GX AFTER

製作者:表さん




※本作は、アニメ『遊☆戯☆王デュエルモンスターズGX』のアフターストーリーです。
 また、あっぷるぱいさん作の『裏切者』を先に読むことをお勧めします。






第一章

 ――夕暮れ時の街中で、青年は不意に足を止めた。
 とある電器店のショーウィンドウ、その中の最新式テレビに見入る。何もそれが欲しいというわけではない。その画面の中に、見知った男の姿を確認したためだ。

 画面内では、2人の若い男が対峙し、大観衆の前で“闘い”を繰り広げていた。“闘い”とは言っても、殴り合いなどではない。彼らが行っているのは“決闘(デュエル)”――絶頂の人気を誇るカードゲーム“デュエルモンスターズ”による試合だ。
 彼ら2人は“プロデュエリスト”。観衆の前でデュエルを行い、それを生業とする、文字通り“プロ”のカードプレイヤーである。





 日本のとある都市にある巨大デュエルドーム、そこでその試合は執り行われていた。
 “ある兄弟”の手により、今年から発足されたプロリーグ“カイザーリーグ”――その二回戦に当たる一戦である。満席とはいかないまでも、客席はおよそ9割強が埋まっている。新設されたばかりのリーグとしては、相当な注目度と言えるだろう。もっともその一因には、現在闘っているデュエリストの1人が、相当のファン層を持っていることが挙げられるのだが。

「――俺のターン、ドローッ!!」
 プロデュエリスト――篠田(しのだ)圭一(けいいち)は、真剣な面持ちでカードを引いた。篠田はプロ入りから一年足らずの新人だが、悪くない戦績の持ち主だ。もっと言うならば、約半年前までの彼は“期待の新人”とまで呼ばれていた。しかしその頃に起きた“ある事件”以降、しばらくはスランプに陥っていた。ここ最近では持ち直した様子で、全勝とはいかないまでも、順調に白星を重ねている。それというのも今現在、彼には一つの“目的”があるからだ。
(この一戦だけは……負けるわけにはいかない!)
 強い瞳で手札を見つめ、判断する。
 劣勢のフィールドを覆す、最善のプレイングを見出し――篠田は行動を起こした。
「相手フィールドにのみモンスターが存在するとき、このモンスターは手札から特殊召喚できる! 来い、《太陽の神官》!」


太陽の神官  /光
★★★★★
【魔法使い族・効果】
相手フィールド上にモンスターが存在し、
自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
フィールド上に存在するこのカードが破壊され
墓地へ送られた時、自分のデッキから「赤蟻アスカトル」
または「スーパイ」1体を手札に加える事ができる。
攻1000  守備2000


「さらに罠カード《リミット・リバース》を発動! 墓地から攻撃力1000以下のモンスターを特殊召喚する! チューナーモンスター《マジカルフィシアリスト》を特殊召喚!!」
 篠田のフィールドに、2体の魔法使い族が並んだ。この状況の意味を理解し、対戦相手は顔をしかめる。


マジカルフィシアリスト  /炎
★★
【魔法使い族・チューナー】
このカードが召喚に成功した時、
このカードに魔力カウンターを1つ置く(最大1つまで)。
このカードに乗っている魔力カウンターを1つ取り除く事で、
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力を、
エンドフェイズ時まで500ポイントアップする。
攻 800  守 400


「いきます……! レベル5《太陽の神官》に、レベル2《マジカルフィシアリスト》をチューニング!!」
 《マジカルフィシアリスト》は2つの星となり、《太陽の神官》の周囲を巡り出す。フィールドが光り輝き、新たな魔術師がフィールドに姿を現した。
「撃ち抜け――《アーカナイト・マジシャン》!!」


アーカナイト・マジシャン  /光
★★★★★★★
【魔法使い族・シンクロ/効果】
チューナー+チューナー以外の魔法使い族モンスター1体以上
このカードがシンクロ召喚に成功した時、
このカードに魔力カウンターを2つ置く。
このカードに乗っている魔力カウンター1つにつき、
このカードの攻撃力は1000ポイントアップする。
また、自分フィールド上に存在する魔力カウンターを1つ取り除く事で、
相手フィールド上に存在するカード1枚を破壊する。
攻 400  守1800


 シンクロ召喚――ここ数年の間に誕生した、新たな召喚システム。
 “チューニング”により生み出されるモンスター達には、他とは一線を画す、強力なカードが多い。いま篠田が召喚した《アーカナイト・マジシャン》も、その代表的な一枚と言えよう。
「シンクロ召喚成功時、“魔力カウンター”が2つ乗り……攻撃力2000ポイントアップ! さらに! フィールド魔法《魔法都市エンディミオン》に乗った“魔力カウンター”を1つ取り除くことで効果を発動! あなたの《スクラップ・ドラゴン》を破壊します!!」
「!! 何……っ!」
 杖から放たれた光線が、相手の上級ドラゴンを撃ち貫き、爆散させる。
 篠田の思わぬ反撃を受け、相手デュエリストは顔をしかめた。
「まだだ! エンディミオンの“魔力カウンター”をさらに2つ取り除き――残った伏せカード2枚も破壊します! いけ、《アーカナイト・マジシャン》!!」
 続けて2つの光線が、相手デュエリストの場を襲う。
 そうはさせまいと、彼はそのうちの1枚を発動した。
「トラップカードオープン、《ダメージ・ダイエット》! このターン、オレが受けるダメージは全て半分になる!!」


ダメージ・ダイエット
(罠カード)
このターン自分が受ける全てのダメージは半分になる。
また、墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
そのターン自分が受ける効果ダメージは半分になる。


「クッ……でも! もう1枚の伏せカードは、そのまま破壊されます!!」
 篠田のその言葉通り、相手の伏せカード1枚は、発動されぬまま墓地へ送られる。
 しかし相手は、その口元に勝ち誇った笑みを浮かべた。
「破壊されることで発動するカードもあるのさ……! 《おジャマジック》の効果発動! デッキからクズどもを手札に揃える!!」
 観衆が沸いた。彼――“万丈目ブラックサンダー”のエースカードの登場に。


おジャマジック
(魔法カード)
このカードが手札またはフィールド上から墓地へ送られた時、
自分のデッキから「おジャマ・グリーン」「おジャマ・イエロー」
「おジャマ・ブラック」を1体ずつ手札に加える。


 “万丈目準”がプロデュエリストとなって以来、5年が経過していた。
 スランプを迎えた時期もあり、順風満帆だったとは言い難い――しかし彼は屈することなく、今では強豪デュエリストの一人として、プロデュエリスト界に存在している。他のプロとは一線を画すモンスター・戦術を披露することからも、彼のファンは相当数いる。
「……!! でも、そんなカードでこの戦況は覆ませんよ! 《アーカナイト・マジシャン》、万丈目さんにダイレクトアタック!!」

 ――ズガァァァッ!!

 《アーカナイト・マジシャン》の魔法が、今度はプレイヤーを直接撃つ。しかしその破壊力は、トラップの効果により半減されている。

 万丈目ブラックサンダー:LP2700→1500

「さらにっ!! トラップカード《バスター・モード》を発動! この効果により《アーカナイト・マジシャン》は進化する――現れろ、《アーカナイト・マジシャン/バスター》!!」


アーカナイト・マジシャン/バスター  /光
★★★★★★★★★
【魔法使い族・効果】
このカードは通常召喚できない。
「バスター・モード」の効果でのみ特殊召喚する事ができる。
このカードが特殊召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを2つ置く。
このカードに乗っている魔力カウンター1つにつき、
このカードの攻撃力は1000ポイントアップする。
このカードに乗っている魔力カウンターを2つ取り除く事で、
相手フィールド上に存在するカードを全て破壊する。
また、フィールド上に存在するこのカードが破壊された時、
自分の墓地に存在する「アーカナイト・マジシャン」1体を
特殊召喚する事ができる。
攻 900  守2300


「進化したアーカナイトの攻撃力は2900――追撃だっ!!」

 ――ズドォォォンッッ!!!

「!! ぬう……っ」
 万丈目がよろける。威力を半減されているとはいえ、直接攻撃二連発――これにより、彼のライフは風前の灯だ。

 万丈目ブラックサンダー:LP1500→50

「俺はこれで……ターンエンドっ!!」
(勝てる……このデュエル、もらった!!)
 篠田は勝利を確信し、右拳を思わず握りしめた。


<万丈目ブラックサンダー>
LP:50
場:
手札:3枚(《おジャマイエロー》《おジャマブラック》《おジャマグリーン》)
<篠田圭一>
LP:2400
場:《アーカナイト・マジシャン/バスター》,《魔法都市エンディミオン》
手札:0枚


黄『あっ、兄貴ぃ〜! どうするの〜? 大ピンチよ〜!』

(フン……慌てるな見苦しい。貴様らはオレのデッキのエースなんだ。もっと堂々と構えていろ)
 声には出さずに“精霊”に応え、万丈目はデッキに指を伸ばす。
「いくぞ……オレのターンだ! ドローっ!!」
 気合いを込めてカードを引く。
 そしてドローカードを見て、ニッと笑みを浮かべた。
「きたか……! オレはマジックカード《手札抹殺》を発動!!」
「!! な……っ」
 その引きの良さに、篠田の表情が強張る。
 これで万丈目の手札3枚は、一新されることになる。

黄『ちょっ、兄貴ぃ〜! さっき、おいら達のこと“エース”って言ったじゃない〜!』
緑『あきらめろイエロー……いつものことだろ』
黒『こうなる気がしてたんだよなぁ〜……』

 万丈目は構わず3枚を捨て、新たに3枚を引き抜く。
 そして彼の脳裏には、勝利への道筋がイメージされた。
「魔法カード《トライワイトゾーン》を発動! 墓地より復活しろ、おジャマ三兄弟!!」


トライワイトゾーン
(魔法カード)
自分の墓地に存在するレベル2以下の通常モンスター3体を選択して発動する。
選択したモンスターを墓地から特殊召喚する。


緑『おジャマふっかぁ〜つ!!』
黄『信じてたわよ兄貴ぃ〜!!』
黒『一生ついてくぜコノヤロ〜!!』


 攻撃力0、守備力1000――3体の雑魚モンスターが並ぶ。
 ただの時間稼ぎと楽観視したいところだが、そうはいかない。《おジャマイエロー》《おジャマグリーン》《おジャマブラック》――この3体が揃ったときのみ発動できる、超強力なカードが存在するのだ。
「力を見せろ、クズ共!! これがコイツラの必殺カード――《おジャマ・デルタハリケーン!!》ッ!!」


おジャマ・デルタハリケーン!!
(魔法カード)
自分フィールド上に「おジャマ・グリーン」「おジャマ・イエロー」
「おジャマ・ブラック」が表側表示で存在する場合に発動する事ができる。
相手フィールド上に存在するカードを全て破壊する。


黄『いくよ、あんちゃん達!!』
緑『今こそ兄弟の絆を見せるとき!!』
黒『おジャマ究極奥義〜!!』

 3体のおジャマ達による、何とも説明しがたい(というかしたくない)動作を経て、フィールドに巨大な“ハリケーン”が生まれる。
 それは篠田のフィールドを強襲し、彼のフィールドのカードを全滅させる――かに、思われたのだが。
「……ッッ!! フィールド魔法《魔法都市エンディミオン》は魔力カウンター1つを取り除くことで、破壊を免れることができる! さらに《アーカナイト・マジシャン/バスター》が破壊されたとき、墓地から進化前のモンスターを特殊召喚できる――復活しろ、《アーカナイト・マジシャン》!!」
 結果として、篠田の切札モンスターの弱体化には成功したものの、フィールドのカード枚数は減っていない。この結果を受けて、篠田の心には逆に余裕が生まれた。
(いける……! 《魔法都市エンディミオン》にはまだ、カウンターが4つ乗っている! 攻撃力は400に落ちたけど、《アーカナイト・マジシャン》の効果で相手フィールドを一掃すれば……ダイレクトアタックで俺の勝ちだ!!)
 その様子を見て、三兄弟はこそこそと相談を始めた。

緑『なあ……やばいんじゃないか、これ?』
黄『どうするのよ、あんちゃん達〜』
黒『どうするも何も……どうにもならないだろ、これ』

 情けないその姿を見て、万丈目は大きくため息を吐いた。
「情けない姿を見せるな……この程度、想定済みだ。オレにはすでに、勝利への道が見えている!」
 万丈目は見得を切り、高らかに宣言をした。
「オレはレベル2の《おジャマグリーン》と《おジャマブラック》を――オーバーレイッ!!」
「!! な……っ!?」
 篠田が驚愕に両眼を見開く。

緑『そうか、その手があったぜ〜!』
黒『おジャマ最強エクシーズ〜!!』

 2体のおジャマは光の球体となり、異次元への“穴”を空け、吸い込まれてゆく。そして爆発を起こし、新たなモンスターとして生まれ変わった。
「――2体のおジャマでオーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚!! 現れろ、《ダイガスタ・フェニクス》!!」


ダイガスタ・フェニクス  /風
★★
【炎族・エクシーズ/効果】
レベル2モンスター×2
1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、
自分フィールド上に表側表示で存在する風属性モンスター1体を
選択して発動する事ができる。このターン、選択したモンスターは
1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。
攻1500  守1100


「……モンスター……エクシーズ……!!」
 苦い記憶が脳裏をよぎり、篠田は顔を歪めた。
 “エクシーズ召喚”は“シンクロ召喚”に続き、最近開発されたばかりの召喚システムだ。試験的投入の感があり、世間にはあまり出回っていない。プロデュエリストでも、所持しない者がざらに存在しているのが現状だ。
「そして効果を発動!! オーバーレイユニットを1つ取り除くことで、風属性モンスター《ダイガスタ・フェニクス》は2回の攻撃が可能となる!!」
 《ダイガスタ・フェニクス》は、周囲を巡る光球――《おジャマグリーン》の輝きを喰らい、甲高い嘶きを上げた。

黄『だっ、駄目よ兄貴ぃ〜!! 相手モンスターの守備力は1800! そのモンスターじゃ突破できないわぁ〜!!』

 万丈目はフッと、勝利の笑みを浮かべる。
「ああそうだ。《ダイガスタ・フェニクス》では《アーカナイト・マジシャン》を突破できない。そこで貴様の出番だ、イエロー!!」

黄『え、おいらの?』

 万丈目は誇らしげにイエローを見つめ、語り掛ける。
「そうだ、オレは知っている……クズにはクズの闘い方があると。見せてやれイエロー、貴様の底力を!!」

黄『……!! わ、わかったよ兄貴! おいらやってみる!!』
黒『(……ヤな予感……)』

 イエローを散々焚き付けた上で、万丈目は手札の最後のカードを発動した。
「マジックカード発動《突撃指令》!! さあいけ、《おジャマイエロー》!!」


突撃指令
(速攻魔法カード)
自分フィールド上に表側表示で存在する通常モンスター
(トークンを除く)1体を選択して発動する。
発動後、選択した通常モンスターをリリースして、
相手フィールド上のモンスター1体を破壊する。


黄『って……ええ〜!? そのカードだと、おいらまでやられちゃうじゃない〜!!』

 万丈目は気にした様子もなく、平然とイエローに命ずる。
「さあいけクズ!! 貴様のその五分の魂で、このオレの勝利に貢献しろ!!」

黄『うわぁ〜ん! 兄貴のバカぁ〜ん!!』

 見苦しく泣き叫びながら、イエローは突撃し、自爆する。
 これにより《アーカナイト・マジシャン》は破壊され、篠田のフィールドはガラ空き状態だ。
「……ッッ!! まさか、そんな――」
 狼狽える篠田に対し、万丈目はトドメの宣告をした。
「《ダイガスタ・フェニクス》のダイレクトアタック――二連打ァ!!!」

 ――ズドドォォォッッ!!!!

 篠田圭一:LP2400→900→0


<万丈目ブラックサンダー>
LP:50
場:《ダイガスタ・フェニクス》
手札:0枚
<篠田圭一>
LP:0
場:《魔法都市エンディミオン》
手札:0枚


 ライフが0になると同時に、篠田は両膝を折り、うずくまった。
 そんな彼を見下ろしながら、万丈目は悠然と語り掛ける。
「貴様は弱くなかった……が、相手が悪かったな。心に刻め、勝者の名を!! オレの名は――」
 勝利の宣言をすべく、万丈目は右手人差し指を突き上げる。
 その瞬間、会場は一つとなり、お決まりのコールが響き渡った。

『―― 一!』

『―― 十!!』

『―― 百!!!』

『―― 千!!!!』

「――万丈目ブラックサンダー!!!!!」

『――サンダーッ!!!!!!』

「――オレは!?」

『――万丈目ブラックサンダーッ!!!!!!!』

 こうなると手をつけられない、いつものことだ。
 客席はしばしヒートアップし、試合進行が困難になる。彼の純粋なファンというよりは、この一体感を味わいたいがために、試合会場へ足を伸ばす者も少なくないという。

 困惑する審判を無視して、万丈目は篠田に歩み寄り、手を差し伸べた
「ルーキーにしては中々の腕だったな……そう気を落とすな。このオレを目標に精進すれば、貴様はまだまだ伸びるはずだ」
 しかし、篠田に反応はない。敗北したことが相当ショックだったのか、顔を上げられずにいる。
「……!? お、おい。お前、大丈夫か?」
 様子を不審に思い、万丈目は片膝をつく。篠田はひとつの決意をし、ようやく顔を上げた。
「――万丈目……サンダー! あなたに頼みたいことがあります!」
「? 頼みだと?」
 篠田は両拳を握りしめ、熱意に満ちた瞳で、万丈目に告げた。
「俺の代わりに倒して欲しい……! あなたの次の対戦相手、あの人を――“覇王”を!!」
「!? “覇王”だと!?」
 二度と聞くつもりの無かったその名に、万丈目の背を戦慄が走った。





 デュエルの決着を見届けると、青年は背を向け、一言呟いてから歩き始めた。
「――強くなったな……万丈目」
 赤いジャケットを着たその青年の後を、太ったトラネコが駆け、追っていった。




第二章

 プロデュエリスト“万丈目ブラックサンダー”が、カイザーリーグ二回戦に勝利した頃――そこから少し離れたデュエルドームでも、同リーグの試合が執り行われていた。
 現在、そこで行われているのは、注目の対戦カード。デュエルを優位に進めているのは“エド・フェニックス”――文句なしの強豪。デュエルキングの座に極めて近い若手プロとして知られている。



Dragoon D−END  /闇
★★★★★★★★★★
【戦士族・融合/効果】
「D−HERO Bloo−D」+「D−HERO ドグマガイ」
このモンスターの融合召喚は上記のカードでしか行えない。
1ターンに1度だけ相手フィールド上のモンスター1体を破壊して
そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。
この効果を使用したターン、バトルフェイズを行う事ができない。
このカードが自分のターンのスタンバイフェイズ時に墓地に存在する場合、
墓地の「D−HERO」と名のついたカード1枚をゲームから除外する事で
このカードを特殊召喚する事ができる。
攻3000  守3000


「――《Dragoon(ドラグーン)D−END(ディーエンド)》、エフェクト発動! お前の《真六武衆−シエン》を破壊し……その攻撃力分のダメージを与える! いけ、“インビンシブル・D”!!」
「!! ぐう……っっ」
 場の上級シンクロモンスターを焼殺され、対戦相手――“久藤(くどう)誠司(せいじ)”は顔をしかめる。さらには2500の大ダメージ、彼のライフはわずか100ポイントを残すのみとなった。
 序盤こそ拮抗した試合展開であったが、エドが切札《Dragoon D−END》を融合召喚して以降、形勢は固まった。攻め込むエドと守る久藤―― 一方的ながらも久藤は堅守を見せ、なかなか決着には至らない。しかしようやく、エドが王手を掛けたように見える。
 にもかかわらず、エドは奇妙な違和感を覚えていた。何かがおかしい――まるで長期戦を狙い、いたずらにモンスターを墓地へ送るかのような戦術。いや戦術のみならず、“久藤誠司”という青年が発する雰囲気に、厭わしい既視感があった。
(外見にも戦術にも、似たデュエリストの心当たりは無い……気のせいか? いずれにせよ、何かを狙っている可能性はある……最後まで油断はできない)
「……“D−END”の効果を使用したターン、ボクはバトルフェイズを行うことができない。カードを1枚セットして――ターンエンドだ!」
 警戒を緩めることなくトラップを伏せ、エドはターンを終了した。


<エド・フェニックス>
LP:2800
場:Dragoon D−END,伏せカード2枚
手札:4枚
<久藤誠司>
LP:100
場:伏せカード1枚
手札:2枚


「……僕のターン……ドロー」
 久藤は静かに、ゆっくりとカードを引く。しかしそのカードを見て、口元を邪悪に歪めた。

 ドローカード:簡易融合(インスタントフュージョン)

「――今朝はね……悪かったんですよ、寝覚めが」
「? は……っ?」
 唐突に振られた話題の意味が分からず、エドはキョトンとする。
 久藤は薄笑いを浮かべ、小馬鹿にしたようにエドを見た。
「だからね……したかったんですよ、憂さ晴らし。だってそうでしょう? 僕がこんなにも苛立ってるのは“コイツラ”のせいなんですから」
「?? コイツラ? お前、さっきから何を言って――」
 エドの疑問に答えることなく、久藤はカードを発動した。
「――魔法カード《死者蘇生》を発動! 対象は《真六武衆−シエン》……さらに、その効果にチェーンして《非常食》も発動! 《死者蘇生》を墓地へ送り、ライフを1000回復させますよ」
 墓地からシエンが蘇り、さらに久藤のライフが1100まで回復する。
 エドは顔をしかめて身構え、久藤の最後の手札を睨んだ。
(シエンの攻撃力は2500……ボクの“D−END”には500届かない。残り1枚の手札は攻撃力増強カードか? だがたとえ破壊されても“D−END”には蘇生エフェクトがある……このターンさえ凌げば、ボクの勝ちだ!)
 いやそもそも、破壊される心配すらない。エドの場の伏せカードのうち1枚は、相手の攻撃宣言をトリガーとするトラップだ。攻撃してきたが最後、返り討ちは確定している。
「さらにライフを1000支払い……魔法カード《簡易融合》を発動。エクストラデッキからレベル5融合モンスター《魔導騎士ギルティア》を特殊召喚します。さあ……この意味が分かりますか、エド・フェニックス先輩?」
「……!! レベル5モンスターが……2体」
 流石ですね、と嘯(うそぶ)きながら、久藤はプレイを続行する。
「僕は! レベル5の《真六武衆−シエン》と《魔導騎士ギルティア》を――オーバーレイッ!!」
 2体のモンスターは光となり、地に穴が空き、吸い込まれてゆく。そして爆発が起こり、フィールドは強烈な光に包まれた。
「2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚!!」
 久藤は最早慣れた様子で、エクシーズ召喚を披露する。幾度となく勝利をもぎ取ってきた、黒き甲冑の悪魔を。
「全てを殺せ――《天魔王 紫炎》!!!」


天魔王 紫炎  /闇
★★★★★
【戦士族・エクシーズ/効果】
レベル5モンスター×2
このカードのエクシーズ素材を1つ取り除く事で、
以下の効果の内1つを選択して発動する。
●???
●???
攻2500  守2400


「……ッ!! クッ、このモンスターは……!」
 忌避すべきカードを出され、エドは顔をしかめる。
 《天魔王 紫炎》――久藤誠司のみが所持し、彼の“裏の切札”として知られる、多くのプロを悪夢に叩き落としたカード。現在の彼に付けられた“ある異名”、そのルーツとも呼ぶべき悪魔のカードだ。
「ハハハ……さあショーの始まりだ!! オーバーレイユニット《魔導騎士ギルティア》を取り除くことで、第1の効果を発動! 自分の墓地に存在するカードを、任意の順番に入れ替える!!!」
 一見するに、何の意味があるか分からない特殊能力。しかしそれは、その後に始まる“殺戮”の下準備に過ぎない。
 “天魔王”が抜刀し、周囲の光球を一つ斬り捨てる。魔力を得て、紫に輝く刀身を、地面に勢いよく突き立てた。
 そうはさせない――そう言わんばかりに、エドは場のトラップを発動する。
「永続トラップ《デモンズ・チェーン》を発動!! このエフェクトにより、そのモンスターの効果は――」
「無駄だァ!! カウンタートラップ《魔宮の賄賂》! 相手に1枚のドローを許す代わりに、そのトラップの効果を無効にする!!」
「!! しまった……ッ」
 刹那、エドの背を戦慄が走った。
 だが最早、抗う術は無い――現実を受け入れ、エドはカードをドローする。


デモンズ・チェーン
(永続罠カード)
フィールド上に表側表示で存在する効果モンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターは攻撃できず、効果は無効化される。
選択したモンスターが破壊された時、このカードを破壊する。

魔宮の賄賂
(カウンター罠カード)
相手の魔法・罠カードの発動を無効にし破壊する。
相手はデッキからカードを1枚ドローする。


「はは……残念でしたねぇ。サレンダーしてくれても良いんですよ? まあ認めませんけど」
 久藤は愉悦に顔を歪め、墓地スペースのカードを掴む。迷いなくカードを入れ替え、再び墓地へと戻した。
「さあ! これでさよならだ、エド・フェニックス――最後のオーバーレイユニット《真六武衆−シエン》を取り除き、“天魔王”第2の効果を発動!! 自分の墓地の一番上に存在する“六武衆”または“紫炎”と名のついた効果モンスターを特殊召喚する!!!」
 “天魔王”が再び光球を斬り捨て、紫に輝く刀身を今度は天に掲げた。
 “天魔王”から見て右隣りの地面が輝き、《真六武衆−シエン》がフィールドに舞い戻る。ここまでを見れば蘇生カード、仲間同士の結束を重んじる“六武衆”らしい特殊能力――そう思えただろう。
 だが、
「処刑しろ……《天魔王 紫炎》」

 ――ズシャァァァァッ!!!

 掲げた刀を振り下ろし、迷わず“シエン”の首を斬り落とした。首を失った胴が揺れ、その場に倒れ伏す。相も変わらず容赦ないその光景に、観衆全てが息を呑んだ。
「説明するまでもないだろうけど……“天魔王”には蘇生したモンスターを犠牲とし、“刃”とする能力がある。さあやれ――《天魔王 紫炎》!!」
 “天魔王”の周囲に、8本もの光剣が現れる。“天魔王”が刀の切っ先をエドに向けると、それらは撃ち出され、エドを貫いた。

 ――ズドドドドドドド!!!!!!!!

 1本も外すことなく、全てがエドの身体に突き刺さる。1本につき100ポイント、プレイヤーのライフを削り取った。

 エドのLP:2800→2000

「クッ……これが噂に聞く、“天魔王”の効果……!?」
 苦痛に顔を歪め、エドはよろける。
 おかしい――実際の痛みこそ無いものの、貫かれるたび、全身の力を抜き取られるような感覚を覚えた。
(ただのソリッドビジョンじゃない……? そうだこの感覚! まるで6年前の――)
「――何を呆けているんです……? まさか、これで終わりとか思ってませんよね?」
 “天魔王”の隣には新たに、別の“六武衆”が復活させられていた。
 そう、これこそが《天魔王 紫炎》の恐るべき特殊能力――この効果は、墓地の一番上に“六武衆”が続く限り繰り返されるのだ。


天魔王 紫炎  /闇
★★★★★
【戦士族・エクシーズ/効果】
レベル5モンスター×2
このカードのエクシーズ素材を1つ取り除く事で、
以下の効果の内1つを選択して発動する。
●自分の墓地のカードの順番を任意の順番に入れ替える。
●自分の墓地の一番上にあるカードが「六武衆」または「紫炎」と
名のついた効果モンスターだった場合、そのカードを特殊召喚する。
その後、そのカードをゲームから除外し、相手ライフに800ポイントダメージを与える。
この効果でモンスターを特殊召喚できなくなるまでこの効果を繰り返す。
攻2500  守2400


 ――ザシュゥゥゥゥッ!!!

 ――ズドドドドドドドッ!!!!!!!!

 ――ズバァァァァァッ!!!

 ――ズドドドドドドドッ!!!!!!!!

 凄惨な行為が繰り返される。
 まさに“公開処刑”。プレイヤーであるエド・フェニックスと、そして久藤の“六武衆”にとっての。

 エドのLP:2000→1200→400

 エドの身体にはすでに24本もの剣が刺さり、ぐったりとしていた。
 “天魔王”はなおも仲間の首を斬り、8本の光剣を生む。エドのライフを0にする、本来トドメとなる剣の舞を。
「ああ……もちろん知っていますよね? この処理は、僕の墓地の“六武衆”が尽きるまで繰り返される……さて、僕の墓地の“六武衆”はあと何体でしょう……?」

 ――ズドドドドドドドッッ!!!!!!!!

 エドのLP:400→0

 その瞬間、久藤の勝利が確定した。しかしまだまだ終わらない。久藤は更なる“六武衆”を出し、“天魔王”はその首を斬り落とす。
「僕も面倒なのでね……第1の効果で、特殊召喚するモンスター数を調整することも出来るんですけど。でも、そのせいで勝ちを逃しちゃったりしたら嫌でしょう? だから最後まで付き合って下さいね……エド・フェニックスさん?」
 悪魔の笑みを浮かべ、久藤は“処刑”を続ける。
 その手が止まるのは数分後――エドの肉体が112本もの光剣で串刺しにされた後であった。





「――以上が、第二会場で行われた試合内容だ……万丈目ブラックサンダー、何か感想はあるかい?」
 モニターに目を釘付けにされ、万丈目は言葉を失っていた。
 エドの敗北――しかもこのような形での。それにショックを受け、返答することができない。
 質問の主、万丈目のスポンサー会社の社長である男は、その様子を観察した上で言葉を続けた。
「君はエド・フェニックスとの対戦を心待ちにしていたからね……ショックも大きかろう。だが現実を見ねばならない。カイザーリーグ第三回戦、君の次の対戦相手は彼――“覇王”久藤誠司だ!」
 万丈目は両拳を握り締め、モニター画面で高笑いを見せる彼――久藤誠司を見据えた。




第三章

 ――久藤誠司、16歳。
 デュエルアカデミア中等部1年生の時、プロデュエリストの目に留まる。スポンサーを得て、13歳の若さでプロデビュー。
 デビュー当初は芳しくない成績だったが、じきに勝利を重ね、若手有望株として注目されるようになる。彼の実直なデュエルに魅せられ、ファンも多くついた。
 しかし半年前、“篠田圭一”とのデュエルを契機に、彼のデュエルスタイルは一変する。
 対戦相手を蹂躙するかのような不遜なデュエルスタイルをとり、その多くの試合で《天魔王 紫炎》のカードを見せるようになった。


「――企業イメージとの乖離(かいり)が見られ、間もなくスポンサー契約を打ち切られる。在学するデュエルアカデミア高等部は休学中。ここ一年間、黒星なし……か」
 万丈目はワインを口にしながら、ノートパソコンのモニターを睨んでいた。
 久藤誠司、明日の午後に控えた対戦相手の背景を訝しみ、万丈目はそれを調べている。
(それにしても……ネット上の評判は散々だな。週刊誌のネタにも何度かされている。“覇王”とともに付けられた、もうひとつの異名……“裏切者”か)
 彼の実直なデュエルに魅せられたファンの多くは、彼の変貌に失望し“裏切り”を感じたという。
 その一方で、現在の彼のヒールなデュエルに魅せられた者も少なくないようだ。“覇王”の呼び名は、そういった者達により付けられたものだ。
(しかしよりによって“覇王”とはな……オレ達への嫌がらせか何かか?)
 無論そんなはずはないと知りながら、万丈目は苛立ち交じりに舌打ちする。
 だがここまでの調べで、今日、篠田圭一からされた“頼み”の意味を理解できた。
 篠田からの頼み――それは覇王・久藤誠司を倒して欲しいというもの。
 「報復のためか」と問うと、篠田は首を横に振った。

『――あの人は憑りつかれてしまったんです……“勝利”に。あれが久藤さんの本性だなんて、あり得ない! 本当の久藤さんに戻ってもらうために……今のあの人を止めて欲しいんです!』

 “勝利”に憑りつかれる――プロの世界では、稀に聞く話だ。
 勝利を過剰に意識し、その人格を歪めてしまう。
 スランプに繋がり、自己崩壊するケースが多い。だがごく稀に、それを力に変換する者もいるのだ。

(いや……それだけじゃない。何か、妙な違和感がある……これは一体?)
 幾度となく“覇王”久藤誠司のデュエル映像を見るうちに、万丈目は奇妙な既視感を覚えていた。
 彼は再びパソコンを操作し、動画を立ち上げた。現在モニターに映るのは、デビュー当時の久藤誠司――まるで別人のように、楽しげにデュエルをする少年の姿があった。その少年のデュエルからは、その奇妙な印象を受けない。
 むしろ異なる、新たな既視感を抱いた。
(……どこか似ている気がする……“アイツ”に)
 万丈目は眉をしかめる。学生時代、浅からぬ因縁にあった男が脳裏をよぎり、複雑な感情を抱く。

 そこでふと、万丈目は動画を停止させた。コール音を鳴らし始めた携帯電話に手を伸ばし、通話ボタンを押す。
「――悪かったね、天上院くん。仕事中に電話を掛けてしまって」
 電話の先の女性の声が『いいのよ』と返してくる。
『文化祭前でやることが多くてね……普段ならもう帰宅している時間だわ』
「文化祭……そうか、もうそんな時期か」
 戻らぬ時に思いが馳せ、胸に郷愁を抱いた。
 彼女――天上院明日香は現在、彼らがかつて通っていたデュエルアカデミアで教師をしている。海外での留学生活を終え、今年から勤め始めたばかりだ。
『万丈目君とは久しぶり……でもないわね。この間の同窓会で会ったもの。それで、私に何か用なの?』
「ああ。知っていたら、少し聞きたいことがあって……オレの明日の対戦相手、“久藤誠司”というデュエリストのことなんだけど」
 明日香がその名に反応したのが、電話越しでも理解できた。
 少し沈黙を置いて、『知っているわ』と返してくる。
『そう、万丈目くんの対戦相手になったのね。久藤誠司……アカデミアの教師の中でも、彼の評判はすこぶる良かったわ。プロとしての活動が忙しくて、アカデミアにいることは稀だったけれど……私の講義にも何回か出席していたわ』
 明日香は溜め息をひとつ吐き、言葉を続ける。
『それだけに……現在の彼の変貌には、ほとんどの先生がショックを受けていたわね。彼はああなってしまって以来、一度もアカデミアには来ていないわ。程なくして親御さんから休学届が出された……少し聞いた話だと、実家を出て独り暮らしを始めたらしいわ。ご家族とも上手くいっていないみたいで……彼のお母さん、かなり思い詰めていたそうよ』
 なるほど、と万丈目は相槌を打つ。
 しかし彼が明日香に聞きたかったのは、そういった事情ではなかった。
 変貌した久藤誠司から感じられた、厭わしい感覚――その正体に、万丈目は心当たりがあった。
 だからこそ彼は、その確信を得たいがために、同じく“それ”を知る明日香に意見を求めたかったのだ。
「天上院くんは彼の……久藤誠司のデュエルを見たことはあるかい? そのとき、何か感じたことはなかったか?」
『? 久藤くんのデュエルから、感じたこと? 例の、変貌してからの彼のデュエルは、ほとんど見る機会が無かったけれど……それ以前に、アカデミアで彼のデュエルは何度か見たわ。純粋で、真っ直ぐなデュエルをする子だと思った。そして何より、デュエルを心から楽しんでいることが伝わってきた……タイプは少し違うけれど、まるで――』
 そこまで言いかけて、明日香は口を噤んだ。
 彼女が何を言わんとしたのか、万丈目は理解できてしまった。

 ――まるで……“彼”のようだった

 と。
 万丈目は思わず口を開き、声が自然と漏れ出た。
「…………君は、まだ――」
 しかしそこまで言いかけて、万丈目もまた言葉を呑んだ。
 それを尋ねるべきではない、そう気づいたから。

 ――今はただ待とう
 ――君の心の中から、“アイツ”が消える時を……

「――ありがとう天上院くん。色々と参考になったよ。本当に悪かったね、忙しい時期に」
『ううん、いいのよ。明日の試合、がんばってね。生徒の負けを願うなんて、本当はいけないかも知れないけど』
 それから二言三言を交わし、万丈目は電話を切った。
 望んだ情報は得られなかった――しかしそれでも良い。
 手元のグラスにワインを注ぎ、一気に飲み干す。そして呟いた。
「……貴様は今……どこで何をしている、十代」
 少し飲み過ぎたな、そうぼやいて、万丈目は両眼を閉じた。
 酔いに誘われるままにそのまま、深い眠りに落ちていった。




第四章

 ――まどろみの中で、久藤誠司は刀を振るっていた。
 妙に生々しい感覚が、それを握った右腕に伝わる。
 むせるような血の匂いの中、彼はいくつもの首を刎(は)ねていた。

 ――今日の対戦相手
 ――昨日の対戦相手
 ―― 一昨日の対戦相手

 ――僕をこの道へ誘い込んだマネージャー
 ――スポンサーだった会社の社長
 ――あの日、僕に負けたプロデュエリスト

 ――僕を産み育てた母
 ――僕に期待した父
 ――何も知らずに喜んだ妹

 ――お前らのせいだ
 ――お前らのせいで、僕はこんなにも苦しい
 ――死ねばいい

 ――死ね
 ――死ネ
 ――シネ

 そう唱えながら、久藤は首を刎ね続ける。
 差し出される首が無くなって、久藤は改めて顔を上げる。
 血だまりの中に、首の無い、たくさんの死体が転がっていた。

 それを見て、久藤は微笑む。
 これでいい――いやまだだ。
 まだたったひとつ、落とすべき首が残されている。

 首元に、ヒヤリとした感触がした。
 数多の血を吸った刃が、肉を裂き、ゆっくりと食い込んでゆく。
 そして久藤は同じように、その右腕を振り切る。

 最後に、首を失った久藤の肢体が揺れ、血だまりに倒れて動かなくなった。





 アパートの一室で、汗だくになって、久藤誠司は目覚める。
 現実と非現実の境界を確かめるかのように、明るい室内を見回す。
 夕方の試合を終え、疲れ果てた久藤は、帰宅と同時にベッド上で眠りについた――時計は午後7時を指している。そうこれは現実、先刻まで見ていたのが非現実。
(また同じ夢……妙に生々しい、現実であるかのような。いったい何なんだ?)
 数多の首を刎ねる夢。
 まるで《天魔王 紫炎》のように――全てを斬り裂き、全てを殺し尽くす夢。
(……《天魔王 紫炎》。あのカードには何か、普通とは違う“何か”があるんじゃ……)
 恐れとともに、テーブルに置いたデッキを眺める。
 しかし、たとえそうだとしても――それを手放すことは最早できない。《天魔王 紫炎》無しに、このまま連勝を続けられるとは思えない。

 いっそのことデュエルをやめられたなら、どれほど楽になれるだろう。
 プロデュエリストになどなってしまったから、この苦しみは続いている。
 勝たねばならなくなった、どんなことをしてでも。

 ふと、久藤は空腹を感じた。
 食欲は無い。最近は何を食べても味がしない。それでも腹は空く。
(コンビニで……何か買ってくるか)
 財布を掴み、立ち上がる。
 一瞬、デッキが視界に入り、顔をしかめつつそれも掴んだ。
 本来ならあまり持ち歩きたくない。
 それでも何故か、持ち歩かねばならない――不思議な強迫観念が、彼に働いていた。

 2階から階段を降りると、久藤は改めてアパートを見た。
 オンボロとは言わないまでも、豪華とは言い難い、独り暮らし用のアパートだ。連戦連勝を重ねるプロが住むには、不釣合いな住居だろう。
 だがスポンサーを失い、新たなスポンサーからの打診も無視し続けている彼には、あまり金銭的余裕は無かった。
 《天魔王 紫炎》を使い、“裏切者”と呼ばれるようになって以来、全ての歯車が狂った。
 気を遣ってくる母にも耐えがたく、逃げるように家を出てきた。例の夢の件もあり、とても同居できる気はしなかった。
(何故こんなことになったのだろう……何故)

 ――僕はただ、僕の“本心”を晒しただけなのに
 ――それの何が悪い
 ――何故いけない

 ――憎い
 ――憎イ
 ――ニクイ……

 何かに引きずり込まれるかのように、深く深く、彼の心は沈んでいく。

 ――いっそ、あの夢の通りのことをしようか
 ――全てを殺す
 ――僕の人生に関わってきた、全ての人間を

 ――全てを殺し尽くしたら
 ――最後に自分の首を落とす
 ――もしもそれが叶うなら、どれほど幸せなことだろうか

「……ッ! う……っ」
 右手の甲が痛み、疼く。
 初めてのことではない。《天魔王 紫炎》のカードを使い始めて以来、何度かあった。
 彼の心に呼応し――“何か”が、覚醒を始めていた。



「――アンタ……プロデュエリストの久藤誠司、だよな?」
「……!?」
 不意に背後から声を掛けられ、久藤は立ち止まった。
 振り返るとそこには、赤いジャケットを着た青年がいた。外見から察するには10代後半、久藤に近い年齢だろう。
「いきなりで悪いけどさ、アンタ、オレとデュエルしてくれないか?」
 好意的な笑みを見せ、青年は久藤に提案した。
 それに対し、久藤は露骨に顔をしかめた。
 時折いるのだ、プロに対して力試しをしたがる輩が。
「悪いけど野試合はしない主義なんだ。プロ相手にデュエルしたいなら、他を当たってくれよ」
 そっけなく言って、背を向ける。
 そのまま立ち去ろうとするが、青年に待ったをかけられた。
「ただのデュエルじゃない、アンティデュエルさ。アンタの賭け札は《天魔王 紫炎》、そしてオレは……このカードを賭ける。どうだい?」
 何を馬鹿な、と久藤は思った。
 ただでさえ仕事以外でデュエルなど嫌なのに、その上“天魔王”を賭けろなどと――受けるメリットが感じられない。
「しつこいな。だから僕は野試合は――」
 振り返りながらそう言い掛け、久藤は口を噤んだ。青年が提示してきた、見たことも無いカードを視認して


超融合
(速攻魔法カード)
手札を1枚捨てて発動できる。
自分・相手フィールド上から融合モンスターカードによって決められた
融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体を
融合召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。
このカードの発動に対して、魔法・罠・効果モンスターの効果を発動できない。


(何だこのカードは……超、融合?)
 そのカードに魅入られ、食い入るように見つめる。
 欲しい――そのカードが。
 思わず喉を鳴らし、手を伸ばしかけた。
「……興味が沸いたかい? アンタは今、決闘盤を持っていないようだし……場所を変えようか。そこの公園に午後8時、でどうだ?」
 久藤は自然と頷く。
 「交渉成立だな」と、青年はカードを再びしまった。
 また後でな、と去ろうとする彼の背に、久藤は問い掛けた。
「君……名前は?」
 青年は立ち止まると、首だけ振り返って答えた。
「……遊城。遊城十代だ」
 と。





 時と場所を改め、2人は再び対峙した。
 お互い、左腕に決闘盤をつけ、デッキのシャッフルもすでに済ませた。
「……確認するぜ。これから行うのはアンティデュエル……お前のアンティは《天魔王 紫炎》、オレのアンティは《超融合》。これで間違いないな?」
 青年・遊城十代の問いに、久藤は迷わず頷いた。
(欲しい……あのカードが。あのカードさえあれば、さらに強くなれる!)
 そうなれば、敗北の不安はなくなる――勝ち続けることができる。
(そうだ勝つんだ……勝てばいい、今までと同じこと!!)


「――いくぞ……デュエル!! 先攻は僕がもらう、ドローッ!!」
 久藤はカードを引き、それを視界に入れる。
 そして、手札に早速そろったコンボを披露することにした。
「永続魔法《六武衆の結束》を発動! さらに魔法カード《紫炎の狼煙》をする! この効果によりレベル3以下の“六武衆”1体を手札に加える……僕が加えるのはこれだ、《真六武衆−カゲキ》!」


六武衆の結束
(永続魔法カード
「六武衆」と名のついたモンスターが召喚・特殊召喚される度に、
このカードに武士道カウンターを1個乗せる(最大2個まで)。
このカードを墓地に送る事で、このカードに乗っている
武士道カウンターの数だけ自分のデッキからカードをドローする。

紫炎の狼煙
(魔法カード)
自分のデッキからレベル3以下の「六武衆」
と名のついたモンスター1体を手札に加える。

真六武衆−カゲキ  /風
★★★
【戦士族・効果】
このカードが召喚に成功した時、手札からレベル4以下の
「六武衆」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。
自分フィールド上に「真六武衆−カゲキ」以外の
「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する限り、
このカードの攻撃力は1500ポイントアップする。
攻 200  守2000


「カゲキを召喚し、その効果により《六武衆の影武者》を特殊召喚! 場に“六武衆”が召喚されるたびに《六武衆の結束》にはカウンターが乗る。カウンターが2つ乗ったこのカードを墓地へ送り、2枚をドロー! そして――」


六武衆の影武者  /地
★★
【戦士族・チューナー/効果】
自分フィールド上に表側表示で存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体が
魔法・罠・効果モンスターの効果の対象になった時、
その効果の対象をフィールド上に表側表示で存在するこのカードに移し替える事ができる。攻 400  守1800


「――レベル3《真六武衆−カゲキ》に、レベル2《六武衆の影武者》をチューニング! シンクロ召喚! 来い、《真六武衆−シエン》!!」


真六武衆−シエン  /闇
★★★★★
【戦士族・シンクロ/効果】
戦士族チューナー+チューナー以外の「六武衆」と名のついたモンスター1体以上
1ターンに1度、相手が魔法・罠カードを発動した時に発動する事ができる。
その発動を無効にし破壊する。
また、フィールド上に表側表示で存在するこのカードが破壊される場合、
代わりにこのカード以外の自分フィールド上に表側表示で存在する
「六武衆」と名のついたモンスター1体を破壊する事ができる。
攻2500  守1400


「いきなりシンクロ召喚か……やるなぁ久藤。わくわくしてきたぜ」
 わくわくする――その言葉が久藤には癪に障った。そんな感覚、久しく抱いたことがない。
 そう、“久しく”だ。
 久藤誠司も確かに、それを抱いたことがある――かつては。
「……っ! 僕はカードを1枚伏せ! ターン終了だ!」
 それを振り払うように、エンド宣言をする。
 オレのターンだな、と十代はデッキに指を伸ばした。
「“六武衆”ってのは昔の武将……つまり、かつての“英雄”をモデルにしてるんだよな。今度はオレが見せてやるぜ、オレの“英雄”を――“ヒーロー”たちを!」
 デッキからカードを抜き放つと、迷わずそのモンスターを召喚した。
「オレは《E・HERO アナザー・ネオス》を、攻撃表示で召喚!!」
「!? アナザー……ネオス?」
 見たことも無いモンスターの登場に、久藤誠司は目を見張った。


<遊城十代>
LP:4000
場:E・HERO アナザー・ネオス
手札:5枚
<久藤誠司>
LP:4000
場:真六武衆−シエン,伏せカード1枚
手札:4枚




第五章

(エレメンタルヒーロー……そして、ネオス? デュエルアカデミアで聞いたことがある。僕が中等部に入るより2年前、高等部に所属していたという“伝説”のデュエリスト……)
 デュエルモンスターズに関わるあらゆる超常現象から、学園を護った“英雄”。
 しかし卒業と同時に姿を消し、プロの世界にも進んでいない。
 久藤にしてみれば、真実かどうかすら不明な“伝説”の中の男。
(……バカバカしい。仮にその話が本当だとして……その男は23歳になっているハズ。目の前のコイツとは恐らく、年齢が一致しない)
 ただの偶然だろう、そう切り捨てて、久藤はデュエルに集中した。
「いくぜ、アナザー・ネオスで“シエン”を攻撃する!」
「!? 攻撃してくる?」
 十代の思わぬ行動に、久藤は身構えた。
 “アナザー・ネオス”の攻撃力は1900、久藤の“シエン”には及ばない。


E・HERO アナザー・ネオス  /光
★★★★
【戦士族・デュアル】
このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、
通常モンスターとして扱う。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、
このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。
●このカードのカード名は、フィールド上に表側表示で存在する限り、
「E・HERO ネオス」として扱う。
攻1900  守1300


(戦闘補助の速攻魔法か……? だが“シエン”には1ターンに1度、相手の魔法・罠を無効にする効果がある。1枚どまりなら返り討ちだ)
 案の定、十代は手札からカードを発動した。
 だがしかしそれは、久藤の想定には反するカードだ。
「手札から《E・HERO イグナイト》を捨て……効果発動! アナザー・ネオスの攻撃力を1000ポイントアップッ!」
「!? 何……っ?」
 またも見たことの無いモンスターカードに、久藤は両眼を見開いた。


E・HERO イグナイト  /炎
★★★
【戦士族・効果】
自分フィールド上に表側表示で存在する「E・HERO」と名のついたモンスターが
戦闘を行うダメージステップ時にこのカードを手札から墓地へ送る事で、
そのモンスターの攻撃力はこのターンのエンドフェイズ時まで1000ポイントアップする。
攻1000  守 0


 アナザー・ネオスの両拳に、炎が宿る。彼はその掌を広げ、二つの手刀をつくった。

 E・HERO アナザー・ネオス:攻1900→攻2900

「くっ……させるか! 手札から《紫炎の寄子》を捨て、効果発動! 戦闘による破壊を無効にする!」


紫炎の寄子  /地

【戦士族・チューナー/効果】
自分フィールド上に存在する「六武衆」と名のついたモンスターが戦闘を行う場合、
そのダメージ計算時にこのカードを手札から墓地へ送って発動する。
そのモンスターはこのターン戦闘では破壊されない。
攻 300  守 700


 ――ズバァァァッ!!!

「……っ。ダメージ計算は適用されるが……これでこのターン、“シエン”が戦闘破壊されることはないよ」
 久藤はわずかによろけるものの、むしろ優位の笑みを浮かべる。

 久藤のLP:4000→3600

「へへっ、そうこなくちゃな。オレはこれでターンエンド。エンドフェイズにアナザー・ネオスの攻撃力は元に戻るぜ」


<遊城十代>
LP:4000
場:E・HERO アナザー・ネオス(攻1900)
手札:4枚
<久藤誠司>
LP:3600
場:真六武衆−シエン,伏せカード1枚
手札:3枚


(この男、かなり出来る……だが場には伏せカードも無い。これなら)
「僕のターンだ! 僕は《六武衆の御霊代(みたましろ)》を召喚! “シエン”に装備させ、攻撃力を500アップさせる!!」


六武衆の御霊代  /地
★★★
【戦士族・ユニオン】
1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に装備カード扱いとして
自分フィールド上の「六武衆」と名のついたモンスターに装備、
または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚できる。
この効果で装備カード扱いになっている場合のみ、
装備モンスターの攻撃力・守備力は500ポイントアップする。
装備モンスターが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
自分はデッキからカードを1枚ドローする。
(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで。
装備モンスターが破壊される場合、代わりにこのカードを破壊する。)
攻 500  守 500


 真六武衆−シエン:攻2500→攻3000

(これで戦闘破壊すれば、僕はカードを1枚ドローできる……そのまま一気に優位に立つ!)
「いけ、《真六武衆−シエン》! アナザー・ネオスを斬り捨てろ!」
 魔刀を片手に、シエンはネオスに躍りかかる。
 しかしその瞬間、またも十代の手札からカードが発動した。
「そうはいかないぜ! 《E・HERO シャドウ・ゲイナー》の効果発動!! このモンスターを墓地へ送ることで、“E・HERO”への攻撃を無効にすることができる!!」


E・HERO シャドウ・ゲイナー  /闇
★★★★★
【戦士族・効果】
自分フィールド上に表側表示で存在する「E・HERO」と名のついたモンスターが
攻撃宣言を受けたとき、手札からこのモンスターを捨てることで、
または墓地に存在するこのモンスターをゲームから除外することで、
その攻撃を無効にする。
攻 0  守 0


 ――ズバァァァァァッ!!!

 現れた“影”が盾となり、身代わりとして斬り捨てられる。
 しかしそれは、モンスターの戦闘破壊とは扱われない。よって《六武衆の御霊代》によるドロー効果は発生しない。
「クッ……仕方ない。僕はカードを1枚セットし、ターン終了だ」
 表情を険しくし、久藤はターンを終える。その心に少しずつ、苛立ちが蓄積していく。


<遊城十代>
LP:4000
場:E・HERO アナザー・ネオス(攻1900)
手札:3枚
<久藤誠司>
LP:3600
場:真六武衆−シエン(3000),六武衆の御霊代,伏せカード2枚
手札:2枚


「よし、オレのターンだな! オレは《E・HERO アクア・ガール》を召喚! その効果によりデッキから《融合》を手札に加える!」
 召喚された少女は、愛らしく笑顔を振り撒き、ウインクをしてみせた。


E・HERO アクア・ガール  /水
★★
【戦士族・効果】
このカードが召喚に成功した時、
自分のデッキから《融合》魔法カード1枚を手札に加える。
攻500  守500


(“シエン”の攻撃力は3000……少し強引だが、ここは!)
 十代はプレイングを見定め、カードを勢いよく発動した。
「手札から《融合》を発動! “E・HERO”の真価を見せてやるぜ、久藤!」
 そうはさせない――そう言わんばかりに、久藤はすぐさま“シエン”の効果を発動させた。
「《真六武衆−シエン》の効果発動! 1ターンに1度、相手の魔法・罠カードの効果を無効にできる! この効果により、《融合》の発動を無効にする!!」
 当然、十代もそれは想定内だ。
 だからこそすぐに対応し、手札から“2枚目”を発動する。
「ならばもう1度、《融合》を発動! さあ、これに対して発動する効果はあるか?」
 無い。ゆえに久藤は苦々しげに歯噛みした。
「手札の《E・HERO フェザーマン》と、場の“アクア・ガール”を融合させる! 来い――《E・HERO Great TORNADO(グレイト・トルネード)》ッ!!」


E・HERO Great TORNADO  /風
★★★★★★★★
【戦士族・融合/効果】
「E・HERO」と名のついたモンスター+風属性モンスター
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが融合召喚に成功した時、相手フィールド上に表側表示で存在する
全てのモンスターの攻撃力・守備力を半分にする。
攻2800  守2200


「“グレイト・トルネード”の効果発動! 融合召喚成功時、相手フィールドの全モンスターの攻守を半減させる――“タウン・バースト”!!」
「!!? なっ、半減……!?」
 風のヒーローが気流を操り、“シエン”の身体を押さえつける。
 久藤に抗する術は無く、その攻撃力は半減した。

 真六武衆−シエン:攻3000→攻1500

「今度こそいくぜ、バトルだ! “グレイト・トルネード”の攻撃! “スーパーセル”!!」

 ――ゴォォォォォォッ!!!

 暴風が“シエン”を襲う。
 それに吹き飛ばされそうになりながらも、“シエン”は最後の抵抗を見せた。
「クソ……《六武衆の御霊代》の効果だ! 装備されたこのカードを身代わりにすることで、破壊を無効にできる!!」

 久藤のLP:3600→2300

「だがこれでもう、“シエン”を護るカードは無い! 追撃だ、アナザー・ネオスっ!!」

 ――ズバァァァッ!!

 久藤のLP:2300→1900

 アナザー・ネオスの手刀を受け、“シエン”は遂に倒れた。
 倒れ、消滅する“シエン”を見下ろし、久藤は舌打ちをした。
「カードを1枚セットして……ターン終了だ!」


<遊城十代>
LP:4000
場:E・HERO Great TORNADO,E・HERO アナザー・ネオス,伏せカード1枚
手札:0枚
<久藤誠司>
LP:1900
場:伏せカード2枚
手札:2枚


(使えねぇ……クソが! 何をさっさとやられてやがる! もう少し耐えられねぇのか!?)
 蓄積した苛立ちが、久藤の精神を濁らせ始める。
 それに反応し、呼応を始める――彼のエクストラデッキに眠る、《天魔王 紫炎》のカードが。
「僕のターンだ!! ドローッ!!」
 苛立ちを露わに、乱暴にカードを引く。
 そして引き当てたカードを見て、彼の顔色は変わった。

 ドローカード:六武の門

「おせぇんだよ、来るのが……僕は永続魔法《六武の門》を発動! さらに手札から《六武衆のご隠居》を特殊召喚! 相手フィールドにのみモンスターが存在するとき、コイツは特殊召喚できる!!」


六武衆のご隠居  /地
★★★
【戦士族・効果】
相手フィールド上にモンスターが存在し、
自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
攻撃力 400/守備力   0


「さらに伏せカードをオープン! 速攻魔法《六武衆の荒行》! この効果により僕は……デッキから2体目の《六武衆の影武者》を特殊召喚する!」


六武衆の荒行
(速攻魔法カード)
自分フィールド上に表側表示で存在する
「六武衆」と名のついたモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターと同じ攻撃力を持つ、
同名カード以外の「六武衆」と名のついたモンスター1体を自分のデッキから特殊召喚する。
このターンのエンドフェイズ時、選択したモンスターを破壊する。


「そして《六武の門》の効果だ……“六武衆”が召喚されるたび、“武士道カウンター”が2つ置かれる。そして4つを取り除き、第2の効果発動……デッキから“六武衆”1体を手札に加える。僕は《六武衆の師範》を手札に加え、特殊召喚だ!」


六武の門
(永続魔法カード)
「六武衆」と名のついたモンスターが召喚・特殊召喚される度に、
このカードに武士道カウンターを2つ置く。
自分フィールド上の武士道カウンターを任意の個数取り除く事で、以下の効果を適用する。
●2つ:フィールド上に表側表示で存在する「六武衆」または「紫炎」と名のついた
効果モンスター1体の攻撃力は、このターンのエンドフェイズ時まで500ポイントアップする。
●4つ:自分のデッキ・墓地から「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
●6つ:自分の墓地に存在する「紫炎」と名のついた効果モンスター1体を特殊召喚する。

六武衆の師範  /地
★★★★★
【戦士族・効果】
自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが存在する場合、
このカードは手札から特殊召喚できる。
このカードが相手のカードの効果によって破壊された時、
自分の墓地の「六武衆」と名のついたモンスター1体を選択して手札に加える。
「六武衆の師範」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。
攻2100  守 800


「……まだだ! 僕はまだ通常召喚を行っていない。《六武衆−ザンジ》を召喚し、そして再び“門”の効果! この“六武衆”を手札に加え、特殊召喚する! 《真六武衆−キザン》!!」


六武衆−ザンジ  /光
★★★★
【戦士族・効果】
自分フィールド上に「六武衆−ザンジ」以外の
「六武衆」と名のついたモンスターが存在する場合、
このカードが攻撃したモンスターをダメージステップ終了時に破壊する。
また、フィールド上に表側表示で存在するこのカードが破壊される場合、
代わりにこのカード以外の自分フィールド上に表側表示で存在する
「六武衆」と名のついたモンスター1体を破壊できる。
攻1800  守1300

真六武衆−キザン  /地
★★★★
【戦士族・効果】
自分フィールド上に「真六武衆−キザン」以外の
「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
自分フィールド上にこのカード以外の「六武衆」と名のついた
モンスターが表側表示で2体以上存在する場合、
このカードの攻撃力・守備力は300ポイントアップする。
攻1800  守 500


 真六武衆−キザン:攻1800→攻2100


<久藤誠司>
LP:1900
場:六武衆の師範,真六武衆−キザン(攻2100),六武衆−ザンジ,六武衆の影武者,六武衆のご隠居,六武の門,伏せカード1枚
手札:0枚


「モンスターが一気に5体……!? やっぱりスゲェな、お前」
 久藤のプレイングに、十代は素直に感心を示した。
 その様子が“余裕”に見え、久藤は鼻についた。眉をしかめてプレイを続ける。
「フン、驚くのはこれからだ。僕は再び、レベル3《六武衆のご隠居》にレベル2《六武衆の影武者》をチューニング!!」
 “影武者”が2つの星となり、“ご隠居”の周囲を巡り出す。そしてまばゆい光を発し、上級モンスターへと生まれ変わる。しかし現れたモンスターは、久藤がこれまで召喚してきたモンスターとは、明らかに異なる風体だった。
「シンクロ召喚――殺戮せよ、《A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス) カタストル》!」


A・O・J カタストル  /闇
★★★★★
【機械族・シンクロ/効果】
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードが闇属性以外のフィールド上に表側表示で存在する
モンスターと戦闘を行う場合、
ダメージ計算を行わずそのモンスターを破壊する。
攻2200  守1200


「どれほど攻撃力を持とうが、このモンスターの前には無意味……! このターンで決めてやる! さあ、バトルだ!!」
 久藤の宣言に対し、十代は身構えた。
 しかしその瞳は輝いている――全く追い詰められていない。
(凌げる自信があるのか……? 自信の源は伏せカード? だが――)
 自分の場の伏せカードを一瞥した後、久藤は攻撃を宣言した。


六尺瓊勾玉
(カウンター罠カード)
自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが
表側表示で存在する場合のみ発動する事ができる。
相手が発動した、
カードを破壊する効果モンスターの効果・魔法・罠カードの発動を無効にし破壊する。


「一撃目……まずは“カタストル”だ! “グレイト・トルネード”を攻撃!!」
「……!!」
 十代は一瞬、逡巡した。
 しかしここは何もせず、攻撃を通すことにする。
「戦闘時、“カタストル”の効果発動! 闇属性以外の表側表示モンスターと戦闘を行うとき、ダメージ計算を行わずそのモンスターを破壊する!!」

 ――ズバァァンッ!!!

 頭部からビームが放たれ、“グレイト・トルネード”は貫かれ、砕け散った。
「二撃目……《真六武衆−キザン》、アナザー・ネオスを攻撃!!」
 その攻撃に対しては、十代は即座に反応し、カードを発動させる。
「墓地の“シャドウ・ゲイナー”を除外することで、ヒーローへの攻撃を無効にする!!」

 ――ズバァァァァッ!!!

 キザンの剣閃を、“影のヒーロー”が現れ、身代わりに受ける。
「クッ……ならば三撃目だ! 《六武衆の師範》!!」

 ――ズバァァァッ!!!

 十代のLP:4000→3800

 攻撃は今度こそ通り、アナザー・ネオスは斬られ、破壊される。
 しかしその瞬間、十代の右手が伏せカードへ伸びた。
「トラップ発動《ヒーロー・シグナル》! 場のモンスターが破壊されたことで、デッキからレベル4以下の“E・HERO”を特殊召喚する! 来い、《E・HERO バブルマン》!!」


ヒーロー・シグナル
(罠カード)
自分フィールド上のモンスターが戦闘によって破壊され
墓地へ送られた時に発動する事ができる。
自分の手札またはデッキから「E・HERO」という
名のついたレベル4以下のモンスター1体を特殊召喚する。

E・HERO バブルマン  /水
★★★★
【戦士族・効果】
手札がこのカード1枚だけの場合、
このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時に
自分のフィールド上と手札に他のカードが無い場合、
デッキからカードを2枚ドローする事ができる。
攻 800  守1200


「そして特殊召喚成功時、バブルマンの効果発動! フィールド・手札に他のカードが無いので、カードを2枚ドロー!!」
「!!! な……ッッ」
 久藤は驚き、驚愕する。
 “バブルマン”の表示形式は当然守備表示――すなわち最後の攻撃でも、戦闘ダメージは通せない。
 モンスター4体、総攻撃力8000以上の攻撃を、たった200ポイントのダメージで捌ききった――その上、手札増強までするそつの無さ。
(こいつ……本当にアマチュアか!? いったい何者なんだ……!!?)
「クソッ……四撃目、“ザンジ”で“バブルマン”を攻撃!!」

 ――ズバァァァッ!!

 攻撃は通り、バブルマンは破壊される。
 これで十代のフィールドはガラ空き。間違いなく久藤に有利な戦況だ。


<遊城十代>
LP:3800
場:
手札:2枚
<久藤誠司>
LP:1900
場:A・O・J カタストル,六武衆の師範,真六武衆−キザン(攻2100),六武衆−ザンジ,六武の門(カウンター:2),伏せカード1枚
手札:0枚


『――やられっぱなしじゃないか……どうする十代、サレンダーして謝るかい?』
 内なる声にからかわれ、「まさか」と十代は苦笑を漏らした。
(まだまだここからだろ? デュエルが面白くなるのは)
『楽しむのもいいが、“目的”を忘れるんじゃないよ。そのためのデュエルだろう?』
 「分かってるって」と返し、十代はデッキに指を伸ばした。
「いくぜ! オレのターンだ――ドローッ!!」
 引き当てたカードを見て、十代は確かな、自信に満ちた笑みを浮かべた。

 ドローカード:ミラクル・フュージョン


ミラクル・フュージョン
(魔法カード)
自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカードによって
決められたモンスターをゲームから除外し、「E・HERO」という
名のついた融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)




第六章

(久藤のフィールドには伏せカードが1枚、か。それならまずは――)
 十代は戦況を見極め、カードを選ぶ。
 更なるヒーロー、デュエルアカデミアを出て5年の間に出逢った、新たなる“仲間”を。
「オレは《E・HERO グランディウス》を攻撃表示で召喚!」
 屈強たる肉体を持った、大地のヒーローが喚び出された。


E・HERO グランディウス  /地
★★★★
【戦士族・効果】
1ターンに1度、手札から「E・HERO」と名のついた
モンスター1体を捨てて発動できる。
相手フィールド上の魔法・罠カード1枚を選択して破壊する。
攻1600  守1500


「手札から《E・HERO ネクロダークマン》を捨て、グランディウスの効果発動! 相手の場の魔法・罠カードを1枚選択して破壊できる!」
「!? 何……っ」
 久藤の表情がわずかに強張った。
 彼のフィールドに、該当するカードは2枚――永続魔法カード《六武の門》と、伏せカード1枚。
(オレがここで、破壊するべきなのは――)
 十代は両の眼で、久藤のフィールドを射抜いた。
 培ってきた“勘”に従い、対象とすべきカードを指さす。
「オレはこのカードで――お前の伏せカードを破壊する!」
(!? 《六武の門》じゃない!?)
 その選択に、久藤は驚愕させられた。
 つい先ほど、あれほどの猛威を振るった《六武の門》を度外視する――その真意をはかりかねる。
「いずれにせよ……無駄だ! トラップカードオープン《六尺瓊勾玉》! この効果により、グランディウスは返り討ちだ!!」


六尺瓊勾玉
(カウンター罠カード)
自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが
表側表示で存在する場合のみ発動する事ができる。
相手が発動した、
カードを破壊する効果モンスターの効果・魔法・罠カードの発動を無効にし破壊する。


 十代が召喚したモンスターは、無惨にも即座に破壊される。
 しかし、彼は役割を果たした――十代は残された最後の手札を、迷わず発動してみせる。
「魔法カード《ミラクル・フュージョン》! この効果によりオレは、墓地のモンスター同士による融合を行う! この効果によりオレは、“バブルマン”と“グレイト・トルネード”を除外し、融合。現れろ――《E・HERO アブソルートZero》!!」
 大気を凍てつかせ、氷のヒーローが姿を現した。


E・HERO アブソルートZero  /水
★★★★★★★★
【戦士族・融合/効果】
「HERO」と名のついたモンスター+水属性モンスター
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードの攻撃力は、フィールド上に表側表示で存在する
「E・HERO アブソルートZero」以外の
水属性モンスターの数×500ポイントアップする。
このカードがフィールド上から離れた時、
相手フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。
攻2500  守2000


「いくぜ、バトルだ! Zeroで《六武衆の師範》を攻撃! 瞬間氷結(フリージング・アット・モーメント)!!」

 ――ビュォォォォォォッ!!!

 “師範”の身体は凍り付き、砕けて消滅する。
 これにより久藤のライフは削られるが、彼の場にモンスターは依然3体。一見するにまだ、久藤に分があるようにも思える――だが、

 久藤のLP:1900→1500


<遊城十代>
LP:3800
場:E・HERO アブソルートZero
手札:0枚
<久藤誠司>
LP:1500
場:A・O・J カタストル,真六武衆−キザン,六武衆−ザンジ,六武の門(カウンター:2)
手札:0枚


(また見たことの無い“E・HERO”だが……所詮は水属性、“カタストル”で破壊できる!)
「僕のターンだ! このままバトル、カタストルで――」

 ――ドクンッ!!

 久藤が攻撃を行おうとしたその瞬間、“何者か”が彼に語り掛けた。

――マテ……クドウセイジ
「…………!!」

 それは、聞き覚えのある声だった。
 久藤はしばし放心し、固まって動かなくなる。
 しかし何事もなかったかのように、次の行動へと移行した。
「…………バトルフェイズを終了。“キザン”と“ザンジ”を守備表示に変更し……カードを1枚セット。ターンエンドだ」
「…………!?」
 それは、明らかに不審な振る舞いだった。
 その根源を、十代は理解できた――だから久藤に問うことはなく、再びデッキに指を伸ばす。
「オレのターン! ドロー!」
 カードを右手に、十代は久藤のフィールドを見据えた。
 “アブソルートZero”には、破壊されたとき相手フィールドを全滅させる強力な効果がある――それを踏まえれば、“カタストル”に特攻を仕掛け、フィールドをリセットするパターンも考えられる。だが、
(カタストルのレベルは5……“あのカード”の素材になる、か)
 十代には、勝利以前に成すべきことがあった。
 故にカタストルから視線を外し、別のモンスターを選択した。
「いけ、アブソルートZero! 《六武衆−ザンジ》を攻撃!」

 ――ビュォォォォォォッ!!!

 抗う術はなく、久藤のフィールドから“六武衆”が減り――そして同時に、墓地に“六武衆”が増える。
「オレはこれでターンエンド! さあ、お前のターンだぜ久藤!」
 それを聞いたその瞬間に、久藤は勝利を確信し、口元を歪めた。


<遊城十代>
LP:3800
場:E・HERO アブソルートZero
手札:1枚
<久藤誠司>
LP:1500
場:A・O・J カタストル,真六武衆−キザン,六武の門(カウンター:2),伏せカード1枚
手札:0枚


「……僕のターン。リバーストラップオープン《六武衆推参!》! この効果により墓地から《真六武衆−シエン》を復活させる」


六武衆推参!
(罠カード)
自分の墓地の「六武衆」と名のついたモンスター1体を選択して発動できる。
選択したモンスターを墓地から特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターはこのターンのエンドフェイズ時に破壊される。


「そしてこれにより……僕のフィールドには、レベル5モンスター2体が揃った」
「…………!」
 来る――それを察し、十代は身構える。
 久藤は高らかに宣言し、場の2枚のモンスターカードを重ねた。
「僕は! レベル5の《真六武衆−シエン》と《A・O・J カタストル》を――オーバーレイッ!!」
 2体のモンスターは光となり、地に穴が空き、吸い込まれてゆく。そして爆発が起こり、フィールドは強烈な光に包まれた。
「2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚!!」
 必勝の切り札、黒き甲冑の残虐なる悪魔を、久藤は威勢よく繰り出した。
「全てを殺せ――《天魔王 紫炎》ッ!!!」


天魔王 紫炎  /闇
★★★★★
【戦士族・エクシーズ/効果】
レベル5モンスター×2
このカードのエクシーズ素材を1つ取り除く事で、
以下の効果の内1つを選択して発動する。
●自分の墓地のカードの順番を任意の順番に入れ替える。
●自分の墓地の一番上にあるカードが「六武衆」または「紫炎」と
名のついた効果モンスターだった場合、そのカードを特殊召喚する。
その後、そのカードをゲームから除外し、相手ライフに800ポイントダメージを与える。
この効果でモンスターを特殊召喚できなくなるまでこの効果を繰り返す。
攻2500  守2400


<遊城十代>
LP:3800
場:E・HERO アブソルートZero
手札:1枚
<久藤誠司>
LP:1500
場:天魔王 紫炎,真六武衆−キザン,六武の門(カウンター:4)
手札:1枚




第七章

「――さあ、これで終わらせてやる! オーバーレイユニット《A・O・J カタストル》を取り除くことで《天魔王 紫炎》第1の効果を発動! 自分の墓地に存在するカードを任意の順番に入れ替える!!!」
 “天魔王”が刀を抜き、周囲の光球を一つ斬り捨てる。魔力を得て、紫に輝く刃を、地面に勢いよく突き立てた。
 久藤は墓地スペースのカードを取り出し、その順番を入れ替え始める。
(墓地に該当するカードは8枚……もうひとつのオーバーレイユニット《真六武衆−シエン》を含めれば9枚。つまりこのターン、ヤツに与えられる最大ダメージは7200ポイント……!)
 この後の光景を想像し、久藤は加虐の笑みを浮かべた。
 人格がさらに歪んでゆく。
 久藤は迷わず8枚を、墓地の上に積み重ねた。
「……遊城十代、だったか? 中々の腕前だったが……ここまでだな。最後のオーバーレイユニット《真六武衆−シエン》を取り除き、“天魔王”第2の効果を発動!! 自分の墓地の一番上に存在する“六武衆”または“紫炎”と名のついた効果モンスターを特殊召喚する!!!」
 “天魔王”が再び光球を斬り捨て、紫に輝く妖刀を今度は天に掲げた。
 “天魔王”から見て右隣りの地面が輝き、《真六武衆−シエン》がフィールドに舞い戻る。
 そして、
「処刑しろ、《天魔王 紫炎》!」

 ――ズシャァァァァッ!!!

 妖刀が振り下ろされ、“シエン”の首が斬り落とされ、胴が倒れ伏す。
 その魂は変換され、“天魔王”の周囲に8本の光剣が現れた。
「コイツを欲しがったってことは……当然、効果も知っているんだろう? 処刑したモンスター1体につき、相手プレイヤーに800のダメージを与える。お前の場には伏せカードも無い――これで終わりだ!!」
 “天魔王”が刃の切っ先を向けると、それらは1本残らず、十代の身体を貫いた。

 ――ズドドドドドドドッ!!!!!!!!

「!! グ……ッッ」
 8本の刃に貫かれ、十代はよろける。
 しかしダメージを受けながらも彼は、その力の源を探らんとしていた。

 十代のLP:3800→3000

(やはり、対抗手段は無い……! この効果で終わり、僕の勝ちだ!!)
 “天魔王”はさらに、2体目の“六武衆”を斬首する。
 新たに8本の光剣が生まれ、十代の身体を貫く。

 ――ズドドドドドドドッ!!!!!!!!

 ――ザシュゥゥゥッ!!

 ――ズドドドドドドドッ!!!!!!!!

 ――ズバァァァッ!!

 ――ズドドドドドドドッ!!!!!!!!


 十代のLP:3000→2200→1400→600

 抵抗の素振りを見せず、十代は光剣を受け続けた。
 合計32本もの刃に串刺しにされ、彼はぐったりとしている。
 しかしなおも、“天魔王”は仲間の首を斬り落とし、8本の剣を生み出した。
「……これで終わると思うなよ? 僕の墓地にはまだ、処刑すべきモンスターが4体残っている」
「………………」
 久藤は嗤い、“天魔王”は妖刀を向ける。
 十代は顔を俯かせ、言葉を発さずにいた。
「まずはこれで決着だ……殺れ、《天魔王 紫炎》!!」

 ――ビュォォォォォォッ!!!!!!!!

 8本の刃が宙を舞い、同様に十代に襲い掛かる。
 その刹那、十代もまた笑った。
 戦意を失っていたかに思われた彼は、顔を上げ、手札からカードをプレイして見せる。
「――オレは手札から《E・HERO エアロ・ウィング》を特殊召喚し……効果発動っ!!」

 ――ブォォォォォォッ!!!!

 フィールドに突風が巻き起こり、光の剣舞を薙ぎ払う。
 十代のフィールドには、巨大な翼を持ったヒーローが1体――何が起こったのかを理解できず、久藤は唖然とさせられた。


E・HERO エアロ・ウィング  /風
★★★★
【戦士族・効果】
カードの効果によって自分がダメージを受けた時、
手札から特殊召喚できる。
カードの効果によるダメージを自分が受ける時、
自分の墓地に存在する「E・HERO」と名のついた
モンスター1体をデッキに戻すことで、そのダメージを0にできる。
攻1700  守 800


「《E・HERO エアロ・ウィング》……こいつは墓地の“E・HERO”をデッキに戻すことで、効果ダメージをゼロにできる。オレは《E・HERO グランディウス》をデッキに戻し、そのダメージをゼロにした。墓地にはまだ“E・HERO”が5体――これ以上のダメージは通さないぜ、久藤!」
「……ッッ!! なん、だと……っ?」
 今度は、久藤の身体が揺らいだ。
 あまりにも予想外の抵抗。
 これまで《天魔王 紫炎》の効果を使って、トドメを刺せないことなど無かった――それなのに。
「……ッ! 《天魔王 紫炎》の効果は……墓地の一番上が“六武衆”か“紫炎”である限り続く……!」
 “天魔王”の周囲に、残り4体の戦士たちが復活する。
 “天魔王”は豪快に刀を振るい、全ての首を刈り落とす。
 すると久藤のフィールドに、計32本の光剣が浮かび上がった。
「……! 頼むぜ、“エアロ・ウィング”!」

 ――ビュォォォォォォッ!!!!!!!!

 ――ブォォォォォォッ!!!!

 “天魔王”が剣を放つと同時に、風のヒーローは突風を巻き起こす。
 威力は風が勝り、光剣すべてを薙ぎ払う。その一本たりとも、十代までは届かない。
 そして“天魔王”の効果終了を受け、十代に刺さったままだった剣も、1つ残らず消え失せた。
「クッ……ならバトルフェイズだ!! “キザン”、“エアロ・ウィング”を攻撃!!」

 ――ズバァァァッ!!

 十代の命を繋いだヒーローを、“キザン”は容赦なく斬り払う。
 しかし守備表示であったために、十代へのダメージは通らない。
「クソ……《天魔王 紫炎》! “アブソルートZero”を攻撃しろ!!」
 数多の仲間の血を吸った妖刀で、“天魔王”は直接斬り掛かる。両者の攻撃力は互角――しかし、“天魔王”のそれがいち早く、ヒーローの胴を斬り裂いた。

 ――ズシャァァァァァッッ!!!

 だが、それでは終わらない。
 開いた傷口から吹雪が起こり、“天魔王”と、久藤のフィールドを襲う。
 妖刀が、そして“天魔王”自身も凍り付く。さらには“キザン”をも凍り付かせ、そして砕け、消滅した。


<遊城十代>
LP:600
場:
手札:0枚
<久藤誠司>
LP:1500
場:六武の門(カウンター:4)
手札:1枚


「ク……だがまだだ! 僕は《六武の門》の効果を発動! カウンター4個を取り除き、デッキから《六武衆−ザンジ》を手札に加え、召喚する! さらにカードを1枚伏せ! ターンエンドだ!!」
 久藤の優勢は変わらない。十代にはフィールド・手札ともにカードが残っていない。
 にもかかわらず、久藤は冷や汗をかいていた。
 いま対峙しているデュエリスト、遊城十代という男は、今まで闘ってきたどのデュエリストとも違う――それを悟り始めていた。


<遊城十代>
LP:600
場:
手札:0枚
<久藤誠司>
LP:1500
場:六武衆−ザンジ,六武の門(カウンター:2),伏せカード1枚
手札:0枚


『――どうだ十代? 実際に喰らってみた感想は?』
 内なる精霊“ユベル”に問われ、十代は心の中で返答する。
(ああ。“破滅の光”に近いが、やはり少し違う。ただ、人間に悪影響を及ぼす存在、ってのは間違いないと思うぜ)
『デュエルで分からないなら、実際に入手して調べるしかないね。この程度の劣勢、君には屁でもないだろう?』
 相棒の言葉に苦笑を漏らすと、十代はデッキに指を当てた。
「いくぜ――オレのターン、ドロー!!」
 勢いよくカードを引き抜く。
 そして、それを視認するより早く、十代は笑みをこぼしていた。

 ドローカード:E・HERO ネオス

「墓地の“ネクロダークマン”の効果により、オレは手札から上級レベルのヒーローを、リリース無しで召喚できる! 来い、《E・HERO ネオス》!!」
「!? な……っっ」
 もう一人の相棒“ネオス”を呼び出し、形勢は一気に覆る。
 ネオスは“キザン”に躍りかかると、渾身の手刀を見舞った。
「――ラス・オブ・ネオス!!」

 ――ズガァァァァッ!!!

 久藤のLP:1500→800

 久藤の“六武衆”は破壊され、彼の場は再びガラ空きとなる。
 場には罠カードも伏せられているが、この状況ではまるで役に立たない。


神速の具足
(永続罠カード)
自分のドローフェイズにドローしたカードが
「六武衆」と名のついたモンスターカードだった場合、
そのカードを相手に見せる事で
自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。


<遊城十代>
LP:600
場:E・HERO ネオス
手札:0枚
<久藤誠司>
LP:800
場:六武の門(カウンター:2),伏せカード1枚(神速の具足)
手札:0枚


(負ける……? 僕が、デュエルで負ける……?)
 久藤は呆然とさせられる。
 負ける、マケル――それは久藤にとって、最も恐れるべきこと。
 だからこそ彼は、自身を壊した。

 ――勝たなければならない
 ――期待に応えるために

 ――僕に期待してくれる人たちのために
 ――勝たなければならなかった
 ――だから

 ――だから……僕は、“あのカード”を受け入れた

「――……僕のターン。魔法カード《一時休戦》を発動。互いに1枚ずつドローして……次のターンのエンドフェイズまで、全てのダメージを0にする」


一時休戦
(魔法カード)
お互いに自分のデッキからカードを1枚ドローする。
次の相手ターン終了時まで、お互いが受ける全てのダメージは0になる。


 引き当てたカードは、一時しのぎ。
 敗北を恐れるが故に掴んだ、時間稼ぎのカード――しかし次のドローカードを見て、久藤は両眼を震わせた。

 ドローカード:エクシーズ・リボーン

「…………1枚セットして、ターンエンド……」

 そうだ、受け入れた――勝つために。
 あのカードを、《天魔王 紫炎》を。

「――オレのターン! カードを1枚セットし、ターンエンドだ!」


<遊城十代>
LP:600
場:E・HERO ネオス,伏せカード1枚
手札:1枚
<久藤誠司>
LP:800
場:六武の門(カウンター:2),伏せカード2枚
手札:0枚


 ――負けることは怖い
 ――勝たなくちゃ
 ――勝タナクチャ
 ――カタナクチャ……

「……僕のターン、カードドロー」

 ドローカード:大将軍 紫炎

「――トラップカードオープン……《エクシーズ・リボーン》。この効果により再び、墓地から《天魔王 紫炎》を特殊召喚する」
「!? また天魔王を……!?」
 黒い甲冑の悪魔が、再びその姿を現す。
 しかし、そのダメージ効果はもはや使えない。唯一のオーバーレイユニットとなる《エクシーズ・リボーン》を墓地に送れば、墓地の一番上のカードは“六武衆”でも“紫炎”でもなくなるからだ。


エクシーズ・リボーン
(通常罠)
自分の墓地のエクシーズモンスター1体を選択して発動できる。
選択したモンスターを特殊召喚し、このカードを下に重ねてエクシーズ素材とする。


――久藤誠司。我ヲ更ニ受ケ入レヨ……我ト、ヒトツニナレ

 右手の甲が熱い。
 心に打ち込まれた“闇”が、その領域を広げてゆく。
 そして、“それ”が求めるままに――彼はそれに応じた。

――貴様ノ望ミヲ叶エヨウ。言ッテミヨ、貴様ノ望ミノ全テヲ……

 ――勝ちたい
 ――僕は勝ちたい
 ――全てに
 ――そのための力を得るためならば
 ――悪魔に魂を売っても構わない……

「……勝つ。僕はそのために、全てを受け入れ――新たな力を手に入れる!」
 右手の甲が、朱く輝く。
 そして刻まれる――その存在の象徴、“EX”の文字が。

「僕は――《天魔王 紫炎》を、“カオスエクシーズ・チェンジ”ッッ!!!」
「!!? カオス……エクシーズ!?」

 “天魔王”の甲冑が変形し、その身を全て包み込む。
 地に穴が空き、甲冑はその闇の中へと吸い込まれてゆく。
 そして爆発が起こり、再びその姿を現す。
 “進化”を遂げ、より深い闇を纏った、黒い魔王が。

「現れろ――《CNo.EX(カオスナンバーズ・エクストラ) 閻魔天 シエン》!!!」

 未知の脅威との遭遇に、十代は初めて戦慄を受ける。
 黒の閻魔は双刀を掲げ、暗黒の瞳で十代を射抜いた。


CNo.EX 閻魔天 シエン  /闇
★★★★★
【戦士族・エクシーズ/効果】
闇属性レベル5モンスター×3
このカードは自分フィールド上の「天魔王 紫炎」の上に
このカードを重ねてエクシーズ召喚する事もできる。
自分のライフポイントが1000以下の場合、このカードのエクシーズ素材を
1つ取り除く事で、以下の効果の内1つを選択して発動する。
●???
●???
攻2500  守2400


<遊城十代>
LP:600
場:E・HERO ネオス,伏せカード1枚
手札:1枚
<久藤誠司>
LP:800
場:CNo.EX 閻魔天 シエン,六武の門(カウンター:2),伏せカード1枚
手札:1枚




第八章

 ――デュエルを始めたばかりの頃は、毎日が楽しくて堪らなかった。

 勝っても負けても、楽しかった。
 パックを開けるのにドキドキして、色んなコンボを想像して、デッキに入れるカードを夢の中でまで悩んで、いつも、いつもワクワクしていた。
 あの頃の僕は本当に、デュエルが楽しくて仕方がなかった。

 だから僕は、デュエルアカデミアに進学した。
 いつまでも、いつまでもデュエルを続けていたかったから。
 プロ入りの話を聞いたときは、本当に嬉しかった。

 世界は僕に、応えてくれた。
 世界は僕を、裏切らなかった。
 だから、
 だから僕は、世界を裏切りたくなかった。

 みんなの期待に応えたかった。
 負けてはいけないと思った。
 勝たなければと思った。

 どこで間違ったのだろう。
 僕は、
 僕はデュエルのことが、あんなにも好きだったはずなのに――





<遊城十代>
LP:600
場:E・HERO ネオス,伏せカード1枚
手札:1枚
<久藤誠司>
LP:800
場:CNo.EX 閻魔天 シエン,六武の門(カウンター:2),伏せカード1枚
手札:1枚


(何だこの感覚は……!? 力が! 全身に満ち溢れてくる!!)
 右手の甲に“EX”の刻印を輝かせ、久藤誠司は自身の革新を自覚した。
 何でも出来る、そんな驕りを当然に抱ける程に――故に彼は歪む。力を得れば得る程に、歪みを加速させていく。
「ククク……ハハッ、アハハハハッ!! これで僕は誰にも負けない! 刃向うヤツは殺してやる! 全部! 全部!! 全部ッッ!!!」
 その豹変ぶりを目の当たりにしながら、十代は顔を伝う汗を拭った。
 久藤誠司から感じられる、異様なる力――それは彼が闘ってきた、あらゆる異質とも符合しない。

『――まずいのニャ、十代クン! あの力は!!』

 近くの茂みからデブ猫が飛び出し、さらにその口から“光の玉”が飛び出した。
『――あれは“アストラル世界”の欠片! 生きた人間が関わってはいけない存在なのニャ!!』
「アストラル……世界? 大徳寺先生、それって――」
 十代が訊くよりも早く、久藤誠司は声高に、次のアクションを宣言した。

「――さァいくぞ!! 僕はオーバーレイユニットを一つ取り除き! “閻魔天シエン”の効果を発動ッッ!!!」
 両手の双刀で、“閻魔天”は光球をひとつ斬り裂く。すると両刀は紫の光を発し、彼の両隣に2体の六武衆、“キザン”と“ザンジ”が蘇った。


CNo.EX 閻魔天 シエン  /闇
★★★★★
【戦士族・エクシーズ/効果】
闇属性レベル5モンスター×3
このカードは自分フィールド上の「天魔王 紫炎」の上に
このカードを重ねてエクシーズ召喚する事もできる。
自分のライフポイントが1000以下の場合、このカードのエクシーズ素材を
1つ取り除く事で、以下の効果の内1つを選択して発動する。
●自分の場・墓地に存在する「六武衆」または「紫炎」と名の付いた
効果モンスターを全てゲームから除外する。この効果によって除外したカード
1枚につき、このカードの攻撃力は800ポイントアップする。
●相手の魔法・罠カードの発動を無効にし、破壊する。
攻2500  守2400


「殺せェ――“閻魔天 シエン”ッ!!!」

 ――ズババァァッ!!!!

 “閻魔天”は双刀を振るい、両者の首を刎ね飛ばす。
 刀を仲間の血で濡らし、更なる力を得る。双刀は紫から赤に――血と同じ色に、妖しく強く輝いた。

 CNo.EX 閻魔天 シエン:攻2500→攻4100

「上昇値は物足りないが……十分だ! “閻魔天”には更なる効果もある! 相手の魔法・罠カードを無効にする効果! 僕の“閻魔天”にはまだオーバーレイユニットが一つ……つまり、お前の場の伏せカード1枚じゃ対応不可能ってわけさ!!」
 久藤は声高に笑った。
 負ける気がしない、最高の気分だ。

 このデュエルが終わったら何をしよう――そうだ、あの夢を実現しようか。
 殺してやる、僕を苦しめてきた全ての者を。

 ――明日の対戦相手を
 ――あのマネージャーを
 ――家族を

 きっと、きっと楽しいだろう――その光景を想像すると、久藤はもう、笑いが止まらなかった。

『――マズイよ十代! 彼の魂と、あのカードとの繋がりが増した……いや、同化を始めている。このデュエルに勝ったとしても、彼とカードを引き剥がすことは難しい。無理をすれば恐らく、彼は廃人になってしまう』
 ユベルからの助言を受け、十代は“光の玉”に意見を求める。
『無理なのニャ……アレは特殊な次元の力。同じ“アストラル世界”の力でないと干渉できないニャ。この世界の力では……』
「…………!」
 十代は顔をしかめ、視線を落とす。
 ただ勝つだけならば可能だ――彼の手札には今、“ネオス”とのコンボが可能な必殺の切り札が控えられている。


オネスト  /光
★★★★
【天使族】
自分のメインフェイズ時に、フィールド上に存在するこのカードを手札に
戻す事ができる。また、自分フィールド上に存在する光属性モンスターが
戦闘を行うダメージステップ時にこのカードを手札から墓地へ送る事で、
エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、
戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。
攻1100  守1900


 デュエルアカデミア時代、藤原優介から借りていたものとは異なる、旅の中で入手した《オネスト》。あらゆる戦闘での勝利を約束する超強力カードだが、所詮“この世界”のカードに過ぎない。
(……! それならここは、一か八か――)
 十代は伏せカードに手を伸ばす。しかしそれに、ユベルは制止をかけた。
『危険すぎるよ……大徳寺が言っただろう、アレは人間が関わるべきモノじゃない。ここは《オネスト》を使い、確実に勝利すべきだ』
「だが! そんなことをしたら久藤は――」
『――助からないだろうね。だが、それもやむを得ない話だ』
 ユベルは冷たく、そう言い放った。
『……自業自得だよ。アレが普通のカードでないことには、彼も気付いていたはずだ。判断を誤るな、十代。君の命は、彼と等価じゃない。君は“覇王”の力を持つ、特別な存在だ。君はこれまでのように、多くの人間を、そして世界を救うことができる―― 一人の愚か者のために、命を賭けるべきじゃあない』
「…………!」

「――何をゴチャゴチャ言ってやがる! これで終わりだ――殺せ、“閻魔天 シエン”ッ!!」

 2つの妖刀を構え、“閻魔天”はネオスに襲い掛かる。
 ごめんな、と十代は呟いた。
「……でもさ、分かるだろユベル? オレならきっとこうするって」
『………………』
 十代は迷うことなく、場の伏せカードを表に返した。
「――リバースカードオープン! 《超融合》!!」


超融合
(速攻魔法カード)
手札を1枚捨てて発動できる。
自分・相手フィールド上から融合モンスターカードによって決められた
融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体を
融合召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。
このカードの発動に対して、魔法・罠・効果モンスターの効果を発動できない。


「オレはこの効果により――ネオスと“閻魔天”を融合させる!!」
「!? 相手モンスターを素材とする融合カード、だと!?」
 久藤が一瞬怯む。しかしすぐに余裕を取り戻した。
「無駄だァ!! “閻魔天 シエン”の効果発動! 最後のオーバーレイユニットを取り除き、そのカードの発動を無効に――」
「――それはどうかな?」
「!!?」
 久藤は目を見張った。
 “閻魔天”が、効果を発動できない――《超融合》により発生した力場が、彼の挙動の自由を封じる。
「《超融合》に対し、あらゆるカード効果はチェーンが許されない! 来い、《閻魔天 シエン》っ!!」
 《超融合》が引力を発する。
 “閻魔天”は双刀を地に刺し、抗わんとしたが無意味――十代のフィールドに引き込まれ、“ネオス”と交わる。
「融合召喚!! 現れろ、《E・HERO エスクリ――」
 十代がその名を宣言しようとした瞬間、異変が起きた。

 ――ドクンッッ!!!!

「!! ぐあ……ッッッ!!!」
 右手の甲に、激痛が走った。
 一方で、“閻魔天”のコントロールを失った久藤は、“EX”の輝きが消え、力なく両膝をつく。
『――融合を止めるんだニャ、十代クン! 今度は君が、“アストラル世界”の影響を受けてしまう!!』
 十代の右手に、“EX”の刻印が現れる。
 彼はよろけながらもしかし、両眼をはっきりと見開いた。
(負けねぇよ……この程度でっ!!)

 ――カッ!!!

 双眸が、強く輝く。右眼は黄金に、左眼」はグリーンに。
『取り込まれるなよ十代!! この程度の異質、呑み込んでみせろ!!』
 ユベルの荒い激励を受け、十代は意識を集中する。
 “覇王”の力と“ユベル”の力を全開にする――それに抗するかのように、刹那、刻印が強く輝いた。

 ――ドクンッッッ!!!!

 その瞬間、十代は不思議なビジョンを見た。

 こことは違う、異世界の崩壊。
 そして――

「――ッ! 融合召喚!! 《E・HERO エスクリダオ》ッ!!!」
 まとわる異質を振り払い、叫ぶ。“EX”の刻印が砕け散る。
 十代のフィールドには、新たな闇のヒーローが姿を現していた。


E・HERO エスクリダオ  /闇
★★★★★★★★
【戦士族・融合/効果】
「E・HERO」と名のついたモンスター+闇属性モンスター
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードの攻撃力は自分の墓地に存在する「E・HERO」
と名のついたモンスターの数×100ポイントアップする。
攻2500  守2000


<遊城十代>
LP:600
場:E・HERO エスクリダオ(攻2900)
手札:0枚
<久藤誠司>
LP:800
場:六武の門(カウンター:2),伏せカード1枚
手札:1枚


 もはや続けるまでもなく、決着はついた。
 “エスクリダオ”の融合召喚と同時に、《CNo.EX 閻魔天 シエン》のカードは《天魔王 紫炎》とともに消滅した。久藤はすでに戦意を失い、両膝をついて項垂れている。

『――異常は無いかい、十代? どこかおかしな所は?』

 十代は大きく息を吐くと、「大丈夫だ」と応じる。
『無茶をするんだニャ〜。確かに、次元間の融合をも可能にする《超融合》なら、“アストラル世界”の欠片だけを引き剥がすことも可能d』
 と、台詞の途中で“光の玉”は、デブ猫ファラオに呑み込まれる。
 いつも通りのその様子に、十代は安堵の笑みを漏らした。
 しかし、

 ――バサァァァァッ!!!

 久藤誠司がとった行動に、十代は驚き、目を見開いた。
 久藤は決闘盤からデッキを取り外し、地面に叩きつけた――辺りに散らばったカードを、久藤は憎しみの眼で見ていた。
「何だよコレ……何なんだよ!! もうまっぴらだ、デュエルなんて!!!」

 ――たかがゲームで、何故こんなに苦しまなきゃいけない?
 ――プロデュエリストになってしまったから?
 ――もうイヤだ
 ――もうたくさんだ

 ――やめてやる
 ――プロも
 ――デュエルも
 ――全部
 ――全部……!

「……! 久藤、お前……」
 十代は、出し掛けた言葉を呑み込んだ。
 自分に出来るのはここまでだ。

 確かにユベルの言う通り、自業自得でもある――“天魔王”はあくまで、彼の心の闇を広げたに過ぎない。
 けれどそれは、誰でも同じだ。
 闇を持たない人間など、あり得ない。
 だから、

 十代は歩み寄り、しゃがみ込んで、語り掛けた。
「……好きにすればいいさ。お前はまだ若い。未来がある。生き方なんていくらでも変えられるさ」

 ――そうだ
 ――オレと違って
 ――もう未来の無いオレと違って、お前には無限の未来がある

 十代は少し淋しげに笑って、右手の人差し指と中指を揃え、久藤に向けた。
「……ガッチャ。楽しいデュエルだったぜ、久藤」
「…………!!」
 十代は立ち上がり、その場を去る。
 うなだれた久藤は頭の中で、彼の言葉を反芻していた。

 ――楽しいデュエル
 ――そうだ、昔は楽しかった
 ――あんなにもデュエルが、大好きだったのに

 ――それなのに
 ――でも
 ――だから……

 ばら撒いたカードをかき集め、胸に抱き、久藤は祈るように涙を流した。




第九章

 翌日、前日と同じ会場で“カイザーリーグ”三回戦は行われた。
 その中でも注目の対戦カードは、“万丈目ブラックサンダーVS久藤誠司”。そのデュエルは、エド・フェニックスをも倒した久藤誠司に分があるかと思われた。
 しかし蓋を開けてみれば、五分。
 万丈目と久藤は、互角の闘いを繰り広げていた。20ターン近い攻防の末、現在は久藤が優位に立つ――しかし、

「――オレは! レベル2の“おジャマ”3体に、レベル3《チューン・ウォリアー》をチューニング!!」
 万丈目は魔法カードのコンボにより、一気に4体ものモンスターを並べた。そしてその全てを投入し、逆転の切札を喚び出す。
「シンクロ召喚――吹き荒べ、《ミスト・ウォーム》ッ!!」


ミスト・ウォーム  /風
★★★★★★★★★
【雷族・シンクロ/効果】
チューナー+チューナー以外のモンスター2体以上
このカードのシンクロ召喚に成功した時、相手フィールド上に
存在するカードを3枚まで持ち主の手札に戻す。
攻2500  守1500


「シンクロ召喚成功時、《ミスト・ウォーム》の効果発動! 貴様の場のモンスター全てを手札に戻す! 吹き飛ばせ、“ミスト・ストーム”!!」
「!! ウ……ッ」
 久藤は表情を強張らせ、青ざめる。
 現在フィールドを制圧している《真六武衆−シエン》は、破壊に対する耐性を持つモンスターだ。しかし如何せん、手札に戻す“バウンス”効果には成すすべがない。
 《真六武衆−シエン》を含む、3体の“六武衆”がフィールドから消え去る。
 伏せカードすら残されていない彼に対し、万丈目は最後の宣言をした。
「いけ、《ミスト・ウォーム》――ダイレクトアタックッ!!!」

 ――ズガァァァァッ!!!

 モンスターによる突進を受け、ライフを失い、久藤は両膝を折った。

 久藤のLP:900→0


<万丈目ブラックサンダー>
LP:400
場:《ミスト・ウォーム》
手札:0枚
<久藤誠司>
LP:0
場:
手札:2枚


 会場内に大歓声が沸き起こる。
 そんな中、久藤は失意に俯き、立ち上がれずにいた。
(負けた……やっぱり、“天魔王”抜きじゃあ僕は……)
 思わず、両の拳を握りしめる。

 ――何故また、ここへ来てしまったのだろう
 ――やめようと思ったのに
 ――僕はもう、デュエルなんて大嫌いだったのに
 ――どうして
 ――どうして……

 歓声が止まなかった。
 僕が負けて、みんな喜んでいるのだろうか――久藤にはそう思えて、惨めさで身体が震えた。
 しかしそうではないことを、彼はすぐに知ることができた。


「――いいデュエルだったぞー! 久藤ー!」

「――また次がんばれよー!」

「――久藤クーンッ!!」

「――また応援するからなー!!」


 ――負けてはいけないと思った
 ――勝たねばならないと思った。
 ――応援してくれる人たちのために
 ――それなのに……


「……何をしている。顔をあげろ、久藤誠司」
 久藤が顔をあげると、このデュエルの勝者、万丈目が手を差し出していた。
「貴様は……いや、オレ達は良いデュエルをした。そこに勝者も敗者もない。何を恥じることがある?」
「…………!」
 久藤はその手をとり、立ち上がった。
 そして観客を見回し、込み上げるものを感じた。
(プロになりたての頃は……確か、いつもこんなだった)

 負けても応援してくれて、だから応えたいと思った。
 それがいつしか重荷になって、その期待を裏切りたくないと思うようになった。

(……勝ち負けだけじゃない。そうだよ、だってデュエルはこんなにも――)

 感極まって、視界が霞んだ。
 久藤は目元のそれを拭うと、万丈目を真っ直ぐ見据え、心からの想いを伝えた。

「――ありがとう。楽しいデュエルでした、万丈目さん」

 2人は改めて握手を交わす。
 久藤のその様子を見て、もう大丈夫だろう――万丈目はそう思った。
(オレの功績……ではないな。このデュエルの前に何かがあった、か)

 久藤は観衆に深く頭を下げ、会場を去った。
 まるでデュエルを始めたばかりの頃のように――次のデュエルに胸を躍らせ、未来へと向けて。




エピローグ

「――なあ。あのカードは一体何だったんだ、大徳寺先生?」
 夕暮れ時、河原の芝生に寝転がりながら、十代はそう問い掛けた。
『昔、研究していたことがあるんだニャ。異次元世界“アストラル”の欠片。ただ、危険すぎて研究は打ち切ったから……あまり詳しくは分からないんだニャ〜』
 周囲を漂う光の玉が、そう返す。
 十代は相槌を打ちながら、昨夜のことを思い返していた。
 《超融合》により取り込んだ異質、その力の正体を憶測する。
(あれは……記憶の断片? だとしたら、誰の?)
 自分の知らないところで、何かが起こりつつあるのかも知れない――そう考え、気を引き締める。


『――君は……後悔しているのかい、十代?』
「? ユベル?」
 そんな彼に、ユベルは前触れなく問い掛けた。何のことか分からず、十代は小首を傾げてみせる。
『……君は久藤に言ったね、“未来がある”と。君はボクを恨んでいるんじゃないかい……君の未来を奪ったボクを、そして“覇王”の力を。そんなものが無ければ君も、彼のようにプロデュエリストとして活躍できた……そうは思わないかい?』
「…………」
 十代はかつて“覇王”の力を、そしてユベルの存在を受け入れた。
 それにより彼は最早、人間ではなくなった。人間を超えた存在、“王”として目醒めた。その肉体は最早、老いることさえ無い。“覇王”の力が尽きるまで、いつまでも生きることになる――それが常人よりも長いか、それとも短くなるかは分からない。
「……オレさ、子どもの頃“ヒーロー”に憧れてたんだよな。困ってる人を助けたり、悪の帝王と闘ったりさ……そういうのになりたいって、けっこう本気で思ってたんだぜ?」
 夜天を見上げながら、応える。
 だからデュエルモンスターズを続けるうち、“ヒーロー”を使うようになった。
 成長して、大人になって――あの頃のままではないけれど、それでも、憧れを失ったわけじゃない。
「これはオレが選んだ道だ。恨んだり悔やんだり、するわけないだろ? お前には感謝してるよ、ユベル。お前のおかげでオレは、本物の“ヒーロー”になれたんだから」
 そう言いながら十代は、少しだけ淋しげに笑った。

 それは本当に、心からの本心なのか――ユベルはそう問いたかったが、やめた。
 追及することに意味などない。ただ自分に出来るのは、彼と最後まで闘い続けることだけなのだから。

「――湿っぽい話はやめにしようぜ! ユベル、次の目的地は?」
『…………西だね。かなり遠いが、強い気配を感じる。これも、今までに感じたことのないタイプの力だ……油断は禁物だよ、十代』
 分かってるよ、と応え、十代は荷物を掴み、立ち上がった。
 振り返ると、トラネコ“ファラオ”は跳び上がり、光の玉を呑み込む。

 薄闇が漂う街中へ――十代は確かな歩みで進み、その姿を消した。








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