4000 手札:2枚(火縄光線銃士×2)
     場:火縄光線銃士(ATK1600)
     場:悪夢の拷問部屋(永続魔法)
【筋肉質】 LP:4000 手札:2枚(火縄光線銃士×2)
     場:火縄光線銃士(ATK1600)
     場:怨霊の湿地帯(永続魔法)
【スキンヘッド】 LP:4000 手札:2枚(火縄光線銃士×2)
     場:火縄光線銃士(ATK1600)
     場:銃士の裁き(永続魔法)
【柊柚子】 LP:100 手札:1枚
     場:幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト(ATK3500)、幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト(ATK3100)、幻奏の音女ソナタ(ATK1700)、幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト(ATK3500)
     場:奇跡の光臨(永続罠)

 さあ、いよいよフィナーレよ!
「バトル! 《幻奏のイリュージョン》の効果を受けたマイスタリン・シューベルトで、あなたの《火縄光線銃士》に攻撃! 『ウェーブ・オブ・ザ・グレイト』!」
 私の指示を受け、マイスタリン・シューベルトが筋肉質――《怨霊の湿地帯》を発動した男――の《火縄光線銃士》に攻撃を仕掛けた! 敵の場に伏せカードはない! 攻撃は問題なく通る!

 (ATK3500)幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト → 火縄光線銃士(ATK1600):破壊

 筋肉質 LP:4000 → 2100

「ぐわぁっ! 俺のライフが!」
「まだよ! マイスタリン・シューベルトの2回目の攻撃! 『ウェーブ・オブ・ザ・グレイト』!」
 《火縄光線銃士》を破壊したマイスタリン・シューベルトが、がら空きになった筋肉質にダイレクトアタックした!

 (ATK3500)幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト → 筋肉質(LP2100)

 筋肉質 LP:2100 → 0

「ぐわぁぁっ!? マジで!?」
 筋肉質のライフが尽きた! それに伴い、筋肉質が発動していた《怨霊の湿地帯》が消滅した!
「バトルロイヤルルールにより、敗北したプレイヤーのカードは消滅し、以降のデュエルに影響しなくなる! これで《怨霊の湿地帯》の効果は消えたわ!」
 ルールによるカードの消滅。これは破壊とも無効化とも異なるものだから、《魔力の泉》の影響は受けない!
「《怨霊の湿地帯》が消えたことで、私のモンスターを邪魔するものはなくなったわ! これで私のモンスターは全員攻撃できる! すかさずバトル! もう1体のマイスタリン・シューベルトであなたの《火縄光線銃士》を攻撃! 『ウェーブ・オブ・ザ・グレイト』!」
 2体目のマイスタリン・シューベルトがスキンヘッドの《火縄光線銃士》を攻撃し、難なく撃破した!

 (ATK3500)幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト → 火縄光線銃士(ATK1600):破壊

 スキンヘッド LP:4000 → 2100

「お……俺のモンスターが!」
「これであなたの場はがら空き! この攻撃でフィニッシュよ! 《幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト》の攻撃! 『グレイスフル・ウェーブ』!」
 壁モンスターがいなくなったスキンヘッドに、プロディジー・モーツァルトが追い打ちをかけ、ライフを削り取った!

 (ATK3100)幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト → スキンヘッド(LP2100)

 スキンヘッド LP:2100 → 0

「バカなぁぁぁ!?」
 筋肉質に続き、スキンヘッドのライフも尽きた! 残るは1人!
 私は最後の1人、鋭い目の場を睨み付けた。
「あなたもこのターンで仕留めてやるわ! 《幻奏の音女ソナタ》で《火縄光線銃士》を攻撃!」
「くそっ! 俺のモンスターを守るものは何もねえ!」

 (ATK1700)幻奏の音女ソナタ → 火縄光線銃士(ATK1600):破壊

 鋭い目 LP:4000 → 3900

 ソナタの攻撃が終わったことで、私のフィールドの4体のモンスター全員の攻撃が終了した。
「チッ! 俺のモンスターはやられたが……これでお前のモンスターは全部攻撃を終了した! これ以上、俺のライフを削ることはできない! まだ勝負はついてないぜ! 一気に2人倒したのは褒めてやるが、俺を倒すまでお前の勝ちにはならない!」
 鋭い目はまだ強気でいる。彼の言うように、彼を倒さなければ私の勝ちにはならない。
 だから、このターンで勝つのよ!
「何勘違いしてるのよ。まだ私のバトルフェイズは終了してないわ! 速攻魔法《融合解除》!(手札:1→0)」
「ガ……ッ!?」
 カードを発動した瞬間、鋭い目の顔が思い切り歪んだ。私が何をしようとしているか察したのだろう。
 さあ、とどめを刺してやるわよ!
「このカードは、フィールドの融合モンスター1体をエクストラデッキに戻し、そのモンスターの融合に使用したモンスター一組を墓地から特殊召喚する! 私はこの効果で、2回目に融合召喚した《幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト》をエクストラデッキに戻し、その融合に使用した《幻奏の歌姫ソプラノ》と《幻奏の音姫ローリイット・フランソワ》を復活させる! 墓地より舞い戻りなさい!」
 マイスタリン・シューベルトが消滅し、ソプラノとローリイット・フランソワが復活した。
「ソプラノとローリイット・フランソワは、《幻奏の音女ソナタ》の効果を受け、攻守ともに500アップ!」

 幻奏の歌姫ソプラノ (ATK1400・DEF1400) → (ATK1900・DEF1900)
 幻奏の音姫ローリイット・フランソワ (ATK2300・DEF1700) → (ATK2800・DEF2200)

「バトル! 《幻奏の歌姫ソプラノ》と《幻奏の音姫ローリイット・フランソワ》でプレイヤーにダイレクトアタック! これで私の勝ちよ!」
「ば……バカな! こんなバカな!?」

 (ATK1900)幻奏の歌姫ソプラノ → 鋭い目(LP3900)

 鋭い目 LP:3900 → 2000

 (ATK2800)幻奏の音姫ローリイット・フランソワ → 鋭い目(LP2000)

 鋭い目 LP:2000 → 0

「うわあああっ!?」
 復活したソプラノとローリイット・フランソワが、がら空き状態の鋭い目に攻撃し、彼のライフを全て削り取った!
 これでマルコムの手下は3人とも倒れた! このデュエル、私の勝ちだ!

柊柚子 WIN!




4章 情報収集 カード収集


「たった1ターンで3人を! ワンターンスリーKILL!」
 私の勝利が決まった瞬間、マルコムが驚きの声を上げた。それと同時に、それまで見物していた人々が大騒ぎしだした。
「おおおおっ! あの嬢ちゃん、勝ちやがったー!」
「すげえ! 3対1で勝っちまったよ!」
「なんつー逆転劇だよおい! 信じらんねえ!」
「1ターンで3人倒しちまうなんてスゲー!」
 あの状況から私が勝つとは思わなかったのだろう、みんな驚いている。
 私はマルコムのほうに向って歩いた。彼は忌々しそうにこちらを睨み付けてくる。
「マルコム! デュエルは私の勝ちよ!」
「ぬぅっ……そのようだな! しかし……まさか、こんなことが起こるとは……信じられねえ……!」
「私自身も、ちょっと信じられないわ。でも、たしかに勝ったのは私よ」
「くそっ! ただの小娘かと思ってたら……お前、とんでもないストロング女だったんだな!」
「す……ストロング女って……その呼び方はやめてよ! とにかく、私が勝ったんだから、約束通りダーガオ・レワレ・アダーゼの場所は教えてもらうわ! もちろん、私に嫌らしいことするのもナシよ!」
 ビシッとマルコムを指さす。マルコムは低いうなり声を上げると、近くにいた手下に指示を出した。
「おい! ダーガオ・レワレ・アダーゼの場所を教えてやれ!」
「え? 俺が教えるんですか?」
「そうだよ! 何か文句あんのか、ああん!?」
「ひええ! わ……分かりました! 分かりましたから、ビール瓶で殴らないでください!」
 マルコムは舌打ちをすると、不機嫌な顔つきで、さっきまで私がデュエルしていた手下3人がいるところまで歩いていった。
「まったく、あそこまで追い詰めておきながら負けるってどういうことだテメーら! おかげで俺様の今夜のお楽しみがパーじゃねえか! せっかくあの娘に嫌らしいことしようと思ってたのによぉ!」
「す……すみません、お頭!」
「謝って済むならセキュリティはいらねえよ! 罰として貴様ら3人には、集会所のトイレ掃除をやってもらうからな!」
 マルコムが告げると、手下3人たちが泣きそうな顔をした。
「えーっ! それだけは勘弁してくださいよ!」
「あそこのトイレ、めっちゃ臭いし汚いんですよ!」
「あっちこっちにショ○ベンとかウ○コとかゲ○とか変な毛とか飛びまくってて、掃除なんて絶対無理です!」
「だまれこのバカどもが!」
 マルコムは手下3人の顔面に向かって、ビール瓶を1本ずつ投げつけた。3本のビール瓶は手下の顔面に命中すると、粉々に砕け散った。
「敗北者に拒否権なんてねえんだよ! 大人しくトイレ掃除しやがれ! きれいピカピカにするんだぞ! 手抜きすんなよ! ちゃんとクレンザー使えよ! 個室にトイレットペーパー補充しとけよ! 分かったな!」
 一方的に怒鳴りつけると、マルコムは私のほうを睨み付けた。
「今回は見逃してやる! だが、次はこうは行かねえぞ、柊柚子! いや、ストロング柚子!」
「ちょ!? その呼び方はやめてってば!」
「この町から無事に出られると思うなよ! 必ず報いは受けさせてやるからな! 覚えとけ、ストロング柚子!」
「その呼び方はやめろ〜!」
 私の叫びを無視して、マルコムは立ち去ってしまった。なんなのよ、もう!


 ◆


 マルコムが立ち去った後、彼の部下がダーガオ・レワレ・アダーゼまでの道を地図に書いてくれた。その地図を頼りに、足を進めていく。結構、歩く必要がありそうだ。
 もう既に太陽が沈みかけていて、辺りは薄暗くなっている。真っ暗になるのも時間の問題だろう。
 しばらく歩くと、小さな家の前でデュエルモンスターズのカードを手にしている男たちを2人見かけた。1人はモヒカン、もう1人はパンチパーマだ。彼らはカードを見ながら何か話している。
「要するに、こいつが足りないわけよ。お前、余った奴持ってないか? 持ってるだろ? 譲ってくれよ」
 モヒカンの男が何か頼みごとをしている。それに対し、パンチパーマの男はニヤリとして答えた。
「そりゃ、持ってることは持ってるさ。けど、タダじゃなあ」
 パンチパーマの答えに、モヒカンは舌打ちする。
「チェッ! ケチなヤローだ! 分かったよ! どうすりゃ譲ってくれる!?」
「そうさな……。お前の持ってるホログラフィックレア仕様のカード全部くれたら考えてやってもいいぜ」
「ふざけんな! そんな無茶苦茶なトレードがあるか!」
「ハハハ! ま、無理強いはしねえさ。嫌なら他をあたりな」
「ケッ! テメーなんかに相談した俺がバカだったぜ!」
 モヒカンは唾を吐き捨て、パンチパーマの前から離れた。そして、イラついたような口調で言った。
「ったくよぉ! 《折れ竹光》の1枚くらい、タダで譲ってくれたっていいじゃねえか! ケチ男め!」
 その言葉を聞いて、引っ掛かるものを感じた。
 《折れ竹光》……? その単語をどこかで聞いたような?
「……あっ!」
 もしかして、と思い、ポケットの中に手を入れた。そこには、レアハンターからもらった《封印されしエクゾディア》のカードや、この町に来る途中で拾ったカードが入れられている。
 カードを取り出して確認してみる。やっぱりそうだ。拾ったカードのうち1枚が、《折れ竹光》というカードだった。
 《折れ竹光》は、装備モンスターの攻撃力を0アップするという、なんの意味があるのかよく分からないカードだ。先ほどの言葉から察するに、モヒカンの男は《折れ竹光》のカードを欲しがっているらしい。
 どうして、こんな何をしたいのか分からないカードを欲しがるのかしら? 単にコレクションとして持っておきたいのか。それとも、私が知らないだけで、《折れ竹光》には何か有効な使い方があるのか。なんにしても、モヒカンが《折れ竹光》を欲しがっていることはたしかだ。
 それを知った私は、思い切ってモヒカンに話しかけてみた。ちょっと思いついたことがあるのだ。
「あの、ちょっと」
「ああん!?」
 モヒカンがイラついた様子でこっちに顔を向けてきた。私を見た彼は不審な者を見る目つきになった。
「なんだお前、さっきこの辺をウロチョロしてた小娘じゃねえか」
 それを聞いて、そういえば酒場を探してる最中、何度かこの辺を通ったっけ、と思い出した。
「ここらじゃ見ねえ顔だが、何モンだ、お前」
「私は柊柚子っていいます。ちょっとお話したいことが」
「話だぁ? 俺は今忙しいんだ! 他の奴をあたってくれ!」
 モヒカンはハエを追い払うような仕草をすると、スタスタと歩き出した。相当イラついているみたいだ。
 私は少し大きめの声ではっきり言った。
「《折れ竹光》に関する話なんですけど」
 モヒカンの足がピタリと止まった。
 彼はすぐにこちらを振り向いた。明らかに、私に興味を持った目をしている。
「お前まさか、《折れ竹光》のカード持ってんのか?」
「はい。これですよね?」
 私は《折れ竹光》のカードをモヒカンに見せた。
 《折れ竹光》を見たモヒカンは驚いた顔をすると、目をキラキラと輝かせた。
「おっ、おいお前! そのカード、俺に譲ってくれ! 頼む!」
「このカード、欲しいんですか?」
「ああそうだ! な、いいだろ!? 譲ってくれよ!」
 モヒカンが食いついてくる。
 脈ありだと思った私は、彼に提案した。
「じゃあ、何かのカードと交換ってことでどうです?」
 私が思いついたのは、カードの交換だった。上手くいけば、《折れ竹光》のカードを何か強力なカードに変えられるかもしれない。手に入れたカード次第では、デッキを強化して、これからの戦いに備えることも可能だ。
 今の私が《折れ竹光》を持っていても有効利用することはできない。なら、他のカードに変えてしまったほうがいい。そうすることで今後の戦いを有利に進めることができるかもしれない。やってみる価値はある。
 交換、という言葉を聞いたモヒカンは、眉間にしわを寄せた。
「何!? 交換だと!? ケッ、タダじゃ譲れねえってわけかい!」
「残念ながら、タダではちょっと」
「まったく、どいつもこいつもケチだな! ちょっと待ってろ!」
 モヒカンは上着のポケットからカードの束を取り出し、少しの間それを確認すると、その中から1枚のカードを選び取った。
「このカードと《折れ竹光》を交換だ! それでどうだ!?」
 モヒカンが1枚のカードを見せてくる。私はそのカードを確認した。

ダメージ・ダイエット
【通常罠】
(1):このターン自分が受ける全てのダメージは半分になる。
(2):墓地のこのカードを除外して発動できる。
このターン自分が受ける効果ダメージは半分になる。

 モヒカンが見せてきたのは、《ダメージ・ダイエット》という罠カード。発動すれば、そのターンは自分が受けるダメージを全て半減させることができる。また、墓地から除外することで、効果ダメージを半減させる効果も持っている。
 レアカードというわけではないけれど、なかなか便利な効果を持った罠カードだ。持っておいて損はないと思う。むしろ、《折れ竹光》と引き換えに得られるカードとしては良すぎるくらいだ。
「分かりました。《ダメージ・ダイエット》と《折れ竹光》を交換しましょう」
「おっ、マジか! ホントにそれでいいのか!?」
「ええ」
「あとになって取り消してくれって言っても取り消さないぞ! それでもいいんだな!?」
「はい」
「おーっし! 決まりだな!」
 私とモヒカンはカードを交換した。これで《折れ竹光》のカードが《ダメージ・ダイエット》のカードへと変わったわけだ。
「とうとう手に入れたぜ《折れ竹光》! これで俺の【竹光】デッキはついに完成だ! ハハッ! まさか、こんなにすんなり取引成立するとは思わなかったぜ! 今日は運がいい!」
 モヒカンは《折れ竹光》が手に入ったことで満面の笑みだ。一見すると無意味なカードに思える《折れ竹光》も、この人にとっては大事なカードってことなのね。
「お嬢ちゃん、名前は柊柚子……だっけか?」
「はい、柊柚子です」
「ありがとよ、柚子! 礼を言うぜ! いい取引ができて俺は大満足だ!」
「こちらこそ、ありがとうございます」
「よーし! 早速家に帰って、【竹光】デッキを完成させてやるぜ! じゃあな柚子! 機会があったら、またカードの取引しようぜ!」
 モヒカンはウキウキした足取りで去って行った。
 【竹光】デッキ……か。どうやら、彼は《折れ竹光》のカードをデッキに組み込むつもりらしい。《折れ竹光》が入るデッキって、一体どんなデッキなのかしら? 想像もつかないわね。
 デュエルモンスターズって奥が深いんだな、と私は改めて思った。


 ◆


 モヒカンとの取引で入手した《ダメージ・ダイエット》をデッキに入れると、私はダーガオ・レワレ・アダーゼに向かうのを再開した。辺りはもうすっかり暗くなっている。早いところ酒場に入って、情報を手に入れないと。
 歩き続けて約10分。ついに私は目的の場所に辿り着いた。ここがダーガオ・レワレ・アダーゼ。なかなか大きな酒場だ。
 入口の扉を開け、中に足を踏み入れる。その瞬間、近くで酒を飲んでいた客がこちらを見た。
 店内の奥へと足を進めていく。店内はそれなりに多くの客で賑わっている。彼らは私の姿を見ると、ニヤニヤとしてみたり、不審な者を見る目つきをしたり、他の客とヒソヒソ話をしたり、あるいは興味なさそうに別方向に目を向けたりと、色んな反応を見せた。
 さすがに、この町に来たばかりの頃に比べれば慣れてきたけど、やっぱり危ない雰囲気の漂う町だと思う。長居は危険だ。早いところ情報を集めて、魔王の城へ向かおう。
 店内の奥まで来ると、レアハンターが言っていた通り、カウンター席があった。そこには男の店員が1人いた。彼は2人の男性客の話し相手をしている。
 私はカウンター席に腰かけた。すると、店員がこちらに気づいた。彼は一瞬、珍しい物を見る目つきをした後、私の目の前に移動してきた。
「おいおいお嬢ちゃんよ! ママとはぐれちまったのか!? 悪いが、ここは迷子センターじゃねえんだ、とっとと帰りな!」
 男の店員はバカにするような口調で言った。
 少しムッとしたが、それを顔には出さず、落ち着いて質問した。
「この酒場の店員の中で1番の情報通、というのはあなたですか?」
 質問すると、店員は一瞬、眉をぴくりと動かした後、不敵な笑みを浮かべた。
「ほう、どうやらただの迷子ちゃんじゃなさそうだな。たしかに俺は、この酒場の中では1番の情報通だ」
 この店員がレアハンターの言っていた、情報通の店員!
「あの……教えてほしいことがあるんですけど」
「そいつは無理だな」
 店員はあっさりと答えた。
「何を知りたいかは知らんが、信頼できるか分からん相手に情報をくれてやるほど俺はお人好しじゃねえ。あきらめて帰りな」
 店員は手をひらひら振ると、くるりと背を向けてしまった。もう私の相手をする気はないらしい。レアハンターの言った通り、初対面の人間には情報を渡さないみたいね。
 私はレアハンターからもらった《封印されしエクゾディア》のカードをポケットから取り出しながら、店員の背に向けて言った。
「私、ある人の紹介でここに来たんですけど」
 店員がこちらを振り向いた。その顔からは笑みが消えている。
「ある人の紹介だと? 誰の紹介だ?」
「この人の紹介です」
 私はエクゾディアのカードをテーブルに置いた。それを見ると、店員の顔色が変わった。彼はエクゾディアのカードを手に取ると、それをじっくりと観察した。
 私はドキドキしながら店員の様子をうかがった。レアハンターの言うことが本当なら、エクゾディアのカードでレアハンターの紹介であることが証明できるらしいけど……本当に証明できるのかしら。
 やがて、店員の顔に笑みが浮かんだ。
「なるほど、レアハンターちゃんの紹介ってわけか」
「……! はい、そうです!」
 レアハンターの言っていたことは本当だった。私はホッと一安心した。
「お前、名前はなんていうんだ?」
「柊柚子です」
「柊柚子……ね。レアハンターちゃんとは知り合いなのか?」
「えーと、まあ、そんな感じです」
「ほう、そうかい。レアハンターちゃんも隅に置けねえな。こんな可愛いお嬢ちゃんの知り合いがいたとは」
 可愛い、と言われて顔が少し熱くなった。
「お前がレアハンターちゃんの知り合いだってことは分かった。こいつは返すぜ」
 店員は《封印されしエクゾディア》のカードを私に返した。私はそのカードをポケットに入れた。
「ふむ。レアハンターちゃんの紹介とあっちゃ、手ぶらで追い返すわけにもいかねえな。いいだろう、柚子。俺が話せる範囲のことは話してやる。だがその前に――」
 店員は私の前に何かを置いた。見てみると、メニュー表のようだった。
「せっかく酒場に来たんだから、なんか飲んでいけ。安くしとくぞ」
「え……えっと、私まだお酒は飲めないから……」
「ハハッ! 未成年に酒飲ませるほど俺はバカじゃねえ。そこに書かれてる飲み物は全部ノンアルコールだ。子供でも安心して飲めるぜ」
「そ、そう? じゃあ……」
 思えば、この世界に来てから何も口にしていない。ちょっとくらい何か飲むのも悪くはないわね。
 私はポケットを探ってみた。現実世界にいた時、ここに財布を入れたんだけど、今も持っているかしら?
 探してみた結果、財布はちゃんと入っていた。中を見てみると、現実世界にいた時と同じ分だけお金が入っている。よかった。夢の中だけど、お金はちゃんと持っているみたいね。
 財布の中身と相談しながら、何を頼むか検討する。……よし、これにするわ。
 私は店員に告げた。
「じゃあ、ミルクでももらおうかしら」


 ◆


 店員から出されたミルク(500円)を一口飲むと私は切り出した。
「私が訊きたいのは魔王のことです」
「魔王……珍しいことを訊くもんだな。で、魔王の何を知りたい?」
「えーと……じゃあ、まずは魔王の城がどこにあるかを教えてください」
「魔王の城……パラサイド・キャッスルのことか」
 《寄生虫パラサイド》みたいな形をした城、パラサイド・キャッスル。それこそが魔王の潜んでいる城だ。
「魔王の城の場所、ご存じですか?」
「ヘッ! この俺を誰だと思ってやがる! その程度のことを知らないとでも思ったのか? いいよ、教えてやる」
 私はミルクを飲みながら、店員の言葉に耳を傾けた。
 店員は一呼吸おいてから、さらりと告げた。

「魔王の城は、こっからだと電車で片道500円ってとこだな」

「ッ!?」
 口に含んだミルクを危うく噴き出しそうになった。
 ちょ……ちょっと待って! どういうことなの!?
「魔王の城って電車で行けるんですか!?」
「行けるに決まってんだろ」
「決まってるって……」
「この町にある駅『マルコムタウン駅』から地下鉄・青眼線に乗って、終点の『魔王城駅』まで行く。途中乗り換えなしの直通で行けるぜ。で、駅から徒歩3分で魔王の城に到着だ。ちなみに、駅前にはコンビニとゲーセンがある」
 店員はなんでもないことのようにすらすらと話した。
 な……なんか……イメージしていたのと違うわね。魔王の城っていうくらいだから、何かこう、誰も足を踏み入れたことのない未踏の地とか、選ばれし者しか足を踏み入れられないとか、特殊なアイテムがなければ辿り着けないとか、そんな感じのイメージがあったんだけど……。
「ホントに電車で行けるんですか?」
「嘘じゃねえ。俺の情報に間違いはないんだ。信用しろ」
 店員は自信満々で言った。嘘を言っているような感じは見られない。
 うーん、まさか電車で魔王の城に行けるなんて……便利な世界ね。
 とりあえず、電車さえ使えば魔王の城へ行けるということだからよしとしよう。
「城への行き方は分かりました。じゃあ次は、魔王がどんな奴なのか教えてください。腕の立つデュエリストだって聞いたんですけど、本当ですか?」
「ああ、噂ではそうらしいな。ただ、実際のところどうかは分からんが」
「分からない? どうしてですか?」
 店員は鼻を小さく鳴らすと、コップをタオルで拭きながら、低い声で言った。
「決まってるだろ。魔王の城から生きて帰ってきた奴が誰もいねえからさ」
「……!」
 背筋がゾクリとした。
 魔王の城から生きて帰ってきた人がいないって……!
「誰も帰ってきてないんですか? 1人も?」
「ああ、1人も帰ってきてない。だから、魔王がどんなデュエルをするのか、誰も知らないのさ。ただ、魔王は腕の立つデュエリストだっていう噂があるだけよ」
 私は唾を飲み込んだ。
 まだこの目で見たことのない魔王。それに対する恐怖が心の中に生まれてくる。
「ど……どうして、魔王の城から生きて帰ってきた人がいないんですか?」
「どうして? ……そりゃ、言わなくても分かるだろ」
「……まさか……みんな魔王に殺され――」
「今まで誰も魔王の城へ行ったことがねえからさ」
「ちょっ!?」
 私はその場でズッコケそうになった。
 ちょ……ちょっと待って! えっ!? どういうこと!?
「誰も魔王の城へ行ったことないんですか!?」
「ああ、ねえよ」
「どうしてですか!?」
「どうしてって……さあ、どうしてかね? 今どき、魔王退治なんて流行らないからかね?」
「は……流行りとかそういう問題!?」
 私は混乱してきた。わけが分からなくなった。
 そんな私の気持ちなど知らずに店員は続ける。
「最近は魔王よりも妖怪のほうが流行ってるぜ。だからここ最近、妖怪の情報を求めて俺の前に現れる奴が多いんだよな。てっきりお前も妖怪の情報が欲しくて現れたものだと思ってたんだが……まさか魔王とはな。珍しい奴もいたもんだよ」
「魔王よりも妖怪って……。じゃあ、魔王を倒そうとか考える人っていないんですか?」
「少なくとも、俺は見たことねえな」
 どうやら、この世界では今、魔王退治は流行っていないらしい。なんなのこれ……。
 あれ、でもちょっと待って……。魔王の城へ行った人間が誰もいないなら、どうして……。
「あの、どうしてあなたは、魔王の城がある場所を知ってるんですか?」
「は? どういう意味だ?」
「いや、その……誰も魔王の城へ行ったことがないなら、魔王の城がある場所を知ることなんてできないと思うんですけど」
 もしも過去に魔王の城へ行ったことのある人間がいるのなら、その人間から魔王の城に関する情報が色んな人に伝わっていき、それをこの店員が耳にする、ということもあるだろう。けど、誰も魔王の城へ行ったことがないなら、情報が伝わることは絶対にない。何しろ、誰も魔王の城について知らないのだから。となると、この店員は一体どこから情報を得たのか?
「あの、あなたはどうやって魔王の城のある場所を知ったんですか?」
 私が問うと、店員は目を丸くした。
「妙なことを訊くんだな。そんなの決まってるじゃねえか」
 店員はそこで一呼吸置くと、ふふんと鼻を鳴らしてから続けた。
「インターネットで調べたんだよ」
「ネット情報〜〜〜〜!?」
 どこで情報得たかと思えば、ネットが情報源かよっ!?
「ちょっと待って! ネットに書かれてた情報をそのまま私に教えたわけですか!?」
「ああ、そうだが……あ、さてはお前、ネットに書かれてる情報なんてアテにならねえとか言うつもりか!?」
「だって、ネットの情報なんてどこまで信頼できるか……」
「なめんじゃねえよ! ネットの嘘情報を見抜けねえほどバカじゃねえ! ちゃんと信頼できるサイトから得た情報だから間違いねえよ!」
 店員は心外そうな顔つきをした。
 信頼できるサイトから得たって……本当なの?
「どこですか? その信頼できるサイトって。ホントに信頼できるんですか?」
「ああ信頼できるぜ。これ以上ないくらいに信頼できる。待ってな、今見せてやる」
 そう言うと店員は、携帯端末を操作し、それをこちらに渡してきた。
 携帯端末を受け取り、画面を見てみる。そこには、どこかのサイトが表示されていた。
「今お前が見ているサイト、それが情報源だ。魔王に関してなら、これ以上に信頼できるサイトはねえぜ」
「これが……。どこのサイトなんですか?」
 訊ねると、店員はニヤリとして答えた。
「魔王の公式ブログだよ」
「ま……魔王の公式ブログぅぅぅぅ〜〜〜〜!?」
 私は椅子から転げ落ちた。
「な……なんで……なんで魔王が公式ブログなんて持ってるんですか! おかしいでしょこんなの!」
 椅子に座り直しながら訴えた。しかし、店員はなんでもないかのように言った。
「別におかしくはねえだろ。芸能人だって公式ブログを持ってるんだから、魔王がそういうのを持っていても不思議じゃない」
 あっさりそう言われて、私は黙り込んでしまった。
 なんかもう……本当にわけ分かんなくなってきたわ。魔王の公式ブログ……そんなものが存在するなんて……。なんか、私の中の魔王に対するイメージと全然違う……。
 混乱する気持ちを抑えながら、私は魔王の公式ブログとやらを見てみた。見た感じ、なんの変哲もないブログだ。魔王のブログだからといって、おどろおどろしい感じがあるわけでもないし、荘厳な感じがあるわけでもない。その辺の一般人が作ったような平凡なブログだ。
 最新の記事を読んでみると、「今日の晩ごはんはカレーだったぜ☆」とだけ書かれており、その下にカレーの写真が貼り付けてあった。また、その前の記事を読んでみると、「ずっと使ってたシャーペンが急に壊れた! ショック!(泣)」とだけ書かれており、その下に壊れたシャーペンの写真が貼り付けてあった。さらに、その前の記事を読んでみると、「今期アニメは全部ゴミだったから第1話で切った! しばらく退屈だ!(怒)」とだけ書かれており、写真は何も貼っていなかった。それ以降も似たような記事……なんというか、平凡な記事が続いた。……見た目だけでなく、記事の内容も平凡極まりなかった。
 プロフィールの項目を見つけたので目を通してみた。そこには写真が1枚貼り付けてある。写真には、カイゼル髭みたいな髪型をした少年が写っていた。
「なんか、プロフィールのところに、少年が写った写真が貼り付けてあるけど……」
「ああ、そのガキが魔王だよ」
「……? えっ!? え? えええっ!? この少年が魔王!? 嘘っ!?」
「ちゃんとそう書いてあるだろ?」
 プロフィールを読んでみると、「写真に写っているイケメン少年が、まさにこの僕――偉大なる魔王なのである☆」などと書かれている。イケメンかどうかはさておき、写真の少年はたしかに魔王のようだ。見たところ、私と同年代の少年、といった顔つきだった。プロフィールによると、年齢は15歳らしい。私よりも1つ年上だ。
 これが本当に、魔王のプロフィールなのかしら? 本当だとしたら、これまた予想外だ。何しろ、私と年齢が大差ない少年が魔王なのだ。なんとなく、魔王はある程度年の行った人、というイメージがあったんだけど……。この世界の魔王は、私の抱いている魔王のイメージをことごとく崩してくれる。
 写真に写っている魔王をよく見てみる。どう見ても、魔王というよりはその辺の中学生男子といった感じだ。全体的にこれといった特徴が見られないけど、ただ1つ、カイゼル髭みたいな形状の髪型だけはなかなか目を引くものだった。
 他の項目にも目を通してみる。「交通アクセス」という項目があったのでそこを開いてみると、魔王の城周辺の地図が表示された。地図の下には、「地下鉄・青眼線、魔王城駅の東口から徒歩3分! 気軽に遊びに来てくれよな☆」と書かれている。……気軽に遊びに来てって……遊園地じゃあるまいし……魔王の本拠地なのに、ブログに場所書いて大丈夫なのかしら?
 まあ、それはさておき……ここに書いてあることが本当なら、魔王の城へ電車で行けることはたしかだ。今はこれを信じて進むしかない。他に情報はないんだし。
 私はブログのURLをデュエルディスクに記録しておいた。とりあえず、このブログをひたすら読めば、魔王に関する思わぬ情報が手に入るかもしれない。
 問題は、このブログに書かれていない点についてだ。たぶん、ネットで検索をかければ色々な情報が見つかるだろうけど、公式ブログ以外のサイトでは今一つ信頼に欠ける。
 ここは、店員に話を訊いてみたほうが良さそうだ。
「あのー……魔王のブログがあるってことは分かったんですけど、このブログに書かれていること以外で、魔王について知っていることってありますか?」
「ブログに書かれてること以外で? うーむ……」
 店員は少しの間考えたが、やがて首を横に振った。
「いや、ブログに書かれていること以外には、特に何も知らねえな」
「……そ、そうですか」
 公式ブログに書かれている以上のことは何も分からない、か。となると、魔王の情報はブログから得るしかなさそうね。
 ……というか、今思ったんだけど、ネットで魔王に関する情報が得られるなら、わざわざこんな危なそうな町に来て情報収集する必要なかったわよね? デュエルディスクを使えばインターネットはできるから、それで魔王について調べれば済んだ話よね? なんなのこのバカみたいな展開は……。
 変な気持ちになりながら、私はミルクを飲み干した。これ以上、この店員から魔王について情報を得ることはできないだろう。なら、もうこの町にいる理由もない。早く魔王の城へ向かおう。
「マルコムタウン駅って、ここから近いんですか?」
「ああ、この店を出て右にまっすぐ進んで、3つ目の角を左に曲がったところに地下鉄への入り口がある。看板が立ってるからすぐに分かるはずだ」
 店員が言ったことを頭の中で復唱する。よし、覚えた。
「魔王城駅に行く電車って、この時間からでも出ていますか?」
「そうだな……今8時ちょっと前だから、まだ大丈夫だろう。……おい、まさか、今から魔王の城へ行くつもりか?」
「はい」
「へえー。お前も物好きだな」
 私は腰を上げた。財布から500円玉を取り出し、店員の前に置く。
「色々教えてくれて、ありがとうございました。それと、ミルクのほう、ごちそうさまでした」
「ん? もういいのか?」
「はい。本当にありがとうございました」
「ふっ、まあ、いいってことよ。レアハンターちゃんによろしくな」
 挨拶を済ませると、私はカウンター席を離れ、出口へと足を進めた。
 さあ、いよいよ魔王の城へ出発よ!


 ◆


 酒場ダーガオ・レワレ・アダーゼを出た私は、店員から教わった通り、右にまっすぐ進み、3つ目の角で左に曲がった。すると、すぐに地下へ続く階段が見えた。これが地下鉄への入り口だろう。「マルコムタウン駅・西口」と書かれた看板が立てかけてあるから間違いない。ここがマルコムタウン駅の入口、というわけね。
 早速駅に入ろう、そう思った時だった。
「うわあああ〜もうお終いだああああ〜!」
 後ろから叫び声が聞こえた。振り向くと、イガグリ頭の痩せた男が涙をボロボロ流しながら歩いていた。
「もう俺の人生はお終いだああああ〜! もう死ぬしかないいいいい〜!」
 イガグリ頭の男は号泣しながらその場にうずくまった。周囲の人間は、珍しい動物を見るような目をしながら男の横を通り過ぎていく。
 なんであんなに泣いているんだろう? 人生お終いとか言ってたけど、人前であんなに号泣するなんて、よっぽど辛いことがあったのかしら?
 どうしよう? ここは関わらないほうがいいか? けど、このまま放っておくのもちょっと気が引ける。
 ちょっと考えた末、私はイガグリ頭に声をかけてみることにした。
「あ、あのー、どうかされました?」
 訊ねると、男は涙と鼻水でクシャクシャになった顔を向けてきた。
「うわうううぅぅ……な、なんだ、お前は? ひっく……見かけない顔だが」
「私は柊柚子っていいます。あのー、なんか泣いてましたけど、どうかされたんですか?」
「うわあああ〜! 聞いてくれよおおおお〜!」
 イガグリ頭はおいおい泣きながら事情を話し始めた。
「ついこないだの話さ……。ひっく……俺はその日仕事が休みで、ゲーセンで遊んでたんだ……」
「はあ、ゲーセンで」
「俺は格闘ゲームで遊んでたんだけどさ……その日、俺にしつこく挑戦してくる奴がいたんだ。……ひっく……そいつは負けず嫌いな奴だったみたいでよ……何度俺が打ち負かしても、しつこく挑戦してきて……結局、朝から晩まで、そいつと格ゲーで戦うハメになったんだ。結果は俺の全戦全勝。俺に挑んできた奴は顔を真っ赤にして帰っていった」
 朝から晩まで格ゲーしっぱなしって……どんだけ白熱したバトルになってるのよ?
「それと、泣いていたことと、どんな関係があるんですか?」
「問題はここからさ!」
 イガグリ頭は叫んだ。
「俺が全戦全勝で打ち負かした相手、そいつはなんと、デュエルヤクザの一味だったんだよ!」
「でゅ……デュエルヤクザ〜〜!? 何それ!?」
「デュエルヤクザってのは……ぐすっ……簡単に言えば、デュエルに関する反社会的な活動をしている奴らのことさ。で、俺が倒したそいつは、デュエルヤクザの中でもトップクラスに凶悪と言われている暴力団、『モリンフェン組』の一員だったんだ!」
「モリンフェン組……!?」
 モリンフェン……なんだか、つい最近どこかでその単語を聞いたことがあるような……?
「要するにだな……ひっく……俺は組のモンを格ゲーでコケにしちまったわけだ」
「……それでどうなったんですか?」
「翌日、俺の前に、モリンフェン組の組長が現れた。で、そいつに『昨日、ワシの子分を格ゲーでずいぶん可愛がってくれたそうやないか。きっちり礼をしなきゃいかんのう』と言われた! その時になって初めて、俺はヤバい奴に関わっちまったと自覚したよ。身の危険を感じた俺はその場で、超高速で土下座して許しを請うた! だが、組長は許してくれなかった! 『お前さんには泣くほど嬉しくなるビッグプレゼントをくれてやるわ。嬉しすぎて昇天しちまうかもしれへんで? 覚悟しときや』と言われた! うぅぅぅ〜! こんなことになるなら、全戦全勝なんてせずに、適当に手を抜いて負けりゃよかった〜!」
 イガグリ頭は頭を抱えて号泣した。
 どうやら彼は、暴力団員に絡んでしまって、危機的状況にあるらしい。
「何か、助かる方法とかはないんですか?」
 訊いてみると、イガグリ頭は鼻をすすりながら答えた。
「うっうっ……組長にひたすら許しを請い続けたら、『あるもの』を持ってくれば許してやるって言われた……」
「『あるもの』? それって一体……」
「これさ!」
 イガグリ頭は携帯端末を操作し、画面を見せてきた。そこにはデュエルモンスターズのカードが映し出されていた。カードは見たところ、通常モンスターのようだ。カード名は……《モリンフェン》!
 それを見て思い出した! この町に来る途中で私が拾ったカードの中に、ここに映っているのと同じカードがあったわ!
「組長は言った! もしも許してほしければ、今日の夜9時までに、ここに映ってる《モリンフェン》っていうカードを1枚持ってこいと! そうしたら、今回のことは許してやるって……」
「な……なんで《モリンフェン》のカードを?」
「組長によれば……ひっく……『モリンフェン組』は《モリンフェン》を崇拝する組織で、世界中に散らばっている《モリンフェン》のカードを集めることを活動内容の1つとしているんだとか……。だから、俺に《モリンフェン》のカードを持ってこさせようとしているんだと思う」
 私は目を丸くした。
 《モリンフェン》って、レベル5の割には攻撃力も守備力も高くなく、特殊効果も備えていないという、あまり強くないカードだったはず。そんなカードを集めようとしているだけでなく、崇拝しているだなんて驚きだ。まさか、《モリンフェン》を有効活用するデッキが存在するのかしら? 私にはよく分からない。
「とにかく、《モリンフェン》のカードを組長に渡せば、許してもらえるってわけですね?」
「ああ、そうさ。けど、無理だった! この俺も含め、どこの誰も《モリンフェン》なんて持っちゃいねえ! 何しろ、レア度の高くない弱小カードだからな! 大事に保管してる奴なんていやしない!」
「周りの人に訊いてみたりとかしたんですか?」
「訊いたさ! だがどいつに訊いても、返ってくるのは同じような答えだ! 『そんな雑魚カード持ってない』とか『どっかに無くした』とか『ドブに捨てた』とか! だーれも《モリンフェン》なんてカード持っちゃいない!」
 イガグリ頭は顔をしかめた。
 まあ、たしかに……《モリンフェン》を大事に保管している人は少なそうよね……。
「タイムリミットは、今夜の9時まで……でしたっけ?」
「ああ、そうだ! あと……30分しかない!」
 携帯端末の時間表示を見て、イガグリ頭は絶望の表情を浮かべた。
「ここから組長との待ち合わせ場所まで、どんなに頑張っても最低20分はかかる! 実質俺に残されたのはあと10分! もうダメだ……俺の人生……終わった……」
「人生終わったって……もし、このまま《モリンフェン》を持っていかなかったら、一体どうなっちゃうんですか?」
「もしもタイムリミットまでに《モリンフェン》を持っていかなかったら……その時俺は、『究極の罰』を受けることになる……」
「究極の罰って……まさか……!?」
 まさか、殺されちゃうんじゃ――?
「そのまさか、さ……」
 イガグリ頭は苦々しい表情で言った。
「組長は俺に言った。『お前がもし、《モリンフェン》を持ってこなかったら、その時は罰として、お前が中学2年生の頃に書いた妄想ノートを、お前の職場の人間に晒すからな』ってな。そして、奴は俺の前で1冊のノートを取り出した。それはまさしく、俺が隠していたはずの妄想ノートだった!」
「…………。……? ……はい?」
 私は目が点になった。
 え? 妄想ノート? え? え? 何それ……? な……なんか、私が思い描いていた『究極の罰』と違うんだけど……。
 困惑する私のことは知らずに、イガグリ頭は悔しそうな顔をする。
「奴め、どうやって俺の妄想ノートの在り処を突き止めたんだ! あのノートの在り処は俺しか知らないはずなのに! くそっ! こんなことになるなら、あんなノートさっさと処分しちまえばよかった!」
「あ、あのー。その……妄想ノートって、いったい何なんですか? 見られて困るものなんですか?」
 私の問いに、イガグリ頭は目を血走らせて答えた。
「困るに決まってんだろ! 中2の時に書いたノート、しかも、妄想を書き連ねたノートだぞ!? んなもん他人に見られてみろ! 恥ずかしさのあまりショック死するぞ! そうでなくても、俺の社会的地位が危うくなるわ!」
「んー、そんなものなのかな……」
 私が考え込むと、イガグリ頭は大きくため息をついた。
「お前、今中学生か?」
「はい。2年生です」
「じゃあ、まだピンと来ないかもしれねえけどな……大人にとって、自分が中2の頃に抱いていた妄想ってのは、基本的には思い出したくないことなのさ! だから他人に知られたらマズいんだよ!」
「?」
 いまいちイガグリ頭の言っていることの意味が分からず、首をかしげる。
 男はイガグリ頭をかきむしった。
「ああああ〜〜要するにだな……えーと、ほら! お前にだって、他人に絶対見られたくないものの1つや2つあるだろう。それを学校のクラスメイトに勝手に晒されたらどう思う? 平気でいられるか?」
「うっ……! それは嫌だわ……」
「だろ? つまりはそういうことさ……。ああああ〜、もうダメだよおおおお〜。あの中2ノート晒されたら、もう俺生きていけないよおおおお〜。誰か助けてよおおおお〜。誰でもいいから《モリンフェン》のカード譲ってくれよおおおお〜」
 イガグリ頭はまた号泣し始めた。
 とりあえず、彼にとって、中2の時に書いた妄想ノートを職場の人間に見られることは、死ぬことに等しいらしい。たしかに、絶対見られたくないものを他人の目に晒されるというのはつらいことだ。『究極の罰』というのも頷ける気がする。
 イガグリ頭がその罰を回避する手段はただ1つ。《モリンフェン》のカードを手に入れ、暴力団の組長に渡すことだ。
 私はポケットから《モリンフェン》のカードを取り出した。このカードを私が持っていても役立てることはできない。けど、イガグリ頭に渡せば、彼の危機を救うことができる。だったら、彼に渡したほうがいいだろう。
「ねえ、イガグリさん。顔を上げてください」
「うううう〜……もうダメだ〜……って、おい、ちょっとお前、イガグリさんってもしかして俺のことか? 俺、そんな名前じゃねえぞ」
「ごめんなさい、名前を知らないものだからつい……。そんなことより、このカードを」
「そんなことよりって、そんな言い方……って、おいお前、このカードは!?」
 イガグリさんは、私の手にある《モリンフェン》のカードを見ると、目を見開いた。
「これ……《モリンフェン》じゃねえか! 本物なのか!?」
「おそらく本物だと思います。あの、もしよかったら、これ持って行ってください」
 私が言うと、イガグリさんは目をさらに見開いた。
「ほ、ホントか!? これ、俺がもらっていいのか!?」
「はい。私が持っていても仕方ないので、どうぞ」
「マジで!? やったああああああああ! ああああ〜! 良かったああああ〜! これでなんとか助かりそうだああああ〜! ホントに良かったああああ〜! ありがてえ、ありがてえええええ〜!」
 イガグリさんは顔をパッと輝かせると、涙を滝のように流して喜んだ。それを見て、なんだかこっちもあたたかい気持ちになった。
「ひっく……お……お前……たしか名前は……」
「柊柚子です」
「柊柚子か。柚子……ぐっす……俺はお前に感謝するぜ……! お前は俺の命の恩人だ! 俺の天使だ! 柚子ちゃんマジ天使だ!」
「あ……あはは、どうも……」
 天使、などと呼ばれて、背中がくすぐったくなった。顔がちょっと熱い。
「さて、《モリンフェン》が手に入ったなら、急いで組長のとこへ行かないと! ああ、でもその前に!」
 イガグリさんは懐からカードを1枚取り出すと、それを私の手に持たせた。
「柚子ちゃん、こいつを受け取ってくれ!」
「このカードは……?」
 私はイガグリさんから渡されたカードを見てみた。
 それは初めて見るカードだった。白い翼を生やした、人型のモンスターが描かれている。かなりのレアカードに見えるわね。
 イガグリさんは上機嫌で言った。
「そのカードは、俺のせめてもの礼の気持ちさ! 結構強いカードらしいが、俺には使い方がよく分からなくてよ。でもたぶん、お前なら使いこなせるはずだ! 天使な柚子ちゃんなら使いこなせる! だから受け取ってくれ!」
「いいんですか? もらっても」
「ああ、もらってくれ! 命を救ってくれた礼だ!」
「……分かりました。そういうことなら」
 私はありがたくカードを受け取ることにした。
 まさか、カードがもらえるなんて思わなかったわ。予想外の収穫ね。
「それじゃあ、俺行くわ! 早く組長のとこへ行かないとヤバいからな! じゃあな柚子ちゃん! ホントにありがとよ! この恩は一生忘れねえぜ!」
「こっちこそ、なんかカードもらっちゃって……ありがとうございます! イガグリさん!」
「いっ……イガグリさんって……! まあいいや! ホントにありがとなー!」
 イガグリさんは手を振りながら、上機嫌でこの場を去っていった。
 彼が去った後、私は彼から受け取ったカードをよく見てみた。

オネスト  [ 光 ]
★★★★
【天使族/効果】
(1):自分メインフェイズに発動できる。
フィールドの表側表示のこのカードを手札に戻す。
(2):自分の光属性モンスターが
戦闘を行うダメージステップ開始時からダメージ計算前までに、
このカードを手札から墓地へ送って発動できる。
そのモンスターの攻撃力はターン終了時まで、
戦闘を行う相手モンスターの攻撃力分アップする。
ATK/1100  DEF/1900

 イガグリさんがくれたのは、《オネスト》というモンスターカードだった。このカードは、自分の光属性モンスターが相手モンスターとバトルする時に手札から墓地へ送ることで、その光属性モンスターの攻撃力をバトルする相手モンスターの攻撃力分アップする効果を持つ。
 これは……かなり強力な効果なんじゃないかしら? だって、たとえ敵モンスターの攻撃力がどんなに高くても、このカードを使えば、その攻撃力を自分の光属性モンスターの攻撃力に加算できるわけだから、最悪でも相打ちに持ち込めちゃうってことでしょ? すごいわ!
 このカードを使えば、光属性モンスターのバトルを大きくサポートできる。そして、私のデッキの多くを占める「幻奏」モンスターは光属性。《オネスト》の恩恵を充分受けることができるわね。
 とても幸運なことに、イガグリさんがくれたカードは、私のデッキを大きく強化してくれるカードだった。これは思ってもみなかった展開だ。まさか、《モリンフェン》のカードがこんな強力なカードに変わるなんて。
 私は《オネスト》のカードをデッキに入れておいた。これはきっと、魔王との戦いで役に立ってくれるはずだわ。
 思わぬ形でデッキ強化を果たした私は、よしと気合いを入れて、マルコムタウン駅へと足を踏み入れた。


 ◆


 マルコムタウン駅は、それなりに綺麗な内装をした普通の駅だった。けど、やはりと言うべきか、ところどころに危険そうな雰囲気を放つ男たちがたむろしている。私は彼らと目を合わせないように足を進めた。
 魔王城駅までは、電車で片道500円――店員がそう言っていたことを思い出す。念のため、料金案内板を見て確認してみたけど、500円で魔王城駅まで行けることは間違いないらしい。私は券売機で500円分の切符を買った。
 電光掲示板を確認する。それによると、4番ホームから急行・魔王城行きの電車が8時55分に出発するようだ。近くにあった時計を見てみると、8時48分を指している。電車が来るまであと7分。まあまあ悪くないタイミングだ。私は案内板などを頼りにしながら4番ホームへと移動した。
 それにしても……ホントに電車で行けるみたいね、魔王城駅って……。驚きだわ。これまで得た魔王に関する情報は何もかもデタラメだった、なんてオチが来ることを覚悟していたんだけど、どうやら余計な心配だったみたいね。
 ホームに辿り着いた私は、電車が来るのを待った。この電車に乗れば、魔王の城まで一直線。もう一息だわ。
 ――と、少し気持ちを落ち着けた時だった。





「見つけたぜ! ストロング柚子!」





 聞き覚えのある声が響いてきた。
 私はハッとして、今自分がいるホームの向かい側に目を向けた。ホームの向かい側には、線路を2本挟んで別のホームがある。たしか、5番ホームだ。声はそっちから聞こえた。
 声の主を探そうとキョロキョロしていると、再び声が響いた。
「どこ見てやがる! ここだここ!」
 声の響いたほうへ目を向ける。そこには、見覚えのある、おでこの広い男が立っていた。
「あなたは……マルコム!」
「ハハハ! やっと気づいたな!」
 声の主は、さっき私に絡んできた、この町を支配する男、マルコムだった。なんであいつがここに?
「一体なんの用!?」
 問いかけると、マルコムは鋭い笑みを浮かべ、左腕を前方に突き出した。そこにはなんと、デュエルディスクが装着されていた。
「用はこれさ! ストロング柚子、貴様にデュエルを挑むぜ! この俺様、直々にな!」
「デュエルを!?」
 思わぬ展開だ。ここに来て、マルコム自身が私にデュエルを挑んでくるなんて。
 驚く私に、マルコムが告げる。
「俺様は言ったはずだぜ! 『この町から無事に出られると思うな』、『必ず報いは受けさせてやる』ってな! あれがただの捨て台詞だとでも思ったか!?」
 たしかにマルコムはそんなことを言っていた。
「まさか、あの時から、私にデュエルを挑むつもりで……」
「そうよ! 俺様の手下3人を散々コケにしたお前を見て決めたのさ! こいつはこの俺様の手で潰してやろうってな!」
 マルコムは憎悪に満ちた目を向けてくる。
「お前がこの町から出ようとしてるって情報をつかんで、ここに来たってわけさ! 残念だが、俺様の目を盗んで町から逃げることなんざできやしねえ! いいかストロング柚子! この町で俺様の手下をコケにするってのは、この俺様をコケにするのも同然なんだ! その報い、ここで受けてもらうぜ! 覚悟しな、ストロング柚子!」
「くっ! 何かと思えば、ただの逆恨みじゃない! ていうか、ストロング柚子って呼ぶなっ!」
「さあ、デュエルだぜ、ストロング柚子!」
「無視するな〜っ!」
 私はイライラしながら、ホームに設置された時計に目をやった。現在時刻は8時50分。電車が来るまであと5分だ。
 正直なところ、私にはマルコムの挑戦を受ける気はなかった。何しろ、マルコムとデュエルしても、私には一切メリットがないのだ。だから、彼の挑戦を受ける必要なんてない。
 そう結論付けた私は、マルコムに向かって言った。
「あなたとはデュエルしないわ!」
「ほう? デュエリストでありながら、敵に背を向けると? お前、意外と臆病なんだな!」
「なんとでも言いなさいよ! 私の敵はあなたじゃないわ! あなたなんかに用はないのよ!」
「ハハハ! 言ってくれるじゃねえか! だが、お前には俺様と戦う以外、道がないんだぜ!」
 そう言うとマルコムは、近くの柱に向かって歩いた。
「お前には、何がなんでもデュエルしてもらうぜ! さあ、デュエルスタートだ!」
 マルコムは柱に備え付けてあったボタンを押した。
 すると、ホームにサイレンが響き渡った!
「な、何!?」
 突然の事態に混乱していると、ホームに異変が起き始めた!
 何か大きな機械音が聞こえたかと思った次の瞬間、なんと今私がいる4番ホームと、マルコムのいる5番ホームの間から、何かがせり上がってきたのだ!
 これは……デュエルフィールド!? デュエルフィールドが、4番ホームと5番ホームの間に出現した!?

『デュエルが開始されます。デュエルが開始されます。4番ホーム、5番ホームの一般人は、ただちに黄色い線の内側までお下がりください。
 デュエルが開始されます。デュエルが開始されます。4番ホーム、5番ホームの一般人は、ただちに黄色い線の内側までお下がりください』

 なんか放送が流れてきた! 一体どうなってるのよ!?
「ハーッハッハッハ! さあ、ストロング柚子! もう逃げることはできないぜ! 覚悟を決めて、俺様とデュエルしな!」
 マルコムはハイテンションで言うと、4番・5番ホーム間に出現したデュエルフィールドに移動した。
 ま……まさか、ホームとホームの間にデュエルフィールドが出現するなんて! なんでまたこんな仕掛けを!?
 というか、ホームとホームの間にデュエルフィールドが出てきちゃったら、電車が来た時どうするのよ!? このままじゃ、デュエルフィールドに電車が突っ込んでくるわよ! ダメでしょそれは!?
「ちょっと、どうするのよ!? あと5分もしないうちに電車来ちゃうのよ! このままじゃ、デュエルフィールドに電車が突っ込んでくるわ!」
 私が指摘すると、マルコムは人差し指を顔の前で左右に揺らし、舌を鳴らした。
「そいつは違うな、ストロング柚子よ。電光掲示板を見てみるんだな」
「?」
 マルコムに言われて、電光掲示板を見てみた。そこにはこう表示されていた。

急行・魔王城行きの電車は、当駅のデュエルのため運転を見合わせております。

 な……んです……って……!?
 デュエルのため運転見合わせって……どういうことなの!?
 夢でも見ているのか(実際夢なんだけど)と思っていると、ホームに放送が流れた。

『20時55分発、急行・魔王城行きの電車は、当駅のデュエルのため、現在「サティスファクションタウン駅」付近で運転を見合わせております。お客様には大変ご迷惑をおかけしますが、デュエルなんだから仕方ありません。納得してください』

 電車が運転を見合わせていることを伝える放送だった。若干、投げやりっぽい口調に聞こえた。……デュエルなんだから納得しろって……そんなのアリなの?

『なお、4番・5番ホーム間のデュエルフィールドでデュエルを行うデュエリストの方々は、迅速なプレイを心掛けてください。なるべく早く終わらせてください。1ターンキルとかしてくれると理想的です。【ロックバーン】デッキとか【終焉のカウントダウン】デッキとか、勝つまでに時間がかかるデッキを使うのはやめてください。ソリティアはほどほどにしてください』

 続いて、これからデュエルする者に向けての注意事項みたいなものが流された。その内容からは、とっととデュエルを終わらせてほしい感がビシバシ出ていた。電車の予定を狂わされて迷惑しているのがまる分かりだった。
「フフフ! このデュエルフィールドはな、俺様が発案したのよ!」
「あなたが?」
「そうさ。こいつさえあれば、こうしてホームの向かい側にいる奴とデュエルすることができるってわけさ! どうだ、頭いいだろ!」
 マルコムは誇らしげに言った。この迷惑システムを考え出したのは彼らしい。……なんでホームの向かい側にいる人とデュエルしようと思ったんだろう? 私にはさっぱり分からない。
 こんなことにつき合わされて、駅員たちは大変だろうなぁ、と私は思った。きっと本当は嫌で嫌で仕方がないんだろうけど、相手が町の支配者であるマルコムだから逆らえないのだろう。
「デュエルフィールドに上がってきな、ストロング柚子! このデュエルフィールドは、デュエルの勝敗が決まるまで消えることはない! そして、デュエルフィールドが消えなければ、電車は止まったままだ! つまりだな、このまま待ってたって、電車は永久にやってこねえってことだ! 電車に乗りたかったらデュエルしな!」
 マルコムが手招きする。
 今、魔王城駅へ向かう電車は止まっている。その電車を動かすにはデュエルを終了させなければならない。デュエルが終わらない限り、電車はやってこない。
 そして、この世界でデュエルに負けてしまえば、私は永久に現実世界には戻れない。この先も一生、悪夢の世界で過ごさなければならない。
 つまり、このデュエルで勝たない限り、先には進めないということだ!
 こうなったら、やるしかないわね……!
「分かったわよ! このデュエル、受けて立つわ!」
 私はデュエルフィールドに上がり、マルコムと向き合った。
 マルコムはニヤリと笑った。
「ストロング柚子! このデュエルで俺様が勝ったら、その時は俺様の女になってもらうぜ! そして、俺様から可愛がられてもらうぜ!」
「ま……またその条件!?」
「当然だろ! 俺様は1度狙った獲物は逃さないって決めてるのよ! とにかく、俺様が勝ったら、俺様の女になってもらうからな!」
「じ……じゃあ、私が勝ったら、敗北を素直に認めて、もう2度と私には関わらないでよね!」
「フン、いいだろう! 俺様もデュエリストだ! デュエルに負けたら、その時は大人しく引き下がろう!」
 このデュエルに負ければ、現実世界に戻れなくなる上、マルコムの女にされた上、彼から可愛がられて(=嫌らしいことをされて)しまう。様々な意味で、私の人生が終わってしまう。
 このデュエル、絶対に負けられない! 絶対勝って、魔王の城に辿り着く!
 さあ、デュエル開始よ!

「「デュエル!」」





5章 町の支配者とのデュエル


 ロシアンルーレットの結果、マルコムが先攻を取ることになった。
「俺様の華麗な銃捌き……じゃなくてカード捌きを見せてやる! 行くぜ、ストロング柚子!」
「その呼び方はやめてって言ってるでしょうが!」

<ターン1>
【マルコム】 LP:4000 手札:5枚
     場:
     場:
【柊柚子】 LP:4000 手札:5枚
     場:
     場:

 いよいよデュエルスタートだ。
 まずはマルコムのターン。
「俺様のターン! 俺様はまず、《探索銃士》を召喚! そして《探索銃士》の効果発動! こいつが召喚・特殊召喚に成功した場合、デッキから『銃士』と名のついたモンスター1体を手札に加えることができる!(手札:5→4)」
 マルコムのフィールドに、サーチライト付きの銃を携えた戦士が出現した。召喚しただけでデッキから仲間を呼び込む……なかなか厄介な効果を持つモンスターね。

探索銃士  [ 地 ]
★★★
【戦士族/効果】
「探索銃士」の効果は1ターンに1度しか使用できない。
(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合に発動できる。
デッキから「探索銃士」以外の「銃士」モンスター1体を手札に加える。
ATK/1300  DEF/ 600

「こいつの効果で、俺様はデッキより、《超音波銃士》を手札に加えるぜ!(手札:4→5)」
 マルコムは《超音波銃士》のカードを私に確認させると、それを手札に加えた。これで彼の手札は5枚に戻った。
「そして俺様はカードを1枚セット! これでターンエンドだ!(手札:5→4)」

<ターン2>
【マルコム】 LP:4000 手札:4枚
     場:伏せ×1
     場:探索銃士(ATK1300)
【柊柚子】 LP:4000 手札:5枚
     場:
     場:

「私のターン、ドロー!(手札:5→6)」
 さあ、私のターンだ!
 6枚になった手札に目を通す。うん、悪くない手札ね。
「私は《幻奏の音女アリア》を召喚! そして、自分の場に『幻奏』と名のつくモンスターがいることで、《幻奏の音女ソナタ》を手札から特殊召喚するわ!(手札:6→5→4)」
 アリアを通常召喚した後、ソナタを自身の効果で特殊召喚する。一気に2体のモンスターがフィールドに揃った。
「《幻奏の音女ソナタ》のモンスター効果! 特殊召喚されたこのカードがフィールドにいる時、自分の天使族モンスターの攻撃力・守備力は500アップする! 私のフィールドにいる2体のモンスターはどちらも天使族! よって、この効果でパワーアップよ!」

 幻奏の音女アリア (ATK1600・DEF1200) → (ATK2100・DEF1700)
 幻奏の音女ソナタ (ATK1200・DEF1000) → (ATK1700・DEF1500)

「バトル! 《幻奏の音女ソナタ》で《探索銃士》を攻撃!」
 ソナタが《探索銃士》に攻撃を仕掛ける! 《探索銃士》の攻撃力は1300。攻撃力1700のソナタで倒せる!

 (ATK1700)幻奏の音女ソナタ → 探索銃士(ATK1300):破壊

 マルコム LP:4000 → 3600

「チッ! やられたか……」
 バトルは問題なく成立し、マルコムのライフがわずかに削れた。よし、この調子でさらにダメージを与えるわよ!
「これであなたの場はがら空き! 《幻奏の音女アリア》でダイレクトアタック! 『シャープネス・ヴォイス』!」

 (ATK2100)幻奏の音女アリア → マルコム(LP3400)

 アリアがダイレクトアタックを行う。これが通れば、マルコムのライフを大きく削り取れるわ!
 ところが、そう上手くは行かなかった。
「おーっと、そっちは通さないぜ! 《幻奏の音女アリア》の攻撃に対し、罠カード《銃士の防壁》を発動!」
「罠カード!?」
 マルコムのリバース・カードが表になる。すると、前のターンにマルコムの手札に加わった《超音波銃士》が姿を現し、マルコムの前に降り立った。その姿はまるで、マルコムを守るかのようだった。
 《超音波銃士》は全身が光り輝かせ、バリアのようなものを張った。アリアの攻撃はそのバリアによって防がれてしまい、マルコムまで届かない。
「罠カード《銃士の防壁》は、敵モンスターの攻撃宣言時、手札の『銃士』モンスター1体を相手に見せることで、その攻撃を無効にできる! ハハハ! これで《幻奏の音女アリア》の攻撃は無効だぜ!」
「くっ……! そう簡単には通してくれないってわけね」
「それだけじゃないぜ! 《銃士の防壁》のもう1つの効果! こいつの効果で敵モンスターの攻撃を無効にした後、デッキから『銃士』モンスター1体を手札に加えることができる!」

銃士の防壁
【通常罠】
(1):相手モンスターの攻撃宣言時、手札の「銃士」モンスター1体を相手に見せ、
攻撃モンスター1体を対象として発動できる。
その攻撃モンスターの攻撃を無効にする。
その後、デッキから「銃士」モンスター1体を手札に加える事ができる。

「この効果で、俺様はデッキから《味方殺しの女銃士》を手札に加える! ハハハ! これで俺様の手札はまた5枚に戻ったぜー!(手札:4→5)」
 マルコムの手札に新たな「銃士」が加わってしまった。
 攻撃を防ぐだけでなく、デッキから新たな「銃士」を呼び込むだなんて……実質、マルコムは手札を消費せずに攻撃を防いだってことね。面倒なことを……。
「さあ、まだお前のターンは続いてるぜ! もうこれでエンドか?」
 私は手札を見た。このターンはもう攻撃できない。できることといえば、カードを伏せることくらい。
「私は……カードを3枚セット! ターンエンドよ!(手札:4→3)」
 一気に3枚のリバース・カードを出して、私はターンを終えた。

<ターン3>
【マルコム】 LP:3600 手札:5枚
     場:
     場:
【柊柚子】 LP:4000 手札:1枚
     場:幻奏の音女アリア(ATK2100)、幻奏の音女ソナタ(ATK1700)
     場:伏せ×3

「俺様のターン、ドロー!(手札:5→6)」
 今、マルコムのフィールドはがら空き。それに対して、私のフィールドには2体のモンスターに3枚の伏せカードがある。フィールドの状況だけ見れば、私のほうが有利だ。
 けど、マルコムの現在の手札は6枚。彼はデッキからカードを手札に加える効果を駆使して、手札を減らさないようにプレイしている。そのため、手札枚数がまだ多い。それだけの手札があれば、フィールドの状況をひっくり返すことは難しくないはず。油断は禁物だわ。
「いいカードを引いたぜ! 俺様は魔法カード《銃士召集》を発動!(手札:6→5)」
「《銃士召集》!? あなたの手下3人が使ってた魔法カード……!」
「ククク……俺様のデッキにも、《銃士召集》のカードは入っているのさ! こいつの効果は知っているな?」
 《銃士召集》。手札3枚をデッキに戻すことで、デッキから「銃士」モンスターを3体まで手札に加えることができるカードだ。

銃士召集
【通常魔法】
(1):自分の手札を3枚デッキに戻し、
自分のデッキから「銃士」モンスターを3体まで手札に加える。
2体以上手札に加える場合は、全て同名モンスターでなければならない。

「こいつの効果で、俺様は手札3枚をデッキに戻し、3体の《隠密銃士》を手札に加える!(手札:5→2→5)」
 マルコムの手札に新たな「銃士」モンスター、《隠密銃士》が呼び込まれた! しかも3体も! マルコムの奴、さっきから「銃士」モンスターをどんどん手札に呼び込んでいってるわね……。
 手札入れ替えを終えたマルコムは、手札の1枚に手をかけた。
「さーて、前のターンに手札に加えたこいつを召喚させてもらうぜ! 来い! チューナーモンスター、《味方殺しの女銃士》!(手札:5→4)」
「……チューナー?」
 マルコムのフィールドに、静かな殺気をまとった女銃士が出現した。それを見て、マルコムが不敵な笑みを浮かべる。
「《味方殺しの女銃士》……こいつはその名の通り、味方を犠牲にして能力を発揮する、恐ろしい女銃士だ! 今、その力を見せてやるぜ! 《味方殺しの女銃士》の効果発動!(手札:4→3)」
 マルコムは手札から、今さっきデッキから呼び込んだ《隠密銃士》のカード1枚を墓地へ送った。すると、《隠密銃士》が光のエネルギーとなり、《味方殺しの女銃士》の持っている銃に吸い込まれた。
「《味方殺しの女銃士》は、手札の『銃士』モンスター1体を捨てることで、相手に600ポイントのライフダメージを撃ち込む! 味方を弾丸にして敵に打ち放つってわけだな!」
「味方を弾丸に!? だから、味方殺し……!」
「そういうことよ! さあ、とくと味わえ! 『サクリファイス・シューティング』!」
 マルコムが叫ぶと、《味方殺しの女銃士》が私に向けて銃を撃ち放った!
 私は自分フィールドの伏せカードの1枚に目を向けた。このまま何もしなければ、私は600ダメージを受けてしまう。今、これを使うべきかしら? それとも温存するべきかしら?
 少し考えた末、私は伏せカードを開くことにした。ここは温存せずに使ったほうがいい――直感でそう思ったのだ。
「その効果に対し、罠カード発動! 《ダメージ・ダイエット》! このカードを発動したターン、私が受ける全てのダメージは半分になる!」
「何!? くそっ……ダメージ軽減の罠か!」

ダメージ・ダイエット
【通常罠】
(1):このターン自分が受ける全てのダメージは半分になる。
(2):墓地のこのカードを除外して発動できる。
このターン自分が受ける効果ダメージは半分になる。

 モヒカンの男とのカードトレードで入手したカード、《ダメージ・ダイエット》。その効果が適用される。
 その後、女銃士が放った弾丸が私を貫いた。

 柊柚子 LP:4000 → 3700

 《ダメージ・ダイエット》の効果で、600ダメージは300ダメージに軽減された。
 マルコムは苦々しい表情をしたが、すぐに元の不敵な笑みを浮かべた表情に戻った。
「フン、まあいい。半減するとはいえ、ダメージを受けることに変わりはないんだからな。行くぜ! 俺様は《味方殺しの女銃士》の効果を発動! もう1度、お前に弾丸をぶち込んでやるぜ!」
「えっ……また《味方殺しの女銃士》の効果を!?」
「ハハハ! 《味方殺しの女銃士》の効果は、手札の『銃士』モンスターが尽きない限り、何度でも使用できるのさ!」

味方殺しの女銃士  [ 地 ]
★★★★
【戦士族/チューナー/効果】
「味方殺しの女銃士」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。
(1):手札から「銃士」モンスター1体を捨てて発動できる。
相手に600ダメージを与える。
(2):このカードが墓地に存在する場合、
自分の墓地の「銃士」Sモンスター1体を除外して発動できる。
墓地のこのカードを特殊召喚する。
ATK/1500  DEF/1200

 《味方殺しの女銃士》のダメージ効果は、弾丸が尽きない限り続くってことね……。さっき、とっさに《ダメージ・ダイエット》を発動したけど、その判断は正しかったみたいだわ。
「《味方殺しの女銃士》の効果発動! 2体目の《隠密銃士》を手札から捨てて、お前に600ダメージを撃ち込む! 食らえ、『サクリファイス・シューティング』!(手札:3→2)」
「くっ! けど、《ダメージ・ダイエット》の効果でダメージは半減するわ!」
 再び《隠密銃士》が弾丸となり、《味方殺しの女銃士》が撃ち放つ。私の体に衝撃が走った。

 柊柚子 LP:3700 → 3400

「弾はまだ残ってるぜ! 《味方殺しの女銃士》の効果発動! 3体目の《隠密銃士》を弾丸にして、お前にさらなるダメージだ! 『サクリファイス・シューティング』!(手札:2→1)」
「ああぅ……っ!」

 柊柚子 LP:3400 → 3100

「ヒハハハ! まだまだぁ! 最初のターンに手札に加えた《超音波銃士》も弾丸にするぜ! さあ、もう1度ダメージを食らいな!(手札:1→0)」
「うぅぅ……っ!」

 柊柚子 LP:3100 → 2800

 くっ……一気にライフが1200も削られちゃったわね……!
 でも、これでマルコムの手札は0! これ以上、《味方殺しの女銃士》がダメージ効果を発動することはないわ!
 それにしても、《ダメージ・ダイエット》があって良かったわね。これがなかったら、2400ものダメージを受けていたわけだから。
 私はマルコムを指さした。
「これであなたの手札は0! 《味方殺しの女銃士》の効果はもう使えないわ!」
「……みたいだな」
「それだけじゃないわ! 手札が0ってことは、もう何もできることがないってことよ! さっさとターンエンドしなさい!」
 マルコムは、私にダメージを与えるため、手札を全て使い切ってしまった。手札0の彼にはもう何もできない。となれば、エンド宣言して私にターンを移すしかない。
「ククク……何もできることがない、だって? そいつはどうかねぇ」
 ところが、マルコムはエンド宣言しようとはせず、私に問いかけてきた。
「お前、俺様が何も考えずに、手札を全て捨てたとでも思ってるのか?」
「えっ……?」
「《ダメージ・ダイエット》の効果が適用され、ダメージ数値が半減されているってのに、《味方殺しの女銃士》のダメージ効果を連発し、手札を使い切る……そんな真似を、何も考えずにすると思うか?」
 私は背中に嫌な汗が流れるのを感じた。
 まさか……マルコムの狙いは、ダメージを与えることじゃなくて、別なところにあったっていうの!?
「フン、ようやく気づいたみたいだな。そうさ! 俺様の本当の狙いは、こっちにあったんだよ!」
 マルコムは墓地から1枚のカードを取り出した。
「たった今、《味方殺しの女銃士》の効果を発動するために捨てられた、《超音波銃士》の効果発動! 《超音波銃士》は1ターンに1度、墓地へ送られた場合に特殊召喚することができる! 蘇れ! チューナーモンスター、《超音波銃士》!」

超音波銃士  [ 地 ]
★★
【戦士族/チューナー/効果】
「超音波銃士」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。
(1):このカードが墓地へ送られた場合に発動できる。
墓地のこのカードを特殊召喚する。
この効果の発動後、ターン終了時まで自分は「銃士」モンスターしか特殊召喚できない。
(2):このカードが「銃士」SモンスターのS素材として墓地へ送られた場合に発動できる。
デッキから「銃士」魔法・罠カード1枚を手札に加える。
ATK/ 500  DEF/ 300

 先ほど弾丸となった《超音波銃士》が、マルコムのフィールドに蘇った!
 これがマルコムの狙い! 《ダメージ・ダイエット》が適用されているのに、《味方殺しの女銃士》の効果を使い続けたのは、墓地へ送られることで力を発揮するカードとのコンボを起動させることが狙いだったのね!
「それだけじゃねえ! 《隠密銃士》のほうにも墓地で発揮できる能力がある! こいつは、自分フィールドに『銃士』モンスターがいる時、墓地から特殊召喚できる! ただし、この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される!」

隠密銃士  [ 地 ]
★★
【戦士族/効果】
(1):相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。
このカードを手札から特殊召喚する。
(2):自分メインフェイズに発動できる。
このカードを墓地から特殊召喚する。
この効果は自分フィールドに「銃士」モンスターが存在する場合に発動と処理ができる。
この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。
ATK/ 800  DEF/ 800

「《隠密銃士》は俺様の墓地に3体存在している! よって、この3体が全部特殊召喚されるぜ! 蘇れ!」
 弾丸となって墓地へ送られた3体の《隠密銃士》。それらが全て復活した!

<ターン3>
【マルコム】 LP:3600 手札:0枚
     場:
     場:味方殺しの女銃士(ATK1500)、超音波銃士(DEF300)、隠密銃士(DEF800)、隠密銃士(DEF800)、隠密銃士(DEF800)
【柊柚子】 LP:2800 手札:1枚
     場:幻奏の音女アリア(ATK2100)、幻奏の音女ソナタ(ATK1700)
     場:伏せ×2

「い……一気にモンスターが5体に!」
 《味方殺しの女銃士》の効果で弾丸になったモンスターが、みんな復活しちゃったわ!
「ハーッハッハッハ! これがマルコム様の必殺コンボよ! 言っとくが、これだけじゃまだ終わらねえぜ! 俺様のフィールドには、2体のチューナーがいる! これが何を意味するか分かるか!?」
「チューナー……! シンクロ召喚……!」
「ご名答! さあ、お前に俺様のエースモンスターを拝ませてやるぜ! しっかり目に焼き付けな!」
 マルコムはデュエルディスクから、《味方殺しの女銃士》のカードと、《隠密銃士》のカード2枚を取り外した。すると、フィールドの《味方殺しの女銃士》が4つの光輪となった。その光輪を、2体の《隠密銃士》が潜っていく。

 隠密銃士:除外
 隠密銃士:除外

「レベル2の《隠密銃士》2体に、レベル4の《味方殺しの女銃士》をチューニング! 聖なる鎧まといし銃士よ! 逆刻の弾丸を撃ち放ち、標的を消し去れ! シンクロ召喚!」
 2体の《隠密銃士》は光輪を潜り抜けると、それぞれが2つの光点となった。光輪と光点が1つとなり、新たなモンスターが生まれる。
「現れろ! レベル8! 《超次元聖銃士》!」
 マルコムのフィールドに、黄金に輝く鎧をまとった銃士が現れた。その銃士の右手には、大きな銃が携えられている。
 これがマルコムのエースモンスター! かなり強そうなモンスターに見えるわ!
「フハハハハ! これで終わりじゃねえぞ! 俺の場には、まだチューナーが残っている!」
「もう1度シンクロ召喚をする気!?」
「その通り! さあ、行くぜ! 俺様はレベル2の《隠密銃士》に、レベル2の《超音波銃士》をチューニング!」
 今度は《超音波銃士》が2つの光輪となる。それを《隠密銃士》が潜り抜け、2つの光点となって光輪と1つに合わさる。

 隠密銃士:除外

「古の銃士よ! その力を解き放ち、敵を打ち砕く武器となれ! シンクロ召喚! 現れろ! レベル4! 《武装銃士》!」
 2度目のシンクロ召喚が行われ、マルコムのフィールドに、いかつい姿の銃士が出現した。これで、マルコムのフィールドにはシンクロモンスターが2体!
「シンクロ素材となった《超音波銃士》の効果発動! こいつが『銃士』と名のつくシンクロモンスターの素材として墓地へ送られた場合、デッキから『銃士』と名のつく魔法・罠カード1枚を手札に加えることができる! この効果で手札を補充させてもらうぜ!」
「ッ! 再生能力だけじゃなくて、手札を増やす効果まで持ってるの!?」
 墓地から再生するチューナーな上、シンクロ召喚に使われたらカードを1枚デッキから呼び込めるって……なんなのその効果!
「ふふん、便利なカードだろう? 俺様はこの効果で、罠カード《銃士の旋風》を手札に加える!(手札:0→1)」
 0枚だったマルコムの手札が1枚増える。彼が手札に加えた罠カード《銃士の旋風》は、次のようなものだった。

銃士の旋風
【通常罠】
(1):自分フィールドに「銃士」モンスターが存在し、
相手モンスターが攻撃宣言した時に発動できる。
相手フィールドの表側攻撃表示モンスターを全て除外する。

 「銃士」モンスターがいる時に敵が攻撃宣言したら、敵の攻撃表示モンスターを全部除外するって……そんなカードを伏せられたら、迂闊に攻撃できないじゃない! ひどすぎるわ……。
「さて! 早速俺様のエースモンスターの力を使わせてもらおう! 《超次元聖銃士》のモンスター効果発動! 1ターンに1度、自分の墓地の『銃士』モンスター1体を除外することで、フィールドの表側表示のカードを1枚選択してデッキに戻すことができる!」
「表側表示のカード1枚を戻す!? デッキに!?」
「そうだ! デッキに戻す!」
 そ……そんな効果アリなの!?

超次元聖銃士  [ 地 ]
★★★★★★★★
【戦士族/シンクロ/効果】
チューナー+チューナー以外の「銃士」モンスター1体以上
(1):???
(2):1ターンに1度、自分の墓地の「銃士」モンスター1体を除外し、
フィールドの表側表示のカード1枚を対象として発動できる。
そのカードを持ち主のデッキに戻す。

(3):???
ATK/2800  DEF/2200

「俺様は墓地の《探索銃士》を除外し、この効果発動のための弾丸にする! そして、この効果の対象となるのは――」
 マルコムは私のフィールドの《幻奏の音女ソナタ》を指さした。
「お前のフィールドの《幻奏の音女ソナタ》だ! そいつをデッキに戻してやる! 食らえ! 『逆刻の弾丸』!」
 《超次元聖銃士》が弾丸を撃ち放ち、《幻奏の音女ソナタ》に命中させる! すると、ソナタの近くに黒い渦が現れ、ソナタを吸い込んでしまった。これでソナタがデッキに戻ってしまったってわけね……。
「《幻奏の音女ソナタ》がデッキに戻った……ってことは、ソナタのパワーアップ効果は消滅するってことだよなあ!?」
「うっ!」
 そうだ! ソナタが消えたことで、《幻奏の音女アリア》のステータスが元に戻っちゃう!

 幻奏の音女アリア (ATK2100・DEF1700) → (ATK1600・DEF1200)

「よし、全体支援モンスターは消し去ったな! 仕上げと行こう! 俺様は《武装銃士》の効果発動! こいつは自分自身を装備カード扱いにして、『銃士』モンスター1体に装備できる! 《超次元聖銃士》に装備せよ、《武装銃士》!」
 マルコムのフィールドのもう1体のシンクロモンスター《武装銃士》が変形して、1丁の銃となる。それを《超次元聖銃士》が左手に持った。これで《超次元聖銃士》は2丁拳銃使いとなった。
 モンスターでありながら、モンスターに装備できる……それが《武装銃士》の能力か。まさしく「武装」する銃士ってわけね。
「《武装銃士》を装備したモンスターは、1度のバトルフェイズ中に2回攻撃できるようになる! さらに、戦闘で敵モンスターを破壊し墓地へ送った場合、そのモンスターの攻撃力分のダメージを与える!」

武装銃士  [ 地 ]
★★★★
【戦士族/シンクロ/効果】
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
(1):1ターンに1度、このカード以外の
自分フィールドの「銃士」モンスター1体を対象として発動できる。
このカードを装備カード扱いとしてその自分のモンスターに装備する。
(2):このカードの効果でこのカードが装備カード扱いとなっている場合、
このカードは以下の効果を得る。
●装備モンスターは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃できる。
●装備モンスターがモンスターを戦闘で破壊し墓地へ送った場合に発動する。
そのモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手に与える。
ATK/1800  DEF/1200

 くっ……! これでマルコムの《超次元聖銃士》は、2回攻撃能力と、戦闘破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを与える能力を得たわけね!

<ターン3>
【マルコム】 LP:3600 手札:1枚
     場:武装銃士(装備魔法・対象:超次元聖銃士)
     場:超次元聖銃士(ATK2800)
【柊柚子】 LP:2800 手札:1枚
     場:幻奏の音女アリア(ATK1600)
     場:伏せ×2

 マルコムはフィールドを指さし、上機嫌で言った。
「俺様のエースモンスター《超次元聖銃士》は攻撃力2800! こいつでお前のフィールドにいる攻撃力1600の《幻奏の音女アリア》を撃破すれば1200ダメージだ! そして、アリアを撃破したことで、《超次元聖銃士》に装備された《武装銃士》の効果が発動し、アリアの攻撃力分のダメージ、すなわち1600ダメージが発生する! さらに、《武装銃士》の効果によって《超次元聖銃士》は2回攻撃できるから、壁モンスターを失ったお前にダイレクトアタックして2800ダメージ! これらのダメージを合計すれば、なんと5600ダメージだ!」
「5600ダメージ……! で、でも、このターンは《ダメージ・ダイエット》が適用されてるから、ダメージは半減するわ!」
「そう、ダメージは半減する! だが、たとえ半減しても、お前が受けるダメージは2800! 今のお前のライフポイントとピッタリ同じ数値だ! つまり、お前を倒すのには充分ってわけだよ! まさにジャストKILLって奴だ!」
「……っ!」
 たしかにその通りだ! 私のライフは2800! 防ぎきれない! こうなると……伏せカードを使ってどうにかするしか――
「言っておくが、伏せカードで《超次元聖銃士》の攻撃を防ごうなんて考えても無駄だぜ」
 私の考えを見抜いたようにマルコムが告げた。私は唾を飲み込み、マルコムの目を見た。
 彼は自身の場にいるエースモンスターを指さした。
「俺様のエースモンスター《超次元聖銃士》は、身にまとっている聖なる鎧の力によって、相手のカード効果の対象にならず、相手のカード効果では破壊されない! つまり、お前が《聖なるバリア−ミラーフォース−》や《次元幽閉》のような罠カードを仕込んでいたとしても、こいつには通用しねえ! どうだ! 恐れ入ったか!」
「そんな……! カード効果の対象にならず、カード効果で破壊できないって!」
 攻撃力2800もありながら、場の表側表示カードをなんでも1枚デッキに戻せて、その上カード耐性まで持ってるなんて! なんなのよそのモンスターは!

超次元聖銃士  [ 地 ]
★★★★★★★★
【戦士族/シンクロ/効果】
チューナー+チューナー以外の「銃士」モンスター1体以上
(1):このカードはモンスターゾーンに存在する限り、
相手の効果の対象にならず、相手の効果では破壊されない。

(2):1ターンに1度、自分の墓地の「銃士」モンスター1体を除外し、
フィールドの表側表示のカード1枚を対象として発動できる。
そのカードを持ち主のデッキに戻す。
(3):???
ATK/2800  DEF/2200

「さあ、バトルとしゃれ込もうや! 《超次元聖銃士》で《幻奏の音女アリア》を攻撃ぃ! 『セイント・シューティング』!」
 《超次元聖銃士》が右手に持った銃から弾丸を撃ち放った! 弾丸は《幻奏の音女アリア》目掛けて突き進む!

 (ATK2800)超次元聖銃士 → 幻奏の音女アリア(ATK1600)

「このターンのバトルで、俺様のワンショット・ジャストKILLが成立するぜ! 覚悟しなぁ!」
 マルコムが勝ち誇った笑みを顔に貼り付ける。
 このまま何もせずに《超次元聖銃士》の2回攻撃を通せば私の負けだ。絶対、思い通りにさせるわけにはいかない!
 私は伏せカードに手をかけた!
「リバース・カード、オープン!」
「無駄無駄無駄ぁ! 《超次元聖銃士》はカード効果の対象にならず、カード効果では破壊されないって言っただろうが! 何をやったって無駄なんだよぉ!」
 《超次元聖銃士》の攻撃は止まらず、《幻奏の音女アリア》に命中した。私のフィールドで爆発が起こる。
「ハーッハッハッハ! これでお前のモンスターは木っ端微塵だ! 《武装銃士》による効果ダメージを食らえ!」
 爆炎で覆われた私のフィールドを見て、マルコムが高笑いする。
 そんな彼に向けて、私は言った。
「それはどうかしら? 私のフィールドをよく見てみなさいよ」
「……!? 何を言って――」
 マルコムが目を見開いた。何が起こったのか分からない、といった表情だ。

<ターン3>
【マルコム】 LP:3600 手札:1枚
     場:武装銃士(装備魔法・対象:超次元聖銃士)
     場:超次元聖銃士(ATK2800)
【柊柚子】 LP:2800 手札:1枚
     場:幻奏の音女アリア(ATK100)
     場:伏せ×1

「何故だ!? 《超次元聖銃士》の攻撃はたしかに《幻奏の音女アリア》に命中したはず! なのに……なのにどうして、《幻奏の音女アリア》がフィールドに残ってやがる!?」
 彼の言うように、私のフィールドには、《幻奏の音女アリア》が残っている。戦闘破壊はされていない!
「《幻奏の音女アリア》は戦闘では破壊されずに生き残ったわ! よって、《武装銃士》の効果――自身を装備したモンスターが戦闘破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを与える効果――も発動しない!」
「くっ! 一体どうしてこんなことに!? お前、何をしやがった!?」
 私は小さく笑みを浮かべ、墓地から1枚のカードを取り出した。
「《超次元聖銃士》の攻撃が《幻奏の音女アリア》に命中する直前、私が伏せカードを発動したのを覚えてない?」
「伏せカード……たしかに発動していたが……しかし、《超次元聖銃士》にはカード耐性がある! 何を発動したって無駄に終わるはずだ!」
「何勘違いしてるのよ。私はあなたのモンスターに対してカードを発動したんじゃない。自分のモンスターに対してカードを発動したのよ。このカードをね」
 そう言って、私は墓地から取り出したカードをマルコムに提示した。

ピアニッシモ
【速攻魔法】
(1):自分フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。
このターン、その表側表示モンスターの元々の攻撃力は100になり、
戦闘・効果では破壊されない。

「私が発動したのは、速攻魔法《ピアニッシモ》! このカードはターンの終わりまで、自分フィールドのモンスター1体の元々の攻撃力を100にして、そのモンスターを戦闘・効果で破壊されなくする! このカードを使って、私は《幻奏の音女アリア》の攻撃力を100にして、破壊を回避したのよ!」
「チッ! 自分のモンスターに対してカードを使ったのか!」
「これでこのターン、アリアは破壊されないわ!」
 マルコムは忌々しげに顔を歪ませた。しかし、すぐにその顔に笑みが浮かぶ。
「《幻奏の音女アリア》が戦闘破壊されないのは分かった。だが、戦闘ダメージは受けてもらうぞ! たとえ戦闘破壊を免れても、戦闘ダメージは通常どおり発生するからな!」
「……っ!」
 たしかに、戦闘ダメージは回避できない。《超次元聖銃士》の攻撃力2800に対し、《幻奏の音女アリア》の攻撃力は100。その差2700ポイントのダメージが発生する。けど、このダメージは《ダメージ・ダイエット》の効果で半減して、私が受けるダメージは1350ポイントだ。

 柊柚子 LP:2800 → 1450

「そして、まだ俺のバトルフェイズは終わってない! 《武装銃士》の効果によって、《超次元聖銃士》はあと1回バトルできるぜ! もう1度攻撃だ、《超次元聖銃士》! 『セイント・シューティング』!」
 《超次元聖銃士》が今度は左手の銃――銃に変形した《武装銃士》――を使って弾丸を放った。弾丸は《幻奏の音女アリア》に命中するも、アリアは《ピアニッシモ》の効果で戦闘破壊を免れる。でも、私は再び、2700の半分1350の戦闘ダメージを受けてしまった。

 (ATK2800)超次元聖銃士 → 幻奏の音女アリア(ATK100)

 柊柚子 LP:1450 → 100

 ……! あ……危ない! なんとかライフが100残ったわ! 《ダメージ・ダイエット》を発動していなかったら負けてたわね! ホントに発動しておいて良かった!
 ありがとう、モヒカン! あなたがくれた《ダメージ・ダイエット》が私を助けてくれたわ!
「ケッ! 首の皮1枚でつながったか! まあいい。どうせもうお前に打つ手はないだろうからな! 次の俺様のターンで仕留めてやるぜ! カードを1枚伏せてターンエンドだ!(手札:1→0)」
「この瞬間、《ピアニッシモ》の効果が終了し、《幻奏の音女アリア》の攻撃力は元に戻るわ!」

 幻奏の音女アリア ATK:100 → 1600

 このターンのバトルを終えたマルコムは、伏せカードを出してエンド宣言した。
 今マルコムが伏せたカードは、さっき彼が《超音波銃士》の効果でデッキから手札に加えたカードよね。たしか、《銃士の旋風》という罠カードだったはず。その効果は、「銃士」モンスターが自分フィールドにいる時に敵が攻撃宣言したら、敵の攻撃表示モンスターを全部除外するという極悪なものだ。
 私はマルコムのフィールドに「銃士」モンスターがいる限り、迂闊に攻撃できない。そのことも考えて行動しないといけないわね。
「さあ、ストロング柚子! お前のターンだぜ! とはいえ、俺様の切り札《超次元聖銃士》は攻撃力2800! この攻撃力を超えるのはなかなか難しいだろう! しかも、こいつはカード効果の対象にならず、カード効果も受けない! よって、カード効果で除去するのも一苦労ってわけだ!」
「戦闘にしろ効果にしろ、倒すのが難しいってわけね」
 私が眉をしかめると、マルコムは口の端を吊り上げた。
「それだけじゃねえ! どうにか頑張って《超次元聖銃士》を倒したとしてもだ! こいつはフィールドを離れた際、フィールドのカードをどれでも1枚手札に戻しちまう効果を持っている!」
「なっ!? カードを手札に戻すって……そんな効果まで持ってるの!?」
「おうよ! だから、除去する時は気をつけることだな!」

超次元聖銃士  [ 地 ]
★★★★★★★★
【戦士族/シンクロ/効果】
チューナー+チューナー以外の「銃士」モンスター1体以上
(1):このカードはモンスターゾーンに存在する限り、
相手の効果の対象にならず、相手の効果では破壊されない。
(2):1ターンに1度、自分の墓地の「銃士」モンスター1体を除外し、
フィールドの表側表示のカード1枚を対象として発動できる。
そのカードを持ち主のデッキに戻す。
(3):表側表示のこのカードがフィールドから離れた場合、
フィールドのカード1枚を対象として発動できる。
そのカードを持ち主の手札に戻す。

ATK/2800  DEF/2200

 1ターンに1度、表側表示のカード1枚をデッキに戻す効果を持ちながら、カード効果に対する耐性を持ち、その上、フィールドから離れた場合にカード1枚を手札に戻すですって!? やることが汚すぎるわ!
「これぞ、マルコム様のエースモンスターの力よ! さーて、これがお前に与えられた最後の1ターンだ! 存分にあがいて見せろや! ハハハハハ!」
 マルコムは完全に勝利を確信した顔で嘲笑った。

<ターン4>
【マルコム】 LP:3600 手札:0枚
     場:武装銃士(装備魔法・対象:超次元聖銃士)、伏せ×1(銃士の旋風)
     場:超次元聖銃士(ATK2800)
【柊柚子】 LP:100 手札:1枚
     場:幻奏の音女アリア(ATK1600)
     場:伏せ×1

「私の……ターン……!」
 私は現在の戦況をよく確認した。
 今、マルコムの手札は0枚。残りライフは3600。フィールドには攻撃力が2800もあり、相手のカードの効果の対象にならず、相手のカード効果では破壊されない上、フィールドから離れた際にフィールドのカード1枚を手札に戻してしまう《超次元聖銃士》がいる。さらに、攻撃モンスター抹殺の罠カード《銃士の旋風》が1枚伏せてある。
 それに対して、私の残りライフはわずか100。あと一撃ダメージを受けたら負ける数値だ。その前に勝利をおさめないといけない。このターンが私に与えられた最後のチャンスだ。この私のターンで、マルコムを倒さないといけない。このターンを逃せば、もう私にターンは回ってこないだろう。
 私のフィールドにあるカードは、攻撃表示の《幻奏の音女アリア》1体と、伏せカード1枚。伏せてあるカードは、マルコムの手下たちとデュエルした時にも使った罠カード《幻奏のイリュージョン》だ。

幻奏のイリュージョン
【通常罠】
(1):自分フィールドの「幻奏」モンスター1体を対象として発動できる。
このターン、その自分のモンスターは相手の魔法・罠カードの効果を受けず、
1度のバトルフェイズ中に2回攻撃できる。

 このカードを使えば、自分フィールドの「幻奏」モンスターは2回攻撃できる上、相手の魔法・罠カードの効果を受け付けなくなる。つまり、この効果を利用すれば、マルコムのフィールドに伏せられた罠カード《銃士の旋風》の効果をかわすことができるのだ。
 けど、今私のフィールドにいるモンスター《幻奏の音女アリア》では、マルコムの《超次元聖銃士》には勝てない。攻撃力が違いすぎる。一応、アリアはモンスター効果も持っているけど、今は適用されていない。実質、今のアリアは効果なしモンスターと同じだ。

幻奏の音女アリア  [ 光 ]
★★★★
【天使族/効果】
(1):特殊召喚したこのカードがモンスターゾーンに存在する限り、
自分フィールドの「幻奏」モンスターは効果の対象にならず、
戦闘では破壊されない。
ATK/1600  DEF/1200

 今、アリアに対して《幻奏のイリュージョン》を使ったところで、状況は打開できない。まずは、マルコムの《超次元聖銃士》に対抗できるモンスターを呼び出さなきゃいけない。
 でも、私の手札は今、この1枚……《幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト》しかない。

幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト  [ 光 ]
★★★★★★★★
【天使族/効果】
このカードの効果を発動するターン、
自分は光属性以外のモンスターを特殊召喚できない。
(1):1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。
手札から天使族・光属性モンスター1体を特殊召喚する。
ATK/2600  DEF/2000

 このモンスターでは《超次元聖銃士》には勝てない。攻撃力では敵わないし、モンスター効果で太刀打ちできるわけでもない。そもそも、今の状態では召喚することすらできない。
 現状を確認して、私は頭を悩ませた。今、なんのカードを引けば、私はこの状況を打開できるのかしら?
 とりあえず、やるべきことは、《超次元聖銃士》に対抗できそうな「幻奏」モンスターを出し、そのモンスターに対して《幻奏のイリュージョン》を使うこと。《幻奏のイリュージョン》を使えば、罠カード《銃士の旋風》を回避した上で2回攻撃することができる。
 問題はどんなモンスターを呼び出すべきか、ということ。マルコムの《超次元聖銃士》をカード効果で除去するのは難しいから、戦闘破壊を狙うことになるだろうけど……仮に戦闘破壊できたとしても、《超次元聖銃士》の最後の効果で、フィールドのカード1枚が手札に戻されてしまう。そのことも考慮しないといけない。
 どうする……どうする? どんなモンスターを出せばいい? そのために何を引き当てればいい? どうする……どうする……!?
「さあ、ストロング柚子! 早く最後のカードを引け! それともサレンダーするか!?」
 マルコムが急かしてくる。私はその言葉に惑わされないようにしながら、思考を巡らせ続けた。
 けど、これといった妙案は浮かばなかった。
「いくら考えたって無駄なことだ! いい加減あきらめて、とっととサレンダーしちまいな! そして俺様の女になっちまいな!」
「冗談じゃないわ! あなたの女になんかならない!」
「お前がなんと言おうと、このデュエルで俺様が勝てば、お前は俺様の女だ! そうなったら、たっぷり嫌らしいことしてやるぜ! 少年マンガには描けないレベルの嫌らしいことをな! グヘヘヘヘ!」
「くっ! まだデュエルは終わってないわ! 私は負けない! 絶対に勝つ!」
 堂々と言い返すと、マルコムは大笑いした。
「ハハハ! 無理無理! お前じゃ俺様には勝てないぜ!」
「最後までやってみなきゃ分からないわ!」
「いいや、分かるな! 融合モンスターカードをメインデッキに入れるなんてドジをやらかすような未熟なデュエリストであるお前じゃ、どう考えたって町の支配者であるこの俺様には勝てねえ!」
「なっ!? ななななんで……なんでそのことを知ってるのよ!?」
 私は頭が熱くなった。
 レアハンターに続き、この男まで、どうして昔のことをほじくり返してくるのよ!?
「俺様の情報網を使えば、お前が融合モンスターカードをメインデッキに入れるドジっ娘デュエリストであることを知ることなど容易なことなのさ! さあ、ドジっ娘ストロング柚子よ! 大人しくサレンダーしちまいな!」
「ううううぅぅぅぅ……っっ! この野郎、ドジっ娘って言うな! ストロングって言うな! 昔のことをほじくり返すなーっ!」
「ドジっ娘ストロング柚子さーん、融合モンスターカードはメインデッキじゃなくてエクストラデッキに入れるんですよー? プップクプ〜!」
「うがあああああっ!」
 私は頭を両手でわしゃわしゃとかきむしった!
 もうホント……ホント腹立ってきた! マルコム……あなたは絶対、私がこの手でぶっ潰してやるから覚悟しなさいよ!
「私のターン! ドローッ!(手札:1→2)」
 頭に来た私は、勢いよくカードを引いた!
 なんでもいい……なんでもいいから、マルコムの野郎を倒せるカード来て!

 ドローカード:融合

 ……!
 引き当てたのは、《融合》のカード! 私のデッキでは重要な役割を持つカードだ!
 それを見た私は改めて考えた。今、私の手札にある《融合》と《幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト》、そしてフィールドの《幻奏の音女アリア》と《幻奏のイリュージョン》。これら4枚のカードを組み合わせて、マルコムをこのターンに倒す方法……。
 マルコムの《超次元聖銃士》は、カード効果の対象にならず、カード効果では破壊されない。となると、戦闘破壊するしかないわけで……。でも戦闘破壊したら、《超次元聖銃士》の最後の効果が発動して、フィールドのカードが1枚手札に戻されちゃうわけで……。じゃあ、戦闘破壊せずに、カード効果による除去を狙う? いや、仮にカード効果で除去しても、《超次元聖銃士》の最後の効果が発動することに変わりはない。同じことだ。大体、《超次元聖銃士》はカード効果で破壊されないんだから、カード効果による除去を考えたところで――。
 ――破壊されない?
 ちょっと待って? 今、頭の中で何かが引っ掛かったわ。何が引っ掛かった? ……破壊されない……この単語に引っ掛かった?
 落ち着いて。落ち着いて考えるのよ。破壊されない……この単語から、私は何を感じた? 何に引っ掛かりを覚えた? 一体……何に……?
 ……ああ、そうか、そうか! 分かった……分かったわ! そうよ、何も戦闘破壊しようとする必要はないんだわ!
 私は手札とフィールドに目を向けながら、頭の中の考えを少しずつまとめていった。その考えに間違いがないかどうか、自分の中でよく確認する。……大丈夫、間違いないわ。このデュエル、勝てる!
 私は手札からカードを選び取った。
「私は魔法カード《融合》を発動!(手札:2→1)」
「《融合》だと……?」
「このカードは、自分の手札・フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスターを融合召喚する! この効果で、フィールドの《幻奏の音女アリア》と、手札の《幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト》を融合させる!(手札:1→0)」
 マルコムはフンと鼻を鳴らした。
「なるほど、《幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト》を呼ぶわけか。マイスタリン・シューベルトなら、自身の効果を使って攻撃力を3000まで上げることで、俺様の《超次元聖銃士》の攻撃力を上回ることができるからな」
 それを聞いた私は、ニヤリと笑った。
 違うわよマルコム。私が呼び出すのはこのモンスター!
「魂の旋律よ! 至高の天才よ! タクトの導きにより力重ねよ! 融合召喚! 今こそ舞台に勝利の歌を! 《幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ》!」
 《融合》の力によって、《幻奏の音女アリア》と《幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト》が1つとなる! そして、華麗なる融合モンスター、《幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ》へと姿を変えた!
「何っ!? マイスタリン・シューベルトじゃないだと!? 『幻奏』融合モンスターは他にもいたのか!」
「そうよ! そしてこれが、あなたに勝つための私の切り札!」

 幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ ATK:1000

 《幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ》の攻撃力を見て、マルコムは嘲笑を浮かべた。
「ハッ! 何が切り札だ! 攻撃力たったの1000じゃねえか! そんな雑魚モンスターじゃ俺様のエースは倒せねえ!」
「それはどうかしら? バトルよ!」
 私は《幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ》に向かって宣言した。
「ブルーム・ディーヴァで《超次元聖銃士》を攻撃!」
「何!? 攻撃力1000で攻撃してくるだと!? 血迷ったか!?」
 私の宣言を受けたブルーム・ディーヴァが《超次元聖銃士》に攻撃を仕掛ける。マルコムは一瞬考える様子を見せると、すぐに伏せカードに手をかけた。
「何を企んでるか知らねえが、俺様の伏せカードのことを忘れてもらっちゃ困るぜ! 罠カード発動! 《銃士の旋風》! 自分フィールドに『銃士』モンスターが存在し、相手が攻撃宣言した時、相手の攻撃表示モンスターを全て除外する! 消えな! 雑魚モンスター!」
 マルコムが発動した罠カードから旋風が巻き起こる。それに対し、私も伏せカードを開いた。
「無駄よ! 罠カード《幻奏のイリュージョン》を《幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ》に対して発動! これでこのターン、ブルーム・ディーヴァは相手の魔法・罠カードの効果を受けない!」
「なっ! それは、俺様の手下どもとのデュエルで使ってた罠! そいつを伏せてやがったのか!」
 《幻奏のイリュージョン》の効果によって、ブルーム・ディーヴァは敵の罠カードから守られ、攻撃を続行する。

 (ATK1000)幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ → 超次元聖銃士(ATK2800)

「くっ! このままバトルが成立すれば、お前のモンスターが自滅するが……一体、お前は何を……」
「すぐに分かるわよ!」
 ブルーム・ディーヴァの攻撃が《超次元聖銃士》に命中する。しかし、攻撃力は《超次元聖銃士》のほうが上。すぐさま《超次元聖銃士》が反撃に移り、所持している銃をブルーム・ディーヴァに向けて撃ち放った。
 ――今だ!
「《幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ》の効果! このカードは戦闘・効果では破壊されず、このカードの戦闘で自分が受ける戦闘ダメージは0になる!」
「破壊耐性と戦闘ダメージ無効の効果を持つモンスターか!」
「それだけじゃないわ! ブルーム・ディーヴァが特殊召喚された相手モンスターとバトルした場合、ダメージ計算後にそのモンスターとこのカードの、元々の攻撃力の差分のダメージを相手に与え、そのモンスターを破壊する!」

幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ  [ 光 ]
★★★★★★
【天使族/効果】
「幻奏の音姫」モンスター+「幻奏」モンスター
(1):このカードは戦闘・効果では破壊されず、
このカードの戦闘で発生する自分への戦闘ダメージは0になる。
(2):このカードが特殊召喚されたモンスターと戦闘を行ったダメージ計算後に発動できる。
その相手モンスターとこのカードの、元々の攻撃力の差分のダメージを相手に与え、
その相手モンスターを破壊する。
ATK/1000  DEF/2000

「バカな!? ダメージを相手に与えた上、相手モンスターを抹殺する効果だと!?」
 敵モンスターとの戦闘で発生したダメージをはね返す! それがブルーム・ディーヴァの能力!
「ブルーム・ディーヴァの元々の攻撃力は1000! 《超次元聖銃士》は2800! その差は1800! その数値分のダメージをマルコム! あなたに受けてもらうわよ! 『リフレクト・シャウト』!」
 《超次元聖銃士》が放った弾丸を、ブルーム・ディーヴァが押し返す! それにより、マルコムにダメージが発生した!

 マルコム LP:3600 → 1800

「お……俺様のライフが……! だ……だが! ダメージは受けちまったものの、《超次元聖銃士》はカード効果では破壊されない! ブルーム・ディーヴァの破壊効果では《超次元聖銃士》は倒せない!」
 マルコムの言う通り、《超次元聖銃士》はブルーム・ディーヴァの効果では破壊されず、フィールドに生き残っている。でも、これでいいのよ!
「あなた、さっき私が発動した罠、《幻奏のイリュージョン》のもう1つの効果を忘れてない?」
「えっ?」
「《幻奏のイリュージョン》の効果を受けたモンスターは、そのターン2回攻撃ができる! つまり、ブルーム・ディーヴァはもう1回、《超次元聖銃士》に攻撃できるのよ!」
「……ッ!? ……あっ! し、しまった!」
 私が何を考えているか、マルコムは全て悟ったようだ。
「ブルーム・ディーヴァが《超次元聖銃士》に攻撃すれば、またブルーム・ディーヴァの効果が発生し、あなたにもう1度1800ダメージを与える! あなたの残りライフは1800だから、このダメージが通ればあなたの敗北が決まるわ!」
「なんてこった! 《超次元聖銃士》の破壊耐性効果が裏目に……!」
 そういうこと! 頑丈すぎるのも、場合によっては考え物ね!
「さあ、フィナーレよ! 《幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ》で《超次元聖銃士》を攻撃! 『リフレクト・シャウト』! これで私のジャストキルが成立よ!」
「嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ! 嘘だあああああああああっっ!」

 (ATK1000)幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ → 超次元聖銃士(ATK2800)

 先ほどのバトルと同じ光景が繰り返される。ブルーム・ディーヴァの攻撃に対し、《超次元聖銃士》が反撃の弾丸を放つ。それをブルーム・ディーヴァがはね返し、1800ダメージに変換してマルコムにぶつけた。

 マルコム LP:1800 → 0

「ぐわあああああっ!? 俺様が負けただとぉぉぉぉ!?」
 町の支配者マルコムとのデュエルは、私の逆転勝利によって幕を下ろした。
 危ないところだったけど、どうにか勝ったわね!

柊柚子 WIN!




6章 魔王の城


『デュエルが終了します。デュエルが終了します。デュエリストの方々は、速やかにデュエルフィールドから降りてホームに移動してください。
 デュエルが終了します。デュエルが終了します。デュエリストの方々は、速やかにデュエルフィールドから降りてホームに移動してください』

 デュエル終了後、すぐさま放送が流れた。待ちくたびれたような口調だった。駅員としては、さっさと電車を通常運転に戻したくて仕方ないのだろう。
 私はデュエルフィールドから降り、4番ホームへと移動した。マルコムも5番ホームへと移動した。
 移動が終わると、大きな機械音を立てて、デュエルフィールドが沈んでいく。デュエルフィールドが完全に消滅すると、そこには線路が出現した。

『お客様に申し上げます。当駅のデュエルのため、運転を見合わせていた急行・魔王城行きの電車は、先ほど運転を再開いたしました』

 デュエルフィールドの消滅に合わせるかのように、電車の運転再開を伝える放送が流れる。ホッと一安心したような口調の放送だった。
 ともあれ、これでやっと魔王城行きの電車に乗れるわね。
「デュエルは私の勝ちよ! 約束通り、敗北を認めて、2度と私に関わらないで!」
 私は、向かいのホームでこちらを恨めしそうに睨み付けているマルコムをビシッと指さして告げた。
 マルコムは悔しそうに顔を歪めると、しぶしぶ頷いた。
「ああ、分かったよ! 俺様もデュエリストだ! もうお前には関わらねえ!」
「それでいいのよ」
「ちくしょう! せっかくお前を俺様の女にして、思う存分嫌らしいことをしようと思ったのに……今夜のお楽しみがパーだぜ!」
 マルコムはイラついた様子で、上着の中から小さな酒瓶を取り出し、中身を一気飲みすると、瓶を壁に叩きつけた。瓶は派手な音を立てて粉々に砕け散った。
「くそ! 今日はまったくツイてねえ1日だったぜ! 朝起きたらいきなり足がつって動けなくなるわ、朝飯に焼き魚食ったら骨が喉に刺さるわ、トイレの個室に入ったら紙が切れてるわ、駅前の自転車置き場に置いといた自転車をパクられるわ……おまけに、手下ともどもデュエルに負けると来たもんだ! もうやってらんねえぜ! こうなったらヤケ酒だ! 今日はもうとことん飲んでやるぞ!」
 マルコムは不満をぶちまけながら、ホームの階段を上がって姿を消した。
 ツイてない1日か。たしかに、足がつり、魚の骨が喉に刺さり、トイレの紙が切れていて、自転車を盗まれ、デュエルに負ける……これだけのことが一遍に起こる1日というのは、ツイてないと思う。
 そういえば、レアハンターが駅前の自転車置き場で自転車を盗んだとか言ってたけど、それってもしかして、マルコムの自転車だったんじゃ……?
 そんなことを考えていると、放送が流れてきた。

『まもなく、4番ホームに急行・魔王城行きの電車が8両編成で参ります。黄色い線の内側へ下がってお待ちください』

 その放送が終わってすぐに、4番ホームに地下鉄・青眼線が来た。白い外装のその電車は、先頭の車両がドラゴンの頭みたいな形をしていた。まるで、電車全体が1体のドラゴンのように見える。
 これが、魔王城行きの電車……。
 電車の扉が開いたので、中に乗り込んだ。中は客がほんの数人乗っているだけで、かなり空いていた。私は近くの席に腰かけた。そのすぐ後に扉が閉まり、電車が動き出した。
 これでマルコムタウンともお別れだ。そして、いよいよ魔王との戦いが始まる。
 魔王とのデュエルで勝てば、私は悪夢から解放され、現実世界に戻ることができる。けれど、負けたら2度と現実世界に戻れず、この悪夢の世界で過ごすしかなくなる――ペガサスさんはそう言った。
 私に負けることは許されない。必ず勝って、現実世界に戻らなくちゃ。
 地下を走る電車の中で、私は決意を新たにした。


 ◆


 魔王城駅に辿り着くまでには、結構時間がかかりそうだった。その時間を有効活用しようと思い、私はデュエルディスクのネット機能を使って、魔王の公式ブログをチェックした。もしかしたら、ブログを読むことで、魔王がどんなデュエルをするのか分かるかもしれない。その手の情報を得られれば、魔王とのデュエルで役に立つはず。
 けれど残念ながら、ブログにはデュエルに関することが一切書かれていなかった。書かれているのは、夕飯のメニューのこととか、近所のコンビニの店員の態度に対する愚痴とか、アニメを見た感想とか、昨今の政治に対する不満とか、そんなことばかりだった。どれも、魔王とのデュエルでは役に立ちそうにない情報だ。
 まあ、当然といえば当然かもしれない。ブログに「僕はこんなデッキ使うぜ!」とか「僕はこんな感じのデュエルするぜ!」とか書いて、対策でもされたりしたらたまったものじゃないだろうし。自分の弱点につながるような情報を明かすはずないわよね。
 これ以上公式ブログを見ても有益な情報は得られないと判断した私は、公式ブログ以外のサイトで魔王の情報を探してみることにした。正直、アテになるかどうかは分からないけど、もしかしたら、有益な情報が見つかるかもしれない。
 けど、見つかった情報は、どれも嘘か本当か分からないようなものばかりだった。例を挙げると、「魔王は月に1回接骨院に通っている」とか「魔王は恋人が3人以上いる」とか「魔王はネットゲームの達人だ」とか「魔王は過去に他人のデッキに変なカードを仕込んだことがある」とか「魔王はクラスメイトの女の子をライバル視している」とか、そんな感じの情報だ。他にも色々な情報があったけど、どの情報も、信頼できるかはどうかはまったく分からない。
 もうこれ以上は何も見つかりそうにないなと思った私は、情報収集を終わりにして、しばらく寝ることにした。色々あって少し疲れたし、魔王との戦いの前に一休みしておいたほうがいい。魔王城駅は終点なので、乗り越してしまう心配もない。今のうちに休んでおこう。
 私は目を閉じ、眠りについた。……夢の中で眠るというのも妙な気がするけど、とにかく眠りについた。


 ◆


 ……………………。

「――柚子!」

 …………。

「――柚子! 柚子!」

 ……。

「――柚子! おい、柚子ってば!」

 …………?
 誰かが私の名を呼んでいる。
 声のするほうを見ると、変わった髪型の少年がいた。その髪型はたとえるなら……トマトだった。
「おーい、柚子! 何してるんだよ!」
 トマトヘアーの少年は呆れたような顔をしてこちらを見ている。その顔には見覚えがあった。
「……遊矢?」
 私は少年――遊矢の名を呼んだ。
 遊矢はため息を深々とついた。
「遊矢、じゃないだろ……。どうしちゃったんだよ?」
「……あれ? 私たち……一体何を?」
「何をって……寝ぼけてるのか? 俺たち、デュエル中だろ? 今は柚子のターンだぞ!」
 そう言われて、私は左腕を見た。そこにはデュエルディスクが装着されている。そして、左手にはカードが5枚握られている。
 ああ、そうか。今は……遊矢とデュエルをしていたんだっけ?
「さあ柚子が先攻だぞ!」
 遊矢がターンを促してくる。
 私はよし、と気合いを入れて、フィールドを確認した。

<ターン1>
【榊遊矢】 LP:4000 手札:5枚
     場:
     場:
【柊柚子】 LP:4000 手札:5枚
     場:
     場:

 今は1ターン目。フィールドは互いにがら空きだ。
 私は手札を見て、その中のモンスターカードを手に取った。
「私は《幻奏の音女アリア》を召喚! これでターンエンドよ!(手札:5→4)」
 とりあえず、アリアを召喚。これでまずは様子見だ。

<ターン2>
【榊遊矢】 LP:4000 手札:5枚
     場:
     場:
【柊柚子】 LP:4000 手札:4枚
     場:幻奏の音女アリア(ATK1600)
     場:

「よっしゃ! 俺のターン、ドロー!(手札:5→6)」
 遊矢のターン。遊矢は6枚になった手札に目を通すと、すぐさま1枚のカードを選び取った。
「俺はまず、《EM(エンタメイト)ディスカバー・ヒッポ》を召喚!(手札:6→5)」
 遊矢のフィールドにピンク色のカバが現れた。遊矢の主力カード、「EM」モンスターの1体だ。
「そして俺は、《EMディスカバー・ヒッポ》に乗り、フィールド内を駆け巡る!」
 遊矢はディスカバー・ヒッポに乗ると、フィールドを高速移動し始めた。それを見て、私はハッとなった。
 そうか、これってアクションデュエル! ということは――!
「あった! アクションカード!(手札:5→6)」
 背後から声が響く。そちらに目を向けると、遊矢が1枚のカードをフィールドから拾っているのが見えた。やられたわ!
 アクションデュエルでは、フィールドに散らばったアクションカードを拾って使うことで、デュエルを有利に進めることができる! 早速遊矢に1枚取られちゃったわね!
 そういえば、ディスカバー・ヒッポはアクションカードを見つけるのが得意なモンスターだっけ? 厄介だわ……!
「よし! 俺はアクションマジック《賢者の金剛石》を発動!(手札:6→5)」
 今度は上から声が響く。見ると、ディスカバー・ヒッポに乗った遊矢が空中を飛んでいた。どうやら、空中でアクションマジックを発動したらしい。
 私はアクションマジック《賢者の金剛石》の効果を確認してみた。

賢者の金剛石
【アクションマジック】
(1):自分フィールドのモンスター1体をリリースして発動できる。
デッキからカード2枚を選んで手札に加える。

 なんだこのインチキ効果はぁぁぁぁっ!?
 デッキから好きなカード2枚を手札に持ってくるって……やることが汚すぎるわ!
「俺はディスカバー・ヒッポをリリース! そして、デッキからこの2枚を手札に加える!(手札:5→7)」
 空中でディスカバー・ヒッポが姿を消し、遊矢が地面に向かって落下する。落下しながら遊矢はデッキから2枚のカードを取り出した。
「今手札に加えたこのカードを早速使わせてもらう! 俺はスケール1の《星読みの魔術師》と、スケール8の《時読みの魔術師》で、ペンデュラムスケールをセッティング!(手札:7→5)」
 遊矢が空中でペンデュラムスケールをセッティングした! まずいわ! いきなりペンデュラム召喚を!
「これでレベル2から7のモンスターが同時に召喚可能! 揺れろ魂のペンデュラム! 天空に描け光のアーク! ペンデュラム召喚! 現れろ俺のモンスターたち! 《EM(エンタメイト)シルバー・クロウ》! 《EM(エンタメイト)ハンマーマンモ》! 《EM(エンタメイト)ウィップ・バイパー》! 《EM(エンタメイト)ドラミング・コング》! そして《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》!(手札:5→0)」
 ペンデュラム召喚によって、遊矢のフィールドに一気に5体のモンスターが並んだ! ペンデュラム召喚……何度見ても圧倒される召喚法ね!
 遊矢は召喚された《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》の背中に乗ると、私のフィールドを指さした。
「バトルだ! 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》で《幻奏の音女アリア》を攻撃! そのふた色の眼で捉えた全てを焼き払え! 『螺旋のストライクバースト』!」
 遊矢のオッドアイズが攻撃を仕掛けてきた! いけない! このまま全モンスターの攻撃を通したら私の負けだわ!
 こういう時は……アクションカード!
 私は遊矢から距離を取るように走りながらアクションカードを探した。急いで見つけないと!
 幸いにも、アクションカードはすぐに見つかった。私はそれを手に取ると、すぐさま発動した。
「アクションマジック《カオス・エクスプロージョン》! 相手フィールドのカードを全て除外し、除外した枚数×300ダメージを相手に与える!(手札:4→5→4)」
「な……なんだその反則効果!? でも、その手は通じないぞ柚子! 《星読みの魔術師》のペンデュラム効果で、ペンデュラムモンスターが攻撃する際、相手は魔法カードを発動できない! 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》はペンデュラムモンスターだから、こいつの攻撃に対し、アクションマジックは使えない!」
「残念だったわね! 《カオス・エクスプロージョン》は、あらゆる条件を無視して発動できる上級スペル! 《星読みの魔術師》の効果では妨害されないわ!」
「なっ、なんだってぇぇぇー!?」

カオス・エクスプロージョン
【アクションマジック】
このカードは全ての条件を無視して発動できる。
(1):相手フィールドのカードを全て除外する。
その後、この効果で除外したカードの数×300ダメージを相手に与える。

「くっそー! そんな反則効果、食らってたまるか!」
 遊矢はオッドアイズの背中から飛び降りると、飛び降りた先にあったアクションカードを手に取り、即座に発動した。
「アクションマジック《リムーブ・リフレクト》! 相手が自分フィールドのカードを除外する効果を発動した時、その発動を無効にし、相手フィールドのカードを全て除外する!(手札:0→1→0)」

リムーブ・リフレクト
【アクションマジック】
(1):相手が自分フィールドのカードを除外するカードの効果を発動した時に発動できる。
その発動を無効にし、相手フィールドのカードを全て除外する。

「何そのピンポイント対抗カードぉぉぉっ!?」
「これで柚子が発動した《カオス・エクスプロージョン》は無効になり、柚子のフィールドのカードは全部除外だ!」

 幻奏の音女アリア:除外
 カオス・エクスプロージョン:除外

「いっけぇー! オッドアイズー!」
 せっかく発動したアクションカードが打ち消された挙句、モンスターも失った私に、遊矢のモンスターが攻撃を仕掛けてくる! 私はひたすら走りながらアクションカードを探した! あああっ、なんとかしないと! なんとか! なんとかするのよ!
「……あっ! アクションカード!」
 どうにかアクションカードを見つけた私は、カードに向かってジャンプした! そして、アクションカードをつかみ取った!
 よし! このカードで逆転してみせるわ!
 私は手に入れたアクションカードを確認した。

終点
【アクショントラップ】
(1):お客様、終点なので降りてください。

 …………?
 アクショントラップ《終点》……? なんなの……このカードは……?

『――お客様! ――お客様!』

 カードを拾った途端、頭の中に声が響いてきた。何なの、この声は……?
 と、声に気づいた次の瞬間、ガラガラと音を立て、私の足元に大きな穴が開いた!
「……!? えっ……!? きゃああああああああああああっ!」
 いきなりの事態に対応できず、私は穴の中深くへと落ちていった――。

 ……。

 …………。

 ……………………。


 ◆


「はぅ……ッ!?」
 目を開いた時、私は電車の中にいた。
 何がなんだか分からない。頭の中が混乱している。
「ああ、やっと目を覚ましたか……」
 男の声が聞こえた。
 そちらに目を向けると、太った男がこちらを見下ろしていた。
「お客様、もう終点ですよ。電車から降りてください」
 その言葉を聞いても、すぐには理解できなかった。
 私がぼうっとしていると、男は困ったようにため息をついた。
「あのー、もう終点ですよ、終点。すぐに電車を降りましょう」
 終点。その言葉を頭の中で反芻する。そして、混乱している頭の中を整理していく。
 ここは電車の中――そうだ、私は電車に乗ったんだった。どこで電車に乗った? マルコムタウン駅だ。なんの電車に乗った? 魔王の城に向かう電車だ。
 少しずつ、頭の中が落ち着いていき、現状が把握できてきた。ああ、そうだ。私、電車の中で眠ったんだっけ。で、その間に電車は終点に着いたんだ。
 ということは、さっきの……遊矢とのアクションデュエルは……夢か。
 夢の中で夢を見るなんて……なんとも不思議な感じね……。
「大丈夫ですか?」
 太った男が訊ねてくる。この人は駅員らしい。
「す……すみません。すぐに降ります」
 私は立ち上がり、急いで電車から降りた。
 ホームに立った私は、駅の中をざっと見渡してみた。駅内の人の数はそれほど多くない。時計があったので時刻を確認してみると、10時22分を指している。
 一見したところ、なんの変哲もない駅だった。けど、ここが魔王城駅であることは間違いないようだ。看板にちゃんと「魔王城」という駅名が書かれている。
 とうとう魔王城駅に着いたのね。
 たしか、この駅の東口から徒歩3分で魔王の城に行けるんだっけ。じゃあ、まずは東口を目指そう。
 私は案内板などを頼りにしながら東口を目指した。


 ◆


 改札を通り抜け、東口から駅の外に出た私は、周囲をよく見てみた。
 なんというか……普通の町だった。近くにコンビニとゲーセンがある他、10メートルほど先には民家が見えた。車も普通に通っているし、歩いている人の姿も少しだけ見られた。
 こういった部分だけに目を向けると、ここは普通の町だ。けれど、ここにはたった1つ、普通からはかけ離れた部分があった。
 ここから少し離れた場所――そこには、一際目を引く奇妙な形状の巨大な建造物があった。その形は実に、《寄生虫パラサイド》にそっくりだった。
 私はポケットから写真を1枚取り出した。ペガサスさんがくれた、魔王の城が写っている写真だ。
 写真に写っている魔王の城と、今私から少し離れた場所にある奇妙な建造物を見比べる。間違いない。あの建造物が魔王の城、パラサイド・キャッスルだ。
 こうして実物を近くで見ると、なかなか不気味な城ね。いかにもこう、魔王の潜む城って感じだわ。
 私は深呼吸を1つすると、魔王の城に向かって歩き出した。


 ◆


 3分後。
 私は魔王の城、パラサイド・キャッスルの前に辿り着いた。近くで城を見ると、より一層不気味さが感じられた。
 さて、城に着いたものの、ここからどうすればいいか。一応、目の前に大きな扉があるんだけど、ここから城の中に入ればいいのかな?
 あれこれ考えながら、なんとはなしに、大扉の右横を見た。すると、そこに貼り紙がしてあるのが見えた。私は貼り紙の前まで移動し、それをよく見てみた。
 貼り紙には横書きで短い文が書いてある。内容は次のようなものだった。

魔王の城へようこそ。
ご用のある方はインターホンを押してください。

 そして、貼り紙のすぐ近くに、ボタンのようなものが設置してあるのが見えた。どうやら、これがインターホンらしい。ちなみに、インターホンの近くには、「勧誘・セールスお断り」と書かれたステッカーが貼ってあった。
 とりあえず、このインターホンを押せばいい……のかな?
 私は唾を飲み込んでから、インターホンを押した。

 ――ピン、ポーン

 よくあるインターホンの音が響く。
 その数秒後のことだった。

『新聞ならいらないよ! 間に合ってるから!』

 インターホンから声が聞こえた。少年の声だった。
 この声の主が魔王、なのかな?
 私はインターホンに向かって言った。
「あの、新聞の勧誘に来たわけじゃないんだけど」
『え? 違うの? じゃあ、セールスの類か! ダメダメ! ウチはセールスお断りだから! そこにステッカー貼ってあるでしょ?』
「いや、セールスでもないわよ」
『じゃあ一体何を……ハッ! そうかアレか! 悪いけど、ウチはテレビ1台もないから! 来たって無駄だよ、帰れ帰れ!』
「違う! 受信料の徴収に来たわけでもないから!」
『え? これも違うの? 新聞の勧誘でもなければセールスでもなく、受信料の徴収でもないとすれば、一体何をしにここへ……?』
 インターホンの向こうの少年は少し考えた後、『あ、そうか』と続けた。
『僕のファンの子だね! いやあごめんごめん! 最近、変な連中が城にやってくることが多くてさあ、つい警戒しちゃったんだよね〜。ホントごめんごめん。待ってて、今サイン書いてあげるから』
「いや、違う! ファンじゃないわよ! サインとか別にいらないから!」
『は? ファンじゃないの!? チキショオ! ただの冷やかしかよ! さっさと帰れ、クソッタレ!』
 ガチャン! と音がした。どうやら通話を切られてしまったらしい。
 まずい、ここでそっぽを向かれるわけにはいかない!
 私はインターホンを押した。

 ――ピン、ポーン

 押してみたけど、反応はなかった。
 もう1度押してみる。

 ――ピン、ポーン

 またもや反応はなかった。
 もう1度、今度は2回連続で押してみる。

 ――ピン、ポーン、ピン、ポーン

 けれど、反応はなかった。
 じれったくなった私は、思い切ってインターホンを連打した。

 ――ピンポンピンポンピンポンピンポン、ピピピピピピピン、ポーン、ピン、ポーン

 その結果、ついに反応が返ってきた。
『テメー、まだいたのか! インターホン連打すんなよ! ぶっ壊れたらどうすんだよ! そのインターホン、こないだ修理したばっかなんだぞ!』
「だって、何回押しても反応しないから……」
『だからって連打すんなよ! もういい加減帰れ!』
「それは無理! 私、魔王に用があって来たのよ。魔王はいる?」
『え? 魔王? 魔王は僕だけど……』
 どうやら、この声の主が魔王らしい。
『君は何者なの?』
「私は柊柚子。魔王……あなたとデュエルしに来たのよ」
 私が言うと、魔王は黙り込んだ。何か考えているらしい。
 やがて、魔王が問いかけてきた。
『君が闇の力に取り憑かれた少女かい?』
「……! ええ、そうよ。闇の力を統べるあなたをデュエルで倒せば、私に取り憑いた闇の力は浄化される――そう聞いてやって来たわ」
『なるほどね。それでわざわざこんな時間にこんな場所まで来たってわけか。納得納得。それならそうと早く言ってくれればいいのに。そうすれば、新聞の勧誘とかと間違えずに済んだのにさ』
「え? いや……私が名乗る前に、あなたが勝手に新聞の勧誘とかと勘違いしたんじゃない!」
『ん? そうだっけ? まあ、どっちでもいいや。そこに大きな扉があるだろ? 今、その扉のカギを外したから、そこから中に入ってきなよ。中に入ったら、エレベーターに乗って、最上階まで来てくれ。待ってるよ』
 そこで通話が切れた。
 私は、インターホンの横にある大扉を見た。この扉から城の中に入ればいいのね。
 私は扉の前に立つと、扉を両手で押してみた。扉は開かない。もっと強く押さないとダメかと思い、力を思い切り込めて押してみる。けど、扉は開かなかった。
 押してダメなら引いてみる、というわけで、次は扉を引いてみた。けど、扉は開かない。力を込めて引いても開かない。
 押してもダメ、引いてもダメ。もしかして、横開きの扉なのかと思い、横方向に扉を引っ張ってみるが、これでも開かなかった。
 ちょっと……どういうこと? 魔王はこの扉から城の中へ入れと言ってた。扉のカギも外したと言ってた。なのに、扉が開かない。どうして?
 分からなくなった私は、魔王に話を聞くためインターホンを連打した。

 ――ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン、ピピピピピピピン、ポーン、ピピピピピピピンピン、ポーン、ピポピポピポピポピポピポピン、ポーン

 すぐに魔王は反応してきた。
『このクソッタレがああああっ! なんでインターホン連打するんだよ!? マジでウチのインターホン壊す気なのか!? お前アレなの!? ウチのインターホンになんか恨みでもあんの!?』
「ごめん、ちょっと指がすべって」
『指がすべってインターホン連打って、どんな現象だよオイ!?』
「それはともかく、ちょっと訊きたいんだけど」
 魔王が『それはともかくじゃねえよ! 大体お前は――』とかなんとか言っているが、それを無視して私は質問した。
「扉が全然開かないんだけど、どういうこと? カギがかかってるんじゃないの?」
『無視すんなよ……。って、扉が開かない? そんなはずないよ。カギはちゃんと外したし、開かないはずがない』
「でも、開かなかったわ。押してもダメ、引いてもダメ、横に引っ張ってもダメ、全然開かないわよ」
 私が訴えると、インターホンの向こうで魔王がため息をつくのが聞こえた。
『なるほど、そういうことか。君……柊さんだっけ? 柊さんは大きな勘違いをしているよ』
「えっ? 勘違い?」
『その扉は、押しても引いても横に引っ張っても開かないタイプの扉なんだ。ここまで言えば分かるだろ?』
「押しても引いても横に引っ張っても開かないタイプ……」
 それを聞いて、「ああ、なるほど」と思った。
「縦に引っ張れば開くタイプね!」
『いや、「開けゴマ!」って叫べば開くタイプだよ』
「分かるかぁ!」
 私はインターホンをハリセンで思い切り殴った。
 その衝撃でインターホンがバラバラに砕け散った。


 ◆


 あの後、扉の前で「開けゴマ!」と叫んだら、ホントに扉が開いたので、そこから城の中に入った。
 中に入ると、すぐにエレベーターが見つかった。そこへ乗り込み、最上階である5階を目指す。
 いよいよ、魔王との対決だ。緊張してきたわね。
 私は深呼吸を何度かして、気持ちを落ち着けた。この戦いに勝てば、私は悪夢から解放され、現実世界に戻れる。なんとしても勝たなきゃいけないわ。
 エレベーターは途中で止まることなく、すぐに5階に辿り着いた。エレベーターの扉がゆっくり開く。この扉の向こうに魔王がいる――そう考えた私は身構えた。
 ところが、予想に反して、扉の向こう側には誰もいなかった。ただ、前方に向かって通路が1本伸びているだけだ。よく見ると、通路の突き当たりに扉がある。
 ……とりあえず、あの扉のところまで行けばいいのかしら?
 私はゆっくりと通路を歩いた。何か罠が飛び出してくるかと思ったが、別にそんなことはなく、あっさりと突き当たりの扉まで辿り着いた。
 扉を見てみる。別になんの変哲もない扉だ。よく見ると、「魔王の部屋」と書かれたプレートが掛けられている。
 ここが魔王の部屋――。
 私は扉に手をかけた。この扉の向こうに魔王がいる……。
 意を決し、扉を押した。扉は開かなかった。
 扉を引いてみた。扉は開かなかった。
 扉を横方向に引いてみた。扉は開かなかった。
 扉を縦方向に引いてみた。扉は開かなかった。
 …………。
 私はため息をつくと、扉に向かって大声で叫んだ。
「開けっ! ゴマっ!」
 ギィィ、と音を立てて扉が開いた。
 この扉も「開けゴマ」方式だったらしい。初めからこうすれば良かったわね……。
 私は扉の向こう側へと足を踏み入れた。


 ◆


 そこは、円形の薄暗い部屋だった。
 ざっと部屋の中を見渡してみる。それなりに広い。そして、あまり生活感というものが感じられない部屋だ。ここで人が暮らしているとは思えない。もっとも、暮らしているのは魔王だから、人間の常識を当てはめて考えても仕方がないかもしれない。
 部屋の中には誰の姿も見られない。魔王はどこにいるのだろう?
「魔王! どこにいるの!? 出てきなさい!」
 部屋の中央で叫んでみる。
 すると――。

「フッフッフ……。よくここまで辿り着けたな、勇者よ。ほめてやるぞ」

 上のほうから声が聞こえてきた。この声は……魔王!
 天井に目を向けてみる。しかし、誰もいない。
「魔王……どこにいるのよ!?」
「フッ! ここだよ!」
 魔王が言うのと同時に、天井から強い光が照らされた。薄暗い部屋にいきなり光が照らされたので、私は思わず目をつむった。
「我こそは魔王――。闇の力を統べる者――」
 天井から声が聞こえる。そちらを見ると、真っ白な光が目に入った。よく見ると、その光の中に、何かが浮かんでいるのが分かる。
 それは人間のように見えた。黒いコートを身にまとった人間だ。人間が宙に浮いているのだ。その人間は、少しずつこちらに向かって降りてくる。
 だんだんと、その人間の姿がはっきりと見えてきた。少年のようだ。カイゼル髭みたいな髪型をした少年だ。
 その少年の容姿には見覚えがあった。そうだ、魔王の公式ブログに載っていた少年だ!
 あの少年が……魔王!
「勇者・柊柚子よ、様々な苦難を乗り越え、ここまで辿り着いたことに敬意を表し、我が直々に相手をしてやろう」
 宙に浮かぶ魔王は、こちらを見下ろす形で言った。いかにも魔王、といった感じの姿だ。さすがは魔王、宙に浮かぶことくらい造作もないというわけね。
 ――と思いきや、よく見てみると、魔王の背中から天井にかけて、何か紐のようなものが伸びているのが見えた。あれ? もしかして……?
 私は魔王に向かって問いかけた。
「ねえ? その、背中から伸びている紐は何?」
「勇者よ、我の闇の力、その目で――……え? 何? なんか言った?」
「いや、その背中から伸びている紐……」
「紐? この紐のこと?」
 魔王は自分の背中から伸びている紐を指さした。私は頷いた。
 すると、魔王は「なんだよ、気づいちゃったのかよ……」とぼやいた。
「この紐はあれだよ。天井から僕のことを吊るしてるんだよ。こうすれば浮いてるように見えるでしょ?」
「なんでそんなことを……」
「いや、なんか雰囲気出るかなと思って。こう、魔王的な雰囲気がさ」
 私はため息をついてしまった。くだらないことをするわね……。
「雰囲気作りとかどうでもいいから、さっさと降りてきなさいよ」
「ちょ……どうでもいいって! そんな言い方ないだろ! このシステム作るのに一体いくらかかったと思って――」
「いいから、早く降りてきて!」
「聞けよオイ! ……ああ、もういい! 分かった分かった、降りてやるよ! まったく、これだから最近の若者は困る! 何かとせっかちなんだよな!」
 魔王は文句を言いながら、懐から取り出した小さなリモコンを操作した。それに伴い、魔王が降りてくるスピードが速くなった。ちゃんと速さ調節ができるらしい。
 着地した魔王は背中から紐を取り外し、こちらを見た。
「で、君は僕とデュエルがしたいんだって?」
「ええ、そうよ」
 私はデュエルディスクを構えた。
「闇の力を統べるあなたを倒せば、私に取り憑いた闇の力は浄化される――そうよね?」
「たしかに、僕が負ければ、君に取り憑いた闇の力は消えるよ。でも、それが実現することはないだろうね」
 魔王はコートの中からデュエルディスクを取り出すと、それを天井に向かって投げた。
「僕は魔王。闇の力を統べる魔王だ。そんな僕がデュエルで負けることなど、100パーセントあり得ない」
 天井に投げられたデュエルディスクが、重力に引き寄せられて落下する。落下するデュエルディスクに向けて、魔王は左腕を大きく上げた。
「このデュエルが終わる時、君は自分の愚かさを自覚するだろう。魔王にデュエルを挑むという過ちを犯した自分の――」

 ――ガンッ!

 魔王のセリフを遮るかのように、落下してきたデュエルディスクが彼の頭に直撃した。
「ぐおおおぉぉぉぉぉぉっ!?」
 魔王は頭を両手で押さえてその場で悶え苦しんだ。
 何やってんのよ……。
「あのー、大丈夫?」
「うぉぉぉぉ……痛ぇぇぇ……! これタンコブできたかも……!」
 私はまたもやため息をついてしまった。
「なんで、デュエルディスクを放り投げるような真似をしたのよ?」
「いや……その……落ちてきたデュエルディスクがカッコよく左腕に装着される……ってなることを想定してやったんだけど……ミスった……」
「バカなことを……」
「なっ! バカとはなんだバカとは!? いつもなら上手く行くんだよ! 今日はたまたま失敗しただけだ!」
「…………」
「きっ……貴様、なんだその蔑むような目は! もう許さねえ! ぶっ潰してやる!」
 魔王はデュエルディスクを普通に装着して、私を睨み付けた。
「柊柚子よ! 生きて帰れると思うな! 貴様は僕が必ず倒す! 覚悟するんだな!」
 私は魔王の顔をジトーっとした目つきで見た。
 その目つきから何かを悟ったか、魔王は不愉快そうな顔をした。
「そのジト目……君はこう考えているんじゃないか? 『こいつ、魔王としての貫録が全然感じられないなー』と」
「うん」
「否定しないのかよ!? チキショオ、僕をバカにしやがって! もう絶対許さねえ! 僕にデュエルを挑んだことを後悔させてやるぞ!」
 怒った魔王は、私のほうを指さして叫んだ。
「このデュエル、僕が勝ったら、君の魂を生け贄にさせてもらうぞ! いいな!?」
「い……生け贄!?」
 いきなり物騒な単語が出てきて、背筋がゾクリとした。
「生け贄って……生け贄にしてどうするのよ!?」
「えっ!? い……生け贄にしてどうするって……そうだな……」
 魔王は少し考えた後、何かを閃いたように手を叩いた。
「アレだ! 君の魂を生け贄に捧げて、インターホンを修理する! そうしよう!」
「い……インターホンの修理〜〜!?」
「そうさ! 君さっきウチのインターホンをハリセンでぶっ壊しただろ! ちゃんと見てたんだからな! このデュエルで僕が勝ったら、君の魂を、インターホン修理のための生け贄として使わせてもらう! 君に拒否権はないぞ!」
「わ……私の魂って、あなたの城のインターホンと等価なの……?」
 なんだか複雑な気持ちになってしまった。
 というか、人の魂を生け贄にして直るインターホンってどんなインターホンなのよ? 魔王の城ってよく分からないわ。
「さあ、デュエル開始だ! 僕が勝ったら、君の魂をいただく! 忘れるなよ!」
 ともあれ、私が負けたら私の魂が取られる、ということで決まってしまった。
 もう後戻りはできない。このデュエル、何がなんでも負けるわけにはいかない!
「このデュエル、絶対に勝ってみせるわ!」
「フン! 闇の力を統べる魔王のデュエル、とくと味わわせてやる!」
 私と魔王は互いに相手の顔を睨み付け、同時に叫んだ!

「「デュエル!」」

 ついに、最後の戦いが始まった――!





7章 魔王とのデュエル


 バトルえんぴつ対決の結果、魔王が先攻・後攻の選択権を得られることになった。
「僕は当然、先攻をもらう! 行くぜ! 僕の先攻ドロー!(手札:5→6)」
「……!? ちょっ!? なんで先攻なのにカードドローしてるのよっ!?」
 私が指摘すると、魔王は舌打ちをした。
「チッ! 僕の『さりげなく先攻ドローしちゃう戦法』を見破るとは、なかなかやるじゃないか」
「何言ってんのよ。そんなイカサマ、誰だって見破れるわよ」
「いや、たまに上手く行く時もあるんだけど……」
「嘘っ!?」
「ホントホント。相手によっては全然気づかれないから。今度試してみなよ。コツはとにかくさり気なくやることね」
「ふうん……じゃあ、今度試して――って、試すかそんなもん!」
 私は魔王をビシッと指さした。
「先攻は最初のターン、通常ドローができない! これはルールで決められていることよ! あなたもデュエリストなら、ちゃんとルールは守りなさい! 分かったなら、今ドローしたカードをデッキに戻しなさい!」
「はいはい分かった分かった。カードをデッキに戻せばいいんでしょ(手札:6→5)」
 魔王は不満そうな顔をしながら、違法にドローしたカードをデッキに戻した。
「しかし、先攻だと通常ドローできないのか。ドローできないってのはきついな」
「じゃあ、後攻にしたら?」
「うん、それが良さそうだ。僕は後攻にさせてもらうよ。じゃあ、僕の後攻ドロー!(手札:5→6)」
「って、ちょっと! 何先攻1ターン目すっ飛ばしてんのよ!?」
「何勘違いしてるんだ? もうお前のターンは終了しているぜ!」
「してないっ! 勝手に私のターンを飛ばさないで!」
 私が叫ぶと、魔王は「はっはっは!」と笑い出した。
「いやあ、柊さん。君のツッコミスキルは実に素晴らしいね。これは僕のカンだけど、普段から君は周囲の人間にツッコミを入れてるんじゃないか?」
 ……まさしくその通りだった。
 沈黙を肯定と受け取ったか、魔王は「やっぱりね」と言った。
「君のようなツッコミ上手な人間を見ていると、もっとボケをかましてみたくなる」
「それはやめて」
「ははは! そうは言われてもねぇ? ボケをかましてみたいなぁ〜。どんなリアクション取るのか見てみたいんだよねぇ〜」
 魔王がニヤニヤする。
 なんだか腹が立ってきた私は、ハリセンを取り出して構えた。
「……じゃあ、特大のツッコミを入れてあげましょうか? 2度とボケられなくなるくらいの、特大ツッコミを」
「ごめんなさいすみませんもう言いません勘弁してください」
 身の危険を感じたか、魔王が超高速で謝ってきた。
 私はハリセンをしまうと、魔王に問いかけた。
「で、結局あなたは先攻と後攻、どっちを取るの?」
「うーん……そうだな……よし、先攻にするよ」
「先攻は通常ドローできない――」
「分かってるよ。ちゃんとルールは守るから」
「……なら、いいけど」
 こうして、魔王の先攻でデュエルが始まった。やっとデュエルスタートね……。

<ターン1>
【魔王】 LP:4000 手札:5枚
     場:
     場:
【柊柚子】 LP:4000 手札:5枚
     場:
     場:

「僕の先攻! 僕はモンスターを裏守備でセット! さらに伏せカードを2枚セット! これでターンエンドだ!(手札:5→4→2)」
 ボケをかまして長引かせた割には、魔王の1ターン目の動きはひどくあっさりしたものだった。

<ターン2>
【魔王】 LP:4000 手札:2枚
     場:伏せ×2
     場:裏守備×1
【柊柚子】 LP:4000 手札:5枚
     場:
     場:

 さて、私のターンね。
「私のターン、ドロー!(手札:5→6)」
 6枚になった手札を見る。まずは……このカードね。
「私は魔法カード《天空の宝札》を発動! 手札から天使族・光属性モンスター1体を除外することで、デッキから2枚ドローする! ただし、このカードを発動するターン、自分はモンスターの特殊召喚とバトルフェイズが行えない!(手札:6→5)」
「手札入れ替えのカードか」
「私は天使族・光属性の《幻奏の音女アリア》を除外し、2枚ドロー!(手札:5→4→6)」
 《天空の宝札》により、手札が一部入れ替わる。
 ここからどうするか。このターンはバトルも特殊召喚も行えないから……できることといえば……。
「私はモンスターを裏守備でセット! さらにカードを2枚伏せる! これでターンエンドよ!(手札:6→5→3)」
 魔王と同じように、裏守備モンスターと伏せカードを出し、エンド宣言する。お互い、最初のターンはあまり大きな動きを見せずに終わった。

<ターン3>
【魔王】 LP:4000 手札:2枚
     場:伏せ×2
     場:裏守備×1
【柊柚子】 LP:4000 手札:3枚
     場:裏守備×1
     場:伏せ×2

「僕のターン! このターンから僕は通常ドローができるようになる! ドロー!(手札:2→3)」
 魔王のターン。魔王はドローしたカードを見て、口の端を吊り上げた。
「いいカードを引いた。柊さん、早くも君に僕の主力モンスターを見せてあげられそうだよ」
「主力モンスター!?」
 魔王の主力モンスター……一体、どんなモンスターなのだろう? 分からないけど、強力なモンスターであることは間違いないはず。私は身構えた。
「さあ、見るがいい! そして、戦くがいい!」
 魔王はドローしたカードをデュエルディスクにセットした! 来る――!
「出でよ! 我が主力モンスター、《ゴキボール》!(手札:3→2)」

ゴキボール  [ 地 ]
★★★★
【昆虫族】
丸いゴキブリ。ゴロゴロ転がって攻撃。守備が意外と高いぞ。
ATK/1200  DEF/1400

 …………。

 …………。

 …………え?

 魔王のフィールドに現れた、不気味な丸っこいモンスター、《ゴキボール》。それを見て、私は唖然とした。
 え? これが……魔王の主力モンスター?
 《ゴキボール》って、攻撃力も守備力もそんなに高くない通常モンスターよね? そんなモンスターが主力って……どういうこと?
 困惑する私を見て、魔王は小さく笑った。
「その顔……僕の主力モンスターが《ゴキボール》だと知って、困惑しているって顔だね」
「……本当に、それがあなたの主力モンスターなの?」
「本当さ」
 魔王ははっきり答えた。
「ま、君が不思議に思うのも無理はない。こいつは攻撃力も守備力もそんなに高くない通常モンスターだからね。でも、間違いなくこいつは僕の主力モンスター、僕のデッキの要となるモンスターだよ」
 自信満々で言うと、魔王は手札に残された2枚のカードを全てデュエルディスクにセットした。
「僕はカードを1枚セット! そして、《ゴキボール》に魔法カード《魔導師の力》を装備する! 《魔導師の力》は、自分フィールドの魔法・罠カードの数×500ポイント、装備モンスターの攻撃力・守備力をアップする! 僕のフィールドの魔法・罠カードは、装備魔法《魔導師の力》1枚と伏せカード3枚の計4枚! よって2000アップだ!(手札:2→0)」

 ゴキボール (ATK1200・DEF1400) → (ATK3200・DEF3400)

 《ゴキボール》の攻撃力と守備力が、一気に3000を超えた!?
「バトルだ! 強化された《ゴキボール》で、柊さんの伏せモンスターを攻撃!」
 魔王の宣言を受け、《ゴキボール》が私の伏せモンスター目掛けてゴロゴロ転がってきた!
 このまま攻撃を通すわけにはいかない!
「永続罠《奇跡の光臨》を発動! 除外されている自分の天使族モンスター1体を特殊召喚する! 私は前のターンに除外した《幻奏の音女アリア》を守備表示で特殊召喚するわ!」
 《奇跡の光臨》の効果に導かれ、アリアがフィールドに帰還する。それを見て、魔王は鼻を鳴らした。
「そんなモンスターを呼び出したところで、《ゴキボール》の攻撃は防げない!」
「いいえ、そんなことないわ! 《幻奏の音女アリア》のモンスター効果! 『リゾネイト・ウェーブ』!」
 《幻奏の音女アリア》の体が光を帯びる。アリアは特殊召喚された時、真の力を開放できるのよ!
「特殊召喚された《幻奏の音女アリア》がフィールドにいる限り、私のフィールドの『幻奏』モンスターはカード効果の対象にならず、戦闘では破壊されない!」
「えっ!? 何それ!?」

幻奏の音女アリア  [ 光 ]
★★★★
【天使族/効果】
(1):特殊召喚したこのカードがモンスターゾーンに存在する限り、
自分フィールドの「幻奏」モンスターは効果の対象にならず、
戦闘では破壊されない。
ATK/1600  DEF/1200

「くそっ! アリアは『幻奏』モンスターだから戦闘破壊できないか! なら、裏守備モンスターに攻撃だ!」

 (ATK3200)ゴキボール → 裏守備 → 幻奏の音女セレナ(DEF1900)

「残念! 私の裏守備モンスターは《幻奏の音女セレナ》! このカードも『幻奏』モンスターだから、アリアの効果で守られ、戦闘破壊はされないわ!」
「チキショオ! なんだよそれ!? せっかく攻撃力を上げたのに戦闘破壊できないってどういうことだオイ!」
 魔王が地団太を踏んだ。
「ていうか、《幻奏の音女アリア》がいる限り、『幻奏』モンスターは効果対象にならず、戦闘破壊できないって……よく考えたら無茶苦茶めんどくさい効果じゃねえか! なんだよそれ! そんな効果ありなのかよ!?」
「いや……そんなこと言われても、そういう効果なんだから仕方ないじゃない。どうする? ターンを続ける?」
「くっ……! このターンはもうすることがない! ターンエンドだ!」

<ターン4>
【魔王】 LP:4000 手札:0枚
     場:魔導師の力(装備魔法・対象:ゴキボール)、伏せ×3
     場:ゴキボール(ATK3200)、裏守備×1
【柊柚子】 LP:4000 手札:3枚
     場:幻奏の音女アリア(DEF1200)、幻奏の音女セレナ(DEF1900)
     場:奇跡の光臨(永続罠・対象:幻奏の音女アリア)、伏せ×1

 魔王のターンが終了したところで、私は小さくため息をついた。
 私は正直なところ、拍子抜けしていた。何しろ、魔王の主力モンスターが《ゴキボール》なんていう弱小モンスターで、しかもそのモンスターの攻撃を意外なほどあっさりと止めることができたのだ。どうしても拍子抜けしてしまう。
 もしかして、魔王って本当は……弱いんじゃ……?
 いや、油断はしないほうがいい。弱そうに見えるのは全部フェイクで、実はとんでもない力を隠してるってことも考えられる。デュエルが終わるまで気は抜かないほうがいいわ。
「私のターン、ドロー!(手札:3→4)」

 ドローカード:オネスト

 引き当てたのは、イガグリさんからもらったカード、《オネスト》だった。いいカードを引いたわ。
 《オネスト》のカードを加え、4枚になった手札に目を通す。

<私の手札>
 オネスト、トランスターン、幻奏の音女カノン、マジック・プランター

 手札には《トランスターン》のカードがある。このカードを使ってあのモンスターを呼び出せば、私の布陣が今よりもっと強化されるわね。よし!
「私は魔法カード《トランスターン》を発動! このカードは、自分フィールドのモンスター1体を墓地へ送り、そのモンスターと同じ種族・属性でレベルの1つ高いモンスター1体をデッキから特殊召喚できる!(手札:4→3)」
 《トランスターン》を発動した私は、《幻奏の音女セレナ》のカードを墓地へ送り、デッキから1枚のカードを取り出した。
「《トランスターン》の効果で、レベル4・天使族・光属性の《幻奏の音女セレナ》を墓地へ送り、レベル5・天使族・光属性の《幻奏の音女エレジー》を攻撃表示で特殊召喚するわ! 来て! 《幻奏の音女エレジー》!」
 《幻奏の音女セレナ》が《幻奏の音女エレジー》へと姿を変える。そして、《幻奏の音女エレジー》が秘められた力を開放する。
「《幻奏の音女エレジー》のモンスター効果! 特殊召喚されたこのカードがフィールドにいる限り、私のフィールドの天使族モンスターの攻撃力は300アップする! 『幻奏』モンスターは天使族! よって、この効果を受けて攻撃力がアップするわ!」
「味方モンスターを支援する効果か……」

 幻奏の音女アリア ATK:1600 → 1900
 幻奏の音女エレジー ATK:2000 → 2300

「それだけじゃないわ! 《幻奏の音女エレジー》がフィールドにいる限り、私のフィールドにいる、特殊召喚された『幻奏』モンスターはカード効果では破壊されない!」
「は!? カード効果で破壊されなくする効果だと!?」

幻奏の音女エレジー  [ 光 ]
★★★★★
【天使族/効果】
(1):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、
自分フィールドの特殊召喚された「幻奏」モンスターは効果では破壊されない。
(2):特殊召喚したこのカードがモンスターゾーンに存在する限り、
自分フィールドの天使族モンスターの攻撃力は300アップする。
ATK/2000  DEF/1200

「私のフィールドにいる《幻奏の音女アリア》と《幻奏の音女エレジー》は、どちらも特殊召喚された『幻奏』モンスター! よって、効果破壊されなくなる!」
「ちょちょちょちょっと待ったぁぁぁ!」
 魔王はあわてた表情で待ったをかけ、私のフィールドを指さした。
「君のフィールドにいる《幻奏の音女アリア》……そいつがいる限り、君の『幻奏』モンスターは戦闘で破壊されず、効果対象にならないんだよね?」
「ええ」
「で、今出てきた《幻奏の音女エレジー》……そいつがいる限り、君の『幻奏』モンスターは効果破壊されない……」
「そうよ」
「えーとえーと……つまり……アリアとエレジーがいる限り、君の『幻奏』モンスターは戦闘でも効果でも破壊できず……効果対象にもならない……と、こうなるわけですか?」
「うん」
「ちょっと待ったああああああああああああ!」
 魔王が目を剥いて叫んだ。
「なんだよそれ!? 戦闘でも効果でも破壊できず、効果対象にもできないって! それじゃあ、どうやって倒せばいいんだよ!?」
「さあ、それは……。まあ、頑張ってちょうだい」
「頑張るって何を!? ふざけんなよ!? こんな戦術ありなのかよ!? おかしいだろこれ絶対! なんなんだよチキショオ! 普通、この手の布陣を組むためにはそれ相応の対価を支払――」
「えーと……デュエルを進めてもいい? 進めてもいいわよね? じゃあ、進めるわよ」
 なんだか魔王の愚痴が長くなりそうだったので、私はとっととデュエルを進めることにした。
「魔法カード《マジック・プランター》を発動! このカードは、自分フィールドの表側表示の永続罠カード1枚を墓地へ送ることで、デッキからカードを2枚ドローする! 永続罠《奇跡の光臨》をコストに、2枚のカードをドローさせてもらうわ!(手札:3→2→4)」
 《マジック・プランター》の効果により、《奇跡の光臨》が2枚のカードに変換された。それを見て、魔王が苦虫を噛み潰したような顔をする。
「本来なら、《奇跡の光臨》がフィールドを離れると、《奇跡の光臨》の効果で特殊召喚されたモンスター、つまり《幻奏の音女アリア》が道連れとなって破壊されてしまう。けど、今のアリアは《幻奏の音女エレジー》の効果を受けているから、カード効果では破壊されない。よって、《奇跡の光臨》がフィールドを離れても、アリアは破壊されずにフィールドに生き残る……ってことか」
「そういうことね」
「インチキすぎる……」
 魔王は首をゆらゆらと振った。
 インチキとは失礼しちゃうわね。立派な戦術よ。
 私は頬を膨らませながら、ドローした2枚のカードを確認した。

 ドローカード:トランスターン、光神化

 《マジック・プランター》で引き当てたのは、2枚目の《トランスターン》と、速攻魔法《光神化》だった。
 《トランスターン》は、先ほども発動した魔法カード。このカードは1ターンにつき1枚しか発動できないから、すでに1枚発動済みであるこのターンは使えない。
 《光神化》は、手札の天使族モンスター1体を、攻撃力を半分して特殊召喚できるカード。ただし、この効果で特殊召喚したモンスターはエンドフェイズに破壊されてしまう。一応、私の手札には、天使族モンスターの《幻奏の音女カノン》がいるけど、《幻奏の音女カノン》は自身の効果で特殊召喚できるから、わざわざ《光神化》を使う必要はないわね。
 ドローした2枚のカードはとりあえず温存しよう、と結論付けた私は、手札の《幻奏の音女カノン》のカードを手に取った。
「自分フィールドに『幻奏』モンスターがいる時、《幻奏の音女カノン》は手札から特殊召喚できる! さあ、あなたもステージへ!(手札:4→3)」
 《幻奏の音女カノン》が自らの効果によって特殊召喚される。これで私のフィールドのモンスターは3体。

幻奏の音女カノン  [ 光 ]
★★★★
【天使族/効果】
「幻奏の音女カノン」の(1)の方法による特殊召喚は1ターンに1度しかできない。
(1):自分フィールドに「幻奏」モンスターが存在する場合、
このカードは手札から特殊召喚できる。
(2):1ターンに1度、自分フィールドの「幻奏」モンスター1体を対象として発動できる。
そのモンスターの表示形式を変更する。
ATK/1400  DEF/2000

「《幻奏の音女カノン》も天使族! 《幻奏の音女エレジー》の効果を受け、攻撃力が300アップするわ!」

 幻奏の音女カノン ATK:1400 → 1700

 《幻奏の音女カノン》を見て、魔王は思いっ切りため息をついてみせた
「そいつも『幻奏』モンスター……ってことは、アリアとエレジーの効果で守られて、破壊されず、効果対象にならないのか」
「そうなるわね」
「めんどくさいことを……。でも、君のフィールドにいるモンスターの攻撃力じゃ、僕の《ゴキボール》を倒すことはできないよ」
 魔王のフィールドにいる《ゴキボール》の攻撃力は3200。それに対し、私のフィールドの『幻奏』モンスターの攻撃力は最大2300。たしかに、このままじゃ《ゴキボール》を倒すことはできない。
 でも、大丈夫。私にはこのカードがある!
「私は守備表示の《幻奏の音女アリア》を攻撃表示に変更! そして、バトルに入るわ!」

<ターン4>
【魔王】 LP:4000 手札:0枚
     場:魔導師の力(装備魔法・対象:ゴキボール)、伏せ×3
     場:ゴキボール(ATK3200)、裏守備×1
【柊柚子】 LP:4000 手札:3枚
     場:幻奏の音女アリア(ATK1900)、幻奏の音女エレジー(ATK2300)、幻奏の音女カノン(ATK1700)
     場:伏せ×1

「私は《幻奏の音女カノン》で《ゴキボール》に攻撃!」
「何!? 攻撃力1700のモンスターで、攻撃力3200の《ゴキボール》に攻撃するだと!? 血迷ったのか!? たとえ戦闘破壊されなくても、戦闘ダメージは通常どおり発生するんだぞ!?」
「そんなことは承知の上よ!」
 《幻奏の音女カノン》が《ゴキボール》に攻撃を仕掛ける! この攻撃で、《ゴキボール》を倒す!

 (ATK1700)幻奏の音女カノン → ゴキボール(ATK3200)

 《幻奏の音女カノン》の攻撃が《ゴキボール》に命中する。そのタイミングに合わせ、私は手札のモンスター効果を発動させた。それに伴い、《幻奏の音女カノン》の背中から白い翼が出現した。
「ダメージ計算前に手札の《オネスト》を墓地へ送り、その効果を発動する!」
「《オネスト》だと!?」
「自分の光属性モンスターが相手モンスターとバトルする時、手札の《オネスト》を墓地へ送ることで、ターンの終わりまで、戦う相手モンスターの攻撃力分、その光属性モンスターの攻撃力をアップする! つまり、《ゴキボール》の攻撃力3200が、《幻奏の音女カノン》の攻撃力に加算されるのよ!」

オネスト  [ 光 ]
★★★★
【天使族/効果】
(1):自分メインフェイズに発動できる。
フィールドの表側表示のこのカードを手札に戻す。
(2):自分の光属性モンスターが
戦闘を行うダメージステップ開始時からダメージ計算前までに、
このカードを手札から墓地へ送って発動できる。
そのモンスターの攻撃力はターン終了時まで、
戦闘を行う相手モンスターの攻撃力分アップする。
ATK/1100  DEF/1900

 幻奏の音女カノン ATK:1700 → 4900

 光属性の《幻奏の音女カノン》が《オネスト》の力を受け、攻撃力を増加させた! これで《ゴキボール》を倒せる!
「いっけぇー! 《幻奏の音女カノン》!」

 (ATK4900)幻奏の音女カノン → ゴキボール(ATK3200):破壊

 《魔導師の力》:破壊

 強化されたカノンの攻撃で、《ゴキボール》は跡形もなく消滅した!
「チキショオ! こうもあっさり《ゴキボール》がやられるとは! だけど、転んでもただでは起きないぞ! 罠カード発動! 《ゴキブリの意(ジー)》!」
「ゴキブリの……意、じー?」
 魔王が妙なネーミングの罠カードを発動した。一体、何をするつもりなの?
「《ゴキブリの意G》は、自分フィールドの《ゴキボール》が戦闘を行うダメージ計算時に発動できる罠カード! その効果により、戦闘で発生する自分への戦闘ダメージを0にする!」
「ご……《ゴキボール》専用の、戦闘ダメージ回避カード!?」
「それだけじゃない! この効果で戦闘ダメージを0にした後、僕はデッキ・墓地から《ゴキボール》1体を手札に加えることができる!」

ゴキブリの意(ジー)
【通常罠】
(1):自分フィールドの「ゴキボール」が戦闘を行うダメージ計算時に発動できる。
その戦闘で発生する自分への戦闘ダメージを0にする。
その後、自分のデッキ・墓地から「ゴキボール」1体を手札に加える事ができる。

 魔王はデッキから《ゴキボール》のカードを1枚取り出すと、それを私に提示した。
「どうだ! ダメージを0にした上、2体目の《ゴキボール》を手札に加えてやったぜ!(手札:0→1)」
「2体目……!」
 《ゴキボール》なんて弱小カードが2枚もデッキに入ってるなんて! 一体、どういうつもりなのかしら?
 と……とりあえず、《ゴキボール》を倒すことはできた。魔王のフィールドに残るモンスターは裏守備モンスター1体のみ。次はそいつを叩く!
「まだ私のバトルフェイズは続いてるわ! 《幻奏の音女アリア》で裏守備モンスターに攻撃! 『シャープネス・ヴォイス』!」
 アリアが攻撃を行う。それにより、裏守備モンスターの正体が明らかになる。正体は守備力800の《ゴキポン》だった。アリアは《ゴキポン》を難なく撃破した。

 (ATK1600)幻奏の音女アリア → 裏守備 → ゴキポン(DEF800):破壊

 しかし、それによって《ゴキポン》の効果が発動してしまった。
「《ゴキポン》のモンスター効果発動! このカードが戦闘で破壊され墓地へ送られた時、デッキから攻撃力1500以下の昆虫族モンスター1体を手札に加えることができる! 僕が手札に加えるのは――」
 魔王はデッキからカードを1枚取り出し、それをこちらに見せた。
「攻撃力1200の昆虫族モンスター、《ゴキボール》だ!(手札:1→2)」
「さ……3枚目の《ゴキボール》!?」
「そう! 僕のデッキには《ゴキボール》のカードが全部で3枚入っているのさ! どうだ、恐れ入ったか!」
 私は目を丸くした。
 ある意味恐れ入ったわ……。まさか、《ゴキボール》を3枚もデッキに入れているなんて……。魔王が何を考えているのかよく分からない。
 ともあれ、魔王のフィールドの壁モンスターは消えた。これでダイレクトアタックできるわね。
「《幻奏の音女エレジー》でダイレクトアタックよ!」

 (ATK2300)幻奏の音女エレジー → 魔王(LP4000)

 壁モンスターを失った魔王に向かって、エレジーが攻撃する。しかし、それに対し、魔王は伏せカードを開いた。
「そう簡単には通さないぞ! 罠カード《ピンポイント・ガード》を発動! 相手モンスターが攻撃してきた時、自分の墓地のレベル4以下のモンスター1体を守備表示で特殊召喚する! 僕が呼び出すのは――」
 魔王のフィールドに、つい先ほどフィールドから消え去った、丸っこいモンスターが現れた。
「さっき倒された《ゴキボール》だ!」
「ご……《ゴキボール》を復活させた!? で、でも、守備力1400の《ゴキボール》なら簡単に倒せるわ!」
「無駄だねぇ! 《ピンポイント・ガード》で特殊召喚されたモンスターは、そのターン戦闘・効果では破壊されない! 《ゴキボール》を破壊することはできないぞ!」
 は……破壊耐性!? これじゃあ、攻撃しても無駄……。
「……攻撃は中断するわ」
「そうするしかないだろうね。さあ、この後どうする?」
「バトルはもうできないし……何もすることがないわね。これでターンエンドよ。この時、《オネスト》の効果が終了し、《幻奏の音女カノン》の攻撃力が元に戻る」

 幻奏の音女カノン ATK:4900 → 1700

 結局このターン、私は魔王にダメージを与えることができなかった。
 でも、このターンで魔王の伏せカードを2枚消費させた。残る伏せカードは1枚だけ。おまけに、それ以外の魔王の持ち札は、全て貧弱なモンスター《ゴキボール》だ。
 大丈夫。次のターンになれば、きっとチャンスが来る。

<ターン5>
【魔王】 LP:4000 手札:2枚(ゴキボール×2)
     場:伏せ×1
     場:ゴキボール(DEF1400)
【柊柚子】 LP:4000 手札:2枚(トランスターン、光神化)
     場:幻奏の音女アリア(ATK1900)、幻奏の音女エレジー(ATK2300)、幻奏の音女カノン(ATK1700)
     場:伏せ×1

 今、私のフィールドにいる「幻奏」モンスターは、《幻奏の音女アリア》と《幻奏の音女エレジー》の効果により、戦闘・効果では破壊されず、効果対象にもならなくなっている。なかなか強固な布陣だ。そう簡単には破られないはず。
「うーん、破壊されず、効果対象にもならない……そんなモンスターをどうやって倒せば……」
 魔王が顔をしかめている。魔王である彼にとっても、アリアとエレジーによるロック戦術を破るのは難しいらしい。どうやら、このデュエル、今のところは私が有利に進めていると考えてよさそうね。
 ところが、そう思った直後、魔王が何かを閃いたような顔つきになった。
「……ああ、そうか! 要するに、破壊以外の方法、それも対象を取らない方法で倒せばいいのか! それならなんとかできるかもしれない! あのカードを引ければ!」
 顔色を明るくした魔王は、自分のデッキに指を当てた。
「僕のターン、ドロー!(手札:2→3)」
 魔王がカードを引く。それを確認した彼は、勝利を確信したような笑みを浮かべた。
 そして、私のフィールドを指さした。
「柊さん! 君の強固な布陣、このターンで破らせてもらうぞ!」
「え!? このターンで破るって……」
「君の戦術……アリアとエレジーを並べるロック戦術はたしかに強力だ! けど、抜け道がないわけじゃない! 破壊もできず、効果対象にもできないのなら、『対象を取らない、破壊以外の除去』で対処すればいいだけの話だ! そして――」
 魔王は手札のカードで自分フィールドのカードを指し示した。
「今の僕の手札とフィールドのカードを使えば、それは簡単に実現できる! このターン、君の布陣を破ってみせよう!」
 嬉々として語る魔王を見て、私は深い穴の中へ落ちていくような錯覚に陥った。
 もしかして、このターンで倒される――?
 身の危険を感じた私は、一瞬だけ自分のフィールドに伏せられているカードに目をやった。……生き残れる、かしら?
「さあ、魔王の華麗なるデュエルを見せてやる! しっかり目に焼き付けておきな!」
 魔王はフィールドの伏せカードを開いた。
「まずは伏せておいた魔法カード、《テラ・フォーミング》を発動する! このカードは、デッキからフィールド魔法1枚を手札に加えることができる!」
「罠カードじゃ……ない!? ブラフだったのね……」
「ブラフの意味もあったし、《魔導師の力》の威力を高める意味もあった。ま、今となっては関係ないさ。僕はこのカードでフィールド魔法《フュージョン・ゲート》を手札に加え――そのまま発動する!(手札:3→4→3)」
 フィールド魔法《フュージョン・ゲート》の発動により、フィールド全体が奇妙な空間へと変貌した。
「フィールドが《フュージョン・ゲート》になっている時、《融合》のカードを使わずに融合モンスターを融合召喚できる! ただし、この効果を使って融合召喚する際、融合素材モンスターは除外される!」
「《融合》なしで融合できるフィールド!?」
 《フュージョン・ゲート》、それは融合召喚をサポートするフィールド。そのことを知り、私は衝撃を受けた。
「まさか……あなたは融合使い……!?」
「その通り! 早速見せてあげるよ、僕の融合戦術を! そして、僕の最強の切り札を!」
 魔王は手札の《ゴキボール》2体、そしてフィールドの《ゴキボール》1体をデュエルディスクから外した。
「《フュージョン・ゲート》の効果を使い、手札の《ゴキボール》2体とフィールドの《ゴキボール》1体を除外融合!(手札:3→1)」
「3体の《ゴキボール》の融合ですって!?」
 そ……そんな融合パターンがあったなんて! だから魔王は、《ゴキボール》を3体もデッキに入れていたのね!

 ゴキボール:除外
 ゴキボール:除外
 ゴキボール:除外

「見るがいい! これぞ、我が究極戦術、《ゴキボール》3体融合!」
 《フュージョン・ゲート》の効果により、3体の《ゴキボール》が1つとなる!
「黒き円形の怪物よ! 異次元の門を潜り抜け、戦場を制する力を手にせよ! 融合召喚! 降臨せよ! 究極の支配者! 《マスター・オブ・ゴキボール》!」
 《ゴキボール》3体融合によって現れたのは、超巨大な円形のモンスター。不気味極まるそのモンスターは、《ゴキボール》を何倍にも巨大にしたような姿をしていた。
 これが……魔王の切り札! なんて大きさなの……!
「これこそ、僕の切り札《マスター・オブ・ゴキボール》! 全ての《ゴキボール》を支配するこのモンスターは、なんと! 攻撃力が5000にも達する!」
「ええっ!? 攻撃力5000〜〜!?」

 マスター・オブ・ゴキボール ATK:5000

 こ……これはおかしいでしょ!? なんで《ゴキボール》3体の融合体が、攻撃力5000もあるの!? 絶対変よこんなの!
「で……でも! いくら攻撃力が高くても、私のフィールドにいる『幻奏』モンスターを戦闘破壊することはできないわ!」
「そんなこと分かっているさ。だから……こうするのさ!」
 魔王は手札に残された1枚を発動した。
「魔法カード《アドバンスドロー》を発動! このカードは、自分フィールドのレベル8以上のモンスター1体をリリースすることで、デッキからカードを2枚ドローできる!(手札:1→0)」
 魔王が発動したカードを見て、私は自分の目を疑った。
「レベル8以上のモンスターと引き換えに2枚ドローって……今、あなたのフィールドには……」
「そう! 今、僕のフィールドにいるモンスターは《マスター・オブ・ゴキボール》1体のみ! そして、こいつのレベルは12だ! よって――」
 魔王は、《マスター・オブ・ゴキボール》のカードをデュエルディスクから外した。
「僕は《マスター・オブ・ゴキボール》をリリースする!」
 魔王のフィールドから、召喚されてまだ間もない《マスター・オブ・ゴキボール》が姿を消した!
 ど……どういうつもりなの!? せっかく出した攻撃力5000のモンスターを、自らの手であっさり消してしまうなんて!
「《マスター・オブ・ゴキボール》をリリースしたことで、《アドバンスドロー》の発動コストは満たした! 僕はデッキからカードを2枚引かせてもらう!(手札:0→2)」
 魔王の手札が2枚になった。しかし、彼はその代わりに切り札を失った。
 なんなのこれは……一体……。魔王は一体、何を……?
 混乱している私を見て、魔王は嘲るような笑みを浮かべた。
「フフ……僕が何を考えてるのか分からないって顔だね」
「だって、せっかく出した切り札を、こんなにあっさり」
「いや、これでいいんだよ」
 魔王はきっぱり言うと、私のフィールドを指さした。
「ほら、もう君のフィールドに変化が起き始めている」
「えっ!?」
 言われて見てみると、私のフィールドは黒い霧に覆われていた。な……何よこれ!?
「これは……なんなの……!?」
「これこそ、《マスター・オブ・ゴキボール》が持つ究極の力さ! さあ、刮目せよ!」
 魔王が叫ぶと同時に、黒い霧が消滅した。
 次の瞬間、私は目を見開いていた。

<ターン5>
【魔王】 LP:4000 手札:2枚
     場:フュージョン・ゲート(フィールド魔法)
     場:ゴキボールトークン(ATK1200)、ゴキボールトークン(ATK1200)、ゴキボールトークン(ATK1200)、ゴキボールトークン(ATK1200)、ゴキボールトークン(ATK1200)
【柊柚子】 LP:4000 手札:2枚(トランスターン、光神化)
     場:
     場:

 私のフィールドにあったカードが……全部消えてるわ! 《幻奏の音女アリア》も《幻奏の音女エレジー》も《幻奏の音女カノン》も、伏せてあった罠カードも……全部消えてる! しかも、魔王のフィールドには、《ゴキボール》そっくりのトークンが5体も出現してる! どういうことなの!?
「うひゃひゃひゃひゃ! これが《マスター・オブ・ゴキボール》のモンスター効果! 表側表示のこのカードがフィールドを離れた場合、相手フィールドのカードを全て除外する!」
「敵フィールドのカードを全部除外する効果ですって!? そんな!」
「クックック! この効果は対象を取らない効果! しかも、除外する効果だ! つまり、『対象を取らない、破壊以外の除去方法』なのさ! だから、アリアとエレジーによるロックでは止められず、君の場の『幻奏』モンスターが全滅したってわけだ!」
 くっ……! 魔王はこの全体除外効果を発動させるため、自らの手で《マスター・オブ・ゴキボール》を消し去ったってわけね!
「しかも、《マスター・オブ・ゴキボール》の効果はそれだけじゃない! 表側表示のこのカードがフィールドから離れた場合、《ゴキボール》と全く同じ能力値を持つ《ゴキボールトークン》を可能な限り特殊召喚する!」
「全体除外だけでなく、トークンを生み出す効果まで持ってるの!?」
 なんなのよ、その反則効果は!? やることが汚すぎるわ!

マスター・オブ・ゴキボール  [ 地 ]
★★★★★★★★★★★★
【昆虫族/融合/効果】
「ゴキボール」+「ゴキボール」+「ゴキボール」
このカードは上記カードを融合素材にした融合召喚でのみ特殊召喚できる。
(1):???
(2):表側表示のこのカードがフィールドから離れた場合に発動する。
相手フィールドのカードを全て除外し、
「ゴキボールトークン」(昆虫族・地・星4・攻1200・守1400)を可能な限り自分フィールドに特殊召喚する。
この効果で特殊召喚した「ゴキボールトークン」はカード名を「ゴキボール」としても扱う。

ATK/5000  DEF/5000

「これで君のフィールドは焼け野原! そして、僕のフィールドにはトークンが5体だ! 一気に形勢逆転だねぇ〜!」
「うぅ……っ! こんなのってないわ……!」
「さあ、ここからは僕の圧倒的ワンサイドゲームでケリをつけてやろう! 覚悟しな!」
 ズタボロになった私に、魔王が牙を剥く!
 まずいわ! 魔王のフィールドには、攻撃力1200の《ゴキボールトークン》が5体もいる! そのうち4体のダイレクトアタックが通れば、私のライフは0になっちゃう! でも、もう私のフィールドにはモンスターも魔法も罠もない! このターンの攻撃を防ぐ方法は――。

 ……あれ?

 ここで私は重大なことに気づいた。
 これは……今すぐ魔王に言ったほうがいいわよね? ていうか、絶対言わないとダメだわ。
「バトルだ! このターンの攻撃でとどめを――」
 魔王がバトルフェイズに入ろうとした。私はそれに対して待ったをかけた。
「待って! ちょっと待って!」
「何!? 待って、だと!? 対戦相手にタンマをかけるとは、貴様、真のデュエリストではないなっ!?」
「なんでもいいから、とりあえず聞いて!」
 とどめを刺そうとしたところを邪魔され、気分を害している魔王。そんな彼に向かって、私は落ち着いて言った。
「あのー、さっき《マスター・オブ・ゴキボール》の効果が発動したわよね?」
「したけど、それがどうかしたの?」
「私……その効果の発動に対して罠カードを発動したかったんだけど……」
 私の訴えを受けた魔王は首を傾げた。
「……は?」
「いや、『は?』じゃなくて! 私、《マスター・オブ・ゴキボール》の効果発動時に、罠カードをチェーン発動したかったのよ!」
「……つまり、『俺は罠カードを発動するつもりだったのさ!』って言いたいわけ?」
「そう」
「…………。……えーと、つまり、君の望みは?」
 魔王が嫌そうな顔を浮かべて訊ねてくる。その顔に向かって私は答えた。
「《マスター・オブ・ゴキボール》の効果発動時まで、巻き戻すことを要求するわ」
「巻き戻し要求……だとッ!?」
 魔王は目を見開いた。
 こうして、時間が巻き戻され、フィールドの状態は、《マスター・オブ・ゴキボール》の効果発動時の状態に戻った。

<ターン5>
【魔王】 LP:4000 手札:2枚
     場:フュージョン・ゲート(フィールド魔法)
     場:
【柊柚子】 LP:4000 手札:2枚(トランスターン、光神化)
     場:幻奏の音女アリア(ATK1900)、幻奏の音女エレジー(ATK2300)、幻奏の音女カノン(ATK1700)
     場:伏せ×1

 今の状態は、《アドバンスドロー》の発動コストで墓地へ送られた《マスター・オブ・ゴキボール》の効果が発動したところだ。まだ《マスター・オブ・ゴキボール》の効果が処理されていないので、私のフィールドには3体の「幻奏」モンスターと伏せカード1枚が存在している。
「えーと……《マスター・オブ・ゴキボール》の効果が発動したところか。で、何をチェーン発動するつもりなの?」
 魔王がチェーン確認をしてくる。
 私は伏せカードを開いた。
「私が発動するつもりだったのはこれよ! 罠カード《ダメージ・ダイエット》! このカードが発動したターン、私が受けるダメージは全て半減する!」
「ダメージ軽減の罠カードか! めんどくさい真似を!」
 魔王は舌打ちをした。
「逆順処理よ! 《ダメージ・ダイエット》の効果により、このターン私が受けるダメージを半減する!」
「で、《マスター・オブ・ゴキボール》の効果処理か……」
 改めて《マスター・オブ・ゴキボール》の効果が処理され、私のフィールドが黒い霧に包まれて爆発。カードが全部除外され、魔王のフィールドに5体の《ゴキボールトークン》が生み出された。

 幻奏の音女アリア:除外
 幻奏の音女エレジー:除外
 幻奏の音女カノン:除外
 ダメージ・ダイエット:除外

 こうして、フィールドの状態は、巻き戻し前の状態と同じになった。ただし、《ダメージ・ダイエット》の効果が適用されているという違いがある。その違いは大きい。

<ターン5>
【魔王】 LP:4000 手札:2枚
     場:フュージョン・ゲート(フィールド魔法)
     場:ゴキボールトークン(ATK1200)、ゴキボールトークン(ATK1200)、ゴキボールトークン(ATK1200)、ゴキボールトークン(ATK1200)、ゴキボールトークン(ATK1200)
【柊柚子】 LP:4000 手札:2枚(トランスターン、光神化)
     場:
     場:

「《ゴキボールトークン》5体でダイレクトアタックすれば、合計ダメージは6000。けど、このターンは《ダメージ・ダイエット》が適用されているから、ダメージは半減させられて、3000ダメージになっちゃうわけか」
「そう。《ゴキボールトークン》5体の攻撃じゃ、私のライフを削り切れないわ」
 モヒカンからもらった罠カードのおかげで、どうにかこのターンは凌げそうね。
 ……と思っていると、魔王が不敵な笑みを浮かべた。
「ライフを削り切れない、か。果たしてそうかな? もしかすると、このターンで勝負がつく、ということもあるかもしれないぞ?」
「え? どういうこと……?」
「こういうことさ!」
 魔王はフィールドに向けて手をかざした。
「僕のフィールドにいる《ゴキボールトークン》は、カード名を《ゴキボール》としても扱う! つまり、《マスター・オブ・ゴキボール》の融合素材にすることができるというわけだ!」
「なっ……!?」
 《ゴキボールトークン》は《ゴキボール》扱いとなる――それを聞いた私は、現在のフィールドが《フュージョン・ゲート》となっていることを思い出し、ハッとする。
「まさか!?」
「そのまさかだ! 《ゴキボール》の名を得た《ゴキボールトークン》3体を、《フュージョン・ゲート》の効果を使って融合させる! さあ、融合せよ!」

 ゴキボールトークン:消滅
 ゴキボールトークン:消滅
 ゴキボールトークン:消滅

 《フュージョン・ゲート》の効果が起動し、3体の《ゴキボールトークン》が融合する! こんなのってアリなの!?
「黒き円形の怪物よ! 異次元の門を潜り抜け、戦場を制する力を手にせよ! 融合召喚! 降臨せよ! 究極の支配者! 2体目の《マスター・オブ・ゴキボール》!」
 魔王のフィールドに、2体目の《マスター・オブ・ゴキボール》が降臨した! まさか、2体目が出てくるなんて!
「これで、攻撃力1200の《ゴキボールトークン》3体が、攻撃力5000の《マスター・オブ・ゴキボール》1体になり、総合攻撃力が上昇したってわけだ!」
 魔王のフィールドにいる、《マスター・オブ・ゴキボール》1体と《ゴキボールトークン》2体の攻撃力の合計は7400! それを《ダメージ・ダイエット》で半減すれば3700! ダメージ量が増えたわ!
「まだまだ終わらないぜ! モンスタートークンはルール上、通常モンスターとして扱われる! だから、こういうことだって可能だ!」
 魔王はさらなる動きを見せた。
「通常モンスター扱いの《ゴキボールトークン》2体を《フュージョン・ゲート》の効果で融合!」
「通常モンスター2体の融合!?」
 今度は何が出てくるって言うの!?

 ゴキボールトークン:消滅
 ゴキボールトークン:消滅

「純然たる者よ! 異次元の門を潜り抜け、その身に鋼の力を宿せ! 融合召喚! 現れよ! 《始祖竜ワイアーム》!」
 《ゴキボールトークン》2体が融合して現れたのは、巨大なドラゴンだった! なんで丸っこいゴキブリが融合してドラゴンが出てくるのよ!?
「《始祖竜ワイアーム》は、通常モンスター2体を融合することで現れるドラゴン! 純然たる者たちの融合体であるこのドラゴンは、同じく純然たる者の力でなければ倒せない!」
「それはつまり……どういう意味?」
「要するに、通常モンスター以外とのモンスターとの戦闘では破壊されず、自身以外のモンスターの効果を受けないってことさ」

始祖竜ワイアーム  [ 闇 ]
★★★★★★★★★
【ドラゴン族/融合/効果】
通常モンスター×2
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
(1):「始祖竜ワイアーム」は自分フィールドに1体しか表側表示で存在できない。
(2):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、
このカードは通常モンスター以外のモンスターとの戦闘では破壊されず、
このカード以外のモンスターの効果を受けない。
ATK/2700  DEF/2000

 これは……なかなか面倒なモンスターね。効果モンスターの効果は受けず、通常モンスターでしか戦闘破壊できないなんて!
「こいつの攻撃力は2700! 攻撃力1200の《ゴキボールトークン》2体が融合してこいつが出てきたわけだから、またもや総合攻撃力が上昇したってわけだ!」
 たしかにそうだ! また攻撃力が上がってる!
 今、魔王のフィールドにいるモンスターは攻撃力5000の《マスター・オブ・ゴキボール》と攻撃力2700の《始祖竜ワイアーム》の2体! この2体に攻撃されたら、合計ダメージは7700! 《ダメージ・ダイエット》の効果で半減すれば3850ダメージ! またダメージ量が増えた……!
「で……でも、たとえその2体で攻撃されても、私のライフは150残る! このターンはまだ……!」
「まだ生き残れる……そう思ってるのかい? まあ、たしかに今のままじゃ、君のライフを0にすることはできないね」
 魔王は含みのある物言いをした。
 ……嫌な予感がするわ。
「まさか、ダメージ量を増やす手段があるって言うの!?」
「察しがいいね、その通りだよ! 僕はこのカードを発動する!」
 魔王の手札から1枚のカードが発動された。すると、魔王のフィールドにサイコロを持った天使が現れた。
「速攻魔法《天使のサイコロ》! このカードは、サイコロを1回振ることで、ターンの終わりまで、自軍モンスター全ての攻撃力・守備力を出た目の数×100ポイントアップさせる!(手札:2→1)」
 背中に嫌な汗が流れた。
 《天使のサイコロ》の効果が適用されれば、魔王のフィールドのモンスターの攻撃力がアップする。そうなれば当然、私の受けるダメージも大きくなる。
 魔王のフィールドのモンスターは今2体。《天使のサイコロ》の効果が適用されれば、最低でも200ポイント、最高で1200ポイント、魔王のフィールドのモンスターの総合攻撃力がアップしてしまう!
 もし、サイコロを振った結果、2以上の目が出てしまったら、発生するダメージは最低でも8100! 《ダメージ・ダイエット》の効果で半減したとしても4050! 私の残りライフ4000を削り切るには充分だ!
「はっはっは! ここで2以上の目を出せば、君のライフを0にできる! そうなれば僕の勝ちだ!」
「くっ……! でも、まだ分からないわ! もしもサイコロの目が1だった場合、ダメージは合計3950ポイント! 私のライフを削り切るには50ポイント足りない! そうなる可能性だって0じゃない!」
 指摘してみるが、魔王は余裕の表情だ。
「ククク……まあたしかにそうだけどさ、考えてもみなよ。サイコロを振って1の目が出る確率と、2以上の目が出る確率、どっちが高いかな? 比べるまでもないよね?」
「うぅ……っ!」
 その通りだ。サイコロを振って、1の目が出る確率と、2以上の目が出る確率。どっちが高いかは火を見るよりも明らかだ。
「さあ、運命のダイスロールと行こうじゃないか! 運命の女神は果たしてどちらに微笑むか!」
 運命のダイスロール。それも、私のほうが圧倒的に不利なダイスロールが始まる。
 もう、こうなってしまった以上、私にできることは何もない。せいぜい祈ることしかできない。運命の女神が私に微笑んでくれることを祈るしかない。
 私は両手を組み合わせ、お祈りの姿勢を取った。
 お願いだから、1の目が出て! 2以上の目は出ないで! お願い!
「「運命のダイスロール!」」
 天使がサイコロを放り投げる。
 サイコロは床に落ちると、コロコロと転がった。息を呑み、転がるサイコロを目で追う。
 やがて、サイコロの動きが、止まった。





 サイコロの目:1





「チキショオォォ〜〜〜〜ッ!」
 魔王が絶叫した。悲痛の叫びだった。
 一方、私はホッとして、体の力が抜けそうになった。
 運命の女神は私に味方をしてくれたみたいね。とりあえず、安心したわ……。
「残念だったわね、魔王。運命の女神は私に味方しているみたいよ」
「くそっ! なんだよこれ! おかしいだろ! 明らかに今のギャンブルって僕のほうが有利だったじゃん! なのになんで僕が負けるんだよ! おかしいでしょ絶対!」
「そんなこと言ったって仕方ないでしょう」
「んだよもう〜! こんなはずじゃないんだよ! 今日僕はとっても運がいいはずなんだよ! ギャンブル対決で負けるはずないんだよ! だって、今朝のニュースでやってた星座占いで僕の星座1位だったんだぜ!? 今日は何やっても上手く行くって言ってたんだぜ!?」
「そうなんだ……。まあ、占いっていうのは、必ずしも当たるとは限らないし……」
「当たるとは限らないだと!? そんなバカな理屈……いや、待てよ? 今考えると、あの番組の占いって、今まで当たった試しがないんだよな! なんだよあの番組の占い、インチキかよ! 今度クレーム送り付けてやる! ふざけた番組作りやがって! よくよく考えてみると、あの番組って結構調子こいてるとこあるんだよな! 実はこないだ……」
 魔王は顔を真っ赤にしながら、ニュース番組に対する愚痴を垂れ流し始めた。
 それを見た私は、ため息をついてから言った。
「あなたが何もしないなら、私のターン!」
「で、そのコメンテーターがまたろくでもない奴で……って何勝手に自分のターン始めようとしてるんだオイ! まだ僕のターンは終了してないぞ!」
「いや、だってデュエルを進めてくれないから……」
「進めるよ! 進めるから、勝手に僕のターンを終わらせるな!」
「え〜……」
「『え〜』ってなんだよ!? なんだその嫌そうな態度は!? なんだそのジト目は! やめろ!」
 魔王は自分フィールドのモンスターを指さした。
「とにかく僕のターンは続いている! 《天使のサイコロ》の効果が適用され、僕の《マスター・オブ・ゴキボール》と《始祖竜ワイアーム》の攻撃力・守備力が100アップする!」

 マスター・オブ・ゴキボール (ATK5000・DEF5000) → (ATK5100・DEF5100)
 始祖竜ワイアーム (ATK2700・DEF2000) → (ATK2800・DEF2100)

「すかさずバトル! 《マスター・オブ・ゴキボール》と《始祖竜ワイアーム》で君にダイレクトアタックだ!」
 守ってくれるものがなくなった私に向かって、巨大ゴキブリと巨大ドラゴンが攻撃してきた!
 まずは《始祖竜ワイアーム》の攻撃。ワイアームの高熱火炎によって、私のライフが削られた!

 (ATK2800)始祖竜ワイアーム → 柊柚子(LP4000)

「っ! 《ダメージ・ダイエット》の効果でダメージを半減する!」

 柊柚子 LP:4000 → 2600

「ああぅぅっ!」
 ライフが大きく削られた!
 そして、まだ攻撃は終わらない!
「《マスター・オブ・ゴキボール》の攻撃も食らってもらうぞ! 食らえ! 必殺の『スペシャル・ローリング・アタック』だ!」
 《マスター・オブ・ゴキボール》も攻撃を行う! 《マスター・オブ・ゴキボール》は轟音を鳴り響かせながら、こちらに向かって転がってくる! なんて恐ろしい光景なの!

 (ATK5100)マスター・オブ・ゴキボール → 柊柚子(LP2600)

 怖くなった私は、思わず《マスター・オブ・ゴキボール》から距離を取るように走り出した。けど、逃げられるはずがなく、私は転がってきた《マスター・オブ・ゴキボール》に吹っ飛ばされてしまった!
「きゃあああああああっっ!」

 柊柚子 LP:2600 → 50

 吹っ飛ばされた私は、壁に激突し、そのまま床に落ちた。
 こ……これは……かなり効いたわ……。これ、《ダメージ・ダイエット》でダメージを半減していなかったら、もっと痛いことになっていたわね……。
「残りライフ50か。できれば、このターンで削り切りたかったんだが……まあ、仕方ないか」
 魔王は手札に残された1枚に目を向けると、小さく頷いた。
「このカードで君の逃げ道をふさいでおこう。永続魔法《(ジー)限爆弾》を発動!(手札:1→0)」
「じー、限、爆弾……?」
 またもや妙なネーミングのカードだった。たぶん、また《ゴキボール》関連のカードだろう。
「《G限爆弾》は『ゴキボール』と名のついたモンスター1体を対象として発動できる永続魔法! 対象はもちろん、《マスター・オブ・ゴキボール》!」
 魔王のフィールドに、小さな丸っこい機械が出現する。それは《マスター・オブ・ゴキボール》の姿を確認した後、なんと私に向かって飛んできた!
「な……何!? きゃっ!」
 気づいた時には、丸っこい機械が私の胸にへばりついていた! 手で引っ張ってみたけど、全然取れない!
「な、何よこれ! なんなの!?」
「それは爆弾さ」
 魔王はさらりと答えた。
「永続魔法《G限爆弾》は、僕のスタンバイフェイズが来た時に墓地へ送られる! そして、それがスイッチとなり、爆弾が爆発するっていう仕組みさ! つまり、次の僕のターンが来たら、君の体にくっついたその爆弾が爆発するってことだ!」
「まさに、時限爆弾ってわけね……」
「もちろん、ただ爆発してお終いってわけじゃない! 爆弾をよく見てみな!」
 魔王に言われて、胸にくっついてる爆弾を見る。そこには5000と表示されていた。これは一体……?
「爆弾が爆発した時、《G限爆弾》の発動時に対象としたモンスターの元々の攻撃力が、相手プレイヤーのライフポイントを直撃する!」
「なんですって!?」
「《G限爆弾》の発動時に対象としたのは《マスター・オブ・ゴキボール》! そして、《マスター・オブ・ゴキボール》の元々の攻撃力は5000! よって、5000ポイントのダメージが君を襲うのさ!」

(ジー)限爆弾
【永続魔法】
自分フィールドの「ゴキボール」モンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。
(1):自分スタンバイフェイズに発動する。
このカードを墓地へ送り、このカードの発動時に対象としたモンスターの
元々の攻撃力分のダメージを相手に与える。

(2):自分メインフェイズに墓地のこのカードを除外して発動できる。
自分の墓地の「ゴキボール」モンスターを、召喚条件を無視して可能な限り特殊召喚する。

 爆弾に表示されている5000という数字は、《マスター・オブ・ゴキボール》の攻撃力を意味しているってわけね。
「次のあなたのターン、《G限爆弾》が爆発し、私は5000ダメージを受ける……!」
「残りライフ50の君じゃ、5000ダメージなんて耐えられないだろう。つまり、君に残されたターンはあと1ターンってことだ!」
 私に残されたターンはあと1ターン。
 次の魔王のターンになれば、私の体にくっついてる爆弾が爆発し、私は5000ダメージを受けて敗北する。そうなる前に、爆弾を何とかしなければならない。それができないのなら、爆弾が爆発する前に魔王を倒すしかない。
 次の私のターン。そこでどう動けるかで、このデュエルの行方が決まる!
「僕はこれでターンエンドだ。この時、《天使のサイコロ》の効果が終了し、僕のモンスターのステータスが元に戻る」

 マスター・オブ・ゴキボール (ATK5100・DEF5100) → (ATK5000・DEF5000)
 始祖竜ワイアーム (ATK2800・DEF2100) → (ATK2700・DEF2000)

「さて、君のターンだ。このターン、君がどうあがくのか、見せてもらうとするよ」

<ターン6>
【魔王】 LP:4000 手札:0枚
     場:フュージョン・ゲート(フィールド魔法)、G限爆弾(永続魔法・対象:マスター・オブ・ゴキボール)
     場:マスター・オブ・ゴキボール(ATK5000)、始祖竜ワイアーム(ATK2700)
【柊柚子】 LP:50 手札:2枚(トランスターン、光神化)
     場:
     場:

 私は額に浮かんだ汗を手で拭った。
 このターン何もせずに終われば、次の魔王のターン、私にくっついてる《G限爆弾》が爆発する。そして、《マスター・オブ・ゴキボール》の攻撃力5000ポイント分のダメージが発生し、私は負ける。なんとしても、それは防がなきゃいけない。
 このターン中に《G限爆弾》を取り外すか、《G限爆弾》が爆発する前に魔王を倒すか。そのどちらかを実現させるしかない。けど、今私の手札にある2枚のカード――《トランスターン》と《光神化》――では、どちらも実現できそうにない。2枚のカードはいずれも、今の状態では発動することすら不可能だ。

トランスターン
【通常魔法】
「トランスターン」は1ターンに1枚しか発動できない。
(1):自分フィールドの表側表示モンスター1体を墓地へ送って発動できる。
墓地へ送ったモンスターと種族・属性が同じで
レベルが1つ高いモンスター1体をデッキから特殊召喚する。

光神化
【速攻魔法】
(1):手札から天使族モンスター1体を特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターの攻撃力は半分になり、
エンドフェイズに破壊される。

 なら、このターンの引きで、何か起死回生のカードを引くしかない!
「私のターン、ドロー!(手札:2→3)」
 引き当てたのは――魔法カード《魔力の泉》! カードドローが行える魔法カードだ!

魔力の泉
【速攻魔法】
「魔力の泉」は1ターンに1枚しか発動できない。
(1):相手フィールドの表側表示の魔法・罠カードの数だけ
自分はデッキからドローする。
その後、自分フィールドの表側表示の魔法・罠カードの数だけ
自分の手札からカードを選んで捨てる。
このカードの発動後、次の相手ターンの終了時まで、
相手フィールドの魔法・罠カードは破壊されず、発動と効果を無効化されない。

 《魔力の泉》を使えば、相手フィールドの表側表示の魔法・罠カードの数だけカードをドローし、その後で自分フィールドの表側表示の魔法・罠カードの数だけ手札を選んで捨てることになる。
 今、魔王のフィールドにある表側表示の魔法・罠カードは、《フュージョン・ゲート》と《G限爆弾》の2枚。この状況で《魔力の泉》を使えば、私は2枚のカードをドローできる。そして、私のフィールドの表側表示の魔法・罠カードは、発動した《魔力の泉》1枚だけだから、手札を1枚捨てることになる。要するに、今ここで《魔力の泉》を使えば、デッキから2枚のカードをドローし、その後で手札1枚を捨てる、ということになるわけだ。
 ただし、この効果を使うと、次の相手ターン終了時まで、相手フィールドの魔法・罠カードは破壊されず、発動と効果が無効化されなくなる。よって、魔王のフィールドの《G限爆弾》のカードを破壊したり無効化したりすることができなくなってしまう。
 《魔力の泉》を使えばカードドローができる。その代わり、《G限爆弾》の破壊と無効化ができなくなる。つまり、《G限爆弾》の爆発を阻止することがほぼ不可能になってしまう。私はなんとしても、《G限爆弾》の爆発前に魔王を倒す必要が出てくる。
 じゃあ、《魔力の泉》を使わなければどうなるか? その場合、私はこのターン何もできずにターンを終えることになる。そうなれば、次の魔王のターンで《G限爆弾》が爆発してしまう。
 結局のところ、《魔力の泉》を使っても使わなくても、《G限爆弾》の除去や無効化はできない。こうなった以上、私が生き残る道は1つだけ。爆弾が爆発する前に魔王を倒すこと、ただそれだけだ。
 爆弾が爆発する前に魔王を倒す――それを実現するには、今の手札だけじゃ足りない。今の手札ではどうにもならない。もっとカードが必要だ。なら、引くしかない!
「私は《魔力の泉》を発動! このカードで2枚のカードをドローし、その後で手札を1枚選んで捨てる!(手札:3→2)」
「チッ! この状況で手札入れ替えの魔法カードを引くとは、運がいいな!」
「2枚ドロー!(手札:2→4)」
 《魔力の泉》の効果に従い、私はデッキからカードを2枚引いた。引き当てたのはこの2枚――。

 ドローカード:幻奏の歌姫ソプラノ、クリスタル・ローズ

 《クリスタル・ローズ》――。
 このカードを見て、私は光津真澄のことを思い出した。このカードは、彼女が私にくれたカードなのだ。
 真澄……あなたからもらった力、使わせてもらうわ!
 改めて、引き当てた2枚のカードを確認する。《幻奏の歌姫ソプラノ》と《クリスタル・ローズ》、どちらも融合をサポートしてくれるモンスターカードだ。

幻奏の歌姫ソプラノ  [ 光 ]
★★★★
【天使族/効果】
「幻奏の歌姫ソプラノ」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。
(1):このカードが特殊召喚に成功した時、「幻奏の歌姫ソプラノ」以外の
自分の墓地の「幻奏」モンスター1体を対象として発動できる。
そのモンスターを手札に加える。
(2):1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。
「幻奏」融合モンスターカードによって決められた、
このカードを含む融合素材モンスターを自分フィールドから墓地へ送り、
その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。
ATK/1400  DEF/1400

クリスタル・ローズ  [ 光 ]
★★
【岩石族/効果】
「クリスタル・ローズ」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。
(1):1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。
手札・デッキから「ジェムナイト」モンスターまたは「幻奏」モンスター1体を墓地へ送る。
エンドフェイズまで、このカードは墓地へ送ったモンスターと同名カードとして扱う。
(2):このカードが墓地に存在する場合、
自分の墓地から融合モンスター1体を除外して発動できる。
このカードを守備表示で特殊召喚する。
ATK/ 500  DEF/ 500

 これら2枚のカードが加わったことで、私の手札は、《トランスターン》、《光神化》、《幻奏の歌姫ソプラノ》、《クリスタル・ローズ》の4枚になった。《魔力の泉》の効果で私は手札を1枚捨てなければならないので、この4枚の中から1枚を捨てる必要がある。どれを捨てるべきか……。
「はっはっは!」
 私が手札を見て考えていると、魔王が笑い出した。そちらに顔を向けると、彼は私のフィールドにある《魔力の泉》のカードを指さした。
「そのカードのおかげで、僕のフィールドの魔法・罠カードは破壊されず、無効化もされなくなる! それが何を意味するか、分かってるかい? 僕のフィールドの《G限爆弾》を破壊・無効化できないってことは、《G限爆弾》の爆発を阻止することがほとんど不可能になるってことだぞ!」
 勝ち誇ったように魔王が言う。
 私は言い返した。
「そんなこと、言われなくても分かってるわ!」
「へえ、そうかい。一応言っておくけど、たとえ《マスター・オブ・ゴキボール》をフィールドから消し去ったとしても、《G限爆弾》のダメージ効果はなんの問題もなく適用されるぞ!」
「それも分かってる! だから、爆弾が爆発する前にあなたを倒す!」
 そう言うと、魔王は嘲笑を浮かべた。
「なるほどね。まあ、それしか道はないか。けど、そう簡単に行くかな? 僕のフィールドには、攻撃力5000の《マスター・オブ・ゴキボール》と、攻撃力2700の《始祖竜ワイアーム》がいる。しかも、《マスター・オブ・ゴキボール》は、除去された際に相手の場を全滅させる効果を持ち、《始祖竜ワイアーム》は、通常モンスター以外のモンスターとの戦闘では破壊されず、モンスター効果を受けない効果を持つ。そう簡単には突破できないと思うけど?」
「やってみなきゃ分からないわよ。とにかく、私は爆弾が爆発する前に、あなたのライフを0にしてみせるわ!」
 堂々と宣言する。しかし、魔王は余裕を崩さない。
「僕のライフを0にする? それは無理だね」
「どうして言い切れるの?」
 私が訊ねると、魔王は何かを思い出したような顔をした。
「そういえば、まだ言ってなかったっけ? 《マスター・オブ・ゴキボール》が持っているもう1つの効果のことを」
「えっ? 《マスター・オブ・ゴキボール》のもう1つの効果!?」
 ゾクリとした。
 ちょっと……待ってよ……。《マスター・オブ・ゴキボール》の効果って1つだけじゃないの!? まだ何か効果を持ってるの!?
 冷や汗を流す私を見て、魔王は嫌な笑いを顔に貼り付けた。
「説明しておこうか、《マスター・オブ・ゴキボール》のもう1つの効果を! 《マスター・オブ・ゴキボール》がフィールドにいる限り、僕が受ける全てのダメージは0になる! 僕は今、戦闘・効果問わず、全てのダメージを受け付けない無敵の状態となっているのさ!」

マスター・オブ・ゴキボール  [ 地 ]
★★★★★★★★★★★★
【昆虫族/融合/効果】
「ゴキボール」+「ゴキボール」+「ゴキボール」
このカードは上記カードを融合素材にした融合召喚でのみ特殊召喚できる。
(1):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、
自分が受ける戦闘・効果ダメージは0になる。

(2):表側表示のこのカードがフィールドから離れた場合に発動する。
相手フィールドのカードを全て除外し、
「ゴキボールトークン」(昆虫族・地・星4・攻1200・守1400)を可能な限り自分フィールドに特殊召喚する。
この効果で特殊召喚した「ゴキボールトークン」はカード名を「ゴキボール」としても扱う。
ATK/5000  DEF/5000

 心が砕け散りそうになった。
 フィールドにいる限り、全ダメージを0にするって……そんな効果まで持っていたの!? こ……こんな……こんなのってアリなの!?
「僕にダメージを与えたければ、まずは《マスター・オブ・ゴキボール》を除去するしかないよ! もっとも、そんなことすれば、君のフィールドは《マスター・オブ・ゴキボール》の効果で焼け野原になるけどね! うひゃひゃひゃひゃ!」
 嫌らしい笑い声を放った魔王は、私の顔を指さした。
「さて、君は、《G限爆弾》が爆発する前に僕のライフを0にするって言ってたけど、どうやってそれを実現するのかな?」
 私は、真っ暗な闇の中に落ちていくような感覚に陥った。
 魔王のフィールドの《G限爆弾》は、《魔力の泉》の効果で守られ、破壊も無効化もできない。こうなった以上、私にくっついてる爆弾が爆発する前に魔王のライフを0にしなければならない。でも、《マスター・オブ・ゴキボール》がいる限り、魔王には1ポイントもダメージを与えられない。魔王にダメージを与えるためには、まず《マスター・オブ・ゴキボール》を倒さなければならない。ところが、《マスター・オブ・ゴキボール》を倒せば、《マスター・オブ・ゴキボール》の効果が発動し、私のフィールドは壊滅してしまう。そして、魔王のフィールドにはトークンが生み出される……。
 手札にある4枚――《トランスターン》、《光神化》、《幻奏の歌姫ソプラノ》、《クリスタル・ローズ》――を見てみる。けど、そうしたところで、いい考えは思いつかない。
 どうにかして《マスター・オブ・ゴキボール》を倒したとする。それをやれば私のフィールドは全滅し、魔王のフィールドにはトークンが生み出される。そうなったら、魔王にダメージを与えることは難しい。そして、ダメージを与えられずにこのターンを終えてしまえば、次の魔王のターン、《G限爆弾》が爆発。私は5000ダメージを受けて敗北する。このダメージを回避できる手段は何もない。
 私はがくりと膝を折り、首をゆらゆらと振った。
 ダメ……。このターン中に《マスター・オブ・ゴキボール》を倒しつつ、魔王のライフを0にするなんて、そんなことできない……。
 終わり……なの……?
「《魔力の泉》の効果で、君は手札を1枚捨てなければならない! さあ、早いとこ、その4枚から1枚を選んで捨ててもらおうか! それとも、負けを認めてサレンダーするかい? 僕はそれでも一向に構わないけど?」
 魔王が促してくる。
 負けを認める――もうそれしかないの? もう、それしか――。
 そんな……! 負けたら、もうこの悪夢の世界から出られない! 遊矢やお父さんや遊勝塾のみんな……大切な人たちと会えなくなる! そんなの絶対にダメ! なんとしても勝たなきゃ!
 でも、今の状況を逆転する手段なんて思いつかないし……どうすれば……?
 いや、あきらめちゃいけない。もしかしたら、私が気づいてないだけで、逆転する手段がちゃんと残されているかもしれない。
 落ち着いて……落ち着いて私。落ち着いて、今の状況をしっかり確認するのよ。手札、フィールド、墓地……確認できるところは全て確認しよう。そうすれば、何か突破口が見つかるかもしれない。
 私は目をつぶって、深呼吸を何度かした。焦っていた心が落ち着いてくる。
「よし……!」
 目を開いた私は立ち上がり、状況の確認を始めた。
 必ず……必ず逆転法を見つけてみせる!





8章 ファイナルターン


<ターン6>
【魔王】 LP:4000 手札:0枚
     場:フュージョン・ゲート(フィールド魔法)、G限爆弾(永続魔法・対象:マスター・オブ・ゴキボール)
     場:マスター・オブ・ゴキボール(ATK5000)、始祖竜ワイアーム(ATK2700)
【柊柚子】 LP:50 手札:4枚(トランスターン、光神化、幻奏の歌姫ソプラノ、クリスタル・ローズ)
     場:
     場:魔力の泉(通常魔法)

 私が逆転法の模索を始めてから、大体3分くらいが経過した。
 けれど、逆転法は見つかっていない。状況をしっかり確認した上で色々と考えてみたけど、今の状況をひっくり返すことはできない、という結論しか出てこない。
 ここまで……なのかしら?
「さあ、そろそろ負けを認めて、大人しくサレンダーしな! この状況を逆転する手段なんてない! 君だってそのことには気づいてるんだろ? いい加減あきらめな!」
 魔王が降参を促してくる。
 悔しいけど、魔王の言う通り、逆転する手段はない。今の私の手札では、どうやっても魔王を倒すことはできない。
 私の手札にあるのは《トランスターン》、《光神化》、《幻奏の歌姫ソプラノ》、《クリスタル・ローズ》の4枚。このうちの1枚は、魔法カード《魔力の泉》の効果に従い、墓地に捨てなければならない。
 この手札を見て、私が思いついたのは、《幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ》を融合召喚するということだ。

幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ  [ 光 ]
★★★★★★
【天使族/効果】
「幻奏の音姫」モンスター+「幻奏」モンスター
(1):このカードは戦闘・効果では破壊されず、
このカードの戦闘で発生する自分への戦闘ダメージは0になる。
(2):このカードが特殊召喚されたモンスターと戦闘を行ったダメージ計算後に発動できる。
その相手モンスターとこのカードの、元々の攻撃力の差分のダメージを相手に与え、
その相手モンスターを破壊する。
ATK/1000  DEF/2000

 《幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ》は、「幻奏」モンスター1体と「幻奏の音姫」モンスター1体を融合することで召喚できるモンスター。戦闘・効果では破壊されず、自身の戦闘で発生する自分への戦闘ダメージを0にする。そして、特殊召喚されたモンスターと戦闘を行ったダメージ計算後、その相手モンスターと自身の元々の攻撃力の差分のダメージを相手に与え、その相手モンスターを破壊する。つまり、攻撃力1000の《幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ》で攻撃力5000の《マスター・オブ・ゴキボール》を攻撃し、《幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ》の効果を発動させれば、両者の攻撃力の差4000が魔王へのダメージとなり、魔王のライフをちょうど0にできるというわけだ。
 今の手札からブルーム・ディーヴァを召喚する手順はこうだ。まず、《魔力の泉》の効果で《トランスターン》を捨てる。次に、速攻魔法《光神化》の効果で、手札の天使族モンスター《幻奏の歌姫ソプラノ》を特殊召喚する。

光神化
【速攻魔法】
(1):手札から天使族モンスター1体を特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターの攻撃力は半分になり、
エンドフェイズに破壊される。

 続いて、《クリスタル・ローズ》を通常召喚する。そして、《クリスタル・ローズ》の効果を発動。デッキから「幻奏の音姫」モンスターを墓地へ送り、《クリスタル・ローズ》のカード名を、墓地へ送った「幻奏の音姫」モンスターのカード名と同じにする。

クリスタル・ローズ  [ 光 ]
★★
【岩石族/効果】
「クリスタル・ローズ」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。
(1):1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。
手札・デッキから「ジェムナイト」モンスターまたは「幻奏」モンスター1体を墓地へ送る。
エンドフェイズまで、このカードは墓地へ送ったモンスターと同名カードとして扱う。
(2):このカードが墓地に存在する場合、
自分の墓地から融合モンスター1体を除外して発動できる。
このカードを守備表示で特殊召喚する。
ATK/ 500  DEF/ 500

 結果、私のフィールドには《幻奏の歌姫ソプラノ》と、「幻奏の音姫」の名前を得た《クリスタル・ローズ》が揃う。ここまで来たら、《幻奏の歌姫ソプラノ》の効果で、ソプラノ自身と「幻奏の音姫」となった《クリスタル・ローズ》を墓地へ送って融合、ブルーム・ディーヴァを召喚する。

幻奏の歌姫ソプラノ  [ 光 ]
★★★★
【天使族/効果】
「幻奏の歌姫ソプラノ」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。
(1):このカードが特殊召喚に成功した時、「幻奏の歌姫ソプラノ」以外の
自分の墓地の「幻奏」モンスター1体を対象として発動できる。
そのモンスターを手札に加える。
(2):1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。
「幻奏」融合モンスターカードによって決められた、
このカードを含む融合素材モンスターを自分フィールドから墓地へ送り、
その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。
ATK/1400  DEF/1400

 こうして召喚されたブルーム・ディーヴァで《マスター・オブ・ゴキボール》を攻撃。ブルーム・ディーヴァの効果を発動させ、4000ダメージを与えて勝利する!
 ……と、ここまで考えて、この方法じゃダメだと気づいた。何故なら、《マスター・オブ・ゴキボール》がいる限り、魔王が受ける戦闘・効果ダメージは0になってしまうからだ。

マスター・オブ・ゴキボール  [ 地 ]
★★★★★★★★★★★★
【昆虫族/融合/効果】
「ゴキボール」+「ゴキボール」+「ゴキボール」
このカードは上記カードを融合素材にした融合召喚でのみ特殊召喚できる。
(1):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、
自分が受ける戦闘・効果ダメージは0になる。
(2):表側表示のこのカードがフィールドから離れた場合に発動する。
相手フィールドのカードを全て除外し、
「ゴキボールトークン」(昆虫族・地・星4・攻1200・守1400)を可能な限り自分フィールドに特殊召喚する。
この効果で特殊召喚した「ゴキボールトークン」はカード名を「ゴキボール」としても扱う。
ATK/5000  DEF/5000

 これでは、ブルーム・ディーヴァの効果を使ったところで、魔王にはダメージを1ポイントも与えられない。そして、ダメージを与えられなければ、ブルーム・ディーヴァの破壊効果は適用されず、《マスター・オブ・ゴキボール》は平然とフィールドにとどまり続ける。
 ブルーム・ディーヴァを呼び出したところでどうにもならない。そう思った私は、別の「幻奏」融合モンスターである《幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト》を呼び出すことを考えてみた。けど、すぐにそんなことをしても意味がないと結論付けた。
 2体の「幻奏」モンスターの融合体である《幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト》は、互いの墓地から合計3枚までカードを除外することで、1枚につき200ポイント、自身の攻撃力をアップする効果を持つ。便利な効果だけど、現状を打開することはできない。

幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト  [ 光 ]
★★★★★★
【天使族/融合/効果】
「幻奏」モンスター×2
(1):このカードがフィールドに表側表示で存在する限り1度だけ、
お互いの墓地のカードを合計3枚まで対象として発動できる。
そのカードを除外する。
このカードの攻撃力は、この効果で除外したカードの数×200アップする。
この効果は相手ターンでも発動できる。
ATK/2400  DEF/2000

 ブルーム・ディーヴァでもダメ、マイスタリン・シューベルトでもダメ。私の融合モンスターでは、どうやっても現状を打開できない。だったら、他にどうすればいいだろう。今の私の手札で行える、融合召喚以外の戦術って何がある?
 《幻奏の歌姫ソプラノ》は特殊召喚成功時、墓地の「幻奏」モンスターを回収できるけど、それで何かできないだろうか? 今、私の墓地にある「幻奏」モンスターは《幻奏の音女セレナ》1体だけだけど、《クリスタル・ローズ》の効果でデッキから「幻奏」モンスターを墓地へ送れば、それも回収対象になる。この回収効果を生かして何かできないか――?

幻奏の音女セレナ  [ 光 ]
★★★★
【天使族/効果】
(1):天使族モンスターをアドバンス召喚する場合、
このカードは2体分のリリースにできる。
(2):このカードが特殊召喚に成功したターン、
自分は通常召喚に加えて1度だけ、
自分メインフェイズに「幻奏」モンスター1体を召喚できる。
ATK/ 400  DEF/1900

 ……ダメだ。考えてみたけど、これといったものは思い浮かばない。
 じゃあ、魔法カード《トランスターン》を使ってみるのは? これを使って、何か現状を打開できるモンスターを呼び出すことはできないかしら?

トランスターン
【通常魔法】
「トランスターン」は1ターンに1枚しか発動できない。
(1):自分フィールドの表側表示モンスター1体を墓地へ送って発動できる。
墓地へ送ったモンスターと種族・属性が同じで
レベルが1つ高いモンスター1体をデッキから特殊召喚する。

 考えてみたけど、やっぱりいい方法は思いつかない。
 じゃあ、《クリスタル・ローズ》の2番目の効果を使って、《クリスタル・ローズ》自身を墓地から復活させる効果を使って何か――いや、《クリスタル・ローズ》の復活効果は、自分の墓地の融合モンスター1体を除外しないと使えない。今、私の墓地には融合モンスターが1体もいないから、この効果は使えないわね……。
 ……ああっ、ダメだわ! 何をやっても、現状を打開できない! どうすればいいの!? もうどうにもできないの!?
 もし、《マスター・オブ・ゴキボール》が「ダメージを0にする効果」を持ってさえいなければ、ブルーム・ディーヴァの効果を使って勝てるんだけど……。でも、現実はこの通り、《マスター・オブ・ゴキボール》は全ダメージシャットアウトの効果を持っている。
 ならせめて、《マスター・オブ・ゴキボール》の効果を無効にできるカードがあれば……。それだったら、勝つチャンスもある。けど、今の私の手札には、モンスター効果を無効にできるようなカードはない。
 ダメ……本当に、どうにもならないわ。もう、どうにも……。
 でも、このターンでなんとかしないと、次の魔王のターンで《G限爆弾》が爆発して、私のライフが0になっちゃう。このターンが私に与えられた最後のチャンス。このターンでなんとかしないといけない。けど、今の私にはどうにもできない……。
 と、ここで魔王が待ちくたびれたように言ってきた。
「早くしてくれないかなぁ? これ以上待たせるようなら、遅延行為と見なしてペナルティを受けてもらうことになるよ。もうあきらめてサレンダーしなよ。そして、ウチのインターホン修理のための生け贄になりなよ」
 生け贄、と聞いて思い出した。
 そうだ、このデュエルで私が負けたら、私の魂は、この城のインターホン修理のための生け贄にされちゃうんだった! このデュエルは命がけのデュエル! 絶対負けるわけにはいかない!
 ……ああ、でも、この状況を打ち破る手段は見つからないし……どうしよう……? いや、あきらめちゃいけない。冷静になって……考えるのよ。
 焦る気持ちを抑えつつ、考える。けど、結果は同じだった。逆転法は見つからない。
 やっぱり、《マスター・オブ・ゴキボール》の「ダメージを0にする効果」が邪魔だ。それさえなければ上手く行くのに……。モンスター効果を無効化するカードがあればいいんだけど、そういうのもないし……。
 というか、なんで戦闘・効果ダメージを両方とも0にするのよ? どっちか片方だけにしなさいよ。全ダメージを0にするって欲張りすぎでしょ。それならせめて、「1ターンに1度だけ、あらゆるダメージを0にする」とかそんな感じの効果にしなさいよ。なんで制限が一切ないのよ? 永続的に全ダメージを0にするとか変でしょ絶対。こんな永続効果、絶対ふざけてるわ……。

 …………。

 …………。

 …………永続効果?

 ふと、頭の中に何かが引っ掛かった。ただ、何が引っ掛かったのか、具体的には分からなかった。
 でも、確実に何かが引っ掛かった。何かが――。
 私は気持ちを落ち着かせ、よく考えた。今、私の頭の中に引っ掛かったものは何か? それは一体何を意味しているのか?
 考えていくうちに、だんだんと見えてきた。
 そうか……そういうことか。
 私はついさっきまで、今の私の手札では、《マスター・オブ・ゴキボール》の「ダメージを0にする効果」を無効にはできない、と考えていた。たしかにその通りだ。今の私の手札では、モンスター効果を無効にはできない。
 でも実は、モンスター効果を打ち消す方法は、無効にする以外にもあるのだ。もし、それを実現することができれば――。
 もうどうにもならないとあきらめかけていた心に、ほんのわずかばかりの光が差してくる。それを受け、心臓がドキドキとしてきた。
 私は深呼吸し、今思いついたことを踏まえた上で、もう1度最初から考えた。今、私の手札で何ができるか。本当にもう、私に打つ手はないのか。
 考えた結果、私の中に新たな結論が生まれた。
「……カードが……足りない」
 足りない。足りないのだ。
 あと一息、もう一息で勝てる。なのに、肝心のカードが足りない。そのせいで、惜しいところで勝てない。あと1枚……あれを呼び出せるカードがあれば……。本当に惜しいところまで行ってるのに……あと1枚足りないがために、勝てない……。悔しい……。
「ねえ、まだぁ〜? もう待つの飽きたんだけど。これ以上待たせると、ホントに遅延行為扱いとして、ペナルティ受けてもらうよ」
 嫌気がさしたような口調で魔王が言った。
 その声を受け、私はなんとはなしに魔王のフィールドを見た。
 真っ先に目に入ったのは、超巨大な円形モンスター《マスター・オブ・ゴキボール》。攻撃力は5000。そして、次に目に入ったのは、これまた巨大なドラゴン《始祖竜ワイアーム》。攻撃力は2700。さらに、発動済みの永続魔法《G限爆弾》と、フィールド魔法《フュージョン・ゲート》も目に入った。

 その時――私の全身に電流が走った!

「ああっっ!」
 思わず大声が出た。そのせいで、魔王が目を丸くした。
「び……びっくりした! いきなり大声出すなよ! 心臓止まるかと思ったぞ!」
「ごめんなさい。すごい発見をしたものだから、つい」
「すごい発見? 何を発見したの?」
 魔王が目をひそめている。
 私は魔王の問いには答えず、手札・フィールド・墓地の状況を確認した。そして、たった今、頭の中に浮かんだ考えが正しいかどうかを確かめた。
 大丈夫、間違いはない。行ける!
 そう結論付けた私は、手札の1枚、《クリスタル・ローズ》のカードを墓地へ送った。
「待たせたわね。《魔力の泉》の効果に従い、私はこのカードを捨てる(手札:4→3)」
「……! やっと考えがまとまったか! ずいぶん待たせてくれたな! どうやら、サレンダーはしないみたいだね」
「ええ、しないわ。サレンダーなんてしない」
「そうかい。ていうか、すごい発見をしたとか言ってたけど、何を発見したの?」
「それはすぐに分かるわ」
 私は3枚になった手札にざっと目を通した。
 準備は整った。あとは、きちんと正しい手順でカードを動かしていけばいい。そうすれば、この状況を打開できる!
 さあ、ここから反撃開始よ! この戦いに勝ち、現実世界に戻ろう!

<ターン6>
【魔王】 LP:4000 手札:0枚
     場:フュージョン・ゲート(フィールド魔法)、G限爆弾(永続魔法・対象:マスター・オブ・ゴキボール)
     場:マスター・オブ・ゴキボール(ATK5000)、始祖竜ワイアーム(ATK2700)
【柊柚子】 LP:50 手札:3枚(トランスターン、光神化、幻奏の歌姫ソプラノ)
     場:
     場:

 私は魔王をビシッと指さし、堂々と宣言した。
「待たせてしまったお詫びに、私の大逆転ショーをお見せするわ!」
「何っ!? 大逆転だと!?」
 魔王が目を見開いた。
「バカな……この状況から逆転するなんて不可能だ! そんなことできるはずがない!」
「なら、その目で確かめてみるといいわ! 上手く行ったら、ご喝采!」
 私は手札の1枚を選び取った。
「さあ、ショーの始まりよ! まずは速攻魔法《光神化》を発動! 手札の天使族モンスター1体を、攻撃力を半分にして特殊召喚する! ただし、この効果で特殊召喚したモンスターはエンドフェイズに破壊される! この効果で《幻奏の歌姫ソプラノ》を特殊召喚するわ!(手札:3→2→1)」
 《光神化》の効果によって、《幻奏の歌姫ソプラノ》が特殊召喚された。攻撃力は半減してしまうけど、今は大した問題じゃない!

 幻奏の歌姫ソプラノ ATK:1400 → 700

 魔王は不審そうに眉をひそめた。
「レベル4モンスターなら普通に召喚すればいいものを、わざわざ攻撃力を半分にしてまで特殊召喚するなんて……一体何を?」
「その質問の答えはこれよ! 《幻奏の歌姫ソプラノ》のモンスター効果発動! このカードが特殊召喚に成功した時、自分の墓地の『幻奏』モンスター1体を手札に加えることができる!」
「そうか! その効果を使うために特殊召喚を!」
「そういうこと! 私は墓地の《幻奏の音女セレナ》を回収! そしてそのまま《幻奏の音女セレナ》を通常召喚よ! さあ、あなたもステージへ!(手札:1→2→1)」
 私のフィールドに、2体の「幻奏」モンスターが揃った!
「《幻奏の歌姫ソプラノ》の効果発動! このカードを含む、自分フィールドのモンスターを融合素材として、『幻奏』融合モンスター1体を《融合》を使わずに融合召喚する!」
「《融合》を使わない融合召喚だと!?」
「私は《幻奏の歌姫ソプラノ》と《幻奏の音女セレナ》を融合! 響け歌声! 流れよ旋律! タクトの導きにより力重ねよ! 融合召喚! 今こそ舞台へ! 《幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト》!」
 ソプラノとセレナ、2体の「幻奏」モンスターが1つとなり、《幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト》が誕生した。それを見て、魔王は目を丸くする。
「君も融合使いだったのか! だが、君の呼び出した《幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト》の攻撃力は2400! 僕のモンスターの攻撃力には及ばない!」
 魔王の指摘の通り、マイスタリン・シューベルトでは、魔王のモンスターは倒せない。モンスター効果を使って攻撃力を上げたとしても、その攻撃力は3000止まり。《マスター・オブ・ゴキボール》の攻撃力には及ばない。一応、《始祖竜ワイアーム》の攻撃力は上回るけど、《始祖竜ワイアーム》は効果モンスターとの戦闘では破壊されないから意味がない。
 だったら、何故マイスタリン・シューベルトを呼び出したのか。もちろん、意味もなく呼び出したわけじゃない。全ては次のステージへつなげるためにやったこと――!
「まだ私のショーは第1幕が終わったところ! 続いて第2幕のスタートよ!」
「第2幕!?」
 私は手札に残った1枚を発動した。
「私は魔法カード《トランスターン》を発動!(手札:1→0)」
「《トランスターン》……またそのカードか!」
「そういえば、このデュエルで《トランスターン》を使うのは2度目だったわね。なら、このカードの効果は分かるわよね?」
 魔王は警戒するような顔つきになった。
「《トランスターン》は、自分フィールドのモンスター1体を墓地へ送ることで、そのモンスターと同じ種族・属性でレベルが1つ高いモンスター1体をデッキから呼び出す……そういう効果だよね?」
「そうよ。私はこのカードで、今さっき呼び出した《幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト》を墓地へ送るわ!」
「せっかく融合召喚したモンスターを墓地へ!?」
 《トランスターン》の発動コストとして、《幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト》が墓地へと送られる。
「マイスタリン・シューベルトは天使族・光属性・レベル6のモンスター! よって、私は同じ種族・属性のレベル7モンスターをデッキから呼び出すことができる!」
「何を呼び出すつもりだ!?」
「このモンスターよ! さあ、ステージに来てちょうだい! レベル7! 《幻奏の音姫ローリイット・フランソワ》!」
 マイスタリン・シューベルトと入れ替わるように、新たなモンスターが私のフィールドに舞い降りた。
 《幻奏の音姫ローリイット・フランソワ》――早速、その力を発揮してもらうわよ!
「《幻奏の音姫ローリイット・フランソワ》のモンスター効果! 1ターンに1度、自分の墓地の天使族・光属性モンスター1体を手札に加えることができる!」

幻奏の音姫ローリイット・フランソワ  [ 光 ]
★★★★★★★
【天使族/効果】
このカードの効果を発動するターン、
自分は光属性以外のモンスターの効果を発動できない。
(1):1ターンに1度、自分の墓地の
天使族・光属性モンスター1体を対象として発動できる。
そのモンスターを手札に加える。
ATK/2300  DEF/1700

「天使族・光属性モンスターを回収する効果だと? この状況でそんな効果を使ってなんの意味が――」
 そこまで口にしたところで、魔王は言葉を止めた。何かに気づいたようだ。
「まさか……君の狙いは!」
「気づいたようね。そう、私がローリイット・フランソワの効果で墓地から回収するのはこのカード――」
 私は墓地から1枚のカードを取り出し、魔王に提示した。
「――《オネスト》のカードよ!(手札:0→1)」

オネスト  [ 光 ]
★★★★
【天使族/効果】
(1):自分メインフェイズに発動できる。
フィールドの表側表示のこのカードを手札に戻す。
(2):自分の光属性モンスターが
戦闘を行うダメージステップ開始時からダメージ計算前までに、
このカードを手札から墓地へ送って発動できる。
そのモンスターの攻撃力はターン終了時まで、
戦闘を行う相手モンスターの攻撃力分アップする。
ATK/1100  DEF/1900

 さっき使われて墓地で眠っていた《オネスト》が、私の手に舞い戻る。イガグリさん、あなたからもらった力、もう1度使わせてもらうわ!
「くそっ! ここで《オネスト》を回収するとは! 《オネスト》を使われたら、光属性モンスターはどんな攻撃力のモンスターとのバトルでも打ち勝つ! 最悪でも相打ちに持ち込む! たとえ、攻撃力5000の《マスター・オブ・ゴキボール》でも倒せるってわけだ!」
 魔王は苦々しい表情を浮かべた。けど、すぐにその表情には余裕が戻っていく。
「なるほど、君の狙いは分かった。要は、ローリイット・フランソワを呼び出して《オネスト》を回収、そして光属性のローリイット・フランソワに対して《オネスト》を使い、《マスター・オブ・ゴキボール》を倒そうってことだろ。考え方は悪くない。だが、忘れてないかな?」
 魔王はフィールドの《マスター・オブ・ゴキボール》を指さした。
「《マスター・オブ・ゴキボール》を倒せば、《マスター・オブ・ゴキボール》の効果が発動し、君の場のカードは全部除外される。そして、僕の場には《ゴキボールトークン》が生み出される。つまり、《マスター・オブ・ゴキボール》を倒したところで、君の状況はあまり良くはならないってことさ」
 魔王のその言葉は間違っていない。今ここでローリイット・フランソワに《オネスト》を使えば《マスター・オブ・ゴキボール》を倒せるけど、それをやっても、私の状況はあまり良くならない。しかも、それだけのことをやっても、魔王にはダメージ1つ与えられない。
 でも、その前の魔王の言葉には、間違っている部分がある。「ローリイット・フランソワに《オネスト》を使って《マスター・オブ・ゴキボール》を倒す」と言っている部分だ。その部分は間違っている。
 私の本当の狙いは、もう少し先にある。
「魔王。あなたは勘違いしているわ」
「何?」
「まだ私のショーは途中段階! 第2幕が終わったところよ! ここからは第3幕が始まるわ!」
「えっ!? まだあるの!?」
「まだ続くわよ! さあ、第3幕の始まり始まり! 私は墓地の《クリスタル・ローズ》の効果を発動!」
 私は墓地から、《幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト》と《クリスタル・ローズ》のカードを取り出した。
「《クリスタル・ローズ》は、自分の墓地の融合モンスター1体を除外することで、墓地から守備表示で特殊召喚できる! 融合モンスターであるマイスタリン・シューベルトを除外し、その効果を使わせてもらうわ! 今こそその命を吹き返し、ステージに花を咲かせよ! 《クリスタル・ローズ》!」
「なんだと!? そいつ、墓地から復活できる効果があったのか!」

 幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト:除外

 マイスタリン・シューベルトを除外し、《クリスタル・ローズ》が復活する! 真澄、あなたのカードが活躍する時が来たわ!
「《クリスタル・ローズ》のもう1つの効果発動! 1ターンに1度、デッキから『幻奏』モンスター1体を墓地へ送り、エンドフェイズまでそのモンスターのカード名を得る! 私はデッキから《幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト》を墓地へ送り、《クリスタル・ローズ》を《幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト》扱いとする!」
「カード名変更の効果!」
 私はデッキから《幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト》のカードを墓地へ送り、《クリスタル・ローズ》のカード名を変えた。こうして、私のフィールドには、「幻奏の音姫」モンスター2体が揃ったことになる。
「カード名の変更……まさか、また融合を狙うつもりじゃ!?」
「鋭いわね、その通りよ。私は《幻奏の音姫ローリイット・フランソワ》と、《幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト》扱いの《クリスタル・ローズ》を素材として、融合召喚を行うわ!」
 魔王は苦虫を噛み潰したような顔をした。
 ところが、その顔がすぐさま余裕の表情へと切り替わる。
「おいおい、ちょっと待った。よく考えたら君、もう融合なんてできないじゃないか」
「どうして?」
「どうしてって……そのセリフはないだろ。だって、君の手札にあるカードは《オネスト》1枚。そして、フィールドにあるのは《幻奏の音姫ローリイット・フランソワ》と《クリスタル・ローズ》だけ。どこにも、融合召喚を行えるカードがないじゃん」
 たしかにその通りだ。《オネスト》も《幻奏の音姫ローリイット・フランソワ》も《クリスタル・ローズ》も、融合召喚を行うような効果を持っているわけじゃない。つまり、私の持ち札では融合ができないということだ。
 魔王は勝ち誇ったように笑った。
「はっはっは! 残念だけど、今の君に融合召喚はできないよ! 今の君にできるのは、《オネスト》を使って自分のモンスターを強化し、僕のモンスターを叩くことくらいだ! ま、そんなことをしたところで僕の優位が崩れるわけじゃないけどね!」
 魔王の顔からは、警戒心などが消え去っていた。もう私がこれ以上何もできないと確信したからだろう。ある意味、それは正しい。今の私の持ち札でできることといえば、魔王の言うように、モンスターを《オネスト》で強化して殴ることくらい。そして、それをしたところで、状況は好転しない。
 でも、魔王は気づいていない。
 自分がとても大きな見落としをしているということに。
「魔王。今の私には、融合召喚ができない。そう言ったわね」
「ん? ああ、言ったよ。間違ったことは言ってないだろ。融合召喚できないのはたしかな事実なんだから」
 それを聞いて、私は思わず笑いをこぼしてしまった。
 ――いや、間違ってるわよ、魔王。とんでもなく間違ってるわ。
 その思いを胸に抱きながら、魔王のフィールドを指さす。
 指さした先には、あるカードがあった。
 そのカードを見て、私は大きな声ではっきりと告げた。





「《フュージョン・ゲート》の効果発動!」





 私の声に反応し、魔王のフィールドに出されていたフィールド魔法《フュージョン・ゲート》の効果が発動した! それにより、私のフィールドの《幻奏の音姫ローリイット・フランソワ》、《幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト》扱いの《クリスタル・ローズ》が除外される!

 幻奏の音姫ローリイット・フランソワ:除外
 クリスタル・ローズ:除外

「《幻奏の音姫ローリイット・フランソワ》と、《幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト》扱いの《クリスタル・ローズ》を除外融合! 高貴なる秀才よ! 至高の天才よ! タクトの導きにより力重ねよ! 融合召喚! 今こそ舞台に勝利の歌を! 《幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ》!」
 ローリイット・フランソワと《クリスタル・ローズ》が異次元の門を潜り抜けて1つとなり、《幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ》が生誕した!
 この様子を見た魔王は、すぐには何が起きたのか把握できなかったようで、ぽかんとしていた。が、少しして状況を把握したらしく、驚愕をあらわにした。
「えっ!? ええええええええっっ!? ちょっとこれどういうこと!? なんで僕の《フュージョン・ゲート》の効果を君が使ってるんだよ!? おかしいだろ!」
 魔王が目を剥いて叫んだ。納得行かないという表情だ。まあ、無理もないかもしれない。自分のフィールドにあるカードの効果を、いきなり対戦相手に使われたわけだから。
 でも、これは、別におかしくもなんともない。きちんとルールに則った行動だ。
 あわてふためく魔王に向かって私は問いかけた。
「魔王。あなたの《フュージョン・ゲート》のカードの種類は?」
「はっ? カードの種類? そんなの決まってるだろ! 魔法カードだよ!」
「魔法カードにも色々と種類があるわよね? 《フュージョン・ゲート》はどういう種類の魔法?」
「どういう種類の魔法って……《フュージョン・ゲート》はフィールド魔法だ! そんなことを訊いて何を――」
 と、ここで魔王は言葉を止めた。そして数秒後、顔を真っ青にした。
「し、しまったあああああっっ! そういうことかあああああっっ!」
「気がついたみたいね! そう! 《フュージョン・ゲート》はフィールド魔法! そして、フィールド魔法というのは、フィールド全域に効果を及ぼす! だから、その効果は私にも有効なのよ!」

フュージョン・ゲート
【フィールド魔法】
(1):ターンプレイヤーはメインフェイズにこの効果を発動できる。
ターンプレイヤーは自身の手札・フィールドから
融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを除外し、
その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。

 フィールド魔法はフィールド全域に効果を及ぼす。それゆえに、フィールド魔法の中には、自分だけでなく相手にも効果を及ぼすカードがある。《フュージョン・ゲート》はまさに、そういうカードの1枚ってわけだ。
 先ほど私がした「すごい発見」というのはこのことだ。私が考えた逆転法では、どうしても融合召喚を2回行う必要があった。ところが、現状の私の持ち札では、どう頑張っても融合召喚は1回しか行えない。せめてあと1枚、融合召喚を行えるカードがあれば――そう考えていた時、魔王のフィールドの《フュージョン・ゲート》が目に入り、その効果を利用すれば融合召喚ができると気づいた。それが私の「すごい発見」だった。
「くそっ! 僕のカードを利用して融合するとは! その手があったか!」
 魔王は悔しそうな顔を浮かべ、私のフィールドの《幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ》を睨み付けた。
「《幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ》……そいつも光属性か。攻撃力は1000……ずいぶん低くなったものだな。まあ、《オネスト》を持つ今の君には、攻撃力の数値なんて関係ないんだろうけど」
 魔王はそう言ったけど、それは違う。《幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ》の攻撃力が1000であることはとても重要だ。それは今に分かる。
 私はフィールドと手札をざっと確認した。

<ターン6>
【魔王】 LP:4000 手札:0枚
     場:フュージョン・ゲート(フィールド魔法)、G限爆弾(永続魔法・対象:マスター・オブ・ゴキボール)
     場:マスター・オブ・ゴキボール(ATK5000)、始祖竜ワイアーム(ATK2700)
【柊柚子】 LP:50 手札:1枚(オネスト)
     場:幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ(ATK1000)
     場:

 もう仕込みは全て終わった。あとは、最後の一手を決めるだけ!
「さあ、私のショーも、いよいよフィナーレよ!」
「ブルーム・ディーヴァで攻撃する気か!?」
「その通り! バトルよ! 《幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ》で《マスター・オブ・ゴキボール》に攻撃!」

 (ATK1000)幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ → マスター・オブ・ゴキボール(ATK5000)

 ブルーム・ディーヴァが《マスター・オブ・ゴキボール》に攻撃を仕掛ける! この攻撃で、デュエルに終止符を打つ!
「ここで《オネスト》を使って、ブルーム・ディーヴァの攻撃力を上げるってわけか!」
「正解! 私はダメージ計算前に《オネスト》を手札から墓地へ送り、その効果を発動! ターンの終わりまで、ブルーム・ディーヴァの攻撃力を《マスター・オブ・ゴキボール》の攻撃力分アップする!(手札:1→0)」
 ブルーム・ディーヴァの背中に白い翼が出現した。それに伴い、ブルーム・ディーヴァの攻撃力が上昇する。

 幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ ATK:1000 → 6000

「攻撃力6000だと!?」
「いっけぇー! ブルーム・ディーヴァ!」
 威力を増大させたブルーム・ディーヴァの攻撃が《マスター・オブ・ゴキボール》の巨体に命中する! それにより、《マスター・オブ・ゴキボール》の巨体に大きな罅が入った。

 (ATK6000)幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ → マスター・オブ・ゴキボール(ATK5000):破壊

「くっ! 《マスター・オブ・ゴキボール》が破壊されたか! でも、《マスター・オブ・ゴキボール》の効果により、僕が受ける戦闘ダメージは0になる! 残念だが、僕のライフは削ることはできないぞ!」
 魔王の言うように、《マスター・オブ・ゴキボール》を戦闘破壊しても、彼のライフは1ポイントも削れない。
「それから、《マスター・オブ・ゴキボール》のもう1つの効果も忘れてもらっちゃ困る! このカードがフィールドから離れた場合、相手フィールドのカードを全て除外し、僕の場に《ゴキボールトークン》を可能な限り特殊召喚する! この効果で、君のブルーム・ディーヴァは除外されるぞ! さあ、消え去れ!」
 戦闘破壊により、《マスター・オブ・ゴキボール》のカード除外・トークン発生の能力も発動する。このままだと、私のブルーム・ディーヴァは除外されてしまう。
 けど、そうはならないわ。その前に、このデュエルは終わる!
「まだよ、魔王! フィールドの《マスター・オブ・ゴキボール》をよく見てみなさい!」
「えっ?」
 魔王がフィールドを見る。そこには、ブルーム・ディーヴァの攻撃を受け、巨体に痛々しい罅が入った《マスター・オブ・ゴキボール》がいる。
 それを見て、魔王は異変を感知したようで、眉をひそめた。
「なんで、《マスター・オブ・ゴキボール》の効果が発動しないんだ? 《マスター・オブ・ゴキボール》は戦闘破壊されたはずだろ?」
「たしかに、《マスター・オブ・ゴキボール》は戦闘破壊されたわ」
「だったらどうして……」
 魔王はハッとした顔つきになった。
「まさか、ブルーム・ディーヴァには、戦闘破壊したモンスターの効果を無効にする効果が――」
 私は首を横に振り、魔王の言葉を途中で遮る形で言った。
「いいえ、ブルーム・ディーヴァには、モンスター効果を無効にする能力はないわ」
「じゃ……じゃあ、何故《マスター・オブ・ゴキボール》の効果が発動しない……?」
 何がなんだか分からない様子の魔王。
 そんな彼に対して私は言った。
「発動しないわけじゃないわ。《マスター・オブ・ゴキボール》の効果はちゃんと発動するわよ」
 ここで一呼吸おいてから私は続けた。
「――『ダメージステップ終了時』になったらね」
 私の言葉を聞いた魔王は、眉間にしわを寄せた。
「ダメージステップ終了時……何を言ってるんだ?」
 困惑する魔王に向かって私は問いかける。
「ダメージステップが5つの段階に分かれているのは知ってるわよね?」
「そりゃ知ってるさ。『ダメージステップ開始時』、『ダメージ計算前』、『ダメージ計算時』、『ダメージ計算後』、『ダメージステップ終了時』の5段階に分かれてるんだろ。それがどうしたのさ」
「その5つの段階の中で、モンスターの戦闘破壊が確定するのはどこのタイミング?」
「ダメージ計算時さ。そこでライフ計算が行われ、モンスターの戦闘破壊が確定する」
「そうね。じゃあ、戦闘破壊されたモンスターがフィールドを離れ、墓地へ送られるのはどこのタイミング?」
「それはダメージステップ終了時さ。ダメージステップ終了時に入ると、戦闘破壊が確定したモンスターは墓地へ送られるんだ――」
 そこまで言ったところで、魔王は何かに気づいたような顔をした。
「そうか。戦闘破壊された《マスター・オブ・ゴキボール》がフィールドを離れるのは、ダメージステップ終了時。つまり、ダメージステップ終了時にならないと、《マスター・オブ・ゴキボール》の『フィールドを離れた際に発動する効果』は発動しない……」
「そう。今は『ダメージ計算時』が終わって、『ダメージ計算後』に入ったところ。『ダメージステップ終了時』には入ってないわ。だから、《マスター・オブ・ゴキボール》はまだフィールドに残っている」
「それで《マスター・オブ・ゴキボール》の効果がまだ発動しないわけだ」
「そういうこと。そして――」
 私はフィールドのブルーム・ディーヴァを指さした。
「ダメージ計算後であるこのタイミングで、《幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ》のモンスター効果を発動させてもらうわ!」
「何!? このタイミングで効果発動だと!?」
「ブルーム・ディーヴァが特殊召喚された相手モンスターとバトルを行ったダメージ計算後、その相手モンスターとこのカードの、元々の攻撃力の差分のダメージを相手に与え、相手モンスターを破壊する!」
「元々の攻撃力の差分のダメージだと!? それじゃあ……」
 私はニヤリとした。
「そう! ブルーム・ディーヴァの元々の攻撃力は1000! 《マスター・オブ・ゴキボール》の元々の攻撃力は5000! その差は4000よ! つまり、4000ダメージがあなたに襲い掛かる!」
「バカな!? 一撃で4000ダメージだと!? そんなことがあって――」
 と、魔王はここで言葉を止めた。次の瞬間には、その顔に余裕が浮かんでいた。
「――残念だが、そうは行かないぞ柊さん! 君はもう忘れたのかい!?」
 魔王は、フィールドにいる《マスター・オブ・ゴキボール》を指さした。
「《マスター・オブ・ゴキボール》は戦闘破壊されたけど、まだこうしてフィールドに残っている! つまり、《マスター・オブ・ゴキボール》が持っている『全てのダメージを0にする効果』も生きてるってわけだ! だから、ブルーム・ディーヴァの効果を発動させたところで、僕にダメージは与えられないぞ!」
 魔王は勝利を確信したかのように大笑いした。
「ふはははは! 惜しかったねえ! もしも《マスター・オブ・ゴキボール》にダメージ無効の効果がなければ、君は勝っていたのにさあ! さ、これで君の負けは本格的に確定した。もうこれ以上できることは何もないだろ。大人しく負けを認めて、その魂を僕に捧げたまえ! うひゃひゃひゃひゃ!」
 もはや、私が敗北する以外の結末はない。魔王はそう確信しているようだった。
 そんな彼に向かって、私はぴしゃりと言ってやった。
「それはどうかしら?」
 そして、魔王のフィールドにいる、巨体に罅の入った《マスター・オブ・ゴキボール》を指さした。
「《マスター・オブ・ゴキボール》の持っているダメージ無効効果は、フィールドに表側表示で存在する限り適用される永続効果! 当然、戦闘破壊され、フィールドに表側表示で存在しなくなれば、その効果は適用されなくなるわ!」
「それがどうした! 《マスター・オブ・ゴキボール》は戦闘破壊されたけど、まだフィールドに存在している! だから、ダメージ無効効果は有効だ!」
 私は首を横に振った。
「それは違うわ! 永続効果というのは、ダメージ計算が終わり、戦闘破壊が確定した時点でその効力を失うのよ! つまり、《マスター・オブ・ゴキボール》のダメージ無効効果は、『ダメージ計算時』のタイミングで戦闘破壊が確定した時点で失われている! よって、今のタイミング――『ダメージ計算後』の段階では、もう既に適用されなくなっているのよ!」
 それを告げた瞬間、魔王の顔が凍り付いた。
「……え? ……そうなの?」
「そうよ! だから私は、《オネスト》を使ってまで、ブルーム・ディーヴァで《マスター・オブ・ゴキボール》を戦闘破壊したのよ! 《マスター・オブ・ゴキボール》のダメージ無効効果を消失させるためにね!」
 私は《マスター・オブ・ゴキボール》に向けていた指をブルーム・ディーヴァのほうへと移動させた。
「もう、あなたのライフを守ってくれるものは何もない! ブルーム・ディーヴァの効果で、あなたには4000ダメージを受けてもらうわ!」
「ちょっ!? ちょちょちょちょっとタンマタンマタンマっ!」
「ブルーム・ディーヴァの効果! 『リフレクト・シャウト』! 4000ダメージを食らいなさい!」
 ブルーム・ディーヴァが魔王に向かって声を発した! その声は衝撃波となり、魔王の体に直撃する!
「う……嘘だ! こんなバカな! あり得ない!」
「これで私のワンショットキルが成立! あなたの負けよ!」
「チキショオォォォォォッッ! こんなのってアリなのかよぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 魔王 LP:4000 → 0

「どわあああああああああっ!」
 一気に4000ものダメージが発生し、魔王のライフが0を示した!
 勝った……! どうにか……勝ったわ!

柊柚子 WIN!




終章 悪夢の終わり


 デュエルが終わったことで、ソリッドビジョンが消えていく。モンスターが消え、魔法カードが消える。私の胸にへばりついていた《G限爆弾》のソリッドビジョンも消え、《フュージョン・ゲート》の影響で変貌していた周囲の景色は、円形の薄暗い部屋のものへと戻った。
「バカな……この僕が……魔王である僕が、デュエルで敗北するなんて……」
 魔王はがっくりとその場に膝をついた。負けたことが相当ショックなようだ。
「デュエルは私の勝ちよ! これで、私に取り憑いた闇の力は浄化される! そうよね!?」
「ぐぅ……っ!」
 魔王は歯噛みした。
「たしかに、僕が負ければ、君に取り憑いた闇の力は浄化される……!」
「闇の力は、待っていれば自然に浄化されるのかしら? それとも、あなたが取り除いてくれるの?」
「その両方、かな……。僕が君に負けたと心から認めれば、闇の力の浄化が始まる。あとは、闇の力が完全に消え去るまで待っていればいい」
「なるほど。あなたが負けを認めることがスイッチになるってわけね。じゃあ、もう既に闇の力の浄化は始まっていると考えていいわよね? あなたは私に負けたんだから、当然、もう負けを認めているはずだし」
 この問いに対する答えはイエスだろう、と思って問いかけた。
 ところが、魔王の答えは予想に反するものだった。
「いや……! 僕はまだ……負けを認めてはいない!」
「!?」
 ちょっと……それって……。
「あなた……デュエルに負けたじゃない。なら、負けを認めるしかないはずでしょ?」
「たしかに今のデュエル、僕は負けたよ。でも、それはあくまで、『今のデュエルで負けた』ということに過ぎない!」
「あ……あなた……一体、何を言って……」
 魔王はゆらりと立ち上がると、口の端を吊り上げて言った。
「誰も、このデュエルが1回勝負だなんて言ってない! そう! このデュエルは実は3回勝負のマッチ戦! 先に2勝したほうが真の勝者なのさ! つまり、まだデュエルは終わっていないのだよ!」
「〜〜ッ!」
 こ……こいつ! 負けを認めるのが嫌だからって、これはないでしょう!
「見苦しいわよ魔王! もうあなたは負けたんだから、素直に負けを認めなさいよ!」
「はぁ〜? 負けを認めるだって? なんで? だって、今はまだ君が1勝しただけだろ? このデュエルは3回勝負なんだぜ? これから2回連続で僕が君に勝つ可能性だってあるじゃないか! なのに、負けを認めるなんてあり得ないね! 僕に負けを認めさせたければ、あと1回、君が僕に勝てばいいだけの話さ!」
「ふ……ふざけないでよ! このデュエルが3回勝負だなんて、全然言ってなかったわ!」
「1回勝負だと言った覚えもないけどねー」
「くっ……! 冗談じゃないわ! 今更そんなこと言ったって無意味よ!」
「無意味かどうかは僕が決める! この城の中では僕こそがルール! 僕こそが神だ! 僕の言うことに従えないって言うなら、君の不戦敗扱いとするぞ!」
 無茶苦茶だった。
 まさか、魔王がこんな見苦しい奴だとは思わなかったわね。どうしよう。言うことを聞かないなら、私の不戦敗扱いにするとか言ってるし……あと1回魔王に勝って、完全に負けを認めさせるしかないかしら? でも、なんだか納得行かない……。
 迷っていると、魔王が急かしてくる。
「さあ、デュエルディスクを構えろ! 第2試合の始まりだ! それとも、ここで負けを認めるかい!?」
 どうにかして、魔王に素直に負けを認めさせることはできないものか……。
 例えば、「あなたにはデュエリストとしてのプライドがないのか」とか訴えてみたらどうだろう? 負けを認めるかしら? ……ダメ元でやってみるか。
「魔王! あなたにデュエリストとしてのプライドが少しでもあるなら、潔く負けを認めなさい!」
「断る! 僕はまだ負けてない! 僕に負けを認めさせたければ、あと1回、僕とのデュエルで勝つんだね!」
 ダメだった。プライドに訴えて引き下がるような男じゃないらしい。
 じゃあ、「レアカード渡すから、素直に負けを認めて」と言ってみたらどうかしら? もしかしたら、レアカード欲しさに負けを認めるかもしれない。
 ……なんか、プライドに訴える以上にダメそうな感じがするけど、とりあえず、ダメ元で挑戦してみよう。
「魔王! ならこうしましょう! もし今すぐ素直に負けを認めたら、レアカードを1枚あげるわ!」
「何っ!? レアカードだと!?」
 魔王の目がキラーンと光った。
 ……あれ? 食いついた?
「れ……レアカードって……その……どんなカード?」
 少し声を小さくして、魔王が訊ねてくる。
 これって……もしかしたら上手く行くんじゃ?
「レアカードを渡したら、負けを認めてくれる?」
「それは……その……レアカードの内容次第……かなぁ……」
 どうやら魔王は、レアカードの内容次第では負けを認めるつもりらしい。これは思わぬチャンス到来だわ。
 なんのカードを渡せば、魔王は引き下がってくれるだろう。
 私はデュエルディスクにセットされている自分のカードを見た。さすがに、デッキに入っているカードは手放せない(たとえ夢の中だとしても)。となると、デッキのカード以外のカードを渡すことになるけど……。
 あ、そういえば!
 私はポケットに手を入れた。そこには1枚のカードが入っている。それは、レアハンターからもらった、アルティメットレア仕様の《封印されしエクゾディア》のカードだった。
 ただでさえ貴重品であるエクゾディアのパーツカード。しかも、アルティメットレア仕様。これはかなりのレアカードだ。これなら、魔王も納得してくれるんじゃないかしら?
 私はアルティメットレア仕様の《封印されしエクゾディア》のカードを魔王に提示した。
「これなんてどう? アルティメットレア仕様の《封印されしエクゾディア》!」
「なっ……何!? アルティメットレアのエクゾディアだって!? そんなレアカードを持ってたのか!」
「負けを認めてくれたら、このカードをあなたにあげるわ! さあ、どうする!?」
「よし、分かった! 負けを認める! だから、そのカード僕にちょうだい!」
 魔王は二つ返事で負けることを受け入れた。
 あっさりと交渉成立したわね。こんなのでいいのかしら? まあ、これで魔王が素直に負けを認めるなら、それでいいか。
 ていうか、もしかして、初めから「《封印されしエクゾディア》のカードあげるから闇の力を浄化して」って交渉すれば、デュエルする必要なかったんじゃ……?
 ……いや、もう考えるまい。魔王の気が変わらないうちに、さっさと交渉をすませちゃおう。
「じゃあ、決まりね。あなたは素直に負けを認め、私に取り憑いた闇の力を浄化する。いいわね!?」
「分かった分かった! 僕の完全なる敗北だ! 君の勝ちだ! 心の底から認める! だから《封印されしエクゾディア》のカードちょうだい!」
「ホントに? ホントに心の底から負けを認めるのね? 口先だけじゃないわよね?」
「心の底から認めるって! だから早くレアカード!」
 魔王がレアカードを渡すように促してくる。
 本当に、彼は負けを認めたのかしら? 彼の言葉を信じていいのかしら?
 私は魔王の目を見た。目を見た限りでは、彼が本当に負けを認めたかどうかは分からなかった。ただ、早くレアカードをよこせと訴えかけてきていることだけは分かった。
 ここで疑っていても話が進むわけじゃない。むしろ、魔王の気が変わってしまうかもしれない。一か八か、この手にかけるしかない。
「分かった。このカード、あなたにあげるわ」
 私は《封印されしエクゾディア》のカードを魔王に向かって投げた。魔王はそれを指でキャッチすると、カードの絵柄を確認し、満足そうに笑みを浮かべた。
「アルティメットレア仕様の《封印されしエクゾディア》、たしかに受け取ったぞ! もう返さないからな!」
「はいはい。じゃあ、これであなたは、完全に負けを認めたってことでいいわよね?」
「ああ、僕の負けだ! 悔しいが、負けを認めるよ! ……ウッシッシ! エクゾディアパーツが手に入ったぜ! しかもアルティメットレア仕様! こいつはなかなかお目にかかれないレアカードだ! いやあ、儲かった儲かった!」
 悔しいと言いながら、魔王はめっちゃ嬉しそうだった。負けた悔しさよりもレアカードが手に入った嬉しさのほうが大きいらしい。
「あなたは負けを認めた。これで、闇の力の浄化が始まるのよね?」
「ああ、そのはずだよ。もう、すぐにでも変化が起き始めるはずだ」
 魔王はエクゾディアのカードを眺めながら言った。かなり気に入ったらしい。
「本当にあなた、負けを認めたのね?」
「認めたよ。さっきからそう言ってるじゃないか。僕は潔いデュエリストなんだ。負けたと感じた時は素直にそれを認めるさ」
「よ……よく言うわね……。さっきまで『1回勝負だなんて言ってない!』とか言ってたくせに――」
 そう言いかけたところで、私は自分の身に変化が起きているのを感じた。
 なんだか……目の前の景色が少しずつぼやけていっている。それとともに、周囲の景色が、少しずつ白さを増して、明るくなっている。
「その様子だと、もう何か変化を感じ取っているんじゃないか?」
 私の様子の変化に気づいたか、魔王が問いかけてきた。
 私は頷いた。
「うん。なんか……周りがぼやけて……明るくなっていく……。これ、大丈夫なの……?」
「闇の力が浄化されていってるんだ。別に不安になることはないよ」
「そう……。どのくらい待てば、闇の力は完全に消え去るの?」
「そんなにかからない。あと数分もすれば、完全に浄化されるはずだ」
 そんな会話をしている間にも、どんどん周囲の景色が変化していく。薄暗かった円形の部屋は、形のはっきりしない、明るい部屋へと変わっていく。いや、もはやここが部屋と呼べるのかさえ分からない。先ほどまで目の前にあった魔王の姿も、いつの間にか白い光の中に溶け込んでしまい、よく見えなくなっていた。
「周りが……光に包まれていく……」
「もうほとんど闇の力が浄化されたんだろうね。あと少しだよ」
 光の中で魔王の声が響いた。その声も、なんだか遠くから聞こえたような気がした。
「今夜はインターホンを壊されるわ、サイコロでロクな目は出ないわ、デュエルには負けるわで散々だったけど、めったに手に入らないエクゾディアのアルティメットレア仕様が手に入ったし、総合的にはツイてる日だったな!」
 魔王の声だ。先ほどよりも遠くから聞こえる。
「いやあ、儲かった儲かった! なんだよ、あのニュース番組の星座占い、ちゃんと当たるじゃん! こりゃもう、感謝の気持ちを込めたメールを番組宛てに送らなきゃならな――ってオイ! ちょっと待て!?」
 と、ここで魔王が何かに気づいたらしく、声を大きくした。
 それから魔王の声が聞こえなくなった。もう姿が見えなくなっただけでなく、声も聞こえなくなったのかな、と思った。
 ところが、そう思った次の瞬間、遠くのほうから魔王の声が響いた。
「柊さん! これコピーカード! 本物のカードなんかじゃない! この《封印されしエクゾディア》、よく見たらコピーされた物じゃないか! 魔王である僕の目は誤魔化されないぞ! チキショオ! テメー、パチモンつかませやがったな!」
 ……!?
 なんと、あの《封印されしエクゾディア》のカードはコピーカードだったらしい! そうなの!? 全然気づかなかったわ! じゃあ、レアハンターは私にコピーカードを渡したってこと!?
 そういえば、レアハンターはたしか、こう言ってたわ。

 ――グールズにとって、自転車のカギを無効化することなど、レアカードを複製するよりも簡単なことなのだ!

 レアカードを複製するよりも簡単――レアハンターはそう言った。今思えば、それはまるで、レアカードを複製した経験があるような言い方だ。まさか、あの男、レアカードの複製に手を出してたの?
「くそ……ふざけた真似しやがって…………今すぐ戻ってこい…………僕とデュエ…………」
 遠くから、魔王の悲痛な叫び声が、途切れ途切れで聞こえてくる。もう彼の声はほとんど聞こえなくなっていた。
 まあ……なんというか、その……知らなかったとはいえ、ごめんなさい。
 私は心の中で謝っておいた。





 その後、周囲は完全に光に包まれ、魔王の声も聞こえなくなった。





 ◆


「コングラチュレーション、柚子ガール!」
 光に包まれた空間の中に、聞き覚えのある声が響いた。
 この声は……ペガサスさん!
「ユーは見事、魔王を倒し、自らに取り憑いた闇の力を完全に浄化しました! これでユーはナイトメアから覚め、現実世界に戻ることができマース!」
 声のするほうに目を向けると、そこには銀色の長髪の男性――ペガサス・J・クロフォードが立っていた。彼は祝福の笑みを浮かべていた。
「これで私、現実世界に戻れるんですか?」
「イエス! 戻れるネー!」
「悪夢は終わったんですね?」
「イエース! ユーのナイトメアは終わりを告げたのデス! あとはあの扉から元の世界へ戻るだけネー!」
 ペガサスさんは右のほうを指さした。そちらを見ると、ここから数メートルほど先に赤い扉が出現しているのが分かった。いつの間に……。
「あの扉の向こう側へ行けば、ユーのナイトメアは完全にジ・エンド! 現実世界でユーは目を覚ますのデース!」
「扉の向こうへ行けば、目を覚ます……」
 私が呟くと、ペガサスさんは頷いた。
「目を覚ました時、ユーは今回のナイトメアで経験したことを、全て忘れていることでしょう」
「全て忘れる? どうしてですか?」
「闇の力によって生み出されたナイトメアは、闇の力が浄化されれば、完全に消滅してしまうのデース。それは、記憶からも抹消されるということを意味しマース」
「だから、目が覚めた時、今回の悪夢の内容は全部忘れている、と」
「そういうことデース。ま、夢というのは大抵、目を覚ますと内容を忘れているものネー。気にすることはありまセーン」
 私は、今回の悪夢で経験したことを思い出した。色々あった。色々と。

 レアハンターとデュエルし、マルコムタウンのことと、そこの酒場にいる情報通のことを教わった。
 マルコムタウンでマルコムの手下3人をワンターンスリーキルし、情報通のいる酒場の場所を教わった。
 モヒカンの男とのカードトレードで、《折れ竹光》と引き換えに《ダメージ・ダイエット》を手に入れた。
 酒場で、情報通から魔王に関する情報を教えてもらった。
 《モリンフェン》のカードでイガグリさんを助けて、お礼に《オネスト》をもらった。
 マルコムタウン駅のホームで、マルコムとデュエルした。
 地下鉄・青眼線の中で眠りにつき、夢の中だというのに、遊矢とアクションデュエルをする夢を見た。
 魔王の城で魔王とデュエルし、残りライフ50まで追い詰められたけど、返しのターンで逆転ワンショットキルを決めた。
 アルティメットレア仕様の《封印されしエクゾディア》(コピーカード)を魔王に渡し、魔王に敗北を認めさせた。
 魔王に勝ったことで、闇の力が浄化され、悪夢が終わりを告げた。

 ――これらのことが、目を覚ました時には記憶から消えている、とペガサスさんは言う。
 悪夢から覚めるのは喜ばしいことだけど、その時の経験が全て記憶から消えてしまうというのは、ちょっとだけ寂しい気がした。
 でも、仕方ないわね。
「さあ、柚子ガール! あの扉から元の世界へ戻るのデース! あまりこの場に長く留まっていると、再び闇の力に取り憑かれる危険性がありマース! 早く扉の向こうへ行くのデース!」
「えっ! それは大変だわ! 早く元の世界へ戻らないと!」
 せっかくここまで来たのに、また悪夢の世界に逆戻りしちゃうのは困る。早くここから出ないと!
 私はペガサスさんに向かって頭を下げた。
「いろいろ教えてくれて、ありがとうございました」
「礼には及びまセーン。私は私の役割を果たしたまで……」
 ペガサスさんは少し考える仕草をした後、こう告げた。
「この世界で体験したことを全て忘れるユーに対し、こんなことを言っても無意味なのデスが、1つだけ言わせてくだサーイ」
「はい?」
「これからユーは現実世界に戻るわけデスが、そこでユーは多くの困難に直面することでしょう。しかし、この世界で魔王を倒し、ナイトメアを終わらせたユーであれば、どんな困難も乗り越えることができると私は確信していマース! 頑張ってくだサーイ!」
「ペガサスさん……」
 応援の言葉に、思わずジンと来てしまった。
「本当にありがとうございました」
 私は改めてお礼の言葉を述べると、扉に向かって足を進めた。
 扉の向こうへ行けば、悪夢は終わり、私は目を覚ます。目を覚ました時、私は今回の悪夢のことを忘れている。この世界で起こった様々な出来事、それに関する記憶が全て抹消される。
 この世界に来た時、ペガサスさんは、私がシンクロ次元に飛ばされたということを教えてくれたけど、そのことも当然忘れているはずだ。きっと、目を覚ました私は、自分がどこにいるのか、すぐには分からないだろう。平然としてはいられないはずだ。
 それを考えると、気が重くなってくる。けど、今はとにかくこの世界から出よう。まずは、現実世界に戻らなきゃ。

 扉の前に来た。
 私は深呼吸を1つすると、扉の取っ手をつかんで引いた。扉はすんなりと開いた。
 扉の向こう側は、ここよりも強い光で満たされている。その光に向かって、私は大きく前進した。

 光が私を包み、全て真っ白になった――。





遊☆戯☆王ARC-V 54話『シンクロ次元「シティ」』に続く...







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